エントリ

 その5がちょっと油断している間に、コメントが250に近づいていますので、分割することにします。

 この続編作成時点での「医療崩壊について考え、語るエントリ(その5)」の最終コメントは、No.244 元小児科、現内科医Nさんのコメント です。

 なお、その5におけるまとめとして、No.228 YUNYUN さんのコメントを引用しておきます。

> 弁護士さんも現状認識が的確でない印象 (No.223 老人の医者さま)

確かに。周回遅れの議論というか。
我々がこのブログの医療崩壊エントリ「その1〜3」の頃にやっていた、医師vs法曹の認識のズレを再現したようなコメントです。
刑事事件を私怨晴らしに利用させるなとか、捜査機関の人権侵害を許すなといった問題は、刑事弁護の一般的課題としては間違ってはいませんが、
医療崩壊の主要な論点はそこではない。

------
このブログでの到達点まとめ

一般に、医師側は故意・重過失の場合に刑事責任を問われることは否定していないし、
過失ある場合に相当な限度での民事賠償責任が生じることも概ね受け容れられている。
問題は「過失」とは何かという捉え方である。

第一に、過失の有無、つまり医療行為の妥当性は、レトロスペクティブにではなく、プロスペクティブな視点で検討されなければならない。
なぜならば、医療の性質は試行錯誤の連続であり、最初から病気の原因や治療方法の正解が与えられているわけでなく、全く五里霧中の中から、刻々と変化する患者の容態を見つつ、推論を重ねて病名を探知し、その場その場で最適と思われる治療方法を選択していくしかないものである。
後から振り返って、全ての情報を与えられた上であれば(レトロスペクティブな判断)、確定診断を付け最適な治療方法を見い出すことができても、
その当時に医師が置かれた具体的状況の下で(プロスペクティブな判断)、それをせよというのは不可能を強いることであり、実質的には結果責任主義に等しい。

第二に、医療行為はそれ自体、人体に対して悪影響を及ぼす危険性を含んでおり、完全な安全性を確保することは物理的に不可能である。総じて益のほうが害より大きいと見られるために「治療」がなされるのであるが、個々の事例においては期待に反して結果が裏目に出ることはありうる。
このような医療に不可避的な副作用・合併症についてまで、医師の責任を問うとすることも、同様に実質的な結果責任主義であるといえる。

医師に対して結果責任主義のような過酷な法的責任を負わせるならば、医師は医療を提供することを躊躇し、萎縮して必要な治療すら行わなくなり、最終的には医療現場から撤退してしまうであろう。
特に、刑事責任については、人の死傷に多く関与することを余儀なくされる立場で、日常業務がいつ何時犯罪として告発されるか分からず、刑務所行きの危険と常に隣り合わせで働けというのは、痛常人の神経では耐え難いことである。
加えて、政府の医療支出削減、これに起因する勤務医の労働過剰が、撤退方向に拍車をかけている。

医師が一人辞めれば残された医師にしわ寄せが生じてさらなる退職者を呼び、一定数の医師が確保できなければ、その病院は閉鎖せざるをえない。こうしてドミノ倒し的に医師や病院が減少し、地域において必要な医療が提供できなくなっているのが、現在進行している医療崩壊の現象である。
医師の減少は、死傷の結果が生じやすく責任追及が厳しくなりがちな分野から進行している。具体的には、救急、外科、産婦人科、小児科などであり、内科がこれに続くとみられている。

医師の減少を食い止め、医療崩壊を防止するためには、
1.医師の法的責任(民事、刑事)を医療の実態に則した適正な範囲に限定し、不合理な責任追及や社会的バッシングから保護すること
2.医師に適正な労働条件を確保し働きやすい、意欲の出る職場環境づくり
3.これらの裏付けとして、医療分野にきちんと国家予算を投入すること
  (含・過失なき医療事故における被害救済策)

ここは法曹関係者の多いブログなので、主に1.の観点が論じられている。
・具体的な民事・刑事の事件における医療の妥当性や医師の過失の有無の検討(判例批判、報道批判)
・訴訟対策や訴訟戦術
・裁判制度の改善案

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コメント(243)

YUNYUN さんの書かれたコメントは、モトケンさんがまとめとして再掲載するだけあって名文ですね。法曹の方がお書きになった文章でこれほど問題点を的確に書かれているのは初めて見ました。(あくまでも医者の立場からです。他の立場からは異論もでるのでしょうけどね。)

YUNYUN さんのまとめで、直接言及されていないものに医療事故に関する第3者機関の設立があります。
下記はM3配信記事ですが、以前に取り上げられていたら、ご容赦ください。最近エントリーが多くて、ついていくのが大変です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
航空事故調委がモデル 厚労相、第3者機関で
06/10/25  記事:共同通信社

 柳沢伯夫厚生労働相は25日午前の衆院厚生労働委員会で、厚労省が検討している医療事故の原因を究明する第3者機関について、専門家が事故原因の究明に当たっている国土交通省航空・鉄道事故調査委員会をモデルとする考えを示した。

 柳沢氏は国交省の調査委について、原因究明や責任の所在の明確化、情報共有による予防などで効果が大きいと指摘。医療事故の第3者機関についても「それに準ずる形で設立したらどうかという基本的な方向で本年度中に厚労省としての試案を練り上げる」と述べた。

>>No.1 ヤブ医者 さん
ってか、弁護士のセンセイの仕事の根幹は、法律云々ではなく、こんがらがった状況をまとめて言語化する作業かと。
それが出来て、かつ得意な人しかやってけない職業でしょうね。

なお、その能力はワタクシにもっとも欠如しているところのものであります。

医療崩壊が着々と進んでいます。
現実の方がはるかに速く、加速がつき、今まさに堰を切らんとしています。

今週の「東洋経済」を見ました。医療を市場開放しようとする人々の生の顔を見、口吻を知ることはそれはそれで非常に意義のあることだと思いました。少なくとも「一番困るのは国民だ。きちっとした医療体制を整えなければならない。」と、何でも思考停止コメントで締めるだけの一般的マスコミのコメントよりよほど迫力があり勉強になりました。

厚生労働省の方は、解けないパズルを解いて見せ、自慢しているように見えました。元から解ける訳ないっつうのに。

この特集では、経済誌なので仕方ないかもしれませんが、
^綮佞力働環境をどうするか(はじめに現状のレポートはあります)
医療に関する訴訟(刑事訴訟含む)

については触れられておりませんでした。しかし´△紡个靴堂燭蕕の措置がとられない限り、もう医療を提供する人はいなくなります。私も辞め別の仕事をしています。

「東洋経済」で勝ち組の医療機関にならんとしている人々を見て思うことがあります。経営の立場から言って、不採算部門は悪以外の何者でもありませんから、産科(ハイリスク分娩)、小児科、救急医療は排除した、主にQOLの向上を主目的とした医療を提供するつもりなのでしょう。上記の,皺魴茲靴泙垢掘また、万が一訴訟になりそうであれば、医師個人になるべく責任は押し付けていくつもりなのでしょう。もしくは早めにできれば和解するのでしょう。

しかし、医療をなめとんなと私は感じました。どんなに健康そうな方でも、どんなに大丈夫そうな予定手術であっても、急変(つまり元気だった人が急激に体調を崩され心肺機能の維持に不調を来たすことですが)は必ず起きます。しかも予測はできません。何でも重症は公立病院か大学病院に送りつけるつもりなのでしょうが、搬送が間に合わないほどの急変もよくあります。

その時のために、救急医療も、病院のインフラとして不可欠なのですが、まあ、なるようにしかならないでしょうね。

ガイシュツ?

【「報道2001」抄録】中川幹事長「復党希望なら踏み絵」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061030-00000006-san-pol
==================
(前略)
 −−著書で名目4%成長を18年間続ければ、GDPは1000兆円に倍増すると書いているが、本当にできるか

 中川氏「できる。そのぐらいの成長は欧米では常識だ」

 −−具体的な政策は

 八代尚宏・経済財政諮問会議議員「規制改革を通じて生産性の低い部門たとえば医療、介護、保育に競争を導入する」
(後略)
==================
だそうです。

>八代尚宏・経済財政諮問会議議員「規制改革を通じて生産性の低い部門たとえば医療、介護、保育に競争を導入する」


これって、普通の人が見たら
「より安くなって医療を受けやすくなる」
って錯覚しますけど、アメリカ型になるのなら、
「医療費が上がって医療機関の収入が増えるので成長する。」
という状況も考えられませんか?

ただ、そうしたら、患者さんのNは減少するかもしれないので、医療機関がより選別
されて勝ち組、負け組みがはっきりしていくのでしょうけどね。

>> 八代尚宏・経済財政諮問会議議員「規制改革を通じて生産性の低い部門たとえば医療、介護、保育に競争を導入する」

医療分野で生産性をあげるとは、病床の回転率を上げるということでしょうか?
そもそも、医療分野における「生産性」とは何を意味するのでしょうか?

また医療分野へ競争を導入するとは、他の病院よりも「サービス(笑顔で接客、十二分な情報提供、納得のいく料金、完璧なアフターサービス等)」の向上を図り、気持ちよい医療サービスを享受していただく体制を執り、より多くの患者の足を自分の病院に向けていただくようにすることでしょうか?
なんか違うような気がするのですが。。。(^^;
それとも「競争」とか「生産性」と言う言葉は違う意味で使われているのでしょか?

一般の方からは理解しにくいでしょうが、医療を市場経済に組み入れた場合、医療費は確実に値上げします。それはアメリカですでに実証されています。
医療は現在国の根幹を成す事業として国が行っております。従って国が値段を決め、出来る範囲を定め、毎年信じられないような赤字を垂れ流しながら医療を監督しているわけです。良い意味でも悪い意味でも国が(建前上は)保護・管理しているから医師は毎日のしごきのような業務に耐え、値段も安く提供できるわけです。よく言われるように赤字だからといって日本が特別医療費が高いわけでなく、むしろ先進国ではイギリスと並んでダントツに安いくらいです。
ところが商業になるとまず企業という位置づけになります。企業は儲からないと意味を成しません。勿論社会的な義務も発生しますが、まず採算が取れないといけないわけです。民間保険の不払いが問題になっていますが、これが日常茶飯事になったら患者から暴動が起きるでしょう。しかも、現在の国民保険よりも特権が無いと保険に入りませんよね。つまり、安かろう悪かろう民間保険か、保証はしっかりしているけどメチャクチャ高い民間保険の二種類になると考えられないでしょうか?これでしたらあまり民間保険に入るメリットは少ないと言えます。
ちなみにアメリカでは保険の種類によって適応治療法が違っていたりします。従って治療に対しては日本以上にシビアだし、各病院には保険の種類によって医師に治療法を指導する職種まであると聞きます。そして皆様が危惧しておられるように、貧乏人は治療を受けることが出来ないという事態が発生しています。
この辺のことはいろいろな専門家が本を書いておられます(それぞれ違った意見があったりして結構読み応えありますよ)。そちらも参照してみてはいかがでしょうか。

病人や老人は生産性がない。よって皆保険をやめ、なおかつ医療費を上げてこれらを切り捨てれば、相対的に社会の生産性があがるということと理解しております。

医療に「民間活力の注入」を行うとどうなるか。

消防を民営化した場合を考えるとわかりやすいかと。
まず消防署による消火作業を公的保険制度化して「消火報酬」を定め、企業会計化する。
しかる後に、民間参入を許可。
さらに時期を見て公的保険を廃止し、民間保険による民間消防のみとする。

消防署の職務のうち、救急の部分についてはすでに民間救急サービスが業務を始めています。
やろうと思えば警察だって国防だって民営化することはじゅうぶん可能です。
今のところ先進国でやってる国はありませんがね。

アメリカの医療について執筆を続けている李啓充先生の講演会に以前伺ったことです。

>米の民間企業の場合、黒字を出して株主に配当を出すために、徴収した保険料の80%までに医療支出を抑えないと、株式市場での株価が下落します。そのため、民間の保険会社は医療支出の削減に血眼になります。それに対し、公的保険の場合、米以外の先進国では、医療への支出は、保険料収入から事務運営費を除いた98-99%を当てていす。市場原理を導入して生産性の向上を図るというのは、小学生にでも分かるような欺瞞でしかありません。

さて、報道されますかね?
報道されるとすればどう扱われるか。
お手並み拝見。
ひどい場合にはスポンサーも要チェック。
=====================
158 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/10/30(月) 16:20:31 ID: hr5D1LTx0
日本産婦人科学会からの緊急提言です。
わかりやすく言うと分娩料を大幅にあげる、産婦人科医の給与を他の医師より高くする、当直という違法夜勤を禁止し労働基準法に従った給与を払えということです。
マスゴミは絶対取り上げないでしょう。いやなことは無視するアホですから。

日産婦の提言結論部分。
以上の理由から、以下のような提言をすべての分娩施設に対して行うこととする。

1.すべての分娩施設は必要なスタッフを確保し、医療設備の向上に努めていただきたい。

2.分娩施設の責任者は、勤務している産婦人科医師の過剰勤務を早急に是正すべきであり、それが達成されるまでの過渡期においては、産婦人科医師の過剰な超過勤務・拘束に対して正当に処遇していただきたい。

3.上記を達成し、地域の周産期医療を崩壊させないためには、分娩料の適正化が必要である。
=====================

>No.7 くまくまさん

その5、にも書きましたが、報道2001で、八代氏は、「病院や介護など、常に行列があるところは、社会主義の状態であるから、民間の活力を導入しなければならない」というようなことを述べていました。

現在の医療診療報酬体系は、殆どが国の決めた公定価格で行われているので、八代氏の言うとおり、文字どうりの社会主義統制経済の中で、勤務医やスタッフは生かさず殺さずの状態で働かされております。

これに民間資本を投入するとすれば、それは本格的な混合診療の導入であり、国としては、医療費の総額が増額(これは確実)しても、国庫、保険料からの支出が減れば良いと考えていると思います。(GDPが増大、つまり税収が増えて、なおかつ国庫の負担が減る)そうなれば、公的保険診療は、ミニマムの治療で、プレミアムの部分は自費(民間保険)で行うことになります。

そこで、混合診療導入が、国民にとって幸せなことであるかどうかが、問題となります。
このブログで、よく言われている、アクセス、コスト、クオリティーが、どのように変化していくのかは、自分にはわからないので、詳しい方が書き込んでくれると思いますが、高い民間保険料を支払えない方々の利用する病院の行列がなくなるとは思えません。


忘れてました。

コピペ元は↓
産科医絶滅史21巻?ベッドがない奈良廊下で?
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1162050918/

大本のソースは↓
http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_30OCT2006.html

日付を見ると「10/27」でもう3日経過w

>田舎の消化器外科医様

高い民間保険が払えない方の通院する病院は、蒸発してなくなっているのではないかと予想します。存続する意味がないからです。混合診療の世界では意味のある赤字というものは存在しないからです。

一方、医師は高い民間保険用の病院でどのような扱いを受けるかというと、訴訟の防波堤(個人の責任にして使い捨て)となるのではないかと考えます。

一般の皆様方には、市場経済の論理を医療にという甘言に惑わされるとどのような世界になるのか、具体的に想像していただきたいと存じます。悪魔の世界になります。

市場原理に基づく医療というとアメリカですか。
国庫支出は削減出来るかも知れませんが、総医療費と国民負担はずいぶんと増えそうですね。

混合診療が本格的に導入されると患者負担がもの凄く増えそうだ ってのは分かるんですけど、我々医者にとってはどんな事態が予想されるのでしょうか?
アメリカ型=保険会社の指示した治療しかできなくなるってイメージですが、保険会社がOKしていれば高額レセプトであっても、症状詳記を書かなくてもよくなるのかなぁ なんて思ったりして・・あぁ疲れた。

>元内科医さん
一般の我々には、判断材料となる資料も参考書も提供されていないので、判断しようがないかと思います。いのげさんご紹介の、「改革のための医療経済学」は一般人向けに書かれているにも関わらず、専門書みたいなタイトルが残念ですね。あれでは、一般の人は手を出さないと思います。

あの内容を新書にまとめて「日本を滅ぼす医療論議」と言うタイトルを付ければ、一般の人の興味を引くのではないでしょうか。「日本を滅ぼす教育論議」からの類推ですが。

>しま さま

申し訳ございません。
以下でよろしいでしょうか。他にも「アメリカ 医療 市場原理」などで検索なさればたやすく見つかるかと存じます。

『悪魔の味方―米国医療の現場から』(克誠堂出版) 岩田 健太郎 著
『市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗』 (医学書院 )  李 啓充 著
『アメリカ医療の光と影―医療過誤防止からマネジドケアまで』(医学書院) 李 啓充 著
『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院) 李 啓充 著
『「医療費抑制の時代」を超えて―イギリスの医療・福祉改革』(医学書院) 近藤 克則 著

インターネット上では医学書院のホームページ上の週刊医学界新聞で李啓充氏の連載をご覧になることができます。

ただ、これらの連載は数年前から行われており、よく「医師側のアピールが足りなかった」という意見は不適切であることがお分かりになるかと存じます。
私どもは数年前から十分警告してまいりました。

マスコミと言われる者たちの壁に遮られ、また近親者に病人でもいなければ関心を持って頂けないという無関心の壁に遮られ、事実上黙殺されてきたことが悔やまれます。メディアに先に情報を取捨選択されて、何も知ることができなかった一般の方々は、本当にお気の毒だと思います(ネットでは何年も前から公開はされておりましたが)。

混合診療について別の観点から発言させてください。

厚生省の思惑は、経済界や財務省の思惑とは一致していないと思います。医療費削減は仕方ないとしても、厚生省としては医療統制の根幹である保険医療だけは絶対に守るつもりはあるでしょう。
もともと超激安価格の日本の医療技術料ですから、普通の人がかかる費用は総数が多くても大したものではなく、以前述べたような高額な薬の料金などの高額医療の占める割合が大きいです。ですからこのような部分だけを患者からの自費しかも実費のみにして、(現行の歯科の場合と違い)一般的な診療行為は混合診療禁止を維持すると予想されます。
もちろん以前からおこなわれているように、一般的な保険診療の中でも、保険診療崩壊を招かない程度で、生かさず殺さずの保険点数の減額はおこなっていくでしょう。(訴訟問題や、医師の労働条件に対する意識の変化は、かなり医療費を増加させる要因です。保険医療を崩壊させないための最低限の医師一人あたりの人件費を考えれば、厚生省としては医師を増やしたくはない)
ついでに、厚生省としては、診察だけの開業医(=単価が安く、代わりがいるため保険診療崩壊の突破口にはなりにくい)に患者を誘導したい。そのためにも僻地病院を潰し、勤務医の集約化を図る。勤務医師の需要超過を解消し、人件費の増大や発言力の強化を阻む一石二鳥を狙う。

私見もかなり入っていますが、国保の会合等から得られた情報などをもとにした推測です。おかしいと思われる点がありましたら、ご指摘お願いします。>all
医師としては最低だと思われる内容で、そう好きにはさせてやらないぞと思っていますが、もしかしたらマクロ的にみて多くの国民にとってはダメージが少ない方法かもしれません。(最近2chやm3に、上記のような政策実現に他の医師を誘導しようとする自称医師が出没しています)

>元内科医さん
>私どもは数年前から十分警告してまいりました。

医療界内部に向けての警告であって、医療界外部に向けての警告ではないと、私は受け取りますね。それとも、媒体は医学専門書や医学専門サイトだけど、中身は一般人向けなのでしょうか。

>しま さま

一般の方向けだと存じます。
内容をご覧いただければわかるかと存じます。
一般の方々は本当は巷間に漂っておりました情報を遮断されていたとお考えいただいた方が適切かと存じます。

もっとも、「警告をしてこなかった医師が悪い」と言う事を言いたいわけではないです。それを持ち出せば「関心を持たなかった一般層が悪い」と言われるでしょうし、また医師に警告するつもりがあったのに、マスコミや出版社が取り上げなかっただけかも知れません。その気になれば誰でもこの手の情報にアクセスできるのも確かでしょう。

先ほどのレスは、あくまでも「警告をしてきたか、してこなかったか」に対してのレスです。わざわざ時間を割いて一般層に警告するのは医師の義務ではないし、ボランティアだと思いますので。

>元内科医さん
了解しました。失礼な発言お許しください。


ただ、医療専門サイトに掲載されていると、「医師向け、一般客お断り」と言う印象を持つのも確かです。例えば週間医学界新聞の上の方には「医療従事者へ伝える事を使命としています」とありますので、その時点で内部向けの情報、アピールになってしまうと思います。


「アメリカ医学の光と影」は時々検索に引っかかるので、その時に見た記憶がありますね。医療関係者向けだけど、一般の方でも問題なく読むことができる印象です。

>元行政 さま

面白いですね。勉強になります。
財界も厚生労働省も考える方向は同じだろうと単純に考えていましたが、役所の方の立場になって考えてみるとそうかもしれない、と思いました。

ベッドは減らして、医師数はそのままでということなのでしょうか。
減らしたベッドに寝ていた患者さんは在宅へということなのでしょうか。
とはいえ、仕事しながら介護することも困難で、老健も高額になれば仕事を辞めて介護するしかないかもしれません。

親を介護したり、子供を出産して育てたり、かつては普通にできていたことも、生活にどんどん余力がなくなってきているので、富裕層の方だけが昔ながらの生活を維持できる、という世の中になるのでしょうか。

横から失礼します。市場原理導入を議論する前に、現在の医療を危機的状況に追い込んだこれまでの医療経済政策を少し振り返る必要があるのではないでしょうか。私の記憶にある限り、日本の医療政策は開業医の利益代表である日本医師会の影響下で進められてきました。その結果、病床を持たない診療所がもっとも優遇される診療報酬体系ができあがりました。その上、医師会は既得権益を守るべく医師の増加に徹底的に抵抗し、ついに医学部の定員の削減という暴挙に出ました。その結果、限られた労働力が生産性のもっとも低いセクターである個人診療所に吸収されてしまい、高次医療機関では、深刻な労働力不足→事故の増加→さらなる労働力の流出、という負の連鎖が生じたと思います。これを是正するには、医療報酬の配分の見直しと、医師の供給の増加しかないと思います。医療保険制度では非常に問題のある米国ですが、この点ではずっとまともです。

No.25 元内科医さん

>減らしたベッドに寝ていた患者さん

病院に寝ていた患者は、介護施設へというのが現在進んでいますよね。病院だと、医師が何人必要で、看護婦が何人必要ということで、人件費からもベッドはあまり安くはできないわけですが、介護施設だと無資格、又は簡単に取れる資格の人が、もっと少ない人数で面倒をみているわけです。介護保険から出て行くと言っても、入院で医療保険から出て行く額よりは、ずっと少ないわけです。(今は施設をたくさん作らせるために、介護保険は高く設定されていますが、価格はどんどん安くなっていくでしょう)

No.26 GSi さん

医師会が勤務医をかえりみてこなかったということに異論はありませんが、診療報酬体系はベッドこそ全てという気がします。再診料とかありえない安さとは思いませんか。
また、最近の医師会はすっかり厚生省の傀儡ですから、政策の責任は医師会でなく厚生省です。

開業医の多くは勤務医として犠牲をはらってきた人たちです。また、開業医への逃散は勤務医の切り札でもあります。ですから、勤務医である私は、開業医の待遇悪化等には賛成しません。病院への医療報酬の配分を大きくするではなくて、病院への医療報酬を大きくするでなくてはいけないと思います。

No18 しまさん

あっしはこの本が出た直後から、会う人ごとに二木立、二木立と宣伝して回ってるんですが今ひとつ有名でないですかね。出版社が悪いのかなぁ

「世界一の医療費抑制政策を見直す時期」 1994年 勁草書房

1980年代は医師会の力が弱くなり、厚生省の一人横綱になった。彼らは、将来高齢化が進んだときのために医療費を思いきり抑制せねば、と考え極端な引き締め政策をとった。
だがこの医療費抑制にひずみが今まさに現れようとしている。(立木まとめ)

>八代尚宏・経済財政諮問会議議員「規制改革を通じて生産性の低い部門たとえば医療、介護、保育に競争を導入する」

私は普通の一般人ですが,「貧乏人は医療や介護が高くて受けれられなくなり,不要なかつ過剰な金持ち向けサービスに医療関係者が投入されるようになる」と読めます。

民間企業経営の医療になると、
USAのように、
医療の単価が上がり、患者ごとの医療費は上がり、医療費総額も上がり、
介護でもコスト総額も上がり=経済学的にも良いことはない、
赤字の公的病院は潰れていく、結局は私企業に寡占、独占されていく、
不採算部門はどこも手を出さなくなる、
企業の不正も横行する、意味のない医療も増える(会社の方針で行われたり)、

これは建築と同様に、監査がどこまで行われるのか に依存するでしょうが、まず現状での監査では 横行する不正には太刀打ちできないでしょう。

毎年のようにUSAでは、一企業でも何億円という不正が明るみに出ていますが、
内部告発以外に、はたして監査などで明らかになっているのでしょうかね?
今年6月にも一社で不正請求で9億円以上"Tenet Healthcare Corporation, operator of the nation’s second largest hospital chain, has agreed to pay the United States more than $900 million for alleged unlawful billing practices"
www.usdoj.gov/opa/pr/2006/June/06_civ_406.html

>立木 志摩夫さん
こちらは、匿名で申し訳ありません。

>会う人ごとに二木立、二木立と宣伝して回ってる
いったい、二木立さんの、どのへんが素晴らしいのでしょうか?
一部、ご紹介下さい。

私には、彼の言うところの
ttp://www2.biglobe.ne.jp/~kanno/niki/index.htm
>混合診療の全面解禁を阻止できたという点では、勝者は厚生
>労働省と医師会・医療団体の両方と言いたいところですが、私は
>敢えて「厚生労働省の一人勝ち」と判断しています。

敗者は規制改革・民間開放推進会議だとと判断する見通しの甘さ、
批判の弱さを感じるのですが?

まあ、あなたと私の見解の相違でしょうけどね。

>GSi さま
>医師の供給の増加しかないと
根本的な間違いは、医師免許の数≠働いている医師の数、というところだと思います。小生の大学などでは卒業後、厚生省や基礎医学に行く人間も見られますが、その後は大学の研究職、勤務医を辞め開業医や企業の診療所に勤める医師が続きます。最近では製薬会社、生命保険会社や証券会社(医療コンサルタント)、あるいは若い医師では法科大学院に通いなおす人間もいます。恐らく40歳過ぎて小生のように(逃げ遅れた)勤務医は半数以下のように感じます。(もちろん女医さんは旦那を見つけてさっさとパート医に。)
今後はこの傾向は益々加速していくのではないかと感じます。結局、医師免許は単なる資格(6年間医学部に通った証明)でしかなく、将来性などが良い職場が見つかればその方向に進む傾向になるかと思います。
労働基準法無視の過酷な勤務状態や高い訴訟率などを改善しなければ、いくら医学部の定員を増やしても、相対的に医療レベルが下がるだけで、得られる結果は同じものと思います。(もう一点医師のイメージが悪くなりすぎたことも。)
やはり、例えば女医さんでも勤務医として働きたいと思うぐらいまでの職場環境の整備が必要だと思います。

医療支出削減のみを声高に主張するのではなく、超高齢化社会に合わせた業態としての医療関連産業というものをもっと体系的に整備できないものかと思っています。

当地でも企業の雇用状況が上向きつつあることを昨今実感していますが、老人介護のために職を辞するしかないという勤労世代の人々も思いのほか多いものです。そうした方々は往々にして熱心な人々が多く、入院中も食事介助などヘルパーに近いことをしている事例も多々見られます。3Kといわれ介護スタッフも人財不足が叫ばれる今日、こうした人々を活用しない手はありません。

介護のために家庭内に引き籠った場合社会的には労働力一人減にしかなりませんが、例えばパートタイムではあっても介護スタッフとして労働に組み込めば社会に対する貢献です。病院で行なわれる高度医療ばかりではなく、サービス業の一環としての医療関連産業は今後もっと裾野を広げていくべきではないかと考えます。

身近で人が死ななくなり、家族が亡くなっても何をどうしていいかも判らないという人も多い時代です。当院でもささやかながらヘルパー一日体験などを募集しておりますが、国民が身近なものとして生と死の現場を経験していくことが訴訟等昨今の医療界を取り巻く諸問題にも好影響を与えるのではないかと期待しています。

こんにちは、GSiさん。
整形Aです。

No.26 GSi さんのコメント

>日本の医療政策は開業医の利益代表である日本医師会の影響下で進められてきました。その結果、病床を持たない診療所がもっとも優遇される診療報酬体系ができあがりました。

前段の、日本の医療政策云々は過去にはある程度言えたかもしれません。
医療側を代表するのが日医のことが多く、医療政策に日医なりの主張してきました。まあ、しかし国策である医療政策にどれだけの影響を及ぼせたのか。
今となってはあまりたいしたことがなかったとも言えるかもしれません。

診療報酬に関しては、診療所が優遇されているというのは、現在ではあまりあたっていないと思います。
ちょっと古い(平成10年)資料ですが、日本人の医療費の配分を示すデータです。月当たりのレセプトで見ています。

上位1%未満 全医療費の24%
上位1〜5%未満 31%
上位5〜10%未満 10%
上位10〜20%未満 10%
下位80% 25%

おそらく無床診療所のほとんどが下位80%(医療費の25%のところ)に含まれます。さらにこの中には、病院の外来のみの患者さんも含まれますから、仮に半々とすると、無床診療所が使っている医療費は、全体の医療費の10数%程度と思われます。
これでもまだ無床診療所が優遇されている、という見方も可能かと思いますが、現実としては、日本の医療費の多くは病院で使われています。

兼ねてからそういうことになってもおかしくないのに何故ならないのかと思っておりましたが、単に報道されていないだけで水面下では事態が進行していたようです。むしろ他にも病院があるという安心感?のある都市部でこそ進行しやすい問題だと思いますが遠からず地方にも波及してくるのではないでしょうか。少なくとも若い先生は久しく前から寝当直以外は行きたがりません。

http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2006/10/post_2e78.html

まー 今どき救急当直なんぞやってる医者は負け組ってことですな
僕が当直やってる病院は僕(38)より若い医師が居ませんです
僕も今年度一杯なのでその後はどーなるか分からんです
他の医者もかなりの数が辞めたがってますし、たぶん年度一杯でせう
これが現場での実感

話を混合診療のほうに戻して恐縮です。
その5 No.3 元行政@学会さんのコメント を引用させていただいて、自分のイメージを書きますと、

>癌の化学療法は進歩し、昔よりもずっと患者のためになる治療になってきました。ところが効くことは効きますが、この薬代がかなり高額です。さて、面白いと言ったスライドですが、現在行われている化学療法ごとの薬剤費と生存率を対比させたグラフでした。そして値段の高さが綺麗に効果と比例していました。(安い治療は年間200万、高いものは1500万)

この例で言うと、混合診療が導入されると、最安の治療の200万と、最高額の治療の1200万の間で、国が公的保険によってカバーされる治療法(例えば上限300万円の治療までとか)を決めるということになります。
これ以上の治療を望む場合は、自費で払うか、民間の医療保険がカバーすることになります。これはリツキシマブ先生の、白血病関連の分野や、リューマチの治療分野で、超高額の医薬品が出てきましたので、同様と思います。
またuchiyama先生の分野では、200万のペースメーカーまではよいが、それ以上は保険外となる、とか、85歳以上では、冠動脈ステント治療が保険外となるとか、金額以外に年齢制限がかかるかもしれません。(英国では、高齢者の新規透析導入は認められていないようです)

国は、今からどんどん出てくる、超高額の医薬品や、最新機器による治療を、おそらく保険適応にしたくないため、混合診療を導入したいのだと思っています。また政府は医療のバッシングを放置することで、混合診療の導入に関する国民の指示を得たいと考えていると思います。

そこで、このブログでの問題となるのが、混合診療導入が、医療崩壊を、加速するのか、減速するのかとうことです

ところで、皆さんは買われたでしょうか。自由と正義のVol57。
医療側弁護士の寄稿した内容の的確さに驚き、原告側がどんなことを言っているか知りたくなり申し込んだわけですが、読んだ感想は、やはり認識が乏しすぎるということです。印象的な部分をあげます。

>患者も医師も、目指し願うところは本来同じ
>「訴訟の多発が医療荒廃と医師不足を招く」との誤導

実際に荒廃も不足も起こしており、それに関しては訴訟の多発が強い要因であることはここにいる人間には異論のないことだと思います。可哀想な人を筋違いな理屈で助けている。それが単に違法ではないというだけで我々だけでなく社会にも迷惑をかけているとまで、言ってやりたい。
訴訟は医療レベルを上げることは決してありません。産科が世界一の医療を実現したのは、喩えればオーダーメイドの服作りで自分たちの誇りにかけて自主的に努力したからで(やらされる仕事よりやりたくてやる仕事の方が勝るのは当たり前です)、文章で表現できるようなレベルのことにはめ込むことを強いれば、既製品作りのレベルまで内容が落ちる、又は、良い職人から辞めてしまうのは当たり前でしょう。

>最近の医療訴訟の実務のひとつのトピックは損害論の充実であり、民訴法二四八条の活用、割合的因果関係的考慮による合理的賠償額認定、説明義務違反の全損認定例、既往障害や予後不良疾患患者の高額慰謝料事案出現、損害賠償請求費用の柔軟な認定例など、チャレンジすべき課題は多々ある

いくつかは多分あの判決のことだと想像できますが、どれもトンデモ理論としか言いようがなく、トンデモ判決です。ため息しか出ません。

>いかに専門家が三名集まっても感想や経験論以上の議論はできない。したがって、訴状と尋問準備の充実、文献による立証と協力医アクセスの努力により、むしろ「鑑定をしない訴訟」を目指すべきである。
>「専門委員を必要とさせない訴訟」

文献よりも専門家の意見がずっと重要。文献を素人が見てもまず正確な判断は無理。ということをここで、医師の多くが実例を交えて説明してきました。真実に近づくためにはそうしなければいけないはずなのに、勝つために逆のことをしている訳です。

No.38 田舎の消化器外科医さん

混合診療に関しては私も同じ理解です。

ただバッシングはこの件に関しては、関係ないのではないかなぁ。感謝という報酬を失った医師が雇用条件に走るのは当然で、厚生省(財務省も)は医師には薄給で我武者羅に働いて欲しいわけで。

穿った見方で、医師会が混合診療反対を主張した理由を考えれば、歯科のように、自費診療を理由に保険診療部分を今以上にありえない価格まで下げられたり、当たり前の治療まで非保険になることを怖れたのではないかと思います。(そこまでやれば完全崩壊でしょう。そこまで政府が馬鹿だとは思えません)

国民には、高額医療にかかることになる頻度と、維持するための増税の話をすれば納得させることができると思います。高額の癌保険とかをつくるように保険会社に働きかけるかもしれませんね。

私は混合診療賛成派ですが、慎重に進めていくべきとの認識を持っています。
原則保険診療で行うべきですが、やはりどうしても現代医学に合わない部分を保険診療は持っている。例えば、保険査定などその主たるものです。例を挙げれば新エコー図という検査がありますが、例えばこれは心筋症、心不全(あるいはその病体を招く疾患)や肺塞栓症などの診断に役に立ちます。しかも心不全の診断はドップラーエコーを併用する必要があります。ところが、東京都では病名に「弁膜症疑い」と書かなければ査定されます。つまり、診断に必要な検査が査定されるという矛盾された結果を生みます。しかも、自治体や保険機関、査定医師の知識や予算などによってその査定方法は一律ではありません。
では、病名を漏らさず書けばよいのでしょうか?今度は(特に開業医ほど)病名が多いとクレームが来、やはり査定されます。「一人の患者がこんなに病気を持っているはずが無い」と。
保険外のクオリティの高い検査を行う場合は保険適応範囲内の行為までもが自費となります。いつだったか、混合診療をやって診療報酬返還要求を受けた事件もありました。患者のためと思ってやったことが今は裏目に出る時代です。
つまり、

1.現代医学と保険適応の矛盾
2.患者の要求に応える最新の治療ができない

など、医学の発達に応じた医療の発展が妨げられる形相を呈しているわけです。

しかし、混合診療が医療崩壊を招くかどうかの予測は難しいのではないかと思います。患者の要求は混合診療にあるのかもしれません。しかし、それが進めばやがて医療の商売化につながるかもしれません。

> 元行政さん   (No.39のコメントについて)

 まあ、個々の訴訟は被害者個人の救済が目的であり、医療レベル全体の向上を直接意図したものではありませんので・・・・。訴訟をしても、医療の先端技術が発展するとか、何か画期的な治療方法が発見できるとか、そんなことはないと思いますよ。たしかに。

 ただ、訴訟をしなければ、医療被害に遭った人の多くは救済されないのが悲しいかな現状ですし(全ての病院や医師が潔く過失を認めて、適切な額の賠償を自発的に行うとでもお考えですか?)、訴訟という制度がなければ、繰り返し医療過誤を犯す医師が野放しになる結果、被害が益々拡大するでしょう。

 なお、自分は「自由と正義」に寄稿した患者側代理人の意見の多くには反対の立場です。鑑定と専門委員はもっと積極的に活用されて然るべきだと思いますし、損害論も特にドラスティックにいじる程の必要性は感じません。どうでもいいけど、この「自由と正義」という書名は実に恥ずかしいから変えて欲しい。ホントに(笑)。ブラックユーモアとしては面白いかも知れないけど・・・・。

>>No.42 FFF さん
>訴訟という制度がなければ、繰り返し医療過誤を犯す医師が野放しになる結果、被害が益々拡大するでしょう。

実際、訴訟という制度を活用することで駆逐できたのはリピーター医師ではなく、重症患者を多数受け持ちかつ繊細な心を持つ医師だったというお話。
なかなかうまくいきませんな。

対策が施されていない以上、訴訟が多発するのは自然な流れでしょうね。

医師の不満も分かりますが、訴訟に代わる制度もない以上、しばらくは訴訟に頼らざるを得ないでしょうね。医療事故に対する相談窓口がない以上、医療に不満を持った方は、訴訟以外に方法はありませんので。

訴訟以外の方法としては「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」に注目したいところですが、案の定、低調な利用状況のようです。厚労省のPRのせいもありますが、国民も何らかの団体に所属して、情報を得る努力をするべきでしょうね。

> 元田舎医さん   (No.43のコメントについて)

 重症患者を多数持っていようと、繊細であろうと、過失があったなら相応の法的責任を負うことは当然だと思いますが。過失が認められれば。

 「無実の人が逮捕されることがあるから、警察はない方がいい」という議論がナンセンスであるのと同じように、「過失の判断を間違えることがあるから、医療訴訟はない方がよい」という議論もナンセンスだと思います(#)。いわゆる第三者機関を設置するかどうかに関わらず、裁判制度自体は維持しながら、その判断の正確性を向上させる努力を続けるしかないわけで、そのために、医師、特に臨床医(※)の方にはより積極的に訴訟への協力をお願いしたいと思っております。

# なお、「本当は医療過誤があったのに、裁判所が医学的判断を間違えた結果、不当にも病院側が責任を免れた」という事例も当然それなりにあるだろうと思うのですが、それが全く取り上げられないのはどうしたことか、いつも不思議に思っております。

※ 大学教授等、臨床医以外の医師が作成した鑑定書は医学的常識に反したものが多く信用すべきでない、という意見が多数でしたので。

>FFF さん
訴訟以外の方法で解決するという手もあるんでしょうが、それは難しいのでしょうね。

・医師自身で法律を作り
・医師自身で事件を調査し
・医師自身で医師を裁き
・医師自身で医師の処分を定め
・医師自身で保障金額を算出する

というのが理想だとは思いますが。

そう,まさしく 医師の自律性:オートノミーが必要な時代です
これは法制度も含んだものですから
医師だけで成立させることができない,という点に注目いただきたいです


>対策が施されていない以上、訴訟が多発するのは自然な流れでしょうね。

>医師の不満も分かりますが、訴訟に代わる制度もない以上、しばらくは訴訟に頼らざるを得ないでしょうね。医療事故に対する相談窓口がない以上、医療に不満を持った方は、訴訟以外に方法はありませんので。

要するに制度改革が必要ということです
現状の制度を絶対視して医師の立場から上記のお言葉を裏返しすると
非常に不毛な国民に不利益をきたす結論しかでない

国民の不満もわかりますが.訴訟が救急や手術など必然的リスクを伴う医療を
選択的に罰している以上,しばらくは訴訟の少ない分野の医療に移行せざるを得ない
リスクのある医療のリスク必然性に対する理解が司直にない以上,訴訟で罰せられたく
ない医師は訴訟リスク回避行動をとる以外に方法もないしそれを罰する規定もない

ついでにいうと赤紙一枚でやりたくもない分野や地域に無理矢理強制労働させられた
医者がまともな努力や勉強をするかという問題も有る
わたしなら有給休暇をフル活用して時間外労働全部拒否です
業務命令を出すなら喜んでクビにしてくれと申し出ます

> しまさん   (No.46のコメントについて)

 訴訟以外の紛争解決方法を準備することはあり得るでしょうし、それがうまく機能すれば、訴訟の数を減らす効果は期待できると思います。ただ、紛争処理業務というのは、それ自体時間と手間の必要な専門性の高い仕事ですので、現行の訴訟より正確で、早く、当事者の納得できるシステムを作るというのはそう簡単ではないと思います。というか、それが簡単にできるなら、弁護士、裁判官、訴訟法学者等が苦労することもないわけで・・・。
 
 医療紛争について、医師が判断権者になればすぐ適切な紛争解決ができるとお考えの方がおられるかも知れませんが、それは大きな誤解です。たしかに、医学的な論点を明示されれば、それに対する回答をすることは可能でしょうが、実際の紛争処理では、そこに至るまでに大変な労力を必要とするわけです。原告(患者側)として何を主張すればよいのか整理し、被告(病院側)の反論を求め、不要と思われる争点を外すよう勧告し、事実関係について争いがある部分を明らかにし、その部分についての立証計画を定め、しかるべき証拠の提出を求め、必要に応じて第三者に照会を行い、各証拠の内容を精査し、疑問のある点については補充説明を要求し、適切な証人を選び、スケジュールの調整をしてその人を呼び、尋問事項を考え、要領を得た尋問を行い、それを記録化し、証拠が出揃った段階で双方の意見を再確認し・・・・と、ほぼ理想的に進行しても、こなすべき仕事は山のようにあります。このうちの多くの場面では、医学的知識というよりも、当事者間の公平を保ちながら主張を整理し、実体的真実に近づくためのテクニックが要求されます(訴訟法は、そうした思考方法による到達点を体系化したものともいえます)。

 また、医師自身で医師を裁き、補償金額を決めるというのでは、客観的に正しいかどうかとは別の問題として、外部から公平に見えるか、という問題が生じます。公平だと感じない人は、結局裁判に移行するでしょうから、この点をどう担保するかは極めて重要な問題です。医師以外の者を判断権者に含めるとしても、医学的な知識がない人にどうやって判断をさせるのか、どう分からせるのかは困難なテーマです。争点について、とにかくそういう医療慣行だから、とか、専門家である医師がこう言っているのだから、という程度の理由で非医療者の疑問を押さえ込もうとすれば、形式的には医師以外の人間が一緒に判断したとしても、事件の当事者や社会一般の納得は得られないものと思います。

 以上の点を全てクリアしようとすると、必然的に「重たい」手続になり、これを一から構築するのは途轍もない大仕事になりますし、実際の運営にもものすごいマンパワーとお金が必要になるでしょう。他方、たとえば事実関係に全く争いがなく、当事者間で争点の整理もできている事案のみを対象に、第三者的立場から医学的見解を表明するという程度の「軽い」手続であれば、それを設置し、運営するための負担は少なくてすみますが、当然、訴訟を抑制する効果は小さいものになるでしょう。

 そして、どれだけ完璧な新制度を作ったとしても、当事者があくまで裁判所における訴訟を希望するということであれば、現行憲法上それを否定することはできませんし、憲法改正が現実的でないことも明らかです。したがって、第三者機関の有無や中身にかかわらず、訴訟判断を適正化するための工夫は不断に続ける必要があると思われます。

『医療崩壊は加速している。』


多くの医師は、年間に医療関連事故が何件くらい起きており、
そのうち、告訴される件数、起訴される件数はどれくらいで
あるいは民事訴訟を起こされる件数がどのくらいなのか
そしてこれらのうち有罪となる件数がどれほどのものであるのか
は知らない。

多くの医師は、故意や重過失の医療関連事故に関しては興味が無い。
それらは、勉強の足りない医師や、悪意のある医師がすることであり
自分とは関係のないことだと考えているからだ。
専ら、医師の興味は、治療そのものが困難な症例で、慎重に注意して
診療したにも拘わらず、起訴されたり民事訴訟を起こされたりする
医療事故に興味を持っている。明日は我が身と感じるからである。

一方で、非医療者は、いわゆる医療過誤とは、なべて医者の犯罪
だと考えており、罰せられるべきものであり、たとえ、罰せられるべき
ものでなかったとしても、それらは、これまで自浄作用のなかった
医師側の自業自得であると考えている。

つまり、医師側は、明日は我が身の不運な医療事故を怖れ、
患者やマスコミ、検察は、勉強の足りない、悪意の医師による事故を
怖れており、始めから、対象が違うわけである。

我々は、もはや社会から敬愛されなくなったことで、やっと医療労働者
として、如何に過酷な労働環境に居たのかを自覚するようになったし、
マスコミや検察やクレーマー患者達ががまさしく敵であるという認識に
達したわけである。

7月の全国医学部長病院長会議の緊急声明で、彼らが『奴隷医を返せ』
とわめいた時に、彼らがもはや、一般勤務医の味方ではないことを知ったし、
医療事故が発生した時、病院管理者が患者家族に早速と謝罪する一方で、
病院側が勤務医個人を損害賠償訴訟するに至って、病院幹部達の裏切りに
驚愕したのである。

此処に至って、もはや、医療崩壊は止めようもないし、もはや止めたくもないと
多くの医師は考えている。暢気なのは非医療者の側であると思う。
 既に、ロシアンルーレットの輪の中から、逃散しようとする動きは、地方だけ
ではなく、都市部でも起きている、

ここで、論議し、一部の法曹関係者や極く一部の記者達が理解し始めた
ところで、大勢は変わらない。
これは、冷静な私の認識であり、煽っているわけでもないし、八つ当たりして
いるわけでもない。

医療崩壊が加速していることは間違いない。もはやその先を考えなければ
ならない時期に来ていると思う。

>>No.45 FFF さん
>重症患者を多数持っていようと、繊細であろうと、過失があったなら相応の法的責任を負うことは当然だと思いますが。過失が認められれば。

すみません。
言葉が足りませんでしたね。
=================
実際、訴訟という制度を活用することで駆逐できたのはリピーター医師ではなく、重症患者を多数受け持ちかつ繊細な心を持ち「かつ未だ医療事故を起こしていない」医師だったというお話。
=================
で如何でしょうか。

結局のところ何を目的として行動するかということです。正しい方法論が望ましい結果を保証するわけではないという現実を前にして、より重視すべきは正しい方法論なのか望ましい結果なのか。各々が拠って立つところを明らかにしない限りまともな議論など成立するはずもありません。

個人的には医療崩壊受容派(まだ積極的推進派ではない)を自認しておりますが、国民の多数派も同様であるとは必ずしも考えておりません。現場の人間として唯一確信を持って言えることは、あなた達が今現在取っている行動はまさに医療崩壊を大きく推し進めていますよということだけです。それを目的とするならば現状維持でよいだろうし、何かしら別のゴールを目指しているなら違う方法論があるだけだろうというだけのこと。

一部では極めて悪評高い(苦笑)医師の強制配置制度導入論ですが、特定領域での数を担保するという面からのみ考えるならば決して間違った方法論でもないと思っています。むろん導入に伴うデメリットは山ほどありますが、何を最も重視するかは人によって異なるのが当然ですから。混合診療導入問題しかり、病床削減問題しかり、それらによって何かしらのメリットを享受できると判断された人がそれを推進すればよいし、それが多数派であれば世の中が動く。そしてむろん、医療者サイドもそうした国民動向を見ながら自らの身の振り方を判断しています。

全ての人をあらゆる面で満足させるような正解などどこにも存在しません。各人なりの目標とするところを明確にし、それを達成するのに取るべき方法論を模索する。その過程で専門的見地からの見解が必要であればこうした場でも幾らでも助言は得られるでしょう。人が病から逃れる術がない以上、全ての国民はこの問題を自分の事として考えるべき時期に来ています。そして繰り返しになりますが、正しいことと望ましいことは厳密に区別しなければなりません。

古くてすみませんが、以前某所で↓のような書き込みがありました。
世間で医療保険の不払いがまた話題になっているようなのでコピペ。
=============
139 名前: 名無しさん@6周年 Mail: sage 投稿日: 2006/07/02(日) 13:48:32 ID: Dwxbx6G50
厚労省に入った同期が「政府は将来的に皆保険制度や健康保険から手を引いて、
アメリカ型の民間医療保険中心の医療体制にする方針らしい」って言ってたよ。
つまり、将来的には自由診療を導入して病院と患者を再編成し、

<開業医や民間病院:今の医療サービスの質を維持>
・生保各社と契約してその会社の医療保険の被保険者だけを診療
・患者は、自分の加入している会社が提供するリストから病院を選べる
・医療の内容は生命保険会社との取り決めの範囲内
・病院は医療事故や合併症をカバーする保険に加入することで、
 それらによる損害を受けた患者を補償する
・生保各社との契約状況を通じて、その病院の医療の質が保たれる
<公立病院:生活保護の医療版として最低限のみの医療を提供>
・医療保険に入れない貧困層や救急患者を診療
・患者は病院を選べない(地域ごとに配置された公立病院のみ)
・医療の内容は包括医療制の範囲内
・航空機事故と同様に医師の責任を免除
・医療事故や合併症に対する補償は税金で行うが最低限
<大学病院:本来の姿に戻る>
・他の病院から紹介された、極めて限られた疾患の
 患者の診療や高額医療、高度救急のみに限定

って住み分けにすれば、今の人数でも医者は足りる計算なんだってさ。
もちろん、自腹で払う患者は(カードで支払い保証した上で)医療内容の
制限を受けないし、難病指定患者は政府が支払いを保証する形になる。

140 名前: 139 Mail: sage 投稿日: 2006/07/02(日) 13:53:57 ID: Dwxbx6G50
この話は信憑性高いと思うよ。厚労省は今、民間の医療保険の質を
高めようと、保険金不払いや告知義務の不備がバレた会社に対して
これまでにない厳しい処分を出してる。外資系の大がかりな参入への
対抗措置として、日本の保険会社の質を高める狙いもあるとも言ってた。

日本医師会が自由診療に反対してるのを根拠に「医者は自由診療に
されると困るはず」って論陣張ってる世間知らずがいるけど、
自由診療で選別されるのは患者の側(の懐具合)であって、
病院や医師はそんなに困らない(というか、過重労働から解放されるし、
来院する患者数の予測ができるから、今より楽になるかも)。
もし医師会が生保各社と手を組んで自由診療に賛成したらすぐに、
患者の経済力で受けられる医療と補償が決まる社会が到来する。
漏れはそれでもいいけど、年金さえ踏み倒してるお前らは大丈夫?

154 名前: 名無しさん@6周年 Mail: 投稿日: 2006/07/02(日) 17:29:40 ID: CaDr6pkd0
>>139
いまおこなわれている大病院のDPCは
民間医療保険への布石かもしれないね。
医療費を抑えることが目的でなく、
疾患別にわかりやすい支払いを目指しているとも考えることが出来る。

159 名前: 名無しさん@6周年 Mail: sage 投稿日: 2006/07/02(日) 20:47:52 ID: kP1f4HTn0
>>118
USA で中産階級の破産原因トップは医療費とされているわけだが、普通の人が十分な医療を享受できるかな?
ttp://www.google.com/url?sa=U&start=1&q=http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2005/02/post_3.html&e=9797
ttp://blog.goo.ne.jp/sinji_ss/e/f4945a4d4601e53bf50f8ff92a6f029b

>>130
|もちろん、時間内の専門分野は完璧にこなす。
えらいっ、大したもんだっ。

>>140
保険会社の監督官庁って厚生労働省なのか?

161 名前: 140 Mail: sage 投稿日: 2006/07/02(日) 22:12:02 ID: Dwxbx6G50
>>159
>保険会社の監督官庁って厚生労働省なのか?
説明不足でスマソ。監督官庁は金融庁だけど、こないだの損保会社の
医療保険不払い事件の処分を下す際に、厚労省と綿密に連携したって話。
金融庁としても民間の医療保険に移行することに賛成してるらしい。
=============
【行政】厚労省「30年後も医師足りる」 配置調整は必要に - ニュース速報+ (dat落ち)
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1151532495/
※ν速+にしては珍しく良スレでした。

>いのげさま

>国民の不満もわかりますが.訴訟が救急や手術など必然的リスクを伴う医療を選択的に罰している以上,しばらくは訴訟の少ない分野の医療に移行せざるを得ない。リスクのある医療のリスク必然性に対する理解が司直にない以上,訴訟で罰せられたくない医師は訴訟リスク回避行動をとる以外に方法もないしそれを罰する規定もない。

私はいのげさまの意見に共感しました。
司法の方々、「現在の訴訟の制度は最良」というわけではないということは、今までの刑事・民事訴訟の医療過誤に対する判断についての不充分な実例からある程度おわかりになった野ではないかと存じます。こちらのHPも非常に役立ったかと存じます。

「司法の判断に限界がある」ことを認める方が大勢にならない限り、現状は変わりませんし、救急医療と産科医療は消滅しますし、今蒸発しつつあります。司法の判断に限界があるため勤務医にもっと訴訟の鑑定にかかわってほしいという意見が出されたことは画期的なことと思いますが、現実には不可能に近いです。もっと勤務医の労働条件を適正化しないと不可能でしょう。それは医療政策とかかわることになりますが、できないものはできません。何十年か先に可能だと思います。

手遅れなものは手遅れですので、たとえ理解が進んだからといってどうなるものでもなく、私も皆さんも受診する病院がなくなることに変わりはありません。医療訴訟を起こそうにも医療自体を受けられないという事態がすぐそこに来ています。
座位臥位立位さまのコメントのとおりと思います。

私はただ愚痴を言いたいだけではありません。私の今の気持ちは、もう無くなってしまったものをなつかしみ、偲ぶ気持ちなのです。私はできることはすべてしてきたつもりです。でもその甲斐なく、日本の医療は亡くなってしまったのです。ただそれだけです。

>いのげさま

>国民の不満もわかりますが.訴訟が救急や手術など必然的リスクを伴う医療を選択的に罰している以上,しばらくは訴訟の少ない分野の医療に移行せざるを得ない。リスクのある医療のリスク必然性に対する理解が司直にない以上,訴訟で罰せられたくない医師は訴訟リスク回避行動をとる以外に方法もないしそれを罰する規定もない。

私はいのげさまの意見に共感しました。
司法の方々、「現在の訴訟の制度は最良」というわけではないということは、今までの刑事・民事訴訟の医療過誤に対する判断についての不充分な実例からある程度おわかりになったのではないかと存じます。こちらのHPも非常に役立ったかと存じます。

「司法の判断に限界がある」ことを認める方が大勢にならない限り、現状は変わりませんし、救急医療と産科医療は消滅しますし、今蒸発しつつあります。司法の判断に限界があるため勤務医にもっと訴訟の鑑定にかかわってほしいという意見が出されたことは画期的なことと思いますが、現実には不可能に近いです。もっと勤務医の労働条件を適正化しないと不可能でしょう。それは医療政策とかかわることになりますが、できないものはできません。何十年か先に可能だと思います。

手遅れなものは手遅れですので、たとえ理解が進んだからといってどうなるものでもなく、私も皆さんも受診する病院がなくなることに変わりはありません。医療訴訟を起こそうにも医療自体を受けられないという事態がすぐそこに来ています。
座位臥位立位さまのコメントのとおりと思います。

私はただ愚痴を言いたいだけではありません。私の今の気持ちは、もう無くなってしまったものをなつかしみ、偲ぶ気持ちなのです。私はできることはすべてしてきたつもりです。でもその甲斐なく、日本の医療は亡くなってしまったのです。ただそれだけです。

>元内科医さん

>私はできることはすべてしてきたつもりです。でもその甲斐なく、日本の医療は亡くなってしまったのです。ただそれだけです。

そうですよね。大概の医師は個人としてできる範囲のことを、時としてそれ以上のことまでやってきました。今起こっていることは個人個人の医師のがんばりではどうしようもないレベルで起こっています。それどころか個々の病院単位でも、もしかしたら自治体単位でも解決のつかない問題かもしれません。
現場でがんばっている個人を攻撃してみてもよくなることではありませんよね。

10年くらい後には今の医療を取り巻く閉塞状況が改善されていることを期待してがんばっては見ますが・・・。

FFF様としま様の書き込みにあるように、現在被害者を救出するのは訴訟しかないというのは、少なくとも私は理解しております。しかし、それならばリスクの高い現場を避けようとする動きが加速するのは自明の理であり、全く解決になりません。むしろ、その結果、散々述べられているように医療事故の増加に拍車をかけることになるでしょう。今回の大淀病院の例が良い例です。この事件は医療過誤かどうかは分からないけど、広義の医療事故ですよね(と私は解釈しています)。しかし、マスコミは相変わらず医療ミスという日本語ではない単語を用いて報道したり(マスコミのいう医療ミス=医療過誤では明らかにありません。むしろマスコミは医療事故=医療ミスという意味で使っているように見受けます。日本語が出来ないからなのか、事故という概念を理解していないのか、勉強不足なのか、悪意なのか、それはわかりませんが)。、検察は相変わらず的はずれな捜査をしていますね。受け入れを断った病院を捜査したところで何のメリットがあるでしょうか?罰したところで何の効果があるでしょうか?強制的に受け入れさせたところで能力不足(ここでいう能力とは医師個人の能力不足ではなく、キャパシティ、ベッド数など、物理的な能力を含めた総合力のこと)の病院は患者を死に追いやる危険をむしろ高めるだろうし、そのために(マスコミや警察からは医師個人の能力不足と間違った解釈をされ)病院や善意で診療に当たった医師は社会的に抹殺されるだろうし、強制配置をしたとしても今の医師数では能力不足の病院が増えるだけで全く意味を成しません。
今、一番必要なのは、真実を明らかにすることではないでしょうか?被害者救済もひつようでしょうが、それでは何も変わりません。医療が良くなるわけでもありません。余計医療崩壊が進行するだけです。真実への追究を優先すべきだと個人的には思います。問題点がクリアになれば、それが将来被害者救済への道になる可能性があるわけですから。
そして、臨床医が訴訟に協力するというのは間違ってはいませんが、社会的にかつ時間的に忙しい臨床医が協力できるのも限られています。しかも、当事者であれば犯罪者になりかねないわけです。そのことも考慮に入れなければなりません。理想的な協力体制を作り上げることで社会基盤を改良する必要があるでしょう。その一つが免責なわけです(免責については今まで散々議論したのでここでは割愛)。

医療保険の問題については、講談社現代新書「奪われる日本」(関岡英之著)の
 第1部 検証「平成の大獄」――郵政、そして医療
  第4章 医療――世界がうらやむ皆保険をなぜぶっ壊すのか
にて著者なりの分析をしています。

興味のある方は、ご覧になってください。

>>No.56 yama さん
>受け入れを断った病院を捜査したところで何のメリットがあるでしょうか?罰したところで何の効果があるでしょうか?

あの後起こっていることは、中小病院の「救急指定」返上の流れの加速、のようですね。
救急指定から外れてさえいれば、今回のような「事件」に巻き込まれることはありませんから。

No.42 FFF さん
>何か画期的な治療方法が発見できるとか
>訴訟という制度がなければ、繰り返し医療過誤を犯す医師が野放しになる

医療過誤の繰り返しを(ちょっとした医療過誤も)防止する作用もないと考えています。リピーター問題は目立ちますし、この手の反論によく出てきますが、一般社会における連続殺人犯の存在のようなものです。医療裁判全体を肯定する根拠にはなりえません。(一般人なら騙されるでしょうね)
なお医療自体をやらなくなって過誤が減る作用はあります。医師の経験不足によって、過誤が増える作用もあります。

>意見の多くには反対の立場です。鑑定と専門委員はもっと積極的に活用されて然るべきだと思いますし、損害論も特にドラスティックにいじる程の必要性は感じません

先生は医療が何たるかについてかなりわかっていますし、誠実でもありますから、私たちと同じように考えるわけです。問題は、わかっていない最高裁の裁判官(記事の最高裁の部分もため息でしたね)と、少なくない(医師の中の不良医師の頻度では全然済まないと思います)患者側弁護士です。

損害論に関しては、今法曹界が動いている逆の方向にドラスティックに動いてもらいたい。
人間が病気になるのは、基本的に誰のせいでもありません(むしろ本人に責任があることはありうる)。それによって生じた損害は、本来生命保険などで自分自身が備えなくてはいけないはずでしょう。その病気の治療上生じるリスクもその保険内で考えるべき話ではないでしょうか。
一旦請け負ったならば責任が生じるという話は当然ですよね。だからこそ普通にやって危ない、自分には(人間には)無理だと思われる医療を請け負う医師はいなくなりますよ。自動車の運転並みの危険しか感じない仕事だけを、自動車事故に対応する程度の保険をかけてするようになるでしょう。産科医たちが培っていった技術を捨てさっていることの重みを、最高裁や勉強不足の患者側弁護士は理解すべきだと思います。

No.48 FFF さん

裁判所は裁判官に対する訴訟に関して、欠席裁判ですら裁判官を勝たせるようなことをやってますよね。部外からどれだけ不公平に見えようとも、既に普通にやっているのではありませんか。専門機関があるのに、あえて利用しないことの不利益など当たり前という考えもできます。医療のことは専門機関でないとこの上なく不利益を被るというのが常識化すればすむことと思うのですがね。

コピペのコピペで申し訳ないっす。
No.58の自分のコメント関連ということで。
まさにダブルスタンダードここに極まれり、で、医者板ではわりと有名なハナシです。
====================
645 :名無しさん@七周年:2006/10/17(火) 23:20:05 ID:+TzcwFo/0
朝日は賢いな
???????????
2006/04/19 ▲朝日新聞社の関連団体が運営していた病院について
医療・病院・医師について現状を批判するマスコミは沢山ありますが、そのなかで、
「(自称)日本を代表するクオリティーペーパー」様が運営していた病院がありました。

昭和23年
 朝日新聞西部厚生文化事業団が旧厚生省からの委託を受け、「社会保険小倉記念病院」を運営
平成13年
 朝日新聞西部厚生文化事業団から朝日新聞厚生文化事業団に開設者が変更
平成14年
 産婦人科を婦人科に変更←注目
平成16年
 小児科閉鎖←注目
平成16年
 朝日新聞厚生文化事業団から財団法人平成紫川会*1に開設者が変更

*1財団法人平成紫川会というのは朝日新聞社と関係がない団体とかではなく、
朝日新聞厚生文化事業団は東京都管轄、病院は福岡ということで、
東京都からの指摘を受けた社保庁が「福岡県管轄の財団作って運営してね」と言ったために、
分離設立した財団
??????????
産科・小児科を閉鎖すれば「受け入れ拒否」とは責められないもんな。
いや、先見の明があるわ。
====================
【社会】 分娩中意識不明の妊婦を、18病院が受け入れ拒否→出産するも女性は死亡…奈良★4 - ニュース速報+ (dat落ち)
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1161090269/

> No.58 元田舎医さん
そうですね。メリットがあるどころか、流れは反対の方向に行ってますものね。

> FFFさん
リピータ医師は確かに存在し、撲滅すべきではありますが、「医療過誤訴訟=リピータ医師が関与している」は残念ながら多くの場合成り立ちません。むしろ、マイノリティであるかもしれません。たしかに現段階で訴訟という手段を用いなければリピータ医師は排除できないかもしれませんが、そのために善良な医師達が訴訟に巻き込まれているわけです。
感情論かもしれませんが、(遺族の感情論的に意味があっても)医学的に無意味な訴訟が繰り返し起きるようなら総医師ストを起こされてもおかしくはないと思いますし、現状医師の意欲が失せています。

 私は、弁護士ですが、いままで、議論を見させていただくなかで、司法に対する認識のずれが、議論のかみ合わせを悪くしているようですので、少しでも減らせないかと思い、それについて、述べさせていただきます。

 ただ、これについては、どうしても私なりの司法に対する理解が入るため、モトケンさん等法曹の方々に批判、意見はいただきたいと思います。

 今、欧米、日本等が採用している民主主義の一環としての司法は、個人の権利義務に関する判断は、法律の解釈適用の部分を除いては、専門知識を含む特殊知識を持たない国民のわかる形、あるいは参加により行わなければならないことになっています。

 この反対に置かれる制度が、わかりやすく言えば、テレビの「遠山の金さん」です。

 たとえば、現在の裁判官が、刑事で言えば殺人の現場を目撃した場合、民事で言えば紛争となっている契約の場に立ち会った場合、刑事事件の場合は除斥(刑訴20条4号)になりますし、民事事件の場合は通常、回避すると思いますが、仮に判断する場合であっても、私知(自分が知っている知識)の利用の禁止は、民事裁判の原則ですから、それを理由とすることはできません。

 これらの考え方は、医療事故等の場合の医療知識のようないわば、専門的知識の場合にも妥当し、日本のような裁判官のみが判断するキャリアシステムでは、判決の理由に当事者からの立証もないのに、それを(たとえば裁判官が医師だとして、その知識を)当然に使うことはできないですし、アメリカなどの陪審では、当該医療事件について専門的知識を有する医師等が陪審の弁護士、検事により、陪審から排除されると思います。

 このように、民主主義の一環としての司法においては、法律以外については、無知な裁判官または、その当該事件について専門知識を有しない陪審が、個人の権利義務に関して判断するという構造になっています。そうでなければ、国民の司法に関する関与がなく、民主主義とは言えないとされていると思います。

 この構造の中で、法律の専門家としての裁判官も、有る意味では、位置づけが難しく、この意味で、もともと裁判官自体について、不信感があったアメリカでは、事実認定は、一般市民が行う陪審が取られていますが、日本と同じ、裁判官のみが判断するキャリアシステムを採用していたヨーロッパも、参審制の形で、一般市民の司法判断への参加を求める制度をとるようになり、日本でも、刑事の重大事件に限定された形ですが、裁判員制度がとられるようになってきています(私の裁判員制度に対する評価は控えます)。

 この点で、専門家による判断というのは、現在取られている民主主義における司法の構造の中では、副次的な位置づけとなっています。むろん、社会学的な意味における、構造の選択ですので、これが絶対的に正しいわけではないのはもちろんですが。

> No.63 L.A.LAW さん
民主主義という観点からすればごもっともなご意見だし、本来はそうするべきなのでしょうが、非専門家の医学的知識の欠如による世論の高まりに比例して実際に医療崩壊は10年ほど前から進み始めました。そしてここ1年で皆の目にも分かるようになってきているのです。従って、そのような民主主義的な考え方は医療にとっては患者の将来を考えても不的確であるのが我々医療者側の意見なのです。
それに、実際にはヨーロッパやアメリカではよほど極悪的な事件を除いて刑事罰は免責されています。だから、この民主主義的システムは国民がきちんと社会に対する責任を自覚して初めて機能するものだと私は認識しています。日本でこの考え方を導入するにはまだ早いのではないかと思います。
民事については、法廷が真実を追究する場でなくアメリカのように「ただの喧嘩」と化するのであれば納得は出来ますが、その際の正義とは理論的な正しさではなく多数決の原理によることになるでしょう。民事訴訟=ただの喧嘩論はアメリカにおけるマクドナルド成人病判決やタバコ肺癌判決などを見るとある意味妥当なのかな、と個人的には思います。

No.48 FFF さま | 2006年11月01日 02:41 |.

>医師自身で医師を裁き、補償金額を決める

これを求めている医師はあんまりいないのでは。
医学的に妥当な判決をして欲しいだけです。
医学的に妥当であれば誰が裁こうと文句はありません。
保障金額の算定は医師の専門でもありませんし。


>過失があったなら相応の法的責任を負うことは当然だと思いますが。

そうですね。過失があれば法的責任を負うのは当然です。
しかし、医療側から観て「どうみても過失がないだろう」というものも訴えられております。
それも民事だけでなく刑事でも訴えられているのが昨今です。
その結果として「重症患者を多数受け持ちかつ繊細な心を持ち「かつ未だ医療事故を起こしていない」医師」が逃げ出しています。
「過失のない医療事故」は、重症患者を受け持つ人ほど高確率(必然といってもいいくらい)に起きるからです。
過失がなくても訴えられるのなら、「過失のない医療事故」が起きる前に逃げようと思うのが普通の人間です。
医療を崩壊させないためには、「重症患者を診る臨床医」が「医学的に納得できる判断」を司法は現状では出来ていません。

>何を主張すればよいのか整理し、被告(病院側)の反論を求め、不要と思われる争点を外すよう勧告し、事実関係について争いがある部分を明らかにし、その部分についての立証計画を定め、しかるべき証拠の提出を求め、必要に応じて第三者に照会を行い、各証拠の内容を精査し、疑問のある点については補充説明を要求

裁判においては、FFFさまのおっしゃるような上記の手法をとるため、どうしてもプロスペクティブに事件を判断してしまいます。
それを多くの臨床医が不当と感じており、過失がなくても有罪にされる元凶がここにあると考えている。
裁判所が医療事故を裁くのに、このような手法をとる限り解決しない以上、制度改革が必要だと考えます。

> オダさん
細かいようで申し訳ありません。プロスペクティブ→レトロスペクティブの間違いですよね?

>オダさん
>医学的に妥当な判決をして欲しいだけです。
>医学的に妥当であれば誰が裁こうと文句はありません

医学的に妥当かどうか判断できるのは医師だけですので、医学的に妥当な判決を出せるのは誰かと考えますと、それは医師自身だと思います。

>No.47 いのげさん
>要するに制度改革が必要ということです
>現状の制度を絶対視して医師の立場から上記のお言葉を裏返しすると
>非常に不毛な国民に不利益をきたす結論しかでない

別に絶対視はしていませんが、制度改革というのもそう簡単ではなさそうです。問題の本質を考えると「医療に対して患者は不満を持たない」と言う事が前提とされており、不満を持った患者の事は無視されている事が根っこにあると思います。


・医療側に「不満を持った患者」に対する相談窓口を作る
・行政やNPOで「不満を持った患者」を支援する
・「正当な理由があれば」診療を断れるように、法律を改正する


あと、思いつきレベルですが、医療審査会というのもあった方がいいでしょうね。検察審査会とは全く逆の組織で、不当な起訴を受けたと思った医師が相談する組織で、「起訴不当」「不起訴相当」とか判定を下す場です。人選は、医師免許を持った方々から抽選という形を取ってもいいかと思います。

>しまさま(No.44のコメントに対して)
>医師の不満も分かりますが、訴訟に代わる制度もない以上、しばらくは訴訟に頼らざるを得ないでしょうね。医療事故に対する相談窓口がない以上、医療に不満を持った方は、訴訟以外に方法はありませんので。

訴訟が医療崩壊を導くのではなく、医療は既に一部崩壊しているというべきです。これはさらに産科→小児科→救急医療→内科などへと波及しつつある状況です。
敢て極論を言えば、崩壊してしまった医療の中で訴訟を提起することなど全く無意味な行為でしょう。病院がなくなり、リスクの多い治療がなくなれば、高度医療に伴う訴訟はなくなります。
(最近では川崎市立病院のコンニャクゼリー事件が和解になりましたが、小児救急医療さえなければ訴訟にすらならなかったということです。)
小児の救急医療のある地域では(医療レベルが高いにもかかわらず)訴訟が生じ、救急医療のない地域では訴訟すら起こらない。何かおかしくないですか?
下記は都内の小児救急の状況だそうです。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061031
># chaimd 『小児の二次救急で、分かる範囲内でまとめてみました。

×都立母子保健院 - 世田谷区 閉院

×東京臨海病院 - 江戸川区 小児科救急診療体制 完全休止のお知らせ

×国立東京災害医療センター 平成18年11月1日より小児科常勤医が不在になります。

×佐々総合病院
 小児科当直終了のお知らせ

×多摩南部地域病院 - 多摩市 救急医療(小児科:当番日のみ)

▲町田市民病院 夜間に深刻、小児科医不足(町田市)
 風の噂では北里大学の応援を受け、医師会の診療所が深夜帯まで一次をカバーするようになったとの事です。

▲都立八王子小児病院 - 八王子市 平成21年度をもって閉院予定。既に撤退開始の噂も。

▲都立清瀬小児病院 - 清瀬市 平成21年度をもって閉院予定。既に撤退開始の噂も。

▲公立昭和病院 - 小平市 ◆医師募集◆ !!小児科医師・医長募集!!
 だそうです。実際、そんな噂も耳に入ってきます。

◎青梅市立総合病院 - 青梅市
 頑張っていますが、相当きついらしいです。「西多摩で唯一の小児休日全夜間診療病院として、24時間365日対応している。1次救急から3次救急まで受け入れ可能だが、あくまで救急対応であって、“24時間オープンのコンビニ診療所”という訳ではない。」

◎多摩北部医療センター - 東村山市 平成17年より、小児二次救急開始。

◎国立成育医療センター - 世田谷区
 太子堂にあった国立小児病院が、国立大蔵病院と合併移転してできたナショナルセンター。
 溢れるマンパワーで一次から三次まで受けるも、既に飽和か。

番外:東京西徳洲会病院 - 昭島市
   別棟の小児専用病棟を大々的に謳ったが、目論見通りに実働常勤医が集まらず、まったく機能せず。救急とれやごるらぁ!とも言えないラインナップ。

番外:日野市立病院 - 日野市
   < 小児科医、小児科専門医 (常勤・非常勤 募集 >
   http://www.city.hino.tokyo.jp/hospital/soumu/saiyou.html
   慶應から総引揚げをくらい崩壊。その後、紆余曲折あり足腰弱し。

原告弁護士、検察、裁判官の方々がその立場における正義や良心に基づいて行動されていることは信じておりますが、医療の現状は既に崩壊をきたしており、残念ながら、その理由が、高い訴訟率やトンデモ判決によるものであることは否定できません。
現在の医療事故に関して必要なのは、訴訟ではなくむしろ現状認識や広報活動(もちろん事故後の十分な説明も含めて)だと思います。

No.66 yama さん

>プロスペクティブ→レトロスペクティブの間違いですよね?

すいません、間違えました。
うん、他にも文章のおかしいところもある。
これからはもっと気をつけて書き込むようにします。

なかなか味わい深いネタです。
===============
1 名前: ☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★ Mail: off_go@yahoo.co.jp 投稿日: 2006/11/01(水) 20:34:43 ID: ???0
★ツボ位置361か所を統一する世界基準、WHOが決定

・世界保健機関(WHO)は1日、茨城県つくば市で開いた国際会議で、はり・きゅうで
 使われる361か所のツボの位置を統一する世界基準を決定した。

 国内で用いられている教科書とは約40か所が異なるため、教育内容も変更される
 ことになりそうだ。

 ツボの位置は各国ごとに微妙に異なり、効用の国際比較などで混乱があったことから、
 WHOは2003年から日本、中国、韓国を中心にして統一基準の策定に取り組んできた。

 今回の国際会議には、日中韓をはじめ計9か国が参加。最後まで議論が分かれた
 6か所のツボについては、投票で決着をつけた。採用されなかったツボの位置も参考
 として付記する。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061101-00000413-yom-soci

17 名前: 名無しさん@七周年 Mail: 投稿日: 2006/11/01(水) 20:38:58 ID: CcD/HAvL0
>最後まで議論が分かれた6か所のツボについては、投票で決着をつけた。

科学的に正しいかどうかは、多数決では決まらない件について。
===============

出典忘れとりました。
トラフィックの無駄遣いそのものですが、いちおう↓です。

【医療】 ツボ位置361か所を統一する世界基準、WHOが決定
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1162380883/

No.67 しまさま

>医学的に妥当かどうか判断できるのは医師だけですので、医学的に妥当な判決を出せるのは誰かと

「複数の選択枝が存在」することを認めて、医師の選択が「現在の医学レベル」から妥当であるかどうかの判断をして欲しいと思っています。
医学的に妥当かどうかを判断するのに、医師が必ずいなければ出来ないが、判断の場に医師以外のメンバーが加わることは構わないと考えます。弁護士だけでなく、できれば裁判官もメンバーに入ってくれたほうがいいのかと思います。
そのほうが「医療への誤解に基づく判決」は減るんじゃないかと自分としては期待します。
「あとから他の方法もあった」なんてのは、医療に対する誤解の最たるものだと思いますから。
過失があるかどうかの判断は医師が加わって判断してもらい、そこで過失が認定されたら過失の軽重の判決は司法でとなってもいいと考えます。

No.63 L.A.LAW さん

こういう思想で、こうあるべきというイデオロギー的な話は、ちょっと受け入れられません。正しい方法かどうかは、実際に試してみる、現状を調査して分析するなどの検証をして初めて言えることで、最初に思想ありきで、その思想に則っているかどうかで方法の是非を考えるなんてやってはいけないことだと思っています。医師にとっては現実こそ全てです。

No.73 オダさん

>そこで過失が認定されたら過失の軽重の判決は司法でとなってもいい

説明義務違反の全損認定、既往障害や予後不良疾患患者の高額慰謝料とかされてもいいのですか?

>オダさん
裁判員制度の医療版みたいな感じですか

>医師の選択が「現在の医学レベル」から妥当であるかどうかの
>判断をして欲しいと思っています。

現在の医学レベルを規定するのが難しそうですね

説明義務違反の度に思うのですが、全ての副作用を説明できるはずがありません。重要な案件については説明するべきですが、ガイドラインが示されているわけでもありません。あくまでも現場の医師に説明範囲は託されています。実際にマイナーな副作用の説明を怠ったと言うことで訴訟を有名大学病院でさえ起こされています(判決はまだですが)。
仮に文献をあさって命やQOLに関わる副作用全て説明したとしても(そんなこと不可能ですが)、説明した医師自身全て空で言えるはずがないし、ということは患者が短期間で全てを理解できるはずもありません。一体どうすればよいのでしょうか。

>No.48 FFF さん
No.46の私の発言は、最後に理想とあるように、現実的ではないだろうな、と思いながら書きました。今の裁判の制度はそれなりに完成したものであると思いますし、下手に崩そうとするとそれこそ「司法崩壊」を招くような気がしています。

ですから、現状では訴訟を避ける努力が先だと思っています。制度に問題があるとしても、(元行政さんの言葉をお借りします)現状の調査と分析の後で、はじめて改革が可能なわけですし。

そして、そのためのカギを握るのがNPO団体と、ネットワークだと思いますね。医療訴訟を起こしている人も、相談する窓口があれば訴訟にまで踏み切らなかったケースもあると思いますしね。

No.75 元行政さま

>説明義務違反の全損認定、既往障害や予後不良疾患患者の高額慰謝料

説明義務違反と訴えられたものが、現在の医学・医療ののレベルで妥当であれば過失とならない。しかし、レベルに達していない明らかに不十分な説明なら過失になると自分は考えます。

既往障害や予後不良患者に対して「医療者の過失」を医学的にはどう考えても認定できないと考えます。

医療訴訟事案における治療・診断・説明などに過失がるのかないのか、現在の医学・医療レベルから観ての判断を裁判官だけに任すのは反対です。プロスペクティブに判断する医療の現場の視点が必要であり、これは医療者でないと出来ないからです。
そこで、医学・医療レベルとして妥当かどうか、過失があるかないかの判断を医師を含む機関に任せます。
(過失の有無を判定する機関には、医師など医療者が参加する事は必要条件です。しかし、医療従事者だけの構成ではかばいあいと観られて信頼が得られなく恐れがあります。したがって以外のメンバーも加わったほうが国民の理解が得られやすいかと期待します)

しかし、医療者には具体的な量刑についてとか、賠償額の算定の知識ありません。そこの部分を裁判官に任せては如何でしょうかと考えております。

過失がなければ説明義務違反で全損認定にはならないと考えましたが、司法に期待しすぎでしょうか?

それとも自分の説明が悪いのかなあ。

>過失があるかどうかの判断は医師が加わって判断してもらい、そこで過失が認定されたら過失の軽重の判決は司法でとなってもいいと考えます。

う〜ん、ここの部分なんかが、特にわかりにくいですね。
反省します。

医者と弁護士は所詮人の不幸が飯の種(失礼)。あ、産科は違ったか。弁護士も数が増えてくれば鵜の目鷹の目で医師や病院を狙ってくるでしょうね。民事は要は銭金なのだから、自賠責保険料を診療費とは別に上乗せして患者から徴収する制度というのはどうですか。刑事は原則免責ということに。
産科減少で、そろそろ高額な出産料を取って優秀な医師をたくさんそろえた産院が事業として成立するのではないでしょうかね。夜間の小児科も自費診療がそろそろ可能でしょうか。あ、重傷患者が来たとき送るとこがないと困りますね。
ま、場末の開業医としては最後まで公的保険にしがみつき、細々と食いつないでいくことになりそうです。

No.69 uchitama さんのコメント |。について

番外:東京西徳洲会病院 - 昭島市
   別棟の小児専用病棟を大々的に謳ったが、目論見通りに実働常勤医が集まらず、まったく機能せず。救急とれやごるらぁ!とも言えないラインナップ。

私は、実は昨年末まで偶然この隣の金属加工工場の管理職をしてましたので、病院の人とも竣工式であっており、それから後は仄聞する限りですが、地元の反対が全くなかったので、この地に病院を建てたのだが、小児科(別棟)については余り稼動できてないようです。去年末でこれでしたからねえ・・・・この病院の近くには「なんとかこども病院」という小児科専門みたいな医院が有るのですがそこが反対してなかったというのに関して、かねてから不思議に思っていました。どうも撤退の話が出ていた矢先だったそうです。
ちなみに他の科に関しては昼夜問わず救急車が出入りしており中核病院の機能自体は果たしてるみたいですが、こと小児科はひとけが無い状態でした。

国が可能な限り安全に医療を行う(完全に安全なというのは理論上不可能なので)ためにどれだけの税金の負担が必要かを試算し、公表すれば国民も自らの間違いに気づくかもしれませんね。

No.77 yama さま

>説明義務違反の度に思うのですが、全ての副作用を説明できるはずがありません。重要な案件については説明するべきですが、ガイドラインが示されているわけでもありません。

う〜ん、確かにどこまで説明するかは難しいですね。
全ての副作用を説明するのはナンセンスであるが、どこまで説明すればいいのかは医療者のあいだでもコンセンサスはなかなか出来ない気がする。
医学的に間違った説明をしていたら問答無用で過失といえるが、そんな事案は滅多にない。
医師以外の人を納得させる理論となると更に難しいですね。
具体的に考え始めてみると、自分の考えはまだまだ突っ込みどころがあります。
今日は反省すること多いです。

No.79 オダさん

No.73のその他の部分は、激しく同意だったんですけどね。

損害額の算定に関しては、放っておいたなら死ぬ病気の全責任を医療者に押し付けるのはおかしいとか、助けた時の報酬とのバランスはどうだとか、このブログでは今の裁判に異論のある医師の方が多いのではないかと思います。

私のあげた二つの例は、最近の判決における損害論の充実とやらの例です。今までは違ったところが、そこまで医療側が賠償すべき損害として認められるということになったという話です。おそらく法曹の方も皆が納得するような話ではないと思いますよ。

No.42,45 FFFさん

これも繰り返しになりますが、現在の医療における最大の問題は

医療ミスで損害を受けた患者が適切な賠償を受けられないこと「ではない」
リピーター医師によって多くの患者が亡くなっていること「でもない」
そして
不当な訴訟によって医者が不利益をこうむっていること「でもない」

不利益を恐れて医者が逃げ出し、患者が適切な医療を受けられなくなりつつあることです。


もし、医療訴訟をなくすことがバーターだとすれば、それは
医療ミスで殺される患者と、間違った判決による医者の不利益のバーターではない。
【医療ミスで殺される患者】と、【医療を受けられずに死ぬ患者】のバーターです。

FFFさんは医療訴訟の存在意義のひとつとして、なくなるとリピーター医師による被害が拡大する、という点を挙げていますが、そのような社会全体の利益という視点を持ち込むならばリピーター医師による被害の拡大よりも医者が逃げることによる被害の拡大のほうが大きいと思います。

>立木さん
別に訴訟することが目的じゃないわけで、リピーター医師の情報公開に努めるなり、リピーター医師を排除するシステムや再教育システムがあったり、医療被害を受けた側への救済処置が受けられるようなシステムがあれば、特に訴訟は必要ないと考えます。


システムがなければ、訴訟に頼る他はないでしょうね。訴訟は最善のシステムというわけではないが、他の制度が残念ながらないのです。システムの不備は、国民、政治、行政、医療従事者を含む社会全体の問題なんでしょうけど。

No32.座位臥位立位さん

こっちも偽名ですから全然ドンマイですなりよ。

二木立に関しては一番評価すべきなのは先見性ですかね。
例えば、先程挙げた著書と、同時期に書かれた広井良典の『医療の経済学』(日本経済新聞社)とを読み比べてみるとわかります。

いずれも80年代に日本が医療費抑制に成功したということに注目しておきながらその評価は全く違います。
広井はそれをポジティブに捉えつつも、バブル経済によるGDPの伸びによって見かけ上対GDP比が低くなっておりこれからも医療費の無駄を省くことなどによる「医療費適正化」を進めるべきだと主張してます。
一方で二木は医療費抑制が医療を歪めており、ヨーロッパ並みに対GNP比を引き上げるべきだと強く主張しています。また勤務医の薄給にも触れ、専門職にふさわしい給与を保証しろという主張もちょっぴりしています。

そして90年代初頭においては広井のような見方が主流だったように思いますし、21世紀に入ってもマスコミレベルでは医療費の高騰を何とかすべきだという議論が続いていました。

No.86 しまさん

いや、ですからおそらく現状認識が違うんですよ。
訴訟がなくても、被害者救済やリピーター医師を排除する仕組みがあればいい、というご意見は医療ミスやリピーター医師の存在を大きく考えすぎています。
それは現在の日本の医療問題では小さい部分です。

繰り返しますが僕が見る限り、今の医療の最大の問題は、医療を受けられずに死ぬ人がこれから増えてくること。
訴訟があっても、医師が逃げない仕組みがあればいい、というのが正しいアプローチかと。

んで、しまさんの言う「リピーター医師」とは具体的にどのような医師かを教えてくださると、こちらとしては助かります。
そうすれば、実際どれくらいの確率でいるものなのか、窓際に追いやる等の方策がなされているものなのか、等についても医者の間から意見が出るかもしれません。

>元田舎医さん
極端な例で言いますと、宇治川病院の小児科医はいかがでしょう
http://ton.2ch.net/hosp/kako/1038/10385/1038576877.html

失礼しました。小児科医ではなく、婦人科医でした。

>>No.90 しま さん
んーーーーーー、また渋い例を出して来られましたね。

確かに、この医師は「リピーター医師」と言い切ってしまってよいと思いますが、この例だと原因は明らかに「加齢」です。
いくら年を取ろうがいつまでも優秀な方も数多くいらっしゃいますが、やはりそれなりのお年になりますとそれなりの頭の回転になる方の割合が多くなるのは事実です。
こうなると基本的に危険な診療をしているという自覚がありませんので、対策としては運転免許証のそれがフルに参考になりそうです。
すなわち、一律の定年制導入はすべきではないけれども、年齢に応じた更新制度は考慮すべき、と個人的には考えます。

No.74 元行政さん

>こういう思想で、こうあるべきというイデオロギー的な話は、ちょっと受け入れられません。

 ここの部分がかみ合わせが悪いのではないかというところなのですが、私は思想の話をしているのではなく、現在の憲法の下での司法の制度がそうなっていると述べているのです。判断者は、ある意味無知でなくてはならないという前提です。

 そして、憲法上、個人の権利義務についての判断は、裁判所で判断されなければならないとされています。前に、第三者機関について、最高裁判所につなげればという意見がありましたが、これは、現憲法上できません。

 民事事件・刑事事件については、必ず、地裁から行われることになります。海難審判庁・公正取引委員会・特許庁等はすべて、行政処分に対する判断について、これらの行政庁がいわば一審として判断する制度であり、民事事件・刑事事件は、自由に別にできます
(裁判には、民事・刑事の外に行政処分に対する裁判もあり、これについてのものだということです)。


  民事・刑事に事実上影響を及ぼすことになりますが、その程度は、まちまちです。

  参考 http://www.mlit.go.jp/maia/09qanda/qanda.htm#審判を傍聴・・・

 むろん、刑事事件についても、法律に違反するかが問題ですから、法律レベルで、構成要件に該当しなくすればいいとも言えますが、ただ、免責というやり方が、日本の法体系上、どういう形でするのかは別に問題となります。その点での検討をしなくてはならないと思います。

 民事の場合は、民事調停のように、訴訟の前段階に位置づけるのが現実的となります(モトケンさんの意見と同じですが)。

 弁護士等は、この前提が頭にあり、それを前提に制度を述べているが、他の方々は、当然、前提が違うため話が、かみ合っていない部分があるのではないかという意味です。 

 
  

 


リピーター医師なるものの定義が今一つわかりませんが、見ていてどうも臨床能力(医学的知識、技能のみならず対人折衝能力も含めて)に疑問符のつく医師は時に見かけます。

うちの医局は日本でも最大級の規模を誇ると豪語しておりますが、一昔前に当時の医局長が「そういう医師も使いこなすのが医局の仕事」と語っていたように、実際管理者名目等でとりあえず医師免許さえあれば他は問わないという場所があるわけです。そういう場所に使えない連中を置いておけば使える連中は別な場所で活用できる。逆に言えばこれはという医師は上が判断して「干す」というのが暗黙の了解であったわけです。

ところが昨今では医局支配力の低下が顕著であり、特に当科のような相対的に厳しいメジャーでは入局者の半数ほどは数年以内に脱局すると聞きます。むろん新臨床研修制度導入後はそもそも医局に入る者の総数自体が激減しています。結果として何が起こったか?昔のように上清だけを使うなどという贅沢は許されず、干されていたような連中ですら第一線に動員せざるを得ないという状況が現実に起こってきています。

現場の職場環境も悪化する一途であり、以前なら暗黙のダブルチェックが働いていたものが素通りしてしまうことも増えています。猫の手も借りたいとは言いますが、やはり命を預かる現場で働かせられない人間は実際います。当然そういう連中にはシビアな業務が廻せないため、他のスタッフにその分のしわ寄せが行く。ろくに仕事もせずに給料もらっている連中がいるというのがどれほど士気を低下させるかは言うまでもありません。結果としてそれが有能なスタッフの逃散を招き、更なる現場のレベル低下をもたらすのです。

医者に限らず看護婦、技師その他のスタッフに至るまで有能な者ほど我先に脱出しており、日本中どこにも未開拓の宝の山など存在していません。使えない連中は排除する、それは確かに良いことなのかも知れない。ではそのかわりに使える連中を補充してくれるのかという現場の声には誰がこたえてくれるのでしょうか?しかるべきレベルのスタッフが集まり適正な医療が提供できる環境が整うまで患者は黙って待てるのでしょうか?現場から見る限りにおいて、いずれも色よい返事が得られるとは到底思えないのですが。

>No.90 しま様

 どう見ても「塩化カルシウム」と「レスタミンカルシウム」の誤認ですね(苦笑・・・いや、亡くなられた方には苦笑ではすみませんが、医師としても何だかなぁ・・・と言う事例です)
 2chでは薄めるとか薄めないとか下らない議論をしてますが、そう言うレベルの話じゃないです。

> No.85 立木 志摩夫さん
確認ですが,医療ミスと言う単語は医療過誤という意味で使っていると解釈してよろしいでしょうか?マスコミは過誤以外の単なる医療事故やincidentの類も医療ミスと言っているので。

No.95 僻地外科医 さん

以下はm3からのコピペです。昔は蕁麻疹の治療に塩化カルシウムを使っていたようです。

>昔は使ったようです
塩化カルシウムやグルコン酸カルシウムが蕁麻疹、血管神経性浮腫、喘息などに使われたようです。 作用機序として「Caイオンが直接末梢血管の透過性を低下させ、消炎作用を示すと共に、間接的には副腎髄質よりアドレナリン分泌を促進して細動脈を収縮させるためである」 と1973年頃の薬理の教科書に出ていた。


問題は、知識が updateされていないことにあると思います。
このような医師を、排除するためには、医師免許更新制を導入といわれても、反論できません。
数年前の治療法が禁忌となってしまうことは、しばしばあると思いますので、自分の専門分野外での知識を問われると、自分も不安になります。臨床医として、どこまでが、必須の知識であるかという線引きは、非常に困難と思いますので、厚生労働省が、プール問題を公表して、そこから出題するという方法ならどうかとは思います。

またこのような医師でも、労働力(頭数?)として、必要とされている、現実もあります。

問題は開業医あるいは地方の医師、高齢の医師ですね。地方では情報がそうそうたやすく入ってきませんし、医師自体が忙しいですからそんなことに時間をかけられないでしょう。本来は、確かに、30分講義を聴けば免許更新できる、という制度があっても良いと個人的には思います・・・っていうかあるべきです。
しかし、特に忙しい医師がそう言う時間が取れるのかどうか、会場はどうするのか(沢山必要ですね)、その費用はどうするのか、というところが問題でしょう。
免許更新以外の方法として、保険医登録は何年かに一度報告義務(4年でしたっけ?当事者なのに忘れてしまっている・・・)があるはずですからその際に保健所の方から資料を送るとか、方法はいろいろ考えられるでしょう。

>田舎の消化器外科医先生

 情報ありがとうございます。レスカルもカルシウムの血管収縮作用を利用しているので
薬理学的には間違いじゃないかも知れませんが・・・。少なくとも現在塩カルは蕁麻疹には病名が通らないですよね。レセプトどうするつもりだったんでしょうか?

>またこのような医師でも、労働力(頭数?)として、必要とされている、現実もあります。

 確かに高齢で能力的には「ちょっとあれ・・・」どころか「やばすぎないか」というのは身近にもいますけど、医師定足数の問題で実際に臨床にタッチさせられなくても名目は雇っているケース(特老の回診など)は多いと思います。まさに頭数だけの問題ですけどね。

No.93 L.A.LAW さん

>海難審判庁・公正取引委員会・特許庁等
>第三者機関について、最高裁判所につなげればという意見がありましたが、これは、現憲法上できません。

勉強になります。ご教示ありがとうございました。
第三者機関のありように関しては、現憲法の枠組みからできることできないこと検討しなければいけないという理解でよろしいですか?以後注意して考えたいと思います。

制度を変えるのは厳しいという話は、FFF先生が再三されており、医師側もそれなりに理解していると思うのですが、それでもこうしたらよくなるのにという話はあると思います。それを変えるのは無理だろうとつっこみたくなるような話は、改善案というより現システムへの批判の一つの形として理解していただけたらと思います。

そんなところで私は、裁判所や検察は現実を認識し、起訴や判決で便宜をはかるなどするべきというようなことを主張しています。今は明らかに被災者(被害者とは言いたくない)救済のために便宜をはかっていますよね。

>ある意味無知でなくてはならないという

この部分は、間違った思想だと思います。コメントしませんでしたが、これ自体にそもそも異論がありました。

私知(自分が知っている知識)の利用の禁止のところの部分は、私的な先入観を防ぐという現実的な話であって、例えば自動車の運転の知識(裁判官にとって自動車の運転が身近になる前まではトンデモ判決が続出していたそうですね)があるから交通事故の裁判をするべきではないというような場合に使われる知識という単語とは違うと思うのですが、いかがでしょうか。判断には知識が不可欠です。先入観や恣意性の排除も大事な要素の一つですが、判断者が十分な知識を得た上での判断ということが、圧倒的に重要であるはずです。民主主義のシステムがこうだという話は、あまり関係ないように思えるのですが、間違っているでしょうか。私たちの主張は、今のやり方では裁判官をもってしてもその最低限の知識にも到達できないということがおおもとになっています。

NO100 元行政さん

>この部分は、間違った思想だと思います。コメントしませんでしたが、これ自体にそもそも異論がありました。

これも、思想の問題ではなく、裁判のシステムの前提のことです。いのげさんが記載されていましたが、ここらへんも、法曹以外の方にはわかりづらいことのようですね。

民事に限定して(刑事はまた違う面があるのですが、一緒に話すとわかりづらくなるので)、かなり簡略化して説明します。

 裁判は、適正手続きにおいて行わなければならないことは、当然ですが、この面から見た場合、武器対等の原則、また、不意打ち防止ということからお話した方がわかりやすいかと思います。

 すなわち、裁判において、判決の基礎となるのは、当事者双方が法廷で提出した主張・証拠のみであり、それ以外を基礎としてはならないとされています。裁判は、イコールの能力を有する当事者が双方主張・立証しあい、それのみを基礎として判決が出されるという構造になります。

 たとえば、裁判官が医師でもあって、医療の専門知識があったとして、出された証拠外の知識から、結論を出した場合、これにより敗訴された方は、それに対し全く反論できないことになり、不意打ちとなってしまいます。公平ではなく、適正な手続きではないということになります。したがって、このようなことは許されないことになります。

 ここからは、私の民事裁判に対する理解になりますが、本来、裁判は、当事者のバイアスのある主張をなくすのではなく、このような手続きの中で、双方がバイアスのある主張・
立証をぶつけ合うことにより、結論をだすという構造だと思います。

 したがって、極端にいうと、法曹からすると、トンデモ判決が出たとして、裁判官が悪いとしても、専門知識がないからということではなく、また、トンデモ判決を出された側の訴訟対応の問題の方に思考がいくことになるように思います。

NO100 元行政さん
>民主主義のシステムがこうだという話は、あまり関係ないように思えるのですが、間違っているでしょうか。

 すいません。ここの部分にお答えしていませんでした。

>たとえば、裁判官が医師でもあって、医療の専門知識があったとして、出された証拠外の知識から、結論を出した場合、これにより敗訴された方は、それに対し全く反論できないことになり、不意打ちとなってしまいます。公平ではなく、適正な手続きではないということになります。したがって、このようなことは許されないことになります。

上記は、自分からの引用ですし、ここからは、全く私の考えになりますが、仮にこのような裁判官の専門的知識(要は一般的国民が有しない知識)により、判決が出された、少なくともそのように法廷に出されない証拠に基づいて判決が出された場合、一般的国民はそれを理解することができず、いわば、ブラックボックスの状態で、自分たちの権利義務について判断がされるという意味で、民主主義に反するということだと思います。

 むろん、これはフィクションです。一般の国民がどれだけ判決等を見るか、あるいは、裁判の公開についてのこのブログでの議論を見られておわかりかとは思いますが。ただ、選挙が民意を反映するというフィクションと同様、民主主義には必要と考えられているかと思います。

 アメリカなどの陪審制では、判決に理由を記載しない(できない)ため、陪審の判断は、民意の反映だというフィクションに変わるのだと思います。

 私は、現在の司法の制度が最上とは考えていませんし、より良い制度があれば、変えるべきだと思いますが、なかなかそれは難しいとも思っています。
 


 

http://www4.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=432979&log=20061102

東京事情

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061101

×都立母子保健院 -世田谷区 閉院

×東京臨海病院 -江戸川区
小児科救急診療体制 完全休止
http://www.tokyorinkai.jp/gairai/f_1.html#12

×国立東京災害医療センター
平成18年11月1日より小児科常勤医が不在
http://www.hosp.go.jp/~tdmc/sin_syouni.htm

×佐々総合病院
小児科当直終了
http://www.sassa-hospital.com/newpage/oshirase.html

×多摩南部地域病院 -多摩市
救急医療(小児科:当番日のみ)
http://www.tamanan-hp.com/contents/top/syokai/kyukyu/kyukyu.htm
※現在入院は休止
http://www.tamanan-hp.com/contents/top/kasyokai/09_syoni_ka/syoni_ka.htm

▲町田市民病院
夜間に深刻、小児科医不足
http://blog.l-care.net/?eid=483016
風の噂では北里大学の応援を受け、医師会の診療所が深夜帯まで一次をカバーするようになったとの事です。

▲都立八王子小児病院 -八王子市
平成21年度をもって閉院予定。既に撤退開始の噂も。

▲都立清瀬小児病院 -清瀬市
平成21年度をもって閉院予定。既に撤退開始の噂も。

▲公立昭和病院 -小平市
小児科医師・医長募集!!
http://www.kouritu-showa.jp/cgi-bin/pageedit/page_detail.cgi?id=10047
 だそうです。実際、そんな噂も耳に入ってきます。

◎青梅市立総合病院 -青梅市
 頑張っていますが、相当きついらしいです。「西多摩で唯一の小児休日全夜間診療病院として、24時間365日対応している。1次救急から3次救急まで受け入れ可能だが、あくまで救急対応であって、“24時間オープンのコンビニ診療所”という訳ではない。」
http://www.mghp.ome.tokyo.jp/syouni.htm

◎多摩北部医療センター -東村山市
平成17年より、小児二次救急開始。

◎国立成育医療センター -世田谷区
国立小児病院が、国立大蔵病院と合併移転してできたナショナルセンター。
溢れるマンパワーで一次から三次まで受けるも、既に飽和か。

番外:東京西徳洲会病院 -昭島市
別棟の小児専用病棟を大々的に謳ったが、目論見通りに実働常勤医が集まらず、まったく機能せず。

番外:日野市立病院 -日野市
< 小児科医、小児科専門医 (常勤・非常勤 募集 >
http://www.city.hino.tokyo.jp/hospital/soumu/saiyou.html
慶應から総引揚げをくらい崩壊。その後、紆余曲折あり足腰弱し。

> 元行政さん   (No.60のコメントについて)

 まず、「欠席裁判」という点に誤解があるものと思われます。被告が第1回口頭弁論期日に出頭しないことと、原告の主張に全く反論しないこととは異なります。民事訴訟法上、陳述擬制という制度がありまして、要するに、主張書面を予め提出しておけば、法廷でそれに従った反論をしたものと扱ってよい、ということになっています。御指摘のケースがどのようなものであったかは不明ですが、恐らく、然るべき反論が記載された答弁書が擬制陳述されたものと思われます。

 また、原告がそもそもの主張立証に失敗すれば、被告の反論を検討するまでもなく請求棄却になるのは当然のことです。被告が裁判官だからどうこうというのではなく、民事訴訟の大原則です。御指摘のケースも、最初から法的な要件を満たしていない訴状であった可能性が高そうです(一応の要件を満たしているなら、被告に実質的な反論、反証を求めますので)。特に国や公務員、大企業相手の訴訟には、最初から法的な要件を満たさない訴えであることを承知の上で、政治的パフォーマンスや個人的満足感のために提起されるものが相当多くありますから、「こんな不公平な判決がなされた!」と仰々しく宣伝しているものを安易に信用することは危険です。

>>No.101-102 L.A.LAW さん
質問者の元行政さんではありませんが、非常にわかりやすい説明をありがとうございました。

で、これから私たちはどうすればよいのでしょうか。
今後ともお知恵をお借りしたく思います。

欠席裁判という言葉が正確でなかったということですね。ご教示ありがとうございました。言葉の誤りに関しては納得しました。
私のコメントはエントリ4のYUNYUN先生のコメントがもとです。

>裁判所で判断するスタイルの責任追及手段としては、他に損害賠償請求(国家賠償請求)が考えられます。、
しかし、誤判について国家賠償請求をすることは、判例は裁判官の故意に近いようなケースでなければ認めないとして、ハードルを非常に高くしています。
また、国家賠償法では、裁判官に限らず、公権力行使に当たる公務員の個人に対して賠償請求するのではなくて、国または公共団体を相手としなければならないというのが、確定した判例です。
私は事情があって、あえて裁判官個人を訴える事件(憲法17条を根拠に主張)を扱ったことがありますが、その裁判官は答弁書を送ってきただけで、代理人も立てず欠席しました。でも原告敗訴なんだよね。

> 極端にいうと、法曹からすると、トンデモ判決が出たとして、裁判官が悪いとしても、専門知識がないからということではなく、また、トンデモ判決を出された側の訴訟対応の問題の方に思考がいくことになるように思います。(No.101 L.A.LAW さま)

これこれ、私がせっかく数エントリをかけて、ソフトに話を進めてきたところを・・・
参照抄録

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医療崩壊3 ttp://www.yabelab.net/blog/medical/2006/09/17-164308.php
No.57 YUNYUN
医事紛争を既存の訴訟の枠組みから切り離す、というか、専門調査委員会のワンクッションを前置させる(法としてそのやり方を強制する)というような、ドラスティックな制度改革には、5年10年の長期間を要するでしょう。

一方で、5−10年改革の成就までの間、既存の訴訟の枠組みを無策のままに放置していては、制度が出来る前に医療崩壊してしまうおそれがあるので、今すぐに、少しでも食い止める手だてが必要です。これは法制度ではなく、運用レベルの話です。
1.刑事責任からの解放 検察庁に原則的に不起訴処理させる
2.民事訴訟の科学的解決 正しい鑑定を行わせ、その結果を確実に判決に反映させる ←FFFさん提案の諸方策はこの部分

2.について、「裁判所が鑑定結果を無視して判決する」というご意見がありましたが、普通に考えて、そのような事例が多いとは思えないのです。

医学的に誤ったトンデモ判決が出る原因として考えられることは、
1)被告が主張・立証に失敗した → 被告及び被告代理人弁護士が努力すべき
2)鑑定結果が誤っていた → 鑑定医の選任方法や、鑑定方法を工夫すべき
3)裁判官の誤解偏見 → 裁判官に研修させるべき

------
医療崩壊5 ttp://www.yabelab.net/blog/medical/2006/10/11-091144.php
No.32 YUNYUN
No.26 uchitamaさま

> これまでの被告側医療側の努力不足、最後まで正論を通して争うべきだった?のではと思います。)
> 要するに被告医療側にも被害者救済の意識が強いため、あるいはなるべく穏便に済ませたいため、敗訴は避けるにしても和解や示談で原告に賠償金が入ることは良いことではないかという気持ちが悪い方向(悪い判例を蓄積する結果)になったのではないかと思います。

これだと、トンデモ判決の主原因は、
被告側の訴訟戦術の拙さに帰されてしまいますが?
八百長試合で負かされたことを、後になって不当だと嘆いてみても、誰も同情してくれないでしょう。

裁判の被告とされた以上、自分が正しいと思う主張を展開して、全力で闘うことは、権利です。
被告代理人弁護士が真面目に仕事をしていないと思われるなら、そのような弁護士は解任して、
もっと技能が高くて信頼できる弁護士を探して選任すべきです。
原告だって自分のために頑張ってくれる弁護士を探してきているのですから。

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No.133 YUNYUN
No.130 元行政さま
投稿が入れ違いになりました。

> 被告側の戦い方の問題に関する指摘が、法曹側から出ています

正直申しまして、その原因については、被告代理人弁護士の能力・意欲の問題ではなく、

> 当事者である医師自体が梯子を外す問題や、(私の勝手な推測ですが)示談に流れやすいという問題

が大きいのではないかという 印象 を私は持っております。
(あくまで印象です、経験に基づく実証的な主張ではありません)

----------------
「被告側が主張立証方法を工夫すべき」ということは言えるにしても、
最後の最後には、個々の裁判官が自分の内に持っている価値判断によりますから、
医療というものの性質をどう捉えるか、裁判官も含めた国民一般が、医療に対して何を期待しているかということは重要です。
この点では、国民および裁判官の理解はまだまだであり、医療者側が辛抱強くPRを続けていただかなければならないところです。

逆に、司法とは何か、司法にどんな役割を果たすべきか、ということの国民の理解も問題です。
裁判には、医療事故の真相解明や今後の医療水準を向上させる機能が、全くないとは言えませんが、それはあくまで副次的な効果にすぎません。
訴訟の効能を過大に宣伝したり、実のない期待を持たせることは欺瞞であり、
法曹は一般国民の前に「司法の限界」を率直に認め、無意味な訴訟を裁判所に持ち込まないようにお願いすることが必要ではないか。

No.101 L.A.LAW さん

これは弁論主義のことですね。

私の言いたかったことは、双方から出された証拠を以外の知識を採用しろということではなくて、出された証拠を吟味するためのもとになる知識が足りないようでは、決して真実には辿り着かないだろうということです。
弁論主義を金科玉条のように考えた裁判官の同様のコメントを読んだことがありますが、そういう理由で真実追及のためには誤りであると断じることが可能だと思っています。

今の日本の裁判制度は、平たく言うと
・素人である裁判官を納得させた方が勝ち
ということでよろしいのでしょうか。

YUNYUN先生のすごさに脱帽。
YUNYUN先生の手のひらで踊っている孫悟空のような気がしてきました。

わたしが考える「裁判官が誤る原因」は
弁論や証拠が不十分である可能性の他にもあります.

一つは断片的な知識に基づいて判断する事
医学,特に臨床医学は知識の体系なので
争点がちょっと複雑な,とくに診断や判断の話の場合
実は総論を踏まえた上で判断しなければ意味がないのですが
非常に各論的な情報のみに基づいて考える.とまでは言わずとも総論軽視です.
裁判官は関連文献は感心するくらいよく読んでおられるんですが
総論の勉強はさすがにしない

二つ目は日本語に限定されている事
英語の文献を日本語にそれも素人に分かる様に翻訳するのは
非常に大変なコストを伴います. 英語くらい読める人だったら話が早い.

三つ目は「情報の偏在」の問題
医学知識が医者サイドの方に多い,カルテも持っているということを
念頭に置いた指揮をしているわけですが,どうもその割り引き方が雑で
偏在の補正に重きを置きすぎてアンフェアになってるんじゃないのと
判例百選を読んで思う部分もあったデス.

> 元行政さん、しまさん、オダさん (No.60、78、79のコメントについて)

 「医師等から構成される第三者機関による紛争処理システム」(以下「新システム」といいます)と、現行の裁判所による紛争処理システムの関係をどう考えるかは様々で、単純に新システムを設けて並立させる方法もあるし、「裁判所に医事訴訟を提起する前提として、新システムによる審理を経なければならない」という方法もありうるところです(現在も、まず家裁で調停をしないと離婚訴訟を提起できないというように、同種のルールはあります。)。

 ただ、いずれにせよ、紛争の当事者には裁判所における訴訟で最終的な解決を図るという選択肢が残されているわけで、これはつまり、患者と病院の双方が、「訴訟より新システムで紛争を解決した方が得だ」と考えなければ新システムは利用されず(又は、利用されても最終的決着に至らず、訴訟に移行して)、訴訟を抑制するという効果は得られないことを意味します。訴訟は当事者のどちらかが望めば利用できるのに対し、新システムは、双方の意向が合致しないと利用できないのです。

 たとえば、よく引き合いに出される賠償額の低額化についてですが、医師を主体とする新システムにおいて、病院有責の場合における補償額を現行の訴訟より低く算定する運用がなされれば、病院にとっては嬉しいでしょうが、患者側にとっては当然ありがたくないわけで、それなら新システムなんて使わずに訴訟を起こすよ、ということになるでしょう(※)。こうなると、何のために新システムを作ったのか分からんわけです。新システムにおける審理・審査に訴訟より時間がかかったり、費用がかかったりする場合、新システムが過失ありと判断したのに補償に応じない病院が増えた場合なども、それ位なら訴訟をする、ということになるはずです。新システムにおいて過失が認められる割合が、訴訟より明らかに低くなった場合も同様でしょう。

 また、同じことは病院側にもいえます。(そう感じていない医師の方は多いものの)裁判官は専門家の判断、裁量を尊重しており、かなり大きな問題があると評価した場合でなければ責任を認めませんが、新システムでは医療の専門家がチェックする結果、現行の訴訟よりシビアに過失ありと判断される領域が出てくるはずです。このように、「新システムでは過失があったと判断されてしまうが、医療の素人である裁判所であれば不問に付す可能性がある」ような事案では、病院としては、新システムを使うより訴訟で、ということになるでしょう。そう勧める弁護士だっていそうです。新システムにおける病院側の応訴の負担が訴訟より大きくなった場合も、新システムを利用するメリットは薄れます。

 結局のところ、新システムの運用が現行の訴訟よりも特定の立場に有利なものになれば、不利になる方が新システムによる最終的解決を拒否する結果、裁判所で決着をつけるという結末に至るわけで、わざわざ新システムを設けた意義がなくなります。したがって、「賠償額の相場を下げ、司法が過失ありと判断してきた医療行為について過失なしとの評価をしてくれる第三者機関」を作ることは可能ですが、誰も利用する人はおらず、訴訟が減ることはないでしょう。第三者機関といっても、その辺りを慎重に考慮しないと、人的資源を壮大に浪費することになる虞があると思われます。

※ もっとも、何回か書いたとおり、「金なんていらないからミスを認めて欲しい、真実を知りたい」という原告も多いので、話はこう単純でないかも知れません。ただ、最初はそういう姿勢でも、病院側の反論に不誠実さを感じるうちに「やっぱり金も取りたい」と変化することは珍しくありませんが。

>FFFさん
医師が何よりも求めているのは「医学的妥当性のある判決」のような印象を受けます。従って、システムのメリットに対しては、現在のシステムよりどれだけ「医学的妥当性のある判決」が得られるかどうかが問題になってくると思います。

「医学的妥当性がある」と考えたのなら、医師は恐らくシビアな判決でも受け止めるのではないかなとは思います。賠償額が問題と言うよりも、「医学的妥当性に欠けた不当な判決による不当に高額な賠償額」が問題なのではないでしょうか。

ただ、新システムのコストパフォーマンスに関しては、大いに議論するべきかと思います。せっかくシステムを作ったのに、利用されなくては意味がなくなりますからね。

No.112 FFF さん

>家裁で調停をしないと離婚訴訟を提起できないというように、同種のルールはあります

被災者救済という意味からは、勧められる話ではないかもしれませんが、本訴訟への敷居を少しでも高くするべきと思っていますし、調停で専門家である第三者を入れての説明の方が善意の患者であれば納得させやすいと思います。(この機関に、無過失被災者救済機能自体もつけることがいいのかもしれない。本裁判にしたらふいになる可能性もつけて)
裁判官も、現在の救済すべき被害者という先入観が、折角作った専門的判断のできる司法機関をあえて利用しない奴というものに変わるということも期待されると思います。

>新システムでは過失があったと判断されてしまうが、医療の素人である裁判所であれば不問に付す可能性がある

昔はあったかもしれませんが、最近の裁判所がそれをするのは皆無に近いと想像します。
被告に責任があって、賠償が決定⇒いくらでも実例があります。
被告に責任がないのに、賠償が決定⇒むしろこちらが大部分かと思えるくらい多くの実例があります。
被告に責任がなく、棄却⇒たまに実例を見つけます。
被告に責任があるのに棄却⇒最近は一度も見たことがありません。
和解の率が高いこと、医療過誤ではという相談をみれば、ものになりそうな話は医療側に過誤がないと思われる例まで含めてすごく率が低い。
これらのことを総合的に考えれば、ほぼ間違いないと思います。

>「金なんていらないからミスを認めて欲しい、真実を知りたい」という原告
>病院側の反論に不誠実さを感じるうちに「やっぱり金も取りたい」と変化する

「真実を知りたい」は「ミスを認めて謝罪しろ」ということでしょう。そこで病院は嘘をついて謝ればよいものを、正しいことを言って否定するものだから、金をとることによって病院の間違いを証明しようという話になるわけです。(ミスが本当はなくて、ミスを主張することが馬鹿みたいなほど、こういう心理に人間は走ります)

>元行政さん
>被告に責任がなく、棄却⇒たまに実例を見つけます

そんなに少ないですか?
判例データベースを見ていると、原告棄却は結構目にするのですけど

FFF様

>たとえば、よく引き合いに出される賠償額の低額化についてですが、医師を主体とする新システムにおいて、病院有責の場合における補償額を現行の訴訟より低く算定する運用がなされれば、病院にとっては嬉しいでしょうが、患者側にとっては当然ありがたくないわけで、それなら新システムなんて使わずに訴訟を起こすよ、ということになるでしょう(※)。

ただ、第三者機関が補償額のメルクマールをつくれば、裁判の方がそちらに「前に習え」する可能性の方が高いと思われます。もともと現在の医療訴訟の賠償額自体が確たる根拠を持たないように思いますので。

>裁判官は専門家の判断、裁量を尊重しており、かなり大きな問題があると評価した場合でなければ責任を認めませんが、

ただ、ここでいう「専門家」というのが論議のあるところで、裁判官が優先するのは、現場の「医師」よりも、どこかの「大学教授」とか、どこかの「学会の偉い人」のような世間一般で言う「権威」の方ですので、医療の実情に合うかどうかは別途議論が必要ではないかと思います。

> しまさん  (No.113のコメントについて)

 数としてはそのような考え方の医師が多数だろうとは思いますし、一定規模の病院であれば、何と言うか常識的な穏当な対応が得られることも多いのですが、個人経営の医院などでは医師個人のパーソナリティーによって左右される部分も大きく、患者より感情的になる医師もおられるわけで・・・・。

 それから、医師が医学的妥当性を求め、かつ、新システムの方が医学的妥当性のある判断がなされる傾向が強いとしても、それだけでは新システムの利用が促進され、訴訟が抑制されるわけではないというのが難しいところだと思います。患者側にも新システムを利用するだけのインセンティブがないことには、訴訟の利用は減らないでしょう。

>しま様、元行政先生

>>被告に責任がなく、棄却⇒たまに実例を見つけます
>そんなに少ないですか?

 医療訴訟の原告勝訴率から考えると、たまにどころではなく普通にあると思います。どうしても医療者側は被告敗訴に気を取られますのでバイアスがかかっていると思います。

 ただし!!
 それ以上にマスコミ報道にバイアスがかかっている->医療者も医療者敗訴の報道ばかり見て嫌気がさしていると言う可能性は大ありです。

>僻地外科医 さん
原告勝訴率は上がっているかも知れませんね。過去一年の判例データベースをチェックしてみたのですが、原告勝訴が36件、原告棄却が21件でした。データベースの公開基準が不明なので、これで即原告勝訴率が上昇しているとは言えませんが。

検索日:2005/10/1〜2006/10/1
検索キーワード:病院
で、損害賠償請求だけをチェックしました。

ところで、いつも思うのですが、勝訴と敗訴の線引きが難しいですね。わずかでも原告の主張が認容されたら、即勝訴なんでしょうか。今回は、機械的に調べてみましたが。

> 元行政さん  (No.114のコメントについて)

 まず、患者は須らく救済すべきという先入観を持った裁判官がいるとは、ましてそのような裁判官が多数であるとは、到底思えません。見解、印象の相違としか言いようがない問題ではありますが、立場上、私の方が裁判官と接触する機会、裁判例を検討する機会が遥かに多いと思いますので、一法律屋の実感としてそうだということは繰り返し表明させて頂きます。

 それから、これも繰り返しですが、法律の原則は過失責任主義ですので、「被告に責任がないのに、賠償が決定」されることはありません。元行政さんのコメントの御趣旨を正確に表現すると、「医師の目からは被告に過失がないと考えられるのに、裁判所は過失ありと判断し、賠償責任を負わせた」ということかと思います。そして、そのような裁判例が「むしろこちらが大部分かと思えるくらい多く」、その一方で、「医師から見て過失のない事案について裁判所も同様の判断を示して請求棄却」となったケースが「たまに」しかないというのは、明らかに事実誤認です。医師に責任がないとしてアッサリ請求棄却となった裁判例は掃いて捨てるほどありますが、ニュース性がないので報道されず、先例としての価値もないので医療関係者の話題にも上らないだけです。元行政さんの医療訴訟に対する認識は、「医師を叩く報道ばかり目にする一般市民が、医師の大部分は信用できない連中だと思い込んでいる」状態に近いように感じます。といっても、法律の仕事をしていない方にはそう映るということなのでしょうから、元行政さんを非難しているわけではありませんが、割合に関する上記の御認識が実情と乖離していることは繰り返し申し上げたいと思います。もちろん、裁判所が医学的に不相当な判断をして病院を負かしたケースがあり得ること自体を否定するものではありません。

> しまさん  (No.115、No.119のコメントについて)

 利用されたのは最高裁のホームページにある判例検索でしょうか? そうでしたら、統計としての意味はほとんどありません。

 そこに登載されている裁判例は、各地の裁判所がもともと(広報用ではなく)裁判官の執務資料として集積していた判決を、そのままかき集めたものです。全ての判決が入力されているわけではなく、各裁判官が「執務資料としての価値がありそうだ」と判断したものだけがデータベースに入っています。

 で、どんな判決が選ばれるかというと、ありきたりな、先例の多数ある、誰が担当してもすぐ同じ結論に辿り着くであろう事件は、当然はじかれます。反対に、新しい論点が問題になった事件、珍しい結論に至った事件、改正された法律を初めて適用した事件等、何らかの特徴、先例的価値がありそうな事件が優先的に掲載されるわけです。たとえば、金を借りて返さない被告に返金を命じる判決なんてのは当然過ぎるから掲載されませんが、何らかの理由で返金しなくてよいとした判決は、掲載される可能性があります。

 医療訴訟についていうと、医師に過失なしとして請求棄却する事案が割合的には多数ですので、そういう「典型的な判決」は、新しい争点でもなければ掲載されない傾向があり、他方、医師に過失ありと判断した「珍しい判決」が多く掲載される傾向にあるといえます。なお、この傾向は、民集、集民、判例時報、判例タイムズ、判例百選、ジュリスト等、およそ全ての判例集、判例紹介にあてはまると認識しています。

 医師の方も、極めて典型的な疾病に対して、医学的に常識とされている治療を行い、予想どおりの経過で回復に至ったようなケースを、いちいち執務資料、研究材料として情報化することはないでしょう(素人考えですが)。それと同じような感覚かも知れません。

>FFFさま(No.120のコメントに対して)
>裁判所が医学的に不相当な判断をして病院を負かしたケースがあり得ること
また、少し感情論になりがちですが、医療側からすればトンデモ判決が1例あれば医療壊させるのに十分なのです。

割りばし事件→専門外領域(小児科など)の当直からの撤退
川崎市立病院こんにゃくゼリー事件→小児救急医療からの撤退
福島県立大野病院→産科1人医長の病院からの撤退
さらに「経験も無いのに、いちかばちかでやってもらっては困る」→難解な症例の診療拒否
大淀病院妊婦死亡「搬送を断った病院の違法性」→救急医療からの撤退

これらの事件は判決云々以前のレベルでインパクトが大きく医療崩壊の引き金になっているのです。医療側敗訴になればそのインパクトは図り知れません。

>医師に責任がないとしてアッサリ請求棄却となった裁判例は掃いて捨てるほどありますが、
以前に議論になった医療訴訟における高い認容率(や敗訴的和解)の議論もそうなのですが、(FFFさまを疑うわけではありませんが)結局、はっきりとしたデータや文献が示されず、実務法曹の印象というコメントは説得力がありません。コメントする方の立場もあるわけですから。議論は止まっても説得(納得)したことにはならないのです。

また、少ないと感じるか、多い(高い)と感じるかもその立場によって異なります。
特に医療側は善意で(個人的には非営利で)救命行為としてやっているのですから、訴訟どころか疑われるだけでもまっぴらごめんと考える人も多いのではないかと思います。

このブログで議論される判例の半数以上を過失なしと感じる小生にとっては、トンデモ判決が、毎日飛行機事故が起こるレベルの(毎日交通事故が起こるレベルではなくて)頻度の高さ、で起こっているのだなぁ(笑)と感じます。

最近外来でも、特に問題もないのに医療不信やセカンドオピニョンと口にする患者さんが多くて大変です。いやぁー普通ではないものを感じます。いろんなところに歪が来てるんですよ。本当に困ったことです。

> じじいさん   (No.116のコメントについて)

 医療訴訟における賠償額は、別に医療訴訟特有のメルクマールによっているわけではありません。交通事故、労働災害等の場合と同様の基準で算定されています。それが不満な医師の方がおられることは承知していますが、ひとまず良い悪いは措いて、裁判の実情としてそうなっている、ということです。

 で、交通事故に関する訴訟の件数を考えれば分かるように、何しろ膨大な裁判例の蓄積によって、極めて「固い」算定基準となっていますので、これがドラスティックに動く可能性は極めて低いと思いますし、医療訴訟だけ別基準を作るという話にもならないと思われます。

 というわけで、「現在の医療訴訟の賠償額自体が確たる根拠を持たない」というのは誤解でして、むしろ、ものすごく固い算定基準に拠っているというのが実情です。興味がおありでしたら、日弁連交通事故相談センター発行の損害賠償額算定基準を御覧下さい。赤い本なので、通称「赤い本」と呼ばれています(・・・・そ、そのまま過ぎる)。第三者機関がいきなり独自の補償算定基準を作っても、裁判所や弁護士からは、まず間違いなく無視されると思います。

 「専門家」の属性については、御指摘の傾向があると感じなくもありませんが、それ以前に、「現場の医師」が鑑定人として選ばれることが少ないのです。しかし、それは措くとしても、「現場の医師」の声は一つに確定できるものではないわけで(現に、原告側の協力医、被告側の医師の見解は正反対になることが常態です)、そうかといって毎回何十人、何百人と鑑定人を依頼して多数決をとるのも現実的でなく、どうやったら「現場の感覚」を適切に分からせることができるのかは難しい問題ですね。その意味では、東京地裁等で行われている3人の医師によるカンファレンス形式の鑑定意見などは、なかなかバランスのよい工夫だと思っているのですが。

FFF様

>というわけで、「現在の医療訴訟の賠償額自体が確たる根拠を持たない」というのは誤解でして、むしろ、ものすごく固い算定基準に拠っているというのが実情です。興味がおありでしたら、日弁連交通事故相談センター発行の損害賠償額算定基準を御覧下さい。赤い本なので、通称「赤い本」と呼ばれています(・・・・そ、そのまま過ぎる)。

赤本の存在は重々承知していますが、医療訴訟による賠償と交通事故訴訟による賠償を全く同一の考え方で整理することに違和感を感じているのですが・・・。

交通事故による損害と医療事故による損害は、事の起こりから、原告側の置かれていた状況(少なくとも医師が患者に対して何もしなくとも患者が死ぬ場合はいくらでもありますが、自動車側が歩行者に対して何もしないのに歩行者が勝手に死ぬことはまずありません。)、被告側の過失性などなど、どう考えても性質が異なるものであり、単に死んだから画一的にナンボというのは余りに安易ではないですか。

裁判官も好きで赤本を参考にしているわけではなく、他に寄るべきメルクマールがないからと考えていたのですが、裁判官は実は好きで赤本をメルクマールにしてたのでしょうか?

私は、第三者機関であれ、賠償額算定に合理的根拠があれば裁判官も傾聴すべきであると思います。また、裁判官が第三者機関を尊重せず、その意見を聞く気がないなら、最初から作る意味はありません。

>東京地裁等で行われている3人の医師によるカンファレンス形式の鑑定意見などは、なかなかバランスのよい工夫だと思っているのですが。

数人以上の議論として、テレビ中継するくらいの勢いでやって欲しいものです。個人的には、患者情報の守秘義務や個人情報保護以上に、医療訴訟の個々の判例は公共性の高いものだと思うのですが?
またオープンな議論をすることにより、家族や医療不信の方々を納得させられるメリットもあるはずですが,なかなか上手くはいかないんでしょうね?

>  uchitama さん   (No.122のコメントについて)

 認容率等については、詳細な統計が公開されていませんで、困ったものですね。まあ、訴訟マニアが信じられないような件数の裁判を起こしたりすることがあるので、単純な割合だけ算出しても意味がない部分があるのですが。

 ところで、こちらにおいでの方は、特定の党派的思想に基づいて他の専門領域を攻撃することを目的としているわけではなく、それぞれの立場からのお考え、印象、体験等を率直に語っておられるものと認識しております。医師の方が紹介されるエピソード、たとえば、勤務医は激務であるとか、詐病の患者がいて困るとかいった話については、別に明確な統計資料、データに基づいているわけではありませんが、皆様が敢えてウソを書く必要なんて全くありませんので、私としては疑うこともなく、「そういうものなのね」と素朴に勉強させて頂いております。

 ただ、医療訴訟については、医師としての専門知識によって理解できる部分と、法律・裁判実務の知識がないと誤解しやすい部分とがありますので、誤解と思われる発言(例 : 医療訴訟では過失がないのに医師が任されるケースが大多数である)については、場合によっては多少役に立つこともあろうかと思い、おせっかいにもコメントをつけることがあります。しかし、本棚の奥から資料を引っ張り出して徹底的に反駁しようとか、相手をとことん説得しようとか、そんなつもりは毛頭ありませんから、一法律屋の印象論を信用して頂ける方はそうして頂いたらいいし、信用して頂けなくともそれはそれで仕方ないと思っております。

> じじいさん  (No.124のコメントについて)

 第三者機関であれ何であれ、合理的で傾聴に値する内容であり、従来の基準より公平で妥当な紛争処理を実現できる意見であって、手続き的にも問題がないのであれば、裁判官もそれを採用すると思いますよ。彼らは、その辺りは妙に生真面目、クソ真面目な人種ですので。

 ただ、賠償額の算定、つまり人命を金銭に換算する方法については、これまで積み上げられたものがあまりに大きく、しかも、それは裁判官だけではなく、これまで同種の訴訟に直接・間接に関与したものすごい数の人々(当事者、遺族、弁護士、医師、法律学者、保険学者、経済学者、社会学者・・・・)の知恵と検証、各種の社会情勢(物価水準、平均金利、年代別・性別の標準賃金、医療費・・・・)が複雑に堆積された結果として作り上げられたものですので、法律屋の感覚としては、いかに「第三者機関」に優秀な人材が揃ったとしても、これを覆せるような天才的なアイデアがポンと出てくるとは到底思えない、というところです。

 ちなみに、この辺りは法学という分野の特殊性が大きく影響していると思います。法学というのは、社会が円滑にまわるように適当な調整方法を考えましょうという学問ですから、法律の解釈、運用についても、天才による突飛で斬新な発想というのはあまり評価されません。一般人の目から見てなるほどと得心できるものでなければ、ルールとしての意味がないからです。現行の算定基準がすぐに大きく変わることはないだろうというのも、この辺りの感覚によります。

>FFFさま(No.126のコメントに対して)
>一法律屋の印象論を信用して頂ける方はそうして頂いたらいいし、信用して頂けなくともそれはそれで仕方ないと思っております。

反論するなということですか?
小生の思うところでは、医療崩壊が加速→保険診療の一部崩壊→医療の地域差(貧富の差)、不公平感→医療訴訟における現行法の矛盾→医療事故第三者機関の設置→法改正の方向へ進んでいくのだと思います。第三者機関に関しては既に厚労省でも検討中(下記)とのことです。いずれは法改正までいくのでしょうか。
http://news.goo.ne.jp/article/kyodo/politics/government/20061025a1170.html
このブログで重要なことはこれまでの判例の誤審、医療訴訟の矛盾点や現行法、現行制度の問題点を徹底して取り上げていく(今のうちに膿を出せるだけ出す)ことではないでしょうか?もちろん、それがどれだけ改正された制度や法律に反映されるか分かりませんが、はっきりとひとつ意見として述べることが必要だと思います。

その一つが無視できないレベルの認容率、敗訴的和解や高額な賠償金、インパクトの大きいトンデモ判決だと思います。反論するのが当然ではありませんか?

>医療訴訟では過失がないのに医師が任されるケースが大多数
大多数でなく少数であっても、その医療界へのインパクトの大きさからすれば無視できない(徹底して言及し、阻止すべき)ものと思います。

これは「因果関係がない」のに「期待権を認めた」有名な判決ですね。
=====================
事件番号 平成9(オ)42
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成12年09月22日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集巻・号・頁 第54巻7号2574頁

原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 平成7(ネ)2314
原審裁判年月日 平成8年09月26日

判示事項 医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合における医師の不法行為の成否
裁判要旨 医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。
参照法条 民法709条
=====================
全文↓
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/4680489A8D74766E49256AD4002680F8.pdf

FFF様

>いかに「第三者機関」に優秀な人材が揃ったとしても、これを覆せるような天才的なアイデアがポンと出てくるとは到底思えない、というところです。

これ以上は水掛け論ですので止めておきますが、せめて赤本をベースにしつつも、医療事故と交通事故の性質の乖離を適切に踏まえて、それを反映させた形で、医療訴訟独自の基準づくりがされることを期待します。妙に生真面目な人には難しいかもしれませんが。

>元行政先生(.114)
 裁判官も、現在の救済すべき被害者という先入観が、折角作った専門的判断のできる司法機関をあえて利用しない奴というものに変わるということも期待されると思います。

 「裁判官が救済すべき被害者という先入観を抱いている」とはどういうことでしょうか。

 以前医事関係訴訟における原告勝訴率については、双方当事者の同意によらない判決と双方当事者の同意に基づく和解を一緒くたにして「原告側が賠償を受けているケースは約7割」とし、「だから医療の素人である裁判所は原告よりである」といわんばかりの主張が展開されていましたが、例えば現在医事紛争の一部を扱っている日医医師賠償責任保険の賠償責任審査会(この審査会は医師主体で構成されています)における過去10年の付託事例のうち約6割が医療側有責となっていること(藤村伸「医療安全と医療事故」日医雑誌第134巻11号別冊51頁)に照らせば、判決における原告勝訴率約4割、和解も含めた有償解決率約7割というのは、それほどおかしな数字ではないように思われます。法律の素人である裁判所がやっても医師主体で構成されている日医医師賠償責任保険賠償責任審査会がやっても、医事紛争の6〜7割は医師側有責の結論であるのに、「裁判官は医学の素人だから、患者を救済すべしという先入観の下、医師に対して厳しい結論ばかり示している」と主張されても困ってしまいます。
 先生は何を根拠に、「『救済すべき被害者という先入観』を抱いている裁判官によって、『被告に責任がないのに、賠償が決定』されているのが『むしろ大部分かと思えるくらい多』い」とおっしゃっておられるのでしょうか。

>僻地外科医先生(.118)
>医療訴訟の原告勝訴率から考えると、たまにどころではなく普通にあると思います。どうしても医療者側は被告敗訴に気を取られますのでバイアスがかかっていると思います。

 例えば以前本ブログで取り上げられました「府中市異常影見落とし訴訟」では、胸部レントゲン写真の見落としを医師の過失と認定したのが医師主体で構成された調査会であったのに、医師の皆さまの間では裁判所が後出しジャンケン的に医師の過失と認定したかのように受け止められていました。
 他方、例えば「昭和61年の間接撮影フィルムでは異常陰影の存在が認められるが(…)定期健康診断において撮影された他の数百枚のレントゲン写真と同一の機会に、当該受診者に関する何らの予備知識なく読影された場合、当時の一般臨床医の医療水準を前提とすれば、右異常を発見できなかった可能性の方が高い」として、異常影を見落とした医師の過失を否定した事例(東京地判平成7年11月30日)や、「胃集検の制度においては一般に異常所見の見落としの可能性は否定できないことが明らかであり、(…)受診者の間においても、その精度に絶対的な信頼を置きうるものではない旨の認識が広く行われている」として、異常影を見落とした医師の過失を否定した事例(神戸地判昭和59年5月28日)などは、おそらく医師掲示板などで取り上げられたことはないのではないかと思います。

 私は、「不当判決」の存在自体を全く否定するつもりはありませんし、医事関係訴訟の総数が増加すればより「不当判決」も目に付くようになるでしょうから、医師の皆さまの不安が増大するのは、ある程度は無理からぬことだと思います。しかし、さしたる根拠もないのに「裁判官には患者を救済すべしという先入観がある」とか「医師側敗訴率が高すぎる」とか「本当に医師側有責なのは2%くらいで、あとはチンピラ患者とテロリスト法律屋によるユスリタカリだ」とか「法廷をテレビ撮影させないほど閉鎖的なのは日本の司法くらいだ」といった非難が医療者の側からたびたび行われるのはちょっと看過できません。
 
 なお、藤村伸日本医師会常任理事は前掲論文において「有責事例のなかには医師の過失に関して明白な証明ができかねる、いわゆるグレーゾーンと呼称されるものも含まれている。事例をレトロスペクティブに検討した結果、より適切な治療手段があったかも知れないと判断されたものである。」(前掲51頁)とも書いておられます。この指摘が事実だといたしますと、こちらで繰り返されてきた「裁判官は医学の素人だから、『患者を救済すべし』という先入観に影響されたり、レトロスペクティブに事例を検討したりして、医師側有責の結論ばかり出すのだ」という主張に疑問が生じますし、医師主体の医療事故調査機関の設立が本当に医師の皆さまにとっての福音になるのか疑わしいということになりそうな気がします。

an_accused さま

>なお、藤村伸日本医師会常任理事は前掲論文において「有責事例のなかには医師の過失に関して明白な証明ができかねる、いわゆるグレーゾーンと呼称されるものも含まれている。事例をレトロスペクティブに検討した結果、より適切な治療手段があったかも知れないと判断されたものである。」(前掲51頁)とも書いておられます。

とのことですが、やはりグレーゾーンと呼称されるものは有責としてはいけないと思うのですがどうでしょうか。こちらのブログにおられる方は、「より適切な治療手段があったかもしれない」という程度で有責になること、それを問題にしておられる方が殆どだと思われますが如何でしょうか。

an_accused さま

>私は、「不当判決」の存在自体を全く否定するつもりはありませんし、医事関係訴訟の総数が増加すればより「不当判決」も目に付くようになるでしょうから、医師の皆さまの不安が増大するのは、ある程度は無理からぬことだと思います。

あと、ほとんどの医療訴訟で正当な判断がなされていること自体は私も認識していますが、こちらに書かれました「不当判決」が少量でもあること自体が問題だと思うのです。弁論主義であるため、そのような不当判決は、被告側の反論の方法にまずさがあったというご意見はわかります。しかし、だからといって、まずい訴訟対策でもできてしまった判例は医療現場に流布しますから、医学的事実が歪曲されて現場では対応せざるをえません。医学的事実をいうものをわれわれは何より重視しますから、非常に問題だと思うわけです。今のままでは医療は死にます。急変の多い現場に人がいなくなるという物理的な問題だけではなく、医療という概念や技術自体が死に絶えるという、形而上の問題にもなりますので、議論が続いているのだと思います。

まあしかし、現時点ではどうやってもまともな過失判断は無理なときは無理そうなので、危険な仕事からは遠ざかるのは仕方がなく、自然の流れでしょう。私も辞めて正解だったとつくづく感じます。

>賠償責任審査会(この審査会は医師主体で構成されています)

医療関係6人、法律関係4人でしたね。

>法律の素人である裁判所がやっても医師主体で構成されている日医医師賠償責任保険賠償責任審査会がやっても、医事紛争の6〜7割は医師側有責の結論であるのに、「裁判官は医学の素人だから、患者を救済すべしという先入観の下、医師に対して厳しい結論ばかり示している」と主張されても困ってしまいます。

an_accused様、参考までにご教示いただきたいのですが、医療訴訟案件と審査会付託案件の同質性について検証された文献等については、日医HPなどネット上に落ちていますでしょうか?

> No.114 元行政さん
> そこで病院は嘘をついて謝ればよいものを、
そうでしょうか?そうするとつけあがる輩が増えることはないでしょうか?私はうそをついて誤るよりもやはり真実を明らかにするのが仁義だと思います。うそをついて誤ればもしかしたら第三者(主にマスコミ)が「責任者だせ!」などと言う可能性もなくはないと私は考えております。

> No.122 uchitama さん

割りばし事件→専門外領域(小児科など)の当直からの撤退
川崎市立病院こんにゃくゼリー事件→小児救急医療からの撤退
福島県立大野病院→産科1人医長の病院からの撤退
さらに「経験も無いのに、いちかばちかでやってもらっては困る」→難解な症例の診療拒否
大淀病院妊婦死亡「搬送を断った病院の違法性」→救急医療からの撤退

これについてはまだ最終的に有罪か無罪かは決まっておりません。しかし、起訴されると言うだけで医療従事者は十分恐怖を感じているのです。起訴されること自体がおかしいと医療従事者は考えています。しかも大野病院は不当逮捕というおまけまで付いています。その前の女子医大の事件でも不当逮捕がありました。
その結果、必要のない懲戒免職があったり、精神的に追いつめられた医師や看護師が増えています。実際に感情的に「こんなことやっていたら医療ミスで訴えられる!」とうろたえる看護師が10年前から増えてきました(医療従事者は医療ミスという言葉を使えべきではありませんが)。
あと、セカンドオピニオンは紹介状があって初めて成り立つものですから、単に患者の身勝手で病院を変えようとしているのにセカンドオピニオン気取りで来るのは間違っています。しかも年々増えています。私は診療にも時間がかかり、おまけに医学的に不明点だらけのこの手の患者は紹介状なしには受け入れない立場を貫いています(飲んでいる薬が一種類で検査も特にしてもらっていないただの高血圧だとかそういうのはOKですが、それでも紹介状の必要性は説明します。ってこのような患者は社会的には大病院に来る必要は無いんだけどね・・・・と書くと人権擁護派から怒られそう)。時間がかかるからこそセカンドオピニオンを歌っている病院は自費なのです。何らかの行政からの圧力が必要だと思います。
ちなみに私はかかりつけ医推進派ですが、それについてはまた別に。

> No.126 FFF さん
専門家にナンですが、わかっているよと言われるかもしれませんが、数は知りませんが、過失がないのに賠償金を払わされたとか、つい最近では割り箸事件の一審で過失は認めながら無罪という例がありましたね。過失がないのになぜ賠償?と憤りを感じたものです。それから、医学的には過失といえないのに過失を認めたという件なら数知れずあります。割合までは知りません。そういう意味では、我々医療者から見るこうしたトンデモ判決を下す裁判官を「何も知らない無知識・無経験人間」と見るのは仕方のないことでしょう(あるいは敢えて無知識無経験を装っている?)。このような場合は信用してくれと言われても信用できません。
ただ、ここにいる法曹の人たち、警察の人たち、マスコミの人たちとの溝が少しでも埋まっていくのはとても喜ばしいことです。結局無知が医療者を一方的に叩いているのでしょうね。無知が偏見と差別を生むという言葉は的を得ているなと実感します。

>No.127 FFF さん、はじめ法曹の方へ質問です。

逸失利益などの算定方法は、赤い本(赤本というと大学受験の過去問の本を思い出しますが)で、確立しているとのことですが、(その5、No.161)で提示した、下記のような事件では、被告側は、説明義務違反のみを問われていると思われ、原告本人の過失も当然考慮されるべきと思います。(前スレでは記事からは、裁判所が原告の過失を認定したかどうかは不明とPINEさんのコメントをいただきましたが。)
一般論として、原告、被告の双方に、過失が認められる場合、逸失利益のうち、どのくらいが被告の負担であるべきかは、裁判官がその割合を決めるのでしょうか?
またその過失の度合い、起こった結果の重大性から、それにたいする慰謝料は、どのくらいかも、算定基準があるのでしょうか?(過去にも出てきたかも知れませんが、スレが膨大になり簡単に探せませんのでご容赦ください)

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帝京大病院の医療過誤訴訟:6000万円支払い命じる----地裁 /東京

帝京大医学部付属病院(板橋区)で受診後、心不全で亡くなった男性(当時47歳)の遺族が、入院を説得しなかった医師の過失が原因などとして、病院を経営する学校法人「帝 京大学」(同)に約1億1000万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は18日、大学側に約6000万円の支払いを命じた。藤山雅行裁判長は「自分の症状を誤解している 患者に対し、医師は適切な説明をすべき義務を怠った」と述べた。
判決によると、男性は00年5月ごろから息切れがひどくなり、同年6月から同病院に通院したが、9月に亡くなった。大学側は「男性は症状を理解しながら仕事が多忙との理由 で入院を拒んだ」と主張したが、藤山裁判長は「医師が突然死の危険性を説明したとは認められない」と判断した。

まあしかし、自動車というものがなかった時代から、徐々に交通事故が起こるようになり、判例が蓄積され、賠償額も固まっていったという経緯があるのでしたら、医療訴訟も最近までは数が少なかったそうで、また今後増えていくことでしょうから、まだ過渡期と考えたほうがよいのかもしれません。

そういった過渡期にいるわけですから、いろいろconflictがあってしかるべきだと思います。しかし、もちろんan_accused さまのおっしゃるように、はっきりした根拠がないのに暴言を発することがあっては感情的になる人もでてくるとは思いますので、気をつけたほうがよいとは思います。

ただ、過渡期にいるということから考えますと、過失認定の方法にしても、賠償額の算定にしても、今後どのようにでもぐにゃぐにゃと変わっていくものだと考えます。現行の過失認定の方法に問題がないとか、賠償額には非常に固い根拠があるといった、あまりに現行のやり方に固執する姿勢は誤りだと思います。このブログではどのようなやり方がよいのかを建設的に・実現可能な方向で考えていくべきだと思いますがいかがでしょうか。

そのためには、医師が激務で何も考えられない状態はいけません。
そこで、労働基準法を遵守できず不当判決にさらされるかもしれない職場とは、「ご縁がなかったもの」と考えてご辞退させて頂くことは、理にかなっていると思います。地域の方々にはご迷惑をおかけしますが、ストライキと考えてもらえばよいかもしれません。

ところで、法曹の方々のご意見には、「訴訟という仕組み」というものについて非常に勉強になるものが多いのですが、実際に現実に起こっている「医療崩壊」という事実に対してはどのようにお考えなのでしょうか。一人の地域住民として、不安とか憤りとかはお考えにならないものかなと思います。そういったご意見自体が殆ど私の見る限り書かれておりませんので、伺ってみたいものと思います。まだまだ現役で仕事をされているような年代の方には医療など縁遠いものであるため想像が全くできないのかもしれません。しかし、かならず人間は病気になり、死にます。その時自分の納得できるような医療はおろか、最低限の医療を受ける場所もなくなっていたら(今そうなりつつある瞬間ですが)と想像されれば、医療者側・というより医療行政にどうしてほしいのかという意見は各自お持ちになれると思うのです。

ちなみに、これ以上働くと死んでしまうので、医師に今まで以上に働いてもらうという方法は不可能であることはお分かりになられるかと思います。「そんなこと言っているお前が人々のために働け」というのも不可能です。私も完全に医療と離れているわけではなく、外来は続けております。しかし、救急外来や当直は不当判決の世界に巻き込まれるのはお断りしたいのでやりません。強制労働は拒否します。では、どうしたらよいのでしょう。

> uchitama さん  (No.128のコメントについて)

 いや、もちろん反論して頂ければと思いますが。反論するなという趣旨の発言を私がしたことがあったのでしょうか。そもそもそんな権限もありませんし。

 医療者の方が、「医学的に不相当と考えられる判断によって病院側を敗訴させた判決は、総数に占める割合がどうであれ、臨床実務に与える影響が大きいから看過できない」と仰るのなら分かります。まことに正論だと思いますし、何の間違いもありません。私も、裁判所が(病院敗訴に結びつくものであれ患者敗訴に結びつくものであれ)医学的に不相当な判断をすることのないよう、不断の努力、創意工夫をしていかないといかんと思っております。

 ただ、「過失もないのに病院側が敗訴するケースが大多数である」とか、「裁判官は医師を負かすべしとの先入観を持っている」とかいう言説は、間違いであり偏見なので、認識を変えて頂いた方がよいと思います。私がコメントしているのはその趣旨です。

> 元田舎医さん   (No.129のコメントについて)

 その理解は間違いです。以前にも同様の指摘はさせて頂きましたが、繰り返し申し上げます。

 法理論上、因果関係がないのに、責任を負わせることはありません。その判決でも、医師の過失と死亡との間に因果関係があったとは認められない(※)としましたので、死亡という損害全体に対する賠償は命じていません(死亡に対する賠償なら、200万円という額に収まるわけもありません。)。

 ただ、患者としては、「病院では適切な医療行為をしてくれる」と期待しているのだから、医師が、医師ならば当然行うべき基本的な医療行為すらしなかったような場合は、患者の期待を裏切っており、この「期待を裏切られたことによる精神的苦痛」という損害に対して、一定の条件下(#)では賠償する義務がある、ということです。

 こう書くと小難しく感じるのですが、論理構造としては単純で、原告が主張していた損害のうち一部について過失との因果関係を認めたに過ぎません。「過失はあった。ただ、原告は、AもBもその過失から生じた損害だと主張するけど、因果関係が認められるのはBだけだから、Bについてだけ賠償しなさい。」ということです。

 以上は、判決のロジックを説明したものに過ぎず、こうした解決をすること自体の当否について述べたものではありません。

※ なお、よく誤解がありますが、「因果関係がないと認められた」わけではありません。「証拠上、因果関係があるという証明まではできなかった」ということです。

# この条件のひとつが「医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在」です。

> じじいさん   (No.130のコメントについて)

 「医療事故と交通事故の性質の乖離」ということは分かるのですが、議論の出発点としては、「事故の性質の違いによって賠償額の算定基準を使い分けるべきかどうか」という問題が先ずあるのだろうと思います。

 現行法上、賠償額は「本人が被った損害」を積み上げる方法で算定しているわけで、その中心となる逸失利益は、事故の性質がどうであれ、全く変わらないはずです。

 逆にいうと、事故の性質の違いによって賠償額の算定基準を変えるには、この「生じた損害に対する賠償」という民法の大原則を転換しなければならないことを意味します。これは、必ずしも医療者側にとって好ましい結果だけを生むとは限りません。「生じた損害は軽微ではあるが、過失の程度が大きいから、莫大な賠償責任を負わせるべきだ」という考え方に結びつくことが容易に予想されます。

 なお、現行制度でも、慰謝料等、裁判官が裁量でいじれる部分を動かして事案に応じた調整を図ることはごく普通にあります。細かく検証したことはありませんが、医療事故と悪質な交通事故では、慰謝料として認めた平均額は違っているはずです。

現在はやはり過渡期にあるのだと考えます。
今まで、万一過失が医学的にないのに訴訟上の対応が拙くて過失が生じた場合など考えずに病院経営は行われてきました。しかし、その可能性もゼロではありません。

医療現場は、日常的に人がどんどん死んでいく場所です。過失の如何にかかわらず、日常的に死、もしくはそれに近い状態になっていく人が集まる場所です。万一民事訴訟になった場合、患者様の受けた損害は死亡など重篤なものである頻度が高いと考えます。

補償額を変えることがないのであれば、そしていつ過失かわからないのに過失と認定されるかもしれないのであれば、その時に備えて、病院を運営するためには医療費を上げるしかありません。それが当面の対応策です。いままでそういう世界ではなかったのですが、今後世界が変わりますので、まず医療費を上げることが現実的な変化でしょう。それができなければ経営が立ち行かなくなり今以上に病院はなくなります。

医療費が高騰することがまず当面の解決策ということでよろしいでしょうか。それでなければ辞める医師を引き止めることはできないでしょう。ただ国民に引き止める気がないのならそれはそれで仕方がありません。ただその結果も国民は甘受することになります。

私は臨床医以外の仕事で早く成功するか、国外で労働することを検討しています。

> 田舎の消化器外科医さん   (No.136のコメントについて)

 原告の方にも過失がある場合、その点を考慮して賠償を減額します。過失相殺と呼ばれる調整方法です。その割合は、最終的には裁判官が裁量で決めますが、まず原告の過失とみるべき事情を被告の方で主張・立証した上で、その結果を見て判断することになります。

 過失割合として認定される幅は様々で、9対1の場合もあれば1対9の場合もあります。また、損害が拡大したことについて原告側にも過失があるという場合にも、過失相殺の対象とされることがあります(医師の不適切な診断・治療と、患者の不摂生な生活が相まって死に至った場合等)。

 慰謝料については、No.140でも触れましたが、事案の内容、過失の程度によって増額されることがしばしばあります(※)。交通事故についていえば、単なる一瞬の脇見によるものと、泥酔状態で無免許運転したものとでは、認められる金額は違ってきます。ただ、2倍、3倍というほど極端に差をつけることはなく、せいぜい20〜25%増し程度ではないかと感じます。

※ 減額方向の調整は、慰謝料を減らすことではなく、過失相殺で行うのが通常であると認識しています。

こんにちは、整形Aです。

11/3午前0時過ぎから朝までに皆さんが投稿した時間です。
夜更かしは体に毒ですよ(笑)。
このブログでのディスカッションが、この日で終わりというわけじゃありません。
体に負担のないようのんびりいきましょう。

>No.114 元行政さんのコメント | 2006年11月03日 00:36 |
>
>No.116 じじいさんのコメント | 2006年11月03日 00:51 |
>
>No.117 FFF さんのコメント | 2006年11月03日 01:17 |
>
>No.118 僻地外科医 さんのコメント | 2006年11月03日 01:26 |
>
>No.119 しまさんのコメント | 2006年11月03日 01:35 |
>
>No.122 uchitama さんのコメント | 2006年11月03日 03:04 |
>
>No.124 じじいさんのコメント | 2006年11月03日 03:46 |
>
>No.127 FFF さんのコメント | 2006年11月03日 04:20 |
>
>No.128 uchitama さんのコメント | 2006年11月03日 04:44 |

ところでuchitamaさんは、急患で夜中に起こされ、それから参戦した口かな。

>元内科医先生(.132)
 先生のおっしゃるとおりだと思います。
 と申しますか、前の拙コメントをお読みいただければお判りいただけるかと思いますが、私は、「医師主体で構成されている賠償責任審査会であっても医学の素人で構成されている裁判所でも、医事紛争についてレトロスペクティブに事例を検討し、グレーゾーンを医師有責とする不当な結論を出しているのだとすると、『不当判決』が出る主な理由は裁判官が『被害者を救済すべし』という先入観を抱いているからではなく、裁判官が医学の素人ばかりだからでもないのではないか」と申し上げているのであって、私は一言も「グレーゾーンなら医師有責とすべし」などと申し上げておりません。

>「不当判決」が少量でもあることが問題だ

 とのことですが、「府中市異常影見落とし訴訟」をめぐる議論で皆さまが明らかになさいましたように、医師主体の審査会であっても検証の仕方によっては後出しジャンケン的な結論を出してしまいますし、前の拙コメントでご紹介いたしましたようにきちんと事実に向き合えば裁判官だって「健康診断の不確実性」に十分配慮した結論を導くこともできるわけです。「どのような構成の審議体であるか」ということと同じかそれ以上に、「どのようなアプローチで検証を行うか」ということもまた重要なのです。だからこそ私は、鑑定の充実や調査嘱託の活用といった「審理の工夫をどうすすめるか」について、皆さまのお考えを伺いたいと思っておりますし、訴訟において審理の工夫が進めば、その蓄積が将来できるであろう「医師主体の医事紛争処理機関」における審理のあり方にも資することになるだろうと考えているのです。別に現行のやり方に固執しているつもりはありません。ただ「裁判官にはわからない」と言えば済むと考えておられる方や、司法を貶めるためなら中傷や嘘をいうこともかまわないと考えておられる方とは、少なくとも医事紛争処理というテーマについて「建設的・実現可能な方向」での議論を行うのはちょっと難しいのではないかなあと考えているだけなのです。

>じじいさま(.134)
 申し訳ありませんが、医事訴訟案件と審査会付託案件の同質性について言及した文献を私は知りませんので、ご紹介して差し上げることはできません。あくまでも私の推測ですが、審査会に付託されるということは、医師が日医の医賠責に加入しているということでしょうから、いきおい開業医の皆さまが扱われた事例が多くなる(そういう意味では両者は完全に同質であるとは言えない)ということになるのでしょうが、同じ日本の、同じ時期で運営されている制度であり、審査会であつかった案件が有責性判断や賠償額の折り合いがつかずに訴訟に移行するケースもある(つまり完全に重なっているものもある)らしいことから、ある程度の同質性を備えていると勝手に推測しています。
 もちろん、米国のように、医事訴訟の対象となった事案を複数の医師によるチームが検証したということでもあれば、当然そのデータを元に考えるということになるでしょう。そういったものがなさそうだから、今のところ我が国において訴訟以外の医事紛争処理機関の中では最も多くの案件を処理し、先例蓄積も豊富である日医の賠償責任審査会を、さしあたり比較対象として挙げた次第です。

No.120 No.121 FFF さん

>「医師の目からは被告に過失がないと考えられるのに、裁判所は過失ありと判断し、賠償責任を負わせた」

そういう意味で最初から書いたつもりでしたが(ここの参加者には暗黙の了解事項だと思います)、正確に長く書いた方が良かったですかね。

最早言うまでもないことですが、私の書いた内容は判決文が私たちの目に届いたものに関しての話です。医師から見て過失ありの例は、早々に和解になっているはずでもあり、医療側が不当に勝つなんて今時ありえないだろうということが目的のネタです。多い云々よりも、これは被告が勝つのはおかしいなという例が全く目に付かないという点が重要です。

>「執務資料としての価値がありそうだ」と判断したものだけがデータベース

こういうこれからの医療裁判の方向性を示したものに、トンデモが多いということこそ、悪い話ではありませんか?

それから数の話だけでなく、例えば医療水準の話しかり、期待権の話しかり、割合的因果関係的考慮やら何やらと湧いてくる現実を考えていない患者寄りのトンデモ理論。むしろこちらの方に問題を感じているのですよ。(医療がミスをするように裁判でもあるでしょうから個々のトンデモ判決をそれほど責めるつもりはありません)

裁判官が救済すべき被害者という先入観とか書いておいてなんですが(マスコミ等の影響により先入観がないわけではないでしょう)、裁判官が公平を心掛けているという点に関しては、職歴上普通の人よりは理解しているつもりです。しかし判断のもとになる基準が患者寄りでは患者寄りの判決になるでしょう。私が患者寄り裁判の是正として一番望むことは、最高裁裁判官に勉強してもらって、おかしな理論の修整とより現実的な理論の確立です。

>FFFさま
理解いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。

>過失もないのに病院側が敗訴するケースが大多数である

以前は「沈黙は金」と思っていたのでが、現実は黙っていれば容認したと思われて、当然あるはずの権利すらもが消失してしまいそうな世の中です。声を大にして主張していくことは重要と思います。しかし、表現として「大多数」と言うべきなのか、「掃いて捨てるほどあります」と言うべきなのか、受け手の印象は同じでも言葉として適切でないことはあるかと思います。

>裁判官は医師を負かすべしとの先入観を持っている。

これは非医療者の医療に対する無知と同様に、非法曹の法律に対する無知からくる被害者的な発想かもしれませんが、上述の期待権などに関しても後から付けた言いがかり的な印象を受けてしまいます(これも被害妄想?)。
訴訟上のテクニックなのかもしれませんが、直接的な因果関係ではなく、(あるいは争点をずらすことにより)、何か別件逮捕的な(路上にタバコを投げ捨てただろう的な)印象を受けることはよく見かけます(このブログ上での判例など)。

>ところで、こちらにおいでの方は、特定の党派的思想に基づいて他の専門領域を攻撃することを目的としているわけではなく、それぞれの立場からのお考え、印象、体験等を率直に語っておられるものと認識しております。

このブログに参加される医師の方々はそれぞれに医学的見識もあり、危機管理意識もしっかりしているように思えます。FFFさまと原告被告の立場で直接対決な〜んてことはまずないと思っております。むしろ危機管理の観点からは非常に勉強になります。

実務法曹なら、法律の表も裏も知っていて当然であり、どんな手段で依頼者を勝訴に導くことに非難するつもりは全くありません(むしろそうすべきであります)(言葉に悪意は全くありません)。
むしろリピーター医師ならぬリピーター裁判官(例:藤○雅○裁判官など)にはもう少し勉強(医療よりも社会勉強)して欲しいなぁという感想です。

No.131 an_accused さん

>「裁判官が救済すべき被害者という先入観を抱いている」

あくまでも専門機関による手続きを拒否する人間との対比です。先入観を持つなというのは公平さ追及の一つの原則ですが、完全に実行できることでもなければ、かたくなになれば一つの情報をミスミス損したり、変に過修整がおこったりもします。少なくとも裁判官は、我々が原告に対して可能性が高いと感じている様々な原告の気質を裁判官は感じていないでしょう。

>過去10年の付託事例のうち約6割が医療側有責
先生自身が答えをNo.144で答えを書いておられますよね。検証の仕方ですよね。

No.135 yama さん

>嘘をついて謝れば

そこはちょっとした皮肉です。当然本心じゃないです。

>>No.139 FFF さん
なるほど。

A:医療行為→死亡
B:医療行為→「適切な医療を受けられるはず」という期待を裏切られて無念だ
に関して、裁判所はBの矢印のみ成立すると判断したわけですね。(それがいいか悪いか、FFFさん自身の判断はさておき)

ということは、今後の患者側弁護士の訴訟戦略として訴状の全てに「B」を入れるというのもありそうです。
何せ判断したのは「最高裁」であります。

臨床を辞めた後でも医賠責に加入していますが、免責事項に引っかかった場合、200万円も持ち合わせがない私はどうしたもんでしょうね。
やっぱり私はとても臨床に戻れそうにありません。
判決文を読む限り、常に「期待に添う医療」を提供し続けるなど、私自身には到底期待できそうにありませんので。
私の代わりはこれまで通り、どなたか気力・体力・脳力・財力・徳力ともに恵まれた医師におながいします。

一方的に期待されても困る って思いますよね。
No.129で元田舎医さんが紹介してくださった判決の事例では、特にそう思います。
早朝の救急外来で受診からわずか15分ほどでの急変となると・・・これで200万円も払わなくてはならないのですか・・・溜息が出ますね。

民事訴訟でお互いの主張に白黒をつけるのは健全なことと思います。むしろ医師の免責特権など主張するほうが世の中には受け入れがたいのではないでしょうか。これから弁護士も増えてきて流れとしては訴訟は増えてくるでしょう。問題は訴訟費用や賠償費用ですが、これは医療費に含めるというより、別個の保険算定機関を作って保険料を計算してもらい、すべての患者より自費徴収すればよいと思います。たとえ多額なものになろうとも。医療を受けるということは、不可避のリスクとともにあるわけですから、リスクを患者さんに分担してもらえばよいのでは。医療はすべからく安全なものではないという啓蒙にもなると思います。

なにはともあれ、判例として確定しているのですから、当面の対策としては現実と期待値の乖離が小さいところへ移動して、臨床を続けるしかないかと。

私自身は、教授の許しを得たので、この冬を最後に基幹病院と医局を去って、その辺の自由度を確保する事にしました。

>an_accused さん

No.144について。

ちなみに、「現在のやり方に固執している」と表現したのはan_accusedさまの意見についてではなく、他の方の意見についてですのでご安心ください。紛らわしい表現で申し訳ありません。

>ただ、患者としては、「病院では適切な医療行為をしてくれる」と期待してい
>るのだから、医師が、医師ならば当然行うべき基本的な医療行為すらしなかっ
>たような場合は、患者の期待を裏切っており、この「期待を裏切られたことに
>よる精神的苦痛」という損害に対して、一定の条件下(#)では賠償する義務
>がある、ということです。

FFFさん,
患者さんが期待されるのはそうでしょうけど,その期待度が適正かどうかの判断は含まれているのでしょうか?
つまり「適切な医療行為」というものがあいまいな訳ですよね.患者さんが「勝手に」過度の期待をした場合(例えば進行癌であるのに完治することを期待するなど)にはその「期待」そのものに問題がある訳です.これに対して医師がいくら説明しても理解して頂けないこともあり得る話です.
医師側からみて「適切な医療行為」と考えられるのに,患者側からは過度の期待のために「不適切」とクレームを言われた場合,どのように取り扱われるのでしょうか?

別スレッドにある1才時のミルク嘔吐による窒息死などもそうですが,似たような事例で高齢者の痰詰めによる窒息死などもある意味では現実問題として今の医療・看護態勢では防止することは不可能なわけです.不幸な事故ですが,これは「患者の寿命である」とも言える事です.自宅で起これば単なる事故死となるものが病院で起こった場合に医療者の責任として賠償請求されることが正当であるとはとても思えないのです.保育園や学校でのトラブルに関しても似たような事例が多々あると思います.こういった事例に関して法曹界の方々はどのように考えておられるのかお教え頂ければ幸いです.

詳細は忘れましたが以前に超高齢者の死亡事例に関して一億近い損害賠償が命じられた件があったと思いましたが、ああいうのは余生における生産性をどう評価したらあの価格になるのかと疑問には感じたものでした。どうも交通事故等と比較して全体に高額の賠償が多い印象を持っているのですが実際には差がないのか、あるいは何かしら理由があって差があるものなのでしょうか。

法曹関係者さまへ
an_accused さま、FFFさま、 L.A.LAW さま、モトケンさま、YUNYUN さまさま、

医療関連訴訟に関しては、やはり医療者側の弁護アプローチが弱いということに、尽きるんじゃないでしょうか。

審査会であろうと、証言であろうと、鑑定であろうと、医師はどこまでも科学者たろうとしている為か、その発言を聞いている法廷というシステムの理解や判事には私知を禁止されてるだの、損害賠償額は交通事故と同等だの、という知識も経験もないまま、証言台に立たされている小学生のようなものです。本音を言うと、『私知利用の禁止』、『法廷証拠主義』、などなど、法学者には、つまらない理論武装はやめて、そんな暇があったら、各自関連産業、関連科学の総論だけでも勉強してほしいという気持ちもあります。

さて、このブログでは、「やはり、医師を法廷に出す前に、一般的知識(法廷システム、判決実態)を教えて置かなければ、科学者の発言は危険である」と言うことを、学びました。

私知が禁止されている判事には、始めから、問題となる医療場面は、訂正不能なリアルタイム技術であることを強調し説明した上で証言すべきだし、高額な賠償金額が予想される場合、患者家族側の遺失利益算定には問題があり、過失相殺ならぬ病態相殺を主張して、治療事故前の現状復帰がなされた場合の利益獲得額がそもそも低いことや、違う術者が行った場合での手術不成功率などを算定させるべきです。
いずれにしても、該当医師側には、医科学的知識ではなく、疫学的あるいは防衛医学的な講義コースを受講させる必要がありそうです。

しかし、たとえば、an_accused さんへの意見なのですが、「不当判決」は訴訟総数が増えると必然的に確率的に起こりうることは認めるとしても、不当判決の「重過失性」とでもいうべきものを理解して欲しいと思います。
また、医療訴訟データベースに関して、立件率や和解や訴訟マニアの存在や判例研究のバイアス等以外に訴訟関連内容の実態や、判決の科料等の妥当性などをつぶさに見ないと、軽々と「医師側敗訴率が高すぎる」と言うのが問題というのは納得ですけど、そもそも我々の焦点は、医療関連訴訟一般にあるわけではないから、訴訟の総体を知りたいという動機もないわけです。一般市民が犯罪者のことを我が事のように、考えないと同様に、医療従事者は重過失や故意の医療犯罪者の断罪を危惧しているわけではない、あくまで明日は我が身の事例に不安を感じているわけです。

私は、ここに、出入りしている法曹関係者が頭脳明晰であることは理解しているし、建設的だし、ある意味我々を啓蒙している面すらあると、認識していますのでそれ自体を感謝しないといけないなとは感じています。

ところが、現状は、もっと進んでいまして、ヒステリー状態と指摘されても何ら構わないのですが、医療崩壊が進んでいます。医療同業者の自助努力や自浄努力が必要というan_accused さんの言外の論理は正論ですが、我々には、そこに焦点をあてる体力も時間もありません。現実に起きている医療崩壊による遺失利益は遥かに重いし、スピードが上がっています。

あと感想ですが、場末の開業医さんのコメントに頷けるところは多いです。

あくまで対比の意味で出した「裁判官が救済すべき被害者という先入観を抱いている」でしたが(法曹にとっては逆鱗だったみたいですね)、医療裁判の方向性についてFFF先生に対しコメントを書いていて、嘗て読んだ検事総長の訓示について思い出しました。

>医療過誤・飛行機事故などはこれまで被害者の利益を考えて刑事責任の追及を行ってきたが、国民や社会全体の利益の観点に立って、原因究明や事故防止のためにどういう枠組がいいのか検討すべき時期に来ている

以前の考えが誤りとなどは言っていませんが、進路を修整するということはそのままでは拙いということもわかっているということです。検察は気付きました。さて最高裁の裁判官はいつ気付くのでしょうか。

> Level3さん  (No.154の書き込みについて)

 当然、医学的に見て適切な医療行為に対する正当な期待、という前提だと思いますよ。その判例のうち、問題とされた部分を引用します。

「背部痛、心か部痛の自覚症状のある患者に対する医療行為について、本件診療当時の医療水準に照らすと、医師としては、まず、緊急を要する胸部疾患を鑑別するために、問診によって既往症等を聞き出すとともに、血圧、脈拍、体温等の測定を行い、その結果や聴診、触診等によって狭心症、心筋こうそく等が疑われた場合には、ニトログリセリンの舌下投与を行いつつ、心電図検査を行って疾患の鑑別及び不整脈の監視を行い、心電図等から心筋こうそくの確定診断がついた場合には、静脈留置針による血管確保、酸素吸入その他の治療行為を開始し、また、致死的不整脈又はその前兆が現れた場合には、リドカイン等の抗不整脈剤を投与すべきであった。
 しかるに、D医師は、Aを診察するに当たり、触診及び聴診を行っただけで、胸部疾患の既往症を聞き出したり、血圧、脈拍、体温等の測定や心電図検査を行うこともせず、狭心症の疑いを持ちながらニトログリセリンの舌下投与もしていないなど、胸部疾患の可能性のある患者に対する初期治療として行うべき基本的義務を果たしていなかった。」

> 座位臥位立位さん   (No.156のコメントについて)

 弁論主義、処分権主義といった民事訴訟の基本原則は、法律家、法律学者が適正迅速な紛争処理のあり方を追求した成果として得られた到達点であり、大げさに言えば、医療技術と同様、社会全体の財産です。これを「つまらない理論武装」と貶めるのは、他の専門領域に対する配慮を欠いた発言であるように思います。

 なお、賠償金の額については、当然ながら、原告の言うがままに決まるわけではありません。原告側、被告側の双方が主張と立証を行い、それを見て裁判官が判断しています。

> 元行政さん  (No.157のコメントについて)

 検察庁は行政機関ですので、基本的にはボスの指揮命令に従って仕事をするわけですが、裁判官は独立の存在で、そもそも指揮命令系統というものがないので、最高裁の長官が号令をかければそのとおりの訴訟指揮や判決がなされる、という状況にはありません。

 したがって、個々の訴訟の中で、適切な判決を出させるよう努力するしかないと思います。

FFF さん
いやいや貶めているんではないです。挑戦的な言い方であることは、謝りますけど。

その基本原則とやらの囚人ではない私は、それらを絶対視しないことの表明ですよ。

社会全体の財産として、これからもそうあるべきかどうか、は検討すべきでしょう?法治国家であることを認めたうえで法制に異を唱えることは可能でしょうも。
(但し、法曹関係者は無理でしょうけど)

>背部痛・・・・・投与すべきであった。

まさに、後医は名医の視点でものを言われていますね。
わずか15分の急変で、ここまでいわれちゃ、我々はどうしようもないです。

たとえば、胸部疾患を優先し、ECGをとりはじて診察をしていたが、特発性食道破裂で
急変したとしても、 結果論からああやらこうやら言われそうな気がします。

たとえば、ニトロを使ったら、血圧が下がって急変した。 うっかり、バイアグラ内服の問診がもれてしまった。 適切な問診を怠ったといって、責任をもとめるのでしょうね。

たとえば、急性大動脈解離を急いで診断しなければいけないと判断し、至急で造影CTをとったら、その後帰ってきた血液データで腎機能が悪いことがわかった。その患者は結局
急性胃粘膜病変だったが、造影剤からの腎不全がもとで、透析が必要になってしまった。血液データを確認しなかったことの過失をみとめるのでしょうね。ところが、このCTがファインプレーで無事確定診断がつき、胸部外科の緊急手術も成功して救命できた。ただ、運悪く維持透析は必要になった。このときは、家族はおそらく文句を言わないので、揉め事にはならないのでしょうね。揉め事にならなければ、司法の方々の耳には入ることなないですよね。

『朝の未明にいきなり来た患者が不幸にしてわずか15分で急変した。』
救急で実際に働く我々は、考えられうるストーリーを上記の例のようにいくらでも想像することができます。
当然、そのときの他の患者の診察状況、自分の身体的疲労、周りのコメデョイカルの能力、患者側の病状伝達能力など、医師のその場の診療行動を規定する因子には、様々なものがあります。prospectiveには、考えることがたくさんたくさんあるのです。
それをなんとかわかってほしい。たくさん考えてもそのほとんどは、杞憂におわっているのです。

私も、救急医療に専従し、様々リスク回避を考えながら診療していますが、それでも、この仕事を継続することに限界を覚えます。

「医療の限界」という点で、現場の医師とそうでない方々の認識の相違があまりにも大きいのではないかと感じます

司法判断の理屈は、少しでもこの掲示板を参考にしながら勉強させていただきたいと思います。

昨今の判例やマスコミ報道に、ほとほと嫌気が差し、指揮が低下していることを、現場の医師の切なる気持ちとして、皆様方に伝えたておきたいと思いました。これが、もしバイアスだとおっしゃるのなら、我々の気持ちがプラスに向くような意図をもって、バイアスをかけた情報発信をしてほしいと思います。

>「背部痛、心か部痛の自覚症状のある患者に対する医療行為について、本
>件診療当時の医療水準に照らすと、医師としては、まず、緊急を要する胸
>部疾患を鑑別するために、問診によって既往症等を聞き出すとともに、血
>圧、脈拍、体温等の測定を行い、その結果や聴診、触診等によって狭心症、
>心筋こうそく等が疑われた場合には、ニトログリセリンの舌下投与を行い
>つつ、心電図検査を行って疾患の鑑別及び不整脈の監視を行い、心電図等
>から心筋こうそくの確定診断がついた場合には、静脈留置針による血管確
>保、酸素吸入その他の治療行為を開始し、また、致死的不整脈又はその前
>兆が現れた場合には、リドカイン等の抗不整脈剤を投与すべきであった。
> しかるに、D医師は、Aを診察するに当たり、触診及び聴診を行っただ
>けで、胸部疾患の既往症を聞き出したり、血圧、脈拍、体温等の測定や心
>電図検査を行うこともせず、狭心症の疑いを持ちながらニトログリセリン
>の舌下投与もしていないなど、胸部疾患の可能性のある患者に対する初期
>治療として行うべき基本的義務を果たしていなかった。」

FFFさん,
すみません.これだけからでは全体像がはっきりしません.
「狭心症を疑ったのに心電図をとらなかった」というのは確かに問題でしょうが,この点に関しても「すぐに心電図がとれる状況であったかどうか」は問題になるでしょう.患者さんが来院してすぐ目の前で急変していたとしたら問診なんぞを行っている暇もないでしょう.詳細な経過が解らない限り「本当に問題があったのかどうか」私には判断できません.
心筋梗塞ー>心室細動の経過を辿った場合に目の前でこれが生じても,どの位の医師がこれに対して適切に対処できるでしょうか?全ての医師を分母とすれば1%未満かと思われますが...
循環器内科医,心臓外科医,救急医,麻酔科医,ICU医以外では難しいでしょうね.

我々医師が一番気にすることは,心筋梗塞や肺塞栓,大動脈瘤破裂,脳梗塞,脳出血etc.のように救患でこられた時に,どんなに最善を尽くしても救命できない可能性が結構あるような疾患に対して,時間的にも設備的にも限られているにも係わらず,「救命できなかったことに対して結果責任を負わされる」ことです.
FFFさんが提示されたこの例も,どうしても助けられなかった可能性はいくらでもあるでしょうし,限られた時間の中で適切な判断ができなかったとしてもある程度はやむを得なかったのではないでしょうか.(これも詳細不明の状態ではどうか解りませんが)

いくらかの点で「基本的義務を怠っていた」というのはそうかもしれませんが,たとえそうだったとしても「適切な治療を行っていれば助けられた」として賠償額を決めるというなら,それはおかしいでしょうね.
やはり「後出しジャンケン」の感が拭えません.
以前にこのblogのどこかにも書きましたが,こういった疾患は「助かったらその人は幸運であった」のです.この類の疾患に関して「基本的義務を怠っていた」と言えるようなことは本来「ほとんどない」と考えるべきだと私は考えています.そう考えない非医療者や法曹人が医療崩壊を進めているのです.

あと,私が先に挙げた病室での管理etc.に関する点についてご意見をお聞かせ下さい.

すみません。PINE さま、その他の弁護士さま が抜けておりました。

FFF様のご意見は、他の法曹(と思われる)の方の意見をお読みしたときとは全く違う違和感を感じさせます。FFF様と他の方の意見を法曹の方々の意見として同一視してはならないと思います。いろいろな人がいる、と考えるべきでしょう。

FFF様のコメント(非常に大量ですが)の中に欠けているもの、それは医療崩壊という現実に対するFFF様ご自身の意見だと考えます。司法側に問題にすべき点がないというお考えは十分お聞きしましたがそこから先へのご提言はなく、同じことを繰り返されております。FFF様は医療現場そのものの具体的な問題点について一切言及を避けておられるようです。そのため現実との乖離が著しいご意見が多いのですが、全く意に介さない姿勢がみられます。あと、どのような言い方をされても基本的には自由かと思いますが、偏見や棘のある言い方が多く、もうすこしものの言い方というものがあるのでは、と考えてしまいます。そういった点が他の方と大きく異なるところでしょうか。

とはいえFFF様の当初のご意見から考えると随分理解を深められましたようで、現在は別人のようでもあります。このブログもFFF様にとっても意味はないものではなかったようだと少し安心してはおります。かなり以前にはただご自分の言いたいことだけ一方的におっしゃるだけという印象がありましたが、随分医療者側の事情にも詳しくなられたと思われ、非常に感慨深いものがあります。

私はFFF様の態度には疑問を感じます。
FFF様のご意見のどういう点に違和感があるのかもっと深く考えてみることにします。

>Level3 さん
結果責任は負わせてないと思いますよ。この件はLevel3さんが言われる「基本的義務」の問題ではないだろうかと思います。結果責任が認められているのなら「200万円」という慰謝料にはならないと考えます。

助かったか助からないかは、裁判所は問題にしていないと思います。上告理由が不明なので、この医師の方が何を理由に上告したかが分からないですね。上告理由が分からないと、最高裁の判断が妥当かどうかも分からないように思います。

>No.165 元内科医さん
新参者がご意見をさせていただくのは恐縮なのですが、過去の話を熟読していない私からいたしますと、FFFさんのコメントは立場が違うからこそ興味深く、また真摯にご回答いただいている印象があるのですが・・。
出すぎた意見であればお許しください。

>No.166 しまさん
受診後わずかの時間で心源性ショックに陥ったケースですので、助かったか助からないかは問題にしようもないと思います。
早朝・救急外来で15分ほどの間に、心電図をとらなかった、ニトロを舌下させなかった で、200万円ってのがチョットって思ったりします。

>No.167 血液内科さん
心電図を取らなかったとか、ニトロを投与しなかったとか個々のケースは問題にはしていないと思うんですよね。引用しますと、下記の部分を問題にしていると思います。

----------
背部痛、心か部痛の自覚症状のある患者に対する医療行為について、本件診療当時の医療水準に照らすと、医師としては、まず、緊急を要する胸部疾患を鑑別するために、問診によって既往症等を聞き出すとともに、血圧、脈拍、体温等の測定を行い、
----------

当時の医療基準に照らして、「触診や聴診しかしなかった医師」の対応を問題していると思います。問題にするのなら、何を持って「当時の医療基準」を認定したかであり、高裁の判断を問題にするべきだと思います。

>No.127 FFF さん
>現行の算定基準がすぐに大きく変わることはないだろうというのも、
>この辺りの感覚によります。

以前、交通事故の算定額を無視して、交通事故より高い慰謝料の支払いを命じた裁判官の話が問題になっていたのですが、FFFさんの話を聞いて、なんで問題になったかがよく分かりました。してみると、あの判決は業界の中では大問題になったのでしょうね。

で、その判決はこのブログでも批判されていましたから、慰謝料の額は、現行の算定基準、つまり、交通事故の算定基準通り算定した方が、少なくとも医師の間でも納得がしやすいのではないかと思います。

これは蛇足かも知れませんが、FFFさんのコメントは興味深く読ませて頂いています。現状に固執しているというよりは、事実を述べているだけでしょうね。強固なシステムの元に成り立っているので、簡単には変えられないと。

法曹は法に基づいて考える以上、現状に縛られるのは自然だと思います。法曹家の考えを変えたいというのなら、その前に法律を変える必要があるでしょう。そして、法律を変えたいのなら、社会全体が変わらなければなりませんよね。

現状に縛られていないのが藤山裁判官と言うことでしょうか。あの方は裁判官の中でも特殊な存在なのでしょうね。藤山さんは藤山さんで面白い方だなと思っていますが。

この判決文の情報だけで判断すると、私にはかの医師が「基本的義務を果たさなかった」とは思えません。
「急性心筋梗塞は鑑別診断に入れるべきだが、心電図を取ったり、ニトログリセリンを舌下投与するまでもない。急性膵炎の疑いの方が強い」とその時点で判断したのであれば、被告医師の取った診療行為は極めて妥当です。

さて、↓は「2次救急病院において,交通事故で搬送されてきた患者が死亡したことにつき,医師の医療行為に注意義務違反があるとして損害賠償請求が認められた事例」です。
事件番号 平成14(ネ)602
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成15年10月24日
裁判所名・部 大阪高等裁判所 第5民事部
原審裁判所名 奈良地方裁判所
原審事件番号 平成7(ワ)44
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/5DC0E6DAEC784F5649256DD70029B153.pdf

38歳女性(F)が交通事故を起こし(シートベルト未着用、エアバッグ未装着車)、結果として心タンポナーデを来して死亡した症例です。
脳神経外科医(被控訴人E)である当直医が、自身経験したことのない心嚢穿刺を成功させられなかった点について、「2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務」を果たしていなかったとして、
・逸失利益 2866万4638円
・慰謝料 1500万円
が認容されました。
なお弁護費用は
・患者側1:医療側2
です。

気になる部分を↓に引用します。
=====================
しかしながら,救急医療機関は,「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ,その要件を満たす医療機関を救急病院等として,都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項),また,その医師は,「救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)のであるから,担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。

そうすると,2次救急医療機関における医師としては,本件においては,上記のとおり,Fに対し胸部超音波検査を実施し,心嚢内出血との診断をした上で,必要な措置を講じるべきであったということができ(自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。),被控訴人Eの過失や注意義務違反を認めることができる。
=====================
>担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく
ですからね。
救急告示している「病院」は全て2次以上の救急病院ですが、そこで当直している医師には全てこの水準が要求されているわけです。
無茶です。
ATLSやJATEC相当の初期外傷診療プロトコールを習得した医師が日本にどれだけいると思っているのでしょうか。(私は受講はしたけれど、実践については甚だ心もとなし)

逆に言えば、いわゆるマイナー科の医師は病院側にこの判例を示して、堂々と当直での外来診療を拒否すれば良いとも考えられます。
メジャー内科の医師でも外科系疾患の、メジャー外科の医師なら内科系疾患の見逃しの可能性を訴えても良いかもしれません。

(書いてて、本当に全国でこの主張が起きそうで怖くなってきましたので、この辺で)

>背部痛、心か部痛の自覚症状のある患者に対する医療行為について、本件診
>療当時の医療水準に照らすと、医師としては、まず、緊急を要する胸部疾患
>を鑑別するために、問診によって既往症等を聞き出すとともに、血圧、脈
>拍、体温等の測定を行い、
>----------
>
>当時の医療基準に照らして、「触診や聴診しかしなかった医師」の対応を
>問題していると思います。問題にするのなら、何を持って「当時の医療基
>準」を認定したかであり、高裁の判断を問題にするべきだと思います。

しまさん,
「触診や聴診しかしなかった医師」という表現に疑問を感じます.脈拍を触知すれば値はともかく血圧が高いか低いか正常か,ということは瞬時に解ります.また頻脈かどうかもです.さらに不整脈があるかどうかもしばらく脈拍を触知していれば判断できます.従って血圧,脈拍を測らなければならない理由はありません.心不全によるうっ血などがあれば聴診でも異常が判ります.時間的余裕があれば血圧は測るでしょうが,急ぐ時には触診で十分です.
むしろ緊急の場では「触診,聴診の方が遥かに大切ですし,おおまかですが得られる情報は多い」のです.体温に至ってはこのような状況下では必要性は非常に低いでしょう.「血圧、脈拍、体温等の測定を行わなければならない」と主張することは臨床医学として正しくありません.
問診で既往歴を尋ねることが重要であるのは当然ですが,もし来院してすぐに目の前で急変したら問診している時間的余裕などないですよね.

心電図の情報は理学所見では得られませんので,必要に応じて可及的に行う必要があります.しかしこれさえも外来で「すぐに」できるとは限りません.病院の状況次第でしょう.(救急病院の外来ならすぐにとれて当然ですが,町医者あたりだと持ってこなければならない場合もあるでしょう...)

このように熟練医であれば状況によっては,「触診や聴診しかしないこと」もありだということです.非医療者が医療の妥当性を判断することは容易ではありません.

それから「背部痛」か「心窩部痛」かをよく訊くことは重要です.「背部痛」なら心筋梗塞よりもむしろ「大動脈瘤解離」を疑うべきです.もしくは尿路結石とか.前胸部痛,心窩部痛なら心筋梗塞や胆石発作とか.「大動脈解離」を疑ったら心電図よりも心エコーやCTを優先するでしょう.(実際にはCTの準備の間に心電図をとれるでしょうが)

>元田舎医さん

問題にされるのであれば

1.厚労省省令
2.奈良県
3.当事者である医師

の順番でしょうね。

>Level3 さん
そうでした。確か前にも同じような指摘を受けましたね。不適切な表現でした。

ただ「触診及び聴診を行っただけで」とありますし、そのあたり、医師の方が主張したのかどうかが問題になってくるでしょうね。この辺は高裁の判決文をみないと何とも言い難いですね。

> No.171 元田舎医さんのコメント

事件番号 平成14(ネ)602 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成15年10月24日 大阪高等裁判所 第5民事部
原審裁判所名 奈良地方裁判所 原審事件番号 平成7(ワ)44

御指摘の、判例、すごくすごく重要です。

対抗法として、当直医が常勤医活動としての、外来救急業務を受けることは、労働基準法違反なのだから、救急診療を引き受けてはいけないということを全国の救急告示病院の当直医が意思統一する必要があると思います。これはJBM(Judgement based Medicine)に対抗する防衛医療として必要な行動です。(救急告示を、病院管理者に取り下げてもらう必要があることは別問題)

このように当直医を断罪しているなら、現状を無視したトンデモ判決の一例 (重過失判例) だと思います。

>座位臥位立位さん

当直医の方に責任を負わせているわけではないと思うのですが

----------
他方,被控訴人Eについては,救急医療行為は,都道府県知事の認定した医療機関において行われるものであり,被控訴人奈良県が設置した本件病院での救急医療行為は公権力の行使に当たると解するのが相当であって,被控訴人E個人は不法行為責任を負わない。
----------

>=====================
>しかしながら,救急医療機関は,「救急医療について相当の知識及び経験
>を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ,その要
>件を満たす医療機関を救急病院等として,都道府県知事が認定することに
>なっており(救急病院等を定める省令1条1項),また,その医師は,
>「救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊
>急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験
>を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)の
>であるから,担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が
>異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医
>師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきで
>ある。

これはもはや「救急専門医」のレベルですよね.
2次救急で「救急専門医」のレベルを求められたら,多くの2次救急病院は救急の受け入れが困難になるように思われますが,どうでしょうか?
3次救急ならある程度理解できますが,2次としての要求レベルが高過ぎるのではないでしょうか.
理想と現実のギャップを認識していないのではないでしょうか?
「救急医療」なんかはまさに「助けられればラッキー」の世界ですが,「助けられて当然とも言えるような口調」には閉口せざるを得ません.

>>No.176 しま さん
>当直医の方に責任を負わせているわけではないと思うのですが

この判決ではそうですね。
設置者が県でしたから。

なら、個人病院ではどうか。
個人病院の院長自身が当直医であったらどうか。

最近、中部地方のとある自治体で医事関係訴訟で敗訴したら医師個人に求償しようかという話も出てくるぐらいです。
管理者でなくただの下っ端医者だからと言って安穏としていられる事態には思えません。

また、この「医療水準」が刑事でも求められるようになる可能性はないのでしょうか?

>Level3 さん
現実に基づいていない省令に基づいているため、このような判決になったと思います。裁判所が独自の判断で省令を破っていいと言うのならば、今回の判決は批判される要素があると思いますが、省令が存在する以上、それに従わないわけにはいかないのではないでしょうか。

あと、↓の部分をどう解釈するかでしょうね。
-----
自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。),
-----


>元田舎医さん
>なら、個人病院ではどうか。
>個人病院の院長自身が当直医であったらどうか。

救急の認定を受けるか受けないかは、各病院の判断によるものだと認識していますが。また、この判決を踏まえると、救急に対処出来る能力がない病院は救急認定を返上しろという事になりますが、それは(私としては)是認しますね。

>>No.179 しま さん
>また、この判決を踏まえると、救急に対処出来る能力がない病院は救急認定を返上しろという事になりますが、それは(私としては)是認しますね。

私も全く同じ意見です。
ただ、それが何を意味するのか、について、私としまさんとで思い描いている事態が全く別物である可能性があります。

> No.176 しまさん

亀レスですみません。
判決には、以下の記載があります。

>2次救急医療機関における医師としては,本件においては,上記の
>とおり,Fに対し胸部超音波検査を実施し,心嚢内出血との診断を
>した上で,必要な措置を講じるべきであったということができ
>(自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちに
>それが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急
>病院に転送することが必要であった。),被控訴人Eの過失や
>注意義務違反を認めることができる。

やはり、Eの過失を認めています。地方公務員(?)であったため、
公権力の行使として、奈良県に科料が廻ったわけで、Eの過失や
注意義務違反を認めたことから、逆に奈良県側からE個人に損害賠償
の個人責任を問われる可能性もあります。

また、ここでも、ライプニッツ式の遺失利益が2866万算定され、プラス
慰謝料が1500万円です。本人の自動車運転による事故なのですよ。そのお金で、助手席の死亡された方への損害賠償にあてろとでもいうのでしょうか?

全く、医者をバカにした話です。
これも、始めから3次救急病院に廻そう(医療崩壊)という教訓に繋がります。

>元田舎医さん
1次→2次→3次のドミノ現象が生じて、救急崩壊と言うことならば(規模の大小はともかくとして)想定しています。ただし、医師の超人的な努力や労働によって救急が支えられていると言うのであれば、そのような救急医療体制を維持しろと言う権利は、私にはないですね。

もっとも、そのようなドミノ現象が既に発生しているようにも思えますので、元田舎医さんと認識が異なった場合はご容赦を。

No.171 元田舎医さん
これはキツイ判決ですね。
現実問題として、心嚢穿刺を循環器以外の医師が行うことは考えられないのではないですかね?あれを躊躇なくできる循環器以外の医者がいるとは思えない。
で、院内に循環器の医師がおればともかく、院外から呼ぶとか、他院に搬送するとかも、緊急度からして考えにくい。
2次救急に心嚢穿刺ができる医師が常時いることを要求するならば、おそらく9割方の病院が救急指定を返上しなくてはならないのではないですかね?

(本当に全国でこの主張が起きそうで怖くなってきましたので)
本当ですね。

>>No.179 しま さん
>あと、↓の部分をどう解釈するかでしょうね。
>-----
>自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。),
>-----

おそらく応援医師到着前もしくは3次救急病院到着前(さらにおそらく救急車が消防署から自院へ到着する前)に亡くなられていたと思います。

No.158 FFF

FFFさまが引用された
「背部痛、心か部痛の自覚症状のある患者に対する医療行為について、」
から
「胸部疾患の可能性のある患者に対する初期治療として行うべき基本的義務を果たしていなかった。」

このあたりちょっと読んだだけでは、如何にも妥当なように見えます。
しかし、これはNo.177 Level3 さんのコメントにあるとおり、「救急専門医」のレベルです。
夜間の救急に救急専門医を連日させるには救急専門医が何人いなければならないでしょうか?
救急専門医だけでは仕事になりませんから看護師も含めてコメディカルの人員も連日確保しなければなりませんから更に相当数の人員増が必要です。
これだけのコスト増と人員の増加を、現状の医療費でまかなえるでしょうか?

奈良妊婦死亡事故ー朝日の報道(病院の事情)でのNo.29 FFF さんのコメントの引用です。

>その全てに対応するのは無理でしょう(裁判所の予算と人員を100倍位にすればできるかも知れませんが。)

確かに予算と人員がなければ無理なことはありますね。
この点でFFFさんの意見は正しい。
しかし、「医療の現場における予算と人員から無理なこと」を、「当然の期待として認めるべきだ」という判決をFFFさんは妥当と言うのですよね。
これはダブルスタンダードではないのでしょうか?

>循内勤務医さん
>院外から呼ぶとか、他院に搬送するとかも、緊急度からして考えにくい。

質問します。心嚢穿刺ができる医師が限られているとするならば、他院への搬送は可能性の一つだとは思うのですが、それは現実的ではないのでしょうか。

> No.171 元田舎医さんのコメント

日本の救急医療には非常に問題があります。一番の問題はクオリファイされた救急医の絶対数が全く不足していることです。これまで歴史的に救急医療の重要性が評価されてこなかったことに原因があると思います。たとえば(1)独立した救急医学講座をもつ医学部/医科大学がほとんどなかったこと、(2)救急医療に従事する医師のキャリアが正当に評価されてこなかったこと、(3)救急医学自体の専門性が医学会全体で評価されてこなかったこと、(3)救急医療の激務に対してそれに見合った報酬が公的保険から支払われてこなかったこと、などがあげられます。

したがって日本の多くの二次救急医療機関では救急医療の経験が豊富な、つまり裁判所が期待しているような救急医は非常に少ないと思います。日本救急医学会が認定した救急専門医は約2400人ですが、普段は外科医や内科医として働いている人がかなり多く、二次医療機関で本来の救急医療に専従で携わっている人はほとんどいないと思います。

日本の二次救急機関でテレビドラマのERのような診療を期待することは無理です。現在は「非」救急医が片手間で本来の業務の合間をぬって、半分ボランティアの気分で行っているのが現状です。そしてこうした医師が現実の救急医療をささえているのです。

この判決は現在存在する救急医療システムを吹っ飛ばしてしまう判決だと思います。そして救急医療が吹っ飛んでしまったら困るのは多くの国民です。この判決は医療行政、医療経済、そして国民生活に今後大きな影響あたえます。

判決が要求する医療水準を今すぐに二次医療機関に求めるのならばこの時点で日本の救急医療は崩壊です。本件の原告を救済するために、本来ならば助かるはずの多くの患者さんが見殺しにされるわけです。あまりにも均衡を欠いているように思います。裁判所が要求する水準を満たすためには多額の費用と10年単位の年月が必要です。

ミクロでみた適切な判断がマクロでは大きな誤りである判断だと思います。ことは非常に政治的な問題だと思います。医師個人が有責かどうかの問題ではありません。現在の医療システムに対する挑戦です。国が補償する最低限の生活にこのレベルの医療が求められるのなら、国は救急医療体制の整備に今後数兆円単位の支出をせまられるはずです。国がそんな支出をするはずがなく、結局現場の医師の精神的肉体的負担が増えるだけだと思います。

国民の救急医療に対するコンセンサスがなく、判例だけがどんどん積み重ねられていくことはやはり問題があると思います。

>>No.183 循内勤務医 さん
>2次救急に心嚢穿刺ができる医師が常時いることを要求するならば、おそらく9割方の病院が救急指定を返上しなくてはならないのではないですかね?

おそらく3次救急病院、つまり救命救急センターでも返上しなくてはならない病院が相当数あるかと。
少なくとも私が在籍していた当時の某県基幹病院の併設型救命救急センターの水準では要求を満たせてませんね。

>>No.182 しま さん
↑がその答えと考えて下さい。

No.181 座位臥位立位さん

>また、ここでも、ライプニッツ式の遺失利益が2866万算定され、プラス
>慰謝料が1500万円です。本人の自動車運転による事故なのですよ。

シートベルトとかエアバッグとかはともかくとして...
心タンポナーデを起こしている人を放置すればほぼ確実に死亡すると思いますが、他科の先生が心嚢穿刺できなくても責めることはできません。(どこでどうやってトレーニングするっていうの?)
これを助けて当然という前提で遺失利益が計算されているとすれば、私も到底納得できません。

>>No.187 oregonian さん
>ミクロでみた適切な判断がマクロでは大きな誤りである判断だと思います。

私の好きな言葉、「合成の誤謬」ですね。

>oregonian さん
>判決が要求する医療水準を今すぐに二次医療機関に求めるのならば

話が逆ではないでしょうか。省令が要求している医療水準、救急体制を、このケースに当てはめているだけだと思います。裁判所に省令や法律そのものにまで踏み込む権限を与えるかどうかという話になってきますね。


>国民の救急医療に対するコンセンサスがなく、判例だけがどんどん
>積み重ねられていくことはやはり問題があると思います。

国民の問題であって、司法の問題ではないと思います。

No.186 しまさん
すでにNo.184で元田舎医さんが書かれている通りです。
搬送も無理(おそらく搬送中に心肺停止に至る)だし、
応援も院外からでは間に合わない可能性が高いです。
(おそらく30分もたない)。

>>No.191 しま さん
>話が逆ではないでしょうか。省令が要求している医療水準、救急体制を、このケースに当てはめているだけだと思います。

ま、誰が設置し、申請し、認可しているか、という問題にもなりますな。

No.193のコメントを書いていて、昨今巷間を賑わしている某中等教育での問題とダブることにようやく気付きますた。

>しまさん

私は救急医療の崩壊を一番危惧しているので反論します。まず訴えたいことは、救急病院等を定める省令の中で「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること。」の部分が現実にあわなくなってきていることです。昭和40年当時に求められた水準と現在の水準にはおおきな隔たりがあります。この部分がいつできたのかはわかりませんが、現在の医療環境で考えると、「救急医療において相当の知識及び経験」という文言からは救急医学会認定の救急専門医を思い浮かべます。先に述べたようにこれを文字通り適用するとかなりの数の病院が救急指定からはずれます。当然救急車はたらいまわしの憂き目にあいます。

この省令ができたのは、昭和30年代後半に救急患者たらいまわしが問題になったからであり、したがって制定当時は救急患者にとにかく対応することが大事であり、高度な救急医療を提供することが第一義の目的ではなかったはずです。時代が下がり、医療水準が向上するにつれ、救急医療に求められるものも高度になってきました。そして先にあげた省令の文言から想像される内容も変化してきたわけです。

ところが先にのべたように、日本の救急医療が順風満帆には発展しなかったため、現実には救急医療をとにかく維持するために、医師免許を保持していてかつ若干の臨床経験がある程度のレベルの医師が救急医療を担当していたとしても厚生労働省や都道府県は目をつぶってきたわけです。大体において「医師が常時診療に従事していること」などということがありえるわけがありません(これまで再三話題になっています。)

公的保険による診療を毎日行い、厚生労働省や都道府県から来る各種通達をみている医師は、行政の言うことには本音と建前がある、と思っています。そして実際には現実に即して日々を送っています。しかるに、裁判所があくまでも建前だけをとって判決の理由にしてしまえば、実際に仕事をしているものからは、あれっ、と思ってしまいます。

極論をいうと、本音と建前のある社会では、現在の司法制度は機能しないのではないか、と心配してしまいます。しまさんのご意見は正論なのですが、現在の司法制度とういうのは、なんとなく、融通がきかないというか、臨機応変に欠けるというか、応用がきかないというか、医者の仲間ではあまり「つかえない」と思われているひとに共通するものを感じてしまいます。(別に個人攻撃をしているのではなく、全体のシステムをながめたときの話です。決して法律にたずさわる人を非難してはいません。そしてこれはおそらく学問的背景の違いが原因だと考えています。)

少し悪態をついてしまいましたが、私は医療提供者としてではなく、医療消費者として現在のレベルの救急医療が残されることを切に望みます。誰だっていつ車にはねられるかわかりません。都道府県に1箇所しかない救急病院に患者がごったがえしている、ということにならないように祈っています。そしてそのためには一人でも多くの人に関心を持ってもらえることが肝要かと考えます。

 二次救急の担当医に求められるのは現実的に現在提供可能な医療レベルではなく、現実的には二次救急に配置することがとうてい不可能な救急専門医レベルの判断を要求される。救急専門医レベルに達していない医師が二次救急をするならば、その結果は医師個人が責任を負うべき。

 そういうことでよろしいのでしょうか?

ここは勤務医が多いと思うのですが、救命救急に求められる要件を満たしていない状況でなお救急指定を返上しない病院管理者に対する批判はあまりないのでしょうか?現状で一番の問題はその点だと思いますが。

>担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく(判決文より)

この解決策として、国民の要請に応え、一通りのプライマリケアのできる(=何でもできる)医師を作るために、厚生労働省は「新研修医制度」を発足させたと認識しています。
でも、たぶんこのプログラムを終えたとしても、心嚢穿刺はもちろんのこと、産科医がいなくなっても医師なら誰でもお産を取れることなど、期待されても夢のまた夢です。
たぶん、気管挿管をまともにできる医師の割合も、新研修医制度の前後で変わることは無いと思います。

新研修医制度によって、2年目までの医師が大学の医局人事から開放され、労働者として認められ保護された点は評価できます。
しかし、なまじ現実を知ってから自分の専門分野を選択するため、今の矛盾だらけの救急医療や小児科、産科、その他生命にかかわる外科や内科を選択してくれる可能性はこれまで以上に小さくなったようです。

若い人間が入らなければ、きつい分野は確実に衰退します。
研修医制度は、救急医療にとっては崩壊を促進させる向きに働いていると思います。

>No.131 an_accused さん

 超亀レスで失礼いたします。いつもながらの具体的事例に基づく鋭いご意見には感服しております。ただ、No.131で述べられた点で気になることを少しだけ述べさせて下さい。

>医学の素人である裁判所がやっても医師主体で構成されている日医医師賠償責任保険賠償責任審査会がやっても、医事紛争の6〜7割は医師側有責の結論である

 まず、「医師主体で構成されている」に関してですが、No.134じじいさんのコメントによれば
>医療関係6人、法律関係4人
ということです。以下医療関係者を医師、法律関係者を弁護士として話を進めますが、10人全員が同席して同じ情報を与えられた上で多数決により決定するなら、医師の判断が主体である、と言えるかも知れません。しかしコストを含めた効率を考えるなら、その様な運用は難しいと思われます。仮にですが、ある案件につき医師1人、弁護士1人で判断し、方法論としては医師が意見書を書いた上で弁護士が判断するというのであれば、最終的判断が法曹による点は法廷と同じことになります。判定方法の実態が明示されない時点で、構成員の比率だけから「医師主体」という表現をお使いになるのは適当でないと考えます。

 次ぎに、「裁判所がやっても医師が主体でやっても医事紛争の6〜7割は医師側有責の結論」についてですが、平均値が同じだから中身も同じ、ではないことを申し上げます。100件の医事紛争を医師のグループと法律家のグループに判断させたとします。医師グループも法律家グループも40件に関しては医療側有責で一致、20件は医療側無責でこれも一致したとします。残り40件に関しては、医師グループも法律家グループも半数の20件を医療側有責と結論したが判定は個々の例において全く逆であったとします。トータルで見ればいずれも6割が医療側有責で同じですが、中身をみれば40件も正反対の結論が出ていることになります。人間ですから「不当に勝った」場合は黙して語らず、です。また、そもそも人間は身勝手ですから「不当に勝った」とは思わないものです。逆に「不当の負けた」と思えば大騒ぎします。こういう事情があるかもしれない可能性はご承知おき下さい。

こと心嚢穿刺に限って言えば、心臓外科が待機しているところでなければできないと思います。冠動脈を傷つけたりしたら、こんどは直ちに開胸手術ができないとこで心嚢穿刺をやったことをとがめられるのでしょうね。

No.197の老人の医者さん、私は医師ではなくご期待の点についてのコメントではありませんが、消防法に基づく救急告示(ちなみに都道府県が告示をするだけで誰も指定はしません)についてはメリットはあまりありませんが、厚労省の要綱(=法令に基づくものではありません)に基づく救急医療体制(二次=輪番病院、三次=救命センターというやつ)については、運営費や建物建設費、医療機器購入費等への補助金の制度が利用できなくなりますので、病院管理者(経営者?)にとっては、経営上のことを考えるとおいそれと体制から脱退(法令に基づくものではないので法令上は「救命センターを返上する」という概念はないです)できないんではないでしょうか。

余談ですが、私は救急告示の担当もしていたのですが、ウチのところでは申請書に記載された郡市医師会長と地元消防本部の適正意見を尊重して、書面審査だけでした。

No.198 脳外科医(留学中)さん

さすがに2次救急に2年で対応できるようになるとは思っていないと思いますよ。(この判例でマイナーの全科当直はありえないという話にますますなりそうですね)
厚生省の思惑は、集約化と二極化だと思われます。ビル診レベルの開業医と高度医療センターに分けてその中間は保険診療ではいらないと。大きな病院の外来にかかる8割を超える患者(正確な数字は忘れましたが、そんな数字がある)は、ビル診でも対応ができるので、広い疾患に対して応急処置と選別ができる医者がいればそちらにまかせればよい。余計な検査もすくなくなるし、患者を捌く効率も上がる。医者を増やさずに何とか需要に追いつくのではないか。ということだと思います。(逆に皆が専門医ということを妨げる目的もあるかもしれません)
もちろん思惑はこれだけではなくて
産科を目指してくれる人が増えるのでは⇒失敗。逆効果
地域医療を・・・・(以下略)

気管挿管はさすがに以前よりマシだとは思いますが、スーパーローテで総合力ですらも確実に下がっているというのは、指導層の共通の認識です。(研修の問題だけでなく、萎縮医療も大きな要因だとは思います)
それからもし厚生省の思惑通り二極化が進んだとしたら、高度医療へのアクセス制限は必須だと思われますので、この判例のような患者さんの救命率は、中途半端な救急施設がたくさんある今よりも確実に下がるでしょうね。

この判例は施設は施設なりの医師を置けということでもあると思いますが、現実的でないですよね。業務を続けようとするならば、多くの施設がこの判決内容を無視していくしかない。横浜の小児救急のようにすぱっと止めてしまうという手もありますが。
裁判は個々の紛争を解決するだけという話が時に法曹の方から出るのですが、対応不能の対応を迫るような判決って、現実的でない判決と言っていいのではないのかなぁ。。。。

No.199 ヤブ医者 さん

an_accused先生は純粋な意味で医師がやっても裁判官がやっても同じだなどとは思っていないと思いますよ。
an_accused先生の意見は、
>「どのようなアプローチで検証を行うか」
ということに集約されていると思います。(着目すべきたいへんよい意見だと思います)
医師がやっても7割は、
>事例をレトロスペクティブに検討した結果、より適切な治療手段があったかも知れないと判断されたものである。
と最初から種明かしをされているわけで、逆に言えば裁判官の誤りが、レトロスペクティブな検討であるからということも示唆した内容であるわけです。

第14回「医療計画の見直し等に関する検討会」議事次第
平成17年12月9日
資料2 救急告示制度の見直しについて
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/12/s1209-8b.html

現行の制度を解説したものではありませんが、コンパクトによくまとまっています。
「救急病院等を定める省令」も載ってますし。

いずれにせよ、同省令の
-第一条第一項第一号 救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること。
の「相当の知識及び経験」に関しての解釈が裁判所と医療機関・行政とで全く異なるというところですか。

最近は「常時診療」部分についての欺瞞が医師側に知れ渡ってくるようになりましたしね。

また、「救急告示」は
-第一条第二項 前項の認定は、当該認定の日から起算して三年を経過した日に、その効力を失う。
-第二条第二項 都道府県知事は、救急病院又は救急診療所が前条第一項各号に該当しなくなったとき又は同項の申出が撤回されたときは、その旨並びにその名称及び所在地を告示するものとする。
とありますので、更新しなければ3年経つと自動消滅、申出を撤回すればその時点で解消されるようですね。

「司法が原因」という文脈ではありませんが、夏井睦医師の「新しい創傷治療」掲示板過去ログの
[926]そろそろ撤退? 投稿者/カネコ@北海道 投稿日/2006年03月15日(水)
http://www.wound-treatment.jp/next/bbs19.htm#19-926
スレで↓のような書き込みがあります。
>カネコ@北海道 投稿日/2006年03月17日(金)
> すでに崩壊は始まりました。先ほど入った情報ですが、F市の某病院は来年度(つまり2週間後)から介護療養病床の廃止と救急告知病院の返上を決定しました。さすがに民間は打つ手が早いです。
> これで半径60kmあるF二次医療圏で救急告知病院は当院を含め2軒。おそらく当院も救急の廃止、診療所化に向かわざるを得ませんから、半径60キロで1軒です。
>
> さらに各地域で救急告知の返上、介護療養病床の廃止の話が相次いで入ってきています。

なお、都会の方が「うちが最後の砦だから」と気負わなくて言い分、気軽に「救急告示の申出撤回」ができるようです。
実際、田舎病院に勤務していたころ、選択肢がない分、救急搬送における「患家から最初の病院到着まで」は非常に短時間で済んでいました。

No.204の元田舎医さん、第13回の議事次第の資料も結構読み応えあった。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/11/s1130-9a.html

田舎では、救急指定病院の返上は難しいですね。
その地域にひとつしか救急指定病院がないのですから、医療機関側が返上したいと思っていても、消防、自治体、警察から返上を反対される。
そういう実情があります。
自分のところがなくなれば、雪の時には、50km−100km先の病院まで搬送が必要なので、難しいですね。(雪になると、国道が渋滞して、基幹病院のある方向にはいけなくなる)
都会だと、間違いなく返上しているレベルです。

No195:

「本音と建前のある社会では、現在の司法制度は機能しないのではないか」
とのことですが。

直感で言います。法と裁判という制度が長年かけて練り上げられてきた文化である以上、
本音と建前が乖離していてもうまくやっていく方策は組み込まれているはずです。

法律が現実に追いついていかないことは今までも多数あったはずですし
よっぽど法律の文言に反しない限り、現実の状況にあわせていくような仕組みがあるでしょう。

思うに医療現場で働くものを除いて、本音と建前の乖離、現実と法律の乖離に気づいていないのが最大の問題点かと。

>No.203 元行政さん

 私は数字の一人歩きを非常に嫌う人間です。数字を最初に発したご本人の意志とは無関係に誤解される形で数字が引用される可能性があると判断した場合は一応口を挟む主義です。

>an_accused先生は純粋な意味で医師がやっても裁判官がやっても同じだなどとは思っていないと思いますよ。

私もその様なことは考えておりません。しかし世間の誤解がその方向へ進む危険性はあると考えてはいます。私はan_accusedさんが仰る、

>「裁判官は医学の素人だから、患者を救済すべしという先入観の下、医師に対して厳しい結論ばかり示している」と主張されても困ってしまいます。

は真に仰る通りであると思いますし、異論を唱えるつもりはありません。また厳しさの示標として平均値を根拠とする議論は論理的であると考えています。

>an_accused先生の意見は、
>「どのようなアプローチで検証を行うか」
ということに集約されていると思います。

確かにan_accusedさんがこれまで検証システムの重要性を様々な形で建設的に述べられているのは承知しています。しかしNo.131のコメントは、「医者が勝手な思いこみから裁判官が患者寄りと決めつけるのは宜しくない」に集約されていると思います。

>逆に言えば裁判官の誤りが、レトロスペクティブな検討であるからということも示唆した内容であるわけです。

これは本当にan_accusedさんの真意ですか?an_accusedさんは

>「裁判官は医学の素人だから、『患者を救済すべし』という先入観に影響されたり、レトロスペクティブに事例を検討したりして、医師側有責の結論ばかり出すのだ」という主張に疑問が生じます

と書かれていますよ。

>>No.205 PINE さん
リンク、ご紹介ありがとうございます。
とてもおいしそうなお餅の絵ですた。

似たような文章としてこんなのも読んだことがあります。
閣議決定 昭和16年5月27日 科学技術新体制確立要綱
http://www.ndl.go.jp/horei_jp/kakugi/txt/txt00318.htm

こんにちは、an_accusedさん、ヤブ医者さん。
整形Aです。

No.199 ヤブ医者 さんのコメント に関連して申し上げます。

No.131 an_accused さんのコメント

> 以前医事関係訴訟における原告勝訴率については、双方当事者の同意によらない判決と双方当事者の同意に基づく和解を一緒くたにして「原告側が賠償を受けているケースは約7割」とし、「だから医療の素人である裁判所は原告よりである」といわんばかりの主張が展開されていましたが、例えば現在医事紛争の一部を扱っている日医医師賠償責任保険の賠償責任審査会(この審査会は医師主体で構成されています)における過去10年の付託事例のうち約6割が医療側有責となっていること(藤村伸「医療安全と医療事故」日医雑誌第134巻11号別冊51頁)に照らせば、判決における原告勝訴率約4割、和解も含めた有償解決率約7割というのは、それほどおかしな数字ではないように思われます。法律の素人である裁判所がやっても医師主体で構成されている日医医師賠償責任保険賠償責任審査会がやっても、医事紛争の6〜7割は医師側有責の結論であるのに、「裁判官は医学の素人だから、患者を救済すべしという先入観の下、医師に対して厳しい結論ばかり示している」と主張されても困ってしまいます。

これは、最終的に訴訟に至ったものと、訴訟に至る前のものとを「一緒くた」にしていますね。

先日公立病院の副院長、政令指定都市の医師会役員と話す機会がありました。
その時の話です。

まず医療現場での小さな医療ミスは結構ある。以前にクルンテープさんが認識を新たにした、左右の取り違えなどもそれなりにあるんだそうです。
ただ、こういった明らかなミスは病院側はすぐに示談にもって行きます。そして医師会も積極的に示談にするように進めます。
例えば左右を間違えて切ったとしても、切っただけなら傷が治ればそれほど大きな障害は残りません。そういったケースは数10万程度の示談金で解決するのだそうです。

医賠責は医療側にミスがあった場合に支払われます。
an_accusedさんがあげられた「医賠責の付託事例のうち医療側の有責6割」はこういった、明らかなミスを含めてのものです。
さらに言うなら、明らかなミスの場合、医師会を通さず自分で示談にしてしまうケースもかなりあるのではないかと思います。

問題は、医療側にミスはないとされた残りの4割です。
審査会の結論に不満であれば、患者側は訴訟に訴えるわけです。
その結果、約7割くらいは判決なり和解なりの形で、ある程度患者側の主張が通るのです。

審査会の医療側有責率6割と、司法の場の有償解決率7割は統計をとる客体が明らかに異なるので、比較することは無意味だと思います。

東京都医療機関案内サービス ひまわり
http://www.himawari.metro.tokyo.jp/qq/qq13tomnlt.asp
で調べたところ、中央区での救急告示病院は2006年11月4日現在、以下の2病院だけですね。
・聖路加国際病院
・木挽町医院
中央区は人口およそ10万人ですが、昼間人口は65万人です。

人口850万人の23区全体では249病院、人口1270万人の東京都全体では341病院あるようです。

>あと、↓の部分をどう解釈するかでしょうね。
>-----
>自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能
>な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送すること
>が必要であった。),
>-----

実際の状況が不明ですので,はっきりと言い切ることはできませんが,
目の前で倒れてしまったらもはや「3次へ転送」などという悠長なことを言っている時間の余裕はないでしょう.もちろん人間が多く居れば誰かに連絡を依頼しながら蘇生措置を行うことも可能だったと思いますが...

救急の現場を知らないと,状況を想像することも難しいでしょうが「まさに戦場のようなもの」とでも言うべきでしょうね.法曹界の方々には是非一度はこういった救急医療の現場をみて頂きたいものです.

少し気になったので、検索、入力、加工してみました。

都道府県別救急告示病院数一覧(2006年11月4日現在調べ)
    病院数   人口    1病院あたり人口(万人)
北海道 271  5,627,424  2.1
青森   52  1,436,628  2.8
岩手   58  1,385,037  2.4
宮城   64  2,359,991  3.7
秋田   34  1,145,471  3.4
山形   27  1,216,116  4.5
福島   59  2,091,223  3.5
茨城   103  2,975,023  2.9
栃木   63  2,016,452  3.2
群馬   79  2,024,044  2.6
埼玉   129  7,053,689  5.5
千葉   129  6,056,159  4.7
東京   317 12,570,904  4.0
神奈川 172  8,790,900  5.1
新潟   71  2,431,396  3.4
富山   43  1,111,602  2.6
石川   54  1,173,994  2.2
福井   52   821,589  1.6
山梨   36   884,531  2.5
長野   88  2,196,012  2.5
岐阜   71  2,107,293  3.0
静岡   68  3,792,457  5.6
愛知   186  7,254,432  3.9
三重   54  1,867,166  3.5
滋賀   32  1,380,343  4.3
京都   93  2,647,523  2.8
大阪  277  8,817,010  3.2
兵庫  180  5,590,381  3.1
奈良   38  1,421,367  3.7
和歌山  57  1,036,061  1.8
鳥取   22   606,947  2.8
島根   25   742,135  3.0
岡山   88  1,957,056  2.2
広島   124  2,876,762  2.3
山口   63  1,492,575  2.4
徳島   41   809,974  2.0
香川   59  1,012,261  1.7
愛媛   62  1,467,824  2.4
高知   37   796,211  2.2
福岡   130  5,049,126  3.9
佐賀   51   866,402  1.7
長崎   67  1,478,630  2.2
熊本   71  1,842,140  2.6
大分   50  1,209,587  2.4
宮崎   58  1,152,993  2.0
鹿児島  83  1,753,144  2.1
沖縄   20  1,360,830  6.8

※数字の出典
・救急告示病院数
Yahoo!ヘルスケア - 病院情報
http://health.yahoo.co.jp/hospital/select.html
・人口
平成17年国勢調査
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2005/youkei/zuhyou/a001.xls

> No.213 元田舎医さん、
お疲れ様です。いろいろと資料提供ありがとうございます。

昨日の日刊スポーツに、
>命を見捨てた18の病院に言いたい。恥を知れ。
と10月24日付でコラムを書いた、井上真記者が、
>医療現場の声聞いて
と題して、反省の弁を書いていました。
医療者側が、反論メールをしていなければ、
日刊スポーツも医者バッシングを継続していたことでしょう。

ttp://blog.nikkansports.com//nikkansports/writer/archives/cat512/

ttp://blog.nikkansports.com/nikkansports/writer/
(11月3日のコラム)

No.208 ヤブ医者 さん

>と書かれていますよ。

確かに書いてありますね。矛盾してますね。先入観に左右されて、一字一句を追っていない不完全な読解だったことを認めます。

ところで、心理学的に言えば先入観から人は自由ではいられません。裁判官であれ、心理学的な実験により、どうやっても先入観から自由でないことは、簡単に証明できるでしょう。ですから強い非難をあびせる意図でも、これこそ原因だという意味で先入観をいう言葉を使ったわけでもない。文章の一部に過剰反応しているようにしか私には見えませんでした。法曹の根幹を否定するような言葉として、心理学的に使う場合と今後区別できるよう努めたいと思います。

をを!
いつの間にか、また200コメント超
おかわりおながいします>>管理人さん

>No.195 oregonian さん
>現在の司法制度というのは、なんとなく、融通がきかないというか、
>臨機応変に欠けるというか、応用がきかないというか、

司法制度は、融通がきいてもらっては困る制度だと思います。法律が有名無実化してしまう事になりますから。法律を機能させるためには、司法はあくまでも法律に基づいて判断するべきだと思います。

根本的な問題は司法判断と言うよりは、昭和四十年当時から変化していない法律にあると思うのです。現実に即していない法律を放置しておいて、「司法は現実が分かってない」と言われても、裁判官も困るのではないでしょうか。oregonianさんの批判は、司法よりも立法に対して向けられるべきだと思います。

と、日本以外目にしたことのない私は思うわけですが、oregonianさんは確かアメリカ在住ですよね。アメリカの司法制度は日本よりも柔軟なのでしょうか。つまり、場合によっては司法が立法の領域にまで踏み込むことが許されているのでしょうか。

しばらくと言っても、2日間、このブログを見ないうちに、議論がずいぶん進んでしまいました。私に質問いただいた件もありましたが、これだけ、離れてしまうと、訳がわからなくなってしまうと思います。それらについては、また、話が出たときに記載したいと思います。

そこで、むしろ、昨日、傍聴したカンファレンス鑑定について、記載してみたいと思います。

 カンファレンス鑑定については、何度か話が出てきていますが、東京地裁が採用を始めた鑑定方式で、弁護士も具体的には知らない方が大部分だと思います。私も経験したことがないことから、先日、知り合いの弁護士の事件でのカンファレンス鑑定を傍聴しました。

 まず、従前の鑑定の方式(といっても、まだ、大部分の裁判所はこの方式ですが)は、一人の鑑定人(医師等)に、裁判所が鑑定事項を記載した鑑定嘱託により、鑑定を依頼し、これに対し、鑑定書が作成されます。そして、その後、場合によっては、その鑑定人に対して尋問を行う(鑑定人尋問)ことになります。

 鑑定事項は私の経験では、3〜5項目くらい、鑑定を依頼してから鑑定書ができるまで、4ヶ月〜2年位でしたが、これは事件によってまちまちです。

 以前、鑑定事項(鑑定の質問事項)はどのように決められるかという質問があったかと思いますが、通常、鑑定を申したてる側の弁護士が起案し、裁判所に鑑定を申請します。これに対し、相手方の弁護士が、加筆修正し、双方合意の元で、決められることになります。最後に裁判所も修正することはありますが、語句等で、大きく修正することはありません。

 これに対し、カンファレンス鑑定の場合は、鑑定を3人の医師に依頼します。東京地裁の場合は、東大、東京女子医大、東邦大学等の各医師に依頼しているようです。

 事前に、各鑑定人に双方代理人が、合意した診療経過一覧表・双方の法律的主張をまとめた書面・カルテ等の書証が渡され、質問が出されています。

 質問の項目数が20〜30項目、といっても、大項目で、5〜10で、それぞれ枝分かれした質問ですので(例えば、一定の薬を使うべきかどうか及びその理由という質問について、使う場合の更にの質問と使わない場合の質問というふうに)、半分くらいは答えなくていい質問です。これらに対し、数行づつ回答したものを、各鑑定人が事前に書面で提出します。

 そして、鑑定の当日は、午後1時30分から、午後5時まで、間に15分程度の休憩を入れて、行われました。

 ほとんどの時間は、裁判長が、事前に提出された回答に基づき、鑑定人から話を聞く時間で、合間に両陪席裁判官、最後の合計20〜30分に両方の代理人が質問するという形式です。
 
 途中で、鑑定人から、むしろ、こういう風に聞いて欲しいと言われ、裁判長が、その質問で、3人の鑑定人に聞き直す等で行われました。

 確かに、裁判官としては、心証が取りやすいと考えやすい鑑定方式だと思います。

 なお、統計的には、現在、東京地裁では、医療事件全体の6パーセントについて、鑑定を行っているようですが、鑑定の前件この方式のようです。
 

 修正です。

>東大、東京女子医大、東邦大学等の各医師

 これは、各医師ではなく大学に依頼しているようです。

140 FFF様

ありがとうございました。出かけており、お礼が遅くなり申し訳ありません。

さて、

>逆にいうと、事故の性質の違いによって賠償額の算定基準を変えるには、この「生じた損害に対する賠償」という民法の大原則を転換しなければならないことを意味します。

「生じた損害」の考え方ですが、訴訟にかかるような医療事故の多くは、かなり深刻な病気のケースが多いかと思いますが(当然、採血針刺しのようなものもありますが)、その場合、仮に事故がなかった場合でも、かなりの確率で死ぬケースもあるでしょう。また、相当期間療養生活を強いられるでしょうし、合併症もあるかもしれません。その間医療費も生活費も相当かかります。がんなどですと当然に転移・再発の可能性もあります。

一方、交通事故の場合はどうでしょうか?確かに交通事故の被害者が交通事故がなかったとしても、死ぬ確率も病気になる確率も当然あるでしょうが、今まさに命の瀬戸際にある重病者と一般に外を出歩いている人々が、死んだり、長期の療養をする蓋然性については比較にならないと思います。

そういう意味で「生じた損害」を単純に計算できるものとは思えないのです。そういったことも「民法の大原則」を転換する前に考えてみてもいいのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

それと期待権の侵害についてですが、数千、数万円程度の契約を、法律によりほぼ一方的かつ強制的に締結させ、それが期待通りでないからといって、数百万円の慰謝料というのは少々法外過ぎるような気がします。しかも、某裁判官のように、地域の名医だからといって、医療費が上がるわけでもないのに、慰謝料の額だけ上げるようなケースもありますし、期待権についても、支払うべき医療費の額と比した妥当性の検証があってしかるべきかと思います。

an_accused様 

ありがとうございました。お礼が遅くなり申し訳ありません。

実は、私が案件の同一性について関心を持ちましたのは、裁判に行くものと、医師会の審査会にかかるものについては、それぞれ案件の傾向があるのかなと思った訳です。

医師会の審査会は、第三者機関とはいえ、患者側からしてみれば医師の身内のようにも思えるでしょう。(こちらにおみえの医師の方々からすると「誰が身内か!」と思われるでしょうが)

その医師会の審査会にかかることを了承するということは、審査会後に気に入らなければ訴訟を想定している人や味方になってくれる医師が周囲にいない人もいるでしょうが、(手間、金、暇もかかるのに裁判にかけるまでもなく)医師側の過失がある可能性が極めて高いようなケースが多いのかなと思った次第です。過失の度合いや金額の算定で揉めるくらいのことで。

一方で、an_accused様のようなお考えもあるでしょうから、どちらかに検証したものがあればと思ったのですが、・・・実は私も見つけられませんでした。

お忙しいところ大変お手数をおかけしました。

ワロちゃいかんけど毎度笑えます。
今回も。

産婦人科残酷物語 II
2006-11-03 10:52:32
Bermuda医学塾
http://ameblo.jp/sanfujinka/day-20061103.html

> No.219 しまさん
ということは、司法ではなく、どちらかというと内閣(要は政治家)と行政といった立法可能な機関、人物を説得する必要があると言うことですかね?でも、役人は及び腰で後手後手に回って期待できないし、政治家については医師会なりが本来の目的通り政治団体となって支援するなどする必要があるかもしれません。ただ、国民のコンセンサスが得られるかどうか。他には医師が直接立候補するとか・・・。

>>整形A先生(No.143のコメント)

 お気遣いありがとうございます(笑)。私は22時30分に来た意識レベル300の交通事故患者を三次救急施設へ搬送して帰ってきてここを覗いたときのコメントです(苦笑)。
 ちなみにこの日は例によって当直じゃありません(苦笑)。そろそろ忍耐の緒が切れたので、年度いっぱいで当直日以外の外科救急についての呼び出しは断るつもりです。さすがに月8〜9回の全科当直(つっても、当院には内科と外科しかありませんが・・・。科目的には産科以外全科来ます)+当直日以外も外科系救急全部呼び出しではやってられません。

No.223 じじいさん

勤務医、非日医会員の私は、日医の保険制度上にある日本医師会医師賠償責任審査会を、an_accused先生のコメントを読んで実は初めて知ったのですが、ちょっとぐぐってみました。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~j-sakano/iryoukago.html

原告の意向に関係なく、医師会員の訴訟はほぼ全部仕切っているように読めますよね。平成4年は256件でこのうちの何割が提訴にまわったかは不明ですが、提訴数平成10年629件ですから、患者が訴えようとした3割〜6割を占めているわけです。逆に提訴例のうちどのくらい審査会を経たかというのも興味がありますね。また審査の結果との関係も。レトロも過失扱いしたとか、患者の救済まで自認しているわけですので、これで無責になったものが裁判で有責になるのはその率が高ければおかしいと言わざるをえないでしょうね。

以下はちょっと考えたこと。

この賠償責任審査会は、医師による第三者機関と無過失保険と言えないわけでもない。ふと思い起こしてみると、判決のニュースは開業医のものが少ない気がする。勤務医の我々と比べて、開業医は訴訟に強いのか。前述のページには審査会の問題点がたくさん載っている(いくつかは明らかに改善すべき話であろう)が、戦う気の強い原告には邪魔な組織に見える。FFF先生が第三者機関に懐疑的な理由が理解できたような気がした。

きょうもきましたね。風邪を引いたから注射してくれって。どこかのブログにもありました。とても疲れているから点滴してもらおうと。そんなもん効くわけないじゃないか。きっとどこかの医院(病院)では注射しているのでしょうね。注射を断っていたらあそこの医者は注射ができないとうわさを立てられたそうな。(これ実話です。私のところではありませんが) 医師は風邪は治せないと正しく教えてきたんでしょうか。患者の医療への過大な期待をもしかして利用してきたのではないでしょうか。Placeboをうまく利用して。医者は何でも治してくれるともしかして思わせてきたのではないでしょか。ちょっと意味は違うが患者が期待権を求めるのも無理からぬことなのかも。医療崩壊、医療制度の欺瞞とともにそんな医療の欺瞞もベースにあったのではと思います。突然の横道失礼しました。

ここ2日ほどあまりにもコメント多数で、私も追えていないのですが・・・
とりあえず、1点。

>司法ではなく、どちらかというと内閣(要は政治家)と行政といった立法可能な機関、人物を説得する必要があると言うことですかね?(No.225 yama さま)

法曹の側からは繰り返し提示されてきたことですが、
1.現行の司法制度の枠組み内での対策
2.立法措置による対策
とが考えられるという趣旨です。

被告医師側の訴訟戦術の研究、鑑定方法の改善、裁判官の意識改革(医療の実態に対する理解を進めて偏見を取り除く)、というのは1の短期的、対処的な療法です。
患者の被害感情を慰撫し、無意味な訴訟を避けるよう説得するための相談窓口を設けよとか、
ADRとして事故調査&紛争解決の専門機関を立ち上げ、できるだけ訴訟でなくそちらの利用をお勧めするというアイディアも、この範疇になります。
しかし、現行法の枠内でのADRは、訴訟との選択は自由なので、FFFさま(No.112 ほか)がおっしゃるように、患者側にとってメリットがなければ利用されないでしょう。

よって、長期的、抜本的な療法としては、新法を制定して、
専門機関の判断・解決を訴訟に前置させる(法の力でそのルートを強制する)必要があると考えられます。
賠償責任額を一定以下に制限することも然り。法によって政策的に定めるしかありません。
(それが財産権の侵害等の違憲の問題を生じないかどうかという疑問がありますが、
少なくとも保険医療制度においては医療費を人為的に安く統制することとのバーター関係により正当化しうるのではないかと考えます。)

立法作業には、当然ながら、国会議員や関係省庁への働きかけ、国民のコンセンサスを得るための啓蒙活動が必要になります。

-----
被告側の訴訟戦術のレベル。

損害論については、現行法で交通事故事案をベースとする人的損害の評価方法の組みが、既にがっちり出来上がってしまっているというのはFFFさまご指摘(No.123、127)の通りですが、
これに対するじじい様の反論(No.124、.222)。以前のエントリでも、どなたかからご意見がありましたが、この考え方は示唆に富んでいるように思います。
「傷病者は医療の手が入る前から健康人より寿命が短かかったので、医療過誤により受けた被害は少ないはずだ」

交通事故においても、被害者の身体の元々の器質的な問題がプラスして後遺症状が出た場合には賠償金額を割り引くという考え方があることからすれば、現行法の解釈としてあながち不当な説でもないように思います。
具体的にどれだけ割り引かれるか、という立証が難しい(病状から余命を予測する鑑定が必要?)でしょうが。

既にどこかの訴訟で被告医師側がこのような主張を行っていたとしても不思議はないですが、事例はありませんか?

 一日半の間に拙コメントに対して皆さまから多くの応答をいただいているようです。本当にありがとうございます。先生方からいただいておりますコメントに今すぐお礼の言葉とともにお返事を差し上げたいところなのですが、やや(?)酩酊していることもあり、一度に順序良くコメントを差し上げることができません。さしあたり今お返事できそうなものからお返事することをご容赦ください。

>元内科医先生(.153)
 先生のお言葉に不快感を示したわけではありません。そうお感じになられたのであれば申し訳ありません。また、現行制度下において判決の医学的妥当性を高めることを主眼とする私のコメントは、抜本的な制度変更を望む医療関係者の皆さまからみて「現行のやり方に固執している」と受け取られるかも知れないとも認識しています。

>元行政先生(.157,.217)
>(法曹にとっては逆鱗だったみたいですね)
 法曹一般にとって「逆鱗」というほどのものではないと想像するのですが、先生からご覧になって、私とFFF先生が過敏に反応したようにうつったかも知れません。
 FFF先生のお気持ちは私が忖度できることではありませんが、私自身の気持ちといたしましては、元行政先生のコメントをきっかけにさせていただいて、「審判者の属性と勝訴率を単純に結び付ける議論」から、皆さまとともにもう一歩先に進んでみたかったというのが正直なところです。そしてその気持ちは、元行政先生や他の先生方に充分お汲み取りいただいたと確信しております。

>座位臥位立位先生(.156,.161)
 「不当判決の重過失性とでもいうべきもの」についてですが、これは先生のご指摘のとおりだと思います。事件を受け付ける以上「不当判決」を出さないために司法関係者は最大限の努力や工夫をしていく必要があるのは当然です。そして、「司法の限界」というものについても率直に認めるべきだとも思います。

 余談ですが、以前に申し述べましたとおり私の元々の専攻は法制史という何の役にも立たない代物でして、その結果私も「基本原則とやら」からはある程度解放されています(「基本原則」がなかった頃の司法がどんな代物であったかもある程度教わりましたが)。その上で、思いついたことを申し上げてみます。

 「私知利用の禁止」は、確かに重要な原則(建前)ではあります。しかし、例えば労働審判では裁判官とともに使用者団体の推薦した審判員と労働団体の推薦する審判員が加わり合議体を構成します。医事紛争に関して申し上げれば、調停委員に医師を任命して医事紛争の調停を委ねたりしていますし、各地の裁判所で「医療集中部」を作っているのは医事訴訟の経験を特定の裁判官に集中して積ませることで、裁判官に断片的なものであっても「私知」を獲得させておいたほうがよいという司法政策上の判断があるからでしょう。つまり、審判者に「私知を有すること」が期待されている場合もあるということです。
 ですから私は、医事紛争において医師が審判者となることには特段の不自然さを感じません。
 ただ、ちょっと考えてしまうのは、前述した「日医医師賠償責任保険賠償審査会がしてしまったレトロスペクティブな判定」です。

 臨床医の皆さまは、「忙しくてとても鑑定など引き受けられない」とおっしゃいます。実際そうなのでしょう。そうであれば、非常勤の調停委員や審判員など引き受けていただけないでしょう。いきおい、審判者役を引き受けていただけるのは、「診療の第一線からはやや退いたエライ先生方」ということになりそうです。彼らは、ここでしばしば批判の対象となる「トンデモ鑑定」の発生源ですね。
 鑑定医や専門委員は、当事者双方の合意によって任命されますから、予め「トンデモ」であるとわかっている者は同意しないという選択もできますし、出てきた鑑定に納得がいかなければ尋問を通じてある程度反駁することも可能です。しかし、審判者役として登場する医師の先生は、明白な利害関係でも存在しない限り忌避することはできませんし、彼らの「私知」は、証拠によって裏付けられている必要がなく、判定が出るまで明らかにされないので尋問によって反駁しておくこともできません。

 もちろんこれは一面的な見方ですが、原則が「原則」と呼ばれるようになったのにはそれなりのワケがありますので、一応そのワケをお踏まえいただいたうえで、さらに「原則を破るメリットがある」ということであればいくらでも「原則」を破る主張を展開なさればよいと思います。例外があるからこそ「原則」なのでしょう。例外が認められないのなら、「公理」とか何とか、他の呼び方をするのではないかと思います。

 最後に、「我々にはそこに焦点をあてる体力も時間もありません」とのお言葉は、私のような非医療者にとって深く受け止めなければならないと思います。

>ヤブ医者先生(.199)
 超亀レスなんてとんでもない。一日どころか、私には一ヶ月以上経ってもなおどのように応答したらよいか迷っているコメントがあります。こちらのブログに投稿されるコメントが多すぎるのです(もちろんよいことですが)。

 さて、まず「日医医賠責賠償責任審査会(以下「日医審査会」という。)における判定方法の実態」についてですが、たしか澤野芳夫「医療過誤訴訟における和解」太田幸夫編『裁判実務体系1 医療過誤訴訟法』によりますと、調査を行うのは保険会社が委嘱する事案に対応した診療科目を専門とする医師及び弁護士によって構成された調査委員会、判定を行うのは医学関係者6名と法律関係者4名の賠償責任審査会とのことでしたから、最終的判断を行なうのは医師6名と法律家4名によって構成された合議体であると理解していただいてもよいと思います。

 次にいただいておりますご指摘につきましては、おっしゃるとおりだと思います。

 なお、コメント.208で私のコメントの真意について解説していただき、ありがとうございます。私の口から釈明させていただくとすれば、「裁判官の判断にはレトロスペクティブな観点に基づく後出しジャンケンもあれば、プロスペクティブな観点に基づく医師の判断に理解を示そうと精一杯の努力をした跡が見られるものもあり、医師の判断にもプロスペクティブな観点から誠実に示した判断もあれば『後医は名医』を地で行くような後出しジャンケンもあるのではないか」ということです。
 もちろん、訴訟というものは「過去にあった出来事の落とし前をどうつけるか」というものですから、本質的にレトロスペクティブなものです。その世界にどっぷり浸かり込んだ裁判官に「後出しジャンケンの論理」を捨てさせるのは相当困難なことです。その意味では、「純粋な意味で医師がやっても裁判官がやっても同じ」とは考えておりません。

>整形A先生(.210)
>問題は、医療側にミスはないとされた残りの4割です。
審査会の結論に不満であれば、患者側は訴訟に訴えるわけです。
その結果、約7割くらいは判決なり和解なりの形で、ある程度患者側の主張が通るのです。

 とのご指摘ですが、まず、前掲論文によると「日医医賠責における解決方式では、裁判判決が16%であり、そのうち医療側勝訴が約70%、患者認容率が約30%である」とのことです(この16%には、過失や因果関係の認定をめぐって日医医賠責と患者の見解が相違した場合だけでなく、過失や因果関係の認定に争いはないが賠償額に見解の相違がある場合も含まれます)。したがって、「医賠責で医療側にミスなしとされた約4割のうち、7割が裁判で患者側の主張が通る」というのは正しくありません。
 また、日医医賠責の加入者は主に医師会加入者です。したがって、約4割の医師会非加入者が巻き込まれた医事紛争は日医医賠責の処理ルートに乗らず、訴訟に向かいます。また、藤田康幸『医療事故対処マニュアル』(現代人文社)によりますと、日医医賠責の判定には時間がかかる(1年程度)ので、医賠責の結論を待つことなく訴訟を提起するケースもままあるそうです(日医医賠責で審査にかかっているからといって時効が止まるわけではないでしょうから、そういうこともあるだろうと思います)。
 したがって、日医医賠責が訴訟に必ず前置されているということはありませんので、その意味からも「審査会の結論に不満であれば、患者側は訴訟に訴えるわけです。/その結果、約7割くらいは判決なり和解なりの形で、ある程度患者側の主張が通るのです。」というのは誤解です。
 なお、「数十万程度の示談金で解決するケース」は日医医賠責賠償責任審査会の審査対象ではありませんので、「医賠責の付託事例」には含まれておりません。

元行政様(私も元行政です)

>原告の意向に関係なく、医師会員の訴訟はほぼ全部仕切っているように読めますよね。

そうですね、賠償の原資が日医の保険である限り、日医で仕切っているようですね。

ただ、an_accused様が紹介されたデータによると「6割が有責」なのですが、元行政様ご紹介の論文の弁護士さんの感覚では、「ほとんど無責」なんですよね。どの立場で関わるかによって、人の受け取り方は違うということなのでしょうか。

> 医師会の審査会にかかることを了承する(No.223 じじい様)

患者側は好きで日本医師会医師賠償責任審査会の判断を求めているわけではなく(制度的にも患者側からの審査請求権はない)、
多少とも医師側が払おうという機運がある場合に、医師が保険を使おうとすれば、必ず審査会の承認を得なければならないために、審査会の判断を待っているのだと思います。
つまり、医師側が最初から「ウチは過失がないと思うので払いません。訴訟でも何でもしてください」と突っぱねた場合は、患者側は直ちに訴訟提起せざるをえませんが、
医師が過失があることを認めて「払うけど、審査会の承認を得るまでちょっと待って」、あるいは、はっきりとは認めないが「もし審査会が有責と判断したら払うよ」という対応をした場合には、
任意に払われる可能性があるのですから、あえてそれを蹴って訴訟に踏み切るより、一応は審査会の結論を待つという対応になることが多いと思われます。

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> この賠償責任審査会は、医師による第三者機関と無過失保険と言えないわけでもない。ふと思い起こしてみると、判決のニュースは開業医のものが少ない気がする。勤務医の我々と比べて、開業医は訴訟に強いのか。前述のページには審査会の問題点がたくさん載っている(いくつかは明らかに改善すべき話であろう)が、戦う気の強い原告には邪魔な組織に見える。(No.227 元行政さま)

ご紹介のページのアンケート結果によると、患者代理人弁護士の不満点は
・審査過程が不透明で、理由が開示されないため判断結果に不審、特に患者側の意見が反映される方法がない点が不公平
・保険会社が損害額を意図的に低く抑えている(保険の払い渋り)
・保険会社が承認しなければ示談できないので、かえって紛争解決を阻害し訴訟を誘発

要するに、保険会社が主導して判断しているために、必ずしも医学的に正しい過失認定や法律的に正しい賠償額算定をしているわけでないのではないかという疑いが持たれています。
それが当たっているとすれば、訴訟に持っていった場合に判断が覆るケースが多々あるというのも頷けることとなります。

ただし、一定の紛争解決機能があることは認められており、訴訟抑制に役立っているとは言えます。
貸金業者の主催する借金相談所の判断を待とうとする弁護士が居ないことと比べて、
まがりなりにも、審査会の判断を待ってみようと思わせるだけのことはあるのですから。

日医の保険は開業医のためと言われますが、
勤務医や病院の保険はどのようになっているのですか?
同様な審査会はないのですか?

YUNYUN様

仰せのとおり、保険会社の支払審査なのでしょうね。
しかも、最近の賠償額が高く、かなり運営が苦しそうですので、本当に無責なもの以外に、怪しいけど政策的に無責(とりあえず納得いかないなら裁判で戦ってもらって有責になったら払う)とするものが増えていく可能性もあります。

政策的に無責になったものについては、当然示談もできない訳で、患者側が納得しなければ、裁判をせざるを得なくなります。しかも日医が無責とした場合、他の保険も出なくなる可能性が高く、応訴し、とことん戦うしかなくなるのかもしれません。過失のない自信があり、戦って勝ちたい向きには望むところかもしれませんが、逆に訴訟は身がもたないので早々に決着したい向きには辛いかもしれません。

日医の賠償責任保険は、診療所、個人立病院、99床以下の法人立病院が対象施設で、100床以上の法人立病院や公的病院などは最初から対象外なので、こちらにいらっしゃる多くの勤務医の方々には関係ない話なのでしょうね。

この賠償制度があることで、開業医の訴訟は抑制されているのかもしれませんが。

>勤務医や病院の保険はどのようになっているのですか?
同様な審査会はないのですか?

勤務医の方は、所属病院か、医会、学会などを通して保険に入っておられるのかもしれませんが、保険会社単独でこれほどの制度を持つのは負担が大きいので、もっと小ぶりな、たとえば通常の損保の支払審査手続きに保険会社の医師を加えたような形でやっているのではないかと推察されますが、果たして実態はどうでしょうか。

No.226の僻地外科医さん、本当に大変なお仕事だと思います。
勤務医の先生方は、当直でなくても、心も体も休まるときがないんですね。

No.232のYUNYUNさん
>勤務医や病院の保険はどのようになっているのですか?
勤務医向けの医療過誤保険は商品化されています。

ちなみに私のいた県では、自動車保険は入っていませんでした。
自動車保険は、賠償能力の不足を補うものなので、県には必要ないのです(予算化して議会で議決して払えばいいだけで、1億や2億支払っても倒産することはありません。)。
医療過誤保険については知りませんが、県立病院を被告とする訴訟には地元で開業している県の顧問弁護士が出廷していますので、医療過誤保険にも入っていないでしょう。
市町村立病院が被告となる訴訟では、地元の顧問弁護士ではなく東京の弁護士が出廷していますので、予算が潤沢でない市町村は医療過誤保険に加入し保険会社紹介の弁護士が出廷しているのだと思います。

No.233のじじいさん
>とりあえず納得いかないなら裁判で戦ってもらって有責になったら払う
交通事故の場合には、割と多いですからね。
同じ支払うでも、裁判所の和解勧告なら社内稟議が通るとか言う保険会社もあったりで。

一冊面白いと思った本を紹介しておきます。
文春新書 「交通事故紛争」 加茂康隆著
交通事故に関する本ですが、損害賠償請求の現場が良く分かると思います。

No.231 じじいさん(以前の書き込みの内容から判断すれば、おそらく同じ組織の所属だと思います。もしかすると高校も同じかも)

この弁護士の認識は、文章が古いこともありますが、今となっては3周くらい遅れているでしょう。制度の参照のためとだけ考えてください。
以下を読んで、認識の甘さ浅さを感じない医師はいないと思います。
>今日の診断指針、今日の治療指針という本があるがそれに書いてあることをやっていれば医療過誤で訴えられることはないし、訴えられても負けることはない。

>勤務医や病院の保険
保険会社に連絡して、その指示に従いながら、自分で交渉という形です。
http://www.med.or.jp/nichinews/n150520k.html

前から、思っていたのですが、第三者の審査機関を作るにしても、保険会社・地方自治体の議会の決議との関係ができていないと機能しなくなるのではないかと思います。

 弁護士以外の方からすると、医療機関が過失を認めればそれで示談等がすぐ成立すると考えられるでしょうし、それが当然ですが、必ずしも、あるいは、相当数の場合そうではないというのが、むしろ弁護士の感覚ではないでしょうか。まあ、その場合は、そもそも、医療機関側は、過失があるかどうかは言わず、示談の話し合い自体を拒否するということになるでしょうが。

 というのは、任意で示談したからと言って、保険会社が払うか、またその金額はというと、なかなか難しいという問題があります。これは、保険会社から見れば、払うべき場合かどうか、また、その金額が妥当なのかどうかというのがわからないからです。そこで、裁判所の判決・和解であれば、客観的にはっきりするから払うということになるのです。

 また、保険会社も経済的合理性を追求する以上、できるだけ支出を抑えようとします。たとえば、自動車事故の場合、被害者に最初に提示される金額は、一番低い自賠責(この点の制度の説明は省略します)程度の金額であることが多いです。これに対し、被害者が交渉すると、金額を上げ、さらに弁護士が交渉すると更にあげ、裁判の和解になると更にあげますが、判決で出される金額よりは、まだ少ないということになります。むしろ、保険会社の担当者から、会社の決済がおりないから、これ以上あげるためには訴訟を起こしてくれと言われることもあります。

 保険に掛けてなくて、地方自治体が払うという場合も、議会を通すために、裁判所の判決・和解が必要というケースもあります。前に出た府中市の例は、これかもしれません。

保険会社等との調整ができていないと、第三者の審査機関で有責の判断が出ても、払われないということになり、実質機能しなくなると思います。法律で機関を定めたとしても、それだけではなかなか難しいかもしれません。

 日医医賠責の判定は、その点どうなっているか前に、医師会の担当者にその制度について聞いたことはあるのですが、全体は、今一歩よくわかりませんでした。

>あるいは、相当数の場合そうではない

  根拠としては、交通事故等での保険会社の対応からすると、保険の種類が違うとは言え、がらりと変わるかということですので、これは、根拠とならない感覚論ですので、撤回いたします。

元行政様(ひょっとしたらどちらかでお会いしているかもしれませんね)

>この弁護士の認識は、文章が古いこともありますが、今となっては3周くらい遅れているでしょう。制度の参照のためとだけ考えてください。

承知いたしました。確かに、「あなたが原告弁護士なら、それですませるか?」と聞いてみたいところではあります。

PINE様

>医療過誤保険については知りませんが、県立病院を被告とする訴訟には地元で開業している県の顧問弁護士が出廷していますので、医療過誤保険にも入っていないでしょう。
市町村立病院が被告となる訴訟では、地元の顧問弁護士ではなく東京の弁護士が出廷していますので、予算が潤沢でない市町村は医療過誤保険に加入し保険会社紹介の弁護士が出廷しているのだと思います。

都道府県立病院の場合、確かに1億や2億で潰れることはありませんが、市町村立とは別に、高度医療や3次救急などをやっている関係上、訴訟になる可能性もかなり高いので(皮肉なことに)、保険の加入が検討されていたと思います。

また、仮に保険に入っている場合でも、訴訟方針の調整などは絶対にするでしょうが、都道府県側が望まない場合、保険会社の弁護士を無理に送り込むことまではしないのではないかと思います。

都道府県立の場合、顧問弁護士も複数人いたりしますので訴訟が増えても対応可能でしょうが、市町村立の場合、顧問弁護士も1人(もしくはいない?)の場合もあるのでしょうから、手のかかる医療訴訟は専門の保険会社の弁護士に任せるという選択肢もありうると思います。(当然、弁護士さんの得手、不得手もありますし)

No.236 L.A.LAW さん

批判の対象でもありますが、第三者機関と保険は一つのものでなくてはいけないと思います。そうすれば議会の承認などは関係ないですよね。

政府は医療崩壊を防ぐために無過失保険を考えているわけですが、無過失と言っても患者の言うことに際限なく出すわけにもいかないわけで、過失、不運(合併症等)、言い掛かりに分ける作業はどうしても必要なわけです。(不運まで保証)

勤務医の医培責は自分で対応しなければいけないのに対し、医師会はむしろ自分自身での対応を止めているようにすら見えます。だから医師の労力は後者の方がずっと少ないのではないのかな。法曹からはワガママに見えるでしょうが、これこそが逃散する勤務医が求めていることであるわけです。

賠償責任審査会の方も、患者への詳細な報告や、心理的ケア。審査期間の短縮。などすべきことはたくさんですが、それほど実現困難な話ではないと思われます。

というわけで、あとは予算の問題だけで、現行の培責保険の再編成を国が促すことによってかなり改善される(日本医師会医師賠償責任審査会をもとにした第三者機関)と思うのですがいかがでしょうか。

 ここで(その7)に移行することにします。
 
 以後のコメントは「医療崩壊について考え、語るエントリ(その7)」にお願いします。

 昨夜のコメント(.230)の続きです。まずコメント.230の中で、ヤブ医者先生に宛てたコメントにおいて「太田幸夫編『裁判実務体系1 医療過誤訴訟法』」と書きましたのは、「太田幸夫編『新・裁判実務大系1 医療過誤訴訟法』(青林書院)501頁」の誤りです。お詫びして訂正いたします。やはり酔っ払って書くと間違ってしまいますね。

 さて、日医医賠責についてですが、制度としては、コメント.227で元行政先生が紹介しておられますURLに書かれてあるとおりでよろしいのではないかと思います(もちろん、評価の部分については、それぞれのお立場に応じて様々な見方があると思います)。

 ここで書かれている「調査委員会」と「賠償責任審査会」について補足いたしますが、畔柳達雄『医療事故訴訟の研究』日本評論社によりますと、「この委員会(引用者注:調査委員会)は、各種診療科の専門医と医療事故紛争処理専門の弁護士などによって構成される。先ず、事件の調査を担当する医師が、都道府県医師会の協力を得て資料を集めたり、直接医師に面接したり、あるいは専門の学者の意見を求めるなどして、医学的側面から事実関係を調査し、特に、医学的にみて過失というべきか否かを探究する。その上で調査委員会全員の討議に付し、議論の結果、問題点が整理されると、事件は審査会に上程される。
 賠償責任審査会は、日医賠償保険制度の要である。ここでは、医師の立場に偏することなく、医師のプロフェッショナルな責任の存否に関し、厳密な医学的立場からの判断と適正な法律判断を打ち出すことが、最大の目標とされている。そのため、審査会は、保険者、保険契約者に影響されない第三者的な判定機関とされる反面、保険者、医療関係者は、その判断に拘束されることとされる。
 賠償責任審査会は、医学関係学識経験者6名、法律関係学識経験者4名計10名からなる委員会で、上程された事件につき、医学的及び法律学的見地から検討を加え、責任の有無などについて判定する。」

 とまあ、こういうわけで、日医医賠責では事実調査・判定ともに医師と法律家の合議によって行われているということが言えるかと思います。

 元行政先生がおっしゃっておられます「医師会はむしろ自分自身での対応を止めているようにすら見えます」というのはその通りで、「(医師が日医医賠責制度による紛争処理を希望する場合)医師は都道府県医師会に対して、患者側との交渉を含めて、紛争処理全体に関する代理権をも授与するのが普通である。都道府県医師会では、当該医師および地区医師会の協力のもとに、事実調査を開始すると同時に、必要があれば医師を代理して患者側と交渉する。この場合に、誰が交渉にあたるかは、地域によってまちまちであるが、都道府県医師会、または地区医師会の医療事故紛争担当の理事、あるいは医師会の顧問弁護士であることが多い」(畔柳・前掲書119頁)とのことですから、医事紛争の報告が都道府県医師会にあがった時点から、紛争当事者である医師は交渉の前線から外れ、医師会の医事紛争処理担当理事や医師会顧問弁護士が患者との交渉にあたることになるようです。紛争当事者となった勤務医の皆さまが、日常の診療業務を続けながら患者と保険会社との両面交渉を強いられているのだとすると、それに比べればはるかに心理的ストレスや時間的コストは少なく済んでいるのではないかと推測されます(もちろん、紛争の当事者になっているというだけでストレスではあるのですが。この点については、実際はどうなのかをぜひ開業医の先生方から伺いたいところです)。

 本当は「本音と建前」や大阪高判平成15年10月24日、その他のトピックについてもコメントしたいのですが、また長くなりすぎましたので一旦ここで投稿させていただきます。

>an_accusedさん

 タイミングが遅れました(^^;

 an_accusedさんのコメントを最終コメントとして訂正します。

>No.236 L.A.LAW さん

>第三者の審査機関を作るにしても、保険会社・地方自治体の議会の決議との関係ができていないと機能しなくなるのではないかと思います。

>No.239 元行政さん

>批判の対象でもありますが、第三者機関と保険は一つのものでなくてはいけないと思います。そうすれば議会の承認などは関係ないですよね。


第3者機関の裁定と、それに伴う金銭保障のシステムのイメージが、いまひとつつかめません。

第3者機関が、医療者の過失なしと認めた場合は、無過失保険(財源をどこから拠出するかはともかく)による、保障、または見舞金支払い、もしくは支払いなし。

第3者機関が、医療者の過失ありと認めた場合は、自治体病院なら税金または医賠責保険で、個人なら、医賠責保険から支払い。 

上記のように、単純に考えていたのですが、医療者側の支払いをスムーズに行うには、政府や自治体関係者、民間の損保会社の関係者も含めて、第3者機関に参加していただく必要があるということでしょうか。

もうひとつ、法曹の方々への質問ですが、原告が第3者機関の裁定を受け入れ、無過失保障を受けた場合、民事訴訟の放棄を担保する、または、民事訴訟に訴えた場合、無過失保障分の金銭を返還させることは、技術的に可能なことでしょうか?


P R

ブログタイムズ

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