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記事の通りだとしますと 妥当な内容のように思いました。

司法とは関係のない感想ですが、
大学病院の分院で 本人とは違い ある意味では自由な雰囲気で 新規の手術を試みてみた ということのようでしたが、技術が伴っていず、
本当に自由な雰囲気なら 途中からでも このままでは まずいので 開腹手術に切り替える という意見が当然 術者以外から 出て来て 術者も説得された はずですので、そこがそうはならなかったところが最大の問題であったと思いました。

主治医でも術者でもない医師がなんで刑事責任を負うのか
わたしにはぜんぜんわかりませんな
第二助手なんて手術の中でほとんど主体性の無い立場だし
治療方針なんて手術に入る前にガチガチに決まってたわけで
自分が大学で主治医をしてるときも上司と
治療方針についての見解が異なることはザラにあって
入りたくも無い手術に入ったことは一度や二度じゃないんですけど
裁判所的にはそのたんびに辞表を書くのが正解なんでしょうか

↑禿同
被告側弁護士の弁護がどんなものだったのか、そして裁判官の「良心」がどんなものだったのかが気になるところです。

業務上過失致死の責任認定が福島大野病院のケースと余りにも異なっています。同じ刑訴法に照らされているとは俄かには信じがたいです。
一審判決のころはROMでしたが、こんどは機会あれば判決文について生じた疑問点を法律家諸氏に質問していこうと思います。裁判員制度が始まらないうちに(笑)。

たしかに有罪とするかどうかは 問題かも知れません。
ただ この事例は どこまで報道されたことが すべてなのか というか 真実なのか が よく分からないのですが、報道されたことや 内部関係者から漏れ聞いた話 などから知った範囲では どうしてこんなことが と思うことはありました。
それが患者さんの死亡に直結したのなら 
 出産での緊急事態などとは違う状況ですので このような判断が出ても おかしくはないのかもしれない と思った次第です。

読売記事にある裁判官コメントは
わたくしの疑問に答えるものでは無いです
無罪判決の理由になってもおかしくないくらいです
もう少し詳しい情報がほしいところです
読売の記者に わたくしの示した論点の
認識が全く無いということは憶測できるところであります

「慈恵医大青戸病院事件―医療の構造と実践的倫理 (単行本)」 小松 秀樹 (著)
P121からの引用です。

「慈恵医大青戸病院事件では手術の助手をしていただけの最も若い
医師まで逮捕された。逮捕そのものには問題があると思っているが、
助手を逮捕したことには、医師の責任についての警察の深謀遠慮を
感じた。若い医師はあらゆる行動に自らの責任が伴うことをもっと自覚
しなければならない。」

心情的には助手は無罪にしてあげたいなと言う気がします。

日経新聞記事(web魚拓)にはこういう記述もありますので、必ずしも助手だから無関係とはいえないと思いますが・・・。
裁判長は判決理由の中で、

手術中、ミスによって患者が大量出血し、執刀医(41=有罪確定)が開腹手術への変更を提案した際、「被告は腹腔鏡手術の続行を提言し、自ら執刀医に代わって手術を進めるなど責任は重い」と述べた。

執刀医や主治医よりは責任は軽いが責任はあるという判断なのだと思います。
自分の立場だとさほど違和感は感じませんが・・・。

なるほど けっこうやってるわけですね

でもそれって、結果が悪ければ罰するよってことでは?

>でもそれって、結果が悪ければ罰するよってことでは?

 いまだにこういうコメントがあることが問題だな、と思っております。
 このブログの情報整理の必要性を痛感させられます。

 ある町医者さん、とりあえずキーワード検索で「過失」のキーワードなどで検索してもらえませんか。
 そして弁護士のコメントをいくつか拾い読みしてみてください。

すみませんが、同じことを何度でも提起させていただきます。

いつまでたっても理解は不可能かもしれないですね、双方の。

判決データベースの判例マスタに「慈恵医大青戸病院事件」として一審判決が収録されています.
これを読むと,この控訴人の立場も決して弱くなく,この事件での医師3人は,弱気なマイナー外科医だった私からすれば,呆れるほど手術中に「イケイケ」で,術中の周囲への注意力,判断力も低いし,麻酔科もどーかと思うところもありはしますが,量刑はともかく,有罪判決は妥当なところと思います.


おまけ
いのげさんが以前探していたとどこかで記憶しているのですが「割り箸事件」の一審判決も「判例マスタ」で入手できます.
長くてまだ読んでいないのですが.

あとは「女子医大心研」の人工心肺担当の医師に対する判決が入ると,必要な刑事判決があらかた揃うのですが…….

いのげ先生ご自身はどう思われているのでしょう?

この事例、刑事罰として起訴されることは正しいと判断されるのでしょうか?
また、その裁判で、この医師が有罪となって当然と思われているのでしょうか?

>でもそれって、結果が悪ければ罰するよってことでは?

 過失犯理論が結果責任論ではないことは、大学の法学部の学生でも理解できる程度の理論だと思います。

 医師が理解できないわけがないと思うんですが。

「大学の法学部の学生でも理解できる程度の理論だと思います。」とのことですが私にはよくわかりません。私が法学部の学生以下なのは間違いないと思われます。別にどうでもいいんですけど。

刑法の定める過失とは刑法上結果の予見可能性があるのにそれを監視する義務を怠った
もしくは
結果の予見可能性があるのにその結果を回避する義務を怠った
ことから認定されるものということですか。

結果責任とは関係がないということでしょうか。
結果責任とは請負契約において生じる責任なのでしょうか。
その場合は結果に問題があった場合生じたものが債務となって民事訴訟で賠償が問われるのでしょうか。
医療行為は準委任契約なので請負契約ではないということでしょうか。

 やってはいけないことをやった、またはやるべきことをやらなかったことに基づいて生じた結果についてだけ責任を負う、というのが法的責任論の大原則です。

 医師の目から見るとそうは見えないのかも知れませんが、大野病院事件やいわゆるトンデモ判決等は理論(または規範)の問題ではなくて適用の問題なのです。

>でもそれって、結果が悪ければ罰するよってことでは?

 これは理論的には明白な誤りであると指摘したわけです。

 司法では、理論とその適用は厳密に区別されます。
 司法に限りませんよね。

 申し訳ないんですが、この事件に関しては、小松先生の本も読ませていただきましたし、御講演も拝聴しましたが、それでも、医者として許されるべきでない一線を超えていると個人的に感じています。

 結果が悪かったのでたまたま表沙汰になり、彼等だけが学会からも、行政からも処分されていますが、その点に公平性が欠けているとは感じるものの、それは彼等が罰せられることが不当だということよりも、同じ事をやって結果がよかった、…少なくとも悪くなかったが為に罰せられていない人がいるかも知れない、その人が罰せられていないことが不当である、という類の公平性の欠如に過ぎません。

 もちろん、後者の部分は多分に心情的なものであって、法制度よりもより原始的な、感情と理屈のせめぎ合いに属する類の個人的なものであって、他人に対してどうこう主張できるものではありません。主張するつもりもありません。

ある町医者さん、(+元内科医さん)
私の説明で分かってもらえるか自信ありませんが、トライしてみます。

>でもそれって、結果が悪ければ罰するよってことでは?

 これを逆にして、「でもそれって、結果が良ければ罰さないよってことでは?」ならば正解!
 第一に、過失犯は「結果」(ある町医者さんが言う"悪い結果”)があって初めて問題になるからです。結果が発生していないのに、責任を問われるいわれがありません。結果が発生していなければ(つまり良い結果なら)、感謝されるだけです。
 故意犯では未遂がある場合もあるので結果が発生しなくても責任を問われる余地がある。そうですねぇ、器物損壊には未遂がないから、他人の車を狙って石を投げても( 謀たらなければ(◆鵬燭盧瓩北笋錣譴泙擦鵑、それと同じことです。
 第二に、過失犯で言うと、注意義務に反するような行為があった( 法△修里燭瓩坊覯未発生した(◆砲箸いζ鵑弔あって(つまり 椨△如暴蕕瓩得嫻い鯡笋錣譴泙后

 ところがある町医者さんは、「結果が悪ければ罰するよってことでは?」とまとめており、△世韻農嫻い鯡笋錣譴襪抜岼磴辰突解している(としか読めない表現になっている)。
「 椨◆畧嫻ぁ廚覆里法◆岫◆畧嫻ぁ廚箸いι集修鬚靴討い襦ということは、過失がなくても責任を問われると読めるのですが、それは無過失責任or結果責任と言われるもので、とんでもない間違いになるのです。

 で、この事件では、手術において,硫畆差坩戮あったことが必要なのです。もしかして、医師は手術しただけだから過失があるはずがない、と考えているのだとしたら、もはや議論は噛み合いませんが。

 もちろん更に言えば、もし同じ手術経過をたどって(,硫畆困あって)死にそうになったものの、その後に自己の力により、あるいは別の医師により何とか持ち直して死なずに済んだら、それは「第一」で書いた「結果が発生していない」ので責任を問われないのです。
分かってもらえたかしらん?

 医療の世界で、ヒヤリ・ハットという概念があると思いますが、この場合、ヒヤリハットするまでは過失行為らしきものがあるのですが、途中で気付いて事なきを得た(結果不発生になった)ので問題ありません。
 しかし結果が発生した場合、そのヒヤリハットを招いた前段階の行為が過失行為と認められれば責任を問われます。結果が発生しても、ヒヤリハットを招いた行為が過失行為と言えなければ責任は問われません。だから、「結果が悪ければ責任を問われる」ということにはなりません。

 いのげ先生を信頼してNo.14の質問をしているようですが、それはNo.10の疑問とは異なる質問になります。
 いのげ先生にもNo.10の「でもそれって、結果が悪ければ罰するよってことでは?」と聞いてみてください。
 信頼できる回答が返ってくると思います。

> psp法曹 さま

丁寧なご説明ありがとうございました。

過失(結果予見可能性ある場合予見の努力をしていないもしくは予見していても結果回避可能性があるのに回避の努力をしなかった)があり
かつ
過失と結果に因果関係がある
場合に
過失に対する責任が問われる
ということと考えました。

結果がいかに悪くても、過失が成立しないもしくは因果関係がない場合は過失犯にならないということ、また今回は過失があり、患者死亡との因果関係があると判断されたということでよいでしょうか。

なお、私は今回の青戸病院の件に関しては情報を持っておりませんので、コメントはできません。ただ、今後の刑事訴訟についての一般的な意見と捉えていただければ幸です。

今後は(特に現在裁判が進行中の福島の事件を念頭に置いたコメントになりますが)過失があるという点、因果関係があるという点をいかに医療の実情に合わせていくかどうかが重要になると思います。個人的には結果予見可能性を厳しくしすぎないこと、また結果回避可能性を高く見積もりすぎないことが必要かと思います。

青戸事件の問題と言うのは、「超えてはいけない一線をどこに引くのか?」という問題もですが、それと同時に、「その一線を誰が引くのか?」という問題もあるかと思います。
今回の場合、結果的に、検察・警察・裁判所辺りが合同で、決めてしまったということにりそうですが、それで本当に良いのかと。
「超えてはいけない一線をどこに引く」かが、決まればその影響は多方面にわたることが予想されます。
良い影響もあるでしょうし、悪い影響もあると思います。
そういう重要な事項は、国民によって選ばれ、国民を代表している(はずの)立法府によって決定されるべきではないかと思います。
法律によって、これはよし、これは駄目と、はっきりさせるべきだと思います。
(そして、当然のことですが、その結果起こるであろう不都合を国民は甘んじて受けいれなければならないと思います)

問題なのは刑事裁判なんだってことなんで、なんか、ちょっと口を挟んだことで話が横道にそれそうで心苦しいんですが、、、
(いのげさんは、どう思われているんでしょう、こういう事例が刑事裁判になることに)

モトケンさんのコメント
>これは理論的には明白な誤りであると指摘したわけです。

理論的には明白な誤りだけど、実態はそうでないってことですかね?

psq法曹さんのコメント
>>でもそれって、結果が悪ければ罰するよってことでは?

>これを逆にして、「でもそれって、結果が良ければ罰さないよってことでは?」ならば正解!

命題論理の説明をせんといけないのでしょうか?
逆の命題が真であろうが偽であろうが、元の命題についての真偽を決定できません。逆の命題の説明をされても、ああそうですかで終わってしまう、、、

ところで、本当に、結果が良ければ、(不法行為であろうがなかろうが)罰せられないんでしょうか?
しかし、結果が悪ければ罰せられる(ことがある)。

この事例では、「手術中、ミスによって患者が大量出血し、執刀医(41=有罪確定)が開腹手術への変更を提案した際、「被告は腹腔鏡手術の続行を提言し、自ら執刀医に代わって手術を進めるなど責任は重い」と述べた。」ってことですけど、助手の何を罰しているんでしょう?
初心者なのに手術したこと?
執刀医に代わって手術したこと?
それとも、結果が悪かったこと、それ自体?
たぶん、両方そろったからってことなんでしょうけど。

で、初心者が手術をしても、結果が良ければ罰せられない、執刀医に代わって手術しても、結果が良ければ罰せられないと。
あ、これがダメだとか、悪いとか言っているのではないです。

考えてみれば、医療には結果良ければってことが多いです。
結果悪ければ、後からいくらでも「ミス」を指摘できし、それも難しければ、説明義務違反とかインフォームド・コンセントの不備とかいう伝家の宝刀があるんだよなぁ、、、
って、これは愚痴です、聞き流して下さい。

こんにちは、整形Aです。

今回判決を受けた医師は36歳とあります。
普通のコースをたどった医師なら、既に10年選手です。
僕なんか、7年目から僻地にひとりで出されていましたからねー。

その科によって違いはあるでしょうが、名前は助手でも十分経験を積んだDrと考えられないでしょうか。
あ、いや、だからどうだってことではないんですが・・・。

No.23 整形A(そのまんま) さん、こんにちは。
>今回判決を受けた医師は36歳とあります。

こまかいのですが、この年齢は、判決を受けた時点での年齢のようです。
確か、5年前の事件だったと思いますので、多分30or31歳くらいかなと思います。

こんにちは、創価板日報係(消外)さん。
整形Aです。

No.24 創価板日報係(消外)さんのコメント

>こまかいのですが、この年齢は、判決を受けた時点での年齢のようです。
>確か、5年前の事件だったと思いますので、多分30or31歳くらいかなと思います。

ありゃ、確かにそのとおりですね。
5年目くらいですか。微妙なところですね。
自分もその頃、自分にとっては難しい症例に手を出して、上司の応援で事なきを得たことがあります。うーむ。

ご指摘ありがとうございます。

元内科医さん
はい、全くそのとおりです。

ある町医者さん
「グルルゥゥゥゥウウウ〜 ワン」と吠えたい気分です(爆)。
あるいは霞っ子クラブ風に書くと・・・(;д`)・・・ハァア! ってな感じです。

右から左に受け流してください・・・失礼しました。

No.22 ある町医者さま

さすがのpsqさまの忍耐力もNo.19で潰えてしまわれたようですので、横から口をはさませていただきます。
(誤解のないよう補足: 私はNo.12の時点で「グルルゥゥゥ」だったので、No.19を書かれたpsqさまの気力(の消費度合い)はいかばかりか、と嘆息しておりました次第です)


問題なのは刑事裁判なんだってことなんで、なんか、ちょっと口を挟んだことで話が横道にそれそうで心苦しいんですが、、、

「問題だ」と指摘するためには、批判の対象について、最低限求められる理解というものがあるはずですが。
ある町医者さまは、その理解を欠き、理解の姿勢も欠いたまま、問題だぁ問題だぁとつぶやき(わめき?)続けておられるので、まともに相手にされないのだと思います。
その姿勢をお続けになる限り、小ばかにされるだけでしょう。


>これは理論的には明白な誤りであると指摘したわけです。
理論的には明白な誤りだけど、実態はそうでないってことですかね?

読点以下は妄想です。


>>でもそれって、結果が悪ければ罰するよってことでは?
>これを逆にして、「でもそれって、結果が良ければ罰さないよってことでは?」ならば正解!
命題論理の説明をせんといけないのでしょうか?

不要です。
psqさまがその「逆」に言及された趣旨と噛み合っていません。


ところで、本当に、結果が良ければ、(不法行為であろうがなかろうが)罰せられないんでしょうか?

本当です。
専門家が誠実に回答していることに、いちいち根拠なしに疑義を挟まれていては埒があきません。
ただ、「結果がよければ」は、「損害が発生していなければ」に読み替える必要がある点のみご留意を。


しかし、結果が悪ければ罰せられる(ことがある)。

カッコ不要です。


助手の何を罰しているんでしょう?
(中略)
たぶん、両方そろったからってことなんでしょうけど。

思いこみで誤要約しないようお願いします。


って、これは愚痴です、聞き流して下さい。

お望みのまま。


要は、
批判するなとは誰もいっていない
しかし
よく知りもしないことを思いこみだけで断定したりすれば糺される
そして
糺されても「無知の知」に至らない人 や 開き直るだけの人 は叩かれる
というだけのことかと。
司法に限らずどこへ行っても当たり前の話であろうかと思います。

No.16 元内科医さま

結果責任とは関係がないということでしょうか。
結果責任とは請負契約において生じる責任なのでしょうか。
その場合は結果に問題があった場合生じたものが債務となって民事訴訟で賠償が問われるのでしょうか。
医療行為は準委任契約なので請負契約ではないということでしょうか。

psqさまからはOK出ておりますが、整理のため。

民事上の責任と、刑事上の責任とは完全に別物としてお考えください。
両者に必然的な随伴性はありません。
同じ事件で民事/刑事で逆の判断がされることは、制度として予定されているし、現によくあります。
(民事では損害賠償責任を負わされているが、刑事では無罪、あるいは起訴すらされていない、など)

刑事上の「過失」の成否について論じているときに、民事上の契約類型を根拠に推論することは、無意味だということです。

民事だけのお話としてお答えしますと、
通常、医療行為に際して医師と患者の間でなされる合意は、請負契約とは構成されません。
医者と患者が特別に「手術の成功」や「○歳までの生存」などの“結果”を約束すれば、請負契約となりうるといえばなりえます。(原理的に成功を保障できない等々の理由で合意は無効、という理屈も成り立つので、可能性レベルの話ですが)
通常の医者・患者間の合意は準委任契約(←私の過去コメ)となるという理解が一般的と思います。


ついでながら、 「結果責任」 という用語について。

ある町医者さまが言われているような 「結果が生じたことのみに着目して負わせるような責任」 としての 「結果責任」 という表現は、法律家は、過失責任主義が成立する前 (=近代以前) における責任という意味で使うのが一般的です。
現在 (=過失責任主義が成立・定着して以降) においては、 「無過失責任」 と同義、つまり、 「過失はないので原則からいけば責任を負わないはずのところを、例外として責任を負わせているもの」 という意味合いで使われます。

法律家は、混乱しないようにするため、後者の意味合いであれば 「無過失責任」 の表現を使うことが多いと思います。

fuka_fukaさん 元内科医さん

私が「全くそのとおり」=OK出したのは、No.20に対してです。
その前のNo.16の請負云々のことではありませんので、念のため。

psqさま

すみません、流れを見落としておりました。
No.28 の最初の一文は脳内削除してお読みいただければ幸いです>all

個人的な認識ですが、法律家の方は「ミス=過失」とは捕らえていませんよね。ミスそのものよりは、ミスを防ぐために何か手を打ったのかを問題にしているように思います。

しまさま

「ミス=過失」ではない、というのはそのとおりですが、
単なるミス(文脈的には「施術の際の手技上のミス」が近いでしょうか?)であっても、それ自体が過失を構成する、ということは理論上はありえます。

# 本件とは離れてあくまで一般論として

創価板日報係(消外)様

>法律によって、これはよし、これは駄目と、はっきりさせるべきだと思います。

それは無理っしょ。
医療は、専門家である医師でさえも、その全貌がつかめないほど広く、人には個体差があり、不確実性があり、病院ごと、医師ごとに技術も、経験から来る知識も、置かれている環境も、周辺の条件もみ〜んな違うんじゃないかと思うんですけど・・・。

ケースバイケースの判断でさえ難しいのに、それを一般化して法案つくるって・・・議論百出で、法案なんぞできない方に一票!

膨大な分野で、個別ケースごとにあれはOK、あれはダメって、徹底的に議論をして仕分けをしても、内容を陳腐化させないためには医学の進歩にあわせてその都度逐一内容を見直していかねばならず、いつまでたっても法案ができあがらないまま中身の見直しを続け、気づいたときには百年ほど経ってたりして・・・。その頃には、何でそんな法律をつくろうとしていたのかさえ、誰も覚えていなかったりするかもしれません。

ただ、その過程で医療者、法曹、行政など関係者の間で蓄積された見識は、医療裁判等でも役に立つかもしれませんが。

No.33 じじい(患) さん、おはようございます。
コメント、ありがとうございます。

法律としては、おおよその枠が示されれば良いかなと思います。
具体的な内容は別に決めれば良いですし、実際問題として、小松秀樹先生の「慈恵医大青戸病院事件」巻末にある、「医師のための入院診療基本指針  虎ノ門病院」程度にでも大枠が示されれば、かなり違うのではと考えます。
逆に言えば、現時点では、その程度の枠組みもいまひとつはっきりしていない部分がある様に思うのです。

No.34 創価板日報係(消外)さん

法律としてしまうと柔軟性が失われてしまいますから、何らかの方法で医師側の統一見解としてしまうのが一番かと。裁判ではおおむね8割程度の医師が支持すれば妥当性は認められるとなってるようですから、医師が決めるのが一番です。医師の不当な言いがかりに対するバリアーとして、もっとも効果的なやり方だろうと思います。ただそのための機関をひとつ作らなければならないのが難点ですが。

再度、確認させてください。

結果が悪ければ罰せられる。
(その逆の)結果が悪くなければ罰せられない。

ですね?
少なくとも、司法においては、こんな質問をするとバカにされるほどの常識の常識であると。

医療では、いくらがんばっても、最善の治療を(もちろんその時点という制限つきです、その時点という制限つきでない最善の治療など不可能です)しても、結果が悪いことはいくらでもあります。
そして、結果が悪い事例を後から検討したら、他の最善と思われる治療をすぐに見つけられます。

そういう、結果が悪かった事例は、結果が悪いということで罰せられるということですね?

ある町医者さま

あなたは馬鹿です。

>結果が悪ければ罰せられる。

これは間違いだと何度言われればわかるのですか。

そこへ正座していなさい。


# 書けば書くほど馬鹿にされるだけですよ。そこまでしてご自身の名誉を貶めたいのであれば最後までお付き合いします。

>ある町医者 さま

>そういう、結果が悪かった事例は、結果が悪いということで
>罰せられるということですね?

おそらくそうではなくて、過失→因果関係→結果が悪い、とすべてが成立していれば罰せられるのではないかと思いますよ私の意見ですが。結果が悪くても、過失が成立しなければ、または因果関係が証明できなければ罰せられないのではないでしょうか。

私は、どんなにがんばっても結果が悪くなることは十分わかりますし体験もしていますので、今の流れはよろしくないと思います。ただ、それは「過失」が成立しないことにすれば防げるのだと思います。

医療の現実は、どんなに努力しても悪い結果を避けることはできません。この場合、簡単に何でも過失にされては過失犯に誰でもなってしまいます。過失を簡単に認めさせないためにはどうするか考えなくてはなりません。

過失は、「結果を予見できる場合予見しなければならず、悪い結果を回避できる場合それを回避するよう努力しなければならない」ことを怠れば成立したと考えられるようです。ここに介入していけばいいのではないでしょうか。

はっきりいえば司法の方々に結果予見性も結果回避の可能性も実地の点での判断などつくわけがないのです。つまり知識はわれわれの側にあり、経験もわれわれの側にあり、何も恐れることは本来はないのです。知の可能性を信じるべきです。これを利用しないわけにはいきません。

ぜひ「医療を医師の手の中にとりもどす」よう策を練るべきだと思います。このままでは「医療行為をして結果が悪ければ罰せられる」というのは間違いにしても「医療行為をしても結果が悪ければ簡単に回避可能性があるとされて過失とされる」とは言えるような世の中になってしまうと思います。

私はもう自分が医療を提供する道は半ば棄てている立場なのでえらそうな事は言えませんが。

>ある町医者さん

>結果が悪ければ罰せられる。

 どうしても過失犯理論を理解したくないのであれば、あなた一人だけそう思っていればいいです。

まさか、No.27の

「カッコ不要です」

「カッコ 内 不要です」

と読んだんじゃないでしょうね?>そこの馬鹿な方

司法の方々の反応は面白いですね。

「どんなに努力しても結果が悪くなる」ということを現実に無数に体験し、患者さんが何人も死んだ経験を日常的にしているものとそうでないものとの違いでしょうか。

もちろん、刑事において不起訴処分になる事案も相当数あるのでしょうからあまり不当起訴がどうこうとかアジテーションのように私が言い過ぎるのも良くないとは思います。が、今の報道に接する限り、医師は八方塞がりで何の解決策もないような絶望的な状況にあると感じてしまいます。だから、ある町医者さまが何度も同じことをおっしゃる気持ちは私にはわかりますし、馬鹿などとは言う気にはなりません。

あまり人のことを馬鹿馬鹿いうのは良くないとは思います。

元内科医さま、およびご気分を害された他の医療関係者の方(除:1名)に対してお詫びいたします。

どうしても、
「結果が悪ければ罰せられる。」
と書き続けたい方は、今後はこのブログのコメント欄ではなく、↓のほうが適しているかと思料いたします。

http://yuukiremix.s33.xrea.com/chirashi/

>fuka_fuka(イソ弁) さん
ミスと過失に関して、誤解があったようなので整理してみましょう。

以下に集合の図がありますが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%B3%E5%9B%B3

私は部分集合の図の、Qがミス、Pが過失と理解していた節があったのですが、fuka_fukaさんのコメントを読んでいるうちに、論理積の図のPがミス、Qが過失と言うような思いもしてきました。

これだと、ミスと過失とは本来全くの別物であるが、一部において考え方が重なっているとも考えられます。また、「ミス≒過失」と捕らえるのは大きな勘違いであり、訴訟や法律問題において不用意に過失という言葉を使うと、法律家と非法律家のコミュニケーションが成立しないような思いもしてきます。

>元内科医さん

>あまり人のことを馬鹿馬鹿いうのは良くないとは思います。

 じゃあ、こう言い直しましょう。

 医師の中にも論理的な思考ができない人がいることがわかりました。

 私には、相互理解を妨げるプロパガンダに聞こえます。

 病院でこれまで何人の患者が死にましたか?

 そして業務上過失致死で起訴された医師は何人いますか?

 そのうち何人が有罪になりましたか?

しまさま

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%B3%E5%9B%B3

私は部分集合の図の、Qがミス、Pが過失と理解していた節があったのですが、fuka_fukaさんのコメントを読んでいるうちに、論理積の図のPがミス、Qが過失と言うような思いもしてきました。

うーむ、たしかに 「ミスとは呼ばれないが過失に該当する」 というものも皆無ではないかもしれません。
「不作為による過失」 なんかがそうでしょうか?でも無理矢理ミスといえないこともないかも。

基本的には、部分集合の図のほうがイメージとして正しいと思います。
ごく小さなヘルニアがあるだけで、大多数は 過失 ⊂ ミス で説明できるでしょう。


# 業務連絡。銀の鈴、銀の鈴。カッ

元内科医先生

>だから、ある町医者さまが何度も同じことをおっしゃる気持ちは私にはわかりますし、馬鹿などとは言う気にはなりません。

誰も言っていない、事実でもないこと、しかも何度もそうではない旨を口をすっぱくして説明されても、一切理解しようとせず、同じ疑問を繰り返し発し続ける人を、私たちはいかに理解すればいいのでしょうか?

しかも、その疑問はある特定の職種(裁判官、検察官)の人々に対し、その職業に関する事実ではないことのレッテル(結果が悪いというだけで人を罰する)を貼り、ある意味侮辱する内容を含むものです。

現実に民事で争われている相当数の医療裁判は、「結果」(転帰)が悪かったケースでしょうが、当該裁判の当事者である医師の方々が須らく逮捕され、刑事罰を受けたという話も寡聞にして聞きません。少なくとも、実際に「一切過失もないのに、結果が悪いという一事をもって刑事罰を受けた」ケースをいくつか例示された上で、そうした主張を繰り返されるのならまだ一定理解ができるのですが。

「過失犯の構成要件として過失を要しない」という、これまでの刑法論を覆すような斬新な「学説」を、特段の根拠もなく提唱されても・・・という気がします。

ある町医者先生

このブログには、法律の専門家も大勢いらっしゃいますので、できれば先生の刑法に関する新「学説」の披露は、相応の根拠を付するか、さもなくば場が荒れるだけですので先生の心の中だけでお願いします。(単なる「疑問」ということであれば、それに対する回答は繰り返しなされていますので、もう一度良くお読みください)

fuka_fuka(イソ弁) 先生

何度説明されても、その説明を無視して「学説」が主張されることへのお怒り、嘆きは分りますが、大の大人に対して「馬鹿」はいかがなものかと。

皆さま、こんばんは。
私も、ある町医者さんの説はおかしいと思います。
それに法律の理論上、「過失責任」と「結果責任」とが全くの別物であるという事も、一応、納得はしています。
しかし、それでも医師の立場からすると、「過失責任」も「結果責任」も医療に対して、ほぼ同じ働きをする様に見えます。
何故、そのように見えるかについては、このブログで繰り返し説明はなされましたし、小松先生の著書にも説明はなされていますから、ここで改めて説明する必要はないと思うのですが、自分なりにまとめると、次の様になります。

つまり、ほとんどの医療行為と言うのは100点満点と言うことはありえません。
言い換えれば、「一切、過失のない医療行為」と言うのは存在しないと言う事です。
理念上、全ての医療行為に何らかの過失が存在するので、あと、悪い結果がそろえば常に過失責任が成立してしまうことになります。
結果の良し悪しで過失責任が成立するか否かが決まりますので、実際問題として、医療者側からは「過失責任」と「結果責任」は同じに見えます。

ここからは蛇足です。
1問1点の○×問題100問のテストがあります。
満点が100点で満点の60%以上の得点率であった場合を合格とします。
このテストで、90点を取ったとします。
十分に合格点のはずです。
しかし、この○×問題を適当なグループに分け、それぞれの部分点を計算すれば、部分点を満点の60%以下の点数にすることは可能です。
例えばある10問を取り出して計算した場合には、満点は10点ですから、合格点を6点以上となります。
間違った問題だけを10問取り出せば、その部分点は0点になります。
この方法を使えば99点の人を不合格にすることができます。
間違った問題だけを取り上げれば、それは0点です。
その問題に限れば得点率0%ですし、それだけを強調すれば、いかにもその受験者は落ちこぼれに見えます。
そして、医療裁判の原告側はその理論を応用している事が多いように見えます。

訂正です。
(間違い)悪い結果がそろえば常に過失責任が成立してしまうことになります。
(正しい)悪い結果がそろえば常に過失責任が成立してしまう可能性がでてきます。

過失責任が成立するためには、因果関係がなければならないと言う事を忘れてました。
本当は、もっと細かく書き直す必要があると思うのですが、大筋では上のとおりでよいと思います。

創価板日報係(消外)さま

おっしゃる趣旨はよく理解できます。
(例えとしての正確性などにもしかしたら問題があるのかもしれませんが、少なくとも私は正確に指摘できないと思いますので捨象します)

その場合、被告となる病院・医療関係者側がなすべきことは、
・ その問題は、そのように抽出された10問・10点満点ではなく、100問・100点満点であること
・ 100点満点とすれば90点であり、原告側の主張は恣意的な抽出であること
・ 100点満点で10点分間違うことは、平均的な医療従事者・医療機関に要求される注意義務を尽くしても避けられないものであったこと
を主張・立証していくことであろうと考えます。

それから、「医療崩壊」での小松先生の問題意識は、過失犯処罰の問題点、つまり医療過誤について刑事責任を追求することによる社会的影響力は負のほうが大きいというものであり、
民事責任について、法的な「過失」があった場合についてまでは述べていなかったという記憶なのですが。
(見落としか失念の可能性もありますので、もし民事についても言及していた箇所があればご教示くださいm(_ _)m)

いずれにしても、「過失」を議論する場合、単なるミスと法的な意味での過失を区別することだけでなく、
民事上の過失、刑事上の過失のいずれを念頭に置いた議論なのかを明らかにする必要があると思います。
(医療関係者その他一般の側がそうするように、との意ではなく、法曹側が、議論を整理していく必要がある、との趣旨です。すくなくともこのブログにおいては。)


今日はあまり時間がないので手短に書きますと、私個人の考えは、

・ 刑事責任は、証拠上故意に匹敵するとみなすことができるような重過失(または明らかな故意)による死亡・重篤障害でもない限り、追及すべきでない(立法、解釈いずれでもかまわない)

・ 民事責任は、システムエラー、ヒューマンエラー問わず、刑事責任と同水準での免責はすべきではない。原則どおり、過失があれば賠償責任を病院経営主体に負わせるべき(担当医個人には負わせるべきでない)。ただし未熟児網膜症事件等による最高裁の水準は厳しすぎるので、是正されるべき。

・ 賠償額については、逸失利益、慰謝料とも現在の算定基準は是正されるべき。医療が一切介在しなかった場合の推定余命を前提としての計算でなければ配分的正義とはならないと考える。YUNYUNさまが提案されているようなキャップ制が検討されるべき。

というものです。

No.47 創価板日報係(消外)さんのコメント+No.48の訂正に賛成です.
私も100%過失のない医療行為はないと考えます.それが医療の現実なのです.
モトケンさんをはじめ,法曹の方々はある町医者さんの法理論の間違いを指摘するだけでそれ以上踏み込んである町医者さんがなぜそう考えるのかを理解しようとされていません.
私は法曹の方々が説明された過失論は理解しているつもりです.
おそらく,ある町医者さんも理解されていないわけではないのだと思うのです.
しかし,ある町医者さんに限らず,多くの医師が「結果が悪ければ罰せられる」と思うようになってしまったのは事実です.法理論上それは違うと言われても,そう思えると言うことは,過失の認定と結果に対する因果関係の適用が医療の現実に対して厳しすぎるというのが事実であるということを示しているように思います.
法曹の方々がそこで一歩踏み込んでなぜ多くの医師たちが「悪い結果=刑事罰」と考えるかを理解されようとしない限り,両者の溝は埋まりませんし,医療は崩壊を続けるだけです.

>モトケンさんをはじめ,法曹の方々はある町医者さんの法理論の間違いを指摘するだけでそれ以上踏み込んである町医者さんがなぜそう考えるのかを理解しようとされていません.

その言いがかりの立証責任は田舎の一般外科医さま側にあります。

過去ログ全部嫁とは申しませんが、批判される以上は、Evidence-Based Criticism を心がけていただければ幸いです。

理解が(医療関係者側の期待には)足りない、ではなく、

理解 「しようとしていない」 ですか?

FFFさまや an_accused さまではないですが、私も去りたくなってきました。

私のNo.50のコメントはNo.49 fuka_fuka さんのコメントを読む前に書いたもので,順番が前後していました.

No.49 fuka_fuka さん

・ 刑事責任は、証拠上故意に匹敵するとみなすことができるような重過失(または明らかな故意)による死亡・重篤障害でもない限り、追及すべきでない(立法、解釈いずれでもかまわない)

・ 民事責任は、システムエラー、ヒューマンエラー問わず、刑事責任と同水準での免責はすべきではない。原則どおり、過失があれば賠償責任を病院経営主体に負わせるべき(担当医個人には負わせるべきでない)。ただし未熟児網膜症事件等による最高裁の水準は厳しすぎるので、是正されるべき。

・ 賠償額については、逸失利益、慰謝料とも現在の算定基準は是正されるべき。医療が一切介在しなかった場合の推定余命を前提としての計算でなければ配分的正義とはならないと考える。YUNYUNさまが提案されているようなキャップ制が検討されるべき。
これには大賛成です.こうした考え方を法曹の方々の多くが共有していただけると医師側の司法への見方も全く違ったものになるはずです.

田舎の一般外科医さん
相互理解がなったようで何よりです。

ただ、やはり一点だけ言わせてください。
ある町医者さんの意図が、田舎の一般外科医さんのおっしゃるとおりだとしても、このエントリの最初のコメントが「でもそれって、結果が悪ければ罰するよってことでは?」です。
またこのエントリは刑事事件の控訴審判決ですし、「罰」というと刑罰であって、民事責任には読み取れませんでした。

ましてや、そのコメントから医療側の実情と真意を読み取るのは至難の技だと思います。
もし真意がそうならば、No.47やNo.50のように明確に書いて欲しいのです。
そして、「法曹側に一歩踏み込んで理解せよ」と言うと同時に、ある町医者さんにも「ちゃんと表現すべきです」と言ってくださると、御本人も同じ医療側の意見ということで、今後何がしかの効果が期待できると考えます。

> その言いがかりの立証責任は田舎の一般外科医さま側にあります。
> 理解 「しようとしていない」 ですか?

感情を害したのであれば謝ります.私の書き方が悪いのでしょうね.
私はこのスレッドにおけるモトケン様をはじめとする法曹の方々のある町医者さんに対する書き込みの姿勢を指してそのよう(理解されようとしていない)に表現しています.私はある町医者さんは過失理論はわかっていても,この判決を見れば結果が悪ければ罰するというように見えることを繰り返しているだけのように思います.

間違いは間違いで指摘するとしても,馬鹿だとか言った表現が適当であるとは到底思えませんし,ここで理論的に誤りかどうかが大きな問題とも思えないのです.この辺が医療側と法曹側で大きく違うところだと私は思っています.これには私は理由があると思っていますが,長くなるのでそれはまた別の機会に.

現実には医師が裁かれた,あるいは起訴された刑事裁判を見て医師が刑事罰に恐怖している実態があります.過失論を説明され,理解しても,現実を見ればなんの安心材料にもなっていないと思います.

fuka_fuka さんが言及されておられる通り,小松先生により医療に刑事罰が適用されることによる社会に対する負の影響を皆さんが考慮されているのだとしたら,ある町医者さんに対してもう少し違った反応の仕方ができないものかと思うのです.

まあ,私もこれまでの経緯(過去の書き込み)をわかっていながら,まだ言うか,といわれればそれまでですが.

>No.50 田舎の一般外科医さん

>しかし,ある町医者さんに限らず,多くの医師が「結果が悪ければ罰せられる」と思うようになってしまったのは事実です.

 これは、このブログにおいて、まず私が医療崩壊の原因たる訴訟リスクに関する医療側の認識として理解したことです。

 このブログはその認識を出発点として、私を始め司法側の弁護士・研究者らが、

 理論的にはそうではない。

ということを明確にかつ何度も説明した上で、

 運用上もそういう印象が生じないようにするにはどうすればいいか。

ということを考え、提案してきたのです。

 それにもかかわらず、

>法曹の方々はある町医者さんの法理論の間違いを指摘するだけでそれ以上踏み込んである町医者さんがなぜそう考えるのかを理解しようとされていません.

 こういう言葉を聞きますと、私もNo.51 fuka_fuka さんと同じ気持ちになります。

 理解しようとしていないのは誰ですか?

 さらに付け加えれば、いやしくも頭脳優秀と自他共に認める医師を名乗るハンドルネームの人物が

>再度、確認させてください。
>結果が悪ければ罰せられる。
>(その逆の)結果が悪くなければ罰せられない。
>ですね?

 このようなことを何回も書けば、それを読んだ訪問者はどう読み取りますか? 

 まるで司法側の人間がこぞってそのように言ったように読めるではありませんか!

 こんなコメントは断固として容認できない。

 こんなことを司法側の人間に言わせないでもらいたい。

どうも,コメントが前後錯綜していて申し訳ありません.

No.53 psq法曹さんのコメント

「法曹側に一歩踏み込んで理解せよ」と言うと同時に、ある町医者さんにも「ちゃんと表現すべきです」と言ってくださると、御本人も同じ医療側の意見ということで、今後何がしかの効果が期待できると考えます。

了解です.ただ,ここでわかってほしいのですが,医師と法曹の先生方とで言葉で法やその周辺のことについて表現しあうと医師が圧倒的に不利なのです.どうやったって,国語だけにしても先生方の方が得意でしょう?ある町医者先生ももどかしい思いをしつつ不完全な表現をせざるを得ないのだと私は思っています(私が思っているだけかもしれませんが).
同じことは医療現場における医師と(多くの善良な)患者の間にも言え(こちらの場合は医学に対する理解の差が主ですが),常に自戒しつつ仕事をしております.

>No.56 田舎の一般外科医さん

>ある町医者先生ももどかしい思いをしつつ不完全な表現をせざるを得ないのだと私は思っています(私が思っているだけかもしれませんが).>
 
 あなたがそう思っているなら、あなたがある町医者先生に教えてあげてください。
 ある町医者先生には司法側の言葉が通用しないみたいですから。

 司法側に注文をつける前に!

 我々司法側の言葉は日本語としてそれほど不完全ですか?
 できるだけ分かりやすく説明してきたつもりですが。

>田舎の一般外科医さん

 補足します。

 ある町医者さんの気持ちは理解できます。
 私が最初にこのブログで多くの医師の皆さんから聞いた声と共通していますから。
 しかし、何周も周回遅れなのです。
 そしてそのことを分かっている医師の皆さんは何人もおられるのではないですか。

 にもかかわらず、ある町医者さんに対する反論を司法側の人間だけにおっかぶせるのですか?
 ある町医者さんに周回遅れを指摘しないで、ある町医者さんを批判した司法側を批判するのですか?

というのが私の言いたいことです。

No.49 fuka_fuka さん、詳細なコメントありがとうございます。
私の説明は、「概略を示せればいいや」程度のかなり乱暴な議論ですので、私のほうから、No.49 fuka_fuka さんのコメントに対する追加のコメント・反論などは特にありません(と言うか、賛成と言うことです)。

ところで、「同じように見える」と言うのと「同じである」と言うのをごっちゃにするのは良くないと思いますよ(と、誰かに向かってつぶやいてみる)。

> ある町医者さんに周回遅れを指摘しないで、ある町医者さんを批判した司法側を批判するのですか?

確かにその通りですね.すみません.

>田舎の一般外科医さん

 きつい言葉を重ねてしまいましたが、

 このブログは法律家が管理人をしておりますが、コメンテイターの中では医療側のほうが圧倒的に多いのです。
 そろそろ医療側において、相互に批判すべきは批判するという姿勢をもってもらいたいと思います。
 そうでないと、数少ない司法側のエネルギーが無駄に浪費されます。

ところで、ちょっち古いですが、こういう問題提起なら・・・。
医師の皆さんにはご不満もおありかも知れませんが。

http://www.jmari.med.or.jp/research/dl.php?no=233

> No.62 じじい(患)さん

統計が女子医大事件前までですからそんなところでしょう.
問題はこれだけ個人の責任ではなく,システム(≒医療機関)の問題を追及すべきだと分析されているのにそうなっていない現状にあるのではないでしょうか.

元スレに戻りますが,私は青戸の判決は執刀医,主治医,今回の助手ともに問題ありだと思っています.刑事で有罪というも問題だと思っていますが,ここでは別の視点です.

小松先生の2つの著作でしつこく言及されていますし,過去にもここで議論されたことではあるのですが,やはり医師個人の責任追及に留まり,大学病院というシステムの問題点を追求しなかった,少なくとも個人の刑事責任を問うたようにインパクトのある追求をしなかったことは今後の医療に大きな禍根を残したと思うのです.

>No.64 田舎の一般外科医さん

 はい、元スレに戻ります。

 刑事裁判というのは、本来的に個人責任追及の場ですから、背景のシステム的な問題を指摘するにはどうしても限界と制約があります。

 検察官が指摘しようとすると、被告人の刑事責任を軽くする事情を強調することになり、検察官の立場と整合しない憾みがあります。
 検察官の客観義務からすると指摘してもおかしくはないのですが、そうすると弁護人の仕事を横取りするみたいな感じになります。

 では弁護人が十分指摘できるかと言いますと、下手をすると責任転嫁をしているような受け取られ方をすると、被告人の刑事責任軽減のためには逆効果になる恐れもあります。
 本件でどうだったかはよくわかりませんが。

 そして裁判所も、背景事情の一つとしか考慮することができません。

 マスコミが問題意識をもって報道してくれれば少しはインパクトがあったかも知れませんが。

問題はまだあるのです.
これも小松先生が指摘していますが,患者は出血多量で死亡しています.大血管を損傷したといった事実はなく,輸血で十分に対処可能な出血であったにもかかわらず,十分な輸血を含む麻酔管理が行われなかったことと死亡の因果関係を否定することはできません.
麻酔科医の刑事責任追求が必要かどうかはともかく,執刀医,主治医,助手が刑事罰を受けている(助手は未確定ですが)のと比較して不公平であると思います.
繰り返しますが,実際の手術経過の記録から十分な輸血が行われていれば死亡という結果は回避できたと考えられるわけですから,麻酔科医には明らかな過失があるというべきです.

>モトケン様

 話を蒸し返すようで何ですが・・・・。

 このブログは法律家が管理人をしておりますが、コメンテイターの中では医療側のほうが圧倒的に多いのです。
 そろそろ医療側において、相互に批判すべきは批判するという姿勢をもってもらいたいと思います。
 そうでないと、数少ない司法側のエネルギーが無駄に浪費されます。

 
 例えば投票機能を2つつけると言うことは技術的に不可能でしょうかね?
 明らかに周回遅れと思われる議論には投票できるようなシステムがあるといいのですが。
 私はどっちかというと、医療者側に対してもあんまりな発言が続くときは「ええかげんにせいや、ゴラ!」とやる方ですが、それでもある程度発言が続かなければそれはやりませんし、かといって最初の発言から「それは周回遅れですよ」とやるのもちょっと躊躇われます。

> 初の発言から「それは周回遅れですよ」とやるのもちょっと躊躇われます(No.67 僻地外科医 さま)

別に、批判しなくても、「周回遅れです」と認定しなくても、構いません。
黙って、過去ログから「参考コメント」を抜き書きして、はってやってください。
知っている人が、知らない人に教えてあげるということをしないと、知識が広がりません。
このブログは伝道師養成所のつもり。

>YUNYUN様

 なるほど。おっしゃるとおりですね。努力してみます。

で,どうやったらシステムの責任を追及できるのか,ということになるのだと思います.
やったことの是非はともかくとして,堀病院の無資格助産の捜査は現行制度でもシステムの責任追及が限定的ながら行いうることを示したと思います.実際には起訴には至りませんでしたが,事実上規範に反する状態にあったシステムの問題が議論され,事実に規範を合わせる形での解決がなされました.
青戸病院事件でも少なくとも病院長や診療科長,麻酔科医の起訴は可能だったと思いますし,執刀医らの刑事責任追求をするのであればそれが公平なやり方だと思うのです.

モトケンさま、他参加者の皆様、この数ヶ月このブログを
読ませていただき、色々と知らないことを教えていただきありがとう
ございました。
ただ久しぶりに覗かせていただくと、法曹関係の方の発言が
ずいぶんと上目線になっており驚きました。

患者「今受けている治療に不安があるのですが...」
医師「もうさんざん説明したでしょ。まだわからないの。
   お前は馬鹿か。」

私自身もなかなか理解していただけない患者さんに対して
正直言ってそんな気持ちになったことがないとは言えません。
でも「それを言っちゃあお終いだよ」ということで理解していただけるまで
耐えしのびながら町医者をやって参りました。
これからも患者さんの気持ちを考えながら医療を続けようと考えて
おりますが、皆様のお言葉を他山の石とさせていただき、このブログ
へのお別れの言葉とさせていただきます。

No.71 筍医者さま

参考コメント
| 2007年06月01日 16:39 | CID 58455 |
http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/05/31-232347.php#c58455

法曹でも医師でもありませんが、No.71 筍医者様へ。

>患者「今受けている治療に不安があるのですが...」
>医師「もうさんざん説明したでしょ。まだわからないの。
   お前は馬鹿か。」
>私自身もなかなか理解していただけない患者さんに対して

これは適切な例えではありません。

敢えて患者、医師で例えるなら、

患者「今受けている治療は効果がないんじゃないですか?」
医師「いいえ。こういう効果があります。根拠は理論上は○○です。臨床上でもこのような統計があります。」
患者「でもやっぱり効果がないんですよね?(根拠無し)」
医師「だから根拠をあげてこういう効果があるといってるじゃないですか。貴方は私の説明が理解できないんじゃなくて理解したくないだけではないのか。むしろ医師が無意味な治療を押し付けてるというレッテルを貼るために意図的に曲解してるとしか思えない。」
患者「実際に効果があるかが重要ではなくて、患者側が効果がないと感じていることが問題だ」
医師「でしたら、効果がないと考える根拠を示してください。私は既に効果があるという根拠を理論上も臨床上も示しているじゃないですか。」

こんな感じでしょう。

例が悪かったのかもしれません。

A「道を伺いたいのですが。」
B「あそこをああ行ってこう行って、角を曲がって...」
A「よくわからないのですが。」
B「あなたにわかるようにうまく説明できないので他で聞いて
  いただけないでしょうか。」

A「道を伺いたいのですが。」
C「あそこをああ行ってこう行って、角を曲がって...」
A「よくわからないのですが。」
C「しつこいな。あなたに教える契約はしていないのにこうして
 好意で説明しているんだ。それでもまだわからないのか。
 お前は馬鹿か。」

「医師を含めた普通の社会人なら前者のような応対をとるのではないでしょうか」という意図を込めて書き込んだつもりだったのですがご理解いただけなかったようですね。
それともまさか法曹界では後者の対応がデファクトスタンダードなのでしょうか?

もちろんこの文章も気が向いて書き込んだだけなので、当方の意図を「理解」していただいたり、ましてや「回答」していただかなくてはならない「契約上の義務」などはありませんのでご笑殺ください。

>筍医者さん

 あなたは、ある特定の医師に対する批判を医師全体に対する批判と読まれたのですか?

 あなたのようなコメントを読むと、「ある特定の医師」の数は決して少なくないのではないかという疑念が生じましたので、別エントリで少し書かせていただきました。

>筍医者様

A「道を伺いたいのですが。」
C「あそこをああ行ってこう行って、角を曲がって...」
A「よくわからないのですが。」
C「あそこをああ行ってこう行って、角を曲がって...」
A「よくわからないのですが。」
C「あそこをああ行ってこう行って、角を曲がって...」
A「よくわからないのですが。」

(中略、同じことを100回)

C「あそこをああ行ってこう行って、角を曲がって...」
A「よくわからないのですが。」

C「しつこいな。あなたに教える契約はしていないのにこうして
 好意で説明しているんだ。それでもまだわからないのか。
 お前は馬鹿か。」

C様の対応は標準的ではないという根拠についてご説明頂ければ幸いです。
私なら切れます。

 あなたに一言言わせて頂ければ「お前は馬鹿か」です。

>>No72 YUNYUNさん

ご指摘のスレッドでわたしが納得できなかったわけがようやくわかりました。患者さんに対する説明と同意は、契約の有無にかかわらず、医者の倫理に属すると私が思っていたからなのでした。同様の倫理が法曹にもあるだろうという期待があったのですね。そこを捨て去ればMTさん、YUNYUNさんのおっしゃることはまさにそのとおりですね。

> 患者さんに対する説明と同意は、契約の有無にかかわらず、医者の倫理に属する(No.77 柳さま)

しかし、柳さまの周囲をつきまとって、
「医療崩壊が起こるのは解せない。医師の怠慢ではないのか。医師が不足していることの証拠を見せろ。」と言いつのる人々に対して、
他の人を診療する手を止めて、何回も何回も何回も、説明すべき「責任」があるとは、とうてい思われないのですが。

>>YUNYUNさん。

はい、ですので納得するのに医者としての倫理、常識っていったほうがいいかな、それが邪魔してたことに気づいたのです。自分が持ってる常識は当然みんなも持ってるだろうという考えの過ちですね。患者さんに対する説明と同意は、契約の有無にかかわらず、医者の倫理に属するという部分は医療界を一歩出れば通用しない私の過ちであったということです。お手を煩わせましたが、説明ありがとうございました。

どうも、燃料投下した張本人ですが、臆面もなく顔を出してみます。

なぜ、私が ある町医者さま に対して 「ブチ切れ」(by 僻地外科医さま) たのか、今更ではありますがその背景をメモしておきたいと思います。
「皆々様へ」 のエントリではもう別の次元での話になってしまっており、時機を失してる感はありますが、 「猫をかぶっていた自称法曹がキレるまで」 の思考プロセスがどういうものだったか、もって他山の石としていただければ幸いです。


No.37 の 「馬鹿」 の表現は、直接的には、hamaさまご指摘のように、その直前の No.36 へのコール&レスポンスの意味合いもあります。
が、ある町医者さまの No.36 の 「バカにされる」 との表現も、私のNo.27 の 「小ばか」 発言を受けてのものだと思われます。
「ばーか」 「もういっぺん言ってみろ」 「何回でも言ってやる、ばーか」 という小学生レベルのやりとりなわけですが、言い出しっぺ&一貫して言っているのは私のほうだということです。

私が見放しモードに入ったのは、 No.27 を書いた時点 (≒No.12を読んだ時点) です。
意図的に相当皮肉な言い回しをしていますから、「馬鹿が、正座しとけ」 みたいなストレートな表現よりも、言われた側のムカつき度は No.27 みたいな文章のほうが高いんじゃないかと個人的には思いましたが、必ずしもそうでもないようで。

で、なぜ 「見放し」(それまでは同じ側に立っていたことが前提) という表現を使うかというと、すでにある町医者さまと私との間では、議論の蓄積があったからです。

ある町医者さまは、すでに 「過失犯処罰に関する司法の枠組み・判断手法」 について雑駁ながら説明を試みた私のコメントに目を通し、

http://www.yabelab.net/blog/medical/2007/05/15-004124.php#c55665

理解はできます。

とおっしゃっていたわけです。
納得はされていなかったにせよ。

にもかかわらず、 No.10、No.12 ときたわけです。

司法側全部をひとくくりにした、敵意・悪意を感じました(ほんとうに意図されていたかは分かりませんが、私はそう受け取りました)。
近づいて模様や色味の違いなど見極めるつもりは毛頭なく、遠目に見た感じが気に入らないなら全部黒く塗りつぶしてしまえ、という。
私の説明などまったくの無駄だった、と感じました。

そう出るのであればこちらも遠慮無用、戦闘態勢で臨むまでよ、と思いました。
そう思っているうちに、psqさまのNo.19 の説明があり、それをさらに愚弄するかのような No.22 を見て、私の中では完全に ある町医者さま = 敵 と認識しました。


***********

だからといって議論においては許される表現とそうでない表現があるであろう、という元内科医さま、じじいさま、田舎の一般外科医さま、筍医者さま、老人の医者さま、ドロッポ医さま、現役行政官さま、しまさま、らからのコメントは、頭を冷やした後で retrospect してみれば、当然のご指摘と思います。
道義、マナーの問題としてだけでなく、大局的・戦略的な視点からみても、拙劣なやり方であったろうと思います。

まだご覧になっているかどうか分かりませんが、ある町医者さまに対して罵倒、暴言に及んだことについては、謹んでお詫びを申し上げたいと思います。


また、田舎の一般外科医さまには、「理解しようとしていない」 の意図についての確認を先にすべきでした。
カッカしたままの頭で勇み足の批判をしてしまい、すみませんでした。


またさらに、ついでのような形で恐縮ながら、謹慎中さまにも、いつぞやは悪意あるコメントを向けてしまったことについてお詫び申し上げます。
その後の謹慎中さまご自身や他の方のコメントから、たとえ形式論理の上で揚げ足をとれそうな意見であったとしても、その背後にある心理的な必然性について理解したうえでの反論でなければ、勝敗のためのディベートの域を出るものではないこと、問題の解決に何ら資するものではないことが、少しずつながら理解できてきたように思います。
どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。


最後に (って、別にここを去るという趣旨ではなく)、私のコメントについて共感を寄せるコメントをし、代わりに (人によっては私以上に) 怒っていただいた方には、感謝というか申し訳ない思いです。
暴言吐いておいて言う台詞ではありませんが、救われたような気持になったという事実を報告させていただき、お礼に代えたいと思います。

亀レスで申し訳ないのですが、

No.49 fuka_fuka さんのコメント(CID 60140)

に、推薦投票させていただきました。手短とご謙遜されてますが、簡潔で分かりやすく、アピールも十分かと思います。素晴らしいコメントが埋もれないためにも、改めてコメントさせていただきました。

モトケンさんが、威圧的高圧的に感じた。馬鹿とか、理解しようとしないとか言えるのが不思議ですね。頭では分かっていても感情が理解できないことがあるのではないでしょうか?相手が医者だから言ったのかもしれませんが、理解できない相手には、とことん説明するべきです。自分がそれをしないで、医者にインフォームドコンセントを問うなど、言語道断です!!

モトケンさんが、同業者に優しすぎると感じた。
別エントリーの出張放火魔わら人形師にも面と向かって「あなたは馬鹿です」と宣言してやればいいのに。
相手が弁護士だから言わないのかな。

No.82 久々に読み返してさま
No.83 何周遅れだよwさま

あのー
「馬鹿」とか「理解しようとしない」という発言は私のものでして、モトケン先生はそのような発言をされていないと思いますが。。。

 おいらがここで「○○病について解説してくれ」と書いたら、ROMしてる医者にインフォームドコンセントの問題が生じるってことですね。わかります。

モトケンさん、誤解していました。申し訳ありません。ここでの書き込みをみていて、法曹界vs医学会だなと感じました。私はどちらにも属しませんが、医療過誤の話は、一般人や患者が置き去りにされていることが問題かと思います。何周も遅れていると思いますが‥。その私がどうも医師の味方をしてしまうのは、法曹界の方より身近だからかな?

青戸事件とかけ離れてしまうのは承知のうえで書き込みさせて頂きます。医療はやはり密室性が高く、医療を知らない者は医療過誤を起こされても解らないで終わる事もあるのでは無いかという不信感、法曹界に置いては、真実を追い求める姿勢を全く感じられず、裁判を勝った負けたと表現する不可思議さ。その方達が言い合っても私には、こじつけや単に我を通してしてるだけに思ってしまいます。生意気な事を書いて申し訳ありません。

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