エントリ

 医療事故に対する司法の完全不介入などという非現実的な話をするのは本来はばかばかしい話ですし、私も無尽蔵の忍耐力を持ち合わせているわけではありませんので、かなりやる気が失せていたところですが、以外の前編の(民事編)のアクセス数が多いのです。 エントリ本文が興味を引いたのか皆さんのコメントが面白いのかよくわかりませんが、ワンセットにしておかないと格好が悪いという面もありますので、適当に書くことにします。

 医療事故に対する刑事司法の不介入というと、医師に対する刑事責任追及の禁止ということが問題になりますが、民事編のコメントで書きましたように、医療事故紛争に対する民事司法の完全不介入ということを前提にしますと、患者側の医療側に対する犯罪行為に対する刑事司法の介入という問題も生じてきます。
 まず、前者から考えてみます。

 ここでの対象は、医療事故です。事故ですから故意行為は除きます。いくらなんでも、医師は故意の殺人をしても処罰すべきでない、という人はいないでしょう。
 つまり医師については、業務上過失致死傷罪が問題になります。

 医療行為における患者の意に沿わない死傷について、司法は医師の過失の有無を判断する能力がないのだから刑事事件としても介入すべきでない、ということが何を意味するかと言いますと、医師が業務上過失致死傷罪で起訴されたとしても、医師側が、患者(被害者)の死傷が医療行為によるものである可能性があるということを立証すれば、医師は無罪になるということです。理論構成によれば公訴棄却も考えられますが、いずれにしても、医師は有罪にはならない、つまり刑事責任を問われないということです。

 ここで、明白な過失行為の場合は刑事責任を問うてもいいのではないか、という意見があるかも知れませんが、「明白」であるかどうかが問題になってくるのであり、司法には医療行為の当否について判断する能力がないとの前提に立てば(私が立っているわけではありません。魔人ドール氏の意見です。)、過失が「明白」かどうかも司法は判断できないことになります。

 裁判所が、医師の業務上過失致死傷事件について有罪にしないのであれば、検察は当然のごとく起訴しません。法律の定め方によっては起訴できないことにもなります。

 そして、検察が起訴しないのであれば、司法とは言えませんが、警察も医師の業務上過失致死傷事件を捜査しなくなります。法律の定め方によっては捜査自体が違法になることも考えられます。
 なぜなら、刑事警察の仕事(つまり捜査)は、刑事事件つまり検察が起訴すれば有罪になる可能性がある事件についてその証拠を収集するためのものですから、裁判で有罪になる可能性がなく従って検察が起訴する可能性がない事件について、警察が捜査することはなくなります。
 つまり、警察の捜査権は刑事司法を前提としているのであり、特に強制捜査権は司法(裁判所)の監督下にあります(令状主義)。

 医療事故が業務上過失致死傷事件として立件されることがないのであれば、医師の皆さんは何ら萎縮することなくのびのびと存分にその能力を発揮されることであろうと思いますが、必ずしも性善説に立たない私としましては、医療事故に見せかけた医師による殺人事件が密かに多発する可能性を否定することができません。

 それはともかく、非現実的シミュレーションから現実に立ち返って現在の制度を前提にして考えた場合、民事医療過誤訴訟を抑制する効果的な手段を考えることは困難なのですが、業務上過失致死傷の刑事立件を抑制する現実的な方策の可能性はあります。
 それは検察が医師の医療業過事件の起訴にあたって慎重な姿勢をとればいいのです。
 これは、地検単位で言えば検事正が、全国的な規模でなら検事総長が医療過誤業過に対してどのようなスタンスで望むかによって現実的に大きく影響されます。
 制度を変えたり、新たな制度を創設する必要がないという意味で、刑事司法の医療事故に対する介入の消極化は容易だと考えています。

 次に、医療事故の被害者側すなわち患者・遺族側による医療側に対する犯罪行為についての刑事司法介入の問題を少し考えます。
 具体的には、患者側が依頼した暴力団による、あるいは患者側自らによる恐喝行為や、復讐心や恨みに基づく医療側に対する殺傷行為が考えられます。
 このような行為を不可罰とするのは立法論としても非現実的過ぎるのですが、民事編のコメントなどで述べましたように、被害者としての立場の患者側に対する法的救済手段を完全に奪ってしまうとするならば、患者側の自救行為としての恐喝行為の処罰を正当化することが困難ですし、民事的な法的救済手段がなく、刑事訴追もなされないとすれば、患者側の恨みを晴らす合法的手段がないことになりますから、そのような患者側が医療側の誰かを殺傷したとしても、情状面ではかなり同情的に見ざるを得ないことになり、量刑的にも軽くなることが考えられます(あくまでも非現実的シュミレーションであることをお忘れなく)。

 要するに、世の中の紛争解決制度(秩序維持制度)というのは、さまざまな制度が相互補完しつつ全体としての制度を形作っていることを分かっていただきたいという思いで、しょうもないシミュレーションをしてみました。
 
 医療の土俵の上だけで、しかも聖人君子的な医療側からの視点だけで紛争を見ている人には到底理解できないと思いますが。

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コメント(196)

>モトケンさん

つまり医師については、業務上過失致死傷罪が問題になります

極論になってしまうのですが、業務上過失致死傷罪と、刑法とを切り離す事はできないのでしょうか。さらに言えば、日本の法体系において、刑法と業務上過失致死傷罪を切り離すと言うことは、何を意味するのでしょうか。


医療事故に見せかけた医師による殺人事件が密かに多発する可能性を否定することができません

業務上過失致死が認められないという状況は、医師による医療行為に基づく殺人との疑いを検察・警察が抱いたとしても、容易に病院を捜査できないという解釈でよろしいでしょうか。

まー刑事のほうはモトケンさんが前にも指摘していましたが、今後は問題になる機会は少ないような感触があります。ただ、福島事件は未解決ですから、解決するまで徹底的に糾弾し続けて地固めをして、と。

あと問題は、書類送検は大々的に掲載するのに、不起訴処分は触れないことの多いマスコミの姿勢ですか。

しまさん

>極論になってしまうのですが、業務上過失致死傷罪と、刑法とを切り離す事はできないのでしょうか。さらに言えば、日本の法体系において、刑法と業務上過失致死傷罪を切り離すと言うことは、何を意味するのでしょうか。

?

切り離すとは何を意味されているのかよくわかりません。
業務上過失致死傷罪を刑法典から切り離すとしても、刑罰を与えるのであれば本質的には何も変わりありません。
「切り離す」という意味が、医師の過失による事故をを刑事処罰の対象としないということであれば意図するところはわかります。
それは魔人ナントカさんの主張と同じことになりますね。

峰村先生

>あと問題は、書類送検は大々的に掲載するのに、不起訴処分は触れないことの多いマスコミの姿勢ですか。

あっ、それは無理です。医療だけでなく、どの事件でも同じですので。
訂正記事や謝罪記事、自分たちに不利な後日談などは極力書かないで済ますのが、彼らの矜持ですから。

>kenji47 さん

医師の過失による事故を刑事処罰の対象としないということであれば意図するところはわかります。

「医師」のではなく、過失による事故そのものを刑事処罰の対象としないという意味です。

モトケンさんに忍耐力を使わせて申し訳ないです。ですが、その懐の広さがこのブログの魅力でもあります。突っ走らないように、煽らないように気をつけます。それにモトケンさんがキレルと、このブログが消滅しますから、皆そこまでの無軌道はないと思います。

これは、地検単位で言えば検事正が、全国的な規模でなら検事総長が医療過誤業過に対してどのようなスタンスで望むかによって現実的に大きく影響されます。

問題は、どのようにすれば検察のスタンスを変更できるかという点に絞られるわけですね

1.検察・警察が介入することによる、医療界に対する影響力をPR
2.医師会による自浄能力の強化(医道審議会の能動化)
3.第三者機関や調停制度による紛争解決

この程度の事しか考えられないのですが、どうも、民事訴訟対策と重なってしまうようですね。

これだと、「患者とのトラブルを起こさないこと。起こしたとしても、容易に仲裁できるようにシステムを整えること」が刑事にあたっても有効だという事になるような思いがしますし、当たり前の事を言っているような……

個人的にはアメリカには見習うべき点が多いと思います。聞くところによれば医療に対する刑事罰として業務上過失致死というややこしいものはなく、単純明快に殺人罪の適用となっていること。殺人罪には第一級、第二級(すみません他は知らないです)とか区別があって、計画殺人と衝動殺人が区別されていることを考えると、そのほうが論理的に明快な感じがします。日本の大野病院の事例のように医学の専門的な予見可能性とか未熟性とかどだい論証不可能な争点を持ち出す必要もないし、ある医療行為が意図的殺人かどうかは医者の意見も警察の意見も容易に倫理的に一致するでしょうから、警察の犯罪捜査能力も十分に発揮されるでしょう。民事不介入の原則もきちんと機能するでしょうし。

アメリカのほうが日本より司法がきちんと倫理的に機能しているように感じている者の毎度ぼつでおkな所感です、ぼそ(笑)

>ぼつでおkさん

アメリカのほうが日本より司法がきちんと倫理的に機能しているように感じている者の毎度ぼつでおkな所感です、ぼそ(笑)

アメリカの民事訴訟では懲罰的賠償請求などというものがあるので、アメリカと日本の司法を単純に比較するのは難しいのかなと思います。

また、アメリカの場合は、例えばニューヨーク市などは行政処分システムも発達しているので、刑事が介入する余地が少なくなっているのかも知れません。

>No.9 しまさん
コメントありがとうございます。
そうですね、裁判制度そのものも陪審制ですし(笑)
私の意見には裁判員制度より陪審員制度のほうをだいぶん好ましく思っているというバイアスもシッカリかかっておりますです、はい(笑)。

具体的には、患者側が依頼した暴力団による、あるいは患者側自らによる恐喝行為や、復讐心や恨みに基づく医療側に対する殺傷行為が考えられます。

長崎市長の事件がまさにモトケンさんのおっしゃることの現実版でしょうか?
事件の前提に、まさに犯人が市役所にクレームを言い続けた挙句、最終的に交渉を打ち切られたと報じられていました。

相手にしてもらえないという思いが、このような狂気の沙汰につながってしまう・・・


元スレの話題、法律は素人ですが素人なりに思ったこととして、法曹側の皆様方は理論上の整合性については詳細に検討されている一方でその現実的側面についての考察が疎いのではないかなという印象を受けます(よい悪いではなく方法論として)。
医療が理屈を超越しても結果オーケーならそれでよいという部分もあるからでしょうが、結局のところ現状の何が問題であって何処を目指すべきなのかということをしっかり認識しないと正しいけれども現実に照らし合わせて妙だという結論が出かねないのかなと感じました。

医師不足が言われ、ことに僻地では深刻という状況から昨今では各地の自治体で独自の解決策をいくつも提示していますが、正直現場の人間からは「そのニンジンに食いつくような医者なんているの?」とも思える頓珍漢な話ばかりで全く事態解決に役立っているという話を聞きません。
同様に「医療従事者が訴訟リスクを恐れるあまり危険を伴う行為を回避し、結果として国民に不利益が生じている」という点が問題なのだとすれば、「ではどういう状況になれば現場は訴訟リスクを恐れなくなるのか?」という点をクリアできない解法はそもそも幾ら議論しようが意味がないのではないでしょうか。
その点で現場の生の声がやや過小評価されているように感じられたのを残念に思う一方で、結局これだけ大勢の人間が集まって徹底的に議論しても明確な「正解」などというものは存在しない問題なんだろうなという印象を抱いた流れではありました。

むろん国の立場としては「国民は本当に不利益を被っているのか?」あるいは「被っているとして何か不都合があるのか?」という視点もあるのかも知れませんが(苦笑)。

 これまでの議論にもあったように、医療事故について刑事責任を問うことの問題は、事故の責任を個人の責任にしてしまうと、そこで幕引きになってしまい、事故再発防止につながらないおそれがあることだと思います。(むしろ犯罪者にならないように自己防衛する方向に働くのではないかと思います。)医療に限らず「事故」が発生するメカニズムは単純ではなく、必ず背後に複数の要因が複雑に関連しており、システムの問題が大きなウェイトを占めていることが指摘されています。個人の責任が認定されてしまうと、事故の全体像がみえなくなるおそれがあります。確かに、これまで刑事責任以外の処分制度が機能していなかったことも、刑事責任追求の方向へ動いてきた因子のひとつかもしれません。将来は、医療事故を客観的に分析し、個人の過失の割合が大きい場合には行政処分や過失を繰り返す医師の再研修義務化などの制度を整え、刑事責任の追求は極めて慎重に行われるようになることが望ましいのではないかと思います。

それは検察が医師の医療業過事件の起訴にあたって慎重な姿勢をとればいいのです

検察の慎重な姿勢の一例でしょうか


産婦人科医、不起訴処分に 大和高田市立病院の妊婦死亡 2007年04月18日

奈良県大和高田市の同市立病院(松村忠史院長)に入院中の妊婦が出産直後に死亡した事故で、奈良地検は18日までに、業務上過失致死容疑で書類送検された産婦人科の30代の男性医師を不起訴処分とした。「死因の子宮破裂による出血性ショックを、予見させる症状がなかった」と判断した。 調べによると、04年10月、同病院の産婦人科に入院していた当時30代の女性が出産後、脈拍や呼吸状態、血圧が異常に高い数値を示し、子宮内の大量出血で死亡した。奈良県警は、医師が施した投薬が一時的に数値を下げるだけの効果しかなく、妊婦の体内に出血など異常が生じていた恐れがあったのに、漫然と放置したと判断。06年3月、書類送検に踏み切った。一方、地検は、医師は女性の臓器状態などを調べるために超音波検査を実施したが、子宮破裂を疑わせるような症状は映っておらず、「予見は不可能」とみなした。大学病院の鑑定結果は「子宮裂傷部から大量に出血した出血性ショックまたは失血死」。全血液の約3割もの出血があった。遺族は05年4月、医師らを相手取り約1億円の損害賠償を求めて奈良地裁に提訴した。 病院側は昨年6月、医師不足などから新規の分娩(ぶんべん)予約を大和高田市など周辺4市1町の住民に限定することを決めた。奈良県では昨年8月、町立大淀病院で、重体となった妊婦が19病院に搬送を断られた末、脳内出血で死亡。県警はこの件についても業務上過失致死容疑で捜査している。

素人考えて申し訳ありませんが、海難事故に対しては、「海難審判庁」が原因究明などにあたっていますが、これの「医療版」が存在しないのが、不思議です。

ちなみに海難審判庁のサイトには、目的が以下のように記述されています。

 ひとたび海難が発生すると、船舶・積荷などの財貨に多大な損失を招くことが多く、また、尊い人命の犠牲を伴うことも少なくありません。
 海難審判庁は、このような海難の原因をいろいろな角度から究明し、海難事故の再発防止を目指しています。
 海難審判は、海難が船舶の乗組員などのヒューマンファクターで発生したものか,また、船体や機関の構造や性能などで発生したものかなどを、専門の知識と経験を有する審判官の合議体によって審理し、裁決をもってその原因を明らかにしています。
 また、その海難が人の故意や過失で発生したときには、これらの者を懲戒することになっており、さらに、海難の原因に関係した海運・造船会社などに対して、その業務や設備などの改善・改良を勧告することがあります。

この文章、「海難事故」を「医療事故」と置き換えると、そのまま通じるように感じるのですが、専門家の皆様のご意見はどうでしょうか。

別件ですが、航空機事故や鉄道事故に対しては、海難審判庁みたいな組織はないですね。これは、国際的な取り決めのようなものがあるのでしょうか。

「メディカル朝日」4月号の小特集「医療紛争 転ばぬ先の杖」で、「刑事の立件は双方を不幸にする」という提言がありました。東大医療政策人材養成講座が2000から2006年の刑事判決の出た事件を分析したものです。(メンバー:医療提供者、患者支援者、ジャーナリスト、政策立案者など)

18件の分析結果は1/3が刑事責任が妥当でないか、疑わしい(個人の責任でなく医療安全システムの問題)。患者は10年戦争をしたあげく、事件は風化し病院では何も改善されず。被告になった医者は職を失い、犯人扱いされ、家庭崩壊までいった例もある。
「刑事事件は個人の責任追及を目的とするもので、医療安全システムに問題があるときには、刑事事件になじまない。原因を明らかにして再発防止に努めなければ、同様の事故が繰り返される」

ここでは言い古された内容ですが、このような認識をもっとメジャーなマスコミが世間にたたき込んでくれないと、医師や看護師が矢面に立たされる刑事訴訟は減らないと思います。
 民事だけでも嫌気がさしている医療者は、刑事事件の可能性を考えるだけで逃げ出したくなりますから、子宮癌の手術で死んだ人まで業務上過失致死扱いされて大々的に報道されるなら、「もう子宮癌手術なんてやめだあ!」となるでしょう。

モトケンさま
エントリ本文
> 裁判所が、医師の業務上過失致死傷事件について無罪にしないのであれば、検察は当然のごとく起訴しません。

?有罪にしないのであれば?

-----
> 検察が医師の医療業過事件の起訴にあたって慎重な姿勢をとればいいのです。
> 制度を変えたり、新たな制度を創設する必要がないという意味で、刑事司法の医療事故に対する介入の消極化は容易だと考えています(モトケンさま)

注意喚起として、
検察審査会法改正により、二度の決議で起訴強制できる制度が施行されれば、これは崩れます。
一般国民から無作為抽出される審査委員が、マトモな判断力を備えていることを祈るのみです。

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> 「医師」のではなく、過失による事故そのものを刑事処罰の対象としないという意味です(No.5 しま様)

「過失による事故」の罪は、刑法典に限っても、

・業務上過失致死傷罪(211条)
・過失傷害罪(209条)、過失致死罪(210条)
・失火罪(116条)、業務上過失失火罪(117条の2)
・過失激発物破裂罪(117条2項)、過失建造物等浸害(122条)
・過失往来危険罪(129条)

等々がありますが、これら全てを非犯罪化すべきとのご意見でしょうか?
特に、現状で業務上過失致死傷罪の大部分を占めるのは交通事故類型ですが、
交通事故を起こしても、民事賠償責任のみで刑事上不問(免許取消等の行政処分は無免許運転者には無力)でよいかということは、法制策として大きな問題です。

なお、法制審議会で検討中の、刑事裁判に付属する賠償命令の制度について、
今のところ業務上過失致死傷罪を除く方向で考えられているのも、もしこれを含めるとすれば膨大な件数の交通事故事案を刑事裁判所が処理しなければならないという困難が予想されるためです。

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> 「海難審判庁」が原因究明などにあたっていますが、これの「医療版」が存在しないのが、不思議です(No.15 成田の近くの住人さま)

海難審判の法的性質は行政処分であり、海技免状の取消処分をしたりする権限があることからして、
法制度的には医道審議会が似ているのではないかと思います。

> 航空機事故や鉄道事故に対しては、海難審判庁みたいな組織はないですね

海難審判のような専門的海難調査の制度が構築された背景事情としては、
「ベニスの商人」のように、船舶による通商は歴史的に近代以前からさかんに行われ、事故処理の必要性が大きかったこと、
船舶は国際間を多数往来しており外国との関わりを避けえない以上、国際社会において各国が相互主義的に海難調査制度を整備しなければならないという圧力がありました(日本船舶や日本人船員が外国で海難事故を起こした場合にも、きちんとした調査や処分を受けたければ、日本でに国際水準の調査制度を用意しなければならない)。

それに比べて、同じ交通でも、鉄道はどちらかというと国内問題、航空機は歴史がずっと浅いことから、
現在は事故件数が少ないので、その都度、必要があれば特別に調査委員会を組織することでまかなっている状況と思われます。

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> 「刑事の立件は双方を不幸にする」という提言(No.16 山口(産婦人科)さま)

普通の弁護士は、医療過誤事件(医師に過失があると見込まれる事件)を刑事告訴することはお勧めしません。
患者側代理人をしている弁護士でさえも、福島事件での逮捕は疑問であると発言していました。

そもそも、いわゆる「民事がらみ」告訴(民事紛争の解決を有利に進める目的で行う告訴)は、弁護士のとる手法としてあまり上品でないとされています。
例 貸金を返済してもらいたい → 返すつもりなく借りた詐欺罪で告訴

No.17のYUNYUNさん、
>そもそも、いわゆる「民事がらみ」告訴(民事紛争の解決を有利に進める目的で行う告訴)は、弁護士のとる手法としてあまり上品でないとされています。

そうですね。
私も、やりません。

「罪と罰」を読んでいるようで、深い問題だと思います。人が人を裁くのは難しいですねえ。
私も、懲罰は必要だと思います。リピーター医師も裁かなければいけません。
教室で、悪い事をしたら廊下で立たされました。ずるい事をしたり、いたずらをしたら当然です。でも、現在の医師達は学科試験の成績が悪いから、立たされているような気持ちなのです。本人は精一杯頑張っているのですが、他の用事で勉強ができなかったとか、元々与えられた時間がわずか(医師不足)だったなど理不尽にも点数が足りないのです。
国立がんセンターで訴えられるのは、いつも100点とっている優等生が98点だから、立たされいるような気分です。それも、罰している人が組主任の先生ではなく、隣の先生だったり、他の学校の先生だったりで生徒達は不満爆発でこんな学校やーめたという感じなのです。どうしても全員に100点とらなければいけないとすると、易しい(リスクの低い)学校に転校するか、転校できないならもっと勉強できる環境が欲しいのです。点数が悪い場合、学習塾で補習できるとか、知らされても同じ教室の中の人しか知られないなどなければ、勉強意欲は湧きません。更生するために、裁判はあると思います。見せしめはもうたくさんなんです。

 このエントリーを読んでいて、思い出したのは、731部隊の石井四郎軍医中将のことでした。ご存じの人はそれほど多いないのかもしれませんが、旧満州国で行われた人体実験のことです。医学の進歩を飛躍的に向上させたとも評価されていますが、当人はアメリカとの取引で、ほとんど責任を負うこともなかったようです(詳しいことは忘れました)。
 ところで、3年ほど前、たまたま思い出して検索を掛けてみたのですが、私が昭和57年に読んで、この問題を知った「悪魔の飽食」という本ですが、不正確な情報収集や分析が含まれていたとか。
 従軍慰安婦問題と異なり、731部隊の話しはマスコミでもほとんど聞かなくなりましたね。徹底した証拠隠滅も行われたそうですが、医療事故も証拠収集が困難になれば、問題がありそうですね。
 弁護士の雇えない貧乏人は、人体実験にされたりして。
 どこの世界でも一部の不心得者ために、真面目にやっている人が割を食うということはありがちなように思えます。
 アメリカの大学の射殺事件の犯人のメッセージを聞いていて、思い出したのも、同じく昭和58,59年頃の少年時代の医者の子供の大学生の行状でした。
 野放しに増長させれば、別のかたちで大きな悲劇が起き、巻き込まれて割を食う、被害者も出る可能性もあるのではないかと。
 いずれにせよ、皮肉な言い方になりそうですが、風が吹いて儲かるのは弁護士さん、という一面もあるのではないかと。
 アメリカのケースで言えば、大学の管理責任、安全配慮義務などが問われそうです。

>YUNYUN様

>現在は事故件数が少ないので、その都度、必要があれば特別に調査委員会を組織することでまかなっている状況と思われます。


 一応常設の航空鉄道事故調査委員会は存在します、日本にも。
 ただ、権限が弱く人員不足のため実働はほとんど警察・検察だとか・・・。
http://araic.assistmicro.co.jp/

刑事免責の話も良くでるのですが、私は刑事免責とするには、医療機関が自浄作用があることが前提条件であると思っています。
つまり、医療団体が刑事罰に相当するか判断する部署を持ち、第三者的に判断するということです。

善良な医療行為が、医療知識のない司法警察に判断されるのは、医療の混乱を招くだけですが、一方で、富士見産婦人科で見られたような非倫理的な手術が組織的に行われた過去を振り返る必要もあります。
やはり、社会は性善説では、一定数の悪者を放置することにしかなりません。

きちんとした医療行為が行われたという証明を自ら出さない限り、刑事免責への道は遠いと思います。
民事と違って、故意がなく、再発防止を試み、賠償行為を行っていれば、重過失さえも免責にしてよいと思ってます。
ただし、重過失に対する内部制裁(免許停止、研修義務、等々)は、外部を意識したものを作る必要があり、軽過失等については、実情にあった域値の設定ができると思います。
刑事ということであれば、重過失に相当するもの以外は、直接司直に情報提供する義務がないとすれば、自己に不利益な証言であっても情報を得て、再発防止という社会法益を満たすことができることでしょう

非公開のカンファレンス方式で事例を検討し、重過失がないという結論だけ公開することだけでも、民事訴訟についても抑制が効きそうな気がします。

如何なものでしょうか?
(でも、これって司法というより行政・立法の問題なんですけど?と、いつも思う)

(N0.20)について補足させて頂きます。
 731部隊は細菌戦の研究として知られていますが、その他、想像が及ぶ限り、ありとあらゆる医学研究が、文字通り人体実験として行われたそうです。たとえば凍傷実験など。

>Med_Lawさん
>(でも、これって司法というより行政・立法の問題なんですけど?と、いつも思う)
立法・行政の問題でもあると思いますが、医師会が独自に組織を立ち上げてもいいと思うんですよね

事故調査委員会に関してはフランスにおける航空事故をめぐる安全確保の法スタンスが有益な資料かと思います。

日本の事故調査委員会が、報告書以外の資料を公開(警察に対しても)していないというのはいささか意外でした。

半年ほどwatchしていました。整形外科診療所勤務医です。
 書き込みを読みながら、なんとなく医療事故調査組織は海難審判をモデルにしてはどうかとずっと思っていたところ、No.15の成田の近くの住人さんが海難審判庁を引き合いに出されましたので、賛成票を投じるために投稿しました。
 とはいえ、海難審判についてそれほど知っているわけではないので理解している範囲での賛成理由を述べますと、1.当事者と関係のない(少ない)専門家が判断をする。2.双方の申し立てを受け付ける。3.二審制をとっている。4.背景事情まで検討して勧告を与えることができる。というところでしょうか。
 元医師(というのは存在しないはずですが)と元司法(というのも存在しない?)の複数の医療事故専門の審判員が、当該治療の専門家や当事者の意見、当該施設の体制、更には国のシステムを検討し、裁決を行う。場合によっては、個人の責任の有無だけでなく、病院の体制の欠陥や国のシステムの欠陥を指摘して改善勧告をあたえる。その結果をふまえて、刑事裁判・民事裁判を行うが、事実認定については審判結果を最大限に尊重する。頻発する医療訴訟を考えるとかなりの大がかりな組織になりそうですが(かかる時間まで考えるとあり得ない?)、医療者・患者(一部の感情的な被害者をのぞく)共にあるていど納得できるものができそうですが幻想でしょうか。先日の厚生労働省の医療事故検討委員会もこれに近い気がしますが、どこからも独立性が担保された組織(今の医療者側から見れば裁判所も含む)が必要だと思います。
 ところで、海難審判の裁決は、事実認定の面では最大限尊重されるものなのでしょうか?

 みなさん、パブリックコメントの募集と並行して、既に検討会の委員の人選も進んでいます。

 このままなら、厚労省原案通り、甚だ理不尽な制度が運用開始されることになります。医療崩壊の進行は避けられず、多くの罪のない患者が死んでいくことになるでしょう。

 パブコメに投稿しても、所詮、無視されるばかりではありますが、回答は公開されます。取り敢えず意見は提出しておくべきでしょうし、他の方法で事態を改善していく努力も必要です。

 繰り返しますが、明日が締め切りです。

> 一応常設の航空鉄道事故調査委員会は存在します、日本にも。
> ただ、権限が弱く人員不足のため実働はほとんど警察・検察だとか・・・(No.21 僻地外科医 さま)

ご紹介ありがとうございました。
そのホームページによれば「一応常設」ですね。
大きな事故のときしか名前が出ないのは、普段は開店休業状態なのか?

海難審判では裁判に倣った厳密な手続きが法定されており、受審人は自分の意見を代弁してくれる海事補佐人を選任する権利があり、不服については最終的に出訴できること(海難審判法)と比べて、
航空機・鉄道事故調査委員会ではそれほど厳密な手続保障はなく、原因関係者は意見陳述の機会を与えられるだけです(航空・鉄道事故調査委員会設置法)。
反面、事故調査委員会は文字通り調査をするだけで、調査結果の公表、国交大臣への勧告や建議といった権限しかなく、強制力をもった処分権限はありません。

医療事故調査の専門機関を設けるとして、どの程度の重さの手続きにするかは、どのような権限を持たせるか(医師免許等に関してなしうる処分の内容)との関係で、考えなければならない問題です。

>YUNYUNさん

これら全てを非犯罪化すべきとのご意見でしょうか?

非犯罪化すべきだと思っているわけではないです。本来「罪」を裁くのであろう刑事訴訟で、「過失」も裁くのは何故なのだろうと言う疑問です。

>YUNYUNさまさま

非犯罪化してくれというのではなくて、犯罪要件を明確にしてくれと言うことですね。困難な作業でも、いくつか類型化して犯罪として認定するものを前もって条件を絞ってもらえれば、そのような犯罪認定されるものを、回避できるからです。現在は、犯罪要件などは設定せずに、事実上、裁量によって犯罪になりますので、それが困る。

まあ、防衛医療をしとけば、そんな心配も不要ですけど。

しまさん

>「過失」も裁くのは何故なのだろうと言う疑問です。

「過失」にも程度というものがあると思います。
先生方も様々な事例を見る中で、「その状況において医師のその判断はありえないよな」
という医療ミスもあるとは思いませんか?
そういう過失による事故の中には過失犯として責任を問われるべきものがあると思います。
要求される注意義務の限界を定める作業が難しいところなんでしょうけどね。

医療分野については不可侵で刑事責任が問われないというような、「夢想」は生産的な考えではないと思います。

>kenji47 さん
>医療分野については不可侵で刑事責任が問われないというような、
>「夢想」は生産的な考えではないと思います。

そのような事を主張されている医師のコメンターは非常にマイナーだと思いますが、
あえて、マイナーなコメンターに焦点を合わせる意義がおありですか?
重過失、意図的な医療過誤にも刑事責任を問うべきでないと主張している医師は
あなたの「空想」又は「曲解」の産物でしょう。

非常に残念なコメントです。

座位さん

いえいえ、すぐ上にそのような主張をされている方がおられましたものでね。

何か、誤解したかなぁ。
だったら、kenji47さんに謝罪します。
夜も更けて、頭が働きませんでした。

業務上過失を裁くかどうかの議論で、医療事故と呼ばれるものを論じる場合に注意が必要なのは、医療という業務ではもともと医師がかかわらなくてもかかわっても業務上過失がなくてもあっても、結果としての人の死亡や障碍は起こり得るものであるということです。

他の業種で生命や身体に直接手をいれる特殊な業務は軍隊と死刑執行人だけです。いずれも国が業務を行うことを免じています。

死亡や後遺障害という結果だけから、免許を受けたものが行う特殊な業務の内容そのものを、一般人の観点の(一般の社会的活動の遂行にあたっては他人への傷害(障害)や死亡を第一義的に避けなければならない)刑法理論だけで、罰するべき犯罪かそうでないかが正しく「診断」できるのかどうか。その「業務上過失」は医師個人の犯罪的誤操作か、システムエラーの引き金になっただけで個人としては善管注意義務を果たした通常操作に過ぎないのか。これに予見可能性をさらに持ち込んで過失と特定し大野病院の事例のように刑事立件することの刑訴法的是非は論議する必要があるのかないのか。

すなわち刑訴法の業務上過失は、各種業務間の目的や業務環境や設備用具用法といった前提条件の違いを十分勘案済みで適用されている、という論理的保証や社会的実績があってこそ医療事故と呼ばれるものを刑訴法下に過失認定できると思います。

例によって長文苦手過ぎてそのうえ不慣れな法律用語を使ってみるともう全く論旨混乱(笑)になっちゃいましたんでここらで止めます。やっぱり専門外では夢想的論しか書けませんね。こういうアレなアタマでは裁判員はとても務まりそうにありません(笑)。

今回は駄文長過ぎのぼーっそーっ、暴走(笑)のぼつでおkコメント失礼致しました。

>YUNYUN さん

 ご指摘感謝、さっそく訂正しておきました。

>No.33 座位 さん
>非常にマイナー

 たしかにこのブログでは「非常にマイナー」だと思われますが、「司法不介入」を主張して聞く耳を持たない方がおられ、そしてその主張はともかく心情に対する理解者がこのブログにおいても少なくないところからしますと、このブログの常連さん以外の医療側全体の中では、はたしてどの程度マイナーなのかよくわかりません。

 このエントリ(民事編も)自体が「夢想」を前提にしたらどうなるかというエントリですが、アクセスはとても多いのです。
 どういう人がどういう思いで読んでおられるのかは分かりませんが。
 コメントの多くは現実的議論が多くて私自身もとても参考になっております。

>kenji47 さん
私の疑問は、刑法そのものに関する疑問です。つまり、過失は罪なのかという問いかけです。

返答として期待していたのは、例えば。

広辞苑で罪を引くと「社会の規範・風俗・道徳などに反した、悪行・過失・災禍」とある。罪を裁くのが刑罰であり、刑事訴訟である以上、過失も刑事訴訟で問われるのは当然の事である。他国でも状況は概ね同じであり、近代法の下では過失は裁かれるものなのである。
アメリカでは刑事で通常の過失は問われず、よほどの重過失または故意的な殺人のみ刑事で問われると言う話があるが、これは懲罰的損害賠償などの制度によって、日本であれば刑事訴訟で問われる分野に対しても、民事で問われているからであり、アメリカでは過失は刑事に問われないと言う考え方は正しくない

と言うような返答なのです。あくまでも思いつきですけども。

このブログでは言い古された解決策だけど、刑事司法手続の前置手続として、医療事故調査委員会の審決制度みたいなものを作るしかないと思う。
まず、医療事故を刑事無問責にするのは、現実的にありえない。
で、問題は、「医療界の通念を基準とすると問題ない事故」が捜査・起訴され、有罪となること。そして、医療の高度の専門性・特殊性からして、警察・検察・裁判所に、「医療界の通念を基準として、問題ない事故」か否かを判断する能力が不十分であることは間違いない。
とするなら、刑事司法手続の前段階に、その判断能力を持った機関の判断の手続をもって来るしかない。
そして問題は、この機関の構成をどのようにするべきであり、その判断の手続をどのようにするべきなのかという点にあるのだと思う。

しまさん

>私の疑問は、刑法そのものに関する疑問です。つまり、過失は罪なのかという問いかけです。

甚だしい過失により人の死傷という結果が発生した場合、その責任を問うべきだという思想が刑法にあるのだと思います。
これは社会通念にも適っていると思いますがいかがでしょう?

例えばですね、コンビニでサプリメントを万引きしたという窃盗犯は故意の犯罪であり被害額は小さくともその主観的態様は悪質性が高いとも言えますが、
これを電車の運転士が重大な過失によって事故を起こし100人以上の死者を出したなどという場合と比較すると、過失だから故意の犯罪よりも責任は低く処罰に値しないということは困難でしょう。
やはり、過失でも刑事責任は問われるべき場合はあると思われます。

それに、アメリカの懲罰的損害賠償について触れられてましたが、
そんなものは払う資力の無い一般人にはあまり関係のない話ですね。
そもそも払えないんだから怖くもなんともありませんw
懲罰的損害賠償が効果を発揮するのは企業に対してくらいのものでしょう(大規模な医療法人には関係のある話かもしれませんが)。

 むかし、刑事コロンボに「溶ける糸」という話がありました。レナード・ニモイ扮する心臓血管外科医が、理由あって、術後合併症死を装って殺人を試みる…というようなお話でした。

 たしかに医者も人間ですから、そんなヤツおらんやろ、とは言い切れません。よって、故意犯についてまで免責にする必然性があるとも思いません。

 さらに言えば、故意犯であれば、一般的な死因究明の方法論では見抜けないような工夫をされる可能性もあります。診療に関連する死亡についての死因究明の制度化の中では、その見逃しもないような制度設計が必要です。

 他方、重過失を指摘されるようなおちゃらけた医療従事者などが出ないよう、多くの現場でそれなりの緊張感を持って仕事が為される文化があります。結果の如何を問わず、あまりに慣習に外れたふざけた態度が見られたときには、上司や同僚からツッコミが入るという点で他の職場と異なるものではありません。

 ただし、医療というのは複雑かつ失敗の可能性の高い作業の連続によって成立するものであり、一回性が高いという特殊性もあって、一定の確率で必ず不幸な結果が生じます。

 事後的には必ず何らかのエラーが指摘できるはずです。

 医療の現場に於いて人の死傷が生じたときに、特定の従事者の過失を罰することに妥当性がないことについては、 ">「人は誰でも間違える」の中で多くのページを費やして論じられています。

 日本では永年にわたって、塩化カリウムの急速静注や経腸栄養剤の点滴静注による死亡事故が繰り返し何度も発生し、その度に現場にいた看護師が罰せられてきました。刑事罰は何の効果もありませんでした。むしろ、個人に帰責することによって、システムの改善が行われずに済まされてきたと言っても、言い過ぎではないと思います。

 人が死んでるんだから、誰かに責任があるだろう、それは誰かを追求すべきだ、ということにエネルギーを費やしても、またいつかどこかで、同じ原因による死亡が繰り返し何度も発生するだけです。

 被害者やその遺族の被害感情を無視することはできないという主張には一定の範囲で同意しますが、ここには個人的法益と社会的法益の間で相互に矛盾が生じています。あるいは患者同士の個人的法益の間で相互の矛盾が生じています。

 どちらかを優先するのであれば、その点についての明確なコンセンサスが必要であると考えます。

 それと、私憤や義憤による犯罪を正当化することは、如何なる理由があれ、あまり頂けません。

故意の犯罪などという為にする議論はむろんですが、リピーター医師の排除をと繰り返す人もいるのが不思議です。現場の実感としてリピーター医師による患者被害より桁違いに過労によるミスや防衛医療による不利益などのほうが多いと思うのですが。

わざわざ改善の実効性が大きいと予想される領域を放置したまま重箱の隅を先に突きたがる理由がわかりません。

>老人の医者さん
>過労によるミスや防衛医療による不利益などのほうが多い
と言う部分は同意します。

しかし、残念ながら、リピーター医師は存在します。我々の側も、知っておかねば成りません。何故なら、トンデモ鑑定医と同様、あるいはそれ以上に、彼らは内なる敵であるからです。多数の善良なる医師の足を引っ張るリピーター医師は、本来は医師会等で矯正しておかねばならない存在です。
以下引用
=======================
リピーター医師 なぜミスを繰り返すのか? (新書)
貞友 義典 (著)
1973年から1995年までの間に、100万円以上の損害賠償を2回以上請求された医療事故を起こした医師は、511人(日本医師会会員のみ)
うち 
2回……391人、
3回……82人
4回……22人
5回以上……16人

>No.44 座位 さん

おや、刑事よりいくぶん民事のコーナー寄りにナチュラルシュートしてませんか(笑)

診療行為の刑事責任の幅について

医師の診療行為が伴う事によって、患者に不利益が生じた事象類型に関して、業務上過失致死として刑事責任を問う範囲が甚だ大きすぎる。
たとえ患者の同意を得て行った正当業務(狭義の違法性阻却事由)の範囲から離れた事案であったとしても、患者病態の複雑性の都合から来る偶発症に関しては、診療行為を行う医師の側は、原因において自由な行為とはならない。
期待される水準で、患者にリスクの説明がなされ、理解をさせ、診療行為を加えていた場合、その説明以外の条件によって患者に不利益が生じたとしても、その条件が、不明の機序から来る極めて稀な偶発的なもの等である場合は、診療行為を加えた医師の側には責任無能が生じるのではないか?診療行為には、どの時代の医療水準においても、常に予見不可能性が内包されているからである。

とても、共通言語に翻訳出来ないんだけど、、、、、、

>ぼつでおkさん
コメントを刑事よりに修正致しました。(No.46) 失礼しました。

いえ、No.45の出過ぎた非礼お許しください。

>No.46 座位 さんのコメント
は、真っ向からど真ん中剛球勝負という感じです。確かな制球力は主戦投手の真面目(しんめんぼく)だと思いました(笑)

なんかボツ相当なボソッ、ばかり連発してごめんなさい。

医療側が法律の運用について法曹界に意見を述べるとき、刑事と民事では意見をいう相手がおのずと違ってくるだろうと思います。

民事の内容について物申したい時は民法の最終判断を行う裁判官判事職の人が相手先に、一方刑事では刑訴法の運用者で業務上過失の摘発を行う検察・警察の人が自然に物申す相手先の念頭上の中心になるのではないでしょうか。

この刑事編のエントリー内では業務上過失で立件された事件事例を中心に、その立件要件について可及的具体的に論じるほうが、議論が集約され易いような気がしましたので、かような出すぎた真似に及んでしまいましたが、これもまた皆様読み流していただければしあわせです。ぼつっ(笑)

No.46 座位 さま

バベルの塔です。
私はお付き合いが長いから、座位さまの言わんとすることはおおよそ想像が付きますが、
その文章を裁判官や検察官に見せても、通じません。
法律用語の使い方がおかしい、というか、法律用語のつもりで使っておられないのかもしれませんが、なまじ法律用語っぽい言葉遣いであるだけに、かえって混乱を招きそうです。

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> 診療行為を行う医師の側は、原因において自由な行為とはならない
⇒ 診療行為を行う医師の側は、その状況を予測したり制御したりする自由を持たない。

※「原因において自由な行為」論とは、責任論における「行為と責任の同時存在の原則」を緩和する理屈であり、
責任無能力状態での行為(酔って前後不覚で人を殺した)についても、その前段階で自らを責任無能力状態に陥れた(自分の意思で酒を飲んだ)点に非難可能性を認めて、刑事責任を問うもので、日本では判例・通説である。

> 不明の機序から来る極めて稀な偶発的なもの等である場合は
⇒ 事前に予測しがたい、または医学的に十分解明されていない機序から来る極めて稀な偶発的なもの等である場合は

> 診療行為を加えた医師の側には責任無能が生じるのではないか?
⇒ そのような事態までも想定して、事前に患者に説明し治療方針を検討せよというのは実際上不可能を強いるものであって、期待可能性がないから、医師に対して刑事上の過失責任を問い得ないのではないか?

※「責任無能」という言い方はない。近い意味の用語としては、「免責」「無問責」(cf.国会議員の院外無問責)くらいか。
なお、「責任無能力」は一般的に法的責任を負えない状態(未成年、心神喪失等)をいう。

> 診療行為には、どの時代の医療水準においても、常に予見不可能性が内包されているからである
⇒ 診療行為はその性質上、どの時代の医療水準においても、常に、予見不可能性をはらんでおり、これを許容しなくては医療は成り立たないからである。

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これは、一般的に想定されておらず、事前に患者に説明していなかった稀な事態が発生し、医師が対処しようとしたけど、結果的に上手くいかなかったケースについて、説明義務違反を問うべきでないという主張でしょうか?

私見としては、医療事故における期待可能性の無さについては、
「予見可能性が無い」ことよりも、「結果回避可能性が無い」ことのほうを重視すべきのような気がします。
医学の進歩により、いろいろな合併症の可能性は知られてくると、予見可能性で切れる範囲は狭くなってしまうのではないか。

cf.割り箸事件第一審
脳に箸が刺さる可能性を想定して診断できなければならないが、もし仮に診断ができていても救命は不可能だったから無罪
(注・判決は救命不可能を責任の有無ではなく、因果関係の問題と捉えています。)

YUNYUN様
素人の付け刃に、お付き合いいただき、スミマセン。
法律用語の使い方としては、赤点なのでしょう。

僕の論点は二つです。
1. 敢て、『原因において自由な行為』と書き込んだのは、
病態の複雑性の前では、いくら予め予想しうる対策をとっていても
医師は、無力で不自由であると言うこと。
だから、前段階においても非難に値しない。

2. 敢て『責任無能』と書き込んだのも、
病態の複雑性の前では、医師は、責任持てない酔っ払いと同等。
だから、科学的に解明困難な事象の前では医師は、相対的無能である。

いずれも、予見可能性でなく、『予見不可能性』という点を、りかいしていただきたいという趣旨です。

モトケンさん

勘違いしないで頂きたいのですが、私は、「未来永劫、司法は医療に介入すべきではない」と主張しているのではありません。「現在の日本の司法」には、医療行為の是非を判断する能力がないのだから、正しく判断できないことに手を突っ込むのは止めなさいと申し上げている。

ところで、理屈としては「医療事故に見せかけた医師による殺人事件」が完全に排除できないとしても、それを議論する意味がどれだけあるんですか。別に、医師はこっちから患者を選んでいるわけではなく(それができればどれだけ楽か!)、向こうから頼まれて診ているわけです。ある医師にとって殺したい患者がたまたまその医師の下を訪れて・・・・とゆう小説的なシチュエーションを想定しておられるのですか。それこそ非現実的では。そんな「理屈上は絶対にないとまでは言い切れないが、社会現象としては限りなく皆無に近い行為」を見つけ出して罰する可能性を残しておくために、全体の99.9999%にあたる善良な医師を刑事罰の恐怖に晒して萎縮させる、ひいては患者の利益を制約する必要がどこにあるのでしょうか。あまりにバランスが悪い。暴論ですよ。

それから、「医療事故の被害者側すなわち患者・遺族側による医療側に対する犯罪行為」の考察は、「医療事故があったこと」が前提にされていますね。しかし実際には、「医療事故があったと思い込んでいる患者側」の犯罪であるわけで、それが刑を軽くする理由になるかは疑問です。また、その裁判において「実際に医療事故があったのだ」とゆう弁解がなされても、それを正しく判断する能力が裁判官にはないのだから、その点に関係なく、専門家に対する暴力的犯罪は厳しく罰する、とゆうことで十分だと思います。