エントリ

 医療崩壊問題に関する優れたブログはいくつもあります。
 私が知っているブログでその代表格をあげれば「新小児科医のつぶやき」や「いなか小児科医」などです。
 私自身は刑事畑の元検事ですし、医学知識も医療過誤訴訟の経験も極めて乏しい人間です。
 しかし、このブログが他の医療問題ブログとどこか違うところがあるとすれば、それは管理人が法律家(弁護士)であること、その結果として他の法律家へのチャンネルが比較的太いということです。
 私のブログは「はてなリング」の「法曹実務家・法学者ブログ」に登録しています。このリングページは、GooglePageRank4のかなりアクセスの多いページです。

 では弁護士がなぜ自分のブログで医療崩壊問題をテーマにしているのか。

 私は、医療側と患者側との対立構造において医療側の味方になっているつもりはありません。
 しかし私も私の家族も患者予備軍です(私はすでに患者かも知れません)
 病気や怪我をしたらお医者さんを頼るしかありません。
 そうなった場合にはお医者さんに、自分の能力を最大限に発揮していただきたいと願います。
 ところが、今医療崩壊が進行し、加速し、事態は極めて深刻であるとのこと(これは医師のみなさんに教えていただいたことで、このブログがなければ私自身いまだに知らなかった可能性があります。)
 そして医療崩壊の大きな原因として医療側が重大な訴訟リスクを感じていることがわかりました。
 その結果として「逃散」という事態が生じていることもわかりました。
 つまり医療崩壊はその必然的結果として患者及び患者予備軍である全国民にとってゆゆしき事態ですが、医師が逃散するということは当然それなりの理由があることですから、その理由・原因を知りたいと思いました。
 できるものならば、状況が少しでもよくなるようにわずかでも力になれないかという大それた希望もいだきました。
 訴訟リスクとなりますと、その大部分が法律家がかかわる領域ということになりますから、法律家として何かものが言えるかも知れないと思ったわけです。。
 
 ところが、医療側のご意見を聞き始めてまもなく、いくつかの判決に対する法律家としての私の認識と医療側の認識が大きくずれていることに気づきました。
 私自身の医療事故に対する評価・判断が必ずしも正しくないこともわかってきました。
 お互いが理解していないのなら解決の糸口すら見いだせません。
 そこで、私がこのブログでできることとして考えたのが、「司法と医療との相互理解」でした。

 つまり、このブログの医療問題カテゴリは、「相互理解のため」という明確な意図のもとに続けられてきました。

 以上の観点からのこれまでの流れをごく簡単に要約しますと、

 まず、医療側から民事・刑事の医療過誤裁判(起訴を含む)に対するさまざまな不満が述べられました。
 これは医療の本質や実情等を司法側である私や他の弁護士などが知るためにとても有益なことでした。
 最初のころは感情的なコメントも多かったように思いますが、おおむね冷静かつ論理的なコメントが寄せられました。

 それに対し、私の意図に賛同してくださった何人かの弁護士や研究者の方から、司法とはどういう仕組みになっているのか、なぜいわゆる「トンデモ判決」がなされるのかなどについて、多くの説明がなされました。

 そのようなコメントの交換を踏まえて、これからどうすればいいかという議論になっていっていると感じられていたのですが、そのようなときに魔人ドール氏から、「司法は医療を理解する能力がないのだから医療問題から手を引くべきである。」という趣旨のコメントがありました。
 魔人ドール氏のコメントだけであれば取り立てて問題にするほどのものではありませんでした。
 問題は、魔人ドール氏に共感する人が予想外に多かったことです。
 通りすがり的な人から感情的なコメントが述べられたのであればまだしも、このブログの常連と言ってもいい人からも述べられましたし、そのようなコメントの多くに司法または訴訟に対する基本的な誤解が前提とされていることもある意味ショックでした。

 医療については個別判断の重要性を指摘する医療側が司法については十把一絡げに「司法」と言ってはばからない(人がいる)。
 司法も証拠に基づくケースバイケースの個別判断であることは何度も指摘されているはずなのに。
 そして個別判断である以上、個別に判断する検事や裁判官の個性が反映することは不可避であるのに、「検事は」「裁判官は」と言って一般化してしまう(人がいる)。
 ヤブ医者がいるのと同様、ヤブ検事、ヤブ裁判官もいる。
 それと同時に、名医がいるのと同様、名判事、名弁護士がいるというのがどうしてわからないのか。

 医学だって、始めて発見された病気に対して最初から有効な治療法があるとは限らないだろうに。
 裁判所だって、社会状況の変化や新たな問題に即応できるとは限らない。
 最初から名医の医者などいるはずないだろうに。
 判事も検事も弁護士も同じ。

 弁護士だって暇じゃありません(私は教員の身分がありますのでちょっと違いますが)。
 私の意図に賛同して今まで多大な時間を費やして多くのコメントを寄せてくれた弁護士の皆さんや研究者の苛立ちが自分のことと同じようにわかります。
 ガス抜きは医師だけに必要なのではありません。
 法律家にだって必要です。
 このエントリではこのブログの司法側のガス抜きの意味も込めて言いたいことを言わせてもらっています。

 ここの司法側の常連の多くは、医療の不確実性や現場における医療判断の困難性、医師の逃散の現実とその原因について相当程度に理解していると思います。

 では医療側はどうなのか。
 もちろん、司法や訴訟の仕組みについてよく理解してくださっている医師も何人もおられますが、現時点ではそうとは思えない人のほうが多いというのが印象です。
 これは、今までの経験がものを言っている面が強いと思いますが、司法を理解しようという意思の強さにも関係しているように思われます。
 いくつかの医療側敗訴判決(だけ)に基づいて、「司法には能力がない」というのであれば、そもそも司法を理解しようという意思があるのか、と疑いたくなるというものです。

 このブログは冒頭で述べたように弁護士が管理人をしている法律家に対してチャンネルの太いブログです。
 私としましては、より多くの法律家がこのブログの医療側のコメントを読むことによって医療崩壊問題について問題意識を持っていただいて、より多くの法律家に医療崩壊を防ぐための司法側からの建設的な意見を述べてもらいたいと願っていました。
 しかし医療側から「司法には医療を理解する能力がない」と言い放たれてしまったのでは私の願いが叶えられる可能性は極めて低いものになるでしょう。


 しかし!

 いなか小児科医さんのブログに「第3者機関のありかた検討会」というエントリがあります。
 とても有益は内容です。
 このエントリを踏まえて議論がなされるのであれば、私はこのブログを医療事故問題に特化してもいいと思っています。
 そろそろ模様替えを考えていたところですので、議論の場にふさわしいような工夫を考えてもいいなと思ってます。
 私がもともと考えていたブログのテーマは別のブログを立ててもかまいません。
 このブログはもはや質、量、内容のいずれの点でも私のブログとは言えなくなっていますから。

 ここまで書いてアップしようと思ってブログを見ましたら、元研修医さんのコメントがありました。

司法側と、多分この意識の乖離は決して埋められないのでしょうね。それだけはこの1年間でよく分かりました。

 凹みました。

 これまでの結果がこういうコメントであるならば、こんな議論しないほうがよかったという気持ちです。
 相互理解など夢のまた夢、絶望的な相互断絶を確認したようなものです。
 
 まあ、このコメントは元研修医さんのコメントですし、元研修医さんが医療側全体を代表しているわけではないことはよくわかっていますので、他の医療側の皆さんのコメントを読んでからこのブログのこれからのことを考えます。

補足
 「司法に医療を理解する能力がない。」、「司法が医療に介入することが間違っている。」と言うことは自由です。
 しかし、現在の制度を前提にすれば(するしかありませんが)、民事訴訟を起こされたら応訴するしかないのです。
 検察が起訴すれば否応なしに被告人の立場になるのです。
 その場合に、司法側である弁護士の援助なしに戦ったほうがいいというのも民事訴訟なら自由です。
 刑事裁判なら、無理矢理にでも弁護士がついてしまいますが、あてにするしないは自由です。
 そして、最後は裁判官の判断を受けざるを得ません。
 それが嫌なら医者を辞めるのも自由です。
 他人がとやかく言える問題ではありません。

 しかし、これだけは断言しておきます。
 司法制度(紛争解決制度)、その運用、判断基準は、不変のものではなく変わっていくものです。変えていくこともできます。
 問題は、どう変わるか、変えるかです。
 今が、その正念場かも知れません。

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コメント(145)

>「司法は医療を理解する能力がないのだから医療問題から手を引くべきである。」
私は、企業内弁理士なのですが、数年前の知財高裁設立前のちょっとした騒ぎを思い出しました。
いわく、「裁判官は技術がわからない」「特許裁判官制度を作り必要がある」etcetc・・・・
そんなこと言ってたら何も変わらないと思います。
裁判官が技術の事がわからないのであれば、それをわかるようにするのが代理人の責務です(まぁ、そのために調査官制度、専門委員制度もあるのですが)し、技術のプロの責務だと思います。
医療問題については、軽々しくコメントできるような立場にはいませんので、コメントは差し控えますが、一方の当事者から「もうやってられないよ!」的な話があるようでしたら、それは残念だし(折角の機会なのに)勿体無いなぁ、と思います。

長文エントリお疲れ様です。
御説の通り、医師にもトンデモなリピーターからBJレヴェルの名医までいるように、検事や裁判官、弁護士にもピンからキリまでいらっしゃるわけで、それをひとくくりにして批判するのは失当だと思います。
 また制度として無理な面があるなら、制度を変えることを考えなければならないのは当然なわけですし。ただ、医師がいくら声を上げても、マスコミに取り上げられない意見は全然世に認められないし、医師会なども政治力皆無というのが今の医師の限界と思います。

ここのブログではとにかく医師も司法・弁護士も互いに歩み寄って、共通の課題を話し合えるまでになったと思っていたのですが(私自身はいまだに法的知識が身につかないと嘆くレベルです)、常連さんたちですら魔人ドールさまに結構共感すると言われると私自身「うーん、そうなのかあ?」とよろめいてしまいます。意外に他人の極端な意見に引っ張られて軸足がぶれる事を実感してしまいました。

もっと色々書こうと思いましたが、うまくまとまりません。でもどうか不出来な医者たちに絶望されませんよう。

普段ROMしている者です。

>ヤブ医者がいるのと同様、ヤブ検事、ヤブ裁判官もいる。

でも、ヤブ検事、ヤブ裁判官は間違った判断をしても、起訴されることは無いですよね?
医師と同じように、訴訟されるのであれば、まだ納得できますが。

制度論の場合、文章だけで作っていくと早晩混乱を極めて結末のない小説のようなことになってしまいがちです。
黒板に制度の流れ図を描き加えながら検討すると、百聞は一見に如かず効果も相俟って意見の集約がはかりやすいと思うのですが。
各論を重ねる時は遠慮なく反対しそれに対してまた遠慮なく反論するほうが広がりと深まりが十分に得られると思いますので、とことんやりあっては各部に書き足したり削ったりしてゆくのもよろしいのではないかと(笑)。
最終的に流れ図をひとつふたつ完成できれば、やり合ったことの意味がわかるでしょう。

なにか、黒板のようなページが作れればいいですが、いまのホームページの技術では難しいのでしょうし、ないものねだりをしても始まりませんから、このコメントはやっぱりぼつでおkでしたか(笑)

以前に2,3回ほどコメントさせていただきました。
このブログのレベルの高い議論には、いつも勉強させていただいております。
今までの医療者側が司法のシステムに関して無頓着すぎたのかなあ、と思います。今まではそれほど知る必要のない、幸せな時代だったとも言えますが。
僕のような若輩者にとっては、まだまだ上の世代に無頓着な上司が多いのが、何ともやりづらいです。

>いつもROM さん

>医師と同じように、訴訟されるのであれば、まだ納得できますが。

 これまでも何度か同様の意見が述べられたと思いますが、

 あなたは、間違った検事が起訴されれば、医師が起訴されても納得するのですか?
 
 検事の過誤については構成要件該当性の問題がありますが、それは横においたとして

 私としては、検事や判事が免責されるのと同程度に医師も刑事免責されてもいいのではないかと思っています。

 もう一度確認しますが、

 検事が起訴されないのが問題なのですか?

 それとも

 医師が起訴されるのが問題なのですか?

>これまでも何度か同様の意見が述べられたと思いますが、
>あなたは、間違った検事が起訴されれば、医師が起訴されても納得するのですか?

>検事が起訴されないのが問題なのですか?
>それとも
>医師が起訴されるのが問題なのですか?

そうですね。さんざん繰り返された話題かもしれないですね。
私の意見というより、多くの意見だと思いますが、

妥当な医療をしていても、起訴されたり、敗訴したりする。もしくは和解という名の金を請求される。
たとえ、その司法判断が間違っていても、医師は泣き寝入りするしかない。
医師の行為がおかしいと思う患者はすぐに訴訟してくるのに対して、不公平で、どう対処すればいいのか、不安でしょうがない。

とうことです。

No.3のいつもROMさん

>医師と同じように、訴訟されるのであれば、まだ納得できますが。

彼らは、我々を統治している「国家」なんですよ。
もとより、無答責ではありませんが。

>医師の行為がおかしいと思う患者はすぐに訴訟してくるのに対して、不公平で、どう対処すればいいのか、不安でしょうがない。

 検事が起訴されれば、その検事の事件とは何の関係もない医療事故について医師は自分の患者に対してどう対処すればいいのかについて安心できるのでしょうか?

 不公平であるというのは、市民感覚的には理解できますが、その不公平を解消するためにあなたは検事を起訴すべきといいたいのですか?

 医師を起訴すべきでないとは言わないのですか?

モトケンさん、
>司法制度(紛争解決制度)、その運用、判断基準は、不変のものではなく変わっていくものです。変えていくこともできます。

No.1のかずさんがコメントされている知的財産高等裁判所が何故できたのか、個別的労使紛争を原則3回の期日で解決する労働審判制度が何故できたのか、裁判員裁判制度が何故できたのか、現在国会では刑事裁判における被害者参加制度が立法化されようとしている。

現在、司法制度は我々法律実務家も戸惑い驚くような速度で変わっています。
変えることを希望する者がいて、実際に変わっているのです。
しかも、我々法律実務家が関与できないところで、いろいろ変えられてもいます。

多くの弁護士が反発したにもかかわらず、刑事事件の国選弁護人の選任手続は、法務省所管の法テラスに移管され、法テラスと契約した弁護士しか国選弁護人になれなくなってしまいました。
刑事事件における法務省(検察庁)は、闘う相手です。
私は、刑事弁護人としての良心を、国に土足で踏み躙られたと思いました。
私のように法テラスとの契約を拒否して国選弁護から立ち去り型サボタージュをした弁護士もいれば、「被告人を人質にとられているから・・・。」として不本意ながら法テラスと契約した弁護士もいます。
国とは、そういう相手なのです。
あの郵便局だって、民営化されてしまうのです。


No.2の山口(産婦人科)さん、
>医師会なども政治力皆無

医師会は、小泉政権のもとで、完全に抵抗勢力扱いされてしまったと思います。
一般大衆としての私の目から見て、医師会は診療報酬のことばかり一所懸命に映りました。
その他に何か建設的な提言をしてきたのでしょうか?

もっとも、私の目から見て、日本弁護士連合会も、鼻く○以下の政治力しかありませんが。

>そして個別判断である以上、個別に判断する検事や裁判官の個性が反映することは不可避であるのに、「検事は」「裁判官は」と言って一般化してしまう(人がいる)。
>ヤブ医者がいるのと同様、ヤブ検事、ヤブ裁判官もいる。
>それと同時に、名医がいるのと同様、名判事、名弁護士がいるというのがどうしてわからないのか。

別に、ヤブ医者がいるように、ヤブ検事やヤブ裁判官がいてもいいでしょうし、名判事、名弁護士がいてもいいでしょう。

ただ、ヤブ医者が排除されるシステムというのはあります。
ヤブ医者でないのに、医療訴訟でヤブ医者扱いされることはあるでしょう。

ヤブ判事・ヤブ裁判官が排除されるシステムはどうなんでしょう、というのは疑問のところです。(医者であれば、医療訴訟を起こされるのに・・・というところ)
そのシステム(あるいは業界内批判・自浄作用)は、ヤブ医者?が医療訴訟を起こされているところと比較すると、法に詳しくない人間からすればよく分からないところです。

>北風さん

>ただ、ヤブ医者が排除されるシステムというのはあります。

 ここでいうところの「ヤブ医者が排除されるシステム」というのは具体的にはどういうシステムですか?

>(医者であれば、医療訴訟を起こされるのに・・・というところ)

 このことでしょうか?
 これは「システム」ですか?

>検事が起訴されれば、その検事の事件とは何の関係もない医療事故について医師は
>自分の患者に対してどう対処すればいいのかについて安心できるのでしょうか?
>不公平であるというのは、市民感覚的には理解できますが、その不公平を解消する
>ためにあなたは検事を起訴すべきといいたいのですか?
>医師を起訴すべきでないとは言わないのですか?

言葉が足りませんでした。

裁判で判決が覆る事はよくあると思います。すると、はじめの判断は間違えであった、ということに形式上はなります。しかし、司法関係者は、間違えたことをした、ということで責任を個人的に問われることはありません。
わたしも、それでいいと思います。素人考えですが、何が正しいかなんて、簡単に決められないことで、いちいち後から責任を問われたらたまりません。

でも、医療だって、同じなんです。後から正しいか、間違っているか、簡単に決められるものではないのです。
その場その場で、真剣に医療行為をしていれば、それでいいと思います。あとから、間違っていた、なんて簡単に判断してはいけないと思います。

私にしてみれば、同じような仕事であるのに、なぜ医師はこんなリスクを背負わなければいけないのか、納得がいかないのです。

うまく表現できませんが、少しでも理解していただければ幸いです。

>私にしてみれば、同じような仕事であるのに、なぜ医師はこんなリスクを背負わなければいけないのか、納得がいかないのです。

 このブログの常連の法曹は、皆さんあなたと同じ問題意識を持っています。
 持っているからこそ常連としてコメントしているのです。
 そして、医師の訴訟リスクの実態はどういうものか。
 過大な訴訟リスクを軽減する方策、訴えられたときにトンデモ判決が出る原因とその対策などについて、法曹の視点から意見を述べてきたのです。
 私は、そのような問題意識を共有する法曹を一人でも増やしたいと思ってこのブログの医療問題エントリを続けてきました。
 そしてそのことは医療側の皆さんにも通じていると思っていました。

 今の私はそのような思いが独りよがりではなかったかと思って寂しい思いを感じるときもあります。

 そうでもないかなと思うときもあり、少々揺れています。

>PINEさん
日医総研は割と面白そうなレポートを出していると思います

例:サラリーマン3 割負担延期の提言−今、引き上げの必要はない(政管健保の例)−

No.15のしまさん、これはサラリーマンには大変うれしい提言ですが、小泉政権に対してはモロ抵抗勢力の主張になってしまいますね。

大衆である私は知りませんでした。

僕は何故此処にいるのか
NEJMでの医師達の考察では、
http://zainomusou.blogspot.com/2007/05/medical-malpractice.html
 損害賠償請求訴訟となった医療事案での1500件もの判決済み裁判を、医師達の目で見直してみると、3割の偽陽性(補償すべきでない事案に補償を求めた)と、3割の偽陰性(補償すべきなのに補償させてない)とが認められました。外国の調査ですが、これは最新の大規模研究です。総体として、補償をすべき事案数は、現行判決でも、医師の目で見ても変わりはないのに、3割もの事案で、医療専門家の見た判断と司法の側での判断が異なっているわけです。明日はわが身と思われる、医師なら誰でも経験しそうな、本来医師側に罪のない診療場面が、医療紛争となり結果として冤罪となっているという、この医療過誤冤罪の重過失性というものが、医療裁判報道のバイアスと相俟って、医師の司法制度に対する失望と嫌悪を生んでいるのだと思います。
 多くの要素が、今日の医療変容を生んでいます。その中には、1 経済財政支援会議に象徴されるような財界と政権による社会福祉・医療関連予算の抑制政策があり、、また2 学級崩壊や家庭崩壊と根が同一である過度な個人の悪しき権利意識の肥大化とこれを煽り自社利益に変換するマスメディアがあり、、3 医療過誤冤罪を生む医療紛争解決システムの破綻や厚労省の医師酷使政策といった行政の無策と、、 4 日医の指導能力の低下や全国医学部教授会の封建的姿勢や更にはリピーター医師やトンデモ鑑定医などを許している医師側の自浄作用の弱点などがあります。
 今、このように医師たちは、医療費抑制政策、医療バッシングマスコミや、クレーマー患者、トンデモ判決、厚労省医師酷使政策といった外患と、日医・医学部教授会をはじめとするエリート爺医といった内憂を抱えているのわけです。
 こうした、内憂外患を抱える医者集団の多くは、現実には過酷な医療労働環境の中で悪戦苦闘し、経営不安の中で四苦八苦しながら開業診療に追われているわけで、この論議の場で表現することすら出来ないで居るわけです。暇人は多くいません。

 多くの医師は、医師達の目の前に、第二医師会や勤労医労働組合のようなヒーローが舞い降りてくるのを待つよりも、医療変容から医療崩壊(到着する場のない永遠に彷徨う救急車のイメージ、老人や病人の家庭内棄民、金持ちだけが相手にされる高機能先進病院、金融資本に破壊される病院)への展開を待って、再び国民に医療のあり方を問うことの方が、もっとも現実的で効果的なものであると選択判断しているのだと思います。

 では、ここにいる医師たちはどう思っているのか?
医療紛争解決システムとして現行の司法制度の修正を求め、現実的可能性を追求したい医師がそこかしこには居るのか?医療崩壊の唯一無二の戦犯として司法制度を弾劾しているものが居るのか?弁護士や検事や判事には、もはや医療に理解がなく良識ある者がいないと思っているのか?いずれの疑問も答えはノー だと思います。
 僕らがここにいるのは、医療崩壊の原因を究明し、法曹と協力して論議し、医療崩壊の過程を記録する為だと思います。
 学級崩壊を教師だけでは押しとどめることが出来なかったように、そして学級崩壊の戦犯に日教組がされたように、そこには医療崩壊を押しとどめることが出来ない我々医師と、戦犯とされてしまう駄目な日医とがあるわけです。こうした判断が、医師達のメジャーなそして正当な見解でしょう。
 (個人的には、僕はヒーローを待ってますけどね。必ず有能で解決能力を持つヒーロー達がいるはずだ。小松先生や本田先生を超えるヒーローがね。勿論それはここにいる僕らではない。)

私は法曹とは違う資格、司法試験と比べれば遙か末席の国家資格ですが、広い意味での法務業をしています。
最近のエントリでの法曹サイドと医療サイドの意見の隔たりの大きさを見ていますと、世間一般の人々(法務に携わる職業でない人々)と、我々法務業の者とは「裁判」という制度に対する認識が大きく違っていることを感じます。良く世間で「裁判の場で真実を明らかにしたい…」というコメントが出ますが、そもそも裁判は真実を究明する場ではありません。裁判とは、原告(又は検察官)の主張と被告の主張とどちらに分があるのか裁判官がジャッジ(判定)する場です。ちょうどノックアウトできずに判定にもつれ込んだボクシングの試合と似ています。
ルールに則った殴り合いがボクシングというスポーツであり、ボクシングを行う場がリングであり、勝敗を決める判定を行う審判が居るように、言論による格闘を行う場が法廷であり審判が裁判官です。弁護士というのはボクサーに付くセコンドのようなものでしょうか。戦いの主役はあくまでも当事者である原告と被告であるのが裁判の原則です。
ボクシングの3人の審判は、判定の基準を定めたルールに則って対戦者双方に点数を付けていくように、裁判での裁判官のジャッジの基準は社会常識や人間としての道徳感であり、そこから導き出されて立法化された法律に則って行います。決して自然科学的な真実を究明する場ではありません。裁判官は、原告と被告のぞれぞれが繰り出す主張・理屈・証拠といったパンチがどれだけ相手側にダメージを与えたか、すなわち「有効打」はどちらが多かったかによって判定し、判決を導き出します。どちらの主張が科学的に正しかったかということは考慮しますが、決定的な判断基準ではありませんし、求める結果でもありません。
裁判の場においては、原告や被告は相手の主張を打負かすのが目的であって、真実の追究という目的で戦うのではない、これが法律で飯を食っている者の常識です。ですがなぜか日本では「裁判で真実を明らかにする」というフレーズが世間大衆には好まれ、裁判の報道の中で非常に多く使われ、いつしかこの間違った概念が世間に定着してしまいました。
どうやら今回のモトケン様の立てたエントリでは、医療側と法曹側でこの裁判に対する常識がずれている気がします。ですからモトケン様の気力が萎えてしまうような意見が数多く出てくるのではないでしょうか。傍目からはそう見えます。

> ぼつでおkさん
ホワイトボードめいたものを確保してみましたが…

ここで公開するのはちょっと躊躇われるのでLMNetのほうで。

 モトケンさん、こんにちは。

> 検事が起訴されれば、その検事の事件とは何の関係もない医療事故について医師は自分の患者に対してどう対処すればいいのかについて安心できるのでしょうか?

 具体的件名・人名を例示することは差し控えますが、医療についての刑事訴訟で問題のある判断をした検事については、被告医療側から何らかの制裁が可能となれば、医療関係者はその手段を執るであろうと思います。

…状況をコントロールしうると感じること(SOC: Sense of Coherence)は、実際にコントロールできることよりも安心の上で効果的であることが珍しくありません。

一患者予備軍ですが、脇から口を挟ませてください。

損害賠償請求訴訟となった医療事案での1500件もの判決済み裁判を、医師達の目で見直してみると、3割の偽陽性(補償すべきでない事案に補償を求めた)と、3割の偽陰性(補償すべきなのに補償させてない)とが認められました。

今まで多くの問題要素が有ることも明らかにして頂きました、それでも、このブログでの話題の中心はこれでしょう。
訴訟や訴追での「医師と司法関係者の考えが、かなりずれている」

お医者様の別のコメントでこのようなものが有りましたが、似たコメントも多いです。
「医療に100%の正解は無い」
「妥当な医療をしていても、起訴されたり、敗訴したりする。」
「その司法判断が間違っていても、医師は泣き寝入りするしかない。」
「医師の行為がおかしいと思う患者はすぐに訴訟してくるのに対して、不公平で不安・・・」

こうして並べると失礼ながら、被害者意識の塊に見えます。
お医者様がそのような気持ちで居られては困るのですが、必ずしもそんなに比率が高くは無い?とは思います。

そこで医療の方からの愚痴的なコメントが出る背景を考えるに、まず訴訟に慣れて居ないことが想像できますが。
昔と違い医者にもマチガイの有ることがはっきりした現在、法の元で平等な立場しか無く「医者だから主張がほぼ通る」などは望めません。

そして、すでに御指摘が有りますが裁判での主張が正直で無い事が大きく感じます。

医療上の証拠のほとんどを握りながら、
「100%は無い」と思いつつ「治療は完璧だった」と主張する。

その態度を仲裁・判定者の立場(裁判官)から見れば、「医療者のはっきり見えない不正が有る・・・様な気が」するのが通常の人の思考で、判断力が無いのではない。

正しい判断を求めるには正確な主張が必要、だと思うのです。

モトケンさんのブログは、法曹界にも医療界にも関係ない身ですが大変ありがたく読ませていただいています。

今回まったく法曹界にも医療界にも関係ない身ですが、三者三様の問題点があると思いますので、意見を言わせてください。

まず、医療界ですがこれまで自浄作業がなかったため、一部の良くない医者をかばっているとも受け止められ、医療では仕方なかった結果まで訴訟の対象になっているのだと思います(それだけではありませんが)。

さらに、現時点では法曹界には医療を判断する能力がないというなら、法曹界は医療を裁くことをするなという短絡的なことを言うのではなく、いかに法曹界に正当に医療を判断する能力を与える仕組みを考えるのが肝要だと思います。


2番目に法曹界においては、とんでもない検察官がいたとしても罷免制度が有効に働いていないため(と思っています)、医師から見れば何をやっても責任を取らないように思えるのでしょう(私もそう思います)

とんでもない裁判官に関しては、そういう人が上まで行かない評価体系になっていることを期待して高裁、最高裁と戦うしかないありません。けれど法曹界にいない一般的な日本人の考えでは、刑事裁判の被告人=犯罪者という側面があり、民事についても戦うだけで時間とお金がかかりさらに戦い方を知りませんから、とんでもない裁判官からは逃避するしかないと考える医師が多くても驚きません。


3番目に患者や将来の患者に関しては、お医者様や医療界の人の貢献によって世界的に見ても安い医療を受けているにもかかわらず、自分で考えないため主役にもかかわらず自ら医療崩壊を行っています。

それでも数は力なりですから、モトケンさんのブログや他の医療崩壊問題を扱っているブログを見ることで、医療崩壊を自分のこととして受け止める人間が増え、完全に立ち直れないような崩壊にならないことを。


最後に法曹界の人間と医療界の人間と患者たちの意識の差は絶対に埋まらないと断言できますが、それでも司法が医療を正当に判断できるような一つの良い仕組みを作ることはできると思うのです(それぞれの立場からは100点にはなり得ないとは思いますが)。

モトケンさんには、是非にこの有意義なブログの場を提供していただきたいと願います。

>No.22 素人ですがさん
の理知あふれるご意見が素晴らしいと思いました。

>No.19 bg さん
お誘いくださいましてありがとうございます(笑)。
お返事にと思っていろいろ作文していたのですが、No.22 素人ですがさんのコメント を拝見したら駄文の悲しさゆえすっかり忘れちゃいました(笑)。
この人のほうがアレな私め如きよりLMnetにとって必要な御仁では?(笑)

>モトケン先生
 よく我慢しておられることと感嘆いたしておりましたが、ついに匙を投げたくおなりになりましたか。まあ当たり前でしょうね。
 医療崩壊問題エントリの初期、たとえば「医療崩壊に対する制度論的対策について(その1)」のコメント欄を読み返してごらんになれば、今までの「成果」がいかほどのものであったのかがよくお分かりになると思います。初期のコメント欄と最近のコメント欄の違いといえば、初期のコメント欄では「そもそも、法律屋、もとい、司法関係者の方々って、医学部に行けなかった(たぶん受験すらできなかった)人の集まりでしょ。その程度の人が医療行為の是非を判断するというのが不遜というか、無理がある」といったコメントに対して医療者からこぞってたしなめる声があがっていましたが、最近ではたしなめたり批判したりするコメントばかりでなく「平均的医師の声」などと同調したり「理系音痴に、自然科学を説いても無駄です。彼らの上をいく、全体(時空)鳥瞰能力を発揮して、事に当たる他ありません」などと迎合したりする声が見られるようになった、といったくらいでしょうか。

 さて、医療崩壊問題エントリがかねて私が申し上げたとおり大きな成果を結ばなかったということは、ブログ運営者たるモトケン先生にとっては残念なことだろうと思いますが、別にここがなくなったところで医事紛争処理システムについて語る場所がなくなるというわけでもありませんので、それほど悲観なさることはないと思います。
 もっと言えば、最高裁や各地の地方裁判所、弁護士会などはリアル世界において最近活発に医療関係者とのコミュニケーションの場を持っており、そこではここよりもマシな方々(何の根拠も示すことなく「先ず、過誤が本当にあれば、医師ないし病院が適切な額の賠償を自発的にしていますよ」などとおっしゃったり、そのような疑問符だらけの事実認識が正当化根拠の大きな柱である「だから司法は医療に介入すべきでない」といった主張を容認なさったりしない方々。それにしても、ある主張の正当化根拠となっている事実認識に大きな疑念があるのに、その事実認識に立脚した主張を易々と肯定できる人々の受けた「自然科学教育」って、いったいどのようなものなのでしょうね?)が真摯に裁判所や弁護士会などと意見交換を行っておられますので、先生も法曹としてそのような場に参加なさるほうがネット上の戯言に振り回されるよりよほど有意義ではないかと思われます(こちらを閲覧なさっておられる人々も、前記のような意見交換の概要は判例誌などで公表されることがありますので、そちらをお読みになってはいかがかと思います)。マトモなコメンテーターも(医療者・非医療者ともに)数名残っておられるとはいえ、いつまでも箸にも棒にもかからないような内容のコメントが繰り返される現状に照らせば、いまやこちらのブログの医療関連エントリーについては、継続する意味はほとんどないといわざるを得ないのではないでしょうか(私自身は、甘く見積もっても「医療崩壊について考え、語るエントリ(その8)」以降は無駄だったと思っています)。

 なにはともあれ、モトケン先生、お疲れ様でした。

>最後に法曹界の人間と医療界の人間と患者たちの意識の差は絶対に埋まらないと断言できますが

 大野病院事件を起訴した福島地検の判断は必ずしも検察上層部から支持されていないという趣旨のコメントをこれまで何回かしましたが(それなりの根拠をもってのコメントです)、それを全く信用していない医療側の人が少なくないと感じられます(もちろん理解してくれている人もいます)。

 私としては、意識の差が結果として埋まらないとしても、少しはその溝の幅を狭めたいと思っているのですが、はなから信用してもらえない人との溝は狭めようもないですね。
 そういう人はスルーすればいいのかも知れませんが。

モトケンさん

誤解を与える書き込みをして申し訳ありません。

>最後に法曹界の人間と医療界の人間と患者たちの意識の差は絶対に埋まらないと断言できますが
と書いたのは、意識の差は「無くならない」の意味合いで使っていました。

意識の差を無くそうとするのは必要ですが、長年別の問題で立場による意識の差は消えないことを痛感していますので、絶対にと書いてしまいました。

しかし信用していないわけではなく、例え少しでも意識の差を縮め、仕組みとして良い仕組みを作ることが大切だと考えています。
大多数の人間の意識を変えるのは大変ですが、仕組みを変えることならもう少し楽にできると考えているからです。

繰り返しお詫びしますが、意識の差を減らそうとすることは重要であり、モトケンさんや法曹界の方及び医療界の方を私は信用しています。

医者を0.03人前という an_accused よ万歳!

>an_accused さん

 決して無駄であったとは思っていないのですが、an_accused さんや他の弁護士の皆さんがこのブログに投下してくださった時間コストとの関係において、費用対効果があまりにも悪すぎるのではないかというのが現時点における正直な感想です。

 ただ、このブログに何らかの存在意義がある(またはあった)とすれば、それは私以外の弁護士の皆さんのコメントに負うところが非常に大でありますので、弁護士の皆さんの意欲が続くかぎりは続けなければいけないという思いも強くあるのです。

>No.21 MultiSync さん
の鋭い観察力に敬服の念を禁じえませんが、下記の太字で強調なさった部分に異議があります(笑)。

>医療上の証拠のほとんどを握りながら、
>「100%は無い」と思いつつ「治療は完璧だった」と主張する。

治療が完璧だった、ということは現実の医療ではごく普通に起こっています。その状況で使える手を全部尽くした時に100%完璧な治療と呼びます。しかし、藤山学派のいう100点満点の治療ではない。100点満点などもとより存在しないのが実際の医療なのです。

ここだけ言いたかっただけです(笑)。その他の部分については鋭すぎて、なにもいわぬが花かも(笑)。

No.14 モトケンさん のコメント

そして、医師の訴訟リスクの実態はどういうものか。
 過大な訴訟リスクを軽減する方策、訴えられたときにトンデモ判決が出る原因とその対策などについて、法曹の視点から意見を述べてきたのです。
 私は、そのような問題意識を共有する法曹を一人でも増やしたいと思ってこのブログの医療問題エントリを続けてきました。
 そしてそのことは医療側の皆さんにも通じていると思っていました。

モトケンさん、ありがとうございます。それから、法曹の方々も。決して独りよがりではないと思います。
ほんとうに勉強になってるんですよ。すべての人間の溝をちぢめようというのは無理かもしれませんが、
大きな流れの中で、この場は非常に重要だと思います。
本当に。

モトケンさんがさじをなげたくなったのは、悲しい事ですがまあ、それは医療現場に嫌気がさして逃散する医師と同じ感じがします。はずかしや、医療崩壊を嘆く医療側が、こころある法曹に同じ気持ちを抱かせている訳です。
おかしいことに、ここで医師が「トンデモ裁判官や検察官がさばかれないのはおかしい!」というのは、「リピータ医師が排除されないのはおかしい!」と、患者がまともな医者にいっているようなもので。
クレーマーを受ける側がクレーマーになりがちなのはなんでなんでしょうね。
裁判官や弁護士の良心を信用できないのなら、患者さんが医師の良心を信用できなくてもしかたない、というふうに、結局自分に返ってくる事だと思います。

お互いを理解するためには、まずは自分の感情や意見をひとまずおいておいて、
相手の話に耳を傾け、理解する事です。その上で、(医療者側は)司法をどう思うか。
溝が埋まらないのは、ただたんに聞いてないだけ(読んでないだけ)、なんじゃないでしょうかね。

私たちが社会の一員として生きている限り、この国の法律にしたがって社会は動いていて、それをただいやだいやだと批判したところでしょうがない。
これからの私たちに必要なのは、医療と司法の相互理解のもと、あたらしいシステムを築いていく事かと思います。
司法も医療もひとが行う限り、すべてのトンデモを排除する事は難しいでしょう。
すべてのミスをなくすのは到底無理な事です。
そういうものを抱えつつ、じゃあどうすればいいのかを議論する、それが医師だけでなく、法曹の方の意見をもらえる、というのはすごい事だと思います。

そういうわけで、モトケンさん、匙を投げないで!見捨てないでー(涙)

話は戻りますが、

妥当な医療をしていても、医師は訴訟リスクを抱えており、無力である。
しかも、それを裁く側が、ヤブであっても、泣き寝入りをするしかない。

というのは事実なわけで、

>ヤブ医者がいるのと同様、ヤブ検事、ヤブ裁判官もいる。

という表現は、医師の感情を逆なでしているのは、間違いありません。
管理人様は、そのようはおつもりではないでしょうが、喧嘩を売っていると感じる医師は多い(少なくとも私の周りの医師はそうです)ので、気を付けていただきたいです。

医師の皆さんへ
医師の皆さんの決定的誤解は、司法とは権力作用であるとの認識に欠けることです。社会の秩序維持のためには紛争を国家の力により解決すること→力で封じ込めることが必要なのです。秩序維持に反した者を死刑判決のもと殺すことも正当化されるのです。もちろん、解決の内容が適正であることが望ましいことはいうまでもありませんが、適正な解決が困難あるいはその適正さの保障がなくとも、起こった紛争は、国家の責任にて解決する必要があるのです。司法は、医療を理解する能力がなくとも、医療問題から手を引くわけにはいかないということです。紛争解決を行うことは共同体存立から来る本質的要請だらかです。医療がなくとも、共同体は存立しえますが、秩序がなければ、共同体は存立しまえません。平均寿命が30才に満たない国家もあるのです。そのような国家では医療の恩恵に浴する人は殆どいないでしょうが、そのような国家でも、一時的な混乱はあっても全ての人は国家もしくは共同体の権力作用下に置かれるのです。前にネパールでは医療の恩恵を受ける人は5%しかいないとのNHKの報道特集番組を紹介しました。
このブログも人の集まりである点で、ミニ共同体です。その権力者はモトケン先生です。このプログの趣旨に反するとモトケン先生が判断すれば、当該発言を削除する形であるいはブログを閉鎖する形でその権力は行使されるのです。
もちろん、このブログからは出て行けば済みます。しかし、人間は一人では生きられません。医療は共同体なくして、人の協力なくして成立し得ないというべきでしょう。共同体の本質的要請である秩序維持システムの中でしか、医療も保護され得ないことを知るべきです。
その権力を民主的な統制下に置こう、あるいは適正な解決を目指そうというのは、二の次三の次の話しであり、長い人類の歴史から見れば適正な解決などフロクなのです。もちろん、紛争解決機能の実効性をあげるためには、解決の適正さが必要でしょうし、民主的な統制が進むと適正な解決に対する国民の要望が高まることにはなるでしょうが(その故、裁判は真実発見の場であるかの過大な期待が生ずる)、それは努力目標ではあっても、その目標が達成できないからと言って、紛争解決を権力作用の枠外に置くことはできないと考えるべきです。前にこのことを憲法上の裁判を受ける権利という形で説明しましたが、より根源的な要請に基づくものであることを理解して下さい。裁判官が間違えても、故意又は重過失がない以上処罰の対象にならないのは、正に国家の権力作用を担わされているからと理解すべきでしょう。その意味で、医療を司法と同列に考える発想自体誤っています。
また、特に、医療は人の生死に係わります。そして医学は人体実験による進歩してきた経過があり、有能なる医師こそ、人体実験の誘惑にかられるでしょう。「外科医は〇名殺して初めて一人前」と言うのもその脈絡で理解される言葉なのでしょう。添付文書の禁忌の記載など無視して使っても良いというのも人体実験の成果なのでしょうし、添付文書の記載軽視が医師の本音とすれば、あらゆるところで人体実験は行われているのでしょう。結果が良ければ感謝されるとの気持ちを免罪符にして。そして、医療が高度化すればするほどその危険性は高まるのもといわざるを得ないでしょう。
このように本質的に暴走の危険のある医療を司法の枠外に置くことなど到底考えないところです。
このブログは、医療問題を司法により如何に適正に解決するかの視点で設けられたものであることは明らかでしょう。司法を担う当事者が開設したブログで司法無用論を述べること自体その見識を疑うものといわざるを得ません。もちろん、司法無用論を議論することを通じて、適正な解決を図る術に結びつくとこもあることから、モトケン先生は切り捨てることなく、辛抱強くエントリを重ねられたものと思います。ただ、医師の皆さんの反応から建設的な意見が少ないことは残念という外ありません。
私としては、仕事も忙しく、来年3月まではコメントしないつもりでしたが、このブログが非常事態に差しかかっているように思えて、思わずコメントしてしまいました。
モトケン先生には今後とも頑張って頂きたいと思います。
医師の皆さんにも、司法における適正なる解決に資する視点での発言を望みます。

>いつもROM さん

>喧嘩を売っていると感じる医師は多い(少なくとも私の周りの医師はそうです)

 はっきり言って、私、喧嘩を売ってますよ。

>しかも、それを裁く側が、ヤブであっても、泣き寝入りをするしかない。
>というのは事実なわけで、

 こんなことを言う医者に対してはね。

 このブログの司法側は、どうしたら医師が泣き寝入りをしなくてもていいかということをこれまで考え、意見を述べてきたのです。

 この言葉はどれほど私の感情を逆なでしたのか、あなたには理解できないでしょうね。
 しかも、あなたの周りの医師もそうだとおっしゃる。
 となると、あなた以外のいつもROMの大多数の医師も同じなんでしょうかね。

>>ヤブ医者がいるのと同様、ヤブ検事、ヤブ裁判官もいる。

>という表現は、医師の感情を逆なでしているのは、間違いありません。

 こんなあまりにも当たり前の事実を指摘されただけで、感情を逆なでされたと言われたんでは何の議論もできない。

 あなたがたは、自分たち医師は100%被害者であって、このブログはそのような理不尽な仕打ちを受けている医師の嘆きを聞いてもらうためにあるとでも思っているのですか!

 あなた及びあなたの周辺の医師は、医療事故問題を制度論的に考えることのできない医師の典型です。

いつもROM様

>>ヤブ医者がいるのと同様、ヤブ検事、ヤブ裁判官もいる。
>という表現は、医師の感情を逆なでしているのは、間違いありません。
>喧嘩を売っていると感じる医師は多い

という発言は、これまで医療ミスに遭われた患者の皆さんに喧嘩を売っておられるという趣旨で理解してよろしいでしょうか?(そう感じられたという、いつもROM様をはじめ医師の方々と同じ捉え方をしてみました。)

どの業界にも「ヤブ○○」と「名○○」がいるというのは、むしろ普通のことだと思うのですが・・・。

>ヤブ医者がいるのと同様、ヤブ検事、ヤブ裁判官もいる。
何をもってヤブ医者なのかが判りません。
医療知識が足りないのか、医療技術が足りないのか、誤診したのか、力及ばず
患者がなくなったのか。
ヤブ検事、ヤブ裁判官が居たとして、その人達は医師がおこしたとされる報道のように
騒がれもしない。担当した「事件」としては騒がれるけど、一般人は名前など記憶しない。
ヤブだからと、それで法曹関係者が処罰されたなんて聞いた事がない。
裁判なんて身近にない、でも、医療、医師の場合は身近で対応してる分余計騒がれやすいのかもしれない。

医者も(言葉は悪いですが)医療馬鹿な部分があるのかもしれないですが、陪審員制度
導入等を見ていると、法曹関係の方が世情に触れながら、自分は高みに居る優越感でも
あるのでは?と思う。
医者も法曹に敬意を表して、裁判並の速度で治療して差し上げたら良いのではないですか?(笑)イギリスみたいに。

昨夏からずっとROMしている内科医です(1, 2度だけ書き込ませていただきました)。
私は正直言ってモトケンさんが嘆かれるのももっともだと感じております。
初期の医療崩壊問題エントリは読んでいて目からウロコ、昂揚するときもありました。
最近は対話の欠如にがっかりすることもしばしばです。
感情的な主張が議論を一段上に進めることなど滅多にありません。
私は医師を代表できませんが、おそらく私を含む多数の医師は制度設計の専門家ではありません。
少なくとも私は(自分で納得できるレベルの)優れた提案をできないのでROMに徹していました。
それでも考え続ける必要があると思い、議論を拝見させていただいておりました。
そんな観客は他にも多いのではないでしょうか?
私はモトケンさんをはじめこのブログにコメントくださる司法関係者の方々に感謝しています。
そのことだけはお伝えしたいと思い書き込みます。

初めてコメントいたします。弁護士をしておりますが、医療訴訟を手がけたことはありません。
本ブログの開設当初からROMさせていただいており、ことに医療崩壊問題が論議され始めてからは、事務所に来て最初にすることが、ブログのコメントをROMすることというほどはまっております。
ROM専門の私が申し上げるのもなんですが、最近のコメントの荒れようは少し寂しい気がします。医師の先生方には申し訳ありませんが、私も法曹のはしくれですから、モトケン先生が「何に」いらだっているのか、わかります。感情的なコメントを書き込む方々はモトケン先生のいらだちの内容がなにかおわかりにならないのですね。
ともあれ、私も医師の先生方の率直なお考えをお聴きして、随分勉強をさせて頂いたと思っております。モトケン先生は大変かと思いますが、是非お続けになって下さい。
微力ではありますが、今後は私も少しは書き込みを行っていきたいと考えています。

冒頭で拙ブログを引用くださり誠に恐縮です。

ほとんどROMだけしている者から見れば、医療訴訟に関する論議に疲れたんじゃないかと考えています。もちろん無駄であったというわけではなく、ここでの貴重な論議のお蔭で、多く医師が法律的な知識、司法的な物の考え方を学びました。私もその一人です。

論議はヤマありタニありでしたが、それでも建設的な方向に進み、中間答申といえるものまで作られたと記憶しています。それが出来上がったときになんとも言えない虚脱感、徒労感に陥ったと見ています。

中間答申は良く出来ていましたが、それを具現化するには現在の司法制度に大きな変革が必要とされ、それを実現するには政治、さらに政治を動かす世論の後押しが必要な事です。そんなものが今の世の中にあるかといえば、正直なところ「どこにもない」のが実感です。

中間答申的なものが最善の案であるかどうかの議論は置いておくとして、これ以上いくら議論しても案だけで何も変わらない疲労感が大きいのではないかと考えています。ここでも幾度も議論されていますが、司法者は司法の枠組みの中で仕事を行なうのが大義であり、司法の枠組みを司法者の手によって自ら変えられないのが三権分立の基本です。

司法者が変えられないのなら医師が自ら変えなくてはいけないのですが、その事についての具体的な方法論が無いというのも現状です。議論して案は出たけどそれ以上進まないイラダチが議論を停滞させ、さらにモトケン様が指摘する鬱屈から澱みになっているのではないでしょうか。

政治を動かすための世論喚起については私も及ばずながら努めているつもりです。ただ実感として道は遥かに遠いのが本音です。ここ1年で医療危機に関する認識が、どれだけ世論に拡がったかの速度を考えるとしばし絶望感に陥ります。

「なんとかしよう」から「なんともならない」にネットの医師の意識は大きく動いています。その事は私も強く感じています。そういう現状の中で医師ネット世論をいかに建設的な方向に導くかの方策を考える必要があると思います。

その方策については私も完全に暗中模索であるのですが・・・

>an_accused様

 正直なところですが、私も「福島県立大野病院事件について語り合う掲示板」を通じて現在のモトケン様とほぼ同様の感想を持ちました(まあ、あの掲示板自体は残念ながらここのブログよりはるかに議論レベルは低かったと思います。)。これは議論していた医療者側、あるいは患者側とおぼしき人双方に感じた感想です。このまま匿名で議論していてもしょせん2chの延長に過ぎないのかなと・・・。ですからan_accused様じゃありませんが、よくここまで我慢してこられた・・・と。

 ただ、一言、an_accused様への反論をさせていただければ

 さて、医療崩壊問題エントリがかねて私が申し上げたとおり大きな成果を結ばなかったということは、ブログ運営者たるモトケン先生にとっては残念なことだろうと思いますが、別にここがなくなったところで医事紛争処理システムについて語る場所がなくなるというわけでもありませんので、それほど悲観なさることはないと思います。

 私は現在までを通じて、このブログが大きな成果を生まなかったとは思わないんです。
常連発言者自体もいろいろですし、その影に膨大なROMがいます。で、この中から医療訴訟の制度問題を考える医療者もけっこう出てきています。
 私の中で(最初はともかく)現時点でのこのブログの位置づけは医療制度論・医事紛争論を考える入門編です。入門編では低レベルな意見が出てくるのはやむを得ないかな〜と・・・。まして、ここは事実上無記名に等しい状態ですし。で、どんな分野でもそうですが入門編をいつまでも脱せない人もいます。

 で、個人的な提案ですが、もはやここで総合的な医療制度論、医事紛争論をしても仕方ないかなぁ・・・と。ただ個別事案のエントリーについてはかなり有用な議論も出来ています(しょうもない意見も頻発してますが)ので、こちらは維持していただくというのはどうでしょう。
 個別事案の議論の中から、総合的な議論に興味を持たれてそちらの改革へ議論を進めたい方はLMnetの方に参加していただければよろしいかと思いますし、あるいは別なSNSを新たに作っても良いでしょう。少なくとも匿名での議論にはもはや限界が来ているのではないかと思います。

医者ももともと切った張ったの仕事ですから喧嘩好き(笑)が多いでしょう。昔から警察とは刑事事件で協力関係が強かった。ところが福島事件では警察が医者を手術をしたことが悪いとばかりに逮捕連行したので、警察に喧嘩を売られたかと思い、みな頭に血が上っていました(笑)。そこへ地検が手術にはさみを使ったから人が死んだ、それで業務上過失致死だとかなにか眠たいことを新聞発表したので、ああこいつが喧嘩売ってきたのかと悟って、喧嘩上等であちこちでネット参加する森の石松(笑)みたいな医師が殖えてるんでしょう。自分の患者さんがいるから福島へは行けないし(笑)

まあ、喧嘩はどうせやるなら力いっぱいやるほうが後がさっぱりしそうだし、うじうじしてるより精神衛生上健康的なんじゃないですか(笑)

こんにちは、地方の弁護士さん。
整形Aです。

お久しぶりです。

医療崩壊について考え、語るエントリ(その12)で健康保険制度について意見を交わしました。
例によって、セ:整形A、地:地方の弁護士さん
No77セ、78地、88セ、93地、95セ、96地

その際に保険制度との絡みで、ある意味、極端に医師よりの法理論(こういっていいのかどうかわかりませんが)も披露いただきました。
また最後、薬の添付文書に関する意見をいただきながら、お礼を言わずじまいになってしまいました。
遅くなりましたがお礼申し上げます。

今回のNo.32 地方の弁護士さんのコメント

>医師の皆さんへ
>医師の皆さんの決定的誤解は、(すみません、以下略です)

まったくもってその通りだと思います。
医療がなくなったって、人は病気や怪我で多少早死にする程度でしょう。
しかし、国家としての秩序がなくなれば、それはいわゆる失敗国家であり、病気や怪我のほかに戦争や犯罪による被害も降りかかります。

どちらが優先されるかは言うまでもないことです。
てゆーか、そんなことい言われなきゃわからないほど、医者って<おバカ>なの?って、情けなくなります。

>No.33 モトケンのコメント | 2007年05月10日 08:00 | CID 52861 | (Top)
>
>>いつもROM さん
>
>>喧嘩を売っていると感じる医師は多い(少なくとも私の周りの医師はそうです)
>
> はっきり言って、私、喧嘩を売ってますよ。

喧嘩好きの私ですが(笑)、この喧嘩ではモトケン先生に肩入れしちゃいますね。福島とは違って(笑)。
私めの勝手なプロファイリング(笑)によりますと、モトケン先生は義を見てせざるは勇なきなりの喧嘩しかしないお人と出ておりますから(笑)

医師の人がある意味感情的になるのは、自分が裁かれる立場になるからでしょうね。法曹の方々はそういう意味では客観的というか冷静になれるけど、当事者になってみればそうもいかないんだろうと思います。家族が病気ならどうしても取り乱してしまう患者みたいなもんでしょう。一部の興奮してる医師はそういう無駄なクレーマーと化した患者的に見えます。しかし法曹の関係者の方も、そんな「朕は国家なり」とまで構えんでも…何をそこまで興奮してるのか?という風にも見えます。

究極の目的としてそれぞれ何を目指してるんでしたっけ?究極的には完全な医療。これはまあ人間として無理かもしれませんが。ほどほどに納得できる医療。これは近づくことが出来るかもしれません。
医療とか法とか制度というのは所詮ほどほどに生きるための道具であり、その使い方がどうだのこうだの、こっちが優先あっちが優先…とかやってるのは空気と水どっちが大事かというほど不毛な行為な気がします。とこれまたつぶやきですが。

煮詰まってらっしゃるのでしたら、一度クールダウンということで医療関係の記事を中断してみてはいかがでしょう。

ROM専ですが、感じたことを一つ。

私は医師ですが、モトケン先生のお気持ちは当然と思われます。
医療崩壊に目を向ける医師が増えた結果として、同じ医師としても、それを言っちゃおしまいだとか、あるいはあまりに品が無さ過ぎる、短絡的すぎるという意見を目にすることが増えたように思います。

こちらのブログは、そういった流れの中で、かなり冷静な議論が行われていると思われます。
なのに、相互理解があるところから深まらないのは何故なのだろうと考えてみたところ、反論も多いと思いますが、一つに医療者側の勘違いがあるのだと思います。

現実の治療の場において、ああしろ、こうしろ、あるいは間違っていると、医療者以外から口を出されると、医師は不快に感じ、専門家として深い理解がなければ簡単に論じられない問題を、表面的な意見で掻き回すなと思います。

医療訴訟という場において、どうも、医療の是非を問うことが多いだけに、医師の中には、それを医療現場の延長として、言ってみれば、自分達の縄張りの中の話だと思って、同じように不快に感じて拒絶している人がいるのではないでしょうか?
だから、自分達の流儀で何故やらない?と怒り、その流儀を守れない司法は入ってくるなと。

ですが、私は前提が違うと思います。
実際の臨床現場は医療の場です。
しかし、医療訴訟の場となれば、医療と名はついても、それは司法の場であって、医療の場ではありません。
ならば、私達医師は、自分達の専門領域で、その常識を守ることを他者に要求するように、司法の場では、自分達がまず司法の作法、常識を理解、遵守するべく努力すべきでしょう。

医療現場で医師の忠言を無視した場合、不利益を被るのは患者であるのと同様、司法の場で、専門家の意見を無視して、自分の流儀に拘っても、損をするのは医療者です。
医療訴訟を論じる中で、こう考えた方がよいという専門家の意見を、医療の現場の流儀じゃ違うんだ!と喚いても、誰も得はしません。

良い患者がそうであるように、私達は良い依頼者となるために、わからないことは素直に聞き、提言は冷静に受け入れ、最も良い振る舞いを教えてもらうことが、賢いのではないでしょうか?

最後に、司法関係の方をどのようにお呼びするのが相応しいのか、上手く思いつかなかったために、司法関係者と一括りに表記したことをお許し下さい。
司法関係と言っても、裁判官、検察官、弁護士等色々で、得意分野も異なること、よくわかっております。
どのように呼ばれるのが、一番しっくりくるのか、教えて頂ければ幸いです。

数日前に感情的書き込みを複数いたしました。真摯に議論をされている皆様に対して大変非礼な行為でした。
ROMだけにしようと思いましたが、責任の一端を感じてもう一度書き込みます。
書き込んだ内容に関しては感情的であったことはありますが、それも自分の一面の思いですので撤回はいたしません。

僕の書いた絶望は相互理解できないことへの絶望ではありません。各論的な各問題のコメントには十分納得をしております。しかし、医師の多くが結局正当性を主張する故にしかたのないことですが、どんな基準にしても自分は民事なり刑事で有責となる可能性を除外できないことに絶望したのです。
自分の医療のレベルとしての低さ(挿管に時間がかかり亡くした方2人、鎮静薬が少なくなったために自己抜管をされ、再挿管ができなかった方、当直先で救急でばたばたして点滴を口頭指示、あってはいけないスピードで点滴してしまったこと)、医療レベルと関係ない処方ミスなど結果として患者さんに迷惑をかけたことが多々あります。そういう医師が自分です。といって僕はリピーター医師とレッテルをはられている訳でもありません。患者さんからクレームを受けたことはほとんどありません。裁かれるべきことがらをたくさん抱えている自分は一度も裁かれたことはなく、患者さんとのトラブルも抱えたことはありません。
現実には掘り起こせないだけで、たくさんの事柄があります。ある人間だけが、罰を受けてある人間は免れているというのは公平だとは思えません。また、自分がいつどうなるか不安を持っています。
もちろん、特に民事は当事者間で希望されない事象は存在しないと考えていいのだと理解しております。僕のような思いは現在の法体系のなかで議論をしても詮無いことだとは思いました。他の一部の医師のように自分たちを自然科学をよく知っているとも思いません。医師のbiologyの仕事は非医師の研究者に比べてコントロールが甘いものが多いのが現実です。非MDのPhDからはむしろ医師の仕事はまゆつばが多いと思われています。臨床の場面でも個人的経験をしばしば優先する状況があります。自分たちが少なくとも絶対的な意味で愚かだと僕のように言うのは医師にとってどういう結果になるかはわかりません。いい結果は生まないと思っておられる医師も多いのではないかと想像しています。
しかし、人はミスを起こすのだということをもう少し斟酌をしてほしいという願いがあり、書き込んできましたがそれを斟酌したコメントは結局司法の方からないような気がします。けっきょくミスは司法からは救えないのと言われている気はします。それはきっと正しいのでしょう。

実際、ここが法の議論が中心であるべきなので、僕のような興味の人間が書き込むのがおかしいのでしょう。
ただ、僕としては現在の法の考え方を説明していただき、司法は立法できないので今のルールで判断するだけだと言われれば、それを理解しても僕が有責になる可能性を排除できないのです。
僕がとんでもない藪かどうか本当のところはわかりませんが、世間的には日刊スポーツにも載ったことがあります。臨床助教授、連携大学院教授、基幹病院部長などもしています。ほかの先生も同じぐらいいろんなことがあったのではないでしょうか。

感情的書き込みを続けた日、なぜあんなにいらだったかわかりませんが、みっともないことでした。お詫びいたします。ここでの討論は僕の述懐を置いておいて有意義なものであると感謝しております。

No.32 地方の弁護士さん

異論は山ほどありますが、絶対の間違いだけ。

>「外科医は〇名殺して初めて一人前」と言うのもその脈絡で理解される言葉

むしろ人体の不確実性、教科書通りになど決していかないことを示した格言です。殺したというのは自虐的な表現で、教科書の通りに行動して助けられなかった経験を何度もつむということです。

>元行政様、地方の弁護士様

>「外科医は〇名殺して初めて一人前」と言うのもその脈絡で理解される言葉

むしろ人体の不確実性、教科書通りになど決していかないことを示した格言です。殺したというのは自虐的な表現で、教科書の通りに行動して助けられなかった経験を何度もつむということです。

 正確には自虐的というより、自戒の言葉です。私の元上司などは患者が亡くなると、自らを指して「俺たちが下手人(げしゅにん)だから・・・」という言葉をよく使っていました。たとえ、進行癌の患者が手術後再発したような場合や、腹部大動脈瘤破裂が運ばれてきたような場合でもです。

 地方の弁護士様がおっしゃるような実験的な治療・経験を得るための治療という意味ではなく、「外科医である以上、自分のやった手術(治療)で患者が亡くなることはどのような理由であるにせよ責任を感じなければならない。そのように結果が悪かった経験をたくさん積んで初めて一人前の外科医といえる。そのように悪くなる結果を回避しようとあがくことが重要な経験なのだ」
 という意味です。

 とはいえ、それはあくまで内輪での話で、他人から「患者が死んだのはどんな場合でもおまえのせいだ」と言われれば頭に来ますけどね。

こんにちは、整形Aです。

>元行政さん、地方の弁護士さん、僻地外科医さん

>>「外科医は〇名殺して初めて一人前」と言うのもその脈絡で理解される言葉

前にも書きましたが、整形外科領域の手術では、発展途上国で手術しまくって、それで確立された手術方法が結構あります。
先進国ではおそらく許されなかったであろうやり方ですよね。

しかしながら、そうして確立された手術によって先進国の患者さんは治療の恩恵を受けることができたのです。
先進国の人間を医療の発展のため犠牲にすることは許されなくて、発展途上国の人間なら許される、というものでもないですよね。

先日TV番組で、インドで薬の治験をする話がありました。
先進国で治験をするのは、費用やインフォームドコンセントなどで大変なので、インドでやるんですね。
もちろん製薬メーカーは先進国のものです。

まあ、すべてではないでしょうが、ほかに有効な治療法があったかもしれないのに、その新しい抗がん剤を使ってみたとか、それまで効果があった薬を中断して新しいものに変えたとか・・・。

その薬がいいものにせよ悪いものだったにせよ、実際に患者に投与してみないとわからない面もあります。
人体実験といえば人体実験です。
人体実験が、自分の目の前で行なわれるのは許せないが、遠いよその国で行なわれるのは許せるのか。

そんなのは、その国の政府なり司法なりが考えるべきことだ。我々日本人が心配することじゃない。
それもそうなのですが、簡単に割り切れるもんじゃないですよね。

医学が停滞を許される学問なら、もはやこれ以上の人体実験は必要ないと思います。
停滞を許されないのなら・・・。
誰かが人体実験を引き受けなければならないのですよね。

つくづく罪深い学問です。

 ここに書き込まれている方の多くはその道のエキスパートですから確固たる持論があるでしょうし、それを否定されれば、つい、ムキになって反論してしまうのでしょう。
 それでも、どうにも雲行きが怪しくなって論破されそうになると捨て台詞的に「やっぱり医療と司法の迎合は無理」な〜んて書き捨てていく・・・

 モトケン先生はそれに過敏に反応し過ぎているのだと思います。

 まあ、なんというかここのブログってROM専の人が圧倒的に多いと思うんです。
 で、過激な発想の人は積極的に書き込んでいく。
 すると、コメント全体の印象として過激な発想の人が主流のような雰囲気になってしまう。
 モトケン先生の考え方に賛同している人は「ウンウン」と頷くだけでわざわざ書き込みをしませんもん。

 その証拠にモトケン先生がさじを投げかけた途端にあわててROM専だった人達の書き込みが増えていますし、その書き込みの多くは好意的な内容です。そうじゃない人もいますが・・・(^_^;)

 私は司法とも医療とも無関係ですが、このブログで繰り広げられている議論は決して無駄であるとは感じていません。残念ながら、内容にはほとんどついていけず、一生懸命読んではいるものの気が付くと白目だけになっている事も少なくありません。

 連休中に関西の総合病院の理事長をしている親戚が家に遊びに来ていました。
 医療裁判の話題になって、話の流れからここのブログの存在を教えたところ、普段、ネットなどしない人でしたので、これほど高いレベルで意見交換をされている場があることに驚いていましたよ。

ま、なにはともあれ、モトケン先生、少し休まれてはいかがですか?

ほぼはじめまして、ROMしてたものです。

ここのところの流れで他業種一般人の意見で恐縮ですが、書き込むことにします。
上のほうで「裁判は正義を証明するところではなく、殴り合いの場(要約)」のようなことを法曹の方サイドが出されていますが、この時点で医療関係者は法に絶望されるんじゃないですか?
医者のような自己犠牲がなければ成立しないような仕事をされている方々が、力足らず(不可抗力でも力足らず、と感じるからこそ医者なんて仕事を続けていられるのだと思います)亡くなった患者の遺族から訴えられ、その場がケンカ場なのなら、医者はサンドバッグになるしかないでしょう。
つまり、医者は逃げるしかない、と考えるのは当たり前だと思うわけです。
たとえどんな法律ができたところで、引っ張り出された場はケンカ場で、医者は罪悪感をもっている訳ですから、ケンカにならないですし。

あと、法曹関係者って、なんで高圧的で断定的で一方的な物言いなのでしょうか?
客商売をしていないからなのですかね?

この医療関係事案は医療関係者が改善すべきことなのでしょうか?
法曹関係者が改善すべきじゃないんですか?
#そうでなければ法曹関係者は正義云々言ってほしくないです。


法曹関係にはSEのように客先に入り、状況を調査したりするような業務従事者はいないのですかね?

乱文で申し訳ありません。

人体実験の話が出たのでちょっと。
医療の本質はインターベンション(侵襲的な手技、薬、カウンセリングなどすべて)を加える限り、人体実験です。一卵性双生児以外は同じ人体の人間はいません。つまり、来る患者ほと全員が新しい領域なわけです。であるならば、患者側もこれを承知で医療を受けなければならないと思うのです。
開き直りかもしれませんが、人体実験を否定したら医療はできません。
ただ、ほとんどの医師が無謀だと思える医療についてはこれまでも議論されてきました通りです。私自身、あまりにも非人道的な医療行為や、自分たちの功名心だけの医療は反対です。しかし、どこで線を引くか、これは永遠に未解決でしょう。
医療というのはこれらが前提であるとお考えいただければ良いと思います。その上で良い医療というのを司法、行政、すべてを含めて考えていかなければならないのではないでしょうか?しかし、このように根が深いからこそ解決しにくい問題でもあるのです。
具体的ではないかもしれませんし、いささか暴論かもしれませんが、地方の弁護士さんのコメントを見て書きたくなってしまいました。

らぃ さま

法曹関係にはSEのように客先に入り、状況を調査したりするような業務従事者

呼ばれた希ガス

は、ともかく。

つまり、医者は逃げるしかない、と考えるのは当たり前だと思うわけです。

私もその点は同感です。
もし私が医師なら、とっくにハイリスク分野・待遇劣悪職場からは撤退してるか、あるいは(自粛)と思います。

現在の司法制度(あるいはその他保険・労働・社会環境すべて)を前提に、そうやって医師が逃散して、いわゆる「焼野原」になったとしたら、それもまた(やたら広い意味でですが)国民の選択、ということなのでしょう。
過去の実態と比較すれば「崩壊」だとしても、ある意味「縮小均衡」かもしれないわけです。個人的にはそうは思えませんが、別の見方として。

そうなった後に、国民全体にとって不利益のほうが大だと国民自身が判断すれば、政治的な力によって事態は動くでしょう。

法曹関係者が改善すべきじゃないんですか?

何名もの方がすでに書かれていますが、「医療関係事案」のうち、法曹関係者がいじることができるのは、司法制度内部(つまり基本的に裁判のやり方)のことだけです。その外側にある制度・事態の改善は、政治・立法の範疇の話です。


あと、法曹関係者って、なんで高圧的で断定的で一方的な物言いなのでしょうか?
客商売をしていないからなのですかね?

法曹三者の中で、弁護士は客商売そのものですが。という揚げ足だけは一応とっておき。

印象論で「法曹関係者全般の傾向」と決めつけられてモナ、という感じです。
具体的に、誰のどの発言がそのような「高圧的で断定的で一方的」だったのでしょうか。
そうであったとして、そのような発言に至る必然性はなかったでしょうか。
(自称)法曹関係者以外の発言と比較して、有意な差はあるのでしょうか。
すべて、反語ではなくて、純粋に質問・疑問のつもりです。

 一年ほど前にこのブログで医療崩壊に関するエントリが始まったころに少しコメントしていたことがあります。久しぶりにのぞいてみましたら、当初とは大分雰囲気が違ってきているようで驚きました。モトケンさんお疲れ様です。 現状の医療訴訟に問題があるとの共通認識までは形成されたものの、そこから次の制度的な解決をどうするかのステップがうまくいっていないようです。医療側には医療側の言い分がありますし、法曹側には法曹側の言い分があるのは当然と思います。
 ただ、制度論に入る時に、No32で地方の弁護士さんがおっしゃっていることを医療側は前提としていないことが事態を混乱させているのは確かだと感じました。国家はそもそも裁判権を基礎に成立してきた歴史があります。ですから、裁判官の過誤に対する訴訟などは法原理上は可能かもしれませんが、国家として現実的に認容されるようものではないでしょう。もちろんそのほうが判決に対する国民の信頼がより高まるという状況ならばその限りではありませんが、現在裁判の威信がそこまで低下しているとは考えられません。
 裁判はもちろん無謬ではありませんし、そのために三審制があります。しかし実際のところ確定した判決は無謬ですし、無謬でなければ強制力を用いてでも無謬にするというのが本質です。
 私も医療訴訟の判決を見ていて無茶なことを言うなという判決も多いですし、医療訴訟に限らずあまりにも弱者よりの判決が多いのも気になるところです。しかし、国家に介入するなというのは独立国を作るのと同じことです。もう少し医療者側もその点を踏まえたほうがよいでしょう。
 裁判官は結局のところ仲裁人の形をとった国家そのものです。医療者側に大切なことは、知財高裁の例に見られるように、如何に国家の側にうまく主張を伝えられるようにするかが大切であって、司法から逃げる理屈を考えることは国家から逃げることと一緒で単なる逃避です。

なんか、変なことになってきましたが。

>はっきり言って、私、喧嘩を売ってますよ。

管理人様が、喧嘩を売って書いたわけではないと思ったので、
「喧嘩を売っているように誤解されます」
と書いたのですが、最初から喧嘩を売って書いた、とおっしゃられると・・・。
そういうブログではないと思っていましたが・・・。

まあ、もちろん、本当に喧嘩を売るために書いたのではないと思いますが、なんか変な方向に進んできてしまいました。
でも、こんなに盛り上がっているということは、やはり刺激をしてしまう表現であったのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

それと、やはり
「ヤブ医者や医療過誤は明確に存在し、明確に罰せられるべきだ。医者は医療ミスを隠したり、責任逃ればかり考えている」
と、考えていらっしゃる方がいるようで、残念です。
ヤブ医者はいるかもしれませんが、簡単にヤブだと決められるほど医療は(医療も、ですか?)簡単ではありません。

司法に対応する能力に乏しい連中が恐怖で震え上がっているだけだと思うのですが。
尻尾を丸めて耳を伏せた犬のように。
もう逃げるか噛もうとハッタリで威嚇するかしかないのです。
魔人君の発言など負け犬の遠吠えですませられないものですかね。
自分の人生のリスクマネジメントする時間も金も知識もない負け犬医師である私は彼に同調する部分が無くはありません。
でもこのブログのおかげで、この法治国家日本でその主張が通るはずもないこと、誤っている点があることを理解できたのは収穫でした。


数日前のこと
どうといったことのない予定帝王切開でした。
前回帝王切開創をトリミングして皮膚切開し、引き続いて筋膜・腹膜・漿膜・子宮筋層と切開し胎児娩出。(泣かずに黒くなったら逮捕か提訴か・・・)ここまで3分。
子宮マッサージを行い胎盤が剥離することを祈ります。(胎盤が剥離せずクーパーで剥離した日には逮捕かぁ・・・)
子宮収縮が良くないのでプロスタグランディン製剤を子宮筋に適応外の直接注射をしてまた祈ります。(子宮収縮不良による弛緩出血で亡くなられても、PG製剤適応外使用による副作用で亡くなられても逮捕か提訴か・・・)
子宮筋層を丁寧に修復します。(次回妊娠時に子宮破裂起こしてトンデモ鑑定医に前回が悪かった、私なら90%成功したとか言われると困るし・・・)
漿膜縫合・腹膜縫合・筋膜縫合・皮下縫合し、皮膚をステープラーで閉創し終了。
所要40分・出血量300ml。
こんなusualな業務で少なくとも4回の逮捕か提訴の恐怖があります。

話は医療から逸れますが。
中国人強制連行訴訟の最高裁判決、非常によく考えられた上での判決だと思います。
(言ったもの勝ち感のある)強制連行をそれが存在したかどうかを個別に検証することなく1972年の日中共同声明を楯に個人が裁判で賠償を請求することはできなくなったとしました。(←医療裁判で科学的に真実を検証するわけではないのと似ています)
一連の裁判のブレに終止符を打ち、かつ国益を考えるとこれしかないと思います。
賠償請求権を認めてしまったが最後、謝罪しろ!賠償しろ!の行列が出来てしまいます。
しかし、
裁判官は特定アジアの方々に刺される恐怖を感じることはないでしょう。
国側代理人は特定アジアの方々に刺される恐怖を感じることはないでしょう。
裁判所に爆弾を仕掛けられることもないでしょう。

裁判所や検察の方々は仕事の上で恐怖を感じることはないでしょう。
国という大きく堅いシェルに守られているからでしょう。
報道が誤報をしても取材者や編集者は企業という大きく堅いシェルの内側ですから個人攻撃される恐れはなく、社としてお詫び広告ひとつで終了です。
雪印がJR西日本がシンドラーがトヨタが業過致死傷しても潰れないのはそれ自体が大きく堅いものだからではないでしょうか。

ところが、個別の丸腰竹槍部隊みたいなものである医者はやっつけ放題。
部隊間の統率はとれていない、医師会なんてシェルでもなんでもない。
所属組織は平気で裏切る。(紫色氏の件の女子医大のように。私の勤める病院も「個人をターゲットにしてきた時はどうしようもない」と言います。歪んだ見方をすれば個人責任に誘導すれば組織はダメージを回避できます。)

医者達はヒーローが舞い降りてくるのを待つのではなく、何らかのシェルやカーネルを自分たちの力で実装しないといけないと思うのです。
折角、敵の事情を知ったモトケン先生が味方してくれる(勘違い?)のですから、より効果的なシェル実装方法とか聞かせてもらったほうがいいじゃないですか。
現実的には、裁判沙汰になった時に弁護士費用いくらかかるか、各地方で良いセンセイは誰か、(不幸にして刑事になったとき)調書なるものは印鑑を安易に押していいのか悪いのか、医者が良く掘る墓穴は何か、とかをオフミやLMnetで講習していただく(個人的には有償OK)ほうが有益と思います。
そりゃヒーローに相当する組織を創れたら良いのですが、時間も金も無いのにプライドだけはある困った職人連中なので、組織を創ることは非常に難しいと思います。

今までの流れをあまり存じ上げませんので、的外れでしたら、申し訳ありません。

USAなど訴訟の多い国の医師と話をしている時に、感じることがいくつかあります。
ある病態についての、スタンダードがはっきりしていると思います。問いに対しての答えに医師個人によるばらつきが少ない。一つのキーワードから出てくる鑑別診断、それに対する治療方針が、ほぼ同じ。
NIHやボードなどで治療指針がきちんと一定の方向性を向いていて、曖昧さを排除しているのではないか。いわゆる「お墨付き」。
かたや厚生労働省の指導は、例えば「抗鬱剤では自殺する人が増える」など曖昧でナンセンスな警告は出すが、じゃあどうすれば良いのかには口をつぐむ。
USAなどでスタンダードが誰にとってもはっきりしている点が医師の義務をはっきりさせ、医師を訴訟から身をまもる ひいては患者をも守る訴訟社会のあり方のように思います。

いわゆるお墨付きかもしれませんが、同じ状況の同じ疾患について、医師の間でのばらつきが日本では極めて大きいように感じます。

多分訴訟リスクを大きく負ったことが過去なかったので、現状のシステムがあり、裁く法曹の方々も、これまたあまり統一性のない鑑定などから結論を導かなくてはならなくて、当然判決もばらつきますよね。

診療をしていて、「どこまでやれば医師として責務を果たした」といえるのか、日々悩みます。

国は医療費を上げるつもりはありませんし、国民も残念ながら医療費抑制に賛成なので(どうしてか理解できませんが)、お金がかかるだろうスタンダード(医師側と患者側、そして法曹の方にとっても)が出来ないまま、時間が過ぎてゆきそうなのが残念です。

 こちらのブログはとても興味深く拝見しています。モトケンさんの心痛はお察しします。私も医師として様々なトンデモ判決のニュースに愕然として怒りすら覚えることもあります。確かに魔神ドールさんのように煽っているコメントについ感情的に飛びついてしまう医師の方々もおられるのかもしれません。医師の方々に言いたいのですが、医師は感情的になってはいけません、あくまでも論理的に冷静に判断していかなければならない職種のはず。現実としてどのようなシステムが日本の医療や司法に必要で、私たちが草の根でできることは何なのかを考えるべきではないでしょうか。生産的に話をしましょう。感情的になるのは極めて非生産的ですし理性ある人間のすべきことではない、今のマスコミと同じになってしまいますよ。
 あと、モトケンさんにも一言。とてもいいブログで私がもっとも好きなブログです。どこの掲示板にも(Yahooや2chなどはとくに)煽りはいます。私が察するに魔神ドール氏は文章の内容からかなり若い医師ではないかと推測されます(研修医上がりぐらいではないかと想像しますが、違ったらごめんなさい)。この頃はもっとも唯我独尊になりやすい世代です。内容も理知的とはいえず好戦的で、医師である私も嫌悪感を感じて読んでおりませんでした。モトケンさんから魔神ドール氏の指摘が出てきたため読み返すようになりましたが。感情論は人の心をつかみやすいもの、ただそれに流されては動物(マスコミ)です。そのような者の喧嘩を買ってもあなたの時間がもったいないだけだと思いますが、いかがでしょうか。ここのブログにはあまり書き込みはしなくても冷静に拝見している医師も多いと思います。魔神ドール氏のような考えを持っている人は少ないのではないでしょうか。それこそ魔神ドール氏の考えを医師の全ての考えのようにとらえるのはどうかと思います。あなたの言っていることが魔神ドール氏と同じレベルの論調になってしまいます。司法側からも感情的で好戦的な意見が無いわけではありません。それを見て私も落ち込むこともありますが、あくまでも個人の意見で全体を反映している意見ではないと思っています。
 医師も日本人である以上、日本の法律で裁かれるのは当然のこと、特別視される必要はない。ただし多くの医師は全ての症例で医療そのものが結果が悪ければ傷害にも業務上過失致死にもなりかねないという状況に不安を感じ、しかも昔のように感謝されることもないサービス業(下手すると患者の奴隷)になってしまい、現に判決は司法側も医療の現場を理解しないままの現実に即していない判決がニュースに流れるようになり戦々恐々としています。しかし、このブログは司法と医療の理解を埋めるための草の根の話し合いの場だと思います。理性的に話し合いましょう。感情論で司法とぶつかれば崩壊するのは医療です。本音は医療は崩壊し健康の有り難みとそれを守るためにどれだけの労力を伴うか国民が理解すべきだと思いますが。

法律関係の知識は 教養課程の1年目に法学の単位をとっただけで、何にもわかっていなかったもので、ここでは 少しずつ勉強させてもらっている感じです。
患者さんには 法学部学生とか 法科大学院を目指して勉強していたりする人も多いのですが(既に働いている人は忙しいのだろうけれど 滅多にお会いしません。)
何処がどうなっているんだか まだよくわかっていない のが実情で あまり ロクなコメントもできないでおります。

早くに辞めないでいただき、ある程度 話についていけるくらいまで 気長に待って頂けますと良いのですが。。お願い致します。

>いつもROM さん

 私がどこに反応したのかまだお分かりでないようですね。

>妥当な医療をしていても、医師は訴訟リスクを抱えており、無力である。
>しかも、それを裁く側が、ヤブであっても、泣き寝入りをするしかない。

>というのは事実なわけで、

 なぜ、「無力である」、「泣き寝入りをするしかない」というのが「事実」であると決め付けるのですか?

 私は常連の法曹の皆さんは、このブログにおいて

 不当な判決に対しては助力したい、不当な判決に対しては戦うことができる、その意味で医師は無力でない。泣き寝入りする必要はない。

と言いつづけてきたのですよ。

 あなたはそれ否定したのです。
 私の無力感が理解できませんか?


>負け犬酸化医さん

 一点確認したいことがあります。

>でもこのブログのおかげで、この法治国家日本でその主張が通るはずもないこと、誤っている点があることを理解できたのは収穫でした。

 これはどういう意味ですか?
 「その主張」というのは「医療側の主張」という意味でしょうか?
 また、「このブログのおかげで」というのはどういう意味ですか?
 私または常連の司法側のコメントによってという意味ですか?

 是非ともお答えいただきたい。

おお、すごーく伸びてますね。私も徒然なるままに雑感を書きます。

上の方で、「外科医は○人殺して・・・・」とか「俺達は下手人だから・・・・」というのは、医師が自虐ないし自戒を込めていう言葉であり、部外者から無神経に言われると腹が立つという趣旨の書き込みがありましたが、なるほどなあと思いました。

というのも、「裁判は真実を明らかにする場ではない」というフレーズについて、同じことを何となく感じていたからです。

弁護士であれ検察官であれ裁判官であれ、基本的には「真実」を指向して仕事をしているのではないかと、私は考えています。これは、素朴な正義感、倫理観から「真実に沿った解決がなされるべきだ」と思っているからでもあるし、損得を考えても、結局は真実ベースで仕事をせざるを得ないということでもあります。弁護士についていえば、架空の、あるいは誇張した事実で勝負するというのは大変なことであり(辻褄が合うようにウソにウソを重ねた上、それに沿った証拠まででっち上げないといけない)、それがバレた場合のデメリット(その裁判での敗訴が決定的になるだけでなく、弁護士としての信用を一気に失います)も考えれば、戦法として到底割に合うものではない。ただ、部分的に見れば、残念ながら様々な理由から虚偽の主張立証が登場することはあるし、それを打ち崩せない場合だってある。真実ベースといっても、結局は、真実のうち「証拠によって裏づけが出来る」部分でしか勝負できない。

要するに、真実に沿った解決を指向して努力するのは当然であるが、それには限界があり、完全な真実には到達できないということは、法律家共通の感覚だろうと思います。その意味で、裁判では残念ながら本当の意味での「真実」まで明らかにすることはできないのですよ、立証できる限度でガマンせざるを得ませんよ、と言っているわけですね。「裁判は真実を明らかにする場ではない」とは、そういう意味だろうと思っています。

しかし、司法に対してシニカルな考えを持っている方が、「所詮裁判は真実を明らかにするためのものじゃなくて、双方が都合のいい架空のストーリーをでっちあげて、屁理屈でケンカする程度のものでしょ」みたいなことを仰ると、自分としては、そういうことじゃないんだけどね、と残念に思うわけです。うーむ、残念残念。

>モトケンさん
>「その主張」というのは「医療側の主張」という意味でしょうか?

おそらく「魔神ドールさんのような主張」と言うことだと思います

>院生のはしくれさん

 今は喧嘩を買う必要があると思っているのですよ。

 私は今までものを言わなすぎたのかも知れないとね。

 医療崩壊問題に関する限り 
 一番変わらなきゃいけないのは、医師ですよ。
 少なくとも、最初に変わらなければいけないと思います。
 医療側が変わらずに司法側に自分の都合のいいように変わって欲しいというのは甘えです。


 私は黙ったほうがいいと思いますか?

日本の医療訴訟の問題点の一つが「死因を裁判所で追求していること」にあるように思います。例えば、奈良救急裁判では、裁判所で死因が心タンポナーゼである事が認定されたと思いますが、これはやはり大いに問題があると思います。

本来なら、心タンポナーゼであると判明した後に、さまざまな要素が裁判所で判定されるべき事だと思うのです。

死因を裁判所で追求することが、原告側・被告側・裁判官に多大な負担、不必要な負担を与えているように思うのですが、いかがなものでしょうか。

 ついでにもうひとつだけ。
 司法側に問題があるとすれば、統治システムの中での位置がよくわかっていない検察官や裁判官もいるのではないかということ、法律と自己の良心に従って判断していればそれで良いとおもっているのではないかという点です。
 法学の建前としてはそのようにあればよいでしょうが、現実問題、起訴や判決自体が前例となって積み重なり実社会に影響を与えていく統治行為=権力の発動である以上は、そのケース以外の実社会に対する影響を考慮できない司法官は、正直司法官としては不適格です。このあたりが本当の医療側の司法不信の種だと思います。典型的には福島地検ということになるでしょうか。民事訴訟のJEMの問題もそうでしょう。
 司法はあくまで統治システムの一部です。政治・行政・司法の三権とはいいますが、統治という行為がその3つにきれいに分かれるはずがありません。そのことをもう少し自覚した司法というものを私は期待しております。
 裁判という方法しかないことに大きな原因があることは間違いありません。裁判であれば判決権は裁判官にしかありません。しかし、裁判官自身にとっても、こうした広範囲の影響まで考慮した判決を書けといわれて困っているのが実情でしょう。
 困っているのならば、何も言わないか医療側にさっさと権限を渡せというのが医療side、統治の原則からもそんなことはできない、もう少しうまくやって見せるから協力してください、でもやっぱり最終決定権はこっちにありますよ(当たり前といえば当たり前)というのが司法sideという構図でしょうか。
 

>地方公立病院勤務医さん

>司法側に問題があるとすれば、統治システムの中での位置がよくわかっていない検察官や裁判官もいるのではないかということ、法律と自己の良心に従って判断していればそれで良いとおもっているのではないかという点です。

 医療側からこういう認識をお聞きしますと、大変うれしくなります。
 私も全く同感です。

 私は以前から、自分が権力者であるという自覚がない裁判官がかなりいるのではないかと思っています。
 そうであるとしますと、国民にとって非常に迷惑なことです。

>FFF様

というのも、「裁判は真実を明らかにする場ではない」というフレーズについて、同じことを何となく感じていたからです。

 なるほど。確かにおっしゃるとおりですね。私の発言も無神経だったようです。以後自戒します。

>MIさん

国民も残念ながら医療費抑制に賛成なので(どうしてか理解できませんが)

国民は医療費抑制に賛成しているわけではなく、国の歳出削減に賛成しているのだと思います。歳出がむやみに膨らんで、国の借金が増えていくのを嫌っているのだと思います。

問題は、一律に歳出を切りつめていくと、医療費も必然的に抑制されてしまう事ですね。対策としては、景気が良くなる、もしくは増税をするなどして、歳入を増やす事しかないでしょうね。

自分も煽りの好きな医療人の一人ですが(苦笑)一言。

医療も法曹も専門性で凝り固まったディープな世界である以上おいそれと相互理解など出来なくて当たり前、互いに自分の立場から言ううちの10に1つも「ああそうだったのか」と通じる部分があればよいのではという程度に考えています。
そんな簡単にわかりあっちゃうなんてアニメかなにかの世界だけの話で、現実はその逆こそ主流なのだと医療も法曹も実体験で知っているものだと思っていたのですが。
そういう自分から見ると最近の管理人さん(と一部法曹側常連さん)がなぜそんなにいらだっているのか正直理解できませんでした。あるいは実生活でお忙しいのかな?などと想像してもみたりしていたのですが、どうもそういう話でもないようでかえって驚いています。

「これだけ言っても判ってくれない」とか「何でもひとまとめにして批判するな」とか言った話は医療の世界では昔から言い続けている不満です。「またマスゴミが」だの「あの糞司法が」だのと文句を言いながらそれなりに折り合いをつけてきた歴史がある。
元々医者なんて研修医時代から「アホ馬鹿死ね」で育てられた者が多いですし、こういう社会経験もあって今や結構打たれ強くなっています(同時に口も悪くなっているかもしれませんが)。そういう者の目から見ると管理人さん始め法曹の方々の反応は正直「ちょっとナイーブすぎるんじゃないかな」と見えますね。

医者は叩かれて鍛えられましたが、あるいは司法側も今その段階にきているのかもしれません。むろん一般社会レベルでの話ではなくてここに参加している方々に限定してのものですが、まさにそういう体験こそ感情レベルでの「相互理解」への第一歩と肯定的に捉えられてもいいのではないかなと。といいますか、ぜひにもそう捉えていただきたい(笑)。

妄言暴言多々失礼…

>モトケン様

私は以前から、自分が権力者であるという自覚がない裁判官がかなりいるのではないかと思っています。

 というか、医師も権力者であることを分かっていない医師は多いと思いますけどね・・・(^ ^;
 わたしゃ、自分で権力者だと言うことを知ってて堂々と暴君してますけど。

「たとえ分かり合えないとしても,分かりあおうとする気持ちだけは捨ててはいけないよ」
と言っているそばから
「お前らなんかと分かり合えるわけないじゃん,当たり前だろ?」
という言葉を浴びせられてしまう,この悲しい現実.

傷ついているんだから,優しい言葉のひとつもかけてあげればいいのに.
相手の心を思いやることさえできないから,助けてやったと思った相手から訴えられるんですよ.

>謹慎中さん

数日前に感情的書き込みを複数いたしました。真摯に議論をされている皆様に対して大変非礼な行為でした。

非礼ですが、私個人の意見を言わせて頂くのなら、お酒でも嗜まれた上での書き込みかと思いました。いつもきちんとした書き込みをなされるように思ってましたので、ちょっと違和感を覚えていたのは事実です。


それはそれとして

人はミスを起こすのだということをもう少し斟酌をしてほしいという願いがあり、書き込んできましたがそれを斟酌したコメントは結局司法の方からないような気がします。

ミスにも色々な種類があると思うのですが、あるミスがどの部類のミスなのか判断できるのは、医師だけだと思うのですね。司法の側からは、可避なミスなのか、不可避なミスなのか、正当なミスなのか、不当なミスなのかは判断できないのではないかと思います。


>ignisさん

相手の心を思いやることさえできないから,助けてやったと思った相手から訴えられるんですよ.

無意味な発言だと思いました。

>「その主張」というのは「医療側の主張」という意味でしょうか?
そういう意味です。

また、「このブログのおかげで」というのはどういう意味ですか?
私または常連の司法側のコメントによってという意味ですか?
そういう意味です。

>おそらく「魔神ドールさんのような主張」と言うことだと思います。
怒ってしまったモトケン先生は医者全部≒魔人君として考えておられませんか。
”医療側の意見を求めます。”が伸びて”医療問題に関する議論に関する根本的な疑念”が伸びなかったからといって医者全部魔人君扱いは誤解です。

>負け犬酸化医さん
>怒ってしまったモトケン先生は医者全部≒魔人君として考えておられませんか。

それ私のレスです。誤解なきよう。


なぜ私が誤解したかと言えば

魔人君の発言など負け犬の遠吠えですませられないものですかね。
自分の人生のリスクマネジメントする時間も金も知識もない負け犬医師である私は彼に同調する部分が無くはありません。
でもこのブログのおかげで、この法治国家日本でその主張が通るはずもないこと、誤っている点があることを理解できたのは収穫でした。

のくだりを読んで、「彼(魔神ドールさん)に同調する部分」=「その主張」だと読み取ってしまったのですね。

>老人の医者さん

 貴重なご助言ありがとうございます。
 ただ、さきほどの私のコメントの

>>私は今までものを言わなすぎたのかも知れないとね。

を忖度していただけると幸いです。
 
 老人の医者さんには、いつも司法に対する理解を伴ったコメントをいただき感謝しています。

 しかしながら、今回の老人の医者さんのコメントの中には異論がかなりあります。

>「これだけ言っても判ってくれない」とか「何でもひとまとめにして批判するな」とか言った話は医療の世界では昔から言い続けている不満です。「またマスゴミが」だの「あの糞司法が」だのと文句を言いながらそれなりに折り合いをつけてきた歴史がある。

 これは医療の世界の中の話であるならば何の不思議もない話ですし、法曹界であっても似たようなものです。

 しかし、ここは公開のブログです。
 ときどき、何かのきっかけで多くの一見さんも訪れます。
 今週の月曜日も突然5000以上のアクセスがあり、そのうちの3000以上は初めての訪問者と思われます。
 そのような訪問者は当然のことながら過去のエントリやコメントを読むことなく、最近のコメントだけを読むことになります。
 そしてブログは文字だけのコミュニケーションですから、いきさつを知らない訪問者がコメントを額面どおりに受け取ることになります。

 そのような状況を前提にして、

>でもこのブログのおかげで、この法治国家日本でその主張が通るはずもないこと、誤っている点があることを理解できたのは収穫でした。

 このような一文を読んだ人はどう思うでしょうか?
 書いた人間の意図にかかわりなく、このブログに対する誤った印象を持たれることを恐れるということはナイーブすぎますでしょうか。

 もう一点申し上げます。

>「何でもひとまとめにして批判するな」

 これは医療問題と司法(に限りませんが)を考えるときに、「「何でもひとまとめ」にして論じることは厳に戒められるべきことだと考えています。
 問題解決のための大前提となる視点と言ってもいいです。
 ですから、そのことは今までも何度も繰り返し強調してきたつもりです。

 それにもかかわらず(・・・中略・・・)です。 

 これまで約9か月にわたって議論してきたことの一番大事な視点が決して少なくない医師に理解されていなかったわけです。

 はっきり言って、かなり参りましたよ。

>不当な判決に対しては助力したい、不当な判決に対しては戦うことができる、
>その意味で医師は無力でない。泣き寝入りする必要はない。

話が戻ってしまって、いまさらではありますが。管理人様も承知していただいているとは思いますが、もう一度失礼させていただきます。

ほかの方も、書き込まれていらっしゃいますが、

「裁判になっても100%負けることの無い医療をしている医師は一人もいない」

のです。ある医師をヤブ医者に仕立て上げようと思えば、正当な判決でどうにでも仕立て上げられるのです。不当な判決ならまだしも、正当な判決にはどうやって戦えばいいのでしょうか。

医師は全員、もし裁判になったら「合法的に」負けてしまうリスクを負いながら、日々仕事をしているのです。他にこんな職業はありますでしょうか?せいぜい非合法的な職業の方くらいではないでしょうか。

モトケンさん 久々の投稿ですが、以前とは違った感じで、ビックリでした(汗)

わたしが感じていましたのは、こんな事をお書きしますと火に油かも知れませんが、サイレントマジョリティがいて、一方、ノイジーマイノリティがいて、でして、ちょっと語弊があるかも知れませんが、忙しいとなかなか書き込みできなくなるって事もありますし、ですから、私たちは日々精進しているサイレントマジョリティを念頭にすべきなのかと、最近、とみに思っています。

わたしも医師の端くれですので、モトケンさん、法曹のみなさま、もう少しおおらかなお気持ちで、そうした医師の発言にお付き合い頂ければと思います。一部でしょうが、唯我独尊を地でいく医師も居るようですが。

またまた失礼いたします。

>医者は叩かれて鍛えられましたが

と仰いますが、医師の裁判に対する姿勢やコメントの一部には、それが読み取れないものも有ります。

そのようなコメントの主は如何見えるかを、乱暴は表現をすれば。
自分が環境に応じて変わらねばならない、という現実から目を背けたいキカンボウです。
したがって

>法曹の方々の反応は正直「ちょっとナイーブすぎるんじゃないかな」

↑これは精神的な未熟を感じさせる表現ですが、違うと思います。
むしろ司法の方々は、医者の後ろ向き姿勢に気がついて(優しく)叱咤している。

「従来の殻に閉じ篭るのが嫌ならば、モトケン様の売る喧嘩も買ったら良いのでは?」

ーPS−
今回の 老人の医者さんのコメントは趣旨が分分散している様で読み取りにくく、読み違えてが有るかも、悪しからず。

>いつもROMさん

医師は全員、もし裁判になったら「合法的に」負けてしまうリスクを負いながら、日々仕事をしているのです。他にこんな職業はありますでしょうか?

弁護士とか、会計士の方々とかはいかがでしょうか。

ビジネス法務の部屋:専門家が賠償責任を問われるとき


※ある程度恣意的に紹介していない訳でもないです

もうなんだかよくわからなくなって思考が分裂している私です。かつ、また何か書くとモトケンさんの逆鱗に触れやしないかとためらう気持ちもあるけれど、何が逆鱗に触れるのか今ひとつわからない(失礼!)こともあり、よくわからないですが失礼したらゴメンナサイということで結局書かせてもらうんですけど。

モトケンさんは以前にも裁判官のバランス感覚不足が問題と言われていましたが、バランス感覚と言っても、まさかそこまで医療人を震撼させるような判決を出しているとは、ちょっと判断はできなかったでしょう。裁判官が世の中を読む能力に長けているとはあまり考えられないですし、「医療崩壊」を鵜呑みにすれば裁判官は自分の出している判決の評価を知る術は新聞などのマスコミだけであるようですし。僕は結構そのあたりは裁判官に同情的かな。

逆に読めば、裁判官は意外とマスコミに扇動されやすいんじゃないかと思うんですけど。被害者救済が司法の本質ではないであろうに、やたらと被害者救済が司法の役割かのような判決が目に付くのなんかはその一端かな、と。

もしそうだとするならば、現段階でとりあえずトンデモ判決を減らす最も効果的な戦術は、司法が医療崩壊の大きな原因になっているのだという糾弾をひたすらがなりたてることではないかと思うんですが如何でしょうか? 原因究明のための第三者機関とかをもっちゃもっちゃと考えているよりも、ずっと手っ取り早くて費用もかからなくて影響も大きいかな、と。しかも司法は国家権力であるということであり、批判したところで罰則を与えるわけでもなく、また誰かの懐を痛めさせるわけでもないから、安心してこき下ろすことができますし。『医療者に断りも相談もなく、医療水準の解釈を変えるなどという、ほとんど立法スレスレの強権的な判断をごく一部の裁判官で構成されたブラックボックスがはじき出しやがって!そんなばかげた越権ギリギリなふざけた判断のおかげで医療は崩壊だよ!』と。

もう一つ、私の勉強不足による事実誤認の可能性も大なのですがお尋ねしてみます。前にもちょっと書いたのですが、民事訴訟には自然災害を判断する仕組みが無いようですが、これは自然災害の一種である病気が全ての始まりにある医療訴訟では、非常に問題があると思うのですが如何でしょうか? 例えば医療訴訟ではありませんが、奥入瀬枯れ枝事故で市と県が有責で1億円以上でしたっけ? こういった自然災害が大元にある事故でも、被告が有責となれば原告の遺失利益の責任は人間にしか転嫁できず、すなわち過失相殺は原告と被告の間でしか出来ず、一部を自然災害に帰すことが出来ないんですよね? 1億のうち自然災害によるやむを得ない部分が100分の99で、市と県の責任は100分の1、という判断は出来ないんですよね?

不適切表現申し訳ありません。
モトケン先生の故意な燃料投下か、本当に「閉めたり」しないか判断できず不安だったもので。


叱咤激励されているのは感じます。
すぐ沸騰或いは凍結する者が多い医者たちと違って司法サイドの方々の冷静なこと。

どうやったら全軍撤退状態な心を元に戻すことができるのか知りたい。
些細な件での刑事告訴。業過致死容疑。
個人ターゲットではありませんでしたが、主治医は私。
不起訴にはなりましたが、私のモチベーションを奪い去るのに十分な出来事でした。
逃げてる自分がわかる。
かなり嫌。
不起訴にするのにそれ相応の理由がいるのよ、とネタバレしてくれた検事さん。
裁判所に行けば敵なのにサタンには見えなかった。
撤退モードの私を見たらきっと怒るだろう。

後半は負け犬の独り言です。

>峰村健司 さん

やたらと被害者救済が司法の役割かのような判決が目に付くのなんかはその一端かな

そのように目に付いている人がいるとするならば、その人がマスコミに扇動されているだけだと思います。


『医療者に断りも相談もなく、医療水準の解釈を変えるなどという、ほとんど立法スレスレの強権的な判断をごく一部の裁判官で構成されたブラックボックスがはじき出しやがって!そんなばかげた越権ギリギリなふざけた判断のおかげで医療は崩壊だよ!』

モトケンさんをさらに絶望させるようなコメントをされなくてもよろしいのに、とは思います。

>負け犬酸化医さん

 なるほど、そうするとあなたのコメントは

 私や司法側の常連の発言によって、この法治国家日本で医師の主張が通るはずもないことが理解できた

ということになるわけですね。

 つまり、私や司法側の常連弁護士らが、これまで「日本では医師の主張が通るはずはない」、と言ってきたという意味になるわけですね。

 そうであるとすると、あなたのコメントは悪質な破壊工作ということになります。

 私や司法側の常連弁護士らは、これまで医師の正当な主張を裁判に反映させるためにはどうすればいいか、ということについて考えてきたと自負しています。

 にもかかわらず、これほどまでに私や司法側の常連弁護士らの意見を正反対に歪曲し貶める発言をすることは許せません。

 産科医−1さん

 さすがにこのような発言に対して「おおらかなお気持ち」でいられるほど私は人間ができてはいないのです。
 これを放置することは、何よりこれまで多大な時間をこのブログに費やしてくださった常連弁護士の皆さんに対して申し訳ないことになります。

 負け犬酸化医さん
 私はあなたの味方になることはありません。
 念のために繰り返しますが、
 ”あなた”の味方になるつもりはないのであって、医療側の味方にならないと言っているのではありません。

 私はノイジーマイノリティのために基本的なスタンスを変えるつもりはありませんから。
 ただし、本当にマイノリティなのかどうかについて、確信が揺らいでいるというのは事実です。

No.82 しまさん

そのように目に付いている人がいるとするならば、その人がマスコミに扇動されているだけだと思います。
素晴らしいご指摘です。なぜなら裁判官が「最近は患者側の逆転勝訴が続いていた印象が強く、」と書いていたので、私もそう書いただけなんです。つまりしまさんも、裁判官がマスコミに扇動されているだけだということを是認されるということですね!
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/2ce82005f5a202081423623139b89d74

後半はモトケンさんの判断を仰ぎたいところです。やっぱりさらに絶望ですか?

>No.81 負け犬酸化医さん

 私のNo.83 はあなたのNo.81を読む前にアップしました。

 何か釈明があればお聞きします。

>しまさん

まだ紹介していただいたリンク先を読んでいないのですが、失礼します。
他の職業の方々も、いろいろ大変なのかもしれませんね。

私は今日も、本当は使用してはいけない薬の投与法を、あえてしました。もちろん、患者さんには説明をして、同意を得ました。でも、もし何かの理由で裁判になったら、いくら同意を得ていたといっても、私は100%負けるでしょう。
でも、その治療をしなければ、現実として医療が成り立たないのです。

ある意味「違法」とわかっていることをあえてしないと成り立たない職業って、他にどれほどあるのでしょうか。

>No.86 いつもROM さん

>私は今日も、本当は使用してはいけない薬の投与法を、あえてしました。もちろん、患者さんには説明をして、同意を得ました。でも、もし何かの理由で裁判になったら、いくら同意を得ていたといっても、私は100%負けるでしょう。

 いつもROM さんが医師としての良心に基づいて、合理的な医学的根拠に基づいて投薬したのであれば、私は、厳しい裁判になると思われるが100%負けるとは考えない弁護士です。

No.79 峰村健司 さん
>現段階でとりあえずトンデモ判決を減らす最も効果的な戦術は、司法が医療崩壊の大きな原因になっているのだという糾弾をひたすらがなりたてることではないかと思うんですが如何でしょうか?

前からずっと悩んでおり書いていいものか迷ったのですが「司法が医療崩壊の大きな原因になっている」ということは、本当でしょうか?

戦略的に見れば医療崩壊の原因は医療費不足による医師不足。
仮に潤沢に医療費がありお医者様が大量にいたならば、たとえ医師から見て司法の医療に対する理解が足りなかったとしても、ここまで逃避の原因になったでしょうか?
司法が福島などで行ったことは、折れそうなラクダの背中に少しの藁を乗せただけなのではないでしょうか?


現実を見ろと言われるでしょうが、医療崩壊の大きな原因は国民の無知によるもので、結果的にその引き金の一端を引いたとしても司法が大きな原因ではないのではないかと、そう前から悩んでいます。

私にとっては司法も医療も自分にとって異質なものであるために、想像力を膨らませ相手の考えをできるだけ捉えようとした結果に誤りがあるのかもしれないのですが、それでも医療崩壊問題の主役は国民だと思っているために司法が医療崩壊の大きな原因とは思えないのです。

もちろん現在の司法の医療に対する影響が良いと思っていないため、100%は無理だけれど3者が合格点を与えられるようなそんな仕組みを作る必要があると思っています。

それには最も大きい国民がより考えるきっかけが必要なのだと思っています。

 モトケンさん
 まず私の発言でご不快に思われたことをお詫びします。私の
>司法側と、多分この意識の乖離は決して埋められないのでしょうね。それだけはこの1年間でよく分かりました。

 という発言は医療に理解が深く良質のコメントをなさるYUNYUNさんでさえ(直前のコメント)

>母集団において7:3に意見が分かれる事案では、鑑定人を10人呼んでも足りないという話でした。逆転現象を回避し多数意見に収斂させるための方策として、鑑定人間で討議させることが考えられますが、それで万全という保証はありません。

 いまだに「万全ではない」とおっしゃることに対してため息が出たからです。

 ここのスレッドの上のほうで書かれていますように「裁判は真実の追及の場ではなく司法上のボクシング」というのは理解しました。ただ医療裁判が

「決して自然科学的な真実を究明する場ではありません。裁判官は、原告と被告のぞれぞれが繰り出す主張・理屈・証拠といったパンチがどれだけ相手側にダメージを与えたか、すなわち「有効打」はどちらが多かったかによって判定し、判決を導き出します。どちらの主張が科学的に正しかったかということは考慮しますが、決定的な判断基準ではありませんし、求める結果でもありません。」

 こういう仕組みで本当にいいのか?というのが最大の疑問なのです。iいろいろな御説を拝聴しましたが現行のシステムをよしとし、鑑定医の問題などすべて医療側の責任であるとすることが理解できないのです。私は医療裁判から司法を排除しろと言っているのではありません。
 このブログはとても有意義なものだと思います。モトケンさんお疲れ様でした。

主張→医者どものトンデモ主張と受け取ってください。

釈明になっているでしょうか。

初めて書き込みします。
モトケンさん。いつも勉強させていただき感謝しています。
モトケンさんに喧嘩を売るような発言をしている方に一言言わせてください。
あなた方の態度は私達が日ごろいつもいやな思いをしているクレーマー患者そのものではありませんか。マスコミそのものではありませんか。
自分達が日ごろ経験している同じような辛さを司法の立場から手を差し伸べてくれているモトケンさんに与えてることは恥ずかしくないですか?
理不尽なクレームや脅しをうけて、腸が煮えくり返りそうになったこともあるでしょう。
『こんなに一生懸命に診ているのに、なんて奴だ!なんて言い方だ!』と怒り、相手の品性を疑ったことがあるでしょう。
医師としてプライドがあるなら、少なくとも自分達が味わった辛さを、自分達に手を差し伸べてくれている方には与えないくらいの最低限のマナーを守りましょう。
モトケンさん、これからも勉強させてください。
我々医師のカウンセラーのような役割まで負わせてしまい申し訳ないと思っています。

>素人ですが様

戦略的に見れば医療崩壊の原因は医療費不足による医師不足。
仮に潤沢に医療費がありお医者様が大量にいたならば、たとえ医師から見て司法の医療に対する理解が足りなかったとしても、ここまで逃避の原因になったでしょうか?
司法が福島などで行ったことは、折れそうなラクダの背中に少しの藁を乗せただけなのではないでしょうか?

 その通りだと思いますよ。で、多分、福島の件も民事だったらまだだらだらとした不満状態が続いていたと思います。医療崩壊の本質は司法ではなく行政にあると私も思います。

 行政の本質は「最大多数の最大幸福」にあると思ってますので、現状の厚労省の政策が患者側の方だけを向いていることはある程度やむを得ないと思っています。ただ、限度を超えた患者向き政策が続き(24時間コンビニ救急を資本的、人員的裏付け無しに導入するなど)、医療者側の不満が爆発しているのが医療崩壊の本質だと思います。で、行政の政策を裏付けているのが例えば「24時間コンビニ救急を望む住民の希望」なわけで、、、

 この問題の本質的、根本的解決は「医療を有限の資源だと見なす、国民教育」以外にはあり得ないと思います。「水と安全はただ」であり続けた(実際には違うけど、意識的には・・・)日本の幸せな状況が今の医療崩壊・社会崩壊につながっているのは間違いないと思います。

 司法の部分でも患者側、医師側双方から不満が出ているのも又事実だと思います。これを解決するために何らかの手を打たねばならないのも又確かだと思います。しかし、上に書いた本質的問題を解決せずに、司法だけ改革しても結局どちらかに不満が残るのは間違いないでしょうね。

>No.90 元研修医さん

 法律家というものは、常に定められたルール(制約と言い換えてもいいです)の中で仕事をしています。
 つまり、常に制度の制約や限界の中で最善を目指しています。
 目指してはいますが、常に100%の結果が得られない日常を送っているのです。
 つまり、医療訴訟に限らず大抵の場合、「万全という保証」はないのです。

 法務業の末席さんのコメントは、「裁判で真実を明らかにする」に対するアンチテーゼとしての意味合いが強いコメントと理解していますが、私を含め多くの日本の法曹の感覚は、揉め事は落ち着くべきところに落ち着く結論が得られたほうがいいと考えていると思います。
 そして、より正しい主張がより有効な主張であるべきだとも思っています。
 もちろん、原告側と被告側の立場の違いで何が正しいかという判断は必ずしも一致しませんし、依頼者に対しては別の顔をしているかも知れませんが。

普通の医療を普通にしている限り、裁判沙汰になることはない、もしそうなっても、モトケンさんはじめ法曹の方々が、そうした医師を守って下さる、ですから、医師は安心して普通の医療を、患者さんを第一として、すればよい、とっても簡単な話しです。

>No.91 負け犬酸化医さん

 No.91まで読んでくださった人に対しては釈明になっていると受け止めます。

こんばんは。お初に失礼いたします。
えっと、此処に書き込んでいる人はきっと男の人が多いような気がします。文面から。なのでお尋ねします。男の人は女の人を完全には理解出来ないですよね?極端な例ではありますが。背景が違うと、同じ言葉でも違った受け取り方をいたします。
それが「理解できない」と言う事ではないかなと思います。
それでも、お互いに理解しようと意図する事は出来ると思うのです。そして、これは勝負ではなく、どうにかしたいという解決の模索でありたい、とも。
怒りながらも、それでも匙を投げようとはせず、頑張ってくれている管理人さんに感謝を。そして、何とかしようと思ってる皆にも。
ありがとうございます。

と、阿呆な書き込みを失礼いたしました。

ついでに、これを。
http://www.shikoku.ne.jp/ptarengo/16-kaihyoukai/16-net.html
http://www.iajapan.org/rule/rule4child/v2/index4.html

モトケンさま
あらためて長い間ありがとうございました。このブログを通じて医療訴訟の現状や問題点、司法の仕組みを教わったということ以上に勉強させられたことは、医療崩壊という事象を通して、社会構造の裏側を知りえたことです。
もともとブログで書き込みなどしない小生も当初このブログに出会った時は目から鱗の衝撃で思わず書き込みして、議論に白熱いたしました。それは何かを変えられると思ったからです。しかし、司法とは法律に従って行動するだけあるいは法律の番人であり、制度改革や立法を行うのは、行政や政治家さらには国民の世論であるということを知りやや落胆しました。
それからしばらくこのブログや「新小児科医のつぶやき」などをROMしている内に、これこそが現場の生の声なのだと感じるようになってきました。考えるに巷には官僚や政府が行う「はじめに結論ありき」の有識者会議やワーキンググループ、審問会議、さらにはマスコミの垂れ流す偏向報道などが溢れかえっていますが、現場の声が反映される(発信される)場所などほとんどありません(それは医療界における医師会や学会、大学なども似ていますが)。またこれほど医療の崩壊が進んでいる現時点でも、その原因については何ら分析されていません。
しかし、このブログを通して医療訴訟という観点から多くの問題点を浮き彫りにしたこと、法曹や医療関係者、その他の有識者の現場の本音を発信したことの意義は極めて大きいものと思います。(本来ブログとはそれが最大の利点なのではないのでしょうか)
敢えて言えば医療過誤訴訟は医療崩壊の一因ではあるが、主因ではない。主因は国の極度の医療費抑制政策であり、民意が全く反映されないような政治システムにあるとも思えます。
このブログの今後の発展をお祈りいたします。無力ですが今後も声援したいと存じます。

モトケンさんこんにちは。

医療崩壊において、司法が第一の原因ではないことを確認しておいて、それから異議を唱えます。

医療崩壊問題に関する限り 
一番変わらなきゃいけないのは、医師ですよ。
少なくとも、最初に変わらなければいけないと思います。
医療側が変わらずに司法側に自分の都合のいいように変わって欲しいというのは甘えです。

医師に変われといっても無理がありますです。
実感として、医療現場で働いている医師、特に今までぎりぎり崩壊を防いできた医師達にはそんな余裕は無いです。
ここで発言しているのはまだ余裕のある医師。本当に忙しい医師達はこのあたりを深く考える時間さえなく、患者を救うことに大半のエネルギーを使っています。
それを支えてきたのが彼らの高い倫理観。かっこよすぎるような気もするがこれほんとです。

張り詰めた糸は容易くパチンとはじけます。はじけてしまった彼らは最早医療崩壊を食い止めるために立ち上がろうという気迫は無い。たとえどれだけ頑張れと鼓舞しても無駄です。
彼らの精力はすでにそのことに使ってきたのだし、最早支えるモチベーションも亡くなっているのだから。
何より使命感さえ捨ててしまえば、医療技術は高く売れます。しかもストレスも安全性も段違いに。これが医療崩壊を身を粉にして防いできた人の変わり方です。多分変わってしまえばそのほうが幸せであるのは間違いない。


まぁ、おいらなんかは他に芸もないし、この仕事が好きだから最後まで残っているような気がしますが。

それにそもそも国家権力の作用がうまくいかなくて、社会にひずみや問題が生じているとするならば、変わらなければいけないのは国家権力の方であって、社会の一部の構成員にひずみを押し付けるのは間違っていると思うです。
(それを司法の現場で働いている裁判官さんや弁護士さん一般に押し付けるのもどうかと思いますが。)

大人しくROMしていようと思いましたが…。

>No.92 ぐーたら産科医さん
>No.95 産科医−1さん
お二人に心から同意します。

どう言葉を尽くして説明しても、自分はこんなに不幸なのだから、それを理想的にどうにかしろと主張する患者、今の医学では100%の保証はできないのだ、けれど、最良の方法を考えているのだと、どう繰り返しても、医者なんか信用できないと決めてかかる患者、今の医療現場がどれ程追い詰められているか説明しても、医者は金持ちだろう(自分達よりマシだ)なのに文句言うなと言う人々、それは現場ではなく医療行政の問題なのだと、何度説明しても、現場の医師の怠慢だと主張する人々。
ここでモトケン先生の差し伸ばして下さった手に対し、今、医療者側が、上記の患者のような主張をしているように見えて、心から悲しく思います。

心を折られては、もう頑張れない。
これは、私達医師が常々主張してきたことではありませんか?
なのに、今度は同じことを法曹界の方々に対してするのですか?
自分達が不幸なこと、追い詰められていることは、同じことを他者にする言い訳にならないのではありませんか?
差し出された好意を、いきなりケチをつけるのではなく、素直に受け取ることから始められませんか?

モトケン先生、なお好意をとお願いするのは我が侭と承知の上で、どうかお見捨てにならないで下さい。
先生のブログで勉強させて頂き、励みにしている医師もいるのです。

 皆さんの中には、ハワイに行かれた方もいるかと思います。
ハワイで、観光用の潜水艦に乗った人はいませんか?

その潜水艦乗船の前に渡されるパンフレットには、
 「いかなる事故 (乗務員のミスや不注意によるものも含む) が起きようと、
  その責任について刑法上は免訴されることに同意する者のみ乗船できる。
  但し、民事上の訴えは可能である。」
というような内容が明記されています。

 潜水艦乗船の事故の場合は、乗務員も含め全員が全く同様な被害を
こうむるだけに、乗務員も会社も刑事罰免訴となるのでしょうか。

 上記パンフレットの法的効力のほどは分かりませんが、
「乗務員」 を 「医師」 に置き換えたいものだと思いました。

 手術患者が死んでも執刀医の命に別状がないのは確かですが、
民事で訴えられて責任をとらされれば、医師としての人生は
ほぼオシマイであることには変わりないでしょう・・・・・・。

 少なくとも大野病院事件のような場合、
刑務所に入れなければ気がすまないというような責め方は、
私は理不尽だと思います。多くの医師が、そんな国で、そんな国民のために
懸命に医療をする気持ちが失せていったからって、誰が非難できるでしょう。

 「良かれと思った判断でも結果的に悪かった」ということで刑事罰まで問うのなら、
先ず、夕張市の歴代の市長・市会議員こそ逮捕すべきです。
また、大学医局制度の崩壊で僻地医療を立ち行かなくさせたという点では、
新研修医制度を作った者も刑事罰に問うべきでしょう。
どれだけ多くの人を困らせたかを考えて欲しいものです。
ところが今のところ、刑事罰どころか、民事上の責任すら問われていないのです。
これだって、理不尽です。

 この国は、いつのまにか おかしくなっています。
それでも、司法に力はありますか?
立ち去り型サボタージュを選ばぜるを得ない状況下の有能な医師らに、再び
誠実で果敢な医療に向かわせる力は、司法にあるのでしょうか?
 
 

 司法は法の番人ですが、同時に統治機構です。したがっで他の統治機構が動かねば何もできないという位置でもないはずです。医療高裁の導入となれば大きな立法となりますが、たとえば医療紛争に対して第三者機関にて審議を行ったうえで、その内容を尊重した判決が出るようにするなどの運営方法をとれば、必ずしも大きな立法措置なしに、事実上医療紛争を医療界と裁判所の合議制にすることは可能と考えられます。第三者機関にどの程度紛争が持ち込まれるかは未知数ですが、警察が異状死の案件に対して、まず第三者機関にて検討の上でなければ動かないなどの対応も可能と思われます。今春導入された労働紛争における同様の機関は比較的うまく稼動していると聞きます。
 現在の司法活動とそれに伴う混乱についてはもうおきてしまっていることですから、現時点で今すぐどうこうできるものではありません。そのことの責任論を議論しても良いですが、あまり意味があるとも思えません。あえて言うなら現場の混乱を生じていることを立て、第三者機関において有利な位置を占めるとかそういうことには活用できるかもしれませんが。
 とにかく前向きになるには現行制度内で起きた出来事は今後の参考としていくしかありません。実現すべき最大の目標は医療側が訴えられないことでもなく、司法が完璧になることでもなく、公共の福祉に資する制度を作り上げていくことです。
 現状医療側には悲観的な意見が多いですが、個人的にはそう悪い方向にばかり行っているとも思えません。医療過誤に関する報道は明らかに扱いが小さくなっています。毎日新聞の座談会などに見られるように報道姿勢は変化してきています。また、福島の件以来刑事起訴の動きは事実上止まっています。脳性麻痺の保障制度も動き出しつつあります。このブログのように司法側も現状でよいと考えているとは思えません。いまはむしろ夜明け前ととらえるのが良いのではないでしょうか。

>地方公立病院勤務医さん
>警察が異状死の案件に対して、まず第三者機関にて検討の上でなければ
>動かないなどの対応も可能と思われます

警察による司法解剖ではなぜいけないのでしょうか

管理人様、皆様
突然おじゃまさせていただきます。久しぶりにこのブログを拝見して現状に驚いている次第です。当直の日の空き時間などにROMさせていただいていたものです。私外科の医者をしておりまして、民事訴訟で、判決まで至った経験があります。担当弁護士の方にはかなりお世話になり、法律のプロのありがたさも実感しております。幸い勝訴と判断されて大半の主張は認められた判決でした。しかし勝訴と敗訴が紙一重なのも実感しております。
訴訟から数年が過ぎこのブログをはじめて拝見したとき、法律家も医師を理解しようとしているのだとわかり、社会の中の医療のあるべき姿をともに考えていけると大変感じ入ったことを昨日のように覚えております。
虎ノ門病院の小松先生の著作にもあるように医療の不確実性が社会に広く認知されていなかったこと(今も?)、外科医は何人殺しての話で象徴されるように仕事の不成功が他人の人生を目の前で変えるさまをかみしめなければならないこと、かけがえのない家族を喪う経験をした遺族の心情のこと、、、
とりとめのない話となっておりますが、医療について様々に考えざるを得ませんでした。
このような私の頭の中では、論理(法律?)という視点から社会を考える法律家の方々が医療者とともに現在の医療の問題点を議論するこの場というのは大変貴重なものだと感じていました。
もちろんある程度議論がいきついてしまったようにも見受けますが、社会の発展に何か理想のようなものがあるとすれば建設的な議論を重ねることぐらいしか道はないようにも思えますし、もし閉鎖されるとすれば残念です。

建設的な議論といいつつただの感想文となってしまいましたが、私にとってROMさせていただくだけでも貴重な場でしたので筆?をとった次第です。

 警察・検察といった司法警察についてはなるべく関与しない方向で考えているからです。司法解剖の場合どうしても刑事性の有無が焦点になってしまいます。また警察が入ってくるだけで話がこじれることも良くあるからです。遺族側としては警察が入ってくるからには悪いことがあったと考えるのが自然で、後々トラブルに発展しやすく、医師側から異状死についての届出が鈍る可能性があります。それよりも第三者機関に解剖についての義務を課すほうが、異状死の扱いについてはスムースになるのではないでしょうか。

>>No.74にて管理人さんからわざわざレスをいただきありがたいことです。
今はカッカされているようなのであまり油を注ぐのもどうかと思うのですが、管理人と参加者という立場の違いというのは御理解いただきたいと思い一言。

自分自身が煽り荒らし歓迎のお祭り好き人間という点を割り引いて考えていただくとしても、読む立場からするとやはり予定調和なレスが並んでいるばかりという状況は全くもってつまらんのですよ。
「なるほど先生のおっしゃるとおりです」よりは「異議あり!」のほうが明らかに見ていて面白いし、何より興味をもつ気にならなければ「ふうん、なにかわからないけど難しそうな話だな」で立ち去ってしまうわけです。

自分も含め参加者、ROMのうち相当数が最初は「何かにぎやかに面白そうな話してるやん」と感じてこの場に集ったのではないかと想像します。現に「諠譁を売り、買っちゃった」このスレッドは近来に無く賑わっているという現実があるわけですから。
一見さんが「このような一文を読んだ」だけで問題の所在を理解できるほど医療崩壊は単純な話では絶対にないし、そうである以上もおうちょっと詳しく読んでみようかという気になる場所でなければ問題の所在すら知らないその他大勢の興味はひけないと思います。

要は集蛾灯はまぶしく輝いているからこそ虫が集まってくるのではないかなということです。10人の誤解無き聴衆を期待するより、たとえ100人に誤解されようが1万人に問題の所在を知ってもらったほうがよほど公益にかなうと思っているわけですよ。
むろん管理人として場を收める立場というものはあるでしょうが、少なくとも群集の中の一人に過ぎない自分はそう思っていますし、「祭り」になるのはむしろWelcomeなのです。

さて、喧嘩も少し下火になりかかってきたようです。医師と弁護士の喧嘩の一時の勝敗など所詮小さいコップの中の嵐に過ぎないでしょうから、一段落して双方これまでどおり前を向いておられればよろしいでしょう。失敗は成功の元とか、勝った時が負けの始まりとか申しますから(笑)。

さて、喧嘩ですから際中にはいろいろなんでも出てくるものですが、今回ここのレベルに似つかわしくない非論理的用語があったように思いました。某新聞社が最近使って某巨大掲示板で揶揄の意味で有名になったサイレントマジョリティという言葉です。この言葉自体認識のための苦労を拒否する情緒的言葉(いわゆる地口に等しい)であり、議論のよすがとなる実体語ではないので、いかに喧嘩と言えども反則でしょう(笑)。あのプロレスにだって反則はありますからね(笑)。

 No.105はNo.103へのコメントです。すいません。
 制度論の詳細のエントリーは別にあるでしょうから、ここではこれ以上は書かないでおきます。

No.88 素人ですがさん

前からずっと悩んでおり書いていいものか迷ったのですが「司法が医療崩壊の大きな原因になっている」ということは、本当でしょうか?
まず、素人ですがさんが引用された私の提案は、あくまで「現段階で」「とりあえずトンデモ判決を減らす」「戦術」として考えたものであることをご確認下さい。

司法が医療崩壊の大きな原因かどうか…一番ではないのかも知れないですが、原因として小さいものでは無いでしょう。というか、国民の意識変容→司法によるトンデモ請求是認→マスコミの偏向報道→国民の意識変容→…という負のスパイラルの中で、どれが一番かと決めるのは難しいものがあります。先に私が例示したように、裁判官の中にも最近は患者側の逆転勝訴が多い印象があると考える人がいるわけで、司法がこのスパイラルの一員になっていることは否定する理由は無いと思われます。

私の中では、警察検察もその負のスパイラルの一員だったのですが、最近そこから脱退しました。その原動力となったのは、割り箸事件での証人が優秀だったことと共に、外野が「トンデモ」「トンデモ」とがなりたてたことが大きかったのではないかと思います。警察検察に通じた戦術が、司法に全く通用しないということもないと思うのですが、如何でしょうか?

 2日ぶりに訪ねてみれば、膨大なコメントの数に驚いています。

 モトケンさん、94にて私のコメントへの言及頂き、ありがとうございました。発言者の意中を120%代弁して頂いた要約で、弁護士であるモトケンさんと社会保険労務士という隣接法務業である私の、論旨要約能力の違いを改めて感じさせられました。

 さて、私は法務業の末席である社会保険労務士をしております。この資格に馴染みがない方が多いと思いますが、労基署と職安と社会保険事務所に関わる法律的な代理行為の資格者です。早い話が労働法令と社会保険法令の専門家です。

 その立場から、86のいつもROMさんの「違法とわかっている本当は使用してはいけない薬の投与法」ですが、この「違法」とは健康保険の診療報酬支払基準にない傷病名に対して薬を投与したという意味ではないでしょうか? それならばすぐ次の87でのモトケンさんの「厳しい裁判になると思われるが100%負けるとは考えない」という判断につながります。
 「健康保険法に違反」がイコール「民事訴訟で敗訴」にはなりません。ただし、これには「医師としての良心に基づいて、合理的な医学的根拠に基づいて投薬した」ということを裁判官に納得させることができれば、という前提条件が付きます。この納得させる作業を担うのが弁護人の仕事です。

 医療過誤として医師が民事訴訟で賠償請求された場合、被告人である医師は弁護士を代理人として裁判官に自己の正当性を主張することになります。刑事裁判においても医師が起訴された場合、やはり弁護士が法廷で代理人を務めるのは一緒です。このとき当事者である医師が、「弁護士や裁判官という医療の門外漢に医療行為のことを説明したってどうせ理解できないからムダだ」という態度であったら、代理人である弁護士は闘いようがありません。
 モトケンさんはこのブログにおいて「医師(医療側)と弁護士(裁判官・検察も含めた法曹側)ともっと意思の疎通を図らないと医療側に不利な判決が増えていく」と憂うておられるのだと拝察します。だから医療側からの建設的意見を聞きたくて数々のエントリを立てられているのではないでしょうか。

 私自身も社会保険労務士として労働紛争のADRなどで代理人を務めます。代理人は依頼者の意向の範囲内でしか代弁できません。代理人がなんとかしてあげたい勝たせてあげたいと熱意を持って活動しても、依頼者から「自分の正当性についてアンタに説明する気がない」と言われたら代理人は務まりません、辞任するしか方法がないのです。依頼者から信頼されていないのですから。

 どうか医療側の皆さん、法曹に対する不信感、門外漢に対する説明するだけムダ、医療側は悪者にされるだけ、こうした拒否反応はなさらないで下さい。代理人として依頼人の拒否反応が一番つらいのです。

No.110 法務業の末席さん
情義あつきお言葉でもって理非曲直を説き尽くされた感のある御文を拝見し、不肖ぼつでおk謹んで脱帽申し上げます。

モトケンさん
 
これまでにない強いお言葉の連続ですが、これまでROMさせていただいており、そのお気持ちに至った経緯は十分納得できました。魔人ドール氏らの発言は、少なくとも私にとって、一部に同意できる部分があるものの、内容の不適切さと過激さから、公開された場に載せるべきでないものだと思っていました。

私にとって、この意見交換の場は、異なる分野にいらっしゃる専門家の方々の意見を伺えて、非常に有意義なものでした。遠い異国のもののように思えていた裁判の場が、多少なりとも現実感をもって認識できるようになったのが、大きいように思えます(とはいっても、法律の入口あたりでウロウロしている感じですが)。毎日ROMするのが当然であったこの場が無くなるとしたら、大きな喪失感が残ると思います。

現時点での私の結論か、No.52 fuka_fuka さんのコメントにあるような

つまり、医者は逃げるしかない、と考えるのは当たり前だと思うわけです。
私もその点は同感です。
もし私が医師なら、とっくにハイリスク分野・待遇劣悪職場からは撤退してるか、あるいは(自粛)と思います。

とほぼ同じであるのが、3年前の自分からすると想像もできないものであるのが残念です。

モトケンさん

>医療崩壊問題に関する限り 
 一番変わらなきゃいけないのは、医師ですよ。
 少なくとも、最初に変わらなければいけないと思います。

社会のニーズに伴い昔に比べればだいぶ変わったと思いますが、封建制度の脱却などまだまだ変わる余地はあるかもしれませんね。社会の要求が高まり、低コストの国民皆保険で支えるには現在の医療は限界を超えています。サービス業として医療をとらえるのであれば国民皆保険や応召義務など早々にやめ、自由診療にすべきです。そうなればいくらでも患者への説明に時間を割けるようになるでしょう。救急病院の夜間診療は精神患者や生保患者であふれている現状で勤務医の意欲などすでに地に落ちています。私たち勤務医は法律無視の労働条件で黙々と業務をこなしています。あなたは大学病院の医師が院生としてほぼ無給で働いていることを知っていますか?開業医は日本医師会により守られていますが、勤務医の利益団体はないに等しいのが現実です。勤務医は労働組合などを作り、ストなどによりもっと自らの権利を主張すべきだったと思います。権利を主張しない者に権利は与えられない、無言実行が美徳の時代はとうに終わっているのですから。そういう意味で医師は変わるべきだと思います。これは行政と医療の問題であって司法の方々には何ら関係のないことですが。

>医療側が変わらずに司法側に自分の都合のいいように変わって欲しいというのは甘えです。

医療は変わるでしょう。でなければ崩壊します。ただ、もっとも変わるべきは患者の意識です。健康は簡単には手に入らないと認識すべきです。別に私は司法のみに変革を求めてはいません。少なくとも医療と司法が理解し合える場が必要であるとは言っているだけです。現状が司法の責任のみによるものであるとは考えておらず、患者の要求、小泉行政の財政的制度的圧迫に不満がたまっていたものに最近の判決が引き金となったにすぎません。司法が変わったところで医療崩壊は止まらない。患者側、医療側、司法側、行政側、いったん失われた信頼はなかなか元には戻らないだけのことです。あなたが一部の医師の発言(私は少なくとも魔神ドール氏の発言には賛成しておりません)で全ての医師を敵視し喧嘩を始められたように。医療は崩壊すべきです。その末路には私も含め路頭に迷う医師、医療をうけられず亡くなる患者、双方ともに深手を負うでしょうが、それも良いのではないでしょうか。

No.109 峰村健司 さん
>まず、素人ですがさんが引用された私の提案は、あくまで「現段階で」「とりあえずトンデモ判決を減らす」「戦術」として考えたものであることをご確認下さい。

まず、限定的な戦術としての提案を、いかにも峰村さんがそう思っているかのごとく書いたことをお許し下さい。

そして、仮にこの戦術をとるならば、トンデモ判決を減らす手段としては有効だろうと思います。もしマスコミによる「司法が医療の崩壊の大きな原因だ」というキャンペーンが始まれば、裁判官が自ら下す審判の社会に対する影響を今まで以上に感じるでしょうから一定の成果はあるのだろうと思います。

けれど所詮そうはいっても医療崩壊の大きな原因は司法でないのですから、トンデモ判決が減ったとしても医療は崩壊し続けるでしょう。
医師から見ればトンデモ判決を減らすことは目的となったとしても、残念ながら一般的な国民にしてみれば目的はそこにはないのです。
トンデモ判決が減っても医療崩壊が止まらないという事態を前に、さらなる医療への攻撃が再開する可能性はないでしょうか?

それを考えると、戦術としてはともかく戦略としては悪手だと感じます。

こんにちは。

医療者の方も、医師だけがメンバーではない掲示板に書き込みをする場合、特別な注意をするようにするとうまくいくのではないかと感じます。自分のことを大きく棚に上げて申し上げますと、

1.言質をとられるようなことは書いてはいけない(別の論点に誘導され曲解されます)
2.簡単に論破されるような低レベルなことは書いてはいけない(職業集団として軽んじられます)
3.例えば開業医と勤務医の対立だとか、内輪での分裂を促進させるような・悟られるようなことを書いてはいけない(他の集団には関係ないことで、また付け入られるだけです)
4.他集団の怒りを買うようなことを低劣な挑発を書いてはいけない(他集団とのせっかくの協力的なムードを壊します)
5.単なる内輪の愚痴は書いてはいけない(単なる甘えとしか思わないでしょうから…)

私はとくに4を犯すような言説は工作員によるものと考えて読み飛ばすようにしています。医療関係者を名乗る方の記載にも怪しいものはたくさんあります。

今は医師なら医師が結束して自分の意見を押し通すべきときだと考えます。医師だけが集う場ではないところに意見を記載する場合、各人が職業集団の代表としての意見を述べてほしいと思います。もう少し言えば、医師集団に利するような誇りある意見を、外向きであることを意識して記載すればもっとうまくいくのではないかと、考えます。


ところで、医療崩壊についてですが、私は「現行の政治・国策・法・訴訟の運営では医療が崩壊するのが自然な形なのであれば、このまま突き進んでいきつくところまで行かなくてはならない」と考えています。よく「そんな非人道的な考えについていけない」「患者さんを人質に取るような・困って思い知れというような言い草は我慢ならない」という意見は医療者にも、非医療者にも散見されますが、それは誤りです。医療崩壊は国策なのですから抗うことはできません。また、私は「一般の人が苦しむだけ苦しんで思い知るべきだ」というような浅薄な心根でそんなことを言っているわけではありません。

一番の問題は、今まで医師が我慢しすぎて表面を取り繕いすぎてきたことにあると私は考えます。困った出来事があり、それを解決するためにルールとして法が作られ、それゆえに守られるものができて今の社会が形成されています。私は労働条件の過酷さ(一人の患者さんあたりの労働の増加の問題も含む)と訴訟での医療的公平さが担保されないことが医療崩壊の両輪だと考えています(医療費を削減するという国策が全体を後押ししているのはもちろんです)。夜間当直を夜勤にしなくてよいのかとか、労働時間が長すぎないかとか、そういったことは本来守るべき法と通達はあるはずですし、しかしそれを声高に主張することは患者さんのためになることではないからなどと考えて完全に我慢して医師はやってきました。なぜ医師が法を憎むのか。それは今まで法を無視した無法地帯での仕事を余儀なくされてきただけに過ぎません。法の加護を受けなかっただけなのですが、それは当然の権利としてじつはあったものなのです。

一方、自分が医療過誤に遭ったのではないかと考える患者さんは当然の権利として訴訟を起こします。それが無法地帯の外にいる、医師から見れば幸せな世界に住む住民である一般の人間の当然の考え方です。

ただ、「自分が無法地帯で献身的に働いているので、それでぎりぎり医療がなりたってきたので、相手が遵法して争ってくることを止めてください」ということはおかしいことです。それは通じません。相手に無法状態を強要することはできません。それならば、「こちらも無法地帯ではなくなりますから宜しく」というしかありません。相手が法に則って戦うわけですから、こちらも法に則った環境を整備して戦わなければなりません。

「ほらみたことか」といわれるかもしれません。「究極的には医師が自分の面倒を見なかったのがわるいのではないか」とか。それは止めていただきたいのです。

非医療者の方がイメージしやすいように言いますと、「もしほんとに医師が遵法闘争にはいったら、ほんとに困ったことになるよ。ほんとにいいんだね?いいのね?」とずっと確認してきたのが今までの議論の本質ではないかと思います。医師は、というか私自身は、今までの無理目な状態が実際は患者さんにとっては一番幸福であるということは皮膚感覚として知っています。遵法すれば医師の数が必ず足りなくなり、多く雇うことはできずほとんどの病院が倒産し、リスクのある処置は絶対に行わなくなり、医療機関はどれも満床になりそれを幸いとして救急車は患者を受け入れてもらえず車中死が続出するでしょう。また、緊急の処置で一か八かで医療を行うことについて後からとやかくいうことの無意味さとその有害性は医師でなければ本質的には理解できないでしょう。しかし、世の中の人はそれがわかりませんので(今私がこういっていても具体的に医療としてどういうことがおきるのか何のことか分からない方がほとんどかと思いますが)、「別にいいから医師もご自分で環境を整備してお変わりになれば良いのに」という意見で今まで来たのだと思います。

しかし、もうそういうpointは過ぎました。民はそれを選択したわけです。医師は相手が法に則った社会に生きていることを尊重するべきであるし、それならば自分も法に則った世界に生き、戦うことになるしかないという段階にきたのだと思います。

医師はもう新たな地平を目指して旅立つべきときなのです。それは涅槃かもしれません。阿鼻叫喚かもしれません。屍が山と積まれることもあるでしょう。「下手に目覚めさせないほうがよかった」と一般の方が思う事態におそらくなるでしょう。しかし、法を自覚し、法を守ることを武器の一つにして戦っていくことに目覚めた者が増えた以上、後戻りは出来ません。医師も法を徹底的に守って、訴訟は徹底して争い、今の現状でおき得る全ての惨状を社会に提示しないといけません。現在の社会のシステムがおかしいのであれば、それを単に声を大にして訴えるだけでは社会は変わりませんし、新たな法は生まれません。つまり、今の社会が問題があるというのであれば、そのとおりにすればどういう社会になるのかを一旦提示しなければならないのです。現行のシステムのとおりの社会に一度しなければならないのです。誰かが耐え忍んで、それで丸く収まるという社会では新たな社会は生まれないのです。新しい法が生まれ、システムが具現化するのはそのあとになります。民主主義の国家ですから、民が自覚しない限り始まりません。ただ単に医師が勝手に法を曲げて我慢し続けたところで、それは守られはしないのです。

こちらの議論では色々な意見が出てきたかと思いますが、司法関係者の方で「医療崩壊するなど医師の赤ひげ的精神で切り抜けるべきだ」「患者を捨てて辞職するなんて許しがたい。医師は聖職ではないのか」とかよく一般の新聞などに見られる意見をいう方は私の記憶では一人もいなかったのではないかと思います。司法関係者の方はそれだけcleverなのだと思います。合法的でない労働を強要することは意味がないことだということはわかっておられるのだと思います。


このブログはそういう問題点を明瞭にさせてくれた、非常に稀有な場だったと思います。今後こういった場は二度と形成されないかもしれません。

できれば元検事さんが管理人のブログですから、刑事訴訟についてもう少し知識を増やしたかったとは思います。ただそれも残念ながら難しいようです。

私は、2007年1月に南山大学法科大学院教授町村氏のブログでモトケン様が医師以上に医療のことを真剣に論じられたご恩をわすれることはありません。

このブログを閉めるにしても、お休みされるにしても、どうされるにしても、モトケンさまご自身がやりたいようになさるのが一番ではないのかと考えます。


医師はもう新たな平原をめざして旅立つべきときなのだと考えます。これからの世の中様々な局面が訪れるでしょうし、司法の方々にもお世話になる機会が多々あるかと思います。優秀な先生方には是非医師の味方になっていただきたいと思っております。ただ、その能力にふさわしいだけの報酬をこちら側がご提示できるかどうかが、今の医療行政の下ではいささか心もとないのが現状ですが、それだけの経済力が医療者側にないと先生方に失礼なことになります。それではどんなことをするべきなのか、今後思索を続けて行きたいと思います。

>元内科医さん

 このブログの管理人は今すぐ辞める気はないみたいですよ。
 模様替えもしたみたいですし、、、(^^)

モトケンさま、他のここのサイトを読まれている方、こんばんは。

ちょっとこのサイトをみないうちに、このブログが大きな変化をしつつあることに驚きました。常識をもった法律家(法曹の方と呼んだほうがいいのでしょうか?)と本音で討論できるサイトはここ以外にはないと思っているので、このブログがなくなる(もしくは医療の問題を削除する)は大きな損失だと思います。

モトケンさま以外の法律家の方でここまで医療に関心をもってブログ上で話し合いをしようとした人が他におられるでしょうか?皆無だと思います。だから、医療崩壊を防ぐために力を貸して欲しいと思っている医者がわらわらと集まっているわけでして、、、。

医療崩壊は医者のブログでは討論されていても、他の職種のかたにはほとんど興味がない話題なのかもしれません。でも、そうこうしているうちに崩壊はどんどんすすんでいるわけで、医者だけで頑張っていても改善は難しいと思います。だから、ここに参加している多くの医者は、少しでも知的能力が高い職種の人に味方になって欲しいとおもっているのです。

その味方に法律家の方々がなっていただけるのではないかと期待してここで発言をしているのだと思います。法律家のかたにすれば「そんなこと期待されても、できないものはできない」という思いでしょうが、一部の医者側はこのブログに大きな期待をしていた。この行き違いの根本的な原因なのかもしれません。

「もし、私が法律家なら」と考えたとき、医療をしらなければいまのトンデモ判例にも異論はなかったと思います。ただ私は医療を知っていますから、おかしい、という事実をだれかに言いたいのです。でもどこにもそのおかしな判例にたいするはけ口がない。法律家の方が読むのはここしかないわけです。理解がある法律家の人たちにいまのおかしな現象を理解してもらいたい、それが、過激な言動に結びつくのだと思います。

医師側にも反省すべき点は多々あります。

法律を良く知らないこと。
過去に医療が権力をもっていた時代があり、それにたいする反省がすくないこと。
広報活動をあまりしてこなかったため、医療に対する誤解が多いこと。

これらに関してはここで発言をしている医師のほとんどが反省をしていると思います。だからこそ、法律家の方々にも、ぜひ「法律家としてできる医療問題の解決法」を考えて欲しい。

医療側に要求してもらってもよいです。法律家の方々が、なにかできることがあれば、ぜひ協力してもらいたいと思っています。法律は敵だ!という医師がすこしでも減るように。

よろしくお願いします。

私は医者でも、法律家でもないが
医療崩壊に興味を持って ROMさせている者です。
No.62 モトケンのコメント | 2007年05月10日 22:10 | CID 52964 | (Top)

 

医療崩壊問題に関する限り 
 一番変わらなきゃいけないのは、医師ですよ。
 少なくとも、最初に変わらなければいけないと思います。
 医療側が変わらずに司法側に自分の都合のいいように変わって欲しいというのは甘えです。

多くの医者が、変えようとするより
「逃散」を選んでいるから、医療崩壊が起きていたのだと思います
そして、「逃散」せずに踏ん張っている医者を追い込むだけな気がします。
あと、モトケンさんの無力感やいらだちが
いろいろな医療blogの医者のそれと重なります
だから、ここ閉めちゃおうかなというのも、医者の「逃散」と同じ心境なのかなと
思いました。

>まるべ様

>モトケンさま以外の法律家の方でここまで医療に関心をもってブログ上で話し合いをしようとした人が他におられるでしょうか?皆無だと思います。

 他にも多数いらっしゃいます。まず、こちらに参加されている他の法曹関係者に失礼かと。それに、ここに参加する前からYUNYUN様は私の方の掲示板で議論に参加されてましたし。

 謹んで訂正させて頂きます。

LMnetに参加を考えている「まるべ」です。

>僻地外科医さま

ご指摘ありがとうございます。

医療問題に関心をもっていろんなブログをさまよっていましたが、いままで法律家の方々が自分のブログで医療問題を討論しているのを見かけたことがありませんでしたので(言い訳がましくなりますが・・・)「モトケンさんのブログだけ」という無責任な書き込みになったことをお詫びします。

YUNYUN様は確かに以前他のブログで名前はお見かけしたことがあります。

ここにご参加の法律家の方々、申し訳ありませんでした m( _ _ )m

一患者予備軍に過ぎない者ですが、傍目八目という言葉もあるのでひとこと発言させて下さい。

医療過誤があるのは事実です。私のよく知っている人で、子どもに障害が残った人が二人、亡くなった人も一人います。話を聞くかぎりでは明らかに病院側の落ち度のように思えますが、三人とも裁判に訴えてはいません。裁判にかける労力を子どものケアに向けたり、これも運命とあきらめたりしています。
(ミスはなくても子どもが死んでしまったり重い障害が残っている人もいます。)
医療ミスだと訴えるのはごくごくわずかの人だと思います。ミスはともかくとして、関係がこじれるのは、遺族の感情を逆なでするような対応をして怒らせたか、トンでも遺族である場合ではないでしょうか。やることはやった、といったような時に医者を恨む家族は(ふつうは)いないと思います。
裁判となったらとにかく決着はつけなければならない。判決を出すのにはそれなりの根拠があってのことでしょう。裁判所がマスコミの扇動に乗って軽率な判断を下しているとは思えません。有罪になるとしたら(公表されないかもしれないけど)客観的に見てそれだけのもっともな理由があるんじゃないでしょうか。
…私としては、感情的にならずに前向きな議論を継続して、これからも勉強させてほしいと思っています。


No.114 素人ですがさん

まず、限定的な戦術としての提案を、いかにも峰村さんがそう思っているかのごとく書いたことをお許し下さい。
あ、でも私、結構本気でもあるんで、謝っていただくと却って申し訳ないです。
けれど所詮そうはいっても医療崩壊の大きな原因は司法でないのですから、トンデモ判決が減ったとしても医療は崩壊し続けるでしょう。
まーでも司法が負のスパイラルにブレーキをかければ、マスコミとか国民もちょっとは諦念を知るんじゃないかと思うんですがどうですかね?なにしろ司法は国家権力ですから、その影響は絶大ですよ。マスコミも国民も現に医療崩壊を目の当たりにしているわけですから、司法が医療崩壊を抑制する方向にシフトしても、しょうがないという気もちも出てくるでしょう。とにかく、負のスパイラルを打ち崩して、診療に対する恐怖心を減らす方向に動くことなら何でもやってみる価値はあるんじゃないかと。とにかくまずは医者が逃げることを少しでも防がないとですよ。

法曹の方から見て、私の戦術の有効性はどう思われるんでしょうね? 私の予想では、「有効だけど、それを明言するのは憚られる」といったところだと思うんですが。

司法への理解を助けて下さる方々のコメントは、とても勉強になりますし、本当に感謝しています。
多くの医師には、司法を理解する「能力」、「意思」、「余裕」のいずれかが欠けているのだと思います。

少なくとも今の私には、「余裕」がありません。
でも、「意思」だけは、持ち続けたいと思います。

これからも、よろしくお願いいたします。

(とある大学の外科系医師より)

モトケンブログ崩壊?の一因である私ですが一言。

法曹の皆さん、私の低レベル質問に答えて下さり感謝しています。そして、質問の場を提供してくださったモトケン先生には更に感謝しております。また最近では、FFFさんの「過失は認めて、(詳細略)、それが医療なんだと主張しよう。」というお話には大変勇気付けられました。私にとって何よりも収穫だったのは弁護士さんの本音(悪い意味ではありません)を聞けたことです。

私は青戸病院事件判決(割り箸事件だったかな?)のころからROMし始め、最近投稿するようになりましたが、自分が司法に対して疑問に思っていたことを質問し、それに答えて頂き、更に疑問をぶつける事を繰り返すうちに、ROMの頃とは比較にならないスピードで、司法に対する見方は変わり続けています。しかし、それはまだ不十分でしょう。しかも、必ずしもモトケン先生が望んだ方向では無かったかもしれません。

今回モトケン先生がキレて、やっとその真意がわかりました(今回は自信があります)。私が分かったくらいですから、他の医師の皆さんもそれ以上に理解した(すでにしていた?)と思います。今後の議論は、よりモトケン先生の望む建設的な方向へ進むと思います。ただ、やはりこのブログは膨大ですし、実際に意見交換をしなければ非医療者の真意はわかりにくいので(それだけ医師はひねてしまいました)、必ず第2、第3の私や魔人ドール氏が出現します。私が言うのもなんですが、何か対策があったほうがよろしいかと思います(もちろん悪キン以外で)。

 モトケンさん
 夏らしくブログが水色になり、また医療問題専門の部分もできて、続けていかれることがわかってとてもうれしく思います。

>つまり、医療訴訟に限らず大抵の場合、「万全という保証」はないのです。
 これはよくわかります。話が少しずれますが私はこの仕事をするようになって日常生活でも他人に寛容になった気がします。「不確実性」ということが身にしみて分かったからです。

 「医療は不確実」「人間は誰でも間違えるもの、医師も例外ではない。ただそれが人間の命に直結する重大な事故となりえる」のです。医療は悲しい結果(自然の経過であれ、ミスであれ)を繰り返さないよう、失われた命を無駄にせず次の命に生かそうという祈るような気持ちで発展してきたのだと思います。

 そう考えると「再発防止」というのはとても重要な観点ではないでしょうか。
 モトケンさんのおしゃることはとても心強く思いますが、ただ「法廷は真実を明らかにする場とはいえない」もまた事実だと思います。
 再発防止には真実の追究が不可欠である以上、少なくとも医師による合議制や裁判官がその結果を批准するようなシステムは必要ではないのでしょうか。また今個々の真剣に医療過誤訴訟に取り組まれている弁護士さんがあまりに無理筋な件を説得してくださっているのも、もっと公式の機関で振り分けるようにすべきではないでしょうか。

 医療は不確実、人間のやることはみな不確実だとよくわかっています。だからこそできる限りよいシステムを作るべきだし、時代に合わなくなれば変えるべきだと思います。「医師だって意見が割れるから、万全はないから、今の体制でよい」とするのはおかしいのではないかと思うし、そういう意見を拝聴するとがっかりしてしまうのです。

ざっとコメントを一読したかぎり

司法が医療崩壊の原因になっているという医師側の主張は

「今まで俺らは患者の健康や生命を第一に考えて仕事してきたのに

これからは自己保身すなわちいかに刑事上ないし民事上の責任を負わないためにはどうすればよいのか考えて仕事しなきゃいけないってことか??
(いくら患者の健康や生命が大事とはいっても、恩をあだで返されるのはごめんだから)

そんなの今まで当然としてきた医師の倫理に反するだろ。

司法は介入すべきじゃない。少なくとも医師に刑事上の責任の不安を引き起こすような逮捕や訴追、有罪判決は論外だ。」

っていうことに尽きるような気がします。

社会が、医師の刑事上の責任を広範に免責する制度を選ぶのか、免責しないで医師が訴追されないように自己保身を講じるのを許すのかは、自由なんでしょうけど、医師側は倫理的に前者を取るべきだという義憤まじりの考えがあるんでしょうね。

世の中の流れが後者なのであれば、医師の方は、医療水準を落としてでも自己保身に走っちゃえばいいんです。困るのは患者や国民ですから(司法のせいで困ったら患者たちがかわいそうじゃないかと思われるかもしれませんが、司法も案外患者や国民の意向に沿っているので大丈夫です)。その意味では医者は被害者意識なんて持つ必要はなくて、高いところからニヒリスティックに構えてればいいんじゃないでしょうか。

#自己保身に走って医療水準を落としたら訴追されるだろうって??訴追されないような方法しか取らずに、また法廷で正当性を主張できるように全力をそそげば、客観的には医療水準が落ちても、法廷においては正当な医療行為だったと評価されるので問題ありません。

モトケン様

半年くらい前からROMさせていただいているものです。
ブログは続けていかれるようなので、ほっとしているところなのですが、一言お礼を言いたくて発言させていただきました。
モトケン様の心が折れるような発言をなさる方もいるとは思いますが、そういった発言も含めて、議論の様子を覗かせていただくことで、私のように、医療の不確実性とそれに伴う法的な問題に対する理解が深まり、多くの医師の方々の献身的な努力を裏切るようなことはすまいと心に誓う人間もいるということをご理解いただきたいと思います。

そして、医療業界の末席に連なる業界の人間として、同じ共同体に属する人間として少しでも早期にこの問題が回復方向に向かうように微力ながら努力します。

皮肉屋ロイヤーさま

世の中の流れが後者なのであれば、医師の方は、医療水準を落としてでも自己保身に走っちゃえばいいんです。困るのは患者や国民ですから(司法のせいで困ったら患者たちがかわいそうじゃないかと思われるかもしれませんが、司法も案外患者や国民の意向に沿っているので大丈夫です)。その意味では医者は被害者意識なんて持つ必要はなくて、高いところからニヒリスティックに構えてればいいんじゃないでしょうか。

なーんだ。 よくわかっていらっしゃるじゃないですか。
こんなにわれわれの気持ちを理解してくれるなら、高いところからニヒルに構えられないこともわかっているんでしょう? 
保身に走る治療が正義なら、こんな仕事は選ばなかったと思って泣いている私たちをご理解されているのでしょう。

で どうしたらわかり合えるのかお聞かせください。
皮肉ではなく、ロイヤーとしてのあなたの御意見をおまちしています。

モトケンさんのブログですら、参加者が匿名だとこのような結末になるのですね。(私も匿名ですが)
匿名性の暴力と非合理を見せ付けられたように思いました。

ヾ浜人に身元を明らかにし、管理人が参加を許可した人間しか書き込みできない。
∋臆端坿屬任録噺犠霾鵑鮓開し、かつ、各コメントを書いたのが誰なのか分かる。
参加者以外の人間でも、自由に閲覧はできるが、参加者の身元はわからず、かつ、各コメントを書いたのが誰なのかわからない。

このようなシステムができれば、不毛な書き込みや議論を少なくしつつ、このブログの社会的有益性は維持できるように思うのですが・・・。

LMnetのほうでは、

ヾ浜人に身元を明らかにし、管理人が参加を許可した人間しか書き込みできない。
∋臆端坿屬任録噺犠霾鵑魄貭衄楼呂埜開し(今のところ必須なのは職業程度)、かつ、各コメントを書いたのが誰なのか分かる。
参加者以外の人間は閲覧できない。

敷居を高くすると、参加者数が減ります。LMnetは今70人以下かな。
ここの常連さんでも、参加されない方も多いです。(もっと参加していただきたい、特に法曹)
人数が少ないと議論が低調になってしまいます。
力があるブログには人が集まる、人が集まれば議論が深まり力が強くなる、という循環なので、
こちらのほうは、こちらはできるだけ開かれた形が望ましいと考えます。

 司法制度への理解不足や、法曹への非難中傷と言ったものは、正直言って、医療崩壊を嘆く医療従事者の誰もが一度は通る道だと思います。しかし、それでは、良識ある法曹の方々にはたまったものではないでしょう。 ですから、その点を謝りたいと思います。

 医療崩壊の要因は複雑であるし、法曹の方々の良識や努力を正当には評価できなかった部分が確かにあったと思います。そういった部分が見えないほど、医療現場は過酷になり疲弊していたと、言い逃れは許されないですね。

 僕らはプライドを持って医師と言う仕事を行いたい。しかし、それが現在の社会状況では許されない。冬の時代を迎えています。僕らがどうするか、医療がどうなるか、これは判りません。法曹の方々には、出来ればこの医療崩壊の時代の目撃者として見守っていただきたいと思います。

 雪崩を打つように、防衛医療や対抗医療が始まるでしょうし、現場で、誠実に献身的に働くハイリスクの同僚の医師を救助することが必要になっていると思います。いざというときには、どうぞ力をお貸し下さい。

>YUNYUN様

>ここの常連さんでも、参加されない方も多いです。(もっと参加していただきたい、特に法曹)

 全く同意です。で、医療者側としては整形A先生、一般の方としてしま様、法曹関係としてan_accused様とFFF様には個人的に是非参加して頂きたいと思っております。

>No.103 しまさんのコメント

 司法解剖と病理解剖はその役割(目的、手法)が大きく異なります。
 病理解剖の目的は、対象となる故人に存在する病気・病態を可能な限り明らかにすることであり、全臓器の病理組織標本を作製して、死に至る疾患だけでなく死に至らない疾患も含めて、隅々まで詳細に検討します。
 一方、司法解剖の目的は、主に外因による死因を明らかにすることであり(事件性があるかないかを判定)、存在する病気のすべてを解明することではありません。従って扱う病気の範囲は自ずと限定されます(死に直結する疾患が存在するかどうかが問題になる)。
 いずれにおいても形態的観察が主体なので、形態的変化が乏しい疾患(不整脈による死亡など)を確定することは困難であり、推定の域に留まります。また死後の最終像のスナップショットの観察なので、時間経過について言及する際は、所見からある程度のことは分かりますが、限界もあります。
 医療事故の多くは病気による死亡であり、その病気に対する診療行為が問題になるので、両者がそろっている専門機関(第三者機関)で調査を行うことが求められると思います。

 いつも勉強させていただいています。

 僭越ながら、コメント投稿者の身元については、「足跡帳」を目立つ位置に移動して、記入し易くする(あるいは、促す)というのはいかがでしょうか。記入するつもりのない人には効果がないかもしれませんが、私もしばらく経ってからその存在に気づきましたので、記入が増えるかもしれないと思いました。

「足跡帳」はもちろん書いていただければ助かりますが、
コメントを読む時にいちいち参照するのも大儀なので、ハンドルに職業分類(医療、法曹、その他 程度の区分で)を書いておく方が、お互いに分かりやすいと思います。

で、実践してみたのが、こんな感じです↑
なお、私は「弁護士」と職業名を書きましたが、法曹の中で職種を明らかにしたくない方もあるかもしれません。

こんな感じでしょうか。
医師の場合は専門領域も載せておく方が立場が分かりやすいですね。

こんにちは、僻地外科医さん。

整形Aです。

No.132 僻地外科医 さんのコメント

>医療者側としては整形A先生、一般の方としてしま様、法曹関係としてan_accused様とFFF様には個人的に是非参加して頂きたいと思っております。

過分なお誘い、ありがとうございます。
喜んで参加させていただきます。

 足跡帳は目立つように一番上のメニューに移動しました。

 LMnetへのリンクも独立させました。

 いままでの記載を変更したい方がありましたら、メールを送っていただければこっちで編集します。

 メールフォームも一番上にあります。 

>僻地外科医 さん
お誘いはまことにありがたいのですが、LMnetに関しては、一歩引いているのは確かです。法律家や医師など、当事者が建設的な事を言い合うところだと認識していますので、私みたいな、安全地帯から発言している者の発言が、役に立つのかというのが疑問なところです。

LMnetについては多くの方からお誘い頂いて恐縮ですが、私の口が悪いせいかどうも毎度場が荒れる原因になっていますし、色々あってちょっと疲れ気味というかペースダウンすることにしていますので(「診療情報流出に関する問題」No.180等参照)、当面遠慮させて頂こうかと。相すみません。

>No.140 FFF さん

斜め横から失礼します。

あの事件で我々医師側の感情的な発言が弁護士さんを傷つけてしまった事をお詫び致します。言い訳になってしまうことは承知しておりますが、なぜ医師側がああも感情的になったかを説明させてください。

医師は守秘義務を法で課せられる以前に、医の倫理上医療記録を患者本人以外の非医療者に対して開示することは原則ありません。
家族と言えども別室でプライバシーに配慮しながら、相手の人格や判断力を忖度した上で慎重に診療情報開示を行っています。
このように、医師はヒポクラテスの誓いをたてた時から医療記録を患者さんへの医行為そのものとして神聖視していると言って過言ではないです。

ところが大淀病院の事件では、医師(病院)でもなく患者本人でもない遺族の意向でカルテの(一部の)コピーが会見場に集まった記者たちに配られました。これをみて医師はみな自ら使命と心得て行った患者さんに対する医行為そのものを、本人以外の人によって後足で砂をかけられ貶められ人間として侮辱されたと感じました。殆どの医師はあのカルテ公開をそう受け取ったと思います。

この遺族によるカルテ公開があったゆえに、遺族は最初からまじめな医師の世界からの同情や共感を殆ど得られず大きな批判を受けることになったのは、ご存知の通りです。

所詮言い訳に過ぎませんが、このことだけは申し上げたかったのでついでしゃばってしまいました。いろいろとすみませんでした。

No.139 しまさん
No.140 FFF さん

あちらは荒れません。かなり趣きが違います。形だけでも入って損しないと思います。できましたらご協力いただければ幸いです。

早々と逃げ出してしまっていた元田舎医(=ex_inakaDr)です。
このところ本業の方の副業が忙しく、ROMすらサボっておりましたら、一波乱あったのですね。

私は管理人さんのこれまでの成果に、いくら感謝してもキリがないほどの恩を感じております。
同時にこのぐるぐるスパイラルの論議は決して無駄ではないと信じています。
(管理人さんにとっては腹が立つやら悔しいやら情けないやらかもしれませんが)
ただもう一段、立法に向けての具体的な動きまでつながれば最高ですね。

折しも、クルマでの人身事故に際し、自動車運転が「業務」であると理屈をつけなくともよくなる旨のニュースがありました。

自動車過失事故を厳罰化=改正刑法が成立、最高で懲役7年
5月17日15時1分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070517-00000116-jij-pol

どう考えてもこの改正刑法の方がすっきりしてそうです。
こんな感じで、医療事故に関しても当事者双方が納得できる新しい枠組みができないものでしょうかねぇ。

またROMに戻ります。
失礼しました。

非常に盛り上がっているようなので一言よろしいでしょうか

現行の裁判制度って、一部はかなり無理がありますよね
たとえば2ch管理人のひろゆき氏が指摘していましたが


不完全なルール。
http://www.asks.jp/users/hiro/21333.html
>こなせない量の訴訟を起こしてしまえば、自動的に賠償金が認められてしまうというルールになってます
>訴訟を起こす側は数千円で済むのですが、訴訟を受けた側は、
勝訴したとしても、弁護士費用で100万円とか払うわけです


このあたりって可及的速やかに取り組むべき課題だと思うのですが、
実際のところ法曹関係者の方にとっては、
これが問題だと認識されているのでしょうか?

> _hamasta_ さん
「不完全なルール」に関しては、語り尽くされた後ですので、一度目を通された方がよろしいでしょうね。
「死刑になるなら払う」 & 「不完全なルール。」 について

私も、ひろゆき氏の言っていることは詭弁だと思います。


訴訟を起こす側は数千円で済むのですが、訴訟を受けた側は、勝訴したとしても、弁護士費用で100万円とか払うわけです

訴訟を起こす側だろうが、訴訟を受ける側だろうが、弁護士費用は変わらないと思います。

P R

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