エントリ

| コメント(115) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.yabelab.net/mt4/mt-tb.cgi/2138

コメント(115)

協力医としての報酬規定や成功報酬が明確でないことは、問題でしょうね。
弁護士と協力医の分け前が、10対1未満なら、誰も協力しませんって、優秀な医者ほど忙しいのに。
でも、医療側弁護の場合は只でも協力しますけよ(意図的犯罪以外は)。

>No.1 座位さん

>協力医としての報酬規定や成功報酬が明確でないことは、問題でしょうね。

これは、別に弁護士が決めているわけではないので、金額等は、医師側が決められ、請求されますが?

L.A.LAW さん お疲れ様です。

それって、相場を提示せずに、依頼する相手に金額を決めさせてるのが実態ということでしょうか?相場や何かの根拠を元に金額提示するのが業務として筋なのでは?と思いますが。

協力者の貢献度を算定の根拠にできないのですかね。医者の場合、検査費用、薬価からコメディカルの人件費まで全て、相場が決まっています。

協力医として意見を述べることは、協力医と弁護士(または原告本人)との契約ですから、
値段は当事者の交渉によって決まり、
打診を受けた医師が報酬金額が安すぎると思えば、協力はお断りということになるでしょう。

「相場」は協力医の先生方のほうで、形成されているのではないのですか?
現在では、医事紛争を原告サイドで手掛ける弁護士もそこそこ人数がおりますので、弁護士同士でカルテルを組んで「相場」を形成することは不可能と思います。
むしろ、協力医と付き合った経験が少ない弁護士は、協力医の報酬の相場がよく解らないので、率直にご希望額をお伺いして、出せるようなら依頼する(場合によってはこちらの払える額を打ち明けて値切る)、というケースが多いのではないかと思います。

何事もタブーなく論議したいので、相場についての有無まで踏み込んで話をしています。患者側弁護士に協力する医者の立場というものに、理解が乏しいのですが、

1 弁護士の協力依頼の内容が想像できない。
2 金銭的契約の相場もわからないし、全く考えたことも無い。
3 重大な過失や意図的な犯罪行為でも無い限り、同業者を裏切りたくない。
4 協力の仕方として、患者側の過度の要求や期待に応える気がない。
5 実際に協力を要求されたこともないし、そういう依頼の場も知らない。

例によって、羅列的でまとまってませんが、上記のようなことで、協力医が少ないのでしょうから、これらを解決すれば協力できるのではと推測しています。

個人的な意見です.
鑑定を依頼されたら協力はしようと思いますが,あえて原告側もしくは被告側に期待されるような鑑定はしたくないですね.あくまでも示された情報から「こう考えるのが最も妥当である」という答えしかできないでしょう.

お金をもらって,依頼主に有利な鑑定をするようなことはしたくないです.こういったことを無くさない限り,裁判の質は上がらないでしょう.

やはり,
(1) しっかりした第3者機関を立ち上げて医療トラブルはすべてそこに持ち込んで頂く.
(2) 第3者機関は複数(数名から10名程度)の臨床医に鑑定を依頼し,それをとりまとめる.
(3) 原告側はその内容によって提訴してもよし,しなくてもよし.
(4) もしも提訴して裁判となった場合,裁判において裁判官には第3者機関の鑑定を重視して頂く.(今のように鑑定を無視するようではこのようなシステムは意味がありません)

というようなプロセスが妥当かと思われます.つまり医療鑑定そのものをとりまとめて行なうシステムができれば,鑑定医が見付からないといった問題は無くせるでしょうし,精度の高い鑑定が行なえるようになると考えます.
そのようになるべきなんでしょう.

勤務医の先生方は相当な残業をこなしていて、激務だと思います。
そのような先生方に鑑定を依頼されるのであれば、金銭的な問題以前に難しい問題があると思うのです。

もし裁判における鑑定をされたことがある方がおられたらお伺いしたいのですが、
鑑定書を作成するのにどのくらいの時間、労力がかかるのでしょうか?

> 患者側弁護士に協力する医者の立場というものに、理解が乏しいのですが(No.5 座位さま)

セカンド・オピニオンを聞くのと同じようなものと、思っていただければよろしいかと。
原告側弁護士は、作為的に原告側に有利な意見を書いてもらいたいと考えているわけではありません。無駄な訴訟はしたくなので、原告におもねるより、裁判所でどう判断されるかの正しい見通しが欲しいのです。
訴訟ではどうせ被告側からカウンターの意見書が出されるし、裁判所が鑑定人を選任する場合もあるから、裁判所が信用できないような意見書を作出することは無意味です。

> 3 重大な過失や意図的な犯罪行為でも無い限り、同業者を裏切りたくない。
これが、いわゆる「医師の庇い合い」と批難される現象ですね。
しかし、医師に過失がないと思われるケースでは、意見を述べることを拒否するのではなく、むしろ快く応じてやって、患者の誤解を正し訴訟を止めるよう説得していただくことが、真の「庇い合い」であろうと思います。

当たり前の話ですが、医師の方には、患者側弁護士がどのように仕事を進めているのかわからないために、話がうまくかみ合わないのだと思います。

 ただ、これを書き出すと長くなります。とりあえず、下記の文献(患者側でのみ医療事件を行い、南山大学の教授でもある加藤良夫弁護士などが書かれています)を記載しますが、買って読んでくれとも言えないので、ちょっとづつ自分でもまとめていき、できた段階でアップします。


患者側弁護士のための実践医療過誤訴訟
http://www.amazon.co.jp/%E6%82%A3%E8%80%85%E5%81%B4%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E5%AE%9F%E8%B7%B5%E5%8C%BB%E7%99%82%E9%81%8E%E8%AA%A4%E8%A8%B4%E8%A8%9F-%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E8%89%AF%E5%A4%AB/dp/4535514194/sr=1-1/qid=1170023741/ref=sr_1_1/503-9139808-8786342?ie=UTF8&s=books

手術関連の事例であれば、よほど専門性が高いものでなければ、麻酔科医ほど鑑定医や協力医として適任なのはいないと思う。
それ専門で食っていけるようなシステムがあるなら、やってみたい。

この歳で、徹夜で神経使って働くのは、もうイヤだ。
(自分でシステムを構築しろと言う意見は却下。そんな才覚はない!)

L.A.LAWさま 
書籍紹介ありがとうございやんした。4515円也
ちと、高いかな?

最近、『医事紛争と医療裁判』米田泰邦 著(第二版1993年)
を購入したので、これ読んでから、購入予定にします。

こんばんは

私は、鑑定はしたことはありませんが、協力医としてコメントを作成したり、患者側弁護士さんと面談したことはあります。事前に、事件の内容についてカルテコピーなどを入手できますので、その時点で協力するかどうかを決めています。

相場は、面談で3万から5万、コメントは記名なしの場合と記名ありの場合で相場が分かれており、記名なしの場合は5万程度、記名ありの場合は10万程度と思っています。

いままでは、少なくとも医療側に不利になるような意見を述べたことはありません。(そういう事件に当たったことがないということでしょうか...)むしろ、この事件の裏にはこういう部分があって、その部分を理解してほしいというようなメッセージを患者さん側に伝えるようにしています。

意見を述べた後で、その事件がどのように進展したか?訴訟になったのか?ということはわかりませんが、患者側弁護士さんに対する協力であっても、充分訴訟に対する抑止力にはなるのではないかと感じています。

私も、臨床をしながらなので、多くは受けることができませんが...臨床経験豊富な協力医が増えることは現状を打破するためにはよいことではないかと考えます。

>名前は伏せておきます。さん
情報が少なすぎて、意見を言おうにも言えないことはありませんか?

>相場は、面談で3万から5万、コメントは記名なしの場合と記名ありの
>場合で相場が分かれており、記名なしの場合は5万程度、記名ありの
>場合は10万程度と思っています。

通常、民間の医師は、救急当直の24時間勤務で10万の収入があります。
救急病院でなく、もっと、命を削らず割りの良い職場がありますから
臨床医の場合は、協力医としての仕事は、決してコストパフォーマンスの
良いものとはなりません。

臨床からスピンアウトした、臨床経験の薄い者が、引き受けるか
よっぽど、ボランティア精神のあるものしか引き受けないでしょう。

この種の協力医の仕事は、
1医療事案の実際の展開を正確に捉え、(様々な可能性と解釈)
2期待水準の医療レベルで可能な救命行為と比較検討する、
だけでは不十分なのです。その他にも実際の依頼事案において
3 医療作業上の制約(時間の制約、スタッフ、設備、検査・治療ツール)
4 医療契約上の制約(保険診療上の制約、ICの実態)
5 労働環境上の制約(他に重症患者がいなかったかetc)
等の事項も重要ですし、これらは非医療者には、整理不能でしょう。
勿論、1,2だけでも、医者にとっては大変な作業時間となります。

要するに、ボランテイアでなければ、やってられません。

”値段は当事者の交渉によって決まり、、(中略)
”「相場」は協力医の先生方のほうで、形成されているのでは
 ないのですか?”

協力医にどの程度の作業を望むのか、購入する注文者が"松竹梅”を
決めないで、どうするというのでしょうか?
今後、パート(男女)医さんなどがこれらの協力医として名乗りでる可能性
はありますが、臨床のバリバリの医者は、よほどの変わり者で無い限り
患者側弁護の依頼にボランテイアで対応するようなことはやらないでしょうね。
訴訟に負けたのをただ弁護士の所為にすることが、馬鹿げているように
協力医の所為にするのも不当でしょう。

それから庇いあいは、決して悪いことではありません。冤罪との戦いなのですから。

医者は守銭奴かと曲解されないように追加しておきます。

基本的に、医者は自分の患者をどう治療するかで多忙なのです。
他人のしかも患者側の事案に協力医として首を突っ込むのには、
モチベーションが必要です。

1 義憤を駆られるような、医療被害の事案か
2 よほどコストパーフォーマンスの良い仕事か
3 臨床現場から離れており、そのため手が空いてるか

半分ボランテイアでする優しいお医者さんは減る一方だと思います。

>No.14 座位さん

>協力医にどの程度の作業を望むのか、購入する注文者が"松竹梅”を
決めないで、どうするというのでしょうか?

 この意味がよくわからないのですが? 頼む側は、仕事をする方のコストはわかりません。例えば、依頼者が弁護士に訴訟を依頼する場合、弁護士が依頼者に「あなたが値段を決めて」と言っても、依頼者も弁護士も困ってしまうと思いますが。

こんにちは
今日は午後外来ですので、ちょっと書き込ませていただきます。

しま さん

>情報が少なすぎて、意見を言おうにも言えないことはありませんか?

不足の情報があれば、それを請求できますのであまり困ることはありません。
そして、その部分での判断の材料がなければ、その部分の判断は避けることとなります。

座位 さん

>通常、民間の医師は、救急当直の24時間勤務で10万の収入があります。
救急病院でなく、もっと、命を削らず割りの良い職場がありますから
臨床医の場合は、協力医としての仕事は、決してコストパフォーマンスの
良いものとはなりません。

そうですね。金銭的な部分でいうと、そうなりますね。
ただ、協力医をすることにより、金銭的なもの以外に得るものはあると思います。

>協力医にどの程度の作業を望むのか、購入する注文者が"松竹梅”を
決めないで、どうするというのでしょうか?

作業内容というか?設問を設けて聞いてくることが多いですよ。
そして、前のコメントで相場を書きましたが...実際には、面談した結果によって、それ以上を支払っていただける場合もあります。おそらく、相場は最低限ということなのでしょうね。

>臨床のバリバリの医者は、よほどの変わり者で無い限り
患者側弁護の依頼にボランテイアで対応するようなことはやらないでしょうね。

その「変わり者」ですね...私は。(笑)ただ、患者側弁護士に対する協力であっても、医師側から考えた意見を述べることはできるのです。

自分のモチベーションは、「不当で不毛な医療訴訟をとめることができるかもしれない」ということ一点です。それが、患者側弁護士の協力医とは...ちょっと理解しがたいかもしれませんが...

当たり前の話ですが、医師の方々には、医療事件の場合、どのようなプロセスで訴訟にいたるかがわからないようですので、記載させていただきます。ただし、これはあくまで、私のやり方なので、その点は、ご了承下さい。

 患者側の依頼を受ける場合、通常、1 相談、2 調査、3 訴訟等の三段階にわかれます。この3段階は、それぞれ別の委任契約となります。

 私の場合の概算ですが、相談が20件あるとして、調査に行くのが10件程度、訴訟等にいくのが、1〜3件程度です。

 相談は、事前に、相談カード等を記入し送ってもらい、又、医療事件についてのパンフレットを読んでもらっておきます。相談カードに基づき事前にその範囲の医療知識については確認の上、事情を聞き取ります。費用的には、30分5000円(消費税別)です。

 相談から、調査の段階で、半分の案件が落ちるのは、主に費用対効果の問題からです。調査のためには、カルテ等の入手が必要で、その為には、証拠保全等の裁判所の手続きが必要とされることが多く、相応の費用がかかります。この段階だと、弁護士の費用として、30万円程度(消費税別)、もらうことが多いです。その他、証拠保全を行った場合、写真屋さん等の費用(入院期間によりますが、10万円〜)、協力医の費用等がかかることになります。

 まず、証拠保全のために、専門書及び論文(医学部図書館・JDream等)を調べ、裁判所に申し立て、相手方病院に行きカルテ等を入手します。

 カルテを入手したら、それを経過一覧表に整理したりした上で、さらに、論文(医学部図書館・JDream等)を調べ、疑問点を整理します。

 私の場合、この段階で協力医に相談します。協力医の探し方については、通常、(1)紹介、(2)同行(たまたま会った医師に頼むこと)、(3)いきなり方(論文等で見て、手紙を書きお願いする)、(4)関連(前医後医がいる場合にその方に聞く)等の方法があると言われています。

 私の場合は、この段階では、疑問点を、整理し、協力医にコメント等を求めます。疑問点、過失があるかというような抽象的法律的な質問ではなく、具体的な質問にするようにします(気づいた点がないかなどの包括的な質問も一つ入れますが)。また、適当な文献がないか等も聞きます。

 また、ミスがあるとの意見の場合、訴訟等の場合、意見書を書いてくれるかも聞きます。

 協力医のコメントを元に、また、調査します。疑問点がわけば、同じ、協力医、または、他の協力医に聞くことになります。

 自分なりに結論が出た段階で、報告書を作成し、調査結果、判断、及び訴訟等の場合の費用等を記載し、依頼者に、訴訟等行うかどうか判断してもらいます。

 ここまでで調査の段階は終わりですが、調査の段階で、通常6ヶ月〜1年間程度かかりますが、場合によっては、2年程度かかることもあります。

また、この調査の段階で、相手方に説明会を求めることもあります。今までの調査結果をまとめ、それについて説明を求めることです。ただし、これは、受け入れてくれないことが多いですが、弁護士からの反論が来ることがありますので、その場合は、その反論を調べることになります。

 その上で、依頼者と相談の上、訴訟等事件化するかどうか決めます。

L.A.LAW さん
そのやり方の、決定的な弱点は、依頼した1名の協力医の能力に依存し
ている点です。どんなに意欲的で有能な協力医でも、我々が普段行って
いるカンファレンスでの『複数医師によるシビアな検討』には、及びません
し、主治医が、外来時から継続的な診療を通じてプロスペクティブに判断
を重ねた実診療と環境が程遠いです。

依頼の過程で、一人や二人の協力医に依存するのは、とても危険です
ね。臨床現場に疎い、ペーパー教員の鑑定結果は、患者側弁護士には
重宝されるでしょうが、中堅以上の専門医から見れば異論続出でしょう。

また、協力医の判断を誤らせる、事案の個別の制約(No.14の3,4,5)に
ついては充分伝わらないことが予想されます。

それから、相場の形成は、市場が熟成されれば、自然に整頓されるので
しょうが、このての市場は縮小されることを願うのみです。

No.17 名前は伏せておきますさん
勿論、先生のような立派な方がおられるのは、理解できます。おそらく
理論と実地診療とは異なることを、重々理解されたうえでの協力医活動だと察します。

> そのやり方の、決定的な弱点は、依頼した1名の協力医の能力に依存し
ている点です。(No.19 座位さま)

その危険は弁護士も重々承知していますが、
実際問題として、協力してくださるお医者様が少ない、また医師へのアクセスルートが無いことから、せいぜい2〜3名の先生のご意見を伺えればよしとしなければならないのが、現状です。

なぜ協力医が少ないかについて、報酬のこともあるかもしれませんが、
やはり医師の間ではまだ「医師が訴えられるのはおかしいので、患者側に協力するのは裏切り者だ」という偏見? が強いように思います。
あえて申しますが、座位先生のお言葉の端々にも、そのような意識が感じられます。
> よほどの変わり者
> 庇いあいは、決して悪いことではありません。冤罪との戦いなのですから

医療崩壊エントリのほうでも出ていましたが、
医師の側で、鑑定や医療相談に応じる組織を作っていただいて、患者側が気軽に「正しい専門的意見」を得られるようになれば、よいのにと思います。
それは患者の訴えを助長するのではなく、逆に、不毛な訴訟を抑制する効果があるのです。

No.18 L.A.LAW さまの解説にある通り、医事紛争については、弁護士が患者から相談を受けて訴訟提起に至る事案は10件に1件の割合でしかありません。
闇雲に訴訟提起しているのではなく、むしろ通常の事件に比して、綿密な事前調査を行って、ふるい分けしていることを、ご理解いただきたい。
しかし、それでもなお間違ってしまうことはあり得ます。調査段階で、適正な専門的見解が得られないからです。

だったら、どこを改善すればよいかは、自明です。
調査段階にもっと医師が介入して、正しい医学的意見を入れさせればよいのです。

「医師の庇い合い」で、いいですよ。
情けは人の為ならず。
「患者側弁護の依頼にボランテイアで対応する」ことは、実は医師のためである、医師全体のためのボランティアと考えれば、やる気が湧いてきませんか?

> 医師に過失がないと思われるケースでは、意見を述べることを拒否するのではなく、むしろ快く応じてやって、患者の誤解を正し訴訟を止めるよう説得していただくことが、真の「庇い合い」であろうと思います。(No.8 YUNYUN)

>医師の側で、鑑定や医療相談に応じる組織を作っていただいて、
>患者側が気軽に「正しい専門的意見」を得られるようになれば、
>よいのにと思います。それは患者の訴えを助長するのではなく、
>逆に、不毛な訴訟を抑制する効果があるのです。

>「患者側弁護の依頼にボランテイアで対応する」ことは、実は医師の
>ためである、医師全体のためのボランティアと考えれば、やる気が
>湧いてきませんか?

確かに、少しやる気が湧いてきました。
なんか、騙されていませんか?わたし。

No.20 YUNYUN さん

>医師の側で、鑑定や医療相談に応じる組織を作っていただいて、患者側が気軽に「正しい専門的意見」を得られるようになれば、よいのにと思います。
>弁護士が患者から相談を受けて訴訟提起に至る事案は10件に1件

以前ネットで医療過誤の相談掲示板に出入りして、アドバイスをしていたことがあります。10件に1件という話は、まさに実感でして、そこにあるのは患者側の思い込みと間違った知識で、医療機関側に問題がありそうな話は、本当に少ない。たまにある賠償が取れそうな話というのも、医療機関に問題があるというより、今の裁判事情なら取れる可能性がある程度の話がほとんどでした。そしてあまりにも出てくるもの出てくるもの、こちらが否定するので、相談者側の発言からは、否定するためにやっているのだろうと感じている雰囲気が伝わってくるようになりましたね。
ですから、まず気軽に相談できる場所よりも、訴訟提起にいたるような内容はほとんど存在しないことを、一般の人に理解させる方が先だと思われます。

ある程度選り分けをしてくれている患者側弁護士のために、例えばここに参加している医師が、ネットで協力医システムを構築したとしたら、利用するでしょうかね。患者側弁護士の発言を今まで見てきて、僅かな例外を除いて、かなり強い偏見にとらわれていることがわかります。やはり都合のいい協力医(あくまで患者側から粗探しをしてくれる)を利用したがるのではないですかね。

 ネットでの相談は非常に難しいですね。私もボランティアである領域の医療相談やってますけど、一番問題なのは一般論でしか回答できないことです。といって、患者さん(相談者側)は十分な情報を持っていないか誤った知識を持っていると言うことです。
 その医療相談でも医療事故じみた話の相談をされたことがありますが、納得されなかったのか私の回答に返事もありませんでした。

No.22 元行政さん

ある程度選り分けをしてくれている患者側弁護士のために、例えばここに参加している医師が、ネットで協力医システムを構築したとしたら、利用するでしょうかね。

患者側弁護士のためのみではなく、医師側弁護士のためにもなると思います。
仮に患者側がいわゆる「都合のいい」協力医を利用して報告書を作ったとしても、医師側がネット協力医システムを利用して報告書を作成し、そちらの方が理路整然として説得力のあるものであれば裁判官は公平に判断してくれるでしょう。
この積み重ねによりネット協力医システムの認知度が高まり、患者側に都合のいい報告書を書く医師は排斥されていくと思います。(あまりそういったケースは無いでしょうが逆も然りだと。)

No.22 元行政 さん
>そしてあまりにも出てくるもの出てくるもの、こちらが否定するので、相談者側の発言からは、否定するためにやっているのだろうと感じている雰囲気が伝わってくるようになりましたね。

ああ、これは同感。
自分も医療過誤についての「医師の意見を」とあってメールでやり取りしたことがあるのですが、相手の意見に同意してくれない不信感が伝わってくるんですよね。
直接、患者と医師とでやり取りするより、間に仲裁者がいたほうがいいと思うようになりました。


No.20 YUNYUN さん
>だったら、どこを改善すればよいかは、自明です。
調査段階にもっと医師が介入して、正しい医学的意見を入れさせればよいのです。

SNSで参加者限定の設定をして、医師と弁護士で疑似カンファレンスみたいなことが出来たら面白いかなと思います。
まあ、どれだけの参加者を集められるかがポイントでしょうが。
これなら、そんなに個人の能力の限界による偏りがない意見に集約できるし、物理的な時間・空間が問題になりにくい。

鑑定になってくれない人が多くて困るというところで

まず原則として刑事免責が必要だと思うのです。日本以外の先進国では医療以外にも鉄道・航空事故調査委員会というのがあって免責になっています。これにより証言を得られやすくしています。
そもそも医療というのは交通事故と違い、普通に医療をしていても事故に遭うのです(車は普通に運転していれば事故に遭う確率は少ないですよね)。医療というのはそもそも結果を保証できないものなのです。
しかし、すべての医療事故を免責とするのは私も抵抗があります。つまり、

1.労働基準法が守られている上で緊急でもないにもかかわらず投薬量を間違えた
2.労働基準法が守られている上で緊急でもないのに左右を取り違えた
3.故意の殺人
4.労働基準法が守られている上で緊急でもないのに研修医(あるいは大部分の医師)でも間違えないようなミスをした
5.いわゆるリピーター医師が起こした事故
6.労働基準法が守られている上で緊急でもなく、かつ必ずしも必要があるとは言えないのに技量を明らかに超えた処置を施した

は刑事とする必要があるかもしれません。このような例は医師でも意見が大きく分かれるどころか、あまり同情されません。それから、民事についても私は過失が無いものについては成立させるべきでは無いと思っています。アメリカでは民事訴訟がはびこり、医療費の高騰と保険料の値上げ、産科および心臓外科医の夜逃げが日常化しました。
以上、私見ですが、これが実現できれば鑑定医も増えると思いますよ。さらに良きサマリア人法も導入するとなお効果的です。
これらは先進国では当たり前ですが、日本ではむしろ悪い方向に進んでいると言わざるを得ません。また、被害者といいますが、過失のない医療事故に関して限定した場合に被害者というべきなのでしょうか?それに過失かどうかの判断は当事者でも難しい。解明には時間がかかるし、解明できない場合の方がむしろ多い。医療とはそういう性質のものなんです。

というコメントを書いたのですが、ブログが閉鎖になっていました。残念!

PS)過失が無い場合はあくまでも自然死と個人的には思います。

> No.22 元行政さん

 ご提案の「ネットにおける協力医システム」が継続的に利用されるか否かは、そこに参加される医師の方が、医療過誤の状況や裁判制度についてどのようなスタンスをとっておられるかに左右されると思います。

 すなわち、北の内科医さんや元行政さんのように、そもそも訴訟提起に値するような過誤事例は殆ど存在しないと見るか、賠償を要するであろう事例もそれなりに存在していると見るか。また、裁判制度について、司法に判断能力がなく、専門家の意見を適切に利用する能力も姿勢もなく、裁判官は患者の肩を持ち、弁護士は金のために事実を枉げた主張をし、こぞって医師をいじめ、不当な判断ばかり出ていると見るか、適切な訴訟活動をすればそれなりに妥当な判断が示される見込みが高いと見るか。

 私についていえば、「そもそも賠償されるべき過誤なんて殆どないし、裁判では不当な医師敗訴判決が出される可能性が高い」というスタンスの医師に対しては、相談は持ち掛けにくく感じます。医療実務に対する信頼が高く、司法に対する不信が強いあまり、過度に防衛的な意見を出されるのではないかと考えてしまうからです。元行政さんに言わせれば、私のこうした姿勢こそ「強い偏見」ということになるのだろうとは思うのですが・・・・。

 ところで、話の流れを切って恐縮ですが、このエントリのコメント(No.1、5、14、22)ほど、医師のメンタリティー、協力医を探すことの困難さを示してくれるものはなかろうなあ、と感じます。

 同業者から、裏切り者、あら探しなどと指弾される危険を顧みず、正すべきものは正すという使命感から協力して下さった医師の方に、改めて尊敬の念を抱いた次第です(勿論、患者側代理人に協力しない医師が不実だと言っているわけではありませんよ。念のため。)。

FFFさん
私を呼びましたか〜 
メンタリティに問題って、言い過ぎですやろ
お互い、偏見はやめましょうね。

No.27 FFF さん

>同業者から、裏切り者、あら探しなどと指弾される危険を顧みず、正すべきものは正すという使命感から協力して下さった医師の方に、改めて尊敬の念を抱いた次第です

医学的に妥当な鑑定ならあら探しとか指弾されませんよ。
しかし、大野事件のように、「胎盤病理医」「子宮病理医」の鑑定結果の証拠として求めるべきであるのに、それ以外の鑑定医に依拠して出された鑑定だと「あら探し」される訳ですよ。
「そもそも賠償されるべき過誤なんて殆どないし、裁判では不当な医師敗訴判決が出される可能性が高い」というスタンスの医師に対しては相談は持ち掛けにくくFFFさんが感じるのと同様に、鑑定医の資質を言及しないまま尊敬の念を抱くFFFさん相手だとあんまり相談に乗りたくないなあと自分なんかは感じてしまうのですよ。

YUNYUNさんみたいに
>「医師の庇い合い」で、いいですよ。
>情けは人の為ならず。
っていうのは、ホント人を乗せるのが上手い表現だなあって改めて感じたりして。

こんばんは

議論が白熱しておりますが...

FFFさま
>同業者から、裏切り者、あら探しなどと指弾される危険を顧みず、正すべきものは正すという使命感から協力して下さった医師の方に、改めて尊敬の念を抱いた次第です(勿論、患者側代理人に協力しない医師が不実だと言っているわけではありませんよ。念のため。)。

自分では、「裏切り者」とは思っておりませんし、そのような感覚ではできないと考えます。自分の臨床経験から考えて、経過の裏に潜む医療者の苦悩などを伝えられたらよいなと感じているだけです。そして、それは患者さん側にも癒しとなるのではないかと感じています。

正すべきものは正すというと厳しく聞こえますが...どうでしょうか?ほとんどの事案は医療者側に明らかなミスはないように思えます。もちろん、これは刑事的にやってもらわなきゃという例もあるでしょうが...いままで、私はそのような例にあたったことはありません。

いままで、あたかもblack boxであった医療の世界をすこしづつ法曹界のみなさま、一般の皆様に理解していただくために努力をするべきではありませんか?それが、協力医であると思います。(患者側、医療者側とわず...)

実はとある学会でもガイドラインを公にするのは刑事に証拠として採用され、不利になるから公にはしていません。
そもそもガイドラインはあくまでも教科書であって、すべての医師を満足させるものではないし、加えてそれを暗記するのは不可能なほどの分量です。おまけに100%正しいという保証もありません。加えて患者は教科書通りとは限らない。
ガイドラインまで出すのを拒否しているのが医師の心情ですから、ほいほいと鑑定を受ける人はほとんどいないと思います。大野病院事件の場合はその鑑定医が専門外というのはいったいどういうことでしょう?私の勝手な妄想ですが、産科医は裁判の証拠になるのを恐れて鑑定医を拒否した。だからあえて専門外の医師に頼まざるを得なかった・・・ということもあるのでは?と勝手に考えています(もちろん根拠はありません)。

あくまでも鑑定は同じ過ちを犯さないために事実を暴くためのものであって、責任追及を第一義にするものではないはずです。責任追及はあくまでも優先度は低いのです(あまりにも悪質であったり、馬鹿でも間違えないような過失があれば責任追及は必要だと思います)。
おそらく今のシステムが改善されない限りこれっが続くと思います。

>大野病院事件の場合はその鑑定医が専門外というのはいったいどういうことでしょう?

『そのときの産婦人科学会の会長だった人に鑑定であれば権威があるだろうというこで検察が依頼したら、実はその時の会長が婦人科の腫瘍が専門の先生だった。』
なんてオチだったりして。

え〜、ソースをあたってみました。

病理の鑑定は福島県立医科大学の病理学第2講座の助手の医師でした。
研究プロフィールから抜粋すると

博士(医学) (福島県立医科大学)

■研究分野(科研費分類)
人体病理学、 実験病理学

■研究テーマ
・癌の分子的診断 (キーワード:)
・癌の転移に関する研究 (キーワード:)

周産期医療の病理の専門医ではありません。
検察は近くの県立医大の病理の医師に鑑定を依頼すればOKみたいな感覚だったのかな。

まあ、個人的に免責制度を導入して証言を得やすくするしか道はないと思いますがね。
って他の先進国では当たり前やんけ!
まあ、検察の捜査が(我々から見たら)ずさんだったと言うわけですね。それにしても逮捕というのは未だに納得いかない愚行ですね。とりあえず担当者(あえて名前は伏せさせていただきます)は「今はやりの医療事故についての特ダネを得た!これで逮捕すれば株が上がるかも!出世できるかも!イェーイ。」みたいな感覚で逮捕したのであれば許せませんね。事実担当者は賞状を貰っているし。逮捕すべきかどうかちゃんと検討したんですかね?福島地検さん!善良な医師を心理的にも物理的にも苦しめたのだから「ごめんなさい」の一言くらい公に発表したらどうなのかな?と思います。まったく。

>No.33 オダさん
>病理の鑑定は福島県立医科大学の病理学第2講座の助手の医師でした。

 ソースがわかりませんが、これは、検察が要旨の告知で述べた鑑定書ではないでしょうか。別のスレッドに書きましたが、要旨の告知で述べられるのは、弁護人が同意した書証で、同意したと言うことは、極端に言えば根拠にならないと判断するから、同意しているので、逆に言えば、根拠になるものは不同意にしており、要旨の告知で述べられないので、検察の鑑定書がこれだけかどうかはわかりません(弁護人が特に何も言っていないとすると、別の鑑定書がある可能性が大きいと思います)。

>No.34 yama さん
>まあ、個人的に免責制度を導入して証言を得やすくするしか道はないと思いますがね。
って他の先進国では当たり前やんけ!

医療に関する刑事免責にかんする点ですが、これは、本当はどうなっているのですかね。この回答は医療側ではなく、本来、法曹側で答えなくてはならないのですが、外国の法制度というのは、運用も含めると本当によくわかりません。

 法律の性質からすると、立法的に免責にするのは、かなり難しく、各国の法制度にたいする私個人の一般的な感覚からするとあえてこのような立法をするのは、アメリカの州レベルでいくつかで、あとの国々は、運用ではないかと思えますが、確証はありません。

 渉外関係の弁護士に聞いてもたぶんわからないでしょうし、大学の医療法の専門家か、裁判所レベルで、比較法的に調査した資料はないのでしょうか?

>yamaさん

私の勝手な妄想ですが、産科医は裁判の証拠になるのを恐れて鑑定医を拒否した。だからあえて専門外の医師に頼まざるを得なかった・・・ということもあるのでは?と勝手に考えています(もちろん根拠はありません)。

これは深刻な問題ですね。専門の産科医が鑑定すれば起訴まで至らなかったのに、専門外の産科医が鑑定した故に起訴まで至ったという可能性がありますから。もちろん、「裁判の証拠となるリスク」と「他の医師を不当起訴に追い込むリスク」を天秤にかけた上で判断することになるのでしょうが。

なお、重ねて言っておきますが、可能性レベルの話です。

> No.28 座位さん

 別に「問題」とは書いていないのですが・・・・。基本的な考え方や姿勢、その特徴という程度の意味で述べたに過ぎず、特にマイナス評価を含むものではありません。ともあれ、御不快でしたら申し訳なく思います。

 ところで、提訴前の原告に協力する形で意見を述べる目的の一つが、不毛な訴訟を避けるという点にあるのだとすれば、その意見が正しいだけでなく、「正しいと受け取られる」ことも大事だと思うんですよね。いくら正しい意見を頂いても、相談した側がそれを信頼できなければ、結局は他の意見を捜し求めるか、意見なしで提訴するということになって、目的は達成されないわけで。そして、相談する側は基本的に素人なので、どこで「信頼」するかというと、その意見の学問的正確性、精緻さではなく(そもそも、それは判断できない)、その人が中立的な立場から誠実に意見を言ってくれていると感じたときに、その意見の内容についても信頼を置くわけです。その結果、無用な紛争の回避という目的が達成される。これが情緒的、非科学的でけしからんと言われればそれまでなのですが、紛争回避という観点から考えれば、このような行動パターンをいくら非難しても問題は解決しないはずです。

 医師の方が、法律業務を依頼した弁護士にいい加減な仕事をされて莫大な損害を被ったと考えて弁護過誤訴訟を起こそうとするとき、他の弁護士に、当該法律業務の是非について相談されることでしょう。そのときに、「弁護士へのクレームなんて殆どが言いがかりだ。弁護過誤として訴訟すべきような事例は殆ど存在しないことを一般の人に理解させることが大事だ。裁判所は実情を理解せず、不当な弁護士敗訴判決ばかり出しているから、意見を書くにしても悪用されないように注意しよう。むしろ弁護士の弁護ならタダでも引き受けるぞ。でも、弁護士を訴えるような連中はかなり強い偏見にとらわれているから、弁護士の粗探しをしてくれる、自分に都合のいい意見を求めたがるだろうなあ。」などと考えている(そのようなスタンスがにじみ出ている)弁護士に相談したいかどうか。また、その弁護士が法律的には正しい意見を述べたとしても、それを信頼して矛を収めることができるのか。要するにそういうことです。

>FFFさん

弁護士の弁護ならタダでも引き受けるぞ

と言うのは、座位さんの意見をうけているのでしょうか。その前提でものを言いますが、恐らく、「報酬が決まっていない」or「協力医の報酬が不当に低いのではないか」と言う事が焦点であって、タダでも引き受けるというのは単なる付け足しなのではないでしょうか。決して座位さんが鑑定をする時、医師にバイアスがかかった鑑定をするという事ではないかと思います

なお、私も座位さんのコメントを読んだ時、「医師にバイアスをかかった鑑定」をすると解釈したことを白状しておきます。

FFF さん 了解しました。
(私自身は、FFFさんに、何の敵意もありませんし、
中傷しているつもりもありません。)

えーと、弁護士と医者の文化の違いもあるのでないでしょうか?

弁護士の場合は、いやいやながら、国選弁護士をする場合もある
だろうし、民事訴訟では双方に弁護士がついて、対決的なあるいは
和解的な代理人として、紛争解決に当たります。ですから、どんな
紛争にも、擬似敵役として登場できる、形式的な代理人としての
素質を持ってるわけです。

それに比べて、私達医者は、病気や病人に対して一方向的に解決を
測る科学的(?)なアプローチをしています。そこの違いは大きいでしょう。

それから、FFFさん自身が、どっぷりと患者側弁護人を続けて
日々、(犯罪的)医師と対決していらっしゃるのでしょうから、そのリアル
な体験から離れて、この場で、冷静に、偏見なくディベートするのは、
かなり困難なのではないですか?

No.38 FFF さん

>「弁護士へのクレームなんて殆どが言いがかりだ。弁護過誤として訴訟すべきような事例は殆ど存在しないことを一般の人に理解させることが大事だ。裁判所は実情を理解せず、不当な弁護士敗訴判決ばかり出しているから、意見を書くにしても悪用されないように注意しよう。むしろ弁護士の弁護ならタダでも引き受けるぞ。でも、弁護士を訴えるような連中はかなり強い偏見にとらわれているから、弁護士の粗探しをしてくれる、自分に都合のいい意見を求めたがるだろうなあ。」などと考えている(そのようなスタンスがにじみ出ている)弁護士

だからね、こういう文章って弁護士を医師に変えても成り立つ文章でしょう。
No.29 で言いたい事は、FFFさんの言い方だとこういう風に返せますよって事ですよ。
FFFさんの論理ってそういうのが多いって前にも書いた事があるんだけど、またそういう背景まで加えてかかないと駄目なのかな?
こんな論理展開されたら相手は納得しないでしょうって事を、実際に自分に返されてみてもまだ納得出来ませんか?

Yahoo!ブログ - 法医学者の悩み事 刑事裁判における医療過誤事件の取扱いでの改善点を探る

医療過誤事件が起訴される場合、事前に検事は数名の臨床医に相談しているものだ。

Yahoo!ブログ - 法医学者の悩み事 医師の逮捕・起訴を正しく予防するためには

検事が起訴する前には、必ず複数の臨床医(法医学者ではなく)に相談してから、起訴を決定するものだ。この臨床医が、起訴が妥当ということを主張しない限り、検事は怖くて起訴できない。

Yahoo!ブログ - 法医学者の悩み事 刑事手続きの医学によるコントロールは可能か

現状では、検事・警察が相談する医師が、オーソライズされた人材ではないため、被告医師に対する個人的事情から揚げ足を取るようなことを言ってしまう危険は十分あるし、また誰に相談しているか不透明である

Yahoo!ブログ - 法医学者の悩み事 産婦人科医逮捕について

現在は、検察庁や警察が相談に行く臨床医は、手狭なコネクションを当てに探しているに過ぎないし、だいぶ困っているようでもある。

Yahoo!ブログ - 法医学者の悩み事 業務上過失致死では無罪を予想

隠し玉もなければ、業務上過失致死としても不完全な事件を、検事は何で逮捕・起訴してしまったのだろうか?よほど遺族を可愛そうに思ったのか(これは検事としてはよくない態度らしい)、相談した臨床医(私ならこんなミスはしないとでも言ったか)に騙されたのかのどちらかだろう。

> No.41 オダさん

 すみません、ちょっと趣旨が分かりません・・・・。

 正に、「弁護士←→医師」のどちらでも成り立ちます。そんな弁護士には相談したくないのと同じように、そんな医師には相談したくないし、意見を出してもらっても納得できないでしょう、と。すると、その専門意見が正しいかどうかに関係なく、「事前に不毛な紛争を回避する」という目的は達成できないでしょう、と。ただそれだけのことですが。

>やはり医師の間ではまだ「医師が訴えられるのはおかしいので、患者側に協力するのは裏切り者だ」という偏見? が強いように思います。
あえて申しますが、座位先生のお言葉の端々にも、そのような意識が感じられます。

以前医療崩壊について語るエントリでも述べましたが、医療という不確実なものは例えると、将棋のようなものだと思います。自分で自分を評価してだいたい60点から90点くらいの医療であり100点満点などありえないのです。だから自分で自分を訴えれば(鑑定すれば)大小こそあれ「過失あり」になってしまうのです。
どうして、自分自身が不完全であり研鑽中であると思っている医師が他の医師の医療行為を断罪できるのでしょう。(犯罪性のあるものや故意のものは別ですが)
逆に自分のことを棚の上に上げて、他者を批判する医師は(裏切り者と言うより)かなり変わった医師ではないかと思います。マスコミで活躍する医師やロクに臨床経験のない大学教授などです。きっと臨床で本当の修羅場を経験しないから他人事の意見が言えるのです。

No.30 で「名前は伏せておきます 」さんがコメントされておられるように、協力医や鑑定医がみんな「同業者から、裏切り者、あら探しなどと指弾される危険を顧みず、正すべきものは正すという使命感から協力して下さった医師」ばかりじゃないですね。
「自分の臨床経験から考えて、経過の裏に潜む医療者の苦悩などを伝えられたらよいなと感じているだけです」って方が多いですよ。
No.22で元行政 さんのコメントも、
善意の医師の意見でも、『過度に防衛的な意見』と患者や患者側弁護士には受け取られてしまう』ことがある
のを問題視している話ですよね。
「そもそも賠償されるべき過誤なんて殆どない』っていうのはそこから元行政さんの得た結論で、『裁判では不当な医師敗訴判決が出される可能性が高い」というところまでは言及すらしていない。
そもそも医療過誤の相談掲示板に出入りしようって人は、医療実務に対する信頼が高くないでしょう。
『医療実務に対する信頼が高く、司法に対する不信が強いあまり』に『過度に防衛的な意見』になったのとなるのもおかしいですよ。
公正に意見を述べても『過度に防衛的な意見』と見られるから、改めて『医療実務に対する信頼が高く』なったのでは。『司法に対する不信が強いあまり』こともないし。

>裁判制度について、司法に判断能力がなく、専門家の意見を適切に利用する能力も姿勢もなく、裁判官は患者の肩を持ち、弁護士は金のために事実を枉げた主張をし、こぞって医師をいじめ、不当な判断ばかり出ていると見るか

だいたいここまで極論を言ってないでしょう。

>適切な訴訟活動をすればそれなりに妥当な判断が示される見込みが高いと見るか
という考え方をしない人が、みんなこんな極論的な考え方をする訳じゃない。
こんな極論を二者択一のもうひとつの方にもってこられたら、「それは偏見でしょ」ってなるのが自然じゃないですか。

> No.40 座位さん

 コメントありがとうございます。

 私も、文化の違いは大きいなあと思います。すごい所にハナシが飛びますけど、何となく、在日米軍の軍人が事件を起こしたときの身柄引き渡しをめぐるやりとりを連想します。アメリカ側は、たいてい何だかんだと理由をつけて引渡しを渋りますよね。そこには、単なる身内かわいさという事情もあるのでしょうけど、それに加えて、自分たちのルールや常識が通じなさそうな、得体の知れない日本のサイバンというものに仲間の処分を委ねることへの警戒というものもあるのでしょう。そして、その中には、杞憂に過ぎない、単なる誤解に基づく不安もあれば、不信感を与えても仕方ないと思われる部分もある、と。日本語と英語の違い以上に、法律屋的思考と医学的思考は違うのかも知れませんねー。

 ちなみに、私は医事訴訟をそこそこ扱っている部類かも知れませんが、仕事全体に占める割合は微々たるものです。あんなに割に合わない仕事にどっぷり漬かったら破綻します。私は、金だけが目的の悪徳弁護士がいないとは言いませんし、自分が悪徳弁護士でないとも言いませんけど(笑)、医事訴訟の原告側代理人がワンチャンスでガッポリウハウハ丸儲けできるおいしい仕事であるというイメージは、間違いだから払拭してもらえないかなあと思っています。医事訴訟に比べれば、もっとラクに稼げる分野は何ぼでもありますし。

 ともあれ、私の書き込みにも色々「偏見」があるでしょうから、よろしければその都度御指摘頂ければ。「全部じゃ」というツッコミが四方八方から聞こえてくるような気もしますが・・・・。

>「全部じゃ」
そのような事は全く思ってません。
FFFさんのコメントは正論が多いと思ってますよ。
ただ論理展開するときにあまりに極論を例に挙げられると、せっかくの正論が勿体なくて残念なんですよ。

>医事訴訟の原告側代理人がワンチャンスでガッポリウハウハ丸儲けできるおいしい仕事であるというイメージは、間違いだから払拭してもらえないかなあと思っています。

FFF様がどのタイプかは分かりませんが、逆にこうした利に聡い人の方が、基準(善悪ではなく儲かるかどうか)がはっきりしている分、わかりやすいかもしれません。勝訴率がたいして高くないということのようですので、労多くして儲けなしかもしれませんが。

どちらかといえば、某裁判官のように、損得ではなく、自身の考えこそが社会正義であり、真実であると思い込まれている方のほうが対処は難しいかもしれません。

(無礼は重々承知していますが)いやー、FFFさんも変わられましたよ。
やっぱり対決ではなく、対話によってしか世の中は変わってゆかないもんですね。

No.27 FFFさん

すでに他の先生方が代わりに反論してくださっていますので、重複しないように以下の点だけ。

>裁判官は患者の肩を持ち、

以前の話は先生の誤読です(他の先生もそうとられていたので、私の表現が悪かったのでしょう)。はっきり言ってそんなこと最初から知っているよと言いたかったところです。

>弁護士は金のために事実を枉げた主張をし

患者側弁護士が儲かるという話は、一度もしていないはずです。ブログというものができる前から、割に合わない仕事であることは知っています。むしろじじいさんのコメントのように考え、性質が悪いなという印象です。
それから判決文を読む限りは、脈がありそうなことは何でも言ってやれという感じであることは、否定できないと思います。真実を追究する姿勢は皆無ですね(民事には不要ですか?)。

ところで、10分の1程度しか(これでも多いと思われる)訴訟に値しないという話を、一般に広めることはいいことなのではありませんか?それともそれはちゃんと選別していること、選別しているので正当な訴えがあるということを印象付けたいがための単なる言い訳に過ぎなかったのですか。

> 一般に広めることはいいことなのではありませんか(No.50 元行政さま)

いいことです(断言)。
 患者側対して:医療と司法に対して過剰な期待を抱くのはやめ、もらうべきものをもらって満足してもらう。(幻想がうち砕かれると、自分の弁護士の能力や倫理を疑って逆恨みするケースがある。) 
 医療側に対して:過失があれば素直に認めて、尋常の話し合いで払うべきを払ってもらう。(医事紛争を名誉毀損や脅迫と受け取り、妙に構えて無駄な抵抗をする病院がある。)

問題は、我々弁護士にとっては、広報手段が限られていることでして。
弁護士の活動の実際がマスコミに取り上げてもらえることは少ないし、意見広告を出すのは費用対効果の点で無理。虚飾に彩られたTVドラマは、大衆の好むステレオタイプなイメージを増幅するばかりで、かえって有害(これは医師についても同様と思いますが)
最近、インターネットという便利な道具ができて、やっと、個々の弁護士が発信できる手段が与えられたというところです。

ところで、自分の意見にまともに耳を傾けてもらおうと思ったら、当たり前ですが、
<人が多く集まり、権威があるとみなされている場所>
で訴えなければなりません。
自分で一からホームページを立ち上げて論陣を張るのもいいですが、そのようなサイトに育て上げていくのは大変です。盆栽を育てるみたいに、毎日肥料をやって剪定して・・・
私はそこまでの力がないので、自分の目的に合致する既存のサイトを選んで、そこへ行ってしゃべる、つまり他人の褌で相撲をとるタイプ。
でも、個別の発信も大事だけれど、大局的な見地から見れば、密な議論はどこか一つの場所で集中的に討議しなければできないことだし、質の高い意見が集まればそれだけ浸透力も強くなるんだよー、と正当化しています。

そんなわけで、このブログにお邪魔して(張り付いて)おるわけです。
弁護士会の公式ホームページより、このブログのほうがよっぽどアクセス数が多いですからね。それに、他業種の人に見てもらえるというのが、強い。
常連の弁護士さんたちも、同じ気持ちだと思います。
私たちがこの場所を大切にしていること、ご理解いただけましたでしょうか。

>No.50 元行政さん

>それから判決文を読む限りは、脈がありそうなことは何でも言ってやれという感じであることは、否定できないと思います。真実を追究する姿勢は皆無ですね(民事には不要ですか?)。

 原告患者側の専門的知識・資料の欠如、弁護士の医療事件への習熟度等で、模索的、追加的主張が多いのは事実です。

 ただし、他方、医療過誤訴訟は、被告医療機関側がよくその主張を変える訴訟類型ともされています。つまり、Aという事実たとえば、当該時刻に看護師が患者を見ていなかったという事実が原被告間で、前提とされ、原告がそれに基づきaという主張をしていたところ、被告医療機関側から、いや実はB(当該時刻に看護師が見ていた)という風に主張が変更され、こんどは原告がbと主張するということが起こる訴訟類型ということです。

 これで、判決が出されると、AかBどちらかの事実が認定されますが、原告の主張したa bどちらの主張も原告の主張として記載されますので、どちらかは、事案にそぐわなくなります。

 前に私が、患者側の代理人が説明会を求めることがあると記載しましたが、この理由のひとつは、できるだけ早く、医療機関側に主張事実を固めてもらいたいということもあります。

鑑定書とかじゃありませんが、患者側弁護士から意見を聞かれたことがあります。(ちなみに何にももらえませんでした。)「うちのレベルだったら、この時点で医者を呼ぶ」と答えましたが、今考えると病院によって、ものすごーくレベルが違うんですよね。たとえばうちでは「36週で破水したら転送しろ」と小児科から言われます。しかしNICUに電話すると「36週?そちらでみられないの?」といわれます。ここで見るのが怖くなって転送した患者が、「たいしたことないよ」と帰されてきたり。そういうレベルの差まで考慮した発言だったか。今となっては思い出せません。
鑑定者になるとすると、そういった病院自体のレベルを考慮して書かないといけないと思います。自分が依頼されたら書けるか?というとかなり疑問です。

No.38 FFF さん

>これが情緒的、非科学的でけしからんと言われればそれまで

それまでも何も、開き直りに見えますね。たいへんけしからんです。(同じ理屈が裁判官の判断でも言えるような気がします。先生自ら裁判官の判断がいかに当てにならないか言明しているようなものではないでしょうか)トンデモ鑑定医を排除し、適切な情報を確保すべきは、原告側弁護士の義務でしょう。
真実を知っていることを隠して、現実的な対応をするということは、もちろん有効なことでしょうが(というより現実の場では普通にやってますよね)、間違ったことを非難してもしかたないなんてことはない。この非難が多くの人の目にとまれば、意固地に現状を貫こうなどということはできなくなってくると思います。

>そのようなスタンスがにじみ出ている弁護士に相談したいかどうか

医療の場合がまさに現実であるのに対して、この比喩は現実との乖離が激しいですね。自分で言うのもなんですが、医療裁判に関する私の見解は、真面目に医療裁判に向かい合っている医師の到達点としてあまりブレのないものだと思います。それに対し、先生の上げた弁護士は想像の産物にすぎないこともあって変な印象ですよね。これって所謂レッテル貼りであって意味のない話でしょう。(北の内科医先生と同じ範疇で括られるのもなぁと思います。言葉がキツイ点、ズケズケ言う点などは同類かもしれませんが。あ、原告の非難をしているのは、私たちだけですね。なるほど。なるほど)

No.51 YUNYUN さん

>私たちがこの場所を大切にしていること、ご理解いただけましたでしょうか。

ちょっと荒らしキャラっぽいですか?結構真面目にコメントしているつもりなんですが。討論モードは抑え目にした方がいいですか。参加している意図は先生のそれと何ら変わるものではありません。

No.52 L.A.LAW さん

なるほど。医療側の負の戦術の話ですね。遠くない過去に、隠したり書き加えたりが横行していた(らしい)ことを考えれば、けっこうあったのでしょうね。ただ今まで読んできたトンデモ判決の判決文では、被告が事実を変更したために原告の主張がチグハグになったという事例は記憶にありません。(今後注意して読んでみたいと思います)

ついでに。
私はそのような卑怯な戦術は大嫌いなのですが、現状の裁判の錬度(当然鑑定の問題も含む)を考えれば、同情すべき余地はあると思います。

> No.52 L.A.LAW さん
大抵医療現場は事故が起きたときは混乱しており、正確な情報を覚えておらず、うろ覚えによって記録をとる場合が多いです。かくいう私も(訴訟にはなりませんでしたが)それに巻き込まれた一人です。
このときはカルテの書き直しをしました。今だったら改竄ということで違法なのかもしれませんが、改竄と言うより、より正確な情報に書き換えていくという方がふさわしい改竄でした。これが間違ったことなのでしょうか?より正しい情報を記載するのが大事であればある程度の改竄もやむを得ないと個人的には思いますがどうなんでしょうか?もちろn虚偽の改竄も考えられるので難しいとは思いますが。

話が全然関係ない方へ向かって済みません。まあ、言いたいのは混乱した医療現場で当事者の記憶も曖昧なのに早急に正確な記録をお話しするのは無理と言うことです。人の記憶ほど当てにならないものはありません。

>No.56 元行政さん

>なるほど。医療側の負の戦術の話ですね。

 いや、必ずしも私の意図したのはそういう意味ではなくて、もっと単純に事実の確定ができないという話です。
 訴訟で問題とされるのは、かなり細かい事実関係で、もともと、一回性、偶発性の話が多く、しかも記録が満足ではなく(カルテ等の記載は個人差が大きい)、後からトレースしようとしても、医師、看護師等分かれていますので、事実の聞き取りもなかなか総合的に難しく、過去の話(1〜2年前)のため、普通の会社の事件と違い、医療機関のレベルによって、そもそも事実関係の把握ができてないのではないかということです。

No.58 L.A.LAW さん

了承しました。
確かに原告の弁護を引き受けたなら悩ましい問題ですね。(白状してしまいますと、私のカルテなどは滅茶苦茶いい加減です。ネットで遊んでいる時間があったらちゃんとカルテをかけとか言われそうですね。しかしながら人一倍多くの仕事をこなす上でついた悪習でもあります。)
ただ模索的な主張が多い理由としては、事実認定の難しさよりも、やはり協力医の問題(協力医自体またはその利用の仕方の問題)なのだと思います。

ところで、記述不足で証明できない時は原告の利益にという弁護士の主張を以前読んだことがありますが、他の業種で解明しにくいことが原告の利益になるような例ってあるのですかね。その手の話が現実になったら(カルテ開示義務化を含む)、それに対する十分なコストをつけない限り、今度はたくさん書かざるを得ない分野からの、撤退が増えるでしょうね。

> No.54 元行政さん

 コメント有り難う御座います。

 協力医探しがテーマになっていたので、提訴前の場面を念頭にNo.38のコメントをしたものであり、判決の場面とはひとまず分けて考えて頂きたいと思います。

 不毛な医事訴訟(客観的には過失がないのに、過失ありと主張して提訴される案件)を抑制するには、医療過誤の被害に遭ったと考えている原告予備軍に、実際は過誤がなかったと分からせる、納得させることが必要です。そのために、第三者的立場の医師が、過失なしとの見解を示してくれることは有益です。ただ、その見解が医学的に正しいことは当然必要ですが、それに加えて、「正しい見解であると原告予備軍に納得させる」に至らないと、訴訟を断念することはありませんよ、ということです。「医学的に正しい見解を与えたのだから、それを理解しないとはけしからん」というのは、一つの考え方として何も間違ってはいないのですけれども、そのような構えだと、現実問題として訴訟抑制という効果は達成できないだろうと思うわけです。

# 一度不信感を持った人間に、それを解消させるのが如何に困難かということはよーく分かりますよ。法律屋って、そんな人の相手をするのが仕事ですから。

 ところで、「医療という専門分野については専門家たる医師の見解が尊重されるべきだ」ということと、「原告(予備軍、代理人)は、トンデモ協力医を排除し、適切な情報を確保すべきだ」ということは、両立するのでしょうか。医師の見解は尊重せよ、でも、トンデモ医師による見解かどうかは見破れ、というのはかなり厳しい要求であるように思うのですが・・・・。

 その上、一般市民からすれば極めて権威のあるように見える大学教授の意見ではダメ、臨床医でも一定の経験を積んでいないとダメ、一人の医師ではなく複数の医師に聞くべし、ただし複数の医師が集まって協議してもクライアントの意向を受けて偏った見解を示すことがある(福島事件等)からそれを見抜くべし、ということになると、一体どうすればよいのかと。いっそのこと、医療界で「トンデモ鑑定医リスト」でも作ってくれれば助かるのですけど。

No.52 L.A.LAW さまの解説に補足です。

> 医療過誤訴訟は、被告医療機関側がよくその主張を変える訴訟

これは裁判における「過失」の立証事項に関わることです。
一般に民法の条文では、どんな時にどういう法的な効果が生じるかという法律上の要件たる事実が、わりあい具体的に書かれていますが、
不法行為(民法709条)では、「<過失>があれば損害賠償すべし」という漠然としたことしか、書いていません。しかし単に「過失がある」と言っても、具体的にどういう出来事があったか無かったかが解らないと、それが悪いことなのかどうかも判断できませんので、
裁判では、<過失と評価される具体的な事実>を主張・立証しなければならないとされています。
例えば、検査で異状を見落として手遅れになったとか、薬の量を間違って与えたとか、手術中に手が滑って別の臓器を切っちゃったとか、いうようなことです。

訴訟の両当事者は、まず全体的な出来事の流れを確認して、具体的に過失と目される事実が何であるか、お互いの言い分が食い違う点がどこにあるかを見極めます(主張、争点整理)。その争点が確定したら、次に、どちらの言い分が正しいかを、証拠でもって立証するという段取りです。
ところが、過失の原因となる具体的な事実はいろいろ想定されますので、争点を絞り込む作業は、実際には結構難しいのです。
「負の戦術」というほどワザとでなくても、意思疎通が不十分ゆえの勘違いというか、原告と被告(と裁判所)の思惑が違っていて、争いがない事実だと思って進めていたら、後で、いやそこも争うんだよ、となることは往々にしてあります。
そうすると、訴訟手続上は「追加主張」ということになってしまいます。
つまり、「過失」を争う訴訟は性質上、追加主張が出やすい訴訟類型であると言えます。

> 患者側の代理人が説明会を求めることがある
> できるだけ早く、医療機関側に主張事実を固めてもらいたい

訴訟でそのような主張・立証のやり直しめいたことが、たびたび起こっては、効率が悪くて困りますし、下手をすれば証拠収集が間に合わず、証拠を出せないままに敗訴してしまいます。
そこで、お互いの勘違いや不意打ち作戦を防ぐために、当事者同士でよく話し合っておけ、ということになるのです。

であるからして、医療機関側は、患者側との話し合いを拒まないでいただきたい。
医療側に代理人弁護士が付いてしまえばそのへんはドライに行きますが、本人(医師、病院)対応では、患者の弁護士が来たというだけで構えてしまって、話し合いにならないことがあります。

------
刑事事件の「過失」も同様に、過失と評価される具体的な事実が問題となります。
福島事件で延々と公判前整理をやっていることについて、弁護側が裁判を長引かせているかのような批判がありましたが、法手続の無理解によるものです。

刑事事件では訴追検察側からAがダメならB、BがダメならC、と次々に過失内容を変えて持ち出されては、弁護側は防御ができませんので、過失の具体的事実を明らかにし争点を確定させることが、民事事件にも増して、重要です(公判前整理を行った以上、公判になってから新たな主張や証拠を持ち出すことには厳しい制限がかかる)。
つまり、弁護側にとって、主戦場は公判前整理にあると言っても過言ではないのです。

> ちょっと荒らしキャラっぽいですか?結構真面目にコメントしているつもりなんですが。討論モードは抑え目にした方がいいですか。(No.55 元行政さま)

「荒らし」とは思いませんが、
モトケン劇場は監督さんの方針で、「相互理解のために」討論しているというスタンスが、演者それぞれ全身からにじみ出るように、やれということなんで。
各人なお一層奮起して、芸を磨くべし。

(ミュージカル風に)
♪マリアナ海溝より深い溝に、私たちが橋をかけよう
 明日の医療のために 手を取り合って〜

-----
> 「医学的に正しい見解を与えたのだから、それを理解しないとはけしからん」というのは、一つの考え方として何も間違ってはいないのですけれども、そのような構えだと、現実問題として訴訟抑制という効果は達成できないだろう(No.60 FFFさま)

求ム、伝道師でカウンセラーな医師。

> 医療界で「トンデモ鑑定医リスト」でも作ってくれれば助かるのですけど

それはさすがに語弊があるので・・・(もしかしたら、裁判所では「コイツには二度と頼まない」リストを作っているかもしれませんが)
この人に頼めと言う「推薦リスト」のほうを、作ってほしいです。


>YUNYUN様

う〜ん・・・。これ私の教わった法医学の教授がおっしゃってた話なんですが、

 当初、臨床医をされていたその教授が、あるとき事件の被害者となった方を患者さんとして診た。で、診察した件に関して法廷で証言を求められたのだけど、弁護士の質問に誘導されて、自分が診察した結果考えたことと正反対の証言を法廷でする羽目になった。それで法医学の重要性を悟り、法医学の道に進んだのだ・・・

 と、講義でおっしゃっていたことがあります(あ、やべ。これ、同じ大学の人ならみんな知ってるかも・・・・(^ ^;)。

 ともあれ、法廷で証言するというのは医者にとって自分の専門領域ですら敷居が高いと言うことなんですね。

 カンファレンス方式のようなやり方であればいいのでしょうが・・・。

No.60 FFFさん

このエントリで紹介されているブログの寺本先生のコメントにあるように、判断に迷うような内容や、諦めさせるための医学的な説明のためには、協力医の利用がより身近になることが望ましいということは、その通りだと思います。
さて、先生はこの協力する医師がもっともらしいことが大事であるということを言われているわけですが、協力医が直接相談者と会う必要があるのでしょうか。当事者でないこと、公平感が強いことが、弁護士の大きなメリットではありませんか。要するに、いかに怪しげな医師であろうとも、知識が正確であれば何の問題もないはずです。一人の誠実そうな医師に全面的に依存(しかも長時間の束縛はできないはずです)するより、とにかく怪しげでも複数打診して、さらに疑問点があればしつこく当たるといったことができる方が、明らかに上でしょう。医師の見解は尊重し、且つ、トンデモ医師による見解かどうか見破ることもできるはずです。
我々は裁判や患者側弁護士に対して不信感をつよく出していますが、判例等の個々の案件の検討で、妥当性に欠いた発言をしていたでしょうか。我々の是々非々の姿勢はしっかり見られたのではないかと思いますがいかがでしょうか。我々が眉を顰めるような発言をする患者側弁護士ならともかく、議論してある程度分かっているはずの先生をして、そんな発想ではかなり前途多難ですね。集団としての患者側弁護士には、改善する必要のあることがあるのではありませんか?

>トンデモ鑑定医リスト

鑑定医は先生の指摘されている問題があるのか名前を明かしていない場合が多いのですかね。逆に名前を明かして鑑定医をやっているような医師からは、テレビに出たがる医者と同じ臭いがします。それで十分除外リストになるような気が。。。

YUNYUN先生、

>裁判所では「コイツには二度と頼まない」リストを作っているかもしれませんが

今はどうか知りませんが、私がそっちに手を染めていたときは、逆に裁判所が鑑定医不足が深刻で困ってたように聞きました。毎回同じ鑑定医しかいないということで、患者側の了解をとった上で、こちら(医療)側にその分野で著名な医師のリストを提出してくれるように頼んでたくらいですから。(無論原告側もそのリストをチェックするんですけど)

裁判官と医師って、合コンでもやれば別ですが、医師が訴えられたときか、裁判官が病気になったときくらいしか出会う機会がなくて、それらのときは互いにそれどころじゃないでしょうしね。

>じじいさん
裁判所は、鑑定医不足に関しては困っているを通り越して、悲鳴を上げている段階なのではないかと思います。

法曹の方々に、無実の医者が、医療過誤訴訟に巻き込まれる無念さを
理解してもらうには、やはり、無実の弁護士が"弁護士被害者"から、
しつこく訴えられるケースをイメージしていただければ、判るのではないか
と思います。
とても、ここではURLを紹介できませんが、
医療過誤訴訟で、弁護士からも詐欺に会い、医師と弁護士から二重の
被害を受けたというような事案で精力的に活動されている方がいます。
そのような類似事案は、弁護士さんたちなら、きっと承知の筈ですよね。

不当な弁護士被害の訴えを、退けることは弁護士さんには、朝飯前で
しょうが、我々にとってはそうではありません。

(確率的にも、医師と弁護士から二重に被害を受けることは、稀なこと
で、同情の余地があるかどうか、不明ですが)

>座位さん

あれこれ検索してみると、医事訴訟と弁護過誤訴訟は1セットの様にも思います。

最も大切なことは何かと言うと、これは医師と同様である。インフォームドコンセントだ。冒頭の事例のように、十分なインフォームドコンセントを欠いた弁護士活動は、医療過誤と同様にクライアントによる厳しい指弾を免れることは出来ない。現在、弁護過誤訴訟を免れ得ているのは、医療過誤訴訟の低勝訴率や弁護士の相互監視(ピアレビュー)が緩いだけのことである。弁護過誤を専門とする弁護士さえいる米国では、勝ち目のある医療訴訟をビハインドに説明しただけで有責の判断をされた弁護士もいる。医療過誤の被害を受けたと人々が集う市民団体のオブザーバーをしていてしばしば耳にする言葉は、「医者が許せない、そしてまた許せないのが弁護士だ」というものである。医師兼弁護士としてはまり込んだ蟻地獄のような困難を当面 三昧していく外ない。
医療訴訟−原告側代理人の風景

チョット、揚げ足取りととられかねない質問ですかね。

>No.64 元行政 さん
>鑑定医は先生の指摘されている問題があるのか名前を明かしていない場合が多いのですかね。逆に名前を明かして鑑定医をやっているような医師からは、テレビに出たがる医者と同じ臭いがします。それで十分除外リストになるような気が。。。

ここのご意見、僕には、さっぱり、判らない、、、独断&偏見ですかね。

鑑定医にしろ、私的鑑定書を書いた医師にしろ、その「鑑定書」・「私的鑑定書」には、それを書いたと、自分の名前を書くのが普通じゃないのですかね。

名難しの権兵衛鑑定書って、あるのですかね。

> 鑑定医は 名前を明かしていない場合が多い

鑑定人になったことを世間に公表しない、との趣旨と思います。
裁判は公開であるものの、よほど興味がある人でなければ傍聴に来ませんから、鑑定を引き受けたことを誰にも言わずに黙っていれば、世間にはあまり知られないでしょう。
逆に、私は鑑定をやっているぞーということを、ことさら宣伝し客を募るような医師は、かえって信頼できないということだと思います。

裁判所が命じた鑑定人が作成する鑑定書はもとより、一方当事者の私的鑑定として提出するものにも、鑑定者の署名・押印があるのが普通です。

> コメントは記名なしの場合と記名ありの場合で相場が分かれており、(No.12 名前は伏せておきます。様)
とのことですが、匿名意見書では証明力はぐっと落ちますので、そういうものでも作って出すかどうかは、訴訟戦術として検討しなければなりません。

>No.70 YUNYUN さん
>鑑定人になったことを世間に公表しない、との趣旨と思います。

そうですね。それなら了解です。

>No.64 元行政 さん

と言う事で宜しいですかね。

>No.67 座位さん

 お話からはずれますが、前に弁護士の業務上のリスクはという問いがありました。正直言って、多すぎるため、答えられないまま来てしまいましたが、弁護士がおそらく弁護士を志す場合に、一番最初に認識するリスクは、刑事弁護の関係で、適正に活動し、むしろ適正に活動した故に検察ににらまれ例えば証拠隠滅で逮捕されることです。

 例えば、安田好弘弁護士が逮捕され、とりあえず、一審無罪となっている例があります。安田弁護士の場合は、直接的に、問題となっている刑事事件ではなく、民事上の相談の関係でのものですが、マスコミにある程度以上、報道されたものであり、一般の人にはわかりやすいでしょう。弁護士の場合、このリスクが念頭にあるため、安田弁護士の個々の事件の対応に賛成か反対かを問わず、大弁護団ができました。

 こういう例は、多いわけではなく、当然、弁護士も常に自覚しているわけではありませんが、少ないわけではありません。

 こんなことを書いたのは、昨年、東京の弁護士が担当している刑事事件の関係で、逮捕・勾留され、少なくとも、弁護士から見れば上記の場合と見られるもので、現在、150人程度の弁護団ができている事件がありますが、その保釈が、ようやく一昨日でました。

 むろん、検察は、正しいことをしていると思って、逮捕・勾留・起訴します。

 医師の皆様は、医療を適正に行っているのに、逮捕・起訴されたという怒りをお持ちですが、上記の弁護士のリスクの場合は、むしろ逆で、適正にすればするほど逮捕・起訴されるということになります。むろん、有罪になった場合は、資格、社会的な制裁は、医師と弁護士でかわりはありません。

 グチもあり、とりとめもありませんが、一応、弁護士もリスクを負っていないわけではないというご説明として書かせていただきます。

No.71 産科医−1さん

YUNYUN先生のコメントの通りです。
というか、この部分は読んだ医師の方がニヤリとしてくれることを期待して書いたところだったんですが。文章の修行が足りませんかね。

No.72 L.A.LAW さん

弁護士が訴えられた時の大弁護団の話は、素人から見るとギルド的、庇いあい的に見えたものですが、こういう説明を受けるとある程度納得できますね。

>No.74 元行政さん
>弁護士が訴えられた時の大弁護団の話は、素人から見るとギルド的、庇いあい的に見えたものですが
元行政さんのコメントを読んで、福島大野病院の逮捕、起訴に関して産科学会や県民医連が声明を出し、全国の産科医からも加藤先生を応援する運動や周産期医療の崩壊をくい止める会の動きを知った一般の方も同じように「医師のかばい合い」、「ギルド的」と見えているのかなと思いました

安田弁護士の話がわからなかったのでぐぐって見ました。
約2100人の弁護団ってすごすぎです。医師にとっての大野病院事件のような事例であるということでしょうか。

Wikipediaから、安田好弘

1980年8月の「新宿西口バス放火事件」、「山梨幼児誘拐殺人事件(2審から参加)」などの有名な死刑求刑事件で弁護を担当し、死刑判決を回避させた。 現在、和歌山カレー事件の林真須美被告(林真須美被告と手紙を交換していた三浦和義が安田に頼み込んだという)やヒューザーの元社長小嶋進など有名な事件を数多く手がける。現在の日本では、このような有名凶悪事件は弁護士経歴に傷がつくことや、メディアバッシング、収益金がほぼ期待できないことから、引き受ける弁護士が少ない為、安田に集中していることが問題視されている。また、安田自身は大手マスコミ、テレビなどの出演依頼はほとんどといっていいほど断るほどマスコミ嫌いで有名。

1995年にはオウム真理教の教祖、麻原彰晃の主任弁護人を担当。しかし公判途中の1998年12月5日、顧問企業の財産隠蔽に関連して強制執行妨害容疑で逮捕され、およそ10ヶ月間拘禁された。これは俗に「安田事件」と呼ばれる。

一審では全国から安田の弁護をしようという弁護人が殺到し、約1200人が弁護人となった。また、かつての敵味方に関わらず、3000人が彼の逮捕に対し抗議デモ行進を行った。日本弁護士連合会やアムネスティなど多くの団体から警察、マスメディアに対し抗議声明が発表された。

2003年12月24日、東京地方裁判所は安田に対して無罪判決を出した(2006年5月現在、2審)。なお2審では、約2100人が弁護人となった。

超大弁護団の話、すごいインパクトです。

逆に、弁護士が全員、弁護拒否(←適切な用語ですか?)をした事案もありますね。
どなたかが、弁護士会を訴えた事件です。全員加盟性の弁護士会を訴えるって無謀ですけど、ある意味、勇敢ですね。この時は、確か司法書士さん達が協力したのでは?、、ちょっと記憶が曖昧でスミマセン

ご存じの方いらっしゃいますか?

>No.76 田舎の消化器外科医さん

>約2100人の弁護団ってすごすぎです。医師にとっての大野病院事件のような事例であるということでしょうか。

いや、意味合いはかなり違うと思います。安田事件(この名称を使わせてもらいますが)は、弁護士が弁護士の業務の不可避のリスクとして考えている範囲ですが、大野病院の事件は、医師の方々は、医師の業務の不可避のリスクとは考えていないと思います。

 刑事弁護活動を適正に行うことにより、逮捕・拘禁されるということは、ある意味、弁護士を志すときに、まず、知るリスクです。むろん、このリスクを望むわけでもないし、日常の業務の中で、それを常に認識しているわけではありません。極端な言い方をすれば高をくくっています。

 しかし、刑事弁護で、逮捕・勾留の危険があっても弁護活動に突き進むか、それを避けるために抑制するかとの選択(理念的なものですが)については、すくなくとも前者を選ぶのが正しい、美であるという価値判断は、少なくとも相当数の弁護士にはあると思います。むろん、実際に個々の弁護士がそれをできるかは全く別問題ですが(私だって、逮捕・勾留なんかされたくないです)、故に、個々の事件の対応においては、異論及び反対があっても、安田弁護士には、約2100名の弁護団が形成されるということになります。

 別の視点から見ると、検察は、こういう場合も(大野病院事件も含みます)、むしろ、正しいことをしていると思って、逮捕・勾留・起訴をしています。

 適正に職務を行ったとはいえ、いやむしろ適正に職務を行ったが故に、逮捕・勾留され、社会的制裁を受けることもあるというのは、社会を維持するために権力がなくてはならない以上、なくすことはできないと思います。それは、たとえば検察の個々が悪意があるとこ善意があるとかいうのとは別のことです。むろん、だからといって、あきらめるのではなく、少しでも減らして行かなくてはならないのですが。

 しかしながら、これを、非法曹の方々に理解してもらうのは、医師が適正に治療をしても、人が死ぬのだということを、非医療機関の人にわかってもらうより大変なのは、間違いありません。

2100名の安田事件はともかく、150人規模の大弁護団のときって、文殊の知恵になるのか、舟が山に登るのかどっちなんでしょうね。

以前、20人の弁護団が小学生の送辞のように、1センテンスずつ交代で読んでるのを見たときは、可愛らしくて傍聴席で笑ってしまいました。

> 2100名の安田事件はともかく、150人規模の大弁護団のときって、文殊の知恵になるのか、舟が山に登るのかどっちなんでしょうね。(No.79 じじい様)

どれだけ大弁護団でも、実働はせいぜい20人くらいですから、山には登れないでしょう。
あとの人たちは名前のみ参加です。
私も別の事件で、大弁護団の「名のみ弁護人」に就任したことがあります。法廷出席は交代で、割り当て1回。弁護人席の後列に座っているだけの、数合わせ要員ね。

それにどんな意味があるかって?
「弁護人」は訴訟の当事者ですから、単なる支援者とは違う、重みがあります。判決書に名前が載りますし。
まさに、インパクトを与えるための、強い支持表明ということです。

-------
> 弁護士が全員、弁護拒否(←適切な用語ですか?)をした事案(No.77 座位さま)

私の記憶だけで、間違っているかもしれませんが、
昔、ある地方の司法書士会が、一人の弁護士を訴えた事件では、原告司法書士会の訴訟代理人の引き受け手が無かったように思います。
単なる弁護過誤ならば、原告を助けて代理人になろうという弁護士は居るでしょうが、その事件は弁護士と司法書士との職域争いだったから。
司法書士の仕事である登記代理事務を、弁護士もやってよいかという問題で、高裁では弁護士もできるという判決が出ました。

No.78 L.A.LAW さん

安田事件(この名称を使わせてもらいますが)は、弁護士が弁護士の業務の不可避のリスクとして考えている範囲ですが、大野病院の事件は、医師の方々は、医師の業務の不可避のリスクとは考えていないと思います。

理論上は回避可能でも、実務上はほぼ回避不能だから、これほど医師の「大部分」が反発しているのですが何か?

>No.81 元田舎医さん

>理論上は回避可能でも、実務上はほぼ回避不能だから、これほど医師の「大部分」が反発しているのですが何か?

書き方が悪かったのかもしれませんが、

>刑事弁護活動を適正に行うことにより、逮捕・拘禁されるということは、ある意味、弁護士を志すときに、まず、知るリスクです。

 弁護士になる時、あるいは、医師になるときに、逮捕・勾留されることをリスクとして考えていたかどうかという違いの趣旨です。弁護士の場合は、それを知りつつ弁護士となっていますが、医師の方々は、逮捕・勾留されるリスクがあるとは思わず医師になられたと思っていたのですが?

> 弁護士になる時、あるいは、医師になるときに、逮捕・勾留されることをリスクとして考えていたかどうかという違いの趣旨です。弁護士の場合は、それを知りつつ弁護士となっていますが、医師の方々は、逮捕・勾留されるリスクがあるとは思わず医師になられたと思っていたのですが?(No.82 L.A.LAW さま)

私の捉え方は、
弁護士は、逮捕・勾留の(実質的な)原因となった「適正な刑事弁護活動」を、自ら求めて行なうという点が違うと思います。
意識的にやっている行為だから、それに伴うリスクも計算のうちです。

一方、医師は、逮捕・勾留の原因となった「患者の悪い結果」を意図的に生ぜしめようとして、治療行為をするわけではありません。だから、治療することによって逮捕・勾留されるリスクは考えていない。

大淀病院の医師の立件が見送られたとのことです。
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/news/20070202k0000m040168000c.html

奈良妊婦死亡:転送先探し難航の末、立件は見送り

病院側は問題発覚直後の会見で、「脳内出血でなく、子癇発作の疑いとした点で判断ミスがあった」と発言。県警は任意で提出されたカルテなどを基に専門家約20人に意見を求めたが、脳内出血と子癇発作は、意識喪失やけいれんなどの症状が似ているため識別が困難との意見が大半を占めた。さらに、遺体が司法解剖されず、法医学的な証拠に乏しい点も捜査を難しくしたとみられる。

>県警は任意で提出されたカルテなどを基に専門家約20人に意見を求めた

このような報道はあまり眼にした記憶がありません。今回は警察に協力した医師が多数いたようですね。警察の相談を受ける立場の医師の意識が変化しているのでしょうか。
あるいは、警察が今までより慎重を期し、多数の医師の見解を求めたということか、自分たちの見解に沿う意見が20人に聞いても得られなかったということか?

>さらに、遺体が司法解剖されず、法医学的な証拠に乏しい点も捜査を難しくしたとみられる。

あいかわらず、毎日は、まるで解剖すれば、過失が立証できたといわんばかりの書き方です。

こんにちは、整形Aです。

ちょっと気になることがあります。

大野病院の産科医師の刑事事件化を見て、今後、鑑定医、協力医、事故調査委員会に入る医師などが、医師に不利な意見を述べなくなる傾向が出てこないでしょうか。
まあ、「庇い合い」と言ってしまえばそれまでですが、自分が書いた鑑定書、意見書が、刑事事件のきっかけになる可能性があるのであれば、大概の医師は「そこまでは意図していなかった」と思うのではないでしょうか。

おそらく大野病院の調査委員会の先生方も今頃は、臍をかんでいるはずです。
調査委員会の医師も、同じ県内で、同じ産科をしている医師だったと思います。
いわば顔見知りです。

「県の意向を汲んで、医師のミスの可能性を指摘した報告書を出した。しかし、それが警察や検察による医師逮捕の理由になってしまった。他の仲間の先生たちからも白い眼で見られている。もう2度と調査委員会になんて入らんぞ」

そんなふうに思っても不思議はありません。

大淀病院の件に関して、意見を求められた医師たちも、ある程度同様の考えを持った可能性があります。
民事事件の協力医、鑑定医も同様です。自分が協力した医療訴訟で医師逮捕がありうるとしたら、自分にその医師の生殺与奪の力が与えられていることに逡巡を覚えないはずがありません。

大野病院の件は、さまざまな意味で、悪影響を及ぼしそうな裁判だと思います。

>大野病院の産科医師の刑事事件化を見て、今後、鑑定医、協力医、
>事故調査委員会に入る医師などが、医師に不利な意見を述べなく
>なる傾向が出てこないでしょうか。

鑑定医、協力医、事故調査委員会での医師の活動には、その活動に馴れていない方が多く参加されています。通常の医師同士の症例検討会や病理報告会では、検討会は、時間を掛けた学術的な真理探究の場であったり、より良い診療をレトロスペクティブに模索する場となります。あるいは、学術的優位性の権威争いや、基礎医学の存在意義を打ち立てるために、結果的に激しい意見衝突となる場合があります。

そうしたノリで、鑑定医、協力医、事故調査委員会で活動し、実際の診療現場の、1 時間の制約や、2 人的物的資源や、3 保険診療制約、4 医療労働環境、5 医療過誤訴訟の実態 といったものを忘れて、コメントしている専門馬鹿が少なくないのではないかと危惧しています。

医者は一般的に世間知らずですから、記者達からマイクを向けられても、忘年会で乾杯の挨拶をするときと同様の警戒心で、言葉を発しますし、鑑定医、協力医、事故調査委員会での発言が、社会的にどのような影響を与えるのかを知らないし、恐らく、いい年のおえらい先生達に忠告する者もいないのではないかと思います。

実際の診療現場で、苦労している臨床家達の現場を知らないと書けば一行で終わりますが、その意味することが果てしなく深いものであることも知らない者は、鑑定や協力医になるべきではないでしょう。

大袈裟に言えば、これまで現場をおろそかにして、同業者を裏切り業績(講演会、講演料、鑑定料など)を上げてきた医者達が裁かれる時が来たという側面があります。

追加発言しとかないと、曲解されますので、、、
過去に、医療事故として、重大な過失(投薬量、症例取り違え、左右誤認識)や、経験不足による治療失敗例、犯罪的な事例が、有ったことは否定しませんし、それらを庇う気持ちは、一切ありません。

こんにちは、整形Aです。

No.86 座位さんのコメント

>鑑定医、協力医、事故調査委員会での医師の活動には、その活動に馴れていない方が多く参加されています。

あまり詳しいわけではないのですが、裁判所からの鑑定依頼などは、各学会に来る事が多いそうです。裁判所だって、誰が詳しいかわからないから、学会に聞くのが一番いいと思うでしょう。
もちろん、学会のえらいさんが、必ずしも実務に通じていない、という問題はあるにせよ、じゃあ、現実的にほかにどのような方法があるかというと、難しいと思います。

>過去に、医療事故として、重大な過失(投薬量、症例取り違え、左右誤認識)や、経験不足による治療失敗例、犯罪的な事例が、有ったことは否定しませんし、それらを庇う気持ちは、一切ありません。

左右取り違え経験者としては、俺は一切庇ってもらえないのか(泣)、ということはとりあえず措きまして、「普通、これはしないよなー」とか、「明らかに医師が悪い」というケースに当たったときに、それを正直に言うとその医師が逮捕されるかも・・・と思ったら、すべての(鑑定にあたる)医師が思った通りに発言できるのだろうか?ということです。


ケースバイケースでしょうね。

報告自体が、社会的制裁(裁判沙汰、処分、マスコミ沙汰)の根拠になっているわけですから、症例検討会のノリで、『こんな治療では駄目だ。オレならもっと上手く治療する(byブラックジャック)』とかの報告に成らないように、あくまで医療水準と現場での診療の物理的制約を考慮して、これまで以上に慎重で実践的な報告をして欲しいと言うことです。

曲解されないように、追加しておきますが、『大半の』鑑定作業や協力医の作業が、多忙の中をおして、ボランテイア精神で、なおかつ正確で妥当な意見を報告されている事は皆さん了承されているものと思います。)

> 大野病院の産科医師の刑事事件化を見て、今後、鑑定医、協力医、事故調査委員会に入る医師などが、医師に不利な意見を述べなくなる傾向が出てこないでしょうか。(No.85 整形Aさま)

医師職に対する根拠のない誹謗中傷になってはいけませんので、法曹の側からは誰も表立って指摘しませんでしたが、そのような懸念が皆の頭をよぎったのは事実です。
そして、その次に来るのは、医師に対する不信感です。医師はお互いに庇い合いをするものだから、医師の意見は当てにならないという偏見が蔓延しないか、と。

こういうことは、実際どうあるかというより、世間からどう思われるかが大きく影響します。
もし医師の中立性が疑われ、専門的意見や裁判鑑定に対する信頼が失われる事態になったら、ひいて医療訴訟の権威にも傷が付き、紛争解決力を失って収拾のつかない事態になるのではないかと、おそれます。医療のことは医師に聞く以外に、知る手だてがないというのに、救いようのない泥沼です。

> 大野病院の件は、さまざまな意味で、悪影響を及ぼしそうな裁判だと思います。
その通りと思います。

No.90 YUNYUN さん

もし医師の中立性が疑われ、専門的意見や裁判鑑定に対する信頼が失われる事態になったら、ひいて医療訴訟の権威にも傷が付き、紛争解決力を失って収拾のつかない事態になるのではないかと、おそれます。医療のことは医師に聞く以外に、知る手だてがないというのに、救いようのない泥沼です。

なるほど、そう来ましたか。
私たち医師の危機意識とは7周り半ぐらいズレていることに早めに気がついて良かったです。

>整形Aさん

大野病院の産科医師の刑事事件化を見て、今後、鑑定医、協力医、事故調査委員会に入る医師などが、医師に不利な意見を述べなくなる傾向が出てこないでしょうか。

医師に有利な意見を述べなければ、医師に不利な意見を述べなくても構わないと思います。

事故調査報告書のあり方は、事故調査委員会で決定するものだとは思いますが、責任の追及を事故調査委員会で行うか、追求までは踏み込まないか、ケース・バイ・ケースだと思います。

No91:田舎医さん

いやぁ。厳しいですね。でもおっしゃるとおりだと思う。
医療が滅びるかもしれないときに(滅びないけど)、しかもそれの一因が今の司法が適切な紛争解決をしていないことにあると、多くの医師が思っているときに、
今後の紛争解決能力に対する危機感なんかは小さい問題に思えるですよ。

杞憂ならいいんですけどね・・・

>元田舎医さん、立木 志摩夫さん

 日本において司法は最終的紛争解決システムであることに間違いないのですよ。
 このブログにおける今までの努力を無駄なことだったとおっしゃっているように聞こえます。

>>管理人さん
日本の医療の「収拾のつかない事態」という言葉に対して、私の思い描いていた状況と、YUNYUNさんの考えていた状況がかなり違っていた、という事実を述べただけです。

> 日本において司法は最終的紛争解決システムであることに間違いないのですよ。

はおっしゃる通りですし、管理人さんがこのような場を提供し続けてくださっていることに対し、感謝しこそすれ、

> このブログにおける今までの努力を無駄なことだったとおっしゃっているように聞こえます。

などとは全く思っていないことも付け加えておきます。

認識の違いを認識することはとてもとても大切です。
その次に踏み出せるかどうかは当事者の気力如何にかかっていますが。

毎度毎度、言葉が足りずにすみません。

 このブログでは、医療側と司法側の相互理解を深めることによって、医療過誤紛争を司法が適正に解決できるようになることを目指していたのではなかったのでしょうか。

 それは、まさしく司法の紛争解決能力に対する危機感だったはずです。

 96は95を読む前に書きました。

 YUNYUN さんは、司法について「収拾のつかない事態」とおっしゃったと理解しています。

>>No.96 管理人さん
> このブログでは、医療側と司法側の相互理解を深めることによって、医療過誤紛争を司法が適正に解決できるようになることを目指していたのではなかったのでしょうか。

前半には無条件に同意しますが、後半は私にはよくわかりません。
もしかしたら私にとって目指していたのは「医療崩壊を少しでも食い止める」だったのかもしれません。
「医療崩壊後の新生日本における、医療事故を適切に判断し、患者側に物心両面で補償し、医療者側に改善を求めるand/or懲戒を下すシステム作りへの礎を築く」だったのかもしれません。

> それは、まさしく司法の紛争解決能力に対する危機感だったはずです。

既に少なくとも医療者側にとっては、そしておそらく患者側にとっても崩壊していると考えていました。
申し訳ありません。

♯今、投稿前の「確認」でNo.97を読みましたが、そのまま投稿させていただきます。

>No.97 管理人さん
> YUNYUN さんは、司法について「収拾のつかない事態」とおっしゃったと理解しています。

どうもそのようですね。
誤読ばかりですみません。

だとしても結論はあまり変わりありませんが。

>No.90 YUNYUN さん
>そして、その次に来るのは、医師に対する不信感です。医師はお互いに庇い合いをするものだから、医師の意見は当てにならないという偏見が蔓延しないか、と。


医師にも色々居ますから、そう悲観したものでもないとは思うのですが(苦笑)


>こういうことは、実際どうあるかというより、世間からどう思われるかが大きく影響します。もし医師の中立性が疑われ、専門的意見や裁判鑑定に対する信頼が失われる事態になったら、ひいて医療訴訟の権威にも傷が付き、紛争解決力を失って収拾のつかない事態になるのではないかと、おそれます。医療のことは医師に聞く以外に、知る手だてがないというのに、救いようのない泥沼です。


中立性、信頼性を、一生懸命守ろうとする人達も,医師の中でも居ると思いますよ。そんな医師たちが,本当はサイレントマジョリティであって、ネットで流れる意見は、ノイジーマイノリティーの意見だと言うことで、語弊はあるかも知れませんが、参考にしとく程度で良いんじゃないでしょうか。僕の意見もそうでしょうが、ネットでの発言は極端な意見が多いと思います。

この極端はまだ仕方ないとして、そのノイジーマイノリティーが、サイレントマジョリティーの情報操作のために、「患者さんの前で手錠をかけた」とかなんとか、故意に偽の情報を流していたとしたら、これは最悪、看過できないですね。

その辺の所は、どうなんでしょうかね。

冷静に、医療変容の進行を見ていると、医療側と法曹側の個々の建設的な意見も、時代の流れに飲み込まれてしまうのではないかと諦観しております。管理人さんやYUNYUNさん達とは異なり、今一つ私などのコメントが、消極的で非建設的、更に言えば、破壊的に見える理由の一つは、より現場に近いということに起因していると思います。

では、僕らがこのwebで、何を求めているかと言えば、最初は微かな希望があって、その裏腹に絶望的な言辞が出ているのだと自覚していました。ところが実際は、微かな希望をも諦めて、『あの時代、確かに医者達は悲鳴と警鐘を投げかけていた』という証拠を残している段階なのだと思います。

実は現場の先生達は、もう疲弊しきっていて、ネットやリアル社会で医療崩壊論議に関して活躍している現役の医師は、小松先生や本田先生やyosyanさん、僻地外科医さん、、など例外的なスーパーマンを除いて、そう多い訳ではありません。

逆に比較的負担の少ない、臨床経験のある基礎医学の先生(リジンさん、きださんetc)や社会人大学院生や、ポスドク、留学中の方々が、この種の発信を代行して応援しているように思えます。

厚生労働省の医政局の一部には、真剣に医療崩壊を解決しようとしている医学部出身の役人さん達もいます。また、医師会勤務医部会や保険医協会などにも積極的で建設的な意見を出している方もおられます。医学部長病院長会議の面々や全国の公立病院の協議会等も発信しています。しかし、彼らの発言は、その母体の政治的利益から離れて行うことはないし、公的発言として公表出来るものにも自ずと限界があります。

僕らの一見なげやりな発言は、こうした公的機関の報告や決意表明とは異なりますが、決してノイジーマイノリティなどではなく、現場の声を一部代表したものと思っています。

ありゃ、モトケンさんそうとられたなら申し訳なし。

もちろん、おっしゃるとおり適切に医療過誤紛争を適正にさばけるようになることを目指しています。
ただそれは僕の場合、適正でない裁きが一因で医療の崩壊がまさにおこりつつあるという認識があるから。根本にこの危機感があります(杞憂ならそれにこしたことはないのですが)。なんとか医療の崩壊を防ぎたい。

逆に言えばその危機感がなければ、ここまで出張ってはきませぬ。

つまり紛争解決能力を維持することは僕にとっては手段なんでしょうね。
もちろん維持されるに越したことはないんでしょうが。
逆に医師がかばい合いと見られて裁判が医療紛争解決能力を失い、多くの患者さんが医療現場から立ち去ったりして社会が立ち行かなくなるということは今の段階では考えにくいような。


>No.100 産科医−1さま

「診療中に逮捕」のネット情報を検索してみました。
診療中 逮捕 のキーワードでググルと、一番古いものは

livedoor PJ news (2006年03月12日09時59分) でした。
http://news.livedoor.com/article/detail/1769286/

また「外来診療中逮捕」と記載のあったものは、
日医白クマ通信 No.401  2006年5月18日(木)
http://www.med.or.jp/shirokuma/no401.html
文責:茨城県医師会常任理事 が最古でした。

m3での検索は、同キーワードでは、これらより新しいものばかりでしたが、とにかくコメント数が膨大なので、全コメントをチェックしたわけではありません。

これらの前に、(悪意ある?)同情報の書き込みは、確認できませんでした。

こんにちは、YUNYUNさん。
整形Aです。

No.90 YUNYUN さんのコメント

>医師職に対する根拠のない誹謗中傷になってはいけませんので、法曹の側からは誰も表立って指摘しませんでしたが、そのような懸念が皆の頭をよぎったのは事実です。

もちろんYUNYUNさんはお分かりと思いますが、先の投稿は、大野病院の事件を刑事事件とした、警察、検察への批判です。
医療事故における報告書や意見書、鑑定書を基に、診療にあたった医師を逮捕することが常態化すると、今後、当然のことながら報告書などを作成する医師が、そのことを意識しないはずがありません。

「明らかにミスがあった。しかしそのことを指摘すると、当事者が逮捕され、刑事罰を課せられる」
そんな状況におかれたら、意見書を書く筆もにぶろうってもんです。
あるいは、「自分はその任にあらず」といって、降りてしまうか・・・。
これは、ミスがあったといっても、医療現場におけるミスはある程度防ぎようのない面があり、そのことがわかっているからこそ生じる悩みです。

>そして、その次に来るのは、医師に対する不信感です。医師はお互いに庇い合いをするものだから、医師の意見は当てにならないという偏見が蔓延しないか、と。

報告書などを作成する医師がいなくなれば、そういう事態も考えられますね。
まさに不信の悪循環です。
事故調査委員会の報告書を基に刑事事件化するという、まさに禁じ手を使った大野病院の事件は、そのきっかけになりうる可能性があります。

> No.104 整形Aさん

 福島事件が「事故調査委員会の報告書を基に刑事事件化」したのか否かは分かりませんが、仮に当該報告書が捜査のとっかかりであったとして、そのことが「まさに禁じ手」ということになるのか、疑問があります。

 まず、調査報告書を刑事事件の資料にしないという法律や約束(検事総長等の捜査責任者によるもの)があったかというと、恐らくないと思います。調査委員会や報告書を作成した医師に証拠の取捨選択等に関する捜査権限があるわけではありませんので、上記の法律や約束がない以上、報告書が刑事事件の資料として用いられること自体は止めようがないものと思われます。

 また、こちらの医師の方々によると、当該報告書は、保険処理のため、クライアントの意向を受けて(或いは察知して)、医学的知見に反する、またはかなり偏った内容になったことが考えられるということです。しかし、この報告書は複数の医師による報告書という体裁をとっており、捜査機関に「保険金を出させる意図などから事実と反する内容になっているかも知れないから、疑ってかかれ」と求めるのは難きを強いているようにも思えます。捜査にあたっては専門家の意見を信用しろということと、中立的な複数の専門家による報告書も鵜呑みにしないで真贋を看破しろということは、どのように両立させればよいのでしょうか。もちろん、報告書を作成した医師自身が「あれは間違いでした」とか「症例研究のノリでレトロな視点から書いたに過ぎません」などと捜査以前から公に表明していたなら別ですが、今のところ、そのような情報には接していません。

 福島事件について、「医師による報告書のウソ、偏りを見抜けなかった捜査機関の責任」を強調することは、結局、複数の専門家による意見ですら疑ってかかれということを意味し、ひいては、過失がなかったとする報告書についても信用性を疑うべきだということになりかねず、かえって混乱を来す可能性がある(過失なしとの報告書があるのに信用してもらえず、捜査が止まらない)ように思いますが、如何でしょうか。

No.105 FFFさん

横レスになります。

多分どこの社会でもあったと思いますし、まだまだ残っているところでもあると思いますが、規則と運用が遊離しているのです。レセプト病名と称して、医療保険で、請求額からの査定減を避けるために、事実ではない病名を書くのは、国立や公立・公的を含めて多くの医療機関で行われているところです。

今回の報告書にしても、派遣もとの教授は、おかしいと指摘したらしいですが、それでは保険金が出ないといわれて黙ったそうです。

課税基準にしても、運用の面が大きく、たたいてもほこりが出ない人は少数ではないでしょうか。

でも、今回のことで、報告書の正確さは、今後かなり高まると思います。あの報告書は、ある意味、保険金を出させて、トラブルをおさめようとしたことが裏目に出たわけで、今後は裏目に出たときにどうなるかを報告者は考えることになります。変なことはしない、正確な事実のみを積み上げるということは基本的戦略になるでしょう。こういうことは、残念ながら、人柱が立ってはじめて動いていくのだなと感じました。

こんにちは、FFFさん。
整形Aです。

時に医師の側の失礼な(?)物言いに対しても、いつも真摯にコメントいただき、感謝申し上げます。

No.105 FFFさんのコメント

> No.104 整形Aさん

> まず、調査報告書を刑事事件の資料にしないという法律や約束(検事総長等の捜査責任者によるもの)があったかというと、恐らくないと思います。調査委員会や報告書を作成した医師に証拠の取捨選択等に関する捜査権限があるわけではありませんので、上記の法律や約束がない以上、報告書が刑事事件の資料として用いられること自体は止めようがないものと思われます。

もちろんそんなものはないと思います。
しかし、おそらく過去にほとんど例がなかった、あるいはあったとしていてもあまり知られていなかったのではないでしょうか。
ですから、報告書を作成する医師たちが刑事事件を意識することはほとんどなかったものと思います。

これは大野病院の事件の報告書に携わった医師たちだけではありません。今まで多くの医療事故の鑑定書、意見書が出されてきたはずです。
それらに関与したほとんどの医師たちが意識していなかったと思います。

そして、おそらく過去、ほとんどの警察もこれを基に立件しようとはしなかった、あるいはできなかったと思います。
もしすべて立件していたら、日本中の病院は前科者だらけになっていたでしょう。
ところが福島県ではそれを立件しました。これを「禁じ手」と言わずして何といいましょう。

以前にどなたかも言っておられたように、ものには色々な見方ができます。
直径と高さが同じ円柱を、上から見れば丸、横から見れば正方形です。
円柱を丸であるといっても、正方形といっても、いずれも間違いではありません。
所詮、報告書、鑑定書、意見書などといってもすべてを明らかにできるものではありません。
これは

>医学的知見に反する、またはかなり偏った内容になった

というより、「こういうふうに見ようと思えば、確かにそう見えなくもない」という程度のことでしかないように思います。
余談ですが、ですから、実務経験のある多くの医師に見てもらったほうがいい、という意見が何度も医師の側から出てくるのです。

>この報告書は複数の医師による報告書という体裁をとっており、捜査機関に「保険金を出させる意図などから事実と反する内容になっているかも知れないから、疑ってかかれ」と求めるのは難きを強いているようにも思えます。

この辺は、なんと表現したらいいのかわかりませんが、FFFさんの考えも、福島県警の考えも、「手順前後」があるような気がします。
最初から「この件は立件してやろう」と考えて、その取っ掛かりとして報告書を利用したと考えるほうが自然のような気がします。
警察がその気になったら、報告書の内容いかんに関わらず立件するでしょう。今回は、報告書の内容が、警察の意図に沿っていただけではありませんか。

>福島事件について、「医師による報告書のウソ、偏りを見抜けなかった捜査機関の責任」を強調することは、結局、複数の専門家による意見ですら疑ってかかれということを意味し、ひいては、過失がなかったとする報告書についても信用性を疑うべきだということになりかねず、かえって混乱を来す可能性がある(過失なしとの報告書があるのに信用してもらえず、捜査が止まらない)ように思いますが、如何でしょうか。

FFFさんは、捜査当局が報告書の「ウソ、偏り」にだまされて、立件したとお考えでしょうか。
僕は、だまされたとも思いませんし、1本の報告書に頼るほどヤワだとも思いません。ただ、何が何でも立件するとしたその意図を批判しているのです。

はじめまして。昨秋からROMしていましたが、初めて投稿します。医師です。
ネタ元は、ssd's Diaryさん

共同通信 2月2日

日航は2日までに、トラブルや事故の原因を正確に把握し再発防止につなげるため、乗客が死亡するような重大事故でもパイロットや整備士らのヒューマンエラー(人為ミス)が原因の場合は、原則的に当事者を懲戒処分にしない制度の導入を決めた。

 会社側と社員の信頼関係を作り、トラブルを迅速、正確に報告してもらい、原因究明を優先することが狙い。欧米の航空会社では一般的な制度だが、日本の公共交通機関で前例はなく、過去の事故の遺族や被害者などからの反発も予想され、今後論議を呼びそうだ。

新制度は2月6日に発表する中期経営計画にも盛り込む。

 米ボーイング社の分析によると、1996年からの10年間に起きた航空事故の原因の7割はヒューマンエラー。再発防止のためには、運航にかかわった人がどんな作業をし、何が起きたかを詳細に把握する必要がある。

法曹の方にお尋ねしたいのですが、現在航空機事故でも、日本では刑事処罰の対象になっているように思っていたのですが、もしそうならば、このように社内でペナルティーを与えないということは、意味があるのでしょうか? 刑事罰がくだったら、社内のペナルティーなしで再び、操縦させることなど厳しいように思いますが・・・
既出でしたらすみません。

No.105 FFFさん

>難きを強いている

確かにどうすればいいんだよというのは一理ありますよね。文章の背景に関しては、詳しいところの判る医師にいちいち判断を仰ぐしか無理かもしれませんね。添付文書の性質しかり、医療関係の文書の性質は、医療関係者でなければ判らないことがたくさんあります。医療文書のそれぞれの性質に関して、それなりに権威のある医療組織が、解説集を作って関係各位に配る必要があるかもしれません。(厚生省とか医師会の仕事だと思います。保険医協会もいいかな)

>No.107 整形Aさん

 横レスですが、

>FFFさんは、捜査当局が報告書の「ウソ、偏り」にだまされて、立件したとお考えでしょうか。僕は、だまされたとも思いませんし、1本の報告書に頼るほどヤワだとも思いません。ただ、何が何でも立件するとしたその意図を批判しているのです。

 No.105 FFFさんの記載は、
>福島事件が「事故調査委員会の報告書を基に刑事事件化」したのか否かは分かりませんが、仮に当該報告書が捜査のとっかかりであったとして、

というように報告書が捜査の端緒であったことが前提だと思います。

捜査が
>何が何でも立件するとしたその意図
を持つには何かが必要です。場合によっては、被害者の訴えの事もありますし、報告書のこともあるでしょう。

 その意図ができた後は、おっしゃるようにそれを裏付ける証拠を探すことになりますが、何もないのに何が何でも立件するという意図はもたないと思います。

No.107 整形Aさん

 No.110 L.A.LAW さんの補足になりますが

>警察がその気になったら、報告書の内容いかんに関わらず立件するでしょう。今回は、報告書の内容が、警察の意図に沿っていただけではありませんか。

 警察は人が死ねば刑事立件の可能性を探るとは言えますが、やはり「その気になる」に足る材料が必要です。

 私が、問題の報告書を読んだ印象でありますが、今回の報告書が刑事立件のきっかけ、とっかかり、手がかりまたは根拠になった可能性は十分あると感じています。

 逆に言えば、報告書の表現等が別のものであったなら、警察のやる気が相当減殺された可能性もあるということです。

 捜査というものは、ある方向に向けて勢いがついてしまいますとなかなかその流れを止められないところがありますが、そこをきちんと舵取りをして場合によって撤退すべきときには勇気をもって撤退するというのが検察の役割(山登りのリーダーと同じ)だと思っていますが、福島地検は未だに脇目も振らずに検察の常識も無視して突っ走っているように見えます。

こんにちは、L.A.LAWさん。
整形Aです。

No.110 L.A.LAW さんのコメント

> 横レスですが、

横レスでも、縦レスでも、コメントいただければうれしいです。

> No.105 FFFさんの記載は、
>>福島事件が「事故調査委員会の報告書を基に刑事事件化」したのか否かは分かりませんが、仮に当該報告書が捜査のとっかかりであったとして、
>
>というように報告書が捜査の端緒であったことが前提だと思います。

はい。事件の当初、検察のコメントで「報告書によって初めて事件の存在を知った」といったことがあったように記憶しています。後に福島県立医大の佐藤教授はインタビューで、「遺族の警察への働きかけはなかった」といった主旨の発言をされていますから、先のコメントは額面どおり受け取っていいと思います。

しかし、警察や検察が事件を知るきっかけは、報告書だけではありません。知ろうとすればいくらでもあります。
友人の警察医が言っていましたが、警察には、医療ミスによって人が死んだんじゃないかという情報が山ほど寄せられるそうです。そのほとんどは、医者にかかっていて亡くなった患者の家族からによるものだと思いますが、まあ、病院で人が死ぬのは当たり前で、日々日常のことです。

あるいは医療事故における民事訴訟の多くで意見書や鑑定書が出されているはずで、それらを見ていけば医療ミスによって患者がなくなったと思われるケースはいくらでも発見できるでしょう。

それらすべてを警察が「事件」として捜査し、立件するのは途方もない作業で、なおかつそれが意味あることなのか?
そこで働くのが、モトケンさんが以前に述べておられた「権抑性」(だったかな?)であろうかと思います。

僕が「何が何でも立件するとしたその意図」と表現したのは、権抑性をかなぐり捨てて立件した今回の警察・検察の態度です。
確かに事件を知ったのは報告書からでしょうが、おそらく過去に報告書の内容を捉えて立件しようとしたことはあまり例がないことだったのではありませんか。

これはある意味、「先例にとらわれない」「斬新的」「意欲的」な試みでありました。事実、県警内部ではありましたが、表彰モノの仕事となりました。
しかし、逆に表現するなら、「勇み足」「前のめり」「やりすぎ」でもあり、この辺は賛否両論でるはずです。

僕が思うのは、警察・検察はすでに「やる気満々」であったのではないか?という点です。やる気満々だったので、あの報告書を見たときにすぐに飛びついたのです。
犯罪に例えて言うなら、「目の前にナイフがあったので、それで突発的に殺意が芽生えて人を殺した」というより、「すでに殺意があったところに、たまたまナイフがあったのでそれで実行した」といった感じでしょうか。
このあたりを、「手順前後」と表現したのですが、うまく意を伝えられなくて、申しわけありません。

>No.112 整形Aさん
>このあたりを、「手順前後」と表現したのですが、うまく意を伝えられなくて、申しわけありません。

いえ。私こそうまく伝えられなくてすいません。

>僕が思うのは、警察・検察はすでに「やる気満々」であったのではないか?という点です。やる気満々だったので、あの報告書を見たときにすぐに飛びついたのです。

 私が言うのは(モトケンさんも同じかと思いますが)、「やる気満々」になる理由があるはずだ。それが報告書の可能性もあるということです。

 たぶん、認識の違いは、整形Aさんは、極端に言えば何の理由もなくても警察・検察が一つの事案について、「やる気満々」になることがあると考えられているようですが、それは、私の認識からすると考えられないことなのです。やはり、極端な言い方をすれば、警察も、検察もそれほど暇ではないということです。
 
 整形Aさん等、医療関係者からみれば、この事案が重要な事件であることはわかりますが、この事案の事実(犯罪としてではなく)を知ったときの警察・検察からすれば、それこそ無数にある犯罪かどうかもわからない事案の一つにすぎません。

 別にしゃかりきになる理由もありません。犯罪として有罪にできる可能性が見えなければ、ほっておいたと思います。

 

 

 


現時点での鑑定の問題点はトンデモ判決になるようなトンデモ鑑定医や協力医(マスコミで活躍するような目立ちたがり屋の医師か基礎研究中心の臨床経験の少ない教授など)のみが活躍し、それ以外の普通の臨床経験のある医師はむしろ鑑定医になることを尻込みしているという状況なのです。

まず、今回の大野事件で日本医師会や日本産婦人科学会や日本医学会が逮捕の不当性に声明を出したように、医師会や各学会が今後鑑定医や協力医になる医師に対し、慎重な鑑定をするようにと勧告するところから始めるべきです。慎重と言うのは以前議論になったような救急や夜間、専門性、あるいは健診での胸部レントゲンの見落としなどで議論になったように数百枚の中から異常を見つけ出すのか、あるいは一枚のレントゲン写真を診断するのかといったその特定の医療行為の状況をよく加味して考えるようにということです。医師会や学会が主導になり医師が安心して医療に臨めるようにしなければ医師は逃散するしかありません。非医療者からは理解されにくいかもしれませんが、医師が納得できるような鑑定が行われなければ、その領域から医師が逃げるのは必然なのです。

しかしながら、そうすることによって鑑定医や協力医となる医師がさらに減ることが予想されます。この時点であらためて医師会やそれぞれの学会が選出した鑑定医による第三者機関を設立する方向に進めるのが良いと考えます。もちろん法曹も含めて議論し、JBMといえるような医学体系を作る必要があります。将来的には誰もが納得できるような医学→科学→論理へと結び付けていかなければならないと思います。

要するに言いたいことは、鑑定医や協力医を増やす努力と同時に、トンデモ鑑定医や協力医をなくす努力を同時に進めなければならないということです。

No.100 産科医−1 さん

>そのノイジーマイノリティーが、サイレントマジョリティーの情報操作のために、「患者さんの前で手錠をかけた」とかなんとか、故意に偽の情報を流していたとしたら、これは最悪、看過できないですね。

産科医-1さんのこの表現も一種の情報操作なのでしょうね。
確かに「故意」でこのような事を行なっているのあれば問題ですよ。
だけど故意であることを疑わせるような具体的な箇所も示さないまま、産科医-1さんのいう「ノイジーマイノリティー」が悪質な行為をしているとにおわせているだけ。

産科医-1さんが大野病院の医療事故で、「通常の予定帝王切開以上のリスクが児にあることを説明しないまま、小児科医がいない事を問題視している」のも、故意でないにしろ、あんまり看過できることじゃないですがね。

P R

ブログタイムズ

このエントリのコメント