エントリ

 勝手にどうぞ(^^)
 医療関係エントリに関するつぶやき の延長戦になると思いますので、一応医療崩壊全般カテゴリにしました。

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コメント(68)

なぜかレーシックには厳しい藤山裁判官

平成18(ワ)550

・命が失われていないだけ
・病院側がトラブルを想定して、念を入れた準備と訴訟戦術を整えている
・原告側の主張が理不尽すぎる

原因は何なのでしょ

しまさま

・命が失われていないだけ
・病院側がトラブルを想定して、念を入れた準備と訴訟戦術を整えている
・原告側の主張が理不尽すぎる

ざっと読んでみましたが、いずれの要素も影響しているように思いました。

大きいのは、
 ・命に関わる病気ではないこと
 ・したがって説明義務は重くなるが、反面、じっくり説明し、ゲタを患者側に預けることができること
  (本件でも、説明を受けてから手術するまで日数があり、受領した資料を十分に検討できたはずだ、と認定されている)
 ・というのがルーティン化するので、説明資料を充実させやすいこと
  (同時に、手術のメニューも限られていることも、資料充実にプラス要因でしょうか)
といったあたりかな、と。


ついでながら、法曹的には、裁判例の紹介は、事件番号よりも以下のフォーマットのほうが主流です。

1 裁判所名
2 裁判の日付
3 裁判の種別(判決/決定)
4 (あれば)判例雑誌、判例集の号・頁

今回であれば、
東京地裁平成19年2月16日判決 (省略形:東京地判H19.2.16) となります。

裁判所のサイトがそういう形式でコピペできるようにしてないことに不備があるという感じですが。

これって、あんまりだ と思いました・・・。
フリーアクセスの医療環境である以上、自己責任もあるだろうと思う。

m3.comより引用

がん手遅れは開業医に責任 富山地裁、約4000万賠償命令
07/03/01
記事:共同通信社
提供:共同通信社
ID:500014

夫=当時(77)=が肺がんで死亡したのは、エックス線写真での診断を誤り、精密検査の指示を怠ったためなどとして、妻が富山市内の開業医に対し約5370万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、富山地裁は28日、約4260万円の支払いを命じた。

 判決理由で佐藤真弘(さとう・まさひろ)裁判長は「精密検査を行い、治療を始めていれば肺がんが手遅れとなるまで進行することはなく、救命が可能だった」と指摘した。

 判決によると、夫は1995年12月、胸の痛みを訴えてこの開業医を受診し、エックス線検査を受けた。その後も複数回受診し、医師は肺炎を疑ったが、肺がんの疑いがあることを認識してなかった。また、肺がんの確定診断のための設備がある総合病院での精密検査を勧めるべき注意義務を怠った。

 99年、別の病院で受診したところ肺がんと診断され、2001年2月、死亡した

こ、これは・・・・
胸の痛みで患者さんが来院してレントゲンで異常所見がなければ全数、胸部CT、生検、マーカーがデフォ?

素晴らしいJBMの確立ありがとうございました

いや,これは(記事だけでは分かりにくいですが),
X線写真に写っている癌の可能性のある陰影を読み損なった,
つまり誤診(といっていいか分かりませんが)が認定されたという
ことではないでしょうか?

>X線写真に写っている癌の可能性のある陰影を読み損なった,
胸部X線写真で見つけられるような癌が
>「精密検査を行い、治療を始めていれば肺がんが手遅れとなるまで進行することはなく、救命が可能だった」
などとはとても言えないでしょう

それ以上に不思議なのが胸部X線写真で見つけられるような癌があるのにその後、4年も無治療で生存していられるというのが前提として考えにくいです

それにこの患者さんは死亡時すでに77才ですよね
>約4260万円の支払いを命じた。
どのような余命計算なんでしょうね

この手の訴訟に関して、判決文を読まずに訴訟を問うことは、マスコミがなんでもかんでも医療ミスで片づけるのと等しいと思うのですが、いかがでしょう。

>この手の訴訟に関して、判決文を読まずに訴訟を問うことは、
>マスコミがなんでもかんでも医療ミスで片づけるのと等しいと
>思うのですが、いかがでしょう。

その通りだと思います。その上で申し上げますが,

>胸部X線写真で見つけられるような癌が
>>「精密検査を行い、治療を始めていれ
>ば肺がんが手遅れとなるまで進行するこ
>とはなく、救命が可能だった」
>などとはとても言えないでしょう

実情はともかく,わが国で,,胸部X線撮影が
肺がんの早期発見スクリーニングとして広く行われているというこ
とは,『胸部X線写真で見つけられるような癌』ないし
その疑いのある所見が,早期に治療を始めれば
救命可能たりうることを推認するに足る事実である
と考えます。

あくまで,肺がん検診を有効だと認めた上での
話ですが。

>フリータさん
がん見落としに関しては、藤山裁判官ですら以下のような認識であることを、他裁判所の裁判官は意識するべきだと思うのです

その上,本件では,前記二5で認定したように,原告が平成14年9月 に医療センターを受診した時点でガンが発見されて適切な手術がされてい たとしても,5年生存率は72パーセントであり,死亡率は28パーセン トに達していると認定できるのである。

本件見落としがなく当初の健診時にガンが発見され手術がされたとしても,原告にガンが再発して死亡に至る可能性が相当程度存在したのであるから,仮に原告がガンの再発によって死亡した後に損害賠償請求がされたとしても,死亡と本件見落としとの間の相当因果関係が認められない可能性もまたかなりの程度に達するといわざるを得ない

東京地裁平成18年08月31日判決 棄却

No.7 しまさん
同意します。判決文を読まないことには訴訟の批評は不可能ですね。
とりあえず一般論としてですが、X線写真の見落としというのは、最もプロスペくティブな評価とレトロスペクティブな評価が分かれるところだと思います。
X線写真の異常検出というのは、早い話が「正常写真とのまちがい探し」です。
よく雑誌などに似たような絵が2つ並べてあり、異なる所を探すクイズがありますが、それを解く際に、予め何処に答えがあるのか聞いてから解くのと、全く知らされないで解くのでは、同じ人間が解いても当然正解にたどり着く確率も時間も異なります。
同様に、現場でどこに肺癌があるかわからない何千枚という写真のなかから異常を検出するのと、裁判所で既に肺癌の診断がついた患者の写真を遡って異常を検出するのでは当然その精度に差が出ます。
裁判所の段階で異常の指摘が可能であったからといって、それを現場の段階で発見できなかったことがそのまま過失になる様なことは理不尽です。
しかしながら、上記の様な説明は非医療者には大変わかりにくいものです。
「この写真には異常が写っている、これを指摘できなかったのはミスである」というわかりやすい主張の前にはどうしても説得力に劣ります。

では、このような事態を防ぐ為にはどうしたらよいか。私はもう「プロスペクティブにみて最低限見落としてはならないもの」の客観的な基準を作るしかないと思います。
たとえば肺癌における胸部X線写真であれば、最低限見落としてはならないものは
・直径3cm以上、一部でも心臓や横隔膜の陰に隠れているものは除く
などといった基準を作って、これ以外は見落としても過失なしとするというルールを予め作っておくということです。
もちろん、その様なルールを作れば「よーし、心臓の裏の1cmの病変まで見つけてやるぞ」といった医師のやる気は大きく削がれる事になりますが、見落としに脅えて必要なレントゲン写真が撮られなくなるよりはましでしょう。

>つくねさん
私としては、藤山裁判長も言われるように、早期ガンでも亡くなる方がおられる以上、見落としと死亡の因果関係は、明確にする事が難しいのではないかと思います。この裁判長は、どのようにして因果関係を確立したのか、興味深いところです。

> 現場でどこに肺癌があるかわからない何千枚という写真のなかから異常を検出するのと、裁判所で既に肺癌の診断がついた患者の写真を遡って異常を検出するのでは当然その精度に差が出ます。
> 上記の様な説明は非医療者には大変わかりにくいものです。
(No.10 つくね様)

昔の択一試験の「ゼロ解答」(5択だが、たまに、正しい肢が一つも無い問題が混じっており、難度が高いとされる出題形式)みたいなもの。
と説明すれば、法曹に対して通りが良いかもしれません。

付記
私の時代はゼロ解答は廃止されていました。

つくねさん>
読影のプロスペクティブな基準…ですか。見えない者は見える者の視点が分からないし、逆もまた真なりです。
訴訟の根拠となるような基準ということになれば、喧喧囂囂、侃侃諤諤になり落としどころを見つけられないのは間違いないです。まだ可能性があるとすれば画像の基準を作るというより、マンモのように読影資格を作るとかでしょうか。

直感的疑問として、痛みが出るような早期の肺がんなんてあるんだろうか。
判決文よりも、医療側の弁護士がどんな主張をしたのか知りたいものですね。

胸膜に浸潤しなければ、通常はないですよね>胸痛

今ならとっととCT撮ると思いますが、この時代だと結構CT撮るのも大変な時代だったのでしょうか?

>直感的疑問として、痛みが出るような早期の肺がんなんてあるんだろうか。

うらぶれ内科さん,
私もここは引っ掛かります.全く関連しない別の原因で痛みが出たのなら話は別ですが.肺癌で痛みが出た場合通常は胸壁(もしくは縦隔)に浸潤していると思います.従ってその段階で発見されたとしても肺癌で死亡した可能性はかなり高いと推定されると思います.

No.8 フリータさん,
現在では,胸部レントゲンによる肺がん検診は有効ではないとされています.従いまして仮定の段階で「偽」ですので結論は常に「真」になるという間違った論理になってしまっています.

>No.11 しまさん
>この裁判長は、どのようにして因果関係を確立したのか、興味深いところです。
そうですね、ぜひ判決文を拝見したいものです。
判決文に本当に「精密検査を行い、治療を始めていれば肺がんが手遅れとなるまで進行することはなく、救命が可能だった」という趣旨が書いてあるならば、それは医療崩壊の最大の原因である「医療に対する過剰な期待」以外の何者でもないでしょう。

>No.12 YUNYUN さん
法律関係以外の方も読まれていると思い一般的な例をあげましたが、そのように解釈していただいて良いと思います。
なお、私が受験した頃の医師国家試験は5択問題のうち正解のパターンが幾つか提示され、その中から選ぶ(。院ぃ押ぃ魁´■院■押■・・・)という型式で、全ての問題がわからなくても何となく正解を選ぶことができたのですが、最近はそのような出題型式ではなく純粋に正しいものを選ぶという型式になったそうです。
同じ内容の設問でも、明らかに後者のほうが正解率は落ちるでしょうね。

>No.13 takuzo さん
>まだ可能性があるとすれば画像の基準を作るというより、マンモのように読影資格を作るとかでしょうか。

私も理想は「予め特定の医療行為を行なう人を審査し、その審査を通過した人の行なった医療行為に関しては結果責任は問わない」という状態だと考えます。それが最も高いレベルの医療を提供できる条件でしょう。
しかし、訴訟はあくまで個別の医療行為に対して行なわれるものであり、特定の資格をもって無条件に過失を免責にするというのは、現行のシステムを大きく変えることが必要になり、現在の社会情勢を考えると容認されることは困難だと考えます。


>訴訟の根拠となるような基準ということになれば、喧喧囂囂、侃侃諤諤になり落としどころを見つけられないのは間違いないです。

私も少し前までそう思っていましたが、最近は「訴訟の根拠」は必ずしも医学の理想と一致しなくても良いのではないかと思っています。
我々医療者は現実を無視した判決が出ると、つい「そんなの不可能だ」と法曹の方に不満を言ってしまいますが、そもそも法曹の方々のスタンスは「不可能か可能かは医療者側で決めてくれ」です。
例えるなら、我々は走り高跳びの選手であり、法曹は審判です。審判の仕事はあくまで「バーを飛び越えたか」を確認するだけであって、バーの高さを決めるのは選手の仕事です。(この場合の「飛び越えた」は医療行為の結果が良かったかということではなく、標準的な医療水準を満たしていたかどうかということです、念のため。)
もちろん選手にとってより高いところに目標を設定することは大切なことですが、自分で限界を超えたところにバーを設定しておいて「こんな高いの飛べるわけないよ」という不満を審判にぶつけても仕方ないのではないでしょうか。
そこで選手のすべきことは、審判に不満をぶつけることではなく、最低限飛べるバーの高さを審判に教えてあげることでしょう。

ですから、いま我々医療者がすべきなのは
>見えない者は見える者の視点が分からないし、逆もまた真なりです。
などといった高度なレベルの話ではなく「誰がみても見える」のはどこまでか、ということを医療の素人である裁判官にもわかるような形で明示することではないかと。
また、そもそも肺癌のスクリーニングに胸部X線写真は不適当であるというのが結論ならば
・胸部X線写真では肺癌を診断することはできない。
とはっきり言い切ってしまえばいいのだと思います。
もちろん、それは現場の医療者にX線写真で肺癌を診断する努力を放棄させるものではありません。あくまで「訴訟の根拠」として医療者の身を守る為に医療者自らが設定する「防御線」です。
そうすれば、No.3で紹介された様な判決が出され、それに対して医療者が不満を持つこともなくなるのではないでしょうか。

胸痛を訴えてきた患者さんの場合、医師は胸痛の原因を探し、それを除去するように努力するようにすればよいわけで、胸痛の原因にはほとんどなりえない早期の肺がんの発見までその診療契約上の義務を負うべきでしょうか?

これを拡大解釈すると次のようになります。

今、患者Aが胸痛を訴え医師B の診察を受けたとします。Aには頚部に一見見落としそうな腫隆があり、触診で甲状腺がんを疑うべきものであったとします。Aの胸痛は一見してわかる帯状疱疹であり、Bはその治療を行ったものの、頚部のがんを見落とし、ある日突然そのがんは悪性度を増し急激に増殖を始め気がついたときは全身転移で手遅れであった。
さて、Bはその責任を問われるのでしょうか。

>No.17 つくねさんのコメント
>例えるなら、我々は走り高跳びの選手であり、法曹は審判です。

高跳び入り失礼します(笑)。バーは落ちたかも(笑)。
つくねさんの素晴らしい例えでハタと膝を打ちました。さすれば先の医療=artist=イチロー論においても、司法=logist?(苦笑)=審判とすれば成立しますよね。たぶん(笑)。裁判官=審判説は適切に重み付けされたいい説だと感服して思わずぴょんと跳ねてボソッと書き込み(笑)。ボソでおk?

改名やめたのはタダ=無料=¥0に気付いたせいではなく、長い名前は打つのがめんどくさいからですが、今やぼけでおつだったかぼつでおkだったかはたまたぼそでおkか惑乱しちゃってここに来たきっかけの初心忘れそうになってる間に、ぼけのほうだけが着々と既成事実になりつつあります(笑)。さぶうっ、なぼつでおkコメント毎度失礼しました。

>つくねさん

例えるなら、我々は走り高跳びの選手であり、法曹は審判です。審判の仕事はあくまで「バーを飛び越えたか」を確認するだけであって、バーの高さを決めるのは選手の仕事です

実に的確な例えだと思います。ただ、私はもう少し踏み込んで、審判が正しいかどうかチェックするのが法曹の仕事だと思います。つまり、スポーツそのものをチェックするのではなく、ルールブックをチェックするのが法曹なのかなと。これは、審判ならスポーツを知っているが、審判はスポーツに関して何も知らないという発想です。


本来なら、選手が医師であり、審判も医師である事が望ましいと思いますが、日本の場合、審判が存在せず、何か問題が起これば(ルールブックの解釈しかできない)法曹が直接判断している事に問題があると思います。

審判というものは今あるルールを捻じ曲げることができる大きな権限を持っています。
それは杓子定規では対応できない場面を解決するために必要な権限ですが、ルールを曲げたことが後にどのような影響を及ぼすのか、想像力を働かせながら仕事をしていかねばならないと思います。

>No.21 bg さんのコメント | 2007年03月05日 10:57 | CID 42882 | (Top)

>審判というものは今あるルールを捻じ曲げることができる大きな権限を持っています。

ただし(笑)、試合の真っ最中に現場の審判が独断でルールを捻じ曲げてはいけないという暗黙のルール(笑)があり、オフシーズン中に関係者が協議して規則変更を全員に公表してから行っていると思います。
試合中のホームタウン・ディシジョンをアンフェアな行為と見做す、結果に対する機会均等を補償する平等精神からそうしているのでしょう。

No.22誤字でした(笑)。最後の一行、
>試合中のホームタウン・ディシジョンをアンフェアな行為と見做す、結果に対する機会均等を(補償→)保証する平等精神からそうしているのでしょう。

やっぱりぼけでおつにしようかな(笑)

>No.17 つくねさん
>私も理想は「予め特定の医療行為を行なう人を審査し、その審査を通過した人の
>行なった医療行為に関しては結果責任は問わない」という状態だと考えます。

医師免許自体、本来ならそうあってほしい…とも思いますけれどね。
日本の現状にはまったく沿わないですけれど。

ダブルスタンダード的なといえば言葉は悪いですが、確かに最低レベルと目標を分けて考えることは重要ですね。

「つぶやき」エントリのNo.290  YUNYUN さん


あのね、「司法が医療を破壊していること」が既に明白になっているのに、なお法律家が医療に介入し続けようとすることが不思議なのですよ。

医師は、ある治療法が患者にとってトータルで有害であると判断すれば、その方法は採用しません。当たり前でしょ。

ところが法律家は、自分たちが医療に介入することが社会にとって害悪であることが自明なのに、なお介入を止めようとしないわけですよ。そこが不思議で不思議で仕方ない。社会を良くするために仕事をしている(つもり)なら、社会に害なすことはお止めなさいよ。

また、「医療訴訟判決のうち、6割を占める医療者側勝訴判決」とゆうのは前提が疑問であり、実際には強制的に不当和解に持ち込まれた実質敗訴事例もあまたあることを指摘しておきます。

そして、医療者側勝訴判決は、結論としては妥当ですが、その結論を導いた理由が妥当とは言えません。マークシートの試験で、題意を理解しないまま適当にマークをしても(あるいは、浅薄にも理解できたと思い込んで解答しても)、何割かは「結果として正答」になります。それと同じです。医療の本質を理解して判断されたわけではないです。


「医療紛争に対しては誰も救済を与えない制度」なんて誰が言いましたか。先ず、過誤が本当にあれば、医師ないし病院が適切な額の賠償を自発的にしていますよ。それが法律家から見て不十分だとゆうのは、「過誤があったのに隠している筈だ」とゆう思い込みに陥っているか、または、そもそもの請求額が法外に大きすぎる(80歳の無職老人ですら請求額が数千万って、よほどのアホかヤクザですか。常識外れもいいとこです)だけです。

万が一、「過誤があったのに自発的に賠償しない」医師や病院が仮にどこかにごくごく少数あったとしても、それを司法が正確に探し出すのは無理です。そういう病的、例外的事象を解決する能力が司法にはないのです。貴方は、司法が「医療紛争に対して適切な救済を与える制度」だと思い込んでいませんか?

いいですか。今の司法は、「病巣を摘出する」と称して、無謀な外科手術をしようとするようなものです。貴方方が本当に病巣だけを正確に切り取って健康体に戻せるのなら、どうぞおやりなさい。しかし、現実には、病巣の部位を正確に把握する能力がないばかりか、何の問題もない部位をメタメタに切り刻んで、医療体制全体を瀕死に追い込んでいるのです。司法の介入が医療事故の再発防止に役立つどころかかえって有害であることは、多くの先生方が繰り返し指摘されている事実であり、当然の前提です。

こういう状況を放置して、要するに、「司法は医療より偉いんですよ、これからも医療に介入してトンデモ判決を出しますよ」と宣言しながら、医師が司法に非協力だと非難しても仕方ないでしょう。先ずは自分達の非を認めて謝罪と反省の態度を示し、これからは有害無益な医療への介入はしないからどうか許して下さいと全国民に謝って下さいよ。

>No.25 魔人ドールさん

思いっきり恥ずかしいので、君には退場願いたいのだけれど?

>先ず、過誤が本当にあれば、医師ないし病院が適切な額の賠償を自発的にしていますよ。

事実を見つめずに暴論吹っかけるのは、議論の土台を自ら破壊していることになります。
医療訴訟の行き過ぎ、マスコミの増長、放置された医療労働環境など、様々な問題がありますが、法律家を味方に付けずに解決することなどできません。ましてや自ら味方を拒否するような態度は肯首できない。

医療訴訟の有害部分もあるけれど、医療訴訟によって安全管理、コンプライアンスの大切さ、労働環境の整備、第三者的に評価可能な医療行為の推奨など、日本の医療を改善した一面があることも否定できません

今は、医療崩壊期待派にはなっていますが、焼け野原の後には、医師が絶望的な自己犠牲を払わなくても良い時代が来るような気がします
それまで、ひっそりと日本のどこかで生き残りを図ってます

大口叩くまえに、いろんな社会学、経済学、政治学、法律学を学ぶことを君にはお勧めしておく。
怒りのエネルギーをキチンとした方向に使えれば、君も焼け野原の後の復興の日に大いに活躍できるだろう

僕は魔神ドールさんの書き込みは、このブログにはちょっと似つかわしくないとは思わなくはないけれど、一般的な医者の血の叫びとしては、とても一般的な叫びだと思います。(ボソッ)

非医療者からの医療者糾弾の燃料投下もたびたびありますしね。(ボソボソッ)


ホント同感です。
ただ、YUNYUNさんを叩くのは筋違いというか、戦いの方向がまちがっとるね。もしも、モトケンさんや、YUNYUNさんが切れてしまったら? それはそれは、面白恐ろしいことになるゾ! 

医者はもうけすぎだ
医者なんだから病気治せ
医者だろ、四六時中働くの当たり前じゃん
疲れた?職業意識あるのか
明日は仕事があるんだよ、いいから薬くれよ
いつでも専門医に診て貰いたいモンだね
死んだんだからミスだろ?
医者は足りないのではなく、偏在に過ぎない
医療費が国を滅ぼす

ろくに現状分析もせず、言いたいことだけを言っていては、対立するだけ。
医者が同じ事をしてどうする。(ボソッ

魔人ドール氏は、見込みのある人物です。
これは、間違いない。彼の発言は一過性の放言じゃない。

そもそも、此処に来て何度もコメントを書くと言うこと自体が、志が高い。
現状をどうにかしなきゃならないっていう気持ちが強いんだ。

志が高く、現状を憂い、何かをしなくてはと思っておられる。これは、誰が何と言おうと立派なことです。

ひとつ、魔人ドール氏に、知っておいてもらいたいことは、あなたが成長途中であると言うことです。ですから、次々に勉強して、経験を積んで、謝るべき事に気付けば謝って欲しいし、僕らを超えるところは超えて欲しいと思う。魔人ドール氏は、きっと僕ら同業者の力強い味方になるし、友軍と仲直りすることの重要さに早めに気付くだろうと思う。

上記の追加ですが、別表は、下記の方がわかりやすいかと思います。

 簡易裁判所の裁判官は、裁判所の試験(司法試験とは別)を受けて合格した人及び、定年が70歳であることから地裁・高裁(65歳定年)で定年を過ぎた裁判官ですし、また、訴額が140万円までですので、とりあえず、説明を省きます。

 司法研修所を卒業し、裁判官に任官する年齢は、大体、24歳〜34歳くらいだと思います。

 任官すると、まず、判事補になりますので、判事補の12号の月収22万5000円(税込)から、スタートします。手当、税金等、手取りで20万円程度でしょうか。

 10年たつと全員自動的に判事になりますので、判事になりますので、判事の8号 月収53万3000円(税金等込み)までは、全員もらえることになります(逆に、10年立たなければこれ以上はもらえません)。

 ただここからどこまで増えるかは、人それぞれで、人によっては、7号どまりという人もいるようですが他方で、当然、号級が上がっていく人もいます。

 これを、高給と考えるかどうかは、その人の評価だと思います。


http://www.houko.com/00/01/S23/075.HTM

>No.30 座位 さんのコメント
の一言一句にいたるまですべて同感の極みです。
モトケン先生が高いお志で立てたこのブログに私も感謝の念に堪えないひとりです。

ここに出入りさせてもらっていると浮世離れしがちなので、ごくたまに現実世界の素の声が舞い込むのは、「この問題はこういう人々の中に横たわっている」ことを再認識する良い機会です。

>モトケン先生(「医療関係エントリに関するつぶやき」CID47088)
 元内科医先生が地方の弁護士先生になさっておられましたように「周回遅れ」「過去ログ読め」とコメントすれば足りるだろうとも考えたのですが、そのようなことができるのは、自然科学の蘊奥を窮めるとともに豊富な臨床経験を有する、元内科医先生をはじめとするお医者様方くらいのもので、私のようなものができるのは一々泥臭く応答させていただくことくらいだと思い直した結果、あのような長文コメントになってしましました。モトケン先生の意に反して長文コメントを投稿してしまい、申し訳ありませんでした。
 ところで、モトケン先生は以前「私はまだ絶望していません」とおっしゃっておられましたが、現在はいかがですか?

>座位先生(「医療関係エントリに関するつぶやき」CID47084)
 拙コメント(CID47055)は過去の議論をまとめたものに過ぎず、議論を前進させるという点においては内容的にまったく無価値なものであるにもかかわらず、かように過分なお褒めの言葉をいただき、恐縮の極みです。
 さて、先生は拙コメント(同エントリCID47056)の内容をご覧になり、私について「少し病的」と評してくださっておられるようですが、私のような浅学非才の者が誰かに対して「そりゃちょっとビョーキなんじゃない?」などと軽口をたたくのとは異なり、何しろ自然科学の権威と国家の権力によって、人間に対して「健康であるか病に冒されているか」について宣告することが許されている唯一の存在であるお医者様が「病的」とおっしゃっておられるのですから、きっと私は何らかの病的傾向を有しているのでしょう。指摘された本人といたしましては気にしないわけにはまいりません。ご多忙であろうことは重々承知しておりますが、そのようなご指摘にいたった理由について、ぜひともご教示いただけませんでしょうか。伏してお願い申し上げます。

an_accused 様

> いやー、偶然の一致とゆうのはあるものなのですねえ。(an_accused 様)
> 少し病的であると指摘しておきます。           (座位)

 上記は、一種の返歌と受け取ってもらえれば良いかと思います。多くの意味はありません。
 敢えて言えば、その思考能力からすると、時間をかけて考察するほどの事とは思えない事象に執着する部分が少しばかり、バランスに欠け、執着気質かなと思った次第です。
但し、それ以上の偏執的な部分が私の中にもありますので、an_accused 様に限ったことではありません。気分を害されたのであれば、「病的」発言を撤回致します。

医療崩壊阻止よりも原因そのものの解消こそが
本当の解決だと最近思うようになりました
ネットであちこち書き散らしてるだけの私ですけど
それが微力ながら本筋の対策である気がしてます

>いのげ先生

 全く同意。もう医療は諦めるほか無いかもしれませんが、日本社会そのものが滅びるのを見るのはどうもね・・・

No.37 いのげさん

医療崩壊阻止よりも原因そのものの解消こそが
本当の解決だと最近思うようになりました
芯の部分でどこまで同じ考えかはわかりませんが、表現的には全く同意です。原因解消なくして解決なし。

考えれば考えるほど、法関係の問題が最大の問題だと考えるようになりました。

1. 自然災害の責任が、司法によって人的災害に付け替えられる問題。
 奥入瀬で枯れ枝に当たって半身不随とか、サッカーで落雷に当たって半身不随とかは、例えば自然災害と人的災害の比率が99対1とかなら僕は納得できるのですが、そういう計算は法ではできないんですよね? 少しでも人的責任が認められれば、過失相殺は人対人でなされるしかなくて、人対自然ではなされないんですよね?

2. 重大な法改正なしに医療側を脅かす判決が頻発されるようになった問題。
 現在よく見られる医療側を脅かす判決たちが、昔も今も法に照らして妥当なものであるならば、つまり昔は医療裁判自体が少なくて医療側(不当)敗訴判決も目立たなかっただけのものが、医療裁判が増えて現在目立つようになっただけなのであれば、そもそも現行法は医療人が医療を妥当に遂行するのにそぐわない法であると考えられるので、法改正が絶対に必要でしょう。ついでに言えば司法は法改正での解決がなされるまで、今後も同じように医療側を脅かすような判決を出し続けるでしょうし、またそうでなくてはいけないと思います。
 しかし現在の医療バッシング判決が傾向的なものであり、今後法改正なしに医療側に有利な判決が増加する傾向に転じるようであれば、それは逆にとんでもないことだと思います。特に象徴的なもので疑問なのはこれまでにも議論されている「医療水準の考え方の変更」です。僕には「医療水準の考え方の変更」は、ほとんど立法行為に近いクレイジー司法に思えます。なんら前触れもなく司法が勝手に医療行為に義務を課すことが、まっとうな司法の行為には思えないのですが如何でしょうか。その上もし、医療崩壊が問題視されるやその考え方を自ら翻すようなら、僕は日本の司法を日和見司法と嘲笑うしかありません。

> an_accused さま

先日は私のコメントに返事を頂きありがとうございました。
an_accused さまの先ほどの記載の中で、不明な点がございますのでお聞きしたいと思います。

>元内科医先生が地方の弁護士先生になさっておられましたように
>「周回遅れ」「過去ログ読め」とコメントすれば足りるだろうとも考え
>たのですが、

とお書きなのですが、私の記憶では、基本的にはそういった対応を慎むように自重してきたはずなので、少し驚きました。改めて、「地方の弁護士」さまが最近議論に参加され始めたころのスレッド『医療崩壊について考え、語るエントリ(その11)はじめ以降あたり」『「藤山雅行裁判長のお話」について(その2)の1月上旬から』を調べてみたのですが、該当すると思われる自分の発言をあえてあげてみますと

私が「医療崩壊について考え、語るエントリ(その11)」CID 39646 に書いた

>地方の弁護士 様
>弁護士の先生方の事情をお伝えくださりありがとうございます。
>率直なお話に感銘を受けました。正直なところ、先生の医療に
>対するご意見には「まだまだですね」という感想を持たざるを得
>ない部分も多かったのですが、はじめは仕方のないことだと思
>います。「医療」と「司法」は文法が違う言語のようなものだと
>思います。最近は随分ご理解も深くなられた印象がありますの
>で、今後とも医療者側から出される意見の収集・理解・検討・吟
>味をよろしくお願いしたいと思います。

ぐらいしか検索できませんでした。これは、弁護士の大量増員に対する弁護士の方々の世界の大変さを率直にお書きになっていることに対しての返答でした。

これが「周回遅れ」「過去ログ読め」であると思われるのであれば仕方ありませんが、それはそうではないと思います。エールと考えて記載させていただいたのです。極力失礼のないよう努めて書いております。この部分以外に問題のある記載を私がしていましたらぜひお教えください。今後の参考にさせて頂きます。

人を特定して論難している以上もちろん根拠をお持ちだと思いますので、よろしくお願いします。もしお持ちであればお示しください。先生の勘違いであれば、私にとっては非常に不満でありますので訂正して謝罪してください。

どうか「昭和大学藤が丘病院腹腔鏡手術死亡事故」のスレッドで私に対してNo58 2006年12月5日に(CID 25446)「寝言は寝てからおっしゃってください」とおっしゃり、それに対して私が抗議しましたがその後無視なさったような対応は止めていただければ幸いです。

>座位先生(CID48776)
 なるほど、座位先生は私の「時間をかけて考察するほどの事とは思えない事象に執着する」ところをもって、執着気質の疑いがあるとご判断なさったわけですね。よく理解できました。わざわざのご解説、まことにありがとうございます。

 私は「法曹家」という言葉を用いていらっしゃる方々をピックアップするにあたって、コメントで明記しておりますように「本エントリーをざっと眺めてみ」たにすぎません。250弱のコメントをスクロールしながら「法曹家」という言葉を見つけるという作業に要した時間はせいぜい5分程度でしょうか。それが座位先生の「全体(時空)鳥瞰能力」とやらを通せばアラ不思議、「モトケンブログ内で検索」するという「大変時間のかかる作業」に早変わりし、「執着気質」を疑うに足る根拠になるというわけですか。そして、「〜かなと思う」程度の感想が、お医者様である座位先生の手にかかれば非医療者に「指摘しておく」に足るような客観的事実になる、ということのようですね。

 おかげさまで、座位先生が医療過誤訴訟を忌み嫌う理由の一端が垣間見えた様な気がいたしました。ご解説いただき、まことにありがとうございました。

 さて、「医療関係エントリに関するつぶやき」コメント欄において、「自分は一人二役を演じてなどいない」などと積極的に主張なさろうとする方々がいらっしゃいましたが、当該コメント欄で繰り返し申し述べていますとおり、少なくとも私は「誰かと誰かが同一人物ではないか」などと疑うようなことはありませんし、なにより本ブログの管理者たるモトケン先生が、「別ハンの詮索はこのブログでは不要」と明言なさっておられますので、あえてそのような主張をなさる必要はないように思われます。ぞうぞご安心ください。
 ところで、例えば「法律家が単独で医療行為の是非について判断する能力を有していないことを認める」ということと「現行の司法制度において司法が医療行為の是非を判断しなくなる」ということの区別がどうしてもつかない方や、大して調べもせずに「こんな仮想空間の中での質問にこたえられっこないだろうな。しかし、これに近いようなことは多分考えられるはず。しかし司法は判断の正確さの検定をしないのはどういうことであろうか。自然科学ではありえない話だ。そもそも検定という発想がまったく欠落しているのか、それともやればとんでもない結果となるのを恐れているのか。ことは裁判の信頼度にかかわる問題で重要だろう」などと書き散らす方、また自分で文献などに当たろうともせず短絡的に「その患者の病気による生命予後は斟酌しないということですか?」などと噛み付いてくる方、根拠データも挙げずに「法廷をテレビ中継させないのは日本くらい」と書き散らす方、大した根拠もないのに公開のスペースに他人を評するコメントとして「病的」などと書き込むような方などは、ご自身が「一人のコメンテーター」と看做してもらっていると無邪気に信じていらっしゃるのでしょうか。「一人で二人分書き込んでいると疑われているのではないか」などとご心配なさるまえに、「そもそも自分のコメントは一人前の内容を含んだコメントなのだろうか、せいぜい高く見積もっても0.03人前くらいの内容しか含んでいないのではないか」とお考えになってみる必要のある方のほうが、ずっと多いのではないかなあと考える次第です。

 最後になりましたが文献紹介を少し。ジュリスト1330号(2007.3.15)には、「ルンバール事件最高裁判決(最判昭和50年10月24日)」などを題材に、具体的な訴訟過程にまでさかのぼって検討した「共同研究『医療と法の最先端を考える』第3回が掲載されております。ここでは、ルンバール事件最高裁判決について、原々審で5度にわたっておこなわれた鑑定がいわば“つまみ食い”され、「結論に整合する証拠のみを取り上げている面を否定できない」などと批判され、こちらのブログでも話題になった「高度の蓋然性」の内実などにつきさまざまな問題が指摘されています。また、判例タイムズ1227号(2007.2.15)には、大阪地裁医事部の判事・判事補がまとめた「医事事件における鑑定事項を巡る諸問題」が掲載されており、ここでは実際に大阪地裁医事部で行われた鑑定事項などをもとに、現状における鑑定の問題点とともに改善に向けた提言がなされています。
 いずれも、医事関係訴訟の問題点について具体的に考え、改善の余地を探ってみたいとお考えの方にお勧めいたします(現行の司法制度のもとで医療が裁かれること自体が我慢できない、どのような改善工夫をしてもそれは小手先に過ぎず意味がないとお考えの方にはお勧めいたしません。どうぞご勝手に改正憲法草案でも夢想していてください)。

>元内科医先生
 失礼いたしました。地方の弁護士先生に向かって、議論が行われた具体的な箇所を示すことなく「周回遅れ」「過去ログ読め」などとコメントしておられましたのは、元研修医先生であり、元内科医先生ではございませんでした。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/01/15-122949.php#c32409

ここに謹んで訂正いたしますとともに、大変に不愉快な思いをなさいました元内科医先生に謝罪いたします。まことに申し訳ございませんでした。

>an_accused さん

あんた、長いねぇ。
もう、何も言わん。
お達者でね。バイビィ〜

>座位さん
 自己申告によれば50歳にもなろうかというお医者様が、言うに事欠いて「バイビィ〜」ですか。
 おかげさまで私のほうもこれで、あなたに話したいことやお聞きしたいことが万が一にも存在しないということがはっきりいたしました。
 どうぞ(できれば医療の世界以外で)お達者にお暮らしくださいませ。
 さようなら。

>an_accused さん

ジュリスト1330号(2007.3.15) CID 44337
については、既出です(笑)。
トンデモ判決の理屈は理解できても、その前提となる事実認定にこそ、トンデモの深源があるという思いは変わりません。

周回遅れで、私もan_accused先生に叱られた口ですが、ご叱咤に応えるよう勉強を続けています(法学の本道は、ちょっと外れかけですが。。。。)
脊髄反射だけで対応している者だけではないということだけ、少し認めて頂けると嬉しいです

『メディカルクオリティ・アシュアランス―判例にみる医療水準』 古川 俊治(著)

『医事紛争実務ハンドブック』 大城孟、福田弘、高岡正幸(著)
などの医家向きに紛争予防的な示唆に富む本を読みながら、JBMの勉強を続けています
特に、前者は判例タイムズの医療訴訟について網羅しているような引用がしてありますので、時間を見つけて本文をPDF化して、医事紛争処理に(将来)役立てたいと思っています。

過失認定にまつわる認定の攻防を知るために、『不法行為法(第三版)』(吉村良一 著)も読み掛けているのですが、こちらは難解で、すすっと頭には入りません。。。笑
ただ医事紛争をうまく対処するための特殊な法体系の導入が欠かせないように思います
どうあるべきかの、法的表現には能力不足ですが、その請願先は司法でなく、行政・立法であるとは思っています。

法律の世界に飛び込んで中から食い破ってやる!!!!という侍ジャイアンツの番場蛮になれるのは、まだまだ先になりそうです (^_^;)

>言うに事欠いて「バイビィ〜」ですか。
だって、あなたの話、長すぎるんですよ。一々具体的に指摘するのも、あなたと違って疲れるんですから、、、
それでは、失礼の無いように、あなたにきちんと言っておきます。

an_accused さん
さようなら。良い日々を送って下さい。

No.41 an_accused さん

僕は改憲論者ではありませんが、憲法改正を夢想することに対して、実現性が極めて乏しいとしても、どうしてそこまで小ばかにするような書き方をされることなのかが僕にはさっぱりわからないです…

an accusedさんは現在の医療崩壊の一端が訴訟等にある、ということを正しく理解されている点で共闘するに値する人物だと思うんですけどね。どうですか?

ち、ちなみにおいらは16歳なのでバイビーを使ってみてもいいですかっ!?

No.48立木志摩夫さんに一部同意で、an_accusedさんの書き込みは書き方に違和感を感じるところはあれども、内容的にはためになります。

こんどは(笑)、
>No.48 立木 志摩夫さんのコメント
の、最後の一文除いて(笑)全面同意です。

医者って、無礼で自信過剰で傲慢で口が悪くて冗談ヘタでお節介で口より手が早くてその割りにすぐ悩む(およそ他人との協調性がないからすぐトラブりやすいんです)困ったお人が多いです。いや、多いじゃなくて私も含めて全員ですか(笑)。
医者同士でもそれですぐ喧嘩ばかりしてます(笑)。昨夜見たテレビドラマのERにはそんな感じがよく描かれてましたね。駆け出しからトップまで医者同士口汚く衝突ばかりするんです(笑)。どうやらあちら(米国)でも団結共闘?する医者は好まれてないんでしょうね(笑)。ぼそっ

しっかしこの人執念深いなぁ。。

くだらない話題ですが立ち読みした「ビジネスジャンプ」で
Dr.検事という漫画が新連載されてましたよ。
医者を辞めて巨悪の医療界に対して戦う検事さんだそうです。

まぁフィクションなんですけど
ここでの話を知らなければ素直に読んでたかもしれません

今時の16歳は「バイビィ〜」なんて言わないでしょ (ボソッ
死語の世界と申しますか、それ自体が50歳代であることの証しなんだから、みなさん、そう目くじら立てんでも。

> 医者を辞めて巨悪の医療界に対して戦う検事さん

マジレスすると、検事に採用されようと思ったら、あまり長いこと医者をやってられませんよ。
検察庁は行政組織だから、年上の部下というのは使いにくいので、年くってから司法試験に合格しても採用されにくい。若くて優秀な志願者が沢山居るのだから。私たちの旧試験の時代は、平均合格年齢(27〜28歳)くらいで合格して、30前に修習を終えなければ、望み薄と言われていました。
今のロースクール制度になってからどうか知りませんが、遅くとも30歳でロースクールを卒業して新司法試験に合格しなければならないのではないでしょうか。
そうすると、ローの3年コースに行くとして、24歳で医学部卒業してから、医師をやっていられるのは3年程度。
研修医をやっと終わったくらいの段階のドクターってどんなもんでしょ?

こんにちは、整形Aです。

最近野暮用が忙しく、なかなか書き込めないでいます。
いつかコメントしようと思っていたのですが・・・

はっきり言って、「トンデモ人間は法曹より医者のほうに圧倒的に多い」です。
ここにコメントされる法曹の方は、皆さん常識があり論理的です。
時々辛らつなコメントをするので、一部医師からはあまり好ましく思われていないan_accusedさんだって、書き込みの内容自体は極めて常識的です。
それに比べて医者の書き込みのDQNぶりは、同じ医者としてホント恥ずかしい。

まったく、よその世界をよく知りもしないでよくもああまで他の職種を非難できるものだと思う。
医者は科学者だのなんだの偉そうにのたまうが、そもそも人間としてどうなのか。「礼儀」って言葉、知ってる?って問いかけたくなります。

法曹の方に言わせれば、(もちろん心優しい弁護士さんたちはそんなことは口が裂けても言わないでしょうが)「司法試験合格者のほうが医師国家試験合格者より上だから、そんなの当たり前じゃん(古い?)」かもしれませんが・・・。

実際の医療現場でこんな態度をとる医者がいたら、間違いなく周囲とトラブルになっているでしょう。
DQNぶりを発揮するのは、ここだけなんだろうと信じたいです(モトケンさんには申し訳ないですが)。

>YUNYUN様

 検事になればトンデモ起訴を乱発し、判事になればトンデモ判決を乱発すること請け合いです。厚労省を見れば分かるでしょw

みなさん熱くなっていらっしゃるところに、シロウトがお邪魔させていただきますが。。。
教えていただけると幸いです。

何度も行ったのにらちがあかなかったら、普通、病院を変りませんか? 私はこの事例を聞いてとても不思議に思うのは、なんで手遅れになるまでみすみす何年も(6年?)同じ病院に行ってたのかってこと。
これで「病院を変るわけに行かない重大な理由があった」とか「病院側が転院(用語はこれでいいでしょうか?)を絶対ゆるさなかった」とかなら納得できるんですけど。
ほかに選択肢がなかった場合はある程度仕方ないけど、なんだかねえ。それにどなたかおっしゃっているように77歳の患者はよほどの大物だったんでしょうか。。。

No.43とNo.46のコメントだけにURLが設定されてないのが違和感ありまくりなんですが(ボソッ

私は、医療に関して国民の裁判権の制限をするよりも、別の紛争解決システムを創るか、医師に医療保険制度という国のシステムの中核を担わせ、応召義務で国が業務の履行を義務づけているのだから、医療行為は一義的に公務と解して、国賠の対象にする方向で、法改正はできないかなあと素人的に考えてみたりします。

そうすれば患者への賠償は国費となり、訴訟も原則行政官が対応できますので、医師の負担が少なくなるのではないかと思います。また、公務員と同様に、故意又は重過失の場合は当該医師に求償するようにすればいいのではと。

医療システムを維持するためにはそのくらいのコストは国民が負担してもいいのではないか。さらに、国賠した案件については、国が責任を持って原因究明を行い、事後の医療にフィードバックしていくようにしていけば・・・。医療監視はその分厳しくなるかもしれませんが(^^;

国がどこまで危機感を持って、医療行政をやっているのか分かりませんので、何を言っても虚しい気も(ボソッ

P.S. 確かに「バイビー」って我々の若い頃の言葉だったような・・・(ボソッ


>じじいさん

応召義務で国が業務の履行を義務づけているのだから、医療行為は一義的に公務と解して

つまり、応召義務の罰則規定を復活させるわけですね。

>つまり、応召義務の罰則規定を復活させるわけですね。

私がしているのは民事上の話であり、別にそのようなことは言った覚えはないですが、何か誤解されていませんか?

罰則がなければ義務がない、というルールはどこかで聞いた話ですが、ご承知の通り実際には罰則はないが法律上義務づけられていることは存在します。医師法第19条の規定は残ってたと思いますが私の勘違いでしょうか。罰則規定はなくとも、法律上の義務規定は、民事上の争いの場合、無視できるわけではないと思うのですが。

>じじいさん
飛躍した意見で申し訳ありません。公務とするというのであれば、全ての医師は地方公務員または国家公務員と言う扱いになるのですよね。であるのなら、応召義務に従わないのであれば懲戒処分にあたるように思うのですが。国公立病院の場合、どうなっているのでしょうね。


罰則規定はなくとも、法律上の義務規定は、民事上の争いの場合、無視できるわけではないと思うのですが。

それは私も興味があるところです。応召義務自体は訴訟では問題にされないと思いますが、応召義務を果たさなかったことで患者に不利益があり、応召義務不履行と患者の不利益との間の因果関係が立証された場合は、確かに問題にされると思います。

しま様

私も説明不足ですみません。というよりも、実際には私もまだ法的に詰めて研究したわけでもないですし、本当に解決の付く話かどうかすら自信がありません。

公務として扱うといっても、民間病院の勤務医の給料を国や自治体が一元的に払うことまでは想定してませんので、厳密にいえば国家公務員や地方公務員として扱うということでもないです。

じゃあ何なのよということですが、
発想としては、法で応召義務が定められている、医療は公益性が極めて高い、国保では療養の給付の担い手となっている、営利性が薄い(というか赤字のところも多い)等々、他の業種にはない厳格な規制で特殊な状況に置きつつ、社会制度として頼り切っている医療を保護するために、保険診療(自由診療は別)で行われた医療行為について、公務又は公務に準ずるものとみなし、国賠対象とすることができないかというところがスタートです。

無論公務員ではないし、人事管理もできないということなのですが、医療監視などをきっちりやることで、そこをカバーできないかと。医師の皆さんが仕事を怠けていれば、そもそも医療崩壊などにはつながらないので、各病院ごとの自律的な管理でも十分だと思います。

法制度などのお勉強はこれからなんですけどね。もっと勉強してから書かんかい、と怒られそうですが(^^;

本日の新聞記事に反応してしまった一般です。
ここに書き込み、まずいでしょうか? 趣旨に反するようでしたら、削除をお願いします。

損保の不払い26社47万件、349億円。
生保の不払い38社44万件、359億円。
計約700億円超。

保険会社による政治献金の問題も取り沙汰される中、公的な年金(障害年金・特別児童扶養手当)の実態は?と思ったところ、本来支払われるはずの障害年金が支払われないケースは、請求を行った書類全体の1/3に登るというから大変な数字である。

不支給の原因の多くは、診断書の記入漏れ・初診日の証明が取れない・障害が複雑(判定能力の問題で不支給)などで、当事者(請求者)に非のないケースが殆どと云われる中、この制度で比較的容易に受給できるのが、ペースメーカー挿入など障害年金上の特殊疾患と云われるその大半が就労可能な状態の者に限られ、実際はそれより遙に重度な就労困難者が診断書記入拒否や窓口で申請拒否を受けるといった苦情が絶えない。これらを合わせれば不支給は現受給者の倍以上となる可能性も高い。
しかも、ここは民間の生命保険疾病特約以上に判定が不透明で、極めて差別的な制度と化している。

病気や障害で就労困難となった場合、わが国の生活保障(金銭保障のみならず機能別就労支援含)は極めて貧弱であり、企業の弱者リストラ・社会保障費削減による困窮が、医療に対する訴訟やクレームを増加させる要因となることも想像できる。

そして目にしたのが、本日付けの朝日新聞政策面(ウオッチ)のコラム(一部引用)である。
【今年3月に日本医師会が公表した医療の将来像「グランドデザイン2007」の一節を素直に読めば「年金の積み立て金を医療費に流用することもありうる」‥ 医師会の幹部も‥ 「将来的には検討の余地がある」と、話す。】

保険金不払いは大きな問題だが、民間であれば加入者の請求漏れまで追求されるのだから、公的な年金を医療費に流用なる前に、障害年金や特別児童扶養手当ての不払率も公表し、病・障害者格差のない公正な制度に立て直して欲しいものである。

公的年金障害部門でトラブルの多い初診認定をなくし、申請時に拠出相応の受給が可能となれば、当事者・役人・医師の負担も相当軽減するはずであるし、掛け金相応での支給とならば、年金詐欺的行為も減少するであろう。

理不尽な制度なら、無いでも宜しいのだが、ADRにしろ、長期継続時には一般には極めて不可解な制度となることが予想される。
強制拠出で一部障害限定支給の個人的に賛成しかねる出産時無過失保障がどの程度
認定されるかも疑問である。発足から数年は良しとしても、いづれ予算縮小となり不支給が続出した時には、むしろ訴訟の助長にもなりかねず、又、出産により母体が障害を受けた・新生児が脳性麻痺認定基準より重度な他の障害であった時などは、同じように拠出しているのに何故脳性麻痺だけ支給されるのか?という別の疑問の対応に追われかねない。

とにかく、日本の福祉や救済制度には谷間が多過ぎる。ADRも良いが、予算獲得・制度発足後に内容鈍化の懸念が‥。それよりも、障害年金(特別児童扶養手当)や世界に恥じない自立支援など既存制度の充実を優先させることで、医療と社会保障・医師と患者の良好な関係が期待できる社会を望みたい。

面白い記事をみつけました。

動物病院の院長の独白なんですが…

ttp://nihon.matsu.net/nf_folder/nf_koramu/nf_daijoubu_iwanai.html

ホームページ自体は、なんらかの理由で昇天してます。

潰されちゃったんでしょうか…。

さなぎまんさま

ttp://nihon.matsu.net/

普通にトップにたどりつけましたよ。ブラウザの不具合とかでは?

「院長のコラム」以外もやたら充実してるサイトですね。後でゆっくり読んでみたいです。

あるブログであなたにこういうことがあればそれは医療ミスかもしれません。
なんとか法律事務所という宣伝をしていると紹介されていました。
ここに来られる法曹の方は違うと思いますが、こういう弁護士事務所も増えているのでしょうか。
ソースは明かさないですが、ブログだと東京関東地区のようです。

謹慎中と言いながら壊れています。
で、質問です。
裏金はなぜいけないのですか。
研究室にいると予算が下りるのは3月20日すぎだったりします。そして31日までに使えと命令されます。できないので裏金にするところがあります。また、予算がおりないので4月から2月まで研究費は使えません。それでも、裏金が発覚するとどうしてあんなに責められるのでしょうか。

予算執行の硬直を無視するからでしょう
そっちを問題にしないやつがアホなのです

P R

ブログタイムズ

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