エントリ

| コメント(260) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.yabelab.net/mt4/mt-tb.cgi/2437

コメント(260)

No.243 勤務医です。さんのコメント | 2007年04月30日 11:31 | CID 51115
別エントリの 続きの詳細を ありがとうございます。

報道の訂正などは しないのでしょうねえ。

この弁護士さんの本(岩波書店だったかな)も購入して 読んだことがあるのですが、
今回の報道内容は 報道されている通りとしますと  言いがかりと思ってしまいます。

ブログに記事を転載した当事者なもので。
これに関する私のスタンスを、自ブログに書かせて頂きました。
http://kenkoubyoukinashi.blog36.fc2.com/blog-entry-183.html

元々、m3の掲示板にある方が書いた投稿があって。
それにはこう書いてありました。

>カルテのコピーは、遺族が配布したのか、かなり出回っているようです。私はそれを見せてもらいました。
>実はこの経過の文章のうち、95パーセントはカルテに書いてある事なのです。彼らはコピーを持っていながら、医師の記載欄や看護記録のtechnical termが理解できないから、あんな記事になったのでしょう。この文章はカルテのコピーを見ながらまとめました。コピーはもう返却しました。

との事でした。

次の自ブログにまとめて書こうと思ったのですが。
新聞記事にある。

>この中には、入院前の記録など、当時、
遺族が入手していなかった内容や、
医師の勤務状況など病院関係者しか
知らない内容も含まれていた。

ですが。

>入院前の記録など

これに関しては、おそらく外来カルテの記述を元にして書いたのだと思われます。
元記事を投稿した人がどなたか、私は知らないんですが。
その方が、入院カルテのコピーだけ持っていたのか。
それとも外来カルテのコピーもあったのか。
どっちかわからないんですけどね。
これが95%ではなく、残りの5%って事なのかもしれませんが。

でも、どうやら書いた方の口ぶり、というか書き方を見ると、その病院に勤務医している、もしくはしていた医者、という感じではなかったように見えましたね。
それで、カルテの内容をまとめた、という感じでした。
あくまで推測ですけどね。

>医師の勤務状況など

これ、別に病院関係者じゃなくてもわかります。
この病院には産科医が1人しかいないわけだし。
そんなの、外部の人がちょっと聞けばわかる事ですから。
それに、これに関しては患者の個人情報ではありません。
その産科の先生の個人情報かもしれませんけど。

患者に公開されたカルテを元に、患者が内容を曲解してマスコミに提示した場合、主治医はどうしたら良いのでしょうか。都合の言いようにマスコミにしゃべりまくる患者とオモシロおかしく伝えるマスコミ。

私が主治医だったら、「カルテの読み方」「正しい解釈はこうだ」的な観点から第3者に話をすることは、やってしまうかも知れません。一方的な解釈に対して、「それはちがう」と伝えたいです。これは、秘密をもらすというより「内容にコメントする」というイメージかな。

なんだかよくわかりませんが、すっかり泥仕合ですな。

遺族側が、情報を公開した範囲は

しかし、遺族側は「報道陣に公開したのは、出産のために入院した
昨年8月7〜8日の『看護記録』だけ。カルテなど公開してない。
さらされた情報には、遺族も知らない通院中のカルテの内容が含まれ、
病院関係者しか知り得ない情報だ」としている。

そういえば、この事案に対して患者は民事訴訟を起す予定だときいたことがあります。
今回、「患者情報漏えい」としてマスコミにネタ提供したのは、この民事訴訟をひかえて「医者は信用できない」という雰囲気作りのためではないでしょうか。

民事で提訴する時にも記者会見などをするんでしょうね。訴訟テクニックにたけた、やり手弁護士がついているようです。前哨戦はすでに始まっているということか。

m3と外部blogからカルテの出所に関する部分を集めました。


主治医か大学からの派遣当直医かについては、私も不思議に感じたので、昨日担当の某新聞記者に逆に聞いたところ、大学からの派遣医だと思いますという答えでした。また、カルテのコピーも持っているから確かだとのことでした。
---
6.カルテのコピーは病院側から報道陣にあらかじめ配布されたらしい。報道サイドは看護記録の経過をもとにストーリーを作っているが、カルテの内容については専門的で、technical termもあり、十分に把握していない。
---
実はこの経過の文章のうち、95パーセントはカルテに書いてある事なのです。彼らはコピーを持っていながら、医師の記載欄や看護記録のtechnical termが理解できないから、あんな記事になったのでしょう。この文章はカルテのコピーを見ながらまとめました。コピーはもう返却しました。
---
カルテのコピーは、遺族が配布したのか、かなり出回っているようです。私はそれを見せてもらいました。

この記述を信用すると
・カルテは病院から報道に配られた
・遺族が配布した
の二通りが書かれていますが、どちらにしてもカルテそのものが広く出回っていた事は間違いないようです。
また投稿者氏はblogに転載したDr.Iさんに自分は大淀病院の医師ではなく、近県の医師と伝えています。すると投稿者氏はだれからカルテのコピーを見せてもらったのでしょう?担当記者氏ですかね?

この場合法的な責任があるとすると、だれにかかってくるのでしょうか。
もちろん、上記のm3からの引用部分が真実である保証は無いわけですが。

難しいですねー

まず、他スレでも書いたのですが、診療記録自体は本当に個人情報保護法などで言うところの「個人情報」なんですか?診療記録から氏名・年齢などの真の個人情報を除いたものは、それだけでは個人を容易に識別できるものではないので、僕は個人情報保護法関係で言うところの真の個人情報ではなく、広い意味での個人情報(プライバシー情報)(という概念があるのかどうか知りませんが)じゃないかと思うのですが。

また、遺族がマスコミを使って事件を公表したことにより、この事件自体が広く世間の関心事になっていることから、その真相の公表には公益性もあると思うのですが如何でしょうか。

(日刊スポーツより)
>しかし、遺族側は「報道陣に公開したのは、出産のために入院した
>昨年8月7〜8日の『看護記録』だけ。カルテなど公開していない。

遺族の、「看護記録に限定して公開したのだから、(公開していない)他は秘匿されるべき」という主張は受け入れられないでしょうね。
法律で保存を義務付けられている「診療録等」の範囲とは医者のカルテだけではなく、
医療法(昭和23年法律第205号)第21条、第22条及び第22条の2に規定されている
診療に関する諸記録全てです。従って看護記録も立派な「診療録等」です。
従って、 これらは一体をなして扱われる対象で、分離不可ですから、本来全てが保護・秘匿されるべきものでしょうが、遺族が一部でも報道される事を目的に公開したのであれば、逆に一体をなして保護から外れるべき、という事です。

遺族とはいえ、情報を自分らの都合にあわせ小出しにして、都合の悪いところは個人情報や守秘義務を盾に「黒塗り」のままで世間に訴える態度は、アンフェアといわざるを得ません。特に、医療行為についても「病院側にどのような落ち度があったかを詳しく検討した上で担当の医師や大淀町に損害賠償を求める訴えを来月中にも起こす方針(NHKより)」なのであれば遺族の方から堂々と全記録を公開して世に問うべきでしょう。

 法律以前の問題として、遺族側弁護士の主張はアンフェアですね。

 この問題について関心を払ってきた者として、医療機関側に対するカルテ開示への働きかけと論争の長い歴史を考えれば、患者側弁護士が堂々と情報隠蔽・情報操作の正当性を主張するようになったことには隔世の感があります。

 これでは、医療「被害者」側は医療界内部はもちろん、広く一般に理解を求める必要は最早ないと宣言したのと同じ事です。

 石川弁護士から専門分野についての鑑定依頼が来ても、自分は引き受けません。

 さらに言えば、現在、死因究明のための公的第三者機関設置の議論が行われていますが、人の死はPublicの関心事であることを否定したところに、公共の福祉も公衆衛生の推進も、死因の究明も刑事訴訟もあり得ません。

 死因究明も医療訴訟も、やめればいいでしょう。

 また、この記事はジャーナリズムの自己否定でもあります。

 一種の内部告発ですが、この種の報道なくしてジャーナリズムは成り立たないのではないでしょうか。媒体の問題ではありません。

>峰村健司 さん

まず、他スレでも書いたのですが、診療記録自体は本当に個人情報保護法などで言うところの「個人情報」なんですか?診療記録から氏名・年齢などの真の個人情報を除いたものは、それだけでは個人を容易に識別できるものではないので、僕は個人情報保護法関係で言うところの真の個人情報ではなく、広い意味での個人情報(プライバシー情報)(という概念があるのかどうか知りませんが)じゃないかと思うのですが。


 たとえ氏名・年齢などを削除していても、他の情報とのかねあいで容易に個人が特定できてしまえば個人情報です。今回のことでいえば、報道により個人の特定は容易ですよね。個人情報であるかどうかと、保護すべきかどうかは、分けて考えた方がよいのだと思います。今回のことは、患者遺族が配布したのだから、個人情報であっても保護の対象ではないと言うことだと思います。

他サイトでの情報を含め、現時点で理解している内容です。
遺族側の主張は次の3点

1.公開したのは看護記録だけでありカルテは公開していない。
2.遺族も知らない通院中のカルテの内容が含まれる。
3.会話内容などその場にいた者しか知りえない情報が含まれる。

1項については、看護記録はカルテの一部であり不可分。また
毎日新聞社の初報、続報をみると看護記録からだけでは推測し得ない
内容が含まれ、遺族側の主張には疑問が残る。

3項については、遺族側の夫自身がマスコミに対し、「医師は1時間
半の間、寝ていたと言った」と会話内容を漏らしており、同じく疑問
が残る。

2項については、ほとんど論議されていない。

医療者側には情報が解らないとどちらが悪いのか判断できない、しかしマスコミはまるで医師側が悪いように書いているから世間的には遺族側が有利になる。

このような筋書きを考えているとしたらアンフェアといえるでしょうね。事実はわかりませんが。だから遺族というより、遺族の弁護側が黒幕のような気もします。
いずれにしても遺族の弁護側も誠意を持って医師側の過失を証明したいのであれば自分たちも誠意をもって堂々とすべきだと思います。矛盾を感じてしまいます。

> 法律以前の問題として、遺族側弁護士の主張はアンフェアですね

私もそう思いますが、しかし、弁護士の最終目標は依頼人の主張を通すことですから、そのためには手段を問わないでしょう。医師側から見るとアンフェアですが、患者側から見ると頼もしい限りにうつっていると思います。

法律をルールとする知的ゲームの序盤戦は、患者サイドが数ポイントリードしているようです。医師側もフェアだのアンフェアだのヌルいことを言っていないで、がんがん攻めて欲しいです。

弱って倒れた相手の顔面を思い切り蹴り上げるようなことを繰り返して、はじめて裁判に勝てるのではないでしょうか。

私は、弁護士会の情報問題の委員会にいたこともあり、個人情報保護法施行時にはあらゆる団体に行って、個人情報保護法の講義等をしました。

個人情報の意義や取扱いはもちろんのこと、個人情報が漏洩した場合の個人情報取扱事業者が負う民事上の損害賠償責任や主務大臣による監督、刑事罰などについて具体例を示してお話をしました。
一般企業はもちろんのこと、看護師さんや保健師さんの団体にも招かれて厚生労働省のガイドラインを加味して講義等をしたことがあります。
(ちなみに、お医者さんには講義したことはありません。)

あらゆる企業が(病院も)個人情報取扱指針を定めてホームページなどで公開し、また、内部の情報管理体制の徹底化を図っているご時勢に、先生方のご認識はある意味恐怖です(これは批判しているのではなく、心配しているのです。気を悪くなさらないでください。)


それから、地方公務員や医師・弁護士の守秘義務の問題、個人方法保護法の問題、名誉毀損の問題、プライバシー権の問題などは、似たり重なったりしている部分もありますが、異なる概念の問題です。
ここのコメントに対してというわけではないですが、たまに他で混乱しているコメントを見かけますので。

今回のことは確かにプライバシーの侵害であり、遺族側が訴訟を起こすのは間違いではないかもしれませんが、これだけ医療側の反発が大きいのは医療関係の報道や訴訟がアンフェアだという事実があるからです。
医療側にモラルを求めるのであれば自分たちもモラルをきちっとして貰わなくてはならないと私は思います。そういう意味では、遺族側も言った以上は厳しく言いますがそれ相応のモラルを守って貰いたい、と思う今日この頃です。

素朴な疑問ですが、警察が刑事事件の捜査に入った時点で、医療記録の守秘義務はなくなるんじゃないですか?

> 素朴な疑問ですが、警察が刑事事件の捜査に入った時点で、医療記録の守秘義務はなくなるんじゃないですか?

 確か、個人情報保護法が施行された後、一時、医療機関に対する警察等からの問い合わせに対して、患者の同意なくして答えることは法に触れるかどうかという点についての議論がありました。

 たとえば、救急搬入患者が薬物の影響下にあるか否か、入院しているか否か、今後の病状の見込みはどうか、等といった点です。

 結論としては、基本的に回答可能であるという事であったと思います。

 そのお話ですね?

> 素朴な疑問ですが、警察が刑事事件の捜査に入った時点で、医療記録の守秘義務はなくなるんじゃないですか?

あれ、そうなのですか?

 私は、自分のところに運び込まれた交通外傷患者が、交通事故の加害者として警察の捜査対象になった時に、「(加害者としての)患者の診療情報は、たとえ本人や家族からカルテの開示請求があったとしても、公開しなように」という、刑事訴訟法上の条文を添えた書類を受け取ったことがあります。要するに診療情報(カルテ)も、捜査情報に位置づけられたので開示不可になったんだろうなと、理解していました。

>  確か、個人情報保護法が施行された後、一時、医療機関に対する警察等から
> の問い合わせに対して、患者の同意なくして答えることは法に触れるかどうかと
> いう点についての議論がありました。

これは議論のあるところですね。私の理解では、法に定めのある伝染病患者や、触法薬物の慢性中毒患者を診察した時には、保健所や都道府県知事に届け出の義務がありますが、司法には届け出る必要はないと思っています。

交通事故などの外傷患者の容体をたずねる警察からの電話がかかって来ますが、わたしは原則として「患者の有無」もふくめて、トボけています。ただ、警察との会話で、事故の現場の様子など治療上有益な情報が得られる場合には、多少、治療中の患者の容体などについて触れることもあります。

私の施設では、こんな感じでスタッフ全員が厳格にトボけていますので、最近では電話での問い合わせが激減しました。嬉しいことです。

医師の守秘義務は、医師としての義務です。

刑法134条1項
医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
さらに医師が公務員であった場合、各公務員法も適用されます。
国家公務員法100条
1項 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。 (違反者は1年以下の懲役又は3万円以下の罰金)
2項 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表するには、所轄庁の長(退職者については、その退職した官職又はこれに相当する官職の所轄庁の長)の許可を要する。

地方公務員法34条1項
職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。 (違反者は1年以下の懲役又は3万円以下の罰金)
2項 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者(退職者については、その退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受けなければならない。

これに対し、民間に適用される「個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)」は、民間の個人情報取扱事業者の義務として個人情報の第三者提供の制限を定めています。

個人情報保護法23条1項
個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない。
一  法令に基づく場合
二  人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
三  公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
四  国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。
なお、国には「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(行政機関個人情報保護法)」が適用され、独立行政法人には「独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律(独立行政法人個人情報保護法)」が適用され、地方公共団体は各地方公共団体で定める条例(例えば「○○町個人情報保護条例」)によります。

個人の開業医が個人情報取扱事業者に該当する場合、個人情報保護法の義務と刑法上の守秘義務の両方を負うことになります。

警察からの病院等への照会については、個人情報保護法23条1項1号ないし2号により、応じても大丈夫でしょう(下記厚生労働省ガイドライン10頁参照)。
rijinさんがコメントしているのは、このことについてですよね?
看護師さんや保健師さんへの講義の際にも、最も質問が多かった部分です。
最近では、個人情報の過保護が問題となる事例もあり、病院等が個人情報保護法上問題がないにもかかわらず個人情報の提供を拒否した結果、何らかの重大な結果が生じた場合(取り敢えずの具体例は思い浮かびませんが)、新たな責任問題が生じなければいいがと思っています。

お医者さんの皆さん、難解かもしれませんが、是非一度、個人情報保護法についての厚生労働省のガイドラインをご覧ください。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/seisaku/kojin/dl/170805-11a.pdf


蛇足ですが、上記守秘義務との関連で、刑事訴訟法には以下のような規定があります。

刑事訴訟法105条  医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため、保管し、又は所持する物で他人の秘密に関するものについては、押収を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。
刑事訴訟法149条  医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、証言を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、証言の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。

このような話に限らず
少し話はずれてしまうのですが
医学的にも医療としても 警鐘を鳴らす上でも 症例報告をするべきものを 個人が特定されないような形で 学会や論文で報告した
が 
これとは別の動きで 訴訟などが進行して 結局は 個人が特定できることになってしまう
という事例が存在します。

どうしたら良いのでしょうか。報告は出来ないことになるのか、患者さんや家族に承諾を得るのか、承諾を得るとしても どの範囲まで必要なのか、などなど疑問が出て来ます。


No.11 一般人さんのコメント | 2007年05月01日 09:51 | CID 51263 | (Top)
2.遺族も知らない通院中のカルテの内容が含まれる。
という部分ですが、m3comはフォローしていたつもりですが、
通院中の記録の記載は 記憶にありません。
そんな話が出ていたのでしょうか。

近県の産婦人科医の先生の書き方ですと、
 カルテのコピーを見せてもらったのに加えて、
当時の他院の状況に関して、なぜ断らざるを得なかったのか が書かれており、この点は
知り合いからの伝聞による推測が加わった可能性はあると思うのですが、
通院中の記載は一切なかったように思います。

そうした記載が どこかにあったんでしょうか??? ご存知の方 いますか?
フォローしていたつもりが 不十分であったのか 別エントリがあったのか?と 疑問に思っています。

 この議論をするためには、どうやら、公開情報、個人情報、(職務上知り得た)秘密の辺りの区別をする必要があるように思います。

 どなたか頑張ってみていただけませんか?

>通院中の記録の記載は 記憶にありません。
>そんな話が出ていたのでしょうか。

外来通院中の情報のことだと思います。最終月経のことだとか。配布されたカルテに書かれていない5%の情報というものを指しているのでしょう。

しかし,カルテのコピーはマスコミに配布されている(はず)なのに,看護記録だけしか配布していないと主張しているようです...
ここのところはどうなんでしょうか?テレビの画面に出ていた「子癇」の文字はまさか看護記録ではないでしょう。
あたかも「誰かがカルテを勝手にまき散らした」といわんばかりの論調です。いつもながら彼らの言い分だけを確認もせずに垂れ流すマスコミにもかなり問題がありますね。

rijinさん、ちょっとさわりだけ。

刑法上の医師の守秘義務は、診療にあたって取得した患者さんの病気の情報など職務上知りえた秘密について、正当な理由が無いのに、よそにもらしちゃいけませんよ、というものです。

これに対して、個人情報保護法は、個人情報取扱事業者という概念を定めて、その個人情報取扱事業者に様々な義務を課すものです。

民間病院と勤務医を想定すると、その病院に勤務する医師は、全員、医師の義務として患者さんの秘密を守らなければならない。
それとは別に、その民間病院は、カルテなど患者さんのたくさんの個人情報を持っているのだから、病院の義務として、そうした個人の情報をちゃんと管理しなければいけませんよ、ということです。

個人情報と職務上知りえた秘密については、重なり合う部分が多いでしょうが、医師の頭の中に入っているがカルテには記載されていない患者さんの病気の情報などは、医師の守秘義務の対象になりますが、病院が管理する個人情報ではないでしょう。


勤務医です。(「。」が入るんですね。モーニング娘。みたいです。)さん、学会への報告等については、厚生労働省のガイドラインの6頁の「2.個人情報の匿名化」をご覧ください。
もっとも、現在、多くの病院で個人情報取扱指針等を定め、多くの事柄についてあらかじめ利用目的を明らかにし、包括的な事前同意を得る形にしていると思われます(厚生労働省のガイドライン7頁の「4.本人の同意」)。
適当に見つけた春日井市民病院の例↓
http://www.city.kasugai.aichi.jp/shiminbyoin/jimu/privacy_policy/handling.html
ただ、これは、あくまで個人情報取扱事業者たる病院を免責するためのものであり、医師としての守秘義務についてのものではありません。
私は、あらかじめ患者さん本人に同意をもらっておいた方が無難と考えます。

法律家のかたにお尋ねします。
個人情報保護法では「生存する個人に関する情報」と限定されているはずですが
大淀町個人情報保護条例では

第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(2) 個人情報 個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。
http://www.town.oyodo.nara.jp/reiki/reiki_honbun/ak43705091.html

と特に生存死亡の別は規定されていません。これはどちらが優先されるべきものなのでしょうか。

あの集団はプロ市民団体を超越してカルト教団の域に達しているにも関わらず、マスコミが相手するのはなぜなんでしょうね。この件、殆どの新聞社は裏取りしないで横一線の報道というのも不気味。
カルト教団の主張であっても、ネットの情報洪水には全マスコミ社が嫌悪感を抱いている証拠なんでしょうね。出元代表を中心とする一派を殲滅にするためには決して怯んではいけませんね(法律の範囲内でだけど)
妻を亡くした高崎さんもオルグされてしまい、ほんとかわいそうな方です。

そういえばカルトの集会に勇気を持って参加して下さった方がテープ起こしをしてくれました。
ここです。
http://symposium.b-r.under.jp/
彼らはこの特設ブログ閉鎖要求等やってくるでしょうし、今後、彼らの集会では入場時録音機材を没取するはずです。貴重な情報ですのでから、魚拓を取るなり、ハードディスクに保存するなり各自でデータ保管をしておきましょう。(**様感謝、乙であります!)

そう言えば、以前から疑問に思っていたのですが、医師の守秘義務と、公務員の告発義務(刑訴法230条)は、どちらが優先するのでしょうか?

医師で、かつ公務員という場合を考えているのですが... そうですね、未成年の飲酒の場合はいかがでしょう。

> 最近では、個人情報の過保護が問題となる事例もあり、病院等が
> 個人情報保護法上問題がないにもかかわらず個人情報の提供を
> 拒否した結果、何らかの重大な結果が生じた場合(取り敢えずの
> 具体例は思い浮かびませんが)、新たな責任問題が生じなければ
> いいがと思っています。

私も、この話題は知っています。

わたしは、個人情報の過保護によって生じるうる問題と、保護せずに生じうる問題を比較すると、前者の方がトラブルが生じた時の対処が容易と判断しています。患者情報を教えても教えなくても、どちらを選んでも法的トラブルに巻き込まれる可能性があるのはわかっていて、そのうえで、「教えない」方を選んでいます。

どうせトラブるんなら、対処が容易な方を選ぶと言うことですね。

No.16は時間に追われていたため言葉が足りませんでした。
もう少し詳しく私の疑念の内容について書いてみたいと思います。

刑事事件というのは殺人も疑われる死亡者のある重大事件のつもりで書きました。この重大な刑事事件捜査の時、死亡者の個人情報に守秘義務がかかるかと言う問題を措いても、病院側が守秘義務を盾に医療記録の提出を拒むことは出来ないでしょう。

一旦提出された医療記録は刑訴法に基づいて分析され、検察によって立件の可否が検討されます。この時点で医療記録は証拠物件として捜査機関に管理守秘の結果責任が遷ったことになると思います。
そして病院は医療記録そのものを警察に渡すわけですから、それをしたあとは守秘義務の有無に関わらず物理的に手元で管理していないものの内容を漏洩することは本来できない状態にあるわけです。

捜査情報としての秘匿を義務付ける場合、警察が医療記録の原本を押収した段階で遺族の手にコピーが存在していたとします。捜査情報だから公開してはならないと刑訴法上の守秘の義務を負わせる相手が病院だけであれば、捜査機関は捜査情報の秘匿という結果責任を果たせるのでしょうか?

というようなことが疑問としてぼそっと思い浮かんだ次第です。例によって認識の誤りを含んでいる可能性が高いので、ご指導いただければしあわせです。

No.27で間違えました。

第239条 何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。
2 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。

↑の部分です。

No.23 Level3 さんのコメント | 2007年05月01日 22:52 | CID 51347 | (Top)

>カルテのコピーはマスコミに配布されている(はず)なのに,看護記録だけしか
>配布していないと主張しているようです...

正確には公開です。他で仕入れた知識ですが、条件を付けずにマスコミに配布された資料は、公開情報とみなされるようですが、条件が付いた場合、例えば記事を書く参考にしてくれるのは良いが、詳細な情報は出さないでくれとした場合は、公開情報とは言えない可能性があります。それをマスコミが第三者(m3の記載者)に見せた場合は、マスコミ側に守秘義務違反が生じる可能性もあります。今回の件は、マスコミも地雷を踏んだのかもしれません。また、m3の記載者も道義上、マスコミに見せてもらったカルテが公開情報であったか、すなわちm3に記載してよいものであったか確認する必要があったと思われます。

No.25について
故人は「個人」に非ず、と考えられないでしょうか。
No.27について
その職務・業務の本質と矛盾する場合(業務ができなくなる場合)には告発義務はないと解されているはずです。
市区町村の外国人登録は、「在留資格なし」で登録しており、不法滞在を告発しない取扱いですし(今もそうか自信なし)、人権擁護局も相談を受ける場合に不法滞在かどうかは聞かない(不問にしている)と思います。

psqさん、

> その職務・業務の本質と矛盾する場合(業務ができなくなる場合)には
> 告発義務はないと解されているはずです。

医療の場合は、職務・業務の本質と矛盾せず、業務が出来てしまうのです。たとえば、急性アル中の未成年が救急外来に担ぎ込まれてきた場合、治療は普通に行います。それとは別に、「未成年のアル中を見つけた」と通報してもいいんでしょうか。

やっぱり、わかりません(すみません)。

済みません、ここは「診療情報流出に関する問題」スレでしたね。刑訴法239条のところは、また別の機会にお願いします。失礼しました。

 PINE さん、整理ありがとうございました。

…さらにもう一歩進めて、今回流出したとされる情報については、どうなんでしょう。

>No.2 Dr. I さん
>>実はこの経過の文章のうち、95パーセントはカルテに書いてある事なのです。

私は
残りの5%は情報の5%ではなくて、文章の5%と思っていました。
筆者の補足説明とか見解とかも文章に書かれていますよね。
想像でしかありませんが。

>入院前の記録など
>>これに関しては、おそらく外来カルテの記述を元にして書いたのだと思われます。

外来通院中の要点は産科でなくても入院カルテに記載しますよね。
「いつからどんな症状があったか」とか。
産科でも最終月経等が入院カルテに書かれていても不思議ではないと思います。
これも想像ですが。

追加です。
>No.2 Dr. I さん

「奈良の産科医 詳細2」の元は看護記録に見えます。
「産科医師に報告」とか書いていますよね。看護婦の書き方です。
一般に、看護記録にも入院前の状況をサマリとして書いていませんか?
「マスコミに渡したのは看護記録」との遺族の話とも矛盾しないように思えます。

(削除した部分はどう考えても看護記録ではない記述ですか?)

m3投稿者は看護記録(カルテの一部)も含めての広い意味でカルテからの情報と書いた。
しかし、遺族側は医師の記載という狭い意味のカルテと受け取ったのではないでしょうか。

> 個人情報保護法では「生存する個人に関する情報」と限定されているはずですが
> 大淀町個人情報保護条例では
> これはどちらが優先されるべきものなのでしょうか。(No.25 guri さま)

情報保護関係の法令は 誰に課せられているか を見なければなりません。
法の名宛人は重複していないので、「どちらの法が優先」ではなく、「どの法が適用されるか」という問題です。

個人情報保護法−個人情報取扱事業者(民間業者)
行政機関個人情報保護法−国の行政機関

地方公共団体には行政機関個人情報保護法は適用されず、それぞれに条例を定めて対処すべきであるとする<努力義務>が定められています。

個人情報の保護に関する法律
(地方公共団体等が保有する個人情報の保護)
第十一条 地方公共団体は、その保有する個人情報の性質、当該個人情報を保有する目的等を勘案し、そ の保有する個人情報の適正な取扱いが確保されるよう必要な措置を講ずることに努めなければならない。
2 地方公共団体は、その設立に係る地方独立行政法人について、その性格及び業務内容に応じ、その保有する個人情報の適正な取扱いが確保されるよう必要な措置を講ずることに努めなければならない。

大淀町個人情報保護条例−大堀町
大堀町が取り扱う個人情報については、この条例によります。
大堀町では生者の情報も死者の情報も保護する扱いですが、このことは他の法律とは抵触しません。

死者の情報を保護しないというのは、個人情報保護法・行政機関個人情報保護法によって打ち出された考え方であり、
法制定以前から独自に情報保護条例を持っていた市町村や、情報保護規程を定めていた民間企業では、区別せずに保護しているところも多いです。個人情報保護法は最低レベルの要求なので、うちの会社はもっと厳しく管理するというのは構いません。

>No.25 guri 様
 基本的には、No.38 YUNYUN 様の回答どおりですが、追加で、厚労省のガイドラインでは、 「8.遺族への診療情報の提供の取扱い」で遺族に対して診療情報・介護関係の記録の提供を行うものとする。とされています。

 どこか(東北地方だったと思いますが)の公立病院で、遺族からの診療情報提供の要請に応じたことが、比較的大きな記事になったことを記憶していますが、ガイドラインからすれば、当然のことではないかと思いましたが。

No.38 YUNYUN さん
No.39 北の役人さん

ありがとうございました。理解できました。

No.35rijinさん、

>…さらにもう一歩進めて、今回流出したとされる情報については、どうなんでしょう。

お尋ねになりたいことの回答になっているかわかりませんが、「医療崩壊について考え、語るエントリ(その12)」のNo.234、No.235、No.245のコメントで、今回の件について触れました。

掲示板に書き込まれた情報が、遺族らに明らかになる前に(遺族らの承諾なしに)、町の職員によってもたらされたものである場合、その町の職員は、町の個人情報保護条例や地方公務員法に違反する可能性がありますし、町としては個人情報の管理に問題があったということになるでしょう。

掲示板に書き込まれた情報が、遺族らに公開された情報に基づく場合は、個人情報保護条例違反や医師等の守秘義務違反の問題は生じないでしょう。

一人歩きした情報については、その内容を引用して、掲示板やブログで議論することについては、もう個人情報保護や守秘義務の問題は生じません。
No.38でYUNYUNさんが触れていますが、誰に対して義務か課されているか、ということです。

ただ、一人歩きした情報をもとに、あらたに遺族らの名誉を毀損する書き込みや、遺族らのプライバシーを新たに侵害する書き込みは、それ自体が遺族らに対する新たな不法行為となる可能性があります。

私のコメントの不十分なところは、YUNYUNさんをはじめ他の法律家の方が補足してくれることを期待して、私はしばらく留守します。

>掲示板に書き込まれた情報が、遺族らに公開された情報に基づく場合は、
>個人情報保護条例違反や医師等の守秘義務違反の問題は生じないでしょう。

カルテが遺族に開示された時点で、そのカルテは公開された情報と考えて良いのでしょうか? つまり第三者へのカルテの配布、ブログ等への転載にあたり、遺族の同意を必要としない情報と考えてよろしいですか?

No.41 PINE さんのコメント | 2007年05月02日 07:08 | CID 51413 | (Top)
掲示板に書き込まれた情報が、「遺族らに公開された情報に」基づく場合は、個人情報保護条例違反や医師等の守秘義務違反の問題は生じないでしょう。 の部分は、

「遺族らによって公開された情報に」のおつもりであったのでしょう。 PINEさん、違いますでしょうか?

一般人さんを混乱させてしまったようですので、部外者の補足です。

 PINE さん、No.41のコメント、ありがとうございました。

 早速、「医療崩壊について考え、語るエントリ(その12)」のNo.234、No.235、No.245を拝見しました。

 まだ、しっくり来ない気がしますのでお付き合いをお願いします。

 患者さん本人あるいは遺族へのカルテ開示は秘密の個人情報だが、本人や家族がこれを第三者に公開した段階で公開情報になるというのは、わかります。

 ただ、遺族がカルテ開示を受ける場合、自治体病院では情報公開に関する条例に則って行われている事例があったと思うのですが、家族とはいえ患者さん本人でない者(状況からして事前の同意があったとは思えません)がカルテ開示を受ける場合、これは相変わらず秘密の個人情報となるのでしょうか、あるいは公開情報となるのでしょうか。


> 私個人としては、遺族に示す前に、病院関係者が掲示板に書き込んだとしたら、非常に由々しき問題だと思っています。(上記別スレNo.245)

 これは時系列の検討が必要ですね。

>No.41 PINE さん

>ただ、一人歩きした情報をもとに、あらたに遺族らの名誉を毀損する書き込みや、遺族らのプライバシーを新たに侵害する書き込みは、それ自体が遺族らに対する新たな不法行為となる可能性があります。

同様に,医療機関に対して,『6時間放置した』であるとか,『重症患者を放置して寝ていた』などというのは,病院,医療者に対しての重大な名誉毀損や,病院経営を脅かす風説の流布に相当するものでしょう

カルテの情報を入手しながら”信ずべき相当の理由が認められる”はずもないので,マスゴミ側にはアリバイは成立しません

患者側を一方的弱者として扱うのは煽情報道の典型とも言えるもので,紛争のもう一方の当事者への配慮が全くない
医療に対しての配慮を全く欠いている姿は,曹植の嘆きに通じるものがある.

煮豆燃豆,
豆在釜中泣。
本是同根生,
相煎何太急?

自分たちの救命のために努力してくれたものへの感謝のない者には,その報いが必ず来ることであろう

>No.44 rijin さんのコメント
>これは時系列の検討が必要ですね。

全くそのとおりだと存じます。ぼそ(笑)

rijin先生、横からですが、

>ただ、遺族がカルテ開示を受ける場合、自治体病院では情報公開に関する条例に則って行われている事例があったと思うのですが、家族とはいえ患者さん本人でない者(状況からして事前の同意があったとは思えません)がカルテ開示を受ける場合、これは相変わらず秘密の個人情報となるのでしょうか、あるいは公開情報となるのでしょうか。

カルテ・看護記録の情報公開制度での公開は考えがたいので、遺族が個人情報保護条例に基づく開示請求をされたのではないかと推測されます。(実質的に病院が遺族に提供したのかもしれませんが。)

同町の個人情報保護条例では、

「第12条 3 本人が死亡している場合における当該本人の個人情報については、当該本人の配偶者、子又は父母その他のこれらに準ずる者と実施機関が認めるもの(以下「配偶者等」という。)に限り、開示請求をすることができる。」

とありますので、遺族でも本人と同様に開示請求は可能です。で、その請求に基づき遺族に開示したとしても、そのことをもって公開情報にはなりません。

本件の問題は

遺族側が 真実ではないことを 感情にまかせて マスコミに話した可能性があるが
どこまで真実なのか

マスコミは受け売りで それを報道したが 間違いであっても訂正もしていないことになるが その問題。(でも そうしたことは 日常茶飯事だから しかたがないことなのか。)

遺族側がマスコミに公開したとされる資料に基づいて 掲示板で議論され、それがブログなどに流れたが、それがどこまで問題なのか

ということと考えますが 異なりますでしょうか。

一連の経過で 患者さんが亡くなった病院からは 何も情報は漏れ出れいないと思います。出所はすべて遺族側なのではないかと思うのですが、違うのでしょうか。

>No.48 勤務医さんへ
遺族側は一部の情報(看護記録)しか公開していない。ところがネット上には公開した以上の情報が流れている。どこからか情報の漏洩があった。それに対し、大淀町の条例を基に刑事告発すると言っています。どこまで本気かは分かりません。ネットを黙らせるための牽制との見方もあります。遺族側の主張はNo.11をご覧ください。なおカルテの配布と情報の公開は意味が異なります。その点はNo.31をご覧ください。

No.33について
主題から外れるので、これで最後にしますが、未成年の飲酒は違法ですが、犯罪ではありません。
飲ませた人が犯罪になります。

おっしゃることはよくわかります。
ただ 新聞記事を読んだ一般の読者の中には
診療情報が 診療した医療機関から 流出したと断定し 該当医療機関が問題だ と受け取っている人が多いような印象を受けています。

遺族・弁護士側は、公開した情報に加えて、他からの情報や 推測した情報を加えて 情報が広まると言うこと自体が問題だとしているように思いますが、

やはり、遺族側が どのような条件で 看護記録(など)をマスコミに公開したのかが 一番の問題ということになりましょうか。

元の情報管理責任がどうであっても、流出した情報から我々が情報を判断し、意見を言う自由は保障されているでしょう

ひとつ言えるのは、毎日新聞 青木記者の煽動記事が不十分な情報を元に憶測で書かれたという事実と、そのデマを報道関係者が賞を与えて讃えたという事実です

看護記録だけしか情報公開せずに、ただでさえ医療情報処理能力のないマスゴミに煽動記事を書かせようとは、家族側も非難を浴びて当然の身勝手な行動だろう

自分たちが非難を浴びない対象だと思ってたとすれば、大間違いである
この家族が不幸な事例にあったことは間違いないにしても、奈良県南部から産科医療を駆逐した当事者であることの責任感が乏しいのではないか???

> No.52 Med_Law さんのコメント
そうだ、そうだ!

まぁ、混乱のさなかに、産科駆逐の加速をした当事者としての自覚をすることは無理だろうけど、今からなら、自覚出来るはずですね。

確か、盗品だと知らずに買った人には罪はないのですよね。
同様に、マスコミ関係者か病院関係者からの違法な漏洩と知らずに、公開された情報だと信じて検討や議論を行った人たちには罪はないのでは、と法律の素人は考えてしまうのですが、どうなのでしょうか。

 じじい さま、こんにちは。

> 同町の個人情報保護条例では、

 本件はどうやら情報の出処が遺族側弁護人自身である可能性が高くなってきておりますので、ここは一般論として、情報公開手続きを踏んだ場合として御検討をお願いいたします。

rijin先生、おはようございます。

情報公開手続きについて、ということですが、一般論で申しますと、カルテ・看護記録が情報公開制度で町側から開示されることは、基本的にはありえません。

情報公開制度というのは、町役場の掲示板に貼り付けるのと大差ない行為ですので、誰かのカルテを掲示板に貼り付けることは、基本的に役所のなせる業ではありません。また、情報公開制度では誰についても対応は原則同じです。(家族も第三者も同じ)

同町の情報公開条例では、

「第7条 実施機関は、開示請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報(以下「非開示情報」という。)が記録されている場合には、当該公文書の開示をしないことができる。
(2) 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述により、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」

とあります。

つまるところ、同町の情報公開制度では本件カルテは町にとっては非開示情報となりますし、個人情報保護制度で開示したものを当該請求者がどう扱う(弁護士に渡す、マスコミに情報提供する等)かは、町の与り知らない話です。

ただし、あくまで同条の規定は「開示しないことができる」ですので、本人の了解の下、カルテあるいは看護記録全てが新聞に掲載された場合等では、既に誰でも容易に知ることができ、開示による侵害性はなくなりますので、開示できるかもしれません。さりながら、本件の場合は、新聞にはカルテや看護記録に記載された情報の一部が加工し(記事として書く)、掲載されただけですので、カルテや看護記録そのものが公開情報という判断はできないものと考えられます。

で、結論としては、これまでウダウダと書きましたように、一般論としては、情報公開手続きを踏んでも、カルテは開示されないし、遺族から弁護士の手に渡っても、弁護士が一部記者に渡したとしても、一部の記載情報が加工され新聞に載ったとしても、そのことのみをもって直ちにカルテ・看護記録が公開情報にはならないということです。

なお、「公開」と「開示」という二つのフレーズが出てきますが、「公開」というのは文字通り広く「公(おおやけ)」に「開く」ということですから、町民の町の保有情報へのアクセスを容易にするという制度全般に対する表現であり、「開示」は個別の請求に対し、閲覧又は複写物の交付を行う行為の事を指します。

この辺は素人の私の持ってる知識を基に書いておりますので、誤りがあれば弁護士その他の皆様、容赦なくご指摘をお願いします。

No.54 兼業主婦さん>
経緯はどうあれ、公知となった情報を基に議論することは、法的には問題ないと思います。ただし、プライバシィに関わる情報を安易にブログ等に転載することはモラルとしてどうかという声はあります。

この事例はどうなるのでしょう?

Yoshanさんのブログ(http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070503)に、10月の時点で既にカルテコピーがマスコミに出回っていた可能性が指摘され、その新聞のpdfファイルによると、、、
http://www.honey.ne.jp/~yosyan/image/Nara_yomiuri.pdf
1:50 県立医大に「子癇の患者がいる」と転院要請。内科医がCT撮影を提案するが、主治医は「動かさない方がいい」
(強調は私による改変)

しかし、m3.comに関係者から聞いた話として、この内科医がCTの提案をしたことはないということでした。
これが事実に基づくのかどうかは私には分かりません。
それで、これからは例えとして判断していただきたいのですが、マスコミが「診療記録から」と書いてあるが、それは事実と異なると、実際に、関係者から聞いたことを掲示板のようなところに書くことも、個人情報保護法違反になるのでしょうか?

この大淀病院事件では、遺族側はマスコミをうまく利用して世論をミスリードしようとしている可能性が高い。訴訟するぞというような脅しとか、マスコミを利用しての世論の圧力とかで、大淀病院の設立母体である地方公共団体から和解という行動を起こさせようとしている可能性が高い、、、と私は疑っています。
これが事実かどうかは別にして、もし、遺族側がそういう手に出た時、医師、病院側やその設立母体は、どう反論したらいいのでしょう?
「内科医がCT検査を進言」というような事実と異なることをマスコミが書いている時、それは事実と違うと、その事実を公表することは、それが今回のように個人情報に関することであれば、してはいけないのでしょうか?

報道されている内容が事実と異なる場合に 他社との報道合戦とか 他のメディアを利用するしか手がありませんが、それが インターネットでは いけない ということにはならないように思います。
インターネットには 他のメディアとちがって 匿名性も大きいので 規制がかからない というのが問題なのでしょうが。
内部告発などでも どこにどう情報を提供するのか 非常に難しいですね。。

プライバシーにかかわる情報をマスコミが大々的に(しかも誤解あるいは意図的な情報操作して)取り上げることはOKで、ブログで医療関係者が取り上げることはNGという理論が良く分かりません。
真実を明らかにすることが遺族の願いだとすれば、マスコミのミスリードな報道よりも、医療ブログによる真摯な検討の方がずっと真実に近づいているのではないかと思います。ご遺族が期待していた真実とは違ったときに、それが気に食わないという感情になるだろうことは想像出来ますが。

すみません付け加えさせていただきたいのですが、遺族側のそういうやり方が卑怯だとかいうのを問題にしているわけではないので、そこをよろしくお願いします。私がお尋ねしたいのは、法律違反になるのかの一点のみです。
どんな手を使おうが(法律に反しない限りはでしょうが)、依頼主の利益にかなうように行動するのは、弁護士の行動倫理上は善なんでしょう?

No.60 兼業主婦さん>
遺族側が同意したものであれば問題ありません。看護記録については公開(同意)したことを認めています。遺族側が問題にしているのは、同意していない情報がネット上に流れていることです。No.57はこの部分(同意していない情報)に掛かるとお考えください。

>どんな手を使おうが(法律に反しない限りはでしょうが)、依頼主の利益にかなうように行動するのは、弁護士の行動倫理上は善なんでしょう?

これは私も是非知りたい。

No.158のhttp://www.honey.ne.jp/~yosyan/image/Nara_yomiuri.pdf
の脳外科のコメントおかしいですね。午前1時に四肢を動かしていたとカルテに
書いてあるのに。医者のコメントもカルテがなければ一人歩きした訳ですから。

スレ違いかもしれませんけど、気になったので。午前1時までは出血はなかった、
少なくとも大出血はなかったというのはカルテ記載が本当ならありえない。
そういうことを説明する医師が近くにいれば遺族の応対も変わったのではないか
と思います。こんな脳外科のコメントみれば家族がやっぱりと被害者感情に傾くの
もわかります。
そういう意味でも流出は意義あったと思うんですが、法的な議論に関係ないですが。

No.62 一般人さん>

カルテを転載した時点では看護記録だけでなく全てのカルテが公開されたものと考えての行動だったので、マスコミ同様に転載者のモラルについても問題ないと思います。報道によりご遺族が看護記録しか公開していないと分かった時点で、ブログの記述を変更されている方もいらっしゃいます。
新聞にカルテの看護記録以外の部分の写真が載っていたという情報もあるようですが。

はて、遺族が自分のメモを報道機関に公開したというならともかく、看護記録という病院に守秘義務がかかっている医療記録の一部を報道機関に公開して、遺族と言う立場を利用して病院の守秘義務遵守を物理的に妨害したということではないですか?

すなわち遺族が看護記録を公開した時点で病院の守秘義務は遵守不可能なので解除されたとみなすのが普通の考え方と思いますが、どうでしょう。

奈良版の新聞には ずいぶん詳細な経過が公表されていますね。
掲示板にあった経過と正確には見比べてはいませんが ほとんど同じくらいの内容に思います。
公開されたのは たとえ看護記録だけであったとしても 
掲示板などで書き込まれた情報のなかでは
当事者以外に知らないはずの情報がどこまであったのか、
何が それに該当するのか ということになります。

遺族側の弁護士が本当に告発して 問題にしたいのなら
ざっと読んだときには 別に気にしなかった事柄の中に
遺族側弁護士が 隠しておきたかった 情報が含まれていた ということなんだろうか?
と邪推してしまいました。

No.63 謹慎明けさんのコメント | 2007年05月03日 12:17 | CID 51657 | に

動かせていても 軽い麻痺が生じた ということは いくらでもありえます。
脳外科の先生が 経過をみていれば 分かるのかも知れませんが、でも 難しいこともあるでしょう。
Todd麻痺のように、痙攣の後には 麻痺が起きることは ありますが、妊婦の場合には考えないかな。(若い女性での過換気症候群で 痙攣を起こし 運動に左右差が一時的に生じたのを見た事例もありますが。。)

報道でのコメントは 「つままれる」と言われます。脳外科の先生のコメントも もっと長くて
もしかしたら 「・・・・のような可能性もあるが、また・・・・・のような例外もあるが、
基本的に 大多数の場合は ○○である」
というようなコメントが 省略されて 「○○である。」と断定的な表現になった可能性は大いにあると思うのですが。。。

記者さんなどマスコミ関係者にコメントするのは 経験的にも 非常に難しいことですね。
 

No.64 兼業主婦さん>
全てのカルテが公開されたものと考えての行動だったので> それは転載した者の思い込みであったと批判されれば反論できないと思います。カルテのコピーを入手した段階で、公開情報であるか否かを確認しておけば問題にならなかったと思います。

新聞にカルテの看護記録以外の部分の写真が載っていたという情報もあるようですが。>
No.31にも書いたように資料の配布と公開は別の意味です。遺族側が新聞記事の参考としてカルテの一部だけの撮影を認めたとするなら、公知になったのは写真に写っている部分だけで、カルテ全てではありません。

No.65 ぼつでおkさん>
すなわち遺族が看護記録を公開した時点で病院の守秘義務は遵守不可能なので解除されたとみなすのが普通の考え方と思いますが、どうでしょう。>
看護記録については、その通りと思います。他の部分は公開されていないとするなら守秘義務は継続すると思います。また看護記録の公開も遺族側が一方的に行ったとは思えません。病院側の同意を取り付けていると思います。遺族側の弁護士さんは、優秀な方のようですので、そういう落ち度はないと思われます。

>No.69 一般人さん
コメント有難うございます。

たしか大淀事件は警察が捜査に入ったというのが第一報のスクープだったと思うのですが、普通警察が捜査に入ったら医療記録は警察が押収して病院は守秘するべき対象が物理的になくなる。自分の手元にない情報をどうやって漏洩することができるでしょうか。

病院関係の医師が漏洩した可能性は、実際に遺族が持っているコピーに接触できるだれかが漏洩したという可能性に比べて常識的には非常に低いとみるのが合理的でしょう。後者にはもともと守秘義務がありませんから病院並みの専門家的管理ができていたと言い張るのは無理があります。

石川弁護士は、カルテ外の情報の流出を問題にしているように思います。
例のシンポジウムの講演内容のテープ起こしをしている方のブログです。

一部引用します。

石川氏

 中略

 えー、ここにも持ってきてますけど(管理人注:私の位置からは内容は見えませんでした)、えー、書いてあることはですね、『大淀町病院のカルテを入手した。カルテだけでは足りないので、元そこにいて、現在うちの病院にいる誰々(……実名は書いてませんけど)、から、情報を聞いた』ということで、かなり詳細に妊婦さんの病歴から、当日の経過まで書いてあります。
 えー、私はもちろん、問題のカルテを入手してるんですが、カルテに書いてないことがいっぱい書いてあるんです。えー、殊に、問題のお医者さんと、えーさっきお話になった晋輔さん(管理人注:亡くなられた妊婦さんの夫です)とのやりとりがどういう事があったっていうことが書いてあるんです。これは当のお医者さんから聞かなければ、まわりで、横で聞いていた人が喋る以外にはありえないですね。で、そこに出てる情報は、カルテに、そこにも書いてますけど、これは、『カルテに書いてある情報がほぼ95%です。で、その他は関係者から入手した確実なものです』と書いてます。で、ずーっと細かくほぼカルテを再現する形で書いてあって、『真実はこうでありますけれども、えー、マスコミが書いてるのは、いかに事実を曲げたことか、おわかりいただけると思います。で、真実に基づいて、えー議論をしなければいけないってのにマスコミは事実をゆがめてる』っていうことをもういっぱい書いてますね。
 
中略

あのー、高崎さんの話でまぁ、あったかもわかりませんが、患者さんたちが入手したカルテはほんの一部なんです。全部を入手したのはごくごく最近、なんですよね。

No.70 ぼつでおkさん>
毎日新聞の初報の段階で警察が捜査に入ったと書いてありましたっけ? 私の記憶では数日後の続報の中で警察が捜査に入ったと書かれていたような気がします。検索しましたが記事はもう残っていないようです。
私も病院関係者である可能性は低いと思っています。m3の記載者も知り合いのマスコミ関係者からカルテを見せてもらったと言っているようですし。

>No.71 田舎の消化器外科医さん
コメント有難うございます。
石川弁護士がそのことを漏洩と認識されたのは正しいと思います。
よって私のNo.65,70のコメントは論拠の時点で事実経過の認識に誤りがあり、論点として無価値なので撤回致します。
コメントいただいた>No.69 一般人さん、議論の混乱を招いて申し訳ございませんでした。
取り急ぎ、皆様にお詫びと訂正申し上げます。

No.67 勤務医さん、
致死的脳出血が生じたのに軽い麻痺のはずはないですよ。
完全麻痺のはずです。通常、脳出血は突発完成です。死につながった出血はおそらく痙攣直前までなかったはずです。脳血栓なら軽い麻痺が重度にそして大きくなることもありますが。そういう意味でこの脳外科の先生はっきりいってわかっていません。
もちろん、子癇の時の小出血はありえるし、実際にあったかもしれません。
でもそれなら見つかっても保存的だと思いますよ。
医学的な真実をこの家族にしっかり伝える人がいない、医学的に判断する背景のない人が(たとえそれが医師でも)、医師に過誤があったという、そのために家族の気持ちも納得できないということもあったと思います。

取り急ぎ過ぎて、自分の名前間違えました。急いては事を仕損じる(笑)。
>No.72 一般人さん
誠にすみません。No.71のようなわけですので、そのあたりの事実の時系列は私は自分で再確認する必要がありまして、現在お返事できませんがお許しください。

>No.71でご紹介いただいた石川弁護士の談話ですが、全体を報道の如く医療記録の漏洩事件ととらえるのは違和感があります。

『大淀町病院のカルテを入手した。カルテだけでは足りないので、元そこにいて、現在うちの病院にいる誰々(……実名は書いてませんけど)、から、情報を聞いた』

このお話で守秘義務違反を問われそうなのは直接にはしゃべった「誰々」さん、ついで守秘義務を知っている医師なのに(m3に書けるのは医師だけ)報道に先んじて(報道後なら問題なかったでしょう)書いたならその医師、と思います。

しかし、警察が遅くとも数日後に捜査に入っておりその後なら書き込んだ医師の責任は大きく減じるとも思いますので、ここらも含めてもっと詳しい時系列を知らなければ、メディアリテラシーだけでは論じられないですね。

石川弁護士の時系列の分析が正しいものとしましょう。
そしてm3に書き込まれたことは私も知っています。
さて報道では遺族が原告となって被疑者不詳のまま個人情報保護条例違反で告訴となっていたと思います。診療情報は患者の個人情報として保護されなければならないという立場からの告訴であり、守秘義務違反を告訴したものではありません。
この事実は、優秀とも言われる石川弁護士も、守秘義務違反では無理だと判断したことを意味するのではないでしょうか。
m3は会員数の多寡に関わりなくネット上では非公開の掲示板ですから、中に書かれてあることの公開度は新聞やテレビとは比べ物にならないほど低いものです。
また、すべての医療情報は患者だけに見せるために記録されているものではありません。医療記録のうち戸籍関連情報以外の医学的観察対象となる身体精神状況の記録はすべて、学会での症例報告などによりすべての医療職資格者の目に触れることが予定されているものです。

m3が医師以外に非公開の場であることは実際のアクセス制限で公に周知されています。m3内の書き込みに関して個人情報であることを理由に医療関連職の守秘義務を問うのは現状ではハードルが高すぎる、と石川弁護士ご自身が判断した可能性も考えておく必要があると思いました。

 勤務医です。  先生、こんにちは。

> 遺族側の弁護士が本当に告発して 問題にしたいのなら
> ざっと読んだときには 別に気にしなかった事柄の中に
> 遺族側弁護士が 隠しておきたかった 情報が含まれていた ということなんだろうか?

 その可能性はありますね。となれば、そのたった一点で、これは訴訟として既に摘んでるのかも知れませんし、あるいは、他の重要な医療訴訟で、同じ情報が公開されるのを恐れているのかも知れません。

 石川弁護士をはじめ、関係している弁護士の一団が関係している他の訴訟、あるいは訴訟以前の紛争の関係者にも広く当たって、もう一度、状況を整理しておくよう、警告する必要があるのかも知れません。

No.74 謹慎明けさんのコメント | 2007年05月03日 15:11 | CID 51685 |
に対して 多くの脳出血はそうなのでしょうね。
妊婦さんの脳出血は経験がありませんが、
でも 脳出血でも 部位や原因によるのかとは思いますが、
入院したときは脳出血とは気付かれず 非常に軽微な症状であったのが 翌朝に再度出血したらしく 痙攣とともに 意識レベルも低下して その後に 結局は 死亡に至った という患者さんを経験したこともあります。
当初は診断も難しく、どうなるか 分からない ということはあると思います。

No.76 ぼつでおkさんのコメント | 2007年05月03日 16:00 | CID 51692 |
『大淀町病院のカルテを入手した。カルテだけでは足りないので、元そこにいて、現在うちの病院にいる誰々(……実名は書いてませんけど)、から、情報を聞いた』
とすれば、その誰々は 事例の発生当時は大淀病院にはいなかったわけで、その方から得られた情報というのは まずは 基本的には 大淀病院の当直体制とか 医療設備とか 当直医の普段の行動形態とか 夜間帯の診療の雰囲気とか なのではないかと思います。

もしかしたら その誰々さんが 昔の同僚が たまたま当夜の勤務をしていて、たまたま親友か何かで その友人から 「うちで こんなことがあったんだよ」と 当夜の話を聞くような機会あったのかどうかはわかりませんが。。。。。

僕は相当に自信のある神経内科医ですが、自信のない救急医であり、内科医であります。
覚えている方もいると思いますが、僕はカルテ流出までは大淀の先生に問題があったかもしれないと思い、かばっておられる先生をおかしいと思いました。こだわったのは失神という言葉の使い方でした。この方の意識障害は失神というには長く、失神という言葉を用いた時点で誤った判断につながった可能性を考えました。呼吸や麻痺徴候があったかをきちんと調べたのだろうかと思いました。
しかし、カルテをみれば午前1時まで致死的脳出血がなかったことは自明だと思います。もちろん、最初に先行出血があったことは否定できません。しかし、基底核の出血、要は被殻出血でしょう。被殻は錐体路の通る内包のごく近くです。被殻出血があって軽微な麻痺であった可能性があるでしょうか。
僕には痙攣が出血とほぼ同時に起ったと読めます。それが少なくとも一番可能性の高い考え方です。先行出血があった可能性は否定しません。これは詳細なカルテ流出があって初めてわかったことです。
法的にはわかりませんが、えん罪を避けるためなら個人情報などくそくらえと思っています。これは医療側の意見を求めますのスレに書くべきですが、鑑定医が少数でやっては間違いをおかす、だからオープンな議論が必要なのだと思います。書いてある情報を読み解くのは見逃してはいけない情報があり、閉ざされた空間では間違いうると思います。それは誰が鑑定医をしても一定の確率で起るのだと思います。

情報流出ということで民事訴訟になった場合、裁判報道でよく耳にする「訴えの利益」という観点からはどうなのでしょう。

流出が先だとしても、結局自ら公開していますし、未公開情報が流出していたとしても、公開情報に関連するものであれば、基本的な情報は自ら公開しているわけですから、「深くプラオバシーにかかわる情報なのであえて公開しなかった」とういう情報でもない限り「訴えの利益」は認められないような気がしますが。

>No.79 勤務医です。  さん
コメントありがとうございます。

ご指摘のNo.76ですが、恥ずかしながらその前で情報収集不足のまま無意味な考察していたトラウマひきずったままややうつろに守秘義務違反なのかな〜というコメント書いてしまったものです。

No.77では観点を行動心理面に変えてみました(笑)。海千山千の法律家が正面から守秘義務違反を持ち出せないのにはわれわれ非専門家にはわからぬが法律上の自家撞着か何かがたぶんあるのだろうと。専門家が訴えられないくらいだから、少なくとも病院関係者の誰もm3への書き込みくらいでは守秘義務違反には問われないだろうと判断したわけです(笑)
ですので、私の76は無視してくだされば幸せです。すみません。

えん罪を避けるためなら個人情報などくそくらえと思っています。>
重要な論点だと思います。法曹界の方々がどう考えてるか、
是非お聞かせ願いませんか?

鑑定医が少数でやっては間違いをおかす、だからオープンな議論が必要なのだと思います。>
これも賛成です。第三者機関を設置するにしても数人規模では不十分と思います。
m3のように機密性の高い、ローカルなネットワークを構築することが今は可能です。
千人規模のネットワークにすれば、鑑定に当たっての個々の負担も軽くなると思います。

>えん罪を避けるためなら個人情報などくそくらえと思っています。
 謹慎明け様の指摘は正しいです。

 個人情報や守秘義務といったものは、法の趣旨からいって、犯罪予防的な意味合いが強く、平時の義務事項という取り扱いがふさわしいと思うわけです。
 一旦、患者ないし患者家族側から、告訴、告発、訴訟が提起された場合、あるいは、マスメディアに事件性のあるものとして訴えられた場合(インタビュー含む)は、論争部分の守秘義務は解除することが相当ではありませんか?紛争当事者の一方にのみ事案の一部を選択的に公開でき、あるいは選択的に未公開にできるというのは、アンバランスです。

患者プライバシーの保護と、医療過誤冤罪の予防との法益のバランスを考えるような法環境が、好ましいものと考えます。

 公開されることによって、医療過誤の真相追求は深化されますし、医療事故の防止にも役立つわけですから、医療側患者側共に、公平な処置だと思います。守秘義務に関しての例外である『正当な理由』というのは、このような場合も含むものだという、判例がほしいものです。

>No.84 座位 さんのコメント

うなりをあげてど真ん中のミットに叩き込んだ剛球いや豪球ストライクに惚れ惚れしました(笑)

あ、もちろん>No.83 一般人さんの凄みある切れのカミソリシュートで初球からストライクも、う〜ん御見事!(笑)。

私も、冤罪を避けるためなら個人情報保護法などくそくらえだという意見に賛成しますし、私がそういう立場に立たされた、私もそうします。
が、私がお尋ねしたいのは、法律上の解釈です。それも、弁護士など、法律の専門家による解釈をお聞きしたいのです。
すみません、再度、質問させて下さい。

「「内科医がCT検査を進言」というような事実と異なることをマスコミが書いている時、それは事実と違うと、その事実を公表することは、それが今回のように個人情報に関することであれば、してはいけないのでしょうか?」

あのm3.comにもたらされた情報から、「内科医がCT検査を進言したが担当産科医が拒否した」、「6時間放置」、「19病院たらいまわし」などというそれまでマスコミが盛んに報道していたものが、真っ赤な嘘だというのがはっきりしました。
そして、これらの嘘が、担当医や病院側がミス(医療界でよく使う後付けジャンケンでのミスという意味じゃなく、一般的な意味でのミスです)をしていたという世論形成に大きく影響したのは明らかです。
こういう時でも、患者の個人情報に関することは、医療側は持ち出せないのですか?

私がお尋ねしたいのは、法律上の解釈です。法律上の見解です。
それも、法律の専門家のご意見を伺いたいのですが、、、

えん罪を避けるためなら個人情報などくそくらえと思っています。>
現行法上での扱いや解釈も知りたいのですが、法曹界や法学会の中でその論議がないのかも知りたいところです。お願いばかりで申し訳ありませんが、、、

No.87 ある町医者さん

あのm3.comにもたらされた情報から、「内科医がCT検査を進言したが担当産科医が拒否した」、「6時間放置」、「19病院たらいまわし」などというそれまでマスコミが盛んに報道していたものが、真っ赤な嘘だというのがはっきりしました。

上記のうち、「内科医がCT検査を進言したが担当産科医が拒否した」というのは、真っ赤な嘘とはいえないかもしれません。

読売 10/31の記事

1:50 県立医大に「子癇の患者がいる」と転院
       要請。内科医がCT撮影を提案するが、
       主治医は「動かさないほうがいい」

に対し

m3 10/18 の書き込み

CT検査ももちろん考え たようですが、( 今、患者を動かして再発作を起こしたら母児ともに危険かもしれない)(CT検査に行っている間に搬送先が見つかったと連絡が来るかもしれない)など考えて 躊躇されたようで す。

m3 10/23 の書き込み(失神時の記載)
内科当直医がきて内科的診察を行い、異常はないと思う、陣痛という痛みに対する反応ではないか(CTが必要などと言うアドバイスは決してしていな い)と言ったので産科医も 一応安心して、付き添っている助産婦に10分おきの内診と、パルトグラムとCTG(分娩監視装置)の装着と記録を指示し、いったん分娩室横の待機室か一階 下の当直室(どち らか不明だが)に帰って待機していたところ、午前1時30分頃分娩室の助産婦より痙攣が始まったと言う連絡が入り、あわてて分娩室に引き返した。

m3 10/26の書き込み
(2:15)患者に痛覚反応を認める。ここで内科医と産婦人科医が話し合い、頭部CTスキャンを検討したが、今の時間ではもし奈良医大が引き受 けてくれたなら、ここから1 5分程度で奈良医大着くだろう、(距離にして15kmで一般道だが一部四車線区間もあり、奈良にしては比較的整備されている区間)いつ母体搬送受け入れの 返事がくるかもわ からないし、いま移動する事による母体、胎児への悪影響を考えると、高次病院での検査、診断、処置が最善と判断した。その後内科医は、母体搬送を送り出す まで全身管理を手 伝ってくれた。

最初の失神時は、CTの必要を進言したことは無いと書かれていますが、痙攣発症後の事に関しては、m3の書き込みは、読売の記事とは矛盾し無いようです。遺族の立場から言えば、いずれにせよCTを取ってくれなかったという主張になるのでしょう。

すみません、「真っ赤な」という修飾語が悪かったようです。
私はCT検査進言の真贋論争をしたいわけじゃありません。このことは最初のメッセージにも書きました。

>しかし、m3.comに関係者から聞いた話として、この内科医がCTの提案をしたことはないということでした。
これが事実に基づくのかどうかは私には分かりません。
それで、これからは例えとして判断していただきたいのですが、マスコミが「診療記録から」と書いてあるが、それは事実と異なると、実際に、関係者から聞いたことを掲示板のようなところに書くことも、個人情報保護法違反になるのでしょうか?

マスコミ報道は、内科医が(本来は正しい判断であるべき)CT検査を進言したが、担当産科医が(理不尽にも、あるいはうるさがってなどで)拒否した、(それがこの妊婦の死亡につながった)というように、世論をミスリードしています。
たぶん、頭部CT検査のことも担当内科医との間で協議されたのではないかと推測します。そして、患者の状態、検査することの危険性(CTは死のトンネルと言われている)や転送を待っているのに検査しているときにそうなったらとか、もろもろの条件を考えてしなかったという可能性が一番考えられると思っています。
しかし、これらは推測でしかないし、確かめようがない(あの情報からは)。
ですから、「これからは例えとして判断していただきたいのです」。
遺族側が、嘘の(あるいは意図的に一部の情報を隠して)マスコミを(あるいはマスコミもぐるになって)世論をミスリードしているとき、医療側は、それに反論するために、別の事実を公表してはいけないのでしょうか?
これが患者の診療情報に関することであった場合です。
もし、それができないのなら、あまりにも理不尽ですね。
それで、もし私がそういう立場に立たされたら、個人情報保護法など糞食らえとやりますが(自分の身を守るために)、法律上の解釈はどうなのかというのを知りたいのです。それも、弁護士のような法律の専門家のご意見を伺いたいのです。

マスコミは真実を知っているはずです。

・マスコミに公開されたときに限定公開との条件は付いていたのか?

・マスコミに公開されたのが看護記録だけであったのか?
(看護婦が書くとは思えない英語の病名が記載されたカルテ写真付きの新聞記事も存在するようですが?)

・m3から種々のブログに転記された内容は、マスコミに配られた資料を超えるものであったのか?

上記の3点はマスコミが確認できるはずですし、確認して裏付けを取ったなら、そのように当事者としてコメントできるはずです。

しかしマスコミ自身のコメントが無い。

こうしたマスコミの態度・反応が何を意味するのか(察しは付きますが)、興味ある展開です。

皆さま、お疲れ様です。

私は、今回の件は基本的には公共の利益を目的とした内部告発の一種と言う風に考えています。
本当に公共の利益になったかどうかについては異論もあるでしょうが、もともとマスコミの偏向した報道を是正したいという目的があったということは確かですから、善意の告発者と考えるべきだと思います。
ですから、法律的に何らかの問題点があったとしても、その点は十分に考慮されるべきではないのでしょうか?
しかも、今回、流出したとされる内部情報は、議論を行うのに必要最低限の情報だったように思います。
確かに、この様な内部告発では、どうしても内容が不正確になりがちということはあるでしょう。
しかし、それに対して行うべきことは関係者間でよく協議を行い、経過に関して正確な情報を公表することだろうと思います。
それを行わずにおいて、告訴を先行させれば、裁判を一方が有利になるように情報操作をしたい(裁判に勝つためには何でもするぞ)という意思の表れという風にとられても仕方が無い部分があるのではないかと言う気がします。

ところで、今回の”情報流出騒ぎ”では、本当に”いわゆる”違法な情報流出はあったのでしょうか?
情報一つ一つに対して具体的に検証する必要があるのではないのでしょうか?

弁護士の方、どなたか教えていただけませんか。

No.19 PINE さんのコメント | 2007年05月01日 20:42 | CID 51325 | (Top)

個人情報保護法23条1項
個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない。

二  人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であると


とありますが、今回のケースの場合、毎日新聞の第一報の時点で担当医師や病院を非難するような報道になっています。従って、医師の名誉が失われたり、病院が風説被害を受ける可能性が高と思われます。

医師の名誉や病院の風説は、財産権の一部であると考えられないでしょうか。今回、病院が証拠を出して反論しなければ、この財産権が侵害される蓋然性が高く、個人情報の例外規定に該当するという考えは成立しないモンでしょうか?

2006/10/31読売朝刊の記事を近くの図書館で見てきました。

いろんなところでいわれているように確かに写真付の記事でした。

私は、この写真をみて、これは医師診療録だと確信しました。

私の判断根拠です

・字が走り書きである
・ headache, nausea vomiting, resp good, eclampsia? MgSO4などの記載がある
・1:37同時刻、遺族が公開としている看護記録には、
 ●●医師コールや明確なバイタルの記載があるのに
 この写真にはそのような記載はなく、奈良医大へ電話した(相手先の医師名明記)
 記載がある

写真の注釈には、カルテ(家族提供)と明記されています。

医師診療録も家族より新聞社に公開されているということを前提にして議論をしてよかろうと思います。看護記録しか公開していないという主張は通らないかと思います。

家族側が『看護記録に限定して公開した』というのが錯誤であって、医師記録も含めたものをマスコミ公開していたとしたら、訴訟そのものが濫訴に相当し、逆提訴で制裁を加えることも可能ではなかろうか?

医師記録と読売新聞を付き合わせれば、明々白々に真実が判る

『カルテ(家族提供)』とあるのであれば、家族側がウソツキか、読売新聞がウソツキで承諾を得ず医師記録を紙面に公開したというヘマを犯したことになる

憶測記事で医師を悩ましたマスゴミであり、マスゴミに踊って世を騒がせた原告であるから、受ける批判は当然受けてもらう必要があるだろう

国民医療を危機に追いやる破壊者には、それなりの報いがあるべきだ

読売は「家族側が『看護記録に限定して公開した』」とは書いてないですね。
毎日も読み直してみたのですが、看護記録だけを公開したとは書いてない。
書いているのは、もしかして、日刊スポーツだけ?

看護記録だけしか公開してないと最初に言ったやつは誰だ?
家族側?
読売や毎日は、家族側はそう言ったけど、実はカルテ(医師が書いた部分という意味)コピーも持っていたので、そこはぼかした。
それを知らない日刊スポーツがバカを見たってことでしょうか?

しかし、看護記録だけしか渡してないという情報が一人歩きしていたってのは間違いないですが、、、、

Yosyan先生のWebに詳細な時系列が掲載されています.

みなさん,これをご覧になってから今回のI弁護士の言葉およびマスコミの報道についてお考え下さい.

>座位さん

一旦、患者ないし患者家族側から、告訴、告発、訴訟が提起された場合、あるいは、マスメディアに事件性のあるものとして訴えられた場合(インタビュー含む)は、論争部分の守秘義務は解除することが相当ではありませんか?

裁判で明らかにされる事実を、あえて掲示板で情報を公開する事の是非を議論する必要があるでしょうね。

個人的には、遺族側がこの問題を大きくしているのは、情報流出云々ではなく、m3.comにメスを入れたいのではないかと思います。平たく言えば、医師限定掲示板の存在を許せないのだろうと思います。また、m3.comに対する反発が根っ子にあるのなら、それに対しては理解できる点もあります。

方向としては、m3.comの「第三者」あるいは「法曹関係者」に対する閲覧を許可するように、持って行きたいのではないかと思いますね。

>方向としては、m3.comの「第三者」あるいは「法曹関係者」に対する
>閲覧を許可するように、持って行きたいのではないかと思いますね。

部外者がどう思うかについてあれこれ言うつもりはないですが,closedな掲示板というものは世の中にいくつもあります.それに対して部外者が「内容を公表しろ」といえるものではないでしょう.内緒話を「我々部外者に教えないのは問題だ」などと言うのがおかしいことと同じ理屈です.

自分たちに都合の悪いものは何でも攻撃しようとしている訳でしょ.まともな人間の発想ではないですね.

しまさん

裁判で明らかにされる事実を、あえて掲示板で情報を公開する事の是非を議論する必要があるでしょうね。
同時に、裁判で明らかにしうる事実を、あえてマスコミで情報を公開する事の是非を議論する必要があるでしょうね。

方向としては、m3.comの「第三者」あるいは「法曹関係者」に対する閲覧を許可するように、持って行きたいのではないかと思いますね。
遺族がm3をどこまで敵視しているのかわかりませんが、m3への介入を望んでいるならばそれは無茶な望みだと思いますが。

> No.98 しまさん
こんばんわ。
>裁判で明らかにされる事実を、あえて掲示板で情報を公開する
>事の是非を議論する必要があるでしょうね。

 我々の側にとって、重要なことは、
1 不当逮捕や医療過誤冤罪を防止することであって、
2 自称被害者の側からの、マスメディアとの共犯的な宣伝を抑止することです。
  この事は、真の意味での医療事故を防止し、一般患者さんのアクセスを守ることにも繋がります。

ですから、医療過誤冤罪者予備軍を、マスメディアからの報道被害に曝し、更に、法廷での紛争解決過程を指をくわえて待つ姿勢はとれません。

>Level3さん

内緒話を「我々部外者に教えないのは問題だ」などと言うのがおかしいことと同じ理屈です.

別に内緒話を教えてもらう必要はないと思いますが、患者の同意無しに、患者の機密情報が掲載されていると言うのなら問題だと思いますし、法曹などの第三者機関を通して、実態を調査しろという声が高まるのは必至かと思います。


m3.comの規約では

会員は、利用権の期間中及びそれ以後いつでも、当サイト及びサービスに関連して会員が送信し、保存し、又は受信する患者情報の開示、処理、検索、送信、及び閲覧に必要な又は推奨されるすべての患者の同意及びその他すべての法律上必要な同意又は許可の取得及び維持に、責任を負うものとします。

と、患者の同意を得てはじめて、患者情報が掲載されている事になっております。m3.comの掲示板においても、事情は同じではないでしょうか。

>峰村健司さん

裁判で明らかにしうる事実を、あえてマスコミで情報を公開する事の是非を議論する必要があるでしょうね

それはもちろんですね。

言いたいことは、今までマスコミが独占していた報道の分野に、一般人も参入できるようになった。マスコミは名誉棄損で訴えられていますが、そのリスクを一般人も背負う時代になったという事ですね。


m3への介入を望んでいるならばそれは無茶な望みだと思いますが。

刑事告訴を行って情報を流出させた人物を特定し、該当の記事の開示要求、損害額を確定して民事訴訟と言う流れでしょうか。m3.com自体に損害賠償を行う事も考えられるかも知れません。

>別に内緒話を教えてもらう必要はないと思いますが、患者の同意無しに、患者の機密情報が掲載されていると言うのなら問題だと思いますし、法曹などの第三者機関を通して、実態を調査しろという声が高まるのは必至かと思います。

患者が医師の同意ナシに機密情報をマスコミに公開してるのも十分問題なのでは?というか既にメディアで公開されてる情報は機密にあたるか否か…ってこの辺の議論は既に数日前に出まくりですね。すみません

> No.103 しまさん
こんばんわ。

m3comは、経営母体が医療紛争に巻き込まれないため、予め予防的措置としてこの規約条項を明示しています。最終的に、m3comへの投稿責任を負うのが会員であることは間違いありません。しかし、何か違法なことが内部でされたのでしょうか?また、部分社会(家庭内の裁量、自治組織内の裁量など)での問題点は、司法権の外側にあり、損害賠償提起などは噴飯ものです。

その問題と、医師間の専門的検討作業の正当性とは別問題です。

それにしもて、卑怯だよなぁ、汚いよなぁ。

目的のためにはどんな手段でも取るってやつだ。
これじゃ、カルトとちっとも違わない。

我々にできることは、せいぜいが防衛医療か、、、

>KKさん

メディアで公開されてる情報は機密にあたるか否か…

大淀病院以外のケースでも、診療記録がm3.comに掲載されているケースもあるのではないかと考えておりますが、穿ちすぎだとは思います。

もしその種の情報があったとして、管理者側としては、診療記録は全て患者の同意を取った物として扱っているのでしょうが。

>しまさん
>穿ちすぎだとは思います
>もしその種の情報があったとして
の主語がわかりません。その種とはどの種ですか

それはともかくしまさんは全部このエントリーを読まれてますでしょうか。ブログは多岐にわたりますがこのエントリーだけでも読まれてから話を進めたほうが…読んでらしたらお詫びしますが、正直「読んでないのかな?」と思ったので。

>KKさん
しまさんは、正当な関心を持っておられる、充分な古参の方です。(笑)

えーと、自分なりにまとめてみますと(出来は悪そうですが)

1.遺族が病院を民事で告訴する場合。
遺族が死亡患者の医療記録のうち自分に有利な看護記録だけを新聞記者に公開した時点で法廷戦術として世論形成操作を行ったと認められるので、裁判での公平を守るため病院も不利にならないように守秘義務から解放され医療記録のうち看護記録以外の部分を新聞記者を含むメディアに対し公開してよい。

2.遺族が死亡事故で医師を刑事告発する場合。
医療記録は捜査資料として押収され、警察の捜査中に情報が漏れないようにすることは守秘義務より上位の刑訴法によって警察に情報を秘匿する責任がある。遺族の手にコピーがあればそれも押収すべきである。
但しここで警察の捜査開始より以前に遺族によって看護記録が公開された場合は警察も医療記録を捜査情報として秘匿する義務から解放される。
その後は、捜査は刑事裁判を前提とするものであることから、医療記録の守秘義務の扱いに関しては1.の民事裁判の場合に準じる。

3.自治体の条例は国法の下位にあり、1.、2.では国法を適用しているからこの場合は効力がない。

4.遺族は守秘義務違反を告訴していない。

5.m3は医師以外閲覧できない。医師でない遺族が内容を中傷とする合理的根拠がない。

私がまとめれば、こんなところです(笑)。添削いただければ幸せです。

え〜、無問題ってことなんでしょうか?

1)より、病院側があの記者会見の時に、家族が公開していると言っている以外のカルテ部分をメディアに公開していたとしても、それは法律違反ではない。
また、m3.comやブログに、その内容が書き込まれていても法律違反ではない。

法律上、無問題?
全くの無問題?
それならこの騒動は一体何だったんでしょう、、、

そもそもどうして、家族側弁護士は、告訴するぞとやっているんでしょうか?
読売新聞によると、、、
> 遺族側の石川寛俊弁護士が28日、大阪市内で開かれた産科医療をめぐる市民団体のシンポジウムで明らかにした。石川弁護士は、個人情報保護条例に基づく対処を町に要請した。遺族は条例違反(秘密漏示)などでの刑事告訴も検討している。

これは根拠無しってことに?
根拠もなく告訴するって、これって刑事上の犯罪行為じゃなかったですか?
なんとかいう法律用語があったような、気が、、、

ん?
「検討している」だから、いいのかな、、、

でも、これって脅し以外の何ものでもないと思うんですが、、、
ヤクザにとっての暴力が弁護士には告訴。
実際使うと法律違反になるが、うまく脅しだけだったら、すり抜けられると。

>No.112 ある町医者さん
私の111についてのおたずねですよね(笑)。コメント有難うございます。

私は法律家ではありませんが、法の下に暮らしている国民のひとりとして認められている弁論の自由を使って、もし私が検察か裁判所だったら(笑)どういう法解釈でこの訴訟に臨むか、ということを書いてみたものです。

で、私ならNo.111の通り考えて、お考えの通り告訴無効と判断するでしょうね(笑)。

その点について私の法解釈能力に欠陥があるかどうかが素人である私自身の懸念なので、法律家の皆様のご指導をいただきたいというのが111全体の趣旨でした(笑)。

No.111 ぼつでおkさん

>1.遺族が病院を民事で告訴する場合。

まず民事では告訴できません。(告訴・告発(こくそ・こくはつ)は、捜査機関に対して犯罪を申告し処罰を求める意思表示である。)
遺族が、民事訴訟で、損害賠償請求を求める場合は、ということでしょうか?

>2.遺族が死亡事故で医師を刑事告発する場合。
遺族が業務上過失致死罪で、医師病院を告訴した場合、守秘義務、個人情報保護法に、違反するかという議論でしょうか?

>5.m3は医師以外閲覧できない。医師でない遺族が内容を中傷とする合理的根拠がない。

No71. に書いたように、例のシンポジウムでは、石川弁護士は、手元に、流出した情報のコピーを持っているようです。書き込み内容はこのブログの過去ログにも残っていますから、少なくともその部分は合法的に入手可能です。(それ以外の、m3の投稿内容に関しては、医師(打出氏など)がm3のログをプリントして、他者に見せることが、ただちに不法行為になるとは思えません)


 

>No.114 田舎の消化器外科医さん
早速のご指導有難うございます(笑)。
ご添削いただいたとおりの趣旨でございます(笑)。
今後とも皆様よろしくご添削のうえご検討のほどお願い申し上げます。

新小児科医のつぶやきのエントリー

物証発見から2006.10.31付読売新聞大阪朝刊のカルテ画像です。

個人情報の保護に関する法律
(適用除外)
第五十条  個人情報取扱事業者のうち次の各号に掲げる者については、その個人情報を取り扱う目的の全部又は一部がそれぞれ当該各号に規定する目的であるときは、前章の規定は、適用しない。
一  放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関(報道を業として行う個人を含む。) 報道の用に供する目的
二  著述を業として行う者 著述の用に供する目的
三  大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者 学術研究の用に供する目的
四  宗教団体 宗教活動(これに付随する活動を含む。)の用に供する目的
五  政治団体 政治活動(これに付随する活動を含む。)の用に供する目的
2  前項第一号に規定する「報道」とは、不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること(これに基づいて意見又は見解を述べることを含む。)をいう。

報道を業として行う(個人)の解釈が問題となりますが、個人情報保護法第50条第二項による「報道」を満たすブロガーであれば、除外適用となりますでしょうか?
(業としてアフィリエイト収入をあてにしていればOK?)

個人情報保護違反でマスゴミを訴えるのは無駄だと分かりました。
が、マスゴミは免責されている理由を良く考えないと、報道の自由を失う根拠を与えかねない非常に愚かな真似をしているということを自戒しないといけない。

報道の信用を失った報道機関に存続理由は認められない。

読売新聞、1億8600万円所得隠し=輪転機の廃棄時期偽る−東京国税局
4月29日11時1分配信 時事通信
 読売新聞東京本社とグループ本社(東京都千代田区)が、輪転機の廃棄時期を偽ったなどとして、東京国税局から約1億8600万円の所得隠しを指摘されたことが29日、分かった。申告漏れ総額は、2006年3月期までの5年間で約4億7900万円に上り、重加算税も含めた追徴税額は約1億7500万円だった。
http://puni.at.webry.info/200704/article_17.html

コンプライアンスに欠ける報道機関というものの存在意義も、パロマを追い詰めたのと同じ姿勢で臨んで頂きたい。詰問調でお願いしたい。
”まじめに払っている人がバカを見る実態ってのを、自社の状況を題材に明らかにしてもらいたい。”(by Pineさん)

法律専門家からのレスがないみたいなのであれなんですが、今、私が感じるままを、、、

この遺族側弁護士は非常に汚い、そして汚い手を使ったのは待ちがないように思います。たぶん、法律には反していないのでしょうけど。それだけによけい卑怯で汚い。
自分の意に反する意見を、刑事告訴するという脅しを使って抑圧しようとした。これは、ヤクザが暴力を使うかのような脅しをかけるのと少しも違わない。

ちょっと留守した間に、予想通り、凄い速さでコメントが進んでいる。

No.117のMed_Lawさん、私のブログでの個人的なつぶやきまでご引用いただき、ありがとうございます。

>報道を業として行う(個人)の解釈が問題となりますが、個人情報保護法第50条第二項による「報道」を満たすブロガーであれば、除外適用となりますでしょうか?

そもそも、個人情報保護法が定める具体的な義務を負うのは、個人情報取扱事業者です。

個人情報の保護に関する法律2条3項
 この法律において「個人情報取扱事業者」とは、個人情報データベース等を事業の用に供している者をいう。ただし、次に掲げる者を除く。
5号 その取り扱う個人情報の量及び利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定める者

個人情報の保護に関する法律施行令2条
 法第2条第3項第5号 の政令で定める者は、その事業の用に供する個人情報データベース等を構成する個人情報によって識別される特定の個人の数(当該個人情報データベース等の全部又は一部が他人の作成に係る個人情報データベース等で個人情報として氏名又は住所若しくは居所(地図上又は電子計算機の映像面上において住所又は居所の所在の場所を示す表示を含む。)若しくは電話番号のみが含まれる場合であって、これを編集し、又は加工することなくその事業の用に供するときは、当該個人情報データベース等の全部又は一部を構成する個人情報によって識別される特定の個人の数を除く。)の合計が過去6月以内のいずれの日においても5000を超えない者とする。多くのブロガーは、個人情報取扱事業者に該当しないでしょう。

ちなみに、個人情報保護法制定時には、衆議院にて「医療、金融・信用、情報通信等、国民から高いレベルでの個人情報の保護が求められている分野について、特に適正な取扱いの厳格な実施を確保する必要がある個人情報を保護するための個別法を早急に検討すること。」といった附帯決議がなされています(参議院でも同様の附帯決議がなされています。)

今後、医療機関については、既に運用されている診療情報提供指針(http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/150916-b.pdf)を取り込んだ個別法が制定される可能性も指摘されています。

No.13にいちど書いたことなのですが、原告側の弁護士の最終目標は、原告の主張を相手に認めさせることですから、そのためには「法に触れなければ、あらゆる手段を行使」できることが優れた弁護士として必要な要素だと思います。

> この遺族側弁護士は非常に汚い、そして汚い手を使ったのは待ちがないように
> 思います。たぶん、法律には反していないのでしょうけど。それだけによけい卑怯
> で汚い。

お怒りはよくわかります。しかし、もし、私が訴えられたら、この石川弁護士に依頼したいです。フェアだろうがアンフェアだろうが、きれいだろうが汚かろうが、こてんぱんに相手を打ち負かして欲しいですから。

No.118のある町医者さん、私は、同業者に対して庇う気なぞ鼻く○ほどもありませんが、今回の件についての石川弁護士の対応については、「医療崩壊について考え、語るエントリ(その12)」(http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/03/07-173701.php)のNo.234とNo.245でコメントしたとおりです。
それとて、現時点での報道等を通した情報を根拠にしたものにすぎませんが。

>この遺族側弁護士は非常に汚い、そして汚い手を使ったのは待ちがないように思います。たぶん、法律には反していないのでしょうけど。それだけによけい卑怯で汚い。
自分の意に反する意見を、刑事告訴するという脅しを使って抑圧しようとした。これは、ヤクザが暴力を使うかのような脅しをかけるのと少しも違わない。

このコメントを批判するつもりはありませんし、そのような感情を持たれるお医者さんたちが多いであろうことは十分理解しております。
ただ、このコメントは、弁護士の目から見て、内容的に若干微妙なものを含んでいます。
コメントをするにあたり、依拠した情報の質によっては、ある町医者さんご自身が毎日新聞とおんなじになってしまうおそれがあります。

>お怒りはよくわかります。しかし、もし、私が訴えられたら、この石川弁護士に依頼したいです。フェアだろうがアンフェアだろうが、きれいだろうが汚かろうが、こてんぱんに相手を打ち負かして欲しいですから。

このご意見、そして、、、

>ただ、このコメントは、弁護士の目から見て、内容的に若干微妙なものを含んでいます。

このご意見。
ごもっともとしか言いようがありません。

前にも書きましたが、法律に反しなければ、どんな手を使ってでも依頼主の利益にというのが弁護士の仕事だというのは分かります。
いわば、私たちが、クソまみれになることに慣れるのと同じことでしょう。
(これ事実をそのまま書いてます、比喩じゃないです)

となれば、そういう手を使われた方は、どうしたらいいんでしょうか?
どういう対抗手段があるんでしょう?
合法的なです。
もし、ないのであれば、違法な手を使うか(例えば、個人情報保護法などクソ食らえ、どっちが自分にとって損害が少ないかを考える)、あるいは泣き寝入りかしかないように思うんですが。

まあ、世論が医者叩きなのをいいことに相手がアンフェアなのは確かですが、それならそれでこちらも合法的に相手を負かせてやれば良いのでは?いずれにしても決着は法廷の場でやっていただきたい。相手が不利な証拠を隠しているのであれば病院側はその証拠をあらわにすれば済むことであるし、裁判官がフェアであればちゃんとそれを理解するだろうし、こうして明らかになった情報は改めてm3などで議論すれば良いだけの話。本当に原告が正しく、自信があれば不利な情報を見て法的に訴えるなんて手段には出ないのではないでしょうか?要はそれだけ原告は綱渡りということなのでしょう。

ただ、今回の裁判が医療崩壊の原因になっていることを原告もよく知って欲しいし、自分たちの訴訟がこれから出てくるであろう患者を救うのではなく、路頭に迷わせているのだと言うことをよく理解して欲しい。自分たちのエゴとたくさんいる患者たちを救うことを混同しないことを理解できる人とできないで感情にまかせるままの人がいるのはよくわかっているから。

No.123 yama さんのコメント | 2007年05月07日 13:20

ただ、今回の裁判が医療崩壊の原因になっていることを原告もよく知って欲しいし、自分たちの訴訟がこれから出てくるであろう患者を救うのではなく、路頭に迷わせているのだと言うことをよく理解して欲しい。自分たちのエゴとたくさんいる患者たちを救うことを混同しないことを理解できる人とできないで感情にまかせるままの人がいるのはよくわかっているから。

全く同感です.
それにしても,今回の件は却ってよかったのではないでしょうか.遺族が医師記録を含むカルテをマスコミに提供しており,その物的証拠もある中でこうしたおかしな主張をし始めたことでますます遺族側の言い分の信憑性が怪しくなるというものです.

yamaさん
>それならそれでこちらも合法的に相手を負かせてやれば良いのでは?

ですから、どういう手があるのでしょうかと、いわば藁をもつかむ気持ちで書いています。
もしないのであれば、泣き寝入りしろってことになりますね。

それと、今回は、まだ告訴されていません。
告訴するぞと脅している段階です(だから汚い、ヤクザとどこが違うのかと)。
それを、裁判の場でと言われても、、、

思うに、綱渡りとご推察されているように、事実に基づけば、病院や医師側に落ち度はない、少なくとも遺族側は見つけられなかったから、こういう手に出ているんでしょう。告訴するぞと脅して、マスコミをうまく使い、町に圧力をかけて、和解にもっていきたいというのに違いない。
そういう場合、裁判になってしまっては失敗です。
こういう場合、裁判の場でと言われても、対抗手段にはなり得ません。

「医療崩壊について考え、語るエントリ(その12)」(http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/03/07-173701.php)でpineさんが回答されていましたですね。
No.259。
私は、読んで絶望を感じました。
以下、引用です。勝手にすみません、pineさん。
−−−−−−−−−−
みもふたもない言い方ですが、対処しようがありません。
誰も、彼らマスコミが記事にしたり放送したりすることを、止められません。
(雑誌などの場合は、出版差止の仮処分を申立てる時間的余裕がある場合もありますが、それとて裁判所に認めてもらうのは大変です。)

マスコミの攻撃にさらされるのは病院や医師だけではなく、いろんな企業や個人が同じ状況にさらされます。
私は、マスコミの攻撃を受ける側の代理人になることもありますが、「辛いが耐えろ」「嵐が通り過ぎるのを待て」「人の噂も75日」とアドバイスします。
下手に反論すれば、それを伝えるのもまたマスコミであるゆえに、場合によっては対立の構図を作られ面白おかしく煽られて、却って紛争を複雑にしておしまい、ってことになりかねません。

#代理人であれば仕事なので、依頼者の負のエネルギーをできるだけ背負って、依頼者が不利な状況になるのを避けるよう頑張りますが、私個人がやられたら消火器でも持って殴りこむかもしれません。ボソッ。
−−−−−−−−−−

私なら、消化器をもって殴り込むような手を使うより、ネットを使います。
はるかに有効じゃないでしょうか?

今回の件、特に個人情報保護条例違反の件については、ただ順番を間違えたことだけが問題だと感じています(もっとも、本体の損害賠償請求訴訟が提起されれば慰謝料の増額事由として情報漏れのことが主張される可能性はあると思います。)。
「まず遺族に」「まず被害者に」「まず住民に」といった対応は、本当によくあります。
相手方の代理人になる場合には、「頭ごなしにやらない」という点は非常に神経を使うことです。

本体の損害賠償請求訴訟については、もともと重要な証拠は町(病院)側が全て持っており、遺族らとしては、町(病院)側から証拠の開示・交付を受けて、分析し、町(病院)側の過失が構成できるか、訴訟を提起・維持できるか、等を検討するという手順を踏みます。
いざ訴訟となれば、町(病院)側が、遺族らに開示・交付されなかった証拠をもって反論・反証してくることがありうることはハナッカラ承知のうえです。

遺族らの代理人からすれば、情報漏れについて、「順番が違う!」と主張するでしょうが、漏れた情報の中に遺族らも知らない情報が含まれていたとしたら、町(病院)側の手の内(反論材料等)を訴訟前に推知できる資料として十分に活用するでしょうし、内容によっては「隠してないで全部出せ。」と主張する材料にするでしょう。

No.125のある町医者さん、
>告訴するぞと脅して、マスコミをうまく使い、町に圧力をかけて、和解にもっていきたいというのに違いない。

町(病院)にも弁護士がいるでしょう。
まっとうな弁護士が付いていれば、「それはそれ、これはこれ。」でおしまいの話だと思います。
(=情報漏れは申し訳ない。だが、診療行為には過失はない。)


それから、下記の新書はおすすめです。
「報道被害」 梓澤和幸著 岩波新書

ネットで知ることの出来る情報は、量も不十分ですし偏りもありますから、何とも言えない部分が大きいと思います。どっちもどっちと言うか...

ただ、この家族や弁護士は今後民事訴訟を予定しているようですから、それに先立って「個人情報漏れ」などと称して、刑事的責任の追及をほのめかしたり、同好の志を集めた集会を開催してマスコミにアピールしたりなど、用意周到です。

これからの民事での裁判を有利に進めるための工作をしているのではないでしょうか。

雰囲気作りと言うか「患者=弱者」「医者=悪者」というイメージを作りだすのに成功しています。医療者も、(事実はどうでも良いですから)「患者側弁護士=悪徳」という評判を、手段を選ばずに醸し出していく必要があるとおもいます。これにはお金や手間がかかりますから、費用対効果を考慮しなくては行けません。

どうも、序盤戦は患者側に数ポイントのリードを許してしまいました。

No.128の某救急医さん、

>これからの民事での裁判を有利に進めるための工作をしているのではないでしょうか。

こんな風に思われる方が多いんでしょうか。

私の経験則上、こんなことで裁判所の判断が左右されることはないんですが。
私の現時点の感想としては、「またマスコミが騒いでるなぁ。」程度のものです。

もっとも、事故が報道された新聞記事などを証拠として提出することは十分に考えられますが、それとて町(病院)側の過失を直接立証するものではありません。

 ある町医者先生、こんにちは。

> 告訴するぞと脅して、マスコミをうまく使い、町に圧力をかけて、和解にもっていきたいというのに違いない。

 患者側弁護人が勝訴的和解を狙ってきている可能性はありますね。もともとこの病院は真実究明の姿勢に乏しく、最初から結果責任を認めるだけでやり過ごそうという態度が見られるように思います。それでいて患者側とのコミュニケーションはうまく取れずに終わっている様子です。付け入る隙は十二分にあります。

 また、小規模自治体でこの手の訴訟の扱いになれているとも思えません。何年にも亘って担当者が大変な思いをするぐらいなら、真実究明には目を瞑り、頭を下げ、医賠責から金を払ってケリを付けようと思っても仕方がないように思います。

No.130のrijinさん、中途半端にコメントしたまま留守して失礼いたしました。

>もともとこの病院は真実究明の姿勢に乏しく、最初から結果責任を認めるだけでやり過ごそうという態度が見られるように思います。

一昔前のお役所の対応だと思いますが、もし払う側がコレ↑なら仕方ないですね。

>また、小規模自治体でこの手の訴訟の扱いになれているとも思えません。何年にも亘って担当者が大変な思いをするぐらいなら、真実究明には目を瞑り、頭を下げ、医賠責から金を払ってケリを付けようと思っても仕方がないように思います。

私も地方公共団体の代理人になることがありますが、ひどいところになると弁護士に任せっきりで、資料等の提出や調査をお願いしても満足に動いてくれないこともあります。
訴訟は年度をまたぐことも多いので、担当者が異動してしまって、さらに訳が分からなくなったり・・・。

それから、質問なんですが、「真実究明には目を瞑り、頭を下げ」た場合、医賠責から金が払われるのでしょうか。
(医療訴訟はやらないもんですから、教えてください。)

 PINE 先生、こんにちは。

> それから、質問なんですが、「真実究明には目を瞑り、頭を下げ」た場合、医賠責から金が払われるのでしょうか。

 自分も直接実務に携わったことはないのですが…。

 聞いている範囲では、保険会社が事前に同意していれば大丈夫だろうと思います。医賠責からの支出を考えるなら、紛争化の早期から連絡しているはずで、「真実究明には目を瞑り、頭を下げ」ていいかどうかも、保険会社の意向の下に判断されているはずです。

 逆に言えば、町にやる気がなくとも、医賠責を使うつもりなら、延々と訴訟に付き合うことを保険会社から求められることはあるかも知れません。保険会社としては、うちは裁判所が過失を認定しない限り払いませんよ、と踏ん張れば良いだけのことです。

 その場合の訴訟や和解交渉の内実がどうなるのか、保険に於ける古典的なモラルハザード問題としてはなはだ興味のあるところですが、果たしてどうなんでしょう。

 ただし、どうしても保険会社が同意しない場合は、議会に諮って一般会計から和解金の支出を認めてもらうという手もあります。

いずれにしても共通点は「払うのは他人の財布から」ということですね。

どうも公立病院絡みの医療訴訟には不信感がぬぐえません。
担当するのが「ああいう」公立病院事務ですし…

>いずれにしても共通点は「払うのは他人の財布から」ということですね。

後には、焼け野原だけが残っていると、、、

逃散、逃散というのが、本当によく実感できます。

一番、可哀想なのが、必死にがんばった担当医です。
よくあそこまでの、非人間的とまで言えるような激務に耐えてこられたと思います。そして、その結果がこうですから、同業者として、同情申し上げます。
産科は止められたそうですから、これからは少しは人間的に余裕を持った生活ができるのではないかと期待します。
周辺の妊産婦には苦労が増えるでしょうが、もう文句を産科医に言うようなことは止めて下さいよと。

> 保険会社が事前に同意していれば大丈夫だろうと思います

これだけ世間の耳目を集めた事件ですから、うかうかと任意に過失を認めて保険金を支払ったら、金融庁の過払い(保険金詐取)調査が入ってしまうかもしれません。今は保険金支払いの不正にうるさい時期ですから。
保険会社としても、安全を図るためには、最低限、民事調停なり訴訟上の和解なりの裁判所の関与する場で支払いたいと思うのではないでしょうか。

> 議会に諮って一般会計から和解金の支出を認めてもらうという手もあります

このごろは、市民団体の自治体監視が盛んで、
いい加減な支出をすると、住民訴訟をくらうおそれもあります。

こういう情勢では、町(病院)はヘタに訴訟を避けようとせず、腹をくくってがっぷり四つに取り組むしかないと思います。
それと同時に、訴訟提起するかしないか、何について訴訟するかは原告患者側の自由といいつつも、医療に不満があるなら、情報漏れ云々のみみっちい話ではなく、医療過誤訴訟を提起して、真っ向勝負を挑んでほしいと思います。

(ちょっと流れについていけていないので、見当はずれのコメントかもしれませんが…)
医師会の医賠責では、裁判になる前であれば、医療側に過失がなければ保険会社は支払いをしません。もらった解説書にはそう書かれていないのですが、無過失補償がないので、そこでこじれて裁判になってしまった経験があります。(過失を認めれば良かったのかよくわかりません。)どなたか詳しい方、あるいは経験者はいらっしゃいませんか?
調べたら、刑事事件になった場合と、名誉毀損・秘密漏泄による賠償責任は保険でカバーされていないですね。今回まさかそこをついて、保険でカバーできないお金を払わせようとしているとは考えすぎでしょうか?

> 保険でカバーできないお金を払わせようとしているとは考えすぎでしょうか?(No.136 裁判経験医さま)

普通の法曹の考え方として、「保険金が下りるなら、払ってもらい易い」ということがあります。お金がある人のほうが、お金が無い人よりも払ってくれ易いということと、同じです。
人身の損害賠償請求は賠償額がン千万円単位と大きくなりがちで、しかも払う側にとっては予定外の出費ですから、
よほどの大金持ちか、保険金が下りる場合しか、即金では払えません。そうでなければ、銀行ローンを組むか、被害者にお願いして分割払いにしてもらうか。
加害者が無資力では、被害者は訴訟に勝っても実際には1円ももらえないということもあり得ます。

で、保険を掛けていないところを狙って請求するというのは、
お金を取れなくても構わない、ただ相手に痛みを与えたいというイヤガラセ以外の何物でもありませんが、
普通はわざわざ費用と労力をかけて、そこまではしないでしょう。
名誉毀損や秘密漏洩の立証は難しい割に、被害額は少なくしか評価されませんから、もともと経済的には全くペイしない訴訟です。
それに、「無い袖は振れない」と開き直られたら、痛みを与えるという目的すら達成できないわけですし。

> 告訴するぞと脅して、マスコミをうまく使い、町に圧力をかけて、和解にもっていきたいというのに違いない。

こういうやり方ってのは弁護士倫理には反しないものなのですか?

No.136 裁判経験医さん、

>医療側に過失がなければ保険会社は支払いをしません。

過失がなければ、そもそも損害賠償をする必要はないのですから、それはそうでしょう。

医賠責の実情がよく分からないのですが、裁判が起きる前に医賠責が支払いを認めるということは、医賠責自体が当該医師の医療行為に過失があったと認定したことになります。
医賠責には、独自に過失の有無を判断しうる能力があるんでしょうか。


道標 Guideboard2006年10月23日のエントリーから、産経新聞の記事です。

情報漏洩にあたるのは、これより以前に書き込まれた情報と、以下の内容にさらに不足分を補足された部分になるのでしょう。
m3情報と、報道または家族公表の内容とで、明らかに異なるのは、痙攣発作発症後、内科医がCTを進言したという点ですが、これは公判で明らかになっていくのでしょう。

産經新聞 2006.10.22

「判断、処置ミスない」
奈良県産婦人科医会が声明
問題の深さ浮き彫り

大淀病院の原育史院長 ( 63 ) が 17 日の会見で産科医の判断ミスを認めたが、奈良県医師会の産婦人科医会は 19 日の臨時理事会で「主治医の判断や処置にミスはなかった」との結論をまとめた。搬送先がすぐにみつかれば助かったのではないか -。遺族が医療ミスを疑うのも、ある意味当然のことだろう。しかし、現場の医師の抱える現状や診断の難しさを考慮に入れると、問題の深さが浮き彫りになってくる。

妊婦死亡問題の主な経過
8 月 7 日
9:20 高崎実香さんが分娩誘発のため大淀病院に入院
9:40 分娩誘発剤を投与 ( 以降、1 時間おきに 6 回 )
夕方 陣痛が始まる
8 月 8 日
0:00 「こめかみが痛い」と頭痛の訴え
0:14 突然意識消失。内科医、産科医呼ぶ。陣痛による失神と判断
1:37 強直性のけいれん発作、いびきを発症。産科医は子癇樽発作を疑い、そのための薬を投与
1:47 産科医が家族に「子癇」と告げる
1:50 県立医大付属病院に受け入れを依頼 ( 以降、医大病院を含め 19 病院に打診 )
2:00 瞳孔が開く
2:15 内科医が、「脳に異状が起きている可能性が高い」と CT 検査を主張したが、結局行わず
2:30 家族に「搬送先を探している」と説明。内科医から脳の異状の疑いを聞いた家族は CT 検査を行うよう主張したが行われず
4:30 呼吸困難に。搬送先が約 60 キロ離れた国立循環器病センター ( 大阪府吹田市 ) に決定
4:50 救急車で搬送
6:00 国立循環器病センターに到着
8 月 16 日
15:15 高崎さんが脳内出血で死亡

>PINEさん
一種のADR的な要素は持っているように思いますが、これがADRとして機能しているという話はあまり聞かないですね。

日医医賠責保険制度による実際の紛争処理は次のとおりである.まず,都道府県医師会で集めた医療事故紛争の関係資料に基づき,調査委員会で一件一件を三十名近い委員が調査・検討し,次に,日医とは切り離された機構として設置した権威ある中立機関の「賠償責任審査会」で,すべての事件を公正中立の立場で審査し,その審査結果に基づいて,調査委員会,日医,都道府県医師会の三者が一体となって協力して,会員と一緒に紛争を解決していくというものである.
「医師賠償責任保険に入っていますか」

 同年8月、某法律事務所(医療裁判を多数手がけている法律事務所)より「示談申し入れ書」が送られてきて、損害賠償金4486万円を請求された。

 弁護士が出てきたのであれば、今後の話はこちらも弁護士の先生へお願いするのがベターなので、岡山県医師会経由で、岡山県医師会の顧問弁護士に相談し、日本医師会の医師賠償責任(医賠責)保険の審査を受け、過失の有無が検討されることとなる。この結果は「責任なし」であった。

 医賠責で「白」判定がでたため、患者さん方の弁護士の発言は低調となり、患者さんの発言を受け止めなくなったため、他の弁護士へ依頼するとの電話が患者さんよりあり、その後、弁護士からの連絡はなくなった。
軽率な発言が医療訴訟を招く

私のかかわった自治体立病院での医療事故(かかわっただけですよ!)の経験でお話します。

事故直後、事務方は「裁判をしなければ賠償できない。裁判しなければ賠償の予算を組めない」と言っていました。今思うとこの事務方は本庁からの出向で、医賠責のことを知らずに言っていたものと思われます。このような事務方が患者側と応対すると話がややこしくなるのでしょう。

その後、弁護士さんが入ってきて、このような典型例は病院が加入している保険が下りるからと、示談でまとまりました(数十万でしたけど)。

判例、和解例が蓄積されている典型例(医師側が「それは単なる合併症だ!」と言う例も含みます)では保険会社の判断で保険が下りるようです。

ただし、その保険が日医の医賠責であったかどうか分かりません。なにぶん、10年以上前の話で、私も今のように医療事故への興味はありませんでしたので。

大淀の件はYUNYUNさんの言われるように、注目されていますから、たとえ典型例であったとしても保険会社は自分の判断で支払い難いでしょうね。その前に典型例ではありませんけど。

No.129 PINEさん

> 私の経験則上、こんなことで裁判所の判断が左右されることはないんですが。

地元の住民へのアピールかも知れません。地元では、「マスコミがあることないことを書くから、当事者(医師)の心が折れてしまい、休診してしまった。もう、身近に分べんできる場所が無くなってしまったじゃないか!」と憤る声もあると聞きます。マスコミや当事者家族を悪く言うヒトもいるでしょう。こんな中でさらに民事で損害賠償をもとめるのは、やりづらいですよね。

そこで、マスコミを利用して「患者情報を漏らす問題病院!」「秘密暴露のトンデモ病院」というレッテルを貼るんですよ。こうすると、賠償を求めやすくなると思うのです。できるな〜。優れた弁護士です。

こんどはぜひ医療者側の弁護士として、雇い入れたいものです。

> これがADRとして機能しているという話はあまり聞かないですね。

患者側弁護士は、日医医賠責の「賠償責任審査会」を信用しておらず、公正中立な判断をしてもらえると期待していないからです。
医師寄りというか、保険会社寄りに、保険金支払いを抑制する方向にばかり動く機関だと思っているから。
それで、審査会の判断を求めず、さっさと訴訟提起してしまうのです。

(このように、ADRが機能するためには、当事者の双方から信頼されることが大切です。)

-----
> マスコミを利用して「患者情報を漏らす問題病院!」「秘密暴露のトンデモ病院」というレッテルを貼るんですよ。こうすると、賠償を求めやすくなると思うのです(No.143 某救急医さま)

ナンセンス。
もし裁判員制度だったら、そういうこともあるかもしれませんが。

そもそも、近所と仲が悪いと、民事訴訟をやりづらいってのが分かりません。
法的に成り立ちうる請求なら、遠慮せず堂々と裁判所の判断を求めたらよろし。
今の医療訴訟は地元民の意見を反映するシステムになっていないので、心配することはありません。
裁判官だけを説得できたらいいのだし、逆に、裁判官の説得に失敗したらおしまいです。

そういう工作して裁判官の心を掴めるかという点では、
情報管理の拙さと、医学的な過失とが、別次元の問題であることは、裁判官は百も承知であり、そんなことがとても功を奏するとは思えません。

>ナンセンス。
もし裁判員制度だったら、そういうこともあるかもしれませんが。

YUNYUN先生、勝手に斟酌しますが、

某救急医様のおっしゃりたいことは、裁判の成否に支障があるということではなく、一部住民の反感を買っている中で、さらに損害賠償請求訴訟を起こすと、人々がより病院側に同情し、「金目当てで地域の産科医療を潰したのか」などとご遺族をいじめる人がでてくることを懸念し、病院への同情がなるべく集まらないように行動しているのではないかということかと思います。違ってたらごめんなさい。

実際には杞憂かも知れないですし、遺族側にもそんな意図はないかもしれません。

ただ、日本の風土では、損害賠償請求を行うことに対し、妬みなどから、陰湿な攻撃をする人もいますので、その点は遺族側も苦慮されているのではないかと思います。

じじいさん、

その通りです! ありがとうございます。

YUNYUNさん
> そもそも、近所と仲が悪いと、民事訴訟をやりづら
> いってのが分かりません。法的に成り立ちうる請求
> なら、遠慮せず堂々と裁判所の判断を求めたらよろし。

それは難しいでしょう。もう10年以上になりましょうか、なにか(はた目には)些細なことで、隣人を訴えたと言う報道がありました。その時の読者の反応は、「そんなことで隣人を訴えるなんてヒドイ」というもので、訴えた方を非難する意見が、続報として報道されました。結局、その人は訴えを取り下げたのです。

私は、「裁判ではなく、話し合いで解決することにしたなら、良かったんじゃないか」と肯定的にとらえたのですが、日弁連(?)から「国民の裁判受ける権利が侵害された」との懸念が表明されたんです。こういう考えがあるとは思わずに「じゃ、国民の法的権利とはなにか」「司法とは?」と、非常に驚き新鮮にかんじました。法律に興味を持つきっかけになりました。

話がわきにそれましたが、結局人が人(団体の担当者)を訴えるわけですから、感情を排除することは難しいと思います。石川弁護士の行動は、住人感情を意識して病院を訴えることをためらう当事者を励ますのだとおもいます。訴訟を続ける(開始する)モチベーションの維持に貢献したのです。

>某救急医さん
津の隣人訴訟の話でしょうか。貯水池で子供が溺死してしまった事件です。この話には続きがありまして、訴訟が取り下げられた途端、逆に訴えられた方の家族に嫌がらせの電話や手紙が集中したそうです。

このブログが参考になるかと思います
http://www.fben.jp/bookcolumn/archives/2006/12/post_1313.html

しま さん、

それですそれです。そうですか、続編があったのですね。とても参考になりました。
どうもありがとうございます。

No.128 某救急医さん

大賛成です。

とにかく「患者側弁護士=悪徳」とゆう雰囲気を醸成することが、長期的戦略として重要だと思います。裁判官が雰囲気に流されることは峰村さん指摘(No.79「来し方行く末」)のとおりだから、ボディーブローのように徐々に効いてくることが期待できます。

彼らが、手段を選ばず「医師=悪徳」とゆう宣伝を大々的に行い、それを利用して法廷の内外における不当請求を有利に運ぼうとしている以上、同じ方法で反撃することが許されないとする理由はないです。そもそも「雰囲気の醸成」は犯罪でも何でもない。

それにしても、ある意味感心しますね。弁護士とゆうのは、法律だけでなく、マスコミであれ住民感情であれ、あらゆる武器、手段を使って相手を攻撃し、完膚無きまでに叩きのめして、依頼主を勝利に導くのだ。攻撃だけでなく、依頼主のモチベーションを維持することにも怠りがない。えげつないけど、ここまで徹底されると、皮肉でなく、プロとして尊敬に値する。彼らは単なる法廷での代理人を超えて、参謀や軍師みたいな存在と考えるべきですね。味方にすれば心強いことは確かです。

わたくしの認識では患者側弁護士は 心底悪徳なのより 間違った正義感に駆られている主観的には正義派な人の方が多いと思います。医療を知らずして医療を批難するからなんぼでも現実から遊離した議論ができるわけです。
 司法を知らずして司法を批難する医者もいますから気をつけませう
っておれもか

> 弁護士とゆうのは、法律だけでなく、マスコミであれ住民感情であれ、あらゆる武器、手段を使って相手を攻撃し、完膚無きまでに叩きのめして、依頼主を勝利に導くのだ。

 医療訴訟に関係して、あと数名は具体的な名前が挙がるだろうと思いますが、個別具体的な事例を一般化するのは止めましょう。

 法と正義に対して良心的な法曹も多いのですよ。

この「魔人ドール」というハンドルネームの方は、某巨大掲示板からやってきた「釣り師」ではないでしょうか。
どう考えてもまじめに書いているとは思えません。

そろそろ皆がスルーしないと、このブログがおかしくなってしまうのではないかと憂います。

>No.149魔神ドールさんのコメント
>えげつないけど、ここまで徹底されると、皮肉でなく、プロとして尊敬に値する。
>彼らは単なる法廷での代理人を超えて、参謀や軍師みたいな存在と考えるべきですね。
>味方にすれば心強いことは確かです。

横から失礼致します、まいど(笑)。
かの弁護士さんが辣腕であることはどうやら衆目の一致するところとなったようです(笑)。
我々医師も救命のためには手段を選ばずといういわゆる修羅場の場数を積み重ねて上を目指す職業であり、共感を抱きやすい相手であることは間違いないでしょう。
達人は達人を知る、といったところでしょうか(笑)。
しかし、切れすぎる刃はその道の達人でなければわが身を傷つけるばかりです。妖刀村正みたいなものです(笑)。

医の道は端的に言うと活人剣です。医者である間はたとえ自分の命を守るためであっても殺人剣をふるってはいけないと思います。医者であることをやめて一介の殺し屋稼業に身を投じるなら別ですが(笑)。まあ、医者を続けるなら妖刀村正をその手に握るのはやらないに限るでしょう(笑)。

医者が護身のために持つ銘刀は名刀正宗に限ります(笑)。ここのブログに何本も何本も、まるでシンドバッドのダイヤの谷みたいに見つけることができます。活人剣を揮う限りは(笑)。

> わたくしの認識では患者側弁護士は 心底悪徳なのより 間違った正義感に駆られている主観的には正義派な人の方が多いと思います(No.150 いのげさま)

弁護士としては、患者の言い分が法的にも医学的にも正しいと思うからこそ、訴訟を提起するのです。
患者が不幸な転帰を辿った場合でも、医学的に過失がなく請求が成り立たないことが解っているのに損害賠償請求するのは、間違っているし、正義感ですらありません。それは弁護士倫理に反し、やってはならないことです。

問題は、患者が医学的に正しい情報を得られるかどうか。
普通の弁護士の仕事の仕方では、医学的に患者の言い分を裏付けてくれる意見(文献、私的鑑定)なしに、医療訴訟を提起することはありません。
医療訴訟が提起された場合、この世の中に最低一人は「医療過誤がある」と判断した医師が存在するのです。

従って、提訴段階の判断の善し悪しは協力医の質にかかっています。(客観的に)間違った訴訟の裏には、間違った協力医が存在するのです。
「間違った」とまで言うはアレで、単に「意見が分かれた」と言うべきかもしれませんが。

弁護士だって無意味な訴訟はやりたくないのです。
医学的な問題については、医師の間で意見を一つにまとめておいてもらいたい、「一つの正しい意見」を出してもらいたいと切に願いますね。

>医学的な問題については、医師の間で意見を一つにまとめておいてもらいたい、「一つの正しい意見」を出してもらいたいと切に願いますね。

一つの正しい意見をと要求するところが、医療を理解していないと医師側が言うゆえんではないでしょうか。

医療には、「一つの正しい意見」なんてありえない(と私は思います)。
一つにまとまるなんてあり得ない。特に、訴訟されるような事例においては。
そういう考えで医師を初めとした医療従事者を裁かないでと祈るばかりです。

横から失礼いたします。

> 医療には、「一つの正しい意見」なんてありえない

まこと、その通りだと思います。
YUNYUN 先生は、そのことを十分ご理解なさった上で、医療がもっと画一的で分かりやすかったら法律家たちも患者さんも、そして医師も、悩まされなくて済むのに、というお気持ちの上でのことなのでしょう。
と ..... 勝手なことを申しまして済みません。

-----

腰痛一つを取りましても、10 人みな少しずつ、あるいは全く違い、同じような症状でも違う対処がよいと思われたり、違う症状でも似たような対処でよさそうな場合があります。世間の人が簡単に思うようなものほど、追い求めれば果てしなく、医学の地平は広く奥は深い。宇宙の果てを探す様な感じでしょうか。

>No.156 道標主人 さん
そうでしょうか。私は、我田引水の解釈をしてしまいます。

「医療訴訟事案の医学的な部分については、医療側だけで正しい1つの鑑定意見をまとめてくれ!それを十分尊重して訴訟を進行するから、後は任せてくれ!」と言っている様に聞こえます。

No.155 ある町医者さん
No.156 道標主人 さん
> 医療には、「一つの正しい意見」なんてありえない

訴訟の場で求められている「正しい意見」というのは、問題となった医療行為が当該患者との関係において、医療水準に達しているか否かなのであって、おそらく複数あるであろう医療行為の内、最善の医療についての意見を求めているものではありません。どのような医療行為が一般的に行われている医療行為であるかを一番知っているのは、医師の皆様でしょうから、何も不安に感ずることはない筈です。
もっもと、自分が一般的な医療行為と考えていたものが、違うという医師がいるから、訴訟になるのです。見解が別れる可能性がある医療行為をする場合は、患者の承諾書を採ることが当面の対策かと思います。添付文書の禁忌の表示を無視するなら、使わざるを得ない事情を説明し、承諾書位とって下さい。
見解が別れる可能性があるか、否かを感じる感度が、今後の医師には必要とされるのだと思います。その意味では、自信満々の人は危ないです。

風邪の治療一つとっても、いったい何種類の承諾書を取らなくてはいけないんだろう。。。。

解熱の是非、抗生剤の是非、鎮該の是非、、、、、

やれやれ。。。。

もっもと、自分が一般的な医療行為と考えていたものが、違うという医師がいるから、訴訟になるのです。見解が別れる可能性がある〜

論理的には「医者の間で意見が分かれている事柄の場合に、専門外の者から見て過失を認めることは出来ない」と思うのですけど。

所謂「トンデモ」はその出来ないことをやっている、との事なのでしょうねえ?
ところが裁判所は証拠(鑑定)に基づいて判断したつもり、の様ですね。
どこかですれ違っていますが。

鑑定は、明らかな過失なのかどうか、「医者の判断事項の範囲に納まっているか、否か」を明記して無いと拙いような。

No.159 元行政さん
>風邪の治療一つとっても、いったい何種類の承諾書を取らなくてはいけないんだろ。。。。

元行政さんとは添付文書の評価については何度やっても平行線ですが、事実認識としては元行政さんの言うとおりなのだろうなとは思います。
問題はこの先です。添付文書の記載が医療の実情と合わないなら、それを是正する努力をされたら如何ですか。これは今考えついた思いつきですが、ウイズベキアのようなものを立ち上げ、薬剤毎に経験談や症例を積み上げて見たら如何でしょうか。かなりの臨床例が集まれば、証拠価値を高いと思いますし、学会のガイドライン作成のきっかけになったり、あるいはこのデータを知り、検討を始める医師のグループができるのではありませんか。
私に理解できないことは、医師の方々は、このような前向きの努力をしようとしないことです。前に、添付文書の評価について誤解を招きかねない表現をしていた大阪大学の嶋津助教授に訂正を求めることを提案しましたが、やられた医師はいるのでしょうか。私が医師なら、直ぐにでも電話をすると思います。お前がやれというなら、やらないこともありませんが、…こんなことを繰り返し言っている位なら、自分でやった方が早いですから。私かみるところ、座位さんならできるような気がしますが、…
司法も努力しますから、医療も司法に誤解せしめないよう、できることをまずして下さい。
前にも書きましたが、自分の権利は自分で守るものです。専門家としての自負にかけて

「医療水準に達しているか否か」などという「一つの正しい意見」なんてありえないです。
一つの正しい医療などというのがありえないのに、一つの正しい医療水準などというのはさらにありえません。

それと、、、
>これは今考えついた思いつきですが、ウイズベキアのようなものを立ち上げ、薬剤毎に経験談や症例を積み上げて見たら如何でしょうか。

薬剤毎の経験談なんて、ほとんど無価値です。
症例など、いくら積み上げても、ダメです。
それらは、仮説を立てるきっかけになるだけです。

その仮説が正しいかもしれないか、それとも棄却されるべきかは、きちんとしたプロトコールにのっとってやらないと、無価値です。
その仮説の検証には、特に薬の臨床応用について仮説では、普通、莫大な金と時間がかかります。

もし、薬についてそれをせずに厚労省が薬価収載し、それで薬の事故が起きたら、どうされますか?
薬害なんとかかんとかになること必定でしょう。

それと、私は、地方の弁護士さんがどのようなことを大阪大学の嶋津助教授に提案したのか分かりませんが、もし上記のようなことを提案されたのであれば、また、上記のような考えを元にして提案されたのであれば、無視されて当然と思います。

YUNYUNさんのコメントを読んでみて、別エントリーの意見を思い出しました。


USAなど訴訟の多い国の医師と話をしている時に、感じることがいくつかあります。
ある病態についての、スタンダードがはっきりしていると思います。問いに対しての答えに医師個人によるばらつきが少ない。一つのキーワードから出てくる鑑別診断、それに対する治療方針が、ほぼ同じ。

来し方行く末 No.56 MI さんのコメント

恐らく、アメリカも今の日本と同じような議論を経て、このような考え方が確立してきたのだと思いますが。

>医療側だけで正しい1つの鑑定意見をまとめてくれ!

必ず反対意見を言う人が出てくる。
正しい一つの鑑定意見をまとめる、なんてできるわけがない。

多数決で?
そんなばかなでしょう?

とにかく、「一つの正しい意見」などというのは、ありえないです。
あるかもしれませんが、神様でもない限り、どれがそれか分からないです。

> 「医療訴訟事案の医学的な部分については、医療側だけで正しい1つの鑑定意見をまとめてくれ!それを十分尊重して訴訟を進行するから、後は任せてくれ!」と言っている様に聞こえます。(No.157 元ライダー.開業医さま)

それでよいのではないですか。
紛争解決とは、一つの正しい見解を見い出すということです。ここで「正しい」とは、歴史的真実とか科学的真理とかは別にして、「その件について、一つの意見を決めたら、その後は異論を唱えることを許さない」という意味です。
医事紛争が生じた場合には、ある医療行為に過失が有るのか無いのか、どちらかに決めて、そのことを最終決着としなくては、紛争が治まりません。

今はそれを裁判の場で決めていますが、
医師のみなさんが、「過失の有無は自分たちで決めるから、司法は手を出すな」と言われるなら、そのやり方でもよいと思います。
とにかく、どこかの誰かが、最終的な結論を決めれば、紛争は解決されます。
できるなら、その「誰か」は、判断能力があり、不党不変に能力の限りを尽くして誠実に権限を行使する人であってほしいと願いますが。
たとえそうでなくても、医師の間で決めるなら、少なくとも医師から不満が出ることはないというメリットがあるでしょう。

> 訴訟の場で求められている「正しい意見」というのは、問題となった医療行為が当該患者との関係において、医療水準に達しているか否かなのであって、おそらく複数あるであろう医療行為の内、最善の医療についての意見を求めているものではありません(No.158 地方の弁護士さま)

これについて、医師の方から「それでも決められない」というご意見もありますが、
その程度のことが、本当に決められないというのは、まったくもって信じられません。
専門家である医師の間で、最低限の(過失のない)医療水準がどこにあるかすらも解らないというのでは、人々は安心して医療を受けることはできないではありませんか。
医学部ではどういう医療をせよと教えているのでしょうか。普通の医師ならこうする、この程度は出来ないとマズイということを教えていないのですか?

司法に判断できない、医師にも判断できないなら、せめても公平に、サイコロを振って決めるしかないのでしょうか?
サイコロが決めた結果を争えないこととすれば、当事者(の一方)にとっては不満でも、紛争は一応解決されます。あまり望ましい方法ではありませんが。。。

> 鑑定は、明らかな過失なのかどうか、「医者の判断事項の範囲に納まっているか、否か」を明記して無いと拙い(No.160 MultiSync@一市民さま)

「明らか」かどうか別にして、「通常の医師に要求される医療水準を満たしているか否か」を問うています。
裁判所が依頼している鑑定事項はまさにその1点なのですから、明記するか否かにかかわらず、質問の趣旨に沿った回答が来ているものと、裁判所は受け取ります。
鑑定書に、質問されたことと違う内容を回答するほうが、ヘンです。

>YUNYUNさん

専門家である医師の間で、最低限の(過失のない)医療水準がどこにあるかすらも解らないというのでは、人々は安心して医療を受けることはできないではありませんか。

でも、それが医療の現状なのかも知れませんし、医療水準がどこにあるか決められないが故に、医師の方も安心して医療を施すことがないのかも知れません。

「傷には消毒」というイメージをお持ちだと思いますが、傷口に消毒を施すべきか否かという事も、医師の間では意見が分かれているという印象を持っています。

>YUNYUNさん

医師のみなさんが、「過失の有無は自分たちで決めるから、司法は手を出すな」と言われるなら、そのやり方でもよいと思います。


以下のようなケースで、日本だったらどのような反応があるか、興味深いですね。

米カリフォルニア州で開業していた日本人の女性精神科医が、日本では覚せい剤にあたる危険な薬物を米食品医薬品局(FDA)の基準を大幅に上回って患者に処方するなどして、同州の医師免許を取り消されていたことがわかった。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070512i405.htm

日本だったら
1.司法の介入無しには解決しない
2.医師の処方が適切かどうかでもめる

ように思うのです。

NIHやFDAのように、国の研究機関がスタンダードをきちんと決めてくれれば問題はずっと減るんですよ。
交通事故の過失は道交法に基づいて決定されるように、医療事故の過失も医師がどう思うかではなくて、あらかじめ決められたスタンダードに照らし合わせて決めるべきもんじゃないでしょうか。

>うらぶれ内科さん

医療事故の過失も医師がどう思うかではなくて、あらかじめ決められたスタンダードに照らし合わせて決めるべきもんじゃないでしょうか。

法曹の方々は「決められたスタンダード」がのどから手が出るほど欲しがっているように思います。他方、医師の方々は「スタンダードの作成なんて絶対無理」と言う見解を述べているように思います。

また、横から申し訳ありません。

> その程度のことが、本当に決められないというのは、まったくもって信じられません。

多分、医師以外の方々、行政官や法律家の方々も含め、皆さんがそうお感じになられることに無理はないでしょう。ガイドラインやマニュアルを作って定型化したらよいのではないかと、以前にもどなたか法律家の方がおっしゃっておられるのを伺いました。医療の定型化、マニュアル化は、医療経済的な側面からも、医療安全の面からも、研究されていくでしょう。

ですが、なかなか人体はマニュアル通りにいかないです。両極端ですが、教科書通りのこともあれば、学会のパネルディスカッションの形式で、多数の医師が参加して、フリートークで議論して、それでも決まらない、分からないこともあるのです。その程度、とおっしゃられても、それが難しいと私は思います。

ガイドラインやマニュアルを作るには、多数例の臨床試験や臨床経験に基づくエビデンスが必要ですが、日本では医療が国民皆保険の社会保障であることもあって、多数例というものが集めにくい構造になっていると思います。

米国の例のように、学会や公的機関がガイドラインを決めて、それから外れるものは認めず、として、定型化してしまえば、簡便になっていくでしょう。それでもクリティカルパス ( またはクリニカルパス ) でのパスから外れる事例のように、少なからず例外が生じます。
それを切って捨てられるのが米国の平均的医療なのでしょうか。
( それを医師の裁量と努力で社会保障制度の中でなんとかしようとしてきたのが現在までの日本の大多数の医師だと思うのです。)

また、白人と東洋人では生物学的に差がありますし、社会、制度、文化、様々な要素によって、同じ疾患に同じ医療という訳にはいかないものです。欧米のガイドラインや臨床試験の結果をそのまま導入できるものもありますが、そうはできないこともあるのです。

それでも現在、各学会で様々な疾患のマニュアル、ガイドラインなどが作られつつあるそうです。マニュアルがあれば、マニュアルを作ってその通りにさえしていればよいのなら、それが楽なのかも知れませんがね。

YUNYUN 先生がおっしゃる「その程度」のことですが、今の日本の医師にはまだまだ困難、途上にあることも、いずれは「その程度」と言える日が来るでしょう。
( ただし、それはマニュアル化された「医療商品」にしてはならないとは思うのですが )

No.161 地方の弁護士さんのコメント

>私に理解できないことは、医師の方々は、このような前向きの努力をしようとしないことです。

してます。一つ変えるだけでも大変なんですよ。ドプラムという新生児無呼吸発作に使う薬は、関係学会の要請にもかかわらず相変わらず新生児に禁忌の薬剤となっています。微妙な表現どころか、決定的な薬剤をどうにかするので手一杯かと思いますよ。学会がどうこう言うレベルではダメみたいです。アセトアミノフェン添付文書が海外で一般的に使われる用量に合わせられ、商品ごとの違いも無くすよう指導が入るようになりましたが、これは関係学会が言っただけではダメで、厚生科学研究として研究班立ち上げて報告書出して、やっとのことです。

もっと根本的なところにシステムの問題があると思うのですが、厚生労働省では公衆衛生よりも保身が優先されるようですので、いかんともしがたいかと。

>しまさん

少しトーンを落として言いますと、完ペキなスタンダードなんてつくれっこありません。道交法だって完璧ではありません。実際には守らないし完璧には守れない代物ですから。要は許容範囲をどうとるか。少なくとも米国並みのスタンダードは米国に現実にあり、MIさんのコメントによれば米国の医師のほうが判断にぶれが少ないとなっています。(米国の医療裁判が日本の裁判より優れているとは言いません。)医師にとってもスタンダードな医療がなにかというのは必要です。ただしかりにも精度のよいスタンダードを作ろうとすると膨大な手間と金をかけてプロスペクティブスタディをやる必要があります。だからこれは国の機関がおこなうべき問題です。

>うらぶれ内科さん

少しトーンを落として言いますと、完ペキなスタンダードなんてつくれっこありません。道交法だって完璧ではありません。実際には守らないし完璧には守れない代物ですから。

その辺りは同意します。と言うか、完璧かどうか分からないけど、取りあえずルールを作ってしまえと言うのがスタンダードだと思います。

道交法にしろ、完璧だとは思わないというか、問題は多々あると思います。でも、裁判の場では道交法が持ち出されるわけですね。


だからこれは国の機関がおこなうべき問題です。

医師の方が厚労省の判断に全幅の信頼を置き、厚労省の言うことに従うのであれば、それでも問題ないと思います。

医師が行政機関を動かす努力が、今でも大変なのですが、もっともっと必要ということでしょう。医師集団から政治家、行政官がもっともっと出て政治を動かす、とか、学会や医師会のお偉いさんを黙らせるような現場の医師の努力がもっと必要、ということなのでしょう。しかも、それは今から 30 年前とは違って、透明性とかアカウンタビリティを持ってやらなければ、ということでしょう。

医師以外にできないというなら医師自らがやれ、と叱咤されていると受け取らせて頂きたいのですが、果たして、現場の医師にそれだけの労力を要求できるかどうかは、現在の日本の状況を見ますと、疑問です。

No.161 地方の弁護士さん

添付文書を是正するためのおそらく効果があると思われる唯一の方法は、あまりにもひどい医療番組のスポンサーになった製薬会社の薬のネット医師による不使用運動があったのですが、それと同様の禁忌記載薬品を一切使わないという運動をさらに大きい規模でおこなうことくらいしかないと思います。
医師の研究や提言で厚生省が添付文書作成の基準(おそらく非公開)を変えることは、現実的ではありません。アリバイ作りをしたいと思う医師は少ないでしょうね。

最高裁が判例で添付文書の重要性を示した話は、添付文書の話で終わらないことが問題で、文書で表現されているものが現実の医療をどれだけ反映しているかに関する感覚の誤りを、裁判官が理解してくれないことには誤判決は続くでしょう。

No170 道標主人さん

米国の例のように、学会や公的機関がガイドラインを決めて、それから外れるものは認めず、として、定型化してしまえば、簡便になっていくでしょう。それでもクリティカルパス ( またはクリニカルパス ) でのパスから外れる事例のように、少なからず例外が生じます。
それを切って捨てられるのが米国の平均的医療なのでしょうか。
( それを医師の裁量と努力で社会保障制度の中でなんとかしようとしてきたのが現在までの日本の大多数の医師だと思うのです。)

医療を裁判になじませるということは例外をきりすてろということなんだろうと思います。クライテリアにのっとって行動していれば我々はお咎めなしなんですから。

No173 しまさん

国の機関が行うべき問題とのべたのは、国の税金と人員を使ってきちんと決定すべきことという意味でのべました。厚労省に期待するものは何もありません。

「一つの正しい意見」なんてないし、「ある一定の医療水準に達しているか否か」なんて医学で決めろなんて言われても決められない。
それは、裁判官が勝手にこうだと決めつけるもので、裁判官の頭の中にしかない幻想です。

ガイドラインとかマニュアルなんて、時々刻々変わっていく。また、ガイドラインとかマニュアルにかたくなに従った故に患者を死なせているし、柔軟にやったがゆえに死なせることもある。絶対正しいガイドラインとかマニュアルなんて、未来永劫できっこない。
そういう中で、医者は、自分の知識と経験に照らして、最善と思う治療をするけど、それが本当に最善だったのか、誰にも分からない。
そして、今は結果が悪いと非難され、時には裁判の場に引き出され、「一つの正しい意見」とか「ある一定の医療水準に達しているか否か」などという幻想でしかないものによって裁かれる。

それが司法であり、そういう司法に従わざるを得ないというのも分かります。
ただ、裁く側は、幻想で人を裁いているのだということだけは知っていてほしいと思います。

YUNYUN さん
>専門家である医師の間で、最低限の(過失のない)医療水準がどこにあるかすらも解らないというのでは、人々は安心して医療を受けることはできないではありませんか。

これくらいが過失のない医療水準だろうと思ってやっているんです、医者は皆。
でも、それが本当に過失のない医療水準かどうかは、分からない、、、そういう不安をいつも持ちながら、少なくとも私はやっています。たぶん、同業者の多くのかたもそうだと思います。一部の、私に言わせれば思い上がった、自分は神の手を持っていると思い込んでいるようなかた以外は。

風邪(急性上気道炎)と思われる患者を前にしても、大丈夫ですよ、普通の風邪ですよと安心させながら、もしかして明日になったら劇症型心筋炎で死んでないだろうかとかいう不安も、ちょっぴりあったりします。
中に、不幸な同業者がいて、こういうごく稀な例に遭遇し、訴えられ、莫大な賠償金を払わされているかたもいる。
神の診断能力を持っている(と思い込んでいる)同業者の鑑定書を裁判所が正しいと判定して。

以前にどこかのエントリで述べたのですが、医療行為というのはどこか「将棋」に似ているのです。100%の医療はあり得ないが、治療することは出来る。だれかが今の一手は悪手だと批判し、多数の観戦者(鑑定医)がそれに同意したが全体としては良い出来であったという感じでしょうか。どこまでが許容範囲かなんてすごく決めにくいと思うのです。

飛車の横歩取りをして負けたら、書類送検、過失あり・・・何ていうのはちょっとカンベンだなぁ・・・

医師の皆さんズレています。正しい1つの意見というのはガイドラインを作れというのではなくて、「個々の紛争において、医学的な過誤があるかどうか、医師側で唯一の意見を示してくれ」ということです。医学的部分だけだったら医師だけ(ここはちょっと自信がありませんが)で構成された第三者機関でもいいから唯一の意見を出してくれということです。

確かにそれさえも1つの意見にまとまらないかもしれませんが、何が過誤かという明確な基準(一般論として)を作ってしまえば、それほど意見は割れないと思います。もちろんタミフル専門のハマ先生のような方もいらっしゃいますから、全会一致というわけにもいかないでしょうが、大きく割れることは無いでしょう。

仮に50VS50で意見が割れたとしても(どの程度でラインを引くかは議論になりますが)、「明確な過誤であったとは認められない。」という1つの意見でいいじゃないですか。

> No.128 某救急医さん

 この部分


医療者も、(事実はどうでも良いですから)「患者側弁護士=悪徳」という評判を、手段を選ばずに醸し出していく必要があるとおもいます。

 なかなか刺激的ですね。

 でも、結論においては賛成です。是非やってみては如何ですか。

 「事実はどうでもよい」ということは、法律業務や裁判の仕組み等についていくら説明しても意味がないということですから、私も力を抜くというか、頑張らないことにします(笑)。

No.162 ある町医者さん
>薬剤毎の経験談なんて、ほとんど無価値です。
 症例など、いくら積み上げても、ダメです。

その無価値な経験、症例経験をもとに添付文書と異なる使用をしているのではないのですか。もし、本当に無価値と思っているのなら、添付文書と異なる使用をして責任を問われても文句を言わないで下さい。
私は、添付文書の記載は裁判において、医療水準を嵩上げする現実的な危険が高いことから、その乖離をなくす努力を求めているだけです。
私の提案の内容については、「無過失補償制度」提案へのエントリ癸牽阿鮖仮板困韻譴亶です。要点は、嶋津氏は、添付文書の記載と学会のガイドラインの記載が異なる場合は、一般論として添付文書の記載を優先せよとするものです。元行政さんから、それは現場の医師の感覚と違うとの返事を頂いたことから、嶋津氏にその旨伝えたら如何ですかと提案したものです。

元ライダー.開業医さん
>何が過誤かという明確な基準(一般論として)を作ってしまえば、それほど意見は割れないと思います。

私は、割れると予想します。
ガイドラインが精一杯で、「診断や治療において」何が過誤かなどという「明確」な基準なんてできっこない。

個々の症例について、後から見たら、これが失敗だったのだろうというのは予想できるでしょうけど、その段階ではこれが最善と考えて皆やっていると、私は思います(少なくとも私はそう思ってやっているけど、、、後からみたら、こっちの方がよかったかもというのはいくらでもある、元ライダーさんだってそうでしょう?)。
ましてや、個別の症例じゃなく、一般論として何が過誤かなどというのをあらかじめ決めるなんて、できっこないと思います。

そんなものができるはずだという前提の元で、医療従事者を裁いてほしくない。
そうでないと裁けないというのなら、幻想で人を裁いているんだという気持ちをもっていてほしいです。

地方の弁護士さん
症例は「仮説を立てるきっかけ」になるだけです。
例を2つばかり。

鮫の軟骨を飲んだらガンが治ったという経験談をいくら積み上げても、鮫の軟骨がガンに効くとは言えません。鮫の軟骨でガンが治ったという経験は、鮫の軟骨でガンが治るかもしれないという仮説を立てるきっかけになるに過ぎません。
鮫の軟骨が効くかどうかの検証は、疫学的なりプロスペクティブなりのきちんとしたプロトコールをたててやらないと、いくら経験談を積み上げても無価値です。

症例は、せいぜいが、こういう副作用が出たことがあるから気をつけよう程度のもので、その副作用だって、その薬剤が理由なのか、たまたま薬を飲んだ後で起こっただけで薬とは無関係という可能性もあるんです。本当の副作用かどうかは、きちんとした疫学的なプロトコールで検証しないとなんとも言えません。

私は、地方の弁護士さんがどういう提案をされたのか分かりません。価値ある提案をされたのかもしれないですが、こういう科学、それも特に医学という科学の基本的な概念を知ってないとトンデモない提案をやった可能性もあるというのを理解しておくべきと思います。

No.182 ある町医者さん
>症例は「仮説を立てるきっかけ」になるだけです。
>私は、地方の弁護士さんがどういう提案をされたのか分かりません。

私のNo.181 のコメントをお読み頂いていないのでしょうか。
なお、私は添付文書に反する医療行為を問題にしているのです。ある町医者さんのあげられた事例は、新規治療法についてのことと思います。この点については医療崩壊について考え、語るエントリ(その11)癸横隠碓焚爾任なり論じた積もりです。この議論を踏まえてご意見があればお聞きしたいと思います。
また、私の提案の内容については「無過失補償制度」提案へのエントリ癸牽圧擇咾修竜掴世侶于瓩鯑匹鵑把困い疹紊如∋笋猟鶲討、トンデモ提案か否かご意見を伺い思います。すくなくとも元行政さんによれば90%以上の医師の同意を得られる提案であった筈ですから…

みーこさまはとても親身になって今の医療崩壊の現状を憂いて下さってるのであり、そのお気持は大変貴重なものであるかと思うのですが。皮肉屋ロイヤー様のおっしゃる事は個人的に完全に共感できます。医師は法律家の言う通り仕事をしたほうがいいと思います。
おそらくその結果割をくうのは、法を超えても、確立が低い方法でも試みて患者を救いたいと願う誠実な医師であり、大勢の患者でしょう。
しかししょうがないんです。国民は痛い目合わないとわからないのです。悲しいことに。
やってみないとわからないような不確実な医療ならやるな、と法が定めた以上国民はやはりそれに従うべきでしょう。

それで困る国民の数は医療過誤で被害にあう人の比ではないと思いますが、それも国民の選んだ道なのです。
医師はもっと自分を守る事に徹してもいいと思います。というか徹してください。徹底的に医師自身を守る道を探してください。そうでないと結局皆が最後に困ることになります。

やぶでもいないよりはいたほうがましです。もっとも憂うべきことは医師自体がいなくなるということ…と私は思っています。医師がいないところで議論積んだって無意味です。しかし国民は、法は、世論は残念ながら医師を守る方向には向かっていないのです。(ここの法曹関係者の方個々人が悪いとかいう事では断じてなく、制度がそうなってるということ)

No.177 ある町医者さん

風邪(急性上気道炎)と思われる患者を前にしても、大丈夫ですよ、普通の風邪ですよと安心させながら、もしかして明日になったら劇症型心筋炎で死んでないだろうかとかいう不安も、ちょっぴりあったりします。
中に、不幸な同業者がいて、こういうごく稀な例に遭遇し、訴えられ、莫大な賠償金を払わされているかたもいる。
神の診断能力を持っている(と思い込んでいる)同業者の鑑定書を裁判所が正しいと判定して。

ある患者が咽頭通、微熱、鼻水を主訴に来院したとします。そのときのどを見て、首周りの圧痛を見て首のリンパ節を触り、呼吸音を聴診し、心音を聴診し、(ま、こんなところですか?)所見がなければ80%がた風邪と診断してよいというようなことをあらかじめ明確にしておくきべということです。この場合、風邪薬をだして、患者を返した結果後から心筋炎だろうが喉頭蓋炎だろうが、文句を言われる筋合いはなくなります。もちろん20%は大変な病気かもしれませんよというところまで説明してのことですが。
ただし80%以上の確率で単なる風邪としてよいかどうかは十分なプロスクティブスタディが必要です。
別に医師だって何の根拠もなく、単なる感で医療を行っているわけではないのですから。また逆に、完璧なガイドラインが作れるなら、これまた医者は要らなくなります。ガイドラインに沿って患者自身が判断すればいいわけですから。

No.184 KKさん
>やってみないとわからないような不確実な医療ならやるな、と法が定めた以上国民はやはりそれに従うべきでしょう。

医療は不確実なものですから、医療水準を超えた部分の医療をするなら、患者の承諾を得てやって下さいと言っているのです。曲解して、患者の不安を煽り、医師の間に無用な混乱を招くような言辞をするのは残念です。

地方の弁護士さん

>医療は不確実なものですから、医療水準を超えた部分の医療をするなら、患者の承諾を得てやって下さいと言っているのです。

現状では承諾書の存在は裁判においては免責の根拠とならず、せいぜい「ないよりまし」程度と伺っております。承諾書をとりその旨をカルテに記載しても患者サイドが「そんな危険だとは思ってなかった」と言い出せばそれまでとのことですが、(医療水準を超えたものではない確立された手術法でもそのようです。)どうすればよいのでしょうか。
ちなみに、当然ながら確立された手術法=安全という意味ではありません。

>医療は不確実なものですから、医療水準を超えた部分の医療をするなら、
>患者の承諾を得てやって下さいと言っているのです。曲解して、患者の不
>安を煽り、医師の間に無用な混乱を招くような言辞をするのは残念です。

地方の弁護士さん,
先にも「医療水準」というもの自体の内容を明確に定義できないというのが実際の医療です。そこからして医師と認識が乖離していると思われます。
地方の弁護士さんの論理で行きますとすべての医療行為に対して,行う前に承認を得なさいということになります。実際のところ現状では医療行為を行う前には説明してから行っていますが,それをいちいち書面に残すようなことをしていたのでは医療は成り立ちません。実際のところ現在はインフォームドコンセントということで説明し,納得してもらうという作業が膨大になり本来の医療を行うための時間や労力が削られているという事態に陥っています。
また,緊急の場合にはそのような時間的余裕はありません。

結果として仰りたい趣旨は理解できますが,それは非現実的であるとしか言えない論理であるのです。「医療水準」という言葉だけが一人歩きしても意味がないのです。医療の内容はそんなにロジカルにできる定義できるものではありません。
実際の現場をみていただければ少しは理解して頂けるものとは思いますが...

>No.182 ある町医者さん
説明不足なのか、まだ誤解があるかなぁ。

そもそも「過誤の定義」ですら医師の間では共有されていないのではないでしょうか。

例えば以下のような定義の一例がありますが、

医療過誤

医療の過程において十分な注意を怠った、または必要とされるべき十分な措置を行わなかったことで、死傷などを含め、患者側に身体的または心的損害が生じたこと。

ここで、「十分な注意」、「十分な措置」と言われても、一般論として、何をもって「十分」とするか、ほとんどの医師は言えないのではないでしょか(私も言えません)。ですから事実上、「何が過誤かという明確な基準」は現時点では無いのです。

個別の症例では十分であったかどうか、個々の医師は自身の意見を持つことはできるでしょう。しかし意見は割れます。何をもって「十分」とするかの基準が無いからです。「十分」を額面どおりに受け取って100%でないから十分でないと考える医師もいれば、60点なんだから十分でしょうと考える医師もいます(こうしたバラつきは医師の世界に限ったことではありませんが)。

どこかで「十分」の基準を無理やりにでも決めなければなりませんが、点数評価は滑稽です。そこで、例えば「自分が被告医師の立場であれば、間違いなく怠らなかであろう注意や措置を怠った場合を不十分とする」(あくまでも例ですから、ここは突っ込まないでくださいね)という、そんなに迷わないで判断できる基準をつくれば、それ以外は「十分」になります。そうした基準で個々の事案を判定しても意見は割れるでしょうが、大きく割れること無いと思います。

ここまでくると、その基準作りを医師だけに任せられないと言う声も当然出てくるでしょう。私もそうした声が出るのは妥当だと思います。医師にとって厳しい「基準」を求める声も容易に想像できます。しかし、社会全体にとっての利益を最優先して考えれば、「そんな厳しい基準であれば、医師はリスクの高い医療から逃げ出すよ」という医師側の声に、厳しい声も妥協せざるを得ないはずです(というか妥協させなければなりません)。もちろん医師側も「そこまでなら可能」というギリギリのところまでの妥協は必要です。

という訳で、何をもって「十分な注意」、「十分な措置」とするのかは医師側だけで考えることではないのです。ボールは社会全体に投げ返されています。

No.187 7年目内科医さん
>現状では承諾書の存在は裁判においては免責の根拠とならず、せいぜい「ないよりまし」程度と伺っております。

契約書があっても、そのとおりの法的効果が発生しないことは確かにあります。しかし、それは医療に固有の問題ではありません。しかし、どの裁判でも、契約書があるかないかで、訴訟における労力には格段の違いがあることは理解しておいて下さい。
また、承諾書があっても免責の根拠にならなかった事例があれば、正に反面教師として貴重な事例でしょうから、お聞きになった方から教えて貰って下さい。参考にしたいです。

No.188 Levl3 さん
>先にも「医療水準」というもの自体の内容を明確に定義できないというのが実際の医療です。そこからして医師と認識が乖離していると思われます。

通常の臨床医が現場でやっている医療慣行が医療水準と考えて良いです。その医療慣行に添付文書の記載あるいは緊急医療において法律上求められる医療水準が上乗せされるということでしょう。
現在福島の産婦人科における刑事事件に対し、医師の方の反発が強いのは、通常やる医療が司法により否定されたと感じているからと推測されますが、何が医療慣行かが分かっているから、皆さんが強く反発されているのでしょう。
あるいは、何が医療慣行かは分かっているが、医療慣行が必ずしも医療水準と一致しないからとのご意見かもしれませんが、殆どの場合は一致する筈です。これ以上の議論をするなら、具体例を上げて頂ければ幸です。

No.183 地方の弁護士さん

念のために断っておきますが、ガイドラインに書いてあることをやらなかったから過失という裁判所の判断もトンデモですよ。添付文書に従うべきという意見だから間違っている(90%以上)のであって、添付文書で反対されているような微妙な取捨選択が要求される話をガイドラインがそうであるからといって断罪するのは誤りというなら、もろ手を上げて賛成です。

病院勤務医です。

No.185 うらぶれ内科さんのコメント

ある患者が咽頭通、微熱、鼻水を主訴に来院したとします。そのときのどを見て、首周りの圧痛を見て首のリンパ節を触り、呼吸音を聴診し、心音を聴診し、(ま、こんなところですか?)所見がなければ80%がた風邪と診断してよいというようなことをあらかじめ明確にしておくきべということです。この場合、風邪薬をだして、患者を返した結果後から心筋炎だろうが喉頭蓋炎だろうが、文句を言われる筋合いはなくなります。もちろん20%は大変な病気かもしれませんよというところまで説明してのことですが。
ただし80%以上の確率で単なる風邪としてよいかどうかは十分なプロスクティブスタディが必要です。

についてですが、臨床症状がまったく同じことはないし、カルテに記載できるのは、症状のみで、「なんとなく重篤に見える」という感覚は、表現できないので、80%とか90%とかいう場合、風邪の症状での一般論は議論可能としても、個々の医師の判断力および個々の症例について、医師が何%重篤でありうると判断したかは、記載がなければ、事後的に数値を出すことは非常に難しいです。よって、法律的には記載がなければ医師は0%と判断したとされます。これは、医師にとっては厳しい、ことです。心筋炎や白血病は、かぜ症状のうち0.01%未満と思います。0.01%未満のーしかし、放置すれば場合によっては命取りとなりうるー病気を列挙し、その症状を列挙し、これらの症状が悪化したら、病院へ来てください、とすれば、法律的には完璧かもしれませんが、さまざまな疾患が来ている病院では、そのためには、非常な労力が必要となります。法律は、そこまで要請している、が、それはできない、と医師はあきらめているのではないかと思います。私もあきらめていますが、それではいけない、とも思い始めています。もちろん、「うらぶれ内科さん」のご指摘のごとく何パーセントで別の疾患がありうる、かをプロスペクティブに検討するのは、医療、医学的には重要なのですが、医師は、さまざまなカンで判断しますから、その能力の平均に比してそれぞれの医師が妥当な判断をしたかどうかの判断のためには、「重篤な=裁判になりうる=状態となった者のうち、そうなることを予測しえた者の割合はどの程度であるか」をレトロスペクティブに検討することも必要です。たとえば、心筋炎でかぜ症状で病院を受診したものの内、遅滞なく診断された割合がどれくらいであるでしょうか?その数字があり、95%信頼区間99%以上で遅滞なく診断されていれば、心筋炎は「一般的には遅滞なく診断すべき疾患」と思います。95%信頼区間が99%であれば、自分が「1%しかいないやぶ医者」と判断されたら、おとなしく責任を認めるべきなのかもしれません(もちろん、症状の個別性がありますからから、裁判で争うことに意味がないわけではありません)。それでも、「1%しかいないやぶ医者」数多い(1000人以上いるわけですから)中で自分があたったことを嘆くかもしれません。ただ、「遅滞なく診断された割合がどれくらいである」かについて、数字が出ている疾患はありません。よって、その数字がなく裁判に出されたら、「天災」とおもってしまうでしょう。
元ライダー.開業医さんのコメント にある
ここで、「十分な注意」、「十分な措置」と言われても、一般論として、何をもって「十分」とするか、ほとんどの医師は言えないのではないでしょか(私も言えません)。

医師が平均、これだけは診断しており、これだけは判断している、という数的な根拠(今回の例では、心筋炎でかぜ症状で病院を受診したものの内、遅滞なく診断された割合がどれくらいであるか)のデータバンクが、十分な注意、十分な措置、に対する一般論としての回答となります。これを作るには、膨大な作業が必要で、かつ、定期的なアップデートが必要です。それは、臨床医の片手間ではなく、そのための専門機関が必要なのではないか、と思います。現実的かどうか、ですが。

>No.192 yoshiさん

小生の言いたかったことをすべて代弁してくださり、深謝いたします。

>臨床医の片手間ではなく、そのための専門機関が必要なのではないか、と思います。現実的かどうか、ですが。

医師が不必要な萎縮医療に走らないためにも、これは必要なことかと思います。もっともこの点で先進国である米国でも医療裁判はなくならないどころか、頻発しているようですが。


>通常の臨床医が現場でやっている医療慣行が医療水準と考えて良いです。
>その医療慣行に添付文書の記載あるいは緊急医療において法律上求められ
>る医療水準が上乗せされるということでしょう。

地方の弁護士さん,
そもそもAという病気に対してBという治療を行うことが標準と言われているとしても,すべての患者にBを行っていればよい訳ではありません。同じ医師が治療していても状況によってはBとは対立に近いようなCという治療法を選択する場合もあります。また施設や医師が変れば,場合によっては治療法の選択そのものからしてDやEが一般的であってBの方法を取ることは滅多にない,ということもあります。手術法の選択などは,特にそもそもがいくつもの選択枝があり施設による標準術式などは大きく異なります。
そういった意味でも「医療水準」というものは幻と考えるべきです。また,添付文書については別のところにも書きましたが,医療を行う上では「決して標準となるものではない」のです。あくまであの文書は「製薬会社が厚労省に認めてもらうための書類」に過ぎません。世界標準の使用方法さえも「禁忌」とか書かれているような文書に準拠して医療を行ったのでは,「まともな医療は行えなくなる」からです。

それから緊急医療に関しては私は個人的には「原則免責すべき」と考えています。放置すれば重篤になる,もしくは死亡するような状況で,「助かる方が運がよい」のに過ぎないからです。「どうも非医療者は,助かって当たり前」といった間違った考え方をしているようですが,緊急的な疾患や病態で助けられる方がむしろ限られています。「心筋梗塞」が90%以上助かるなんてとんでもない話です。確かに「CCUまで辿り着いて治療が受けられるような病態の患者に限れば」そうかもしれませんが,そういった前提条件を外した論理の飛躍でものを考えられると困るわけです。交通事故の外傷患者などの訴訟も耳にしますが,そもそも重傷になった原因は本人にあるわけで,それを助けられなかったとか,後遺症が残ったとか言って医師を訴えるのは論外です。
これらの訴訟では100歩譲っても,放置すれば死亡した状況を鑑みて仮に慰謝料が請求されても,その慰謝料は「もうじき死亡した」状況を元に算出するべきです。現状のような状況では救急医療を行う医師がいなくなるのは時間の問題でしょう。非医療者の意識改革が必要です。

「通常の臨床医が現場でやっている医療慣行が医療水準」
というのであれば、一番いい方法は、数名の鑑定医に「これは通常やっている方法ですかね?」とか聞いて、両方の意見が出た後裁判官が正しいとか間違っているとか言うのではなく、実際に100人なら100人の通常の臨床医に聴いて回ることだと思うんですけどね。

>データバンクが、十分な注意、十分な措置、に対する一般論としての回答となります。

(それって、一般論ではなくて各論のような気がしますが、)

例えばデータバンクで、
・結果的に心筋炎だった
・初診時の症状は風邪だった。
という患者を100人集めて、それが99人正しく診断されていたとしましょう。
それをどうやって、十分な注意、十分な措置が為されていたかの判断に結びつけるのですか?
正しく診断されなかった患者を診療していた医師は例外の1%だから、それをもって直ちに十分な注意、十分な措置、をしていない判断するのですか?
例外が5%なら、どう判断しますか?10%なら?20%なら?どこで線を引くのでしょう。

議論によって妥協点を無理やり決めるという方法があるかもしれません。
それでも医師の過失の有無を決めるのに御提案のようなデーターバンクを作ってもダメなのですよ。

患者100人の背景因子(年齢、余病、生育歴、自身や親の表現力、性格、生活環境)は皆バラバラです。そんな中で1人正確にに診断できなった理由が背景因子によるものではないと、医師のミスだと決められますか?この背景因子の違いが工業製品とは違った、皆さんの言う医療の不確実性の大きな原因の1つではないのですか。

そのようなデータだけで医師の責任を決めるのであれば、医療の不確実性イコール医師の能力の不確実性と受け取られてしまいませんか。

※医学医療のためのデータの蓄積は、費用の点を無視すれば有意義だと思います。単なる疫学ですが。

> そもそもAという病気に対してBという治療を行うことが標準と言われているとしても,すべての患者にBを行っていればよい訳ではありません。同じ医師が治療していても状況によってはBとは対立に近いようなCという治療法を選択する場合もあります。また施設や医師が変れば,場合によっては治療法の選択そのものからしてDやEが一般的であってBの方法を取ることは滅多にない,ということもあります。手術法の選択などは,特にそもそもがいくつもの選択枝があり施設による標準術式などは大きく異なります。(No.194 Level3 さま)

生体が千差万別である以上、「万人に共通する治療法」が医学的にあり得ないということは分かります。
しかし、医療訴訟で問われるのは、同病の患者にどのような治療をして成績がどうだったかというような疫学データそのものではありません。
争点はあくまで、
  <その患者にとって必要とされる>標準的な医療が施されていたかどうか
ということですから、同病の人に大抵はこういう治療をするから、その人にもこうしたというだけで免責されるものではなく、逆に、標準的な治療方法から外れていようとも、この患者にとってはそれが医学的に適切とみなされるのであれば、それでよいということになります。
ある一人の具体的な患者に対して行われるべき標準的な治療法がどのようなものか、当該医療がそれと比較して○か×か、ということが、判断できないのですか?

その適否が、医師によっても判断できないとすれば、
「裁判官には判断できないから手を引け」という主張は理由がないことになりますし、医療事故調査の専門機関を作って検証する意味も無いでしょう。
医師の皆さんは、本当にそう主張されているのですか?

現在福島の産婦人科における刑事事件に対し、医師の方の反発が強いのは、通常やる医療が司法により否定されたと感じているからと推測されますが、何が医療慣行かが分かっているから、皆さんが強く反発されているのでしょう。(No.190 地方の弁護士さま)

私も同じ疑問を強く持っています。
医師の皆さんは、やはり「医療に過失の有無は医師が判断できる(医師でなくては判断できない)」と考えているのではありませんか?

医師が判断できる、というご意見もあります。

> 何が過誤かという明確な基準(一般論として)を作ってしまえば、それほど意見は割れないと思います(No.179 元ライダー.開業医さま)

で、医師の間で意見が割れた場合に、どうすればよいか。

> 必ず反対意見を言う人が出てくる。
> 多数決で?
> そんなばかなでしょう?(No.164 ある町医者さま)

いや、私は大真面目に、最終的には多数決によるしかないと考えています。
 一人の意見は間違うことがある → 複数の人に聞くべきだ → 複数では意見が割れることがある → 多数決で決めればよい

医師の方から、こういうご意見もあります。

> 一番いい方法は、数名の鑑定医に「これは通常やっている方法ですかね?」とか聞いて、両方の意見が出た後裁判官が正しいとか間違っているとか言うのではなく、実際に100人なら100人の通常の臨床医に聴いて回ることだと思うんですけどね。(No.195 立木 志摩夫さま)

100人にアンケートをとった上で、結論をどうやって決めますか?
多数決を想定しておられるのではないですか?

多数意見は真理であることを保証しませんが、真理である可能性が高いから、明らかにもっと良い他の方法がない限り、多数決によるのが適当であると言えます。
裁判所でも、3人の裁判官が評議した後は、多数決で判決内容を決めているのです。
紛争解決を図るためには、意見が分かれたままで放置することはできません。歴史的な真実や科学的な真理はひとまず置いて、極端な話、サイコロを振ってでも、どれか一つの意見に決めなければなりません。
決めた意見が歴史的な真実や科学的な真理に合致することが望ましいし、当事者の納得も得やすいので、出来る限りそうあるべきですが、この場合、一つに「決める」ということが何にも増して大切なのです。

もっとも、多数決の結果を、できるだけ科学的な真理に近づけるための技術的な方策は、いろいろ考えられます。
母集団と抽出集団との逆転現象を避けるために、抽出数を多くするとか、
決を取る前に討論させるとか。

司法家の方々には不本意かもしれませんが、医療の問題において正しい、間違っているということは白か黒かという話では決して判断できないと思いますよ。
おそらく可能であるのは「明らかに過誤がある・不適切である」というレベルの限定された領域での話であって、そうした判断がつく症例は全体の中でもむしろ少数派ではないでしょうか。そしてそういう症例は通常あまり揉めないという印象を抱いています。
大多数の症例においては結局グレーゾーンとしかいえないだろうし、「明らかな過誤はない」というこの領域をどうするのかという話を行う方がまだしも建設的だと思います。

人はモノではない、人は動物ではないということを、法律家のかたは理解していないのではと思えて来ました。
そんなことくらい分かっていると言われそうだけど、ここでの議論を読んでいるとそうじゃないような、、、

YUNYUN さん
>医師の皆さんは、やはり「医療に過失の有無は医師が判断できる(医師でなくては判断できない)」と考えているのではありませんか?

「医師でも過失の有無は判断できない」と多く(あくまで多くのであって全てではない)の医師は考えていると私は思います。
その分野の専門医でもない医師となれば、さらに判断できない。
(医師でもないものをやと)

複数の鑑定医がおれば、複数の鑑定意見が出るってのがその実例でしょう。時には、正反対の見解がでることさえある。
裁判では、裁判官がその中の一つを選ぶんでしょうけど、どうやって選ぶんだろう。私はいつも不思議でなりません。
頭の中でサイコロでも振るんだろうか、、、

>いや、私は大真面目に、最終的には多数決によるしかないと考えています。

科学的真理というのは、多数決で決めるものではないんですが、、、
ただ、裁判ではそうする、司法ではそうなっているというのなら、それはそれでしかたないですね。
我々はそれに従わざるを得ない。
ただし、何度も書いているように、幻想で人を裁いているんだというのを自覚しておいてほしいと願います。

yoshi さん
>たとえば、心筋炎でかぜ症状で病院を受診したものの内、遅滞なく診断された割合がどれくらいであるでしょうか?
>その数字があり、95%信頼区間99%以上で遅滞なく診断されていれば、心筋炎は「一般的には遅滞なく診断すべき疾患」と思います。

yoshiさんがこういう例えをされていますが、これはあくまでも例えであって、実際にこんな数値を出すことなんて不可能の近い。
統計的に有意な数字を出すには、症例を限定して、その上、多数の例を集めなければならない。そもそも激症型心筋炎なんてそうあるものではないんだから。はっきり言って、そんなの不可能です。
年齢、性別、体力、病勢の強さ弱さなどなど、対象となる症例は全部違っているのに、「症例を限定して」などというのがいかに困難か分かっていただけると、、、思うんですが、、、もしかしてこれも理解していただけない、、、

専門医がこういう例えを出すと、さもそういうことが可能かのようにとらえるかたが出てくる。
医師なら、そんなことをわざわざ言われなくても分かっていると怒られることなんですが、、、

地方の弁護士さん
>通常の臨床医が現場でやっている医療慣行が医療水準と考えて良いです。

あの神の鑑定なんて、神にしかできないことを要求されている。
それを通常の臨床医が現場でやっている医療慣行などと考えられた、現場でやっている者にはたまったものじゃない。

そうそう、これですが、、
>なお、私は添付文書に反する医療行為を問題にしているのです。

何を問題にされようが、私が言っているのは、「薬剤毎の経験談なんて、ほとんど無価値です。症例など、いくら積み上げても、ダメです。それらは、仮説を立てるきっかけになるだけです。」ってことです。そして「地方の弁護士さんがどのようなことを大阪大学の嶋津助教授に提案したのか分かりませんが、もし上記のようなことを提案されたのであれば、また、上記のような考えを元にして提案されたのであれば、無視されて当然と思います。」

それとこれとは話は違いますが、添付文書に反することも、ある患者、ある時、ある場合にはした方がいいこともあるんです。
人は、モノでも動物でもないんです。
ただし、司法が、添付文書に書いてあること以外はしてはならないと、我々に命令しているようですから、私のような場末の臨床医は、もちろんそれに従っています。

>老人の医者さん

>おそらく可能であるのは「明らかに過誤がある・不適切である」というレベルの限定された領域での話

 刑事責任については、このように限定された範囲で検討すべきものと思います。

 しかし、民事責任についてはそう簡単には言い切れません。
 訴訟だけで解決しようとすると無理が生じると思いますので(訴訟は白黒をつけざるを得ない)、医療事故紛争処理制度という観点で総合的に検討する必要があると思います。

>ある町医者さん

 あなたの考えは、医療の論理が司法の場でも100%実現されるべきだ、ということではないでしょうか?
 しかしそれは無理な話です。

 司法の究極目的は、真相または真実の発見ではありません。
 紛争の解決です。
 事実認定はその前提として、紛争解決に必要な範囲で必要な程度になされれば足りるのです。

 では紛争の解決とは何かというと、その最低条件は、「紛争を終わらせる」ということです。
 
 しかし、どんな終わらせ方をしてもいいかというとそうではない。
 当事者が納得しようがない終わらせ方を繰り返せば司法の信頼そのものが揺らぎ、司法の自殺ということになります。

 ですから解決の前提となる事実認定は不合理なものであってはならないし、認定された事実から結論に至る論理も正しいものでなくてはならないと考えられているのです。

 以上は司法の考え方または論理です。
 医療過誤訴訟において、それが実現されているかどうかについては私も自信がありません。
 しかし、司法の根本論理そのものを否定し、または受け入れないのであれば、相互理解は不可能です。

司法を理解すればするほど、自分が医療行為を行うことに不安を感じ、救われない状況に身を置く可能性を考えるのではないでしょうか。
それは司法の究極目的は、真相または真実の発見ではありません。
 紛争の解決です

である故だと思います。

神経内科は特殊ですので、あまり他の科にあてはまらないかもしれませんが、困難な症例に対する診断能力は非常に幅があります。症例検討会をやれば多くの医師が間違っていることなどよくあります。議論をすることによって一人の優れた意見がその症例検討会の結論になることも少なくありません。議論をすることによって初めて意見は収束するのです。ですから、せめて鑑定医を集めてあるいはネット上でもいいから議論を行わなければ誰がやってもとんでも鑑定はあると思います。

裁判は白黒を決めるということではなく、例えば100人の医者にアンケートをとり60人から「その判断は正しくない」という回答を得たら60%という数字を考慮して賠償額を決めるということができないもんでしょうかね。つまりグレーはグレーであって白黒ではないと。

>謹慎中さん

>せめて鑑定医を集めてあるいはネット上でもいいから議論を行わなければ誰がやってもとんでも鑑定はあると思います。

 こういう手続が必要なら採用すればいいのです。
 司法にはそれを受け入れる余地が十分あります。
 問題は、司法にその必要性を理解させるにはどうしたらいいかです。


>うらぶれ内科さん

>60%という数字を考慮して賠償額を決めるということができないもんでしょうかね。

 法律家の中にもそれに近い考え方をする人はいます。
 私は、かなり合理的な考えだと思います。
 

>>No.200 モトケンさん

刑事がいいのか行政処分がいいのか方法論には様々異論はありましょうが、基本的に明らかにペケなものはペケとして別扱いすべきというのは同意です。

民事で多発するであろうグレーゾーンの判断に関しましては、医師の素朴な感情として
1.誤診でもないのに賠償金とは納得できない
2.不幸な転機をたどった患者・遺族には率直に同情申し上げる気持ちがある
といったものがあるだろう一方、患者側の言うところの真実の追究という点で訴訟の場が全く機能を発揮していないらしいことはこの場の議論でも明らかでしょうから、無過失保証制度なり公開症例検討なりといった別方面で救済を目指すべきというのが今のところ自分の考えです。

現在訴訟沙汰になっている件数の大部分が互いに納得しやすい別なルートで解決されるようになるのであれば、医療側の不満もゼロにはならないまでもかなり軽減されるのではないかと思っています。

追記ですが、

>無過失保証制度なり公開症例検討なりといった別方面で救済を目指すべき

これは患者・遺族側の訴訟権放棄を伴うべきと思います。
某活動家さんの主張するように「無過失保証制度の支払金を元手に訴訟を」なんてことになったら目も当てられませんので(苦笑)。

具体的に患者遺族側は訴訟権を放棄すると共に第三者機関による症例検討のレポートと一定の保証金を受け取る権利を得る。医療機関側にはこのレポートを元に再発防止のため対策を講じる義務を負うみたいな感じでどうかと思いますが。

>ある一人の具体的な患者に対して行われるべき標準的な治療法がどのよ
>うなものか、当該医療がそれと比較して○か×か、ということが、判断で
>きないのですか?
>
>その適否が、医師によっても判断できないとすれば、
>「裁判官には判断できないから手を引け」という主張は理由がないこと
>になりますし、医療事故調査の専門機関を作って検証する意味も無いで
>しょう。
>医師の皆さんは、本当にそう主張されているのですか?

YUNYUNさん,
これまでの医療訴訟の医療行為をみていますと,多くの場合言えることは「×とは言えないだろう」という評価のできるものが大半です。中にはやはり「これは医療に問題あり」と言えるものが混じっている。というのが私の現在の感想です。
医療者側から言えば,○○を行わなかったことは「明らかに」問題があるといえることは非常に稀である,ということです。現在の裁判では裁判官は非常に高いところにハードルを設けています。時には「神」でなければ実現不可能であるようなことを平気で求めているようです。それが,医療側が「こんな話をされたら医療なんかやっていけないよ」と言わざるを得ない実態であるのです。
多くの医師が「これは医療に問題あり」と言えるものだけが,地方の弁護士さんなどが言われる「医療水準以下」に相当すると思います。

そもそも裁判は無理矢理にでも白黒付けて紛争解決を図るのが仕事であり,医療における非常に広いグレーゾンを無理矢理黒に持っていく姿勢に問題があると言わざるを得ないのです。
「多くの病気は医師が直すのではなく,患者さんが自分で直るのです。直らなかった大部分の理由は患者さんの体そのものにある。」ことを非医療者には解って頂きたい。うまく直らなかった責任を医療者に押しつけ,さらに裁判でもそのような視点で判断するからおかしなことが起こってくるのだと思います。いくら医療が進歩しても医師にできることは限られています。

亀レスで済みませんが、以前別スレで「医療側の意見の統一を」という提案があり、不可能であり、私はそれは医療を理解していないからだと厳しく言いました。今でもその意見は変わりませんし、このスレを見てさらに強く感じました。

このスレでも同じ議論がなされているのですが、意見を一つにまとめるなんて絶対に不可能です。ただ、最終的に過失がある可能性が10%くらい、というきわめて曖昧な判断を下すことはできるのでしょうけど、その場合だって、ではその10%をどの様に解釈するかという問題も生じてきます。

地方の弁護士さんとYUNYUNさんは意見統一ができないのはおかしいとおっしゃっていますが、では反対にお聞きいたしますが、高裁判決と地裁判決と全く同じですか?意見というのは一人一人違うのです。その裁判レベルでは裁判官が統一意見を出しているのかどうかは私は知りません。しかし、私が理解する限り、裁判官だって意見統一はなされていません。
司法もそうかもしれませんが、ましてや医療なんて不確実性の高いことに統一意見なんて出るわけがないと多くの医師が思っているし、そもそも正しい真実を見極めることができないのが医療の現状です(つまり、死亡した原因がなんなのか特定は不可能というのが医療の現状、というニュアンスです)。
また、当時の医療レベルといっても施設によっても水準は違います。統一意見なんてそれこそ出ません。
では何を持って判断するのか・・・。私はやはり一般の臨床医で多く(多くというのを議論する必要もありますが)の医師がどう判断するかによって結論づけるのが望ましいと思います(これについては別スレでも私はさんざん言いましたが、改めて言わせていただきます)。その判断の場所の候補の一つに第三機関があると思います。費用的な面、時間的な面、様々なハードルはあるでしょう。それらも議論していかなければなりません。

医療は党内で意見を統一しなければならないような政党政治であるべきしょうか?私は違うと思います。多くの医師の意見というのは大事であり、有益性も感じますが、だからといってそれは少ないサンプルで多数決で決めて良いと言うことではありません。いろいろな反対意見があるから医学が発達し、また患者も治ったりする事実もあるのです。それくらい医療は奥が深いのです。

興味があれば何度かクリニカルカンファランス(死亡症例検討会)を見学されることをお勧めします。医療の不確実性がよくわかると思います。

追記です。
ただ、統一意見が出るべく努力する、つまり、カンファランス形式にするということは必要だと思います。
それでも統一意見は出ないと思いますが・・・。

>No.209 yama さん
司法側(YUNYUNさんだけ?)が求めているのは、意見を統一(全会一致)することではなくて、意見をひとつにすることです。カンファレンス形式でも良いし、最悪多数決でもいいんじゃないでしょうか。私はそう思っていますし、それで良いと思います。

>No.208 yama さん
>最終的に過失がある可能性が10%くらい、というきわめて曖昧な判断を下すことはできるのでしょうけど

私は数字を出すのには反対です。10%くらいって、ほとんどの場合、何の根拠もないですから。

ところで、医学的な部分は医師側で判断しても良いとおっしゃって下さる、法曹の方々は、どこまで判断してよいと考えているんでしょうか?「過失あり」、「因果関係あり」まで判断しちゃって良いのでしょうか?といっても、もちろん医学的判断の部分だけっですけど。

別のPCからの書き込みなんでハンドルが以前のままでした。

一部訂正します。

意見を統一(全会一致)することではなくて、意見をひとつにすることです。

意見を統一(全会一致)することではなくて、意見をひとつ出すことです。

同じことなんですが、訂正後のほうがわかりやすいかと。

別スレでも言いましたが、多数決なんておおざっぱなもので決定しても良いのでしょうか?医療において少数の貴重な意見がでることはよくあります。

> No.210 元ライダーさん
私は意見を一つにすというのも乱暴だと思います。CC(クリニカル・カンファランス)を見ると明らかですが、違った視点から見ると全く逆の意見も出てくる、しかもそれは正しい。でもどっちが真実なのかは解らない。そういうときにどちらかの意見に統一しろ、と言われてもそれは全く乱暴な意見でしょう。
みんなで議論して「こういうのもある、でもこういうのもある」というのが統一意見であれば私は納得します。しかし、多数決でどちらかに統一したりするのはもうそれはもはや医療とはかけ離れたものでしょう。そこには真実を追究する姿勢は全くなく、とにかく患者か医療側かどちらかに祝福を与えましょう、という神の気まぐれ意見によるものとしか例えようが無いと思います。

> 私は数字を出すのには反対です。10%くらいって、ほとんどの場合、何の根拠もないですから。
おっしゃる通りです。だけど、5人のうち1人が賛成すれば20%が正しいと言える(サンプルが怪しいかどうかはさておき)という意味で挙げてみました。

ちなみにCCは死亡症例に限りませんね。間違えました。すみません。

うむむ、医師の方からは毎回同じ誤解が出ますなあ。元ライダーさんはポイントを把握されておられますが・・・・。

ここで「見解をできるだけ統一して欲しい」と言われているのは、詳細な事実経過や結果に至る機序ではなく、まして「取るべき医学的判断、ベストの医療行為が何であったか」でもなくて、「被告医師が行った医療行為が、当時の状況から見て一応是認できる程度のものなのかどうか」ということでしょう。

で、その判断について、医師全員の意見が完全に揃うということはないにせよ、概ねの医師が同意できる結論というのはあるだろうし、ひとまずそれを前提に紛争を解決するほかないでしょう、ということかと。

医師にその意味での判断、意見集約すらできないということであれば、裁判所の判断を云々する以前に、医師ですら医事紛争について判断することはおよそ不可能ということになりましょう。

私は医療の素人ですから、「その意味での意見集約も不可能だ」と言われればそうですかとしか言えないけど、だとすると、医学部生とか研修医には何を教えるのでしょうか。「このような場合、少なくとも○○はしておけ」とか「○○はするな」とか指導しているのかと思っていたのですが・・・・「医療は不確実性が高いから、何をしてもマチガイとは断定できない。君らは自由だ。フリーダム!」なんてことはないですよね。この、医学部生に常識として教えるような事項に明らかに反した医療であっても、それを是認できるかどうかについて、おおかたの医師の意見を統一することすらできない、ということなのでしょうか。

ところで、No.210 元ライダーさんのコメント末尾の部分について私見を申し上げると、法律的な意味での過失や因果関係の有無は裁判所が最終的に判断するが、その前提として医学的知見が必要不可欠な場合には、前提事実について専門家が示した判断を尊重した結論になるであろう、ということになります。

ある単一の医学的争点に対する判断が過失の評価に直結するケースを念頭に置いていうと、裁判所は鑑定人に「過失があるか」とは聞かず、「医療行為として一応の水準に達していると見てよいか」という趣旨の質問をする。それに対し「水準に達している」とか「間違いとはいえない」という鑑定意見が返ってくれば、よほど特殊な事情がない限り過失を否定する判決になるであろうし、反対に「水準に達していない」「普通の医師ならそんなことしない」という意見なら、原則として過失を認める判決をするであろう、ということです。

雑感ですが、医療側の「誤解」と捉えている限り未来永劫この溝は埋まらないと思います。
自分としては司法側の「誤解」を医療側は十二分に承知した上で負けないための法廷戦術を追求すべきであるし、その方が神学論争を繰り返すよりずっと実際的かつ有益ではないかと思いますが。

>213.FFFさん
>医師にその意味での判断、意見集約すらできないということであれば、裁判所の
>判断を云々する以前に、医師ですら医事紛争について判断することはおよそ
>不可能ということになりましょう。

たとえば研修医の医療行為の過失の程度を、その状況において何%の割合で業務上過失であり残るパーセンテージは過失じゃない医療行為であるというふうに、賠償金額の根拠となる過失度として決定することは、医師が何人集まっても決められないでしょう。

医師が多数決で決めるべきは、その医療行為が刑法上有罪であるか無罪であるかだけだと思います。

このばあい上級医の集団は陪審員団として機能します。医学の不確実性を勘案して評決は全員一致でなく多数決で決するほうが適当でしょう。

ある医療行為が裁判になると予想される時は、その病院で速やかに病院の専門医集団による陪審制の事故調査委員会を立ち上げ、刑法上有罪か無罪かの医療側見解として病院の責任で予め結論を出しておくことが、その後の司法手続きにとっても、行政へのシステム改善意見を出すにしても、物事が混乱なくスムーズに運ぶのではないかと思うのですが。

> では反対にお聞きいたしますが、高裁判決と地裁判決と全く同じですか?意見というのは一人一人違うのです。その裁判レベルでは裁判官が統一意見を出しているのかどうかは私は知りません。しかし、私が理解する限り、裁判官だって意見統一はなされていません。(No.208 yama さま)

司法の仕組みを理解されていないと思います。
司法のやっていることは、ある特定の紛争について、対立する意見の間で、ルールに則って優劣を決めることです。
説得してその人の意見を変えさせ、全会一致に持ち込むことまでは要求されていません。裁判で敗訴した側は、判決を受けても見解が変わるものではありませんが、法的にこれ以上争いをできないこととされます。
世の中に存在する異なった複数の意見のうち、何らかの方法で第1位とするものを選ぶことによって、当該紛争は解決するのです。

要は、優劣の決め方のルールを定めておけばよい。
ある事件について、同一裁判所の合議体の中では多数意見が優先し、審級の異なる裁判所同士の間では上級の裁判所の意見が優先するというルールが、法律に明記されています。三審制によって、地裁→高裁→最高裁ときて、最高裁が判断を示せばその事件に関する判決は確定し、「争えなくなる」のです。

医師の皆さんは、医療に関する問題について、現在の裁判所がやっている意見の優劣の決め方は、不明朗であり不適当でもあると感じるため、納得されないのでしょう。
ならば、どういう方法で意見の第一位を決めるのが相応しいか、そのことも専門家たる医師のみなさんで議論して決めていただけばよいと思います。
極端な話、真理に基づいた選択でなくても、選び方のルールが明確になっていさえすれば、何でもよろしい。多数決でも、鑑定人の序列によるのでも、くじ引きでも。
医師の皆さんはどういうやり方なら納得されますか?
そうやって、ある事件について、一つの意見を選べば(一つだけです、二つも三つも要りません)、紛争は解決できます。
司法が医療に対して求めるのは、それだけです。

>FFF様

ここで「見解をできるだけ統一して欲しい」と言われているのは、詳細な事実経過や結果に至る機序ではなく、まして「取るべき医学的判断、ベストの医療行為が何であったか」でもなくて、「被告医師が行った医療行為が、当時の状況から見て一応是認できる程度のものなのかどうか」ということでしょう。

あれ??では奈良の心嚢穿刺の判決はどう解釈すればよいのでしょう?

G鑑定やH鑑定も,被控訴人Eの医療内容につき,2次救急医療機関として期待される当時の医療水準を満たしていた,あるいは脳神経外科の専門医にこれ以上望んでも無理であったとする。

 少なくとも2人の意見は、「被告医師が行った医療行為が、当時の状況から見て一応是認できる程度のものなのかどうか」と言うことに関しては一致していると思いますが・・・。
 解釈についてご教授頂ければ幸いです。

 それはそうと、「来し方行く末」エントリーの方にも書きましたが、よろしければFFF様にもLMnetにご参加頂けないでしょうか?少しでも多くの法曹の方に参加頂けたらと思っております。

思い切りエントリのテーマからはずれてる(笑)

No.217 僻地外科医さん

 少なくとも2人の意見は、「被告医師が行った医療行為が、当時の状況から見て一応是認できる程度のものなのかどうか」と言うことに関しては一致していると思いますが・・・。
添付文書遵守だとか医療水準要求だとかいった、司法が医療現場に何の相談もなく発動した立法類似行為が諸悪の根源ではないでしょうか。

別エントリで紹介した角膜手術移植後の散瞳症の判決、これぞ藤山雅行さんというトンデモ判決でした。しかし原告側の鑑定医がトンデモ鑑定をしたのかというと、そういうわけでもなさそうなのです。藤山雅行さんの手にかかると、鑑定医がおかしなことを言っていなくても、こういう風に恣意的に判決がかけるんだということがよく分かりました。詳細はまた後日に。

彼が最高裁に行くことがあるようであれば、国民審査で×をつける運動を展開したいと思います。

書いているうちにFFFさんのコメントがあり、ダブりますが。

>No.212 yama さん
>私は意見を一つにすというのも乱暴だと思います。

ここが、肝心なところです。医師による医療事故審判(仮称)があり、その判断を裁判では十分尊重するものとします。審判の意見がひとつであれば、いくら裁判所でも、そこからかけ離れた判決は出せないでしょう。

ところが、審判の答申(回答?)が両論併記的なもの、玉虫色なものであれば、裁判官はどう判断しますか?正反対の鑑定意見から、皆さん(私も含めて)の言うトンデモ判決?が出る現状のように、首をかしげるような判決が出る原因になりませんか?

ですから、裁判を前提にする限り、医師側から最終的に出す意見は唯一であることが望ましいのです。医師側から出すその一つの意見がトンデモなら、医師世論で修正可能じゃあないですか(次回からになりますが)。

一つに絞らないほうが乱暴な最終結果を導きます。一つにできないという意見を法曹の皆さん流に言い換えれば、一つにする責任を裁判官に押し付けて、自分たちは責任逃れをしているのに、裁判官を非難するという???な意見になってしまいます。

>違った視点から見ると全く逆の意見も出てくる、しかもそれは正しい。でもどっちが真実なのかは解らない。そういうときにどちらかの意見に統一しろ、と言われてもそれは全く乱暴な意見でしょう。

そういう時、審判では「明らかな間違いとはいえない」との唯一の意見になると思います。

>No.213 FFF さん
回答ありがとうございました。私個人としてはとしては満足な内容です。ただ、医療水準をあらかじめ決められないとゆう(^^;)意見もわかるのです。同じ疾患でもA大学、B大学、C大学の治療方針は同じではありません。そんな中で医療水準を問われても誰も答えられません。しかし「被告医師の行為は通常の医師が絶対はずしてはいけないキモだったのか?」と問われればどこの大学出身でも答えられるはずなのです。このように「医療水準」を翻訳しても良いですか?

>No.217 僻地外科医 さん
>少なくとも2人の意見は・・・・

だから唯一にするべきという話なんじゃないでしょうか。

すでに思い切りスレ違いの話題になっていますが(苦笑)。

司法的整合性はあろうとも、ここに集う医療側としてはそれなりに理解も知識もあるであろうメンバーにすら受け入れられない論を、広く医療業界全般にどうやって受け入れさせるのかという点にも一度思いを致すべきだと思います。
理論としていくら正しくとも、現実に対処できない論は空論と呼ばれ何ら事態の解決には寄与しないのですから。

せっかく他業界の専門家が集まっているのですから、日常診療において直面する脅威を回避あるいは軽減するに足る実効性のあるご意見を拝聴したいと思うのです。
いきなり理想の空高く飛躍するのではなく、まずは互いに受け入れ可能な部分から一歩ずつ詰めていくべきなのではないでしょうか。

>元ライダー様

>だから唯一にするべきという話なんじゃないでしょうか。

 原判決をお読み頂けるとお分かりだと思いますが、この判決に参照されている鑑定意見はG鑑定人とH鑑定人の二人の意見だけです。ゆえに、鑑定人の意見は全員一致で「2次救急医療機関として期待される当時の医療水準を満たしていた」です。

 私がFFF様にお聞きしたいのは法解釈上でこの2人の意見を阻却する何らかの合理的理由があったか、あるいは合理的とは解釈できず、いわゆる真の意味で「トンデモ判決」なのか、ということです。

 医療と同様、判決にも100%を期待できるものであるとは思っておりませんので、これが「トンデモ判決」と解釈されるものであるならば、控訴すれば十分勝ち得るでしょうし、そうでないならば現場の医療者側として違法性を追求されない方策を考えねばならないでしょう。

 もちろん、鑑定文を読んでみなければ分からないというご意見もあると思いますので、それであればそう言うお答えをいただければと思います。ただ、その場合、この判決文が現場の医療者側に誤解を与える書き方をされているという誹りは免れないと思います。

>No.221 僻地外科医様

原判決を十分頭に入れていなかったもので失礼しました。
「少なくとも」は「2人」ではなく、一致している内容に係るのですね。

No.208 yama さん
>私が理解する限り、裁判官だって意見統一はなされていません。

法規範に対する解釈あるいは一定の事実関係における法的評価は、最高裁判所において統一的解釈がされることが予定されています。その意味で、地裁や高裁の判断と最高裁の判断は質的に異なります。
何をもって、医療水準にするかについても、医師毎に違うということであれば、そもそも、医療水準とは法的評価ですから、司法の価値観で決めるだけのことです。
私は、医療の意見が一致している部分は、司法もなるべく尊重した方が良いと考えていますが、意見がバラバラなら、医療に気を使うことなく、ただ、司法は法の下の平等の観点からなるべく意見を統一して判断することを指向して行くだけです。

No.218 峰村健司さん
>添付文書遵守だとか医療水準要求だとかいった、司法が医療現場に何の相談もなく発動した立法類似行為が諸悪の根源ではないでしょうか。

民法に規定のある過失(注意義務違反)の判断枠組みを構築し、公平な裁判を行うために司法が意見を統一するために編み出したものです。これは、司法の固有の権限であり、医療の言うことを参考にすることはあっても、対等な立場で相談するなどと言う発想は司法には全くありません。
医療現場に何の相談もなく、医療行政が行われていることにもっと怒りを向けたら如何ですか。
医師の皆さんは、このブログで、医療崩壊阻止のための具体的方策を考えたり、行動を起こすことより、このプログで司法に怒りをぶつけることで、ストレスを発散しているだけのような気がします。何だか馬鹿馬鹿しくなってきました。また暫くロムさせて頂きます。

> No.217 、No.221 僻地外科医 さん

 えーとですね。No.213は説明を単純化するために「ある単一の医学的争点に対する判断が過失の評価に直結するケース」を前提にしましたが、御指摘のケースは、そうでない場合だ、ということかと。

 たとえば、原告が「○○の時点でA薬を投与すべきだった」と主張し、被告がこれを否定する場合、訴訟の争点は「○○の時点でA薬を投与しなかったことは妥当か」という医学的問題に収斂され、その点について鑑定が行われれば、鑑定人の意見が過失の有無の判断に直結するでしょう。

 一方、御指摘のケースにおける原告の主張は、たぶん、「被告の医療行為は2次救急医療機関として適当でなかった」とし、それに加えて、「仮に被告病院としては適当な処置をしていたとしても、その上で、さらに高度の医療機関に転院させる手配をすべきだった」というものだったのでしょう。

 そして、裁判所はG鑑定やH鑑定にしたがって前段の主張は排斥したが、後段の主張を容れた、ということかと考えます。後段の主張は私の想像だし、その点についてどんな証拠があったのか、鑑定に付されたのかどうかも知りませんので、これ以上論評できませんが。

 とにかく、御指摘の判決が妥当かどうか、正しいかどうかは別論として、上記のように二段構えの過失論になっているのではないか、鑑定は一段目についてのもので、その点に関する医学的知見については鑑定に従っているのではないか、ということです。

>地方の弁護士さん

何だか馬鹿馬鹿しくなってきました。また暫くロムさせて頂きます。

法曹が医師の意見を訊いて馬鹿馬鹿しくなることがあるように、医師も法曹の意見を聞いて馬鹿馬鹿しくなるところがあるのだと思います。そのような、お互いの馬鹿馬鹿しくなるところを議論することで、相互理解が可能なのかなと思いました。

>No.216 YUNYUN(弁護士)さん

さらに思いっきり、話はズレますが、

よく「謝罪広告の掲載」を請求する原告がいますが、本心から謝罪の意を持っているかどうかは当人しかわからない訳で、むしろ求められて行う謝罪は当人の本意ではない場合がほとんどだと思います。そんな謝罪を受けて、求める側は満足なんでしょうか?

>裁判で敗訴した側は、判決を受けても見解が変わるものではありませんが、法的にこれ以上争いをできないこととされます。

上記の話によれば、「謝罪広告」は単に「裁判で負けました宣言」でしかないように思いますが、原告の意を受けて謝罪広告を請求する弁護士さんは、こういうことを考えないのでしょうか?(考えないとは思えないのですが)

いつも質問ばかりで恐縮です。

>FFF様

 ご解説ありがとうございます。う〜〜〜〜〜む・・・・・・・。ですが、これだと、我々も判断に迷いますね、正直なところ・・・。奈良の症例は決して希な事例といえるものではなく、(例えば、心タンポナーデでなくても初回CTで一般医には同定できなかった急性硬膜外(下)血腫など考えられます)、その意味で我々の今後の診療をどうするべきか、法的な支えがないということになるのです・・・。

もしお時間がありましたら、一度原判決を読んで頂けるよう、お願いいたします。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/5DC0E6DAEC784F5649256DD70029B153.pdf

No.201 モトケンさんのコメント

紛争の解決とは何かというと、その最低条件は、「紛争を終わらせる」ということ

というのは医師側に全く欠けている視点だと思いました。

正しい事を正しいと判断して欲しいという思いは、両者がそれぞれの正しい事を主張している以上無意味である、ということがどうしても医療者には理解しがたいのかもしれません。
「ある程度両者が納得して紛争を終わらせる」というのが第一の目標と考えれば、複数医によるカンファレンス方式の議論(できれば数日にわたる念入りな)を裁判官に見ていただき、判断していただくという方法が理にかなっているように思います。
医師の意見をひとつにまとめることの困難さが言われていますが、複数の医師の間で5:5くらいに意見が割れるような微妙な内容であれば、そうそう過失は認定されないように思いますし、3:7くらいで割れるようなものであれば自分の行為が3/10の少数派であれば、多少の過失を認定されてもあきらめはつくような気がします。(というより裁判はそういうものでしょう。ある程度双方が納得がいく、というのが大切であるように思います。もちろんその結果をして「やぶ医者」のレッテルを貼らないようにマスコミにお願いしなければいけませんけどね。)
患者さん側も、専門科がこれだけ集まっても結論の出ないほど微妙な問題だったのだと目の当たりにすることによって、不信感が少しでもぬぐえればそれにこしたことはないのですが・・・。

いずれにせよカンファレンス方式を選ぶのであれば、刑事であれ民事であれ、カンファレンスが要求するすべての証拠を提出する、というのが前提でしょうが。(留保がおかれたままでは議論の意味がないので。)それはやっぱり無理なんですかね。

> No.225 しまさん
まったく同意見です。逃げているのはどちらですか?と逆に問いたくなります。自分が逃げているのに医療側に逃げているという資格はないと思います。まるで自分たちには責任はないという言いっぷりです。私も含めてここに来る医師の一部もそういう面もあったかもしれませんが、少なくとも議論しようという姿勢はあります。

久々に怒りをあらわにしてしまいました。お詫びします。

モトケンさん
>あなたの考えは、医療の論理が司法の場でも100%実現されるべきだ、ということではないでしょうか?
>しかしそれは無理な話です。

そんなことは無理だというのは分かっています。司法は司法の論理で行動しているというのも分かっています。
(医療の論理を司法に100%入れたりしたら、人を裁くなんて不可能になってしまう)
私はただ、幻想で人を裁いているのかもしれないというのを頭に入れておいてほしいと願っているだけです。
もし医療に「一つの正しい意見」などというのがあるなどと思いこんでいるとしたら、それは幻想で人を裁いているのだと理解しておいてほしい。ただ、そういうのがあるというのが司法であり、司法はそういうのがあるものとして行動しているのなら、それはしかたないと思っています。
YUNYUN(弁護士)さんのコメントのように「司法のやっていることは、ある特定の紛争について、対立する意見の間で、ルールに則って優劣を決めることです。」というのが司法なら、そのルールにおいて優劣を決める時には、「一つの正しい意見」などというのは幻想なのだというのを頭にいれておいてほしいと。

No.208 yama さんのコメント
>興味があれば何度かクリニカルカンファランス(死亡症例検討会)を見学されることをお勧めします。医療の不確実性がよくわかると思います。

言えてる!!
たぶん「一つの正しい意見」などというのがあるなどというのは幻想だというのを理解していただけるのは、ごく一部のかたではないかと思います。これをやってくれたら、少しは分かっていただけるかたが増えるかもしれない。

ところで、FFF さんのコメントなんですが、、、

>ここで「見解をできるだけ統一して欲しい」と言われているのは、詳細な事実経過や結果に至る機序ではなく、まして「取るべき医学的判断、ベストの医療行為が何であったか」でもなくて、「被告医師が行った医療行為が、当時の状況から見て一応是認できる程度のものなのかどうか」ということでしょう。

>で、その判断について、医師全員の意見が完全に揃うということはないにせよ、概ねの医師が同意できる結論というのはあるだろうし、ひとまずそれを前提に紛争を解決するほかないでしょう、ということかと。

司法側は、本当にこれでいいのですか?

こんにちは、整形Aです。

このブログにおける医療問題に関するやり取りは、主に、医療側の疑問に対し、法律家(ほとんどが弁護士さん)の方々が答える、というパターンが多いです。
医師は法律がわからないので当たり前といえば当たり前ですが、弁護士さんだって自分の仕事をかかえ、このブログに書き込むのを専業にしているわけではありません。

書くか書かないかは、それぞれの自由であり、書かないことを批判されるいわれはないと思います。

まあ、僕個人の感覚では、自分の知らないことをいろいろ親切に教えてくれる、非常にありがたい「先生」だと思っています。
本来、物事を教えてもらうには授業料を払わなきゃならんのに、ここに集う弁護士さんたちは、それを無償でやってくれているのですよ。

我々医師だって、知り合いに健康相談なんかされた時に、「そんなのは病院に行って診察料を払ってしてもらえ」的に思うでしょう。
ここのブログの弁護士さんたちは、そんなことをおくびにも出さず、何度も何度も、繰り返し繰り返し相談を受け、アドバイスしてくれているのです。

感謝の念と節度を持って議論しなければ、相手してくれなくなるのは当然ではないでしょうか。

No.227 僻地外科医 さま

奈良救急心タンポ事件については、
●医療事故と司法制度(民事編)
http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/04/16-112210.php
コメントNo.302〜 でも議論しましたが、
そこでの私の意見(No.306、312、320)は、
本エントリNo.224 FFF さまと同旨です。

御指摘のケースにおける原告の主張は、たぶん、「被告の医療行為は2次救急医療機関として適当でなかった」とし、それに加えて、「仮に被告病院としては適当な処置をしていたとしても、その上で、さらに高度の医療機関に転院させる手配をすべきだった」というものだったのでしょう。
そして、裁判所はG鑑定やH鑑定にしたがって前段の主張は排斥したが、後段の主張を容れた、ということかと考えます。(No.224 FFF さま)

医師に責任を負わせるための前提条件として、
1.自分で心タンポナーデの心嚢穿刺をして救命することができたはずである
2.能力のある他院に転送することができたはずである
のうち、少なくとも一方が実現していることが必要である。

だから、過失ナシという結論を導くためには、
1.も成り立たないし、2.も成り立たない
ということを立証する必要があった。
1.が成り立たないことは、医師の専門的見解が全員ほぼ一致。
しかしながら、「2.はできる」と言った(あるいは、「2.はできない」と明言してくれなかった)鑑定医師が約1名おり、裁判所はそれに乗っかった。(医療事故と司法制度(民事編)No.320 YUNYUN)

この事件については、高裁判決しか公開されていないため、
FFFさまもおっしゃるとおり、原告はたぶんこういう主張をして、裁判所はここは認めたのだろうなという推測しかできません。
最低限、第一審判決(高裁判決は変更箇所しか書かれていない)と、第一審及び控訴審に提出されたすべての医学的意見書を見なければ、実のある分析は不可能です。

-------
用語の問題。

「原判決」という言い方は、上級審からみて直前の審級の判決という意味で使われますので、避けたほうがよいです。
例えば、最高裁の判決文の中で「原判決」というと高裁判決のこと、高裁の判決文においては地裁判決のことを指します。
同様に、「原審」は直前の審級の裁判所のこと。

どこが出した判決かによって、指す内容が違いますので、
私たちが判決を論評する場合は、誤解のないように、「地裁判決」「高裁判決」という言い方をするほうがよいと思います。

う〜ん…。同じ言語を使用していても、当該言語の意味は多様な解釈を許しますから、なかなか言いたいことが「お互いに」通じていないような気がしますね。
ただ、だからと言って言葉を発しなければ通じません。整形A先生の励ましもありますので、私のできる範囲内で説明させて頂きます。

>No.226 元ライダー 開業医先生
 判決で謝罪広告を求めることは、名誉毀損の事件などでよく見られます。名誉とは、その人(法人)の社会的評価なので、名誉毀損があった事実が認定されて損害賠償請求が認められたとしても、その人の社会的評価は回復することはできません。そこで、名誉を回復する手段として謝罪広告が判例上認められているのです。 
 *「謝罪広告」「名誉毀損」については、法律上様々な問題点がありますが、お尋ねの件とは関係しないとおもわれますので、その点は触れません。

>No.230 ある町医者先生
 おそらく法曹側(私もこの言葉はとても気になりますが、便宜のため敢えて使用します)は、「一つの正しい意見」があるとは考えていないと思いますよ。でも、町医者先生やyama先生が「法曹側が求めている」と考えられたのはどうしてなのかと、忖度してみますと、どうも「正しい」という言葉がよくないのかと考えました。
「正しい」をちょっと横に置いて、「一つの」に重点をおいて考えてもらえれば、YUNYUN先生やFFF先生の言わんとすることが感覚としておわかりいただけるのではないかと。
もちろん、何度も法曹側の先生方が話をされてましたように、最終的な目的は正しい=真実です。しかし、これもモトケン先生が述べられていたように、紛争解決=裁判を、国家機関である裁判所は拒否できない以上、原告(医療訴訟の場合多くは患者さんですね)から求められたら「判断」しなくてはなりません。その「判断」の基礎として医師の意見がある場合、「一つの」意見(それが裁判上の鑑定であっても、専門医委員会の見解であっても)であれば、「判断」が可能になるということです。

そして、その「一つの」意見は、「正しい」意見(であればベストですがその判断が不可能ならば)でなく、「妥当な」意見であればいいのです。
「妥当な意見」は多数決で決することも許されるのではないでしょうか。数人の医師のうち、一人は「当時の状況から見て『妥当』とは思わない」との意見をだし、他方で『当時の状況から見て『妥当』な手段である」との意見が出て、その多数決で、「妥当」な手段であったかどうか判断してもらうのです。

この「妥当かどうか」の基準を「一般的に定めること」の困難さ(例えばガイドライン)は、私も、このブログをROMしてきてわかってきました。ただ、個別の事件について、『一つの妥当な意見』を出すことは、可能ではないかと、法曹側の一員として考えた次第です。

これは蛇足ですが、もし、「正しい=真実」として、医師の先生方が『法曹側はわかっていない』と話されているのであれば、これは違うと断言できますね。
法曹(特に弁護士はそうだと思いますが。本当は裁判官にこそわかってほしいのですが(>_

多様な真実がある、医者が俺のヨメを殺した、という考えも、残念ながら稀な産科合併症で助けようがなかった、という考えも等価ならばいっそのこと裁かない(これは司法にそぐわない)判断をされたらいかがか。

司法は必ずしも全ての場面で判断を下していたのではないと思うが。

>YUNYUN様

この事件については、高裁判決しか公開されていないため、
FFFさまもおっしゃるとおり、原告はたぶんこういう主張をして、裁判所はここは認めたのだろうなという推測しかできません。
最低限、第一審判決(高裁判決は変更箇所しか書かれていない)と、第一審及び控訴審に提出されたすべての医学的意見書を見なければ、実のある分析は不可能です。

 了解です。おそらくですが、こういう医師側から明らかに「トンデモ判決」とされている事例を詳細に検討しないことには、医師側の不安感は解消されません。この作業は相互理解のために必須であると考えます。何としてもそのための方策を練らなければなりません。

 我々は現在何をやるべきか、何をやらざるべきかについての指針が見えないんです。そして、法で呈示されたその指針が現状に則さないものであれば、行政ないし司法に改善を求めねばなりませんし、敗訴の原因が被告側の論証不足などにあるものであれば、それを補うような方策を立てねばなりません。

 奈良の事例は法的にはどうあれ、外側から見る限り、控訴審判決全文を読んですら、ごく普通の医師が、ごく普通に診療していて、誰でもぶつかり得て、誰でも同じような結果になりうる事例です。これを分析せずに放置しておく訳にはいかないと思います。

あ、追加。用語のことは分かりました。以後気をつけます。

No.233 nuki(弁護士)さん

「妥当かどうか」の基準を「一般的に定めること」が困難
であるにもかかわらず、なぜ
個別の事件について、『一つの妥当な意見』を出すことは、可能
なのでしょうか。何を基準に妥当とするのですか?もう少し説明していただければ幸いです。
そのよりどころを多数決であるとされているようにも読めますが、それは単に法曹がその手法になじんでいるということではないでしょうか。
われわれの感覚では違った5人づつの多数決、やるたびに結果が違うことはよくありそうだと思うのですが。
ルールがそうなっているのだから従えといわれればそれまでですけど、それで決めてしまえというのかなり乱暴な話ではないかというのが実感です。

>No.234 pipin さんのコメント

お言葉に感謝しつつ横からお言葉を返します(笑)と、残念ながら以下の文中の二つの考え(命題)は全く等価ではありません。

>医者が俺のヨメを殺した、という考えも、残念ながら稀な産科合併症で助けようが
>なかった、という考えも等価ならば

前半の考えには俺と言う独立した人格とヨメという別の独立した人格が「俺のヨメ」と言う言葉を使うことによってひとつの人格であるとした誤認が見られます。「ヨメ」は物理的にも法的にも「俺」とは全く別の存在ですから、前半の部分は医者対二つの人格であるのに対して、後半の部分は医者対患者一人の人格であるので、この2つの命題は法的にはまったく等価ではあり得ないのです。

よって、この文に対処する時は「等価ならばいっそのこと裁かない」という解答ではなく、等価でない命題だから法的判断できないとするべきでしょう(笑)。

真横から失礼申しましてすみませんでした。

で、たった今気づいたんですが・・・
そうか!地裁判決はともかく、高裁判決はトンデモとまでは言えないかも!!

地裁判決と高裁判決の違いは、高裁判決を読んだ推測からは

1.原判決中、被控訴人奈良県に関する部分を次のように変更する。
2.被控訴人奈良県は、控訴人Aに対し2683万2319円、同B、同C、及び同Dに
 対し、727万7439円並びにこれらに対する平成7年2月14日から支払い済みまで年5分の金利を支払え。
3.控訴人らの被控訴人奈良県に対するその余の請求を棄却する。
4.控訴人らの被控訴人Eに対する各控訴を棄却する。
5.訴訟費用は控訴人らと被控訴人奈良県との間では、第1,2審を通じ、これを
3分し、その1を控訴人らの、その余を被控訴人奈良県の負担とし、
控訴人と被控訴人Eとの間では、控訴人の負担とする。
6.(略)

第1 申立て
 1 原判決を取り消す
 2 被控訴人らは、連帯して、控訴人Aに対し・・・(略)・・・支払え

 地裁判決が「賠償金を連帯して支払え」だったのに対し、高裁判決は「奈良県が支払え」に変わっていることですね、たぶん。
 で、高裁判決文の意味するところは、
 「鑑定人G、Hの意見:いずれも二次救急の医師として被控訴人Eの行ったことはやむを得なかった。->これを採用する。
 しかし、奈良県の責務として救急指定病院を名乗る以上、救急に精通した医師を常に配置しなければならない。従って、被控訴人Eに賠償義務はなく、奈良県に賠償義務がある」
 と言うことなんだろうなと思います。

 従って、医師の不安についてはある程度解消されると思います。

 ただ、これは我々が心配してあげるようなことではないですが、奈良県に対しても請求が厳しいと思います。救急専門医が全国に2000人程度しかいないのは、奈良県の責任ではないですから・・・。

さきほど法廷から戻って参りました。メールを確認するより先にこのブログを開いてしまいました(^^;)

No.236 うらぶれ内科医先生
ご疑問の点は、読み返してみれば、確かに論を急ぎすぎた感があります。ご指摘ありがとうございます。

>「妥当かどうか」の基準を「一般的に定めること」が困難
 というのは、「一般的」とは、あらゆる症例を想定して『事前に』ガイドライン等でもって、基準を定めることは困難でないかと指摘しました(これは私の私見です。ガイドライン策定も可能だという立場もありえます)。

>個別の事件について、『一つの妥当な意見』を出すことは、可能
 問題となっている個別の事件(法曹側は、紛争になっている事項を、民事・刑事を問わず「事件」と略称することが多いです)を、『事後的に』(但し、意見の判断時点はプロスペクティブに)判断するということです。

この後者の、『特定の事例』について『事後的に』(くどいようですが、判断基準時はプロスペクティブに)、問題となっている医師の治療行為等(説明義務も含みます)の手段が、通常の医師が行う行為(『ベスト』の行為である必要はありません)であったのか、なかったのかの判断は多数決ができると、私は考えましたがいかがでしょう?

多数の医師が、「通常の医師であれば行う行為等である」=妥当
多数の医師が、「通常の医師であれば行わない行為等である」=妥当でない

これだけ書きながら何ですが、この立論に対する反論はいくつもあります。
例えば、「『通常の医師』という基準が明確でない」→「では『通常の医師』は『医師ならだれもが持つ『最低限のスキル』を指すことでどうか」→「治療方法の進歩により『最低限のスキル』も変わってくる」等々。

>単に法曹がその手法になじんでいるということではないでしょうか。
 そうかもしれません。ただ、もし法曹側がなじんだ手法であるなら、土俵が法曹側にある医療訴訟については、その手法を「ある程度」取り入れる必要があるのではないでしょうか。

うまく説明できたかどうか心もとありませんが、疑問の点がありましたら、私ができる範囲内でお答えしたいと思います。

 
 


 


>No.236 うらぶれ内科さん

「妥当かどうか」の基準を「一般的に定めること」が困難
であるにもかかわらず、
個別の事件について、『一つの妥当な意見』を出すことは、可能

これを否定することは自己否定だという見方もできます。

「妥当かどうか」の基準を「一般的に定めること」が可能であれば、素人さんでも個別の事件について、『一つの妥当な意見』を出すことは、可能じゃないですか。我々は安心して司法にすべてを任せてよいのです。

で、「妥当かどうか」の基準を「一般的に定めること」が困難であるから
プロである我々がプロの裁量で判断して個別の事件について、『一つの妥当な意見』を出すのです(最悪多数決で)。
これこそ医師の裁量(複数形ですが)じゃないですか。

芸術分野の評価とか、そうじゃないですか?

>No.233 nuki(弁護士)さん
あまりにもスレずれなので、納得できなくてもこれで最後にします。

>名誉を回復する手段として謝罪広告が判例上認められているのです。 

なるほど、納得しましたが、
ということであれば、謝罪広告として

「(被告)は(原告)が(毀損内容)と主張しましたが、裁判では(毀損内容)が事実ではないと認定さてました。ここに謹んで広告いたします。」

という内容でもOKなんでしょうか?この広告だと全然謝罪になっていませんが。謝罪という言葉が一般の「ごめんなさい」という意味を含んでいないのでしょうか。

No.233 nuki(弁護士)さんのコメント
>おそらく法曹側(私もこの言葉はとても気になりますが、便宜のため敢えて使用します)は、「一つの正しい意見」があるとは考えていないと思いますよ。

そうであれば、なんら問題ないのですが、ただ、私が「一つの正しい意見」というのに反応したのは、、、

No.154 YUNYUN さんのコメント
>弁護士だって無意味な訴訟はやりたくないのです。
>医学的な問題については、医師の間で意見を一つにまとめておいてもらいたい、「一つの正しい意見」を出してもらいたいと切に願いますね。

と書かれていたからです。
え〜、そんな無茶なと驚き、かつもし司法側がそんな無茶なことを医療側に要求しているのだとしたら、もしかしてそれが今の医療側の司法不信の大きな要因なのではないかと思ったのです。
そうではないのなら、私の心配は杞憂だったことになります。

私は、、、
FFF さんのコメント
>ここで「見解をできるだけ統一して欲しい」と言われているのは、詳細な事実経過や結果に至る機序ではなく、まして「取るべき医学的判断、ベストの医療行為が何であったか」でもなくて、「被告医師が行った医療行為が、当時の状況から見て一応是認できる程度のものなのかどうか」ということでしょう。
>で、その判断について、医師全員の意見が完全に揃うということはないにせよ、概ねの医師が同意できる結論というのはあるだろうし、ひとまずそれを前提に紛争を解決するほかないでしょう、ということかと。

司法側がこういう考えでいてくれたら、ありがたいと思っています。
他のかたがどう考えられるか分かりませんが、私は賛同します。
「概ねの医師が同意できる結論」ってのをどう具体的にするか問題は残るでしょうが、私は、それが多数決みたいなものでも、全く構いません。そういうのは科学的な方法論とは異なるものですが、司法というような人間の営みにおいては、それもしかたないと思います。神の鑑定書みたいなものでさえなければ、多数決ってのも一つの方法とは思います。

なお、「妥当な」意見というか、「妥当な」治療とか診断とかいうのは一つではなく多数あります。その中で、どれが最善かとか、一番正解かなどという問いは無理難題だと思います。

ちょっぴり見えてきました、何を今更と言われそうですが。

(A)民事裁判は現在ある紛争を有限の時間内に停止するために一つの妥当な意見を裁判所が採用する過程。

(B1)臨床医は目の前の患者の診断治療のために現代医学的に妥当で保険診療の枠内で検査治療を採用する。その結果をフィードバックし軌道修正して診療を継続する。
(B2)悪い結果が出たときはカンファレンスで、初診時の初動、検査治療の選択法、フィードバックのやり方等の是非やalternativeを検討し今後に生かす。
(B3)多数例が集積したところで、一般則を見出すことができたら報告して、知見の共有を図る。

臨床医は(B123)を何年も(B1は何万回も)繰り返して、臨床が最適解に近づいていくと信じているので、突然(A)を出されても思考エンジンが着いていかないし、(A)で臨床医学が最適解を出しえないので反発する。

当たり前ですが、納得。

(A)では臨床医学の発展はないし(役割が違う)、現在の医療制度に貢献しないので、それをどうしましょうが、モトケンブログの役割。

No.239 nuki(弁護士)さん

レスいただき、ありがとうございます。

通常の医師が行う行為(『ベスト』の行為である必要はありません)であったのか、なかったのかの判断は多数決ができると、私は考えましたがいかがでしょう?

わたしはグレーはグレーであって白や黒ではないというのが持論です。

もし法曹側がなじんだ手法であるなら、土俵が法曹側にある医療訴訟については、その手法を「ある程度」取り入れる必要があるのではないでしょうか。

今のところはそうせざるを得ないことは認めます。

No.240 元ライダー.開業医さん

妥当かどうか」の基準を「一般的に定めること」が可能であれば、素人さんでも個別の事件について、『一つの妥当な意見』を出すことは、可能じゃないですか。

私は素人でも判定可能な一般的基準がすぐにも作れるなどと言ってませんよ。判断基準は要は特異性の問題で、解釈の余地は狭いほうがよい基準というだけの話です。例えば医学の教科書であっても立派な基準になりうるわけで、実際定評のある教科書はそれほど書いてあることにぶれはありません。ただ、現実の紛争はそんなレベルではないということは十分に分かってますがね。難しい判断を強いられる基準であればあるほど特異性が落ちていくというわけです。
前にどこかで言いましたが、医学に限らず判断基準があいまいな場合には、大数の法則に従って統計学的に処理するのが筋です。

>No.243 うらぶれ内科さん

No.239 nuki(弁護士)さんの説明で納得されたのですね。同業者の日本語のほうが通じるかと思い横レスしましたが、かえって、かき混ぜてしまいましたね。失礼しました。

納得というか、現状に従わざるを得ないということです。私としては多数決反対です。

No.240 元ライダー 開業医先生
 既に申し上げましたように、謝罪広告は、「名誉を回復する一手段」ですので、「ごめんなさい」という謝罪の「真摯な」意思がなくても、原告にとってはいいのです。むしろ、謝罪広告に「真摯な」「ごめんなさい」という意味が含まれると、憲法19条の思想・良心の自由に反する恐れがあり、現にこの点で最高裁判所まで争われことがあります。

No,242 hama内科医先生
 医師の先生方が、法曹側の何にいらだちを持たれていたのかの一端が少し理解できました。ありがとうございます。

No,243 うらぶれ内科医先生 
 私個人の感覚では、「グレー=妥当かどうか判断がつかない」ということならば、医療訴訟ならば、当該医師の行った行為等は「妥当でなかったとまではいえない」判断されることになるだろうと思います。
 

謝罪広告については、nuki(弁護士)さまがNo.233、246でご説明くださいましたので。

1点付け加えますと、
「謝罪」のネーミングは、多分に、弁護士の「依頼者向け説明」の要素があると思います。
つまり、原告代理人の。
実質は<謝罪>ではなく、単なる<敗訴>公告に過ぎませんが、「謝罪広告を勝ち取った」と説明する方が、依頼者に喜んでもらえるから。そして、金銭賠償額が低くても(日本の裁判所は名誉の値段は低くしか評価してくれません)、一応満足して「先生よくやってくれました、ありがとうございました」と言ってもらえるから。

-----
No.231 整形A(そのまんま)様 に補足。

法曹側から回答が無いとか、回答が遅いということについては、
法曹人口は医師人口の約1/10であることも、考慮いただければ幸いです。
この場に来ている人数も、母集団の人口構成を反映して、およそ法曹1:医師10くらいの割合でしょう。
数名しか居りませんので、時期によってはみな出払ってしまっていることもあります。

> 地裁判決はともかく、高裁判決はトンデモとまでは言えないかも!!(No.238 僻地外科医さま)

違う、違う!! そりゃ勘違い、ぬか喜びです。
奈良救急心タンポ事件では、一審地裁では被告が勝った(請求棄却)のを、高裁がひっくり返して、原告の請求を一部認容したのです。逆転敗訴です。
医療者側の立場からすれば、高裁判決はトンデモだが、地裁判決はマトモだったということになるでしょう。

「申立て」とは、控訴人が、控訴審でどんな裁判を求めたか、です。
本件では控訴人(=原告)は、「高裁は地裁判決を取り消して、代わりに『控訴人らは・・・支払え』と判決をしてください」と申し立てた。

地裁判決を見られないため分かりにくいですが、
高裁判決の最後に損害額の計算をまるまるしているところをみると、地裁判決では全然計算していなかった、つまり原告の請求を一銭も認めていなかったのではないかと思います。

ところで、高裁は、奈良県に賠償を命じる一方、医師個人に対する賠償請求は認めませんでした。
医師個人に賠償させるのは気の毒だという考慮が働いたのだとしても、ここで請求を否定する理屈(国家賠償請求とみる)は、他に類を見ないものです。
法曹としては、原告と被告がいかなる主張をした結果、このような理論構成になったのかが大変興味がありますが、資料がないため分かりません。

参考:
新小児科医のつぶやき に、被告医療者側で訴訟に関与された弁護士のかたのコメントがあります。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061108

>197
>100人にアンケートをとった上で、結論をどうやって決めますか?
>多数決を想定しておられるのではないですか?

説明が判りにくかったかしらん。
通常の臨床医が現場でやっている医療慣行が医療水準と定義するのであれば
(a)「この医療行為は通常の医師の医療慣行から逸脱していますか?」と聞くのではなく
(b)「この医療行為をあなたはしますか/する可能性がありますか?」と聞いて回ればよい。

100人聞いて回って、5人がすると答えれば
「通常の臨床医の5%はしている医療行為である」ですし、
誰もが口を揃えて、そんなことはしないというのであれば通常の臨床医はまず現場では行わない行為です。
これは一部の権威とか鑑定医とかが「これは逸脱している」とか「してない」とか、論文や教科書を持ち出してきて、ああだのこうだの言うよりはるかに説得力があります。

うろ覚えで例を挙げます。
特発性食道破裂に対する医療過誤裁判。以前はかなり詳細な経過がサイトに載っていたのですが今は読めなくなっています。
この中でひとつの問題点が、入院時のX線に通常の臨床医なら行わないような見落としがあったのではないか、という点です。
そこを鑑定された食道外科のM教授は自分の部下のところに行って、写真を見せ、所見はあるか・診断は何だ、と聞きます。正答できたのは確か2割くらい。

これなんか非常に説得力があります。全国有数の食道チームの面々でも半数以上が指摘できない。ならば通常の臨床医が通常の注意力で判断して判るわけがありません。
こういうことをしないで、教科書とかから「この影は教科書的な説明に合致しており気づかなかったのはミスである」とか議論してもはじまらんというのが僕の考えですな。

>YUNYUN様

 なるほど。ありがとうございます。では、この件に関してはやはり地裁判決から徹底的に解析しなければなりませんね。

横から失礼します。

高裁判決文を読む限り、控訴人が賠償金を受け取ることについては異論はありません。
しかし、裁判長がいうように病院に支払い責任があるとも全く思いません。

この事件はトリアージのミスです。しかし、搬送を受けた病院では設備人員の不足の中時間を無駄に浪費した事実は認められません。裁判長がいうような病院でのトリアージミスはないと思います。

ではどこのトリアージミスかというと、その病院への搬送を支持した救急指令センターでしょう。すなわち、実態の実効性を無視した救急体制をそのまま運営している自治体に支払責任があると思います。

これは、医療事故ではないです。地裁判決の段階で訴える相手が違うことを理由として遺族の訴えを棄却し、本件での棄却に不服ならば行政に対して損害賠償請求訴訟を起こすことが出来ます、と遺族に教えるべきでした。

それを医療事故のまま控訴として扱う高等裁判所の判断がトンデモ判決になるのはある意味当然と考えますが、本コメントに対するご指導ご添削をよろしくお願い申し上げます。

まいど誤字訂正(笑)>No.251の文中

>ではどこのトリアージミスかというと、その病院への搬送を支持した救急指令センターでしょう。

支持した(誤)→指示した(正)

です。失礼致しました。

> No.251 ぼつでおkさん
まあ、この判決が民事であれ、刑事であれ、医師側が感じるのは、マンパワーに恵まれていない地方の病院での勤務はすべてを超越したスーパードクターでないと無理。だから普通の医師は撤退、という結論になるでしょう。私自身もそう思います。
犯罪では無いけど賠償金を取られる・・・・これだけで医師はやる気を失います。どんな医師から見ても明らかに過失である、というのなら話は別ですが、この症例について過失は言えるでしょうか?救急ちょっとでもかじった医師ならば「自分たちよりもレベルは低い」とは感じても、「これで過失(例え民事であれ)と認定されるのはおかしい」と思うのが普通の医師の反応だと思います。
そうなって崩壊が進み、最後に損をするのは日本国の患者たち、ということになります。

>No.253 yama さん

この事件での病院の責任についての裁判所の判断は、地裁判事が無責、高裁判事が有責と対立する法的判断がなされました。黒を白と判断したために生じる社会的損失より白を黒と判断したために生じる社会的損失のほうが重大であるから、判決にあっては原則推定無罪の立場をとるべきとする司法の公正を保つための不文律?からすると、病院の責任についてのひとつの法に基く法的意見が有罪と無罪に分かれた以上、原則無罪と判断すべきである。というのが論理的に正しいのではないでしょうか。

これまでもいろいろな立場の分析から病院・医師に責任がないとの意見が言われてきましたが、論理学の立場からも病院の責任はないという結論になると思います。

となると、この判決を受けて医療側が主張すべきは医行為の免責性ではなく、死亡という結果について医師や病院は不可抗力の状態にあったためもとより責任をとる立場ではないことを堂々と主張すればよいと思うのですが。

ご批判お待ちしております(笑)。

>nuki さん
>YUNYUN(弁護士)さん

謝罪広告の説明ありがとうございました。
おかげさまで長年の疑問が解決しました(^^)

こんにちは、YUNYUNさん。
整形Aです。

いつもコメントありがとうございます。
亀レスになりますが。

No.216 YUNYUN(弁護士)さんのコメント

>司法のやっていることは、ある特定の紛争について、対立する意見の間で、ルールに則って優劣を決めることです。(中略)
>
>医師の皆さんは、医療に関する問題について、現在の裁判所がやっている意見の優劣の決め方は、不明朗であり不適当でもあると感じるため、納得されないのでしょう。
>
>ならば、どういう方法で意見の第一位を決めるのが相応しいか、そのことも専門家たる医師のみなさんで議論して決めていただけばよいと思います。
>極端な話、真理に基づいた選択でなくても、選び方のルールが明確になっていさえすれば、何でもよろしい。多数決でも、鑑定人の序列によるのでも、くじ引きでも。
>医師の皆さんはどういうやり方なら納得されますか?
>
>司法が医療に対して求めるのは、それだけです。

鑑定書が裁判においてどのように扱われるのかがわかれば、医療側にも対策の立てようがあります(上に政策あれば、下に対策あり・・・だったかな?)。

「医療事故と司法制度(民事編)」No325の拙コメントのように、多数決、くじ引きであるならば、被告側(医療機関)は自分のところに有利な鑑定書をいっぱい出せばいいのです。鑑定書の物量作戦ですな。

原告側はおそらく1通の鑑定書を得るのに四苦八苦なはずです。
その点病院は、自分たちと同程度の病院同士で連携をとって、お互いに鑑定書を書いてもらうことが可能です。
連携病院の数が多ければそれだけ多くの鑑定書を得られます。

また、そこはそれ、大きな声ではいえませんが、同病相憐れむというやつもあるかもしれない。
これでもかーというくらい、自分のところに有利な鑑定書を出せば、少なくとも多数決なら医療側が負けないようにできるのではないですか。

もっとも、どう憐れんでもどうしようもないケースというのもあるわけで、その際はさっさと認めて和解なり示談にしたほうがよろしい(YUNYUNさん調)。

むしろ医師側として問題にしたいのは、はたして裁判官が鑑定書の多寡を考慮してくれるのか、あるいは鑑定人の作意をきちんと理解してもらえるか、ということではないでしょうか。
「それについては信じてもらうしかない」という答えでは後はなんとも進展性はないですが・・・。

これも前に述べたことですが、医療訴訟において判決は、その患者の経過に一本の道筋(ストーリー)を引き、その道を行けば助かったはずだ、逆に言うと、その道筋から外れたから不法行為であったと述べることが多いと思います。
ところが、いつも議論になるところですが、医療にはあいまいなところがあるので、正しい一本の道というのはありません。

裁判官は、どうしてそこまで綿密なストーリーを作らなきゃならないのか。
ある意味、ストーリーが綿密であればあるだけ、胡散臭さがまし、医療側からの不信感の原因になっているんじゃないかと思います。

もっと大雑把に、ここまでここからここまでは妥当な医療行為であった(正解群)が、本件はそれから大きく逸脱したというふうには書いてあれば医療側も納得することが多いと思うのですが。

>整形A(そのまんま)さん

、医療訴訟において判決は、その患者の経過に一本の道筋(ストーリー)を引き、その道を行けば助かったはずだ、逆に言うと、その道筋から外れたから不法行為であったと述べることが多いと思います。

それは原告勝訴例ですよね。被告勝訴例に関して言えば、道筋から外れたことをやむを得ないと認めているように思います。

裁判官がストーリーを作るのではなく、原告側のストーリーを、被告側がその証拠で打破できるか否かと言う事が焦点なのではないかと思います。

地方の弁護士さま、
すみません、CID 53428 | の質問を読み落としていました。
亀レスになりますので、またの機会にお返事致します。早すぎてついていけません。何週も遅れてます。

今日のニュースにはびっくり。
「放置」とはねえ。検査したとしても治療できなければ「放置」というんでしょうか。
経過観察という「放置」しかできない病態の患者さんは一杯いるんですが。。。。
--------------------------------
脳内出血の妊婦が転院断られ死亡、遺族が担当医ら賠償提訴
5月23日21時4分配信 読売新聞

 奈良県大淀町の町立大淀病院で昨年8月、妊婦が出産時に脳内出血で意識不明となり、相次いで転院拒否された末、搬送先の病院で死亡した問題で、遺族が23日、「脳検査も治療もせず放置した」として、担当医と大淀町を相手に損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。
 この問題を巡っては、県警が担当医らを事情聴取するなど業務上過失致死容疑で捜査しており、刑事・民事の両面で真相解明が進むことになった。

>その患者の経過に一本の道筋(ストーリー)を引き、その道を行けば
>助かったはずだ、逆に言うと、その道筋から外れたから不法行為であっ
>たと述べることが多いと思います。

この考え方自体が「後だしジャンケン」なんですよね。
プロスペクティブに考えた時にそのような道筋を取ることが妥当であったかどうかが現実には問題なんですが...
それを裁判官に理解させない限り,トンでも判決は続くのでしょう。

P R

ブログタイムズ

このエントリのコメント