エントリ

 大淀病院の件の毎日の報道について、多くの医師が批判的意見を述べました。
 私なりにその趣旨をまとめると、毎日の記者は、医療不信に満ちた患者側からの情報に基づいて、安易かつ短絡的に医療側に対する責任追及に走った点が毎日に代表されるマスコミに批判と不満と不信を感じたのではないかと思われます。
 そこには、なぜ、どうしてこのような事態が生じたのか、というマスコミに本来要求される真に冷静かつ客観的な視点の欠落が見て取れます。

 しかし、同様のことが医療側からの司法不信にも言えないでしょうか?

 このブログの法曹側コメンテイターは、これまで繰り返し忍耐強く、「なぜ、どうして」を説明してきました。
 この「なぜ、どうして」は決して司法システムを正当化するためではありません。
 法曹は誰よりも司法システムのシステム的な限界と欠陥を認識しているのです。
 それを踏まえた上で、医療側がトンデモ判決と評する判決が生じるメカニズムを説明しているのです。
 その結果、司法に対する理解を深める医師の方が増えてきていることは感じています。
 しかし同時に、いまだに司法対医療という単純な対立構造的認識のもとに司法非難に終始しているかのような意見も散見されます。
 このブログのコメントの中に散見されるということは、日本の医療界全体の中にかなりの数の同様の医師が存在することが推定されます。

 とても残念なことです。

 今に至ってそのような意見を読むと激しくモチベーションが低下する今日この頃ですが、激励のメールなどをいただくとうれしく元気が出る今日この頃でもあります(^^)

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コメント(51)

 激励します。モトケンさん、いろいろ噛みあわないところはありますけど応援していますし、牛歩の歩みでもこのブログではいい方向に向かっているのではないでしょうか。
 周回遅れのコメントに激しくモチベーションが下がるのはわかります。
 ただ、司法の限界と欠陥を司法関係者自身が感じているのなら、「医師が声を上げないから制度が変わらない」というのではなく、司法関係者からも公式に認めて制度を改革すべきという声があがってもいいように思うのですが。いまだに制度は問題ないという方(モトケンさんではなく。制度に現状をあわせよということでしょうか?)が多いように思いますが。

激励といいますか、感謝してます。こんな有用かつ自分にとって勉強できる場を作ってくださったモトケン先生には、頭が下がります。司法対医療の対立というひとくくりなものの見方は、有用でないと医療者側の私も思っています。

>No.1 元研修医さん

>ただ、司法の限界と欠陥を司法関係者自身が感じているのなら、「医師が声を上げないから制度が変わらない」というのではなく、司法関係者からも公式に認めて制度を改革すべきという声があがってもいいように思うのですが。

 これも何度も言っていますが、法曹関係者は当事者ではないのです。
 依頼者の利益を守ることに限界を感じることはありますが、それは代理人の不利益には直結しないのです(成功報酬が貰えないと限度にとどまります)。

 ですから、当事者が声を上げないのに、法曹だけでがんばろうという気にはなかなかなりません。
 また、第三者だけの声では説得力が不足します。

 だから、まず当事者が声を上げる必要があると言っているのです。

> モトケンさん
医療従事者が法曹に本当に求めていることは、whyではなくhowだと思います。
もちろんhowを導くのにwhyを理解することは必須ですが、whyの説明のみに終始しても事態は動かない。
法曹側は一応はhowを提示してはいますが、それは一個人の医師にはあまりにもハードルが高すぎると感じています。

見当違いなコメントでしたらすみません。

>それは一個人の医師にはあまりにもハードルが高すぎる

 そのとおりです。
 実は私は最初から医師一個人がどうのこうのでなんとかなる問題とは考えていませんでした。

 私が、医療崩壊問題を扱い始めた最初のエントリタイトルを覚えておいででしょうか?

 「医療崩壊に対する制度論的対策について」

です。

 個人の問題として考えると、不平や不満などの感情論が多くなることを心配してつけたタイトルですが、それだけではなく、制度、システム、仕組み、枠組みというようなものを変えていかないとだめなんじゃないか、そうなると当然個人の問題ではなくて運動論になるし組織論にもなる、と思ったわけで、今でもそう思っています。

No.1 元研修医さま

制度に現状をあわせよということでしょうか?

別エントリで過去の投稿を拾った関連ですが、私の基本的な発想は、それに近いかもしれません。

CID 13172
ここでもいろいろ案は出されていますが、そういう「トンデモ判決」がこれ以上出されるのを防ぐのに最も安価、迅速かつ効果的(立法による新制度の確立などと比較して)なのは、まず通常の訴訟手続での立証活動において、医師・病院側の弁護士が、裁判官を上手に説得することではないかと考えています。
裁判官も、適切な情報を与えられさえすれば、その知見をもとに、「最善の注意義務を尽くしたか否か」という基準を適切に適用できるはずだ、と思っています。

新制度を検討することを否定しているわけではもちろんありません。
私の脳からはいい案が浮かびません、というだけであります。。

 医療側の司法不信と同様にコンピュータ技術者の司法不信や法律不信も、残念ながら根深いものがあるようです。これは実は立法不信も背景にあるようです。
 たとえば・・・ 

革新的なビジネスモデルに基づいてシステムを構築したら、通産省(現・経済産業省)の規制にひっかかり、それはダメだと言われた

コンピュータ訴訟で弁護士も裁判官も基本的なOSの仕組みも知らないので、こんな人たちに○○町の会計システムの将来がかかった訴訟を任せてもいいのだろうか

というような感じです。
 ただ、よくよく聞くと相手側である異業種の常識に対する相当な誤解があったり、過度又は過剰な信頼を相手に抱いていることが原因のようです。

 医療と司法の問題も、お互いの異業種における常識(部分社会の一般常識やリスク常識など)の誤解が解ければ、もともと相手に対する過度の信頼を抱くくらいですから、基本的信頼関係が再構築されるのではないかと思います。
 また、医療も司法も現場の実務担当者であれば、法制度の変更や基本的政策大綱の改訂がなければ対応のしようがない、ということを一方が苦悩していても他方がそれを知らないだけという面もあるのではないかと思います。

 モトケン先生のこのブログが、医療側と司法側の相互の誤解を説いて、相互の苦悩を理解できる場になることを期待しています。

 これを僭越ながら、私からの激励メールとさせていただきます。m(_ _)m

>ハスカップさん
○○町の会計システムに関しては、そもそも訴訟を起こすこと自体が不適切な気がしないでもないです。また、基本的なOSの仕組みと、会計システムがどのように繋がるのかもよく分からないですね。

単に情報不足なだけなのですが。

 結局は立法、国民を動かさないといけないのはわかっていますし、ここの事例の担当者が当事者でないこともわかっています。

 しかし検察の関係者が「医療事故・過誤」を一般の裁判で裁くことの限界を、大学の医療関係講演会でコメントしたとか聞くことはありますが、それは一般の報道には全く出てこないですよね。
 医療に対する司法の不備を医療側がいくら訴えても、患者さん側は医療側の庇いあい、と言うだけなのです。国民を動かす世論にするためには、それではどうにもならないように思います。

 司法関係者の大半の考え方は、fuka-fukaさんのコメントにあるように、「制度に現状をあわせよ」なのだと思いますし、医療を特別視する理由はない、裁判の限界を公にすることは司法不信を生むのでありえないというのだろうと思いますが。

 しかし制度に現状をあわせたら、産科医療(内診問題)しかり、救急医療(当直、労働基準法)しかり明日からでも崩壊してしまいますが、これも声を上げなかった医師が悪いということなのでしょう。

>しかし検察の関係者が「医療事故・過誤」を一般の裁判で裁くことの限界を、大学の医療関係講演会でコメントしたとか聞くことはありますが、それは一般の報道には全く出てこないですよね。

 これはマスコミの問題。

>医療に対する司法の不備を医療側がいくら訴えても、患者さん側は医療側の庇いあい、と言うだけなのです。国民を動かす世論にするためには、それではどうにもならないように思います。
 
 司法不信に限って言えば、患者側を説得する必要はありません。
 裁判官を説得できればいいのです。

>医療を特別視する理由はない、裁判の限界を公にすることは司法不信を生むのでありえないというのだろうと思いますが。

 趣旨が若干不明瞭ですが、司法の意味と限界は国民すべてが正確に理解すべきものだと思いますし、別に司法側が隠しているわけではありません。
 国民が勝手に幻想を抱いていると感じるときがあります。

>これも声を上げなかった医師が悪いということなのでしょう。

 今までのことについていいとか悪いとか言うべきではないと思います。
 これからどうするかが問題だと思ってこのブログの医療カテゴリを管理しています。

いやいや管理人さんいつもモチベーション下げさせて申し訳ないです。でも感謝してるんですよ。

医者だの医療者だのも、実は医療現場においては受身なんです。
なにせ医療によるメリットもデメリットも全部患者のもの。患者の訴えがなければ医療は関与できない。

その状況で、従来医療不信に陥った「医療被害者」からの声が自己増幅して社会を動かしてくるのをとめられなかった。傍から見ているとこの社会の流れが裁判にも影響しているのを感じます(気のせいですか?)。これは止められませんよ、だって医療界が正面切って患者、それも医療が結果として失敗した患者を非難するわけにはいかないし。


そうなるとついつい、司法の場に文句が出るんです、申し訳ない。
そういう意味では患者の医療不信と医者の司法不信は似ているんですね。


ただ、こういうところでこうやって意見を言える我々はまだ恵まれているんです。ひまがあるんです。本当に忙しく理不尽なクレームにも耐えている医者はそんな余裕もない。
煙突磨きの少年や、製糸工場の少女たちが、自らの権利を守るために立ち上がれなかったように。

>ですから、当事者が声を上げないのに、法曹だけでがんばろうという気にはなかなかなりません。

医療の問題については、法曹関係者を含む大多数の国民は「ユーザー」という「当事者」ではあろうかと思うのですが。保険診療が消えて困るのは皆同じですから。

>しまさん

 本エントリとズレてはいけないので先鋭的な例を引用しました。
 そうです、お互いの業界の情報不足が無用な誤解を招いた例です。
 1番目の例は、守秘義務があるのでコメントを控えます。

 2番目の例は、要求定義に沿わない隠れた瑕疵のあるソフトを納入して落札額相当の代金を受領しながら、システムクラッシュを起こしても(要求定義に満たない過大負荷状態の露見)、システム改修をに応じず、数億円の税金がドブに消えただけでなく、全ての作業を8年前の手作業会計で維持する事態になった事案でした。
 このとき自治体側で改修調査(検品調査のようなもの)を担当したコンピュータ技術者は、「コンピュータを語るならOSの基本システムくらい知らなくてどうする。算数がわからなければ数靴わかるか!」というその「業界の常識(?)」として、担当弁護士も裁判官も当然その程度は勉強すべきだと思ったようです。その是非は別として。

 私が言いたいのは、この事例に出てくるコメントの是非ではなく、お互いに異業種間の常識や問題点をざっくばらんに意見交換して誤解をなくし、マスコミのような思い込みや先入観(場合により調査勉強不足)で生ずる無用な批判を止揚しようということです。m(_ _)m

>医療の問題については、法曹関係者を含む大多数の国民は「ユーザー」という「当事者」ではあろうかと思うのですが。

 私はそういう気持ちでこのブログを管理してます。

>立木 志摩夫さんのさん
患者というか、医療受益者も実は受け身です。その意味では、医師、患者の双方とも当事者ではない(と思っている)事が問題なのかも知れません。

患者が受け身だというのは、何より医師の指示がないと自分ではどうする事もできないわけで、当事者意識を欠いているとは思います。また、医療受益者のほとんどは、医療の現場そのものもさる事ながら、「医療被害者」や、クレーマー患者などの「医療加害者」の存在を知らないわけで、この辺りも問題かなと思います。

そもそも、私自身クレーマー患者を実際に目にしたことがないんですよね。医師の目に患者がどのような目で映っているか、自分に問いかけなければならないと思いますね。

患者や医療受益者の方でも団体なり組織を作って、医師の方と意見交換を行わなければならない時代なんでしょうね。

>私はそういう気持ちでこのブログを管理してます。

無論、ここのブログに出没する(又は管理する)「普通でない」法曹関係者ではなく、一般の法曹関係者の方々の話です。

上のは誤字です
×立木 志摩夫さんのさん
○立木 志摩夫さん


>ハスカップさん
説明ありがとうございました。

お互いに異業種間の常識や問題点をざっくばらんに意見交換して誤解をなくし

ネットでの意見交換には限界があるとは思いますが、考え方の違いというのが分かって来るのは有益ですね。今までは考え方が違っている事自体が分かりませんでしたから。全く違った考え方を持っているのに、お互いに「自分はこう思っているから、相手もこう思っているんだろう」と言う思いこみが、ギャップを深くしてきた感じです。

 エントリにある次の点について
>いまだに司法対医療という単純な対立構造的認識のもとに司法非難に終始しているかのような意見

 一部のマスコミの中には、このような二者択一の対立構造にわざと持ち込んで記事を構成することが多いものがあります。それは、ニューヨークのジャーナリスト大学院を出た人がどこかの講演で話していましたが

(1) 「争点」や「紛争」の記事にすれば読者受けする(と思っている)からであり
(2) 双方の言い分を聞きっぱなし取材で書け(再取材や調査の手間が省ける)
(3) 何よりも考察や洞察を要しない雑ぱくな攻撃型文章というメンタリティで済み
(4) 双方の意見の違いをきわだたせるだけなら一般大学生程度の知性で足りる
(5) 相手方の一方的な主張をぶつけて敵意を煽れば楽にコメントがとれて取材が楽

だからだそうです。

 そのジャーナリストは

そこから、「私は、二者択一の単細胞メンタリティの論旨があれば、それだけでその記事やオピニオンを信じない」という確信が生まれた

とおっしゃっていた記憶です。

>ハスカップさん
マスコミの二者択一の単細胞メンタリティの押しつけと言うのは、私に取っては非常に大切なものでした。

なぜなら、単細胞メンタリティの記事を読むとムカムカしてくるため「マスコミはあんな事を言っているけど、こう考えることもできるんじゃないのかな」と考えるくせがついたと言うことです。自分で発見した訳ではなく、星新一のエッセーでこのくだりを読んだ時、はたと膝を叩いた訳なんですけどね。

実際に私がそのような考え方になっているかどうかは、私には判断出来ないことですが。

医療者が今の司法に不信をもっているとしても、それ以上に政治に不信を持っています
特に、病院で勤務している勤務医はそうです。

労働基準法から見放された待遇で働き、法的保護もないまま公僕のような幻想を抱いて働いているのです

旧法で、医師患者の利害関係の調整に限界が来ているのであれば、新法として新しく権利関係を構築するべきだというのは、モトケンさんと同じ意見です

日本の医療システムを我々は誇ると同時に、日本の司法システムも捨てたものじゃないと思っています。
が、善と善がぶつかった時に、もっとも凄惨な戦いになるのは歴史の教えるところです。パラダイムシフト(=法改正)がない限り、解決は難しいかもしれません。

現状が苛酷なだけに逃散する医師、萎縮する医療に対して、批判する気には毛頭なれません。

医師が医療の当事者であるとしても、患者である国民が本当に困って声を上げるまで、この国の制度は変わらないでしょう。
なんたって、医師(特に勤務医)を犠牲にして安上がりな医療政策ができていたのですから。

『金の雌鳥』の寓話を、全国民が再読する必要があるでしょう
(あるいは芸をするパンダの話か??)

 私の知っている範囲で恐縮ですが、弁護士の先生も、労働基準法無視で働いている方が多いのかと思います。自分の事務所を経営している弁護士先生は事業主ですから労働基準法の適用は当然にない上に、勤務弁護士(イソ弁とかアソ弁というそうです)先生は、労働基準法の適用がありそうなのに、一日中町中をかけずり回っていらして、携帯電話が普及する前は電話での連絡もままならず、裁判の打ち合わせも、双方に都合のよい空いた時間帯ということで、午後9時から午前0時までをめどに、ということも多かったです。
 一番驚いたのは、土日なら時間が空いているだろうと軽く考えて、土日の打ち合わせを提案したところ、3週間先まで、土日の明るい時間帯が出張やクライアントとの打ち合わせなどで先生の予定が埋まっていたことでした。
 病院事務職や自分が入院した経験も含めて、お医者の先生は過労が当然という感じで公立病院を支えてくれてますが、低額な弁護料しか払えない弱小自治体の訟務を引き受けてくれる良心的な弁護士先生も、同様に過労が当然みたいな執務態度で、弁護士先生の健康を心配するあまり、同行していただいたお医者の先生が打ち合わせの席で密かに無料の健康診断をしてもらったこともありました(時効だろうからバラします。)。

 連投を失礼します(深々お辞儀)。

>しまさん

マスコミの二者択一の単細胞メンタリティの押しつけと言うのは、私に取っては非常に大切なものでした。

 何とかとハサミは使いようですね(私の命を救ってくれた脳外の先生は、冗談で「公務員とメス(外科医の意味だそうです)は使いよう」とおっしゃってました。)。
 否定されるべき事象の存在すらも、ご自身のプラスのエネルギーに変えてしまう姿勢に脱帽です。

No.21 ハスカップさま

勤務弁護士(イソ弁とかアソ弁というそうです)先生は、労働基準法の適用がありそうなのに

労基法の素直な解釈からすれば、相当数の弁護士が適用対象に含まれるんじゃないかと思います。勤務弁護士の給与を事業所得じゃなく給与所得扱いにしている事務所も珍しくないと思います。
が、
弁護士に限らず、基本的に「士」のつく資格職は、労基法上の「労働者」とは扱われないのが、少なくとも業界内の通例です。
冗談半分、「過労死したイソ弁の遺族が訴訟起こして労災を主張すれば通るんじゃないの」などと言われています。

私はこんなところ(失礼すぎ^^;)でプラプラしていることからもお分かりのように、切羽詰まって死ぬほどの生活は送っていません。
徹夜仕事も時々あることはありますが、勤務医の方々に比べればまだ人間らしい生活は送れているように思います。


# ご存じの方も多いかとは思いますが、「アソ」とはAssociate(s)の略です。対義語はPartner(共同経営者)。
# 「アソ弁」よりは「アソ」のほうが一般的かもしれません。
# 「スッチー」「リーマン」等と同様、略すことによって蔑称のニュアンスがこもります(笑)

ちなみに、患者さんや家族としてこられて評判が悪いのは
医師と教師というのが定説だったかと。個人的経験でもそんな感じは多かったです。
弁護士さんや、そのご家族を何人か見たりお看取りする機会がありましたが、そういう困った方は一人もいませんでした。

まー これからはなんでもかんでも法律通りに
せざるをえない時代になるんでしょうなー

>●ひとの振り見て・・・

過度の医療バッシングが社会問題になってるほど
過度の法曹バッシングが問題になっているというのが
モトケンさんの認識ですか。

多くの、医者は法曹家にたいして、是々非々で、
判断していると思いますよ。
多少のヒステリーは、どの業種でも(モトケンさんも含めて)
あるじゃないですか。

亀レスですが・・・
>No.12 じじいさま
>医療の問題については、法曹関係者を含む大多数の国民は「ユーザー」という「当事者」ではあろうかと思うのですが。

私は非法律関係者ですが、法曹の方々はその職務上、たとえ私的な状態で「当事者」であっても、そのことを可能な限り仕事に持ち込まないように厳しくトレーニングされているのではないでしょうか。
そのような方々に「自分達も患者であるという当事者意識を持って、司法制度を改善したり、日々の業務を行なうように」というのはあまりにも酷な要求な気がします。

>座位さん

>社会問題になってる

 というのはどういう意味ですか?

 社会では、「過度の医療バッシングが社会問題になってる」とは認識されていないと認識していますが。

>多くの、医者は法曹家にたいして、是々非々で、判断していると思いますよ。

 この点は否定しませんよ。
 そうでない医師もいる、というのが私の認識です。

>多少のヒステリーは、どの業種でも(モトケンさんも含めて)
あるじゃないですか。

 というのが座位さんの認識ですね。

>管理人様
激励します。というかとても感謝しています。
このブログの存在により「相手の立場を考える」という人間としての基本を取り戻すことが出来た気がします。

>激しくモチベーションが低下する今日この頃ですが
激しく耳が痛いです><

>司法対医療という単純な対立構造的認識
日頃より紛争解決を職務とされている法曹の方は重々ご承知と思いますが、内面に怒りを抱えた人間はどうしても冷静さを失い、客観的な視点から物事を判断できず、「単純な対立構造」を自己の中に作りあげて相手を非難します。
今の医療者はまさにそういった状態なのだと思います。

では、その医療者の怒りはどこからくるのでしょうか?
私は、その怒りの本質は、決して法曹の方々に直接向けられたものではなく、今まで自分達が全てをかけて必死に守り・追求してきた「患者の利益」を、患者自身が放棄しようとしていることに対する脱力感にも似た怒りだと思います。
そして、たまたま結果として自分達に関わる機会の多い司法・政治・マスコミにその矛先が向かってしまっているのではないでしょうか。

稚拙ながら、法曹の皆様の立場に置き換えて考えてみます。
私が考えるに、少なくとも民事訴訟に関しては、法曹の皆様は「自分達の職務は可能な限り正確な判断をし、紛争を公正に解決することである」と考ておられ、またそれが国民の利益であると信じ、そのために日々大変な努力をされておられるのではないでしょうか。
ところが、あるとき国民が「裁判なんて面倒なことはやってられねえ、当事者同士の問題なんだからよそ者は引っ込んでろ、俺は自分の手で相手を殺さなきゃ気が済まないんだよ」といって、一斉に殺し合いを始めたらどうでしょう。
今まで自分達がしてきた努力は一体なんだったのかと思い、怒りがこみ上げてきませんか?

多少大げさな例を挙げてしまいましたが、法曹の皆様には、今医療者が置かれているのは自分達にとってはそのような状態に近いのだと考えていただき、少しでも相互理解に役立てていただければと思います。


管理人様の望まれる「制度論」からは大幅にずれてしまいました、またモチベーションを低下させてしまっていなければ良いのですが…

fuka_fuka さま>

># 「スッチー」「リーマン」等と同様、略すことによって蔑称のニュアンスがこもります(笑)

 公務員部落の別称(蔑称)にも公務員を「ムイン」ということもあります。
 「ムだなイン数」とか「因果関係を否定しろ(無因)」とか「個々の公務員一人一人は印象が無い(無印)」いう意味で理解されているようです。
 ただこれは、ローカルな地方公務員の間ではやっている(いた)自嘲なので、全国的に普及しているわけではありません。

皆さん、他のエントリーで、白熱していますね。

法曹家を馬鹿にする医療従事者は、医者を馬鹿にする、
患者さんと相似だと思います。

病気を治そうとする医者を叩いていては治る病気も治らない
と同様に、医療事故は、法廷で決着されるわけですから
弁護士や判事を味方にしないでどうするのかということです
よね。

但し、法曹家に二点の不信感は持っています。

1 医者側弁護士に頼りきっては駄目です。訴訟の当事者は、
  パニック状態ですから良い知恵が浮かびません。同僚や
  協力医がもっと応援しなければ駄目です。
  担当の弁護士さんに、医学的知識や、診療経験を教える
  だけでなく、医療訴訟の戦略をアドバイスする必要も
  あります。法曹家は、医療の実態を知らないわけです
  から、我々が、知恵を出すべきです。賠償金額の算定法
  について、病人の場合は現状回復を基準にすべきだとか、
  診療結果の期待水準を下げるべきだとか、欧米の診療や
  後進国の診療の実態に比べて、どれほど優れているかとか
  対抗訴訟を提起するとか色々とあるはずです。

2 法治国家ですから、最後は法廷で決まるのでしょうが
  それが、全てではありません。いくら賠償額が高くても
  医者が自己破産すれば、損害賠償判決は紙切れでしょう。
  極端なことをいえば、冤罪を押し付けられたら、検事を
  一生恨んで恨みを果たすのを遮ることは困難でしょう。
  そういうと、犯罪者扱いされるでしょうけど、生身の
  人生というものは、超法規的なものです。

法曹家には、尊敬の念を持つ一方で、不信感も持ちます。
まずは、能力的にも協力医が加勢しなければ駄目という点です。
もう一つは、冤罪に陥れた法曹家に対しては、只ではすませません。
彼らが法によって守られているというのは、幻想です。
きれいごとではないです。

> 弁護士に限らず、基本的に「士」のつく資格職は、労基法上の「労働者」とは扱われないのが、少なくとも業界内の通例です(No.23 fuka_fuka さま)

ちなみに、私が、かつて勤務弁護士であった時は、
・雇用保険は掛けない
・勤務時間の目安はあるが、給料は定額制で残業手当は付かない
というやり方でした。ホワイトカラー・エグゼンプションみたい?
ボスは鷹揚な人で、「今日は拘置所へ寄って、直帰」とか言っておけば、少々早帰りしても文句を言われませんでした。イイ時代だったのかも。

------
> 過度の法曹バッシング
> 多くの、医者は法曹家にたいして、是々非々で、判断していると思いますよ。(No.26 座位さま)

それならそれで、医師のみなさんはもう少し、そういうニュアンスを打ち出されるほうがよいと思います。

このブログをみると、どっと疲れてモチベーションが下がるのではないかと、すごく心配なんですよ。
モトケンさまのことじゃなくて、医療側代理人の弁護士さんたちのこと。
そう、あなたの病院の顧問の先生ですよ。
今まさに訴訟を抱えているという人は、先生におすがりするしかないのだから、「こいつのために一肌脱いでやったろ」と思ってもらえるように、気を遣いましょう。

>YUNYUNさんへ

おっしゃるとおりで、
医療側弁護士には決してうらみを持つべきではないと思いますよ。
(刑事事件では検事を怨みますね。)
ただ、医者側があまりにも、予算をかけず(支援不足)、
弁護士に任せきっていたという反省は残ります。
協力医などの同業者がもっと、協力するべきなのです。

それによって、医療従事者への弁護の力が累積されていく
という面があると思います。

この様な場を提供して下さっているモトケン様に感謝申し上げます.
同時に,それに甘えて単純な対立関係に対する苦言には耳が痛いです.

単純化された極論かもしれませんが,
医師側は,「司法は判断する能力が無いのだから,判断する資格が無い.自省を持って改め,判断は他に委ねるべし.」と主張し,
司法側は,「司法は判断する能力は無いが,それを補う体制をとっており,その資格がある.その体制に不満・不備あらば体制改善の声は医療側が上げるべき.」と主張している様に思われますが,如何でしょう?

正直,どちらが正しいか分かりません.思い違いかも知れませんし,理解不足の妄言かも知れません.
医療側の問題で言えば,お上は当てにならないし,医師会や学会も頼みにならず,モトケン様が提供して下さっている場を利用して有志が集っているに過ぎず,大勢の声に至らない.

救いは,モトケン様が忌む事無くこの場を提供して下さっている事でしょうか.
難しいです.
(とりとめなくて済みません)

>モトケンさんへ
>社会問題になってるというのはどういう意味ですか?

モトケンさんは、
過度の医療バッシングは、社会問題になっていないと思いますか?
どう考えても、社会問題になってますよね。

法曹バッシングは、社会問題というほどには到ってないでしょう。

見解の相違ですかね。

モトケンさんの以下の発言は、おそらく医者側の意識と乖離していると思います。
>これも何度も言っていますが、法曹関係者は当事者ではないのです。
> 依頼者の利益を守ることに限界を感じることはありますが、それは代理人の不利益には直結しないのです(成功報酬が貰えないと限度にとどまります)。
> ですから、当事者が声を上げないのに、法曹だけでがんばろうという気にはなかなかなりません。
> また、第三者だけの声では説得力が不足します。
> だから、まず当事者が声を上げる必要があると言っているのです。
私は医者ではありませんが、わざわざ声を上げるよりはやめるという簡単で即効性のある選択肢があるのならもはやそちらを選ぶと思います。
裁判だけを見れば当事者はお医者様なのですが、裁判の標的にならなくても良い状態になれば医者側はすぐに当事者ではなくなるので、声を上げる必要のある当事者とはあえて大変な状態で医療を続けているお医者様ということになり、そこまで求めるのは難しそうな気がします。

また当事者が声を上げるということがどの程度の声なのかがわかりません。私が知っている限りは医者側によるさまざまな声明が出ていますが、マスコミを含めてほとんど取り上げられていません。

それを踏まえて、私たち医者以外の国民が声を上げることは説得力不足で意味があまりないでしょうか?

私は医療側でも法曹側でもないただの読者ですが、最近の書き込みはどっちも挑発的だよなあ…と思うことは多々あります。医師の方は感情的ですが、法曹側の方も挑発的というかお役所的というか。で、法曹側の方の書き込みを見るにつけ「こりゃ結論は医者は逃げるしかないのか…」という感想をもっています。法曹側の方が悪いとかいうわけではなく、これはもうどうしようもない、現実は変えられない、という認識です。

ところで、これだけはちょっと…と思ったので書きます。YUNYUN様の
>モトケンさまのことじゃなくて、医療側代理人の弁護士さんたちのこと。
そう、あなたの病院の顧問の先生ですよ。
今まさに訴訟を抱えているという人は、先生におすがりするしかないのだから、「こいつのために一肌脱いでやったろ」と思ってもらえるように、気を遣いましょう。

正直これはかなりひきました…言えてしまうんだこういう事…と衝撃でした…

>No.36 工場勤務さん

>モトケンさんの以下の発言は、おそらく医者側の意識と乖離していると思います。

 これはお互い様なのですが、医療側に司法に対する知識と理解が不足しており、それによる意識の乖離があると思っているからこそ司法側からの視点と情報を提供しているのです。

>私は医者ではありませんが、わざわざ声を上げるよりはやめるという簡単で即効性のある選択肢があるのならもはやそちらを選ぶと思います。

 そのように割り切れるとしたら、おそらく工場勤務さんの意識は医師の意識と乖離していると思います。
 私は多くの医師の使命感を信じ、尊敬しています。

>マスコミを含めてほとんど取り上げられていません。

 だからこそ、ブログがマスコミを補完するのではないかと思ってやっています。

>それを踏まえて、私たち医者以外の国民が声を上げることは説得力不足で意味があまりないでしょうか?

 私は立場を踏まえてものを言っています。
 患者予備軍たる国民も当事者であるということは以前に書いた記憶があります。
 私もその一人です。これもすでに書きました。
 私は法曹の端くれですが、国民の一人であり患者予備軍であり歯科に関して言えば現在まさに患者です(^^;
 それぞれの立場でものいいは変わります。
 医師も同じだと思います。


>なおさん

 挑発的に聞こえますか?

 オブラートに包んだような言い方をする必要がある時期は既に過ぎたのではないでしょうか。
 ある程度のコンセンサスができてきたので遠慮のないものの言い方が可能になったという見方もできます。
 
 また、司法側から希望的観測や逆に悲観論を述べたり、または根拠のない楽観論を述べても仕方がないでしょう。
 挑発的に聞こえるのは、シビアな現状認識をしてもらいたいからです。
 それなくして有効な対策を考えることはできません。

>「こいつのために一肌脱いでやったろ」と思ってもらえるように、気を遣いましょう。

 職人仕事というのはこういうものだと思います。
 医師の方なら理解できると思います。
 私や私の家族が入院したら、私は主治医に気を遣います。

 法曹側はひとつひとつの事案については確かに代理人であり、不利益をこうむらないという点で所詮当事者ではない。法に従って行動しているだけであって、結局は国民が選んだことにしたがっているだけ。というのはわかります。

 でも医療崩壊の当事者であることに自覚を持って欲しいと思うのは間違っているでしょうか。もちろん、モトケンさんは高い意識をもたれ、ボランティアでこのような有意義な場所を提供されていることにとても敬意をもっています。他の何人かのコメンテーターの方もそうでしょう。でも一般的な司法関係者はそうではない。

 福島の件はいくらモトケンさんが「枯れ尾花」と言っても、正式に公の場所で司法関係者がコメントしていることはないですよね。検事総長の見解とか、仙台高裁は福島地裁に関与していないらしいとか、大学で〜いったとか、漏れ聞きますが、あくまで公的コメントではなくオフレコのようなコメントですよね。

 実際にこの一年間でこれだけの医療機関が分娩取り扱いをやめています。
 http://ameblo.jp/med/entry-10025620801.html

 また普段楽しいブログの産婦人科残酷物語兇痢嵌瓩靴たГ笋諭廚砲1つの実情がのっています。
 http://ameblo.jp/sanfujinka/

 これでも司法は当事者ではないのでしょうか。

 そして、「司法に過剰に期待されても困る」ということですが、「医療も過剰に期待されても困ります」しかし、医療側にはその説明も責任とされています。司法も過剰に期待されても困るなら、その限界を公的に説明すべきではないでしょうか。また限界を自覚しながらあくまで「制度に現状をあわせる」ことを多くの司法関係者が主張される根拠がよくわかりません。


 モトケンさん、私は医療裁判(とくに刑事事件)における日本の司法は有効に機能していないと思っています。しかし裁判全体で見るとやはり日本の司法のレベルは高いのだろうと漠然と思っています。またいろいろ批判的なコメントをしますが、このブログの存在をありがたいと思っていますし、モトケンさんに感謝しています。

モトケンさま
 法律関係のわたくしも,この場に感謝しております。以前も出ていた話かとは思いますが,このブログの議論,法曹の読む法律雑誌(判○)とかにも連載できないですかねぇ。医療者の考えを聞ける,法律家にとってもいろんな意味で宝の山だと思います。
 このブログを読んでいると,全盛期の週刊少年ジャンプ(とくに魁!男塾とか)を思い出します。
男塾: 
 新しい敵 → 戦い → 仲間 (→ にぎやかし) の構図に近いかなあと。
モトケンぶろぐ:
 新参の人 → 無理解による議論の応酬 → すこし距離が縮まる → 横から解説する人

 法律家だと初期の武闘派FFFさんといまのFFFさんは別人のようだけど,そのかわりに今は,地方の弁護士さんが割と硬い議論をしておられる。その地方の弁護士さんも,そのニュアンスや表現法は,どんどん変わっていっている。医療者のMed lawさんも,つくねさんも,強烈な発言が多かったですが,発言を時系列で見てると,おどろくべきスピードで変わっておられるようにお見受けます。
 (名前を挙げてしまったみなさん,えらそうですいません。)
 こうやって,どんどん新しい人が来て,それぞれが少し歩みを近づけて,法律家は,医療者の現状への理解が進み,説明の仕方を覚えていき,医療者は,司法制度を少し理解して,建設的批判が多くなる。そして,その変化の過程は投稿している者だけではなく,それに数千倍?する新参のROMの人々にもよい影響を与えていると,私は信じています。また,ブログランキング上位に載せて広報する,ということは,そういうことを必然的に招来するのではないでしょうか。
 モトケン様,これからもがんばってください。心から応援しています。

>座位さん
 横から失礼しますが,「社会問題」の定義次第では?医師へのバッシングは,「社会全体にとってマイナスを生じさせる事態」という意味では,「社会問題」ですが,「社会的に問題となっている=社会の一般人が,問題であると認識している」という意味では,社会問題ではないでしょう。
 後者であると認めるには,悔しいかな,メディアがそういう視点で取り上げるなどして,「お医者さんってバッシングされちゃうからどんどんやめちゃうらしいよ。それであの病院もつぶれたんだって。」「それって問題だよね」と街の人たちが認識していないとだめでしょう。
 
>なおさん
 これまた横から。
 「正直これはかなりひきました…言えてしまうんだこういう事…と衝撃でした…」
 ひいた,というのは,弁護士なのに,弁護士を先生扱いしろ,といってえらそうだから?(違ったらごめんなさい)。
 YUNYUNさんは,別に弁護士は高いところにいるんだ,というわけではなくて,むしろ,弁護士って(人間って?)単純だから,ほめてほめて調子に乗せて使ってあげると,いい働きをするよ,あんまり,自分の弁護士をけなしてばっかだと,いじけてモチベーションも下がってかえって使えなくなるよ,と言っているだけ(これも誤解ならごめんなさい)で,ある意味,真をついているのではないかと思います。 なんか,子供や犬のしつけみたいではありますが。 法律家って,心から頼りにされてると感じると,義侠心的なものを見せる人が多いような気はするので,けっこう有効な活用法かもしれません。

>●ひとの振り見て・・・

この言葉は、かなり挑戦的だと思っています。

僕ら医者の原点は何か?
それは、困ってるヒトを助けてあげたい、ということです。

一週間、本当に不眠不休で身を粉にして、患者さんを救命する
自分の持てる頭脳と肉体を全て使って、病態を明らかにして治療する
一家の大黒柱を、こんな可愛い子供を、可愛そうな事故にあった方を、
何とかして助けたい。その為に、自分の家族も省みず、持てる全ての
時間を費やし、知識と経験と、体力を使い果たして救命する。

こうした、献身的な救命作業を僕らは、十年も二十年も、更に数十年も
やってきたわけです。他人のために、これだけ体力と頭脳を使い果たす
作業というのは珍しいのではないですか?
それだけに、もはや医療バッシングの世の中には耐えられないのです。きっと、一般人や法曹家の一部には理解できない事だろうと思います。

医者にとっては、献身的医療から、ドライな社会に相応した防衛医療へ
の転換局面の真っ最中です。冷静に見ればヒステリー反応なのかもしれませんけど。

> No.5 モトケンさん
コメントを頂きましてありがとうございます。
医療崩壊の根本的原因は制度の疲弊と元締めである厚生労働省の愚策にあるのはその通りだと思います。
中長期目標としてその部分の是正は必要ですが、短期目標として別の道筋があるように思います。
すなわち、福島や大淀のように明らかな過誤が無い医療訴訟で医療側が負けないようにすること。
以前YUNYUNさんも仰っていましたが、法廷で医療側の大多数が間違っていると考える意見を対立意見が論破できない問題があります。
医療従事者は当然のように法廷戦術の素人ですから、法廷で原告を論破できる武器を作るのはその名の通り弁護士の仕事のはずです。
そしてその武器を作る材料は医療側から提供されなければなりません。

強い武器(論拠)を作るのに何が必要なのか、どう武器を使えば勝利できるのか、そういった方向の議論を見てみたいかな、とは思います。

もともと医療に対して不信感を持っている方の診療は結構大変です。文句をつけられないようにすることに力点が置かれ、診療そのものはおろそかになりがちです。「ガツンといってやらなきゃあいつらは働かんのだよ」といわれたこともありますが、実はそうではありません。特にここにいらっしゃる法曹の方々も、何とか事態を打開できないかということを考えようとしている方々が殆どです。不信感をのべることで感情的な問題に持ち込むことは有用ではありません。

個人ではどうしようもないにしても冷静に状況を誰かに伝えることでもいいでしょう。医局人事なら人事担当と話すだけでもいいでしょう。もともと働きすぎなので、労働法を遵守しても、統計上は、殆ど影響は出ないと思います。死亡率に対する脅威としては、新しいインフルエンザの方がよっぽど脅威でしょう。

医局内で話して申し入れをするのも結構効きます。

病院経営者としては、医師からの突き上げが非常に怖いものであるという認識はあるはずです(多分)。公的な病院なら、なかなかつぶれるものではありません(経営側は大変ですが)。

自分が働きたいと思う病院にするのだという考えは正当です。

法律側を罵る前にできることはあるのではありませんか。

私はどちらかというと病院の経営企画サイドの人間ですが、不幸な状態で働いていてもいいことはないと思っています。そのために、考えられることは少しずつではありますが実行しています。

制度論でいうと医師の自律性というものは
制度以前に概念としても相当不足しています
医者はみなさん 自分が精進することに熱心な人ばかりで
「不適切な医療を排除する努力」という機運は
m3でも この掲示板でもほとんど見受けない気もします
基本的に性善説だからでしょう
まー僕も排除される方かもしれませんが

それはそれとして 司直が立件する医師と
わたくしが問題視する医師が一致する方が
珍しいという困った現状もあります

> No.43 てつさん
> もともと医療に対して不信感を持っている方の診療は結構大変です。
> 文句をつけられないようにすることに力点が置かれ、診療そのものは
> おろそかになりがちです。
おっしゃるとおりです。以前、血圧が高いと行ってこられた患者でクレーマー(無理な要求を突きつけたり、最初から喧嘩モードだったり)だったため話が長くなり、つい血圧測定を忘れたらものすごい剣幕。おまけに「これで診察代とるのですか?」だって。30以上話を聞いてそんなこと言われたら「やってらんねーよ」って感じです、本当に。
患者と言うより、医師も含めてですけど日本国民自体が常識が足りなくなってきているんですね、きっと。みんな自分さえ良ければいいってね。

それはおいといて、少なくとも違う立場の人間の意見を聞くことは重要です(上記のように理不尽でなければ)。我々は法曹の知識が決定的に足りません。それについてはしっかり専門家の意見を聞かなければなりません。
ただ、一部に「裁判官を説得させられなかったのが敗因」との意見がありますが、判決文を見る限り説得に失敗したとは思えない場合もあるんですよね。判決文が明らかに不当なこともあるんです。
例えばいくら言っても聞かないリピータ医師もいればいくら言っても理解してくれない患者もいる。もちろん上記の例のようにいくら言っても理解してくれない法曹だっているでしょう。
レベルが二つ以上違うと相手の言うことは理解できないって言いますよね。研究でも同じですが、本来レベルが違いすぎる場合は相手のレベルに下がって説明することが重要なんです。でも、それでも理解してくれない人っているんです。初めから自分が正しい!ってね。それをどうやって相手を説得するか、それが鍵なんではないでしょうか?
ちなみに自分には解決策は見いだせていません。良い方法は無いでしょうか?

医療にも法律にも詳しくはないですが、どうも下のコメントのあたりがポイントではないでしょうか。

>医療と司法の問題も、お互いの異業種における常識(部分社会の一般常識やリスク常識など)の誤解が解ければ、もともと相手に対する過度の信頼を抱くくらいですから、基本的信頼関係が再構築されるのではないかと思います。
>これはお互い様なのですが、医療側に司法に対する知識と理解が不足しており、それによる意識の乖離があると思っているからこそ司法側からの視点と情報を提供しているのです

モトケン様のコメントにありますように、医療側の司法に対する知識や理解が不足しており、司法→医療への視点や情報の提供する必要があるのでしょう。
同様に、司法側の医療への知識や理解の不足はどう補うの?(医療側からみてトンデモ判決とされる判決がある=司法側の医療への知識や理解の不足がある、と判断しています)というところが示されればいいのではないでしょうか?

「何も知らないものが口を出すな」
医療において専門的な知識が必要となる問題について、医療関係者に知識もない他者が口だしすることは有害ですらあるでしょう。司法においてもそうでしょう。私の専門の分野についてもよく分からない方に口をだされても困ります。

でも、医療であれコンピューター業界であれ、裁判になれば、それがどんなに技術的な専門的な知識が必要になる問題であっても、法曹界の方々に判断を託さなければいけません。

それ故に、法曹界の方々が、そうした専門的な知識や異業種故の常識感の違いなどを克服するためにどうされているのか、というところを医療関係者に示されれば、誤解もとけるのではないでしょうか?

> 法曹界の方々が、そうした専門的な知識や異業種故の常識感の違いなどを克服するためにどうされているのか、というところを医療関係者に示されれば、誤解もとけるのではないでしょうか?(No.46 北風さま)

我々法曹は、医療崩壊エントリその1〜11で、数ヶ月を費やして、裁判制度のイロハから延々と語って参りましたがー

No.47 YUNYUNさま

>我々法曹は、医療崩壊エントリその1〜11で、数ヶ月を費やして、裁判制度のイロハから延々と語って参りましたがー

それは承知しており、「医療側の司法に対する知識や理解の不足を補おうという試みについては、No.46についても下のように書いております。

>モトケン様のコメントにありますように、医療側の司法に対する知識や理解が不足しており、司法→医療への視点や情報の提供する必要があるのでしょう。

No.46で問題としたのは、率直に書けば「司法側の医療に対する知識や理解の不足を補うという試み」についてです。(No.46にも下のように書いてはおりますが)

>同様に、司法側の医療への知識や理解の不足はどう補うの?(医療側からみてトンデモ判決とされる判決がある=司法側の医療への知識や理解の不足がある、と判断しています)というところが示されればいいのではないでしょうか

>司法側の医療に対する知識や理解の不足を補うという試み

一定程度医学の知識を持った(医療側の説明の言語が概ね理解できる程度に)裁判官の育成が理想なのでしょうが、そういうと法曹の方から日々新たな分野が訴訟の俎上に載っており、そんなこといちいちできるかという声が聞こえてきそうです。

実際には、キーパーソンは、医療側代理人ではないかとも思います。医療側の思い、なぜそういう対応をしたのか、医学的にはどうなのか、現場の実情はどうかなどということを詳細に知りうるのは、当事者である病院、医師を除けば、裁判に関わる人間では医療側代理人です。準備書面だの書証だのの紙ベースのやりとりが中心となる裁判官と異なり、しっかりと打ち合わせ・本音のやり取りができる代理人は、はるかに深い理解を持っているのではと思います。(被告に近すぎてバイアスがかかってしまうかもしれませんが)

その代理人が、いかに上手に法曹界の言葉に翻訳し、法曹界の流儀で裁判官にも理解させるかが鍵かなと。

医療事故を受件できる弁護士の方は、実質的に限られているのかもしれませんが、そういった方を中心に、医師会や病院協会などと協力して医学の知識のストックを蓄えていただき、エリアごとにでも集中して対応できるようにしておけば、随分と違うだろうなと思います。(こういったことはもう全国的にされているのかもしれませんが)

いのげさんの「「不適切な医療を排除する努力」という機運」
「司直が立件する医師とわたくしが問題視する医師が一致する方が珍しいという困った現状」は 確かにあります。

憂うべきことですが、不適切な医療が堂々とまかり通っているのが現状です。
患者さんも納得して受けているようなので、どうにもなりません。なんたる現状。
怪しげな「医療」行為、明らかな誤診で明らかに間違った医療、・・・・

立件される事例では 全然問題にすべきでないような事例ばかりが目に付きます。

このような現状はどうにもならないのか。
患者ないし家族が 納得さえすれば 不正な行為でもよいのか。
納得していなければ 間違っていなくても 咎められるのか。

>No.50 勤務医です。さま
「医療崩壊について考え、語るエントリ」の方でも度々話題になりますが、結局そのような現状を変える最も有効な手段は
「医師免許さえ持っていればあらゆる医療行為を行なってよい」という原則を撤回し、予め各医療行為ごとにその施行者を審査し決定する(その基準は患者側が決めるのが望ましいと思います)。そのかわり、審査を通過した医療者が行なった医療行為の結果については、たとえ患者の望みどおりにならなくても、医師個人は免責とし、社会全体で救済・保障する。
ということだと思います。
ただ、現状で患者側の同意を得るのは困難でしょうね。

P R

ブログタイムズ

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