エントリ

 小田原市立病院(中島麓院長)に入院していた長男(当時1歳)がミルクをのどに詰まらせ窒息死したのは「病院が注意義務を怠ったため」として、秦野市堀西の会社員、加藤雅史さん(24)と妻亜由美さん(24)が30日、小田原市に約5830万円の損害賠償を求める訴えを横浜地裁に起こした。  訴えによると、気管支ぜんそくで入院していた長男の龍誠君は2月6日午前5時半ごろ、ミルクを飲んで寝かしつけられたが、その際げっぷをさせられず、体の動きを抑える安全帯を付けられた。午前7時10分ごろ激しく泣いていたが、医師らは見過ごし、午前7時20分ごろ、のどにミルクを詰まらせて心肺停止で、同10日に亡くなった。  両親は業務上過失致死容疑での刑事告訴も検討しているという。

 これは、医療の過誤と言っていいのかよくわかりませんが、病院の責任は問われても仕方がないのではないでしょうか?

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 もう赤ちゃんではありませんが,喘息持ち(幸い検査入院程度で済む比較的軽いもの)の一人として考えさせられます。が,
>午前7時10分ごろ激しく泣いていたが、医師らは見過ごし、午前7時20分ごろ、のどにミルクを詰まらせて心肺停止で、同10日に亡くなった。 
とありますが,「激しく泣いていた」って,誰が確認したんでしょうか?あと,ミルクを飲ませたのが5時半,詰まらせたのが7時20分頃,って,ちょっと時間があきすぎではないのでしょうか(子育てしたことがないので,ミルクが時間があいても詰まるものなのでしたら,ご容赦ください)。

一歳にもなってげっぷをさせる必要はありませんし、げっぷをしないことにより頻回に嘔吐してしまう体質ならば、胃食道逆流症など合併していたのでしょうか。それとも、もともと発達遅延があったか。。。それより、気管支喘息の治療で使われていた薬剤がなんだったか気になります。なかには不整脈を誘発するものもありますので。
朝、7時10分に泣いていたのを医師らが見逃しと書かれていますが、医師は、子供を寝かしつけるのが仕事ではありませんし、この時間ならば、当直帯だったと思います。治療に問題がないのならば、医師に責任はないと思います。病院の監督責任は問われるかも知れませんが、もし、突発的な突然死ならば、家にいても防げなかったわけで、剖検の結果を知りたいです。

単純に因果関係がはっきりしない限り刑事での起訴は常識的に考えて無理だと思うのですが。
相変わらず情報不足の中、コメントしづらいですね。
それにしても、近年、刑事告発がはやっていますね。それにしても過誤なのか、過誤以外の事故なのか、まったく想像が付きません。

なんとも痛ましい事件ですね。
この時間帯の小児科病棟は一日中でも一番忙しいかもしれません。
医者は朝の採血・回診、看護師は検温・食事介助・夜勤の記録〜日勤者への申し送りなどなど。
激しく泣いていたことは、おそらく複数の人間が認識していたのではないか とは思いますが・・
あと、1歳児であれば離乳が完了している場合も多いのですが、ミルクというのは食事であったのか、早朝にグズったためのおやつであったのか・・それによって与えた量も変わってきますので。

少しは議論のねたになれば。

「神奈川県小田原市の小田原市立病院で医療事故があり、1歳の男児が死亡したと12日、同病院が発表した。
病院によると、死亡したのは同県南足柄市の会社員の男性(24)の長男で、1日夜に呼吸が苦しくなり、熱もあったため、家族に伴われ来院。ぜんそく性気管支炎と診断され、2日から入院していた。
快方に向かっていたが、6日午前7時20分ごろ、ベッドの上でミルクをはき、心肺が停止しているのを看護師が見つけた。救命措置を施され、いったんは心拍が戻ったが、10日午後6時22分に死亡した。病院は同日、小田原署に届け出た。
病院によると、男児は虚血性低酸素脳症を起こしたとみられるが、詳しい死因は不明。
心肺停止で見つかる直前の6日午前7時10分ごろ、男児が泣いているのを看護師が確認したが、異常には気づかなかったという。
(2/12朝日新聞)」


毎日からも続報があります。

「小田原市立病院男児死亡事故
調査委が報告書 


 小田原市立病院(中島麓病院長)は二十一日、ぜんそく性気管支炎で入院中の男児=当時(1つ)=が二月に死亡した医療事故について、外部有識者らによる調査委員会がまとめた報告書を発表した。報告書は原因究明は司法の手に委ねる、としたうえで、背景分析や再発防止への取り組みなどを指摘している。

 報告書は(1)よりいっそうの安全管理のため部署ごとに中間的立場のリスクマネジャーを置く(2)リスクに関する情報の収集・分析・活用の徹底(3)全職員が参加した医療事故をシミュレーションした訓練や緊急事態の迅速、適切な対応−などを提言している。

 同院は五月に医療安全管理室を新設。これまでの各部長、看護師長らによる院内安全管理委員会に加え、リスクマネジャーを置いて医療事故防止に対応している。小児病棟の深夜勤務看護師を二人から三人体制に増やしたり、昼間は補助する保育士を一人から三人にして体制強化を図っているほか、希望に応じて母親の付き添いを認めるなどしている、という。

 調査委は院外の医師や弁護士など五人の委員が第三者的立場で検討。病院側は「過失となるものは出てきていないが、今回のことを無駄にせず再発防止に努めたい」としている。」

「小田原市立病院の医療事故:病院と家族の間「認識のずれ」−−調査委 /神奈川
 小田原市立病院に入院中の男児(当時1歳)が2月に死亡した医療事故で、同病院は21日、事故調査委員会の報告を発表した。同委員会は事故後の説明など家族への対応に問題がなかったとする病院と家族の間に「かなりの認識のずれがある」と指摘した。

 同委員会は司法解剖の所見を入手できなかったことから直接の原因究明をせず、背景や再発防止策の検討に重点を置いた。その結果、医療事故の背景となるような問題は発見されなかった。

 男児は2月6日朝、ベッド上で意識不明になっているのを発見され、同月10日夕に死亡した。同病院は異状死として小田原署に届けた。【大西康裕】

毎日新聞 2006年6月22日」

お亡くなりになりました男の子にお悔やみを申しあげます。

まず議論の前提として、「吐いたミルクによる窒息」だったのか、「ミルク以外の要因による窒息」だったのかが解らなければ過失の有無を議論できません。窒息すればかなりの腹圧がかかりますから、「窒息」が「ミルクを吐く」よりも先にあった可能性もあります。

本来は、警察が司法解剖した結果を事故調査委員会に知らせてくれればいいのですが、今回もしていただけませんでした。
このあたりをなんとかしてもらわないと、事故の教訓も活かされなくなってしまうし、医療も崩壊が進んでしまうのですが。

> 同委員会は司法解剖の所見を入手できなかったことから直接の原因究明をせず、背景や再発防止策の検討に重点を置いた。その結果、医療事故の背景となるような問題は発見されなかった。

以前に、どなたかからご指摘がありましたが、
警察の捜査が入ると、証拠(遺体)を持って行かれてしまうので、
病院ないし第三者調査委員会の側では、医学的な調査ができなくなってしまうという現象は困りものです。

事故原因がわからなくて、有効な再発防止策を立てられるのか、甚だ疑問。
家族としても、「死亡原因は不明ですが、医療事故の背景となるような問題はありませんでした」と言われても、全然、納得できないでしょう。
こういうやり方では、民事訴訟や刑事告訴の方向に誘導するようなものではないですか。

2006年2月6日は月曜ですね。

1歳児と言えば、動き回って仕方ない時期です。
普通なら「安全帯」なるものなんぞで抑制できるものではありません。
ぜんそくで入院中ということでもあり、ぐったりしていたのならわからなくもないですが、それほどにぐったりだとすれば持続点滴をして経口摂取不可である可能性が高いです。

また、No.1 kobito さんのおっしゃるように、授乳後2時間近く経って、窒息するほどの量の胃残渣が残っているということはそれはそれで何か別の病態が考えられそうです。

あ、それから>>No.4 血液内科 さん。
大学病院はともかく、さすがに市中病院で朝7時の医師採血はないのでは?
でも小児科ならあり得るか...

情報が余りにも少ないですが、現時点の印象では不可避の事例のように思えます。

報道からは、医学的な議論ができる情報は我々にはないように思います。
ただし、はっきりといえることは、この情報のレベルで、ニュース性ありと判断して報道するマスコミの姿勢が、問題だと私は思います。何度も言い続けていることですが、このような報道が、世論への医療不信をあおり、我々医療者の意欲をいじるしく貶めるという結果につながっているのはないでしょうか。マスコミも報道姿勢がこのまま続く限り、好転は見込めないでしょう。 被害者感情に偏りすぎた報道に、なんとか規制をかえる強い外力を働かせることはできないのでしょうか?私も、昨今のあまりの医療者に対する過剰な責任要求に、自分もそろそろ撤退かなあと真剣に考え始めています。

> No.6 オダさん
本当に、警察は何考えているんでしょうね?結果を報告しなかったので当然病院から家族への説明は不可能であったでしょう。それが家族の感情を悪化させたことも容易に想像できます。これで一方的に業務上過失致死なんて言われた日には頭に来る。もう一回因果論と大人としての常識を勉強し直せ!と言いたい。
というのは大人気ないので、冷静に考えてみると、医療事故の原因精査と再発防止については医療従事者も認めるところですが、社会の協力が不可欠なのに一方的に医療機関に責任を押しつけていますね。このブログでは何千回も出てきていますが、本来医療事故については当事者は勿論、国民全体が責任を感じて議論すべきことではないでしょうか。その議論を警察自らが阻止しているという見方も出来ます。

ベタコピペスマソ。
中日新聞の報道です。
毎日よりは事実関係が少しわかりやすいです。
==================
5830万円求め市を提訴
小田原市立病院で乳児死亡
http://www.chunichi.co.jp/00/kgw/20061031/lcl_____kgw_____001.shtml

 小田原市立病院(中島麓病院長)で二月、ぜんそく性気管支炎で入院していた秦野市の会社員男性(24)の長男(1つ)がミルクを吐き、四日後に死亡した事故で、医師や看護師が適切な看護を怠ったとして、男児の両親が小田原市に慰謝料など計約五千八百三十万円の損害賠償を求める訴訟を三十日、横浜地裁に起こした。

 訴状によると、男児は二月六日午前五時半ごろ、ベッドで泣いていたため、担当の女性看護師にミルク(二百四十cc)を与えられ、飲み干した。同七時二十分にミルクを吐いてぐったりしているのを発見された際には心肺停止状態だった。病院側は男児に吸引やマッサージなど蘇生(そせい)措置を施し、いったんは息を吹き返したが、十日夕になって死亡した。司法解剖の結果、死因は「吐いたミルクをのどにつまらせて窒息したとするのが妥当」とされた。

 男児は三八度の発熱などでぜんそく性気管支炎と診断され、二月二日に同病院に入院。点滴などの治療を受けていたが順調に回復し、近く退院の予定だったという。

 小田原市は「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。 (小川慎一)
==================

>kobitoさま

>ミルクを飲ませたのが5時半,詰まらせたのが7時20分頃,って,ちょっと時間があきすぎではないのでしょうか

通常では時間が空きすぎです。
ただし、気管支喘息の治療でネオフィリンを使っていた事が考えられるので、ネオフィリンの影響で胃内にミルクが残っていた可能性はあるのかなと個人的には思います。
他の小児科医師の意見は如何でしょうか?

>午前7時10分ごろ激しく泣いていたが、医師らは見過ごし、午前7時20分ごろ、のどにミルクを詰まらせて心肺停止

「激しく泣いていた」ということは「呼吸がしっかり出来ていた」ということです。
「泣いていた」ことの確認は看護師です。
「泣いていた」のを「見逃した」として「窒息」という結果に結びつけ「看護師の過失」とするのは賛成できません。

元田舎医さま

情報提供ありがとうございます。
ミルクで窒息で、了解です。
司法解剖の結果は、事故調査委員会にも遺族にも早めに提供していて欲しかったですね。
あとは安全帯がどんなものであったのかということと、泣いていたのがどの程度の激しさだったのかが、本当に過失があったのか決めるポイントになるのではと考えます。

これまで判明していることからの個人的な印象でいうと、過失がなさそうな気がしてきましたが。

因果関係ははっきりしないが、関係ある可能性が残る、ということしか神様でない限り言えないと思います。

 前から疑問に思っていたのですが、小児(特に乳幼児)で両親の付き添いなしの完全看護って無理じゃないですか?小児科の先生のご意見を伺いたいところです。

 以前千葉県の病院(確か医療センターといった大病院だったと思う)で治療のために横向きに寝かせておいて寝返りをしてしまい、窒息死した事件で、確か判決は「10分だか20分毎に見回る必要があった」というものだったと思うのですが。

 実際問題として現実の人手では無理ではありませんか。今回の事件も医師の過失で医師を刑事告訴するのでしょうか。医師は病棟の見回りも管理責任としてあるのでしょうか。

 もう両親に必ず付き添ってもらってずっと観察してもらっていたほうがいいのではないかとその時も思いました。観察報告してもらうのは両親の義務と言うことで。

 自宅でもSIDSはあるけど、病院で起こったら医師看護師の責任と言うことで何千万円〜何億の賠償+刑事責任ということなのでしょうから。
 高齢者の誤嚥、転倒も同じ問題だと思います。現実的に1:1で夜間も見るのは無理なのですから100%完全を期すためには家族に責任を持ってもらったほうがいいのではないかと思いました。
 できないことをできるというから問題が起こるのかもしれないと思いました。

>小児(特に乳幼児)で両親の付き添いなしの完全看護って無理じゃないですか?

自分が勤務してきた病院で完全看護をおこなっているところはありませんでした。
乳幼児の入院は保護者に原則付き添いとしております。
また、小学生の低学年も夜間はたいてい保護者に付き添ってもらっています。
やはり夜間の体制を考えるとどうしても目が行き届かなくて、事故のもとになるので今の病院の看護体制では怖くて完全看護なんて出来ません。
ほとんどの地方の公立病院は小児の完全看護はやっていない(やる能力がない)です。

自分が住んでいる地方では、県庁所在地にある子ども病院が完全看護をしているくらいです。

事故調査委員会の報告書です。経過も含めてかなり詳しい内容です。
ご両親の心情を察すると「しかたなかった」では済まないとは思いますが、やはり個人の責任は問えないような偶発的な事故であった様子です。

http://www.city.odawara.kanagawa.jp/download2/1821/iryoujikohoukokusho.pdf

近所の老人ホームや介護施設から、よく廊下で転倒して大腿骨頸部骨折を受傷した患者さんが当院に運び込まれてきます。当院では手術施設がないので、整形外科の病院に紹介して手術をしてもらうわけですが、これも厳密にいえば、その施設の責任ということなんでしょうかね?

ほとんど歩行が困難な老人(認知症が強く夜中に勝手に徘徊する人もいるのですが)が転倒するわけですから、転倒を完全に防ぐためには24時間誰かが横について介護しなければなりません。現実的にはそんな手厚い介護をできる施設はありません。実を言うと当院でも数年前に待合室で老人の患者さんが転倒して、大腿骨頸部骨折で他の病院で入院手術となりました。誠心誠意対応させていただいたおかげか、感謝こそされても訴えられることはありませんでした。

私の聞いた話では、スウェーデンでも以前に介護・医療施設で転倒して骨折する患者さんが多発してその責任が問題となったことがあるそうです。結局自宅でも病院でも老人の転倒リスクは同等で、病院の廊下だけで転倒を防止する魔法の対策はあり得ないということで、基本的には施設側が過失に問われることはなくなったそうです。医者の立場で考えるととても納得できる結論だと思うのですが、結果責任を追求される日本ではそのようなそのような論理的思考を検察や警察に求めるのは無理なような気がしますがいかがでしょうか?

今回の小田原市立病院での事故も病院側に過失があるのかどうかは私には判断できませんが、24時間誰かが患者さんの横にいないと完全には防げないような気がします。そんな手厚い医療が出来れば理想的だと思いますが、経済的な理由で無理ですよね。

>血液内科さん
ここまで病院側が詳細な報告書を作り、公開している以上、原告側は訴訟という手段を執るべきではなかったと思います。当事者でない以上、外野の無責任な声になるのでしょうが、病院側は誠意を見せているわけですし、裁判外の方法をとる余地はなかったのかなと思います。

率直に言って、この遺族の対応は今後に禍根を残したと思わざるを得ませんね。

 今回の場合は事故後に希望により母親の付き添いを認めることになったようですから、事件前は完全看護だったのでしょうか。

 ただ事故後に夜間看護師2人→3人にしたとありますが、根本的な解決にはなっていないような気がします。

 この病院の小児科は何床なのでしょうか。

 呼吸停止から低酸素脳症を防ぐためには少なくとも数分以内の対処が必要で、これでは対応できないと思います。(まあ家族が見ていても見逃すかもしれませんが。責任の所在は明確です)
 やはり1:1で目が行き届くよう家族の付き添いを義務化し、それが困難なら医学的アドバイスに逆らったという同意をとる必要があるかもしれません。


 しかし刑事事件化ばやりですね。よくいわれるようにリピーター医師を排除しているのではなく、救急や病棟を担う医師を狙い撃ちしているとしか思えません。

>No.10 yamaさま
警察が司法解剖を行うのは、犯罪捜査上必要だからです。この場合、病院に死因が不明な死体があるのですから、検視を実施し、その結果犯罪に基因する疑い(この場合は業過致死の疑い)があると判断されれば、捜査の端緒を得たとして死因の鑑定に必要な処分として司法解剖を行うのは現在の制度上では当然のことです。
解剖の結果については、証拠となるものですから、捜査機関ではない事故調査委員会に「報告」する義務はありません。
しかし、「発表」することはありますし、この件では新聞社が死因を知っているということは、死因については問い合わせれば分かるのではないでしょうか。
過失があったか無かったかを判断するには、調べてみなければ分かりません。
現時点、犯罪捜査に関しては警察が行うことになっているのですから、我々も何もしないというわけにはいかないのです。
捜査の結果、「過失は認められない」となったからこそ、事故調査委員会は堂々と「過失はない」と言っているのではないでしょうか。
知ろうと思えば知り得る事(死因)を警察のせいにしてうやむやにする事故調査委員会の姿勢に問題があるとおもうのですが…

>感熱紙さん
司法解剖の件に関しては、調査委員会は特に警察に不満を持った発言はしておりませんので「警察のせいにしてうやむやにする」と言う事はないと思います。少なくとも、調査委員会がそのように思っているという報道はありません。

以後、No.17 血液内科 さんが提示してくださった事故調査委員会報告書に基づいての議論が望ましいかと。

>No.22 しまさま、No.23 元田舎医さま
よく読んでみましたが、確かにおっしゃるとおりのようです。
報道の「原因究明は司法に委ねる」としていながら「過失は認められない」としている部分に引っ掛かりを感じてしまい、報告書をよく精査せずについ感情的な発言をしてしまいました。
申し訳ありません。

>>感熱紙 さん
誠実な警察官さんなんでしょうね。
で、おそらく普通の警察官がたは普通に誠実なんだと思います。
もともとそういう人たちが採用試験を受けたのでしょうから。

で、せっかくいらしたのでお聞きしたいのは以下の点です。
No.21で司法解剖の結果について発表しなくはない、とのことですが、実際に当事者へはどの程度の情報まで教えてくださるのでしょうか。
病理解剖を行ったら、通常、詳細な「病理レポート」が帰ってきます。
言ってしまえばそのレポートを得るためにご遺族に無理をお願いして解剖をしたのですし、それがなければ教訓を今後に生かすことができません。
司法解剖では「当事者にとって」真相が結局闇に葬られてしまう、とよく言われるところですが、実際は違うのでしょうか。

またお暇が出来ましたら、お教えください。

No.17 血液内科さま
事故調査委員会の報告書をざっと拝見しました。
患者をとりまく状況をさまざまな角度から丁寧に分析しており、誠実な報告という印象です。
(福島事件の何を言いたいかワケワカメな短い報告書とは全然違います。)

それだけに、死因について、考えられる原因を推測して列記しているに過ぎない点が、物足りない。
一応、病院・医師・看護師の対応に過失はなかったことを示唆していると読めますが、
はっきり死因はこうと解明し切れていないために、遺族に対して説得力に欠けたのかもしれません。

司法解剖結果の扱いが気になります。
報告書が作成された6月の時点では、調査委員会は司法解剖結果はもらえなかったのでしょうか。
新聞社はいつ情報を得たのでしょうか。

死因の解明を調査委員会が行うのではなく、司法解剖結果に委ねるというのも一つのやり方で、それはそれでもよいと思いますが、
司法解剖の結果を調査報告書に反映するしくみを確立しなければ、せっかくの調査委員会の趣旨が生かされません。
政治的に、厚生労働省と警察庁との間で、司法解剖結果を通知するという取り決めをすべきではないでしょうか。

http://www.kango-net.jp/mame/hospital/story_01.html

医者でも知らない人が少なからず居る様ですが
1950年に導入された完全看護制度は
誤解を招きやすいためわずか8年後の1958年に
基準看護制度へ名称変更されています
半世紀前にわずか8年間存在しただけの制度が
今も業界関係者の認識から離れないという事実が
アホな名称の罪深さを改めて認識させられます
「完全看護」は徴兵制や参勤交代と同様で
かつては存在したことは有るが現在は存在しない制度です

 「完全看護」について不適切な使用をして申し訳ありません。

 改めて。
 事故調査委員会の報告書をさっと読んでみました。非常に誠実に対応されていると感じましたし、今回のことは明らかな落ち度はないのではないかと感じました。

 そこでやはりこのような事件が刑事事件化するならやはり、病院としては「管理の責任は第一義的に病院にある」というのはすばらしい考えですが、現実的に親の付き添いを義務化する必要があるのではないかと感じました。

 現実的に病院として、退院間近のノーリスクの患児にどれだけの人手を割けるのでしょうか。24時間ずっと付き添うのは(特に夜間は)病院スタッフでは困難だと思います。モニターも全員装着するわけではありませんし。(全員装着したらまたその管理が大変ですよね)。いくら看護師を2人→3人にしても防止できるとは思えません。

 どうなんでしょうか。

私も、報告書からは、「医療側の過失」を読み取るのは困難と思います。
確かに、「児の呼吸が止まる直前までに、状態を細かく観察できていれば・・・」とは思いますが、それを実現するためには24時間1秒たりとも目を離さない「完璧な医療体制」が必要です。
もし、今の人員で患者側の求める「完璧な医療体制」を行うとすれば、予知能力を持った人間か、1人で5人分くらいの働くようなスーパーマンを雇うしかありません(冗談ではなく)。
原告側が、どの程度の医療水準を期待していて、「病院が注意義務を怠った」と訴えるに至ったのかを知りたいところです。

ところで、原告側弁護士としては、このように自分たちにとって不利な報告書が出ている場合に、どのような戦略を採るものでしょうか?
もし、「私ならばこうやって攻める」という意見があれば、お教え頂ければ幸いです。

ちなみに、

両親側は「看護師はミルクの嘔吐(おうと)を見逃しただけでなく、泣きやんだのを眠ったと判断。朝食配膳(はいぜん)を優先させ、心肺停止状態の発見が遅れた」と指摘し、看護ミスが死亡の原因と主張している。

(10月31日 共同通信)

私も事故調査委員会の報告書から医療側の過失を認識することが出来ませんでした。

結果としては、「民事で原告の患者側が敗訴。刑事でも起訴されず。」となるのではと思いました。もし、これと反対のことが起こったら、マスコミの影響があるのではと思うぐらいです。

何故司法解剖が行われたのだろうと思ったら、そのいきさつは報告書の4(2)(13ページ)に書いてありました。患者が望んだからですが、その理由は、報告書26ページの「御家族から「事故後の説明の際に、安全帯使用についての説明がなかった。事故後の幹部職員の対応が満足できるものではなかった」との指摘があった。」に尽きるのではと私は思ったのです。

司法解剖の報告書の扱いについて、ご存じの方、以下を教えていただけませんか?
(1) 検察の証拠であり、刑事裁判になれば、証拠として裁判所に提出する。裁判とならなければ、外部には出ないのでしょうか?
(2) 民事裁判を起こすとの報道ですが、民事の場で司法解剖の報告書は証拠として強制的に提出を受けることは出来るか?
(3) 司法解剖は、犯罪捜査のための解剖であり、死因解明の見地での解剖・検討はあるが、再発防止の観点には立っていない。この了解でよいか?
(4) 再発防止および小児医療の発展には、事故調査委員会が踏み入れることが出来なかった解剖の所見・報告の分析と、その医療関係者への情報提供・有効活用が計られなくてはいけないと思う。司法解剖の報告書は、公表されず役に立たないと考えられるか?

今回の事故について遺族は再発防止を望むとしている。でも、司法解剖を選んだ。(不信から?)事故調査委員会を立ち上げたのだから、小田原市立病院が解剖すれば、再発防止に一番役に立ったはずと思ったのです。このあたりを考える上で、上記質問に何かコメントを頂ければ幸いです。

報告書で私が感動したのは以下の部分です。

第二には、事故の当事者となった医療者へのサポートである。誠意をもってケアをしていた職員が瞬時にして事故の当事者となった場合、過失の有無に関わらず強い有責感をもち精神的に不安定な状態に陥ることが指摘されている。再び自信をもち患者のために力を尽くせる医療者に立ち戻れるように、このようなことを想定してサポートのあり方を組織として配慮する必要がある。組織全体の活性のためにも必要である。

すばらしいですね。
概して当事者はトラウマになるものです。何度も言っておりますが,貴重な失敗の経験をした看護師、医師が刑事や場合によっては民事によって社会から抹殺されることが合っては社会の大きな損失になるでしょう。彼らのケアは遺族のケアと同じくらい行うべきです。そして社会に早期に復帰できるように取り計らうべきです。そこのところ、社会的なコンセンサスを得にくいと思いますが,論理的には必要なことなのです。

> No.21 感熱紙さん
司法解剖の意義は当然ですが,よく知っておりますし、報告の義務もないことも知っています。しかし、確か以前の福島事件において警察に問い合わせたが少なくとも初期に結果は教えてもらえなかったとあります。その結果、想像ですが、結果を教えてもらいたい家族がしびれをきたし、医療機関との間に感情面での軋轢を生じてしまった可能性は考えられます。報道関係の情報はかなり専門科が記載するわけではないので情報にかなりのbiasがかかっているし,所詮素人のものなほとんど役に立たないでしょう。少なくとも大野病院の件に関しては事故調査委員会の司法解剖結果に関する部分に問題があるとはいえないと思います(他の面では大いに不満ですけどね)。
ただし,今回の事件が司法解剖結果を聞けたのかどうかは知りません。

> No.12 オダ様

気管支拡張剤に消化抑制機能があるとは知りませんでした。ネットでは「子どもの場合には興奮することがあります」っていう記載はありましたが。勉強になりました。ありがとうございました。

>売れない経営コンサルタント様

>(不信から?)事故調査委員会を立ち上げたのだから、小田原市立病院が解剖すれば、再発防止に一番役に立ったはずと思ったのです。

 質問の内容については私は詳しいわけではありませんし、答える立場にもありませんが、小田原市立病院で解剖が行われたとしても、相互不信のある状態ではその解剖結果が遺族に受け入れられる可能性は低いと思います。

ごめんなさい、大野事件については事故調査委員会ではなく、病院の話でした。訂正します。

No.33 kobitoさま

>気管支拡張剤に消化抑制機能

というか、ネオフィリンの血中濃度があがりすぎたときの副作用として、嘔吐の可能性を考えました。
ネオフィリンは乳幼児では血中濃度があがりやすく、その投与と治療中の経過には注意が必要です。
ネオフィリン血中濃度が上がってきたときの副作用の症状として、最初に吐き気・嘔吐で気がつくことが多いです。
吐き気がある時は胃内の内容物がなかなか腸管へ移動しませんから、ミルクの嘔吐の原因としての可能性があるのかなと考えたのです。しかし、事故調査委員会の報告書をみるとこの症例ではネオフィリン血中濃度の管理はしっかり出来ていますね。
それに、窒息時の血中濃度もきちんと測定していて、ミルクの嘔吐の原因としてネオフィリン中毒の可能性を検討したことが伺えます。
このようなところからも、ここの小児科医、並びに血中濃度測定の意味を理解して報告書にきちんと載せた事故調査委員会も、事故の原因究明に真摯に対応していたのではないかと考えました。

>No.34 僻地外科医 さん

私の文章が悪かったですね。「遺族は、(不信から?)司法解剖を選んだ。」です。()の位置がまずかった。誤解を与え申し訳ございません。

信頼があれば、小田原市立病院による解剖で合意したのではないかと思ったのです。報告書の1ページ目に「事故再発防止を願う御家族の意思」という言葉が出てくることから、遺族は事故調査委員にたいして、そのように述べられたと思うのです。

事故調査委員会の設置決定が2月20日で警察への届け出が2月10日であるので、遺族の意志に拘わらず司法解剖となった可能性はあるのですが、報告書の13ページに「家族は、司法解剖の実施を望んだ。」との記載があることから、ここで家族が小田原市立病院による解剖を望んだならば、解剖結果は事故再発防止に最も役立つ結果となったのではと思うからです。

それと、司法解剖について知っておく必要があると思ったからです。

>売れない経営コンサルタントさま
司法解剖を実施した際、鑑定人(医師)は解剖の結果について「鑑定書」を作成します。
鑑定書は警察署長宛で作成されますが、その後、事件性の有無に関わらず、検察庁へ送付されます。
鑑定書が警察の手にあるということは、死亡原因が犯罪に起因する疑いがあり、捜査継続中ということになるので、その詳細な内容について、警察が当事者に伝達する事はありません(死因くらいについては公表する事はあります)。
また、司法解剖の目的は、刑訴法225条に基づき、犯罪に起因すると認められる死体の死因、凶器等を明確にするものですから、再発防止の観点については重視されにくいと言えます。
ちなみに、司法解剖の実施を判断するのは遺族ではなく、捜査機関が行うものです。
捜査機関が必要と認めれば、遺族が反対しても、解剖は実施されます。
ただ、遺族の心情に配慮し、解剖前に承諾を得る努力は行います。
遺族の希望により実施されるのは、行政解剖と呼ばれるもので、これは行政上の目的から死体解剖保存法に基づき行われる解剖です。
>yamaさま
医療者側と遺族の間に軋轢を生じさせるのは警察の意図するところではありませんが、現行法に基づく警察の行動から結果的にそうなってしまうことがあることは否定できません。
これは、医療の現場における死亡事故を通常の業務上過失致死事件として扱わざるを得ない捜査機関の問題と思われます。
私個人は医療事故については、悪質なものを除き、捜査機関の介入を最低限に抑え、責任追及、処罰よりも、原因究明、再発防止に力を注ぐべきだと感じています。

>No.19 しまさま
ご両親の悲しみを思うと胸が痛くなる思いですが、報告書を読む限り、誰が悪いとも言えない不幸な出来事ですよね。

>裁判外の方法をとる余地はなかったのかなと思います。
逆に考えると、このような場合に裁判外の方法で落とすには、病院としてはどのような対応を提示すれば納得が得られたのでしょうね・・。
お金(今回のケースの場合では税金になるのでしょうか)で解決すべき問題であるのか、和解金(見舞金?)の金額はどの程度が適切であるのか・・悩むところです。

>No.26 YUNYUN さま
これだけの報告書を作成しているのですから、冒頭の報道記事中にある小田原市のコメントも「訴状が届いていないので・・」ではなく、「非常に不幸な出来事で残念極まりないが、経過の詳細を検討したところ・・」とかなんとか言ってほしかったなー なんて無理でしょうかねぇ。

血液内科様

>小田原市のコメントも「訴状が届いていないので・・」ではなく、「非常に不幸な出来事で残念極まりないが、経過の詳細を検討したところ・・」とかなんとか言ってほしかったなー なんて無理でしょうかねぇ。

それは無理でしょう。
本当に訴状を見ていないので、原告がどういった構成で訴訟を起こしているのかわからず、反対に記者側は原告とコンタクトを取っているので、かなり正確な内容をつかんでいる可能性があり、うかつなことをいうと記者の格好の餌食になります。

また、そこで発言した内容と実際の答弁内容が食い違った場合、これまたマスコミにとってはおいしいネタになるし、そこで必要以上にしゃべることは、早い段階で手の内を晒してしまうことにもなり、原告にとっては反論の準備がやり易くなります。

いずれにしても、被告側にとって不利になるので、「訴状を見ていないので・・・」というのが最も無難なコメントだといえます。

>No.36 オダ@昼食中 さま

ははぁ。消化不良が副作用なのではなく、吐き気が消化不良の原因になるのですか。勉強になりました。

>No.28 元研修医様

 地方病院の小児科医です。

 正直,看護師を数名増やしたとしても,この手の事故防止にどの程度役立つかは疑問を感じます。どうしても重症患者に注意は集中しますから,軽症患者を(例えば)10分毎に見回ることは難しいのではないでしょうか? この事件でも,心肺停止で見つかる10分前は泣いていた(つまり,生きていた)わけですし。

 東京の病院で小児科勤務医をしている知人に実情を聞きましたが,親の付き添いなしで入院できる病院はとても人気が高いのですが,どのくらいの親がその実態(危険性)を知っているのかは疑問,との回答でした。実際,細かい観察は不可能なわけで,例えば,毎日てんかん発作がある子どもが入院していても,観察が十分できていないので,毎日発作の回数がゼロになっていたりだとかは,わりとあるそうです。

 再発防止をどうするか。今回の嘔吐の原因の分析もありますが,嘔吐などの異常事態を早期発見するためには,医療スタッフを大増員するか付き添い義務化くらいしか思いつきません。

 私の勤める病院では,入院患者さんの御両親ほぼみんなに「付き添い願い」を書いていただいています(本当は,お願いしているのは私たちなので心苦しいのですが)。こちらは田舎なので,御家族・親戚が交代で付き添ってくださることができることが多いのですが,都市部で核家族化が進んでいると,なかなか難しいのでしょうね。また,親から引き離される子どもも不幸です。子どもの病気は,親と一緒にいるだけでも治癒が早くなるものだと感じております。

>No.40 じじいさま
なるほど、あぁいうコメントをするのにも理由があるわけですね・・やっぱ裁判って怖いなぁ。
>No.42 あきさま
特に、この件に関しては看護師を増やしても防ぎきれないでしょうね。
でも、>観察が十分できていないので,毎日発作の回数がゼロになっていたりだとか
ってのは、さすがにまずいのでは?

 やはり「できること」「できないこと」を医療機関が最初から明示し、同意を取る必要があるように感じます。

 親の付き添いなしの病院は人気があるのは当然だと思います。共働き家庭も多いですから。
 しかしこの手の事故を防止するためには誰かが24時間張り付いてないとできません。病院のスタッフの増員と言っても、患児の数だけ看護師をそろえることなど到底できません。私が以前見た病院では20症を夜間2人の看護師がみていました。(親の付き添いはほぼ義務とされていました)。これがたとえ3人になっても焼け石に水だったと思います。
 その病院でも夜間(基礎疾患のある患児でしたが、心肺停止の起きるような状態ではなく、退院間近だった)心肺停止がおき、家族が気づいてスタッフを集めて蘇生したけど亡くなったことがありました。特に訴訟にはなりませんでしたが、もし付き添いなしであれば確実に訴訟になったでしょうね。

 てんかん発作0の記載も当然あると思います。発作の瞬間を定時見回りの看護師が見つけるのは困難なのではないでしょうか。それともなにか有効なモニターとかありますか?小児は動いたり外したりするのでモニター管理も大変ですよね。ビデオで監視するとかかな?

 現時点としては「付き添いの義務化」以外に方法はないと思うのですが、そういう議論にならないところに、まだ病院のやせ我慢があるのでしょうね。

親の付き添いなしだと,患者さんのバイタルチェックや点滴の管理などに加え,当然ながら身の回りのお世話もしなければなりません。乳児なら,哺乳(とその後のゲップ出し)やおむつ交換など非常に手間がかかります。長時間おむつ交換ができず,入院後におむつかぶれができる乳児も少なくないそうです。こんな状態で緊急入院が入ったり,入院患者で急変があったりすれば,病院スタッフの忙しさは更に倍増です。

スタッフが病室回りにかかりっきりになって詰所が空っぽになってしまえば,他の部屋の患者さんに異変があってもアラームに気付かないかも知れません。てんかん発作は心電図モニターなどで気付くかも知れませんが,モニターが外れないように気をつけないといけません。ビデオで監視できたとしても,画面を眺めている余裕がなければ見つけようがありません。

残念ながら,今の診療報酬では,今回のような異変を早期発見するだけのマンパワーを確保することは不可能です。おそらく,ニアミスなどは今までにたくさんあったのだろうと想像されます。

親が病気の子どもになかなか付き添えないような職場の体制なども問題だとは思いますが,今回のような不幸な事故を防止するには,「付き添い義務化」という議論がそろそろ出てきても良い頃だと思います。今回の一件が刑事事件にでもなれば,そういう動きが本格的に出てくるのかも知れませんが。

私も再発防止のためには付き添いの義務化以外にはありえないと思います。そして家族の都合で付き添いが不可能な場合には、本事件のような事象が生じた場合には病院側は免責となることを契約書に明記すべきです。

しかしどうして付き添い看護が1997年で完全に廃止されたのでしょうか。「看護は看護師の手で」というスローガンで看護職側が要求したものだとの記述がネット上でみられますが、実際どのような経緯だったのでしょうか。恥ずかしながらこれまでほとんど考えたことがなかったもので、私も「完全看護」というのが歴史的用語だということを知りませんでした。

もし看護協会などが主張してきたことだったとしたら、まさに自分の首を自分でしめてきたことになるように思います。そして医療者側が患者に「付き添い願い」を書いてもらうなんてことは笑止千万ということになります。基準看護が想定している理想と実際の姿に乖離があることが今回の悲劇の原因にも思えます。

どなたか歴史的経緯に詳しい方のご意見をぜひ伺いたいと思います。

>私も再発防止のためには付き添いの義務化以外にはありえないと思います。
>そして家族の都合で付き添いが不可能な場合には、本事件のような事象が生
>じた場合には病院側は免責となることを契約書に明記すべきです。

私もそのように思います.いずれにしても免責されるべき事項を契約として明記することは大切かと思います.
もっと言えば,すべての医療行為において免責範囲が示されるべきでしょうね.

乳児ではなく、老人の例ですが、やはり私の大学病院でも家族の付き添いをしてもらっていました。でないと、抑制もやむ終えないし、夜間転倒などの責任も持てないと説明しました。
実際に老人病棟では大学病院でさえ転倒が日常茶飯事でした。現在の診療報酬体系で夜間の手が薄いときにどうやって完璧な看護ができるのでしょうか?逆にこちらから伺いたいくらいですね。

血液内科様

>なるほど、あぁいうコメントをするのにも理由があるわけですね・・やっぱ裁判って怖いなぁ。

そうなんです。ある意味キツネとタヌキの化かし合いです。

>もし看護協会などが主張してきたことだったとしたら、まさに自分の首を自分でしめてきたことになるように思います。そして医療者側が患者に「付き添い願い」を書いてもらうなんてことは笑止千万ということになります。基準看護が想定している理想と実際の姿に乖離があることが今回の悲劇の原因にも思えます。

十年程前、私の親が入院したときには、付き添い看護を希望したのですが、病院側に「付いててもらっても仕方がないので、帰ってください!」と怒られました。隔世の感ですね(^^)

>病院側に「付いててもらっても仕方がないので、帰ってください!」と怒られました。
ご家族の負担とか病室のスペースの問題とか色々ありますが、家族の目があると仕事がやりにくい ってのもあるんですよ(^^;
何も悪いことはしていないんですがプレッシャーというか・・(笑)

血液内科様

>何も悪いことはしていないんですがプレッシャーというか・・(笑)

いや、その気持ちは分かります。仕事中でも、書類作成中に後ろでじっと見られると妙にプレッシャー感じますし、パトカーが横を通るだけで緊張して目が泳ぐし(^^)

>No.36 オダ、No.33 kobitoさま

一応呼吸器内科をしているもので、わずかばかりの追加です。
「喘息児の嘔吐」との一報を見た時の最初の印象では、テオフィリンによる中枢神経系刺激や消化管運動抑制による嘔吐、気管支拡張薬(テオフィリン、ベータ刺激薬)によるLES圧(胃食道接合部圧)の低下による嘔吐が浮かびました。後者はGERD(逆流性食道炎)の一因となっていますが、意外と知られていません。報告書に目を通しましたが、どの機序であるかは鑑別できないと思います。
また、本件は医療者側に落ち度を求めるのは酷としか言いようのない事例で、No.19 でしまさんが「率直に言って、この遺族の対応は今後に禍根を残したと思わざるを得ませんね。」と述べられたことに同意せざるを得ません。可愛い盛りの1歳のお子さんを突然失った悲しみは十分わかるのですが・・・。私の周囲で既におこっている、内科医の小児科診察拒否の流れが一層進みそうな感じです。
救急に呼ばれたので、失礼します。変なことを書いていたら、また教えて下さい。

No.50 血液内科さん

>ご家族の負担とか病室のスペースの問題とか色々ありますが、家族の目があると仕事がやりにくい ってのもあるんですよ(^^;
>何も悪いことはしていないんですがプレッシャーというか・・(笑)

そういう気持ちは私としてもわかりますが、その気持ちってセカンドオピニオンを嫌がりがちな、日本の医師の気持ちと同じではないのでしょうか?
米国の医師だと自分の診断や治療方針の正しさをさらに患者に確認させるためにもセカンドオピニオンに賛成するそうですが。

良い点を褒めて育てる米国と悪い点を指摘して育てる日本の文化的な違いもあると思いますが、今後は積極的に医師、病院のありのままを見せて、良さ、悪さ(限界)も見せることが長期的な信頼に繫がるのではと思います。

> No.53 クルンテープ さん
日本の医師がセカンドオピニオンを嫌う(と噂される)理由は決して他の医者に意見を聞くと言うこと自体がイヤなのではなく、その煩雑な事務処理と果てしなく続く外来時間にあると思います。「他にやらなければいけないことがあるのに、こんなに時間がかかるのにやってられないよ!」というのが大きな理由かもしれません(少なくとも私の周りではそうですし、私自身もそうです)。もう一つは、セカンドオピニオンは紹介状が必須ですが、日本の患者はセカンドオピニオン気取りで外来に来て紹介状を要求されて気分を害すると言うことが少なくありません。こうしたセカンドオピニオンに必要な手続きに対する十分な知識が無く、ただ、話を聞く限りではマスコミが間違った情報(セカンドオピニオンに行こう!みたいな感じの)に毒されていることが多いようです。つまり、日本の場合医師だけではなく、社会や患者にも責任がありそうですね。
ちなみに実際に日本の医師が総じてセカンドオピニオンを嫌っているかどうかは定かではありませんが、ちゃんと整備した上で行うなら私も含めて、少なくとも私の周りではセカンドオピニオン賛成の人が多いです。
いずれにしてもマスコミが日本の医者=セカンドオピニオン嫌いということを広めてしまい、ある意味誤解を生んだとしたらマスコミの責任は大きいものがあると思います。

痛ましい不幸な出来事ですね。

>No.52 岡山の内科医様
小児科の方からあまり追加がないようなので・・・
テオフィリンの副作用、特に嘔吐は血中濃度に依存するため、今ケースによる嘔吐の原因としてのテオフィリンはどちらかというと否定的な印象を受けます。中枢神経系の刺激に関しては、原因としては、過量投与でない場合は、発熱(感染)、神経学的素因(熱誠痙攣やてんかんの既往)が原因としてあげられますが、感染に関しては軽快、神経学的素因に関しては不明(まだ1歳なので)となります。もともと1歳くらいではまだLES圧自体が低く、GERが続いている児もそこそこいます。特に大泣きして腹圧もつよく、嘔吐の原因になることが十分あるとは思います。いずれにしろ鑑別は無理だと思います。

付き添い義務化について
法律では決まっていませんが、多くの病院の小児科では「付き添いができなければ入院はできません」。入院の時点でそれは説明し、同意をしているのが現状です。もちろん、共働きの人、シングルの家庭の方はなかなかうまくいかない事もあります。その場合は、「付き添いがしなくてもいい病院をそこから探す」事になります。私の県ではだいたい、付き添いをしなくても大丈夫な病院は4,5病院くらいでしょうか。もちろん、「全員が付き添いをしなくても大丈夫」なわけでもなく、付き添わなくても大丈夫な病床数(Ns勤務室の目の前の部屋)となると、数が少なく、病床の都合で断られることもよくあります。
必要なのは「付き添いを義務化」することではなくて、「子供が入院した時に、付き添いのために親が休める社会」を作ることだと思います。裁判の前日、手術の前日、大事なの会議の前日、自分の子供が肺炎で入院した時に、皆さんは付き添いができますか?それを可能にしていく必要があるんだと思います。
(ヘルパーさんとかを雇うのはどうか?と思ったことはありますが、責任問題の関係で無理だろうと思っています。)
少子化対策で大切なのはコッチ方面だと思うんですけどね。

>No.53 クルンテープ さま
コメントありがとうございます。
>そういう気持ちは私としてもわかりますが、その気持ちってセカンドオピニオンを嫌がりがちな、日本の医師の気持ちと同じではないのでしょうか?

いえいえ、自分は単に「あがり症」なだけで・・簡単な採血なんかでも家族に見られていたりすると、やりにくいって話です。
患者さん本人に見られているのは、全然平気なんですけどね(笑)。

セカンド・オピニオンに関してはNo.54 yama さまのコメントの通りです。自分も日本の医者がセカンド・オピニオンを嫌いだとは思っていません。
むしろ適切で正確な情報さえあれば、診断や治療法に関してのディスカッションは大好きなのではないでしょうか。(例えば、本ブログ内の医療的なコメントなどもそうです)
どちらかというと患者さんのほうが、医者に気を悪くされるのではないか?と、いらぬ心配をされているケースが多いように感じています。

ただし日本の場合には、医者に秘書などついていませんので、正確な情報・紹介状、場合によってはCTなどの画像や病理標本など必要なもの全てを、紹介する医者がひとりで用意しなくてはなりません。
これが、結構メンドクサイことであることは認めます(笑)。

Yosyanさんの「新小児科医のつぶやき」の11/2のエントリ
・綱渡り
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061102
で、「実はかなりお寒い東京都の小児救急事情」が次々と明らかにされてきています。
とくに、そこで紹介されている↓は必見です。
・小児科対応可能な休日・全夜間診療事業実施医療機関一覧
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kyukyu/sub2/qq/syouniichiran.htm

厚生労働省が勧める「集約化」が着実に進んで行った結果とさらにその先が、まさに凝結して現れています。

♯毎晩、阿鼻叫喚の地獄絵巻(←医療従事者にとっての)が、上のリストにある病院の救急外来で繰り広げられているんでしょうね。考えるのも恐ろしいです。

No.54 yama さん、No.56 血液内科さん

コメントありがとうございます。
有益であったとしても必ずしも歓迎できない事情があるということですね。

ついでに言うと、保険でセカンドオピニオン外来を公式にやっている病院は一つもありません。ほぼ全て自費です。それだけ面倒なことなのです。しかも、患者側の負担も大きい。紹介状は必須だからです。個人的にはそこで紹介状を書いてあげられないような医師は排除すべきだと思います。もっとも、膨大な紹介状を作成するのはすぐには出来ませんから2−3日は待つという根気良さが患者側にも必須です。
やはり、セカンドオピニオンというのは、値段は高くなる、けどちゃんととことんまで医学的に判断すべし、というところから来るのだと思います。患者の一生を左右するわけですから私はセカンドどころか、サードオピニオンも必要になる可能性があると思っています。

ここで、なぜセカンドオピニオンが必要かというと理由は二つあると思います。

一つは医学の不確定性のためです。言うまでもなく完璧な医学はありません。治療方針というのは医師の知識(毎日アップデートされているわけですから医師が全ての情報を網羅できることはありません)の問題、及びオプションが複数考えられることです。ベストな洗濯があれば言うまでもありませんが、実際はベターなオプションがいくつか存在するだけです。最新の情報に関しては論文を調べなくてはなりませんから当然時間もかかります。

二つ目はインフォームドコンセントの観点からの問題です。自分の人生は自分で決めてもらうようにする、いわば人間としての尊厳性を患者に持たすためです。言葉を換えると自己責任とでも言うべきでしょうか。あまり良い言葉ではありませんが。
勿論、患者に選択させる訳ですから可能な限りの情報を(完璧な情報を網羅するのは医師でも無理だし、患者に伝える情報その6割あれば良い方ではないでしょうか)伝えなければなりません。さらに大事なことは理解して頂くことです。しかし、実際にはこれがなかなか難しい。医師は心理学者ではありませんし、デパートのように「お客様の対応」なんて勉強しません。インテリジェンスの高い患者さんは問題が起こることは少ないですが、人格障害やインテリジェンスの低い患者は苦労します。お互いの理解不足が訴訟に結びつくこともありますから極めてシビアな問題です。こうした意味でも患者に責任を持たせると言うことは医師があおりを食わないようにするためにもとても大事なことなのです。だから、最近は理解してくれなくても紙情報でくまなく情報を提供して終わり、という考え方もあります。

>僻地の小児科医さん
解説有難うございます。
>必要なのは「付き添いを義務化」することではなくて、「子供が入院した時に、付き添いのために親が休める社会」を作ることだと思います。
確かに日本人は働きすぎだと思います。カゼで38度も熱があるのに、「仕事をやすめないから、今日中に治してくれ」などという患者さんもよくみかけます。まじめで勤勉な国民性は賞賛すべきだとは思いますが、医療の分野では困ったことだと思います。この国民性が労働のシステムの前提になり、みんなが休みを取りにくい社会になっているように思えます。医師の過労の問題にしても、同じ構造がみてとれます。

というか、即日風邪の診断をするのだって神様か、エセ医者じゃないと無理だし(私は普通なので風邪の診断は出来ません)、風邪を即日治すのは神様のみしか出来ないわな。
国民レベルで病気の理解が出来て居らず、医師を神様か何かと勘違いしている一が多いと思います。救急外来で時間外に来る人にそう言う傾向が強いように感じます。
でも、私の患者さんたちは風邪を治すことが不可能であること、診断は困難であることを理解してくれているので非常に助かっています。

病院付添婦というのは,10年以上前までに無くなったのではなかったでしょうか?
そして,そのころの医療側の説明が「うちは完全看護ですから…」であったような。

その割には,実質的に家族が付き添いとして「付かねばならない」状況で,矛盾を感じたような記憶があります。「完全看護って何?」と。

>でも、私の患者さんたちは風邪を治すことが不可能であること、診断は困難であることを理解してくれているので非常に助かっています。


漢方薬ですと、「治った!」と実感できることもありますよ。

 付き添いの義務化より、子供の付き添いのために親が会社を休める社会というのは正論だと思います。

 ただ、即効性がないと思います。このような痛ましい事件の再発を防止し、また関わった医療従事者が刑事事件に巻き込まれるような事態を避ける即効性のある手段としては、やはり「付き添いの義務化」を前面に打ち出すべきだと思います。

 病院が「できること」「できないこと」を明示し、不可能な期待をもっていただかないようにする必要があると思います。


 最近こういう話を聞きました。
 アメリカではワシントンマニュアル(研修医のバイブル)の病院でさえ、救急からICUに上がるのに平均3時間待ちだそうです。病院によっては非常に不安定な患者さんでも救急外来で半日以上待たされることがあるそうです。本当はすぐICUでAラインなどをいれて集中管理しないといけないのに、そのようなモニターをまったくできない外来に置いておかれるのです。
 どうしてそのようなことがおこるかというと、看護師や研修医の持てる患者さんの人数が明確に決められていてそれを超える患者さんは絶対に受け取ってくれないからだそうです。
 訴訟社会→危機管理からくることなのでしょうが、結局患者さんには多大な不利益が及んでいます。

 今まで日本では多少無理でも患者さんの利益を考え、柔軟に対応してきました。しかし昨今のように受けても受けなくても警察がすぐからんで、刑事立件されるような状態ではそのような思想は非常に危険だと思います。

 ここはやはりできないことはできないと明言することで、マスコミが偏向報道し、JBMによる医療が、いかに本質からかけ離れたものかということを伝えないといけないと思います。

>TuH様

 病院付添婦は病院が雇うものではなく、患者さん又はご家族が雇うものです。当然無資格者ですから、責任問題などの関係で廃止しようということになったのが、いわゆる「完全看護」と呼ばれるものが生まれたきっかけだったと思います。
 しかし、現実問題として、看護師(有資格者)や看護助手(病院に雇われた無資格者)が四六時中患者さんに付き添っていることは不可能です。しかし、目が離れると特に認知症の高齢者や小児で問題があります。そのためご家族の責任の下に管理していただくのが家族による付き添いということになります。

 真の意味の完全看護とは夜間だろうが日中だろうが、患者さんから片時も目を離さずにいられる状態を指しますが、このために必要な人員は今の10倍です。例えば当院の場合、一般病床看護師は40床で17名ですが、40床すべてに365日24時間看護師を貼り付けにするためには最低160人の看護師が必要になります。

 はっきり言って完全看護なんて今の日本の医療費ではあり得ません。今の5倍ぐらいの医療費なら病院財政的に可能かも知れませんが、人的資源の問題でそれも不可能でしょう。完全看護という名称そのものに誤解を生じやすかったため、基準看護という名称に変わったのはNo.27のいのげ先生のコメントの通りです。

しつこいようですが「完全看護」という制度は
1958年に名称変更されていて以後存在してないわけです
21世紀の日本における「完全看護」とは
単なる幻想です

> No. 66 いのげ様

名前が「完全看護」であれ「基準看護」であれ,「付き添いなし看護」は,今の日本では幻想だと思います。建前と本音のギャップが大き過ぎます。

まったくその通りで重症小児で付き添い無しは
無理ですね だれじゃそんなこと言い出したのは
とにかく「完全」は根拠なしであることは
周知いただきたい事実です

付き添い義務化 又は看護師大幅増加
どっちもだめなら小児科閉鎖しかない
現実は第三の選択肢を驀進してるわけです
小児科病棟が無ければ病院が親に訴えられることは
ないわけで

>病院付添婦は病院が雇うものではなく、患者さん又はご家族が雇うものです。(No.65 僻地外科医 さん)

はい,ですから病院付添婦を雇おうとしたら,医療側(小児科ではありません)から「うちは完全看護ですから,それは認められません」という意味のことを言われたということです。絶対確実とは言いませんが,「完全看護」だったと記憶します。それなのに,「あれはやらない,これはできない。それは家族が…」ということだったので,「何それ?」と思ったわけです。
ですから,私が「完全看護」があると主張してるわけではなく,そのような,もしくはそのように受け取れる発言が医療側からあった,しかもそれは1958年よりも後であったということです。

老人等の介護にしても,入院患者の付添いにしても,家族の義務にするのというのは無茶でしょう。介護休暇等の制度が,昔よりも充実してきてはいますが,「付添いの義務化」というときの「付添い」とは誰であるかも考慮すべきでしょう。家族が医療資格を持っているというケースはあまり無いでしょうしね。

「付き添い義務化」とは、要するに、
自力でナースコールを押せないような乳幼児や高齢者については、
家族(or家族が頼んだ人)が24時間張り付きで見張っておき、何かあったらナースコールしなさい。
「ウチは付けません」というなら、それはそれで結構だが、窒息・転倒・チューブはずれ等の事故が起きて、医療側がすぐに気づかず悪い結果が発生したとしても、医療側は責任を負いませんよ、という意味でしょう。

だが、家族に一札入れさしても、訴訟になれば毎度同じ、同意文書の効力が争われそうな気がする。

 そういうことだと思います。
 こういう事故はおうちでも起こります。病院だからと言って絶対防ぐ方法はありません。医療者は神様ではありませんから。

 他になにかいい方法がありますか?

 まあ同意書の文書の効力は?ですが、ないよりまし。少なくとも注意義務は果たしたと。それにしてもこれだけ医療側の責任を厳しく追及されるのに同意書が契約書として通じないのはいかがなものでしょうか。
 日本もはやくAMA(医療側のアドバイスに逆らったから責任は持てない)というのができればいいと思います。そうでないとどこまでいってもいったいわない、説明が足らないの繰り返しです。いくら懇切丁寧に説明してもだめなときはだめで、ここまで医療側が責任を問われるのは納得できません。

ネットでのこの手の議論に参加しようという気持ちが、最近、急速に萎えてきているのは私だけ?
もう少し頑張るつもりではいますが。

> No.72 元研修医さん
外来で他の患者さんに迷惑をかけながら1時間近く延々と説明しても理解をしてくれない患者さんは多数います。それでも2−3年前と比較して減ったような気がしますがそれは気のせいでしょうか?ともあれ、少なくともここ10年でそういう患者さんが急増したのは間違いないです。
このような患者さんに共通するのは、実際の私の印象として、外来に来る前に自分の脳内で結論が出てしまっている患者さんや、自分の思い通りに動いてくれないとクレームをつける患者さんが多いような気がしました。

> ネットでのこの手の議論に参加しようという気持ちが、最近、急速に萎えてきているのは私だけ?(No.73 元田舎医さま)

確かに、こういう作業に時間を費やしても私ら自身が一文も儲かるわけでなし、何も知らない人からはアホやってるとしか思われないでしょうな。
反対意見の人にアホと言われるのは、まあ仕方がないか。

それでも、こうして目に付くところで議論することで、確実に情報は広まっていますから、無意味ではありませんよ。今はとにかく、一般世間に理解を広めることが急務です。
議論の成果が消えてしまわずに残っていることが大きい。布教活動の際に、何度も同じ話を繰り返さなくても、「ここ読んで」と紹介することで労力を省けます。私はそうしています。

なので、もう少しお付き合いください。

>>No.75 YUNYUN さん
いやホントにここにおいでの法曹の皆様には感謝しきりです。
皆様が辛抱強く教え諭してくださったおかげで、私でさえ、小学生レベルの法律知識から中学生レベルへと長足の進歩を成し遂げましたし。
あと一年ぐらい皆様の議論に付いていければ、必ずや高校生レベルまで到達できるものと信じております。

ここは法律家と医療者とそれ以外の方々が(ほぼ)罵り蔑み合うことなく議論できる、奇跡と言ってもいいほど極めて貴重な「場」です。
ここを覗いたネラー医師がその「建設的」度にびっくり仰天するほどの。

ただ、法の運用者側と議論し、わかり合うだけでは医療を取り巻く状況を大きく変えることはできないのだな、というのがこの数ヶ月を通してみての感想です。
「元検弁護士のつぶやき」医療篇第2幕があるとすれば、法の制定者側を巻き込んだあと、でしょうね。

一つのキーワードは「2007年夏の参院選」です。
各政党とも選挙対策をするつもりなら、半年前の今からそれ相応の何かを打ち出していないと間に合いません。

おそらく来春の医療事情は「修羅場」です。
個人的にはもう少し早く年明けぐらいから手がつけられない状況になるのでは、と危惧していますが。
それを見て、感じた有権者がどう判断するか、とくに与党議員の皆様はそろそろお考えになった方がよい時期かと思われます。

>「元検弁護士のつぶやき」医療篇第2幕があるとすれば、法の制定者側を巻き込んだあと、でしょうね。

ついでに,勤務医の労働環境を改善するには医療機関の経営者の参加が必須でしょうし,医療機器に起因する(のに医者の過失にされていたりする)事故の削減には機械,電気,安全性関連の技術者の参加が,訴訟(が増加していること)関連では保険会社を引っ張り出さなければならないでしょう。

>>No.77 TuH さん
>ついでに,勤務医の労働環境を改善するには医療機関の経営者の参加が必須でしょうし,医療機器に起因する(のに医者の過失にされていたりする)事故の削減には機械,電気,安全性関連の技術者の参加が,訴訟(が増加していること)関連では保険会社を引っ張り出さなければならないでしょう。

制定者側が多数参加するなら、必須ではないと思いますね。
いらっしゃるのは大歓迎しますが。

>元田舎医さま

私は今年の冬から修羅場だと考えております。
私は内科医ですが、冬の入院患者様の激増な毎年どの医療者も経験済みだと思われます。肺炎をはじめとする感染症、心筋梗塞や脳梗塞など虚血性疾患が増えて入院を必要とする急性疾患の患者様が山とあふれるシーズンです。

長期療養病床から患者様が退院しなくなり、そのため急性期病院からの退院が滞り、実質受け入れるベッドの余裕が急性期病院に無くなってしまうでしょう。国策ですから仕方ないのですが、事故(のように見える医政失敗)が多発するでしょう。その時の医療者側のアピールの仕方が大切だと考えます。ネットでのコメントつけも草の根レベルでは重要かもしれません。今のところそれ以上の動きはちょっと予想が難しいですが。

>>No.79 元内科医 さん
おっしゃる通り、この冬は相当な混乱が予想されます。
雪国だと「越冬隊」もいらっしゃいますしね。

それでも、医療者の頑張りによってたぶんこの冬は乗り切るのではないかと。

怖いのはその後です。
「この冬はなんとか乗り切れそうだけど、こんなのが来年以降も続くとすれば、とてもやってられない」と身にしみた医師たちが春の人事を前にどう動くか。
誰しも自分だけはババを引きたくないものです。
医師に限らず看護師も状況は似ています。

反応はともかく、「ネットへのコメントつけ」も医師の行動としてそろそろ定着してきました。
次は、その主標的を政治家ブログへ変更する時期でしょう。
個人的には与党と民主党いずれかではなく、どちらにも働きかけるべきと考えます。

既にマスコミの論調は一部を除いて変わり始めました。
ヒステリックに崩壊状況を騒ぎ立て始めるのももうすぐです。
おそらく、私たちがさほど労せずとも、この春には日本医療の崩壊ぶりが一般国民にもあまねく知れ渡ります。

来夏の選挙では、医療の現場を取り巻く状況をより的確に把握し、より迅速に行動に移した政党が勝つのです。
政策として動き始めるまでを逆算すれば、遅くとも2006年中、つまりあと1ヶ月半で気付くことができなければ、その政党の未来はないでしょう。

P R

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