エントリ

 このエントリは、直接的には循内勤務医さんのご要望に応えたものですが、インフォームドコンセントについてはいろいろ難しい問題があるようですので、医療側の皆さんからの忌憚のないご意見をいただくことが有益だと考えて立てました。

 例によって、掲示板的に自由に議論していただければ幸いです。

 とりあえずググッてみた参考(になるかどうかは読んでないのでわからない)サイト
 インフォームド・コンセント(ウィキペディア)
 インフォームドコンセント(キャンサーネットジャパン)
 「インフォームドコンセント」(高崎哲学堂設立の会)
 インフォームド・コンセント事例集
 医療におけるインフォームドコンセント(治験ナビ)

 関連図書

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早速の対応ありがとうございます>モトケンさん

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No.68 循内勤務医さんのコメント | 2006年12月05日 06:45 | (Top)

No.61 謹慎明けさん
>インフォームドコンセントが当たり前で同意書をとるのも当たり前でそれが正しいことだとして僕たち(国民の大多数の和として)幸せになったのだろうかと思えば誰も答えられないのだろうと思います。

No.63 しまさん
>何も言われずに診断をされ、何も言われずに薬を出され、何も言われずに手術をされるというのは私としては嫌ですが、医師の方にとってはそのような診療が理想的なのでしょうか

インフォームドコンセントが(医師にとってでなく)多くの患者さんにとって幸せにつながっているのかというと私も懐疑的です。

私は以前は理想的なインフォームドコンセントをとろうと努めていました。あるひとつの治療に誘導することなく、複数の治療法をできるだけ客観的に提示し患者さんに選んでいただく。もちろんすべての場面ではとても無理ですが、可能な限りそう努めてきました。
しかし、ほとんどの場合、患者さんの反応は、「で、先生はどうするのが一番いいとお考えですか?」となります。そこでも私はひとつの答えに誘導しません。すべての選択肢(何もしない、も含めて)において、合併症が起こってしまったら、結果的には後悔することになります、と付け加えます。

こういうスタイルを喜んでいただけることは正直あまりありません。多くの方が「お任せします」とおっしゃいます。もっと「誘導される」ことを望まれます。

私にとってこのような説明が役に立った(助かった)ことがあります。それは治療に伴い致命的な合併症が出てしまったときでしたが、治療前にしっかり可能性について説明していたため、納得されました。この説明がなければ訴訟になったかも知れないという意味ではまさに訴訟対策としてのインフォームドコンセントだと思いました。

しかし、途中からあまりみっちり説明をしないことも多くなりました。それは単純に忙しくて難しくなってきたという理由もありますが、もっと大きいのは、このような私の説明の重大な副作用が無視できなく感じるようになったことにあります。

それは、不安神経症の患者さんをたくさん作り出すということです。

上記のような説明を聞いた方は予後についてのいろんな可能性を聞いてしまっています。そうすると、心不全や心筋梗塞や突然死などの可能性もありますから、不安で仕方なくなります。何か気になることがあると、何度も何度も病院にやってきて「大丈夫ですか?」となる羽目になります。常に体のことが気になって仕方がなくなってしまうのです。

このような場合にも「決して心配ありませんと言うな」というのがJBMですが、どう考えてもこのような方に必要なのは「大丈夫ですよ」という私の言葉です。

よく説明不足を批判されますが、このような背景もあることをわかっていただきたいと思います。


医療にも法律にも素人なわたしですが、自分の病気に関する情報は欲しいです。
その情報から、治療方針をどうするかを決定することは、素人としては難しいかもしれませんが、少なくとも選択できる余地は有用だと思います。

的外れな意見かもしれませんが、「インフォームドコンセント」を治療を担当する医師が行う必要はないのかもしれないと考えます。
「セカンド・オピニオン」制度として、主治医以外の医師から、説明を受けるような制度でも良いと思います。
ネット社会においては、情報過多ですので、治療に関しても千差万別な情報がウェブにありますので、逆に面談という形で「顔」のわかる説明が欲しいです。

>多くの方が「お任せします」とおっしゃいます。
私も実際そう言うでしょう。
ただ、私が今まで受けた(そんなに回数は無いですが)説明は、
複数の選択肢を提示されるものではなく、
これから行われる治療について、どのように進められるか、
どのような問題(危険性や後遺症など)があるのかといった説明でした。
選択肢などなかっただけかもしれませんが、
得に不満は感じませんでした。
個人的には、「インフォームドコンセント」に望む事は、
治療の選択権を与えてもらう事ではなく、
単純にお医者さんに正直な話をしてもらう事です。
直る見込みとか、あとあとの問題とか、
いくつかの方法があると言う説明も含まれるでしょうし、
自信がなかったら他の医師(病院)を紹介してもらうとかですかね。
まあ、「素人がうだうだ考えるよりプロの判断に任せたほうが良かろう、
それでダメだったら(医者のミスも含めて)運がなかったんだろう。」
なんて大雑把な考えの人間の言うことですけど。
ただ、今後自分の身になにが起こるのか(起こるかもしれないのか)
ちゃんと知っておきたいとは思います。

脳に行く血管が血のカタマリによって詰まる「脳梗塞(のうこうそく)」になったとき、その血のカタマリを溶かす「tPA」という薬があります。
商品名はアクチバシン(協和)とグルトパ(三菱)です。
うまく効けば、さっと血のカタマリが溶けて血流が再開し、何事もなかったように症状が取れ、倒れる前の状態に戻れるまさに「特効薬」ですが、同時に、病変部で出血を引き起こし、かえって重篤化させてしまうことがある「諸刃の剣」でもあります。
出血の危険性は、脳梗塞発症から時間が経てば立つほど高まりますので、現在の添付文書では「発症後3時間以内」の使用に限定しています。

という前フリで↓を
===============
798 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/12/04(月) 21:34:48 ID: n/Vu8ZpD0
ジイちゃんが脳梗塞で搬送されてきて、バアちゃんは2時間まえに倒れたとかいってた。
tPAいけるかー?と思ってた説明してたら、バアちゃんテンパったのか、ベラベラとしゃべりはじめた。
時間ないのに。
よーく聞くと発見が2時間前なだけで、最後になんともないとこを見たのはもう30?40分前。


もっと時間ギリギリで使って、出血死してテンパリ家族が「実は3時間こえてましたー^^」てことがあとで判明したら
今は絶対訴訟&トンデモ判決の餌食だよね。使わない方がいいにきまっとる。
===============
僻地医療の自爆燃料を語る41
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1164703768/

tPAはさらに
(1) 随時コンピューター断層撮影(CT)や核磁気共鳴画像(MRI)の撮影が可能な医療施設のSCU,ICUあるいはそれに準ずる体制の整った施設.
(2) 頭蓋内出血が認められた場合等の緊急時に,十分な措置が可能な設備及び体制の整った医療施設.
(3) 虚血性脳血管障害の診断と治療,CT等画像診断に十分な経験を持つ医師のもとで使用すること.
のように使用する施設の基準も厳しく決められています。

つまり、「発見後」ではなく「発症後」3時間以内に
・脳外科医が常駐する救急医療機関へ搬送
・CTまたはMRIによる診断
・本人、家族へ十分な説明をし、同意を得る
が全て満たされないとこの薬は使用出来ません。

この例は極端ですが、医学の場でのインフォームド・コンセントには多かれ少なかれ時間制限があります。

外来診療でも丁寧に説明すればするほど、時間がかかります。
説明したらカルテにも記載する必要があります。
30人の外来患者さんを1人3分で診れば90分(1時間半)で済むところを、1人10分かければ300分(5時間)かかります。
私がまだ臨床をやっていたころ、できるだけきちんと説明しようとしていましたが、待っている患者さんからは遅いと文句が続出し、事務方からはもっと患者をサバいて売り上げを増やせとプレッシャーをかけられ、他の診察室の医師には助けてもらって迷惑をかけていました。

インフォームド・コンセントの理念自体は非常にけっこうなもので、私自身も全く異論はありません。
しかし、患者側の正確な知識・判断力と、支える診療体制が整っていない現状ではまさに画餅にすぎません。

素人なので的を外しているかもしれませんが、インフォームド・コンセントというのは、複数の選択肢がある場合に患者に選択権を与える、という物ですよね?
つまり、医師が10人いたら10人とも同じ治療をするはずだ、という状況なら選択肢が無いのでインフォームド・コンセントは不要のはずです。(説明は必要ですが)
選択肢がある場合というのは、医師の間でも意見が割れるような状況のはずで、たとえ時間的余裕があったとしても素人である患者に正しい選択は出来ないでしょう。

私の考えではインフォームド・コンセントは、患者に信頼できるかかりつけ医が存在して、かかりつけ医に相談できる時間がある場合に始めて有効に機能する物だと思いますが、違いますか?

インフォームドコンセントの前に…

医師が伝えたいことと、患者が知りたいことの間には大きな隔たりがあります。

病気になりました。
知りたいことは、診断の方法? 正診率? 合併症の率? 薬の副作用?
  実は、自分の本当の予後。
  パーセントでなく、「自分(の未来)はどうなんだ…」

医師は科学者です。100人〜10万人の患者での最善の意思決定方法や治療成績は分かります。でもその中には「あなた個人」は入っていません。

>インフォームド・コンセント (informed consent)(以下、IC) とは、医
>療行為(投薬・手術・検査など)や治験、人体実験の対象者(患者や被験
>者)が、治療や実験の内容についてよく説明を受け理解した上で
>(informed)、施行に同意する(consent)事である。説明の内容としては、
>対象となる行為の名称・内容・期待されている結果のみではなく、副作用
>や成功率、予後までも含んだ正確な情報が与えられることが望まれている。

生活習慣病予備軍さん,
上記はWikipediaからのICの解説の引用です.
つまり,選択枝の有無はICの必要・不必要とは関係ありません.
もちろんこう言ってしまうと語弊があるかもしれません.Aという治療行為があるとして,「それを受けるか」「受けないか」というのも選択枝になると考えれば選択枝は必ず存在するわけです.治療法A,B,Cのどれかを選択するという選択枝ではないですが,「ここで治療を受けず,別の医師に掛かる」とか,「すべての治療を拒否する」などという選択枝は常に存在しうるわけですから.しかもこのように考えれば,すべての治療行為に対してICが必要になってしまうわけですね.

No.6 生活習慣病予備軍さんのおっしゃる
>複数の選択肢がある場合に患者に選択権を与える

というのは、インフォームド・コンセントのうちの、いわゆるインフォームドチョイスといわれる面です。

以前は、行うのが殆ど当然であると思われていた医療行為でも、その負の面を説明すると、必ずしもそれを選択しない、という可能性が生じてきます。

具体例を提示します。
風邪と思って、医療機関を受診した患者さんに、結果的に風邪薬を処方する際、以前は殆ど説明がなかった(「風邪だと思いますので、症状が変わらないか悪化したらまた受診してください」程度)わけですが、現在では、「現時点では、風邪いわゆるウイルス性上気道炎の可能性が高いですが、肺炎や、心筋炎、脳炎など他の疾患の前駆症状である可能性もありますから、発熱の継続や、呼吸困難、ふらつき等の出現など、経過に注意する必要があります。また風邪薬は、症状を緩和するのみで、風邪を治すわけではありませんが、アナフィラキシーショックや、脳出血等の副作用でまれに死亡することがあります。

上記のように説明されたら、以前は黙って内服していた風邪薬を、使用しない、という選択肢も成り立つわけです。患者さんからは、何故そんなに脅かすのかと、お叱りを受けることがありますが、JBMに従うと上記の説明になります。

自分としては、インフォームド・コンセントは、患者さんに病気と治療のリスクを引き受ける覚悟があるのかどうかの確認の作業です。根が正直なので、必ず治る訳でもない状態で、「大丈夫です」、「これで治ります」と断定的に言うのは昔から嫌でした。現在のインフォームド・コンセントの普及は自分にとっては、やり易くなりました。ただ、十分時間が取れないこととコストがとれないことが大問題です。

No.7 消化器内科医さん

> でもその中には「あなた個人」は入っていません。

私も理科系人間の端くれなので、それは分かります。
だから、かかりつけ医が必要だと思うのですよ。
患者とかかりつけ医の関係は、患者が医師の専門知識を信頼するのみならず、医師が患者の性格や生活環境を知っていて患者を思いやる気持ちを持っている事も必要です。
要するに相互信頼の関係ですね、これは医療以外の分野でも重要なビジネス要素だと思います。

とは言うものの、私自身かかりつけ医を持っていないので、机上の空論かもしれません。
私自身は眼科や整形外科には時々行きますが、どちらも遠方で、しかも簡単な内科領域の相談は非内科医でも応じてくれるので、近所の内科医に行く機会が全くありません。

No.8 Level3 さん
No.9 田舎の消化器外科医さん

治療を受けないことも選択肢の一つに違いありませんが、10人の医師が10人とも治療する状況なら選択肢は無いに等しいのではありませんか?
そういう場合は患者の同意は必須ではないと思います。
10人の医師のうち2人くらいが「治療しない」と考える場合なら、インフォームド・コンセントをきっちり行うことが望ましいでしょう。

インフォームドコンセントは、医師の義務だと思います。インフォームドコンセントは、患者に対して「どういう病気で、治療方法には、こういうものがあるが、あなたはどうしますか?何か聞きたいことはありますか?という感じで「医師と患者の話し合いの場の1つ」だと思います。納得がいくまで何度でも医師に質問していいのです。そして、「この医師の治療方法に不安がある」と言うことであれば、セカンドオピニオンで他の病院で医師に意見を聞いてみるというのが良いかと。かかりつけ医に話しができれば、何でも話してみてください。かかりつけ医がアドバイスをくれ、知り合いの病院などを紹介してくれる場合もあります。

>No.6 生活習慣病予備軍さん
>私の考えではインフォームド・コンセントは、患者に信頼できるかかりつけ医が存在して、かかりつけ医に相談できる時間がある場合に始めて有効に機能する物だと思いますが、違いますか?

わたしはこれでひどい目にあいそうになった経験があります。
まだ勤務医のころ、ある患者さんにある治療をしたときのことです。
その患者さんはかかりつけ医に相談したらしく、その医師の説明が中途半端なものでした。そして私の治療がうまくいかなかったとき、当然のごとくかかりつけ医の説明を持ち出して、責められたことがあります。なんで他の医師のいわば誤った説明のおかげで私がせめられなければならないのかと憤慨したものでした。もっともこの件はなんとか説明して納得してもらい(?)、大事に至りませんでしたが。結局のところ、インフォームドコンセントは専門医でないと正しい説明はできないと思います。


> No.12 PINGU さん
> インフォームドコンセントは、医師の義務だと思います。
その通りです。しかし、外来において今の保険診療体制は全くこのことに対応できていません。大学病院でさえ、30分に3人以上診察しないと赤字運営になってしまいます。
私の病院では初診外来で30分に3人以上入っています。初診ですからきちんと診察しなければならないのですが、そんな時間ありません。適当に診察して適当に検査オーダーしておしまいです。おそらく他の病院ではもっとひどいでしょう。インフォームドコンセントには大変な時間がかかります。とても時間内にこなせません。
今後の診療はインフォームドコンセントを考慮した診療報酬体系でないと無理だと思います。

No.12 PINGU さん
確かに患者には医師に対して説明を求める権利がありますが、度を過ぎると権利の濫用になります、「納得がいくまで何度でも医師に質問していい」というのは、誰にでもある権利とは言えないと思います。
八百屋さんや魚屋さんに対して「納得がいくまで質問する」権利があるのは料理屋の仕入れ人くらいで、一般の主婦が「納得がいくまで質問する」のは権利の濫用ではないでしょうか。

No.13 場末の開業医さん
> わたしはこれでひどい目にあいそうになった経験があります
これは、かかりつけ医の説明が不適当だったのですか? それともかかりつけ医は正しい説明をしたのに患者が誤解したのですか?

私の理解(妄想かもしれません)では、医師は同級生や過去の同僚等のネットワークがあるので、長年かかりつけの患者から相談を受けたら専門外の相談でも妥当な回答が出来ると思っていたのですが。

>No.2 循内勤務医さん
> 不安神経症の患者さんをたくさん作り出す

インフォームドコンセントは医師の義務だと思っています。
自己決定権は尊重されるべきです。
それが「お任せします」という決定であっても。

病状説明時には予想される良い状態と最悪の状態を説明しますが、「脅かされた」と評価されることも屡々です。それでも誤魔化すわけにはいきません。
最近は「脅すわけではありませんが、」と前置きをして最悪の可能性を話し、次に最良の可能性を話します。朝三暮四っぽいけど…

私が考えるにインフォームドコンセントには二つの性格があると思います。
一つは患者の自己決定権、もう一つは防衛医療です。私もインフォームドコンセントによって患者さんが余計混乱したとか、必要ない知識を与えるなと怒られたり、治る病気を説明によって不安にさせたために治療機会を奪ったと言われたことが無いわけではありません。しかし、それで拒否するのもまた患者の意思尊重と言うことになりますから、私はそれはそれで良いのだと思います。
ただ、説明することによって治療の機会を奪い、それによって訴訟が起き、医師が敗訴するなんてことがあれば我々はどの様にして治療して良いのか分からず路頭に迷うことになります。だから、インフォームドコンセントは、患者にも責任を持たせるということを明確にして頂かなければならないと思います。そのためには当然医師には説明の義務が生じます。そして説明には時間がかかります。さらにはそのような診療報酬体系にすることが必須です。
まだまだ適正な医療までは果てしなく遠い、そんな気になります。

こんにちは、整形Aです。

No.14 yama さんのコメント

>今後の診療はインフォームドコンセントを考慮した診療報酬体系でないと無理だと思います。

弁護士さんや医師も含め、大概の職業人は、自分の知識と技術を時間単位で売っている商売です。ですから患者さんへの説明も時間単位で評価してもらえばよろしいのでは。

説明を開始したら、脇においてある料金メータのスイッチを入れる。そうすると「空者」から「実者」の表示になります。はじめに基本料金1万円。
あとは、時間ごとに料金がカシャカシャっと上がっていきます。

もちろん患者さんが疑問があればいつでも質問できます。納得いくまで説明を求めることができます。その間、メータはカシャカシャ・・・。

yamaさんは、30分に新患3人以上見るそうですので、大雑把な計算で30分に1万くらいは稼いでいるでしょう。ですから1分当たり300円ですかねー。
もちろん、その時に思いつかなかった疑問をあとでまた尋ねることだってできます。本人以外、家族や遠くの親戚の人だって、本人の承諾さえあれば、面談して説明を求めることが可能です。
もちろんそのたびにメータのスイッチは入りますが。

時間外は5割増し、深夜休日は10割増しとなります。

あ、患者さんが説明する部屋に入るとすぐにメータのスイッチを入れるか、医者が話し始めてから少ししてから入れるかは、患者側からすると結構ドキドキだったりします。

> No.18 整形Aさん
思わず笑ってしまいました。
新患は多いときで半日で15人くらいでしょうか。

>No.15 生活習慣病予備軍さん

かかりつけ医にこちらから確認したわけではないので、それはなんともわかりませんけれども。

Dr.、みなさんが忙しいと思いますが、適当な診察と適当なオーダーを出されるのなら、病院なんて怖くて行けませんね。数をこなしていけばいい的なことでは、どの病院も信用できませんね。患者としては。私は何も質問せず、疑問をもったまま、Dr.の言うことを聞くばかりではない。ちゃんと患者にも疑問があれば遠慮なく聞いていいんですよ。と言いたかったわけです。何度も質問することがいけないのなら、なんのためにインフォームドコンセントをしろ。とDr.は言われているのでしょうか?適当な診断をされて、医療ミスはおきないんでしょうか?そして、何故、実際に医療ミスは減らないのでしょうか?

>PINGU様

ですから現状では30分に3人以上の患者さんを診ないと病院はやっていけないわけです。そして実際に医療ミスは多発しているわけです。医師としても何も好き好んでやこんな状況にしているわけではありません。ですから全国の病院から医師が逃げ出しているわけです。1人に30分の時間をかけるならば、それだけの診察料を支払うことに同意していただけるのですか?自費診療を希望して好きなだけ診察や説明をしてもらうことも多分できますよ。

No.21 PINGU さん

殆どの医師は、患者さん一人当たりの診療時間を長く取りたいと思っていると思います。また殆どの勤務医は、たくさんの患者さんを診察しても、たくさんの手術をしても、給与は変わりません。

>適当な診察と適当なオーダーを出されるのなら、病院なんて怖くて行けませんね。数をこなしていけばいい的なことでは、どの病院も信用できませんね。

適当に診察したいと考えている医師は小数だと思います。しかし現実には、毎日外来には患者さんが押し寄せています。

個々の患者さんに十分な診察やICを行うのに、例えば一人当たりの診察時間を3倍に伸ばせば、必然的に、診察可能となる、患者さんの数は、1/3になります。
これが、一般的になれば、待ち時間が3倍になるということです。だから欧米のように、風邪で発熱してから予約を取って、初診が3-7日後、というようなシステムになれば、一人当たりの診察時間は、十分取れるようになると思います。

PINGUさんの理想とする?十分時間的に余裕を持った診察を受けるには、日本の保険診療の機関では、難しいと思います。(まさか、自分のときだけ時間を割いてくれればいいと考えているわけでは無いですよね)よほど流行っていないクリニックにいけば、懇切丁寧に診てもらえますが。

>適当な診断をされて、医療ミスはおきないんでしょうか?そして、何故、実際に医療ミスは減らないのでしょうか?

ご指摘の通り、このように余裕のない状況で診療を行っているので、医療事故は構造的に減るものではありません。ただし、これでも日本の医療はWHOが世界一と評価しているという現実もあります。

要は、疑問があれば、何度でも医師に質問することは必要なことではありますが、現在の現場で、みながそれを行うと、待ち時間が異常に長くなるので、現システムでは、実際には不可能であるということです。

>場末の開業医さま

Dr.は、お金で左右されるみたいですね。
世の中、お金ですか。
お金で生体間移植をするDr.もいましたものね。(使えない臓器を無理やり)

No.24 PINGUさま
>Dr.は、お金で左右されるみたいですね。
>世の中、お金ですか。
>お金で生体間移植をするDr.もいましたものね。(使えない臓器を無理やり)

これは,ちょと話が飛躍しすぎではないでしょうか.今のご時世,自由診療でも,是非ICをやりたいと手をあげる医師は,少ないのではないかと思います.

>>No.21 PINGU さん
>そして、何故、実際に医療ミスは減らないのでしょうか?

減ったかどうか比べるべき「医療ミス」の昔の実件数を私は存じておりませんが、おそらく現在の件数または頻度はずっと減っていると思います。
少し前まで医療事故はほとんどマスコミ沙汰にならなかった、ただそれだけです。

よろしければ、50代以上の医師(例えば当ブログでは「産科医−1」さんなど)に訊いてみてください。

説明をするーinformed consent
説明をしないーpaternism(父親主義)
というのは違うと思うんですが、説明をするpaternismもあり、生活習慣病予備軍 さんのおっしゃてることはpaternismを求めているのだと思います。
歴史的にみればいくつかの判決があってinformed consentの概念が形成されてきたのだと理解しています。そういう意味では歴史的成り立ちから防衛医療の産物であります。生まれてきた背景としては自己のことには自己が決定権を持つべきであるという現代の欧米型の民主主義の産物でもあるのも確かですが。
よく説明してほしいというのとICは一線を画す概念です。ICの当事者である患者さんも医師と同様に医療の意味を理解できるという前提もあると考えます。

No.27 謹慎明けさん

何か誤解があったようですが、私はインフォームド・コンセントに基本的には賛成です。
ただし、かかりつけ医が普及していない状況でインフォームド・コンセントを推進すれば、謹慎明けさんがおっしゃるように防衛医療にしかならず、医療者にとっても患者にとっても益は無いと思います。

私の本意は、病院の顧客満足度を向上させるためには、かかりつけ医が必要だ、と思うのです。(No.13 場末の開業医さんには否定されましたが)

すみません、No.28の発言は取り消します。
私の基本的スタンスは、医師も含めた専門職(私も別業界の専門職です)の見解は素人に分かる訳ないので、信頼できる専門家の意見に従う、というものです。
No.27をよく読んだら、私はpaternismですね。

>生活習慣病予備軍さん
かかりつけ医というのは、自分で決める物だと思います。開業医はたくさんありますので、医院を取っ替え引っ替えしないで、一つの所で継続して受診すればそれがかかりつけ医になるのではないのかなと思っています。


>医師も含めた専門職(私も別業界の専門職です)の見解は素人に分かる訳
>ないので、信頼できる専門家の意見に従う、というものです

話を混ぜっ返しますが、インフォームドコンセントは信頼出来るかどうかを判断する材料の一つになるんじゃないかと思います。「この先生は悪いことばかり言うから信頼出来ない」とか「この先生は悪い事を率直に言うので信頼出来る」とか。実際に選択するかどうかはともかくとして。

連投すみません、今日はずいぶんたくさん書き込みをしてしまいましたが、最後に私がかかりつけ医にこだわる理由を述べておきたいと思います。
私が子供のころ、近所の開業医に親族全員がお世話になっていました。
その医師は私の親族全員の病歴と体質と生活環境を把握していました。
診断は的確で、必要に応じて大病院に紹介状を書いて下さいました。
私は成人後転居したのでその医師とは疎遠になってしましましたが、今にして思えば理想的なかかりつけ医だったと思います。

私は成人後は幸か不幸か(幸だと思います)医師のお世話になることがあまり無く、数回転居したこともあり、顔なじみの内科医がいないのです。決してドクターショッピングはしていません。
近所の内科医と顔なじみになりたいのですが、私の現在の内科所見はただちに治療を要する状況ではなく、ハンドル名のとおり予備軍(単なる肥満)なので、たまに行く遠方の整形外科医に相談すれば間に合ってしまうのですが、そこは車で30分かかるし、病院だから医師がいつまでそこに勤務しているかも分からないのです。

歩いて行ける範囲の内科開業医と顔なじみになりたい、というのが私の現在の願望なのですが、これが結構難しいのですよ。

>生活習慣病予備軍さん
何もないのであれば問題ないと思いますが。強いて機会を考えると、インフルエンザの予防接種とか、胃腸などの検査絡みしかないかも知れませんね。

私は尿酸値が高いので、二ヶ月に一回は内科へ行かなければなりません。

>生活習慣病予備軍さん
仰っていること良く分かります。全然、間違っていないと思いますよ。
特に複数の病気を持っていたりすると、それぞれの専門医の間に入れるような「かかりつけ医」の存在があると非常にありがたいです 特に外来治療では。
でも、病気でもないのに「かかりつけ医」を作るのは、現在のシステムでは難しいですよね。。定期的にかかり続けてくれないと分からないもんw

医者でも知っておいた方がよいIC関連法規
======================================
医療法第1条の4第2項(医師等の責務)
医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他医療の担い手は、医療を
提供するにあたり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を
得るよう努めなければならない。
======================================
医師法第23条(保健指導を行う業務)
医師は、診療をしたときは、本人又はその保護者に対し、療養の
方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない。
======================================
(最高裁昭和56年6月19日判決ー頭蓋骨陥没骨折患者の開頭手術)
(以下は名古屋高等裁判所H15. 7.16 クリッピング複数回かけかえ事案)
 一般に医師が患者に対して医的侵襲を伴う医療行為を行う場合,患者の自己決定権を保障するため,当該医療行為の内容・目的を説明して患者の同意を得なければならないと考えられており,このような原則はインフォームド・コンセントの法理といわれ、、、手術を行う医師には,手術の内容及びこれに伴う危険性を患者またはその法定代理人に対しても説明する義務がある。
そして,医師が説明義務を履行したとすれば,患者が当該医療行為に同意せず,死亡等の結果が発生しなかったであろうと認められる場合には,説明義務違反と死亡等の結果との間に相当因果関係があるといえるから,逸失利益等の財産的損害も賠償の対象となる。
 本件においては,手術をしないという選択肢も取り得たもので,被控訴人は手術には極めて消極的であったのであるから,A医師が説明義務を尽くしていれば,被控訴人は本件手術を受けなかった可能性が高く,後遺障害も発生しなかったものであるから,控訴人は説明義務違反と因果関係を有する被控訴人の後遺障害による損害を賠償する責任を負う。
(損害賠償として9347万9115円)
================================================

患者の自己決定権は当然でしょう。但し、『医療を受ける者の理解を
得るよう努めなければならない。』という責務規定が、いつのまにか
「患者の理解力を正しく判断した上で、理解させる義務ある。」という
ふうに曲解しているのが、最近の判決傾向。医者は家庭教師じゃない。

これだと、ラーメン屋の親父はラーメンを食べさせるだけでなく、ラーメンの作り方や食べ方まで客に理解させなくてはならなくなるし、
判事は、判決を下すだけでなく、被告原告が判決を理解するところまで
責任を持たなければならなくなる。 ダブルスタンダードだと思う。

No.24 PINGUさま
>Dr.は、お金で左右されるみたいですね。
>世の中、お金ですか。

看護婦さんや事務職員、その他の医療スラッフがボランティアで(無料で)働いてくれれる。製薬会社から無料で薬や注射薬を譲ってもらえる。建設した病院の借金を銀行に返済しなくてもよい。固定資産税などの税金を払わなくてもよい。私の家族はかすみを食べて生きていく。などが可能であるならPINGUさまのおっしゃる通りで、理想的な指針を示されたご意見だと思います。
私個人は時として採算の合わない仕事も患者さんのために必要とあればやらねばならぬと考えております。しかしすべてという訳にはまいりません。

>専門職の見解は素人に分かる訳ないので、信頼できる専門家の意見に従う

僕自身もこの方法ですね。
プロ棋士の手の意図とか何故その手を選ぶかを、同じレベルで納得させることは不可能。
まして賭け将棋の金主になったとして、難解な局面でインフォームされて選べといわれても困るしかありません。
医療にしても同じ。説明するこっちと同じレベルで理解させることは無理です。
言語化できない、カンのようなものも多いですし。

ただそれでも、相手をわかったような気にさせる、自分で選んだような気にさせることはできるし、それで満足してくださる患者が多いので誤魔化してるなぁと思いながらもそうやってます。

アメリカでは医師の「メーター」制はあたりまえです。一回の診察ごとに何時何分から何分まで医師の診察があったと記録され、あとで単位時間あたりいくら、ということで請求されます。妻の妊娠、出産、子供の定期受診とここのところ週1回程度通院していましたが、主治医の先生は質問がないかどうかしつこく聞いてきました。質問が無いというと、「えっ」という感じです。質問をすればそれはそれは丁寧に答えてくれます。でもしっかりと請求書がきます。

入院中の患者さんでも同じで、主治医以外の医師の診察があればそれぞれ時間ごとにチャージされます。したがってもし妊娠合併症があればたくさんの医師がやってきます。予定帝王切開でも、麻酔科の先生がしっかりと時間をかけて診察していきます。これがまた高価です。

我が家の主治医は家庭医学(family medicine)の専門医で、内科、小児科の一般診療から正常分娩まで自分でみてくれます。アメリカのfamily physicianは非常によくトレーニングされています。卒業してから3年間のレジデントの間にみっちりと教育され、その後病院のスタッフとしてさらにfamily physician としての経験を積んでいます。したがって医学的なことで何か問題があればまず主治医に相談できます。眼科、皮膚科疾患などもすぐに専門医にコンサルトしてくれます。診察はすべて予約制ですが、急病の場合は当日にお願いしても他の先生が診察してくれます。入院の必要があればいつでも入院可能です。またクリニックは朝7時から夜8時までの営業ですが夜間でも連絡がとれます。日本にいるときと比べてもアクセスは決して悪くありません。クリニックはとてもきれいで静かです。床はじゅうたん張りで診察室はすべて個室です。

つまり私が今利用している医療機関は家庭医システムとしては非常に理想に近いものですが、保険料もまた結構なものです。月に約10万円の保険料なので収入のほぼ3割が医療保険だけで消えていきます(安月給なのでつらいです)。これでも保険給付は8割なので、残りの2割は自分で支払わなければなりません。また保険会社が指定する病院以外は利用できません。それぞれの疾患について保険適応となる検査や薬がきちんと決まっているので、患者の選択肢はあまりありません。

結論をいいますと、医療の質はやはり「お金」です。理想的な医療はすでにアメリカにあります。しかし保険料を払えない人、払わない人は恩恵を被ることができません。WHOの評価で日本の評価が高いのは低コストで国民のすべてが医療を平等に受けられるからであり、お金がある人にとっては、アメリカの方が快適で非常に高度な医療を受けることができます。

インフォームドコンセントについてですが、患者が十分満足するだけの説明を今の日本の保健医療システムのもとで医師に要求することなど最初から無理に決まっています。無理を通すのならば他のところにしわよせがきます。

私はもうすぐ帰国する予定ですが、医療に関しては実をいうとほっとしています。アメリカの数分の一の支払いでいつでもどこでも医療を受けることができます。わがままも言えます。もし医療事故にあっても高額の損害賠償を請求できます。医療を受ける側にとっては日本のシステムはとてもいいと思っています。私は医療保険にあまりお金をつぎ込みたくないので、今の制度を壊したくないと思っています。でもそれは無理だとも思っています。

>Dr.は、お金で左右されるみたいですね。
>世の中、お金ですか。

医師の拝金主義を批判しているフリをしながら
実は医療費をケチりたいという拝金主義です
個々人レベルは別にして国全体のレベルから言うと
日本は社会保障費の二倍以上の公共事業費を使い
医療費とほぼ同額をパチンコ代にしてるわけです
医療費増額は不可能ではない あるのに出さないだけ
国家財政の破綻は政治家・官僚の無能無策の結果で
医療関係者には何の責任も無い話

No.36 立木 志摩夫さんのコメント

>ただそれでも、相手をわかったような気にさせる、自分で選んだような気にさせることはできるし、それで満足してくださる患者が多いので誤魔化してるなぁと思いながらもそうやってます。

医師として専門性の高いことを手間暇かけてやってやっても理解してもらえないことには不満は出ると思いますが、実際はこれがとても重要だと思いますよ。
酷いクレーマーでなければ、自分が納得したことには結果を受け入れるものですから。
そんなはずではなかったがぐっと減ると思います。

しかし、インフォームドコンセントの説明の多くは少なくともそれぞれの選択肢が長所、短所がはっきりしているのではないのでしょうか。

また、一般的なメリットとしては通院する病院ではよく同意書を求められますが、面倒ではあっても、きちんとルールに配慮しているとの安心感も患者として持ちます。

私は簡単な外科手術や抜歯程度しか体験していませんが、以前よりはずっとその結果を受け入れやすいと思いましたね。

わたしは、弁護士や医師などの専門職は、翻訳家であって欲しいです。
たしかに、高度先進医療などは、「一般人」には理解できないかもしれませんが、それでもその内容を、「一般人」に判るような言葉に翻訳して欲しいです。

ただ、現状の保険医療制度においては、それを行うのは厳しいということは認識しておりますので、「夢物語」でしかないのかもしれません。

患者がもっと「勉強」しなければならないとは、思います。

僕が間違っているかもしれませんが、医療者以外の方はICについて大きな誤解があるように思います。
きちんと納得のできる説明を受けたいという場合の納得へのプロセスがICとpaternismを分けるものです。何も説明せずに自分を信頼してまかせなさいという形だけをpaternismという訳ではないのです。座位さんのコメントで
『医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。』という責務規定が、いつのまにか「患者の理解力を正しく判断した上で、理解させる義務ある。」というふうに曲解している
というのがありました。これが正しいかどうかはわかりませんが、ICというのは考えられる治療法とその結果起る可能性について提示することだと思います。実際には立木さんのように
ただそれでも、相手をわかったような気にさせる、自分で選んだような気にさせることはできるし、それで満足してくださる患者が多いので誤魔化してる
訳ですし、心身症の患者を作らないような説明を選ぶ訳です。これらはICの形をとっていてもpaternismの要素がある訳です。誤解されるかもしれませんが、医師がある程度の責任を引き受けるpaternismがなければ医師ー患者関係の信頼感は築けない場合もあるわけですからこういったpaternismは実際の医療のなかに必要だと理解しています。

しかしながら、手術での重篤な副作用の可能性を
「交通事故に遭遇ようなもの、とか飛行機事故のようなもの」
と言って飛行機事故に遭遇する確率と重篤な副作用出現の可能性が大きく違うという理由で敗訴になった事件があったように記憶しています。手術が最前の選択だとしても手術が不調に終わった時に手術をしなかった場合の可能性について裁判では問題にされることもあると思います。paternismの中では医師によって提供をする情報の選択は許されますが、ICの場合は基本的には許されないというのが成り立ちですし、裁判ではそう解釈されているのではないでしょうか。最もICを行った後に心身症になったり自殺でもされるとそれはそれで訴えられる可能性もありそうですが。

プラセボ効果があり、paternismをある程度加味した医療の方が治療効果があると思うんですが、それは隠したわかりにくい方法でしないといけない時代なんだと思います。
僕は一生懸命患者さんに病状などを説明します。しかし、それはその姿勢そのものを感じ取ってもらえるだろうという期待であって言った内容を理解してもらえればもうけものだという感じです。

>No.31 生活習慣病予備軍様

かかりつけ医を見つけたかったら各自治体でやっている健康診断をお受けになることです。その結果の説明でまず医師の技量がわかります。またもうひとつのメリットは年余にわたって医師のところに蓄積されたデータは強い味方になります。

>No.36 立木 志摩夫様
>ただそれでも、相手をわかったような気にさせる、自分で選んだような気にさせることはできるし、それで満足してくださる患者が多いので誤魔化してるなぁと思いながらもそうやってます。

まったく同感です。業界用語のMT、内科医としての私の仕事はほとんどこれなんです。そして時には後ろめたさを感じつつ白衣のペテン師(これ私の大先輩の言葉です。)と化しているのです。でもうそは言ってませんけど。

No.10 生活習慣病予備軍さん
やや古いレスのレスで申し訳ありません。
かかりつけ医制度は日本では浸透していません。なぜなら国の方針で、診療所から大病院まで同じ医療を提供するという建前があるからです。当然診療報酬体系も変わりません。
もし、かかりつけ医制度を行うのであれば、かかりつけ医は高度な専門的な医学的知識を与えるのではなく、紹介機関となります。これに近いシステムは私を含め、多くの医師が必要だと認めています。しかし、絶対必要なのか?と問われると「うん」とも言えないし、何しろ医師の絶対数が足りない・・・。それから診療報酬体系の大改革も必要だし、専門医制度、学会の構造から全てががらりと変わる、ということですぐには残念ながら無理だと思います。
ただ、それに近い形態して近くの開業医とお近づきになる、というのがあると思います。開業医だって時間外労働はきついし困難です。でも、お近づき(つまりお友達)になれば身を挺して接してくれると思いますよ。No.32 しまさんが述べていますが、お金はかかるけど、健康診断をしてくれ、というのだって良いのです(注:健康診断は自費となりますが・・・)。

> No.24 PINGU さん
お金で左右されていると言うより、お金がなければ病院経営が出来ないという現実があります。どうしてこのように解釈されたのか疑問ですが(このような解釈は人格を疑われますよ。老婆心ながらお伝えしておきます)、資金がなければ材料も買うことが出来ないし、人も雇うことができませんよね?例えば滅菌するのだってものすごいお金が必要です。レントゲンだって電気代が馬鹿にならない。
お金の集まるところには昔から慈善的に(寛容的に)なれるのです(勿論そうでない人も多くいますが)。例えば、発展途上国にはお金がありません。これらを助けようとするのはお金のある先進国ですよね?お金があるということはそういう余裕が生まれるわけです。

> No.40 konaki さんのコメント
> わたしは、弁護士や医師などの専門職は、翻訳家であって欲しいです。
これはとても重要な意見だと思います。医師達でも熱心な人たちはこれについて常に考えています。ただ、それでも説明が難しいというのが医学の世界です。だから患者の側からもどんどん質問して行けばよいのです。ただ、時間の制約があるので、何度かに分けてもらえると助かるのですがね・・・。
そしてなれてきた段階で専門的な言葉を教えればよいのです。例えば、脳貧血。これは医学的には貧血ではありません。貧血というのは文字通り血が薄いこと。でも、脳貧血は血が薄いのではなく、頭に血がいかない現象のこと。トリビアでした・・・。

> No.41 謹慎明けさん
プラセボ効果についてですが、私はある意味医師の大事な仕事の一つに患者を騙すことがあると思います。それによって治療効果が出るのであれば医師は患者を騙すべきです。でも、おおっぴらにするとヤブの烙印が押されるかもしれませんが・・・。騙しても効果がなければ次は漢方医に紹介と私は決めています。

>No.42 場末の開業医さん
>白衣のペテン師

>No.43 yama さん
>ある意味医師の大事な仕事の一つに患者を騙すことがある

お二人の意図は微妙に違いますが、両者とも必要なことだと思います。

これが独り歩きして「医者は嘘つき」と言われます。自分のために騙しているわけではありません。

「先生、この薬のんだらお腹の痛み止まりますか?」
「絶対効くよ」と答えています。「効かなかったらまたおいで」って付け加えて。
「効く確率80%。20%効かない」って答えると効く薬も効かなくなります。

この議論とは違うベクトル上にインフォームドコンセントがあると思います。

以下余談。 20年ほど前の話し。
夫婦揃って胃内視鏡検査を受けた患者がいました。夫は胃潰瘍、妻は早期胃癌。
今ほど個人情報云々はなかったので夫から説明。
「旦那さんは胃潰瘍でした。薬で治るでしょう」
  夫「ホントですか? 医者は嘘をつくし、癌じゃないですか」
「只の潰瘍です。それより奥さんが癌でした」
  夫「えっ。それは家内には絶対内緒にしてください。本当のことを言わないでください」
私は無理やり、嘘つきにされました。今ならストレート告知です。

yamaさま。

No.22の場末の開業医さまのコメントをお読みください。

医師には確かにウィッチドクターの側面がありますね。ウィッチドクターに関しては以下のコラムが面白かったです。

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世界中どこでも医学というのは大衆から見たら魔術も同然のファッション産業であって、消費者大衆の心理操作というのは必要なのだ。本当に効く効かないはここでは関係がない。まず効くと信じられることが重要なのである。医学的に適切な薬剤が、適切な用量用法で適切な症状に対応して効くと信じられれば、誰がそれをわざわざ読み替え、横流しするだろうか。
http://d.hatena.ne.jp/fuku33/20061029/1162047955
----------

しかし、確かにこれは効果的かも知れませんが、マインドコントロールにも繋がってきます。思うに、インフォームドコンセントはウィッチドクターや医師によるマインドコントロールへのアンチテーゼの意味合いもあるのではないでしょうか。

医師は神様であり(だから聖職者扱いされているのでしょうね)、お医者様に全てを委ねていれば必ず助かる(だから失敗した場合の反発が大きい)と信じている一派と、訳も分からず治療を受けるのはまっぴらだと思う一派と。

患者の間で、この辺のコンセンサスがとれてないというのも医療の混乱を招いている原因の一つだと思います。

逃げ出すDr.がいらっしゃるようなのに、Dr.になりたいと言う人もいます。不思議です。

Dr.って、何なのでしょう。私は今「抑うつ」です。最初の病院は失敗でした。こちらがいろいろ話しても、Dr.からは回答らしい回答がほとんどありませんでした。それに体調に変化があったので、「何故でしょうか?」と聞いたら「何でだろう?」という回答がきました。
あまりにも、「何でだろう?」が続いたので、セカンドオピニオンで選んでいた病院に行くことにしました。同じ5分程度の診察でも、一応、こちらの納得できる回答をしてくれますし、カウンセラーも、良く話しを聞いてくれます。セカンドオピニオンに通うようになって、体調も良くなってきました。早くヤブだと気づいて良かったと思っています。

ここにくると、頭の良い方ばかりで理論攻めにあっているようで怖いです。
私の言っていることが変なのでしょうが。

インフォームド・コンセントっていうのは、特にやってほしくないことをやらないためのものでしょ。

レストラン行って、よくわからんメニューばかりだったら、シェフのオススメにまかせるけど、魚がキライやからそれはやめてねと頼む。魚でもペースト状にしたら小骨がないからOKか?いやそれもだめ。ダシとるだけならOKか?それならOK、お願いします。
食ったらやっぱり不味かった。

それと一緒じゃない?

>PINGUさま

私事で恐縮ですが、かつて当ブログでコメントを投稿した際に、法曹とおぼしき方から「法律専門家が集う当ブログで、門外漢が稚拙な発想で法律専門家が辟易するようなコメントを述べることは片腹痛し。」とお叱りを受けまして、凹んだことがありました。

その時、モトケン先生をはじめ他のコメンテーターの方から励まされましてね。今もこうやって、おじゃましております。

PINGUさまも凹まずに、これからもご自身のお考えをコメントされたらいいと思いますよ。

「痴漢」のエントリー(もちろん他のテーマも含めて)など、女性の視点からのご意見、貴重だと思いますよ。

モトケン先生も、当ブログは門戸解放されておられますし、さまざまな人々が意見を出し合って、客観的なものの見方もできるし、新たな発想も生まれてゆくと思っています。

PINGUさまが凹みそうになっているのではないかなと、私が勝手に思い込んでいる際にはご容赦ください(汗)。

PINGU様

ついでに、私も大きなお世話ですが、

私など、本ブログの2枚看板である「医療」も「法律」(医療を先に書いちゃいました!)もズブの素人で、何度も叩きのめされておりますが、まだ本ブログに居ついております。

かく言う私も含め、別に誰も絶対的な正解を持ってるわけぢゃないのですから、余り気にしないことです。コメント欄から何かが出てくることもないですし、嫌なエントリーは見なきゃいいんですから(^^b

No.50 じじいさんのコメント
>コメント欄から何かが出てくることもないですし、、

それって、オカルトの話ですね。
昔のヒトは、山より大きな猪は出てこないって、いってましたが、
現代では、ディスプレイより大きな暴言は出てこないってところですね。
フムフム、 φ(°-°*)メモメモ

>昔のヒトは、山より大きな猪は出てこないって、いってましたが、

ぢゃあ、山より少しだけ小さい猪ならおったんかい、と昔のヒトにひと突っ込み(^^)

でもいたら、腹いっぱいボタン(猪)鍋が食えるかなあ・・・じゅりゅっ;

No.43 yama さん
> かかりつけ医制度は日本では浸透していません。
> ただ、それに近い形態して近くの開業医とお近づきになる、というのがあると思います。

はい、わたしもガチガチのかかりつけ医制度を望んではいません。
医師も患者も人間ですから、診療技術云々以外に性格的相性も重要だと思いますので、ある程度は医師を選べるほうが良いです。

No.47 PINGU さん
> 早くヤブだと気づいて良かったと思っています。

その医師が他の患者にとっては良医という可能性もあります。
ヤブと良医の最大の違いは結果を出せるかどうかですから、現在の医師が良医かどうかはPINGU さんの病気が治るまで本当の判定は出来ないと思います。
最初の医師はPINGU さんに逃げられた、つまり結果を出せなかったので少なくともPINGU さんにとって良医でなかったのは確かです。

父親主義の英語も間違っていた程度に何も調べずに書き込みましたが、自分の言ったことに根拠があるかどうかを少し調べて下記を見つけました。

http://www.tg.rim.or.jp/~kanai/philosophy/rec9703.htm

インフォームドコンセントの成り立ちや問題など載っています。

>No.45 PINGU さん
>No.22の場末の開業医さまのコメントをお読みください。

医療とはいえ、経済原理から逃れられないのです。よい医療というのはそれなりにコストがかかります。安くて良い医療などありえない。いやでもないものねだりはできないのです。

No.48 metola さん

>インフォームド・コンセントっていうのは、特にやってほしくないことをやらないためのものでしょ。

違います。
歴史的には、説明して合意させることによって責任を患者のものとし、医療側が負わないようにするという防衛の意味が強い(特に司法に対しての)概念です。建前として患者の自己決定権が理由としてあげられて、患者にとって好ましいものだと勘違いしている人が見受けられますが、医療は大学の受験問題なんかよりはるかに理解困難ですから、患者が治療法を選択、又は是非を決めるなんてことは、本来患者のためになりません。(嫌だという患者の気持ちが強いと、治療がうまくいかない確率が上がるのは確かですが、基本的には嫌なことをされたら失敗するということはありません)
十分な説明と言うのは、患者を安心させるため、こちらの支持通り正しい病気に対する対応をしてもらうために、大変重要であることは言うまでもありません。しかし現在のICは主眼がそこにおかれていないために、あまり患者のためになっていません。市民団体辺りがICを医療機関に徹底させようという運動をしていますが、明らかに患者にとって害の方が大きい運動です。

>元行政さま
>医療は大学の受験問題なんかよりはるかに理解困難ですから、患者が治療法を選択、又は是非を決めるなんてことは、本来患者のためになりません
激しく同意します。
あらゆる検査・治療にはriskとbenefitがあります。個々の患者さんに対し統計的な数値も交えて詳細に説明し、「じゃあどうする?」と問うても、氾濫する情報に困惑してしまうだけかと思います。
誘導するわけでもないですが、「こういった検査・治療を行おうかと思いますがいかがですか?」という話し方にならざるをえません。
そもそも我々にとって恐ろしい事に、もし時間と労力を割いて詳細に話し、説明義務を果たしたつもりでいても、被説明者側がどれだけ理解したのかを確かめる事は非常に困難なのです。
まさか問題集を作成して回答してもらい、採点結果が不十分であれば説明し直す、というわけにもいきません。
説明同意書にサインがあっても、いざ裁判沙汰になれば「医者側の理解させる姿勢が不足していたのではないのか?」と勘繰られる事は多々ありますが。
自分達に都合の良い満足感を求める患者サイドと、保身のため奔走する医療サイド・・・。
ICといっても、両者間に埋め難い溝を感じてしまうのは私だけでしょうか。

じじいさま、或る内科医さま。

実は、少し凹んでおりました。
でも、お2人に励ましていただいて、うれしかったです。
これからも、自分の意見を書かせていただくつもりです。

> No.47 PINGU さん
私の頭が悪いのか、No.22を読んでくださいという意図がよくわからないのですが・・・(当然読んだ上でお答えしているつもりですし・・・言い方は非常に悪いかもしれないですけど、私にはそれが金の亡者の様な発言には見えなかったです)。
まあ、それは置いておいて、確かにPINGU さんにとって最初の医師は矢尾に思えたのでしょう。でも、それは相性が悪かっただけのことかもしれません。
例えば、内科領域でもものをはっきり言う医師と、だましだまし良いことしか言わない医師とがいると思いますが、どちらが名医かという両者の比較は不可能です。私は最初の方はわからないことはわからないというはっきりした説明の仕方でした。概ね今でもそれで通していますが、ある種の患者さんにはうそをついて適当にやっています。例えば、「大丈夫、心配いりません」とか、「気のせいですから大丈夫ですよ」とか、「異常は全くありません」とか・・・。それで患者と医師の良好な関係を見つけられれば良いと思っています。
そもそも、医療は経験が一番大きく左右します。教科書的でない部分の方が遙かに大きいのです。EBMだって限界があります。だから若い医師はわからないことだらけです。でも年をとっても経験したことがない部分に関してはわからない。そこを適当に曖昧にしているんだと思います。そういう意味で医師は患者を騙すことも必要なのです。

>No39 クルンテープさん
別に理解されないことに不満はないですよ。最初から同じレベルでの理解はまず無理だと思っていますから。

>No40 konakiさん
はい、医者はその局面では翻訳家です。相手のレベルに合わせて相手が納得いくような(しかも嘘でない)説明をする。

インフォームドコンセントに関する考え方の材料の一つとして、以下の文章を紹介します。実は、引用自体には意味がなく、撒き餌のつもりです。また、リンク先の文章自体も、インフォームドコンセントについて直接語っているわけではないですが、関係が深いような気がします。

----------
しかし、同じ癌にかかった患者で、年齢・階級・健康状態・社会経済的情況などをマッチさせた2群のグループを比較すると、概してポジティブな態度で生きる人、すなわち強い意志力、生きる目標、闘いへの参画性、自らの治療への積極的反応、医師のいうままを受け入れる単なる受動的態度ではない積極性、などを持ちあわせた人が長く生きる傾向があります。
http://www.cancer-patient.net/medoc/steve/median_not_msg.html
----------

正しい情報というのがいかに大きな意味を持つかという事が主題だと思いますが、ここに登場してくる患者のケースも例外中の例外であることもまた事実だとは思います。

No.54のリンク先は大変読み応えがありました、理念として押さえておきたいとは思いますが、実際の場面でここまで考慮することは患者側には能力的に困難、医師側も時間的に困難でしょう。

しかし実務上はあんまり難しく考えなくても良いのかな、とも思えてきました。
自分は素人なので治療方針の決定など出来ないと思っていましたが、考えてみれば世間全般で決定権者が詳細情報を理解している事例は案外少ないのですね。
多くの場合決定権者は顧客か上司ですが、顧客は素人なので細部を理解する能力が不足しており、上司は理解能力はあるけれど部下全員の仕事を細部まで把握する時間が無い。極論すれば顧客も上司も(もしかしたら裁判官も)重要事項の説明のみを基に決定を下しているわけです。
医療においても医師は重要事項のみを平易な言葉で説明し、患者はそれを基に決定する、これで良いのかもしれません。

現実には顧客や上司は実質的に決定をしておらず、販売店や部下に誘導されている場合もあります。
医療の場合、誘導される要素は非常に大きいでしょうね、結局のところ医師を信頼するかどうか、という問題に帰着するのだと思います。

さて、決定権が建前上だけでも患者にあるとしたら結果に対する責任は誰が負うのか、これは昔から患者が負っていたのですよ。治療が成功したとき生を享受するのは患者、失敗したとき死ぬのも患者ですから。
もちろん医師にも職務上の責任は当然あります。インフォームド・コンセントの意義は従来医師が負っていた職務責任の一部を患者に移管する、と言う事でしょうか。
希望的観測を言えば、医療の透明性が増す事により昔とは違う形で患者と医師の相互信頼関係を築けるかもしれません。

インフォームド・コンセントは、患者に納得させる、それなりに納得させる、あるいは何となく納得した気にさせるために行われるものかなと思います。

納得するしないは、各個人によって当然に異なるので、その辺は経験と知識をお持ちで、実際に患者に接している医師の判断で最大公約数的にやっていただくしかないのかな都も思います。

私には、医学の知識はほとんどありませんので、手術をする、しないや、病院を替わるかどうか、積極的治療をするか、終末期ケアに入るかなど、自分の行く末について大きく影響する選択肢だけ判断すれば、後は専門家である医師の判断を追認する場でいいのではないかと思っています。

決定の一部に自分自身が関わっていれば、とりあえず結果としての自分の行く末にも納得できますので。ちなみに私の親に聞いたところ、通常の判断は医師の追認で、大きな影響のある判断は、医師の意見と自分の意見を聞いてお前が判断してくれとのことでした。インフォームドコンセントも人それぞれです。

ICという概念が「患者に納得させる、それなりに納得させる、あるいは何となく納得した気にさせるため」のものであるなら、僕自身もいいと思うのですが。現実の医療の運営はよく説明され、患者の疑問に応えるPATERNALISMがベストだというふうに皆さんおっしゃっているように思います。

しかし、語としてはPATERNALISMが前近代的概念、ICが現在の概念として扱われているのではないでしょうか。裁判では最初は納得をしていても後で結果が悪い時に説明の内容が問わPATERNALISMをもとにした説明では非とされるのではないでしょうか。

ICの用語を僕の使用しているうに用いた場合は誰もそんなことを望んでいないし、医師もそういう風に運用していないのであれば、外国の輸入であるICという言葉自体を死語にしないと訴訟などを考えるとまずいのではないかと思ったりします。

ちなみに留学中にむこうの病院にかかりました。決して納得のするように話してもらえなかったのですが、病気の説明などを書いたものを何十枚ももらいました。
これが訴訟対策としてのICの一つのやりかただと得心したのでした。読みませんでしたが。

No.62 生活習慣病予備軍さん

>医療においても医師は重要事項のみを平易な言葉で説明し、患者はそれを基に決定する

他の業種、例えば不動産取引の重要事項の説明では、何を説明すべきかきちんと決められており、説明がなかった場合には損害賠償の対象にもなっていますよね。おそらく医療における説明義務というものも、この辺りと同じように、一般の人や裁判官などは簡単に考えているのだと思います。ところが決められた重要事項のみの説明で、基本的に問題がないなんてことは、医療の場合は全く考えられない。そもそも伝えるべき重要事項は何かということは誰にもわかりません。米国でのICが何十枚もの書類になるということからも、医療の場合は細部まで説明せざるをえないということです。

インフォームドコンセント

この話題も何度も、触れました。
一部の患者さんは、自分の病気は自分のものだからという、一種の
「専有感、支配感」があるようです。自分の「専有物」を理解させるの
は医者の義務で、理解させてもらえるのは自分の権利だと思いこん
でいます。

微分方程式を理解することは諦めきれるのに、自分の「専有物」で
ある病気の病態、その医科学的メカニズムについては理解出来る
はずだし、それがなされていないのは、医者の責任だと考えるわけです。

このような、トンデモ権利意識が医療崩壊を促進させていると認識
しています。 これは医者の本音です。
医療法第1条の4第2項(医師等の責務=No.34コメント)が恨めしく
思えますね。

No.66 元行政さん

私はNo.62の書き込みの中で説明の厳密性を求めたつもりはありません。
自分の理解能力が不足していることを認めた上で、結局のところ医師を信頼するしかない、と言う趣旨の文章を書いたつもりでした。
表現力が未熟な点はお許しください。

No.67 座位さん

医学も法律も素人ですが、No.34の脳動脈瘤破裂予防手術に関する判決文を見つけて読んでみました。
私の読み方が悪いかもしれませんが、手術をしなかった場合に脳動脈瘤が破裂するリスクに触れられていないように思います。
逸失利益等の金額も脳動脈瘤破裂が発生しない前提で算出されています。
これは患者の自己決定権云々とは別次元の問題ではありませんか?
また、この判決の要旨は医師の手技上の過失認定であって、説明義務違反は付け足しのように感じました。
私の素朴な感想として「治療しないリスクを考慮せずに治療の後遺症のみを評価した片手落ちの判決」だとは思いますが、説明義務違反だけで高額賠償金を認めたわけではなさそうに思います。

No.69 生活習慣病予備軍さん

御指摘の通りです。この判決ではICがメインではありません。
しかし、「正しく」ICをしていれば、手術を拒んでいたであろうから、
逸失利益等の損害賠償を命じているのです。

>「治療しないリスクを考慮せずに治療の後遺症のみを評価した
>片手落ちの判決」

本来は、医療者側が、弁護士に医療訴訟上の戦略として、
脳動脈瘤破裂のリスク、治療しない場合の平均余命なども
裁判官に理解させておく必要があったわけです。

今後は、弁護士の医療訴訟での法廷闘争の戦術をアップさせて、
1手術の成功率、2放置した場合の平均余命、3手術後のQOL
などを正しく考慮した上で、ライプニッツ算定をさせるべきでしょう。

当の医者は、初めての訴訟ですから、弁護士頼みですし、
弁護士の能力を過信してしまうのですね。
これらの一連の判決が、ボディブロウのように、効いてきて
確実に医師の士気低下をもたらしています。

No.70 座位さん

患者の立場としては、
> 1手術の成功率、2放置した場合の平均余命、3手術後のQOL
これくらいの内容を平易に説明して頂きたいです。
難解な裏付けデータは不要です、どうせ分からないし最終的には医師を信頼するしかないのですが、一通りの説明を受けたいのが人情と言うものです。

> これらの一連の判決が、ボディブロウのように、効いてきて
> 確実に医師の士気低下をもたらしています。
費用対効果を勘案した上で医療にどこまで望むのか、と言う国民的議論が不足しているのでしょうね。

近頃ネット上で医療崩壊の危機を訴える医師の発言を多く見るようになりましたが、地道な効果は上がっていると思いますよ。私のような素人が興味を持つようになったのですから。
(地道な効果じゃ遅いんだよ、と言う反論が目に浮かびますが)

>患者の立場としては、
>> 1手術の成功率、2放置した場合の平均余命、3手術後のQOL
>これくらいの内容を平易に説明して頂きたいです。

医者の立場としては、
待機手術の場合、1,2,3のいずれも一応は回答出来ますから、
担当医に聞いてみて下さい。
但し、2以外は、施設、報告、症例によって千差万別ですが。

ちなみに、末期癌の治療をやっていると、
● 治療しないと平均(正確には中央値で)例えば4ヶ月です
● 抗癌剤で治療するとそれが1年になります。
● でも治ることはなく、貴方はこの病気で死ぬでしょう
● しかも抗癌剤は全員に効くわけでなく、効かなければ副作用で苦しむだけです
● それどころかかえって命を縮め1週間以内に死ぬことだってあります。

というインフォームドコンセントになります。
そこで大事なのは、そうやって力不足であるのはよく判っているがそれでも僕は貴方のためにできる限りのことはします、というメッセージだと思っています。
でも結構うまく行かないことが多く力不足を感じる今日この頃。

そして最後に

● お亡くなりになる前に人工呼吸器をつけますか

ということも必要かと。
つまり、人工呼吸器をはずす事が問われる時代ならば、初めからつけない行為も「不作為の作為」として問われることになります。
でもこんなこと聞かれたら患者さんはどんな気持ちになりますかね。

> No.71 生活習慣病予備軍さん
地道に行くしかないのかな?と私は個人的に思っています。
というのは、人間というのは二つ以上レベルが違うことを言われても理解できません。無視するか、ほんの少し理解するしか出来ないのです。
本来、インフォームドコンセントとは医師が患者のレベルを理解し、そのレベルに応じて説明するわけです(でないと、コンセントは得られないでしょう)。しかし、医師はレベルを下げる(簡単に言うと素人でも分かるような説明をする)という訓練をしていません。しようとしても翻訳に時間がかかり、却って不自然な説明になったり、貴重な勤務時間が削られていきます(他にもやらなければならない仕事が一杯あります)。つまり、システムの問題でもあるわけです。
そこのところを本来は行政やマスコミが理解すべきなのを彼らは現場に責任を押しつけたまま自分たちはふんぞり返っています。こうした事態を訴えるのが地道にインターネットで訴えることなのかと思います。

No.68 生活習慣病予備軍さん

まず私のコメントの意図に、非難する意図は全くありません。生活習慣病予備軍さんのコメントで他業種での説明の話が出ていたのを読んで、私も比較してみたということです。(生活習慣病予備軍さんのコメントにインスパイアされて、裁判官が無茶な説明義務を課す理由がわかったような気がしました)

No.62に異議があるのは、趣旨の部分「他業種でもクライアントに詳細な理解などできないから医療でももとめるべきでないということ」ではなくて、同じ簡単な説明の場合での実用性が全く違うのにそれを同じように扱うことです。どの業種も同じということから、トンデモ判決が生まれてきていると考えるからです。

>元行政さん
>同じ簡単な説明の場合での実用性が全く違うのにそれを同じように扱うことです

興味深いお話ですが、他業種の方々にも質問してみたいところだと思います。例えば、弁護士は依頼者との契約にあたって「何を説明すべきかきちんと決められて」おり、「決められた重要事項のみの説明で、基本的に問題がない」のかどうなのか。


また、何を説明すべきかきちんと決められている業種の場合、なぜ決められているのか。説明事項がはっきりしているからかも知れませんし、単に判例の積み重ねかも知れませんよね。裁判所の判断が積み重ねられた結果、判例が蓄積されて、訴訟沙汰になるケースが減少している可能性はあると思います。

> No.77 しまさん
法律に全く詳しくないので、うまく、答えられませんが、あえて
横レスさせてください。

行政や株式会社の説明責任と、弁護士、医師等の説明義務、
また、金融商品、不動産業者の説明責任とは、夫々事情が
異なると思います。

共通するのは、根拠法として民法にある善管義務や報告義務
なのでしょうが、診療契約の場合、皆保険下での準委任契約
であって、
1説明行為に対するタイムチャージや診療報酬があるわけで
もない事(責任に対する無報酬)と、
そもそも、
2応召義務による診療には医療者側にハイリスク患者を診療
回避する権利が公に認められていないこと(一方的契約)、
更に、
3予想しにくい低頻度の偶発症に対して、全ての可能性を予め
説明することが不可能であり、急変時などには時間的制約が
あること(医療の不確実性)

など、少し考えただけでも、他業種の委任契約とは異なる部分
があるのではないかと思います。これらは、特殊性ではないでしょうか

勿論、他業種には他業種なりの困難もあるでしょうが、、、

応召義務についてだけコメントします。個人的には、応召義務は条文から外しても問題ないと思うのです。罰則規定がない以上、形式的なものに過ぎないと思います。


参考までに。
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いずれにいたしましても最高の教育を受けました医師、歯科医師が、大体におきましてかような應招義務を守るべきであるとしうことを倫理的に当然考えられてよろしいものである、こういうような見地から罰則をもつて強制しなくても、少くとも法律上の義務として掲げる程度をもつて十分であるというような趣旨で、この規定をいたしたのでございます
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さようなものにつきましては、またおのずから本法の中にありますいわゆる行政処分、免許の停止、取消というようなことが自然的に行われ得ると思いますので、さような面から十分取締りをしてまいりたいと思つておるのであります。
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2 - 衆 - 厚生委員会 - 16号
昭和23年06月26日

医師の皆様の主張がなんとなく分ってきたような気がするので、私レベルの言葉で書いてみます。

医療の場合、選択肢を誤ると生命にかかわり、他業種と比較して重大な結果をもたらすため、専門家である医師が選択権を行使していた。
ところが最善の選択肢は専門家でも結果が出るまで分らない場合があり、結果が悪いと、医師が選択を誤ったと非難される。
そこで防衛のため、他業種と同じように顧客自身に選択権を与える事にした。

他業種では専門職と営業職は分業だが、医師は自分で商品説明しなければならない。
顧客向けの平易な説明は苦手だし、どこまで説明すれば良いかの基準も無い、説明に費やす時間は元々無かったし、時間をかけて説明しても説明料は貰えない。
これらの要因で顧客を納得させる事が出来ない場合があり、結果が悪いと、医師の説明不足が原因だと非難される。

これでよろしいでしょうか。

No.80 生活習慣病予備軍さん

120点、差し上げまする。

No.77 しまさん

医療の場合判例を積み重ねたところで、具体的な説明事項が見えてくるわけではないでしょう。そもそも説明義務違反での敗訴例を見れば、原告救済目的(≒紛争解決目的。これを否定する法曹がいたとしたら、頭の中が直接見れないから大丈夫だと思って言い張る志の低い手合いだけでしょう)がほとんどであり、現場の人間の評価は非現実的・実現不能というものです。

No.80 生活習慣病予備軍さん

>非難される

非難されるくらいならいいですよ。理不尽な高額賠償が待っているです。司法によって医療が崩壊するのも理解できるでしょう?

P R

ブログタイムズ

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