エントリ

 争点とみられる「手術中に胎盤の癒着が分かった時点で(手術の)中止義務があったか」については、「義務があった」とする検察側に対し、弁護側は「止血をするために胎盤剥離をするのが臨床では当然のこと」と主張している。また、弁護側は医師法違反については、異状死の定義があいまいなうえ、被告は院長に報告し違法性はないとの主張をする予定だ。

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 福島県立大野病院の医療事故問題について
 

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コメント(313)

一般論として剥がさずに癒着の有無が有るか否か判断する方法があるのか教えていただきたい.密着と癒着は画像診断上は同じに見えるはずです.一度あけた腹を出血の可能性の有るまま残して閉じ,遠方の病院に転院するのも相当なリスクです.

あくまで技術論としてですが、最悪のケースを考慮して、予め卵巣動脈の基部をいつでも結索出来るように準備することは可能なのでしょうか?

つまり、全例にそのような安全策をとることが、現実的に可能かどうかを知りたいです。

私は加藤医師の不当逮捕を糾弾する立場のものですが、他科の技術的な可能性について御教示いただきたいです。

>座位臥位立位先生

 コスト面を度外視すればbaloon occlusion用のカテーテルをあらかじめ入れておくことは可能でしょうね。ただ、緊急帝切の場合は無理だと思います。

 開腹して児を娩出しないうちに糸をかけておくというのは視野の点から見て不可能に近いのではないでしょうか。

僻地外科医 さん
 御教示ありがとうございました。
 いつの日か、そうしたアプローチを可能とするブレークスルー技術が現れる
 可能性は残されていると思います(経済性を度外視すれば)。

 やはり現状ではどうしても無理なのですね。

>座位臥位立位先生

 occlusion baloonの件、技術的には可能と書きましたが、被爆の問題があるのでそう簡単ではないと思います。
 なお、麻酔サイドで帝切に入ったことはけっこうありますが、骨盤底を見やすいはずの麻酔医の位置からですら、子宮が邪魔で血管なんて全然見えませんでした。

なお、検察のコメントの
「手術中に胎盤の癒着が分かった時点で(手術の)中止義務があったか」
については別エントリーでいのげ先生が呈示された福島民友新聞の方が正しいように思われます。多分、毎日の記者が内容を理解しないで書いたのでしょう。

「癒着胎盤を手で剥離(はくり)した際の処置などについて争点の協議を行い、検察側は「子宮摘出などの措置を取るべきだった 」と剥離を中止する義務があったとした」

> occlusion baloonの件、技術的には可能と書きましたが、被爆の問題がある
>のでそう簡単ではないと思います。
> なお、麻酔サイドで帝切に入ったことはけっこうありますが、骨盤底を見や
>すいはずの麻酔医の位置からですら、子宮が邪魔で血管なんて全然見えません
>でした。

帝王切開の時に血管を見るのは非常に困難だと思います.
occulusion baloonも不可能ではないですが,緊急症例では現実的ではありません.
私の知識の中で,このような症例を救命できる方法と言われれば,可及的に開胸して一時的に下行大動脈をクランプすることくらいです.これで出血をコントロールしながら子宮動脈をクランプ->子宮摘出という方法だと救命できるかもしれません.実際心臓外科医がこの方法で腹部大動脈瘤破裂の腹腔内への出血症例を救命したのを目の前で見たことがあります.

>level3先生

 おそらくですが、開胸するよりは大動脈遮断鉗子を腹部大動脈にかける方がよいと思います。開胸は手段の一つですが、帝切の場合は挿管していないので、全麻→挿管、術野消毒(これは要らないかも知れませんが)→開胸の手順を踏む時間の方がもったいないように思われます。

 腹部大動脈瘤破裂と異なり、大動脈は破れていないわけですから、遮断するならそちらの方がよいでしょう。問題は子宮が邪魔になることですが、胎児娩出後であれば遮断鉗子をかけることは不可能ではないと思います。多少ブラインドでかけることになって、小腸などをいっしょに遮断しても、遮断時間は決して長くないと思いますので、問題は起きないと思います。

 ただし側副血行路からの血流がありますので、大動脈遮断鉗子をかけても出血量を減らせると言うだけで完全なコントロールにはならないでしょう。

>おそらくですが、開胸するよりは大動脈遮断鉗子を腹部大動脈にかける
>方がよいと思います。開胸は手段の一つですが、帝切の場合は挿管してい
>ないので、全麻→挿管、術野消毒(これは要らないかも知れませんが)→
>開胸の手順を踏む時間の方がもったいないように思われます。

そうですね.
私は既に出血しておなかの中が血の海になってオリエンテーションが付けられなくなった状態を想定してコメントしました.この状態では腹部大動脈さえ確認は困難と考えたのです.可及的に全身麻酔に切り替えて気管挿管,輸血ラインの確保+ポンピングを行っているなら血液が入ってこない胸腔からのアプローチの方が確実に大動脈をかめるということなんです...

>level3先生

 腹部大動脈は心停止していない限り血の海でも触診で確実に同定できます(開腹していれば)。下大静脈をいっしょに噛む可能性、その際に下大静脈損傷を起こす可能性は否定できませんが、この辺は時間をかけるのとのバランス問題でしょうね。

 私だったらまず腹部大動脈に鉗子をかけてみます。心・血管系の外科医であれば私と同じ方法をとる先生が多いと思います。

僻地外科医先生,

腹部大動脈がクランプできるのであればそれが最も速いですね.
実は先に書きました腹部大動脈瘤破裂の時には1週間くらいの間に立て続けに2例似たような症例があり,1例は腹部だけでがんばろうとして救命できなかったのです.
とにかく心臓に近いところでかめれば出血はコントロールできますから...

>level3先生

 長々と議論を続けてしまってすみません。
腹部大動脈瘤の場合は子宮からの出血と大きく異なる点が2つあります。
一つには遮断すべき腹部大動脈そのものが破れていること、もう一つは術野の位置が違うことです。

 腹部大動脈は臍の高さで左右総腸骨動脈に分かれます。腹部大動脈瘤は通常腎動脈下から起きますが、腎動脈の高さは剣状突起よりも上です。従って遮断するにしてもかなり高位で遮断しなければなりませんし、腹部大動脈自体が非常にもろく破れやすい状態になっていますのでここは大きな違いでしょう。
 子宮からの出血をコントロールしようとする場合、腹部大動脈の再下端(つまり臍の高さ)でも遮断鉗子をかけれればよいわけです。しかも、ほとんどの場合動脈硬化がない若い女性ですから、遮断鉗子をかけるのも腹部大動脈瘤に比べれば(視野の点で劣るにせよ)楽ではないかと思います。

本件では胎盤が相当大きかったそうで
大動脈へのアプローチのジャマにならんでしょうか

>いのげ先生

 邪魔になる可能性は十分ありますね。ただ、本件では部分前置胎盤ですから、胎盤本体は骨盤底側にあり、大動脈遮断鉗子をかけるぐらいのスペースはあるんじゃないでしょうか?

「周産期医療の崩壊をくい止める会」から情報出ました。

10月11日(水)に開催された、公判前整理手続き(第4回)の報告
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%B8%F8%C8%BD%B3%B5%CE%AC%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2806%2F10%2F19%29

弁護側は
>(2)憲法第38条第1項違反

 医師法第21条は、憲法第38条第1項に反しており、違憲無効な法律である。違憲無効な法律に基づいて被告人を処罰することはできない。

 と言う主張をするみたいですけど、言えるものは何でも言ってみると言うつもりなんでしょうかね?

医師法21条
 医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

憲法第38条第1項
 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

 主張としては、ほぼ確実に裁判所では採用されない主張だと思います。
 一種の雰囲気作りでしょう。

モトケン様がおっしゃるのは、
医師に対して異状死の届出義務を課した医師法21条が、憲法38条1項の黙秘権の保障に違反しないとの最高裁判例が既に存在するからです。

平成16年4月13日最高裁第三小法廷判決
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=25125&hanreiKbn=01

最高裁はかつて、道路交通法による事故内容の報告義務についても、黙秘権に違反しないとの判例を出しているので、医師法もパラレルに解するということでしょう。
よって、今回の弁護側のこの主張を認めてもらうには、基本的に、最高裁で大法廷を開いて判例変更をしてもらわなければなりませんが、
最高裁は大法廷なんて1年に1回やるかどうか・・・なので、おそろしく狭き門です。

----
異状死だったら必ず届出義務があるとしても、
どんな状態が、届出を要する「異状死」であるかは、問題となります。
今はその点が無定型に広がって解釈され、社会に混乱をきたしています。
裁判所がこれを適切に制限する解釈を打ち出すことは、「判例変更」には当たらないので、可能性がありそうに思います。

>モトケン様、YUNYUN様

 都立広尾病院の事例ですよね?で、こういう判例が出ているのに、何を今更・・・という感じがあったので、聞いてみました。

昭和大学藤が丘病院腹腔鏡手術死亡事故
No.84からリンクしています。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2006/12/01-183108.php#c25598

>産科医−1さん

福島事件において逮捕勾留をしたことについては、法曹関係者の間でも批判が多いところだと理解しています。

しかし、過失判断においてあなたが「問題おおあり」、とする論拠を述べていただきたいです。

http://www.med.or.jp/jams/info/061206seimeibun.html

日本医学会から声明がでました。「不当逮捕」ということで。

警察は、「正当逮捕」ということで、正式に反論するのでしょうか?
それとも知らんふりでしょうか?

産科医−1です。リクエストにお応えして出てきました。長いですし、こんがらがっていますから、読んでみようと言うお気持ちとお時間がもしございましたら、お読み下さい。

まず、昭和大学腹腔鏡手術事故のモトケンさんのコメントの一部を、以下に引用します。

>No.18 モトケンさん のコメント
  一言でいえば、技量未熟な医師が、必要なバックアップ体制がないのに腹腔鏡手術を行ったことが最大の問題だと思われます。
 病院側の体制にも大きな問題がありますが、執刀医が刑事訴追されたことについては違和感はありません。
(中略)
 しかし、未熟な医師が執刀する場合は、独り立ちするまでに必要な教育手順をきちんと踏むことと、未熟さによるミスを早期に発見し適切な対応を可能ならしめるバックアップ体制を取ることが不可欠と考えます。
 本件はまさにその点が問題になっているのではないでしょうか。
 その意味で、本件においても病院側の責任は相当重いと思いますが、執刀医の責任も軽くはないと考えます。


以上が昭和大学の事件に対するモトケンさんのコメントですが、それでは大野病院の事件についての私のコメントを記してみます。

「一言でいえば、技量未熟な医師が、必要なバックアップ体制があったのにハイリスクの手術を行ったことが最大の問題だと思われます。
 医局側の体制にも大きな問題がありますし、異状死届け出違反で執刀医が逮捕勾留されたとしたら違和感を感じます。
(中略)
 しかし、未熟な医師が執刀する場合は、独り立ちするまでに必要な教育手順をきちんと踏むことと、未熟さによるミスを早期に発見し適切な対応を可能ならしめるバックアップ体制を取ることが不可欠と考えます。
 本件はまさにその点が問題になっているのではないでしょうか。
 その意味で、本件においても医局側、病院側の責任は相当重いと思いますが、執刀医の責任も軽くはないと考えます。」


以上、モトケンさんのコメントを拝借し私のコメントとして記してみましたが、これは、ご覧の通り、モトケンさんのコメントの一部を変えただけのものです。ですがこのように、この二つの事件は私のなかでは奇妙な程符合しています。

皆様ご存知の如く Cesarean Hysterectomy は産科手術の中では難易度の高い手術に入ります。ですから、大野病院の事故は産科医にとっては難しい手術を自分一人でしようとして起ったと言って良いでしょう。これは、昭和大学の腹腔鏡手術と同じです。

ところで、10月11日(水)に開催された、公判前整理手続き(第4回)の報告 http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%B8%F8%C8%BD%B3%B5%CE%AC%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2806%2F10%2F19%29 を読むと、皆様には不評の「大野病院事故報告書」以上に、訳が分かんなくなっちゃいますが、皆様はいかがでしょうか。

公判前整理手続き(第4回)の報告では、「内子宮口付近に付着していた部分には、胎盤の卵膜だけが存在し、胎盤実質は存在せず、子宮前壁に島状に存在していた。また子宮切開創には胎盤はなかった」ようですので、だとすればこの患者さんの場合、「帝王切開」は普通に出来て児を娩出できたはずですね。

また、この方の「胎盤の癒着は子宮前壁には殆どなく、その程度も軽いものであった」らしいので、この報告(以下特に断りがなければ、「公判前整理手続き(第4回)の報告」を指します)に書かれている「被告人がクーパーを使用して胎盤を剥離したのは、胎盤と子宮筋層の間に指が入らなくなったからやむを得ず行ったのではなく、」は当然であると私にも理解可能です。しかし、それに続く所の「(被告人がクーパーを使用して胎盤を剥離したのは、)胎盤の残置と子宮筋層への侵襲を可及的に減少させるためであり、それは手で剥離を続けるよりは有利な処置であり、出血量の増加を招く行為ではなかった。」の記載になると、私としては首を傾げるばかりですが、ここにお集いの先生方、この記載、お判りになりますでしょうか?

もしも、「癒着は子宮前壁には殆どなく、その程度も軽いもの」であったのなら、その程度の癒着胎盤なら用手的に難なく剥がせたでしょう。しかしこの医師は「胎盤の残置と子宮筋層への侵襲を可及的に減少させるため」クーパーを使ったようです。どうしてでしょうね。とにもかくにも私の知る所では、胎盤をその子宮筋層から剥がす際にクーパーを使う人は居ないのですが、ここにお集いの産科医の方は如何でしょうか? 考えても見て下さい、子宮筋にべったりと癒着した胎盤を剥がそうとする際に、剥がすべき胎盤と、剥がされるべき子宮筋層との境界を一体誰がはっきりと見分けられるのでしょうか?私にはそれが出来る人が居るとは到底思われません。それが出来ないのであれば無理に「胎盤の残置」を取り除こうとクーパーを使うのじゃなくって、まずは止血をはかるべきでしょう。

また、この報告の中には「この胎盤剥離途中及び剥離直後の出血量についていえば、用手剥離開始直後の14時40分の時点での出血量は2000ml(羊水量込み)であった。また、胎盤娩出が終わったのちの14時52〜3分の時点でも、出血量は2555ml(羊水量込み)である。この出血量は前置胎盤の患者にとってはごく一般的なものであり、通常予見する範囲の出血量である。」とありますが、「この出血量は前置胎盤の患者にとってはごく一般的なものであり、通常予見する範囲の出血量である。」の記載の真偽はさておき、まず、ここにある記載と「大野病院事故報告書」にある「14:50 胎盤娩出 総出血量約5,000ml」とは矛盾すると私には思われますが、どちらが正しいのでしょうかね。

14時37分に児が娩出されて、その3分後の14時40分の時点での出血量は2000ml、この時点は「用手剥離開始直後」とのことですが、この「直後」とは、癒着していない胎盤の大部分は娩出されていて、それでも残っていた胎盤の用手剥離の「開始直後」なのか、それとも、胎盤を用手剥離し始めた「直後」なのか(多分、文意からすると後者かと思われますが)どちらなのか、それでもし14時40分時点が胎盤剥離前だとしたら、その時点での出血量2000mlは、切開の場所に胎盤がなかった帝王切開にしては多すぎやしないか、つまり、筋層を切開時に子宮動静脈を損傷したのではないのか。

また、「胎盤娩出が終わったのちの14時52〜3分の時点」とありますが、これは「癒着が局所的な場合、絨毛が侵入しているところの簡単な切除」をして(すなわち胎盤娩出が終わって)その場所を数カ所8の字縫合をした「のち」の時刻なのか、もし、そうだとすれば、この医師は大量の出血をそのままに、まさに血の海の中を「胎盤の残置と子宮筋層への侵襲を可及的に減少させるため」に「8の字縫合」をしていて、それで14時40分からの12〜3分で「2555mlの出血量」となったのか、また、この出血量は大野病院事故報告書の5000mlを信じるとここで書かれている通りの「2555ml」となるのでしょうが、この報告だけでは14時40分からの12〜3分の出血量は2555mlから2000mlを引いた555ml」とも読めそうで、だとしたらこの時点での出血量は5000mlだったのかそれとも2555mlだったのか、等々、こう書いてみて判ることは、私の貧弱な読解力の所為か、私にはあまりに判らないことが多いと言うことでして、そんなこともありまして、「事件の詳細を知らぬもの同士が言いあっても、まさに空論」、「裁判の行方を私たちは注視すれば良い」と書いたわけです。

長くなったついでに、以下に、もう少しモトケンさんの昭和大学のコメントを続けますが、

> 本件の患者の死亡が熟練した医師が執刀した場合でも避けれらなかったまたは相当程度の確率で生じたものであるならば、刑事責任を問うべきではないと思いますが、報告書を読んだ限りではそのようには思えませんでした。

ここに、モトケンさんが記されているように、私も「大野病院の患者の死亡も、熟練した医師が執刀した場合でも避けられなかったまたは相当程度の確率で生じたものであるならば、刑事責任を問うべきではない」とは思います。しかし大野病院の場合、ハイリスクと判って一ヶ月も前から入院させていながら、紀子さまもせっせとなさっていたと言われている自己血貯血の、今では当然の、準備も(報告書からすると)したとは思われず、また、突然の出血といった緊急事態の手術でもなく、予定手術だったのに、熟練した医師ではなかった産科医が一人で(外科医を助手としていたとは言え)こうしたハイリスクの手術を「漫然」としたことに対し、私は「傲岸不遜」な医療と書いたのです。

しかし、もしもこの執刀医が「医局」に熟練医師の派遣依頼をしていたにもかかわらず、医局からは派遣を断られ、やむなく(足を振るわせながら)この手術に臨んでいたとしたら、この医師も「医局崩壊」の犠牲者なのかとはお察ししますが、だからと言って、「この事例は担当医が懸命な努力をしたにもかかわらず医師不足や輸血用血液確保の困難性と地域における医療体制の不備が不幸な結果をもたらした不可抗力的事例であり」とは、ご遺族もそうでしょうし、私にも到底思われません。

以上

(最後までお読み下さりお疲れになった事と思います。有り難うございました。)

>産科医−1さん

学会は以下のように主張しているようですが、これに関してはいかがお考えでしょうか。

----------
胎盤の癒着部を剥離せしめる手段としては、用手的に行うことだけが適切ということはなく、クーパーをはじめ器械を用いることにも相当の必然性があり、この手技の選択も当該医師の状況に応じた裁量に委ねられなければ、治療手段としての手術は成立し得ません。
http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_17MAY2006.html
----------

産科医-1さんこんにちは。

先生の見解としては、ハイリスク分娩に対して未熟な医師が十分な準備もなく行った点に問題がある。それは昭和大学腹腔鏡事件にしても同じである。

ということですね。
この医療と準備、医療と熟練者ということになると必ず僕が「線引きの問題」と呼ばれるところにたどり着きます。これは次のように定式化されます。

「準備はいくらでも周到にできるが、それには無限の金や医療資源を必要とする。だからどっかで準備を打ち切らなくてはいけない(例:輸血用血液を100単位常に病院に用意しておくわけにはいかない)。一方いどれだけ準備しても悪い結果になることがあり、その多くは『もう少し準備を周到にしておけば最悪の結果はまぬかれたのに』というものである。
さてprospectiveに考えたとき、目の前にいる患者に対しどれだけの準備をすればたとえ患者が亡くなっても準備不足の謗りを免れるか」

一般の人、あるいはちょっと前までのマスコミの代表的な反応はこうです。
「もう少し準備していれば助かったかもしれないんだろ?だったら明らかに準備不足じゃないか」
この議論が不当なのは明らかです。何故なら、どれだけ準備しても必ず死者はでるし、それらの死者は全て、もっと準備していれば助かったかもしれない、人であるから。
同じことは熟練度についても言えます。自分より熟練した医師は必ずいる。この病院で一番の医師よりも腕の立つ医師も日本に入る。どこまでも熟練度のステップは上がっていくのだが今ここにいる患者の手術をするにはどれだけ熟練してればいいのか

今ここに実際に患者がいるとき、どのくらいの準備をすればいいのか、どのくらいの熟練度の人なら手を出していいのか。例え失敗になっても非難されない、その線をどこに引けばいいのか??

僕の答えはこうです。
「その分野の専門家が、口をそろえてそりゃ準備不足よ。ひどいな、というなら準備不足」

この立場に立つと大野産婦人科事件についても、昭和大学腹腔鏡事件についても、本当に未熟な医者がろくな準備もしないで行った傲岸な行為かどうか、門外漢な私にはわかりません。
ただ大野病院事件においては多くの産科医は産科医-1さんとは違った考えを持っている。つまりあの状況の手術はあのくらいの準備であの産科医がやるのもやむなしと思っているようです。
一方、昭和大学腹腔鏡事件では逆の考えの専門家が多いんですかね?

>産科医-1先生

 門外漢の私がコメントするのはおそれおおいかも知れませんが、

>被告人がクーパーを使用して胎盤を剥離したのは、)胎盤の残置と子宮筋層への侵襲を可及的に減少させるためであり、それは手で剥離を続けるよりは有利な処置であり、出血量の増加を招く行為ではなかった。

 私は外科医として上の件に特段、先生の持たれるような疑問が感じられないのですが、
以下の件についてどうご考察されるのが、ご提示下さい。
1.
>もしも、「癒着は子宮前壁には殆どなく、その程度も軽いもの」であったのなら、その程度の癒着胎盤なら用手的に難なく剥がせたでしょう。

 癒着胎盤となっている部位は子宮前壁ではなく、後壁にあったと言うだけのことでは?後壁下部に癒着していたと記載されていますし。「後壁下部のこの程度の癒着」は用手的に難なく剥がせるものなのですか?というより、用手的に難なく剥がせなかったからクーパーを使ったと容易に想像できるのですがいかがでしょう?

2.
>考えても見て下さい、子宮筋にべったりと癒着した胎盤を剥がそうとする際に、剥がすべき胎盤と、剥がされるべき子宮筋層との境界を一体誰がはっきりと見分けられるのでしょうか?

 私も出来ないだろうなと想像できます。ではこの場合用手的には剥離可能ですか?
不可能じゃないかなと推測できますが、いかがでしょう?

3.
>それが出来ないのであれば無理に「胎盤の残置」を取り除こうとクーパーを使うのじゃなくって、まずは止血をはかるべきでしょう。

 先生のこの御主張には前提条件として、胎盤を用手剥離しようとして出血が始まった、と言うことが必要になると思いますが、いかがですか?
 さて、この場合ですが、当然出血部位は子宮筋層と胎盤の間からということになります。ここからの出血に対して、先生はどのような止血法を考慮されているのでしょうか?私が想像するに、胎盤剥離面は(立体空間的に)決して広くないスペースであり、ここにZ縫合(産婦人科では8の字縫合というのですか?)を置こうとしてもそれは容易なことではないように思われます。一方、癒着部分は「子宮後壁下部の右よりのごく一部」と言うことですから、手術操作の点では一旦胎盤を機械的に剥離してからZ縫合するなりの方がはるかに容易であると思いますし、その選択が結果的に誤っていたとしても、術者の裁量の範囲と言えるものではないでしょうか?

さらに
>それでもし14時40分時点が胎盤剥離前だとしたら、その時点での出血量2000mlは、切開の場所に胎盤がなかった帝王切開にしては多すぎやしないか、つまり、筋層を切開時に子宮動静脈を損傷したのではないのか。

 この件ですが、もし仮に子宮動静脈を損傷したものであるとするならば、輸血のタイミングが合わないと思います。麻酔科経験があるものとしての考えですが、筋層切開時に子宮動静脈を損傷したならば、当然児、娩出前に輸血開始されていると思いますし、だいいち、そんなトラブルがあれば麻酔記録に必ず残されます。5分間に500ml以上の出血が起きていると言うことになりますので、当然その状況ではショックが起きます。故に先生のこの憶測には反対します。

さらに
>私の貧弱な読解力の所為か、私にはあまりに判らないことが多いと言うことでして、そんなこともありまして、「事件の詳細を知らぬもの同士が言いあっても、まさに空論」、「裁判の行方を私たちは注視すれば良い」と書いたわけです。

 ということであれば
>、「この事例は担当医が懸命な努力をしたにもかかわらず医師不足や輸血用血液確保の困難性と地域における医療体制の不備が不幸な結果をもたらした不可抗力的事例であり」とは、ご遺族もそうでしょうし、私にも到底思われません。

 と言うご発言も控えるべきではないでしょうか?

止血法について追加します。

 止血法には上のように筋層を直接縫合する方法の他に、子宮動静脈を遮断する方法も考えられると思いますが、
 「血の海の中で(用手剥離開始した時点で血の海は間違いないでしょう)子宮動静脈を同定して遮断する」ことは、しかも「通常より大きい胎盤が術野を一部塞いでいる」状況でそんなに簡単なものなのですか?

 これは産科医−1先生のみならず、他の産科の先生にもお聞きしたいと思います。

 激しい腹腔内出血を経験したことがある人間としては、とうてい簡単には思えませんが・・・。

産科医−1さんのコメントに非常に違和感を感じます。基本的には立木さんの言う通りだと思うし、僕も手術そのものは判断できないのですが、少なくともネットのこの件に対する他の産婦人科の先生の意見と違いすぎます。
わかることは状況はわからないと言いながら、担当医の技量を未熟と決めつけることがどうしてできるのかという点、至急温存を最初にしようとしていたはずなのに子宮摘出を前提に手術をしたというのは何かすりかえの気がします。
帝切下の子宮摘出が内視鏡と同様に困難な手術という前提も僕には違う気がしますが、専門の先生教えてください。

一応産科医約20年やっています。しかし帝王切開後子宮摘出の経験はありません。大野病院の医師が経験がなかったのは「癒着胎盤の帝王切開」であって、「前置胎盤の帝王切開」「帝王切開後の子宮摘出」は経験済みだったと記憶しています。20年やっている私より、彼の方が経験豊富だと思いますよ。
それと確かこの例では子宮は古典的縦切開だったので、子宮動静脈を切断するのは不可能ではないかと考えます。輸血にしても前置胎盤で要求される量は前もって用意してあったはずです。さらにどの時点であったか、内腸骨動脈(それとも子宮動脈?)を一時閉鎖して出血量を減らす手だても講じていたとか。私には血の海の中で内腸骨動脈を探し当てるなどできません。未熟な私の経験からは、これほどできる人でも救えなかったのだなとしか思えませんでしたが。

Cesarean Hysterectomy は、俗にいう「ズプラ」と言って、帝王切開創を全周に及ぼして子宮を膣上部で摘出する方法と、子宮の膣部まで全て摘出するいわゆる全摘術とがありますが、当然、「ズプラ」の方が簡単ですし、子宮体部からの出血を止める目的だけならこれで十分です。

ところが大野病院の場合は、術式の難しい、また、出血量も多くなる、子宮全摘術をしたようですが、案の定、約1時間で8000mlほどの出血があったようです。子宮をとるにしても、もし「ズプラ」だったらこれほどの出血はしなかったと思われます。

あと、凄く気になったのは、この帝王切開には、小児科医はスタッフとして入っていないですね。

福島県立大野病院のHP http://www.pref.fukushima.jp/kenbyou-oono/ を見ると小児科そのものがないようなんですが・・・小児科医の居ない病院でハイリスクの帝王切開をして、赤ちゃんに何か異常があったらどうするつもりだったんでしょうかね。

山口(産婦人科)さんご指摘のように、この医師は、余程の経験豊富な方だったんですね。

産科医−1さんは,本当に大量出血時の「ズプラ」の経験がおありでしょうか?
このケースではおそらくDICになっていたでしょうから,あなたのいう「ズプラ」では子宮への血流が遮断されないため,子宮の切断面からの出血が,縫っても縫っても止まらないでしょうね。
さらに,前置胎盤ならば,「ズプラ」の切断面より低い位置からも出血が止まらないでしょう。
ですから,結果はもっと後手に回っていたと思います。
教科書的には内腸骨動脈の結紮が選択されるべきなのでしょうが,血の海の中で冷静にそれを同定し結紮することは非常に難しいと思います。

No.28 産科医−1 さん

>小児科医の居ない病院でハイリスクの帝王切開

胎児の状態は安定しており、胎児に関してはハイリスクではないですね。
小児科のいるいないは全く争点にも問題視もされていない事例で、なぜこの点を問題視されているのですか?

にもかかわらず、産科医−1 さんは、「胎児のハイリスク要因がない全ての帝王切開」にも「小児科医医師を配置出来なければ帝王切開をしてはならないと」主張されているのと同義になるのではありませんか?

>この医師は、余程の経験豊富な方
新生児医療に関して経験豊富であるかどうかについては関係のない事例ではないのではないのですか?
経験豊富かいなかは産科医療についての技量について問題点を指摘されるならまだしも、このようなちょっと皮肉めいた書き方はいかがかと思われます。

>No.29 元産婦人科一人医長 さん
産科医−1さんは,本当に大量出血時の「ズプラ」の経験がおありでしょうか?

残念ながら、あります。早剥で帝王切開、出血が止まらなくて仕方なしに「ズプラ」をしました。

>このケースではおそらくDICになっていたでしょうから,あなたのいう「ズプラ」では子宮への血流が遮断されないため,子宮の切断面からの出血が,縫っても縫っても止まらないでしょうね。

元産婦人科一人医長 さんの、ここの記載は良く分かりませんね。一人医長までなさった方でしたら、もう少し、わかる記載をお願いします。

元産婦人科一人医長 さんがここで言う所の「子宮」は、子宮の膣部〜内子宮口にかけての「子宮」という意味でしょうか? それだとして、もし、あなたが仰るように、「子宮の切断面からの出血が縫っても縫っても止まらない」のなら、全摘した際の、膣断端〜子宮傍結合織からの出血は、なおさら止まらないでしょうね。


>さらに,前置胎盤ならば,「ズプラ」の切断面より低い位置からも出血が止まらないでしょう。ですから,結果はもっと後手に回っていたと思います。

そうでしょうかね。

ところで、元産婦人科一人医長 さんは、Cesarean Total Hysterectomy された経験ありますか? 筋腫とか何とかでの子宮全摘とは、格段に難しいですよね。だって、膣部が柔らかくなって境界がなかなか判らないですから。

まず「ズプラ」でとって、そうすれば内子宮口は直視下ですから、良く見て、出血部分を圧迫する、出血している部位に大きく針糸をかける、等、子宮体部がないのですから、有効な止血操作は格段にし易くなります。また、膀胱の剥離と言った余分な操作はしなくてよいわけですから、その分出血量も少なくて済みますし、時間も短くなりますね。


>教科書的には内腸骨動脈の結紮が選択されるべきなのでしょうが,血の海の中で冷静にそれを同定し結紮することは非常に難しいと思います。

その教科書って、何て教科書ですか。理論的にも体験上も、新生児頭大の子宮が骨盤腔を占拠しているのに、それをそのままにしておいて、内腸骨動脈へアプローチするのは至難ですよ。子宮がんの広汎全摘で子宮動脈をたぐる際に、チョットした子宮筋腫があってさえやりにくいのですから、何処の教科書にそんな記載があるのか、お教え頂きたいですね。

あと、大野病院事故報告書からすると、この医師がしようとしたのは「両側子宮動脈付近をペアンで挟み血流遮断し止血のための操作」であって、「内腸骨動脈の結紮」じゃないですね。ですから、この医師がいくら経験豊富な方であっても、帝王切開で、じゃーじゃー出血している時に、そんな悠長な事をしていた訳ではないようです。

とまれ、平成16年にもなって、ハイリスクの帝王切開を小児科医も居ない病院でするなんて、僕には非常識、傲岸不遜の医療との誹りも仕方ないように思うのですが、元産婦人科一人医長 さんや山口(産婦人科)さん、OBGYさんなど、産科医のご意見を是非伺いたいものです。

僕が知りたいのは、この事件は、そうした「経験豊富」と言う過信だけから生じたものなのか、それとも、崩壊しつつあるとは言え未だに存続する「医局」の旧弊の故に生じたものなのか、ここらの所です。

あの医学会長声明も、事故発生原因の分析とそれを解消するための方策を提言するようなものであれば良かったのでしょうが、あれじゃ、出さない方が良かったと思いますけど、ここにお集いの法曹の方々は如何お感じになられますか。モトケンさん、医学会長さんにも、このブログの中での真摯な討論をお読み頂けると良いですね。

>とまれ、平成16年にもなって、ハイリスクの帝王切開を小児科医も居
>ない病院でするなんて、僕には非常識、傲岸不遜の医療との誹りも仕方
>ないように思うのですが、

産科医-1さん,
たしか「K医師は患者さんに転院の勧告もしていたが患者さんが大野病院での出産を希望した」という経緯があったとレポートされていたと思います.

現在全国で「ハイリスクの帝王切開を小児科医も居ない病院でする」ことはそれほど稀なことなんでしょうか?
小児科医も全国的に不足しています.お教え下さい.
また,小児科医がおられても小児科医がすべて新生児のケアができるとは限らないと思いますが,いかがでしょう.うちの施設なんてC/Sの時に来るNICUの連中の蘇生技能はひやひやもので,いつも不安なんです.反対に「小児科医が居るだけでok」なんて言えないと思います.とすれば,条件にみあう施設はどのくらい存在するんでしょうか?

なるほど、
「自分かブラックジャックなら救命出来たハズだ」
という鑑定がなくならないのがよくわかりました。

わたしは睡眠薬を盛られても、たったの一コマで単摘を成功させたが。

>産科医-1先生

 出来れば前の私の質問にご返答いただきたいのですが・・・

>Cesarean Hysterectomy は、俗にいう「ズプラ」と言って、帝王切開創を全周に及ぼして子宮を膣上部で摘出する方法と、子宮の膣部まで全て摘出するいわゆる全摘術とがありますが、当然、「ズプラ」の方が簡単ですし、子宮体部からの出血を止める目的だけならこれで十分です。

 「ズプラ」なるものはsupraのことでしょうからニュアンスは外科医の私でも分かります。で、その「ズプラ」は胎盤摘出せずに出来るんですか?どう考えても不可能だと思いますが。で、胎盤摘出せずにどうやって止血します?

>あと、凄く気になったのは、この帝王切開には、小児科医はスタッフとして入っていないですね。
>福島県立大野病院のHP http://www.pref.fukushima.jp/kenbyou-oono/ を見ると小児科そのものがないようなんですが・・・小児科医の居ない病院でハイリスクの帝王切開をして、赤ちゃんに何か異常があったらどうするつもりだったんでしょうかね。

 産科医として当然ご存じであろうことに関して、こういうことを言い出すのは訳が分かりません。もし、おっしゃることを認めるのであれば、帝切ではなく「すべての分娩」を小児科医がいないという理由で中止すべきでしょう。

No.31 産科医−1 さん

>平成16年にもなって、ハイリスクの帝王切開を小児科医も居ない病院でするなんて、僕には非常識、傲岸不遜の医療との誹りも仕方ない

妊婦は確かにリスクはありますが、そのリスク要因は帝王切開1回の後壁癒着の前置胎盤ですよね。この症例で生じうる胎児のリスクをお教え願えますか。
この条件を聴いた限りでは、胎児にリスクはないと自分なら考えますが。
胎児の状態が悪くなっての緊急帝王切開の方が、リスクは遥かに高いです。
胎児のリスクのない帝王切開に小児科医の有無を問題にするのなら、胎児の状態が悪くなった時に行なわれる緊急帝王切開で小児科医がいない状態の方がはるかに問題かと考えます。
この症例を非常識、傲岸不遜と言われるのなら、小児科医がいないのに緊急帝王切開を行なう方がより児にリスクがあるのだから、よっぽど非常識、傲岸不遜となってしまいますが、いかがでしょうか。

No.21 産科医−1 さん

>皆様ご存知の如く Cesarean Hysterectomy は産科手術の中では難易度の高い手術に入ります。ですから、大野病院の事故は産科医にとっては難しい手術を自分一人でしようとして起ったと言って良いでしょう。

大野病院の産科医は、
・帝王切開1回の既往あり
・術前診断で後壁癒着の前置胎盤
・子宮温存の希望ありの20代の女性
このような条件をもった女性の帝王切開の手術を行なおうとしました。
結果的に癒着胎盤があり 出血のコントロールが出来なくてCesarean Hysterectomyが必要となったのであって、 Cesarean Hysterectomyを自分一人でしようとして起こった医療事故と言えないのではありませんか。

このリスク要因から、 Cesarean Hysterectomy が必要となる確率がどの程度あるのか。
その確率が大野病院のレベルで許される医療だったのかが問題かと考えます。
それを大多数の産科医が許されるレベルと考えておられるから、12月6日の日本医学会からの声明になっていると自分は考えます。
産科医−1 さんは、この症例のリスク要因をどう評価・判断しているのですか?
大野病院の産婦人科医の過失を、ただ単純に「ハイリスクの手術をした」と片付けないで、どのようなリスク要因だから大野病院でおこなってはいけなかった説明していただけませんか?


>熟練した医師ではなかった産科医
このようなリスク要因をもった患者に対して「熟練した産科医」とは、具体的にどのような技量が必要なのかお教えねがえますか?
この症例では、最悪子宮摘出を行なわなければならないのだから、その技量がある産科医となるかと考えておりましたし、擁護の産科医の主張もそうでした。
技量について、新生児医療の技量の有無とかを取り上げるのは、話をそらしていると思われますよ。

OBGYです。

>とまれ、平成16年にもなって、ハイリスクの帝王切開を小児科医も居ない病院でするなんて、僕には非常識、傲岸不遜の医療との誹りも仕方ないように思うのですが、元産婦人科一人医長 さんや山口(産婦人科)さん、OBGYさんなど、産科医のご意見を是非伺いたいものです。

今回の事件は母体はハイリスクですが、胎児のリスクは他の帝王切開と変わらないので、同じ立場(一人医長、麻酔科あり、輸血準備あり、外科医前立ち、患者が希望)であったなら、小児科医がいなくても僕も手術をおこなっていた可能性は十分あります。
多くの産婦人科医が自分にも起こり得た事件として考えたため、逮捕という結末に憤りを感じたのだと思います。

ただ、ベビーを診てくれる小児科医がいない病院では、児のリスクが予想される母体搬送の受け入れや、分娩は難しいでしょうね。せいぜい開業医+アルファ程度の分娩しできないと思います。そのような病院では産科の撤退がおこなわれています(神戸ルール)。

さて、
ズプラなどに対する意見としては産科医ー1さんと同様の考えです。
・「ズプラ」の方が簡単。子宮体部からの出血を止める目的だけならこれで十分。
・「ズプラ」は胎盤摘出せずに出来る。

ただ、産科医ー1さんのおっしゃる「未熟な医師」が執刀したため母体死亡という結果につながった、という意見に関しては、判断が難しいけど、違うのではないかなあ、というのが正直な感想です。

実際の経過は手術に立ち会った者にしか本当のところは分かりませんが、
おそらく、なんとか子宮を温存してあげたいと思い、血の海の中、止血を試みている間に、子宮摘出の判断が遅れ、結果、DICとなり、子宮はなんとか摘出できたものの、永眠された、ということだと思います。

今回の医師は一人医長をしていたぐらいですから、広汎全摘やリンパ節郭清(PEN,PAN)などができたかどうかは疑問ですが、今回の症例に対応できる程度の力量(妊娠子宮の摘出)は十分持っていたと思います。

妊娠子宮の摘出は確かに血管は怒張しているし、子宮も多少大きいので(とはいえ児娩出後なので困難というほどのことはない)初めての場合戸惑うかもしれませんが、手技は通常の摘出と同ですので、「未熟な医師」が執刀したからと言ってしまっていいものか疑問です。

担当医師が責められるのだとしたら、経験、技術的に「未熟な医師」、即ち「癒着胎盤、妊娠子宮の摘出経験が無い医師」だからというよりは、判断力・決断力という点でこの症例に関しては「未熟」というか、甘かったということだと思います。

しかし、今回の癒着胎盤のように予見できない症例に偶然出くわした時、子宮を簡単に取るわけにいかない状況で、お前は子宮摘出を直ちに決断、実行できたかと問われれば、自信がありません。

臨床で判断に迷うことはよくあります。例えば帝王切開すべきかどうか。判断の遅れが、胎児死亡や脳性麻痺につながることがあります。
後から「あれはこうすべきだった」ということは簡単ですが、日々、瞬時の決断・実行力が求められる産婦人科医にとって逮捕は衝撃でした。

判断の遅れに関して、民事で訴えられるのなら理解できます。しかしなぜ刑事事件で逮捕されてしまったのか、というところが納得のいかないところです。

僕はこれまで数例の妊娠子宮の摘出(単純子宮全摘)を経験しています。母体搬送されてきた子宮破裂症例や嵌入胎盤(placenta increta)で出血がとまらず子宮摘出した症例ですが、どちらも一歩間違えると逮捕されていた可能性があったかと思うとゾッとします。

質の低い産婦人科医もおられることは事実ですが、今回の福島の一人医長の先生に関して「未熟な医師」と定義することには違和感を感じてしまいました。

OBGYさん 産科医のお立場からのご意見ありがとうございます。一つ断っておきますが、僕もあの逮捕は正当だとは思っていません。ただ文献を読んだりして色々考えてみましても、みなさま方からは「傲岸不遜」と思われるかも知れませんが、以下のような僕の意見となってしまいます。以下、結構長文ですし、英語も交じっていますので、お時間あればお読み下さい。

>No.32 Level3 さんのコメント
>No.35 僻地外科医 さんのコメント
>No.36 オダ さんのコメント
>この症例で生じうる胎児のリスクをお教え願えますか。


「前置胎盤」の場合、急な出血が始まり緊急帝王切開となる事態があります。これは教科書的な話です。この医師はそれを恐れてか、「大野病院事故報告書」によれば、この方を妊娠32週2日で「切迫早産、部分前置胎盤」の病名で入院させました。

そこで先生方に質問ですが、もしも、32週とか33週で突然の出血があって緊急の帝王切開となったとしたら、「大野病院」では、その早産児の対応は可能だったのでしょうか? それとも、出血している母体を、NICUのある病院へ搬送ですか? 

こんな事を考えただけでも、もし僕が大野病院の医長だったら、こうした妊婦を大野病院に入院させることはしなかったですが、OBGYさんはいかがですか。


>胎児のリスクのない帝王切開に小児科医の有無を問題にするのなら、胎児の状態が悪くなった時に行なわれる緊急帝王切開で小児科医がいない状態の方がはるかに問題かと考えます。

「はるかに」かどうかはそれぞれのお考えでしょうが、たしかにそちらの方も問題ですね。ただ、そうした「急変」は、なかなか予期出来ませんから、緊急避難的に、小児科医(周産期科医)の居ない帝王切開が行われるのは、まあ、仕方ないと思います。ただし、そこで立ち会った医師の技術が悪く、赤ちゃんの蘇生が出来ずに「脳性麻痺」などが起れば、医療訴訟になるかも知れませんね。


>この症例で生じうる胎児のリスクをお教え願えますか。

帝王切開で生まれた赤ちゃんは、肺胞内の羊水が出きらずにウェットラングと言った状態になることもあるので、その場合には呼吸管理を要することもありますね。また、前置胎盤だと子宮筋層切開時に胎盤に損傷が及ぶこともあり、そうすれば胎児血流失の結果、赤ちゃんには極度の貧血が起こることもあります。ですから、反復帝王切開+前置胎盤といったハイリスクな予定帝王切開の場合には、赤ちゃんの治療も可能な施設での分娩が望ましいと思います。

まさに、「君子危うきに近寄らず」です。

ただ、これを「立ち去り型サボタージュ」ととるのか、それとも「患者の安全を第一と考える医師の姿勢」ととるのか、それは各人各様でしょうが、患者の安全を脅かすような医療があったとして、その原因が、旧弊の医局体制と言った「システム」から来るものだったのか、それとも、大野病院に特有のものだったのか、それとも、医師個人特有の問題だったのか、そこら辺りを今一度、考えてみるべきだと思います。

以下に、PubMedで検索した文献中に書かれていた、要所と思われた部分を貼付けます。長くて恐縮ですが、みなさまがお考えになる際の一助になればと思います。


Placenta previa, placenta accreta, and vasa previa.
Oyelese Y, Smulian JC.
Division of Maternal Fetal Medicine, Department of Obstetrics, Gynecology, and Reproductive Sciences, UMDNJ-Robert Wood Johnson Medical School, Robert Wood Johnson University Hospital, New Brunswick, New Jersey 08901-1977, USA. yinkamd@aol.com
Obstet Gynecol. 2006 Apr;107(4):927-41.


PLACENTA PREVIA
Clinical Importance
Morbidities associated with placenta previa include antepartum bleeding (relative risk [RR] 9.81, 95% confidence interval [CI] 8.92?10.79), need for hysterectomy (RR 33.26, 95% CI 18.19?60.89), morbid adherence of the placenta, intrapartum hemorrhage (RR 2.48, 95% CI 1.55?3.98), postpartum hemorrhage (RR 1.86, 95% CI 1.46?2.36), blood transfusion (RR 10.05, 95% CI 7.45?13.55), septicemia (RR 5.5, 95% CI 1.31?23.54), and thrombophlebitis (RR 4.85, 95% CI 1.50?15.69).1 In the United States, maternal mortality occurs in 0.03% of cases of placenta previa.2 Women with placenta previa may suffer considerable emotional distress because of recurrent bleeding along with hospitalizations that frequently occur in the second half of pregnancy. Placenta previa is also associated with an increase in preterm birth and perinatal mortality and morbidity.3 Finally, there is a higher rate of congenital malformations among women with placenta previa, although the precise mechanisms for these are unclear.3

PLACENTA ACCRETA
Therapeutic Approach
It is generally accepted that placenta accreta is ideally treated by total abdominal hysterectomy. In addition, there is almost universal consensus that the placenta should be left in place; attempts to detach the placenta frequently result in massive hemorrhage. However, the physician should be aware that focal placenta accreta may exist that may not require such aggressive therapy. It is better to perform surgery for placenta accreta under elective, controlled conditions rather than as an emergency without adequate preparation. Therefore, scheduled delivery at 36?37 weeks of gestation, after documentation of fetal lung maturity by amniocentesis, seems reasonable. If amniocentesis fails to document fetal lung maturity, the patient, if stable, should be delivered by cesarean by 38 weeks, or earlier, if she bleeds or goes into labor. A study comparing emergency with elective peripartum hysterectomy found that women in the emergency hysterectomy group had greater intraoperative blood loss, were more likely to have intraoperative hypotension, and were more likely to receive blood transfusions than women who had elective obstetric hysterectomies.58
Prevention of complications ideally requires a multidisciplinary team approach. The patient should be counseled preoperatively about the need for hysterectomy and the likely requirement for transfusion of blood and blood products.59 Although scheduled delivery should be the goal, contingency plans should be made for possible emergent delivery if necessary. It is important that delivery be performed by an experienced obstetric surgeon, with other surgical specialties such as urology and gynecological oncology readily available if required. It is not unusual for the lower uterine segment to be markedly enlarged and vascular, with distortion of normal anatomy and tissue planes. Preoperative cystoscopy with placement of ureteric stents may help prevent urinary tract injury. At our center, we usually insert a 3-way Foley catheter in the bladder via the urethra, allowing simultaneous irrigation and drainage of the bladder during the surgery. In instances where tissue plane identification is difficult because of adhesions or the invasive placenta, we have the option of distending the bladder to aid in its identification and then emptying it to avoid injury while we proceed with surgery. Use of a vertical skin incision facilitates adequate exposure. Generally, a vertical incision in the uterus allows delivery of the infant while avoiding the placenta. There should be no attempt to detach the placenta from the uterine wall. The edges of the uterine incision should be oversewn for hemostasis, after which a total abdominal hysterectomy should be performed. Although some have advocated supracervical hysterectomy, in the majority of cases the lower uterine segment is involved in the morbid adhesion and therefore needs to be removed.
It is important to minimize blood loss and ensure that the blood lost is replaced promptly and adequately.59 Because of the large volumes of blood that are typically lost, as well as the replacement with packed red blood cells, these patients are at risk of disseminated intravascular coagulopathy. Thus, coagulation factors should be replaced liberally, adequately, and quickly. Donor-directed blood transfusions and use of a blood cell saver may reduce the need for transfusion with blood from another donor.59 Some centers use acute normovolemic hemodilution to reduce the need for blood.41 The role of experienced anesthesiology personnel who are skilled in obstetric anesthesia cannot be overemphasized, and they should be involved in preoperative assessment of the patient.59 Regional anesthesia has been shown to be safe in the management of placenta accreta.

Fig. 4. Hysterectomy specimen demonstrating placenta accreta. This placenta accreta was diagnosed prenatally. The placenta (p) has invaded the myometrium (arrow) and after hysterectomy could not be separated from the uterus. There were no planes of demarcation between placenta and myometrium. cx, cervix; f, uterine fundus; c, umbilical cord.Oyelese. Placenta Previa, Accreta, and Vasa Previa. Obstet Gynecol 2006.


CONCLUSION
Achieving optimal outcomes with placenta previa, placenta accreta, and vasa previa depends on prenatal diagnosis and appropriate management at the time of delivery. Advances in ultrasonography have made it possible to diagnose all 3 conditions with reasonable accuracy, which allows appropriate management planning. Women with these conditions should be considered at high risk and should be delivered at institutions with skilled personnel, adequate blood transfusion facilities, and good neonatal resources.

An Operative Technique for Conservative Management of Placenta Accreta
[Case Reports]
Nishijima, Koji MD; Shukunami, Ken-ichi MD; Arikura, Sayaka MD; Kotsuji, Fumikazu MD, PhD
From the Department of Obstetrics and Gynecology, University of Fukui, Fukui, Japan
Received April 26, 2004. Received in revised form June 7, 2004. Accepted June 9, 2004.
Address reprint requests to: Koji Nishijima, MD, Department of Obstetrics and Gynecology, University of Fukui, Matsuoka-cho, Yoshida-gun, Fukui 910?1193, Japan; e-mail: kojigyne@fmsrsa.fukui-med.ac.jp.
Abstract
BACKGROUND: Control of bleeding is the goal of management for placenta accreta, which usually necessitates hysterectomy. A Committee Opinion of The American College of Obstetricians and Gynecologists (ACOG) has addressed the difficulties of conservative treatments.
CASES: Placentas of 2 primiparous women with placenta accreta were removed operatively from their uteri. One woman underwent a low transverse cesarean delivery, and the other had delivered vaginally. In each case, the anterior uterine wall was incised vertically between the lower segment and fundus before manual removal. After eversion of the uterus, the placenta was successfully detached from the uterine wall after intramyometrial administration of oxytocin.
CONCLUSION: A vertical incision in the anterior uterine wall and subsequent eversion of the uterus may aid in avoiding hysterectomy with placenta accreta.


CASE 1
A 30-year-old nulliparous woman was referred to our hospital for a premature rupture of the membranes at 31 weeks of gestation. Labor pains began 25 hours later. She had a cesarean delivery for a persistent nonreassuring fetal heart rate tracing. A transverse incision was made in the lower uterine segment. A female infant weighing 1,808 g was born with Apgar scores of 7 and 8 at 1 and 5 minutes, respectively. The placenta was located on the fundal region of the uterus. Placenta removal was attempted, but a satisfactory tissue plane could not be found. We waited 30 minutes for placental separation. Excessive bleeding was not observed during that time.


ここに書かれた「Placenta removal was attempted, but a satisfactory tissue plane could not be found. We waited 30 minutes for placental separation. Excessive bleeding was not observed during that time.」の所は、大野病院の施術の適否を考える上では、重要な箇所でしょうね。「胎盤が剥がれるのを30分待っていた。その間それ程の出血はなかった。」からすれば、癒着胎盤であるかどうかの診断は、出血が始まる前で可能になるという事です。

あと、以下のような文献もありました。産科出血での死亡が2例続いたので、何とかしなきゃとシステム改善をしたら、そうした不幸の発生が少なくなったと言うものですが、医学会としても、我が国の実情に合わせてこのような提言をして頂きたいものですね。


Improving Hospital Systems for the Care of Women With Major Obstetric Hemorrhage
Daniel W. Skupski, MD, Isaac P. Lowenwirt, MD, Fredric I. Weinbaum, MD,
Dana Brodsky, MPH, CNM, Margaret Danek, RN, and Gary S. Eglinton, MD


OBJECTIVE: When 2 maternal deaths due to hemorrhage occurred at New York Hospital Queens in 2000?2001, a multidisciplinary team implemented systemic change. Our objective was to improve outcomes of episodes of major obstetric hemorrhage.

CONCLUSION: Despite a significant increase in major obstetric hemorrhage cases, we found improved outcomes and fewer maternal deaths after implementing systemic approaches to improve patient safety. Attention to improving the hospital systems necessary for the care of women at risk for major obstetric hemorrhage is important in the effort to decrease maternal mortality from hemorrhage.
(Obstet Gynecol 2006;107:977?83)


「学而不思則罔思而不学則殆」

検察の主張は死亡の原因を医師の過失に100%帰着させてて
システムのシの字も出てこないわけで勝手に結論出してます
かくして医療崩壊は進むわけですな

OBGYです。

>そこで先生方に質問ですが、もしも、32週とか33週で突然の出血があって緊急の帝王切開となったとしたら、「大野病院」では、その早産児の対応は可能だったのでしょうか? それとも、出血している母体を、NICUのある病院へ搬送ですか? 

新生児搬送用のドクターカー(全国にあるかどうかは?ですが・・)を依頼するか、母体搬送するかしかなさそうですね。
だいたい緊急で帝王切開になる場合は、量の多少は別として、前駆症状のように無痛性の出血(いきなり大量出血して止まらないという経験は幸い無い)が何度かあるので、その時点で母体搬送でしょう。

>こんな事を考えただけでも、もし僕が大野病院の医長だったら、こうした妊婦を大野病院に入院させることはしなかったですが、OBGYさんはいかがですか。

悩ましい質問ですね・・・。母体搬送や緊急時のリスクを説明した上で、患者と家族が希望されたら入院して経過観察させてしまうかもしれません。
開業医のバイト先でこのような患者を見つけたら、患者にリスクを説明して、NICUのある産婦人科に周産期管理依頼の紹介状を書いて渡してしまっていますが・・・

>帝王切開で生まれた赤ちゃんは、肺胞内の羊水が出きらずにウェットラングと言った状態になることもあるので、その場合には呼吸管理を要することもありますね

確かに帝王切開後は呼吸がしんどくなる(新生児一過性多呼吸)ことがありますが、通常は保育器でO2投与してあげる程度のことで対応できるので、特に小児科医が必要とは思いません。もちろん新生児科医がいれば心強いですが、開業医でも多くの帝王切開が日々おこなわれているわけですから、サーボなどの特別な対応が必要なものでなく、帝王切開で予想される通常のリスクと考えていいと思います。

>前置胎盤だと子宮筋層切開時に胎盤に損傷が及ぶこともあり、そうすれば胎児血流失の結果、赤ちゃんには極度の貧血が起こることもあります。

このようなリスクがあると、患者に説明したことは無いのですが産科医ー1さんは普段このようなムンテラをされていますか?
仮に子宮筋切開層に胎盤はあったとしても、そのままペアンやコウピンの先で一気に胎盤を突き破り、卵膜まで破って破膜して児を娩出させてしまうので、出血は++ですが、極短時間なので、これまで児に極度の貧血が起こるというリスクを意識したことがありませんでした。

>反復帝王切開+前置胎盤といったハイリスクな予定帝王切開の場合には、赤ちゃんの治療も可能な施設での分娩が望ましいと思います。

反復帝王切開もリスク、前置胎盤もリスクなのは全くその通りです。
だから麻酔科がいる、マンパワーのある、輸血も準備できる病院(福島の病院は産科医は一人でしたが、僕も同じ状況なら手術していたかもしれません)での手術が望ましい、という結論なら分かるのですが、
「赤ちゃんの治療も可能な施設での分娩が望ましい」という結論にはならないと思うのですが・・・


>胎盤が剥がれるのを30分待っていた。その間それ程の出血はなかった。」からすれば、癒着胎盤であるかどうかの診断は、出血が始まる前で可能になるという事です

ある程度癒着胎盤が予想されていれば待つという選択肢も十分考えられますが、癒着胎盤が予見されない状況で、30分待つというのは余り考えられません。ペーパーの症例では胎盤が全面癒着していたのでしょうか。

胎盤の全部が癒着していればともかく、胎盤の一部が癒着している場合、途中までは従来のように剥がれるわけで、残りの癒着面に関しては剥がれる所は剥がして、視野を確保し、出血部位はZ縫合で止血を繰り返し、圧迫してだめなら子宮摘出と考えます。

例えば、通常の分娩で胎盤がなかなか娩出されない場合、30分ほど待ったら用手剥離しますよね。手刀で剥がれにくいなあ、と思った時には胎盤を1回で出そうとせず、手の入るところから分けて(胎盤はボロボロ)出しちゃいます。癒着胎盤のリスク(何度もアウスしているとか)があれば別ですが。
帝王切開のときも、僕は通常胎盤は用手剥離ですぐ出しちゃいます。一部癒着している場合やはり出血++となるでしょうが、30分待って診断をつけるということはしていません。

今回の経過http://www.geocities.jp/nekonekosamba/about.htmをみて考えることは、全身麻酔にした時点(これも遅いように思いますが)で子宮摘出を開始できなかったのかなあ、ということです。
産科的には子宮さえ摘出すれば出血は止まるので、一刻も早く子宮摘出を開始したかったと思うのですが、おそらく輸血が準備できていない状況では責任持てないと麻酔科のストップがかかったのではと予想します。

おそらくMAPだけでなく、FFPやFOY、AT-IIIなども投与されていたと思うのですが、出血を止めないことにはジリ貧は明白であり、MAPが到着する前にPPFで循環血液量を保ちながらオペするしか救命の方法は無かったと思います。血液が到着するまで祈るような1時間だったでしょうね。

最後の私見は推論を元の意見ですし、後出しじゃんけんと同じく後からは何とでも言えるので、今こんなことを言っていても、僕が当事者だった場合、同じ結果になった可能性を否定できるものではありません。


No.39 産科医−1 さん

>32週とか33週で突然の出血があって緊急の帝王切開となったとしたら、「大野病院」では、その早産児の対応は可能だったのでしょうか? それとも、出血している母体を、NICUのある病院へ搬送ですか?

32週とか33週であれば、産まれてくる赤ちゃんに大きなリスクがあるのですから大野病院で早産児の対応は無理に決まっていますね。
しかし、大野病院で行なわれたのは36週6日の帝王切開です。
産科医-1さんは、36週6日の帝王切開の手術で新生児医療のできる小児科医がいなかった事を問題にされています。
在胎32週の帝王切開後の新生児医療が出来たかどうかは、今回の症例に関係のないことです。
論点のすり替えです。

>帝王切開で生まれた赤ちゃんは、肺胞内の羊水が出きらずにウェットラングと言った状態になることもある

これも、新生児医療が出来る小児科医がいないことが問題となるリスクではありませんね。

>前置胎盤だと子宮筋層切開時に胎盤に損傷が及ぶこともあり、そうすれば胎児血流失の結果、赤ちゃんには極度の貧血が起こることもあります。

大野病院の症例は、後壁癒着の前置胎盤です。
しかも術中に直接子宮に超音波検査を行なって胎盤の位置の確認もしております(癒着胎盤の診断目的が一番ですが)。
それにもかかわらず胎児へのリスクとして、「子宮筋層切開時に胎盤に損傷が及ぶこともある」というのは無理があるのでは。

質問が悪かったようなので改めてお訊ねします。
この大野病院の症例で、『帝王切開時に新生児医療の出来る小児科医がいないと問題』となる胎児のリスクに何があるのかお教え願えますか?

このリスクを明らかにしていただけないと、「赤ちゃんの治療も可能である施設」である必要性がなくなってしまいます。

No.39 産科医−1 さん

>ここに書かれた「Placenta removal was attempted, but a satisfactory tissue plane could not be found. We waited 30 minutes for placental separation. Excessive bleeding was not observed during that time.」の所は、大野病院の施術の適否を考える上では、重要な箇所でしょうね。「胎盤が剥がれるのを30分待っていた。その間それ程の出血はなかった。」からすれば、癒着胎盤であるかどうかの診断は、出血が始まる前で可能になるという事です。

何もせずに胎盤がはがれるのを待っていたのではなく、胎盤の除去を試みつつ30分待ったという意味だと思うのですが。
とすれば、胎盤の除去を試みていた間にそれほどの出血がなかったのはたまたまそういう症例であっただけのことであり、この1例報告だけで「癒着胎盤であるかどうかの診断は、出血が始まる前で可能」と結論づけるのは無理と自分には思えました。

ほかの産婦人科の医師にも、この辺りの翻訳についての意見をお願い出来ればと思います。

OBGYさん ご意見有り難うございました。
産科医としては、大体のところの認識は一緒かなと思います。後、細かい所ですが、二、三につき書いてみます。

>>前置胎盤だと子宮筋層切開時に胎盤に損傷が及ぶこともあり、そうすれば胎児血流失の結果、赤ちゃんには極度の貧血が起こることもあります。

>このようなリスクがあると、患者に説明したことは無いのですが産科医ー1さんは普段このようなムンテラをされていますか??仮に子宮筋切開層に胎盤はあったとしても、そのままペアンやコウピンの先で一気に胎盤を突き破り、卵膜まで破って破膜して児を娩出させてしまうので、出血は++ですが、極短時間なので、これまで児に極度の貧血が起こるというリスクを意識したことがありませんでした。

昔は、お書きになったような分娩方法でしたが、今は、胎盤部分をなるべく避けるようにして娩出させていますので、児への侵襲は以前に比べ少なくなっています。ただ、内子宮口から子宮壁全面にかけてベッタリの前置胎盤では、お書きになった娩出方法をとらざるを得ないでしょうが、その場合には、勿論、児への輸血の必要性も話します。


>胎盤が剥がれるのを30分待っていた。その間それ程の出血はなかった。」からすれば、癒着胎盤であるかどうかの診断は、出血が始まる前で可能になるという事です
ある程度癒着胎盤が予想されていれば待つという選択肢も十分考えられますが、癒着胎盤が予見されない状況で、30分待つというのは余り考えられません。ペーパーの症例では胎盤が全面癒着していたのでしょうか。


Case1とcommentを以下に貼付けます。全面癒着じゃないですね。
CASE 1
A 30-year-old nulliparous woman was referred to our hospital for a premature rupture of the membranes at 31 weeks of gestation. Labor pains began 25 hours later. She had a cesarean delivery for a persistent nonreassuring fetal heart rate tracing. A transverse incision was made in the lower uterine segment. A female infant weighing 1,808 g was born with Apgar scores of 7 and 8 at 1 and 5 minutes, respectively. The placenta was located on the fundal region of the uterus. Placenta removal was attempted, but a satisfactory tissue plane could not be found. We waited 30 minutes for placental separation. Excessive bleeding was not observed during that time.
A vertical incision was subsequently made between the lower segment and fundus of the uterus, and then an inverted “T” incision was created (Fig. 1A). The uterus was everted completely through the longitudinal incision. The placenta was detached carefully from the myometrium under an intramyometrial administration of oxytocin (Fig. 1B). These procedures were begun at the placenta circumference. A quarter coin?sized lesion was resected. By that lesion, the placental villi penetrated to just beneath the uterine serosa. The incision of the uterus was repaired with multiple layered interrupted sutures. Estimated blood loss for the procedure was 2,780 mL; the patient received 4 units of packed red blood cells. Oxytocics were administered through the third postpartum day. The patient experienced a good postoperative course. Histological evaluation confirmed the diagnosis of placenta accreta.

COMMENT
Our operative technique comprises a vertical incision in the uterine wall, eversion of the uterus, and a manual removal of the placenta from the everted uterus under an intramyometrial oxytocin. This technique presents 2 advantages for placenta accreta management. The first is that it allows a safe attempt at preserving reproductive function. The second is that the procedure allows the immediate option of hysterectomy if necessary. Manual removal of the placenta should be performed with extreme caution because incomplete separation of the placenta from the uterus results in profuse hemorrhage.1,2 A traditional manual removal of the placenta is blindly done even during cesarean delivery. In contrast, our technique squarely approaches the denuded placental site. Using this removal method, the placenta is more easily peeled off its uterine attachment, in a manner similar to that used in separating a Velcro tape, rather than insinuating the fingers into the tissue plane between the placenta and the uterus. We are also able to directly visualize the bleeding point from the detached plane.
Management of placenta accreta often requires hysterectomy to control massive bleeding (Goldberg et al, 2002).1?3 Many conservative treatments of placenta accreta have been previously reported, including medical management with methotrexate, angiographic-directed embolization, and surgical wedge resection (Goldberg et al, 2002).3?6 However, applications of conservative therapies should be limited because of insufficient experience with these techniques (Goldberg et al, 2002). In both of the present cases, the placentas located on the fundal region involved no structures that were adjacent to the uterus, which often necessitate extensive surgical resection.7 Furthermore, bleeding was fortunately controlled in our cases. The present cases do not constitute standard care in placenta accreta, and not all patients with placenta accreta should be treated conservatively. Hysterectomy should be considered immediately when any procedure results in uncontrollable hemorrhage.
In conclusion, our original operative technique may avert the need for hysterectomy in placenta accreta. Our report involves only 2 cases. Moreover, a large vertical uterine scar may increase the risk of subsequent uterine rupture. To mitigate that risk, careful surveillance in the next pregnancy and early operative delivery are required. However, this treatment option is considered to preserve reproductive function immediately before hysterectomy.

>帝王切開のときも、僕は通常胎盤は用手剥離ですぐ出しちゃいます。一部癒着している場合やはり出血++となるでしょうが、30分待って診断をつけるということはしていません。

もし宜しければ、このペーパーにあるように、まずはoxytocinを子宮筋層に局注して子宮収縮を促し、胎盤が自然に剥がれ子宮の切開層から盛り上がってきたのを確認してから胎盤を娩出してみて下さい。胎盤娩出時の出血が少なくなると思います。


>最後の私見は推論を元の意見ですし、後出しじゃんけんと同じく後からは何とでも言えるので、今こんなことを言っていても、僕が当事者だった場合、同じ結果になった可能性を否定できるものではありません。

僕も、もし外科医前立ちに、そうした患者さんの「緊急帝王切開」をしていたら、同じ結果になったかと思ってもみます。

ただ、「14:50  胎盤娩出 総出血量約5,000ml」から、「16:30 総出血量約12,000ml 子宮摘出術開始」までに1時間40分もありますから、僕ならその間に、医局へ連絡するなり近くの病院へ連絡するなりして、「産婦人科医」を呼んでいたと思います。

こうした対応が出来なかった原因はどこにあるのか? 当事者のお話をお聞きしてみたいですが、それも叶いませんので、裁判の行方を見守るしかないですね。

僕は、ここ「モトケンさんのブログ」なら、少しは落ち着いた意見交換が出来るかと思い、「pro and con」を意識しながらいろんな事を書いてきました。ですので、これ以上細かい個々の議論は、オダさんには申し訳ないですが、しても仕方がないと思っています。

僕としては、この事故をきっかけに、安全な産科医療とはどういったものなのか、それを実現するには社会はどのような負担をすべきなのか、医師から発する事の出来る具体策は無いのか、社会はその策をどこまで許容可能なのか、こうした議論が深まる事を期待しています。

産科医-1様
私は大病院で20年修羅場の産科救急をやってます。大野病院のケースは大都市にある巨大病院の私が働く病院で最初からやらせていただいておれば患者はこのような不幸な結果にならなかったでしょう。
しかし今の日本の貧弱な産科医療の現状では大野病院のケースは無理のないことです。そのような現状を容認してきた責任は我々産科医には断じてありません。
細かい事はもうしませんが、産科医-1さんはこのような理不尽な環境下で働かざろう得ない日頃の我々産科医の現状認識からかなり違和感のある意見をお持ちのようですがどの程度の現場での経験をお持ちでしょうか?
具体的には母体死亡の御経験はおありでしょうか?

もう既に何度も繰り返されている話だと思いますが、

今後の医療の質の向上に資するために、今回の症例を詳細に検討することは重要なことであるにもかかわらず、その議論が司法判断に援用され、法曹も含めて医療のシロートの人々が好き勝手に判断する材料にして当該関係者を非難したりする可能性を考えると、たとえここが穏やかな場であったとしても、マトモな議論はもはや不可能でしょうね。

小松秀樹著「医療崩壊」でも口酸っぱく繰り返されていますが、業務上過失罪などを武器にすれば医療を良くすることが出来るなどという幻想を持っているとしたら、とんでもない思い上がりでしょう。また、そういう思い上がりを抱かせる基盤として、司法権の独立とかが根底にあるのだとしたら、それもまた問題ですね。

産科医-1さん

No.31にて

>平成16年にもなって、ハイリスクの帝王切開を小児科医も居ない病院でするなんて、僕には非常識、傲岸不遜の医療との誹りも仕方ないように思う

と言っておられます。
非常識、傲岸不遜ですよ。
ここまで言っておいて、大野病院の症例における児のハイリスクの要因(小児科医がいなければならない医学的理由)についての質問に論点をずらすようなことばかりです。

・帝王切開の既往が1回
・術前診断で後壁癒着の前置胎盤
・妊娠中の胎児の発育は正常
・36週6日の帝王切開。

ここまで条件が解っております。
何か児のリスク要因を考えるのに不足がありますか?

更に、大野病院に小児科医がいるいないを最初に持ち出されたのも産科医-1さん、あなた自身ですよ。
大野病院での児にどのようなリスク要因があって、小児科医が必要であったのか説明すべきではありませんか?
それとも理由もないのに非常識、傲岸不遜という非難をなされたというのですか?

>No.45 超ベテラン産科医 さん
>細かい事はもうしませんが、産科医-1さんはこのような理不尽な環境下で働かざろう得ない日頃の我々産科医の現状認識からかなり違和感のある意見をお持ちのようですがどの程度の現場での経験をお持ちでしょうか?

「このような理不尽な環境下で働かざろう得ない」ですが、そうなったのは、はたして、社会が悪かったのでしょうか、行政が悪かったのでしょうか、病院が悪かったのでしょうか、医局が悪かったのでしょうか、それとも医局の指示に従わざるを得なかった我々医師自身が悪かったのでしょうか?


>具体的には母体死亡の御経験はおありでしょうか?

はい、残念ながら、あります。


>No.46 峰村健司 さん
>今後の医療の質の向上に資するために、今回の症例を詳細に検討することは重要なことであるにもかかわらず、その議論が司法判断に援用され、法曹も含めて医療のシロートの人々が好き勝手に判断する材料にして当該関係者を非難したりする可能性を考えると、たとえここが穏やかな場であったとしても、マトモな議論はもはや不可能でしょうね。

お書きになる所は、分かります。
たしかに、マトモな議論は、もはや不可能ですね。


>No.47 オダ さん
>何か児のリスク要因を考えるのに不足がありますか?

僕の書いた事、英語も含めて、もう一度お読み頂けますでしょうか。


>>産科医−1さん
文献提示ありがとうございます。

ただ、No.39とNo.44に示してくださった文献は、確認出来る限りどれも事故の起こった2004年12月以降に出版されているようです。
できれば2000年、遅くとも2003年ぐらいまでに出版された邦文の総説論文、または英文もしくは邦文の標準的な教科書で、おっしゃるような前置胎盤または癒着胎盤の管理方法・手技を強く打ち出したものがあれば、お教えいただきたく思います。

もし、今から外野としてこの事件における産科医の責任を論じるのであれば、2004年12月当時に彼と同等の環境で働いている平均的な産科医が手に入れられる情報で、かつ実行可能な手技・手段に基づく議論でなければならないと考えますが、いかがでしょう。
ぜひとも産科医−1さんが「2006年12月現在の前置胎盤と癒着胎盤の管理について、を開陳したい」とおっしゃるのであれば、その旨を明記していただくか、できればご自分のblogを作るなりしておやりになられた方がよいかと思われます。

>Furthermore, bleeding was fortunately controlled in our cases. The present cases do not constitute standard care in placenta accreta, and not all patients with placenta accreta should be treated conservatively. Hysterectomy should be considered immediately when any procedure results in uncontrollable hemorrhage.

といみじくも書かれてあるように、未だに私には上の症例を含めて出血させてしまった癒着胎盤の救命例は単なる「fortunate」例であり、大野病院の産婦さんは「unfortunate」例だったとしか思えません。

OBGYです。

産科医ー1さんのコメント
>僕としては、この事故をきっかけに、安全な産科医療とはどういったものなのか、それを実現するには社会はどのような負担をすべきなのか、医師から発する事の出来る具体策は無いのか、社会はその策をどこまで許容可能なのか、こうした議論が深まる事を期待しています。

まずは産婦人科医の教育でしょうね。

産科だけでなく婦人科(特に思考過程、手術)領域における教育機会の減少には危機を感じます。40台の中堅医師は開業、年配の医師は定年・・・

ただでさえ少ない思われるお手本となる医師がこれからどんどん現場を去って行きます。

全国にある基幹病院といわれる産婦人科で、きちんとした次代の教育(20代、30代)がなされている病院は幾つほどあるのでしょう。

産科医ー1 です。

>>僕としては、この事故をきっかけに、安全な産科医療とはどういったものなのか、それを実現するには社会はどのような負担をすべきなのか、医師から発する事の出来る具体策は無いのか、社会はその策をどこまで許容可能なのか、こうした議論が深まる事を期待しています。

>まずは産婦人科医の教育でしょうね。
産科だけでなく婦人科(特に思考過程、手術)領域における教育機会の減少には危機を感じます。40台の中堅医師は開業、年配の医師は定年・・・
ただでさえ少ない思われるお手本となる医師がこれからどんどん現場を去って行きます。
全国にある基幹病院といわれる産婦人科で、きちんとした次代の教育(20代、30代)がなされている病院は幾つほどあるのでしょう。


OBGYさんのように、僕も同じ危惧は抱きます。

OBGYさんが言われるように、アートって言うのは、自然に、時代が進むに連れて、リファインされて行くんじゃなくって、そのアートを伝えようとする、そうしてそのアートを引き継ごうとする、不断の努力、気持ちがあって初めて、引き継がれて行くものなんでしょうね。

No.48 産科医−1 さん

>僕の書いた事、英語も含めて、もう一度お読み頂けますでしょうか。

はい、読みましたよ。
日本語での部分では産科医-1さんは次の二つを児のリスクとしてあげています。
>帝王切開で生まれた赤ちゃんは、肺胞内の羊水が出きらずにウェットラングと言った状態になることもある
>前置胎盤だと子宮筋層切開時に胎盤に損傷が及ぶこともあり、そうすれば胎児血流失の結果、赤ちゃんには極度の貧血が起こることもあります。

最初のは通常の予定帝王切開と同等で小児科医がいない事は問題ではないこと。
下記については産科医-1さんがNo.44で
>胎盤部分をなるべく避けるようにして娩出させていますので、児への侵襲は以前に比べ少なくなっています。ただ、内子宮口から子宮壁全面にかけてベッタリの前置胎盤では、お書きになった娩出方法をとらざるを得ないでしょうが
と述べております。福島の症例のように後壁癒着の前置胎盤では、児へのハイリスク要因にはならないということでいいわけですね。

さて英語の文献ですが、「小児科医がいる施設でないと『非常識、傲岸不遜』というほどのリスクが福島の症例の児に対してあった」と児のリスクについて検討できるような箇所がどこにありますか?
何度読んでも福島の症例で、児に小児科医が帝切時にいなければならないリスクがあったと納得させるようなところはないのですが。

「俺がやったら不幸な結果に終らなかったはずだ」「俺の施設ではそうならないだろう」って方がいます。

医療従事者以外は「やっぱ、そうなんだ。不幸な事故だと言う医者は身内を庇っているだけだ」と思うでしょう。

上部消化管出血を内視鏡的に止血しますが、何度やっても「俺なら止められる」自信は持てません。CFで穿孔したことはありませんが穿孔しない自信はありません。「今日は起こすかもしれない。」と思って臨んでいます。

「絶対に失敗しないと言える自信(と私には思える)」は何処から来るのでしょうか?

「俺がやったら不幸な結果に終らなかったはずだ」「俺の施設ではそうならないだろう」って方

そういう医師、確かにいます。でも、大抵傲慢で人の意見も聞かずという人が多いです。チームプレーを行う上で社会的に問題がある性格と言えるでしょう。技術はある人、無いくせに言っている人、さまざまですが・・・。

> No.54 yama さん
『無いくせに言っている人 』      思わず吹いちゃいました。

「俺がやったら不幸な結果に終らなかったはずだ」「俺の施設ではそうならないだろう」って方

こういう人の方が『非常識、傲岸不遜』のように思えますが(笑)。

OBGYです。

>「俺がやったら不幸な結果に終らなかったはずだ」「俺の施設ではそうならないだろう」って方
というコメントについて、

No.45 超ベテラン産科医さんや産科医ー1さんを皮肉っている感(違ってたらゴメンなさい)があるようですが、

批判を恐れずに僕もコメントさせていただくと、

この症例に関しては
「俺がやったら不幸な結果に終らなかったはずだ」「俺の施設ではそうならないだろう」って考える産婦人科医は結構いると思いますよ。

もちろん逮捕という報復に対しては僕や周囲の産婦人科医は衝撃を受けておりますが、

今回の症例には子宮摘出という切り札があるわけですから、

出血の状況から子宮摘出が不可欠だ、と判断、実行できるかどうかであり、

僕の意見はNo 38でコメントしたとおりですが、No53〜56のコメント(皮肉でなければ僕の勘違いです。気を悪くしないで下さい)に関してはちょっと残念に思います。

No.57 OBGY さん 問題のNo.53 消化器内科医です。皮肉や揚げ足取り風で不愉快だった点は謝ります。

産科医−1さんは『外科医前立ちに、「緊急帝王切開」をしていたら、同じ結果になったかと思ってもみます』と述べています。ただ、反復帝王切開+前置胎盤といったハイリスクな予定帝王切開は入院施設を考慮すべきだとの主張です。

No.45 超ベテラン産科医さんは「患者はこのような不幸な結果にならなかったでしょう。」とハッキリ述べています、「違った経過を辿ったでしょう」ではなく。

医療過誤では、明らかに未熟な技術や、知識の欠如、左右の取り間違えなど糾弾されるべき事例もありますが、大野病院産科事例は違うと私は認識しています。
OBGY さんのコメントにある「子宮温存を意図」--予期しない事態・悪循環-->「DIC」が全体像だと思います。
同様の事態でも「絶対失敗しない」と言い切る態度に疑問を感じたからコメントしました。

OBGYさんのコメントを見ると「絶対失敗しない」と言い切る方も多いのですね。

該当問題の要点は、県立大野病院事件に対する考えとして
日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が、平成18年5月17日
に声明を出しています。下記に一部引用再掲します。

 癒着胎盤の予見のきわめて困難である本件において、癒着胎盤であることの診断は、胎盤を剥離せしめる操作をある程度進めた時点で初めて可能となるものであります。したがって、結果的には癒着胎盤であった本例において、胎盤を剥離せしめる操作を中止して子宮摘出術を行うべきか、胎盤の剥離除去を完遂せしめた後に子宮摘出術の要否を判断するのが適切かについては、“個々の症例の状況”に応じた現場での判断をする外なく、それはひとえに当該医師の裁量に属する事項であります。

このエントリ内で一部の、ブラックジャックなみの産科医の方が
>「俺がやったら不幸な結果に終らなかったはずだ」
>「俺の施設ではそうならないだろう」って考える産婦人科医は
>結構いると思いますよ。
と述べられていることが一般的なんだなと非医療者に誤解を与えない
ようコメントしておきます。

 神は自らを助くるものを助く。 産科医と妊婦を助ける者は誰なのか?

かつて座位さんより別スレで進む道が違うと言われたことがあると思いますが、今回は同調させていただきます。
大淀の時、僕が言いたかったことは状況がわからない状況でいろいろな可能性のなかで当該医師を守るためにありうえるけれどもそうでないかもしれなことを前提に弁護するのはおかしいのでなないかと思ったからです。あの時点では医師に重大な過誤があった可能性もあると考えていたのでひいきの引き倒しになると思ったからです。
大野事件に関しては既に多くの議論がされています。産科医−1さんは別とすれば癒着胎盤でこのような転帰を持ちうる方だと前もって判断するのは難しいという点では共通項だと思います。待期的判断と異なり突発的な状況でベストの判断ができなかったとしてもそれを責めるのなら医師などいなくなるということが最も重要なはずです。

質の低い産婦人科医もおられることは事実ですが、今回の福島の一人医長の先生に関して「未熟な医師」と定義することには違和感を感じてしまいました。と言いながらこの症例に関しては
「俺がやったら不幸な結果に終らなかったはずだ」「俺の施設ではそうならないだろう」って考える産婦人科医は結構いると思いますよ。
というコメントは論理的にはわかりますが、それがわかる方が読者の時にのみ書くことのように思います。

ヒトを未熟というのが許されるなる、産科医ー1さんの論文の読み方、紹介のしかたも未熟でしょう。
case reportsは強いエビデンスとはならないのは常識です。また、ここに書かれた「Placenta removal was attempted, but a satisfactory tissue plane could not be found. We waited 30 minutes for placental separation. Excessive bleeding was not observed during that time.」の所は、大野病院の施術の適否を考える上では、重要な箇所でしょうね。「胎盤が剥がれるのを30分待っていた。その間それ程の出血はなかった。」からすれば、癒着胎盤であるかどうかの診断は、出血が始まる前で可能になるという事です。

というとらえ方もおかしいですね。それはもし医学が科学であるならこれから検証されて明らかになることです。門外漢でも論文を書くことを職業としていますから論理構成のおかしさはわかります。
産科医ー1さんは最初のころはわからないことが多いのだから裁判の結果を見守りましょうと言っていたはずなのに術中の状態や病院の状態をよく知っているかのようにコメントするのも矛盾ではないかと思います。

どこにしようかなと迷いましたが、ここに決めました(笑)。ここに問題のアレ(笑)No.52コメントをコピー致しますので、ご批判よろしくお願いいたします。

(コピー)
医行為という傷害行為を業としている以上、自分も無傷でいられる道理がないという覚悟のようなものを医師たる者は他から求められているのでしょう。ヒポクラテスの誓いにも書かれていますように。

例えば問題の福島事件の医療側は病院として民事の賠償責任を求められたら拒絶するべきでないでしょう。額については別に話し合うとして。また手術に加わった医師全員も身分についての処分は受け入れるべきだし、この事件では実際に停職処分などを受け入れていましたね。独りだけ処分では明らかにアンフェアですが(執刀医以外への処分があったかどうか失念しました)。

ただし、刑事責任についてはこの手術に関する限り受け入れるべき過失行為など誰にもなかった事はすでに公判で事実として明らかになりました。この手術において行われた外科(産科)的内科(麻酔科)的処置はすべて、それを続ければ無事手術を終えることができると経験的に50%を越える確率で期待できる処置ばかりでしたし、処置を続けるにあたって技術の未熟性は全く認められませんでした。また、死因は少なくとも出血死では絶対的にありません。これで検察の起訴事由が根拠をすべて失ったわけです。ところが刑事裁判の公判が現在でもなお維持されている正当な法的理由がまったくわかりません。

このコメントに見られる私の(追加)法律の理解度について、添削指導をたまわりたいです。

>ある町医者さん
へ、お願いしたいことがあります。(と申しましてもちょっとだけのお願い(笑)ですのでご心配はご無用ですが)
お手数とは存じますが、「医療は科学的か」エントリーのNo.60のコメントをこちらへコピーいただけませんでしょうか。医療行為が裁判になるときの個別の具体的検討として、やはりこちらで議論するほうが概念的な混乱が少ないような気がいたします。
とはいえ、もちろんこの私見にご賛同いただける場合に限ってのお願いですが(笑)。

あと、ついでにと申しましてはますますなんなんでございます(笑)が、モトケン先生へのお願いです(田舎の一般外科医さんへのお願い含みます)。
同じエントリーのNo.248,249,250もまとめてこちらへコピーしていただけないでしょうか。いろいろとお願いばかりするくれくれタコラみたいな困った塾生で本当に申し訳ないとは存じておりますんですが。お聞き入れくださればホンっとにしあわせです(笑)。

あ、間違えました、まいどすみません。
No.62中
>同じエントリーのNo.248,249,250
は同じエントリーじゃなく「●司法と医療の相互理解とはなにか?」エントリーのNo.248,249,250でした。
訂正してお詫び申し上げます(ミスばっかりの藪の証明しちゃった笑)。

とりあえず、自分のぶんだけは移しときます(笑)

No.250 ぼつでおk(医)さんのコメント | 2007年05月17日 16:13 | CID 54527 | (Top)

横から失礼します。No.248,249に関連して質問です。

本裁判の場合鑑定人に対する不整脈の尋問というのはあり得ない場面ではないでしょうか。

なんとなれば、出血死というものは通常医学的にも法律的にも出血が止められないまま死亡することを言います。出血したけれどそれを死ぬ前に出血を止めることが出来た場合、このケースのように子宮摘出が完了した時点で明らかに死亡していないのであれば、出血を起こすもととなったクーパーによる癒着部剥離術の失血死にかかる責任はその時点でリカバーされたと通常は考えるべきではないでしょうか。

その後に発生した不整脈は、起訴されている執刀医がその発症を避ける回避義務を負わされるべき疾患であったとは思えないのですが。

さらに、別に究明すべきこの不整脈発症機序においても、起訴されるほどの過失判断が手術室で行われたとも全く思えません。
(3回の公判で手術記録の内容や前立ちの外科医、麻酔科医の証言から医学的検討に必要な記録の内容もほぼ明らかになっています。)

以上から、ここ執刀医の剥離行為が起訴されている業務上過失致死裁判で、立件されていない別の過誤行為について尋問を行うことは、誘導尋問の是非以前に、本件裁判の立件が妥当であったか否かの問題になると愚考した次第です。

モトケン先生わたしの刑事裁判についてのこの考え方は間違ってますでしょうか?

医師がこのブログに参加するようになって以来医療と司法の相互理解はある一定の地点にくるとそれ以上先に進まなくなります(笑)。私はその原因をこの裁判が審理中であるという現実ただひとつにあると思っています。

この大野病院事件は3回の公判で明らかになった事実として、刑事過失のないところに本来法理上起こされないはずの刑事裁判を福島地検によって起訴されて地裁でそのまま審理されているものと私はみています。あの鹿児島地検は選挙違反事件で起訴しないという法理に則した行動をとったので納得いたしましたが、福島ではいわばメビウスの輪に表裏の区別を書き込もうというような非現実的な審理が続いています。この福島裁判ある限り医師がどんなに法律家と合同勉強しても、検察裁判所システムを最終的に信頼することは不可能だと私は思っています。

結論として、医療と司法の相互理解を達成するには、ここの裁判自体について福島検察地裁みずからが法理にもとづいた見解を早急に示すことが必要だろうと愚考するものであります。鹿児島地検の如くに(笑)。

すなわち、法が何でも切れる包丁であるとしても、料理人の腕がなまくらでふぐの毒を除くことが出来なければ食べたらよくて中毒ひどければ死亡する料理になります。料理界にそういう腕の悪い料理人が実在してある店でいまだに実際に腕を揮っていることを知ったらみんなふぐ料理が怖くて食べられなくなるでしょう。ふぐ料理の包丁人の免許のレベルが、中毒の予測可能性に対して回避義務が尽くされている安心の腕前のレベルとは信じきれなくなりますから(笑)。

>●延命医療の中止を考える(その1)No.16 モトケン先生のコメント
> やりすぎと思った弁護士も多かったと思いますが、逮捕・起訴されるのは
>警察・検察の不当介入と思った弁護士は少なくありません。
> 大弁護団が結成されたことがそのことを示しています。

全く同じことを考えて医療界をあげてこの裁判の不当性を訴えているつもりです。
このコメントも自薦させていただきます(笑)。

さて、YUNYUNさんのコメントを受けてこっちに書きます。
最初にお詫びいたしますが、実は高速道路投石のエントリーのコメントではなく、下記のYUNYUNさんのコメントを拝見してこちらで専門家のご意見を伺いたいと思っていました。それは

>●医療事故と司法制度(刑事編)No.170 YUNYUN(弁護士)さん
>2.森鴎外が白米の献立を指示したことが、傷病兵を増やした一因であるとし
>ても、それが刑法上の(業務上)過失致死傷罪に擬せられるかどうかについて
>は、法曹の見解は分かれると思います。
>薬害事件や公害防止などと同様に、行為と結果の間のつながりが間接的で
>あり、相当因果関係は無いとも考えられます。
のご内容についてであります。

ここ福島の業務上過失致死裁判で検察が刑事責任を問うべき術中過失行為としているというか、そう認定できる「行為」は癒着部剥離操作だけ(クーパー使用の如何に拘わらず)しかないと思います。

この行為が行われたことは争いの無い事実です。で、結果のほうですが、相当因果関係(丸写しです)ありとするためには失血死が死因として争いの無い事実でなければ、業務上過失致死の容疑そのものが成立しない、と上記170から導かれると思います。

ここまで、事故調査報告書に始まって公判で手術に実際に携わった二人の医師の手術記録に沿った証言までが明らかになったと思いますが、出血源となった子宮は摘出されることで止血が完了した後の不整脈発生したための心停止が第一の死因であることは明らかです。

すなわち、業務上過失致死容疑が成立するために必要な失血死という事実は「争いのある(不確定の)事実」なので行為と結果の間のつながりが間接的ということになり、その結果この裁判では検察が証明すべき業過致死容疑そのものが成立していないと思います。

私はこの時点で本刑事裁判は手続き上誤りがあったとして審議停止するべきだと思いますが、法曹の方々はいかがお考えでしょうか。この点について専門家のかたにご教示いただければ幸甚に存じます。

刑事裁判の手続きの問題について。

> 私はこの時点で本刑事裁判は手続き上誤りがあったとして審議停止するべきだと思います(No.67 ぼつでおk(医)様)

「審議停止」というのは用語不正確ですが、要するに、「公訴棄却」ないし「免訴」の決定によって、今すぐ直ちに裁判手続きをうち切れというご主張ですね。

しかし、法曹の大勢はそれには反対でしょう。
本件は「無罪を争う事件」、その意味ではごく普通の刑事事件であって、起訴され公判が開かれたというこれまでの手続自体には誤りがなく、公訴棄却や免訴にしなければならないという、異常事態ではありません。
従って、通常通りにこのまま証拠調べを進め、論告・弁論を行って結審し、終局判決によって、有罪か無罪かの裁判所の判断が示されるべきであると考えます。

公訴棄却とは、公訴権を濫用した等で公訴したこと自体に違法が認められる場合です。
検察官が、真犯人でないことを知りながら起訴したとか、有罪を基礎づける証拠が全くなかったとか、形式的に構成要件に該当するが実質的な法益侵害がなく可罰的違法性が認められない(チリ紙3枚を盗んだ)というような場合です。
免訴は、公判が停止して15年が経過するというような異常な事件について行われた、有る意味超法規的な救済措置です。

奈良大淀事件では、20人の医師に意見照会しても過失アリとの見解はなかったそうですが、
もし借りに、医師の意見なしのまま、あえて起訴するようなことがあれば、「公訴権の濫用」となる可能性があります。

しかし本件では、検察官は起訴にあたって、一応医師から「過失アリ」との意見を聴取し、文献なども調べて、証拠として提出していますから、全く根拠がなく起訴したとは言えず、公訴権濫用には当たらないと考えます。
意見照会を受けた医師が、医学的に誤った助言をしてしまった可能性はありますが、素人の検事に医学的な間違いを見抜けと言うのは無理です。間違いかどうかは、裁判の実体審理の中で立証され、終局判決において判断されるべき事柄でしょう。
(民事訴訟において、過失アリとの医師の意見書を揃えて訴訟提起したのであれば、結果的に裁判所が過失を認めず原告敗訴となっても、濫訴とは評価できないのと同じ)

ぼつでおk(医)様は、福島事件の証人尋問の結果について、今のところ検察はポイントを上げていないと評価されているようですが、検察側が提出している証拠は他にもあり、
裁判所はまだ最終判断を下していないので、この段階で、訴訟を打ち切ることは考えられません。
また、本件の社会的影響を考えますと、公訴棄却や免訴では裁判所の判断が示されずウヤムヤに終わってしまいますから、
これが業務上過失致死罪となるものかどうか、判決をもって、きちんと判断してもらうほうがよいと思います。

>No.68 YUNYUN(弁護士)さん
コメントありがとうございます。なおかつこちらへご誘導までいただき大変ありがとうございました。

>「審議停止」というのは用語不正確ですが、要するに、「公訴棄却」ないし
>「免訴」の決定によって、今すぐ直ちに裁判手続きをうち切れというご主張
>ですね。

「審議停止」は一例としてあげただけです(笑)。別のやり方もあってしかるべきでしょう。

No.67でチェックして欲しいのは、それ以前の私の分析です。検察の業務上過失致死の法理論の立て方を、「相当因果関係(よくわからないので用語丸写し)」の観点からNo.67のように分析してみて、私は論理的におかしいと考えたのですが、その考え方は法律の専門家からみて間違っているのか合っているのか。
そこがいちばん知りたい点であります。引き続きご教示いただければ幸せです。

だあれもなんにもコメントつけてくれないので、自分でつけます(笑)。

医療崩壊は福島県で産婦人科医師が逮捕された時から始まりました。
我々医師の大部分があれ以来ネットに書き込むようになったと思います。

このブログでの論点の中心である医療と司法の相互理解の問題ですが、拝見しているうちに気づいたことがあります。
モトケン先生の頭痛のタネである(失礼)魔神ドールさん、モトケン先生は彼のコメントをして「法治主義自体への否定につながりかねない発言」として反論しておられ、議論は噛みあわずじまいの様相でした。相互理解はいまだ成し遂げられていないようですね。

立場を入れ替えてみましょう。モトケン先生の立場に医師の集団を、魔神ドールさんの立場に福島地検をとしましたら、この事件がまったく同じ構図になります。

つまり我々医師を職とする者にとって、福島地検がNo.67のような論理なき理不尽で専門医を業務上過失致死で起訴したことは、医師職にとっては医行為そのものを行うことを否定されたことに等しいのです。そしてこの裁判が延々とつづいている間は、少なくとも医師を逮捕起訴するのに検察はなんの無論理でも用いてよいと言うことになります。福島地検の起訴は医師としてばかりか国民としても絶対に容認できない類の低レベルの論理なのです。

この裁判がいまだに判決されてないという現実こそが、医師の咽喉に刺さったトゲが除去されないまま放置されていると等価である、と私は考えまして、その思考過程の一部を上記のようにお示し致します。

諸氏、ことに検察官、警察官、判事の皆さんの忌憚のないご反論をお待ち致しております。

地検が起訴に踏み切ったのはそうすべきと信ずるに足る鑑定医の意見があったからだと言う説もありますが如何でしょうか?

>No.71 老人の医者さん
コメント大変ありがとうございます(笑)。

それは検察が少しは同情されるべき点ですが、公判前整理を行ってから検察が出してきた予定証明事実にはそのような主張をする予定は全く含まれていないでしょう。裁判では検察側はひとことも鑑定人が言ったから起訴したなんて言ってないですし。

私はNo.67に書いたとおり、起訴された回避義務違反の「相当因果関係」が成立していないことを問題だと思うものです。公判が三回済んだ時点でそれが法廷で明らかになったと判断したものですので、病理鑑定の意義そのものは無視できるほど小さいと思います。佐藤教授はじめ全国各地の産婦人科学会も、この手術で病理所見が胎盤を剥離するべきかしないべきかの決断をする根拠にはまったくならない旨、すでに公に意見表明なされていますしね(笑)。

法廷システムの細かいことは承知しませんが、日本の有罪判決率の高さを考えれば検察がダメモトでやったというのはないんだろうなと思うのです。それなりに勝算があると読んだからこそ起訴に及んだのだろうと。
すると高度の専門的判断を要するだろうこうした事例で、その判断をするべき専門家諸氏がそろって無茶だと声を上げている中でのこの検察の行動にはものすごく不思議な感じがします。

自分なりに問題点をまとめてみますと、検察は専門家から「いける」という鑑定を得ていたのか?というのが最初の疑問です。
仮に鑑定意見でも起訴は無理だろうとされていたなら検察はどういう根拠で起訴するかどうかを決めているのか?またそうしたいわば検察の暴走を排除するシステムはあるのかどうか?

もし検察が起訴相当という鑑定を得ていたとすれば、その専門家は同業の中で非情に特殊な判断をする個人ということになりますが、そういう人物の鑑定に基づいて行動することが許されるのか?それとも意図してそういう個人を選んだのか?
またそういう特殊な個人を排除する、あるいは鑑定意見を鑑定するようなシステムは専門側、検察側ともに何もないのか?

仮に鑑定段階では起訴相当と思っていても公判が進むにつれてどうも鑑定自体がおかしいんじゃないかと言う場合もあるでしょう。その昔読んだ外国の法廷小説では検察から取り下げを言い出すシーンがありましたが、日本でもそういうことはあるのかどうか?検察にはそういう自己評価のシステムは存在しているのか?

あまり裁判の実情をくわしく見るという機会がないものですから、素人なりに色々と興味深い点は多々思いつきます。
特に今回の事件では検察に決断させたであろうと推定されている専門家の方々が実は専門外であったり、臨床家としての経験が乏しいのではと言われている点が気にかかります。
病気腎移植問題などよりむしろこういう事例の方が、医療界としてどう対応していくかが重要になってくるような気がするのですが。

読んだ人はご存知でしょうが、病理鑑定につき、ロハスメディカルが実に面白い感想を書いておりましたな。
次回公判で謎のかなりの部分が解けると思います。最も証人は海外出張の予定が入って公判が7月に延期されたそうな。ほんとは証言したくなかったりして。

No.67 ぼつでおk(医)さま

すなわち、業務上過失致死容疑が成立するために必要な失血死という事実は「争いのある(不確定の)事実」なので行為と結果の間のつながりが間接的ということになり、その結果この裁判では検察が証明すべき業過致死容疑そのものが成立していないと思います。

太字部分に誤解があるかと思われます。
審理中 (結審前) の段階では、
 「争いのある事実」 ≠ 「不確定 (真偽不明) の事実」
です。

証明が不十分で、「真偽不明」 となった場合、その事実の証明責任を負う側にとって有利な事実は存在しないものとみなされる、というのが訴訟上の 「事実」 の扱いです。
(うっ法律やった人にしか分からない表現かも。疑問あれば別途聞いてください)

ともかく、「真偽不明」 か否かは、裁判所が判断することです。
結審前の段階で、裁判所でない者、まして訴訟当事者でない部外者が 「真偽不明」 か否かを判断することは、原理的・制度的に不可能です。


なお、民事訴訟においては、自白が成立した事実 (争いのない事実) は、裁判所を拘束します。
ある契約書が真正に成立したものであっても、一方が 「その契約書は偽造である」 と主張し、相手方がその事実を 「自白」 した場合、仮に裁判所が 「うそん、それ偽造ちゃうやろ」 という心証をもったとしても、その契約書は偽造されたものであることを前提に判断しないといけません。
(弁論主義の範囲内で、という留保はつきますが、逸れますので説明は割愛)

一方、刑事訴訟においては、「自白」 の扱いがかなり異なります。
刑事訴訟においては、 「自白法則 (=任意の自白でなければ証拠として採用できない)」 と、 「補強法則 (自白だけでは有罪にできず、他人の証言や物証が必須)」 というルールが定められています。
また、民事訴訟法179条 (自白が成立した事実は証明不要の旨を規定) に相当する条文がなく、任意性のある自白であっても裁判官を拘束しません。
つまり、仮に検察官が 「この契約書は偽造されたものである」 と主張し、被告人もそれを認める供述をしていても、他の証拠に基づいて 「おかしい。偽造のはずがない」 という心証をもてば、検察官・被告人双方の主張を無視して、「契約書は真正であり、偽造されたものではない」 という事実を認定することが (制度上は) 可能です。


一般論から本件に戻りますと、ぼつでおk(医)さまは以下の点を前提にされています。
(1) 過失行為としての対象となるのは 「胎盤癒着部の剥離行為」 のみであり、それ以外の行為は刑責を問う上で無関係であること
(2) 相当因果関係が認められるためには、死因は 「失血死」 でなければならないこと

しかし、現段階でそのように断定することは無理と思います。
(1) は、検察の主張する過失行為が何かは、論告まで待たなければ特定できません。冒頭陳述をそのように読んでしまうのは、「勝手読み」 でしかないと思われます。

(2) については、冒陳ですら「失血性ショック」を死因に挙げており、ぼつでおkさまがどこから 「失血死でなければならない」 との結論を導かれたのか、わかりません。

>●医療事故と司法制度(刑事編)No.170 YUNYUN(弁護士)さん

のコメントを根拠に挙げられていますが、
http://www.yabelab.net/blog/2007/04/19-000137.php#c57362
を読む限り、その結論の根拠となるような表現は見つけられませんでした。


ぼつでおkさまのコメントに対する違和感のそもそもの根源は、YUNYUNさまと同趣旨になりますが、

その結果この裁判では検察が証明すべき業過致死容疑そのものが成立していないと思います。

のようなことを言える立場にあるのは、全証拠を検討し、双方の最終主張を聞いた担当裁判官だけである、ということです。


これだけでなく、他にも複層的・重畳的な誤解があるように思われるのですが、とりあえず。

こんばんは。

>ぼつでおk さま

コメントを書く余裕がなく、申し訳ありませんでした。
私は、刑事も民事もいいたいことは沢山ありますが、要するに「司法の判断を医療の現実に当てはめさせるよう取り返さないといけない」「そのためには司法の判断の各段階に介入しなければならない」「その大きな部分は鑑定である」ということです。

刑事における予見可能性と予見回避可能性を実際に判断できるのは優秀な実地の医師のみです。検事にはできません。だからこそ誰かに意見を絶対に求めているはずです。もしそこでマヌケを選んでいたら、検事には気の毒ですが、公訴を決定したのは検察ですので検察に責任がないわけはありません。ただ、こういう段階で相談された医師が自身がなければ断るとか、「これは無理です」とみんなが言うとか、そういう介入で不当訴訟を阻止する工夫はできると思います。

民事でも協力医として「理想主義過ぎない」適切な意見をのべなければなりません。不当な鑑定をした医師には同業者としての糾弾・総括・継続的な侮蔑が必要です。

>老人の医師 さま

「訴訟になった事案についての」鑑定人については、「医事関係訴訟委員会」が各学会に推薦を依頼して、推薦してもらったヒトが関わるようです(これもあやしいものですが)
http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/izikankei/index.html
一方、先生がおっしゃるように、検察が公訴するかどうかについてが問題なのですが、実際私も全くわかりません。例えば「法医学者の悩み事」など法医学の先生のサイトを見ると、警察と検察とのやり取りの雰囲気を仄聞することはできると思いますが、実際誰をどうやって選んでいるのかは(またその的確性についてどう考えているのか)

ちなみに、私が刑事で一番気にしているのは2007年3月の下記のニュースです。
『医療過誤で4歳の少女を死亡させた疑いが強まったとして、道警捜査1課と札幌厚別署は13日、札幌市厚別区の57歳と50歳の小児科の男性医師2人を業務上過失致死容疑で書類送検した。調べでは、2人は昨年1月24、25の両日、腹痛を訴える同区内の三上紗英ちゃん(4)を診察して胃腸炎と診断した。紗英ちゃんは帰宅後、容体が急変し、26日朝に死亡した。同課などによると、紗英ちゃんは胃腸炎でなく、腹膜炎などが原因で死亡しており、医師2人が診断を誤ったため紗英ちゃんを死亡させたとみて書類送検した。』

まだ不起訴処分になったというニュースを聞きません。
「この見逃しも過失にするのか?」ということです。結果予見可能性が非常に大きな判断の要になると思うのですが、「だれがその一線を判断するのかな」と不思議に思います。詳細もわかるでしょう。せいぜい正しい判断をしてほしいものです。

事実を勘案した結果、正しい判断でなければ戦うことになるでしょう。
過失判断を現実に即したものになるよう、医療を医師のもとに取り返さないといけません。医師の仕事の範囲を不当にせばめ、身動きを取れなくし、有名無実にされることには戦わなければいけません。

>No.75 fuka_fuka(イソ弁) さん
コメント有難うございます(笑)。

これまでの報道された経過から見て、福島地検が事故調査報告書を読んで初めて執刀医一人を起訴できると考えたのは間違いないと思います。fuka_fuka(イソ弁) さんがもし福島の検察官なら実務的観点からそれ以外に自分が立件しようと思うきっかけをお見つけになれますでしょうか(笑)。もしあるとおっしゃるならば後学のためぜひお聞かせいただきたいものです。いまは私の言うこれが正しい推論であるとして話を進めます(笑)。いうなれば私ぼつでおkがもし検察官だったらこの手術をどう立件するだろうかという仮説としてお読みください。

そして事故調査報告書の記載を元に、この執刀医ひとりの行為だけについて業務上過失致死を立件するには、どんな最高の専門医がその場で考えられるどんな手を尽くしても止めることが出来ない出血が、執刀医のひとつのマヌケな過誤行為を原因として起こった結果患者が死亡したという相当因果関係が必要だと思います。(いまは検察官(笑)なので表現の適不適は見逃してください)

で、事故調査報告書を検討してみますと、執刀医がマヌケな胎盤剥離を敢行したふうなことは書いてあるんだが、すぐ子宮摘出にはいらなかったのは麻酔医が手術の進行を止めた指示に従ったためで、執刀医の過失判断とはいえないようであるし、その後時間はかかったがMAPが到着して子宮摘出が終了出来た時点で、それ以上の出血はもうあり得ないところまで手術としてはリカバーできている。最初に仮定した止血が出来ないような大出血ではなかったことになり、であるなら剥離がマヌケな過誤行為だったとは必ずしも断言できないことになる。さらに、出血が止血できたのなら術者としては失敗ではなく成功手術とさえいえることにもなる。どうも腑に落ちんな(検察官ですから)?なぜ失血死?

ふうむ、止血ができてからあとは腹部切開創を縫い合わせて手術終了を目前にして不整脈で心停止したと書いてある。その不整脈の原因は、あの輸血を待ってる間に貧血で起こった低酸素状態に長時間さらされたため、心筋細胞がダメージを受けたためだとも書いてあるな。なるほど、じゃあ剥離で出血が起こって子宮摘出も出来ないほどになったのが長時間貧血になった原因だから、ここで事実を因果関係順に並べてみると、

剥離(過失)→出血のため子宮摘出延期→MAP到着まで長時間の低酸素状態で心筋傷害→輸血して子宮摘出は出来たがすでに心筋障害は手遅れ状態→終了直前に心筋が貧血のため力尽きて致死的不整脈を起こし心停止→蘇生に反応せず患者は失血死

ということになるから、剥離と失血死のあいだに相当因果関係が成立した、のかな?

(笑い)このぼつでおk検察官はこの程度ではとても立件しようとは思いません。次には当然この報告書のウラをとるべく関係者の事情聴取を行います(笑)。そうすると、ますます執刀医の単独過失致死立件が困難になる事実を知ることになるのですが、眠いので今日はとりあえずここまで(笑)


この週末まとまった時間がとれないので、No.77の続きをアップするのに時間がかかるかもしれません(笑)。
fuka_fuka(イソ弁) さん、お気づきの点がございましたらこの段階を含めてどの段階でも結構ですので存分にコメントしてくださいね(笑)。

医事関係訴訟委員会というのはそれなりに期待できる制度と思いますが、これは自分の読み違えでなければ裁判が始まってからの制度ですよね?
検察が起訴するかどうかはその前の段階で当たりをつけるでしょうから(今回の福島事件のように?)トンでも鑑定で裁判沙汰になるリスクというのは排除できないように思うのですが…

医学界においては鑑定人の推薦のみならず鑑定という行為に対しても医療と同じレベルで評価するようなシステムを構築して欲しいと感じています。
当面一定レベルの能力ありという鑑定専門医資格なりの認定制度のようなものも一つの可能性なのかも知れませんが、そんなもの受験しようという臨床家はまずいないか、仮にいても変人なのでしょうかね(苦笑)。

No.77の続きです。事故調査報告書から組み立てた執刀医のマヌケな?癒着胎盤剥離と失血死との相当因果関係のウラをとる作業に入ります(笑)。

さて、術前に執刀医は患者本人や麻酔科医、外科医に対して子宮全摘に切り替える場合も想定している旨予告してありました。胎盤剥離したら出血量は剥離直前に癒着の実際の状態から予想したより多かったので、止血のため子宮全摘に術式変更しようとしたところ、麻酔医から全摘に伴う出血量を加算すると用意したMAPでは足りず失血性ショックを起こすのは確実だから、追加輸血の到着まで子宮摘出を待つよう指示があった。

手術において麻酔医とは患者の全身状態を管理する責任者であって、患者の身体に侵襲を加えるのが執刀医とすると、麻酔医はその加えられた侵襲が行過ぎて患者の生命を奪ってしまわないよう、全身状態をモニターしながら患者の生命を守る防衛ラインの設定を現場で具体的におこなう、手術中はいわば患者側エージェントというべき立場です。そして、オーケストラでいえば指揮者にあたるリーダーシップを持つ部署です。麻酔医が手術中止と言えば外科医はそれ以上の手術を止めなければならないのです。

そこで内膜縫合とか子宮収縮剤注射とか子宮動脈クランプに続いてそのまま子宮摘出に入ろうとしていた執刀医は手を止めて子宮内膜の出血面をガーゼを当てて用手圧迫止血しながら追加輸血開始を待つことにした、のでしょう。

この時点で事故調査報告書には記載がなかった次の事実が明らかになったはずです。すなわち、追加MAPが到着する以前にわりと早い段階で職員の献血による新鮮血3000ccが用意されていたことです。これまでのネット情報では誰が指示して緊急献血が行われたのか明らかではありませんが、手術チームにその情報が伝わっていなかったことは考えられませんから、執刀医が圧迫止血を続けていた時点で麻酔科医もMAP到着が間に合いそうにないほど出血が進行して全身状態が悪化したら、救命のため手元にある新鮮血を輸血する方針だったでしょう。しかし結果として追加MAP到着まで輸血は行われませんでした。

ということは、圧迫止血が有効に機能していたということです。つまり、剥離によって通常より多量に出血したものの、それはそのまま失血死に(相当因果関係をもって)つながるものではなかったということが手術記録によって明らかになりました。

つまり、胎盤剥離術施行が仮にマヌケな行為(実際はマヌケどころか専門医の裁量行為であって、佐藤章教授でさえ同じ医学的判断をしたであろうというレベル)だったとしても、あの輸血僻地とされた大野病院の地理的条件に関わりなく手術中術者の止血行為が有効に機能していた(MAP追加輸血できた)段階ですでに、輸血後の患者の死亡との相当因果関係は成立しないという結論になります。

止血完了後の不整脈と心停止に相当因果関係検討すべきは、胎盤剥離行為ではなく追加MAP到着まで輸血がなされなかったという事実であり、その新鮮血にするかMAPにするかはたまたどの時期に輸血するかの判断は術者の責務ではないですから、そのことも勘案して最終的にぼつでおk検察官なら、マヌケであろうがなかろうが執刀医の癒着胎盤剥離行為と患者死亡との間に業務上過失致死の相当因果関係を認められないので、これで立件して刑事裁判を要請することなど考えもしないでしょう(笑)。

No.67の説明として始めたNo.77の続きはいったんここで括ります。
現役の検察官の方のご教示がいただければ一番幸せで、苦手な長文に挑んだ甲斐があるんですが(笑)、それはまあおいといて皆様の忌憚のないご意見をひろくお待ちしております。

ほかの医療事故刑事裁判はいざ知らず、この福島地検の執刀医起訴だけは刑事過失のないところから起訴しており、起訴便宜主義を最大限認めるとしても、No.77,80のごとくそもそも刑訴法の論理を逸脱している特異なケースと考えますが、法律家諸氏のご意見をうかがいたいです。

逮捕されたがために裁判開始まで手術記録や関係者の証言の検討ができず、執刀医起訴の理不尽さを事実に基づいて指摘できないでいましたが、3回の公判で麻酔医の証言まですんだ時点でこれをはっきり指摘できる材料が揃ったと考えましたので、上級法律家がお集まりのここにいろいろ書きはじめたものです。

で、No77.にも例によって(笑)コメントがつかないので、またまた自分でレスしちゃった(笑)ですが、法曹、警察のかたに限らずひろくこの「福島地検過誤起訴論」についてのご意見をお聞かせいただければしあわせです(笑)。これだけは、どうせぼつだろなんてどうかいわないで(笑)。

またまた自分でレスれす(笑)。

私の質問はかんたんに言うと、福島地検に地元の中学校あたりに刑法の講義にでも行ってもらって、そこで中学生相手に、大野病院の産科のお医者さんが亡くなった患者さんに対して手術でどんな過失犯罪を犯したから検察が起訴して刑事裁判を受けさせることにしたのか、を生徒達にわかりやすい言葉で説明してもらいたい、みたいなものです(笑)。

日本では義務教育を終了すれば全員一応就職して社会人になる資格があるから刑事裁判の存在を教えておく必要性は高いでしょうし(笑)、また中学生の中には将来産科のお医者さんになろうと考えている子もたくさんいる(子供は純ですから)ことだろうから、その子等にとっては進路問題としても関心が高いでしょう(笑)。

福島地検にとっては裁判にまで持ち込んだのだから、起訴した理由を中学生に説明することくらいごく簡単な作業でしょう。

どなたか、福島地検が中学生にこのように説明するであろうという仮説でもいいですから、法律に関しては多分義務教育に毛の生えたレベル(笑)であるため起訴された論理そのものが理解できないこの私に教えてくれる親切な人はおられませんか。

結局自分で書くことにしました(笑)。

いま裁判は検察側証人尋問が終わったんだろうというところです。
次回は被告人である加藤医師本人の番だそうです。

ん?被告人本人の証人尋問?なんじゃそりゃ?
刑事裁判でそんなもの普通ありましたっけ?

どっちが申請したにしろ、刑事被告人には黙秘権もありますし、証言が証拠として採用される以上法廷で証人尋問するというのは黙秘権を否定する結果にでもなれば憲法違反が法廷でまかり通ることになるのではないでしょうか?

ひいては刑事裁判での弁護人のレーゾンデートルにかかる問題のような気がするのですが、おミソな場外おつむの私にわかるように教えていただける親切なお方はどなたかおられませんか(笑)

日本の刑事裁判ではごく普通にあります。

これを被告人質問といいます(証人尋問に非ず、宣誓ナシ)。
被告人の供述(法律上「証言」とは呼ばない)は、有利不利を問わず証拠になります。

黙秘権は、一部又は全部黙っていることができる権利であり、権利は放棄できます。
別に被告人質問をすることが黙秘権を否定することにはなりません(一部の質問に答えたくなかったら黙秘しますと言えば良い)。
黙ったこと自体を不利に扱うことができないというのが黙秘権です。

日本では被告人質問を受けて言い分を述べるのが通常です。
アメリカでは、矛盾が露呈するかもしれないということで被告人質問を受けることは稀です。
実務における考え方の違いであり、法的には両方とも何も変わりません。

> 日本では被告人質問を受けて言い分を述べるのが通常です
> アメリカでは、矛盾が露呈するかもしれないということで被告人質問を受けることは稀です(No.84 psq法曹さま)

矛盾を防ぐためには、弁護側の質問にだけ、答えるという戦術はあります。

しかし、日本の、とくにマスコミには黙秘戦術は受けが悪いようで、和歌山カレー事件で弁護側が黙秘戦術を取ったことを批判的に報道し、
これに触発されたかして、弁護団の事務所に無言電話がかかったり白紙ファックスが大量に送りつけられるといったイヤガラセが発生しました。
黙秘権は憲法上も保障された権利である(憲法38条)というのに。刑事弁護の意味を全く理解していないとしか、思えません。

しかし、そうした無知・誤解は今も世間に蔓延しています。
医師の皆さんは、福島事件を契機として、刑事司法に関して勉強されたことと思います。
あなたの周囲の人たちが誤解していたら、直ちに訂正して、正しい知識を授けてやってください。

No.85 YUNYUN(弁護士)さん

だいぶ昔ですが、リクルート事件で誰だかが黙秘を続けて拉致が開かなくなっているとき、確か裁判官が「この事件は単純な事件で、あなたが事実を話せば解決するんですよ」というようなことを語りかけ、その人が一瞬言葉を詰まらせた、という話を新聞か何かで読み、「ふーん、裁判官がそういうこと言うんだ」と思った記憶が蘇りました。

ネットで検索したら、どうやら松原弘氏のようなんですが、起訴されたわけでもなさそうなので、江副浩正氏の裁判での証人か何かで呼ばれたときのことか…はてさて。

松原弘・社長室長(当時)は、贈賄場面をビデオに撮られてニュースで放映されていたので、完全黙秘のまま起訴され有罪になったはずです。
ビデオありだし、社長室長だし、誰が考えても会社ぐるみと分かるので、「事件が単純」という表現になったかと思いますが。

松原弘氏は起訴・有罪でしたか。

私が気になったのは、黙秘に対して、裁判官が「しゃべればいいのに」みたいな発言をしたという点でした。黙秘権の行使に小言を言っているように思ったので…

>黙秘権は憲法上も保障された権利である(憲法38条)というのに。刑事弁護の意味を全く理解していないとしか、思えません。


ちなみに割り箸事件一審最終弁論で
被告人に発言の場が与えられた際に
被告人が「申し上げることは特にありません」
と述べたところ、検事から
「この場で何か言うべきでないのか」
との抗議があり、 裁判長から
「法で認められているんですから」
と困った顔で静止されてました

おお、みなさんありがとうございます。
ぼけな発言だったかなとNo.83書いた後思ったんですが、皆様ご指導くださって結果的にこのエントリーがあがってくれて感激です(笑)

私がぼけた理由は、ネットで次回は加藤医師本人の「証人尋問」という表現を見かけたからでした。
通常は「自白」していない刑事被告人が法廷で検察側に有利な「証言」することなどありえないから、裁判官が尋問するのかな、と思ったのです。
しかし、検察側の論告(証人尋問含む)の終了後には、弁論の公正の見地からは、次に検察に反対する立場で弁護(弁護側証人尋問含む)が行われなけれるべきで、裁判官による被告人への質問は両論が出揃った後でなければいかんのではないかと思ったから、No.83のようなあまり深く考えてないコメントして皆様のお手を煩わせてしまいました。すんません。

で、この期になっても次回の被告人本人への質問は誰が行うんでしょうか。という点がまだわからないままです(笑)。すみませんがどなたかこのボケな私に教えていただけないでしょうか。

> ネットで次回は加藤医師本人の「証人尋問」という表現を見かけた(No.90 ぼつでおk(医)様)

某周・・で、そのように書いてありましたが、No.84 psq法曹さまのご指摘の通り、法律用語としては不正確です。
・加藤医師本人の「被告人質問」
・この「供述」も重要な証拠になる
くらいのところでしょうか。

> 検察側の論告(証人尋問含む)

「論告」というのは、証拠調べを終えた後で、検察官が事件の処分について述べる意見です(「求刑懲役○年」等は、論告に含まれます。)
これに対して弁護側の述べる意見が「弁論」です。
手続的には、証拠調べの段階と、論告・弁論の段階とは別です。

証拠調べ手続きの進め方は、通常、
1.罪体に関する検察官の立証
2.罪体に関する弁護側の反証
3.情状に関する弁護側の立証
4.情状に関する検察官の反証

検察官の立証が全部終わったのなら、次回は弁護側の反証ということで、
弁護側証人を尋問したり、被告人質問をします。(被告人質問は弁護側が出す証拠の一種と位置づけられます。)
順序としては、通常、証人は被告人より先に調べます。
本件では次回が被告人質問とのことですが、弁護側は証人を申請していないのかな?
事件によっては、証人より被告人を先に調べることもありますが。
どんな証人または被告人を、いつどのような順序で調べるかは、公判前整理手続きの中で予定を決めているはずです。

> 被告人本人への質問は誰が行うんでしょうか

日本のやり方では、
証人尋問でも同じですが、その証人を申請した側が、先に尋問します(主尋問)。
次に相手方が証言を崩そうと反対尋問をします。
尋問の主導権は検察・弁護の当事者にあり、裁判官は当事者同士の尋問が終わった後に、補充的に尋問するのが普通です。
その後で、また当事者が訊くことを、再主尋問・再反対尋問 等といいます。

前述のように、被告人質問は弁護側が提出する証拠ですから、弁護人が先に質問します。
被告人は証人とは異なり、黙秘権があるので、法廷では自分の言いたいことしか、発言しなくて構いません。
弁護人と被告人とは事前に打ち合わせをして、弁護人は被告人が答えたくないような質問は決してしませんが、
検察官や裁判官からは何を訊かれるか分からないので、答えたくなければ「黙秘します」と言って、答えないでいることもできます。
もっとも、裁判官は、被告人の答えの内容だけでなく、どんな質問に対して答えたか、答えなかったかについても、心証評価の対象とします。

>No.91 YUNYUN(弁護士)さん
コメントありがとうございます。流れはわかったような気がします(笑)。弁論の進め方については得心できました。

ところが最後の一文

>もっとも、裁判官は、被告人の答えの内容だけでなく、どんな質問に対して答えたか、
>答えなかったかについても、心証評価の対象とします。

の「心証評価」について特にこの裁判では引っ掛かりを感じます。

というのは、この裁判では裁判長が途中で交代しています。
心証とはまさに個人的なものであり最終的に心証でもって判決されるのであれば、起訴自体が適切であったかどうかが検察内部でも疑問視されているといわれるこのような裁判では、検察がわの証明過程の心証が最も重要な判決根拠となるのは明白でしょう。
ところが、公判前整理から指揮していた裁判長は、検察側の起訴事実の証明のために最も重要な検察側証人である手術の目撃者の証人尋問がすべて終わって、先に述べた重要な心証を持ったまま転勤してしまいました。
この裁判のヤマとなる「心証」が裁判から消えたわけです。
心証は完全に個人的なものでしかも裁判官は個々に独立して自分の心証だけで判決を下してよいといわれています。
交代して着任した裁判長も前任者の心証にまったく影響を受けないことが当然予想されます。
そうなると、ひとつの刑事裁判が二つの異なる心証によって裁かれることになりますが、これで裁判官心証主義の裁判の正当性について生じる合理的疑いをどのような説明で合理的に解消できるのでしょうか。

> この裁判では裁判長が途中で交代しています。
> 重要な心証を持ったまま転勤してしまいました。(No.92 ぼつでおk(医)さま)

鋭いご指摘です。
裁判官の交替は、どんな事件でも問題になるところです。
裁判官は3年くらいの間隔で全国を転勤して回っていますから、3人の合議体のうち、毎年誰か一人は代わっていくということも、ごく普通にあり得ます。
転勤をさせる目的は、どの組織も同じで、昇進等の人事と、一箇所に長く置いて癒着腐敗することを防ぐためです。

裁判官が転勤で交替した場合でも、個々の裁判の手続きはそのままどんどん進行していき、やり直しはしないので、新しく来た裁判官は、それまでの事件記録を読んで、心証形成するしかありません。証人尋問の結果については、速記録か録音反訳が作成されています。
日本の裁判官は優秀だし、書記官がきちんとした記録を作っているので、記録だけでも誤りのない裁判をできるのだ、というタテマエです。
しかしやはり、そんな紙に書かれたものよりも、証人の話を直接に聞いて、心証を形成してほしい、そのほうが、正しい裁判をできるのではないか、というのが訴訟当事者の気持ちではあります。

裁判所のしくみ上、転勤を無くすることは不可能であるため、転勤時期に当たったら不運としか言いようがなく(逆に、ラッキーする人もあるかもしれませんが)、当事者の側には如何ともし難いことです。
実際の運用においては、できるだけ弊害のないように、重大事件が掛かっている時はあまり動かさないようにするとか(特に、3人のうち主任の裁判官は)、
重要な証人の尋問は4月以降に遅らせるとか、裁判所も努力はしています。
裁判を早く終わらせたい、できれば1年以内に、という目標には、転勤に引っかからないようにするという意味もあると言えます。

No.91 YUNYUN(弁護士)さん
>本件では次回が被告人質問とのことですが、弁護側は証人を申請していないのかな?

弁護側証人として、大物の周産期医療専門の医師2人が予定されているようです。

第6回公判の検察側鑑定医としての証人に対する弁護側反対尋問の一部を、周産期医療の崩壊を考える会より抜粋
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi

弁護1: 最高裁判所の医療問題訴訟委員会から学会に対して、鑑定医候補者の推薦に関して協力依頼があり、学会医会あわせて二百数十名の鑑定医団があることはご存じですか

検察1: 異議あり、鑑定人の弾劾です。

弁護1: 鑑定人の証言の資質を明らかにするためです

裁判長: 異議を却下します。つづけて

弁護1: 二百数十名の鑑定医団には、大学の教授、准教授、講師らが専門分野にわかれて鑑定人を引き受けるということになっているのですね。

証人: そう思う

弁護1: 先生は、婦人科腫瘍の分野で鑑定人候補者になっていますね。

証人: 昨年までは

弁護1: 先生は、周産期では鑑定人になっていませんね

証人: はい

弁護1: 周産期医療に関することで、産婦人科の専門医の知識で書くということについて、先生は言われたということですが、それに対して警察官は何も言いませんでしたか

証人: 言っていませんでした。

弁護1: わが国の周産期の専門家で、先生が信頼をおく方にはどういう方がいらっしゃいますか

証人: 名前を挙げるということですか

弁護1: はい

証人: 東北大学の岡村教授、福島県立医大の佐藤教授、北里大学の海野教授、昭和大学の岡井教授、名誉教授ですが大阪大学の村田名誉教授、九州大学の中野名誉教授、宮崎大学の池ノ上教授です。

弁護1: 本件についてそのような方が鑑定書を書くのがより適切だとお考えになりますか

証人: そう思います

弁護1: 先生が名前を挙げた、東北大学の岡村先生、宮崎大学の池ノ上先生には、弁護側の意見書作成をしていただいているが、証人はご存じですか

証人: いいえ

思わず噴出してしまった。

#94 うらぶれ内科さん

> 弁護1: 先生が名前を挙げた、東北大学の岡村先生、宮崎大学の池ノ上先生
> には、弁護側の意見書作成をしていただいているが、証人はご存じですか
>
> 証人: いいえ

私も、このくだりを読んで思わず椅子からコケてしまいました(苦笑)。

なぜ、こんなことになってしまったんでしょう。警察や検察も学会医会推薦の鑑定団のなかから意見を求めれば良かったのに。

相手にされなかったのかな〜。

> 弁護側証人として、大物の周産期医療専門の医師2人が予定されているようです(No.94 うらぶれ内科さま)

弁護側の証人予定はどこかで公式に発表されていましたか?

「周産期医療の崩壊をくい止める会」HPの「第四回公判について(07/4/27)」に、今後の予定として、
> 8月31日(金)、9月28日(金) :弁護側からの証人尋問
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%BB%CD%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F4%2F27%29

ここには具体的な証人の氏名が記載されていませんが、
弁護側提出の医学的意見書の作成者数名のうち、誰かを証人申請するということは、ありそうですね。

No.96 YUNYUN(弁護士)さん

そういうことでありましたか。どうも小生の理解が不正確でいけませんですね。

今回の検察側証人が、弁護側鑑定医が誰であったか知らなかったとしても、そう変な話ではないわけですね。立場上弁護側の情報をすべて知っているわけではないのですから。

いまさらですが「くい止める会」の第6回公判傍聴記録を読みました。

ここでつくづく思ったのは、鑑定の方法に問題がありすぎると言うことです。

弁護1: 広い部分というのは抽象的だが、先ほど検察官から示された写真に斜線で書かれた範囲は、全体からみると、必ずしも広くは見えないですが、それは主観的な評価の問題なんですね。そこにあったという前提で書かれているのですね。

証人: ・・・(・・・はい? 聞き取れず)

弁護1: 癒着胎盤の程度について、二分の一程度であると。それは、絨毛が子宮筋層の二分の一まで入り込んでいたということをお書きになったのですね。あるいはそういうS鑑定の結果を前提に書かれているのですね。

証人: はい

弁護1: 今の二分の一程度、子宮筋層に入り込んでいた、とお考えになっているのは、先ほど写真で示された、どの部分なのですか? 斜線が全部、そうだということですか

証人: そうは思いませんが、あの部分の枠の中だと思います。

弁護1: 先ほど検察官が示した癒着胎盤の甲6添付の写真No.5、証言、えー、S写真の貼付の写真5,青い斜線がひいてある、この部分が癒着していたということですか

証人: はい

弁護1: で、この部分のどの範囲が二分の一と考えているのですか

証人: それは、わからない

弁護1: わからない。では、写真3、ここでも青い斜線がひいてありますね、これが癒着の範囲であると。では、この部分のどの範囲が二分の一ですか証人: それは私が鑑定書を書いた段階では、わかりませんでした。

弁護1: わからないのに、先生は二分の一はいっているという前提にお書きになったのですか

証人: それはS鑑定に、二分の一入った嵌入胎盤と記載があったからです。

弁護1: 二分の一、絨毛が子宮筋層に侵入している嵌入胎盤と、S鑑定には書いてありますね。先生はそれを前提に、困難とか、そういう癒着胎盤だという判断をされたわけでしょ。ですから、二分の一の範囲はどこか、というのは、極めて重要、先生の鑑定意見を書くにあたって、重要なことなわけです。そうですよね。ですから、どの部分ですかとお訊きしているのです。

証人: わからない

弁護1: わからない、というよりも、S鑑定で、二分の一、絨毛が子宮筋層に入っていた、そして癒着胎盤の範囲はここである、と書いていたから、むしろ先生の鑑定書の記載は、癒着をしている部分は、二分の一、癒着をしていることを前提に書かれているのではないですか

検察1: 証人はS鑑定を参考にした、他のことも考慮した、それだけで鑑定したとは言っていない。

弁護1: 異議は理由になりません

裁判長: 棄却します

弁護1: 先生は、他のことも参考にして、子宮筋層への侵入への程度を判断されたと。では他の何を参考にして子宮筋層への程度を判断されてますか。侵入の程度については。

裁判長: 異議だったら、はっきり言ってください

検察1: 程度については、剥離困難の程度において、他のものを参考にしたと・・

 引用長くてすいません。ここの記載を読んでいてつくづく「後出しジャンケン的な鑑定」だなと思います。病理の結果を見て、この時の所見が癒着だったとかそうでないとかいうのは簡単です。難しいのはそう言う確定できる所見がないときの診断でしょう。
 こういう鑑定が無くならない限り、判決に対する医師の不満は収まらないでしょうね。田中教授の医師としての見識を疑う鑑定だと思います。
 というか、警察・検察もこのような方法での鑑定を依頼するのはやめてもらいたいものだと思います。

前回鑑定人の証言があり、検察が審理全体を公判前整理以前に無理矢理巻き戻した感があります。
これまでの証人尋問でわれわれも憶測抜きで議論ができるようになりましたが、そうなってみると検察がこれを事件として立件する際に「いやちょっと待てよ。報告書を読むと過失っぽく書いてあるが本当に事故じゃなくて事件なのか、慎重に広く意見を聞きながら十分調べてからじゃないと」とは考えてなかったのだということが、この経過に現れています。

同じ議論を繰り返すことがばかばかしくなっていますが、これが検察の本当の狙いなのでしょう。いろいろとごねてむやみやたらに引き延ばし、相手の疲労困憊につけこんでことをすすめてしまうという老獪狡猾さを感じます。いまふうにいえば「鈍感力」ですか(笑)。

さいわいモトケン先生のおはからいでここには過去ログのすぐれた議論が保存されています。
次回公判が近いので、そのひとつで昨年10月ごろにぎろんされていたものを、検察側弁護側傍聴者のみなさんへの注意喚起(笑)の意味で貼っておきます。さすがのスゴイ内容だと思いましたので。

http://www.yabelab.net/blog/medical/2006/10/04-150649.php

もうひとつ、この裁判の持つ意味について佐藤章先生が書かれたページを貼っておきます。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=7%2F21%CA%DB%B8%EE%C3%C4%A5%D7%A5%EC%A5%B9%A5%EA%A5%EA%A1%BC%A5%B9

100ゲト、かな(笑)

私見を述べておきます。

わたしはこの事件こそが医療と司法の関係においてもっとも根源的な問題を提起していると思います。

医も法もその求めるところは「理」にあります。
特に刑事司法においては理非曲直を明らかにすべきです。
しかるに、日本の司法においては「利」に拘泥するあまり「理」が軽視されていると思います。
その最たる弊害を体現したのがここの検察が医療における「利」だけを見て「理」を完全に無視した立件であると思っています。

この事件は今は亡き(笑)m3で詳細に論じられていました。
公判開始以前は警察が医療記録も証言も供述も全て抑えてしまっていたので、守秘義務の関係で医師限定の非公開のm3でしか突っ込んだ議論はできなかった。非公開のm3内の書き込みの内容を公開のブログや掲示板に転記しないという会員の原則も概ね守られていたため、公開である他所より専門的に深い議論が行なわれていた。

公判が始まって鑑定人の証言まで裁判で明らかになり医療記録守秘の必要がなくなったいま、あの議論を非公開の枷を外して今からでも参照に用いることができれば、「真実」を明らかにするのに大いに資するであったろうに。

m3がマスコミから圧力を受けたとはいえ過去ログを消去削除した軽挙妄動が、結果的にどれだけ医の倫理を踏みにじってくれた行いであったことか。(まあ今となってはああいうお里の知れたm3などどうでもいいが)

かつてm3に意見を書いた覚えのある医師は、この裁判の経過に注意を集中して欲しいです。

あの逮捕の時(これは検察が指示して逮捕状をとらせた逮捕でしょうが)警察検察が「われわれは患者の目線で捜査している」と語るに落ちたとおり、この起訴が「患者の目線」で初めて医行為を傷害行為とみなす愚劣な裁判を要請した、当時の検事正の軽挙妄動によってこそ始まったものだということが、裁判の経過ですでに明らかだと思います。
医学的検討においては大多数の医師が刑事罰相当の過失はないと認めていますから。

医師の犯した医療過誤事件ではなく、誤った捜査をもとに立件起訴した福島地検の(犯罪的)過誤起訴事件でありましょう。

そういう事件であり裁判ですが、はたして福島地方裁判所は本来の業務倫理にもとづいて、法に照らしてこの検察を裁くことができるのでしょうか。

この裁判で注目すべきは、司法が「患者の目線」から派生してくるお門違いの騒音に惑わされることなく、理性的に正しく機能するのか否か、の一点のみだと思っています。

いよいよ明日公判ですね。
よくわかりませんが主たる質問者(尋問者?)は裁判官なのかな。
とりあえずアゲ。

> よくわかりませんが主たる質問者(尋問者?)は裁判官なのかな(No.103 ぼつでおk(医) さま)

本エントリNo.90-91あたりをご参照ください。

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報道より、
今後は、捜査段階での被告人調書の信用性が争点となりそうです。

◆朝日com マイタウン福島 2007年08月31日
手術・調書確認に迫る
http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000000708310004
加藤被告は捜査段階での供述内容を翻しており、検察官調書の信用性が争点の一つ。検察側は、加藤被告の供述に
強制はなかったとしているが、弁護側は取り調べに問題があったことの立証も試みる方針だ。

◆朝日新聞 2007年08月31日11時09分
被告の医師が検察調書を否定 帝王切開手術中の死亡事件
http://www.asahi.com/national/update/0831/TKY200708310122.html
加藤被告は「クーパー(医療用ハサミ)を使えば胎盤の取り残しもなく、子宮も傷つけないと判断したと説明したが、検察官には理解も納得もしてもらえなかった」と述べ、検察調書を否定した。加藤被告は、取り調べ段階では施術が不適切だったと供述していたが、初公判では「適切な処置だった」と主張した。

>取り調べ段階では施術が不適切だったと供述していたが、初公判では「適切な処置だった」と主張した。

施術が適切だったかどうかはそれこそ客観的証拠や鑑定人の意見が重要なはずで、本人の供述が問題になるとは思えないのですが・・・・。裁判てほんとに不可思議ですね。

いや、本件の場合、被告人も 医 師 ですから、ちょっと問題です。
一人の専門家が、現場における(プロスペクティブな)判断として、「過失ある」という意見を述べたことの、歴然たる証拠というわけで。

YUNYUN先生

>一人の専門家が、現場における(プロスペクティブな)判断として、「過失ある」という意見を述べたことの、歴然たる証拠というわけで。

ただ、本件医師は専門家ではありますが、立場としては一人の被告に過ぎません。捜査段階の供述というものは、自由・客観的な立場・状況下で述べたわけではないでしょう。

単に専門知識を持っていることで、刑事裁判において、捜査段階の供述を専門家が行ったものとして重点を置かれるという、他の刑事被告に比して不利益とも思える取り扱いを受けるのは、私のような素人には裁判の公平性を欠くように思えます。

不公平かどうかという観点で言えば、
他の一般の刑事被告人が捜査段階で供述した内容も重視されますので、そうそう不公平でもありません。
裁判官という人種は、公開法廷の目の前の被告人が嘘を付いていることと、その被告人がどこかの密室で他の人に取り調べられた際には正直にしゃべったということは、よく解るのです。

もし、裁判官の心証の起点が、YUNYUN先生の言っておられるようになってしまうかも知れないと考えると、すごく心配です。
極度の緊張状態でギリギリの選択を迫られ、直後においては、充分な確信がなかったところでの悲しみに満ちた自己表現であり、後に冷静になって考えてもあれ以上の対応はなかった。
そのように、裁判官に理解していただければと、祈るような気持ちです。

YUNYUN先生

供述調書を見たわけではないけれど、漏れ聞くところによると手術を中止するべきであったかどうかとか、胎盤を無理やりはがしたかどうかとか言うような被告の主観に関することで、事実関係の供述ではないようですね。

こんなのはプロスペクティブには供述どおりに考えていたとしてもレトロに考えてみたらすべて正しい処置であったといくらでも訂正できるのではないでしょうか。実際こんなことは医療現場では日常的なことです。疑心暗鬼で処置を続けたが、後で調べてみたら正しい処置だあったと。つまり問題の性格からして供述調書に客観的な証拠価値はないと思えるのですが。

結局この供述は他の証拠や鑑定意見により「剥離を中止するべきであった」「手術を中止するべきであった」という判断が出て、初めて被告の認識がどうであったか問題となるということでしょうか。

それにも増して前々回の公判の検察側証人の病理医は、鑑定意見を変更したようで。

逆に言えば、(以下YUNYUNさんの表現のアレンジ)
「裁判官という人種は、公開法廷の目の前の被告人が本当のことを話しているのか、その被告人がどこかの密室で他の人に取り調べられた際には無理にしゃべったのかということは、よく解るのです」

そういう意味も含まれていると解釈してください。

YUNYUN先生

>裁判官という人種は、公開法廷の目の前の被告人が嘘を付いていることと、その被告人がどこかの密室で他の人に取り調べられた際には正直にしゃべったということは、よく解るのです。

信じないわけではないですが、医師もいろいろ、検察官もいろいろ、弁護士もいろいろですからね。裁判官もいろいろではないかと思うのですが・・・。

裁判官は職務上そういう面は一般人より鍛えられているでしょうし、殺したか殺していないか、盗んだか盗んでいないかという普通の刑事事件の白黒判断では、ウソか本当か二択ですから見抜きやすいでしょう。

しかし、今回は治療の妥当性の問題ですので、本人の中でも葛藤や揺れはあって当たり前だと思われます。しかも、一人医長として我が身を削り全てを投げ打って過酷な医療行為に取り組んできた果てに、マスコミなどの前でさらし者にされた上、多分メンツがかかっているであろう福島地検の必死の追及の受けたのですから、その心中は察するに余りあります。

全ての刑事事件に携わる裁判官が、そうした特殊な状況の中でされた、正解がないかもしれないグレーゾーンの供述の妥当性を、そうした状況を踏まえた上で正確に見抜ける能力を持っているとすれば、奇跡と言うほかはありません。それだけ能力の高い裁判官が揃っていて、なんで「トンデモ判決」といわれるようなものが出るのかな?民事にも少し人を回してあげればいいのに・・・。

ただ、別スレの春日井市の飲酒・信号無視による死亡事故の判決を見ていると、その奇跡も俄かには信じがたいのですが。

第7回公判の傍聴記が見られるようになっています。
http://lohasmedical.jp/blog/2007/09/post_827.php#more

途中までなんですが、この時点でもう検察官の尋問趣旨が前回公判の検察側鑑定書のどの点を「証明」しようとしているのかよくわからんなという気がします。まあ全部出るまで論評は控えるべきかな。
とりあえずあげときます。

被告が癒着を疑ってなかったといってるのに、執拗に疑っていただろといわせんばかりの尋問。読んでるだけでもうんざりですね。取調べ中だったら、私には耐えられないでしょうね。加藤先生は我慢強いですね。さっさと黙秘権を行使して切り上げさせれば良いのにと思ってしまいます。

何時間もかかる尋問・・・普通の人だったら耐えられないだろうな・・・。
人間、誰でも勘違いや間違いあるのに、尋問中の検察ってそれすらも「嘘つき」呼ばわりするんですかね?第七回公判の模様を見てそう思いました。なんだかヤクザとかと変わらないような気もします。自分たち(検察官)も完璧な人間でないだろうに・・・・。完璧な人間がいたら見てみたいですね。

ロハスブログでは傍聴記が完結したようです。周産期医療の崩壊をくい止める会のほうでも傍聴記の掲載が始まりました。

検察官の訊問を見て疑問に思ったのは、このエース検事は被告人の過失を証明するにあたって、果たして民事過失と刑事過失の違いを区別して訊問しているのかという点です。各質問に彼の要求するとおりの返事をしたとして、それで患者死亡(ここでは失血死)に相当因果関係が認められる「刑法で処罰されるべき行為における過失」が証明されたことになるのでしょうか。

たしかに最近民事賠償の医療裁判の判決文でも注意義務違反や回避義務違反の過失という用語にお目にかかることが多くなり、わかりにくくなりました。しかし素人なら誤解も仕方ないですが、法律のプロがしかも刑事専門の検察が過失を立件する際に相当因果関係の証明に捜査を尽くさないままで裁判を要請(起訴)してもいいのかという疑問、そもそもあの公判前整理はどういう目的で行なわれたものだったのかという疑問などが、次々に湧いてくるブログの読後でした。

いろいろ有意義な議論も多くありました。
しかし、理論より実際をこの裁判でみてしまうと法への信頼は崩れます。それでも結果悪ければ訴えられる(民事でも刑事でも)可能性をここで言うのはただの周回遅れの議論なんでしょうか。
もちろん、判決はわかりませんが、どっかの先生から聞いたお話をもとに小学生が別の先生の間違いを指摘する、そしてその先生は裁判にかけられ、勾留され、解放後も行動を制限をされ、職業人としてダメージを受けた。
鑑定医の問題とか、いろいろなここでの議論がふっとぶような現実をみせられている気がします。

次の公判が近づいてきましたのでアゲを兼ねてコメント致します。

検察捜査のあり方が問われているという点では光母子殺害事件と同じであると思います。

しかし法治主義を社会にとって有益たらしむる実務(法の執行)の観点からは、二つの刑事事件における検察の論告裁量の正当性はまったく逆の評価判定を受けるでしょう。

すなわち山口地検は合法(裁量として許される範囲内)的、福島地検は違法乃至脱法(裁量の範囲を越えた恣意に基く拷問的捜査)的である、と。

山口は犯人が明らかな母子殺害事件であり、検察のミスは少年法の適用を受けると思い込んでしまった勘違いに起因するものでしょう。

これに対し福島では、手術という非日常的危険行為中に起こった不可抗力の事故死を、専門医の術技そのものに過失の「冤罪」を行い「業務上過失致死」とした刑訴法の解釈のミスが第一。ここで熟慮検討すれば(1年近く時間はあった)解釈ミスに気づいたはずだがなぜか逃亡も隠匿の恐れもないのに逮捕勾留し起訴した。この第二のミス(執行)によって開かれた福島の刑事裁判は、結果的に憲法によって検察に許される裁量の範囲を大きく逸脱したものになったことは明らかでしょう。

とりあえずこのコメントでアゲておきます。

明日の公判は本来前回行われるはずだったものが検察の当を失した内容の過剰訊問による時間超過のため延期された弁護側反対尋問であります。
アゲをかねて、くい止める会HPの記載を2,3参考のために内容を一部抜粋して貼っておきたいと思います。

1.http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%B0%EC%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F1%2F26%29
・・・福島地検側は公判終了後、新聞報道であるが次のように発表した。

「我々としても医療関係者が日夜困難な症例に取り組まれていることは十分認識している。しかし、今回の事件は、医師に課せられた最低限の注意義務を怠ったもので、被告(原文ママ)の刑事責任を問わねばならないと判断した」とする異例のコメントを発表した(新聞報道)。

 以上が、1月26日(金)の第1回公判と記者会見の様子を記載しましたが、個人的な意見ですが、検察側は、我々弁護団が提出した、一般的教科書や論文を証拠として提出しても殆ど不同意としていること(今後これが重要なポイントとなる)、公判後発表したコメントの中に、「今回の事件は医師に課せられた最低限の注意義務を怠った」としているが、癒着胎盤という稀な疾患で、予見することが非常に困難な疾患であることを考慮に入れていない、医学的知識不足の発言、また、公判の起訴状朗読の際、「臍帯」(サイタイ、と通常いう、セイタイでも誤りではないが)を、堂々と「ジンタイ」と読んで弁護団より注意されたことも考慮にいれると、検察側はもっと医学的に勉強していただきたいと強く思った次第でありました。

 患者さん側も、この裁判で、患者さんの死の真相を明らかにしてくれといっているのですので、我々も同様であり、医学的に解明してもらうためにも、教科書、参考書、論文等の証拠の提出を検察側には同意してもらいたいと思うと同時に、裁判官も医学的にこの事件について追究して判断してもらいたいと強く思いました。

2.http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%BC%B7%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F8%2F31%29
・・・また手術開始後、前回帝王切開創が見えていたのではないかと聞いてきた。なぜそれが問題になるのか、前壁に付着していた胎盤は癒着しておらず、すんなり剥離しているのに、なぜ問題にするのか、私には理解できなかったし、手術をしたことのない人が、帝王切開をしたことがあるようなことを言って質問することに大きな疑問を感じた。

3.http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%B7%C7%BC%A8%C8%C4%A3%B3
検察は謙虚になるべきだ。「伝説の鬼検事」田中森一氏が語る。 - 加藤氏応援団 (2007年09月26日 02時27分10秒)

[検察は謙虚になるべきだ。]

「伝説の鬼検事」田中森一氏産経新聞平成19年9月25日3ページ

 「特捜のエース」「伝説の鬼検事」。そんな勇名をほしいままにして辣腕をふるい、弁護士に転身後は、詐欺事件で刑事被告人となった田中森二氏(64)。今年6月、激動の半生をつづった「反転闇社会の守護神と呼ばれて」(幻冬舎)が出版され、一躍ベストセラーとなった。その田中氏が産経新聞のインタビューに応じ、検察捜査の問題点などについて語った。真の「正義」はどこにあるのか。古巣への愛憎をにじませる鋭い物言いは、レクイエム(鎮魂歌)のようにも聞こえる。   (酒井孝太郎)
・・・本文は当該ページにあります・・・

あの検察の尋問は、おかしいですよねー。
どう考えても。
まあ、こんな事件で逮捕する位の検察だから。
その位の事はしても当然なのかもしれませんけどね。

ところで、話は変わるのですが。
おかげさまで、先日お願いした無料レポート
「医者のホンネが丸わかり!(改)」
http://www.gekizou.biz/report.php?aid=1971&cid=9539
が完成しました。
自分で言うのもなんですが、たくさんの方の
ブログが紹介できて、良いレポートになったと思います。

某サイトには、あまりログインされておられないようなので。
私の判断で、許可を頂く前にこのブログも紹介させて頂きました。
事後承諾になってしまってすいません。

本当にありがとうございました。
今後とも、よろしくお願い致します。


>No.119 ぼつでおk(医) さん

 たしかに異例のコメントですね。

 率直な印象としては

 なんか、言い訳がましいのではないかな

 というところです。

>No.121 モトケン 先生
コメントありがとうございます。

>なんか、言い訳がましい

われわれもみなそのように思っております。
仮に検察が確信が持てなかったとして、逮捕までは起こりえるミスとして容認できないでもないですが、取調べを行って供述も犯行事実も明らかに出来ていないというのに保釈も認めないまま起訴してよいものでしょうか。
すなわちもとより裁判所は捜査や調査をする機関ではないのに、検察自身がやるべき仕事を裁判所に丸投げするのでは、検察としての職業倫理にもとるのではないかという気が致しております。
福島県立医大佐藤章教授が書かれたあのコメントは、まさにその点を指摘しておられるものだと思います。

No.119 ぼつでおk(医) さん

個人的な意見ですが、検察側は、我々弁護団が提出した、一般的教科書や論文を証拠として提出しても殆ど不同意としていること(今後これが重要なポイントとなる>

検察側証人の鑑定書の中に出てくるのですよね。検察側証人の参考文献なるものが。
産科2004年研修ノート
とはっきりと書かれております。
裁判が始まる直前に、検察側の参考文献なるものが話題になったことがありましたが、これでは弁護側の申請した文献を不同意とせざるをえないようでした。


>No.123 うらぶれ内科 さん
コメントありがとうございます。

おっしゃるとおりだと思います。しかし、医学的に事実かどうかを文献をもとに明らかにしようという時に、医師が提出してくる文献を認めないということなどあっていいのですかね。
佐藤教授が福島地検に「医学をもっと勉強してくれ」と注文つけておられるのはまさにそのことですね。

(No.119は書き方が悪くてわかりにくかったですが、1.、2.の内容はすべてくい止める会HPの佐藤章教授の文章をコピペしたものです。1.は第一回公判、2.は第七回公判、3.は掲示板から抜粋コピペ致しました。)

> 保釈も認めないまま起訴してよいものでしょうか(No.122 ぼつでおk(医) さま)

現行法では保釈は起訴後しか認められません。
ご趣旨は、「身柄拘束(勾留)したまま、起訴してよいものでしょうか」ということであろうと拝察いたします。

人質司法と呼ばれる現象に対する批判は、弁護士会でも以前から主張しておりますが、世間の理解は乏しいです。
(悪いことをしたやつは捕まえろ!という「世間の声」)
大野事件をきっかけに、医師の皆さんには、そのあたりの理解が進んだのではないかと期待するものです。

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> 検察側は、我々弁護団が提出した、一般的教科書や論文を証拠として提出しても殆ど不同意としていること(今後これが重要なポイントとなる)

弁護団のみなさんはそのようにおっしゃっておられないのでは。

刑事弁護戦術的には、一般文献は不同意にされてもさほど打撃はありません。裁判官が自習する機会はいくらでもあるので。
供述調書の黒塗り開示のほうが大きな問題です。
そのあたりの証拠法の議論は、公判前整理〜第1回公判のころに、別エントリでなされていました。
すみません、今忙しいので検索できない。

>No.125 YUNYUN(弁護士) さん
コメントありがとうございます。

われわれ医師側が指摘しているのは法的手続きそのものではなく、刑事事件として立件するに足る内容の捜査が行なわれていないということです。
検察は刑事罰相当の注意義務違反があったので起訴したと新聞発表しています。裁判ではその事実を論証しなければなりません。
捜査によって学術的な議論を済ませ問題の行為が刑罰を科せられるべき過失であることを論証できてから起訴すべきです。
刑事法廷は本来学術的な議論をする場ではないし、裁判官は医学的判断をする人ではないのです。

すなわち事実を弁論で論証するという作業そのものにおいて検察が捜査段階から根本的に論証法の使い方を誤っていることが、もうすでに明らかになっていると思います。

ゆえにこの裁判における問題はいまや法廷戦術の問題ではないと考えております。

第8回公判は弁護側証人の胎盤病理専門医先生に対する証人尋問でしたね。勘違いしてました(笑)。

ロハスメディカルブログのほうに傍聴記が公開されています。
とりあえずアゲをかねて貼っておきます。

http://lohasmedical.jp/blog/2007/09/post_863.php#more

周参期医療の崩壊をくいとめる会にものりましたね。今回はまとめだけのようですが。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi

検察側は中山証人の鑑定の問題点について正面から突っ込めていない様子。どうやら、まともに検察側にsuggestしてくれる医師がいないようですね。

すぐ下がってしまいますので、アゲがてら(笑)に有名産婦人科ブログの記述を(ここでの公判内容を検討する議論の中心からは外れますが)以下にコピペさせてください。

>県立大野病院事件のその後 産婦人科医逮捕事件について
http://obgy.typepad.jp/blog/2007/10/post_aeed.html

この頃は私たちもまだ不勉強で、そんなになると思っていませんでした。
みなさまに一言、本当に大切なことなんですが、申し上げるとしたら、
『あなたには黙秘権がありますよ』といわれたら、その時点で弁護士を
呼んでください。よくわからないんですが、この『黙秘権がありますよ』
は逮捕しますよってことらしいです。というか逮捕される人にしか言わない
みたいです。

一般人を含めて、私たちはそんなことまったく知らなかった。
いま考えれば、その時に弁護士を呼ぶべきでした。
逃亡の恐れがあるから、という逮捕の理由にはまったく同意できませんし、
その日だって彼は回診に朝いってきた所で、『取調べがあるから〜その間の
留守番、お願いします』って大学に電話をかけてきたくらいの気楽さで。

裁判官がまず、拘留延長理由をいう。
『これでいいですね?』ってまず検察に訊くんです。
『弁護士は意見ありませんね?』みたいな感じで。
あっという間に何も反論できないうちに終わってしまいました。
呆気にとられた瞬間でした。裁判官と検察はグルだ、とその時に
気がつきました。あの人たちグルですから(笑)。みなさん、
本当に気をつけてください。
>(コピペ終わり)

>No.129はじつは某巨大掲示板で見つけて、時間がなかったのでそのまま貼り付けたものです(笑)。
さきほどリンク先へ行ってやっと読んだんですが、あれは福島県立医大の佐藤章教授の講演内容の抜粋だったのですこし驚きました(笑)。
コメント欄もありまして、ここでおなじみの方々のご意見も読むことが出来、さらに勉強になってなんだかありがたかったです。
取り急ぎご報告まで。

No.129、No.130
法律家のモトケンブログで、さすがにこれは放っておけませんな。
1 黙秘権は、被疑者として取り扱った時点で告げる。
在宅であろうが身柄であろうが告げる。
仮に何回か事情聴取を受けているなら、告げられているはず。

2 逮捕状を用意して初めて任意同行を求め、取調べをするならそのときに告げる。
 事情を聴かずにいきなり逮捕状で逮捕するなら、直ちに弁解録取をしますが、その際に弁護人を選任できること、黙秘権を告知する。
 弁解録取書の書き出しは、「言いたくないことは言わなくて良い(権利がある)ことは分かりました」などと書いてあり、それを読み聴かせられて署名する。

3 拘留は正しくは「勾留」のことですが、勾留理由開示は弁護人や被告人の申し立てで開かれます。
 そもそも勾留は裁判官が認めて、それを検察官が執行しているという関係にあるので、申し立ての相手は裁判官になります。
 で、その勾留理由開示は関係者の都合がつく日に開かれますが、勾留延長前であることもあれば、勾留延長後になることもあります(申し立ての時期にもよる)。
 勾留延長の理由開示というのは存在せず、おそらく勾留理由開示がたまたま延長後に開かれたために誤解している。

4 勾留延長は検察官が延長前に書面で請求し、裁判官が一件記録を見て判断している。

したがって、No.129のように大きな誤解したということは、
仝〇ヾ韻砲茲觚留延長の請求と裁判官の延長決定が既になされた状態であった
勾留延長後に勾留理由開示の審理がなされたのであろう
8留理由開示と勾留延長をごちゃごちゃに理解していること
を物語っています。

これを書いたのは医療の教授なのですか?
書く前に被告人側の弁護士さんに聞けば直ぐに分かることなのに不思議です。

どなたでもよいから、知り合いの法曹がいたら聴いて見てください(・・・って、ここに法曹は結構いますが・・・笑)

> 勾留延長後に勾留理由開示の審理がなされたのであろう

その通りです。
日程は
 逮捕     2006年(平成18)年2月18日
 勾留決定            2月21日
 勾留延長決定          3月 2日 
 勾留理由開示          3月 6日
 起訴              3月10日
 (満期は11日だが土曜日に当たるので前日の金曜日に起訴)

----
> これを書いたのは医療の教授なのですか?

佐藤章先生は福島県立医科大学産婦人科の教授で、福島事件を支援する「周産期医療の崩壊をくい止める会」の代表をされています。
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/

医師で刑事手続きに詳しい人は、はっきり言って、ほとんど居ませんので、アドバイスを求めるなら、本職の弁護士にしましょう。

>psqさん
>YUNYUNさん

佐藤先生は日産婦常務理事会で

佐藤監事「家宅捜索をすると同時に、3時間だけ警察で事情聴取をしたいというので、それで任意出頭したが、行った途端に逮捕に切り替わった。その時弁護士がついていけば良かったが、我々も逮捕されるとは思っていなかったので、弁護士を連れて行くことを全く考えていなかった」

と発言していますが、この佐藤先生の認識はいかがでしょうか。何らかの誤解はありますでしょうか。

No.133の引用部分の出典
平成17年度第9回常務理事会議事録
日 時:平成18年3月10日(金)15:00〜17:28
http://www.jsog.or.jp/about_us/minutes/pdf/GIJIROKU/h17_09joumu.pdf

> 我々も逮捕されるとは思っていなかったので、弁護士を連れて行くことを全く考えていなかった

佐藤先生の認識は刑事手続きの一般的な現実からすれば大甘なのですが、その程度の認識の人は世間には多いです。

しかし、本件は被疑者が医師であり、今まで医療過誤容疑で医師が逮捕されたケースはほとんどなかっただけに、かえって、逮捕は予想外であったと言えます。
もし仮に、そのときに私が弁護士として相談を受けていたとしても、逮捕の可能性をどれほど予測し得たか・・・ 新聞に「医師逮捕」と出たのを見て、驚きましたもん。
予兆としては、「家宅捜索」という強行捜査があり、警察の並々ならぬ決意が窺えるということがありますが、後知恵ですよねえ。
福島事件の教訓としては、医師も通常の被疑者と同じ、何ら優遇?されることはない。

-----
一般的な話として、
警察から、(被疑者として)「任意で」事情聴取したいから来てくれと言われた時、素直に出頭するか否かは、弁護人としても悩む問題ではあります。
警察がそういう時は、大抵は逮捕状はもう用意されていて、
話を聞くのは念のための確認だけ、「それじゃ容疑が固いようだから、今ここで逮捕するよ。この先は強制取り調べになるからね」とやる。
突然、今夜は帰れませんと言われて、心構えが出来ていない人はパニックになります。それに乗じてドンドン自白を引き出すのが警察の手です。

では、出頭を拒否したら?
任意ですからその時は拒否できますが、
逮捕状は用意されているのですから、そう遠くない未来にパトカーのお迎えが来て、どのみち身柄拘束されてしまうことは必至です。

弁護士としては、このような見通しを説明して、今日逮捕されに行くか、あとで逮捕に来てもらうかを、本人に選択させるしかない。
逮捕→勾留で長期に身柄拘束されることを予測して、仕事の調整など身辺整理をしてから出頭するという段取り。あるいはぶっちゃけ、弁護士の日程から、動ける日にしてもらう。

もっとも、弁護人が警察に付き添って行っても、日本の現行制度では、取り調べそのものには立ち会わせてもらえないので、牽制の意味しかありません。それでも無いよりマシか。
私は少年事件についてですが、任意調べの間、取調室の前の廊下で待機していて、少年が弁護士に相談したいと言う時は直ちに調べを中断して話をさせろ、という方法をやったことがあります。

No.133
「医師」の逮捕(医療行為関連で)が戦後60年間で片手に足りないくらいだと認識していますので、その意味では逮捕自体が異例と言えます。

医師ということではなく、逮捕の手法としては有り得るものなので、佐藤教授の認識それ自体は誤りではないでしょう。

逮捕状を取得している以上、どこでどのように執行するかは捜査機関次第であり、そのやり方で違法とはならない。
一方から見れば「騙し討ち」、他方から見れば「その場で逮捕してもよかったんだが配慮した」ということで、感じ方は立場の違いによるのも大きい。

>No.135 psq法曹 さん

>逮捕状を取得している以上、どこでどのように執行するかは捜査機関次第であり、そのやり方で違法とはならない。

ロス疑惑で被疑者が逮捕された際、警視庁が無数の報道陣の前で被疑者をさらし者にするように連行したことを「違法」とした判決がありましたが、あれは「例外に過ぎない」ということでしょうか?

よく、拘留中の「くさい飯」、といいますが、人権は守られているのでしょうか?衣食住は一般人並みに確保されているのでしょうか?ちゃんと毎日お風呂は入れるのでしょうか?まさか警察の人間は毎日お風呂に入っていて被疑者は入れないなんて非人道的なことは許されないと思うのですがね。
このあたり大いに気になるところです。もし、守られていないのであれば、日本の警察システムの不備になると思うのですが。逮捕された人は善良な市民な訳で、殺人犯とは違いますから・・・。

>No.137 yama さま

警察の留置場では、くさい飯(麦飯)ではない筈です。

私が労務管理の面倒を見ている契約先に持ち帰り弁当屋がありますが、このお弁当屋さんが警察の依頼で毎日人数分の弁当を納品しています。予算や規則の制限でオカズなどは少し質素ですが、ゴハンは店で売る弁当と同じ「白米」です。

また、許可を得て自分のお金で別メニューの弁当を注文できるようで、官の規定通りの弁当以外にも警察署からの連絡(FAX)を見て納品しています。ただし別メニューの注文分は容疑者本人の支払い(実際には警察署が取りまとめて支払う)になるそうです。また、同じ商店街には下着や日用品を警察の留置場に納めている店もあるそうで、逮捕者も金があれば不自由なく暮らせるそうです。

そこの店のオヤジによれば、風呂もちゃんとあるし、タバコも1日に何本か刑事が吸わせてくれる(これは刑事の好意による奢りなんだろうか?)そうです。

また、歯医者をしている同級生が別の警察署の近くで歯科医院を開いていますが、ケンカで折れた歯の治療などで警察に依頼され、留置場に「往診」したことが何回もあるそうです。保険診療だったかどうかは聞きそびれましたが、チャンと治療費は貰えるそうです。

留置場でも「地獄の沙汰も金次第」らしいです。

> 逮捕された人は善良な市民な訳で、殺人犯とは違いますから・・・(No.137 yama さま)

未決囚人である被疑者には無罪推定があるから、という趣旨でしたら、
 × 拘留
 ○ 勾留

拘置所や警察留置場の待遇は、面会や手紙など刑務所よりは自由がききますが、規律がうるさく不便なことに違いありません。
冷暖房はないですし。
風呂は夏期は週3回、冬期は週2回と、シャバの老人ホーム並みにはあります。
刑事施設では総じて医師が不足しており、医療が手薄なのが悩みです。重病にかかったら、助からないと覚悟してください。

------
同じ既決囚人でも、拘留刑は懲役刑よりずっと軽く、殺人のような重い罪を犯していない人だから優遇すべき、という趣旨でしたら、
刑務所の待遇は基本的にどことも、さほど変わりません。
服役態度がよければ、面会や手紙を出せる回数が増えるといった特典が与えられ(アメ)、
規律違反には懲罰として一人部屋で正座させられたりします(ムチ)。
今は収容者数が多いため過密状態で、6人部屋に8人、単独室(三畳)に2人といった具合に詰め込まれているため、皆気が立ってケンカが多いそうです。

なお、交通刑務所など軽い刑の優良受刑者を集めた施設では、建物の扉には施錠するが各房の出入りは自由という半開放の処遇もあります。
最近各地に出来た「社会復帰促進センター」という名称の半官半民の刑務所施設も優良者向けです。

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> 非人道的なことは許されないと思うのですがね。

・被収容者に対しては、法律により身柄を拘束されているという以外に、不利益を与えてはならない
というのが、世界の先進国のスタンダードですが、
残念ながら日本では、未決も既決も一緒くたにして、悪いことをしたのだから苦しませるべきだ、という意見が根強いです。
yama様のように、刑事施設内の人権状況を気に掛けてくださる人は、ほとんど居ません。
弁護士会がわずかに意見を言っているくらいなもので。
刑事施設処遇法案の国会審議のときも、世論は盛り上がりませんでしたねー

まあ、誰しも長い一生、何かの拍子に刑事施設に行かされないとも限らないことを胸の底に置いて、
矯正予算の増額も考えていただければと思います。

> ケンカで折れた歯の治療などで警察に依頼され、留置場に「往診」
> 保険診療だったかどうかは聞きそびれましたが、チャンと治療費は貰えるそうです(No.138 法務業の末席 さま)

その歯科のは、折れたり曲がったりした歯を抜くとかの、応急的な手当てではないでしょうか。

刑務所・拘置所には診療所並みの設備があり、医師を雇っていますが、
警察留置場には基本的に診療設備は無く、治療が必要な人は外部病院に連れて行くのが普通です。
虫歯治療は命に関わらないので、刑務所に行ってからゆっくりやってもらえ、ということになると思います。

刑事施設内の医療は健康保険の適用外で、全額、国費負担(法務省矯正局予算)です。

No.136
私の言った「違法」は、刑事手続として違法にはならないという意味です(言葉足らずでしたね)。

ロス疑惑の件も、刑事手続として逮捕が違法になったわけではなく、民事訴訟でしょうし、たぶん「逮捕が違法」ではなく、逮捕の際に「さらし者にした扱い」が違法とされたのだと思います(判決を読んだわけではありませんが、おそらく)。

私の先のコメントの違法云々は、場面の違うこととご理解ください。

No.137・No.139
1 反対に、比較的新しく(ここ十数年?)なった警察署では、留置場は夏冬は24時間冷暖房だが、刑事部屋は午後5時で切れるので大変という話も聞いたことがあります。
似たようなことを感熱紙(刑)さんがどこかに書いていませんでしたっけ?(勘違いかも)

2 毎日風呂に入るという人権・・・私の独身時代、バス付きのアパートはなく、私の周囲の人も含めて毎日風呂に入っていませんでしたけど、週3回くらい(汗・臭・笑)

3 それから逮捕・勾留されたら、皆同じ取扱いであり、殺人犯でもそれ以外でも、留置場内の生活環境面は法律上平等に取り扱われます。

おっと、ぼつでおk(医)さんのエントリー上げ努力に対する協力コメントになったみたい。

>No.140 YUNYUN(弁護士)さま

ご指摘の通り、同級生の歯科医が往診するのは怪我で歯が折れたとかの応急的な治療らしく、ほとんどがその場限りの治療だそうです。

>刑事施設内の医療は健康保険の適用外で、全額、国費負担(法務省矯正局予算)です。

社労士として社会保険が効かないのは仕事柄知ってましたが、治療費の予算上の出所は正確には知りませんでした。良い勉強になりました、ありがとうございます。

予算の話が出たついでに先の話の弁当屋ですが、とにかく1食あたりの予算が少なく(1食2百数十円?)ロクなオカズを付けられないのが可哀相でサービスしちゃうから儲からない、採算度外視だと言ってます。もっとも、その弁当屋さんは署員相手に朝昼晩に夜食と毎日4〜50食くらいは商売してますので、警察署は大口顧客です。その売上の中から私も顧問料を払って頂いていますので、私にとっても警察署は有難い存在です。

トピズレの話を長々としまして申し訳ありません。

先に出た日本産婦人科学会の平成17年度第9回常務理事会議事録は、加藤先生が逮捕されてまだ1ヶ月も経ってないころの話ですし、そのころこのブログでどんな会話がされていたかを考えれば、まあ仕方がなかろうと思います。
#私自身も何を言っていたことやら…(^^;;

ここに書きますかね。
英米法の樋口範雄先生が法学教室で行っていた連載が単行本になりました。
『医療と法を考える』有斐閣
http://www.amazon.co.jp/%E5%8C%BB%E7%99%82%E3%81%A8%E6%B3%95%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E2%80%95%E6%95%91%E6%80%A5%E8%BB%8A%E3%81%A8%E6%AD%A3%E7%BE%A9-%E6%B3%95%E5%AD%A6%E6%95%99%E5%AE%A4Library-%E6%A8%8B%E5%8F%A3-%E7%AF%84%E9%9B%84/dp/4641125236

素人のおいらには非常にわかりやすく面白く読めました。
大野病院事件にも触れられています(第8章)。
『はしがき』から

医師と法律家が一堂に会して話し合う機会を数多く作ることになりました。その中で、児玉さんの言う、「医師と法律家が相互に理解できない」ところを、私も身をもって体験することになりました。そこから2つの感想が生まれました。
 1つは、法律家は、インフォームド・コンセント法理など、医師に対し説明義務を強調し、患者とのコミュニケーションのあり方を問題視してきましたが、翻って自らを省みると、果たして法律家は、依頼者や、医師を含めた非法律家に、十分な説明をしてきただろうかということ。
 2つめは、問題は説明の仕方ばかりでなく、そもそも法的な思考そのものに問題があるのではないかということ。非法律家からは理解しえないものを、専門的な法律論として駆使してきただけではないかということです。

No134 YUNYUNさん
No135 psqさん

コメント有り難うございました。

ちょっと話を聞きたいと言われ任意で引っ張られた時点で、被疑者として扱われていることを察知できるか……、ちょっと自信ないです……。

psq法曹 さん、YUNYUN(弁護士)さん、いつも法律面からのご解説ありがとうございます。

特にpsq法曹さんNo.142で書かれたご協力(笑)の件、ご賢察のとおりでございます(笑)ので、とりわけお礼申し上げたいです。
わたくしこの裁判にはとりわけ注目いたしておりますんですが、報道が少ないのでどうしてもネットに頼らざるを得ないのですが、このように多くの人がコメントしていただいて談論風発、それを読ませていただけるというのが個人的にはなによりありがたいです。

周産期医療の崩壊をくい止める会
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%C8%AC%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F9%2F28%29
ようやく第8回公判の全文に目を通してみましたが、検察は反対尋問で証人に説明を求めているだけで、ぜんぜん論争になってないと感ずるのは小生だけなんでしょうかね。素人さんに胎盤病理なんて無理ですよ。


>No.141 psq法曹 さん

遅くなりましたが、ご教示ありがとうございます。
逮捕自体が違法になったわけではなかったのですね。
疑問が解消してスッキリしましたm(_ _)m

私はこれまで福島地検の執刀医の業務上過失致死起訴が不当であると主張する理由を、手術中クーパーを用いる行為すなわち産科専門医の技術の真髄と裁量そのものに違法性を認定する「過失認定の誤り」に絞って述べて来ました。検察の刑訴法運用の不適切さは、それでじゅうぶん審理停止できる程度にまで論証されたであろうと考えたからです。

しかし現代法曹界のトップクラスが集うここモトケン先生のブログにおいても、それだけでは現在進行中の裁判を中止する理由にまではならないようですね。

私はそれは法曹界(とりわけ刑事弁護論)自体に於いて過失論、新過失論の議論が経過中だからであろうという気がなんとなく致してまいりましたが、この認識は間違いでしょうか?

すみません例の如くアゲを兼ねて(笑)の質問です。

最近の他のスレに口をあんぐり。。。
ロハスメディカルよりhttp://lohasmedical.jp/blog/2007/10/post_904.php#more

新潟大学田中教授はカルテに
尿潜血±(プラスマイナス)という加藤先生の記述から
癒着胎盤を事前に疑うべきだったと証言していた。
しかし、今日の弁護側証人の尋問では、
田中教授が指した記述の2日後に
尿潜血を再検査したところ、陰性であったとの記述があった
ことが明らかになった。(田中教授への尋問においてはこのように、検察側には都合の悪い部分についてはまったくふれられていなかった。)
本公判に限らず、検察の都合の悪いところは隠す、目をつぶるという姿勢からは、裁判という場においては真実がどうかという議論をしているわけではないことが明白である。

>151うらぶれ内科さん

私も最近の他のレスには ̄□ ̄;です

日経メディカルオンラインに小松先生のコラムが載っています。

http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/series/kikou/200710/504479.html

医療界は、厚生労働省が管轄する医道審という名の下で行政に縛られ、その行政は大臣を始めとする政治にも縛られています。また、司法や警察からの追求については見てのとおりです。しかし、法曹界は法務省に縛られることなく、我々がとれる手立ては弁護士会に懲戒請求を行うことだけのようです。
法曹界と医療界では自律性が違うのでしょうか。新たな組織の確立が必要だと思います。

>No.151 うらぶれ内科さん
>本公判に限らず、検察の都合の悪いところは隠す、目をつぶるという姿勢からは、裁判という場においては真実がどうかという議論をしているわけではないことが明白である。

近代国家における司法の制度は、刑事事件においては、検察は、被告人の犯罪としての公訴事実を主張・立証し、弁護人がこれに対し、合理的な疑いを主張・立証するプロセスとなり、このいわば適正手続きにより、認定された事実(これが言葉をかえれば真実に近いものかもしれません)により初めて、個人の権利が制限されるとするものだという理念でできていると思います。

 その意味では、検察官には、被告人に有利な主張・立証をする必要はありません(むろん、それが妥当かどうかは、具体的な事案により異なりますが)。

 この場合であれば、弁護人が行うべきことであり(田中教授への反対尋問では、触れられなかったのでしょうか?)、現にしていると思います。

>No.152 事務方の星さん
>医療界は、厚生労働省が管轄する医道審という名の下で行政に縛られ、その行政は大臣を始めとする政治にも縛られています。また、司法や警察からの追求については見てのとおりです。しかし、法曹界は法務省に縛られることなく、我々がとれる手立ては弁護士会に懲戒請求を行うことだけのようです。
法曹界と医療界では自律性が違うのでしょうか。新たな組織の確立が必要だと思います。

監督官庁がいない点では、確かに、弁護士会の方が独立性はあるかと思います。

しかし、懲戒請求は、医師で言えば、医道審による資格に関する処分に対応するもので、現在の医道審の対応からすれば、
http://www.mhlw.go.jp/shingi/idou.html
この点では、必ずしも、医師に対する対応の方が厳しいとは言えないと思います。

なお、民事裁判、刑事事件で逮捕等されるリスク等については、弁護士だからといって、特に特別な制度があるわけではなく、比率的に言えば、弁護士の方が業務に関連して刑事事件で逮捕される率が高いかと思います。

認定された事実(これが言葉をかえれば真実に近いものかもしれません)により初めて、個人の権利が制限されるとするものだという理念でできていると思います。
ですから法廷は真実がどうかということを議論するところではないと申し上げたわけです。おっしゃるような観点からではあらかじめストーリーを作り上げ、論証においては都合の良い証拠のみを拾い上げるわけですね。刑を言い渡されるほうはやはり釈然としませんね。
その意味では、検察官には、被告人に有利な主張・立証をする必要はありません
必要なくてもフェアーではありません。フェアーでないということは正義でもありません。

No.154 L.A.LAW さん

>なお、民事裁判、刑事事件で逮捕等されるリスク等について は、弁護士だからといって、特に特別な制度があるわけで はなく、比率的に言えば、弁護士の方が業務に関連して刑 事事件で逮捕される率が高いかと思います。

逮捕されるリスクについて特別な制度がないことは知っています。しかし、扱っているものが医療という不確実なものなので、その意味においてリスクは全く違うと思います。

世界の航空事故に対する事故調査のような犯人探し及び責任追及型ではない「医療事故調」と弁護士会のような医師自らが自律した組織ができることが望ましいと思っています。
(念のため、法曹界や行政、患者や家族の意見や視点を全く無視した組織を望んでいるのではなりません。)

もっと光を!
もっとフェアネスを!!
 
 

No.155 うらぶれ内科 さんのコメントに賛同する場外からの「叫び」であると(66億分の1のw)ご理解ください(笑)。

>No.157 ぼつでおk(医) さん

激しく賛同!66億分の2です。(^−^)

法曹のいう「真実=手続保証or刑訴法上の真実」であって、一般社会でいう「真実=神のみぞ知る真実」と違うのは、これまでの議論で明らかでしょう。
法曹家は、法曹以外の人と話すときはむやみに「真実」という言葉を使うと誤解の元だと知るべきだと思うな

事務方の星さん
○○○○うつっても知らないよ。

>No.160 うらぶれ内科さん

もとより、感染覚悟です(笑) というより、既に感染していると思います。こうなったら、医療関係者を隔離してください(^-^)

No.155 うらぶれ内科 さま

必要なくてもフェアーではありません。

この点については激しく同意であることをまず初めに。


ですから法廷は真実がどうかということを議論するところではないと申し上げたわけです。

訴訟手続が、(神の視点からの)真実 というものに近づくために、人間が作り出した最もコストパフォーマンスの高いシステムである(と、法学者や実務家は思っている)、という点をご理解いただければ、とは思います。
# コストを度外視した場合には、非常に精度の悪いシステムに属することは間違いないです

結果として真実を発見できない場合があることと、はじめから真実などどうでもよいとしている場合とは、区別されるべきだと思います。

おっしゃるような観点からではあらかじめストーリーを作り上げ、論証においては都合の良い証拠のみを拾い上げるわけですね。

検察が客観義務を厳密に守っていれば起こらない事態であり、その意味で検察のやり方は卑怯で姑息だと思います。冒頭に述べたのと同じ文脈で。

ただ、それに対して被告人・弁護人側も対抗手段を与えられていないわけではありません。自ら提出する有利な証拠もあるし、証拠開示を求めることもできるし、偏った証言や鑑定意見は反対尋問で弾劾することもできる。
そうやって両面から光を当てることによって、裁判官の目に 「あるべき形」 を映し出すことができれば、結果的には 「不正義」 はないと思うのです。

で、今回の大野病院事件でも、被告人・弁護人側からのライトは、十分な光量で、的確に当てられているように見えます。


No.159 ふう さま

少なくとも私は、ですが、
単に 「真実」 という場合、 「神のみぞ知る真実」 の意味で使っています。
ふう さまの言われる 「手続保証or刑訴法上の真実」 の意味をもたせる場合、私は 「訴訟法的真実」 という表現をとることが多いです。

私が多数派に属しているかどうか自信はないですが、少なくとも誤解を招かないよう気をつけているつもりの奴も一人はいますよ、ということで。

>No.159 ふう さん

>法曹家は、法曹以外の人と話すときはむやみに「真実」という言葉を使うと誤解の元だと知るべきだと思うな

 このページを「真実」で検索しましたが、司法側の投稿者がむやみに「真実」という言葉を使っているコメントを見つけることができませんでした。

>No.162 fuka_fuka さん

fuka_fukaさんのスタンスには素直に感謝します。
しかし、医療の不確実性はまさに神のみぞ知る真実であって、正解はありません。その場の判断と患者の状態こそが運命を分けます。それを結果だけに基づき「正義」だとか「不正義」はないということでは計れないと思います。

こういった議論が成熟して、相応しいシステムが構築されていうことが国民の利益だと思います。

fuka_fukaさん
レスありがとうございました。自分でもなんとなく少しすっきりした感じです。

No.162 fuka_fuka さん
一般化は失礼でした。謝罪します。

No.153 L,A,LAW さんの
>近代国家における司法の制度は、刑事事件においては、検察は、被告人の犯罪としての公訴事実を主張・立証し、弁護人がこれに対し、合理的な疑いを主張・立証するプロセスとなり、このいわば適正手続きにより、認定された事実(これが言葉をかえれば真実に近いものかもしれません)により初めて、個人の権利が制限されるとするものだという理念でできていると思います。

の「真実」はどちらの「真実」だと思いますか?

No.166 ふう さま

“訴訟手続において認定された事実” が、 “真実に近いものかもしれません”

とされていますので、そこでの 「真実」 の単語は、 「神の視点のほうの真実」 を指しているように読めます。
「真実に近いもの」 = 「訴訟法的真実」 というロジックかな、と。

No.167 fuka_fukaさん

“真実に近いもの”の「真実」は、「神の視点のほうの真実」 を指しているということですよね?
これを
>「真実に近いもの」 = 「訴訟法的真実」 というロジック
に代入すると

「“神の視点のほうの真実”に近いもの」 = 「訴訟法的真実」

となり、訴訟法的真実は“神の視点のほうの真実”に近いと読めるということでよろしいかな?

そうです。

「近い」 、すなわち 「異なる」 ということで。

「近い」 と感じるか 「遠い」 と感じるかは主観によりそうですが。

>No.168 ふう さん

わかりづらい言い方をしてしまいました。
 私が「真実に近いものかもしれません」と記載したのは、「神の視点のほうの真実」と「訴訟法的真実」が常に一致するのか(そうとは思いませんが)、場合によっては一致するのかは、所詮は、わからないという意味でもあります。「神の視点のほうの真実」なるものがあるかどうかもわからない。ただ、制度としては、訴訟法的真実で動いていくということを言いたかったのです。

それは大きな認識の違いですねえ

「神のみぞ知る真実」 ≒ 「訴訟法的真実」

「神のみぞ知る真実」 ≠ 「訴訟法的真実」
では、“違う”という点では一緒ですが受け取り方がまるで正反対
誤解を生むわけだ

No.170 L.A.LAW さん
いえいえ〜了解です。

今日はもう寝ます〜みなさんおやすみなさ〜い

No.154
弁護士の逮捕の比率が高い(と思われる)のは、次の違いでしょうか。

 (杆郢里糧蛤瓩聾琉嬌箸如医師は医療事故(過失犯)。
◆(杆郢里蓮犯罪なら依頼者や関係者から訴えられる関係にあり露見しやすい。
 医師で故意犯が想定できるのは、公務員なら贈収賄とか、医療機器メーカーや薬品会社との癒着・リベートに関する類だが、仮に犯罪を構成しても露見しにくい。
 弁護士の犯罪は、司法の信頼を損なうもので、検察・裁判所が厳しい対処をする(べき)。
 医師は、その面では他の業界と変わりなく、普通に対処される。
ぁ/μ海亡愀犬覆と蛤瓩覆薐Я瓦同じ。

ここでもなかなか議論がかみ合わない理由はこんなところにあるのかもしれません。日経メディカルオンラインからですが、読むには登録が必要(医師のみ?)ですので一部を引用します。

小松秀樹が語る「医療に司法を持ち込むことのリスク」
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/kikou/200710/504479.html

なぜ、医師を取り締まってやろうという立場で制度を設けるのか  

このことは演繹と帰納という観点からも理解できる。法律家は規範を絶対視し、規範から演繹的に物事を判断することを当然とする。科学者は、仮説を証明するために、一定条件の対象を適切な方法で検討し、帰納的に仮説が真かどうかを検証する。科学的真理とは、対象と方法に依存した仮説的真理である。真理の表現方法、精度、限界は方法に依存している。司法は、この仮説的真理という醒めた見方を共有できないため、白か黒かを無理やり決めようとする性癖がある。さらに規範が適切かどうかを、現実からの帰納で検証する方法と習慣を持たない。このため規範が落ち着いたものにならない。

異なるシステム間の齟齬は多段階で時間をかけて解決するしかない  

医療について議論する刑法学者には、刑法の狭い枠にとらわれずに、航空機事故調査をめぐる議論の蓄積を学んでほしい。検察官と裁判官の一部が医療現場を見学していることを知っているが、法律学者、弁護士(病院側の弁護士も)が医療現場を自分の目で見て認識を広めているという例を聞いたことがない。認識が広ければ、狭いことの善し悪しを判断できるが、狭いままだと、広いことの必要性は判断できない。

>No.174 一開業医 さん

>なぜ、医師を取り締まってやろうという立場で制度を設けるのか  
>このことは演繹と帰納という観点からも理解できる。法律家は規範を絶対視し、規範から演繹的に物事を判断することを当然とする。科学者は、仮説を証明するために、一定条件の対象を適切な方法で検討し、帰納的に仮説が真かどうかを検証する。科学的真理とは、対象と方法に依存した仮説的真理である。真理の表現方法、精度、限界は方法に依存している。司法は、この仮説的真理という醒めた見方を共有できないため、白か黒かを無理やり決めようとする性癖がある。さらに規範が適切かどうかを、現実からの帰納で検証する方法と習慣を持たない。このため規範が落ち着いたものにならない。

これは、小松秀樹先生が書かれた文章なのでしょうか。具体的にどういうことをおっしゃりたいのかよくわからないのですが。

>科学者は、仮説を証明するために、一定条件の対象を適切な方法で検討し、帰納的に仮説が真かどうかを検証する。科学的真理とは、対象と方法に依存した仮説的真理である。真理の表現方法、精度、限界は方法に依存している。司法は、この仮説的真理という醒めた見方を共有できないため、白か黒かを無理やり決めようとする性癖がある。

と、司法が確定的真実を求めていると批判しているように思われますが、たとえば、

>No.151 うらぶれ内科 さん
>新潟大学田中教授はカルテに尿潜血±(プラスマイナス)という加藤先生の記述から癒
着胎盤を事前に疑うべきだったと証言していた。しかし、今日の弁護側証人の尋問では、田中教授が指した記述の2日後に尿潜血を再検査したところ、陰性であったとの記述があったことが明らかになった。(田中教授への尋問においてはこのように、検察側には>
都合の悪い部分についてはまったくふれられていなかった。)本公判に限らず、検察の都合の悪いところは隠す、目をつぶるという姿勢からは、裁判という場においては真実がどうかという議論をしているわけではないことが明白である。

は、むしろ

>裁判という場においては真実がどうかという議論をしているわけではないことが明白である。

と、裁判で確定的真実を定めようとしていないことを、批判されています。
むろん、別の方の御主張なので、全く違っても問題はないのですが。

L.A.LAWさん
小松先生の話は、このブログで何度も出てきたガリレイ裁判を例に取ると分かりやすいかと。

ガリレイ裁判では当時の規範にのっとって、地動説は悪とされたわけだが、事実を詳細に議論すれば天動説という結論は出なかった。小松先生が、司法が確定的真実を求めていると批判しているというのは、司法が規範にのっとって天動説を確定的真実として求めているから批判の対象とされている。

>No.176 うらぶれ内科 さん
>ガリレイ裁判では当時の規範にのっとって、地動説は悪とされたわけだが、事実を詳細に議論すれば天動説という結論は出なかった。小松先生が、司法が確定的真実を求めていると批判しているというのは、司法が規範にのっとって天動説を確定的真実として求めているから批判の対象とされている。

その場合、小松先生は、地動説が正しいとどう立証されるというのでしょうか。現実にどう立証されているのでしょうか。

実相は知りませんが、医師の方は裁判であれ裁判外の交渉であれ、「医療側にとって都合の悪いところは隠す、目をつぶるという姿勢」をとることはなく、包み隠さず真相を明らかにしてきた、ということなのでしょうか。

にもかかわらず、「自らに都合の悪いところは隠す、目をつぶるという姿勢」の検察や自称医療過誤被害者が、法律という乱暴な武器を使って、フェアな医師を苦しめている、と。

由々しき事態ですね。

医師がフェアであるということは全く言えないでしょうね。
ただそれでも…と感じるのは、検察が「国家権力による正義」という名の下に行っているからアンフェアは許せんという感情があるのでしょう。あとは、訴える側と訴えられる側といった面もあるでしょうか。
そういった面でも利害の生じない「真実」追及の場が欲しいものです。

No.177 L..A..LAW さん

>科学者は、仮説を証明するために、一定条件の対象を適切な方法で検討し、帰納的に仮説が真かどうかを検証する。

つまりわかっている事実をどこまで説明できるかということなんだろうと思います。より広い事実を説明しうる仮説が正しい仮説らしいです。だから事実はあらかじめすべて明らかにしておくべきです。

>科学的真理とは、対象と方法に依存した仮説的真理である。真理の表現方法、精度、限界は方法に依存している。

すなわち当時の研究の対象と方法では正しかったはずの地動説でさえも絶対的に正しいわけではなく、現代おいては天動説でも地動説でもどっちにも決められないことになっております。このように真理といえども相対化されているという考え方はかなり冷めたものではないでしょうか。

>No.180 うらぶれ内科 さん
丁寧な説明ありがとうございます。

ただ、わからないのは、これが、司法に対するどういう批判(批判かどうかもよくわかりませんが)になるのでしょうかく。

うらぶれ内科さん本人ではありませんが,こういうことではないでしょうか.

ガリレイの時代に,地動説を信じて治療を行ったら患者が死んでしまった.常識的には天動説に基づいて治療をすべきだし,専門家の意見も同様である.
というわけで裁判所は医療過誤として地動説を信じて治療を行った医者に実刑を言い渡した.

しかし,50年後になれば,この裁判は明らかな誤判とみなされるようになる.このようなことが頻繁におこりうるので,医者を裁判所に連れて行くのは大間違いだ,ということでしょう.

個人的にはアガリクスとかスカラー波とかでガンが治るなどと言って治療を行う医者は裁判所に連れて行くべきだと思っていますが,医学的真実は全て相対的というならば,放置するしかありませんね.将来は標準的治療法になっているかもしれませんし.

L.A.LAW さん
No.174 一開業医さんの引用の中の
>白か黒かを無理やり決めようとする性癖がある。さらに規範が適切かどうかを、現実からの帰納で検証する方法と習慣を持たない。このため規範が落ち着いたものにならない
ということ、およびそれ以後の引用のことなんでしょうけど、なんとなく分かるんですが、下手な解釈は誤解の元なのでここまでにしておきます。悪しからず。

まぁ、おおむねignisさんのおっしゃるようなことかと。

あそうだ、規範が落ち着かない例がひとつありました。
例の薬の能書に関する判決です。
最高裁判決により、能書にかかれていることは守らなければならず、そこに医師の裁量の余地はないとされていたはずですね。最高裁判例として確定した以上、これがその後の規範となったわけですが、しかしそれは薬をものすごく使いにくくし、現場は困難を強いられたはずです。その困難は直ちにフィードバックされ規範に反映されるということはない。そこに帰納という考え方はないと思われます。
ところがその後の高松高裁の判決では、PL法のからみで薬は能書ではなく医師の裁量で使えという判決になりました。これぞ規範が落ち着かない最たる例でありましょう。

ではどういう場合に規範が落ち着いたものになるのか。それはやはり規範といえども絶対視することなく、現場の薬の使われ方を十分に検討し、どういうところで能書に従い、どういうところで裁量の入る余地があるのかを明確にし、不都合が出てきたら直ちに修正することではないでしょうか。

横入り失礼します。

>能書にかかれていることは守らなければならず

判決には、科学的に仮定・立証・評価の繰り返しが無い、ですよね。
ところが医療裁判に関して実際には見直さねばならない。

その判決で此処まで言い切る事が既に間違いであって、小松先生の主張は「司法が科学の領域に踏み込むな」だと感じました。

もしも判決で能書きの評価をするなら「今回は能書き通りの方が良かった」に留まるべきで、白黒判決の根拠には出来なかったのだろうと。

「医師の裁量権」を「医師の裁量義務」に変質させて運用した過失によって、医療業界を混乱におとしいれ医療破壊を推し進めたことについて、司法には非常に大きな責任があると考えます。

最高裁判決の判決文ですが

医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。

「使用上の注意事項に従わなかった事」と「医療事故」の因果関係を立証しない限り、医師の過失は問えないと解釈することも出来ます。また、因果関係が立証されたとしても、合理的理由があれば医師の過失は問えないのではないでしょうか。

脈絡読まずに横入り失礼します。

 『科学的な視点での真実』『訴訟的真実』『神の視点からの真実』の3つの真実について、ステップ内科(教科書)風味に一つのストーリーを作ってみました。

 A君(=被告)とB君(=原告)がいます。いま、お互いに複数の問題(=その検案に関してお互いが知り得た全ての情報)が別々に与えられました。その問題を、A君とB君がそれぞれ加工して設問を作り、その二つを合わせて一つのテスト用紙にまとめ、先生(=裁判官)の前でそのテストを解き合って合計点数を競うというゲームをします。このゲームには次のルールがあります。

 A君、B君に始めに与えられる問題には、そのどちらにも、A君に点数が入る問題(被告に有利な証拠)と、B君に点数が入る問題(原告に有利な証拠)、どちらの得点にもならない問題(裁判上、意味を持たない事実)が混じっています。つまり、A君自身が自分の得点になる設問を出すことが出来ます。

 A君とB君に同じ問題が与えられることもあります。

 そして、問題を加工する際に、自分にとって不利となる問題の前提条件を伏せたり、問題そのものを隠してしまうことが許されます。

 ただし、その隠された条件や問題の存在に相手が気付き、指摘された場合には開示しなければなりません。

 前提条件を隠すことで、本来はA君(またはB君)に点数が入る問題やどちらの得点にもならない問題が、B君(またはA君)に点数が入る問題へと、その性質を変えることもあります。

 加工して性質を変えた問題は、その隠された前提条件の開示を指定された時、採点除外されます。

 ただし、問題や前提条件そのものを捏造すると、ペナルティーとして、得点に関係なく負けが決まります。

上記の全ての条件は、A君、B君どちらにも適用されます。

 すべての設問の合計点で、A君とB君の勝ち負けを決めます。

 いま、B君がA君に、A君の得点となる問題(ルール 砲鮟个靴泙靴拭

(設問1) X+Y+Z=7

前提条件  X、Y、Zは自然数。X=3 

のとき、Y、Zの値を一つだけ答えよ。

 A君「このままじゃあ、答えが分からないぞ・・。きっと前提条件が隠されているのだ(ルール)!YかZの値は前提条件にありますか?」
B君「いいえ、ありません。」
A君「それでは、YとZには何か関係はありませんか?」
B君「Y=3Zという関係があります(ルールぁ法」
A君「それでは、Y=3、Z=1が答えです。」

 こうして、A君に得点が入ります。

 次に、B君がB君自身に、B君の得点となる問題(ルール 砲鮟个靴泙靴拭

(設問2) X+Y+Z=9

前提条件  X、Y、Zは自然数。X=3、Y=2Z

のとき、Y、Zの値を一つだけ答えよ。

B君「Y=4、Z=2です。」
A君「ちょっと待ってください!それと同じ問題を僕も貰いました(ルール◆砲、『Zは奇数』という前提条件が抜けています!これは元々答えのない、お互いにとって得点にならない問題でした!性質を変えましたね(ルールァ法」
B君「前提条件が抜けていました。」

 こうして、設問2はB君の得点とはならず、採点除外となりました(ルールΑ法ただし、ルールとイ暴召辰徳按鷯魴錣魃しただけなので、B君にペナルティーはありません。

※これは、本件での≪弁護側証人の尋問では、田中教授が指した記述の2日後に尿潜血を再検査したところ、陰性であったとの記述があったことが明らかになった。≫という、記載に対応しています。

 このようにゲームを進めた結果、A君は15点、B君は18点でこのゲームはB君の勝ちとなりました。


 さて、このゲームで問題になるのは、このゲームには実は下記顱髻鵑痢悖海弔琉曚覆詼点』が存在することです。

顱Ш能蕕僕燭┐蕕譴震簑蠅鬚互いが加工・隠匿した設問を、前提条件・問題の開示を一回もしない状態で、すべての設問に全問正解した時の満点

髻Ш能蕕僕燭┐蕕譴震簑蠅髻∩瓦加工・隠匿することなくそのまま設問とした時に、すべての設問に全問正解した時の満点

鵝Ш能蕕僕燭┐蕕譴震簑螳奮阿法⊆造和召砲睫簑蝓α按鷯魴錣あり、その全てを全く加工・隠すことなくそのまま設問とした時に、すべての設問に全問正解した時の満点(=これが、神の視点の真実)


       顱     ●髻     ●
A君    20点    50点     ?(100点)
B君    30点    40点     ?(100点)

※鵑遼点が何点かは不明ですが、便宜上どちらも100点とします。

 このゲームでは、颪遼点を開始点として定めています。そのため、鬚遼点ではA君に有利なゲームと言えますが、ゲーム開始時点ではB君に有利なゲームと言えます。

 ここに、科学者達は口を出してきます。

 科学者「何だこのゲームは?そもそも、何で問題や前提条件を加工して隠したりする必要があるんだ?始めから、与えられた問題にそのまま手を加えず、鬚遼点の条件で得られた合計点(=これが、科学的な視点の真実)で競う方がフェアではないか!颪遼点の条件で開始し、結果として得られた合計点(=これが、訴訟法的真実)では鵑遼点(=神の視点の真実)には程遠いではないか!」

 科学者達がこう言うのには理由があります。それは、科学者達の世界では、そもそも勝ち負けはあまり関係ないのです。それよりも、高得点を取ること(=神の視点の真実に近づくこと)が一番重要な『意味』であるとされています。そのため、鵑遼点(=神の視点の真実)に一番近い、鬚遼点の条件で得られた合計点(=科学的な視点の真実)で競い合うことが当たり前となっており、前提条件や問題の隠匿を行うことは、連鎖的にテストの点数を下げる行為であり、韓国のES万能細胞論文捏造の事件のように、意図的に実験結果を取捨選択することは文献汚染を引き起こす最低の恥ずべき行為であり、『絶対のタブー』とされているからです。

  しかし、この理論をそのまま裁判の場に適用できるのか?というと、これはまた現実的には不可能です。

 なぜなら、実はこのゲームには、A君にだけは『負けた時のペナルティー』と、『問題を加工する権利』=『黙秘権』は外せない、という隠しルールが存在しているからです。

 B君だけなら、負けた時のペナルティーがありませんので、『問題を加工したら(=情報を隠したら)ペナルティーを与える』と、ルール自体を変えてやれば、全ての情報を開示することも、もしかしたら可能かもしれません。

 しかし、『黙秘権』があるA君は、『負けた時のペナルティー』が怖いので、相手の得点になる問題は出来るだけ隠し、自分の得点になるように問題を加工しようとします。

 つまりA君は50点満点(=鬚遼点)、B君は30点満点(颪遼点)でゲームを行うことになるので、科学的なルールをこのゲーム(=裁判)に適用してしまうとB君にとっては圧倒的に不利なゲームとなってしまうのです。

 もし、A君にも同じ科学的なルールを適用させるためには、『黙秘権』を外してやらなければなりません。しかし、これを外したとしても、A君の『負けた時のペナルティー』はとっても恐ろしいものなので、A君は負けるよりは良いと、こっそりとバレない様に情報を隠してしまうかもしれません。

 これを防ぐためには100%確実な嘘発見器の開発を待つか、『負けた時のペナルティー』そのものを外すしてやるしかありません。これはすなわち、もはや『裁判の世界』ではなく『科学者達の世界』になるということです。

 科学者達の世界では、負けたときのペナルティーはなく、情報を隠した時のペナルティーがあるゲームですので、そもそも適用されるルールが違うのです。

しかし、それを知った上で科学者達は言います。

科学者「とは言っても、颪覇世蕕譴詁静澄福畫幣挧‥真実)など、鵝福畤世了訶世凌深臓砲呂發箸茲褝髻福甓奮愿な視点での真実)よりもはるかに低いのであるから、こんな実態とかけ離れた所で勝ち負けを決めることに一体何の『意味』があるんだ?」

 ここで言う『意味』とは、科学者の世界ですのでです。しかし、裁判の世界の『意味』は『お互いにフェアな方法でゲームの勝敗をとりあえず決めて、ゲームを終わらせること事』であり、そうである以上、Bくんにとって圧倒的に不利となるようなルールは認めることは決して出来ませんので、お互いのやり方しだいで得点がどうとも変わるというある意味ではフェアなルールにせざるを得ないのでしょう。

 つまり、裁判という世界では、ゲームの勝敗を決めなければならない(A君にペナルティーの可能性がある)以上、そこで科学者達のルールを適応しようとするのは不適切なフェアでない方法であり、司法のルールを適応するしかない。ただし、その得られた訴訟法的真実は、科学的な視点の真実よりもはるか点数が低く(=精度が低く)、神の視点からの真実とはかけ離れたものとなってしまい、科学的な世界での『意味』はなくなってしまう。

 そして少しでも神の視点の真実に近づきたいのならば、科学的な世界でのルールによってゲームをしなければならない。そこで得られる点数(化学的な視点の真実)は高い(訴訟法的真実よりも神の視点の真実に近い)。しかし、そのためにはA君から『黙秘権』と『負けた時のペナルティー』を完全に外さなければならず、裁判の世界の『意味』がなくなる。


ということでしょうか。

 科学的な世界での『意味』と裁判の世界での『意味』は相矛盾する特異点であり、その両方を求めることは不可能です。どちらかを選べばどちらかは捨てなければなりません。それぞれの『意味』はそれぞれの世界で、それぞれのルールに則って求めることが一番フェアな方法なのでしょう。
そして、意識的・無意識的にせよ、現代では医療は裁判の世界での『意味』を求められている以上、そこに科学的なルールと『意味』を求めようとする行為自体に矛盾があるのではないでしょうか?

 かといって、科学者にとっての『絶対的なタブー』である情報隠しには、裁判上はフェアーでも、本能的に嫌悪感を覚えてしまうのが性(さが)なんですが・・・。


 明日の卒試直前のやっつけ理論ですので、穴だらけかもしれませんがご容赦下さい・・・。失礼しました。

No.175 L.A.LAW さん

>これは、小松秀樹先生が書かれた文章なのでしょうか。具体的にどういうことをおっしゃりたいのかよくわからないのですが。

冒頭の3行以外はすべて小松先生の文章の引用です。

>法律家は規範を絶対視し、規範から演繹的に物事を判断することを当然とする。科学者は、仮説を証明するために、一定条件の対象を適切な方法で検討し、帰納的に仮説が真かどうかを検証する。

あくまで私自身の解釈ですが、

「胎盤癒着は直ちに子宮摘出すべし」という仮説に対し医師は帰納的に(他の治療法と比較検討した上で)その仮説が正しいかどうかを検証する。一方、法律家にとって法律はそれ自体が正しいかどうかを検証するものではない(それは立法府の仕事ですから当然です)。

法律家にしてみれば教科書に書いてある事と違う事をして結果が悪ければ罪に問われて当然でしょうが、教科書に書いてある事を信用しなかった人間によって科学が進歩したというのも動かしがたい事実です。

>司法が確定的真実を求めていると批判しているように思われますが

というより、司法が確定的真実があるという前提の元に判断を下している事を批判しているのだと思います。

要するに、「アガリクスとかスカラー波とかでガンが治る」などと主張して怪しげな「医療」をしている医師の行為も、数十年、数百年後には「正しい」とされる可能性がある。

よって、現代の知見からすればどんなに荒唐無稽でトンデモな医療行為であっても、それを訴訟で「過失」「有責」と認定するのは誤りである。地動説を唱えたガリレオを処罰するようなことになりかねないからである。

他方、現代の知見からすれば、どれだけ正当で多くの医師が支持する素晴らしい医療行為であっても、数十年、数百年後には「誤りであった」とされる可能性がある。

よって、医療過誤訴訟において、「被告の医療行為は正しかった」と認定して請求を棄却することもまた、誤りである。

・・・・ん??? でも、後者の場合も請求は棄却されるべきと考えるんですよね。その場合、どういう理屈になるのかな。「正しいかどうかは分からないが、多くの医師がひとまず妥当と考えている医療をした以上、責任はない」という論法かな。

かくして、いかなる「医療」であっても、「その適否は究極的には神しか知り得ない」から、神ならぬ裁判官が「医療」の適否を判断して賠償を命じること自体が誤りである、ということに帰する。

現代の医師から見て妥当な医療行為は、もちろん過失なし。
現代の医師から見てトンデモな医療行為も、将来において評価が変わるかも知れないから、過失ありとは断定できない。

結局、医療行為を裁判で扱うこと自体が不適切。医療行為で被害を受けたと考える人がいても、裁判に訴えること自体が妥当でない(現代の医師から見てどうであれ、結局のところ法的責任が認められるべきではないから、訴えること自体が不適切)。

こういうことですね?

No.190 (ただいま謹慎中) さん
> 結局、医療行為を裁判で扱うこと自体が不適切。

この見解を支持します。「医療と裁判はなじまない」

>要するに、「アガリクスとかスカラー波とかでガンが治る」などと主張して怪しげな「医療」をしている医師の行為も、数十年、数百年後には「正しい」とされる可能性がある。

だから正しい、正しくないという観点に立つからおかしなことになる。現代では危険率0.00・・%で無効であることが分かっているから、その医師の行為を裁くにあったっては賠償金を0.00・・%減額すべきである。
ということになるんだろうと。

失礼。↑で無効→有効の間違いです。

No.190 (ただいま謹慎中) さん

>結局、医療行為を裁判で扱うこと自体が不適切。医療行為で被害を受けたと考える人がいても、裁判に訴えること自体が妥当でない

おっしゃるとおりです。海難事故や飛行機事故のように専門家集団、もちろん法律家が含まれて構いません、によって判断されるべきです。

>現代の医師から見て妥当な医療行為は、もちろん過失なし。
現代の医師から見てトンデモな医療行為も、将来において評価が変わるかも知れないから、過失ありとは断定できない。

何をもってトンデモと言うかですが、数年前までは胃潰瘍の治療に抗生物質を使うなんて言ったら白い目で見られましたし、レプラ(らい)の患者を外来で治療したりしたら袋だたきにあったのもそんなに昔のことではありません。

種痘を始めたジェンナーも周囲に狂人扱いされながら自分の子供に植えましたからね。

ところで私はアメリカのTVドラマを好んでよく見るほうですが、アメリカ海軍の法務官のドラマであるJAGで見る軍の法廷システムが、一番医療事故を扱うに向いているような希ガスです。
すべての法務官が軍人であるところが(笑)。

強引に流れを戻すと・・・

癒着胎盤てのは事前診断はほぼ不可能であり、1/1000〜1/10000くらいの確率で存在するわけであり、しかも産科の臨床医ならば当然頭の片隅においてあるはずです。だから、加藤先生はこれだけの責任をおえばいいわけです。ただし、加藤先生には訴えられた不利益というのがあって、この場合こちらのほうがはるかに大きいわけですから、刑事賠償にしろ民事賠償にしろ差し引き訴えた側が支払う羽目になるということで。

タム○ンせんせ、そろそろ場外乱闘場へ行ったほうがよろしいでしょうか?

念のため・・・。ジェンナーは自分の息子に種痘を実施したという事実はありませんです。

>ぼつでおkさん
確かに理想のシステムみたいですね。

アメリカの軍法会議の場合には裁判官military judgeや検察官trial counsel、さらに弁護人defence counselもほとんどの場合は現役士官ですが、彼らは軍法総監に資格付与された法律家集団Judge Advocate General's Corpsのメンバーで、通常の弁護士になれるだけの法学教育を受けている(つまりロースクールを修了している)そうです。また、その軍法総監や刑事上訴裁判所裁判官たる将校になるためには連邦裁判所または州最上級裁判所での弁論資格が必要だそうで、つまり法律に関する相当の実務経験が必要とされるわけです。
かちょうほさ-おおやにき

医療事故を扱う裁判官は、法曹資格と医師資格を兼ね備えた方が理想だとは思います。

ちなみに、医師かつ判事の方が医療訴訟を行うと、判決文に以下のような記述が現れます

要するに,本件訴訟において検察官が主張する治療方針は,本件当時において,現実にそのような方針への転換が提唱されていたという裏付けを伴わないものであり,検察官が,後日になって改めて収集・整理した情報から本件当時を振り返って,本件投与行為の刑事責任を追及するために自ら構成したものであるという性格を免れ難い。このような検察官の主張は,不確実な情報をもとに時々刻々・臨機応変の判断をし,実際に行動していかなければならない場合の困難を適切に顧慮していないものといわざるを得ない。
薬害エイズ・安倍英被告判決全文

※上田哲判事は東京大学医学部出身だそうです

今後、医師や理系の方が積極的に法曹を目指すのであれば、それだけ理想的な判決が増えるように思います。

No.198
 さすがです。
 私は、法律家が一時的に軍に出向・所属しているようなものだと理解していました。

 それに、軍法会議も陪審制(被告人より上位の軍人から集めた集団)と聞いたことがあります(罪によって違うかも)。
 すると、敢えてなぞらえると、関係者がすべて医療関係者の事件の場合で、ベテランの医療関係者が陪審員になって事実認定している裁判になるかもしれません。

 エントリ上げ用コメントでした。

しまさん、psq法曹さん詳しいお話でエントリ上げくださって嬉Pです(多謝)。今後ともなにとぞよろしくご教示ください(笑)。

>No.197 yama さんのコメント
おろ、またやらかしましたか面目ございません(てこれがしんめんぼくだったりして笑)。毎度訂正の労をおかけしまして相すみませんです。ねしょべんたれてた頃読んだ世界の偉人伝の記憶でしたが、口裂け女伝説みたいなもの(笑)だったんですね、きっと。

>No.196 うらぶれ内科 さんのコメント
いえいえせんせいは私のような場外しかできんタ○珍と違って本館も場外も両刀使えるヨ○鎮です(爆)。いつも場外から応援してる私がついとりますで、安心してここでビシバシやっちゃってくらはい!(おまえがつくと一番不安なんじゃといわれそうでつが爆)

お礼とアゲをかねて、駄文まことに失礼致しました。

> No.201 ぼつでおk(医) さん
ジェンナーが自分の息子に・・という下りは私も子供の頃は信じていました。
事実は、子供の患者に接種したということらしいですね。

>ジェンナーが自分の息子に・・という下りは

いま、この瞬間までそうだと思ってました・・・
児童向け偉人伝恐るべし!

疑うことを知らない人は幸せな人ですね.
治験は一人で十分ですから.

>No.204 ignis さんのコメント
一級の文献ですね(笑)。おかげさまで歴史がよくわかりました。ありがとうございます。

>治験は一人で十分
のほうは今回わかりませんでしたが、今後の課題ということで(笑)。

追加の追加です。
ジェンナーの息子に「最初に」接種していないというのが正しい事実でした。

私も幾つかのサイトを巡ってジェンナーの話を確認しましたが、最初に牛痘の接種を受けた当時8歳の少年というのが、ジェンナー邸で働いていた使用人(親なし)と言う記述を見つけて「時代やな〜」なんて思いました。一歩間違ったら731部隊やん(笑)。

>No.207 惰眠 さん
>「時代やな〜」なんて思いました。一歩間違ったら731部隊やん(笑)。

おどかすようですが(笑)、現代西洋医学の徒はジェンナーの忠実な弟子筋ですから、治療と称して患者の身体に対して行なっている行為自体はほとんど変ってないですよ(笑)。

私が美談を信じたのは読んだ時の印象が強かったからです。父親が医者だったので息子に種痘を植えるジェンナーの姿がだぶって、息子が覚えたであろう恐怖心に大いに共感したものです。しばらく家で親爺に呼ばれるとびくびくしてました(笑)。あ、今思いついたけどそのストレスもあの頃のねしょべんの原因だったのかも知れまへん。なんだかそんな希ガスてきました(爆)。

アゲてるうちに場外なみに脱線転覆しちゃいましたか、いかんいかん。車庫(場外)に帰り松。

No.208 ぼつでおk(医)さん

バラしちゃダメ>_<
私も場外に戻り松

>No.207 惰眠 さん
>「時代やな〜」なんて思いました。一歩間違ったら731部隊やん(笑)。

子供向け偉人伝ではありませんが、メイヨークリニックの創立者達の伝記を以前読んだことがあります。このエピソードだけ今も覚えているのですが、

メイヨー医師がある家へ往診に行ったところ、そこの子供が首筋に大きなおできを作っていた。医師はメスを隠し持ってその子にそっと近づき、サッとおできを切って排膿した。

もちろん美談として書かれているのですが、今だったら親から訴えられて傷害罪で逮捕ですね (^_^;

>No.210 一開業医 さん
古き良き時代ということですか。
今の日本の医療も「昔は良かった」と語られる日が・・。

第9回公判傍聴記録がくい止める会ホームページにアップされています。やたら長いです。メモした人は大変な苦労でしょう。
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%B6%E5%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F10%2F26%29

検察官特に鈴木検察官の訊問は、検察から見てなにが加藤医師の過失なのかということを全く明らかにしないまま、真摯に医師として包み隠さず癒着胎盤の手術というものを繰り返し丁寧に医学的に説明する証人の言葉を、さながらいくら教えても用語そのものがいつまでも全く理解できない劣等生のように訊問というより質問を繰り返すだけのものであり、審理全体が最初の公判前整理から一歩も進んでいない内容で読む価値のないものに思えました。

彼の目的は単に話を長引かせて相手をいらつかせ、相手が疲労して心にもない言葉を吐くのを待ち構えて言質を取るだけなのでしょうか。加藤医師が取り調べの際に警察や検察にそうされて調書をとられたように。

それともこれが刑事裁判ではごくふつうの審理の進め方なのでしょうか。最終的に何を審らかにしたいのかも示さないで、訊問というより同じ質問を出てくる違う証人すべてに対して繰り返すだけの、さながらアンケートの如き「訊問」が。

また、事実間整理と最後にありましたが期日間整理との違いはなんでしょうか。ぐぐっても用語が理解できませんでしたのでどなたか教えていただければしあわせです。
アゲを兼ねて。

真摯に医師として包み隠さず癒着胎盤の手術というものを繰り返し丁寧に医学的に説明する証人の言葉を、さながらいくら教えても用語そのものがいつまでも全く理解できない劣等生のように訊問というより質問を繰り返すだけのものであり

地下鉄サリン事件裁判で、毒物をサリンと同定した科学者証人に対する、被告人弁護側の反対尋問がまさにそんな感じだったのを思い出してしまいました。
傍聴しながら、アッタマ悪い質問を繰り返す弁護人をはっ倒したくなったものですが・・・ここでも検察側が同様のことをしていると言うことは、もしかすると割と「普遍的」な法廷テクニックなのかもしれませんね。

審理を進める上で表現上の規制はないとしても、日本の刑事法廷に法務官による審理妨害(遅延行為)や法廷侮辱という概念の罪はあるのでしょうか。
JAGなどアメリカの法廷ドラマを見ていると裁判長は審理の遅れやかく乱に対して処罰を含めた非常に厳しい態度で臨んでいるように思われますが。

一部抜粋

検察1: 事情はともあれ結果的には自分から話したんですよね

加藤医師: 自分からです

ともあれ、供述調書の任意性は認められそうですが、証拠価値としてはどうなのでしょうかね。弁護側証人がいくら客観的証拠について証言しても、従来の裁判所の判断を踏襲して自白は証拠の王様とされ、有罪とされてしまうのでしょうか。


No.212
事実間整理→期日間整理の聞き間違いor誤記でしょう。
冒頭にも出ていますし。

「最近のコメント」欄の下方に来たので、協力上げコメント!

ありがとうございますっ!!
ご親切が腹の底まで沁み入りましてござります。

この刑事裁判が早く終わってご遺族と、刑事被告人でない加藤医師を加えた大野病院関係者とがお話合いする場を持てる日が近づくことを願っております。

> 第9回公判傍聴記録がくい止める会ホームページにアップされています

>逮捕拘留中の検察による調書
>文責  佐藤 章

あーもう、気になる気になる。
どなたか、くい止める会のメンバーと親しい先生、注意してあげてください。

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調書の取り方について、弁護人としてはいろいろ助言するものですが、加藤先生の頭には、そのような助言はほとんど残らなかったらしい・・・orz

>加藤医師: 警察官と検察官で話をしていたので、もう取り消すこともできないのかと、ひきさがってしまいました。

>検察1: 言いたくないことは、調書に判を押さなくても良いとか、そういう助言はなかったんですか
>加藤医師: 1回くらい聞いたような
>検察1: 毎回はなかったですか
>加藤医師: なかったです

>検察1: 撤回すればよかったんじゃないですか
>加藤医師: 検察と警察はツーカーというか、話がいっていると思いこんでいたので、取り消すことを思いつかなかったです

>検察1: 何故でメモにとられて不安だったと弁護人に話さなかったのですか
>加藤医師: こういうものなのか、という諦めがありました
>検察1: 弁護人を信用できなかったってことじゃないでしょ
>加藤医師: そうではないです

明日公判があるのでアゲときます。
ついでに昨日この裁判についてぼつでおkなコメントを場外に書きましたので、枯れ木も山の賑わいで貼っておきます(笑)。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/3910/1187877351/r456

ロハスメ川口氏の第一報です。
http://lohasmedical.jp/blog/


福島県立大野病院事件第10回公判(1)
投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年11月30日 16:55
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本日は検察得意の因縁づけも不発で
弁護側の完封勝利でした。
今から帰京し、なる早で速報いたします。

ageついでに

大野病院事件公判 加藤被告の過失否定

大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開手術で女性(当時29歳)を失血死させたなどとして、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われている産婦人科医、加藤克彦被告(40)の第10回公判が30日、福島地裁(鈴木信行裁判長)であった。

 弁護側の証人として出廷した宮崎大医学部長の池ノ上克(つよむ)教授(周産期医療)は加藤被告の処置について「一般の産科医療のレベルから言って間違いはなかった」と述べ、過失を否定した。10月の第9回公判でも東北大大学院の岡村州博(くにひろ)教授(同)が同様の証言をしている。

 池ノ上教授は、争点の一つである胎盤を子宮からはがす行為を継続したことについて、「子宮の収縮や止血操作で出血をコントロールできる可能性がある」として、加藤被告の判断を支持。「血圧が低いまま子宮摘出に移ると、最悪の場合、亡くなることがある」と述べた。はく離に手術用ハサミを使用した点に関しても、宮崎大では胎盤をかき出す別の手術器具を使う場合があることを明らかにし、問題はないとの見解を示した。

 また、女性の大量出血については、凝固因子が不足して止血が困難になる「産科DIC」(播種(はしゅ)性血管内凝固症候群)の可能性を指摘した。

 公判後、福島地検の村上満男次席検事は「カルテや麻酔記録など検討した資料が不十分で、池ノ上教授の鑑定に客観性があるとは言い難い」と述べた。証人尋問は今回で終了し、加藤被告の被告人質問などを経て来年3月に論告求刑、5月に最終弁論が行われる予定で、順調に進めば、来夏ごろに判決が言い渡される見通しだ。
(2007年12月1日 読売新聞)

>公判後、福島地検の村上満男次席検事は「カルテや麻酔記録など検討した資料が不十分で、池ノ上教授の鑑定に客観性があるとは言い難い」と述べた

検察自ら、および検察側証人を棚に上げて良くもまぁ恥ずかしげもなくおっしゃりますな。

なんか、検察は自らどつぼにはまりつつあるというか・・・。

「剥離完遂の判断に誤りはない」検察側証言を完全否定

福島県立大野病院事件第10回公判
OhmyNews編集部(2007-12-02 02:30)

検察側は反対尋問で、大量出血となったにもかかわらず、加藤医師が他の医師の応援を断ったことについて問いただしたが、池ノ上教授は、

 「基本的な処置ができる外科医が助手についていれば応援は必要ない。加藤医師も最終的に子宮摘出できている」と一蹴。

 検察側は、池ノ上教授が供述書や病理記録を吟味せずに、カルテだけを見て意見書や鑑定書を書いた点を突き、証言の信憑性を弱めようと試みる場面も見られたが、全体的に弁護側の主尋問をなぞるような質問に終始し、有効な証言を引き出せないまま、普段より1〜2時間早い16時に証人尋問は終了した。

「一か八かで手術をやっちゃ困る」とのたまって起訴したのは誰であったか。いかに見当はずれの起訴だったか白日の元にさらされたのである。検察に少しでも正義心があるならばせめて起訴を取り下げろといいたい。

ロハスメディカルブログから
福島県立大野病院事件第10回公判(1)

・一般の手術の場合、出血は血管が切れるためのもので、止血もその局所に対するアプローチとなる。しかし子宮と胎盤との間はまったく異なる。胎児側から臍帯を通じて胎盤内部へ血液が流れ込んでいる。胎盤へは、そこへ子宮かシャワーのように母親の血液が吹きつけていて、胎盤を通して成分交換を行っている。その血流量は、毎450〜600ccである。胎盤を外すと、血液を受け止める壁のなくなった子宮は、ちょうど「シャワーヘッドがオープン」になったようなもので出血し続ける。

(中略)

私は知らなかった。
胎盤を剥がした後の子宮が傷をつけなくても1分間500cc出血する臓器であるということを。おそらく多くの方が同じでないか。検察の見立ても、大量に出血したからには傷をつけたに違いないというものであっただろう。

医療者にとっては常識なのかもしれないが誰かが最初からそのことを説明してくれていれば話がここまでややこしくなることもなかっただろうと思うのである。おそらく検察側も自分たちの見立てが根本からナンセンスであることに間違いなく気づいたと思う。

そして、そのメカニズムを知ってから改めて加藤医師の当日の行動を眺めるとまさにするべきことをし尽していることに気づく。

くい止める会のホームページにも佐藤章教授ご自身の筆になる第10回傍聴記がアップされました。
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage

期日間整理が行われ弁護側証人尋問が拒否されたとありましたが、検察によって拒否されたのか裁判長によって拒否されたのかわかりません。

公判前整理や期日間整理は争点を明らかにし審理が脱線しないように争点整理を行うための制度として導入されたと聞きますが、検察の争点は整理されたのでしょうか。これもまたわからない点です。

アゲがてらのボソッ(笑)

> 期日間整理が行われ弁護側証人尋問が拒否されたとありましたが、検察によって拒否されたのか裁判長によって拒否されたのかわかりません。(No.227 ぼつでおk(医) さま)

証人は、検察か弁護のどちらか一方の当事者が申請し、相手方当事者の意見を聞いた上で、裁判所が採否を決定します。当事者の意見は参考で、法的拘束力はありません。

この場合、今後の日程まで決まっていますから、裁判所が採用しないと決定したということです。

◆周産期医療の崩壊をくい止める会・第十回公判について(07/11/30)
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%BD%BD%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F11%2F30%29
> 公判後、期日間整理が行われ、弁護側が申請していた、医師法21条について、東京大学大学院法学政治学研究科の樋口範雄教授の証人喚問は拒否された。従って、今後の予定は以下の如く決まった。
>  12月21日  被告人尋問
>  1月25日  書証調べ
>  3月14日  論告求刑
>  5月9日  最終弁論  で結審する予定である。

証人「喚問」つー表現がアレですが(国会の国政調査権じゃないんで)・・・
樋口教授は法学者で、医師法21条の法律解釈について専門的な知見を求めるという趣旨でしょうが、
裁判所としては、法解釈については自分自身で文献や判例を調べて研究しているという自負がありますから、必要性が薄いという判断になったものと思います。

他の事例でも、裁判所が法解釈について学者の意見を聞くということは少ないです。
参考・数少ない例外事例
◆変な裁判(大阪地検、公訴取り消し)追記も読んでね
http://www.yabelab.net/blog/medical/2006/09/07-191650.php

No.228 YUNYUNさま

樋口教授は法学者で、医師法21条の法律解釈について専門的な知見を求めるという趣旨でしょうが、裁判所としては、法解釈については自分自身で文献や判例を調べて研究しているという自負がありますから、必要性が薄いという判断になったものと思います。 他の事例でも、裁判所が法解釈について学者の意見を聞くということは少ないです。

これは解るような気がします。
医師の立場だと、臨床に携わっていない医学者(特に医師免許を持たない人)に現場のことが解ってたまるかという感じですかね?

弁護側の、証人申請を却下したということは、21条違反に関しては、事実関係の認定は、書状による証拠や、論告、最終弁論のみで十分であると裁判所が考えていると理解して宜しいのでしょうか。

また法解釈に関しては、
>自分自身で文献や判例を調べて研究しているという自負がありますから

私知利用の禁止の範囲外であるということでしょうか。

やっと見つけました(笑)。
本日公判ですのでアゲです。

http://www.ohmynews.co.jp/news/20071221/18838
被告医師が女性死亡後の経緯を語る
「検察の思った答えが出ないだけでは」と裁判長、福島県立大野病院事件第11回公判

>一方の検察側は、応援医師を依頼するときのやりとりや、術中エコーでの所見、クーパー(手術用はさみ)の使い方などについて、過去の尋問ですでに行ったのと同じ問いを繰り返し、加藤医師の証言の揺れや、供述調書と証言の矛盾を突いた。

 特に、癒着した胎盤の剥離にクーパーを用いた考えや使い方については、細かく追及。

 供述調書では「クーパーで剥離した」となっているのに、法廷では「クーパーと指を併用した」となっていることについて、「頭の中に(併用は当たり前という考えが)あったというが、声に出して言ったのか?」「この件については前回の証言で何と答えたか?」と記憶を試すような問いを繰り返したため、弁護団の異議を受けた鈴木信行裁判長が「裁判所としては、それについては答えが出ている」と口をはさむ場面も。

 「要するに、検察官は何をお聞きになりたいんですか? もう答えているじゃないですか」

といさめても「まだ」と食い下がる検察官を

 「(検察が)思った答えが(被告から)出ないというだけじゃないでしょうか」

と制し、傍聴席を驚かせた。

被告が供述したからどうだというのでしょうかね。クーパー使用が適切な医療行為であったかどうかはもう答えが出ているようなもんではないでしょうか。被告が「不適切であった」と供述すれば不適切であるといったもんではないでしょう。どうもこの辺が司法独特のロジックのようですね。

話のついでにロハスメディカルに掲載された亀田カテーテル事件の判決文のなかで、
http://lohasmedical.jp/blog/2007/12/post_982.php
血尿が出たのは膀胱壁が非薄化し、後腹膜の血液が膀胱内に浸入したためとカルテに書いてあったため、裁判官はそれをそのまま判決文に採用している。でも膜一枚あれば血液が浸入してくることはありゃしませんのよ。現実に起こりうるかどうかは関係なく、カルテに書いてあれば証拠となるんだというのも誠に理解しがたいロジックです。司法試験で理科を必須にしたらいいと思います。

こちらにはしばらくご無沙汰しておりました。レス遅れて済みません。

> 弁護側の、証人申請を却下したということは、21条違反に関しては、事実関係の認定は、書状による証拠や、論告、最終弁論のみで十分であると裁判所が考えていると理解して宜しいのでしょうか。(No.229 田舎の消化器外科医さま)

裁判所は十分と考えているはず。
そもそも医師法21条の構成要件事実は簡単なので、あまり争いになりません。
  医師が、[異状な]死体を発見して、警察へ届けなかった。
あとは法律解釈の問題で、医療事故による死亡でも「異状死」に当たるかどうか。この点は、弁護側は書証として文献を出しているようですし、論告や弁論でも主張されるでしょう。

> 法解釈については、 私知利用の禁止の範囲外であるということでしょうか

「私知」は事実の立証について言うので。
ある事実が真実であることを、たまたま裁判官が個人的に知っていても、それを裁判の基礎にすることは許されず、当事者に立証してもらわなければならない。
法解釈は、事実が在るか無いかというように証拠によって「立証」されるものではないということと、
裁判官にとって法律の解釈適用は職務であり、彼らはまさにそれをするために、あの席に座っているのです。

> 医師の立場だと、臨床に携わっていない医学者(特に医師免許を持たない人)に現場のことが解ってたまるかという感じですかね?

うーん、「現場を知らないから」というより、所詮は権限のない外野の発言は無意味、というニュアンスです。
裁判官の自負心の根源は、絶対の権力者という点にあると思います。「決める人」は、自分より他には誰も居ない。
もちろん、彼らは自分自身がそれに相応しい能力を備え、必要な研鑽も積んでいるという意識です。とにかく、あの人達のプライドは、チョモランマより高いのですよw

第11回公判の状況が「ロハス・メディカル」にレポートされています。まだ全部ではありませんが。
http://lohasmedical.jp/blog/2007/12/post_991.php

加藤医師はよく凌いで、好印象。

>裁判長 検察官が意図しているような考えではないかもしれないけれど、答えは出ていると裁判所は判断します。もっとスピーディーに進行してください。
>裁判長 要するに検察官は何がお聞きになりたいんですか。思った答えが出ないというだけではないんですか。質問を変えてください。

検察官の反対質問に対しても崩れなかったということを、裁判所も認めています。
当事者がしている尋問に裁判長が介入したりストップをかけることは、民事刑事を問わず時々あるので、
「傍聴席が驚いた」というのは、裁判を見慣れていないだけだと思います。
しかし、検察側がしつこく壁塗り質問をするのは見苦しい。
証人(この場合は被告人)が崩せないと分かったら、深追いせずさっと引くべきです。立証は別の証拠ですればよいのだから。

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> 被告が供述したからどうだというのでしょうかね。
> 被告が「不適切であった」と供述すれば不適切であるといったもんではないでしょう(No.232 うらぶれ内科さま)

ご指摘の通りです。
論理的にみて、過失犯では故意犯と異なり、そもそも犯罪をしようという認識がなく、客観的な注意義務違反があれば成立する罪ですから、
被告人自身が過失があったと思うかどうか(自白)には、あまり意味はありません。

それでも捜査段階で被疑者に自白を迫って過失を認めさせることは、公判で争わないように諦めさせる効果があるかもしれませんが、
本件は既に公判段階で争う意思を明らかにしているのだから、今さら認めさせようとしても意味はない。
医学的評価については、被告人に無理に認めさせなくても、他の医師に聞いて立証すればよいことですからね。

検察は意地になっているのでしょうね。

だから「お前がそんな供述するから起訴する羽目になっちまったんだ」とでも検察は言いたいんですかね。。。

YUNYUNさま。コメント有難う御座います。

>とにかく、あの人達のプライドは、チョモランマより高いのですよw

ということは、医療系ブログで、せっかく病院側に有利と思われる、事件の解説を展開しても、その合間に、裁判官をこき下ろすコメントが入れば、彼らの心証形成には却って、不利になるようなこともあるのでしょうか?

>No.237 田舎の消化器外科医さん

自分にプライド相応の自信があれば、外野にこき下ろされたくらいで自分の仕事の本質たる心証が変わるなど、ありえないと思いますけどね(笑)。

> 医療系ブログで、せっかく病院側に有利と思われる、事件の解説を展開しても、その合間に、裁判官をこき下ろすコメントが入れば、彼らの心証形成には却って、不利になるようなこともあるのでしょうか?(No.237 田舎の消化器外科医さま)

正当な批判は構いませんが、事実無根の誹謗中傷や、法律的に誤った見解に基づくイチャモンはだめ。裁判官とて人間ですから、そのようなものを目にすれば、いい気持ちがしないに決まっています。
多忙な裁判官が全ての医療ブログに目を通しているとは思えませんが、せめて有名どころのブログでは気をつけてもらいたいなあ、と。
私も気づいた時は、そういう言い方はイクナイ!と指摘しておりますが。

>事実無根の誹謗中傷や、法律的に誤った見解に基づくイチャモン

「事実無根の誹謗中傷」はもともとどこでもダメでしょう。それに事実無根なら誰の「心証」も影響を受ける心配は必要ないです。

「法律的に誤った見解に基づくイチャモン」は社会において訴訟や起訴と同義そのものですから、裁判長は裁判指揮や判決を世間に示すことによってその誤りを正して見せるのが仕事ぶりというものなのでは?It's his own business.ですね(笑)。

いずれにしても心証形成という職務の唯一無二の本質において、裁判官は法廷外の議論に影響を受けてはならない職責があるはずで、ブログやマスコミ報道は心証形成に責任を負わず、また負う必要も義理もないものではないでしょうか。

No.240 ぼつでおk(医)さま

事実無根だから怒りを感じないというのは、相当に良く出来た人です。
ぼつでおk様は、アホ、バカ、マヌケ、無能、サボリ、ヒトゴロシ医者・・・と言われて、心穏やかに過ごせるでしょうか。たとえ事実無根であることは良識ある社会人の目には明らかであるとしても。
少なくとも、誰かに「それは事実無根だ、そういう非難は不当だ」と、公然と擁護してもらいたいと思われませんか。
裁判官も人間なので、そういう感情は当然にあるだろうと思うのです。

> 裁判長は裁判指揮や判決を世間に示すことによってその誤りを正して見せるのが仕事ぶりというものなのでは?

既に裁判で見せたのを、法律上は成り立たない無意味な批判して「裁判官はアホ、依怙贔屓」と非難する。喩えて言うなら、「ガンは手術せずに治るものだから、手術した医師はアホ」という声が一つ出たら、周囲が一斉にそうだそうだその通りだと叫んでいるような。法律や裁判に関しては、その程度の低レベルの言説がまかり通っているのが、ネット世界なのです。(最近はテレビのバラエティ番組でも同様の出来事がありました。公的な電波でもその程度かとorz)
裁判官自身はあの訴訟指揮は法律的にはこういう意味ですと解説する機会はほとんど与えられませんし、いちいちそんな低レベルの言説に付き合う暇もありませんから、誰か分かっている者が辛抱強く説明して世間の誤解を正さなければならないのが現状です。

> 裁判官は法廷外の議論に影響を受けてはならない職責がある

裁判官に職責があるからと言って、周囲が職務を害する行動を取って良いということにはなりません。
商店は売り物を盗まれないように警備し万引きを阻止する職責があるからと言って、万引き行為が正当化されるものでないのと同様です。
意図的に害しようという意識までは無いのかもしれませんが、無知故の行動であっても、害悪は害悪であり容認することはできません。
世間の無知誤解を正して、裁判官の仕事がやり易くなるように協力することは、同じ法曹としての義務であると考えています。まあ、裁判官がきちんと裁判してくれることは、巡り巡って私の仕事に役に立つ側面があるからですが。

また、間近に迫った裁判員制度のことがあります。
裁判官は世間の雑事に囚われないことについて、職業上の訓練を受けたプロですが、裁判員にそういう態度を取れと言っても無理です。
であるとすれば、マスコミ・ブログの側のやり方を改めさせること、裁判批判したいなら、法律の基礎的な知識くらいは自分で勉強して、きちんとした意味ある批判をせよ、間違った理解に基づくイチャモンはダメだということを、今のうちから叩き込んでおく必要があると考えます。

>No.241 YUNYUN(弁護士)さん
>裁判官も人間なので、

仰るとおりだと思います。
Yosyan先生のブログで日本の裁判官の苛酷な労働環境が紹介されていました。
(>http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20071223#c1198439099)
裁判官の仕事が雑用の類も含めて多すぎると思います。外野の雑音があろうとなかろうと、今の雑用の多すぎる仕事内容のままで、本来の職責である信頼できる心証形成を果たせるとはなかなか思えません。
ただ、今の理屈の裁判員制度を導入しても裁判官の雑用は増えるばかりで、ますます過重労働となりますます心証形成に時間が浪費され、結果として判決の適切さを維持することがいっそう困難になるのではないでしょうか。

>間近に迫った裁判員制度のこと
私のコメントはエントリータイトルの「福島県立大野病院産科医療過誤事件」(私の気持ちは「医療事故」ですが一応(笑)刑事裁判ですのでそのまま過誤事件と転記します)に限らせていただきますことをご了承ください。

この裁判では「裁判官」の業務内容についていろいろと知ることができました。
詳細な傍聴記がそれを可能にしてくれたと思っています。
その内容が人間や制度の限界を明らかにしてくれた結果、現行の刑事裁判の欠陥も修正すべき点も浮かび上がってきました。

少なくともこの裁判は裁判員教育に最も不適切な教材となったと思います。裁判員に選ばれればこんなにも長期間にわたって日夜納税のために働いている自分の生活を犠牲にして公判に出席した挙句、「被告人」の何がどういう罪かも明らかにしないで法廷でいまごろ取調べをやり直すような検察の、眠気を誘う愚かしい長口舌に付き合い続けなければならないというわけですから。

納税者である裁判員に裁判官の仕事の一部を肩代わりさせるというのであれば、ぜひともこの裁判指揮の部分の権限も一部いただきたいものです。

裁判員制度に対して個人的に予想される疑問としてもう一点。
ここの裁判では、今回医師法21条違反で起訴されて公判開始後1年半の時点で予定の訊問が中止となり、以後の日程に「審理」期日が明記されないという決定が裁判官の仕事としてありましたが、この種の判決に直結する判断は裁判員も関与しなければならないはずです。
陪審員制でも有罪無罪以外に情状酌量なども評決事項だったと思いますから。
このあたりは裁判員制度ではどういう運用になるのか決定済みなのでしょうか?

私は二つのことが気になりました。
「被告は検察官によるPTSD・・・」
実際に取り調べというものをみたことがないのですけど、これが本当だとすれば、被告になるということは常に冷静で客観的にものがいえるという心が大切なのですね。でも、患者や遺族から診たら「冷徹」と思われるのでしょう。
「遺族から土下座をしてこいと言われた」
これは違う意味で脅迫なのでは?と思うのですが、私ならこういわれたらカチンと来て「亡くなったことに対してはお悔やみを申し上げますが、決してミスとわかったわけでもなく、今の気持ちとしては、一人の患者さんが亡くなった事実に対して真摯に受け止め、真実を追究し、今後の医療に役立てるという誓いをすることを報告しに来たんであって・・」と言ってしまいそう。こういうのは脅迫罪にならないのかな?
ただ、遺族の気持ちはわかります。でも、理不尽なことを受け入れる医療の世界って一体?

PS)自宅から入力したらなぜかエラーになってしまいました。

・「被告はPTSD」という点について
おそらく弁護側とは事前に質問について打ち合わせていたはずなので弁護側とのやり取りではしっかりと話せていても、
その場で考えて受け答えしなければならない検察官の質問には言いよどむようなことは多いと思いますので一概には言えないのではないかと思います。
ただ、答えた内容によっては刑務所に入ることになるかもしれない状況にある、という我々には想像できない緊張状態に加藤医師はおかれているわけで心理的圧迫感は相当感じておられると思います。
「裁判の後遺症」のようなものがなければよいのですが

それで、法曹の方にお聞きしたいのは、こういった裁判がトラウマになるということがあるのかどうかという点です。

No.245
 法曹が聞かれると、「トラウマとは何か」から問い返さなければなりません。
 単に悪夢のようなものとして残る意味なのか、医学で言うところの症状が現れる何かなのか。
 刑事裁判では、「PTSD単独」で傷害は認められていないような気がします(因果関係が難しすぎて起訴されないのでしょうが)。

それはともかく、
1 裁判に関与した人にトラウマが残るのかという意味であれば、法曹には答えられないでしょう。
 理由は、法曹は裁判にドップリ浸かっていて、どんなことが裁判で起きても、それは証人の義務、トラウマを与えるのを恐れて質問を控えることはできない、それぐらいでトラウマなんて信じられない、それは甘受してください・・・というように感覚が麻痺していると思うからです。

2 この裁判が「法曹にとってトラウマ」になるかという意味であれば、少なくとも検察はこんな裁判なんかやりたくないと、もう十分なトラウマになっていると思いますよ。

No.246 psq法曹さん ありがとうございます。
私が想定しているトラウマとは「心的外傷」ということです。広義にはPTSDも含めます。悪夢として残るものから精神的異常を来すものまで様々な範囲を含みます。医学的にはこれらを連続した現象としてとらえるので、このような症状、と特定することは困難だと思われます。
そして、被告が警察管・検察官の慈悲無き取り調べや威圧的な態度からこのようなトラウマを起こしえるのかどうか、と思った次第です。
つまり、いじめられっ子が「もう死ぬしかない」と思ったりする(これはちょっと極端な例ですが)、いじめられっ子にさらにいじめられるのを恐れて答えられないというような心境があり得るかどうかと言うことです。

> 1 裁判に関与した人にトラウマが残るのかという意味であれば、法曹には答えられないでしょう。
 理由は、法曹は裁判にドップリ浸かっていて、どんなことが裁判で起きても、それは証人の義務、トラウマを与えるのを恐れて質問を控えることはできない、それぐらいでトラウマなんて信じられない、それは甘受してください・・・というように感覚が麻痺していると思うからです。

ということは、実際に体験した被告の方々本人に聞いてみるしかないのでしょうか?

No.247
厳密に言えばそうなります。
法曹という立場を離れて、ごく普通の市民として愚痴を言わせて貰うと次のとおりになります。

最近は、何かと言えば、トラウマ、PTSD、心のケアが大事などと言われますが、日本人はいつからそんなにヤワになったのでしょうかね。

途上国では、戦争や大規模災害、飢餓があり、ごく身近に人の死があり、そんなことで一々トラウマなどと言って居る暇はなく、生き抜いているのです。

何でもかんでもトラウマとか言っていたら、祖父母や親の死に顔をみてもトラウマ、火葬を見てトラウマ、火事や地震に遭ってもトラウマ、それはいいとしても、そのうち満員電車の窮屈さにトラウマとか、ブログのコメントで批判されてトラウマとかいうのが出てきそうな感じです。

トラウマに対処するのは必要なのでしょうが、それを基に訴えるとか、保障しろとかいう人が出てくると疑問であり、人間生きて行く上で甘受(我慢・忍耐)しなければならない限度というのがあるのではないかと思います。

強者の論理と言われそうですが、私だって隣に口臭の強い人がいたらトラウマにならないとも限らない(汗)

> No.10 七誌(禁煙暦10年)さん
実は、科学的には「喫煙は有害なんだから、自動的に受動喫煙は有害」は成り立ちません。例えば、
「高血圧があると虚血性心疾患になりやすい」
が成り立っても
「高血圧を治療すれば虚血性心疾患をいくらか防げる」
を証明するのに医学者たちは大変苦労をしました。実際に初期の降圧薬である短時間作用方Ca拮抗薬は実は、心疾患が逆に増えるという矛盾をはらんでいました。
健康増進法が健康に役に立つか、ということも完全には証明できていません。

> No.248 psq法曹さん
> 最近は、何かと言えば、トラウマ、PTSD、心のケアが大事などと言
> われますが、日本人はいつからそんなにヤワになったのでしょうか
> ね。
とおっしゃいますが、鬱病は精神がたるんでいるからなるのではなく、ストレスや最近では遺伝子がそうさせているというデータもあります。身近に鬱病を経験した身としては、鬱病は脳における化学物質伝達の異常から自殺をおこすのであり、その点はメタボリック症候群と何ら変わりはありません。最近は医師の間でもこういう認識が一般的になってきています。根性をたたき直せば直るというものではなく、薬による治療が必要であることはすでに証明されています。
そしてPTSDは鬱病の原因になったりしますからもちろん無関係ではありません。
そして、鬱病は途上国では少ないと言うこともはっきりしています。つまり、先進国の豊かさがある意味ストレスを生む土壌になっていると仮定できます。
で、私が言いたいのは、何でもトラウマ、という人の言うことを聞くとか保証しろとか言うことではなく、日本全体がそういう人たちの支えになり、治してあげるべきだと言うことです。それには国の支援が必要であり、ようやくその支援が始まったところなのです。なにしろ、自殺が増えてしまっては国の経済活動が妨げられますからね。
私も昔は自殺するやつなんて根性が足りんとか、助けてやる必要はない、とか思っていましたが、医学を学ぶうちに病気の一つだと認識するようになりました。私の認識(というより最近の若い医師の認識)は糖尿病を治す保証があるのなら精神疾患を治す保証もしてやらなければならないということです。ただ、それはわがままを聞き入れろ、ということでありませんので念のため。
それではきりがない、ということであれば保険医療の体系を根本的に変える必要があると思うのです。

上のコメントは失敗です。VISTAからうまく投稿できないので操作を誤ってしまいました。

>No.248 psq法曹さん
ごく普通の市民としてハゲシク同感(笑)。

ついでに医者がクーパーを手にしたぐらいで「殺人行為」だなどと喚くような道理を弁えぬ平和ボケの腑抜けに検察や警察をやってもらいたくないですね。

結審の年になりましたのでアゲます。

ここまでの経過を振り返りまして、いまだに検察がK医師のどの「行為」をもって患者を死なせた原因の過失行為だと言いたいのかわかりません。何をもって起訴されるべき「彼の行為」だとしたのでしょう。

対してK医師の手術行為はすべて「医療遵則」に従って注意深く遂行されたことが公判で明らかになりました。

初期の報道でK医師が語った「医師としての良心に背く行いはしていない」の言葉が保身のための嘘など微塵も含まれていない言葉どおりのものであったわけですが、いやしくも検察ともあろうものが公判前整理の段階でそのことがわからなかったのでしょうか。

逮捕後起訴決定時検察は、新聞発表(公式な起訴事由の発表と同じ検察の公務です)で「K医師は(保身のために)嘘をついている。そのことを裁判で証明する」と述べていました。

手術記録等すべての証拠を検察だけが持っている状態で、しかもいつでもどこでも自由に捜査出来る権限を有していたのです。

この状態でK医師が嘘をついているかどうかさえわからなかったとなると、検察の捜査能力についてそもそも疑われても仕方がないように思われますが、そう思うのは私だけかも(笑)。

ぼつでおk先生

「K医師は(保身のために)嘘をついている。そのことを裁判で証明する」といった検察は、調書作成時に、被告に嘘をつかせていたことを、証明しつつあるのではないでしょうか。

ぼつでおk先生

「K医師は(保身のために)嘘をついている。そのことを裁判で証明する」といった検察は、調書作成時に、被告に嘘をつかせていたことを、証明しつつあるのではないでしょうか。

>>No.254 田舎の消化器外科医さん

御意にござります。

検察はK医師が未熟ゆえに大きな失敗をしたが保身のために嘘をついていると仮説を建てて捜査を行い、その結果「嘘をついた」ことについて有罪の証拠が得られたとして起訴したわけです。

しかしこの仮説の前提である「未熟」というプロファイリングがそもそもおかしいのですが、このような初歩的なプロファイリングミスは普通に捜査すればすぐ気付くはずなのに起訴してしまった。

公判前整理が行われればミスに気付くチャンスがあったのにそこでもミスは無いと言い張って、結局自分の職務遂行において「未熟ゆえにミスをしてそれを隠すために嘘をついている」のは誰なのかということが、証明されつつあると思っていますが、実に憂うべき事態が現出してしまって現在進行中なことが残念です。

対策は早いほうがいいという気持ちが強いですが、これが終わらない限り医師は動きが取れないです。

アゲを兼ねてNo.255の最後の部分の文章を書き直します。

公判前整理が行われれば検察自らミスに気付くチャンスがあったのに、そこでもプロファイリングにミスは無いと言い張って裁判に強行突入し、結局自分の職務遂行において「未熟ゆえにミスをして、それを隠すために嘘をついて」いるのはK医師ではなく、争点整理に応じず裁判を続けるだけの検察のほうであると思っていますが、この検察の裁判継続という横車が原因で全国の産科医療崩壊という憂うべき事態が現出してしまって、現在なお拡大進行中なことが実に残念です。

医療崩壊対策は早いほうがいいという気持ちが強いですが、この大野病院裁判が終わらない限り医師のほうからはどのような動きもまったく取れないです。

毎度連投失礼。
ageを兼ねて>>No.256を再訂正(毎度すみません)
上から数えて4行目の最後〜5行目最初の部分の
「この検察の裁判継続という横車」を以下のように修正し松。

「この検察の争点を示さないまま裁判継続という横車」

[検査目的の献血の悪質性]のエントリーで
http://www.yabelab.net/blog/2008/01/23-205218.php
>日赤は「感染直後は検査をすり抜けて輸血で感染してしまう恐れがある。

という記載がありました。
こちらの事件で検察が主張する「何らかの手術過失による失血死」の根拠を失わせる医学的常識です。

公判で明らかになった手術記録によると、術中胎盤剥離に伴う出血が予期したより大量であったと手術チームが認識した時点で追加輸血の発注と病院職員の献血を募った結果、追加MAP到着以前に3000ccの新鮮血が用意された事実があります。
術中の全身管理を担当する麻酔医は出血が患者死亡につながらないようモニターしながら手術の進行を指揮しています。執刀医が産科出血の止血のため子宮全摘に移ろうとした際ストップをかけたのは、子宮の圧迫止血が効いているので追加輸血を待てると判断したからです。しかしもしその「待てる」の判断が間違っていた場合即ちモニター上に失血死直前の危険徴候が出現した場合直ちに輸血が必要となる最終事態に備えて、同時に職員の献血を募ったものと思われます。

しかし新鮮血は最初に書いたように致死的感染症の病原体の存在を否定できる検査や処理を経ておらず、使用できるとしたら本当に目前の「失血死」を救命する為の一か八か最後の手段としてだけです。運良く輸血感染症を免れ得るクリーンな新鮮血であったとしても、GVHDという致死的劇症型免疫反応を起こすと救命のために輸血したこと自体が致死毒を投与した行為に等しくなってしまいます。最後の手段ではあるが非常に危険な諸刃の剣であるがため、用意はするが圧迫止血だけで組織への酸素供給が維持できているなら、より安全性の高いMAPの到着を待てる限り待つというのがこの場合の「医療遵則」であり、医師であれば研修を終えたレベルから皆そう考えるでしょう。

この時点(圧迫止血が有効で患者の失血死を防いでいる時点)で、最終的な患者死亡の原因がK医師の胎盤剥離術であるとする相当因果関係が不成立であることは、小学生でもわかることではないのでしょうか。

そしてK医師同様麻酔専門医もまさに医療遵則に従って、患者の術中死を全力で防いで手術を成功させるよう務めていたことも。

福島県立大野病院事件第12回公判(速報)

ロハスメディカルブログから。

今回は遺族3人の意見陳述です。

「手術に間違いがなければ、なんで妻は死んでしまったのでしょうか」とのことです。

>「手術に間違いがなければ、なんで妻は死んでしまったのでしょうか」

この問いに我々医師ではなく警察や裁判官が裁判で果たして答えられるのでしょうか?

>「手術に間違いがなければ、なんで妻は死んでしまったのでしょうか」

だから手術なんかしなけりゃよかったのさ。医療がなければ医療ミスもない。イカン、最近2ちゃんねんるに毒されてきたwww

遺族の心情は分からないではありません・・・・が、
それでも、急性心筋梗塞やくも膜下出血で緊急手術を受け、不幸にして亡くなった患者の家族は同じことをいうでしょうか。更に、「設備の整った大きな病院だったらなどと・・・」
家族からすれば、出産というものは病気ではなく、前置胎盤など大したものではないと思っているのでしょうが、心筋梗塞やくも膜下出血と同じように非常にリスクが大きいものだと理解してほしい。そして医療は不確実なものであることを・・・。

病院の事務方として約30年働いているので医療側の立場の人間です。しかし、専門資格を持たない素人なので、その意味では一般の方に近い立場でもあります。

医療のことは、医師など専門職のように分からなくても、医療がいかに不確実であるか、というか人の命は誰にもコントロールできるものではないということを一般の方々よりは随分多く見てきています。そんな中で少しでも多くの命を救うため、そして健康を回復させるため医師たちは日夜働いるんです。それでも誰にも予期できないようなことが起こり、救えない命があるんです。

どんなに説明して遺族には分かってもらえないと思いますが、少しでも多くの人々に理解してほしいと思います。

最近毒されている2チャンネルより

http://society6.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1199420622/l5025

7 :卵の名無しさん:2008/01/26(土) 02:54:49 ID:xRvyM8Uy0
加藤先生の奥さんと子供にも出廷してもらったらどうかね
不当な逮捕のせいで子供の出生にも立ち会えず
身重の妻には過大な負担をかけてしまったこと
検察や警察にはよーーーーく理解してもらう必要がある

いいこというなあ。裁判の場で、遺族が一方的立場で感情論をまくし立てるというのは、公正な審理を妨げるもんだと思いますが。どうしてこんな事とやらせるんでしょうかね。

どこか毒多いところ(笑)で見たですが、
>次回3月21日午後1時半から論告求刑が行われる。

もう前回第11回公判以後は新しい証言も証拠もなく、そこまでの内容は傍聴記によってネット上にほぼ全て公開されました。検察の論告の根拠となる証拠証言をわれわれ皆が見ることができます。

この段階に至っては、我々素人には無理でも刑事訴訟に通じた法曹の皆さんならば、検察の論告求刑内容を予測することは簡単でしょう。
どなたか教えていただけませんでしょうか?あと2ヶ月ありますので詳細な検討をなさる時間の余裕もたっぷりですし。

なにより私はここで自分なりにK医師の何を起訴されたのかについて検討を重ねてきたつもりですが、素人の悲しさ、自分が検察官になったつもりで考えても何をどう論告求刑できるのか皆目わからなかった。

やはり餅は餅屋です。専門家のかたが「私ならこう論告求刑する」というご私見を我々ど素人にお示しいただければ幸甚です。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%BD%BD%C6%F3%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2808%2F1%2F25%29

周産期医療の崩壊をくい止める会の第12回公判傍聴記録を遅ればせながら見ましたが、N大学のT教授の鑑定書は証拠採用されていないのでしょうか。それとも検察はこの鑑定書を取り下げてしまったのでしょうか。そんなことしなければならないのならば起訴自体取り下げたまえ。

よく見たら、供述調書と鑑定医の意見なしのプレパラートだけですね。これで過失が立証されたら世も末だ。

多分、「第12回公判で取り調べられた証拠」が各供述調書とプレパラート等だった、ということではないかと。1〜11回の公判で、その他の証拠も取り調べられていると思います。

>>No.265 うらぶれ内科さん
とまったく同意見です。

公判前整理を検察が真摯に行っていればその時点で取り下げざるを得ない起訴であったことは、すでに全公判傍聴記録で国民の前に明白となっています。

No.267 (ただいま謹慎中)さん

よく見直してみるとおっしゃるとおりですね。失礼しました。

えーっと、私の>>No.268は

>>No.265 うらぶれ内科さんの「起訴自体取り下げたまえ。」

と全くの同意見です。

という意味です(笑)。

期待権論にいりびたっておりました(笑)が、その理由は「因果関係なき過失」の存在を医師ー患者間の医療契約のなかに過失として認めた「割り箸事件刑事(無罪)判決」を、福島地方検察が謙抑的であるべき起訴便宜主義の稚拙な誤解釈につなげて、権力の濫用である理不尽(公判を維持できない)な執刀医起訴を行ったことが、最初から明らかであるからです。県が賠償金の支払いを申し出た案件であるにもかかわらず、検察が加藤医師に対して行った不当な勾留と取調べと推定無罪の原則を理由なく無視した保釈への反対意見が、それ(検察の判断ミス)を雄弁に物語っていました。

福島地裁の裁判官が検察の初歩的(笑)判断ミスに気付いていれば、遅くとも公判前整理で指摘できたはずです。
それがいまだにしてだらけたなにこれ?裁判が続けられています。

検察も検察なら裁判所も裁判所としか言いようがない。
検察一体の原則と同じく司法(裁判官)一体の原則があります。
最高検察庁と最高裁判所はこの刑事裁判を続けてしかるべきだと判断していることになります。
法が正しく行われていないことをみずから明らかにしたいのでしょうか?
思考停止しているのか腹が据わっているのかどちらでしょうね(笑)。

>>271を自分で読み返していて気付いたことがあります。
県が「賠償金」を支払おうとしていた案件、の部分です。これが「賠償金」ではなく「慰謝料」であれば、検察が最初に業務上過失致死の証拠として注目することはなかったかもしれない。

とはいえ起訴した時点で、本当に手術中に患者死亡と相当因果関係がある加藤医師の「行為」が証拠上論証できないのに起訴したのは明らかに捜査を尽くしていない検察本来の業務上のミスですから、検察は不当な起訴といわれることに対して言い訳できないでしょう。

さて、初心に返って書き込みです。

刑事裁判ではある一人の個人の行為が刑法に照らして背くところがあるかどうか思料されます。
1.検察は自分の判断で疑いを抱いた行為について証拠を揃えて起訴します。
2.それを裁判官が法に照らして有罪か無罪か判決する
わけです。

ここの裁判では1.の検察の揃えた「証拠」に問題があると考えます。すなわち業務上過失致死を全く証明できない証拠価値のないものばかりなのに、起訴に踏み切った。

この福島地検が公判で出してきた全ての材料の証拠価値で、業務上過失致死がどういうふうに法に照らせば成立するのでしょうか。個人の行為ですから因果関係なき過失は絶対使えませんよ。(笑)

公判が全て終了して証拠と証言のすべてが明らかになった今、検察職の方、裁判官職の方のご意見が聞きたいものです。

裁判員制度を始めなさるのですから、説明責任がおありでないですか?(笑)

> これが「賠償金」ではなく「慰謝料」であれば、検察が最初に業務上過失致死の証拠として注目することはなかったかもしれない(No.272 ぼつでおk(医)さま)

それは法的にはありえません。
精神的な損害に対する賠償金を「慰謝料」と呼ぶので、「賠償金」でも「慰謝料」でも、故意or過失によって他人に被害を及ぼした場合に、ゴメンナサイの趣旨で払うお金です。

和解で、こちらが悪かったわけではない、という趣旨を表すには、
 ”解決金”を払う
という言い方をします。
しかし報道では、そういうのも一緒くたにして、「慰謝料を払った」と書かれていることがあるので、注意が必要です。

本件で福島県が、どういう名目で金銭を提供したかは、分かりません。
事故調査報告書には「過失」の文言は使っていなかったことからすると、
「こちらの過失ではないが、お見舞いの趣旨で解決金を支払います」というアプローチの仕方も、考えられるところです。
また、その場合に遺族側が、「過失を認めない」態度には納得がいかないから示談に応じない、という反応もあり得ることでしょう。

2008年1月25日公判における被害者の父の陳述:
>「私達家族は何故事故がおきたのか、納得できず、研究報告書等を入手していたことから、示談は時期尚早と考えて、質問を病院に送ったところ、中断したままです」

-----
> 個人の行為ですから因果関係なき過失は絶対使えませんよ。(笑)(No.271 ぼつでおk(医)さま)

個人の行為であるかどうかは、問題ではありません。
ここは、「刑事責任であるから」と書くべきでしょう。

民事ならば、過失がある場合に、因果関係が高度の蓋然性をもって立証できなくても、相当程度の可能性による期待権として慰謝料がちょこっともらえるかもしれません。
しかし刑事事件では、因果関係が立証できなければ、たとえ過失があろうと無罪。(割り箸事件刑事第一審を参照) 一部賠償のごとく短い刑で有罪にするなどという判決は、法的にあり得ません。

検察官は当然、その理屈は分かっていますから、本件では、過失も因果関係も、立証できるつもりで起訴したのです。

------
> 裁判員制度を始めなさるのですから、説明責任がおありでないですか?(笑)

冗談のおつもりでしょうが、
裁判官、検察官の身分にある人が、モトケンブログに出向いて、個別事件について説明すべき責任は、法的にはもとより、道義的にも全く考えられません。
個別事件について法律相談したい方は、自分で相談料を払って弁護士に相談してください。

医療過誤であるとして、病院が民事賠償を命じられたり、医師が刑事訴追された場合に、
同業者だからといって、医師である皆さんが、この場で説明すべき責任を負うわけでないのと、同様に。

>>No.274 YUNYUN(弁護士)さん
コメントありがとうございます。
ご指摘いただいた用語不適当の点はほぼすべておっしゃるとおりです(笑)。
アゲてから直そうかなと思ってたんですが割く時間もないので、わかる人にはわかることだし(YUNYUNさんの如くw)自分で連投するより誰かが指摘してくれるのを待ったほうが、エントリー的にも読みやすいかなと考えて放置プレイでした(笑)。

最後のは半分冗談ですが、半分は本気です(笑)。
No.264の
>やはり餅は餅屋です。専門家のかたが「私ならこう論告求刑する」という
>ご私見を我々ど素人にお示しいただければ幸甚です。
をちょいと辛めに焼き直してみました。

ここでのお答えを期待はしてないんですけどね、ほんとのところ。自分自身の行為ではない他人の行為になにも期待しないという考えを基本にしていますから。期待外れのことがあっても特別腹も立たないのがこの考え方の利点かな(笑)。でもって逆に誰かに期待されても自分が自分に期待している内容と同じ方向でない限り応える努力をしないですけど(笑)。
つまるところぼつでおkとはそういうHNでございます(爆)。

もうすぐ論告求刑です。

審理が行われなかった医師法21条違反はどうなるんでしょうか。検察がどういう求刑をしてもそのまま認められるのか、あるいは審理していないということは裁判長が検察の論告自体を認めないということなのか。
期日間整理とはどういうものでこの裁判では行われたのか否かも私にはさだかでありません。
法律とはこんなにわかりにくいものなのでしょうか。

また業務上過失もなにが過失にあたるのかここまでわかりにくければ業務自体行うことができないでしょう。今度の論告でははっきりとなにが過失か指摘されるのでしょうか。この期に及んでも私には予測不能です(笑)。

個人的にはいまさらなにも期待はしてませんが(笑)こうも法律や裁判が理解できない私が裁判員を受任できるという自分自身への期待も全滅しています(笑)。

くい止める会ホームページより。
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage

>検察側の主張によると、「まず、業務上過失致死に対しては、産科専門医であるにも関わらず、なおかつ癒着胎盤を予見していたにも関わらず、器具を用いてはく離困難なところを無理にはく離を行い、はく離面からの大量出血を引き起こし結果として、被害者を失血死させた。次に、医師法21条届出義務違反については、明らかな過誤による死亡であり、異状死であることが明白であるにも関わらず届出を行わず捜査を遅らせた。よって禁固1年、罰金10万円と求刑する。」とのことでした。>

これは読んでもわからないように作文されたのでしょうか?
まず業務上過失のどの行為が注意義務回避義務違反行為にあたるのか書いてない。
また、業務上過失致死で禁固1年なのか届出違反で罰金¥10万(思わず笑)なのかわざとわかりにくくまとめて書いてるのでしょうか。
届出違反については審理すら行われていないのに検察が求刑したということは、期日間整理で整理されていない争点が裁判で審理すらされなかったということになりますが、加藤医師は正当な裁判を受ける権利を侵害されてはいないのでしょうか?

まあ詳報を待ちます。
とりあえずアゲ。

分からなくもないと思いますが・・・

まず業務上過失のどの行為が注意義務回避義務違反行為にあたるのか書いてない。

「産科専門医であるにも関わらず、なおかつ癒着胎盤を予見していたにも関わらず」の部分が予見義務違反で「器具を用いてはく離困難なところを無理にはく離を行い」の部分が回避義務違反という主張ではないかと思います。なんか釈然としない文章ですが(特に予見義務違反の部分)原文はどうなっているのでしょうかね?
また、業務上過失致死で禁固1年なのか届出違反で罰金¥10万(思わず笑)なのかわざとわかりにくくまとめて書いてるのでしょうか。

両方ではないでしょうか。罰金と禁固は併科できます(刑法48条)。
届出違反については審理すら行われていないのに検察が求刑したということは、期日間整理で整理されていない争点が裁判で審理すらされなかったということになりますが、加藤医師は正当な裁判を受ける権利を侵害されてはいないのでしょうか?

これも実際にどういうやり取りがあったのかは分かりませんが医師法違反でも起訴されて弁護側はこれを争っているようですから問題ないのではないでしょうか。医師法違反について争点となるのは「明らかな過誤による死亡であり、異状死であることが明白である」かどうかだと思われますが結局この部分は業務上過失致死ついての審理と重複しているので別個に審理されなかっただけではないかと思われます

> 審理が行われなかった医師法21条違反(No.276 ぼつでおk(医)さま)

本件で、医師法の点も審理は行われています。
起訴された事件について、審理をしないということは、あり得ません。裁判所は裁判を求められたら、必ず応答する義務があります。

刑事裁判で調べる証拠は、人的証拠(証人尋問、被告人質問)だけでなく、書証もあります。
医師法違反の点については、客観的な事実が主であり書証で立証できるのと、業務上過失致死罪の証拠と共通している部分があるために、傍聴していても目立たなかっただけと思います。

医師法21条の構成要件
・死体を検案した ←争いなし
・異状な死であった
・24時間以内に警察に届け出なかった ←争いなし

争点は、本件の死亡は「異状死」に当たるか、
故意の問題として、被告人が本件を「異状死」であると認識していたか、少なくとも認識し得る可能性があったか。

-------
> 期日間整理とはどういうものでこの裁判では行われたのか否かも私にはさだかでありません。

公判前整理や期日間整理の手続きは非公開で行われ、当事者以外の人が傍聴できないため、
外部からは何をやっているのか、分かりにくいという批判は、あります。
より根本的には、「裁判の公開」(憲法82条)に反しないかという問題です。

本件でも、公判前整理を 弁護人が 無意味に長引かせているだとか、全くの憶測に基づく的外れな中傷を受けて、お気の毒でした。

-----
> 業務上過失のどの行為が注意義務回避義務違反行為にあたるのか(No.277 ぼつでおk(医)さま)

No.288ろくろくび様のご説明の通り。
傍聴聞き書きのため、法律的に厳密な用語でないのは仕方がありません。

> 業務上過失致死で禁固1年なのか届出違反で罰金¥10万(思わず笑)なのか

検察官が求刑する際には、いちいち根拠を説明しませんが、
検察官の考え方を推測しますに、

本件で起訴されている罪は2つ
・業務上過失致死罪 5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円(旧法)以下の罰金
・医師法違反 50万円以下の罰金

これらは併合罪の関係なので、
業務上過失致死罪につき禁錮刑を選択して、法定刑の範囲内で1年、
医師法違反による罰金をこれと併科することとして、法定刑の範囲内で10万円
というつもりなのでしょう。

いまのところ、ohmynewsが一番詳しいようです。

産婦人科医に禁固1年、罰金10万円を求刑

検察は、加藤医師がこれまで法廷で行った証言は、警察や検察の取り調べでの任意供述とは変わっており、信用できないと重ねて主張。また、弁護側証人は同事件に抗議声明を出している医学界の意向を強く受けており、中立性や信頼性に欠けることを指摘した。

検察側の承認も、学会の重鎮なのですが。

「(用手剥離の)手指が入らないほど強い癒着胎盤だったのに、クーパーを使って無理な胎盤はく離を10分以上にわたって続け、次々とわき出るような出血を起こさせたのは、医師として基礎的な注意義務違反である」  「癒着胎盤の無理な剥離には大量出血のリスクがあるので、直ちに子宮摘出すべきというのは産婦人科医として基本的な知識。大量出血を予見する事情は多数存在したのに、回避しなかったのは、被告は医師として安易な判断をしたといえる」

これは、裁判中の最も対立した争点ですね。

 「出産の喜びを期待して廊下で待っていた家族を、手術開始から4時間、何の説明もなく待たせ、いきなり『すみません、亡くなりました』と最悪の現実を突き付けた。それが遺族の厳しい感情を呼び起した」

業務上過失致死の構成要件とは関係無いように思うのですが。量刑に影響しているのでしょうか。

また、書面審理のみだった医師法21条違反に関しては、  (1)癒着胎盤自体で妊婦が死亡するわけではなく、被告の過失による失血死なのだから「異状死」にあてはまるのは明らか  (2)被告は自分の無理な胎盤はく離によって大量出血が起きたことを認識していた。死亡後の検案も自ら行っており、失血が死亡原因であることを認識していた  (3)被告は手術直後、「クーパーを使ったのが良くなかったのでは」と考えていたが、病院長に過失の有無を問われたときは「ミスはなかった」と答えた。病院長は産婦人科は専門外なため、被告の回答を信用して異状死の届け出はしなくていいと判断した  (4)医師法21条は憲法38条(自己に不利益な供述は強要されない)に違反するとの意見があるが、過去の最高裁判決に照らして違憲ではない ――などの理由を挙げ、業務上過失致死とともに医師法21条違反も成立すると主張した。

病院長の責任ではなく、担当医個人の責任としているようですね。

>No.279 YUNYUN(弁護士)さま
分かりやすい解説ありがとうございます

>No.280 田舎の消化器外科医さま
記事の紹介ありがとうございます。
でもなぜか記事に飛べない(^^;)
こちらでよろしいですよね?

>No.279 YUNYUN(弁護士)さん
>・異状な死であった

「異状死」という単語が一人歩きしているような気がします。
「異状死」と言った場合に連想されるのは「異常な死にかた」。
しかし、医師法に書いてあるのは「異状のある死体」を見たら届け出ろということ。
素直に条文を読めば、死に至る経過(死にかた)は21条と無関係なんじゃないでしょうか。
死に至る経過が異常か否か、つまり犯罪性があるか否かは司法機関の判断することで、医師が判断するのは死体そのものに異状があるか否かのような気がします。
大野事件では異状死であると認識するために、具体的にどの様な「異状」が術後の遺体にあったのかの情報はありません。
一方、厚労省は「医療過誤の疑いがあれば21条に基づいて届出よ」というガイドラインを出しています。裁判所の条文解釈が法律でもなんでもないガイドラインに影響されるものなのかどうか私には分かりません。

医師法21条にいう「異状死」とは、「自然な経過(寿命)でない、外因による死亡」という意味に解されています。
不慮の事故や交通事故、他人から手を加えられた死亡(他殺)、自分で死んだ自殺の痕跡がある死体は、みな「異状」です。また、死因不明でも、自然な経過であるとは言えませんから、届出対象となります。
この中には、犯罪性のないものも混じっており、犯罪であるか否かを調べるのは、届出を受けた警察の役割です。

> 具体的にどの様な「異状」が術後の遺体にあったのかの情報はありません

本件では、ナマの事実として、患者が胎盤を剥がした箇所から多量に出血したために死亡に至ったということは、カルテや県の事故調査報告書等の書証により立証されており、
被告人が遺体のその状態を見て知っていたということ自体も、争われていません。

問題は、診療行為に関連した予期しない死亡「医療過誤」をどう扱うかで、
医療過誤を犯罪(業務上過失致死罪)と捉えるか、主治医に自らの行為について届出義務を課すべきか、黙秘権の保障(憲法38条)との関係はどうなるか、が争点です。

YUNYUN(弁護士)さん のお話が一番私というわからず屋の年寄りにとって刑訴法というものがどういうものかわかりやすいように思えます。皆様が労をいとわずここに書き込んでくださることに感謝申し上げずにはいられません。
刑訴法自体が水準以下なんじゃまいかという疑念は晴れませんが。

No.284 ぼつでおk(医)さん

たしかに刑訴法の規定自体にも問題は多いのですが、運用で解決できる問題も多々あります。

そして、刑訴法の運用が水準以下というお叱りであれば、残念ながらそのとおりと申し上げなければなりません。人質司法は未だ改善されておらず、日本の刑事訴訟手続は、国際的に見てもかなり低い水準にあります。人権後進国といわれるのもやむをえないのが現状です。


今回の事件を通じ、医学会も、人質司法や有罪アレルギーの打開に向け協力して下さることを願ってやみません。

異常死の届出って犯罪性がありそうな外傷とか中毒を疑わせるような症状・所見などしか考えていませんでした。

>医師法21条にいう「異状死」とは、「自然な経過(寿命)でない、外因による死亡」という意味に解されています。不慮の事故や交通事故・・

ということは、「餅をのどに詰まらせた」なんてのも届出対象なんでしょうか?
だとしたら、俺も逮捕されちゃうかも・・。

No.283 YUNYUN(弁護士)さん

第21条 医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
>医師法21条にいう「異状死」とは、「自然な経過(寿命)でない、外因による死亡」という意味に解されています。

21条には「異状死」という単語は出てきませんし、字面だけを追えば所見を読み取らなければならないのは死体であって、死体になる前の所見は無関係と思います。
ですから、
>患者が胎盤を剥がした箇所から多量に出血したために死亡に至ったということ
は21条とは無関係ではないかと思います。

字面だけを追っては正しい解釈に至らないと言うなら、そこはプロの領域ですから21条に関してこれ以上何も言えませんが、法律の解釈がプロにしかできないものであるならば、一般人は法律を社会行動の規範として用いることができないということが言えるかと思います。

 論告まで来てしまったら、あとは判決待ちですね。

 論告も弁論も所詮当事者側の意見つまり言い分ですので、裁判所がその言い分を採用するかどうか、つまり判決こそが重要です。
 
 論告や弁論は、それ単独で論評する意味が乏しいです。

> 所見を読み取らなければならないのは死体であって、死体になる前の所見は無関係

死体になる前の出来事が、全く無関係ということにはなりません。

死因が何であるかを判断するというのは、
死体になる前の、生きていた最期の時機に、その身体に対してどんなイベントがあったのかを、
死体に残る兆候を手がかりにして、医学的に推察する作業であると思います。

例えば、死体の所見が
・腹部を刃物で刺した跡がある
・傷から大量出血している
→ (他人に刺されれたか自分で刺したかは分からないが)刃物で刺されて出血多量したことにより死亡したものと医学的に推定
→ 他殺にせよ自殺にせよ、自然な経過による死亡ではないと判断
→ 異状死の届出が必要

まして、生きているうちに診察を開始して、死亡に至る経過を直接に目撃した医師であれば、死体になる「前」の所見も加味した上で、
自然な経過による死亡かどうかを、判断すべきでしょう。

>>No.288 モトケン先生
>論告や弁論は、それ単独で論評する意味が乏しいです。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%BD%BD%BB%B0%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2808%2F3%2F21%29
ようやく読み終わりました(笑)。
こんなん裁判所はきちんと一語一句正確に記録できたんでしょうかね(笑)。原文書類そのものを新聞に配らなければ裁判公開の原則に反するんじゃないでしょうか(笑)。
論評じゃなく感想ですが、昔某宗教団体の広報や弁護士がディベートと称していつ果てるとも無くまくしたてていた自己弁護の論法を聞いた後と同じくらい、疲れました(笑)。

> 診療行為に関連した予期しない死亡「医療過誤」をどう扱うかで、
> 医療過誤を犯罪(業務上過失致死罪)と捉えるか、
医療過誤を犯罪として扱う場合、皆様もご存じの通り、医療は縮小し、侵襲的な医療はできなくなります。実際に難易度の高い侵襲的な手技は忌み嫌われ、結果産科難民を生む結果となりました。これは皆様もよくわかってらっしゃると思います。そしてこのままではある程度の確率で助かるはずの患者も助からなくなってきてしまい、医療は全く進歩しなくなります。
ちなみに侵襲的というのは普通は、観血的なという意味にとらえますが、臨床試験などに携わっている私にとっては投薬も侵襲的と考えています。まあ、この辺は考え方の違いですけど。
判決には遺族感情が入ることなく、客観的に、これからの医療のことを考えて行って欲しいものです。
まあ、私の持論としては民事であっても、遺族感情が量刑に影響を及ぼすべきなのは、過失があった場合のみであるべきと思っていますけど。

「自然な経過(寿命)でない、外因による死亡」

外因による死亡⇒自然な経過(寿命)でない死亡
でしょうけれども、自然な経過による死亡とは寿命による死亡のみを言うのか、それとも病死も含むのか、
前者ならば患者さんが死んだ場合に果たして寿命による死亡と言い切ることができるのか、(いわゆる老衰というのはほとんど見られない)
後者であっても病院で死んだ場合に果たして病死であったといいきれるのか、(医療行為は常に外因となりえます)

結局無定義用語が多く、ほとんど意味をなさない言及と思います。

No.286 デ・ロッシさん

7年ほど前まで救急もやっていましたが、外因による死亡、つまり、もちを喉につめた等も当然のように警察に報告していましたよ。
いつ亡くなってもおかしくない病気を持って家で見ていた患者さんや主治医が当院にいて死因を断定できる患者さん以外は、一応、「異常死体」ということになりますので、全て届出をします。
胸が痛いと言ってたらしいから心筋梗塞だと思う とか、瞳孔の所見から脳卒中だと思う とか言うと、「じゃあ、それで。」となったりします。
後で届出がなかったと問題になるより、警察が「またかよー」って思うほど呼びまくるほうがよいです。

今はどうか知りませんが、あの当時は、警察から「髄液をとれ」と言われることがあり、「仏様に針を刺すのは嫌だ」とごねてましたが、こういう警察の指示に従う義務が医者にはあるのですかね。

それでは、ご参考まで。

実際の警察の対応も、こんなの届け出るんじゃねー的な対応から、明らかな病死(かかりつけ医の病院で亡くなった場合)でも24時間以上病院にかからなかった以上、一応届けろ、まで様々です。基準なんてあって無いようなものだと現場では感じます。
だいたい、まだルールができあがっていないのに犯罪者に仕立て上げるという、検察の悪意を感じずにはいられません。

YUNYUNさんの解説は、ロハスメディカルさんのところにある論告求刑で検察が21条について述べている趣旨とほぼ同様ですね。それが、プロの多数意見なんでしょうね。しかし私にはモヤモヤが残っています。

21条は「異」の届出を記したものですが、いつの間にか「異死」の届出にすり替わっていると思います。「異状死体」と「異常死」では意味が違うと思います。「異状」と「異常」の意味は違いますし、「死体」と「死」の意味も違います。

検察は「異状が抽象的だが一般的で日常的に用いられており普通とは違う意味であるので、普通の判断力を持てばわかる用語である。」と言っているようですが、日常的に用いられているのは「異常」であって、「異状」ではありません。「異状」と「異常」、「死体」と「死」を混同することによって21条を拡大解釈しているように見えます。

No.289の例ですが、21条に基づくなら、
・腹部を刃物で刺した跡がある(異状)
→これをもって届け出るだけで、
・出血多量したことにより死亡したものと医学的に推定
→届出に当たって、こういう価値判断は必要ないと思います。その判断は司法領域(法医も含む)だと思います。

>死因が何であるかを判断するというのは、死体になる前の、生きていた最期の時機に、その身体に対してどんなイベントがあったのかを、死体に残る兆候を手がかりにして、医学的に推察する作業であると思います。

21条は届け出る医師に「死因を判断せい!」とは言っていないと思います。

>被告人は産婦人科専門医であり、被害者は健康な29歳の女性であった。

これは検察が求刑にあたって示した認識ですが、そもそも健康な女性という認識が誤っており、検察の事実認識能力に問題があると思います。
佐藤教授が「勉強していただきたい」と述べられた所以ですが、検察が勉強した様子は全く見られません。

このような事実認識能力で起訴を行う検察がいると警察の誤認逮捕が増えるのは理の当然赴くところです。
またこれを起訴便宜主義として容認すれば裁判そのものが事実を審理する場でなくなってしまうのも当然の帰結です。
このような裁判制度の運用のまま裁判員を導入して判決量刑させるだけで正当な裁判ができるとは到底思えません。まあこれは余談ですかね。

今日の「新小児科医のつぶやき」ブログを読みました。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080418
「「30分ルール」のためには他の診療科の手術でも中断するのが注意責任義務である」(Yosyan先生)

どうやら大野病院裁判で福島地検が起訴した「注意義務違反」はこれの応用のつもりでしょうか?
福島地検は論告で帝切手術遂行中でも癒着胎盤に気付いたらただちに胎盤剥離を試みることさえ一切合財中止して寸秒もおかず子宮全摘に変更しなければならない、というような注意義務を言っていたと思います。
しかしこれは期待権と同じく民事の「過失認定」にしか使えない「過失」だと思いますが。

いやそんな過失を起訴したのではない、ということであれば検察が加藤医師のどの行為のどういう注意義務違反を起訴したのか、あの論告文から読み取れる人がおられましたら教えてください。

今日は最終弁論の日です。
速報してくださるサイトを貼ってアゲます。

http://lohasmedical.jp/blog/2008/05/post_1205.php#more

弁護側最終弁論です

http://lohasmedical.jp/blog/2008/05/post_1206.php#more

医師法21条関連必読!すごい!

うらぶれ内科せんせいの貼ってくださったページを読んで思いましたことを書きます。

えーと医師法21条違反については検察も論告し弁護側も弁論しているのに裁判では審理されませんでした。審理に影響しない遺族意見陳述は行われたのに、です。
いったい刑事裁判というものはこの状態で判決ができるものなんでしょうか?あらためて刑訴法の運用が裁判所でどう行われているのかが全くわからなくなってしまいました。
もし裁判員制度裁判でこのような裁判指揮をされるとなると、いったい誰が事実審理や判決量刑の評議に加われるでしょうか。たぶん裁判員は誰も事実審理の場面から審理に参加できないように思いますが。

>No.300 ぼつでおk(医)さま

えーと医師法21条違反については検察も論告し弁護側も弁論しているのに裁判では審理されませんでした。
医師法21条違反については、検察側と被告弁護側がそれぞれ法廷に提出した書面にて主張の遣り取り、すなわち裁判での審理が行なわれたのでは? 私自身はこの裁判をキッチリとウォッチしていませんので確定的なことは言えませんが、何時審理したのか傍聴席からは見えなかった=裁判所では審理されなかった、ではない筈です。  

日本の裁判制度は原則書面での審理で、法廷で口頭で審理するのは審理全体のホンのごく一部ですので、傍聴席からはこうした膨大な書面での審理は見えてきません。このエントリの対象は刑事訴訟ですから、刑訴法で口頭での陳述や朗読が規定されている審理の段階がいくつかありますので、傍聴席からもある程度の審理の流れは見えますが、民事訴訟だとほとんどの審理が書面での遣り取りですので、当事者でない者が傍聴していても、何が何だか分らないというのが普通です。

どうも端で見ていると、ぼつでおk(医)様は裁判とか法廷のイメージに、アメリカ映画の法廷シーンのイメージを強く持ちすぎているように感じます。日本の裁判所の法廷では、映画やドラマのような手に汗握る検察側と被告弁護側の攻防なんてシーンは、まず目にすることが出来ません。この辺は当事者として訴訟を一度経験されると、百万語の説明よを聞くより簡単に理解できてしまうのですが・・・。

アッ、ぼつでおk(医)様が刑事訴訟の被告人を経験しろ、という意味ではないですよ。遺産相続の争いとか、通信販売での代金返却のトラブルでの民事訴訟とか、長い人生の中では好む好まないにかかわらず、裁判所の審理を経験する可能性はあると思いますので・・・。

>>No.301 法務業の末席さん
コメントありがとうございます。

>それぞれ法廷に提出した書面にて主張の遣り取り、すなわち裁判での審理が行なわれた

公判前整理で院長の証人要請は出されたのでしょうか?結局は東大教授を弁護側が申請してそのまま期日間整理で却下されていますが、この裁判指揮は刑事裁判の公開の原則からすると誰にとっても難解過ぎるように思いました。

>ぼつでおk(医)様は裁判とか法廷のイメージに、アメリカ映画の法廷シーンのイメージを強く持ちすぎている

いや、周防監督の映画「それでもボクはやっていない」のイメージを強く持っております(笑)。

>No.302 ぼつでおk(医)さま

公判前整理で院長の証人要請は出されたのでしょうか?
この答は弁護人に直接尋ねて教えて貰わないと、現時点(公判中)では傍聴席の第三者には分らないのが普通です。

証拠申請された書面(鑑定書・意見書・陳述書など)が遺漏なく書かれていて、書いた当事者(本件では東大教授)に直接尋問しても新たな事実の発見が無いと裁判官が判断すれば、証人尋問の申請は却下されるのが普通です。

院長の陳述については検察官が事情聴取した調書が提出されているでしょうし、場合によっては弁護側も院長からの陳述をまとめた何らかの文書を提出しているかもしれません。(注:裁判を追っかけていない私には確たることは言えませんが) 弁護側にしろ検察側にしろ、そうした提出書面で審理は充分に行えると判断すれば、証人申請は行ないません。またそのような場合には申請があっても裁判長が証人尋問を認める可能性はほぼ無いので、申請するだけ無駄だから申請しないという判断をする場合もあるでしょう。(無用な裁判の引き延ばし戦術と取られたら不利になる)

これは東大教授の証人尋問についても同じです。証人尋問が行なわれなかったのは、法廷で尋問しても提出済の書面の内容をなぞるだけで新たな事実が出てこない、このように裁判長が判断した結果ではないでしょうか? 実際にその東大教授が書いた何らかの書面がどのような内容なのか、また弁護側に有利な証人なのかどうかも私は良く知りませんので、私の解説が間違っている可能性もありますが、裁判審理の一般的な話としてはこうなります。

以上はいわゆる書証主義と言われる裁判審理の原則の解説と思ってください。

くい止める会ホームページに傍聴記録が公判前半からアップされ始めました。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%BD%BD%BB%CD%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2808%2F5%2F16%29

公判前整理についても論じています。しかしできれば期日感整理の経過も知りたかったですね。
なぜ被告人側証人の東大教授の出廷が見送られたかの裁判長判断が弁論されたでしょうから。

判決は8月20日だそうです。
業務連絡みたいなアゲでつが(笑)

結審のときの新聞(電子版)を改めてざらっと眺めてみましたが、
中々新聞記者の皆様、流石に「レトリック」が上手でいらっしゃる。

河北新報なんかステキです。
弁護側最終弁論の要旨を書いた記事の締めが「起訴状によると」とフリの台詞をおき逃げ道を怠りなく作った上で「医師は(中略)女性を失血死させた。」で結んでますからね。
こういう構文にして読者がどういう印象を持つか、そりゃもう言うまでもないでしょう。
弁護側の言い分が無罪「主張」に過ぎないのであれば、検察側の起訴状の内容だって「主張」に過ぎないわけですが、なぜか(笑)後者は既定の事実であるかのように断定調で扱われ、前者は「主張」と敢えて断り書きをつけて扱われる。

まあ尤も、その他の刑事事件裁判でも記事の書き方のお作法はこうですから、特にこの事案に限ってあげつらうのはアンフェアですけども、逆を言えば「裁判原稿を書く記者は、無意識にであるかもしれないにせよ、検察よりのバイアスをかけた表現をする傾向がある」と一般化して注意喚起が可能であるかもしれません。

では、これも業務連絡というか、一種の広報です。

既にご承知の片も多いかと思いますが、Yosyan先生のブログ「新小児科医のつぶやき」から生まれたボールペン作戦が始まっています。

何処かの杞憂の論で乱入してこられた方が、「医師が匿名で愚痴こぼしをするブログは世に弊害を撒散らす」と宣っておられましたが、匿名ブログから生まれたこうした医師の実践行為も現実にある、ということをご紹介しておきます。

もちろん紹介するだけでなく、ご趣旨に賛同されてボールペンを送ってもらうなり、寄付なさるなり、またこのボールペン作戦には賛同できないが別の行動をされるなり、何らかの現実行動に踏み出す匿名投稿者が増えることも期待しております。

No.306 惰眠さん、No.307 法務業の末席さん
アゲにご協力くださいましてたいへんありがとうございました。

私はここブックマークしてますのでいつでもアゲができる待機状態(笑)です。そろそろ業務連絡アゲを致します、夏至も近いし(カンケイナイか。笑)。

モトケン先生、猛暑の中ブログ改装工事お疲れ様です。
私のほうでは改装に伴い閲覧性が変化しているうちに多忙で少し離れていたら、あちこちの皆さんのコメントの流れが追い切れなくなってしまいまして(笑)、浦島太郎状態でリアルROM化してます(現在は快適に閲覧できております)。

が、7月に入りましたので僭越ながら浦島太ろむ(笑)も月例報告みたいなアゲを致したいと思い、「周産期医療の崩壊をくい止める会」のフロントページに動画がアップされていましたので、こちらのエントリーへもご紹介させてください。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi

判決が明日ですので、業務連絡アゲ(笑)

> 産科医に無罪 大野病院事件 福島地裁判決(河北新報ニュース 2008年08月20日水曜日)
> 剥離と患者死亡の因果関係で、判決は「剥離開始後の出血の大部分は胎盤の剥離部分からのもの。
>死因は出血性ショックによる失血死」と検察側主張に沿う認定をした。

納得できませんね。死因には医学的に議論があるはずです。
なぜなら術中失血死を防ぐため新鮮血も準備されていたし、追加輸血も結局間に合って子宮全摘という止血操作も麻酔科医のモニタリング下に全身状態が安定しているうちに完遂している。

剥離と死亡の因果関係は成立しないと思いますが。

判決前日のエントリーに書きこんだ自分のコメントですが、埋もれてしまいそうなので備忘録代わりに(歳なので忘れっぽいでつ笑)貼らせてください(爆)

http://www.yabelab.net/blog/2008/08/19-122657.php#comment-178531

まちがえちゃいました(陳謝)すみませんがもう一度貼りなおしていいでしょうか。もし負荷多過ぎでしたらこれを削除していただければ幸せです。

http://www.yabelab.net/blog/2008/08/19-122657.php#comment-178467

P R

ブログタイムズ

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