エントリ

「医療崩壊について考え、語るエントリ」のコメントの投稿ペースが最近また速くなったような気がしています。
 管理人としては喜ばしいことと思っています。

 (その6)がそろそろ重くなってきていると思いますので、例によって分割します。

 現在の(その6)の最終コメントはNo.241 an_accused さんのコメントです。

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コメント(244)

法曹の方の書き込みが増えると、途端にペースが速くなります。またNo.1ゲットか?

その6に、書き込んだのですが、油断していたら、その7が出来ていたのでコピペします。

>No.236 L.A.LAW さん

>第三者の審査機関を作るにしても、保険会社・地方自治体の議会の決議との関係ができていないと機能しなくなるのではないかと思います。

>No.239 元行政さん

>批判の対象でもありますが、第三者機関と保険は一つのものでなくてはいけないと思います。そうすれば議会の承認などは関係ないですよね。


第3者機関の裁定と、それに伴う金銭保障のシステムのイメージが、いまひとつつかめません。

第3者機関が、医療者の過失なしと認めた場合は、無過失保険(財源をどこから拠出するかはともかく)による、保障、または見舞金支払い、もしくは支払いなし。

第3者機関が、医療者の過失ありと認めた場合は、自治体病院なら税金または医賠責保険で、個人なら、医賠責保険から支払い。 

上記のように、単純に考えていたのですが、医療者側の支払いをスムーズに行うには、政府や自治体関係者、民間の損保会社の関係者も含めて、第3者機関に参加していただく必要があるということでしょうか。

もうひとつ、法曹の方々への質問ですが、原告が第3者機関の裁定を受け入れ、無過失保障を受けた場合、民事訴訟の放棄を担保する、または、民事訴訟に訴えた場合、無過失保障分の金銭を返還させることは、技術的に可能なことでしょうか?

No.2 田舎の消化器外科医さん

コメント分かりづらかったですかね。

まず前提として、医師会の医培責のシステムには、すでに第三者機関があるということです。この機関は当初、多くの参加者が考えていた裁判所に変わる第三者機関ではなく、裁判所で、判定される前(又は提訴される前)に、それなりに客観性、公平性がはかれるような組織で、勝手に判定してしまうことによって、医師会員と保険会社の利益を守ろうとするものだと思います。そして医師会では医培責と完全にセットになって運用されています。(詳細は前エントリの私やan_accused 先生の説明を参照してください)
原告が提訴して、第三者機関とは違った結論が出れば、医療機関が医師会の指示に従って行動してきた限りは、保険会社は賠償金を裁判所の判決通りに払うでしょう。

私の第三者機関の案は、医師会の賠償責任保険のシステムが勤務医のそれとは違うことを知ったことによる思い付きです。グレードアップした上で、勤務医の我々まで広げたらいいのではという話です。不完全ですが、たたき台くらいにはなると思って提案させてもらっています。

> No.2 田舎の消化器外科医さん
> 原告が第3者機関の裁定を受け入れ、無過失保障を受けた場合、民事訴訟の放棄を担保する。

 担保するの意味がよくわかりませんが、債権債務がそれしかないという合意をすれば、とりあえずは、それで終わりかと思います。むろん、その合意自体が、詐欺ないし錯誤(いわば、勘違い)等で取消ないし、無効として訴訟を提起することは考えられますが。

> 民事訴訟に訴えた場合、無過失保障分の金銭を返還させることは、技術的に可能なことでしょうか?

これは、無理だと思いますが。外の弁護士の方はどのようにお考えでしょうか。

◇ 下記の本、昔読んだのですが、日本とアメリカの医療を比べ、アメリカの医療の方がいいと言っているので記憶があったものです。

 著者は、1950年生まれの方で、アメリカで、臨床医を長くされてから、日米を往復されているようです。
 確か(昔読んだので、はっきり覚えていませんが)クリントン政権自体の皆保険制度を作ろうとする動き自体批判していたように思います。

 あまり、価値判断が一定になりすぎてもと思いますので、紹介します。

  アメリカ臨床医物語―ジャングル病院での18年 (単行本)
  中田 力      http://www.amazon.co.jp/gp/product/4314009462/sr=11-1/qid=1162718104/ref=sr_11_1/503-9139808-8786342

>前エントリNo.230 an_accused さん
 日医医賠責賠償責任審査会に関するご教示(No.241も含めて)有り難うございます。開業医の先生方にはこれだけ整備された対訴訟システムがあること初めて知った次第です。それに引き換え勤務医である我が身の心細さを実感しました。以前なら訴訟が起こった場合は病院がなんとかしてくれるだろう等と漠然と思っていたのは確かですが、最近は医師個人の責任に帰結させようという動きもあって安閑とはしていられません。ここへコメントされる他の勤務医の方も同じと思いますが、年に1回銀行に行って学会指定の団体保険料を納め、小さな紙切れを一枚貰うだけです。いざ訴訟だ示談だとなったとき、この保険をどう使うのか全く知識のない自分の迂闊さに呆れています。今回の件で多少勉強する気になりました。重ねてお礼申し上げます。

中田先生の本は読んでませんが中田先生の講演は一度きいたことがあります.
立花隆の「サイエンス・ナウ」にも出てましたが
神経画像診断の新規技術開発ではまちがいなく世界最先端
学者としては超一流の人です ハードウェアにも強い医師は珍しい

> じじいさん  (前エントリNo.222のコメントについて)

 損害の算定ですが、事故前の病状から推測が可能な分については、これを計算に組み入れる扱いにはなっていると思います。例えば、もともと寝たきりの常態で就労が不可能であった人については、当然のことながら、賃金収入による逸失利益は考慮しませんし、事故がなくても必要となっていたであろう医療費、生活費等についても控除して計算することが通例だと認識しています。

 問題は、以前にもどなたからか御指摘があった、「成功率50%=生存率50%の手術に過誤があって死亡した」ような場合の算定です。過失が認定される以上、損害賠償が認められること自体は当然としても、そもそも半分の確率でしか生存できなかったのだから、逸失利益が100%認められるのはおかしいという疑問は、もっともな面があると思います。割合的認定をして、「本来の逸失利益 × 生存率」で算定した下級審判例も数件あるようです。

 期待権侵害については、まず(そもそも期待権という単語自体誤解を招く不相当な表現だと思いますが)、単純に「期待通りでなかったから損害賠償」というものではありません。私も期待権侵害論については色々思うところがあり、単純に賛同するものではないのですが、このような考え方が登場した背景には、「どのみち救命できない可能性があったからといって、どれだけいい加減な医療行為をしても一切責任を負わないということでよいのか?」「重大な医療過誤があり、それにより死期が早まったのに、死亡との因果関係さえ不明であれば結果として全く責任を問われないというのは妥当か?」との問題意識があると思われます。この問題意識自体は、特に不当とまでは言えないだろうと思っています。

 それから、「地域の名医だからといって慰謝料の額だけ上げる」というのは、果たして本当かいなという疑問を強く持っています。判決の全文と、当事者の主張書面(せめて双方の最終準備書面だけでも)を読まないと、その判決がそういう趣旨の判示をした、と評価することは危険です。司法記者のレベルも様々で、判決の趣旨、文章の真意を正しく伝えられるマスコミは多くないという感じがしますので。私の想像だと、被告病院が色々な事情を挙げて「交通事故の場合や同種医療事故の場合より慰謝料を低く算定するべきだ」と主張したのに対し、単にそれを排斥したというところではないかと・・・・。

>ヤブ医者先生(.5)
 こちらこそ、私のコメントをさまざまな角度から掘り下げてコメントしていただき、ありがとうございます。

 「これだけ整備された対訴訟システム」である日医医賠責ですが、患者側からみれば「結論を出すのが遅い」「患者側の言い分をほとんど聴いてくれない」「判断結果に至った理由がほとんど明らかにならない」などといった不満があり、医師側からみれば「レトロスペクティブな観点に基づく判断がなされることがある」といった不満が生じてもおかしくない、ということのようですから、その審査方法や判定結果の公表のあり方についてはまだまだ検討の余地があるようです。

 ただ、審査会のありようは措いたといたしましても、元行政先生が指摘されておられたように「紛争当事者となった医師が交渉の矢面に立たなくて済む」ということであれば、日医医賠責制度は医師にとって相当なメリットであるように思われます。もちろん、交渉の代理人となる医事紛争処理担当理事や弁護士とは事案の詳細を伝えるためにコミュニケーションを継続してとる必要があるわけですが、それでも先鋭に対立している相手方と面と向かって話をするよりずっと気分的に楽なのではないかと思います(ある保険会社のサイトをみてみましたが、個人向け医師賠償責任保険の紹介ページには「ご契約者にかわって保険会社は、示談交渉は行いません」と記載されていました)。

 また、勤務医の皆さまの場合は、たしかに「以前なら病院がなんとかしてくれ」ていたのでしょうが、前のコメントでヤブ医者先生がおっしゃっておられますように、今はいざとなれば病院が医療事故の責任を医師個人に帰結させようとする危険もあり、病院や病院顧問弁護士が必ずしも医師の味方であり続けるとは限らないということもあるでしょう。その点、開業医と医師会は一つの紛争をめぐって利害が対立するということがないので、開業医は安心して医師会に交渉を委ねることができるのではないかと思います。

 さて、元行政先生が示唆しておられる「医賠責審査会の発展形としての第三者機関」について考えるには、ドイツにおける「医療事故鑑定委員会・調停所」が参考になるのではないかと思います(またドイツか、とお感じになる方もいらっしゃるかも知れませんがご容赦ください)。
(以下引用)
 ドイツ医師会は医事紛争の急増に応じて、その迅速妥当な解決に資するため、1970年代にドイツ全国にまたがって「医療事故鑑定委員会・調停所(引用者注:以下「調停所等」と引用する。)」を設立した。現在は、各州の法律によって医師会に調停所等の設立が義務付けられているようである。調停所等の費用は、医師会と保険会社の拠出金によって賄われており、これを利用するにあたって患者の費用負担はない。鑑定委員会及び調停委員会の委員は医師及び法律家であり、鑑定を実施し、提出された書証や当事者から出された意見を踏まえて、委員会で検討した結果、委員会の最終判断を書面で出す。右最終判断に基づいて合意するか否かは当事者に委ねられている。調停所等に申し立てられる事件数は増加傾向が顕著である。ここで実体判断を受けた事件の医師の過誤の肯定率は約3割である。調停所等は、中立的存在と評価されているのであって、多くの医事紛争は調停所等の最終判断によって解決しており、これで解決せずに提訴された場合でも、調停所等の最終判断を経ているために既に争点が明確にされており、その鑑定書が裁判所に書証として提出されることで事案も解明しやすい。
(以上、中村也寸志「日本の専門訴訟の問題はどこにあるか」判例タイムズ第1011号17頁より)

 もちろん、ドイツの医師会は我が国のそれと異なり強制加入団体であるということや健康保険制度の違い、民事法体系の違いなどといったを抜きにすることはできません。しかし、医師会の設置した機関が国民から一定の支持を得て、やがて公的機関として位置づけられ、裁判所にかわって医事紛争処理の多くを担うようになったというドイツの例は、我が国の医療ADRを考える上である程度は参考に出来るのではないか、と思います。

No.8 an_accused さん

ご教示ありがとうございます。たいへん勉強になります。

先生のコメントを読んで、一つ気付いたのは、審査会の出すレトロスペクティブな判定と、判決でレトロスペクティブな判断がなされることの意味が全然違うということです。懐の痛み具合が同じであっても、審査会のものであれば、救済をメインにしたといえば、多くの医師が納得すると思います。裁判所の場合はおそらく口が裂けても言えないだろうし、こちらもその手のことはしてはいけないことだと思っている。周りも純粋に過誤だったとみる。だから同じ結果でも反応が違ってくるでしょう。それから、もちろん素人がレトロスペクティブな断罪をおこなっているという点も要素としては大きいかもしれませんね。

話はずれますが、審査会のグレーを入れた6割という数字を、あたかも患者が過誤だと主張したものの6割は医師が見ても過誤というような、マスコミの報道は勘弁して欲しいですね。弁護士に相談された1〜2割しか訴訟や示談になっていないという情報までいれないと素人は誤解すると思います。報道に触発された勘違いの素人が増えていると考えれば、その率はさらに下がっていると(着手金目当てが増えていない限りは)推測できると思うのですが、実際のところどうなのでしょうかね。

こんにちは、僻地外科医さん。
整形Aです。

前エントリーNo.226 僻地外科医 さんのコメント | 2006年11月04日 22:26 |
↑これも土曜の夜にしては、結構遅い時間帯(笑)。

> お気遣いありがとうございます(笑)。私は22時30分に来た意識レベル300の交通事故患者を三次救急施設へ搬送して帰ってきてここを覗いたときのコメントです(苦笑)。

僕と同年代の産科医も夜中によく起こされることがあるそうです。
以前は起こされた後寝付けなくて、読書したり、PCをいじったりしていましたが、今は寝付けなくてもとにかく布団に入って体を休めるんだそうです。
そのほうが翌朝のきつさが違うと・・・。

無床診療所のメリットで、患者さんのことで起こされることはなくなりました。しかし年のせいか、夜中に目が覚めて眠れなくなることはよくあります。以前は僕もそんなときは寝酒を追加したり、PCに向かっていたんですが、最近は件の産科医の意見に従って、寝ることにしています。
歳も歳なので、夜更かしすると翌日具合が悪いのは確かです。

こんにちは、an_accusedさん。
整形Aです。

いつも我々訳わからんちん(笑)を相手に、ご丁寧な解説感謝申し上げます。

No.131 an_accused さんのコメント
>現在医事紛争の一部を扱っている日医医師賠償責任保険の賠償責任審査会(この審査会は医師主体で構成されています)における過去10年の付託事例のうち約6割が医療側有責となっていること(藤村伸「医療安全と医療事故」日医雑誌第134巻11号別冊51頁)に照らせば、判決における原告勝訴率約4割、和解も含めた有償解決率約7割というのは、それほどおかしな数字ではないように思われます。

No.230 an_accused さんのコメント
>前掲論文によると「日医医賠責における解決方式では、裁判判決が16%であり、そのうち医療側勝訴が約70%、患者認容率が約30%である」とのことです(この16%には、過失や因果関係の認定をめぐって日医医賠責と患者の見解が相違した場合だけでなく、過失や因果関係の認定に争いはないが賠償額に見解の相違がある場合も含まれます)。したがって、「医賠責で医療側にミスなしとされた約4割のうち、7割が裁判で患者側の主張が通る」というのは正しくありません。

<再掲>
>「医賠責で医療側にミスなしとされた約4割のうち、7割が裁判で患者側の主張が通る」というのは正しくありません。

これはわかりました。
ご指摘ありがとうございます。

しかしながら、「ミスなしとされた4割」がすべて裁判になる訳ではないにせよ、少なくとも「ミスありとされた6割」より裁判になる割合が圧倒的に高いとは思いませんか。
もちろんおっしゃるように、ミスありとされたが賠償額が低いとか、審査会の結果を待っていられないとか色々あるとは思いますが、少なくとも医療機関側のミスが認められ何らかの賠償を得られた人が、そこからまた新たに裁判をおこすのはかなりのエネルギーが必要だと思うのですが。

医賠責に加入していない病院関係の医療事故も、基本的には同じような構造だと思います。
審査会の代わりに保険会社とその顧問医師、顧問弁護士が入って、ミスがあればまず示談交渉を行ないます。
保険会社に「ミスなし」とされたり(この場合、病院側も保険会社や患者側に「ミスはなかった」と主張している可能性が高いですが)、「ミスあり」の中で保険会社の提示した賠償金額に不満があった場合に裁判になるのではありませんか。

>したがって、日医医賠責が訴訟に必ず前置されているということはありませんので、その意味からも「審査会の結論に不満であれば、患者側は訴訟に訴えるわけです。/その結果、約7割くらいは判決なり和解なりの形で、ある程度患者側の主張が通るのです。」というのは誤解です。

日医医賠責や損保会社の裁定が、「訴訟に必ず前置きされている」訳ではありませんが、「多くは前置きされている」といっていいのではありませんか。
審査や裁定を受ける前のデータと、受けた後ある行動をすることが多いと予想されそうな集団とのデータを比較して、似たような割合だから「それほどおかしな数字ではない」(No.131のコメント)ということにはならないと思いますが、いかがでしょうか。

「多くが前置きされている」が正しいとしたら、むしろ、前置きにもかかわらず、裁判の結果が(判決・和解を一緒くたにしていますが)同じような割合になることこそ驚きです。

> なお、「数十万程度の示談金で解決するケース」は日医医賠責賠償責任審査会の審査対象ではありませんので、「医賠責の付託事例」には含まれておりません。

日医医賠責は確かに100万以下は免責になっておりますが、医賠責にはそのほかに任意保険の「医賠責特約保険」があります。この保険は医賠責を補完するもので、100万以下、1億以上2億円までの賠償を担保するものです。
掛け金は、うちのような無床診療所の場合は年間数千円程度ですので、たいした金額ではありません。
対象となる事故や紛争処理などは日医医賠責と同じとありますので、審査会にあげられるのではないかと思います。

これに加入していれば実質的に医賠責は、2億円以下はすべて担保されることになります。

>審査会の代わりに保険会社とその顧問医師、顧問弁護士が入って、ミスがあればまず示談交渉を行ないます。

ここに認識のずれがあると思います。統計的なデーターが見あたらないため、感覚の問題なってしまうので、あまり言いたくなかったのですが(他の弁護士の方に修正、補足をお願いしたいのですが)、弁護士の意識としては、医療過誤の場合、普通の事件よりはるかに示談交渉自体がすくないという感覚ではないでしょうか。

 弁護士が、カルテ等を、協力医の協力を得た後、一つのパターンとして、説明を求め、その説明後、示談交渉に入るというのがあります(むろん、患者自身が納得すれば示談に入らず終わりですが)。しかし、医療側の顧問弁護士の一定数の方は、前提の説明会等の要求があっても、これを受け付けないとの方針です(この対応自体は理由があるのですが)。ですから、そもそも、示談交渉に入りようがなく、この場合、訴訟となります。

 又、患者側の弁護士としても、示談はほとんど成立しないという感覚から、いきなり訴訟という方が多数いられると思います。

 

>弁護士が、カルテ等を、協力医の協力を得た後、

 患者側の弁護士が、カルテ等を協力医の協力を得て分析後 の誤りです。

>感覚の問題なってしまうので、

 感覚の問題となってしまうので の誤りです。

 すいません。

はじめまして、L.A.LAWさん。
整形Aです。

No.12 L.A.LAW さんのコメント

>弁護士の意識としては、医療過誤の場合、普通の事件よりはるかに示談交渉自体がすくないという感覚ではないでしょうか。
>
>医療側の顧問弁護士の一定数の方は、前提の説明会等の要求があっても、これを受け付けないとの方針です(この対応自体は理由があるのですが)。ですから、そもそも、示談交渉に入りようがなく、この場合、訴訟となります。

これは驚きです。
開業医における医療事故の対応については、今まで書き込まれた内容である程度理解可能なのですが、病院における対応について、具体的な書き込みはあまりなかったものですから(僕が見落としていただけ?)。

病院で医療事故があった時、こうなるのではないか?という僕なりのフローチャートです。

当初は主治医なりその上の先生なりが説明し、ミスがあれば謝罪し、保険会社と相談の上損害賠償の交渉に入る(示談)。
ミスがないと思えばそのように説明する。それに患者サイドが納得すればそれで終わり。

損害賠償の交渉に納得しなければ訴訟。
また、ミスがないという説明に納得いかなければ弁護士に相談して、弁護士を通じて病院側と交渉。
交渉においては病院側に賠償を求め、それについて病院側は保険会社に相談し、その指示に基づいて対応する。そこで話合いでことが解決(示談)すればそれで終わり。
話合いで解決しなければは訴訟。

こんな流れかなー、と思うんですが、病院側の対応はこんなふうに機能していないんでしょうか。
それがなんといっても驚きです。

> 又、患者側の弁護士としても、示談はほとんど成立しないという感覚から、いきなり訴訟という方が多数いられると思います。

患者側の弁護士が話合いを持とうにも、相手(病院側)が全然乗ってこないんじゃ、それは裁判にせざるを得ないですよね。
これじゃ、病院は裁判を望んでいるとしか言いようがありませんよね。

> No.13 L.A.LAW さん
ところで、素朴な質問ですが、示談を拒否する理由は、病院側が医療過誤ではなく、過誤以外の事故と見なしているから、ということだったりはしないでしょうか?つまり、とことんまで戦って自分たちの潔白を証明したいとか・・・。
以前、医療訴訟に関わったときに病院の事務が、実際には病院に責任はなくても示談で終わり、実際には必要のない賠償金を払わされておしまい、ということが結構あると帰化されていたのでちょっと驚きです(それに、本来は病院の責任ではないんだけど、これ以上訴訟に持ち込んだりしても経費がかかるだけでそれなら示談金を払った方が早く済むと聞かされてきました)。
というのは、医療事故との認識はあっても過誤かどうかの認識のズレは医療人と患者では相当ズレがあると私は思うからです(その証拠に、マスコミの使う医療ミスという単語の意味は過誤とは限りらない場合が多いですよね)。

こんにちは、yamaさん(「太陽にほえろ」みたい・・・ふ、ふ、古い)。
整形Aです。

No.15 yama さんのコメント

>実際には病院に責任はなくても示談で終わり、実際には必要のない賠償金を払わされておしまい、ということが結構あると帰化されていたのでちょっと驚きです(それに、本来は病院の責任ではないんだけど、これ以上訴訟に持ち込んだりしても経費がかかるだけでそれなら示談金を払った方が早く済むと聞かされてきました)。

似たようなことは、先日に書きこした公立病院の副院長や医師会の役員からも聞かされました。
「小さな事故は、さっさと示談にしたほうが面倒がないし、安く済む。ところがいるんだよねー。俺は悪くないってがんばるやつが。そうなるとこじれて裁判になる。裁判になると、訴訟費用や弁護士報酬などいろいろ余計(弁護士の先生方、ごめんなさい)な費用が出てくるから、どんどん金額が高くなるんだ」

だから、病院側が示談の話し合いに応じないというのが意外だなあと・・・。

自分から泥沼に入ったような気がしないではないですが、まず、前提として、私の立場ですが、通常の医療事件については患者側です。ただ、医療法人等の関係の業務があり、前の事務所が医療法人の顧問をしていた関係で、医療法人の事情はある程度わかります。

 それで、前記のコメントですが、患者側の弁護士に示談交渉しても、意味がないんだという意識がかなり濃厚にあるのではないかということです。それで、かなりの弁護士がいきなり訴訟というパターンを取っているような気がします。ただ、東京の場合、最近の迅速裁判との関係で、いきなり訴訟をすると持たないという背景もあり、また、意外と示談もできるのではないかということから、最近、説明会、示談交渉というパターンが徐々に有力になっているという認識です。

 ただ、医療法人の側で、実際に医療事件を取り扱う弁護士の先生と話をすると、説明会等は、受け入れないという先生も、結構、いらっしゃいます。これは、まず、患者との関係で、返って、事態をこじらす、ということが第一にあります。また、後の訴訟を考えた場合、どこまで、オープンにするかという訴訟戦術の関係もあります。

 また、保険会社の意向もあります。保険会社の習性として、数十万程度の支払については、かなり鷹揚というか、理由がはっきりしなくても出しますが、それ以上になると、極端にシビアになります。

 で、皆様が意識している件は、患者に弁護士がついていないいわばクレーム処理の案件のことが相対的には多いのに対し、私が意識しているのは、弁護士がついている案件という点でも、ギャップがあるのではないかと思います。

 


>整形A先生
 こんにちは、整形A先生。応答をいただき、ありがとうございます。医事紛争について、私が「こうではないかな〜〜?」と思うところを一度整理して書いてみたいと思います。

 まず、全医師のうち医師会非加入者(約4割)がかかわった医事紛争については、日医医賠責の審査会にかかりませんから、解決のために第三者機関の介入を必要とした紛争のうち、ざっと4割の紛争は日医医賠責審査会のスクリーニングを受けません。
 次に、日医医賠責審査会にかかった事案のうち、約6割が同審査会によって「医師側有責」とされます。また、日医医賠責制度に乗っかった事案のうち約84%はそこで紛争が終結し、残りの約16%が訴訟に向かいます。この16%には、「何らかの理由で同審査会の審査を待てなかったもの」や、「同審査会の結論のうち賠償額にのみ不服がある場合」なども含まれていますが、圧倒的多数は整形A先生ご指摘のとおり「同審査会の過失認定に不服があったもの」であろうと推察できます。そして、その16%のうち約70%が裁判所によって改めて「医師側無責」とされ、残りの30%について裁判所が「医師側有責」と判決します。

 さて、日医医賠責にかからなかった約4割の医事紛争は、整形A先生ご指摘のとおり、まず医師・病院が保険会社の意向を背景としつつ患者との相対交渉に応じます。もちろん、あまりにもあからさまな過誤があったという場合には相対交渉で示談が成立するでしょうし、見舞金程度で患者が納得する場合にも同様に示談成立の見込みが高いでしょう。
 しかし、賠償額がそれなりに大きい場合には、保険会社としては顧問医師や顧問弁護士の判断だけでは支払の正当性を獲得できないと考えるでしょうから、いきおい第三者機関(調停や訴訟)の判断に委ねようとします。したがって、相対交渉は短期に終了するか全く行われず、調停や訴訟に移行します。そして、そのうち約4割が裁判上の和解によって双方の合意が確認され、約5割が合意形成に至らず判決が出されます。約5割の判決のうち、4割程度原告が勝利し、6割程度は被告が勝利します。

 なお、賠償額100万円以下の低額紛争については、医師会加入者のかかわる紛争の場合は都道府県医師会に置かれた医事紛争処理委員会が調査整理し、日医医賠責へ付託しない決定をするとともに当事者医師・保険会社に通知します。当事者医師と保険会社はその通知内容に従って患者と示談交渉を行い、示談を成立させるなり訴訟に応じるなりします。医師会非加入者のかかわる低額紛争の場合は、病院が加入する病院等開設者を対象とする賠償責任保険や医師個人向けの賠償責任保険(ヤブ医者先生が加入しておられるような各種学会保険など)の適用を受けるわけですが、これについては前に「日医医賠責にかからなかった約4割の医事紛争」で述べたとおりです(いずれにせよ、日医医賠責には付託されない以上、「同審査会が医師側有責とした約6割」の中には含まれませんので、「被害軽微な単純ミスが、同審査会の判定の医師側有責率を引き上げている」ということにはなりません)。

 とまあ、「だいたいこんな感じじゃないのかなあ」と思うのですが如何でしょうか。
 これでいくと、
・日医加入者の事案で、日医医賠責に付託された事案のうち約84%はそこで解決する。
・日医加入者の事案で、日医医賠責で終結せず訴訟に向かった約16%のうち、約70%は結局患者が負ける(「30%も医師が負ける」とも言える)。
・日医非加入者の事案で、係争額が比較的高額の事案では、相対交渉はほとんど行われないか行われたとしてもその期間は短く、比較的早期に訴訟に向かう(L.A.LAW先生の抱いておられる印象のとおり。弁護士が患者側代理人として登場する事案は比較的高額の賠償請求を伴うものが多い)。
・(日医加入・非加入を問わず)係争額が比較的低額のもの(日医医賠責だと100万円に満たないもの)についてはほとんど相対交渉で示談成立する。「医療機関側もそのくらいのものなら示談ですませたほうがいい」と考えて早期に紛争を終結させようと考えるし、保険会社も示談条件を承認しやすいからである(整形A先生やyama先生の抱いておられる印象のとおり。また、係争額が100万円を下回るような事案では、少なくとも初期の示談交渉で弁護士が登場することはあまりないので、L.A.LAW先生の抱いておられる印象とは相違することになる)。

 まあ、そういうわけで、私は「日医医賠責や損保会社の裁定(損保会社の査定は「裁定」というほどの客観性を有しているかどうか疑問ですが)が『多くは(訴訟に)前置されている』」とは言えず、「日医医賠責の処理ルートに乗っかったケースは大多数がそこで終結するし、日医医賠責に乗っからなかったケースのうち比較的高額のものはダイレクトに訴訟で争われ、係争額が100万円を切るようなケースはほとんどが相対交渉で処理される」ということになると思います。

>No.18 an_accused

 私の雑ぱくな感想に比較し、緻密な整理ありがとうございます。後は、患者側弁護士がいきなり訴訟を起こすパターンがどの程度あるかということでしょうか。前にも書きましたが、これが相当するあるような?

私自身が実例を多く見たわけでないので、やはり印象のみの話になりますが、
患者側としては病院との示談交渉はしにくいのではないかと思っております。
そもそも感情的な対立が厳しい事件では示談は難しいのですが、
示談交渉の段階ではカルテや看護記録の全ての資料を開示しないという医療機関が多いことは、示談を困難にする要素の一つであると思います。

昔は医事紛争といえば、双方不信の固まりで、医療側はカルテを隠し込むので、遺棄改竄を防ぐために、患者からは何はさておきカルテ保全(裁判所の命令によりカルテのコピーを取る)、しかるのちに訴訟、という段取りでした。
カルテを確保した上で、示談する方法も考えられなくはありませんが、
実際問題として、一旦、法的な強制措置を発動してしまうと、病院も頑なになり、示談の機運が薄れて、訴訟に流れていってしまうと思います。

さすがに今では医療側がカルテ内容を完全に隠すことはないにしても、カルテそのものを見せることを嫌がる風潮は依然としてあります。「カルテ要約書」という一種の説明文書を交付してくれる場合はありますが、患者にはもともと不信感がありますから、現物を見ない限り納得しません。
かくて、患者は、示談の提案内容が妥当かどうか確証が持てない以上応諾できない、訴訟でトコトン追及するしかないと思い、医療側としても、そこまで言うならやってもらおうじゃないか、ということになってしまうのだと思います。

>No.4 L.A.LAWさん

primitive な質問に対し、ご返答有難う御座います。

> >原告が第3者機関の裁定を受け入れ、無過失保障を受けた場合、民事訴訟を放棄
>> 民事訴訟に訴えた場合、無過失保障分の金銭を返還させることは、技術的に可能か?

上記は無過失保障制度の議論の中でm3で、でてきた疑問です。医療者側にとって、この制度の最大の利点は、訴訟の抑制ですが、無過失保障での保証金を原資にして、民事訴訟を行う人が続出すれば、まさにメリットが無くなってしまいます。
現在検討されている、脳性麻痺で2000万程度の保障と比較し、脳性麻痺の訴訟の賠償命令が1-2億となっていることから、第3者機関の判定を不服として、さらに民事に訴える人がでることを懸念しています。

>債権債務がそれしかないという合意をすれば、とりあえずは、それで終わりかと思います。むろん、その合意自体が、詐欺ないし錯誤(いわば、勘違い)等で取消ないし、無効として訴訟を提起することは考えられますが。

ということは、無過失保障を受け入れる条件として、民事提訴を抑制するための一定の制限を設けることは、可能だが、あまり実効性は無いということでしょうか。

ちょっと別の角度から、

医療者側に落ち度がないと考える医療事故(医療偶発症など)に関して、示談することは、患者側に誤ったメッセージを送ることになるし、同業者からの批判も強い。病院側が示談に応じた場合、個々の医療従事者が完全に損害を免れるという保証もない。
従って訴訟を受けて立つべきだと思うが、その場合、患者側の弁護士は、着手金止まりになる可能性が高いのではないか?時間をかけるより示談で済ましたい患者側弁護士と、じっくり訴訟で受けて立ちたい医者側弁護士とで、いったいどんな折衝が始まるのだろうか。

医療者側に落ち度があると思われた場合は、これと逆のことが起こりそうだが実際には異なる。患者側弁護士は示談ではなく、訴訟で成功報酬を勝ち取りたいだろうし、医者側弁護士も長期戦で立ち向かいたいのではないだろうか?

以上は私の下衆な勘ぐりであるが、医療者側に落ち度がない場合、患者側弁護士は、気の毒な感じもする。(実は医者が一番気の毒なんだけど)

第三者機関の問題も大事ですけど、あえて下衆な話題をしてみました。
落ち度があるかないか、医者側はある程度感じていると思います。
双方の弁護士がどのような戦略を立てるのか、何だか囚人のジレンマやナッシュ均衡などのゲーム理論を思い浮かべてしまいます。

医療崩壊とは少しずれました。法曹家の皆さん、例えが悪くてスミマセン。(全体が見えないと、ゲームの収束がわからないと思うわけです)

> 整形Aさん  (No.14のコメントについて)

 病院側から、「保険がおりないので、過失の有無にかかわらず見舞金以上の額を出すつもりはないから、それ以上を望むなら訴訟をしてください」と言われることは結構あります。自分にとって詳細は不明ですが、裁判外の示談をすることに保険会社が難色を示すことはかなり多いのではないかと想像します。なお、訴訟が終盤に至り、裁判所が和解勧告をした段階でも、「和解だと保険が使えないから判決をして欲しい」という対応を何回か経験しました。

>示談交渉の段階ではカルテや看護記録の全ての資料を開示しないという医療機関が多いことは、示談を困難にする要素の一つであると思います。

自分のいる公立病院ではカルテ開示の基準が示されていて、原則カルテ・看護記録とも開示可能です。
例外は他施設からの紹介状や情報提供書です。
情報提供してくれた相手の同意が得られない限りは、情報提供施設と患者とのトラブルの可能性もあるのでこちら側の判断だけでは開示出来ない事になっております。
自治体レベルの公的病院では、カルテ開示の基準が作られてきている印象があったのですが、まだまだカルテ開示のルールが出来ている所って少ないのでしょうか?

>田舎の消化器外科医さん
無過失補償制度の場合、第三者機関や医療側が「医師に過失がない」と判断し、その上で患者が「医師に過失がない」を受け入れて、はじめて成り立つものだと思います。従って、「過失がない」と判断したにも関わらず、法廷が「過失がある」と判断したというのでは、無過失補償制度自体が成り立たないと思います。

以上の事から、無過失補償制度が機能するためには、「第三者機関が存在することにより、裁判が抑制されている」と言う社会が必要なのではないかと思います。

つまり、無過失補償制度により裁判が抑止される訳ではなく、裁判が抑止されてはじめて無過失補償制度が機能するのではないかと、そのように考えます。

No26:しまさん

無過失補償制度の基本的な考え方は、「過失がない場合にも補償しよう」ではなく
「過失の有無に関わらず補償しよう」だと思いますよ。
過失があろうとなかろうと、全ての事故の被害者に対して社会全体が補償するべきだ、とする考え方です。

知ったかぶりをしますと、世界で一番広く無過失補償制度を導入しているのがニュージーランドです。
かの国では早く確実でとりっぱぐれがなく、どんな被害者も広く補償が受けられます。ただし欠点は金額が小さくなること。そのため訴権を取り戻そうという運動もあるとか。

http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2004/01007/contents/0001.htm

No.22 座位臥位立位さま
> 医療者側に落ち度がない場合、患者側弁護士は、気の毒な感じもする

患者側の戦略としては、
医療者側に落ち度がないことが最初から確信されるなら、訴訟を提起しないどころか、請求もしません。
どんな裁判でも同じことですが、負け戦をあえてやる意味はない。原告(とその代理人)は勝てる可能性があると思うからこそ、やっているのです。

だから、患者に訴訟を諦めさせる一番の手だては、「医療者に過失がない」と納得させること。
患者との信頼関係だとか、医師の説明責任だとか、相談窓口を作れということの趣旨はみなそれです。
患者に与える情報が欠けていたり、誤った情報を与えると、医療者に過失がないことが納得されず、勝てるという(誤った)思い込みにより訴訟を提起されるおそれがあります。

納得させる、というところが難しいのですが。人間は感情の動物でもあるから。

YUNYUNさま、コメントありがとうございます。
私の疑問は、システムを作るうえで、全体が見えなければいけないということでして、No.22はあくまでその例示なのです。
第三者機関の介在、弁護士介在の調停、当事者間示談、訴訟、そしてそれらの組み合わせなど、いずれも選択できるわけです。(保険も関与しますね)
もし、医者の側、患者の側、そしてそれらを平和的に解決させる法曹関係者、そのいずれもが納得しやすく効率的なシステムがあるとして、それらを妨害する圧力は何なのかを考えて見ます。

1医師の独善、2患者のクレーマー的態度、3弁護士の過度な欲得、4非医療者の医学的無理解、5過失に関する社会の認識不一致、6保険会社の過度な欲得
あるとすれば、こういったものだろうし、それらが抑制されるシステムでなければ、うまく作動しないと思います。
医療事故における解決法は、必ずしも零和ゲームではありませんし、
それらの平和的解決機構としての法曹関係者の介在の仕方も三者三様でしょう。
最善解(数学で言うナッシュ均衡)となるシステムが、果たしてあるのか?あるとして、それに近づく論議になっているかというのが、私の疑問です。(他人事のように話して申し訳ありません)

>No.21 田舎の消化器外科医さん

>ということは、無過失保障を受け入れる条件として、民事提訴を抑制するための一定の制限を設けることは、可能だが、あまり実効性は無いということでしょうか。

 いえ、私の趣旨は逆に、十分にできるのではないかということです。弁護士の癖で、例外を付けたことから、趣旨がわからなくなったと思います。

 私のいったことは、例えば、裁判上の和解にも妥当し、現に、私も、裁判上の和解の無効の訴訟を行ったことはあります。ただ、これは、異常事態を扱う弁護士にとっても、まれなことで、通常、ある程度の人が納得する手続きの上で、合意すれば、99%は守られるのであって、100%を求めることは、法律的には、逆にその合意の無効を生じさせかねませんし、制度自体をゆがめると思います。

こんにちは、整形Aです。

an_accusedさん、L.A.LAWさん、YUNYUNさん、FFFさん。
コメント、並びに色々ご教示いただきありがとうございます。

No.18 an_accused さんのコメント

うーん、さすがですね。
それぞれが相矛盾するような証言や証拠を、あたかもジグソーパズルを組合わせるがごとく当てはめて、一つの合理的な答えを導き出す。

まるで、名探偵コナンか、金田一少年の事件簿か、はたまたモトケン弁護士の事件ファイル(仮称)に登場する主人公のような名推理ですね。
日本における医療事故に係わる裁判の現況が、an_accusedさんの灰色の脳細胞によってほぼ明らかにされたように思います。

それにしても驚きなのは、No.5 でヤブ医者 さんがコメントしておられるように、勤務医のあまりに無防備な状況、そして病院及び保険会社の危機対応能力の低さです。
病院側は最終的に保険会社が負担するからよしとしても、保険会社だってもう少しきちんとした対応をすれば、自分のところからの持ち出しを少なくできると思うのですが、 何を考えているのかな?

>No.29 L.A.LAWさん

早朝からの、レス有難う御座います。ひとまず安心しました。

今回のやり取りを通じて、一般で通用している、言葉の意味と、医療者、法曹の業界内のみで通用している、言葉の意味や作法の違いに関して注意していないと、自分の意図することが伝わっていない、または大変な誤解を招くということを、再認識致しました。これまで、ここのブログで散々取り上げられていたことですが、自分が参加することで、非常に納得できた面があります。

患者さんサイドとの説明のときに、誤解を招く表現が無いか改めて、チェックしてみます。

,

> 一般で通用している、言葉の意味と、医療者、法曹の業界内のみで通用している、言葉の意味や作法の違いに関して注意していないと、自分の意図することが伝わっていない、または大変な誤解を招く(No.31 田舎の消化器外科医さま)

鑑定人を引き受けられる際にも、ぜひ、ご注意ください。裁判官が鑑定結果の趣旨を誤解したら、えらいことになります。

側聞したケースですが、
医療観察法事件で「入院が必要」との鑑定が出て、付添人が予想外の結果におののいて鑑定医の先生に真意を伺ったところ、「現状では家に帰せないから入院治療が必要、それは医療観察法でなくても精神保健福祉法上の入院(措置入院や保護入院)でも構わない」と言われた。今は「医療観察法による入院」をするかしないかの争いをしているのだから、そこんとこハッキリ書いてよ!
ということがあり、裁判官にその点を理解してもらうのに骨を折ったそうです。

ネタじゃないと思います。
(m3には入ってないので未検証)
==================
663 名前: 卵の名無しさん Mail: sage 投稿日: 2006/11/07(火) 17:12:28 ID: kQ8Re8k60
m3に『患者から言われた心無い一言』ってスレがあるんだね。
そこからコピペ(マルチですみませんが)

土下座

産科の女医です。
経膣分娩後、出血が止まらず、保存的に粘っても止血できず
開腹止血を試みたのですが最終的に苦渋の選択で
子宮全摘となってしまいました。
(総出血量12000mlを超えてしまいました)
病理では子宮頚管付近のAVMが原因だったみたいです。
(最終的には不明でした。子宮破裂もありませんでした)

DICも起こしていたため、病院に泊まり続け
外来以外はICUに詰めて食事ものどを通らず、
ずっと頑張ってましたが

664 名前: 卵の名無しさん Mail: sage 投稿日: 2006/11/07(火) 17:14:07 ID: kQ8Re8k60
つづき

田舎から来た妊婦さんのお父さんにICUで
胸ぐらをつかまれ、
「てめえの子宮を取ってここで土下座しろ!!」
とどなり倒されました。

児はもちろん(普通の分娩でしたから)
母体も救命できたのですが、子宮を取ったことは
どうしても納得いただけず、
「自分の子宮じゃないから気軽な気持ちで取りやがった」
と最後までいわれました。
(もちろん、帝切にしなかったことも非難されました)

この言葉はしばらく引きずりました。
==================
産科医絶滅史21巻?ベッドがない奈良廊下で?
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1162050918/

日医医賠責のシステムはある程度医師の負担を軽減しているようですが、これは開業医だけでなく、日本医師会に所属されておられる全ての医師に対して共通の制度なのでしょうか。

もし共通だとすると、同じ勤務医の方でも、日本医師会に所属しているか所属していないかで、訴訟負担がかなり違うのではないかと思ったのですが、いかがなものでしょうか。

>>33
こういう粗暴な人間は暴行の現行犯で警察に引き渡せばいいんじゃないでしょうか
実際 法的にもそれが正しい対処なんじゃないかと思いますです
182cm105kgのわたくしにそういう挙に出るひとはいまのところ居ませんです

で 前スレ37で言ってた病院で今当直してるわけですが
夕方来たら 先輩が突然 辞職されてました
他の医師らが青い顔して空いた穴を埋めてました
すこーし崩壊の予感がしてきてます
ぼくも逃げるなら今のうちっぽいです

>YUNYUNさん

>「現状では家に帰せないから入院治療が必要、それは医療観察法でなくても
>精神保健福祉法上の入院(措置入院や保護入院)でも構わない」
ホントに鑑定人の医師がこう言ったのなら、医療観察法のなんたるかを十分理解しないままに鑑定を引き受けたということになります。「言葉の意味や作法の違い」というレベルの話ではありません。トンデモ判決ならぬトンデモ鑑定と言われても仕方ありません。

> 医療観察法のなんたるかを十分理解しないままに鑑定を引き受けた(No.37 Rain さま)

昨年、制度が始まったばかりなので、医師のほうも慣れていなかったのか、そういうことが、ままあったようです。
もちろん、付添人としては、そんな鑑定はおかしい!と弾劾するわけです。
その件は、医療観察法による処遇は通院決定で、実際には保護入院させました。
裁判官が鑑定結果を、鑑定書の文言通りには、受け容れなかったことになります。
もっとも、医療観察法事件はそれこそレトロスペクティブにではなく、現在進行形で審判の瞬間までの状況によって判断するので、鑑定書作成後に生じた事情を考慮して別の結論に至るということはありえます。

No.38 YUNYUN さん

>医療観察法事件はそれこそレトロスペクティブにではなく、現在進行形で審判の瞬間までの状況によって判断

個人的な意見ですが、こういう場合には、鑑定書という形ではなくて、相談員にリアルタイムで相談しながら裁判官は決めるべきだと思うのですがね。(日本の裁判は文書の証拠が大事ということはわかりますが)

No.34 しまさん

医師賠償責任保険の加入は医師それぞれの意志にまかされています。私の場合も、学会から入会案内が送られてきて、これは入った方がよさそうだなくらいの感覚で入りました。さすがに開業している先生はほとんど入っていると思いますが、勤務医(特に公務員)は入っていない場合も多々あります。地域医師会から情報を得るために医師会に入っている同僚に、聞いたら保険自体に入っていませんでした。さらに医師会から案内が来ていないか聞いたところ、あったような気がするくらいの反応でした。医師会も入っていない医者に催促するようなことはしていないようです。
勤務医の場合、訴訟の主体が病院になる場合が多いため、医師会に入っている勤務医の場合、開業医の時と同じ対応になるとは限らないと思います。医師会の保険も、同じ開業医の中で、規模や形態によっていろいろ分かれているようですし。

とりあえず私の知っていることはこんなところです。

>元行政先生(.9)
>審査会の出すレトロスペクティブな判定と、判決でレトロスペクティブな判断がなされる意味が全然違うということです。懐の痛み具合が同じであっても、審査会のものであれば、救済をメインにしたといえば、多くの医師は納得すると思います。裁判所の場合はおそらく口が裂けても言えないだろうし、こちらもその手のことはしてはいけないことだと思っている。周りも純粋に過誤だったとみる。だから同じ結果でも反応が違ってくるでしょう。それから、もちろん素人がレトロスペクティブな断罪をおこなっているという点も要素としては大きいかも知れませんね。

 という先生のお言葉は、医師の方々の率直なお気持ちを述べられたものだと思います。
 この「お気持ち」の部分を理解することが、制度のありようを考えるには実は重要なことなのかも知れないと感じています。

 なお、先生のコメント.40に補足いたしますと、日医はA1会員(開業医を中心とする病院開設者)、A2会員(勤務医で日医医賠責に加入する者)、B会員(A2会員を除いた有給勤務医)、C会員(無給勤務医)に分かれていて、それぞれ会費の額が異なるそうです。
 元行政先生が言及しておられた「地域医師会から情報を得るために医師会に入っている同僚」の先生が、日医A1会員またはA2会員であるならば日医医賠責の適用を受けますし、それ以外ならば日医医賠責の適用を受けないということのようです。
 近年は勤務医の先生方でも独自に保険加入なさる方が多いのではないかと思いますが、従来は病院開設者が(日医医賠責とは別に)加入している、病院開設者の補助者(勤務医、看護師、薬剤師、放射線技師その他の使用人)が起こした(巻き込まれた)事故も保障される保険でカバーされるとか、公立病院の場合は国賠法によって専ら国や地方公共団体に求償されるので医師個人にはあまり賠償負担がないとかいった事情により、あまり保険加入の必要性を感じられなかったのではないかと推測しています。

>整形A先生(.30)、
>勤務医のあまりに無防備な状況、そして病院及び保険会社の危機対応能力の低さです。/病院側は最終的に保険会社が負担するからよしとしても、保険会社だってもう少しきちんとした対応をすれば、自分のところからの持ち出しを少なくできると思うのですが、 何を考えているのかな?

 それが「組織化されていないということの意味」なのではないかなあと思います。ところで、勤務医の皆さま向けには学会単位で保険があるそうですが、そこで「審査会」を作って医事紛争に関して中立的な鑑定をするようにすれば、無用な訴訟を抑制することにつながるのではないかなあと思ったりいたしました。

No.41 an_accused さん

私のつたないコメントの補足までしていただき、ありがとうございます。

私の保険についてさらに詳しく述べさせていただきますと、最初に入ったのはおそらく賠償負担がないであろう最初の公務員時代でかなり前になります。JBMでは禁忌と言われているERCPなども手がける医者ですから、保険の必要性は高いということもありますが、最近は規制の厳しくなった闇バイトなどもあるので入り、それ以降継続しているという感じです。医師としてこういうことは助け合う意味で必要とも感じていました。

次は、自分の公立病院の保険事情を事務長にでも聞いてみようと思います。場合によっては病院の集いで事務長に「組織化等に関して」提言させてみようかと思いました。

>元行政さん
>an_accused さん

ご回答頂き有り難うございました。日医医賠責の適用を受けていれば、日医医賠責審査会のスクリーニングを受けることができ、訴訟負担も軽くなる(可能性がある)と言う理解でよろしいのでしょうか。

でしたら、勤務医の方々も日医に入ることで、訴訟負担が軽くなると言うことですよね。それなのに勤務医の方の日医の加入率が悪いというのが疑問な所ではあります。

以前に少し話題になった「心不全で亡くなった男性(当時47歳)の遺族が、入院を説得しなかった医師の過失が原因などとして、病院を経営する学校法人「帝京大学」(同)に約1億1000万円の損害賠償を求めた訴訟」の判決文です。(医療崩壊について考え、語るエントリ(その5)で、No.161 田舎の消化器外科医さんが紹介されてますね)

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061106125952.pdf

基本的には「言った言わない」の問題なんでしょうが、「A死亡後のC医師とF医師のやり取り」が焦点になっているような気もします。個人的には、下記のような事を言い切る裁判官(藤山氏ですが)に驚きました

----------
もはや自己の考える医療行為が実現できないことは十分に認識し得たはずであり、そうである以上、その時点でその旨を明示し、自己の方針に従うか他医への転医かの選択を求めるべきであり、それをせずに漫然と経過観察を続けることは、患者の誤解を解かないばかりかむしろ患者の誤った認識を是認し、その誤解を助長するものといわざるを得ないのであり
----------

> 個人的には、下記のような事を言い切る裁判官(藤山氏ですが)に驚きました
「もはや自己の考える医療行為が実現できないことは十分に認識し得たはず」
「その時点でその旨を明示し、自己の方針に従うか他医への転医かの選択を求めるべき」

むー 「俺の言うことが聞けんなら、出ていけ」ですか。横暴だよねw
これは基本的には法律家っぽい発想ですが、
弁護士の立場では、なかなかそうはよう言い切らんと思います。

言っておきますが、依頼を断ったらお金をもらえないとかいう、セコイ考えではありません。

依頼者の中には、裁判所では絶対に受け容れられない独自の見解に固執する人や、物の見方がどうしようもなく歪んで居る人や、いろいろ居て、どうしてもソリが合わない人もあります。
でも、一旦依頼を引き受けた以上、ここで私が見捨てたら、この人どうなるの?余所の弁護士のところへ行っても結果は同じだろうし、悪くすると、引き受けてくれる弁護士さんが無くて路頭に迷っちゃうかも。
実際にはそんなに簡単には放り出せません。特に、破産申立とか刑事事件とか、本人の力が弱いと思われる人の場合。

だから、とにかく自分が最善と考える方法で努力して、それが本人の希望とズレているために「ヘボ弁護士めが」と誤解されようとも、
紛議調停だ弁護過誤だと言われない限りは、まあいいか、という感じで、騙し騙し持っていくというようなことも・・・
依頼者と心が通じ合わないのは悲しいことですが、仕方がありません。粛々と仕事をするだけです。
つまり、辞任するのは、どうにもならない、よっぽどの場合だと言えます。

私は以前に、いくら言っても必要な書類を持って来ない、打ち合わせを嘘をついて(しかもすぐバレるような稚拙な嘘)すっぽかすこと数回という依頼者の破産申立事件を辞任しましたが、
その話を他の弁護士にすると、「それは弁護士としては辛抱が足りない、よく諭して導いてやるべきだ」と叱られました。
弁護士は、だいたいそういう考えだと思います。

それに対して、裁判官は「決める人」で、マイコートだから、俺がルールブックだ的な考えになるんでないかい?

お医者様の場合はどうでしょうか。

FFF様

こちらにレスをいただいていたことに気付かず、超亀レスになり申し訳ありません。

賠償額の算定につきまして勉強になりました。

さて、
>それから、「地域の名医だからといって慰謝料の額だけ上げる」というのは、果たして本当かいなという疑問を強く持っています。

判決文はPDFですので、貼り付けは止めておきますが、

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=33495&hanreiKbn=03

にありました。

賠償額算定の要素(考慮する事情の一つに過ぎませんが)に上げています。

> No.44 しまさん
ご紹介ありがとうございます。この判決文についていくらか疑問点があります。但し、私はこれについて過失かどうかを言っているわけではなく、あくまでも判決文のおかしいところを指摘しているだけですのでよろしくお願い致します。

> しかも、同月20日に判明した血液生化学検査の結果によれば、アルブ
> ミン値が3.7グラム毎デシリットル(g/dl)(以下、単位については単
> 位記号を用いて表記する。)と正常値の範囲内であったから、肝機能障害
> は鬱血によるものと容易に診断できたはずであるのに、これを見落とし、
> 心疾患に対する対処が遅れた。

診断は容易でしょうか?肝欝血かどうかは疑いはあるものの、実際には除外診断であると思います。もちろん、このケースでは判決文の経過が正しいならば心不全を疑わなければならないケースでしょうが、こう言い切るのはただの無知を露呈しているようなものです。

> 息切れの訴えに対応する十
> 分な問診及び診察をしなかったばかりか

> 容易に気づき得るうっ血性心不全の診断

患者さんは本当にまず息切れを主訴にしていたのでしょうか?浮腫や息切れならまあ、心エコーをやるのは考えます。しかし、もし、肝腫大を主訴にしてきたのならば(浮腫は肝不全でも来ます)少しは弁明の余地があると思いますし、現在の医療システムで十分に問診をする時間なんてどこにあるのでしょう?医師の良いわけと言われればそれまでですが、私は恥をしのんで言わせて頂くと、循環器の初診外来で血圧を測らないことが結構あります。動悸の訴えなどの場合です。正直言って血圧なんて測っている暇はありません。5分で初診患者を診るなんて無理な話です。
医療システムの問題まで言及すべき問題ではないかと私は思います。

> Aの入院を説得しなかった過失の有無

はっきり言って心不全の入院時期についての検討は非常に難しいものがあり、明確なガイドラインはありません。最終的には医師の勘が頼りです。
基本的に症状があればベッドが空いていればとりあえず入院だし(逆にいっぱいだと外来で可能な限り引っ張ることがよくあります)、バイタルの低下があれば即入院を勧めるし、でも、息切れだけなら何とか外来でできることもあります。心拡大があり(但し、レントゲン上ではありません。エコー上です)、ARがその原因となっていた場合、心カテのために入院を勧めますが、その時期はベッドの空き具合と症状、BNPに数値などによりいろいろ変わります。ただ、BNPはすぐには出てこない病院もあるので(一週間くらいかかる)非常にその当たりはフレキシブルになります。
個人的にはこのケースは、判決ぶんが正しいと仮定すると過失と言わざるを得ないケースかもしれません。しかし、その内容は非常に独善が混じった判決文といわざるを得ません。机上の理論と実際とは相反するものだと良く言いますが、まさにその通りでしょう。

>yama さん
>心疾患に対する対処が遅れた
原告側の主張です。

それに対し、判決では

-----
アルブミン値が正常値を示していることが、他の肝機能を示す数値が異常値を示していることとの関係で、Aが肝臓ないし胆嚢腫瘍ではないと判断すべきであると認めるに足りる証拠はないのであって、原告の主張は失当であるといわざるを得ない。
-----

とあります。

 >でも、一旦依頼を引き受けた以上、ここで私が見捨てたら、この人どうなるの?余所の弁護士のところへ行っても結果は同じだろうし、悪くすると、引き受けてくれる弁護士さんが無くて路頭に迷っちゃうかも。実際にはそんなに簡単には放り出せません。特に、破産申立とか刑事事件とか、本人の力が弱いと思われる人の場合。だから、とにかく自分が最善と考える方法で努力して、それが本人の希望とズレているために「ヘボ弁護士めが」と誤解されようとも、紛議調停だ弁護過誤だと言われない限りは、まあいいか、という感じで、騙し騙し持っていくというようなことも・・・依頼者と心が通じ合わないのは悲しいことですが、仕方がありません。粛々と仕事をするだけです。
 つまり、辞任するのは、どうにもならない、よっぽどの場合だと言えます。


 YUNYUNさんのお話はとても親近感がもてました。医師も患者さんが他の医師のかかるのは勝手で紹介状などお手伝いするけど、今までは自分から見捨てるようなことは基本的にしないのが鉄則だったと思うのですが。
 これからは自分のいうことを聞いてもらえなければにっこり笑って「他の医師を紹介しますよ」と言ってカルテに〜指導するも拒否。他医紹介とかけばいいのでしょうか。

 藤山裁判長。問題のある判決複数あるようですけどなんらかの処罰されないんでしょうか。いくら裁判官の特殊性と言っても放置していいんですかね。「逮捕しろ、刑事事件にしろ」とは思いませんけど。(医師はすぐそう言われるのが悲しいところ)

 彼の判決だけでなく、割り箸、こんにゃくゼリー、Yosyan先生の「新小児科医のつぶやき」で詳細に検証されているような判決などなど、裁判所が救急医療もはや崩壊しろといっているとしか思えないです。産婦人科の次は救急が崩壊するのが明らかになってきました。
 もう民事だろうが刑事だろうがこんな理不尽な判決が出るなんてやってられない、と思います。

>元研修医さん
>自分のいうことを聞いてもらえなければ

ケース・バイ・ケースだと考えますが。例えば、死が迫っていて、かつ自分の身体の状況に気が付かない場合、「自分の言う事を聞かなければ他へ行け」と言うのはあるかと思います。

別に見捨てるとかそう言うわけではなく、そうでも言わないと深刻さに気が付かない場合もあるのではないかと思うのですが。同じ事を繰り返しても仕方ないのではないかと思いますし、手をこまねいている間に死がやってこないとも限らないのですから。

もちろん経過観察が適切な場合もあるでしょうから、「患者さんがどの程度死に近づいていたか」と言う事も論点の一つでしょうね。

> じじいさん (No.46のコメントについて)

判決をざっと読んでみましたが、やはり「名医だからといって慰謝料を上げた」わけではなさそうですね。真意を正確に汲むには双方の最終準備書面を確認したいところですが、問題の箇所は、「原告には、当該分野の専門家である被告医師の名声、立場を信頼して今回の治療を委ねたという事情がある」といっているに過ぎません。慰謝料の増額事由として明確に挙がっているのは、過失の重大性と、被告の不誠実な態度の2点です(実際に過失が重大であったか、態度が不誠実であったかの判断は措きますが、裁判所は証拠からそう認定したということでしょう。)。

それから、交通事故の慰謝料算定基準にとらわれないとの前置きはありますが、結果として認められた慰謝料は、確かに高めではあるものの、交通事故の基準を明らかに超えるというほどのものではありません。

ですので、問題の判決を「名医だからといって慰謝料を上げた」事例として理解することは不適切であると考えますが、一方で、法律家をテロリストと呼んで裁判の不当性を声高に主張する医師(勿論じじいさんのことではありません。念のため。)に攻撃材料を与えかねない表現だなあとも思います。わざわざ書かなくてもいいことを書いて無用な混乱を生じている感はなきにしもあらずです。

>「心不全で亡くなった男性(当時47歳)の遺族が、入院を説得しなかった医師の過失が原因などとして、病院を経営する学校法人「帝京大学」(同)に約1億1000万円の損害賠償を求めた訴訟」

判決文を読んでちょっとひどすぎるという印象です。
要するに裁判官には(あるいは裁判の経過を通して)患者さんのprofileが全く理解されていないことに尽きると思います。15歳時に発見された先天性2尖弁の大動脈弁狭窄症(AS)で(その時点ですでに中等度、さらに2尖弁の場合進行が早いとされる)、47歳時(平成12年)に心不全で帝京大学を受診した時には既に手遅れのterminal stage(終末期)であるということ(心臓は拡大して菲薄化した状態)。むしろ47歳までよく生きたなぁと言う印象。最後に診た主治医には入院や治療を含め病状を改善するような手段は何もなかったのではないかと思います。

判決文の中にはARについてのみが書かれていますがASの狭窄が解除されていなければ、もちろんAS+ARとなります。(この時点でのASの診断はかなり困難)

ASに関する過去の情報が主治医に伝えられていないことが不思議です。患者さん自身が既往症について話していないのか信頼関係が構築されていないのでしょうか。患者さんが心を閉ざしていたのか病識がないのか?

大動脈弁狭窄症(AS)に関して言わせていただくと、特に終末期のものは極めて診断の困難なものです。Occult ASという言葉がありますが、最も見落とされやすい疾患としてBraunwald(アメリカの最も有名な循環器の教科書)などの教科書にも記載されています。
小生も10年程前に原因不明の心不全で死亡され、病理解剖の結果、大動脈弁狭窄症と診断された苦い経験があります。大学の何人かの先輩医師と後でdiscussionしましたが、診断困難という意見は同じ(みな苦い経験を持っている)ようです。

>uchitama さん
>最後に診た主治医には入院や治療を含め病状を改善するような手段は
>何もなかったのではないかと思います


下記の病院側の主張も加味されたと思います。訴訟対策かも知れませんが。
----------
もっとも、被告は、平成18年5月10日の本件第3回口頭弁論期日において陳述した同年4月5日付準備書面中において、Aが入院を先延ばしにしていなければ現在でも生命を保っていた可能性が極めて高いと主張している
----------

No.50 しまさん
言い方にもよるんでしょうけど「自分の言う事を聞かなければ他へ行け」的な事を言われたと患者が感じたら、それはそれでドクハラ扱いされるような気もしますけどね。

No.48 しまさん
私の読み落としでした。失礼しました。これは判決ではなくて原告の主張なのですね。

10月27日に開催された衆議院厚生労働委員会で、柳澤厚生労働大臣が医療事故調査委員会の構築の検討中であること、本年度内に厚生省としての試案を提示し、来年度にはそれについて有識者による検討を行い、順を追って体制の整備に取り組むとの発言がありました。

拙ブログ
http://urenaiconsul.cocolog-nifty.com/blog/medical/2006/11/post_7ddf.html
で書いたのですが、私は医療事故調査委員会による検証、調査、提言は、医療の発展(単に技術のみならず制度等を含め)に役に立つのではと思うのですが。

> 「自分の言う事を聞かなければ他へ行け」的な事を言われたと患者が感じたら、それはそれでドクハラ扱いされるような気もしますけどね(No.54 右でも左でもなく様)

患者からしたら、そりゃ不満に思うでしょう。正確な病織がなければ、なおさら。

普通の病院ではありませんが、
癌であるという診断を信じずに手術を拒否した人が、医療刑務所から普通の刑務所に戻されたことについて、「医療を受けさせてもらえない」と、弁護士会に人権救済申立をした事例がありました。
刑務所の場合は、他へ行くという選択肢はないのですが。

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> 医療事故調査委員会による検証、調査、提言は、医療の発展(単に技術のみならず制度等を含め)に役に立つのでは(No.56 売れない経営コンサルタント さま)

それと同時に、民事の損害賠償請求訴訟を抑制し、刑事責任追及を緩和する効果を持たせられないか、
というのが、ここの面々の期待です。

No.57 YUNYUN さん

医療事故調査委員会の報告書は、民事訴訟及び刑事責任追及において当然参考とされる書類であり、トンデモ判決を抑止し、合理的な結果に導くと期待するのですが。

何度もの書き込みを許して下さい。

医療崩壊について考え、語るエントリ(その5)の最後の方(No.239以降) で、自由診療、混合診療、プレミアム診療関係が議論されていました。なお、以下の私の文章は自由診療、混合診療、プレミアム診療についての問題点の指摘(例えば、オリックス他の国内の保険会社、外資も含めて)について認識した上で、書いているつもりです。

拙ブログエントリータイトル:国勢調査から見る高齢化社会で、高齢化社会の進み具合を見ようと思い、幾つかのグラフを作成したのですが、急速な高齢化に自分自身驚く次第でした。

これからの高齢化社会で現在の医療保険制度の維持が可能だろうかと思いました。即ち、制度改革がやはり必要ではないかと。例えば、現在法人税の減税が言われ始めました。減税のしわ寄せの一部は、医療崩壊に向かうことを恐れるのです。

私は、医療崩壊が生じても、高所得者に対する影響は少なく、弱者に行くのだろうと思うのです。どのような医療体制を理想とするのか、実はその理想像を持たずに、エゴばかり強くなって、全体を見渡した議論がなくなってきているような気がするのです。エゴではない実体を踏まえた理想論も必要ではないかと。

医療費について言えば、医薬メーカーは新薬開発を行わないとジェネリックにマーケットを取られだけだし、生き残りが計れない。新薬や新医療機械は、医療の発展に不可欠であり、決して、負の側面だけではない。又、日本だけの問題でもない。もし高価な新薬を日本人の皆が使用したら、医療費は天井知らずになるのではないか。混合診療を導入しないと保険制度の破綻になってしまうのではないか。

経済財政諮問会議が、どんどん先へ物事を進めていかないように、医療関係者として問題点等を国民に発信することが重要で、国民が今後の医療制度を納得して選べるようにする必要があると思いました。(最も、「言うはやすし、行うは難し。」の見本みたいなことを言って済みません。)

「この医療崩壊について考え、語る」においても、医療裁判のことのみならず、自由診療、混合診療、プレミアム診療の関係についても、もう少し議論があっても良いのかなと思ったモンですから。(自分の勉強のために、勝手なことを言っている面がありますが)

No.59 売れない経営コンサルタント さん

それまでに日本の医療がもてば、ですね(医療制度ではなくていりょうそのものです)。士気の低下、人材の流出、技術伝承の途絶と結構あぶなっかしいですよ。この3点"のみ"を注目するなら、自由診療にしたほうが維持は出来そうです。

藤山裁判官の今エントリの二つの判決ですが、原告弁護士費用も賠償額に入れているようです。これって昔はダメだった話ですよね。判決内容の医学的部分は言わずもがなですし、特異な裁判官の例だと思って見ていますが、この部分はちょっと気になります。

> 売れない経営コンサルタント さん
医療崩壊に関してはイギリスがお手本を見せてくれるのではないかと思っています。イギリスを調べることで、「医療が崩壊した事で、死人がどの程度増えたのか」という、マクロなデータが手にはいるのかなと漠然と思っています。

「ゆとり教育」が何をもたらしたのか不明なように、「医療崩壊」が何をもたらすのか、根拠あるデータに基づいて考えていきたいところですね。

>No.54 右でも左でもなくさん
>ドクハラ扱い

過去の話ですが、医師が強い口調で入院を迫ってきたときがありました。反発を覚えた私は入院しなかったのですが、結局の所入院することに相成りました。

医師が強い口調でものを言う場合、患者のためを思って言う場合もありますね。ドクハラ扱いするより、素直に指示に従った方がいいケースもある事を学びました。

No.61 元行政さま
>原告弁護士費用も賠償額に入れているようです。これって昔はダメだった話ですよね。

判例DBで調べてみたところ、「損害賠償+相当因果関係のある弁護士費用」の検索条件では多すぎて表示されず、さらに「医師」と加えてようやく適正数がヒットする、といった状況でした。
最近の医療過誤訴訟の患者側勝訴の事例で、認容額が数千万円〜数億円に及ぶような場合、弁護士費用も数百万〜一千万円程度が認められているものが少なからずありました。(藤山ケースに限らず)
年代的にも、遅くとも昭和40、50年代くらい以降、原告の損害の一部として弁護士費用の賠償を認める判断がふつうに見られるようです。(ざっと調べただけなのでもっと古いものもあるかもしれません)


以上とはまったく関係ない話ですが、
12月5日(火)、弁護士会主催のシンポジウムで、パネリストとして藤山判事が出席するそうです。
時間がとれたら行ってみようかと思います。
東京の弁護士のみ対象のclosedな会のようです。

【東京三弁護士会医療関係事件検討協議会シンポジウム
 徹底討論!「医療訴訟のあるべき姿」とは?】

>No.60 お弟子さん

よく解ります。制度がよくて皆が魅力を感じるなら発展するし、問題がありすぎるなら個人の利益を犠牲にすることは出来ない。大金持ちは外国で診療を受けるなんてことに、そのうちなりかねないのではないかと。

>No.62 しまさん

英国の医療崩壊(医療の実状)のことを書いたよいレポートなりはありますか?

イギリスの医療事情を視察した議員のレポートなら下記にあります
http://yamanoi.net/blog/archives/2005/12/33744.html

「この病院では、2年前は、一般の手術の待機期間1年半だった。 今は半年」と言うくだりがありますが、この事がどのようなデメリットを及ぼしているのかは書いていませんね。

FFF様

レスありがとうございます。

>慰謝料の増額事由として明確に挙がっているのは、過失の重大性と、被告の不誠実な態度の2点です

とすると、不誠実さや過失の重大性と何ら関係のない、名医云々の話は全く不要ということになります。

>わざわざ書かなくてもいいことを書いて無用な混乱を生じている感はなきにしもあらずです。

判断の根拠と何ら関係のない、ある意味、悪口に近い内容を、根拠の中に織り混ぜるようにして書くことは、不必要に被告側を挑発しているようにも受け取れます。

こうした行為が、藤山氏の判断の公平性に疑念を抱かせる要因にもなるのですが。
おかずを全く書かずに批判された裁判官もいましたが、判決とは関係のない不要な挑発を判決文中で行うのも十分批判に値すると思います。

だからといって、彼をテロリストと呼ぶつもりはありませんが、彼を裁判官として任用している人たちは、その辺をどう考えているのか聞いてみたいと思います。

>しまさん
>言い方にもよるんでしょうけど「自分の言う事を聞かなければ他へ行け」的な

先天性2尖弁の大動脈弁狭窄症(AS)や他の先天性心疾患など幼少時から病気を抱える方のいくらかは精神論に走る方や、医療や病院に対し否定的になることがありがちなのです。この患者さんのように手術をせずにこれまで頑張ってこれたのだからという根拠のない自信が、医療者側との信頼関係を損ねているのです。何とかしてあげたいと思っても、信頼関係を回復し、入院を説得するのは至難の業です。

>藤山裁判長。問題のある判決複数あるようですけどなんらかの処罰されないんでしょうか。等。等。

藤山裁判官の判決文は、循環器疾患の理解度は素晴らしい(頭が良い)と感じる一方で、世間知らずなのか、実際の日常診療との乖離を感じさせます。
2、3時間待ちの5分診療と言う現実、入院を拒否する患者さんなど日常茶飯事です。また、いきなりバティスタの手術を引き合いに出すあたりはテレビドラマ(坂口健二の「医龍」)と現実の医療と机上の知識の境目が分かっていないのではないかとすら感じさせます。大体バティスタ手術なんてどこでやってるの?、本当にその適応があるのか?って聞きたいくらいです。医療は単なる言葉のつなぎ合わせではありません。その手術治療をする施設や具体的な医師に確実に繋げられなければ、ただの机上の空論です。

また、自分の知性に対する過信からなのでしょうか、この症例を、心不全、大動脈閉鎖不全(AR)と簡単に片付けていますが、かなり腕の良い循環器医でも恐らく診断や治療に苦しむ症例だと思います(小生が偉そうに言っているのはあくまで後出しじゃんけんだからです)。
いきなり初診で左心不全優位のはずのASの病態が、右心不全が優位になると理解できず、先天性の2尖弁であることから他の右心不全を伴う先天性心疾患(ASDやPDA)の合併を疑うのも当然です。右心不全からくる多彩な症状(嘔気、肝機能障害)などから胆嚢癌などを疑うのもうなずけます。ちなみに小生が死亡させた大動脈弁狭窄症の患者さんは、胸部異常陰影と胸水、心嚢液貯留で肺癌と誤診したのです。

また、もし仮に診断がついていたとしても、心機能の著明に低下したsevere AS + severe ARの(さらに右心不全による肺高血圧まで呈した)手術は一か八かです。成功率50%以下の手術と判決文に書かれていますが(いやそれどころか恐らくもっと低く手術適応がないと小生は思う)、入院すら拒否する患者さんに手術を説得するのも大変なら、そんな成功率の低い手術を引き受ける病院を探すのもまた至難です。術死というのは自然死よりも遥かに状況は悲惨です。

訴訟にもならないような簡単な症例では付け刃の知識が通用しても、循環器医ですら苦慮するような本症例では、却ってその知識のために判決文が支離滅裂に見えます。裁判官は特に知識や学問に対しもっと謙虚になって欲しいとつくづく感じます。

> 医療事故調査委員会の報告書は、民事訴訟及び刑事責任追及において当然参考とされる書類であり、トンデモ判決を抑止し、合理的な結果に導くと期待する(No.58 売れない経営コンサルタント さま)

そのような効果も当然、期待されます。

整理しますと、
医師の立場による究極の目標は、医療事件を民事・刑事の訴訟の枠組みから外してしまうことです。
民事訴訟を阻むために考えられる方策としては、

1.訴訟に前置する医事紛争調停
現行の憲法秩序の下では紛争の最終的な解決は裁判によると定められているから、
これと矛盾しない形で訴訟以外の紛争解決手段を導入するとすれば、前置しかできない。
しかし、調停を経ることを法的に強制すれば、訴訟に至る件数を減らせる。

2.真相解明を目的とする専門的調査機関
訴訟の真相解明機能を期待する患者のために、別のより良い手段を提供する。

3.無過失補償制度
一定の金額が簡易な手続きで得られるなら、訴訟するのはやめておこうと思わせる。
(補償金を受ける条件として、損害賠償請求権を放棄させる)

以上の手段をもってしても、損害訴訟提起を阻止できないこともありますが、
それでも、調査機関の調査結果を、鑑定に準じるものとして、訴訟に証拠として持ち込めば、トンデモ鑑定や裁判官のトンデモ判断を防止する効果が期待されます。

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> 原告弁護士費用も賠償額に入れているようです。これって昔はダメだった話ですよね(No.61 元行政さま)
 
損害賠償請求という訴訟類型においては、原告の請求が認容されれば(被告に過失アリとの認定)、弁護士費用までもらえるというのが、現在の定着した実務であり、
別に藤山裁判官の特異な判断というわけではありません。
損害原因は、交通事故でも医療過誤でも出火でも、何でも同じです。
金額は、原告が実際に弁護士に対して支払った額ではなく、裁判所が妥当と考える額であり、認容損害額の1割程度が普通です。

こういう扱いがいつ始まったかは知りませんが、
私が学生時代に不法行為法の授業でそう習いましたから、それ以前から当たり前に行われていたことで、
> 遅くとも昭和40、50年代くらい以降(No.64 fuka_fuka さま)
とのご意見が正しいと思います。

No65:売れない経営コンサルタントさん

ネット上では「イギリスの病院」
http://www.geocities.jp/jgill37jp/waiting_list.html
ここからこのサイト内を見て頂くのがいいでしょう。イギリスで暮らした日本の小児科医が書いていますが、出だしからちょっと信じられない数字が並んでいます。

日本の医療費はこれと同じ程度(対GDP費)です。
こんな医療費でここまでの医療を提供できているわが国の同僚を僕は誇りに思います。

成書なら
「医療費抑制の時代」を超えて-イギリスの医療・福祉改革 近藤克則著 医学書院 2004年
がお勧めです

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4260127209

同著者の連載記事はネットで読めます
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2004dir/n2587dir/n2587_03.htm


> uchitam さん  (No.68のコメントについて)

 訴訟の構造についてどのようなイメージをお持ちなのか分かりませんが、ここで繰り返し色々な方から説明があるように、民事訴訟は当事者が提出した証拠から認定をするわけでして、裁判官が自分で付け焼刃的な勉強をした知識から勝手な理屈をひねり出しているものではありません。

 「裁判官は特に知識や学問に対しもっと謙虚に」とありますけど、今回の件について言えば、双方から出された医師による見解と証拠のうち、原告側のものを採用したということであって、言うなれば、「原告側協力医の専門家としての見解に対して謙虚な姿勢を示した」ということでもあります(鑑定をしていたのであれば、鑑定医の見解に謙虚に従った、という評価もできます)。

 医療訴訟では、通常、原告被告の双方に専門的見解を提示する医師がいて、その主張を法律的に構成する弁護士もいるわけですので、単純に「法律家 vs 医師」という構図を描いて議論するのは、あまり適切とは思えません。

>uchitamaさん
バティスタに関する部分は、被告側の主張だと思います。


>FFFさん
最終的に決め手になったのは、被告側医師による証拠だと思います。

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Aについて、F医師は、平成12年7月1日の時点においてAが入院すれば、Aの状態がその後安定し、弁置換術の適応状態となる可能性が一番高く、同年8月に入ってから入院したとしても、F医師としては、Aの全身状態からして手術が可能であったという気もしないではないと述べている。
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>FFFさま
>裁判官が自分で付け焼刃的な勉強をした知識から勝手な理屈をひねり出しているものではありません。

判決文における大動脈弁狭窄症の重症度に関する記述や大動脈弁閉鎖不全症の手術適応などに関するコメントは良く簡潔にまとまっており、さすが法曹家という印象です。ただ小生が本症例に関して感じたのはもうすでに手遅れになった大動脈弁狭窄兼閉鎖不全で肺高血圧を伴い、もう初診の時点でどうしようもなかった(すでに手遅れ)という印象なのです(実際に患者さんを診察しているわけではありませんが)。というのは幼少時からある大動脈弁狭窄症の終末期であり、昨日今日、今月先月のレベルの話ではないのです。むしろ過失が一番あるのは15歳時に診断し、手術適応を検討した医師がなぜその後にもっとしっかりとフォローアップをしなかったのかということです。
極論を言えば、逸失利益どころか初診の時点で予後数ヶ月以内と思える状況です。
初対面か、会って2、3度目の患者さんに「放っておくと死にますよ」とはなかなか言いにくいものです。(訴訟より嫌われる方がマシですから、小生は敢えて言いますが。)

>「法律家 vs 医師」という構図を描いて議論するのは、あまり適切とは思えません。

法律家でも弁護士の方はむしろ親近感を覚えます。クレーマー患者ならぬクレーマー依頼者の説得や正義と現実(実務)の折り合いなどに関しては理解しやすい部分が大いにあります。
その一方で裁判官は優秀でありながらも孤立し、世間から隔絶された(ちょっと言い過ぎかもしれませんが)存在であり、恐らく今回の判例のようなある種社会(医療)からドロップアウトした患者さんの状況をとても理解しているとは思えません。また医学と医療(実地診療)が異なるように、教科書や鑑定医の意見とその例外的とでも言えるような実際の症例との違いは理解していないように思えます。それを理解していると過信している(?)ことが問題なのでは?むしろこの判決文からのスマートな論調からはそう感じたのです。

前から言いたかったのですが、とりわけ裁判官という高い立場にいる人間はその言動(判決を含めて)の社気的影響を常に考えて行動して欲しいと思います。判決における一つの言葉が医療をも崩壊させかねないとまで考える責務(優秀であるが故の)があると思います。だからこそ裁判官は勲章まで貰えるんだよ。

No.64 fuka_fuka さん No.69 YUNYUN さん

一般向けの法律の本に出てくる勝っても弁護士費用は出ないといった記述は、全額はとか、損害賠償では例外もという情報が抜けているということですね。ご教示ありがとうございました。(少し前に裁判の始めに双方が合意すれば弁護士費用もという話があったので、それ以前は全然出なかったのだと思っていました)
ご教示ありがとうございました。

>損害賠償請求という訴訟類型においては、原告の請求が認容されれば
>(被告に過失アリとの認定)、弁護士費用までもらえるというのが、現在
>の定着した実務であり、(No.69)

原告の請求が否定されれば、場合によっては、被告側の弁護士費用も
原告が支払うべきで、一方的な敗訴者弁護士費用負担になりはしませんか?それとも原告は同様の率で被告側弁護士費用(認定分)を支払っているのでしょうか?

>極論を言えば、逸失利益どころか初診の時点で予後数ヶ月以内と
>思える状況です。(No.72)

結局、現在の法廷状況では、医者側弁護団は、裁判官に対して
1逸失利益算定の基準となるべき治療開始前の時点での予後が
 そもそも非常に悪い状態であるということ。
2担当医の担当診療期間が短い場合、入院などの治療方針を直ちに
 承諾しない統計的傾向があること。
3治療困難症例であり、同時に、正確な鑑別診断に到達するまでには
 外来診療上、時間を要すること。
など、裁判官の思考過程と理解の進捗を予想しながら、判断材料を
与えていく、法廷戦術を重視すべきなのです。(後だしジャンケンですが)

123のような単純明快な、事実を強調した上で、患者が自己の長い
病歴を書面等で示さなかった自己責任や、一人の外来患者に割く
診療時間が限られているという実地診療上の現実、などの事実を補強
していくような戦略を取るべきだったのでしょう。

医療訴訟においては、証拠提示による裁判官の理解の進展を、
シミュレーションしながら、最善策を練るという、法廷戦術を持った
弁護士を雇わなければ、「人が一人死んでいるのだから」医者側に
道理があっても、負けてしまいます。

道理のある医者が敗訴しないように、法廷戦略を練る為の学問を
今以上に鍛える必要があります。(防衛医療学として)

昨今いくつか裁判記録にも目を通していますが、医療サイドもそろそろ法廷戦術というものをしっかり考えないといけない時期だと思います。

医療は不確実なものであるということは当然ですが、それを逆手に取られて「ならば別な方法論を取っていれば助かっていた”かも知れない”わけですね?」と突っ込まれている印象を受けます。

少なくとも法廷の場においては正しいかどうかよりまずは勝てるかどうかを優先すべきなのかとも考えます。

> 原告の請求が否定されれば、場合によっては、被告側の弁護士費用も
原告が支払うべきで、一方的な敗訴者弁護士費用負担になりはしませんか?それとも原告は同様の率で被告側弁護士費用(認定分)を支払っているのでしょうか?(No.75 座位臥位立位さま)

原告が勝訴した場合に弁護士費用が認容されることは、「敗訴者負担」という趣旨ではありません。
現在の民事訴訟では、弁護士費用の敗訴者負担制度は一般的に行われていません。
一時期、導入をという話がありましたが、あれは製造物責任などで消費者が訴訟を提起しにくくするようにしたいというメーカー大企業の思惑でした。

損害賠償請求に限って弁護士費用が認められる法的な理屈としては、被害者救済の観点から、
損害賠償の範囲とされる「通常の損害」の中に、こじれて訴訟になった場合の弁護士費用まで含むと解されているのです。

これに対して、売買契約などの不履行の損害賠償請求では、同じく「通常の損害」を賠償すべしとされながら、訴訟しても弁護士費用を認めません。
その理由は、対等な関係の契約当事者の一方のみを強く保護する必要がないと考えられているからです。
契約なら、損害賠償額の予定をしておくこともできますし。
(医療過誤の法的構成を、不法行為とみるか契約違反の債務不履行とみるか、という問題がありますが、不法行為で弁護士費用を含めて請求するやり方が多いと思います。)

こういう考え方ですので、
医療訴訟においては、被告医療側からは訴訟上何も請求していないから(被告には損害が発生していない)、
勝訴しても、原告の請求を阻んだ(請求棄却)というだけで、何ももらえません。
一般的に、請求を受けて防戦する被告の側は、勝ってもともとで、訴訟しても一銭も儲かるわけでなく、それどころか、自分が頼んだ弁護士の費用も負担しなければならないので、大変です。(賠償責任保険に加入しておけば、勝訴した場合の弁護士費用まで、カバーされるのか?)

世知辛い話ですが、弁護士が「被告」側代理人としてお仕事をする場合に、勝訴しても、依頼者から報酬金を気持ちよく払ってもらえるか、という問題があります。勝訴したにもかかわらず、手許からお金が出ていくのが、なんか不当な気がするらしい。
医師の皆さまが、自分の代理人弁護士の活動についてご不満なことがあるようですが、被告という立場がそうさせる部分があるかも、と思ったりします。

なお、紛争を和解的に解決する場合に、支払側が値切る口実として、
「訴訟したら弁護士費用がかかるのだから、その分、1割程度は負けてくださいよ。手取りは同じでしょ」
保険会社やサラ金がよくそう言います。それを聞くと、大変不愉快な気分になるのは、私だけ?

No.71 FFF さん

>原告側協力医の専門家としての見解

この二つの判決文に限らず、原告の主張を見る限りは、医師がそのような見解を示したとは考えられない主張が多いです。協力医が、このような点で過誤があると主張したとしたのだとしたら、間違いなくトンデモ医でしょうし、原告の提出する主張として最後にチェックを頼んでいたのなら(おそらくそこまではしていない)まともな医者なら、自分の名誉にかけてダメ出しをするでしょう。
またこれらの判決文や、今までこのブログで既出の多くの判決文に関しては、裁判官の証拠の採用の仕方それに対するコメントは、医師から見たら、都合のいいところの寄せ集めに過ぎず、十分な理解にいたっていないことは、反論の余地のない事実です。(理解しているが、詳細に書くことは面倒なので、適当に書いている可能性はあります)

協力医の話でついでに。
じじいさんの出した肝癌の判決文を読んで。実はこの分野は完全に自分のテリトリーなのですが、この分野はすごく専門性が高く、消化器専門の医者でも分かっていない奴が多い(臨床的に例外が多く、文献教科書は嘘ばっかりという感じですし、他の分野の常識をそのまま当てはめることも間違い)。協力医がただでさえ少ないとされる現状で、この被告の先生にケチをつけられる協力医が見つけられるとはとても思えない。だから低いレベルの医療的考察で原告が提訴し、低いレベルで裁判官がそれを採用(下手をすると鑑定医すらダメな可能性もあります)したということに他なりません。(制度的な司法の限界とも言えますが、弁論主義だから正しいなどと根拠もなく開き直らずに、しかたないと正しいとの区別をしっかりつけてもらいたいと思います)
被告としての抗弁でちょっと問題だと思う点もありますが、大きな過失などないことを確信できる内容に対し、不誠実であり賠償額を増やすなどというのはたいへんひどい話だと思います。

No.77 YUNYUN さん

>賠償責任保険に加入しておけば、勝訴した場合の弁護士費用まで、カバーされるのか?

弁護士費用は保険会社の規定によるらしいですね。弁護士を紹介する場合に規定以上となる弁護士を紹介など初めからしないような気がします。

>医師の皆さまが、自分の代理人弁護士の活動についてご不満なことがある

その件に関しては、「自由と正義」の話(及び我々が無知であった医師賠償責任保険の実際)で解決済みかと。

No.68 uchitam さんのコメントに補足したいのですが、ASで症状がないからと心カテや手術(手術の前には心カテが必要)を拒否しておられる患者さんのほとんどが「症状もなく今まで不自由なく暮らしているから」という理由です。そうではなく、症状が出てきたら終わり、と説明してもなかなかそういう人たちは受け入れてくれません。幸い、自分の患者は何かあったら自分の責任と自覚しておられますが、問題は家族です。彼らが死んだら私は家族に恨まれることになるのでしょうか?そうなってもエクスキューズできるようにカルテは作成しているつもりですが、非常に不安です。
さらに、進行したASに腎不全や貧血、消化器癌などが合併しているとそもそも手術不可能になりがちです。消化器の手術は沢山の輸液をしますが、ASではまずこの大量輸液が近畿なケースが多いです。しかし、癌の症例では人工心肺は回せません。よって手術不可能になり、自然死を迎えさせるまで気長に待つしかないのです。
おまけに狭心症を合併している患者は同時手術するか、分けて手術するか等で悩んだりしているうちに死亡してしまうケースもあります。ASR(ASとARの合併)というのは他の弁膜症と比較してもミゼラブルなケースが多いような気がします。

今回のケースの論点は賠償云々の話ではなく、循環器医が心不全と診断できたかどうかが論点と私は理解していました(このケースで心不全を診断できなかった循環器医がいたとしたらそれはちょっと??と思わざるを得ません)。しかし、話の最後は賠償の話になってしまい、あれあれ?という感じがしてなりません。そういう意味では賠償はやりすぎかなと・・・。

No.69 YUNYUN さんのコメント の「1.訴訟に前置する医事紛争調停」に関して

私が、浮かんだのは「国税不服審査」の制度です。医療と税金を同じように論じることは、正しくはないのですが、国税不服審査の制度は裁判所に訴訟を提起せずに、国税不服審判所に対して審査請求を行い、その審理による裁決で解決する方法です。但し、訴訟を提起する権利を奪うものではなく、不服があるときは、その通知を受けた日の翌日から6か月以内に裁判所に対して訴えを提起することができます。

国税不服審判所長は、国税庁長官が財務大臣の承認を受けて、任命することになっているので、中立とは言えないが、裁判を経ずして簡便な方法による解決の方法も供与していると言えます。

医療については、専門的な医療知識に基づく判断がなされなければいけないことを考えると、裁判による解決ではない道も作った方がよい気がします。但し、訴訟の権利を奪うことは不可能と考えます。直接訴訟に行く権利、審査調停機関の判断に不服がある場合には、裁判所に対して訴えを提起することは可能にすべきと考えます。

> 元行政さん  (No.78のコメントについて)

 もちろん、自分としても、医師による見解には適切なものもあれば問題の大きいものもあるだろうと思いますよ。

 問題は、互いに矛盾する医学的考察について、そのいずれが正当なのかを裁判官に適切に判断させるにはどのような工夫が考えられるか、ということではないかと。

 どの医師の見解が「低いレベルの医療的考察」で、どの見解が「高いレベルの考察」なのか、優劣が非専門家にも明らかなのに、敢えて判決で前者を採用したなら、その裁判官はまことに無能であり退場願うべき存在だと思うのですが、現状は必ずしもその区別が容易ではなく、それ故に、医師にすれば不満な判決が出ることがあるのだろうと認識しています。

>しまさま(No.72のコメントに対して)

>被告は、平成18年5月10日の本件第3回口頭弁論期日において陳述した同年4月5日付準備書面中において、Aが入院を先延ばしにしていなければ現在でも生命を保っていた可能性が極めて高いと主張している
>Aについて、F医師は、平成12年7月1日の時点においてAが入院すれば、Aの状態がその後安定し、弁置換術の適応状態となる可能性が一番高く、同年8月に入ってから入院したとしても、F医師としては、Aの全身状態からして手術が可能であったという気もしないではないと述べている。

失礼致しました。よくよく読み返してみると、患者の臨床経過や病状云々というより、要するに被告側がすでに過失を認めてしまっているということですね。あえて自分に不利な発言をしたのでしょうか?ちょっと不自然な発言ですね。
帝京大学の(循環器教授?)病院長だからということと関係あるのでしょうか?

>FFFさま(No.82のコメントに対して)

>現状は必ずしもその区別が容易ではなく、それ故に、医師にすれば不満な判決が出ることがあるのだろうと認識しています。

法曹の立場であれ、医師の立場であれ、判決あるいは鑑定医や協力医の判断に透明性あるいは一定の基準がないことが問題なのでしょう。それゆえ、訴訟の勝敗の予測もつかなければ、裁判の迅速化もはかれない。弁護士にとっては勝つ見込みのない訴訟を引きずったり、クレーマー依頼人の対応が面倒になる。判決を見た医師側も予測できない医療行為(法律すれすれの医療行為)を今後怯えながら行うことになるのでしょう。

>yama さん
>そうではなく、症状が出てきたら終わり、と説明しても

問われているのはまさにその部分だと思います。亡くなった方に対して、突然死の可能性があることを説明したか説明しなかったかが問われているのだと思いました。

1.医師は突然死の可能性を説明しなかった(原告側の証拠)
2.入院していれば弁置換術の適応状態となる可能性が高かった(被告側証拠)
3.医師が病状を説明しなかったから、患者は入院しなかった

と言う判断な訳で、「突然死の可能性を説明していた」とか「手術ができない状態だった」と言う証拠がだせたとすれば、判決の結果が変わった可能性がありますね。

No.75 座位臥位立位さま
>原告の請求が否定されれば、場合によっては、被告側の弁護士費用も
>原告が支払うべきで、一方的な敗訴者弁護士費用負担になりはしませんか?
>それとも原告は同様の率で被告側弁護士費用(認定分)を支払っているのでしょうか?

・現在の制度では、敗訴した原告に被告の弁護士報酬分の支払が
 命じられることは(その訴訟手続の中では)ない

・原告が支払った弁護士報酬の全額について被告に負担させられて
 いるわけではなく、「相当因果関係」の名目で裁判官が(勝手に)
 決めている

・言い掛かり的な不当訴訟で勝訴した被告は、原告の訴訟提起行為
 自体を不法行為として、支払った弁護士報酬その他損害の賠償を
 請求することは可能
 (ただし判例上認められる基準は非常に厳しく、明らかに根拠なしに
 嫌がらせ目的で提起したに違いない、といえるようなケースでしか
 認められていません)

・YUNYUNさまが言及された「弁護士報酬敗訴者負担制度」とは、
 負けた方に両方の弁護士報酬をひっかぶせましょう、という案。
 ググればお分かりになるとおり、弁護士会はこぞって反対しています。

したがって、直接のお答えとしては、
「原告が被告側弁護士費用を支払うことになるケースは、原則としてありません。
 被告側から不当訴訟として逆提訴されて支払われるケースは、医療過誤訴訟のカテゴリではおよそ皆無と思われます。」

No.82 FFF さん

確かに区別は容易ではないですね。手紙で別の医師と医学的な見解についてバトルしたことがあるのですが、事項の軽重とか、背景とかが本当に伝わらない。相手の知識の量とか技量とか経験とかも分からず、くそとみそが一緒になってしまう感じです。そういう点では裁判官が肩書き重視にならざるをえないのもわかる気がしますし、裁判官にしたら私たちが常日頃から叫んでいる「私たちは神さまじゃないんだ」というところなのかもしれませんね。
私としては、裁判というシステムでするのならば、裁判官がカンファレンスで複数の医師とトコトン話あうという、以前ご紹介があったシステムはいいと思いますね。ただこれでも大事な部分を質問していない可能性が残るので、判決文原案でも医師に複数医師に読んでもらって、疑問点等をあげてもらい修整をするくらいのことが、必要なのではないかとマンパワー的に厳しいのを承知で思います。

ただ、こういう現状しかたがないと考えられる話だけでなく、私たちが不満な判決を目にする理由に、最高裁の医療に関して考えているポイントの非現実性という問題があると思うのですがね。

> 元行政さん  (No.86のコメントについて)

 裁判官と医師が判断権者という立場で協働して判断を下す手続としては、現在、医療観察法に基づく審判があります。心神喪失又は心神耗弱の状態で重大な他害行為を行った人に対する処遇について、精神科医が「精神保健審判員」として裁判官と合議し、2人で判断を下すというものです。

 この手続に関与したことのある医師の方から、実情を教えて頂けると参考になるかも知れませんね。そもそも議論が成り立つのかとか、裁判官は殆ど医師の言いなりになるんじゃないかとか、色々聞いてみたい気がします。

>元行政さん
最高裁と言うなら、以下の発言もしているわけですが、これも非現実な考え方に基づいているわけでしょうか。以前に紹介しましたので、これを念頭においた上での発言だというのならご容赦ください。

-----
完全に医師だけで行う必要はないが,以前にも大谷委員あるいは北川委員から「医師の集団を医療問題のADR(裁判外の紛争解決手続)の受け皿として考えられないのか」という意見が出されていたが,それはADRの組立て方として考えられないだろうか。
-----
例えばプロフェッションの中で,裁判官でも裁判を間違えないという保障は全然ないし,医師のように多数の患者を診ていれば一定程度の比率で間違いがあるのは当たり前ではないだろうか。もともと無謬神話があるから防御もガードも堅くなるし,処理の形態が非常に硬直化することになりやすいのであり,こういうものは一定比率以内なら名医ですよ,というような認識が広がれば,それほどかたい争い方はなくなるのではないかとも思うが,いかがだろうか。
-----
裁判所の立場からすると,裁判でなければどうしようもないようなことだけ扱いたいという感じがあり,第1ハードル,第2ハードルといったところで区分けして裁判でなければだめだというものだけが来るようなシステムにしなければ,どんどん事件数が増えて処理し切れないという問題が出てくる。
-----

http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/asu_kondan/asu_kyogi13.html

YUNYUNさま、fuka_fukaさま、
弁護士費用負担の件、御教示ありがとうございました。
以前から問題になっていた、弁護士報酬敗訴者負担案についても
理解できるようになりました。

当方は、医療訴訟に関して、独学で、勉強していますので、一部少し詳し
い部分と小学生並みの理解の部分と、斑状(まだら)の知識となっております。判事も裁判の度に、このように斑状の知識の中で作業をすることを繰り返しているのだと感じました。

さて、弁護士さんにこれだけ、お世話になっていながら、こんなことを言うのもなんですが、
弁護士さんの場合は、被告人を助けようとして、巧く助けられなかった場合、逮捕されなくてすむからいいですよね。

(厭味を忘れない、座位臥位立位でした。シェー。)

話は変わりますが、↓の弁護士の方の医療訴訟レポートは面白いですね
http://www.houtal.com/journal/report/iryou/000615.html

> 私が、浮かんだのは「国税不服審査」の制度です(No.81 売れない経営コンサルタント さま)
まさしく、私もそのことを念頭においての発言です。

現行制度上、訴訟に前置される手続きのカテゴリとしては、
1.行政(専門性、大量)
・税金
・公務員人事
・建築、都市計画関係  etc.
2.家事(和解的解決重視、プライバシー保護、費用低廉)
・離婚
・遺産分割 etc.
3.特許、海難(専門性)

> 直接訴訟に行く権利、審査調停機関の判断に不服がある場合には、裁判所に対して訴えを提起することは可能にすべきと考えます。(No.81 売れない経営コンサルタント さま)

専門機関の判断に不服がある場合に訴訟できることは当然として、
最初の段階で訴訟との選択を申立人の自由(直接訴訟もできる)とするか、それとも専門機関の前置を強制するかが問題となります。
前置強制のほうが訴訟抑制効果が高いのは、道理でしょう。
前置主義は国民に対し出訴の権利を制限するものですから、法律によらなければできません(が、合理的な理由があれば、憲法32条裁判を受ける権利 には反しないと解されます。)

選択自由の任意的な紛争解決機関(ADR)は、法律によらずに設置できますが、
その機関が裁判所より人気が出て、みんな訴訟するよりADRに行こう、とならなければ、訴訟抑制効果はありません。
現に、他のADRでそこまで成功しているものはありませんので、医療でもなかなか難しいのではないかと思います。
よって、終局的には法律によって、前置強制すべきであり、
医療の専門性からいって、前置主義をとるだけの理論的根拠はあると考えます。
しかし、一朝一夕には無理で、将来的に前置強制するまでのステップとして、まず任意的ADRを導入し、国民の信頼を醸成し法律制定への理解を得ていくのがよいのではないかと思います。

------
> 弁護士さんの場合は、被告人を助けようとして、巧く助けられなかった場合、逮捕されなくてすむからいいですよね(No.89 座位臥位立位さま)

ネタにマジレスいたしますが、
法的な利害関係からして、逮捕の心配はしていません。
逮捕をするのは、誰でしょう? 警察、検察です。
被告人を有罪にすることが商売の連中です。彼らにとっては、巧く助けられなかったという結果でよいのですから、ヌルい弁護士を取り締まるような動機はありません。
もし、無能な弁護士が徹底的に排除されて、神の技を持った超精鋭のみが生き残り、それが逮捕を免れるため必死に頑張って弁護するようになったら、検察は有罪を取れなくなって困るじゃないですかw

>もし、無能な弁護士が徹底的に排除されて、神の技を持った超精鋭
>のみが生き残り、それが逮捕を免れるため必死に頑張って弁護する
>ようになったら、検察は有罪を取れなくなって困るじゃないですかw
( No.91 YUNYUN さんのコメント)

ザブトン10枚差し上げまする!

ついでに、マジレス。

今のまま医師を逮捕したりトンデモ判決でいじめたりし続けていると、
無能医師を排除するという効果より、有能で真面目な医師が嫌気がさして自主的に退職するという弊害のほうが大きく、医療現場が崩壊する。
そういう事態になったら(ていうか、もう既になっている)、裁判官も検察官も困るでしょ、
自分で自分の首を絞めていることに、いいかげん気づけ。

というのが、座位臥位立位さまのおっしゃりたいことですよね?

>元行政さま
>私としては、裁判というシステムでするのならば、裁判官がカンファレンスで複数の医師とトコトン話あうという、以前ご紹介があったシステムはいいと思いますね。ただこれでも大事な部分を質問していない可能性が残るので、判決文原案でも医師に複数医師に読んでもらって、疑問点等をあげてもらい修整をするくらいのことが、必要なのではないかとマンパワー的に厳しいのを承知で思います。

以前から、今回判決の出たような、心不全の訴訟や肝癌の訴訟などを学会などの場でオープンに討論するところを見てみたいと思っています。折りしも、裁判員制度の導入によって、一般人が裁判に参加し、透明で開放された議論が進められることになる傾向ですから、医療においてもどこまで公平で透明性のある議論が進められるのかが問われると思います。
ひとことに鑑定医や協力医と言っても、実際にそういう公平な判断をすることができる医師がいるのか、公平な意見を発言できる環境を作ることができるのか、あるいは今後そういう医師を育てていかなければならない、のかも考えなければなりません。
また、レトロスペクティブではなくプロスペクティブな議論ができるのか、2、3時間待ちの5分診療などの環境、夜間救急や専門性など含めてどういう議論が展開できるのか、また逆に立場を変えて、原告患者側の意見を堂々と述べることができる医師がいるのか(作っていかなければならないのか)どうかが興味のあるところです。

>No.93 YUNYUN さんのコメント
さらに展開すると

巧く助けられなかった弁護士を逮捕したりトンデモ判決でいじめたりし続けていると、無能弁護士を排除するという効果より、有能で真面目な弁護士が嫌気がさして自主的に退職するという弊害のほうが大きく、冤罪を量産し、刑事訴訟現場が崩壊する。

こうなると法治国家の体裁もへったくりもない。あまり想像したくない世界です。

>もし、無能な弁護士が徹底的に排除されて、神の技を持った超精鋭のみが生き残り、それが逮捕を免れるため必死に頑張って弁護するようになったら、検察は有罪を取れなくなって困るじゃないですかw

ただ、神の技を持った「超精鋭」はそれほどいないでしょう。神の技を持ってても肉体も含めて人間ですので、受けられる案件は限られます。

となると、「超精鋭」の方々は金にならない刑事弁護よりも、巨額の報酬が見込める民事に走るような気もしますが・・・。

となると検察が喜ぶだけですね。でっ!あえて、刑事弁護の「超精鋭」とすると・・・。やっぱり、LD事件のようにお金持ちの被告が「超精鋭」を雇おうとするでしょうから、一部のお金持ちを除きほとんどの犯罪者は「超精鋭」の弁護を受けられません。(一部篤志家ないし目立つ事件をやりたい方がやってくれるかもしれませんが)

しかも、弁護をできる人は限られますので・・・・多分、神の技は持たないが、刑事弁護でそれなりに優秀な人が、まず呼び戻され、「超精鋭」を頼めない人たちに重宝されるでしょう。でもこれも数が限られます。犯罪は増えるも、優秀な弁護士は急には増えないので。

で、残った多くの刑事事件は・・・・仕方がないから排除されたはずの無能な弁護士をも呼び戻し、頼まざるを得ない。かくして元通り・・・。

もともと、弁護士にとって刑事弁護は基本的に割に合わない仕事ですから、転職というよりは、単に刑事弁護から手を引くだけかなあ。刑事弁護で実質的な不利益が大きいのは、弁護人が不熱心・不注意な場合より、間違った方向に熱心な場合のような気がします。前者の場合は裁判所(場合によっては検察官!)が適当にフォローしますから。

民事に関していえば、弁護過誤訴訟は増加傾向だし、もっと増えていいと思います。特に年配の弁護士には酷いのがたくさんいますので。

弁護士が、偽証を強要したり、判決を偽造したとして逮捕されることはたまにありますね。昨日もありました。座位臥位立位さんにならって、「医師は、偽証を強要したり、カルテを改ざんしても滅多に逮捕されなくてすむからいいですよね」と言ってみます(笑)。

ついでに、医師の方からトンデモのレッテルを貼られていそうな本の紹介を。

http://www.sairosha.com/h-karte.htm
http://www.sairosha.com/h-karte2.htm

No.84 しまさん
一番ネックになるのは診察時間だと思います。現時点で医師は十分な時間をとって診察、説明することはほぼ不可能に近いです。3ヶ月処方が可能になって以前よりは診察時間が増えたかもしれませんが、患者の病院への集中、また財務的判断から病院内での処方日数制限ルールの創設(たとえば、一部の機関では院内ルールで2ヶ月までしか処方できないなどのルールを設けています。建前上は患者を2ヶ月も診察しないと忘れてしまう、ということですが、本音は採算上の問題が大きいことは明らかです)などがあり、完全には解決していません。以前から申し上げているとおり、循環器内科の初診で血圧を測らないなんてことはしょっちゅうあります(本来はあってはならないことです。内科の初診は全身を見るというのが基本です)。しかし、わがままな患者が増えてきたという背景もあり、一人の患者に時間をかけると外来が混乱し、新たな医事紛争の火種にもなり得る。だから十分な診察時間は結果として取れません。
問題提起として、医師が十分診察や説明の時間があったかどうか、ということを真っ先に挙げたいと思いますが、残念ながらこのような社会的背景は判決に全く考慮されていませんね。

>>No.96 じじい さんのコメント改変

ただ、神の技を持った「超精鋭」はそれほどいないでしょう。神の技を持ってても肉体も含めて人間ですので、受けられる症例は限られます。
となると、「超精鋭」の方々は金にならない保険診療よりも、巨額の報酬が見込める自由診療に走るような気もしますが・・・。
となると厚労省が喜ぶだけですね。でっ!あえて、保険診療の「超精鋭」とすると・・・。やっぱり、某プロ野球監督のようにお金持ちの患者さんが「超精鋭」を雇おうとするでしょうから、一部のお金持ちを除きほとんどの患者さんは「超精鋭」の診療を受けられません。(一部篤志家ないし目立つ症例をやりたい方がやってくれるかもしれませんが)
しかも、診療をできる人は限られますので・・・・多分、神の技は持たないが、保険診療でそれなりに優秀な人が、まず呼び戻され、「超精鋭」を頼めない人たちに重宝されるでしょう。でもこれも数が限られます。疾病は増えるも、優秀な医師は急には増えないので。
で、残った多くの保険診療症例は・・・・仕方がないから排除されたはずの無能な医師をも呼び戻し、頼まざるを得ない。かくして元通り・・・。
==============
私ごときまで現場に呼び戻されるようになったら、そのときは本当に世も末ですな。

No.94 uchitama さん

>心不全の訴訟や肝癌の訴訟などを学会などの場でオープンに討論

賛成というか、学会のガイドラインを曲解されてトンデモ判決などがでているわけですから、医師会が判決に対し反対意見を出すのと同じように、学会も法曹の協力を仰ぎながら、学術的な面、実務的な面の両面から、討議して声明を出すなりして欲しいと思っています。
討論自体は、何が何でも医師を守るというスタンスにはならないと思います。基本的に事実を重んじ、非科学的、非論理的なことは大嫌いというのが医師ではないでしょうか。嘘をつく必要があるくらいなら最初から参加しないでしょう。ただたとえ間違っているのが明らかな原告(又は被告)でも弁護士がついて弁護するというような行為は、本来医師のものではないので、純粋にディベートとして楽しもうと思っている人間以外は、医師にとって明らかに間違っている側として討論に参加しないと思います。

>yamaさま

各病院ごとに外来のやり方の相違は大きいものかとも思いますが、ここはやはり自己防衛していくしかないと思います。私はある特定の疾患群を対象にする内科医ですが、外来はその専門の医師が足りないためさばききれないほどの患者様で一杯です。しかし、患者さんを診るためには短い時間では不可能なのです。

私は、患者様になんと言われようとも、予約時間を必ず一定に空けてそれを厳密に守って外来をするようにしています。初診の患者様はその合間に診ることになりますが、予約時間に合わせてやってきた患者様が最優先になります。順番は守っていただかないとなりません。

よく、患者さんを診ているのに「自分のほうを診ろ」と突然診察室に怒鳴り込んで来る方がいますが、絶対に騒いだからといって先に診たりしません。「前から待っていらっしゃるこちらの患者様に対して失礼ではないですか。退室してください」と言って聞かなければ事務を呼んで出て行ってもらいます。我慢できない方には他院を紹介するか、「私の外来の方針とは会わないみたいで申し訳ございません」とお話して今後の予約はおとりしないことにします。

こうしても外来は延々と続き、夜の7時を過ぎることも多くあります。それでも診察を希望するという方だけを対象にするようにしております。そうしないと診療の質を下げることになります。何と言われてもこれは仕方ないことです。「こんなに待った待った」という方には、別の病院をご紹介することにしています。もっとひどい暴言を言う方もおられますが、次回の外来にご家族も同席していただいて、待ち時間はどうしても短くできないということを延々と解説して(家族にも説明を聞いていただいてカルテに書き記します)納得できなければ今後の私の外来での診療をお断りします。速やかに私の外来のリストから外れていただきます。

要するに「クオリティーは下げると自分が危険で、コストは自力では変えられず、そこでアクセスを制限している」ということです。イギリスの状況はそのようなものなのでしょうか。あちらでは、更に士気の劣化が著しいようではあると聞いていますが。

No.88 しまさん

もちろん既読ですし、今後どのような体制を作っていくかということに関しては、同意できる話です。しかしこれは医療の実情を理解というより、裁判の実情から出た話ですよね。

私が問題にしているのは、最高裁が実際の判決上で示している医療裁判における考え方です。現実の医療に対する無知、誤解からとしか考えられない。
「自由と正義」の記事、最高裁破棄判決のポイントを読んで、私たちがここで主張してきた現実(例えば添付文書の禁忌の話とか)とは真逆のことが平気で主張されているのを見て、たいへん憂鬱にもなりました。

ここの法曹の方々の情報もあって、日弁連の機関誌
『自由と正義』の8月号これを入手し、巻末を読んでみました。
弁護士の懲戒処分広告と登録取消の欄がありまして、
数人の弁護士が、取り消されておりました。
取り消し理由の詳細が不明ですので、違法行為による取り消し数は
限られているとは思いますが、医師の処分数や内訳と比較すると
相対的に、自浄作用が良く効いているのだと感じました。
(医師と弁護士とでは元々総数で14-15倍の差があったと思いますが、
処分数比率は医師側の方がかなり少ないようです。計算根拠は簡単ではありませんが)
医師の方も日弁連に習って、医業停止や免許取り消しに関しては、数も問題ですが
少なくとも、毎月、医道審議会で報告するなどのことはやるべきでしょう。
法曹の方が指摘されるように、医師の処分は、判決後の判定で自律的なモノでは
ないです。更に、自浄作用という点では、医道審議会ではなく、日本医師会が
すべきなのかも知れませんが、弁護士会と違って、医師会は全員加盟でないので
その点が不利に作用しています。

紛争解決機関(ADR)について

やはり強制力ない任意の制度として最初は存在せざるを得ず、その人気が患者側、医療側双方に高ければ、必然的に皆ADRに行く。その上で、不満があれば法廷に行く。・・とならざるを得ないと思います。

誰がADRを作るか、その費用は誰が負担するかが課題であると思うのです。医療サイドが作るのが、一番手っ取り早いと思ったのです。その場合の良い点は、医療側には受けられる裁定であると思うからです。患者の方は、病院や医師からではなく調停機関の医師からであれば冷静に話しを聞くことができると思うのです。

患者がそれでも納得できなければ、弁護士に相談して訴訟を起こすでしょうが、少なくとも件数は減少するのではと、また一旦はADRの裁定があるからトンデモ判決の割合も減るのではないかと。

費用をどうするかですが、
1)ADRに持ち込む患者からの費用負担
2)医療機関・医師の負担
3)医療機関・医師が付保している賠償保険の保険会社負担(保険料が少し上がるかも知れませんが)
4)健康保険
5)政府・地方自治体(地方自治体は財源が無いでしょうが)
6)上記の組み合わせ、分担

費用負担と委員の指名権とは、ある程度一体的なものと思いますが、すくなくとも裁判の場よりは、医学的、専門的な検討が正しく行われることは、期待できると思うのです。医学的な分野ではない例えば過失があった場合のその結果としての責任の取り方みたいなことは、医学的な検証をベースに最後は裁判で決着をつけることもやむを得ないと思うのです。

第三者機関として紛争処理機関を設立する目的が良く判らないのです。
弁護士に着手金などを払えない患者家族の救済という側面と
不適切な損害賠償訴訟を抑制するため原告側へ妥当な医療内容の説明という側面と
裁判の対象を本当に必要な医事紛争に限定するためのハードルとしての側面が
あると思いますが、
広い意味で、これらの利益を享受する受益者負担による運営とすること
になるのでしょうか?その場合、保険会社の位置付けはどうなるかと
いう問題もあります。
医事紛争限定の簡易裁判所のような位置付けなら、第三者医師が医師側代理人の一人にも成り得るのでしょうから(法整備して)非弁活動にも相当せず理解しやすいのですが。

90:しまさん

確かに面白いですね。現状認識において僕とは随分違いますが、でも面白い。
そこにも出てきた、インターネット上で裁判の記録を書いているライターさんのサイトは多分ここ。「US オフィス医療のページ」。凄く読みにくいです。遺族である方が怒っていることだけはわかる。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~uso/index.html


ついでに竹中先生の
「情報サービスや知的労働に対する評価の低さを痛感した。ひどい例になると、先生は結構儲けていらっしゃるだろうから、ただで医療訴訟を受任して下さらぬ かというのやら、もっとすごいのは諸費用まで立替を所望するという者さえいた。」
という文章には、医者にも弁護士のところにも全く同じ種類の人がくるんだなぁ、と思ったです。
こういう方には「医者は病人を助けるのが仕事だろ」とか「被害者の身になってくれないとはなんて弁護士だ」とか叫ぶ人がいそう。

現在の根回しの情勢では
なんらかの形での医療費からの負担に
なる見込みだそうです

> 誰がADRを作るか、その費用は誰が負担するかが課題であると思うのです。医療サイドが作るのが、一番手っ取り早いと思ったのです。(No.104 売れない経営コンサルタント さま)

裁判に代わる紛争解決を目指すからには、その審査委員というか、個々の事件を扱う担当者は、複数で、かつ、医師と法曹とが必ず入るようにするべきです。
他に、行政の人や有識者が関与してもよいでしょう。

審査委員の選出母体は、医師については医師会か学会でしょうか?
法曹は弁護士会でいいよね。裁判官や検察官は忙しいからたぶん来てくれないでしょう。
弁護士会としては、弁護士が関与しないような組織では法に則った公正な解決が保障されないから、真の裁判外紛争解決機関(ADR)とは言わせない、というところがあります。

運営の責任をどこが持つか(受付窓口、事務局を誰がやるか)が問題ですが、
全国展開するとして、各県1カ所以上は窓口を設置しなければならないでしょうから、
県単位の医師会か、行政が関与するなら県庁が、引き受けてもらえないかな〜

> 費用
国庫補助で運営事務費を出すのと、
申立人から1件あたり1万円以内くらいで費用を徴収してもよいと思います。

> 委員の指名権
現行の各種ADRでは、一般に指名権というものは行われていないと思います。
仲裁契約のように、最初から双方で合意しておくのでない限り、指名制度は難しいのでは。
申立人側にだけ指名権を与えるというのは不公平ですし、双方の合意というと意見がまとまらず、いつまでたっても審査に入れなくなるおそれがあります。第一、弁護士の場合はご指名に応えられるほど、いつでも手の空いているような者はおらんがな(対応できないなら関与するなよと言われても、そうもいかないので)。

> 患者がそれでも納得できなければ、弁護士に相談して訴訟を起こすでしょう
逆に、医療側が審査委員会の定結果に不満な場合にも、裁定を蹴って出訴することを認めるか?

> 保険会社の位置付けはどうなるか(No.105 座位臥位立位さま)
保険会社は審査委員会の裁定結果に服さなければならない(保険契約の支払金額の上限範囲内で、裁定に従って保険金を払う)、と決めておく必要があります。
医療側の出訴権を認めるという仕組みを取るならば、医療側が出訴した場合に限り、保険会社は拘束を免れる。

> 第三者医師が医師側代理人の一人にも成り得るのでしょうから(法整備して)
うーん、医師の代理権を認めますか?
(境界確定ADRでは土地家屋調査士の代理を認めているからなあ)
医師にとって便利ではありますね。各病院でADR対応者を決めておけば、医師本人が表に出なくて済みます。調査のために本人に説明を求める場合は、呼び出されるとしても。
なお、弁護士は裁判上裁判外を問わず、ありとあらゆる場面で法的な代理権を持ちますので、当然、これについても本人から委任を受ければ代理人となれます。

>YUNYUNさま

えーと、誤解が出ないように、申し添えますと、
医事紛争に限定した第三者医師による医師の代理人という話は、
現行法で勿論不可能ですが、この種の事案の数が増えることを
考えると、予算も少ないでしょうから、今の弁護士の数では足りない
だろうことに因る考えです。

弁理士などが特許関連案件で、代理人として認められる場合等
のように、法整備(?)出来れば可能ではと思ったものですから。

そもそも重大案件になると、医師のみを代理人にすることは、
該当医師側の利益になりませんから、弁護士の役割が減るとも
思えません。

但しバランスを考えると、患者側の代理人としても医事紛争に
限っては、医師職等を代理人の一人として認めなくてはならなくなります。

上の話(No.109)は、地裁、高裁等でのはなしではありません。

本日(12日)のNHKの9:00からの日曜討論で、大田経済財政政策担当大臣が「日本には、未だ・・・医療、・・・・の様に生産性が低い分野が残っている。」との発言をしていました。

どのような理由やデータで、生産性が低いと認識しているのか、当然説明は無いのですが、大臣の発言なのだから、根拠を示さずに発言をしても、それなりの権威を持ってしまうと感じました。

医療崩壊が進むのではないかと。

No.106 立木 志摩夫さん

なんというか無茶苦茶なページ。。。

怒りの他に、原告の思い込みの強さ、協力医の偏向ぶりも分かる。
最高裁が医療を崩壊させるようなようなルールを決めていても、これでは勝てないでしょうねぇ。。

>No.111 売れない経営コンサルタント さん

「生産性」の中身ですが、2004年に奥田前経団連会長のスピーチに以下の言葉があります。

「一方、非製造業においても、マネジメントシステムの改革、新サービスの提供による生産性の向上ならびに魅力的な商品の開発が求められます。雇用創出力のあるサービス産業では、ITを活用したソリューション・ビジネスから、医療、福祉、教育、環境など暮らしに密着したものまで、幅広いビジネス・チャンスに挑戦していくことが期待されます。」

現時点では医療に参入している企業は製薬会社・医療機器メーカーなど一部に過ぎませんが、これらの売上高営業利益率は非常に高く、その意味では「生産性の高い」業種と言えます。例えばオリンパスの医療部門は2005年3月期実績をみると,売上高2305億円,営業利益653億円で,売上高営業利益率はなんと28.3%にもなります。ここには乏しい日本の医療費を企業がボロ儲けで吸い上げている構図があります。銀行・保険会社など医療を儲けの対象として参入したがる業種は間違いなく存在し、現行のシステムでは彼等が儲けようにも儲けることは出来ません。これが「生産性が低い」とするひとつの見方だと思います。生産性を高めるには、混合診療を既成事実化して、大幅に医療費を上げる必要がありますが、これは社会保障制度縮小と同時に行える「改革」です。

また、先般の経済財政諮問会議で民間4議員による提案には、以下があります。

「市場の再設計の必要性
 医療・介護サービスの需要と供給のミスマッチ、なくならない保育所の待機 児童など、政府の関与が必要な分野で「市場の再設計」を行って、ヒト、モノ、カネの資源が最大限に活用されるための具体的施策が求められているのではないか。」

これは単純に足りないなら増やせ、その時は民間企業の参入(病院経営)を認めろ、という話であろうかと思います。

>>No.111 売れない経営コンサルタント さん
10/29放送の「報道2001」(フジ系)で八代尚宏 経済財政諮問会議議員が同様の発言をしていますね。
・その5:No.239 田舎の消化器外科医 さん
・その6:No.5 元田舎医
のコメントにもあります。

当たり前のように一経済財政諮問会議議員と経済財政政策担当大臣の発言内容が同じです。
これを以て「民間資本参入によって医療の生産性を上げる」のが政府の方針であることが明らかになりました。

「ムダを省く」のと「余裕をなくす」のとは、ほぼ同意語なんですけどね。

 医療の生産性って、どうせ一定期間医師一人あたりの退院数ですよね?

 生産性が低いのは、他国では医師以外のスタッフが行っている業務を、日本では医師がしているだけなんですけどね。理由は簡単、医師以外に業務を振り分けるとコストが発生するから。日本の保険医療には、そんなコストは現実的には反映されていない上に、経営側から見て、医師を過重労働させる方がコスト的に有利ですからね。

はじめまして。昨日このブログにたどりつき、思わず夜更かししてしまった絶滅危惧種の産婦人科医です。大変興味深く読ませていただきました。

医療崩壊の先端をゆく産婦人科勤務医経験者の私見です(長くてゴメンなさい)。

福島の件までは、逮捕やマスコミで叩かれる産婦人科医は自業自得だ、と考えていました。

というのも、紹介や母体搬送時に、またあそこからか・・・と溜息がでてしまう問題の産婦人科医(特に開業医に多いのですが)は存在するからです。
患者さんや家族の方には紹介元の医師の悪口を言うことは決してしませんが、残念ながら勉強不足や自分の勝手な解釈で患者さんに結局害を与えている産婦人科の医師はいるのです。不思議なことにそういう病院がご飯が美味しいとか、一生懸命やってくれた(それはパフォーマンスに過ぎないのですが)との評判で流行ったりしているのですが・・・

医療、特に産科ではどんなに努力しても胎児死亡や母体死亡といった不幸な結果に終わることがあるにもかかわらず、福島、奈良の刑事事件としての介入、マスコミによるバッシング報道は、開業医からの母体搬送や高リスク患者の妊娠管理、分娩を扱うことを使命と考え、献身的に仕事をしてきた(お産だけでなく、子宮癌、卵巣癌などの手術、術後の化学療法、ターミナルなど文字通り休み無く働いている)地方の基幹病院の勤務医の気持ちを萎えさせました。

既に30後半〜40歳代という働き盛りの勤務産婦人科医はリスクと報酬を考えると割りに会わないと考え開業するケースが増え(医局の締め付けも緩くなっている)、新入局者のほとんどは女医さんであり、残された一線の産婦人科医は兵站を絶たれ、一人また一人とドロップアウトしている状況です。

地方の基幹病院(県立・市民病院)の産婦人科の撤退は今後も続き、厚労省の目指す集約化に落ち着くのでしょうが、その間せめて絶滅が危惧される産科、小児科、外科、救急といった科で一線で踏ん張っている者に対し報酬という形で正当に評価してもらうにはどうしたらよいのでしょうか?法的なアドバイスがありましたら是非お願いします。

地方の基幹病院(県立・市民病院)の産婦人科勤務医は夜中も出血だ、お腹がハルと言って外来診療で呼ばれます(普段は開業医にかかっている患者も来院する)し、分娩、母体搬送、緊急帝王切開などもあります。当直でなく宅直の病院もありますが、宅直の病院は呼ばれて5分程度で到着できる官舎に住んでいることが多く、家にいても宅直日はお酒は飲まず、携帯を枕元においてCALLに備え寝ます。
一人医長ならこれが365日、2人なら2日に1回、4人なら(だいたい50歳代以上は当直・宅直は免除もしくは回数を減らすので)若手は月10日間程当直、宅直をこなし、朝から普通に外来や癌などの手術をしています。宅直料は一日3千円〜5千円程度でしょうか。
キレイごとに聞こえるかもしれませんが、この科を選んだ以上、ほとんどの産婦人科医は眠くても、しんどくても、たとえば胎児の心音が下がると言われれば、朝の4時だろうと家をでてダッシュで見に行きます。
印象としては地方の基幹病院の産婦人科医は2〜4人ぐらいで頑張っている所が多いのではないかと思います。もしそのうち一人が辞めて開業したら、もし結婚、出産で女医さんが休職したら・・・残された医者の仕事量は大変なものです。もう補充要員はいません。

仮に日赤や済生会、開業医などでバイト医に夜から朝まで当直に来てもらって正常のお産だけとってもらうと今は時給5千円、一晩6−7万は下らないと思います。それだけ出しても今はなかなかバイトに来てもらえません。
複数の病院でバイトする医師の方が一線で頑張っている勤務医より年収が多いという更に勤務医を萎えさせる現象がおこっています。

法曹関係の方もご存知かもしれませんが、国立、県立、市立、日赤など病院では給料は仕事量、能力で決まるのではなく、卒後何年目なのか、あとは医長(これも卒後年数で自動的になる)か部長か、程度であり、皮膚科、外科、といった科による給料差はありません(尾鷲の件は異例なことです)。
大学はもっと悲惨で(大学によるそうですが)例えばベッド数70の産婦人科のスタッフ数(教授、助教授、講師、助手)とベッド数10のマイナー科のスタッフ数が同じで給料も同じという労働と対価のアンバランスが何十年も続いています。

それを承知で産婦人科を選んだだろう、と言われればその通りなのですが、せめて報酬の改善でもないと、入局者は減り、せっかく入った者も転科して行きます。

頑張れば頑張るほど訴訟リスク、突然死などのリスクが増え、給料は変わらないこの産婦人科勤務医の現状、あと少し頑張れば援軍が来る、職場の待遇が改善するという希望が見出せない状況を打破するには、一度は皆職場を放棄し、崩壊させないと変わらないのでしょうか?

賢い開業産科医は極力リスクのあるものは基幹病院に紹介し、緊急の母体搬送も基幹病院に依存してきましたが、その基幹病院の産婦人科勤務医が疲弊、ドロップしており、これからは益々母体死亡などの報道が出てくるようになるのでは、と心配です。

最後に真面目に適切な医療をされている産婦人科開業医も多くおられることを付記させていただきます。

ところでこういう記事を見かけたのですが:

http://www.mwc.med-apple.co.jp/news/kokunai/sanka/02_03/020426.html

突然死にせよ圧迫死にせよ重大な過失とも言い難く思われるこの事例で産科医院側がこれほどの額を支払うことが妥当なのか、門外漢としてはどうも少し釈然としないものを感じるのですがどうなのでしょう?

米国のFortress Investment Group LLCというファンド・マネージャーがニューヨーク証券取引所に株式上場を行おうとしており、ファンドマネージャーの上場は米国でも初めてのことであり、話題となっています。このFortressが運用(管理)する資金総額は260億米ドル故、約3兆円です。非常に大きなファンドです。

Fortressについて色々な情報をWebで調べてみると、その中にFortressが管理しているファンドで65%の株式を保有しているBrookdale Senior Living Inc.(2005年売上6.5億ドル=800億円弱)という巨大な老人ホーム会社のような投資先がありました。その、ホームページは、次です。
http://www.brookdaleliving.com/brookdale2004/corporateDefault.aspx?tabid=166

ファンドについては、村上ファンドをイメージするのが、理解しやすいかも知れませんが、投資資金を集め、ファンド・マネージャーが、それを運用し、ファンド・マネージャーが運用成績により報酬を得るという形です。従い、基本的には、投資・運用成績が重要であり、年金基金の多くもファンドに投資をしています。ファンドの投資先として、老人ホームがあるなら、当然医療機関、病院もあるのではと思ったので、このコメントを書いております。

なお、参考までに、Brookdale Senior Living Inc.のAnnual Report(日本の有価証券報告書と思って下さい。全文はにあります。)の、冒頭部分の会社の紹介には以下のような文章がありました。又、Brookdale Senior Living Inc.も上場会社であり、FortressのChairman Wesley R. EdensがBrookdale Senior Living Inc.のChairmanにもなっています。彼の略歴は
http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=193337&p=irol-govBio&ID=143901
にありますが、ファイナンス屋さんです。

様々な違いがあり、私も少しWebを見たぐらいであり、簡単に論じることが出来ないのですが、ファンドが医療にも入ってくる時代になりつつあるのだろうと思いました。

As of December 31, 2005, we are the third largest operator of senior living facilities in the United States based on total capacity, with over 380 facilities in 31 states and the ability to serve over 30,000 residents. We offer our residents access to a full continuum of services across all sectors of the senior living industry. As of December 31, 2005, we operated 80 independent living facilities with 14,439 units/beds, 295 assisted living facilities with 12,529 units/beds, seven continuing care retirement communities, or CCRCs, with 3,005 units/beds (including 817 resident-owned cottages on our CCRC campuses managed by us) and one skilled nursing facility with 82 units/beds. The majority of our units/beds are located in campus settings or facilities containing multiple services, including CCRCs. As of December 31, 2005, our facilities were on average 89.8% occupied. We generate over 96% of our revenues from private pay customers, which limits our exposure to government reimbursement risk. In addition, we control all financial and operational decisions regarding our facilities through property ownership and long-term leases. We believe we operate in the most attractive sectors of the senior living industry with significant opportunities to increase our revenues through providing a combination of housing, hospitality services and health care services. For the year ended December 31, 2005, 28.7% of our revenues were generated from owned facilities, 70.8% from leased facilities and 0.5% from management fees from facilities we operate on behalf of third parties and affiliates.

>No.117 老人の医者さんのコメントさま

通常新生児が死亡(胎盤早期剥離など100%医師の責任でないが、気付くのが遅れるなど申し訳ないという気持ちがある場合だと考えてください)した際、開業医が示談金として数百万円が支払ったということを聞いたことがありますが、後ろめたいことが無い場合は、開業医でもせいぜい入院料金を安くするなどの見舞金程度だと思います。

申し訳ないことですが、脳性麻痺の場合は億単位の賠償請求をされますので、胎盤早期剥離などで中途半端に助かってしまうより、亡くなられてホッとする産科医は多いと思います。

カンガルーケア中に亡くなったこのケースは、母親が36歳、死亡したのが長男ということで、場合によっては貴重児(不妊治療などでようやく授かった子など)の可能性があり、3千万という高額な和解金になったのかもしれません。

しかし無痛分娩の麻酔といっても普通は硬膜外麻酔で意識はしっかりしているわけですから、出産を終えたという安堵感もあって母親は寝てしまったのでしょうが、母親の責任は問われず、医療者の監督責任が批判された、ということでしょうか。
このケースの詳細が分からないし、幸いこれまで児の死亡で賠償を請求されたことが無いのでぼんやりとした回答になってしまいました。すみません。

ファンドは儲けを出資者に還元しないといけないので、必ず儲かる見込みがあると判断できる病院に出資することになるのでしょうが、難しそうですね。
舞鶴市民の例を見てもわかるように、結局その病院が利益を出すかどうかで大事なのは一線ではたらく医師と、病院トップ(場合によっては知事や市長など)の方針なので、医師が入れ替われば(病院なんて小さな組織なので)あっという間に傾きます。

継続していい人材を育て、気持ちよく十分能力が発揮できる環境で働けるよう工夫、努力している病院があればその病院は利益を生む確率が高いので僕もそのファンドに出資したいですね。

しかし、地方(といっても大都市近郊)の公立医科大学は医師不足、経営困難で金持ち私立大学(医学部が欲しい)に身売りか、なんて噂も耳にします。
地方の医科大学の医局制度は完全に崩壊するのにもう5年もかからないのでは、と思いますが、地方の複数の医科大学をファンドが買収して巨額の金とスケールメリットを活かして人材を集め再生、なんていう時代が来るのでしょうか。

しかし批判を受ける覚悟で書きますが、近い将来地方の医科大学の存在価値について議論される日が来ると思うのですが、その際、医師全体のレベルを保つためにも例えばほとんどの私立医大や医科大学、一部の国立大学の医学部を廃止(大学生をとらない)し、病院機能だけに特化させ、代わりに旧帝大などの医学部の定員を5−10倍程度に増やそうという国会議員はいないですかね?
いまや地方の医学部を卒業してもその大学に残って研修する医師は極少数です。地方の大学が少ないマンパワーで医学生の教育、研究、臨床をするのは不可能です。教育は旧帝大にまかせて、旧帝大に入学した医学生は入学後4年はボランティアや経済や文学など医学以外のことを学び、4年たって医者になりたい意欲があれば、残りの2年で医学の勉強をする。国家試験程度なら2年で十分だし、今では更に2年のスーパーローテートも義務付けられているのだから。

使命感、モラル、能力に乏しい医師の濫造を減らし(もちろん開業医の子供しか入れないような私立医大出身者にも多くの素晴らしい医師は存在しますが確率の問題です)、医療への信頼を回復するためにも、各都道府県に最低1医学部という従来のあり方を再検討してもいい時期に来ているとおもうのですが、どうでしょうか?

ところで司法試験の合格率をあげて昔医師を増やしたように弁護士も増やそうという国策のようですが、将来その弊害が出るようなことはないのでしょうか?もちろん医師国家試験に比べれば、格段に狭き門なのでしょうが。


>しかし批判を受ける覚悟で書きますが、近い将来地方の医科大学の存在価値
>について議論される日が来ると思うのですが、その際、医師全体のレベルを
>保つためにも例えばほとんどの私立医大や医科大学、一部の国立大学の医学
>部を廃止(大学生をとらない)し、病院機能だけに特化させ、代わりに旧帝
>大などの医学部の定員を5−10倍程度に増やそうという国会議員はいない
>ですかね?

OBGYさん,
仮に旧帝大の定員を5-10倍にした場合,臨床実習や卒後研修であたる症例数は激減します.元のレベルを維持するには大学病院の規模(病床数およびスタッフ数)そのものも5-10倍にしなければならないのです.もちろんそれが実際に可能であればメリットはあると思います.
臨床の能力を磨くのは,多種多様な症例をどれだけ経験できるかに掛かっています.その意味では旧帝大のように症例の集まるところで研鑽する意味はあります.たとえ自分が担当した症例でなくてもカンファレンス等で他の医師の経験を直接聞けるということは,仮想的に自分の体験に近いものとなって自分の経験値を上げられるからです.大規模化すれば,個人の能力にもよりますが,かなりの経験値が得られるようになるでしょうね.

あとの問題は,定員が5-10倍になれば学生のレベルが上位層から下位層までが非常に幅広くなってしまうことでしょう.もちろんこれまでのように1学年にまとめて講義や実習をするようなことも規模的に不可能になるでしょうから,ある程度レベルを分けてクラス編成する必要も出てくると思います.
まあ,この辺りは教育スタッフ次第でしょうけど...

実際の医療と医学教育という両方の意味で,大学病院を集約化する意味はあると私は思います.ただ現在のように大学の教員に「臨床」,「研究」,「教育」の3つをすべて行わせるのは非現実的ですから,それぞれを分担して専属のスタッフを持つ必要があるでしょう.

> No.101 元内科医さん
レスありがとうございます。
そうしたいのは山々ですが、その際、事務や外来医長から患者さんは全てをちゃんと診ろ、とクレームが来ることしょっちゅうです。もう、どうしようもない、という感じです。現状に見合った診療報酬体系にするか、混合診療解禁しか道はないかもしれませんね。

> No.120 OBGY さん
ちょっと誤解させるような文章であったので苦言を申しさせて頂くことをお許しください。

> 開業医の子供しか入れないような私立医大出身者にも多くの素晴らしい医師は存在しますが確率の問題です

確かにその通りかもしれませんが、それを言うのであれば旧帝大にだって医師と称するにはおこがましいような不適格人物がいることも結構な確率であります。そう言う人たちが基礎医学、研究分野に従事するのであれば問題は少ないのですが、実際には臨床に従事することも多々あります。
知らない一が読むと私立と国立では私立の方が格が低いと誤解させるのではないかと危惧してしまいました。例えば、今は知りませんが、10年前であれば国試合格率最低の私立大学でもトップの学生は「何で旧帝大に行かなかったの?」と思えるくらい頭のいい人達だったりします。逆に、つい数年間の東大の国試合格率は国立大学の中でも最低ランクだったりします。

医療の完全崩壊(用語として不適切とは思いますが)は、No.120 OBGY さんが言われるように地方から起こるのだろうと思うのです。

一番の理由は、地方では病院が経済的に成立しない。必要なレベルの医療を提供するコストより収入の方が低い。自治体病院も地方大学病院も維持することが財政的援助なしには困難である。

日本国政府の補助金・交付金が医療制度維持のために、地方に公平に分配されて制度が維持されることも必要と思う。しかし、一方で、現在の政治環境下では望み薄でありすぎる様にも思える。

むしろ、医療保険・健康保険の制度を変更した方が、賢いような気がしました。現在は、保険診療の点数制度で、出来高払い。実際には、病院の建物、医療設備、人件費等ほとんどが固定費で医薬品ぐらいしか変動費が無い。病院毎の固定費を保険がカバーするような制度の方が、良いのではとふと思いました。勿論、これについては不必要な病院を存続させ、必要な統廃合を阻害するとの反対論が考えられ、合理的な制度とするための評価制度や、その評価結果を踏まえてのフィードバックがなされるシステムを構築する必要があると思います。

No.123 売れない経営コンサルタント さん

>地方では病院が経済的に成立しない

岩手県のように医師以外の医療従事者が公務員で異常に給料が高いというようなことでなければ、収益的に地方の方が不利という話はありません。民間並みの給与で医療従事者を雇えば(非常勤、臨時職員)、東京よりはるかに安い人件費ですみますし、収入面での患者単価は都会と全く変わりません(さすがにブランド病院のような特室料金は無理ですが)。公立病院には捌くのが苦痛なくらい患者も来ます。僻地で問題になるのは、医師不足であって、現状では医者さえいれば問題になることは少ないです。(もちろん公立であっても、不採算部門を切り捨てざるを得ないですが、それは都会も同じだと思います)

>元行政 さん

ぶっちゃけ 不採算部門とは小児科や産科のことですな
病院の赤字をけしからんとマスコミやら議会やらが言うが
不採算部門にしたのは厚生労働省や中協医といった
診療報酬決定機関です
報酬を適正な額にすれば採算は取れる
要するに政府の失政の結果なんです

>No.123 売れない経営コンサルタント さん

地方(自治体)の病院の問題は、こちらが参考になります。
http://www.mwml.jp/jititaibyouinn.pdf

yamaさん
レスありがとうございます。

>旧帝大にだって医師と称するにはおこがましいような不適格人物がいることも結構な確率であります

御指摘のとおりですが、医師への信頼を回復するには、医学部を持つ大学間の激しい学力差を放置していてはいけないと思います。
開業医の息子しかは入れないような私大の存在、医学部を持つ大学に入学する際に必要な学力の余りに激しい差はいったいどういうことでしょう?
例えば弁護士になるにはどこの大学の法学部に入ろうと、最終的に難しい司法試験に合格することが必要です。
しかし医師になるには医学部さえ入ってしまえば、医師国家試験は余りに簡単でほとんど合格してしまいます。医学部に入るところでハードルを上げておかないと質が保てません。

旧帝大出身者にも勿論、臨床医に向いていない人物はいます。例えば、人とコミュニケーションを取るのが苦手な医師などです。いっぽう卒業までに1億円もかかるような私立医大出身者を見ていると、臨床の診断能力(論理的思考が必要)、新しい知識の習得、継続力(忍耐力)、虚勢を張るなど困った医師を時折見かけます。
私が産婦人科医だから余計そのように思うのかもしれません。旧帝大の産婦人科の医局には私立大学の医学部を卒業して入局してくる開業産婦人科医の御子息がけっこうおられますので。
医師以外の人はご存知無いかもしれませんが、旧帝大の医局員(関連病院に配属される医師も含めて)の半分以上は他大学(他の国公立や私大)の出身だと思います。普通どの大学の医局に入局するにしても、アメリカと違い無試験です。ですから希望さえすればどこの医局にも入れます。卒業後、旧帝大の医局に入局してきた私大や地方医科大学出身の医師と一緒に仕事をする機会が多く、批判を承知で記しました。
勿論yamaさんのご指摘どおり、極めて優秀な医師もおられます。
しかし、1億円払えれば、ある程度の確率で医師になれる現状の医師養成システムを廃し、代わりに旧帝大の医学部枠を増やせば、妙な劣等感を持つ医師もなくなり、臨床の診断能力(論理的思考が必要)、新しい知識の習得(英語のpaperなども目を通す)、継続力(忍耐力)を持った医師が増えていいのではないかと思った次第です。

m3配信記事です。
この書類送検は、出産時の事故に関しての、別件捜査と思っていた事案です。
無資格助産を安易に摘発することが、医療崩壊につながるとの判断で、地検が起訴を見送ったのでしょうか?
また、起訴猶予ということは、被疑事実は明白であると検察は考えているのでしょうか?

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豊橋の産院院長ら起訴猶予 無資格助産で名古屋地検
06/11/13
記事:共同通信社
提供:共同通信社
ID:364510

医師と助産師にしか認められない出産時の内診を准看護師らが行ったとして、保健師助産師看護師法違反(助産師業務の制限)の疑いで書類送検された愛知県豊橋市の産婦人科医 院の男性院長(67)と、いずれも女性の看護師(26)と退職した准看護師(28)の計3人について名古屋地検は10日、起訴猶予にした。
地検は「3人の行為による健康被害の危険性は証拠上、認められず、院長は書類送検時に実名報道されるなど社会的制裁を受けた」などとした。
院長らは2003年11月21日夜から22日未明にかけ、同県豊川市の主婦(29)が長男(2)を出産した際、資格のない准看護師らに子宮口の開き具合を確認するなどの内 診行為をさせたとして、県警に書類送検された。

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豊橋の医院が無資格助産か 愛知県警が家宅捜索

愛知県豊橋市の医院「竹内産婦人科」(竹内稔弘院長)で、医師か助産師にしか認められていない出産時の内診を准看護師が行った疑いがあるとして、県警が9月末、保健師助産 師看護師法違反の疑いで医院を家宅捜索していたことが7日、分かった。
県警は竹内院長らから事情を聴くなど立件に向けて捜査をしている。
県警などによると、医院では2003年11月、同県豊川市の女性(29)が長男(2)を出産した際、准看護師が子宮口の開き具合を確認するなど、同法に違反して内診行為を した疑いが持たれている。
女性は「出産直前も医師がおらず、医師が来るまでの約1時間、准看護師が新生児の頭を抑え続けた」と証言。女性は今年9月、同法違反容疑で県警に告発した。
竹内院長は取材に対し「今の段階では何も話せない」としている。
女性は出産時の処置ミスで長男に障害が残ったとして、院長らに損害賠償を求める訴訟を起こしており、名古屋地裁豊橋支部で係争中。
(共同通信社)('06/10/07 無断転載禁止)

>田舎の消化器外科医さん
>同県豊川市の主婦(29)が長男(2)を出産した際、資格のない准看護師らに
>子宮口の開き具合を確認するなどの内 診行為をさせたとして、
>県警に書類送検された。

出産時の内診行為に関しても、看護師や准看護師がする事があるのか。また、このような内診に関して、産婦人科医会はどのような見解を持っているのかが一つの答えでしょうね。

この産婦人科病院には助産師さんはいなかったみたいですが。

>>No.128 田舎の消化器外科医 さん
乙です。
決着早かったですね。
たぶん検察審査会が動き出すんでしょうけど。

>yamaさん
>国試合格率最低の私立大学でもトップの学生は「何で旧帝大に行かなかったの?」と
>思えるくらい頭のいい人達だったりします。逆に、つい数年間の東大の国試合格率は
>国立大学の中でも最低ランクだったりします。

国家試験では易しすぎて余り差は出ないのだと思います。
それでも下記の数だけ医学部を持つ大学があり、そこにどうにか入ってしまえばほとんどが医師免許(一生無更新)を持つことができるというのは少し不安を感じます。

医師国家試験の合格率
第99回医師国家試験合格ランキング
(新卒のみを集計。数字は百分率。)
横浜市立大学 100 自治医科大学 100 大阪医科大学 99 つくば大学 98.9
大分大学 98.9 慶應義塾大学 98.9 防衛医大学 98.1 徳島大学 98
神戸大学 97.8 京都府立医科大学 97.8 獨協医科大学 97.8 名古屋大学 97.1
日本大学 97 昭和大学 96.5 東医歯大学 96.4 杏林大学 96.4 秋田大学 96.3
千葉大学 96.2 滋賀医大学 96.2 岡山大学 96.1 大阪市立大学 96.1
東京大学 96 関西医科大学 96 浜松医大学 95.8 広島大学 95.8
産業医科大学 95.8 北海道大学 95.7 順天堂大学 95.7 埼玉医科大学 95.6
和歌山県立医科大学 95.4 公立計 95.4 日本医科大学 95.4 奈良県立医科大学 95.3 弘前大学 94.7 山形大学 94.7 東京女子医科大学 94.7 香川大学 94.6
慈恵医科大学 94.6 山口大学 94.5 愛媛大学 94.4 京都大学 94.2
札幌医科大学 94.2 国立計 94 愛知医科大学 94 高知大学 93.9
聖マ医科大学 93.9 東北大学 93.8 群馬大学 93.7 名古屋市立大学 93.6
富山医薬大学 93.4 九州大学 93.4 大阪大学 93.3 島根大学 93.3
総合計 93.3 信州大学 92.9 三重大学 92.8 熊本大学 92.6
宮崎大学 92.5 鹿児島大学 92.4 長崎大学 92.3 私立計 92.2
旭川医大学 92 福島県医科大学 91.8 鳥取大学 91.7 北里大学 91.4
佐賀大学 91.2 岐阜大学 90.5 新潟大学 90.4 兵庫医科大学 89.9
琉球大学 89.8 帝京大学 89.8 福井大学 89.5 久留米大学 89
東海大学 88.9 東京医科大学 88.6 山梨大学 88.1 近畿大学 87.6
金沢大学 87.3 藤田保衛大学 86.7 東邦大学 86.6 福岡大学 86.3
金沢医科大学 84.9 岩手医科大学 81 川崎医科大学 79.3

医師国家試験は全てマークシート形式で、必修問題は8割以上の得点、一般問題は概ね6割以上の得点、臨床実地問題は概ね6割以上の得点、禁忌肢問題の選択が2問以下を満たせば合格です。
合格率は9割近く、旧帝大の医学生なら全く授業に出なくても、問題集さえこなせば、1年で十分合格できるレベルの内容です。勿論、国家試験対策の授業などありません。
私大の医学部もそこそこの合格率になっていますが、カラクリがあって、何年もかけて授業で国家試験対策をし、ある一定レベルに達しないと、進級、卒業させないと聞きました。模試で成績がよくなければ国家試験を受けさせないのです。留年させれば大学に金も入りますし、見かけの合格率も上がります。実際開業産婦人科のご子息で2年留年したとか、卒業したが国家試験を3回受けたという話は耳にします。
しかし合格率9割の試験ですよ。そんな試験に四苦八苦するような医師を作るぐらいなら、やはりそんな私大は廃し、医師のレベルを保つべきです。

>大学病院の規模(病床数およびスタッフ数)そのものも5-10倍
>現在のように大学の教員に「臨床」,「研究」,「教育」の3つをすべて行わせるのは非>現実的ですから,それぞれを分担して専属のスタッフを持つ必要があるでしょう.
level3さんのおっしゃるとおりで、大学病院(医学部のある大学)の集約化が必要と思います。

初めまして。医師免許取得して2年目で首都圏の大病院に勤務する研修医です。
週70時間+当直が月数回程度の勤務ですが、スーパーローテの影響で、初期臨床研修医でも手取り23万程度(賞与無し)の給料があるし、当直バイト(情勢的に怖すぎ)とかは原則禁止になったということで、「まあ奴隷とは言えないし、勉強にも丁度良いかな」程度の待遇と思って生活しています。
来年からは、某マイナー科で病棟を持たない道に進むことにしちゃいました。内科と最後まで迷いましたが、正直、35とか過ぎても今と変わらないメジャー科の病棟生活に飛び込む覚悟は持てませんでした。外面上は「都会の大病院でマイナー科に進む」という超リスク回避系の新米医師の典型なので少々気は引けるのですが、意外と自分と似た境遇の人の参加も少なそうなので時々実感とか書き込みさせてください。

で、小さな話題提供なのですが、無過失賠償制度について。
一応日本でも、既に「治験」の分野では、それに類するものが実現しています。
ある未承認薬Aの治験を行う場合、当該薬を使用している間の患者の医療費は、どんな有害事象が起ころうとも、全て製薬会社が負担することになっているはずです。
それが単なる電解質組成を少し変えた程度の維持輸液製剤で、起こったのは明らかに原病による発作で、といった、どう考えてもAとの因果関係が否定されるような事象ですら、今は治験する側がICU費用だろうと緊急手術費用だろうと負担しています。
つい数年前にあれだけ薬害報道がされて以来「因果関係を争うより全部補償」の流れで制度が出来た、と聞いています。確かに最近治験関係のマスコミ報道あんまり聞きませんし。
そんな金よくあるよな、と、お隣の業界ながら羨ましく思ったものです。
日本の医療の全てに即適用するにはまだ厳しく、お産の一部で検討されはじめたばかりですが、今の状況が続くなら現実解としてもっと真面目に検討していいのでは…と思います。

>>逆に、つい数年間の東大の国試合格率は国立大学の中でも最低ランク
>国家試験では易しすぎて余り差は出ないのだと思います。

自分も国家試験対策の講義はゼロ、留年も年1人いるかどうか、国試くらい個人の能力で受かれ、みたいな感じでした。といっても2時間で丸暗記できるような運転免許の学科試験と違い、病棟実習こなしながら一応20冊組で1万ページの問題集を覚える訳で、枕詞無く簡単すぎと広めるのも誤解を招きそうですが。国立大は放置主義なので遊んだ人が落ちて合格率を下げているというのはその通りかと。

>医療の完全崩壊(用語として不適切とは思いますが)は、No.120 OBGY さんが言われるように地方から起こるのだろうと思うのです。

 田舎に住んでいるから思うのかも知れませんが、医療情勢の悪化は都市部も僻地も同様に進行している、いや、むしろ都市部の進行の方が深刻なのではと私は思っています。

 地方での医療崩壊が目立つのは、例えば中小企業の方が不況時に倒産しやすいとか、小児はちょっとしたダメージで死にやすい・・・と言うのと同様に基礎体力が低いことに起因しているのだと思います。

>ホワイトカラー労働時間見直し 厚労省が修正案
北海道新聞の11/11の見出しです。
ttp://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20061111&j=0023&k=200611115112
ホワイトカラー労働者の労働時間規制を外す「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」導入(「自由度の高い働き方にふさわしい制度」に名称変更予定)に関して、厚労省は、労働政策審議会労働条件分科会に修正案を提示しており、年内に最終案をまとめる方針だとのことです。
対象者要件は、「労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事」「年収が相当程度高い人」などとしており、医療労働者への導入は必須であると警戒しなければなりません。
上記の「自由度の高い働き方にふさわしい制度」なるものが、来年制定された場合、仮に、勤務医の労働環境を労働基準法に準拠したものにする運動を組織したとしても、意味が無くなります。
非常に警戒しなければいけない動きです。

病院の収支状況について、私の頭に残っているのが、11月1日のエントリー「1歳児が病院で窒息死(小田原市立病院)」のNo.17 血液内科さんが紹介された小田原市立病院医療事故調査委員会の報告書の56ページにある小田原市立病院の医業収益、医業費用です。

平成16年度  収益 79.7億円 費用 91.4億円 (損益 11.7億円損失)
平成15年度  収益 82.0億円 費用 90.7億円 (損益 8.7億円損失)
()ないの損益は私が差し引きした計算結果です。Webアドレスを再掲しますと、
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/download2/1821/iryoujikohoukokusho.pdf

417床であり、単純平均すると85.7%のベッド占有率となり、高い水準と思います。

年間10億円以上の赤字(必ずしもキャッシュフローの不足額と一致するとは、限りませんが)を小田原市が埋めることにより、病院が存続しているのだろうと思うのです。感覚的なものでしかありませんが、地方に行けば更に赤字幅(率)が大きい病院があるであろうし、自治体の規模によっては支えきれないであろうと思うのです。

分析を行うには、詳しいデータが必要ですが、いずれにせよ、経営財務内容の開示が余り行われていないから、実質的な問題点の議論及びその結果としての改善策の議論ができないのが良くない状態と思っています。

なお、No.123のコメントの医療保険の議論は、折角国民皆保険制度を取っているのであり、固定的保険収入がある。出来高制のみで配分することが、良いのだろうか、例えば一部を一定基準によりベッド数、医師数、看護師数等により配分することを検討してもよいのではと思ったのです。

>売れない経営コンサルタント様

 地方・僻地の中小病院は地域によっては確かにより大きい赤字幅の病院があります。が、より重大な問題は
1.ベッドがほぼ満床で、ベッド回転数が良くなければ経営収支が黒字になる病院はない(救急をやっている限りにおいて)。
2.ベットが満床の状態で救急を維持することは現実的に不可能である(ex.奈良県立大淀病院の「たらい回し(この言葉嫌だな・・・)」)
3.二次・三次救急指定病院はベットを満床に近い状態にしたまま、ベッド回転率を維持するためにそのフォローを後方支援病院(ex.当院(苦笑))にゆだねている。(平均在院日数によって入院基本料が大きく異なるため)
4.よって後方支援病院は平均在院日数が長くなりがちになり、必然的に経営に強い負荷がかかる。

この流れにより
1.後方支援病院は経営負荷と訴訟リスク、人員不足のため、救急指定を取り下げつつある。
2.後方支援病院の救急廃止により、基幹病院に救急が集中する。
3.基幹病院救急の過剰負荷->中堅医師の逃散->残った医師への負荷増大->地域医療全体の崩壊
と言う実態が生まれているのだと思います。医師の逃散だけが医療崩壊の本質ではないでしょう。

ついでに・・・

 小田原市民病院でそうであるかどうかは分かりませんが、救急医療維持のために地方自治体には地方交付税交付金がおります。この交付金で自治体から病院への繰り入れが行われます。これは医業収益に含まれるのが通常です。
 おそらくですが、小田原市民病院も自治体からの繰り入れがあってなお年間10億の赤字を出している可能性が高いと思います。

さらなる経営上の問題ですが・・・

 地方自治体立病院の職員給与は職種毎に給与表があり、これを病院管理者側(院長・事務長など)で変更することが出来ません。給与表は条例で定められているからです。しかも、勤続年数の長い職員は仕事内容にかかわらず定期的に昇給していきますので、正職員であれば掃除婦や給食職員などが若手の正看護師や場合によっては若手の医師よりも給与が高いという事態が生じます。リストラと言うことは公務員の場合、原則的にあり得ません。

 また、院長は経営責任者と言うことに無理矢理されていますが、経営について学んだことはなく、医業収益・支出、医業外収益・支出の意味さえよく分かっていない人がほとんどです。また、人事権は事実上皆無です。看護職員の人事は看護師長が実質的に決定しますし、事務職員の人事は町で勝手に決めてそれを押しつけてきます。たいていの場合、公立病院の事務長職は定年前の上がりのポストか、閑職とされており人事がころころ変わるため経営方針がまともに立たないことがしばしばです(私は僻地の公立病院をかなり渡り歩いていますが、人事に関してはすべてどこの病院も同じで、どこもみんな赤字でした)

 地方自治体立病院が経営危機に陥る理由の一端がお分かりでしょうか?

こんにちは、僻地外科医さん、売れない・・・(長いので失礼)さん。
整形Aです。

No.138 僻地外科医 さんのコメント

>事務職員の人事は町で勝手に決めてそれを押しつけてきます。たいていの場合、公立病院の事務長職は定年前の上がりのポストか、閑職とされており人事がころころ変わるため経営方針がまともに立たないことがしばしばです(私は僻地の公立病院をかなり渡り歩いていますが、人事に関してはすべてどこの病院も同じで、どこもみんな赤字でした)
>
> 地方自治体立病院が経営危機に陥る理由の一端がお分かりでしょうか?

僕の地元の公立病院もそうです。
市役所の退職間際の人が、移動で市立病院の事務になり、病院職員として退職します。すると病院が彼らの退職金を負担することになります。

市役所の見かけ上の人件費を圧縮するために、病院に赤字を押し付けるんですね。そうしておいて、病院は赤字だ赤字だ、もっと稼げ、というわけです。

「新小児科医のつぶやき」で紹介されていましたが、こういう論を唱える慶應大学商学部教授もいらっしゃるようです。

権丈善一氏の研究室HP
http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/

「こういう論」とはどういう論なのかは上記サイトの「仕事」をご覧下さい。
要は、私を始め医療者には至極納得できる内容です。

No.139のようなことは自治体病院に限りません。国立病院でも 基幹病院の扱いを受けているところは 公務員の勤続年数が長い人が 昇進で来て、最後に辞めていく形ですので、人件費は高くなります。とくにセンター長、院長、事務長、その他、管理職が定年退職するのが集中した年度は 退職金が高額で 人件費率をさらに押し上げます。

自治体病院の経営状況についての情報ありがとうございます。色々な矛盾点が突き刺さってきているが、全権をもった人も機関も存在しないから、改善が極めて難しいという感じに思えます。せめて、理事会が市長なりと対等に話しが出来、理事会の開催・招集を病院長がかけられるようにするぐらいでないと思いました。赤字なら赤字でよいと思うのです。例えば、市職員の給与が高すぎるのであれば、市として雇用しているのであるから、そのしわ寄せは病院の負担にならないようにするため、市が負担することでよいと思います。でも、現状は、突き詰めた分析もなしに流されているだけで、ある日突然大騒ぎになり、皆が被害者となるという構造を恐れるのです。

ところで、No.140 元田舎医さんに紹介いただいているWeb Siteは、私が開こうとすると "Forbidden"となって、開きませんでした。

>>No.142 売れない経営コンサルタント さん 他みなさま
たいへん申し訳ありません。
正しくは↓です。
http://www.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/main.htm

 法務省は腐っている。この問題を出すことが反社会的だということに気が付いていないことに腹が立つ。全くふざけた問題を出しやがって。許せない。 医師に対する冒涜をそのまま問題にして、そして合格してくる法曹関係者は医師の敵である。法曹関係者が医療を崩壊させることは明白。
 しかも内容が非科学的だ。完璧に特異体質を十分に診断できる方法など存在しない。病歴が最も重要だが、病歴のみで全ての薬剤に対する特異体質など診断できない。病歴で薬剤に対する過敏症やアレルギーがあっても実際投与してみても軽い蕁麻疹程度で済むこともある。病歴で何もなくても薬剤の過敏症テスト自体でショックになり、最悪死亡することがある。法曹界の人間はショック死するかもしれない試験的投与を安易にやれということか。この設問の答え「設問が非科学的過ぎて罪状を論じることは不可能」だ。

法務大臣に厳重に抗議だ。

平成18年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題と出題趣旨
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/18syushi-kohyo.html
【刑 法】
第 1 問
病院長である医師甲は,その病院に入院中の患者Xの主治医Aから,Xに対する治療方法についての相談を受けた。
Xに対して恨みをもっていた甲は,特異体質を持つXに特定のある治療薬を投与すれば副作用により死に至ることを知っていたことから,Aをしてその治療薬をXに投与させてX を殺害しようと考えた。そして,甲は,Aが日ごろから研修医乙に患者の検査等をすべて任せて乙からの報告を漫然と信用して投薬を行っていることを知っており,かつ,乙がA の指導方法に不満を募らせていることも知っていたので,AにXの特異体質に気付かせないままその治療薬を投与させるため,乙を仲間に引き入れることにした。
そこで,甲は,乙に対し,「Xに特異体質があるので,特定のある治療薬を投与すれば,Xは,死に至ることはないが,聴力を失う。」旨うそを言い,Aの治療行為を失敗させる ことによってAの信用を失わせようと持ち掛けた。すると,乙は,これを承諾し,甲に対し,「AからXの検査を指示されたときは,Aに『Xに特異体質はない。』旨うその報告 をする。」と提案し,甲は,これを了承した。
その上で,甲は,Aに対し,その治療薬を投与してXを治療するよう指示した。そこで,Aは,乙に対し,Xの特異体質の有無について検査するよう指示したが,乙は,Xに対す る検査をしないまま,Aに対し,「Xを検査した結果,特異体質はなかった。」旨報告した。
Aは,本来,自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務があり,もし,AがXの特異体質の有無を自ら確認していれば,Xの特異体質に気付いて副作用により死に至ることを 予見し,その投薬をやめることができた。しかし,Aは,実際には,その確認をせず,軽率にも乙の報告を漫然と信用したため,Xの特異体質に気付かないまま,Xに対し,その 治療薬を投与してしまった。その結果,Xは,副作用に基づく心不全により死亡した。
甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。
(出題趣旨)
本問は,患者の殺害を企図した病院長が,他の医師とともに,患者の主治医をして患者の特異体質に気付かせないまま治療薬を投与させて患者を死亡させたという事例を素材とし て,事案を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,過失行為を利用した間接正犯及び共同正犯の成否等に関する理解とその事例への当てはめの適切さを問うものであ る。

m3comの掲示板からの引用です。
このような問題が出されるようでは、医療と司法の溝は深まるばかりではないかと思うのですが?私はほかの問題を知りませんので、これに限って言えば、あまりにありえない設定で、かつ医師を侮辱するような品位のない問題だと私は思います。
法曹界の方のご意見を伺いたく、ここに転記させていただきました。


平成18年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題と出題趣旨
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/18syushi-kohyo.html
【刑 法】
第 1 問
病院長である医師甲は,その病院に入院中の患者Xの主治医Aから,Xに対する治療方法についての相談を受けた。
Xに対して恨みをもっていた甲は,特異体質を持つXに特定のある治療薬を投与すれば副作用により死に至ることを知っていたことから,Aをしてその治療薬をXに投与させてX を殺害しようと考えた。そして,甲は,Aが日ごろから研修医乙に患者の検査等をすべて任せて乙からの報告を漫然と信用して投薬を行っていることを知っており,かつ,乙がA の指導方法に不満を募らせていることも知っていたので,AにXの特異体質に気付かせないままその治療薬を投与させるため,乙を仲間に引き入れることにした。
そこで,甲は,乙に対し,「Xに特異体質があるので,特定のある治療薬を投与すれば,Xは,死に至ることはないが,聴力を失う。」旨うそを言い,Aの治療行為を失敗させる ことによってAの信用を失わせようと持ち掛けた。すると,乙は,これを承諾し,甲に対し,「AからXの検査を指示されたときは,Aに『Xに特異体質はない。』旨うその報告 をする。」と提案し,甲は,これを了承した。
その上で,甲は,Aに対し,その治療薬を投与してXを治療するよう指示した。そこで,Aは,乙に対し,Xの特異体質の有無について検査するよう指示したが,乙は,Xに対す る検査をしないまま,Aに対し,「Xを検査した結果,特異体質はなかった。」旨報告した。
Aは,本来,自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務があり,もし,AがXの特異体質の有無を自ら確認していれば,Xの特異体質に気付いて副作用により死に至ることを 予見し,その投薬をやめることができた。しかし,Aは,実際には,その確認をせず,軽率にも乙の報告を漫然と信用したため,Xの特異体質に気付かないまま,Xに対し,その 治療薬を投与してしまった。その結果,Xは,副作用に基づく心不全により死亡した。
甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。
(出題趣旨)
本問は,患者の殺害を企図した病院長が,他の医師とともに,患者の主治医をして患者の特異体質に気付かせないまま治療薬を投与させて患者を死亡させたという事例を素材とし て,事案を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,過失行為を利用した間接正犯及び共同正犯の成否等に関する理解とその事例への当てはめの適切さを問うものであ る。

>売れない経営コンサルタント様

>色々な矛盾点が突き刺さってきているが、全権をもった人も機関も存在しないから、改善が極めて難しいという感じに思えます。

 まさしくその通りで、実のところ私は町サイドに何度も病院の事務長職をある程度固定化し、経営管理責任者のポストとすること、病院事業はそれ単体で成り立つものではないので、福祉行政・病院事業・救急事業を統括するポスト・部署を役場につくり、定期的に医療福祉問題を検討する制度を作るべきであると言うことを文書で申し入れていますが、全くなしのつぶてです。それでいて、ことあるごとに「病院の赤字が」などと町長が挨拶で宣うものですから、こっちはたまったものではないです。就任当初から言い続けていますが、いっこうに変化がないのでさすがに最近はやる気を失いました。別に私の懐が痛む訳じゃないですからね。

 地方自治体の医療問題は誰が引き起こしているのかを、そろそろ住民自身が知るべきではないかと思います。

あ、そうそう。いままで勤めた自治体立病院で1カ所だけ、院長の強力な指導と町サイドの協力が上手くかみ合い、経営状態も(比較的)良好で病院自体の評判も良いと言うところがありました。やろうと思えば出来ると言うことです。

その司法試験問題は、「傑作」だと思いました。司法試験試験作成者は、別に医療関係者に恨みがあって、作ったものではないのでしょう。法律理論的に、このテーマは面白い、司法試験に適切なテーマだと信じて、出題者はこれを出題したのでしょう。社会的な常識、他の職種につく者のこころを思いやり、想像する共感能力に、きわめて乏しいことを、よく物語る問題であると思います。

私も、法務省にやんわりと抗議しておきました。病院長を、検事正、研修医を検事に置き換え、検事正が被疑者に個人的な恨みを抱くプロットにしてみたらいかがか、と付け加えて。これにちゃんと反応が、法務省からあれば、まだ救われるのでしょうが、きっと無視だろうな・・・。

都市部の病院のほうが厳しいようです。

http://www.asahi.com/health/news/TKY200611150304.html

病院3割「火の車」、診療報酬下がり経営悪化
2006年11月15日16時06分

 4月からの診療報酬引き下げなどの影響で、民間病院を中心に約3割の病院で経営が悪化し、医療行為にかかわる医業収支が赤字に陥っていることが、全日本病院協会の調査で分かった。とくに都市部の病院が厳しく、東京都では約6割が赤字。同協会は「診療報酬改定に加え、看護職員確保のための人件費増加などが経営を圧迫している」と分析している。

 調査は、協会に所属する約2200病院の中から500病院を選び、5月時点の経営の収支状況などを調べた。226病院(回答率45・2%)が回答した。

 それによると、医療行為にかかわる収支状況が赤字とした病院が27%を占め、前年同月より4ポイント増えた。地域別にみると、都内の23施設のうち赤字は61%で前年より14ポイント増。政令指定都市でも19%と前年より9ポイント増えたのに対し、その他の地域では24%で前年とほぼ同じだった。

 今回の診療報酬改定では、医療費抑制のため過去最大の引き下げ幅となった一方で、看護職員を手厚く配置すると高い収入が得られる仕組みになった。同協会は「病院間で看護職員の奪い合いが激化しており、首都圏を中心に人件費が上がっている」とみている。

No.147 マーラー5番さん

>これにちゃんと反応が、法務省からあれば、まだ救われるのでしょうが、きっと無視だろうな・・・。

司法を舞台にした問題は既に出していますだったりして。

以前仙台の病院で看護師が患者に筋弛緩薬を投与した事件がありましたね。やはりこうしたシミュレーションはある意味必要なのかもしれないと私は思います。
別に医療関係者云々の問題ではなく、一般的な問題として出されたものかな、と個人的には思いました。当然、法曹に置き換えてみても共謀裁判というのはあり得ますからそっちの問題も出すべきなのでしょうけど。

さて、話を元に戻しまして・・・・No.148 一般人さんのコメント にも見られるように現在の診療報酬体系が根本から崩れるような事態がようやく一般の目にも触れてるような形になって来たのだと思います。我々がかなり前(2、3年というレベルではなく、10年以上)から主張していたのに行政に無視され、マスコミに無視されて来ました。我々にしてみれば、「ほれいわんこっちゃない。」ってな感じです。別に不思議ではありません。こういう形になって当たり前なのです。
手を抜くことのできる(例えば必要な検査を故意に怠るとかいうような悪い意味ではなく、経営戦略上、金のかかる症例はさっさと病院に送る等の意です)個人開業医などはどうなんでしょう?データにはなりませんが、私の知っている限り(せいぜい1−2軒ですが)では、それでも収益は悪化していると聞きますからやはり苦労しているのでしょうか?

>一般人様

 僻地の方が厳しいです。

> 今回の診療報酬改定では、医療費抑制のため過去最大の引き下げ幅となった一方で、看護職員を手厚く配置すると高い収入が得られる仕組みになった。同協会は「病院間で看護職員の奪い合いが激化しており、首都圏を中心に人件費が上がっている」とみている。

 もとから田舎では看護師の人員不足に悩まされていましたが、今回の診療報酬改正はこれに拍車をかけました。診療報酬アップ(と言うより維持)のために看護師の募集をかけたくとも応募そのものがありません。都会の民間病院に対抗するためには、桁外れの給料を呈示しなければなりませんが、公立病院では条例のしばりがあるためにそれも出来ません。当然ですが医師の応募もありません。

 ご存じないと思いますので説明しますが、地方の公立病院ではもともと看護師数が少ないために複数夜勤体制が組めず、一人夜勤の病院が多かったのです。今回の診療報酬改定で一人夜勤の病院では入院基本料が60%削減されたために、普通にやっていると100床規模の病院では年間1億5千万〜2億程度の報酬減になります。従って複数夜勤体制を組むのが急務になりますが、もともと地方に行きたがる看護師は少ない(これは医師も同じですが・・・)ために、看護師の募集がままなりません。まして都会へ行けば、今回の診療報酬改定で引く手あまたですからなおさらです。

 地方の公的病院では3割どころか8割以上が経営悪化に苦しめられています。これは一般の方々、皆さんの選択の結果です。

 さらに言えば、はっきり言って現在地方公立病院に勤めている医師、看護師は適当にやっていても何も困らないのです。困るのは自治体、そしてその自治体に住む一般の人たちです。

 僻地に住む外科医としてお勧めします。今後国内旅行、特に自然を求める観光旅行は控えられた方が良いです。僻地では都会並みの医療どころか、まともな救急医療を維持することは今後2年以内に不可能になります。というより、救急指定病院そのものが救急車で2時間圏に1つと言う状態になるでしょう。万が一交通事故にあった場合には確実に死ぬ覚悟で来てください。僻地の医療スタッフとしてはこちらに来られて何かあっても責任を負いかねます。

No.144 1内科医師さん、No.145 ER医のはしくれさん

法曹の人間ではありませんが、問題を読んだら、法務省のバカはこんなバカな問題を出してと、人間性のない法曹人を作ろうとしているのかと思いを一言書かずにはおれなくなりました。

1)学問は尊重すべきである。医学的にあり得ないことをねつ造してはいけない。
2)前提条件を複雑にして、回答者の考え方を見たいのだと想像するが、医においても法においても、最も重要なのは人間性である。これは、私は全てに共通するし、芸術にだって、工学や経済にも当てはまると思っている。この問題は、人間性無視の上に立っているように思える。

一言バカなことを付け加えると、医師は人間性なしで、その行為をしてはならない。しかし、弁護士においては、時として人間性なしの人が尊敬されることがある。(多くの弁護士がそうではなく、立派な人間性を持っておられることを知っています。でも、悪かも知れないとの迷いで、依頼人の為に働かざるを得ない場合もある。そんな皮肉さから、出された問題ではないと思うのですが)

過去にこの種の試験を受けていたものです。
 正直言って,この問題を作った人,解く人は,この問題を見て,具体的な医師を念頭に置いて考えたり,医学的に正しいかとか考えたりはしていないと思います。これは,はっきりいって,単なる論理のパズルのためのものです。
 この問題は,刑法の問題です。刑法は,ほかの法律科目以上に,論理の一貫性を要求している振りをします(本当は一貫してないという話もある)。なので,問題を作るのがへたくそな人が,論点中心の問題をひねり出そうとすると,現実的ではない,なんだかなあ,という問題が簡単に作れます。
 もっとも,そういうのは,安っぽい司法試験予備校の模試の問題に多かったので,司法試験管理委員会が,こんなにひどく安易な問題を作ったことの方に私はショックを受けました。
 今までは,現実の裁判例の事案をさらにひねって,実際にありそうな一方で,どうやって理論を事案に適用するか悩ましいような味のある問題が多かったんですが。。。
 みなさんとは違った意味で,悲しいです。
 とにかく,刑法の問題は,誰かが(刑罰を科すべきような)悪いことをしないと始まらないので,銀行員は横領しますし,男はレイプします。ほぼ毎年共謀による殺人が出題されます。警察官も悪いことをするし,公務員は収賄しながら詐欺します。ほんとに,みんなひどいことばかりします。もしかしたら,コンサルタントも人をだましたりするかもしれないです(でも,そういえば,あんまり法曹関係者がひどいことした設定の問題は記憶にないような。)。
 一方,刑事法の専門家(とくに学者さん)は,各業界のことをきちんと知らないで,机上の例から事案を考えます。司法試験管理委員会の試験委員も半分は実務家ですが,半分は学者で,問題作成には主に学者がたずさわるっぽいです(試験委員が替わると,新しい学者委員の興味の範囲の問題が出やすい傾向があるらしいので)。
 これは,あくまでも,刑法という科目の知識,理解と,その法的,論理的思考力を試すだけの,頭の筋力テストみたいなもんです。いわゆる法技術のみです。外科医の人の手術の腕とか,料理人の料理の腕みたいなもんですかね。
 法曹界は,社会常識や人間性はもちろんもちろん重要ですが,一方で,法技術がないと法を扱う専門家としての意味がないので,そういう意味での筋力テストだと思っていただければ。
 だから,刑法の問題を解く人たちは,問題は完全なおとぎ話と思って解いてます。こんなものを相手にお忙しい医療関係の方々にまともに考えていただいて嘆息していただくだけ時間がもったいないですし申し訳ないです。一笑に付してやってください。
 でもせっかくなので,どんどん指摘や抗議をしてやっていただければ,問題作成者が,専門家におかしくないかチェックするようになるとか,改善するかもしれない(問題漏れが怖くてできないかもしれませんが)。その際は,どちらかというと司法試験管理委員会宛がよいかと。

 ちなみに,ここで出ている「間接正犯」というのは,例えば,ジャイアンを殺したいスネオ君が,自分の手を使わずに,頭の悪いうっかりさんののび太君を道具のように利用して(頭がよくなる薬だからジャイアンにあげると喜ぶよ,と言って,のび太に毒薬である白い粉末を渡し,のび太がジャイアンにその白い粉末を飲ませてしまい),ジャイアンを殺しちゃったときに,スネオ君が自分で犯した犯行(正犯)として殺人罪に問えるか,というような問題でして,むかーしからドイツやその流れを汲む日本の刑法上の論点としてあるものです(「正犯」というには,自分で犯罪を実行した,といえないといけない)。パターンとしては,(1)のび太君は,まったく毒薬であることに気付いていなくて,しかもそのことに過失もない場合(純粋な道具?),(2)のび太君が毒薬だと気付かなかったが,普通の人なら気づけたので過失がある場合(過失ある道具),(3)のび太君は体によくない薬とは気付いたが,死ぬとまでは思ってなかった。そしてそのことをスネオに言わず,ジャイアンを苦しめて懲らしめようと考えて,そのまま薬を飲ませたらジャイアンは死んじゃった(故意ある道具)(4)のび太君は毒薬と気付いたが,そのことをスネオに言わず,のび太君自身そのまま嫌いなジャイアンを殺そうと考えて毒薬を飲ませて殺しちゃった事案,なんかが典型的なものとしてあったような気がします。これらのうち,どこまでを,スネオ君が正犯だ,と言っていいかという問題ですね。ついでに,(5)のび太君は毒薬と気づき,スネオと話し合って,やっぱりジャイアンを殺そうと二人で話がまとまった場合もありえますが,この場合,共謀共同正犯ないし共同正犯が成立するかという問題になるんでしょうかね。
 長くなって申し訳ないですが,上の(2)以降は,そもそも,かなり設定に無理がありますよね。普通の人がどうやって毒薬だとわかるの?とか,過失あり得ないじゃん,とか。
 だから,毒を使う間接正犯の教科書事例には,多く医師と看護師が出てきます。医師は毒薬のことを知ってるだろうからのび太君より現実っぽくなりそうでしょ,という程度の意味しかないと思います(実際に医師がそういうことをするか,とかそういうことは度外視されていることに注目。)。ここで「毒薬」というのも,医療関係の方からは,その表現なんとかならんか,ということになるかと思いますが,結局,記号にすぎないので凝ってもしょうがないし,現実を知らないのに現実らしく見せようとすると今回の問題のような恥ずかしいことになりますのでやめときます。
 ただ,ぼくなら,間接正犯の過失ある道具の事案にするなら,やくざが,サバイバルゲームに参加する一般人の知合いにエアガンといって実弾入りの改造銃を渡してそのゲームに参加していた対立組織の人を殺させた,とかのほうが,まだ現実味があるし(それでも非現実的ですが),論理的パズルの問題としておもしろいかなあ,と思いますが。。。。
 長文失礼しました。

私には、No.145 ER医のはしくれ さんご紹介の問題がことさら特異に思えませんでした。
もともと刑法の教科書なんて、ほんとにえげつない事例のオンパレードです。
ぜひ一度本屋で手に取って、パラパラめくってみてください。
あの勉強をしてきた法曹の方々、ましてや日々刑事事件に対峙している専門家の方々などは心底尊敬します。
私には到底耐えられそうにありません。

というわけで、この件に関して私は「ヌルー」推奨派です。

ま、本音は「叩けるうちは、ご自由に叩いてくださいな>>法務省様」かもしれませんが。

♯こんなサブタイトルを持つ本もありますね。
http://astore.amazon.co.jp/yyabenet-22/detail/4896281535/503-3928319-3279155

刑法等の法体系・構造の理解の程度を試験する為に、架空の登場人物を
登場させ、その中に異なる職制職位や人間関係を配置し、登場人物らの
犯罪ツールへの職務上あるいは一般的な知的理解の程度を設定して、
過失や故意や責任やらを問うているという事は理解できる。
そうした一種の数式数量モデルの中で、単なる記号として、医師や医療
が出てきたというのも理解できる。
また、漠然と、悪を裁く為に、善人には計り知れない悪の行動様式を
体系的に理解する学問も、社会の財産であるということも理解できる。

しかし、生物学の根幹が、決して生物のメカニズムの理解ではなく、
それを備えた上での生物への愛情であるように、法学の根幹は、法体系
・構造の理解ではなく、それを備えた上での社会的存在への愛情である
はずではないのか。

今回の、指摘された司法試験第二次試験論文式試験問題なるものは、
一部ではあっても、法学関係者が医療行為への偏見や蔑視を獲得して
いるいう事の馬脚が出たということだと思う。

今後、ハンドル名を座位臥位立位から、座位に変更簡略化します。
いのげさんから、改めるよういわれますた。しかし、ハンドル名の
不審さを笑われたのは、ショックだった。本当にそのつもりは
無かったのに。(笑)

皆さんご存知かもしれませんが、下記サイトをご紹介します。
www.geocities.jp/jgill37jp/
これをみると日本の医療がいかに優秀かということがわかります。でも、マスコミは海外と比較することなく日本の医療は最低とかたづけるわけですから、その報道姿勢も最低と言わざるを得ませんね。

座位さま

>ハンドル名の不審さ

はい。場のふいんき(なぜかry を和らげようとして、自分の誤読の恥をさらすつもりで(笑)としてしまった張本人でございます。伏してお詫び申し上げます。

ほんとうに悪気はなかったんですよーう

最近分娩する施設が減少し、分娩取り扱い病院の月平均の
分娩件数が増加しています
(半年ほど連続して出生数が増えているのも多少は影響?)。

開業医は経営状況にもよりますが、ある程度借金返済の目途が
たっているところは、分娩制限や分娩料金の値上げで対応しています。
分娩料金が上げると客層がよくなり、トラブルが減るという副効果もあります。

ところが自由診療にもかかわらず、分娩料金の値上げは難しい
病院があります。県立や市民病院です。

以前働いた病院で分娩料金の値上げを訴えたところ、県議会や市議会の決定が
必要なので、事実上値上げは困難といわれました。

安い分娩料金でも、医療の質は基幹病院として高いものを求められます。

ひどい病院だと医師2人で分娩月50〜60、母体搬送も頻繁に受け入れ、
病棟には双胎の切迫早産などハイリスク患者がゴロゴロ、
更に婦人科手術、癌患者のターミナルなどなど、
膨大な仕事で燃えつきてしまいそうな基幹病院もあります。

自由診療の分娩を制限している市民病院(以前大和高田が新聞に出ていました)
もあるそうですが、自由診療なので
法的には公立の病院でも制限はOKなのでしょうか?

たとえば、今後予想される飛び込み分娩
(全く外来にかかっていない妊婦の陣痛発来での受診)に対し、
自由診療なので、公立病院は診療を断ることは法的には可能でしょうか?

いずれにしても金さえ払えば何時でもどこの病院でも
フリーアクセスできる今のシステムを改善しないと
公立病院などの基幹病院で働く医師の仕事は膨大となり、
医師は逃散し、結果市民自らが困ることになるでしょう。

ところでNo.125 いのげさん
>ぶっちゃけ 不採算部門とは小児科や産科のことですな

分娩は高い器具も薬も使わないので、産科のある総合病院では
収益は科ごとのランキングではかなり上位にいると思います。

No.118でBrookdale Senior Living Incという米国の老人ホーム会社を書きましたが、米国の医療会社のニュースがありましたので、参考に紹介いたします。私としては、Private Equityによる買収ということで偶然に接したニュースであるので、医療という観点で、どう考えるべきかは解っておりません。医療の観点でご存じのこと、参考になることがあればご意見を賜ればと存じます。

1) ニュース
米国HCA Inc.(ニューヨーク証券市場の上場会社)の本日(米国中部時間16日)の臨時株主総会でPrivate Equity(ファンド)による買収が可決された。形としては、買収するファンド・グループとHCA Inc.の合併(Mergerという言葉を使っているので、法的には合併と思うのですが)であり、合併の結果として1株当たり51ドルが11月17日に旧HCA株主に支払われます。対象株式数が417.5百万株故、総額213億ドル(2兆6千億円)という超巨額です。

ニュースとしては、BusinessWeek:Associated PressのHCA holders approve $21.3B buyoutが一番よくまとまっていると思います。これがHCAのプレスリリースHCA Shareholders Approve Merger With Private Equity Consortiumです。

2) HCA Inc
ニュースにもありますが、米国で2番目に大きい医療機関持株会社で、傘下に182の病院を米国22州と英国及びスイスに持っている。合計年間収入額は245億ドル(約3兆円)、合計41,265床、2005年ベッド利用率53 %、 平均入院日数4.9日です。
HCA Incのホームページはここです。

3) この買収をどう見るか
私にも、よくは解りませんが、取りあえず、気付くことを下記します。
a) 買収資金
LBO(Levergaed Buy Out)という手法で、2兆6千億円の全額を買収ファンドそのものの資金から出るのでなく、HCAの医療事業を担保としての借入金を組み合わせています。それでも、1兆円までは行かなくともある程度は、買収ファンドが資金を出しています。
b) 何故買収したか
当然利益追求であろうと思いますが、利益追求=悪とは言えないので、医療に関連する法令遵守をし、良心的に医療サービスを提供し、医療スタッフにも十分な給料を支払って、利益を上げているなら、それで良いはずです。何故買収したかは、この買収により非上場となることと思います。非上場会社になることにより、上場会社より制限が緩くなる部分があるはずです。それと、一般株主を気にせずにドラスティックなリストラが出来るので、不採算部門の切り売りや、廃止等がやりやすくなります。(勿論、医療関係の法で許された範囲しか出来ませんが)
経営改善(リストラ等を含め)を実行して採算が良くなれば、買収ファンドは儲かります。そして、再上場を行い、その際株式を売却して株式売却益を得ることも視野に入っているはずです。
c) 誰が買収ファンドで誰が元の株主であったか
実は、元の株主も88.7%が機関投資家であり、ファンドが大部分であると思います。
ちなみに元の株主構成はここにあります。主要株主(それぞれ、リンクをつけておきます)は、Dodge & Cox FundDavis Selected Advisers L.P.でした。
一方、買収ファンドは、Bain Capital Partners LLCKohlberg Kravis RobertsMerrill Lynch Global Private Equityといったようなファンドです。

管理人様
リンクを多く張ってしまったので、スパム・コメントとしてはじかれるかも知れませんが、よろしくお願いします。

経済界が渇望している○○病院株式会社の導入に関して。

株式会社として病院を経営すれば、当然、利益から株主に対して配当を出さねばなりません。
一般的な保険診療を行う形態の病院で、そこまで経営に余裕のある病院はごくまれです。
したがって、白内障手術など、保険診療でも利益が出るわずかな分野に特化して参入する以外に、株主を納得させ、自らも生き残る術はありません。
いわゆるチェリーピッキングを行うのです。
田舎の二次救急などの泥臭い、カネにならない分野は全て公立病院任せです。

同時に、今の保険制度で利潤が出ないのなら、制度そのものを変えればよいという話も進行しており、どうやら近いうちに実を結ぶように(信頼出来る筋から)漏れ聞こえてきます。
つまりは「混合診療解禁」です。
経済界にとっては「株式会社化によって調達した大量の資本を投下してアメニティに優れた大病院を建築し、高度先進医療を行い、かかったコストを主に自由診療で回収する」ビジネスモデルが欲しいのです。
これもまた、社会階層に対してのチェリーピッキングと言えます。
未収金の山を築きそうな層は全て公立病院任せにできるからです。

近年、厚労省は「特定療養費」という名の「名目上、混合診療ではないが、事実上の混合診療」にこっそり力を入れてきています。
(事実上「日本軍」なのに「軍隊」と呼ばれない「自衛隊」に似ています)
本格的な混合診療解禁の前に観測気球を揚げているのです。
今のところ特定療養費は、いかにも「高度先進医療費(評価療養)」と「ファーストクラス料金(選定療養)」の顔をしています。
ただ、政府の気分次第で「ちょっと先進医療費」や「ビジネスクラス料金」だっていくらでも保険適応外にできます。
「評価療養」の名が示す通り、ある高額な医療行為をいつまで経っても「評価中」とペンディングにしておくことも可能です。
逆にそうしておかないと、国・保険者の持ち出しがどんどん増えてしまい、また民間医療保険の出る幕がなくなってしまいます。
経済界にとっては、まさにこの「民間医療保険の出る幕」が欲しいのです。

あちこちで言っていますが「介護保険は医療保険の近未来の姿」です。
介護の分野でどんな格差社会が生じているか、興味のある方は少し調べてみてください。
資産家の方以外は背筋が寒くなること請け合いです。

いやぁ、民間活力の活用ってほんとうに素晴らしいですね。

医療が他の産業に比べて、突出して無駄が多いとか生産性がない
という意見は理解できない。医療の生産性は、個人の病気が軽快して
仕事なり生活が再び出来るようになる事でしょう。だから、健康を
取り戻すこの幸福(感)というものを生産性として認めないというのは、
社会にとって何が大切かという、根本的な姿勢の部分で間違っている
と思う。その意味で政治家の資質を量る踏み絵でもあると感じている。

医療費は、多くの患者さんの健康を回復しているだけではない。
看護婦やコメディカル職員、事務員、清掃従事者など、諸々の人件費
として、雇用対策に役立っている。薬剤や検査機器の代金は、技術の
開発費として回りまわっており、同じ30兆円産業のパチンコ業界が、
一部の政治勢力等に回収されていることを考えれば生産性の違いは
明らかではなかろうか。

確かに、終末医療のある段階では、各種モニターや検査、昇圧薬等の
微量点滴や場合によっては血液製剤を使うなど、無駄なものも多いし、
その部分は健康の回復にとって生産性が無いものかもしれない。
(但し、広い意味での開発費の意義があるとは思う)

また、皆保険で、血液製剤や血液浄化治療(腎不全や肝不全)更に
遺伝子治療や臓器移植等の高額医療を支える限界というものも理解
出来る。その意味で混合保険の導入は止むを得ない部分があると
感じている。シーズがあって、ニーズもあり、高額医療を支払える
者達が居る以上、そうした特殊な医療行為は、将来の技術普及の為
の投資としても役立つものであるからだ。

経済諮問会議や今の政権および政権基盤は、教育費抑制、医療費抑制
という決断を下している。資源の少ない日本にとって重要なはずの
科学技術、その源となる教育や、国民の健康を支える医療という二つの
産業を、生産性の低いものとして予算抑制するという決断は、間違って
いると言いたい。

但し、国を導くものは、技術者ではないし、技術者は政治に興味も
無いということが二重に悲観的である。

無過失補償制度に関する報道です。
下記のような、民間保険主体の制度では、保障受け入れ時に、民事提訴の権利を放棄させる契約をするのは困難と思いますが、いかがでしょうか?
また、無過失の保障に対し、保険料を医師が負担することは、他の保険と比較して不公平と思いますが、これを医師に義務付けるのは法的には問題ないのでしょうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
毎日新聞 2006年11月17日 東京夕刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20061117dde001010012000c.html
出産時事故:「無過失補償」導入へ 民間保険活用、医師が費用負担
 政府・与党は17日、新生児が脳性まひで生まれてくるなど出産時の事故に関し、医師の過失を立証できなくとも患者に金銭補償する「無過失補償」制度を、07年度に創設する方針を固めた。民間保険を活用、保険料負担は医師に求めるが、負担増対策として健康保険から支払う、現在35万円の出産育児一時金を2〜3万円増額する。新生児1人につき2000万〜3000万円の一時金を補償する方向で調整する。
 財源に関し、日本医師会は税負担を求めているが、与党は「国が直接かかわる話ではない」として、親に支払う出産育児一時金を活用することにした。一時金を増やせば、やがて出産費がアップし、その分医師の収入増につながるため、医師に保険料を負担してもらう構想だ。
 民間保険会社に新たに「無過失補償」の商品を企画してもらい、産科医が任意加入する形をとる。保険料の決め方などの詳細は今後詰める。先天性異常の場合は、補償対象としない。将来的には、自動車損害賠償責任保険のような強制加入の制度に移行することを想定している。
 政府は、出産育児一時金を37万円にアップすれば、医師全体で約200億円程度の増収となり、事故一件につき2000万円の補償が可能になるとみている。
 政府は補償金に税投入はしないが、民間保険会社の支払い審査、原因分析といった事務費の半額、数億円を「少子化・医師不足対策」名目で税負担する。
 医療事故に絡む民事訴訟件数は年々増えており、04年は1110件と10年前に比べ倍増している。なかでも産科(143件)は、件数こそ内科などに次ぐ4位だが、医師1000人当たりでは11・8件と最も多い。このことが産科医のなり手不足を招いている、との指摘がある。【吉田啓志】

>田舎の消化器外科医さん
お疲れ様です。
>無過失の保障に対し、保険料を医師が負担することは、他の保険と
>比較して不公平と思いますが、これを医師に義務付けるのは法的
>には問題ないのでしょうか。
問題山積ですよね。
1 保障の対象が明確でない。   (先天性異状の定義もあいまい)
2 医師向け保険商品に過ぎない。 (医師が払い医師に支払う?)
3 補償請求の多発が予想される。 ("とりあえず請求"が多発)
4 民事訴訟や刑事訴訟とは、何ら関係も拘束力も無い。

国に財源が無いからって、何で無過失の医師に支払わさせるの?
社会保障を国がサボって、民間保険業者を喜ばせる施策になっている。

「困っている人」への対策には、なっているから、社会的には
一歩前進でしょうけど、産科医が減ることの防止策にはならない
でしょうね。

>国に財源が無いからって、何で無過失の医師に支払わさせるの?
社会保障を国がサボって、民間保険業者を喜ばせる施策になっている。

確かに、結局「無過失」であるはずの医師が保険料を支払ってたら、賠償金を払ってるのと何ら変わらんですね。一部を税金が補うとしても。
基本的には、無過失の場合には、原則補償がない現状からして、受益者となりうる利用者(つまり患者)が負担するか、医療体制の確保の名目で税金を投入するかのいずれかではないかと思うのですが。

また、今の状況からして保険屋さんも儲からんですよ。医師会の保険みたいに。

裁判官と鑑定医の問題点?

このブログで法曹の方々からコメントを頂き、民事訴訟が紛争の解決や仲裁、被害者救済などの役割があること。裁判官の判決や鑑定書の正当性よりも公平らしく見えること、あるいは原告被告が納得する解決(和解)となることなどを教わりました(理解が間違っていたらすみません)。

ここでふと思ったのですが、原告側と被告がグルになった保険金詐欺のような設定ではどうなるのでしょう。医療訴訟で、被害者患者家族あるいは原告弁護士と、医師、病院長あるいは市長(市民病院なら)が結託し、保険会社あるいは国(市町村)から多額の賠償金を騙し取るようなことも容易ではないでしょうか。
例えば、このエントリの心不全で亡くなった男性の判決(No.44しまさまのコメント)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061106125952.pdf
などでも、もしこれが原告と被告がグルになった保険金詐欺だったと仮定したらどうでしょう?被告医師側が最初は争うように見せかけて反論しながらも最後は過失を認めてしまう。後で被告病院長は原告家族から保険金の一部を受け取るなどです。
あくまで仮定ですが、今の医療訴訟の制度や鑑定書、争点の決め方などでは(被害者救済に見せかけた)保険金詐欺を防ぐことはできないのではないか?

要するに、裁判官および鑑定医は、その医療訴訟における争点や公平らしさ、判決(勝敗を決める)だけでなく、その医療行為全体としての客観的な正当性、医学的科学的な正当性、医療行為の水準(地域性、専門性など)など全てを見極められなければならない。とういうことにはならないでしょうか?

じじいさん さま、
お疲れ様です。
>また、今の状況からして保険屋さんも儲からんですよ。
>医師会の保険みたいに。

なるほど、その視点は欠如していました。業者に利益が無いなら
民間保険の参入も望めないということになりますね。
やっぱり、八方塞がりです。

座位先生

先生のほうこそお疲れ様です。
やはりこのエントリーは、深夜でも進みますね(^^)

私は、もともと余り寝ない方なので、仕事が終わって、皆が寝静まった後に、1人ぴこぴこ打ってるだけなんですが、医師の皆さんはまだお仕事中なのでしょうか。本当にご苦労様です。

>なるほど、その視点は欠如していました。業者に利益が無いなら
民間保険の参入も望めないということになりますね。

ただ、あくまで保険は、保険金支払いのリスクを保険料で売買するギャンブルですので、リスクが上がっても、それに見合う分だけ保険料を上げられればギャンブルは成立します。

結局、保険料をいくらに設定するかが問題なのですが、高いと国は払わんでしょうし、低ければ保険屋が寄り付かない。難しいところですね。

海外を見渡して、無過失保険制度は医師が払うものなのでしょうか?ちょっと違うような気がするのですが・・・。
無過失なら医師に責任はないはず。なのに責任を医師が負わされる、そんな不合理な話、おかしいと思いません?国民からの税金でまかなうべき問題と思いますが・・・。

無過失補償という名称の一人歩きが問題なことは皆さん御承知でしょう。

1 患者側への早期救済
2 医師への不当な訴訟抑制
3 民間保険会社の参入奨励
4 医療費抑制政策の継続

このいずれもを、充たすアイデアとして、出てきているのでしょうが
それは無理ってもんです。

『過失無過失認定前補償』という名称に変更したとしても、
過失と無過失を同列に処理するということは、患者側の
補償請求が限りなく増加するって事です。
医者側の無過失であっても、運悪く症状が甚だしく悪化した症例を
社会的に補償するという事は、医者側もみな賛成でしょう。

しかし、産科側としては
1 補償適応の線引き作業は、妊婦と保険会社の責任で行う。
2 医師向けの保険商品ではなく妊婦家族向けの保険商品であること。
などが条件になるし、産婦人科医はこの民間保険に入っている妊婦を
優先的に診療することになるでしょう。

不当な訴訟抑制は、これとは全く別問題というのが私の判断です。

No.162 座位さん

何を持って生産性が低いなどと経済界が言っているかは、彼らと議論したわけではないので断言まではできませんが、実際働いたり経営してみたりした経験があるわけなどありませんから、利益率や人件費の比率、一人あたりの収益などの他業種との比較だと思います。
他の先進国と比べて圧倒的に医師、看護婦数が少ないにも関わらず、はるかに多い仕事をこなしている現状で生産性が低いとは何て言い草だとお思いますよね。医療は構造上合理化の余地が少ない。利益率が低いのは保険診療で価格自体が低く決められているのですし、既に需要と供給から考えられる価格よりずっと低く抑えられている(一部の公務員パラメディカルを除く)人件費以外の削れるところ、例えば内装を豪華にするとかを削りに削ってやっとその低価格でも利益を(又は最小限の赤字を)実現しているわけですから、ますます人件費の比率も上がるというものですよね。

No.171 元行政さん
お疲れ様です。

実は、私は経済音痴でして、計量経済学やら、損益分岐など、さっぱり判らないで言っております。この辺はやっぱり、開業医の方が詳しいのでしょうね。生産性が低いという大臣達の発言はどんな指標を持ってその根拠にしているんでしょうか、私にはわかりません。でも、生産性が低いと言われるのは非常にくやしい。

開業医でもなんでもない者ですが、生産性が少ないという事に関してコメントします。

厚生労働省の「医師の需給に関する検討会報告書」によると
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/07/dl/s0728-9c.pdf
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「日本では、病院医師一人当たりの年間患者数は欧米に比べて低い。」(図34)「また病床あたりの看護師投入量を見るとOECD各国では、過去、30年間の間に医療の効率の改善がなされ、看護師投入量がほぼ倍増していると同時に平均在院日数は半分ないし3分の1にまで減少している。日本では近年減少しはじめたにすぎず、しかも投入看護師量に比して平均在院日数は国際標準の倍以上である」ことが判明した(図35)。これらの分析が示唆することは、日本の病院の生産性が低く、経営に問題があることである。(49ページ)
−ーーーーーー−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(この原因として
 ・病院あたりの外来患者数が多い
 ・看護師やその他の職員数が少ない
 が挙げられ、その対策もかかれています。)

この報告書を見ていると、
「生産性が低い」=「医師1人あたりの退院患者数が少ない」
ということになります。
アメリカのように手術をした翌日に退院して頂けば生産性はあがると言う事なのでしょう。

分娩時の無過失補償制度の算数を一言。報道分からのみ組み立てます。

保険料は2〜3万円の様子ですから、最大の3万円を選択して110万分娩として財源が330億円。CP児の補償額は2000万〜3000万とあり、最低の2000万円として1650人分。一方でCP児の発生率は最近増加傾向であり、調査で異なりますが、1000人当たり2〜4人となっています。最低の2人説を取っても2400人。

そうすると単純計算で750人分足りません。さらに民間保険に委ねる趣旨が書いてありましたから、民間の支払い率を破格の90%にしても、それだけ財源が減りますから、さらに財源不足が深刻になります。

足らないところはすべて民事訴訟で宜しくなんでしょうか。

すいません計算間違いでした。CP発生数は2200人で、不足数は550人分でした。桁の多い算数は不慣れなもので。

> 原告側と被告がグルになった保険金詐欺のような設定
> 医療訴訟で、被害者患者家族あるいは原告弁護士と、医師、病院長あるいは市長(市民病院なら)が結託し、保険会社あるいは国(市町村)から多額の賠償金を騙し取るようなことも容易ではないでしょうか。(No.166 uchitama さま)

医療に限らず、あやゆる保険商品において、保険金詐取の可能性は常に想定されます。
それはリスク分散という保険制度のモラルを歪める行為として忌み嫌われ、民事的には保険会社の支払拒否、刑事的には詐欺罪となります。

a.損害保険単独犯型:本当は保険事故が発生していないのに、発生したかのように装って、保険金を請求する
火災で本当は燃えていない物品について焼失したと言ったり、自分で水をかけて消防放水により汚損したと言ったり、放火しておいて保険金を請求する等。

b.生命保険殺人型:他人の死亡について自分が受取人となる生命保険を掛けておき(通常の契約は自分が死ぬことについて保険を掛ける)、その人を殺して保険金を受け取る。

c.賠償責任保険型:加害者(保険契約者)と被害者が結託して、本当は保険事故が発生していない、あるいは損害額が少ないのに、賠償責任が生じたことにして、保険金の支払を請求する
uchitama さまのおっしゃる医療過誤の賠償責任保険はこのタイプ。

保険会社はこのような保険金詐取を防ぐために、事故が生じた場合に、保険金を払い出してよいかどうか、また損害保険においては払うべき金額がいくらであるかを調査します(査定)。
c.については、保険会社の関与しないところで、加害者と被害者とで勝手に示談して「損害賠償として金○○円を支払う」と約束しても、そんなものは適正な賠償額かどうか解らないので認めません、賠償責任保険を支払いませんよ、ということにしています。
保険会社が認めるのは、何らかの形で賠償額の適正さが担保されている場合です。

1)加害者側に弁護士が付いてした示談
2)信頼性があるとされるADR(裁判外紛争解決機関)
  ex.弁護士会の示談あっせん、交通事故相談センター
3)裁判所の民事調停
4)裁判判決

このうち、適正さが最も確実な手続きは裁判判決なので、保険会社としては支払に疑問がある場合は、「訴訟にしてくれ」ということになります。
裁判をして、万が一、判決が誤っていたとしても、判決には強制力があり争えないものですから、
保険会社としては、判決の命令に従って支払をしさえすれば、責任を果たしたことになり、
監督官庁や株主から「不当な支払をして会社資産を流出させた」と文句を言われるおそれはありません。おスミ付きというわけです。

しかし、「原告と被告が結託して、わざと被告が敗訴し賠償責任保険を請求する」という詐欺が成功するケースは、稀ではないでしょうか。
この犯罪遂行には多数の関係者を抱き込む必要があります。医療訴訟ではほとんど双方に弁護士が付くので、両方の訴訟代理人弁護士。それに、裁判官と鑑定医の両方もしくは最低どちらか片方。
関与者はバレたら共犯として挙げられ、資格を剥奪されるという大きなリスクがあります。
一方で、裁判は公開され、判決内容はインターネットや新聞や判例雑誌などに紹介されます。原告が、通常あり得ない勝ち方で多額の損害賠償を認められたという特異な判決であれば、ニュースバリューがあるため、なおさら広く報道されると思われます。
これで果たして、共謀の事実を隠しおおせるでしょうか。不審であるとして保険会社が告訴したり警察が動くのは時間の問題ではないでしょうか?
最近の法曹や医師にモラル低下が嘆かれることは別にしても、危険度の高さを考えれば、こんな犯罪に加担するのは数千万円もらっても割が合いません。

福島事件の事故報告書が、どうも腰が定まらない印象を受けるのは、医療側に責任があるかのように書いて、県が遺族にお金を支払う口実を作る目的であったとも言われています。
それが本当であるとしても、「主治医に過失があった」とはハッキリ書いていませんね。調査委員会が詐欺罪に問われないように、一応は医学的に通る限度で作ったのでしょう。
しかし逆に言えば、過失があるとしても非難度は小さいことになりますから、その程度の報告書で、大きな賠償額が取れるかどうかは疑問です。
つまり、医療訴訟を利用した保険金詐欺は、実際には困難であろうと思います。

とはいえ、もし、裁判官が(故意でなく過ちであっても)過大な賠償を認めてしまったとしたら、結果的にやはり保険システムを歪めます。
保険会社に予想外の払い出しが大量に生じれば、保険会社の破綻ということになるかもしれません。(そうなる前に、リスク発生率に見合った保険料に値上げしようとするでしょうが。)
いずれにしても、誤判ということは、各方面に不幸を及ぼすので、あってはならないことです。

>YUNYUNさま
いつも丁寧なご説明をどうもありがとうございます。
医療事故の刑事免責や無過失補償制度などを考える際にこういう被害者救済に似た保険金詐欺のケースは考えるべきと思い意見を投げかけてみました。

>保険会社が認めるのは、何らかの形で賠償額の適正さが担保されている場合です。

これはもちろん、4)裁判判決の形になると思います。ただし市民病院など賠償金を市が支払う場合には市長などの鶴の一声の示談であっても良いのでしょう。もちろん、保険会社の場合には裁判による判決という形になるかと思われますが、これまで議論されてきたことのように
入院から(死亡)退院までの期間に全く医療側にミスがないことはありえないこと(厳密な因果関係はともかくとして)。
また、心不全の症例のように入院を勧めなかった(させなかった)、あるいは転院の義務を怠った、専門医へのコンサルトを(夜間などに)行わなかった、○○の検査をしなかったなどが争点となった場合は(因果関係には乏しいものの)、被告側がそれを安易に認めてしまうと医療側敗訴になってしまいます。ところがこのブログで紹介される判例(医療側敗訴)はこういったケースが多いと感じられます。

>福島事件の事故報告書が、どうも腰が定まらない印象を受けるのは、医療側に責任があるかのように書いて、県が遺族にお金を支払う口実を作る目的であったとも言われています。

FFFさまや他の法曹の方からも同様の噂を伺いました。医師、医療者が民事訴訟=被害者救済と安易に考えるのは危険ではないかと思い書き込みしました。(民事敗訴=犯罪者と覚悟せよとまでは言いませんが。。。)

また刑事免責や訴訟の簡素化(被告、原告ともに訴訟の負担を軽くすること)はもちろん望まれることですが、そのために被害者救済に似た保険金詐欺にはならないように注意しなければならないと思いました。
やはり医療に詳しい公正な第三者機関の設立が望まれるということでしょうか。

謝罪が訴訟抑制に繋がるというのは面白い話ですね。アメリカのようですが、日本でもこのような調査を行った方がよろしいかと思います。

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2002 年に、ミシガン大学アン・アーバー校において、医師が率直に過ちを認め謝罪す
るというだけの簡単な内容の方針が実施されました。実施後、患者さんからの申し立ての
解決に要した期間は平均1000 日から300 日に減少し、弁護士費用は3 分の1 に削減され、未解決の申し立てや訴訟が減少しました。
http://www.stop-medical-accident.net/html/manual_pdf.htm
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このようなマニュアルが出回ったら、医師はやりやすくなるかも知れませんし、やりにくくなるかもしれません。

>モトケン様

 「紫色の顔の友達を助けたい」ブログの先生の民事訴訟(名誉毀損で講談社を訴えた件)の判決が出たそうです。残念ながら敗訴だったそうですが、この件についての妥当性を法曹関係の方々から是非聞きたいと思います。よろしければエントリーを立てていただけませんか?

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/medical/2006/11/post_a6d6.html#comments

No.173 kouki さん

情報提供どうもありがとうございました。

この生産性の尺度をもってして経済界が、低いので改善の余地があり利益を上げる余地があると考えているとしたら、馬鹿としか言いようがないですね。
保険点数は入院日数が短ければ高くなるように、人為的に設定されていますので、短ければ同じ病床利用率ならば高くなりますが、早く退院させて空きベッドにするなら意味のないことです。
資料はのべ入院患者数を減らして、医療費を削減したい厚生省の方針のための資料ですからね。

桑名市民病院 脳腫瘍悪化の患者と和解
2006年11月18日
http://mytown.asahi.com/mie/news.php?k_id=25000000611180002

【頭痛やめまいなどを訴えて来院】した二十代の女性が、初診後3日目に【水頭症や脳がんの疑いがあると診断され入院】、入院3日目(=初診から6日目)に【MRI検査で脳腫瘍が判明】し、【その後、悪化し、現在は植物状態】となった症例で、【最初の来院でMRI検査をして脳腫瘍を特定し、適切に治療すれば、治癒の可能性があったと主張】し、患者側が病院に対し損害賠償請求を求めた事案です。
これに対し、名古屋地裁は【病院の診断に誤りはないとした上で、「早期のMRI検査で的確に診断していれば、その後の対応が変わった可能性があり、もう少し良い症状が期待できた可能性は否定できない】として、病院側に300万円を支払うよう和解勧告をし、このたび受け入れられたようです。

今、手に入る情報から判断する限り、名古屋地裁の判断は私には理解不能です。

上記No.181のコメント中、【】に挟まれた部分はリンク先原文からの引用です。

No.181 元田舎医さん
ホントにびっくりするような内容ですね。記事からだけでは理解不能です。
初診日にMRIを撮り脳腫瘍を診断して、翌日には手術をするべきであった・・というような鑑定書でも出たのでしょうか?

>血液内科さん
そのような鑑定書がでていれば「病院の診断に誤りはないとした」と言う事は言わないでしょう。私から考えても意味が分かりません。和解に応じるべきではなかったと思いますが長期化を避けたかったのでしょうね。

このようなケースで裁判を起こすべきではないと考えます。

>【その後、悪化し、現在は植物状態】
となったために訴えたということでしょうか?
とんでもないクレーマーですね.

いずれにしても「市」はこんな訴訟の和解に応じてはいけません.後に続く多くの医師に禍根を残します.
地裁が和解を勧告したのだとしたら「病院の診断に誤りはない」であるのに,お金を支払えというのはどう考えてもおかしいですね.
「早期のMRI検査で的確に診断していれば、その後の対応が変わった可能性があり、もう少し良い症状が期待できた可能性は否定できない」というのは根拠のない論理です.このようなことを言われたら医療側はどんなにやってもお金をむしり取られることになります.
「ゆすり」,「たかり」にお金を取られるのとどこに差があるんでしょうか?これが裁判ですか? 法曹界の方々,お教え下さい.

>しまさん
ですよねぇ。
ただ、自分は このブログを通じて「とんでも判決・裁判の裏にも、それなりの理由(とんでも鑑定書など)がある(こともある)」という理解をしてしまったものですから(笑 ってられないんですが)。

内科勤務医です。
181元内科医さんの「桑名和解」にコメントをいたします。
元の記事に曜日入れると見えてくるもの有ります。

「初診は02年の10月30日(水)および再診11月2日(土曜) 
に頭痛やめまいなどを訴えて来院。
11月3日(日曜)に水頭症や脳がんの疑いがあると診断され入院。
5日(火曜)のMRI検査で脳腫瘍が判明した。(曜日は調べました)」
とのことです。

ここからは私の推測です(間違っていたらごめんなさい)。
おそらく頭痛がひどくて土曜に救急で再診し、なんやかやしてるうちに日が変わって、日曜になり入院だったのでしょうね。休日の直入なのでまだ正式に決まった主治医無し。
翌日4日は文化の日の振り替え休日で病院休み、MRI稼働無し、正式の主治医まだ無し。
5日平日になり主治医決まり、頭痛がひどいので緊急MRI、腫瘍発見。
と言うのが一番蓋然性が高いストーリーでしょうか。

 ブログの紹介です。
 紹介していただいたから紹介するというわけではないのですが

 -Sun&Moon Blog-(医療崩壊)

ただでさえ足りない産科医、救急を診ることのできる医師を、患者一人の死に医師一人ずつ潰していったら、病院は成り立ちません。 当たり前ですが、患者の方が医師より多いのですから。

 もう一つ紹介します。

 JUN-K's BLOG(いい演奏には拍手しよう(未完成))

今回のことから話を一般化するのは強引なのかも知れませんが,最近こういったニュースに接するたびに思うのは,専門的な知識・能力に対する敬意の不在です。

 印象的なフレーズだけ引用しましたので趣旨はほとんど伝わっていないと思います。
 引用元のブログをお読みください。

例によってよくわからない段階でコメントします。

「早期のMRI検査で的確に診断していれば、その後の対応が変わった可能性があり、もう少し良い症状が期待できた可能性は否定できない」

ここだけ取り出してみると間違いはないですね。
ただこの論理を無制限に認めると僕の受け持った患者の最低90%以上は金を払う羽目になります。

問題は、そのタイミングでMRIをとるべきだとする何かがあったか
また症状がどの程度良くなっている可能性がどのくらいあるか、でしょう。

ところで新聞で見る限り、医者から見て無茶な判決とか無茶な和解とか無茶な訴訟とかどうも名古屋地区には多い気がしますが気のせいでしょうか。

これは急激な進行で大変かわいそうなケースだと思います。
このような方を救うためには、それこそ医療資源がふんだんにある状況じゃないと厳しいでしょうね。

「早期のMRI検査で的確に診断していれば、その後の対応が変わった可能性があり、もう少し良い症状が期待できた可能性は否定できない」

それはそうかもしれないけど、思いっきりretrospectiveな判断ですね。

「最初の来院でMRI検査をして脳腫瘍を特定し、適切に治療すれば、治癒の可能性があった」

頭痛・めまいで来院する方は私の外来1コマあたり平均1人くらいはいると思いますが、その人たちすべてに緊急MRIをしろということですね。もちろん内科全体ではもっといるわけだし、頭痛・めまいは耳鼻科や脳神経外科などにもいくでしょうから、合計すると毎日何人もいるわけで、その人たちすべてに緊急MRIをしろと。ただでさえ、MRIは混んでいて、予約は数週間先、技師さんたちは毎日残業して遅くまでこなしているのに。

いつも思うのですが、医療資源の有限性とかこういった事情はどうして考慮されないんでしょうか?どうしてミクロのことだけ考えて、マクロへの影響を考えないのでしょうか?

もっともこの件は和解に過ぎないので、応じる方が悪い、ということになるのでしょうが。
和解ゆえに詳しい事情がわからずじまいになりそうで残念です。

No.188で紹介されているブログは両方とも泣けますね。
医療関係者以外(じゃないかも知れないけど)にこれくらい理解していただけると真に泣けます。

頭痛めまいの患者に、緊急MRIをしなかった責任、
脳腫瘍の治療が6日間遅れた責任、
市民病院が和解金300万円支払い、

もう、脱力というか、なんというか、

いっそのこと、外来に来た患者さん全員に
毎回300万円ずつ、払ってはどうでしょうか?

それにしても、医療崩壊の、燃料が尽きませんね。

記事見てもわかりませんが、CTって撮ったんでしょうか?
撮ったとしたら11月3日?
(11月3日(日曜)に水頭症や脳がんの疑いがあると診断)
(余談ですが、「脳がん」って表現はアリ?)

>>No.189 立木 志摩夫さん
>ところで新聞で見る限り、医者から見て無茶な判決とか無茶な和解とか無茶な訴訟とかどうも名古屋地区には多い気がしますが気のせいでしょうか。

「終生にわたって無償で適切な看護・・・」も愛知でしたね。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2006/10/03-150852.php
こういう和解をする病院も医師が集まらなくなるのではないでしょうか?

桑名市民病院の件に限った話ではないのですが。

判決であれ和解であれ、あるいは裁判になっていないケースの(医療に批判的な)報道であれ、その判決文や新聞記事だけでは分からない事情が当然あるわけで、それについてアレコレ想像すること自体はそれなりに有意義なことだろうとは思います。しかし、よく理解できないのは、なぜその想像力が、医師をかばう方向にしか働かないのか、ということです。

ここにおられる医師の方から出る意見は、殆ど全てといってよいほど、「〇〇といった事情があるのかも知れないから、このような判決(和解、報道)は不当であり医師の責任は追及されるべきでない」というものです。「●●というだけで責任を負わされてはたまらない」という意見も、それと同様でしょう(●●以外に責任を肯定する要素が存在しないと独自に仮定、想像しているわけですので)。

もちろん、医師の過失を否定する方向で想像すること自体がいけないとは全然思いませんし、個々の推論は各々の先生方の知識や経験に基づくものでしょうから、それが不合理な意見だとも思わないわけですが、それにしても、医師の過失を肯定する方向の推論が殆ど出てこないというのは奇異というか、いかにもバランスを欠いている感じがします。「判決文や報道からは詳細が分からないが、〇〇という点で医師に見落とし、不注意があったことも考えられ、そうだとすれば、医師が有責とされることも仕方ない」「〇〇という事情があったとすれば、病院の対応には問題があるから、和解という選択をしたことも理解できる」という推論はできないものなのでしょうか。

いつぞやの針刺し事故に関するスレッドで顕著でしたが、詐病を積極的に疑わせる要素が全く(記事からは)窺われないケースについて、わざわざ詐病の可能性が高いと強調してまで「医師に過失がない」「患者と患者側弁護士が悪い、ユスリ、タカリだ」という論陣が張られます。その可能性がありうることは分かりますし、そうした医学的見解に異論を差し挟むつもりはありませんが、何というか、そこまでして毎度毎度医師の責任を否定し、患者(&弁護士)を攻撃する理屈をひねり出さなければいかんのか、的な感想を持ちました。

医師の方は「医師主体の公平な審査機関」の必要性を主張されますが、ここでの議論を拝見していると、医師の責任を否定する方向の推論ばかりが飛び交う審査になるのではないか、と少々心配になってきます。杞憂でしょうか。

繰り返しますが、個々の医学的見解について異論を唱えるものではありません。医師の責任を否定する方向にしか想像力が働かないのは(又は、その方向の意見しか書き込まれないのは)何故なのかな、という素朴な疑問です。

真っ先に考えられる回答(反発)は、「司法やマスコミが医療を理解しないでバッシングをしているからだ」「裁判や報道こそ悪いのだ」というところでしょうが、医療訴訟について言うと、個々の裁判例が、事案の詳細を省いて「●●というだけで責任を負わせた!」と誤解されている(実際は●●以外にも責任を肯定する要素が色々あっての判決なのに、そのことがちゃんと伝わっていない)面がかなりあるのではないか、と想像しています。そういう意味では、各々の判決の意義と射程(将来どのようなケースにその論理が適用されるか、位の意味です)について、医師の方に分かりやすく説明する何らかのルートが用意されるといいのだろうなあ、と漠然と思います。

No.194 FFFさん

助かるのがdefault、と考えている立場と
助からないのがdefault、と考えている立場との違いじゃないでしょうか?

あるいは
悪い結果には誰か責任を取らせるべき悪い人がいるはず、(とせざるを得ない)という立場と
誰も悪くなくても悪い結果は生じうる、という立場との違いでしょうか?

病死は誰かのせいでしょうか?人には寿命があるのでは?
それに納得できない人が訴訟を起こしているように思えます。

「そこまでして毎度毎度医師の責任を追求し、医師を攻撃する理屈をひねり出さなければいかんのか」と我々も思っています。

>FFF さん
桑名の件では、病院が和解する理由が見えないように思います。脳腫瘍の発見が一週間やそこら遅れたからと言って、その後の経過が変わるとは考えにくい物があります。一方、朝日新聞の書き方では「和解を裁判所が一方的に押しつけた」と読み取れないでもありません。

和解条項は原告だけでなく、被告側の考えも反映されているというのなら話は違ってくると思います。

もう一つ
>医師の責任を否定する方向の推論ばかりが飛び交う審査になるのではないか、
>と少々心配になってきます

マスコミの報道は責任追及の方向にバイアスがかかっていると言う事が前提だと言うことも大きいのではないかなと思います。循内勤務医さんの「そこまでして毎度毎度医師の責任を追求し、医師を攻撃する理屈をひねり出さなければいかんのか」が象徴的で、そのような前提があるからこそ、医師の過失を否定する方向に話が進んでいるという面もあるかと思います。

もっとも、桑名の記事では、
----------
名古屋地裁は、病院の診断に誤りはないとした上で、「早期のMRI検査で的確に診断していれば、その後の対応が変わった可能性があり、もう少し良い症状が期待できた可能性は否定できない」として今年8月に和解勧告していた。
(朝日新聞)
----------
同地裁はことし8月、300万円での和解を勧告。両者は「加療行為の誤りはないが、MRI検査をもう少し早くしていたら的確な診断が少し早まり、もう少し良い症状が期待できた可能性があったことまでは否定できない」として和解に合意したという。 (境田未緒)
(中日新聞)
----------
病院側は「医療ミスはなかったが、MRI検査をもう少し早く実施すれば、確定的な治療が早まったとも考えられる」と説明。市民病院の水野雄二事務長は「MRI検査の時期がもう少し早かったらという女性の期待について、今となっては否定できない」と話した。
(毎日MSN)
----------
と、報道によってぶれがあり、裁判所が、「早期のMRI検査で的確に診断していれば、その後の対応が変わった可能性があり、もう少し良い症状が期待できた可能性は否定できない」などとコメントを出したのか、疑わしいと考えます。

No.194 FFF さんのコメント

>医師の責任を否定する方向にしか想像力が働かないのは(又は、その方向の意見しか書き込まれないのは)何故なのかな

「しか」は、ちょっと違うと思いますよ。
患者さん側の協力医になる医師だっておられるわけですし。
(確かに、その立場の方がここに書き込まれることは皆無ですが・・・。)

ただ、立場の違いでそのような傾向が生じるのは、仕方がないと思います。

医師側:患者さんを良くしようと思って医療を行ったのに、結果が悪かったといって責められることに不条理を感じる。

患者側:良くなることを期待して医療を受けたのに、悪い結果が生じたことが許せない。

という埋めがたい溝はあると思います。

>真っ先に考えられる回答(反発)は、「司法やマスコミが医療を理解しないでバッシングをしているからだ」「裁判や報道こそ悪いのだ」というところでしょうが、

医師としての経験に裏打ちされた意見が、結果として「医師の責任を否定する方向」になりやすいということです。
マスコミ報道や、無理解なバッシングが火に油を注いでいることは、認めるにやぶさかではありませんが、あくまで副次的です。


>医師の方は「医師主体の公平な審査機関」の必要性を主張されますが、ここでの議論を拝見していると、医師の責任を否定する方向の推論ばかりが飛び交う審査になるのではないか、と少々心配になってきます。杞憂でしょうか。

医師は「医学的に適切な判断」を求めています。
「医学的に誤った判断」を下すことは、それが患者よりであろうが、医療者よりであろうが、医療を歪めます。
そして、「医学的に正しいかどうか」を判断できるのは、専門家である医師しかありえないと思います。

市民参加を積極的に進めている法曹の方々からは、時代に逆行した滑稽な意見と思われるかもしれませんが・・・。


>医療訴訟について、(中略)医師の方に分かりやすく説明する何らかのルートが用意されるといいのだろうなあ、と漠然と思います。

同意します。

No.193 循内勤務医さん
>記事見てもわかりませんが、CTって撮ったんでしょうか?

撮らなければ、脳腫瘍や水頭症の疑いでの入院はないと思います。

>余談ですが、「脳がん」って表現はアリ?

もちろん、「なし」です。
医学的には「脳腫瘍」という用語しかありません。


経過から素直に考えると、最善の治療は、
「初診日に頭蓋内疾患を疑って、CTスキャンを行い入院させるべきであった。翌日にはMRIを行い、脳腫瘍を的確に診断し、脳室ドレナージなどの必要な処置や、場合によっては緊急の脳腫瘍摘出術を行うべきであった」
ということなんでしょうね。

ただし、いつもの如く、レトロスペクティブ、後出しじゃんけん、後医は名医・・・のレベルだと思います。
そして、それが出来たからといって、予後が変わったかどうかはわかりません。
「脳のがん」とも言われる、悪性脳腫瘍であれば、なおさら・・・。

>FFFさんのコメント
>医師の過失を肯定する方向の推論が殆ど出てこないというのは
>奇異というか、いかにもバランスを欠いている感じがします。

この女性の症例は、不運としか言いようがありません。
ですが、FFFさんが
形式論理で、医師側のコメンテーターのバランス欠如を指摘するのは
意味がありません。具体的に推論のどこがアンバランスなのかを指摘
されるのなら理解できます。何故、医師側の猛反発をかっている事例
なのか、そこを考えてみては如何でしょうか?

>桑名市民病院の件に限った話ではないのですが。

医療事故には、産業医大の心臓外科手術など、医者側が犯罪的だ
と思う事例もあります。けれども、このエントリで、出てくるのは犯罪的
な医師の事例は出てきません。医者が皆、明日はわが身と思えるよう
な、不当な事例が増えてきているからです。

20歳代の女性の頭痛やめまい症状における鑑別診断として、緊急
MRIを必要とする疾患の割合は、極度に少ないと思っています。
(MRI検査の予約が一杯なのに、優先的に入れる検査をさします)
また、脳腫瘍のなかでも、急性発症で急性の転機をとる症例ですから
発症後では、たとえ数日間手術が早かったとしても、回復見込みは
薄いと言えます。

このような事例にまで、和解しなければならなくなった、現状が既に
医療崩壊だと私達は捉えています。

>「判決文や報道からは詳細が分からないが、〇〇という点で医師に
>見落とし、不注意があったことも考えられ、そうだとすれば、医師が
>有責とされることも仕方ない」、、、、、
>という推論はできないものなのでしょうか。

「現実的予見可能性」という視点が、医療行為のコスト削減という現実
をふまえたキーワードで、この点を見逃してはならないと思います。
「○○が可能なはずである」という言説は、それを可能とするコストや
時間や人的資源を無視したとき、事実上、暴論となっていることに
気づくべきです。

FFFさんの言いたいことがが、このような症例の中にも、医療者側の
反省すべき点があるのではないか、という問いかけなのでしたら、
「どんな症例にも反省すべき点はあります」ということになりますけど。

No.194 FFF さん

結果が一方に偏っている時に、もちろん判断がおかしい場合もありますが、本当に偏っていることをまず考えるべきでは。どちらなのかは個々の検討をしっかり積み上げていけば自ずとわかることです。実例の積み上げなしでの主張は詭弁の域をでることはありません。(ネットで患者側の弁護士の主張を読めば、この手のレトリックは割とよく目に付きますし、我々はこの手のことを見破ることには長けていますので、かなり冷ややかに見ております)

我々の目に止まる時点でバイアスはかかっていますが、本当におかしな原告の主張や判決が多い(妥当なものもあるが、医師側が負けるべきものが変な理屈で勝つなんてものは目に付かない)。もちろん詳細までわかった時点で当初の予想から外れることは度々ありましたが、全体を左右するような話はほとんどなかったはずです。我々は、公平そうに見えることや、多数意見であることや、自分が勝つこと以上に、正しいこと、客観的であることを大事にします。科学者の端くれですから。

詐病の話は、先生の誤解です。あれはそこまでして擁護しているという例ではありません。あの疾患には心理(潜在意識も含む)の関与が極めて強く、精神的な方面からの考察は、重要且つ不可欠です。狭義の詐病という意味で捉える人間がいたので議論が変な方向に進んでしまっただけだと思います。

桑名市民病院の件は、患者側から荒さがしをしてみようと思って、めいっぱい想像力を働かせても、何も浮かんできません。成立しない理屈を、どれだけ集めても、総合的に成り立つなんてことはありえませんし、医療的な内容を総合的に判断することは裁判官にはできないことに疑問の余地はありません。(個々の小さな範囲についてはもちろん理解できていることは判決文を読めば分かりますし、逆に理解がそこまでだから誤っているということまで、判決文から読んでとれます)

当初、元田舎医さんの第一報、level3さんのコメント見たときは、患者サイド、
裁判官はとんでもないなあとお二人と同様の感想持ちました。
ただ、曜日を自分で入れてみての感想は、少し微妙です。

この患者さんが訴えていた頭痛がどの程度のものであったのか、脳圧亢進に基づく嘔吐等の他の症状がなかったのかが報道では不明→最初から脳腫瘍を強く疑うべきなのか、それとも順次鑑別を勧めていけばよいのかが断言できないです。
また、日曜入院後、月曜振り替え休日の間に、どのような症状があり、どのような医療行為が行われていたのか不明です。

ただ、(「しばしば患者よりの判決出す」と医師サイドに思われている)裁判所にして、
>病院の診断に誤りはないとした上で
と明らかな過失と断言できなかったことからすると、「5日早くても経過に差が出ない」のは真実だと推測します。かつ、最初の時点では、真っ先に脳腫瘍除外を要請されるようなレベルの頭痛の訴えはなかったんだろうなと推測します。

だから過失論議では完全に医師サイド(過失否定)に立ちます。

でも
FFF さんの
>それにしても、医師の過失を肯定する方向の推論が殆ど出てこないというのは奇異と
いうか、いかにもバランスを欠いている感じがします。
>「〇〇という事情があったとすれば、病院の対応には問題があるから、和解という選択をしたことも理解できる」という推論はできないものなのでしょうか。
も考えてみます。私の推測では、
やっぱり、タイミングが連休の狭間で悪かった、主治医が決まるのが後手に回り、休み中の頭痛が増悪しているのをすみやかな検査に結びつけることが出来なかった、やっても原病を考えればこの遅れ→後遺障害悪化とは認定できるものでなくとも、患者サイドには割り切れない気持ち残る。
ということではないでしょうか。。
裁判官も、過失認定できないけれど、そうだなあと思ったのでは。
私も身内であれば感情として残るかな。
だから、過失云々ではなく、損害賠償云々ではなく、完全に過失否定した上での少額の純粋に「残念に思います」という気持ちの見舞金の意味での和解(完全に過失否定した上での少額のですが)ならありかな とも思います。

ただ純粋な哀惜の念、というのは、表現しにくいのですかね。
市民病院ですよね、「哀惜の念だけで和解金支払いは出来ません、市議会通りません 裁判官からの、和解勧告あれば。」とか「(福島で問題になった見舞金支払いのための形式的医師過失認定報告書のような)裁判で負けそうになると言わないと和解できません、言ってください。」とか裁判官に「病院サイド和解に乗ってこないから、可能性でも良いから病院サイドの過失認定するよとプレッシャーかけよう」とかの思惑があったのでしょうか(推測です)

ただ裁判官のなんとか和解にという気持ちは理解できないわけではないですが、そのせいで、
>「そこまでして毎度毎度医師の責任を追求し、医師を攻撃する理屈をひねり出
さなければいかんのか」と我々も思っています。(循内勤務医さん)
といわしめる「早期のMRI検査で的確に診断していれば、その後の対応が変わった可能性があり、もう少し良い症状が期待できた可能性は否定できない」という言が出てきたのであれば、医療に及ぼす影響甚大です。言葉は一人歩きします。
「期待できた可能性は高い」ならいざしらず、「期待できた可能性は否定できない」では、普通の医療行為はほとんどどんな場合でも入ってしまい、

>ただこの論理を無制限に認めると僕の受け持った患者の最低90%以上は金を払う羽目になります。(立木 志摩夫さん)

となって医療崩壊です。医師が浮き足立つのも無理はないとご理解ください。「こんなことは稀だ」と医師が余裕持って構えられればいいのですが、昨今の事情は敗走する軍隊と一緒で、余裕ないです。その結果言葉の端々までとげとげしくなってしまうのは残念です。

> No.194 FFF さん
ごもっともですが、それだけ医療訴訟には確定性が少ないと言うことの表れではないでしょうか。つまり、明確に否定も出来なければ肯定も出来ない。
そのときの自分の判断は正しかったのに・・・説明も出来る限りした・・・なんで・・・もしかしたら過失で訴えられるかも・・・という経験は正直言って臨床医ならほぼ100%の医師が経験しています。そのようなときに極めて曖昧に過失や説明義務違反のレッテルをはられる身にもなってみれば分かると思いますが、どうしてもいろいろなケースを考えてしまいます。そしてそれに「こうであって欲しい」という希望的観測を入れてしまうとどうしても他の非専門家から見ると単なる「言い訳」にしか聞こえなくなってしまうのでしょう。

新聞ではすでに過失あり、という報道が成されているわけですからそれ以外の事象を想像するならば当然過失はないのでは?という想像になってしまいますよね。

私が察するにそう言うことなのではないかな?と思います。

余談:脳がんって診断名、初めて聞きました・・・。

全く話と関係ありませんが、バイト先での脳腫瘍がらみで苦い経験をついこの間しました。
若い女性(といっても40代後半)でここ数年眩暈が激しい。しかも、回転性眩暈と非回転性眩暈が混在。不定愁訴っぽいけど、苦い経験(脳梗塞や脳腫瘍)を他の医師から散々聞かされていたので耳鼻科受診とMRIを施行。そこで耳鼻科受診しても問題なし、勿論MRIで問題なし。そのうち症状が消えたのですが、また再度症状が現れ、再度MRI撮ったら脳腫瘍っぽいhigh intencity massが!私も真っ青になってCTを追加。しかしCTは正常。
で、大学病院の脳外科紹介したところ、massは縮小!何だ?と思ったら多発性硬化症の疑いとのこと。そこで昔の認定医のときに勉強していたことを思い出し、「なあーんだ」ということになってホッとしました。

なので、No.200 座位さんのコメントにある「20歳代の女性の頭痛やめまい症状における鑑別診断として、緊急MRIを必要とする疾患の割合は、極度に少ないと思っています。」のくだりは少々私自身は疑問かな、と思いました。

>No.194 FFFさん

医師専用掲示板であるm3では、このブログよりはるかに多くの、医事紛争、およびその報道に関する、スレッドが立っており、殆ど全てのケースでは、必ず原告よりの意見が少なからず見られます。ケースによっては、「これは負けるだろ」で、意見が一致することもあります。
ただ、どなたか書かれていましたが、この板で話題になっている判決はかなり「トンでも」に分類されるものが多いので、FFFさんのような印象になっていると思います。
例えば、割り箸事件や、福島大野病院事件、先の奈良の妊婦搬送事件でも、医療者側に批判的な意見は少なくありませんでした。

桑名の件での私の第一印象は、初診時、再診時に、家族本人がCTやMRIの必要性を訴えたのに、担当医が、簡単に(現時点では)必要ないと、答えてしまったのが、訴訟になった原因かもしれないな、と思いました。

ちなみに、m3からの無断引用ですが、

>ただ、腫瘍内出血または脳室内出血をおこして急激に悪化したために訴えたというのであれば、一概には訴えを否定しがたいとも存じます。

と書き込まれている方もいらっしゃいました。

>医師の方は「医師主体の公平な審査機関」の必要性を主張されますが、ここ
>での議論を拝見していると、医師の責任を否定する方向の推論ばかりが飛び
>交う審査になるのではないか、と少々心配になってきます。杞憂でしょう
>か。

FFFさん,

杞憂だと言わせて頂きます.ただし現実に「どう考えても通常の医療として問題のないもの」ばかりであったなら,そのようにしか発言できないことはもちろんお解りいただけますよね?

我々医師は科学的に物を考えます.正しいと判断されたことには「正しい」と発言しますし,間違っていると判断されたことには「間違っている」と発言します.これはプロとしての誇りです.
なお,この際に「私ならできる」を規準にするのではありません.某N淵さんのような発言はもちろん適切ではありません.一般的な医療レベルに照らし合わせて(最近の裁判はこれさえ最高級を想定してしまっているひどいものもありましたが)判断するのです.

それは積み上げてきた専門的な「知識」と「経験」に裏打ちされたものを元にした判断です.あくまで「判断」ですから100%正しいという保証はありません(これはprospectiveにみていく医療の限界です)が,非常に高い確率で正しいと考えられる推論が可能です.少なくとも複数の医師が検証すればほとんどの場合おおよそ正解に近いところに辿り着けます.

>ここにおられる医師の方から出る意見は、殆ど全てといってよいほど、
>「〇〇といった事情があるのかも知れないから、このような判決(和解、
>報道)は不当であり医師の責任は追及されるべきでない」というもので
>す。

「かもしれない」と我々は言っているでしょうか?違うと思います.
得られている情報から総合的に考えれば「○○と考えるのが最も妥当である」から,それに対して「××という推論のもとに□□とする」のはおかしいと言っているのです.

実際に,最近目にする医療裁判で「判断」も「それに対する処分(賠償金)」も,そんなところかな,と頷けるものが非常に少ない(ほとんどない,は言い過ぎか?)のは私の偏見なんでしょうか?

医療訴訟は年間1000件あります。
そのなかでこの「医療崩壊について考え、語る」エントリではいわゆる「トンデモ判決」と思われるようなものを選択的に紹介されていると考えられます。訴訟の中には明らかに医療者側が悪いと言うようなものがあると思いますが、「医療崩壊」に関連しないので紹介されないのでしょう(腎移植の話題では批判的な意見も載っています)。
トンデモ判決はたった一つでも医療崩壊を推し進めると言う事は忘れてはいけませんが、全ての判決がトンデモ判決(=医学的に不適当)ではないということも忘れてはならないと思います。

桑名市民病院の件は報道では「病院の<診断>に誤りはない」
これを前提として、次に問題になることは、
MRIなどの必要な検査をして診断を行うことが遅れたといえるか、それは法的な過失(民事で損害賠償責任を負うべきレベル)と認められるか?

ここの医師の皆さんは、普通の状況では過失とは思えないというご意見が多数ですね。
であるならば、普通の状況に反して、被告病院が300万円を支払うことはやむなしと考えた理由が知りたいです。

以前に別の事件について、「被告がトンデモ和解に応じたのは、裁判所に脅迫されたからに決まっている」というようなレスがありましたが、当事者がそのように弁明しているならともかく、事実を知らない第三者が決め付けるのは不当です。
事件の細かい事情がわからければ、それが適切な判断なのかそうでないのかは、判別しようがありません。
被告病院に近い筋で、真相を知る方はおられませんか?

基本的に、訴訟においては当事者は対等な立場ですから、裁判所の和解勧告の内容がおかしいと思うなら、和解を蹴って、たとえ一審で敗訴しても上訴して争うべきです。
特に、本件のような公立病院においては、賠償金は市民の税金によって賄われるものですから、納税者の立場を守る趣旨からいっても、病院が訴訟追及を免れたいという思惑だけで安直な和解をすることは許すべきではありません。もし市が、本当は賠償責任がないことを自覚しながら和解してお金を払うならば、それは市民に対する背任的行為であり、地方自治法上の違法な公金支出となる疑いもあります。

No.194 FFFさん
>いつぞやの針刺し事故に関するスレッドで顕著でしたが、詐病を積極的に疑わせる要素が全く(記事からは)窺われないケースについて、わざわざ詐病の可能性が高いと強調してまで「医師に過失がない」「患者と患者側弁護士が悪い、ユスリ、タカリだ」という論陣が張られます。

この事故の患者のRSDという診断に関して異議を唱えている医師はいないし、この患者の当初の症状が詐病であると結論つけている医師もいないです。
訴えられた医師の立場からすれば、
[筋肉の萎縮や関節の硬直がなく、痛み・痺れだけの症状]からは、
[「症状を大袈裟に言う」「心因的要因」「詐病」などなどの可能性が高い]
と普通、臨床では考えると言っております。これは「確定診断がRSDでない」とRSDの診断を否定しておりません。訴えられた医師が「当初、RSDという診断に至らなかったのは過失」ではないという主張です。


FFFさんが
>「患者と患者側弁護士が悪い、ユスリ、タカリだ」という論陣
に見えたのは、この金額が高額すぎるという医療者側の主張のところだと思います。
まず、このような医学的に過失ではないと考えられる事例に、6800万円の賠償金は妥当でしょうか?
期待権の侵害という事での賠償額であれば、これほどの反発はなかったでしょう。
では、なぜこんな高額な賠償金を認める和解になったのかと、考えるのは不自然でしょうか。
ゆすり、たかりとまでは言わないまでも、原告に問題があるのではと被害妄想に陥るのですよ。
裁判以外にビラ配りなどの広報活動をしたりしたことが、最終的に高額な賠償金を和解で得る事になったのではないかと疑惑を述べた意見もありましたし。
裁判以外のこのような活動が高額な賠償金を得る和解に向けての全く圧力にならないのであれば、これは全くの言いがかりになりますが。

詳細不明なまま、個別の事例に、一般論として感想を述べるのは
妥当ではないといわれれば、それまでです。
ですが、和解になったのなら、益々詳細は出てこないでしょうし、
同業者であっても、我々は部外者であるわけですし、このようなwebでは
詳細不明なまま、議論をするのも、やむを得ないのではないかと思います。

この手の訴訟関連論議は、医療に限らず、ある程度、憶測で議論
するのもありだと思っています。

> No.207 YUNYUNさんのコメント
同感です。
>被告病院に近い筋で、真相を知る方はおられませんか?
被告病院に、極めて遠い筋の者ですが(笑)、一般論として
訴訟を抱えて病院運営を行うことが、病院にとって外部的にも
うれしくない事態ですし、内部的には、不安を抱え込むことになります。
また、内部の士気も低下するでしょう。ですから、政治的判断で
和解にしたのだろうと思います。

ただし、これは、納税者や我々同業者から見れば、裏切り行為に
繋がると思います。お見舞い金としての額を超えているのでは
ないでしょうか?

> No.206 kouki さん
医療者が明らかに悪いと言えるのは、例えば左右取り違いとか、手術部位の間違い、患者の取り違い(ただ、違う患者さんが名前を呼んで返事したのでその患者さんだと思っていたら実は違っていたということもありましたが、それは含まないでしょう)、投薬量の間違い(但し、救急現場での投薬量ミスは私は除外すべきと思います)などですね。
これらはしかるべき処置(刑事処分はともかく、行政処分は少なくとも必要でしょうね)を科せられても仕方がないと考えます。
但し、ちゃんと医療従事者がどういう環境で働いていたかを調査し、単に批判すべきでは解決しません。十分な環境でミスをしたのであればそれは処罰(行政指導も含む)を受けるべきですが、労働環境が悪いところでのミスはまず環境の整備を行うべきと考えます。

No.194 FFF さん、あと1箇所気になった所がありましたので。

>医学的見解に異論を差し挟むつもりはありませんが、何というか、そこまでして毎度毎度医師の責任を否定し、患者(&弁護士)を攻撃する理屈をひねり出さなければいかんのか、的な感想を持ちました。

質問があります。
FFFさんは医学的見解に異議はないのにもかかわらず、その医学的見解に基づいて医師は自らの責任を否定することは正しくないとお考えなのでしょうか?
「医学的見解に異議を差し挟むつもりもない」が、「医学的見解というのははひねり出した理屈である」と認識しているということで宜しいのですね?

>政治的判断で和解

もちろん今回の件にこのことが当てはまるのかどうかは検証出来ないことですが、自治体病院が安易な和解を選びやすい傾向がある事はよく言われております。

地方の公立病院の開設者はそれぞれの地方自治体であり、病院長の任命権は地方自治体の首長にあります。
医師は票にならず、患者は票になる事から、地方自治体の首長はたいてい病院のトラブルを嫌います。
そして自治体の予算から患者への補償金が出るのではなく、医師損害倍書保険からお金が出るのであれば、自治体の首長として和解に傾く事が多いという指摘はよくされています。

福島の事件のように、患者への補償金が税金以外から補填出来るのが見込めれば、過失がなくてもお金を払って解決しようと流れるのも無理ないのかと思います。
非があろうとなかろうと、非をさっさと認めて医師賠償保険で支払えば、税金が投入せずに済みます。そうなれば背任と責められないですし。
もっともその安易な和解を選ぼうとした事が、福島の産婦人科医逮捕というとんでもない事につながってしまったのは皮肉ですが。

>No.202 falcon171 さん
>「早期のMRI検査で的確に診断していれば、その後の対応が変わった
>可能性があり、もう少し良い症状が期待できた可能性は否定できない」という
>言が出てきたのであれば、医療に及ぼす影響甚大です。

No.197に書きましたが、その言葉が裁判所から本当に発言されたのかどうか、疑問があります。どうやら、裁判所の発言としているのは朝日新聞のみで、毎日や中日新聞では当事者の発言とされているようです。

No.194の、思いつきのような発言に素早いレスを頂きまして、ありがとうございました。>先生方  個別に返事申し上げるだけの時間がありませんで、まとめて失礼いたします。

更に失礼を承知で感想めいたことを申し上げますと、個々の裁判例、和解例、報道例について医学的な当否を検討するのは、もちろんそれなりに意義のあることだろうとは思うのですが、証拠に直接当たれない以上、最終的には推論、憶測の域を出ないものでしょうから、そこに議論を集中させることは果たして妥当なのか、という疑問があります。

個別のケースについて一々おかしいとかおかしくないとかの議論をせずとも、そもそも裁判であれ報道であれ、誤判、誤報というのは当然に起こりうるわけですので、誤判、誤報を減らすためにはどのような工夫があり得るか、という点にこそ重点が置かれるべきではないかという気がしています。

そして、「裁判官がアホだから」という感想は、私も口にしたいことがしばしばあるのですが(笑)、それを言うと議論がそこで終わってしまうので、建設的な議論を指向する以上は、非専門家の彼らに適切な判断をなさしめる工夫というものを地道に考えていくほかなかろう、とも思っています。以前に申し上げた、薬剤の添付文書のあり方に関する意見は、この見地からの問題提起でした。

ところで、現在発売中のジュリスト最新号(2006.11.15発行、No.1323)は、「医療安全と法」と題する特集を組んでいまして、医師、弁護士、学者等がそれぞれの立場から寄稿しています。この問題に興味をお持ちの先生方には必読の内容かと思います。自分は有斐閣の回し者ではありませんが(笑)、是非ご一読下さい。

YUNYUNさん 皆さん こんにちは

>訴訟においては当事者は対等な立場ですから、裁判所の和解勧告の内容がおかしい>と思うなら、和解を蹴って、たとえ一審で敗訴しても上訴して争うべきです。

それは正論なんですが、一般の人には
「医者にかかるときは自分の体のことなんだから少しでも疑問に思うところは全部聞いてから治療受けるべきだ」
というのと同じく凄く難しいですよ。
特にこの病院の脳外科は以前もどうも良くわからない和解(報道で読む限りですが)に応じていますし。

 FFFさんのご意見にいつもカチッときていや〜な気持ちになるのは私だけでしょうか。頭が痛くなりました。
 これも立場の違いというものでしょうか。

 失礼を承知で感想めいたことを申しますと、FFF様の弁護士として弁護するものの利益を最大限にするために本質的なことを無視し重箱の隅をつつくような法廷戦術で裁判官をだましたほうが勝ちという思想により、一面的なものの見方しかできず、ダブルスタンダードに疑問も感じなくなっているのでしょうか。
 もちろんすべての弁護士さんにそう思っているのではありません。身近にとても尊敬できる(別に医療側弁護士ではありませんよ)もいます。

 感情的な感想はここまでにして、

 報道が偏向報道して、国民が洗脳されている以上、どこが間違っているか議論することは意味があると思います。それとも最高裁の判決まですべて出るとか、資料がすべて閲覧できなければ議論してはいけないということなのでしょうか。全く憶測で物を言っているわけではなく(日刊の井上さんとは違いますよ)、手に入る資料を検討し、新しい情報があったら間違いは訂正し、議論しているのだからよいと思うのですが。
 国民の関心が集まっているうちに、正すことはとても意味のあることで、ネット活動も地道に効果を上げ、理解を示される国民もじわじわと増えているように感じています。

 そして
>個別のケースについて一々おかしいとかおかしくないとかの議論をせずとも、そもそも裁判であれ報道であれ、誤判、誤報というのは当然に起こりうるわけですので、誤判、誤報を減らすためにはどのような工夫があり得るか、という点にこそ重点が置かれるべきではないかという気がしています。

 医療側の医療は100%ではない不確実だという発言を時に揶揄し、これだけ矛盾があっても医師の刑事免責に絶対反対する立場で、システムよりも個人を罰することに重点を置かれている(ようにみえる)FFF様、大変な矛盾ではありませんか。
 まさに医師側は
 「事故、過誤というのは当然に起こりうるわけですので、事故、過誤を減らすためにはどのような工夫があり得るか、という点にこそ重点が置かれるべきではないかという気がしています。」と言っているのですが、でも悪徳医師を排除し、医療水準を保つのに現行の司法制度は全く問題ないとおっしゃっていましたよね。

 深い川が横たわっていますね〜。医療完全崩壊までどうにもならないんでしょうか。

 

 


 

プライドを捨てて損得だけ考えれば、和解に応じるのが正解だったりしますよね。
(忙しいなか応訴する負担は相当なものだと想像します。)
とかくこの世で正論を貫き通すのは大変です。

>No.214 FFF さん

医者側からの殺到する反論に、感情的にもならず、
冷静に、笑い話も交えて、更に反論するあなたは、
まさしくサムライです。あっぱれですね。

民事訴訟は紛争の解決、仲裁や被害者救済であるから
例え、2 x 3 = 4 であっても(事実に科学的正当性がなくても)、
原告と被告が納得していれば和解でも良いでしょうという考え方には医師がついて行けないのだと思います。

またYUNYUNさまが仰られるように(No.207のコメント)
>特に、本件のような公立病院においては、賠償金は市民の税金によって賄われるものですから、納税者の立場を守る趣旨からいっても、病院が訴訟追及を免れたいという思惑だけで安直な和解をすることは許すべきではありません。もし市が、本当は賠償責任がないことを自覚しながら和解してお金を払うならば、それは市民に対する背任的行為であり、地方自治法上の違法な公金支出となる疑いもあります。

また医師賠償保険もあり自ら腹が痛まないゆえの、保険金詐欺的被害者救済に近いものを感じます。また裁判官もそれを見抜く力がありません。

>>医師の責任を否定する方向にしか想像力が働かないのは(又は、その方向の意見しか書き込まれないのは)何故なのかな

転院の義務を怠った、専門医へのコンサルトを(夜間などに)行わなかった、○○の検査をしなかったなどが裁判の争点となるのをよく見受けますが、これらは今起こっている医療崩壊と表裏の関係です。マンパワーの不足、地域救急医療の崩壊(要するに夜間に医師もいなければ転院先もないのだ)、現場を見ることなしに判例だけが積み重ねられるような現状との乖離を多くの医師が嘆いているのです。

>No.210 yama さん
>(医療事故について)ちゃんと医療従事者がどういう環境で働いていたかを
>調査し、単に批判すべきでは解決しません。十分な環境でミスをしたので
>あればそれは処罰(行政指導も含む)を受けるべきですが、
>労働環境が悪いところでのミスはまず環境の整備を行うべきと考えます。

医療従事者の労働環境はある程度知っています。そして36時間連続勤務ということを考慮せずに結果的な判断ミス(時には正当な医療判断でさえも)があれば損害賠償となる裁判所の判断も知っています。書くのも嫌なのですが「いやなら辞めろ」というのが現在の風潮なのだと思います。
本音を言えばあと5年もすれば各県ごとに救急医療をする病院は2〜3病院で救急車が病院につく時間は数時間以上と言う事態が恒常的に起こっていると予想しています。少なくとも若い世代でその(現代世界の医学基準では不可能な)責任を持って(正当な時間外手当もなく)救急医療に携わる人は稀だと思われます。
正論は「救急医療に期待をするのならばそれなりの負担を覚悟する」ということだと思います。負担をしないのに、「誰でもすぐに適切な医療を受けられる」というのは自分勝手と言っても良いでしょう。
それでも
>全ての判決がトンデモ判決ではないということも忘れてはならないと思います。
と言っているのは、批判をするだけではなく、より良い(もしくは今と同程度の)医療を築く為には何をするべきかという議論を忘れて欲しくないと思ったからです。医療を志す身としては焼け野原後の医療ではなく、人の為になる医療が出来る事を期待したいのです。と言っても現在必死に働いている先生方にこれ以上の無理を言うような労働環境ではいけないと思いますので悩ましい限りです。「逃散」以外に出来る選択肢があれば教えて欲しいと言う気持ちもあります。

FFFさん おつかれさまです。
>医師の方は「医師主体の公平な審査機関」の必要性を主張されますが、ここでの議論を拝見していると、医師の責任を否定する方向の推論ばかりが飛び交う審査になるのではないか、と少々心配になってきます。杞憂でしょうか。

一般の方の要求水準から見れば、そのように(「医師の責任を否定する方向の推論ばかりが飛び交う」)とらえられるのはしかたないと思います。

医師が(少なくとも私が)お願いしているのは、
医療水準を「普通の医者が(都会の著明総合病院皮膚科専門外来で起こったことは皮膚科専門医レベルが普通の水準、田舎の救急病院の救急外来で起こった時は、そういう病院で常識的に雇用可能な医師のレベル(持ち回りでマイナー科の医師が救急当直しているなら、日本全国の持ち回りのマイナー科の医師が持ってるだろうレベル)が普通の水準)、そのときの使えるリソースで、行いうる医療のレベル」と定義し、この医療水準を満たしていれば過失とされるべきではないと判断していただきたい。
ということです。

思考実験として、テストにたとえると、60点を平均点として医師の診療能力が正規分布しているとします。標準偏差10として、40点以下が約下位2.5%になります。多分「医師主体の審査機関」は、問題となった診療行為が40点以下で有ると思えば責任ありと判断するでしょう。場合によっては、下位10%に当たるレベルまで過失ととらえるかもしれません。
でも、「医師主体の審査機関」は、50点や55点の行為を劣るとか過失とかは評価しないでしょう。だって、それは普通の医師が普通にやっている診療行為なんですから。
「医師主体の審査機関」は、トップクラスの医師が80点の診療行為できるからと言って、70点や75点を過失ありの足切り線にしたりはしないでしょう。だって、それは普通の医師に対して高望みして言いますから。
「医師主体の審査機関」は、救急専門医集団が有る医療行為を平均85点(標準偏差5点)できるとすれば、もちろん、救急専門医に対しては、75点以下なら過失というのもやむを得ないと裁定下すでしょう。しかし、「同じ医療行為を救急専門医以外の医師が平均60点でしかできない現状があり」、かつ、「その医療行為を救急専門医以外がやることを実質上強制される状況なら」なら、救急専門医以外には、40点または50点が過失との境目と判定するでしょう。

どうでしょう、この「医師主体の審査機関」は私から見れば「公平」「妥当」な判断示していると思いますが、医師以外の方には受け入れてもらえないでしょうか?医師の責任を否定する方向の推論ばかりが飛び交う審査として非難されるべきなのでしょうか?

No.214 FFF さん
>非専門家の彼らに適切な判断をなさしめる工夫というものを地道に考えていくほかなかろう、とも思っています。

FFFさんは、「個別の誤判の話はもういいから」って思っていらっしゃるかもしれないけれど、今自分にできることは、やはり、実際の誤判や誤報について地道に指摘することかなあ、と思っています。
個別のケースを検討することって、相互の理解度を知る良い方法です。
で、お互いの理解は、まだまだまだまだ、足りないなように感じます。

また色々な立場から、「この誤判は、どのような過程で生じたか?」を検討・蓄積することで、対策が立てられるのではないでしょうか?
(もういい??)

FFFさん始め、色々な立場の方から、非常に貴重な意見をいただけることは、すごくありがたいことと思っています。
ここに集うみなさんがある程度納得できる到達点に達することができたら、これほどすばらしいことはないと思います。

No.214 FFF さん

>証拠に直接当たれない以上、最終的には推論、憶測の域を出ないものでしょう

これは見ることのできない情報の価値の過大評価でしょう。(血の滴るナイフを持った人間を、刺している瞬間を見ていないから犯人扱いするなと言っているようなものです)例えば判決文を当たっての考察ならば、証拠に直接当たった一人のトンデモ医より、我々が複数で検討した方が深度精度ともに高いと思います。

>誤判、誤報というのは当然に起こりうるわけです

おかしな判決が単なる例外ではないということを、しっかり示すために検討してトンデモ判決を積み上げているわけです。一般の方でも、このトンデモ判決の山を見れば、医療裁判のトンデモぶりは理解できるでしょう。また、報道では医療側が悪いという話の例として世間に提示されるわけですから(ちょっと大雑把な表現です)、それをいちいち否定しておくのも大事だと思います。

>それを言うと議論がそこで終わってしまう

どんな風にアホなのか検討することで、具体的な方策も生まれてくると思いますし、アホであることを証明すること(それを世間に示すこと)はあくまで目的の一つにすぎず、多くの参加者は議論から派生する内容を求めて参加しているわけです。

>現在発売中のジュリスト最新号

情報ありがとうございます。
ところで、このページ→アマゾンで購入ってできませんかね?>モトケン先生

10年前、研修医時代に医療訴訟に巻き込まれて(原告ではないけど、関係者として陳述書を書かされた)以来、結構、医療裁判には興味を持ってwatchingしてきましたが、どうも最近、「医療水準」のとらえ方の法曹側のぶれが大きくなってきているような気がします。
失礼ですが、昔だったら、あの田舎のあんな病院じゃ・・・というところでも、都会の大病院と同じような水準が要求されて原告敗訴になっていたりする事件が増えている印象です。

東京や大阪の医療集中部で専門的な審理が行われるようになって、そうした傾向がいっそう進むのではないかと思います。

No.214 FFF さん の以下の記載に関してです。

> 個別のケースについて一々おかしいとかおかしくないとかの議論をせずとも、そもそも裁判であれ報道であれ、誤判、誤報というのは当然に起こりうるわけですので、誤判、誤報を減らすためにはどのような工夫があり得るか、という点にこそ重点が置かれるべきではないかという気がしています。

FFFさんご紹介のジュリストには、刑法学の佐伯教授による「医療安全に関する刑事司法の現状」という記事がありますが、本稿は

「医療過誤に対する刑事責任の追及が妥当かどうかを一般的・抽象的に論じるのはあまり意味のあることではない。今後必要なことは、個別の事案について、刑事責任の追及が妥当であったかどうかを法律家と医療専門家が共同で検証していくことだと思われる。」

という記述で結ばれています。
その動機はともかくとしてFFFさんの議論に反対される方々の意識と近いものがあるなあと思いますので、紹介します。

なお、上記記述は

1. 処罰しても事故の防止にならないのでは
 ->それを言ったら他の過失犯でも同じこと
2. 萎縮医療になる
 ->「適切」なら「違法性が阻却されるはず」だし、追訴されているのはほとんど単純ミスなのに萎縮もないでしょう
3. 組織的な責任というのはどうなる
 ->あるかもしれませんが、個人を罰しない理由にはなりません
4. アメリカでは追訴されない
 ->無いわけじゃないし、他の制裁がきついので比較になりません
5. 原因解明が困難になる
 ->民事や行政は別なら、追訴しないことにしても責任逃れは起きるのでは
6. 医療を知らない捜査機関がどうして真相解明できるの
 ->専門機関を作るのは良いとしても、そのことと追訴するかしないかは別

という趣旨の元、医療行為に対する刑事責任追及に否定的な見解を一蹴されたうえで、今後の在り方についての短い結辞の一部として記されたものであることを付記します。

藤山裁判官の判断に苦しむ判決が出ましたよ
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20061123k0000m040145000c.html

個人的には、原告側から不満が出そうな判決だと思いますが

>>No.225 ひ さん
ご紹介ありがとうございます。

>刑法学の佐伯教授
とは、この方↓ですね。
・佐伯仁志 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E4%BC%AF%E4%BB%81%E5%BF%97
理論刑法学の三巨頭と呼ばれ、現(?)司法試験出題委員だそうで。

なんかほんとうに日本医療オタワって感じ...

 ジュリスト最新号
 アマゾンでは取り扱ってないようですが、こちらで購入できそうです。
 https://www.yuhikaku.co.jp/cgi-bin/shopbag/shopbag.cgi

 紹介ページはこちら

>2. 萎縮医療になる
> ->「適切」なら「違法性が阻却されるはず」だし、追訴されているのはほ
>とんど単純ミスなのに萎縮もないでしょう

ひさん,
この2. はそうではないから萎縮医療になっているんですね.
佐伯教授はここを理解しておられない.現在の医療裁判の実際のところを間違って考えておられるからこのような「我々の実感」とかけ離れた論理が展開されているように思われます.

No.226 しまさん
慰謝料の金額の妥当性は判断できませんが、中心静脈栄養(IVH)中の発熱で他に明らかな感染源が認められない場合は、カテーテルを抜去してみる必要があります。
記事からは5月に手術・IVH挿入、6月に発熱・敗血症、12月に転院先で死亡と読めますが、発熱後にどんな治療・対処をしていたか、いつ・どこでカテーテルを抜去したのか、などが分かれば、意外と妥当な判決なのかもしれません。

> falcon171さん   (No.221のコメントについて)

 レスありがとうございます。「思考実験」、大変興味深く拝読いたしました。

 その方法に倣って雑感めいたことを申し上げますと、ある医療事件に対する判決が妥当かどうかというのは、異なる2つの観点から議論されるべきものだと考えます。

 第一は、問題となっている医療行為がどのレベルにあるかの評価が適切になされているか、という点です。90点の医療行為を90点と評価できているか、誤って50点とか30点と評価していないか、という問題です。

 第二は、その医療行為が何点以下の場合に「過失あり」との法的評価をすべきか、という点です。医学的に70点以下であれば過失と見るべきなのか、50点以下の場合にのみ過失と位置づけるべきなのか、いわば、合格ラインをどの水準に設定するかという問題です。

 自分の理解では、第一の問題は正に医学的に判断されるべきものであって、訴訟の課題は、如何にして真っ当な医学的見解を裁判所に採用させるか、という点にあります。また、この場面は、「学問的に正しいか間違っているか」の問題であり、この判断を誤った判決が「トンデモ」であると批判されるのは当然と思います。

 他方、第二の問題は、「どの程度のミスがあれば被告に責任を負担させるのが公平か、紛争解決のあり方として社会的に妥当か」ということであって、これは、医学的な判断というよりは、社会的、政治的な判断という色彩が強いように思われます。すなわち、「学問的に正しいか間違っているか」ではなく、「社会的判断として妥当か不当か」の問題といえましょう。falcon171さんがNo.221で取り上げられたテーマは、ここに位置付けられます。

 私見では、その当不当を考える際、医療現場の実情はもちろん重要なファクターですから、医療者の意見を斟酌することは当然必要だろうと思いますが、そもそもは、医療者と患者の間における損害の公平な分担という観点が出発点となりますので、(言い方は悪いのですが)医療者の都合だけで決められる問題でもなかろうと思っています。合格ラインを医療者の言うがままに設定した場合は医療過誤被害者の保護に欠ける結果となり、反対に、合格ラインを医療過誤被害者団体の求める水準にまで上げると医療崩壊を招く結果となり、いずれも妥当ではないと思われます。

 結局、こちらの問題は社会的、規範的な判断にならざるを得ないわけで、この次元において「医師にとって不満のある判断」がなされたとしても、それは、直ちに「トンデモ」と批判されるべき筋合いのものではなかろうと思います。

>No.231 FFF さん

「どの程度のミスがあれば被告に責任を負担させるのが公平か、紛争解決のあり方として社会的に妥当か」
医療崩壊を討論する時には殆どの人がこの事を意識していると思います。その上でなぜ「トンデモ判決」と批判されるのかは「社会が医療に払っているコスト」と「期待している医療」の差があまりにも激しいからだと思われます。

「安かろう、悪かろう」ではありませんが、良いものを期待するのならばそれなりの負担をしてから言うべきです。夜勤手当を出さずに一般の医師に救急をさせているのに救急専門医と同程度の技術を身に付けていなければならないとする判決を出したり、MRIを何台も配置させるお金を出さないのに検査に時間が掛かると訴えると言うのは道理に合わないと思います。
実際に掛けられているコストを無視して、「何時でも、すぐに、最適な医療」を期待するような判決は現実離れしている「トンデモ判決」と言っても良いのではないでしょうか?
それでも、「コストを負担してくれないから最適な医療ができない」というのは言い訳だという人もいると思います。けれど医療資源には限りがあり精神論だけで何とかなるものではありません。それでもそれを求められると言うのならば医療者に出来る事は「逃散」しかないでしょう。

まとめて言えば
「トンデモ判決」=「逃散以外に対策が思いつかない判決」
であり、医療崩壊を推し進める以外の効果を持たない判決だと私は考えています。

> この2. はそうではないから萎縮医療になっているんですね.
> 佐伯教授はここを理解しておられない(No.229 Level3 さま)

ジュリスト佐伯教授の論考は主張は、現実を見ていないというか、どうも机上で理屈をこね回しているという感じが否めません。学者であって、実務家でないからでしょうか。
学者も専門分野によってカラーがありますが、刑法学者は特に理論的整合性を重んじる人たちです。逆に言えば、具体的妥当性は犠牲になっても仕方がない、「悪法も法なり」。

実務家から言わせれば、冤罪に苦しむ被疑者・被告人を前にして、そんな冷たいことをよう言うな?
弁護士にとっては、従来から医療事故は民事事件として解決されるものという認識が一般的であり、被告医療側の弁護士はもとより、原告患者側に立つ弁護士でさえも、刑事訴追には懐疑的な人が多いです。

ジュリスト特集/弁護士の立場から

「医療事故に関連して発生する刑事処分と行政処分」(畔柳達雄氏)
・医師法21条異状死届が現在引き起こしている医療現場の混乱を抜本的に解決するためには、出口である業務上過失致死傷罪の規定の見直しが必要であり、
医療事故に関する特別規定を設ける(重過失のみ処罰する、または軽過失は親告罪とする等)べきである

「医療被害者の「5つの願い」をふまえたシステム構築を(加藤良夫氏)
・医療事故に関しては、真相究明や再発防止を目的とする事故調査委員会を設置すべきであり、その調査は警察の捜査に先行させる必要がある。「医療被害防止・救済センター」構想では、気の毒なケースは無過失であっても補償する、医師が日頃まじめに仕事をしてきた場合は責任軽減するしくみを考えている。

FFFさん お返事ありがとうございます。
意見述べさせていただきます。

>第二は、その医療行為が何点以下の場合に「過失あり」との法的評価をすべきか、という点です。医学的に70点以下であれば過失と見るべきなのか、50点以下の場合にのみ過失と位置づけるべきなのか、いわば、合格ラインをどの水準に設定するかという問題です。

どう設定しても良いですが、平均点がいくらとかを設定しないと、話がかみ合わないので、 とりあえず、設定させて下さい。

ある裁判で、何を思ったのか裁判官が被告の医療行為のレベル知ろうと思って、医師集団に協力もとめて、裁判例と同じ条件下で、多くの医師に同じ医療行為させてみたとしましょう(ありえないけど)。
平均点が70点、下位10%の足切り点が50点、上位10%の点が85点を得たとします。被告医師の行為は64点だったとします。

で私の考える医療水準論では、一応下位10%は「レベルが低い」といわれても仕方ないので、50点未満を「医療水準に満たない医療行為」として、損害賠償の判断に入ることになります。

51点以上は、「普通の医師」の「普通の医療」の範囲内ですから、「医療水準」の定義上、「51点以上の医療」は「ミスではない」、「医療過誤ではない」。というのが私の(おそらく多くの医師の)主張です。(法律は専門外なので、この医療水準の定義が間違っていたら教えて下さい。)

>「どの程度のミスがあれば被告に責任を負担させるのが公平か、紛争解決のあり方として社会的に妥当か」ということであって、(中略)
>(言い方は悪いのですが)医療者の都合だけで決められる問題でもなかろうと思っています。合格ラインを医療者の言うがままに設定した場合は医療過誤被害者の保護に欠ける結果となり、

別に恣意的に「都合で決めている」「医療者の言うがままに決めている」わけでは無いと思いますが。あらかじめ決めている医療水準という法学概念を、きっちり当てはめたら50点と言う結果が出ましたというだけで、恣意は入っていない、ミスタースポック風にいって「きわめて論理的」だと思います。
「51点以上ならミス、過失ではない」のですから、「どの程度のミス」というのはお門違いではないでしょうか。50点未満については、「48点は軽微なミス、10点なら重過失でしょう」という「どの程度の」論も納得します。
でもFFFさんの文意は、50点未満のことじゃなくて、「58点でも平均の70点より低いでしょう、75点でもトップ10%の先生の85点よりは低いでしょう。それを基準にすれば58点でも、場合によっては75点でもミスありといえるんじゃないですか、だったら損害を分けて下さいね」という意味ですよね。

症例検討会で自己研鑽としてなら80点しかとれなかったと反省するのは医師として奨励されるべきと思いますが、それを過失ありとの自認と取られるのは論外です。

損害の悲惨さに応じて、医療水準(=以下を過失と認定する点数)と認める点数を(1点2点ならいざ知らず10点でも、20点でも、既に行われた医療行為が過失に入るように(過失としないと賠償せよと言えないからと言う理由で))動かしますよというのは、「プロクルステスの寝台」です。「都合で決めている」「恣意的」というならこちらでしょう。

>これは、医学的な判断というよりは、社会的、政治的な判断という色彩が強いように思われます。すなわち、「学問的に正しいか間違っているか」ではなく、「社会的判断として妥当か不当か」の問題といえましょう。

といわれますが、私共から言わせていただくと
営々と積み上げた「過失」概念を、法学的に「過失に入らなくても」「社会的判断として妥当か不当か」と言うことで曲げているのではないですかとの疑問が消えません。

 「ここに65点の医療の結果、寝たきりの人がいる」この人にしてあげられることは、と問われれば、
「現時点でのあのリソースでの医療水準は50点です。65点なら、医師には過失はないので賠償責任はないです。この人の損害を国民として、国として何とかしたいのであれば、社会福祉としてやるか、国として、国のお金で無過失損害補償保険を作って対処してください。以上申し上げたことで医師としての責任は果たしたと認めて下さい。無過失保険できないのは、無過失保険作る実践運動しない医師が悪いから、保険出来るまでは過失認定続けると言わないで下さい。「普通の医師の普通の医療行為である50点以上の医療行為」を過失認定されるなら、合理的行動として、(明日は我が身と考えて)普通の医師は立ち去ります。それを医療崩壊というなら、その責任は過失認定した人が取って下さい。」と個人的にはお答えします。
長文申し訳ありません。

多数の医師の平均は少し違うと思いますし、ここの先生方の問題意識はよく理解できますが、僕自身はFFFさんのおっしゃることはもっともだと思います。
例えば、大淀の事件がありました。僕はカルテ(真贋はっきりしませんが)が出回ってから自分のコメントが的はずれであったと理解しました。四肢を動かしたという記述が意識障害発生の時点で出血の可能性をほぼ否定していると考えた訳です
しかし、カルテを知る前の情報が少ない時点では大淀の先生がやはり非常な判断ミスをした可能性があった訳です。実際いろいろな医師がいることは医師自身が一番知っているはずでとんでもないことをする医師というのは医師を5年もあれば確実に誰もが知っているはずです。FFFさんと同じかはわからないけれど、僕自身も同じように感じました。僕自身の自意識の強さが変な書き方になり非医療者の方にもたしなめられましたが、もしかして他の医師から非常な反論があり、実名まで探し当てられて炎上する可能性もあの時は考えました。もちろん、それはそれこそ杞憂でここに来て書き込みをしている医師の方はきちんと応対をしてくださったと思います。
またヒステリーや心因性に対する対応、また私の領域の心因性と他医で診断されてきた疾患が器質的疾患であるということが非常に多いという事実があります。FFFさんと同様の感覚であのスレは読ませていただきました。
ここに来る医師の方は問題意識が強く、ある意味あまりに偏向する報道、裁判に対するバランサーとして書き込んでいるように僕には見えます。報道された事例を科学的に考えているのではないと思います。そういうと医師の一人である僕も強弁のように感じます。いろいろな可能性を考えること、それを一つ一つ可能性をつぶしていくことが自然科学で自分の経験からありえそうなストーリーを組み立てることを科学とはいいません。
ですから、僕は時々共感がもてないこともありますが、ある意味弱者となっている医師の叫びとしてとらえれば、またあまりに正確な意見が社会的に力を持ち得ないことを考えれば方法論としてここでの医師の書き込みの方向性はしかたがないのではないかと思います。

ちょっと誤解を受けそうなので付け加えると falcon171さんの意見に対しては全く同感です。僕は実はこの点もっと甘くていいと思っているくらいです。
平均点の60点の医師というのは50点をとることもあるはずです。当直では専門外の患者さんにも対応しなければいけませんから。

> No.235 謹慎明けさん
お疲れ様です。
座位臥位立位 改めの 座位です。

医者の自浄作用が必要であるという、様々な方の意見には
私も賛成です。投薬量の間違いなど重過失の事件は多いし、
産業医大での心臓手術事故などは、医療犯罪でして、
もっと注目しなければならないことです。

ただ、私達には、ここで法曹家達や、マスコミ関係者と
建設的な論議をして、それが発信されたところで、
医療崩壊の進行は防止出来ないとまで判断しています。
自浄作用だの、医療犯罪者をどうするかなどを焦点にした
論議をする体力もタイミングも、今はないと認識しています。

今は、崩壊後の医療社会を、どう構築するかが問題です。
特に、まだハイリスクの現場にいる医療従事者を守っていく
事が大事で、その為の発言が重要だと思います。

検察の中央が、医療バッシングから方針転換したとの
分析もありますが、検察自身の判断はあてになりません。

そういう判断ですので、私は謹慎明け先生とは、別行動を
取らせていただきます。先生とはアプローチが違っても、
やがて、良い方向で合流することになると思っています。

個別事例にいちいち推測で反応してはいけないのかもしれませんが(笑) 藤山氏のカテーテル判決もなかなか興味深いですね。

医師側に好意的に読むとすると、「通常の大腸手術で中心静脈カテーテルなど通常はそもそも必要なく、食事再開後すぐに抜去するのが常識であるところ、そんなものが1ヶ月も入っていたというからには、元々衰弱し消化管機能が廃絶状態だったか、何らかの重い合併症が併存していたことが想像される。カテーテル感染を疑うのが基本とはいえ、抜いてみることでしか診断は難しいし、患者の負担や再挿入のリスクなどを考慮すると、生命線とも言えるカテーテルを抜去するかどうかの判断は難しかったのだろう、これは高度な医学的判断を後出しじゃんけんで処理するいつものアレ的な判決に違いない」と言いたいところです。
実際に抜くべきか抜かないべきかの判断で迷うことは時々あります。抜いてみたら劇的に熱が下がったこともありますが、抜いたら「ハズレ」で、再挿入までの間に余計衰弱させたこともあるので賭け的要素が強いです。

患者側に好意的に読むとすると、「発熱しており他の原因もないのにカテ感染を疑いもせず、使用してもいないカテーテルを1ヶ月も漫然と留置するというとんでもないミスを犯したため、ついに敗血症となり衰弱を加速させ、死亡させた。6月に罹患したカテ感染と12月の死亡との間に因果関係を認める程だから、よっぽど元気だったのだろう」とも読めます。本当にそれなら賠償もやむなしと言って良いでしょう…が、そんな下位1%未満に該当するような医師には普段まず出会えないので、想像するのは逆に困難ですね。

いずれにせよ1300万という数字には目眩を覚えますが。71歳の末期大腸癌患者が、自宅で穏やかで幸せな最期を遂げられて当たり前とでも思ってるんでしょうか。老人医療とか介護とか緩和ケアとかの実態が無視されているような。

末期癌患者カテーテル事件
No.226 しま様ご紹介
個別エントリを立てないなら、リンク先の新聞記事は時間が経つと削除されてしまうため、ここに記事全文を張っておきます。

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http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20061123k0000m040145000c.html
損賠訴訟:大腸がんと診断、別の病気で死亡…慰謝料認める
 手術をしても余命約6カ月の大腸がんと診断され、術後7カ月に別の病気で死亡した女性(当時71歳)の遺族が「別の病気で死んだのは術後管理のミス」として、病院側に約4500万円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は22日、約1300万円の支払いを命じた。女性はほぼ診断通りの余命だったものの、藤山雅行裁判長は「ミスがなければ、人生の最期を自宅で家族と過ごすことができたはずで、女性は精神的損害を受けた」と慰謝料請求を認めた。

 判決によると、女性は01年5月、岡山市にあるこの病院で大腸がんの摘出手術を受けた後、栄養補給用のカテーテルを右の鎖骨付近に約1カ月挿入したままで感染症にかかった。それでも担当医がカテーテルを外さないミスをしたため、敗血症を発症して同12月に転院先で死亡した。

 一方、余命約6カ月と診断されていたことから通常は賠償対象になる逸失利益や葬儀費用の請求を「ミスとの因果関係が認められない」として退けた。【高倉友彰】

毎日新聞 2006年11月22日 23時22分
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> 余命約6カ月の大腸がんと診断され、術後7カ月に別の病気で死亡
うーむ、慰謝料1300万円ねえ。
何であれ余命6ヶ月のところ7ヶ月生きたのなら、まあまあではないか、と思ってしまうのは、私が家族でなく他人だからでしょうか。
不法行為の慰謝料はある程度客観化されたものですが、これが一般人の感覚かどうかは疑問に思います。

死生観の違いというか、ウチの家の人たちは、こういうケースで訴訟はしないと思う。
私の祖母は糖尿病等内臓不調で入院した後、肺炎にかかって死亡したので、病院の管理が悪かった疑いが無きにもあらずでしたが、父や伯母らは「89歳やし、どのみち寿命やろ」とあっさり諦めました。
憶測ですが、本件は転院させていることからして、医師と家族との間で感情的な行き違いがあったのかもしれないと思います。

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法的な問題としては、こちらのほうが気になります。
> 余命約6カ月と診断されていたことから通常は賠償対象になる逸失利益や葬儀費用の請求を「ミスとの因果関係が認められない」として退けた

以前に、「病気にかかった人はたとえ治療が上手く行ったとしても、余命は健康人の平均より短く、逸失利益は少ないはずではないか」というご意見がありました。
これについては、理論的に考えられるものの、実際には病気治療後の余命の立証が難しいのではないかと言われていましたが、
本件のように余命がハッキリ診断されている場合は、それに従って計算すればよいことになります。

記事のタイトルの「大腸がんと診断、別の病気で死亡」について少し補足です。
癌の末期状態では免疫力が低下している為に「敗血症」などの感染症が死因となるのは一般的な経過だと思います。この事件でCVカテーテルの管理に問題があったかどうか分かりませんが、この記事を素直に見ると大腸癌なのに敗血症で死ぬのはおかしいと言うように読めてしまいます。「大腸癌」であるからこそ「敗血症(重度の感染症)」になりやすい状態であったので、「別の病気」と言うのは誤解を招きやすい表現です。常識的なことかもしれませんが、誤解をする人がいるかもしれないと思いコメントさせて頂きました。
もちろん、CVカテーテルの管理が適切だったかどうかの議論は必要だと思います。

No.239 YUNYUN さん
>本件のように余命がハッキリ診断されている場合は、
>それに従って計算すればよいことになります。
6ヶ月先の余命をはっきりと診断できる医師なんていないと思います。今までの経験と勘からなんとなく言える人がいるかもしれませんが、はっきりとしたエビデンスは聞いた事がありません。個人的には長期の天気予報みたいなものかなと思って聞いています。

老人なり末期癌なりの患者で「気付かないうちに緩徐に悪化し最期は眠るように…」という穏やかな経過なのは一部の幸せな例です。階段状の経過だったり、ある時点で突然、坂を転がり落ちるようにストーンと悪化していく、という経過も多いです。
「ある日風邪をひいて以来体力がた落ち」とか「ある日転倒して骨折して以来寝たきり」とか「糖尿病で入院しているはずが肺炎に罹患」とか「孫が会いに来た翌日から目を覚まさなくなった」とか、そういうターニングポイントのひとつやふたつ、たいていの人がお持ちです。が、それが偶然病院内で起こると、怒りの矛先はこちらに来ます。

去年病棟にいた際に自分が関わったものだと「糖尿病で入院しているはずが食事を誤飲して死亡」とか「肺炎で入院しているはずがベッドから落ちて肋骨骨折、呼吸不全が悪化して死亡」とか「食道癌で入院しているはずが重症肺障害となり長期人工呼吸器管理」とか「食道癌で入院しているはずが静脈カテーテルによる重症感染症を起こし衰弱、半年後に死亡」とかがありますね。「そのイベントが無ければもう少し生きられたはずだ」と言われるとそうかもしれません。実際このうち2例は完全に遺族の不審を買い、トラブルになりました。

全員70超えてました。若くて丈夫な人が誤嚥したり転倒で肋骨折ったりカテーテルで死にかけたりしませんから、「何の変哲もない、高齢者の経過の一部なのです」と心の底では思っているのですが、この感覚は一般には理解し辛いですよね。どう説明しても「責任逃れの説明」とか「曖昧模糊とした説明」とか思われる。これ全部、医療ミスに見える人がこの中にもいるんじゃないでしょうか。

そういう例に日常的に接し、実際に家族とトラブルにもなっている。なので「大腸癌でカテーテル感染で1300万」も、何処にでもあって誰でも経験している経過の一種に見えますし、殊更に医師の注意義務違反を想定する方向で解釈する気も起こらないわけです(ちなみに緩和ケアの専門書などを見ると「末期癌患者の本当の直接の死因」みたいな統計があって、窒息とか感染症とか失血死とかがかなり上位に来ます)。

今は、「去年、300万円強の年収を得るために1年間働いてみたけど、その間の賠償金は何億円だろう」という気分になっています。でもまあ家族の無念が理解できなくもないので、いざ訴訟なんかされたら和解を選んじゃうんだろうな。

もう来年度からは病棟に立つのをやめるんで自分は気楽(笑) 「逃散」といってもリスク追う仕事を辞めて別の好条件の分野に行くってことですから、本人は痛くも痒くもないし。

> falcon171 さん  (No.234のコメントについて)

 レスありがとうございます。

 自分も、平均点と言うか、「標準的な医師が通常の注意を払って医療行為をした場合にとりうる範囲の点数」であれば「過失」と評価すべきでない場合が多いとは思っています。ですので、平均点が仮に70点だった場合、68点だったから弁償しろとか、そういう考えは持っていません(多くの裁判例もそうでしょう。)。また、生じた結果の程度に応じて「司法が過失と評価するライン」が上下することもないと認識しています。

 私がよくツッコミを入れたのは、医師の方から「司法は99点の医療でも過失ありとする」「点数に関係なく過失だと断罪する」という誤った情報が発信されることが多かったので、それを訂正するのが目的でして。

 ただ、何点以下を「過失」と評価するかは、やはり裁判所の専権であり、医師であれ何であれ、特定の集団が決める問題ではないと思います。「この医療行為は〇〇点であり、過失なしということにしよう」と医師会等が決めても、現行制度上、それが司法判断を拘束することはないし、拘束するような制度を作るべきでもない、という考えです。

 それから、医師の関心、問題意識が極端に薄い分野について、たまたま平均点が30点であったとします(そして、少し注意を向ければ容易に70点に到達できるとします)。この分野について、漫然と慣行に従って30点の医療行為がなされた場合、「平均点には達しているから過失なし」としてよいのかは疑問です。平成8年の最高裁判例は、この問題意識から出されたものと理解しています。

 また、これはkouki さんのコメント(No.232)に対する意見でもあるのですが、損害賠償請求訴訟の基本理念である「損害の公平な分担」、点数モデルでいう「何点以下を過失ありと見るか」の問題は、あくまでも「患者と医療者」の間におけるバランスの問題であって、決して、「国・行政と医療者」間の問題ではないと思います。

 裁判所は国家権力の最たるものですし、医療資源をコントロールしているのは国家機関たる行政部門なので、「国は満足な医療体制も整えないのに、やたら高度な要求を突きつけてくる」という憤りをお持ちになるのはもっともだろうと思うのですが、民事訴訟は私人と私人の争い、私人間の利害調整が本質であり、司法は、その審判、レフェリーに過ぎません。

 たとえば、以前どこかで話題になった(ログが膨大で探せませんでした・・・・)、救急指定病院における救急医療にどこまでのレベルを求めるべきかという問題について、「現状の医療行政では、法律が規定するような水準の救急医療を全ての指定病院に求めるのは無理である」としても、では、それによる損害を、「救急指定病院に行ったのに、法律が求める水準の救急医療が受けられなかった患者」に全て負担させるのが妥当なのか、という観点からの議論は別途必要になるのではないかと。

 事案の内容はよく覚えていませんが、仮に裁判所が「救急指定病院として法律上求められる水準の医療行為を提供することは現実問題として難しいから、その水準以下の医療行為であっても過失なし」というロジックで原告を敗訴させた場合、裁判所が、医療現場の矛盾(ルールと現実の乖離)を指摘しながら患者を敗訴させた上、「ルール上、救急指定病院に求められる水準の医療行為を提供しなくとも法的責任は問われない」というお墨付きを与えることになるわけで、果たしてそれは紛争解決のあり方として妥当なのかどうか。

 自分としては、何もその事案で救急指定病院を敗訴させろとか単純なことを言っているわけではありませんで、民事訴訟の当否を論じる際の軸は、「国(医療行政&裁判所) vs 医療者」ではなく、「患者 vs 医療者」であるはずだ、ということを申し上げたいわけです。もっとも、「患者も有権者として現在の医療行政に関する責任の一端がある」と言われればそれまでですが・・・・。

>平均点が70点、下位10%の足切り点が50点、上位10%の点が85点を
>得たとします。被告医師の行為は64点だったとします。

こういった表現が、非医療者に医療について理解したつもりにさせてしまうのですよ。不確実性について、あるいは『一期性』の理解をさせないことには、、、、

 その7を分割します。

 以後のコメントは

 医療崩壊について考え、語るエントリ(その8)

 にお願いします。

P R

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