エントリ

 当初は意識があり、署員が名前や住所を聞き出したが、間もなく意識不明になり、署員が同組合橿原消防署に通報した。

 救急隊員3人は飲酒して軽傷を負ったと判断したが、駆けつけた家族は、昨年8月、大淀町立大淀病院で意識不明になった妊婦が19病院で転院を断られ死亡した問題を挙げ、「(あの時は)18、19件目まで探して連れて行ったのに」と搬送を強く要請。しかし、隊員は「朝まで大丈夫。様子を見て病院へ搬送して下さい」と言って引き揚げた。

 両親は男性を連れて帰宅したが、翌日朝になっても意識が回復せず、他の消防署に依頼して同県立医大に搬送した。手術の結果、外傷性脳内出血と判明、現在も昏睡(こんすい)状態が続き、意識が戻る見通しはないという。

 専門家のご意見をお聞きしたいニュースです。

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消防団員がトリアージミスしたので告訴されたという例になるのでしょうか?医師はこの場合関係ないわけで…

40歳台の男性の両親が提訴ということですからご両親は60〜70歳台でしょうか。
救急車が帰った後ご両親は自分の判断で自家用車もしくはタクシーでその夜のうちに最寄の救急病院を受診しようとはなされなかったのでしょうか。
まあ自己受診はなされなかったのでしょうが、自己受診しないというご自身の判断はどういう理由で決断なさったのか、救急隊は自己受診を禁じるようなことは普通言わないと思うのですが。
なにせ確実な情報が少なすぎますので現報道の段階ではこの事件については何も申せません、というところです。

 私は専門家ではありませんが、この読売新聞の記事は、2段落目の頭の「訴状などによると〜」から、5段落目の最後の「〜という。」までの間の文章を、すべてカッコでくくったほうがいいように思いました。

昨年秋の過去ログ

とりあえず引用しておきます。

しかしまあ、個人の自由とはいえ、よく訴えるものですね。

何でもかんでも人のせいにする社会の一端をまた見てしまったような気がします。

酒を飲まれると意識状態なんてわかりませんよ。そうすると酔っ払いはすべて病院へ搬送せざるを得ない。どうしたもんやら。。。

昨年秋の過去ログにあるように

>救急隊員は、男性を見て転倒による軽傷と判断。家族が「大淀病院の妊婦が死亡した問題のこともあるので、病院に運んでほしい」などと懇願したが、消防隊員は搬送先を探さず、「朝まで大丈夫なので、様子を見て病院に運んでほしい」と説得して引き揚げた。この際、家族は「私の都合により、救急搬送をお断りします」という内容の「救急搬送承諾書」に署名を求められ、書いたという。

署名しているわけですから。
それに、様子を見て病院に運んで、って言われているのに家族の判断で病院に連れて行っていないのですから。

自分の責任を棚に上げて、訴えるというのもどうかとは思いますけど。

救急隊の
「朝まで大丈夫。」
という言い方は軽率だったと思いますね。
医者でもそんな事わかんないのに、救急隊がわかるわけないんですから。

救急隊の苦労を知っている身なので難しい判断だとは思うんですが、上で言われている通りご両親は70歳以上でしょう。
そのお年の方々が、救急の専門家から「朝まで大丈夫だ」と言われた上に、「運んでくれ」と「強く要請」したのを断られている訳ですから、署名などほとんど渋々、不本意に書かされたものでしょうし、「大丈夫かどうかの判断」ができるでしょうか?

正確な情報がないのであくまで想像にすぎませんが、もし患者さんの容態が「見た目には意識障害がある以外、特に明らかな症状が見受けられない」という状態で推移していたと仮定すれば、ご両親の目から見れば「救急隊が来た時と変わらない」のですから、「病院へ運ぶ特段の理由はない」ということになりましょう。

救急隊の軽率な判断があった可能性は否定出来ないのでは、と思います。

飲酒後の意識消失は神経学的な診察が困難なため、単なる泥酔と重症疾患による昏睡との区別が難しい場合があります。私は脳は専門外ですが、一応それは知ってます。

私が当直をしている際には、外傷の有無、血圧等の異常がないか確認し、輸液を行いながら経過観察して、血液検査の異常がないかcheckし、1,2時間後に無理やりにでも起こして意識状態の確認をして、意識が全く回復してなければ頭部CT というようにしています。外傷性脳出血、低血糖、心筋梗塞などを考慮に入れてます。

幸い脳出血に当たったことはなく、酔っ払って気持ちよく寝ている人ばかりであり、いずれ大暴れするかトイレトイレと大騒ぎするかのどちらかです。正直迷惑で医療費の無駄使いではないかと感じることが多いのですが・・。実際にこういうことがあるから、慎重に診察しなければならないなと改めて思います。

酔っ払いの意識消失は、ほとんどが迷惑な話ですが、ともかく搬送した方が良いんじゃないかなと思っています。

A)警察が救急要請をした

B)家族が救急要請をした

この主語のちがいが、救急隊の搬送判断に大きく影響したものと推定されます。

A)の場合は、大丈夫だろうと心理が強く働くと思います。

家族の自己責任だと私は思います。

>なんちゃって救急医 さん

警察が救急要請をしたのであれば、家族が救急要請をするより緊急性が高いと思っていました。

警察官は日頃泥酔者を見慣れているでしょうから、普通の泥酔者と、尋常ではない泥酔者を見分けやすいというだけの理由ですが、

結局、訴訟という結末ですか。
専門家ではありませんが話題が身近ですので一言。

過去ログにも記載されていますが、警察署の真裏にある(線路を挟んでいますが)のが奈良県立医大です。
両親が大淀まで連れて帰る手間を考えれば、自力でも運べたと思うのですが・・・

専門家ではないですが、
救急隊に責任を求めるのは筋違いでしょう。
本当に家族が心配なら、署名を拒否し断固搬送を要求すべきでした。

実際、病院にいると安易に救急車を利用する人がいます。
救急車から歩いて病院の中に入ってくる人とか。
救急車利用を有料にしてほしいと思ったのは一度や二度ではありません。
なぜ救急隊はこの人の搬送を断らなかったのだろうと思うこともあります。
もしかすると署名を拒否されたのかもしれません。

個人的には転倒した原因が知りたいですね。
酔っ払ったのが理由なら本人の責任が一番大きいでしょうに。

この記事はすべて「訴状によれば」という記事です。
原告側の主張そのままに、書かれてある記事であり、それが事実かどうかの判断はできません。
記者は、事実関係の裏取りすらしていない可能性が、極大です。

厳密に言うなら、この記事で事実関係に触れる部分はすべて、原告が言うには、という前提で「」で書かねばならない事案です。(被告側に取材が出来ていないなら、一層に)

記事で言う「当初は意識があり、署員が名前や住所を聞き出したが、間もなく意識不明になり、署員が同組合橿原消防署に通報した」って、頭部出血で、警察官が質問した時点から意識不明に至るという「進行形の症状の悪化」患者を「救急」と見なさない救急隊員って存在しますか?

民事での提訴(「提訴」それ自身が持つ破壊力ではなく、それが記事となり伝えられる破壊力)が、広義の医療従事者にとっても「いかに恐ろしいものか」っていう典型事例だと思います。


専門家ではなくただの一般人ですが…

しばらく前に私の妻が夜中に激しい腹痛を訴え、自力で立てないほどになりました。
すぐに夜間救急病院問い合わせセンターへ電話して救急病院を教えてもらい、私がそこまで連れて行きました。
このケースも家に連れて帰らず、そのまま救急病院へ向かえばよかったんだろうと思いますがもう少し詳しい情報がないと判らないですね。

※ただ、自分が経験したので良く判るんですが救急車を呼びたくなる気持ちは良く判ります。
私もここを読んでいなかったら間違いなく救急車を呼んでいたでしょうから。

受傷したこと自体は自己責任として、すぐに搬送されていればどの程度回復していたか・・ということが争点になりそうですね。

ただ、背景にある現在の医療情勢を考えると、これもまた医療崩壊の一場面と思われ、この患者さんやご家族のみならず訴えられている救急隊にも同情を禁じえません。

少しだけ救急車にも乗っていた者です。

家族等が医療従事者でない限り救急隊員の方が医学的知識がありますし、救急搬送を業務で行っている以上、救急隊員には相当の注意義務があると思います。
安易な「搬送辞退」扱いは厳禁であり、対応は慎重であるべきです。
そのため、傷病者が実際に搬送を固辞しても、救急隊員が「万が一」を考えて繰り返し説得を試みる、ということが珍しくありません。

東京消防庁が行った「救急搬送トリアージ」の試行では、該当109件中、39件が不同意で搬送したそうです。(gooニュース参照)
「救急搬送トリアージ」シートを見ると、該当事案は酔っ払いより軽微である可能性は高いと思われるのにも関わらず、同意がなければ搬送しています。

これは、現行の制度では「診断」できない救急隊員が搬送を「拒否」することができないので当然だと思います。
消防側が「拒否」できないからこそ、タクシー代わりの要請や頻回要請者に対して有効策を打ち出せないわけですし。

そのような状況ですので、傷病者の家族が強く要請したにも関わらず搬送しなかったというのは理解し難いです。
記事の内容が少ないので何とも言えませんが・・・


最後に、搬送を辞退するのですから「救急搬送承諾書」は誤りで正しくは「救急不搬送承諾書」だと思います。

こうした訴訟事例を見るにつけ思うのは、大岡裁きではどのように裁くのであろうかということです。
能天気すぎますかね、医療従事者側専門家として書くべきなのに。
毎度ぼつでおkなコメント、失礼致しました。

 素人の感想として、大淀病院訴訟は原告敗訴、この訴訟は原告勝訴の予感がします。
 
 私は警備員でして、ときに救急依頼をします。頭を打ったと言えば、本人が嫌がっても救急隊員は「念のため」と搬送するのが普通でした。

トリアージは他のすべての人間ワザと同じく人である以上誰がやってもミスがなくなることはありえません。

若く未熟なうちならいざ知らず、人間50年も生きれば他人の言葉を鵜呑みにすることの無意味さを悟って然るべきではないかと考えております。
すなわち自分のごく個人的な感情である「期待」を自分自身以外の他人の行為において実現させることは、基本的人権に対して罪を犯す行為に等しいと私には思われるのです。

なにがいいたいかと申しますと、救急隊員と見解の相違があったのであれば、自己受診する機会は十分にあったがそうしなかった判断の最終的な責任は救急隊員にではなく当に病状について救急受診すべしと主張した当人にある、という考え方です。

言い換えますと私がこの原告と同じ立場であれば、救急隊員の言葉に従った自分の判断が結果的に誤っており自分も救急隊員と同じ判断ミスを犯したが、もしミスをリカバーできて結果が違ったとしたら、この場合そのリカバー判断を実行する機会があったのは自分だけであり、救急隊員には実行できる可能性すらなかった。ゆえに結果に対して最終的に責任があるのは自分であり余人ではない、と考えると思います。

あくまでも私個人の意見ですから裁判官はもとより私以外のひとがひとりでもこれに同意なさることはまったく「期待」致してはおりません(笑)。という意味でぼつでおkなたわごとでのお目汚し連発、まことに失礼致しました。

今回のケースは結果としては搬送が必要だった例なのかもしれませんが、一見して酔っ払いであったが故に搬送しなかったとしたら、それも間違っていると思われるけれど隊員の人も正直気の毒だし、搬送を断われた家族も気の毒ですし、しかし酔っ払いの搬送を断るわけにもいかないってことでこれからこういうケースが片っ端から病院に運ばれるとしたらその場合の救急医療現場の惨憺たる光景も目に浮かぶし…本当に誰にとっても不幸な話です。

やはり救急車はある程度金を出してもそれでも救急で見てもらいたい、そういう人には搬送拒否などは当然ない、などのシステムを作って患者自身の自己責任をもある程度確立する体制と作ったほうがいいのでしょうか。わからなくなってきました。


過去ログ No26 YUNYUN先生のコメント中の引用記事の情報です。


橿原消防署などによると、15日午前2時10分ごろ、橿原署の駐車場で同県大淀町の製材業の男性(42)が歩いているのを署の幹部が発見。署内のソファに座らせ、同3時ごろに橿原消防署に連絡した。数分後に救急隊員が到着。男性は当時、泥酔状態で、鼻血と左顔面に擦り傷があったが、痛みを訴えていなかったことや会話もできたことから、救急搬送の必要性は低いと判断したという。

 間もなく駆けつけた男性の家族が病院に搬送するよう求めたが、救急隊員が「軽傷の場合は搬送先を探すのに時間がかかる」「自宅で様子を見たらどうか。何かあれば救急車を呼んで」などと伝えると、家族は納得して連れ帰ったという。

こうなると、一方的に救急隊批判できますかな?

マスコミ情報は、何が正しいのか私には見えません。

>やはり救急車はある程度金を出してもそれでも救急で見てもらいたい、そういう人には搬送拒否などは当然ない、などのシステムを作って患者自身の自己責任をもある程度確立する体制

救急搬送体制の確保のためには、そういうタクシー代わりに使わせない対策は重要なことだと思うのですが、そうすると「貧乏人は搬送拒否で死ねということか」などと文句をつける連中も出てくるんでしょうね。

いずれにしても、ちょっと金を払えば救急を気軽に利用できるとすれば、「オレは高い金を払ってる救急患者なんだからさっさと診んかい」などとおほざきになる輩も出てくるでしょうし、結局搬送先の病院がパンクするような気もします。

じじいさんへ
救急車搬送の有料化は、きちんとしたシステムを作れば機能すると思います。
つまり、「貧乏人は搬送拒否で死ねということか」とか、「オレは高い金を払ってる救急患者なんだからさっさと診んかい」といったことを言う人がいなくなるようなシステムです。

まあ、簡単に言えば、救急車搬送が必要ではなかったと明らかに認められる場合のみ全額自己負担。
その他のケース(救急車が必要な場合)は保険で一部負担する。(交通事故の場合は自賠)
生活保護の対象の人は自己負担なしですね。

救急でないのが明らかな場合、タクシーを使ったほうが安いと思わせるようにするということです。

私の知っている国では、お金を払う人用(国の保険とは別に保険料を毎月払っている人)の病院と、払わない人用の病院と分けてありました。
前者は空いていますが後者の救急室は野戦病院のように人であふれていました。
治療レベルとしては、後者の方が上です。

とりあえず運ばれて、そこでトリアージされるのですが、半日待つのは珍しくなかったです。

家族の自己責任を問う前に疑問があります。
普段患者を見ている家族がと訴えているのですからおかしいと考えてCTの撮れる病院に搬送すればそれで済んだはずです。酒飲みで頭部外傷、手術というケースは経験している脳外科医から見ると奈良の救急隊の対応は不思議です。
なぜ搬送しなかったのか?私は家族がおかしいと言った時点で、と浮かびます。救急隊に危機意識が欠如していたのでしょうか?知識、経験が浅いでは済まされないように思います.

cancan 様、横から失礼します。
残念ながら、その制度は却下させて下さい。
1.救急車搬送が必要ではなかったと明らかに認められる場合のみ全額自己負担。
必要でなかったことを判定する人は誰ですか?
診察医師ですよね。そんな危険な判定業務はお断りします。
単純に入院を要さなかったケースを自己負担とすれば、入院を強要する輩が大量発生して病院はパンクします。

2.その他のケース(救急車が必要な場合)は保険で一部負担する。(交通事故の場合は自賠)
保険といっても無保険もおりますし、健康保険財政も持ちません。救急ヘリ搬送の保険適応を保険者が渋っていますから、保険適応は無理、もしくは適応されても超低価格で設定され、採算は取れません。多分、タクシー代の方が高いでしょう。
(そもそも救急隊は保険医療機関ではありませんしね)

3.生活保護の対象の人は自己負担なし。
救急現場を疲弊させているのが生保のくれーまーなんですけど...

この救急搬送拒否事例とは関係ありませんがすが、救急搬送業務や救急医療現場の崩壊の元凶は、日本人のモラル崩壊によるものです。
「貧乏人は死ね」とまではいいませんが、サービスを受けた以上、その対価を要求するのは医療、福祉であっても当然というのを制度化しなければならないと思います。

>>「オレは高い金を払ってる救急患者なんだからさっさと診んかい」
こちらへの反論は簡単。救急隊にお金払っているんであって、病院には一銭も入りませんから。
しかし、救急受け入れ料金(もち患者負担)が出現する時代はもうすぐでしょうけど。

>生活保護の対象の人は自己負担なしですね。

近所に生活保護を受けている老夫婦がいますが、夫婦喧嘩をするたびに夫が救急車を呼んで病院に連れて行けと叫びます。近所の病院はどこも顔を覚えて受け入れを拒否するようになったので、救急隊員の仕事は救急車で自宅まで行ってご本人を説得することだそうです。

電話があると「またあそこかと思うが、行かないわけにはいかないし・・」と救急隊員がぼやいていました (^_^;

「頭部外傷は時に後からやばいことになる」程度の知識は消防隊ならさすがに常識的に持ち合わせているはずです。

が、今すぐ明らかに危険な状況でなかったのなら、別に救急車である必要がないので搬送しないという判断は、あり得ていいと思います(やけに先進的だなという気はしますが、きっと奈良では消防隊も人手不足なのでしょう)。

ただ、医師が一見元気な頭部外傷を相手にする場合「今は大丈夫そうですが、1日だけでも様子を見るために入院しましょう」なんて話をすることがありますし、仮に帰宅させる場合でも「何かあったらすぐに受診する」ということだけは、念入りに言い聞かせます。こういうことがあるから。救急隊がそういう説明をしたかどうかのニュアンスが、一番の問題だと思います。

当初一見元気そうだったので搬送しないと判断したところまでは容認できますが、そのときの説明が「オヤジさん、大丈夫だから、酔ってるだけだから! 取りあえず朝までは様子みなって!」みたいな言い方だったら、治療の機会を奪ってしまったと言わざるを得ないかと。「今は救急車の必要性は薄いですが、何かあったら今晩でもすぐまた救急車を呼んでくださいね、なぜなら…」と、ちゃんと妥当な説明してたのなら、家族が悪いです。

既に家族と消防隊で現場の状況のニュアンスが違いますが、家族の訴えは「懇願したのに運ばなかった」という程度の非科学的理由ですから、その辺は救急隊の判断を信頼したいな。

むしろ救急隊にその程度の状況判断と説明もできないなら、消防隊による救急トリアージなんていう話は絵に描いた餅です。

裁判報道の在り方について。
既にご指摘がありますが、記事は原告側の主張はこうである、ということを述べたに過ぎません。
これから両当事者が主張・証拠を出し合って争っていき、最後に裁判所の手によって事実認定と判断がなされるのです。

> この読売新聞の記事は、2段落目の頭の「訴状などによると〜」から、5段落目の最後の「〜という。」までの間の文章を、すべてカッコでくくったほうがいいように思いました(No.3 けん 様)

> この記事はすべて「訴状によれば」という記事です。
> 原告側の主張そのままに、書かれてある記事であり、それが事実かどうかの判断はできません。(No.13 ママサン 様)

裁判報道に限りませんが、報道記事を読む場合は、「誰から聞いた話か(ニュースソース)」に注意してください。
裁判については、原告・被告どちら側の主張か、あるいは裁判所が示した判断かということです。

民事訴訟の提訴時に報道される場合は、その時点で記者が手に入れている情報は、訴状だけということがほとんどです。あるいは、「提訴側の」記者発表に基づいた情報。つまり、
  提訴した側が主張している事実のみ
で記事が書かれているのです。
被告に裏取りしても、「まだ訴状を受け取っていないので、コメントできない」なんて話しかなかったりします。
一応は、「訴状によると〜」と書いてありますけどね。

刑事事件で、起訴時に検察庁の記者発表に基づいて行われる報道も同じこと。
「起訴状によると〜」以下、ぜんぶ検察側の見解をそのまま書いたものです。

はじめまして
読売によると両親が訴えを提起した、とありますがたぶん原告は意識不明の男性ですよね?
この場合に両親の過失って考慮されるんでしょうか?
判例では「被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすと認められるような関係にある者」の過失も被害者側の過失として考慮しているはずですが、43歳の男性の両親もこれに当たるのでしょうか?
「幼児と両親」や「夫婦」の場合に認めた判例はあるようですが・・

 これは救急隊員が悪いでしょうね。
 彼らは救急搬送するのが仕事のプロなんですから。
 単純に言って、プロが間違った仕事をしたことで人が死んじゃったわけでしょう。
 もちろん受け入れ先を探すのは大変なんでしょうが、そのことが救急搬送しなくて良い理由にはなりません。
 
 「様子を見て何かあったら救急車を呼んで」と言うのも、救急隊員が免責される理由にはならないでしょう。
 だって、そもそも警察署員も両親も「何かあった」と思ったから救急隊員を呼んだのに、そこでプロの救急隊員が「何もない」と判断を下したんですから。
 様子を見ろって言ったって、素人には何をもって様子を見ればいいのか検討もつかないでしょう。
 しかも、プロに自分たちの判断を否定されてるわけですからね。

モトケンさんのブログ内の、以前の記事です。
今回の事例の、昨年事故時点の話かな…。
途中で論点が変わっていますが、参考までに。
http://www.yabelab.net/blog/2006/11/18-141355.php

救急隊と家族の会話は、実際は訴状通りではないでしょうから
実際どんなやり取りがあったのかが知りたいところです。

なぜ、救急隊に断られたからといって、家族は自分たちで病院に連れて行かなかったのか? が気になります。
「男性は自宅に戻った」「救急隊もその場で搬送の決断をしなかった」のですから、あくまで想像ですが、多少反応が見られ、動ける状態だったのではないでしょうか。
家に連れ帰れるのですから、病院にも連れて行ける状態だったでしょう。

家族の行動を善意を以て解釈するなら「救急隊が大丈夫と保障してくれたのだから大丈夫だろう」ですが、そうとは限りませんし。

個人的にはなんで奈良にこういった話が多いように見えるのかという点が気になりますな。

この事件も奈良でしょ。大淀病院事件も奈良ですよね。この間の死産事件も奈良。
関係あるのかないのか判らないけど、数々の医療訴訟を手がけTVドラマ『白い虚塔』の監修まで努めた石川寛俊弁護士も奈良。
ついでに心臓外科の南淵医師も奈良。

>No.32 桜井さんが教えてくださった本館過去エントリでYUNYUNさんのコメントCID 22675 (http://www.yabelab.net/blog/2006/11/18-141355.php#c22675)の中で引用されておられる朝日新聞の記事を読みました。
当事者各人の発言が書かれており、新聞が取材して書く以上そういう発言が事実あったということですから(発言を捏造すればあの頃なら新聞社が即潰れますからw)、読んだ上でNo.18 きとら さんに倣って私の個人的予感を申します。

救急隊はその業務遂行において全く非がないと思いますのでこの訴訟は原告の全面敗訴となると思います。

またこの記事を読んだ限り、救急隊は責任外業務に当ると思われるトリアージについてはこれを行っておりませんので、私もこの救急隊に関しましてはNo.19で申しましたトリアージミスに関する記述を撤回いたします。この訴訟はトリアージとは全く関係ない純粋に民事的なトラブル、すなわち救急隊員の発言内容を原告が誤認誤解したために発生した訴訟であると考え直しました。

もし同じことを救急隊員でなく医師が行えば「トリアージ」ミスの結果責任が生じていたでしょうが・・・。

連投失礼します。No.34の続きです。

そして、No.3 けん さんのコメントに全面同意するとともに(最初から同意でしたがw)、同じ記事の見出しの前半部分は削除されるべきではないかと思ったことを申し添えます。

判決が出た事実もないのに「救急搬送拒まれ」たことと「意識不明に」なったことが強い因果関係があるかのように一文にまとめるのは印象操作や世論誘導であり、事実をニュースとして世に伝えるという新聞の業務から外れていると思いますので。

No.21 なんちゃって救急医 さんの記事通り、救急隊が到着した時点で意識があったのなら救急隊に一切の過失はないと思います。
しかし、エントリのトップの様に「当初は意識があり、署員が名前や住所を聞き出したが、間もなく意識不明になり」の状態で救急隊が見ていたのなら、どう考えても搬送を断った救急隊の責任だと思います。
「両親が自分たちで病院へ連れて行く機会はあった」と仰る方もいらっしゃいますが、
※時間的に「未明」に起こっている
※「救急隊=自分たちよりも身体の症状に詳しい人」が、意識のないその人のことを「大丈夫、搬送の必要ない」と言っている
※(そして恐らく、ですが)意識がない(これは救急隊が「大丈夫」と言った症状)以外の「変わった様子=病院へ自分たちが連れて行かなければならない特段の理由」が起こらなかった

のであれば、素人の年寄りが自力で病院を探さなかったことに責任を求めるのはおかしい訳で。

結局、救急隊が現着した時点の状態が、どちらがであったかが一つの焦点かなと。

No.35で今回の読売新聞の見出しの語句に文句をつけましたが、今読むと言葉足らずでしたので訂正追加(文句のw)と致します。

朝日新聞の記事どおりの発言があったのなら、救急隊は搬送を拒んでおりません。「何かあれば救急車を呼んで」の一言を忘れず伝えているからです。心配になったら再度救急車を要請してよいことを家族に告げたうえでのいったん撤収ですから、「搬送を拒んだ」わけではありません。
ですからNo.35よりもさらに強く見出しの前半の削除を読売新聞に対してクレームをつけたいと思います。

66億分の1億2千万(日本国人口はこれくらい?)分の1のクレーム(笑)ですが。

>No.37 ぼつでおk(医) さん

「何かあれば救急車を呼んで」の一言を忘れず伝えているからです。心配になったら再度救急車を要請してよいことを家族に告げたうえでのいったん撤収ですから、「搬送を拒んだ」わけではありません。

んーどーでしょー(長嶋風に)

「『何かあれば』呼んで良い」ということと「心配になったらもう一回呼んで良い」を同義と捉える方は少ないでしょう。
そして今回救急隊が現着した時の状態は、「『何か』には当たらない」と太鼓判を押されてしまった訳ですから、夫婦にしてみれば「(救急隊が現着した時の状態は)夜中に救急病院へ駆け込む症状ではない」と判断し、かつ「救急隊が現着した時点以上の問題症状」がなければ救急要請はできません。

なので、No.36 の最後の一文に尽きるかな、と思うのですが…

 名無しさん | 2007年11月03日 22:14 さん、こんにちは。

> 単純に言って、プロが間違った仕事をしたことで人が死んじゃったわけでしょう。

 死んでません。単純化し過ぎです。

>No.38 おいちゃん さんのコメント
コメントありがとうございます。

ひらったい話救急隊員は見た目で生命の危急を判断して誰が見ても命が危ないと見える人をサイレン鳴らして一般交通をどかせて病院まで運ぶ人、でありそれ以上の責任は民事でも刑事でももともとありません。
医師や看護師と違って傷病者の治療を経験しているわけではないので、予後についてなにか意味のあることを語れるわけではなく、その点に関しては家族とまったく同じレベルです。
家族が大淀事件を引き合いに出してなにかあったら困るからサイレン鳴らして搬送してくれと頼んだということですが、その依頼は警察にパトカーでサイレン鳴らして病院まで運んでくれと頼むのと同じ意味合いでしかありません。
救急隊員は現着して本人を見て(診てではありません)事情を聞いたところ、今現在サイレン鳴らして運ぶ必要を認めなかっただけであります。
転院搬送依頼の場合なら医師による診断があるので見た目にかかわらず目的病院へサイレン鳴らして運びます。いわば医師によるトリアージ済みの依頼だからです。
本件では医師がいない警察からの依頼であり搬送依頼に医師によるトリアージは含まれていません。この場合はサイレン鳴らして救急搬送するかどうかは現着した隊員が見た目だけで判断することが業務上当然許されるべきです。
自宅や路上からではなく警察署からの搬送依頼であったゆえ、家族から搬送拒否(用語が不適切であり拒否ではなく辞退とすべきでしょう)の署名入り書類が必要だったのでしょう。
しかし、診断能力のなさに関しては救急隊員も家族と同等ゆえ家族の心配に配慮して、「自宅で様子を見たらどうか。何かあれば救急車を呼んで」と、家につれて帰っても少しでも家族が何かおかしい、とやはり心配に思えば救急車(すなわち自分です)を呼ぶように説明しており、もう一度家族の要請があれば対応するということで説明を受けた家族も納得しております。ゆえに救急隊の業務上必要な説明責任もきちんと果たされていると考えます。

ゆえに(66億分の)1億2000万分の1として、救急隊はなにも間違ったことをしていないし、この事件とトリアージとは無関係であるという意見です。
レスになってないかも(笑)。

>No.39 rijin さん
 意識不明でしたね、大変失礼しました。

 いまいち事実関係がはっきりしませんが、救急隊員が免責されるという意見の理屈は、隊員が駆けつけた時点の状況では、軽傷と判断したのは正当だったからと言うことみたいですね。
 しかし、この理屈は今後同様のケースでは通用しないんじゃないでしょうか。(個人的には今回も通用しないと思いますが)
 現に意識不明になっちゃったんですからね。
 今後同様のケースでは当然搬送せざるを得ないでしょうし、それだったら人一人が犠牲になる前にやっておけば良かったのにと感じます(助かったかどうかは別にして)
 
 それにしても泥酔してる人間が顔に擦り傷を負って鼻血を出していたら「頭を打ったんじゃないか?大丈夫だろうか?」って心配になるのが当然だと思うんですが。
 この救急隊員だって、本音では「もしかしたら、、」って思ってたんじゃないでしょうか。
 だからこそ念書書かせたんじゃないかって勘ぐりたくなります。
 もし本当に「もしかしたら、、」って思ったとしたら搬送すべきだったでしょうね。職業倫理の問題として。

>No.40 ぼつでおk(医) さん

家族が大淀事件を引き合いに出してなにかあったら困るからサイレン鳴らして搬送してくれと頼んだということですが、その依頼は警察にパトカーでサイレン鳴らして病院まで運んでくれと頼むのと同じ意味合いでしかありません。
パトカーは犯罪の現場に向う際にサイレン鳴らしますが、実際の犯人をサイレン鳴らして護送することはないですよね。
救急車は傷病者の下にサイレン鳴らして駆けつけ、さらに傷病者をサイレン鳴らして病院へ搬送するのが仕事ですから…。
さらに自分が患者を受けている立場からしても、「え…この人、運んで来たんですか?」という様な軽症(と言うか元気)の方はいくらでもいらっしゃるし、その意味では(もし現着時疎通が取れなかったと仮定すれば)「疎通の取れない人を搬送しなかった」ことに疑問を感じざるを得ないのは確かです。
まあ自分は法律に疎いので
医師や看護師と違って傷病者の治療を経験しているわけではないので、予後についてなにか意味のあることを語れるわけではなく、その点に関しては家族とまったく同じレベルです。
については何とも言えませんが、そうなんですか?

ただ『一般市民の感覚』ではその様に理解されている方は少ないのでは…^_^;

>No.42 おいちゃん さん
コメントありがとうございます。

時間(時刻)の関係で前半部分に関しては後刻に致したく(笑)、今回は後半の部分に関してだけでご容赦ください。

後半はトリアージの問題と理解いたしました。私はこの警察署内ケースではトリアージ(本来病院内か大災害現場での医師または看護師業務でしょう)実施の義務は誰にもないと考えましたが、それについてはどうお考えでしょうか。

ぼつでおkのコメントですので(笑)、お暇な折にでもご教示いただければしあわせです。

>No.43 ぼつでおk(医) さん
そうですね、法律がわからないのであくまで素人考えなのですが…
「トリアージ実施の義務は誰にもない」が刑法上正しいとして、「その義務を負うべき人間がいない」≒「その場の人たちは皆その能力はない」と刑法上は判断するということですよね。

トリアージは、「より優先して治療が必要な患者さんを見分ける」と同時に、「緊急の治療を要さない軽症者を見分ける」ことが重要なポイントになります。
ここで、警察官にも救急隊にも、そして無論親御さんにも「トリアージの能力はない」ということは、つまり「『この人は搬送を要しない軽症であると判断する』能力を持たない」ということなんじゃないかと。
能力を持たない以上は、要請に応じて搬送するのがむしろ義務になるのかな?
と思いました。

「どう見てもタクシー代わりです、本当にありがとうございました」とか「どう見ても待ち時間がイヤだから救急車で飛び込もうとしただけです、本当(ry」などの極悪症例にも関わらず「運ばなければならなかった」救急隊がいることを考えても、恐らく今回の様な問題が起こると救急隊の方が不利なのでは?

そのため前半の最後とからんでしまうのですが、自分的には

(もし現着時疎通が取れなかったと仮定すれば)「疎通の取れない人を搬送しなかった」ことに疑問を感じざるを得ない
という結論なんですね。

そして、恐らく一般の方は「救急隊が医学的問題に関して自分たちと同レベル」という認識がないだろう≒救急隊の言うことを鵜呑みだろうからNo.38 の様になるのでは、という考えです。

なので「刑法上責任が問えない」としても、「民事で敗訴するのでは」?

この当たり、モトケン先生や他の法曹の方のご意見を伺ってみたいですね。
情報が少ないですが、あくまで一つの仮定として。

 名無しさん | 2007年11月04日 23:59 | さん、こんにちは。

 文章に明記された人の生き死にさえきちんと分からない人の言うことではないでしょう。

救急車の有料化について、ちょっと思ったことを書かせていただきます。

当初は私も有料化にすれば、タクシー代わりに使用する人も少なくなるんじゃないかと思っていたんですが、

No.16 元ヒヨっ子救急隊員 さんのコメント

>そのため、傷病者が実際に搬送を固辞しても、救急隊員が「万が一」を考えて繰り返し説得を試みる、ということが珍しくありません。

こういう時はどーすればいいんでしょうね?
「有料」だという理由で、搬送拒否する人が増えて、救急隊員の説得もさらに大変になるような気がするんですけど。
結局は大したことなかったけど、搬送代の請求書が届いたら釈然としませんよね。「だから搬送しなくていいって言ったのに!」と思う人もかなり出るんじゃないかなと。

>おいちゃん さん
http://www.yabelab.net/blog/2006/11/18-141355.php#c22675
をお読み下さい。

「消防署の発表を信用すれば」
「疎通の取れない人を搬送しなかった」という事実はございません。「痛みを訴えていなかったことや会話もできた」と記載があります。

「家族の訴状を信用すれば」
「意識不明、翌日朝になっても意識が回復せず」ということのようです。

はっきり言って、情報が足りないと思います。
万が一「意識のない人の救急搬送をしないよう家族に勧める」ことがあったならば、私個人としては救急隊を守る言葉を持ちません。
が、私は、消防署員が(救急隊が)「意識のない人の救急搬送をしないよう家族に勧める」事態はまずないと想像しておりますので、家族が誤解もしくは曲解(故意の曲解の可能性もあります。また、時間が経つと過去の記憶は修飾されるものです)していると思っています。

>No.47 桜井純一郎 さん
レス、ありがとうございます。

私もあくまで「現着時意識がなかったのなら、という仮定」で話をしているだけで、No.36に書きました様に

結局、救急隊が現着した時点の状態が、どちらがであったかが一つの焦点かなと。
考えています。

現在、ここでその判断はできないですね。

 過去ログにあった読売の記事には次のようにあります。

>当初は意識があり、(橿原)署員が氏名と連絡先を聞き出したが、
>約50分後に意識を失ったため家族を呼び、橿原消防署に
>搬送を要請した。

 意識あり→意識喪失と言う事実があったのなら、例え救急隊が到着した時点で意識があったとしても「軽症」とは言えない気もしますね。
 今は意識があっても、また意識喪失する可能性は予見できると思いますし。
 救急隊は意識を喪失していた事実を知らなかったんでしょうか。
 それとも現時点で意識がある=現時点では搬送する必要はない、と判断したんでしょうか。

数分後に救急隊員が到着。男性は当時、泥酔状態で、鼻血と左顔面に擦り傷があったが、痛みを訴えていなかったことや会話もできた
男性は帰宅後に意識を失い、運ばれた病院で脳内出血などが判明
という記事もあるんです。

だから、現段階では判断が…。

本筋と論点がずれますが、個人的には救急車の有料化は反対です。
有料化すると、事務量が半端なく増えそうだから・・・
という本音は置いといて、思いついたことを書いてみます。

1.善意の通報に躊躇が生じる恐れがある
 (そんな日本になってほしくない)
2.利用者の権利意識が過剰になり、本来業務に支障が生じかねない
 (すでに納税者というだけで勘違いする輩が存在する)
3.料金設定によっては、かえって利用者が増える。
 (以前NHKでそんな調査結果を放送してました)
4.確実に貧困者が切り捨てられる
 (真に緊急時は無料にする、という制度には無理があると思う)
5.適性利用に関する啓蒙がまだまだ不十分
 (根本的解決にはならないが、多少の抑制は可能)
6.「いつでもどこでも無料で飛んでくる」が市民に与える安心感は大きい
 (安心感の対価を税金で払うのは妥当。コストの問題はあるけど)
7.No.46さんが書いた事態が容易に想像できる。
 (一例として急性硬膜外血腫の「意識清明期」を知ってる一般の方は少ないでしょう)

そんなところでしょうか。

連続で失礼します。

本筋に戻って、法的には、救急業務は消防法第2条第9項及び消防法施行令第42条に根拠があります。
これを素直に読むと、普通の酔っ払いや明らかな軽症者を運ぶ義務はないような気がします。
軽症者でもない健康そのものの人を運ぶことはできないので、どこかに線引きがあるはずです。
その線引きは・・・わかりません。
後学のためにも法に詳しい方の解説をお聞きしたいところです。

元ヒヨっ子救急隊員さん、こんにちは。
1.5.6に関してはそれに伴う医療機関の負担が大きくなりすぎないかと思われるので正直同意しかねますが、それ以外はわかるところもあります。
それで私が考えたのは、自殺、自傷、急性アルコール中毒、薬物中毒者等の救急搬送の場合は結果が悪いような結果になろうと医療救急関係者の責任は一切問わないというような法律を定めることです。実際問題としては一切責任は…なんてのは無理かもしれませんが、今回飲まなければそもそもこういうことにはならなかったわけで。自分を失うほど酒を飲んでる本人の責任というのを考えないのも正直なんだか変な気もするんですよね…。

思いつきで書いてることなんで突っ込みいれて頂きたいところですが、しかしこういうケースは少なくとも本人にも責任があるわけで、そこんとこもうちょっと国民が自分で自分を守るという観点から考えてもいいんじゃないかと思いました。その上で無料の救急やらなにやら利用してかないと、もう皆手が回らないんでは…

元ヒヨっ子救急隊員さん、こんにちは。
1.5.6に関してはそれに伴う医療機関の負担が大きくなりすぎないかと思われるので正直同意しかねますが、それ以外はわかるところもあります。
それで私が考えたのは、自殺、自傷、急性アルコール中毒、薬物中毒者等の救急搬送の場合は結果が悪いような結果になろうと医療救急関係者の責任は一切問わないというような法律を定めることです。実際問題としては一切責任は…なんてのは無理かもしれませんが、今回飲まなければそもそもこういうことにはならなかったわけで。自分を失うほど酒を飲んでる本人の責任というのを考えないのも正直なんだか変な気もするんですよね…。

思いつきで書いてることなんで突っ込みいれて頂きたいところですが、しかしこういうケースは少なくとも本人にも責任があるわけで、そこんとこもうちょっと国民が自分で自分を守るという観点から考えてもいいんじゃないかと思いました。その上で無料の救急やらなにやら利用してかないと、もう皆手が回らないんでは…

>No.52 元ヒヨっ子救急隊員 さん

普通の酔っ払いや明らかな軽症者を運ぶ義務はない
それが素直にその通りの法的な根拠であったとしても、もし
当初は意識があり、署員が名前や住所を聞き出したが、間もなく意識不明になり
であれば、これを「普通の酔っぱらいや明らかな軽症者」とは断定できないですよね。

法的な「どこが線引きか」は別にして、今回の事例はやはりNo.48 に尽きると思います。
早く知りたいですね。

まず、意識障害=意識消失ではありません。
日時が分からない、場所が分からない、名前がいえないなどの症状で始まることもあります。だから、認知症や酔っ払いや薬物中毒の場合、意識障害があるかどうか分からないことが多々あります。どんなに軽く見えても意識障害があるならば救急の対象です。
また、No.52 元ヒヨっ子救急隊員 さんのおっしゃるようにどこかで線引きを考えるとすると、100%完璧な線引き基準というのはありません。
だから、救急要請されたら全員搬送するか、どこかで線引きして不幸にしてもれがでても無責とするかどちらかしかありません。

P R

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