エントリ

 詐病に関する意見がかなりあるようですので、さらに議論が続くようであれば一つのエントリに集約するのが適当と考えてこのエントリを立てました。

 詐病に関するご意見はこちらにコメントしていただければと思います。

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コメント(27)

検査の結果、患者さんの訴える症状を説明しうる病変を見つけ出すことが出来ない場合は、
1個々の医師の知識不足
2検査精度の不足を含めた、医学全体の力量不足
3本当に病気が無い
のどれかであると考えるのが、合理的だと思います。

3と断定するのはそれなりに勇気が要りますが、そのような結論に至ることもあります。
「詐病」の可能性も考慮に入れることは、特に間違った考えとは思いません。

ただし、最初から詐病だと決め付けた上で診察することは慎まなくてはならないと思います(疑い濃厚な場合も多々ありますが)。

狼少年が、「火事だ〜!逃げろ〜!」と叫んだとして、本当かどうか一応確かめないと我が身が危ないということもあります。

No.1 脳外科医(留学中)さん

>検査の結果、患者さんの訴える症状を説明しうる病変を見つけ出すことが出来ない場合は、

私は医師としてこういう現場に立ち会うことはありませんが、患者としてはこの現場に立ち会う可能性は十分に考えられます。
医師は患者に対し診断結果を説明することになると思いますが、そのときはその結果をありのまま告げるべきでしょう。
つまり「説明しうる病変を見つけ出すことが出来ない」と。

患者はそれに対し、嘘つきだと言われたと「邪推」するかも知れませんし、この藪医者めと医師の個人的な能力を疑うかも知れません。
こうなると双方にとって良い結果を生みませんから、補足説明が必要だろうと思います。
補足説明とは1、2のことで、当該診療所、病院では考えうる全ての検査が不可能なこと、もしくは現在の医療では必ずしも病変を見つけることができないことを知らせるべきだと思います。

そして、病変が無くても自覚症状がある(心因性)場合もあること、そしてそれが患者に責任があるわけではないことを説明すれば良いのでは無いかと思います。

勿論、それでもなんで医師が見つけられないんだと食って掛かる患者はいると思いますが、それはもうどうしようもないと思います。

患者へ診断結果説明はここまでで詐病の可能性までも説明する必要はないと思います。
詐病である可能性を捨て切れない場合は秘密保持のできる範囲として、医療に関するオピニオンを求める為に専門医師に相談する際にとどめるか、労災、賠償保険など詐病であった場合にそれによって大きく影響を受ける対象の医師や弁護士に話すまでだと思います。

匿名掲示板でありますが、患者面前での発言同様で、ここで詐病の可能性を言う必要はないと思います。
譲っても不特定多数はアクセスできない、専門医師限定会員掲示板ぐらいにとどめるべきだと思います。

トラブルとなる黄金パターンは患者の自己評価するところの重症(重大)度と、医者のそれが食い違う場合です。
詐病の診断がはっきりすればそれなりの対応が可能ですが
存在の否定が証明できないもの、RSDやうつ病といった疾患の場合には「らしい」ものは本物に準じて扱うしかないと思います。典型的でない症状の本物を取りこぼさないためにも、自己防衛のためにも。

患者の意見を否定する時に感情を逆なでしないようにする、とか結果的にみれば余計な検査をすることがあっても一人一人の患者さんを丁寧に診る、とか当たり前のことが難しいのが崩壊の花形となっている救急医療の現場ではないでしょうか。
声の大きい軽症患者の意見を否定し、患者を選別し、優先順位をつけることがそもそも仕事の一面ですから。軽症患者が途切れることなく続く夜間休日診療所や、三次に特化した救命医療センターの方が労働強度は上であることがあっても、地方基幹病院のような一次と二次三次の混在しているところの負担感が大きい。
大体、当直帯に入る時間には通常業務も終了していないのに、救急車は重症なんだからもっとちゃんと検査と治療説明をもっとしろとか38度の高熱なのに何時間待たせるんだとか末期癌患者が心停止しそうなのに外来から上がるのが遅いとか上気道炎を帰したら実は心筋炎だったとか綿球つめて返した鼻出血が実は癌性で帰宅後大出血とか心エコーもCTもできたはずとか循環器専門医や耳鼻科医を呼び出してコンサルトすべきだったとか
…話がずれました。

 法律家としては、自分の目の前にいる人間(依頼者を含む)が嘘をついていないかどうか、少なくとも本音は何か、を考えることは常識的なことなのですが、医師が目の前の患者が詐病かどうかを疑うことは日常的なことなのでしょうか?


 このコメントは「『痛みは気のせい』はないでしょう(採血による神経損傷)」のNo.119を転記したものです。

 これに対し、いくつかのコメント投稿がありますので参考にしてください。

> モトケン様

私は少なくとも日常的ではないです。ただ、他の医師や医療スタッフから問題提起されたときはそれを素直に受け入れ、疑いを持つことが必要なのでは?と思います。
ちなみに考え方は医師によって違うと思います。経験や知識によって違ってくるのは当然の結果だと思います。

PS)転記ありがとうございました。

ついでにいうと、詐病ではありませんが、躁うつ病における不定愁訴、不安神経症などのノイローゼ的な症状、自律神経失調による不定愁訴は検査では異常なしと出ることが多く、かといって患者から訴えが出たらから検査をするとなると本来なら毎回毎回検査をしなければならなくなります。実際にはそんなこと出来ません。
まず第一にお金がかかります。それに検査自体危険性を伴います。たかが採血で問題になっていたエントリーがありましたね?心エコー検査だって痛くない検査だと思われがちですが、実際には胸に押し当てたときに痛いといって払いのけるお年寄りもいます。
私は詐病とこれらの不定愁訴の鑑別がつけられる能力は多分ありません。だから普段は「この人は詐病だろうな」なんて考えません。経験していくうちに変わるかもしれませんけどね。
勿論、考えることが不謹慎かというと、医療を行うことで私は不謹慎とは思いません。あらゆる角度から人の体を見ていく必要がありますから。

No.4 モトケンさん

> 法律家としては、自分の目の前にいる人間(依頼者を含む)が嘘をついていないかどうか、少なくとも本音は何か、を考えることは常識的なことなのですが

考えることは必要なことでしょうが、それを相手に悟られないことも必要だと考えていますが、法律家は平然としているだけでなく、疑いの目で見ることもあるのでしょうか?
嘘かまことか証拠調べする前に。

法律相談に来た顧客に対し、貴方の困りごとって本当のことなんですか?聞いたりそぶりを見せると言うのは普通のことなんでしょうか?

あれっと思うことは勿論あるでしょうが、そのときはそれとなくつじつまが合うかどうか尋ねるぐらいはまずするだろうと思っていたのですが。

>クルンテープ さん

 相手の話の信用性について常に検討しているということと、それを表に出すかどうかは全く別問題です。

>  相手の話の信用性について常に検討しているということと、
> それを表に出すかどうかは全く別問題です。
医療についても同じと考えます。ただ、医師は嘘を付くのが下手な人が多いです。そうやって相手を怒らす人が多いのも事実です。これは性格の問題もあるでしょうけど、一番は教育の問題と私は考えています。
こう言うと大人に教育云々も無い!自分で考えるものだ!という方が必ず居ます。しかし、患者への接し方の勉強のために某デパートの接客係の方が講義をしてくださったことがあるのですが、やはりこうした教育や研修はあるそうです。医療機関では患者の接し方なんて教える余裕は予算的にも時間的にもありません。それが問題なのでは?と最近感じてきています。

心因性は除外診断とはいえ常に鑑別です
狭義の詐病はよほどでないと考慮しないし
今まで経験も無いです

No.8 モトケンさん、No.9 yama さん

>> それを表に出すかどうかは全く別問題です。
>医療についても同じと考えます。

結局、基本的な考え方は共有していると感じましたが、違いはこの掲示板が表か裏(身内?のみ)かの捉え方なのでしょうか?

クルンテープさま:

No.2
>医療に関するオピニオンを求める為に専門医師に相談する際にとどめるか、労災、賠償保険など詐病であった場合にそれによって大きく影響を受ける対象の医師や弁護士に話すまでだと思います。

私は、労災鑑定、自賠責保険認定、裁判所からの鑑定、警察・刑務所からの依頼診察などをしていたので、No.1の発言はクルンテープさんの言われる「相談を受ける側の立場」からと解釈して下さい。
そして、「悪意を持って病気を偽り、人を騙そうとする人間」がいることも事実です。

私自身は、「詐病」の話題をここで語ることは不適当とは思いません(というか、むしろ、最も適当な場のように思います)。

通常の病気で医師にかかる人には、まず関係の無い話と思われますし。

>病変が無くても自覚症状がある(心因性)場合もあること、そしてそれが患者に責任があるわけではないことを説明すれば良いのでは無いかと思います。

私もそれが常識的な対応だと思いますし、そのように実践しているつもりです。
ただ、どのような言い方をしても、残念ながらみなさんが理性的に納得してくれるわけではありません。
説明に納得せず食い下がる患者さんに対して、慰めるつもりかどうかはわかりませんが、「気のせいですよ」と言ってしまう医者はいるんじゃないかなあ、とも想像するのです。

このあたりの人間同士の対応は、人生経験や修行が必要とされる部分かもしれません(私は、女房に鍛えられているような気がします・・・^^;)。

このエントリーのコメントについて、書かれた「詐病の可能性をいうこと」について、私が誤解していました。採血事故和解患者の詐病に勝手に関連つけてしまっていました。

結果的に荒らしになったことを謝罪します。

一般論としての詐病を語るのは私が独立エントリーにと提案し、モトケンさんが採用してくださったのに、モトケンさんはじめ、皆さんの誠意に対し、申し訳ありません。

どうぞ御自由にお続けください。

詐病というのは結局本人でなければ本当のところは判りませんが、限りなくそうである可能性が高いと思われる症例にはこの地に来てから特によく遭遇するようになりました。ある程度経験していくと門外漢の素人でも何となく心因性あるいは器質的疾患との区別はつくような気がしてきます。ただし本当にそれが正しいのかどうかはやはりわかりません。

個人的には心因性と思えば心の病と考えてそれなりの対応を心がけているつもりですが、不思議とそれだけで次第に症状が改善してくる患者も多いです。そういう人たちのキャラクターを見ていると悪意はなくとも病院でトラブる確率は高いんだろうなあと何となく感じるのは確かですね。逆に詐病疑いの人はこちらも隙なく対応していますとすぐにいなくなるのでかえって問題にならない印象です。

失った脚の指が痛むなんていうことを聞きますが、この場合、切断後すぐある条件で生じたり生じなかったりするとも聞きました。

心因性が明らかなケースだと思いますが、こんな場合はどうなのでしょうか?

クルンテープさま:

>失った脚の指が痛むなんていうことを聞きますが、この場合、切断後すぐある条件で生じたり生じなかったりするとも聞きました。


「ある条件」とはどのような条件でしょうか?

>失った脚の指が痛むなんていうことを聞きますが、この場合、切断後すぐあ
>る条件で生じたり生じなかったりするとも聞きました。

>心因性が明らかなケースだと思いますが、こんな場合はどうなのでしょうか?

クルンテープさん,
いわゆる「fantom limb pain;幻肢痛」のことですね.無くなったはずの腕や脚や指などが痛むというものです.
おそらく切断する時(手術時)もしくは事故で切断された後の比較的近い時期に神経ブロックをしておく,ということではないかと思います.しかしこれも確実かと言われますと「?」と答えざるを得ないです.

「心因性」という言葉をどのように捉えるかによりますが,これの原因は「意識上」だけの問題とは限らないのです.四肢末梢の刺激は脊髄を通じて脳の視床という所を通り,大脳皮質の感覚野まで伝達されます.知覚野に情報が来ただけでは意識上に知覚として現れることはありません.そこからさらに(おそらくは)いくつかのの処理を経て大脳皮質の連合野まで伝達されると意識に上る感覚となります.(意識の座がどこか?ということに関しては100%解っているわけではありませんので,ここでは一応ということで連合野を挙げました)現在解っていることとしては「fantom limb pain」では知覚野あたりでも変化が生じているようです.つまり,感覚を発生させる元の器官はなくなっているが,その途中の経路のどこかに異常が生じるために「無いはずのものが痛む」という現象が起きると考えられています.
我々が心因性(psychotic)と呼ぶものは基本的には「意識上」そのものの問題ですから,これとは少々異なるものと理解した方がよいと私は考えています.

No.16 整形外科B さん

>「ある条件」とはどのような条件でしょうか?

ニュースだったか、本だったか忘れてしまいましたが、チラリと見ただけですのです、覚えていません。

そういうことがあるとは知らなかったので印象的だったので覚えている範囲を書いたのです。

こんにちは、クルンテープさん。
整形Aです。

No.15 クルンテープ さんのコメント

こちらのブログは最近、あちこちのエントリーで「祭り」(笑)になっていて、レスをつけるのが大変です。

>失った脚の指が痛むなんていうことを聞きますが、この場合、切断後すぐある条件で生じたり生じなかったりするとも聞きました。
>
>心因性が明らかなケースだと思いますが、こんな場合はどうなのでしょうか?

幻肢痛に関してはLevel3さんが述べられた通りと思います。

僕は、実際に切断したり、幻肢痛の患者さんを診た経験から申します。

幻肢痛の生じ方には、切断に至った原疾患の要素もあるように思います。
外傷とかで、短期間で切断に至った場合にはあまり生じない。病気などでなんとか切断しないで治療できないかとあの手この手を試み、痛い状態が長く続いた挙句切断に至った場合には、かなり強い幻肢痛が生じます。

おそらく神経回路のどこかに痛みの記憶が焼きついてしまい、それが消えないで残ってしまったせいではないかと思っています。
別の刺激があれば前の記憶はなくなるのですが、切断されたため新たな刺激はないわけで、痛みある状態が最終の記憶として保存され続ける・・・そんなイメージです。

あと、手術の技術的なこととしては、切断する時に当然神経も切断するわけですが、なるべく鋭利な刃物でスパッと切る、と習いました。
幻肢痛とは違いますが、神経断端腫といって神経の端に腫瘤ができ、そこに何か当たると激痛が走ります。それをなるべく予防するためです。

> 法律家としては、自分の目の前にいる人間(依頼者を含む)が嘘をついていないかどうか、少なくとも本音は何か、を考えることは常識的なことなのですが

医師も一つの痛みなどの症状に対して表の質問と裏の質問(ウラをとる)ようなことを良くします。どこか刑事の仕事のようでもあります(ちょっと面白い)。発作の起こる時間帯、持続時間、誘因、性状などを繰り返し訊ねたり、日常生活で可能な労作(運動)、不可能なもの(介助が必要か)などを聞きます。それらが矛盾なくつじつまが合うかどうかです。心因性の痛みや詐病などでは時折、矛盾点が生じます。

次に今後の治療目標のために、働いているか、どのような仕事に従事しているか、働くためには何をする必要があるかです。例えば、70歳の隠居生活なら対症療法(痛み止め)だけで良いし、30代の方なら今後30-40年間働くために多少の侵襲的な治療も必要になってきます。(恐らくRSDならば神経ブロック、循環器なら心臓カテーテル検査治療などです。)他のエントリで心因性の痛み(特に詐病)では働いているかどうかが重要なポイントになると言ったのはこのことです。数年間にわたって働かない、下手をすれば一生!?、ことはとんでもないことなんです。素直に働かなくて生活は大丈夫ですか、などと聞くのも良いかもしれません。
逆に理由は何であれ、働かない人(=普通の人なら飢え時ぬ=生きる気力がない)に対する治療は難航し、対症療法だけを繰り返すことになり、またその治療もだらだらとした目標のない治療になりがちです。全てではありませんが生活保護などの方の一部でこのような悪性サイクルに入る方がいて、かなり詐病に近い心因性の病気なのかとも思います。誰かが言っていたソセゴン中毒などはその典型例。

詐病と心因性の痛みの鑑別はつきません。強いて言えば、社会的な事情、家庭での事情や賠償金目当てなどがはっきりしている場合は限りなく詐病に近いと言えるかもしれません。

もし、心因性の痛みであるとしても(ましてや詐病は特に)、「気のせい」=精神的などとは言わず、しばらく(相手次第ですが)検査と問診、対症療法を繰り返すか、上記でいう侵襲的な検査、治療を一度勧めてみます。やるべきことはやって(とりあえずある程度の外堀は埋めて)、それでもクレームがついたり、検査や治療に非協力的ならば、自分にはあなたのような病気を治す能力がないと平身低頭で謝り、他院への転院を勧めます。
なかにはこの人本当は病気なんかないんじゃないかなあ(精神的なもの)と思いながら投薬だけ続けているような人(前医あるいは前々医から同じ処方)も少数います。言うと怒られるかもしれないので、自分に害がなければとりあえず放置です。

幻肢痛は中枢性 
つまり脳(大脳)に原因がある場合もあるようです
末梢性疼痛に有効な麻薬などの薬剤でも無効なとき
運動皮質刺激療法という手術で軽快することがあります
脳の表面に電極を埋め込んで電気刺激を持続的に
加えるのです
メカニズムはよくわかりません

こんにちは。oregonianです。おひさしぶりです。少し主題から離れるかもしれませんが、「うそをつく」ということについて最近思うことを書きます。

アメリカに来てびっくりしたことの一つは、アメリカ人は本人の申告を基本的に信用するということです。たとえばアメリカの学校は規定の回数の予防接種を打っていなければ入学できませんが、これは自己申告で医師の証明は必要ありません。スーパーでどんな商品を買っても未使用ならば通常90日以内なら返品可能ですが、封を切ってあっても本人が未使用というのならば返品できます。役所に提出する書類も、科学雑誌に投稿される論文も、すべて本人が嘘をつかずに正直に申告することが当然に考えられています。

これは文化の違いに基づいているのでしょう。「うそをつく」ということは欧米ではとても「悪いこと」であるということを子供のころから教育されています。白人のキリスト教文化では相手を信用することは当然のことのようです。

アメリカは日本以上の手続き社会で、何をするにも書類の山が必要ですが、そこには自分の言っていることが本当であることを証明するような書類(日本でいえば、印鑑証明とか戸籍や住民票や、各種の領収書など)は必要とされないようです。

お互いが相手の言っていることは本当であるとかなりの確率で推定できるのならば、社会を維持するコストは非常に安くあがります。ある事項が「本当」であることを証明することは非常にコストのかかることです。

ひるがえって日本では嘘をつくことの心理的抵抗はあまり高くないように思われます。人をだましても、だまされるほうが悪い、と開き直る人が多いようです。こういう社会を維持するにはお金がかかります。役所の仕事でも申請された書類の内容が本当かどうかを確認することに多くの労力をそそいでいるのではないでしょうか。日本の裁判が時間がかかるのはこうしたことも関係しているのかもしれませんね。

いまさらかもしれませんが、嘘をつくことは悪いことだ、ということを家庭や学校で繰り返し教育することは日本の未来にとって非常に重要だと思います。人のいうことが信用できない社会は国際競争の中で決定的にマイナスです。

詐病についてですが、まったく痛くないものを激痛があるということは希かとは思いますが、患者が医師にすべてを正直に伝えていると信じている人は少ないと思います。前医の受診歴や自己治療歴は隠していることが多いですし、症状の程度や頻度などは過大申告や過少申告がおきやすいと思います。「いい患者」でいたいために嘘をつく人もいますし、病気であることに利益がある人はそこに逃げ込むこともあるでしょう。

ただし実際の診療では患者の申告は真実であるとの前提であたるべきだと思います。反対意見もあるとは思いますが、医師は患者のうそを見抜く必要はないと思います。

No.17 Level3さん、No.19 整形Aさん、No.21 いのげさん、

御説明ありがとうございます。

No.22 oregonian さん
もしかしたら、アメリカは自己責任がはっきりしているからなのかもしれませんね。日本だったら「事実かどうか確認しなかったのは医師の怠慢だ、行政処分に値する」と言われるのを覚悟しないとやっていけませんよね。
例えば紹介状無しの初診外来で数多く目にするのはdoctor shoppingの患者さんです。今日も一人診ましたが、紹介状がないとあなたを診る自信がないといってお引き取り願いました(それでも、診るのが医師じゃないか?と食いつかれ、外来に30分以上かけましたが)。
では、紹介状が無い場合にどの様に過去の医学的情報を取得するかというと本人の申告しかありません。しかし、実際に患者さんの申告内容は医学的矛盾点が多く、不明点も多い上、保険診療の制約上、十分な検査も出来ませんから誤診が当然生じます(当然、患者は素人ですから診療に必要な十分な病歴を説明できません)。それならそれで不明点があっても患者の自己責任で何が起こっても医療機関側は一切責任をとらないと明言しても、行政やマスコミが許してくれないのは皆様もご存じの通りだと思います。この、「責任転嫁する」というのが最近の日本人の特徴になってきているのではないでしょうか?
欧米なら紹介状がないと救急以外は受診できません。本来は日本もそうするべきなのでしょうが、誰でも基本的にフリーアクセスです。何と恵まれた国でしょうか!
逆に言うとそのしわ寄せが我々勤務医にかかってきています。行政の不備のせいで我々は苦しんでいるのです。

もちろん、アメリカで訴訟が多いのは責任転嫁が多いからでしょうが、自己責任論と矛盾しますね。

oregonian さん:

ささいなところに反応しますが、

>科学雑誌に投稿される論文も、すべて本人が嘘をつかずに正直に申告することが当然に考えられています。

 それは科学の世界全体の古き良き約束事だったのであって、それが実は守られていないことがあかるみになって、事後的に対策を考えている、という現状だと思います。Scientific misconduct の追求を最初に組織的にやりはじめたのがアメリカなのであって、むしろ科学研究に疑いをかける試みの最前線だと認識しています。

過誤を追求している訳ではありませんが、開胸手術後、私も腕から指にかけて感覚麻痺と痺れが残りました。
開胸による肩の神経由来か、カテーテル挿抜管のトラブルか?点滴針で神経を傷つけたのか?はたまた塩化カリウムワンショット(実体験です。約1日意識消失)が影響したのか?不明ですが、パソコンのキーに触れるとビリビリ来るので、当初は片手打ちをしていました。
私の場合、血管拡張作用のある薬剤でビリビリはなくなり、だいぶ良くなりましたが、普段感覚麻痺があまり気にならなくなっただけに、冷蔵庫から牛乳パックを出そうとしてバシャ!食事の時にお茶碗をドスン!ご飯を床にばら撒いたり、ディナ-ナイフを飛ばしたり、そんな事を何度繰り返したかわかりません。
こういった症状、生死に関らぬとはいえ、当事者にとってはかなり悲惨で、そこで詐病などとの言葉が出ることは、涙と怒りの助長に他ならぬと感じます。

詐病ならぬ詐見落とし(保険者協力医等による意図的見落とし)・追求逃れの過小診断なども少なからず存在するでしょうし・・。

>MEKOさん

痺れ、痛み、筋力低下などの自覚症状が主な症状の方のすべてが詐病と言っている訳ではありませんよ。なかには詐病を疑わせるような方がいるし(実際に両足が全く動かないといって病院に来た方が自分で車を運転してきたり)、利害関係が絡んで医師を騙そうとする方がいる事も事実です。しかしながら、決して最初から詐病と診断することはありません。脳外科医(留学中)さんが言われている様に

>検査の結果、患者さんの訴える症状を説明しうる病変を見つけ出すことが出来ない場合は、
1個々の医師の知識不足
2検査精度の不足を含めた、医学全体の力量不足
3本当に病気が無い
のどれかであると考えるのが、合理的だと思います。
3と断定するのはそれなりに勇気が要りますが、そのような結論に至ることもあります。
「詐病」の可能性も考慮に入れることは、特に間違った考えとは思いません。
ただし、最初から詐病だと決め付けた上で診察することは慎まなくてはならないと思います

ということです。

P R

ブログタイムズ

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