エントリ

 小倉秀夫弁護士がご自身のブログ(la_causette)においての「全国医師連盟」を批判しておられます。

 医療側からいろいろ異論・反論があろうかと思いますが、小倉弁護士のブログのコメント欄は承認制であり、特に匿名コメントは原則的に承認しない方針のように思われますので、ここに反論表明の場を設けることにしました。

 もちろん、「全国医師連盟」からの公式反論は、しかるべき方が所属と実名を明らかにした上でしかるべき場所で行うのが筋でありますが、ここではそれとは別に、医療側非医療側を問わず、自由に議論していただければよいと思います。

追記
 No.4 いちエンジニアさんのコメントにあるように、

 この文書は現時点での全国医師連盟の公式の意見ではない可能性があると思います。

という点には留意したほうがよいと思います。

 しかし、ともかく「全国医師連盟」の名前で作成され、現在もネット上で閲覧可能であり、著名ブログで批判された文書でありますので、「全国医師連盟」としても正当な批判は批判として受けることが将来にとって有益であると思いますので、このエントリは継続したいと思います。

 なお、蛇足ですが、私は「全国医師連盟」の設立にまったく関与しておりません。
 しかし、私のブログや私が作ったSNS(MJLnet)がその発足の土壌の一つになったというのであれば、社会が少しでもよくなるような存在に成長していっていただきたいと心から願っています。

 全国医師連盟のホームページ

追記
 関連エントリをアップ
 「このブログと医療問題について
 「刑事罰は業界を崩壊させ得る

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しかし物事は、悪意をもって見ると、こうも偏った見方ができるものだなと思いました。
まぁ、小倉氏がモトケンさんに対して「期待しても・・・ってことだったようです。」と捨てゼリフ言っているように、こちらも「また始まったか」とため息混じりに、静観といったところでしょうか。
反論(盛り上げる)価値もないとの判断で、元ライダー先生もあえてアンケート調査のスレに書き込んだのかと想像しています。(勘違いでしたらスイマセン。)

ただ、ここまでくると矢部氏(投稿者による誤記訂正>小倉氏)は、医療者若しくは医療機関と何か個人的にトラブルがあったのかと思ってしまうほど粘着していますね。むしろ、そちらの方に興味がでてきました。

 「全国医師連盟」なる団体は初耳です。この「対策要望書」読んでみて、筆者の気持ちは分からんでもないんですが、突っ込みどころ満載みたいですね。

 先ず小倉先生の1番目のご意見についてです。以前このブログで医療行為に対する刑事免責が議論された時、少なくとも故意や重過失の場合は刑事免責すべきではない、ということでコンセンサスが得られたように記憶しております。なので、ご指摘はごもっともと思います。ただ、この要望書には刑事責任免責は「医療の結果に付き、」と制限がついております。医者の書いた拙劣な文章ですから、私は善解してあげたいと思います。

 私は医師でないので医学的な正確性は分かりませんが、公務員として法律文章を見る目で見ると、意図的かどうかは不問として、曲解や調査不足や基本的知識の誤り(検察審査会に一部起訴権限が付与されたことをないと言い切っている)が散見されました。
 また、公務員として、議会答弁用問答集の目で見ると、意図的な誹謗中傷、挑発的言辞、厭味皮肉当て擦りと批判されても反論できない言い回しや修飾語が目につきました。
 とても、弁護士に相談してチェックを得た上での「批判」文章とは思えなかったことを付言しておきます。

えっと、反論表明ではないのですが一言コメントさせてください。

小倉弁護士が批判している「産科崩壊阻止のための対策要望書」ですが、このページは全国医師連盟の現在のトップページからはリンク経由でアクセスできないようです。
この「要望書」は、全国医師連盟の準備委員会のページからのみアクセスできます。この準備委員会のページもまた、現在のトップページからはアクセスできないようです。
またこの文書の日付は「H20.2.12」とやや古いです。

これらの扱いから、この文書は現時点での全国医師連盟の公式の意見ではない可能性があると思います。
当面の対応として、当事者たる全国医師連盟にお任せする方がよいのではないでしょうか。

現在リンクされていない準備委員会のページを紹介したのはもともと私ですので、一端の責任があるかと思い、コメントさせていただきました。

No.1 事務方の星さん

細かい事で申し訳ないですが、下から3行目の「矢部氏」は「小倉氏」の間違いでいいのかな・・・

>No.1 事務方の星

自己レスに事故発生です。

ただ、ここまでくると矢部氏
の矢部氏は、小倉氏の間違いでした。モトケン先生 大変失礼しました。m(_ _)m

(アンケート調査から転載。改変あり)
向こうにコメントしたくないのでこちらにコメント。
(意図は事務方の星さんのおっしゃるとおり)
誤解満載というか、わざと曲解してミスリード(釣り?)している気もしないではないですが、総論としてコメント。

某氏のような意見の方に共通しているのは「医療事故」の範囲でしか物を見ていないということ。
確かにその範囲だけで考えれば、「被害者の権利VS医師の権利」というような絵で考える某氏の思考も理解できないではないが、「医療における医療事故」、さらには「社会システムにおける医療事故」というように広い視野で見れば、某氏のような意見はあり得ない。

全国医師連盟も「刑事免責」というwordは誤解に乗じた突っ込みの元となるので、別な言い方をすべきでしょう。

 「厚生労働大臣に対する全国医師連盟設立準備委員会会員の声」と言うものの位置づけが分かりにくいのですが、確かに突っ込みどころは多々あるようですねぇ。
 私も「刑事免責」についてはNo.2 Cat Surgeonさまと同意見でして善解してあげたいと思いますが大臣宛の文章ですからまあ、批判されんのは仕方ないかな。

 検察審査会についてはWikipediaによると

今後は「同一の事件について検察審査会が再度起訴を相当と判断した場合には、起訴議決(検察審査会が起訴議決書を地方裁判所に送付し、地方裁判所が指定した検察官の職務を行う弁護士が起訴する。以下の未施行条文参照)がなされた場合には必ず起訴される」こととなり、法的拘束力を持つことになった(2009年5月21日に施行)。

と言うことなので検察審査会に起訴権限はないのは確かなんですが、小倉さんの反論は、医療者側が本当に言いたかったことに対する反論にはならないでしょう。

 なんか小倉さんと、意見書の執筆者の間では「患者」の定義が異なっているように思います。意見書での「患者」は「患者総体(つまり国民全員)」を指していて、医療崩壊によって不利益を被る全患者を言っている(マクロ的な視点)にたいして、小倉弁護士の言う「患者」は「特定の患者」(ミクロ的な視点)を指しているようですね。ここら辺がかみ合わないと議論が空転しそうな気がします。結局のところどちらの視点も必要なんですが。

>No.1 事務方の星さま
 最後の段落は矢部氏→小倉氏の間違いでは(^^;

こんどはモトケンさんのエントリ自体へのコメントですが、

>小倉秀夫弁護士がご自身のブログ(la_causette)においての「全国医師連盟」を批判しておられます。

小倉弁護士のエントリでは、主な批判対象となっているのは「全国医師連盟」そのものではなく、その中の一文書である「産科崩壊阻止のための対策要望書」であるように思います。
で、この文書が現在の全国医師連盟の公式の意見ではない可能性がある、というのは、このエントリのコメントNo. 4で説明させていただいた通りです。

同連盟自体への批判である場合と、同連盟の出した一文書への批判である場合とは、いろいろな面で扱いが変わってくるのではないかと思います。

特にこのエントリの題名が「小倉秀夫弁護士の「全国医師連盟」批判について」となっていますので、これが議論をミスリーディングすることにならないかと危惧します。

モトケンさんへのお願いなのですが、上記の点について、再度ご検討・ご考慮いただけないでしょうか。

 追記しました。

>No.9 いちエンジニアさん

 ご指摘を受けて小倉弁護士のエントリを読み直しましたが、やはり小倉弁護士の批判対象は「全国医師連盟」であると思います。

 私がこのエントリを立てた趣旨は、二つあります。

 一つは、小倉弁護士による印象操作を放置できないと思ったことです。
 小倉弁護士のブログは、それなりのというかかなりの情報伝達力を有していると評価していますので、その情報チャンネルにおいて一方的な情報が流れるのは、問題が問題だけに容認できないところがあります。
 そのため、このエントリは、小倉弁護士の当該エントリにトラックバックを送っています。
 今確認しましたら、承認されています。
 私自身で印象操作するつもりはありません。
 このブログの読者の皆さんの忌憚のない意見を述べていただくことが、小倉弁護士のエントリのバイアスを相殺することになると信じています。

 もう一つは、「全国医師連盟」としても、多くの非医療者の意見を聞くことが有益だと思うからです。
 もし、件の文書が現在の「全国医師連盟」の公式見解とずれているのであれば、その対応が遅れて不必要な批判を受けた点について反省してもらったほうがよいですし、現在も公式見解として維持されているのであれば、それに対する批判を受けるのは有益だと思います。

 なお、エントリ追記中の「正当な批判」という言葉についてですが、言うまでもなく小倉弁護士の批判がすべて「正当な批判」であるという意味ではありません。

No.11 モトケンさん

迅速な対応ありがとうございます。

私の解釈としては、小倉弁護士のエントリの冒頭部は確かに全国医師連盟そのものへの批判というか疑問である(エントリの冒頭5行より)、と思います。が、エントリの残りの部分全部が一文書への批判であり、しかもその一文書が現時点での同連盟の公式意見ではないかもしれない、というところに危うさを覚え、当面は当事者の直接対話に任せて静観した方がよいのではないかと考えました。

しかしながら、モトケンさんがNo.11で述べられた趣旨2点は了解しましたし、もとよりここはモトケンさんのブログですから、この件の扱いはモトケンさんにお任せすることにします。
お手数をおかけしました。

 一応全国医師連盟の一員です。お知らせいただきありがとうございます。基本的に医師ばかりの集団なので、視野が狭くなっているところはあるかもしれません。

現在医師連盟発足後のHP手直し中ですので、早速批判につき検討し、改めるべきは改めて、抗議すべきところは抗議して行こうと思います。

>No.11 モトケンさん

「全国医師連盟」としても、多くの非医療者の意見を聞くことが有益だと思うからです。
 もし、件の文書が現在の「全国医師連盟」の公式見解とずれているのであれば、その対応が遅れて不必要な批判を受けた点について反省してもらったほうがよいですし、現在も公式見解として維持されているのであれば、それに対する批判を受けるのは有益だと思います。

そのとおりだと思います。
正式発足したにもかかわらず、現在のHPを見ると、
本当にやる気があるのか、疑いたくなります。
現在のHPがきちっとしていないため、不明な点は多く、
このような誤解や曲解を受けます。
今の時点では「全国医師連盟」がすべて対応不十分で
組織として機能していない。
至急まわりでバックアップしないとこの組織は崩壊すると思います。

 一つ訂正させていただければ、全国医師連盟はMJLnetではなくLMnetを母体として生まれています。さらに発祥の地はLMnetですが現在はLMnetとかなり離れたところでの活動になっていることも付記します。

 私は全国医師連盟に入ってはいませんが、基本理念の面では応援しています。活動の方法など問題点も多いと思いますが、それは新興組織ならではの弱点だと思います。

 システム的にいえば初期故障(バスタブ曲線の初期ピーク)と同じでできたてホカホカ組織にありがちなので、批判に応じて適宜修正されたらよろしいかと思います。
 建設的批判なら、むしろ組織を良くするための箴言なので積極的に受け入れれば吉だと思います。悪意の攻撃なら無視してもいいし、その中で改良反省すべき点があればこれも取り込んで組織を良くする方向で「使える」と思います。
 部外者から失礼しました。

某Bのコメントに「脊髄反射」的に感じたことを一つ。
「木によりて魚を求むるが如し」

薬害被害者団体に、製薬会社の立場を斟酌して活動方針を設定していないから身勝手だ、と「批判」を加えてるようなもんですな。

ためにする議論。
論者のレベルを如実に物語っています。

小倉先生ならそのようにいわれるでしょうね。小生も全医連の一員ですが患者さんの権利をないがしろにして医師集団のみの権利を主張する団体ではありません。刑事免責については用語の定義がいまひとつで全医連内部でも不適切との意見はありました。只医療行為の結果について刑事司法の謙抑的姿勢を求めていることは変わりありません。法的に免責するのが不可能でも実質的な刑事司法の不介入となるのであればいいと思っています。

 小倉弁護士は、主として医療側コメンテイターに対して、煽り立てて感情反応的コメントを引き出し、揚げ足を取ろうという戦術のようですので、冷静な対応をお勧めします。

 弁護士や検事が敵性証人に対する尋問で用いるテクニックですが、度が過ぎると「侮辱的な尋問」として異議の対象になります。

 幼稚園児から「ばーか、バーカ、お前のかあちゃんデベソ」と言われても激怒する方はいないでしょう(幼稚園児の両親や担任の幼稚園教諭を除く)。
 煽りや釣りには泰然自若・超然睥睨でよろしいかと。

【参考】刑事訴訟規則
(証人尋問の方法・法第三百四条等)
第百九十九条の十三 訴訟関係人は、証人を尋問するにあたつては、できる限り個別的かつ具体的な尋問によらなければならない。
2 訴訟関係人は、次に掲げる尋問をしてはならない。ただし、第二号から第四号までの尋問については、正当な理由がある場合は、この限りでない。
一 威嚇的又は侮辱的な尋問

全国医師連盟のサイトにある文書に目を通しました。
これは批判されても仕方がないでしょう。

交渉に際してまず大きく要求するのは手法として否定しませんが、
やり方が拙劣にすぎます。
誰が読んでも、業突く張りの医者どもが医療崩壊をネタにして
過大な要求を突きつけている、と思うでしょう。
もっともっと狡猾に立ち回らなければなりません。
看護協会のつめの垢を煎じて飲むべきです。

医療関係者の労働環境を改善することが、患者の受ける医療を
良くし、利益にもなる、そういう信念で活動しておられることは
疑っていせんが、これでは患者を敵にまわすことになります。
これから海千山千の連中を相手にしていくのに今からこれでは
正直心配です。
政治的なセンスがなさすぎです。

>幼稚園児から「ばーか、バーカ、お前のかあちゃんデベソ」と言われても激怒する方はいないでしょう(幼稚園児の両親や担任の幼稚園教諭を除く)。

この「幼稚園児」とかいう表現も十分煽りだし悪意を感じるやり方だと思うのですがどうでしょう。私は小倉氏の意見そのものには基本的に賛成しかねますが、馬鹿だの(別の記事の書き込み)幼稚園児だの、煽りに乗って嘲笑で溜飲を下げることで、自分たちのレベルを下げてどうするのかと感じる書き込みが少々多すぎると感じております。正直、貴殿らは単純すぎる、と…。

真に重要なのは医療を自分らの理想に近づけるためにはどうするべきかという事であり、そのためには小倉氏の批判からも得られるものは得るべきですし、利用するべき所を利用して、自分のために実りある議論をするべきではないかと思うのですが。そして小倉氏がどんなお人であれ、その人格も尊重すべきでしょう。小倉氏の為というより、自分たちの立場を高める為に。

それに、私は前の記事(医療従事者への暴力)は小倉氏の主張には説得力をまったく感じませんでしたが、今回の件などは小倉氏の批判も確かに一部はその通りと思います。あれじゃあまりにも拙劣、医療従事者の傲慢といわれても仕方ないのでは。(小倉氏の反論も、検察委員会のくだりなどは「この人改正のこと知らないのかな?」とも思いましたが)

医師の方がお互いをほめあい一部の弁護士を叩くより確かに他にもやることはある。そしてここはモトケン先生のブログなのですから、モトケン先生のお立場を守れるコメントで会話を交わしたい。そんな風にして批判を有意義なものと受け止め、医療関係者以外の方も共感せざるを得ないような説得力のある強い組織を作っていってほしいと考えます。

要望書の1だけを試しに書き直してみました。
冗長ですし練れていませんが、これでも元よりははるかにましだと思います。
原文はとてもじゃないですが人に読まれることを承知して書いた文章とは思えません。

----------------------------------------------------
1 医療行為の結果として、不幸にして患者に重大な障害が発生した、あるいは死亡した場合に医師が刑事責任を問われる事例が相次いでいます。そのためにリスクを伴う医療を行わない、リスクの多い診療科から撤退する医師が増えており、産科を筆頭に医療崩壊の大きな原因の一つとなっています。世界的には医療事故について医師の刑事責任を問うべきではないとする考えが主流となっており、WHOのガイドラインでもそのように勧告されています。刑事責任から免責したうえで、医療事故の経緯について詳細な証言を得、調査に役立て再発防止の一助とする、医師に何らかの過失があったと認められた場合には再教育などのペナルティを課す、多くの先進国ではすでにそうしています。わが国でもこのような体制をとることにより、患者の受ける医療をより良いものにしていくことができると考えます。なお、刑事免責は医師が患者のために最善と考える医療を行うことを助けるためのものですので、故意に患者を傷つけたような場合にまで適用されるべきだとは考えません。

 言葉が過ぎた点をお詫びします。
 _| ̄|○  ○| ̄|_
 当分、投稿を自粛します。ご迷惑をおかけしました。

まあ人生はまったりまったりですな。
あせらず急がず参りましょう。

みなさん、はじめまして。 一般人のあっくんです。 よろしくお願いします。

>追記
>No.4 いちエンジニアさんのコメントにあるように、
>この文書は現時点での全国医師連盟の公式の意見ではない可能性があると思います。

つまり、全国医師連盟は批判されたら反論出来ないので、意見を引っ込めてしまった、ということなのでしょうね。
 

ちなみに、「産科崩壊阻止のための対策要望書」は↓のような事例も業務上過失致死に問わないでくれ、と主張してるのですか?

点滴死亡事件で三重県警が伊賀署に捜査本部
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080612/crm0806121357016-n1.htm

>あっくんさん
「設立準備委員会会員の声」は「全国医師連盟」とした表に出した事がなさそうですから、意思表明とは違うのでは?

それから「点滴死亡」が安全管理の落ち度として事件になるなら、
「医療の結果」と解釈する人はほぼ居ない、と思います。

 関連エントリをアップして追記しました。

>No.28 MultiSyncさん
>「設立準備委員会会員の声」は「全国医師連盟」とした表に出した事がなさそうですから、意思表明とは違うのでは?

いや、
>http://www.doctor2007.com/iken4.html
>厚生労働大臣に対する全国医師連盟設立準備委員会会員の声
となっているので、彼らの意思表示でしょう。

>それから「点滴死亡」が安全管理の落ち度として事件になるなら、「医療の結果」と解釈する人はほぼ居ない、と思います。

おっしゃってる事が意味不明なのであらためて質問します。
「産科崩壊阻止のための対策要望書」は↓のような事例も業務上過失致死に問わないでくれ、と主張してるのですか?

点滴死亡事件で三重県警が伊賀署に捜査本部
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080612/crm0806121357016-n1.htm

>No.30 あっくんさん

「全国医師連盟設立準備委員会会員の声」は、全国医師連盟HPから入れないから、公式の意思表示と見るのは不自然です。

「点滴死亡」について、私は答える立場では無い第三者ですが。
これは医療行為の失敗ではなくて、施設の安全管理問題です。
私は、船場吉兆事件の類型と見て居ます。

http://www.doctor2007.com/iken4.html

1 医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい。これは全ての科に必要です。出産には産婦人科、麻酔科、外科、小児科、内科が関わり合いますから、産科だけでは無意味です。 最近は外科、救急医療が崩壊中ですから、必ず必要です。

突然、言い放つ。 という感じですねw

厚生労働大臣に対する全国医師連盟設立準備委員会会員の声
だそうですが、
医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい。
なんて、突然言われたら桝添要一厚生労働大臣もさらに目をひんむいてビックリするでしょうw

>No.31 MultiSyncさん
>「全国医師連盟設立準備委員会会員の声」は、全国医師連盟HPから入れないから、公式の意思表示と見るのは不自然です。

そうですか。つまり、「全国医師連盟設立準備委員会会員の声」はチラシの裏程度の記述でとるにたらない記述であると。

しかし、ともかく「全国医師連盟」の名前で作成され、現在もネット上で閲覧可能であり、著名ブログで批判された文書でありますので、「全国医師連盟」としても正当な批判は批判として受けることが将来にとって有益であると思いますので、このエントリは継続したいと思います。

ってことでいいんじゃないでしょうか?

あ、なるほど。
つまり、↓の記述が間違いで、反論されたから意見を引っ込めたわけでもないんだ。 失礼、失礼。

>No.26 あっくんさん
>つまり、全国医師連盟は批判されたら反論出来ないので、意見を引っ込めてしまった、ということなのでしょうね。

>No.33 あっくんさん

我々の姿勢はそれで良いと思います。

「会員の声」の評価的にはチラシの裏までは行かずに、コピー紙の裏⇒練る前の文書、くらい。
まあ放言レベルと取られても仕方ないところも有りますね(^^)

では、引き続き、桝添さんもビックリの
http://www.doctor2007.com/iken4.html

医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい。

の記述について検証していきましょう。
おそらく、彼らの言いたい事は
・医療行為の結果なので患者が死亡した場合、業務上過失致死を免責として下さい。
なのでしょう。

さて、ここで疑問が生じます。
彼らの要求は↓のドッチなのでしょうか?
 
・適切な医療行為の結果、患者が死亡した場合、業務上過失致死を免責として下さい。
・不適切な医療行為の結果、患者が死亡した場合でも、業務上過失致死を免責として下さい。
 

>No.36 あっくんさん

そうそこ!
「適切=不適切」の評価能力が司法に有るか?が医療側の最大の不信感の源です。

過去の膨大なコメント群を読むと、色々解るのですが(^^;

>「適切=不適切」の評価能力が司法に有るか?が医療側の最大の不信感の源です。

ああ、それはつまらん屁理屈ですw 2ちゃんの医師も散々言ってましたw
その論でいくなら、アゲハ建築士を裁くのには裁判長は建築士じゃないとダメだし、ヤクザを裁くには裁判長はヤクザでないとダメだし、泥棒を裁くのには裁判長は泥棒でないと裁けませんw
よってその屁理屈は却下!!

つーか、司法は原告、被告の専門的なやりとりを眺めてて判決を出せばいいのです。
で、現在の問題点は医師不足で原告の側に医療に詳しい人間がいない、という事です。
わかりやすくいうなら、医療に詳しいお回りさんがいないから、医療ミスを適切に起訴出来ない、ということでしょう。
各警察署で医師免許所有者を公務員として雇用出来るぐらい医師免許所有者を増やすべき、というのが私の主張です。

あっくんさま

「不適切」 な医療行為でも、業務上過失致死として刑事責任を問うのは、結局われわれ患者・潜在的患者のためになりません。
その根拠は、いろいろなところで語られていますが、「医療崩壊」(小松秀樹)を読まれるのが一番手っ取り早いかと思います。
もし未読でしたら、2ちゃんねるで医師コテハンと対話するくらい関心がおありであれば、一読の価値はあると思います(わりと安いですし)。

・故意または故意に匹敵する重過失のみ刑事責任追及、それ以外は免責(非犯罪化)すべき。
・民事上の損害賠償については、「過失」があれば責任を認めるべき。ただし損害額の評価は現在の基準は不当。

いろいろ議論・考察を経た後の私見は以上のとおりでして、ネット上ではこの線引きに賛同される医師の方もそれなりに多いように見受けられます。

無限定に 「免責免責!」 という主張を書いてしまう人たちは、「現に刑事責任を問われてしまったがそれは不当だと思うもの」 しか念頭に置いていないことが多いと思います。
その主張を 「ルールの解釈」 に慣れた人(法曹、官僚、システム屋さん等々)が見てしまうと、その 「ルール」 の射程が及ぶ限界が容易に想像でき、「そんなところまで『免責』にとりこもうとしているのか!?」 ということになってしまうのでしょう。


三重の点滴作り置きの件は、私見では刑事責任を問うべきか否かのボーダーラインかな、と思っています。
(あくまで「べき論」です。現行法とその運用のもとでは業過致死罪の構成要件を満たすファクターは十分揃っているように思われます。あとは検察の起訴裁量の問題かと)

本件が微妙なのは、
安全確保のために設定され、周知されている最低限のルールを破ってなされた業務上の行為については、少々予想外の事態が起きたとしても、「故意に匹敵」と評価可能な場合も多いからです。
一方、被害者や遺族に対する金銭上の補償を超えて、行為者や責任者に「犯罪者」の烙印を押すことが、本件のような場合でも本当に必要か、という観点もあります。

評価は分かれうるように思います(過失犯処罰について疑問をもっている人であれば、ですが)。

No.39 fuka_fukaさん はじめまして、よろしくお願いします。

>「不適切」 な医療行為でも、業務上過失致死として刑事責任を問うのは、結局われわれ患者・潜在的患者のためになりません。

いやー、これは違うでしょ。 無茶をすると刑事罰になる、との恐怖心を植え付ければ医師は無茶をしなくなると思うのですがどうでしょ?

ただ、1年間で日本の医師の業務上過失致死で書類送検される件数はどのぐらいで、これは医師がかわいそうだ、ってのは何件ぐらいあるんでしょーね?

>No.38 あっくんさん

>「適切=不適切」の評価能力が司法に有るか?

それが屁理屈にしか思えないことで、医療と司法の問題が全く理解できていないと判ります。(某弁護士も同じとはw)

「医療ミス」の概念も問題多々ですが、一例に医師の「判断」を上げるなら。

「医師免許が有れば医師の判断が正確に裁ける」というような絶対的正確さは現在の医学には有りませんし。
更に書くなら、再現性や緊急性の問題で、現場の医療は「科学」の範疇に含み難い面すらある。

正解すら明示できない医療現場での判断に、絶対的正確さは永遠に取得不可能です。
司法(裁判を含む)では、それ裁く(・或いは患者救済の)為に後から判定しようとします。

あなたが2チャンで触れたのは、司法の判断が時折的を大きく外すことに苛立った医師の叫び、にでしょうが。
言い分全てを「却下!!」などと表面的に反射すれば溝を深める作用に成ります。

No.41 MultiSyncさん
>「適切=不適切」の評価能力が司法に有るか?

つか、単純にこの発言は間違ってる発言ですよ。
この発言が正しいなら高度な技術からみの裁判はすべて不可能になります。

>いやー、これは違うでしょ。 無茶をすると刑事罰になる、との恐怖心を植え付ければ医師は無茶をしなくなると思うのですがどうでしょ?

そういう恐怖心を全ての医師に植えつければ、リスクの高い救急や産科、小児科などへ行く医師はなくなりますわな。別にそういう診療科をやらなくても食っていけるそうだし。

救急が無くなれば、例え夜中に急病で救急車を呼んでも、運んでもらう先はなくなるけど、いいよね?深夜に交通事故にでも遭ったら、まあ、運が悪かったということで諦めれば。

よもや救急をやってない病院の医師に、夜中に出て来いなどとは言わないよね?寝起きで治療などという「無茶」をして、失敗すれば刑事罰になっちゃうからね。

また、リスクの高い医療行為には一切手をつけなくなる。「治る可能性は五分五分だが、この治療しか方法はない」てな治療は一切やらんだろうね。患者がどんなに望んでも、「無茶」をして刑事罰になるんじゃ馬鹿らしいし。

多くの医師は自分のために無茶をする訳ではなくて、患者を治すために無茶をするんだから、その無茶をやらなくなったら、困るのは患者でしょ。俗に言う「萎縮医療」つーやつだわ。

まあ、それでもいいよね?刑事罰で医師に恐怖を植え付けたいんだから。

>No.42 あっくんさん

 その問題については、司法制度論としては答はすぐに出てしまいます。
 しかし、このブログで議論されていたのは、司法制度論だけではなく、司法と医療の関係、具体的には医療崩壊とは何か、医療崩壊に対する司法判断の影響などの文脈で議論されています。
 つまり、個々の司法判断が医療全般に及ぼす影響という視点でも議論されているのです。

>無茶をすると刑事罰になる、との恐怖心を植え付ければ医師は無茶をしなくなると思うのですがどうでしょ

どちらかというと、現状では恐怖心を植え付けられた関係者が無茶どころか医療自体から撤退しているというのが実情かと思われます(私自身は都内東部周辺と兵庫県北部程度の事情しかわかりませんが)。私自身はそれはそれで仕方ないか、と感じております。

>医療と司法の問題が全く理解できていない
ここに至るまでに色々多くの議論が起こった経緯の故に、医療問題の根幹を分かっていない書き込みにいらだつお気持ちは分かりますが、「おまえはその問題について理解していない!」と上から見下すのではなく、理解していないのがデフォと考え、常に「最初に医療問題に接する」人に対するアプローチの姿勢を忘れてはならないのではないでしょうか。
理解してなくて普通、なのです。ぜんぜん現状が伝わらないというのは伝えるほうのやり方にも問題がある、という事も考える必要があると思います。

何のための議論?という観点を失うと不毛な罵倒合戦になります。

No.43 じじいさん はじめまして。

例えば、今回の点滴液の作り置き問題でいうと、
このクリニックは
1、皆さんの大嫌いなマスコミに散々いじめられました
かつ、
2、業務上過失致死で逮捕されそうな状況
です。
私は、これは国民にとって大変好ましい事だと考えています。
なぜなら、このクリニック同様、点滴液の作り置きをしていた施設が1、2の事で点滴液の作り置きをやめてくれる可能性が高いからです。
じじいさんもそう思われませんか?

>No.42 あっくんさん

>「適切=不適切」の評価能力が司法に有るか?

という、疑念の表明を間違いというなら、司法は絶対正義で無ければならないですが。

現状は私が前コメで説明したようなもの、司法に絶対的に正しい判断が出来る根拠は有りますか?

高度な技術について。
確立されていない事柄は、一般に裁判では取り扱わないと思います。

もし関連が合っても、素人にも解る既に確立した事項や過失を中心に双方の言い分を聞くのではないかな?詳しくは専門家にお任せしますが。

 「適切=不適切」の評価能力の「有無」と言う二者択一で話をするからややこしくなるのでは?
 別スレでER医のはしくれ(なんちゃって救急医)さまがご自分のブログを紹介しておられましたが、センター試験を例に出して「医療に何点を求めるのか?」と言う記述がありました。結局のところ司法に対しても「何点を求めるのか?」と言うところが問題になると思います。
 たしかに、一般の訴訟における司法の点数を仮に80点とすると、おそらく医療関係訴訟は「問題の難易度」が他の試験と比べて高いため80点を下回ることになるのは確かだと思います。ただ、80点を下回った結果、仮に合格点に達していなかったとしても、点数を上げる努力をすれば良いのです。医療安全委員会はその一つの方策ですし、知財高裁のようなやり方もあるでしょう。

・・・と、書いていたら
>その問題については、司法制度論としては答はすぐに出てしまいます
とコメントが・・・ま、いいや。投稿しちゃえ(笑)

>無茶をすると刑事罰になる、との恐怖心を植え付ければ医師は無茶をしなくなると思うのですがどうでしょ?
 この主張は必ずしも的外れとは思いません。もちろんカウンターパートとして「萎縮」についても考慮が必要ですが。
 しかし、No.39 fuka_fukaさまが「故意または故意に匹敵する重過失のみ刑事責任追及」として、わざわざ重過失に「故意に匹敵する」と言う絞りをかけているのはつまり「無茶をする」ことに対する抑止力はこれで十分と言うお考えからではないかと思います。実際のところ、私もこれで十分かな、と思っています。

あっくん様

>じじいさんもそう思われませんか?

そうですね。
作り置きが原因か、保管方法(点滴室においていた)が原因かは分かりませんが、今回のように意図的にルールを破るようなやり方は問題があると思います。同種の事故を防ぐのには、今回の事件がきっかけになるかもしれません。

しかし、一方で福島県では、日本産婦人科医会が「本件は、癒着胎盤という、術前診断がきわめて難しく、治療の難度が最も高く、対応がきわめて困難な事例」で、問題とされた手段についても「本件のような帝王切開例における胎盤の癒着部を剥離せしめる手段としては、用手
的に行うことだけが適切ということはなく、クーパーをはじめ器械を用いることにも相当の必然性があり」と評価し、抗議するような事案で、産科医が業務上過失致死で逮捕、起訴されたため、産科から撤退する医師が続出し、実際に全国各地で産科医不足を生じさせ、「お産難民」という言葉ができるほどの事態に至っています。

当然、撤退の理由は刑事罰だけではないでしょうが、刑事・民事の訴訟リスクの影響は大きく、こうした事態を引き起こすトリガーには十分なったと思われます。

これは、あっくん様の言われる「刑事罰」への恐怖心が生み出した事態であると考えられます。無論、これは産科ですが、今後もそうした手法が続けば、ただでさえ崩壊しつつある救急や小児科、さらには外科なども同様の事態に陥る可能性も考えられますが、このような状況が生じても「刑事罰の恐怖を植えつける」方法を進めることが妥当であると考えられますでしょうか。

No.40 あっくんさま

「不適切」 な医療行為でも、業務上過失致死として刑事責任を問うのは、結局われわれ患者・潜在的患者のためになりません。
いやー、これは違うでしょ。

いいえ。
刑事罰の威嚇効果が過剰であり、その萎縮効果は「適切」な医療行為にまで及んでしまうことが、様々な研究から明らかにされています。
「無茶」をしないようにさせるにとどまらないわけです。

「どうでしょ?」 と言われる前に、まず小松先生の 「医療崩壊」 なり、正確な情報を収集する努力を。

あっくんさんは基本的に医療側の言い分を2ちゃんねるでの煽りあいを通じてしか聞いたことがないのでは? 私も見たことがありますが、あそこではガス抜き目的の言い捨てコメントが圧倒的多数を占めていると思います。

fuka_fukaさんも紹介されているように、色々な書籍やブログなど言い捨てでない「腰を据えた」ソースもあたってみることをお勧めします。

医療側からみて司法の評価能力に疑問や批判があるのなら、それを高める提言をするのが筋でしょう。
それが一気に「刑事免責」という主張になるから、「医師の特権意識」というような批判を招いているのだと思います。

国会議員などのごく一部の例外を除き、「刑事免責」が与えられている日本国民などいません。(正確には国会議員にも刑事免責は認められていませんが)
医療が国民に不可欠で尊い仕事であり、かつ専門的な業務であるということに異存はありません。しかし、医療以外にも、そのような業務はあります。
「医師に刑事免責を与えよ」と大まじめに主張されてしまうと、「医師の特権意識」という批判を受けることは避けられないのではないでしょうか?

2ちゃんねるのコメントの多くが「ガス抜き目的の言い捨てコメント」というのは私も同感です。しかし、それが「本音」でないということもできないと思います。「産科崩壊阻止のための対策要望書」と見比べたとき、2ちゃんねるのコメントも「産科崩壊阻止のための対策要望書」も、それが多数派か少数派かはともかく、一部の医師の本音であることは間違いないように感じられます。

No.52の一部訂正です。

× 正確には国会議員にも刑事免責は認められていませんが

○ 正確には国会議員にも「議院で行った演説、討論又は表決」に関するものを除き、刑事免責は認められていませんが

 ところで、ご紹介の小倉弁護士のブログですが、Firefoxでアクセスすると、データの転送表示に時間がかかるばかりか、cpuの使用率が100%に跳ね上がり、時間を置いてもなかなかもとに戻らず、プログラムの暴走状態に陥るようです。
 対処法としては、いったんFirefoxを終了させていますが、それでも収まらず、OS自体を再起動させたこともありました。
 なにか仕込んであるのか、少し調べたのですが、送ってくるCookie自体は一つだけのようです。
 自分は、Linuxを使っていて、Windowsパソコンでは確認していないのですが、気になります。
 単なる相性の問題なのでしょうか。

 ほかに、Dilloという軽量ブラウザや、Emacs w3m
を使うことがあり、こちらでは問題は出ませんが、多分、アプレットも無効化されているはずです。
 本当に、なにか仕込まれているのか気になっています。

No.52 とらさん
なんで「刑事免責」という主張をするのかというと、医療がなりたたなくなるからです。たんに「主張」したから「医師の特権意識」だというのはためにする批判に過ぎません。
そして医師に「刑事免責」をあたえるかどうかは国民の判断です。

 件の弁護士さんが
「刑事罰は業界を崩壊させるのか」
というエントリを新たに立て、長距離トラック運転手を引き合いに出していました。

 自分は医師とは無関係であり、医療現場の実情も一部の報道の範囲でしか知りませんが、小倉弁護士の言っていることはやはり極論に思えます。
 実際の法廷で、このような主張展開をされているのかも気になるところです。

 自分はバブル全盛の頃、長距離運転手をしていて、それもかなり条件が悪くきつい仕事であったと思います。大手の運送会社と比較しても一月に走行距離だけで2倍ぐらいの仕事量であったこともありました。
 スピード違反で時間を稼ぐという一面もあり、交通違反は常態化していました。鮮魚の輸送もしていたので、雪が降ろうと台風であろうと、絶対的な時間厳守です。
 ほとんどの運転手は条件の悪いことも承知していましたが、愚痴や会社の批判はするものの、やることはやっていました。なにがそれをさせたいたかというと、責任感より、小倉弁護士もいうところの、プロ意識のような矜持であったような気がします。

 ところで、運転手の場合、ある程度のスケジュールは決まっているはずですし、代替ややりくりの余地もありそうです。比較自体が、そもそも不適切だと感じました。
 ただ、自分がいたような小さな会社の場合、延着の弁償金のみならず、荷物が壊れたときも運転手の責任で給料から天引きだと言われていました。
 例えば、宮城県の塩釜港から積み込んでいたウニの場合、箱を横倒しにしただけで、50万円の弁償になると言われていました。
 しかし、人の命とは比較にできるはずもなく、精神的な負担も大きいと思います。その辺も含め、お気楽なのは弁護士さんのほうかもしれませんが、自営業者としての事務所の維持という点では、とても厳しそうです。
 運転手の場合も、ミスは自分の命に直結する可能性もあり、大型車を運転している場合は、特に、追突で乗用車の人を死なせてしまうことを、常に意識する状態ではありました。
 意外と神経をすり減らす仕事で、他の仕事であれほど精神的にもきついと感じることはありませんでした。免停になって、春(雪解け)の道路舗装工事で昼夜の連続もやりましたが、気分も体もはるかに楽でした。
 でも、医師の方がきつそうな気もします。とりわけ急患のような予定変更は、大変そうです。
 それに同じ業種で、同じ会社でも、内容的な違いもかなりありそうです。労使関係で条件の保障された大手は別かも知れませんが。
 しかし、そんな大手の運送会社の方が、いざ大事故を起こした場合、運転手が自殺をしたと聞いたこともあるので、厳しい面もありそうです。

 いずれにせよ、小倉弁護士の主張には、素人としても、おかしいと感じるところがあります。


最新の小倉氏のエントリはたとえにずれがあるというかたとえになっていない部分はまあありますね。

今回の全国医師連盟の主張をトラック運転手にあてはめて見るなら、「運転手が事故を起こした場合」ではなく「運転手が過重労働その他の原因の故に荷物を指定通りに運べなかった場合、民事はともかく業務上過失として刑事処分を行うな、と要求する事は正当か?」という例えが適切でしょう。
あと前述のありがちな例としては「警察が犯人を捕まえられない場合刑事罰?」「消防士が消化に失敗したら刑事罰?」「パイロット」等ですね。

まあ小倉氏は結果として全国医師連盟の方のダメ出しを無償でしてくれているということで、よろしいのではないでしょうか。関係者の方々が小倉氏他の批判意見から美味しい所を上手に利用してくださることを切に希望いたします。

むー、野球の選手のエラーに、刑事罰は与えないですよね。
あ、これは法に触れそうにないからちょっと違うか。
格闘技で打ち所が悪くて相手が死んでしまった場合って、どうなるんでしたっけ。

>>No.52 とらさま
>医療側からみて司法の評価能力に疑問や批判があるのなら、それを高める
>提言をするのが筋でしょう。

医療行為はどうしても不確実性がついてまわります。また、常に知識を最新にアップデートしたとしても、それが翌日にがらっと変わってしまうことも当然あり得ます。
人の体は未知な部分が多く、というより分かっていることの方が少ないと言っても過言ではないと思います。常に医療・医学は変わっていっています。
司法関係者は、医療に関して基本的に素人ですから、評価を下すためには、専門家の意見を必要とします。しかし、専門家の中でも意見の分かれることは多くあります。
基本的な問題点は、刑事訴追における司法の「評価能力」ではなく、専門家ですら確実な評価が不可能である事に対して、ある一定の評価を下さないといけない状況にあること。そして、その評価の結果、ある医療行為が制限を受けてしまう事だと思っています。もしかしたらその医療行為+アルファで、今まで以上に患者さんにとって良いものが生まれる可能性があったかもしれないのに、ある医療行為そのものが否定されてしまっていては、その機会が失われてしまいますし、萎縮医療のきっかけになってしまいます。インフォームドコンセントが基本ではありますが、患者さんにとってある医療行為がベストだと思っても、どうしてもリスクを伴う場合は、よりリスクの低い、ベストではないけどベターを勧めざるを得なくなります。
医療行為に対する刑事訴追が果たして被医療者にとって良い方向へ寄与するでしょうか?
(念のために書いておきますが、故意や、故意に近いような重過失まで免責にせよというつもりはありません。)

その追記はマズイよ。
発言の価値下げるよ。
横浜地裁2004年8月4日判決(判例時報1875号119頁)
と教えてあげたのですが、不同意だったようです。

No.59 Pediatricianさん

医療行為に対する刑事訴追が果たして被医療者にとって良い方向へ寄与するでしょうか?

被医療者にとって、刑事訴追を求めなければならない事情もあると思います。何度か発言しているのですが、医道審議会が刑事裁判の結果で行政処分を決定している以上、現状で刑事訴追は廃止できないと思います。

>No.57 まるさん
正しい手順を踏まないで誰かを殺せば業務上過失致死になります。

>「警察が犯人を捕まえられない場合刑事罰?」
たとえば、万引き中学生を捕まえるのにお回りさんがピストルをぶっ放して中学生を殺したら業務上過失致死またはそれ以上の罪になると思う。

>「消防士が消化に失敗したら刑事罰?」
消防士が消火の際に正しい手順を踏まないで誰かを殺せば業務上過失致死になるでしょう。例えば、はしご車の操作を誤って仲間を殺したとか。

で、お医者さんも同様。

No.60 gen5805さまご紹介の

> 横浜地裁2004年8月4日判決(判例時報1875号119頁)

がどういう文脈で紹介されたか分からない方へ解説。

小倉秀夫弁護士が 「追記」 として南淵氏のコメントを引用されていますが、同氏が当事者となった訴訟です。

判決要旨:

▽医療法人の経営する病院に勤務する医師が無断アルバイトを理由に退職したにもかかわらず、医療過誤の事実を患者側に伝えて解雇されたなどと週刊誌の取材やテレビで発言した場合、病院の社会的評価を低下させたとして、医療法人の医師に対する損害賠償請求が認容された事例

「発言の価値下げるよ。」(gen5805さま)
というのは、
「このような訴訟で敗訴するような医師の意見を自説の補強に使うと、小倉弁護士の発言の価値を下げてしまう」
という趣旨かと思います。

南淵氏に関しては以下などご参照下さい。

「紫色の顔の友達を助けたい」(判決の全文もこちらに引用されています)
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/medical/2008/05/post_f738.html

「新小児科医のつぶやき」
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080605

つーか、医師が1年間に犯した
業務上過失致死で書類送検された数
業務上過失致死有罪になった数
さらにその内訳を一覧的に見れるサイトはないんですかね?

No.62 あっくんさま

そう、そのとおりです。警官のケースに関してはまさに。

逆にいうと、そのような事例に匹敵するような悪質なケースでない限り、同様に、医師にも刑事罰を問うべきではないということです。

消防士については、「はしご車の操作ミス」 というだけでは、私見では、刑事罰は不相当ですね。
安全確保のための手順をあえて無視して無謀な操作をして、という程度のものであってはじめて相当といえると思います。

No.58 jackさま

格闘技の場合は、相手に 「暴行」 を加える認識があるので(当然ですが)、相手が死ななくても、暴行罪or傷害罪の構成要件にはばっちり該当します。
死んでしまった場合であれば傷害致死罪。
(選手の主観では殺害の故意がある場合もあるのかもしれませんが、捨象します)

刑事罰に問われないのは、正当行為(刑法35条)に該当し、違法性が阻却されるからだと整理する見解が一般的だと思います。

>No.52 とらさん

私は医療には素人ですが、ここでの議論は最初から見ていた者です。
おっしゃるとおり、2ちゃんねるでの(自称)医師の発言が「本音」をあらわしている面もあるでしょう。しかし肝心なのは、そんな本音を持つ医師たちが現実の医療現場でどう行動しているかではないでしょうか。
医師たちの多くは、声を荒げてモンスターペイシェントや理不尽な訴訟を非難しつつも、実際の医療現場ではそんな本音を押し殺して懸命に患者の治療に取り組んでいると思います。その上で、自分たちの足を引っ張る要素を何とかしてくれと叫んでいるのです。

2ちゃんねるでの発言は、何か建設的なものにつなげることを前提としていません。患者の側、つまり私たち一般人の書き込みにしても、後先を考えない無茶苦茶な理屈で医師を非難しているコメントも目立ちます。つまるところ、あそこでの議論は「売り言葉に買い言葉」の積み重ねでしかないのです。
ここで蓄積されてきた議論とはレベルが違います。

全国医師連盟の文書は本音が表に出すぎていて無駄に反発を招く恐れがあります。橋下弁護士がやっているように、いきなり喧嘩を売って議論提起する戦術と取れないこともありませんが(我ながら善意に受け取りすぎですが)。発足したばかりですし、医師ばかりで対外的なアピールが得手ではないのはやむをえませんが、なるべく早くフォローした方がいいでしょう。

ただ、刑事免責を求める声=特権をほしがる声と短絡的に受け止めるのはいささか酷だと思います。この点はPediatricianさんのコメントに集約されていますね。

患者の体内から腫瘍を摘出する時、医師は何の異常もない肌を大きく切り開いて手術を行います。とうぜん手術跡も残ります。結果的に患者の肌を大きく傷つけるわけです。しかし、医師のこの行為によって傷害罪で告発されることはありません。つまり刑事免責されています。しまさんはこれを「医師の特権」だと思われますか?

一般論として、自然な状態で「良い状態(健康であったり生命であったり)」を維持できている事が当然の状況で、「悪い状態(負傷したり死亡であったり)」を招来する事があれば、それはそのような事態を招来した者や行為に責任がある(処罰されるて然る何等かの法に触れる行為があった)と考えるのは通常の事と思えます。
しかし一方で、自然な状態で「悪い状態(疾病や負傷や生命の危機・絶命)」に至ることが当然の状況で、「悪い状態(状態の悪化であったり死亡であったり)」を招来したときに、そのような事態を招来した者や行為に責任がある(処罰されるて然る何等かの法に触れる行為があった)と考えるのは慎重であって然ると思います。
言い方を変えれば「放置すれば必然的に悪い状況に陥る」状況を前提に、「結果として悪い状況に陥った」という外形的な事実だけで、「必然的に悪い状況に陥る現状を、人為的に介入すれば何割かの確率で回避できることが出来るかもしれないからやるだけやってみよう」という善意を全面的に否定され、「悪い結果は必然だったかのか否かの十分な検討もないまま」に犯罪者にされたら堪らない。このような心情については、私の様に医療職に就く体力も学力も資力もない素人である私などにも理解や納得できるように思えます。

一方で、問題になっている団体様の見解と申しますか意図を表明した当該文章の外形的な体裁を観れば、さすがにこの表現方法では真意が伝わらないばかりか曲解されて悪意に解釈されてもやむを得ない部分があるのではないか?と感じる側面があるとは私にも感じられます。
しかしながら、多くの当該団体を構成する方々の真意は、上記に記したものだろうと感じられ納得できるものと感じられますので、訂正して然るべきは訂正されるなどして何とか上手く行って欲しいと感じます。

>No.62 あっくんさん

治療が正しい手順で行われても患者が助かるとは限らないことは素人でもわかります。
しかし、世の医師の多くが異議を唱えている刑事裁判では、「結果として患者が死んだ。だから、その治療は正しい手順で行われなかったに違いない」という、逆方向の論理が適用されているのです。

そして、一件一件それぞれ患者も容態も違う死亡事例において、何が「正しい手順」「正しい治療」だったのかということは、専門家たる医師の間ですら意見が別れます。それを司法の場で白黒つけるのは無理がある、というのが多くの医師たちの見解なのです。

ただ、このブログでは、完全に無条件な刑事免責を唱える人は全く支持されていません。故意や重過失は免責しなくていい、という方向でほぼコンセンサスが得られています。だから、腹腔鏡手術の件や最近の点滴液の件まで免責にしろという医師はほとんどいないでしょう。

全国医師連盟の文書はこのあたりの説明が不足しているので、内容の不備のそしりは免れません。あのままでは、医師の支持すら得にくいでしょう。

>No.69 みみみさん
>しかし、世の医師の多くが異議を唱えている刑事裁判では、「結果として患者が死んだ。だから、その治療は正しい手順で行われなかったに違いない」という、逆方向の論理が適用されているのです。

これは違う。 あなたの意見が正しいなら、人が死ぬ度に刑事事件が1つ出来てしまいますw

>No.70 あっくんさん

どうか短絡的に読まないでください。
世の医師が異議を唱えていない刑事裁判だってあります。私は「世の医師の多くが異議を唱えている」と条件をつけています。
大野や奈良の妊婦死亡事例のような、医療側から見て無理筋の「後出しジャンケン」だと思われる裁判について述べているのです。

> No.70 あっくん 様

少なくとも現在問題視されている案件について言えば、「結果として患者が死んだ。だから、その治療は正しい手順で行われなかったに違いない、正しい治療をしたのなら死亡する事は無かった筈だ」という、論理の適用がなされていると考えられます。しかし現実には「正しい治療を行っても助けることの出来ない命」は厳然として存在するのですがこの点は全く顧みられていないように思えます。
そのような現状においては、仰るような「医師の関与の下で人が死ぬ度に刑事事件が1つ出来てしまう」という状況が、まさに現実の出来事として将来に招来する方向に現時点では向いている、そしてその萌芽が既にあるという解釈も一理あると思えますし、実際多くの関係者の方はそのように感じ取って危機感を抱いて居られるのでは無いでしょうか。蛇足ながら私は、刑事訴追されて然るべき案件についてまで、訴追免除を求めて居られる意見が多数を占めているとは思っておりませんので、念のため。

No.67 みみみさん

私ではないことは書いた後で分かりましたが、まあ取りあえず。

しかし、医師のこの行為によって傷害罪で告発されることはありません。つまり刑事免責されています。しまさんはこれを「医師の特権」だと思われますか?

特権だとは思いません。問題にしているのは、行政処分が適切であると考えられるケースです。本来ならば刑事訴追せず、行政処分するべきケースでも、行政処分が刑事処分の結果を待って行われるため、刑事訴追を行わなければならないという事を問題にしているのです。


ところで、「医師の刑事免責」自体は、医師が特権を求めているように受け取れます。業務上過失致死全体を問題にするべきではないでしょうか。刑事罰自体は医師、パイロット、職業運転手等々にとって共通の問題でしょうから、全て巻き込んで業務上過失致死傷罪を廃止する事を訴えればいいように思うのですが。

No.71 みみみさん

世の医師が異議を唱えていない刑事裁判だってあります。私は「世の医師の多くが異議を唱えている」と条件をつけています。

医師の刑事訴追は廃止するべきではないが、運用でカバーするべきだと言うご意見でしょうか。私も同意します。

ごく一部に刑事罰が相応しいように思う事例もあり、そのような事例に対応するためには刑事罰は廃止できないように思います。

そこで、警察・検察に協力する医師の問題になります。個人的には医師が「この事例は明らかに過失」だと断言しない限り、検察は起訴できないと言う印象を持っています。医師が警察・検察にどのような形で協力するか、今後の鍵を握っているのではないでしょうか。

>No.49 じじいさん
福島の件はうろ覚えだけど、
・被害者は救急車で運ばれてきたわけではない
・事前の検査で前置胎盤はわかっていた
・手術の施設は人的にも貧弱な施設だった
・主治医は当施設での手術を拒絶すべきだった
・設備の整った施設でお産をしてれば救命された可能性が高かった
ってことで業務上過失致死が妥当と私は判断したんだけど、
実際の裁判はどんな風に展開したのですか?

>当然、撤退の理由は刑事罰だけではないでしょうが、刑事・民事の訴訟リスクの影響は大きく、こうした事態を引き起こすトリガーには十分なったと思われます。
その辺の状況分析はそれで正しいと思います。

>このような状況が生じても「刑事罰の恐怖を植えつける」方法を進めることが妥当であると考えられますでしょうか。

どんな落ち度の業務上過失致死が多いのか?
で、変わってくると思う。
つまり、今回の点滴液作り置きみたいな業務上過失致死が多いのなら当然、業務上過失致死は存続です。

なにしろ、我々が努力することは、
業務上過失致死罪の是か非かではなく、
いかに、医療ミス、医療事故を減らすか、なのです。
この辺の感覚が全国医師連盟は欠落してるんですw
我々まともな感覚をもった一般人は
「医療崩壊=業務上過失致死」風の言い方に違和感を覚えます。

>>No.71 みみみさん
>大野や奈良の妊婦死亡事例のような、医療側から見て無理筋の「後出しジャンケン」

大野の件は主治医が「この施設では危険なので手術が出来ません」
と毅然たる態度で手術を拒絶してれば、被害者は死なずにすんだハズです。 よって業務上過失致死は妥当だと思いますね。

>あっくんさん

とりあえず、まとめサイトを紹介しておきます。
ほかにもいろいろありますよ。

周産期医療の崩壊をくい止める会

>>No.75,76 あっくん様

大野病院事件をそう捉えて医療業界の人に話すのは、相当勇気のある行為ですよ。
「うろ覚えだけど」と書くくらいならば、ちゃんと勉強なさってから発言された方がいいと思います。

つーか、俺の感性が正しければ、2ちゃんの空気では医者が患者を敵視しだしたのは、杏林の割り箸からなんだよね。
あれは実際、被告には酷だったような気がする。
で、警察が先走ってしまったと。
じゃ、何で警察が先走ったかというと、警察に医療情報がなかったから、
何で警察に医療情報がないかというと、医師の絶対数が少ないから。
だから、俺は『諸悪の根源は医師数の少なさ』だと思ってるんだけどね。

No.78 koumeさん
>「うろ覚えだけど」と書くくらいならば、ちゃんと勉強なさってから発言された方がいいと思います。

いや、俺が↑に書いたことはだいたい正しいと思うよ。
あと、
・被告産科医にとって、その手の手術は1回目だか2回目だった
ってのもあったと思う。
ただ、検察がどういう攻め方で裁判を進めたかは知りませんね。

私も初期の頃とは考え方が変わってきました。

個別事件の範囲で考えるだけでなく、特定業界において一罰百戒になるのか、あるいは一罰百壊になるのかを適切に判断して、事件の処理(マスコミ報道を含む)が行われる保障が得られれば刑事免責も必要ないし、業過もそのままで結構。
司法システムというものは個別事件の範囲でのみ判断すればよく、判断が一罰百戒になるのか一罰百壊になるのかはまで考慮することを求められていない(そうでないことを期待しますが)というのであれば、立法府の仕事として免責論や業過廃止論も出てくる。だって一罰百壊になったら大多数が不利益を被るでしょう。

点滴事件が例題で出ていますが、このケースへの刑事罰は一罰百戒になるでしょう(マスコミ情報の範囲で)。
しかし、仮に全国の医療機関で点滴の作り置きをしなければ業務をこなせないような状況ならば(実際にはそうではありませんが)一罰百壊になります。

>あっくんさん
「一罰百戒になるのか一罰百壊となるか」
そういう視点はありますか?
そういう視点を持たないと「医療ミス、医療事故を減らすか」という前に医療自体を減らすことになる。

この辺の感覚を理解できますかw

No.78 koumeさん
>大野病院事件をそう捉えて医療業界の人に話すのは、相当勇気のある行為ですよ。
>「うろ覚えだけど」と書くくらいならば、ちゃんと勉強なさってから発言された方がいいと思います。

なんか、ここの一般人は医者にいいようにコントロールされてる気がするなw
だいたいにおいて、医者はウソはつかないけど、自分の都合のいいことしかしゃべりませんよw

>>No.80 あっくん様

> いや、俺が↑に書いたことはだいたい正しいと思うよ。

はっきり言いますが、全然正しくありません。
だから勉強してくださいといっているのに。

>No.81 元ライダーさん
そういう抽象論でなく、具体的事例でしゃべってもらわないと
な〜んの説得力もありません。

>No.82 あっくんさん

 申し訳ないけど、このブログでの議論はその程度のレベルじゃないんですよ。

 ここは弁護士と医者がごろごろいるブログなんですよ。
 医師は法廷に表れた根拠をもって語っているし、法曹はそれに対する法解釈論を語っています。
 素人さんの素朴な疑問は大歓迎なんだけど、素人である自覚を示してもらわないと上から目線のレスが飛んできますよ。

>なんか、ここの一般人は医者にいいようにコントロールされてる気がするなw

 だから、勉強しなさいといわれてるんですよ。
 プロに対して、うろ覚えの知識と感性だけで対抗できると思ってるんですか。
 受け売りでもいいからもっとましな知識をもってらっしゃい。

>上から目線のレスが飛んできますよ。
じゃ、上から目線でも、下から目線でもいいから、この事実を根拠をもって否定して下さいな。

・被害者は救急車で運ばれてきたわけではない
・事前の検査で前置胎盤はわかっていた
・手術の施設は人的にも貧弱な施設だった
・主治医は当施設での手術を拒絶すべきだった
・設備の整った施設でお産をしてれば救命された可能性が高かった
・被告産科医にとって、その手の手術は1回目だか2回目だった

控えめな言い方をするなら、被告医師は
「リスクを低減する努力を怠った」
と言えるわけです。

 私が紹介したサイトを読みましたか?

>つまり、今回の点滴液作り置きみたいな業務上過失致死が多いのなら当然、業務上過失致死は存続です。

それだけは理解できます。
作り置きで作りすぎ、結局余ってしまったことが問題なのでしょう。普通に考えれば、作りすぎた分は置いておけないのですから捨てるしかないですが、捨てると保険請求できないから、もったいなくて置いておく、その上で管理もずさんだから菌が湧いてしまうと。

作り置きがなければこなせないほど患者が多くても、たとえば、多忙な時間帯の分程度だけ作り置きし、終盤はその場で調合して使用量を調整するという工夫もできる訳で、やはりモラルハザードによる事故だと思いますから。

>なにしろ、我々が努力することは、
業務上過失致死罪の是か非かではなく、
いかに、医療ミス、医療事故を減らすか、なのです。

私は、そのために必要なことは医者を増やすことだと思っています。
外野ができることはその程度です。本質的に事故を起こしたくて起こしている人はいないわけで、起きないようさせるためには、医療現場での取組みが重要であり、それを可能にするためには医療現場の手数を増やすしかないが、現在の診療報酬体系がそれを許さない、政府は医療費抑制のために診療報酬体系を抜本的に見直す気はないという状況だと認識しています。

>我々まともな感覚をもった一般人は
>「医療崩壊=業務上過失致死」風の言い方に違和感を覚えます。

>なんか、ここの一般人は医者にいいようにコントロールされてる気がするなw

私は、「=」などとは言ってないと思うし、他のコメントをしている人間も、そんな言い方はしていないと思うが。

うろ覚え程度にしか知らない内容を、それ以上特に調べることもなく、ろくな根拠もなしに、俺様の感覚(認識では無いところが凄いが)はまともで正しい、お前らは間違ってて、医師にいいようにコントロールされてるとおっしゃる。面白い方ですね。

>・主治医は当施設での手術を拒絶すべきだった
>・設備の整った施設でお産をしてれば救命された可能性が高かった

まさに「後だしジャンケン」ですね.
理想を言えば切りがありません.これを突き詰めれば,「前置胎盤」の患者さんは常に国内最高の病院で手術しなければならないということになるでしょう.そうでないにしても県もしくは地方で一番の病院ということになるでしょうか.
そうなりますと患者さん(妊婦さん)はその病院までどうやって通うのでしょう?お産は何時どうなるか解りませんから,妊娠後期になればそういった病院に行くようにしておかなければ急変の場合に対処に困るでしょうね.といって長期の入院なんかできません.ホテル住まい?普通ならできないでしょうね...

一度ここの医療崩壊スレッドをじっくり読んでみられるとよいでしょう.その時点で最も妥当と考えられる判断を繰り返していくしかないのです.プロスペクティブに考えるのが臨床の医療というものです.
あとから「...だった」といってもそれは「将棋で待ったをする」ようなもんです.

> ・事前の検査で前置胎盤はわかっていた

「前置胎盤」がマズかったのではなく、「癒着胎盤」だったからマズかったのです。前置胎盤であれば全例癒着胎盤になるのではありません。
癒着胎盤とは事前に診断できるものではなく、胎盤を剥がし始めて「あれっ、なんか剥がれにくいぞ!?」となった時初めて判明するものです。そして前置胎盤がわかっていたことは、手術を回避するほどのリスクファクターではありません。

> ・手術の施設は人的にも貧弱な施設だった

「癒着胎盤を扱うには、貧弱な施設・人員だった」ということです。そして癒着胎盤は、上に書いたように胎盤を剥がし始めて初めてわかることなので、貧弱な施設だったから手術を行うべきではなかったというのは後付の理由に過ぎません。

> ・主治医は当施設での手術を拒絶すべきだった
> ・設備の整った施設でお産をしてれば救命された可能性が高かった

上に書いたこととダブりますが、言い換えると、単に前置胎盤が判明している妊婦を扱うには十分な施設と人員だったからこそ、加藤医師は手術に踏み切ったわけです。癒着胎盤が事前にわかっていたなら、人員を用意するなり手術を回避するなりするべきだったでしょう。
それを検察が後出しじゃんけんで言い出しているからこそ、この事件が不当逮捕だったといわれているのです。
ちなみに癒着胎盤は、そうとう設備の整った施設であっても死亡率の高い、致命的な疾患です(母体死亡の原因の3%を占める)

> ・被告産科医にとって、その手の手術は1回目だか2回目だった

癒着胎盤に遭遇する確率は全妊娠の約0.01%(1万人にひとり)と非常に稀で、産科医ひとりにつき一生に一度か二度遭遇する類のものです。1年に300の出産を扱う産科医(猛烈に多い、過労死レベルの仕事量です)であっても、確率的には33年に一度というわけです。大ベテランの産科医にも、まだ一度も遭遇していない人もいます。

大野の件に限りませんが、こういう事件を考える場合、当時の状況を基にして考えなければなりません。大野事件の場合、事前に予測不可能な事例が起きたことを予測すべきだったといわれ、しかも訴訟にまでなったのが反発を招いたわけです。
例えれば、飛行機の墜落事故が起こったとして「あの飛行機が落ちるのは予測できたはずだから、登場便を変えるべきだった」といっているようなものです。

癒着胎盤に遭遇する確率は全妊娠の約0.01%(1万人にひとり)と非常に稀で、産科医ひとりにつき一生に一度か二度遭遇する類のものです。1年に300の出産を扱う産科医(猛烈に多い、過労死レベルの仕事量です)であっても、確率的には33年に一度というわけです。

補足します。

<一般論>
ある施行(診察)を一回行うとき、あるまれな事例(合併症など)が起きる確率をP(=小さい値)とします。

その施行を1/P回行うとき(独立事象の繰り返し)
少なくとも一回のまれな事例が起きる確率は63%(=1-1/e)
という話があります。

参考URL http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/20070823

<代入>
P=1/10000 の場合が癒着胎盤の話。

1/P=10000回の分娩を行うと、63%の確率で少なくとも一回は癒着胎盤に遭遇します。

300/年の分娩ペースとすれば、10000回の分娩をこなすのに33年というわけです。

以上、数学的な補足でした。

ER医のはしくれ(なんちゃって救急医)様 補足ありがとうございます。参考になります!

あっくん様はきっと、他のサイトを示しても読みに行かれないだろうと思うので、こちらで書いてみました。スレ違いご容赦下さい。

ちなみにあっくん様、根拠も示さない理屈など信用できないと仰るのであれば、僻地の産科医様のblogに多くの論文がアップされていますのでぜひお読み下さい。
http://obgy.typepad.jp/blog/cat769244/index.html
もっとも論文も医師の手によるものなので、医師の言うことなど信用できない、というのであれば・・・まあお好きにどうぞ。

この流れは・・・何と言うか、ものすごいデジャヴを感じます。
とりあえず、あっくんさんはNo.77に紹介されたリンク先をお読みになっては? あそこの内容を「医師の書いてることだから信じられない」ということであれば、そこまでですが。

 21時からNHKで、中国の医療の問題を取り上げています。救急車も有料の上、診察は現金前払いだそうです。どうも急患でも同じみたいです。
 「順調なら回復の見込みがあります。」とか、医療の結果も患者側に厳しいみたいです。
 一度の入院で、年収の二倍の出費とか、本当に大変そうです。

 この胎盤問題が大野病院事件なのですか、初めて知りました。検察に対する批判の強い事件とは知っていました。そう言えば、同じ頃、福島県の知事の兄弟だったかの事件があったような気もしますが、どこか混同していたような気がします。
 コメントの流れを見た限り、検察に問題がありそうですが、そうそう単純でもなさそうで、いろいろな絡みや思惑もあるのかもしれません。
 あるいは、引くに引けなくなっただけなのかもしれませんが、部外者には想像の域を出ません。

 ところで先ほどご紹介したNHKの番組、終わりましたが、大行列病院とかいうタイトルになっていました。国の規制をほとんど受けない病院を模索している、とも語っていましたが、全体的に昔の日本の医療の世界にも似ているような気がしました。
 患者からすれば、雲の上の神様のような存在であり、医療にありつけるだけでも望外の幸運だったみたいです。
 何年前になるか忘れましたが、「白い巨塔」という本を読みました。子供の頃だからもう30年ほど前になるでしょうか、テレビ番組で社会現象のようにもなっていたみたいです。番組も少し観ていた覚えがありますが、まったく理解できませんでした。
 同じ頃に山口百恵の赤いシリーズというのがあり、大学の助教授が出ていて、ものすごい偉い人だというイメージが植え付けられ、そのうえをいく教授というのは、まさに神様のような存在だと漠然と思っていました。
 弁護士にも似たようなイメージがありました。年間5、6百人しか突破できない最大の難関である司法試験を合格した超優秀者という共通認識があったからです。
 その意味でも小倉弁護士は時代を超越したような凄さを感じています。こんな弁護士が出てくるなんて、北斗の拳の199X年でも想像出来なかったことでしょう。

まあ、いろいろありますが、あっくんさんが少なくともこのブログで1年間勉強すれば我々の方が正しいと言うことが理解できると私は思います。
我々のプレゼンの仕方が悪いのかもしれませんし、その理由はいろいろあると思いますが・・・。必要なのは啓蒙活動。いくらわかりやすい例を掲示しても実際に年を重ねないと我々の言わんとしていることはその人が素人であればどんなに頭のいい人でも理解するのは難しいと思います。
ということでみなさん、優しくしてあげてください。

>なんか、ここの一般人は医者にいいようにコントロールされてる気がするなw
 医療知識にかける一般人としては、福島大野の事件については医者の意見を最重要の考慮要素として考えざるを得ませんから、まあ、見方によってはこの事件の私の認識は「医者にいいようにコントロールされてる」のかもしれません。
 まあ、一応私も100%信じる、と言うことはせずに「専門家がそうだといってるんだからおそらくそうなんだろうな」と考ているわけですが(^^;

 もう一つの私の考慮要素としては第8回 診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会の議事録で一部には嫌われている(^^;)前田雅英座長(有名な刑法学者であって医療関係者ではない。また、一般的意味での刑事免責には否定的)でさえ

産科が安心して治療できることが何より大事だと。大野事件のようなことが起こらないようにする。そのために委員会を作ることは、この委員会全体の合意ができているわけです。ただ、そのためにもあまりにもひどいものがあって(以下略)
と言い切っているわけです。
 「大野事件のようなことが起こらないようにする」なんて(裁判係属中なのに)議事録が残る形で言っちゃって大丈夫なんか?、と思ったりもしたわけですが、すでに厚労省の医療安全委員会の議論では大野事件には問題があると言うことが共通認識とされているようです。

>必要なのは啓蒙活動。いくらわかりやすい例を掲示しても実際に年を重ねないと我々の言わんとしていることはその人が素人であればどんなに頭のいい人でも理解するのは難しいと思います。

この一文、何だか壊れていませんか?すいませんがかなりの悪文なのでは…。
大野病院の件についてはともかく、医師のいうことが今まですべて正しいかといえば別にそんなことはないのではないでしょうか。
ていうより正しいとはいったい何か。医療が崩壊しなければそれが正しいのか、医療が崩壊しても法律にあってればそれが正しいのか。それ自体がもう人により違うのでは?

>その意味でも小倉弁護士は時代を超越したような凄さを感じています。こんな弁護士が出てくるなんて、北斗の拳の199X年でも想像出来なかったことでしょう

No96-97などの書き込みは何の意図を持たれて書かれているのか正直分かりません。

>No.97 yamaさん

御趣旨に賛同します。

けれど「我々の方が正しい」とのフレーズは抵抗感を持たれると思います。
「我々」とは誰であり、どの発言を指すのかもはっきりしませんし、コメント相互に絡む要素をも含み複雑ですから。
個々の発現情報を頭の中で整頓し論理構成すれば、その趣旨が理解できるように成るでありましょうが。簡単には行かない。

いずれにしても時間と手間は掛かりそうですね。

>何の意図を持たれて書かれているのか正直分かりません。

 意図というのはないと思いますが、昭和の時代と比較して変わったことが多いという感慨ですよ。この先もどうなるのか分からないし、なんとなく見たNHKの中国の医療状況の番組を観ていて、なおさらそう思いました。
 医療の未来図だとすれば、まことにお寒いことです。

 悪いのは検察ということになるのでしょうか。やはり。刑事事件や刑事裁判の目的、意義に対する理解が貧弱過ぎて、問題を突きつけられたような気もしているのですが、個人的には。
 裁判員制度の実施に向けた布石のひとつなのかもしれません。
 ちなみに、私が個人的に検察をよいしょしていると見る向きがあるかもしれませんが、私はインターネットの情報発信の初めに。
 「能無し、間抜け、恥さらし」と直接検察に向けた言葉を紹介していますし、ホームページのファイルを提出した検察の担当者は、驚きあきれた様子で、「上司にあげますよ」と言っていました。
 その上司の対応なども公開してきたはずですが、まあ、時間ばかり掛かっています。
 検察が敵だとすれば、もう少し関心があっても良さそうな問題ですが、被害者の感情と事実の切り分けの参考としても。現実問題の参考として、ほかにもいろいいろあるはずですが、啓蒙とは程遠いみたいです。
 どちらが正しいというのも、わかりやすそうですが、わかりにくそうな気もします。

周産期医療の崩壊をくい止める会
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage

モトケンさん
ここのリンクのドコに

・被害者は救急車で運ばれてきた
・事前の検査で前置胎盤だとわかっていなかった
・手術の施設は基幹病院だった
・主治医の貧弱な施設での手術に間違いはなかった
・設備の整った施設でお産をしてれば救命された可能性が高かったことはない
・被告産科医はこの難しい手技を必要とする手術を何回も経験していた

と書いてあるのでしょうか?
上から目線でいいので教えて下さい。

>No.91 koumeさん

>「癒着胎盤を扱うには、貧弱な施設・人員だった」
この命題が正しい
というのはこのブログで共通認識としてあるのですか?

 当該ブログのエントリ中で、TEH(健康関連総支出)と医療費を途中ですり替えています。そのため、ちょっと見るとTEHが医療費そのものを示すもののように読めてしまいます。

 国民を誤誘導しかねないもので、不正確な記述であり、しかもそれに基づいて根拠のない批判を行っており、誠意に欠けるというべきでしょう。

非医者の皆さん、ここで問題です。
あっくんは、

No.82 あっくんさん
なんか、ここの一般人は医者にいいようにコントロールされてる気がするなw
だいたいにおいて、医者はウソはつかないけど、自分の都合のいいことしかしゃべりませんよw

と発言しました。

No.92 ER医のはしくれ(なんちゃって救急医)さん 補足します。
が、このいい例です。 重大な事を補足していません。 では、この場合、彼は何を補足すべきだったのでしょうか?  

>あっくんさん
> ・被害者は救急車で運ばれてきたわけではない
> ・事前の検査で前置胎盤はわかっていた

そのとおりです。
ただし、koume様ご指摘の通り、今回の問題は癒着胎盤で、それは帝王切開で開いて初めて分かったことです。普通に考えても、胎盤が剥がれるかどうかなんて、剥がしてみるまで分かりません。
癒着胎盤のケースの雰囲気は、なな先生のブログがお勧めです。
http://blog.m3.com/nana/20071231/1
http://blog.m3.com/nana/20070321/1

> ・手術の施設は人的にも貧弱な施設だった
> ・主治医は当施設での手術を拒絶すべきだった
> ・設備の整った施設でお産をしてれば救命された可能性が高かった

「癒着胎盤の手術をするには貧弱」という意味であれば、そのとおりです。ただし、上記の通り癒着胎盤は事前に分かりませんでした。癒着など予見できない問題がなければ、当施設で十分扱えた症例です。
なお、今の日本ではお産の事故が圧倒的に少ないので忘れがちですが、そもそもお産というものは、終わるまで「正常」かどうかは判断できないのです。問題が起きる可能性はすべての妊婦さんにあり、危険性の高いことが事前に判断できないケースもあります。今回はそういうケースだったと「私は思います」。

昨今、医療に「求められる」安全、安心のレベルが、「現実にすべての人に提供できるレベル」を超えてきています。特に産婦人科では顕著です。大野病院事件で「整った施設」で手術していれば・・というのも同じです。

あっくんさんは、別スレで「医師を増やせばいいのでは?」の旨、提案されましたが、現状、産婦人科は「ヤブ医者」の手も借りたい状況とのこと↓。医師免許だけ大量発行しても、指導医が圧倒的に足りず、技術レベル、特に最低レベルの低下は不可避です。経験の浅い医師に、医療事故は増えるでしょう。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080220

助産師を活用の意見もありますが、一人の助産師が1年で扱う分娩数は医師より大幅に少なく、どの程度戦力が増強されるかは疑問です。

また、看護師を医師に、という案もありましたが、そもそも看護師自体不足しています。また、看護師は医師に比較して環境改善のために団結する力が強く、交代勤務なども実現されています。産婦人科医の働き方を間近で見ている看護師が、転向を希望するかどうかは・・

>意図というのはないと思いますが、昭和の時代と比較して変わったことが多いという感慨ですよ。
という番組内容と小倉氏のような弁護士が〜という書き込みの関連性がやはり分かりません。

>重大な事を補足していません。では、この場合、彼は何を補足すべきだったのでしょうか? 
別に・・・

どんな内容を主張したいにせよ立場が何にせよ皮肉当て擦り応酬ではただただ不毛だとしか・・・

>No.103 あっくんさん

 私は、大野病院事件における過失の有無の判断はあなたが考えるほど単純でも容易でもない、ということを理解してもらうために参考サイトの一つを紹介したのです。

 ネット情報だけでは私も判断がつきかねるところがあります。

 この事件の過失判断は、もはや、「過失があるかないか」ではなく、「過失があると見るべきか見るべきでないか」という政策的判断の様相を強くしているのではないかと思っています。

あっくんさん

もう少し落ち着いて意見を交換しませんか?
まるさんが言われるように、あなたのコメントはどうも当てこすりと皮肉が強くて、斜に構えすぎな印象があります。No.103などは相手にものを尋ねる態度ではありません。
もし、2ちゃんねるでもそういう雰囲気でコメントされていたのなら、「売り言葉に買い言葉」になるのもむべなるかなという気がします。
今までの流れを見ても、あなたがまだ知らない情報があることは明らかだし、「うろ覚え」を論拠にされては医師の側も反論に困ると思います。

上記を上から目線と捉えるかどうかはお任せしますが。

あっくんさん

 普段は言わないんですけどね。
 過去ログ嫁
 です。
 このエントリで紹介されているサイトを含めてね。
 なぜ、普段は言わないかというと、膨大で時間がかかるからなんですけどね。
 自分の意見は正しいそうでないというなら自分の質問に答えるのが当然みたいな雰囲気を感じますと、答えるのが面倒くさくなるんですよ。

No.111 みみみさん、
>もし、2ちゃんねるでもそういう雰囲気でコメントされていたのなら、「売り言葉に買い言葉」になるのもむべなるかなという気がします。

…それはもしかして判っててギャグで言ってるんですかw?

オフトピですが、「あっくん」さんは、病院板で有名なあっくんさんですか?

まず、医師を増やせば過誤は減るでしょうが、合併症が減るわけではありません。恐怖を与えることによって合併症や過誤が減るかという問いに対しては答えはyesでもあり、noでもあります。つまり、明らかに人道に反する行為でしたらyesですし、技術上の過誤や合併症ならnoです(技術上の過誤の大半は私は合併症であるという認識ですけどね)。
そして、単なる合併症が過失(医療ミス)として報道、判決されている今、我々は啓蒙活動こそが第一義と考えています。

それから、医師連盟は患者のことを考えていないという旨の発言が見え隠れしますが、医師たる者、患者を第一義に考えるのは当然であり、ホームページを見ましてもそのような趣旨の発言には思えません。このような発言は撤回していただければと存じます。

何も勉強せずに初めて我々の言葉を目にすると確かに「医師の都合の良い免責」とか勘違いすると思います。しかし、患者第一で考えたときに「医師免責は原則必要」という結論に達しているわけで、すでに海外では(医療の分野に限らず、航空機事故、鉄道事故においても)これが有用かつ常識であることが明らかになっています。

そもそも医療は過失と合併症の区別が専門家でも解明できないことが多く、そもそも自動車事故のように防ごうと思ったら大半が防げるというものではありません。自動車事故と異なり普通以上にやっていたっていわゆる医療事故は起きます。防げるのはある程度の過誤です。我々だって救急でなく、かつ十分な人員が配置されているという前提であれば、左右取り違えや投与量間違えなどはかばう気になれません。今回の作り置きに関しても賛否両論ありますが、大多数の医師はかばわないでしょう。しかし、大野病院や割り箸などまで過失だ!と言われたら我々は患者のための最良の方法として「リスクある医療からの撤退」以外選択肢を持っていません。つまり、たらい回しOK、病院に行ってもリスクある治療は行わず、死ぬのを待つだけです。これも一つの正論です。これが患者のためになるとお思いでしたらどうぞご自由に・・・。
まず医療の不確実性を勉強なさってください。その上での批判でしたら我々も納得いくでしょう。

PS)作り置き事件について、厳密には作り置きだけで細菌が多量に混入するとは思えません。おそらく清潔操作を誤ったかと言うところでしょう。
これについては私個人の意見として(これに関する法律や厚生省の規定が無ければ刑事で裁くかどうかは多少疑問ですが)きちんとした操作方法を厚生省が規定し、その上で違反した場合は行政罰を行うべきでしょう(免許取り上げや医業停止など)。というのは医師であればちょっと考えれば清潔操作の誤りで細菌が点滴に混入することは容易に考えられると思うからです。
でも現実にはこれを認識していない医師・歯科医師・看護師は多いです。特に看護師は細かく勉強するわけではないので、「知らなかった」という方は多いのではないでしょうか(医師や歯科医師でこんなことは許されませんが)?これなどきちんと制度化しないといけない例でしょう。

あっくん様への質問です。

・被害者は救急車で運ばれてきた
・事前の検査で前置胎盤だとわかっていなかった
・手術の施設は基幹病院だった
・主治医の貧弱な施設での手術に間違いはなかった
・設備の整った施設でお産をしてれば救命された可能性が高かったことはない
・被告産科医はこの難しい手技を必要とする手術を何回も経験していた

大野病院事件はこれらの条件がそろっていなかったために過失が問われているのでしょうか。

逆に言えば同様の症例において、今後これらの条件がそろっていれば刑事免責してよいのですか。

医療行為に対する刑事免責については、すでに皆様方が述べられており、医師が口にすると特権の要求に聞こえますが、医療を社会福祉、健康に対するセーフティネットと考えた場合に、刑事免責を設けた上で医療従事者に医学的なハイリスク患者や有用性の高い未完成な医療行為を積極的に行わせることが社会のためになるのか、患者に不利益な結果に関わった医療従事者を厳しく糾弾する厳罰主義により管理するのが社会のためになるのかという国民の選択です。

ほとんどの先進諸国は医療行為については刑事免責とした方が社会が享受する利益が大きいと考えていますが、日本がこれに盲従しなければならない理由はありません。日本は特殊な社会ですから刑事免責にしない方が利益が大きい十分な理由があればそうすればよいことです。ただ、医療側からみて曖昧な基準で刑事罰を科せられるという不安は逃散、萎縮医療、防衛医療をまねくものであり、医療レベルが数の上でも技術水準の上でも一定以下のレベルとなった場合、「はい、今のは無しよ」ですぐに現状復帰するものではなく、一旦崩壊した医療が再構築されるまでには長い年月がかかります。これは脅しでもなんでもなく技術・知識の伝承と当事者のモチベーションを考えれば明白な事実です。

現在の医療体制はシステム構築に根本的な問題がありますので、今の医療を放棄して新たな医療体制を最初から構築するというのであれば、刑事免責不要論、厳罰主義は長い目でみるとよい選択肢になるかもしれません。あるいは周産期医療・救急医療が壊滅状態となることで社会を支える世代が激減し国力が衰退して長い目で見れる人さえいなくなるかもしれません。いずれにせよ国民は選択の結果を他人に責任転嫁しないことです。

 医師の多くが

医療側からみて曖昧な基準で刑事罰を科せられるという不安は逃散、萎縮医療、防衛医療をまねく

と考えておられるのであれば、「医療側からみて曖昧な基準で刑事罰を科せ」ば、「逃散、萎縮医療、防衛医療をまねく」ことになるのでしょうね。

 ことの是非善悪にかかわらず非医療側がどう考えようと、医療側がそう考えればそうなる、ということを非医療側は認識する必要があるんだろうと思います。

>医療側からみて曖昧な基準
ここまでの議論のコメントも他のスレも含めて読破するのにかなり時間が掛かりました。
医療問題についても法律問題についても私なんかは全くの畑違いのことですし、知識もあまり無く、深く議論するということもできませんが、感覚的な疑問で申し訳ありませんが、
どういう基準があったら良いんでしょうか?
私は素人ながら、かなりの範囲で医師に対する刑事責任は追及するべきではないな、と思っていますが(その方が医学の発展にもかなり繋がっていくと思う)、ただすべて完全に免責することにも一抹の不安は感じています。

>No.39 fuka_fuka様の
・故意または故意に匹敵する重過失のみ刑事責任追及、それ以外は免責(非犯罪化)すべき。
・民事上の損害賠償については、「過失」があれば責任を認めるべき。ただし損害額の評価は現在の基準は不当。

を後は法文化すれば、かなりの医師の方々が賛同できるのでしょうか?(fuka_fuka様の私見を引用し、申し訳ありません)
私が感じるに>故意に匹敵する重過失というところが、まだ少々曖昧に感じますし、民事上の云々の所も、個人(医師)に対する責任を問うのには、まだちょっと医師の方が負担大きいなと感じますので、インフォームドコンセントの徹底により、後は何か保険のようなもので完全対応できないものかな〜と思っているのですが。

「全国医師連盟」の話に戻るのですが、yamaさんの
>医師連盟は患者のことを考えていないという旨の発言が見え隠れしますが、医師たる者、患者を第一義に考えるのは当然であり、ホームページを見ましてもそのような趣旨の発言には思えません。このような発言は撤回していただければと存じます。

私も件の医師連盟の要望書について批判的な意見を述べた一人ですが。
「実際に患者を第一義に考えていない」というのと、「問題の文章が患者を第一義に考えていないように見える悪文である」というのは別の問題なのでは?

小倉氏や私のみならず、あれについては、Cat Surgeonさん、ハスカップさん、元ライダーさん、ろくろくびさん、医学生1年さん、元外科医さん、消火器内科医さん、あっくんさん、MultiSyncさんが、文章が拙劣、突っ込みどころが多い等の表現で、文書についてのご意見を述べておられます。医師の方々にしても、さしあたり肯定的な反応は見られません。

…とここまで書いて思ったのですが、yamaさんは小倉氏のブログから張られた件の意見書自体を読んでないのでしょうか。
http://www.doctor2007.com/iken4.html
ここではこの要望書が問題になっており、前述の通り皆さん大変にこの意見書を批判的な目で見ています。ただこれはHPから今は飛べませんね。小倉氏のサイトからここにとばなければ、このエントリだけを見ている人には何の話かわからないのかもしれません。

別エントリの小倉氏の国語力についての批判についても何かかみ合わないと思ったので、追記として前述ではありますが、確認として書かせて頂きます。

> まるさん
要望書は見ています。確かに要望書だけの問題とブログ全体の問題を混同していました。

「厚生労働大臣に対する全国医師連盟設立準備委員会会員の声」

と最後に記されているように、これはもともと一般向けに書かれたアピールではなく、厚生労働大臣宛に向けた要望書でしょう。つまり医療行政に相当程度の知識を持っている人に向けた書かれた文章です。だとすればこんなもんではなかろうかとも思います。

では何でそんなものを公開したんだといわれればよくわかりませんが。

 

医師連盟の意見書に対する素人の感想としては、
前提を省いた説得力に欠ける文章で、医師サイドからの要望をずらずら書き並べただけとの印象です。
厚労相に当てたと思われますので、提出のときに説明する(した?)のでしょうけど。

サイトに掲載し、医師および一般の賛同を得たければ、冗長になるかもしれませんが、これまでの経緯を書き、患者・医師双方にメリットがある(と思われる)ように書き直しでしょうね。

しかし、TOPから飛べないページを直リンしてまで批判するのもどうかと思いますが。

その昔、某国共産党が「要求実現闘争」なるものをやったことがありますが、(正しい名称は記憶の彼方です。)似たようなもんですね。

ここに出入りしている医療関係者の雰囲気が連盟にも反映されているのならば、彼らの患者第一の志を疑いはしませんが、このブログを知らずにあの文章からそれを読み取るのは困難です。

ただ、O弁護士のあのエントリーは文章力を問題にしてはいませんよね。まるさんの言われる、

>「実際に患者を第一義に考えていない」というのと、「問題の文章が患者を第一義に考えていないように見える悪文である」というのは別の問題なのでは?

に則ると、O弁護士の主張は明らかに前者です。このエントリーの皆さんはほとんど後者でしょう。

 昨夜の自分のコメントに対しても反応はなかったようですね。それはそれで不満があるわけではありません。

> この事件の過失判断は、もはや、「過失があるかないか」ではなく、「過失があると見るべきか見るべきでないか」という政策的判断の様相を強くしているのではないかと思っています。
 とのモトケンさんのお言葉が大変参考になりました。
 実際、自分もこの見るべきかで処理されたような気もします。これは推定であって、反証を期待されたのかもしれません。しかし、その負担というのはとんでもないもので、16年以上の歳月が経過しています。
 これまでの経緯を知らない方々には理解も困難で、まさに乱入者に移るかもしれません。
 ただ、この医療問題との共通点は、検察に非を認めてもらう、というところにもあるような気がしています。
 自分の知る限り、誤認逮捕以外に検察が間違いを認めた例というのは聞きません。ただし、単なる間違いでなかったというあたりも考慮する必要があると思います。
 また、秋葉原事件との関係でも、述べておこうと思ったのですが、重大な結果を起こしてしまった場合、事実を含め、言いたいことを言えるような状況ではありませんでした。
 これは個人差もあると思いますが、特にお医者さんの場合、人の死に遭遇する機会が多いはずで、動揺で思わぬ方向に流れることもあるかもしれません。
 さらに、同じ病院の同僚であっても、反目や対立が潜在的にあったりして、取調べ側に迎合されて不利益な誘導をされる場合もあるかもしれません。
 実際、5年ほど前でしょうか、金沢大学の付属病院だったと思いますが、医療事故だったかに絡み、大学内部から偽証罪だったかの告発のようなものがあったみたいです。
 たまたま、新聞で見かけたので、詳しいことは知らないのですが、相当こじれてもめていたみたいです。

 それに自分の場合、自分に有利な事実をしるのも被害者の家族だったのですが、意識不明の重体で後遺症が残ったということもあり、被害者家族の被害感情も厳しく刑事裁判に反映されました。
 ただし、判決当日には傍聴にこないなど、処理に納得していないことも明らかなはずであり、私個人との関係でもいろいろありました。

 以前、モトケンさんに釘を刺されたこともあり、ここで具体的なことは書けないのですが、被害者と私は同じ会社の事務員と運転手という関係でした。
 事件は夕刊にも報じられ、そこでは「半年前から交際していた金沢市内の女性」となっていました。警察が交際していたと記者発表したみたいですが、私自身は、警察署に出頭直後から、交際についてはわからない、の一点張りだったはずです。そもそも交際しているという自覚があれば、起こすはずもなかった事件ですし、精神的にも身体的にもずいぶん追い詰められ、疲弊しきっていました。
 さらに、裁判を受け、服役を満期で出た後は、被害妄想だという評価も受けています。このように既成化された事実を作り出した連中を相手に、私は16年前事件の事実上の再捜査を含む刑事告訴をしているわけでもあります。
 私も法律には素人でありますが、裁判における事実認定の困難さも身に染みています。
 もう一つ、特徴をあげれば、最高裁から上告破棄の決定書が届いたとき、拘置所の担当職員が。食器コウと呼ばれる独居の窓口に、六法全書を開いておいて行き、見ると刑事訴訟法の再審請求のページでした。
 本当は、平成15年の再審請求で、金沢地方裁判所の次席書記官から、住所変更をするようにいわれ、再審開始の決定を出す雰囲気もあったのですが、私の方から住所変更はしないと拒みました。
 同時に裁判所に提出していた上申書に、インターネットを使った情報発信の開始を告知したのですが、まもなく請求棄却の決定書が届き、相手が裁判所から金沢地方検察庁に移ったのです。
 それまでの検察の態度は、裁判所に再審請求をしてください、の一点張りだったのですが、告訴もしくは告発事件として、3回ほど受理を受け、処分通知書も受け取り、これもネット上で公開し、今の公開中のはずかと思われます。
 ただ、当初メインにしていた個人サーバは、現在停止中であり、ブログをメインにしています。サーバの方もこんどOSを入れ替える予定ではあります。
 マスコミには今のところ、相手にされていませんが、検察には相手にされています。最後に電話を掛けたのが、今年の1月21日だったと思いますが、その時も40分ほど話をしました。ほんとは5月の連休の前後にも連絡すると伝えてあったのですが、しませんでした。
 検察は、私の自由意志に任せた状態であり、急かすことも連絡をしてくることも、今のところありません。
 医療を含めた刑事弁護でも、起訴前の段階で解決できれば、それにこしたことはないはずです。そのあたりも含め、参考になることもあると思いますし、私は理解を得る必要がある立場だとも考えているのです。

 とりあえず、ちょっとだけ説明させて頂きました。
様子をみながら、自分のブログでもちょこちょこ、あるいは一纏めに書いていく予定です。
 ご理解のほど、よろしくお願い致します。

 医療関係者でも法曹関係者でもない私ですが、「患者の取り違えや点滴の作り置きのように、「医療の不確実性」云々の問題ではないミスで患者が死に至る場合」まで含めて免責にせよ、というような主張が通るとはとても思えません。医療関係者でも普通の感覚を持った方なら、そのような主張が通ると考えているとは思えません。

 従って私の感覚では、医療関係者の多くは全ての免責を求めている、というような読み取り方をすることが困難です。医療関係者がそんなに愚かな人間の集まりだなどと考えること自体が馬鹿げているからです。例え論敵であっても、私にはそこまで人を見下すことは出来ません。まぁ、ごく一部にはそのような主張をされる方もいるかもしれませんが、大部分の方は免責とすべき範囲にそれなりの区切りをつけておられると思います。(範囲の大きさには異論があると思いますが)

 このような感覚は一般的ではないのでしょうか。また、小倉弁護士の感覚とはかなり異なっているのでしょうか。

つい先ほど、某ブログに新しいエントリ(16/06/2008)が掲載されました。

「他の医師達の意見を聞きながら捜査を進めていく…」
「業務上過失を問うのは適切ではないと検察官を説得…」
あれっ? これらの理屈、どっかで呼んだような???
呼んでいる内に何やらデジャヴな感覚が…、

あっ!このモトケンブログで1年前に繰り広げられた「医師 vs 法曹」の論争で、コッチの皆さんはタップリと慣れ親しんだ論旨じゃないですか!
何を今さら…、説得しても検察官が譲らないから8月20日の判決なんでしょ!


追記、
「レベルが高いと自称する某ブログのコメント欄を見ても」
という記述を最後に読まされて、思わず苦笑い。

No.127 無印粗品@一般人さん

医療関係者の多くは全ての免責を求めている、というような読み取り方をすることが困難です。医療関係者がそんなに愚かな人間の集まりだなどと考えること自体が馬鹿げているからです。

「起訴=刑事責任の追及」と言う認識を持っている社会であれば問題ないですが、「書類送検=刑事責任の追及」とか「警察による捜査=刑事責任の追及」と言う認識を持っている社会の場合、全ての免責をしなければならないかも知れません。


大半の場合に刑事免責を行い、ごく一部のケースのみ刑事罰を適用するとしても、刑事罰に値するかどうか調べるために警察が捜査し、検察に書類を送検する必要があるわけです。警察による捜査や、書類送検は本来「起訴に値するかどうか、刑事罰を追求するに値するかどうかを判断する」ためのものでありますが、警察による捜査を刑事責任の追及だと受け取ってしまうと何もできなくなります。


この対策としては、医師を中心にした第三者委員会による告発を受けて、初めて警察や検察が捜査に乗り出すというシステムを作れば医師の不安はある程度緩和されるかも知れません。

アッチの某ブログ更新に気を取られて、No.127 無印粗品@一般人さん に先を越されてしまったのですが…。

「刑事免責」の要望について、医師の皆さんからも「誰が見てもこれはヒドイ」と思える重過失事故については、刑事訴追は容認するご意見が出ています。つまり医師の行為が「マトモな医療行為」なのか「トンデモ行為」なのか、どこかで線引きして、誰かが判断することが必要になる。

例えば先日の作り置き点滴液死亡事故、これが故意または重過失の刑事訴追も容認する「トンデモ行為」に該当か否か、誰がどのようにして決定するのだろうか?

その片方で、「司法の玄人であっても医療の素人」が刑事訴追をするか否かを判断するのは反対である。なぜならば「医療の素人」に医療行為を正確に理解して判断することは無理だから…。

という二つの主張から、訴追を容認するか否か判定する権限も医師に委ねるべきであり、医師で構成された「刑事訴追検討委員会」みたいな組織を作って判定させれば宜しい、ということになりますが如何でしょうか。ある意味で医師が医師を裁くことになると思うのですが…。

>No.128 法務業の末席さん

読みました(読むこと自体釣られているわけで腹立たしいですが)。
いったい何周遅れで走ってるんですか、あの人は。
なんか、会議の席で部下のアイデアをボロクソにけなしておきながら、上役には「私のアイデアです」と提出して誉めてもらうダメ上司みたいです。

ブログの世界でも「チェリーピッカー」というのがあるんですね。

>>No.129 しまさん
>「書類送検=刑事責任の追及」とか「警察による捜査=刑事責任の追及」と言う認識を持っている社会の場合、全ての免責をしなければならないかも知れません。>

非常に正鵠を射たご見解と思います。
とぴずれですが、おっしゃるとおりの社会に来年裁判員制度が導入されるわけですが、今のまま導入するのであれば裁判員制度が開始されると同時に現行の検察審査会の機能を全停止する措置が、回路が焼き切れて新司法制度が自爆しないために不可欠の安全弁となるでしょう。

行政処分に関する上申書
http://www.yuki-enishi.com/informed/informed-06.html

No.126でご紹介した金沢大学の医療問題ですが、ちょっと検索を掛けると、このような情報が見つかりました。産婦人科とは今気がつきました。
 このような情報が公開されているとは、意外でしたし、参考になりそうなのでご紹介します。

 googleで「金沢大学 偽証罪」と検索を掛けたのですが、先ほどの自分のコメント自体が、2番目になっていました。やけに早いです。

(保留になってましたので転記します)

三重のセラチア事件も小生の考えでは刑事司法の介入はすべきでなかったと思います。ただし現行法では強制力のある専門調査機関はないので、今のこのやりかたで真相究明できるかどうかを見守りたいと思います。人が死んでることはやはり重いです。

>No.130 法務業の末席さん

訴追を容認するか否か判定する権限も医師に委ねるべきであり、医師で構成された「刑事訴追検討委員会」みたいな組織を作って判定させれば宜しい、ということになりますが如何でしょうか。

 以下は、医師に対して(医師免許取り消し、医業停止などの)行政処分を決める医道審議会の第一回審議会の時のメンバーです(順不同)。

医道審議会委員
・社団法人日本医師会会長
・社団法人日本歯科医師会会長
・社団法人日本看護協会会長
・財団法人愛知県健康づくり振興事業団理事長
・財団法人日本医療保健事務協会理事長
・国立療養所宇多野病院臨床研究部長
・国立身体障害者リハビリテーションセンター総長
・国立国際医療センター総長
・東京都老人医療センター看護部長
・榊原記念病院院長
・東京女子医科大学病院看護部長
・千葉大学学長
・埼玉県立大学学長
・愛知学院大学学院長
・日本歯科大学学長
・三重県立看護大学学長
・北海道医療大学看護福祉学部学部長
・東京医科歯科大学名誉教授
・日本社会事業大学客員教授
・愛知医科大学看護学部教授
・慶應義塾大学医学部教授A
・慶應義塾大学医学部教授B
・兵庫医科大学医学部教授
・東京医科歯科大学歯学部教授
・大阪大学歯学部教授
・上智大学法学部教授
・専修大学法学部教授
・獨協大学名誉教授
・医事評論家

厚生労働省側(関係職員)
・厚生労働大臣
・厚生労働事務次官
・医政局長
・大臣官房審議官
・医政局総務課長
・医政局歯科保健課長
・医政局看護課長
・医政局医事課長
・医政局医事課試験免許室長
・医政局看護課看護職員確保対策官

 行政処分ですので、刑事処分とは違いますが、医師(歯科医師)免許取り消し処分は、医師(歯科医師)にとっては死刑宣告と同じことだと思います。ちなみにメンバーの中には、法学部教授も含まれています(医歯学部がない大学の学長の専門は分かりませんが、中には法学専門の方もみえると思います)。

 殺人や強姦などの容疑の場合には、医業に無関係な場合が多いので、捜査に委ねることになると思いますが・・・

 医療過誤なのか?(業務上過失致死傷容疑)や、通常の診療行為の範囲内なのか?(準強制わいせつ容疑)などを判断する場合に、医道審議会のようなメンバー構成(刑事処分の場合には、どちらかと言うと法学関係の方が多くなるのかな?)で組織すれば対応可能だと思います。

 (医道審議会が厚生労働省設置法に基づいて設置してありますから、何らかの新たな法、若しくは法改正して新たな条文を作る必要があると思いますが・・・)検察庁は法務省管轄ですから、法務省で似たような組織を作れば、そこで判断するようにするのは可能だと思います。

 判断するには、(特に死に直結しやすい脳神経外科、外科、産科など)の医学は勿論のこと、通常の診療行為の範囲内なのに準強制わいせつ容疑で訴えられている現状では、全ての医療行為がどういうものなのかくらいの知識を持っていることも必要だと思います。

 警察の捜査官や検察の検察官、司法の裁判官が、これらの知識を持っているのなら、任せておいても心配ありませんが、現状はどうでしょう?

 送検されてから起訴するまでに日にちが決められていますが、可能ならば、司法に移ってからでなく、起訴前に判断できるようになれば・・・と思います。

 生あるものには必ず死が訪れますし、人の生命力にも差があります。人の能力にも差がありますし、限界もあります。医学も日々進歩していますが、万能ではありません。

 今は、こういうことも考えなければいけない時代になってしまっているのだと思いますね。。。

> No.130 法務業の末席 様
> No.135 参考 様

横入り致します無礼をお許し下さい。
私も法務業の末席様のお考えと同じように感じています。
現在厚生労働省を中心として検討が進められている医療版の事故調査委員会が、望ましい形で結実すればと思いますが、当該組織の試案やそれを踏まえた関係者の方のBlog等を素人の私が拝見する限りにおいて、途は険しそうに感じます。
一応法案化待ちの組織の設立が関係各所で議論されている段階なので、全く白紙の状態から新規に何等かの組織を作る方向での議論にはなかなか向かわないだろうと感じます。
如何なる形であれ、法律の改廃を伴う作業となると、国会(及び報道等々世論という名前の存在)の同意を得られるか否かが大きな課題になるのでしょうが、感触としては望ましい形で結実させるのは相当の困難を伴うのではないでしょうか。何とか良い形で決着して欲しいと思います。

>No.135 参考さん

医道審議会の情報を詳細にありがとうございます、と言いたいところなんですが、当職は厚労省専門の法律職(社会保険労務士)ですので、医道審議会にしろ、現在進行中の「事故調」設立の審議経過などの資料は、ほぼ一応目を通して頭に入れた上でコメントしております。またこのモトケンブログの常連投稿者の多くも、そうした知識・情報を持っている方々ばかりと思います。

さて所用の法改正を行なって、医道審議会をして医療事故を刑事訴追訴追するか否か決定する権限を付与するにしても、事故が起きた医療行為の関係者から事情聴取したり、カルテや使用した医薬品・医療器具などの証拠資料を検証する「調査の作業」がどうしても必要になります。

現行の刑事捜査&刑事訴追システムでは、こうした「調査の作業」は第一に事故発生地を所轄する警察署が初動捜査を担い、そうした初動捜査の結果を送検によって検察が引受け、更に検察官の捜査を加えて刑事訴追に相当するか否かが決定されます。これらの現行の検察など刑事訴追機関にしても、司法試験に合格して任官した検察官(司法試験合格を要件としない副検事も含めて2000名強)の他に、検察事務官とか庶務を担う一般職など多数の人員が関わっています。

法律1本制定して、十数人の「実際の医療に詳しい人」で新たに医療事故専門の訴追判断委員会を発足させれば宜しい、という主張をされる方(参考様がそういう人であると言う意図ではありません)は公平公明に法律を運用する大変さに対する理解と想像力が不足していると感じます。

全国医師連盟という組織は、某巨大掲示板サイトで愚痴めいた投稿をされる「HN上の自称医師」の方々のオフ会ではなく、政治や行政、さらには国民一般(患者という括りは私は適当でないと私は思っています)に対して、「現実の医師」として現実世界で実際に要望し運動し行動する為に組織された団体である。私は過去1年かの全医連設立の動きを端から見ていてこのように感じております。

このように全国医師連盟が国民社会全体に向けて本気でアピールするつもりであるならば、「刑事免責」という四文字をお題目の如く軽々に主張されるのは、決して良い理解者を増やす方向には働かず、無用な反発や批判・中傷を呼び込むであろうと危惧しておりました。案の定、今般このモトケンブログを批判された某弁護士ブログとの論争において、私が全医連設立について投稿した途端、某弁護士は全医連の主張を徹底的に叩いております。

医師の皆さんが単に愚痴を言い、逃散と称して訴訟リスクの高い医療分野を敬遠される現状に、微力であろうとも改善や改革の為に活動しようと現実世界で行動された、黒川代表が束ねられた全国医師連盟の皆さんに私は心より敬意を表します。同時にこの団体の活動が広く国民に知られ、主張が支持され、病んだ医療システムが少しでも改善されるよう、切に希望しております。

こうした私自身の応援・支持の気持ちの裏返しが、安易な「掲示免責」という四文字主張に対する私の批判的な意見に繋がっているのです。こうした心情をごこのブログに出入りされている医師の皆さんに理解して頂きたく、長文を投稿致しました。

皆さんの議論・投稿の流れを妨げたことをお詫び致します。

前も言ったような気がしますが、公序良俗に反するって事で現状の裁判では無効とされるされる「うまく行かなくても絶対訴えないからお願いします!」という契約をある一定条件を満たせば「有効」とするだけで殆どの問題は解決するように思われるのですが法学論上不可能なんでしょうか?

みみみさん、法務職の末席さん、議論の主体は「日本医師同盟」「日本医療」等のほうであって「小倉氏」ではないですから。いちいち小倉氏がああいったこういったという意見で釣られる必要もないと思います。

>全ての医療行為がどういうものなのかくらいの知識を持っていることも必要だと思います。
このご意見に異論はないのですが、そのためにはすべての医療行為をさらに公開の方向に進める(全録画、全記録)という必要が生じてくるように思えますがいかがでしょうか。

>137投稿への自己レス

最終のパラグラフにおいて、下記の文章中の太字語句の訂正です。

(訂正前)
こうした私自身の応援・支持の気持ちの裏返しが、安易な「掲示免責」という四文字主張に対する私の批判的な意見に繋がっているのです。

(訂正後)
こうした私自身の応援・支持の気持ちの裏返しが、安易な「刑事免責」という四文字主張に対する私の批判的な意見に繋がっているのです。

その他ミスタッチでの文字の間違いがいくつかありますが、ご容赦下さい。

 「刑事免責」と言う言葉についてNo.137 法務業の末席さまの補足というか私の考えを少しだけ・・・

 まず、「刑事免責」と言う言葉の本来的な意味ですが「故意であろうが過失であろうが刑事責任があることを前提に、その責任を免除する」ことを意味するはずです。「福島大野病院事件の加藤医師は刑事免責」とおっしゃる方を以前見かけましたがこれは明らかに誤解を招く発言となります。
 しかし、現在「刑事免責」と言う言葉はその本来的意味を離れて(1)故意以外の非刑罰化、(2)故意・重過失以外の非刑罰化、(3)立件要件の厳格化(黒川衛氏)、(4)適正な善管注意義務の水準を求めている表現(Yosyan先生)、など様々な使われ方をされてしまっています。ここ数日「刑事免責」と言う言葉を何度も見ましたが、私はこの言葉を見るたびに、「どういう意味でこの言葉を使ってるのか分からない」と言う困惑を感じました。
 医師の間での合言葉と言うかスローガンとしての意義が「刑事免責」と言う言葉にあったことは否定しませんが、全医連が発足し、オフィシャルな場でも関係者が発言を求められる段階に至った現在においてはそろそろ言葉を見直さなければならない時期に来ていると思います。

 以下、ちょっと厳しめのことを一つ。
 この「刑事免責」と言う言葉の見直しをするにあたり、医師は一つの壁にぶち当たる可能性があると思います。今まで「刑事免責」と言う言葉で一見まとまっていた医師の間でも上記したように必ずしも要求しているものについてのコンセンサスが得られてわけではないように見えます。(1)、(2)のように非刑罰化(実体法の改正)を求めるのか、(3)、(4)のように刑事手続面での改善を求めるのか、非刑罰化を求めるとしてもどの範囲での非刑罰化を求めるのかは論者によってまちまちです。
 実は全医連の間でも合意はできていないのではないか、との疑念を持っています。「刑事免責」と言う言葉に代わる医師の共通の目標を設定できない限り全医連は「刑事免責」と言う言葉から脱却できないかもしれませんし、脱却できない限りはNo.137 法務業の末席さまご指摘の問題はいつまでたってもついてまわることになるかもしれません。

罪刑法定主義からいえば、法律で免責を定めることは可能だろう。

 法律の世界では、「刑事免責(イミュニティ)」といえば、もっぱら「故意犯罪を免責する(当然それより軽い過失犯罪の免責も黙示的に内包される)」意味に使われているので、使う意味を断って定義してから使った方がいいと思います。誤解されてあらぬ攻撃を受ける明白かつ現在の危険がある(あった)からです。

素人ながら、医学の発展を妨げる事に繋がるのは賛成できないと考えています。ただ医療事故などが起こった場合には、原因究明が確実に出来る環境であって欲しい。

ゴッドハンドと呼ばれる医者が執刀すれば成功したであろう手術だとして、一般人がその先生に当たるのは無理だと理解してます。そんな先生でも若い頃からゴッドハンドでは無かったと思いますし。

危険性の説明は執刀前に承諾書を書くのである程度覚悟は出来ますが、事が起こった際の原因究明出来る環境は素人にとって安心出来ます。手術録画してる病院もありますが、何だか安心感が持てるのも事実ですね。


身内の話ですけど、胃ガンの再発で開腹後に手術断念し、療養してましたが、劇的回復を見せて奇跡のようですが胃ガンは消えました。しかし最初の手術により食道が細くなっていた事もあり、食べ物は全てみじん切りで食べていたんです。
劇的回復を先生も喜び体力も戻ってきた頃、食べ辛そうにしてる患者に食道を広げる手術を提案されました。説明では簡単そうなので患者がそれを強く望みましたね。で、手術をしたんですが、途中で大変な事が起こり身内を呼ぶようにと・・・結局手術は失敗で、二度と手術前のような身体には戻らず、数ヶ月後に亡くなりました。

まぁ 当人が強く望んだ事でもあり、当人で無い私がとやかく言っても仕方ありませんが、もう少し危険である事を伝えて下されば当人も思いとどまったかもと思います。これが医療事故なのかそうでないのかは私には分かりません。ですがどんな簡単と言われるな手術であろうと命に関わる問題が起こりえる事を学びました。そして疑えばどんな事でも疑える気持ちにもなる、特に身内ならばね。

私のカミさんも手術をした事がありますが、その教訓を生かし執刀医には色々と危険性の説明を伺いました。もちろん丁寧にですが。


関係ない話を長々としてしまいましたが、医者に対しての刑事罰の免責は必要だと思います。でも身内だと疑わなくていい事まで疑ってしまうのが人間です。そういう思いを緩和する意味でも、病院側が積極的に真相究明出来る環境を整えて欲しいと願います。

医者は神様ではありません、人間ならばミスも犯すでしょう。何処まで患者側がそれを理解し、何処までを免責とするかも患者側は考えなければなりません。医療の発展を阻めば後世の人達にとっては打撃となりましょう。また、医師側も理解される医療を目指す事に前向きでありつづけて欲しいと願っています。

小倉氏は相も変わらず比喩としての対照性を持たない事例を持ち出してきますねえ。

弁護士の実務に擬えれば、「敗訴したクライアントから料金を取ったところ、詐欺罪で起訴された。公判で検察側は『代理人弁護士は依頼人を法廷闘争で勝利させるのが職務だが、この弁護士は適切な主張を行わなかったことで依頼人を敗訴させた』と糾弾された」

安田弁護士を喩えに使うならば、「被告人の弁護を行った光市の事件で『弁護人主張が全て却下され死刑判決が下ったのは、弁護人の業務に過失があったからである。この過失について、安田弁護士は刑事処分相当である』として起訴された」。

どうして大野病院事案が全国の産科医に衝撃を与え「崩壊への引き金となった」と言われて来たのか、こう喩えれば小倉氏にも理解できますかね?

ある産婦人科医のひとりごと
http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2006/03/post_ba84.html
によれば
1、癒着胎盤だけでは約0.01%とまれな疾患(これは上のER医さんも書いている)
2、癒着胎盤は臨床的には、胎盤用手剥離に伴い大出血をきたすことから、二次的にショックやDICを引き起こす。母体死亡に占める割合も約3%にものぼり、産科的に重要な疾患である。
3、前置胎盤、帝切の既往は癒着胎盤の重大な危険因子であり、報告によっては両者の合併例における頻度は10%以上とするものもある

と、あります。
あっくんが昔2ちゃんねるで得た情報もこんな感じだったと思います。
だから、だいたい正しいのでしょう。

>No.107 きよ@一般さん
>「癒着胎盤の手術をするには貧弱」という意味であれば、そのとおりです。ただし、上記の通り癒着胎盤は事前に分かりませんでした。

確かに、100%癒着胎盤だとは断言出来ませんが10%ぐらいの確立で癒着胎盤なわけです。癒着胎盤は大出血をきたすことから周産期センターや大学病院のような輸血も医師も十分な施設で出産するのが適切です。

つまり、加藤医師は被害者に
『ココでは危険なので出産出来ない。周産期センターに行ってくれ』
と断言する義務があったわけです。

そんな義務を怠った加藤医師に社会的ペナルティーを課すのは当然だときよさんは思いませんか?
 

>No.146 あっくんさん

リンク先のページを拝見しました。ところで

(6) 診断  分娩以前には、その診断は不可能である。しかし、分娩後に胎盤遺残を認め、胎盤娩出促進法を行っても胎盤剥離徴候が認められない場合には、癒着胎盤が疑われる。分娩後の超音波診断法では、正常胎盤付着部に認められる retroplacental hypoechoic lesion の欠如または消失する所見として、癒着胎盤が認められる。確定診断は摘出子宮または胎盤の病理組織学的な検索によってのみ得られる。

はご覧にならなかったのでしょうか。それとも意図的に無視されたのでしょうか?

1,2はエントリ本文中の記載にありましたが、

3、前置胎盤、帝切の既往は癒着胎盤の重大な危険因子であり、報告によっては両者の合併例における頻度は10%以上とするものもある

が見あたりません。コメントの

前置胎盤、帝切の既往は癒着胎盤の重大な危険因子であり、報告によっては両者の合併例における頻度は10%以上とするものもあるようでね。少なくとも今回のケースでは文献的には極めてまれな病態で術前予測は不能という言い分は通らないように思われますが如何でしょうか。もちろん確実な診断が可能であったという意味ではないですよ。胎盤癒着の可能性を考慮して症例に対処すべきであったと主張されれば苦しいのではないでしょうかという意味です。

投稿 外科系勤務医 | 2006/03/01 22:17

からの引用でしょうか。ただ、コメント欄ではその後に

0.01%の102倍で1%強。 最近癒着胎盤がふえたというAmerigan College of Obstetricians and Gynecologistsのcommittee opinionによもので癒着胎盤の頻度が0.04%これで計算上しても4%強の確率です。 自分が探した中で、前置胎盤の中で帝王切開0,1,2,3,4以上での癒着胎盤の割合 4,14,23,25,50%というのがありました。 10%以上のリスクというのは、「帝王切開が2回以上かつ前置胎盤」というリスクファクターあった場合と考えるのが妥当かと思います。 まして今回は帝王切開侵襲部でない後壁付着であることを考えると、頻度はやはり高くないのではないでしょうか。

投稿 オダ | 2006/03/02 00:13

という反論も出ていますね。

>No.148 無印粗品@一般人さん

その記述と↓は衝突しませんよ。

3、前置胎盤、帝切の既往は癒着胎盤の重大な危険因子であり、報告によっては両者の合併例における頻度は10%以上とするものもある

あと、
4、この被害者は、前置胎盤、帝切の既往があった
を付け加えておきます。
 

じゃ、書き換えましょう。

『前置胎盤、帝切の既往のあった被害者は4%の確率で危険な癒着胎盤の可能性がありました。 産科医なら当然その危険性を患者に話し高度な施設での出産を被害者に進める義務があります。 その義務を怠った加藤医師に社会的ペナルティーを受けるのは当然と、無印粗品@一般人さんは考えています』

で、いいですか?
 

No.151の文章の主語は無印粗品@一般人さんではなくてあっくんさんでしょ?

96:4のバクチで96に賭けて4が当たったら刑事罰ですか? それで萎縮医療が起きない方がどうかしてますね。

No.151 あっくんさん

裁判に出てきた病理の議論読みましたか?
後壁付着の前置胎盤という意味分かってますか?
加藤先生が行った手術の手順を理解してますか?

>No.152 みみみさん
その言い方をするなら、加藤医師は96:4のバクチを被害者に強いたわけです。

つーか、産科医の人がいたら教えて欲しいんだけど、
周産期センターでの癒着胎盤患者の死亡率は何%ぐらいなんですか?

 現在は判決待ちの状態です。
 今、限られた情報に基づいて議論しても実益は少ないでしょう。

 あっくんさんはそう考える。
 別の人は別の考え方をする。

でいいのではないですか?

 しかし、すでに別の場所でも書きましたが、医療崩壊という観点で見れば、あっくんさんがどう考えようと、あっくんさんの考えが正しかろうと間違っていようと、出た判決を医療側(または妊婦側)の大多数がどう考えるかが決定的に重要です。

 それが判決の社会的影響というものです。

では、

『前置胎盤、帝切の既往のあった被害者は4%の確率で危険な癒着胎盤の可能性がありました。 産科医なら当然その危険性を患者に話し高度な施設での出産を被害者に進める義務があります。 その義務を怠った加藤医師に社会的ペナルティーを与えるのはよくないと、モトケンさんは考えています』

で、いいのですか?
 

No.151 あっくんさん

引用したコメントは

まして今回は帝王切開侵襲部でない後壁付着であることを考えると、頻度はやはり高くないのではないでしょうか。

一般には4%でも今回の件は更に低かったのではないかと書いてあります。自分の都合の良いところだけ拾い読みしていませんか?

私は、あなたのコメントの

3、前置胎盤、帝切の既往は癒着胎盤の重大な危険因子であり、報告によっては両者の合併例における頻度は10%以上とするものもある

はコメント欄から恣意的に自分の都合の良い部分だけを抜き取ってきたのではないか?ということを指摘したかっただけです。

私が本件についてどう考えているかを妄想されるのはご自由にどうぞ。揚げ足をとったりあら探しをする方とは議論をするつもりはありません。

分娩前に96:4だと告げられて、4を取る妊婦が一体どれだけ・・・いや、やめときましょう。

モトケンさんが言われるように、どんな判決であれ、双方はそれを受けて動き出す。その経過を見守るしかありませんね。

>No.157 無印粗品@一般人さん

そもそも、分母が少ないので、それは論文によって色々なのでしょう。
4%とする論文もあれば、10%とする論文もある。

ただ、
『高度な施設へ患者を送り、リスクを少しでも減らすのは医師として当然の義務だ』
とは、無印粗品@一般人さんは思わないのですか?
 

分娩前に96:4と告げられて、4を取る妊婦が一体どれだけ・・・いや、やめておきましょう。

もし有罪判決が出れば、私やあっくんさんが何をどう考えようが医師たちは動くでしょう。私たち一般人はそれを見守るしかありません。

No.147 あっくんさん 、
>つまり、加藤医師は被害者に
『ココでは危険なので出産出来ない。周産期センターに行ってくれ』
と断言する義務があったわけです。

言ったけど「遠いからヤダ」って「被害者」に拒否されたって話もあるのは貴殿はご存知な筈。まあソースは2ちゃんなので信憑性はアレですけどね。
仮に上記が事実であれば、私なら「私は絶対やりませんよ!応召義務!?告発でも何でもしろよ!!ちなみに罰則なんかないから!!」と患者サマに言い放つでしょうがK先生にはムリでしょうなあ…。

>No.155 モトケンさん
判決がどうこうではなく、モトケンさんの意見を聞いている。
『私には意見がありません』
なら、それはそれで結構。では、あらためて、

『前置胎盤、帝切の既往のあった被害者は4%の確率で危険な癒着胎盤の可能性がありました。 産科医なら当然その危険性を患者に話し高度な施設での出産を被害者に進める義務があります。 その義務を怠った加藤医師に社会的ペナルティーを与えるのはよくないと、モトケンさんは考えています』

で、いいのですか?
 

>あっくんさん

 あっくんさんが指摘しているようなことは救急医療にも言えるわけですが、医療側がリスク回避だけを考えたらどういうことになるかわかりますよね。

産科医なら当然その危険性を患者に話し高度な施設での出産を被害者に進める義務があります
あるんですか?

>No.161 10年前にドロッポしました。さん
はい、その話は知ってます。
仮に、被害者に懇願されたとしても、加藤医師は拒絶する義務があったと思う。
なぜなら、被害者は無知。加藤医師は癒着胎盤の恐ろしさを知ってるわけだから。
これが救急での対応なら加藤医師の対応は正しいと思う。

あっくんさん
>4%の確率で危険な癒着胎盤の可能性がありました。 

後壁付着の前置胎盤に4%なんてリスクがどこから出てくるのかね。
後壁付着(癒着じゃないよ)の意味分かってんの? 

>No.162 あっくんさん

>で、いいのですか?

 2chではこういうカキコが普通なんですか?

 ここでは許されません。

>No.163 モトケンさん
> あっくんさんが指摘しているようなことは救急医療にも言えるわけです
具体的な事例で示して下さい。
加藤医師の件が救急での対応なら問題ありません。

>No.164 惰眠さん
前置胎盤、帝切の既往のあった患者の場合、産科医なら当然その危険性を患者に話し高度な施設での出産を被害者に進める義務があります

と、訂正します。

皆さん、もうやめたほうがいい。
これはまさに「ためにする議論」ですよ。
No.165を読んで確信しました。
あっくんさんは誰の利益も考えていない!

>No.166 うらぶれ内科さん
あなた、医者なら信頼性の高いところから、データを探して下さい。
http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2006/03/post_ba84.html
ここのページでは4%だの10%だの言ってますね。
 

 私はNo.162を読んで確信しました。

 言質をとって議論を吹っ掛けるのはよくないですよ。
 生産性がないからです。2chのような自称論破なんて、このブログでは誰も相手にしないし求めていません。>誰とはなく

そうですねぇ。初期の頃は、私含めた事情に疎く最近問題を認識した人には、あっくんさんと皆さんのやり取りは端的に問題を把握するなど有益な部分もあると思ったんですが・・・

本日のカキコには益するものはありませんねぇ。

>モトケンさん
じゃあ、聞き方を変えましょう。

前置胎盤、帝切の既往のあった被害者は4%の確率で危険な癒着胎盤の可能性がありました。 産科医なら当然その危険性を患者に話し高度な施設での出産を被害者に進める義務があります。 その義務を怠った加藤医師に社会的ペナルティーを加えることについてあなたはどう思われますか?

No.159 あっくんさん

そもそも、分母が少ないので、それは論文によって色々なのでしょう。 4%とする論文もあれば、10%とする論文もある。

で、同じコメント欄に4%かそれ以下という記述があったにもかかわらず、10%の方だけを選んで引用したのは、恣意的に自分の都合の良い部分だけを抜き取ってきたという疑いについては否定しないと考えてよろしいのですね。

>あっくんさん
ちょっと待った。
>産科医なら当然その危険性を患者に話し高度な施設での出産を被害者に進める義務があります。
そんな「義務」が「当然」に存在するのですか?
身体的にも精神的にも不安定な状態にある妊婦に対して、「あなたは難しい症例である可能性が僅かながら存在するので、ウチではできません。死にたくないなら、不便でももっと設備が整った大病院に行って下さい。」と言う義務が産科の先生には科されているのでしょうか?
医師に対して、そこまでのリスク回避義務を負担させるのは警察でも躊躇します。
…もしかして釣られ過ぎなんですかね。

前置胎盤、帝切の既往のあった被害者は4%の確率で危険な癒着胎盤の可能性がありました。
確定のファクトですか?
産科医なら当然その危険性を患者に話し高度な施設での出産を被害者に進める義務があります。
そんな義務があるんですか?

というか、そもそも本件裁判は、起訴状によれば「癒着胎盤は予見できた、癒着胎盤が予見できたなら大出血も予見できた、そうであるから胎盤剥離+止血措置ではなく子宮全摘をすべきだった、でも被告人医師は胎盤剥離+止血措置を行ったので患者が死んだ、これは過失致死だ」って構図なんですけど。これ、理解できてますよねえ?

しかも他の産科臨床医はこれまでの証人尋問&検察側反対尋問で、検察の論拠をことごとく否定して来てるじゃないですか。
それら臨床医の証言を上回る、検察主張の補強材料を提起出来るならともかく、全然そのレベルに達していないのに「社会的ペナルティー」だなんて、とんでもないにも程がありますよ。

>No.175 無印粗品@一般人さん
http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2006/03/post_ba84.html
この長ったらしいページを上の方からながめて、
たまたま、
>投稿 ERR | 2006/03/01 22:16
>前置胎盤、帝切の既往は癒着胎盤の重大な危険因子であり、報告によっては両者の合併例における頻度は10%以上とするものもあるようでね

この記述を発見しただけですよ。
本当は2ちゃんの過去ログを探したかったんだけどね。

で、ここで重要なのは、
「全国医師連盟」なり「日本産婦人科学会」なりの声明で、
『前置胎盤、帝切の既往は癒着胎盤の重大な危険因子であり、〜〜%のリスクがある』
つまり、加藤医師に落ち度があった、という事を我々医学的に無知な一般人には一切伏せてた、
という事実です。
これはかなりヤバイことだと思うのですがどうでしょう?
 

あっくんさんの理論はある意味正しいです(そういう意見もあるという意味で)。
しかし、これが正しいと言うことになると手術は予想不可能なことも起きるし、事前に診断できなかったことも含むわけだから大病院で手術をしなければならないことになりますね。
そうなるとたらい回しは今までよりも多くなるわ、大病院は緊急手術6ヶ月待ち(実際にイギリスで似たことが起きていますね)なんてことになるでしょう。
あるいは、たらい回しもダメ、少しでもリスクがあれば(まあ、小さな手術でも少しリスクがあるのですけどね)大病院で手術しなければダメ、合併症も出したらダメ、勿論過誤はダメ、緊急手術はすぐにやらなければダメとなれば医師は過労死になるか、ミスの山を築くか(過労気味の人間がミスを起こすリスクは相当大きくなることがすでに実証されています)、リスクのある科をやめることになります。そうなるとどうなるでしょう。医療難民の山になりますね。
そういう社会を良しとするかどうかです。ヨシとするのであればその理論は正しいと言うことになります。

ということで、もう少し結果がどうなるかまで見据えて理論を展開なさった方がよろしいかと。上記の結果をすでに見据えているのであればこの発言は撤回しますが・・。

お暇なのでしたら過去の議論を振り返るのも意義深いと思われます
が、コメント欄の利用状況が本スレッドでの当初の目的(=小倉秀夫
さんがwebpageにて表明された意見(患者の権利は重んじていない、
など)に対するコメントを匿名/非匿名に係わらず募る)とかなりずれて
きているように見受けます。
当初の目的での利用には、依然として意義あるものと考えますが
、現状ではそれも難しいのではないかと心配しています。
そこで、本コメント欄にて継続中の特定の意見交換については
議論の場を移してはいかがでしょうか?

訂正させて頂きます。

しかし、これが正しいと言うことになると手術は予想不可能なことも起きるし、事前に診断できなかったことも含むわけだから大病院で手術をしなければならないことになりますね。

しかし、これが正しいと言うことになると手術は予想不可能なことも起きるし、事前に診断できなかったことも含むわけだから大病院ですべての手術をしなければならないことになりますね。

ついでにいうと、手術前にすべての可能性を話すのはほとんど不可能だと思います。頻度の高い合併症から話し、必要に応じて頻度の低い合併症の話しをする。それ以外は「予想不可能な合併症」としてまとめられます。
医師でも解らないマイナーな合併症はたくさんありますし、いくら時間があっても足りません。医師だって何万件もの症例を吟味するのは不可能です。
これが確率の高い合併症であれば展開は異なっていたかもしれません(でも、普通は説明しますので)。

>No.178 あっくんさん

『前置胎盤、帝切の既往は癒着胎盤の重大な危険因子であり、〜〜%のリスクがある』
のだとしても、このことは『加藤医師に落ち度があった、という事』を意味しません。 論理的につながらない二つの事柄を無理繰りくっつけ合わせて「これはかなりヤバイことだと思うのですがどうでしょう?」などと問いかけられても、精々「むかし杞という国があってな」としかお答えのしようがありません。

さて、そもそもの話題である小倉氏ウォッチに立ち返りますが、一連のモトケンさんとの議論(?)を眺めていたらしい方のブログに、またしても『言語明瞭意味不明』なひとことコメントをつけているのを発見いたしました。
双方の発言に関して、酌める部分は酌んで「今必要なのは(中略)医療業界と司法業界が溝を埋めていくことだと思います。デススパイラルを生まないためにも(中略)積極的に協力し合って欲しいものです。」とまとめられた記事に対して『「人の死」という結果が生じている以上,「疑いを掛けられる」のは仕方がないのではないかとは思います。』って・・・本当、小倉氏は何がしたいんだろうか?

同じこと書くにしても「『異常死』に該当するような人の死があった場合には、業務上過失致死の『可能性を検討』するのは、(現行の)刑事司法の仕組みとして仕方がない」云々とすればいいものを。
・・・いたずらに医療業界と法曹業界の溝を深め広げるような言動ばっかり。

>No.179 yamaさん
私は失敗したら犯罪だ、といっているのではない。
死ぬリスクが4%もあり、かつ、それを軽減する方法があったのに、
その方法を選択しなかった、のは重大な落ち度だ。
と言っている。
同時に、
その事実を隠し、業界全体で被害者ぶっている、
「全国医師連盟」なり「日本産婦人科学会」
には憤りを感じる、ということです。

あっくんさん

お示しのデータにはどこにも後壁の癒着胎盤なんて書いてないんだよ。何で裁判で胎盤が前壁にかかっているかどうかあれだけ問題にされたかトウシロの君には分かるまい。少なくとも前壁後壁の理解くらいしてから言いなさい。
生半可なデータを振り回して知ったかぶりをするのは迷惑なんだよ。
まさにキ×××に刃物というやつだ。(と2チャンネル風に)

>No.181 yamaさん
つまり、こういうことです。

病気には
小病院でも対応出来る病気……小病
大病院でしか対応出来ない病気……大病
があるとしましょ。
で、
小病院では小病にしか対応出来ない。
大病院では小病にも大病にも対応出来ると。

で、加藤医師の場合、大病院でしか対応出来ない大病の可能性が4%もあったのに、小病院で対応してしまった、と。
そういう落ち度ですね。
 

>No.184 うらぶれ内科さん
しょうがないね。
じゃ、これの元ネタを探してよ。
これぐらいのエビが出せないとあんたも医療ミスでやられるぞ。
http://obgy.typepad.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2007/07/21/20077201_3.jpg

ほんっとにここの人は煽りに弱いですな(苦笑)

まる様もほっとけば?

皆さん飽きたらこのスレから撤収するか、場外の方に行くんじゃない?

もともとこのスレが、O弁護士と遊ぼう的なスレだし(^^)

>もともとこのスレが、O弁護士と遊ぼう的なスレだし(^^)

コーヒーが口から・・・・爆笑でした。

O弁護士と遊ぼう
新しいエントリです。
「業界を崩壊させるほどの蓋然性ありや」

安田弁護士が高裁で逆転有罪となった事例で、弁護士業界崩壊、あるいは赤字企業の再建業務崩壊は無かったではないかと述べています。有罪となった事例and/or業界の特性によっては十分考えられることです。

別の業界である産科業界は崩壊している(しかけている)とO弁護士の目には映っていないのでしょうか?
もし産科業界は崩壊している(しかけている)と認識しているのであれば、いくら崩壊していない業界を反証に持ち出しても無意味だと思われます。ということは「産科業界崩壊?実際そうではないでしょ」という認識なのでしょうか。

(No.190 に追加)
もしかしたら、
産科業界は崩壊しかけているが、刑事罰の影響はほとんどない。
という認識なのかもしれません。
どういう認識を元にあのような主張をされているのか、少し興味があります。

>もともとこのスレが、O弁護士と遊ぼう的なスレだし(^^)
そういうのは小倉氏がモトケン先生に噛み付く格好のネタを与えるだけなんで自粛されたほうが…。まあお互いリンクも張り合ってるしウェブてのはそういうものなのかもしれませんが…

だいたい私は今回のタイトルの医師同盟の件については小倉氏のいうことは一理あると考えていますので、小倉氏側の人間ということになるわけなのでしょうし。

この長ったらしいページを上の方からながめて、 たまたま、 >投稿 ERR | 2006/03/01 22:16 >前置胎盤、帝切の既往は癒着胎盤の重大な危険因子であり、報告によっては両者の合併例における頻度は10%以上とするものもあるようでね

この記述を発見しただけですよ。
本当は2ちゃんの過去ログを探したかったんだけどね。

自分の欲しい記述だけを探して、それが見つかったからそれ以外の記述には目もくれなかった。そのコメントに対して異論が出ていないかも確認せずに、引用してしまった。

私が挙げた他のコメントに4%強という数字が出ているのを見て、それが大野病院の症例に合わないことも同時に書いてあるにもかかわらず、そこに気付かずに根拠のない4%という数字を振りかざしているという訳ですね。

十分に分かりましたので、これで終わりにします。

皆様お騒がせして申し訳ありませんでした。

>で、加藤医師の場合、大病院でしか対応出来ない大病の可能性が
>4%もあったのに、小病院で対応してしまった、と。
よくわからないけど、3.9%だったらokだったのでしょうか? 3.8%? 3.7%? それとも0%?
どのへんまでが許容できてどのへんから許容できないのでしょうか?

ハッ! ROMだったのに…
ていうか、これ、争点じゃないような…

いろいろ、議論が空転しているようで・・・。流れを中断するようなことを書きますが(別にいいですよね)、
医療過誤については、あまり詳しくありませんし、過去のコメントもあまり見ずに発言するのですが、医師の方々が大変なリスクを背負わされており、大野病院のようなケースで医師が逮捕、起訴されるようなことが今後も起これば、医療崩壊に繋がっていくことは容易に理解できます。
しかし、医師のみに対して、政策的に、通常の過失責任は免除する、というのも、国民的合意は得られないように思います。

検察の起訴裁量が適切に機能すればいいのですが、大野病院のケースのように起訴に至ってしまった場合、結局、どの程度の過失があれば刑事責任を問うか、それは個別具体的に裁判所が判断していくことであり、要求される注意義務をどのレベルで設定するか、ということで調整していくしかないようにも思えますし、それは十分可能なのではないでしょうか。

医療行為が本質的に患者の体を傷つけるという危険性を有していること、リスクを犯してでも勇気を持って治療に踏み切らないといけない局面もあること、医療は不確実であり、結果如何によって責任を問われるとするのなら、「やってられない」こと、等は、本当によくわかるのですが、それも注意義務のレベルの問題として取り込めないですかね。

「許された危険の法理」という理論があって、それは、

法益侵害の危険を伴うが社会生活上必要な行為について,その社会的有用性を根拠に,法益侵害の結果が発生した場合にも一定の範囲で許容するという考え。工場の経営,土木建設事業,鉄道・飛行機・自動車等の高速度交通機関の運行,医療行為等の分野において,主として過失犯を正当化する事由として主張されているが,理論的には故意犯についても妥当する。これらの行為は,その危険性を理由として全面的に禁止すれば現代の社会生活が麻痺(まひ)してしまうというのである。許された危険の理論は,社会的相当性の範囲で危険な行為も許容されるとして説明されているが,行為の有用性・必要性と法益侵害の危険性との比較衡量によって前者が優越する場合に危険な行為が許容されるとする説明も有力である(有斐閣「法律学小辞典」)。

とされているですが、医療行為においては、この法理を広く用いていくことが、現行法でも可能なような気がします。このブログの過去のコメントで、こういう議論はされてきたのでしょうか(されていたのならごめんなさい)。このような理論を用いても、なお、不都合な結果を招来する場合に、初めて、立法によって、通常の過失責任を免除すべきかどうかが議論されるべきだと思うのですが。

あっくんさん

やれやれ。癒着胎盤ならくそみそいっしょか。
だから問題にされるのは帝王切開痕なんだよ。帝王切開痕は前壁にあるんだよ。後壁にある前置胎盤で前壁の帝切痕に穿通胎盤を作る可能性はゼロだよゼロ。

http://obgy.typepad.jp/blog/2007/07/post_3262_2.htm

>lここで問題とされるのは,前回帝切痕に妊卵が着床することによって穿通胎盤など深度の深い癒着胎盤が発症することであり,

後は場外乱闘場でどうぞ。

再三引き合いに出される、全国医師連盟の声明?主張?要望?の文章だが、アピール文としての出来が良くないし、世間一般の受けも良くないだろうと私も思う。

だけどO弁護士の主張も「批判の為の屁理屈コネ回し」という印象を受けるし、執拗に「某ブログのレベルの高さ」に執拗に拘る、陰湿かつ品格の無い文章も頂けない。

某ブログの主催者や投稿者としては、O弁護士の主張は聞き捨てならない思いがすることだろう。

ところで、某ブログってどこのブロクだろ?
ハッキリ書いた方が旗幟が鮮明になって良いのじゃ無いかしら、ねぇ、O先生。

 匿名で他人を批判するのも、批判対象を明示しないで批判するのも、責任回避という意味では本質的に変わらないと思うんですけどね。

 エントリにしようかと思ったけど、とりあえずコメントで(^^)

No.196 アドレスはうまく飛ばないようです。
http://obgy.typepad.jp
興味のある方はここより資料室→癒着胎盤目次→癒着胎盤にはいってくさい。くどくてスイマセンm(_ _)m

No.195 すちゅわーですさま

検察の起訴裁量が適切に機能すればいいのですが、大野病院のケースのように起訴に至ってしまった場合、結局、どの程度の過失があれば刑事責任を問うか、それは個別具体的に裁判所が判断していくことであり、要求される注意義務をどのレベルで設定するか、ということで調整していくしかないようにも思えますし、それは十分可能なのではないでしょうか。

自称法曹コテハンのうちでも、刑事免責(軽過失の非犯罪化)推進論では最右翼のほうに位置づけられるかなという自覚のある私ですが、落としどころはそのへんが妥当かな、とかねがね考えているところです。

「許された危険」 は過失判断の一側面にすぎず、より根本的に、「業界の通常人にとって予見or回避が可能だったのか」 という評価が本当にプロスペクティブになされているかが問われるべきだろうと思っています。

「トンデモ判決」とされるケースの多くが、100点満点で70-80点とれているにもかかわらず、ミスった一部をあげつらって(そこに論点を集約させてしまって)、
「この3問に関して言えば正解はゼロかせいぜい部分点で10点分しかとれていない、よって落ち度あり」
とやってしまっているように見受けられます。


そういう意味でご主張にはほぼ賛成なのですが、

このような理論を用いても、なお、不都合な結果を招来する場合に、初めて、立法によって、通常の過失責任を免除すべきかどうかが議論されるべきだと思うのですが。

この点は、論理の順序としてはそのとおりと思いますが、「やり方」としては賛同できません。

システムエラーと位置づけられるミス(医療であれば取り違えや投薬量ミス等)について刑事責任を問うことが、将来の同種エラーの防止・低減のためにむしろ有害であることは国際常識と言っていいと思います。
その事実を日本において一般人向けにきちんとアピールしていくことは、医療崩壊 (医師が廃業・転職することだと思っている__な人もいまだにいるようですが) がここまで進んでしまった現在、不可欠と思っています。

指示を言い間違った管制官や、点滴チューブを間違って繋いだ看護婦などに対して「犯罪者」のレッテルを貼るような国が国際基準でみていかに野蛮か、をきちんと一般人に伝えていく必要性を強く感じています。

こんなアンケート結果を見ていると暗澹たる気分に襲われます。

http://www.ewoman.co.jp/survey.html?c=021620005&a0.x=7&a0.y=3

皆さんほんとに親切というかなんというか悪名高いコテハンにここまで親切に接するのですね。放置が一番と聞いていたのですがやはりそれが正解かと(^^;

ま、まだやってたのか!
まあ、煽り煽られを楽しんでるならいいんですが。
そろそろ場外っぽくなってきたようにも思いますけど。

>No.198 モトケンさん

釣れるといいですねえw
あれ、矛先を医師連盟に変えたように見えて、実は変えてないですよねw

スイマセン、もう寝ます。

一般人の直感をそのまま書いておりますので、無自覚の失礼が在ればどうかお許し下さい。
「刑事免責」と言う言葉に、刑事責任の存在を前提に刑事手続きを免除するという含意を条件反射的に感じ取ってしまう私の様な人間が、極一般的な多数派であるとするなら医療関係者の方々が「刑事免責」という言葉を遣われた場合、本来の意図と異なる形で言葉だけが一人歩きしてしまい、世間一般の支持を得られないような気が致します。
一方で法曹資格を有しておられる先生方が、医療関係者の立場や心情を十分に認識された上で、「許された危険の法理」と呼称される法理の適用について論じて居られることも、同じように世間一般の多数意見の支持を得られないような気が致します。検察審査会の権能の強化が図られたことと相俟って、現状の世間の多数意見を前提にすれば結局のところ検察官としては起訴せざるを得ない状況に陥ってしまうのではないでしょうか?
なとど、考えてしまう私は素人の浅知恵全開なんでしょうか。fuka_fuka 様がNo.200のコメントでお示し下さったリンク先を見ていますと、あながち杞憂でないような気がしてしまうのですが。
私はこちらのBlogで一般的に使用される「刑事免責」という語句の示す意図は理解しているつもりでおります事を申し添えさせて下さい。念のため。

みみみ様

>ま、まだやってたのか!

すみません。よだれが出ました。な、何もそのタイミングで出てこなくても…(絶妙)

(スレ汚し失礼しました)

>>No.200 fuka_fukaさん

システムエラーと位置づけられるミス(医療であれば取り違えや投薬量ミス等)について刑事責任を問うことが、将来の同種エラーの防止・低減のためにむしろ有害であることは国際常識と言っていいと思います。 その事実を日本において一般人向けにきちんとアピールしていくことは、医療崩壊 (医師が廃業・転職することだと思っている__な人もいまだにいるようですが) がここまで進んでしまった現在、不可欠と思っています。

これはあらゆる業界に言えることですよね。
「刑事免責(軽過失の非犯罪化)推進論」というのを、医療に限らず、あらゆる業界で推進していくというのなら、それは一つの運動かとは思いますが。
しかし、私は、ずっと感じているのですが、軽過失か、重過失か、なんて所詮線引きができない問題であって、その違いって何なんだろうなと・・・。結局、裁判官が責任を認める必要性を感じるか否かであり、裁判官のさじ加減一つの問題なのではと。とすると、仮に、軽過失の非犯罪化というのが立法によって実現したとしても、処罰あるいは不法行為責任を認める必要性を感じた事案であれば、裁判官は、従来は「軽過失」として分類されていたものを、「重過失」に振り替えるだけなのではないか、という疑念を抱きます。

そういうことよりも、こと医療に関して言えば、医療現場の大変さを地道に訴えていくことの方が近道なのではないかと。すでに産科や小児科の医療崩壊の問題はトピックになってきていますし、世間の見る目も代わってくるでしょう。それが裁判所の認定にも影響を及ぼすと思います。
また、実際、医療崩壊になればいいのだと思います。その事態に直面して、国民は考え直すでしょう(私は最近、刑事弁護についても、弁護士はボイコットすればいいのではないかと考えるようになってきました。過激な意見かもしれませんが)。

>すちゅわーですさん

実際、医療崩壊になればいいのだと思います。その事態に直面して、国民は考え直すでしょう

システムはそれで正常化あるいは進化して良くなりますが、その間に医療を受け損なう一般の人々(=被害者)が多数・・・・となりますわね。

私もその被害者の一員になりたくないので。
崩壊の悲劇を避けようと努力している人の声は生かしたい、と思います。

裁判官の判断に影響する要因としても重要な、訴えられている方策の柱の一つが行政に拠る補償制度の充実ですし。

>すちゅわーですさま
>fuka_fukaさま

浅学ゆえ、「許された危険の法理」という理論、という法理論についてはご両人のご説明を読むまで知りませんでした。ただその理論そのものが言わんとすることは概ね理解できますし、納得できるものと思います。

ただ数回遣り取りされた議論の中で、ご両人は「許された危険の法理」の援用により「裁判所が決定したレベル」について、概ね下記のように合意されておられるように思います。

検察の起訴裁量が適切に機能すればいいのですが、大野病院のケースのように起訴に至ってしまった場合、結局、どの程度の過失があれば刑事責任を問うか、それは個別具体的に裁判所が判断していくことであり、要求される注意義務をどのレベルで設定するか、ということで調整していくしかないようにも思えますし、それは十分可能なのではないでしょうか。

私のよな非法曹の者からすると、このモトケンブログなどで議論されている「医療界の司法に対する苛立ち」という現象は、「裁判所が決定したレベル」の周知が法曹界のみに留まっていて、非法曹が業界内で常識と考えている業界基準が、医療の業界も包括する社会一般に、明確かつ具体的な基準として周知されていない、そうした情報ギャップに端を発する苛立ちと思えますが、如何でしょうか。

すなわち現状では「裁判所が決定したレベル」として、具体的にどのような過失レベルまでが刑事責任を問われるのか具体的な明示が無く、刑法などの法典により「故意」「重過失」「過失」「軽過失」など僅か数文字で表記された「レベル」の判断が、裁判所の判例の積み重ねにより帰納的に決定されるとしても、判例研究に縁のない一般人(医療者)にとって、具体的に「どの医療行為がどのレベルに該当するのか」という疑問に答えるQ&Aが存在せず、起訴されて判決を受けるまで不明であるとしか感じ取れないことが問題の根源なのではないでしょうか。

そうした意識ギャップから、刑事裁判の判決で個別に判断されるレベルを、予め立法措置により明確な枠をはめるような制限、すなわち医療者が「刑事免責」と表現する起訴決定又は過失罪に問われるレベルを、裁判所の外部で決めるべきであり、その為に所用の立法措置を経て「裁判所の決定」について足枷を嵌めるべきである、このように主張されているのではないかと推察致します。

刑法を改正し、第211条1項を削除して同条2項のみ残せば、或いは第28章の条文を全て改正して過失の概念について具体的に明示する条文を加えれば、前記の「故意」「重過失」「過失」「軽過失」など僅か数文字で表記された「レベル」の判断という「裁判所の決定」について、予め縛りを掛けることが出来る筈です。「刑事免責」という四文字に象徴される医療界の主張が帰結するターゲットは、まさにこの裁判所の決定に対する制限にある。私はこのように法曹界と医療界の主張の隔たりを愚考いたしております。

またこのブログエントリでモトケンさんが本文冒頭に明示されている、小倉秀夫弁護士のブログに対する厳しい批判の数々も、根源はこうした法曹界と医療界の認識ギャップを小倉氏が理解せずに、法曹界の基準をもって全国医師連盟の主張を批評される姿勢に拠るものではなかろうかと思っております。

さてこのような現状認識に立脚すると、ご両人が議論された「裁判所の判決の積み重ねにより帰納的にレベルが決定される」というご意見は、法曹界と一般社会の認識ギャップに端を発する「医療界の刑事免責の要望」の是非を議論する場において、両者のギャップを埋めるに大きな進展を為す議論とは思えません。逆に、医療界には刑事免責という特有の主張があるように、法曹界には許された危険の法理という従前からの法理論がある、両者は元々相容れない業界常識の違いなんだ、このように両者のギャップがより際立つことを懸念する次第です。

法学を学んでいない浅学の身で、誤った理解をして間違った主張を展開してるのかもしれません。誤解、無理解、ご不快な点がございましたら、遠慮無くご指摘賜りますようお願い申し上げます。

http://ej.islib.jp/ejournal/1409100663.html?
>帝王切開術の既往のある妊婦を診察する場合には,前置胎盤の有無を確認することはいうまでもなく,前置胎盤を認めた場合には,前置癒着胎盤の可能性を念頭に置いた周産期管理が必要とされる.

ほら、ここにも書いてあった。
ここには%は書いてないけど、「帝切既往+前置胎盤」の場合、細心の注意を払え、ということです。

で、この注意義務を怠った、加藤医師になんらかの社会的ペナルティが与えられるのは当然でしょう。

たしか、この被害者は最初、部分麻酔で、やばくなった後から全身麻酔に変更されたんだけど、つまり、自分が大失血し医師があわてふためく中、恐怖におののきながら意識が薄れていった、って感じなんじゃないかな。

>No.208 法務業の末席 さま

 ここでは「医療」の流れですが、医療に限らず、製造業などにも当てはまるコメントだと感じています。
刑事事件ではないですが、過去エントリでいえば「安全基準」なんかは正に「裁判所が決定したレベル」ですし、過去のWINNY判決のときも、このギャップを感じましたが。

>すなわち現状では「裁判所が決定したレベル」として、具体的にどのような過失レベルまでが刑事責任を問われるのか具体的な明示が無く、刑法などの法典により「故意」「重過失」「過失」「軽過失」など僅か数文字で表記された「レベル」の判断が、裁判所の判例の積み重ねにより帰納的に決定されるとしても、判例研究に縁のない一般人(医療者)にとって、具体的に「どの医療行為がどのレベルに該当するのか」という疑問に答えるQ&Aが存在せず、起訴されて判決を受けるまで不明であるとしか感じ取れないことが問題の根源なのではないでしょうか。
>前記の「故意」「重過失」「過失」「軽過失」など僅か数文字で表記された「レベル」の判断という「裁判所の決定」について、予め縛りを掛けることが出来る筈です。「刑事免責」という四文字に象徴される医療界の主張が帰結するターゲットは、まさにこの裁判所の決定に対する制限にある。私はこのように法曹界と医療界の主張の隔たりを愚考いたしております。

 「善きサマリア人の法」の問題についても、「訴えられても免責されると考えられる」という法律関係者に対して、傷病者に依頼されて手当てした場合であっても免責され、重過失がないことの証明責任を問われなくて済むなどの理由から「善きサマリア人の法」の制定を望む医療関係者という図式がありそうですし。

>No.200 fuka_fuka さま

>システムエラーと位置づけられるミス(医療であれば取り違えや投薬量ミス等)について刑事責任を問うことが、将来の同種エラーの防止・低減のためにむしろ有害であることは・・・

 レベルの問題とは別に
「刑事責任を問う意味は?」
「事故原因解明は事故原因解明としてあるべきで、責任追及は事故原因解明のあとでいい(航空機など技術的に複雑な事故において)」
といった点について、「医療」に限らず、「過失」「業務上過失」などについて見直していってもいいのでは、と。

結局「刑事免責」って少し足りない人たちには、江戸時代の
「切り捨て御免」のイメージなんですよね。

歴史研究では、実際に切り捨てると、ものすごい
ゴタゴタになって大変だったらしいという話ですが。

>結局「刑事免責」って少し足りない人たちには、江戸時代の
「切り捨て御免」のイメージなんですよね

少し足りないとは、何が少し足りないのでしょうか?切捨て御免自体と医療の関連性も少々読み取れません。国語力のなさをお詫びしますので、できればもう少々噛み砕いてご教授いただけると幸いです

>>No.208 法務業の末席さん

私のよな非法曹の者からすると、このモトケンブログなどで議論されている「医療界の司法に対する苛立ち」という現象は、「裁判所が決定したレベル」の周知が法曹界のみに留まっていて、非法曹が業界内で常識と考えている業界基準が、医療の業界も包括する社会一般に、明確かつ具体的な基準として周知されていない、そうした情報ギャップに端を発する苛立ちと思えますが、如何でしょうか。

いえいえ、私が言っている「許された危険の法理」などは一般理論に過ぎず、私も、「明確かつ具体的な基準」というのはわかりません。医療過誤に詳しい弁護士も、結局のところは、医師から教えてもらわないと、当該事案での「基準」というのはわからないと思います。医療というのは、それだけ専門性が高い分野なのだと思います。

過失について議論するのなら、一般論としては、標準治療から大きくはずれた治療であるか否か、が判断枠組みとなるでしょう。そして、標準治療からはずれていても、例えば医学論文などによって根拠がある治療なのであれば、それは裁量の範囲内として許容されることになると思います(それが実験的治療なのであれば、緊急でない場合以外は、患者のインフォームドコンセントを取ることが必要だと思いますが)。

結局、「標準治療」とは何か、ということになりますが、学会などで、ガイドラインを作ってもらうしかないと思います。そして、医療は進歩を続けていますから、そのガイドラインを頻繁に改訂していただくほかないのではないか、と考えています。そして、このような試みは、すでに各学会で取り組んでいるのではないでしょうか。

このようなガイドラインは、捜査機関も参考にして、逮捕や起訴について判断すると思いますから、威力があるものだと思います。

民事責任に止まらず、刑事罰が相当か否かは、このような標準治療からの逸脱が激しく、許容できないレベルにある場合でしょう。

大野病院のケースは、多くの産婦人科の先生方が、当該医師に過失はない、と言っているレベルですから、やはり逮捕や起訴は不当なのだろうと思います。是非とも、無罪判決が出ることを願っています。そして、無罪判決を勝ち取ったのなら、それは、捜査機関に対する大きな警鐘になるでしょう。それとともに、医師、特に勤務医の置かれている過酷な環境を国民に分かって貰う地道な努力を続けることが必要だと思うのです。そういう過程を飛ばして、過失の免責を主張しても、立法化に至ることはない、というのが私の印象です。

>190-191
元ライダーさん

小倉さんは「医療崩壊ってなんじゃろ?」ってレベルだと思いますよ。
説明させてもできないし、そもそも説明から逃げると思います(っていうか現に逃げまくってる)。
そういう肝心のところすっとばしてああいう主張ができるのが小倉流です。

産科に関しては、日経メディカルやキャリアブレインで紹介されたアンケート結果とかもあって、訴訟リスク(および刑事罰)が産科崩壊に1,2を争う影響を与えたことは明らかなわけです。議論の余地ってあったのか?というくらいなものです。ただ、その結果をつきつけても小倉さんはそれに直接反応したりしません。反応してみせたところでよく見ると(よく見なくても)かみあってないコメントをするだけです。

ひとまず自浄努力

ここは小倉秀夫弁護士の「全国医師連盟」批判についてです。

福島大野病院事件については→こちらへどうぞ

>まるさん

少し足りない人というのが言葉が悪いのでしたら、

「わら人形戦法を、無自覚に頻用する一般的水準と比較すると極めて残念な方」

と絶望先生風に表現。

もっとも、悪意を持って詭弁を弄しているのかもしれませんが、善意に解釈すると。

すいません。
>>No.214の訂正です。

(誤)
それが実験的治療なのであれば、緊急でない場合以外は、患者のインフォームドコンセントを取ることが必要だと思いますが
           ↓
(正)
それが実験的治療なのであれば、緊急の場合以外は、患者のインフォームドコンセントを取ることが必要だと思いますが

すちゅわーですさま

日本の某学会でガイドライン作成に携わりました.
委員長からの指示で一番注意された点は医療訴訟に使用されることを念頭に置きなさいということでした.
医療レベルは大学病院や大規模総合病院で行われているレベルではなく,地方の市中病院レベルに置いております.
さらに,〜すべきである,とは記載せずに,〜が推奨される,といった様に意図的に記載しております.

作成しながら,多くの論文をエビデンスとして採用してはいるものの,訴訟対策の文章に苦労した記憶があります.

米国ではネットで調べれば標準的治療法のサイトがあります.
内容は日本のものと結構異なります.

こんなことでも守勢の医療になっている例です.

>No.215 You-meさん

小倉さんは「医療崩壊ってなんじゃろ?」ってレベルだと思いますよ。

ほぼ間違いないですね。
No.182のコメントで触れた他ブログ(「出張放火」や「乱入」は好ましくないと思いますので、敢えてここではリンク等を行いません)へのその後のコメントでOguraHideo氏は
福島大野病院事件についていえば、発生頻度の相当低い症例について患者を死に至らしめてしまった例であり、多くの医師が「次は自分が」と考えること自体が過剰反応

との認識を示しています。
呆気にとられました。「同様の事態であれば誰もが普通に行う、常識的対応」が、検察によって「犯罪」として取り扱われている、そういうフレームが、この人にはどうして見えないんでしょう。
「弁護人を受任した被告人が死刑判決を受けるという、発生頻度の低い状況において、検察が『死刑判決になったのは、弁護活動上の過失に原因がある』として弁護人を刑事訴追する」、そういう事案なんですがね。頻度の問題ですって?論理構造の問題でしょうに。

『善意』に取れば、公判で検察がどのような主張を行い、その内容にどれほど医療現場が驚愕したのか、そういう資料には一度も目を通していないままコメントしているだけなのかもしれません(公判係属中の事案に言及するのに「法律家」としては余りに無思慮軽率といわざるを得ませんけども)が、もしそれらを読んだ上で、まだなお引用したような「理解」しかできないのだとすれば・・・氏は一度、自分の職業適性と言うものを真剣に考え直すべきだと言わざるをえません。

 エントリどおり小倉弁護士のブログから。
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 もちろん、勤務医たちが本当に一番実現したいことは何なのか、ということにも関連しているので、単に刑事免責を受けることで司法より「上」に立ちたいというプライドの問題が最優先なのであれば、医師を「法の支配」を受けない一種の「貴族集団」として国民が認めるのか否かという問題に帰結するわけですが、「自分たちが貴族として扱われないことに不満を覚えた医師たちが医師であることをやめたせいで医師の数が大量に減少した」ことが「医師不足」の主たる要因でない限り、「医師不足」という問題の解決には最も繋がらないお話だと思われます。
 一人のコメンテーターに対して多-もちろん、一人の人間に対し多数人で襲いかからないと不安でたまらない人々(自称医師たちの所業について、例えば、ここやここ等を参照。)に「フェア」の精神を期待しても仕方がないわけですが。
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 脱力感と徒労感だけを覚えました。_| ̄|○

 そして
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 医師の「刑事免責」って同業者、特に雇用主たる病院経営者と対立しなくとも済むお話だし、「法律家」「患者とその遺族」という「共通の敵」を作り上げてみんなで盛り上がることができるから、組織論的には、それを第一にもってくるのは楽なんだろうと思います。
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 こういう「敵味方認定の思考方法」を出発点とする限り弁護士小倉先生とは永久に議論がかみ合わないでしょう。

> No.185 あっくんさん
亀レスすみません。
小病、大病の違いとは何でしょう?私のような循環器専門家にも解りません。病気は多かれ少なかれリスクはあります。この区分けは意味がないと思います。
ただ、プライマリケアを前提として、早く対応しなければならない、少しくらい遅れても大丈夫というのならあります。但し、後者でも突然死ぬという危険はあるし、実際、そのような経験はあります。
私は0.00001%でもリスクがあれば患者さんにとっては10%のリスクと変わらないと思います。医学的、学問的には違っていても患者さんにしてみれば多かれ少なかれリスクを負っているわけですし。
そういう意味で、リスクがあるのに大病院に移さなかったのは問題だと言われても説得力はありません。つまり、リスクがある病気についてはすべからく大病院に移さなければならなくなります。

>No.222 キメイラさん
いやぁ・・・「敵味方認定の思考方法」にさえなってないのではないかと・・・。だって、敵味方を認定するもしないも、その線引き自体が小倉氏の想像の中にしか存在しないフィクション準拠なんですもん。
土俵に上がってくるのかと思ったら、なんだか入り口から土俵とは違う方向に歩いて行っちゃって、相手がいないのにどうするのかな、と思ってたらなにやら架空の対戦相手と独り相撲を始めた・・・みたいな。

なんか、小倉氏のやってることって、幼児の一人遊び、それも一人「ごっこ」遊びって感じがしませんか。
右手にヒーローの主人公人形を、左手に悪役の怪人人形を持って、ガオーとかトゥーとか言いながらチャンチャン格闘させて、最後ヒーロー人形に勝ち名乗りをあげさせるやつ。

モトケンさんのブログにコメントを寄せておられる多くの医療従事者(と推測される)方々が「実情」を基点として意見を表明しているのに、小倉氏は「想像」を基点にして、共通するターム(用語)だけでものを言うからダメなんですよ。
しかも自分の「想像」は、匿名投稿者の訴える「実情」よりも「真」だと思い込んでるから、ダメさ加減に拍車がかかる。
匿名投稿者の「実情」を否定したいんなら「想像」じゃなくて「匿名投稿者の言う実情」と相反する「事実」を収集して、それを示せばいいのに、何時までたっても「想像」にしがみつくばっかりで・・・。
「事実」と対決できるのは「別の事実」だけ、「想像」は「事実」を上回ることができないってことなんか、実務法曹には「釈迦に説法」の話だと思うんですけどねえ。

セカイ系弁護士さんって今風でイイですね>・「敵味方認定の思考方法」にさえなってないのではない

No.224 惰眠さん

相変わらずの、洞察力と表現力に感嘆いたします(^^;
小倉氏は、ここのブログの内容を随時チェックし、その発言に対抗するように新しいスレを立ててますが、どうも惰眠さんのレスには敏感に反応しているように私は思います。
そこで、次のテーマは「医師はヒーローなのか?」と予想してみましたが如何でしょうか?・・(今は、「貴族集団」までいってます。)

ひさしぶりに覗いたら、溜息が出ました。


まぁ私が日本裁判官ネットワークブログでの医師達の暴れっぷりを見たのも比較的最近のことですから、驚いたわけでもないですが。


それにしても、ここで小倉さんへのバッシングが盛大に行われているのには、ちょっとびっくりですね。


確かに、以前はここは医師と法曹の細い架け橋であったかも知れません。が、それは今や明らかに失われつつあるようで、いろいろな意味で残念です。


全国医師連盟にしても、私などは、どうやら連盟の主要メンバーであるらしい医師が、杏林割り箸事件において、2ちゃんねるで原告である両親へのひどい罵倒を書いていたのを、ライブで見てたりしているので、なんかあれが彼らの本質なんだとすると、とてもじゃないがろくなものじゃないだろうと思っています。


ですから、全国医師連盟についての小倉さんの批判的姿勢というのは、まあ細部はさておき全体としては、いわば健全な法曹的嗅覚の発露としておそらく正しいだろうと思っています。


だって、2ちゃんねらが医師の皮をかぶっているわけですよ?(笑)医師という立場に惑わされてそこを見落とすと、おそらく足をすくわれるだろうと思います。ま、いわば、法曹の世界からは半逃亡せざるを得なかった橋下氏みたいのが、医師の世界では堂々と大きな顔をすることができるようになってきたというようなものじゃないかという気がします。


なお、個人的には、彼らが実名で出てきてくれたのは正直とてもありがたいです。診療を避けることができますから。というか、友人の医師達の名前は載ってないので、とりあえずとってもほっとしています(笑)

ssdさん、例えなおして頂いたことは感謝いたしますが余計わけが分からなくなりました・・

ところでこのエントリを見ての感想ですが。

医師の人ってもしかして「全国医師連盟」にあんまり興味ないんでしょうか?

確かにここは小倉氏の批判についてのエントリといえばそうなんですが、小倉氏がああいったこういったというような、小倉氏の発言を舐めるようにおいかけてチェックするその熱意に比べて、医師連盟の発言を一般の人にどう好意的に受け止めてもらうべきかという事については、皆さんあまり関心がないような…。

アンケート募集のエントリのコメントより
No.163 法務業の末席さん
>また先日の日曜日に設立されたばかりの勤務医の医師会とも言える「全医連」も、ネット空間の匿名医師が現実世界に一歩踏み出した一例じゃないでしょうか。
>奇しくも同じ6月に産声を上げたばかりのこの2つの運動には、このモトケンブログの常連投稿者や継続的ROM者が多く参加しているようです。これを以て「現状の改善に現実につながる議論・行動」と評価しても宜しいのではないでしょうか?

http://www.doctor2007.com/faq1.html
> 実際に、この準備委員会が生まれた経緯としては、契機として、矢部弁護士のブログやYosyanさん達の医師ブログがありました。

ここの方々は少なくともこの連盟の設立にあたってなんらかの影響を与えているのですよね。だったら少なくとも影響を与えたと自負してる方にはもうちょっとこの会のあり方について、この場ででもお聞かせ頂きたかったのですが、そういう発言はあまり見受けられなくて残念です(大野事件の件で果てしなく話題がずれていったというのもありますが)。

大体やってることがここの方と小倉氏と特に変わりないような…お互い虎視眈々と相手の発言をにらみ合い…いやまあやりたいようにやればいいんですけど…

>事務方の星さん
「医師はヒーローなのか?」に思わず苦笑してしましましたが、現在の勤務医の方々の意見は「医師は奴隷である!」でFAだと思います。

> No.227 tmxさん
一部が2ちゃんねらーだったとしても全員が2ちゃんねらーとは限りません。少し侮辱的な内容ではないでしょうか?2ちゃんねらーだってまともな医師はいますよ(一部はとんでも医師かもしれませんが)。
一部を見て全てを知ったような顔をされるのは得策ではないと思いますよ。
仮に遺族を侮辱した医師たちが主催しているからと言ってその趣旨が悪いとは言えないと思います。

あと、遺族を侮辱するのは良くないですが、医師を侮辱するのも良くないですよね?どっちもどっちだと私は思っています。だいたい、侮辱の定義も曖昧だし、味方によっては単なる批判になるかもしれませんよね。医師だから遺族のことを批判してはいけないと言うことは無いと思います。
事実ではないことを言うのは侮辱ですが、事実である、あるいは事実かどうか調べるべきと言う警鐘をならすことは個人的には批判であっても侮辱とは思いません。要はその線引きがどこなのかだと思います。

 小倉弁護士とこのブログの相違点や同一点を整理しようと思ったんですが無理のようであきらめました。
 私は2chの自称医師の罵倒コメントは完全スルーにしているので、全国医師連盟のサイトでの発言を吟味すればいいと思います。何も「全国医師連盟=2ch自称医師の罵倒」として、攻撃(しようと)する心理が理解できません。
 相互理解を進めるのが大事であって、医師と法曹そして一般の方の相互理解に水を差す(くさびを打ち込む)2ch自称医師や某弁護士コメントはもはや評価の対象外でいいと思います。

>確かに、以前はここは医師と法曹の細い架け橋であった
>かも知れません。が、それは今や明らかに失われつつあ
>るようで、いろいろな意味で残念です。

tmxさん,
このコメントは的外れかと思われます.O弁護士が「例外」なんですね.人の発言の一部を取り上げて挙げ足を取り「ことば遊び」に終止する人間を他の方たちと同列に扱っては,他の方たちに失礼というものでしょう.

ところで私も日本裁判官ネットワークにはずいぶん書き込みをしましたが,ごく一部の裁判官の方からしかコメントを頂けなかったのは残念に思っています.一部の医療者はかなり過激な書きぶりでしたが,昨今の医療裁判事情ではある程度仕方がないことではなかったでしょうか.ROMに徹していた裁判官の多くがどのように受け取ったかでしょうね.結果は私には解りませんが...

>No.227 tmxさん

確かに、以前はここは医師と法曹の細い架け橋であったかも知れません。が、それは今や明らかに失われつつあるようで、いろいろな意味で残念です。

小倉氏のブログのコメント、全体の流れを読んでの意見でしょうか?そうだとすれば、大分的外れだと思います。
今でも、心ある法曹の方々参加していますし、医師からも全国医師連盟の要望についての批判もでています。
それでも、小倉氏が揚げ足取り的に次から次に挑発的なスレを立ててくることから、それに合わせたコメントになってきていると私は理解しています。
相手の挑発に乗って、コメントにレベルを下げている私は甘受しますが、No.232 Level3さんのいうとおり、他の方には失礼だと思います。

>>No.219 不思議さん

日本の某学会でガイドライン作成に携わりました. 委員長からの指示で一番注意された点は医療訴訟に使用されることを念頭に置きなさいということでした.
ガイドラインの作成はさぞかし神経を使う作業であろうとお察しします。


米国ではネットで調べれば標準的治療法のサイトがあります.
内容は日本のものと結構異なります.
こんなことでも守勢の医療になっている例です.

大野病院のことも、法律的なことを離れて、一般人として、現代の医療不信というものが、どこから来るのか、率直に思うことを述べさせていただくと(その点で、多少、暴論も入っていると思いますが、ご容赦ください)、今の医療というのは、科学なのか、呪術なのか、その狭間を揺れ動いているように感じてきました。

医療というのは、もともとは呪術から出発したと思います。そして、科学の衣をまとうようになったのは、案外、最近ではないかと。

エビデンスがうるさく言われ出したのは、日本ではこの10年くらいではないでしょうか。それによって、例えば、旧来の抗ガン剤治療は、大半が、延命効果のエビデンスがない、と判断されて消えたと聞いています。では、そのような抗ガン剤治療というのは、一体、何だったのでしょう。確かに画像上は、腫瘍が縮小するようには見えても、延命効果がないのであれば、何の意味もありません。むしろ、患者の体を痛めつけることにより、寿命を短くしていた可能性もあるわけで、こういうものが、医療として行われていたわけです。医師の先生がすることだから、間違いなどない、という一種の信仰によって、このような治療が支えられてきたわけで、本質的には呪術と異なるところがありません。

しかし、他方で、エビデンスが厳しく言われ出しても、実際に、現時点でも、きちんとしたエビデンスがある医療というのは半分以下だと聞いたことがあります。きちんとしたエビデンスを作るには、最終的には、数百名の患者を対象とした大規模なランダム化試験を行うしかないわけで、特に臨床試験を実施するのが困難な日本では、難しい側面があると思います。なお、ランダム化試験を行う際に、プラセボ効果によるバイアスを排除するために、偽薬を投与する群を設定するのが、最も厳格な臨床試験だと言われていますけど、プラセボ効果って何?と思ってしまいます。結局、信じることが一番大切、というような気がして、ますます、呪術的なものを感じます。

それにエビデンスが得られても、所詮は統計的な数字でしかなく、実際の治療では患者各自の個体差によって、期待していたような結果が得られないことも多々あるのだと思います。オーダーメイド医療というのが期待されていますが、まだまだこれから、というところではないでしょうか。

呪術から、科学へ転身しようとしても、なかなか思うように進まない、というのが現状であるように感じます。

科学という衣が剥がれて、呪術であったことが、だんだんと国民の目にも明らかになってきたのではないか、それによって医師の権威というものが失墜したのに、それに対して、科学的であろうと、医師の方々は努めてはいるけど、代わりとなるエビデンスというものをきちんと提示できないのではないか。だから、患者のことを「患者様」などと言う施設も出てきてしまう。

このように感じてきた次第です。

医学と医療は異なると思います。医学は科学ではあるけど、医療というのは、とにかく、目の前にいる患者を何とかしなければならない、という宿命があって、エビデンスは後回しになってしまうことも、やむを得ない側面もあると思います。

患者一般は、それでも、医療に対して、「科学的」という信仰を抱いていて、それと現実の治療とのギャップが、医療不信に繋がってきているのではないかと。

このような医療の限界というものを、患者側もきちんと理解することが必要なのではないかと、そのように考えている次第です。

アメリカでは標準治療というのが徹底されていて、患者はその情報にすぐにアクセスできると聞いたことがあります。1970年代に、アメリカは医療過誤の嵐が吹きまくったようで、これを受けて医療側の体制の仕切り直しが行われ、アメリカは世界で最先端の医療先進国になったと言われています(アメリカが何でもかんでも言いと思っているわけではありませんが)。私も、医療側に対して、刑事罰をもって追及するのは問題だと思いますが、民事訴訟に関しては、萎縮させるという弊害もあるものの、プラスになる面はあると考えています。

おおっ、法曹の皮をかぶった2ちゃんねら登場ですね!!

>なお、個人的には、彼らが実名で出てきてくれたのは正直とてもありがたいです。診療を避けることができますから。というか、友人の医師達の名前は載ってないので、とりあえずとってもほっとしています(笑)

できればtmx様もお名前を明かしていただければ、間違って依頼をすることが避けられますので、大変有り難いのですが。

できれば私の知っている弁護士ではないことを祈っております(^^)

>No.227 tmxさん
用語定義の問題もありますが、かつて野村沙知代氏が対象となった事象を指し示す「バッシング」なる言葉を持ち出すのは、私は不適当と認識します。

他の投稿者の考え方を私が勝手に斟酌することはいたしませんが、少なくとも私が小倉氏の言い分に否定的な理由は、氏の立論がファクト準拠ではない「非論理的」なものであり、また否定のための否定を志向した「非生産的」なものだからです。

同じファクトの認識から出発しても、論の構成が異なっていたり、結論が異なることは往々にしてあるもので、だからこその「議論」であるわけですし、真摯に議論を重ねる分には各々の論者は対等であらねばならないでしょう。
しかし、出発点となるべきファクトの認識、またはその意味解釈が各々の論者の間で異なるならば、そもそも「議論」が成り立ちません。共通認識の形成が、まず先決となります。

ところが小倉氏は、この「ファクトを出発点にした共通認識の形成」を拒みます。対称性を持たない「例え」を持ち出して、自分の認識の正当であることを一方的に宣言し続けようとするばかりです。
そして共通認識の形成を拒んだ上で「批判」を行おうというのですから、これは言論的に極めて不誠実な態度です。私は、そうした態度を採り、かつ改めない発言者を軽蔑します。

なお、匿名コメント者による「安全地帯からの(無責任な)投石」に嫌悪感を持つのは私も同じです。
私は巨大掲示板は殆んど見ませんので、事実関係を確認しないまま安易にコメントする愚は避けたいところですが、あえて「一般論」として申し上げますと、杏林大病院事例では当事者を含む医療側の考える「事実関係」と、亡くなった児童の両親の考える「事実関係」とが対立していました。
こうした局面で、その分野の専門家が見れば論理的に成り立たない「事実関係」に基づいて「論理的に妥当な『事実関係』」を非難・攻撃する論者があるとすれば、専門分野に明るい人に(言葉遣いは別にして)わからずやと判定されるのは自然なことではないでしょうか。ただし、そうであっても言葉は選べ!とは強く思いますが。

いずれにせよ、仮に品位に背く言葉遣い・発言がなされたとしても、その責めを負うべきは発話者当人であって、その『属性』にターゲットを拡大して十把ひとからげの評価を行うのは短慮かと。
出合ったクレタ人が尽く嘘つきだったとしても、全てのクレタ人が一人残さず嘘つきだとも、また嘘しか口にしないとも言えないですから。傾向性としては、妥当するのかもしれませんけどね。

>まるさん

>医師の人ってもしかして「全国医師連盟」にあんまり興味ないんでしょうか?
>(省略)医師連盟の発言を一般の人にどう好意的に受け止めてもらうべきかという事については、皆さんあまり関心がないような…。

私もSNSには入っていますが、まあ中では話していますよ。
いけていないなとは思いますが一生懸命に。

逆に言えばそうした戦略を対象の見えるところで語る戦略センスだったらそれこそ絶望的だと思います。

>No.228 まるさま

ここの方々は少なくともこの連盟の設立にあたってなんらかの影響を与えているのですよね。だったら少なくとも影響を与えたと自負してる方にはもうちょっとこの会のあり方について、この場ででもお聞かせ頂きたかったのですが、そういう発言はあまり見受けられなくて残念です
このご主張と併せ、アンケート募集のエントリより私の No.163 を引用されておられますが、まる様は全医連の設立にあたって私が何らかの関与があるとお考えなのでしょうか。私自身は全医連代表の黒川氏はもとより、全医連設立準備委員会のHPをリンクされているブログ「座位の夢想」の管理人であるHN座位様と、直接メールの交換をしたこともありませんし、このモトケンブログを含めて投稿コメントの応酬をした経験もございません。

私がこのモトケンブログに出入りする以前に、医師と法曹関係者で激論が交わされた「医療崩壊について考え、語るエントリ」などの膨大な過去ログを読んだ上で、同時に座位氏のブログ「座位の夢想」や、Yosyan氏のブログ「新小児科医のつぶやき」をROMする中で、匿名ネット医師の皆さんが現実世界での活動の重要さに自ら思い至り、全国医師連盟を設立する流れが生まれたと推定しているだけです。そうした私の推定を投稿したのがまる様が引用される No.163 です。

私自身は黒川氏の全国医師連盟代表としての挨拶文を読んで、医師の世界でしか通用しないような主張内容の稚拙さと、医療界の外部に向けて要望するセンスの欠如に非常な失望を感じております。これでは匿名ネット医師のオフ会と五十歩百歩の集まりとしか評価できません。

同時に、小倉弁護士のブログ「la_causette」で全医連を厳しく批判されていることは、この10日間余りの間にネット医師の間ではある程度知られているはずであり、黒川氏なり全医連は自ら反論されるべきと考えます。この点、モトケンさんも本エントリ本文にて表明されている下記のコメントに全面的に同意する立場です。

「全国医師連盟」からの公式反論は、しかるべき方が所属と実名を明らかにした上でしかるべき場所で行うのが筋であります


まる様のコメントを読ませて頂くと、私に対して全医連の主張を擁護する論陣を張るべきだとの印象を受けます。 しかしながら上記のように私はその任に非ずの立場ですし、逆に自ら主張の補足説明や批判に対する反論を行おうとしない全医連の態度に、失望の思いと同時に少々怒りの感情すらも感じております。

「連盟の設立に何某かの影響を与えているのだからコメントすべきだ」とのまる様のお考えを投稿されることには何ら異論はございません。ですが私の立場心情は以上ご説明申上げた通りでございますので、そのまる様のお考えの理由付けとして私の No.163 コメントを引用されるのは大変不本意ですので、以後はご遠慮頂けますようお願い申し上げます。

>すちゅわーですさま

私の問いかけにコメント頂き、ありがとうございます。

私なりに要約すると、すちゅわーです様なり法曹資格の方々は、次のように考えまると解釈して良いのでしょうか。
1:刑事責任を問われるトンデモ医療行為と、問われないマトモ医療行為とのボーダーは、医療界の統一的な医療基準(エビデンスに裏打ちされたガイドラインなど)に拠る。
2:司法(裁判所)は、医療界が統一的医療基準を示してくれれば、それに拠って判決をする。
3:そのような基準に則った判決が蓄積されれば、それが司法の基準として定着するはずだ。
4:故に医療界の統一的基準提示が待たれる。

それに引換え、医師の皆さんは次のように考えているように思えます。
1:医療界が統一的基準を作ったとしても、必ずその基準に則った判決が下される保証はない。
2:基準を作れば必ずその基準に則った刑事司法を行なう、こうした裁判に一定の足枷を嵌める効果を持つ、国家の意思表示が保証として欲しい。
3:刑事裁判という国家の行為に何らかの制約を課す唯一の方法は、立法によって司法を掣肘するしかない。
4:よって医療界の作った基準の範囲内であれば、刑事責任を問わないとする立法措置が先である。

私が問いかけたかったのは、以上のような法律職の業界人としてごく常識的と考える基本認識と、医療界の人々が考えている基本認識とズレがあるのではないか。医療界の人々なり、航空界の人々なりが「刑事訴追されない保障措置」を求める心情は、こうしたまず先に国家が保証しろという意識ではなかろうか。私はかように思考しております。

なおこれは蛇足的意見ですが、私自身は現行刑法の過失犯処罰の規定には常々疑問を感じており、過失致死傷罪には応報刑としての意味合いが強く、刑法から第28章を全て削除すべきとの立場です。
(道交法など刑法以外の特別法で、個別具体的に過失責任を問うことは容認します)

え〜、このサイトの記事を全部読んだわけではないので、既に出ている話でしたら申し訳ないのですが・・・

「医師の刑事免責」VS「医者の特権意識」
というのも、医療崩壊の過去ログも、「医療は専門的だから法曹は立ち入るな!」と「専門職は他にもあるんだから立ち入って当然!」というあたりで果てしなく空転している印象を受けます。

「立ち入るな!」は医療の独自性を主張する特権意識の表れで、「立ち入って当然!」は法律理論の万能普遍性を主張する特権意識の表れだとも見て取れます。つまり、医者と弁護士の醜い特権意識合戦と言えるのではないでしょうか?

恐ろしく欠如しているのは「患者の利益」という考えだと思います。
たとえば、「医師の刑事免責は患者にこういうメリットがある」とか「法律家の医療問題介入は患者にこういうメリットがある」という意見の交換がどうしてないのでしょうか?

法律家の医療問題介入が本当に医療を良くしてくれるのなら、医者はよろこんで法律家に専門的な医療問題の理解を求め、一生懸命説明することでしょう。

ところが、医者の立場から言わせていただけば、法律家が医療問題に立ち入ることで一般患者にどういうメリットが生じるのか一向に見えてこないのです。今までの判例は、「明らかに過失があった医師の責任を問うことに成功した処罰的判例」と「明確な過失の存在は疑問だがとにかく医者をいじめることに成功した判例」しかないような印象を受けます。

いずれの場合も、複数の医師が数百時間、裁判の準備や出廷のために拘束され、一つの裁判ごとに延べ人数で患者数万人分の診察時間が圧縮されています。それと引き替えにしてもあまりあるようなメリットが出ているのでしょうか?

「この判例のおかげで医療全般が良くなった」という判例ってあるのでしょうか?あったら教えて下さい。法廷内で裁かれる目の前の案件だけに固執して、医療全体には悪影響ばかりを与えていませんか?

ないのなら、いっそ、迅速処罰(腐った点滴液を投与して感染させた場合)または免責(子宮を温存すべく胎盤を剥離しようとして裏目に出た場合)の二者択一を医者の委員会が勝手に決めてしまった方が良いような気がするのです。そうすれば少なくとも診察時間は患者のために温存され、二次災害の予防になります。

この場に及んでも何らコメントできない「全国医師連盟」には
失望しました。
会員が700名しか集まっていない理由もわかる気がします。
今まで応援してましたが、今後はその気がうせました。

>>No.239 法務業の末席さん

私なりに要約すると、すちゅわーです様なり法曹資格の方々は、次のように考えまると解釈して良いのでしょうか。 1:刑事責任を問われるトンデモ医療行為と、問われないマトモ医療行為とのボーダーは、医療界の統一的な医療基準(エビデンスに裏打ちされたガイドラインなど)に拠る。 2:司法(裁判所)は、医療界が統一的医療基準を示してくれれば、それに拠って判決をする。 3:そのような基準に則った判決が蓄積されれば、それが司法の基準として定着するはずだ。 4:故に医療界の統一的基準提示が待たれる。
私は、ここまで、はっきりと断定するわけではありません。ただ、実際上、そのような側面も多分に強いのではないか、ということです。


それから、医療業界の方々も、大野病院事件のケースはともかく、重過失によって、刑事処罰を受けるに値するケースがあることを全部否定される方は、それほど多くはないと感じていますが、どうなんでしょうか。

No.241 全国医師連盟ファン様

その苛立ちは良く分かりますし、私も是非、素人でも理解しやすい主張を述べていただきたいと思っています。
私の勝手な想像ですが、一般社会に悪意を持たれないような主張内容を、今は法律にも詳しい弁護士さんか誰かに相談して、主張を練り直していらっしゃるのではないかと思っていますので、もう少し気長に待たれれば良いんじゃないかな〜と思っています。
(会員の皆様も、このご時勢なので、本業の方もお忙しいと思いますし)

No.243 Oの自己レスへ訂正です。

皆様すみませんでした。
違うパソコンから投稿した為、ダブハンとなってしまいました。
No.243のHNは、ゼロ+Oです。

243 O様

えっと、そもそも両ブログの中の話ではなかったんでしょうか?いつの間に、小倉氏は連盟に正面から批判をぶつけられたのでしょうか?
もし、新聞記事でもあればご教示賜りたく。

会員は700人しかいませんので、彼らのうちの誰かがこのブログをここ一週間ほどビシッとチェックされていたのでもなければ、反応がなくても別に不思議ではないんですが。いくらこのブログでも、1億2千万国民のどこまでカヴァーされてるかは・・・(^^;

何か訂正放送がありましたので(^^)

上記 
>癸横苅魁。詫諭 ,蓮
>癸横苅魁.璽蹇棕詫佑膨正だそうです(^^;

No.245 じじい様
>新聞記事でもあればご教示賜りたく。
>いくらこのブログでも、1億2千万国民のどこまでカヴァーされてるかは・・・(^^;

すみません。
私も先走ってしまいました。
そもそも、会員の方がO弁護士とこちらのブログを見ていらっしゃるかどうかわかりませんでしたし、そんな所も踏まえて投稿しようとは頭をよぎってはいたのですが・・・・。m(__)m


切り込み隊長って誰?どんな人?

私も全国意志連盟に参加しています。

このエントリーの当該記事は、2月時点での、会員個人の意見が、その当時の医師の気持ちをよく代弁している、ということで、会員の意見として掲載されたと記憶しています。

しかし、2月以降も、全医連準備会の中で、事故調関連や業務所過失致死、刑法、刑事手続き関連などの議論を重なる中で、会員のコンセンサスも当時とはかなり変化していると感じます。

黒川代表の設立集会の挨拶の中でも、この分野で目指すものは、「救命活動に従事するものの部分刑事免責」であり、これは医師に限らず救命救急時の業務上過失致死に限った免責を意味していると思います。

ただ、これも現時点での、会員の意見を集約したものではなく、各医師によって、トーンはさまざまです。

(私個人としては、業務上過失致死罪の廃止のほうが、医師のみの免責を得るより、まだ現実的と思いますが、これとて10年単位の仕事でしょう。)

あの、厚労省への要望書が現時点での会としてのコンセンサスでは無いということから、新規HPからのリンクは、飛んでいないと思いますし、リンクを再開するなら何らかの補足が付くと思います。現在、HPに関する作業全般の中で、旧HP上の意見のチェックを始めたところです。

なにぶん、皆仕事を抱えた中で手作業で行っているので、意見の集約1つをとっても、なかなか困難です。

期待している方を、がっかりさせる結果になっているのは申し訳ないのですが、迅速に対応できない理由を説明させていただきました。

是非、全国医師連盟の現状をふがいないと思われる医師は、ご自分で参加して、我々に力を貸していただけることを期待しております。

確かにだんだんデジャヴが・・

>すちゅわーですさん
>法務業の末席さん

医師「何が過失にあたるか明確に示せ」
法曹「過失があるか無いかは個別に判断するしかない」
医師「犯罪行為に当たるか否かあらかじめ判らないと医療行為はできない」
法曹「それなら医師側が医療基準を示せ」
医師「人間は千差万別であり、クリアカットな医療基準など作れない」

こういう議論が過去のエントリであったように思います。結局、統一基準など、どちら側も作れないのです。
ある行為に過失があるか否か、それが水準に達しているか否か、その範囲だけで論じているうちはあまり有益でないと思います。

発想を転換して、まず第一に考えるべきは、「ある行為を処罰してある業界の正当な業務の妨げにならないか。業界の萎縮により消費者が不利益を被らないか。」これでしょう。細かい判断はその後で。
たぶん検察はこういう検討を以前はしていたのだと思います(とすれば発想の転換ではありませんが)。最近はそうでないケースも出てきたのでしょうか。医療関連ばかりではなく。

>No.242 すちゅわーですさん
>刑事処罰を受けるに値するケースがあることを全部否定される方は、それほど多くはないと感じていますが、どうなんでしょうか。

刑事処罰が妥当か、他の処罰では不十分かは棚上げしますが、報道の通りなら、例えば点滴事件は刑事処罰しても医療業界の正当な業務の妨げにはならないと私は思います(ただし厚労省が過剰反応して非現実的な通達を出せば別)。ということで私は"全部否定"しません。
※重過失という単語は曖昧なので引用から省きました。

お暇なのでしたら過去の議論を振り返るのも意義深いと思われます
が、コメント欄の利用状況が本スレッドでの当初の目的(=小倉秀夫
さんがwebpageにて表明された意見(患者の権利は重んじていない、
など)に対するコメントを匿名/非匿名に係わらず募る)とかなりずれて
きているように見受けます。
当初の目的での利用には、依然として意義あるものと考えますが
、現状ではそれも難しいのではないかと心配しています。
そこで、本コメント欄にて継続中の特定の意見交換については
議論の場を移してはいかがでしょうか?


>医師「何が過失にあたるか明確に示せ」
>法曹「過失があるか無いかは個別に判断するしかない」
>医師「犯罪行為に当たるか否かあらかじめ判らないと医療行為はできない」
>法曹「それなら医師側が医療基準を示せ」
>医師「人間は千差万別であり、クリアカットな医療基準など作れない」

というところまでは合意できるのに、

 それだったら、
 基準が作れないほどバラつきが大きい人間の構造そのものが
 医療技術的にみて一番の問題であって、
 法律的に見ても過失による被害対象として取り扱うのは不適切だ。
 だから 医療技術的にも法律的にもクリアカットな処理ができる
 ように 人間の構造と生理学的反応を標準化しよう。
 (ex. 血液型は Rh+のA型しか認めないとか
    遺伝子の多型は認めないとか
    そもそも単一個体から派生したクローンだけからなる社会だけ 
    が存在を許されて然るべきはずだ、今のように多様な個体が
    存在する社会の存在自体が誤り。
 )
 という意見にならないのは何でだろう?

>No.249 田舎の消化器外科医さん

事情はよくわかりました。
と言いたい所ですが、あまりに杜撰すぎます。
準備から正式発足まで時間はあったわけですし、
まだ、議論中のものは、議論中です、と表示しておけばいいわけです。
既に、決まっていることも、リンクされておらず、
あれでは、どうみても、やる気がないか停止中としか思えません。
100人に聞いたら、100人がそう思うと思います。
ボランティアでHP作成手伝う人もいると思いますし、
寄付を考える人もいると思います。
医学生に協力をお願いしてもいいでしょう。
内部事情のわからない人はあのHPからしか理解できないのです。
ここで議論している人には、まだ言い訳が通じるかも知れませんが、
そうでない人は、とりあえずあのHPもしくは代表のHPがすべてです。
行動スケジュールもわからないし・・・
文句を言ってくれるうちが、花だとお考えください。

 全国医師連盟ファンさま、申し訳ありません。金銭的にも肉体的にも余裕のない中での作業なので、なかなか更新が進まないのです。
私なども一員なのですが、HPの作成についてはとんと疎く、全く役に立ちません。お腹立ちのところ申し訳ありませんが、今しばらくご猶予を。

また総勢700人程度といえど、直接民主制と言うのはとてつもなく合意を形成するのに時間がかかるのを実感しているところです。内部をまとめるだけでさえ、決起集会から創立までにかなり混乱を来していまして。

今までになかった形で新しい集団を作るというのが、いかに難しいかと日々実感しています。

No.250 元ライダーさん

発想を転換して、まず第一に考えるべきは、「ある行為を処罰してある業界の正当な業務の妨げにならないか。業界の萎縮により消費者が不利益を被らないか。」これでしょう。細かい判断はその後で。

正論だとは思いますが、同意しかねる部分もあります。

点滴事件を例に挙げれば、「点滴事件を処罰した場合、正当な業務の妨げになる」と思う方が一定数存在した場合、点滴事件を民事でも刑事でも裁く事ができなくなります。


いかに業務の妨げになろうとも、これだけは守るべき最低のラインがあると思うのですが、いかがでしょうか。最低ラインがあるのであれば、それを明記して頂ければ、医療事故が起きた場合、法曹の方々は非常に楽になると思います。


医療従事者に取って、基準は努力目標を指すことが多い様ですが、非医療従事者に必要なのは最低のラインなのです。

昨日は煽りに煽り返すような事をしてしまい、申し訳ありませんでした。忙しくて時間がないときや眠いときに、これだけ返事書いて終わりにしようなどと思う時は、大抵あとから読んで後悔するようなことを書いてしまっています。

自分も医療関係に関してはまだ周回遅れなので、当面の間は皆様のご意見から勉強させていただきたいと思います。

失礼いたしました。

>No.254 しまさん
言葉足らずでしたか。
"これだけは守るべき最低のライン"を守れていないのは正当な業務ではないのですよ(含点滴事件ただし報道による)。
正当な業務でないものを処罰したところで、業界の萎縮は起きません。

とすると、「最低ラインや正当な業務とは何ぞや」というところに戻りますが、逆説的に「処罰することによって萎縮が起こり消費者が不利益を被るものを正当な業務とする」という考え方はできないでしょうか。

>正当な業務の妨げになると思う方が一定数存在した場合
確かにそこは課題です。
妨げになると思う人が10%だったら?50%だったら?90%だったら?
線引きはどうしましょう。

ただ、「萎縮が起こり正当な業務の妨げになるか?」という判断は専門家集団の中では大きく割れるとはあまり考えられないのですが、他の専門家集団ではどうでしょうか、例えば弁護士さんとか。

>No.223 yamaさん
>私は0.00001%でもリスクがあれば患者さんにとっては10%のリスクと変わらないと思います。

いや、患者にとって0.00001%のリスクと10%のリスクは全然違うでしょう。

で、ここで問題なのは、加藤医師は10%のリスクを軽減する手段があったのにそれを怠った責任は逃れられない、ということなのです。
 

「全国医師連盟」なり「日本産婦人科学会」が、
〜%のリスクを軽減する手段があったのにそれを怠った事を非難せず、加藤医師を擁護するのには暗たんたる気持にさせられますね。

加藤医師は10%のリスクを軽減する手段があった

どんな手段ですか?
ちなみに大病院に転送などは、手遅れかもしれないし受け入れられるとは限らない。

もしも最善の手段以外は違法!
との趣旨なら、自ら「理解が無い」ことの表明で、進歩無しと読み取れます。

今後、「ためにする議論」には場外で回答したらどうでしょうかね。
まあ、スルーがベストだとは思いますが。

>あっくんさん

 要するに、トピズレなんですよ。

 大野病院事件については8月20日に判決が予定されています。
 判決が出たら取り上げるつもりですので、ご意見はそのときにお聞きします。

 ただし、自分と異なる意見に対する聞く耳を持っていただくことがこのブログに投稿するための最低条件です。

No.234 で、すちゅわーですさまが言われる
「科学たる医療」
は、イデア界にしかないのでは。

その「呪術」という語の使い方は、ニュートンをうつけ者呼ばわりしているのと何ら変わらないと思います。

何やら時機を逸した感もありますが、私見を投稿させてください。

激務に忙殺されて居られる勤務医の先生方が、日常の本来業務(医療の提供)と並行して別途組織体を創設しようとなさる際には、最初に発起人となられた先生は恐らく心身ともに膨大なエネルギーを費やされたのだろうと思います。そのエネルギーの源が、ある種の感情(正義感とか義憤とか)によるものであったとしても、最初期の発動のエネルギー源としては問題視する事も無いだろうと考えております。
従って、現在の公式HP等からリンクが切れている設立準備段階での活動に利用されたHPの一部に、(完全な外野から見て過激に映るようなものであっても)感情の発露に重点がおかれたのような文章が掲載されていたとしても、そして正式結成後に何等かの意思表明やフォローが為されて居ないとしても、それのみを以て正式結成直後の混乱期に避難やある種の断定をするのは避ける方が良いように思います。
一応設立準備段階の草稿の様な文面と、設立後の正式HPとの間にリンクが切れているという事実を以て、取り敢えず設立後の正式なアピールを待つという姿勢であっても良いのではないかと思います。

一方で、実情を存じ上げない私が勝手な事を失礼を承知の上で申し上げるとすれば、出来れば早急に固有の事務所を確保されて、その上で数時間/日であっても一定した時間帯に確実に活動できる専任の事務担当者を置かれる等して、取り敢えず組織として内外に対して早急に整備する必要性があると見込まれる点について、体制を整えられた方が宜しいのではないでしょうか?というような事を、応援する立場として感じます。
外野の私が申し上げるまでもない事なのだろうと思いながら、書かずにおれませんでした。差し出た事を書き込みました事をお詫び申し上げます。m(__)m

>No.259 MultiSyncさん
>加藤医師は10%のリスクを軽減する手段があった
>どんな手段ですか?
>ちなみに大病院に転送などは、手遅れかもしれないし受け入れられるとは限らない。

http://obgy.typepad.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2007/07/21/20077201_3.jpg
この表を書いた人によれば10%ではなく、3.7%だそうですが、
加藤医師は手術中ではなく事前の診察で被害者は「帝切の既往+前置胎盤」がある、ということを把握していたのです。
つまり、3.7%の確率で癒着胎盤があることを認識していたのです。
であるならば、加藤医師は手術中の癒着胎盤の大出血の可能性を考慮し充実した施設で手術を行うべきだったのです。
そういう事実は一切公表せず、ひたすら、加藤医師を擁護する、
「全国医師連盟」なり「日本産婦人科学会」は反社会的集団だなあー、と思うわけです。 あなたはそう思いませんか?

>No.261 モトケンさん
> 要するに、トピズレなんですよ。
ああ、そうですか、了解しました。

普段ROM専門の者ですが、横から失礼いたします。

>あっくんさん

昨日の一連の議論で勉強させていただいたのでコメント致しますが・・・

昨日貴方が自分で引用されたミラー論文によれば、後壁付着の前置胎盤例で既往帝王切開1回の35歳未満の方の場合、癒着胎盤の発生頻度は「3.7%」ではなかったでしょうか?

折角なので正確な数字で議論された方が良かろうと思います(私の読み方が間違っているのかも知れませんが)。

なお、モトケン先生も仰っているとおり、確かにトピズレだと思いますので、別の適切なエントリで発言されてはどうでしょうか。

>No.261 モトケンさん
> ただし、自分と異なる意見に対する聞く耳を持っていただくことがこのブログに投稿するための最低条件です。

では、そのトピで、
3.7%のリスクを軽減する措置がとれたのに、それ怠った加藤医師にたいする、モトケンさんの意見を伺いましょう。
 

>あっくんさん

あなたのために優しい方々がスレ作って待っています
福島大野病院事件についてじゃれあうスレ
そちらへどうぞ^^

No.257 あっくんさん
では逆にお聞きします。何%からが大病院で見るべき大病とお思いでしょうか?まあ、これは専門家でも答えられない問いだとは思いますが・・・。
私はそれは決められないと思います。おそらく大部分の専門家は同じ意見でしょう。
0.001%でも10%であっても当たった患者にとっては被る不利益は同じです。確かに10%というのは言い過ぎ(これについては私も反省)かもしれませんが、それが1%だったとしましょう。1%程度の命に関わる合併症の場合、普通の病院なら対処するでしょう。そんなのいちいち他に回していたら大病院はパンクします。でも、なぜ1%と10%は違うのでしょうか?そんなのに理屈はありません。感覚的なものです。従って数値で判断することは非常に危険な行為であると個人的には思います。
大体、合併症の確率なんて論文によって100倍の開きもあることが珍しくないし、一概に決めることは不可能です。何%からという線引きは現場の医師にとって意味のない数値です。
意味があるのは、よく起こりうるのか、珍しいのかという曖昧なことです。そして、大野病院で起きた事例はとても珍しい事例です。そもそも専門家でさえ、珍しくて仕方がなかったといっているのに門外漢が口出せることでしょうか(そもそも4%という数値さえ怪しいものですが)?私はそれこそ越権行為だと思います。
良く起きる合併症が容易に予想できる場合はよりいっそう気をつけるし、確かに他の大きな病院に送ったりすることも考えますが、それが必ずしも正しいとは言い切れない部分も多少はあります。では珍しいものまで十分考えるべきなのでしょうか?上記の理由から現場で働く人間として疑問を感じます。すべての患者を大病院に送らなければならないからです。

結局、この問題に関して数値で物事を区切ろうとすることは現場のことを考えていないから言えることだと思います。そこで1年でも現場を見学することをお勧めします。感情論よりはだいぶましではありますが、文献と机上の理論だけで話しを進めるのは役人やマスコミと同じで、有益なものを結局は生みません。可能なのか、可能ではないのか?それを判断することは机上ではできません。論理的に考えて正しいことが現場に生かせるかというのは別の問題です。

他の方も指摘していますが、老婆心ながらもう少し現場サイドの意見を聞くことをお勧めします。でないといつまでたっても周回遅れと言われ続け、現実を無視した意見として批判されますよ。

で、本題に戻ると大野病院事件で起きた合併症の確率は大変低いと聞いています。産婦人科医の大部分が遭遇したことのない疾患だと言います。世の中にこのときと同じ状況の妊婦さん(つまり帝王切開した前置胎盤の妊婦さん)は沢山いるでしょう。その方々すべてを大病院で診てもらうのでしょうか?まずそこから考えてみてはいかがでしょうか?以下に現実離れした考え方ということが解ると思います。

理論も良いですが、現実をきちんとみてください。そして現場の意見をちゃんと聴いてください。

みなさん、ブログ主からトピズレ宣告が出てます。
本当に場外にしましょうよ。

3.7%ですか(この数値を見る前に書きました)。私が以前見たところでは何千件に一件というオーダーだったのを覚えているので(どこかの教科書です)4%という数値はかなり怪しいと判断してしまいました。しかし、論文によって違うのでしょうね?この数値があるhのを知りませんでした。

でも珍しいことには変わりありません。珍しいと言うことはそのようなマイナーな論文は普段は読みませんね。それとも寝る間も惜しんで臨床の業務そっちのけで重箱の隅をつつくべく医師は勉強しなければならないのでしょうか?メジャーな物を勉強した方が得策であることは間違いないでしょう。

>No.269 yamaさん

インフォームドコンセントの必要性として、そこまで要求していると
思います。
もし、自分が患者の夫で1パーセントでも病院を移して
死のリスクを減らせるならそうしますが。

素人考えですが、きっちりインフォームドコンセントをやるべきだったのだと思います。

はじめまして。
私は法曹関係者でも医師でもないんですが、どちらもわりと身近なものでして、ついつい参加させていただくことにさせていただきました。

さて、小倉先生の記述は「字面」だけなら至極まっとうな意見ですよね。非常に常識的な意見に見えます。一見して。

ただ世の中にはできることとできないことが当然あって、そういうことは法律なんかが生まれた欧州では現実や実態に即した常識的な対応をお互いする場面が多いと思います。
日本人は建前に縛られすぎというか・・・

この連盟の主張は現実的にべき論の医療ができないから、少なくとも現実的にこうして欲しい、援護して欲しいという正直な意見ですよね。
これを建前、べき論を盾に個人的な感情をぶつけてるとしか思えませんね。小倉先生は。
べき論で言ったらそりゃ医師や病院を取り巻く環境が十分だったら理想に限りなく近づけられますよね。それでも失敗した医師にペナルティってのはわかります。
何か医療関係者に特別な感情を抱いているように思えます。
まぁ近親者で医療過誤で不幸な目に遭ったというならわかりますが・・・

すいません、二重投稿でした。
モトケン先生、お手数ですがどちらかを削除願います。

さて、こちらでも長らく議論されているようですが、今の医療者の環境は変わらないと思います。
ますます酷くなると思いますし、また現実的に刑事免責は無理かと思われます。
どこで折り合いをつけるか?というのが問題なのですが、個人的な感想ではヤフーブログの法医学の例の先生の感想が現実的かなと思いました。

本当かどうかは知りませんが、警察や検察は法医学者の意見を結構信じるようで、1割くらいしか「事件」にならないといいます。
刑事になるもので圧倒的に多いのは異常死の報告がなく、証拠保全がなく、遅れて遺族なんかから告発がある場合で、この場合は警察・検察が医師界が遠い存在なため身構えてやる気満々になるとか。
おそらく法医学者は「身内」なのでその意見は信用できるということなんでしょうね。
はっきりいって、今の厚労省の案だったら警察・検察内に医師会がばんばん人員を送って警察・検察内の鑑定組織作った方がマシでしょう。

まぁ法医学の先生のブログでの臨床の先生方の反応を見るに、警察・検察への抵抗感・反感は根強いもののようで簡単ではないんでしょうけど、警察・検察内に発言力のある組織を作った方が良いと思いますし、現実的ではないでしょうかね?
少なくとも今のままでは医師を取り巻く環境は変わらず、しかも刑事免責も実現困難なんですから。

>>No.239 法務業の末席さん
横から失礼いたします。

あくまで個人的な意見ですが。。
ガイドラインはあくまでガイドラインであって絶対的なものではありません。そしてそれを元に情報を収集、新しい治療を付加していくことで、次の改良をめざした新しいガイドラインができあがっていきます。また、個別症例により、対応が変わることもありえます。
ここからが一番重要な問題だと考えていますが、、
統一基準を設け、それを処罰基準にすることは、そこから新しい医療の発展に対する足枷となってしまう恐れがある事。(良いと思っても、そこから外れた治療が出来なくなってしまうので。)そして、それが決して子孫達にとって良いことではないと言うことに、非医療者の方も気付かなくてはいけないと思っています。

Level3さん


申し訳ないけれど、小倉さんの意見を言葉遊びの例外といい、裁判官ネットワークでの医師達の振る舞いを仕方がないと言っているようでは、とてもじゃないですが、法曹はじめ一般人の共感など得られないだろうと思います。私の場合、親しい友人が国立の医学部で法学の授業を長年やっていて、驚くべき話を色々聞いてきたので医師達の社会性の欠如にはもはや全然驚きませんが、ああいう行動は単に墓穴を掘っているだけです。せめてそれぐらいは気付かないと。


矢部さんは、さすがに小倉さんの見解の全てを例外で片づけることなどできないと知っているから、わざわざエントリーを建てて「正当な批判は批判として」反論する場にしようとしたんだと思いますが、このバッシングぶりで完全に裏目に出ているというのが私の感想です。


もっとも、矢部さんが、No.19 で


小倉弁護士は、主として医療側コメンテイターに対して、煽り立てて感情反応的コメントを引き出し、揚げ足を取ろうという戦術のようですので、冷静な対応をお勧めします。


と書いたのが、実際は一番の失敗だとは思いますが。これでこのスレッドの方向性が、専門家のお墨付きを得て、議論でなくバッシングに固まってしまったように見えます。


加えて、ここには「過去に議論し尽くしたことだ」「過去の議論をよく読んで出直してこい」という発言が、非常に多い訳ですが、雑誌論文などならいざ知らず、内容が錯綜し検索性にも非常に劣るブログや掲示板の議論などに隅々まで目を通す人などは、現実にはよほど時間が有り余っている暇人ぐらいしかいないように思います。


内向きの場所なら勿論それでいいのですが、矢部さんが仰ることからすると、ここは小倉さんの影響力に鑑みて、広く世間に反論を知らしめ様々な意見を拾うために設けたエントリーだった筈ですから、あまりいい感じではないですよね。テーマから逸れている動きについては、さっさと誘導すれば済むだけの話ですし。


正直、コメント数はとても多いけど、「正当な批判は批判として」議論するという本来の機能はほとんど果たしていない一方で、「バッシング」や「押さえ込み」ばかりが目立っています。これでは架け橋は、無理じゃないかな。


*******


あと、私の指摘を「的はずれで失礼だ」あるいは「バッシングなど無い」と仰る方々がいらっしゃいますが、矢部さんのところなどで議論スレした方々はさておき、わたしには、No.228等々でまるさんなどが仰っている見解などが、まぁ「普通の」感覚に近いのではないかと思いますが。もっとも多くが無視されてしまっているかのようなのが、なんとも(笑)


*******


すちゅわーですさん。


No.234の要を得た書きぶりには、ある程度すちゅわーですさんの文章に慣れていた筈の私でも、正直とても驚かされました。この文章が読めただけでも、ひさびさにこのブログに来た甲斐があったというものです。ありがとうございました。


問題は、ここの方々にこれがどれほど伝わるかでしょうね。


******


No.236 惰眠さん


おっしゃるようなきれい事で済むようなものではないんですよ。それこそ2ちゃんねるなどの過去ログをご覧になれば、どんなひどいことが言われていたかよくわかる筈です。少なくとも私は、あんな連中が中心になってやっていることがまともである筈がないと思っています。ま、ご自身でご覧になってご判断なさってくださいませ。


******


あとねぇ、テーマ違いはさっさと誘導すりゃいいのに、誘導先が「福島大野病院事件についてじゃれあうスレ」なんてタイトルじゃ、少しでもまじめに議論したいと考える人なら、馬鹿にされていると思って行くわけが無いじゃないですか。


いい大人達が集まっているにしては、やってることが稚拙すぎるとは思いませんか?

No.214 すちゅわーですさん

昼に書いた内容を手元で保留してあったので、他の方と重なる内容も多いのですが書き込ませていただきたいと思います。

非医療者、非法曹という立場をあらかじめ表明した上で二点ほどコメントします。

まず一点ですが、標準の策定とそこからの逸脱の度合いで考えるというモデルは、医療関連訴訟の議論の俎上にのぼる多くの事案について適用が困難です。
たとえば右目と左目。手術する左右の部位を間違えてはいけないということはガイドライン以前の問題でしょう。文句なしに逸脱しているということにしましょうか。では挿管の際の食道と気管ではどうでしょう。食道への挿管がある種の逸脱であることに議論の余地はありません。では食道挿管はすべて刑罰適用ということにすればもう間違いなく医療は崩壊します。防止と事後の確認等の手順をマニュアル化することは可能でしょうし、実際そうしているでしょうが、それはこれをすればセーフ、しなければアウトというような基準にはなりえません。

二点めです。おっしゃるところの「標準治療」というものの具体的なイメージがわかないのですが、「学会などで、ガイドラインを作ってもらうしかない」という書き方をされているところから見ると、文書などの形式で表現された情報のまとまりであるのは確かかと思います。
そうだとすると、それはたとえば医学教育において使用されているいわゆる「教科書」とどのように違うのでしょう。
あるいは、薬品の使用という場面に限局した場合「添付文書」とどのように違うのでしょう。
「教科書にはこう書いてあるのにあなたの治療は違ったではないか」「添付文書には適用がないのになぜ使用したのか」という責任の問われ方がおよそ医療者に受け入れがたいものであることは、このブログの過去の議論から明らかであると思います(よね?)。それが「今日の治療薬」でも、あるいはMEDLINE全体に広げても、とにかくある時点の判断基準として固定されうる情報である限りは同じだと思います。
医療とは常に標準から逸脱し続けることを宿命づけられた営みであるとすら言えるのかもしれません。私自身非医療者としてどうしても実感しにくいところではあるのですが、刑罰法規適用の消極的要件としての「妥当な」範囲を策定しそれを情報化するということが、それが広いか狭いかに関わらず、医療というものの本質としてそもそも不可能なのだということを理解しなければいけないのではないでしょうか。

早起きしたのでこのスレをザッと読み直してカウントしてみました。
No.227 tmxさん登場前までの分ですが、
小倉氏批判 25コメ
全国医師連盟批判 19コメ
両者批判 7コメ
他はあっくん対応、刑事免責関連、誘導コメントその他。他の方がカウントすれば違った分類になるかもしれませんが。

小倉氏ブログが医師連盟批判エントリだけだった時は2:1で医師連盟批判のほうが多かったのですが、小倉氏が関連エントリを追加する度に小倉氏批判が増えています(ネタが増えたということで当然ですが)。
さらに小倉氏批判コメントの過半数は非医師と思われる方々からでした。

何を言いたいのかといいますと
>No.276 tmxさん
>「正当な批判は批判として」議論するという本来の機能はほとんど果たしていない一方で、「バッシング」や「押さえ込み」ばかりが目立っています

的外れなんじゃないかということです。先入観はないでしょうか?

付け加えると
>法曹はじめ一般人の共感など得られない
>単に墓穴を掘っているだけです

このような表現をされますと、医師たちが何を目的に騒いでいるのかtmxさんが誤解しているように思えてしまいます(小倉氏にも言えることですが)。

>>No.277 ひさん

No.214や、No.234で私がコメントしたのは、法律家としてよりも、患者側としての気持ちからの方が強かったと思います。
私は、最近、親が癌になって医療のお世話になりましたので、その時に感じたことがあります。何か、このエントリーで、患者不在で、法曹と医療者が論争になっているのを見て、不毛さを感じたことから、何となく書き込みたくなったのだと思います。

とにかく、日本の患者側に与えられる情報量の少なさ・・。これが私がもっとも強く感じたことでした。
担当医にきちんとした情報提供を求めても、「医療の不確実さ」「個体差」などを理由に、データをきちんと開示するという姿勢は希薄でした。

セカンドオピニオンというのも、先生方に申し出ることが憚れるような雰囲気も実際にあります。

インターネットで日本語のホームページを検索しても、得られる情報はとても少ない。医学基本書を入手して閲覧しましたが、希少疾患であることもあって、2〜3ページしか記述がなく、しかも書いてあることは、10年以上前の情報に基づくものが大半。日本国内で発行された医療文献を検索し、入手できる医療者用の有料サイトに登録し、入手できるだけの文献を入手しましたが、それも、単なる症例報告に過ぎないものが殆どで、、非常にグレードが低いものでした。

そこで、アメリカのホームページに行き、翻訳ソフトを頼りに、逐次、翻訳することを試みたのですが、そこで得られる情報は、日本国内で得られるものの量は10倍、質的にも最新で最高レベルのものでした。それは、専門用語が飛び交う中で、翻訳することは大変でしたけど、私を大いに満足させるものでした。そして、参考になる臨床試験は、日本国内では殆ど行われておらず、大半がアメリカで行われた臨床試験によって、医療の進歩がもたらされていることもわかりました。また、アメリカでは標準治療というものが重視され、医療機関による格差が少なくなるようにされていること、他方で、標準治療でない、実験的治療については、きちんとした臨床試験体制が整っていることもわかりました。

誰もがアクセスできる無料サイトで、最高度の情報提供がされている。日本とアメリカの違いは一体何なのだろうと・・・。

情報が得られることで、患者側は納得できる治療選択が初めて可能になります。そして、そのようにして選択した場合、たとえ、結果が悪い結果になったとしても、医療者を責める気持ちにはなりません。自分で納得して選んだのだから、自分の責任である、と考えることができるようになります。アメリカのように、ネットで、医療情報をどんどん公開した方が、日本の医師の方々も、インフォームドコンセントを得るために長々と時間を掛ける必要がないのに、と思うのですが(「あのページを見ておいてね」って言うだけでかなり説明を省略できるはずです)。

標準治療が何か、ということは、医療専門家に聞いていただいた方がいいと思います。私も一応、説明可能な程度に理解しているつもりですが、なにしろ素人ですから。

それから、ガイドラインと基本書の違いも同様です。

医療とは常に標準から逸脱し続けることを宿命づけられた営みであるとすら言えるのかもしれません。
そうやって、医療は進歩していくものだと思うのですが、それは実験的治療となります。その時には、充分なインフォームドコンセントが必要となります。

すちゅわーですさん

標準治療はいずれにせよ過去のものであります.
現在の治療レベルともずれていることが多いのです.
それを避けるために欧米の著名な学会はrecomendationやらguideline,さらにはletterといった形で修正していきます.
これは米国の標準的治療を公表しているサイトでもややupdateが遅れています.
ご指摘の様に,日本の問題は標準的治療レベルを医療者側でなく患者側にも伝わるように公表してこなかったという点です.
最近では各学会ともに非会員にもガイドラインのアクセスを許可していますが,以前はそれも無理でした.
医療のevidenceは大きな無作為研究からのみ創られるわけでなく,呪術と言われてしまいましたが,思考錯誤や偶然の発見から生まれるものもありえます.
全てがevidenceで規定されるべきでなくexperienceも重要視されるべきです.多くの医療者からjudgeに対する不信が生じる原因と考えます.今まで患者側に十分な説明をすることなく医療者側の随意選択が全てであったことが今の混乱を招いているのでしょう.
この点は医療者側で徹底した改善をすべきものと考えます.

最後にひとこと,1%の確率でもあれば救命のための治療を行うことがあります.何故なら放置すれば死に至るからです.
あっくんさんは産科の緊急事態で10%のリスクをとったことを非難していますが,現実にはリスクが10%なんて幸運の部類に入ります.
リスク回避率100%を求められたらば呪術でも無理です.世界最先端の医療を行っているHarvard, Hopkins, Stanfordでも不可能です.
日本の医療は標準的治療法を公表していませんが,人種間格差を考慮しても何故か成績は他国と比較して同等以上です.
良い例は乳児死亡率とお考え下さい.
個々の先達がシステムなき日本において,個々の努力と意識だけで達成してきたものです.
この点だけは理解して頂きたいところです.

今は医療システム再構築の最後の機会かもしれません.

仕事などの関係で、ここ数日こまめにROM&投稿する余裕がありません。限られた時間しか取れない為に、複数のコメントに対して一つの投稿でご返答する失礼をご容赦下さい。


>No.242 すちゅわーです様

実際上、そのような側面も多分に強いのではないか、ということ
ご主張の論旨、概ね理解できました。ご返答ありがとうございます。


>No.250 元ライダー様

確かにだんだんデジャヴが・・
そうですね、私にも過去に散々議論した覚えが・・・
法曹家お二人が「許された危険の法理」という私が知らない概念を討論されていたので、センセェ質問!というノリでした。あんまり過去の議論に戻ってしまうようでしたら、適当な別エントリにでも移る方が宜しいかも。

結局、統一基準など、どちら側も作れないのです
現実論として考えると「作れない」というご意見を否定できません。ただし全国医師連盟の皆さんがその目指す要望事項として、「医療に対する刑事訴追に関する一定の歯止め」を表明されている以上、検察など捜査権力が医療機関や医師などを強制捜査して訴追することを許容するボーダーラインを、一体何処に置くべきか全医連側が示すべきと思います。

黒川氏はHPの代表挨拶で「救命活動時の部分刑事免責」と表現されていますが、この救命救急時とはどのような事態のことなのか。部分刑事免責とは法制上の明文規定か、それと警察や検察の強制捜査に対する歯止めなのか。こうした具体的基準は、当然ながら全医連がたたき台となる案を提示するのが筋でしょう。


>No.256 元ライダー様

「萎縮が起こり正当な業務の妨げになるか?」という判断
この判断を何を基準にして行うのか、医療界の皆さんは医療界としての判断基準を示して頂きたい。そして法曹を含む非医療の人々は、その医療界の提示した判断基準に則って刑事責任追及を抑制すれば医療の萎縮を低減できて、その結果として国民が享受する医療体勢が崩壊することを防ぐに有効と理解するコンセンサスが形成されると思います。

国民全体の過半数がそうした認識に至れば、自ずから刑事責任追及に対する「国家的な抑制システム」、例えば法令の裏付けのある「医療刑事訴追の可否を検討する委員会」の新設なども可能になるのではないでしょうか。


>No.275 Pediatrician 様

統一基準を設け、それを処罰基準にすることは、そこから新しい医療の発展に対する足枷となってしまう恐れがある事
私は傷病・症例ごとに標準的な治療基準を定めることを論じているのではありません。刑事訴追を容認する、容認しない、このボーダーのラインをどこに引くのか、その基準作りをどのように行い、その基準に則って誰が刑事訴追の可否を判断するのか、ということを論じています。

過失は刑事訴追の対象外にしても、故意が強く疑われる事故・事件が医療現場で発生する場合もあるでしょう。そうした事件に対して警察や検察などの捜査機関が、逮捕状や家宅捜索令状などの強制権限を行使して医療機関や医療関係者を取り調べ、その結果故意による犯罪である疑いが濃厚なら、その容疑者は刑法犯として訴追されます。訴追された容疑者は、刑事裁判の被告人として法の裁きを受ける。こうした事例は医師の皆さんも容認するのではないでしょうか。

もし仮に、全医連や医療者の皆さんが目指す「一定の刑事免責」が、こうした医療機関の建物設備や医療者に対する強制捜査も一切回避すべきだという意味合いを持つのであれば、これは大使館や外交官に対する治外法権と同じ考え方になってしまいます。全医連の黒川代表の挨拶での「救命活動時の部分刑事免責」という主張は一体医療行為でのどこまでを対象とするのか、そしてその対象又は対象外の判断基準は誰が作り、対象又は対象外の選別判断の決定権は誰が持つのか、そこを論じているつもりです。

こうしたことを全医連なり医療者の皆さんに具体的に提案して頂き、医療界と主管官庁の厚労省との間だけでなく、国民全体で検討しなければならない大変に重要なことと考えています。

>No.279 すちゅわーですさん

こんにちは 普段はROM専門の者です。ハンドル名のとおり、医師です。

私見ですが、日本とアメリカの医療情報(論文)を比べた場合、幾つか大きな違いが見られます。早い話が、「この試験が有効であることは認めるけれど、とても日本でこの類の試験は行うことが出来ない」と思われるものです。

具体的には、
患者さんの一部には全くメリットが出ないことが試験デザインから予想される(日本では、こういう場合にはほとんど患者さんからの協力が得られません。従来の治療を受けていれば、一定のメリットは享受できるわけですから。アメリカでの医療の場合、やたらボランティア精神が旺盛なのか、もしくは、通常なら経済的理由で医療を受けられない患者さんに対して行われているのではないか、と、考えています)
もう一つは、お金がかかりすぎて試験が出来ない場合です。日本の医療機関は現在よけいなお金を(研究に回せる資金)持っているところは少ないです。たいていは、製薬会社の主導で、治験、という形で行われることになりますが、逆に言えば製薬会社がメリットがないと判断すれば、行われることはありません。医師主導の治験も行われつつありますが、やはり、資金が大きなネックになっているようです。

学術論文だけでも、このような違いがある(と、私は思っています)

ついでに、医療に限りませんが、成功談よりも失敗談の方が後々の者にとっては為になることが多いです。ところが、現在の日本では成功談はともかく、失敗談の報告が激減しています。ひょっとしたら、この失敗談を元に訴えられるかも、起訴されるかも、という恐れからです。失敗談の報告が出ないと言うことは、今後は先人の失敗を回避することが出来ずに全国で同じような失敗を繰り返しつづける可能性が出てきます。今後の日本の医療の将来は?

ちなみに、ホームページなどによる情報公開ですが、
日本の医師に治療に関するホームページを整備するだけの余裕と気力がどのくらいあるのか
ということが大きいのではないかと思います。

長々と失礼しました。

米国でのガイドラインつくりはNIHなどの国家機関がかなり関与しているはずですが。

>すちゅわーですさん

日本の研究・臨床が、世界のトップレベルであるという分野は少なくないですよ。

ただし、そうした成果はすべて、「英語」で発表されます。
日本語で書いたって、誰も評価してくれません。

No.272 JJさん
もちろんリスクを減らしたいのは当たり前です。インフォームドコンセントもよく起きる合併症については説明は当たり前になってきました。私も説明しています。しかし、珍しい合併症までインフォームドコンセントをしていたらそれこそ何百もの合併症を説明しなければなりません。例え人的な余裕があってもこれは現実的ではないでしょう。医師も大変ですが、説明を受けた患者はもっと大変で覚えられないでしょう。分厚い契約書みたいな物です。まあ、現実的には医師不足なのでそのような説明は不可能なのですが、同意書の中では確率の低い合併症はその他の予期しない合併症として処理されるでしょう。

ある論文では帝王切開後の前置胎盤について3.7%と言う数字が提示されていますが、私個人としては、いろいろな産婦人科の先生の意見を聞くとそこまで数字が大きいとは考えられないと言います。正しかったとしても実感がわかないと思います。
論文の確率はバイアスが大きく作用していますから論文によっては、珍しい疾患の場合100倍もの開きが出ることは特に珍しいことではありません。しょっちゅう頻繁に起きている疾患であれば確率はより正しい物に近づきますが・・・。
例えば肥大型心筋症という疾患があります。ある論文では0.5%の確率で致死性不整脈を起こすと書いていますが、実証はなかなか難しいのです。しかも他の論文には5%と書いてあったりします。さらにやっかいなことに若年と老年では突然死の確率が大幅に違い、この数値にも食い違いが見られます。
そもそも母数が多いのか、少ないのかによって数学的にも算出が困難になるでしょう。残念ながら確率はあくまでも確率であって、全体から見た珍しさを表している物ではありません。
それが私が確率はナンセンスであると言っている一因なのです。

要はよく起こるか起きないか、科学的ではありませんが、インフォームドコンセントには経験と感覚的なセンスが最も必要と思われます(科学的根拠を無視して良いというわけではなく、勿論重要でありますが、メインではありません)。それに経験していないことをわかりやすく説明するのは医師にとっても難しいことなのです。
そして前述の理由からインフォームドコンセントできっちりすべて説明することは不可能だと言うことです。それが期待権における患者と医師の軋轢を生む原因の一つとなっているのかもしれません。

>1:刑事責任を問われるトンデモ医療行為と、問われないマトモ医療行為とのボーダーは、医療界の統一的な医療基準(エビデンスに裏打ちされたガイドラインなど)に拠る。2:司法(裁判所)は、医療界が統一的医療基準を示してくれれば、それに拠って判決をする。3:そのような基準に則った判決が蓄積されれば、それが司法の基準として定着するはずだ。4:故に医療界の統一的基準提示が待たれる。

 医療はほとんんど分かりませんが、基準化についてケース・バイ・ケースの場合わけが可能なのかどうか。リスクだけをとっても、それを無視せざるをえないケースや無視はしないとはいえ容認されるリスクがはっきりしないケースは多いのでは。

 医療でもないですし刑事事件でもないですが、エントリ「安全基準」(がちゃぽんのカプセル誤飲)のように、司法側が業界基準よりも上位の基準を示す例もあるわけで。

 基準どうこうよりも考え方の摺り合わせを続けていくしかないのかと。

 「刑事免責」という言葉ですが、(法律業界から見て)医師側が安易又は不用意に使ってしまった点からすると、医師側の皆様の法学ないし法律業界への理解を深めることを期待します。
 もちろん一般の方々も、せっかくの機会ですから「刑事免責(immunity:イミュニティ)」や「許された危険(erlaubtes Risiko)」「義務の衝突(Pflichtenkollision)」という概念・沿革・よって立つ法理論を学習されてはいかがでしょうか。
 たとえば、刑事免責には、「訴追免責(取引免責)」と「証拠免責(証拠禁止)」の二通りがあるとか。
 たとえば、文献として、飯田英夫「アメリカ合衆国におけるイミュニティ法の運用の実情と問題点(上)(下)」警察研究49巻8号25頁、9号19頁(1978年)、田宮裕「刑事免責について一英米の現状と問題一」同『日本の刑事訴追』267頁(1998年)[初出・ジュリスト676号(1978年)]などを参照されてください。

No.276 tmxさま
 たしかに私も裁判官ネットワークでの一部の医師の振る舞いは度を越していたと思いますし(全てと言うわけではありません)私はこれを擁護する気はありません。また、小倉氏の全医連批判にも正当な部分があったことは事実です。小倉氏に対する批判は、正直もはや場外乱闘のほうが適しているとも思います。
 ただ、小倉氏が批判されるような燃料を次々投下していると言う点も同様に批判する必要があるとは思います。このエントリがたつ前にすでに「小倉氏関連はもういいよ」と言う意見がいくつか出ていた、と言う点、そしてそれがなぜなのかと言う点も考慮していただけたらありがたいです。実際のところここと小倉さんの間に生じている問題の本質においては全医連など刺身のつまみたいなものでして。
 それと全医連の論に対する批判は、あまりにも元ネタが稚拙すぎて「これはダメじゃね?」「うん、ダメだね」で終わってしまうものであったことや、小倉さんと違って燃料が投下されないのがそもそも批判が盛り上がらない原因だと思われます。

 「過去に議論し尽くしたことだ」「過去の議論をよく読んで出直してこい」という点も確かに過去ログを全て読むのは膨大な労力を要しますから基本的に避けるべきとは思いますが、ケースバイケースだと思います。過去ログを読めば分かると思いますが(笑)、過去に何度も同じ誤解に基づく批判や質問が繰り返された結果、主に法曹関係者のコメンテーターが疲弊してしまったと言う事実もあるわけです。「そこまで興味がおありでしたら」と言う条件付でこうした発言をすることは許容されてしかるべきですし、それが許されなければ過去の議論があまりにも無意味なものになってしまいます。

 「福島大野病院事件についてじゃれあうスレ」というタイトルについては少々ふざけすぎたのは事実です。申し訳ありません。
 一応言い訳しておくと、本館に福島県立大野病院産科医療過誤事件と言うエントリがあったのでそれとの区別としての意味合いがあったということがあります。また、No.155 モトケンさまがご指摘の通り、

 現在は判決待ちの状態です。
 今、限られた情報に基づいて議論しても実益は少ないでしょう。
と私も思っていたからです。いまさらこの問題を蒸し返して、過失ありやなしやを議論することに実益が感じられなかったこと、特に裁判で争点になっていないことをもって過失があるかを論じることに意味があるとは思えませんでした。
 そうした心情および「場外乱闘だし」と言う気持ちからこのようなタイトルとしたわけですが、少しふざけすぎました。反省してます。

No.279 すちゅわーですさん

あまりに異なる日米の医療制度の違いが、特に顕在化する場面のひとつが癌治療ということはないでしょうか。
低所得者層向けのMedicareやMedicaidという制度は、臨床試験のやりやすさということにつながるでしょうし、その反面、大統領報道官というそれなりの収入を得ていた方でさえ、癌治療の経済的負担のために辞職を余儀なくされたというニュースは記憶に新しいところです。

>No.276 tmxさん
仰ることについて、小倉氏風に切り返すと次のようになります。
それは、ネット上に誹謗中傷の書き込みがあったことに対しての『過剰反応』です」。
どうですか。『コメントスクラム』なるものによって『被害』を訴えている立場を、『過剰反応』と切り捨てた相手と、まともな「議論」ができますか?これは挑発云々以前の問題ですよ。そうは思いませんか?

「現実に、医療者が、その自体に直面すれば誰もが採る手順を踏んだところ、結果的に患者を『救命できなかった(死亡させた、ではない)』ことから、刑事訴追された」ことから、これでは医療はできないと広汎な医師が考えたことを『過剰反応』とする考え方が、根本的にズレていると指摘し考え違いを指弾するのが、野村サッチーがやられたような「バッシング」にあたるのか否か、よーく考えてください。

なお「きれいごと」なる単語をお使いでしたので、そっくりそのままお返しいたします。人間、裏も表も清廉潔白でなくてはならない的な発想こそ「きれいごと」じゃないんですか。
種田山頭火が一種の人格破綻者であったとしても「俳人」としての機能的側面が適切に動作しているならば「俳人」を要請する「社会」にとっては、それで十分ってなもんです。私生活のすさんだ役者さんとかも。舞台をきちんと努める限り、家庭内でどれほどの暴君だろうが「それはそれ」です。
非難を行うべきステージが別です。「私は」そういう人間に真が置けない、と一人称の声明を行えばたりるところを、「皆さん、ひどいと思いますよね、こんなの許せませんよねー!」と「私」の感想を「皆」のものに擬制してアジテーションしようとするから捻じれるんです。

一応補足しておきますが、私はこれまで全国医師連盟の文書やスタンスを、肯定も否定もしていません。文字面準拠で言えばネガティブに捉えますが、幸か不幸かモトケンブログの過去の応酬を知ってますから、字面だけで判定を下すのは短慮だと考えるからです。

小倉氏は、法律家でない人物が使った「法律用語にも存在する語彙」を、使用者がどういう定義でそれを用いたかの確認をしないまま「法律家が読めばこういう意味になる」と言う観点からのみで相手主張を「決めつけ」、「決め付けた読み方に基づいて」批判を加えており、不適切です。
 これもディベートやディスカッションなどの「議論ゲーム」で相手をやり込めるのに使う常套手段で、相手が何を言わんとしているかの「ナカミ」は検討しない、ためにする批判。非生産的なこと、この上ありません。
 こういう、不誠実なコメントを徒に繰り返すから、私は小倉氏を批判するのです。いい大人が、何時までも二十そこそこの弁論部学生みたいなことをやって得意になってるんじゃないよ、と。

あとねぇ、文末の「いい大人たちが集まって」云々ってのは、小倉氏あたりがお得意の「単一の事例を、あたかも全体の属性であるかのごとくに解釈を枉げて、全体を攻撃する」手法のマネですか?
敢えてあのタイトルになった経緯をぜーんぶすっ飛ばして、表層「だけ」に目をつけて挑発するのも、小倉氏の十八番の踏襲ですか?
tmxさんが、そういう「言論的に不誠実な姿勢」に親和性が高いとするならば小倉氏に共感を覚えるのもむべなるかなですけども、いい大人の言論としては如何なものでしょうか。

全国医師連盟のHPの中に、意見や要望が言える場所を
設けてほしいのですが。

このブログを見てる会員の方にお願いしたいと思います。

それと、組織図がどうなっているか、今後の活動スケジュールが
どうなっているか、簡単なもので結構ですので
早めに公開お願いしたいと思います。

中身がどんどん公開されれば、資金面、人手の面で協力しようという
人がどんどん出てくるかも知れません。

医療関係者でない私は応援したくても意見を言いたくても
何もできないのが今の現状です。

>>No.280 不思議さん

医療のevidenceは大きな無作為研究からのみ創られるわけでなく,呪術と言われてしまいましたが,思考錯誤や偶然の発見から生まれるものもありえます. 全てがevidenceで規定されるべきでなくexperienceも重要視されるべきです.
「呪術」という言葉を私は用いていますが、医療者の皆様方の身を削って行われてきた努力や成果を揶揄するつもりは全くありません。また、「呪術」ということが、悪いと思っているわけでもありません。プラセボ効果のように、信じることが治癒に繋がることが実際にあるのですから。これは信じることで免疫が上がるからか、どうなのかはよく判っていないのでしょうけど、何らかのメカニズムが体内で働いているからだと思います。 私が「呪術」という言葉を使うのは、医療にはもともと出発点においてそのような側面があると思っているからです。古来からの医療、伝統医療などを見ればわかることです。本格的な外科の歴史が始まったのは、麻酔が考案された19世紀に入ってからで、実は近代的西洋医学というのは恐ろしいほどに歴史が浅いものだと思います。

医学が、他の自然科学と異なっている点は、人体というものが複雑極まりなく、変動するパラメータが多すぎて、予測することが極めて困難であることです。ですから、「医学というのは科学から最も遠い科学」と言われています。ある治療法が正しいかどうかは、結局はやって見なければわからない。大規模なくじ引き試験で確認するしかない、ということに今は落ち着いてしまっています。でも、このことの認識が、医療者だけに留まっていて、患者と共通認識を築くことが出来ていない点に、医療不信の大きな原因があるような気がしてならないのです。なぜ、代替医療に走る人が後を絶たないのか、それを考える必要があります。代替医療を馬鹿にする医療者は多いですが、実は実験的治療と比した場合、そんなに馬鹿に出来るものではない、というのが私の印象です。臨床試験の結果、効果がないことが確認された侵襲性の高い実験的治療が山のようにあるのですから。できれば、代替医療も臨床試験に組み込んで欲しいです。アメリカではその試みをすでに始めています。

医療というのは、不確実性を本質にしていると思いますが、それでも、基準というのは作っていかないといけない。上記のような限界を踏まえた上で、標準治療というものが何なのか、それを明示し、それ以外の実験的治療との区別を行い、実験的治療を行う場合のシステムを確立しなければならないと考えています。これは患者側に見える形で行っていく必要があります。標準治療には、基本的にインフォームドコンセントはあまり要らないと考えています。

全てがevidenceで規定されるべきでなく、experienceも重要視されるべきというのは全くその通りだと思います。だいたいからして、evidenceを求める姿勢というのはごく最近になって芽生えたものであり、医療の大半の分野で、evidenceがないのが現状だと思います。また、薬の効果というのは臨床試験に馴染みやすいものですが、手術手技というのは、臨床試験に馴染みにくいものであり、experienceを中心にして行かざるを得ない側面もあると思います。しかし、乳がんで行われてきたハルステッド手術のような過ちは二度と繰り返してはいけないと思います。侵襲性の高い実験的治療は、慎重に行って欲しいです。

日本の医療は標準的治療法を公表していませんが,人種間格差を考慮しても何故か成績は他国と比較して同等以上です.
良い例は乳児死亡率とお考え下さい.

そうだと思うのですが、国民の死因の第1位である癌の治療では、アメリカに大きく差がついてしまっているのが現状です。放射線治療や化学療法の違いだと言われています。日本はブラックジャックがもてはやされる事に象徴されるように、外科大国だと言われており、外科が優位に立ってきたと思います。このことも、臨床試験が日本で進んでいない理由の一つだと私は感じています。

>>No.282  神経内科医さん

日本で、特に無作為化試験が行われない理由の一つには、日本とアメリカの保険制度の違いがあると思います。アメリカではご存じのように無保険者がたくさんおり、このような人たちは、治療費をただにしてあげるという条件と引き替えに、無作為化試験に参加していると聞いております。もちろん、ただで治療を施せるだけの国家的予算が組まれています。国民皆保険制度の日本では、そんな試験はまっぴらごめんで、医療者がベストと期待している治療を施して欲しいというのが患者側の願いということになりますので、無作為化試験が行われる土壌がそもそも現行制度下にはないと思います。でも、日本の保険制度は世界一と言われているので、私は、それでいいのだと思っています。臨床試験も、第二相の試験まででいい。比較対照群は過去症例群ということで。別に、日本が、最新エビデンスの発信源になる必要はないと考えます。結論はアメリカに任せればいいんじゃないでしょうか(まあ、人種間格差の問題は残りますけど、アメリカは他人種国家なので、一応の信用性は置いていいでしょう)。いい治療が行われればそれでいい。私が期待したいのは、実験的治療を行う場合に、アメリカなみのシステマティックで合理的な方法、患者の真の選択権を尊重した方法を取り入れて欲しいということです。

過失行為の刑事免責の問題については、それが国民的利益になるのだ、という議論を、国民が受け入れやすい形で行っていかないと、実現の道は遠いと思います。でも、その議論の前に、充分な情報開示が必要でしょう。それをしないと、何か医師が都合の悪いことを隠蔽したまま、自分達の利益確保を図っているように外部からは見られてしまうでしょう(ちなみに、私はそのように見ているわけではありません。念のため)。

標準治療のホームページの公開は、医師個人が行うことは無理でしょう。やはり学会単位で組織的に行っていかないといけないと思います。もちろん、国の支援もあった方がいいです。


>>No.289  ひさん

あまりに異なる日米の医療制度の違いが、特に顕在化する場面のひとつが癌治療ということはないでしょうか。
そうだと思います。しかし、癌は日本人の死因の第一位であり、かつ深刻な病気であるがゆえ、医療不信の根源となっていると思うのです。


私は、自分の親が治療を受けるにあたり、1人1人の勤務医の方々は、本当に命を削る思いで頑張っておられるということを痛感しました。弁護士の方がずっと楽で、生まれ変わっても医者にはなりたくない、と感じたのが申し訳ありませんが本音です。負担を勤務医個人にかけるのではなく、組織的、制度的に改善していくことが必要なのだと考えています。


トピずれの議論をして、皆様には申し訳なく思っているのですが、刑事免責がどうかとか、ある弁護士のブログの記載がどうか、という問題より、まずは患者にとっていい医療は何か、ということに向けて、医療者、法曹、政治、行政、そして患者となる国民一般が、真摯に議論を重ねていくことが大切だと思ったので、脱線させていただきました。申し訳ありません。また、門外漢でありながら、医療の専門的事項に踏み行った話をしてしまって恐縮に感じていますが、一患者側からの見方ということで、お許しください。

No.279,292 すちゅわーですさん

No.282 神経内科医さんのおっしゃるように、「これはとても日本じゃできないな」って研究もありますよ。今すぐ思いつく例だと、人間の脳に電極刺しまくってロボットをコントロールするとか、電気刺激で意識レベルを保つとか、などですね。それと、No.284 ssdさんのおっしゃるようにある程度まともな内容がまとまればさっさと英字誌に投稿してしまいます。

ただ、それら英字誌の内容を読むには、なにがしかのお金が必要なはずです。無料で読めたというのは、恐らくその手の雑誌ではないのでしょう。

NIHのサイトに、パンキョーレベルのオンライン教科書があるのを見つけた時には、これでまた日本は戦争に負けるのかと暗い思いをしました。

かつて日の出ていた某極東国の政府も、ポスドクを樹海に追いやるヒマがあったら無料のオンライン教科書を編纂するくらいのことをやってみたらどうかと思いますよ。うぃきぺの怪しいカキコに任せてないで。「米百俵」を正反対の意味で使っていた某首相をいつまでも持上げているようでは駄目ですけどね。

#本当は医学系の各種学会がやってもいいんですがねぇ…

No.293 猫又大魔王さん
>#本当は医学系の各種学会がやってもいいんですがねぇ…

しかしですねぇ、学会のガイドラインを読むと、ある薬剤の使用を推奨しておきながら、「有効であるとするエビデンスはない」なんて書いてあるのが結構あるわけですね。かようなガイドラインでどうやって裁判しようというのでしょうか。

>>No.292 すちゅわーですさん

>国民皆保険制度の日本では、そんな試験はまっぴらごめんで、医療者がベストと期待している治療を施して欲しいというのが患者側の願いということになりますので、
 はい、診療をしていても、患者さんがそのように願っているのを肌で感じます。むろん、現在の医療制度において患者さんがそのように願うのを攻める気はさらさらありません。

>臨床試験も、第二相の試験まででいい。比較対照群は過去症例群ということで。
 第二相試験までの治療を通常の治療として行うのは、それ自体が第三相試験を行っていることと変わりません。
 また、比較対象が過去症例だと、過去の症例では今回の試験に必要とされるデーターが集まっていない、過去の症例と現在の症例が同一のものだという保障がない(栄養状態が違う、生活習慣が違う、過去と異なり現在では効果が確立された治療法や全身管理法を用いている、などいろいろと考えられます)など、試験としての質がかなり落ちます。

>まあ、人種間格差の問題は残りますけど、アメリカは他人種国家なので、一応の信用性は置いていいでしょう
 人種差は存在します。必ずしもアメリカの治療をそっくりそのまま日本で受け入れられないこともあります。私が知っているのはパーキンソン病。アメリカでの投薬量は、体格の差を考えに入れても多いです。アメリカでの投薬量をそのまま受け入れて日本で用いたら、けっこう問題がおこりやすいと思います。

大野事件を勉強しているものです。

全国医師連盟ではどういう見解なのか知りたいのですが、HP上では特に触れていません。

この判決次第で、今後の診療姿勢に影響が出ると思いますが、全国医師連盟の考えを聞きたいですね。

すちゅわーですさんのコメントに結構勇気づけられている神経内科医の一人です。神経内科には多発性硬化症という病気があります。自己免疫疾患の治療にはステロイド剤がよく使用されます。ところが、多発性硬化症という病気は字k免疫疾患でありながら、予防にはステロイド剤は無効だとされできました。欧米ではほとんど使用されません。
ところが、日本の神経内科医は一部の患者さんはステロイド減量中に再発することを経験していました。結果として、多発性硬化症の予防にステロイドを使用する神経内科医の方が多かったという実情があります。多発性硬化症を専門に勉強をしている人ほど欧米のデータを信じてステロイドを使用しませんでした。ステロイド減量中に再発するのは、偶々であると考えて、科学的根拠のないと考えていたからです。
ところが、最近日本の多発性硬化症の一部は欧米のものとは違う病態でステロイドが効くものがあることがわかってきました。
エビデンスを重視する医者ほど、病勢をコントロールできず、経験則に従っていた医者の方が一部の患者さんには良かったことになります。まあ、例外的なことですが、そんなこともあるのが医療です。

>>No.293 猫又大魔王さん

No.282 神経内科医さんのおっしゃるように、「これはとても日本じゃできないな」って研究もありますよ。
日本人の精神風土からして、そもそも馴染まない研究もあるでしょうね。それは納得です。
ただ、それら英字誌の内容を読むには、なにがしかのお金が必要なはずです。無料で読めたというのは、恐らくその手の雑誌ではないのでしょう。
雑誌は基本的に有料です。海外最新論文で、クレジットカードを使って購入して読んだ論文もいくつかあります。Lancetなどはそうやって入手しました。1論文2000円くらいしましたかね。でも、確か、世界5大医学雑誌の一つであるNew England Journal of Medicineについては、2年程経過した論文については、メールアドレス登録だけすることにより、無料で全文入手でき、びっくりした記憶があります。その他、それなりに、その医学分野で権威の高い雑誌の幾つかも、無料で全文入手できました。

その他はPUB MEDなどの要旨録を参照していました。

これら雑誌だけでなく、当該疾患について、複数名のスペシャリストの医療者が共同して書いた症例の解説ページがあり、それも、外科、放射線科、内科の各医師が、それぞれ同一症例を同じ企画内で違った観点から書いており、これはとても役に立ちました。これは無料です。
もちろん、NCIのページも読み込みました。これは日本語の翻訳ページもありますけど、翻訳の更新がついて行けていなかったので・・・。

すちゅわーですさん、なるほどわかりました。業界関連でない方がそこまでされたのは立派です。

>複数名のスペシャリストの医療者が共同して書いた症例の解説ページがあり、[snip]これは無料です。

耳が痛いでしょう>国内の医学系学会関連者諸氏

No.294 うらぶれ内科さん
>かようなガイドラインでどうやって裁判しようというのでしょうか。

まあ、偉い先生の間にはJBMはまだ浸透していないと。

 1年以上ROMしておりましたが、初めて書き込みます。法律をかじった程度の一般人で、医療には縁がなく、せいぜい臓器提供カード・アイバンク登録程度しかしておりません。HN道草は、気まぐれで登場した程度とお受け取りください。
 どこに書こうかと迷いましたが、キメイラさんが
>刑事免責には、「訴追免責(取引免責)」と「証拠免責(証拠禁止)」の二通りがあるとか。
と書いていたので、昔習った刑事免責について、思うところをここに書かせていただきます。
 刑事免責には、transactional immunityとuse and delivertive use immunityがありまして(アメリカの話ですが)、,篭―匱圈幣攜声圈砲刑事責任を一切問われないもので、△篭―匱圈幣攜声圈砲龍―卞睛討暴个討る内容、その内容から派生して得られた(因果関係のある)証拠全部に基づいて刑事責任を問われないものです。
 △賄然のことながら、それ以外の証拠で刑事責任を問えるなら、検察は起訴しても構わないし、裁判所も罪を認定できます。アメリカ憲法の判例解釈では,魑瓩瓩觚⇒はなかったと記憶しており、検察は△鮖箸い燭ると聞いたこともあります。´△領省とも、刑事免責があるので自己負罪拒否特権の恩恵はなくなり、証言する義務が出てきて、偽証や証言拒否はできなくなり、それに違反すれば偽証罪や法廷侮辱罪に問われるはずです。ですから、治外法権のような完全なる刑事免責ではないと理解しています。
 そうすると、病院に不利に話せば雇ってもらえなくなるとか、医局(崩壊済み?)による冷遇が怖いとか、医師仲間を裏切ることになるとか、そういうことでは証言する義務を免れることはできません。真相を解明するために個人の刑事責任を免責するわけですから、当然といえば当然なのですが、医療関係者は、そういうことを分かって主張しているのでしょうか。
 それと、アメリカでは宣誓供述の場面が多いので、これで成り立っていると思いますが、日本ではどうでしょう。事故調査委員会での事情聴取がなされることになったとして、それは宣誓した供述にするつもりでしょうか。あるいはそういう制度にすることが日本はできるのでしょうか(もっともアメリカの事故調査委員会がどうなっているのか知りませんが)。宣誓供述でなければ、刑事免責をしたのに、真相解明にも協力せずに、供述拒否や偽証をしても責任を問われず、まさに医師のやりたい放題になる制度構築になってしまいます(そうなると言っているわけではありませんで、制度構築ということです)。
 それはそうと刑事免責をしたところで真実を話すという土壌・背景が日本にあるでしょうか。民事責任は免責されませんから、刑事免責をしたところで、今度は「民事の多額の損害賠償のほうがきついので、これも免責してくれなければ喋りません、医療崩壊だ」と言いたくなるのではないでしょうか。結局、刑事免責の土壌はないのではないかと思います。
 刑事、民事責任を免責しても、今度は、個人のしがらみ、病院や医療関係者とのしがらみ、土地柄のしがらみから、話せないことのほうが多いのではないでしょうか。自分だけ免責されて他人の不利になるようなこと(たとえ医療の発達、システムの改善につながるとしても)をペラペラ喋る人間を「卑怯者」と評価するのが日本のムラ社会なのだと思います。ムラから離れて個人の自己責任で喋ることができるほど私も皆さんも強くはないと思います。
 別のスレで「100%の安全を求めてはいけない」と言われていましたが、そして医療者もそれ以外の人も同調していましたが、医師の考えているらしい刑事免責は、その場面では「100%の安全を求めている」ことにならないのでしょうか(故意犯を除くことは当然として、重過失については意見が分かれているようですが)。コンビニ診療はとんでもないが、コンビニの夜間営業自粛は困るというのと似ているかもしれません(医療関係者で自粛が困るとコメントした人はいなかったと思いますが)。そのあたりが、医療関係者の主張する「刑事免責」という使い方に引っかかる部分があるのかもしれないと感じたりしております。
 出すぎたことを申し上げたかもしれませんが、お許しくだされば幸いです。また、法律家の方から見て間違いがありましたら(何せ昔習った記憶で書いていますので)ご指摘ください。

何回も繰り返されている議論のようで恐縮ですが、法曹側からは常に>すちゅわーですさんのようなご意見が大多数を占めることになると思うのですよね。

そして、法曹側が求めるガイドラインというのは(これも繰り返されていますが)、「適切な医療」と「不適切な医療」をクリアカットに分ける魔法のような基準ではなく、わが国の医療者が「このようなやり方をやったら誰が見ても不適切だろう」と考える「最低ライン」の基準なのです。

例に挙げられている誤挿管の例で言えば、「誤挿管をしたという事実」だけでは過失に該当しないこと及び、「誤挿管をしたが、誤挿管かどうか(CO2濃度等々)を全く確認しようとしなかったという事実」が過失に該当することには異論がないでしょう。

ここで、医療側に設定していただきたいのは、誤挿管の確認のために「これをすればセーフ、しなければアウト」ということを綺麗に切り分ける基準ではなく、セーフかアウトか微妙な領域があり得ることを前提として、「とはいうものの、このチェック項目を確認しなかったら誰が見てもアウトだろ」と一致を見るレベルの基準なのです。

そのような「最低ライン」を上回っている部分において、たまたま想定外の不幸な結果が発生した場合、「許された危険の法理」なり「裁量権論」なりによって医師の責任を否定し易くなるだろうと思われます。

No.301 KTさん

わが国の医療者が「このようなやり方をやったら誰が見ても不適切だろう」と考える「最低ライン」の基準なのです。

同意しますし、非医療従事者は恐らくそのように考えていると思います。ただ、最低ラインの基準自体が、医師によって見解が異なるのではないかとも思うのです。

福島大野の件に関しても、過失だと判断した医師が存在するわけですし……。

No.300 道草さん

 私の学部時代のつたない知識もほぼ同様です。弁護士先生でも完全免責と証拠禁止の区別が分かっていない方が多いのには驚くことがあります。
 それと、USNTSBは、ほぼ全部が宣誓供述書(アフダビット)で、嘘をつくと偽証罪に問われます。そして偽証と脱税はまともな人間のやることではないという文化のアメリカならではで、社会的に抹殺されたくなくて本当のことをペラペラしゃべります。

アメリカ法での「刑事免責」の語は、訳語にすぎないわけで。

日本語での「免責」はかなり広い意味で使われていますから、その文脈ごとにきちんと定義をしないと議論が拡散するという限度では正当な指摘ですが、アメリカ法上の2つの意味をもってきても、(軽過失の)医療行為を罪に問わないという文脈での「刑事免責」には該当しないのでは。

私は必要に応じて注記を入れていますが、「非犯罪化」 の意味で使用しています。

アメリカに関しては過失を刑事罰で扱わない事が大きいと思いますので、刑事免責とは少々意味合いが異なるように思っています。

過失に関しては刑事の領域ではなく、民事の領域で取り扱うと言う事だと思います(故に、懲罰的損害賠償制度が導入されている)

過失を処罰しないわけではなく、民事の領域で処罰するか、刑事の領域で処罰するかという事だと思いますので、後は国民の価値判断の世界になってくると思います。

わが国の医療者が「このようなやり方をやったら誰が見ても不適切だろう」と考える「最低ライン」の基準なのです。
イメージが定まらないのですが、 わが国の法曹が「このようなやり方をやったら誰が見ても不適切だろう」と考える「法律実務の最低ライン」の基準は示せるのですか? いや、別に法曹でなくてもいいんですが、医療者以外の専門職のひとつとして挙げました。他の業界にそのような最低ラインの基準があれば参考になるかなと思いまして。

 みなさん御指摘のように「刑事免責」の概念・沿革・意義・要件・効果が、日本では本当は百家争鳴状態なのに、安易に使うため、噛みつきたい方はこれ幸いと定義をはっきりさせないで噛みつくのだと思います。
 それを防ぐため、日本語の「刑事免責」という言葉を使うたびごとに、「定義付け」して使うことをお勧めします。

No.306 元ライダーさま

法曹に関しては、基準はわりと明確に示せるものも多いですよ。
何せ、「元々人間が決めたルール」ですから。
・債権を時効にかからせて消滅させてしまった
・上訴期限を失念して敗訴判決を確定させてしまった
・請求金額の計算ミス
・公判期日前に一度も被告人に接見に行かなかった
等々。

もちろん、類型ごとの基準であり、「法律業務一般」の基準を示すことは無理なのは言わずもがなですが。

それに比べると、医療行為の場合はコトが複雑すぎますから、法律業務との比較はかえってミスリーディングになりそうな。

「標準医療」のガイドラインができるならばそれに越したことはないと思うし、現に携わっていらっしゃる方々にはエールを送りたいと思いますが、それが現時点で「直ちに訴訟で使えるようなもの」ができていないことをもって非難されるのは気の毒です。

No.307 キメイラさん

医師の皆さんのおっしゃりたいことを理解されていて、弁護士であるfuka_fukaさんが使われている

「非犯罪化」

で良いのでは?
特に注記されない限りはこのエントリはこの定義で統一するということで・・・

「刑事免責」の意味は、ここでは、皆さん、
No.304 fuka_fukaさん の仰るような、「非犯罪化」 の意味で使っておられると思いますよ。私もその前提で「刑事免責」の言葉を使っています。

それから、標準治療の明示、という問題は、私は、法的責任の基準定立という側面より、一患者側として、明示をしてもらった方が有りがたいという気持ちが強くて、コメントを入れています。もちろん、それが、法的責任の基準定立にも同時になるのですが。
しかし、一患者側としての要望と、法的責任の基準定立には、若干の齟齬があります。つまり、一患者側としては、どのような治療法が一般的なのか、ということを知りたいということに留まるのですが、その情報は盛り込みつつも、法的責任に関しては、No.219 不思議さんが神経を使われているような、表現上の工夫によって、変動が生じることになると思います。

 「(全面)非犯罪化」は反対です。
 憲法14条違反の疑義が残ってしまいます。二重の基準によっても厳格な基準で必要最小限の部分免責が相当でしょう。
仝軍覆壁要性基準に沿う目的
¬榲達成に不可欠の最小限手段方法の合理的な選択
手段方法自体の相当性妥当性
があって初めて合憲だと思います。

法規及び最高裁の判例に照らして当然にしておくべき主張というのがあり、それを怠って敗訴を確定させたら弁護過誤になろうかと思います。

例えば、権利主張について「時効」等の期間制限が定められている場合がありますが、その解釈について最高裁の判例が確定しているのに、その内容を勘違いして期間を徒過してしまい権利が行使できなくなったような場合には、依頼者から「過誤」と言われても反論できないですね。

他方、嘘をついている相手方証人に対して反対尋問が上手くいかなくて崩せず、負けてしまったような場合には、「過誤」ということにはなりにくいでしょう。
反対尋問はその場での臨機応変な判断が要求され、とても難しいですから、その辺は「裁量権」ということでやらせていただきたいところです。

 このエントリにおける議論が続いていますが、コメント数が増えましたので、別エントリを立てました。

 続きは

 あらてめて医療崩壊について語るエントリ

 でお願いします。

P R

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