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コメント(327)

 やぶ医者より下手くそな医者として「どて医者」という言葉を聞いた覚えがある。
 その心は、藪はまだ向こう側が少しは見えるが、土手は全然見えない、ということだった。
 つまり、医者には推察や洞察といった見通しが求められるが、その能力が乏しいまたは無い医者がいるということだと思う。

 その意味で言えば、「やぶ法曹」、「土手法曹」もいる。

「やぶ経営者」、「土手経営者」なんて、掃いて捨てきれないほどいると思います。「やぶ政治家」、「土手政治家」といい勝負だったりして。

さらに下がいたとは
ハンドルを間違えたかも・・・

 そろそろ煮詰まってきたかな、と思っていたら、

 これまで続けてきてよかったな、と思うコメントが増えてきたような気もして

 企画をひとつ思いついた。

 あとでお披露目(^^)

魔夜峰央氏が「パタリロ!」江戸時代版の中で
「土手より酷いヒモ医者」というのを書かれていましたね。

その心は 「ものがヒモなだけにかかったら命に係わる」(^^;

「パタリロ!」、「ガステレビ」とかのねた、懐かしいなぁ・・・

前から疑問に思っていることがある。
でも、誰に訊いて良いのか判らないし、不謹慎だと叱られる恐れもある。
せっかくこのようなエントリが出来たのだから、ここでつぶやいてしまおう。

電車の中や飛行機の通路で勝手に転んで怪我をしても、JRやJALが責任を問われたりするんだろうか。電車の中や飛行機の通路でインフルエンザに感染しても、JRやJALが責任を問われたりするんだろうか。

病院だと、院内での転倒事故は病院の責任を問われる。病院だと、院内感染があれば病院の責任を問われる。確かに弱者を抱える病院の責任は重いとは思う。だったら金をかけて、抜本的な対策が可能なシステムにして欲しい。

病室は全て個室、患者1人にいつでも看護師か介護士が付き、スタッフが病気になれば休めるだけの補充要員を確保しておく。このような体制なら、転倒転落事故も院内感染も大幅に減少することだろう。

薮医者で検索してみたら…

単なる独り言ですが、「トンデモ」という言葉を使用禁止にしたらいかがでしょう。
どうも、個々のコメンテーターが描く「トンデモ」の解釈がそれぞれ異なっているように見えるのです。

bambooさん

一般市民は病院をヴァルハラかガンダーラのように考えているのかもしれません。
だから、院内の出来事に対して神懸り的な責任を求めるのかも。

"そこにいけばどんな病も 治るというよ"(不謹慎失礼)

そのうち本当にガンダーラになってしまうかもしれませんが。

"どうしたら行けるのだろう  教えて欲しい"(不謹慎失礼)

高田馬場駅、福島(環)駅、大阪市営交通天王寺駅で視覚障害者転落事故が訴訟になっていますが、和解しているはず。
あと、阪神青木駅で特急列車が通過した際に乗客(幼児)が転倒した事故がありましたが、結果は忘れました。請求認容だった記憶があるのですが、ハッキリしません。

故 桂枝雀の落語に登場したヤブ医者シリーズ

タケノコ医者 … これからヤブにならんとする医者
雀医者 … これからヤブに飛んでいこうとする医者

こういう事を言うと双方から怒られるのでしょうが、医療界の方々はは性善説に基づいて人間を捉えているのに対し、法曹界の方々は性悪説に基づいて人間を捉えているようですね。例えば、弁護士の方々は「悪意を持つ弁護士もいるに違いないので、あらかじめ対処策を考えよう」としているように感じ取れます。


>モトケンさん

そろそろ煮詰まってきたかな

むしろ、ようやくスタート地点に立ったように思います。

> こういう事を言うと双方から怒られるのでしょうが、
> 法曹界の方々は性悪説に基づいて人間を捉えているようですね。(No.11 しま様)

法曹は怒りませんよ。性悪説が当然であって、そのことが悪いとは全然思っていないから。
人間の本性は、(道徳的に)弱いもの。
法の支配を求める理由は、取りも直さず、人の支配を信じていないからです。

「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する。」(ジョン・エメリック・アクトン)

それは、法曹が人間嫌いであるという意味ではありません。
心弱き者同士が、揉め事を起こさずに、この社会の中で何とか折り合って暮らしてゆける方法を見い出したいと願うのは、人間を愛すればこそではありませんか?

>No.11 しまさん

なるほどですね。仕事の内容がそうさせるのでしょうね。法曹の方、特に検察と弁護士の方の仕事は、原則として他人との戦いでしょう。医者の仕事はいわば天災との戦いであり、人を助ける戦いです。弁護士の方の仕事も人を助ける戦いでしょうが、その戦いに勝てば同時に敗者が生み出される戦いでしょう。医者の戦いは、成功すればそれを恨む人は原則としては存在しません。

なんかアタリマエのことを浅はかに書いているようで、つまらなかったらすみません。

とてもとても参加できないので、読んでばかりいますが
このところの議論が方向性を持ってきたようにも思えて楽しみです。
ポチっとだけはせっせとしております。
No.11 しま さん 
『スタート地点』からのこれからを、わくわくどきどきしながら待っています。
よろしくお願いいたします。

周防監督が対談で、こんなことをいってました。
ttp://www.1101.com/suo/2007-02-14.html

元田舎医先生、寂しいからまた遊んでおくれよ〜(T_T)

全くオフトピになるのでこちらに書きます。

麻薬アンプル30本盗難、国立病院の医師を逮捕

単にこの医師個人の問題なのか、国立循環器病センターの勤務体制の問題なのか・・・

カーター君がはまったのもフェンタネストだったよなぁ・・・。

ただ、ちょっとだけ気持ちは分かります。私もひどい睡眠障害ありますんで・・・。
国循の麻酔科なら臨時手術・緊急手術の嵐でしょうから、睡眠障害になるのも
当然でしょう。
でも、自宅にいるときはいつ呼ばれるか分からないから眠剤使えない・・・。
(じゃあ、何故フェンタ使えるんだ?w)

No.11 しまさんのコメント
> 医療界の方々はは性善説に基づいて人間を捉えているのに対し、法曹界の方々は性悪説に基づいて

逆だと思ってました。
「運用でカバー」という言葉に対して、
法曹界の方は「適切な処理・望ましい処理」をイメージするのに対して、
医療界の方は「恣意的な処理・不完全な処理」をイメージする、みたいな感触が……

法曹の方は、普通の人間の判断力とか良識とかを、よいほうに見積もりすぎじゃないのかなぁ、と思ってます。

 司法は制度自体が相矛盾する理念の上に構築されている。

 司法は常に相矛盾する価値観のバランスを取ろうとしている。

 バランスが取れた結論を保障するものではないが。

医者は最終的には負ける戦を戦っているんですね。
大体平均すると1学年100数十万人のうち8000人が医者になるとすると、平均して200人くらいの死を見取ることになりますかね。

 医療側が勝訴した判例の判決文も読んでみたいので、紹介していただけますと幸いです。

>通行人A様

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0010?action_id=first&hanreiSrchKbn=01

 こちらのページで適当に裁判署名、期間を入れ、
「損害賠償」で検索するとかなりの数の医療関係訴訟にヒットします(東京地裁がお薦め)。

 当然原告敗訴も多いですし、中には首をかしげるようなものもあります。

上の性善説、性悪説を見ていて、医療と社会制度についてちょっと思ったこと。

アメリカ型医療というのは、これは文句なく資本主義制度に基づく医療だと思います。
これに対し国民皆保険制度というのは本来社会主義制度に基づく医療です。で、イギリス型の資本主義、社会主義折衷型国民皆保険制度と異なり(最低限の医療(NHS)を保証し、それ以上のアメニティ部分に関してはプライベートホスピタル受診とする)、日本型国民皆保険制度は完全な社会主義的医療だと思います。

 国民皆保険制度においては(現実はどうであるかはともかく)、すべての医療機関に於いて提供される医療の質は同等であるという前提条件がつきます。その前提条件があるから大学病院であろうと、田舎の中小病院であろうと支払われる医療費が同じなわけです。この場合、受益者たる患者サイドには本来医療機関選択の自由がないのが当然です。というか、どの病院を受診しても同じだから、自由があってもなくても同じなわけですね(現実的にはあり得ないことなのですが)。

 日本は社会制度としては自由主義・資本主義を取っていますから、患者サイドは自由に医療機関を選択できますが、それでも何とかこの制度が維持できたのは、これは受益者性善説に乗っ取って、「常識的に風邪ぐらいで大学病院にかからないだろう、近くの病院・医院を受診するだろう」という発想が根底にあるわけです。

 これを歪めたのが、交通機関(特に自家用車)の発達、コンビニエンスストアの出現、近年の病院ランキング本だと思います。自家用車がほぼ存在しなかった昭和23年頃には夜具合が悪いから、と言う状況でも近くの病院医院を受診するしかなかったわけです。そこで夜間・休日、地域のどこにも医者がいなければ困るということで「医師法第19条:医師の応召義務」が生まれたのだと思います。一つの病院・医院のカバーする患者数は当時、決して多いものではなかったはずですから、休日夜間に呼ばれることはそう滅多にあることじゃなく、だからこそ対応できたのでしょう。
  病院ランキング本に至っては論外で、これは国民皆保険制度になじまない物件です。つまり、どの病院・医院でも同質の医療を受けれるという前提条件をたたき壊すものなのですから。

 医師法成立から60年、国民皆保険制度から50年。現在の医療崩壊問題は制度疲労によるものなのでしょうね。患者も医療者も資本主義に目覚めてしまったわけですから。

 ちょっと思案の練りコミが足りませんが、思いつきレベルで語ってみました。

やっぱ小中学校での教育も大事なのかも。

● 人生には誰が悪いわけでもない理不尽な不幸というものが存在すること。

● やってしまったら取り返しのつかないことが存在すること。

この二つかなぁ。
そこを押さえた上で、人は必ず死に、医療は不確実で最終的には負け戦であることをどっかで教えておかねばなと。

★★
町の最安値の定食屋と同じ値段で、最高級三ツ星レストランで好きなだけ食事が出来る。ちょっと気に食わなかったり、たくさん使われる食材や調理法を余すことなくコックが説明し、その内容も記載しておかなければならない。ソムリエの説明じゃダメ。調理場の裏でお客様がきづかないようなちょっとした不手際があっても、何百万も賠償しなければならない。

閉店後に腹をすかせた客がやってきたら、万全の体制で客の望む料理を速やかに作らなければならない。金を払わない客にも何時でも提供しなければならない。

国の指導で、最安値の値段をさらに安くしろといわれている。マスコミも国民も、市場原理を取り入れれば安くなるはずだと固く信じている.
★★

こんな状況ですからね、日本の医療は。
市場原理で再構築すべきなんでしょう。患者が資本主義での対応を望んでいるわけですから。

日本国民は、勝ち取った民主主義ではないので、有権者としての義務を果たさず文句だけいっています。何もしないで無条件にお上から与えられるものだと勘違いしています。義務と権利が表裏一体であると自身の命をもって実感するまで、この国民性は治らないでしょう。

いつも心温まる内容の「産婦人科残酷物語 �」というブログに、こんな記載がありました。内容はごらんいただければわかりますが↓、現場は大混乱ですね。

http://ameblo.jp/sanfujinka/entry-10025994855.html

福島事件以前と以降では、現場の雰囲気が変わった様子がわかります。これは、私の実感とも一致するところでして、いったいどうすればよいのかと、ため息の毎日です(少し大げさですが)。

実際に司法解剖になったのか、もしそうであれば鑑定処分許可状の容疑や被疑者の記載はどうなっていたのかとか、いろいろ考えるところではあります。

他人の心配ばかりしている余裕はないのですがね。

民事の裁判所の判断は8割がた正しいのだそうな。
しかしちょっと待てよ、これは推定危険率0.2で判断しているということなのかな。
自然科学や統計学をちょっとかじったものなら、これがいかに不合理であるか実感できると思う。通常医学では確実にものをいうにはP<0.05であり、これとて他の自然科学から見たら、大甘のはず。
P=0.2ということは、判例を2つか3つ踏襲すれば、容易に風が吹けば桶屋が儲かる議論になりさがる。トンデモ判決も許容範囲ということなのかな。

管理人さま、このエントリありがとうございます。普段ROM専の者です。

 これまでは医療崩壊と言えば、マスメディアや司法がその原因かなと思っていましたが、最近は、国民全体の医療へのスタンスの問題なのかなと思っています。
 今、少しインフルエンザが流行ってきましたので、病棟への不要不急の面会はお断りしているのですが、何度説明しても子どもさんを病棟へ連れて来る家族が多くいます。実は2年前も、面会の方から病棟内でインフルエンザが流行し、対応に難渋した事があるので、ナーバスになっているのですが、全然無視ですね。もしも、病棟内でインフルエンザが流行れば、誰も責任はとってくれないし、高齢者の多い病棟では最悪、死人もでますが、本当に自分勝手な人が増えて、つらいです。
 トンデモ判決がトンデモ国民を助長するのか、トンデモ国民がトンデモ判決を誘発するのか、最近は後者だと思えるのです。独り言失礼しました。

>最近は、国民全体の医療へのスタンスの問題

私もそう思います。 物心ついたときはすでに国民皆保険の元、医療の恩恵にあずかってきた人たちが、国民の大勢をしめるようになってきた。よって、その国民皆保険のおかげで、医療が当たり前になりすぎて、医療のありがたさを国民が忘れていったのでしょう

「孝行したい時には親はなし」の境地か・・・・・・

「医療に感謝したいときには医療はなし」 となろうとしているのが、今の問題。

みんなあっっ!! 気が付いてくれえ・・・

私の心のつぶやきではなく心の叫びでした。

> 民事の裁判所の判断は8割がた正しいのだそうな(No.27 うらぶれ内科さま)

その数値のソースは?
上訴が棄却され第一審判決が維持される件数、なんてのはナシですよ。

民事訴訟は弁論主義を採りますから、当事者が主張・立証して裁判所に顕出した資料のみに基づいて判決がなされ、裁判上の真実は、歴史的真実とは必ずしも一致しません。
また、事実に関する主張・証拠の提出は、事実審(高等裁判所以下の裁判所)の口頭弁論終結時まで、とされますから、
控訴審で新たな証拠を出したために判決が覆ったという場合は、第一審の判断が誤っていたことにはなりません。

従って、「裁判が正しかったかどうか」は、各審級における口頭弁論終結時に裁判所の手にあった訴訟資料を再検討して、それを基に裁判所としては本来いかなる判決をなすべきであったかという観点からしか、評価のしようがありません。
そのような精密な検証作業を、統計的数値がとれるほどの規模で行った研究があるのでしょうか?

私としては、その言葉の「8割」という数値自体にさしたる意味はなく、
・裁判官も完全無欠ではなく、時には間違うことがある
という趣旨ではないかと思います。

 No.22 僻地外科医さん、ありがとうございました。
 さっそくいくつかみてみたのですが、医療側勝訴例を含めて眺めてみると訴訟の理由はなんでもありといった状況であることが分かりました。想像以上でした。どこにも安全地帯はないことを改めて認識しました。

司法不信司法不信って言うけれど、それって何か、問題が起きるんでしょうかしら。

医療不信は訴訟増加、弁護不信もどうやら同様。
じゃあ、司法不信は裁判官への訴訟が増えるのかしら……?

>jackさん

防衛医療とかJBM(Judgement-Based Medicine)が蔓延するでしょう
とゆーかもう 標準化してますがな

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2002dir/n2487dir/n2487_02.htm

>いのげ様
いえ、それで、「司法」そのものは別に困らないよなーという意図でした。
医療不信は「医療」そのものが困るのに、と、ふと思っただけです(^^;)

軽く問題提起してみます

以下の事例は科学的スタンダードなのか、社会的スタンダードなのか

1.風邪に抗生物質を投与する
2.傷口に消毒を行う
3.低脊髄圧症候群にブラッドパッチを施す

>35
社会からの影響もありますが 3つとも
科学としても合意形成には至っていないケース
だと思います
こんとろばーさる

>しま様
3は専門外なので知りません。
1,2は科学的には無意味な行為だと思います。社会的にもすでにスタンダードとも言えない状況になっています。

No.30 YUNYUN さん

ソースは医療崩壊を考え、語り合うエントリー(その11)のNo.125 地方弁護士さんのコメントです。でもよく見ると「あえて数字で示せば」とおっしゃってますね。でもこれが法曹家の実感なのだろうと思いますよ。YUNYUNさんはどの程度の感触をお持ちですか。私は多数の法曹家の実感の平均値を採用したいと思います。

>私としては、その言葉の「8割」という数値自体にさしたる意味はなく、
・裁判官も完全無欠ではなく、時には間違うことがある
という趣旨ではないかと思います。

これはもっと問題であろうと思います。被告側は負ければ国家権力を発動され、財産を没収されてしまうのですから。同じ負けでもP=0.05とP=0.2ではまるで理不尽さを感ずる程度が異なるということです。

結局、裁判の結果の真偽判定なんてできないということならば、後は大数の法則に従うことしかないはずですが、どうも法曹家は失礼ながらこの辺の視点が欠落しているように思えて仕方がないのです。同じ法律で同じ事件を裁いても裁判官によって結論が違うなどとは到底受け入れがたい話で、せめて95%の裁判官は同じ結論になる、というくらいの推論はしてほしいと感ずるわけです。

No.26 某救急医さん

「産婦人科残酷物語 �」 読みました。
http://ameblo.jp/sanfujinka/entry-10025994855.html

涙が出てきました。

コメントでどなたか、
日経メディカル2007年2月号P.131-133 
「異状死基準で注目の判断」 田邊昇  が紹介されていました。

高裁で 医師が「死体の外表に異状を認めた場合」のみを「異状死」と定義しており
とのことです。

>No.38 うらぶれ内科さん
>ソースは医療崩壊を考え、語り合うエントリー(その11)のNo.125 地方弁護士さんのコメントです。でもよく見ると「あえて数字で示せば」とおっしゃってますね。でもこれが法曹家の実感なのだろうと思いますよ。YUNYUNさんはどの程度の感触をお持ちですか。私は多数の法曹家の実感の平均値を採用したいと思います。

ずれた話しとなるかもしれませんが、おそらく、突き詰めていくと「民事の裁判所の判断は8割がた正しい」と、弁護士が使う場合、普通の人とは違った意味で使っているのではないかと思います。

 つまり、弁護士は、真実はなにかはわかりません。基本的には当事者の言う事実を主張します。で、判決であれば、おおざっぱに言えば、どちらかが勝ち、どちらかが負けです。

 では、ここで例えば8割という数字が出てくるのはなぜかというと、それは、弁護士は常に、当事者の側からだけではなく、法廷に出された証拠を(当事者の立場からだけでなく)裁判官の立場でも見ています。したがって、訴訟の最終段階であれば、自分なりに事実認定しています。で、8割という数字は、自分の認定と裁判官の認定が一致する確率を言っているのではないかと思いますが、他の弁護士の皆様、どうでしょうか。


No.40 L.A.LAW さん

真偽がわからない以上、各個人がいかにして数字を出したかをと打てもあまり意味がありません。back-ground noiseにすぎないと思います。

私は多数の法曹家に、誤判率をどのくらいと考えるかアンケートをとったら面白いと思います。ちゃんと正規分布していると仮定して、P<0.05であるならば、私ならばどの裁判の結果にも無条件に服従するでしょう。P>0.2であるならば裁判はかぜがふけば桶屋が儲かる程度の推論に過ぎず、トンでも判決だと大騒ぎすることが多くなります。もし正規分布しないなら、これはもう何をかいわんや、裁判なんて信じません。

裁判所の誤判率について。

> 8割という数字は、自分の認定と裁判官の認定が一致する確率を言っているのではないか(No.40 L.A.LAW さま)

それだと、もっと低くて、7割くらいでは?
つまり、一般民事事件の原告勝訴率と同程度。

弁護士は依頼者から詳しく話を聞いていますから、弁護士の心証としては、依頼者のほうが正しいと信じるものの(自分の依頼者を贔屓したい気持ちが手伝っているかもしれません)、
裁判所を納得させるだけの証拠を用意できないケースは、往々にしてあります。
契約書のような紙に書いた証拠がなく、原告被告本人がそれぞれ法廷で証言して、どちらが信用できるかで決めるしかない場合など。
弁護士がどんなに自分の依頼者を信じても、裁判所を納得させるだけの確実な証拠を提出できなければ、裁判では敗訴しても仕方がありません。
そういうのは、「誤判」とは言いません。

裁判所がどういう判決を出すか、「勝てそうか、負けそうか、五分五分か」くらいのおおざっぱなは予測は、弁護士なら9割以上の確率で、できるでしょう。
証拠が弱い事件で、訴訟を提起してみたけれど、裁判官の心証もやっぱりはかばかしくなさそうなときは、判決を避けて和解による解決に持ち込んだりもします。
和解では「誤判」ということは生じません。

厳密な意味での誤判、すなわち「提出された証拠からみて、裁判所はそのような判決をすべきでなかった」という事件は、
私の印象では(あくまで印象に過ぎませんが)、0.01%以下と思っています。
自分の事件で言うと、ここ10年間で2件、弁護士として絶対に裁判所の判断がおかしいと思う判決を受けたことがありました。(刑事事件と行政事件であり、一般民事ではありません。)

No.42 YUNYUN さん

>私の印象では(あくまで印象に過ぎませんが)、0.01%以下と思っています

そうすると、上級審で判決が覆る率も0.01%以下ですか?
もちろん上級審が正しいといっているわけではありません。判決が異なった場合、どっちかが間違えているわけですから。

>No.41 うらぶれ内科さん

 信じる信じないですむ話ならいいのですが、

 裁判には強制力が伴います。

 なお、私の裁判所の誤判率についての印象はYUNYUN さんと似たようなものです。

>No.43 うらぶれ内科さん

 一審と二審の判断が異なる場合について、どっちかが間違えているだけとは限らないことはすでに説明があったと思いますが。

No.45 モトケンさん

なるほど一筋縄ではいかないですね。
もともと多次元にわたるアナログ的な話ですから、どう割り振るかという問題が生じますね。

連投恐縮です。
ここにきてどうも私の頭が混乱してきたようで。誤判率という言葉は使うべきではありませんでした。0.01%という数字はほとんどぶれがないはずですので。

問題を次のように考えます。
いま、ひとつの裁判に多数の裁判官が参加したとします。そして、各裁判官同士はお互いにやり取りを禁止したとします。このとき、裁判官の結論が大筋において一致する確立はどの程度なのでしょうか。法曹家の方はどの程度に推測されますか?

もし不一致率が0.01%以下ならば、判決にほとんどぶれはないことになり、裁判官を非難するのは筋違いでしょうね。裁判といっても、医療が確立の問題であるのと同様、結局は確率の問題ですから、われわれは黙ってその判断を受け入れるべきです。

>No.47 うらぶれ内科さん

 司法には立証責任という概念があるんですよ。
 真偽不明の場合に一方当事者が不利益に事実認定される負担という意味で、もう少しわかりやすくいうと、ある事実があるかないか不明な場合にはないと扱われてしまうということです。

 しかし医療は違うでしょう。
 がんがあるかないかわからないときに、ないとみなしていいというわけにはいかないでしょうから。
 あると思って手術したなかったとなった場合でも、あるという判断が軽率だったらやはり責任を問われると思います。

No.48 モトケンさん

ちょっと趣旨が違うのではないかと思います。裁判の過程でなく、裁判官の判断の信頼性を問題にしているのです。

> 裁判官の結論が大筋において一致する確立はどの程度なのでしょうか(No.47 うらぶれ内科さま)

モトケンさま、誤解と思います。
うらぶれ内科さまのご質問は、
・全く同じ訴訟資料(主張&証拠)を与えて審理判断させると仮定して、裁判官100人のうち、どれくらいの割合で意見が一致するか
つまり、個々の裁判官による法解釈や事実認定の自由度(自由心証の幅)を知りたいという意味だと思います。

私が「弁護士は判決の方向性を9割以上の確率で予想できる」と言ったのは(No.42)、担当裁判官が誰になるかにかかわらず、という意味です。つまり、裁判官の個性による差異はあまりないという前提で、考えているのです。
私が思うに、裁判官の意見が一致する割合は90%、いや95%と言ってよいかもしれません。
日本の裁判官はキャリアシステムが主で、均質な人材が集まっているから、とっぴな判断は出にくいのです。

もちろん、事件の内容によって、振れ幅が大きい(意見が分散する)問題と、小さい(誰が見ても同じ判断をする)問題とがあります。
法解釈の面では、法令の文言の解釈の余地が広いか狭いかや、法解釈を示した判例が存在するか否か。事実認定の面では、証拠ががっちり固まっているか、薄い証拠しかないのか、といったことに関係します。
ちなみに、模擬裁判に使われる事案は、意見が分かれたほうが観客がおもしろいので、わざと証拠を曖昧にして、迷わすように作ってあります。

誰もが同じ判断を出すような明々白々な事件であれば、裁判するまでもなく、双方とも結果が読めるので、マトモな相手となら話し合いで解決できます。
しかし、実際の事件では、特に証拠がどの程度揃えられるかにより、裁判結果が完全には予測できないため、裁判所の判断を仰いでみようということになるのです。
また、控訴審の意義については、裁判官の目を代えて見直すというだけではあまり変化は期待できませんが、新たな主張・証拠を追加して一審では弱かったところを補強することによって、判断を覆そうとする動機が大きいと思います。

------
付け加えると、裁判官だけでなく、弁護士に対して法的意見を求めても、回答が大きく違うということはあまりないと思います。
どこが問題点で、こういう証拠なら強いとか弱いとかは、誰でも解る。
それで実際に裁判に勝てるかどうかという判断になると、果敢にチャレンジしようと言う弁護士と、慎重に和解狙いで行く弁護士とがいて、事件解決に向かう芸風は異なります。

同一事件について、原告と被告とで見解が対立する最大の理由は、見ている材料が違うということにあります。
弁護士は基本的に、自分の依頼者の目を通してしか、事件を見ることができないので、自信たっぷりの依頼者を信じて裁判に訴えてみたら、相手方から予想外の反論や証拠をドバーと出されて慌てるということも無きにしもあらず。その意味では一番信頼できないのは、自分の依頼者だということになるかもしれません。
裁判をして互いの主張と証拠を交換し合っているうちに、材料が共通してくるので、原告代理人と被告代理人と裁判官の三者で、落としどころの共通認識ができて、和解に至るというケースは多いです。

このように、法曹の頭には、専門的見解を求めるに、そもそも同じ材料を与えれば同じ結論が出てしかるべきだという感覚があるので、
鑑定医を何人も呼んで多数決を取らなければ、、、とのご意見には、何となく違和感があります。
せいぜい3人も聞けば、判断がぶれることはないのじゃなかろうか。裁判官だって3人でやっているんだし?

>YUNYUNさん

日本の裁判官はキャリアシステムが主で、均質な人材が集まっているから、とっぴな判断は出にくいのです。

とっぴな判断をした裁判官は閑職に回されやすいという話を聞いたことがあります。また、法的安定性を何よりも重視しているし、裁判官が違ったとしても同じ結論がでるように努めているという話も聞いたことがありますね


裁判をして互いの主張と証拠を交換し合っているうちに、材料が共通してくるので、原告代理人と被告代理人と裁判官の三者で、落としどころの共通認識ができて、和解に至るというケースは多いです。

逆に言えば、材料が最初から全て明らかになっていれば、そもそも訴訟にならないか、なったとしても裁判が短期で和解すると言うことになるのでしょうか。

>いのげさん
>僻地外科医さん

傷口に消毒を施すというのは、医師の間では根拠がないものになっていたのですか。これは失礼しました。ちなみに、何のための問題提起かというと、社会的なスタンダードの中には、一般社会から押しつけられる社会的スタンダードと、医師社会から押しつけられる社会的スタンダードというものがあるのではないかなと言う思いがあったからですが、的はずれもいいところでしたね。

1 風邪をひいたらとりあえず寝る。(ビールくらいは可)
2 傷口は水で洗ってハイ終わり。

が我が家ではスタンダードです。

No50:YUNYUNさん いつもお世話になっています

法曹の頭には、専門的見解を求めるに、そもそも同じ材料を与えれば同じ結論が出てしかるべきだという感覚がある

じゃあ、法廷戦術?みたいなものに関してはどうですか??
依頼者の利益を最大化するための方策については100人の弁護士さんがいれば結構意見が分かれませんか??
弁護の専門家である弁護士さんがたでどの方針が最良であるかについての意見は一致しますか??

>うらぶれ内科さん、YUNYUN さん

 失礼しました。
 仕事の片手間コメントではだめですね。

全くの素人考えですが、訴訟の多くは感情的対立で、それを可能な限り理性的に解決するのが弁護士さんのお仕事ではないかと思っています。仕事の本質が感情よりも理性を優先させることを要求するのであれば、言葉遣いや文章も自ずと品格や教養を感じさせる様になると思います。

一方医者は、浪花節的な情念先行型の人間が結構いい医者になったりします。理性的な医療が同業者からは評価されても患者さん受けが悪い場合もあります。手術が上手くいかないと周囲に当たり散らす医者は結構いますが、それでも「神の手」などと呼ばれることさえあります。

管理人さんのモチベーション低下は、一部の粗野なコメントにも原因がある様な気がしますが、医者は弁護士さんほど品格を保てない職業です。だからそれでいいと言うことは決してありませんが、そういうものだと言うのも事実でありまして、まあ何となくそんなことが言いたい気分です。

YUNYUNさん、モトケンさん

レスしてくださり、誠にありがとうございます。90-95%ですか。かなり微妙な数字ですね。
No.50の最後のところの

>鑑定医を何人も呼んで多数決を取らなければ、、、とのご意見には、何となく違和感があります。
せいぜい3人も聞けば、判断がぶれることはないのじゃなかろうか。裁判官だって3人でやっているんだし?

というところは違います。もともと鑑定すべき対象が大きな分散値を持っている場合には、(すなわちあらかじめさまざまな可能性が考えられ、意見が割れそうな場合には)N=3というのは十分なサンプル数とはなりません。また多数決で真偽を決定するというのも正しい方法ではありません。せいぜい重率が決まるだけです。ですから、その率で民事ならば金額を配分するというのが多分正しいやり方と思います。


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No.47ではちょっと裁判官の意見の一致という意味があいまいですので、次のように問題を設定しなおします。

裁判を適当にサンプリングしたとして、それぞれを多数の裁判官が担当し、かつ裁判官の間の情報交換を禁止したとします。このとき、民事であれば算定された賠償額はどのような分布を取るのでしょうか。刑事であれば量刑はどのようの分布をとるのでしょうか。十分小さい分散になっているのでしょうか。

以下はたんなるつぶやきです。
こんな仮想空間の中での質問にこたえられっこないだろうな。しかし、これに近いようなことは多分考えられるはず。しかし司法は判断の正確さの検定をしないのはどういうことであろうか。自然科学ではありえない話だ。そもそも検定という発想がまったく欠落しているのか、それともやればとんでもない結果となるのを恐れているのか。ことは裁判の信頼度にかかわる問題で重要だろう。

> CID 39967 しまさん

不適切どころかあまりにも微妙なところをおっしゃるので
医師だと思ってましたです
医療と社会 二つのスタンダードについては
今月三回目の引用ですがここの二段落目に詳しいです

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2002dir/n2487dir/n2487_02.htm

1.風邪に抗生物質を投与する

ウィルス疾患に対して抗生剤は無効
耐性喚起や副作用のデメリットだけがあるという
医学的コンセンサスがある一方で
それを承知の上で二次感染予防目的の有用性を
主張する医者もいれば そんなことにおかまいなしに
抗生剤を欲しがるジジババ,健康雑誌あたりで
仕入れた知識で「風邪に抗生剤出す医者はヤブ」
と決め付ける若いお母さま方もいらっしゃる
医学的にも少数意見が特に日本では根強く存在してます

2.傷口に消毒を行う

ちょっと前までは医学でも社会でもスタンダードだった
消毒剤の有害性については夏目睦先生が活動されて
この10年ほどでおおいに認識が変化しつつありますが
医学文献として臨床効果の証拠となる論文は
技術的困難性などのため存在しません
形成外科医や皮膚科医でも褥瘡にイソジンシュガーを
用いる人はなんぼでもまだまだいます
医学的スタンダードが変動しつつある概念です

3.低脊髄圧症候群にブラッドパッチを施す

10年ほど前まではほとんど知られてない概念でした
髄液漏れによる頭痛があり それに対するパッチが
有効な例は多々あるのは間違いないです
問題は診断・検査の精度がなんぼのものだったのか
ぶっちゃけ 髄注シンチグラムで漏洩箇所を探す検査
この画像がもうロールシャッハかっちゅう位画像が荒いっす
頻度も今のところ高くないので信頼できる規模の臨床結果が
まとまってない
さらにいうと低髄圧症候群といっても要するに頭痛頚部痛ですから
外傷性頚部症候群(いわゆるムチウチ)という巨大な原因不明の
暗黒大陸の中に一筋の部分の目印がついてきたという現状だと
わたくしは解釈しております.
社会的にはムチウチ=低髄圧という誤解がちょこちょこ存在してるようです

これら3つの疾患の治療方針に不満をお持ちの患者さんにおける
社会と医学のスタンダードのギャップに対して
民事訴訟をおこされちゃったら法律家はどのように対処されるんでしょう
医療水準はどこにあるんでしょう?

No.50 YUNYUN さん

>このように、法曹の頭には、専門的見解を求めるに、そもそも同じ材料を与えれば同じ結論が出てしかるべきだという感覚があるので、
鑑定医を何人も呼んで多数決を取らなければ、、、とのご意見には、何となく違和感があります

極力同じ結論がでるように定める学問が法学というものと理解しているのですがどんなものでしょうかね。
一方医学は人間の都合なんて関係のない世界です。

> 材料が最初から全て明らかになっていれば、そもそも訴訟にならないか、なったとしても裁判が短期で和解すると言うことになるのでしょうか。(No.51 しま様)

一般論としてはその通りです。
事件に対する共通認識(法解釈、事実認定)があることが、和解をする上での必要条件になります。
ただし、人間は理性やゼニカネだけでは割り切れないので、感情的な対立が深刻である場合は、和解は上手くいきません。
(医療訴訟は感情的にこじれているケースが多いと言われます。)

単純な事件では、法的な知識さえちょっとアドバイスしてやれば、当事者同士の話し合いで自主的に紛争解決ができ、訴訟に至らないということは、よくあります。
これが上手く機能した例が、阪神大震災のときでした。
震災による倒壊家屋が20万棟、借地借家関係がどうなるかといった法律問題が大量かつ一斉に発生したため、裁判所は関東大震災の経験に鑑みて、調停係を増員して備えました。しかし蓋を開けてみれば、裁判所の事件数は前年よりも減少したのです。
なぜかというと、みな弁護士会等の法律相談に行って、こう解決すべきだという指針を得て、自主的に紛争解決したからです。その代わり、法律相談のほうは膨大で、1年間で10万件とも言われました。
家主と借家人とがそれぞれに相談に行って、同じ話を聞いてくるので、共通認識に立って話し合いができたのです。また、そのころは、お互いに被災して大変だから、無茶な要求はしないで折り合おうという機運もありました。

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> 法廷戦術?みたいなものに関してはどうですか??
> どの方針が最良であるかについての意見は一致しますか??(No.54 立木 志摩夫さま)

こういう種類の事件はおおむねこういう手順で処理する、この条文の適用を求めるためにこの要件事実を主張しなければならないという標準的なやり方は想定されますが、
では具体的に準備書面にどんな文言で書くか、証拠はどう出すか、尋問でどんな訊き方をするかとなると、裁量の幅は広いです。
依頼者の好みや、弁護士自身の得手不得手があり、相手がどう反応するか、裁判官がどのように介入するかといった不確定要素も大きいため、
この時にこういう活動をするべきだということが、一義的に定まる場合はむしろ少なく、
後から振り返ってみてさえも(レトロスペクティブ)、弁護士の個々の訴訟行為の善し悪しを客観的に評価することは容易ではありません。

そもそも大枠の戦術選択にしてからが、
あの時、和解せず判決をもらっていれば勝訴してもっとお金が取れたはずだとか、敗訴するくらいなら少ない金額でも和解に応じておけばよかったとか、後知恵で文句を言う人はいますが、
訴訟は大きな流れのようなもの、天地人揃ってその時はそういう結末を迎えたということなので、もう一度やり直したら、思い通りの結果が出せるという保証はどこにもないのです。

そのことが、弁護過誤訴訟が成り立ちにくい理由の一つであると思われます。
現状で弁護過誤というと、時効を飛ばしたとか申立期間を失念していたというような、客観的に明白な過失に限られているのは、そのためです。

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> 民事であれば算定された賠償額はどのような分布を取るのでしょうか。刑事であれば量刑はどのようの分布をとるのでしょうか。十分小さい分散になっているのでしょうか(No.57 うらぶれ内科さま)

「十分小さい」というのが、法曹の認識です。

特に、民事損害賠償訴訟における「人の命の値段」はトコトン客観化され、逸失利益(生涯賃金)から慰謝料に至るまで、標準額が公表されていますから。
どの弁護士に依頼しても、少なくとも訴状の金額計算の部分については、ほとんど同一の内容が書いてあるはずです。結果的に、証拠関係が同じなら、裁判官は同じような認容額を出すでしょう。
印象だけで客観的な資料はありませんが、原告の請求額が満額認めれるとした場合に、裁判官個性による認定の幅はせいぜい500万円くらいかと思います。
なお、念のために申しますが、
<賠償額>について類似の裁判例を探したいときは、患者の年齢性別職業をみるべきであって、病状経過は大きな要素ではありません。

刑事事件においては「量刑相場」というものがあり、こちらのほうこそ、裁判官によって大きく差が開いては不公平であり人権侵害ともなりますから、かなり収斂しています。
業務上過失致死罪の法定刑は懲役5年以下ですから、初犯で1年半から2年くらい(執行猶予付き)、裁判官の個性による量刑差は数ヶ月以内と思われます。

No.58 いのげ さんのコメントに人名の間違いがありましたので訂正します。

間違い)夏目睦先生
正しい)夏井睦先生

参考ホームページ
http://www.wound-treatment.jp/

>いのげさん
私も時々、消毒をした医師に対して「患者に無用な苦痛を与えた」と理由で訴えたら、どのような判決になるのかなと思う時はあります。お互いに、何を根拠にして主張するのかなと思うわけです。

>うらぶれ内科先生(57)
>裁判を適当にサンプリングしたとして、それぞれを多数の裁判官が担当し、かつ裁判官の間の情報交換を禁止したとします。このとき、民事であれば算定された賠償額はどのような分布を取るのでしょうか。刑事であれば量刑はどのようの分布をとるのでしょうか。十分小さい分散になっているのでしょうか。
>以下はたんなるつぶやきです。
こんな仮想空間の中での質問にこたえられっこないだろうな。しかし、これに近いようなことは多分考えられるはず。しかし司法は判断の正確さの検定をしないのはどういうことであろうか。自然科学ではありえない話だ。そもそも検定という発想がまったく欠落しているのか、それともやればとんでもない結果となるのを恐れているのか。ことは裁判の信頼度にかかわる問題で重要だろう。

 わが国の刑事司法における求刑(量刑)判断の均質性については、たとえばこちらのブログではエントリー「基準検察とその限界」他で部分的に取り上げられており、また、このエントリー「基準検察とその限界」コメント欄では、詐欺事犯における量刑判断の分布について定量的分析を試みた研究として、吉野絹子「量刑とその予測」木下富雄・棚瀬孝雄編『法の行動科学』(福村出版)の存在が紹介されております(というか、私が紹介しています)。
 また、公的機関による調査研究としては、法務省の付属研究機関である法務総合研究所から武安将光ほか「生命犯に対する刑の量定に関する実証的研究」法務総合研究所研究部紀要、最高裁判所の研修機関である司法研修所から高橋正巳「殺人罪に対する量刑の実証的研究」司法研究報告書17輯5号などが出されており、現在も各機関において継続的にに調査研究が行われております。
 先生が構想しておられますような実験については、近年では2005年に司法研修所が刑事裁判官766名を対象として実施しております。
 各調査研究の内容については、自然科学者でありお医者様でいらっしゃるうらぶれ内科先生に、浅学非才の私がご説明差し上げることなど恐れ多いことですので、「ご自身でお読みになってください」とのみ申し上げさせていただきます。

 ところで以下は単なるつぶやきですが、過去ログを読みもせず、また自分で先行研究の存在を調べもせず、一つの学問領域を丸ごと馬鹿にするようなコメントを書き散らすことができるなんて、さすが自然科学者の頂点を極めるお医者様は違いますねえ。

>モトケン先生
 ご無沙汰いたしております。私はこちらに集っておられるお医者様方が望んでおられる「対話」や「相互理解」がどのような代物であるかを思い知るとともに、残念ながらそのようなご期待に副うことができないと観念いたしましたので、文献をご紹介したりコメントを投稿したりすることはもうやめることにしていたのですが、あまりにも目に余るコメントがあったので、つい出てきてしまいました。もし拙コメントがモトケン先生のブログを荒らしているとのご判断であれば、お手数ですが削除方よろしくお願い申し上げます(本当は、医療関連エントリに限らず私の投稿したコメントを全て削除していただきたいというのが私の願いです)。

医療者からは裏切り者と言われそうですけど、議論として筋が通っているのは法曹の方のものの方が多いような気がしていました。だからというわけではないけれど、他の方のように精緻な議論をほとんど書いてないような気がします。性格もあるのですが、誤字脱字文法間違い多々あれど、気にせず投稿している者です。
ただ、正しい議論が実情を損なうこともあるのも事実で、僕は法曹の人に思うのは
What you have said may be all right, but no one will be happy.
というだけです。
僕はもう少し安心して医者をしたいし、そういう世界になればと願っているわけです。とはいえ、an accusedさんのコメントは非常に勉強にもなります。ぐうの音がでないほどのやつけ方は少しmildにしていただければと思いますが、一つ一つのコメントはこのブログの財産なのではないかと思います。とはいえ、愚痴をこぼしたくなる、皮肉をいいたくなるのは今の医者が弱者である故だと思います。
去られるのは自由であるのですが、コメントは残しておいていただくように僕は希望しております。

まー 医学でも脳内実験に価値が有るという認識はメジャーではないですな

>しま様

私も時々、消毒をした医師に対して「患者に無用な苦痛を与えた」と理由で訴えたら、どのような判決になるのかなと思う時はあります。お互いに、何を根拠にして主張するのかなと思うわけです。

 この裁判なら私は原告側鑑定人に立つかも知れません(爆)。まあ、でも、医学的慣行、医療水準の観点で原告敗訴だろうな、今ならまだ。

evidenceにはならないけど、消毒しなくなったせいで破傷風になりやすくなっているのではないかという指摘がある研究会でありました。特定の状況ではまだまだ変わりうるのではないでしょうか、もしかして。

No.63 an_accused さん

そうでしたか。それは大変失礼しました。よく調べもせずに発言したのは、自称自然科学者のやるべきことではありませんでしたね。早速先生のご紹介の
吉野絹子「量刑とその予測」木下富雄・棚瀬孝雄編『法の行動科学』(福村出版)
でも入手しよんでみたいと思います。

まあ去らずなどとおっしゃらずに、今後も馬鹿な私たちにいろいろとご教示願えればと思います。当分の間責任を取り、私のほうがROMに徹しますので。

YUNYUNさん、もとけんさん
レスしていただき、ありがとうございます。

睡眠不足で朦朧とした頭でなんとなく呟いてみます

前日も長野〜大阪間を往復=バス事故で運輸局が緊急監査 (時事通信)
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/bus_jiko2/story/070220jijiX081/

>大阪府吹田市の府道でスキー客を乗せた大型バスが橋脚に衝突し1人が死亡、26人が重軽傷を負った事故で、北陸信越運輸局(新潟市)の緊急監査に対し、同社の下総建司社長(39)が事故の前日も小池勇輝運転手(21)に長野県白馬村と大阪の往復運転業務に従事させたと述べていることが20日、分かった。

>同局は帳簿類による裏付け調査を進め、道路運送法の規定に対する違反があれば、営業停止や車両使用停止などの行政処分を検討する。

>同法に基づく規則では、事業者は出発や到着の際、運転手に疲労などがないか確認する必要があり、同法の告示では、運転手の運転時間は4週間の総運転時間を1週間分で平均した数値が44時間以下と規定されている

厚労省と違って運輸局はちゃんと見るとこ見てますね(うらやましい)
前日も往復運転ですか。
そう言えば私もそろそろ連続勤務40時間を超えようとしてますがマスコミさんは医療事故を起こしたらちゃんと労働時間について記事にして欲しいですね

厚労省もまともな仕事して欲しいものです
マスコミも医療事故や医療ミスと医師個人の責任とし叩くばかりでなく、その背景にある原因を多少なりとも報道してくれると最前線の兵卒の士気もあがるんですけどね
このままでは死期が近づくばかりですorz

> No.63 an_accused さん
>吉野絹子「量刑とその予測」木下富雄・棚瀬孝雄編『法の行動科学』(福村出版)
>「生命犯に対する刑の量定に関する実証的研究」法務総合研究所研究部紀要、
>最高裁判所の研修機関である司法研修所から高橋正巳「殺人罪に対する量刑の実証的研究」司法研究報告書17輯5号

以上の自然科学的論文は、an_accused さんが紹介するのですからきっと立派な論文なのでしょうね。ちなみに、Impact Factorはどのくらいあるのでしょうか?

>謹慎明け先生

 破傷風は消毒では防げないです。消毒で破傷風を防げるというエヴィデンスもないです。
破傷風のことを持ち出したのはM製○のH先生あたりがやりそうなことですけど、残念ながら20年前の思考です。これまた某研究会で破傷風を消毒で防げるエヴィデンスはあるのかという質問に立ち往生してましたしね。

>まさむねさん

厚労省の下記の通知もまた、医療現場の認識とは大きくかけ離れているようです。厚労省も大変ですね。

厚生労働省労働基準局は3月19日付局長通知を各都道府県に発出、「断続的労働」として労基監督署の許可を受けている医療機関の宿日直勤務中に「救急医療等の通常の労働が頻繁に行われている」として、その適正化を図るよう指導した。

西澤副会長の談話 通知は医療現場の認識とは大きくかけはなれている。しかも、事前に何らの相談もなく唐突に出てきただけに病院団体としても認めがたい。四病協として対応を協議するが、早く労働基準局と話し合いを持ちたい。

全日病ニュース

堀病院事件を考えれば、全日病の「通知は医療現場の認識とは大きくかけ離れている」と言う主張もまた無視するわけにはいかないのでしょうね。

YUNYUNさん

こういう種類の事件はおおむねこういう手順で処理する、この条文の適用を求めるためにこの要件事実を主張しなければならないという標準的なやり方は想定されますが、
では具体的に準備書面にどんな文言で書くか、証拠はどう出すか、尋問でどんな訊き方をするかとなると、裁量の幅は広いです。
依頼者の好みや、弁護士自身の得手不得手があり、相手がどう反応するか、裁判官がどのように介入するかといった不確定要素も大きいため、
この時にこういう活動をするべきだということが、一義的に定まる場合はむしろ少なく、
後から振り返ってみてさえも(レトロスペクティブ)、弁護士の個々の訴訟行為の善し悪しを客観的に評価することは容易ではありません。

そもそも大枠の戦術選択にしてからが、
あの時、和解せず判決をもらっていれば勝訴してもっとお金が取れたはずだとか、敗訴するくらいなら少ない金額でも和解に応じておけばよかったとか、後知恵で文句を言う人はいますが、
訴訟は大きな流れのようなもの、天地人揃ってその時はそういう結末を迎えたということなので、もう一度やり直したら、思い通りの結果が出せるという保証はどこにもないのです。

ありがとうございます。そりゃそうですよね。
トラブルを抱えた依頼者の利益を最大限に守るためにどうするのがベストか、あるいはレトロで見てベストだったのかという問いに答えは出ないことが多い。

同じように
病気を抱えた患者の利益を最大限にするためにはどうするのがベストか、あるいはレトロで見てベストだったのかという問いには答えが出ないことのほうが多いです。

相手の介入や裁判官の反応が予想できないように、人の体の反応も予想できないんです。
答えが出ないからこそ、カンファランスみたいなことをやるんですよ。
違いといえば、医療や医学は多少科学のほうに足を踏み込んでいるので、それでも少しはわかる部分が出てきているかなというくらいですね。

YUNYUN さん いつもお世話になっております

印象だけで客観的な資料はありませんが、原告の請求額が満額認めれるとした場合に、裁判官個性による認定の幅はせいぜい500万円くらいかと思います。
なお、念のために申しますが、<賠償額>について類似の裁判例を探したいときは、患者の年齢性別職業をみるべきであって、病状経過は大きな要素ではありません。(YUNYUNさんNo.60)

これは損害賠償の際、医療事故問題に限らず、その患者の病気による生命予後は斟酌しないと言うことでしょうか?

例えば、糖尿病による腎不全で透析になった人の場合、通常、透析開始後の5年生存率は40から50%と言われています。つまり、今、平成19年2月に100人の方が糖尿病性腎症で透析開始となったとすると、だんだんお亡くなりになっていって、平成24年2月の時点では、40人から50人がまだ生きて透析されている状況になると言うことです。糖尿病性腎症で透析を開始される平均年齢は65歳ぐらいですが当然100人全部が65歳じゃなくて40台の人ももっと若い人ももちろん70歳代の人もいてそれをひっくるめての数字ですが。

ここに、先月糖尿病性腎症で透析導入になった60歳の会社オーナー社長がいて(だからたぶん生きてる限り社長業は続けられる)、本日交通事故でなくなったら、普通の人の60歳の平均余命で計算(たぶん80何歳になるはず)するんですか?それとも、この方がおそらく65歳(5年後)まで生きれる確率は50%以下と言うことで、どう見積もってもこの方の推定余命は平均7-8年と計算(たぶん生存曲線から推定する統計式あるはずです)するんでしょうか?

医師としては、医療事故でなくても後の推定の方が論理的に正しいと思いますが。

病状経過、と書いたのは、何病で死んだか、死ぬまで何ヶ月闘病したかというような趣旨です。

逸失利益は平均余命から計算されます。
しかし、その人の個人的な属性として、仮に適正な治療を施していたとしても、平均より短いということが<立証>できれば、それに従って計算するという理屈は立ちます。
この点は過去エントリその6か7あたりでも話題になっていたことです。
(すいません、今ちょっと探す時間がない)

問題は、立証が難しいことです。
立証責任の分配は、「平均より短いこと」は抗弁事実として、医療者側で立証しなければならないと私は考えます。(法曹の方、ご意見ください)
この点、患者の寿命予測のようなことが、鑑定でできるか。あるいは統計資料による?

例えば、透析患者は数が多いし、死ぬまで医療にかかって医師が経過を把握しているから、
その年齢では死ぬまで平均何年という統計資料が出るかもしれません。
症例によってはなかなか統計的な数値が取りにくいこともあるのではないでしょうか。

しばらくROMってようかとおもいましたが、どうも問題を片付けないと寝つきが悪いもので
(^^)
さて、YUNYUNNさんにご回答いただき、裁判官は十分な精度で持って判決を下しているらしいことは理解いたしました。それでも判決が揺らぐことはあります。証拠関係の価値が揺らぐ場合です。それで次の例を考えて見ます。

今、レントゲンで肺がんを見落とした事例を考えます。当然裁判になるくらいですから、問題のレントゲン写真は微妙であり、これにがんがあると見る読影医と、ないと見る読影医は50%づつであろうといたします。そうすると、今裁判の鑑定医として、3人が選ばれれば、3人ともがんがあるとする読影医が偶然選ばれる確率は1/8で、原告側の勝訴になります。実際には判定不能であり、たぶん医療側勝訴のはずだろうと思います。鑑定医に判定不能という選択肢があるならば、これは医療側有利と考えてこの確率はもう少し小さくなります。
次に2人以上が肺がんであると読む確率は50%です。もし裁判が多数決で決まるならば、50%の確率で原告側勝訴です。

また脳内実験なんて意味がないといわれそうですが、皆様この問題はどこが間違えておりますでしょうか。トンデモ鑑定がおこるのは、どうもこの辺りに問題があるのではないかと思ってます。

私は謹慎中の身であり、また確定申告の時期を迎えましたので、またしばらくROM専門になります。(^^)

>うらぶれ内科さん

鑑定医が少人数である事による、判断の偏りを問題にされておられるのでしょうか。例えば、ADRを利用して、医師主導による判断を行えば、裁判所も参考にするのではないか思いますよ。

府中市健康診査事業等適正運営調査会(以下「調査会」という。)は,平成15年12月8日,府中市長に対して,調査会の開催結果についてという書面を提出し,原告から申出があった疑義の概要とA医師の報告書の説明を受けた後,本件見落としがあった胸部Xp を委員全員で詳細に観察し意見を交換した結果,「異常なしの判定をすることが適正であったと認定するには困難があった」と報告した。この調査会の委員は,呼吸器科医師2名を含む医師が4名と弁護士が1名で構成されていた

しかし、改めて読むと

医療センター受診時の胸部Xp(乙A2)によれば,原告の肺ガンの発生部位は,縦隔に存在する心臓や大動脈の陰影に隠れてしまう部位ではなく肺野であるが,肺野の末梢部に境界鮮明な直径1センチメートルの円形の陰影(いわゆる硬貨状の病変)が存在しているわけではなく,右肺動脈等の血管陰影と重なるように肺ガンの陰影が存在している。したがって,素人が見ても一見明白に肺に直径1センチメートルの腫瘤が存在すると判断できるわけではない。

原告はA医師に初歩的過誤があったと主張するが,前記三1及び2で認定したように,A医師が本件見落としをしたことは争いがないもの,原告が平成14年9月に医療センターを受診した時点の胸部Xp の右肺の異常陰影が,誰もが容易に発見できたとまでは必ずしも言い切れないことに照らすと,A医師の本件見落としが極めて初歩的な過誤であるとはいえない。

この文中に出てくる「素人」と言うのは裁判官自身の事なんでしょうか、それとも調査会の意見なんでしょうか。裁判官が、自分の見解を元に「本件見落としが極めて初歩的な過誤であるとはいえない」と判断したというのなら、医師は「医師を馬鹿にするな」と怒るかも知れませんね。

ちなみに言えば、裁判長は藤山さんですが。

No.75の補足。

> <賠償額>について類似の裁判例を探したいときは、患者の年齢性別職業をみるべき(
No.60 YUNYUN)

これは、財産的損害である逸失利益(生きていたならば今後得られるであろう収入)を算定する上での最も大きな要素は、その人の平均余命と従前の年収額であるということを言いたかったのです。

> 裁判を適当にサンプリングしたとして(No.57 うらぶれ内科さま)

この場合に、「似たような判決が出て然るべきだ」として集めてくる事件の類型は、
・糖尿病で死んだ人
というような病名分類ではなしに、
・30歳 男性 会社員年収600万円
という年齢と収入でなくてはならない、という意味です。

損害賠償額の計算方法の詳しい説明は、こちらでしたm(_ _)m
●公立豊岡病院組合(和解事例) コメントNo.3 PINE さま

参考エントリ
・病気で余命が見込めなかったために、逸失利益ナシとして慰謝料のみ認定された事例
●人生の最期を自宅で・・・

・成功率の低い手術で死亡した場合の損害の考え方
●医療崩壊エントリその7 No.7 FFF さま

”子供を亡くした母さん”のコメントを見るにつけ、大変な御苦労をされたのであろうという反面、かなりの誤解があって、感情がこじれておられるようにも見えます。
もちろん感情をこじらせるような、医療側の問題も垣間見えますが、第三者がいて、医療の仕組み、治療の仕組みを分かりやすく解説できれば、解決できるような気がします。

ADR法が、この4月から施行されるようです。

ADR認証制度が、法律に基づいて行われ、弁護士でないものも、認定を受ければ(個人であっても)、裁判外扮装解決手続(ADR)を行うことができるようです。

さて、個人で何ができるか分かりませんが、医師には往診専門診療所を開設することも認められています。
”往診”専門の医療紛争ADRなんていうものがあっても良いような気がしてます。
遠くの医療紛争なら、第三者としてシガラミなく、患者側、医療側に話ができそうな気がします。

もちろん、通常業務が平日にあること、兼業禁止規定との絡みもあって、実行可能かどうかは分かりませんが
『ADR認証制度 Q&A』法務省大臣官房司法法制部付検事 内堀宏達、2007年、別冊NBL、商事法務 )
を読んで勉強中です。

司法試験を正面突破しなくても、医療と法の架け橋の仕事が現実化してきそうで、実はワクワクしています。

・・・・眞でない真先生の講義から落ちこぼれつつあり、反省しきりですが。。。。。(^_^;)

> 証拠関係の価値が揺らぐ場合(No.76 うらぶれ内科@謹慎中さま)

証拠の法的評価が難しい場合?
鑑定医の意見が割れる事件、という趣旨でしょうか。

> これにがんがあると見る読影医と、ないと見る読影医は50%づつ

裁判官が知りたいことは、
  癌を見落とした医師に過失があるか
です。
従って、鑑定医に尋ねるとしたら、「あなたなら癌を発見できるか」ではなく、「普通の読影医なら発見できるか」という質問になると思います。

そこで、問題設定を変えて、
普通の医師なら癌を発見できる(見落としたら過失アリ)と思う医師と、発見できない(見落としても過失ナシ)と思う医師とが、半々であるとします。
この場合に、鑑定医を何人依頼しようと、鑑定意見を多数決で取る限り、<確率論的に言えば>原告勝訴率は50%であることは同じと思います。

例 鑑定医が3人
(1)3人とも過失ナシとの意見になる確率 1/2 * 1/2 * 1/2 =1/8
(2)2人が過失ナシとの意見になる確率 1/2 * 1/2 * 1/2 * 3C2 =3/8
(3)1人が過失ナシとの意見になる確率 1/2 * 1/2 * 1/2 * 3C1 =3/8
(4)3人とも過失アリとの意見になる確率 1/2 * 1/2 * 1/2 =1/8

鑑定医の間で多数決で決すると、
過失ナシ鑑定書が出るのは(1)と(2)の場合で、確率的には 1/8 + 3/8 =1/2
だから、確率論をやってもあまり意味がないように思う・・・

なお、そのレントゲン写真で医師が癌を発見できるかどうかの<実証データ>を取りたいということであれば、おっしゃるような読影テストをさせてみることが有効でしょう。
しかし、その場合は、3名などという少数ではなく、少なくとも20人以上でなければ、統計資料として無意味ではないでしょうか。
このあたりを参考になさってください。
●医療崩壊について考え、語るエントリ(その4) の前半

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ところで、確認したいのですが、医師の間で意見が半々程度に割れる問題については、
A説をとろうとB説をとろうと、他説に対して「トンデモ」批判は当たらないでしょうね?
とすれば、たまたま鑑定医の構成によって鑑定書の結論が過失アリと書かれれも、あるいは過失ナシと書かれても、トンデモ鑑定とは言えないし、
それに従ってなされた判決もトンデモとは批判できないでしょうね。
 
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余談
> 確定申告の時期を迎えましたので

税理士さんが確定申告時期に多忙というのは理解できますが、、、
帳簿整理は1年分溜め込まずに、毎月やったほうがいいですよ。

>Med_Lawさん

第三者がいて、医療の仕組み、治療の仕組みを分かりやすく解説できれば、解決できるような気がします。

ADR制度が機能する事を願っています。願うばかりでもダメで、医療者と一般人の相互関係が重要だとは思いますが。

ADR制度により裁判が回避されれば、患者にとっても病院側にとっても大変な負担軽減に繋がりますし、裁判官にとっても他の訴訟にリソースを振り分けることができるわけですので、社会全体にも有益となるとは思います。

>YUNYUNさんへ

単純に、迷った場合、疑わしきは罰せずでいいのではないでしょうか?
医学的には、診断不明のまま治療放置は許されないでしょうが
法曹家的には、トンデモ判決を避けるために、
『過失無過失不明に付き罰せず』の選択もあるわけでしょう?

YUNYUNさん コメントありがとうございます。

私も座位さんに基本的に賛成です。

単純に、迷った場合、疑わしきは罰せずでいいのではないでしょうか?(座位さんNo.83)

でも、今までのにわか勉強から法曹的に論じてみると
1 疑わしきは罰せずは刑事の概念、民事では争いのある事実は51対49のぎりぎり立証でも51の勝ち
2 民事訴訟の精神は今ここにある損害を裁判官の認めた過失割合(それが真実の過失割合とか科学的に正しい過失割合でなくともよい、もちろんそうであるに越したことはないが、弁論主義に従って立証する責任は原告被告にあるので、裁判官の判断が「真実」「科学的事実」からずれているとしても、その責任は基本的に裁判官にはない、立証にせり負けた方の責任)に応じて原告被告双方に分配 それ以上でもそれ以下でもない
3 つまり民事裁判の目標は、「いまそこにある争い」を実力行使によらずに終息させることを第一義にしているのであって、それが科学的に正しくないと嫌だというのは法曹的には二の次 科学的に正しいかどうかを争い終息より優先させることは論外

法曹の皆様、にわか勉強の成果は何点ぐらいでしょうか。

>No.81 YUNYUN さん

>裁判官が知りたいことは、”癌を見落とした医師に過失があるか”です。

私が知りたいのは、”過失があったとして、賠償範囲を限定できないか?”ということです。
例に挙げられた胸部レントゲン写真など、早期癌が見つかったら儲けものです(コスト・ベネフィットという意味で)が、精密検査としてのCTをスクリーニングで撮ることにはコンセンサスは得られていません。
(コンセンサスはなくとも実施するメリットがありそうなことは、 NEJMで報告され、PBSで一般放送もされていますが。。。)

もともと安価に進行癌を見つけようとか、重度の肺結核を見つけようという主旨の検査です

『胸部レントゲン健診で3ヶ月以内に進行癌が見つかった場合は、最高30万円払う以上の補償は致しません』
として、安価な検査に満足できず、更に高い精度を求める人には高額の検査を適度の自己負担で受けてもらうこととして、健診費用を安価に抑えることは、社会政策上も、公序良俗にも違反しない行為と思えるのですが、如何なものでしょう?

そのような診療特約は合法でしょうか?

COST、ACCESS、QUALITYの三つは同時に成り立たないとすると、YUNYUNさんが提唱される適度な賠償制度というのが日本の目指すべき、多くの国民が安価で安心できる医療の姿に思えるのですが。。。。。

命というものはお金に替えられないというのは一面真実ですが、法律・経済行為の中では無理やり換算しないと円滑な運用が成り立たないのと同様、医療契約の中でも、診療契約締結時からエラーあるいは思いがけない出来事を勘案したものを作成して、司法に余計な面倒をお掛けするのを避けることはできないものかと、今日も愚考するのでありました

>Med_Law さん
長々と引用した、藤山判事による府中の早期肺ガン見落とし訴訟では400万円の慰謝料となりましたので、これがある種のスタンダードになりそうには思います。

鑑定医の全会一致のときのみ過失認定がよいと思います。
意見が半々に分かれる問題は、まだ十分に検証されてない未解決の問題と
解するべきでしょう。十分に検証された問題については意見は割れません。
「まだよくわかっていないもの」を放置できる他の学問ではいいですが、医学では
そうはいきません。わからなくてもやらなきゃ死にますから。
民事とはいえ、よくわからないものでも救命できなかったら責任を問うというので
あれば、もう確実にわかるものしかやりませんので、難しい事故病気になったら
自然治癒力だけで治して下さいね、となるのは当然といえます。
1問できたら100円、1問間違ったら罰金1万円の問題集をやらなければいけないと
して、東大入試の問題集と小学校の算数ドリルがあります。誰も東大問題集を
選ばないのは当たり前です。

ちなみに、判決文は以下の通りです

平成17(ワ)10681

> ADR認証制度が、法律に基づいて行われ、弁護士でないものも、認定を受ければ(個人であっても)、裁判外扮装解決手続(ADR)を行うことができるようです。(No.80 Med_Law さま)

法務省公報・裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)について
http://www.moj.go.jp/KANBOU/ADR/adr01.html

ADR(Alternative Dispute Resolution)などと大げさなことを言わなくても、おせっかいな爺婆が親戚同士や近所のちょっとした揉め事の仲裁をするということは、今でもあります。
弁護士法違反にさえならなければ、別に認証を取らなくても和解あっせんして構いません。

業者として認証を受けるメリットは
1.弁護士又は弁護士法人でなくとも,報酬を得て和解の仲介の業務を行うことができる(弁護士法第72条の例外)
2.請求により時効が中断する(手続終了後1か月以内の提訴が条件)

弁護士会では以前から「紛争解決センター」として和解あっせん業務を行っており、
弁護士がやることですから1.は問題ないのですが、2.のメリットがあるので、認証をとろうかという議論になっています。

> 遠くの医療紛争なら、第三者としてシガラミなく、患者側、医療側に話ができそうな気がします。

しがらみが無いことが、外形的にも明白になるので、よいことだと思います。
医療者が主催するADRでは、患者の信頼をいかに得るかが成功のカギです。
ADRは当事者の合意により紛争解決する制度ですから、中立性を標榜して両者から信頼を受けなければ、あっせん業務は成り立ちません。一方側に肩入れしていると見られては紛争解決ができず、そうなると肩入れしてやった側も腕の悪いADRへは依頼しないという結果になってしまいます。

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医療と関係ないことですが、ADRの別の利用法。
現在、調停前置とされている裁判手続き(離婚、借地借家など)について、裁判所の調停の代わりに認証ADRの和解あっせんでもよいことになるという。
ならば、和解の見込みがなく裁判必至の事件では、通過地点として早く手続きを終えてくれるADRに持ち込むのも一手か?

> 民事では争いのある事実は51対49のぎりぎり立証でも51の勝ち
> 弁論主義に従って立証する責任は原告被告にあるので、 立証にせり負けた方の責任
(No.84 falcon171 さん)

そのまとめで、正しい理解です。

このやり方で、医療訴訟は原告患者側の勝訴率40%(cf.一般民事事件の原告勝訴率70%)ですから、<制度的には>特に医療者側に不利なことはないと考えられています。
(むしろ患者側が不満を言って、立証責任を軽減せよという要求が出ているが、裁判所は応じていない。)

個別の案件で、妥当でない判決が出るのを防ぎ、判決の精度を上げるにはどうすればよいかが課題です。

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> 鑑定医の全会一致のときのみ過失認定がよい(No.87 サミルさま)

過失であるという意見が、10人中9人であっても認めないのでしょうか?
社会の中で全会一致を要求するというルールはほとんどありません。それは、何事においても、多数人の間で「全員の」意見が一致するという現象は、なかなか生じないからです。
(閣議は全会一致と言われますが、大臣が罷免されるか辞任しない限り、意見が一致しているものとみなされる。)

従って、全会一致では原告患者に対して、非常に厳しい立証責任を課すことになります。
他の不法行為損害賠償では過半数の立証でよいのに、なぜ医療だけ厳しいのか。そのことによって、判決の精度が上がるという保証はないので、法理論的には理屈が通りません。
政策的に医療による不法行為賠償を認めないこととするならば、
代替措置(公費による一定額の無過失賠償など)がなければ、原告患者側にとっては到底納得がいかないことです。

納得がいかなけばどうなるか。
特に、原告の信頼を受けられない場合、司法は紛争解決力を失う(司法崩壊)ことになります。
原告は紛争解決を司法の場に持ち込まず、実力行使に出るでしょう。刑事告訴は言うに及ばず、ヤクザを差し向ける、刃物を持って乗り込む、といった不法な手段に出るおそれが大です。なにしろ、正当な手段では決して目的が叶わないのですから、自棄になって何をするか分かりません。
「私はもう医師は辞めて病院は廃業しました」と言っても、恨み辛みの感情はおさまらず、地の果てまでも追いかけて復讐されるおそれがあります。
これにいちいち対応するのが、望ましいことなのか?

> 民事裁判の目標は、「いまそこにある争い」を実力行使によらずに終息させることを第一義にしている

やはり、ルールに則りレフェリーの居る場所で闘うほうがよいのではありませんか。

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> 「まだよくわかっていないもの」を放置できる他の学問ではいいですが、医学では
そうはいきません。わからなくてもやらなきゃ死にますから

何をもって「過失」とみるべきか。
診断治療が本質的に試行錯誤的であるというのは理解できます。そのことを踏まえて過失かどうかを判断すべきであると思われます。
それは、鑑定委員会の10人中10人ともが過失と判断するかどうかとは、別次元の問題です。

患者さんが切れてますのでちょっとだけ。

しまさん、YUNYUNさん、くだらない質問にレスしてくださりありがとうございます。
No.81YUNYUNさんのコメントのなかの(4)が問題だと思うのです。裁判所は確信を持って原告勝訴とするでしょうから。
この辺の不合理さを解消するために、鑑定医多数で判定し、多数決で勝敗を決めるのでなく、がんの陽性率を算出して賠償金額に反映すべきだというのが小生の主張です。もちろん、50%という結果が出れば賠償金額0です。

(謹慎中はどこへいったのだと罵声がとんできそうな・・・)

>しま様

長々と引用した、藤山判事による府中の早期肺ガン見落とし訴訟では400万円の慰謝料となりましたので、これがある種のスタンダードになりそうには思います。

 これは事前に賠償額の呈示をしていなかったからで、例えば郵便事故のようにあらかじめ上限設定をしていれば(30万なら30万)話は別じゃないでしょうか?内容証明郵便なんかだと、状況によっては数千万から数億の被害が出ることはありますから、事情は医療と変わらないと思います。

No.90 YUNYUN さん

>特に、原告の信頼を受けられない場合、司法は紛争解決力を失う(司法崩壊)ことになります。
原告は紛争解決を司法の場に持ち込まず、実力行使に出るでしょう。刑事告訴は言うに及ばず、ヤクザを差し向ける、刃物を持って乗り込む、といった不法な手段に出るおそれが大です。なにしろ、正当な手段では決して目的が叶わないのですから、自棄になって何をするか分かりません。
「私はもう医師は辞めて病院は廃業しました」と言っても、恨み辛みの感情はおさまらず、地の果てまでも追いかけて復讐されるおそれがあります。
これにいちいち対応するのが、望ましいことなのか?

これは根拠ないと思いますよ。厳罰すれば医療がよくなるという意見と同じくらい根拠がない。病院にお礼参りに来ないのは、裁判があるからではなくて、警察があるからでしょう。警察を呼ばない病院では現時点でもどれだけ暴れる奴がいることか。裁判にかかる費用が高いという理由で、どれだけ直接騒ぐ奴がいることか。(裁判で医療機関に絶対勝てなかった時代より今の方が直接の実力行使も多いです)
裁判制度を否定するつもりはありませんが、現状の医療裁判は、安全な場所から医療機関を攻撃する手段を与えているという面があります。

> 裁判にかかる費用が高いという理由で、どれだけ直接騒ぐ奴がいることか。(裁判で医療機関に絶対勝てなかった時代より今の方が直接の実力行使も多いです)
(No.93 元行政さま)

分かりました。
私よりも医師の皆様のほうが、医療現場の実態には断然お詳しいでしょうから、
現代の患者心理を前提として、「裁判という救済方法を封じたとしても、直接騒ぐ奴は増えない」との予測が成り立つとおっしゃるのでしたら、
私はその問題については、心配しないことにします。

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もっとも、判例がこのさき、医師の皆様が希望されるような医療の優遇政策、すなわち
・軽過失免責
・証明程度の加重
という方向に転換する可能性は、非常に低いと言わざるを得ません。
立法措置をとれば別ですが、国民の多数(医師以外)がそれに賛成するとも思えません。

一方、裁判によらない紛争解決(ADR)ならば、必ずしも判例の考え方には縛られませんが、
原告からも信頼を得て、紛争解決機関として実効性を持つためには、あまり裁判所とかけ離れた解決方針は実際上とれないと思われます。
なぜならば、現行法制下ではADRは裁判前置を強制されていないため、原告の立場では、裁判所とADRとで、どちらが有利かを考えて選択することになります。一般的には、ADRは早く・安く紛争解決できることがメリットです。
しかし、もしADRが医療者に有利な判断をするところだという噂が立ってしまうと、原告はADRを選択せずに、最初から訴訟提起するという行動に出るだろうからです。
従って、裁判にせよADRにせよ、現行の判例の考え方を前提としつつ、
「過失の判定を誤りなくさせる」ことが、現実的な対処方法と考えます。

そこで、最初の疑問に戻りますが、なぜ鑑定医数名(3〜5名程度)によって、医学的に正しい情報を集めることができないのか?
鑑定医さえも当てにならないとしたら、たとえ医療専門の調査機関を作ったとしても、その判断が裁判よりも優れていることにはならず、「裁判官には医療を判断できないから、医療訴訟をさせるな」という言葉は、全く説得力を失うと思います。

YUNYUNさんおつきあい頂いてありがとうございます。

> 民事では争いのある事実は51対49のぎりぎり立証でも51の勝ち
> 弁論主義に従って立証する責任は原告被告にあるので、 立証にせり負けた方の責任
そのまとめで、正しい理解です。(No.90 YUNYUN さん)

何にせよほめられるとうれしいです。

でも 「上記を理解はしましたが、はたしてこれが額面通りに運用されて、かつそれを多くの医師が理解したとしても、医療崩壊は止まるのかしらん」と私は思っております。

YUNYUNさんはじめ法曹の方は、これまでの議論から医師の思考過程をトレースしどう動くか大体読めたと思うのですが、医師は、上記「法曹の原理」を正しく理解し、それがその原理通りに運用されていると感じたら、正直なところ医療崩壊止まると思いますか。
ゴッドハンドでもない、桁外れの使命感を持っているわけでもない、普通の市民とかけ離れてはいないレベルの倫理観と職業意識と世俗的欲望を持っている普通の医師はどのように反応するとお考えでしょう。
「なるほど、裁判の原理は公平に出来ていますね。私の行為、医師仲間の10人の四人はあれは普通の行為だよと言ってくれてますが、あれは過失、患者とマスコミから思い切り責められるようなことを私はしたと思い知るべきですね。了解しました。明日からもリスク多い現場に出ます」と答える医師が多いと推定されるでしょうか? それとも、「法曹の原理は理解しました。ただ、医師仲間の10人に4人が許容範囲ということをやっても裁判ではだめと言われるなら、申し訳ありませんが、怖くてリスクはとれません。取るつもりないです。リスクの多い現場には近づきません。」と答える医師が多いと推定されるでしょうか?

繰り返しになりますが、並の医師は訴訟リスクを取るつもりはほとんどないのが事実であり、その事実を前提に対策練らないと仕方がないと私は考えております。

この並の医師に医療をさせる為には
法は変わってなくとも、「医師がいるだけでありがたい、医師相手に裁判なんて」というのが社会常識の実質訴訟リスクない時代に戻す(バブルへgo ならぬ 江戸時代へgoです)
「医師もサービス業、何かあったら訴えますよ」が社会常識になってしまった以上、逆に法に明文化して医療の訴訟リスクを強制的に落とす(裁判官を憲法で守っているように)
法に明文化は困難だったら、静かに司法レベルで医療の訴訟リスクを落とす運用して守ってしまう
実際上訴訟がなくなるように工夫された無過失保険を導入しリスクを落としてしまう(がんばってお金を工面してね 政府)
訴訟リスクも霞むようなハイリターンで誘う(これうれしいかも 自分で賠償責任保険料を払ってもなお十分ハイリターンでないといやですが)
訴訟リスクがあってもまだ医師はマシと思えるほど他職業の状況を切り下げてしまう(これ有りそうで怖い)
単純に強制する(シンプルですね 金の卵を産む鵞鳥の腹を割くような事態になって、医師そのものが消えてなくならないことを祈ります)

 医療に限らず、訴訟社会すなわち訴訟の増加が起こっていると思うのですが、これは、法曹家にとっては、社会発展に伴う必然の要素という捉え方なんでしょうか?封建的な秩序が瓦解して個人の自由が拡大したことの反映なのか、個人間の信頼の低下や個人のモラルの低下に起因するのか、あるいは、社会が複雑化したことの反映で単に技術的な問題なのか不明です。まあこれは、不明のままでもしょうがないですが。
 医療の社会では、職を全うする上で、訴訟リスクがかつてなく増しているわけで、これが、明らかに医療崩壊の大きな要因となっている。私の理解では、法曹家の役割は、本来は、社会の潤滑油であって、紛争解決をルールによって行うことを補佐する役目だろうと思います。特に法曹家が訴訟社会ウエルカムでもないのだろうと思っているのですが、『逮捕なんて有罪が決まったわけでもないのでそんなに騒ぐ必要はない』といわんばかりの主張には、やはり、ウエルカムなのかなと猜疑心ももたげてきます。
 これまで、医療従事者は、顧問弁護士など付ける事は少なかったし、これからは必要だという認識はあるのですが、実際、勤務医も開業医も、収入的にはますます、厳しくなっているという問題もある。それでも、必要経費だという我々の悲しい現実があるときに、法曹家の方々は、この医療従事者側の医療訴訟不安をどう捉えているのでしょうか。

学問的に、この現象をどう捉えているのか、知りたいですね。
(単なるつぶやきですが)

YUNYUNさん 元行政さん

直接自力救済に動く者が増えるかどうかについてはYUNYUNさんの意見に賛成です。「裁判で医療機関に絶対勝てなかった時代より今の方が直接の実力行使も多いです」は、事実ですが、それは昔は「医師がいるだけでありがたい 訴えるなんてとんでもない」という価値観が常識だったからと思います。

そこで、最初の疑問に戻りますが、なぜ鑑定医数名(3〜5名程度)によって、医学的に正しい情報を集めることができないのか?(No94)   ですが、

難問ですね。思うところを述べてみます。
たとえ話 それも今ひとつまとまりのないものですが。

小学5年のYUNYUN君、勉強を家庭教師のいとこの高校生2年生のfalcon君にならってます。でも、YUNYUN君、最近どうもfalcon兄さんはできが悪いんじゃないか よく分数の計算間違えるし と思ったとします。でも、月謝もあまり払えないから大学生も雇えないし、はたしてfalcon兄さんが高校生として並かなあと言うのがとっても気になり出しました。

「ねえ、falcon兄ちゃん、この大学入試の証明問題、ミス有るのは、正直言って高校2年として問題じゃない?」
「失礼な奴だな、問題ってなんだよ」
「じゃ、普通?」
「普通って言葉の定義によるな。俺を頭悪いっていいたかったら、周りの高校生と比べて、ビリだっていうなら納得するよ。俺の友達連中と比べてみろよ、鈍いかもしれないけれど頭悪いっていう奴いないよ。56点は低いけど、普通じゃないとはいえんだろう。」

さてこのときYUNYUN君はどうやってfalcon兄さんが並か、しればよいでしょう。
先生に聞くのは無し。模擬試験の成績見るのも無し。先生や模擬試験結果に相当する、全体を把握している神の立場にある人は、現実の医療問題に存在していないから。

やっていいのは、小学生仲間に聞くこと。全国の高校生2年生に聞くこと。なぜか社会の自由研究全国賞あたったので、文部科学大臣から、全国好きな高校のお兄さんに聞いても良いよと許可もらってます。
そのとき、falcon兄さんに解いてもらった試験用紙一枚は使って良いことになっていて、質問は「この証明問題の回答、高2として「問題外」と言っていいほど悪いですか」

さっそく有名な青葉台高校訪れたYUNYUN君、岩清水君と早乙女さんに突撃取材
「僕ならミスなく解けるよ。内の高校だったら、この証明ここで間違う奴いないよ」
「私もできるは。習った定理の組み合わせですから。でもお聞きになっているのが、内の高校じゃなくて全国の高校生がどれぐらいできるかって聴いているなら私にはわからないわ」
「いや高2ならこれぐらい解けて当たり前じゃないか」
「質問は何だったかしら、「習っているから解けるべきか?」なのかしら、それとも「現実問題として全国の高2でこの証明問題とけるか 部分点考えてこの回答がどれほど出来悪いかってことかしら?」習っているなら完璧に証明できて当然っていう大人は一体学生時代に何点取ってたのかしらね。」

次の花園実業高校 「こんな問題出来る奴はここにはいないよ」

疲れてきたのでこのあたりで。
まあ、模擬試験やった人に聞けないなら、次善の策は高校生に聞いてみること、それでも「教科書に載っているかどうかはわかる」「聞かれた個人は自分が何点取るかはわかる」「でも、実情、何点以下が下位10%かはなかなか分からない(「ひらがなかけますか」や「相対性理論を説明せよ」などの極端な問題は分かる でも「分数の割り算」「三角関数」などではわかりにくい)」
高校生に聞いても良くわからないからと言って小学生の友達にきいても問題文すら意味とれずにもっと分からないのではないかと。

(法曹分野のたとえ話ではもちろん大学生のYUNYUNお兄さんに幼稚園児のfalcon君です。)

No94:YUNYUNさん

判例がこのさき、医師の皆様が希望されるような医療の優遇政策、すなわち
・軽過失免責
・証明程度の加重
という方向に転換する可能性は、非常に低いと言わざるを得ません。

【一点】えーと、医師達が国民を気合で説得して、「とんでもない判例があることが医療崩壊の最大の原因だ!!」というコンセンサスができても、判例が転換することはないですか?

【二点】もし
 ● 医療関係事件の判決にとんでもないものが多い
 ● それが医療崩壊の主要な原因である
 ● 軽過失免責や証明程度の加重により、とんでもない判決は防げる
 ● 他に有効な代替案がない
の4点が証明されたとします。その場合、僕は"司法が医療を崩壊させた"といってもいいと思いますがその辺のお考えはどうですか??

読んでいて疑問に思ったところなのですが。

> 民事では争いのある事実は51対49のぎりぎり立証でも51の勝ち
> 弁論主義に従って立証する責任は原告被告にあるので、立証にせり負けた方の責任

>そこで、最初の疑問に戻りますが、なぜ鑑定医数名(3〜5名程度)によって、医学的に正しい情報を集めることができないのか?

>裁判官が知りたいことは、”癌を見落とした医師に過失があるか”です。

 何が「医学的に正しい情報」かはこの際置くとして、システムとして、

・専門家(この場合医療)による「医学的に正しい情報」を集めて、それを医療の専門家でないものが「過失なのかどうか」を判断するのか?

・「それが過失か否かの判断」を専門家が行った情報を集めて、それを元に医療の専門家でないものが「過失なのかどうか」を判断するのか?

で変わってくると思うのですが。

実際には、「現場の医療で行われたこと」(一応、=事実 とする)があるのみです。
裁判になっているということは、それが上手くいっていなかったという結果がある。
医療はマニュアルではない、患者をみて医者によって対応が微妙に変わる要素がある。
話を聞いた場合と患者を実際にみた場合に対応は変わるし、結果からみれば別の手段があったはずだ、自分なら別の手段をとった、という異論はある。(どの意見が唯一絶対の「医学的に正しい」情報というわけでもない)

事実が「過失とまでいえるもの」であるのかの判断 はどこで行われるのでしょう?

YUNYUNさん

お忙しい中をコメントいただきありがとうございます。

そこで、最初の疑問に戻りますが、なぜ鑑定医数名(3〜5名程度)によって、医学的に正しい情報を集めることができないのか?
鑑定医さえも当てにならないとしたら、たとえ医療専門の調査機関を作ったとしても、その判断が裁判よりも優れていることにはならず、「裁判官には医療を判断できないから、医療訴訟をさせるな」という言葉は、全く説得力を失うと思います。

私もそう思います。先に挙げた肺がんの例は、結果を多数決で決めることは、単なる丁半ばくちに成り下がっているわけです。話をあまりにも単純化しすぎた嫌いはありますが。
このように大元の情報に大きな揺らぎがあり、解釈の余地が大きい場合には、いくら鑑定医の精度を上げても少人数でやる限り、出てくる結論は偶然の要素が大きいと思われます。裁判官や鑑定医に文句を言っても的外れと思います。

>No.98 立木 志摩夫さん

>僕は"司法が医療を崩壊させた"といってもいいと思いますがその辺のお考えはどうですか?

横入りですが、私見を少し

トンデモ判決が医療を萎縮に導いているという思いは、私にもありますが、必要なのは、今の法の解釈変更より、新たな国民コンセンサスによる立法・行政処置だと思ってます。
(ここに集う法曹の方々にも共通の思いが伺えます)

医療側の訴訟戦術にも工夫が必要に思います。
どうやら、”証明できないこと=証明責任を果たしていない”という悪い心証を裁判官は持ってしまいがちに思えます。
裁判官の心証が悪ければ、結論が妥当性を持つように法理を組み立てるのは、事実認定、法解釈が幅を持っている以上、避けようがないし、お金と時間と労力の無駄は莫大です
証明しようがないことについても、その証明責任が及ばない(あるいは不可能である)ことを、”一般人が理解できる相当の蓋然性”で説得する技術が必要のようです。

もっと言うと、医療行為の正当性が証明できない(つまりキチンとカルテに書かれていない)なら、医療裁判で、(医療側からすると)不当判決を受ける可能性があるということです
多忙だから、カルテを書かない、患者・家族への説明を省略するのは、JBMでは自滅行為です。
医療側が自己防衛が可能な診療能力は限られており、その自己防衛が可能な範囲の診療が萎縮医療と言われ、診療能力の低下が医療崩壊であっても、末端の医師が責められるものでは全くありません。
今の医療崩壊は、次世代のJBMに基づいた正しい医療制度への必要な混乱期であり、その中を生き残る知恵と忍耐が我々にも必要ということでしょう

No.97 falcon171 さん

トラブル自体が増えているというのはその通りなのですが、大事なのは「病院にお礼参りに来ないのは、裁判があるからではなくて、警察があるから」というところですよ。法律の専門家以外で、誰かを殴ってやろうと思った時に、裁判というシステムがあるから殴らないでおこうなんて考える人間がいますか?殴ったら捕まるから殴らないのでしょう。

No101:Med Lawさん

必要なのは、今の法の解釈変更より、新たな国民コンセンサスによる立法・行政処置だと思ってます。

えへへ。実はそうおいらもそう思います。
というか、国民コンセンサスさえ得られれば立法も行政の処置も不要なんだろうと思うんですけどね。
そういう意味ではNo98は少し八つ当たり気味です。申し訳なし。

元行政さん コメントありがとうございます。

直接の抑止力はおっしゃる通り警察力かとは思います。

しかし、にわか勉強の範囲では、いかなる独裁権力でも、被統治者からの一定の統治に対する賛意(というか統治に対する承認というかが)なければ軍隊有ろうと、警察有ろうと統治を継続できなかったと思います。

いわゆる何というのかアノミーでしたっけ。
日本でも敗戦後、非常に治安悪化したのは、直接警察の持っていたパワーが低下した以上に、今の政府に統治されようと言う気がなくなってしまったこともあると思います。

もっとひどい例は今のイラクでしょう。今のイラクで、元と同じ武装力を持った警察官を同じ人数そろえたら、じゃあ、治安が元通りになるかといったら無理ですもん。その政府に従う気が限りなく0に近いならどうしようもないです。

YUNYUNさんが心配されているのも、司法が崩壊したら、例え警察有っても、じりじりと、そういう統治に服する気がない人が増えていくのでは、最初はもちろんそういう傾向持った人たちでしょうが、続けば、一般人にもってことではないでしょうか。

YUNYUNさん いつもありがとうございます。

> 鑑定医の全会一致のときのみ過失認定がよい(No.87 サミルさま)
過失であるという意見が、10人中9人であっても認めないのでしょうか?社会の中で全会一致を要求するというルールはほとんどありません。それは、何事においても、多数人の間で「全員の」意見が一致するという現象は、なかなか生じないからです。
従って、全会一致では原告患者に対して、非常に厳しい立証責任を課すことになります。(YUNYUNさん No90)

複数人の鑑定の場合、なぜ自分が過半数では納得できないかは今思案中です。
ただ、民事裁判で、原告被告双方が一つづつ鑑定だし、裁判官がそのどちらの意見が正しいかで決める。のには反対です。
YUNYUNさんはじめ法曹からは、いくら原告被告双方から出したといったって、専門家の鑑定がそう分かれるのは理解不能と言われましたが、はしなくも、YUNYUNさんが上記で言っておられるように、何事(例 ある医療行為が医療水準にかなっているか)においても、多数の医師の間で「全員の」意見が一致するという現象は、なかなか生じないからです。
ということは、医師の意見が90人対10人、95人対5人で過失あり、過失無しになる出来事でも、探せば、反対意見持つ人はいるということでしょう。95対5の時、反対意見を「持つ」人は変わり者ですが、反対意見を持つこと事態はトンデモということではないです。(ただ、95対5の5の方の意見の人が「これが多数意見だ」と書くならトンデモです。)しかし、その反対意見側に従って判決を書いた人は、(法曹的には95の意見の側が立証にしくじったとするのであって裁判官の責任ではないとするのが正しい回答といわれても)、95人からはトンデモ判決といわれるんじゃないかと。

日頃、法曹の方に、どうして医師は、立法を働きかけるとか何か行動を起こさないのか と、お叱りというか励ましというか疑問というかを投げかけられ、「忙しくて 疲れている」からとあまり説得力ない反論しておりました。

でまたたとえ話ですが、思うに「少子化」に関する議論に似てるなと思いました。

少子化の真の原因はと言われるとなかなか難しいですが、
もし国会論戦で、政府当局者から、下記いわれれば私ならむっとしますね。
「少子化 でございますが、昨今、政府の子供を持つ家庭へのサポート足りないと言われている件でございます。申すまでもなく、生む、生まないの当事者はお父さん、お母さん、、家庭でございますから、当事者から政府に要望有れば、まず当事者の方から、そういう行動起こして頂きたと存じます。デモでも結構ですし、地元の議員への陳情でも良いです。それが有れば動きます。それがないのに政府の方から予算措置を伴う行動は決して起こしません。公聴会開いてくれとの要望有れば開きます。当事者からの要望ないのに、政府の方から公聴会開いてどうすれば生みやすくなるかお尋ねすることはあり得ません。各家庭がばらばら、まとまった団体がない、そうですか。それはお父さん方お母さん方でお考え下さい。」
私なら、これでは政府のやる気感じません。
例え、政治力学ではこれ(票を出すなり献金するなり、陳情するなりしないと政治が動かない)が真実だとしても。(昔、なにかで、議員さん「え、、そんなにお困りなんですか。言ってくださればいいのに。もちろん票か何かおみやげいりますけれど力になりますよ」と言うのが小説に)。
私なら、静かに子供作るのあきらめて、少子化は進行します。
私ならこの政府は少子化対策に身を入れなかった無能な政府と評価します、少なくとも、政府は政治力学を正しく語っている、少子化は当事者たる我々が悪いんですねとは反省しません。

他エントリーで以下の件に関連して粗雑な意見を述べましたので、少しばかり・・
(我慢できなくなりました)

そこで、最初の疑問に戻りますが、なぜ鑑定医数名(3〜5名程度)によって、医学的に正しい情報を集めることができないのか?
鑑定医さえも当てにならないとしたら、たとえ医療専門の調査機関を作ったとしても、その判断が裁判よりも優れていることにはならず、「裁判官には医療を判断できないから、医療訴訟をさせるな」という言葉は、全く説得力を失うと思います。

1.逆説的に言えば、中立的な鑑定医の意見が割れることこそ、真実は一つであっても、その時点の医療水準では正解を決められないということを示しているのです。どうして割れるのかというと、まあ、証拠が薄いということでしょうか(たとえCTの所見であっても)。それを心証で一つに絞ろうとするから無理が出て「裁判官には医療を判断できない」との言葉につながるのではないでしょうか。「当時の医療水準では複数の解釈があった。被告医師の行為がそのうちのどれかに沿っていたなら過失とは言えない」ではいけませんか。falcon171 さんが過半数では納得できない理由はこのようなことではないかと。

2.医療専門の調査機関の判定に対して、当事者でない現場の医師達は例え自分の意見と違ったとしても、医療専門の調査機関は心証ではなく、医学的妥当性で判断しているという点では信頼を持てます。裁判官の判定か医療専門の調査機関の判定かでは現場の医師達が抱く心証?が違います。それが判定を受け入れる態度にも影響します。

3.これが一番重要ですが、現場の医師達はトンデモ判定と感じた場合、判定を下したのが裁判官であればJBMに走るしか対処法はありません。その結果が防衛医療、医療崩壊です。しかし医療専門の調査機関がトンデモ判定を下した場合、学会や医師会などの団体を通じて類似の案件でトンデモ判定を以後出させないよう改善を求めることが可能です。医療専門の調査機関と互いに同じ言語で議論することが可能です。その議論は判定そのものの改善ばかりでなく、「判定が正しいなら医療のほうを改善しよう」という動きにもつながります。医療専門の調査機関でトンデモ判定が散発したとしても防衛医療、医療崩壊にはつながらないと思います。

判決に沿って医療を改善するのが現実的でない、もしくは著しく困難と医師達がみなす事が医療崩壊につながります。判決に従って医療を行うことが無理なく可能であれば、誰も文句は言いません。

No.104 falcon171 さん

もちろん裁判所の世の中での役割を否定しているわけではありません。あくまでも、直接的に裁判所があるから実力行使をしないという論理にあまり根拠がないという話です。
先生のあげた例はもっともなことですが、それは医療の部分で現実に合った制度変更をしたことで、司法全体が崩壊してしまうわけではないので、ちょっと合わないと思います。
裁判がなければ刺されるかもって感じの話に先生は賛同されたのですか。(人間は敷居の高さと比較して行動するかどうか決定するという原理は相当強力だと思いますがね)

アメリカの裁判制度における陪審員制度を、日本の法曹諸氏は概ね批判的に見ておられるような気が個人的に致しておりますが(誤解であればお詫びします)、あれは職業も考え方も違う社会各層の多人種的な人々が一室に頭を集めて、被告(人)のある行為を法に照らして判断する時に、個々人において起こし得る法に対する主観に基づく判断エラーを、全員一致の意見になるまで討議を重ねることによって、偏りの原因となる個々の主観を排除して全体として客観的中立公正な判断を得るという、いわば判断のヒューマンエラーに対するフェイルセーフを備えた優れた長所があると思います。

この点が、医療裁判における「医療水準」をどういう体制で扱うかを考える時に参考になるような気がしております。もちろん直接裁判制度に組み込むなどは論外の非実現性ですので、医療紛争から裁判に到る過程の途中に「判断のヒューマンエラーに対するフェイルセーフ」を医療側が高度に担保できる小規模(実現可能性との秤にかけて)システムを医療現場主導で考案構築できれば、医療と司法の間で失われたラポールが取り戻せるのではと、空想(笑)したりしてます。

ひらたくいえば、各中核病院に(1)法務部の設置と(2)医療事故が起こったとき当該病院で速やかに召集される症例検討会システムです。ネタ元は笑われるでしょうがテレビドラマ「ER」(笑)と、2ちゃんねる(爆)です。あ、m3でもアメリカでのボードの話がありましたね(笑)。
今回はちょっと長文過ぎの、しかも大斜め横入り失礼致しました。

>falcon171 さん

私なら、これでは政府のやる気感じません。

政府に取ってみれば、少子化が進行しようが進行しまいがどうでもいいのではないでしょうか。民主主義である以上、国民が少子化を望むというのであれば、国は少子化の方向に政策を進めるでしょうし、国民が少子化を望まないというのであれば、その方向に政策を進めるでしょう。少子化を問題しているのは、国ではなく、国民だと思います。


民主主義国家の建前としては、国民が政府の進む方向を決めるべきだと思いますが、falcon171さんの仰るような方向では、国民は政府の政策に全面的に従うという事を意味しているわけで、つまり、全体主義国家を許容するという事になると思うのですが、いかがでしょうか。

>元ライダーさん

医療専門の調査機関の判定に対して、当事者でない現場の医師達は例え自分の意見と違ったとしても、医療専門の調査機関は心証ではなく、医学的妥当性で判断しているという点では信頼を持てます。

医療専門の調査機関の判定があれば、裁判所はその判定を参考にして判断し、判決を行うように思います。実際の判決文でも、調査委員会の判断を参考にしているケースはあります。

ところで、大野病院の医師の逮捕・起訴に関しては、県の調査委員会の手による報告書の関与が大きいとされています。だとすると、調査委員会を組織しただけでは、医学的妥当性で判断される事は保証出来ないのではないでしょうか。

> 95対5の時、反対意見を「持つ」人は変わり者ですが、反対意見を持つこと事態はトンデモということではないです。(ただ、95対5の5の方の意見の人が「これが多数意見だ」と書くならトンデモです。)
> しかし、その反対意見側に従って判決を書いた人は、(法曹的には95の意見の側が立証にしくじったとするのであって裁判官の責任ではないとするのが正しい回答といわれても)、95人からはトンデモ判決といわれるんじゃないかと(No.105 falcon171 さま)

そこが納得のいかないところです。
5/100の少数意見は「トンデモではない」としつつ(←私には十分トンデモと言われているように見えますが。「トンデモ鑑定」)、
少数意見を採用したら「トンデモ判決」と非難されるのはなぜか?

裁判所にはそれが多数説か少数説かは分からないことを前提として、
原告意見1人、被告意見1人、裁判所鑑定1人 に聞くのでは、たまたま少数説が2人入ったら勝ってしまう危険があり、間違いやすい。
そこで、鑑定人にどのくらいの人数を集めたら、「こちらが多数説(裁判ではこちらを採用すべき)」ことを信憑性をもって主張しうるか。
3〜5人くらいで、この説は少数異端だということが、明らかにできませんかね?

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> 「当時の医療水準では複数の解釈があった。被告医師の行為がそのうちのどれかに沿っていたなら過失とは言えない」ではいけませんか(No.107 元ライダーさま)

その当時の知見に照らして合理的な治療法であるという説が有る程度の多数であったなら、過半数でなくても(少数有力説)、裁判上は「過失なし」とされる可能性はあると思います。
そういう立証にも失敗したから、「その方法をするべきでなかった、過失があった」と認定されているわけで。

>No.109 ぼつでおkさん
>アメリカの裁判制度における陪審員制度を、日本の法曹諸氏は概ね批判的に見ておられるような気が個人的に致しておりますが(誤解であればお詫びします)、

 誤解があるのは、法曹を一枚岩で考えられているところです。

 弁護士の多くは、むしろ、陪審員制度に賛成だと思います。なので、今回の栽培員制度に対する弁護士の反対論の中には、なぜ、陪審員制度まで、徹底しないのかという方向での反対論もありました。

 裁判官、検事は、陪審員制度に反対の方が多いと思います。そのため、栽培員制度の検討段階では、裁判所、検察庁は反対だったと思います(評価が分かれるかもしれませんが)。ただ、現在は、法律で決まっている以上、それを進める立場と思います。

上記のコメント

 ×栽培員制度→○裁判員制度

の誤りです。すいません。

> No.112 YUNYUN さん

医学、特に臨床疫学が教える『感度・特異度・罹患率・陽性的中率』を理解しないで、見逃したという誤診の話や、予測可能性・回避可能性を話しても、臨床の理解は繋がらないでしょう

先の診断見逃しの話でいうと、2−3人の証人で十分だと思います。
やり方は、その当該症例を鑑定に出すというのではなく、鑑定人一人に100人または200人位の、病気が混じっているかどうか分からない集団に対する検診の再現です。
何%かの見逃し率、不一致率が出てくるでしょう。
見逃しがあるということで、高額賠償の有責になるというのであれば、検査など誰も請け負わないでしょう
無責任ということではなく、それが、検診という検査の限界ということです。

当該患者のフィルムだけを見ても、癌の罹患率100%だから、探せば陽性所見を拾えると思いますが、同じ所見を集団に当てはめて拾うと、精密検査能力を超えてパンクします。

検査に対する誤解(過剰な期待)を理解するには、検査特性をキチンと素人に説明できる能力が必要なのでしょう

説明できない正しさは、正しくないという反論の前には沈黙しないといけない、厳しい世になってきたということでしょうか?

鑑定医が何人必要かという話ではきっとないのではないかなあと思います。どう行うのか、どういう構成メンバーで行うのかが重要です。
まず、福島大野事件の公判でクーパー論争で証人となった先生はクーパーの使用法を説明を受けていませんでした。つまり、情報が与えられないなかでの発言を検察の証拠とされています。法曹が考えた質問でストーリーを作っていくのは極めて危険です。医者でも病歴の取り方に大きな差があります。病歴の取り方が悪いために誤診にいたることは珍しくありません。また、これは医療者側の問題ですが、カルテだけを診て「何をしているんだ」と思うこともあります。そういう場合もその時の状況をよく知ればしかたのなかったのだと考えることがあります。一人で鑑定をすれば、自分の作ったストーリーから間違った結論を言ってしなうこともあります。鑑定人の中で議論をするという作業が必要でそのなかから自分の考えたストーリーを実際の状況にあったものに近づけることが可能だと思います。
鑑定人の構成も大事で事件によっては専門家、非専門家が混じることが必要です。都会の600床以上の病院で働く医師は200床前後の小ー中規模病院お状況を把握することはできず、逆もしかりです。事件によって3−5人の鑑定人を選び、一度は議論をする、手間はかかりますし、誰もやりたくないかもしれないけれど、自衛手段としてはしかたない気がします。

>No.113 L.A.LAW さんのコメント
L.A.LAW さん有難うございます。

そうでしたか。私も中途半端な裁判員(自分の意見を言うだけで討論なしに量刑まで行う)に選ばれてもとても責任が果たせないので拒否しようと思っています。判断エラーを起こすのが自分で分かっていますから(笑)。各人のエラーが集積されて判決ミスになった時、その過失責任を完全に免除してもらえないのであれば、実社会においてわれと我が手で他人を罪に陥れたことが裁判所に確実に記録されることになるのが実に怖ろしい(笑)。陪審制なら選ばれれば責任と誇りを持って務めてもいいと思いますが。

>裁判官、検事は、陪審員制度に反対の方が多いと思います。
反対する人たちは「判断エラーに対するフェイルセーフ」についてどういう考えをお持ちなんでしょうかね。(笑)

117文章のおかしいところがありました(笑。ヤッパリね)。訂正して再掲します。117は削除していただければしあわせです。

>No.113 L.A.LAW さんのコメント
L.A.LAW さん有難うございます。

そうでしたか。私も中途半端な裁判員(自分の意見を言うだけで討論なしに量刑まで行う)に選ばれてもとても責任が果たせないので拒否しようと思っています。判断エラーを起こすのが自分で分かっていますから(笑)。各人のエラーが集積されて判決ミスになった時、その過失責任を裁判員が少しでも負う場合はいうまでもなく、仮に完全に免除してもらえる事に国の保証があっても、実社会においてわれと我が手で(いや、この場合口で、ですね)他人を罪に陥れたことが裁判所に確実に記録されることになるのが実に怖ろしい(笑)。いわゆる、天知る地知る吾知る汝知る、ですね(笑)。陪審制なら選ばれれば責任と誇りを持って務めてもいいと思いますが。

>裁判官、検事は、陪審員制度に反対の方が多いと思います。
反対する人たちは「判断エラーに対するフェイルセーフ」についてどういう考えをお持ちなんでしょうかね。(笑)

> 弁護士の多くは、むしろ、裁判員制度に賛成だと思います(No.113 L.A.LAW さま、No.114による文言訂正)

そうかなー
「自分は刑事弁護はやらないので、どっちでもいい」という無関心・消極的賛成派が多かったような気がします。

私なんざ、小心者だから、もう不安で不安で堪らんですよ。
素人の裁判員を説得できるものか?
今の社会風潮では「警察に逮捕されるのは悪い人」「犯罪者はみな死刑」みたいな短絡的な意見ばっかり、最初からバイアスかかってる。
私の弁護が至らなくて、無実と信じる人を死刑台に見送ることになったら辛いよ。医師の皆さんが、力を尽くしても患者を救命できなかった場合と、同じことではなかろうか。
もう刑事弁護は止めよう、少なくとも裁判員事件は止めようと思う。
(でも、当番事件は何が来るか事前に分からず、回避は許されないのであった。)

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> 中途半端な裁判員(自分の意見を言うだけで討論なしに量刑まで行う)  (No.118 ぼつでおk様)

討論は、することになっています。

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律
(評議)
第66条 第2条第1項の合議体における裁判員の関与する判断のための評議は、構成裁判官及び裁判員が行う。
2 裁判員は、前項の評議に出席し、意見を述べなければならない。

ここでいう「評議」は、現に裁判官が判決を出すにあたって行っていること(裁判所法75条〜)と同じ用語を用いていますから、
同じように、評議の参加者同士で意見を戦わせた上で、最終的に多数決により評決するというやり方が想定されています。

もっとも、実際上、どのような運営になるかが問題で、
素人の裁判員が、プロの裁判官を前にしてどのくらい自分の意見を言えるものか、また普段から議論するということに慣れていない日本人がまともに「評議」できるのか、大変心配されています。
評議内容はヒミツだから、どんなことをしているか、外部からは分かりません。

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> 判断エラーに対するフェイルセーフ

エラーを防ぐ手だて
・評議の場で法律的な考え方を裁判長が説明することになっており、事実上かなり誘導できる。
・評決は単なる過半数ではなく、裁判官が最低一人は賛成しなければならないことになっている。

でも、本質的に、陪審制でも裁判員でも、素人の判断とはいく分かの間違いを許容するものです。タテマエ的には、日本国民は、「自分が間違って死刑にされてもいい」という覚悟で裁判員制度を入れたことになっている。
でも、陪審制のアメリカは同胞に裁かれることを良しとする風潮だけど、
日本はアジア的伝統の下で、民がお上の裁きに服する性格が抜けきっていないから(時代劇ファンは多い)、本当の意味での覚悟があるのかどうかは疑問です。

>YUNYUNさん

日本はアジア的伝統の下で、民がお上の裁きに服する性格が抜けきっていないから(時代劇ファンは多い)、本当の意味での覚悟があるのかどうかは疑問です。

ある文科省の官僚が「水戸黄門は非民主主義的番組だ」とか「日本のヒーローは権力者が多いのに対して、アメリカのヒーローは民間人が多い」とか「日本人は権力者が民衆の味方をする番組を好んでいる」とか言っていたのを思い出しました。


また普段から議論するということに慣れていない日本人がまともに「評議」できるのか、大変心配されています。

日本人がまともに議論出来るか否かは、検察審査会の様子である程度判断出来るように思いますが、どんな感じなのでしょうか。これも外部からは分からないのですが、例えば検察審査会に対して法曹はどのような評価を下しているのでしょうか。我ながら漠然過ぎる質問だとは思いますが。

YUNYUN さん、ご多忙の砌、裁判員制度の想定される運用実態について丁寧にご教示いただきお礼申し上げます。
本来ぼつでおkを名乗った通り、法律知に関しては小学生レベル(笑)のままで質問を発しており、丁寧にお答えくださる諸氏にお会いする時にはご厚意に反って恐縮致す次第です(笑)。
ご厚意に甘えすぎれば礼を失するとは存じますが、もう一点追加質問みたいなもんをお許しくだされば幸せです。

118を書きながら自分で思ったのは、
「私も中途半端な裁判員(自分の意見を言うだけで討論なしに量刑まで行う)に選ばれてもとても責任が果たせないので拒否しようと思っています。判断エラーを起こすのが自分で分かっていますから(笑)。」のくだりで、制度が始まるとこの理由では拒否できないんじゃなかったかなー、ということです。ああ書けばそこに突っ込まれるだろうけど、それを見て勉強させてもらえるかな(笑)と思ってました。
この点、制度が始まると実際のところこんな私はどうなるんでしょうか(笑)。

>謹慎明け先生(CID40259)
 身に余るほどのあたたかいコメントをお寄せいただきありがとうございます。
 拙コメントについて先生から「財産」とまでおっしゃっていただいたことについては大変ありがたいことと感謝しております。
 しかし、実際には「財産」でもなんでもなく、ただの埋没ログに過ぎないので、そんなにお気遣いいただかなくても結構です。
 このことは、ここでどのような議論がなされているのかをご覧になればお分かりになると思います。あくまでもたとえばの話ですが、

>先の診断見逃しの話でいうと、2−3人の証人で十分だと思います。/やり方は、その当該症例を鑑定に出すというのではなく、鑑定人一人に100人または200人位の、病気が混じっているかどうか分からない集団に対する検診の再現です。/何%かの見逃し率、不一致率が出てくるでしょう。/見逃しがあるということで、高額賠償の有責になるというのであれば、検査など誰も請け負わないでしょう。/無責任ということではなく、それが、検診という検査の限界ということです。/当該患者のフィルムだけを見ても、癌の罹患率100%だから、探せば陽性所見を拾えると思いますが、同じ所見を集団に当てはめて拾うと、精密検査能力を超えてパンクします。/検査に対する誤解(過剰な期待)を理解するには、検査特性をキチンと素人に説明できる能力が必要なのでしょう。/説明できない正しさは、正しくないという反論の前には沈黙しないといけない、厳しい世になってきたということでしょうか?(CID41157)

 というコメントをお書きになったお医者様は、果たして「医療崩壊について考え、語るエントリその3・4」の各コメントや、「医療崩壊について考え、語るエントリその6」の拙コメント(CID19307)をお読みになった上で上記のようなコメントを投稿なさっておられるのか疑問に思いますし、また例えば、

>その患者の病気による生命予後は斟酌しないということですか?(CID40583)

というコメントをお書きになったお医者様は、私がたびたび引用、紹介している太田幸夫編『新・裁判実務大系1 医療過誤訴訟』(青林書院)をお読みになっておらず、同書197頁以下に、「救命率を考慮して損害賠償責任を割合的に限定する見解」という項目があり、そこに救命率や予後などの要因を考慮して賠償額を割合的に限定した裁判例が多数紹介されていることをご存じないのではないかと疑ってしまいます。

 その一方、新規にコメント投稿した非医療者に対して、お医者様は具体的なコメント箇所の提示もなく「周回遅れ」の一言で切り捨てておしまいになったりしておられるわけで(CID32409など)、要するに、お医者様は非医療者の投稿した過去ログも読まず紹介文献にも眼を通さないまま、ただひたすら同じようなことを繰り返し繰り返し述べて「司法不信」を叫ぶことが許される、非医療者が少しでもお医者様の意に沿わないコメントをすればお医者様から「周回遅れ」の一言で切り捨てられても仕方がないというのが、ここのコメント欄に集うお医者様方の流儀なのでしょう(そういえば、お医者様が法曹をテロリスト呼ばわりするのは「心の叫び」なので目くじらをたてるべきではないですが、マスコミ関係者が医師を「医者」と表現するのは蔑視の表れとして非難されるべきなんですよね(CID16863以下))。

 きっとこちらのコメント欄は皆様がおっしゃるように「レベルの高い、建設的な議論の場」なのでしょうが、私はこちらの「レベルの高さ」についていけないことがよくわかりましたし、もはやついていこうという気も失せました。今はただ、せめて拙コメントの存在が「医療者と非医療者との対話」という外観を保つための道具として悪用されないよう、削除していただきたいとのみ願っています。

>No.111 しまさん
>医療専門の調査機関の判定があれば、裁判所はその判定を参考にして判断し、判決を行うように思います。

もちろん私もそう思うのですが、調査機関判定を正確に理解して、つまり判定をゆがめないで、判決を行うことができるのか、とても不安なのです。

>大野病院の医師の逮捕・起訴に関しては、県の調査委員会の手による報告書の関与が大きいとされています。

何を目的に報告書を作成するかによって報告書の内容も違ってきます。再発防止を主眼に置けば、レトロスペクティブな考察が出てきても一向に構いませんが、過失を判断する報告書においては、それでは不適切です。大野病院事件に関する県の調査委員会報告書が何を目的に作成されたのかは、ここでも言及されていると思いますが、公判で明確になるでしょう。

>No.112 YUNYUN さん
>その当時の知見に照らして合理的な治療法であるという説が有る程度の多数であったなら、過半数でなくても(少数有力説)、裁判上は「過失なし」とされる可能性はあると思います。
そういう立証にも失敗したから、「その方法をするべきでなかった、過失があった」と認定されているわけで。

治療法や学説であれば、その考え方も理解できますが、例えば一枚のX線フィルムから何を読み取れるかで鑑定が割れた場合、少数の鑑定意見が有力説であると、どのように立証すればよいのでしょうか?100人の医師に読影してもらうようなことしか思いつきませんが、現実的な方法でしょうか。このような場合は「立証失敗」というよりも「(現実的に)立証不可能」ではないでしょうか。

>No.119 YUNYUN さん

私なんざ、小心者だから、もう不安で不安で堪らんですよ。
素人の裁判員を説得できるものか?

とても共感するコメントです。裁判員を裁判官に変えれば、医療裁判における医師の気持ちそのものです。

>an_accused さん

 an_accused さんのコメントは、誰が(たとえan_accused さん自身が)なんと言おうと、私と私のブログにとってかけがえのない財産ですから、削除するつもりはありません。
 
 述べられた言葉の価値は、その言葉自体によってあるのであり、それを読まない人があったとしても、また理解しない人がいたとしても、その価値を減ずるものではありません。
 そしてその言葉が読まれる機会を奪わないことが、その価値を高める所以であると考えております。

 アクセス解析を見ていますと、けっこう以前のエントリを読む人がいるのです。

 お医者様も様々であることはおわかりだと思います。
 私はまだ絶望していません。
 できれば、L・Mnetに参加していただきたいと切に願っております。
 ご無理は言いませんが。

あれ?YUNYUNさん、No.119 YUNYUN さんのコメント、の最初に引用なさった> 弁護士の多くは、むしろ、裁判員制度に賛成だと思います(No.113 L.A.LAW さま、No.114による文言訂正)
の文中裁判員制度は、原文陪審員制度との勘違いなさっておられますよ。
>No.122 an_accused さんのコメントを読んで、読み直している時に気づきましたので(笑)、取り急ぎお知らせまで。なんか横入りばっかで気が引けますが(笑)。

>an_accused さん

要するに、お医者様は非医療者の投稿した過去ログも読まず紹介文献にも眼を通さないまま、ただひたすら同じようなことを繰り返し繰り返し述べて「司法不信」を叫ぶことが許される

これに関しては、このブログの過去ログが膨大すぎるのと、紹介文献もあちこちのエントリに散らばっているのが問題でしょう。特に医療者とか非医療者の問題でもないと思います。


非医療者が少しでもお医者様の意に沿わないコメントをすればお医者様から「周回遅れ」の一言で切り捨てられても仕方がないというのが、ここのコメント欄に集うお医者様方の流儀なのでしょう

これに関しても、医療者とか非医療者の問題でもなく、そもそも「過去ログ読め」とか「周回遅れ」と言うような発言が問題なのだとは思いますね。過去ログ読めと言うのなら、アンカーを張るべきでしょうし、同じ話題を繰り返して述べる事を周回遅れというのは不適切だと思います。重要な話題だからこそ、繰り返して話題にのぼると言うことでしょうし。


コメント欄に集うお医者様方の流儀なのでしょう

複数形ではなく、単数形にしたほうがいいのではないかなと思います。


an_accused さんのコメントは理性的で鋭くて好きなのですが、感情をむき出しにしなくてもいいのではないか思わないでもないです。復活してくれたらうれしいのですが。

あっほんとだ。

> 今回の栽培員制度に対する弁護士の反対論の中には、(No.113 L.A.LAW さま)
⇒ 今回の裁判員制度に対する弁護士の反対論の中には、 (No.114による文言訂正)
       ^^^^^^
すみません、なんか文意が通じないと思いましたが、私の誤読でした。
No.125 ぼつでおk様、ご指摘ありがとうございました。

弁護士では、裁判員制度に対して懐疑的ないし、積極的には賛成しない人が相当数おります。
アメリカの陪審制を賛美する人は、かえって、似て非なる日本の裁判員制度を否定的に評価しています。
つまり、一方では素人参加に拒絶反応、他方では市民主権が徹底しないことを批判、中途半端さが両陣営から嫌われる。

> ただ、現在は、法律で決まっている以上、それを進める立場(No.113 L.A.LAW さま)

法曹三者で協力してPRしろってんですよー
呉越同舟が上手くいくものか。

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> この理由では拒否できないんじゃなかったかなー(No.121 ぼつでおk様)

その通り、単なる不安感では拒否できません。
欠格事由(心神喪失、犯罪者)、就職禁止事由(法曹関係者)、事件不適格(事件関係者)のほか、自分の理由でイヤと言えるのは

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律
(辞退事由)
第十六条 次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員となることについて辞退の申立てをすることができる。
 一 年齢七十年以上の者
 二 地方公共団体の議会の議員(会期中の者に限る。)
 三 学校教育法第一条、第八十二条の二又は第八十三条の学校の学生又は生徒(常時通学を要する課程に在学する者に限る。)
 四 過去五年以内に裁判員又は補充裁判員の職にあった者
 五 過去一年以内に裁判員候補者として第二十七条第一項に規定する裁判員等選任手続の期日に出頭したことがある者(第三十四条第七項の規定による不選任の決定があった者を除く。)
 六 過去五年以内に検察審査会法(昭和二十三年法律第百四十七号)の規定による検察審査員又は補充員の職にあった者
 七 次に掲げる事由その他政令で定めるやむを得ない事由があり、裁判員の職務を行うこと又は裁判員候補者として第二十七条第一項に規定する裁判員等選任手続の期日に出頭することが困難な者
  イ 重い疾病又は傷害により裁判所に出頭することが困難であること。
  ロ 介護又は養育が行われなければ日常生活を営むのに支障がある同居の親族の介護又は養育を行う必要があること。
  ハ その従事する事業における重要な用務であって自らがこれを処理しなければ当該事業に著しい損害が生じるおそれがあるものがあること。
  ニ 父母の葬式への出席その他の社会生活上の重要な用務であって他の期日に行うことができないものがあること。

この中でできそうなことは、友達のお医者さんに診断書を書いてもらって、自分が病気になるか、親をヨイヨイにするか死なすかですね。
余人を持って代え難い「重要な用務」は、なかなか認められないと思います。
そうでないと、サボリが続出したら困るから。

実際には、勤めを1週間休んで裁判所に行けるかどうかが、大きな問題です。
会社に対しては「配慮せよ」との努力義務を課していますが、大企業はともかく中小企業でそんな話は通用しそうにありません。
まして、アルバイトや派遣の非正規社員は立場が弱いからなあ。

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> 検察審査会に対して法曹はどのような評価を下しているのでしょうか(No.120 しま様)

今の制度では法的な強制力がないので、悪いけど、何も期待していないと思います。ガス抜き効果くらいか。
裁判官にとっては、無きに等しい制度。
検察官には面倒いだけだから、きっと嫌われているだろう。
弁護士は、本当に起訴しなければならない犯罪(公務員の犯罪)については、準起訴手続きで真剣勝負する。

新制度で起訴強制できるようになったら、そうそう無視できないと思いますが。。。

>No.125 ぼつでおkさん
>NO127 YUNYUN さん

すいませんでした。わたしが誤解を招くような修正をしたため、議論を錯綜させてしまいました。

>No.127 YUNYUN さんのコメント
お答えありがとうございます。あと、アレで拒否した(笑)私みたいなアレな奴に対する罰則はどのようなものでしたでしょうか。

斜めから入ったままここで質問し続けるのも気がひけるので、これで一旦止めます。この質問ももちろんぼつでおkです(笑)

元行政さん コメント(No108)ありがとうございます。

私も すぐに刺されるような自体が来るとは思いませんが、世論の納得無く(理があったとしても)医療訴訟制度を医師優位にいじれば、殺伐とするだろうと危惧はしております。感覚的なもので根拠ありませんが。「新小児科医のつぶやき」でうかつに医師団体立ち上げて、スケープゴートになる危険性が話されているのもそのことだと思います。

しまさん コメント(No.110)ありがとうございます

たとえ話なので本当の政府がどう思っているのかはわかりません。私の書き方悪く、政府と当事者の二者しか出さず文意取りにくかったかもしれません。参加者は、実は、三者、政府と当事者(若い夫婦としましょうか)とその他大勢の圧倒的多数の国民(民意)です。

「たとえ話上の政府」が少子化を実は気にしておらず、「たとえ話上の民意」も気にしていないなら、おっしゃるとおりです。ただ、「たとえ話上の若夫婦」も実は困っておらず、子供を持つのを止めるだけなら、三者に問題ないわけですから何も言うことありません。

結局、「たとえ話上の若夫婦」は当事者ではあるが、暴動を起こしたり、デモしたり、陳情したり、行動を起こすほどには困っていないのです。政府が子供を持つことによるデメリットを克服するほどの圧倒的な施策をして(お金を出して、十分な育児補助金だして、育てた方が年金で有利になるようにして、保育所の待機を国の責任とお金で解消して、子育て中の時短を認めて、それが金輪際出世に響かないようにしてやる)、お膳立てすれば載っても良いよと思っている(証明はしておりません。ただフランスなどで少子化止まった事からの類推です)のです。(漱石の道草読めば、明治時代に養子をもらうと言うことは、親子の愛情と言うこともさることながら、子による老後の保障と言う面があるのは歴然です。老後を子に頼らないなら、大幅にその面で子供を持たなきゃという意欲低下して当然です。)

政府が少子化で将来の年金財政上困る、国民一般(民意)が困るというなら、先のNo106で述べたような事を「たとえ話政府」が言っていては、当事者ではあっても「たとえ話若夫婦」は政府のやる気感じず(そして民意の後押しも感じず)、子供を持たない選択を推し進めるだけだと私は思ったのですが。
私の意見としては、「たとえ話政府」が困ると考えているなら、「たとえ話民意」が熟していなくとも、「たとえ話政府」として民意をそちらに振り向けるよう(もっと税金を少子化対策に振り向けることに民意が賛成するよう)音頭を取る。逆に「たとえ話民意」が少子化は困るというなら、「たとえ話政府」が全然金出す気がなくとも、(「若夫婦」ではなく)「民意」が「政府」の尻たたいて、「若夫婦」の言い分を聞きなさいと言うべきでは。少子化に上で述べたほどの投資を決断するほどに「政府」も「民意」もお困りでないなら、再度言いますが誰も困っていないのです。このままの路線で行きましょう。

私も、民主主義国家の建前としては、国民が政府の進む方向を決めるべきだと思いますが、政治家が未来を見据えて、リーダーシップを発揮(強制ではなく、言論を通じて民意を変える)するのは悪いことではないと思います。

an_accused さん コメント(No122)ありがとうございます

>その患者の病気による生命予後は斟酌しないということですか?(コメントNo74 CID40583)
を書いた本人でございます。申し訳ありません。「太田幸夫編『新・裁判実務大系1 医療過誤訴訟』(青林書院)」を読んでおりません。その上のYUNYUNさんのコメントに短絡的にこういう事かなと反応しただけでございます。お気に障ったらお許しください。

また、お暇なとき、No95、No106+本コメント等にもご意見いただければ幸いです。

> ぼつでおkさん

アレで拒否したアレな人に対する罰則は10万円以下の過料だそうです。

http://law.e-gov.go.jp/announce/H16HO063.html

この八十三条がアレの罰則に当たりますか。

>YUNYUNさん

今の制度では法的な強制力がないので、悪いけど、何も期待していないと思います。ガス抜き効果くらいか。

評価というのは、検察審査会の議論がある程度まともなものなのか、素人の雑談程度に過ぎないものなのか、と言う議論の評価です。法曹と括ってしまいましたが、これは当事者である検察にしか分からないことでしたね。言い方が不適切でした。

>falcon171さん

私も、民主主義国家の建前としては、国民が政府の進む方向を決めるべきだと思いますが、政治家が未来を見据えて、リーダーシップを発揮(強制ではなく、言論を通じて民意を変える)するのは悪いことではないと思います。

それを実現したのが小泉総理かと思います。小泉総理自体は批判に値する総理だと思いますが、小泉総理退陣後に問題が噴出しているのも事実です。なぜ問題が噴出しているかと言うと、国民が「小泉総理を自分たちで選択した」と思っているだけではなく、「小泉総理にうまく乗せられた」と思っている人が多いと言うことだと思います。

政治家がリーダーシップを発揮したところで、後になってしまえば不満がたまるのです。結局、国民が政府の進む道を決める以外に道はなく、国民以上の政府を抱くことができないのではないかと思います。

>No.131 bg さんのコメント CID 41434
ご教授ありがとうございます。
ということは、政府はこの制度を始めることによって、私のようなアレな奴からは正味10万円(無税だからね(笑))の臨時収入が見込めるという訳ですね(笑)。
まあ、取り敢えずアレですが(笑)、お蔭様で自分なりに対策の目途がつきました。内緒ですけど(笑)。では自慢の逃げ足に物を言わせてこの話題から退散させていただきます。これにて御免。

しまさん コメントありがとうございます。
ただ、No133のコメントの言わんとしているところが良くわからないのですが。

Nん106,130の私のたとえ話は、当事者だからと言って医師に自分らで行動起こせといっても、静かに戦線離脱するきっかけになるだけで無意味ではないですか、それは少子化問題で、若夫婦から行動起こさねば政府は何もしないよと言い放てば、静かに少子化が進むに等しいんではないですかという意味ですが。

YUNYUNさん 法曹の皆さんいつもお世話になっております。
以前、複数人の鑑定団の意見単純多数でなぜ気持ち的に納得できないか思案中と申しました。ちょっと計算してみましたので、ご意見お聞かせいただければ幸いです。

話単純にしないと計算できないので、いわゆる数学の組み合わせで考えます。
医師がトータルで1000人にて(1000個の球があって)、ある事象に意見Aを持つもの(赤玉)とまたはNotAの意見持つもの(黒玉)がいるとします。

ここで1000個の球から無作為で5個とって(5人の鑑定団選んで)、その(赤玉黒玉の)構成はどうなるかを考える。ただし相談して意見変えるというのはややこしいので無し。その人の意見は変わらない、つまり鑑定団が選ばれたときにどういう結果が出るかは決まっているとします。完全に数学の問題です。

私の計算では(エクセルにお世話になりました)
赤玉 黒玉の時 5個の中で赤玉3個以上の確率 黒玉3個以上の確率
100  900      0.83                 99.16
200  800      5.75                 94.26
300  700      16.26                83.74
400  600      31.71                68.29
500  500      49.99                49.99
となりました。
全体で4対6で過失無しだとする意見が多いとき(これを少数有力説があるととるか、多数決で負けていると取るか)、5人の鑑定団で逆転「過失あり」判決が出る可能性は31%です。
こちらは許容できるかもしれませんが、例えば、300 700で医師に過失無しが有力の時も、16.26%の確率で少数意見(過失あり)が鑑定団の多数を占めます。
まあ、通常統計判定では5%以下の事象は稀なこととしますので、16.26%なら、300対700で勝っていても敗訴は珍しいことではないと言うことになります。
もちろん原告被告は対等ですので、逆に医師一般には患者700対300で優位でも、裁判で(鑑定団の5人では)患者敗訴になる確率も同じです。
これをどう価値判断するか もちろん法曹的には「対等なら良いじゃないか、裁判で母数1000人と異なった判断になるのがこの場合16.26%になるのは法曹的には許容範囲というか、これが許容できないなら民事裁判制度成り立ちません。対等の立場受け入れないってなんて医師はわがまま。」という意見出るとは思います。
でも、私の素朴な心情では、1000人の医師内世論の意見が7対3であんたの医療行為は水準内と行ってもらっているのに、16%の確率で裁判負けちゃいますよというのはなあと思ってしまいます(まして6対4のぎりぎりなら31%の確率ですよといわれると)。
100対900の比較的自明なケースは単純過半数でも5人鑑定団でひっくり返るケースは1%以下です。でも、どんどん裁判に持ち込まれるケースが増えると言うことは、そんな自明なケースが増えると言うより、3対7、4対6の過失無過失の微妙な例ですら納得できないとして訴える人が増えたと言うことだと思います。当然医師1000人の世論と鑑定団の意見ひっくり返る可能性が激増だと思います。それでもこのぐらいのリスクは当然という医師が多ければ医師は去らないんですけれど、現実には去っているみたいです。

ちなみに
5個ではなく3個だと
赤玉 黒玉の時 3個の中で赤玉2個以上の確率 黒玉3個以上の確率
100  900      2.67                 97.23
200  800      10.37                89.63
300  700      21.57                78.43
400  600      35.18                64.82
500  500      50                  50
です。

赤玉300 黒玉700 の場合、鑑定団をどこまで増やすと単純多数で少数意見が勝ってしまう率を5%以下に出来るかですが
          少数派勝利(赤が多い)確率  多数派(黒が多い)勝利確率
7人鑑定団では 12.53%               87.47
9人鑑定団    9.78                90.21
11人鑑定団   7.71                92.28
でした。ここで疲れちゃいました。かなり増やさないといけないみたいです。

No.136 falcon171 さま

計算方法は、これで正しいのでしょうか。
(問)赤玉300対黒玉700の中から、3個取り出した時に、赤玉2個以上出る確率
 赤3個        300/1000 * 299/999 * 298/998 =0.02681
 赤2個、黒1個   300/1000 * 299/999 * 700/998 * 3C2 =0.18893
  0.02681 + 0.18893 =0.21574
 
電卓でやったら疲れる〜
全部の計算結果を追試していませんが、以下、数値が正しいものと仮定して。

> 原告被告は対等ですので、逆に医師一般には患者700対300で優位でも、裁判で(鑑定団の5人では)患者敗訴になる確率も同じです()

どちらの立場を取るかですね。
コップの水を半分飲んだ時、「もう半分も飲んでしまった」と捉えるか、「まだ半分も残っている」と捉えるか。

世間の同業者10人のうち7人から過失アリと指弾されても、諦めるのはまだ早い。賠償を拒み通して裁判に持ち込ませませれば、裁判所は16.26%の確率で、あなたを救ってくれます。
「7対3で過失っぽくても、まだ勝機が16.26%もある」というのは、医師にとって魅力的ではないですか?
医師は悲観論者が多いのかな。(それでパチンコや競馬が好きだったりしたら笑うな)

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> 自明なケースが増えると言うより、3対7、4対6の過失無過失の微妙な例ですら納得できないとして訴える人が増えたと言うことだと思います。

残念ながら、人間の心理からして、過失があるのか無いのかが微妙だと、かえって裁判になってしまうのではないかと思われます。
最初から結論が見えているなら、訴訟外で紛争解決できるからです。

> > 材料が最初から全て明らかになっていれば、そもそも訴訟にならないか、なったとしても裁判が短期で和解すると言うことになるのでしょうか。(No.51 しま様)
> 一般論としてはその通りです。(No.60 YUNYUN)

10人中9人が過失を認める事件では、医療者が自らの不利を悟って素直に示談するだろう。
10人中1人しか過失を認めない事件では、患者は自分の意見を裏付けてくれる医師が見つからず請求を諦めるだろう。

実際のところ、社会の医療事故現象としては、どちらの性質の事件が多いのでしょうか。
過失が有るか無いか微妙で医師らの意見が激しく分かれる事件が多いのか、それとも、過失アリならアリ、ナシならナシでおおむね意見が一致する事件が多いのか。
これまでの話では、何となく、意見が分かれる事件が多いようなふぃんきでしたが・・・

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> 赤玉300 黒玉700 の場合、鑑定団をどこまで増やすと単純多数で少数意見が勝ってしまう率を5%以下に出来るかですが
> かなり増やさないといけないみたいです

一応の慰めをいいますと、
裁判官でも3人が「合議」して結論を出すことで、単に評決だけするよりも、正しい結果を導きうると考えられています。
鑑定団で討論させれば、正しいところ(多数説)に意見が収斂してくるのでは。。。

>falcon171 さん

当事者だからと言って医師に自分らで行動起こせといっても、静かに戦線離脱するきっかけになるだけで無意味ではないですか

戦線離脱することで問題が解決するのなら、それでいい話です。法曹の方々は、医師が困っているのなら行動を起こせと言っているわけであり、医師が困っていないのなら何も言わないと思います。

他方、医師が戦線を離脱することで、国民が困る事態になると思いますが、それに関しては当事者である国民自体が行動を起こすべきでしょう。


それは少子化問題で、若夫婦から行動起こさねば政府は何もしないよと言い放てば、静かに少子化が進むに等しいんではないですかという意味ですが

等しいと思います。誰も行動を起こさないのであれば誰も困ってない事であろうし、誰かが困るのであれば困る側が行動を起こすべきであろうと思います。「国民が困ることは目に見えているので、あらかじめ手を打っておく」事が政府の役割だと言う意見の人もいるでしょうが、それは私には過保護の親のようにも思うのです。

YUNYUNさんの計算式は、間違ってると思いますよ。その方法は千個の玉の中から一つずつ玉を取り出すときの計算法です。この設問は千個の玉の中から一度に三個つかんで取り出すのですから、組み合わせ計算をしなければなりません。まぁ、こんなのは確率・統計の基礎の基礎、そのへんのまともな高校生に聞いてもわかることですがね。

答えは

(300C3+300C2*700C1)/(300C3+300C2*700C1+300C1*700C2+700C3)=0.268

です。数学を持ち出すのなら、正確に持ち出すほうが信用が高まると思いますよ。逆もまた真なり。数学だけに限った話じゃありませんがね。言質を取られないようにするのは大変ですね。

>No.137 YUNYUNさん
>No.139 そうか亡国か!さん

確率計算は、YUNYUNさんのものが正解で、そうか亡国か!さんのものが誤りです。そうか亡国か!さんの計算では分母が誤りで、分母は正しくは1000C3となります。くじ引きの確率計算では、まとめて引いても順番に引いても結果は同じなので、YUNYUNさんの解答で大丈夫です。(…って、偉そうに書かせていただきましたが、YUNYUNさんも現役時は理系でしたっけ?)

ここらへんの技については、以前私が予備校で数学を教えていたときに書いたプリントにちょっと書いてあります。
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/juken/sekinohosoku.html

>そうか亡国か!さん
その文脈で、「逆もまた真なり」と言う言葉が何を意味するか分からなかったので、教えて頂ければ幸いに存じます。

すんません、そうか亡国かさんの計算式も間違っていませんでした。そうか亡国かさんの計算間違いのようです。

まともに医療問題を考えると、詰め将棋みたいに詰みがありそう。

詰め碁だと、黒先黒生き、黒先白死、黒先コウ、みたいに解決結果にいろいろなバリエーションがあります

さて、医療問題は、国先医療生きでしょうか?医療先国民生き?司法先コウ?

医療が投了することになるときには、国民が困るでしょうが、その崩壊後の混乱が心配です

・・・ぼやきですので・・・つぶやきです

鑑定医の人数も大事だとは思うんですが、僕はそれよりどうやって情報が与えられるかによるのではないかと思うんですが。検察から与えられた情報では「おかしい」と思い、全体像が見えた後に考え直すということはきっとあると思うんです。
残念ながら、医者の書くカルテは必要な情報が少なく(僕もあまり書いてないことが多いのです。そしてこれ自体が法曹ほか非医療者からは非難されるのでしょうが)、情報の与えられ方によって容易に異なった結論になります。医療判断はさまざまな状況のなかで同じ患者さんに対しても異なった判断になります。医療行為の選択判断のもとになったなるべく多くの要素を吟味す
ることが必要です。そういう意味ではネットの議論はもとになった事実が曖昧である欠点はありま
すが、ずいぶんいろいろな要素を吟味した総和になっていると思います。そうした議論の後に
鑑定をすると自分の気づかなかったポイントが重要であったと思い直す鑑定医もいるのでは
と想像します。医者同士がある程度議論をし、医療行為のもとになったできるだけ多くの要素を
最初に出してからの実際の鑑定は3人でもいいのではないかと思ったりします。
逆に検察が医師を一人一人隔離して、医学の知識なくカルテだけをもとに鑑定させれば10人いても間違った結論になりうるのではないかと思います。

どうでもいいレス。

> 数学を持ち出すのなら、正確に持ち出すほうが信用が高まると思いますよ(No.139 そうか亡国か!様)

数学は正確に越したことはないという点には賛成しますが、
確率論を持ち出したのは私ではなく、No.136 falcon171 様 でして。(その前はNo.76 うらぶれ内科さま)
「エクセル」というのは分かりませんが、たぶん既成の関数計算ソフトが存在するのだと推察します。

医師のみなさんは理系人間だから、数値計算してみせることが説得力があるようなので、私の理解できる範囲でお付き合いしましたが、
私自身はこういった確率論にはあまり重きを置いておりません。
経済学でも同様ですが、数値化モデルは一見精緻なようでいて、あくまでモデルはモデルに過ぎないのであって、現実をどれほど反映しているかが問題です。論者が自説を説明するのに都合の良い条件のみを取り上げて、モデル化するというのが常套手段ですから、騙されないように注意すべし。

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> くじ引きの確率計算では、まとめて引いても順番に引いても結果は同じ(No.140 峰村健司 さま)

宝くじは、最初に買っても最後に買っても、当たる確率は同じです。

> YUNYUNさんも現役時は理系でしたっけ?

いえ、学校では文系コースで、大学は法学部のみを受験しました。
けど、私のころの指導要領では、確率分野は数Iに入っていて(統計は数III)、共通一次にも出題されましたよ。
解き方の指南は、「要領かまそうとするより、全ての場合を数え上げろ」というものでした。

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> 医者同士がある程度議論をし、医療行為のもとになったできるだけ多くの要素を
最初に出してからの実際の鑑定は3人でもいいのではないかと思ったりします(No.144 謹慎明けさま)

裁判の鑑定では、鑑定人同士の討論・意見交換はありえますが(それも鑑定作業のプロセスと考えられる)、外部者の意見を求めることは難しいだろうと思います。
3人なら3人で、全ての医学的要素を発見してもらわねば。

鑑定人が鑑定の参考とするために、当該医師に直接に質問してカルテ等につき医学的な説明を求めるということは、やり方によっては可能かもしれません。公開法廷で、双方立ち会いの下で尋問してもらうほうがいいと思います。
cf.刑事事件の精神鑑定では、鑑定医が被告人に直接会っていろいろ質問する(しかも弁護人の立ち会い抜きで)のが普通

No.145 YUNYUN さん

かなり理系を誤解されているような。。。

>理系人間だから、数値計算してみせることが説得力がある

数学は単なる道具なんですよね。しかし使わないで精度の高い判断は無理ですよ。しっかりした建築物を立てるなら測量は欠かせません。しかし心に残る銅像を作るなら測る必要はないでしょう。法学は後者ということなんだと思います。

>論者が自説を説明するのに都合の良い条件のみを取り上げて、モデル化するというのが常套手段ですから、騙されないように注意すべし

私達はそれを見破るプロを自認しています。医学の論文を読むということはそういうことです。

> 私達はそれを見破るプロを自認しています(No.146 元行政さま)

「7対3で過失がないとされる事件でも、裁判鑑定では21.57%の確率で負けてしまう。だから裁判は信用できない。トンデモだ!」

これは正しい認識か?

前提条件として、社会の医療事故のすべてが7対3ではない。
7対3の事件もあれば9対1の事件もあるので、9対1の事件で、なおかつ少数派が勝ってしまうという現象は稀(2.67%)です。
6対4のように対立する見解が伯仲する事件について、35.18%の確率で競り負けることは、ある意味しょうがないかと・・・
トンデモ鑑定が多く生じるかどうかは、実際の医療事故にどういう種類の事件が多いか、7対3が多いのか、9対1が多いのがということが、大いに影響すると考えます。

もちろん、鑑定医の人選や証拠の提示のしかた、討議といった運営上の工夫によって、より公正な結果が出せるよう努力するので、実際の確率はもっと改善されるはずです。
特に、人選については医療の側にお願いしたいところです。

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上記は、紛争の最終的解決手段たる裁判をどう良くしたらよいかという問題でしたが、
裁判所によらない紛争解決方法の促進は、これと別に(並行して)どんどんやるべきです。

> 医療専門の調査機関の判定に対して、当事者でない現場の医師達は例え自分の意見と違ったとしても、医療専門の調査機関は心証ではなく、医学的妥当性で判断しているという点では信頼を持てます(No.107 元ライダーさま)

このご意見には肯けます。
医師に対しては、他の者が言うより、同じ医師から意見してもらったほうが、通じる。
加えて、同じ医師でも、裁判所の鑑定人に言われるより、医療専門機関の調査員に言われるほうが、心情的に素直に受け容れられるというなら、それはそれでよいでしょう。

繰り返しますが、医療専門の調査機関を設けることについて、法曹側、つまり裁判所や弁護士は障害となりません。
司法権は伝統的に「小さな司法」志向で、裁判所が紛争解決を独占したい気持ちはさらさらなく、他の方法で解決できなかった場合の最終兵器として温存してもらいたい気持ちが強いのです。昨今の司法改革の流れ、ADR法等は、これを促進する目的のものです。
医療専門の調査&紛争解決機関が繁盛して、裁判所のほうでは閑古鳥が鳴くことになれば、裁判所は大喜びするでしょう。
弁護士は代理人として、これまでも裁判外の紛争解決に従事してきたところですから、一向に構わない。きちんと紛争解決してもらえる機関でありさえすれば。

問題は、原告患者側から見て、裁判所の訴訟手続きと比べて、医療専門機関のほうが魅力があるかという点です。            

No.147 YUNYUN さん

この件に関してはおっしゃる通りです。総論としてご理解ください。

logicalなのが法学で、artisticなのが医学だと思っています。

 No.112のYUNYUN さんへ

 「そこが納得いかない」とお怒りですけど、医師が少数意見を示すのと、何も分からない裁判官がそれをつまみ食いして曲解してトンデモ判決を出すのとでは、全然意味が違うんですよ。

 医師は、治療方針を検討するときに、常に様々な可能性を想定します。そして、教科書的な知識、当たり前の治療方法は当然の前提とした上で、それでは今目の前にいる患者にとって最善の手段は何か、と自問します。結果として、他の医師があまり採用しない方法(少数意見)でトライすることもありますが、そこには、その方法を選択した積極的な理由があるのです。もちろん、少数意見をとった場合のデメリット、注意点についても熟知しており、そこは別の手当てを考えています。それを承知したうえでなお、この方法で行こうと判断したのだから、それは専門的判断として尊重すべきというか、医師でさえ、その患者を担当していない者が迂闊に過失だなんだと口出しすべき領域ではないのです。

 羽生が序盤から飛車を切って勝負に出たとき、結果として負けたとしても、「そんなこと普通はしないから過失だ」と言いますか? あるいは、その手をとらえて、別の棋士に「ここで飛車を切らないのは過失だ」とかいいますか? イチローがボール球に手を出して、結果として空振りしたからと言って、「あんな球は普通のバッターなら振らないから過失だ、弁償しろ」とかいう愚かさが分かりませんか? それがボール球であること、普通なら振るべきでないことは、百も承知なんですよ。ただ、その場面では、敢えてその選択に踏み込む、トライするだけの理由があったのです。その理由は、イチローではない、野球選手ですらない法曹家に、真に理解することはできません。医療は、ある意味Artの世界です。法曹家に求められているのは、まず、能力的に自分たちの理解の及ばない領域が存在することを認めることなのです。

No.122のan_accused さんのレスについて

論破されると、感情的な捨て台詞を残して逃げるのは見苦しいことです。

しかし、法曹家の行動パターン、思考パターンを見事に見透かさせたという意味では、価値のある発言ともいえます。その意味で、氏の発言は全て記録・保存しておくべきです。

No.195 「ER医のはしくれ」さん

たしかに「片岡万せー」さんの表現方法には、神経質な人から見れば問題だと指摘され得る箇所も全くないとは言い切れませんけど、彼らにとって、理系コンプレックスというのは現実にあるんですよ。物事の性質上、証拠を示せと言われても難しいですが、多数の裁判を通じて現れている法曹家の言動、判例をトータルに評価すれば、ヒフ感覚としてそれが感じられるようになります。

理系の人は文系的思考も理系的思考もできるのに対し(これは、このブログでほとんどの医師が法的思考パターンを短期間で収得し、その裏にある一種の欺瞞性、虚構性を看破していることからも明らか)、文系、特に法曹家は、表面的には理系人間を賞賛しつつ、実際には生理的嫌悪感を感じている方が多いですね。区分を正確に言うと、「理系/文系」ではなくて、「オールマイティー/文系オンリー」といえるでしょう。

>No.149 脳外科医(留学中)->今後「FR」へ変更さんのコメント | 2007年03
>月01日 18:39 | CID 41828 | (Top)

>logicalなのが法学で、artisticなのが医学だと思っています。

脳外科医(留学中)->今後「FR」へ変更さん(長っ)にならって改名してみました(笑)。でもやっぱり長過ぎですね。何事も過ぎたるは及ばざるが如し、でしょうか。次からはタダのぼつでおkに戻します。朝令暮改(笑)。

閑話休題。No.149脳外科医(留学中)->今後「FR」へ変更さんと全く同感です。一言多い私が付け加えるなら、両者とも人の業である限り決して神に均しく成る事は無いという点で寸分無く同等でありましょう。
改名をまた考え直したぼけでおつじゃなかった(笑)ぼつでおkでした。

>  「そこが納得いかない」とお怒りですけど、医師が少数意見を示すのと、何も分からない裁判官がそれをつまみ食いして曲解してトンデモ判決を出すのとでは、全然意味が違うんですよ。

私が疑問としているのは(怒っているわけではありません)、
裁判所がたまたま出された少数派医師の意見に従った場合に、なぜ「トンデモ」と謗られねばならないか、ということです。
裁判官が専門知識に欠けるゆえに、医学的見解の真意を誤解して、判断を誤ってしまうケースとは別の問題です。

> なぜ鑑定医数名(3〜5名程度)によって、医学的に正しい情報を集めることができないのか?(No94YUNYUN)

この疑問に対する、医師の方からの、しかとしたご回答はないように思います。

医療はArtなんだから、正解なんて無いのだ、という極論があるかもしれません。
ならば、どの見解を選んでも、裁判官が「選び違えた」と非難される筋合いは無いことになってしまいます。
その場合は、結果の善し悪しだけが唯一の指標となるでしょう。白い猫でも黒い猫でも、ネズミを捕るのが良い猫だ。
正しいか誤っているかの評価が無く、価値の優劣がないところでは、結果が悪く出たことを庇い立てする要素は、何もないからです。
結果責任主義で本当によいのですか?

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> イチローがボール球に手を出して、結果として空振りしたからと言って、「あんな球は普通のバッターなら振らないから過失だ、弁償しろ」とかいう愚かさが分かりませんか? それがボール球であること、普通なら振るべきでないことは、百も承知なんですよ。ただ、その場面では、敢えてその選択に踏み込む、トライするだけの理由があったのです。その理由は、イチローではない、野球選手ですらない法曹家に、真に理解することはできません。

ボール球にあえて手を出して三振するイチローの心境を、観客がいちいち理解する必要はないと思いますが、
普通やるべきでないことをして、その結果が悪かったなら、世間の阿呆の非難を甘受せねばならないと考えます。

しかしそもそも、スポーツ選手の芸を見ることと、医療を受けることとを同列に比較するのが、正しいとは思えません。
つまらない試合を見せられて入場料損したと思うことと、自分の生命身体とでは、かかっているものの経済的価値が違いすぎるからです。

卓越した運転技能を持つF1レーサーの車が、センターラインを超えてあなたの車に真正面から突っ込んできた場合に、普通人ならばそのような運転をすべきでないことは百も承知ですが、レーサーにはあえてその場面でその選択をすべき、常人には理解し難い理由があったのでしょう。
しかし、あなたとしては、レーサーの心境どうあれ、自分の怪我の治療費・後遺症の慰謝料・車の修理代は払ってもらいたいと思いませんか。

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私としては、何度も繰り返しますが、医療に関する判断は医師に任せてしまう(裁判外の調査機関)のがよいと思っています。

「Artだから、いかなる場合においても過失というものは認められない」という判断は困りますが、
医師の皆さんは批判精神旺盛だから、他の医師の判断手技に対しても、遠慮無くダメだしするような気がします(楽観的)。
医師は医師の判断に絶対的に服する。これで文句はないはずです。

そのような機関ができるまで、仕方がないから司法で判断しますが、早く機関を作ってくださることを望みます。

医療はArtなんだから、正解なんて無いのだ、という極論があるかもしれません。
ならば、どの見解を選んでも、裁判官が「選び違えた」と非難される筋合いは無いことになってしまいます。

医療がArtで正解などないのだとします。
正解などないのに、これが正解だと裁判官が選ぶこと自体が十分非難に値すると思いますが。

モトケンです。

本文再掲

>>ここはふと思ったことをつぶやく場所です。

というわけで

このエントリに限り、長文コメント禁止にします。


別にテーマを決めない議論用の成り行き任せエントリを立てましょうか?

>No.154 YUNYUN さん

>> なぜ鑑定医数名(3〜5名程度)によって、医学的に正しい情報を集めることができないのか?(No94YUNYUN)
>この疑問に対する、医師の方からの、しかとしたご回答はないように思います。

それはないんじゃないでしょうか?

簡単に説明するとしたら、裁判側が医療側に対する不信あるいは、患者側が被害者として原告側にいることを非常に重く見すぎていることが、ゆがんだ事実認定、証拠採用の原因でしょう

上田和孝弁護士(名古屋)は「少数派の医療裁判制度改善策」の中で

東京地裁においては患者側に不利な場合のみ鑑定を採用する(医師に不利な場合は鑑定しない)とのことです。しかし、鑑定もないまま医師側が非専門家の判断に素直に従うとも思えず、控訴されることも多くなるでしょう。控訴審で鑑定が採用されたら、結局審理は促進されません。

と今の医療裁判のあり方に批判を加えておられます。

一方、藤田康幸弁護士(東京)は、「公正な鑑定の確保のために」の中で

従来、不公正に被告側をかばう鑑定書が散見された要因の1つは、鑑定書が公開の場で批判的検討をされることが少なく、そのために、そのような鑑定書を書いても、当事者や係属裁判所以外には知られないから大丈夫だと考える鑑定人がいたからだろうと思う。

と、元は被告の鑑定のバイアスを裁判官が見ぬことができなかったために、今はゆり戻しが来ていると言わんばかりです。

証拠として採用する側に判断能力がなかったり、バイアスがかかっているようであれば、いくら事実を述べ、解説を加え、批評を加えても、正しい心証には至らないでしょう
結果、出てきた心証は、医学生が書けば零点もらうような事実認定に繋がりかねない

歪んだ鑑定医の責任にして、裁判所は無責であるといってよいものなのでしょうか?
間違った事実認定からは、原告・被告共に納得いく答えはでないでしょう

今の医療訴訟では、真面目に医療をしているものから怯えて逃げ出しているという認識がやはり欠けているのではないでしょうか?
(ここでの主語は、法曹の方々というより、立法・行政府です)

>医療に関する判断は医師に任せてしまう(裁判外の調査機関)のがよいと思っています。

これを実現する一番簡便な方法は、鑑定事実を公開することでしょう
鑑定を公開して、多くの医師で議論させれば、それこそ、一般医療水準の認定から、特殊事情の判定まで、医師が医師仲間で裁かれることになるでしょう
裁判は公開の場で裁かれるのが原則ですから、最高裁判所の判断(憲法77条1項)で、近々に行うことも可能じゃないのでしょうか?
事実が公開されているし、意見も公開されるのであれば、間違った発言はキャリアの喪失に繋がります。

医療側にも非があったのでしょうが、今、日本の保険医療が崩壊しようとしている時に、過去の責任のなすりつけを繰り返していても仕方がありません。
公正な事実認定と、報酬・待遇に応じたリスク配分(逆にリスク配分に応じた報酬・待遇)が無ければ、病院から医師がいなくなる日も遠くない気がします

>No.156 モトケンさま

禁止令が出る前から書き込んでいたので、お許しくださいませ

間違って軽率な発言をするとトンデモないと、ついつい文章一つに校正やら入れてしまい時間がかかってしまうのです。

・・・と、つぶやくのはOKでしょうか?(笑)

そうそう、ラジウム温泉ネタは、北白川を思い出して懐かしかったです。あの道で車のミラーを片方すっ飛ばした経験あります (^_^;)
雪の降る日に比叡平へ向かうには勇気がいりますものね (今年は大丈夫でしょう)

> なぜ鑑定医数名(3〜5名程度)によって、医学的に正しい情報を集めることができないのか?(No94YUNYUN)

この疑問に対する、医師の方からの、しかとしたご回答はないように思います。

YUNYUNさん、御自分で答えを出していませんか。

(YUNYUNさんNo50)
もちろん、事件の内容によって、振れ幅が大きい(意見が分散する)問題と、小さい(誰が見ても同じ判断をする)問題とがあります。
法解釈の面では、法令の文言の解釈の余地が広いか狭いかや、法解釈を示した判例が存在するか否か。事実認定の面では、証拠ががっちり固まっているか、薄い証拠しかないのか、といったことに関係します。

鑑定意見が食い違うかどうかも、大体そんな理由なんじゃないでしょうか。

>Med_Lawさん

報酬・待遇に応じたリスク配分(逆にリスク配分に応じた報酬・待遇)が無ければ、病院から医師がいなくなる日も遠くない気がします

私もそれが望ましいと思うのですが、それは医師でないと分からない分野だと思うのですよ。医師の方から「俺たちは○○のリスクを負っているので、○○の報酬が必要だ」と言って頂ければ、それに答えることはできると思うのです。しかし、何も言わなければ、どれだけの報酬を望んでいるのか、どれだけの報酬が妥当なのかは分からないのですね。

管理人そっちのけで議論するエントリ

を立てました。

長文コメントの続きはそちらでどうぞ。

ここはもっと短く、軽くても重くても、ぼそっとつぶやきましょう。

自分だけは逃げ切るぞ!

。。。。って、こんなのでよろしいでしょうか? モトケンさん(笑)

法曹は、巨大な計算機。
計算のための式(法律)と、計算のための数値(証拠)を放り込まれたら、黙々と計算するだけ。
計算機が、勝手に式(法律)や数値(証拠)を書き換えちゃ、やっぱりまずいだろう。

そんな感じかなと思う、今日この頃。

>創価板UD日報係さん
>計算機が、勝手に式(法律)や数値(証拠)を書き換えちゃ、やっぱりまずいだろう。

式と数値双方ともに厳密なものではなく、ばらつきが大きそうに見えます

ばらつきのあるものをばらつきのあるものに従って計算する以上、
必然的に出力結果にもばらつきがでるかと想います

>そうそう、ラジウム温泉ネタは、北白川を思い出して懐かしかったです。

北白川天然ラジウム温泉でしょうか。
山中越えの辺りの夜景もきれいだし、遊びに行くには絶好なんですが、冬は雪と凍結が怖いので行ったことはありません。(今年はチャンスだったか・・・)

といいつつも温泉求めて周山は走りました。

No.153 ぼつでおk10万¥(改名しました笑)さん
>両者とも人の業である限り決して神に均しく成る事は無いという点で寸分無く同等でありましょう。

神業を持つ外科医は、たいてい人間離れしています。
あらゆる面で。

No.161 モトケンさんのコメント
>管理人そっちのけで議論するエントリ

そこだけじゃないような・・・(^_^)v。

今日この頃ではなく、ずっと昔からの疑問。
自衛隊の憲法判断を保留にしたままで、あれこれと些細な法解釈をすることのむなしさ。

体制に与える影響を考えるのなら、医療崩壊に対して、なぜそれが出来ない。
ぼそっ!

>No.15 じじいさんのコメント | 2007年02月16日 01:55 | CID 39079 | (Top)
>元田舎医先生、寂しいからまた遊んでおくれよ〜(T_T)

じじいさん 様
元田舎医先生からの伝言です。
じじいさん 様に、くれぐれも宜しく。 とのことでした。

(伝言をつぶやいてしまった。)

最近はROMでも追いつかないので、ボソッと。

制度的解決ができない

司法的解決をせざるを得ない

制度的解決へのフィードバックもない

現場での矛盾の蓄積、崩壊

医師の方が現状に合わない判決に激しく反発するのは、状況が改善するという見込みについて絶望しているからなのでは・・・

>とさん
制度がなくて訴訟に持ち込まれるのであれば、医師は制度構築に力を入れると思うのですが、現状では司法批判にとどまっている感があります。つまり、司法がしっかりと医師側の事情を踏まえた判断を下せば、医療界で制度構築を行う必要はないと言う事なのでしょうか。

>つまり、司法がしっかりと医師側の事情を踏まえた判断を下せば、医療界で制度構築を行う必要はないと言う事なのでしょうか。

医療関係者から、医師側の事情が踏まえられていないという意見がでているということは、
1.医師側の対応・裁判戦術の問題
2.法曹側の医師側の事情を踏まえるシステムの問題

コンピューター(ソフト含む)やバイオなどにおいて今後どうなっていくのか分かりませんが、他業種の特に専門分野の事情を踏まえる法曹側のシステムは十分なものが構築されているのかどうかは、そういった分野でも問題が生じないかどうかで明らか担っていくのでしょう。医療だけが特別ならばそういった分野では大丈夫でしょうから。

No.163 創価板UD日報係さん

仕様ですね。

本計算機は遺伝的アルゴリズムのようなヒューリスティクス手法を使用しますので、「局所解問題(ローカルミニマム問題:local minumum problem)」は常に起こります。

(すみません、つい...)

座位先生、ご伝言ありがとうございます。

私も元田舎医先生と、どこか別の機会にお会いできるのを
心から楽しみにしています。

もしよろしければ、お伝えくださいませ。

ちょっと疑問なのですが、
堀病院で話題になった「内診」の正確な意味を、非医療者は理解しているのかなあ?

以前に弁護士会で問題になって、結構いいお年の先生が、何それ状態だったことがありました。
私の口から詳細を説明するのはアレなので、「奥さんに聞いておいてくださいおー」で済ませたところ、
次の会に、その先生が調べてきた医学事典の解説プリント(図解入り)が配布されました。
弁護士って、まじめーな人が多いのな、と思いました。

裁判官の本音って? やっぱり医療裁判は避けたいのかな? 判決出したくないのかな? それで和解をすすめるのかな? うちの病院の民事訴訟では、裁判官からやたらと和解を勧められたって言ってました。  これって つ・ぶ・や・き でOKでしょうか?

No.176 ER医のはしくれさん
>裁判官の本音って?

裁判官が一番嬉しそうなのは、和解が成立したときです。これは医療裁判に限りません。弁護士が和解を拒否するには敗訴を覚悟し、高裁で争う覚悟がいることも珍しくありません。高裁は後がありませんので、和解勧告には応じざるを得ません。高裁が別名和解裁判所と呼ばれている所以です。
裁判官は判決を書くのが面倒だから和解を勧めるのかと邪推していましたが、最近若い裁判官から、和解期日を前にして、FAXでそのまま判決書になる和解案なるものの送付を受け、びっくりしてしまいました。ただ、責任がないことを判示していながら、和解金を払えと言われても…

>>No.163 創価板UD日報係さんのコメント
>法曹は、巨大な計算機。

 Y=αF(X) [α=0〜1] と仮定すれば(単純化しすぎ?)、
 法曹の裁量でαの値を設定することでなんとかならないだろうか(応急処置として)。
  刑事:α=0→不起訴、無罪
  民事:α=0→過失なし、α

>しまさん
亀レスで申し訳ありません。
医療については、国の保険制度が大本になっているので、勤務医個人は当然のこと、病院長レベルであっても体制を変えるのは難しいのではないかと思うのです。そして、実際に制度をいじれる立場の人たちは、医療事故防止ではなく医療費削減を考えているわけです。今の司法的解決では、制度をいじれる立場の人に直接の影響はなく、現場の医師が司法的解決に対して無力感を感じ、立ち去ることで初めて影響が出るわけです。

流れをぶった切ったつぶやき。

http://blog.m3.com/nana/20060723/1

例えば、国内の著名な妊婦さんが、無事お産をした後の記者会見で 「お産は命がけであることを思い知りました」 なんて言ってくれたり、とか……

なるほど、真理だなぁ。
著名な妊婦さんは、前の段落から考えると皇族がいいでしょうね。

「医療崩壊について考え、語るエントリ」を読み続けて思う。
これだけ法に関心のある医者が寄ってたかって話をしても、ここに集う司法関係者の方々の共感を得ているような様子がない。
いわんや裁判官をや。

真に危機感を感じているのモトケンさんだけではなかろうか。そんなこんなで時は過ぎ、4月はもうすぐ目の前です。

No.181 峰村健司 さん
>ここに集う司法関係者の方々の共感を得ているような様子がない。

最近発言を重ねている立場から釈明しますに、法とは規範を定め、紛争を法に従って解決し、社会を統制する道具です。その意味でその規範は基本的に普遍性を有しています。医師の方には、我々は国民の健康と生命の維持のために精一杯努力し、世界一の医療を実現させてきたのであるから、その医療を維持するため、医療を法の枠外に置く必要があるし、置かれて当然であるとの意識を感じます。
この気持ちに共感をして欲しいとの趣旨であれば共感する訳にはいきません。医療も法の枠内でしか保護され得ないのが原則だからです。原則があれば例外があるとしたものですが、法は国民を統制する道具ですから、法の統制の枠外に置くことを認めるのは極めて高度の政治的問題等極限られた分野又は社会的影響の極めて小さな分野(部分社会の法理)しか認められないのです。裁判を受けるのが憲法上の権利とされていることも考え併せると社会的影響の大きい医療を法の枠外に置くことを認める訳には到底いかないのです。
医師の方々が、医療が法の枠内でしか保護され得ないことを認め、司法と共通の基盤に立ち、医療が適正なる判決を貰うためにはどうしたら良いのかとの視点に立って検討したときに初めて共感する素地ができるのだと思います。
私は、その視点から、添付文書の改訂の努力やガイドライン作成の提案をしてい積もりですが、医師側に共感しない提案と受け取られているとしたら残念です。

まー それはそれとして4月が来るわけで
現実がどう動くか拝見しようじゃありませんか
どうやらえらいことになりそうな予感がしております

まあ何もアクションが起こらずに医療崩壊するだけの結末になりそうですな。
地方の弁護士さんの言葉を借りると「高度な医療も財産の枠内でしか受けられない」
例外は生保の人ってところでしょうか。
国民全体の選択なんですから、医療者側はもちろん、法曹の方も甘んじて
受け止めて下さいね。
この時点で共感なんて甘っちょろいこと言ってもしょうがないでしょう。
もう止まりはしません。現実を見てもらってから改めて考えてもらった方がいい。
所詮日本人は何事もその身で体感しないと理解できない民族ですから。
今から要るのは覚悟。それだけ。

そうですね.
ごく近いうちに急病になっても,診てもらえる病院がどこにもない.
「たらいまわし」ならぬ「引き取り手なし(救急できる病院のベッドがすべて満床)」,そうこうしているうちに患者死亡,などということが急増する可能性大ですね.救急難民,お産難民がどのくらい出るでしょうか.

それでも仕方ないのでしょう.我々にはできることしかできないのです.
状況を把握せず,適切な対応を取ろうともせず,さらに医療費を減らそうとしている政府を国民が選んだんですからね.
その時になって政府やマスコミはどのような反応を示すのでしょう.どうせまたトンでもないことを言い出すのでしょうか...

医療崩壊の主要因が頻発する訴訟にあるという言説は誤っています。
主犯は国庫支出の削減に尽きています。
日々日本国内で行われている医療行為のうちの何万分の1かの訴訟の影響力よりも、医療全般に及ぶ予算減額の影響のほうが、はるかに大きい。
そうでなければ、訴訟の少ない分野の勤務医までもが不足し、他地域と比較して訴訟割合が高いわけでもないのに特に僻地において医療崩壊が進んでいる現象を説明できません。

もし仮に、「明日から医療訴訟は受付ない、(病院はともかく)医師個人は民事刑事とも免責」にしてやる代わりに、
僻地に強制勤務させられ365日24時間オンコールで、薄給で働けと言われたら、医師の皆さんは頑張りますか?
そんな奴隷労働はあり得ませんよね。

法曹に危機感を持てといわれても、「法曹」の立場でできることは司法の枠内の改善に限られます。
医療に予算を獲得するために、国民を説得し、厚生労働省や財務省と対決することは、それとは別の課題です。

>No.186 YUNYUN さん

医療崩壊の主犯が国の医療予算の締め付けであることには賛成します。
窓口負担が増えたことで、負担の重さの怨嗟の声が混じるようになってきました。
国民への医療問題啓蒙が進んでいないこともあり、医療費踏み倒しも激増しています

ただ訴訟の増加が主犯の一つであることは否定しようがないです。
これは、もちろん法曹の問題だけではありませんが、藤山判決等を針小棒大に取り上げるマスゴミの影響と重なって、医療現場の労働意欲が下がっていることには間違いありません

免訴措置と、強制労働とは別問題なので、バーター取引できるものでもなく、後段の仮定は意味をなさないでしょう

皮肉なことに医療訴訟のお陰で、医師は身の危険を挺してまで働くことはないと、自制するようになっています
これまで医師(特に勤務医)の自己犠牲に基づいて、安価な医療供給が維持できていたのですから、単に労働条件を遵法してもらうように勤務先に要求するだけで、現医療環境は崩壊です。
高い医療レベルの維持を訴訟を矛にして、高い期待権を求められても、貧弱な僻地医療環境の盾では防ぎようがありません。
一昔は、この矛盾を戦わせることなく、収めていたのに、今は真面目な医師ほど逃げ出しに掛かっています

医療側が望んだ医療崩壊ではありませんが、この流れは変わりません
主犯が国の緊縮政策である以上、これ以上、勤務医の無い袖を振ることはできないので、当然の帰着です。

医療訴訟で高レベルの医療を要求するのであれば、高レベルの医療費を出せ!

これが医療側の尤もな意見と思うのですが?
もはや低レベルの医療には戻れないのですから、またしても立法・行政措置の問題に戻るのです。

月単位で医療の状況が激変し、医師という職業自体がマッハで沈没しつつある昨今、みなさま如何お過ごしでしょうか。私は最近は刑事訴訟についての疑問など考えておりましたが、それを質問する気力さえ消失し、もうなにもかも諦めました。そんな心境です。

日頃ご教示いただいておりますYUNYUN様のお言葉ですが
>法曹に危機感を持てといわれても、「法曹」の立場でできることは司法の枠内の改善に限られます。

そうですか。そうですかそうですか。いいんでないでしょうか。危機感などは持っていただかなくてもいい気もしますが。鑑定とかどうにかならないものかと思いますが無理なら無理でもういいです。どんどんやってください。ただし現実に即さない判決が今の医療を破壊した一因であることさえ否定することだけはやめてくださいね。「その事案の当事者間の問題(医療側代理人の能力不足など)だけに帰結すべきだ」というのは現実社会では詭弁でしかないと思います。JBMというのも3ヶ月くらい前まではちょっとしたアイロニカルな響きもありましたが既に冗談でもなんでもなくなりましたね。危機感自体は、法曹の方が現実に病気になった時点で思い知るのかもしれませんが、それはそれで、結構なんじゃないでしょうか。そういう時代だということで。

>医療に予算を獲得するために、国民を説得し、厚生労働省や財務省と対決することは、それとは別の課題です。

それは誰がやることですか。まさか医師ではないですよね。医師はそのようなことを行う立場にありませんし、国策に則る以外生きる道がありませんので、このままゆっくり沈んでいくしかありません。国民の皆様への啓蒙という点では、もう十分やってまいりましたのでので、これ以上無理です。国民の皆様がご自愛下さることを願うしかありません。
4月から7月にかけてが楽しみではあります。

皆様、YUNYUN様は医療側の事情も理解して下さっているありがたい弁護士様であるのを忘れないようにしましょう。立場を考えれば法律の枠組みでの活動に限られるのは当たり前といえば当たり前の話。

それはそうと皆様、WTCビルが崩壊するのをただ見守るのみと同じ心境のようですね。

訴訟云々も崩壊の主因とまではいかないまでも、背中を押してくれた要素であるのは間違いありません。更には産科医師の心理的負担軽減が期待される無過失補償制度に関しては「陣痛促進剤被害者の会」の集会に参加した弁護士様から「「無過失保険で得た補償金で訴訟の準備もありえる」と発言がでたとm3.com(デマかもしれませんが)でありましたが、ああやっぱりこの制度は終わっている、これが、例えばリスクの高い手術(心臓血管外科や脳神経外科)で制度化されても全く医師の負担軽減にはならないことが明らかになりました。

更に更に、国からでた勤務医師の負担軽減措置が「診療所等開業医の初診料、再診料締めつけ&夜間診療をしないと収益がでないようにする」というビックリ仰天の方針でした。(コンビニ店長に24時間おいしいおでんを温めて即時提供できるようにしろ!と言われて従う店長はいるでしょうかね、それも一人で)

この報道が実際に実現されるかどうかなんて関係ありません。官僚の一部にこのような政策を考える輩がいることがわかっただけで十分です。
もう国民のために良質な医療を提供する気が消滅した医師は私だけではないはずです。私も私ができる範囲でのみお仕事するだけです。

YUNYUNさん,

確かに医療費の削減は医療崩壊の原因の一つです.

ただ,それでも医師はモチベーションが保てるだけの最低の環境が残されている状況であれば簡単に逃散することはないと思います.自分が習い覚えた医学知識や技術を駆使して治療に当たれていれば,また患者さんからすこしでも感謝の言葉でもかけてもらえれば,踏みとどまれるものです.
そうでなければもうとっくに勤務医はいなくなっていたでしょう.

昨今の患者さんの意識,訴訟そして警察の不法介入,これらはすべて医師のモチベーションを根こそぎ無くすのに十分なパワーを持っています.
そのことだけは解っていただきたい.

産婦人科医の減少については 実は先進国ほとんど全部共通の
減少と聞いております 訴訟が大きな要因であるのは間違いありません
小児科 救急にも多少は影響があると思います
外科などでも治療方針には影響してます。人事への影響はそうでもない印象。
まー 産婦人科以外は無視してもいいほどインパクトに格差があるとは思いますです

ハイリスク診療の現場で、医者が頑張れば頑張るほど、訴訟の標的になるのと同様、
医療現場に理解があり、良識のある弁護士さんであればあるほど、医師から叩かれる標的になるというのは、
なんだかねぇ、

知らんぷりしていれば、医師から叩かれることもない。
○○さんたちには、頭が下がります。ハイ

ROM宣言した舌の根も乾かぬうちにまた出たぼつでおkです。

言うは易く行うは難し。ですね(笑)

>No.192 座位さんのコメント
>知らんぷりしていれば、医師から叩かれることもない。
>○○さんたちには、頭が下がります。ハイ

におおいにご同様と共感致しましたもので、つい書いてしまいました。
こんなアレな私ですが、モトケン先生勘弁してくれるかな(苦笑)。

>元内科医さん

>法曹に危機感を持てといわれても、「法曹」の立場でできることは司法の枠内の改善に限られます。

そうですか。そうですかそうですか。いいんでないでしょうか。

それは誰がやることですか。まさか医師ではないですよね。医師はそのようなことを行う立場にありませんし、国策に則る以外生きる道がありませんので、このままゆっくり沈んでいくしかありません。

法曹には立場以上の事を求め、医師は立場以上の事を求められると困ると言う訳ですか。

それはそれとして、YUNYUNさんの仰るような「厚労省と対決する」立場である存在は、日本医師会でしょうね。現実に旧厚生省と対決してた過去がある訳ですし。

>Hekichin さん

私も私ができる範囲でのみお仕事するだけです。

私も、それ以上の事は望みません。これは否定的な意味ではないです。

しまさん,

医師の言う「できる範囲」というのは,ほとんど大丈夫と思える範囲のことしかしない.チャレンジは決してしないというニュアンスであると考えて下さい.(少なくとも私はそう考えています)

これはつまり,悪い言い方をすればある程度まで救命可能な場合も見殺しにするということです.私自身,このような医療は本意ではありませんが,このような医療でよろしいとおっしゃるのでしょうか?

>Level3さん
正確に言えば、できない範囲の事まで求めないと言う事になるかと思います。「できる範囲」のニュアンスが、仰るようなものとは存じませんでしたが。

言いたいことは、「できる範囲」を判断できるのは医師だけであって、患者ではないと言うことです。もっと言えば、私は医師に超人的な努力を望んではいないと言うことです。

しまさま

>法曹には立場以上の事を求め、医師は立場以上の事を求められると困ると言う訳ですか。

そのように感じさせてしまいましたら申し訳ありません。そういう意図はありません。私自身は医師は今まですでに立場以上のことをしてきたと感じていますが、これは私自身の感想に過ぎませんので共感していただくこともないと思っています。とにかくこれ以上何もできません。

好きなようにしてください、ということです。

私が言いたいことは

「現実に即さない判決が今の医療を破壊した一因であることさえ否定することだけはやめてくれ」要はそれだけです。

何はともあれ世界は終わったのです。この価値観を共有できないことが残念ですけど、もうなるようにしかなりません。ご自愛ください。

>>しまさん
皆様、同じ信条と思いますが、救命救急治療等、瞬発力が求められるものに関しては能力の限りを尽くして治療に当たりますのでご安心を。

医療環境の改善に関しては、一応、日本医師会からキチンと安全対策のコストの増額、医療職増員等提案はされています。
その結果、7:1看護に代表されるように大幅加点がされました。
しかし、「医療区分1」患者のように極端な減点もされた結果、ほとんどの小規模病院が崩壊してしまいました。

国の考えていることは理解不能です。
(先に挙げた初診料、再診料減額もそのひとつ)

産婦人科を専攻するかどうか、約1年前に研修医対象に行ったアンケートの結果がありますな。
http://blog.m3.com/OB_Gyne/20070326/_2007_1_1

これによると、産婦人科に進まない理由としては
「仕事がきついから」より「訴訟が多いから」のほうが上ですね。

少なくとも現場の実感としては、訴訟リスクは医療崩壊の最大の原因かどうかはともかく、主因のひとつではありますよん。
(個人的な意見ではマスコミの弊害のほうが大きいと思いますが)

こんにちは、整形Aです。

ウオールストリートジャーナルにこのような記事が載っていました。
いずれにせよ、政府はがん患者であれなんであれ、医療にお金をかける気はないようです。

http://webreprints.djreprints.com/1672920618421Translation.html

最近、非常勤で在宅医療の仕事を始めたのですが、結局往診するのは、ごく軽症の方(高血圧、痴呆など)だけで重症の方は診れないのです。あるいは生活保護の最低限の生活をしている患者さんなどです。そして保険点数は外来患者さん1人のほぼ7倍です。
重症患者さんやクレマー患者(家族)を診れば、夜間に何度コールされるか分からず、また責任も重くとても診れません。要するに収益を考えると軽症の患者だけを如何に集めるかがポイントなのです。
将来導入されると言われている「かかりつけ医制度」に関しても同様のことが予想されます。病気を多数持つ患者さん、重症心不全、呼吸不全、担癌患者などは結局置き去りにされるのです。
一見厚生省が上手く誘導しようとしている、在宅医療やかかりつけ医制度なども医療難民を生み出す制度になることをしっかりと考えて欲しいと思うのです。
いずれにせよ現政府(安倍政権)の超低医療費政策はもはや破綻しているのです。

在宅医療でも医療区分ができるかもしれませんね。
介護保険では要支援、要介護1,2の利用者は実質赤字、介護度3以上なら利益が雀の涙程度でるという報酬体系になってます。医療区分1軽症の往診は100点、区分3重症例は700点とか。

そうそう、過去に歯科訪問診療料がバッサリ切られたこともあったようです。何やら医科診療所に通うことができる患者には歯科訪問診療料を認めないってことでバッサリと。単なる高血圧等の(歩行できる)患者を往診していると、後日、バッサリ切られる可能性はあるかと思います。在宅を熱心にされている先生方、ご用心を。

>No.201 整形Aさん

Wall Street Journal(日本版)ですか? NewsWeekも日本版と本物が全く違うように、同じ名前でも本当に対象をアメリカ人に向けた情報か、日本人に向けた情報化を確認しないといけませんよ

厚生労働省は医師の診療報酬を削減し、患者の自己負担額を引き上げた。多くの人は、毎月の医療保険料のほかに、かかった医療費の3割を支払わねばならない。10月1日には毎月の最高自己負担額が72,300円から80,100円(670ドル)に引き上げられた。一方政府は2002年に引き続き、昨年も医師の診療報酬を平均1.36%削減した。
http://webreprints.djreprints.com/1672920618421Translation.html

アメリカ人が読めば、『なんと日本人は貧乏人でも月8万円で最高の癌治療が受けられるのだ!!!』と羨ましがることは間違いありません。アメリカ政府も、その負担額で良く医療総額を抑えている!と感心することでしょう。ヒラリー・クリントンも日本人医師の献身ぶりに感激の賛辞を惜しまなかったということですから、、、

日本の『がん難民』など、贅沢病です。

例えばテモダール。1錠 約17万円。放射線治療と併用して42日間連続投与。一月おいて、こんどは2錠(約34万円)を5日間。これを一月毎に繰り返し。
http://www.schering-plough.co.jp/press/2006/images/TEM_060915.pdf

で、治療効果はというと?約2ヶ月の延命効果。
他の治療も同じだけれど、自分の命を支えてもらうのに他の何人の保険料を使うことになるのだろう。
もちろん、治療を受ける人も自分で積み立てた分もあるでしょうが、受益者の要求が大きくなれば、負担するものの支えが辛くなってくる。

モノにはバランスというものがあり、命のやり取りも『目の前の癌治療』だけに気を取られていると、大きな日本の大事な保険診療という屋台骨を壊すことにもなりかねない

厚生省の姑息なやり方には反対するべきものも多いけれど、野放図に高額医療を保険診療に取り込むことには限界がある。
同じお金で、もっと多くの子供の命を、あるいは産科診療を向上させることも可能であることを考えると、『癌で死ぬ命』にめげずに議論する強い信念が必要なようにも思える。

個人を救う医師という立場では言うことのできない意見だけれど、政治を行う立場の人には必要な視点であり、論点であろうと思う。

日本に癌難民がいるというのは、いずれにせよ、世界の潮流からすれば、贅沢な戯言だろう

テモダールという薬剤はずいぶん高価なんですね。
Med_Law さんご提示の資料を確認しましたが、「1錠 約17万円」は一桁違いませんか?

>1回75mg/m^2 1日1回42日間投与。
>20mg 3345.9円 100mg 16746.5円

体表面積を1.7m^2とすると、1回の投与量は127.5mg
薬剤の組み合わせにもよりますが、20mg×6カプセルとして、約2万円では?

まあ、いずれにしても高価で、全国津々浦々で先進・高度医療?をしようとすると、総医療費は莫大な額になりそう。しかも根治ではなく、数ヶ月延命のためとなると、ちょっと考えてしまいます。

非医療者の無責任なつぶやきでした。

 私のブログでも紹介しているのですが、こことはアクセス数が段違いなので、こちらでも紹介します。 署名運動です。
ここ

 たぶん UMIN の ID を持っていなくても見られると思うのですが。
 ご賛同くださる方は協力してください。

地方の弁護士さん江

だから、その教条主義、司法絶対主義、法律原理主義は何とかなりませんか。

法曹家の人々が裁判に至上の価値を見出し、それを絶対視して批判を封殺しようとするのは商売上仕方ない習性かも知れませんが、法律は、権力者の都合で時代によっていくらでも変化するものです。まして、裁判で法律をどう適用するかは、要するに「裁判官の気分次第」ですから、本質的に政治的、権威的かつ不安定であり、客観的真実、自然科学的真理とは相容れないものなのです。大体、学問的に真実を追究するだけなら、ガウンとかハンマーとか、時代がかった小道具まで使って仰々しく偉そうにふんぞり返って見せる必要ないでしょう(それとも、法曹家の方は、ガウン着ると天啓で真実なるヒラメキが得られるのですかw)。

対して、医療とゆうものは、研究と経験的知識の積み重ね、いわば人類の叡智によって徐々に体系化されてきた自然科学であって、その時代の権力者の気分によって左右されるものではありません。セイギとシンジツとコウヘイの体現者にして至高の権力者であらせられる裁判官さまが何と言おうが、強きをくじき弱きを助くセイギの味方であらせられるところの患者側弁護士さまがどう言おうが、医学的に是であることは是であり、非であることは非なのです。医療を法律でどうこうしようとゆう発想そのものが極めて傲慢であることに気付いて下さい。あなたをはじめとして(ひょっとしたら某氏と同一人物ですか? あまりにも言い分がそっくりですよ。論破されたから別ハンドルで出直しですかw)その傲慢に気付かない法曹家の独善は滑稽としか言いようがありません。so先生も仰るとおり、裁判とかゆう理不尽なゲームで稼いだ給料で養われる御家族も哀れなものです。

「紛争解決方法として裁判に勝る方法が容易に生み出せるとも思えない」とゆうのも、とんでもない独善、妄言としか言いようがありません。医療のことは医師が最もよく判断できるのです。司法は、交通事故とか離婚とか万引きとか、身の丈にあった事件のみ扱って下さい。医療のことは分からないのだから、分からないことは分からないと告白するのがあるべき姿なのです。元ライダー先生は優しく控えめに指摘されていますが、「医師側弁護士の主張立証が十分であれば、裁判官は正しく判断できる」とゆう前提はありません。御丁寧にも「裁判官の説得に向けて頑張れ」と重ねて主張されますが、そもそも彼らには説得して分かるだけの資質がないのです。医師は、どうにかしてサルに因数分解を理解させろと言われても、それに辛抱強くつきあえるだけの余裕がありません。

あなたが司法による医療破壊を真摯に考えるなら、司法に医療の是非を判定する能力がないこと、トンデモ判決が現在進行形で医療現場を破壊しており、とゆうより既に壊滅状態に限りなく近いところまで追い込んでおり、医療裁判が百害あって一利なしであるとゆうことを正面から見つめて頂きたい。これがこのブログにおける議論の到達点であり、一部の狂信的法曹家を除く参加者の共通認識です。

補足しますが、最初から「司法が医療に口出しするな」と言っているわけではないです。

ただ、司法が医療を裁くのに向いていない、その能力がないことが明白になっているのだから、できもしないことに口出しするな、とゆうことなのですよ。

そもそも「できないことを無理にやってもらっては困る」とゆうのは、福島事件の検察官の言い草でした。そっくりそのままお返ししたいですね。できないことは、しないでくれ。それだけですよ。

>魔人ドールさん

 第一に、非現実的なご意見です。

 第二に、このブログでは既に経過済みのステレオタイプのご意見です。

 第三に、結局第一第二と同じことですが、司法とその限界を理解されていないご意見です。

 全ての医療事故を司法判断の枠外に置くという意見が国民の支持を得られると考えておられるのであればそれは状況の誤認でしょうし、国民の支持を得られるべきであるとお考えなら、私からは医療者の傲慢に見えます。

 感情的な議論からは有益な結果は生じないと思います。

No.186 YUNYUN さん

「「「医療崩壊の主要因が頻発する訴訟にあるという言説は誤っています」」」

貴方は法曹家の中でも比較的医療の現場に目を向けて理解されている方だと思っていたので、いま、ここまで議論を重ねてきたこのタイミングで、貴方から冒頭の暴言が出てきたことにはひどく落胆しています。

貴方や、貴方の周囲の同業者の方は、善意でした仕事の結果が偶々悪く出たからといって、あるいは、その状況下では望みうる最善の結果が出たにもかかわらず、過失だなんだと責めあげられて莫大な賠償金を命じられたことなんてないでしょう。でも、少しの想像力さえ働かせてもらえれば、それがどれだけ医師のモチベーションを削いでいるか分かると思うのですが、これだけ生の声を聞いて頂いた後でも上記の認識なら、法曹家の現実検討能力は絶望的としかいいようがないです。

法曹家が無理な背伸びを止めて、身の丈にあった仕事をすること。ただそれだけで、医療崩壊の風向きは大きく変わるのです。なにも難しいことをしろと言っているのではありません。できないのに口出しするな、という至極当たり前のことを述べているに過ぎないのです。これだけ簡単なことがなぜできないのか、そんなに「自分たちが社会の支配者だ」というメンツが大事なのか、理解に苦しみます。

将来、貴方自身、あるいは子や孫がこれまでほど高水準で良質な医療サービスを受けられず、不幸な転帰となったとき、自分たちの罪深さに気付かれることと思います。それでは遅いから繰り返し警告を発しているわけですが、これだけ議論に参加している貴方にしてこの程度の認識とは。先輩方が無力感を募らせる理由がいやとゆうほど分かりました。

はっきりいって、司法はクレーマーを勢いづけるだけで、患者救済には何の役目も果たしてないです。医師は科学者ですから、間違ったことは間違ったと認めるんですよ。本当に問題があるケースでは医師や病院が自らミスを認めて金銭補償をしてます。とゆうことは、裁判を起こすのは、本当は過誤なんてないのに金をせしめようとする連中だということですよ。

法曹家を含め、他の職業と違って、医師は、金でなく、生命と健康のために仕事をしてます。他の職業と違って、基本的には、その仕事をすることが誰の不幸、不利益にもつながらないのです(なんだかんだと理屈をつけて他人の財産をぶんどることが本質の法曹家との違い)。医師が気持ちよく力を発揮できる社会というのは、誰にとっても望ましい社会だとゆうことですよ。

No.209 モトケンさん

なんで非現実的なのかが分からないですよ。難しいことをしろといってるのではなくて、できない分野に口を出すな。簡単じゃないですか。

医療に非現実的な要求を突きつけるトンデモ判決は放置するのに、トンデモ判決をするなとゆう至極真っ当な要求が非現実的だとおっしゃるセンスが分からない。

国民の支持が得られていないとゆうのは貴方の主観でしょう。仮に、司法がいかに医療を破壊しているかの認識が世間に不十分なのだとすれば、要するに宣伝力、政治力、資金力の違いですよ。司法とマスコミが結託して猛烈な反・医師キャンペーンを展開してきた結果ですよ。でも、医療崩壊が繰り返し報道されるようになって潮流は変わりつつありますから、一気に論調が傾く可能性は高いと思ってますよ。

>(なんだかんだと理屈をつけて他人の財産をぶんどることが本質の法曹家との違い)。

 このブログの常連さんは、司法側も医療側もあなたの意見を医療側の代表的意見とは見ないと思いますが、通りすがりさん(一般名詞)はどう思うか分かりませんので、一言釘を刺しておきます。
 このブログでは侮辱的言辞を弄する人は知性的な人とは認められないと思います。

 感情的な不満のはけ口なら他にあるのではないですか。

No.212 モトケンさん

 訴訟とゆうのは、要するに損害賠償の要求であり、これを法律で強制することはぶんどる、とゆうことでしょう。そして、トンデモ判決が跋扈していることは周知の事実ですが、恐ろしいことに、それらは学問的真実はどうあれ「合法」のヴェールをまとっている。これを「なんだかんだと理屈をつけて」と表現するのは不当でしょうか。

それにしても、貴方は、法曹家の医師に対する侮辱的言辞は取り締まらないのに、身内が批判されると敏感に反応しますね。

「裁判官は医療の素人だが、専門家の助言によって正しい判断をすることはできる」とゆう妄想、ファンタジーについて思う。

もしそれが本当なら、同じ方法で、手術の執刀はともかく、診察は裁判官にもできるだろう。

だったら法曹家やその家族は、医師ではなく、「医師から助言を受けた裁判官」の診断を受けることにしたらどうだろうか。

ひょっとしたら「裁判官の診断は不安だからイヤだ」と思うだろうか。

すると、法曹家は、自分たちの診断も任せられない裁判官に、専門家たる医師の医療行為全般を裁かせているとゆうことだ。これは矛盾ではないのだろうか。

> 法曹家が無理な背伸びを止めて、身の丈にあった仕事をすること。ただそれだけで、医療崩壊の風向きは大きく変わるのです(No.210 魔人ドールさま)

法曹が背伸びをしているとは思いませんが、
もし仮に、裁判所が医療問題は判断しないことにしたからといって、
今の医療崩壊の流れが留めることは不可能であることを指摘しているのです。

医師の数が足りない、国が医療予算を削減していく中で、どうやって今の医療サービス水準を維持できますか?
お金がなく人も居ないところで、同じ仕事量をこなそうとすれば、労働時間を増やす以外にありませんが、
医師のみなさんは、かねてから「それは無理だ」と主張されているのではないですか。
そのことは訴訟の有無とは関係ないでしょう。

訴訟さえなくなれば、薔薇色の医療が実現するかのような幻想を振りまくことは、無責任であり、科学的な態度ではありません。

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医療訴訟問題について。

> でも、医療崩壊が繰り返し報道されるようになって潮流は変わりつつありますから、一気に論調が傾く可能性は高いと思ってますよ(No.211 魔人ドールさま)

あまりにもナイーブなお考えです。まさか本気ではありますまいね?
今の国民が、
「私が医療過誤によりいかなる被害を受けようとも、当該医療者が自ら払いたいと思うだけの賠償を受ける(払いたくなければゼロでよい)ことで満足します」
などと言うはずがありません。
これを認める法律が国会で可決できる政治状況であるならば、誰がとっくの昔に提案しているはずです。
ここの医師のみなさんも、そのような浅はかな期待を持つ人はいないでしょう。

> 師は科学者ですから、間違ったことは間違ったと認めるんですよ。
> とゆうことは、裁判を起こすのは、本当は過誤なんてないのに金をせしめようとする連中だということですよ。(No.210 魔人ドールさま)

今までに、過失を認めるどころか、医師の立場を利用して故意の殺人を犯した人もおりました。
全ての医師がそのような悪人ではないでしょうが、全ての医師が善人ではないこともまた事実でしょう。
そのことを前提として、第三者が医療の当否を判断するしくみは必要です。

その判断機関として裁判所の能力に限界があるというなら、代わりにどういうしくみが相応しいのかを提案すべきではないですか。
代わりの判断機関がないままに、救済の道を封じるような案では、絶対に国民の支持は得られません。

代替案についても、既にこのブログで法曹側からいくつもの提案がなされてきました。
1.民事紛争の解決
医療の当否を当該問題に精通した医師が判断し、その結果に基づいて当事者に和解をあっせんする専門機関を、訴訟に前置させる
2.刑事制裁
医師に過失がある場合の制裁は、資格免許に関わる(行政的)処分を原則とし、刑事処罰は故意または故意に準ずるような重大な過失に限る

要するに、医療問題を医師が中心となって解決するのが適当であるということです。
法曹の間でも、この基本路線に対して、大きな反対はないと思われます。(和解あっせんには医師と法曹がペアで当たるべきであるというのが、大方の意見です。)

医師のみなさんは「裁判所は手を出すな」と言いますが、裁判所も誰も手を出すなでは、国民の支持を得られません。まして、ネット上で吠えていても、裁判所がその言葉を聞いて、手を引くはずがありません(それは憲法と法律によって与えられた裁判所の義務に反することです)。
そうではなく、「俺たちの手でちゃんとやるから、裁判所は手を出すな」と言うべきなのです。
そういうプランを掲げて、国会議員を動かし、国民の支持を取り付けようと、なぜしないのですか。
もちろん、これは医師が大きな責任と負担を負うことでもあります。
しかし、他人にとやかく口を出されたくなければ、自分たちでやってみせるという以外にないではありませんか。

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> ガウンとかハンマーとか、時代がかった小道具(No.207魔ドールさま)

それはいつの時代のどこの国の話でしょうか。
魔ドールさまは、1945年以後に、日本の裁判所の法廷を傍聴されたことはありますか?
一度もないのでしたら、お勤め先の病院の顧問弁護士の先生にお願いして、
適当な事件(医療訴訟でなくてもよい)を見せてもらうとよいかもしれませんね。

No.214 魔人ドールさん

>「裁判官は医療の素人だが、専門家の助言によって正しい判断をすることはできる」とゆう妄想、ファンタジーについて思う。

現実に紛争があった場合に、終局的な解決は法に因らなければなりません。
医療紛争の究極の形が裁判であることは法治国家では当然のことで、その最終判断を裁判官以外に求めることは、医師以前の国民として当然のことです。

裁判制度の全面否定は、患者側の理解も、同僚たる医師の理解も得られないでしょう
(全て裁判すべしという極論と、誤解しないように)

「裁判官は医療の素人だが、専門家の助言によって正しい判断をすることはできる」
以外の方法で、暴力が介入してきたり、不当に(互いの)権利が侵害されたりする事態の回避は困難だと思われます

過去に投稿されている全ての情報を見なさいとは言いませんが、数日分辿るだけで、どれだけ真剣に医療側、法曹側が解決法を模索しているかが分かることでしょう

医療訴訟には負の側面もあれば、強制的ですが医療レベルを上げる効果もあります
医療費総額が抑えられている中では、内部努力では解決できないレベルまで期待値が上がっているという事情はありますが、うまく解決されたら訴訟が医療レベルを押し上げている側面は否定できるものではありません。(訴訟しろという訳では当然ないです)

他のブログならいざしらず、もう少し理論武装するとか、建設的な意見でないと、今の事態を悪くする方向にしか進みません。反省を願います

>魔人ドールさん
言いたいことは、何となくわかるんだけど、表現がまずくて、共感を得にくいです。僕だったら、こう表現します。

現行の司法制度では、判事等は医療紛争の中身を理解する能力がないにもかかわらず、業務として紛争解決を求められている。正直に、『政治の優劣、軍事の妥当性、芸術の優劣、宗教の優劣、数学の優劣、医学の優劣等は裁判になじまない』と司法自ら声明、報告等を出すべき。
高度の自然科学的判断を要する医療事案に関しては、司法権の介入は有効でなく、該当産業領域の混乱と破壊を招いているので、憲法改正して憲法第76条第2項を除き、医師職から成る医療裁判所を創設しては。

などの議論はいかがでしょうか?これでも駄目ですか?モトケン様。

>座位さん

憲法改正して憲法第76条第2項を除き、医師職から成る医療裁判所を創設しては。

医師に法解釈を行わせる事になると思います。その意味では、無理を感じます。個人的には、裁判員制度を拡張して、医師のみで裁判員を構成すると言うのはありなのではないかと思うわけですが。

> 裁判員制度を拡張して、医師のみで裁判員を構成すると言うのはありなのではないか(No.218 しま様)

理念的な問題点として、
裁判員制度のコンセプトは「素人の意見を入れる」ということであり、
医師(専門家)の意見を入れるというのとは、方向性が逆であると思います。

素人参加という理念は、裁判員が広く有権者の中から無作為抽出されるという点にも現れています。素人を選ぶには有権者という大きなプールから選べばよい。
しかし、専門知識や判断力に期待するならば、専門診療科目を捨象して「医師」という大枠から選ぶ方法は、不適当ではないかと思います。
専門性を重んじるにつれて候補者の人数が絞られるのが道理で、「無作為抽出」ではなく、個別指名に近くなってしまうでしょう。

既存の概念では、専門家の意見を聞く方法は「鑑定」です。
鑑定人の立場では、必ずしも裁判官の判断に対し法的拘束力がないという、問題意識によるのですか?

cf.裁判員意見の拘束力
職業裁判官+素人裁判員 の合議体で、多数決により決する。(ただし、裁判官3名のうち最低1名の賛成を得なければならない。)

No215 YUNYUNさん

割り箸訴訟、心筋炎訴訟、大野病院事件訴訟をはじめ、あ、これがこんな裁判になるんじゃやってられないなと辞めた人は多いですよ。
もし医療裁判を全部やめれば医療崩壊はかなり緩和されると思いますね。
(例えば、小児救急も乳児以外は私診れないことはありませんが、今は絶対見ません。
 訴訟が怖いからですね。その結果小児救急には人が殺到して崩壊へ近づいている。
 その意味で私も一役買っているのですが。)

一つ一つの不適切な裁判がなければ、医療崩壊はまだおきていません。
少なくともその意味で現在の司法が医療崩壊の大きな原因ですな。

まぁその底流には不可能なものを要求する国民意識というのがあるのです。
訴訟がすべて禁止されたとしてもその意識が改善しない限りトラブルはなくならないのですが、その意識もマスコミと司法が養成してきた部分も多いように見えます。

まぁこの辺はきちんと言っておかないと、将来医療が完全に崩壊したときにどこに問題があったのか正しく判定する必要がありますからね。
そして同じ愚を他の分野でも繰り返さないようにするためにもね。

で、このことを前提に話をすると、現在の司法というシステムが医療側の信頼を得られず、崩壊を招いているならば、全国民が医療を受ける権利を守るために司法のほうから歩み寄って裁判のシステムや判断基準を「正しく」変えて行くべきだと思う。
それをしないまま、医療者が自分の手でやらなければ!と煽るのはそれこそ自らの責任回避だと思う

医者が憤慨する判決が、量産されていますね。そしてそれはニュースでさらに拡大されて巷に伝えられ、不当な医療訴訟は拡大再生産されるわけです。このような時期に、魔人ドールさんのような意見は続出するでしょう。

もう、悲鳴に近い形で、現場の医師達は発信しているわけです。そこに論理性や誠実を求めても無理でしょう。悲鳴ですから。ここのブログでの到達点を読み取って参加してくれといっても、無理です。もはや、良識派の弁護士さん達を怒らせるほど、事態は悪化しているということです。

法曹の人のいうこと間違ってないと思うこともあるけれど。
認めたら、自分が犯罪者ですもん。
医学的に正しいことも救急の場ではできなかったこともありました。もちろん、大きな間違いというよりはストレートの強いバッターに満塁でストレートを投げてしまったピッチャーのようなものですけど。間違ってもたいてい結果オーライで救われてる場面はもっと多いし。
こんなこと書くとやぶだと思うでしょ。でも、自分ではまともな優秀な部類だとも思っているわけです。

とはいえ、ここで真摯に医療者の味方をしてくれようとする法曹の人につっかかっていっても敵をふやすばかりでそれもなんかなあと寂しくなる次第で。

 裁判官の出す結論なんてものは基準が変わればいくらでも変わります。
 で、その基準というのは本来は、裁判官以外から裁判官に対して与えられるものです。
 典型的には国会が作る法律です。
 ところが、事件によっては明確な基準がない場合もあります。
 しかし、裁判官としてはそういう場合でも結論を出さないわけにはいかない。
 そこで、裁判官としては、基準はこんなもんかな、と自分で判断するしか仕方がなくなる。
 結果的に、基準を裁判官自身が作ってしまうことになる。
 そうすると、同じ事件でも裁判官によって結論が異なったり、裁判官が作っちゃった基準がずれていてトンデモ判決になったりする。

 そうならないように基準を整備する努力をしましょう、という話になるのですが、最初に言ったように基準は本来裁判官が作るものではない。
 つまり、司法に基準作りを求めるのは本来的に筋違いなのです。

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070330

ここではたいていの病院でできないことを要求し、

http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2007/03/4329_3a8a.html

ここでは一般の病院の小児科がやっていることだからといい、これではあまりにもひどいのではないでしょうか。この判断基準は誰が決めてるのでしょうかね。

↑の問題なんか、大問題ですが、エントリにしてもらえないのかな?(ボソッ)

No.223 モトケンさんを改変

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 医者の出す結論なんてものは基準が変わればいくらでも変わります。
 で、その基準というのは本来は、医者以外から医者に対して与えられるものです。
 典型的には製薬会社が作る添付文書です。
 ところが、病気によっては明確な基準がない場合もあります。
 しかし、医者としてはそういう場合でも結論を出さないわけにはいかない。
 そこで、医者としては、基準はこんなもんかな、と自分で判断するしか仕方がなくなる。
 結果的に、基準を医者自身が作ってしまうことになる。
 そうすると、同じ事件でも医者によって結論が異なったり、医者が作っちゃった基準がずれていてトンデモ医療になったりする。

 そうならないように基準を整備する努力をしましょう、という話になるのですが、最初に言ったように基準は本来医者が作るものではない。
 つまり、医者に基準作りを求めるのは本来的に筋違いなのです。

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うーん、パクるには若干苦しいかな…

 つまり、医師個人に基準作りを求めても無理、ということで、これまでの主張の確認ということなりますね。

 「産婦人科医ら動く」
http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/03/25-214143.php

 産婦人科医の皆さんのこのような動きが産科の内外を問わず拡大することを期待しています。

>座位さん

 今日の夜にでも作ります。

ココ、つぶやく場所なんですよね?
内容がダメダメでも、話にとりとめがなくても、OKなんですよね。

私はね、最近思うんですよ。
ホントに大変な世の中になったなって。

司法たって、裁判官や検察官は所詮公務員だし、私ら弁護士だってお客さんあっての商売だし、国の決まりの中でしか動けない。
だからといって、自分が政治家になろうなんて、思わないけど。

医療のいろんな問題にしても、お医者さんたちが、がんばってどうこうできる問題じゃなくなってる気がする。

自分のブログ(名前↑をポチっと)でも触れたけど、とてつもない力が働いている。
司法「改革」なんて言うけど、弁護士ウジャウジャ社会になってしまった。
アメリカの弁護士が日本の弁護士を雇用することもできるようになったし。
国は、とにかくアメリカのような訴訟社会にしたいんだよな。

日本にいろんな要求をしてくるアメリカの代表って、医療保険会社の人だってモノの本には書いてあったりする。
医療保険会社にしてみれば、国の国民皆保険制度なんて邪魔なだけだし、お医者さんには自分たちが保険料の支払いを認める分の治療だけしてくれればいい。
日本の保険会社の医療保険分野への参入を遅らせたおかげで、アメリカの保険会社は大きなシェアを得ることができた。
あとは、医療の世界を保険会社の都合が良いように変えて行くだけ。
医療事故に関する訴訟(民事の方ね)も、今後制度をいじくるとしたら、最終的にはアメリカの保険会社が最も得をするような風になってくんじゃないのかな。

最近、まわりの若手弁護士が集まって、医療訴訟でどうやって食ってくか勉強会を始めた。
これまで多くの弁護士が敬遠してきた分野なので、自分たちでも食い込めると思ったのか。
これまであった弁護士段階での事件の選別(「こりゃ無理だ」)がなくならなきゃいいが(「無理でもやろう」)。

あ、それから、版元品切れになっているかもしれませんが、宝島社の「別冊宝島Real028 モンダイの弁護士」という本を読んでみてください。
冒頭に出てくる話は、医療事故にかかわるものです。

モトケンさんがつぶやく場所(ブログの題名参照)に、読者のつぶやく場所を作るなんて、オツですな。

>PINEさん
「弁護士ウジャウジャ社会の対応策として、日弁連は弁護士の受け皿としてアメリカの法律事務所を考えている。日弁連の意を受けた日本政府は、アメリカ政府に対して外国弁護士を受け入れを拡大するような圧力をかけている」とのストーリーと言うのも考えられるところです。

(1) 外国弁護士の受入 (a) 外国弁護士の受入の全州への拡大  米国においては、外国弁護士を受け入れている州は24の州・区に過ぎず、その他の州においては、外国弁護士が開業することが許されていない。かかる現状は、米国内における多様な法律サービスの提供を制限するものである。日本国政府は、米国連邦政府が全ての州が外国弁護士についての規則を採用することを引き続き支持していることを、国際ビジネスの促進等の観点から歓迎しており、外国弁護士の受入れを全州に拡大するため、連邦政府の更なる積極的な行動を求める。
米国の規制改革及び競争政策に関する日本国政府の要望事項

バブルを演出した連中もそうだった。彼らは日本の不動産や会社の資産、そして国民の預金をアメリカに売り渡した。

そうした連中が、というよりそういう奴らの薫陶を受けたバカヤローどもが、今度は医療保険制度をアメリカに売り渡そうといろいろと画策している。それをアシストするのは、医療保険制度を半分背負わされている財界のじいさんども。彼らは自分たちの負担を減らすために、日本の医療をアメリカに売った。

バブルの時代にくだらない知恵をつけた日本人が、今度は医療を叩いて金にしようとしている。その先には、大きな口をあけてアメリカが待っているのに。それを煽っているのはマスコミであり、その後ろにいる財界人である。

大戦中、日本の方針に反対する人たちは売国奴と呼ばれた。でも、自分たちの国を売り、儲けを考える今の財界人(とそれに負ぶさっているマスコミと政治家)こそが、本当の「売国奴」ではないかと考える。

今、かなり酔ってます。とりとめのない話ですみません。

>YUNYUN さま

YUNYUNさまは

>医師の数が足りない、国が医療予算を削減していく中で、どうやって今の医療サービス水準を維持できますか?お金がなく人も居ないところで、同じ仕事量をこなそうとすれば、労働時間を増やす以外にありませんが、医師のみなさんは、かねてから「それは無理だ」と主張されているのではないですか。そのことは訴訟の有無とは関係ないでしょう。(CID46797)

とか

>医療崩壊の主要因が頻発する訴訟にあるという言説は誤っています。主犯は国庫支出の削減に尽きています。日々日本国内で行われている医療行為のうちの何万分の1かの訴訟の影響力よりも、医療全般に及ぶ予算減額の影響のほうが、はるかに大きい。そうでなければ、訴訟の少ない分野の勤務医までもが不足し、他地域と比較して訴訟割合が高いわけでもないのに特に僻地において医療崩壊が進んでいる現象を説明できません。(CID46244)

とお話しされます。

私は
「現実に即さない判決が今の医療を破壊した一因(というか主因)であることさえ否定することだけはやめてくれ」と考えます。これだけは譲ることが出来ません。

思えばこの1年弱のあいだ、「法曹の方と医療従事者がいかにお互いを理解しあえるか」という壮大な実験が行われていたような感じもあります。私はある程度理解はしたつもりでしたが、YUNYUNさまの今回のお話は、法曹の方に理解していただくことの難しさ、もっといえば今までの議論が水泡に帰すような空しさを覚えてなりません。このブログで行われてきた壮大な実験もnegative dataのみで失敗に終わったかのような認識の乏しさに唖然といたしました。もちろん長らくこちらのブログを拝見しておりますので、YUNYUNさまがいかに理解のある、優れた方なのか十分知っておるつもりです。しかし、私も私なりに法曹の方のご意見をお聞きし、理解してきたつもりです。

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察しますにYUNYUNさま(だけに限らずそのほかの理解ある法曹の方々)のおっしゃりたいことは以下のようなものでよろしいのでしょうか?超ざっくりですが


○医療訴訟において弁護士は双方についており、双方が自ら託された職務を全うした上で訴訟が行われており、手続き上問題はない。むしろ実務としては患者側弁護士にしても無理筋を提訴することなどせずできる限り適正な事案のみをスクリーニングする役目を果たしており、また全体でみると医療者側が勝訴する割合がずっと大きく、患者側が勝って報道されて目立つだけで医療者側が恐れる態度は不適切である。

○最終的に訴訟で争う権利は国民に等しく認められた権利であり、それを制限することは非常に難しいし、それ相応の理由がないといけなく、医療訴訟をしないということ自体は非常に現実味がない話である。

○裁判での判断がという物自体私知を排除し、裁判の場で提出された証拠と双方の意見で組み立てられたもので成り立っているものであってそれが本質であり、それ自体長い歴史の中で選択されてきたものである。真実を追及するという性質のものとは異なるが、それがシステムであり、それを急に変えることはできない。裁判官に納得させることに困難があり問題があるとしても、それは常に医療裁判以外のどんな裁判でも弁護士が悪戦苦闘している課題であり、それ自体が仕事であり、医療だけを特別扱いする意味がない。また、医療にも限界があるように、司法にも限界がある(モトケン様以外にはっきりそれを言われるかたは少ない印象がありますが)。

○現状では問題はない。というか仕方ない。

私は上記のすべてとくに何ら異議を唱えるつもりはありません。
ただ

○専門家に相談した上での判断であるので、おかしな判断があればその専門家に責任がある。変な専門家にしか相談できないような状態をつくった医療界にすべて問題がある。→
これには承服いたしかねます。「専門家の選び方」「専門家から意見の判断の仕方」「専門家の数」について不適切ではないかという疑問があります。また、変な人はどこにでもいるので、それが自然に沸いて出てくることまで関与できません。それを「変だ」と判断できない裁判官が悪いとおもいます。裁判官にそれが出来ないのであれば、専門家同士が意見交換をする場を設ければまだましではないかと思います(一部そのようなシステムもあるのかもしれませんが。各々が鑑定書を提出するだけでは5歳児(裁判官)に刃物をもたせている状態と似ていると考えます。

○裁判での裁判官の判断が現実と乖離している場合、また医学的に荒唐無稽な場合、それが医療現場に与える影響は甚大です。医療職以外の方が想像できていないのはここだと思います。もしそうであるなら、そうした判断を出しているのは裁判所であるわけですから、いくら結果責任を問われるものではないとはいえ、すべて行政の責任もしくは鑑定や意見書を依頼された医療界にみに責任を押し付けるのはちょっと無理があるのではないかと考えます。

○要するに「おかしいと思われる判決が量産されるのであれば、それを直したい(医療訴訟自体をなくせとかそういう考えは私にはありません)がどうすればよいか」それをメインに考えてきたものと認識しております。

また、

○ブログでどうのこうの言う前に医療を改善すべく医療職が行動をおこさないといけない。それが問題だ。

という意見も散見され、それに対しての意見も出てきている、そういう段階だったと思います。私自身は静観するほかないと考えていますが。

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しかし。

「医療裁判が医療崩壊の主因ではない」というのはあまりに現実を無視した乱暴な意見だと思います。今までの話の流れを無視した意見といえると思います。

おそらく「枯れ尾花」であるということがおっしゃりたいのでしょう。裁判の問題など針小棒大に騒ぎ立てることは現実に即さないということがおっしゃりたいのかもしれません。しかしそれは司法の判断が現実社会へ与える影響を軽視しすぎていると思います。また、医療崩壊の原因は複雑に絡み合っており、医療費削減だけに帰するような単純なものではありません。

医師は職業柄、日常的に習慣的に、あらゆる可能性を想定して事態に対処する思考訓練を繰り返しています。「この患者様にこのような症状があるが、もし最悪の場合こういったメカニズムによるこういった疾患が最悪考えられる。それを避けるためにこういった処置や投薬が考えられるが、何もおきない可能性はこれくらいなので、これはしておこう・検査しておこう・投薬してしまおう・やめておこう」など、絶え間なく状況に応じて最善の選択をすべく自分を訓練し続けるのが仕事です。それは別に特別偉いことでもなんでもなくあたりまえのことです。

しかし、この思考過程は、「非常に稀な判断に基づく判例」であってもその「最悪の場合」を考えに入れつつ治療を選択していく過程に非常にすんなりfitするものだと思います。最悪の場合の(何でもトンデモというのは良くないかもしれませんが医学的に・または実学として非現実的な)判決をまず念頭のトップにおいて考えていくようにシフトしていくことは医師の仕事の特性上非常に理にかなっています。

医療訴訟は萎縮医療を促進します。もう既に広くいきわたってしまった概念だと思います。それが判決の与える現実的な影響です。その影響の実害は影響を与えられた者にしかわかりません。

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「医療崩壊の主要因が頻発する訴訟にあるという言説は誤っています。」という表現は断定の表現です。断定の表現をするからには、それ相応の根拠を求めたいと思いますが、YUNYUNさまは根拠を提示できるのでしょうか?本質的には根拠を示すことは不可能だと考えます。医療訴訟の多数が患者側敗訴であることや、医療費が非常に制限されていることなどの客観的なデータはあると思いますが、それが「医療崩壊」の根拠にはなりません。

医療崩壊の本当の原因は「医療者の心の中にある」からです。それは医師がどう感じるか、どう受け止めるかに依存しているのであり、医師の「心が折れた」というちょっと抽象的な表現がよくされますが、それが真の原因だと考えています。医師側の受け止め方そのものを揶揄するのは個人の自由だと思いますが、断定されることには強い違和感があります。

「医療崩壊の主要因が頻発する訴訟にあるという言説は誤っています。」とは単なる希望的観測です。それを断定表現にすることは許容できません。

-----
>訴訟さえなくなれば、薔薇色の医療が実現するかのような幻想を振りまくことは、無責任であり、科学的な態度ではありません。

私はそのような幻想は持っていませんし、また非常に失礼な表現だと思います。これは「訴訟が医療崩壊の原因ではないと思いたい」という、YUNYUNさま側からの一方的な希望的観測にすぎません。「医療訴訟がいかに現実と乖離したもしくは医学的に荒唐無稽な判決を出し続けたとしても、医療費削減の政策さえなくなれば薔薇色の医療が実現しつつける」ということもまた幻想といえると思いますし、現実的な表現ではありません。

実際は、医師がどう思い、どう感じるか、そこに尽きるわけでありまして、そこまで踏み込んで勝手に決め付けるということは不遜な態度であり、失礼な話だと思います。少なくとも私は非常に違和感を感じましたし、すべての議論が無駄であったという感慨が非常に強くあります。

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医療訴訟と劣悪な労働条件は医療崩壊を猛烈に進行させる車の両輪なのです。医療費をかけることで解決するのは劣悪な労働条件のみだと考えます。そして医師の切なる希望は、個人の報酬を増やすことではなく、医療機関に配置できる医師の数を増やすことにあると考えます。

司法について、納得のいかないこともありますが殆どのことは私には納得できることであり、「枠組みにのっとって動くことがすべて」と考えれば、それが仕組みであり、それゆえに守られる正義もあり、例えば司法の限界(裁判官の判断について)についての結果責任を問われることがない一方で医師の限界については随分厳しいことにつては不公平感はありますが既に決められたことであり、納得もしますし、仕方のないことです。我慢することができます。

もちろん私はYUNYUN様が非常に稀な、医療に深い感心と理解のある方であることは十分理解しております。このような意見を述べることは私の本意ではありません。しかし
「医療崩壊の原因ではない」とまで言われることは許しがたいことです。
私は認識を改めていただくことを希望します。ただ、無理ならそれはそれで仕方ありません。諦めます。しかし、私は許すことはできません。


> 弁護士ウジャウジャ社会の対応策として、 「受け皿としてアメリカの法律事務所」 とのストーリー(No.230 しま様)

日本の弁護士がアメリカへ行って働くのは無理っぽ。
理由
1.アメリカは日本以上に弁護士うじゃうじゃで、受け入れ余地なし
2.日本の弁護士の大多数は英語が不得手で、アメリカでは生活できない
3.日本国政府のアメリカ政府に対する要望が通った例しなし(逆は通させる)

> アメリカの弁護士が日本の弁護士を雇用する(No.229 PINEさま)

アメリカの大ロー・ファームが日本に進出して支店を開設し、日本の弁護士を雇うことが期待されているのだと思います。
そうなれば、アメリカ風に、医療訴訟(もちろん原告患者側で)ガンガンやれという事務所の方針に従って、救急車を追いかける弁護士が出てくるかもよ。

>YUNYUNさん
まあ、あくまでもストーリーですから。


3.日本国政府のアメリカ政府に対する要望が通った例しなし(逆は通させる)
これも、構図だけなら要望が通った例がないでもありません。

 したがって、国際的にデファクト・スタンダードとなっている「先願主義」へ移行して頂きたい。また、移行までの暫定的措置として、インターフェアレンスの手続きの簡素化を要望する。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/keizai/kanwa/ny011014.html

日米欧など先進41か国の特許当局は9月26日までに,特許を与える基準について,早く出願した企業や個人に特許を与える「先願主義」で統一することで大筋合意した. http://unit.aist.go.jp/shikoku/kaiyou/kaiyou-jimu130.html

何が言いたいかというと、日米両国の間でお互いに要望するのは問題ないんじゃないのかなと言うことです。以下のサイトの考え方に同意したいです。

90年代以降はアメリカとの間で特段の摩擦がないため、「これはこっちが要求したものを向こうが飲んだのだ」と通商当局の得点にすべく、こちらの政策と同一のことを書くことが多くなっています。 つまり、鶏が先か卵が先かと同じで、「要望書」が先か政策が先かという議論はあまり意味がないということです。
泥酔論説委員の日経の読み方

No.229 PINE さん 情報ありがとうございます。
PINEさんには、是非、医療側弁護士として活躍して戴きたいです。もし、何かあったら宜しく、はずみますので(笑)。            (ボソッ)

医療側でも法曹側でもない一読者として

>そうならないように基準を整備する努力をしましょう、という話になるのですが、最初に言ったように基準は本来裁判官が作るものではない。

 う〜ん、ここは難しいですね。かといって、メーカーでもいいですが、技術的な基準の整備をするのはそれに詳しい人間がやらないとえらいことになるので、外部の意見からどんな基準にすべきか、を考えつつ、結局はその業界の人間が基準を作っていくことになるのではないでしょうか。
法曹は知りませんが、現実的に、自動車でも航空機でも方向性は外部の意見は参考にするでしょうが、実際の基準は専門家が作らないといかんともしがたいのではないでしょうか。
 あと、「結果に対しての基準」というものは、確かに当事者の仕事ではないですね。
例えば、メーカーがいかにその品が自信作といっても、それが便利かどうか(価格的に妥当か、etc)を判断するのは消費者です。

ですので、「結果(メーカーであれば商品)についての意見を聞きつつ、基準に反映させる」システムがその業界にちゃんとできているかどうか、ということなのでは、と思ってしまいます。
そのシステムが上手くできていれば、一般ユーザーに対して「開かれている」業界であり、それが上手く機能していなければ、一般ユーザーからは縁遠い「象牙の塔」的な業界というだけのことではないでしょうか。

>「裁判官は医療の素人だが、専門家の助言によって正しい判断をすることはできる」
以外の方法で、暴力が介入してきたり、不当に(互いの)権利が侵害されたりする事態の回避は困難だと思われます。

ならば、「」内のことは、法曹の仕事であり、そのクオリティーについて上のように当事者となったものから、クレームがきているので、その意見をききつつ基準などを見直すのは法曹の仕事ではないのでしょうか。
メーカーが品物にクレームがくれば改善するのはメーカーの仕事であり、判決なりにクレームがくれば改善するのは法曹の仕事であるのは普通に考えれば当然のように思います。
で、「」内のように書かれているのですから、
「専門家の助言が適切でない故に判断がおかしくなる」→適切に専門家の助言をうけれるように改善する
「適切な専門家の助言を受けても判断がおかしくなる」→個々の裁判官の問題?
といった対策を法曹側がだせばいいのではないでしょうか?

それとも、現状は最高で「」内には問題なく、クレームをつけるほうがおかしい、ということなのでしょうか?メーカーからすれば考えられないですが。

>北風さん

ですので、「結果(メーカーであれば商品)についての意見を聞きつつ、基準に反映させる」システムがその業界にちゃんとできているかどうか、ということなのでは、と思ってしまいます。

これは、司法と言うよりはどちらかと言えば立法や行政の役割になってくると思います。逆に、司法が自らの権限を越え、立法や行政の領域に踏み込むとこれはこれで問題が出てくると思います。

>>北風さん

 ぼそっと一言だけ

 司法というのは三権分立の一つの権力作用なんですよ。
 司法が自ら裁判規範(私が言った基準)を立て始めたら司法の独裁になってしまいます。
 「本来」というのはそういう意味です。

北風さん

それとも、現状は最高で「」内には問題なく、クレームをつけるほうがおかしい、ということなのでしょうか?メーカーからすれば考えられないですが。

最高ではなく、ゲームの種類が違うのではないでしょうか、 ボソッ。(この一言を書くのがお約束ですよね このスレッドでは)

「裁判官が正しい判断をする」ゲームじゃなく、「原告・被告が裁判官の判定点を争う」ゲーム

リア王も、はっきり王として(中世なら、大抵、王は王国の最終裁判官ですよね)財産分与法廷における裁判官として、コーデリア達の言葉を聞けば後世から批難浴びずに済んだのにね。
「わしが、コーデリアの真の愛情有る言葉を受け入れなかったとのそち達の批難は筋違いじゃ。わしは、三人の娘達の言葉を聞いて、己の良心のみに従って、わしに対して眞の愛情持つ者を判断したのじゃ。責められるべきは、わしに対して眞の愛情持つのは自分であると説得できなかったコーデリアじゃ。」

また別ブログ(新小児科医のつぶやき)に書いたものを使い回して悪いですが。

ウマレカワッタラ
ケッカセキニンヲトワレズ
ブカガ セキニンヲモッテ ショウコヲテイシュツシ
ワタシハ ジユウシンショウセイデ ハンダンスル
ソウイウシゴトニ ワタシハツキタイ

「局長、原子炉のメータが異常を示していたそうじゃないですか。その報告も上がってきていたんですね。なのに、可動を続けてのこの惨事。どう責任を取られるのですか」
「まず、マニュアルにはメータ異常時、止めろと書いてあるわけではない、上司が判断すると書いてあるのです。ということは、この事態にどうすべきかは公知ではなかったのですよ。メータ異常の報告は受けたが、可動を続けると、及ぼす惨事や原発崩壊に至る流れまでは、部下から私への説明が無かったのです。いや違ったかな、説明していたけれど、私が杞憂であるとして重く受け止めなかったのです。いずれにしても、判断権者の私を説得しきれなかった部下の責任であり、私の判断は正しいかったのです。」

>>ですので、「結果(メーカーであれば商品)についての意見を聞きつつ、基準に反映させる」システムがその業界にちゃんとできているかどうか、ということなのでは、と思ってしまいます。

No.238 しま さん No.239 モトケン さま

ありがとうございます。
荒っぽく考えると、ある商品に対しての国民の不信ならば、こうした規制をせい、ということで消費者からの意見やメーカーからの対策などから立法になりますが、実際に、基準=法律 として反映させるのは、おっしゃるとおりの立法の仕事ですね。
上のスレッドでもあった「必要なのは、今の法の解釈変更より、新たな国民コンセンサスによる立法・行政処置だと思ってます。」という意見と重なってしまいますね。
また、「法を解釈し実際の事件などにおいて判断する上の基準」というのが、素人目からすれば、例えば死刑についての判例(永山判決ですか)などが、一つの「基準」となっているのではないかという気もしますが、それも世論などの影響を受けるべきではないといえばそうとも思えます。

以下はつぶやきです。
しかし、メーカーやサービス業でもそうですが、そうした外部の意見を反映させるシステムを有しているところがより改善された商品やサービスを提供できる、という形で質の向上を図れると思うのですが、司法の場合はどういう形で「(顧客に対する)質」を向上させているのでしょうか?

No.240  falcon171 さん

>「裁判官が正しい判断をする」ゲームじゃなく、「原告・被告が裁判官の判定点を争う」ゲーム

別にそれはそれでいいのですが、そのゲームの場・環境を整備する必要はないの?ということなんですが。
まあ、こちらの方は、「裁判員制度」で整備されていくことになるのでしょうけども。
「裁判員は○○の素人だが、専門家の助言によって正しい判断をすることはできる」
という形になるような、場を整備するという形で。

北風さん お返事ありがとうございます。
茶々入れてすいません。私は医師で、今まで法曹の方との議論で私の理解した「法曹サイドの意見」を書きました。

別にそれはそれでいいのですが、そのゲームの場・環境を整備する必要はないの?ということなんですが。

と言うわけで、このご質問には法曹サイドの方に答えてもらう方が良いと思います。どなたかよろしくお願いします。

でもこのルールでは、「勝つべき側が正しく十分な立証をしたのに、裁判官が自らのミスで誤った結論を出す」と言うことはあり得ないようですよ(=だから負けた側がこのように主張しているのは聞く価値のないクレーム)。
常に負けた側の立証不十分と解釈するのが正しい作法(=そして立証責任は原告・被告にあるのだから、十分な立証する体制整えるのは、裁判所の役目ではない。変な鑑定人が出るのは医療界サイドの問題、変な鑑定人の意見が異常な意見だと見破る義務は裁判所にはない=変な鑑定人に負ける「正しい?」鑑定人が悪い)
そしてこれはローマ以来の法曹数千年の歴史と憲法に支えられていて今の法曹人にも変えられない(変える気がない?)みたいです(以上感想です ボソッ)。

以前私、「勝つべき側が正しく十分な立証をしたのに、裁判官が自らのミスで誤った結論を出した」という、法曹から見ても誤判というべき例有りますかとお聞きしてもこの判例がそうだと言う例ただの一例も教えてもらえませんでしたから。

いじめ問題と同じで、いじめられる側から見たら、いじめる側が変わらない以上は、逃げるか死ぬかしか解決策はないのでございます。
また、「お願いだからもうやめて!」と叫んでみても、いじめる側が「いじめられる側にも問題がある」「決定的に悪いのは自分ではない」と言い続ける、このあたりもまた、いじめ問題と瓜二つでございます。(ボソ)

>元内科医先生
 ご無沙汰いたしております。さて、

>察しますにYUNYUNさま(だけに限らずそのほかの理解ある法曹の方々)のおっしゃりたいことは以下のようなものでよろしいのでしょうか?超ざっくりですが。

とお尋ねのようですが、こちらにいらっしゃる弁護士の先生方がまだお答えになっておられないようですので、僭越ながら部分的に応答させていただきます。「理解ある法曹」でなくて申し訳ありません(なお、あたりまえのことながら以下はあくまでもan_accused個人の見解です)。

>医療訴訟において弁護士は双方についており、双方が自ら託された職務を全うした上で訴訟が行われており、手続き上問題はない。

 お言葉をストレートに理解すれば、「そのとおりです」ということになるでしょう。医事訴訟にせよ何にせよ、弁護士が代理人となって追行している訴訟において、そうそう手続違背が頻発しているとは思えませんから。ただ、ひょっとして「『今ある訴訟手続のままで医事紛争を処理することに問題はない』という意味で「手続き上問題はない」とおっしゃっておられるということであれば、それは違うように思われます。このことは、たとえば最高裁自身が「高度な専門的知見を必要とする訴訟(その典型は医事関係訴訟)」の処理の困難性を自覚し、各種学会などと意見交換を重ねたうえで、いくつかの制度変更(複数鑑定の導入、専門委員の設置など)をおこなっていることをご覧になればお分かりになろうかと思います(もちろん、裁判所の制度変更を手放しで評価せよ、と申し上げているのではありません)。


>むしろ実務としては患者側弁護士にしても無理筋を提訴することなどせずできる限り適正な事案のみをスクリーニングする役目を果たしており、また全体でみると医療者側が勝訴する割合がずっと大きく、患者側が勝って報道されて目立つだけで医療者側が恐れる態度は不適切である。

 多くの弁護士が、無理筋と思われる紛争について依頼者に提訴を勧めないというのは、別に医事紛争に限ったことではないでしょう。ただ、医事紛争については「そもそも無理筋かどうか弁護士には判断がつきにくい」という問題があり、「適正な事案のみをスクリーニングしている」と言い切ることができる弁護士は少ないのではないかと思われます。また、「医事紛争における病院側の対応として、「医師側有責と思われるものにせよ無責と思われるものにせよ、ある一定の係争額以上の紛争については(保険会社の意向により)裁判外の交渉を持とうとしない」ということがあるようなので(「医療関係について考え、語るエントリ(その7)におけるL.A.LAW氏コメント(CID20205)、FFF氏コメント(CID20265)など)、医事紛争は(ほかの紛争類型よりは)解決手段として訴訟を選択する傾向が強そうだ、ということは言えそうです。
 なお、原告(患者側)勝訴率をどのように評価するかについてはさまざまな見方があろうかとは思いますが、以前私が言及いたしましたように、医師主体の審査機関としては我が国で最大の審査数を有している日医医賠責審査会の結論のうち、約6割が「医師側有責」であったということからみれば、「裁判所の判決傾向は、少なくとも、著しく患者側有利に偏っているとまではいえない」ということになろうかと私自身は推測しています。

>最終的に訴訟で争う権利は国民に等しく認められた権利であり、それを制限することは非常に難しいし、それ相応の理由がないといけなく、医療訴訟をしないということ自体は非常に現実味がない話である。

 これはそのとおりですね。憲法が変われば、というか、我が国が今の政治体制を捨てて新たな政治体制を選択すれば別ですが。私は別に、今の政治制度が不変であるべきとは思っていませんが、残念ながら今よりも優れた統治原理を思いつくことができませんので、とりあえず「国民すべてに司法権力を利用する権利を与える代わりに各々が私的に制裁を行うことを禁止する」という統治原理を支持しています。ここにいらっしゃるお医者様でもどなたでも、今の統治原理よりももっと優れた統治原理を提唱なさり、その提唱に国民の大半が納得して平和裏に体制転換が行われるということであれば、喜んで付き従っていく所存でございます。

>裁判での判断がという物自体私知を排除し、裁判の場で提出された証拠と双方の意見で組み立てられたもので成り立っているものであってそれが本質であり、それ自体長い歴史の中で選択されてきたものである。真実を追及するという性質のものとは異なるが、それがシステムであり、それを急に変えることはできない。裁判官に納得させることに困難があり問題があるとしても、それは常に医療裁判以外のどんな裁判でも弁護士が悪戦苦闘している課題であり、それ自体が仕事であり、医療だけを特別扱いする意味がない。また、医療にも限界があるように、司法にも限界がある(モトケン様以外にはっきりそれを言われるかたは少ない印象がありますが)。

 まあ原則的にはそうですが、前述いたしましたとおり、訴訟類型によっては専門委員に適切なアドヴァイスを求めることができるということもあるわけでして(そして医事関係訴訟がまさにそのような訴訟類型なわけで)、「私知利用の禁止」に凝り固まっているわけではありません。

>現状では問題はない。というか仕方ない。

 以上述べてまいりましたように、少なくとも最高裁は「現状では問題がない」とは考えていないようですし、ここにいらっしゃる法律関係者の多くも「現状に問題なし」とは考えていないように思われます。一部のお医者様(っぽい方)からは「狂信的法曹家」と思われているらしい私ですら、
 
> 訴訟を抑制し、不当な判決が乱発されるのを防ぐための実現可能なプランは、今ある医師会の賠償責任審査会・医事紛争処理委員会をドイツ型の鑑定・調停機関として再編する(勤務医向けには、学会単位で医師賠償責任保険と提携した医事紛争処理委員会を設ける)か、訴訟提起された医事紛争を、原則として医師と裁判官とで構成する調停委員会に付すようにし(付調停。民事調停法20条1項)、そこで訴訟並みの証拠調べを行なうとともに、双方の合意が形成されなかった場合は鑑定書並みに詳細に理由を示した「調停に代わる決定」を出すようにするかのいずれかではないかと思います。(「医療崩壊について考え、語るエントリ(その8)」における拙コメント(CID24373)より一部引用)

 などと述べるなど、現状の問題点を意識した上で、医療者側の皆様の要望を踏まえつつ現行の訴訟制度と調和でき、実現可能な方策について考えてきたつもりです。
 
 もちろん、「裁判を受ける権利」を認めている今の憲法が気に入らないならドンドン変えてもらって結構ですし、軍法会議よろしく医事紛争を専門に扱う(普通裁判権とはまったく別系統の)特別裁判所を設置していただくのも一向に構いません。また、医療を完全に司法権の埒外に置くべきという議論も、いくらしていただいても構わないと思っています。ただ私は、せっかくなら少なくとも私の生きている間に実現しそうなことについて考えたいと思っていましたので、その手の議論にはあまり積極的にかかわろうとは思いませんでした(し、今も思いません)。

>「専門家の選び方」「専門家から意見の判断の仕方」「専門家の数」について不適切ではないかという疑問があります。また、変な人はどこにでもいるので、それが自然に沸いて出てくることまで関与できません。それを「変だ」と判断できない裁判官が悪いとおもいます。裁判官にそれが出来ないのであれば、専門家同士が意見交換をする場を設ければまだましではないかと思います(一部そのようなシステムもあるのかもしれませんが。各々が鑑定書を提出するだけでは5歳児(裁判官)に刃物をもたせている状態と似ていると考えます。

 鑑定人の人選については、裁判所が訴訟当事者や専門委員などの推薦を受けて選任する場合と、最高裁に設置されている医事関係訴訟委員会を通じて訴訟内容にもっともふさわしい鑑定人候補者を擁すると考えられる医学会に推薦依頼を行い、そこからの推薦を受けて裁判所が選任する場合とがあります。なお、鑑定人の選任にあたっては双方当事者の同意が取り付けられるのが一般的であり、鑑定事項についても双方当事者の意見および鑑定人の意見、専門委員の助言を踏まえて作成されているようです。また、鑑定人の数については従来の単独鑑定のほか、3名から5名による複数鑑定も実施されております。「3名や5名では話にならない。もっと数が必要である」ということであれば、先生方が属しておられる医学会を通じて、推薦依頼に対する応答として「この事案の鑑定には少なくとも○名必要である」といった主張を裁判所に向けてなさればよいのではないかと思います。
 なお、鑑定は「各々が鑑定書を提出するだけ」で終わるのではなく、双方当事者および裁判所からの質問、再質問という手続きがあり、当然被告医師側からの質問・反論にもさらされています。

>裁判での裁判官の判断が現実と乖離している場合、また医学的に荒唐無稽な場合、それが医療現場に与える影響は甚大です。医療職以外の方が想像できていないのはここだと思います。もしそうであるなら、そうした判断を出しているのは裁判所であるわけですから、いくら結果責任を問われるものではないとはいえ、すべて行政の責任もしくは鑑定や意見書を依頼された医療界にみに責任を押し付けるのはちょっと無理があるのではないかと考えます。

 上述のとおり、また過去にも申し述べてまいりましたとおり、司法が医事紛争の適切な処理を行えていない場合が生じていることについて、「すべて行政の責任、医療界の責任である」とは考えておりません。また、「医事関係訴訟の増加および不当判決の存在が医療崩壊の主原因の一つである」という主張にも異議を唱えるつもりはありません(唯一、あるいは最大の原因であるとは考えていませんが)。

 さて、「つぶやきエントリ」なので単なるつぶやきを。

>ひょっとしたら某氏と同一人物ですか? あまりにも言い分がそっくりですよ。論破されたから別ハンドルで出直しですかw

 の「某氏」とは誰のことなのだろうと少し考えてしまいました。「言い分がそっくり」ということであれば、こちらに集うお医者様のほとんどが「言い分そっくり」なので、この考え方に従えば「ひょっとしたら○位氏と元○政氏と整○A氏とy○m○氏と・・・は同一人物ですか?」ということになりそうですね。お医者様にはお医者様特有のロジックや言葉遣い、法律家には法律家特有の思考パターンや用語法があるので、そこがそっくり、というのはある意味当たり前だと思っていましたし、そのことを以って「ひょっとして同一人物?」とはあまり疑ったりしたことがなかったのですが、疑おうと思えば疑えるものなのだなあと感心してしまいました。

 ところで私は、「言い分がそっくりであること」を「同一人物性を示す状況証拠」とは見ていないのと同様、「あまり一般的に用いられていない用語法を共通して用いている」とか「比喩表現が酷似している」といったことも「同一人物であることの状況証拠」ではなくあくまでも「偶然の一致」と理解しています。
 たとえば、実務法律家のことは一般に「法曹」と表現されます(弁護士であるモトケン先生やYUNYUN氏などは自分たちのことを「私たち法曹は」などと表記しますし、公の文書でも、たとえば「新しい法曹養成制度」などと表現されています。ここにいらっしゃるお医者様方のほとんども「法曹の皆さん」「法曹側は」などとお書きになりますね)が、ごくたまに「法曹」のことを「法曹家」と表現なさる方もいらっしゃいます。誤用ではないようですが、法学部に在籍したことのある者にとっては違和感を覚える言葉遣いです(googleで検索してみると、「法曹」でヒットするのがが約937000件であるのに対し「法曹家」だと821件だったりします)。
 このように、かなりマイナーな言い回しである「法曹家」ですが、本エントリーをざっと眺めてみれば、なんと4名もの方がこの語を用いておられます。そしてそのうちのお二方が、非医療者について「論破された」と表現なさり、お二方が、法曹に対する過激な批判を「表現に問題はあるが言いたいことは理解できる」とフォローなさっておられたりしています。

 いやー、偶然の一致とゆうのはあるものなのですねえ。

>しまさま(CID41293)
 「単数形にしたほうがいい」だなんて!
 まさかと思いますが、しまさまは、こちらにいらっしゃるお医者様の誰かが複数のハンドルネームを用いているとでもおっしゃりたいのですか!
 私は、「こちらに集っていらっしゃるお医者様の中には、複数ハンドルネームを用いて非医療者を罵倒するコメントを書き散らしたり、部分的共感を示してみたりして同意見を有する者を水増ししようとしたりするような卑怯者などいるはずがない」と信じていますので、やはりあくまでも「複数形」であると主張いたします。

訴訟や判決に関して云々するよりも、訴訟によるネガティブな経済効果をもっと議論すべきと思います。既に医師たちは訴えられないように萎縮医療に向かっています。
周産期医療や救急医療はもとより、手術や在宅医療に至るまで重症患者やクレーマー患者(家族)は暗黙のうちに敬遠する方向に傾いています。訴訟と言う圧倒的な脅威の前ではこれまでの医師の使命感や献身(あるいは良心)など何の役にも立ちません。
これらを改善し医師を適正に配置するためには想像以上の医療費(あるいは医療崩壊)が待ち受けているのです。研修医の僻地義務化など所詮訴訟の宝庫でしょう。

それはそれとして厚生労働省の大本営の幹部達はもう既に医療崩壊を見越していてその先の医療体制の青写真を描いているのではないかと感じるようになって来ました。
アメリカ型あるいはイギリス型医療崩壊の中間。低所得者層病院とホテル並みの高級病院。富裕者層は高額の医療費を払い株式会社化された病院で最高の医療を受け、低所得者層は安いがアクセスの悪い病院で最低限の治療を受ける(あるいは医療を受けられない)。文句のある者は(ガス抜きにでも)訴訟でもしてくださいという筋書き。
そんな貧富の差がはっきりした二層化された恐怖社会が待ち受けているのではと感じてしまいます。

現在の医療制度(国民皆保険制度)を崩壊させる前に国民全体でもっと議論があっても良いのではと感じます。

この時期、小生を含め多くの医師たちが鬱々とした気分でいるのでしょうが、それはこれまで信念を持って実践してきた医療との訣別なのでしょうか?
(他の職種と違い職に困らないことだけが救いです。)

> No.245 an_accused さん
エプリルフールに復活されるというのも、 an_accused さんらしくて、ワクワクしております。No.244のコメントは、非常に理解しやすい上に、整理されており、同時に僕なんかがほぼ全面的に同意、賛成出来る意見でして、さすがモトケンブログ随一の論客だと、あらためて感心しております。
No.245で、法曹云々の用語に関して言及しておられますが、前後の文脈に若干ついていけないのですが、私が別のハンドルを使用して

「表現に問題はあるが言いたいことは理解できる」とフォローなさっておられたりしています。
などと偶然を装ったりしたことは一度もありませんので、その点は誤解なきようお願いします。

非法曹として、ごく最近気付いたのですが、
ひょっとして『法曹』という言葉には、弁護士が含まれていないのかな、でも法曹三者という言葉もあるしなぁ。曹の字はちょっと偉そうだし、弁護士さんには清貧な方も多いしなぁ。とか思っているのです。
法曹家という言葉をモトケンブログ内で検索して、4人いたというan_accused さんの報告も、大変時間のかかる作業で、そのこと自体に驚いておりますが、非法曹に決してなじんでいない言葉を、キーワードにして非法曹を類別するという発想は少し病的であると指摘しておきます。

いずれにしろ、an_accused さんに、○位と、ハンドル名を半分憶えていて頂いただけでも光栄です。これからもこの場で、宜しくお願いします。

えー、実はこのエントリは

http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/02/15-104709.php#c41869

ということで、長文コメント用には

http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/03/01-230458.php

こんなエントリもあったりしまして(^^;

誰がコメント中で特定の単語を使っているかは左上の検索を使えば一発ジャンとか思ったのですが、左上の検索ってエントリ単位でしか結果が出ないのですね。
結局、見つかったエントリを一つづつ開いていって手作業で検索して誰のコメントかをチェックしてという感じでしょうか?

ちなみに自分で検索したところ、以下の方が「法曹家」という言葉を使用していました。

(順不同。引用文中に含まれるだけの場合は除外しています)
じじいさん
或る内科医さん
uchitamaさん
しまさん
磨人ドールさん
座位さん(座位臥位立位さん)
ER医のはしくれさん
Level3さん
うらぶれ内科さん
falcon171さん
場末の開業医さん

多分、議論しているうちに他の人の言葉遣いに影響されてしまうのでしょう。
ひょっとすると、知らないうちに、発言内容も他人の意見に影響を受けていそうです。
これでは、an_accused さんが指摘されてますように、コメントの内容だとか、言葉遣いから同じ人かどうかを判断するのは難しそうですね。

 実名投稿の最大の問題は、遠慮のないガチンコバトルができないことですね。
 やろうと思えばできますが、あまりに大人気なくて見識を疑われますので(^^;
 
 別ハンの詮索はこのブログでは不要でしょう。
 

検索のとこをよーくみると
コメントも検索できまっせ

>コメント検索

 ページ単位で抽出しますので使い勝手はとても悪いですが、ブラウザのページ内検索を併用すればなんとかなるかも、です(^^;

No.236の座位さん、あちこちで味のあるコメントをされている座位さんに、かようなコメントをいただけるとは光栄です。

「法曹」という言葉ですが、私はこの言葉が嫌いなので、自分を表す場合には、滅多に使いません(ちなみに名前↑をポチっと)。
自分は、「裁判官」でも「検察官」でもなく、「弁護士」だぉと思っているわけです。
だからなんなの?といわれればそれまでですが。(ボソッ)


No.231のじじいさん、
>医療保険制度を半分背負わされている財界のじいさんども
なるほどです。
これで、日本の財界は、アメリカの保険会社と利害が一致するわけですね。

>No.253 PINE さん

法科大学院がはじまって司法試験への扉が大きく開いたと喜んだのも束の間、今は新規弁護士さんの就職難が始まっているとのこと

PINE先生や黒猫先生の話を聞いていると、医師も残酷な仕事の状況ですけど、弁護士さんも決して楽ではないのだなぁと思う次第です

兼業で法律を扱う仕事も、ADR法で非弁者にも開かれて来たようですし、医師を辞めて法科大学院に行かなくて良かったと、3年前の適正試験で悪かった成績を有難いと思うのです

ADR事務所の立ち上げを考えているものの、体調と勉強不足が祟ってます。。。。(^_^;)

No.254のMed_Lawさん、医療紛争の分野はADRに馴染む分野だと思います。
お体に気をつけて(釈迦に説法ですな)、少しずつでも前進されることを祈っています。

>3年前の適正試験で悪かった成績
あんな試験で、法律家としての適性がわかるもんか。(ボソッ)

創価板UD日報係さん

ちなみに自分で検索したところ、以下の方が「法曹家」という言葉を使用していました。
じじいさん
(中略)
falcon171さん
場末の開業医さん

お疲れ様でした。そうですか、使っていましたか、私。
影響されやすいなあ。

法曹家 法曹家 法曹家    欧米か! ボソッ

でも、唐宋八家みたいで音の響きは良いようですね。

わたくしは「法律家」という言い方なら
よく使いますな

つぶやきます。
医師に関して、「医者というのは見下している、医師と呼べ」とのご意見別のところで見たことがあります。これに関しては、? です。

「医者」 そんなに悪い言葉ですかあ。(ちなみに私は医者です 念のため)
「町医者」っていうのも、本人が在野の一開業医と誇りを持って言うなら良い言葉だと思うんですけれど。(自分は開業していませんが、親が開業医なもので。開業医の先生は好きです。) まあ「町医者で見てもらったけれどちっとも良くならないから来ました」っていう患者さんからは、あまり良い語感感じませんが ボソッ。

「お医者さん」なんて、いい響きじゃないですか。
父が校医をやっていた小学校で、健診の時、並んでいる子供が「あー、私のお医者さんや」といってくれたと言っておりました。
「その名かわいい お嫁さん」みたいな感じ。 古いテレビドラマの主題歌です。
「医師」で思い出すのは、「リチャードキンブル、職業 」 これも古いですね。

逆に、「臨床実地医家」(ご存じない方に申しますが、製薬会社の会などでは、開業医のことを「臨床実地医家の皆様におかれましては   」と言うこと多いです)なんて「慇懃無礼とはこのことだ、便利だけれど」と私は思います。

弁護士さん(そして検事さん、裁判官の皆様 判事さん)はどう呼ばれるのがうれしいのでしょうね。

法務省のADR認定はマル適マークどころか、今の議論では、わりと緩やかに誰でも取れるようにする方針との噂です。(まだ本決まりではない)
弁護士会としては、そんないいかげんな認定ではアカンと言っているのですが、
法務省は、ADRで和解案を受けるかどうかは当事者の自己責任で、嫌なら蹴って訴訟すればよい、という考え。でも、誰もが法律知識が豊富で判断力に恵まれているわけではないから、それは現実的ではないよ。
サラ金業者が主宰する相談所で、借り手が弱い立場で法的知識にも乏しいことに乗じて、業界寄りの、不利な和解を押しつけられているのと、同じ結果になりはしまいか?

---
弁護士さん は普通ですが、
 イソ弁(居候弁護士)
は、自嘲の意を含んだ表現ですから、
「さん」を付けようと「先生」付けようと、面と向かって呼びかけるには不適当です。

私も医者になるつもりで、医学部に言ったので『医者』という言葉になんら違和感がありませんけど、法律的には『医師』なんですね。医師という用語が自ら師をつけて偉そうだという方も居ますが、法律用語ですから無問題。『先生と呼ばれるほどアホじゃなし』という言葉も聴きますが、『先生』という言葉は、医者同士でもすごく便利。男女、上司、部下、同僚、関係なく先生といえば、何の問題もない。キミ、あなた、おまえ、あんた、微妙なニュアンスの違いがトラブルの元にもならず、名前を失念しても、そのことを隠しとおせる。便利この上ない。僕なんか医学生を呼ぶときにも、使ってます。(ボソッ)

私は、子どものころから、病気になると、親から、「お医者さんにみてもらいましょうね。」って言われて育ってきたので、普段の会話では「お医者さん」という言葉を使います。
このブログでも、「お医者さん」を使うことが多いですが、法律が絡む堅い問題では「医師」を使うこともあります。
「お医者さん」でも・・・、いいですよね?(ボソッ)

No.261の座位 さん、 「先生」という言葉は、弁護士同士でも同じ理由で、すごく便利です。
でも、弁護士同士で「先生」と呼び合うことは、「弁護士村」などと揶揄されることもあります。

 検事のときに、ときどき「先生」という被疑者や参考人がいましたが、ものすごく違和感がありました。
 そういうときには「私は先生じゃないよ。検事だよ。」と言ってました。

 庁内では、検事以外の職員からは、○○検事と呼ばれるのが多かったですね。
 検事同士は、○○さん、○○君が普通だったと思います。
 警察官は、たいてい○○検事でしたが、○○検事さん、という人がけっこういました。

PINE さん
>「お医者さん」でも・・・、いいですよね
全く問題ないと思います、少なくとも私的には。
「お医者さん」と「患者さん」 が一番しっくり来ます。
「お医者様に見てもらいましょうね」というのからは、「ええしの子」の話やなあと思いますし、患者様、からはとってつけたような気がしてなりません。

先生 万能のキーワードですね ボソッ
初「先生」は、大学生時、家庭教師して、
相手の親「先生は何がお好きですか」、私「父は○○が好きですが。」、親「??」
私の頭では、先生と呼びかけられるのは、開業医の父だったもので。

ポリクリでこう講師の先生から呼びかけられた時も最初、違和感抱きましたが、あっという間になれて、「先生」の嵐。
一つ良い点上げれば、人間誰しも自分の主治医は他の医師からも重きを置かれている医師であって欲しいですから。教授回診などで、自分の主治医がいくら先輩からでも呼び捨てにされているのをみて平穏でいられる患者さんいます?

 確かに、『お医者さん』と呼ばれると、うれしいけど、『医者』と呼ばれても、全然悪くない。言い方次第なので、『医者のくせに』とか『医者の分際で』といわれれば、カチンとくるし、これは『医師のくせに』も、『医師の分際で』も同じ語感だと思う。
 お互い『先生』と呼びあうのを、部外者に聞かれるとアホみたいなので、異業種の集まるこういう場では、『さん』の呼称の方が、本当はいいはず。 (ボソッ)

どーでもいいことなんですが、東京地裁の藤山部総括は、東京高裁にご栄転されました。

PINE様、お疲れ様です。
地裁や高裁の判事の場合、栄転していないなぁ、と推測出来るのはどのようなケースでしょうか?例えば、6年間同一部署、同一肩書きの場合、これはうだつが上がらない状況といえるのでしょうか、それとも充分栄転が目指せる状況でしょうか? (ボソッ) (疑問形のつぶやき)

No.267の座位 さん、

>地裁や高裁の判事の場合、栄転していないなぁ、と推測出来るのはどのようなケースでしょうか?

本人の希望もあるので一概には言えないのですが、もの凄く上昇志向が強い人なのに「あ、この人、また地方の地裁だわ。」というのは、栄転していないなぁと思うケースです。
諸般の事情で、本人の希望により、同じ裁判所に長くいる人もいます。
まぁ、一般の民間企業と同じだと思います。

ちなみに、首都圏の裁判官については、こんな本↓が出ています。
http://218.42.146.84/genjin//search.cgi?mode=detail&bnum=50056
弁護士からの評価が多いので、必ずしも裁判所内部での評価とは一致しません。

>PINEさん
この場合、栄転になるのでしょうか。地裁部総括判事と高裁陪席判事のどちらが上なのか微妙なものがあるように思えたのですが。藤山判事は過去にも東京高裁の判事だったようですし。

藤山判事の経歴を考えれば、二、三年後には地裁所長になるのでしょうか。

しまさん、裁判所の人事のことなのでどうなるか分かりませんが、東京高裁判事→どっかの地裁所長→東京高裁部総括判事というのは、ありがちなルートだと思います。

No.215 YUNYUN さん

「訴訟さえなくなれば、薔薇色の医療が実現する」とまでは言いませんが、訴訟による恫喝やトンデモ判決が現場の士気に与える影響は物凄く大きいわけなのですよ。

それから、法律家の方々はどうしても医師を他の仕事と同列に見たい(企業とか運転手とか)ようですが、これも不当なネガティブキャンペーンですね。繰り返し言いますが、医師は科学者であり間違ったことが嫌いです。間違ったことをして金を取るとゆう発想自体ないです。賠償すべきミスがあればそれを認めて、適正な金額を算出して、現に弁償しているわけですよ。ミスを認めようとしない他の会社と一緒にしないで頂きたい。病院が責任逃れをしているとゆうのは、幻想です。医学的無知によって、「本当はミスがあるのに隠しているに違いない」と思いこんでいるに過ぎない、ゲスの勘ぐりとゆうやつですよ。自称医療過誤被害者がそう思い込むのは勝手ですが、それを助長して金儲けとか歪んだ正義感を実現しようとする連中は社会の害悪以外のなにものでもないです。

「医師の立場を利用して故意の殺人」とゆうのが何を指しているのか知りませんが、そういう極端な、例外中の例外であるケースを取り上げて議論するのは公平ではないです。

ところでネットで調べましたが、日本の裁判ではハンマーは使わないようで、これについては訂正します。あと、ガウンは法律家が「法服」と呼んでいる物のことです。こうしたこけおどし的な演出に凝る位なら、もっと本質的な部分で真実に迫る努力をすべきだとゆうことです。そして、こと医療に関しては、法律家がどんなに背伸びをしたって正しい判断ができないことは既に明々白々になっているのだから、できないことはするなと繰り返し言っておきます。

No.216 Med_Law さん

私も、法治国家である以上、裁判官が判断できるならそれに越したことはないと思いますが、現に判断できていないのだから、無理な仕事はするなといっているのですよ。

もし法律家が医療訴訟について概ね正しく判断できる時代が来たら(能力的に考えると無理だと思うが、一応)、彼らに判断させてやることもあってよいとは思いますが、現状ではキチガイに刃物ですから、とりあえず刃物を取り上げてやるのが彼らのためでもあるし、何より社会全体にとっての利益です。

ところで「訴訟が医療レベルを押し上げている側面」とゆうのは不可解です。具体的にはどうゆうことを言っていますか。暴力に晒された場合に守ってくれるのは、以前にも出ていましたが、警察であって法律家ではないです。

No.240 falcon171 さん

激しく同意です。

「判断権者を説得しきれなかった当事者の責任」とゆうのは法律が好む言いぐさですが、これほど浮世離れした詭弁もないですね。

法律家以外の、世間の常識が通用する世界では、判断を誤ったら反省して謝罪と弁償につとめるものです。医師も、間違ったことは間違ったと率直に認める文化を、他の職種よりいっそう強く持っています。

ところが法律家は、判断を誤っても、「間違わせたお前らが悪い」ですからね。ジャイアンより酷い暴言ですよね。

法律家の先生方は、自分たちの子供がテストで落第点をとっても、「ちゃんと理解させなかった教師が悪い」とか言って学校に乗り込むのかも知れないですね。医療崩壊に続いて学級崩壊も招かないようにせいぜいお気を付け下さい。

No.244 an_accused さん

何も憲法改正とか体制転換とか大げさなことをする必要ないです。法律家が、「自分たちにとって医療問題の判断は能力的な限界を超えており不可能である」ことを潔く認めれば済む話なのですよ。身の丈にあった仕事をするとゆうのは、社会人にとって大事なことです。それとも、法律家の方々は総じて、少年期の万能感から卒業できない人の集まりですか?

今の医療裁判は、よく言えばママゴト、おゆうぎであり、悪く言えば茶番、魔女狩りです。いくら小手先をいじっても、根本的に能力が不足しているのだから、マトモな解決になろうはずがありません。

 で、魔人ドールさんとしては、現実的な対策としてどのようなことをお考えなのでしょうか?

病院が責任逃れをしているとゆうのは、幻想です。医学的無知によって、「本当はミスがあるのに隠しているに違いない」と思いこんでいるに過ぎない、ゲスの勘ぐりとゆうやつですよ。


責任逃れを考える病院もある以上、仕方ないですね。

医療ミスがあったことを認識していながら、死亡診断書における死因を病死と記載することの重大性を○医師、○○医師、科長、所長が認識していなかったことは、医療に関する基本知識の信じ難い欠如である。一般社会でも常識となっている事項だけに、このことが、組織的隠蔽工作があったのではないかという疑いを招く最大の原因となったと考えられる。

魔神どーるさん

No.240 falcon171 さん
激しく同意です。

同意頂いて言うのも何ですが、あの例えは少々ブラック過ぎるかなと言う気もしております。でもうまいでしょ。

で、僭越ですが、私は、「過激な内容ほど当たりは柔らかく」 した方が良いんじゃないかなと思う小市民です。勝つ為には、敵は少なく、味方は多く したいもので。ぜひ、魔神ドールさんにも味方を増やす戦略をお取り頂ければと存じます。

ついでに、魔神ドールさんのペンネームはマジンドールという抗肥満薬からと思います、ご存じない方の為に。

ちなみに、私は一人二役はやってませーん てどう証明すればいいですかね。

 医師は医学的知識と技術、つまり病気やけがについての知識と治療の技術によって病人やけが人の治療にあたりますが、法律解釈の専門家たる裁判官は、法律解釈上論争に白黒つけるのだけが仕事ではありません。

 医師の持つメスは人の身体しか切らないと思いますが、法律家の持つメス、つまり法律は、ほとんどありとあらゆるものを切らなければいけません。

 医者と法律家は似ているところもありますが、医療と司法は本質的に異なります。

特殊な環境に対する特別な法律というのはざらにございます。
賭博が刑法で禁止されているのにパチンコが有る競馬がある競輪が有る。
医療の特殊性はさらに高いので
医事刑法を設立すべしというのが小松先生の主張であられます。
ついでに医事民法もつくったらさらによろし。

『違法でなく存在しえない医療労働環境の問題』について最近悩んでます

法律を勉強すると、当事者双方の立場に立つ攻撃・防御を学ぶのですが、そうすると過酷な違法な医療労働環境なくして、当面の医療状況は解決できないという結論に達する

もちろん被害を受ける違法に権利を侵害されている医療従事者からすれば、一身に道義的責任を負うべきものではないけれど、もし医師が権利を主張すれば、勤務医問題解決は、病院崩壊へ急速に導かれるでしょう

『医師の8時間労働、自宅で勤務から解放』などという状況が一部マイナー科以外では想像も、期待もしていない中で、どうやって法律と整合性を保っていくかは、これも司法マターではなく、行政・立法マターに帰結します。
法律だけでなく職業倫理も必要な部分ではありますが、高い倫理を保つにはそれなりの社会的地位への褒章が必要であり、その基盤・信頼関係が崩壊しつつあります。

行政・立法がその責任を果たさず、マスコミが不知を決め込んで国民への啓蒙義務を放棄した上で、日本の病院崩壊するなら、「勝手にしろよ」という気分ではあります

法律に従って国が滅ぶとすると、これも法治国家の運命というべきものでしょうか

『障害なくして得ることのできなかった生』の訴訟問題に出会ってから、問題解決の糸口が見えず、出口も見えない途方もない道程に呆然として

・・・・・今日は、朝から小原庄助さんです(笑)

ここのつぶやきの方々、LMnetに参加してくれないかな?
Med_Law様、falcon171様、uchitama様 他の皆様、、、、   (ボソッ)

> 現状ではキチガイに刃物ですから、とりあえず刃物を取り上げてやるのが彼らのためでもあるし、何より社会全体にとっての利益です。(No.272 魔人ドールさま)

で、具体的にいかなる手法によって「刃物を取り上げる」ことができると、貴殿はお考えなのかを、モトケンさま(No.275)も私も、知りたいのですが。
そのキチガイが、自らは絶対に刃物を放さないことは、既に繰り返し指摘されております。

>で、具体的にいかなる手法によって「刃物を取り上げる」ことができると、貴殿はお考えなのか

そこで焼野原待望論ですよ

焼け野原になったくらいじゃ、無理無理〜
相手は60年前の8月に、革命を炎をくぐり抜けて生き延びた、古つわものですぞ。
我が亡き後に洪水よ来たれ。天が割れ大地が裂けても、彼らは刃物を手放さない。
だから、あなたが、奪い取りに行くしかないのです。

ハッ!
前史にもどさねば。        (ボソッ)

どこぞの大学が医学部設置に乗り出したらしい。
本格的にスタッフ集めが始まったら、あおりを食らうところも出てくるかも。
(ぼそっ)

No.275 モトケン

繰り返し述べているとおりです。「できないことはしなさんな」の一語に尽きます。

No.276 しまさん

「責任逃れを考える病院もある以上仕方ないですね」ってのを突き詰めたら、「犯罪を犯す法律家もいる以上、彼らを全員刑務所に収容するのも仕方ない」ってことですよね。

それはさておき、「医療ミス」と「医療過誤」が同一でないことは先生方が繰り返し説明されておられるとおりです。引用されたのが何か知りませんが、「医療ミスがあったこと」と「病死」とゆうのは何ら矛盾しません。むしろ、どのような経過であれ、事後的に検証すれば何らかの改善点とゆうか、「ああすれば良かった」「こうゆう方法もあった」という選択肢は見出せることがほとんどですから、ある意味「医療ミス」がまったくないとゆう方が異常なのですよ。にもかかわらず「医療ミスがあったのだから、死因を病死と書くのはおかしい」と安易に断罪するのは思い違いもいいところでして、いやはや、素人の発想とゆうのは恐ろしいものですねえ。

No.282 YUNYUN さん

貴方自身、こと医療問題に関しては、現在の法律家がキチガイであることを認めるわけですね。なら、自分たちの問題は自分たちで何とかして下さい。上に出てきた例でいうと、コンピューターがポンコツなのを修理するのは、ユーザーではなく、普段からそれを使っているエンジニアの仕事です。それとも、「自分たちでは暴走を止められないから、誰か助けて下さい」とゆうことですか? マスコミはトンデモ判決の跋扈を決して認めませんが、法律家自らが「医療問題に関してはトンデモ判決しか出せないから、自分たちの手を縛って下さい、判断権を取り上げて下さい」と声を上げれば、さすがに飛びつくと思いますけど。これだけ医師の声に触れ、医療裁判の惨憺たる現状を認識した貴方にして、そうした運動をされるおつもりはないのですか?

> 「できないことはしなさんな」の一語に尽きます(No.287 魔人ドールさま)

あなたがここで一言いうだけで、世の中が変わることはありえません。
非建設的な放言は無意味です。

> 「責任逃れを考える病院もある以上仕方ないですね」ってのを突き詰めたら、「犯罪を犯す法律家もいる以上、彼らを全員刑務所に収容するのも仕方ない」ってことですよね(No.288 魔人ドールさま)

それは短絡的、非論理的な考えです。
犯罪を犯した者は、裁判にかけて処罰する。同業者全員に責任を連帯させるのは個人の尊厳と責任を定めた憲法に反します。ここの誰も、そんなことをせよと主張していません。
責任逃れを考える病院がある以上、その病院に強制的に責任を取らせる手段(現行法では裁判+強制執行)を用意すればよいことでしょう。

「それはさておき〜」について。
No276しま様は、引用元が記載されていませんが、
埼玉医科大学総合医療センター医療事故調査委員会報告書
http://homepage3.nifty.com/kaizansyomei/site/column/saitama/1068648986.html
公式調査でオンコビンの過剰投与の医療過誤が認められた事案です。遺族に対し医療過誤による死亡であることを説明しなかったのは、不適切な対応であったと指摘されています。

> 「医療ミス」と「医療過誤」が同一でないことは先生方が繰り返し説明されておられるとおりです

医療現場における望ましくない結果である”医療事故”と、医療者に民事上・刑事上の法的責任を生じる”医療過誤”とが、必ずしも同一でないということは、
このブログではもはや常識的であり、現在そういうことを主張している非医療者はこの場にはいません。
つまり、その話題はこのブログでは周回遅れの議論です。

ついでに申しますと、これも既出の議論ですが、「医療ミス」という用語は曖昧なので、弁護士としては使用を避けることをお勧めします。
上記報告書にもあるように、「医療ミス」という語は、医療者に責任のないケースよりも、むしろ「医療過誤」の意味に理解されることが多く、
現在の状況では、「貴方はミスをしましたか」と聞かれて、「はい」と答えれば、それは”医療過誤”を自白し法的責任を認めたと受け取られる可能性が大だからです。

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> コンピューターがポンコツなのを修理するのは、ユーザーではなく、普段からそれを使っているエンジニアの仕事です(No.289 魔人ドールさま)

比喩を元へ戻しますと、
 コンピュータの修理 → 医療訴訟において鑑定人の選任方法や人数を工夫する
ということでしかありません。
それは既に実施されていますが、医師の皆様はその結果に満足されないから、次にどうすべきかを議論しているのではないですか。
これも周回遅れです。

> 医療問題に関してはトンデモ判決しか出せない(No.289 魔人ドールさま)

医療訴訟判決のうち、6割を占める医療者側勝訴判決もトンデモですか?

> マスコミは 法律家自らが 「 自分たちの手を縛って下さい、判断権を取り上げて下さい」と声を上げれば、さすがに飛びつくと思いますけど(No.289 魔人ドールさま)

「その代わり、医療紛争に対しては誰も救済を与えない制度にしたいのですが」と言っても飛びつくかどうかは疑問です。
何度も繰り返しますように、
判断権を取り上げることは憲法改正が必要であり、国民の大多数が賛成しなければ、できないことです。
「医療過誤の賠償は誰も強制しない、賠償するかしないかは当該医師の自由な意思に委ねる」という案で、賛成多数を取れるとお思いですか?

ここに集まる法曹は、
裁判に医療専門調停なりADRなりを前置させるという方法ならば、憲法改正は要せず、かつ、ギリギリ国民の過半数の賛成も得られるのではないか
と考えています。

> そうした運動をされるおつもりはないのですか?(No.289 魔人ドールさま)

私は同業者相手に、日々オルグ活動に励んだ結果、
「医師の手で医療専門調停orADRをやりたいのなら、弁護士としては協力するにやぶさかでない」
との考え方を持つ弁護士の数を増やしつつあります。

が、問題は、
医師の側でそういうことをやりたいのかどうか、はっきりしないことです。
医師が調停委員を引き受けると言わない限り、この方法は成り立ちません。その目算が立たない限り、この話は単なる空想に過ぎず、次のステップ、つまり立法に向けてマスコミに広報したり、国会議員に働きかけたり、ビラ撒きデモ行進で国民にアピールしたりという具体的な行動に入ることはできないわけです。
しかしながら、弁護士会に対する公式ルートで、共闘の話が全く来ないことはもとより、
医師の間で意識が高い人が多いと思われるこのブログでも、魔人ドール様をはじめとして、紛争解決について医師が積極的に関与しようというお考えはあまりないようです。
(だから、このブログを弁護士に見せても、じゃあ弁護士も頑張ろう、ということにはならない。)

その中で私が注目しているのは、
「現場からの医療改革推進協議会」という医師を中心とする団体が打ち出した、
厚生労働省試案「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する
課題と検討の方向性」へのパブリックコメント
http://expres.umin.jp/genba/comment.html

「裁判外紛争処理について」という項目に、

(提言)
7 中立的第三者の援助のもとで、当事者間の対話の場を提供し、患者・家族が十分に納得できる合意形成を目指す
8 当事者の求めにより、中立的な医師・弁護士による事実認定・専門的評価を提供する

どこかの弁護士の有志の協力を取り付けた上で、こういう提言をされたのかどうか知りませんが、
とにもかくにも、社会的に公けの形で、医師の側から積極的に「やりたい」という声が出たのはこれが始めてではないかと思います。
このパブリックコメント意見に賛同される医師の方もいらっしゃるようですが、そうすると、医師の間でも積極行動派が増えつつあるのでしょうか?

YUNYUNさんご紹介の、厚生労働省試案「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性」へのパブリックコメントからたどれる、「医師法21条の歴史と矛盾」ですが、2つほど誤解がありますね。

昭和24年に、厚生省は、医療は医師法21条の届け出対象ではないという認識を示している。局長通知で「死亡診断書は、診療中の患者が死亡した場合に交付されるもの」「死体検案書は、診療中の患者以外の者が死亡した場合に、死後その死体を検案して交付されるもの」(医発385 医務局長通知)と周知している。しかし、日本法医学会ガイドライン が出された後の平成12年(2000年)、厚生省はこの認識を覆す指示を出す。国立病院部政策医療課の「リスクマネージメントマニュアル作成指針」において、「医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う。」としている。この厚生省の指導は、そもそもの医師法21条の概念と、次の2点で食い違っている。

1.あくまでもマニュアルの作成指針であり、各病院は必ずしも指針に従う必要はない事。
2.リスクマネージメントマニュアル作成指針は、厚労省医政局が関わっておらず、認識を覆したとは言えないこと。

>YUNYUNさん
現場からの医療改革推進協議会に関しては、シンポジウムのsession09 医療事故後制度改革:福島の事件をきっかけとして 抄録PDFと言う興味深い資料がありました。


概ね同意する意見なのですが、実際には警察がより大きな役割を果たすようには思います。

魔人ドール様

過去ログが膨大すぎて、ご存じないかもしれませんが、管理者であるモトケン先生や、このブログに常駐されている、YUNYUN先生など法曹関係者やしま様など非医療者ほど医療に理解のある人間はわが国には少ないのではないかと思います。

一度冷静にお考えいただきたいのですが、一円の得にもならないのに、自身のブログでここまで精力的に医療問題を取り上げ、問題提起をしている人が医師の中にさえどれほどいらっしゃるでしょうか?また、YUNYUN先生のように、医療側の考えを踏まえたうえで、私のような素人にも分かるように、裁判制度や法曹関係者の考えについて示してくださる弁護士がどれだけいらっしゃるでしょうか。

可能でありますれば、お手隙の時にでも一度過去ログにも目を通していただけると幸いです。

私のような者が、偉そうなことを申しましてすみません。ただ、このまま感情的なやり取りになるのは残念ですので。

久しぶりの書き込みです。この春に医長になって、慌しい毎日でした。ちなみにうちの病院も内科医が13→7に減少する途中です。

No.290 YUNYUNさん

まーだ時期尚早じゃないでしょうかね、ADRとかは。いまはじめたって医者からの押し付けのようになってしまって、世の中からの賛同はもらえないでしょう。茨城の例でも少なくとも昨年末にはまだマトモに機能しているようではないですしね。
最近自分はちょっと考えが変わって、いろいろ手をつけるにしても、もっと医療が荒廃してからのほうがいいのではないかと思っています(医療崩壊待望論ですかね)。
そもそも、現代の空気の中で、医療のような結果を確約できない商売が、それほど高い評価を得られるとは思えないのです。もしかしたら、医療が崩壊したら崩壊したで、まあ仕方がないや、という世論になるかもしれない。そこら辺を見極めて、もしそのときに世の中にまだ医療を大事にして期待をかける声があるようなら、それを味方につけてから、いよいよ始めればいいのではないか、またそういう声がないことがわかれば、それなりの対処を考えればよいのではないか、そんなところです。

周回遅れで思い出したのですが、医者の側から見たときには、地方の弁護士さんの話もも周回遅れに思ったのですが、そうでもなかったですか?

No.293 じじいさん

過去ログ読みは、あまりに膨大すぎて無理だと思います。僕なんかも、「医療崩壊について考え、語るエントリ(その2)」あたりで頓挫しています。

世の中を動かす大きな力は、感情論だと思います。医療の逆境を作り出している様々な要因にすり寄って対話を始めることも勿論重要ですが、相変わらず医療崩壊を加速させるような判決は続発しているので、今はまだまだ逆境に当り散らすことも止むを得ない時期だと思います。(それがこのブログで行われることが、妥当だということではないのですが、blogってのはオープンスペースですから…)

皆にお聞きしたいのですが,植物人間の人はどうして3ヶ月出て行かなければならないのでしょうか? 病院側に医療費が入らなくなるから?どなたか出て行かなくていい病院教えて下さい,京都市内で探しています

>峰村健司 さん
逆境に当たり散らすことで、医療の逆境を作り出している様々な要因が、いくらかでも解消されるのなら問題ないと思うのですけどね。

>魔神ドールさん

「責任逃れを考える病院もある以上仕方ないですね」ってのを突き詰めたら、「犯罪を犯す法律家もいる以上、彼らを全員刑務所に収容するのも仕方ない」ってことですよね。

実際に責任逃れをしている病院がある以上、「病院が責任逃れをしているとゆうのは、幻想だ」とは残念ながら思えないだけの話です。

峰村先生、ありがとうございます。

>過去ログ読みは、あまりに膨大すぎて無理だと思います。僕なんかも、「医療崩壊について考え、語るエントリ(その2)」あたりで頓挫しています。

たまたま私は医療問題の最初の頃から読ませていただいておりましたので、ある程度議論の流れは掴めておりますが、私もさすがに今から全部読み直せといわれても、そのような気力も根気もありませんし、その2までいっただけでも尊敬いたします(^^;
(約400コメは結構大変です。)

ただ、過去のエントリーの中から、空気だけでも捉えてもらえればと思ったもので。たとえば今年の1月19日の「町村先生へ」のエントリー本文を読まれても、モトケン先生ら「現在の法律家」が「キチガイ」であるという指摘が出てくるのであれば、もうこれ以上何も申しません。

>世の中を動かす大きな力は、感情論だと思います。医療の逆境を作り出している様々な要因にすり寄って対話を始めることも勿論重要ですが、相変わらず医療崩壊を加速させるような判決は続発しているので、今はまだまだ逆境に当り散らすことも止むを得ない時期だと思います。

医師の皆さんだけでなく、法曹関係者をはじめ非医療者も感情というものを持ち合わせています。医師の皆さんも、時には逆境に当たり散らすときもあるかもしれません。ただ、いくらオープンスペースでも、他者を罵り続けては、負の感情が伝播する惧れがあります。それが医師の方々の本音であるとすれば仕方がありませんが。

皆様の会話が弾んでいるところ、打ち切って恐縮ですが、
コメント数が300になりますので、別のエントリに移動しませんか。
私の事務所の最古参であるWin98SEちゃんは、キャッシュ64Mbしかなく、重たい重たいと悲鳴を上げております。

ちょうど、モトケンさまが立ててくださった議論用エントリが放置されていますので、そちらを再利用するということで。
どちら様もよろしう。

------
●管理人そっちのけで議論するエントリ
 勝手にどうぞ(^^)
 医療関係エントリに関するつぶやき の延長戦になると思いますので、一応医療崩壊全般カテゴリにしました。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/03/01-230458.php

301ゲット!                   ボソッ

No.287 のコメントで、モトケンさんへの敬称を付け忘れました。他意はありません。お詫びして訂正させて頂きます。

YUNYUN さんへのコメントは、誘導先のエントリに記載します。

 「法令遵守」が日本を滅ぼす
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Interview/20070411/267995/

この記事は情報システムに関して書いてありますが、医療についても同じことが言えると思います。ボソッ

法曹か医療かといった立場と法律及び司法制度の知識をのぞけば、私には(特に昔の)an_accusedさんと、彼が発言内でのべておられる(そしてどうやら見放しておられるような大部分の医療側の人間の一人であろう)魔人ドールさんとの間に本質的な大きな違いがみえない。
そして今のan_accusedさんは、自分たちの努力や心情、信念を否定され、司法に絶望した医師達を裏返しただけのようにもみえる 。机上での話と現場体験での話という大きな違いはあろうが。
行政、立法、司法側の人間と医療側の人間は、少なくとも今及び近い将来に理解し合うことはないだろうな  ボソッ

医師患者関係と言うのは準委任契約というけれど・・・・
小生なんかは「もっとよい病院ありますよ。ボクなんかよりもっと良い先生紹介しますよ」と常々患者さんに言ってます。
そうすると「いや先生で良いです。お願いします。」(ちょっと嬉しかったりして。。。)
ところがいざトラブルとなると、今まで現れたこともない家族や親戚が突然文句を言い始める。小生から言わせると、患者さん本人は場末の料理店で納得しているのに、家族はパリの一流シェフの腕前を要求してくる。そんな感じでしょうか。
病院見れば分かるじゃないの。(ボソッ)もっと良い所に行けば良いんじゃないの。
田舎の夜の救急外来に専門医のレベルを要求したりするのは、場末の料理店で料理が不味いといって怒鳴り散らしている世間(下々の世界)知らずのように見えます。

久しぶりに書き込みます、ど素人の素朴なつぶやきです。

A氏の軽過失が原因でB氏に高額の損害が発生した場合、B氏を救済すべきことは当然ですが、高額賠償金の全額をA氏に負わせるのは酷だと思うのです。
法律はA氏に全額の賠償を求めるわけですが、なぜかと言うと、通常は軽過失で高額の損害が発生することは無い(社会はそれほど脆弱ではない)から問題にならないのでしょう。
医療事故は、不可避と紙一重の微過失で人命が損なわれる場合がある例外的な事例なのだと思います。
こうした事例に対しては、火災の失火責任のように、加害者に賠償を求めず保険で救済するのが良いのではないでしょうか。
医療事故の損害を全て保険で救済することにして、保険金を医療費に上乗せしたら医療費はどれくらい上がるのでしょう。
1%アップくらいなら許容範囲内だと思いますが、いかがでしょうか。

たくさん書き込まれている魔人ドールさんの意見、言葉には出さなくとも医師の多くが心のなかで思っていることだと思います。医師であれば理解(それ以上に同感)できることです。ただ、それがまったく違う職種の方に理解していただくのは難しいのが問題です。

法律家の方々が医師と同じように「依頼者から頼まれた訴訟は断ってはいけないし、その結果が悪ければ訴訟、もしくは逮捕されるかもしれない」という状況にならないと、いまのように医師の追い込まれた気持ちはわからないのではないかと思っています。もちろん、これは法律家の方々だけではなく、非医療者全般にいえることかもしれませんが・・・。

ただ、やはり医師はそれに愚痴をいうだけではだめだと思っています。なんとかしていまの医療の悲惨な状況をいろんな方に理解してもらうしかないわけで(法律家の方は一度理解すれば、本当の味方になってくれそうだと思います)すこしでもこのブログで討論していければと思っています。

フロリダの訴訟の件、自分で書いていながら、確かな情報がありません。多くの医師の方は留学経験があると思います。情報をご存知の方、ぜひ教えてください。

法律家の方々に比べて医師は海外生活経験者が多いと思います。それが、いまの日本の医療が世界的におかしいという発言につながっていると思います。

日本の状況が世界的にどうなのか、それを議論していただければいいなあ。(ボソッ、とつぶやきました)

ところで具体的に何が出来るかっていうとやはり全治療の完全な公開、実況中継?かと思うのですが。
前に小林よしのり氏の目玉日記という漫画を読んだ時、氏が治療を受けた目医者で、待合室はなく、治療は全患者が見てる前で行われ、手術も実況中継され、小林氏の隣で座っているおじいさんが目玉のアップを見ながら動揺している…というようなシーンがあって「そういう病院があるのだなあ」と驚いたのですが(医療従事者ではないので、眼科では一般的にあることでしたらすみません)。

いっそ全病院がそういう体制を作り、入院中の患者の画像も家でも見られるようにしたら?セコムで監視させたら?と思ったりしたこの頃。
医師にもプレッシャーがかかるでしょうけど、患者もプライバシーは全部捨ててかかる(トイレも勿論)。カメラ等の費用は国費負担。
少なくとも医療現場が開放的になるのは確かかと。

医者も患者もお互いを選べる制度でこれくらいやれば医療過誤での揉め事は相当減るのでは…

とつぶやいてみました。あくまでつぶやきですので念のため。

録画してる病院はたくさんありますよ、もちろん。
でも病気に関する情報は、保険とか相続とか巨額のお金が動くことに直接
関わってくるんで、公開は無理ですねえ…
治療を他人に見せるというのは「この人は○○という病気です」と公開する
ことに他ならぬということをお忘れなきよう…

いや「公開することに他ならぬ」てのは分かっていて言ってるんですが。だから公開する覚悟を患者のほうももう少し持つ必要があるんじゃないのか、という意味です。それが開かれた医療現場を更に薦めていく、医療不信の改善につながっていくのでは?と。

先の書き込みは本当のつぶやきなんですが。(ただ可能な限り実況はあるに越したことはないと思います)
しかしもっと現場に弁護士など第三者を立ち合わせるとか、実況中継は無理でもさらに広く公開を進める方向があってもいいんじゃないのかとは思います。それも説明時、治療の時点で、です。済んでからああだこうだいう前にリアルタイムで情報公開というか第三者機関すればいいのに、あとでごちゃごちゃいうのはどっちにも不幸なこと。

くだらない医者がいるのも確かだし、そういう医者の治療方針を見て患者がそこを立ち去れるようにするという意味では悪い事ではないわけで。出来るならやればいいのになーと思った次第です。プライバシーとの兼ね合いが許される限り。他の患者さんをどうやって治療してるのか、直接見れるなら見たいと思う人もいると思う。ぼそ(つぶやき)

まあ公開された情報を悪用する第三者が出てくるのがおち、って気もします。実際もー何をどうやってもダメなんでしょうかね。

 流れと無関係で申し訳ない。医療というのは説明が不十分だと賠償責任を問われてしまうのだけど、説明のためにパンフレットやビデオを作ったり、時間を割いたりしても、みんな病院や医師個人の負担なんだよね。これも立派な仕事なんだから、収入に結びつかなければおかしいと思う。(ボソッ

>説明のためにパンフレットやビデオを作ったり、時間を割いたりしても、みんな病院や医師個人の負担なんだよね。

確かに、説明料はあっても良いような。ついでに、ツール程度の補助金は国も出せよ。医師会か学会が受けてやればいいんじゃないのかな。

今の報酬が説明代コミと思ってるんでしょ
アホくさいからリスクの有る治療は放棄が最善

こんなんでると、勤務医の過酷な状況が、またかすんでしまいそう。

ボツネタより。

■[司法]弁護士が日本の「富裕層」に占める割合@文藝春秋来月号304頁

男性だとわずか1.3%です(ちなみに,医者は,日本の富裕層の40%弱を占めています)。

女性だと,わずか0.4%で,公務員にも負けています(公務員は,女性の富裕層の1・1%を占めています)。

富裕層というのは,年収3000万円以上の人などをいうようですね。


反対に、今週の週刊東洋経済は、医療問題のようですね。
http://www.toyokeizai.co.jp/mag/toyo/

いえ、これは医師の数が弁護士よりずっと多いからだと思いますよ。

それに、儲かっているのは地盤を持っている開業医だそうで、勤務医の先生方の給料はそんなに高くないらしいです。
弁護士もいずれ似たような状況になりますよw

No.316のkenji47さん

だから、「こんなんでると、勤務医の過酷な状況が、またかすんでしまいそう。」とコメントしました。
中味を読んでいないので詳しくコメントできませんが、数字だけ見たら普通の読者は、「医者ってやっぱ儲かるんだぁ。」と思うでしょう。

弁護士の場合は、これから弁護士間の収入格差がどんどん広がると思っています。
ちなみに、数年前まで、多くの弁護士が、売上げを3000万円以下にするよう気をつかっていました。

それから、週刊東洋経済を読みました。
予想外に読みごたえのある特集でした。
開業医が世間で言われるほど楽で儲かる仕事ではないことが分かります。

ADRとか、産科の無過失補償など、現在の法的枠組以外で解決を図ろうとする試みがあって、それはそれで結構なことですが、実現には時間がかかりそうですね。

私は、むしろ病院に「法的武装」をして欲しいです。中で働く医療従事者が安心して働けるような...

訴えられたり、また訴えられそうな気配を感じたら、この法的戦闘員に連絡して活動してもらいます。勝てる見込みがあるのであれば、裁判に持ち込みますし(作戦として、病院が患者を訴えるというのもあり−先手必勝)、勝てそうもない場合には情報工作をします。情報工作は、法に触れなければなんでもオッケー。出産時のトラブルで訴えられそうになったら、妊娠中のダンナの浮気をばらして家庭内争議を誘導し、訴訟どころではなくしてしまったりするのも、作戦勝ち。

事故の原因究明などは全くそっちのけですが、とにかく、お任せしておけば医療者には精神的肉体的に負担ゼロというこのシステムは、現場からは評判良いと思いますよ。

裁判になったって、結局、原因究明などはむりですから。

> 法的戦闘員 法に触れなければなんでもオッケー 

それは堅気の弁護士の仕事じゃあないので、顧問弁護士の先生にはお願いできません。
ヤクザにはヤクザを雇って対抗するというに近いものか?

今日は、大野病院事件第4回公判ですね?また誰か速報してくれないかなあ・・・ ぼそ

マジンドールZさんの一番悪いところは、

批判(法曹側・医師側問わず)されたことに対して正面から答えないまま、

一方的に書き散らしているところだわなあ。

それじゃ、誰も、まともに話聞く気にならないと思いますよん。

(ぼs

 これから弁護士さんの数が今までにない勢いで増えていきます。
敢えて言えば、我々は他人の不幸である病気で食っている職種ですから、他人の不幸である紛争で食っている弁護士さん達と似たもの同士と言うことが出来ると思います。(極論ですが)

 正直言って、昔とは違い、医療費抑制政策の元で、紛争解決の原資となる資金は、もはや我々医療労働者にはありません。(賠償金のこと)
ですから、これから弁護士となる方達には、どうか、医療紛争への介入よりも、成長産業である他の産業領域で活躍して欲しいというのが我々の切なる願いであります。

 その一方で、自然増となる医療紛争に関しては、出来れば優秀な弁護士さん達には、是非とも良識ある医師の側について頂きたいと勝手な希望を持っています。           (ちょっと長いボソッ)

 最近、LMnetに医療側からの新規参加者が何人かあったのですが、

 弁護士も参加してほしいな(ボソッ)

皆様、こんばんは。

今日、LMnetに登録することができました。
モトケン様、いつもずれた発言をしている私も参加させていただきありがとうございます。
今日はこちらのブログのレスを読むだけで精一杯ですので、
LMnetへは、もう少し時間があるときに参加したいと思っています。

さて、いつも思うのですが、このブログを読んで発言されている方の割合は
医師>>>法曹>その他、というように感じるのですが、実際はどうなんでしょうか?

法曹の方は数がすくなくても非常に勉強になる発言をされるので、あまり気にはならないですが、医者としてはもっといろんな方の意見を聞きたいと思っています。

特に、医療側の弁護士をされているかた、その方の意見を聞きたいです。医師側の考えをうまく法曹側の考えにうまく通訳してくれそうな気がしますし、、、。   (いちおう、ボソッ)


 いや〜、これほど日本語のコミュニケーションが難しい議論は初めてです(^^;

 我々(法曹)が、日常的に事実認定や事実の評価において用いている言葉が医療側にはことごとく誤解されているように思われます。
 大変だこりゃ(^^;;;

 それはともかく、nuki(弁護士)さん、議論に参加してくださってありがとうございます。
 同じことを説明するにしても、多角的な視点で説明する必要性と痛感している今日この頃です。
 法曹の参加者が増えることは私にとって何よりうれしいです。

 最近、ブログのタイトルを変えたほうがいいのかな、と思ったりして。。。

# 56285でPINEさまに過分なお言葉をいただいたんですが、公開の場で謙遜(というか「反論」をしたいのですが)に及ぶと
「ンナぁニをおっしゃいますやらセンセー」
「いやいやいやいやいゃぃゃぃゃ」
的な、業界外の人がヒく状況になりそな予感がしまつ

PINEさまにもLMNetに入っていただけると、非公開の連絡手段ができるおかげで、そういった気兼ねが不要になるんですけど・・・・・・(ぼそっ

P R

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