エントリ

 医療崩壊について考え、語るエントリ(その8)を更新します。

 その8の最終コメントはNo.216 通行人A さんのコメントです。

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コメント(260)

その8のNo.214 じゅん さん

>日本に住んでいる皆様が選んでくださった政治家と
政治家が従わせることができる厚生労働省の方は、
医師の数は充足している発言されてます。

政治家が本当にそんなこと言ってます?
最近の目立った所では、2006.11.24の全国知事会議で尾身幸次財務相が
「地方の医師不足は人災」 
と述べていますね。
医師探しに奔走している地方自治体の政治家と、その突き上げを喰らっている国会議員。
医師が充足しているという政治家はほとんどいなくなっていせんか?

>また、現在の医療をより効率化して医療費をより抑制することを
日本に住む多くの国民は望んでいるようです。

確かに今は医療費の抑制を多くの国民は望んでいるでしょう。
医療の崩壊しかかっている地域の人は、効率化が何をもたらすのかを実体験してきています。
その人達は自治体にお金をかけろと言いだしていますね。
効率化の点で言えばすでに日本の医療は、世界でトップクラス。
医療が崩壊した英国なみの医療費しか使っていません。
さすがにこんな少ない額では現状維持は出来なくて崩壊しはじめているのですが。

>効率化のためには、医師が常に働いている状態が望ましく、
医師が待機している時間がないほうが効率的ですよね。

残念ながら効率的ではありませんね。
日中も夜も常に一定の割合で患者が受診するのではありません。
急病が常に時間が分散して発生するわけでもありません。
患者の少ない時間にもかかわらず、医師を常に働いている状態をつくる方が高コスト。
だいたい医師が待機している時間って、無料かもしくは凄く少ない額しか支給されていませんよ。
常に医師の働いている状態をつくるなんて、いくら集約化しても全体の医師数をもっと増やさないと人手が足りなくなります。

>産科医が働き続けていて、そこに都合よく妊婦が搬入されれば

都合よく妊婦が搬入されてくることはありません。
工場のようにオンタイムで搬入できるものならだれも苦労はしません。
同時にたくさん妊婦がきたり、緊急帝王切開が入ったりすることもあるから、勤務時間外の医師の呼び出す体制は残さざるをえない。
逆に妊婦がまったく来なくて暇な時であっても勤務時間にあたっている産科医はいるのだから、人件費がこれまで以上に発生する。

誤解されておられる様ですが、集約化は24時間勤務体制をつくる事ではありません。
これまえでと同じ診療体制しかとれないですよ。
ただ人数が多い分、医師一人にかかる負担が減るだけです。
それに集約化は医療費の効率化の手段でもありませんので。

>医療費の抑制に賛成していて、増やして欲しいなんて
いわないのでしょ?日本にすんでいるかたは?

安い金額で同じサービスが受けれると思っていればからそう思うのは当たり前。
医療費の抑制が何を意味するのか知った人は、抑制して欲しいなんて言わないでしょう?

>じゅんさま
>もし、現在の医療制度を存続させたいなら、国会議員に日本に住む多くの人が頼んで医療の結果が悪くても、金銭的に補償しなくてよいように法律を作ってもらってください。そうすれば、僻地での産科も救急も復活するかもしれませんよ。
現在の医療費で・・・

この部分に対しては賛成します。極論すれば、刑事も民事も全て免責にすれば、周産期医療も救急医療も崩壊することなく、今の医療費でやっていけるのではないかと思います。
例え刑事、民事免責になったとしても医療レベルが落ちることはまずないと思います。少なくとも多くの医師は10年前くらい前までは訴訟など気にすることなく無事に医療を行っておりました。むしろ現在、訴訟が増えることによってもたらされる医療崩壊(産科崩壊など)によって死亡率が上がっていると言う現象があります。
(昭和大学藤が丘病院腹腔鏡手術死亡事故 No.55 整形AさんのコメントやNo.46 立木 志摩夫さんのコメントが良くまとまっています。)

現在進行中の医療崩壊を食い止めながら医療費を抑制するにはこれくらいのカンフル剤がなければ無理という考えです。

>uchitama さん
>刑事も民事も全て免責

医師個人の責任を問う必要はないと思いますが、病院に関しては何らかの責任を取る必要があるでしょうね。医師個人に関しては免責は行うが、第三者機関の判定により場合によっては再教育か、最悪の場合医師免許を剥奪すると言うのなら問題ないと思います。

>しまさま

安心して信頼できる第三者機関が設立されるまでにどれだけかかるのでしょう?
その頃には日本の医療はかなり崩壊しています。
(他のブログで見たのですが産科医療の崩壊は凄まじいものがありますね!)

少し話は外れますが、小生は循環器内科ですが、全国の多くの国立大学の循環器内科の教授の専門は基礎医学(分子生物学など)が中心と言っても良い状態です。従って循環器の権威ある日本循環器学会の理事はこういった基礎医学が専門の教授が占め、さらに学会長、国立病院の病院長などの肩書きを持つ少なからぬ医師が基礎医学専門の循環器教授出身であったりします。
東京、京都、大阪、九州など旧帝大系はもちろんそうです。これらの多くの先生方はもちろん優秀ですから知識や理屈においては平凡な医師を圧倒しますが、地域病院での臨床経験はほとんどなかったりします。地域性や専門性、夜間、病院設備など知ろうはずがありません。
医師自身による同僚医師の判定や制裁などは確かに必要なものではあると思いますが、この循環器内科にしてもそうであるように基礎医学専門の教授中心のヒエラルキーを崩すことはかなり困難なことだと考えます。いろいろな選定方法を考えたとしても第三者機関を含めたトンデモ鑑定医から逃れることはかなり困難なのです。

むしろ良きソマリア人の法の精神を徹底して追及していく方が現実的ではないかと思います。言いたいのはボランティアとしての救急医療であったり、産科医療とする方が良いのでは?

>>No.1 オダさんのコメント
>医師が待機している時間って、無料かもしくは凄く少ない額しか支給されていませんよ。
待機している時間も、通常と同様の給料を支払うべきです。
もしも、能力給などで時間給+歩合給ということであれば、
時間給のみでもよいかもしれませんが。
仕事で雇われている人の、給料を実働していない時間は支払わなくてよいのなら、
テレフォンアポインターを電話がかかってきたときだけ給料払うよとか、
会社や小売店の受付などの勤務の人も、人が来て対応しているときだけ給料を
支払うけどそれでいい?なんていう雇用方式が成り立つことが可能になりますが?
日本の労働に関する法律って、そんなものでしたっけっ?

>医師が充足しているという政治家はほとんどいなくなっていせんか?
どのような見解が出ようとも、日本で早期に医師数を増やすことはできません。
いまから日本国内で医師を養成しようとしても、その結果が出るのは10年後。
海外から医師を輸入するのは、国際的な医師の頭脳流出に発展途上国が
困っている現状で、日本という国として、なかなか取り辛い戦略です。
いまいる医師数でどうにか工夫してやっていくしかないのです。

>集約化は24時間勤務体制をつくる事ではありません。
集約化は、24時間同一の水準の医療レベルを保つことに必要です。
また、医療業界で働く労働者を酷使することなく、日本の労働に関する法律を
守った上で、働いてもらうためには必要不可欠です。

>>No.2 uchitama さんのコメント
>極論すれば、刑事も民事も全て免責にすれば、
刑事も民事も免責にして、
医療の結果が悪いときに金銭で補償して欲しい人は、
余分にお金を支払って、医療の結果が悪かったときに金銭で補償してもらう
オプションを購入するとよいと思います。
また、免責にされるのは、第三者機関に監査されている病院のみということで、
現状では、あまりたいした機関ではないかもしれませんが、
病院医療機能評価機構の病院機能評価とかを活用していけばいいかもしれません。
病院機能評価を受けているところで、なんらかの医療の結果が悪い事が起きても
第三者からの評価を受けて、透明性も確保されているし、隠蔽することもないということで
民事も刑事も免責ということとかに。
あまりに劣悪な病院であれば、機能評価を取得できないということで。

とうぜん、この第三者機関には、検察OB・警察OB・裁判所OBの天下りを
受け入れるのをお忘れなく。
最近、商社などで、社外取締役で裁判所OBとか検察OBとかを取り込むのが
はやってます。
取締役会に100%出席させておけば、想像がつきますよね。

>uchitama さん
私も循環器内科医なんですけどね。
まさに、その通りですよ、ホントに。
大学教授というのは、「研究」ができる人がなるので。
「臨床」の腕とは、全く関係がありません。

というか、時間は限られているので。
研究をたくさんやった人は、臨床にかけられる時間が少ないので。
同じ年齢で同じ医師歴であれば、基本的には研究ができる人は、臨床ができない事が多いです。
大学教授というのは、肩書きは立派ですが、臨床に関しては全く別物。
という事を、医療裁判とかそういう場合でも理解して、臨床のその分野の第一人者が医療鑑定人とか、第三者機関をやらなければ、今後も、とんでも判決が出続けますね、きっと。

No.5 じゅんさん

>集約化は、24時間同一の水準の医療レベルを保つことに必要です。
>また、医療業界で働く労働者を酷使することなく、日本の労働に関する法律を
>守った上で、働いてもらうためには必要不可欠です。


現状を御存知ならば「24時間同一の水準の医療レベル」ことが絵に書いた餅であることを理解できると思います。それをするためには今の病院数を20分の1ぐらいにしないと出来ないんじゃないでしょうか。

そもそも人間は日中活動して夜眠るように出来ています。生物学的に昼と同様の質を夜に求めることは無理があります。

全部のコメントを見たわけではありませんが、ちょっとひとこと。

現在の医師の疲弊は、医療の進歩によって在院日数が短縮し、同じベッド数でも倍の患者さんにサービスできるようになっているのに、医療従事者数がそれに見合った数になっていないことによると思います。

つまり、医療需要が大きすぎること、医療従事者の労働効率がよく(よく働く)、医療供給がいままではま追いついていたけど限界が来たこと、急性期病院数(病床数)が多すぎることがあるとおもいます。

急性期を担う医師の多くは専門分化し、専門以外の患者さんを診ることに負担感があります。すでに、専門グループとしては40前後(診療科としては25個くらいでしょうか)となっています。当直の翌日を休みにしても医療ができるように運営をするには4人とか5人はそれぞれ必要でしょう。

そうすると200人くらいの医師が働く病院となると医師は働きやすく、患者さんも専門医に必要なときには診てもらえるようになると思います。

現在、医師数は人口1000人に2人ですから、半分が急性期、半分がプライマリケア等とすると、この病院のカバーする人口規模は20万人になります。

もうあらが町に急性期病院をというのが無理です。20万人でひとつの病院をつくることを考えてください。

いい医師には経験も必要です。そのためには、ある程度の患者さんの数も必要です。能力を保ち、向上させるのにも、人口は必要なのです。医師30人では専門分化した急性期医療は無理です。

急性期病院をどんどん統合しましょう。医療需要をコントロールするために、フリーアクセスは止め、プライマリケアへの登録制を始めましょう。急性期病院は、3次救急だけとし、休日急病診療所を別に作りましょう。病院外来は予約制とし、安いからとはしご受診はできないようにしましょう。

子供のいる医師のため、24時間保育・病児保育を始めましょう。

急性期の病院では主治医制をやめ、本当のチーム医療を行いましょう。何でもかんでも主治医を呼べということがおかしいのです。それでこそ、電子カルテが必要になります。情報が読み取れないと困りますから。(プライマリナーシングレベルの担当医制は必要でしょうが)

クレーム対処も専門チームを病院に置きましょう。クレームは経営に必要な情報でもあります。避けるだけでもいけません。しかし、個々の医師に任せるのは非効率です。

患者さんは、信頼できるプライマリケア医を見つけましょう。急性期病院をかかりつけにできるのはごく一部の難病患者さんだけです。

病院にはちゃんとした警備員を置きましょう。「あっちへいけ」と大声で言われると逃げていく警備員ではいけません。秩序を守れない人は排除すべきです。

刑事免責は必要でしょうが、医師でないと事情がわからないはずだという意見には与しません。やはり中立な裁判官が必要です。

一生懸命患者さんのことを考えて働いているのだから、なんでも許されるということではありません。世の中は動いています。

ともかく、医療需要コントロールと病院統合が喫緊の課題であり、これで解決できることは多いと思います。

てつさん:

おおむね賛成です。

ただ、

>刑事免責は必要でしょうが、医師でないと事情がわからないはずだという意見には与しません。やはり中立な裁判官が必要です。

これに関しては、現在不十分といわざるを得ません。やはり人を裁くのであれば数多くの専門家、非専門家を交えてのカンファレンスが必要だと思います。(医者にとっても遺族にとっても)いい意味でも悪い意味でも特異な意見が反映されてしまう現状は容認できません。

No.8 てつさん

厚生省関係の方でしょうか?厚生省の考えにある程度妥当性は認めますが、自分も含めて多くの医師は、そのままの形で従うつもりはないと思いますよ。それではいくつかの疑問点を提示させてもらいます。

>医療の進歩によって在院日数が短縮し、同じベッド数でも倍の患者さんにサービス

たしかに医学の進歩や現場の創意工夫によって同じ疾患での在院日数は短縮してきています。しかし多くの場合、入院期間の短縮は、誇張して言えば採算性のために期間が過ぎたら無理やり退院させたことによるもので、倍みれるほど効率が上がったわけではないでしょう。

>医療従事者数がそれに見合った数になっていない

同じベッド数でより多くみることができるようになっているのなら、同じ需要に対する必要な医療従事者数は減るのでは。需要に対して医師が少ないから疲弊しているのはその通りですが、在院日数の短縮や、病床数が多いことなどは関係ないですよね。
多い病床数が需要を増大させることもあるとは思いますが、本来発生している入院が必要な患者数と比べて多すぎるということはないと思います。病床数を減らすということは、満床を理由に、入院が必要な(一般人が妥当と考えるような必要性で)患者を諦めさせるという形の需要抑制でしょう。

>半分が急性期、半分がプライマリケア等

諸外国の家庭医のようなシステムが日本で上手くいくとはとても思えないです。朝日メディカル辺りが、プライマリケア医を必死に持ち上げていますが、余程報酬を上げない限りはやりたいと思う奴はほとんどいないでしょう。(現状の開業医がプライマリケア医をするのは無理ですし、そこで厚生省が無茶をすれば保険医辞退なんてことにもなりかねません)
20万人で一つの総合病院として、この病院でみることのできる患者の数はすごく少ないでしょう。プライマリケアから送られる患者を捌くことは、現在の医療と司法の関係がある限り、まず無理です。主治医制を止めてローテートするとしても(基本的にこのことには賛成)、24時間対応は医療の質を著しく下げ、医師の離職を強く促すことになります。24時間対応という単なる看板のための犠牲は甚だ大きいはずです。

>医療需要コントロールと病院統合が喫緊の課題であり、これで解決できることは多い

それで解決できるのは、医療費増加の問題だけでしょう。
そして医療側も患者側も愚策のおかげで多大な被害を被るでしょう。

当方の病院でも昨今の医療費抑制政策により病棟はほぼ満床状態にしておかないと採算が取れなくなっています。一般病床50床のうち常に48−50床で回さないとやって行けなくなりました。

そうなるとどうなるか。調子が悪くて入院が必要になった人を入院させられなくなりました。結果的に調子が悪いにもかかわらず1週間以上毎日通院していただき外来で点滴をすることになります。

病院はホテルとは違います。ホテルみたいに予約客だけを相手に商売が出来るわけではなく、突然の宿泊客にも部屋を提供しなければならない。「満室だから」とお断りしようものならどこかのヒステリー記者のように「恥をしれ」と言われたり、警察に事情聴取されるんだから。

>>No.8 てつさんのコメント
>医療需要コントロールと病院統合が喫緊の課題
病院統合については、「20万人でひとつの病院」で
どうにか急性期病院の統合ができるでしょう。

医療需要のコントロールは、どうでしょうか?
需要をコントロールするためには、目標が必要なのではないかと考えます。
医療の需要は、人によって、環境によって、社会によって、異なるでしょう。
国民健康保険は、国が運営する制度ですから、
日本の国として、日本における医療の目標がなになのかということを
考えておかなければならないと思います。

現在の医療の提供体制というのは、エンドポイントが設定されておらず、
患者さんの希望にあわせて、漫然と医療が提供されているのが
実態ではないでしょうか?

もしも、エンドポイントが75歳まで生きるというものであれば、
75歳以上の人に医療の提供は必要なくなります。

医療の需給をコントロールするということは、そういうことを考えていって、
どこまでの医療提供が、日本の国民健康保険でカバーするのに必要な範囲なのか
ということを、決めなければならないのではないでしょうか?

なぜ、私が年をとった人への医療を余裕がなくなれば切り捨ててもよいと
感じているかというと、
長く生きた人は、医療の結果を享受した状態だからです。
長く生きることができずに早く死ぬ人もいるのです。
早く死ぬ人を、減らすほうが平等なのではないかなと思っているからです。
税金を払い、健康保険料を払い・・・
長生きした人をさらに長生きさせる制度ではなく、
誰もが、ある程度長く健康にすごせるための最低限の制度は
何かを考えて欲しいと思います。

No.12 じゅんさん

>患者さんの希望にあわせて、漫然と医療が提供されているのが実態

本来はそれでなんら問題はないはずです。そのコストを払えるならば。
それを決めることこそ国民の権利のはずですが、国民は実情を知らず、選挙の争点にもならず、官僚が勝手に決めているという感じですかね。
詳細な情報の提示こそまず国がすべきことだと思うのですが、巷に流れるのはマスコミの歪んだ情報ばかり。

>早く死ぬ人を、減らすほうが平等

実は若死にする人の方が医療費が多くかかるらしいですよ。
若いのでなかなか死なない。医療機関も若いと力が入る。(高齢者の有病率は高いかもしれないが、高額な抗がん剤などは使わない)国によって違いはあるらしいですが、若死にする人の方が一生にかかる医療費が高くなるというデータを、東北大の教授の公演で聞いたことがあります。

>長く生きた人は、医療の結果を享受した状態

もって生まれた強健さや若い頃からの摂生が重要ですよ。

むしろ切り捨てるなら不摂生している連中だと思いますがね。

>もって生まれた強健さや若い頃からの摂生が重要ですよ。
>
>むしろ切り捨てるなら不摂生している連中だと思いますがね。

元行政さん,
私もそう思います.
80才を超えて元気に暮らしておられる方は,御自分の歯がしっかり残っている方も多く日頃からきちんと摂生をしておられることが推察されることが多いです.特に90才を超えても我々麻酔科医の前に現れるような手術適応となる方たちはお年であっても70才前後の合併症の塊のような患者さんよりも管理しやすいことも多いのです.

反対に不摂生の極みのような患者さんに医療費を投入することには疑問を感じることもしばしばです.特にアルコール性の肝硬変なんかの患者さんの生体肝移植が保険医療なんて,とんでもないと感じるのは私だけでしょうか?

医療費のことを考えるとき、私が一番気になるのは、終末期です。
何もしなければ普通に病死する患者でも、濃厚な延命治療を施せば、結構長く生きます。
それでも以前であれば、暗黙の合意の元に亡くなっていたわけです。

でも、今では濃厚な延命治療をしなければ、殺人罪で逮捕される恐れがあります。
終末期の延命治療を、何処までするべきかというガイドラインはありません。
限られた医療費を考えれば、近いうちの死が避けられない症例に対して、延命治療をしないという合意が必要と感じます。

しばらくぶりに議論に参加させてもらいます。

banbooさんと同じ考えです。
癌の末期や超高齢者の感染症など、もうだめだろう、という状態でも家族が「できるだけのことをしてください」と望まれることがあります。
そういう家族に対しては「もう、無理です。このまま自然に任せたほうが患者さんのためだと思います。」と言おうものなら、「私の大切な家族を見殺しにするのか!」といわんばかりの反応をされます。
インフォームドコンセントをしても「話を聞いてもわからないからできるだけのことをしてくれ」といわれます。こういう場合は無駄だとわかっていても昇圧剤、気管内挿管(人工呼吸器)、中心静脈栄養など非常に高額の医療を行うこととなります。

医師の裁量なんてありません。訴えられたら負けるので、そうしているだけです。むなしいです。こういう場合にどうするかを司法の方を含めた国民全体で議論してほしいと思います。

管理人です。

 終末期の延命治療に特化したエントリを立てましょうか?

 適切なタイトルを提案していただければ、それで立てますが。

「延命治療は何処まで必要か」ではいかがでしょうか。

>>No.13 元行政さんのコメント
>>No.14 Level3 さんのコメント
>もって生まれた強健さや若い頃からの摂生が重要ですよ。
心肺機能が強い人は、ここぞというときに長生きすることはできると思います。
ただ、生まれ持つか、もたないかは、運ですから、
日本に生きる以上、それらの能力を持つもたないにかかわらず、
ある程度の年齢まで、豊かな人生を送るために必要不可欠な健康をなるべく
高いレベルに保つために、医療が提供されることがよい方法だと感じます。
それぞれの能力に関係なく、等しく税金も保険料も収めているのですから。

>アルコール性の肝硬変なんかの・・・
アルコールの販売は、日本という国が認めている事項です。
日本が禁止している麻薬の乱用であれば話が違いますが、
国として許可しているアルコールですから、乱用する人が
一定割合でても仕方ありません。
アルコールが害を及ぼすことを承知でそのほかの利点のために
禁止していないのですから、アルコールによるr被害を救済するのは当然では?
タバコについても同様だと思います。
タバコや酒が健康を害して、悪影響を及ぼすなら禁止すればいいだけのことです。
それを上回る利点があるから、禁止されないだけでしょう・・・

ところで、天然痘というウイルスは、悪影響が利点を上回るので、
人間の手で地球上から根絶されたみたいですね。

>アルコールが害を及ぼすことを承知でそのほかの利点のために
>禁止していないのですから、アルコールによるr被害を救済するのは当然
>では?

「当然」でしょうか??
医療費という限られたパイを分けるのに,その大きな部分をこのような手術につぎ込むのは適正でしょうか?
自費診療であれば,まだその余地はあるでしょうが.
その医療費はアルコールを一滴も飲まない方からも出されています.そういった方々は,そのような医療費の使われ方に納得できるか疑問です.

「禁止していないから」は理由になるとはとうてい思えません.まるで役人の逃げ口上ですね.

たばこの場合、それによる弊害に対するコストを考えると、タバコ税を一箱1000円以上にしないと割りに合わないとの情報を聞きました。(真偽は確かではありませんが)

タバコによる火事、健康被害、大気汚染など。

タバコもアルコールもそれによる弊害に対するコストは全て税金で取ってほしいものですね。

↑ もちろん、タバコ税、酒税という形で受益者負担をしてほしいという意味です。

No.19 じゅんさん

>能力を持つもたない

並列に書いたことが誤解をよんだみたいですね。摂生の重要性に比べれば持って生まれた部分など小さいです。癌などは運不運の要素が大きいですが、金をかけたならば助けられるという話にはなりませんし。

>タバコや酒が健康を害して、悪影響を及ぼすなら禁止すればいいだけのことです。それを上回る利点があるから、禁止されないだけでしょう

そんな単純な話ではないでしょう。上回る利点かどうかはいろいろな事象の価値観によっていくらでもひっくり返るものです。また一定の割合の馬鹿のために一定の割合に入っていない人が割をくうのもおかしな話ではありませんか。
国が認めていようが、それで税金を得ていようが、乱用によって引き起こされた問題まで、責任をとれという話はかなり身勝手な言い分です。
嗜好品でピンと来ないのなら塩分という話でもいいですよ。

No19 じゅんさん へ
>アルコールが害を及ぼすことを承知でそのほかの利点のために
禁止していないのですから、アルコールによるr被害を救済するのは当然では?
タバコについても同様だと思います。
タバコや酒が健康を害して、悪影響を及ぼすなら禁止すればいいだけのことです。
それを上回る利点があるから、禁止されないだけでしょう

禁酒法時代のアメリカを考えていただければ良いかと思います。国による禁止での弊害があまりにも大きく、その害よりマシだからイヤイヤ許可している部分が大きいのではないですか?これだけアルコール、喫煙の害について知識が普及している時代ですから、好きで嗜んでいる方が、その害で疾患に罹るとしたら、自己責任でお願いしたいところです。
その分の医療費負担は、摂取量に応じて自己負担すべきと考えます。

ならばカロリー過剰の人は摂取カロリーに応じて応分の負担を求められるのですか。(^^;

話の流れをさえぎって申し訳ありません。

もし、既に話題に上っていたら申し訳ないのですが、病院側弁護士にも問題があるのではないかと思うのです。そう思ったきっかけは、患者の訴訟サイトで病院側の対応についての不満がたくさん述べられていた事です。訴訟中に期日に間に合わずに弁論が延期などというのは、弁護士の能力不足あるいは怠慢というほかないのではないでしょうか。

病院側の弁護士というのは、不誠実であるほど儲けが大きいのではないかと思います。訴訟を起こされなければ大きな儲けにならないので、訴訟前の患者との交渉は手を抜いたり引き伸ばす。訴訟を起こされた後は、負けたくない病院側が証人集めをし、反論文を一生懸命書いてくれる。訴訟中も期日を引き伸ばしたりして、さらに患者の怒りを煽り控訴を呼び込む。その間に自分は別の仕事に力を入れればよい。そんな仕事でも勝訴率は高く、片手間でハイリターン。

…と、そんな弁護士が実在するかどうかは置いておきますが、誠実に患者と交渉を行い訴訟以前に食い止めるような弁護士ほど儲からないのは、厳然たる事実であると思います。結局のところ、病院にとって真に役に立つ弁護士とは、患者側に付く弁護士よりはるかに「高潔な人」となるわけです。そして、「高潔な人」が求められるシステムは、とうていまともなものではありません。(小松先生が訴訟の対立構造と述べられたのは、このことも言外に含まれたのかもしれない)

なので、病院側としてしなければいけないことは、訴訟を回避する力を評価することかもしれないと思います。誠実に交渉を行い訴訟を回避した弁護士を(勝訴よりも)積極的に評価して、多くの病院で(あるいは医師会で)顧問契約を結び、訴訟を何度も起こされた弁護士は排除する。これで対応が良くなれば、患者側にもメリットがあります。小手先かもしれませんが…

暇人28号さん:
専門的意見は必要です。なんにもなしに、遠山の金さんのように裁けということではありません。専門家にしか専門的意見は分からないということには与しませんと申し上げたかったのです。現状が容認できないのは私も同じです。

元行政さん:
私の勤めている病院は600床を超えていますが、7年前には平均25日の在院日数が現在では12日程度になってきています。さすがに病床利用率が落ちているので倍とは申しませんが、結構それに近い値です。転院する患者さんは増えていますが、医師の多くは病床利用率やDPCの日数あわせを要求(在院日数を延ばせという要請)には批判的です。

この間、医師数は4割り増しくらいでしょうか。

>同じベッド数でより多くみることができるようになっているのなら、
>同じ需要に対する必要な医療従事者数は減るのでは。需要に
>対して医師が少ないから疲弊しているのはその通りですが、在
>院日数の短縮や、病床数が多いことなどは関係ないですよね。

ホテルサービスと診療サービスは異なります。年間退院患者数は7千人から1万2千人に増えました。手術数もほぼ倍増です。

同じ需要ではなく、需要は供給の増加に追いついてきました。今の12000人の中の7000人分に供給される診療サービス量は少し減っているでしょうが、それほどで減ってはいません。

先進各国の医療需要(供給)の状況はOECDの統計をご覧になればお分かりだと思いますが、結構差があります。日本は先進各国の間でも需要が大きい国です。

医師200人の病院なら、外来2000人/日、入院患者20000人/年は可能です。もちろん、家庭医やGPと同様の機能を日本の開業医が果たせるかどうかは難しいかもしれませんが、数人での分担した形なら登録制度も可能なのかなと考えています。もちろん地域差はあるでしょう。

>それで解決できるのは、医療費増加の問題だけでしょう。
>そして医療側も患者側も愚策のおかげで多大な被害を被るでしょう。

何もしないと医療崩壊がおきる(既におき始めている)のは見えています。それなのにこういうことを(初めてのヒトに)言えるのが馬鹿な人であろうと思います。

じゅんさん:

おっしゃりたいことは良く分かります。ただ、人生のエンドポイントを決めるのは、日本のようなナイーブな社会ではムリのような気がします。欧州で寝たきりの患者さんがいないのは寝たきりになると医療が希薄になるからだということを聞いたことがあります。みた範囲でもそうでした。でも、確かにこの辺を何とかしないといけませんね。

「改革のための医療経済学」でしたっけ、タバコは医療コストをやすくする可能性があるとか長寿は医療費高騰にあまり寄与していないという結論があり、結構面白い本でした。日本のデータが少ないので、多分日本では検証できていないのかも知れませんが。

===
自己努力を怠るヒトの医療負担を健康的な人が行わないといけないのは理不尽だというのは、気持ちとしてはわかるような気がします。でもどうなんでしょ。完全無欠の人はいないし。。。でも、健康で収入の高い人は理不尽だと感じていらっしゃるのでしょうね。メディカルセイビングアカウントがいいのかもしれません。

No.25 場末の開業医さん

>ならばカロリー過剰の人は摂取カロリーに応じて応分の負担を求められるのですか。(^^;

体脂肪率を割り増し算定の係数に使うと良いとおもいます。
例えば正常値が20%と設定すれば、体脂肪20%までの人は割り増し無しで、30%の人は正常値より5割多いので、医療費は5割増しすると。
健康保険の保険料も同様に割り増しにすれば、無駄に肥満しているとそれだけで可処分所得が減るわけで、メタボリック症候群を兵糧攻めにもできると思います。

No.21 暇人28号さん

>たばこの場合、それによる弊害に対するコストを考えると、タバコ税を一箱1000円以上にしないと割りに合わないとの情報を聞きました。(真偽は確かではありませんが)

そこまで重税をかけないのは愛煙家が重税に耐えかねて全員がタバコを止めるという結果を政府が恐れているのだと思いますよ。
国民の健康をタバコの害から本気で守るなら、1本当たり100円ぐらいのタバコ税をかけるべきだと思います。

No.20 Level3 さん

>その医療費はアルコールを一滴も飲まない方からも出されています.そういった方々は,そのような医療費の使われ方に納得できるか疑問です.

納得できないような人たちはサウジアラビアなどのような厳格な禁酒国に行けば良いのです。

>>その医療費はアルコールを一滴も飲まない方からも出されています.
>そういった方々は,そのような医療費の使われ方に納得できるか疑問です.

>納得できないような人たちはサウジアラビアなどのような厳格な禁酒国に
>行けば良いのです。

クルンテープさん,
少々一方的な意見ではないでしょうか?
むしろ受益者負担すべきという方が,正当と考えるべきと思われますがいかがでしょうか.

自己の摂生が悪かったつけは自分で払うべきです.アルコール性肝障害にしても,喫煙に起因する各種疾患(COPD, 食道癌,舌癌,咽頭癌,肺癌の一部,etc.)にしてもそうでしょう.癌に関してはそれだけが原因とは言い切れないところもありますが...

No.30 Level3 さん

>むしろ受益者負担すべきという方が,正当と考えるべきと思われますがいかがでしょうか.

それなら、肥満が原因となっている生活習慣病はたくさんありますから、No.28で挙げたように肥満度を元に割り増しすればよいと思います。
アルコール依存症の人は少数ですから、しわ寄せを喰らった場合は負担の増大は深刻ですけど、肥満をターゲットにした場合対象者は多数(およそ1/3?)なので、ターゲットにされた場合でも負担の変化は少ないです。よってまず受益者負担のモデルケースは肥満をターゲットにすべきだと思います。

>自己の摂生が悪かったつけは自分で払うべきです.アルコール性肝障害にしても,喫煙に起因する各種疾患(COPD, 食道癌,舌癌,咽頭癌,肺癌の一部,etc.)にしてもそうでしょう.

これは暇人28号さんがおっしゃるように酒税やタバコ税で対応すればよいと思います。医療費への目的税として、アルコール特別税やタバコ特別税をかければよいと思います。

病的な肥満以外のほとんどの肥満は食べ過ぎが主原因ですから、本人の責任そのものです。タバコのニコチンやアルコールのような肉体的な依存性はないのですから。
タバコが止められないのは薬理作用もあって喫煙者だけの責任とはいえませんが、肥満は純粋に本人の責任です。

私はアルコールその他に対して自己責任云々についてはちゃんちゃらおかしいと思います。その反例として、肥満を挙げています。
肥満に対して割り増しをせよとか社会悪だと積極的に主張するものではありませんので、誤解の無いようお願いします。

私は非喫煙者ですが、酒は飲みます。

喫煙者やら酒飲みやらが仮に若死にし、節制し長命な人より医療費がかかるとしても、代わりに、年金受給を僅かしか受けずに死ぬわけです。特に喫煙者の場合、年金受給の差額はかなりの金額になると思われます(喫煙者の平均寿命は非喫煙者より9年余り短いそうですから)。ところが、その分をきちんと相殺した計算を見たことがありません。少々不満です。

私は応分負担の原則には賛成ですし自分の脂肪肝(汗)については自己責任だと思っていますが、それについて金銭負担をやかましく言うならば、計算を緻密にして欲しいと思います。そして、そうやって緻密に計算していくと結局、緻密に出来ないことを悟るのではと疑っています。

ところで、禁煙を広めると長期的にはむしろ医療費が増大するだろうというのはニューイングランド医学雑誌(世界で最も権威ある臨床医学雑誌)に発表された話で、それに対して賛成反対どちらの立場に立つにしろ、「タバコと医療費」を議論しようと言う人は最低抑えておくべき話ですな。

流れを無視して申し訳ないのですが、こんなの見つけました。

http://www.byouin.metro.tokyo.jp/osirase/hokoku/byoukaku01.pdf
>私の先輩であり、個人的に非常に敬愛していた魅力ある総理大臣の大平さんが、選
挙の最中に倒れて、虎ノ門病院に入られて亡くなった。一国の宰相が、大病院に収容
されながら死んでしまうという国はない。

東京都知事は、大病院では人間は死なないと思っているらしい。
ケネディーの運ばれたパークランド病院は大病院だったのかどうか、
誰か知ってる?

ついでに言うと、いかなるリスクについて層別化しようとも、層別化すること自体にコストが掛かるというのも基本ですな。
例えば保険会社は層別化して掛け金を決めたりするんですが、あれの最大の理由は逆選択(病気になりやすい人こそ入ろうとする)を防ぐ手段だと思います。

No.35 bamboo さま

とちじ、議事録1ページ半ほど言いたいように一気に喋って、即退室してますね。
ちょっと笑ってしまいました

# ゴミレスすみませんです

No.33 Forsterstrasse さん

>私は応分負担の原則には賛成ですし自分の脂肪肝(汗)については自己責任だと思っていますが、

脂肪肝に関する医療サービスを受けるときは保険診療ではなく自由診療で対処するおつもりなのでしょうか?(揚げ足取りですけど)
脂肪肝になったことが自己責任というのなら、当たり前ですけど。

応分負担というのはめちゃくちゃ大雑把などんぶり勘定で十分でしょう。

先程の私の発言のリンク先をじっくりと読み直してみたら、結構良いことも言っていました。

>お医者さんというのは、警察官と消防と同じものだと思います。犯罪が起こる、火事が起こる。警察に電話し、消防に電話したら、夜間だから、今日は休日だから行けませんということはあり得ないわけです。

そうなんですよね。だから警察官も消防も出来高払いじゃないんです。
警察や消防には税金を使わず、犯人を逮捕したら、火事を消したら、その都度お金を貰って経営しなさいと言って、成り立ちますか?
でも、救急医療は出来高払いなんです。
ボランティア精神じゃなきゃ、成り立ちませんよ。

>>No.27 てつさんのコメント
>日本のようなナイーブな社会
表面上ナイーブなだけですよ。
交通事故で人が死ねば、その人が生きていた場合の金銭的価値を算出して
お金で補償してもらうことが、日本の社会には根付いています。
命が地球より重い。命の対価は命だなんてなったら、
「目には目を、歯には歯を」の精神で、相手をひき殺しても罪に問われない
社会になっているはずですもんね。

ところで、イスラム教を信仰する人たちって、医療の結果が悪い場合は
どう対応しているのかな?

>>No.33 Forsterstrasse さんのコメント
>喫煙者やら酒飲みやらが仮に若死にし、節制し長命な人より医療費がかかるとしても、
>代わりに、年金受給を僅かしか受けずに死ぬわけです。
医療費だけではなく、年金も介護も社会保障ですから、
医療・年金・介護のトータルで考えたほうがいいですよね。
健康保険料も国民年金も介護保険料も日本では税金と一緒ですから。
税負担感を和らげるために名前を変えているだけでしょ。

>>No.20 Level3 さんのコメント
>>No.21 暇人28号さんのコメント
リスクに応じた保険料なんてしたら、それこそ大変なことに・・・
不摂生な人の分までという考えがあるのはわかりますが、それを含めて
日本の社会が成り立っているのです。
社会保障で何を守って、何は守らなくていいのか。
それを、いいかげんにはっきりさせないといけない。

例えば、医療なんて受けれなくてもいいから、年金が多いほうがよくて、
病気になったらそれで終わりでもいい、おいしいもの食べてたい人もいるかも?
医療も介護も年金も、社会保障なんだから、
それぞれのおいしいどこどりできる人と、それぞれのまずいとこばかり組み合わさる
人を作り出すよりも、トータルで平均的な社会保障を提供できる方法が
編み出されないといけないのでは?

>>No.23 元行政さんのコメント
>摂生の重要性に比べれば持って生まれた部分など小さいです。
そうですか?
そうは思いません。
さまざまな疾患は、環境因子と遺伝因子で決まると思います。
疾患によって、割合には差があるでしょう。
現時点で、その割合が推定できるものに対してだけ、リスク応分なんていう
ことをしてもいいのかなぁ?
10年後には正反対になっているかもしれませんよ。
日本という国が母体となって行う社会保障では、
個人のリスク応分なんて考える必要はないと思います。
もし、国として考える必要があるとしたら、
感染症が蔓延しないように、下水道を整備したり、ごみ処理をしたり
衛生環境を向上させること。
たとえ、危険があっても社会全体に利益があれば、予防接種などで
感染症の蔓延を防ぐこと。
そして、食生活・アルコールやタバコ・塩分過剰摂取に注意を促すこと。
そういうことではないでしょうか?
塩分に関しては、もし少ないほうがいいのであれば、
外食産業とかに塩分規制をすれば、だいぶ環境はよくなると思いますよ。
国がすることは、環境整備だから。
特定のリスクに応じて、負担を増やすのは、
国がすることではなさそうな印象を持っています。
そういうコストをかけるなら、他のことやればいい。

多くの依存症は進行性の精神病なんですけど……

アルコール依存症を例に取るなら飲酒欲求を押さえられる薬なり治療法ってないですよね?

なんというか……。うつ病は怠け病みたいなことをお医者さんがいっているとおもうとがっかりです。

>No.39 bamboo さん

>でも、救急医療は出来高払いなんです。
>ボランティア精神じゃなきゃ、成り立ちませんよ。

出来高払いそのものは原価を補うことができるのであれば、非常にいいシステムです。
問題は価格設定にあります。

消防や警察こそ、消防団や自警団のようなボランティア精神(社会防衛精神かも)に基づくものだと思います。予算で管理する病院の多くは国際的に見るとうまくいっていないような気がします。

>No.40 じゅんさんのコメント

>交通事故で人が死ねば、その人が生きていた場合の金銭的価値を算出して
>お金で補償してもらうことが、日本の社会には根付いています

結果としてそうなっているのは同意ですが、気持ちの上では根付いているかどうかは疑問です。被害者側は、自分たちはこんなに傷ついているのだから、加害者もひどい目にあうべきだという感情を感じることが多いです。医療過誤のトラブルでも補償金額を言い出すタイミングは非常に難しいものです。

ノロ病み上がりに転勤予定が重なりフェードアウト気味の老人の医者です。高齢者医療費の問題につき一言。

フリーアクセス禁止を提言 国保中央会が後期高齢者医療制度で
http://times-net.info/news/2006/12/post_467.php
 国民健康保険中央会は25日、2008年4月からスタートする後期高齢者医療制度体系について、フリーアクセスを禁止するとともに、支払い方式は出来高と人頭払い(人数に応じた定額払い)を組み合わせることを提言した。提言によると、後期高齢者はかかりつけ医を決め、基本的にはまずかかりつけ医しか受診できないようにする。かかりつけ医の報酬は登録した人数に応じた人頭払いと、定額部分で評価しきれない部分を出来高として支払う方式とする。これらによって、「効率的で医療提供と後期高齢者のQOLの向上などが期待できる」としている。

 超高齢者、悪性疾患末期と言った患者について、当院でも年間数例ご家族の希望から「苦痛除去以外の延命的処置を一切行わない」で看取るという患者さんがおられます。苦痛のない場合一般的な身辺のcare以上のことを行わないまま亡くなられる場合、コストおよびスタッフの労力的には慢性期長期入院患者とほとんど変わらないものと思われます。全般的に見ても急性期病院と比べれば高額医療にてレセプトの注釈を要するという症例は格段に少ないですが、これらはいずれも家族の同意に基づく現場医師の個人的判断に依存している事例にしか過ぎません。
 いずれも長患いの方々が多いこともあり、ご家族からは感謝されつつお帰りになられたわけですが、こうした看取り方を行えるのは長いかかりつけの互いに信頼関係のある患者(より正確には相互信頼関係のある家族でしょうか)に限られるというのが現状です。超高齢者の終末期医療についてはそろそろ一般的診療のガイドラインからは別枠で何かしら公的な基準が必要なのではないかと感じていますが、全身状態の個人差が著しく異なるという高齢者の特徴から一律年齢による受診制限の導入には慎重にならざるを得ません。

No.27 てつさん

>7年前には平均25日の在院日数が現在では12日程度

12日というのは大変立派な数字ですね。しかし読んだ一般の方が誤解しそうなので、詳しく述べさせてもらいますと、12日にするために多くの患者を下請け病院に出して達成した数字のはずです。どの時点まで入院治療が必要かということは相対的主観的なもので絶対はありませんが、その病院を退院(又は転院)する時点の、患者の回復度は明らかに違うはずです。その在院日数をとってそのまま2倍となったとするのは利用率の低下を考えなくても簡単に成り立つ話ではないはずです。

>同じ需要ではなく、需要は供給の増加に追いついてきました

先生は供給があれば需要が生まれる。生まれた結果今2倍の症例数をみているというお考えのようですね。
私は、これは単に、他の病院がおこなっていた初期治療の部分が、分業化が進んで先生の病院に集まっただけだと思います。(もちろん司法による転送の推奨も原因の一つでしょうが)
分業による効率化はもちろんいいことですが、需要の量≒医療の質です。他の国より需要が多いことを問題にするよりも、圧倒的に供給が少ないことを問題にすべきだと思います。

>医師200人の病院なら、外来2000人/日、入院患者20000人/年は可能です。

この程度みれば済むという話は、現時点の高度医療に送られてくる患者を考えての話だと思います。しかしこれは現時点でプライマリケア医では対処できないが、中途半端な程度の(集約化でなくなるはずの)病院がある程度吸収してくれていたから成り立つ話であることに気付くべきです。プライマリケア医は肺炎程度でもその病院に送ってくることになるんですよ。

>>それで解決できるのは、医療費増加の問題だけでしょう。
>>そして医療側も患者側も愚策のおかげで多大な被害を被るでしょう。
>何もしないと医療崩壊がおきる(既におき始めている)のは見えています。それなのに

間違った意見に対して、別に対案を立てなくても批判は問題ないでしょう。

とるべき対策はすでに多くの人間がわかっていることです。供給の増加と、それに比例した医療費の増加のはずです。医師を増やすことは時間がかかりますから、パラメディカルを増やすことでもいい。とにかく供給を増やすことです。病床減による効果は、結局必要な需要の切り捨てになるだけでしょう。

No.41 アル中さん

精神病の範疇に入れば、鬱や統合失調症と同じ扱いをするべきとか、してもらえるとか考えるのは誤りです。同じと考えるならば、アルコール依存症は、先ずどんどん措置入院させるべきでしょうね。(そういうシステムはありませんが、措置入院させた方がいいと考えられる場面はたくさんありますけどね)

それから家族に家の中の酒を捨てさせたり、患者に酒を買う金を持たせないというのも、一つの治療ですよ。医療費が上がるというのも、広い意味での治療法でありえます。

No.42 てつさん
>出来高払いそのものは原価を補うことができるのであれば、非常にいいシステムです。
>問題は価格設定にあります。

言われてみればその通りですね。
ドレ医根性が染みついているので、そのような価格設定なんて、思いつきもしませんでした。
医師を当直ではなく、交代制にしてもペイする価格って、どれくらいになるんだろう。

自警団、消防団については、そのような地域に住んだことがないのでコメントはパス。
石原都知事も念頭になかったと思います。

No.40 じゅんさん

>そうは思いません。さまざまな疾患は、環境因子と遺伝因子で決まると思います。

疾患がなければ長生きができると考えていること自体誤りです。私やLevel3先生のニュアンスが伝わってないみたいですね。

>その割合が推定できるものに対してだけ、リスク応分なんていうことをしてもいいのかなぁ?

生命保険でもすでに市民権を得ている話ですよ。

>10年後には正反対になっているかもしれませんよ

根拠のない空想を論拠にしても議論にはなりませんよ。

>特定のリスクに応じて、負担を増やすのは、国がすることではなさそうな印象

コストなどかからず、国がしてはいけないという理由はありませんよね。負担を増やすこと自体が環境整備になるのではありませんか?

> No.35 bamboo さん
あの都知事は馬鹿だからヒトのいうことを理解しようとしないのです。まあ、無視した方が賢明ですね。

産経新聞からです。厚生労働省も医療訴訟に関してもっと真剣に取り組んで欲しいものです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061226-00000017-san-soci
平成12年から18年3月までに刑事判決のあった医療過誤事件の3分の1は、医師など個人の刑事訴追の妥当性に疑問があったとの研究結果を、東京大学医療政策人材養成講座の研究班(筆頭研究者・神谷恵子弁護士)がまとめ、25日公表した。研究班は、刑事訴追が妥当でない医療過誤事件は、行政が責任を果たす規定を設けるよう、厚生労働省に提言した。
 研究班は、判決文を入手できた18事件について、非難に値する事件か、処罰が適切かなど大きく5項目で評価。各事件ごとに、医療側、患者側などさまざまな立場に立つ研究班のメンバー7〜13人が出した評価点を平均化した。
 その結果、6件が、刑事事件として非難すること、医療従事者個人を処罰対象とすることの双方に、否定的結果が出た。これらは病院の医療安全体制に問題のある事件だった。逆に大半の評価者が双方とも肯定的だったのは2件だった。
 研究班は「刑事事件として扱うべき医療過誤事件を絞り込み、刑事事件として妥当でない事件は適切な行政処分で再発防止に努めるべき」と提言している。

>No.45 元行政さん

ちょっと退院患者データベースをまわして調べてみました。

退院患者中の転院患者の割合は殆ど増えていません。
診療科ごとでみると、整形外科は確かに転院患者が増えています。
外科は、手術患者の退院患者中の転院患者は増えていません。

ふむふむ。

それと私の申し上げている対策は、急性期医療の供給増を短期的に果たすためのものです。
ランチェスターの法則からも多分こうしたほうがいいかなと。

自分自身でも、どこかの田舎の病院に行かないといけないとするとこういう病院であれかしと思うものです。それを実現するには、統合しかないのではないかと。

医師を集めるためには、当直が少なく、その翌日は休めて、スタッフが多く、それなりの患者数もいて、子供が病気でもなんとかなって、トラブルのときは組織的にバックアップしてくれる、そんな病院がたくさんほしいなぁと思います。

ともかく金と人をといわれても実現できますかねぇ。もちろん、ひとつの病院だけを救えというなら、それでできますが。ミクロとマクロは違うということはお分かりですよね。

単なる肺炎の患者さん。確かに悩ましいところではありますが。
雪に閉ざされるところはどうするのか。うーん。ホテルではいけませんか。安いやつ。病院の隣に。地下通路でも作って。アメリカ風過ぎ?


>>No.48 元行政さんのコメント
もし、本当にリスク応分をするのであれば、年齢で保険料を調整するのが
リスク応分になるでしょう。
データがすこしふるいのですが、
40歳以下は、一人平均年間で外来と入院をあわせて、10万円くらいしか
40-60歳でも、医療費を20万円くらいしか使っていません。
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je05/05-3-2-09z.html
リスク応分で、若い人たちの健康保険料を、年齢層別に使用している
医療費にあわせて調整したら、喜んでもらえるし、ほかの事にお金を使えるから
国内の消費も上向くかもしれませんね。
まあ、高齢者の不安は増大するというか、平均70万円の保険料とかになるから
医療を受けることができなくなるでしょうけどね。

>疾患がなければ長生きができると考えていること自体誤りです。
病気に対する理解が乏しい人や、病院に来ればなんでも魔法のように
いままでどおりの健康を取り戻せると考えている人や、
なぜか救急をたくさん受診する人などを抑制する方法は必要かもしれませんね。

No.51 てつさん

>ホテル
>金と人

介護施設への誘導でもわかるように、有資格者を一定の水準の医療を提供できるだけの数集めれば、金はどうしてもかかるわけで、その代替として、無資格者(又はそれに準ずる者)により多くの患者の面倒を見させることにより、厚生省は金を節約しようとしています。ホテルなども同じコンセプトになりますよね。(前者は素人には下がった質が気付きにくいような工夫だと思います)
結局は、先生の提唱する救急も想定した高度な急性期サービスのために、普段の医療サービスをどれだけ犠牲にするかという話ではないでしょうか。限られた医療費の中、医療従事者がぎりぎり需要に追いつこうとした結果、自然と効率に関してはよい形になっていると考えています。
何よりも問題なのは、国民の無知による要求増がとどまる事をしらないことですよね。救急の無茶な要求に対する対応が第一ということなら、先生や厚生省の案は間違っていないと思いますが、結局ダメになる部分の説明は不可避なわけで、どうせ説明するのなら救急のコストがいかに高いか、コストパーフォーマンスとしては悪いのか説明し、そして実際救急の料金を思い切り上げるべきだと思うのです。安いことがかえって変な勘違いを生む土壌になっていますし。

金は上げられないという発想から、まず止めるべきだと思います。患者の感謝で補われていた労働奉仕は感謝がなくなればその労働の対価は請求する。訴訟のコストも当然入れる。説明義務のコストも当然上乗せする。カルテ開示も当然文書料をとる。自ら病床を減らして医療全体としての収入を削ることは自殺行為に思えます。(払えなければ安くするなんて商売は存在できないでしょう)本来正すべきところを正さずして、厚生省の思惑に乗ることには賛同できません。

>どこかの田舎の病院に行かないといけないとするとこういう病院であれかし

確かに頻回に当直がまわってくるような病院はダメですよね。医師も多いにこしたことはない。しかし多くの医師を配置した病院でも、わざわざ高度な救急に対応する必要はないと思います。高度な救急だと、先生の案でも構成員は人数的にかなりつらいですよ。

>ランチェスターの法則

医療は消耗戦ですか?

某便所の壁でこんなブログが紹介されていました。
ご参考までに。

粘る稀なガン患者
未承認抗ガン剤を含む化学治療により、粘りまくっている膵内分泌細胞ガン患者
http://neuroendocrine-tumor.cocolog-nifty.com/pancreac_endocrine_tumor/

No.52 じゅんさん

リスク応分として年齢も考慮する余地はありますが、高齢者に対する扶養義務を考えれば、喫煙が考慮されても年齢が考慮されないことは、問題にならないでしょう。

>若い人たちの健康保険料を、年齢層別に使用している医療費にあわせて調整したら、喜んでもらえるし、ほかの事にお金を使えるから国内の消費も上向くかもしれませんね。

将来の不安が強くなれば貯蓄にまわるので、効果なしでしょう。

>uchitama さん
興味深い研究成果だと思いますが、誰が「刑事事件として扱うべき医療過誤事件」を絞り込むのかが不明瞭ですね。医師なのか、検察なのか、厚労省なのか、ADRなのか。成果物には書いてあると思いますので、一度読んでみることにします。

>No.53 元行政さん

私は、なんでも医療の対象とするのはいかがなものかと思っています。
福祉の手に移ってから、生き生きとし始めた患者さんも結構います(もちろん、その逆も)。

生命予後や機能予後に目が向きがちなのですが、生活とはそれだけではないようでもあります。極端に言えば、医療従事者が濃厚であれば良いということになれば、全ての患者をICUに収容するということになります。もちろん、そうは思っていらっしゃらないとは思いますが。

その昔。脱病院化社会という本を読みました。まあ、極端すぎる論理ではありましたが、自分を全て正当化するのはいかんなぁと感じました。

ランチェスターの法則は、マーケティングの世界でも使っていますし、戦場だけの話ではなさそうです。もちろん出典はそこですが。要は、大規模にしたほうが効率的になることもあるということですね。全部がそうだとは思っていません。ただ、急性期病院というのは総合力だなとおもいます。どこかの診療科が弱くなったりすると結構全体のパフォーマンスが落ちるなと。

国民の要求が過大になってきていることには同意します。特に自己負担増は病院収入増だと思っているのは勘弁してくれと思いますね。

高度な救急は100万人にひとつでいいと思います。20万人にひとつとなると2.5次くらいのイメージです。

医師200人というのも決めたわけではありませんが、大体はいけるかなというレベルです。研修医・レジデント70人は月5回程度、若手スタッフ50人が2回、中堅50人が1回、お年より30人は管理当直で1回くらいで、7列くらいの当直が組めます。救急部門を10人にするとまあまあいけるでしょ。(#眼科とか難しい診療科もありますねぇ)

プライマリケアは別として考えますが、確かにここが悩みの種でもあります。

No.57 てつさん

>私は、なんでも医療の対象とするのはいかがなものか

この場合の福祉と医療を別の概念と考えることは意味がないことと思います。多少の質の違いはあるものの、最近導入された福祉の本質は代替医療です。そちらに任せるということは、規制緩和して格安医療スタッフを増やすこととマクロ的には同義でしょう。

>高度な救急は100万人にひとつでいいと思います。20万人にひとつとなると2.5次くらいのイメージです。

妥当な感覚でしょうね。しかし当初の見積よりも高度救急の分が足りないでしょう。また20万人にひとつの病院は、やはり最初の想定より多くみる必要があると思いますよ。

>眼科とか

うすうすお気づきだと思いますが、私が厳しいと表現したのは、ひとつの科(又は単位)辺りの人数が少ないということです。眼科はもとより、産科は、脳外科は、麻酔科は、どうするのでしょうか。結局まあまあいけたりしませんよね。
それから、スタッフの比率はあくまで現在の先生の病院の比率から割り出したものですよね。違った組成の病院のおかげでそのような比率なわけで、医師の半分として分けるならその比率はありえませんよ。

>どこかの診療科が弱くなったりすると結構全体のパフォーマンスが落ちる

効率的な組み合わせってあるのではないですか。例えば産科がないことによって対応できない患者は出てきますが、あることによるパーフォーマンスの違いより、産科を作り維持するコストの方が大きくなりませんか?また組織が大きくなると、逆にそのデメリットというものも少なからず存在するものですよ。


集約化はある程度は必要です。しかし、誰かが政策的に誘導しなくても、逃散した人間が悪くない病院に集まり、そこで集約するでしょう。これは待遇の改善に繋がることで我々にとっては悪いことではない。我々がすべきことは、異動のための情報交換や、よりよい環境(患者に対するサービスの向上も含む)のための複数の医師による交渉だと思います。
もちろんこれは医師の給与増につながるため、政府としては歓迎しないところでしょう。そこで先生の案のように、政策的に勝手に集約病院を決めることで、勤務先の選択の自由や、条件交渉の自由を狭めようと考えています。
先生が、案として出された病院で働きたいということは、全く間違っていません。しかしそれを実現するためにすべきことは、そのような政策の提言でなく、同志を集めて、そのような病院を作り上げることではないかと思います。(先生の考えが妥当なら、日本全国そんな病院だらけになるでしょう)

リスク応分の負担ということについて

自己責任が少なくともある程度は関係するモノを把握される社会ということになりますね。

摂取食塩量を測られ、摂取脂肪量を計られ、体重を量られ、タバコ(これは税金でもいけますが)の本数を調べられ、危険な性行為をしていないかを調べられ、横断歩道の前で左右を見ているかどうかを見張られ、自動車の運転速度を量られ、山に登るかどうか、海に潜るかどうか。ちょっと極端すぎますが。

密告もはやったりして。「御注進!あいつ隠れて食塩なめてます。」とか「夜になると冷蔵庫を開けてマヨチュッチュ(死語)しています。」とか

まあ、自分自身が健康であり続けるインセンティブを含めるのは悪くはない考えかも知れず、medical saving accountというやり方もありますがね。

乳幼児医療無料化には反対します。医療保険の完全な一本化は、悪くはないチョイスですが、運営の透明化が必須でしょう。

きょうは御用納めで病院外にいるのでちょっと暇ができました。

内緒で書いております。

私の希望がかなわないのはいくつか理由があります。

1.住民が納得しない。「おらが村にも病院はひつようだぁ。死ねというだか。」

2.経営母体(公的・公立)や事務方が納得しない(というか理解しようとしないで「なぜそういうことになるのかがわからない」といい続ける)

3.労働組合が納得しない。「経営責任をとれぇ。雇用をまもれぇ。」

4.医師は思ったほど自由な行動をしない。(勤務医の圧力団体でめぼしいものは存在しないでしょ。殆どの勤務医が自分の意見を代表してくれる組織が欲しいと思っているけど。スポークスマンらしい人も見当たりません。私もマスコミに出るとえらい目にあいそうだと思っているの黙ってます。)

統合を神の手にゆだねるのは難しいと思います。

それと、まずは金を出せというと一般人の理解が得られにくいです。

まずは、医療の質を守るための労働環境です。スタッフ環境です。そのほうが、人々の心に響きます。実際に、多くの医師に会うと、お金よりも、経営陣との風通しの良さ、スタッフ、設備、患者構造、お子さんの教育環境なんぞのほうに興味を持つ人が多いです。
腕が揮えて、指導体制があって、自分の実力も伸ばせて、家族も幸せということが必要なのではないですか。家族に自分の存在も必要です。働いて、留守で、金だけ持って帰ってくる配偶者を持つことが幸せだという人は少ないでしょう(そういう人がいないとは限りませんが)。

今のままなら、医師需要は伸びる一方ですから、給料は上がっていくでしょう。ウチの病院もそんな感じです。でも、皆さんはそれで幸せですか。病床を埋めろといわれつづけますよ。当直の翌日も通常勤務です。私はいやなんですけど。

それと200人という数はあんまり計算はしていません。大づかみです。亀田総合病院は350人くらいらしいです。それくらい必要なのかもしれませんが、カバーする人口は考えない解けませんね。あと、都会と田舎は違うと思います。都会は、診療圏が入り乱れますので、ちょっと話が違います。大都会以外のお話とお考えください。


今年最後の打合せが終わりました。今日はこれでおしまい。

そうそう、一部だというにしろ福祉は代替医療というのは、福祉の人が怒るかもしれません。
介護保険が医療に流れているのは確かですが。「お前らは格安医療なんだぞ〜」とは私はいえません。

福祉の世界で仕事してきた人には医療の人とは違うものを感じることが多いです。

それと産科を失うと生殖年齢層女性の救急にも大きな問題が発生します。実際に、産科がなくなった病院の救急医からそう聞きました。「おなか痛いといわれるとこわいぞ〜」と。

No.60No.61 てつさん

>4.医師は思ったほど自由な行動をしない

一番のネックはこれでしょうね。でもする前から諦めないで、小さな一歩を先生には期待しますよ。(4が先生の自由自在になると仮定して考えてみてください。1〜3は何とかなりますよ)

>統合を神の手にゆだねるのは難しい

社会主義者ですか?

>金を出せというと一般人の理解が得られにくい

理解してもらわなくてはいけないのは、医療水準の現実だけです(知識の理解)。多くの人間にとって、自分が損する話は筋がどうであろうが関係ない。それを相手にのませることは、医療以外の世界では一般的におこなわれています。払えないなら契約できない。交渉して落し所を探るだけの話です。

>お金よりも、経営陣との風通しの良さ、スタッフ、設備、患者構造、お子さんの教育環境

子供の教育環境だけはなかなか難しいですが、お金が交渉できる状況ならば、他の問題はなんとかなります。

私でもある程度できたことです。

>福祉の人が怒るかも

そんなことはどうでもいいことです。厚生省が介護の制度を作った意図は、医療費削減のためであることは事実です。重要なのは、介護を含めたトータルで、住民を幸福にすることです。私の病院、そして私は介護にどっぷり関わっています。自分の目の届く範囲において、へたな療養病院よりよいケアになっているという自負もあります。

>産科を失うと生殖年齢層女性の救急にも大きな問題

大きな問題にはなりませんね。急性腹症で婦人科系の疾患が怖いことは確かですが、生殖年齢女性の腹痛は必ず婦人科医も診察するというシステムになっているわけではありませんし。

>>No.59 てつさんへ
健診の結果をもとにした予防医療ビジネスが、健保組合の中で進みつつあります。
体重や血中の脂質の量などから、ハイリスクの疾病を例示して、
「そうならないように気をつけましょう。こんな方法で健康増進するといいですよ」と
電話やメール、ネットで告げるようなものが。
(その結果医療費が抑制されて企業健保はコストを抑えられる)

それが普及したら、No.31の方がおっしゃってるように、甲状腺機能異常や疾病による浮腫などを除けば「デブは自己責任」(実際には遺伝が大きいですがね)なので、蓄積された健康診断時のデータに基づいてリスク評価を行い、保険料率を変動させる、なんてことは不可能ではないと思うのです。
ex.喫煙量に応じて保険費用+10〜+100%、肥満度に応じて+10〜+100%、など。
漫然と受けている健診に、健康増進へのインセンティヴがつくなんていいアイディア!

環境因子と遺伝的素因との寄与する割合の算定が難しいところですが、
これも遺伝子解析の進展であと10年くらいしたらほとんど解決されそうな問題です。

お家に戻ってきました。

>No.62 元行政 さん
>社会主義者ですか?
市場原理主義者ですか?
じゃ、社会保険は敵ですね。

>No.63 aki さん
疾病管理やらハイリスクアプローチやらはうまくいくといいなと思います。
ただ、E-LEARNINGがなんか「いやん」な気がするように(え?そんなことはないですか?私はするんです。みなさんはいかがですか?)自動化した介入は結構効き目がよろしくないような気がします。
パーソナライズすると結構なコストがかかります。行動変容刺激の持続も結構効果が衰えがちではありませんか?
健保組合を取り巻くビジネスは、うたわれるほどの効果がでない場合も多いような。結局は天下りのいるところが契約を取ったりしますしね。

保険料算定には収入も絡んでいます。欧米でも肥満度と収入は相関性があったような。肥満度の算入は倫理的にも大丈夫でしょうか?

さ、ご飯食べよ。

No.63 aki さん

>実際には遺伝が大きいですがね

病的な肥満については良く知らないのであのような表現をしたのですが、如何に遺伝的形質があっても人間は光合成しているわけではないでしょうから、摂取カロリー以上は肥満できないように思うのです。
肥満の原因は必要量以上のカロリー摂取以外には無いと思っていたのですが、間違いだったのでしょうか?
遺伝といっても終戦前後の食料難の時代は肥満者なんてほとんどいなかったわけで、遺伝が理由になるような肥満者は無視しても影響は非常に小さいと思われます。

結局、自分の食欲を自制できていないと言う点で肥満は完全な自己責任だと思っています。

おはようございます。

>aki さん
予防に投資をするなということではありません。研究を続け、事業化するように努力はすべきだと思っております。難しそうに見えるけど、がんばってくれという感じ。

>No.65 クルンテープ さん
集団的に肥満が多いのは、ポリネシア辺りの島嶼諸国で指摘があり、遺伝的に飢餓に対処できるように肥満しやすい人が多くなっているそうです。
当然、終戦前後の状況になると、これらの人々も肥満はしていないでしょう。環境変化への対応のための遺伝子です。
また、やせている方がよいということなら、健康のためには、終戦前後の経済/農業状態にするのがよいでしょうか。
ばんばん結核で死んでいた頃です。そうするとやせている人がリスクが高くなるということになるかもしれません。生命保険会社の統計で、ちょっとヒマンという人が生命予後がいいというニュースがかなり前にありました。やせているのもリスクだろうと思いますよ。

私の意見は、リスクでの料率の変更はせず、ハイリスクグループには生活改善刺激介入をするというところです。

No.64 てつさん

>市場原理主義者ですか?
>じゃ、社会保険は敵ですね。

どちらかに走るつもりはありませんが、その傾向は強いかもしれませんね。行政による介入は必要ですが、社会主義的な計画で人、金を動かした結果が悪いことは歴史が証明しているでしょう。

それから、病者を助けるということの快感や人に出来ないような難しい症例をこなす自己満足も含めて、得な方を選択しようと思っているだけで、総合的に損になるなら保険診療に固執するつもりもありませんよ。

No.66 てつさん

>また、やせている方がよいということなら、健康のためには、終戦前後の経済/農業状態にするのがよいでしょうか。

私はやせている方が良いと強く考えているわけではありませんよ。
もし肥満は悪いと強く考えていたとしても、国民の肥満予防の為に終戦前後の経済/農業状態にする必要もありません。国民の過半数が肥満というわけでもありません。つまり、自己管理できていないのは少数派なのですから。

>やせているのもリスクだろうと思いますよ。

リスクと看做されるような痩せは肥満ほど簡単に自己対処できるものではないと思います。
終戦前後という時代例を挙げたように、カロリー不足は自己の節制だけでは解消できないものです。
また、色んな病気によって食べても太れないことはあり、これも自己管理だけではどうしようもありません。
痩せ過ぎはリスクではあっても太り過ぎとは同列に扱えないリスクです。

>私の意見は、リスクでの料率の変更はせず、ハイリスクグループには生活改善刺激介入をするというところです。

私の意見は以下のコメントに対する反論が元になっています。

>その医療費はアルコールを一滴も飲まない方からも出されています.そういった方々は,そのような医療費の使われ方に納得できるか疑問です.

こんなけち臭いことを言い出せば、私が引き合いに出している肥満の例だけでなく、自損交通事故でも医療は自費診療になってしまいそうですし(特に暴走族なんかの)、きりがないように思います。

>No.27、No.60 てつさん

>7年前には平均25日の在院日数が現在では12日程度
>この間、医師数は4割り増しくらい
>年間退院患者数は7千人から1万2千人に増えました。
>手術数もほぼ倍増です。

 この数字は素晴らしいと思うと同時に、600床を超える病院でこの様な変貌を遂げられるのは羨ましい限りです。これほど成功している病院の秘訣を是非とも知りたいのは私だけではないと思います。お手数と思いますが、以下の具体的な質問にお答え頂けないでしょうか?

1) 入院患者の数をどうやって増やしたのでしょうか?
 単純に平均在院日数を半減させればベッド稼働率も半減するだけですから、患者を増やす方策が求められます。No.60のコメントに
>都会は、診療圏が入り乱れますので、ちょっと話が違います。大都会以外のお話とお考えください。
とありますが、てつさんの病院は大都会にあるのでしょうか?それともそれ以外なのでしょう?合わせてお答え頂けると幸いです。

2) 医師数をどうやって増やしたのでしょうか?
 具体的には4割増しで現在何人程度の医師数なのでしょうか?国公立病院はどこも人員削減傾向が強いので、この7年間に4割も医師数を増やすのはほとんど無理だったと思います。とすると残りは民間病院になりますが、経営母体の種類と完全独立採算制かも合わせてお答え頂けると幸いです。

3) 特に麻酔科医をどうやって確保しているのでしょう?
 上記2に含まれる事柄ですが、敢えて麻酔科医だけは別枠で質問させて下さい。手術数が2倍になれば、単純計算では麻酔科医の負担も2倍になります。今は麻酔科医の立場は非常に強いので、労働条件が悪化すれば引く手あまたの他病院へ異動してしまいます。麻酔科医の対偶も含めて、教えて頂けませんか?

No.65 クルンテープ さん
確かにある意味肥満は自己責任ですが、あきらかに遺伝的に太りやすい性質というのもあります。やせる努力をせずにいるのであれば自己責任ですが、やせたくとも遺伝的になかなかやせない人もいます。これをどう考えるのか、私の中でもまだ結論は出ていませんが、こうした人たちに本当に責任があるのか、あるいは運命(自然のいたずら)なのか結論が出るまでもうしばらくお待ちください。

No.70 yama さん

>やせたくとも遺伝的になかなかやせない人もいます。

現在では客観的に肥満であったら、医師の指導の下に減量することが可能だと思います。
入院治療しているとすれば、カロリー制限なども療法として考えられます。そのとき基礎代謝相当の1200カロリーの病院食を摂るような場合もあるでしょう。
このカロリー制限を守っても体重が減らないというほどの厄介な肥満体質の患者ってどの程度いるのでしょうか?
ほとんどは隠れて食べているから痩せないだけなのではないのでしょうか?

肥満による医療費割り増しなぞは実際にはやる必要は無いと思いますが、自己責任とは言えない人について割り増しの対象外にすれば良いでしょう。
ダイエットプログラムを完了しても、減量できなかったら、対象外にすれば良いし、隠れて食べたりすれば、自己責任の肥満と看做せば良いでしょう。

> ほとんどは隠れて食べているから痩せないだけなのではないのでしょうか?
これが証明できないのでやっかいなのですが、肥満を全員入院させていたらそれこそ医療財政は破堤するでしょう。しばらくは保険診療でない埒あかないと思います。
実際に太りやすい遺伝子というのは見つかっています。さて、こうした人たちが果たしてダイエットだけでやせられるか・・・・こうしたことを厳密に証明しない限りこの人たちを保険診療からはずすのは現場を無視した暴走だと思います。極論すれば、遊んでいて骨折した人は、自己責任となります(遊ばなければ良いことだから)。やはり科学的な裏付けが必要と思います。
あとは、保険診療の範囲を理論的に論ずることです。

No.72 yama さん

>これが証明できないのでやっかいなのですが

カロリー制限をしても痩せないという患者は実際にそんなにいるのでしょうか?

>こうしたことを厳密に証明しない限りこの人たちを保険診療からはずすのは現場を無視した暴走だと思います。

私もそう思います。 しかし、アルコールなどの影響での疾患は自己責任で、飲まない人の保険料を飲酒者への医療に使うのはおかしいと仰っているのも「現場」の方なんですよね。

>No.69 ヤブ医者 さん
>1) 入院患者の数をどうやって増やしたのでしょうか?
基本的に都会です。近くの公立病院が機能低下をしたということもありました。これほど急激でないにしても、都会では多くの病院でも同様のことが起きています。勝ち組負け組がはっきりしているような気がします。
>2) 医師数をどうやって増やしたのでしょうか?
実人数は勘弁してください。200人には及びません。増員数の多くは研修医とレジデントです。医師は1億円の売り上げマシンであることを強調したことと将来的な医師確保が生き残る必須条件であることも強調しました。研修医とレジデントはほとんど自由に増やせるようになりました。常勤も指導のためにも必要ですし、実際に売り上げがたつのをみると本部も否やはいいません。まあ、当時の院長の目が確かだったということだと思います。
>3) 特に麻酔科医をどうやって確保しているのでしょう?
常勤麻酔医は4人から8人になりました。間もなく常勤化するレジデントも一人。研修医が0.5人分くらいですかね。これでも足りませんけど。増員のほとんどは部長の努力と大学医局の理解によることと、個人的なリクルートです。運も強かったですね。麻酔科医の待遇改善圧力は確かに高いです。不正でない範囲でできるだけの努力をしています。

新聞を眺めていたらこんな記事がありました。

75歳以上の外来医療、「定額制」を導入へ 厚労省
http://www.asahi.com/politics/update/1229/004.html

年齢別の医療費のグラフなんかもついています。開業医のプライマリケア医化と完全人頭制の導入という厚生省の思惑がチラチラ見えています。

開業医が検査機器を買えば検査の需要は増えます。高度医療での検査は必要かもしれませんが、開業医にはなるべくしてほしくない。利益確保(需要創出)にも走るので、開業医自体も増えて欲しくない。これを解決する方策が完全人頭制です。総需要に限度があるので、これを分け合うだけなので、いくら開業医が増えても関係なくなります。そして何もしなくても開業制限となり、勤務医をより悪い条件で雇っておけるようになります。もちろん病院病床潰しとセットで、選択の余地を減らします。(勤務医の抵抗を避けるために、一時的にはアクセス制限を強化して、集約化でこれだけ労働環境がよくなりますよとやって、梯子外しをするでしょうね)

薬代も入れて、人頭制にとも書いてありますが、こうなると新薬を売りたい外国と軋轢は大きいので、おそらくはそこまではいかないと思います。(そんなことだと院外薬局もなくなるでしょう。高血圧は皆アダラートLのゾロですか)当初は日本の医療に参入させろと要求していた米国も、日本の医療には全て横取りしても労力に見合うほどの利益など最初からない(保険には利益がありそうです)ことに気付き、機器や薬を買うことだけを今は要求しているらしいです。そうなってくると、ただでさえ激安な部分を安くするだけなので、これだけでは思ったほど医療費における削減効果はないでしょう。

No.74 てつさん

先生自身は危機感の低い場所で働いておられたんですね。
それなら自治体と折衝する必要もない。失礼しました。
地方も同じような感じでいけるだろうという根拠はないということで。
そういえばニュースでは、青森のどこかで作ろうとしている集約化された病院に50人の医師の確保すら目処が立たず頓挫しているという話がありましたね。

>No.73 クルンテープ さん
実はそうなんです。
私は前に記したとおり結論は出していませんが、医師の中には肥満は手術料を値上げしろ、だとか、自己負担にしろ、だとかいう現場の人が少なくありませんし、私の周りでもそうです。でも、理論的に攻めていくとそれは科学的に証明しているわけではなく、こう言う人達はいささか暴論であると私は思います。

> カロリー制限をしても痩せないという患者は実際にそんなにいるのでしょうか?

肥満については証明されていないのでともかくとして、糖尿病や高脂血症がカロリー制限だけで治らない人はいます。肥満だけではリスクは実はそんなに高くなく、高脂血症、糖尿病、高血圧などが組み合わさって何倍もののリスクを生み出すことが証明されていますし、リスクが考えられない人達でも遺伝子の組み合わせにより最大で2倍のリスクになることが証明されています。
アルコールについてはやはり生まれつきアルコール依存症になりやすい人が知られています。今では精神疾患という考え方が主流であり、遺伝子も見つかっています。人々の誤解が結構多すぎるのです。たとえば、統合失調症は以前はキチガイと呼ばれ、自己コントロールができない低俗な人間がなるとされ、差別の対症になってきました。しかし、現在では遺伝することがわかってきており、病期の一つとして見なされています。同様に性同一性障害についても精神の病気とされていましたが、今では胎児期のホルモンの関係あるいは受容体の異常と考えられているのです。従ってアルコール依存症が一概に自己責任とは言い切れないようです。私自身、このことについては無知に等しいので自分の意見はまだ固まっていません。
まだまだ議論の余地はあるみたいです。

参照:Nature 2005 436;11:845-847

エー、外科系として「肥満」に一言。肥満の人の手術ってやりにくいんですよ。視界は悪いし、手は脂で滑るし、合併症リスクは高くなるし。(昔帝王切開で腰椎麻酔が普通のレベルでは入らないほど肥満した人がいて、ものすごーく苦労しましたし)この春の診療報酬改訂で数少ないアップ項目が「ハイリスク分娩管理加算」ですが、この項目にも「肥満妊婦」がしっかり入ってます。純粋に技術的に難しいから加算して欲しいなーというのは、自己責任という問題とは別に外科系の要望としてあるのです。

No.77 yama さん

>生まれつきアルコール依存症になりやすい

確かにその通りなのですが、遺伝的素因を持つ人がアルコールを飲めば一瞬で依存症というわけではなく、他の病気のかかりやすい遺伝子同様、程度の問題ですよね。
遺伝子が発見されているからという話から言える事は、遺伝子を持っている人は、持っていない人のアル中より自己責任の部分が軽いということにすぎないでしょう。
アルコールやニコチンの依存性が有名でも、食欲を押さえるとか、計画的な食事をしなくては肥満してしまう体質や環境の人より、依存性物質を止める方がより努力を必要とするなんてことは、原理的にも、臨床での経験上もとても言えないと思います。

先生は十分承知のことだと思いますが、補足させていただきました。

誤解されそうな表現なので再補足

比較は依存性物質常用者と肥満者の比較です。

医療も含め福祉費用増大の最大のリスクファクターは年齢と思われます。
仮に酒、タバコ、肥満などのリスクファクターを取り除くことに成功したとして、その結果長寿命化が起こったならば、かえって福祉費用は増大すると思うのですが・・・

>純粋に技術的に難しいから加算して欲しいなーというのは、自己責任とい
>う問題とは別に外科系の要望としてあるのです。

山口(産婦人科)さん,

麻酔科医の立場としても同意見です.
脊椎麻酔や硬膜外麻酔に苦労するのもそうですが,全身麻酔においてもマスク換気や気管挿管が難しいこともありますし,気道確保ができてもPEEPを掛けておかなければすぐに無気肺が生じてPaO2が低下したりします.側臥位や伏臥位にする場合なども大変です.
BMI>30では明らかに麻酔リスクが高くなるというのは衆知の事実です.
これでもスリムな患者さんと麻酔料が同じというのは正直納得できません.
もちろん外科の先生が手術するのも大変で時間が掛かることも多く,こちらも手術の種類だけで手術料が決まる現状には不満が出るのは当然かと思われます.

No.81 場末の開業医さん

>その結果長寿命化が起こったならば、かえって福祉費用は増大すると思うのですが・・・

そんなにコストパフォーマンスが重要で長寿社会がもたらす福祉のコスト増が問題ならば、年金生活の10年満期と姥捨て山でも提案してみては如何ですか?
コストパフォーマンスということなら高齢者だけでなく、生活保護世帯などもいわば石潰しですから、生活保護も満期を決めて、脱出できない場合は捨て山行きにしてしまえば良いんじゃないですか?

なんかナチスドイツみたいですけど、社会、そしてその構成員のコストパフォーマンスはぐっと良くなるでしょう。

>クルンテープさん

ですから私が言いたかったのはリスクファクターうんぬんと医療費との関係をつっついてもあまり意味がないのではないかということです。

No.84 場末の開業医さん

了解です。

>No.74 てつさん
早々のご回答有り難うございます。

 てつさんの病院は優れた病院長がいらした様で、凄いですね。特に麻酔科医が常勤で8名、近々9名は素晴らしいの一言です。亀田総合病院が常勤8名、NTT関東病院も常勤8〜9名で推移している様で、これらと肩を並べるトップクラスの環境ですね。医師数が増えて医師の給与も上がり続けているし、羨ましい限りです。ただ正直疑問もあります。

>7年前には平均25日の在院日数
>年間退院患者数は7千人
てつさんの病院を600床として、上記の数字からざっと計算しますと7年前の病床利用率は80%弱となります。600床オーバーの程度にもよりますが、80%を切っているのはほぼ確実です。当時の状況として決して良い数字ではありません。
>現在では12日程度
>年間退院患者数は1万2千人
からは現在の病床利用率は65%程度と、これもかなり悪い数字です。いかに平均在院日数が12日でも、この数字では「勝ち組」とは言えません。はっきり申しますと、許可病床を7割の420に下げ、病棟を再編成して7対1入院基本料を取得すべき数字です。これが普通の経営判断だと思いますが、何故漫然と600床オーバーの病床数で病院を運営なさるのでしょうか?経営状態の良好な病院の多くは病床利用率が軽く80%を超えていますから、簡単に病床削減など出来ません。これが10対1から簡単に離脱できない理由です。

 てつさんの病院の病床利用率から推測される経営状況からは、医師の人件費を大幅に増やしたり常勤麻酔科医を8名も9名も抱える余裕があるのか、そもそもそんなに手術数が多いのか、納得し難いものがあります。また病棟再編を行わない経営手腕にも大いに疑問を感じます。この状況で他が羨む雇用状態を維持できるとしたら、何かマジックがないと成立しない気がしますが、私がどこか間違っていますか?

>てつさん
連投失礼します。別にちょっと確認したいことがあります。

>私の勤めている病院は600床を超えています
>経営母体(公的・公立)や事務方が納得しない(というか理解しようとしないで「なぜそういうことになるのかがわからない」といい続ける)
>当直の翌日も通常勤務です。私はいやなんですけど。

等のコメント内容から、てつさんは600床を超える(たぶん民間の)病院にお勤めで、少なくとも事務方ではなく、また看護師でもない医療従事者と思われます。最近では臨床検査技師・放射線技師・薬剤師の当直は直明け帰宅がほとんどの病院で普通ですから、これらのパラメディカルでもなさそうです。ということで、

「てつさんの御職業は医師」

と判断させて頂いて宜しいですね?

少し遅レスですが

http://metab.kuhp.kyoto-u.ac.jp/IKAI/report/index.html#ph02

このページの肥満治療の中で900kcalの食事療法が必要であった症例と現時点で分かっている遺伝子が提示してありますね。
こういう例が沢山いるのかどうかは、わかる限りの遺伝子検索して統計とらないと無理でしょうかね。

>No.88 地方医師@当直中さん

私の質問に対するお答えと解釈すれば良いのでしょうか。
いずれにせよ実例提示ありがとうございます。
私は1200カロリーを数値を例示しましたが、ご紹介の症例では900カロリーで減量効果が出たのですね。
私にとっては1200を900に言い換えれば、やはり例外とならず、900カロリーを守れば肥満せずに済むわけで、絶対消費カロリー数には差があっても、それを元に摂取カロリーを守れば問題無いわけですね。

過剰摂取を制限することが困難であるかのようなことを医師らしきコメンテータからの書き込みがありますが、「無い袖は振れぬ」ということはあっても「ある袖を振らずに置く」のは十分可能なことで、自己責任(我慢が足らないだけ)ということには替わりはありませんね。
現に肥満防止に節制している人はいくらでもいるのですから。

肥満にしてもアルコールや喫煙の影響に関して、No.78 山口(産婦人科)さんが提示されたような具体的な医療行為においての困難さを割り増しすることを絶対ダメだと言うつもりはありません、現に困難なのでしょうから。しかしそれがどんな原因で生じたかは関係はありません。
肝臓移植ならそれがアルコール性であれ、ウイルス性であれ、そして肥満体の外科手術でも肥満原因が病的、遺伝的であれ、食いしん坊が原因であれ、差をつける必要はありません。

クルンテープさんへ

>ほとんどは隠れて食べているから痩せないだけなのではないのでしょうか?

この文章にちょっと思うところがありましたのでHPを紹介してみました。
言いたかったことは、隠れて食べている人もいるとは思いますが、それは自己責任ではなく、肥満が危険であると認識するようにできないこちらの指導、あるいは国の宣伝が下手なためです。
現在の標準体重から指示するカロリー間違っており、そのために本人が努力しても減量できない人がいるだろうということです。
そういう人たちは、努力しても結果がでないというつらい状態であり、”隠れて食べているからだろう”という言葉は簡単に使って欲しくないのです。

医療崩壊の速度を少しでも遅くしたいなら

まず、金儲け目的で医療「過誤」訴訟を乱発する弁護士センセイを排除する方法を考えるべき もちろん、それはそれは御丁寧に医療「過誤」を認定して下さる裁判官サマも

最近の新聞では、産科崩壊の主因として訴訟の多さが指摘されることがデフォルトになりつつあるが、その「訴訟」の実体については報じない

実体を理解するだけの知能がないのか、理解していても政治的・営業的判断から書かないのか知らんが多分後者かな

自分たちが「ブルジョアで傲慢で医療「過誤」を隠蔽する邪な連中」というレッテルを貼れるだけ貼ったから、いまさら擁護できないということなのだろう

実際に「ブルジョアで傲慢でミスを絶対に認めない邪な連中」は法律家とマスコミ関係者なのにね

色々反論したいことはあるけど、しかし、人を助けることを仕事する人とと、人を攻撃することが仕事の人では、最初から勝負は見えてます

自分の子供には、「儲かるけど人を攻撃する仕事」だけには就くなと教えますが、でも、医師になって欲しいとは口が裂けても言えないね この空しさ、人を攻撃するのが仕事の人たちには分かるかな

>No.91 らいぶらさま

>まず、金儲け目的で医療「過誤」訴訟を乱発する弁護士センセイを排除する方法を考えるべき もちろん、それはそれは御丁寧に医療「過誤」を認定して下さる裁判官サマも

当たり前のことですが、医師にもいろんな人間がいるように、法曹界にもいろいろな種類の方がいるようです。過去ログを呼んでいただければわかると思いますが、このブログに参加されている法曹の方は、「金儲け目的で医療「過誤」訴訟を乱発する弁護士センセイ」ではないようで、医療崩壊を憂慮し、その処方箋をともに模索しているところです。
(医療崩壊について考え、語るエントリ(その6)の冒頭のYUNYUNさんのまとめをお読みください)

この方たちは、医療の焼け野原から立ち上がる時点で、医師の気持ちを代弁していただける可能性があります。
「金儲け目的で医療「過誤」訴訟を乱発する弁護士」を減らすには、(その多くが良心的と思われる)弁護士に、医療の現状を理解していただくことから始まると思います。

らいぶらさまにも、現状の批判だけでなく、建設的なご意見を期待しております。

毎日ジョギングして、酒・タバコはやらず、カロリー控えめのAさんがいます。会社の健康診断ではいつも異常なしです。

運動不足で飽食、酒・タバコが大好き、肥満・高血圧で、さらに最近は血糖まで上がり気味のBさんがいます。

ある日AさんがBさんに言いました。「あんたみたいな人間と俺が保険料を等しく取られるのは不公平だ。」

さてこのAさんの主張は正しいでしょうか?一見正しそうですが、実は大間違いでした。まず「等しく」の部分が間違いです。Aさんはあまり業績のよくない会社の平社員で年収は400万ちょっと、Bさんは好景気企業の重役で年収は3000万もあります。当然Aさんは標準報酬月額表では下の方に位置し、Bさんは最高ランクに位置しますから、支払っている保険料は全く違います。以下はBさんの反論です。

「お前は健康だと言うが、子供は喘息で頻繁に市立病院にかかっているだろうが。うちの子は喘息なんかないぞ。それなのに保険料は俺の方がずっと沢山払っている。保険料だけじゃない。医療には税金も沢山投入されているが、税金に関しては保険料の比じゃない。それこそ桁違いに俺の方が沢山払っているんだ。市立病院の建設・運営にもどれだけ税金が使われていると思っているんだ。バカも休み休み言え。」

中には「税は公平に徴収される」などと仰る方もいらっしゃいますが、現実は違います。「公平」の具現化とは「努力が報われる」「沢山働いた人が沢山貰う」「高い料金を出せば質の高い品物やサービスが得られる」などであり、税金を沢山払っても直接の見返りがない以上、税はむしろ公平と対局に位置するものと言うべきです。ある意味理不尽ですが、この理不尽さを受けいれるのも社会の一員としての義務です。受益者負担の概念は、そもそも社会保障制度には馴染みません。「受益者負担」は一見公平に見えますが、社会保障制度に限れば出口だけの話です。入り口が「公平」とはかけ離れている以上、出口の公平さを求めても意味のない議論だと思います。

今の医療を含む社会保障制度改革の裏には、上でBさんが述べた様な富裕層の怨嗟があります。「金持ちが貧乏人を支えるのはもう嫌だ」というわけです。社会保障は可能な限り縮小し、「自己責任」を基本とする。病気にかかった場合の費用も自己責任。自由診療を増やし、保険も民間保険にする。その代わり法人税はうんと下げて企業上層部や株主の収入を上げる。(本音は累進課税率大幅引き下げでしょうけど、これは社会の反発が強くてなかなか言い出せない。でも米国の一部で主張されるイーブンタックスの概念紹介は行っています。)「受益者負担」だから消費税はうんと上げて30%くらいにする。老後も当然自己責任。こうした方が金持ちには明らかに有利です。民間保険が主流となれば、「優良被保険者」の獲得合戦になるのは目に見えています。上で皆さんが議論されている様なリスクは詳細に検討され、随時修正されるでしょう。経団連や経済財政諮問会議が目指す社会が実現すれば、肥満のリスクなど皆様が心配なさらずとも保険会社がきっちり数字で出してくれます。でもそれでいいのでしょうかね?やはり今の社会保障制度はなるべく保持する方向で議論を進める方が世のため人のためではないかと思いますが・・・貧乏人もまた社会を支える大切な存在であることに金持ちが気付いた時はもう手遅れです。

>No.86 ヤブ医者 さん
平均在院日数の計算の仕方は複数あり、結論が異なることがあるようです。また、数字はうろ覚えのこともおおいので、ご疑問の点は年明けに調べてみます。看護は7対1をとっていますが、これは実績ベースで指定してもらうことが可能です。病床利用率が悪いのは確かなのですが、売り上げがたっており、収支もまあまあなので、届け出病床数管理は様子を見ているところです。将来的には医師数を増加させ、それに見合った形に持ってくことを想像しています。医師が働きたいとおもえる病院で。「よい医師」を集めることが患者さんの利益につながると思います(他の医療従事者も同じです)。それから、勝ち組とかで誇っているように見えていたら、ごめんなさい。そうではありません。いつでも負け組には入る可能性はあります。どこかの診療科が崩壊するだけで、病院全体が崩壊する可能性も結構あります。薄氷の上を走っているような感じです。まだ、池には落ちていませんが、いつでも落ちかねない状況でもあります。

現時点での年間手術数は7500で全麻は4000をきるくらいだったと思います。
私の職種についてはご勘弁をお願いできませんか。近森センセほどの自信もないので、まだまだ匿名でいきたいですし。

>No.91 らいぶら さん
残念ながら、医療の結果に納得ができず、ひどい目にあったと感じる患者さんや家族の方々はなくすことはできませんし、どちらかというと(医療側からいうと)幻想のようにみえる「常識」に基づき、そのように判断をする人々は増えていくのではないかと思います。ここで弁護士さんを批判することは、私にはできません。少数ではあると思いますが、ひどい目に遭っている人がいるのも否めません。争いがあるところに法的解決を求めるのであれば、弁護士さんに頼るしかないのです。どんなに極悪非道な刑事犯であっても、その人の味方をする弁護士さんはいらっしゃいます。それが、弁護士さんの倫理であるとも思います。まだ、米国のように救急車の後を追っかけて訴訟へと誘う弁護士さんはいらっしゃらないのではないかと思います。ご存知のように、実は判決が出る訴訟では医療側勝訴が多いです。その場合には、当然ながら、原告は弁護士の力不足ではないかと感じることもあるでしょうし、なかなか手間は多く、実利の薄いビジネスではないかと思います。弁護士さん、ほんとのところはいかがでしょうか。


年末なので考えてみた。

人は誰でも間違える。確率的にミスをする。ならば。
『今放置しておけば70%が死亡する病気があり、ある介入をすることでそれが20%に減らせるとする。ただし介入自体複雑でミスを誘発しやすく5%程度はミスで(合併症や副作用でなくミスで)死ぬ』
状況を考えます。

このような状況で結果ミスで死亡したときに、医療者を完全に免責する論理が必要であろう。
何故ならば、もし免責しない場合医師はこの介入を行わないだろうし、そのとき結果として助かる人間は少なくなるから。
今の医療で起きていることは本質的にここに原因があるのかな、と思うんですけどね。

>>No.93 ヤブ医者 さんのコメント
>貧乏人もまた社会を支える大切な存在であることに
>金持ちが気付いた時はもう手遅れです。
国全体の教育レベルが高く、良好な治安を維持することができるような制度を
構築し、貧乏人でも社会に参加し、社会の良質な消費者になれるように
しないといけませんね。
金持ちなんて、資産をもって、
貧乏人から彼らの所得の一部をピンはねしているだけなんですから。
まあ、他国に植民地みたいな資産を持って、そこから収奪すれば、
自分の国なんてどうでもよくなるかもしれないけどね。

ところで、社会保障で提供される医療というのは、個人のぜいたく品ではないので
医療を受けて、元気になったら、社会に参加して、勤労や納税などで社会に還元
しないといけないような気がします。
医療を受けても、勤労も納税もできる見込みがない部分のかたの一部については、
社会保障のなかで、切り捨てていってもよい部分もあるかもしれませんね。

>>No.95 立木 志摩夫さんのコメント
>今放置しておけば70%が死亡する病気があり、
>ある介入をすることでそれが20%に減らせるとする。
>ただし介入自体複雑でミスを誘発しやすく5%程度は
>ミスで(合併症や副作用でなくミスで)死ぬ
まさに、これが医療というものですよね。
5%のミスと20%の死亡の区別をつけるところは難しいですからね。
医療の結果がよくないことを受け入れることができなければ、
医療を受けないという選択もありのはずなのですが・・・
ミスもあるけど、そういう行為を受けてもいいと判断した自己責任にするというのも
よいかもしれませんね。
説明の際には、医療をうけると、医療行為に関連したミスにより
死亡もしくは重篤な後遺症を起こす可能性があります。
それがいやなら、医療を受けないという選択肢もありますよ。
結果が悪いときには、金銭で補償してもらいたいなら、
患者さん自身でそういう保険に入るのもいいかもしれませんね。

>>No.55 元行政さんのコメント
>高齢者に対する扶養義務を考えれば
高齢者への扶養義務は、年金で果たしているはずです。
医療にお金を使いたい人もいるかもしれないけど、
使いたくない人もいると思います。
年金をもらって、そのなかから自由に使い道を考えればいいとおもいます。

>将来の不安が強くなれば貯蓄にまわるので、効果なしでしょう。
http://www.kenkounippon21.gr.jp/kenkounippon21/about/souron/chapter5/p_1.html
>生命表による65歳未満区間死亡確率(LSMR・65歳までに死ぬ可能性)は、
>1948年には50%前後であったものが、
>1997年には男性で15.7%、女性で7.8%と、著しく改善して
将来への不安があるとしても、そもそも日本人は65歳までに1割くらいが死んじゃうので
そんな先のことまで考えない人は多いかもしれませんよ。
日本に生まれた人の何割が75歳まで生存できるのでしょうか?
長生きした人だけを優遇するなんて、平等なの?

(どこに書いていいのかわからんかったもんで、こちらで失礼します)
管理人様、コメンターの皆様、ROMの皆様、本当にお世話になりました。
良いお年を!

皆々様、今年は大変お世話になりました。
良いお年を!
そして、何よりも、お体をお大事に。

No.94 てつさん
ご回答ありがとうございます。病床利用率に関しては了解しました。

>私の職種についてはご勘弁をお願いできませんか。
お答えになるかどうかは、もちろんてつさんの自由です。私がてつさんに職種を聞いた理由といいますか、基本的な考えを簡単に述べます。

1) ハンドルネームである以上は匿名
 私自身「匿名」です。モトケンさんご自身は正々堂々と実名公開されていますが、コメンテーターの大部分の方は私同様に匿名です。「てつさん」のHNで投稿する限りはそう簡単に素性が露見することはないと思います。

2) 職種が明かな方が議論はスムーズ
 一方において匿名とは言いながらも職種は明らかにしている方が多い。これはその方が議論し易いからです。医療の問題でも相手が医療職か否かで議論の仕方は異なります。同じ医療関連と言っても、医者・看護師・他のパラメディカル・事務方そして行政職の違いは区別した方が議論はスムーズです。例えば行政職と言っても霞ヶ関から地方自治体まで幅広いでしょうし、監督下の病院に出向しているケースもあると思います。「医療行政関連」程度の自己紹介であれば差し支えない気がします。医者の場合も同様で、院長から研修医まで様々ですから、「医者だ」と明かしただけで誰だかわかる可能性はほとんどゼロだと思います。てつさんの場合は医師だとしても経営サイドだと思いますけどね。でも想像だけでは根拠とならないし、医者だと言っただけでは何も出てこないと思います。

3) 職種を明かにする方が発言に責任感を持てる
 これは発言に大きな責任が生じるという意味ではありません。あくまでも気分的な範疇のことです。非医療従事者の発言ならスルーできても、医者が言ったのなら見過ごすわけにはいかない、ということはあります。軽率な発言は同業者に迷惑を及ぼす場合もあります。弁護士さん同士の場合でも同じ様な事情が見えることがあります。この観点から、実際はその職業ではない人間の成りすましは非常に迷惑であると言えます。

 No.8 てつさんのコメントにおける「医療需要コントロール」「患者さんは、信頼できるプライマリケア医を見つけましょう。」は官僚的発想そのもので、私も元行政さん同様に
>厚労省関係の方でしょうか?
というのが第一印象です。統計資料があれば架空の病院をでっち上げることなど簡単です。行政職が医療従事者のフリしてアジテートされてはたまらんなあ、などと本気で思いました。こんな疑念が起こるのも、てつさんが立場不明確なまま発言を繰り返すからだと、勝手ながら考えます。建設的な意見も信頼がなければ通じません。その意味で、職種くらいは明確にする方が宜しいのでは、と思います。

>No.96
じゅんさん あけましておめでとうございます

そうなんですよね。確かにミスか腕の差か医療の限界は区別がつきにくい。
医療の端的な目的のひとつが、放置しておけば死ぬ人を助けることだとすればその効果は
(ある医療の効果)=(そのままでは死ぬ確率)−(医療が及ばず死ぬ確率)−(ミスで死ぬ確率)

ミスを少なくすることはこの効果を高くするわけなので追及するのは大事です。
ですがミスを減らすこと自体を至上の目的とするのは有害なのではないだろうかという気がしています。

>介入自体複雑でミスを誘発しやすく5%程度はミスで(合併症や副作用でなくミスで)死ぬ(No.95 立木 志摩夫さんのコメントより)

この「ミス」には避け得ないミスと避け得るミスとがあるように思いますが,避け得るミスはどこに含まれるのでしょうか? また,その比率はどのくらいなのでしょうか?
刑事のみ免訴,民事・刑事双方免訴等の意見がありますが,その場合,当然ながら「避け得るミス」も免訴になるでしょう。その比率がどのくらいならば,許容範囲なのでしょうか?

避けうるミスと避け得ないミスという区分自体あまり意味がないと思うですよ。

例えば2桁×2桁の掛け算は普通ミスせずにできますよね?
だけどそれを一晩に1000組ひとつのミスもせずに行える人は少数だと思います。

こういうミスはある意味避け得ないミスです。
ですが、この計算を間違えるよ、と判っていれば当然避け得るミスです。
そう考えると避け得るミスと避け得ないミスという区別自体あまり意味がない。

無理に区別してもいいのだが、計算問題の例でもわかるように医療現場における「避けられないミス」には無限の時間と無限のコストと無限のマンパワーがあれば避けられるものがかなり含まれます。
それをどのへんまでどっちに含めるか、とかその辺りを考えていくことがあまり有益には思えない。

それよりも、まずトータルとしての医療の価値、すなわち医療の上手下手やミスの有無まで合算した上でどれだけ救える可能性をあげられるかという点から評価するべきだと思う。
そう考えたときに、ミスをなくすことを至上とし、ミスがあるとそれを責める文化のもとではトータルで有用な医療が行われなくなります。(そして今まさにそうなりつつあると思う)
その意味で、ミスを完全に免責する論理の不在を指摘しているわけですね。

ということで、TuHさんのご質問に答えるならば
● 「避けうるミス」も5%のミスに入る
● 比率は想定していません。何なら5%すべて避けうるミスに含めていただいても。

PS.繰り返しですが、ミスを減らすことに意味がないといっているわけではないです。
医療技術の開発、医療技術の習得と同じくミスを減らすことも有益であり、しかもその視点からの改善は従来手薄だったので推進するべきでしょう。

PS2.他の様々な分野の技術との違いは、他の分野では例えば便利さとミスにより失われる人命との比較であるのに対し、医療の根本的な部分では人命と人命の比較であるところです。

>No.100 ヤブ医者 さん

>2) 職種が明かな方が議論はスムーズ

専門BBSやブログならば良いと思いますが,観客の存在もお忘れなく。
法曹関係者の医療関連知識の不足を嘆く発言が多数ありましたが,このブログで観客を意識して発言することは,それを解消することに貢献すると思います。

>3) 職種を明かにする方が発言に責任感を持てる

賛同できません。


職を尋ねることについて…
別なエントリスレッドでも職を追求するような発言がありました。そちらの意図は「同じ職ならば同じ意見を持つはずだ」という偏見(←あえて言います)に基づくものでした。ヤプ医者さんはそのような意見では無いようですが。
なお,特殊な職や,限られた人員しか関わっていない職の場合,個人が特定されることもあります。(職を明かすことは)そのような人にとっては,リスクが大きいということですから,「あなたはxxでしょう」という推定も,あまりされて欲しく無いことでしょう。

>No.103 立木 志摩夫さんのコメント

早速のご回答,ありがとうございます。
自分の場合はどうであるか等,もう少し考えてみます。

 TuHさん、
>そちらの意図は「同じ職ならば同じ意見を持つはずだ」という偏見(←あえて言います)に基づくものでした。

 はちょっと違うと思います。例えばテレビで臨床にほとんどたずさわらない、タレント医師が知ったかぶった意見を出すことがよくありますよね。その意見がどんなに一般的な医師の意見からかけ離れていたとしても、一般の人は医師の意見として受け取ります。
 もしこれに対して一般の臨床医が抗議しなかったら誤解は解けませんよね。

 TVでは医師と名乗るなら少なくとも医師免許は保有しているでしょう。でもネットでは医師かどうかを判断するのは発言でしかないわけです。
 そこで医師の意見、特にある専門科の意見として言われた意見があまりにも一般的な意見と違えば医師であることを(少なくとも臨床医であることを)疑わざるを得ません。

 それは結果として本当に医師であれば相手に対して失礼なことになるのでしょうけど、一般の方にその意見は、一般的な臨床医のものからすると異端であるということは伝わると思います。

 意見の多様性は非常に重要ですが、専門科を名乗る以上、あまりにも異端な意見に対して抗議することもまた重要だと思います。偏見と言うレベルの問題ではありません。

所詮は(失礼)匿名のBlogコメント欄であって、積極的な追跡にどれほど意味があるのかやや疑問です。名乗りたい方用に足跡帳もあるわけで、そこで職業を公にしない人に職業を問いつめるのはいかがなものでしょうか?

どこかでうっかり居住・勤務地域その他の情報を書き込んでしまっていた場合もあるかも知れません。地方の方なら、その上で職業を明かせば個人特定に繋がるかも知れません。医師と名乗らないのなら名乗らないで、そのように受け取ることも読者に求められるでしょうし、このBlogはその水準のリテラシーを要求しても構わないのではないでしょうか。

>No.104 TuH さん

 私自身の意見の肝心な部分は

>No.106 元研修医さんのコメント

に言い尽くされています。
>観客の存在もお忘れなく。
ではなく、No.100は観客の存在を意識すればこその発言です。

以下補足を。

 議論は基本的に各論だと思います。一般論は一般論に過ぎないので、各論においてはそのまま持ち出すこともあればモディファイする場合もあります。一般論とはズレていても、ズレている方がよいと思われる場合には一般論はスルーです。つまりケースバイケースです。今回私がより一般的な視点から話しを始めたのも個別の理由です。即ち

>No.8 てつさんのコメント

の内容に負うところが大きいからです。上記コメントは、厚労省の意図そのものであるという意味で、今後の医療の方向性を決める重大な内容を孕みます。これがお役人さんの言葉であれば納得です。以後、対役人の意識で議論することに吝かではありません。繰り返しになりますが、それが元行政さんの

>厚労省関係の方ですか?・・・(A)

に繋がるわけです。

 TuHさんも、「医師対法曹」の図式で行われた議論に多くの成果があった事実はご覧になっていると思います。「医師対行政職」の議論もまた重要ですから、そうした立場の方々がこのブログで議論に参加して下さるのは大歓迎です。別に中央や地方の別まで明かす必要はないと思います。これも繰り返しになりますが、自己紹介は「行政関連ですが、それ以上はご容赦下さい」程度で十分だと思います。

 さて「各論」に戻りますが、元行政さんの(A)に対して、てつさんは直接お答えにはならなかったものの、No.87で書いた様に「医師であることを匂わせる」発言が多かったと思います。事実、元行政さんは最初(A)であったにも関わらず、途中からはてつさんを医師という前提で議論されていますし、てつさんはそれを間違いなく認識しておられると思います。しかし、てつさんから否定の言葉はありません。この時点でてつさんは自分が医師であると認めているのも同然だと思います。ただ明確な言葉が一切ないのも事実ですから、あえてNo.87で質問してみたのです。このお答えが
>私の職種についてはご勘弁をお願いできませんか
ですから、これは元行政さんに対してはかなり失礼な話だと思います。とともに、「観客の誤解」も十分に計算に入れた発言が続いていたことになります。この辺りに狡猾さを感じるととしたら、私が間違っていますか?

 なお医師の方で厚労省の意向にほぼ完全に染まってしまう場合があるとすれば、それはそれで重要な事実です。医療行政の失策は最近特に目立つと思いますが、医療の現場にいる人間が何故厚労省べったりになるのか、是非議論したいところです。

 いずれにせよ、てつさんの職種が解らない以上、踏み込んだ議論は難しいと思います。

No.108 ヤブ医者 さん

まさに同じ意見をお持ちいただき、さらに私が説明すべき話をずっとわかりやすくご提示いただきありがとうございます。

No.97 じゅんさん

>高齢者への扶養義務は、年金で果たしているはずです。

何か対応が存在すれば、他の対応は不要という論理は成り立ちません。
また、現在の年金は十分と言えるような内容ではありません。(年金を詳しく知るだけで、将来のための貯蓄にはげんでいる人はたくさんいます。額面的な問題も、制度的な歪さも話にならないと思います)

>65歳までに1割くらいが死んじゃうのでそんな先のことまで考えない人は多いかもしれませんよ。

1割では根拠になりえません(むしろ逆の根拠にはなりえます)。
それから繰り返しになりますが、根拠のない「かもしれない」を論拠にしても議論にはなりませんよ。(今回はむしろ明確に誤りと指摘できる内容ですがね)

>長生きした人だけを優遇するなんて、平等なの?

長生きした人を優遇しているのではなくて、個々に対しては同じように(それでもある程度は劣った扱いをすることになるのですが)扱うということです。
それから結果を均等化にしようとする考えほど愚かな考えはありません。日本人にとってそれは平等ではないでしょう。(結果均等こそよいと考えている愚かな人間がまだ日本に残っていることは認めます)

てつさんのお答えを待ってから書こうと思っていましたが、行きがかり上書いてしまいます。

>No.94 てつさんのコメント

>現時点での年間手術数は7500で全麻は4000をきるくらいだったと思います。
とあります。あっさり書かれていますが、「全麻4000近い」というのはもの凄い数字です。以下代表的な病院の数字を挙げます。

NTT東日本関東病院
2005年度 麻酔科管理手術3372うち全麻2854

亀田総合病院
2005年度 総手術数7000以上、うち麻酔科管理3451

天理よろづ相談所病院
年間手術件数6500前後 中央手術室では指導医3名 認定医3名で年間約3000例の全身麻酔、硬膜外麻酔、脊椎麻酔を管理

聖路加国際病院
麻酔科が麻酔を担当した患者さん:2005年度は4341名でした。

近森病院本院(338床)
年間 2,500 程度の手術が行われていますが、そのうち局所麻酔や簡単な脊椎麻酔除く 1,500 例以上の手術を我々麻酔科が管理しています。

倉敷中央病院(1116床 手術室19 医師数343)
平成15年度麻酔科による管理手術数5461
紹介率 42.8%
 平均在院日数 14.0日
 新入院患者数/年 26,941人
 入院1日平均患者数 1,103人
 外来1日平均患者数 2,916人
 救急患者数/年 57,942人 (救急車受入数 7,038件)
 手術件数 11,410件

まず、NTT東日本関東病院の例で解る通り、麻酔科管理=全麻ではありません。硬膜外麻酔だけとかPCAポンプだけとかの管理も含まれるからです。NTT東日本関東病院の例では麻酔科管理手術の約77%が全麻ということになります。他の病院でも大きな差はないでしょうから、仮に全麻率を80%で計算しても

亀田総合病院 2760
天理よろづ相談所病院 2400
聖路加病院 3470
近森病院本院 1200
倉敷中央病院 4370

などとなり、4000弱というてつさんの病院の凄さが判ります。日本の名だたる病院を凌駕し、さらに規模がほぼ2倍の倉敷中央病院に迫る数字です。聖路加病院は乳癌手術だけでも年間500件というスーパー病院です。倉敷中央病院は、個人的には是非一度見学に行きたい病院の一つで、日本を代表する病院の一つです。てつさんの病院の病床利用率を推定する際に使用した計算式(実際は在院患者数を0時でカウントするとか、今は届け出病床数を操作したりする事情があるので正確ではありません。但し当たらずしも遠からずの数値は出ます。)

(年間退院患者数×平均在院日数)÷(病床数×365)

を倉敷中央病院に用いると(こちらは新入院患者数ですが、大きな病院では1年間で新入院患者数と退院患者数はほぼ同じと見なしても構いません)約92.5%になり、てつさんの病院の65%とは雲泥の差になります。この数字だけ見ると、較べることが間違っているほど両者に実力の差がある様に思えます。

そこで全麻の数です。全麻が必要というのはある程度以上に大きな手術件数の示標です。これを年間の入退院患者数の比で見ると、(てつさんの病院の全麻数は4000をちょっと切るということなので、仮に3800とします)

てつさんの病院 0.32
倉敷中央病院  0.16

となり、てつさんの病院は倉敷中央病院の約2倍の比率で大きな手術を要する患者さんが入院してくることになります。全国的にみて突出した数字であるのは間違いないです。これほどの数字を残すには、経営上極めて特殊な努力が必要と思われます。しかるにてつさんのコメントから特殊なストラテジーは何も伝わってきません。

コメントの整合性という視点からは、まだまだ他にも疑問な点がありますが、印象に過ぎないことも多いのでここで止めます。ただ、上記の数字だけ取っても、てつさんの病院が実在する病院とは思えず、私は架空の病院ではないかと疑っています。

てつさんのコメントは、要約すれば、

1) 核となる主張は厚労省そのまま。
2) 実際にそうした主義のもとに病院を運営すれば
・ 医者が4割も増える
・ 医者の給与はずっと増えている
・ 麻酔科医が4人から8人に増えた
・ 手術数は倍増し、全麻手術が4000件近い
等々、バラ色の病院経営が成り立つことが実証されている。

ということだと思います。もしこの病院が実在でなければ、やはり見過ごすわけには参りません。もし事実でなければ、誰が何の目的でこの様なコメントを残したのか明かにする必要があると考えます。

「匿名ブログコメントにおいて、発言者の素性を詮索するのは正しくない」という一般論には同意ですが、てつさんに関してはこの一般論を受け入れることは出来ません。そしてここはモトケンさんのブログです。足跡帳のモトケンさんのお言葉をここに繰り返します。

>でも、管理人の切なる希望としては、嘘だけは勘弁してください。

>>現時点での年間手術数は7500で全麻は4000をきるくらいだった
>と思います。
>とあります。あっさり書かれていますが、「全麻4000近い」というのは
>もの凄い数字です。

ヤブ医者さんの書かれている通りです.
例えばネット検索で調べますと,東大病院のH16年度の手術件数が7546例です.ちなみにベッド数は1150床です.京大病院はH17年度の手術件数5222件,麻酔科管理3675件でベッド数は1240床です.阪大病院はH15年の手術件数が6652件,ベッド数は1076床です.
旧帝大の大学病院でさえ,全身麻酔4000例はあるかないかです.ちなみにベッド数はいずれも1000床超クラスです.もちろん大学病院は小回りが効きにくいですから効率は悪いでしょうが...
国公立病院でも「全身麻酔4000例をクリア」できるところはわずかですし,まして私立病院ではあったとしても非常に少ないと思われます.

麻酔科医が増えたというのもすごいです.特に首都圏ではフリーターなどになる麻酔科医も増えているようですし,常勤が増えるというのは本当であるなら羨ましいかぎりですね.

>No.100 No.108 No.111 ヤブ医者 さん

どのようにお返事すればよいのか迷うところではありますが、私は行政職の人間ではなく、公的・公立病院のひとつに勤めております。じゃ、医師かというと免許状もいただいてはおり、とある認定医も取得した経験もありますが、現在は直接患者さんの治療をおこなっているわけではありません、と、結構カテゴライズしにい状況です。給料は医師としてのカテゴリーでもらっています。病院にいる社会医学系の人間であるというと近いかもしれません。確かに、仕事柄、医系技官@厚労省を含め、官僚に友人はそれなりにいて、ある程度の状況はわかっていますし、多少のシンパシーを感じてもおります。最近は、ネット上での世論操作を行う業者もいらっしゃる状況ではありますが、いろいろあるのがネットです。

また、最近の厚労省の方向性でも疑問に思っている点はいくつかあります。たとえば、混合診療の導入です。私自身は、国民皆保険で保険外診療の拡大には反対です。しかし、省内では、「仕方がないか」というような状況のように、医系技官の人から聞いたことがあります。
医療行政上の失敗もあります。医師需給の問題はそうでしょう。診療所の診療報酬をあんまりいじらず、病院の診療報酬でつじつま合わせをしているのもそうでしょう。療養型病床群のはしごのはずしかたもあんまりだと思います。なぜそうなったのかということもある程度ですが、類推もできます。


暗黙知のレベルで、医師には共通の感覚といいますか、仲間意識といいますか、「医者ならお前にも分かるだろ」という状況があると思います(最近、このような感覚を持ちにくい若い医師が増えてはきています。歳を取った証拠でもありますね)。

臨床医の方々に、「お前なんか医者じゃねぇ」という感覚をもたれるかもしれません。それはそれで仕方がないことだなあと思います。


官僚の人たち(弁護士さんや検事さんとも)ともつきあっていますので、無闇な攻撃は私にはできません。失敗はすべきではないと思いますし、まだまだやっていただくべきことは沢山あります。

臨床の医師に厚生労働省を敵だと思っていらっしゃる方々がいらっしゃるようですが、私はそうは思っていません。

病院実績の数値は、ちょっと調べなおします。2週間ほど待ってください。だましたつもりはなく、うろ覚えのことが多いので、不正確であったかもしれません。
医療保険上の届出と院内での数値の出し方が違う場合もありますので。(ごまかしをしているということではなく、算出方法や条件が異なるのです)

私の主張は以下のとおりです。どこが、厚生労働省と一緒なのかとかを云々するよりも、その妥当性を議論をしていただきたく思います。厚生労働省と一緒だから妥当性を書くというのも失礼でしょう。私が、元行政さんをだましたりしたのなら、甘んじて失礼であったということは認めますが、意図的に、失礼なことをしたということはありません。私も、失礼な人には対応をいたしません。ばかだ、おろかだということやレッテルはりでは議論にはなりませんので、元行政さんへのコメントは止めることにしました。

1.急性期病院は統合して、医師の労働条件を合理的なレベルで運用すべきである。
(おそらくはMD200人くらいかなというのが「予想」→実績ではない)
2.医師は有限な資源であるので、ある程度の人口規模をカバーすることが前提にならないと集めることはできない。(おそらくは、20万人に1つくらいのレベルというのが「予想」)
3.都市部では診療圏が入り乱れることも多いので、機能的に特色を持つこともありうるが、人口密度の低い地域では、総合力を持つレベルも必要である。
4.アクセス、品質、価格の全てを守ることはできないので、アクセスをコントロールすべきである。このためには、プライマリケアをどうするかが重要。登録制もフランスで導入されていることもあり、視野に入れるべき。アクセスがコントロールできるのであれば、価格も多少いじることはできるはず。
5.私の勤務している病院はある程度うまくいっているが、上記の1,2を満たしているとはまだいえない。しかし、今後も3.を含めてうまくいくには、医師数の拡大は重要であると私は認識しています。医師を増やすには他の病院をつぶす(事実上の統合)しかないのかもとも思っています。

これを前提に、ご議論いただけませんか。そんなことできるのかということについては、私も難しいと思っています。さまざまな抵抗があり、総論さえも合意できることはなかなかないような。

ちなみに、医療崩壊を防ぐ対策についてのヤブ医者さんの御主張はどちらにありますか。お知らせいただければ、拝見いたします。

麻酔医は、おそらく、今のペースなら、5年ほどで需給ミスマッチが解決されると思っています(何でもできるようになるには時間がかかりますが、安定した症例相手にであれば、バックアップをしっかりすれば、比較的早くから仕事ができます)。個人的には、QOMLを求めている人には、放射線治療医(診断医もいいかも)を薦めています。放射線診断医では、沖縄で仕事を遠隔で行うことができるようにもなるでしょう。たぶん。


ちなみに、本当に臨床での力のある人が発言力を持つようになるためには、どのようにすればいいのでしょうか。
教授のなかに臨床能力の低い人がいるということや臨床そのものに疎い人がいるということはここでも結構指摘されています。
医師会は診療所中心である(勤務医部会もあり、努力はしておられるのでしょうが)ようですし。

私のアイデアは、
1.大学の教育病院を市中病院にもっと拡大(診療報酬でも面倒を見る)し、臨床教授等を増やす。
2.各種学会に指定医療機関部会を作るとともに、教授以外の理事を増やし、スポークスマンを養成する。
3.日本医学会をはじめ各種学会にメディア対策部会をおき、メディアを巻き込んで、広報戦略を検討するとともに、記事の妥当性について、判断をする(JAROやBPOのような仕事)。

ドラマのDr.コトーで、「これらの物語はすべてフィクションです。実在の人物・団体名などとは無関係です。実際にはそんなことができる医師は全くといってよいほどいません。」というと興ざめですかね。

おっと。読み直してみると誤字があります。失礼いたしました。
妥当性を書く→妥当性を欠く

また、最後のDr.コトーの「そんなこと」というのは、「単独で離島の診療所での開頭や東京まで追いかけていって知り合いの看護師さんの乳がんの手術することなど」を指します。離島への赴任そのものではありません。これも、失礼いたしました。

>麻酔医は、おそらく、今のペースなら、5年ほどで需給ミスマッチが解決
>されると思っています(何でもできるようになるには時間がかかりますが、
>安定した症例相手にであれば、バックアップをしっかりすれば、比較的早
>くから仕事ができます)。

てつさん,
麻酔科医として.てつさんのこの予想の根拠をお教え頂きたいと思います.
仮に現在存在している病院が医療崩壊で廃院にならないとして考えた場合,てつさんの予想通りになるとはとても思えないのです.
私は麻酔科医になって既に20年を超えましたが,私が麻酔科医になって以降麻酔科医が充足したことは一度もありません.麻酔科医が増える以上に手術件数や総麻酔時間は増えています.麻酔科医の数と,仕事の増加率を比較しますと明らかに仕事の増加率が上回っていると感じています.(実際に麻酔科学会のデータでもそうなっていたと思います.)

少なくとも臨床の場で働いてる麻酔科医は「5年や10年で麻酔科医が充足することなどあり得ない」と感じながら仕事をしています.

てつさんの発言を素直に読めば、若い医師が麻酔科を選択すると言っているように読めますが、実際にはそんなことはありそうにありません。
本当は別なことを考えているのではないかと勘ぐっているのですが、考えすぎでしょうか。

麻酔アシスタントナースの導入じゃないんですか。

>>No.116 Level3 さん
もしかしてNo.113で、てつさんのおっしゃる

>麻酔医は、おそらく、今のペースなら、5年ほどで需給ミスマッチが解決されると思っています

とは、麻酔科管理麻酔に関して「あと5年で、外科系医師による需要が麻酔医による供給を下回る」ということではありますまいか?
であれば、5年を待たずして成立するかもしれませんね。

>No.116 Level3 さん

今日は海外出張の準備で忙しいような暇なような日です。

Level3 さんの方が、多くの麻酔科医とお付き合いがあるでしょうから、そんなことはないということであれば、ぜひご指摘いただきたいです。根拠というか、思っているというレベルですので、感じていることがベースになります。また、集中治療やペインクリニックは別と考えています。手術に関する麻酔医を考えてみます。数字も重要ですが、感覚も重要です。麻酔科医の方々がどのように感じているかを知る機会は重要だと思います。

1.個人の技術レベルが結構重要なファクタであり、チームというより個人プレイでの能力発揮が主体になる。(比較論です。当然、手術部ナースや麻酔科内でのコミュニケーションは大事でしょう。しかし、外科などに比べるとこう感じます。)
2.5分の居眠りが重大な結果に結びつく確率も高いことから、労働条件に関心が強い。
3.医学の中でも比較的若い学問でもあり、合理的な状況を好む。
4.待遇改善圧力が強い。条件が良いところへ移る閾値は比較的低い。労働市場流動性が高そうだと感じています。
5.(特に若い世代に)QOMLや合理性を求める人が増えている。
6.今年は眼科、皮膚科が特に増えているが、来年以降はこの状況を見て(増えすぎは良くないと感じて)麻酔科も増える。
7.女性に対する手当てが急激に改善しそうである。たとえば、長時間保育や病児保育、短時間勤務。特に短時間勤務に適応性が麻酔は強い(麻酔途中での交代が可能)。
8.麻酔科医の確保は、病院経営者にとって最重要事項なので、比較的早く状況が動く。
9.比較的早くから労働力として活用が可能。技術の向上とともに、対応可能な範囲は広がっていくという状況。自信を持って働きたいという人は結構多い。部長になるよりも、納得のいく医療をしたいという願望が強い人が出てきた(特に女性に)。

5年でというのは確かに甘い予測かもしれません。でも、10年はかからないような気がします。

診療報酬は原価をある意味無視して来ましたが、麻酔と看護とリハビリは原価を気にしているように思います。リハビリはまもなく供給過剰になるでしょう。看護は7対1がうまく動くまで、難しい状況は続くでしょうが、その後は、一息ついて、5対1に進んでいくことでしょう。

>No.117 bamboo さん

私は、今のところ、ANの導入は麻酔の質を下げると思っています。ただ、WOCナースの知識と外科医の創傷処置に関する知識を比べるとWOCナースの方が正確な場合もあるなと思うこともときたまあります。

今のところ、私には何の力もありませんし、疑ってみても仕方ありませんよ。別に、行政のために何かをしようという義理もありませんし。それよりも、医療崩壊で大変な目にあうであろう患者さんの数を減らせられればいいナと思います(患者を減らすのではなく、患者さんが大変な目にあうことを減らすということですよ)。

>てつ様

 あなたの上げられた1〜9の状況から想像が付くのは「フリーター麻酔科医の増加」と
「麻酔科常勤医のフリーターへのシフト化」・・・以外の何者でもないと思います。
 当直・待機を要求される常勤麻酔科医は減少方向へ向かう条件と考えて良いと思いますし、それにより常勤麻酔科医の勤務条件が悪化するのはむしろ必然に見えます。
 需給ミスマッチは常勤医レベルでは需要過剰方向に悪化、フリーターレベルでは供給過剰方向に悪化もしくは平衡状態になるというのが正しい予想ではないでしょうか?

>ヤブ医者先生(No.111)、level3先生(No.112)

 私は割とあっさりてつ様の数字を信じてしまいました。
 私の出身医局の年間手術数は「単科で」年間1000例弱(ほぼ全例全麻)あります。心血管系を主体とするメジャー外科でですよ。私の記憶によれば出身医局の手術数は大学の総手術数の約1/4を占める程度ですから、地方の国立医学部に過ぎないところでも4000程度の手術数はあると言うことです。しかも、大学の手術数は私が麻酔科研修をした某準公的病院の2/3にも満たない数でした。

 MD200を数える大病院というのがほんとであれば、この数字は誇張でもないように思われます。例えば、耳鼻科の声帯ポリペクなんかも全麻手術ですが、午前中4例かけた・・・なんてことも麻酔研修中にありましたし。こういうのまで全麻に含めれば4000はあり得ない数字でもないでしょう。

>No.120 僻地外科医 さん

すばやいレスポンスありがとうございます。

フリーター麻酔科医は個人事業主のようなものなので、ある程度の収入が必要だと思います。フリーターでの収入は、現時点では、日給20万円くらいでしょうか。私は、開業医は個人事業主なので、高い収入を得て当然だとも思っています。リスクが違いますから。

そういう人は出現していますし、腕があれば、うまくいくとも思います。ただ、やはり、常勤での仕事のほうが安定していますし、何よりも営業する必要もなく、麻酔に集中できます。常勤麻酔科医の待遇が悪くなるということは予想しにくいです。時間給はフリーター麻酔医よりは安いでしょうが。

うーん、5年後というのは甘いですね。反省。イメージしているのは、15人くらいの組織です。そうすると何だかんだで1万人くらいですかね。医大新卒者の、ICUを含めて1割が麻酔科に来る状況かな。医学生の5割を女性が占めるのも遠くないと思いますが、いかがでしょうか。甘すぎ?

子育てで、臨床を離れた医師への再教育プログラムを考えるのもいいでしょうか。難しいかな。

米国をベースに活躍なさっている日本人脳神経外科医が日本で出張手術をなさっているのをTVでみました。日本ではフリーターでしょう。でも、たぶん日本での収入も結構なもんでしょう。失礼ながらちょっと怪しそうだなとは感じましたが、許さんという気持ちには全然なりません。他人事ながら、がんばってくれという感じでした。

全麻例数だけ、ちょこっと機会があったので麻酔科部長に聞いてみました。年間3000例くらいだそうです。管理料算定が4000くらいなのを誤解していました。ごめんなさい。

>MD200を数える大病院というのがほんとであれば、この数字は誇張で
>もないように思われます。例えば、耳鼻科の声帯ポリペクなんかも全麻手
>術ですが、午前中4例かけた・・・なんてことも麻酔研修中にありました
>し。こういうのまで全麻に含めれば4000はあり得ない数字でもないで
>しょう。

僻地外科医先生,
MD200を数える総合病院ならほとんど全ての科が揃っていて,各種の手術が行なわれると思います.確かに耳鼻科のマイクロラリンゴでも1件ですし,胸部大動脈瘤の弓部置換や,胸腹部大動脈瘤の胸部から腸骨動脈までの全置換も1件です.もしも耳鼻科や眼科の小手術ばかりを集めて特化している病院であるなら,比較的小規模でも年間4000例の全身麻酔管理は可能でしょう.しかし総合病院であるとするなら1件で丸々1日掛かることもあるわけです.これらをおしなべて平均した場合,どうしても平均手術時間は3時間程度にはなると思います.もちろんこれも症例の偏り具合で上下するのですが.

地方の国公立大学の手術件数はおそらく3500-5000件,麻酔科管理症例で2000-3500件あたりかと思われます.(手元に資料がありませんので正確ではないですが,おおよそこのくらいでしょう.)大学病院の場合,麻酔科症例のうちの全身麻酔の比率は一般病院より高いのですがそれでも多くの場合80%程度かと思います.旧帝大クラスでは85-90%くらいと思いますが.
一般病院だと通常は70-75%になると思います.とすれば全身麻酔で4000例を達成するには麻酔科管理症例で5000-5500例くらいということになり,先に挙げた旧帝大病院の数字を超えます.日本の病院でこの数字が達成できる病院はほんの一握りしかないだろう,というのは想像に難くないと思います.公立病院で少々,あとの多くはおそらく私立医大の附属病院(東京女子医大,北里大学,日本医大など)でしょうか.それもおそらくわずかではないかと推察されるわけです.

>No.121 僻地外科医 さん
>No.124 Level3 さん

あの、MD200人はこうあれかしというところです。私の勤めている病院のMDは150人くらいです。もし誤解をもたらす表現があればお詫びいたします。

No.113 てつさん

>国民皆保険で保険外診療の拡大には反対

以前出たホテルの費用は、患者にとっては実質保険外診療の拡大に他なりません。それはOKで、こちらに反対ということは、維持すべきは厚生省による統制こそ第一であるという考えであると思われます。

>医師需給の問題はそうでしょう。診療所の診療報酬をあんまりいじらず、病院の診療報酬でつじつま合わせをしている

これも現場の勤務医の感情を理解していない。全く開業の意思のない勤務医でも、多くの場合開業医の締め付けには強い嫌悪感を持ちます。まわりまわって自分達の不利益になってかえってくることが容易に予想できるからです。
また最近バタバタと開業ラッシュが続いたのは、診療報酬で診療所の方がいいからなんてことは全くありませんよ。

>つきあっていますので、無闇な攻撃は私にはできません

つきあいがあれば誤りに目を瞑るのでしょうか。そんなことを抜きに是々非々で議論すべきです。

>臨床の医師に厚生労働省を敵だと思って

厚生省と我々臨床医は世界一の医療を成し遂げた盟友だったはずです。しかしながら最近の厚生省の行為を見れば、自分達の利権のための駒のようにみているとしか感じられない状況です。

>厚生労働省と一緒だから妥当性を欠く

どこにも誰にもそんな意図の書き込みはありませんが。むしろ先生の意見をネタにして、厚生省がいかに馬鹿な意見を言っているかということの証明をおこなっています。

>アクセスをコントロールすべき

私を始めとして、ネットで見られる多くの医師の意見と異なる。200人も集めてしまうことによる需要の切り捨ては、多くの国民にとって不幸と言えるくらい大きな割合でしょう。

私の感想は 
てつさんの意見は 「甘すぎ」です。

「こうすればいいのでは」という提案はよろしいとかは思いますが、「その結果どうなるか」、という予想が疑念をもたれる程甘すぎるのではないかと思います。

ただ、集約はやむをえないとは思います。ある地域の方々に泣いてもらうことは致し方ないかと考えます。ただ、一度上げた医療レベルを下げることは政治的には強烈なダメージになるのでなかなか困難だとは思います。行政の方が、医師だけに責任をなすりつけて断行することが予想されますのでそれは止めていただきたいと希望します。

私が考える、医師の希望は
]働条件の保護
不当な判決に対する対抗策の徹底
0絛廟度に頼って医師派遣をすることを維持するのであれば大学病院のポストの倍増は必須(関連病院に出向という形でも可かもしれませんが大学病院の現在の荷重労働は限界を超えていると思います)

これらの同時の改善が必要ではないかと考えます。

尤も、それを行うためには
ぅ灰好箸料大
が必須なのですがその覚悟が国家にはないようですのでそれなら脱医しかないなというわけです。

混合診療が本気でコスト軽減に役立つと考えているほどナイーブでいらっしゃるのでしょうか。私には「コスト削減」が何よりも初めにありきで考えているからおかしな結論になっているだけではないか、つまりは厚労省の施策に過度に寛容なだけではないかという印象を持ちます。私はコストは増やした上で

ゥ▲セスを制限
Εオリティーは維持

することを多くの臨床医は望んでいるのではないかと考えています。いかがでしょうか。

>No.127 元内科医さん

最近、米国でも欧州の国々でも物価が高いなと思うようになって来ました。以前は、やすいと思いながら、よく買い物をしていましたが、もう日本で買うようになって来ました。日本の国力が落ちてきているからこうなっているのではないかと思います。80年代から90年代の初めにかけてほぼ世界一であった状況から転がり落ちてきています。まだ、多少のぬくもりはありますが、さまざまな国力指標は今後も落ちていくように思います。

ある程度の貧困妄想があり貯蓄行動が盛んであった世代は天国に旅立ち始めています。国債も国内の貯蓄があったので、なんとかなっていますが、地方債も含めるとそろそろ限界です。米国もイラクでの疲弊もありますが、経済的にもそろそろソフトランディングを考え始めているようでもあり、うまくいかなければ多額の米国債を抱えている日本は、それこそえらい目にあいます。

この年始は、僻地と呼ばれる地域の温泉にいっておりましたが、公共事業がないとそれこそ医療崩壊の前に地域崩壊を起こすだろうなと思われる状況でした。一般予算での公共事業は既に最盛期の半分以下になっています。もちろん、特別会計のほうはまだまだじゃぶじゃぶに近いこともありそうですが。多くの政治家が社会保障にこの部分を使うことを考えていますが、そうは思わない政治家も多く、しかも力を持っています。それを持たせているのは国民です。

「医師だけに責任を擦り付けて」というお言葉ですが、患者さんの自己負担も増えていますし、様々な方面での負担は増え続けています。

官僚の天下りは継続しています。甘い汁を吸っている人はおり、それに対しては行政コスト増なので、もうだめだろう、やめてくれと思っています。若い世代は自分たちにはそういう状況はないだろうとあきらめています。以前に比べると官僚から転職する人も増えてきています。

私は混合診療には反対です。入院サービスにはホテルサービスと診療サービスが含まれていますが、診療サービスの切り詰めや保険外の診療サービスには否定的な気持ちです。しかし、ホテルサービスについては多少切り詰めざるを得ないでしょう。ほとんどの人は通常は自分でホテルサービスを自分になさっておられます。

元内科医さんのおっしゃる1.2.3には同意します。4のコストとは価格のことだと思います(医療では「コスト取り」というと診療報酬として請求を行い、収入を得ることをさします>観客の皆様)。5,6を前提とすると同意できます。しかし、元内科医さんの直前のどなたかのコメントでは多くの医師がそうは思っていらっしゃらないとの指摘があります。私自身は、急性期病院の多くの医師は外来患者の疾病構造が自分の専門性にもう少し合い、数的にはもう少し少なくなるように望んでいらっしゃると思うのですが。つまり、元内科医さんの5、6にも私は賛成をします。アクセスを制限といっても、おそらくは元内科医さんもお考えのようにフリーアクセスではなくアクセスのコーディネーションが必要だということでしょう。賛成します。

その上で、少なくともこの10年間に、これらを実現するのなら病院統合を行うこと以外に実現できるアイデアが出ません。救急医療は必要なので、当直体制を薄くし、救急を受け入れないというのは病院崩壊直前の症状でもあり、いい方向ではないと思います。価格だけ上げればよいということでは、現状維持で、給与を上げることはできます。それがよろしいのでしょうか。バイトを雇うことはできますが、雇われてくる医師はもともと暇なのですか?それに、給与だけを上げるということに世論(ある意味、勝手なものだと思いますが、)が賛成をしてくれるでしょうか。


>No.113 てつさん

>病院実績の数値は、ちょっと調べなおします。2週間ほど待ってください。
別に急ぐ話ではないので、いくらでもお待ちしますよ。海外出張が2週間もかかる理由ですか?それにしても時間がかかりますね。私が元にした数字は
a)平均在院日数
b)年間退院患者
c)病床数
d)全身麻酔件数
だけです。私が概算した病床利用率は単なる推計ですが、定義としては

在院患者・・・・・・毎日24時現在、病院に在院中の患者

平成11年以前
               1日平均在院患者数
       年間病床利用率=──────────×100
                6月末病床数

平成12年以降

        月間在院患者数の1月〜12月の合計
病床利用率=─────────────────────×100
     (月間日数×月末病床数)×1月〜12月の合計

と明確で、一意的に決まる様になっています。そうでなければ病院ごとの機能評価も実績も客観的に評価できる筈はありません。ですから、

>医療保険上の届出と院内での数値の出し方が違う場合もありますので。(ごまかしをしているということではなく、算出方法や条件が異なるのです)

というお話はなんとも理解し難い内容です。私の勤める病院では、(というよりはどこの病院でもそうだと思いますが)上記のa)〜c)は毎月の部長会議で月報が渡され、さらに当年度4月から当該月までの平均が前年と比較されます。当然年度末には年間の総括がされますから、部長室に部長がいればその場で解ります。もし部長が不在でも事務に聞けば一瞬です。d)は麻酔科部長もしくは手術部長にきけばすぐに手に入ります。まあ最短5分で済む仕事です。特にてつさんの様に、
>退院患者中の転院患者の割合は殆ど増えていません。
>診療科ごとでみると、整形外科は確かに転院患者が増えています。
>外科は、手術患者の退院患者中の転院患者は増えていません。
こうした細かい数字にすぐアクセスできる立場にいらっしゃる方が、何故a)〜d)の様に病院経営の基礎的数字を得るのに2週間もかかるのか理解に苦しみます。
>全麻例数だけ、ちょこっと機会があったので麻酔科部長に聞いてみました。年間3000例くらいだそうです。管理料算定が4000くらいなのを誤解していました。ごめんなさい。
着々と前言撤回なさる様ですが、極めて基本的な数字を2週間もかけて前言撤回しても、信用しない人が多いであろうことはご理解された方が宜しいでしょう。全麻数に関して言うと、私やLevel3 さんが他院の例まで調べて議論する元となる数字を、ここまでいい加減に書き込んだり訂正したりするのは、それこそ読み手に「失礼」ではないのですか?
>厚生労働省と一緒だから妥当性を書くというのも失礼でしょう。
どうもてつさんの「失礼」は他の方の失礼とは異なる様ですね。敢えて言うと、「厚労省」の単語が出てくる度に過剰に反応されますね。
(長くなるので、ここで一旦アップします。)

>No.113 てつさん(続きです)

>その妥当性を議論をしていただきたく思います。
ではその妥当性を議論いたします。てつさんが箇条書きされた提言には以下の疑問があります。

1)インフラ整備に要する費用をどうするのか?
 てつさん主張の「20万人の人口に対して一般病院を一つ」に集約します。日本の人口は1億2780万ほどですから、600〜650の病院に集約されます。仮に600としましょう。今勤務医が16万人ほどいます。周産期センターや精神病院など特殊な病院も必要ですからこれらに1万人医師を割くとして、残り15万人を600の病院に割り振ると、1病院当たり250人の医師が確保できます。本当に高度な病院を運営するなら100床当たり医師50人位は必要と考えますが、ここは40人強で我慢するとして、1病院は600床となります。密度の高いマンパワーを十分に発揮するには、当然ながらそれに見合った「箱」が必要になります。
 現在日本では600床以上の病院は256しかありません。現在600床で運営する病院を新しい集約化病院に転用できるかと言うと、実際は非常に難しいと思います。何故なら100床あたり医師20〜25で基本設計されていますから、医師の密度が倍、当然パラメディカルも倍、オペ室も倍、検査室も倍などとなると、増改築でも追いつかない可能性が高いからです。しかし話を簡単にするために、現在600床以上の病院は増改築と人員増でその規模を維持することとします。そうすれば、1000床級の病院もあるので、一般病院の総数は50ほど減らして550で我慢します。それでもあと300程は一般病院の新築が必要となります。
 次に一般病院の一つ当たりの新築コストを求めます。500〜600床クラスでオペ室8〜10程度の病院の場合は1床当たり4000万円が基本です。しかしこれは100床当たり医師25程度程度の基本設計です。新しい集約化病院はオペ室も倍必要でしょうし、地域のイメージングセンターの役割も果たす必要があるので、また大幅に増える従業員の居住スペースも含めて、延べ床面積は1.5倍から2倍近く必要になると思われます。したがって、最低でも1床当たり6000万円は必要でしょう。そうすると建物だけでも360億円かかります。MRIだけでも4〜5台必要でしょうから、電子カルテ・パックスなども含めて、医療機器は100億円以上は必要です。これだけで460億円です。土地取得費用、造成費、職員寮の建築なども含むととても500億円では足りません。ですが、今仮に500億円で計算します。
 新病院一つあたり500億円でこれが全国で300必要となると15兆円必要です。600床超病院の増改築に一つあたり80億円かけるとこれで2兆円必要です。合計17兆円ということになりますが、そしてたぶん控えめの試算ですが、「限られた資源を有効に使う、使わなければいけない状況」で、どうやって巨額のインフラ費用を捻出できるのでしょうか?

2)金だけあっても病院はできない。
 例えばNTT東日本関東病院や癌研有明病院の職員の方に新病院建築の苦労を聞けば分かります。職員が何年も議論して、臨床の合間をぬって会議に会議を重ね、やっと新病院が出来上がります。「自分たちの新病院」だからそれができるのです。統廃合で出来る新病院建築計画に、医療従事者・医療事務の誰がアイデア・時間・労力、そして愛情を提供するというのでしょうか?医療従事者が計画・設計に関与しない病院など使い物になりません。

3)地域的不公平をどうやって解消するか?
 かりにてつさんが言われる様にプライマリアクセスを禁じても(後で述べますが、私は無理だと思っています。でもここは百歩譲って紹介のみとします。)、いざ紹介となった場合は病院に近い居住者が有利です。ましてや脳血管障害・心筋梗塞・事故などの場合、病院に近いか否かは文字通り死活問題です。小さい病院を廃止する以上、新病院を何処に作るかで必ず地域内紛争が起こります。全国で300の紛争が起こるわけです。これを誰がどうやって収束させるのでしょうか?

4)プライマリケア医って一体どこにいるの?
 自分が医者をやっていても、居住地区のどこに信頼できるプライマリケア医がいるのか、そもそも存在自体があるのか、全く知りません。ましてや一般の患者さんに
>患者さんは、信頼できるプライマリケア医を見つけましょう。
などと言っても無理です。届け出制とかそういう名目上の問題ではなく、実質的にプライマリケアを充足できる状況か?ということが問題の本質だと思います。日本でこれだけ大病院指向が強まった事実が、プライマリケアの貧困を物語っていると思います。見切り発車すれば、在宅医療の二の舞です。プライマリケア医を定着させる困難さは、在宅医療の定着とは比較にならないほどハードルが高いのはてつさんもよくお解りだと思います。

5)アクセス制限が容認されか?
>アクセス、品質、価格の全てを守ることはできないので、アクセスをコントロールすべきである。
 アクセス・品質・価格の三つのうちでアクセスの重要度が一番低いというのは治療する側の勝手な見方です。医療は本来患者さんのものです。国民的議論を行った場合、当然英国の医療事情などが広く知られるところとなります。一般の方、即ち現在患者さんであるか将来患者さんになる可能性のある方々が、上記3つのうちどれを最も重視するかと言えば、おそらくアクセスになるのは間違いないです。「そんなに高度でなくともよいから、とにかくある程度以上大きな病院ですぐに診て欲しい」これが患者さんの最大公約数的願望ですよ。わざわざ不便にして他を守るというのは、「角をためて牛を殺す」様にしか受け取られないでしょう。国民のコンセンサスをどうやって得るおつもりですか?説明不足で制度だけ変更し、「大病院のプライマリアクセスは禁じられております。制度がそうなったのです。お引き取り下さい。」で患者さんが納得しますか?医療に対する不満が爆発します。そしてモロにそれを受けるのが我々現場の人間です。「病人がここにいるのにお前ら診ないというのか?」と凄む患者さんや家族は多いでしょう。医療従事者ですから結局断りきれずに診ることになります。ごねた者勝ちになれば、制度なんてすぐに崩壊します。説明不足の官僚による政策誘導がどれほど医者と患者さんの信頼を損なうのか、本当によく考えているのですか?

以上を総括すると、てつさんの提言は
・ 具体化する方法論が全くない
・ 実現性の予測がない
・ 医療側の勝手な見方に基づく
ことから高い点はあげられません。私が代わりにごく表面的な困難予測をしましたが、この簡単な議論からみても実現性はゼロに近い提言です。元行政さんに「愚策」と斬り捨てられても仕方がないです。

尚この「愚策」に関しても一言申し上げます。「愚策」というのは「話にならない策」という意味で、決して「愚か」ではありません。また賢い人でも愚かな言動はあります。「愚策」と斬り捨てても、提言した人間が愚かということにはなりません。これに対して

>こういうことを(初めてのヒトに)言えるのが馬鹿な人であろうと思います。
>私も、失礼な人には対応をいたしません。ばかだ、おろかだということやレッテルはりでは議論にはなりませんので、元行政さんへのコメントは止めることにしました。

これは完全に個人に対する侮辱です。端から見て、低級で品のない言葉が目立つのはてつさんの方ですよ。

厚生省の身勝手な愚策への対抗が私のテーマなので、しつこくも続けさせていただきます。

まずYosyan先生が的確な文章を発表されていますので、ご紹介したいとおもいます。(ここに来られる方はほとんど読まれているでしょうが一応)
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070104

以下は私見です。

世界一の日本の医療は、程々の厚生省の誘導と医療従事者の努力によって、微妙なバランスの上に奇跡のように成り立っていました。ところが、今世紀最大の愚策であるスーパーローテと、司法、マスコミの暴走によって修復不能なダメージを負いました。厚生省が愚策に走った理由は将来必然的におこる予算増をくいとめること。そして厚生省の医療界に対する支配を強化することだと思われます。厚生省の勘違いは、世界一の医療が自分たちの誘導こそがその達成の理由で、自分たちが計画してその通りことが進めば上手くいくはずということ、社会主義者が嘗て犯したまさに同じ過ちです。英国のやり方は予算削減には通じますが、医療自体を最低にした愚策です。それを多少修正したところで、上手くいくわけなどないことは普通に考えればわかることだと思いますが、厚生省は導入を企てているわけです。
本来厚生省がすべきことは、大胆な制度変更ではなくて、例えば介護施設のようなコストの低い代替医療への緩やかな誘導や、看護婦の内診解禁などの実質の伴わない規制の廃止、コストを著しく上げる司法の暴走に対して行政立法等で対抗すること、最小限の医師増と経費増は認めて環境整備を図ること、天下りや外圧のため明らかに割高な薬剤費や医療材料費、医療機器の価格を下げるように働きかけることのはずです(全くやっていないとはいいませんが)。保険診療が患者にとっても、医療従事者にとっても美味しいシステムでなければ、存続などできるはずもない。ウルトラCなどないということを肝に銘じて地道に行動すれば、ほとんどの医師は協力するはずだと思うのですがね。

No.128 てつさん

>多くの医師がそうは思っていらっしゃらない

元内科先生もほぼ間違いなくそうは思っていないはずです。そう思っていない内容と言うのは、コストよりもクオリティーよりも優先してアクセス制限することが正しいということです。そういう小手先の詭弁は勘弁してもらえませんか。先生の多くの詭弁を見破ってきたように、詭弁を喝破するのは得意ですけどね。

Yosyan先生の「新小児科医のつぶやき」のエントリ
・2007-01-04 今年のキーワードは難民
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070104
でichihiroさんとbgさんが紹介してくださった

・医療予算抑制で医療が荒廃--ニュージーランドの先例
 元オタゴ大学教官・河内洋佑氏に聞く
http://hodanren.doc-net.or.jp/iryoukankei/seisaku-kaisetu/050524yokusei.html

はよくまとまっています。
書いてあることがどこかの国の辿ろうとしている道と酷似しているのは、たぶん気のせいでしょう。

>No.129 ヤブ医者 さん

実現性は低いなあとは思っています。困難な理由は概ね同意します。ただ、解決のための思考実験でも、あるいは可能な地域だけでもあれば良いなというところです。

>1)インフラ整備に要する費用をどうするのか?

見積もられた価格は多少高めかなとは思いますが、概ね同意します。現時点では道路特別会計等の流用で、それこそ公共事業として考えると合意が多少は得やすいかなと思います。一般会計化は大反対ですが、公共工事に使われるという前提での組み替えは多少はいけるのではないかと思います。道路財源も本来時限があるものですので、状況の変化があり、危機的な状況であることが理解されれば変化するでしょう。残念ながら人柱は必要です。

>2)金だけあっても病院はできない。
配分は、医療供給の状況を定量化し、不足地域からはじめざるを得ないのですが、そうすると労働市場の流動性が問題になります。医学部医局支配の状況も踏まえて、都道府県ごとに作り始めることはどうでしょうか。長崎、熊本、鹿児島、広島、岡山、徳島、石川、宮城、青森、北海道あたりは大学を中心とした協議会で人材配置を決定できるかもしれません。全国が無理でも、一部でも実現すれば良いなあと思います。

>3)地域的不公平をどうやって解消するか?
各論反対が出るのは同意します。交通状況や教育体制(子供さんの問題は結構基本的)を踏まえざるを得ないところかなと。


>4)プライマリケア医って一体どこにいるの?

ハードルが高いのは同意します。これこそ時間がかかるでしょう。ただ、僻地では事実上、出来上がっている場合もあるようです。都市部のほうが大きな問題になると思います。診療所等の先生方はどう思っていらっしゃるか知りたいところです。かかりつけ医は医師会の推進政策でもあります。

5)アクセス制限が容認されるか?

制限ではなくコーディネーションというほうが受けいれられやすいでしょうが、中身は一緒と言われるとそのとおりです。ただ、今のフリーアクセスの変更は必要になってきていると思います。OECD諸国の中でも外来頻度はトップクラスですから。肩を並べる国々は東欧が多く、医師数は多いですが、給与は低い状況です。

>説明不足の官僚による政策誘導がどれほど医者と患者さんの信頼を損なうのか、本当によく考えているのですか?
同意します。説明は必要でしょうし、かかりつけ医への誘導トラブルは現時点でも大規模急性期病院での窓口トラブルの頻発例であるのはそのとおりです。指導管理料も然り。

>・ 医療側の勝手な見方に基づく
確かに医療側が必要としている条件を満たすために考えたモノです。いわば、落しどころという気持ちでした。

#失礼かどうかについて:
私は、他の方のご意見を最初から「愚策」とは申しません。実現性は低いのではないか、とか、コスト負担に耐え切れないかもしれないとは申します。インターネット上での議論はエキサイトしやすいものです。失礼にならないように気をつける必要があります。私には、初対面の人に「愚策」というレッテルを貼る(その後にも、「社会主義者ですか?」ということもありました)のは常識ではないと思われます。いわゆる「釣り」や「挑発」的な言辞だと思いました。「ちがいます」といえば良いとかのレベルでしょうかね。

この辺(礼儀関連)については、議論を続けるのであれば、管理者のモトケンさんにお出ましいただいて行事役をしていただければと思います。

それと、匿名の掲示板で研究発表並みの正確さを求めるのはいかがなものでしょうか。ここは、道端でのお話レベルだと思っておりました。この辺も、管理者のモトケンさんにご意見を伺いたいところです。責任のとりようもないですし、大まかな筋道を追っていただければ私は良いと思っておりました。礼儀を守りながら、もっとおおらかにいけないものかなと思います。

観客の皆さんはいかがでしょうか。この議論(病院統合案)は面白いですか?続けて欲しいということがないのなら、続ける理由はありませんし。

>プライマリケア医

この話は多少詳しいので一般の人にもわかるように解説したいと思います。
とりあえず参考のページ。
http://www.primary-care.or.jp/priman/priman.htm

ページを読むといかにも良さそうなことが書いてありますが、いろいろな問題があります。(WHOが推奨している理由の中に、余程医療から縁遠い地域に、質を犠牲にしてでも効率的にすることでできるだけ多くを助けるという意図があると推測しています)
包括ケアを得意とする病院勤務であることや、いままでの経歴上、私自身のプライマリケア医としての素養は高いと自負していますが、日々のプライマリ診療はかなり苦痛です。はっきり言って、専門の消化器や趣味の心療内科をやっている時と全然違います。多く勉強し、それでも自分の至らなさを毎日のように実感する。専門なら簡単であろう疾患を、専門医に頭を下げて送る。楽しくないです。荊の道です。労多くして益少なし。今まで専門医志向でやってきた医師がするはずも、できるはずもないです。(さらに昨今の医療裁判の判例が追い討ちをかけています)
スーパーローテを経た医師なら可能か、喜んでするのか。そんなことも絶対にないと思います。まずスーパーローテの研修程度では使い物にならない。短期間なら、プライマリケア医の研修はそれ専用の研修システムが必要です。スーパーローテでよい研修ができる賢い研修医は、将来の自分の専門に役立つように賢く美味しいところ取りの研修をします。またプライマリケア医を喜んでする意識改革もかなりの未来にわたって無理だと思えます。そのメリットを与えることができないからです。プライマリケア医なら訴えられないなんてありえないし、プライマリケア医ならより多く働かなくてすむなんてこともありえないし、プライマリケア医の方が圧倒的に給料が高いということもありえません。(ちなみにかかりつけ医とプライマリケア医というのは全然違うと思います)

No.134 てつさん

最初の愚策という表現は策の不出来具合を率直に書いただけの話です。最初だろうが何だろうが議論する上でオブラートに包んだ表現は不要だと思います。私の表現がきついことは認めますが、例えば社会主義者は短くニュアンスを伝えるためには的確な表現だと考えての使用ですし、むしろレッテル貼りをされたことを理由に肝腎の指摘を認めるのが嫌で逃げるための方便として使ったと考えたのですが、考えすぎですか?

私は釣りはしません(某掲示板でも)し、したいとも思いません。というか、釣りという言葉の使い方が間違っていると思います。

>この議論(病院統合案)は面白いですか?続けて欲しいということがないのなら、続ける理由はありませんし

先生の案は叩き台として大変よい内容だったと思います。いろいろなことが見えてきましたし、現実のいろいろな問題が整理されました。先生の参加の有無に関わらず先生の案≒厚生省の案として叩かれ続けることになると思います。きついのは承知で厚生省擁護派として参加されるとありがたいと思います。


それからこの文章も相当挑発的と思われるかもしれませんが、他にもつっこみたいところがたくさんあって言いたくてウズウズしているところを、結構押さえています。できましたら、こんな奴なんだと理解してご容赦ください。

昔勤務していた国立病院の院長副院長を思い出します。話していると医者仲間と話しているよりも病院の事務官とお話しているみたいでした。てつ様が医師であってもなくても、厚生官僚の方々の考えの一端が見えますので
お考えの開示をお続けくださいますようお願いいたします。

>1.個人の技術レベルが結構重要なファクタであり、チームというより
>個人プレイでの能力発揮が主体になる。(比較論です。当然、手術部ナー
>スや麻酔科内でのコミュニケーションは大事でしょう。しかし、外科な
>どに比べるとこう感じます。)

これは概ねその通りだと思います.

>2.5分の居眠りが重大な結果に結びつく確率も高いことから、労働条
>件に関心が強い。
>3.医学の中でも比較的若い学問でもあり、合理的な状況を好む。

これは麻酔科医に限ったことではないと思います.むしろ麻酔科医にとって問題なのは,仕事量の制御が容易ではないことだと思います.
これは外科系各科との力関係にもよりますが,ある程度麻酔科医が手術予定を制御できる必要があります.外科が一方的に予定を決めるような病院には麻酔科の常勤医は居付かないでしょう.

>4.待遇改善圧力が強い。条件が良いところへ移る閾値は比較的低い。
>労働市場流動性が高そうだと感じています。
>5.(特に若い世代に)QOMLや合理性を求める人が増えている。
>6.今年は眼科、皮膚科が特に増えているが、来年以降はこの状況を見
>て(増えすぎは良くないと感じて)麻酔科も増える。

現在の問題は,麻酔科医に限らず指導医クラス(卒後10-20年くらい)が
次々辞めていく(転科もしくはフリーター化)状況だと思います.
それより若い世代のフリーター転向組は,はっきり言って危険だと思っています.確かに問題のない症例をこなせるようになるには3-4年もあれば十分でしょう.しかしながら突発事故にも対処できるものではありません.気道関係のトラブルで1度でも失敗すればそれまででしょう.我々が考える一人前の麻酔科医になるにはやはり10-20年掛かります.本当の意味で自分一人の腕で生きて行けるようになるにはそのくらいかかる訳です.
若年のフリーターは地雷を踏んで,吹っ飛ばされればそれまでです.しかも彼らは地雷が存在することをほとんど考えていないようです.(もし考えていればフリーターになるというような無謀なことはしないでしょう.)

>7.女性に対する手当てが急激に改善しそうである。たとえば、長時間
>保育や病児保育、短時間勤務。特に短時間勤務に適応性が麻酔は強い(麻
>酔途中での交代が可能)。

もしかするとこれは正しい予想かもしれません.公立病院ではどうかは不明ですが...

>8.麻酔科医の確保は、病院経営者にとって最重要事項なので、比較的
>早く状況が動く。

これも経営母体次第でしょう.

>9.比較的早くから労働力として活用が可能。技術の向上とともに、対応
>可能な範囲は広がっていくという状況。自信を持って働きたいという人は
>結構多い。部長になるよりも、納得のいく医療をしたいという願望が強い
>人が出てきた(特に女性に)。

先にも書きましたようにスーパーバイザーができる指導医クラスが2-3人居るところであれば,その下で2-5年程度の経験のある麻酔科医が交代しながら働くことは可能です.しかしスーパーバイザークラスなしではやはり危険です.麻酔はそれこそ「うまくいって当たり前」というようにとらえられていますから...

いずれにしても現在のように手術しなければ黒字になりようがないような医療情勢では,手術件数増加は大きな病院の必須項目となっており結果として麻酔科医ひとりひとりの労働量に大きな負荷をかけることになっています.
しかも公立病院では給与はとてもそれに見合うものではありません.(もちろんこのような減少は麻酔科医だけに限ったことではないのですが)
ここで,麻酔科医がある程度手術数や時間を制御できる力を持っていれば,まだ疲労度もある程度の範囲以内に抑えることも可能です.しかし若手主体の麻酔科医だけでは退職まで数年のような外科部長と渡り合えることはできません.
麻酔科医は慢性的に不足していることもあり,我々が出張で麻酔を引き受ければ週2日でも働くだけで,現在の給料くらい稼げてしまいます.
もちろん時間外の緊急で呼ばれることもなく,残りの時間は完全にフリーに使うことも可能です.生活とQOLを考えればこのような人生もありではないかと誰もが思うわけです.常勤麻酔科医はますます不足していくのは現在の自然の流れになってしまっているところもあります.すでにいくつかの大学麻酔科が崩壊していますが,今後もこういったことは続く可能性があるわけです.とても麻酔科医が増えるとは思えないのです.

>観客の皆さんはいかがでしょうか。この議論(病院統合案)は面白いですか?続けて欲し>いということがないのなら、続ける理由はありませんし。

観客の一人として。
おもしろいです(というかなじみのないことばかりなので勉強になります)。
是非続けて欲しいです。

病院の集約化について深い考えがあるわけではありませんが、少なくとも心臓血管外科と脳外科については賛成します。

どちらも技術の習得や維持には一定の症例数が必要ですが、現在のように分散していては必要な症例数が集まりません。
(私の勤務先の心臓大血管手術症例は年間30例ほどです)

集約化した上で、数年毎のローテーションで救急施設に派遣するシステムが必要と感じます。

話は変わりますが、公立・公的病院幹部が厚労省と同じことを言うようになるのは、そのような研修を何度も受けることに加え、厚労省の路線に従わないと経営上デメリットがある(と思っている)からです。

>病院の集約化について深い考えがあるわけではありませんが、少なくとも
>心臓血管外科と脳外科については賛成します。

bambooさん,
これは確かにその通りだと思います.
心臓外科の場合最低でも週2例程度(年間100例)は施行していないと基本的技術が保てないですし,ましてや向上も望めないでしょう.
心臓外科医も脳外科医も執刀医が多過ぎるのです.腕のよい執刀だけに患者を集中させる方が,医療のクオリティが向上しますし合併症も減るでしょうから医療経済的にもよいと思います.

それ以外の外科医についても今のような認定医ではなく,少なくとも技術面でcirtifiedする機関が必要だと思います.いくら患者説明がうまくて合併症が生じても訴訟にならないようでも腕の悪い外科医はやはり問題でしょう.

病院の集約化についてはいろいろ問題はあるでしょうが,現在のような勤務医の過剰労働を緩和させるためには必須であると思います.特に産婦人科,小児科,麻酔科etc.各病院に2-3名程度しか医師がいないような科は集約化によるメリットは大です.そうでなければ現在の2倍以上の医師数で24時間をカバーする(病院の24時間稼働が要求されるなら)必要があるわけです.当直開けに休める体制を作るにはそれだけの医師数が必要になるわけです.医師の過剰労働を緩和しつつ,フルタイムの医療を提供するには医師数が不足であるのは明白です.現に厚労省は「労働基準法を厳格に適応すれば救急医療は崩壊する」ということを知っているわけです.この言葉を吐きながら「一方で医師数は足りている」というのは明らかに自己矛盾しています.

患者さん側からするとアクセスが悪くなるというデメリットは生じますが,今の医療体系を存続するためには目を瞑らなければならないというのが私の考えているところです.アクセスに関しては開業医の先生方にその間を埋めて頂けると有り難いのですが,難しいのでしょうか.

>No.134 てつさん

>管理者のモトケンさんにお出ましいただいて行事役をしていただければ
別にわざわざ管理人さんの裁定を仰ぐ様なことではないでしょ。

>匿名の掲示板で研究発表並みの正確さを求めるのはいかがなものでしょうか。
「研究発表並の正確さ」など求めていません。問題にしたのはどの病院でもその辺にころがっている数字で、ホームページで一般公開している病院も多いです。しかも3000とか4000とか大まかな数字です。私自身「病床利用率」を定義とは異なる計算で概算しており、これも研究発表では許されないアバウトな数字です。

>大まかな筋道を追っていただければ私は良いと思っておりました。
「筋道」にもいろいろあるでしょう。私が感じた最初の「筋道」は

No.8 てつさんのコメント 医療需要コントロールと病院統合が喫緊の課題であり、これで解決できることは多い、等の提言・・・・A

No.10 元行政さんのコメント 上記に対する反論

No.27 てつさんのコメント 元行政さんに対する返事としてご自分の病院の数字を提示。・・・・・B

であり、AとBに論理的繋がりはないものの、「流れ」からはA的視点から病院経営を行えば良好な数字がでますよ、という主張だと思います。その数字に疑問を感じたものが質問することが「おおらかさの足りない」いけないことですか?根拠もなしに「こんな数字あり得ない」などと無茶を言った覚えはありません。数字を最初にお出しになったのはてつさんです。あれこれ言われるのがお嫌なら、自分の病院の数字など挙げずに「解決のための思考実験」だけされるべきだったと思います。

>その妥当性を議論をしていただきたく思います。
>ではその妥当性を議論いたします。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・
>この議論(病院統合案)は面白いですか?続けて欲しいということがないのなら、続ける理由はありませんし。

病院統合案って私から始めた話でしたっけ?なんだかねえ・・・まっ、もうどうでもいいけど。

>Level 3 先生
>アクセスに関しては開業医の先生方にその間を埋めて頂けると有り難いのですが,難しいのでしょうか.

私のところなぞ、かつて私自身が近くの500床クラスの病院の勤務医であったこともあって、その病院の下請けみたいなものです。詳しく数えたことありませんが、月間のその病院への紹介患者数は20-30程度でしょうか。

ただ、私の感じではいまのところ大病院は外来患者を外に出したくないようにみえます。例えば糖尿病。病院で管理する必要があるのは、初期の教育と合併症の多い患者くらいで、もっと開業医にまかせてもよいのではないでしょうか。理由はいろいろ考えられます。
(1)病床稼働率を確保するためには、やはり入院予備軍を多数確保しておく必要がある。(特に糖尿病)
(2)そもそも患者が開業医を信用していない。いわゆる大病院信仰。うっかりほかの医院へ行けなどと言おうものならば大騒ぎされる。
(3)大病院だと2-3か月分くらいの薬を出してくれるので、大病院へ行きたがる。(開業医がこれをやると、おそらく経営困難に陥ります。)

病院が集約化されるのは開業医としてはありがたいのではないかと思います。つい最近まで、地方医師会は大病院が進出してくるのを拒んでいたくらいですから。問題は救急医療と小児の夜間医療でしょう。一次救急まではできますが、結局よくわからない患者や厄介なクレーマーに近い患者は病院へ紹介せざるを得なくなります。はたして病院の医師の負担軽減になるか疑問です。総需要が減るわけではありませんので。
小児の夜間診療については、病院の夜間救急が減ると、自費診療で専門に診る開業医も出てくるのではないかと思っています。

ホノルルのホテルで一休みです。明日には米国本土に向かいます。ホテルのロビーでは無料で無線LANが使えます。電話のケーブルを持たなくて良くなったのはこの2年くらいでしょうか。便利な世の中になりました。

>No.136 元行政さん
>こんな奴なんだと理解してご容赦ください。

悪意はないことは理解しました。

「率直」という言葉で思い出しましたけど、私の勤めている病院で、特にクレームの多い医師が何人かいます。そのうちの二人は診断能力は高く、治療もしっかりしており、手技や手術も上手です。関係性がよければ何の問題もないので、私もその分野の病気にかかったらみてもらおうと思っています。なぜクレームになるかというと「率直」だからだと思いました。良好な関係性が成立していないのに、率直に、あきれた表情をし、率直に、疲れた態度になり、率直に、「あんたの勘違いだ」と指摘します。もちろんクレームをつけてくる患者は一部です。しかし、深く傷つき、悲しみ、戸惑い、怒りながらいらっしゃいます。私自身、何度も対応しましたが、その感情を解きほぐし、問題点を共有化し、納得をしてもらうのどれだけの苦労がいることか。そして、何もいわずに、もう来なくなる患者さんはどんな気持ちなんだろうと。

良好な関係性があれば「率直」はいい方向に流れることが多いです。意図しない状況で患者が亡くなり、家族からクレームが出た場合も、その家族内で「先生方もがんばってくれたのだから」というと、そうかということになりますが、クレームの最中に、「われわれもがんばったのだから、」と率直にいうと、火に油を注ぐことにもなりかねません。雪印の社長は記者の前で「私は寝ていないんだ」と率直にしゃべって大変なことになりました。

医者の中に、患者さんにタメ口をきく人がいました。何故なのかと聞くと、先輩に教わったそうです。こうすると早く外来が片付くと。そのとおり。多くの患者さんはコミュニケーションをとるのをあきらめます。早く進むでしょう。

良好な関係性が構築されていれば、タメ口は問題ない場合も多いです。でも、お分かりのように、多くの場合には、良好な関係性というところまでいってはいません。

また、関係性構築の前に率直に話をする人の多くは、トラブルを深化させます。おそらく、全ての医師にしっかりとしたコミュニケーション能力があれば、トラブルの2割は回避できるのではないかなとも感じるくらいです。もっとかな?もちろん、率直に話をしても許される雰囲気を持っている人もいらっしゃいます。たとえば、魅力的な笑顔で全てが解決してしまう人とか。

私は、臨床時代に、どんなに親しくても職場では、看護師さんに「さん付け」で呼びかけ、丁寧語で物事をたのみました。患者さんにも、丁寧語で話すとともに、身内とそれ以外を明確に分け、「部長の××はそう申し上げましたか」などと話すことを心がけていました。身内ではない患者さんへは「××先生はそうおっしゃっていましたか」とはききません。

研修医の教育等に絡んでも、本当に難しいなと思うのは常識を教えることです。テーブルでの座席配置、タクシーの乗り方、MRさんとの付き合い方、当然、患者さんとのコミュニケーションのあり方。気にしない人もいますが、他人を不愉快にさせない(リスクを回避する)ということは基本中の基本です。

人々は、楽しいからコミュニケーションを自発的にします。コミュニケーションが、苦痛になるのなら、離れるのは当然ではありませんか。良好な関係性のないところでも、コミュニケーションをうまく取れることが、医師のみならず、成熟した社会人に求められることだと思います。不愉快なら、去っていくのは普通のことですし、本人の心境が分かっていない人たちは「尻尾を巻いて逃げやがった。弱虫め。」というような状況を2ちゃんねるの「バトル」では見かけます。良好な関係性のないところで、良好なコミュニケーションを続けるには、それなりの約束事があります。

そして、内心はどうでもいいことです。どんなにバカだと思ってもかまいません。率直に「バカだ」といわないことが重要なのです。「愚策」は生産物なので、生産者本人を表現したものではないとおっしゃった方もいらっしゃいましたが、「愚息」と自分ではいえますが、バカな子供を指して、「愚息」というと常識外でしょう。だれしも、自分の生産物は自信がなくともいとおしいものです。婉曲な形で不足部分を指摘したり、矛盾があることを気づかせることは必要でしょう。そういう場合でも、良好な関係性がないのなら、「これはどうでしょうか」とかいうことがトラブルを避けるポイントなのです。自ら、トラブルを呼び込んでいるのに、「勘違いする患者がけしからん」とのたまうのです(もちろんそういう医師は一部ですが、クレーマーが0.01%いるだけでも対応が大変なように、一人でも二人でもいるとクレーム対応が大変なんです。しかも、それなりの確率でいますし)。

「時間がないから仕方ない。」 そのとおりでしょう。だから、時間はどのようにしたらできるのか、安全な形での医療はどうすれば実現できるのかを考えるのではないのでしょうか。

>No.137 virchowsande さん

医療機関経営上の一番大きなリスクは診療報酬改定です。確かに、厚生労働省の誘導にどれだけ早く乗れるかが経営上のメリットになることは多いですし、うまく立ち回らないと、はしごをはずされてしまいます。

>No.138 Level3 さん

ありがとうございます。私の勤める病院でも、看護師さんをからかいながら、手術部内をふらふらしている麻酔科部長は、確かに、トラブルのときには頼りになります。何度も助けられています。もうちょっと、若手にいろいろと教えてあげて欲しいということはありますが。教育体制・バックアップ体制がしっかりしているということは、麻酔科希望者を集めるパワーになりそうだというのは貴重な情報です。

No.142 ヤブ医者 さん

そうですか。私は、追い立てられ、とっちめられているような気がしていました。私は、他人の間違いを指摘する際には、根拠をドカンとぶち当てないようにしています。他人に自分の間違いに気づかせ、その後も良好な関係を続けるためには、逃げ道をあけてあげることが必要です。
「仮想の病院を引っ張り出して、厚生労働省の意図を実現化しようとしているのでは?」などという2ちゃんねるにでてきそうな発言を聞いたような気がします。気のせいかもしれません。もしそうなら、ごめんなさい。

また、最初の「率直な」表現に感情的になりました
。不愉快な中、書き飛ばしたようにも思います。すぐ消えればよかったのかもしれません(消えると決めたわけではありません)。失礼いたしました。お詫びいたします。

>No.143 うらぶれ内科(もと場末の開業医) さん

私の勤める病院では、開業医の先生方にアンケートをして、今後データベース化し、逆紹介の誘導を強化するつもりです。どのような患者さんをお引き受けいただけるかを個別に判断する情報が病院内に乏しいことを解決しようと考えています。そのアンケートのお世話を地域の医師会でお世話いただけそうです。もちろん、他の病院に提供していただくと多重利用が可能でしょう。

>(3)大病院だと2-3か月分くらいの薬を出してくれるので、大病院へ行きたがる。(開業医がこれをやると、おそらく経営困難に陥ります。)

診療報酬上、多くの診療科にかかっていると、病院でまとめてしまうほうが安くつく事に患者さんは気づき始めています。特定療養費での調整も可能ではありますが、自分で決められるだけに高く設定することは難しい状況でもあります。医療保険側で、診療所での自己負担額を調整するのが良いと思います。

糖尿病では、インスリンの開始時期の適正化(遅れがちだそうです)をどうするかがポイントだそうです。河盛先生@順天堂から伺いました。病院での研修会と、患者会の範囲の拡大化(開業の先生でケアしていただいている患者さんも含める)を通じて、連携したプログラムを模索しようとしています。開業医の先生方のご興味を引くためにはどうするかを苦慮しております。何かヒントでもいただけないでしょうか。現時点では、内分泌は過重負荷になっていますので、何とか、お願いしたいのですが、ご指摘のように、患者さんはなかなか離れてくれません。患者さんにも(開業の先生方にも)安心できるシステムを構築したいと思っております。

No.140 bamboo さん

>心臓血管外科と脳外科

これらは集約化するメリットの大きい科ですね。基本的に異論はないのですが、さらに育てた医師を派遣まで考えると、これって大学病院がやっていたことではないですか。厚生省の力なんて借りなくても実現可能ですよね。

>てつ様

過重負荷ですか。居られるとこには居られるものですね。一方開業医のイメージが悪いのは自業自得かもしれませんですね。
ここの開業医ならば何かあったらすぐに病院を紹介してくれると患者さんが思ってくれたならばしめたものなんですが。思いつくところといったら、月並みですが、病院で糖尿病専門医による開業医向けの勉強会をやっていただけると大変ありがたいです。コントロールに困っている患者さんの症例検討会をやっていただくとか。ついでに患者さんたちも一緒に受講できればもっとよいかと。私ならば受講料を払ってでも出席します。ただ病院の医師たちはこれ以上負担が増えるのはごめんだとおっしゃるでしょうね。

アメリカのように病院のベッドを一部開業医に開放して、入院も開業医に診させることにするとよいかもしれませんね。事実私の居住地の基幹病院ではそんなベッドが用意されてます。ただ、あまり利用されてはいないようです。時間的に入院まで診るのは難しいですね。病院の医師の強力なバックアップが期待できればこれは十分可能かとおもいます。ずいぶんと虫のいい話かもしれませんが。

No.144 てつさん

長々と書いているところ申し訳ないが、先生の俺様ルールに従うつもりは、おそらく誰にもありませんよ。論理こそ重要と考える人間の中で、感情を重要視する一般論は意味はないでしょう。(というかこの程度のレトリックで納得するほどここの参加者は馬鹿ではありません)
ここのルールはモトケン先生の考えが優先であることは当然ですが、モトケン先生の緩やかな統治(おそらくこれ以上のものはないと思います)により自然に形作られたものです。勝手に道端のおしゃべり扱いしたり、行事役を要求したり、ため息しかでませんよ。
さらに言えば、根拠をドカンとぶち当てないなんて下らないポリシーは捨てていただきたい。私以外の方でも大抵はドカンとぶち当てて何の問題もないし(別エントリで私の言っていたことと多少矛盾しているかな)、婉曲な表現は誤解のもとでもあり損ですよ。

>てつさん
今回の一連のお話に関してはこのコメントを最後にします。(違う話題でまた議論できれば幸いです。そしてその時はもっとよい雰囲気で話しができることを望みます。)

>良好な関係性のないところでも、コミュニケーションをうまく取れることが、医師のみならず、成熟した社会人に求められることだと思います。

これはごもっともで異論はありません。コミュニケーションをうまく取るのに重要な事柄は沢山あり、言葉遣いなど上辺の儀礼はその一部に過ぎません。まず場の雰囲気を察知して自然に溶け込める感性もまた非常に重要なことです。正直に申し上げますが、てつさん初登場(ではなく以前にもコメントされていたらゴメンなさい)には違和感を持ちました。

>No.8 てつさんのコメント
>全部のコメントを見たわけではありませんが、ちょっとひとこと。

これ以下蕩々とご自身のお考えを述べるだけで、No.7以前のコメントをほとんど無視しています。ここでの発言の全てがとは申しませんが、大部分は誰かの発言に対する賛同や反論、そこから連想して次ぎのステップへ繋ぐという形式が大半で、他人のコメントや全体の流れを尊重する雰囲気が連帯感を産み、円滑なコミュニケーションが成立しているのです。時には厳しい議論が繰り広げられても、基本的に楽しいからこれだけ膨大なコメントが集まるのです。てつさんの唐突な登場がコミュニケーションをうまく取れる人間のなさることなのか、少し疑問です。こういう態度は、「クレーム」を呼び込む原因となる「関係性構築の前に率直に話をする」ことに見えるのですが、違いますか?

>どんなにバカだと思ってもかまいません。率直に「バカだ」といわないことが重要なのです。
これも御意ですが、たとえ売り言葉に買い言葉にせよ
>それなのにこういうことを(初めてのヒトに)言えるのが馬鹿な人であろうと思います。
などとお書きになった方には言う資格がないと、多くの人が考えると思います。これ以上に問題なのは以下の物言いです。
>ここは、道端でのお話レベル
これまで「医療崩壊について考え、語るエントリ」で多くの方々が真剣に続けてられた議論を「道端でのお話レベル」と仰るわけですね。モトケンさんが「2006年の終わりに」で書かれたことを以下にコピーします。
**********************************
 特に医療関係カテゴリにおいては、多くの医師の方々、それより数は少なかったですがある意味忍耐強く司法を語っていただいた法曹関係者の皆様の膨大なコメントにより、様々な問題点が浮き彫りになりました。
 皆様により蓄積されたコメント群が、医療崩壊問題を考える人びとにとって有益な資料となることを確信します。
 このブログを支えてくださったコメンテイターの皆様こそがこのブログの最大の財産です。
***********************************
モトケンさんが「道端でのお話レベル」とは思ってらっしゃらないのは明かです。モトケンさんに対しても、これまでコメントされた方々に対しても、失礼極まりない言葉です。そして多くの方を愚弄する言葉です。

>レッテルはりでは議論にはなりませんので
という主張もまた納得ですが、一方私の疑問にほとんど答えていらっしゃらないにも関わらず
>2ちゃんねるにでてきそうな発言
などと「レッテル貼り」なさるのも納得いかない話です。

>バカな子供を指して、「愚息」というと常識外でしょう。
そりゃそうでしょう。他人様の子供を「愚息」などと言う非常識な人間はほとんどいません。「愚息」は人間そのものですからね。一方、「愚策」は普通に使われる言葉です。比較しても意味がありません。

>他人に自分の間違いに気づかせ、その後も良好な関係を続けるためには、逃げ道をあけてあげることが必要です。・・・A
ケースバイケースです。私も後輩やパラメディカルに注意する際は、不十分かも知れませんが、気をつけているつもりです。でもそれとネット上の会話は全く場合が異なるのではないでしょうか?上記Aの様な一般論は大事ですが、教育関係者などからよく聞く言葉でもあり、私でも知っています。どうせお聞かせ下さるなら、
>特にクレームの多い医師
に対して、彼等の間違いをどうやって気付かせるのか、あるいは気付かせたのか、具体的な注意の仕方を拝聴したいものです。

>なぜクレームになるかというと「率直」だからだと思いました。
>最初の「率直な」表現に感情的になりました。
これは取りようによっては、私が患者さんからクレームの絶えないトラブル医師だと暗示していることになります。てつさんご自身は、「自分は紳士的で周囲とコミュニケーションを取るのが上手だ」とお考えの様ですが、どうも相手の感情を逆撫でする言葉を知らず知らずに発している様にも感じられます。感情を逆撫ですれば強い反発を招きます。
>自ら、トラブルを呼び込んでいるのに、「勘違いする患者がけしからん」とのたまうのです
という意見にも同意で、てつさんも自らトラブルを呼び込む傾向が少なからずある様に感じます。

こんなことばかり書いているから、
>追い立てられ、とっちめられているような気がしていました。
になるのでしょう。確かに議論において相手を追い込む悪い癖があるのは認めます。これで不愉快な思いをされていることは謝罪致します。ただ、私とて誰彼見境なく追い詰めているわけではありません。追い詰めたくなる何かを感じた場合に、追い詰めるのです。

私もこのコメントを最後にしたいと思います。

いやみの応酬のように見え、あげ足取りの応酬(自分自身の発言を含めて)に見えてきました(当然御本人にその意図はないでしょう。自分自身もありませんでした。)。私自身も、自分の質問に答えてもらっていないなと思っていましたし。

自分自身、愚策という言葉に感情的に反応し、それ以後も、それに拘泥してきました。お詫びします。

これまで、コメントをくださった皆さん、ありがとうございました。継続をご希望いただいた皆さん、申し訳ありません。


 明けましておめでとうございます。
 昨年は医療崩壊という現象が一般社会においてもあからさまに顕在化し始めた記念すべき年ではなかったかと思います。当地は全国水準から見れば医療資源の潤沢な地であると思いますが、現在も近隣病院からの脳外科一斉撤退、内科医減員の継続などが続いており診療体制の大幅な変更を強いられるなど身近な崩壊の話題には事欠いていません。

 この場所の性質上今までは医療対司法的な議論が中心となって行われこれはこれで得難いものであったと思いますが、多くの方々が予想するとおり自分も今年はなお一層の崩壊進行と共に一般受診者もその弊害を実感する年になるのではないかと考えております。
 既に各地で産科減少が報じられ「産む場所がない」とは耳にするところです。当地においても救急搬送は年ごとに困難を増しつつあるようで「何でもいいからとりあえず受けてもらえないか」と救急隊から懇願されることもしばしばです。しかし実際に受けてみますと果たして救急受診の必要があったのかと疑問に感じる症例も少なくないのは残念です。
 限られた医療資源であるからこそより有効に活用すべきであることは言を待ちませんが、特に昨今のマスメディアに登場する「医療関係者」のあまりと言えばあまりな発言を見るにつけても世間に流れる情報の多くはただ崩壊を助長する方向にしか働いていないのではないかという危惧を抱かざるを得ません。医療関係者が学ぶのは勿論ですが、患者もまた自らの生命と健康のために正しく学んで欲しいものです。

 このスレでの発言も最近やや専門的内容に流れる印象を受けています。無論専門家相互の議論の応酬において見識を深めることは重要ですが、これだけの人々が集まっているこの場で医療崩壊後の現場における患者ら一般向けの啓蒙も併せて行われるようになればなお有益なのではないかと思いますが如何でしょうか。
 ある意味でお互いの善意に基づいて初めて維持されてきただろう日本の医療が崩壊することは既に避け得ないことと考えますが、多少なりとも悪影響を緩和できることが出来るならば喜ばしいことではないかと考え年初の発言とさせていただきました。

>>No.96 じゅん さんのコメント
>医療を受けても、勤労も納税もできる見込みがない部分のかたの一部については、
社会保障のなかで、切り捨てていってもよい部分もあるかもしれませんね。

 「一部」とは具体的にはどのような方々を想定しているのでしょうか。

 進行した難病患者、進行した慢性疾患患者(呼吸不全、心不全、肝硬変などで、仕事に復帰できる見込みがない状態)、進行した認知症患者、進行した悪性腫瘍患者(意識はあって、ADLは自立から寝たきりまで様々だが、仕事に復帰できる見込みがない状態)、終末期医療(終末期にも様々な段階、状況がありますが)。いずれも「医療を受けても、勤労も納税もできる見込みがない」(間接的に納税はしてるかも)状態と思われます。
 終末期医療のうち、意識が回復する見込みがなく、人工呼吸器や昇圧剤などのサポートなしに生命が維持できる見込みもない状況については、医療費抑制の観点からこれまでにも時々議論がありました。

No.151 老人の医者さん

>患者ら一般向けの啓蒙

最近の議論において、とにかくベッドを減らしてアクセスを制限するという話がありました。肺炎程度の病気は病院の隣のホテルにでも泊まればいいなんて主張がありました。(ちょっと強調していますが本質はそのままでしょう)
医療従事者がオーバーワークなのは確かですが、だからと言ってそんなタイプのアクセス制限をすべきという話を普通の臨床家はしないでしょう。クォリティ以前に受けられない、受けることが困難という話ですし、患者にとっては実質コストも増える話です。(むしろこの手の厚生省の暴論には患者側から反対の声がもっとあってよいと思います)
問題は夜間や休日の救急です。夜中に病気になったらどうしようとかいう話ももちろんある程度理解できますが、実際は夜中に高度な医療が必要な場合というのは多くありませんし、それに対応するためには結局日中並の体制を取らざるをえないことを考えれば、夜間のクォリティは低くても仕方ないことを前提に、一般の方に行動してもらうべきだと思います。(救命に絞った対応ということであれば話は別で、広域にいくつか24時間対応の救命機関は必要です)
ちょっと自分の小規模自治体病院の例をあげさしてもらうと、嘗ては当直をするとヘトヘトになるような病院でした。(ひどい話では、隣の市の総合病院のかかりつけ患者が休日に受診して、ここは休日でもやっている病院と聞いて来たとかいうのもありました)当直の頻度も多くこんなことでは医師が持たないということで、救急を縮小することにしました。当直医の専門領域以外の新患は原則お断り、受付段階で受診者は原則入院になることを念押し、受診者には夜間は検査も手術もできないことを一々説明するようにしたところ、本当に必要な患者以外の夜間受診はガタっと減り日中受診するようになりました。常勤医もバイト医も増え、なんとかなっています。住民にとってもこれは、喩えれば遠くのコンビニよりも近くのスーパーマーケットで、よかったことだと思います。実際当院は本当に潰れる危機にあったのですから。

>No.153 元行政さん
こんにちは、
自分の知識がまだまだ乏しいもので、いくつか質問させてください。
>当直医の専門領域以外の新患は原則お断り、
これは、救急指定を取り下げたということでしょうか?
取り下げなくても可能なのでしょうか?

>受付段階で受診者は原則入院になることを念押し、
逆転の発想で、興味をひかれます。我が病院は、救急対応のために、原則4床確保しています。救急といっても、(救急搬送でさえも)入院を要す患者は多くないからで、これで通常ことたりています。しかし原則入院とすると、夜間のベッド確保が難しくないでしょうか?
原則入院で問題にならないほど空床があると、病床稼働率が問題になりませんか?

>受診者には夜間は検査も手術もできないことを一々説明する
受け付け段階で説明するとなると、事務当直がするわけですか?自治体病院とのことですが、医療者と事務方の関係がうまくいっているのでしょうか?

自分の病院は公的病院ですが、事務方が当直業務へ参加しようという意識が薄く、看護師が走り回っています。結果、本来事務がすべき仕事(電話対応、カルテの取り出し、作成)に振り回され、救外に看護師がいない、という事態がしばしば生じています。

No.154 conta さん

わざわざ救急病床を4床も用意せざるをえないということは、私のところより余程規模が大きそうですね。多少遠くとも、転送できる高次病院はないのでしょうか。

>専門領域以外の新患は原則お断り

ファジーにやってます。問い合わせが来た時、やんわり誘導するという感じでしょうか。特に外科の院長(けっこう年ですがやらされています)が徹底してます。いきなり受診の場合はいったんは見ますが、あっさり転送されることも多いですね。(とにかく専門外を最後まで面倒をみる能力がないことをアピールあるのみです。昨今の状況で無理はいけません)

>原則入院

実はハッタリの部分も大きいです。逆に入院する気満々の患者は診てすぐ返すこともけっこうあります。また入院は大抵翌日お帰りにします。
病床利用率はよくなくて大抵余裕がありますが、満床になった時は逆にそれを理由に他に誘導もしました。
こういう話の噂はすごくはやく、あっという間に夜来なくなりました。

>一々説明

この説明は医師がしています。患者教育ですから。

この話をすると信用されないことが多いのですが、事務方とも大変うまくいっています。首長の病院を左遷ポストにしないという考えのおかげだと思っています。(だから今の病院にいるとも言えます)

>No.155 元行政さん
レスありがとうございます.

うちは300床超の総合病院です.一応都市部にありますが、中核といえる程ではありません.
救急用に4床確保というのは、満床を理由に救急車を断りたくないという院長の意向で、まだイケイケでやっていくことを考えての策ですが、院長以外は少々くたびれてきています.
転送できる高次病院は、心外科がらみ以外ありません.当院には神経内科、精神科もないのですが、これをいったん受け入れてしまうと、次に紹介できる(受け入れてくれる)施設がないという、ちょっとお寒い状況です.
このご時世、専門以外の救急は見たくないというのが皆の本音なのですが、院長が許してくれないのが悩みの種です.(それでも、電話対応で今日の当直は○○科ですが、いいですか?と言うように看護師にお願いしています.)

>>原則入院
>実はハッタリの部分も大きいです。
ハッタリでもこれは良い考えだと思います.コンビニ感覚の受診が減るでしょうね.ただ、周知させるまでのベッドコントロールがつかないかもしれません.

>こういう話の噂はすごくはやく、あっという間に夜来なくなりました。
うちは、医師や看護師が疲れてきて、救急車や、夜間の電話応対が悪くなっているためか、夜間の受診が減っています.医師、看護師は喜んでいますが、院長にとっては一大事のようです.

>>一々説明
>この説明は医師がしています。患者教育ですから。
教育ですか.聞いてくれる人はいいのですが...病院周辺には、繁華街があり、酔っぱらい、飲み屋のねーちゃんが仕事帰りにお見えになります.生活保護の方も多く、これらのかたは、社会との関わりが薄く、なかなか...

>この話をすると信用されないことが多いのですが
>事務方とも大変うまくいっています。
はい、まったく信じられません^^;;;.事務は自分にとっては敵です.
>首長の病院を左遷ポストにしないという考え
すばらしい首長を選ばれていますね.尊敬に値する有権者です.有権者(自分を含めた)が悪いから、まわりまわって、あんな事務長が...目が醒めました.

>>No.152 通行人A さんのコメント
>「一部」とは具体的にはどのような方々を想定しているのでしょうか。
75歳以上の人を想定しています。
75歳以上で、前年度に給与所得がない人に対しては、
現在のような医療を社会保障として提供する必要はないと感じています。

人はいつか死ぬのだし、勤労も納税もできなければ、
国として守っていく価値があるのか、疑問です。

長生きは、贅沢品なので、勤労も納税もできず、長く生きてしまった人は、
自分のお金で、自分の寿命を延長するために医療サービスを購入したら
よいのではないかと思います。

現在の医療政策を厚生労働省の愚策といわれるかたがいるようですが、
私はそうは思っていません。
なぜなら、財源が限られているからです。
厚生労働省も、国民健康保険も、ない袖はふれないのです。
予算が尽きたので、1月から3月までは、医療を提供できませんとなるほうが
無責任だと思います。
財務省に予算を増やしてもらえない以上、限られた予算内で
どうにか今までと同じようなレベルの医療を提供する方法は・・・
まあまあの方法だと思いますよ。
医療の需要は、団塊の世代が病気になれば、どんどん増えるけど、
医療費の総額は、あまり増やせないのだから・・・
厚生労働省は、頑張っているほうなのではないかなぁと思っています。

>「医療崩壊」が医師たちの間で大きな話題となった2006年の医療界。
>2007年は、医療の崩壊を招いた原因を分析し、しかるべき対策が打たれる
>「医療再生」の始まりの年とならなければならない。どこから手を付けるべきか?

(中略)

>従来も医師の仕事は大変だったが、その大変さが報われる国民からの尊敬があった。
>今それが希薄になっている。医師も人間である。患者の意識が
>「病気は治してもらって当然。ちょっとミスすれば罪人扱い」では、モラールを維持できない。
>崩壊しつつある医療を、立て直すのは容易ではないが、まずは今医師が置かれている
>厳しい状況を国民が正しく理解してあげることが「再生」の第一歩になるのではないだろうか。

(風間 浩=日経メディカル編集長)

http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q1/521870/
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20061221/116093/

医療費の総額を増やせないというのが間違っていると思うですよ。
確かに5000億円や1兆円増やそうとすれば大変ですが、それは全体を変えないで細かいやりくりでなんとかしようとするからでしょう。
逆に一挙に30兆円くらい増やすことにすれば、大枠を変えざるを得ない。
大きな痛みを伴うが決して無理な額ではない。

で、一番大事なのはおそらくその大枠を変えなければいけないほど、
今の医療体制がやばいのじゃないかという認識だと思うです。
もちろんどちらを選ぶかは政治、そして国民の選択ですが。

おいらだって10万円やりくりするのは大変ですが、1000万円出費が必要となれば生活全体を変えてなんとかしますよ。

>現在の医療政策を厚生労働省の愚策といわれるかたがいるようですが、
>私はそうは思っていません。
>なぜなら、財源が限られているからです。
>厚生労働省も、国民健康保険も、ない袖はふれないのです。
>予算が尽きたので、1月から3月までは、医療を提供できませんとなるほ
>うが無責任だと思います。
>財務省に予算を増やしてもらえない以上、限られた予算内で

ここの仮定に問題があるのではないでしょうか?
現実的かどうかは別にして,予算の建て方は政策次第で変えられるものではないですか?
今の医療費を抑制している国の方策が間違っているのであって,それを正して予算を増額させることは理論的には可能なはずです.それをするかしないかは政府次第であり,それによって医療崩壊が完成してしまうかどうかが決まってしまうわけですね.
それだけ政府の責任は重大ということでしょう.

No.157 じゅんさん
法律家のBlogでこういうのをコピペしては失笑されそうですが…。
日本国憲法第25条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

> No.161の中山さま

じゅんさまは典型的なリバタリアンであって、わたしはその価値観そのものを否定することはわたしの信条からはできません。わたしはじゅんさまの価値観と同一の価値観をもっていませんけど。

中山さま、ホームレスの方々は現実に存在しますが、憲法違反に問われたことは寡聞にしてきいておりません。

かの方々も日本国憲法第25条を……、という気はなくて、憲法は矛盾した条文が満載です。

実態はおのおのの法律で、ということが日本の法の実態であるかと存じます。

憲法第25条を「第一」に遵守すると、そもそも死刑や拘禁と矛盾します。矛盾しないとすれば「年をとって、金のない人間は死ね」とも矛盾しなくなるのです。

No.162 法曹関係者ではありませんさん

実態と規範を混同なさってませんか?ホームレスの存在は実態であって、貧乏高齢者を「贅沢」として、国民の範囲から外すこととは、根本的に異なるでしょう。

以前他の掲示板に書いたコピペで失礼いたします
http://ameblo.jp/med/entry-10022796097.html#c10036384597
勤務医開業つれづれ日記
「社会保障費のために大借金したわけではない」 前田 由美子 日医総研主席研究員
テーマ:医療崩壊このレポートをみると血圧上がる人も
少なからずいるでしょう。
いかに、国家がずるいか
国家のつくウソ、
厚労省のつくウソを
論破していただいている方を見つけました。
北海道医師会のHPに
http://www.hokkaido.med.or.jp/
平成18年度医業経営講習会
があります。
PDF形式です。
http://www.hokkaido.med.or.jp/doc/about/images/igyo2006.pdf
「診療報酬マイナス改定の影響について」

平成18 年度 医業経営講習会
講 師 日医総研主席研究員 前田由美子
診療報酬改定で現場は大変だが、何故、この様な改定が行われるに至った根源的な問題を含めてお話したい。
財政が大変厳しいという政府の思惑に厚労省が乗り、財政が厳しい上に国民医療費はどんどん伸び続けるから絞らなければいけないという論調になった。
本当はどうだということを順を追って説明したい。
社会保障費が一般会計を食っているから、真っ先に削減しなければいけないというトーンになっている。
確かに、
国の借金は大変膨らんでいる。
2003 年は703.1 兆円、
2004 年は781.6 兆円、
2005 年は827.5 兆円
と、毎年数十兆円増えている。
借金が増え続けているので、金を食う社会保障費・国民医療費を減らそうというのが今の流れだ。プライマリー・バランスを黒字にしたら借金はなくなると思われているが、果たしてそうか。2004 年度を見ると、税収とその他の収入を合わせて54.4 兆円、歳出が67.4 兆円、差引赤字は14 兆円になる。14 兆円足りないから14 兆円借金が増えるというのならわかるが、国の借金の増加額、国債発行残高の合計欄をご覧いただくとお判りのように、2004 年度は2003 年度に比べると70 兆円も増えている。その前の年は30 兆円、その前の年は61 兆円と増えている。赤字でお金が足りないから借金をしているのではないことが分かる。逆にいうと、プライマリー・バランスを少しぐらい頑張ったところで、簡単に借金は減らない。
借金の増加額、
2003 年34.4 兆円、
2004 年78.4 兆円
に比して
社会保障費は、
2004 年度は0.6 兆円、
2003 年度は0.1 兆円
しか増えていない。この差をご覧いただくだけで、少々社会保障費を頑張ったところで、国の借金には焼け石に水であることが判る。
借金があるため、社会保障費を削れといわれても仕方ないという気持ちになるが、それに乗ってはいけない。「借金と毎年の歳出は次元の違う話」ということを共通認識にしたい。

No.164 virchowsande さん

すばらしい資料のご提示ありがとうございました。
必読・永久保存ものですね。

No.156 conta さん

正直言うと、最初この案を院長が出してきたのを、私は青臭くも少々批判的なコメントをしたことを覚えています。で、その後名案だったことを認めました。(院長したり顔でした)
当院は常勤全員が20年以上で、院長ともガンガン思ったことを言い合っています。答えが出ないことは情報を出し尽くした上で院長裁定ですが、正しいと思える話なら、一歩もひくつもりはありません。それでも仲良くやっています。
そちらの院長は黙って俺に従えというタイプなんですかね。今時そんなことをしていたら逃散されてたいへんなことになると思うのですが。

首長は土建どっぷりで対立候補は基本的になしです(合併時は危なかった)。しかし、住民のことをよく考えており、(政治家は狸なので確証はありませんが)自分は子供もいないので財を残すつもりはないと言い、家も全く豪華ではないです。
住民自体は字も書けないお年寄りも多いのですが、生き死にの常識もわかってくれていますし、未収率も県内自治体では低い方です。僻地ですが、心は僻地でないというやつだと思っています。

>virchowsande さま(No.164)
すばらしいコメントをどうもありがとうございました。

連休中にふと考えたですが、医療費、教育費というのは生活の根源的なものであり、これを削ると平等な競争社会(市場原理)すら生まれなくなるのではないかと思います。
つまり、貧困層(生活保護)や病気を抱えていれば、本人はおろかその子供すら競争に加われなくなります。本人が再チャレンジできないこと以上にその子供すらが負け組みに入れられてしまうことになります。
どんなに優秀であっても、金銭的に余裕がなければ、塾に行けず、東大にも医学部にも行けず、結果として競争社会への参加ができなくなります。
これは人的資源のロスになり、結局競争力の低下を導くと思います。
再チャレンジとか言いながら国のやっていることはちょっと理解できません。

>No.166 元行政さん
雰囲気の良さそうな状況が伝わってきます.
当院は、複数の大学にまたがる医局人事で、数年で、医師が入れ替わります.逆に、完全に医局人事なので、逃散されることが少ないとも考えられます.医師総勢50名程で、10年勤務している医師は3、4人だけ(院長、副院長、部長含む).院長もご自分の医局を優先しながらというのが伝わってきます.
元行政さんの勤務される病院より、ありがちな病院と言って良いのかもしれませんね.

>最初この案を院長が出してきたのを、私は青臭くも少々批判的なコメントをしたことを覚えています。
自分は救急に興味が無く(全く専門外で)、この案を出してこられたら、諸手を挙げて賛成します.院長見直しちゃいますね.
自分はある領域の専門医として雇われているのであって、救急したいならその専門医を最低限揃えてくれれば、足りない部分は手伝っても良い、というのが本音です.

>心は僻地でない
患者さんも、そういう方が集まればいいですね.
そういいつつ、最近自分の心がすさんできてると自覚してます.
心がすさむと外来や病棟で笑顔が出ません.
愚痴になってしまいました.

No.168 conta さん

医局支配の強さも今時はかなり温度差があり、先生の病院の市は医局支配が強いゆえに恵まれているようですね。事務はそこにあぐらをかいているのでしょう。

>自分は救急に興味が無く(全く専門外で)、この案を出してこられたら、諸手を挙げて賛成します.院長見直しちゃいますね.
自分はある領域の専門医として雇われているのであって、救急したいならその専門医を最低限揃えてくれれば、足りない部分は手伝っても良い、というのが本音です.

これは多くの医師の本音だと思います。救急で自分の専門外を見させられる新規集約総合病院には、医局の命令でもない限り医師は集まりませんよね。集約するなら単科で、他科とベッドの取り合いをすることもなく、スタッフはその科に関することは看護婦も技師もエキスパートで、紹介でその科の患者は一手に引き受けるというのが理想ではないでしょうか。そんな病院なら医師を集められると思います。(あまり雑談ぽいとと考えて、ちょっと最近の議題に絡めてみました)
また、最近の判例を見れば、普通に危ない話でもありますよね。病院で件の判例(心嚢穿刺)を話題に出すのはどうでしょうか。

>>No.157 じゅん さんのコメント
 年金生活者であっても、年金から保険料を納めている限り給付を受ける権利が発生すると考えられ(自己負担の優遇措置は今後なくなるかもしれませんが)、また消費活動を通して年金が社会や国(消費税など)に還元されていくことを考えると、一律に高齢者の社会保障を制限するという考えは困難な気がするのですが。

癸隠毅靴里犬紊麝

>75歳以上で、前年度に給与所得がない人に対しては、
現在のような医療を社会保障として提供する必要はないと感じています。

搾取の構図ですな。若いうちは散々働かせて高齢者の医療費など社会保障を負担させておいて、いざ高齢者になったら、働かざるもの喰うべからずとは。

そうなれば75歳以上でも働ける職種(開業医、弁護士、司法書士、職人、学者、自営業など)の人気が高まり、75歳以上では働けないサラリーマンのなり手が少なくなるのでは。また、何歳になっても月に一回程度なら非常勤で働かせてあげるといった企業の人気が出そうです。

また、将来のことを考えて、医療費が余り要らない若いうちは保険料を支払わず、その分を75歳以上の医療に備えて貯蓄に回し、医療費が要るような年代(4〜50代)になって初めて保険料を払い、医療費を確保した方が賢いように思います。

いずれにしても、前年給与所得のない75歳以上の人の医療だけを切るということであれば、若いプータローとの平等性が保たれないような気がします。すくなくともその高齢者は何十年間にわたって勤労や保険料の負担、納税で、現に社会に貢献したにもかかわらず医療が受けられず、現在何ら社会に貢献せず、将来貢献するかどうかも分からないようなプータローは医療を湯水のように受けられるとは・・・。

それなら自分(と会社)の負担した保険料に見合った医療を受けられ、超えた場合は全額自己負担という制度の方が、未だ少しは平等な気がしますが。

>搾取の構図ですな。若いうちは散々働かせて高齢者の医療費など
>社会保障を負担させておいて、いざ高齢者になったら、働かざるもの
>喰うべからずとは。

世代間戦争の構図でもあります。患者VS医者、若者VS高齢者
の構図にしておけば、権力者(創価ー公明党を含む)は、安泰ですからね。

>No.169 元行政さん
>最近の判例を見れば、普通に危ない話でもありますよね。病院で件の判例(心嚢穿刺)を話題に出すのはどうでしょうか。
”今日も一日ミスなく終わった”と思いながら過ごしている、と言っても過言ではない状態です。
当然、病院は訴訟も抱えており、色々な判例を医局で話していますが、”病院”と話す機会はなかなかありません。
そもそも、公立、公的病院において、”病院と話し合う”とはどういったメンバーを指すのか、どの委員会をさすのか、果たして個人か、組織か?。誰も責任を取らなくても動く組織は、決定権のある責任者(当然院長であるべきですが、彼も医局人事)があいまいで、進みません。
勤務する医師も”どうせ2,3年の辛抱”と考えていますし。
自分はもう少し長く務めることになりそうなので、より働きやすい環境を整えたいのですけどね

色々な方がご覧になる掲示板ですので、一般勤務医の意識、愚痴を通して、普通の病院の状態が伝われば、と思いかなり愚痴ってしまいました。お見苦しい書き込みで申し訳ありません。

>No.173 conta さん

御苦労が察せられます。一人で背負い込むこともないでしょう。最終的には別の道を選ぶこともできるのですから。

ただ、思いますに、多くの病院では経営陣に危機感があるはずです。医局人事といえども、どこの医局も人事的に余裕があるわけではありませんので、場合によっては削減や撤退をせざるを得ません。よほど、医局への影響力のある院長であれば別ですが、もはや安穏とできる状態ではないとは思っておられる方が経営陣にはいらっしゃる確率が高いです(全員がそうであるとは限りませんし、全員がそうでない場合もありえます。その場合はできるだけ早く、その病院から離れることをかえってお勧めします)。

まずその方を探すことだと思います。まず、医局を動かすことは悪くはないのですが、こういうときは言いだしっぺが責任を負わされる(意見の取りまとめや文書の作成等)ことが多く、注意が必要です。

それから、派遣元医局の人事担当と意思疎通を図ることだと思います。具体的な提言を聞くこともできるかもしれません。以前のように「文句を言わずにがんばれ」と突き放すことは少なくなってきました。突然開業する人が出ると人事担当としてもつらいところなので、多くの場合は相談に乗ってくれます。あなたの意見を聞くように院長に進言してくれるかもしれません(このこと自体も要注意なので、院長先生の性格把握も重要です)

救急医療を絞るのは、他に代替となる医療機関がない場合や地域性で大事にされている場合等を別として、一気に病院としての勢いを失う場合もあります。頼りにならんと思われて他にいくところがあれば、患者さんがそちらに向かうのはいたし方のないことでしょう。それこそ行き場を失う患者さんは出ているわけで、立ち去り型ではなく、立ち止まり型のサボタージュでもあると思います。仕方はないと思いますが。医局では結構、その辺りを見ている場合があり、撤退をする場合にはそういう病院から撤退をすることもありえます。医師の待遇は当然、医局からも見えており、医師の首根っこを押さえた人事はもう無理でしょう。

医師の引っこ抜きが行われるか開業への転進が進めば、病院として成り立たなくなりますので、危機感を持たせるために救急医療の制限を申し出ることは悪くないアイデアですが、固執するとこれまた、全体をダメにする場合もあると思います。


ちょっと下記の部分追加です。

====
まずその方を探すことだと思います。まず、(病院の)医局を動かすことは悪くはないのですが、こういうときは言いだしっぺが責任を負わされる(意見の取りまとめや文書の作成等)ことが多く、注意が必要です。→(最初のカッコ内を追加しました)

ちょっと愚痴を書かせてください。
以前から「一人医長」の悲哀をかこってきましたが、いよいよどん詰まりに来ました。某大学医局からのパート医が今年度限りで撤退が決定。もはやどこからも支援なしの孤立無援がほぼ決まりです。一応研修指定病院で人気もあり、研修医も集まる病院なんですけど、産婦人科志望はここ数年で二人。その二人も当院ではまともに産婦人科研修できないので出て行ってしまいました。産科を止めるか。(止めたら研修指定病院としては、新たに産科研修できるところを探さないと指定取り消しです)抗うつ剤で気合いを保ちつつ産科に絞って続行するか。まあ、2チャンネルなどに投稿すれば「直ちに止めろ」といわれること、まちがいなしな悩みですが。

No.173 conta さん

>病院は訴訟も抱えており、色々な判例を医局で話しています

釈迦に説法失礼しました。

>そもそも、公立、公的病院において、”病院と話し合う”とはどういったメンバーを指すのか、どの委員会をさすのか、果たして個人か、組織か?。誰も責任を取らなくても動く組織は、決定権のある責任者(当然院長であるべきですが、彼も医局人事)があいまいで、進みません。

普通の会社では、個々の役職においてその権限がある程度明確で、その権限をもとに業務をおこなっています(大きな企業や国では短期間での定期異動も当たり前です)。しかし医師は多くの場合全く把握しないで勤務している場合が少なくないですよね。最悪の場合院長すら、一肉体労働者であったり、単なる御輿であったりします。(先生も部長職で、その部に所属する人間を指揮する権利を本来持っているのではありませんか?前例もなさそうなので、難しいとは思いますが)
この辺りが公立病院改善にむけての医師側の反省点ではないかと思っていますが、公立病院は管理者の概念がちょっと他の法人の場合と違って明確でないところがありますね。雇用や箱もの、大型機器は役所側に決定権がありますし。私のところは違いますが、事務長が院長等より自分が上と勘違いしている場合も少なくなく、そんな病院は大抵上手くいっていません。

No.174 てつさん

>救急医療を絞るのは、他に代替となる医療機関がない場合や地域性で大事にされている場合等を別として、一気に病院としての勢いを失う場合もあります

救急を絞った病院を数多く見ていますが、一つとして勢いを失った例を見たことはありません。むしろそれによって医師確保が可能になったり、医局からの派遣が優先されたりしているのが現実です。(撤退をする場合にはそういう病院から撤退というのはむしろありえないことです)
むしろ通常の外来を絞ることの方が、現在の日本の患者の心理を考えれば、入院医療を縮小させ、勢いを一気に失わせるおそれが大きいです。頼りになるかならないかは、救急でコンビニ受診を請け負うことではなくて、日々の一般外来の内容によって判断されるでしょう。

あまりにも当たり前のことなので、私が指摘しなくても誰かがつっこむはずですが、一応。というか、conta先生もこんなことは常識として最初から知っているでしょう。

No.176 山口(産婦人科)さん

大変ですね。自治体は先生に感謝の意を表してますか。もしされていないようなら結論は2chと同じです。(本当は抗うつ剤という時点で休むべきですよ)

先生と同じような立場の同門の産科医が周りにもいるはずですよね。会合を持って結託し、(できれば小児科医も巻き込んで)勝手に集約してしまうというのはどうですか?産科医とか小児科医は自治体としては喉から手が出るほど欲しいところだと思います。地方なら、その一人の紹介に何千万も裏金を出す首長もたくさんいると聞いております。
この際大事なのは、他の科の医師とのバランス云々をとやかく言われる総合病院は避ける。最初から行政主導の箱ものは避ける(単に濡れ手に粟となるだけなので)。できれば私立、又は大学から既に見放された自治体で、こちらの要求を飲んでくれそうなところを選ぶ、というところだと思います。
恩師や医局への義理を考えればなかなかそんな行動に踏み切れないのは判ります。しかし開業逃散もそれと大して変わらないでしょう。単なるハッタリでも一度検討されてみたらどうでしょうか。私の悪知恵はこんなところです。

先生の状況が好転することをお祈りいたします。

みなさん、情けない愚痴に対して、親身なレスありがとうございます.

今のところ、大学医局を利用してこの病院に圧力をかけるという方法は考えていません.大学医局長も大変ですし、2,3年で異動する予定の医師には、それぞれの専門領域の症例数も多く、それなりに人気がある教育病院です(来てみてびっくりのようですけどね)
また、他科の我慢強い部長からは”言うことは正論だが、根回しが出来ない奴”という評価を受けており、自分も自覚しておりますので、そういう方法は苦手です.
とりあえずの目標は、事務方を臨床(現場)に引っ張り出すことで、病院が潰れたら生活に困るのは誰か?を自覚させることです.公務員感覚の事務方は、情報、状況把握に疎いですから、いろいろと情報を集め、優位に立ちたいと思っています.幸か不幸かしばらく在籍する予定ですので、幾つかの委員会に入り、発言力を強めて行く予定です.

>No.174 てつさん
>救急医療を絞るのは、...(省略)一気に病院としての勢いを失う場合もあります。

これは、鶏と卵で、勢いが落ちてくると救急車も減ります.どちらが先かよくわかりません.
救急隊から連絡があっても、やる気のない医師の対応が悪かったり、収容を嫌がったりすることが増えたのでしょう.救急隊員も人間ですから、気持ちよく受け入れしてくれる病院へ運びたいでしょうからね.で、当院へは、アル中とか、ちょっとP科チックとかの収容要請が増え、さらに医師の救急隊への対応が悪くなると....こうなると、病院の勢いはなかなか取り戻せませんね.

>No.178 元行政さん
おっしゃるとおり通常の外来を絞るのは愚策のようです.当院も急性期加算を目論んだ際に、入院外来比率をうるさくいうようになり、外来を絞りました.しかし、外来は入院の供給源ということにやっと気が付いたようです.既に遅しですけど.急性期加算廃止になりましたし.
うちの前部長が退職した際に、彼の外来患者殆ど連れて行きました.院長は当初、外来が減ったと喜んでいましたけど、今になって失った医師と患者は病院の宝だったと気が付いたのではないでしょうか.彼は相当数の慢性疾患患者を抱えており、意の向くままに入院させ、ベッドコントロールしていました.^^;

>No.177 元行政さん
>先生も部長職で、
上記の様にうちの部長は開業(逃散ではなく、居づらかったようです)してしまい、現在部長不在です.
尊敬していたお目付役がいなくなり、安全装置が働かなくなった、もしくは起爆装置のスイッチが入った状態が、今の自分です^^;

>私のところは違いますが、事務長が院長等より自分が上と勘違いしている場合も少なくなく、そんな病院は大抵上手くいっていません。
まさに!
今度、管理棟立て替える予定なのですが、設計図上、一番広いのが事務長室の様な気がします.

>No.176 山口(産婦人科)さん
自分も元行政さんと同様に、抗うつ剤が必要な時点で、休息をとるべきだと思います.
人間頑張れば、少し余分に働けます.しかし、組織はがんばりを評価せずに”頑張ったらできるじゃないか”と言い出します.そのうち.頑張った状態が普通になり、”すまないがちょっと頑張ってくれ”と言われるようになります.
これ以上は頑張れないではなく、これ以上頑張ってはいけない、というレベルがあると思ってます.
言われなくても理解されているでしょうが、頑張り続けた末路は、福島、奈良ですよ.

>No.180 conta さん

確かに鶏と卵の関係ですね。もともと、医師の退職に伴い、救急を絞った病院で悪循環に落ちいっている病院にいったことがあり、副院長は派遣される医師のレベルも落ちてきたことを嘆いていました。救急隊員は結構敏感なのもおっしゃるとおりだと思います。意識障害が、頭なのか循環器なのか中毒なのかは判断できないこともありますから、救急受付診療科を絞った病院には運ばなくなる事例も見てきました(他院で診断がついていれば別)。

外来を絞る際には、新患率を見ておく必要があります。何もせずに外来を絞るのは、あまりお勧めできませんが、新患率(特に紹介されてきた新患は入院患者になる率が高い)を高めるような努力(紹介患者への返事の励行、患者さんの共有化、往復切符を渡した逆紹介、研修会の開催など)を行うとうまくいく場合もあるようです(もちろん、土地柄にも寄りますが)。そうすると外来患者も単価アップが図れます。私の働いている病院では、部長が近くに開業をしてくれており、初療を行ってくれたり、検査に患者さんを送ってくれたりしており、良好な関係を保っています。開業する側からも、患者さんの立ち上がりが早いので、開業リスク(特にキャッシュフローの確保ができるかどうか)の軽減もできるようです(ただ、これは無茶をすると地域医師会から嫌われるので、要注意です)。また、入院患者さんの退院も大きなキーポイントで、有能なMSW(人数も)がいるかどうかで外部からの病院への評価が大きく変わるなと思うこともありました。

No.180 conta さん

ちょっと追加です。

正面突破は、もちろんうまくいく場合もあるとは思いますが、周りを見ながらなさることをお勧めいたします。後ろを見たら、誰もついてこなくて、それどころか後ろからも弾が飛んでくるという状況もありえます。ダメだと思われたら、撤退するのも精神保健上重要ではないでしょうか。また、病院経営の基本的な成書をいくつかお読みになることもお勧めします。どの本も全てが適用できるわけではありませんが、全体像がおぼろげながらもつかめるかもしれません。

No.176 山口(産婦人科)さん
医局からの支援無しの一人医長ですか・・・
正直言って、先生お一人の力で支えるのはもう無理なのではないでしょうか
私の先輩もとある県の総合病院で同じような状況にあり、ほぼ毎日泊まり込み、たった一人でその地域の周産期医療を支えていました
例の尾鷲に近い状況で単身赴任でしたがある日、離婚したことを伝え聞きました
電話で様子を聞くと「ひとりぽっちになっちゃったよ(笑) 今は毎日リタリン飲んで気合いで頑張ってるよ(笑)」と本気とも冗談もつかない事を力ない声で話していました

先生の使命感は素晴らしいと思いますが医師が一人でできる事の限界もまたあると思います
臨床からドロッポし逃げ出した私が言うのも失礼だとは思いますが、今の状態で続けられはしないのではないでしょうか

>No.182 てつさん
>病院経営の基本的な成書をいくつかお読みになることもお勧めします。

ありがとうございます。その辺りの知識は事務に負けないためには必要ですね。
ドン・キホーテや、裸の王様にもならないように注意しながらやっていきます。

 皆さんご回答ありがとうございます。元々大学は気に入らなくて、卒業直後に市中病院での研修を選んでいます。どこの医局にも所属していないので、今までパートが来てくれていたことが奇跡的なんですよね。ちなみに自治体病院じゃありません。
近辺に総合病院はいくつもあるんで、産科医が集結すればあっという間に10人規模の周産期センターができるのですが、みーんな民間で経営母体も理念もバラバラ。現実には話し合いすらもてませんねえ。悔しいけれど、医局は人脈を作るという意味では意義のある場所だったと認めざるを得ません。人脈のない私は転進先を探すのも難儀です。全然情報が入ってこないので。
  一応今度の事態が確定した時点で、理事会や患者など一般人にも危機をアピールせねばと「産婦人科からのお願い」文書を作って管理部や看護師長、主任などに配ったけれど、今のところどこからも反応なし。精神的に限界になると、管理者(院長とか看護師長とか)の面前で泣きわめいて地団駄踏んでアピールしてます。(女の特権かな?)それがどこまで通じているか。

>山口(産婦人科)さん

今まで、大学の医局に属しておられなかった由。今からでも遅くはないですよ。住みたいと思われる地域の大学の産婦人科教室の人事担当の先生に連絡すれば、まずは、面接まではこぎつけると思います。引越しをする理由がつけば、遠くのほうが良いかもしれません。引越しはできない場合でも、車で通える範囲の中の病院で医局人事のところにいかせてもらうように当該医局に頼むことはできると思います。このご時世なので、仮に今、定員が埋まっていても何とかとってくれると思います。
また、人材紹介の会社も大手は大丈夫です。登録しても、売り飛ばされることはありません。自己負担もありません。
安心して働けるところを探すほうがよろしいのではないでしょうか。病院は病院でどうにでもなります。経営責任は経営陣にありますから、思い悩むことはありません。

>山口(産婦人科)さん

追加です。大学はお嫌いなんですね。でも、知り合いの女医さんで、医局のことは全然しないし、挨拶なんかも滞りがちだけど、就職先をもらうためだけに、医局に所属している人を知っています。学術的なことは、ご興味がないとしても、臨床能力がある限り、ほとんどの条件(通える範囲とか、託児所とか、当直の回数とか)は受け入れて世話はしてもらえることが多くなっているでしょう。

ちょうど、4月1日が目処になる頃ですので、今月中に決めるつもりで動くことも良いのではないでしょうか。病院には全てが決まってから、伝えるのがコツです。そうでなければ、(そうでなくても)必ず慰留されます。「もう遅いです。」というほうが突破しやすいですし。患者さんのことを考えると伝えてから辞めるまでは2ヶ月は余裕がほしいところです。

>>No.171 じじいさんのコメント
>いざ高齢者になったら、働かざるもの喰うべからずとは。
そうではありません。
年金という社会保障により、日常生活に必要なお金は支給されると思います。

ところで、
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/0904/h0425-4/h0425-4d.html
保険医療は、効率的にリンク先の図3のカーブを右に変位させることでしょう。
ひとまずのめやすを75歳とすることには、大きな問題はないと思います。
75歳まで生きるということは、それまでに医療を受ける機会が幸いにもなかった
もしくは、あったけど生き延びたということですよ。

75歳までの人は、なんとしてでも生存することを第一の目標とし、
75歳以上の人は、医療費をあまり使わずに穏やかに生活することを目標とする。
ある調査によると(リンク先の参考資料の4ページ目)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/s1025-5.html
65-74歳のかたの就業率は27.6%だけど、75歳以上は9%だそうです。(H16年の総務省資料)
75歳以上の人は、病院に漫然と入院して医療費を使うのではなく、
在宅に戻れることを第一の目標として、医療ではなく介護に任せたらいいのでは?
そして、食事を自分で取れなくなったら、医療を受けずに昔のように家で
新しい世界に旅立っていただけると、医療費が大いに節約できるかもしれません。

全身衰弱で病院に運ばれて、高カロリー輸液をして、胃ロウをつくって、
呼吸状態が悪くなったら、人工呼吸・・・
国民全員が死ぬときにこんな医療を受けたら、国民健康保険なんて維持できませんよ。

まあ、平成16年には、「今後の終末期医療の在り方について」報告書が作成され
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/07/s0723-8.html
最近、「終末期医療の決定プロセスのあり方に関する検討会」にて、
終末期医療の運用方法をどうするかが話し合われるようですね。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/01/s0111-1.html

>>いざ高齢者になったら、働かざるもの喰うべからずとは。

>年金という社会保障により、日常生活に必要なお金は支給されると思います。

といいますか、比ゆですよ。私の親は既に年金生活者ですので、年金制度は存じ上げております。「働かざるもの医療を受けるべからず」ということでしょう。(自由診療でなら受けてもよいという趣旨であることも理解してます。誤解なきよう。)

>No.184 conta さん

私の印象では、事務職は担当部分の知識は深いのですが、全体像をつかむだけの勉強をしていないことが多いように思います(もちろん、例外はいらっしゃいます)。機会も乏しいようです。自分でお金を出して、成書を買ってきて勉強をする習慣に乏しいような。

それと、評価が減点方式なので、論理が違うことも否めません。異文化体験では、文化否定はコミュニケーションを阻害します。相手の文化にも、ある程度は温かい視線を持つことも必要かもしれません。

>てつさん
いろいろとアドバイスありがとうございます。
話のできる事務方を探し、会話をしないとお互いの考えてることは解らないのでしょうね。
ぼちぼち(これって方言かな)と、時間をかけてやっていきます

【溶けゆく日本人】救急車をタクシー代わりに
http://www.sankei.co.jp/seikatsu/seikatsu/070112/skt070112000.htm
以前からこのblogでも何度か話題に出ていた救急車のタクシー代わりですがこういった記事やドラマで多少は改善されるといいのですが・・・

そういえばちょうど去年の今日、バイト先での事、夜11時くらいに救急車でやってきた10才のお子さんと半狂乱の母親
「もの凄い熱があってだるそうにしてるんです!!」
熱を測ると37度4分・・・  
お子さんに聞くと「昨日夜更かししたから眠い」
母親は「点滴や薬してくれないんですか!!」と掴みかかられたのを思い出しました
でももっとすごい状況を経験された先生方も多いでしょうね

タクシー代わりといえばこういう例もありますです

駅の構内で最近こんなポスターが貼ってあるんですが、見るたびにポスターの下の方の連中が田丸某に見えてしまう・・・

No.188 じゅんさん

>年金という社会保障により、日常生活に必要なお金は支給されると思います。

以前の発言にも見られましたが、年金の現実をご存知ないのでしょうか?(医師は現場で実際によく目にしています)

年金を払ってきたのに全く額として十分でない人が無視できないほどいます。逆に十分以上にもらっている人がいて、無駄な人工呼吸器というのはこういう場合使われることが多く、通常の高齢者の場合は無駄に使われることは少ないですよ。(無駄な人工呼吸器は、若い社会復帰不能例に使われることが多い)

じゅんさんの案は、未来を考えず自堕落に生きている若い人間にしか賛同されないと思いますが、案としてしっかりとしたものを構築し賛同できなくても参考になる意見とするつもりなら、年金の問題は避けて通れないと思いますよ。厚生省の健康保険制度はそれなりに評価できるものだとは思いますが、年金制度は論外のレベルでしょう。

>以前の発言にも見られましたが、年金の現実をご存知ないのでしょうか?(医師は現場で実際によく目にしています)

国民年金など基礎部分だけの年金の方は特に厳しいでしょうね。

No.185 山口(産婦人科)さん

私立でしたか。早とちり失礼しました。

>人脈のない私は転進先を探すのも難儀です。全然情報が入ってこないので。

ロバート先生の医局に片足つっこむ案や、人材派遣会社も悪くはないと思いますが、気軽に利用できるネットワーク組織が存在しないことが問題ですよね。

人材派遣会社も商売(いい商売だと思います)ですので、施設側の便宜をはからざるをえない部分があることは問題だと思います。先日派遣会社の書類を読んだところ、診療報酬削減に伴い医師給与がどんどん下がっているなどということが書いてありました。そのような馬鹿なことを平気で書くようなところもあるわけです。

医局は嘗ての力はないものの、情報源としては実は宝の山ですね。調べようとすれば比較的簡単に多くの病院の内情が(給与や勤務体制も)わかるわけです。医局長はデータベース化しておくべきですね。脱局する人も脱局する前に整理した情報を得ておくべきでしょう。(例え開業する場合でも、こんな宝の山を放置する理由はありません)
そしてそれが発展して医師就職対策委員会という、例えば医師国家試験対策委員会(http://medt00lz.s59.xrea.com/blog/archives/2004/12/post_53.html)のような運動になることをちょっと期待していたりして。

おもしろい資料を読んだの紹介します。平均在院日数と看護師の離職率の関係というものでした。要するに平均在院日数が短くなるときつさのあまり看護婦が辞めるという話です。

病床を減らすためのこの厚生省の方策は、結局現場の医療従事者の負担をまさに増やして医療費削減を実現しようとしているものであることは、これにより明らかであると思います。(効率化自体は悪いことではないですが、今後の予定は明らかにやりすぎだと思います)


No.174のてつ先生の意見は、あたかも親切なアドバイスのように見えますが、conta先生のように救急縮小を病院内で主張する医師が増えてくることをおそれる厚生省の詭弁でしょう(救急を止めるように働きかけるなら辞めろと言っているように見えます)。かかりつけと逆紹介した患者だけ受けていれば、病院としての患者からの評価が下がることなどありえない。逆に差別化で患者が増えることすらありえます。(事実、当院ではまったく患者は減らず、利益は昨今の状況にもかかわらず逆に伸びています)
救急は停止しても(不安感以外に)患者に実質実害がないことも多いのにも関わらず、目に付きやすく、社会問題化しやすいので、いかに非効率なことでも力をいれざるを得ないということでしょう。これはとりあえず厚生省への勤務医による圧力としては使えるということだと思います。実際に医療資源の節約にもつながるので、一石三鳥以上のものがあるでしょう。

多数の励ましありがとうございます。しっかし同じ病院に20年近くも勤めると、愛着も半端じゃないし、患者とのつきあいも深くなるんで実際問題脱出は心理的に困難ですわ。(つい先日も、お産全部と筋腫核出術までつきあった女性に頼まれて、子宮全摘術をやりました。)
それと、「あそこにゃ絶対妊婦を回したくない」というひどいレベルの個人開業医が一番近所なので、私が辞めるとそこで被害に遭う妊婦が増えるんではと思うとねえ。

日航機乱高下事件エントリでのしまさんのコメントに対する意見です

http://www.yabelab.net/blog/2007/01/09-185120.php#c31807

例え医療界が質の落ちる医師の排除に積極的でなかったにしろ、検察の介入がやむをえないとは思えません。

これは結果論ではなく、検察にその能力がないのは明らかでした。
それでも介入したいのならばきちんと能力をつけてからやるべき。
福島大野病院事件の時点で、ああいった介入を繰り返していればいつか医師がこぞって逃げ出すことは見えていた。

僕自身は、ミスを繰り返す医者にあたって命を落とす危険があるが、全体としては助かる可能性が高い医療システムを持つ社会と
ミスを繰り返す医者は排除されているが、医者が少なく助かる可能性も低い社会では前者のほうに生きたい。
(勿論ミスを繰り返す医者がいなく、もっと助かる可能性の高い社会がさらにいいのですが)

検察が行ったことは、ミスも少ないが助かる可能性も少ない社会のほうに引っ張っていくことでした。
済んだことなので、今さら責めてもしょうがないのですが、明らかに悪い社会的効果があるとわかっていた、少なくとも多くの専門家がそう思っていた行為をあえてやっておきながら、「やむをえず」やったという言い訳には理がないと思います。
何故なら警察には逮捕しない権限、検察には起訴しない権限があったのですから。

繰り返しになりますが、大事なのは同じ愚を他の分野で繰り返さないことだと思いますね。

私はちょっと意見が異なります。
大野病院の件は、今までの情報からはミスではないでしょう。

今のやり方は、ミスを繰り返す医師が排除されると言うよりは、地雷を踏んだ運の悪い医者が排除されるだけで、死なない程度のミスを繰り返しても排除されないシステムであろうと思われます。
また、優秀な医者ほど困難な症例を扱うので、地雷を踏む可能性が多く、むしろ優秀な医者ほど排除される可能性が高い。

もちろん症例検討会の記録は証拠採用される恐れがあるので、次回に生かすために問題点を反省するなんてもってのほか。
かくしてレベルの低い医者だけが残ることになる。

2chの書き込みで「No Doctor No Error」
と言う言葉がありましたが、現在の司法やマスコミが求めている方向性がまさしくそうだと思います。危険な医療(産科、救急、小児科、僻地など)に携わらなければ、事故には関わらないのです。

問題はどこで、国民全体(法曹も含めて)がそれに気がつき引き返すかということです。
全国で医師不足による惨状が次々と報告されてようやく認識するのでしょうか?

少なくともこれまで通りの医療が受けれるなら刑事免責どころか民事も免責で良いよと、そう思う日が来るかもしれません。

>立木さん
簡単に言えば、医療界の姿勢が、検察の介入を許す結果になったと言いたいのです。医療界に隙があったと言い換えてもいいかも知れませんね。

もちろん、医療界の統一見解が「質の落ちる医師、ミスを繰り返す医師は排除する必要がなく、再教育の必要もない」だと言うのなら、検察に問題がありますが。

しまさん

「もし医療界の見解が〜だとすると、検察に問題がある」
という意見は、医療界の見解がそうでなかった場合、検察には問題がないという意味ですか??

だとすると、その論理は受け入れられないと思いますよ。

確かに医療の姿勢が違えば、検察が出てこなかったでしょうが、
だからといって能力もないのに出てきて医療崩壊に導いたことは免責できないと思います。

「交通事故を起こさなければ、その後の医療ミスには合わなかったのだから、ミスを起こした医者に問題はない」とか
「万引きした奴を撃ち殺したとしても問題はない」とかいう議論と同じでしょうね。

医療に様々な問題があることは認めます。
例えば、研修のうち動物などで出来ることは動物でしっかり練習してから医者になればいいと bambooは思います。
何も患者を練習台にして初めて手術をすることはないだろうと思います。

本来なら医療界が改革しなければならない事項ですが、医療界がやらないとしても、それは司法と言うより、行政がやるべき事だろうと思います。
犬一匹で、相当色々な実習が出来ますよ。
(様々な手術はもちろん、血管確保、造影検査、内視鏡など)
シミュレーターという人形よりずっと役に立つでしょう。
値段も安いし。

しまさんは医療界の自助努力不足をしつこくしつこく繰り返していますが、ピントはずれですね。

素人的な考えで恐縮ですが、

医療の第一の目的は患者さんに良い治療を施すことです。日本の医療がWHOが認定した世界最高のものであることはご存知の通りです。中には問題になるような医療行為がありますが、それを裁くことが医療者の本義とは思えません。

一方、法曹界の第一の目的は、揉め事を公平に裁くことでしょう。現体制で医療の素人である法曹が医療問題を裁くことが問題を大きくしていることはご存知の通りです。法曹は第一の目的で既に躓いているのです。

自助努力が必要なのは医療業界よりも法曹です。揉め事を公平に裁く第一義の目的において、医療問題の裁きは我々には出来ないと白旗を揚げて、歪んだ現体制を整備すべく声を上げることは法曹にも出来るはずですし、それが出来ないのは法曹の怠慢でしょう。

いずれ医療よりも法曹を糾弾する声が大きくなる日が来ると思います。

>峰村健司 さま
>一方、法曹界の第一の目的は、揉め事を公平に裁くことでしょう。現体制で医療の素人である法曹が医療問題を裁くことが問題を大きくしていることはご存知の通りです。法曹は第一の目的で既に躓いているのです。

他の延命治療に関するエントリなどを見ても思ったのですが、医師であればかなり多数の死亡患者(1年間に5〜10人として20年で100人以上)を診てきているわけで、裁判官が頭の中で漠然と思い浮かべる死亡とは根本的に認識が違うのです。

多数の患者の命と、話せること、食べれること、歩けること(動けること)など現実の幸福(QOL)を現場で考えている医師と、命を唯一絶対的な尊厳と考える裁判官や家族との間では、医療の現状を全く無視した架空の議論しかできないのです。
同様に裁判官の患者の幸福や不幸に関する認識もかなり偏ったものに思えます。

このブログの多くのトンデモ判決を見るにつけ裁判官の言葉遊び(弁論ゲーム)に付き合わされているという感が否めません。

如何も腑に落ちないのですが。

No.205 峰村健司 さんの

医療問題の裁きは我々には出来ないと白旗を揚げて
とか
No.199 立木 志摩夫さんの
警察には逮捕しない権限、検察には起訴しない権限があったのですから
など。

これは司法の立場として許されるものでしょうか、義務を放棄した不作為の糾弾を受けるのでは?

それとも「素人は解らないことに手を出すな」との考えが有るのでしょうか。

内容が難しいことは想像できますが、私の業界・一般の民間企業では、解らないことは解る様に説明が出来ないと許してもらえません。今は説明が求められる時代と感じます。

プロだけで全て処理するのなら、昔ながらの「先生様のおっしゃる通り」の世界に通じますが、今その反動が来て厳しいことに成っているのでは?

MultiSyncさん

>内容が難しいことは想像できますが、私の業界・一般の民間企業では、解らないことは解る様に説明が出来ないと許してもらえません。今は説明が求められる時代と感じます。

そうかもしれません。
そのような解るような説明が法曹に求められている時代なんでしょうね。

>立木さん
確かに、不適切な言い方でしたね


>峰村健司 さん
>揉め事を公平に裁くことでしょう。現体制で医療の素人である法曹が
>医療問題を裁くことが問題を大きくしていることはご存知の通りです。

医療界の方で仲裁制度を整備した上でこのような事を仰るのなら分かりますが、
仲裁制度が整備されていない以上、裁判に頼らざるを得ないのが現状でしょう。

仲裁制度が整備されていないのは、法曹の責任であると言うのなら分かります。


>MultiSync さん
>それとも「素人は解らないことに手を出すな」との考えが有るのでしょうか

それはないと思います。そのような考えがあるのでしたら、法律について素人である医師が司法を批判することはできないはずです。

> これは司法の立場として許されるものでしょうか(No.207 MultiSync さま)

まず、起訴する権限のある人(検察官、原告)と、判決をする権限のある人(裁判官)とは違いますので、両者を分けて考えてください。

刑事事件については、検察官は犯罪を認知しても起訴便宜主義(裁量権)により、起訴しないことができます。
> 警察には逮捕しない権限、検察には起訴しない権限があった(No.199 立木志摩夫さま)
これは、言えることですね。
検察官が起訴すべき事件を起訴しないで放置する場合に、民主的ルートで是正する手段としては、検察審査会の決議(現行法では法的拘束力はないが、改正後は2度の決議により起訴強制)があります。
業務上過失致死傷罪は公務員犯罪でないため、準起訴手続きは適用されません。

民事損害賠償請求については、憲法32条との兼ね合いから、訴訟提起を完全に禁止することは許されないと解されます。
訴訟を少なくする手だてとしては、行政不服審査等、何らかの訴訟外の紛争解決手段を前置することが考えられます(法改正が必要)。

いずれにせよ、一旦訴訟が提起されてしまえば、裁判所としては、裁判拒否は許されませんので、
> 医療問題の裁きは我々には出来ないと白旗を揚げて(No.205 峰村健司 さま)
は、少なくとも、裁判所の行動原理としてはありえません。
裁判官は自らの能力を尽くして誠実に判断をすれば足り、客観的には出来が悪かろうが、間違った結論だろうが、実際上、責任を問われるおそれはないのですから、「白旗を揚げる」必要はどこにもありません。
ついでに言えば、裁判官自身は、自分たちが「医療問題については判断できない」という意識はないと思います。もちろん、専門家の見解を参考にし、裁判所の選んだ鑑定人ないしは、どちらか一方当事者の持ってきた医師の意見(文献、私的鑑定)には従っているのですから、独断の批判は当たらないことになります。

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私としては、この閉塞的な現状を前にして、医師のみなさんが手をこまねいて見守る心境が、理解できません。
福島事件勃発から数えて、もう1年近くも、同じ話を繰り返しています。
医師の側でできる現行法枠内での対策も、法改正を要する抜本的制度改革も、アイディアは出ているのに、具体的な動きを取ろうとしないのはなぜですか?

> 歪んだ現体制を整備すべく声を上げることは法曹にも出来るはずですし、それが出来ないのは法曹の怠慢でしょう。
> いずれ医療よりも法曹を糾弾する声が大きくなる日が来ると思います。(No.205 峰村健司 さま)

いくら怠慢を罵ろうとも、裁判所が自ら動くことを期待するのは、まして医師の都合の良い方向に変わってくれることは、それこそ、「百年河清を俟つ」ても無理です。
世間が医療よりも法曹を糾弾する日は、峰村さまの生きているうちには来ないかもしれませんよ。

「自助努力」という言い方は不正確かと私も思いますが−正しくは「自救行為」?「正当防衛」?
をしなければ、医師の皆さんのお立場が危ういのではありませんか。
医療を良くしようなどという遠大な目標を掲げずとも、ご自身あるいは友人の医師を助けるために動こうという気持ちにはならないのですか?

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不満ついでに申しますと、警察権力の介入を拒否しながら、
「医師の自助努力は不要」という言い方では、一般国民からは支持されないと思います。

> 例え医療界が質の落ちる医師の排除に積極的でなかったにしろ、検察の介入がやむをえないとは思えません(No.199 立木 志摩夫さま)

> ミスを繰り返す医者にあたって命を落とす危険がある
が、患者は黙って我慢しろ、という言い方では、患者は承服できず、警察権力の介入を求める人が跡を絶たないでしょう。
そんなことでは、「医療よりも法曹を糾弾する声が大きくなる」日が来ようはずがありません。

今後の介入を阻止するためには、
・医師は自主的な判断により悪質医師を排除するシステムを持ち、それが実際に機能していることを社会に目に見える形で示す
必要があると思います。
要するに、一般国民の支持を取り付けるには、「医師たちがこんなに頑張っているのに、警察がヒドイことする、裁判官がいじめる」という主張をすべきです。

YUNYUN様

自助努力は着々と進んでいると私は考えております。
何分生きているのがやっとな状態の労働環境から逃げ出せない立場に半強制的におかれているだけに動きが遅く、また潜伏して進行していますので,、部外の方には気付かれにくいかもしれません。ポイントを言えば、医師も一労働者であることに目覚めてしまったことが大きいといえましょうか。聖人だと自分でも思い込んで自ら進んで過酷な責め苦に耐えていた奇跡的に都合のいい体制がまやかしであったと考えるようになったのです。すばらしいことです。運動が、おきています。新しいシステムを作る準備が整ってきています。詳細はお話しする必要はないでしょう。

YUNYUN様が以前より「なんとかせよ」と鼓舞されていることはよく存じておりますが、おそらく何とかなると思いますよ。

私はそれよりも「司法崩壊」が訪れるのではないかと懸念しています。司法を責めようという世論が盛り上がる兆しを感じていますが、法曹の方々はその世論が間違っていると考えるのであれば、高踏的なせせらわらいを辞めて、基礎知識がない素人にも十分理解できるように必死で説明するべきではないでしょうか。基礎知識を持ってほしければどんな知識をどうやって得てもらいたいか説明すべきではないでしょうか。医師がここ最近やっているように。少し危機感が足りないかな、大丈夫かな、と老婆心ながら心配しております。

>>No.210 YUNYUN さんのコメント
>医師のみなさんが手をこまねいて見守る心境が、理解できません。

>>No.201 uchitama さんのコメント
>危険な医療(産科、救急、小児科、僻地など)に携わらなければ、
>事故には関わらないのです。

医師は現状を理解しつつあります。
どのようなことが、司法によって裁かれるかということを理解しつつあります。
より危険性の高いものには、かかわらないほうが利口だと考えているのです。
医療の金銭的なリターンは、リスクに応じているわけではありません。
医療行為の価格は、診療報酬で決められており、なるべく安く抑えようとする
国の考え方が反映されています。
ですから、リターンはあまりかわらないので、ハイリスクなものからは、
手を引こうと考えているのです。

最近の日本経済新聞で、ハイリスク領域の医師は、ハイリターンを得られるから、
司法の力をかりて、ハイリターンに惹かれて集まった医師も、
不勉強なら訴訟により淘汰されるという説を展開されている人がいたように
記憶しています。
しかし、そもそもハイリターンは、国民健康保険で提供される医療にはないし
リスクに見合った価格ではないので、ハイリスク領域の医療は提供されなくなるという
結果が待っているのです。

リスクをコントロールするには、非常に重要です。
一般的な企業は、リスクに見合ったリターンを得ることができなければ、
事業をやめることも考えます。
小売店だって、漫然と24時間営業するのではなく、
人件費などの経費と24時間営業したときの売り上げを
天秤にかけて決定しているのです。

医療にも、おおくの人から同様のことを求められつつあると、感じているのでしょう。
ですから、リスクに見合ったリターンがないところからは、手をひくのです。

この対処方法は、リスクを低くするか、リターンを高くするかしかありません。
リターンを高くすると、医療費は猛烈に上がります。
感覚的には、いまの3倍くらいかな?
ですから、リスクを低くするということで、医療は刑事・民事免責にして、
医療の結果が悪かったときに金銭的に保証して欲しい場合は、
お客さんが、医療の結果が悪かったときにお金がもらえる保険に入ればいいと思います。

>医師たちがこんなに頑張っているのに、警察がヒドイことする、裁判官がいじめる
これは、十分に主張されていると思います。
数年前であれば、産科へ研修医が入らないのは、訴訟が多いからなんて
テレビや新聞でみかけることはありませんでしたから。
マスコミは、出来事を報道するだけですので、ある日突然、
その矛先を司法に向けることがないとはいいきれないと思います。

医師が誰も自助努力をしてないわけはありません。皆必死に活動しています。
ただ、その方向性がYUNYUNさんの考える方向性とは違うだけでありましょう。

人は本当に大事なものは無くしてからでないと気づかない。
少々名残惜しいような気もしますが、今の医療制度ももう45年。よく持ったものでしょう。

No.210に誤字がありました

> 「自助努力」という言い方は不正確かと私も思いますが−正しくは「自救行為」?「正当防衛」?

× 自助努力
○ 自浄努力

これでは文章が意味不明です。
私の言いたかったことでは、「自助」は大いにやっていただくべきことなので。

「自助」とは「自助・共助・公助」という文脈で、災害対策の話をしていたので、変な単語が出てしまいました。失礼いたしました。

その後のコメントはまだ読めていません。あとで時間が出来たら、また。

今の時代ネットやMLを通じて情報共有が以前より格段に速く、広範囲になってきていますからね。何年もあっていないような学友と久しぶりに再会しても出てくる話題は医療崩壊絡みの話ばかり。やはり皆気にしているのだなと実感します。
医局等で話をしましても若手、中堅を問わず急性期病院でバリバリ腕を磨こうなどという人間は本当に希少であって、むしろそういうことを言い出す人間は今時珍しい人種と奇異の目で見られます。一度こういう状況になってしまうと急性期病院が廃れ療養型に移行していく過程と同様に通常不可逆的で、再建のためには一度組織を解体し全く新規にやり直すしかなかろうかと思いますね。

医師の行動という面でみますと医師会という組織の現状に対して思うところもあるのでしょうか、昨今では敢えて統一意志の元に明確な集団を形成せず、各個人としての主体性を保った群衆として行動するというのが主流派のように感じます。
昨今某所で医療叩き番組を提供する製薬会社に対する反駁なども見かけますが、敢えて不買運動という形を取らずとも事実を知るだけで予想以上に多くの医師が各自の判断で動く。産科崩壊にしてもしかり、福島、奈良といった個別の事件を受けて医師数が足りないのでお産は扱わないと公表する病院が急速に拡大してきている。こういう動きは非常に興味深いと思いますね。

患者である国民の皆さんに対して是非に言いたいのですが、今までのような形での自由な医療資源の利用は今後多かれ少なかれ制限を受けていくことになるのはほぼ確定的です。そうなった場合にどう自分の健康を守っていくのか、その方法論についても早急に自分なりの答えを見つけ出しておく必要があります。
すでに出産難民という言葉が一般に用いられるほど産科崩壊は過去の事実となりました。救急医療もほぼ崩壊しています。内科、外科も新入局者は激減し撤退が進む一方です。今日受けられた医療が明日も受けられるという保証はどこにもありません。
今まさに妊婦の皆さんが体感しているように、「病気になった。診てもらう場所がなかった」とその時に慌てても手遅れです。よく考えて今から対策を立ててください。偉そうなことを言うようですが、貴方の健康は貴方以外の誰も守ってはくれません。

> No.199 立木 志摩夫さん

 「(検察が医療に)それでも介入したいのならばきちんと能力をつけてからやるべき。」という部分なんですけど、その「能力」の有無については、誰がどのように判断するのでしょうか。

医師の団体が「検察の捜査能力」を判断し、合格点に達していれば、介入(捜査)させてやってもよい、ということなのでしょうか。

また、その論理は、他の専門領域にも等しく適用されるべきとお考えなのでしょうか。つまり、「警察や検察が何らかの専門分野について捜査をしたい場合は、その前に、捜査対象となる業界からの了解を得るべきである」ということですか? 

一般の方や法曹の方が要求している医療のレベルは少なくとも救急の場(患者の急な変化を含む)においては神の領域のように思えます。
神でないとして、いくら研鑽を積んだとしても常人ではとうてい到達できない領域です。
問題をよく起こすリピーター医師の一部は非常に真面目な人たちです。部長として指導して一つ一つを教育してもまた問題を起こすのです。医療を広く受けたいという国民の希望を強いのであれば、それに応えるべき医師の数は今の数倍であって数が増えれば増えるほどおそらく現在の裁判の示しているレベルの医師の割合はどんどん少なくなるはずです。
神経内科領域でいえば、パーキンソン症候群の診断ができない専門医も少なくありません。勉強をしていないからならいいのです。勉強をいくらしてもできないのです。特に丁寧に教えてもらった最近の若い人はできません。
でもいないよりましでしょ。できること、助けられる人はたくさんいるはずです。僕は立木先生の意見には得心をします。
ある程度以上の医師だけが医師ができるとしたらいったい医師の数はどれぐらいになるでしょうか。癌は治ったけど人は死ぬということになりそうです。
僕はせめて突発事故、救急の場での判断ミスに関しては免責にすべきであると思います。

>リピーター医師

謹慎明け先生の言われるリピーター医というのは世間で問題視されているニュアンスとはちょっと違うように思います。(謹慎明け先生が言われているのは、私は単なるドンクサ医だと思います)世間で言っているリピーター医というのは、実力に合わない治療で能動的な医療ミスを繰り返す医師のことだと思います。

萎縮云々に対する素人の反論として、リピーター医師の問題はどうするのだとかいうものがあります。しかし技術とモラルの欠如ゆえのリピーター医師なんて、それで医師全体に対する対応が変わるほど存在していません。私は見たことはありません。どんくさい奴はたくさんいますが、大抵本人が手を出さなくなりますし、万が一気が付かなくても周りも止めます(やっていい医療を周りが限定します)。逆に、手を出さなければ助けられない患者にいちかばちかで治療することを好む医師もいますが、こちらは腕もよく切磋琢磨している医師が多いです。

研修の問題は確かに悩ましいものがありますが、現場ではできる範囲で最大限に近い自助努力はしていると思いますよ。むしろ問題は、他人で練習して上手くなった医師に自分はかかりたいという患者の無茶なエゴと、それを支持(意図的ではないかもしれませんが)している裁判所の姿勢だと思います。

YUNYUN先生の言われるアピールの必要性はその通りですが、アピールのために無実の医師をスケープゴートにするなんてできないでしょう。(無実のものまで罰するか、理不尽な重い罰を与えなければ納得されることはないと思います。裁判所によって今されていることがまさにそのものですがね)

>再教育

おそらく医師でない人間が現実的な根拠のない思い付きで案として言っているものだと思います(他の業界で通用するものは別の業界でも有効という安直な考えによるものでしょうね)。ダメ医師を教育してなんとかするなんてことは不可能でしょう。逆にリピーターだと勘違いされている医師には教育は不要でしょう。

>No.207 MultiSync さんのコメント
>内容が難しいことは想像できますが、私の業界・一般の民間企業では、解らないことは解る様に説明が出来ないと許してもらえません。

いくら説明しても分からないものは分からないこともあります。
たとえば、遠い惑星まで飛ばす無人探査機の軌道計算を説明されて判るでしょうか。
正しい計算と間違った計算を示されて、どちらが正しいか判断できるでしょうか。
結局は、専門家のほとんどが正しいと判断する方を正しいとする以外無いのではないでしょうか。

医療も同様だと思います。
100人の専門医がいたとして、99人までが適切だと判断する処置でも、1人は不適切だと判断するかも知れません。
法廷では、適切だという意見も不適切だという意見も、それぞれ一つの意見です。
立場上は五分五分です。
これでは大多数の専門家の意見は反映されません。

対立する見解(それぞれに支持する専門家がいる)のどちらが正しいのかを素人が判断することは出来ません。
結局は専門家集団の多くの意見がどうなのかで判断する以外にないのです。
問題は、どうやって専門家集団の意見を反映させるのか判らないことですね。

YUNYUNさんは、医療崩壊に関して、医者側からの発言を丁寧に
受け止めて、すばらしいサマリーを残しており、それは
医療崩壊について考え、語るエントリ(その6)の冒頭にも
引用されているので、医療関係者は是非ご参照下さい。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2006/10/29-232428.php

YUNYUNさん達は、法曹関係者として数少ない医療者への理解者
といえると思いますし、彼等(an_accused さん達を含む)のように
知性的で、啓蒙的ですらある法曹関係者とコミュニケート出来る
ことはこのブログの最大の利点だと思います。

是非、医療崩壊のエントリーに興味のある医師は、これまでの
エントリを最初から読み、問題点と到達点を把握されることを
お薦めします。

さて、医療崩壊に関しては、
我々中壮年の医者と、一般人、法曹家、マスコミとの見解には
大きな隔たりがあります。我々のように日々医療現場で仕事を
している者とは違い、彼らは所詮他人事と思っているからです。

ここ数年の医療関連事案を医師達は、注意深く観察しています。
救命の場で救命できなかったとして、違法逮捕されたり、
無茶苦茶な損害賠償が確定したり、診療報酬の再々改訂、
クレーマー患者の心ない罵声、士気を失う出来事が続出です。
我々が、もはや社会から敬愛される存在などではなく、親身な
献身を続けたにもかかわらず、社会から裏切られたという事実に
全ての医師が気づいたわけです。

一部の犯罪的な医者がいたことは、事実ですが、圧倒的多数の
医師は、これまで高い倫理観を持って、仕事を誠実にしてきたのです。

我々医師はもはや、以前とは、違う顔(防衛医療)になったわけです。

こうなった医療崩壊の要因はいくつかあります。
1医療費抑制政策がとられていること
2医師バッシングによる高視聴率をマスコミが利用していること
3個人のモラルが低下してきたこと
4勤労医の自律的で統一的な医政活動を行う組織が欠けていること
などです。

また、時間のあるときに書き込みします。

専門家による訴訟解決機関がない以上、裁判所で医療訴訟をとり扱うと言う事は納得しています。そしてカルテの改ざんなどの行為については現行の裁判制度でも十分に対処可能だと思っています。カルテの改竄などの誰の目にも明らかなものは取り締まっても全く問題ないはないでしょう。
しかしだからといって、専門家でも悩むような事件に対してまで現在の裁判所が判断して良いとは思っていません。過去の判例を見る限りでは、裁判所が専門的な判断を独自(少なくとも医学的には正しくない)の基準で行っていることがあります。心電図やX線をほとんど見た事が無い人が、二つの鑑定書を並べられた時にどのような基準で判断できると言うのでしょうか?少なくとも一部の裁判官は判断できると思っているようですが、その自信がどこから来るのかは本当に疑問です。自分に分からない事はわかる人に聞くと言うのが正しい道だと思うのです。それに対しては司法の世界の中で改革しようという声はないのでしょうか?現状では裁判所で医療訴訟が扱われている以上、適切な対応(=医学的な常識の基づいたもの)ができるようにすることは司法にも求められていると思います。ついでに言えば、医学的な常識から離れた行動をした医師が訴訟で負けるのは当然だと思います。
また医療裁判は原告に不利だという話がありますが、医学的常識を知らなかったばかりに原告が負けたと言う例もあると考えています。そういう人を救済する為にも、制度の改善はされるべきだと思うのです。

No.220 座位さん

>4勤労医の自律的で統一的な医政活動を行う組織が欠けていること

これを要因とするのはおかしくありませんか?これは対策として必要なことですが、他の要因がなければなくても関係ないものです。
*もちろん必要性はものすごく強く感じています。医師がまとまりにくいことに苛立ちすらおぼえます。ただ医師はなかなかドンキホーテ覚悟の行為をしにくいですよね。妨害等も容易に予測できますし。

要因として、誤解と無知による最高裁による医療裁判の方向性の決定とか、トンデモ判決の積み重ねとかこそ入れるべきではありませんか?

No.222 元行政さん
最高裁の中にも、理解者はいるようですけどね。
明日の裁判所を考える懇談会(第13回)協議内容
http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/asu_kondan/asu_kyogi13.html

上記なんか、関連エントリ内でも、さんざん参照されてきましたよね。
ただ、
今頃、最高裁の高官達に理解されても、もう、遅いっちゅうの!

>峰村健司さま
>日本の医療がWHOが認定した世界最高のものであることはご存知の通りです。


脳神経外科勤務医です。
教えていただきたいのですが、日本の医療に対するWHOの認定とは具体的にはどういうことなのでしょうか。日本の医療で何が世界最高だと言っているのでしょうか。


>謹慎明けさま
>神経内科領域でいえば、パーキンソン症候群の診断ができない専門医も少なくありません。勉強をしていないからならいいのです。勉強をいくらしてもできないのです。特に丁寧に教えてもらった最近の若い人はできません。


専門医とは神経内科専門医のことでしょうか。
ちょっとこれはにわかには信じられません。
私がこれまで出会った神経内科の先生にそういう人はひとりもいません。パーキンソン病、パーキンソン症候群の基本的な概念、診断学を勉強して、実際に症例を経験して、なおかつ診断できないというのはどういう意味なのでしょうか。それとも神経内科専門医の受験資格には臨床経験は問われず、“とんでも神経内科専門医”がいるということなのでしょうか。

>koukiさん
>しかしだからといって、専門家でも悩むような事件に対してまで
>現在の裁判所が判断して良いとは思っていません。

そのような事例が裁判に持ち込まれること自体に問題があると思います。訴訟を回避する努力が必要だと思いますが、その枠組みをどこが中心になって作るのかが問題になってくるでしょうね。

>元行政さん
>他人で練習して上手くなった医師に自分はかかりたいという患者の無茶なエゴ

この件に関して質問なのですが、総合病院とか大学病院の勤務医の方々は、「上手くなる前の医師」に優先的に診察とか手術を受けるというような、決め事はあるのでしょうか。

>謹慎明けさん
>一般の方や法曹の方が要求している医療のレベルは少なくとも救急の場
>(患者の急な変化を含む)においては神の領域のように思えます。

データを見る限り、マクロな視点で見ると交通事故の救命に関しては、医師の腕や医療技術に左右されないという認識を持っています。つまり、交通事故に関しては、医療のレベルは無視して良いのかなと言う感想です。

明らかに不信感を抱くようなことがあれば別ですが、交通事故絡みでは基本的に訴訟は起こさないと思います。

しまさま

初めまして。マクロな視点では多くなくとも、一例でもhttp://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061108こういう事例があれば、とても無視できるとは思えないというのが現場の実感です。

>しま様

>データを見る限り、マクロな視点で見ると交通事故の救命に関しては、医師の腕や医療技術に左右されないという認識を持っています。つまり、交通事故に関しては、医療のレベルは無視して良いのかなと言う感想です。

 う〜ん・・・、一般の方の誤解とはいえ・・・。では、当直医は研修医だけでも交通事故に関しては結果は変わらないと??いくらなんでもこれは真面目に救急やってる先生が怒りますよ。確かに重度の交通外傷は救命しにくいと言う事実こそありますが、長期的な目で見た場合にはやはりマクロレベルでも医療レベルの差は明確にあると思います。

 一応しま様が本来意図していることは理解しているつもりですが、あまりにも誤解を招きすぎる発言かと・・・

>7年目内科医さん
交通事故に関して「医療レベルと救命は無関係」だと思っているのは少数派というか、例外だと思います。

ただ、↓のグラフを読む限り、24時間後死者数と、1年後死者数が同じ軌跡を描いているように見えるので、死ぬ事故は死ぬし、死なない事故は死なない。医学は交通事故に関しては無力だと想わざるを得ないのです。まあ、乱暴な考え方なのは承知していますが。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6820.html

>僻地外科医 さん
そうですね。グラフをざっとみずに、もう少し比率を調べてみるべきでした。グラフを見る限り、事故で死亡するかどうかは、事故にあった時点で決定してしまうと言う思いこみを持ってしまったようです。

失礼な言葉を申し上げてしまったようです。済みませんでした。

次のような文章がありましたので、医療レベルと交通事故の救命率は関係がないというのは訂正させて頂きます。申し訳ありませんでした。

----------
厚生労働省の採用している交通事故死亡は,24時間以内に制約されることはない。厚生労働省の把握していた1970年の自動車交通事故死亡数は21,250人であった。これは警察統計値に1.27倍すると厚生労働省の値となる。最近の2001年で計算すると,この倍率は1.42となる。つまり交通事故死者数低下において,30年間の救命救急医療技術の発達が大であったと考えられる。
http://www.isl.or.jp/publish/DSL/59_03.html
----------

救急医療ではこのような分析がされていると思うのですが、医療レベルの差は救命率にどの程度影響していると考えられているのでしょう。

No.224 yanyan さん
横レス失礼いたします。

>教えていただきたいのですが、日本の医療に対するWHOの認定とは具体的にはどういうことなのでしょうか。

国の医療水準を推し量るには、WHO(世界保健機関)が発表する「健康達成度」「平均寿命」が参考にされます。
データは下記のアドレスにあるものを参照していただければいいかと思います。
http://www.med.or.jp/nichikara/iryo03.pdf

日本人の平均寿命は男女ともに世界でトップ。
平均寿命から平均障害期間を差し引いた「健康寿命」(介護や介助の必要なく元気に暮らせる年数)でも首位。
健康達成度の総合評価では世界第1位となっている。
更にGDPに占める医療費の割合も低い。
このことより日本の医療は、実績に置いても、コスト・パフォーマンスにおいても、世界で最高レベルのものと評価されます。

それ以外にも国の医療水準を推し量る、OECD(経済協力開発機構)の発表する「乳幼児死亡率」。
これにおいても日本における出生1000人に対する死亡率は3・0人と、スウェーデンに続く好成績を残しており、日本の医療水準が世界最高レベルであると認められております。

>>No.224 yanyan さんのコメント
>日本の医療に対するWHOの認定とは具体的にはどういうことなのでしょうか。

無料で提供されている日本語の情報からの引用では、
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/kounyu/20060707/2006070784.pdf
の1ページ目から2ページ目
>世界最長の平均寿命や乳児死亡率の低さなどから、我が国(日本)の
>健康指標は世界のトップレベルにあることが知られている。
>WHOの2000年報告においても、我が国(日本)の保険システムが
>世界一の到達度を示していると評価されている。
と記載されています。

ここで引用されているWHOの2000年のレポートというのは、
http://www.who.int/whr/2000/en/whr00_en.pdf
のことだと思います。
P196になるのですが、tableに
Overrall health attainment in all member states, WHO index, estimates for 1997
で日本が1位になっています。

WHO indexがなになのかは、たぶん本文を読めばわかるのでしょう・・・
まあ、これは、2000年の報告で1997年のデータをもとに解析しているので
現在どうなっているかはわかりませんけどね。

No.226 しまさん

医師だから優先的に上級医が見るとか、逆に練習台になるとかいうシステムはありませんね(知り合いだと気をきかせてもらうこともあるかもしれませんね)。自分も含めてですが、医師であることを隠して受診することが多いと思います。変なプレッシャーは失敗のもとでもありますしね。

特に大学病院にかかる場合は、医師だからといって特別扱いをもとめるべきではないでしょう。

システムとしては、一封包むという昔のやり方が逆に健全だったかもしれませんね。

>この件に関して質問なのですが、総合病院とか大学病院の勤務医の方々
>は、「上手くなる前の医師」に優先的に診察とか手術を受けるというよ
>うな、決め事はあるのでしょうか。

しまさん,
大学病院勤務医としてお答えします.もちろんこの回答がすべての大学病院に当てはまるわけではないことをお断りしておきます.
どこの病院でも患者さんの安全を考えることは基本です.その範囲内で指導医は後輩に行なわせる範囲を決めています.実際の内容は個々の指導医に任されます.重症症例や困難な症例はやはり上級医が直接行ないながら,彼らにそれを見せて学習させます.
やみくもにトレーニングをさせているわけではありません.
こんなところでよろしいでしょうか?

>元行政さん
了解しました。

この件に関しては、大学病院を受診する場合は(悪い言葉ですが)実験台の対価として先進的な治療を受けるものだと聞いたことがありますし、私もそれが望ましいと考えています。そもそも、教育機関ですしね。

だからといって、積極的に大学病院を受ける気にはならないですが。むやみやたらに行くようなものでもないように思いますし。

>Level3さん
こちらも、了解しました。

>やみくもにトレーニングをさせているわけではありません.
その言葉で十分です。有り難うございました。

>FFFさま(No.216)
>立木志摩夫さま(No.199)
>「(検察が医療に)それでも介入したいのならばきちんと能力をつけてからやるべき。」という部分なんですけど、その「能力」の有無については、誰がどのように判断するのでしょうか。医師の団体が「検察の捜査能力」を判断し、合格点に達していれば、介入(捜査)させてやってもよい、ということなのでしょうか。

医療という不確実なものを評価することで、現在の訴訟制度で一番問題なのは「争点―因果関係」だと考えます。これは医師が限られた環境のなかでベストな治療、平均点以上の治療をしようとしているのに対し、法曹がその中の一点に100%を求めようとする(局所的な正義)ことの大きな違いだと思います。将棋に例えると分かり易いと思います。医師たちは大局で60点以上を得ようとしているのに対し、法曹は「あの局面で飛車を獲られたから負けた。因果関係もきっとある。」と言っているように見えてしまうのです。

例えば、小生の場合、医師として約18年、毎年5−10枚くらいの死亡診断書を書いてきたとして100人以上は死亡させているわけです。自分で採点したとして60−90点で60点を何とかこえるかといったところです。(自分では平均的な医師だと思います。)
しかし、局所においては(医療事故、ヒヤリハットにならずとも)かなりの失敗を犯してきたと思っています。もし自らが鑑定医であれば明らかに「過失あり」であり、そういう呵責に苦しむこともあります。

話が外れましたが、検察、裁判官、法曹に求める医療レベルというのは、診断や医療行為の小さな知識ではなく、その治療経過全体あるいは日本の医療全体、つまりは大局を見る能力だと思います。試験の合格点ではなく、実際の医療現場を見て欲しいのです。

外科系を知らず他科の実情を知らない神経内科医です。
想像を多く含むのですが、外科における医師個人の能力の差は内科より少ないのではないでしょうか。内科のなかでも神経内科は検査所見より病歴やベッドサイドの診察所見を重視して診断するという特殊性があるからかもしれませんが、個人の能力差はきわめて大きいです。
No.224 yanyan先生。神経内科医専門医は90%のパーキンソン病を正しく診断できます。しかし、多くの誤診はあります。脳外科の先生でも基本的に神経内科医を信頼してくださいますし、パーキンソン症候群であり脳外科的疾患を除外できれば神経内科医に任せますから誤診でもわかりません。
神経内科の世界は100人の神経内科医がいても困難な症例は数人の一目置かれた神経内科医の意見に他の医師は反論できないという世界です。専門医でも歩き方を診ただけで得られる情報量には驚くほど差があると思います。数人の一目置かれている医師でも誤診をします。そういう世界だと思います。
悪名高き回診で多くを学んだというそういう世界です。人の診察をみることのできない若い医師が能力を失っていく可能性の高い領域だと思います。

混乱を避けるため、以下は医療刑事訴訟に限定してお話させて下さい。

>日航機乱高下事故控訴審無罪判決No.55 FFF さん(CID 31776)

>「司法がいま以上に介入を遠慮しても、医道審議会等他のルートが機能していない現状では、事故の再発は防げないであろう」

>No.210 YUNYUN さん
>今後の介入を阻止するためには、
・医師は自主的な判断により悪質医師を排除するシステムを持ち、それが実際に機能していることを社会に目に見える形で示す必要があると思います。

強者のお二人を一度に相手にする様でかなりビビっておりますが、お二人とも主張されているのは
「医療に自浄作用がないから司法が介入するのだ」・・A
という趣旨ではないかと思います。

正直言うと、私にはAがどういうロジックなのかよく解らんです。自浄作用がない、もしくは極端に不足していることが刑事司法介入の根拠となるなら、教育再生会議の前に教育にも検察作用の介入があってもよい気がします。学校でも「自殺」とか人の死がありますしね。でもこうした議論は一般的ではありません。

刑事司法が介入するのはそこに犯罪があるからだと思います。それ以外に介入する根拠はない筈だと思いますが、私が間違っているのでしょうか?自浄作用が全くなくとも、そこに犯罪がなければ刑事司法は介入する理由はないでしょうし、いくら立派な自浄作用があっても、そこに犯罪が存在すれば刑事司法は介入すべきと考えます。刑事司法の介入と医療の自浄作用は別次元の問題ではないでしょうか?問題の核心は「医療行為における犯罪とは何か」であろうと思います。

次ぎに話しをちょっと変えて、刑事司法の「医療浄化作用」について考えたいと思います。まず刑事司法が「トンデモ医師」を排除するのに有効かというと、少なくとも直接効果はほとんどありません。刑事訴訟は時間も金も労力も莫大だからです。一方、

>日航機乱高下事故控訴審無罪判決No.66 Level3 さん(CID 31955)
>実際には医局人事で動かされている医師の場合,「ある程度以上どうしようもない医師」は排除されてきていたというのが事実です.もちろんこのようなことは表立って非医療人の目に触れることはありませんが,保健所とか会社の診療所など当たり障りのない部署に配属させられていましたし,さらにレベルが低い場合には医療職から離されている場合もあります.

このLevel3 さんのお話は本当です。若いうちなら基礎医学へ転向することもできます。こうした「排除」は刑事司法とは比較にならないほど効率が高いのです。さらに予防的見地からみればこちらの方が価値が高いと思います。

さらに次ぎです。刑事司法は「医療の規範」を示すことができるのでしょうか?医療に「規範」という言葉はほとんど使いませんが、敢えて使った場合、やはり「あるべき医療」という意味ではないかと思います。しかしそれは刑事司法には無理でしょう。刑事司法が示すことができるのは、まさに↑で書いた「医療行為における犯罪とは何か」だと思います。これが正しく示すことが出来るのであれば、刑事司法の医療への積極的介入も意味があることになります。しかし、ここで多くの医師が指摘している様に、少なくとも「割り箸事件」や「大野病院事件」では犯罪認定の根拠に重大な誤りがある様に思います。医療刑事訴訟は数が少ないので、これらを「特殊な例外」とは見なせません。現状は、刑事司法は「医療における犯罪とは何か」をとても示せてはいないと考えます。

さらに進めて、医療刑事訴訟の社会的治療効果について考えます。医療刑事訴訟が正しく作用しているならば、多くの医師は起訴理由や判決を真摯に受け止め、自身の医療行為を顧みるきっかけとなると思います。しかし、実際はどうでしょうか?多くの医師に怒りと絶望を与えています。結果として立ち去り型サボタージュを加速することになります。つまり今のところ負の作用ばかり目立ちます。正しいか否かは別にしても、悪影響を撒き散らしたのは事実です。

ある医学的手法に治療効果がほとんどなく副作用が非常に強いとしたら、もはやそれは治療法ではありません。抹消するのみです。司法も同じだろうと考えます。悪影響ばかり目に付く司法作用に限れば、それは退場してい頂くしかありません。医療は刑事司法に介入をお願いした覚えはなく、司法が自らの意志で介入してきたのです。それが好ましくない事態を招いたら、それは司法の責任です。「医療に自浄作用がないからだ」は責任転嫁の言い訳に過ぎません。

最後に「司法の責任の取り方」について述べます。意固地にならずに間違いを素直に認め、謝罪することが司法の取るべき責任であろうと考えます。まず「割り箸事件」の控訴を取り下げるべきでしょう。「大野病院事件」を不起訴にすべきでしょう。その上で、「医療行為における犯罪とは何か」医療側と議論するのが現実的な責任の取り方であろうと考えます。

元行政先生
世間でいうリピーター医師は先生のイメージかもしれませんね。
でも僕は一生懸命なのになぜか問題を起こすスタッフ医師と働いたことがあります。結局、訴訟になりそうな問題を起こし、医局に頼んで代わりの先生に来ていただきました。彼のような医師も訴訟の対象にはなりうるのだと実感はあります。
言いたかったことは今の医学の要求は膨大すぎて、通常の医師の努力でどうにかなる範囲を超えているのではないか、その能力にもきわめて個人差があるのではないか、絶対的価値観で医師を断罪するのもいいけれど、そうしたら何人の医師が残るのか、ということです。

前もって勉強をしろといったって体験しなければわからない、なかなか体験できないことは救急ではたくさんあります。何度も述べていますが、提示されている判例をみると、訴えられる可能性のあるもっと手技に熟練をした医師なら助けられた可能性のあった救急を数回経験をしています。痛切な思いはありますが、それでも専門でない領域をみる救急で訴えられたら自分も医師をやめる気がします。

>ヤブ医者さん
>その上で、「医療行為における犯罪とは何か」医療側と議論するのが
>現実的な責任の取り方であろうと考えます。

つまり、最高検察庁における、小松医師による講演会というわけですね

>No233オダさま
>日本人の平均寿命は男女ともに世界でトップ。平均寿命から平均障害期間を差し引いた「健康寿命」(介護や介助の必要なく元気に暮らせる年数)でも首位。健康達成度の総合評価では世界第1位となっている。


「健康」という概念は、「医療」という概念よりも相当広いものではないかと理解しております。なるほど「健康寿命」「健康達成度」(この言葉の定義はどういうものでしょうか?)「平均寿命」「乳児死亡率」なるものは「健康」の指標でありうるでしょう。そしてある社会の「医療」のあり方はそれらの「健康」指標に当然影響をあたえるでしょう。しかしこれらの「健康」指標が一番だから「医療」も一番という議論は少しおかしいのではないですか。


>No234じゅんさま
>ここで引用されているWHOの2000年のレポートというのは、http://www.who.int/whr/2000/en/whr00_en.pdfのことだと思います。


日本の医療が一番かどうかは別にして、このレポートは非常におもしろそうですね。暇があれば読んでみます。


>No240謹慎明け先生
>No.224 yanyan先生。神経内科医専門医は90%のパーキンソン病を正しく診断できます。しかし、多くの誤診はあります。脳外科の先生でも基本的に神経内科医を信頼してくださいますし、パーキンソン症候群であり脳外科的疾患を除外できれば神経内科医に任せますから誤診でもわかりません。


神経学をきちんと勉強したことのない脳神経外科医がこんなことを言うのはとても失礼なことであることは重々承知しておりますが、パーキンソン病とパーキンソン症候群が根本的に異なるものであることを先生は理解されているのでしょうか。
そもそも私の理解するところでは、今日の神経内科医の世界はハンマー一本の暗闇のなかにあるのではなく、そのほとんどすべては画像診断を始めとした検査所見に裏づけられているではないですか。先生の発言を誤解しているのであればお許し下さい。

>No.218元行政さん
>むしろ問題は、他人で練習して上手くなった医師に自分はかかりたいという患者の無茶なエゴ

“他人で練習して上手くなった医師に自分はかかりたい”という願いが何故“無茶なエゴ”なのか理解できません。
私が患者であれば当然そのように考えます。
不幸にして自身が患者となった医師のほとんどすべては、そのように行動するでしょうし、現実にそうしています。

> No.241 ヤブ医者 さん

 コメントありがとうございます。

 今日はちょっと時間がないので、簡単に要点というか、私の疑問点だけ申し上げます。

 ヤブ医者さんの「医療は刑事司法に介入をお願いした覚えはなく」というフレーズや、No.199立木さんの「それでも(検察が医療に)介入したいのならば」という言い方に、自分としては、強い違和感を覚えるわけです。

 というのは、刑法等の刑罰法規は国民を等しく対象としており、地位や職業による差別は原則として許されないはずだ、という感覚が基本としてあるからです。私が以前から申し上げているように、運転手であれ教師であれ調理師であれ薬剤師であれ航海士であれ犬の飼い主であれニートであれ何であれ、自らの不注意で他人を死傷させた場合には、過失致傷として処罰される可能性があります。どの仕事であれば介入してよいとか悪いとかいう考え方が、まず不自然であるように思えます。

 そして、警察や検察は、社会に生起している過失致傷事案の中から、処罰に値すると判断したものを捜査・起訴すべき権限を与えられており、この権限を適切に行使することが期待されているわけですが(#)、いかなる事象を捜査し、起訴するかは捜査機関が自ら判断すべきことであって、捜査の対象とされる側が決めることではないはずです。もちろん、ある捜査について不当捜査であると批判すること自体はあってよいわけですが、少なくとも「こちらが介入を求めていないのに介入するのは不当だ」という理屈は、全然成り立たないだろうと思っています。他の職種・業界の方が、「我が業界としては刑事司法の介入は希望していないので、我々の業務を捜査対象とすべきでない」と主張したら、その見解を支持されるのでしょうか。

(# 医療行為についてはいかなる場合でも刑事責任を問うべきでないという立場なら、そもそも医師に対して捜査をすること自体「権限の適切な行使」とはいえないことになりますが、そのような立場の方は少ないと認識しています。)

 ただ、「過失によって人を死傷させた医師に対する適切な処分」が刑事司法以外の方法で既に充分とられているならば、捜査機関としては、敢えて国家刑罰権を発動するまでもないと判断して、摘発・立件を控えるという運用をすることでしょう。医療行為に対して刑事責任を問うことには極めて慎重であるべきだと主張されるのであれば、刑事司法に変わるルートを今以上に整備して、捜査機関に「自分たちが介入するまでもない」と判断させることが必要ではないかと考えます。例えば弁護士会が会員に対する懲戒等を行っているのは、自分たちでちゃんと処理してるから当局が出てくる必要なんてありませんよ、口出ししないでね、というアピールでもあります(現在の処分が充分かどうかは別として。)。

医者側の自浄作用について、とやかくいわれますし、教訓的な要素は
充分に感じ取っております。その前提で、

1 どの職種にも内在する犯罪的性向をもつ人間の業務上犯罪に
  関して、その犯罪抑制に同業の者全てが責任を感じろというのは
  有効な主張だとは思いません。

2 医道審を大幅に改組拡充して、独自の調査機能を持たせる事や
  第三者機関の創設や、医療裁判所の創設などは建設的な発想だと
  感じている医者は多いです。

3 全員加盟性の弁護士会に比較して、自由入会制の医師会活動の
  場合、職種の自律活動に限界があることは了解出来るが、
  そのことを持って、現職の法曹関係者から揶揄されたくはない。。
  現職の法曹でなく、前時代の法曹家に先見の明があっただけ。

4 命をあずかる医師に、片務的に応召義務や説明責任を果たさせ
  更に現実の医師の不当な労働環境を一顧だにしない、医師に冷
  たい社会法制に対しては、我々医師は防衛医療以下で対抗する
  しかない。

5 法曹側とは、協力関係を築きたいのは、やまやまだが、極悪人に
  相当する一部の法曹関係者には少しは反省しろといいたい。
  
6 ロースクール卒業生の就職先として、有能な人材は、公務員
  (判事、検事候補等)や大企業の商法関係、知財部門、で吸収
  出来るだろうが、その他の就職先の一つとして、ambulance chaser
  が大量に出そうで、怖いでつ。

やや支離滅裂ですが、法曹関係者向けの医師の感想です。

調べてみると面白いですね

----------
医師会改組委員とGHQとによる改組懇談会が開かれた。この席で,GHQは,新生医師会は「任意設立,任意加入」とすべきだと指示した。しかし,医師会の幹部は,強制加入にしないと多数の医師が参加しないのではないかと心配して,抵抗した。
http://www.med.or.jp/jma/50th/pdf/50th122.pdf
----------

----------
 そこで、強制加入の問題についてはこういうことが言われております。長々申し上げませんが、日本の弁護士の歴史を見ると、いつまでであったか私も記憶がはっきりしておりませんけれども、前の弁護士法が制定されるまでは、いわゆる三百代言ということで、資格が明確でない町の法律家が担当しておって社会にいろいろな弊害を流しておるということで、旧弁護士法ができた。ところが、まだまだそういう弊害が今日残っておる、昔の三百代言みたいな弊害を社会に及ぼしておる、であるからわが国においてはどうしても強制加入にして、弁護士の資質を向上させ、統制をとらなければいけないのだという説明が加えられて、そういう事情ならやむを得ぬということでGHQも了解をしたという経過になっておるようであります。

衆 - 法務委員会 - 26号
昭和53年05月31日
----------

>座位さん
>更に現実の医師の不当な労働環境を一顧だにしない、
>医師に冷たい社会法制に対しては

↓を観る限り、看護師に対しては一顧はしているようなので、医師も組合を作ってはと思うのですが、そうもいかないんでしょうね。
http://www.geocities.jp/k_irouren/rekisi/rekisi.html


昭和48年の厚生白書を見ると、(医師の養成をめぐる問題)と(看護婦問題)の温度差が見えて面白いですね。じっくり読めば、他にも面白いところが見つかるのでしょうが。
http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz197301/b0060.html

No.248 しまさん
そうなんですか。『シェー』(驚きの意味、おそまつ君の以下略)
そこは、知りたかったところです。謝謝(『シェイシェイ』)

> 「過失によって人を死傷させた医師に対する適切な処分」が刑事司法以外の方法で既に充分とられているならば、捜査機関としては、敢えて国家刑罰権を発動するまでもないと判断して、摘発・立件を控えるという運用をすることでしょう(No.246 FFF さま)

私が言いたかったのは、まさにこの点です。
捜査機関自身の判断ということもありますが、加えて、国民が医師らの内部処分に満足すれば「刑事手続による処罰を求めない」という行動が期待されます。
つまり、検察官は起訴・不起訴を独自に判断する権限を与えられているといいつつも、「被害者の処罰感情」を無視することはできず、正式に告訴があれば少なくとも捜査に動かざるを得ない。改正法では国民の意思を反映するために、検察審査会の起訴決議に強制力が持たされています。
特に、最近では、医療に不満を抱く患者が刑事手続の発動を求める傾向が強まり、しかし実際はそれは実は過剰な期待であって、刑事手続においても満足すべき結果が得られないため、さらに不満を募らせて民事訴訟に挑むという最悪パターンがあるうように思います。

この悪循環を断ち切るためには、「刑事手続の発動を求めなくても、悪い医療は淘汰され、正しい医療が行われるしくみが出来ている」という<確信>を国民に与えることが必要です。
それは何も、無実の医師をスケープゴートに仕立て上げて国民におもねれ、ということではありません。
問題事例が発生した場合に、医学的な観点から過失を問えるものか問えないものかの判断を、詳しい根拠を付して公表し、処分されるべき者がこのように処分されましたということが、国民の目に納得できる形で示されればよい。

現状でも厚生労働省所管の「医道審議会」が、医師免許の取消・停止の行政処分を行ってはいますが、
医師団体の自治による、もっときめ細かな処分が考えられてよいと思います。

参考 弁護士会の懲戒制度
http://www.nichibenren.or.jp/ja/autonomy/tyoukai.html

> 1業務上犯罪に関して、その犯罪抑制に同業の者全てが責任を感じろじろというのは有効な主張だとは思いません。(No.247 座位さま)

外部機関が介入する口実を与えない という趣旨です。
お節介を阻止するためには、自分たちでちゃんとやれているという事実を示すのが一番、と思われませんか?

> 3 現職の法曹関係者から揶揄されたくはない

法曹としては揶揄しているつもりはありませが、
今からでも全員加入組織に改組してはいかが。そのほうが、医師の立場をより確実に守れると思います。

> 4 医師に冷たい社会法制に対しては、我々医師は防衛医療以下で対抗するしかない

なぜそこで他の手段を放棄してしまうのかが、理解できません。
本当に「しかない」のか、十分に検討し試してみた上での結論なのか?
深い考えはなく、何もしないことが今の自分にとってラクな道だから、という説は勘ぐりが過ぎるでしょうか。

> 6 その他の就職先の一つとして、ambulance chaser が大量に出そうで、怖い

そうなるかもしれませんね。医療を良くするために医療訴訟を推奨すべしと唱える学者もいるようです。(私は反対です)
ロースクールを作って弁護士を大量に養成しようという考えは、必ずしも弁護士らの希望ではなかったのですが、(医師を含む)国民の多数の意見として法律が通りました。そのほうが、弁護士を安く使えると言って。
安かろう悪かろうということは、考えないのでしょうか。

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余談ですが、国民は本当に弁護士を求めているのかどうか、疑問に思うことが多々あります。
「弁護士は高いと思って、相談に行かなかった」という話をよく聞きますが、そういう人に限って、高いかどうか、自分で調べてみたことはないのです。そして取立屋やら整理屋やら怪しげな連中に頼んで、弁護士費用より遙かに高いお金を巻き上げられたあげくに、何も解決してもらえない、という羽目に陥る。

No.252 YUNYUN さん
御指摘の点は、だいたい全て当たっていると思います。
同感ですが、体は動きません。

医師も弁護士ほどではありませんが、、かなりの競争をくぐり抜けて、
ありつけた、魅力と誇りのある職業だったと思います。(過去形)
我々は、その上、かなりの試練と体力の消耗を経て、一人前の医師
になったわけで、法曹家より、体力面では鍛えられていると考えます。

国際的には、医師の社会的地位は、アメリカのように高い国ばかりで
なく、フランスでは獣医師の方が優秀ですし、英国では優秀な医師の
多くが米国に流れていると言われています。

医師の位置付けも国と時代によって異なるわけで、医療費抑制、
文教費抑制の日本社会では、医師や研究者への社会的期待度が
減少したという事で、医療崩壊も社会の選択であると悟りました。

(達観というより愚痴=チラシの裏、でしょうけどね)

医師の自浄努力を問題にされる方がおおいようですが、医道審議会がすでにありますのにどういった点が不満であるのか、非医療者の方々にお聞きしたいと思います。

私自身は、『医学的・科学的に正当性のある、かつ医療水準を考慮した荒唐無稽でない判断』に準拠した医療訴訟が行われることが大切であり、それは医師の内部組織での懲戒の埒外にあると考えます。医療訴訟における荒唐無稽な・自然科学と実学としての医療を無視したお花畑のような判断がなくなることが最も大きな希望ですので、鑑定の洗練を優先するべきだという最近の風潮に加担したいと思っております。

>>No.253 座位さんのコメント
>フランスでは、1980年、医師過剰を防ぐため医学部入学者数を減員し
>1993年には医学部卒業者数が3,500人まで減少。
>2010−2015年に予測されている医師不足を解消するため、
>2001年には4,100人、2002人には5,100人の学生を受け入れた。
と、過去の一時期、医師が過剰であったかもしれませんが、
現在も続いているのでしょうか?
フランスの2000年の医師数は1000人当たり3.29人のようです。
1990年代よりあまり変化はないようなのですが。
参考:医師需給の国際動向(医師の需給に関する検討会資料より)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/s0311-5b.html

No.245 yanyan さん

「かかりたい」という話はその通りです。
私が文章に意図したものは、完成されたレベルが当たり前、それが当然の医療水準、そこまでいっていなければ賠償の対象は当然、という最高裁判例の考え方≒一般人の考え方に対する批判でした。

よい表現でなかったことは認めます。(しまさんに言われて気づいてましたけどね)

No.242 謹慎明けさん

先生の言われていることには基本的に異論はありません(特にNo.242には激しく同意します)。言葉の定義の問題で、一般の方がリピーター医がゴロゴロしているのに何もしていない。自浄能力に欠けていると誤解するかもしれないと思い、コメントした次第です。

当院でも非常勤でトンデモ医を使っていますが、当直などでもある程度わきまえていて、すぐ転送になるのでまあ何とかなっています。(こんなのでも首にできない人手不足はつらいですね)

YANYAN先生
スレ違いになりますからこれきりにします。ハンマー重視がやみだという発想自体が逆に僕には新鮮でしたが、パーキンソン病とパーキンソン症候群の診断は神経画像やMIBG心筋シンチなど補助診断を参考にしながらなお迷う症例がある程度存在します。そのために、間違った治療をされている例があります。おまえの法が正しい根拠を示せと言われても困るのですが、昨年だけでも自分が診断をし直した治療方針を若干変えた例を思い起こすことが数例あります。その一部は初期診断がされた時点では僕も間違ったかもという場合もあります。ただ、ある時期にはきづくべきことを気づかなかったために患者さんの不利益になったという例です。ただ、不思議なことにこういう場合、訴訟に至るような患者さん側の怒りにはつながらないようです。

スレ違いになりすいませんでした。

 油断してましたらコメントが259に達していました。

 本エントリを更新します。

 以後のコメントは

 医療崩壊について考え、語るエントリ(その10)へお願いします。

P R

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