エントリ

<名誉棄損>東京女子医大元助手の主張認めず 講談社が勝訴(ヤフーニュース(毎日新聞) - 11月17日11時16分更新)

 東京女子医大病院で01年、群馬県高崎市の小学6年生、平柳明香さん(当時12歳)が心臓手術の際に死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われ1審無罪となった元病院助手の佐藤一樹被告(43)が、写真週刊誌「フライデー」の記事で名誉を棄損されたとして発行元の講談社に1100万円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は17日、請求を棄却した。阿部潤裁判長は判決で「記事は病院の調査報告書に基づいており、佐藤被告による人工心肺装置の操作ミスが死亡原因と信じる相当の理由があった」と述べた。  問題となったのは、同誌02年7月19日号の記事。東京地裁の無罪判決(05年11月、検察側が控訴)は死亡原因について、佐藤被告の操作ミスではなく同装置の欠陥と認定しており、この日の判決も「操作ミスがあったと認めるに足りる証拠はない」と指摘した。

 講談社の責任を否定した判決の論理としては、判例・通説に沿った論理だと思います。

 当事者のブログです。
 紫色の顔の友達を助けたい

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コメント(32)

一般人としては
これまでの判例・通説からは今回の判決になることが理解できても
マスコミの間違った報道による被害が回復されないことは理解できません。
マスコミ自体がこれらの被害を回復(謝罪や慰謝料)するつもりがないのですから
それこそこういった被害に対する無過失補償を考えるべきではないでしょうか?

>bunさん

無過失補償は、一定の確率で起こり避け得ないが救済の必要のある被害に対して、過失の有無を問わずに救済しようとするものだと思います。
報道被害も一定の確率で起こり避け得ないものなのでしょうか?

 裁判で誤判が不可避である以上に、マスコミの誤報はより高い蓋然性をもって不可避だと思います。

 しかし、不可避だからといって何の補償措置も必要でないとは思われません。
 金銭補償に限らず、また法的根拠がなくても、マスコミ倫理として補償措置を講じるべきではないかと思います。
 少なくとも講談社のような一流と呼ばれている(実態はともかく)出版社としては。

 マスコミは誤報によって金を儲けているのですから、自らの報道によって生じた被害者をほったらかしにしていいという理屈は通らないはずです。

 マスコミとしても、こういう問題について自浄作用を発揮しなければ、いずれ法的干渉を受ける可能性が生じることを認識すべきだと思います。

文中に「記事は病院の調査報告書に基づいており」とありますから、調査報告書自体が誤っていたと言うわけでしょうね。

誤った調査報告書に基づいて行われた報道も誤報に該当するのでしょうか?

原告です。「判例・通説に沿った論理」というのであれば、判例を御教示お願いいたします。このご意見がどの程度の資料から判断されたのかも御教示ください。訴状や答弁書、準備書面をお読みでしょうか。

「民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実にかかりもっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(このことは、刑法230条の2の規定の趣旨からも十分窺うことができる。)。」(最判昭和41・6・23)

〜〜〜〜〜
おそらくこの判例です(←間違っていたら突っ込みお願いします)。

原文(注:PDFです)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/1B67246B4085A08E49256A8500312430.pdf

>もはさん

 判例を紹介していただきありがとうございます。

 ただし、不法行為は成立しないとしても、結果として誤報であった以上、マスコミとしてそれを放置するのは問題があると思っています。
 ある意味で無責任だと思われます。

 不法行為が成立しない場合には謝罪や損害賠償の必要はないとしても、訂正記事の必要はあるように思われます。

 結果責任的賠償論はまた別の問題だと思います。
 民事不法行為法は不勉強ですので素人同然ですが、認めてもいいのではないかと思っています。

追記
 本件で不法行為が成立しないと断言するつもりはありませんが、病院の調査報告書を信じてそれに基づいて記事を書いたとしますと、判例に従えば不法行為は成立しないという判断に傾くであろうと思われます。

> 判例に従えば不法行為は成立しないという判断に傾くであろうと思われます(No.7 モトケン様)

判例の要件:その事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとき
本件へのあてはめ
「病院の調査報告書」は一般世間では信頼性ある資料とみられており、普通は信じるだろうし、信じてもよい。
従って、判例の線で反論するとすれば、本件の報告書がぱっと見で誰にでも判るくらいに嘘っぽくて、いくら何でもこいつを信じる奴はおらんやろ、という状態であることを立証するしかないと思います。

判例によるこの要件は、「その当時の状況においては」(プロスペクティブな判断)ということを明確に打ち出しており、
その場合に不法行為による損害賠償責任を負わせないこととして、報道の萎縮を防止し表現の自由を保障しようとしているといえます。

しかしながら、「結果的に」(レトロプロスペクティブな判断)真実でなかったことが判明し、そのことによって被害を受けたことは明らかであるから、
何らかの補償(損失の全額でなくても)か、少なくとも名誉回復の措置をとらせるべきではないか、というのが、モトケン様のご意見です。

------
ところで、本件では病院の報告書が(故意か過失か知りませんが)、実は嘘であったというのは、医療機関に対する国民の信頼を揺るがす由々しき事態です。
病院の内部調査は信用できず、医療の自浄作用に期待できないのならば、他の機関の調査を頼るしかない、民事ないし刑事の裁判によるしかない、という方向に世論を誘導しかねません。
そのような意味で、本件の嘘報告書は将来に大きな禍根を残したといえます。

 もはさんコメント有難うございます。しかしながら、本人訴訟をしているものにとっては、最判昭和41・6・23の判例は基本中の基本、イロハのイなので、残念ながら私がもとめているのはこの範疇ではありません。名誉毀損の最高裁判例はほとんど把握してるつもりです。国会図書館にも通いつめて、その他100以上の判例を研究してきました。
 「その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとき」とは、「誤信相当性」の存在を指しますが、講談社のフライデーの記事に何故それが存在したのかというところをモトケンさんがご存知なのかどうかしりたかったのです。病院の報告書とは全く関係ない内容でも私の名誉を毀損した部分があるのに裁判官はそのことについては、相当性にまったくふれていません。

モトケンさんコメント有難うございます。
 「不法行為が成立しない場合には謝罪や損害賠償の必要はないとしても、訂正記事の必要はあるように思われます。」というのは単なる意見だと思います。通常判例では、不法行為が成立しない場合に訂正記事を命じる判決は私はしりません。逆に損害賠償を認めるが、訂正記事の請求には応じる必要がないの判決がほとんどです。したがって、訂正記事は請求しても最初から無駄だと考え、請求しない原告が多くなっている傾向があると思います。
 モトケンさんがどの程度民事裁判で、名誉毀損事件を取り扱って判例を読んでいるかは存じあげませんが、「不法行為が成立ないので損害賠償責任はない。しかし訂正記事を命じた判決があれば、下級審判決でも最高裁判決でも何でも結構ですからご教示ください。

YUNYUN さんコメント有難うございます。
ご指摘の通りです。通常名誉毀損裁判においては、被告に挙証責任があるわけです。
本件で扱われている、「報告書は女子医大が作成したから真実であると信じてしまったのは仕方がない。」という立証のみでは、通常相当性は認められないのが、判例です。報告書の内容そのものが立証の対象になるという法理は最高裁判決で示されています。
私は、「本件の報告書がぱっと見で誰にでも判るくらいに嘘っぽくて、いくら何でもこいつを信じる奴はおらんやろ、という状態であることを立証」をしました。それは、高校理科レベルでは分かるものです。しかし判決は内容にはいっさい触れず、「女子医大の報告書は委員会を何回も開いて、医師3人が作成したものだから、専門家でなくとも正しいことをいっていると信じてもしょうがない。」旨の判決になっているのです。週刊誌が「Aという噂がある。」と噂であるという前提を書いても、Aという事実を適時した場合は、「噂がある。」ということが立証対象になるのではなく、「Aそのもの」が立証対象になるとうことは、何十年も前から最高裁判決で出ていて名誉毀損裁判ではあたりまえのことになっているのです。

>(No9)名誉毀損の最高裁判例はほとんど把握してるつもりです。

名誉毀損の損害賠償請求訴訟を提起する方が、最判昭和41・6・23をご存知ないはずがないので、

>(No5)「判例・通説に沿った論理」というのであれば、判例を御教示お願いいたします。

この点に違和感があったのですが、得心しました。本件類似の事件で「真実と信ずるについて相当の理由があるとした判例」があれば示して欲しいとのご趣旨ですね。

私は、本件の刑事・民事一審の判決原文を読んだわけではないので、本件で「病院報告書」の内容を真実と信じたことに相当性があったかについては、その限度でしかコメントできませんが、概ね次のように考えています。

「相当性がない」という認定に資する事情
(1)「病院報告書」の内容が、自然科学の知識に照らしておかしいこと
(2)本人に直接取材していないこと

「相当性がある」という認定に資する事情
(1)「病院報告書」が3人の医師によって作成され、しかも医療ミスを認める内容であったこと(一般に作成者に不利益な内容の報告書は信用性が高い、といえる)。
(2)プロである検察官がその「報告書」等を根拠に起訴に踏み切るほど、「報告書」の偽りを見抜くのが一般人には困難であると推測されること
(3)名誉毀損事件に限らず、最近の最高裁判例が「報道の自由」を広く保護しようとする傾向にあること(報道関係者の証言拒絶について最決平18・10・3、被告人の法廷での姿のイラスト掲載について最判平17・11・10)から、本件の誤信相当性の有無についての判断に当たっても相当性を比較的緩く認める方向に考えるべきではないかと思われること

です。

もは先生コメント有難うございました。
「相当性がない」という認定に資する事情について。
(1)「病院報告書」の内容が、自然科学の知識に照らしておかしいこと(2)本人に直接取材していないことは、まさにその通りです。報告書は高校物理レベルの自然科学の知識に反した内容です。また私は一切取材を受けていません。
「相当性がある」という認定に資する事情について。
(1)一見、作成者にとって不利ではありますが、大学の保身の為に責任を私に押しつけるために作成されています。逮捕以前の厚生労働省の審議会などでも「「こういうのを学内でやっても、国民はあまり信用しない」と発言した委員がいることが記録されています。
(2)裁判所が検察をそこまで信用しているのであれば遺憾です。しかしながら、この記事は起訴前に書かれています。「真実性」の抗弁なら記事が書かれた時以後のことを証拠とできるはずですが、「相当性」の証拠とはならないはずです。裁判官の心の中は分かりませんが判決上は「起訴に踏み切った」ことを「相当性」の根拠とはできないはずです。
(3)一般論としては先生のご指摘を否定いたしません。
ところで、最判平17・11・10では、「手錠をされ,腰縄を付けられた状態を描いたイラスト画の掲載は不法行為法上違法であるであるが,その余のイラスト画の掲載は違法ではない」とありますので、メディアの「報道の自由」の制限はやはり必要であるという判決にもとれますが、いかがでしょうか。
最決平18・10・3については、新聞に掲載された判決文の一部しか読んでいませんので、あまり意見は言えません。証言拒否の自由を守ることには私は賛成です。
 本邦において、l「報道の自由」と「報道被害」の調整に関しては、やはり大きな流れがどうということよりも、法曹界で一つ一つの判例を重ねているところであると私は理解してるのですが、素人的な理解でしょうか。

裁判所のページを見ても、判例検索のサイトを見てもこの事件に関する
諸裁判例が見当たらないのですが、こういう事例は判決文を実際に読んでみないと評価しようがないように思います。
それとも既にどこかで皆さん入手しておられるのでしょうか?可能であれば判決を読んでみたいのですが・・。

>> 「相当性がない」という認定に資する事情
>> (1)「病院報告書」の内容が、自然科学の知識に照らしておかしいこと
> 高校物理レベルの自然科学の知識に反した内容です

ここは裁判官によって評価が分かれそうですね。
あくまで「一般人が読んで、誤りであることが判るかどうか」ということですから、内容によるでしょうが、高校物理レベルを知識を要求するのは少々キビシイように思います。
私自身、恥ずかしながら、高校を卒業して20数年も経つと、特に理系科目の知識はほとんど忘却の彼方であります。
一般の理解度は義務教育の中学校レベルがせいぜいで、本当のところは小学校5年生くらいではないでしょうか。
本件裁判官が自分で読んで誤りと判らなかったら(裁判官は文系なので、そういう可能性はままあります)、絶対に認めてくれないでしょう。

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>> 「相当性がある」という認定に資する事情
> (1)「病院報告書」が3人の医師によって作成され、しかも医療ミスを認める内容であったこと(一般に作成者に不利益な内容の報告書は信用性が高い、といえる)。(No.12 もは様)

専門家である医師によって作成されたものである点で信憑性が高いとはいえるとしても、
「作成者に不利益な内容だから信用できる」とまで評価しうるかどうかは疑問です。

第一に、作成者は同じ病院の同僚であるとしても、ミスがあるとされた当事者自身ではないから、自白調書と同様に見ることはできない。むしろ、この場合は、「共犯者の自白」(無関係の者を巻き込んだり、他の共犯者に責任を押しつけたりして、自己の罪責を軽くみせる危険があると言われる)に近いシチュエーションであることに留意すべきである。
第二に、医師は科学者として、真実性を重んじ医師同士で庇い合ったりしないという(ここの医師の皆様の言)。従って、医師が医療ミスがあると認める場合も、ミスを否定する場合も、信用性は同程度であり、「医師が医療ミスを認めた」ということには特段の信憑性はない。

思いつきですが、
報告書の書き方に、論理運びがおかしいとか、根拠を示さず結論に飛び付いているなどの、論理矛盾があれば、
自然科学の知識に関係なく、文系人間にもガセであることが理解できるはずですから、
そういう面からも攻めたらよいのでは。

hzさんコメント有難うございました。
「こういう事例は判決文を実際に読んでみないと評価しようがないように思います。」その通りだと思います。私は、福島県の大野病院の件について、コメントしたり、エールを送ったりしてはいますが、「有罪か無罪か」という判断は、メディアの情報が信用できないという前提がありますので、「わからない」という態度を通しています。実は判決だけではなく、元々の記事を読まずしては何もわからないと思います。原典を読まない評論家になってはいけないと思います。

YUNYUN さんコメント有難うございます。
名誉を毀損するか否かは、適時された事実、記事を読んで、「一般人が読んで、誤りであることが判るかどうか」によって決定します。しかし、高校生レベルで誤った事実を、メディアが報道してよいかどうかは、全く別の問題です。メディアが「報告書が世の中に出回ってから、逮捕までの約6ヶ月間に、第三者の心臓外科医や臨床工学士にちょっと話しを聞といったレベルの取材すらしていないのです。「本件裁判官が自分で読んで誤りと判らなかったら(裁判官は文系なので、そういう可能性はままあります)、絶対に認めてくれないでしょう。」そんなレベルの裁判官がいないことを私は信じています。
以下、わざと感情的に書きます。
  私は刑事の法廷で検察官に向かって言いました。「この事故では人が1人亡くなっています。何故あたなた立ちは真実を求めようとしないのか。」と。12歳の少女が健康になるために手術台にのって亡くなりました。文系の人だと高校生レベルの話は年をとったら忘れてしまうので、しょうがいないといえるでしょうか。少女が亡くなった理由について、大学が現在でも虚偽の報告を否定せず、日本の心臓外科斯界の権威が作成した「3学会報告書」を無視し、「大学の報告書が誤り」と分かっているメディアがだんまりをきめこんでいる態度は、報道の自由をはき違えているのではないでしょうか。
  航空機事後で500人いっぺんに死者でるような事故であっても、裁判官がそのような物の考え方をするかどうか検討してみてください。 
 私はこの問題に5年も関わっています。ブログを見て思いついたようなレベルの話は、この報告書を初めて読んだときから気づいていますので、ご心配なく。

 医療の問題とちょっと離れるかも知れませんが、マスコミの明らかな誤報に関して
「最低でも当該誤報記事と同じ大きさの誌面・扱いで誤報を訂正すること。」という法律は制定できないでしょうかね?現在のようにどこに書いたか分からないような扱いで、「訂正しました」と言われても納得できないのは当然だと思いますし。まあ、1面記事に関して誤報の訂正に1面全部を使うことは公益上問題があると思いますので、せめて他の場所でも良いから「同じ大きさで訂正する」ぐらい要求しても良いような気がします。
 立法問題になるのでこちらの法曹関係者の方々には専門外かも知れませんが、法理論上はどうなのでしょう?報道被害に対する最も本質的な対策はこれだと思うのですが。

> マスコミの明らかな誤報に関して
> 「最低でも当該誤報記事と同じ大きさの誌面・扱いで誤報を訂正すること。」という法律は制定できないでしょうかね?(No.19 僻地外科医 さま)

私は、誤報の過失の有無を問わず、訂正を強制する法律を制定することは可能(憲法に違反しない)と考えます。
表現の自由(憲法21条)の侵害に当たらないかが問題となりますが、侵害しないと解する根拠は、
・報道が刑法上の名誉毀損罪や民法上の損害賠償責任を負わないのは、表現の自由を保障するという政策目的により特別に法的責任を免除されているのであって、誤報することが奨励されるわけではない。報道としては、常に正しい報道を希求すべき立場にある。
・誤報された人が不利益を受けたことには違いないので、何らかの形で名誉回復の措置が行われるべきである
・一般市民は、訂正が出ることにより、正しい情報を受け取ることができるという利益がある

これには反対意見もあるでしょう。私も理想を言えば、このような法律は望ましくないと思います。
報道機関に対して法的な規制を行うことは、とりもなおさず権力による介入を許すことであり、表現の自由の侵害に繋がるおそれがあります。これくらいは大丈夫と思ってわずかでも規制をかければ、それをとっかかりとして、権力が際限なく介入してくる事態も生じかねません。非常に危険な行為です。
ですから、法的規制はできるだけ避け、その代わりに報道サイドで自主的にルールをつくり対応してもらいたいです。
(cf.弁護士会は監督官庁のない自治団体であり、法規制を受ける前に、必要なルールを自主的に決めようということになっています。)

報道は、社会の要請に応えて自らを律しなければ、いずれ権力の介入を招くことになり、自由を剥奪されるということを、考えるべきだと思います。報道の自由は国民の表現の自由を保障するために、国民から託された権限であり、国民に資する形で適正に行使されなければならない。今のマスコミ、大新聞やテレビに、そういう責任感や気構えが全く見られないのは、嘆かわしいことです。

マスコミの誤報による当事者の被害は相当なものです。名誉を傷つけられたことにとどまらず、精神も破壊され、時間的、物理的負担も強いられ、おまけに周りの職員にも迷惑がかかります。それだけにとどまらず、医療不信を招き、さらには医療崩壊へと導かれるわけです。

別エントリで盛り上がってる話題をもとに・・・
『マスコミの判断に誤りはないとした上で、「早期の取材で的確に判断していれば、その後の報道が変わった可能性があり、もう少し良い報道が期待できた可能性は否定できない」』
とか裁判所に言われないうちに自助努力してください>マスコミの皆さん

 訂正広告の限度なら、民法の解釈論としても不可能ではないと思います。

 誤報に対する救済は、無罪事件に対する救済と同様に考えていいのではないかと考えています。
 刑事訴訟では、身柄拘束された被告人が無罪判決を受けた場合は、関与した公務員の故意・過失の有無を問わず一定金額が補償されます。
 これは国家が運営する刑事司法制度において無実の罪で身柄を拘束される場合があることが必然的に発生することを前提としてその補償を行おうというものです。

 マスコミによる誤報も問題の本質としては共通するものがあると考えます。

 国家に補償を義務づけるためには法律が必要ですが、私人間の民法解釈は相当に柔軟ですし(類推解釈あり)、一般条項という伝家の宝刀もありますから、解釈論的には訂正広告を命じることもあり得ないではないと思われます。

 立法よるとしても解釈変更に基づく裁判によるとしても、国家機関からこういう報道をしろと命令されることは、マスコミとしては、少なくとも一流の出版社であることを自負するのであれば、いずれにしてもとてもみっともないばかりでなく危険であるはずです。

 誤報した出版社が自己批判しないならば、他社がきちんと批判しないとそのうち裁判所が動く可能性があると思います。
 裁判所が動けば立法が動くきっかけになります。
 YUNYUN さんが危惧されている事態が生じるということです。

 報道機関による名誉侵害は報道機関によって回復されるのが筋であると思います。

この件、メディアを「ブログ」、報道機関を「ブログ主」と考えると、決して他人事ではないような気がします。間違っていた報道を鵜呑みにして、結果的に誤ったエントリを書いてしまった場合、ブログ主はどのような補償をするべきなのかとか、ブログ主は名誉棄損で訴えられるとか、そのような議論も必要なのでしょうね。

メディアを叩くのは簡単ですが、インターネットが普及した事により、メディアを叩いていた手と同じ手によって一般人も叩かれるようになると思います。一億総メディアであり、一億総裁判の時代がやってきたという感じもしますね。

しまさんのコメントについて
 私の刑事事件での無罪判決に関連して、私の名誉を著しく毀損するブログがいくつかありました。その中で、特に悪質なブログに関しては、ブログ主を調査し本人に「内容証明郵便」でブログの記事及び私の写真の掲載を削除するように勧告いたしました。勿論、勧告に応じない場合は法的措置をとらざるを得ない旨を明記しました。
 ブログの主からは、真摯な謝罪文をいただき、ブログも削除していただきました。
メディアがそのような潔い態度そ示すのであれば、訴訟を起こすこともなかったかも知れません。
モトケンさんのコメントについて
「刑事訴訟では、身柄拘束された被告人が無罪判決を受けた場合は、関与した公務員の故意・過失の有無を問わず一定金額が補償され」ますが、最高でも12500円/日だったと記憶しています。私の場合は90日ですので保証されるのは、逮捕時の給料の1.5倍にもなりません。逮捕による実質的な経済的ダメージは、その数倍はあります。
「報道機関による名誉侵害は報道機関によって回復されるのが筋であると思います。」
というご意見に全面的に賛成させていただきます。


タイムリーと言うか、何と言うか、カリフォルニア州では↓のような判決が出たそうですね。

ネットに中傷「転載」者 名誉棄損認めず 米加州最高裁判決
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061122-00000002-san-int
 >【ロサンゼルス=松尾理也】誹謗(ひぼう)中傷など名誉棄損情報をインターネットに「転載」した者に賠償責任があるのか否かが争われた訴訟で、カリフォルニア州最高裁は20日、「インターネットの利用には広く名誉棄損からの免責が認められている」としてネット上の言論の自由を最大限に認める判決を言い渡した。判決は、名誉棄損文書を作成した本人以外はすべて免責されると結論づけたが、同時に「自主規制の奨励」も求めた。
(途中略)
> この訴訟では、インターネットで医療問題に関する掲示板を運営する女性が第三者の書いた中傷文書を転載したため名誉を棄損されたとして2人の医師から訴えられた。文書が2人の名誉を棄損しているのは疑いなく、争点は、中傷をネット上で「転載」した女性に賠償責任があるのかどうかに絞られた。
(以下略)
(産経新聞) - 11月22日8時1分更新

この辺り、日本ではどのような判断となりそうか、もしよろしければどなたか解説していただけませんでしょうか。

元田舎医先生。私は専門家でないので詳細は知りませんが、私が読んだ本の中に、日本では「名誉毀損訴訟においては、記事の真実性や相当性の挙証責任はメディアにあるので、名誉毀損が成立しやすい」旨の一般論がありました。アメリカでは勝訴すれば、莫大な賠償額が認められるようですが、成立が難しいと聞いています。専門家の先生方御教示ください。

医療問題におけるメディアの誤報による医師に対する名誉毀損は常軌を逸しています。表面だけを見ているだけで、これまでの実情や現場の事実関係の確認を取ってなく、感情論だけです。司法の扱いも同様です。戦前のメディアが戦争をあおったことを繰り返しています。西洋医学に基ずいた立派な保険制度で、世界一の医療(全ての国民に差別ない高度医療ーWHO認定)を提供して来た事を、安易に否定し、面白さだけで視聴率を稼ぐための報道です。無責任報道に対しては、名誉毀損による多額の賠償を請求する事は、米国での例もあり十分可能と思います。このままでは、数年後には日本の優れた医療はマスコミと司法によって崩壊させられたと、世界の医学会から認定されるとおもいます。

私は、今回の講談社とは別の本人訴訟において、被告代理人との準備書面のやりとりで、以下のような文言を準備書面にいれています。

「原告の準備書面(以下、「原告準備書面(1)」と呼ぶ)の1.名誉毀損「(1)はじめに」に置いて、原告が主張した主旨は以下の通りであった。
・医療事故は、国民の生命に関わる重要な事柄なので、科学的に誤りのない報道がされるべきである。
・自然科学関連分野では、普遍的法則、科学的論理に基づく機序の説明が可能であり、専門書、文献や専門家の意見に基づく正確な報道がされるべきである。
 これに対し、被告準備書面(1)では、何の同意の記述も反論の記述もない。これらは全報道機関にとって、あまりにも当然のことである。」

報道が単に大学の報告書に依存していて、その報告書は「専門家ではなくとも、大学という組織が作成したものだから、信用性があるので、この報告書を信じたことの相当性がある」という理由で一審は敗訴しました。裁判所は自然科学の普遍性よりも大学の作成者を信じてもしょうがないという論理です。控訴審では、その当たりを裁判官がどのような判断するのか楽しみにしています。

本件については、紫色の顔の友達を助けたい さんがご自身のブログで判決文を載せていただき、それを読んでここで議論をしたら、どうなのだろうと思ったのです。

勿論、紫色の顔の友達を助けたい さんが判決文を出すことに同意され、更にはこの主旨に賛成頂けることが条件です。また、女子医大が作成した報告書も読めるなら、更に実体を認識することに有効と考えます。

報道等ではどうしても細部が掴めず、想像が入り、直接の資料を読んで議論すれば問題がより正確に整理できると思う次第です。なお、私の提案で問題点等あれば、ご指摘下さい。

激しく賛成いたします。
モトケンさまが検察庁のサイトの「ご意見・ご質問」のページにこのブログの自己紹介をされたとのことですが、多くの人の目に触れることが重要です。
モトケンさまの許可さえいただければマスコミや他のブログのコメント欄にURLを貼り付けることもできます。情報が広がり、特に裁判官や検察の方々にもここでの議論に目を通して欲しいものだと思いますが。

売れないコンサルタントさんコメント有難うございます。
 全国民にとって、「報道等ではどうしても細部が掴めず、想像が入り、直接の資料を読んで議論すれば問題がより正確に整理できると思う次第です。」という認識が必要だと思います。今回の敗訴で対象になっている元のフライデーの記事を読んでコメントしている人がいるでしょうか。新聞による「伝聞」から「一億総評論家」の中で、饒舌で発言の場を持っている人が偉そうなことをいうべきではないと思います。
 本来であれば、元のフライデーの記事、訴状、答弁書、準備書面、判決文、女子医大内部報告書を全て公にして皆様のご意見をいただきたいところです。
 しかしながら、今後の訴訟の戦略もあり現在のところそれはできません。時期がきたら、執筆により公にする日が来ることを考えています。
 

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