エントリ

 (その4)のコメントが200を超えましたので、分割することにします。

 この続編作成時点での「医療崩壊について考え、語るエントリ(その4)」の最終コメントは、No.236  の 老人の医者さんのコメントです。(期せずして前回・前々回と同じでした。)

 医療崩壊、医療事故関係の関連エントリは、医療関係特集のページにまとめてあります。

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コメント(245)

前回医療ミスと患者説明についての話題になっていたと思います。すでに時効ですが自分の医療ミスを告白し、後の参考になればと思います。
妊娠末期の患者が破水疑いで受診。たぶん違うと思ったものの、念のため抗生剤を使用した方がよいと判断して処方を書きました。(ちなみに夜中待機中の出来事ですが、それほど疲労していたわけでもありません。)
 ところが頭では抗生剤の名前を書いたつもりが、実際には妊婦に出してはいけない子宮収縮薬を書いていたのです。処方は看護婦が確認、さらに薬剤師が調剤したのですが、いずれも間違いに気づかず通過してしまい、収縮剤を処方してしまいました。飲んだ妊婦は持続性子宮収縮を来して緊急帝王切開になってしまいました。(母児ともに無事でした)
一通り落ちついいた後、上司とともに平謝りし、入院費は病院持ちで責任をとりました。

重大ミスが起きるときと言うのはえてしてこんな状況です。自分の脳はミスを認識せず、二重のチェック機構もうまく働かず、結果として重大ミスが発生したわけです。ミスは許されるものではありませんが、起きるときには起きてしまうのです。それをいかに事故に?げないようにするかがシステムの問題ですが、人間だけに頼っていると完全に防ぐことが困難だというのがわかる例かと思います。

 本来はそうしたミスをはじくのが役割のはずの薬剤師はどういう対応を取りました?一緒に誤りに行きましたか?病院内での処分だけ?

現在学会で羽を伸ばしている最中ですが、大腸癌の化学療法についてのパネルディスカッションで面白いスライドがあったので紹介します。

癌の化学療法は進歩し、昔よりもずっと患者のためになる治療になってきました。ところが効くことは効きますが、この薬代がかなり高額です。さて、面白いと言ったスライドですが、現在行われている化学療法ごとの薬剤費と生存率を対比させたグラフでした。そして値段の高さが綺麗に効果と比例していました。(安い治療は年間200万、高いものは1500万)
このスライドはかなりインパクトがあったようで、座長が話題にしていました。
日本以外ではやはり上位の治療は金持ちしか受けられないそうです。そして日本もそうなるであろうということで、まとまりました。

以上報告終わり。

>山口(産婦人科)さん
看護師さんにも薬剤師さんにも、山口さんの抗生剤を投与したいという意図が伝わっていたのでしょうか。意図が伝わった上で抗生剤が投与されたというのなら、制度の問題でしょうね。

また、妊婦の情報が看護師さんや薬剤師さんに共有されていたのかも気になるところです。看護師さんは当然把握しているべきでしょうが、薬剤師さんには伝わっていたのでしょうか。

頭で考えていることと、体が行ってしまうことが別な経験は誰しもあることでしょうが、それが命に直接関わってしまうと言うのは想像するだに恐ろしいですね。

薬剤師は患者に関する情報としては年齢と性別・受診科程度の情報しか持たず、処方箋(医師から薬剤師への唯一の情報)には通常 疾患は記載されません。よって疾患禁忌のチェックはできません。薬剤師からみたら「子宮収縮剤が必要な患者」であるかそうでないかは分からないのです。
医学的チェックできるのは同じ薬局から処方される薬(同じ処方箋含む)の相互作用と量くらいのものです。通常は開始時期とか服用方法とかのチェックに熱心で、医者をチェックしようという意欲を薬剤師から感じるのは大学にいる時くらいです。

No3.元行政さん

おそらく悪性腫瘍の化学療法で、医療費削減と生存の改善の両方の効果を持った薬は急性骨髄性白血病M3に対するATRAくらいだと思います。
特に最近、リツキシマブ、ベバシツマブといった抗体が出現して費用が物凄くかさむですよ。

医療崩壊(その4)No.236 老人の医者さま

>1.信頼があった場合通常より高額の慰謝料やむなしという判断がされるのであれば、例えば長年無事故無違反のプロドライバーの方が昨今の飲酒運転素人ドライバーよりも事故を起こした場合の同乗者への慰謝料は高く認定されるといった判断が一般的なのか?

本件で交通事故よりも高い慰謝料を認めたことは、特異な判断であり、
この是非については法曹の間でも意見が分かれるだろうと思います。
ちなみに、私の個人的意見は反対のほうです。

判決全文に当たっていないので、不正確な理解かもしれませんが、報道によると、
信頼の根拠は担当医との人的な関係ではなく、「大学教授で日本肝臓学会でも指導的役割を果たしていた」という社会的地位や風聞に基づいているようであり、世間が勝手に評価したことによって重い責任を負わされるのは不公平だという気がします。

ただし、ご指摘のような交通事故ケースを比較例に使うことは、あまり適当でないと思います。
交通事故賠償について述べますと、
加害車両の同乗者の被害については、事故の相手方への賠償とは異なると考えられており、
親族や知人に無償で乗せてもらっていた人
(好意同乗者)は、危険を甘受する意思があったのだから、事故相手に対する賠償額より低くするというのが一般的です。
なお、プロのドライバーに仕事として運転してもらっている場合は、運転契約の債務不履行責任を問うことができます。

>2.上級審で初審の判断は妥当性を欠くとして判決がひっくり返った場合も(藤山氏は以前に上級審で異例の批判を受けたことがありましたよね)初審の判断は判例として蓄積され今後の訴訟における判断材料となるのか?

上級審で覆された判断は「間違いである」ということになりますから、今後の参考事例とはされません。

3度目となると何かお祓いでも考えたくなるような…

上級審でひっくり返るということはそもそも揉めた事例が多いのだろうと推定されますからある程度バイアスがかかるのは仕方がないと思うのですが、それでも「ちょっとそれはどうよ?」と思うような判決というと初審に多いという印象を受けます。地方裁とはそれほどレベルが低いのか…?

藤山氏の場合都知事もわざわざ名指しで言及するほどの有名人ですが、特に処分を受けたという話も聞いていません。一度裁判官となってしまうと余人には手も足も出ない聖域となってしまうのでしょうか?司法の質を維持するためにどのような策が図られているのか興味があります。

かなり古い話なので薬剤師が同席したかどうかは覚えていません。確かいなかったような気はしますが。看護師は抗生剤を投与する意志があったことを知っていて見逃し、薬剤師は妊婦であることは知っていましたが、「こんな出し方をすることもあるのかな」という程度の認識で出してしまったという経過だったと思います。システムの問題+薬剤師のミスも重なったという感じでしょうか。

藤山氏の判決で世間を騒がせたのは例の小田急線の訴訟でしょう。
参照ページ:http://www.bekkoame.ne.jp/~fk1125/200511_Lsemi.htm
これなど、一人の命は万人より重いを実践した判決であり、欧米人の感覚からはおかしな判決と思われるでしょう。数百人の住民の権利を数十万人の利用者の権利と国の計画よりも大きいと判断したわけですから。
日本人は犠牲心に欠け、協調性に欠けているということを認めた判決と私は解釈しています(というか、それは事実でしょう)。もちろん、それが良いのか悪いのかを言っているのではありません。正直言って私にはこの判決が正しいかどうかなんて分かりません。
でも、この判決、法曹界ではどう認識されているのでしょうか?是非みなさんのお聴きしたいところです。

しかし、こういう判決を下す人ですから、我々医師がおびえていることだけは皆さんに分かって頂けるかな、と思います。

No.6 立木 志摩夫先生

助かるわけではないので、延命率だったかもしれませんね。コメントありがとうございました。お金と医療の問題の例として一般の人に知ってもらおうと思って提示しました。

今日のおかしな患者様です。

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119 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/10/12(木) 11:39:07 ID: 7PGvBVmK0
本日、上部消化管内視鏡検査の患者。
昨晩から何も飲んだり食べたりしていない、と言っていたのだが、胃内に
残渣多量。
「飲んだり食べたりしていないが、いただいた。みそ汁はすするものだか
ら、食べた内にはならない。お寿司も昨晩の残りをいただいたのだから
食べたのとは違う」
挙げ句の果てには、
「検査が出来ないっていうのは、先生が未熟、経験不足、腕が下手と
言うことでよろしいですね」だと。むろん、料金は支払わず。
まぁ、まだ胃カメラも5万例程度だし、1万例の大腸鏡検査をやるほど
ではないから、経験豊富とは言えないかも知れないが…。
しかし、そこまで求めるかねぇ、普通。
=========================
DQN患者の症例報告 Case21
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1159977418/

某国首相が就任後真っ先に訪問した国での医療(?)事故だそうです。

短くまとめようにも浅学菲才の身にはかなわず、全文ご味読ください。
とくに「法医学の鑑定」...
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上海で無資格気功師が治療して患者死亡 〔2006年10月11日掲載〕
 末期肺癌患者が、無資格気功師の治療をうけて10分後に気管が破裂して、出血多量で死亡してしまったという医療事故が発生している。10月10日に上海市閔行区検察院は非合法な医療行為であるとして、この気功師を訴えた。
 この患者は、3年前に肺癌を患い、手術を受けた後、生薬治療で安定していた。ところが、2005年11月に症状が悪化し、11月8日に妻の紹介で気功師の治療を受けた。この気功師は運気を利用して疾病の治療をするという。
 気功師の診断によれば、この患者はすでに病邪が膏盲にまで達しており、運気による治療を行えば、一定の効果が得られると説明し、気功師は治療を始めた。
 気功師の治療は、自分の手のひらを患者の足の裏にかざすというものだった。治療終了後、患者や家族に対しては、体内の病邪がすでに打ち砕かれ、ゆっくりと養生すればよくなってくるだろうと伝えた。
 ところが、10分もしないうちに、この患者は吐血し、病院に運ばれたものの、治療のかいもなく死亡した。
 法医学の鑑定によれば、気功の治療を受けたことにより、外来の気体が原因で気管が破裂し、出血したことが原因であるとした。
 さらに、この気功師はすでに数十年のキャリアを持つが、医師資格や医師登録をしていないことが発覚、起訴されることになった。
 中国では、気功師も中医師の範囲に入り、医療行為を行う場合は、医師資格と衛生部門への登録が必要で、この両方がされていなければ、違法行為をみなされる。(中医ドットコム)
=========================
エクスプロア上海
http://www.explore.ne.jp/sh.phtml
より

No.13 元田舎医さま

> 末期肺癌患者が、無資格気功師の治療をうけて10分後に気管が破裂して、出血多量で死亡してしまった
> 気功師の治療は、自分の手のひらを患者の足の裏にかざすというものだった
> 法医学の鑑定によれば、気功の治療を受けたことにより、外来の気体が原因で気管が破裂し、出血した

これはまた、奇怪な鑑定結果ですね。
こういうのも、「医療」事故と呼ぶのでしょうか。
単に、目の前で人が死んじゃったというだけでは?
それとも、気効術では、術者が手のひらを患者の足の裏にかざすことにより、一定量の気体を気管内に送り込むことができるというのでしょうか。

中国法ではどうか知りませんが、日本法の下で考えるならば、
この気功師に対して、患者が死んだことの責任は、刑事であれ、民事であれ、問い得ないでしょう。
法的にみれば、この「行為」は死の結果を招来する危険性が全くない、つまり不能犯のケースと思います。(不能犯とは、丑の刻参りは殺人にならない、というような事例)

医師の資格がないのに、治療と称して報酬を得たことについて、医師法違反及び詐欺罪が考えられます。

No.149 産科医−1先生 2006年10月03日 20:31

品の悪い表現になってしまったことは申し訳ありませんが、医師の先生方があまりに控えめというか、相手を思いやりすぎる表現をしておられている上、それを逆手にとって書きたい放題書いている連中があまりに多いので、自分が汚れ役として本音をさらけ出そうとした面はありますね。あと、法律屋の全部とは言わないまでも大部分は医師に敵意をむき出しにする連中ですから、下手に出ることは得策ではないと思いますね。ヤクザやチンピラ相手に譲歩してもいっそう付け込まれるだけですから、言いがかりには負けないという毅然とした姿勢を見せることが大切でしょう。

産科医−1先生が法律屋やクレーマー原告から酷い目に遭わされたことがないなら、それは奇跡的といってよいほど幸運なことかと思いますので、これまでと現在の職場を大切になさって下さい。

>>No.14のYUNYUNさん
マジレス(含「不能犯」の解説)ありがとうございますw

そもそもは無資格診療の件について起訴されたようですから、この辺は(いちおう)異議のないところかと。
それでも、ねぇ...w

No.151 fuka_fuka先生  2006年10月03日 21:58

説明ありがとうございます。

医療をこれだけ痛めつけた裁判官や弁護士が未だに処分されていないという驚くべき実態は承知しました。それに対して、裁判所や弁護士業界としてどのような対策を考えているのかを教えてください。

もし何の対策も考えていないほど自浄作用のない業界なら、外部から変えていくしかありませんよね。この点は同意頂けますね?

あと、裁判官観が180度違うことは仕方ありませんが(弁護士も法律の専門家という点では裁判官の身内だし仕方ない面もある)、仮に、1000歩を譲って「医師を負かそうとするバイアスから自由な裁判官」がごく一部に棲息していたとしても、そのことは、司法による医療破壊を防ぐという点では何の効果もないことですね。多数派である「バイアスだらけの裁判官」が好き放題すれば、それだけで医療崩壊は加速します。すでにそうなっていますね。

F1レーサーの比喩は新機軸ですけど、実際にはクラッシュまで行かないところで無茶苦茶な要求をされているというのが実感ですね。例えるとすれば、「ラップタイムがシューマッハより0.1秒も遅いじゃないか、観客として興を削がれたから3億払え」というのが原告の言い分、それに対して「たしかにお前が悪い。2億は払え」というのが裁判所のハンケツでしょうかね。

しばしば出てくる「ミス」のニュアンスを正確に理解されていないのが問題の元凶ですね。前にも出てきたとおり、日本の医療はWHOが認めた世界一の水準にあるわけですね。F1で言えば、シューマッハやアロンソが、それこそコンマ1秒を縮めようと懸命に努力しているレベルです。そこでは、真摯な職人意識から、「あそこのブレーキングを一瞬遅らせれば0.05秒削れた、あれはミスだった」という会話も交わされますが、この「ミス」の字面だけとらえて、「ミスがあったんだから2億払え」みたいなことをすることのアホらしさ、どれだけ説明すれば分かって頂けるのでしょうかね。

ついでに、慎み深い医師の先生方が敢えて触れない点に触れます。

日本の国民は、本当に幸福なんですね。最高水準の医療を、恐ろしいほど少ない負担で受けることができているから。

はっきり言って、日本の医師は優秀です。総体として。能力的にも人格的にもこれほど優秀な人材が揃ってる業界は他にないと言えますね。これを高慢だと批判する人はするんでしょうけど、実際そうなのだから仕方ないですね。灘、開成、筑駒、ラサール、桜陰のトップ層がどこに進んでいるか、名門公立校の学年トップの進路はどこか、医学部と他学部の両方に合格したらどちらに進むのか、よく考えてください。日本のベストアンドブライテストは医師になり、そして、驚くほど安い賃金で、途方もない時間労働しているわけですね。最優秀な人間が最低の待遇で懸命に働いて、その恩恵を国民全体が被っているということを忘れないで頂きたいですね。

なぜこうした奴隷的ともいえる労働に心血を注いでいるかといえば、使命感にほかならないわけですね。自分たちが患者の生命を支えている、自分たちが仕事をしないと社会が成り立たないという。

これも感情的な批判がくることを承知で書きますが、法律屋がいなくても社会は成り立つけど、医師のいない社会は成り立たないわけです。法律屋は、火のないところに煙を立てて、火事で損したから弁償しろとか、消火してやったから報酬を払えとか、そんな非生産的なことに明け暮れていますが、そんな間にも、医師は、地道に目の前の患者を治療しているわけです。

医師に対する敬意と感謝の気持ちを忘れたら、その社会は確実に衰退するでしょうね。そして、医療を破壊する司法テロを黙認したり、喝采すら送るマスコミの罪は深いわけですが、それを見抜けない国民の民度というのも考えてしまいますね。

モトケン氏は、立て続けに「医師に問題があるかに見えるケース」のエントリを立てていますが、そういう新聞記事があること自体は事実だとしても、その扱い方、位置づけには注意を払わなければいけませんね。

先に書いたとおり医師のいう「ミス」は極めてハイレベルな領域における「工夫の余地が僅かにでもあった」ということを指すのが多いのに、これを一般のミス、過失と区別しないで使う事例の多いこと。

そして、99.9999%の成功を悉く無視して、稀に半ば不可避的に生じた事象を殊更に取り上げることの是非。今のマスコミ報道は、例えば奈良の死刑事件があったことを取り上げて、「日本人はロリコンの殺人鬼ばかりだ、とにかく気をつけろ、なるべくなら日本に行くな、日本人には隙を見せるな、何かされたらすぐ警察を呼んで弁償を求めろ」と連呼しているような感じですね。これで士気をあげろと言うほうが無理です。それに拍車をかけるのが法律屋の方々ですわ。

そういえばマスコミってどうして過誤でない医療事故も医療ミスって言うんでしょうね?明らかに日本語ではないのですが・・・。

たまに「便所の落書き転記」として紹介されているトンデモ患者について、ほんまかいなとお思いの方もいると思いますけど、本当にいるんですね、少なからず。そこの感覚を分かってもらいたいですね。

以前、元行政先生が「チンピラの言いがかり」と秀逸な比喩をしておられましたが、自分に言わせるとチンピラを通り越してヤクザ、テロリストとしかいいようがない「原告」もたくさん存在するのですね。しかも、ただ乱暴なだけならまだしも、法律屋を用心棒に抱えて吹っかけてくるからかなわないんですよね。

その議論たるや、はっきり言って単なる言いがかりでしかないのだけど、何しろ土俵が連中の好きなホウテイですからね。そこでしか通用しない理屈を散々聞かされて、最後は「チュウリツコウヘイな仲裁者」みたいなふりをした顔役が登場して、おごそかに結論を下すわけですね。その結論は、さすがに原告法律屋の言い分どおりではないことが多いけど、それでも2億の請求を1億8000万に形式上まけさせた位のもので。

国民の方には、善良な医師が、ヤクザの事務所に無理やり拉致・連行されて、そこで散々いじめられた上に、なけなしの金を搾り取られているという現実を知ってほしいですね。

この圧倒的な現実の前では、彼らが好きな法律論とかいうのも、要するに、「その世界でしか通用しない屁理屈」でしかないんですけどね。まあ、彼らの中ではスジは通ってるんでしょうけどね。ヤクザなりの流儀、仁義みたいなもんでしょうが、それをカタギの人々にまで押し付けないで頂きたいですよね。

予言します。そろそろ、DOAのケースで蘇生できなかったのが違法だから3億払え、みたいな判決が出るんでしょうね。そのときは救急医療の崩壊がいっそう加速するでしょうね。

週末にNHKが番組を組んでいるようです。ご参考までに。

10/13(金)  午後7:30〜8:45
地域発 金曜特集 「医師が足りない〜崩壊する地域医療体制〜」

 全国各地で深刻化する「医師不足」。一部の地域では病院の診療科が次々に閉鎖に追い込まれ、地域医療崩壊の危機に直面している。この問題についてNHKは今回、全国の放送局のネットワークを結集して大型番組を放送する。


10/14(土)  午後7:30〜10:29
日本の、これから「医療に安心できますか?」

 「救急車でたらいまわし」「お産できる病院がない」「3時間待ちの3分診療」いつでも、どこでも、誰でもサービスを受けることができた日本の医療に今、異変が起きている。地方では次々に診療科が閉鎖。都市部でも過酷な長時間勤務に耐えかねた医師が病院を去り、残った者の負担が更に重くなる。その結果「ヒヤリハット」や「医療事故」の件数が増加するという
「負の連鎖」がまん延している。

>YUNYUNさん
この判決については以前も話題になりましたけど、どちらかというと、信頼を受けていたと言うよりは、肝硬変である事を忘れて肝炎と思いこんでしまったことを問題にしているみたいですけどね。

判決文は↓ですね
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060908114131.pdf

>yamaさん
国益のための計画とはいえ、線路脇の住民にも当然人権というものがあります。国だからと行ってなんでも行って良いわけではなく、工事を行うのなら行うで、住民に配慮する必要はありますよね。

国が住民の事を配慮せず、工事を認可したと言うのであれば、司法としては認可を取り消すのが筋だと思います。多数の利益のために少数が犠牲になるのは避けられないとは思いますが、避けられないのであれば、少数の犠牲を最小限にするべきではないでしょうか。

ちなみに言えば、一審判決文では工事の中止を命じたり、現状復帰しろと命じたわけではないようですね。

>北の内科医さん
産科医−1先生が法律屋やクレーマー原告から酷い目に遭わされたことがないなら、それは奇跡的といってよいほど幸運なことかと思いますので、これまでと現在の職場を大切になさって下さい。

どうも、ありがとうございます。

北の内科医さんが偽悪ぶっていたのは判りましたので、もう一つ申しますが、世の中,どんな職種に於いても、良い人と悪い人は居る訳でして、医師の中にも破廉恥罪で逮捕されるような奴も居ますし、大学教授の中でもセクハラで捕まる奴も居る、耐震偽装をする奴もいれば、出張旅費を誤摩化す司法もいる。だとすれば、患者も色々、法曹も色々、医師も色々でしょう。

そこで大切なのは、そうした極端な奴らをあげつらって、北の内科医さんのようにまじめな医師たちまでをも一緒くたに酷く言うのは,いかがなものかと思う次第。互いの粗を探して、互いにそれを言い合っていても詮無き事ですよね。

このブログで勉強させて頂いたことは、実際の医療訴訟において、裁判官の選定(トンデモ裁判官とはいかなくても、はずれの裁判官はパスできるような制度、トンデモ裁判官のトンデモ判決でラッキーどころかうまくやればそう仕組むことすらできるような制度)、協力医や鑑定医(原告側が協力医を真剣に探す一方で、被告側は近くの友人、同僚に頼むレベルですから、あまり信頼に足る第三者意見としては採用されにくい)、とてつもない高額な賠償額やポイントをうまく外した裁判の争点などです。要するにこれまでの民事訴訟では原告側が用意周到に臨戦態勢を整えているのに対し、被告医療側は、被告弁護士も含めて早く終わらせたいという明らかな逃げ腰だったです。(エントリ3でポータブルさんが「出来レース」という言葉を使っておられましたが、原告被告側を含めて「出来レース」という言葉が合わなくもありません。)また、豊橋市民病院医療訴訟のエントリで教えられたような高い認容率(70-80%)も驚きです。これらは、低い勝訴率や医療の専門家集団に対する原告不利な裁判という世間の情報とは全く異なっているものでした。また原告患者家族が事実を知りたいということを言われた方もいらっしゃいますが、仮にそれが一部あるとしても、訴訟で求めるものは明らかにお金(高額な賠償金:例3億4千万円)です。
これまで医師は患者利益や保護ということを教えられ、例えば少々無理でも生命保険の書類を書いたり、強引に難病申請などをしてきたようなところもあります。それが医師の良心であり正義感だと思っていたからです。数年前に職場の同僚が民事訴訟に巻きこまれていた時も、彼の一番の願いは勝訴することではなく、「早く終わってくれないかなあ」ということのようでした。日々の臨床業務に忙しく、裁判所に行くこと自体が苦痛以外のなにものでもなかったのでしょう。小生から見て被告病院側の過失は全くないに等しいといった状況で、頑張れば絶対に勝てる(最終的には示談だった)と思っていたのですが。いずれにせよ、賠償金は病院あるいは自賠責保険が支払ってくれるし。また、被告側の弁護士もやる気満々というようには見えませんでした。被告医師も過失はなくても、罪悪感には苛まれるでしょうし、一家の大黒柱の男性が死亡されたんだから、原告の家族に何らかの賠償があってもいいだろうなというような気持ちもあったのでしょう。
ところが、最近になり、福島県立大野病院の産婦人科医逮捕や割りばし事故などの刑事訴訟や3億4千万円というような極めて高額な賠償額などを見るにつけちょっと何か違うぞという意識が医師の間に起こり始めたのではないかと思います。あるいはマスコミの報道などで医師免許を剥奪すべきだというような発言にも敏感になってきました。
ここにきて初めて、これまで積み上げられてきたトンデモ判決や誤審が問題になってきたのです。過去の判例が事実として法曹関係者の間でまかり通っているのですから。だから、訴訟の争点が薬の副作用で、添付文書が重大なポイントになるということも、あまりにも日常の医療の常識からはかけ離れていることなのですが、これまでに訴訟の場で十分議論し訂正されるべきものであるにもかかわらず、放置され続けてきたからなのではないでしょうか。(これはもちろん現在の医療従事者以上に、これまでの被告側医療側の努力不足、最後まで正論を通して争うべきだった?のではと思います。)要するに被告医療側にも被害者救済の意識が強いため、あるいはなるべく穏便に済ませたいため、敗訴は避けるにしても和解や示談で原告に賠償金が入ることは良いことではないかという気持ちが悪い方向(悪い判例を蓄積する結果)になったのではないかと思います。

>uchitamaさん
>あるいはマスコミの報道などで医師免許を剥奪すべきだというような発言にも
>敏感になってきました。

医師の再教育制度が整っている、あるいは整えようと言う機運があるのでしたら
私個人は何も言わないです

>uchitamaさん
>添付文書が重大なポイントになるということも


医師が添付文書を信頼していないというのは分かりました。
それでは、医師は添付文書以外の何を根拠にして、
投薬を決めているのでしょうか。

そのようなものが存在するのでしたら、それを裁判所に証拠として
提出すればよろしいかと思います。

ああ、添付文書の書き方も問題でしたか。それを失念しておりました。
確か、検証していないものを全て「禁忌」に分類しているという話でしたね。

禁忌の幅が広いというのは確かに問題だし、それをもって医師の責任を
追求するべきではないですね。

>しまさま
投薬に関して、あるいは医療一般で治療の根拠は、まず教科書、複数の文献、経験、耳学問(上級医からの指導)、そして常識や状況判断などです。どれか一つを見るのではなく全てを有機的に見る能力が必要です。裁判所に提出される一つの文書(例えば薬の添付書類)は極めて限られた側面しか見ていないというべきです。だからこそ臨床経験の豊富な鑑定医や第三者機関の制定が望まれるのでしょう。

NHKで放送された僻地病院で孤軍奮闘される先生方を心から尊敬する一方で、都内の医療レベルに照らし合わせると日々医療過誤なのではとまで思ってしまいます。
カテーテル検査やMRIもなければ専門性すらない世界ですから。でも本来はそれこそが医療の精神の原点のはずなのですが。

1点異議。

> 豊橋市民病院医療訴訟のエントリで教えられたような高い認容率(70-80%)も驚きです。

私も驚きました。そんな馬鹿な!

http://www.yabelab.net/blog/medical/2006/09/29-224202.php
私が数日間留守しておりました間に議論されていたようで、エントリごと読み落としておりましたが、
No.30〜38にその話題がありました。

> 医事関係訴訟の終局として和解は50%前後、判決が40%前後です。
> 判決のうち50%前後が認容されていますから、結局のところ実質原告勝訴は
>  50%+40%×50%=70%

和解を単純に患者側勝訴の判決と同視することには反対です。
なぜ法曹関係者が誰もこのコメントに反論しなかったのか分かりませんが、偶々皆不在だったのか、荒唐無稽な議論であり反論の必要なしとみて無視したのか?

しかし、念のために明言しますが、
司法の世界でそのような評価のしかたは考えられません。
和解にはさまざまな内容があり、勝訴的和解から敗訴的和解まで、いろいろなケースがあります。金銭請求はしないという和解もありうる。
それを十把一絡げにして、医療者側勝訴の判決以外は、全て患者が勝ったとみなすというのは、数字のマジック、不当な印象操作であり、科学的な分析ではありません。

そんなものは、患者が最終的に病死した事例は医療の失敗であり全て医療過誤とみなすというのと、同じくらい非科学的な暴論です。

医師の先生方は、科学者を自称されているのではなかったのですか?

No.26 uchitamaさま

> これまでの被告側医療側の努力不足、最後まで正論を通して争うべきだった?のではと思います。)
> 要するに被告医療側にも被害者救済の意識が強いため、あるいはなるべく穏便に済ませたいため、敗訴は避けるにしても和解や示談で原告に賠償金が入ることは良いことではないかという気持ちが悪い方向(悪い判例を蓄積する結果)になったのではないかと思います。

これだと、トンデモ判決の主原因は、
被告側の訴訟戦術の拙さに帰されてしまいますが?
八百長試合で負かされたことを、後になって不当だと嘆いてみても、誰も同情してくれないでしょう。

裁判の被告とされた以上、自分が正しいと思う主張を展開して、全力で闘うことは、権利です。
被告代理人弁護士が真面目に仕事をしていないと思われるなら、そのような弁護士は解任して、
もっと技能が高くて信頼できる弁護士を探して選任すべきです。
原告だって自分のために頑張ってくれる弁護士を探してきているのですから。

ぶっちゃけ 医者は「和解」や民事訴訟そのものもよく知らんですからな

数字のマジックといえば有罪率99%伝説のカラクリ

1 ホントに日本の警察・検察は優秀・国民が協力的(これは間違いなくある)
2 起訴便宜主義:勝てそうに無い事案,確実では無い事案は不起訴
3 複数の罪名で起訴されたら一個でも有罪なら有罪としてカウントする (殺人とコソ泥で起訴されて殺人は無罪 コソ泥有罪でも検察の勝ち んなアホな)

こんなとこでしょうか
人質司法とか自白重視・裁判官のバイアスも要因として実在するのかどうかは分からんです
有罪率を他国と比較することもしばしばあるのですが定義を揃えてあるのか疑問に思いますです 日本の失業率の定義がものすごく狭いのは有名な話です.日本の官僚は情報操作が好きで困るです 脱線ごめんなさい

>これだと、トンデモ判決の主原因は、
被告側の訴訟戦術の拙さに帰されてしまいますが?


まさしく医者の裁判批判でよくあるパターン
「裁判官が無知なのがけしからん」

当事者主義でしたっけ
常識レベル以上の情報はぜーんぶ主張する側が提出するもので,裁判官は提出された証拠のみに基づいて判断するという民事訴訟の基本
これは 医者はゼンゼン知らんのです
基本的に裁判官に正しい判断をする責務が有るという認識(職権主義でしたっけ) 一般人にもあるとおもいますがこれ丸出しなわけです

ここらへんの話になるとかなり理系と文系の文化の違い,根深い問題が有ると思います.
医学部教育のカリキュラムの一般教養は今 バンバン削られて医学専門学校化が全国的に進行中ですが,医療業界全体の認識を改める必要が有ると思うデス.わたしは医学そっちのけで雑学ばかりで反省せんといかんのですが.

>>No.31のYUNYUNさん
> 医事関係訴訟の終局として和解は50%前後、判決が40%前後です。
> 判決のうち50%前後が認容されていますから、結局のところ実質原告勝訴は
>  50%+40%×50%=70%

は私のコメントですね。

「実質原告勝訴」という言葉の使い方と、和解のうち「金銭請求しないもの」の率を控除していなかったことについては適切でなかったかもしれません。
いずれも私の無知からくるものです。
すみません。

ただ、被告側が原告側に何らかの金銭補償をしたのであれば、医療者側にとっては「負けた」という感覚が残ると思います。
また、医事関係訴訟の和解のうち、「勝訴的和解」と金銭請求のないものも含めた「敗訴的和解」の率を示していただければ、枯れ尾花を怖がらないためにも助かります。
よろしければ、提訴前に弁護士が関与して解決に至った「示談」例が日本全体でどれくらいあるのか、できればその結果の内訳も、もし資料がありましたら、どなたか教えてくださるとうれしいです。

なお、私は医療者側、非医療者側に関わらず、煽りと考えられるコメントは基本的にスルーしています。
賛同するなら極力賛意をコメントするつもりです。

医師と思しき人による煽りコメントに対して、「医師側から反論がないのは医師側コメンターもそう考えているのだろう」旨のコメントもあるようですので、念のため。

裁判官をはじめ司法關係者が悪意ある存在とも思いませんが、医療訴訟に携わる者が医療に対して全くの無知だというのは多分多くの医療者が考えていないのではないかと思います。

この場で勉強させていただき医療訴訟におけるわゆる「不当判決(不当な和解も含む)」の主原因の一つに医療者サイドの無知と努力不足があることを理解できたのは何よりの収穫でした。

自らの権利擁護に無関心なものが患者をはじめ他人の権利を尊重できるはずもありません。あってほしくないことですが、もし当事者となったならば司法の場においても医療と同様精一杯頑張るべきだし、何よりそれが後に続くものの為にもなるのだと思います。

No.36 元田舎医さん

>医師と思しき人による煽りコメントに対して、「医師側から反論がないのは医師側コメンターもそう考えているのだろう」旨のコメントもあるようですので、念のため。

これは私のコメントのことですね。
私が指摘したコメントは「医師と思しき人による煽りコメント」だと捉えているのですね。

そして、私のコメントも「煽り」であると認定して、直接レスせずこちらに書き込んだわけですね。

私にとっては良い知らせと悪い知らせがセットですが、了解しました。

>YUNYUNさま
>これだと、トンデモ判決の主原因は、
被告側の訴訟戦術の拙さに帰されてしまいますが?これだと、トンデモ判決の主原因は、被告側の訴訟戦術の拙さに帰されてしまいますが?
このブログのコメントをこれまで読んでいると、そういう思いになってきました。日常診療で忙しいなどという言い訳や、なるべく早く穏便にすませたいことなどから、これまではそういう傾向があったのではないかと思います(特に小生の周りの巻き込まれた医師の場合など)。被告側の協力医に関しても、大学医局などを介して本気で探せば関係する学会や大学の多数の経験豊富な臨床医にコメント(大野病院の訴訟の場合の産婦人科学会や産科学会など)あるいは関連する学会との連携を得ることも可能だったしょう。少なくともこれまではそういう努力をしてこなかったことにも問題があると思います。少なくとも被告医師にとっては状況も分からず、とにかく和解になっただけも、ようやく災難が終わり、勝ったような気分になっていたことは確かです(笑)。
民事訴訟の賠償=被害者(弱者)救済という考えを持っている方も多いようにと思いましたが、どうでしょうか?補償は必要だけども、判決とは全く別物ではないのかと思うのですが。被害者(弱者)救済→悪い判例の蓄積にならなければ良いのですが。
いずれにせよ、被告側の消極的な態度が、知らず知らずのうちに悪い判例を積み重ねる結果の一因になっているような気がするのですが。また、少なくとも医療裁判における高い和解率は裁判官に十分にその医療行為の医学的正当性を理解させるまでに至らなかったという意味においては被告敗訴(あるいは努力不足)とも感じてしまいますが。

>クルンテープ様

>これは私のコメントのことですね。

 クルンテープ様に限らず「医師側から反論がないのは医師側コメンターもそう考えているのだろう」というご意見は今までにもありました。そのことを元田舎医先生はおっしゃっていると思います。

 医師と思わしき方からの煽り発言がたくさんあるのは事実ですが、一般の方からの煽り発言もまたあると思います。これらは出来るだけスルーしませんか、お互い。

わたしが傍聴した裁判は刑事一件だけですが、継続して見る事ができました

関係者による事実関係に関する証言が終わって、検察側の医師証言が始まった頃は、裁判官に限らず弁護士も検事も書記官も、医学に無知で不慣れであることを痛切に自覚し、貪欲に情報を聞くようとする空気が感じられました。裁判官は証言を減らすような異議はどちらサイドのものも原則却下し、とりあえず聞いてから判断しようという訴訟指揮でした。
また、裁判官は法律家の中でも優秀な人を選抜しているそうですが、実際頭は相当いい。しかもけっこうな量の資料をバッチリ読み込んでいて、冗長な表現は省略するように命じ、なかなかツボを抑えていると感じました。最後の裁判官からの質問も資料とながらスルドイ点が多い。
残念ながら各論には強いのですが、総論的なところは少々の勉強では把握できないことも多いのでそこらへんに限界はあると思います。

少なくとも医学に無知であることを自覚している裁判官も居る。たぶんそっちの方が多いでしょう。自覚しても正しい判断ができるかというとやはり限界はある、ということだと思ってます。

防衛医療という点で極めて大きな影響力を発揮したと思われる川崎こんにゃくゼリー事件が和解となったようですので報告します。

3歳児窒息死:救急搬送受け入れ拒否…川崎市と両親が和解
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20061013k0000e040073000c.html
 のどにゼリーを詰まらせた長男(当時3歳)が窒息死したのは、川崎市立川崎病院が救急搬送を受け入れなかったためとして、同市内の両親が同市に約2000万円の損害賠償を求めた裁判で、両親と川崎市は13日、横浜地裁川崎支部で、同市が両親に和解金300万円を支払うことで和解した。また同市が「救急医療体制、救急患者の受け入れ態勢整備、充実を目指す」ことも和解条件に盛り込まれた。(後略)

ちなみに和解の詳細は下記の通りです。
http://www.city.kawasaki.jp/25/25koho/home/kisya/gian_1803/1803_g135.htm

有名な事件ではありますが念のため某所より経過の概略を転載しておきます。

午前9時半頃事故発生→救急車呼ぶ(親が何していたのかは不明)
→救急隊がこんにゃくゼリーを取り除いて気道確保:心肺停止状態
川崎市立病院に受け入れ要請するが断られる
理由:熱性けいれんの患者がおり、蘇生に必要な酸素を送る設備が足りない
他の5病院にも断られる(この間心臓マッサージ中)
12分後川市立病院が受け入れてくれるが蘇生せず午後7時死亡。

いのげさんのコメントで他の方も書かれていますが、トンデモ判決が被告側の訴訟戦術の拙さというのが一つの原因らしいというのは理解できました。なんとなく裁判官は正しい判断をするべきものとばかり思ってました。結局、プレゼン勝負ということですね。

こんにゃくゼリー事件の和解金は、着手金、成功報酬、ほか経費でほとんど手元にには残らない計算になりそうですね。結局、弁護料を病院が払っておしまいということでしょうか?計算違いであれば申し訳ありません。http://www.asahi-net.or.jp/~zi3h-kwrz/law2feecalj.html
こちらで2000万円で計算してみました。

どうせ市民からの税金で払うから300万円ならいいというのではなく、最後までやって欲しかったです。

>No.24 しまさん
コメントありがとうございます。
この事件を見ていると、国が全く説明しなかったというのも本当かな?と思いますし、かといって、住民が説明を受けていないと言うのであれば、医療で例えれば納得のいくような説明をしていない、というのと同意でしょうかね。
しかし、いくら説明しても納得しないクレーマーというものはいるもので(医療の世界もご多分に漏れません)、その人たちのために多くの人々が困るというのも問題だし、そもそも小田急線の複々線化は昭和40年代にはすでに決まっており、それを解っていながら引っ越しした人たちはやはり住民のエゴと思うのですが、いかがなもんですかね?
この事件、国が正しいのか、住民が正しいのか、さっぱり解りません。でも、確かなのは、犠牲心が足りないという事実でしょうか。もちろん、犠牲になることが正しいわけではありません。自分の権利を守るのもまた正しいことですから。

とは、いうものの・・・

 私の勤務する病院でもいよいよ救急医療からの撤退を考えています。私が赴任した当時、常勤医の当直回数は(夜間当直を一コマ、日直を一コマと換算します)月に4−5回でした。現在は8〜9回です。ちなみに給料の手取りは全く増えていません(私個人を言えば、手術手当の廃止により手取りは2割減りました)。これは新研修医制度に伴い、当直医師の派遣元であった大学病院の医師が減ったため、出張数が激減したためです。

 当院では常勤医は内科医3名、外科医1名のため、当初は外科系疾患に関しては休日だろうが夜間だろうが、私がいる限りすべて私を呼ぶというシステムにしていましたが、もう限界です。月8回の当直に加え(私が当直の時はよほど重患でない限り、内科系疾患も私が診てました)、外科系疾患をすべて呼ばれていては私の体が持ちません(外科系疾患は蜂刺されから湿疹、指の浅い切創まで私が見てます。)
 こうして当院の救急は衰退します。内科医も月8−9回の当直ではやってられない・・・ということで、1.5次救急(二次に近いレベルまで対応してました)の当院の救急は消滅します。今後、生死に関わる救急を含め、町内の患者さんは近くて15キロ離れた二次救急機関、疾患によっては50キロ離れた3次救急機関に医師のカバーがない状態で救急隊員によって運ばれることになります。

 私が赴任して5年あまり、救急医療に力を注ぎ救急隊の教育、システムの構築などいろいろ頑張ってきましたが、結局「予算」には勝てませんでした。

 このところ、私のコメントが激減したのはこの状況に対する会議などが続いたためです。

何より頭に来るのは・・・

 今まで、町の救急医療に力を注いできた私自身が、人手不足を理由に「救急の廃止」を町に訴えざるを得ないことと、町上層部が何故そう言う状態が起きるのかをまるで理解していないことです・・・。

>>僻地外科医さん
お疲れさまであります。
外科ではありませんが、私も少し間まで同じような環境で働いていました。
(でも外表の縫い物や、応急肩ハメぐらいまではしてたので許してやってください。外科のセンセを呼ぶのはその病院での開腹手術になるときぐらいにこらえてました)

>老人の医者さん
その件で疑問なのは、12分後に受け入れた事ですね。

12分で状況が変わるとは思えないので、
・一回目の要請でも受け入れられた
・二回目の要請でも受けいれられなかった
のどちらかだと思います。

二回目を受け入れたために、「なぜ、一回目を拒否したのか」という疑問が生じてきてしまいます。両方拒否なら筋は通っていると思いますが。

重症患者の受け入れが困難な状況のとき、一般的に断りますが、再度の強い要請があったとき、ただ事ではない(他でも断られており、救急隊の普段とは違う強い要請だと感じるような状況)と感じた場合、既に入院中の重症患者を準重症用のベッドに無理やり移動し、準重症用の患者を中等症用に無理やり移動し(玉突きのように)何とか、ベッドを空ける場合があります。これは、大変手間のかかる作業で,、医療従事者以外に、他の患者何人にも迷惑を掛けます。
 そしてその様な無理をして、何とかベッドを開けた末に、損害賠償を受けるくらいなら、今後は無理をせず、何回要請されても、一旦拒否したならば決して受け入れるな、と医療従事者は学習していくことになります。

 ところが、マスコミも国民も、そのような想像力は皆無で、ただ受け入れられなかった患者が可愛そうという所で、都合よく思考停止しています。

 現在は、逃げずに、努力して救命しようとする医者を選択的に、訴訟などで狙い撃ちにする制度になっているわけです。
 ババ抜きで負けない方法は、ババ抜きに参加しないことです。

No.45 僻地外科医先生

たいへんですね。私も僻地病院内科医ですから他人事ではない気がします。

ただ幸いなことに、私のところは首長を始め理解がありますので、そういう意味では少しいいかな。(昔は他の首長のように医師のことで手痛い失敗をしてきたみたいですが)

私のところも8〜9回でした。しかし今は4〜5回で、こうして学会にも行けるようになっています。以前は寝られずに翌日はグッタリでしたが、今は本当の急患しか来なくなってほぼ寝当直になりました。

医療の提供内容としては、明らかに落ちていると当院の場合も言えると思いますが、無くなってしまうようりいいと思います。余裕がでてくればまたいろいろできますから、とりあえずは無念でしょうが、のんびりやられたらと思います。

ところで、私だけでなく、何かアドバイスできるかもしれませんので、そのことを書いてみるのはいかがですか?現実の崩壊の一端を知らしめることもできますし。

>僻地外科医様
お疲れ様でした。

田舎の人も近代的な病院が近くにでき、救急も見てくれる医者が来てくれて喜んでいた時期もあったはずなのですが、今ではそれが当然で、そこで期待した治療が得られなければ、訴えるという時代になっています。
自分たちのできる範囲で、というのが許されない。「All or Nothing」なのですね。

オーストラリアでは、街を一歩でると病院がないのが当たり前。CTを撮るのに小型飛行機でCTのある病院に移動しなければならない。飛行機がたくさんあるわけでなく、誰かを連れて行って帰ってそしてピックアップしてまた連れて行く。街の病院に入ればそれこそ手厚い治療が受けられるが、そこまでたどり着かないことももちろん多い。田舎に住むことはそういうリスクがあることだと知っていて、飛行機のシステムがあることをありがたいと思っている。

日本はずいぶん恵まれているのですが、気付かないのでしょう。

>しまさん
両方拒否なら筋は通っていると思いますが。

これは現場に立たないと分からないでしょうが、いくつかのパターンがあるものの、筋は通っています。

これは心肺停止と分かっていながら、ホット(3次)要請しなかった救急隊のミスですよ。

>小児科10年目さん
心肺停止の場合、救急隊は三次救急医療に対応出来る施設に
要請するべきだという事でしょうか

>しまさんへ

横から失礼します。現状ではそうしないと、医師も病院も守れません。

本日ご覧になられたかもしれませんが、医師不足の特集をNHKがやっていました。原因の1つには、確かに放送された通り、研修医制度が変わり、大学側が関連病院から医師を引き上げていることがあります。

しかし、放送されなかった原因として、我々がここで問題視している訴訟の問題、さらに小児科の場合不要な救急患者を大勢診ることによる、医師側の虚無感があります。

尚、偶然ですが川崎市立川崎病院は私が研修医としてローテート研修をしたところで、当時の小児科部長が事件当時院長だったはずです。

私が小児科を辞めたのは、訴訟に巻き込まれたのが一因ですが(足跡帖に書いておきます。)、当時よりさらに医師に対して厳しくなっていますね。

暴論かもしれませんが、一度小児救急を崩壊させた方が、国民も目が覚めるのではないかとすら考えています。

法曹関係者にお尋ねしたいのですが、 No.42 老人の医者さんのコメントにある医療訴訟(俗に言う、こんにゃくゼリー事件)で、和解金300万円が川崎市に支払われる事になりました。
1 このうち、3年間訴訟に従事した原告側の弁護士は、どのくらいの配分になると考えますか?

2 和解金300万円では弁護士費用に足りない分は、原告の手出しでしょうか?あるいは費用を値引きするのでしょうか?

3 医療訴訟で長引いた場合、弁護士と患者家族の間で金銭の問題でもめた場合、弁護士は辞めることができるのですか?

No.55コメント訂正です。

川崎市に支払われる事になりました。
         ↓
川崎市が両親に支払う事になりました。

to48:しまさん。

実はそれが典型的な「わかっていない」反応だと思うですよ。
現場の医師からは次のように見えます。

本来100の力が出せるだろうときに、他の急患だとか専門外だとかで60のレベルの医療しか提供できないとします。
このとき他に80レベルの医療を提供できる病院があると思われるときには断ります。
ところが他にそういった病院がないときにはやむをえず受けます(これが医師としての倫理的要請です)。
ところが、受けたがために悪い結果になり、非難され訴訟になったわけです。
これならば、例え他に80レベルの病院がなくても自分が60レベルしかないために断る、よっぽど自己犠牲の精神が強くない限り自然な反応じゃないですかね?

これとisomorphicな現象が他の医療現場、例えば小児夜間診療でも起きています。新生児以外であれば、内科医でもまあ60レベルくらいの診療はできる。ただそれでやっていればどうしても、能力100の小児科医が見れば助かったろうにと言う例がごく少数出てくる。
そのときに内科医は責められたりマスコミに叩かれたり長い裁判を闘わなきゃいけなかったりする。
そんな目に遭うくらいなら60レベルの診療はやめた、ということで夜間小児を見てくれる内科はいなくなり、結果小児科が疲弊し、最終的には夜間の小児科が撤退して、住人が困るわけです。

しかも、恐ろしいことに、この世間の基準が100で留まっている補償はないこと。
つまり国民のほとんどが神の手レベルの150とか200の先生でなきゃと言い始めたら、一般の100レベルの人すらその分野から撤退しかねないですな。

もし60レベルで皆が納得していただけるなら、小児科は疲弊せずに済み、内科医も数を見るうちに80レベルくらいにはなり、みんなが幸せになると思うんだけどね。
まぁ無理かな。
でも80じゃダメだ、100でもダメだ、150の医師をと煽るマスコミさんの罪は重いと思う

>立木さん
>実はそれが典型的な「わかっていない」反応だと思うですよ。
わかっていない事を前提にして考えて頂けるとありがたいですね。

>悪い結果になり、非難され訴訟になったわけです
和解金の金額を考えると、結果責任を追及しているわけでは無さそうですけど。
遺族は分かりませんが、裁判官はどのような処置を施そうが、
患者は亡くなっていたと判断したのではないかと思います。

いや、いいんですけどね。しまさんくらいこれだけ色々な医師の意見を聞いておられて、わかっていないというのは解せないなと。

「多分こういうことだろうが、それは間違っている」とかいう反応に進化すればうれしいですね。

で後半、
「和解金の金額を考えると、結果責任を追及しているわけでは無さそうですけど。」
まあ責任は認められなかったにしろ、訴訟自体がストレスなんですね。しかも和解になっている。
こういう、『理不尽』な(正確には外野から見ていて理不尽に見える)訴訟がある限り、リスクを減らす方向に進む医者はふえるんじゃないですかね。

こんにゃくゼリー事件の恐ろしいところは、一度でも救急に従事したことのある医者であれば誰しも同じ状況に遭遇したかも知れないと考えさせられる普遍性と、善意の対応をした医者が一番馬鹿をみた羽目になったという結末の二点だと思うのです。

個人的経験として救急車が同時に三台入ったことがあります。患者を決して断らないという病院でしたのでそもそも現場で取捨選択の余地はなかったわけですが、現実問題として対応は無理です。何より通常ならば行い得ただろう医療から大きく後退したレベルの対応しか出来なかったという点で患者にとっても何の益もない状況でした(ちなみに、大学も含め周辺に大病院が幾らでもある地域です)。

ほとんどの病院では夜間外来担当医は存在せず当直医の本業は入院患者の急変に対応することです。急患の受け入れによって万一にも病棟の急変に対応が遅れた場合本業をおろそかにし患者に害を為した事になるわけです。この事例でも中途で放り出される形となった痙攣患者から訴えられていたかも知れません。こうした事例が認められるならそもそも急患は一切受け入れない、受け入れを強いる病院からは逃散する、それ以上の適切な対応策を思いつきません。

市が和解金を払うならそれでいいじゃないかという視点は当事者たる現場の医者にとっては到底受け入れられるものではありません。通常診療に従事していた医師がこうして訴訟にさらされる。そして医者も鉄の心を持っているわけではないのですから。

to48の、しまさんへ

具体的な例として、私のNo.49のスレを読んで頂けると理解しやすいかと思います。

しまさんの、他職の具体的な部分(しかもトラブルケース)に興味を向ける能力は尊敬に値しますよ。僕なんか多少勉強しても司法のことはさっぱり判りません。

川崎こんにゃくゼリー事件の川崎市の議案第135号には、「4 和解理由」として「本事件については、横浜地方裁判所川崎支部から職権による強い和解勧告がなされたこと及びこの和解により原告と被告との間の医事紛争が早期に解決することを勘案し、和解しようとするものである。」との記載がありますね。

早期解決が本当の解決となるのか、地裁が職権による強い和解勧告を出してよいのか、誰が医療制度を守っていくのか悲しくなる気がします。

救急医療体制の構築は、市町村の責任であると川崎市が考えているのかが不明です。おそらくそんなことを考えていない。法的に責任がない以上はないと言うのでしょうね。一方、こんにゃくゼリー事件について責任があるのかは「和解金として金3,000,000円の支払義務のあることを認め・・」という部分で、あるように読めます。でも、あるとすればその責任は一体何かを明らかにすべきと思うのです。

突き詰めて問題を掘り下げないと、解決には結びつかない。制度が信頼できなくなってしまうと、本当に崩壊になってしまうと思うのです。


No.62 売れない経営コンサルタント さんのコメント

この、「横浜地方裁判所川崎支部から職権による強い和解勧告がなされた」というところがポイントですね。要するに、裁判官の脅迫に屈せざるを得なかったことを理解してくれ、という叫びですよね。これも「脅迫和解」の典型例ですね。司法テロの実例がまたひとつ確認されましたね。

No.31 YUNYUN さんのコメント

では、「金銭請求をしない敗訴的和解」の割合はどれだけ高いのですか? はっきり言って、わざわざ裁判まで起こして金を取ろうとしているクレーマーが、1円ももらえない和解に応じるわけありませんよね。東南アジアの露店と同じで、最初にとんでもない額を吹っかけておいて、最後は請求額の5パーセントでも10パーセントでも取れればいいや、という戦術なのではないですかね。その場合、請求額の10パーセントで「和解」したからといって、これを「敗訴的」などというのは、それこそ言葉のマジックだと思いますがね。

それから、日本の医療の優秀性はいろいろな方から繰り返し説明があるとおりで、世界一の水準といっていい。日本の医師は優秀で勤勉です。にもかかわらず50パーセントもの事件で「和解」になっているということは、要するに、裁判官が和解を強要しているからでしょう。100万や200万の和解金が痛くない医師はいても、無理やり「和解」の名の下に謝罪を強要された医師のプライドがどれだけ傷つくか、よく考えて欲しいですね。

一般の方が分かろうが分かるまいが、救急医療システムには、それなりのルールというものがあるわけです。そうしなければ限られた資源の中で安全に運用できない。

以前は供給サイドの安全を犠牲にしても、職業的プライドが勝っていたわけです。

でも、こういう訴訟があると、もうダメですね。私自身、以前は3次手前くらいの重症も救命部の人手を借りて、一人で受けたりしていましたが、現在は診療能力以上の重症はお断りしてます。周辺医療機関および救急隊(遠いところは救急車で1時間以上かかる)にも書面で受け入れしない旨伝えました。それでも要請は来るのですが、越境の3次相当は、ヘリ飛ばそうが最初から県内対応をお願いすることになりました。

近々、当該地域の小児救急システムは崩壊します。ちなみに地方ではなく都下での話です。

皆さん御存知とは思いますが
今夜7時半からNHK総合で医療制度討論番組があります

NHKを見ている最中ですが、厚生事務次官と日医会長はノー天気な気がします。

>座位臥位立位さん
二度目の要請は強い要請だと言うことで受け入れるケースもあるのですね。分かりました。確かに、現場の医師に対する配慮を欠いた発言だったと思います。

それはそれとして、読売の記事に、以下のような事が書いてありました。
----------
このトラブルが起きたのは平日の午前9時過ぎで、川崎病院には計5人の小児科医がいた。当初の受け入れ拒否の理由は「熱性けいれんの患者がおり、蘇生(そせい)に必要な酸素を送る設備が足りない」だった。

だが、小児科とは別に救急外来にも酸素の設備はあった。両親は昨年11月、病院側を提訴した。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/feature/20051222ik07.htm
----------

これを観る限り、小児科と救急外来の連携の問題であるとも考えられますので、救急体制の問題として市を提訴するというのはあるかと思います。ただ、あくまで病院の問題であって、医師個人の責任、死という結果が起きた責任を追及することには反対します。個人の力でどうにかなるようなケースであるとは思えませんし、貧乏くじを引かされているように見えますしね。


>売れない経営コンサルタントさん
今年の4月で、川崎市立川崎病院も三次救急医療施設に指定されたようです。救急医療整備の過渡期に事故が起こってしまったのか、この事故を契機にして機運が高まったのかは分かりませんが、川崎市の姿勢としては、救急医療の整備を考えていると言えそうです。
http://www.pref.kanagawa.jp/press/0603/23121/


>小児科10年目さん
>一般の方が分かろうが分かるまいが、救急医療システムには、
>それなりのルールというものがあるわけです。
ルールがあるのなら、それを一般の人に浸透させることは大切だと思います。私も1次、2次、3次の違いなんて漠然としか把握していませんので。ルールの存在を知ることで、ルールに従った行動を起こせるようになると思うのですが

No.55の座位臥位立位さんのコメントに対して、田舎で開業している私の回答です。

1 このうち、3年間訴訟に従事した原告側の弁護士は、どのくらいの配分になると考えますか?

弁護士法の改正等により弁護士報酬が自由化されたので一般的な回答はしづらいですが、田舎で仕事をしている私の場合だと、2000万円請求して300万円で和解だったら、成功報酬はいただきません。
訴訟を起こす段階では、依頼者が個人であれば私は着手金で50万円程度いただくと思いますが、もっといただく弁護士もいるでしょう。建築訴訟や医療訴訟では訴訟前に建築士や医師に私的鑑定を依頼するのに30万円から50万円を払うことが多いので、最低でも合計100万円程度はかかっているでしょう。
ちなみに、私は、訴訟が1年で終わろうが、5年かかろうが、実費(鑑定費用等)以外を追加請求することはありません。

2 和解金300万円では弁護士費用に足りない分は、原告の手出しでしょうか?あるいは費用を値引きするのでしょうか?

私は、1で述べたとおりですが、和解金では足りない場合、原告に新たに出してもらうか報酬を値引きするのかは、個々の弁護士でマチマチだと思います。

3 医療訴訟で長引いた場合、弁護士と患者家族の間で金銭の問題でもめた場合、弁護士は辞めることができるのですか?

私はお金のことで揉めたことはありませんが、弁護士が事件の途中で様々な理由から辞任することは、たまにあります。その場合、事件の進行割合に応じて着手金の返金割合を決めることになるでしょうが、後々のトラブルを避けるために着手金全額と訴訟記録を渡して辞任する弁護士も多いです。


川崎の事件について、行政にいた経験で少し話をさせてもらいますと、医療事故や職員の交通事故、道路瑕疵に基づく事故の賠償金など、いわゆる損害賠償金を地方自治体が支払う場合、議会を通さなければなりません。
その場合、ウルサイ議会への対応として、訴訟になり「裁判所から強い和解勧告があった。」とすれば、非常におさまりが良いのです。
ただ、全く行政に落度がないと考えていれば、判決をもらうことの方が多いと思います。
それでもし敗訴して損害賠償を支払うことになっても、「こちらの主張が認められず、こんな判決がでた。」として、議会を通せばよいのです。


それから、No.37の老人の医者さんのコメントに関連して、ある医療事件で病院の代理人を努めた弁護士から聞いた話です。
原告の主張に反論・反証しようとしても、関係した医師が、ただでさえ日常の診療で時間をとられ精神的にも参っているのに、訴訟の応対までする余裕がないとして、なかなか打ち合わせの機会もとってもらえないと嘆いておりました。
医師の皆さん、万万万万が一何かあった場合には、弁護士を法廷で孤立させないでください。
(ただ逆もあるでしょうね。医師がいろいろ説明したくても、弁護士が聞いてくれないといったこともあるでしょう。そんなときは、事情が許すなら解任してください。)

#余談です。
行政にいたころ、管内の病院が救命救急センターを開設したいとの希望を持ってきたため、厚生省と大変な折衝をした末、何とか施設設備補助金を獲得して、開設することができました。
で、何か指定書みたいなものが来るのかと思っていたら、厚生省は「補助金をつけた=国が救命救急センターと認めた」ということなので特に何か指定行為をするわけではないとのことでした(当時のことです。今は知りません。)。
そんなもんなのか、と思いました。

>ルールがあるのなら、それを一般の人に浸透させることは大切だと思います。
それをするのは行政の仕事と思います。
こちらで救急外来に来た人に説明すると、相手が喧嘩腰になり結構な確率でトラブルになりますから。

きちんと浸透して、いきなり2次、3次救急ではなく、最初は夜間診療所等の1次を受診してくれるようになっていれば、すでに遅いですが救急医療崩壊の手立てにはなっていたと思います。しかし、一度崩壊しない限りは、こちらからアクセス制限をかけることは無理だと思います。

PINE さん、
忙しい中、情報提供ありがとうございました。
弁護士が成功報酬をとる場合は、有力な医師に協力を仰ぎ、その協力医師や鑑定医師への報酬も成功報酬にすれば、経営的にもやっていけそうですね。また医療訴訟の被告医師側の弁護士に対する、顧問医師という職業も成立しそうですね。(患者側は既にあるようですが)

この裁判では、和解金300万円を受け入れたと言うことですから、患者家族の側も、得た金銭は少なく、ある種の名誉回復で納得されたと言うことになりますね。ところが、病院側からすれば、やはり、責任を問われたと言うことですから、今後の救急患者受け入れに関しては、ブレーキが掛かることになります。(和解に、市の救急体制整備見直し、という条件があったにせよ)

少額の和解金となった判決ですが、やはり、社会的には
ブレーキ効果 >> 患者及び家族の癒し効果
となると考えます。

施設設備補助金獲得後の指定書については、良く理解出来ませんが、箱物行政で助かったのは患者でも医療従事者でもなく、建築会社や医療機器会社となる懸念も、ままありそうです。(御苦労されたことには敬意を払います)

No.66,67関連
2006年10月14日(土)のNHKの放送を見ました。(昨日13日の番組は全て見ましたが)用事があって,途中(医療費と医師数のアンケートのあたり)までしか見ることができませんでした。そこまでの感想です。

・遥洋子氏だったと思うが,ちょっと女性問題に絡め過ぎであると感じた
・厚生労働省が医師数を制限する主因のひとつは医療費削減であり,オイルショックに始まる聖域無き財政改革の一環であるということだが,それならば,医師不足の原因は大蔵省/財務省であると思う
・とはいえ,厚生労働省も,医療費削減を言うならば,医師数制限よりも前にすることがあるだろう
・勤務医の労働環境と報酬に比して,時給100万円の美容整形外科医は例外にせよ,田舎の開業医の労働環境と報酬との差異は非常に大きい。これはもう少し均等化する必要があると思うのだが,そのあたりの話は出ておらず残念
・36時間勤務のことが出ていたが,夜勤と当直の区別もしておらず,当然労働法についても触れていなかった。勤務医と思われる人が「医師数を増やすだけで解決する」との発言していたが,それだけで解決するとは思えない
・「医師のことは医師しかわからない」旨の発言(というより叫び?)があったが,それを言ったらお終いで,だったら…以下自粛

医師を増やしても今の医療情勢が改善するとはとても思えません。増やしても新卒者はほとんど小児科産科には行かないでしょうね。もっとも医師数を何倍にもしたら改善されるかもしれませんが、その結果が出るのも10年以上先です。

減少した根本原因を探る必要があると思います。

>No.72 TuH さんのコメント

>・遥洋子氏だったと思うが,ちょっと女性問題に絡め過ぎであると感じた

そういう人です 女性問題がライフワークでほかの事を考える能力が無いのです

>勤務医の労働環境と報酬に比して,時給100万円の美容整形外科医は例外にせよ,田舎の開業医の労働環境と報酬との差異は非常に大きい。これはもう少し均等化する必要があると思うのだが,そのあたりの話は出ておらず残念

美容医は外科に限らず全て自由診療、保険制度枠外の話なので公権力でどうのこうのできる話ではないです。金を出す人が居るからそういうギャラを得ることが可能なだけです。田舎の医者に補助金を出すのはおおいにけっこうなことです。

>36時間勤務のことが出ていたが,夜勤と当直の区別もしておらず,当然労働法についても触れていなかった。勤務医と思われる人が「医師数を増やすだけで解決する」との発言していたが,それだけで解決するとは思えない

医師の数だけでなく、病院のポストを増やす、さらにそれを可能にする報酬体系の整備が必要です。全面解決は無理でも大きく貢献できるのは間違いないと思います。

地方僻地での経営難は医療に限ったことではありませんが、根本的には公定価格でありながら高回転、薄利多売の都市型基幹病院でしか利益のでない構造になっている点が一番の問題だと思います。

現実問題として地方に行きますと拘束時間ばかり長くなり、時間当たりの効率は低下します。尾鷲で150人の産婦が困っているのは確かでしょうが、同じ一人の医師が都市部であればその二倍ないしそれ以上の産婦のために働けるのです。そしてある程度は交代で休みも取れるとなれば、社会的貢献の面でも自らの心身のコンディション維持の面でも、そして病院経営の面でもどちらが望ましいか明かです。

国が地方への権限委譲を叫んでも実際財政的基盤の弱さはどうしようもありません。医療を社会的インフラとして僻地でも成立出来るものにするには現在の画一的な保険診療一辺倒では全く不十分で混合(あるいは自由)診療を導入するか、診療報酬に思い切った地域格差をつけるなり出来高ではなく別な面で評価するなりして僻地でも経営が成り立つ体系を構築しないことには無理だと思います。

また地方も弱者であると主張するのみではなく、少なくともオラが町の病院=補助金受け入れ先&高学歴住民の受け皿と言う認識を改めていかなければ今後も域外から人が集まることはないでしょう。僻地とは地理的要因のみで定義されるものではないということです。

>老人の医者先生

>国が地方への権限委譲を叫んでも実際財政的基盤の弱さはどうしようもありません。医療を社会的インフラとして僻地でも成立出来るものにするには現在の画一的な保険診療一辺倒では全く不十分で混合(あるいは自由)診療を導入するか、診療報酬に思い切った地域格差をつけるなり出来高ではなく別な面で評価するなりして僻地でも経営が成り立つ体系を構築しないことには無理だと思います。

 おっしゃることは正論ですけど、現実問題としてこれをやったら僻地医療どころか僻地社会そのものが破綻するでしょうね。もともと地方は財政基盤が弱いだけではなく、都市部に比べ職・収入・収益自体が少ないという構造的欠陥を抱えています。これがあるから、「若者が都会へ流れる」という現象が起きるわけです。ここで診療報酬に思い切った地域格差を付けるとどうなるか?

1.都市部を高く、僻地を安くする場合
 患者の流れは都市部から僻地へ移行する。しかし、医師は診療報酬が高い≒高収入かつ、仕事量の減少が期待できる都会への流れがさらに加速する。->逃散加速

2.都市部を安く、僻地を高くする場合
 僻地住民は通常の診療時は価格の安い都市部へ集中する(現在の僻地医療の問題点がさらに加速される)。僻地病院は日中閑散とし、休日夜間救急のみ集中することになる。結果、僻地病院の赤字はさらに悪化する。また、移動手段を持たない低所得高齢者の診療費が上昇することになり、生活が破綻するものが増える。

 と言う状況が想定できます。

 僻地医療を保護しようと思うのならば、これは診療報酬に手を付けるのではなく、各種補助金による方が安全な手段だと思います。

 むしろ、僻地医療の問題点は「コスト・パフォーマンス上、本当にこの町にこの規模の病院が必要なのか」ということを一切考慮せずに無駄に病院が建てられていることだと思います。いわゆる地域エゴによる病院乱造です。
 自分で勤めていて言うのは何ですが、個人的には私は勤務先の病院は不要であると考えています(診療所で十分)。10キロ離れた隣町の病院はもっと不要だと思います。(二次基幹病院まで5キロ・・・)

>No.72 TuH さんのコメント
>・勤務医の労働環境と報酬に比して,時給100万円の美容整形外科医は例外にせよ,田舎の開業医の労働環境と報酬との差異は非常に大きい。これはもう少し均等化する必要があると思うのだが,そのあたりの話は出ておらず残念

確か、開業医を絞るのであれば医師そのものを辞める。という意見が勤務医から出ていたと思いますが、同感です。均等化ではなくて、勤務医の待遇の向上でしか現状は解決しないでしょう。

>均等化ではなくて、勤務医の待遇の向上でしか現状は解決しないでしょう。

保険診療している医師(医療機関)は統制価格でやっているわけですから、やはり最低は現状維持ぐらいにしないとだめでしょうね。

消費税アップのときは1%を医師の待遇改善に充てるぐらいの英断は必要でしょう。
日本の医師数は25万人ぐらいですから1%アップ分1兆円なら一人頭400万、重点配分すれば、産科、小児科医師には数千万円の業務補助金を出せるように思います。
数千万円なら、米国のバカ高い医療過誤の保険料でもお釣りが来ますし、医師個人のアシスタントも何人か雇用する原資にもできるでしょう。
一家庭あたり年数万円の負担増になりますが、医療崩壊に対する保険料と思えば安いものだと思います。 嫌な人は消費を減らせば支払いを減らせますし。

>僻地外科医さん

想定しているのは僻地においては診療報酬に何らかの割り増しを充てること、かつ患者負担は同額を維持することです。保険者が支払いに耐えるかという問題は別として医療機関側に対する僻地手当のようなものをイメージしております。なお、仰るような僻地から都市部への患者移動は有意な量となるほどには考えにくいように思います。これは多分に僻地住人に対する経験論に基づく根拠のない個人的推測ですが…

仰るような都市部から僻地への患者移動については考えておりませんでしたが、もし現実にそういうことが起こるようなら都市部と周辺部である程度業務分担が起こりえる可能性があるかも知れません。予防医学重視と言う点で今後ドックなども公費負担になっていくようになれば「休暇も兼ねて風光明媚な当地で宿泊ドックを」というような売り込みも出てくるでしょう。ま、このあたりになると「ぼくのかんがえたみらいのにっぽん」になってしまいますが(苦笑)。

自分としては僻地病院を維持すべきとは思わず、むしろ診療所への転換が望ましいと考えています。しかし僻地においてそうした要望があり、その実現可能性を考える上で現状の報酬体系は医療機関側に何ら僻地診療を維持するメリットがないことを考慮すべきだと思います。理想と言うより夢想としては民間がこぞって僻地診療に進出するような環境が望ましいでしょう。むろん、受益者たる国民による相応の負担を前提として。

>>均等化ではなくて、勤務医の待遇の向上でしか現状は解決しないでしょう。

毎年、医師になる7000-8000人の半数が女性で、結婚、出産、その他の理由を機に辞めます。こういう女医さんがどの程度の待遇ならば戻ってくるかが、医師数を増やす閾値、臨界点になるように思います。

現状では常勤医になるとめちゃくちゃ忙しく疲弊してしまうような環境で、仮に年収1500万円、当直月6回だとします。それが例えば非常勤になり、週に3日働くとすると月40-50万円、年収では500万円となります。現実にはその中間がないために、主婦+非常勤に流れ込んでしまう結果となっているのではと思います。その中間のフレキシブルな勤務形態を作ることによって、もう少し勤務医の数を増やせるのではないかと思います。大学のアカデミックポストを狙い基礎研究に従事している医師、開業医や診療所の医師も参加しやすいような形態が望まれると思います。
給料そのものに関しては地域性などもあり一概には言いにくいと思います。

>確か、開業医を絞るのであれば医師そのものを辞める。という意見が勤務医から出ていたと思いますが、

それは42.195kmを走っている医師に、そのまま死ぬまで走り続けてくれというような感じです。

 都市/地方の格差を是正するのに、通貨圏を分割してはどうか、という話があります (bewaad.com/20050918.html)。
その伝で行けば、医療専用券みたいなものを地域ごとに発行して、その価格を操作する、というようなやりかたがあるのかな、ということをふと考えました。
 経済学のことはよくわからないので、単なる妄想かもしれません。

uchitama さん:
>毎年、医師になる7000-8000人の半数が女性で、結婚、出産、その他の理由を機に辞めます。
 これは個人的に非常に興味あるところです。統計的なデータをご存知でしたら、お教えくださると幸いに存じます。

>田中さま
>毎年、医師になる7000-8000人の半数が女性で、結婚、出産、その他の理由を機に辞めます。

申し訳ありません。大雑把な数字です半数近いとは思いますが。小生の大学医局で結婚して勤務を続けている女性は1-2割くらいと思います。循環器という忙しさがあり、他の科では事情も違うかと思います。また、教授や医局も事情が分かっているので忙しい病院には送らない傾向もあります。両親に子供の面倒を見てもらっている女医さんもいるようで地方に行けと言われれば確実に辞めると思います。託児所がない、当直室が男女共用、夜間に緊急で何度も呼ばれるなど、女性には厳しい職場です。

ただ常勤医、非常勤医などの線引きを細かくするためには、どうしても労働基準法の問題が浮き上がってきます。当直業務などを含めて労働基準法を厳密に適用すれば医師の給料は倍になり医療が崩壊すると危惧される方もいます。

国民皆保険、薄利多売の医療システムを如何にうまく運用していくかがポイントです。崩壊しつつある医療制度の被害を被る何百万人という患者さんと1人の極めて稀な病気の患者さん(例えばRSD)、もちろん個々の患者さんに優劣はつけられませんが、この場で発言される医師たちが個人を差別したいと考えていることではないことをご理解して欲しいのです。議論するのは医療システムや司法システムであるべきです。

フレキシブルな勤務形態といっても、結局避けて通れない労働基準法違反の状態が、あまりにも酷い状態で放置されているわけで、まず監督官庁が相当果敢なアナウンスをしないと信用されないのではないかと思います。私は信用しませんし。自治体も、しかり。付き合うのがバカバカしいくらい。

結局、女医さんが現場復帰するだけの環境を作るとすると、全体でのワークフォースはむしろ現状より低下するのではないでしょうか?社会として、一度は医療レベルの低下を受け入れていただくというのは、ソフトランディングするにせよハードランディングするにせよ、避けられないと考えています。

女性医師が医療労働の問題点をあぶり出した。

女医の比率は、新卒医者で、20年前なら、5-10%(国公立大学)だったのではないかというのが、私の印象です。恐らく40年前なら5%以下でしょう。
現在は、地方都市では男女の逆転現象が生じていますので、全体的には30-40%以上となっていると思います。(いいかげんな印象で書いています)

この昨今の女医比率の急激な上昇が、医療労働の問題点をあぶり出したという側面は非常に強いと思います。かつて男同士の職場であったわけで、『新卒は奴隷があたりまえ』だの『我慢出来ない奴は不適格』などと、医局では無茶が通ったわけです。ところが体力の必要な現場では、女性医師への配慮を行うことで、結果的に男性に従来以上のしわ寄せが生じたり、女性医師が各医師への平等性(特に待遇面)に関してとりわけ繊細な事なども奏功して、男性特有の精神論では乗り越えられない過酷な医療労働の実態をやっと正面視することになったという印象を持っています。

田中さん、この私の印象をどう思いますか?
同様な事態を引き起こしている職場があるんでしょうか?

医療崩壊には

行政発:十分な予算を与えなかったことや、医局制度を崩壊させたこと。
司法発(マスコミ発?):裁判や逮捕によって特定臨床分野から逃散させていること。

がありますが、それらの他に、女性医師の増加という問題もありましたね。
これも行政の問題ですかね。それとも女性の進出を予期して対応を取ってこなかった我々の問題かもしれませんね。

うちの大学の場合(辺境国立)
わたくしが入学した20年前は学年の女子比率3割強だったとおもいますが
卒業するころの新入生は4割を超えて5割弱
以後ずっと5割弱です
自分の父の世代ころは1割以下だったそうですから(大阪市立ですが)
業界全体ではものすごい勢いで年々女医比率は上昇していると思います.
女医は男より勤勉・こまやか・優しい
短所としてはパワー不足・感情的になりやすい・僻地勤務を男以上に嫌う
そして結婚や出産と仕事の両立が科によっては困難です
結婚してからは非常勤程度という人,すごく多いです.

>小児科10年目さま
仰るとおりだと思います。循環器も忙しいほうだと思ってはいましたが、これから崩壊しそうな外科や内科と比較して、既に一部崩壊している小児科、産科は忙しさのレベルが違いますね。中途半端な解決策が却って不平等感を生み、崩壊を促進させることも留意しないといけないです。
NHKの医療番組は穏やかに議論を進行させるために、小児科などの超過激な労働環境や労働基準法、産婦人科の高い訴訟率(40%)などについては語られませんでした。
「医者のことは医者しか分からない」と言った医師を傲慢だと言った医療ジャーナリストと医師のやりとりが過酷な環境にいる医師とそれに対するマスコミの対応といった構図を現しているかのように見えました。

見ました。「医療崩壊」の原因として巷間よく挙げられるものとしては

● 医者が少ないこと(先進国標準に比べ少ない)
● 医者の偏在(科、場所、時間的な偏在→特につらいところから減る)
● 医療費の安さ(十分な労働力が確保できない)
● 医療行為の多さ(高齢化・世界一の外来受診・長い入院期間・社会的入院)
● 特に公立病院において医者が粗末に扱われてきたこと
● 女医の増加(女医は労働力として弱い、出産の後戻ってこれない)
● 医師倫理が教えられてきていない(楽で高給な職場を目指す)
● ライフスタイルの変化(医師のQOML志向)
● 田舎自体の問題(地元の若者が逃げるところに医師は来ない)
● 新研修制度(大学に人が残らない→派遣できる人員の減少)
● マスコミが煽った医療不信
● 患者の医療に対する見方の変化(DQN患者、コンビニ受診患者)
● 訴訟リスクの増大(民事・刑事とも)
● 実は起こっていない(イギリスなどの現状に比べまし)

などがありますが、半分くらいしか述べられていませんでしたね。
でも今までよりは多少ましですかね。

>均等化ではなくて、勤務医の待遇の向上でしか現状は解決しないでしょう。(No.77 小児科10年目さん)

勤務医の待遇の向上というのは,

(a) 勤務状態の改善(≒労働基準法等の厳密適用=過酷な労働環境の)
(b) 報酬増
(c) 一定の研修機会や研修費用の補助

のいずれでしょうか?
どれかひとつを選べということではありませんし,他にあれば…

過去に別エントリで本件に関する議論が発生したときは(a)が強かったと思いますが,放送(見た範囲)では(b)が強調されていたように思います。

>No.89 TuH さんのコメント

>(a) 勤務状態の改善(≒労働基準法等の厳密適用=過酷な労働環境の)
>(b) 報酬増
>(c) 一定の研修機会や研修費用の補助

少なくとも、女医さんの復帰の為には、(a)+(c)が必要です。これは絶対。その一方で、女医さんがやめないようにと、中途半端に美味しいところだけ女医さんが独占すると、今まで身を粉にして働いていたスタッフは嫌気をさして辞めます。実際、そうしてスタッフが激減した医局を存じ上げております。ですから、全体を女医さん復帰条件に合わせなければなりません。

(b)については、少なくとも人が嫌がる仕事というのは、非常に高騰せざるを得ないのではないでしょうか?夜の仕事がリスクが高くて、時給が安くて、それでいて昼間の仕事がキャリアが中断されてきた人たちに独占されるのであれば、どうなるかは想像に難くありません。

uchitama さん:

 お答えありがとうござます。データは自分で探してみます。

>当直業務などを含めて労働基準法を厳密に適用すれば医師の給料は倍になり
 倍ぐらいであれば、政府が本腰をいれればなんとでもなるのではないかと思いますが。正当な労働の対価なのですから、当然受け取るべきものですし。

座位臥位立位さん:
>かつて男同士の職場であったわけで、『新卒は奴隷があたりまえ』だの『我慢出来ない奴は不適格』などと、医局では無茶が通ったわけです。ところが体力の必要な現場では、女性医師への配慮を行うことで、結果的に男性に従来以上のしわ寄せが生じたり、女性医師が各医師への平等性(特に待遇面)に関してとりわけ繊細な事なども奏功して、男性特有の精神論では乗り越えられない過酷な医療労働の実態をやっと正面視することになったという印象を持っています。
>同様な事態を引き起こしている職場があるんでしょうか?同様な事態を引き起こしている職場があるんでしょうか?

 男性の職域であったところに女性が進出していく現象はいろんなところでみられることであり、労働・経営研究の定番の研究対象のひとつです。その過程で起こるトラブルの典型的な例はセクシュアル・ハラスメントですが、その他にもいろいろなケーススタディはあると思います。自動車組立工のデータで、エラーの発生メカニズムが男女で統計的にちがう、というようなのも見たことがありますが……
 「女性医師が……繊細」のくだりは、なんらかの異議申し立て行動があったということでしょうか? 別々に働いているときは比較の準拠枠がちがうので、待遇差があっても不満が出ないのに対して、一緒に働くようになると、現実には格差は縮まっているにもかかわらず、不満は増大する、というようなことであれば、いろんな職場で見られることだと思います。

 あとは個別の問題について少し。
 まず、性別を基準にして直接的な優遇措置をとることは、できるかぎりさけるべきだと私は考えます。そうではなく、職場の制度とか、慣習などについて、特定の属性を持つ人が有利/不利にならないように。インフォーマルな「空気」のような所まで含めて、「公平」な状態を実現するべきだということです。そのあたりのことを職場内できちんとしらべて対策を練るというのはけっこうコストのかかることなので、やれるだけの体力があるか、というところが問題になるでしょう。
 家庭責任の話はこれとは別で、具体的な生活の状態 (幼児を育てている、とか病人の介護をしている、とか) に応じて、必要な手当てが考えられるべきものです。育児・介護休業の取得率など、どなたかデータ (実感に基づくものでかまいませんが) をお持ちでしょうか?
 いったんキャリアを中断した人をどうやって受け入れるか、という問題は、あらゆる業種に見られるころで、要するに正規従業員と非正規従業員の中間、というのがないのですよね。それ自体は昔からそうだったのですが、特に今は、正規従業員についてはできる限り長く働かせることで、非正規従業員については労働の単価をおさえることで、コストを圧縮する経営手法が広がってしまったため、事態がさらに悪化しています (景気が回復すればある程度はましになるだろうと思いますが)。この問題に関しては、医療業界の状況が他業界とどうちがうのかわからないのですが、常勤/非常勤医師の勤務実態はどのようなものなのでしょうか?

>常勤/非常勤医師の勤務実態

医師の勤務実態は、医局制度に乗っている医師と、そうでない医師で違います。スーパーローテ導入前までは、医局制度に乗っている医師がほとんどでしたが、今では大分変わりました。

医局制度では、ほとんどの医師が派遣社員のようなものです。常勤として関連病院に就職しても、医局の都合で数年で別の施設に移ることになります。退職金等は期待できず、ある程度年がいったら、関連病院の要職におさまるか、開業というシステムになっています。実質上常勤でも非常勤でも違いはないと言うことです。(医局によっても違うとは思いますが、育児休暇が絶対必要になったならば、代わりの派遣医局員と交代になって、無職になるという感じですかね)それから、メインで働いている施設の他に、非常勤(アルバイト*)としてお金を稼ぎにいくようなこともなされています。圧倒的にバイトの勤務先の方が時給等はよいという他の業界とはかなり違った状況です。

スーパーローテ以降は、医局に属さずに、自分で就職先を見つける医師が出てくるようになりました。また、率のいいアルバイト専門で、暮らしている医師も見かけるようになりました。

基本的に、労働基準法を守れとか言わなければ、常勤としての就職に困ることはありません。しかしながら、医師の仕事から離れると、たちまち技能が下がること、一人前になるためには相当時間がかかることから、高度医療をおこなえる就職先に、キャリアを中断した人間が勤めてそれなりの立場に立つのは厳しいです。

*アルバイトには、当直・外来・検査・健康診断・予防接種などがメインですね。他に麻酔科医なら麻酔をかけにいったり、眼科ならコンタクトレンズなどといったものもあります。

保険診療報酬が低く、医師の待遇が悪いことは理解しましたが、単純な疑問として、逃散(転科)する、という手段以外に、保険診療ではなく、自由診療医としての道を考える医師がほとんどいないのはなぜなのでしょうか?

患者たちの懐が痛むことを心配する一心だけで身を捧げておられるのでしょうか?
自由診療の仕組みは知らないのですが、その名の通り自由なのであれば、クレーマー患者は拒否して、物分りの良い客だけを対象に言い値の診療報酬を受け取れて、良さそうに思いますが。

産科や小児科などはもはや価格競争しなければならない相手はいないも同然ですし、他科でも安い保険診療とははっきりと違う高品質医療を提供したならば、その価値を認める患者はいるでしょうし。

医師法などで禁止されているのですか?

>クルンテープ様

 現実問題として、自由診療で行っている医師が相当数いない限り(すくなくとも開業医の半分以上)、通常の疾患(美容形成など以外)で自由診療を行うのは、単に自分の首を絞めるだけのことです。そして、現時点において美容形成以外で保険医登録をしていない、もしくは完全自由診療を行っている医師は、全医師の0.01%もいないでしょう。

 たとえば、風邪などで保険医登録していない医師にクルンテープ様はかかられますか?また、今、クルンテープ様は儀薪尿で通院されているそうですが、主治医の先生が「保険登録を突然やめた場合」、他の保険登録されている良い医師を探されませんか?

 さらに問題があります。現在、「逃散」云々と言うことで一番問題になっているのは、勤務医、特に公立病院の勤務医の話です。公立病院勤務医は自分の権限で「今日から自由診療ね」ということは出来ません。なぜなら理事者(経営最高責任者)は地方自治体(の長)だからです。「逃散」という現象の主体は「労働環境が厳しく、収入も少ない公立病院勤務医を辞めて、開業なり、検診医なりのもっと楽な労働を見つける」ということです。(開業医の場合、「営業時間」を盾に診察を拒むことが出来ますが、救急指定病院を掲げている公立病院では「原則として」診察を拒むことが出来ません)

 ゆえに自由診療は医師法で禁じられていなくとも、医師にとって「現時点では」メリットがありません。将来的にはどうか分かりませんけどね。

>>当直業務などを含めて労働基準法を厳密に適用すれば医師の給料は倍になり
>倍ぐらいであれば、政府が本腰をいれればなんとでもなるのではないかと思いますが。正当な労働の対価なのですから、当然受け取るべきものですし。

田中さん,
給料が倍というよりも,もう少し正確に言いますと「労働基準法を厳密に適用すれば今の倍の医師が必要になる」ということになります.労働基準法では1週間の労働時間の上限が決められていますから,現在の医師の仕事量を減らさずに(診療を維持して)労働基準法を適用することにすれば医師数を増やさざるを得ないのです.私立病院では医師が来てくれるなら医師数を増やすことも不可能ではありませんが,公立病院では非現実的です.(行政が医療のことを真剣に考えて定員を増やしてくれるなら不可能ではないですが,実際問題として1名の増員でもなかなか困難なのですから2倍というのは不可能と言ってもよいでしょう)さらに現実問題として医師は不足しており実際に充足させることが困難なのです.もちろんトータルとして医師全体の給料の合計も2倍必要ですから予算も付くわけが有りません.

病院を昼夜を問わず24時間稼働させ,かつ医師にも労働基準法を厳密に適用すればこのようなことになると考えられます.このような現実を厚生労働省は知っているからこそ「救急医療に労働基準法を厳密に適用すれば救急医療は崩壊する」という言葉を発しているのです.
しかしながら,医師が人並みの勤務形態で現在の一般の方が求める医療を実現するためにはここまでのことが必要なんです.いくら無駄を省いても医療費を増大させない限り実現が不可能なことは明白だと私は考えています.
今のままでは,このような医療を行うには医療費が安すぎて病院の経営が成り立ちません.

先日のNHKのテレビでも医師から発言がありましたが,我々に必要なのはお金ではなく,患者さんたちからの感謝の心であり,それに答えられるだけの体力の余裕(適正な範囲の労働時間)なのです.いま医師たちが逃散するのは,患者さんたちからの感謝の心がなくなり,過酷なまでの労働条件に耐えきれなくなっているからなのです.

No.94 僻地外科医 さん

実現可能性はともかく、私の挙げたことは制度上は可能であるということですね。

私の場合に通院している医療機関が保険診療から自由診療となった場合は選択の余地がありません。経済的に高品質高価格を選べる状況にありませんから。

しかし、私のような社会階層ばかりではありません。
何千万円もするベンツを喜んで買う人もいます。
高価なものにも見合う価値を見出す人たちがいるわけです。
私だって、絶対的な余裕があれば、自由診療となってもその価値を見出せたら選びます。
そういう富裕層にターゲットを当てるのも一つの生き残り手段かなと思ったわけです。
紀子妃殿下の御出産の時の愛育病院の室料も私にとっては逆立ちしても払えない金額に
驚きましたが、費用に見合うものだったのでしょう。宮家の無駄遣いだとは思っていません。

まあ、そうしようと思わずにあくまで保険診療でやろう考える医師は私にとってはその理由がなんであれ、ありがたいことには変わりはありませんが。

>クルンテープ様

>高価なものにも見合う価値を見出す人たちがいるわけです。

 ご指摘の通りです。ただし、これが成立するためには「開業する時点で自由診療を行う医師が、(実際の腕はともかく)社会的に十分な名声がある。」が必要になります。この点が自由診療が成立しにくい理由の一つでしょう。

 なお、お産については常位胎盤早期剥離など、異常分娩時には保険適応となりますが、通常分娩は自由診療です。愛育病院などの室料などが「異常に高い」ことが可能なのはこのためです。

 では産科ももっと分娩料を上げればよい、と言う議論はかなり昔からありますが、いま、産科の「逃散」が一番問題になっている公的病院ではそれが行いにくい、また、分娩料を上げても医師にフィードバックされにくいというシステムが大きな問題になっています。

自由診療移行に関しては健診業務といった辺りが一つの突破口になりそうに感じております。PETや会員制ドックの盛況ぶりを見ても、年に一度といった単位であれば贅沢もよしという患者層は多いと思いますので。その上で資本と設備、スタッフの蓄積が出来てくれば例えば内視鏡専門のクリニックといった方面に広げていくことも可能でしょう。

以前、老人の医者さまが良きソマリア人の法というものを引き合いに出しておりましたが、いわゆる労働基準法に見合わない救急医療や超過酷な小児科医療、あるいはボランティアとしての僻地医療などに適用できれば良いのになあ(少しは重圧が減るのになあ)と思いますが、現状では難しいのでしょうね。
良きソマリア人の診療的な医療行為が認められれば、研修医などももっと積極的に(僻地病院を希望し)侵襲的な医療行為に参加する機会が与えられると思われるのですが。

> 元田舎医さん (No.35の書き込みについて)

 亀レスですが。

 司法統計上の「認容」という項目は、必ずしも原告の全面勝訴を意味するものではなく、「一部認容」を含む数字のはずです。要するに、1億円の請求に対して10万円の判決でも統計上は「認容」と扱われるわけで、実際には一部認容のケースが圧倒的多数です。もっとも、その中には5%しか認容しないものもあれば、90%認めたものもあるはずで、認容率の詳細な内訳までは分かりません。ただ、裁判実務に携わる者の実感としては、医療関係訴訟の認容率は他の類型に比べて有意に低い、ということが言えると思います。これは、実務家であればまず異論のないところではないかと・・・・(その認容率自体が良いとか悪いとかいうことは別問題として)。

 御質問のあった和解内容の内訳については、資料が見当たりません。提訴前の示談状況についても、性質上(※)、数字は出てこないと思われます。お役に立てず申し訳ありません。何となくの感覚で申し上げると、そもそも過失の有無をめぐって全面的に対立しているような事件が提訴前に示談で解決することは殆どなく(ただし、患者側が病院の説明に納得して矛を収めることはある)、病院側がある程度はミスを認めざるを得ない事案については裁判外で妥結に至ることもある、そこには、患者と病院の双方にそれなりのメリットが見いだせる(#)、というところでしょうか。

※ そもそも私人間における交渉である上、示談の条件として、秘密保持を内容とする条項が入れられることが多い。

# たとえば、医療的な措置に過誤があったことは認められそうだが、それと死亡との間に因果関係があるかどうかが微妙なケースでは、患者側には裁判所が因果関係を否定するリスクを回避できる点で、病院側には訴訟の場で医療過誤が明らかにされることを回避できる点で、それぞれ裁判外の示談をする実益がある。医療過誤訴訟を長期間にわたって争うという大きな負担から解放されることも、双方にとって勿論大きい。このような場合、訴訟であれば請求するであろう金額の何割かで示談をするのは、それなりに意味のあることなのでは。

自由診療になると同じ行為でも値段は最低4倍、ひょっとすると10倍くらいになります。
こないだテレビでビタミン剤を「各自の体調に合わせて注射」という医師をやってました。
使っている薬の一覧見たけど、合計1500円くらい。保険でやれば500円しか払わないですむ。
でも、そのクリニックでは30000円強で注射していました。つまり値段が60倍。
まあここまでの例は極端でしょうが、自由診療は最低4倍になります。何故なら同じ医療でも保険から支払われる部分を患者本人からとらないと商売にならない。おそらくは10倍程度にはなります。

何故皆自由診療クリニックにしないかというと、
1)他のクリニックは国家の補助を受けて1/10の値段でやっているわけだから勝負が不利
2)成功しているビジネスが周りにないので自分も踏み切れない。あるいは商売が下手・勇気がない
3)そもそもそうやって金儲けに走るのに抵抗感があったりなかったり

こんなとこですかね。
逆に誰かが上手な自由診療クリニックをはじめたら、真似する医者も多く出てくるでしょう。
そうするといわゆるイチゴ摘みになり、残った患者さんたちを診る医者はますます貧困と危険に悩まされることになり、逃散がますます進みますな

タキシマブ先生に捕捉いたしますと、小児の場合1/10の価格どころか自己負担がなかったりします。小児でまっとうな自由診療が成立するのは、軽度発達障害(LD,PDD,ADHD,ASなど)と、夜尿くらいだと思います。

さらに補足するとタキシマブじゃなくて
リツキシマブだと思います
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%84%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%83%96

そうでしょ?立木さん

お恥ずかしい限りです_(._.)_

奈良県大淀町立大淀病院で今年8月、分べん中に意識不明に陥った妊婦に対し、受け入れを打診された18病院が
拒否し、妊婦は6時間後にようやく約60キロ離れた国立循環器病センター(大阪府吹田市)に収容されたことが分かった。
脳内出血と帝王切開の手術をほぼ同時に受け男児を出産したが、妊婦は約1週間後に死亡した。
遺族は「意識不明になってから長時間放置され、死亡につながった」と態勢の不備や病院の対応を批判。大淀病院側は「できるだけのことはやった」としている。

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20061017k0000m040150000c.html

これも昨今の医療訴訟乱発による病院側の防衛医療の結果なのかもしれませんね
(特に福島の大野病院)
もっとも、この状態ではすぐに搬送先が決まっても救えなかった可能性が高いですけどね
(警察・検察はそう考えないかもしれませんが)

>むいむいさん

 後で(本日午後)別エントリを立てます。

 コメントがある方はそちらへお願いします。

No.105 むいむいさん

記事を読む限り、遺族はこの母親を失った悲しさのあまり一時的に取り乱しているのだと思います。
というか正気を失っているだけだと思いたいのですが。

まだ裁判にはなっていませんが、ますます分娩が狭き門になりそうな症例です。

分べん中意識不明:18病院が受け入れ拒否…出産…死亡
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20061017k0000m040150000c.html

 奈良県大淀町立大淀病院で今年8月、分べん中に意識不明に陥った妊婦に対し、受け入れを打診された18病院が拒否し、妊婦は6時間後にようやく約60キロ離れた国立循環器病センター(大阪府吹田市)に収容されたことが分かった。脳内出血と帝王切開の手術をほぼ同時に受け男児を出産したが、妊婦は約1週間後に死亡した。遺族は「意識不明になってから長時間放置され、死亡につながった」と態勢の不備や病院の対応を批判。大淀病院側は「できるだけのことはやった」としている。

 妊婦は同県五条市に住んでいた高崎実香さん(32)。遺族や病院関係者によると、出産予定日を過ぎた妊娠41週の8月7日午前、大淀病院に入院した。8日午前0時ごろ、頭痛を訴えて約15分後に意識不明に陥った。

 産科担当医は急変から約1時間45分後、同県内で危険度の高い母子の治療や搬送先を照会する拠点の同県立医科大学付属病院(橿原市)に受け入れを打診したが、同病院は「母体治療のベッドが満床」と断った。

 その後、同病院産科当直医が午前2時半ごろ、もう一つの拠点施設である県立奈良病院(奈良市)に受け入れを要請。しかし奈良病院も新生児の集中治療病床の満床を理由に、応じなかった。

 医大病院は、当直医4人のうち2人が通常勤務をしながら大阪府を中心に電話で搬送先を探したがなかなか決まらず、午前4時半ごろになって19カ所目の国立循環器病センターに決まったという。高崎さんは約1時間かけて救急車で運ばれ、同センターに午前6時ごろ到着。同センターで脳内出血と診断され、緊急手術と帝王切開を実施、男児を出産した。高崎さんは同月16日に死亡した。

 大淀病院はこれまでに2度、高崎さんの遺族に状況を説明した。それによると、産科担当医は入院後に陣痛促進剤を投与。容体急変の後、妊娠中毒症の妊婦が分べん中にけいれんを起こす「子癇(しかん)発作」と判断し、けいれんを和らげる薬を投与した。この日当直の内科医が脳に異状が起きた疑いを指摘し、CT(コンピューター断層撮影)の必要性を主張したが、産科医は受け入れなかったという。

 緊急治療が必要な母子について、厚生労働省は来年度中に都道府県単位で総合周産期母子医療センターを指定するよう通知したが、奈良など8県が未整備で、母体の県外搬送が常態化している。

 大淀病院の原育史院長は「脳内出血の疑いも検討したが、もし出血が判明してもうちでは対応しようがなく、診断と治療を対応可能な病院に依頼して、受け入れ連絡を待っていた」と話した。

 一方、高崎さんの遺族は「大淀病院は、総合病院として脳外科を備えながら専門医に連絡すら取っていない。適切な処置ができていれば助かったはずだ」と話している。【林由紀子、青木絵美】

毎日新聞 2006年10月17日 3時00分

しまった…よく見てからにすれば…orz

 大淀病院の件については別エントリを立てました。

 クルンテープ さん、老人の医者さん

 できれば再投稿をお願いします。

 

No.100 FFF さん

これほど裁判の問題が話題にはなっていなかった数年前に、医師用の医療訴訟に関する弁護士の公演で、認容率までいれると医療訴訟は決して勝訴率は高くないという話が出ていました。その弁護士の個人的意見といえばそれまでですが、こういう見方は医療側特有のものではないようです。

医療裁判の場合、有意に低いというのは初耳でした。むしろ勝手に高いのではと想像していました。というのは自分の周囲でも、医師にとっては明らかに言い掛かりだと思えるような訴訟で、結構和解しているんですよね。
どなたかが話しておられましたが、医師は訴訟に際して消極的です。訴訟に負けても保険金がおりるとか、どうせ払うのは自治体だとかいう部分もありますし、場合によっては病気でなくなった人の遺族に金が入るようにしてやりたいとさえ思っているかもしれません。(医師保険の内容は結構変わっています。判決でないと下りなかったり、示談でもおりたり。大事なことのはずなのですが、自分も含めて、結構アバウトな理解だったりします)だから、もっと積極的に戦えば勝てるような訴訟でも力をいれず、その結果おかしな判例の積み重ねになったり、傍で見ていた医師のやる気をそいだりすることになっているのかもしれません。そういう意味では司法による崩壊の責任の一端を我々も負っているのでしょう。

ところで、医療機関としては訴訟が表沙汰になるだけでダメージですから、和解で、何らかの賠償を得るということに関しては、原告はものすごく有利だと思われるのですがいかがでしょうか。医療裁判の原告側の弁護士がよく強調されることに、知識をつけてくれる協力者(協力医)がみつからないというような話があります(分からない状態で訴訟を起すという行為自体どうかと思いますが、ここでは置いておきます)。また、資料を医療機関が握っているので、なかなか見ることもできないという話もあります。だから原告が不利だと。しかし先に述べた原告の和解有利の話から考えれば、訴えるための敷居は高くしておくべきだと考えました。(もちろん心理面のケアには全力を尽くすのは前提です)

こんにちは、FFFさん。
整形Aです。

お久しぶりです(笑)。

No.100 FFF さんのコメント

> 司法統計上の「認容」という項目は、必ずしも原告の全面勝訴を意味するものではなく、「一部認容」を含む数字のはずです。要するに、1億円の請求に対して10万円の判決でも統計上は「認容」と扱われるわけで、実際には一部認容のケースが圧倒的多数です。もっとも、その中には5%しか認容しないものもあれば、90%認めたものもあるはずで、認容率の詳細な内訳までは分かりません。ただ、裁判実務に携わる者の実感としては、医療関係訴訟の認容率は他の類型に比べて有意に低い、ということが言えると思います。これは、実務家であればまず異論のないところではないかと・・・・(その認容率自体が良いとか悪いとかいうことは別問題として)。

以前に書き込んだものを再掲します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
和解50%
判決40%、そのうち原告勝訴が40%
未決10%

未決は、そのうち和解か判決が下されるでしょうから、前2つと同じような比率で結果が出ると推定可能です。
そうすると(少し細かな計算になりますが)

0.5+0.4*0.4+0.1(0.5+0.4*0.4)=0.716=72%

通常の訴訟における原告の認容率80%代半ばとそれほど大きく違わないことになります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

FFFさんの説明によりますと、5%しか認容されなくても容認率に入れるということですから、和解も被告側から何らかの金銭の支払があれば容認されたとみなすということですよね。
そうであれば、医療訴訟の容認率が他の類型と比べ低い、というのは上記の引用で示したように、せいぜい10%程度ではないでしょうか(有意といえば有意ですが)。

裁判にいたるケースというのは、患者側は医療ミスだと思っている。病院側は医療ミスだとは思っていないケースなんじゃないかと思います。
こう言い切るのはいささか語弊はありますが、病院が医療ミスだと思っていないときというのは、おそらく客観的に医師が判断すれば、明らかな医療ミスでないケースが多いんじゃないかと推測します。
理由は、病院に明らかなミスがあれば示談に持っていくであろうからです。

恥ずかしながら、僕の母校の大学でも医療ミスを起こしています。ま、今時珍しくもなんともないですが・・・。
そのケースは病院側が一方的に悪くて、とにかく平謝り。最終的には示談にしました。おそらくミスが明らかなときには、病院は示談にもっていこうとするんじゃないでしょうか。争っても意味がないですから。

荒らし認定(?)の北の内科医さんですが、僕がいいなあと思ったのは「脅迫和解」というネーミングです。
裁判所による和解勧告は病院にとっては北の内科医さんが言うように、「拳銃を頭に突きつけられて、殺されたいか、1億円出すか、と問われれば、そりゃ金出しますよ」に近いと思います。

和解を拒否すればどうなるか。おそらく裁判官は拒否した側に厳しい判決を出すのではないか?
実際にそうなるのかどうかはわかりません。銃を突きつけられたって、相手が本当に撃つかどうかはわからないわけですからね。
でもその恐怖は十分なものです。

サラ金で払いすぎた金利分を取り戻す裁判を考えて見ます。
仮に1000万払いすぎていたとします。原告側は1000万損していますが、被告側は裁判の時点で1000万儲かっているわけです。
和解で被告は原告に800万支払え、となったとします。

サラ金側は1000万丸ごと儲けることはできなかったが、200万は残せたからまずいいか、と思います。原告側も、このままだらだらと裁判が続けば1000万取り戻せても、それ以外の経費や時間もかかる。だったら800万取り戻せたんだからまあいいや、と思えるでしょう。
これは両者とも納得の本当の「和解」でしょう。

医療訴訟では、誰も不当に利益を得ているわけではありません。ですから被告である病院にとっては、儲けすぎのお金を返すのではないのです。
仮に5%の認容であっても、病院側が支払うお金はマイナス以外の何者でもありません。
逆に原告側が受け取るお金は、仮に小額でもまるっきりプラスとなります。一見認容されたパーセンテージは低く見えますが、全面敗訴以外何らかのお金を受け取るわけで、勝訴といえなくもない。

このへんはFFFさん等に何度もレクチャーと受けたので、儲かったお金を返すという話ではないことは十分承知していますが。
しかし、医療ミスだとは思わないのに和解を勧められた時の病院の感じ方としては、やはり北の内科医さんの表現に近いものではないかと・・・。

No.100 FFF さん

変なことを思いついたので、ちょっと追加させてください。

>何となくの感覚で申し上げると、そもそも過失の有無をめぐって全面的に対立しているような事件が提訴前に示談で解決することは殆どなく

例えば遺失利益が1億の医療事故がありました。病院としてはミスとは全く考えられないような症例とします。しかし遺族が医療ミスだ賠償しろと言ってきた場合。
裁判になれば医療機関は、着手金369万。全面勝訴で、報償金738万。合わせて1137万は、ほぼ確定した出費となるわけです。もちろん勝てる保証もなければ、いろいろな労力も時間も取られるわけです。(弁護士費用をまけてもらえるだろうという話はこの際なしにします)
ここで裁判前に1000万での示談を原告側が切り出したとします。損か得かを考えれば、受けて裁判を回避した方が医療機関は明らかに得です。
こんな計算が成り立つわけですから、提訴前の示談で、医療機関側が納得していないにも関わらず示談している例は、少なくないと思われます。
FFF先生や私の知っている何人かの患者側弁護士の話を聞いた私の印象では、患者側の弁護士の良心は信頼できるものです。しかし、とんでもないことを言っている患者側弁護士も時に見かけますし、着手金を安くしても、勝てそうな案件は本裁判で、そうでないものも上のような手段で対応できるのだということに気付いてしまいました。

元行政さん:
 ありがとうございます。もうすこしおうかがいしてよろしいでしょうか?

>育児休暇が絶対必要になったならば、代わりの派遣医局員と交代になって、無職になる
 雇用関係そのものがなくなるので、給料も休業給付金も出ないし社会保険料も出ない、ということですよね。
 「休暇」終了後に復帰はできるのでしょうか? (下記の技能の問題と重なると思いますが)

>圧倒的にバイトの勤務先の方が時給等はよい
 これは、常勤の場合にはサービス残業を強制されるのに対して、アルバイトはそうではないので、結果として時間あたり給料が高くなる、と理解してよいのでしょうか。

>スーパーローテ以降は、医局に属さずに、自分で就職先を見つける医師が出てくるようになりました。また、率のいいアルバイト専門で、暮らしている医師も見かけるようになりました。
 この部分は、これは新しい制度の話であって、そうした医師はかなり少数派だというニュアンスで読みました。今後はそのような形態が増えていくとお考えでしょうか?

>医師の仕事から離れると、たちまち技能が下がること
 「たちまち」というのは、具体的にどれくらいの時間幅でしょうか。一般企業でもこのあたりは職場/職種によってさまざまで、1月休むともうだめ、というところから、1年くらいはどうということもない、というところまで、いろんなケースがあります。それは本人もだいたいわかるので、休業するときには、その範囲内で復帰できるよう、いろいろ画策したりします。企業側も対策 (短時間勤務にするとか託児所をつくるとか) を講じていますし。
 また、技能が下がるというのは、それまでに蓄積した技能が「錆び付いて」使えなくなる、という感じなのでしょうか。それとも、新しい技術や知識が入ってこないので、ついていけなくなる、という感じでしょうか。

Level3 さん:
 費用の問題は、負担増をどこに分配するか、という話になるのだと思います。選択肢は、健康保険料をあげるのか、税金から投入するのか、本人負担を引き上げるのか、という3種類でしょうか。このあたりはすでに議論の蓄積があるところだと思うので、自分で調べてみます。
 人材の供給については、医学部の卒業者を毎年どれくらい出すかという問題と、卒業後の就業行動という部分にわかれそうです。国としては、計画をたててコントロールしているのでしょうか?
 あとは医療サービスに対する需要が過大 (?) だという問題がありそうですが……。需要を減らす手というのはないのでしょうか。開業医のほうに誘導する、ということでもいいのですが。

上の2つのコメントを書きながら、さらに変なことを思いついてしまいました。

現行の裁判制度を変えずに、医療機関がこの状況に対応していくためには、鑑定機関等を作るのではなくて、例えば医師会などが音頭をとって、正当な内容ならば医療裁判で医療機関が決して負けない、医療機関にはあまり負担をかけずにとにかく裁判に勝つように頑張る巨大弁護士集団を作り上げて、安価に会員が利用できるといったようなことが、現実的ではないかと考えるのですがどうでしょうかね?
献金するよりいいと思うし、求心力アップにも繋がると思います。

既出かもしれませんが、フィンランドのような、無過失保障制度が導入されたら、事態は良くなるでしょうか?

自分自身、毎日仕事するたびに綱渡りしているようなものです。自分の命が一年減っていいから、うまくいってくれ と思うこともたびたびで、そろそろ寿命も残りわずかになってるかもしれません。
別に患者さんから感謝されたいと思って仕事をしてるわけではなく、自分のやってることが人のなんらかの役にたってて、それに対して給料を貰えたらとっても嬉しいというだけのこと。

悪人扱いされてまで続けたい仕事ではないです。

患者さん側にしても、遠慮深い人には同じ障害が生じても何の保障も貰えず、Activeな人にだけ大量のお金が払われる現状は不公平だと思います。
無過失保障制度は医師側患者側双方の問題を多少でも解決するものでしょうか。

>元行政さん

 裁判官の資質の問題もありますから、いかに正当な内容であっても絶対負けないという保証はしかねると思いますが、悪くないアイデアかもしれませんね。

 弁護士も経験がものを言いますから、医療側の弁護士を育てるという意味でもやる価値がありそうです。

 医療側は原則的に被告側で、裁判に勝っても金が入らない立場ですので、弁護士費用の捻出はそれなりに苦労がありそうですが、これも保険の一種と考えられますね。

>>医師の仕事から離れると、たちまち技能が下がること
> 「たちまち」というのは、具体的にどれくらいの時間幅でしょうか。一般
>企業でもこのあたりは職場/職種によってさまざまで、1月休むともうだめ、
>というところから、1年くらいはどうということもない、というところまで、
>いろんなケースがあります。

田中さん,
医療の技能は,ある意味ではスポーツのようなものです.ある一定のレベルまで到達していれば,例えば1年とか休んで(留学したりして)も返ってきた時には非常に短期間でほぼ元のレベルに復帰できます.しかしそのようなレベルに達していない者は例えば1ヶ月休むだけでも元の木阿弥のようなこともあり得るものだと思います.個人の資質と意識にも左右されます.

>費用の問題は、負担増をどこに分配するか、という話になるのだと思い
>ます。選択肢は、健康保険料をあげるのか、税金から投入するのか、本人
>負担を引き上げるのか、という3種類でしょうか。このあたりはすでに議
>論の蓄積があるところだと思うので、自分で調べてみます。

このことは先週のNHKの番組の中でも議論されていたと思います.個人的には税金から投入すべきと思っています.少なくとも日本は諸外国に較べて医療費が少なく,その反面公共事業費が多くなっていますから,公共事業費を削減して医療費に廻すというのが本来の姿だと思っています.「医療や教育は国民の根本である」というのでしたらそうすべきでしょう.使う事もできないミサイルよりも医療費ですね.

>人材の供給については、医学部の卒業者を毎年どれくらい出すかという問
>題と、卒業後の就業行動という部分にわかれそうです。国としては、計画を
>たててコントロールしているのでしょうか?

医学部の卒業生数は厚生省(当時)が昭和59年(だったと思いますが)以降減少させました.昭和55年に1県1医大構想の最後の大学(香川医科大学他3校だったと思います)が作られるまでは医学部の入学者数は増加していました.さらに女性が医学部に進学する割合が増えました.(共通一次試験->センター試験が始まったことが影響していると個人的には思っています.)これらによって実働できる医師数の伸びは抑制されてしまいました.これに加えて医師一人当たりの仕事量も増えたことが,現在の医師不足の理由であると思われます.
先日,やっと厚労省はいくつかの都道府県の医学部の定員を増やすことを決定しましたが,何とか使い物になる医師が増えるのは10年くらい先ということになります.(医学部6年+スーパーローテ2年+後期研修)それまで厚労省はひたすら「医師数は足りている」として定員を増加させようとしませんでした.背後には「医師数が増えれば医療費が増大する」という懸念があったからのようですね.

卒業後の進路に関して国がコントロールするということは「職業の自由」に反しますから実際にはできないと思います.聞いた所ではB医大の医師は指令であちこちの病院に行かされるそうですが,こんなのは例外でしょう...
僻地etc.の医師を確保したいなら,行政が労働環境や待遇を整えて誘導を図るというのが本来の姿かと思います.反対にF県のようなことをすれば県立病院や県立医大から医師が逃散していなくなるのは目の前かと思われます.

No.115の元行政さん、交通事故の損害賠償保険では、加害者が民事裁判を起こされた場合、保険会社の弁護士が訴訟を遂行しますが、それは当初の保険料に込みです。
ウチの近くにも、保険会社数社の顧問をしている弁護士がおりますが、もう交通事故のプロです。
医療事故の裁判の場合でも、保険に入っていれば、保険会社の弁護士が訴訟を遂行しているはずです。

「医療と検察」エントリにて、しま様にご紹介いただいた最高裁のホームページは、有益な情報がいろいろ載っておりますので、重複しますが、ここにもお知らせします。
裁判所の医療訴訟に対する認識がよくわかります。特に、医師の皆さんは、是非お読みください。

http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/asu_kondan/asu_kyogi13.html
「明日の裁判所を考える懇談会(第13回)協議内容」
日時 平成16年7月26日(月)15:00〜17:00

> 元行政さん  (No.111のコメントについて)

 問題は、「医療機関としては訴訟が表沙汰になるだけでダメージ」というところでしょうか。自分などは、医療訴訟が提起されたことを報道する記事を見ても、当事者の主張としてはそうなのねと思うだけですが(※)、裁判に縁のない一般の方の受け取り方は違うのかも知れません。「被告」という呼称も、刑事事件の被告人を想起させる面があります。

※ 実際、原告としてはこう主張しているとだけ報じる記事も多いのですが、被告の応答は大抵「訴状を見ていないのでコメントできない」だったりするので、結果として一方の主張のみが掲載されるという傾向はありますね。

 ただ、明らかに不当な提訴に対しては、報道等を恐れて安易に妥協することはいかんと思いますし、それなりに毅然とした対応がとられているのが実情ではないのでしょうか。病院や企業に対してクレームをつけ、「訴訟するぞ!」と脅してもすぐに巨額の示談金をせしめることができるかというと、恐らくそうでもない。当たり前ですが、是々非々で対応するしかないのだろうと思います。

 以前にも書いたとおり、医療紛争は弁護士にとって極めて負担の重い類型なので、まともな弁護士であれば、ロクに選別もせず受任してとりあえず金を要求するなんてことはしないと思います。ただ、弁護士を通さず、本人が交渉しているケースがどれだけあるのか、その中で、言いがかりとしか思えないが泣く泣く金を払って解決したというケースがどれだけあるのか、自分としては知る術がありません。その辺りは、病院側と弁護士側とで感覚を共有しにくいところだと思います。病院側は、弁護士による一応の整理すらされていない、何を言いたいのかも分からない苦情に日々悩まされており、それを前提に「とんでもない言いがかりばっかりだ」と嘆くことになり、患者側弁護士は、患者が不満を抱くのももっともだと考えて受任したケースが念頭にあるから、「患者の訴えを軽視する姿勢はけしからん」的な発想になる、と。

No.113の方については、そもそも被告側の弁護士報酬は、原告の請求額から単純に導かれるものではないということがいえますが、その点を措くとしても、単純な数字では計れないメリットを考えて頂くしかない、ということになりましょうか。一般の企業でも、クレームで請求された額と、そのクレーム処理に必要なコストの大小を単純に比較して、後者の方が大きい場合にはほいほいと請求額の支払いに応じているわけでもないでしょうし。

それから、前にも書いたとおり、裁判を起こすのはかなりホネの折れる仕事であるうえに、費用もかかります。例に挙げられた1億円の請求をするなら30万円以上の印紙が必要になりますし、訴状審査といって、主張が法律的に整理されているかどうかもチェックされるわけです。医療訴訟であれば、どのような医療行為がなされ、そのうちのどの部分がどのような意味で過失と評価されるべきであり、いかなる損害が生じており、損害と過失との間にどのような理由で因果関係が認められるかを逐一説明しなければならず、このような負担をこなすことが単なるクレーマー(あるいは、医療ミスなどないと思っているのに病院を訴えて金をせしめようとしている人)に可能か、そこまでする人が本当にいるのか、自分としては疑問に思います。

>FFFさん
ただ、府中のがん検診みたいにどう考えても言いがかりとしか思えないような訴訟も時々あるのは確かなところで、その辺りで医師が不信感を持つのもわかるような気がします。

> 医療機関としては訴訟が表沙汰になるだけでダメージですから、和解で、何らかの賠償を得るということに関しては、原告はものすごく有利だと思われるのですがいかがでしょうか(No.111 元行政さま)

私の直感としては、医療機関が訴訟を隠したいというだけの動機で、過失もないのに大金を払うとは思えないのですが。
医師個人は積極的に闘う気持ちがなくても(ご指摘の、雇い主任せ、保険でカバー、患者への同情という理由はありうることと思います)、
医療機関としては、患者の要求するままに無制限にお金を出すことはできないでしょう。
公立病院であれば税金の支出について議会の調査等の縛りがありますし、民間病院でも収支の帳尻を合わせる必要があります。
このあたりは、実際に医療機関の関係者の方から、実情をご説明いただけないでしょうか?

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> 医療訴訟では、誰も不当に利益を得ているわけではありません。ですから被告である病院にとっては、儲けすぎのお金を返すのではないのです。
> 逆に原告側が受け取るお金は、仮に小額でもまるっきりプラスとなります。
> 儲かったお金を返すという話ではないことは十分承知していますが。(No.112 整形Aさま)

整形Aさまはご承知の上でおっしゃっているのかもしれませんが、他の方には誤解を招きそうなので、補足しておきます。
医療訴訟は不法行為または債務不履行による損害賠償請求であり、原告患者側としては訴訟前の出発点は「損害がある(マイナス)」状態です。このマイナスを、ゼロになるまで回復することを求めているのですから、訴訟でお金をもらったからといって、儲かったという意識はありません。
損害賠償の趣旨は損害額(マイナス)が填補されることですから、最大限もらってもゼロになるだけで、プラスにはならない−焼け太りは許さない−のです。

一方、被告病院側は訴訟前は儲けはないのでゼロであり、敗訴するとお金を支払わされてマイナスの状態になります。
このように、損害賠償をするということは、責任のないAのマイナスを、責任のあるBに移転するという意味であり、このことを、「損害額の公平な分担」と言います。

過払金取り戻しの事例にならって、医療訴訟における和解の経済的メリットを示すと、
裁判の時に患者は1000万円の損害があり、病院は一銭も負担がありません。病院に過失があったとして、患者に対して800万円支払うことで和解するとします。
病院側は敗訴判決を受ければ△1000万円の負担を負わされるおそれがあるところ、200万円を値切って△800万円の支払で済んだからまずいいか、と思います。患者側も、このままだらだらと裁判が続けば1000万の損害を回復できても、それ以外の経費や時間もかかる。だったら800万を得て、残△200万円のところまで回復できたんだからまあいいや、と思うわけです。

もちろん、これは病院側に何らかの過失を自認していなければ成り立たない話です。
(サラ金事例では、サラ金側に返還義務があることが前提)
病院側が自己に過失がないと思っていれば、そのことが裁判で立証できると思うならば、1000万円の請求に対して800万円で和解しようとは考えないでしょう。

No.113 元行政さまは、病院が過失がないと思っていても、弁護士費用程度の請求ならば、訴訟を避けるために和解に応じるのではないか、と言われます。
しかし、私はやはり、病院が理不尽な要求を黙って飲むとは思えないのです。
理由は、
1.感情的な不快感 普通の人間は、身に覚えのない過失を指弾されれば、大変な屈辱を感じます。相手の言いなりにお金を払うくらいなら、同じ金額を弁護士に払うわい、として訴訟を追行する人は多いです。
2.他のユスリタカリを誘発する あの病院はお金をくれるところだという噂が広まっては、不当な請求者がどんどん現れ、食い物にされるおそれがあります。

特に、病院側にはほとんど弁護士代理人が付いているでしょうから、こうした理不尽な和解を受けるように勧めるとは思われません。病院側代理人というと、病院の顧問弁護士や保険会社の弁護士でしょうが、そういった人達が揃いも揃って、原告側の弁護士と比べて、著しく能力が低いとは考えにくい。

> 医療機関にはあまり負担をかけずにとにかく裁判に勝つように頑張る巨大弁護士集団を作り上げて、安価に会員が利用できるといったようなことが、現実的ではないかと考えるのですがどうでしょうかね?(No.115元行政さま)
これは、既存の医療者側弁護士の仕事ぶりに満足できないと言う趣旨に受け取れますが、お医者さんたちは自分の弁護士に対して、ご不満な点が多いのでしょうか?

> 整形Aさん  (No.112のコメントについて)

 お久しぶりです(笑)。最近クレーマーからテロリストに昇格させられたせいか、忙しくて・・・・。

 和解については、金銭の支払いを伴わないものも含めて「和解」とカウントされます。分かりにくいところだと思いますが、何しろ和解なので、当事者がそれでよいといえば、基本的にはどんな内容だってよいということです。医療訴訟に限らず、金銭の行き来なしで和解になるということは結構あります。が、それが何%かという統計はちょっと見当たりません。すみません。

 裁判所による和解勧試のあり方については、裁判官個人のキャラクター、ポリシーがかなり強く現れるところなので、一概にこうだということは申し上げられません。そもそも、裁判所が何も勧めなくても、当事者同士で交渉を進めて裁判上の和解に至るケースだって少なくありません。
 
 和解を拒否した場合に不利に扱われるか、というのはよくあるテーマで、法律家によって全く解説が異なる論点でもあります(笑)。自分の見解では、「和解を蹴ったことの腹いせとして殊更不利に扱われることはない。ただ、裁判所は、もともと当事者の弱いところを念頭に、判決になった場合の結論を考えて和解案を出しているので、和解案を蹴っても、大体それに近い結果が待っている。」というものです。裁判所不信、権力不信の強い弁護士なら、「和解を拒んだら判決で仕返しされた!」位のことは言うと思いますが・・・・。

 まあ、判決をすれば病院側が確実に全面勝訴だと見込んでいるのに、病院側に多額の支払いを求める和解案を提示する裁判所はないでしょうから、逆に言うと、まとまった額の支払いを打診されたら、裁判所としては病院側にそれなりの落ち度があったと考えており、判決になった場合は厳しい結論が予想される、ということは言えそうです。病院側として全く落ち度がないと考えているのに多額の支払いを内容とする和解を勧められたら、あっさり断って判決を待ち、不本意な結果であれば高裁に判断を求めるというのが筋だと思います。

 後半にあるサラ金の事例は、法律的には不当利得という類型になります。被告が原告から不当に吸い上げた利益を吐き出させるというモデルです。一方、医療訴訟は損害賠償請求という全く別の類型になり、そもそも「原告の損失=被告の利益」ということを前提にしていません。交通事故による賠償請求と同様です。

 ただ、この類型でも、原告が現実に被った損害について賠償を求めることに変わりはないので、「原告側が受け取るお金は、仮に小額でもまるっきりプラスとなります」という理解は、ちょっと違うのではないかと思います。死亡により収入が得られなくなったとか、葬式代がかかったとか、そういったマイナス分を穴埋めするために損害賠償を求めるのであって、事故前との状況と比べると、全面勝訴によって収支がプラスマイナスゼロになるというイメージです。

 なお、勝訴により収支がプラスになるというのは、いわゆる懲罰的損害賠償が認められた場合にはあり得ますが、日本の裁判所は、そのような請求を認めないのが現状です。

No.114 田中 さん

まず簡単なところから。

>バイト先の時給
例えば研修医だと本給自体がすごく安いです。一ヶ月の本給より、バイト一日の収入の方が高いなんてことも、昔は普通にありました。今は研修医でもそれなりにもらえますが、一般のサラリーマンの初任給より低い職場はいくらでもあります。バイトの時給は、研修医でもベテランでも大きくは変わりません。ニセ医者が高額の収入を得ていたニュースが少し前にありましたが、バイトで週40時間程働けば、病院長クラスの収入になります。さらに大学勤務だと、教授でもすごく本給が安いです。(先日のTV番組で、某外科医が、米国時代年収8000万、日本に帰ってきたら800万と言っていたのはご覧になられましたか?)

>今後はそのような形態
スーパーローテは、歪な勤務形態しかないと思っていた医師を目覚めさせました。違う方法を知ってしまった研修医は、昔の我々と同じ道は歩まないでしょう。新しい医師をみて、他の医師も当然気付きますし、新人が入ってこなければ維持できないシステムでもあるわけです。雪崩式に増えていると思います。

>育児休暇後
医局に属していれば、次の勤務先は見つけてくれるでしょう。しかしながら公務員や大手企業のようにそれらをとること自体が稀だと思います。同期の女医さんは、両親に子供を預けてずっと勤務していたり、医者自体をやめたりしています。
他の業種でも同じでしょうが、出産等の時期は、医師として腕を磨く時期と重なることが問題で、下手をすると出産後に研修医からやり直さねばならないことも考えられます。そして年をとるとこんなに差がでるのかというほど医師としてのセンスを身に付けることが困難になっていきます。

>技能が下がる
そう言われれば、他の業種でも同じことが言えるかもしれませんね。Level3先生が代わって答えて下さっているので追加することはありません。

弁護士の諸先生方、コメントどうもありがとうございます。

コメントを読んで、まず自分の保険内容を確認すべきだと感じました。
確認後、またコメントさせていただきます。
本日は失礼いたします。

田中さんへのレス送れて申し訳ありません。

>常勤/非常勤医師の勤務実態はどのようなものなのでしょうか?

医者の場合、大学病院、国立病院などの公立病院では給料は低く、
私の場合、大学病院のメジャー科で40才まで医員でしたので(研修医の話ではありませんよ。)、日雇いのお給金でした。ボーナスをもらえたのは、40才になってからですので、同じ40才の看護婦さん達に比べて圧倒的に少なかったです。年俸は220万円でした。本俸は低いけど、非常勤医師として週に24時間ほど、地方の民間の救急告示病院にアルバイトに行ってましたので、別個に年俸が500万円近く入っており満足していました。(今何歳かは秘密ですが、臨床は休日しかしておりません。)

正規職員の場合、公務員の医師は年齢により年俸700万円〜1200万円程度だと思います。民間病院での正規職員医師は、1200〜1800万円ぐらいでしょう(もっと上も下もありますが)。

アカデミズムの尊敬される医療職では、例え給料が低くても、国公立の職場にやりがいを感じて居座る人も多かったです。今考えると幻想なのですが。

給金的には
常勤民間医師>>非常勤民間医師=常勤公立医師>>非常勤公立医師

勤務のきつさで言えば
常勤公立医師=非常勤公立医師>>常勤民間医師>>非常勤民間医師
といった感じですが、科や地方によっては違うかもしれませんし、私の偏見かもしれません。

勤務実態で言えば、公立の常勤医は、どこもほぼ労働基準法無視の状態といって過言ではないでしょう。月に3〜6回夜間当直があり(オンコールを別にして)翌日も朝から通常勤務です。(民間でも無茶をさせられますけど)
ただ、女性医師の場合は、体力的に当直が無理だったり、結婚や出産に伴う環境変化のため、非常勤医師として勤務形態を変更する方も多いし何故か許されますので、千差万別です。(主婦専業も居ますし、外来だけとか、週3日とか変則勤務もあります)

田中さんの知りたい情報とピントがずれているのは承知のうえですが、この程度しか知りませんので、、、

竹薮みさえ氏のブログ「ざ。問題主婦」で、「ばあばさまからの投稿」の新作「8」がupされたようです。
http://takeyabumisae.blog66.fc2.com/blog-entry-81.html
臨床医の診察・診断の過程について、非常に的確にかつわかりやすく説明してくださっています。

No.119 PINE さん

>医療事故の裁判の場合でも、保険に入っていれば、保険会社の弁護士が訴訟を遂行

ちなみに私の入っている医師責任賠償保険はこれです。
http://www.kaito.co.jp/doctor/doc_faq.html
そして参考になるページです。
http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/rskmng.html#ibaiseki

後者のページから引用すると
『保険会社は,(干渉はするが)助けてはくれない:保険会社との相談なしに,勝手に示談などをやると,賠償金が支払われないことがあるので,交渉は事前に保険会社に相談することと,契約内容に書いてはあります.しかし,これは,保険会社のおかかえ弁護士さんがあなたの代わりに示談してくれるという意味ではない.このフローチャートを見てください.ね,わかりました?保険会社はあなたと患者側の交渉には直接タッチしないのです.患者との示談,裁判ははすべてあなたやあなたの勤務先がやるのですよ.』
保険会社がどのように干渉してくるか実際のところは私にはわかりません。雇うべき弁護士を紹介してくれるかどうかもわかりませんし、何かこちらの負担(金銭的又は作業の)をもとめる可能性もあります。機会があれば経験者に実際のところを聞こうと思いますが、もしご存知の方がおられましたらご教示よろしくお願いします。

No.123 YUNYUN さん

>これは、既存の医療者側弁護士の仕事ぶりに満足できないと言う趣旨に受け取れますが、お医者さんたちは自分の弁護士に対して、ご不満な点が多いのでしょうか?

我々は、ニュースでどうしてこんな案件で負けるのだと強く感じ、実際に判決文を読んでますますその感覚を強くしています。さらに、崩壊のエントリでの一連の議論で、被告側の戦い方の問題に関する指摘が、法曹側から出ていますし、それに関して私を含めた医療側もある程度同意していますが、いかがでしょうか。
それからこの提案は、医者側弁護士の能力の問題だけでなく、当事者である医師自体が梯子を外す問題や、(私の勝手な推測ですが)示談に流れやすいという問題の解決も視野に入れての提案のつもりです。
また、原告側弁護士がまとまって集団として助け合って活動しているイメージに比べ、医者側弁護士は個人という印象を持っています。

>特に、病院側にはほとんど弁護士代理人が付いているでしょうから
医師賠償責任保険の話で書きましたように、弁護士を探すこともしなければならないみたいですよね。医者側弁護士(医療を得意としている被告側弁護士)は数が少ないという話も聞いています。金銭的な問題もあります。保険会社の紹介ということになるのでしょうかね。原告側が医療裁判をライフワークにしたりしているのに対し、専門でもない普通の弁護士がつくことになるような気がします。

>1.感情的な不快感
>2.他のユスリタカリを誘発する
自分の行為に誇りを持っているのは、病院よりも医師の方でしょう。医師の誇りを傷つけないために(辞められるのを防ぐために)病院が頑張ることはあると思いますが、営利組織って逆にドライではないですか。保険会社も、自分が払うのだから示談にしろと言ってくる可能性はあるでしょう。医師が諦めた場合は、そのまま流れていくような気がします。
それから示談に応じる例は、遺失利益が高い事故ですから、基本的に強請ろうと思っても、なかなかお膳立てできないはずなので、気にする必要はないと思われます。

>訴訟を隠したいというだけの動機
強い動機になるという話で、金銭エトセトラのメリットデメリットを含めて、そのような判断がなされるのだと思っています。

No.129 元行政さま
>医療事故の裁判の場合でも、保険に入っていれば、保険会社の弁護士が訴訟を遂行
というのは、少々おおざっぱな説明で、詳しく述べますと、

1.医療賠償責任保険の基本的な内容は、
医療過誤、すなわち医師に責任がある場合に、医師が患者に支払うべき損害賠償金額をカバーするということです。
医師本人に代わって保険会社が患者との示談交渉をしてくれるか(弁護士法との関係で問題アリ)、医療訴訟を提起された場合に医師側が負担すべき訴訟費用や弁護士費用を出してもらえるか、また医師の代理人となる弁護士を紹介してもらえるかは、オプションでありそれぞれの保険契約の内容によります。
ご自分の契約の契約書(約款)をよく読んで確認してください。

2.医師に責任があることを、保険会社が認めなければ(査定)、保険金は支払われません。
保険会社が認める場合とは、典型的には、訴訟判決、訴訟上の和解、起訴前の和解、裁判所の行う民事調停等です。これらは強制執行力を持ちますから。
また弁護士代理人が付いての訴訟外の和解を認める会社もあります。しかし、弁護士には保険会社と事前に相談しておいてもらうよう頼むほうが無難です。

それ以外の方法、つまり裁判にせず弁護士も頼まず、自分自身で患者と交渉して示談しようとする際には、必ず保険会社と相談して、その示談内容で保険金を払うという承諾を得ておかなければなりません。勝手に示談すると、保険金が出ずに、自腹を切ることになるおそれがあります。

3.保険会社としても、医師が法律に無知なまま勝手に示談してしまい、後で保険金が出ないことが分かって保険会社との間でトラブルになることは困りますので、
たとえ契約内容に明記されていなくても、「代理人弁護士をご紹介します」ということがあります。特に、訴訟を提起された場合は、医師が本人訴訟すると不当に負けるおそれが大ですので、何が何でも付けろと言ってくるでしょう。

代理人弁護士を頼む場合に、訴訟するにせよ、訴訟外で和解するにせよ、保険契約で弁護士費用をカバーすることになっていれば、そのお金は保険金から支払われます。
しかし、弁護士費用は各弁護士によって異なるため、自分が選んだ弁護士が、保険会社の出す金額の範囲内で事件を受任してくれるかどうかが問題です。もし高い弁護士を選んだら、差額は自腹を切らなければなりません。(安い弁護士を自分で探して頼んでも、安いなりの弁護士費用しか保険会社は払いませんので、探すことは無意味です。)
この点、保険会社が紹介する弁護士ならば、保険金の範囲内で仕事をしてくれることは最初から了解済みなので、安心です。
また、現状では医師に限らず、個人的に弁護士(しかも、医療者側で訴訟を引き受けてくれる弁護士)を知っているという人はまだまだ少ないので、紹介してほしいということもあるでしょう。

従って、実際上は、弁護士費用が保険でカバーされるか否かにかかわらず、弁護士を付けるなら、保険会社が紹介した弁護士に頼むというケースが圧倒的に多いと思われます。

4.保険会社が弁護士を紹介してくれたとしても、訴訟や示談をする主体はあくまで医師本人であって、保険会社が全てを肩代わりしてくれるわけではありません。
弁護士とは綿密に打ち合わせを行って、カルテや文献などの訴訟資料を集め、本人尋問など裁判所に行くべき日にはきちんと出頭しなければなりません。
日常仕事が忙しいからといって、そういう作業に手を抜くと、敗訴という手痛いしっぺ返しをくらう結果となります。
(本人が訴訟に非協力的であったために、本来勝てるはずの訴訟に敗訴した場合に、保険金が下りるかどうかは、問題となります。)

補遺.弁護士代理人を頼まずに、保険会社の社員が示談交渉をやってくれるか。
普通はやってくれないと思います。
理由
・弁護士でない者が法律事務を業として受任することは、弁護士法で禁止されている非弁活動に当たる。
・医事紛争は難しいから、保険会社の社員には示談は困難。

cf.自動車保険では、保険会社の「示談代行サービス」というオプション契約が行われています。
これも弁護士法違反でないかが問題となりますが、保険会社の社員は保険会社の顧問弁護士の指導を受けながら示談をやっております、という体裁で、違法でないという扱いになっております。
「示談代行サービス」の付いていない自動車保険では、自分で示談交渉をしなければなりませんが、みな、簡単な案件なら代理店の人に相談しながらやったりしているようです。医事紛争ではそれは難しいと思います。

こんにちは、YUNYUNさん、FFFさん。
整形Aです。

いつもの僕の繰言に丁寧にお答えいただき、ありがとうございます。

>原告患者側としては訴訟前の出発点は「損害がある(マイナス)」状態です。このマイナスを、ゼロになるまで回復することを求めているのですから、訴訟でお金をもらったからといって、儲かったという意識はありません。
>損害賠償の趣旨は損害額(マイナス)が填補されることですから、最大限もらってもゼロになるだけで、プラスにはならない−焼け太りは許さない−のです。(YUNYUNさんのコメント)

>勝訴により収支がプラスになるというのは、いわゆる懲罰的損害賠償が認められた場合にはあり得ますが、日本の裁判所は、そのような請求を認めないのが現状です。(FFFさんのコメント)

まあ、この辺が医師と司法関係者などとの無限ループになるところなのですが・・・。
今別のエントリーで話題になっている「18病院受け入れ拒否」を例に考えて見ます。

あのケースも落ち着いたところで、患者側から賠償請求が出るでしょう。示談になるか和解になるか、裁判になるかはわかりませんが、きっとなんらかの支払が病院からなされると思います。

しかし考えても見てください。
あのエントリーでの論議をお読みいただければある程度理解できると思いますが、主治医が仮にCTを撮って脳出血を確認したところでその後の治療方針が大きく変わりはしなかったでしょう。
亡くなった患者さんには大変気の毒なことではありますが、亡くなる可能性が非常に高い病気になってしまった、ということだろうと思います。

もちろん確言はできないので、これからの議論はこの例とは別ということで進めますが、亡くなる病気になったのであれば、亡くなったことによる「損害」(マイナス)というのはそもそもないわけですよね。ゼロがゼロになるだけです。
もし医療によって運良く助かったのであれば、その人の延長された人生はまさに天からの授かりものとも言えるものです。

ところが、医療裁判では、この「天からの授かりもの」が、あたかも当然授かるべきがごとく主張され、損害賠償請求がなされます。
人間には医療を受けても助からない病気もあるのだ・・・と常識的に(我々から見て、ですが)考える人は損害賠償を求めず、亡くなる病気を、「助けられなかった」と無理難題を言う人は何らかの補償を得られる。

これは「焼け太り」ではないのか。結果責任による「懲罰的賠償」ではないのか。
医療側は常にこんな印象を持っているのです。
こういったことが罷り通る(と医療側は考えている)と、誰もリスクがある医療行為は行なわなくなります。そしてリスクのある医療現場から医師はいなくなります。

また18病院の話に戻りますが、この患者の場合、大淀病院も含めてどの病院が治療できたか?
当該エントリーで話が進むかと思いますが、複数の産科医、複数の脳外科医、優秀な麻酔科医を夜中に同時に呼び出せる施設ではないと不可能だったでしょう。救命できたかどうかは別にして。
そこまで完璧の状態でなければ、リスクが大きすぎて患者を受け入れることができない。それが現実になってきています。

まあ、これも医療崩壊の道標の一つ、ということなのでしょうね。

No.130 元行政さま
投稿が入れ違いになりました。

> 被告側の戦い方の問題に関する指摘が、法曹側から出ています

正直申しまして、その原因については、被告代理人弁護士の能力・意欲の問題ではなく、

> 当事者である医師自体が梯子を外す問題や、(私の勝手な推測ですが)示談に流れやすいという問題

が大きいのではないかという 印象 を私は持っております。
(あくまで印象です、経験に基づく実証的な主張ではありません)

> 原告側弁護士がまとまって集団として助け合って活動しているイメージに比べ、医者側弁護士は個人という印象を持っています
これは<印象>のみでしょう。
どちらの側の弁護士にも、一人でコツコツ仕事をするタイプの人もいれば、他の人と一緒にやるのが好きな人がいて、医師側の弁護士が個人と決まったわけではありません。
仕事上必要な勉強や情報交換は、どんな弁護士も当然にしているはずです。

> 原告側が医療裁判をライフワークにしたりしているのに対し、専門でもない普通の弁護士がつくことになるような気がします
むしろ逆であると考えます。
No.131に述べましたように、被告側に立つ弁護士は、病院の顧問あるいは保険会社の顧問弁護士であって、医療訴訟を何件も手掛けたベテランであることが多いのです。
保険会社としては、下手くそな弁護士を紹介して不当に敗訴され、本来払わなくてよいはずの保険金を払わされては損しますので、普段から一定の能力を持った弁護士を選んで顧問にしておき、医師に紹介していると思います。
これに対して、原告側の弁護士は、普段は医療訴訟はやっていないが、特に頼まれてスポット的に引き受けるということもありえます。

現実には、弁護士業界では医事紛争は専門性の高い訴訟類型と目されていて、
どんな弁護士でも手掛けるというわけではありません。
原告側であれ被告側であれ、医事紛争を引き受ける以上は、それなりの覚悟で専門的に勉強もし、意欲を持って仕事に打ち込んでいると思います。
従って、特に被告医師側の代理人弁護士が、無能でいいかげんな仕事をしているとは、考えにくいのです。

No.121 FFF さん

>このような負担をこなすことが単なるクレーマー(あるいは、医療ミスなどないと思っているのに病院を訴えて金をせしめようとしている人)に可能か、そこまでする人が本当にいるのか、自分としては疑問に思います。

自称親戚が出てきて、変な要求をすることは、昨今実際に経験することですが、こういうのは、先生の言われるような負担に阻まれるはずなので、無視していても問題はないと思いますし、実際毅然と拒否しています。
しかし、営利目的とも心のバランスを取るためとも、きっちり分けることができないのが人間の心理です。割に合わないクレーム商売も、逆恨みというスパイスが加われば、いとも簡単に実行できてしまう。それが、医療訴訟の問題なのだとも思っています。

>そもそも被告側の弁護士報酬は、原告の請求額から単純に導かれるものではない

崩壊のエントリでの一連の議論で、ありうる計算として出ていました。医療被告を専門とする希少な弁護士なら、要求してもやっていける需要がありそうな気がします。裁判になったとすると弁護士費用の額は実際のところはどんなところになるのでしょうかね。

YUNYUNさん、私の中途半端なコメントを、まっとうな内容に補足していただいてありがとうございます。

No.132 整形Aさま

「無限ループ」ではない、と認識しています。
YUNYUNさま、FFFさまが言われている「ゼロ」の原点は、過失があった場合が前提。
整形Aさまが言われているほうの「ゼロ」は、過失がなかった場合が前提。

どちらも、その前提のもとにおいては、誰にも異論はないことだと思います。

やはり、論点は、個々のケースにおける
「どの程度までのミスを『過失』と認めるべきなのか」
についての検討に集約されるのではないかと考えています。

No.133 YUNYUN さん

>これは<印象>のみ
ちょっとニュアンスも伝わっていないみたいですが、根拠がないわけではありません。
例えば原告側なら、医療事故原告側弁護士が主体となっている医療事故情報センターのような活動もあるわけです。被告側でこのような動きをしている存在を知りませんが、あるのでしょうか。またこのような活動をしている弁護士は、ネットで調べれば比較的簡単に見つけることもできます。そして手付金無料などを打ち出すなどもしており、専門でもない普通の弁護士よりずっとお得そうです。
実は以前ネットで被告側弁護士という方と話をしたことがあります。彼の話によると自分のような医療の被告側専門というのは少ないという話でした。おそらく先生のお話の専門というのは、比較的広い意味での専門で、医師の専門に喩えるならば、循環器内科専門医が必要なところに、内科専門医をもっての専門だと表現しているのだと思います。医療裁判ではそこまで専門性を要求されるだろうという私の考えが勘違いである可能性はもちろんありますが。

>無能でいいかげんな仕事
そこまで言うつもりは毛頭ありません。能力の高い人間が、できる範囲内で全力をつくしていると思っています。しかしマンパワー大きく、特化の度合いも強い集団と、一般的な個人事務所では差はかならず出ると思えるだけです。大病院と個人開業医との差に通ずるかもしれませんね。もちろん簡単な案件では両者に差はありませんが、それが必要な高度な分野では勝負にならないでしょう。

No.131 YUNYUN さん

解説ありがとうございました。補遺も勉強になりました。

> 元行政さん  (No.130のコメントについて)

「原告側弁護士がまとまって集団として助け合って活動しているイメージに比べ、医者側弁護士は個人という印象を持っています」という点についてですが。

主に患者側の代理人となる弁護士の方が、勉強会等のネットワークの形成、情報の集積に熱心だという印象は、自分にもあります。

ただ、これは、そのような努力をする必要があるから、という面があるように思います。というのも、患者側の代理人は、何しろクライアントが素人ですから、自分たちで医学的な情報の収集に奔走せざるを得ない。協力医も、利用できる医学文献も、とにかくどうにかして見つけないといけないわけですが、独力では限界があるので、同種の訴訟を手がけている弁護士との情報交換をするニーズが高いといえます。そのような機会では、医学的知識自体を教えてもらうこともありますが、それ以上に、医学情報への効率的なアクセス方法をめぐるノウハウを学べることが大きかったりします。

一方、病院側の弁護士は、クライアントが専門家であり、クライアント自身や、クライアントから紹介される医師から色々医学的なことを教えてもらえたり、資料も提供してもらえるので、情報収集という点では患者側に比べて負担が少なく、そもそも、弁護士間で連携するニーズが乏しいものと思われます。

ただ、だから病院側弁護士の訴訟遂行能力に問題があるかというと、自分は全くそのようには思いません(全体的に観察すると、です。個々的にはともかく。)。患者側より病院側の方が経験できる紛争の絶対数が多いうえ、前記のように、紛争において必要となる医学情報にアクセスすることが容易である結果として(患者側弁護士が有用な情報と本質的でない情報の区別ができず時間を浪費している間に)、より効率的に経験を重ねることができるように思います。他方、患者側の業務を仕事の中軸に据えることは相当リスキーで、訴訟に必要な経費、時間を考慮するとローリターンでもあり、実際にもそのような弁護士は僅少だと思われます(弁護士にとって、ある分野の事件を熱心に担当するということと、それで経営を成り立たせることは全く別の問題です。それだけで食っていける分野とそうでない分野があります。)。

なるほど、弁護士も主にどちらの立場にいるかによって使える資源や作戦も変わってくるわけですね。しかも比較的どちらの立場をとるかは人によって決まってくる。
さらにこの類型の訴訟をメインの飯の種にするのは極めてリスキー。

さてそのなかで、医療被害者の人たちや仲間の弁護士さんとの話では
●ほとんどの医療訴訟は一般医師から見てもとんでもないミスを侵している。
 リピーター医師によるものが何割かを占める。
 それをカルテ捏造と、あと無茶苦茶な医療側有利な鑑定でカバーしようとしてくる。
 つまり裁判は捏造と不公正な鑑定との戦いであるとのご意見が多いようです

これは医師をやっている我々の
● 多くの訴訟は患者側の誤解に基づく。医療に求める基本的な能力を高く設定しすぎである。おまけにあとから判断したこうすればよかった方式の議論が法廷で高く捉えられることが多く、不当な判決が多い。

との意見と全然食い違います。
弁護士さんの層まで全然重なっていないならば、それこそヒトラー対スターリンの相手が悪い式全面対決に陥らないかと心配なのですが・・・

法曹関係者に、お尋ねしたいことがあります。

およそどの産業領域、社会階層においても訴訟関連や法律相談といった需要はあるでしょうし、法治国家ですから、私刑や暴力といった強制力を避ける手段として、あるいは社会活動の潤滑油以上のものとして弁護士があるんだろうと理解しているものです。

それで、業種によって一律とは言えないまでも、弁護士への依存度というのは、一定の傾向があると思うのですが、ある産業では、法的な関わりが少ないのに、極端に弁護士への依存度が多いとか、その逆の現象だとか、そういった極端な例はあるんでしょうか?

もっと、率直に聞きますが、弁護士の顧客として、勤務医や開業医を見たときに、仕事量の割りに報酬をケチっているとか、もっと弁護士を有料で利用すれば、医療業界全体が発展するのにとか、こんな点で医者相手は苦手だとか、あるんでしょうか?

我々は、弁護士に対しては、同じ学識経験者として、敬愛というと誉めすぎですが、何やら憎からぬ感情を持っています。しかし、時には、不当な医療訴訟の相手側の弁護士として登場することもあるわけで、愛憎半ばするというのが正確なところでしょう。

我々も、時にヒステリックな悲鳴を挙げますし、わがままな時もあるでしょうが、そもそも患者さんや弱い人を助けたいと思って、この世界に入ってきたわけです。初心はあなたたちと同じと思うんです。我々は、巷でイメージされる『傲慢な医者』というものにはあてはまらない、良き医者が大半だと思います。

率直のところ、医療界、医療従事者は、弁護士の目から見て、どうなんでしょうか?医療界にある、弁護士が協力しにくいポイントというのは、何なのでしょうか?他の産業や業種と比較してでも結構ですので、何かヒントをいただけないですか?

以前別のエントリでコメントしましたが、日弁連の機関誌「自由と正義」(一般の人でも日弁連から購入できます。)平成18年8月号で「医療事故と弁護士の役割」という特集が組まれ(ちなみに用語として「医療事故」「医療関係訴訟」等が用いられています。)、裁判官・患者側弁護士・医療側弁護士からそれぞれ寄稿がなされています。

医療側弁護士としては、東京の小西弁護士が「医療事件を受任した医療側弁護士の役割」と題して寄稿をしています。

その中で、小西弁護士は、医療側弁護士の医療界に対する役割として、『近時、医療側に厳しい判断が相次いでいるが、中には医療現場の実態とかけ離れた判断がされてしまっている場合もある。医療行為は不可避的に不確実性を伴うものであり、また医療資源には限界があり、その中にあっても大半の医療現場は関係者の献身的な努力によって支えられているが、そのことが適切に裁判所に理解されないことで、特に産科・小児科・救急医療などでは萎縮的な医療が蔓延しつつあり、結果として社会全体の利益を損ねている。裁判所から適切な判断を得て医療関係者が安心して医療行為を行うことができ、その利益が社会に還元される環境を作り出すことに寄与することも、医療側代理人としての重要な役割であると考える。』と述べておられます。

さらに続けて、受任にあたって医療側弁護士が果たすべき役割の中で、『医療訴訟を提起された医療機関は「患者のためを思って一生懸命やったうえでの結果なのに、何ゆえ訴訟を提起されなければならないのか」との思いが強く、ただでさえ忙しい中で訴訟準備に追われることに対して理解を得ることが難しいことがある。』『大半の医療機関は医師賠償責任保険に入っており、敗訴となったとしても直接的に金銭的なダメージを被ることはない。そのため、本来ならば争うべき事案であっても早期の金銭的な解決を希望してくる医療機関も少なからず存在する。しかし、そのような安易な態度が医療界全体に及ぼす負の影響は大きい。』『医療訴訟では被告医療側の負担感は極めて重いが、被告医療側の積極的な関与なしに医療訴訟を円滑に進行させ、患者側の納得を得られることは不可能である。』などの指摘をしています。これは、イコール医療側弁護士として実際に苦労している点ということではないでしょうか。

ちなみに、医療事件にほとんど携わることのない私が医師に対して持っているイメージは、娘の離婚に心を痛めたり、ストーカーのような患者から家族を守ろうとしたり、架空請求の葉書にビックリしたり、ホント「普通の人」です。

PINE さん いつも、貴重な参考情報の提示ありがとうございます。

医学的に見た場合の当否についてはコメントできませんが、検察庁としては対応に苦慮するだろうなあと思います。検察審査会の人数は11人でしたかね。どのような資料に基づいてどのような議論がなされたのかは、よく分かりません。

http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/news/20061019k0000e040072000c.html

とりあえず、医師の方に裁判員制度反対論者が増えそうな気はします。業務上過失致死は裁判員対象事件ではありませんが・・・・。

No.144では勝手なことを書きましたけど、実際のところ、検察審査会の議決が検察官に対してどれだけのインパクト、重みがあるのか、あまりピンときません。対外的には勿論、内部でもそれなりに尊重されているのか。あるいは、鬱陶しいなあもう、位の扱いなのか。そもそも、審査会による議論のレベルはどれほどのものなのか。バラつきは大きいのか。

検事をしてらしたモトケンさんにその辺りの感覚を教えて頂けたらいいなあとか、ますます勝手なことを書いておきます(笑)。

>FFF さん

 私は、不起訴不当事件の再捜査を2回命じられましたが、1件は起訴し、1件は不起訴を維持しました。
 私の感覚では、前回処分した検事とは別の検事が見直すという意味はありますが、不起訴不当事件の再捜査だからといって起訴不起訴の自分なりの判断基準を動かしたりはしていなかったと思います。
 
 検察審査会が不起訴不当または起訴相当の議決をしたからといって、起訴したら裁判所が有罪にするとは限らないからです。
 できる限りの補充捜査はしますが、その結果やっぱり有罪の見込みがないとなったら不起訴です。

 ただし、再捜査の結果不起訴にする場合は、相当詳細な報告書を作成することになりますから、仕事量的にはかなり負担です。

 しかし、すでに検察審査会の権限を強化する法改正が成立しており、施行待ちの状態ですので、改正法が施行されたら検察の不起訴不当事案に対するスタンスが少し変わるかもしれませんし、やはり変わらないかもしれません。
 たぶん、当面は変えないのではないかと思っています。

> ただし、再捜査の結果不起訴にする場合は、相当詳細な報告書を作成することになりますから、仕事量的にはかなり負担です。
ちょっと疑問に思ったのですが、それでは起訴相当なら詳細な報告書は作成する必要が無いと解釈できるのですが、まさかそんなことはありませんよね?起訴、不起訴どちらに転んでも詳細な報告書は書いて欲しいと医療従事者は願うのですが。
勿論、ケースバイケースで違うんでしょうけど。

>yama さん

 起訴する場合は、やや詳しめの決裁資料と起訴状を書けばよかったと思います。
 あとは裁判所での立証の問題になります。

 不起訴不当または起訴相当の議決にもかかわらず不起訴を維持する場合にはその理由と根拠を報告書で明らかにする必要がありますが、起訴する場合はその判断の根拠は裁判所での立証活動によって明らかにされます。

> モトケンさん (No.146の書き込みについて)

 期待以上に素早い御回答を頂きまして、ありがとうございます。図々しくお願いしてしまってすみません。

 恥ずかしながら、別の検事が見直すことになっているとは知りませんでした。一から内容を検討しないといけないから、結構ホネですよね。副検事さんの事件は正検事が見直すのかな。控訴審議とも違うのかも知れませんが、自分の事件処理を同僚からチェックされるというのは、それなりに緊張するものでしょう。

 改正検察審査会法にせよ裁判員法にせよ付帯私訴(これは検討中ですが)にせよ、法制度の潮流としては、司法に市民感覚をより強く反映させようという方向がはっきりしてますけど、現場には現場の感覚があるし、士気の問題もあるでしょうし、バランスの取り方はなかなか難しいのだろうと思います。

モトケンさん、素早いご回答ありがとうございます。
とはいえ、刑事で起訴された側は相当時間のロスとそれに付随する金銭的ロスと精神的ストレスを感じることは想像に難くありません。やはり起訴段階でそれなりの根拠を示した証拠を提示して欲しいと願っておりますが、それは叶わぬ夢なのでしょうか?

あ、一つ言いたいことを忘れていました。
刑事で起訴されても普通に仕事が出来、金銭的にも時間的にもロスを低減できるようなシステムが最低限必要と考えます(精神的ストレスは回避できないと思いますけど)。このようなシステムは考えられていないのでしょうか?今のシステムはあまりにも容疑者に対する人権を無視したやり方ですよね?凶悪犯罪者ならいざ知らず、しかし冤罪の可能性もあるわけで。

>FFFさん
>司法に市民感覚をより強く反映させようという方向がはっきりしてますけど、

逆に、市民も司法感覚を持つべきだという意図も感じますね。外野から無責任なことを言うな。お前らも当事者になれと言うような意図を感じます。

裁判員制度や検察審査会の権限強化により、日本の市民も責任感や当事者感覚、司法感覚を持たなければならないわけで、今までの様な無責任な事は言えないようになりますよね。そして、ニュースを見ても「自分が裁判員に選ばれたらどうするだろう」「検察審査会に選ばれたらどうするだろう」と、主体的に考えるようになるのではないでしょうか。逆に、持てなければ日本社会が混乱すると言うことになりますね。

> しまさん  (No.152のコメントについて)

 そうですね。御指摘のとおり、裁判員法によって国民の意識改革を促すのだという議論は出ていますし、実際、それなりの教育効果もあるのだろうと思います。数字にできるものではないので、評価は人それぞれでしょうが。

 いうなれば、改正検察審査会法、裁判員法は、そのような教育効果をも企図した壮大な実験という感があります。ただ、その間、実験台にされる裁判の当事者としては、かなわんという気持ちにもなるのではないかと。どうなるんでしょうねー。って、全然他人事じゃないんですけど・・・・。

来年度新卒医師用の「臨床研修マッチング結果」が出たようです。
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医師臨床研修マッチングの結果について
http://www.reisjp.org/renraku1019.html
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No.139 FFF さん

たいへん納得できる話です。ご教示ありがとうございました。


>訴訟に必要な経費、時間を考慮するとローリターン
ここの参加者ではない多くの医師が誤解しているところですね。私の場合はここに参加する前から、原告側弁護士は(まともなやり方なら)コストパーフォーマンスが悪いことは知っていました。ただ、だから原告弁護士は正義の味方なんだとかいうことではなくて、逆に間違ったことも正当化して突き進む傾向があるのではないかと、住民運動の悪いパターンと同じにみていたのですが、ちょっと天邪鬼すぎますかね。

>患者側の業務を仕事の中軸に据える
前述の医療事故情報センターに参加するくらいであれば、十分なほど中軸に据えていると思っています。他の専門も持っていてそちらの仕事の方が多いとしてもです。原告弁護士のホームページをみれば、皆医療以外の専門分野も持っているようですが、医療に対する力の入れようを感じるのですがいかがでしょうか。医師だって時に、自分のまさに一番の専門は、非営利分野で、労働量の比重が少なかったりもします。

そんなことで、原告側弁護士は、医師にとって手強い悪役といった印象を持っています。しかし諸先生方の説明のおかげで、少しだけ以前より安心することができました。被告側の状況も、それほど捨てたものではないと。(十分とまではいきません)

No.142 PINE さん

まさにここで話されている内容そのものではありませんか。いろいろな意味でちょっと驚きました。
裁判官・患者側弁護士はどんな切り口の話をしているのでしょうか。それがどんなものであるにせよ、小西弁護士の寄稿した文章ほどのインパクトは無いような気もします。というか、この文章に対して、患者側弁護士や裁判官(特にトンデモ判決を出すようなやつ)がどのような感想を持つか聞いてみたい気がします。

このブログ経由でアマゾンから注文できないですよね。。。。

日弁連機関誌「自由と正義」の購入申し込み方法
http://www.nichibenren.or.jp/ja/publication/jiyutoseigi/moushikomi.html

問題の記事は平成18年8月号、価格は1冊1000円です。
閲覧できる場所というと、
・お知り合いの弁護士さん(病院の顧問弁護士等)
・各地の弁護士会(県庁所在地にはあるはず)の会館の図書室
・大学の法学部図書館

No.157 YUNYUN さん

ご教示ありがとうございました。

No.154:元田舎医さん

昼間人口も面積も無視して、人口当たりで見てみると、少ないほうから新潟・埼玉・宮崎・福島・茨城・三重・岩手ですな。東京のベッドタウンとしての性格を持つ埼玉を除くと医療崩壊がささやかれている地方が多いですね。

一方多い方からは、京都・東京・沖縄・福岡・岡山。
この中で特筆すべきは沖縄ですか。他の4つは人口当たりの総医師数も多い(上位7位以内)のですが沖縄は人口当たり医師数は全国平均を下回っています。

つまり沖縄は研修にいくところみたいですね。
そういえば司法修習も那覇は結構人気が高かったんじゃなかったですか(>詳しい方)?

>「自由と正義」
 ここをみているかたが大挙して注文すると、あっという間に品切れになりそうな……
webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=AN0032737X
をみるかぎり、各地の公立図書館にそれなりに入っているようです

M3に配信された判決報道です。(また藤山奉行です)

法曹の皆さんには、入院を拒否した患者さんの自己決定権と、入院を説得するべきだった、医師側の義務との法律的な関係について、ご意見を伺いたいと思います。
自分としては、説明義務は、期待権の侵害程度で、この賠償額は異常と思いますが、如何でしょうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
06/10/19 記事:毎日新聞社  提供:毎日新聞社 ID:337046

帝京大病院の医療過誤訴訟:6000万円支払い命じる----地裁 /東京

 帝京大医学部付属病院(板橋区)で受診後、心不全で亡くなった男性(当時47歳)の遺族が、入院を説得しなかった医師の過失が原因などとして、病院を経営する学校法人「帝京大学」(同)に約1億1000万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は18日、大学側に約6000万円の支払いを命じた。藤山雅行裁判長は「自分の症状を誤解している患者に対し、医師は適切な説明をすべき義務を怠った」と述べた。

 判決によると、男性は00年5月ごろから息切れがひどくなり、同年6月から同病院に通院したが、9月に亡くなった。大学側は「男性は症状を理解しながら仕事が多忙との理由で入院を拒んだ」と主張したが、藤山裁判長は「医師が突然死の危険性を説明したとは認められない」と判断した。【木戸哲】

No.161 田舎の消化器外科医さん

これって期待権の侵害すらも何を侵害したかもわからないです。
こんな程度で賠償が受けられるなら、私の母も持病の心臓病があって心不全で亡くなったんですが、かかりつけの医師を訴えられそうです。
やくざの言いがかりよりもひどいという印象です。 絶対最後まで争うべきでしょう。

>>No.160の田中さん
>webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=AN0032737X
>をみるかぎり、各地の公立図書館にそれなりに入っているようです

情報ありがとうございます。

No.157 YUNYUN さん     
わたしは、僻地なので、該当図書館がなく、購入してみました。
情報ありがとうございました。

座位臥位立位さん、「自由と正義」が届きましたら、ぜひ本の後ろの方の弁護士懲戒情報も見てみてください。

>No.161 田舎の消化器外科医さん
判決文を観てみないことには判断出来ませんね。6000万円という賠償額は単なる義務違反を超えているような印象がしますが。

無理矢理入院させたらまた権利侵害とか言うんだよね
全部後付け

>帝京大医学部付属病院(板橋区)で受診後、心不全で亡くなった男性(当時
>47歳)の遺族が、入院を説得しなかった医師の過失が原因などとして、病院
>を経営する学校法人「帝京大学」(同)に約1億1000万円の損害賠償を求
>めた訴訟で、東京地裁は18日、大学側に約6000万円の支払いを命じた。
>藤山雅行裁判長は「自分の症状を誤解している患者に対し、医師は適切な説明
>をすべき義務を怠った」と述べた。

また,藤山裁判官ですか...
これが,まともな裁判とはとても思えないですね.患者の自己責任でしょう...
断固控訴すべきでしょう.

>Level3 さん
大淀病院のように、報道によってねじ曲げられている可能性を考えた方がよろしいと思うのですけどね。個人的な印象では、藤山裁判官は筋の通った判決を行う方のように思っていますので、多少弁護する気持ちが働いているのは確かですが。

No.165 PINE さん
了解しました。

突然死の可能性を説明しても、入院したくない人なんていくらでもいるんですけど。

入院しなかった→説明していないに違いない、という論理構成はどうにかしてほしい。

医者の間じゃめっちゃ評判悪いけどなー

No.161 田舎の消化器外科医さん

>自分としては、説明義務は、期待権の侵害程度で、この賠償額は異常と思いますが、如何でしょうか。

賠償額については、大雑把な言い方をすれば、発生した損害をもとに計算するので、死亡との因果関係が認められれば、債務不履行ないし不法行為の内容が期待権侵害か否かによって、賠償額が異なることはないでしょう。

ただ、1億1000万円の請求に対して6000万円の認定という点は、そもそも損害額の計算の段階で6000万円になったのか、それとも損害額自体は1億1000万円程度であるものの心不全で亡くなった男性にも過失があったとして6000万円になったのか、記事からは判断できません。

で、肝心の債務不履行ないし不法行為の内容ですが、記載内容だけからすると、
原告の主張「男性が心不全で亡くなったのは入院を説得しなかった医師の過失が原因だ。」
被告「男性は症状を理解しながら仕事が多忙との理由で入院を拒んだ。」
裁判所「自分の症状を誤解している患者に対し、医師は適切な説明をすべき義務を怠った。医師が突然死の危険性を説明したとは認められない。」
ということです。

記事の内容からうかがわれる本件訴訟の争点は、「心不全で亡くなった男性が、自分の生死という重大な問題について、突然死するかもしれないという自分の症状をきちんと正しく認識したうえで、入院を拒んだのか否か。」だったのでしょう。

被告の主張どおりであれば、男性が心不全で亡くなったのは自分の責任だということになり、損害賠償請求訴訟は棄却されたでしょう。
でも、訴訟にあらわれた証拠に基づいて裁判所はそういう認定をしなかった。

私は、記事の内容からみた限りで、この判決は、どうもすっきりしません。
裁判所が認定したとおり医師に説明義務の違反があったとしても、その違反と男性が心不全で死亡したこととの間に、因果関係が認められるのか疑問を感じています。
ま、新聞記事からは、正確なコメントはできませんがね。

入院したがらない患者に
「入院しないことで死亡する可能性があることを充分承知した上で帰宅させていただきます」
と書いた紙に署名捺印していただかんといかんわけですな
われわれの仕事は。今度からそうします。

>No.172 いのげさん

↓に原告勝訴の藤山判決がありますが、
これはやはりトンデモ判決に入るのでしょうか。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060713100108.pdf

腹のことはなんもわからんけど
一億請求で判決110万って勝訴というんかいな?
常識的に見舞金としてそんくらいは出してもいい気もするし。

簡潔にまとまっています。
==============================
917 名前: 卵の名無しさん Mail: age 投稿日: 2006/10/20(金) 23:13:09 ID: V2kfZOzR0

医療崩壊なんて、あっという間なんだな。。。。

医師がやる気・モチベーションをなくせば、それで終わり。

頭では理解できていたが、現実に直面してみると・・・・ちょっと信じ難い。。。。
==============================
奈良・大淀病院 警察が捜査へ ★3
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1161251618/

臨床医をやっている自分が言うと、なんかアジテーションみたいで嫌なのですが。

正直なところ

「医者は国民のために何をすべきか」

が問われる時代は過ぎ去ろうとしていますなぁ。これからは

「国民は医者のために何をすべきか」

が問題ですよ。

>>Level3 さん
>大淀病院のように、報道によってねじ曲げられている可能性を考えた方がよろしいと思うのですけどね。

しまさん,
ご指摘ありがとうございます.そうですね.報道を鵜呑みにすること自体おおいに問題ありですね.判決文そのものを見ないとダメですね.

証拠の固められた事実が示されるまでは,適切な判断はできないですね.マスコミの医療関係の記事は全く信頼できないですから.

>>No.178の立木 志摩夫さん
>「国民は医者のために何をすべきか」

がアジり過ぎなら

「国民は医療のために何をすべきか」

ですかね。
ゼータク品なのか、インフラなのか、はっきりして欲しいです。

>立木さん

どうでしょう。私は次のような展開を望んでいますが。

「医者は何がしたいのか」
「国民は何がしたいのか」
で、医者と国民が丁々発止でぶつかり合う。

>元田舎医さん
贅沢品でもあり、インフラでもありというのが本音だと思います。
教育と同じですね。

違うのは、義務教育のようなミニマムを設定出来ないところでしょうか。

考えてみれば、医療だけではなく、いろんな領域で崩壊が起こってますね。
わが子に箸の持ち方をきちんと教えてくれていないと、学校に文句言う親
教師に喫煙を注意されて自殺した子を持つ親による訴訟(私の記憶違いかな?)
何か、社会全体のモラルが崩壊していってる感じです。

更に
製造業領域では、伝承するべき技術者の卵が急速に減っている。
交通機関、公共機関をコントロールする能力が落ちて重大事故が起きている。

日本の誇るべき、モラルと技術力の両者が崩壊していってる感じがします。

No180:元田舎医さん
まぁその方が妥当ですなぁ。私自身が臨床医でなかったら、遠慮なく「国民は医者のために何をすべきか」のほうを主張しますが。

N0181:しまさん
おそらく5年前に国民の多くがしまさんと同じ認識でいてくれれば、医療崩壊など起きなかったんだろうと思いますね。
でも多分今ではその認識では遅すぎかと。
「医者は何がしたいのか?」と問うている間に、「いや、別にもういいよ。自分のやれることやるし」と言って去っていく。アジっても無駄。叫んでも無駄。良心に訴えかけても無駄。

まぁ僕は他に芸がないので細々と窓際臨床医やっていきますが

>判決によると、男性は00年5月ごろから息切れがひどくなり、同年6月から同病院に通院したが、9月に亡くなった。大学側は「男性は症状を理解しながら仕事が多忙との理由で入院を拒んだ」と主張したが、藤山裁判長は「医師が突然死の危険性を説明したとは認められない」と判断した。【木戸哲】

このご時勢ですから、入院して仕事を中断すればリストラされる可能性もあるわけであり、そのこと(社会生活にまで)で責任がとれない以上、入院を勧めても拒否されれば話はそこで中断してしまう。
経過からは拡張型心筋症??などを疑うのでしょうか。突然死のリスクはあるとしても正確な数字を提示することはできない。また初診から死亡まで3ヶ月ありその間に4,5回は診察しているとすれば、それなりの内服治療は開始されていたはず。実際に入院治療して突然死を回避しえる治療は何か??ということになりますが。例えば不整脈(心室頻拍、心室細動など)に対しての決定的な治療など不可能。強いて言えば植え込み型除細動器だけど、心不全の患者全員に入れるわけにはいかない。要するに突然死を絶対に回避することができたとは考えられないと思います。
病院に行かない、入院したくないというのは患者の権利なのでは。だったら、病院に行かずに死んだら、医師会の責任(説明不足)ですか?

>しま様

>↓に原告勝訴の藤山判決がありますが、
これはやはりトンデモ判決に入るのでしょうか。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060713100108.pdf

 これは・・・、少なくとも原告勝訴とは言えないでしょうね。原告の主張のうち認められたのは、癌ではなく膵炎であった可能性も100%は否定できないのだからそれを患者に伝えるべきであった・・・だけです。

 というか、無理矢理理屈をひねり出して幾ばくかでも被告に払わせようとした・・・としか言いようがないですね。藤山判決としては府中市肺癌見落とし裁判と同レベルだと思います。藤山判決はこの伝が多すぎると思います。

No.175 しまさん

>これはやはりトンデモ判決に入るのでしょうか。
>http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060713100108.pdf

判決主文の3にはこう書いてあります。

>訴訟費用は、鑑定に要した費用についてはこれを2分し、その1を被告らの
>負担とし、その余を原告の負担とし、その余の訴訟費用については原告の負担
>とする。

一部を被告に訴訟費用を負担させてはいますが、その他は原告負担とありますから、被告の過失はあったにせよ、それは小さいという見方をしているように思います。

No.186 僻地外科医さん、

> というか、無理矢理理屈をひねり出して幾ばくかでも被告に払わせようとした・・・としか言いようがないですね。

>5月15日・初回のセカンドオピニオン
>他方、Bは、東京の医師に対してセカンドオピニオンを求めていた(証
>人B〔39、45 。ただし、セカンドオピニオンの話題を原告にしたと〕)
>ころ、原告が医師に失礼だからやめてほしい旨を述べたため、原告には、
>上記及び後記5 エの各セカンドオピニオンをした事実を伝えていない(証( )
>人B〔31ないし33、45 。

これは屁理屈だけとも言えないように思います。
誤診は仕方が無いとしても誤診を訂正するチャンスを被告自らがつぶしたと思います。
セカンドオピニオンを聞き入れての結果の誤診であればまた別ですが。

No.175 しまさん

腹のことならおまかせください。

慢性膵炎と膵癌の鑑別ほど難しいものはありません(ばらしちゃいますが、ERCPの本を書いている私の師匠も間違えています)。そして膵癌は、明らかにそうだと診断できるものだと、まず助かることが期待できない程、癌の中でも悪性度の高いものです。ですから現実の医療でセカンドオピニオンによって手術が不要になる可能性はありません。手術できるものなら、待つことなく手術すべき性質のものです。(鑑定医も全員が同じことを言っているようですよね)

自験例ですが、半年ほど前、私も当院外科医も膵癌だと確信に近いものを持って手術に当たった症例は慢性膵炎でした。十二指腸狭窄(潰瘍によるものではない)によりERCPができなかった症例でした。その一ヵ月後、ERCPを根拠にし、私が膵癌を主張し、外科医が半信半疑で手術した症例は膵癌でした。
この説明でニュアンスが伝われば幸いです。

さて、判決文ですが、前述のように医療としての問題は全く認めない症例であるわけです。鑑定医もほぼ一致してそんな鑑定をしていると思います。そんな明らかな症例ですから、過失を認定するなど本来できるものではないと思いますが、鑑定の噛み砕き方をみれば、鑑定結果にしたがった結果ではあるものの、消化しきれていない印象です。判断するのは自分であるということを主張したくて足掻いているという感じでしょうか。

説明不足で110万というのは、説明によって何か別の可能性があるということが前提のはずですが、この症例はその可能性が低いので、トンデモ度が高いと思います。他の選択肢がないことを判決の別の部分で認めている点でも矛盾がわかります。

しかし判決自体よりも、判決文を読んで不快に思ったのは、原告側の無茶なイチャモンぶりです。何でも主張すればいいというものではないと思います。数を打てばどこかで裁判官が騙されると思っているかのようです。こういうところにも原告側代理人に不信感いっぱいです。

100万単位の金と言えばそれなりに結構な金額という印象なんですが、こんな症例で訴えられ金まで取られる…司法的には実質原告敗訴という考え方もあるのかも知れませんが、本来こんなことに巻き込まれるはずのない事例であって到底納得できるものではありません。

司法判断がこういう医学的妥当性とほど遠い基準で行われているのであれば何をどうすれば絶対司法的に責任を問われないのかを明確に示す義務があるのではないかと考えます。

*******************************
病院側記者会見などに問題はないか
*******************************
大淀病院の事件が、8月に起こっているのに、一斉に各報道機関が、
誤報道(意図的なものを含める)を始めたのが、10/17である。
17日には、大淀病院が記者会見を開いている。

手元に資料がないので、各報道が一斉になされたのが、捜査機関の
何らかの進展に伴うリークに起因するのか、記者会見に起因するのか
私には不明だが、通常は、警察情報→報道、警察の捜査→記者会見
という時系列が考えられるんだろう。(間違いがあったら指摘してね)

問題は、我々医療者側の脇の甘さもあるのではないかと思う。
私の判断ではこの事件に医療従事者のミステイク、過誤は認められないが、対報道でのミステイクがあったように思う。

今後は、医療関係事案を持った病院は、捜査の進展を予測しながら、専門の顧問弁護士に、報道機関を意識した、正確な記者会見の開催の仕方を相談するなり、遺族や遺族に近い関係者に、誤解を解くための可能なコミュニケーション(弔意と別個に)を検討するなり、病院管理者が当事者と相談の上、時間をかけて対応策をとるべきだと思う。

学会や病院内で、ちやほやされている、禄に社会経験もない病院長の、自身の対応力に自信過剰であることが滑稽だし、報道側から見れば
病院長なんて赤子の手をひねるようにあしらわれるだけだろう。

報道の餌食になるのを待っているようなものだ。弁護士付き添いの記者会見をデフォルトにすべきだし、友軍として弁護士に常時相談すべし。

それから、
朝日、毎日、読売の報道を、ざぁーと、見直してみたが
これは、報道局を告訴しても勝訴出来ると思う。
特に、見出しで『受け入れ拒否』『転院拒否』と表現した部分は
取材側ではなく、コピーライターの勇み足だが、報道局に責任を
取ってもらう必要がある。

また、毎日新聞の
脳内出血かどうかを診断できるCT(コンピューター断層撮影)の
必要性を主張したが、産科担当医が受け入れなかったという。

朝日新聞の
 妊婦の死後、遺族が主治医に、再び病床に戻るまでの1時間余、
何をしていたのかを尋ねたところ、「仮眠室で寝ていました」と告げ
られたという。

読売新聞の
夫の晋輔さん(24)は「実香が意識を失っても、大淀病院の主治医は
『単なる失神でしょう』と言って仮眠をとっていた。命を助けようという
行動は一切見えなかった」と訴えている。

以上の部分は、相当悪質な曲解、誤報であり、充分損害賠償を撮れると思う。

今回は、対抗訴訟を、高額訴訟として、遺族向けではなく、対報道機関に向けて行って欲しい。医療崩壊への対抗となりうると思う。

>No.186 僻地外科医 さん
原告の主張を削りに削って、最小限の支払いしか認めないという考え方もできます(恐らく、原告側からはそのように思われているでしょう)。ちなみに、府中市の肺ガン見落としは、高裁で550万円(一審は450万円)で和解が成立しましたので、この判決を一概に「藤山判決」と言うのは適切ではないように思います。


>No.189 元行政さん
「慢性膵炎と膵癌の鑑別ほど難しいものはありません」のであれば、患者に説明するときは、膵癌の可能性が大きいが、慢性膵炎の可能性もある事を説明するのではないでしょうか。元行政さんの患者さんの話が出ましたが、その場合、患者さんに「慢性膵炎の可能性もある」とは伝えたのでしょうか。

説明しない例が多いのであれば、確かにトンデモ判決とは言えます。

> 座位臥位立位さん  (No.192のコメントについて)

 マスコミにその手の訴訟を起こした場合、予想される反論はこんな感じです。
 なお、念のために言っておくと、自分はマスコミ相手(特に新潮社)とも色々ちゃんばらをしている立場であり、マスコミはとっても嫌いです(笑)。決して擁護しているわけではありませんので誤解なきよう・・・・。

 (麁仔睛討亡岼磴い呂覆ぁ

◆_召法∋後的に見れば報道内容に間違いや不正確な点があったとしても、それは、報道した時点において可能な範囲の取材を尽くし、その当時の情報に基づいて適当と判断した結果だから、免責されるべきである。報道にはスピードが求められる。事後的に、全ての関係者から長時間精密な事情聴取をして、事件の全容が明らかになった段階で、いわば神の目、歴史家の視点から検証した結果と報道が少しでも食い違っていれば、後だしじゃんけん的に賠償責任を負わせられるというのでは、怖くて報道なんてできない。報道機関は神でも歴史学者でもないのである。

 「必要な取材を尽くした上での報道かどうか」というのは、専門機関である報道機関でないと判断、評価できない問題である。限られた時間の中で、どこまで裏づけを取るべきか、どのソースを信用すべきだったか、又はすべきでなかったかというのは、裁判所には判断できない。専門家たる報道関係者が「ちゃんと取材していた」と説明すれば、裁判所はその判断を尊重して受け入れるべきである。

ぁ(麁擦砲茲詒鏗欧鮗けたと自称する者が現実離れした「取材の徹底」を要求し、裁判所がそれを安易に認めて報道機関に賠償責任を負わせるというのでは、結局、報道はするなということであり、日本の報道が崩壊し、ひいては国民の知る権利、民主的社会そのものが脅かされるであろう。

 さて、座位臥位立位さん御指摘の記事のうち毎日の件については、「産科担当医」が実際にどのような対応をしたのかをまず確定し、事実と違うのであれば、どのような取材源からどのような取材をしたのかが問題になります(もっとも、取材源を明かすことに報道機関が極めて強いアレルギーを示すことは周知のとおりです。)。まともな取材をしていなかったと裁判所が認定すれば、賠償を取れる可能性も皆無ではないかも知れません。

 読売の記事は、「夫」の言い分を伝える形式ですので、原則として賠償を求めることは困難と思います。「夫」が悪意から虚偽のコメントをし、読売もそれを承知の上で記事にしたなら責任を負うのでしょうが、自分にはそのような事実関係があるとも思えないし、立証も無理でしょう。朝日の記事は、「告げられたという」という表現の趣旨が不明確なので何とも言えません。

FFF さん

レスありがとうございます。勉強になりますね。
相手の言い分としては、医療崩壊ならぬ、報道崩壊が起これば、ひいては国民の知る権利、民主的社会そのものが脅かされるであろう。、、、、というわけですね。
なんだか、臭ってきちゃいますね。(笑)

医療崩壊より報道崩壊が先に起きてしまってるってことでしょうねぇ。

FFFさん(NO.194について)
なるほど

そして
「我々は金銭を得ることが目的なのではない。誠意を見せて謝罪し、今後二度と同じような事件が起きないようきちんと誤報道調査委員会を各社内に設置し、調査内容を公表してもらいたい」
というのが誤報道被害者の立場になるわけでしょうか。
実際、記者会見開いての説明と謝罪くらいして欲しい。
その結果これ以上報道が崩壊して困るということもないし。

>FFFさん
あえて言うのもなんですが、医療訴訟における医療側主張の裏返しではありませんか。マスコミが実際にこう考えているとも思えないのですが。

★★★★★★★★★★★★
労働基準法をめぐる攻防
★★★★★★★★★★★★
別エントリで Rainさんが紹介しているように
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200610210041.html
事態は、労働基準法をめぐる攻防になりそうである。

医は仁術という言葉が時代遅れになっている現代、
先進医療の進展の一方で、日増しに患者の期待権は高まっている。
一方で、患者のモラルの低下(未払い、悪罵、コンビニ感覚)
医療費抑制圧力による経営母体の危機と医療従事者への低賃金締め付け
医療訴訟というハイリスクの中で、勤務医達は違法な宿直労働など
過酷な労働環境を背負っている。更にマスコミ等による医療バッシング
そして医療機関による勤務医への裏切り行為

自らの待遇を守るべき互助組織を持たない、勤務医師達は、
解決策として、逃散を選択している。そしてもう一つの手段として
遂に、労働基準法違反を焦点としたムービングが起きようとしている。

手強い相手である、マスコミや、患者側弁護士と戦うよりも
遙かに、共感と支持を得る選択だと思うし、社会に問いかける
戦いになっていると思う。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
この労働基準法の遵守を医療機関に守らせる戦いこそが重要
なのではないか。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

(もちろん、第三者機関論議や、犯罪的あるいはリピーター医師
への懲罰、自浄活動は必要ですけどね)

ちょっと、煽動的に書いてみました。

> しまさん  (No.197のコメントについて)

 マスコミが実際にどう考えているかは知ることができませんが、訴訟上、そのような主張が展開されるのは毎度のことです。なお、「報道内容が真実でなかったとしても、真実と信じたことに相応の理由があった場合」に免責を認めるのが裁判所の扱いです。

 ちなみに、実際の訴訟では、もっと過激な主張も出されます。曰く、そもそも報道の是非は公権力たる裁判所が判断する筋合いの問題ではないから訴訟の埒外におくべきである、犯罪の容疑者や被告人・事件関係者は既に極度に名誉が低下した状態にあるから、何を書いてもそれ以上名誉が毀損されることはない、報道機関が悪意で、つまり虚偽であることを知りながら報道をした場合に限って賠償が認められるべきである、等々。

> 田舎内科医さん  (No.196のコメントについて)

 仰るとおりで、金銭賠償より事実関係を認めて誤報の訂正をしてほしい、というのが多くの原告側の心情だと認識しています。誤報があったら、それと同じだけのスペースを割いて訂正記事を載せるべきだと思うのですが、報道機関はそもそも訂正記事を出すこと自体に物凄い抵抗、反発を示しますし、まれに判決で謝罪文の掲載を命じられても、驚くほど目立たないように、それこそカメレオンかコノハムシのような見事さで(笑)、こっそり紛れ込ませるというのが実際です。さて、エントリの趣旨からだいぶ脱線するので(す、すみません・・・・)、ひとまずこの辺で。

No.198の座位臥位立位さん

>ちょっと、煽動的に書いてみました。
いいっすねぇ、大学時代にキャンパスにあった立看を思い出しました。

記事にある奈良県立奈良病院の医師たちが、働いた分に見合う給与を受け取るのは当然でしょう。
ただ、県立病院職員=地方公務員だけに、労働基準法違反の主張は要注意です。

PINEさん、またしても、アドバイスありがとうございます。

公立病院勤務医の場合は、地方公務員の中で、保健衛生業の13号現業職員にあたり労基法及び、労働安全衛生法の適用は、労働基準監督署が行う。
これで、あってますか?
-------------
一方、地方公務員の特殊性から、地公法は58条3項で地方公務員の労働基準としてなじまない労基法の一部の規定、例えば労働条件の決定に関する規定等について地方公務員への適用を除外している。
-------------
と、あるwebでは解説していますが、13号現業職員である、公立病院勤務医の場合、時間外・休日労働に関して、公務員でない一般の職業と、取り扱いに差があると言うことでしょうか?

むつかしーなぁ

座位臥位立位さん、「要注意」なんて言葉を使ったがために、つまんないことで頭を悩ませてしまって申し訳ありません。

時間外・休日労働という点では、公立病院の医師と民間病院の医師とで、ほとんど差はありません。
地方公務員法58条3項は労働基準法の一部の適用を除外していますが、それは例えば1項で労働組合法の適用が除外されていることなどにかかわるものです。

なお、具体的にどの部署がどこの監督を受けるかについては、内規等で明確にしているケースもあります。↓
http://www.pref.ishikawa.jp/reiki/reiki_honbun/i1010167001.html


私が県に採用された当時、月150時間程度の時間外勤務をしても、支払われた時間外勤務手当は月数万円でした。
当時はまだ体力があり仕事をするのは構わなかったんですが、それに対する報いが余りにも低く、悲しい気持ちになったのを覚えています。

奈良病院の産科医5人は、実際には当直の時間帯に分娩や手術を行っているわけで、それはもう「当直」ではありません。
(ただ、事務方の人間には、その実感が沸かないのかもしれません。)
5人で団結して公けに声をあげたこと、時間外勤務手当を正当な権利として請求し提訴も辞さないとしていること、加えて医療機器の更新も求めていること、どれも感慨深いものがあります。
彼ら5人の過酷な勤務状態を考えれば、彼らが揃って退職してしまっても、誰も彼らを責めることはできません。
ですが、彼らは、自らの権利を貫徹するとともに、これからも県民への医療の提供に責任を果たしていこうと決意しているものと受け取りました。
今後、彼らに対し、いろんな所から圧力がかかる可能性があります(辞められたら困るので、ひょっとしたら圧力はかからないかもしれませんが、「代わりの医者を連れてくりゃいい。」なんて浅はかな考えを持つ者がいるかもしれません。)。
支援の輪が広がっていくと良いのですが。

No.193 しまさん

病理で癌細胞が証明されないかぎり100%ではありませんから、他の可能性がないような表現は使わないと思います。膵癌の時は証明されない状態で切ることも多いわけで、大抵違う可能性があっても切るべきであるという感じの説明はします。慢性膵炎という語句を使うかどうかはケースバイケース。特に強く膵癌を疑うケースは慢性膵炎という語句は出にくくなりますね。(違う可能性もあることが分かれば、慢性膵炎という語句を出す必要はないでしょう)

私の前者の例や、この裁判例だと
「100%の確定診断ではないが、おそらく膵癌なので手術必要」
と患者に言うのが正しく、
「慢性膵炎の可能性があるが、膵癌かもしれないから手術が必要」
と言ったら、誤ったニュアンスを患者に伝えることになると思います。
私の後者の例は、逆に
「慢性膵炎の可能性があるが、膵癌かもしれないから手術が必要」
とムンテラしました。しかし後者の例でも、手術することは絶対ですので、膵癌と言い切るムンテラは正確ではないけれど、ありうると思います。

http://blog.nikkansports.com//nikkansports/writer/archives/2006/10/post_565.html

奈良の事件を受けてマスコミも一斉に火を噴いています。大手はそれでもまだ文面にだけは節度を保っているように見えますが、スポーツ紙ともなると遠慮加減がありません。マスコミ報道によって恥を知った全国の医者達が一斉に逃散した結果が現状だということを理解できているのでしょうか。こういうのを世間ではマッチポンプと言います。

某所で自然発生したネタですが、あまりに傑作だったので貼らせていただきます。童話は想像の世界の物語ですが、一方で現実を反映する鏡でもあります。小さな蓑虫の一言が全てを崩壊させたことを蓑虫自身は理解する日が来るのでしょうか。

心温まる童話:「パンダと白熊」(作: 名無し)
http://d.hatena.ne.jp/reservoir/20061022

No.205 老人の医者さん

日刊スポーツの記者は無知な素人丸出しですね。例えばトリアージとかもとても理解できなそうです。
こんな仕事が罷り通る業界なわけで、No.194のの言い分など成立するわけない。高度な航空機の運転ではなくて、自動車運転程度の仕事としか思えません。

蓑虫はそれほど偉そうなことを言ってパンダの自己犠牲を強いるなら、私財を投げ打って動物園を作るべきですよね。

No.206の元行政さん

>蓑虫はそれほど偉そうなことを言ってパンダの自己犠牲を強いるなら、私財を投げ打って動物園を作るべきですよね。

いやいや、高いところで何もしないのが、ミノムシの真骨頂ですから。

#子どもの頃、ミノムシに火をつけて遊んだことがあったなぁ。今思うと、残酷だわ。

専門外のことに疎いのは誰でも同じですから無知を責めるつもりはありません。

ただ、最前線で泥と血と硝煙にまみれて戦っている将兵に背後から銃を撃ちかけるような連中がどう見えるかということです。そんな連中のために戦いたいとは思わないという自然な人間感情も多少の想像力があれば理解出来るはずなんですが…

産科に続いて小児科も崩壊は確定しています。外科、内科とメジャーはほどなく全滅でしょう。率直に言って当然の結末だと思うだけです。

小児科医の新人、2県で0人 26都府県で減少
http://www.asahi.com/national/update/1023/TKY200610230400.html

No.205の老人の医者さん

この記事だけ、匿名なんですね。
記事を見ますと、筆者の家族が、搬送先が見つからないという不幸な事態に遭遇しています。
そうすると、記者としてではなく、いわば遺族と同じ視点で記事を書いていることになります。
いくらブログの体裁をとっていても、日刊スポーツの看板の下で記載しているわけですから、ここまで感情むき出しになるのはどうかと思います。

>命を見捨てた18の病院に言いたい。恥を知れ。
18の病院には既に入院している患者さんがいるわけで、その患者さんの命を守るのも病院の重要な仕事。
医療機関のベッドは行政ににより扱いが厳しくチェックされる。
玉突きで溢れた患者は、手術室前の長椅子にでも寝かせとけというのか。

個人のブログなら感情丸出しでも勝手に言えばいいんですが、一応新聞社のブログなのですから、記事に準じた扱いがなされるべきかと思います。

スポーツ新聞の記者がどこまでこの事件を追いかけてるか分かりませんが、本当に受け入れられなかった病院の状況も全て取材し把握した上で書いているのでしょうか。打診の経緯も知らないようなので、多分新聞を飛ばし読んだ程度なのでしょう。

ろくすっぽ取材もしないで、自分がかつて感じた不満をここで晴らすかのように口汚く罵るだけのこの文章は、とても新聞記者が書いたものとは思えません。

また、自分の経験を交えて内容に説得力を持たせたつもりかもしれませんが、残念ながらその試みも成功していないようです。新聞記者として恥をかくだけなので匿名にして正解かも。

行政であれ外交であれスポーツであれマスコミが取り上げるべきネタとしてそれなりに歴史と伝統がありますから、記者にしろ読者たる国民にしろそれなりに目が肥えています。お笑いタレントですら政治を語る番組を持てるような時代ですから、あまり極端にレベルの低いことは周りから浮いてしまい自然に排除されるものなんですね。

しかし昨今医療の話題が口に上る機会が急増しているのに対して、それを語るレベルは明らかに低すぎるのが気になっています。医療の閉鎖性が問題だと言われるならまず第一にマスコミがそれを平易なレベルにして国民に知らしめていくべき責任があると思うのですが、むしろ輪をかけて扇情的な駄文を書き連ねて恥じるところがないというのはどういうことなのでしょうか。

医療サイドの側もいい加減にそれなりの戦略的広報をうって行かないといけない時期だと思います。有志による全国紙への全面広告掲載というアイデアが以前に某所で出ていましたが…

まあ、スポーツ新聞を賞賛している人たちの程度もたかがしれていますけどね。人格を疑いますね。

少し前に話題が出ていた検察審査会ですが

理事長らの不起訴不当 事故予見可能 検察審
http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20061025/eve_____sya_____010.shtml

>理事長らに事故への反省や遺族への誠意がみられないとした上で、感情論として「園舎上に駐車場を設置すること自体、危険防止のための配慮がなかった」としている。

民事訴訟では名古屋高裁で責任があるとされているのようです。
感情論としてというところが引っかかるのですが、如何なものでしょうか?

「理事長らに事故への反省や遺族への誠意がみられないとした」は感情論だと思うのですが、「園舎上に駐車場を設置〜」に関しては感情論だと思わないですね。

> 感情論としてというところが引っかかるのですが、如何なものでしょうか?(No.213 地方医師@時間外さま)

記事の文章は分かりにくいですが、善解すると、
・別の車が死亡事故以前に鉄柵への衝突事故を起こしている点から、事故の発生は予見でき、必要な措置を取ることも十分可能だった。
・屋上に駐車場を設置したこと自体は、法的な過失と評価できない。

とすると、鉄柵の構造を問題視しているように見えます。
もっと丈夫で壊れにくいものにすべきであったとか、駐車スペースと柵との間に距離をとり、車止めを設置して、ちょっと詰め過ぎたくらいで柵にぶつからないようにしておけとか。

----------
私としては、そもそも本件で、園の理事長らに対して民事上の賠償請求ならともかく、<刑事上の>責任を問おうとすること自体が疑問です。

一番の原因者は、駐車場への停車をしくじって駐車スペースからはみ出したあげく、子供の上に車を落としたドライバーであり、
もし業務上過失致死の刑事責任を問うとすれば、その人だけで十分であると考えます。

駐車場設置行為と、子供の死の結果との間の因果関係は薄く、条件関係はあるとしても、刑事責任を生ずべき相当な因果関係が無いと思います。
また、施設・設備は本来の用法に従って正しい使い方がなされることが前提とされているものです。
間違った使い方をされる可能性を考え(予見義務)、それを阻止する対策をしておくべき(結果回避義務)であり、対策を怠ったら「刑事上の過失」である
と言われるのは、駐車場設置管理者に対してあまりにも重い責任を一方的に負わせることであり、不公平です。
駐車場設置が「業務」であると言われることにも違和感があります。

もし、こういう方法で刑事責任を負わされるとしたら、
例えば、ビル内の階段で人が転んで怪我をした場合にも、ビルのオーナーに業務上過失致傷罪が成立しかねません。
アメリカは訴訟社会で、そういう場合に民事損害賠償請求されるおそれがあると聞きますが、
さすがに刑事責任を問うことはないと思います。

現代社会の利便性・経済性を追求する生活の中には、多かれ少なかれ危険な要素が含まれており、完璧に安全な環境というものは実現不可能です。私たちはそうした危険を甘受しつつ毎日の生活を営んでいるのであって、一定程度の危険の発生については、刑事責任を問わないという社会的な合意が存在すると考えるべきです。

この考え方は、医療を受ける場合に通じると思います。

>YUNYUN さん
>多かれ少なかれ危険な要素が含まれており、完璧に安全な環境というものは
>実現不可能です


それは認めるとしても、この園の場合、もっとやりようはあったかと思います。七ヶ月前の事故で柵がかなり壊れているのですから、柵の強度を上げるか、駐車場としての使用を中止する位の配慮はしてもよかったと思うのです。屋上に駐車場を置く以上、車の衝突を考慮した強度にするべきだと思います。

ちなみに、七ヶ月前の事故です。柵がかなり歪んでおりますね。
http://plus1.ctv.co.jp/webdoc/2002/1209/08.html

しまさん、YUNYUN さん コメントありがとうございました。

>・屋上に駐車場を設置したこと自体は、法的な過失と評価できない。
これがあるため、感情論としてという言葉がついていたのですね。
大変よく理解できました。

M3配信記事です、(Sankei-Webの記事より少し詳しいです)
最近、危険性の高い手術の術前の説明では、患者さんが手術を選択しないように、危険性をやや強調して話すことがしばしばあります。このような報道を見ると、その方針はあながち大げさでは無いと思えます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

遺族敗訴の2審破棄 「説明義務、審理尽くせ」 防衛医大過誤訴訟で最高裁
06/10/27 記事:共同通信社 提供:共同通信社

 防衛医大病院(埼玉県所沢市)で1996年、脳動脈瘤(りゅう)の手術を受けた後、死亡した立正大教授の男性=当時(61)=の遺族が国に計約9500万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷は27日、遺族敗訴の2審東京高裁判決を破棄、審理を同高裁に差し戻した。
 滝井繁男(たきい・しげお)裁判長は「2つの手術方法と手術しないで経過観察するという3つの選択肢があった。医師は、それぞれの利害得失について患者らに分かりやすく説明しなければならないが、その義務を尽くしたどうか2審判決では明らかではない」と判決理由を述べた。
訴訟は手術の危険性について説明が十分だったかどうかが最大の争点となり、2002年7月の1審東京地裁判決は「説明は不十分で男性らは危険性を理解していれば手術を受けなかった可能性が高い」と判断。説明義務違反と死亡との因果関係を認め、国に約6600万円の賠償を命じた。
 しかし、昨年5月の2審判決は「説明は足りていた」として請求を棄却し、遺族側が上告した。
 2審判決によると、男性は96年2月、同病院で動脈瘤破裂を形状記憶合金(コイル)で防ぐ手術を受けた際、コイルが動脈に流出。開頭手術でもコイルを除去できず、約半月後、血流障害から脳梗塞(こうそく)となり、亡くなった。

危険性の説明と脅かしって紙一重なんですがね

>田舎の消化器外科医さん
>患者さんが手術を選択しないように、危険性をやや強調して
>話すことがしばしばあります

患者さんが手術を選択するように、安全性をやや選択して話す事も
可能性としては考えられますよね。どちらがいい結果を生むものなんでしょうか。

説明には問題があったと思いますが、因果関係までは認められないでしょうね。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/7AFB7879CACC131549256C150025A79D.pdf

>No.220 しまさん

例えば、進行胃癌の術前の患者家族に対する説明で、
「この手術での、統計上の死亡率は、約0.2%です。」ということが多いのですが、最近は、本人にも判りやすい様に、この治療では、何人に一人くらい合併症で死ぬことがあります(上の例では500人に一人)と、より直接的な表現を採用しています。
さらに、ハイリスクな症例では、「合併症で死亡するとすれば術後1月以内になくなることが多いのですが、あなたの場合、無治療で経過観察しても、半年以上の余命はあると思います。」と続けます。
ご質問の件ですが、最近は「やや安全性を強調して、治療法の説明をすること」は少なくなりましたが、いい結果を生むのは、こちらの説明の仕方云々よりも、楽天的な(自分の運命には逆らわないという)患者さんのほうが、より合併症が少なく、起こっても軽度ですむような印象があります。

>田舎の消化器外科医さん
お返事有り難うございます。わかりやすさで言えば、直接的な表現の方が宜しいように思いますね。もっとも、確かに脅しと受け取る患者さんもいるでしょうし、難しいところなのかも知れませんね。直接的な言い方を用いても理解出来ない患者もいるだろうし、遠回しな表現を使っても理解出来る患者もいる。

説明とは相互の問題ですから、確かに説明の仕方だけではどうにもならない場合がありますね。どうにもならない場合、司法がどう判断するのかは興味があります。


例えば、↓の判決に関しては説明義務違反が完全に否定されてますね。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/49D057EC2148D75449256FC7000CF182.pdf


法曹界からの御意見です。

医療過誤刑事事件の立件を巡って
弁護士 安 原 幸 彦
http://www.iryo-bengo.com/general/essay/no01.php

どうも弁護士さんも現状認識が的確でない印象ですがこれが多数派の見解なのでしょうか。明かな労基法違反である勤務条件等といった医療現場の人権侵害を無視して解放の批判のと見当違いの御高説を賜ったところで空しいだけです。

医者は職業的義務感の発露という点で水準以上のものを持っていると思いますが、結局のところ人間であるという限界を超えることは出来ません。辞めた方がメリットが多いと感じれば職場を去るのは当たり前のこと、そして昨今多くの臨床医達が逃散という「闘争手段」のメリットを体感しているところです。医師の義務は目の前の患者に対する診療であって、国民に医療を保証することではないのですから。

医者以外に医学部教員の道
http://www.kobe-np.co.jp/kyodonews/news/0000151942.shtml

否定はしませんが、学生に対してどのようなメリットがあるのかよく分かりません。

>>No.223 老人の医者 さん
安原弁護士にとって、敗訴側の弁護士が基本的に責任を問われることがないのは特権と思ってらっしゃらないんでしょうな。

なお、私個人はその特権はあって然るべきと思っています。
「一生懸命やった挙げ句に賠償させられる/逮捕されるのではたまらない」「こんなことでは弁護士なんかやっていられない」からです。

※以下のハナシは私が望んでいる状況ではありません。

本来、準委任契約である医療行為について損害賠償請求できるように、委任契約である代理人/弁護人の弁護活動についても一つ一つしらみつぶしに検証して行けば、必ずどこかに大なり小なりの瑕疵があるはずで、状況次第で敗訴側は弁護過誤訴訟にまで持って行ける事案もあるかもしれません。
例えば、法廷での受け答えは全て録音しておき、あのときあのような尋問をしていれば、あのように答えていれば、とかとっさの判断の「ミス」を、後で他の弁護士に判断してもらうのです。
もちろん全ての関係書類は改ざんされないように差押さえます。
やましいことがなく依頼者に誠実に対応していれば、そもそも提訴まで至らないし、提訴されたところで裁判所が速攻で棄却してくれるか、最悪判決にまで至っても負けることはないはずです。

弁護過誤によって死刑に至った例で、弁護人を業務上過失致死の罪に問うことは「今のところ」ないようですが、世界のどこかでそのような「事件」が起きる可能性が未来永劫ゼロであるとは言えないでしょう。
日本でも、たかだか70年前の「正義」やら「国益」やらは今とかなり違っていたようですから。

No.223の老人の医者さん、弁護士といっても、考え方は100人いれば、100人違いますから。
安原弁護士も、一応「医療従事者に過重な負担が課せられている医療現場の惨憺たる現状を見れば、そう言いたくもなる気持ちは分からないではない。」とご理解を示されているようです。
ただ、言えるのは、安原弁護士は、現在の刑事手続とりわけ安易な逮捕・自白の強要をとにかくとにかく問題視しており、医療関係者の逮捕もとにかくそこに結び付けてしまっているということでしょう。
そこしか見ていないという印象を受けます。
私は、何でもかんでも女性問題に結び付けてしまった一時期の樋口恵子を思い浮かべてしまいました。


No.225の元田舎医さん、弁護士会には毎日何件も弁護士に対する苦情が申立てられておりますし、懲戒申立ても多いです(懲戒申立ては誰でもできますので。)。
弁護過誤訴訟はそれほど多くなく、しかも言いがかりみたいな訴訟が多いです。
訴訟が少ないのは、依頼者とのトラブルになった場合、多くの弁護士が、さっさとお金を払って和解してしまっているからではないでしょうか。
払いきれない金額の場合は、弁護過誤保険を利用することになるでしょう。
ちなみに、依頼者に誠実に対応してても、やられるときはやられます。

それから、例えば一審敗訴の訴訟事件を控訴審から引き受ける場合、当然のことながら何故敗訴したのか一審の訴訟記録を検討します。
主張書面や証拠、証人尋問調書などを分析し、一審の弁護士の対応に誤りがあれば、きちっと依頼者に説明します。

>>No.226 PINE さん
ネタにマジレス、ありがとうございますたw

> 弁護士さんも現状認識が的確でない印象 (No.223 老人の医者さま)

確かに。周回遅れの議論というか。
我々がこのブログの医療崩壊エントリ「その1〜3」の頃にやっていた、医師vs法曹の認識のズレを再現したようなコメントです。
刑事事件を私怨晴らしに利用させるなとか、捜査機関の人権侵害を許すなといった問題は、刑事弁護の一般的課題としては間違ってはいませんが、
医療崩壊の主要な論点はそこではない。

------
このブログでの到達点まとめ

一般に、医師側は故意・重過失の場合に刑事責任を問われることは否定していないし、
過失ある場合に相当な限度での民事賠償責任が生じることも概ね受け容れられている。
問題は「過失」とは何かという捉え方である。

第一に、過失の有無、つまり医療行為の妥当性は、レトロスペクティブにではなく、プロスペクティブな視点で検討されなければならない。
なぜならば、医療の性質は試行錯誤の連続であり、最初から病気の原因や治療方法の正解が与えられているわけでなく、全く五里霧中の中から、刻々と変化する患者の容態を見つつ、推論を重ねて病名を探知し、その場その場で最適と思われる治療方法を選択していくしかないものである。
後から振り返って、全ての情報を与えられた上であれば(レトロスペクティブな判断)、確定診断を付け最適な治療方法を見い出すことができても、
その当時に医師が置かれた具体的状況の下で(プロスペクティブな判断)、それをせよというのは不可能を強いることであり、実質的には結果責任主義に等しい。

第二に、医療行為はそれ自体、人体に対して悪影響を及ぼす危険性を含んでおり、完全な安全性を確保することは物理的に不可能である。総じて益のほうが害より大きいと見られるために「治療」がなされるのであるが、個々の事例においては期待に反して結果が裏目に出ることはありうる。
このような医療に不可避的な副作用・合併症についてまで、医師の責任を問うとすることも、同様に実質的な結果責任主義であるといえる。

医師に対して結果責任主義のような過酷な法的責任を負わせるならば、医師は医療を提供することを躊躇し、萎縮して必要な治療すら行わなくなり、最終的には医療現場から撤退してしまうであろう。
特に、刑事責任については、人の死傷に多く関与することを余儀なくされる立場で、日常業務がいつ何時犯罪として告発されるか分からず、刑務所行きの危険と常に隣り合わせで働けというのは、痛常人の神経では耐え難いことである。
加えて、政府の医療支出削減、これに起因する勤務医の労働過剰が、撤退方向に拍車をかけている。

医師が一人辞めれば残された医師にしわ寄せが生じてさらなる退職者を呼び、一定数の医師が確保できなければ、その病院は閉鎖せざるをえない。こうしてドミノ倒し的に医師や病院が減少し、地域において必要な医療が提供できなくなっているのが、現在進行している医療崩壊の現象である。
医師の減少は、死傷の結果が生じやすく責任追及が厳しくなりがちな分野から進行している。具体的には、救急、外科、産婦人科、小児科などであり、内科がこれに続くとみられている。

医師の減少を食い止め、医療崩壊を防止するためには、
1.医師の法的責任(民事、刑事)を医療の実態に則した適正な範囲に限定し、不合理な責任追及や社会的バッシングから保護すること
2.医師に適正な労働条件を確保し働きやすい、意欲の出る職場環境づくり
3.これらの裏付けとして、医療分野にきちんと国家予算を投入すること
  (含・過失なき医療事故における被害救済策)

ここは法曹関係者の多いブログなので、主に1.の観点が論じられている。
・具体的な民事・刑事の事件における医療の妥当性や医師の過失の有無の検討(判例批判、報道批判)
・訴訟対策や訴訟戦術
・裁判制度の改善案

>>No.228 YUNYUN さん
パチパチパチ(拍手)

さすがYUNYUNさんというか弁護士の先生は頭の切れが違いますな。

No.227の元田舎医さん、私らも結構ビクビクしてんのよ(笑)。

>YUNYUN さん
>政府の医療支出削減、これに起因する勤務医の労働過剰が、
>撤退方向に拍車をかけている。

減らされているのは医療費ばかりでなく、社会保障や地方財政も同じように減らされているようなので、一緒に捉えた方がいいかも知れませんね。つまり、医療費だけが減らされているわけではなく、社会保障全体が減らされているので、割合は同じでも絶対値は減少してしまうみたいですね。

>>No.230 PINE さん
そりゃ弁護過誤保険があるぐらいですからね。
わかりますよ。
弁護士の先生が「逃散」するならどっちの方面なんでしょうね。

で、
>>管理人さん
そろそろ「しょの6」は如何でございましょうか?

掲示板やブログのコメントに書き込むだけで訴訟される可能性が常にあるわけですし、掲示板やブログの管理者はなおさら大変です。

国民全員が(割合は違えども)訴訟リスクを抱えている、あるいは訴訟リスクを自覚しなければならない時代になったとは言えそうです。

便所の落書きなどとも称される某所で「嫌なら辞めろ委員会」などと言っていたのがつい一年ほど前ばかりのことですが、今や誰もそんなことを言うものはありません。「ナニ先生?まだ奴隷なんてやってたの?w」と言われるのがオチですから。野次馬的視点からすればなんとも面白い時代になったものだと思います。

国の中枢部がどの程度の認識なのかは必ずしも明らかではないにせよ、マスコミにしろ世論にしろ今にいたっても全く周回遅れの議論しか聞こえてこないのは興味深いところではあります。心肺停止の患者を救命するために必要なのは議論ではなく、ひたすら手を動かすことではないかと思うのですが、未だ何かしらの対策が実行に移されているとも寡聞にして知りません。

徒弟制度的な縦の関係によって伝承されてきた技術体系が一度崩壊した後で修復するということがどれほど困難なことか。であるならば、今後は医学教育、後進指導の面でも質的変化を余儀なくされるのは確定的でしょう。今現在の医療資源の存在を前提に組み立てる議論すらも既に周回遅れになってしまっているのではないでしょうか。

No.228の誤字訂正

× 痛常人
○ 通常人

無意識にそういう気持ちを汲み取って変換されたようです。

------
> 弁護過誤によって死刑に至った例で、弁護人を業務上過失致死の罪に問うことは「今のところ」ないようですが、(No.225 元田舎医さま)

弁護士相手に医療崩壊現象を説明するには、たとえ話として、
「アンタが国選弁護で殺人事件を当てられて、一生懸命弁護したけど功を奏さず死刑判決が確定した場合に、業務上過失致死罪で起訴されるようなものだよ」
と言うと、医師が辞めたくなる気持ちが理解されるようです。

------
> 弁護過誤訴訟はそれほど多くなく、しかも言いがかりみたいな訴訟が多いです。
> 主張書面や証拠、証人尋問調書などを分析し、一審の弁護士の対応に誤りがあれば、きちっと依頼者に説明します。(No.226 PINEさま)

弁護過誤訴訟が今のところ少ないのは、過誤の立証が難しいこともあると思っています。
過誤の内容として、法的な主張を落としているとか、明らかに反論できる事実関係を見落としていたということが考えられますが、
訴訟は相手方あり裁判官の考え方あり、不確定要素が大いために、後から振り返って見てさえも、「こういう戦術を使えば、100%勝てたはずだ」ということはなかなか言いにくいのです。
まして、証人尋問における個々の問答が、「あのときあのような尋問をしていれば」といえるほど、決定的な影響力を持つことは少ないと思われます。
また、依頼者本人が尋問をしくじって自ら不利な答え方をしてしまった場合には、弁護過誤をどうこう言える立場でないですし。(答え方の上手い下手によって、裁判官の心証が違う)

弁護士会の懲戒案件には時効を飛ばしたという事例が多いのですが、
時効は成立するかどうかの判断が容易で、しかも主張すればほとんど確実に勝てる戦術であるという特殊性によると考えられます。
同じ専門職では、税理士が税務申告を誤って税務署から加算金を掛けられたといった場合に責任追及されていますが、
税金額は確定的に計算できて、ミスかどうか判断しやすいと言えます。

そこで、少なくとも今しばらくの間は、弁護士が弁護過誤訴訟を受けるおそれは少ない(弁護士業を辞めたいと思うほどの危険はない)と思われます。
しかし、医療のように、「勝訴の期待可能性」という概念を持ち込めば、いくらか賠償をとれるかも。あな恐ろしや。

>>No.235 YUNYUN さん
...ということで、実は弁護士と医師はけっこう共同戦線を張れるのでは、とも思うわけです。

>弁護過誤訴訟が今のところ少ないのは、過誤の立証が難しいこともあると思っています。
以下のくだりはつい20〜30年前の某業界の状況とほとんど同じではなかろうかと。
「明日は我が身」の意識さえ芽生えれば、(準)委任契約で自分の知識・技能を切り売りして飯を食っている業界同士もう少しわかり合えそうです。

あーあ、とうとう火が点いちゃったよ。
オラ シラネ
===============================
414 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/10/28(土) 21:24:28 ID: x9Le719j0
闘争本部通達
全国の産婦人科医師に対し労働基準局への提訴を呼びかけています。
奈良県立病院産婦人科医師に呼応し近畿各府県の産婦人科医師が次々と提訴の準備に入りました。
一部大学医局所属産婦人科も呼びかけに応え提訴の準備に入りました。
頑張ろう!勝利の日まで!
===============================
産科医が超勤手当1億円と設備改善を要求
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1161473105/

YUNYUNさん:

色々医療従事者の心情をご理解いただいてありがとうございます。こういう方がいると本当にうれしいですね。給料高いから良いでしょ、とか、嫌なら辞めろ、とか時代遅れの発言をする人がいまだにいますのでね。

 今朝のフジテレビ、報道2001に、中川秀直自民党幹事長と、経済財政諮問会議の八代尚宏氏(先日NHKの医療討論番組にも出演)が出ていました。
 経済成長を維持する方法として、生産性の低い分野から、生産性の高い分野への、資金、労働力の移動が必要という中川氏の意見を受けて、八代氏は、生産性の低い分野の例として、医療、介護産業を挙げ、「行列が常にあるような分野は社会主義の状態であるから、民間の活力を導入しなければならない」と、医療分野の市場開放の必要を述べ、それに中川氏は何のコメントもありませんでした。これをみて政府、与党の、混合診療拡大は既定路線であると確信しました。
 混合診療の導入が、医療崩壊を加速するか、減速するかはわかりませんが、経済力により、提供される医療の格差は現在より飛躍的に拡大することは間違いありません。郵政民営化のとき以上に、総選挙で民意を問うことが必要なくらいの改革と思います。
 YUNYUNさん、しまさんがご指摘の通り、政府の社会福祉予算削減路線では、現状レベルの医療福祉サービスが維持されることは不可能です。

 そこで、医療を受ける側の選択肢として、
1.(保険料、税が)高負担で、平等な医療(今の制度の維持)
2.低負担で、最低限度の医療のみ保障、更なる治療費は自己負担(民間保険利用)
が挙げられる思います。

 このブログに参加されている方は、このようなことは、もう十分理解されていると思いますが、医療者以外の方のご意見を改めて伺いたいと思います。

>田舎の消化器外科医さん
社会福祉予算削減と言うか、歳出全体が削減されようとしていると思います。小さな政府を志向していたというわけでしょうが、そろそろ揺り戻しが来るべき時なんでしょうね。

個人的には、経済財政諮問会議という非民主的なプロセスで政策が決まってしまう事を問題にしたいですね。議員は確かに民意で選びましたが、経済財政諮問会議に関しては民意は反映されていないと思いますので。

選択肢ですが、ミニマムの医療を設定するのは必要かも知れませんね。ただ、民間に任せるというのも問題があると思います。民間=営利目的ですから、儲からないような制度設計はしないはずなので、その辺りは調整する必要がありますね。

あと、選択肢はもう一つあります。制度改革に手を付けず、しばらくは現状分析を行い、経済政策で税収を増やすと言う選択肢もありますね。

YUNYUN (No.228) さん、
御明察どおりです。
ありがとうございました(涙)。

モトケン様

YUNYUN (No.228) さん、のまとめは秀逸ですので、その6をエントリーするときに、転記していただけないでしょうか。

ここに参加されている法曹の方は、完全に周回遅れをとりもどしていますね。

>No.240 しまさん

>あと、選択肢はもう一つあります。制度改革に手を付けず、しばらくは現状分析を行い、経済政策で税収を増やすと言う選択肢もありますね。

上記の選択肢は、医療崩壊に手をつけないという選択肢ではあります。
最近、政府は、本当に医療を崩壊させた後に、それをサルベージするのに、民間資本を導入しようと考えているのではないかとさえ思えます。

本格的に混合診療が導入されたら、ミニマムの治療は、公立病院で、プレミアムは私立病院でとの棲み分けになっていくと思います。当然公立病院の医師のモチベーションはさらに低下し、優秀な医師は、さらに兆散すると思われます。

>No.243 田舎の消化器外科医さん

多分、ご存知のことと思いますが、週間東洋経済10月28日号で医療特集がでています。

そこで、紹介されている15年先を行っているプレミアム病院として、聖路加国際病院と亀田総合病院が紹介されていました。

>本格的に混合診療が導入されたら、ミニマムの治療は、公立病院で、プレミアムは私立病院でとの棲み分けになっていくと思います。当然公立病院の医師のモチベーションはさらに低下し、優秀な医師は、さらに兆散すると思われます。

同感です。問題なのは、我々はそのことを理解していますが、国民の多くはそれを理解できないまま、経済財政諮問会議が、どんどん先へ物事を進めていることです。

あまり、今まで外資の関与は指摘が出ていなかったようなので、バックにはオリックス他の国内の保険会社以外、外資も付いていることを指摘させて頂きたいと思います。

管理人です。

 「その6」を立てましたので、今後のコメントはそちらにお願いします。

P R

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