エントリ

 小倉秀夫弁護士が、「刑事罰は業界を崩壊させるのか」というエントリを書いておられる。

 どの業界を念頭においてのエントリなのか明示がないので不明です。
 きちんと明示して批判なさったほうが、小倉弁護士があげている比喩が的外れなものか当たっているのかはっきりして、より有益な議論になると思うのですがそれはさておき

 業界というかある種の仕事について、刑事罰によって崩壊させられる場面を想定することは可能です。
 小倉弁護士は長距離トラック運転手の例をあげておられますので、私もトラック運転手を例にとってみます。

 A町からB町までの間の道路事情はとても悪く、穴ぼこばかりの未舗装道路ばかりであったと想定します。
 甲運送会社はA町からB町までの物資輸送を請け負っていましたが、途中の道路の未舗装による振動により、1週間に1〜2回は積荷が損傷するという事態が発生していました。
 しかし、顧客たちは、道路が悪いんだから仕方がないと考え、誰も甲運送会社や同社のトラック運転手の責任を追及したりしませんでした。
 ところが、ある時、ある顧客が、運送会社が積荷を無事に届けるのは当然だと主張して、壊れた積荷に関する損害賠償請求訴訟を起こすと同時に、運転手と社長を器物損壊罪で刑事告訴しました。
 裁判所は、顧客の賠償請求を認め、社長や運転手は、争ったことから逮捕勾留の上起訴された刑事事件でも有罪になってしまいました。
 甲運送会社の社長や運転手は、こんな仕事やってられないと言って、A町からB町への荷物の輸送をやめてしまいました。
 もちろん、別の会社もA町からB町への荷物の輸送を請け負うことはありませんでしたとさ。

 比喩は以上ですが、何が言いたいかといいますと、ある業界でそれまで「普通のこと」とされていたことが犯罪だとされてしまうと、その業界は崩壊するということです。

 似たようなことが現在進行形で起こっています。

 福島大野病院事件です。
 帝王切開手術の際に妊婦が死亡した事案において、執刀医が業務上過失致死罪等により起訴されました。
 まだ判決は出ていませんが、産科医業界では被告人医師の治療行為は「普通のこと」(*)と認識されており、この事件によって産科医の減少は確実に加速したと考えられています。

 なお、医療行為全般に対する刑事免責については、私としても賛成しかねます。
 ただし、全国医師連盟の「代表からのご挨拶」において、代表の黒川衛氏は

 救命活動時の部分刑事免責

 を主張されています。
 これにつきましては、法制度としての刑事免責へのハードルはかなり高いと思いますが、検察の起訴基準見直し等による運用上の対応の必要性がある領域であると考えています。

(*) 「普通のこと」は私がこのエントリ用の表現として用いたもので、被告人・弁護側の表現ではありません。

追記
 はてブで、小倉先生とおぼしきIDで、過失による器物損壊は不可罰との指摘がありますが、上記比喩では未必の故意が認定可能です。
 過失犯立件の当否の問題じゃなかったのか、という批判が予想されますが、私はこの問題を刑事司法の介入の当否の問題と考えています。そして、私の理解では刑事罰というのは故意犯も過失犯も両方含みます。
 未必の故意と認識ある過失の境界はあいまいですしね。

 このたとえ話が適切かどうかの判断は、医療崩壊問題に関する理解の程度によって左右されるだろうと思います。
 どの例えがどの事情をあらわしているかは、知らない人にはわからないでしょう。
 なお、このエントリが釣られエントリであることは間違いありません。
 売り言葉に買い言葉ですね。
 反省してます m(_ _)m
 あ、この追記もそうですね m(_ _)m m(_ _)m

| コメント(329) | トラックバック(2) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

トラックバック(2)

トラックバックURL: http://www.yabelab.net/mt4/mt-tb.cgi/4393

小倉弁護士の「刑事罰は業界を崩壊させるのか」と矢部弁護士の「刑事罰は業界を崩壊させ得る」のやりとりについて、少しコメントする。矢部弁護士のブログで医療関係... 続きを読む

以前のエントリで取り上げた医療問題論争は、なかなか終わらないというか、ダラダラ続いているようだ。そこで、矢部弁護士のブログのエントリにコメントしてみた。承... 続きを読む

コメント(329)

業界を崩壊させるほどの判決は裁判官は出せないだろう。
法はそもそも秩序を維持するのが目的だから、業界を崩壊させないように法解釈を行うことが予想できる。
最大の例示は自衛隊違憲であろう。
必要があれば政治が介入し法改正をしてその業界を救うであろう。

要らない業界は崩壊されるままに任されるが。

同級生で医学部に進学した人が結構多いが、聞いてみると、産科医を敬遠する理由は、収入の割にきついということが大きいと思われるのですが。

刑事罰に相当する事故(死亡など)があった場合に、業界や業務を判断材料にして刑事免責というのは無理でしょう。

では刑事免責は不要なのか?というとこれは大いに違うとお思っています。

一番の問題は、原因究明が出来ていない。

代表は、航空機事故で免責にしないから日本ではレベルの高い原因調査と、対策というのものが出てこない。
世界的レベルで考えると、非常に程度が悪くなっています。

もう一つは、業界の常識に反するケースは三菱ふそうのハブ脱落事故があります。

これは、わたしが聞いた自動車設計者は「設計の問題」と断定していますが、三菱は品質の問題で納めてしまった。

事故については刑事裁判が進行中ですが、これが事故原因の解明を公的機関で徹底してやる。
会社の中も調べる、とやれれば別の問題になったかもしれません。

現在の刑法では、事故調査に協力すると刑事罰を受ける事になりますから、どうしても事故原因を明らかにしない。
そのために、その問題については社会全体としてみると進歩しないままです。

事故原因を明らかにするためには、刑事免責は必要だと思っています。

No.3 酔うぞさん

代表は、航空機事故で免責にしないから日本ではレベルの高い原因調査と、対策というのものが出てこない。

アメリカの話ですよね。航空機事故が刑事免責と言うよりは、業務上過失致死がないという事情によるものみたいですから。

なお、フランスでは原因究明機関と、責任追及機関を別個に持っているようです。

個人的には刑事免責の問題ではなく、司法取引を認めないと言うことがあるかと思います。司法取引を認めてもいいのではと思うのですが、この辺りは国民感情の問題になりますか。

No.4 しまさん

司法取引を認めてもいいのではと思うのですが、この辺りは国民感情の問題になりますか。

実はこれが一番重大な事でしょうね。

事故原因の究明ですと延々とやっていたら「そんなどうでも良い」とか騒ぎ出す人が必ず出てくるでしょうね。

産科を例にとって言うと、
医療が受けられないことによる、あるいは助産院などでの分娩時の事故>>病院での分娩時の医療事故
となった時点で(産科)医療事故の刑事免責について議論すれば良いのであって、現時点での刑事免責は時期早尚というのは当たっているかもしれません。(あくまで小生の個人的な意見です。)今後、医慮崩壊がさらに進んだ時点でもっと議論すべきでしょう。現時点では医師の私利私欲のための刑事免責を主張していると思われるだけです。

医療と飲み水はただ同然で安全だと信じている大多数の国民を説得するのは大変なことだと思います。目に見える(上記のような)数字が出ないと。現場にいる医師は反面いたたまれない気持ちになるとは思いますが。

むしろこれを機会に訴訟の問題点(争点整理、鑑定医の問題、裁判官の自由心証(非科学的)主義)などを解決する方がよいでしょう。今は医師は粛々と逃散するしかないのが現状なのですが。大野事件にしても一度判決が出た時点で総ざらいにして問題点をあぶりだした方が価値があると思います。検事が「臍帯」を「じんたい」と読んだり、鑑定医が産科は専門外の婦人科腫瘍の教授だったりとまさにコメディになるような話です。「それでもボクはやっていない」よりも面白い映画になるような気がするんだけど。

どのエントリも医師のコメントが少ないですね。ある意味どうでもいいのかも。患者を死なせた医師をびしびし起訴してさっさと崩壊させてくれという意見が医師の主流になりつつあるような。私自身それでもいいかと。医師免責を与えても与えなくても結果は国民が受容すべきもの・・・・

No.6 uchitamaさん

鑑定医が産科は専門外の婦人科腫瘍の教授だったりとまさにコメディになるような話です

警察が周産期専門の先生に協力を依頼したが、協力を断られたという話もありますね。そのときに「過失がない」と判断されていれば、展開は変わっていたように思います。

この先生を批判するわけではありませんが、この時に協力していれば、逮捕や起訴は行われなかったかも知れないと、事後論で考えてしまいます。

検察1: 証人は、今回の事件に関して、平成17年春、加藤被告が逮捕される一年前ですが、福島県富岡警察署が証人に鑑定依頼をした時に、鑑定依頼を証人は拒否されましたね。何故ですか

証人: 裁判所の依頼は受けたことがありますが、警察の鑑定は初めてで、どういうものかわからなかったのと、その時は非常に忙しくて時間がとれなかったのです。


http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%B6%E5%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F10%2F26%29

No.8 しまさん

たらればはともかく、検察はろくに協力医もえられずに起訴したことをどう思われますか。

初めまして。
医業に携わる者ですが、こちらの議論加えらせてください。
医療者だけではなく、業務上過失致死・致傷による法曹界以外の業種に精神的委縮や負荷を加え、元となった事故の原因究明に対し寄与せず、むしろ当事者からの情報収集に障害となり得るのではないかという議論かと思います。
これに関して医療問題では医療者側から今までも様々な意見があったと思いますが、医療ではない別の事故のことが頭に浮かびました。
2年前のシンドラーエレベータの事故の件です。
当時高校生だった男の子がエレベータの突然の上昇で体を挟まれ死亡した事故で、当時はマスコミも挙って報道してシンドラー社の名前がネガティブな意味で知れ渡ったことを覚えていらっしゃるかと思います。
当時日本支社の支社長だったケン・スミスは自社には事故の責任はないという声明を行い、それから数日経ってから遺族・関係者に謝罪するという、所謂誠意のない姿勢をマスコミなどに避難され、結局事故のあった年の終わり頃に支社長は引責辞任することとなりました。
シンドラー社はそれまでも日本以外の国での同社製エレベータ事故もあり、過去に経験があるのに日本で何故このような世論を敵に回す対応をしたのか不思議でした。
この事故での対応のまずさにより同社のエレベータに対する日本国民の信頼は失墜したといっていいでしょう。
しかしこの事故の対応がまずかったのは日本側にもあるのではないでしょうか。
未だにこの事故の原因が究明されたというニュースは聞いたことがありません。
事故が起きてから初動捜査を行ったのは警察で、業務上過失致死容疑の立件を目的とした捜査になってしまいました。
支社長だったケン・スミスは会社や自分自身に刑事容疑が掛けられていたために、まずは自社には今回の事故の責任がないことをまず世論にアナウンスする必要性がある・世論に対し警察が自分らに不当な容疑での捜査が及ぶ可能性があると伝えたかったのではないかと考えます。
ケン・スミスはスイス人でこの事故で業務上過失致死という罪状で警察が初めから介入することが非常識だと考えたのかもしれません。
確かスイスで起きたケーブルカー火災事故がそれより前にもありましたが、結局逮捕者は出なかったと記憶しています。
彼は警察の介入に委縮し、結果会社から引責辞任に追い込まれる事態となっても会社と自分の名誉を第一に考えて行動するしかなくなったのかもしれません。
たった今まで知らなかったのですが、シンドラー社はまた別の事故で従業員が業務上過失致傷で書類送検されていて、同社はホームページで
「上述の弊社袋井施設における実験結果にもかかわらず、弊社従業員が書類送検されたことを弊社は遺憾に考えております。弊社は、上記実験結果が検察当局により適正に評価されることを信じております。」
と述べています。
事故原因究明に協力した上での警察介入は理不尽だというのが、同社の意向なんだと思います。
事故の原因を究明し再発防止に努めるのが第一であるのにも関わらず、その弊害となる処罰を目的とした警察・司法の介入は矛盾している。
それが世界的趨勢なのではないでしょうか。

No.10 おじさんダメっぽさん

    2年前のシンドラーエレベータの事故の件です。
    当時高校生だった男の子がエレベータの突然の上昇で体を
    挟まれ死亡した事故で、当時はマスコミも挙って報道して
    シンドラー社の名前がネガティブな意味で知れ渡ったこと
    を覚えていらっしゃるかと思います。
    
    シンドラー社はそれまでも日本以外の国での同社製エレベ
    ータ事故もあり、過去に経験があるのに日本で何故このよ
    うな世論を敵に回す対応をしたのか不思議でした。
    この事故での対応のまずさにより同社のエレベータに対す
    る日本国民の信頼は失墜したといっていいでしょう。
    しかしこの事故の対応がまずかったのは日本側にもあるの
    ではないでしょうか。
    未だにこの事故の原因が究明されたというニュースは聞い
    たことがありません。


話の本筋ではありませんが、一応結論らしき物が出ています。

http://youzo.cocolog-nifty.com/data/2007/06/post_ddfc.html

    警視庁が事故機のブレーキを調べたところ、
    隣の同型機よりパッド部分が摩耗していた。
    ブレーキを解放する部品の不具合で、
    必要ない時もブレーキがかかった状態が続き、
    パッドが摩耗したとみられる。

シンドラー社のエレベータの故障は、ずいぶんたくさん報道されましたが、報道の内容から想像すると、色々なセンサーなどに確認機能などを二重に装備していないなどのようなのです。

例えば、ある仕組みが動く場合、動いたことを確認するスイッチといったものを省いているようなところがあるようです。

芝浦のマンションの死亡事故の背景には、メンテナンス会社を入札でどんどん安い会社に替えていたことがあると思っています。
シンドラー社のエレベータは安いことで有名で、その理由が上記のようなことであるとすると、日常のメンテナンスを厳重にする必要があるはずです。

つまり、エレベータ本体も、メンテナンスも値切ったのですから、潜在的に危険を増大させたのだろうと想像します。

ここらを警察が刑事捜査のために、都合の良い情報を出すというのはどうも違うと思っているのです。

横道にそらせてすみません。
法による‘文化’‘産業’を破壊したものの代表として、小生は‘メートル法’があると思います。
政府が厳格に取り締まろうとしたとき、‘職人さんが『俺の目の中の鯨尺を取れるものなら取ってみろ』といっていた’と、タレントの永六輔さんが訴え続けていました。そして永さんは鯨尺を販売し続けたのでした。
ところで、ヤード、ポンド、バーレル、坪・・・しぶとく生き残っています。

酔うぞさんご返事ありがとうございます。
そのニュースは知らずにいました。
不勉強で申し訳ありません。
それでもう一度シンドラー関係のニュースを探してみたら今月こんな報道があったのですね。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008060202014370.html
う〜ん・・・。
医療関係以外での業務上過失致死・致傷の事例として取り上げてみたのですが、これはまさしく最近の医療事故絡みの事例とよく似た流れとなっているようです。
結局遺族からまた「やっぱり息子は殺されたんだ」という恨みの言葉が出て、その遺族から「事故の背景まで含めた徹底的な原因究明と再発防止を強く願っている。」と言っても果たして遺族の思うような結論が出るかどうかはわかりません。
そして事故からすでに2年が過ぎても、未だに原因究明から再発防止策を立てるというのではなく、関係者の責任の有無を問うことを優先している当局の姿勢は自分の職務には忠実なのでしょうが、果たして公共の利益となるものなのでしょうか。
私は司法取引で免責行う代わりに、原因究明と再発防止策立案のための情報収集を関係者から引き出していればここまでダラダラ事が進まない事態は避けられたのではないかと思いますが。
どうでしょうか。

No.13 おじさんダメっぽさんさま
 真相究明のための手続が不足していると言うご趣旨に賛同いたします。結局この手続が不十分であるために、本来的には必ずしも真相究明を目的とはしない刑事手続にその役割が押し付けられているわけですから。

>私は司法取引で免責行う代わりに、原因究明と再発防止策立案のための情報収集を関係者から引き出していれば
 刑事の免責があれば情報収集を十分に行える、と言うのは個人的にはやや疑問を感じます。刑事で免責されても民事責任がありますから、どの程度の情報を得られるか、そしてそれが信用できるかは難しいように思います。

>たらればはともかく、検察はろくに協力医もえられずに起訴したことをどう思われますか。

しまさんに代わってコメントしますが。以前モトケンさんが言われていた「ヤブ医者がいるようにヤブ検察官がいて、ヤブ裁判官がいる」ようです。多くの医師が医療は不完全で曖昧なものと思っているように、ある法学部の教授(すみません、どこかで読んだのですが忘れました)が「法律は実社会より10年遅れている」と。このようなブログを起点として法律が進化して欲しいと望んでいます。
ここでコメントされる方々は知的レベルも高く情報収集も豊富です。しかし、一般国民に受け入れられるのにはまだまだ時間がかかりそうです。
10年後にはWHOが推奨するような医療に刑事免責が認められる方向に進むと良いのですが。空気が読めるということは、未来が読めるということなのでしょうか?
あるいは日本の(医療訴訟の)未来は欧米(WHOなどのスタンダード)とは違う方向に進むのでしょうか?

 エントリからちょっと脱線してしまったのでエントリについてもコメントを。
 私見は「刑事罰単独では業界を崩壊させることは困難。ただし他の要因との相乗効果によって崩壊させることはあり得る」です。モトケンさんが例として挙げておられる運送業であれば「A町からB町までの間の道路事情はとても悪く、穴ぼこばかりの未舗装道路ばかりであった」ことや「民事責任も追及された」ことが他の要因にあたりますね。
 個人的には小倉さんの「運転手の例」が例としてそれほど不適切であるとまでは思わないんですが、医者と運転手では「その他の要因」が決定的に異なると思います。いくつか例を挙げるなら^綣圓詫ソ┐平佑多いしそもそも有資格者なので転職が容易顧客(患者)からの抗議の矢面に医者が立たされがち2畆困糧獣任虜て饑→福島大野がどうかはともかく医者から見ておかしな起訴や判決がある(全起訴・全判決が正当と言う主張は「却下」←今日のお気に入り)など

このエントリに気付きませんでした。別エントリで一罰百壊のコメントをする必要はなかったようです。
小倉秀夫弁護士も「刑事罰は業界を崩壊させるのか」とエントリを立てているので、そこも論点だと認識しているようですね。

「刑事罰は業界を崩壊させるのか」を結論を期待しながら読みましたが、明確に結論を示した語句はありません。文脈から「崩壊させるのか・答えはNo!」と読み取れますけど。

刑事裁判に関連して産科業界が崩壊しかけているという認識はないのでしょうか?崩壊しかけているという認識はあるとしても「裁判に責任はない。刑事免責を認めないと業務を遂行できないと言う業界感覚がおかしいのだ。」という主張のように読み取れます。

とすると
問い:「刑事罰は業界を崩壊させるのか」
答え:「刑事罰はおかしな感覚の業界だけを崩壊させる」
となりそうです。
「おかしな感覚の業界なんて世の為にならんから消えてもいい」という主張が続きそうですが、実際にはおかしな感覚の業界にも顧客がいて、業界が崩壊すれば顧客が多大な不利益を被りそうなのですが、どうすればよいのでしょうかねぇw。

 小倉弁護士(肩書付実名表示堅持者)の文章は、極めて長文でしかも断定を避けて客体や主体が曖昧なのが多いので、一般の人が誤解や誤読をしても無理ないと思うので、議論が錯綜し易い。

>ろくろくびさん
>医者と運転手では「その他の要因」が決定的に異なると思います。

もう一つ大事な要因を加えさせてください。それは医療は死にそうな患者さん相手なのでよく人が死ぬということです。勤務医なら年間20から30例のステルベン(看取ること)もあります。理論的にはその全てにおいて刑事告訴が可能なわけです。クレーマー家族、金銭目当てならとりあえず告訴してみるでしょう。防戦するだけの立場は疲れます。

 そもそも立論に用いられている「業界」「崩壊」等々の定義が明らかでなく、どんな結論でも立てられる一方、反論も実に容易であり、他方、事後的に検証不可能です。

 要は結論が出ない構造です。

 自分が平河ほどの法律事務所の弁護士だったら、日本国憲法第38条と刑法211条の下で、医療事故の原因究明と再発防止の効率化は医療供給を量的に維持できるか、できるとしたらその方法は…なんて形にします。

 したくないからしないのでしょうかね。

>No.19 uchitamaさん

 でも、たいてい熱心に説明すれば、検事も「おかしいのは告訴人だ」とわかってくれますよ。もちろん例外の胎盤剥離起訴はありますが。

これまでの流れ無視の投稿で失礼します。

小倉弁護士は問題のエントリの前にAERAが鈴木利廣弁護士を取り上げた記事を紹介しています。鈴木弁護士については5/20にNHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」でも取り上げられたようです。(私は裏番組の「ガイアの夜明け」を見ていた)
薬害肝炎訴訟での彼の功績は認めるにやぶさかではありませんが、こんなデマ文書を出す人物にはやはり疑問符をつけざるを得ないと思います。
http://www.yakugai.gr.jp/topics/file/040213purotopikkuQ&A.pdf

「ネットではとかく、……患者側の弁護士は無能で強欲な人間扱いされがち」とものたまってますが、そういうことを言っている人もいるにしても「とかく」そのように「なりがち」という認識は、私は持っていません。しかし、マスメディア報道が「結果が悪けりゃ医師のミス」と「とかく、なりがち」であるとの認識は持っています。

やはり小倉弁護士は「藁人形たたき」に走っているとしか思えません。
参照:
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20080609

 小倉弁護士のエントリは、たとえ はよく分かりにくいですが、「刑事免責を認めないと業務を遂行できないと言う感覚がおかしいのだ。」 という趣旨のように感じますね。

この趣旨自体はよく分かるのですが。

 モトケンさまのエントリにある
 「ある業界でそれまで「普通のこと」とされていたことが犯罪だとされてしまうと、その業界は崩壊するということです。」(個人的には、崩壊する、というより、大きな負担をかける、という感じですが)

 について言えば、その「犯罪とされてしまう(と受け止められてしまう)論理・主張が妥当であるか否か」についてが問題で、その論理・主張の内容がおかしければ、「そんなもんを犯罪(かどうか)とするな」ってことになるのであって。

 一方で、公害など、「犯罪とされる理由が妥当」であれば、経済的や技術的に大きな負担があるにしろ改善していかないといけないのであって、それは負担があるにしろ「崩壊」などせずに改善していくと思います。

 逆にいえば、妥当でない論理で「犯罪とされる」ならば、改善しようがないわけでそれこそ「崩壊」せざるをえないのですが

No.13 おじさんダメっぽさん

    医療関係以外での業務上過失致死・致傷の事例として
    取り上げてみたのですが、これはまさしく最近の医療事故
    絡みの事例とよく似た流れとなっているようです。
    結局遺族からまた「やっぱり息子は殺されたんだ」
    という恨みの言葉が出て、その遺族から
    「事故の背景まで含めた徹底的な原因究明と再発防止を
    強く願っている。」と言っても
    果たして遺族の思うような結論が出るかどうかはわかりません。
    そして事故からすでに2年が過ぎても、未だに原因究明から
    再発防止策を立てるというのではなく、
    関係者の責任の有無を問うことを優先している
    当局の姿勢は自分の職務には忠実なのでしょうが、
    果たして公共の利益となるものなのでしょうか。
    私は司法取引で免責行う代わりに、
    原因究明と再発防止策立案のための情報収集を
    関係者から引き出していればここまでダラダラ事が
    進まない事態は避けられたのではないかと思いますが。
    どうでしょうか。

基本的には同じように考えています。

なぜ「基本的には」と断りを入れたのかを説明します。

被害者側が事故原因の解明を強く求めたが、刑事責任だけを問題にしているから事故原因がかなり怪しくても、捜査が進むというのは山ほどある、からです。

わたしがブログで取り上げているものとしては、

 三菱ふそうのトラックのハブ脱落、クラッチカバー破損事故。
 ふじみ野市の市営プール死亡事故。
 エキスポランドのジェットコースター死亡事故。
 ボンバルディア機の胴体着陸着事故
 中華航空機の炎上事故
 尼崎脱線事故
 渋谷の温泉爆発事故

などは、ほとんどは責任の所在ははっきりしているが、原因の解明は手つかず。
と言って良いものです。

三菱ふそうについては、クラッチカバーの破損で死亡したドライバーが刑事処分されていたのが、後に自動車メーカに責任があるとして、処分取り消しになっています。

ふじみ野市のプールについては、原因解明の前にプール自体を取り壊してしまいました。
このために今では検証できないのですが、最初から吸い込み口と吐き出し口を間違えて作っていた可能性が指摘されています。

ボンバルディア機の胴体着陸事故は原産国であるカナダが調査(捜査ではない)に協力しなかったから、報告書には原因が修理ミスとされていますが、出荷前の修理なのですから製造ミスと考えるべきで、その場合にはメーカそのものが航空機製造の資格喪失で全世界で飛行禁止となる可能性も皆無とは言えないほどの問題です。
カナダが協力しないと宣言できた一番の理由は、日本の刑事責任追及の優先でしょう。
日航123便事故の頃から変わっていない、重大な問題がまた出てきたと言えるのです。

刑事責任追及するよりは、原因を解明した方が良い、というのは、自動車の安全問題の歴史がよく物語っていると思います。

シートベルトの普及までは普及推進派は大変な抵抗に遭っていました。
「安全装置を付けることが、危険であるというようなものだ」
というのが代表的な反対論だったそうです。

もう一つは「安全になることが証明されていない」です。
この段階でのボルボ社の活動が有名ですが、ボルボは事故解析チームを作って自動車事故現場の記録を採っていって、再現実験が可能にしてから安全なシートベルトとして3点式シートベルトを開発しました。

刑事責任を追及するだけでは、将来の事故を防止するのは無理だと思います。

No.15 uchitamaさん

ヤブ医者が何かしでかすと民事、刑事の責任を問われるわけですが、ヤブ検事とんでもない起訴を行っても、民事上は国家賠償があるにせよ、刑事上の責任をまったくといっていいほど問われないのはこれいかに?まだ福島事件の判決が出てないので深入りしたくはありませんけど。

いつも思うのですが、

「刑事罰を科すと医療が崩壊すると主張するのはおかしい」

という命題を扱う場合に

a.「刑事罰を科すと医療が崩壊する」

というところが主題なのか、

b.「そんなことを主張するのがおかしい」なのか

言ってる本人すらちゃんと区別が付いていないことが多いですね。
a.に関しては、まあ、実際、医者は「そうなった」という認識で、
b.に関しては、フーンという感じで傾聴するのみですが。

小倉氏のブログも見ました。
一つ思うのは、小倉氏は誰の味方なのかと言うことです。
患者の味方なのか、あるいは自分のメンツのためなのか、不可解な部分があります。
医療のことを良く解っているプロフェッショナルならば患者のために刑事免責は必要という結論は出ています(一部の自信過剰な医師を除く)。また、免責というのは無条件免責ではなく、一部に於いて原則免責という見解も得ていると思います。つまり重過失や故意を除いてという点です。ただ、重過失の定義が各人によってまちまちではあります。
(なぜそれが患者のためになるかという議論は過去ログを読みましょう)

患者のための医療を行うためにはどうしても免責という結論に立ってしまいます。
自信のある一部の医師は自分の技量を基準に於いて者を考えていますので、患者のためと言うよりも自分のメンツのためと言った方が正しいでしょう。その人だって自分がミスしたことがあるということを公表していますから、矛盾はしているのですけどね。
もし、合併症レベルで過誤にされ、犯罪とされてしまうのであれば医師の大部分は犯罪者になってしまいます。ただ、それが表に出てこないレベルのため、難を逃れているに過ぎません。

小倉氏も、もし、免責を全面的に認めるわけでないと言っているのであれば、医療のことが良く解っていないか、自分のメンツのために言っているだけのどちらかなのでしょう。とても患者のためとは思えません。

>一つ思うのは、小倉氏は誰の味方なのかと言うことです。

小倉さんは誰かの味方になる、ということはあまりないですね。
医療崩壊関連での一連の発言は「コメンツスクラームを起こす匿名医者どもが気にくわない」という動機からなされています。
匿名でわめいている医師たちをとにかく言い負かしたい(そういう気分になりたい)、そういうレベルの人です。

あの人は医療崩壊なんてほんとどうでもいいんですよ。
医療崩壊に対してどうするか、という基本的な立ち位置すら存在していない人です。

エントリにある

『ある業界でそれまで「普通のこと」とされていたことが犯罪だとされてしまうと、その業界は崩壊するということです』

という部分、趣旨は分かりますが、やや単純化し過ぎなのでは。

刑事罰によって直接に抑制されるのは、エントリの比喩で言えば、「A町からB町への輸送」だけです。他の区間には関係ない。

しかし、それを見た運送業者が「他の区間についても処罰される」と認識した場合に、それが正確な予測であれ杞憂であれ、御指摘の現象が生じるということなのでしょう。


結局、「普通のこと」「業界」というくくりが大雑把過ぎて、やや議論に混乱が生じるというか、いらん反論を招いているような感もあります。


その業界にとって「普通のこと」であっても、社会全体から見れば崩壊させるべき因習なのであれば、刑事罰によってでも崩壊させた方がよいでしょう。談合とか、超過利息による貸付とか、名ばかり管理職への残業手当不支給(これは未だ民事ですが)とか。これらの場合は、その部分だけを切り離して他の業務を続行することができるでしょうから、建設業界、飲食業界全体が壊滅するということもないでしょう。

他方、摘発対象とした「普通のこと」がそもそも正当な行為であった場合は勿論、それ自体は必ずしも正当でなくとも、それを処罰することが他者の業務全般に萎縮効果をもたらす(ひいては国民の生活を脅かす)場合などは、刑事罰を発動させるべきではない、ということなのでしょう。


散々議論された既出の結論でしょうが、

・いかなる行為を刑事訴追するかについての精度を上げること(医学的知見を適切に反映して、問題のある医療行為のみを正確に抽出する)
・公判請求する際には業界全体に及ぼす効果に留意すること

を従来以上に意識すれば、検察官の訴追裁量(軽過失については起訴猶予とする事実上の刑事免責)によって解決しうる問題のように思われます。

逆に言うと、一度起訴されてしまえば、後者を理由として無罪とする(問題のある医療行為ではあったが、これを処罰とすると業界全体への不利益が大きいという理由で無罪にする)のは期待できないように思われます。その辺りは、もはや法律論・過失論ではなく、政策論の次元になってくるので、そこを判断するのは裁判所の仕事ではないように感じられるのです。

更に付言すると、検察官が訴追しない方向の裁量判断を行いやすくするためには、刑事罰以外の方法による問題解決手段が拡充されることが是非とも必要です。行政機関、第三者機関等による原因究明、それによって過失ありと判定された場合の補償・医師への再教育ないし行政処分が行われ、それによって、刑事罰を問うまでもなく社会正義が保たれていると見なされれば、不起訴処分の余地は著しく増大するでしょう(上から目線だと反発されそうな書き方ですみません。勿論私は検事ではありません。為念)。これらの要素は、過失を含む医療行為を無罪とする直接的理由にはなりにくいものの、不起訴裁定をする理由としては十分であるように思われるのです。

 私もNo.30 (ただいま謹慎中)さまとほぼ同意見なのですが、一点だけ冷や水をぶっかけますと、「検察審査会の判断しだいでは、検察官の判断を超えて起訴されうる」と言う点が弱点になると思います。
 これに対する説得力のある反論を私はまだ見出せていません。

 あえて言うなら「完璧な対策」が難しい以上、「次善の策でいきましょうや」と言うところかも・・・

> No.29 You-meさん
ということは、自分のメンツのため、ということですね。もしそうなのであればとても正論とは言えませんね。
実りのある理論が小倉氏のグログからは全く見つけられません。

> 「普通のこと」について
まあ、普通のこと、と言うよりも、感情論で行くと実現不可能なことを素人のくせに口出すない(要求するな)!ということですな。

はじめまして.
民間病院で勤務する医師です.
裁判が信頼できるものであるのなら,刑事免責など求める必要ありません.
しかし,仙台の北稜クリニックの事件では,科学的にありえない濃度の検体を
裁判の物的証拠として採用し,一人の人間を有罪としています.疑わしきを罰することなく,正しく裁判を受けることが保証されているなら,いいのです.
医療の不確実性と,患者家族の感情による告発などの,状況を考えるとき,満員電車に乗り,いつ痴漢冤罪事件にであうかもと心配しながら,仕事をするような感じがするから,刑事免責を求めたくなるのです.

はじめまして.
民間病院で勤務する医師です.
裁判が信頼できるものであるのなら,刑事免責など求める必要ありません.
しかし,仙台の北稜クリニックの事件では,科学的にありえない濃度の検体を裁判の物的証拠として採用し,一人の人間を有罪としています.疑わしきを罰することなく,正しく裁判を受けることが保証されているなら,いいのです.
医療の不確実性と,患者家族の感情による告発などの,状況を考えるとき,満員電車に乗り,いつ痴漢冤罪事件にであうかもと心配しながら,仕事をするような感じがするから,刑事免責を求めたくなるのです.

あと、小倉氏のブログでは「医師連盟は患者の権利を重んじていない」という一言を述べられていますが、これなど、???という感じです。趣旨にはっきりと患者(と従業者)の権利を第一義とすると述べられているにもかかわらず・・・。それとも小倉氏は国語力が欠如しているのでしょうか?まあ、感じ方は主観的ですから好みの問題かもしれませんがね・・。
医療という職種は誰かが言っていましたが、従業者が幸せでないと患者の幸せを考える余裕なんてありません。これは自らの体験でもあります。余裕(身体的にも精神的にも、つまり、経済的なものも含む)があって初めて患者の幸せとは何かを考えることができます。だから従業者を第一義に持ってくると言うのは当然の帰結であります。もちろん、患者が主役ですから患者も第一義でなければなりません。その関係は平等であり、服従関係ではありません。

No.31 ろくろくびさん

たしかに、その問題がありましたね。

「起訴相当」2回で起訴強制ということのようですが、「不起訴不当」を越えて「起訴相当」の議決まで行くこと自体、かなり珍しい・・・・と言っても、不安感の解消にはならないでしょうね。全然。

基本的には、検察審査員に対して、不起訴の理由を分かりやすく説明して納得してもらうしかないのでしょうが、検察審査会制度の趣旨・理念として、「検察官の不起訴処分のよしあしを一般国民の視点で審査する」、言ってみれば「素人的感覚を反映させる」ということがあるので、「医師や検事という専門家の判断だから尊重しろ」という圧力をかけることもできないはずです。一般市民の方で、自発的に「専門家を尊重します」となるのを期待するほかない。

審査会の議論がそのような方向に向かう機運が現在の社会にあるかというと・・・・医療に限らず、「専門家」受難の時代なので、どうでしょうね。私も疑問です。

>No.21 キメイラさん
>でも、たいてい熱心に説明すれば、検事も「おかしいのは告訴人だ」とわかってくれますよ。もちろん例外の胎盤剥離起訴はありますが。
小生が提示したように、例えば内科医なら年に20例(主治医ではなくても何らかの形で死亡がある)、20年で400例となります。こんな仕事他にあるのでしょうか?トラックやタクシーの運転手、消防隊員だって、桁が違うと思います。その中の1例に点滴の作り置きがあったとか。。。。変な検事に当たったとか。。。。
冷静に考えれば逃散するしかない(仕事として成り立っていない)わけです。

>結局遺族からまた「やっぱり息子は殺されたんだ」という恨みの言葉が出て、

多くの国民の医療を受けられないことの苦しみ>>>被害者の遺族感情

となるまで医療崩壊が進む。刑事免責など遠い先の話ということでしょう。大野病院事件の家族の被告医師に対する処罰感情は凄まじいものを感じてしまいます。過失があるかどうかも分からないのに、医師に墓前で土下座させ、さらに徹底した処罰を望む姿勢。もはや議論などできないでしょう。

「刑事罰は業界を崩壊させるのか」

報道によると、先日の秋葉原通り魔事件の際、現場にいた警察官は最初にトラックにはねられた被害者を介抱していて、戻ってきた犯人に刺されたそうです。その後犯人はさらに多くの通行人を殺傷しました。

この警察官が被害者の救助なんかせずに、直ちにトラックから降りてきた犯人を取り押さえに向かっていればそれ以上の被害者を出すことはなかったはずです。歩行者天国にトラックで突っ込んでくるような人間がまともでない、凶暴な人間であるということは”後から考えれば”容易に想像できます。

この警察官が業務上過失致死で逮捕されたらどうでしょう?

警察業界は崩壊すると思います。

> 過失犯立件の当否の問題じゃなかったのか、という批判が予想されますが、私はこの問題を刑事司法の介入の当否の問題と考えています。そして、私の理解では刑事罰というのは故意犯も過失犯も両方含みます。

とのことですので流れを読まずに書き込みますが、

> 業界というかある種の仕事について、刑事罰によって崩壊させられる場面を想定することは可能です。

という文言を見てまず連想したのは、いわゆる「西川口流」(一部地域で盛んだった風俗産業の一スタイル)の崩壊でした。無理めの設例よりも、実例がいくらでもあるんではないかと思ってしまったわけです。別に業過(過失犯)でなく売防法違反や条例違反(故意犯)だっていいですよね。

もちろん

> 刑事司法の介入の当否の問題

という視点から見れば、過激なサービスを売り物にしたピンサロへの刑事司法の介入を否定的にとらえる意見はごく少数でしょうが、ssdさん提示の命題

> a.「刑事罰を科すと医療が崩壊する」

を否定するためは、ピンサロにはなく医療にある何かが必要になります。
何かといってもそりゃピンサロと医療が同じなわけはないんですが、ただ特に産科医療を念頭におくと、

・収入
 ->どちらも世間的には高収入に見られがちだが意外とそうでもなかったり
・業務のリスク
 ->風俗のおかしな客は屈強な店員がつまみ出してくれるが、患者家族の暴力にはまま医師自身で対応せざるを得ない
・公益性
 ->公娼制度の復活を堂々と論ずる人もいる一方で、出産への医療介入自体に消極的・懐疑的な姿勢をとる個人・団体も少なくない
・モチベーション
 ->心が折れた医師の例は枚挙にいとまがないですよね

と、なんだか大して違わないんじゃないかと思えてしまう私はどこか病んでいるんでしょうか。

No.33 タカ派の麻酔科医さま

仙台の北稜クリニックの事件(筋弛緩剤事件)については、一部では根強く冤罪説も唱えられていますが、有罪を支持する最高裁決定がすでに下され、確定済です。

医療行為に対する刑事免責の文脈で持ち出すには、少々筋悪かと。。。
(例示するのに適した事件は他にたくさんあるという意味で)

なお、筋弛緩剤事件については、このブログ内でもいろいろと議論が経られています。
半端な要約は避けますので、お時間のある時にでも。↓
http://www.yabelab.net/mt4/mt-search.cgi?tag=%B6%DA%C3%D0%B4%CB%BA%DE%BB%F6%B7%EF&blog_id=1

>No.38 ysさん
>この警察官が業務上過失致死で逮捕されたらどうでしょう?

 警察官は重傷者救助という高次かつ緊急の現在の危難を防ごうとする職務執行義務を履行しており(義務の衝突・緊急避難)、交差点に高速で突っ込んだ運転手(ブレーキとアクセルの踏み間違えが統計上ほとんど)が降車して次々と殺害行為を行うのは誰も予見できないから(予見可能性の欠如)、誰が見ても無過失なので業務上過失致死の逮捕は無理かと思います。御説の例としては法的に適切ではないようですね。主意や気持ちは分かりますが。

>No.41 キメイラさん

でも、「緊急避難」と「予見可能性」は、不当と言われる医師の業過の定番争点じゃないですかね。
その意味ではそう遠くない例えだと思いましたが。

>キメイラさま

>誰が見ても無過失なので業務上過失致死の逮捕は無理かと思います。

反語的表現とお取り下さい。書き忘れましたが、私は整形外科医です。
医者から見ると、福島の産婦人科医もこの警察官と同じくらい無過失なんです。

みみみ様の仰るように、私もys様のコメントには、もの凄く合点を感じました。

小倉氏がなぜ長距離トラック運転手に事案をなぞらえるのか謎だったのですが、他のブログに「OguraHideo」名でコメントをしているのを見つけました。
同一人物による投稿であるとの前提に基づいて「評価」させていただくと、結局小倉氏は、そもそも入り口時点で事案の成り立ち、問題の所在が理解できていないと結論付けざるを得ません。

OguraHideo名義でなされた投稿は、恐らく大野病院事件を念頭に置いているものと思われますが、「一つの交通事故でえん罪と思われる起訴がなされたときに自動車による交通事故で運転手を包括的に刑事免責せよとか、民事訴訟でも賠償額の制限をせよと主張するのと同じ」と考えているのだとすれば、一体どこまでこの人の「理解」能力はアサッテの方向によじ曲がっているのかと、もはや「不思議」「不可解」の域に達しています。

通常業務における「適正」な対処を採ったところ、その「適正な対処」を採ることは犯罪類型に該当するとして刑事訴追の対象にされるようであれば、その業界は「崩壊」の危機に瀕するでありましょうし、その前段においては検察当局に対する「求釈明」も、またその釈明内容が不十分不適切根拠薄弱であるなら非難も起ころうというものです。

大野病院事例を、交通機関の事故に擬えて言うのであれば、こちらの比喩のほうが適切と思います。
即ち、新幹線の運転士が、自分の列車の前方線路上に侵入した生身の人間を見つけたので、緊急制動をかけるとともに警笛も鳴らしたものの、結局侵入者の手前で停止させることが出来ずこれを轢過してしまった。
そうしたところ「侵入者の手前で電車を停止させず轢死させたことは業務上過失致死罪にあたる」として刑事訴追された。
或いは、中央線通勤快速の運転士が、某駅を通過中に突然ホームから転落してきた人をはねてしまったところ、業務上過失致死で起訴された。

問題の「図式」を適切に描けない人物が、適切でない「勝手な思い込み」だけで描いた図式に依拠して他を批判する。なんとみっともないことでしょう。

医療関係者の皆様

 なるほど、医療現場では、義務の衝突と予見可能性が常に問題になる(医療側現場からみたらおよそ有り得ない逮捕が起こる)という例としては極めて適切だったんですね。
 たいへん勉強になりました。前言を撤回します。いや、比ゆ例えは本当に難しいですね。医療現場の常識(御苦労)に対する不勉強だと反省しました。

No.9 うらぶれ内科さん

たらればはともかく、検察はろくに協力医もえられずに起訴したことをどう思われますか。

貴重な教訓が得られるかも知れないのに、たらればで終わらせてしまえば同じようなことが再発するかも知れませんね。


それはともかく。検察は協力医がいたからこそ起訴できたと思います。専門外の医師でしょうが、その医師が過失を問えると判断したからこそ逮捕・起訴になってしまったのだと思います。


事後論で観れば、判断できる能力のある医師は警察に協力せず、判断できる能力のない医師が警察に協力してしまったのかも知れません。医師が警察・検察の判断をどのようにしてコントロールするか、今後の課題なのではないでしょうか。


付け加えれば、逮捕・起訴の責任は第一に検察にあると思います。

>付け加えれば、逮捕・起訴の責任は第一に検察にあると思います。

 参考ですけど、実際はよほど大きな事件か特殊な事件(多分医療も含まれそう)一人の警部補と一人の検察官の話し合いで、決まっちゃうような感じでした。
 もう10年以上前になりますが、何かの本で、現場の刑事には、検察官に対して反感をもったり、非協力的な人もいたみたいです。
 週刊誌の記事だったような気もしますので、あまりあてにも出来ませんが、学歴社会とかコンプレックスにも起因しているような説明でした。
 それだけ刑事というのは、プロ意識も強く、市民の信頼も大きく、また、蛇に睨まれたカエルのような怖い存在というのも、一般的なイメージとして定着していたと思います。
 職人魂とかプロ意識自体が、一昔前からみれば格段に希薄化しているようにも思えますが、その分、情報量も多くなり、物事にとらわれず客観視しやすい状況にもなっていると思います。
 検挙率の低下など見れば、職業的犯罪者の方が、進歩しているのかもしれないという気もしますが。
 まあ、警察も検察も神話のようなものが崩れ、なにかとやりにくくなっていると思いますし、そのあたりにも気を配っておいた方が良さげな気がします。

>事後論で観れば、判断できる能力のある医師は警察に協力せず、判断できる能力のない医師が警察に協力してしまったのかも知れません。

さらに付け加えて言うと、その判断できる能力のない医師(新潟大学T教授)は一昨年の産婦人科学会の会長でもあるのです。鑑定医の問題の根深さが伺えます。およそ学会、権威などというものが頼りにならないかを露呈しています。ちょっと悲しいですが。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/06/post_099c.html
より

患者を取り違えて手術したり,1ヶ月分の量の薬剤を1日で投与したりすれば人は死ぬ。
こういうものを回避させないためには刑事免責を推し進めるべきでしょうか。

ぶはははは

コホン、失礼
いや、でも笑うしかないです。

悪いこといわないですから、この問題を論じたい方は、
医療崩壊
これ一度は読んでおいた方がいいですよ。何度でも紹介しますが。

これを読んでも、単なるヒューマンエラーに対してペナルティを課すことがいかに無益のみならず有害か理解できない人は(以下略

# しかし、取り違えや投薬量ミスがすべて致死的な訳あるかいというツッコミはさておき、分かりにくい反語表現ですね。
# 私なら 「こういうもの(患者取り違えや投薬量ミス)を防止するためには、刑事責任の追及が必要なのではないでしょうか。刑事免責の推進は本当に必要なのでしょうか。」 のような表現を好みますけど。

そもそも,ほんの数人の鑑定医に聞けば医療水準が判断できるかのような大勘違いをしている司法に問題がありますね。

医療行為の過失を認定するには,それが過失であると認定するに足る高度の蓋然性が必要だ,という判例が出るまで,しつこく最高裁にアタックを仕掛けるべきだと思います。

あー,fuka_fukaさんと重なった!
No.51は,No.49へのレスです。ちなみにNo.50にも禿同。

さらにさらに,医療訴訟の中でも司法判断が杜撰な例が少なからずあることも,最高裁に突きつける。医事関係訴訟委員会と…あとは人事課が良いですかね?

何しろ,過去の誤判についての検証,反省をしないことと言ったら,医療業界なんか問題にならないほど劣悪ですから。

No.50 fuka_fukaさん

ペナルティを課すべきヒューマンエラーと、課すべきではないヒューマンエラーとがありますね。

私見では、横浜市大の患者取り違え事件に関してはペナルティを課すべきではありませんし、埼玉医科大の抗癌剤過剰投与事件に関しては課すべきだとは思います。

埼玉医科大に関しては、システムエラーが大きく関与してはいますが、個人責任も無視できないと思います。

>>No.53 しまさん
具体的にどういうペナルティをお考えでしょうか?

免許取り消しか再教育と言うところでいかがでしょう
実際には医業停止3年6ヶ月という事らしいですが

>何しろ,過去の誤判についての検証,反省をしないことと言ったら,医療業界なんか問題にならないほど劣悪ですから。

 知っている人は少ないように思いますが、過去の再審請求に対する検察の反対意見に、「法的安定性」というものがあったと思います。

 再審請求自体する人はまれだと思いますが、私は何度もやったことがあり、まず、申し立てをした裁判所から、「求意見書」の提出を求められます。
 検察に対しても、似たような意見を求めているのではと、思われますが、検察の意見というのは一度も目にしたことがありませんでした。

 「法的安定性」とは、法律の本ではちょくちょく見かけていましたが、他に見たことも聞いたこともなく、ネットでも一度も見た覚えがありません。
 民法では、悪意の占有者が所有権を取得する説明にこの用語が書いてあったかもしれません。この悪意は、事情を知るという意味であったと思います。
 検索を掛ければ、いろいろ見つかりそうですが、面倒なのでしません。

 いずれにせよ、「法的安定性」は、キーワードにはなりそうに思いご紹介しました。

>>No.55 しまさん
それを伺って安心しますたw

No.53 しまさま

狭義では、単に 「ヒューマンエラー」 といえば刑事免責になじむものというイメージでしたが、ググってみるとそういう定義が見当たらないようなので、そのままだと語弊があったようです。

私見では、刑事罰に値するヒューマンエラーは、軽微でないルール違反故意に行ったうえで発生したものに限定されるべきだろうと思います。

自動車事故でいえば、大幅なスピード違反や信号無視、整備不良状態の認識等があったうえでの事故であれば処罰すべきですが、アクセル・ブレーキの踏み違えのような事故は処罰は行きすぎと思います(免許停止等の行政処分+民事上の賠償で十分)。

埼玉医科大のケースって、不勉強なんですが、「1週あたり」を「1日あたり」と単に勘違いしたのが原因?それとも何か事情があって意図的に7倍量を投与したんでしょうか?
前者とすると、いかに「プロならありえない誤読・勘違い」であっても、私見ではやはり刑事罰は不適切かな、と思います。個人への制裁としては業務停止や再教育、被害者への賠償で足りるのでは。
後者の場合、医師の裁量と添付文書といずれが優先するか(医師の裁量が劣後するとして、どの程度であれば刑事罰に値するのか)という問題でしょうか。

・・・と書きかけていたら、「ペナルティ」は刑事罰以外も含むという見解でしたか。
であればしまさまとそれほど変わらないかも。

>>58 fuka_fuka先生、危うく >>50に反論するとこでした(^^;

(元外科医さんのコメントが保留になってました。
コメントナンバーに影響しますので、ここに転記します。)

刑事罰は業界を崩壊させるのか

http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/06/post_099c.html

私どもから見ると周回遅れこKYとしか思えないのですが。弁護士に限らず一般の方にもこういう考えの人は多いのです。私が医師であることを言わないで雑談してればきっと医師もトラック運転手も事故ったら同じ扱いw
ですから、読んでおいた方がいいでしょう。

No.58 fuka_fukaさん

基本的には勘違いだと思うのですが、それ以上の問題が隠れているのではないかとも思うのですね。ですから、いかにシステムエラーが存在しようとも、医師個人にもペナルティが必要なのではないかと思いました。

なお、刑事に関しては、私には判断する能力がないので触れていません。

 原告は、平成12年9月8日、同月6日付けのCの病理検査の報告書に目を通したところ、そこに記載されていた「synovial sarcoma」(滑膜肉腫の意味である。)という病名を理解することができなかったが、その意味を調べることはしなかった。そして、原告は、上記報告書の病理所見欄の冒頭に「横紋筋」という単語があったことから、外来で受診していたCの両親に対して、同月8日、「病名は横紋筋肉腫であ る。」と説明した。
原告は、本件プロトコールの内容を熟読することなく、それまで原告が使用していたプロトコールがすべて日単位で記載されていたことから、本件プロトコールも同様であろうと思い込み、本件プロトコールが、1行目の数字に記載された日ごとに、各薬剤の投与を指示するものと誤解した。そして、本件プロトコールを参照として引用している本文を読むことも、英語による各記載の意味を調べることもせず、さらには本件プロトコールに記載されている「Group Regimen Week」との記載にも気付かず、また、本件プロトコールが作成された目的も理解しないまま、本件プロトコールの「A」の行の計画に従って(ただし、数字の表示については、日単位で)、同行に記載された薬剤を投与すれば良いものと考えた。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/2E3D16FB86836C4D4925712D001CB37A.pdf

週1処方はコワイです。
電子カルテで全ての処方を特定の日数に変換をしてしまうと、どんなに危険な薬でも100人処方で1人ぐらいは僕はミスします。
周りに救ってもらってます。
一回じゃないのでリピーター医師かもしれませんが、一応自己申告ながらまともな医者と思われています。

>No.61 しまさん
確かに、これはひどいですね。このようなcaseには医師個人にもペナルティが必要だと確かに思います。

>No.61 しまさん
リンク先を読みました。
確かに抗腫瘍薬の恐ろしさに対する認識がプロとして甘かったと言わざるを得ないと思います。
が、同時に、エラーを回避するシステムも非常に甘いという印象も受けました。
私の所属している施設でも、確かに以前はもう少しチェック機構が甘かったですが、もう少しまともなチェック機構が働いていたと思います。現在では、治療開始前に担当医が患者情報とプロトコール・実際の投与量等を上級医・担当看護婦・病棟主任クラスの看護婦・化学療法担当薬剤師それぞれからチェックを受けます。そこで初めて処方箋が発行されます。実際に薬を病棟に準備する段階でも、薬剤部の中でチェックがあり、病棟で看護婦と病棟主任と担当医によるチェックがあります。
正直言って、効率が悪く、人手が足りないのに仕事が増える一方で、何か良い対策が無いか?とも考えますが、、、今我々が出来る範囲では、これでも100%安全とは言えないでしょうが、これくらいしか対策を立てられないのが実情です。

No.64 Pediatricianさん

正直言って、効率が悪く、人手が足りないのに仕事が増える一方で、何か良い対策が無いか?とも考えますが、、、今我々が出来る範囲では、これでも100%安全とは言えないでしょうが、これくらいしか対策を立てられないのが実情です。

話を伺う限り、うんざりするようなシステムだとは思います。


先の意見とは矛盾するようですが、100%安全を目指すというのは不可能であるし、無理の元だと思います。ある程度のミス・リスクを許容する社会でなければならないと思うのですが、我々の社会がまだ未熟な面があり、100%の安全を求めてしまうのですね。


100%安全なものなど存在しないという事を認識する必要があるのかも知れません。

>ある程度のミス・リスクを許容する社会でなければならないと思うのですが、我々の社会がまだ未熟な面があり、100%の安全を求めてしまうのですね。

ちょっと嫌な書き方をしますが、「社会」という概念についての日本人の悪い癖は、自分が当事者となった場合に了解できて、初めて社会全体の傾向につながっていくということを失念しがちなところです。

要は自分ないしは自分の家族が、そういうミスに当たった時に、それは仕方のないことだ、寿命だったんだと了解する必要があるということです。自分ができないものを他人ができるはずもありません。

原因が薬そのものの性質にある場合(つまり副作用による場合等)であれば、割と了解しやすいのかもしれません。(それでも製薬会社を恨む人も多いでしょう)しかし、全くのヒューマンエラーで目の前にエラーの行為者がいる場合、それでも寿命だったと納得できるかどうか・・・。

本当に難しい問題だと思います。

わたしもしま様のこのご意見に全く同感です。


ある程度のミス・リスクを許容する社会でなければならないと思う

もう遠い昔のような感もする「ギョーザ」問題が、マスコミをにぎわしているとき、私が書いたものを引用させてください。


リスクを認め付き合うこと


医療上のリスクと結びつけて、皆様の「心」への問いかけを試みてみたものです。エントリー中のメディア批判の感は差し引いてください。


リスク(各個人における究極のリスクは、自分の「死」ですよね)の許容をどう自分が認めていくかの心のありようを学んでみたいと思われる方は、「荘子」に触れてみることを強くお勧めします。

 法的ペナルティーが科されるべきヒューマンエラーがある、科されるべきでないヒューマンエラーがある、として、

1.それは、(業務上)過失 というものについて、どう解釈するか、という点も含めた見直しの範疇(妥当な解釈をするための基盤を整備すること含む)

2.上に加えて、「科されるべきでないヒューマンエラー」を明確にし、科されるべきでないと明文化する

 ということでしょうか。

No.61 しまさん

リンク先をザッと読みました。
医療上の問題は置くとして、しまさんが引用した部分を読んで分かったのが、
原告が医療ミスをしたとされる医師であること、ぐらいで「多分原告敗訴なのだろうな」という程度の理解でした。

正直な話が「なぜ医師が原告なのだ?」とPDFを読みました。

時間の関係で、飛び飛びに読んでしまいましたが、一番気になるのは「原告は何を主張して敗訴したのだ?」です。

結論から言えば、このような論理展開ではなかなか裁判に勝てないと思います。

「他ではこういう判断になっているのだから」ということばかりのように見えます。

元が行政処分の取り消しですから、一度決まった判断に対してはより広い見地というかより高度な考え方で「それは違う」と主張するべきだったのです。

それを逆に細かい実例に反論の根拠を求めたように思えます。

つまり、原告の主張の仕方によっては、別の判決もあったのかもしれない。
例えば、病院のシステムの問題がいかに重大かといったところに視点を合わせるとか・・・・・。


このエントリーの大きなテーマである、法律上の判断と、事故原因調査の組合せがうまくない、ということの現れではないのか?とも思いました。

しかし「ささいな過失で重大な結果」の場合、免責されるんでしょうか>「重大な過失のみ」という定義。

 またまた流れ無視コメントで失礼します。

 本エントリの比喩「A町からB町への荷物運送廃止の件」に即して言うと、もう一つの選択肢「A町からB町への運送料金をうんと高くする」といのが考えられます。もちろん、あまりに高くなれば利用する人はいなくなるから、業務が成立しないので結局は同じことです。
 小倉弁護士はこの選択肢を否定していないように思われます。ただ、「シューマッハみたいなドライバーが運ぶなら、払ってもいいよ(サンピン運転手にそんな料金払ってたまるか)」と言っているのではないかと。

 あと、医療や薬に関しては、「リスクを認め付き合う」ことと同様、「本来不確実なものであること」を知っておかねばならないと思います。薬の効果なんてもともと確率の世界の話です。「同じ手技/投薬を施されたのなら、同じ結果が得られるはずだ」と考え(私は医療事故・訴訟に関する多くのマスコミ報道の根本にあるように感じます)は、一種の人間機械論だろうと思います。

>>No.70 ssdさん
>「ささいな過失で重大な結果」の場合、免責される

重大な結果の場合事故ともみなせますから、最初にハインリッヒの法則を用いて、洗い出されたすべてのエラーについて全体から見て重み付けをしていくことが必要で、全体的な重み付けができてからそれぞれのヒューマンエラーがエラーした当人にとってどれだけ個人的責任が問えるかの重みを付け直すことになるでしょう。
この作業をきちんと行なうことによって、過失において個人の刑事責任を問うことの是非も明らかになると思います。

横入り失礼します。

>ある程度のミス・リスクを許容する社会でなければならないと思う

非医療者としてもこの主張は理解できます。
「100%の安全は有り得ない」これもその通りです。事故防止に莫大な努力を傾注したとしても、「不幸な事故」は確率上必ず発生します。すなわち事故を皆無にすることは出来ないのです。

「事故発生」が皆無に出来ず100%の安全が不可能であるならば、僅かな確率であっても「不幸な事故」に遭遇された方に、何らかの「償い」をする社会システムが、その僅かな事故発生のリスクを受け容れるカウンターバランスとして必要である、私はこのように思います。

この「償いの社会システム」の代表が民法の損害賠償責務の法理であり、その損害賠償責務の経済的代替システムとしての賠償責任保険システムではないでしょうか。不幸な事故に対する刑事責任追求の問題は置いておくにしても、こうした事故被害者に対する償いのシステムは排除することは出来ないと考えます。

医師の皆さんが裁判や司法制度について意見される際に、こうした刑事裁判についての訴訟リスク問題と、民事賠償制度の究極の仲裁システムである民事裁判についての訴訟リスク問題と、分けて議論して頂くと、我々のような非医療の法律職の理解が得やすいのではないかと考えます。

No40fukafuka様
ご指摘ありがとうございます.ただ,私がここに例としてあげたのは,日頃使用している麻酔科医の意見の方が,臨床で使用したことのない薬理学者よりも評価されなかったことの例としてです.仮説が,事実より優先されるということになります.
物的証拠として,ねつ造されたと信じるにたるものが,採用されるような裁判制度を,どうして信じることができるのでしょうか?

>No.73 法務業の末席様

全く同感です。

>>No.65 しまさん

100%安全なものなど存在しないという事を認識する必要があるのかも知れません。

おっしゃるとおりだと思います。基本的に、医療関係者は100%の確定診断や、100%の回復が不可能だと言うことは理解していると思います。
ご存じの方も多いと思いますが、東大の故沖永名誉教授が教授退官講演で誤診率を発表されたとき、一般の方は誤診率の高さに、医師は誤診率の低さに驚いたという逸話があります。昭和38年の時点から、一般の方と、医療関係者の間にある医療の不確実性への感覚の違いが全く解消されていないと思われます。医学は日々進歩していますから、以前分からなかったことが分かるようになり、改善されたこともあります。しかし、それと同時に拡がった故に分からないことも増えています。

そして、私が書いたシステムは、普段から化学療法を行う環境であり、経験者も専門スタッフもそろっているから(充足しているとは言い難いですが、、)可能なものです。しかしこれが、人員・施設・環境が変わるとまたそれにあわせたレベルでしか行えないでしょう。日本の病院全てが最先端の治療を十分な経験をもって行えるわけではありません。むしろそのような施設の方が少ないのです。

>No.76 Pediatricianさん

昭和38年の時点から、一般の方と、医療関係者の間にある医療の不確実性への感覚の違いが全く解消されていないと思われます。

むしろ、昭和38年の時点より広がっているのかも知れません。それは、医学が進歩したことによって、一般の方の認識は、医学の現実を超えて「治る・良くなる・死なない」という思いが強くなったのではないでしょうか。
私は門外漢なので、昭和38年からどれだけ医学が進歩したのか分かりませんが、昔は病気や手術によって亡くなっても「寿命だったんだ」と死を受け入れていたものが、医学が進歩したこと、訴訟が身近になったこと、マスコミのバッシング報道などにより、疑念を抱くことが多くなったように思います。

何度も出てきていますが、医学は進歩したとはいえ、不確実なものであることに何ら変わりはなく、従来は手もつけられず看取るしかなかったものが、治療できるようになったとして、その結果は必ずしも良いものばかりではありません。このように、医療の不確実性を理解し、ありえない100%の安全を求めるのではなく、現実を受け入れ、後世へよりよいものを残していく姿勢が必要だと思います。

小倉氏は、立て続けにスレを立てて挑発していますが、本当に誰のための行動なのでしょうか。「患者ためとは思えない」などと挑発していますが、小倉氏の発言こそ、患者のため、国民のためになりません。

ターニングポイントは振り返ってみてはじめたわかるもの。

横道に逸れて申し訳ありませんが...

>ご指摘ありがとうございます.ただ,私がここに例として
>あげたのは,日頃使用している麻酔科医の意見の方
>が,臨床で使用したことのない薬理学者よりも評価さ
>れなかったことの例としてです.仮説が,事実より優先
>されるということになります.

no.74 タカ派麻酔科医先生,

PK/PDを研究している麻酔科医としての私のコメントを読んでどのように考えられましたでしょうか?
残念ながら,毎日筋弛緩薬を使用している我々麻酔科医のほとんどは薬物のPK/PDを正しく理解せずに筋弛緩薬を使用しているのです.PK/PDを理解していなくても薬物を使うことは可能です.N医大のO教授はPK/PDの専門ではありませんから,単純にコンパートメントモデルの類推だけで証言しています.しかしこれは明らかに間違っています.「生物学的半減期」は「核崩壊のような物理学的半減期」とは異なる,という薬学教授のコメントが正しいのです.
実際に自分で計測してみれば理解できるのではないでしょうか?
薬剤の血中濃度は機械的に1/2, 1/2...になって行きません.いつまでも尾を引くように残るのです.減少率はどんどん小さくなり,みかけの半減期は計測時間を長くするほど延びて行きます.自前で計測してもよいですが,薬物濃度を実測して曲線回帰を行なった過去の論文をいくつか当たってみても解ると思います.どの薬剤も計測期間が長いほど半減期が長く算出されています.これは「仮説」ではなく「事実」です.

あなたの言う「事実」とは何でしょうか?
むしろ事件の被害者の臨床経過を先生はどのように思われますでしょうか? 「筋弛緩薬」ですべて説明できると思います.

>No.74 タカ派の麻酔科医先生
こんばんは。
既にLevel3先生がコメントされていますが、私からも一言言わせて頂きます。
>日頃使用している麻酔科医の意見の方が?臨床で使用したことのない薬理学者よりも評価されなかったことの例としてです.仮説が?事実より優先されるということになります.
刑事事件裁判においては、「発生した事象について合理的な説明ができるか否か」が事実認定の分かれ目になります。
筋弛緩剤事件では、検察側が「有罪の証拠」として示した鑑定結果に対して、弁護側証人である麻酔医は有罪の証拠ではないことを説明できなかったが、反対に検察側証人である薬学教授は鑑定結果が正しいことを説明できた、その結果です。
証人あるいは鑑定人が「その分野の専門家」であるか否かは、その証言や鑑定結果の説得力の担保にはなりますが、その正しさの理由(証言などが事実である裏付)にはなり得ないのです。
その点はご理解していただきたいと思います。

「なぜ労組の結成が先でないのか」か
ネット上の神懸り的に痛い医師を批判していたときは、まぁ品がいいかはともかく理屈としてはまったく正しい指摘をして
いたのに次第に指摘のレヴェルが後退してきたかなという感です。
労働環境の改善は彼らは主張しているでしょう。まぁ刑事免責よりはやく声高に言えといいたいんだろうけどあまり意味の無い指摘ですね。

ただ医師数の増員云々は書かないほうがよかった。
よりによって政府が今までの政策の失敗を認めて増員に転じる旨が昨夜のニュースになってましたから。
この大転向がどのような経緯で起こったのかを調べればこの主張も非常に弱いものになってしまいます。
刑事免責を批判することもそれ自体は結構なことだと僕は思うけど免責派の「具体的主張」を論駁できていないし
共通の敵を作って云々と言ってみた所でそれ君の勝手な思い込みじゃないの?と言われたら
おしまいです。コメント揚げ足取り生活に戻ればいいのに。

まあこの話はぶっちゃけると「現に崩壊してる産科を目の前に何をいってるのか」で終了しちゃうんですけどね。
ちなみに小倉さんは産科が崩壊してるか、しかけているか、してないのかについては今までもこれからも語ることはありません。そこをはっきりさせちゃうと自分の論がどれだけ上っ面なものかよりわかりやすくなっちゃうから。
小倉さんは繁藤災害もたぶん知らないんだろうな。

全医連が掲げている目的のトップ項目が
「労働環境の改善を求めること」

全医連の存在肯定論そのものじゃんw

医療行為に対し刑事責任を追及するのは先進国の中では日本だけ、と言う事を、医師の方々はよく話されますが、以下の事例を観ると、本当にそうなのかなと思わざるを得ません。

 逮捕されたのは,医師アナ・ポウ(50歳,ルイジアナ州立大学准教授),看護師ロリ・ブードー(43歳),同チェリ・ランドリ(49歳)の3人だった。逮捕発表の記者会見をした州総検事チャールズ・フォティによると,ポウが致死量の薬剤を注射するよう指示,ブードーとランドリの2人が注射を実施したという。「安楽死ではなく,明白な殺人」と,第二級殺人の容疑で逮捕したのだった。

 逮捕発表と同時に,ルイジアナ州医療界に,激しい反発が巻き起こった。「3人が殺人犯だなんてとんでもない。それどころか,他の医療者が逃げ出すような過酷な状況に踏みとどまって,献身的に患者のケアに当たったヒーローだ」と,3人を逮捕したフォティ総検事を厳しく批判したのだった。


http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02746_07

この話を持ち出したのは、日本の刑事訴訟や、検察を擁護するわけではありません。業務上過失致死傷罪が存在せず、刑事免責の代表的な国と言われているアメリカにおいてさえ、大野病院同様の逮捕劇が起こっていると言う事を示したいのです。


No.84 しま様
>ポウが致死量の薬剤を注射するよう指示

細かい事を言うようで申し訳御座いませんが、
記事だけを拝見したうえでは、上記の場合、故意を感じますし

>大野病院同様の逮捕劇

という風には私には思えませんでしたが・・・。

>No.84 しまさん

 その例(故意犯)を大野病院事件と対比するのは適当でないでしょう。

 安楽死さらには終末医療の問題は、医療過誤問題とは別問題と思います。

引用部だけみた限りは、そうなのですが。リンク元を追ってみると

アナ・ポウ医師ら3人を逮捕した際,州総検事チャールズ・フォティは,記者会見で自信満々に逮捕理由を説明したが,確固たる物証もない事件だった(註1)だけに,当初から「逮捕に踏み切ったのはフォティの勇み足」とする批判は強かった。しかも,「殺人」の事実があったと強く主張したにもかかわらず,何故殺したのか(動機)については一切説明できず,「勇み足」と批判されたのも当然だった。

註1:たとえば,「被害者」4人の法医解剖を担当した州検死官は,死因を殺人と断定することができず,「不詳」とせざるを得なかった。


医療に対して業務上過失致死傷罪が適用されなくても、警察や検察が医療行為を故意と判断すれば、刑事罰の対象になり得るようです。

>No.82 You-meさん

本当にそのとおりです。
ありがとうございます。

level3さん、感熱紙さんコメントありがとうございます。
裁判記録まで読んでおりませんので、私の知っていると思っていた事実が違っていたのですね。弁護側証人であった教授が、テレビ番組で言っていたことが印象に強かったもので。
しかし、検体が使い切っていて再検証できないというおかしな状況であったと記憶しております。また、1審では、検察側の証人が、告発した方の関係者と同じ大学ということだったはずです。物的証拠に対して、疑いがある状況ではあるのではないでしょうか?
不勉強であったとおもいますが、私の思い込みの理由のもう一つは、薬物濃度が検出された濃度という場合もあるという言い方で、検察側証人の意見が紹介されていたため、ステロイド投与時に半減期が影響されるということと勘違いしてしまったということがあります。臨床上は、大量のステロイド投与でも効果時間がほとんど影響されないという状況を日々見ておりますのでそういうことだったと思い込んでいたようです。

>しまさん

 全国医師連盟が主張している刑事免責(公式HPでは「救命活動時の部分刑事免責」)は、過失犯に限定したものと理解しています。

>モトケンさん
逮捕された医師は殺意を否定しているのです。

「殺人」の嫌疑を受けたポウ医師は,亡くなった患者たちにモルヒネと鎮静剤の投与を指示したことは認めたものの,十分な医療が実施できない特殊な状況の下で「苦痛の軽減」を図ったものであり,殺す意図などなかったと,殺意についてはきっぱりと否定した。

また、逮捕された医師に対する周囲の医師の姿勢も、日本における大野病院事件と同様なものを感じます。

大災害発生の直後,自らの生命の危険をも顧みず,現場に踏みとどまって患者のケアを続けた医師が「殺人」で告発されたとあって,ルイジアナ州医療界が猛反発したのも当然だった。使用しうる医療機器や薬品がきわめて限られているうえに,医療者の人手も絶対的に不足する極限的な状況の下(註2),ポウ医師は重症患者の苦痛を軽減するために最善の処置をしたに過ぎないし,苦痛軽減目的のモルヒネや鎮静剤が重症患者の「死期を早め得る」というリスクを伴うのは周知の事実である。その結果患者が死亡したからといって「殺人罪で逮捕」されてしまうのでは,今後,同種の災害が起こっても,踏みとどまって頑張ろうとする医師はいなくなってしまうと,逮捕に踏み切ったフォティ総検事の判断を厳しく批判したのだった。

結局、「故意なら刑事罰はやむなし」という場合でも、故意と判断するのは誰なのかと言う事が問題になってくるのではないでしょうか。

No.89タカ派の麻酔科医先生,

お解り頂けたようで何よりです.
PK/PDは本当に難しいのです.ある程度数学的に計算するためにコンパートメントモデルなどという非常に簡略化したモデルを使用していますが,その結果予測値には結構誤差が含まれます.それでも使用に耐え得るのは個人差がある程度の範囲内に収まっているためです.誤差が許容できる濃度はある程度以上の臨床効果が得られる辺りの濃度だけなんですね.

私はこの事件,我々が日常医療に使用している薬剤(劇薬)がおそらくは犯人の自己優越性の主張という身勝手な目的のために使用され,あまつさえ5名もの被害者を生み出しこと対して強い怒りを覚えています.状況から考えて「筋弛緩薬」が使用されたのは「動かし難い事実」だと考えています.
我々の使用する薬剤の大部分は「毒薬」や「劇薬」ですが,それらを適切に使用して「よい麻酔」を行なっているのです.犯罪に使うことなど許されるはずもありません.

まったくスレの本質からズレたこと書いてすいませんが、fuka-fukaさんの示してくれたリンクの先が一部しか読めず、level3さんのno79で言われているコメントを探すことができませんでした。no79の中にある文章とほぼ同じ内容なのかどうか知りたいのですが、どうすれば探すことができるのでしょうか?おそらく、裁判記録などから、実際に薬物濃度の計算をされているのだと思えるのですが?

 ルイジアナ州刑法(ほとんどの米国刑法)は、日本と違い、人を殺すに足りる行為を被告人がしたと検事が立証すれば足り、故意の不存在は被告人に挙証責任があります(故意の客観化)。

>No.94 キメイラさん

 アメリカの故意に関する事実認定実務を知りませんが、「故意の客観化」という観点では、日本の刑事訴訟における殺人の故意認定はかなり客観的だと思います。
 故意の有無(ひらったく言えば、殺すつもりの有無)についての供述依存度はそれほど高くないという意味ですが。

 ルイジアナ州検事総長が殺人罪という故意犯で起訴したのは(日本の常識では過失犯)、上記のような訴訟構造や挙証責任の分配が違うからで、悪意をもって故意犯で起訴したのではないでしょう。
 知り合いの検事の話だと、日本は精密司法と客観的証拠で故意を客観化して検事立証しているそうですが,米国法の「故意の客観化」とはそれとは意味が違い主観的要件を挙証責任の転換で対応することを意味するようです(故意の自白が不要)。

>結局、「故意なら刑事罰はやむなし」という場合でも、故意と判断するのは誰なのかと言う事が問題になってくるのではないでしょうか。

 事例としては少ないでしょうけど問題とはなると思います。最近の三重の点滴の事件でも当初警察は宮城の筋弛緩剤点滴事件を念頭において、殺人の可能性も排除せずに捜査を開始したようですし、小説「チームバチスタの栄光」でも「ミスか故意か」が問題とされているわけで・・・。したがって過失犯の非刑罰化がされても、医療事故に対する警察の介入は一定の割合で発生するでしょうし、場合によっては起訴されることも可能性としてはあるでしょうね。

 でもそれを言ってもしょうがないのでは。

 日本のミステリードラマのどんでん返しは、交通事故に見せかけた殺人、医療ミスや自過失転倒事故死にみせかけた殺人など、過失や無過失(自過失)にみせかけた殺人事件がよくあるので、そういう心配を抱くでしょう。
 でもご安心ください。たいてい1時間で名刑事が真相を暴きますし、名探偵コナンならたった30分で犯人を突き止め、犯人は最後に必ず自白しますから。

No.97 ろくろくびさん

したがって過失犯の非刑罰化がされても、医療事故に対する警察の介入は一定の割合で発生するでしょうし、場合によっては起訴されることも可能性としてはあるでしょうね。

でもそれを言ってもしょうがないのでは。

その、警察介入リスク及び起訴リスクこそが、医師の方々が問題にされておられることだと私は認識しています。しょうがないでは済まされない問題だと思うのですね。


しまさんのご紹介の事例は「刑事罰は業界を崩壊させ得る」実例としては妥当ですが、過失認定の面では大野病院事件とは全く異なるものです。
ルイジアナは一人の医師による薬剤のワンショット行為の未必の殺意の有無が問われていますが、一瞬の問題であり純粋に医師独りの責任に帰すべき決断の問題です。
対して大野病院では医師3人が携わる帝王切開手術にいかなる過失があったのか(検察は執刀医にのみ逮捕すべき禁固1年相当の過失があった、過失の内容は抽象的にしかわからんし行為の特定も出来んけどと論告でいっていますがw)?という問題です。

二つの事件の間に検察の起訴便宜主義以外の共通点は私には認められません。

連投失礼。
ルイジアナの事件は富山呼吸器外し事件との類似性が高いと思います。

「刑事罰は業界を崩壊させ得る」という命題は、現状、刑事罰を科し続けて、崩壊がどんどん進むという現実でしか証明ができません。
また、「刑事罰を科すのやめたら崩壊が止まった」というのもよい証明でしょう。
それが自然科学的思考です。

そこに「崩壊している業界が、自分で何とかするべきだ」という理屈をぶち上げるのはなんという思考なんでしょうか。

だから、日本の医療の崩壊の原因は医師の数だってw
刑事罰をやめたら、産科医みたいな事件や、点滴事件が多発しますよw

>No.4 しまさん
>アメリカの話ですよね。航空機事故が刑事免責と言うよりは、業務上過失致死がないという事情によるものみたいですから。

じゃ、アメリカで車で人をひき殺した場合、どういう罪になるんですか?

あまり想像したくはないのですが、もし万一大野病院事件でK先生に有罪判決が出れば、その一発で産科は崩壊するでしょう。(刑事罰が医療を崩壊させ得ることの証明)
しかし、その逆に医療行為に刑事免責が導入されれば医療崩壊しないかと言えばそうではないでしょう。あるいは刑事免責によって崩壊した医療が立ち直ることもないでしょう。
大事なことはこの医療崩壊という危機に乗じて、例えば混合診療の導入(同時に起こる皆保険制度の崩壊、アメリカ型医療の到来)や現在の問題だらけの事故調の設立(厚生省の天下りを増やすだけでむしろ民事訴訟は増えると予想される)など事態をさらに悪くさせるような法案が通らないように目を光らせる方が大事なことだと思います。

医師数に関しては、以前も議論したかと思いますが、医師の数を10倍に増やしても
例えば、医師→産科のステップが律速段階なのだから、研修医が産科を志望するような何かインセンティブを与えなければ、産科には行かないでしょう。民事訴訟の抑制、勤務条件の改善などはその(他の科なみになるための)必要条件に過ぎないのでしょう。

>No.105 uchitama様
何か絶望的なものを感じるのですが・・・。
今更、どうこう国民が関心を示しても無理なんですね。
(どこまで関心が広がるかもわかりませんが)

ゼロ+O様

本来、医療行為が性善説に立って行われていた一方で、刑事訴訟を含む司法は性悪説で進められてきた。最近の刑事訴訟(書類送検など含め)、さらに民事訴訟の多発、それにマスコミの医療バッシングなどにより医療者の心が折れたと言う意見があります。(以前の医療崩壊の議論)さらに、ワーキングプアなど日本人全体が貧しくなったこともあり、医師などへの妬みも増えたでしょう(小生の個人意見)。性善説で行われていた医療を性悪説の立場で行えば、コストや人件費などはその何倍に膨れ上がると思うのです。ただでさえ抑制されている社会保障費のもと、さらに訴訟(民事も刑事も)によって医療行為が採算割れになっているのでしょう。これらの医療崩壊の原因のいくつかは改善される余地はあるかと思うのですが、小生が特に言いたいのは、医療崩壊を望む人たちがいるということです。

「規制改革・民間開放推進会議の前進である総合規制改革会議後の記者会見で宮内義彦座長(オリックス社長)が「医療産業というのは100兆円になる。どうして医師会の先生方は反対するのか」と発言した。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080430

現在33兆円の医療産業がその3倍に膨れあがり、国民の負担も3倍以上、さらに医療格差もできる悪夢の世界。医療訴訟を問題視するのは良いのですが、それより医療崩壊の核心部分を見過ごさないように、国民全体で議論して欲しいのです。

トピックから外れてしまい大変申し訳ありません。

No.107 uchitama様
ご丁寧にレス頂きまして、ありがとうございます。

>医療行為が性善説に立って行われていた

私も基本的には性善説のもとで、今まで医師の方々を眺めていましたし、今でもそうと信じて、いざという時にも、わが身を委ねているつもりです。(偶には一方的にまくし立ててくる医師の方もありましたが、仕事熱心のあまりによる、物言いだと理解しましたし)
このように申し上げたら失礼ですが、身内が深刻な病気に罹った時も、お医者様の技量・見立てにも差がでてしまうもんだな〜ということも経験しました。(幸い助かりましたが、最後に携わっていただいた医師の方には特に感謝にたえません。)ですから、医療には完全なる対応が取れるはずもないとも思っています。

私は、医療崩壊の深刻さを知ることができたのは、こちらのブログでした。始めは、素人ゆえ、医療問題については、時々ROMってるぐらいでしたが、大野病院の件を裁判の内容も含め真剣に(素人ゆえ、理解力には限界がありますが・・)、皆様の議論も含め復習しましたが、これでは、医療行為の萎縮が広まってしまうと素人ながら危惧しましたし、当時の捜査当局者には、憤りも感じました。
私にできることなぞ、たかがしれているものですが、身の回りの知人などにも、医療崩壊が進んでいる現実を一人でも多くに語って行こうと思っていますし、今後の色々な選挙では、そこら辺を真剣に考えていらっしゃる方に投票して行こうと思っています。

>ただでさえ抑制されている社会保障費

私はここが非常に不満です。(色々ありすぎて、短く語れません)

>医療崩壊を望む人たちがいるということです。

どこの世界にも金銭欲がある方がいらっしゃるので、困ったもんです。
駄文が長くなってきて頭がごちゃごちゃしてきましたので、この辺で失礼致します。

あーあ、また件のセンセイ、前提事実をひん曲げた牽強付会のエントリー立ててますよ・・・。
何度説明されたら、問題は「事件化されたこと」ではなく「通常一般に行われる、平均的な医療行為が犯罪だとされたこと」なんだって理解できるんだろう。

ドイツ法において、違法性が阻却される4要件について引用されていますが、医療界の多数が問題視しているのは、日本では司法が違法性阻却の要件を明確にしていないことじゃなかろうか。

  1.当該治療が医学的に適応とされている。

福島事件での医療界と某弁護士の論点のズレは、ズバリこの冒頭の要件だということがなぜ理解できないのですかねぇ…。

>No.110 法務業の末席さん

明快な補足、ありがとうございます。
>だということがなぜ理解できないのですかねぇ…。
多分ですが「理解したくないから」だと思われます。彼の「匿名医療者コメント批判」の、事実認識における大前提が崩壊しますから。

>No.111 惰眠様

あのセンセイの主張を刑事裁判に置き換えれば、冒頭陳述で「被告人は無罪」と主張したにもかかわらず、その後弁護側が法廷に出してきたのは被告人の有罪を補強する証拠ばかりで、そこを指摘されても何故突っ込まれているのか理解できない弁護人。こんなイメージでしょうか。

弁護士というのはロジカルな思考能力が要求される職業の代表格のはずですが…。

あんなに一生懸命な小倉先生を黙殺する「一部の医療系ブロガー」氏には怒りを禁じ得ません。
もしかすると、ーは、ハイフンの誤用でー「部の医療系ブロガ」ーなのかもしれませんが。
部の医療系ブロガ氏が本当に医師なら、週に55時間も働いていないに決まっていますから、返事をするくらいの暇はいくらでもあるはずなのです。
夏休みを三週間しか取らないドイツの勤勉な医師を見習うべきです。

 判タは明日にでも読みに行きますが、今日は分かっていることだけ。

 原文はW. EisenmengerのKey Lecture のサマリーだろうと思います。 Forensic Science International Volume 169, Supplement 1, Pages S2 (15 June 2007) Proceedings of the 6th International Congress of the Baltic Medico-Legal Association となっています。…少なくともサマリーは英語です。電子ジャーナルで読めます。

 講演録では刑事についてはむしろドイツのarbitrationについて(の自慢か?)述べられています。民事については、近年、アメリカの高額賠償の影響でドイツの賠償金額も上昇して、損害保険会社が窮状にあることについて述べられています。

 共著者が上げられていますから、講演録を元にしてさらに膨らませたものかも知れません。

 「違法性が阻却される4要件」の部分は、

"....from 1894 medical treatment is considered as physical injury in general."

とされていますから、これは19世紀以来の古典的な医療行為の違法性阻却の議論です。いわば無免許医の取り締まりの根拠に相当する部分です。

 100年前の議論ですね。

 その他の(おそらく)本文とThomas Gilg関係の部分については、また明日。

しかし、彼の資料の読み方は謎ですなあ・・・。

ドイツじゃ日本の医師は勤まらないとか書いた後に
ドイツの勤務医は一般労働者の1.5倍も働いているんです!!
なんて書いておいて何を言いたいのか意味不明ですが、

http://www.ajmc.umin.jp/genjyo.pdf
P13とか。

まあ、棒グラフとかちょっと専門的すぎるから、
統計的解釈は難しかったのかもしれませんけどね。

 自分の主張に有利と思われる条件でググって、資料の有利な部分だけ都合よく読み取ると、ああいう感じになるんじゃないでしょうか。

 もちろん、実際に行われている作業は異なるものである可能性はあります。

医療系ブロガー・コメンテーターさんたちが主張されているのは,「医療ミスで医療従事者が刑事責任を問われるのは先進国では日本だけ」との標語のもとに,ドイツ法でも違法性が阻却され得ない医療ミスについてまで包括的に刑事免責すべきということであり,例えば,患者の取り違え等の場合でも刑事免責を主張されます。

え?????
それを執拗に言い張ってるのは小倉氏で、『医療系ブロガー・コメンテーター』は私の知る限り「誰もそんな主張をしていない」んですけどねえ。

そんじゃ試しに(不得手ですが)小倉氏お得意の『わら人形』をしてみむとてするなり。
『実名ブログライター弁護士小倉秀夫さんが主張されているのは、医療行為においても一切の違法性阻却は認められないというもので、ドイツ法でも違法性が阻却される医療行為についてまで包括的に刑事罰を科すべきということであり、例えば、外科的手術に際して患者の身体にメスを入れ切開する行為まで傷害罪適用を主張されます。』

 判タ読んできました。おもしろかったので取り寄せることにしました。みなさまも、是非。

 やっぱりモノは講演録で、電子ジャーナルで読めるサマリーではなく、原稿(テープ起こしではなく発表者の発表用原稿?)を翻訳したものでした。

 やはり誤読によって構成されたエントリであったことが明らかと思います。翻訳ミスと思われるところもあり、一概に意図的な誤読とまでは決めつけられませんが、読解の上で批判的吟味が全く為されていないことは比較してすぐ分かります。

 まあ、しかしながら省みれば、斯様に厳しいお国柄でも、ナチスに協力して法律に則って非人道的な医業に手を染めた医師、医学者はいたわけで、なかなかに難しいことの多いことではあると思います。

彼のセンセイのブログに又新しいエントリが立ちました。医師の労働時間について、厚労省HPの「医師の需給に関する検討会」第12回での議事録から、実態調査により得た資料を引用して縷々ご主張なさっておられます。

病院勤務で週平均70.6時間となっています。ただし、病院内での診療時間に当たっているのは週40時間程度であって、それほどの長時間ではありません。

これは一体何を言いたいのでしょうか。医師が病院で過ごす週70時間のうち、疑いなく労働時間と言えるのは週40時間程度であり、労基法の法定労働時間と比べて著しく長時間とは言えない。このようなご主張なのでしょうか?

研究と自己研修で6〜7時間ほど計上されているのでしょうか。一般の労働者の労働時間を算定するに当たって、これらは労働時間に含まれていないのではないかと思うのですが、いかがなものでしょうね。

労働時間に含まれていないのでは…うぅ〜む、はてさて驚いた解釈ですな。司法試験には労働基準法は必須科目じゃないかもしれませんが、労基法での労働時間の解釈について、余りに異端の解釈論ですのでビックリ致しました。

菅野和夫氏の「労働法」にしろ、日本評論社版の「基本法コンメンタール・労基法・第5版」にしろ、労基法の一般的解釈では「手待ち時間」や「業務に附帯した準備行為の時間」は労働時間に含まれる。労働法の教科書にはみなこのように書かれており、この解釈で日本の労働裁判の判決が導かれていると思っておりました。

「三菱重工長崎造船所事件(平成12年3月9日最高裁第1小法廷判決)」という判例があります。この判例は労基法における労働時間の解釈について最重要の判例であり、弁護士に限らず労働法について勉強した者なら知らぬはずがない判例です。最高裁はこのときの判決において、「使用者から義務付けられ、又は余儀なくされた業務の附帯行為は、労働基準法上の労働時間に該当する」と、労働時間について客観的かつ明確に判示しています。

よって引用された資料にある業務に附帯する研究や自己研修の時間は、当然に労基法上の労働時間になるはずです。これが最高裁も認めるスタンダードな解釈と思うのですが、違いますでしょうかセンセイ?


あと、「差」という項目が5〜6時間ほど計上されているようですが、これが何を意味するのか、この資料からは不明です。

医師の労働時間の実地調査を行なったときに、申告された始業時間と終業時間の差から1日毎の労働時間を求め、更に月曜日から日曜日までの各日の労働時間を積算した週労働時間が70.6時間です。この始業〜終業での労働時間調査と平行して、「診療時間に費やしたの何時間か?」「会議に費やしたのは何時間か?」などと項目別の時間数を申告させて積算したときに、先の70.6時間より数時間少ない合計時間となり、数時間の「差」の時間数が生じました。いわばこの「差」の時間数は、用意した調査項目のいずれにも当てはまらない「その他」の労働時間であり、引用した資料を基に議論した第12回検討会の議事録本文を読めば、こうした提示資料の解説は書いてあります。

議事録の解説はともかく、この「差」の時間数が明確な業務の無い待機の時間、いわゆる「手待ち時間」だとしても、これまた「大星ビル管理事件」として知られる平成14年2月28日の最高裁第1小法廷判決において、「手待ち待機時間についても労働時間である」と明確に判示されました。すなわちこの「差」の時間が直接診療行為に宛てた時間でなく、病院内で待機拘束されていただけの何も為さない時間であっても、労基法上は労働時間としてカウントされます。


インターネットについてはお詳しいそうですが、労働基準法については…。いやいや、私ごとき浅学の身から申上げるのは遠慮すべきですね、失礼いたしました。

データというものをどう見るかによって、どれだけ解釈が変わるかという典型的な事例ですね。

診療に当たる時間は40時間程度って、営業の人だって外回りを週40時間しているのではなく、移動時間もあるだろうし、会社に戻って営業報告もしなければならないだろうし、契約書も作らなければならないだろうし、会議だってあるかもしれない。ここでいう診療に当たる時間というのは、営業で言う外回りの時間と同じと考えられ、外来診察、病棟での処置・回診、手術などの直接患者の診療に当たっている時間で、これに更に付帯する前後の業務があるということです。

会議の時間は、症例に関するカンファレンスというもの勿論あると思いますが、病院では様々な委員会活動が法的に義務付けられていて、それに医師の参加は欠かせません。例えば、医療安全対策、院内感染対策、褥瘡対策等など多岐にわたりますが、これらを勤務時間内に行うことは難しいため、必然的に早朝や夜の開催になってしまいます。加えて、院内での研修会の開催までもが義務付けられているのです。

また、研究や自己研修については、他の業種でも当然行っているが、それを計上してくるのは医師だけというニュアンスで書いていますが、これも専門医や認定医、産業医、精神保健指定医、研修指導医など、特定の資格が病院側から求められるものも多く、単なる自己のスキルアップや個々の資格のためではありません。例えば、臨床研修指導医の研修なども3日間缶詰状態の研修なのですが、これを受けておかなければ臨床研修施設の認定を受けられないのです。

更に、医師の場合は緊急の呼び出し、それらに備えた待機というものが他の職種に比べて多いのですが、おそらく待機という時間は、直接的な労働時間ではないので、調査の時間には入っていないと思います。

労働時間の解釈については、法務業の末席様が分かりやすく解説して下さっておりますので、私に付け加えることはありません。

こうやって反応するから、また向こうも挑発してくるのかも知れませんな、黙っていれ「ほ〜ら、事実を突きつけられたから黙っちゃった」と言われそうなので、最低限の反論というか、現状の報告をしました。
しかし、数日間更新がなかったのが、また始まりましたね。誰のため、何のために行っているのか?何がそこまでさせるのでしょうか?

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/03/s0327-2c.html

の資料見てて思ったんですけど、これ宿直の時間入っていないんじゃ・・・。

先進国では、宿直医が「当直」をするような野蛮な国は無いはず。

>No.121 ssd 様
>これ宿直の時間入っていないんじゃ・・・。

宿直・当直の勤務時間は、この調査統計資料に含まれています。
リンク引用された資料ページの「Q9-1. 1週間当りの勤務時間」の項目の数字を下に引用しました。太字にした部分が週の勤務時間が最大の人の数値で、男性で152.5時間、女性で141.6時間です。

Q9-1.  1週間当りの勤務時間(常勤のみ、「実際の始業・就業時間」より算出)

  全体 (4077人):63.3時間/週(±20.2)(最大152.5
  (無効回答601人)

  男性(3393人): 63.8時間/週(±20.2)(最大152.5
  女性 (634人): 60.6時間/週(±19.9)(最大141.6
  (性別不明 10人)

1週間は、24時間×7日=168時間 です。週の労働時間が152.5時間というのは、労働時間でない時間数が週に15.5時間(!)しか無い、ということを示しています。1日平均22時間を超える労働時間となりますので、当然調査回答には宿直・当直・夜勤を含めて報告されていると考えないと、ツジツマが合いません。

労務管理のギョーカイ用語で「セブンイレブン勤務」というのがあります。これは土日返上で毎日朝7時から夜11時まで16時間勤務の、超長時間労働の実態を揶揄した表現です。ですが「セブンイレブン勤務」でも週の総労働時間は112時間ですので、週152.5時間というのは「年中無休24時間勤務」に近いですね。人間扱いされていない「医療マシーン」として扱われている、このようにしか言い表しようがありません。

ああ、なるほど。

ただ気になるのが、当直の時間をちゃんと全員が入れて回答しているのかが疑問があります。

私はそんなに働いていない自覚があります(w。
が、それでも正味の労働時間を計算すると週に61時間の労働になっています。
労働密度はかなり濃いですが、放射線科医でベッドフリーだし、オンコールがないし、宿直は労基に準じた清く正しい管理宿直。
「待ち」も多いので、外科医や麻酔科医をやっていた頃に比べれば、全然「楽」と表現させていただいています。

平均の勤務医の労働時間の「平均」が63時間などというのは信じられません。
その100何十時間と書いてある先生はもちろん当直も入れたのでしょうが、入れていない先生も多かったのではないでしょうか。
あるいは、週に一回ではなくて、月に二回当直が当たるような施設なら、調査期間が当直のない週に当たれば反映されません。

しかし、オンコールの「回数/週」に
平然と7回とか書いてある回答が、36%・・・。

「中傷にはスルーが原則」は今は昔のお話」

なんか泣きがはいってらっしゃいますけど?
お相手してさしあげる方はいらっしゃらないのですかしら?

>No.123 ssd 様
>当直の時間をちゃんと全員が入れて回答しているのかが疑問があります。

このような統計調査のデータを見るとき、まず調査対象のサンプリングの状況と、回収の比率などを確認します。

引用資料冒頭の「2.調査参加施設 実施状況 (1)病院」によれば、事務局発送数は15,282、院内配布概数は11,616、事務局回収数は6,650、となっています。すなわち事務局発送数を分母とする回収率は43.5%と半分以下です。

次に「 Q6.役職(複数回答)(有効回答6321人、不明・無効回答419人)」のデータを見ます。
  初期臨床研修医:5.9%
  管理職(医長以上):39.2%
  管理職以外のスタッフ医師:38.7%
  研究員:2.2%
  大学院生:4.3%
  その他:10.1%

注目すべきなのは2行目の管理職(医長以上)39.2%と、3行目の管理職以外のスタッフ医師 38.7%のデータです。管理職でないヒラの医師の方が僅かですが回収数が少ないことを示しています。一般に管理職とヒラの人数が同等という労務組織は稀ですので、管理職の回収率が高く、ヒラの若手医師の回収率がかなり低かった、と推定できます。

その他「Q1-Q3. 属性等」での年齢別の回収数のデータなども参考にすると、この調査での調査票回収率は、医師の階層ごとに次のような片寄りの傾向があるように推定できます。
(1)調査票発送は一応満遍なく、全階層に向けて行なわれた。
(2)調査票回収は管理職や高年齢医師の回収率が高く、若手医師で低い。
(3)回収率の高い階層は労働時間が比較的短く、
 回収率の低い若手医師は労働時間が長いと推定される。
(4)結果として集計されたデータの平均値は、
 若手勤務医師の現場実感より労働時間が短めに出ていると推定される。
(5)医療の最前線を担っている30歳台の若手医師の実感より、
 統計データ平均値は1〜2割程度、労働時間が少なめに出ている可能性が高い。

統計調査の資料を基に立論される場合、項目別に集計された一部のデータ数字だけを取り出して材料とすると、全体の現場実態とは異なった結論に導かれることがあります。単に週労働時間の平均時間数や、オンコールの回数などのデータ数値だけに目を向けず、データ数値のバックグラウンドとしてのサンプルの片寄りや回収の片寄りなど、統計資料全体の数値を良く精査して、統計的片寄りの程度を考慮して資料分析するスキルが必要です。

都合の良いデータ数字だけピックアップするような、統計数値の摘み食い的な資料引用に立脚して、ズレた立論に導く自称専門家も多いのは事実であり残念なことです。統計数値データを散りばめたレポートを読む場合には、読み手に「統計数字のマジック」を見抜く能力がないと、もっともらしいトリック理論に丸め込まれてしまう可能性があります。もちろんこれは一般論としての話ですが…。


>データ数値のバックグラウンドとしてのサンプルの片寄りや回収の片寄りなど、統計資料全体の数値を良く精査して、統計的片寄りの程度を考慮して資料分析するスキルが必要です。

議事録の方見てみると、まだマシな議論ですよね。

こっちの資料の方が元データは同じでもカラフルです。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/03/s0327-2d.html

厚生労働科学研究成果データベースの方を見ても元論文が出て来ない。

しかし、医師需給検討会は、いくらいい議論があっても、最後に出した答申はお手盛りで、自治体病院の親玉である小山田先生がブチ切れ、「転向」したという経緯があります。
それも二年前の事件であって、本当に周回遅れだなあと思う医療崩壊マニアの私。

橋下知事裁判はどうなったの?

無駄な議論よりストライキなどわかりやすい
行動に出たらどうでしょう、医師の皆さん。
これがすべての解決に一番近道であり、
国民にも行政にも司法にもわかりやすいです。
堂々巡りの議論はもうやめましょう。
ただの議論好きにしか見えません。

もともと医者は議論好きなんですよ。
法曹の先生にとっての議論は、業務の本態かもしれませんが、医者にとっての議論は半分趣味です(半分は仕事)。

そして行動は、「逃散」という形で現れているのが現状です。
わかりにくいですが。

逃散って何?
お医者さんがどうなるの?

以下を見ると医療関係者に同情します。

最近放送したものの中から、特に反響の大きかった、『大野病院妊婦死亡事件
 メディアの功罪』と、『認知証高齢者つめはがし事件』の2作品を、特別に、
期間限定(7月2日水曜日から9月30日火曜日まで)で、インターネット動画配信中

http://www.iryoufukushi.com

インターネット動画配信(医療福祉eチャンネル)トップページ
http://www.ch774.com

全盲の患者を公園に放置した事件がありました。
放置した職員は保護責任者遺棄容疑で事情聴取を受けたとか。
入院費の支払いをしない患者に対してまで、病院は保護者としての責任を問われてしまう。

この事件にはいろいろ考えるべき点はありますが、少なくともストライキは無理という事で。

>草原のさらみちゃん さん

「逃散」は、品の良い言葉に翻訳すると「立ち去り型サボタージュ」です。

意味はほぼ同じですが、前者は日本史、後者はフランス史を語源にしています。

本題ではありませんが。

「ドイツ」「ストライキ」という語に触れて、初めてドイツの医師がストライキという武器を持ち、適宜実行していることを知りました。
日本での大手メディア報道をほとんど見かけた記憶がないのですが、気のせいでしょうか。いろいろ想像してしまいます。

http://zainomusou.blogspot.com/2007/04/blog-post_7731.html
http://softmachine.blog43.fc2.com/blog-entry-99.html

問題の所在自体は共通する部分もあるようで、ドイツを紹介してくださった小倉先生に感謝です。
韓国やニュージーランドでも、医師のストが行われたことがあるようですね。目から鱗でした。

とはいえ、デモやストに縁遠い日本では、理解が得られる気がまったくしませんね(やる側も含めて)。

ちなみに、同じ医師ストライキでもインドとなると、断食つきなんですね……。
http://indonews.jp/2008/05/post-388.html

なんと言うか、さすがです。

脱線ついでに。
海外のデータで、ストライキすると死亡率が下がると言う話があるようです。
ストくらい認めてもいいと思うんですけどねぇ。

それ、単に余所に行っただけの数字のお遊びってのが、どっかの雑誌のLetterに載ってましたよ。

「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」に対する意見
                     井上 清成(弁護士)
1 第3次試案や第2次試案と同一
 第3次試案と第2次試案は、表現こそ変化しているが、その内容において同一である。既にそれぞれの試案に対する意見として提出しているとおり、賛同しえない。この大綱案も第3次試案の法案化に過ぎず、法技術的にいくつかの修正を加えただけのものである。よって、この大綱案に対しても、賛同しえない。
http://ameblo.jp/kempou38/entry-10112692104.html

上記意見に賛成です。

小倉先生が、新しいエントリーで医師は法的に免責になれば、患者が不幸になるのを省みずに、楽をする可能性がある、と述べています。

法曹の方に御訊きしたいのですが、名誉毀損で訴えることができるのでしょうか。誰に対する名誉を毀損したのかわからないからできないということになるのでしょうか。

どんな職業だって全員がいい人ではない。とはいえ、度をこした発言だと思います。

No.138 少し疑問 さま

毎日新聞の "waiwai" 問題でも論点になるところですが、特定の個人ないし限られた集団ではなく、「医師」、「日本人の中学生の母親」、「関西人」のように該当する人数が多い集団・層を誹謗中傷しても、民事責任、刑事責任のいずれも認められる可能性はまずないとされています。
そのエントリーを根拠に「医師全体への誹謗中傷だ!」と集団訴訟を起こすのは無理筋と思われます。


なお、不思議なことに、小倉先生の認識はこういうものであり、むしろご自身が一貫して被害者であると位置づけられているようです。
# 同じ日に書き込まれたコメントです。念のため。

ttp://d.hatena.ne.jp/NOV1975/20080703/p3#c1215172461

罵倒という言葉をどのような意味合いで使っているのかは分からないのですが,少なくとも私は「罵倒」と一般に評価される言葉遣いってしていないのですけどね。

匿名さんが加える誹謗中傷,個人攻撃,人格攻撃,しょうもない揚げ足取り,皮肉,嫌み,当てこすり,デマ等は,祟りとでも思って全て堪え忍べというのは,ある種,匿名さんを神様扱いせよというお話ですね。矢部先生のブログのコメント欄や,一部の医療系ブログのエントリー又はコメント欄で加えられている私に対する攻撃というのは,現実社会で加えられれば一悶着起こっても不思議ではない類のものですから。

小倉さんは自らの身を以て実名のリスクと実名ブロガーの陥りやすい問題を示してくれているのですよね。これだけ見せつけられると、臆病な私はとても実名ブログなど開けません。

実名を出して匿名と戦う姿勢を取ってしまったからには、やはり自分の間違いを一片たりとも認めることは出来ないものなのか。

・自分を受け入れずに拒絶したモトケンブログは自分の敵だ。
・自分の敵であるのだから、当然全面的な免責を求める医療系ブロガーの集まりだ。
・敵が言うことは全て言いがかりで自分に対する中傷だ。
・実名の個人で他のブログを批判することは正当だが、匿名の集団で1人を批判するのは悪だ。
・こちらがスルーしていれば(え?)いつまでも中傷を続けて、なんというしつこい連中だ。
・これだから匿名の集団は…

ず〜っとこんな感じなんですよね。はぁ…

それはさておき、労働時間も重要な問題ですよね。やはり超過労働が常態化しているのも現実ですし。そこを否定する人は誰もいないと思います。どんどん対策を考えて実行に移しましょう。でも、なんで医療過誤の免責を一緒にしてしまおうとするのかな。それは労働時間だけの問題として考えられる事じゃ無いのは誰の目にも明らかじゃないの?

良いことも言うのに、蛇足を書きすぎるんだよなぁ、この先生…

小倉さんは、もうこの辺でいいんではないでしょうか?
医療訴訟問題はロハス・メディカルからも
医師への批判も出ています。
しかし、傾聴に値する内容なので謙虚に考えるべきと思います。

 小倉先生の独自の見解はトピずれですから、スルー放置でよろしいかと思います。トピックに名を借りた「匿名攻撃」or「医師叩き」というバイアスが強すぎるからです。

fuka_fukaさま

きっとそうなのでしょうね。
ご教示をありがとうございました。

法律家がそれをわかってああいう中傷を書くのは
品がない、貧相な行為だとは思います。

>法律家がそれをわかってああいう中傷を書くのは
>品がない、貧相な行為だとは思います。

それ以上に、実名で書いているなら、仕事にも差し障りの出るレベルだと思うのですが、誰も止めないのでしょうか。

ここまでいうとアレなんですけど、最近は、正直、カウンセリングくらいは受けさせないと実は、メンタル的にやばいんじゃないかと思っています。
これは中傷が目的なんじゃなくて、老婆心です。

 医師の先生方の超過勤務の改善は至上命題だと思います。前日通常勤務(サービス残業付き),そのまま宿直勤務(救急外来で一睡もできず),翌日も通常勤務(サービス残業付き),40時間一睡もしないで連続勤務の末,帰宅して爆睡…。
 こういう公立病院の実態を見るにつき,そう思います。特に,帰宅して爆睡中,小児外来から緊急コールがあって駆け付けることもしばしば(結局3日間で延べ睡眠時間が4時間)。
 医者の不養生は,こういう現実から生まれていると思います。「俺がこの子の命を救ってやる」と真っ赤な寝不足な目で自宅から駆けつけた直後に小児心臓外科救急オペに向かう先生の姿に最敬礼しました。

ふと、思う。
清高ブログの橋下裁判関連のくだりは、訴訟上の攻撃防御上の配慮からではなく、単にさらみを釣る為だけに用意していたのではないかと?

>No.145 ハスカップ さん

勘弁してくださいよ〜
自分の子供だったら、そんな寝不足な医師はいやだ〜〜〜
事故ったらその先生の自己満足も終わりじゃないですか?

後ろから羽交い絞めにしても手術室に行かせるべきでは
ありませんよ、それが愛です。
医師のナルシスト禁止!!!

>No.147 愛 さん

 立場上、詳しく書けませんけど、某先生の緊急オペで一つの命が救われました。小児心臓外科オペをできたお医者様は、他に半径150km以内に1もいらっしゃいませんでした。2時間以内に手術しないと90%以内の確率で生後間もない赤ちゃんは確実に死亡していました。この場合、羽交い絞めしていたら、私が不作為を作為で強要した殺人罪だったかも。
 これが地方の公立病院の修羅場という現実です。ちなみにドクターヘリを飛ばしても、2時間以内に某地方中核大病院で手術できたかどうかはわかりません。一刻を争う事態だったようです。

147さんへ
そんな医者以外いないところが多いのですから、医師の使命感をナルシストと呼ぶのはいいけれど、それを否定すればきっと医者はいなくなります。

>No.147 愛 さん
>No.149 少し疑問 さん

 その後、その献身的な某先生は体を壊し、医師そのものを辞められてしまい、某地域では半径200km以内に小児心臓外科のオペができる先生が1人もいなくなりました。まだ、医療崩壊が始まる前で、小児科や産婦人科が公立病院でも担当医不足から診療困難が始まったころでした。
 もし医師の先生がナルシストやヒロイックだけで仕事をしていたら、過労から体を壊して医師そのものを辞めることはなかったでしょう。ナルシストは自分を最後には一番大事にするものですから。

ハスカップさんへ
ありがとうございます。

小児心臓外科医は本当に少ないですよね。
そして後継者が育ちにくい。
かなり有名な病院でもうまい先生が一人いるからやれているというだけで、その先生が辞めたらおしまい。
こういうことは普通の人には知られてないですよね。
足りないのは一般医ではないぞ〜キャンペーンを誰かやらなきゃかな?

>小児心臓外科医は本当に少ないですよね。
>そして後継者が育ちにくい。

医療が高度化しても,この分野は一種の「芸術」です.
よい師匠に素質のある弟子がついて初めて,その技術の伝承が成されます.需要は限られていますから,それほど量産する必要はありませんが,きっちり伝承が成されるためにはある程度の師匠数が必要です.
絶妙なバランスがなければ,伝承は途絶え一からの積み直しが,始まることになるでしょう.
そして,小児心臓外科医が腕を振るえるためには,有能な小児心臓麻酔科医やICUスタッフが必要です.某国立○○センターみたいにICUスタッフがいなくなれば現実的には立ち行かなくなります.

 私は立場上詳しくいえませんが、医者の頭数や勤務時間それに年収月収の統計だけで、あれこれ攻撃する弁護士に怒りすら覚えます(これでも必死に抑えています)。
 No.153 Level3さんの指摘するとおり、診療(専門)科目ごとに育成や必要人員それにICUや専門性の高い麻酔科医によるチーム医療まで考慮すると、さらに医療サービスの全国標準化までいけば、もはや門外漢が単純理論であれこれ言得るほど医療問題は単純ではなくなっています。
 ぶっちゃけ、弁護士のプロボノ活動と同じように、私利私欲を超えた使命感が地方の救命救急医療等を支えているのです。目の前の瀕死の患者を前にして、勤務時間がどうのこうの言っている医師は見たことがありませんし、診療報酬がどうのこうの言っている医師も聞いたことがありません。自分の睡眠不足のリスクすら度外視(リスク覚悟)で救命救急医療に従事されています。
 おそらく医師叩きが得意な弁護士は、こういう地方医療の現状をご存じない都市型病院(近隣にも大病院が幾つかある都内のようなところ)だけを念頭に議論というか攻撃をしているだけはないかと思います。

 小児科や心臓外科それに産科は専門外なので言及は避けますが、一般の夜間救急外来も地方都市では似たようなものです。
 脳障害(蜘蛛膜下血腫〜硬膜下血腫〜脳梗塞etc)が疑われる患者さんが救急車で運ばれたとき(これが結構多い)、脳外担当医と携帯電話ですら連絡が取れなくても、たとえ内科医でも救急救命措置をとると思います。
 もちろん、専門医が常駐したICU完備の病院へ転送できれば、それにこしたことはありませんが、そんな「贅沢な処置」が物理的にできない地方の救急指定病院(JRの特急が停まらない駅の市町村に多い)だってワンサカあります。
 そこでは、自分のメディカルリスクやリーガルリスクを覚悟して、それでも何とかクランケ(死語)を救おうと走り回る地方医療を支える若手医師の使命感(たいてい自治医大のお礼奉公中)がたよりです。この国は人の命を救うリソース格差が都市部と地方では大き過ぎます。
 それを無視ないし看過(事実誤認)したO弁護士の比ゆ例え(?)なんて、検討するに値しないと思いますが(医師が患者から殺害された例はないという程度の調査能力しかない方ですし)、実際、地方のこういう現状に疲弊して勤務医を撤退して開業医へ逃避するのも無理ないと思います。
 もちろん勧められたことではありませんが、医師にも人間個人としての生活がありますし、家族を養う義務や父親としての家庭での義務を考えれば、過酷な勤務から撤退するのも人情として無理ないと思います。

心臓外科医は産婦人科医,救急医と並び,リスクの中で働いている稀有かつ貴重な方々です.
沼地さまが述べているように,本物の心臓外科医を育てることは非常に難しいものです.
ここで成人,小児ともに凄腕の心臓外科医は首都圏にいる訳ではありません.極僅かに条件を満たした一部の施設でマスコミに出る事もなく難しい手術をこなしています.
真の心臓外科医は冠動脈吻合に長けているだけでなく,心臓内部の修復が出来るレベルで一人前です.
しかし,今の状況では次世代の外科医を国内で育てることは無理かもしれません.
また,患者搬入から1時間以内に緊急手術を組めるスタッフが揃っている施設が全国で幾つあることか.
もう一つ特筆すべきことは,地方の病院では諸外国より手術件数が少ないにも関わらず,術後の献身的な管理のお陰で死亡率は同等もしくは優れていること.
これらは全て自己犠牲で賄っていたところであり,今後は維持出来ないと思います.
凄腕の外科医と仕事をしてきたので,救命手術では最後は我々に任せてくれなんて患者・家族に話して来ましたが,もう無理かもしれないですね.

実は数年前に厚労省は、手術数の少ない施設の診療報酬を下げるという政策をぶち挙げたことがありました。

1年で撤回したのですが、これは撤回したことの方が間違いでした。
もしあれで病院の集約化が進めば、まだ外科が救えたのです。
しかし、泥をかぶるのが嫌な官僚は文句を言われてすぐに変節しました。

>No.148 ハスカップ さん
エントリの主題に沿って、ひとつの思考実験です。
ご紹介いただいた事例で仮にオペレーションが不幸な結果に終わり、当該乳児を救命できなかったケースを想定してみます。
その状況下で警察なり検察なりが、過労状態のまま緊急手術に踏み切ったことで乳児を「死亡させた」として「業務上過失致死」に当たるとして医師を刑事訴追したとしたら。
小児医療の「業界」はやはり「崩壊」への道を辿ることになったのではなかろうかという気がします。

>No.158 惰眠 さん

 その場合は、緊急避難で違法性が阻却されるかと思います。もちろん、某先生が睡眠不足で手術しなかったら、他に救命救急ができない(医師及び施設がなくヘリ転送していても死亡必須)確実に幼児が死亡していた(心臓中隔欠損症と左心房肥大と肺動脈静脈奇形癒着)という事案ですが。
 日本医師会の顧問弁護士団なら、そのような法解釈をして有能な弁護士を派遣してくれると期待しています。

すみません、言葉足らずでした。
先のコメントは、実は大野病院事例を念頭に、「普通であれば当然違法性が阻却される状況と思量されるにも拘らず、それでもなお刑事訴追されるとしたならば」という意味です。

日本医師会の顧問弁護士団なら、そのような法解釈をして有能な弁護士を派遣してくれると期待しています。
でも検察と、何よりも裁判所判事がそのような解釈をしてくれないと、刑事告訴はされるわ有罪判決は受けるわという結果になってしまうわけで・・・。

No.160 惰眠 さん

>普通であれば当然違法性が阻却される状況と思量される

 この事実を医師弁護士集団が証拠化して、起訴前弁護(捜査段階の弁護)で、検察庁に証拠提出して、不起訴処分にもっていくこととなります。検察官や裁判官へ医師並みの判断能力を求めるよりも、弁護側が医的判断にしたがった証拠化を図り、これを検察庁に提出して正しい刑事処分(起訴・不起訴)を求めるという刑事法制度になっています。
 なお、警察には全件送致主義が定められており、明らかに嫌疑不十分や嫌疑なしでも、検察庁に送致(告訴告発なら「送付」)する義務があるので、告訴告発や送致送付を非難批判しても意味がないと思います。警察官は「俺たちは刑訴法の定めるとおり送検しているのに、法の無理解で批判されるのはおかしい」とよくぼやいています。

送検に至るまではおっしゃるとおりかと思います。

しかし例えば大野事件の事例に見られるように、医療側からすれば「当然、違法性は阻却される」と認識されているような事象が起訴に至ってしまっている現実があるわけですから・・・。
これを「起訴前弁護」の機能不全と見ることも可能であろうとは思いますし、またこうした取り組みが巧くシステムとして機能するようになれば現状よりは事態は好転するようには思います。でも、実際はそうじゃあないわけですよね。

なお私は法曹でもなければ医業従事者でもありませんので、単に「上手い着地点」が見つかることを、ある意味無責任に祈るばかりなのであります。

No.162 惰眠 さん

 最終的に無罪になっても起訴そのものがリーガルイシューとして過重な負担となります。マスコミは起訴段階で罵声を浴びせるかのような報道をします(後に無罪でも)。そこで検察庁も起訴そのものが社会的影響が強いことを意識して、確か正式裁判の公判請求は、40%前後しかないはずです。
 ご指摘の危惧は医療関係者に共通しているかと思います。起訴不起訴を決める権限は検察官(検察庁)にあるのですから、「起訴前弁護」の段階で、「起訴したら医学的に非常識」「当時の医学レベルでは注意義務はない」「当時の医学水準としては注意義務は尽くした」という証拠を採取して検察庁に提出して、証拠レベルで攻撃防御を尽くすのが妥当です。要するに医学的証拠(それを素人にも分かりやすく噛み砕いたもの)で検察官を説得するわけです。
 古い記憶ですが、新潟地検でも、青森地検でも、最近は旭川地検でも、医療事故が、起訴猶予ないし嫌疑不十分で結構不起訴になっていますよ。
 ただ起訴された事件ほどには報道されないので、あるいは切手大のベタ記事が多いので、知らない方も多いかと思います。

おじゃまします。

小倉弁護士のブログとともに、ときどき傍観していただけなのですが、(小倉弁護士も)ダラダラと続いてしまっているので、以下を確認させてください。小倉弁護士は、「ドイツは先進国に含まれるか。」というエントリで、ドイツで違法性が阻却される条件として以下を挙げられています。

1. 当該治療が医学的に適応とされている。
2. 患者からインフォームドコンセントを得ている
3. 当該治療が医学的規則に従っている
4. 当該医療行為が倫理規範及び規則に反していない

実際、ここのエントリの最初の方のコメントには「過失(ヒューマンエラー)」も免責せよというニュアンスがあったと思いますが、この4条件を見る限り過失は含まれません。一方、最近のコメントではこれらの条件(あくまで正当な治療行為)のみが免責の条件なのだと主張されているように見えます。実際のところ、皆さまの主張は、どの位置にあるのでしょうか。

もし、免責範囲を過失にまで広げるということであれば、私個人は受け入れかねます。トラックの運転手が働きすぎであろうとも、それによって過失を免責してあげよう、という話を受け入れないのと同じです。むしろ、過失が起きないよう働き手を増やす、あるいは報酬などの待遇を改善する、という方向での主張がなされるべきです。

一方、上記のとおりドイツと同じ程度の条件が主張されているだけなのであれば、当然のごとく受け入れるべきものと思います。大野病院について詳細は知らないのですが、正当な治療行為であるならば、それを主張することで無罪を勝ち取るように活動すべきであるとも考えます。私は、小倉弁護士がこの点を挙げているにもかかわらず「きっと、その先まで免責を広げようとするに違いない」などと言われていることに疑問を感じているのですが、実際の皆さまのご意見を伺いたく存じます。

この4条件が必要十分なのであり、それ以上に拡大する懸念はない、と皆さまが明言されれば、不毛な論争に終止符が打てるのではないかと思っています。

>mohno さん

 あなたの

http://domainfan.com/CS/blogs/mohno/archive/2008/07/10/1962.aspx

について釈明しておきます。

 私のブログではコメントの承認制はとっておりません。
 原則として自動承認自動公開です。

 しかし、ブログシステム組み込みのアンチスパムを作動させています。
 どのような仕組みになっているのかはわかりませんが、ときどきスパムコメントでないコメントもシステムがスパムと判断しますとスパム扱いとなって非公開処理されます。
 できる限り1日1回はスパムフォルダをチェックするようにしていますが、2〜3日チェックをできないか失念するときがあります。

 なぜかわかりませんが、mohno さんのコメントはスパムチェックにひっかかっており私がそれに気づくのが遅れた結果、公開されるのが遅くなりました。

 コメント公開が遅れたことはお詫びいたしますが、mohno さんの上記エントリは前提を誤っていることは指摘させていただきます。

 あなたがドイツ刑法の違法性阻却事由に掲げた要件は,医師が故意行為として患者にメスを入れて傷害罪の構成要件に形式的に該当しても犯罪とならない(違法性が阻却される)一般要件として承認されたものです。
 日本でも故意犯罪に関する「治療行為」の違法性阻却事由の要件として議論されているもので,大差はないと思います(團藤,大塚,大谷,前田…各刑法学者の刑法総論参照)。
 過失については,これとは別に,
(1) 一般的予見可能性
(2) 予見義務(具体的予見可能性)
(3) 一般的回避可能性
(4) 回避義務(具体的回避可能性)
という要件で論じられるべきものです。
 なお,ヒューマンエラーという概念は,人間工学・安全工学上の概念で,民事法や刑事法の過失概念を超えた大きな概念ですので,過失=ヒューマンエラーと読める記載は避けた方がよろしいかと思います。
 たとえば,刑法でも違法性が阻却される「許された危険」や「信頼の原則」は,安全工学では立派な「ヒューマンエラー」として扱われます。

モトケンさん、コメントありがとうございます。

そうでしたか、コメントを投稿したら承認をお待ちくださいと表示され、気がついたら他の方のコメントだけが承認されていて、かつ、これが2回続いたので、てっきり意図的に承認されないものと思っておりました。リンク先については、追記で撤回いたしました。

ハスカップさん、ヒューマンエラーという用語は避けるようにします。先に挙げたトラック運転手の例でいえば、その場合に業務上過失致死傷に問われる程度の過失であれば、医療に関しても過失の責任を問うことは問題ないが、運転手が責任を問われない程度の過失(予見不能かつ回避不能な場合など)については医療でも免責せよ、という程度の意味であると考えてよろしいでしょうか。もちろん、後者であれば、当然のことであると思います。

別のエントリだったと思いますが、何百回も同じことを繰り返していたら、うっかり間違えることもあるとか、訴訟そのものが負担になるのだというコメントを見かけたように思います。当然ながら、運転手はどれだけ運転しても、たまに間違えることが免責されませんし、裁判が負担になることを理由に誰かの責任を免除しようという考えは、普通しません。そういうことが主張されているわけではないのであれば、問題はないのではないかと思います。

では、おじゃましました。

残念ながら現在では合併症までもがヒューマンエラーとして医療ミスとして報道、ひどければ逮捕される時代です。こうした意味で、過失と言われているものの一部は、医学的には過失ではないので免責すべきだと私は考えております。
これらの合併症(カテーテルを行って血管を貫通して出血したとか、そういうのも含みます)は偶発的に起きたわけであり、ドイツなどの国では過失として捉えることはあまり無いのではないでしょうか?アメリカにおいては英語でははっきりとcomplicationと記述されており、合併症(ヒューマンエラーも含む)については免責されているはずです。但し、向こうは民事においてとんでもなく請求されるし、過失の有無は問われなかったと思います。故に医師の給料は高いし、保険料も莫大です。日本では薄給な医師が多いのでまあ、アメリカのようには行かないでしょう。

但し医師が考える本当の過失(患部取り違え、患者取り違え、簡単な作業の上でやるべき確認を怠った、救急現場以外で投薬量を間違えたなど)は、当時の医師の労働環境や教育水準を考えた上で適当とするのは必要なのではないかと思います。
例えば、(医師が過労を訴えているにもかかわらず)不眠なのに労働したため投薬量を間違えたとか、作業手順を誤ったとかは、心情的には許してあげたいのですが、司法的判断はどうなるのでしょうか?もしこれで犯罪者となるのであれば医師のなり手はいなくなるでしょう。いくら明らかな過失であっても、こうした社会的背景も考慮しなければならないと個人的には思います。
その上でヒューマンエラーをなくすように努力すべきなのでしょうね。

過失の定義がはっきりしないのがそもそもの原因だと思います。だから人によって過失だったり過失じゃなかったりするのですよね。また、明らかな過誤でもないのに医療ミスという言葉がマスコミで使われています。これは誤解を生む表現ですよね。環境が整備された上での医療過誤については罰則は仕方がないというのが今の医療業界の大方の意見ではないでしょうか?

>ドイツなどの国では過失として捉えることはあまり無いのではないでしょうか?

岡嶋先生のHPでははっきりと、

「ドイツでは失敗は罰せられない、しかし医学の基本能力に欠陥があると認められれば罰せられる」

全く別の評価軸で裁かれていると明記されていますね。

例えば、(医師が過労を訴えているにもかかわらず)不眠なのに労働したため投薬量を間違えたとか、作業手順を誤ったとかは、心情的には許してあげたいのですが、司法的判断はどうなるのでしょうか?もしこれで犯罪者となるのであれば医師のなり手はいなくなるでしょう

「情状要件」にはなりえると思いますが、これらを「免責要件」にすることは出来ないでしょうし、もしそれを主張なさる方があれば、私は反対します。

たとえば、観光バス事業者やダンプ輸送の業界などでは過労運転が常態化している(単価が安すぎるので数でこなすしかないため)との話があります。そして現実に死亡事故も起こっていますが、過重な労働環境化にあったことをもって事故を引き起こしたことの責任を免れるとするのは、無理があると感じます。(車の場合は、過労運転自体が交通違反なんですけども)

労働環境の改善を焦眉の問題として急ぎ解決しなければ(その方策には種々議論もありましょうが)ならないことと、過労を原因とした過失(の容認)とは、切り分け別物として取り扱うべきことと考えます。

ドイツでも失敗は過失致死傷罪の対象になるのではないかと思います。

同事故の技術的原因が車輪強度の欠陥にあることは比較的早い段階から解明されていた。しかし誰がそれに対して刑事責任を負うのかが問題となり、検察は結局DBの中央局の車両検査部長と技術者及び製造メーカーの技術者を過失致死罪で起訴した。そして2002年8月28日にLG Lüneburgの第1刑事部で裁判が開始されたが、予見可能性等が問題となり、結局、罪責は立証できないとして、2003年4月28日に、秩序違反法上の1万ユーロの違反金(Geldbuße)の支払を条件に手続が打ち切られた。
http://iuscrim.exblog.jp/1600543


ちなみに言えば、

医療過誤事件については、患者が民事賠償請求に留まらず、医師を刑事告訴し、傷害事件として捜査が行われる事例も決して希ではない。
医療過誤に関連する刑事告訴は、毎年2,500件近くなされている。そのうち90%は公訴保留となるが、1%は立件され公訴されている。

http://www.sj-ri.co.jp/issue/quarterly/q21_2.html

年間25件が刑事事件として訴追されるのであれば、日本と比較しても数が多いと言えます。しかし、訴訟制度が異なるので、単純に比較できるわけもないですね。

(医師が過労を訴えているにもかかわらず)不眠なのに労働したため投薬量を間違えたとか、作業手順を誤ったとかは投薬量を間違えたとか、作業手順を誤ったとかは、…

既に惰眠様がレスされてますが、情状酌量として刑事責任を減ずる、すなわち「減責」はされるかもしれませんが、一切の背金を免除する「免責」は一般論として有り得ないですね。

ただし労働法令の面から例外として免責と成り得る可能性が一つだけあります。それは太字化した「不眠なのに労働した」ことが、労働基準法第5条に規定される「暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意志に反して労働を強制」することによって、労働者が不眠不休の奴隷労働に従事させられて不眠による過労となり、その結果正常な注意力を失ったことが明らかな場合でしょう。

あ、何だ、そんな「強制的労働」なら全ての勤務医が当てはまるじゃないか、と早合点しないで下さい。単に、退職を言い出すと苛められるとか、長時間の労働が当たり前という職場の雰囲気だから休めないとかの事例は、この労基法第5条に該当しません。この職場は過酷だから辞めます、今日は体調が悪いから早上がりして帰ります、こうしたことが暴力的手段によって阻止される職場でなければ、就業は「労働者の自由意志による」と判断され、強制労働となりません。すなわち裁判所の判断基準を簡単に表現すれば、そんな職場から逃散しない労働者にも過失の責任がある、となってしまいます。

この労基法第5条違反の具体例としては、住み込みの職場からの外出に際して監視を付け、更に就寝時に衣類を取り上げて逃亡を困難にしていた、共栄亭事件(昭和25年5月29日、水戸地裁判決)など、数えるほどしか判例はありません。私の知る限り労基法5条違反での事例は、そのほとんどが昭和20年代半ばまでの検挙例で、最後の判例が昭和40年12月14日の下関地裁判決(カフェハリウッド事件)です。

 医療行為は、千差万別の個体に対する実験的要素が強いのですから、過失行為であっても「許された危険」の法理で違法性の減免(予見義務や回避義務の軽減という構成要件要素への取り込み)を考察してもいい時期だと思います。
 また救急医療は,「緊急行為(正当防衛と緊急避難を包摂する概念)」の法理で違法性の減免を検討する時期に来ていると思います。
 例:「俺が手術して死ぬかもしれない。しかし,このままだとこの子は2時間後に確実に死ぬ。ドクターヘリで搬送しても搬送先に届く前に息を引き取る。ならば俺が泥をかぶるからわずかな生存の可能性にかけよう。いや,俺がこの赤ん坊の命を救ってやる!」(゚Д゚)マヂデス

皆様、コメントありがとうございます。

医学的に過失でないものが、ほぼ先の4条件という意味であれば、おっしゃるとおりだと思います。私は、もともとマスコミのディア・リテラシーをそれほど信用していません。まったく異なる例をあげるなら、一時は時代の寵児ともてはやしたライブドア/堀江元社長の手腕を、あるときから突然誹謗中傷するという豹変ぶりに呆れています。さらに飛躍すると、こうした点(世間の豹変)については、たまたま磯崎氏が興味深いエントリを書かれています。→ http://www.tez.com/blog/archives/001198.html 。ましてや、メディアが騒ぐから逮捕などという状況は、極めて嘆かわしいことです。

その意味で、医学界でおおむね妥当と思われる治療方法を取ったにもかかわらず(成功率が100%でないにせよ)、かつ“過失”がなかったにも関わらず、結果だけで判断されて刑事罰を科せられるのだとしたら、それは問題です。業界の崩壊という以前に、患者に対して「何もしないこと」が優先されてしまうように思います。大野病院の件は、正当な治療であるならば、それを主張し続けて無罪を勝ち取るしかないと思います。

一方、先に書いたとおり、待遇や労働条件をもって過失まで免責することには反対です。そもそも、過失が免責されることで、“安心”して治療できるというものなのでしょうか。以前にターミナルケアに関する書籍を読んだことがあるのですが、「わかっていても慣れるものではない」というような話が書かれていたように記憶しています。最近も薬局での取り違えがニュースになっていましたが、本人が「過失」と認識できるようなことで問題が起きたとしたら、それについてまで免責したくはないです。言い換えると、医者不足だからって「過失が免責されるから安心して医者になろう」という人が増えてほしくはないです。むしろ「ちゃんとした待遇(見返り)があるから責任を持って医者になろう」という人に増えてほしいと思います。現実の政策としても、前者で進められることは考えにくいです。補足すると、裁判所が医療のことなどわかるはずがないというのは、免責を進める理由になりません。裁判所に理解してもらえるように説明することこそ、(医師側の)弁護士の務めです。

むろん、「自分の代わりはいない、という状況において、より多くの患者を救うために過酷な労働条件を自ら甘んじて受け止めていた人が、たまたま起こした過失」というようなことであれば、惰眠さんのおっしゃる通り、十分に情状酌量の余地はあるでしょうし、実際そのように判断されるのではないでしょうか。完全に免責してしまうことは、それこそ過酷な労働環境を是認することになりかねないので、それもまた問題だと思いますし、過酷な労働を強いている責任者がいるなら、その管理責任は問われるでしょう。

他国との比較は、調査方法が同一でなければ誤差が無視できないものになることもあるので、どちら側に解釈するにしても割り引く必要はあるでしょうが、皆様のご意見も、ここからそう遠いようには思いません。いかがでしょうか。
(長文失礼しました)

「刑事罰は業界を崩壊させるのか」を考えるときに、医師とトラック運転手の比較は有用です。その際に「トラック運転手は刑事免責を求めないのに何故医師は刑事免責を求めるのか」と考えるのではなく、「何故トラック運転手は刑事免責を求めないのか」を考えたほうが良いかと思います。小倉弁護士によれば「彼らは賢いから」とのことですが、そのような印象論ではなく現実論で考えると答えは明白です。トラック運転手は「刑事罰が怖いなら辞めろ。代わりはいくらでもいる」と言われてしまう業界に居るから刑事免責を言い出さないと思われます。トラック運転手の場合は報酬、労働条件、リスク(刑罰リスクを含む)、潜在労働者(自分の代わりはどの程度居るか?)等を勘案して、「それなら働くよ」と考える人間が社会の需要を満たすだけ存在するから、業界崩壊とならないし、刑事免責も求めないのです。経済分野における需給バランスのようなものですね。

そうすると、医師に刑事免責などと言わせずに各診療科で社会の需要を満たす人員を確保する為には
・報酬
・労働条件
・刑罰以外のリスク(マスコミリスクなど)
・潜在労働者(医師絶対数)
・その他
の各因子を調節すれば何とかなりそうですが、どれも一筋縄ではいかないものばかりです。だから刑罰リスクの軽減も不足した分野の医師供給を増加させる因子のひとつとされるのでしょう。

今より刑罰リスクが高くても(限度がありますが)他の因子の緩和でカバーできれば従事者の供給は満たされるかもしれませんので、ある業種において刑事罰をどこまで認めるか、あるいは免責するかを学問的な過失論や諸外国を参考にして考えるのは必要ですが、それだけでは不十分です。過失への刑罰水準は社会全体の種々の因子によって落とし所が決定されるものであり、相対的なものであると自分の中で考えています(今のところ)。

>例えば、(医師が過労を訴えているにもかかわらず)不眠なのに労働したため 誤ったとかは、心情的には許してあげたいのですが、司法的判断はどうなるのでしょうか?もしこれで犯罪者となるのであれば医師のなり手はいなくなるでしょう

>「情状要件」にはなりえると思いますが、これらを「免責要件」にすることは出来ないでしょうし、もしそれを主張なさる方があれば、私は反対します。

詳細は知りませんが、医師法では、治療の申し出があった場合は医師はその申し出を断る事はできず、もし断ると罰せられると言う事だそうです。

 そうすると、過労で正常な治療をできない状況が明らかに存在していても、治療を断ると医師法違反で処罰されるからと治療して、その結果事故が起きた場合にも責任を問われるのは仕方のないことでしょうか。

 そういう場合でも医師の責任が問われると言うのは無茶すぎるのではないでしょうか。それでも責任を問うと言うのであれば、少なくとも限定条件付で治療拒否の権利を医師に認めることが必要だと思います(もっともも、そうなると過労を口実に治療拒否権を乱発する医師が生ずるでしょうが)。

>治療の申し出があった場合は医師はその申し出を断る事はできず、

断るのは簡単です。アルコールを入れてしまえばいいんですよ。同様に極度の疲労の状態で診療することはむしろ禁じられていると考えるべきです。

不眠で医療ミスなら訴えられて当たりでしょ。
不眠の医師の診察なら診療費も払う必要がないでしょう。
以上は市民の常識ではないでしょうか?
私はやむなく診療費は払いますがね。

No.178 一市民 さま

不眠で医療ミスなら訴えられて当たりでしょ。

私も、民事責任に関しては、当たり前だと思います。
そのような勤務状況を放置してきた病院の経営主体には、しかるべき金銭負担をしていただく必要があるでしょう。
医師個人を被告とするやり方には反対しますが。

刑事責任は別論です。
現行法とその解釈適用の実務を前提とする限り、「過労」による免責 (違法性or責任阻却) はやはり難しいと思います。
(過失の程度については、「信頼の原則」その他により、法改正なしでも緩和可能としても。)

ドライバーでも、体調不良の際には運転を差し控える義務があり、いくら業務命令だろうと人命を奪ってよい(奪う可能性の極めて高まった)業務はないわけで、「不合理な業務命令は拒否すべき」ということになるでしょう。
医師についても、やはりこの点は同じ理屈があてはまると思います。

外科医の先生方において、昔から、そういう「過労による居眠り運転」状態が常態化していた、その中で救われてきた命が多数ある、ということは理解しているつもりです。
が、過労によるとしか説明ができない致命的ミスがあり、それによって患者を死に致したならば、その過労は、病院に対する言い訳にはなっても、患者に対する言い訳としては認めてはいけないのだろうと思います。

>不眠の医師の診察なら診療費も払う必要がないで
>しょう。以上は市民の常識ではないでしょうか?

では,不眠のコックさんが作った料理は食べても料金は踏み倒してよいとでもおっしゃるのでしょうか?
当然,無銭飲食で逮捕されるでしょうね.
どうして医療だけは特別扱いされるのでしょうか?論理が破綻していると思いませんか?

どんな医療でも受けたら料金は払うのが「当然」でしょう.世の中の決まりです.研修医が行なった医療でも,教授が行なった医療でも料金は同じです.質は問われません.払わないのは「ヤ○ザ」と同じでしょう.お金を払わない患者は,即警察に通報ですね.

>不眠の医師の診察なら診療費も払う必要がないで
>しょう。以上は市民の常識ではないでしょうか?

不眠でボーッとしている医者の診察は受けたくない、というご意見と解釈いたしました。当然だと思います。
ただ、夜間の呼び出しや当直の翌日も普通に働いている身といたしましては、不眠とは言わないまでも、かなり寝不足のまま診療を行わざるを得ない状況ではあります。遊んでるわけではないんです。
こんな生活は我々もイヤですが、これを止めるには開業するか当直のない職場に移るかくらいしかないわけで、それで実際そういうことが各地でおきているので、勤務医不足になってるわけですよ。
でも、それを理由に刑事免責っていうのは何か違うんじゃないか、とは思います。自分としては、刑事免責よりも労働基準法の完全な遵守を、まず要求したいですねぇ(トピずれですね、すみません)。

最近は医師への残業代がきちっと支払われる動きにある。
これにより、公立病院の赤字はますます増え、税金負担は増すわけだが、
これは当然容認すべきことで、医師の皆さんには働いた分だけきっちり
手当てを受け取ってもらいたい。
当分10年くらいは医師が増えるわけではないだろうし、いくら集約しても限界があるだろうから
こういった予算はしっかり執行されてしかるべきと考えます。
この件に関しては国民に異論はないと思います。
http://blog.m3.com/TL/20080712/1

たくさんのご批判頂きました。原則論から言えば、大部分がもっともな意見なのですが、忘れてならないことがあります。
不眠不休で働くとどうでもよくなるという一種の酩酊状態みたいな感じになります。当直をなさった医師であれば経験したことがあるかもしれませんが、連続勤務30時間を過ぎたあたりから、完全に思考回路が停止してしまいます。
例えばこんな感じにです。

点滴当番中にどの患者にどの点滴(あるいは静中)するのか解らなくなる。さらに間違ってやってもそのときは罪の意識が全くなくなるので、しばらく気づかない。

針を誤って自分に刺してしまう。

他の患者に使った針で別の患者に点滴を行う。

異型輸血をしてしまう。間違っていたときは勿論罪の意識はない。

これらはほんの一例であり、現実に起きていることです。
おそらくドラッグやアルコールをやったときと同じような状態になるのでしょう。意識がしっかりしてきたときに「ああ、自分はなんて馬鹿なミスをしてしまったのだろう」と気づきます。大部分は命に関わらないため、見過ごされているだけなのでしょう。しかし、一歩間違えれば患者の命に関わる大事故になり得ます。

アメリカでも過労の研修医はミスをするという論文が出ていますから、これは人間の限界なのでしょう。こういう状態で働く医師個人に罪をかぶせるのはちょっと、と言う気もします。
勿論許せない行為ですから原則論では罰するべきとは思います。しかし、現実これらを罰してしまえば、「こんなリスクの高い科、行くのやめよう」ということになるでしょう(というより、現実に起き始めていますね)。
一市民さんがこのような医師は罰するべきだとおっしゃっていますが、医師はこれらの勤務を断ることができません。なぜなら、「正当な理由がない限り診察を拒めない」云々以前に、断れば患者は死んでしまうからです。
医師は寝不足でも仕事を断ることは不可能なのです。患者を見殺しにする勇気があれば別ですが。

医師以外の皆さんは原則論ではなく、現実論で是非物事を考えて欲しいのです。勿論原則論は大切ですが、現実とかなり乖離しています。
そして、医師は自分たちの特権意識のためにこういうことを主張しているわけではない、あくまでも患者の命が大切だから言っているということを信じて欲しいのです。
このままでは最終的に患者の命が守れません。

一言:私は民事でも一緒だと思います。結局は保険料が値あがったり、いいことは無いと思います。

どうやら皆様のご意見が一枚岩というわけではないようですね。
刑事にしろ民事にしろ免責してやるから不眠不休で働けばよい、という主張が受け入れられる可能性はないと思います。
では、失礼しました。

本当に誰だって、一見正しい議論は何かってわかってる。

一つ一つを取り上げればその中での正誤ははっきりしていることもある。
でも、そうやっていけば医者はみんな刑務所行きかもしれない。あるいは、民事で破産かもしれない。

3人殺して一人前の医者になる。
嘘です。でも、医療に批判的な言葉を投げかける人が好む言い方ですが、本当だとしましょう。殺すという言葉の鮮烈さに僕自身が嫌悪しますから、もっとうまく治療したら助かった患者さんは3人以上いる、といえば生死を扱う多くの医者があてはまるでしょう。
そして、それが罪ならどうなるか。

医者を糾弾する人の立ち場からすれば、川清くなって医者いなくなるということではないかと思います。

こんなことをグダグダ書いていて、何度も謹慎したんですが、yamaさんのいうことに共感してまた書いてしまいました。

 No.174 mohno さんのコメントが保留になってましたので公開処理しました。

スレ違いになるんですけど、結局結果が悪かったら罰せられるんでしょ、という言い方がモトケンさんを含めて、かつて、多分今も最も批判をあびている主張なんだと思います。

僕も理屈の上では、司法関係の方のいうことがわかっても、個々の判例をみれば、結局結果が悪かったら罰せられるんでしょ、という思いから抜けれていません。

そこを論理的でなく、情緒的な書き方をして、自分がここでの議論にふさわしくないとさった訳です。その思いは変わらないんですが、ちょっとまたいろいろ書いてしまっているので、ちょっと釈明的に書いております。

司法関係の方からの一つの解答は、司法だけだ判断をしてはいない、どんな医療者から不当に思える判例でも、必ずある医療者が判決の根拠となる意見を述べている、だから裁判とは医療者ー医療者の問題なのだという指摘もありました。

でも、医者はただ医療をしています。
自分と全く考え方の違う医療者が存在して、自分に不利益な見解を述べるかなど承知していません。もちろん、当事者でなく、システムを作る際の医療サイドのあり方が問題なのだというのでしょう。でも、どんな業界にも変な人はいます。
わかりやすく言えば、小倉先生のような人がなぜか、マスコミに尊ばれるのは医療側も同じです。大方の常識と違えば違うほどマスコミは尊びます。司法がそうかどうかわかりませんが、検察は自分の都合の良いストーリーに会う医療者を見つけるように努力するのは確かでしょう。

だから、体感として、結局結果が悪かったら罰せられるんでしょ、は今でも僕には生きています。それをシステムとして変えるのが医療者の義務だというのも正論だとしても、正直、そんな時間えお作れば臨床などできるはずもありません。

みなさん、常連の方はわかっていることをまた書いてすいません。

>体感として、結局結果が悪かったら罰せられるんでしょ

 そう体感されるのも無理はないと思います。
 過失犯は結果犯・実害犯で未遂は不可罰ですし、民事上も被害が生じなければ損害賠償責任は負いません。そういう立法政策になっているからです。
 どんな飲酒酩酊で乱暴な危険運転をしても,人が死傷しなければ、道路交通法違反という軽罪(バイオレーション)で重罪(クリミナル)になりません。それと同じことです。
 なぜ、そんな立法政策かというと、確かに過失の未遂は故意犯の未遂と同様に、社会的倫理規範に反した法益侵害の高い行為ですが、立証の難易やら刑事責任の謙抑性やら許された危険やら過失の本質である不注意の当罰性が根本的に低いことなどで説明されています。

ハスカップさん、ありがとうございます。

このへんのことはさんざん議論をしたんですよね。
それでも、同じようなことをかつても書いて、ponさんじゃないけれど、投稿姿勢等を批判されたんであります。その批判は正しかったと思います。でも、時間をおいて、それでも結局結果が悪かったら罰せられるんでしょ、と書くのは周回遅れではありますが、意味のあることではないかと思います。

亀田のオープンカンファの試みがありましたが、そういったカンファの結論を裁判でも、検事側の医療者見解より遺族の主張より、重視してくれるようならまだ救われます。それでも、医療者間のかばいあいという見方をされればやるせないなと思います。

しまった。
結局結果が悪かったら罰せられるんでしょとだけ、書くのは今でもやっぱり、周回遅れすぎです。あくまで、体感として、「結局結果が悪かったら罰せられるんでしょ」が抜けないということです。

それを踏まえて、どうするかを議論してたり、結果として、座位(黒川先生)たちの会ができたんですものね。

職業選択の自由がある日本国では、基本的には自分の意思で
お医者さんになられており、報酬も得ている訳であるという
前提から考えますと、

1、自動車の設計者が、万が一の設計ミスで事故を起こす
  車を作ってしまったら。。。

2、食品輸入会社のバイヤーが、万が一得体の知れない病原菌
  の入った食物を流通させたら...

医療のみならず命に関わる職業は多々あります。
最初に「免責」を求めることは少々甘いのでは?という気が
します。

ただし、医師個人にすべての刑事、民事、社会的責任を負わす
ことは無いと思いますが、病院や大学、または監督官庁が
個人に負わす責任の範囲を明確にすることにより、現場での
医師の治療行為への「畏怖」は軽減すると思います。


>昼寝さん

少なくとも、救急医療現場はかなり特殊だと思います。

最初に「免責」を求めることは少々甘いのでは?

今は「最後」の段階だと思っているのですが、認識はいろいろですね。

だから職業の選択の自由によって医師は逃散していき、その原因のひとつに刑事訴訟があるという議論をしているわけなんですが・・

返信頂いた皆様へ私の舌足らずの部分を補足させて頂きますと
例えば、我々みたいなメーカーでも不具合のある商品で、それ
が事故に繋がった(不幸にも命に係わるような)場合、やはり
関係部署の責任者などは書類送検されたり、起訴されたりしま
す。


モトケンさんのご指摘のように「救急医療現場」がかなり
特殊であることは理解できますが、多くの職業で刑事罰が
考えられますので、それらの職業と比べて著しく不公平な
刑事罰で無い限り、免責の主張は認められないものでは
ないかと思います。

ただし、メーカーの過失に対する刑事罰は一般的に社会の
コンセンサスが得られている点で、私の意見は矛盾がある
可能性があるかもしれません。
(メーカー自身の認識含めて)
また、その意味で自浄意識も高く、業界が崩壊することも
ありません


「職業の選択の自由によって医師は逃散」
たしかに日本国民の医療を受ける機会損失の原因に「刑事
訴追」が大きいとしたら、これはこれで「免責」を考え
なければならないのかとも思いますが、多くの医師の方や
医師を目指す卵の皆さんは、もっと違う部分の使命感や、
達成感などのモチベーションを持っておられるようにも
思いたいですし、他の職業に比べて著しく不公平な刑事罰を
受ける可能性については、がんばって戦っていってほしいと
思います。
「甘い」と書いたのはいささか失礼であったと自省しています。
すいませんでした。

悪意はないのだろうとは思いますが、非医療従事者の主張としても、2年前レベルの議論かな、という印象です。

がんばって戦っていってほしいと
思います。

という精神論は、今の段階では、誰にとっても(つまり患者側にも)有害だと思います。

No.193 fuka_fuka さん

「最初」というのは、社会的責任のある仕事を行う前に、
「刑事訴追の免責」を加えるのはいかがなものかという
意味です。(もちろん、同意書や免責事項の説明などの
ことではないです)

 ただし、産婦人科医などのなり手が無いなどの原因に
「刑事訴追の恐れ」が大きいという「最後」の段階という
意味でしたら、一個前の私の投稿のようにも思います。

No.196 fuka_fuka さん

「2年前レベルの議論」

例えば、その2年前の議論において「医師は著しく不当な
刑事罰を負わされている」というような結論が出ているという
ことでしょうか?

精神論のくだりにつきましては、ご指摘の通りですね。
失礼しました。

一応、メーカー勤務なので。

>例えば、我々みたいなメーカーでも不具合のある商品で、それ
が事故に繋がった(不幸にも命に係わるような)場合、やはり
関係部署の責任者などは書類送検されたり、起訴されたりしま
す。

「不具合あるいは欠陥」があればそうですが、例えば仮に、主にユーザーの誤使用によって不幸な事故に繫がった場合、それでも関係部署の責任者などが刑事罰をうけるのでしょうか?
やはり「免責」されるなんらかの枠はあると思いますが。

>多くの職業で刑事罰が考えられますので、それらの職業と比べて著しく不公平な刑事罰で無い限り、免責の主張は認められないものではないかと思います。

 どこまでが「免責」されうるのかの議論は他の職業と比べて「不公平」などじゃなくて、対象となる事象について「免責」されるのが妥当か否かではないのではないでしょうか。

>ただし、メーカーの過失に対する刑事罰は一般的に社会の
コンセンサスが得られている点で、

 規定・規格に反していなかったり、当時の知見では認識できなかった欠陥であったりした場合など、刑事罰までは問われないメーカーについてのコンセンサスがあるとすれば、【医療ではどういうものが考えられるか】という議論はむしろ必要なものではないでしょうか。

No.199 北風 さん

>>「不具合あるいは欠陥」があればそうですが、例えば仮に、主にユーザーの誤使用によって不幸な事故に繫がった場合、それでも関係部署の責任者などが刑事罰をうけるのでしょうか

「メーカーとして予見できる誤使用」の場合は完全な免責には
なりません。(説明書にアテンションがないとか)
 ただ、この話題は「熱帯魚」が出てくる恐れがありますので
ここまででお願いしたく存じます。

>>どこまでが「免責」されうるのかの議論は他の職業と比べて「不公平」などじゃなくて、対象となる事象について「免責」されるのが妥当か否かではないのではないでしょうか。

私は「免責」というのは本来「過失があり刑事罰に相当する
が訴追は行わない」という意味だと思っています。
だから、ある意味、特権であり、これは国民広くのコンセンサスが
無ければならないものだと思います。
「対象となる事象について「免責」されるのが妥当か否か」
は、今現在と同じではないですか?
「「刑事訴追の免責」は、最初から妥当か否かに関係なく」
という極論からスタートせねば、乱用の恐れありかと思い
ます。

昼寝さん

 自動車などの物と人間とは根本的に異なる対象です。

 物は納得がいくまで繰り返し実験などで安全対策を講ずることができますが、医療の場合、特に医療事故が問題となるような医療は、物で言えばいわば特注品です。患者一人ひとり症状も、体力・既往症等も異なれば、実際にメスを入れてみて事前に予想もしなかった患部の実態が明らかになることもあります。

 それを、製造・販売前に、やる気があれば気の済むまで何度でも試験・検査を行える物の製造と医療とを一緒くたにして「自動車の設計者が、万が一の設計ミスで事故を起こす車を作ってしまったら」などというのは大間違いです。

 人命に関わるような物の設計ミスは、やる気さえあれば確実に防止できます。やらないのは味噌も糞も一緒くたに扱う昼寝さんのような思考形態の持ち主か、人名などそっちのけで費用と効果をはかりにかける金儲け優先主義者が製造会社に多いせいでしょう。

 「高い医療倫理が求められる現状にあって、他者による処罰を受けているだけ、また他者からの追及に不満を述べているだけでは、医師は国民から真の信頼を得ることはできない」
http://obgy.typepad.jp/blog/

おじいちゃん医師でもしっかりした意見言ってるなあ
感心感心!!!

ロハス・メディカルも医師をばっさり、いいこと言ってるね
結局医師の自業自得っていうことか?

http://lohasmedical.jp/blog/medical/2008/07/post_1271.php

No.201 福田恒存をやっつける会会長 さん

>>人命に関わるような物の設計ミスは、やる気さえあれば確実に防止できます。

では、設計ミスによる過失は「やる気」という精神論で刑事
罰を受ける訳ですか.....

>>「味噌も糞も一緒くたに扱う昼寝さんのような思考形態の持ち主」

この場合、我々メーカーのコンプライアンスが「糞」になる
と思われますが、このような考え方が「免責」のコンセンサス
が得られにくい一因でしょう。

「刑事訴追の免責」を一部でも主張するなら、法治国家で
ある以上、他の業界の状況を知ることも大事だと思いますよ。

 私の目から見るときに,医療ミスを設計ミスと同じように扱うのはいかがなものかと思います.むしろ,製品の歩留まりと同じようなものと考えるべきではないでしょうか?歩留まりが100%でないことを理由として,刑事罰を受ける業界がありますか?
 医師は,同じように治療するつもりであっても,患者という対象の持つ個別性やばらつきの大きさの為に,同じやり方でも結果が異なり苦労するわけです.
 他の業界の方の言い分には,得るものもありますが,例えば,政治家や官僚など,医療に関する法律を知り,その成立過程も知り得るにもかかわらず,調べもせずに,麻酔科という診療科の特殊性や,麻酔科標榜医制度を理解せずに,歯科医に麻酔をさせるだの,標榜医制度の規制を緩和するなどの無責任な発言が公になされる状況は,医療に対して無責任な発言が容認されると勘違いされている状況のように思えます.

医師にたいするいわゆる「免責」の問題は前提の問題で大きく異なってくるのではないでしょうか。いうならば立位置の問題でわが身の問題と捉えているか、社会システムの問題と考えているかの話だと思います。
医師の皆さんは現在の状況である現実の医師不足や過酷な労働条件、政府の社会保障費ののび抑制方針や国民の増税忌避に諦めを持って対処していると思います。
その対処の一方が職業選択の自由による逃散であり、もう一方がとどまろうとする医師のための一つの方策としての「免責」と言うことではないのですか。
いずれにしても本来判断して決定すべきなのはは医師のほうではありません。医師は静かに逃散するか「提案」するだけでしょう。
「免責」と言う超法規的な話に持ってくるならば、社会システム的には法曹の皆さんが仰る様に現在の法律では認めがたいし、患者側たる一般の国民の常識でも認めがたいでしょう。
個人的には八方塞の現状が改善されないならば限定的に認めてもいいとは思いますが、現実的には医療が壊滅状態になって数字の上での死亡率が劇的に上昇するとか目に見える状況にならないと無理だと思われます。

私としてはなぜ消費税による増税を行なって国民全体で社会保障を支える方向に舵をきらないのか不思議でしょうがないのですが。医療問題を含む社会保障の問題はすべからく財源の問題ですよ。

No.205 通りすがりの桂木 さん

私としてはなぜ消費税による増税を行なって国民全体で社会保障を支える方向に舵をきらないのか不思議でしょうがないのですが。

日本医師会という団体が消費税の増税に反対しているので、増税を行った上で医療費に回そうという主張は、結果的にプライオリティが低くなってしまうように思います。

「日本医師会という団体が消費税の増税に反対しているので、増税を行った上で医療費に回そうという主張は、結果的にプライオリティが低くなってしまうように思います。」

日本医師会は盛りを過ぎた一圧力団体ではないのでしょうか。また、医師会としては国民の増税忌避の方向性に乗っているだけだと思いますがどうなんでしょう。少なくとも医師会とかのホームページを見ると積極的な反対と言うよりも「提案してもしょうがない」といった諦めからの反対のようにも読めるんですが。
そうだと言う前提での話ですが、医師会の抵抗は政治的判断に対してさほど大きいものとは思われないのですが。現状を見ても厚労省の提案に押し切られているだけですし。
いずれにしても国民の意思が増税によって社会保障を負担する方向に向かわなければ根本的な解決は無理でしょう。

いずれにしても医師会がどうのと言った事よりも国民が社会保障をどうするべきかといった問題であって、医師会は制度設計者でもなければ医療の恩恵を受ける側でもありません。判断すべきは広く患者側の国民であり、制度を設計するのは官僚であってそれを国民の負託を受けて決定するのは政治です。

大本のエントリの趣旨に対して言えば「免責」をすることにより現在の環境における医療業界を「延命」させることはできると思います。
一方、根本的な財政の問題を放置したままであれば刑事罰は医療業界を崩壊させる「一つの要因」となると思います。

確かに社会福祉制度の中でも国民の生活に重要な位置を占める
医療制度と企業活動を完全に同列で語れないのは事実だと思い
ますが、社会の構成員として「過失」が刑事訴追に繋がる
職業は数限りなくあるために、「免責」というのはかなり高い
ハードルであり国民のコンセンサスを得るのは容易ではないと
思います。


で、刑事罰で業界が崩壊するか?ということに関しましては、
例えば貸し金業の貸し出し金利や取立て方法への罰則強化で
廃業に追い込まれた企業が多くありますが、やはり業界は
存在します。(銀行も含みますから)
ただし、闇金業界は確実に崩壊に進んで行くでしょう。

つまり、刑事罰は社会秩序を保つためにあるわけで、その
結果、無くなる業界は「必要ない」業界だと思います。

逆からいいますと、社会に絶対に必要な「医療業界」は崩壊
してもらっては困ります。国民が本当に困ります
しかし、「免責」されれば崩壊しないというのも業界外の
私からは理解しにくい論理です。
実際には医療現場の皆さんには他に切実な問題意識をお持ち
の方が多くいらっしゃると思いますので、「国が政策で
何とかしてくれよ!」というところが本音です。


増税で国民はいかほど出せば、どんな医療を受けられるようになるんでしょうか?
この辺のことがわかる何か資料はありますでしょうか?
自分が出した税金がどういう形で医療に使われるか、その辺のことが少しでもわからないと
ただ出せと言われても納得する国民は少ないと思います。
健康保険、窓口での自己負担、公立病院赤字の補填での税金出費で既に相当の医療費を
支払っています。更に追加出費するわけですから、出すメリットをどなたか教えてください。

事故調も民主反対で当分何も決まらないでしょうから、
あと5年は今のままでしょう。

日本医師会は盛りを過ぎた一圧力団体ではないのでしょうか

医師会のシンポジウムから引用します。

そのなかで消費税の問題ですが、これは私たち医師会のほうにも、そのうちおそらく政権与党、そういうところから、どう考えていくかということを問い合わせてくると思いますが http://dl.med.or.jp/dl-med/nichikara/19issympo/pamphlet/19issympo6.pdf

与党から問い合わせが来る以上、政治に対してある程度以上の影響力を持っていると考えています。また、上記のシンポジウムのパネルディスカッションでは消費税増税に積極的ではないと言う印象がありますが、これはある程度医師会の印象を反映しているという印象です。


医師会は制度設計者でもなければ

私としては、制度設計には医師会を始めとする医師の団体が大きく関わらなければならないと思います。

No.210 しま 様

「与党から問い合わせが来る以上、政治に対してある程度以上の影響力を持っていると考えています。また、上記のシンポジウムのパネルディスカッションでは消費税増税に積極的ではないと言う印象がありますが、これはある程度医師会の印象を反映しているという印象です。」

医師会が現在もある一定の影響力を持っている事は否定いたしません。また現状は消費税に対して否定的であることも読み取れます。ただそれは医師会のみが消費税に対して否定的であるということを意味しません。医師会も医療費の増額は求めているわけであって、その財源として消費税は現状では世間の趨勢により考えにくいということではないでしょうか。

「私としては、制度設計には医師会を始めとする医師の団体が大きく関わらなければならないと思います。」

この点についても否定するわけではありませんが、医師会の主たる構成員は開業医であり、勤務医の参加は少ないはずです。現状では制度設計と言う部分は官僚に負うところが大きいのでそのように表現しました。制度設計に対してどの程度現場(主に勤務医)の意見が反映されるかは制度設計者の危機感並びにそれに圧力をかける国民の危機感如何だと理解しています。


No.209 一市民様

ちなみに消費税に関してですが、まともに社会保障として成り立たせるためには西欧、北欧の例から15%から20%は必要だと覚悟しております。
参考文献としては慶応大学の権丈先生の論考が参考になるかと存じます。

医師会というか、医師が消費税を上げることに反対なのは次の理由からと推測されます。

診療報酬には消費税として5%はあからさまに加算されてません。(厚生省の説明としてはすでにその分は見込んでいるといってます。まやかしに過ぎませんが。)ところが仕入れ分、つまり薬剤費や医療機材の消費税分は消費税5%としてしっかり払わされているわけです。つまり、消費税を値上げされるとその分は完全な経費として診療所や病院が支払わされるわけです。
診療報酬と別立てできちんと健康保険や患者さんから消費税をとることができれば、たぶん消費税を上げて医療費に使うという案は誰も反対しないはずです。

ついでに医師会というのは単なる医師の親睦団体に過ぎません

N0.209の一市民さんの感覚はきわめてまっとうなものと思います。しかし、実際にはどれだけの金を使えばどれだけの医療が受けられるかなんて誰にも分かりません。しからば市場原理に任せて神の見えざる手に任せればよいのかもしれません。そうすると金持ちしか医療の恩恵にあずかれなくなります。
結局、最初に財政ありきで、医療にこれだけ出すからこの範囲でやれということしかできないのだと思います。そうならば医療を受ける側も我慢すべきところは我慢すべきで、多少の医療ミスがあったとしても目をつぶるべきです。(安全には金がかかります。)この意味で、医療の刑事免責は必要と思います。

結論からすると混合診療を解禁すると同時に医療崩壊は阻止できると思うのですが、国民にとってのそのデメリットは計り知れないものだと思います。
勤務医も地方の潰れかけの公立病院で働くより、勤務条件や待遇の保障された株式会社化された病院で働くでしょう。差額ベッドだけでなくその他の差額医療費の幾分かを訴訟費用や賠償保険に回せばよいのです。ただし医療費は数倍に跳ね上がるでしょう(歯科で保険外で義歯を作ると10倍の料金を取られるのと同じです)。地方の病院の半数はただでさえ赤字であるのに、さらに不採算部門や勤務医不足もあり、壊滅的となるでしょう。(労働基準法さえ無視された赤字の地方公立病院で働くのはもはや論外)
刑事罰であれ民事罰であれ、それに見合った医療費が設定され、採算性があれば医療崩壊は起こらないものと思います。
混合診療の解禁、アメリカ型の医療の導入を切望しているのは、外資系保険会社や製薬会社などを中心とした財界でしょう。それを後押ししているのは政府の規制改革会議や財務省などです。日本医師会は反対しています。それは医師たちがお人よし過ぎるからです。心を鬼にして混合診療の解禁やアメリカ型の医療の導入を望むより、逃散を選んでいるからです。

医療費の増額に賛成か反対かは今後の様子を見て判断していきたいと考えますが、現時点では医療にも様々な無駄が
感じられ、それらを解決するまでは反対です。
無駄と思われる点は薬価、医療機器、医療道具が高すぎる、病院が立派なものが多い、病院の数が多すぎるなどです。

アクセス権利を放棄しますので、今の医療費で今のサービス
できませんか?

>アクセス権利を放棄しますので、今の医療費で今のサービス

アクセスを捨てるということはイギリスに近いのかな?
医療費は安くて助かるけど、盲腸の手術が半年待ちという。

今の公立病院を例えば2割減らしたらどうか、といった話です。
病院の数が多いわけですから、手術待ちにはならないのでは?

 一市民 さん、こんにちは。

 御説によると、何もせずにいるとどうなるのか、様子を見ることになります。

 また、御主張の中で、医療に対するアクセス権を放棄するということの実務上の意味が理解頂けているとは思いません。これは責めているわけでもバカにしているわけでもありません。ご自身が健康で、周囲に病人がいらっしゃらないのであれば、想像力が働かないのは当然と思います。

 また、「高過ぎる」という指摘を見ることは多いのですが、では、何を根拠にどれぐらいを適正価格と見るかという議論は稀です。

 病院が立派過ぎる、病院の数が多い、という指摘も非常によく拝見します。

 ただ、立派な病院には良い医者がたくさん居て、ボロい病院にはヤブ医者が揃っているというのが一般の印象であるように思います。もちろん、ボロボロの病院で腕の良い医者が揃っているというケースも実際に知っていますし、逆の実例もあります。建物を立派にしたが為に医師・看護師の処遇が悪化して経営に行き詰まっている病院も少なくありません。

…ただ、患者さんが何を選ぶかというと、微妙なところがあります。

 数が多いといっても、他の国であれば福祉施設と位置づけられるような病院で、多数の医療従事者が多少の不満を抱きつつ仕事をしています。

 これを止めると、この國の福祉施設の整備があまりにも不充分であることを、多くの死者・自殺者・無理心中によって証明することになります。

 本来であれば福祉施設を充分な量的水準まで整備すべきと思います。

混合診療の解禁、アメリカ型の医療の導入を切望しているのは、外資系保険会社や製薬会社などを中心とした財界でしょう。

スレ違いなのはわかっていますが、一応反論を。

日本の製薬企業は混合診療は混合診療になっても困らないけど、賛成はしていませんよ。
製薬業界ってイメージ悪いんですかね?
薬害のせいなんでしょうか・・・

>一市民さん

 つか、今の医療費で今のサービスってのをどういう風に考えてるんでしょ?急患でも何でも普通にお断りした場合に「今のサービスが維持されている」と考えますかね?

 アクセス権利を放棄とおっしゃってますけど、「近場に病院がある」と言うことだけがアクセスの権利じゃないんですよ、実際。

 今の日本で維持されているアクセスの権利ってのは1.都市部では近場に病院があり、どこに住んでいても受診できる
2.夜間でも急患であれば受診できる(実際には真の急患でなくても受診できる)
3.最初から好きな専門医に受診できる。
4.金があってもなくても受診できる。
5.保険者の指定していない病院でも受診できる。

ってことなんですね〜。

アクセス最悪のアメリカを例に取りますが、
1については基本的に近場に病院無いです。
2については救急車であれば受診できますが、救急車に乗るだけで10万近い金がかかります。あと、州によっては保険者の許可がなければ救急外来も受診できません。
3については保険者または保険者の指定するGP(一般医)の許可なしで専門医を受診すると保険を支払われません
4当然金が無ければ受診できません。低賃金で民間保険に入れない人のために「メディケイド」という制度がありますが、受診制限は当然ありますし、何よりメディケイドに入れない程度の中間所得層が民間保険にも入れず死んでいく事例が多発してます。
5についてはもちろん保険者の指定していない病院にはかかれません。

 で、これらを放棄しますかね?私ならごめんですが。

 んで
>無駄と思われる点は薬価、医療機器、医療道具が高すぎる、病院が立派なものが多い、病院の数が多すぎるなどです。

1.薬価は基本的に開発費に比例します。日本の薬価が海外に比べて異常に高いという事実はありません。
2.医療機器は海外に比べて高いです。でどうやって安くします?一応貿易不均衡の問題があって海外からの輸入機器は通常より高く購入しているのが現状ですが、貿易不均衡なんか気にしなくて良いから医療機器を安く購入しますか?そうなった場合、対抗的経済制裁は免れないと思いますが。
3.そうですね。病院は立派なものが多いと思います。ぼろでも良いですよね。別に働いている分には多少ぼろでも良いんですけど(うちの病院も築30年オーバーのぼろです)、きれいな病院を要求しているの誰でしょ?
4.病院の数は確かに多すぎますね。で、どうやって減らします?日本の病院の8割は民間病院なんですけど、公益法人または国・自治体以外が病院を持つのを禁止しますか?あと、民間病院に病院経営をやめれっていうとなるとこれは当然裁判どころか憲法論議(第29条:私的財産の保護)になってしまう恐れがありますが、どうします?

>一市民さん

 いや、ちょっと辛口にかいてしまって失礼しました。

 でも、未だに一般の方の認識ってこんな感じなんだなぁと思うと・・・。

 日本の医療費はその質から言えば「極端に安い」というのが医療者側の常識です。正当と思われる金額の1/2程度の支払いしかなされていないというのが我々の認識です。

 よく例に挙げられますが急性虫垂炎の手術(いわゆる盲腸)をニューヨークで受けると1泊入院で250万です。日本では7泊入院で40万程度で、これは消費者物価がほぼ1/10のベトナムとほぼ同額です。

 ニューヨークはかなり極端ですが、それでも先進国の標準的な治療費と比較すると1/2程度の支払いしかなされていません。

 我々の感覚から言うと「医療費を上げる」ではなく「医療費を常識的な価格に近づける」というのが正しいです。

虫垂炎で手術をするのに2、3ヶ月待つか、それとも自由診療で数倍の医療費を払って治療するか?虫垂炎ですら、しかるべき時期に手術しなければ死亡します。手術してくれる公立病院があればの話しですが。恐らく混合診療の解禁、株式会社化された病院の参入とともに医師の逃散(むしろ転職)はますます進むものと思います。(都市部はまだ救われますが、ただでさえ赤字の地方公立病院はひとたまりもない。)さらに医療訴訟が公立病院からの医師の逃散に追い討ちをかけるでしょう。

医療費に関して、虫垂炎なら日本40万円、アメリカ200万円、心電図日本1300円、アメリカ1万3000円、心臓バイパス術日本500万円、アメリカ2000万円です。日本はその1割から3割が窓口支払いです。日本人をしっかり治療するより自費のアメリカ人を診察する方が収益が良いのです。何なのでしょう、これは?混合診療の導入とともに皆保険制度の崩壊と外資系保険会社の参入し、この中間程度の医療費に落ち着くのではと予想しているのですが(根拠はありません)、今より高くなるのは間違いなさそうです。
今でも、にんにく注射(ビタミンB1注射)が(病名があり)保険診療なら約2000円(窓口3割で600円くらい)ですが、自費診療なら価格決定は自由、3000円―5000円とか?です。

いや、いろいろ皮肉かいてすまないですけど、公立病院を減らす議論も同じなんですよね〜。

 こちらでは有名な事例を一つ。

 北海道の空知地方中部に滝川市と砂川市ってのがあります。どちらも人口3万そこそこの小都市で隣り合った町です。滝川には300床程度の二次救急病院が、砂川には500床以上の三次救急病院があります。
 んで、平成の大合併ってやつで滝川、砂川を含めた合併構想ってのが持ち上がったんですよ。で、このときに滝川市は病院を放棄しても良いが現在の砂川市立病院をもう少し滝川よりに建築してほしいって提案したんですわ。
 そしたら、砂川市立病院周辺の商店街の猛反対で合併そのものがぽしゃったんですね〜w

 別に医療者が病院減らすのに反対してるんじゃないんですよ。問題は住民エゴなんです。旨く解決できる方法があったら是非教えてほしいですね。

ちなみに小生自身は混合診療の導入には反対です。それは小生(子供はいませんが)の子孫の代が、映画シッコのような格差社会、医療格差に苦しむのを想像するに忍びないからです。
それならば、刑事免責と民事免責(同等のもの)、さらに、これまでと同様の医師の献身(これが最も重要)があれば、現行の医療費でせめて現在の医療レベルが維持できることを願っているのです。この際、0.1%もいるかどうか分からないリピーター医師など相手にしても仕方ないでしょう(患者さんの方で見分けてください(笑))。医療訴訟で多額の賠償金をもらって喜ぶのはごく一部の患者家族だけです。損をするのは現場の医師というより、同じ治療を受けられなくなる後続の患者さん達なのです。(大野病院事件や大淀病院訴訟の後、同地域から産婦人科医が逃散したことなどからも明らかです。)

私は少し前に隣国の中国で治療を受けたことがあるのですが、

1、治療費は現金前払い
2、治療を受ける前に治療内容及び金額に同意したなら支払い
  を行い、それから治療を受ける。
3、入院のベット代は一日あたり約450日本円。
4、骨折の手術代、約7万日本円。
5、手術後の点滴、7日間、一日3本、35000日本円

子供がウイルス性胃腸炎にかかり、通院治療。

6、約6万日本円 (点滴治療のみ)

現在の、北京での「サラリーマン」の平均月収が約30000
日本円。

6の子供の治療費ですが、日本の社会保険で帰国後請求した
ところ、日本の基準では1万3000円相当の治療だとして、
その分が還付されました。

単純に比較すると、日本の医療費はやはり安いのかなと思い
ます。
しかし、サラリーマン家庭の我々はナケナシの給料から天引き
される保険料が無ければなあ。。。と思うのもやむをえないかと。
医療サービスの水準は、そういうことで海外で何カ国かの
駐在経験があること、また、今までの日本での生活における
病気、怪我、出産においては非常に満足しています。
(都市圏のベッドタウンという立地もあるかとは思いますが)

落としてほしくないなあ.....

お金の問題に移っているところすいません.
医療ミスとして,一般に受け止められていることが,明らかに,おかしな医療行為であるのなら,刑事罰は当然だと思います.
しかし,医療を行っている上で生じた不都合な結果が,同じ手順でちゃんとやっていても,発生した場合に,ミスの結果として受け止められるのは困るという思いから,大量生産で,品質の管理をして,100%に限りなく近づいたとしても,決して100%にならないだろうということで,歩留まりに例えたのですが,かなり,ねじ曲げて受け止めた方がいらっしゃったようなので,補足させていただきます.

No.199 北風 さん

以前、工学部の方々とディベートしたことがあるのですが、医療過誤が起きるのはヒューマンエラーが原因であり、そこを正せば良くなるはずと断言しておられました。おそらく医療を工業製品と同じように考えているからなのかもしれません。

確かに、手術部位のミス、投薬量のミス、患者の取り違え、医療事故・インシデント後の後のフォロー、リピーター医師の排除などはヒューマンエラーに対するミスであり、人員を増やしてチェック段階を増やせば(人件費に絡むため、今の保健医療システムではこれが一番難しいのですが)相当減るはずです。

しかし、一般の皆さんが過誤だと考えている(私は過誤とは考えていませんが)血管を傷つけた、機械が想定外の事故により誤作動した、挿管を間違えて食道に入れた(こんなの、正直言って医師なら誰でも経験があると思います)、IVHを間違えて動脈に入れた(これだって、医師なら誰でも経験があるでしょう)、IVHで肺気腫を作った(これも意外と多くの医師が遭遇していると思います)などは減らすことはできないし、むしろ医学の発展とともに増えていく可能性は大いにあります。私たち医療者はこれを過誤ではなく、合併症と呼んでいるわけですが、医療というのはそもそも体を傷つけるものです(投薬ももちろん含めます)。普通にやっていても患者が死ぬ危険性はいつでもあるわけです。その中で我々はいろいろな治療オプションを提示し、患者に選択してもらえるよう努力しているのです(いわゆるインフォームドコンセントですね)。
現在の医療不信は医療側の説明不足もあるでしょうし、マスコミや国の洗脳もあるでしょう。しかし一番大事なのは、医療とは人を傷つける行為だと言うことを国民が忘れていることではないでしょうか?
車を注意しながら運転していて、法律通り普通にやっていれば事故に遭うことはほとんど無いといって良いでしょう。しかし、医療は、医師が注意してやっていても医療事故を免れることはできません。交通事故と根本的に異なるのはここです。

機械と医療は全く趣を異にしています。ある特定の分野を除いて同列に考えるのは全く無意味です。

以上、周回遅れのレスで大変申し訳ありませんでした。

すみませんが,少し流れとは違う質問させてください.
医者がかばい合うという言い方がよくされます.仮に,刑事,民事の免責のない状況で,事故原因の調査で,問題なしということになったら,やはり,医者がかばい合ったという思いを持ったりしないのでしょうか?
免責された状況で,問題なしということだったら,かばう必要がない状況だから,信じやすいとも思います.
悪意を持って人の言葉を聞けばすべて,嘘にも聞こえるでしょうが,どんなもんなのでしょう?
免責の状況であれば,医者同士では,むしろ無責任な自慢合戦のようになり,問題ない症例でも問題があるような結果にもなりかねないとも危惧しています.

私は正確に言うと、かばい合いと言うよりも、明日は我が身という感覚で弁護しています。
つまり、普通の医師ならこれで逮捕されたら自分も危険だ、とか、こんなのやってられねえ!という風になります。これがかばい合いともとれるので多くの方は誤解しているのではないかと思います。

だから普通じゃない行為に関しては医師の間でもかばい合いと誤解されるような光景はほとんど見られませんよね。リピータ医師や、内視鏡事件について、多くの医師は(刑事事件化することに疑問は持っても)かばい合いをしていませんよね。
しかし、これはインパクトが少ないせいか、多くの場合黙殺されるか忘れてしまうのだと思います。結果、一般市民は医師のかばい合いが強烈に頭に刷り込まれるのだと思うのです。

先日病院に行ったんだが、待たされている時間、病院から
もらった支払いの仕方とかの紙を読んだり、張り紙を読んだりしていたが、せっかくのその時間、患者は暇なのだから、
もっと患者にアピールしたいことを、紙で渡せばと思う。
大野事件の週刊誌記事や諸外国に比べ、診療費が安いこと、
コンビニ受診で困っている現状など。
いくらでも伝えておいたほうがいいことってあると思うんだが。
そういった努力ってほとんどなされていないと思うのは
私だけ?

そのとおりだと思います。
知事や市長がはいってもなかなか解決しないでしょう。
一番解決できる力を持っているのが医師です。
滝川の病院では安全医療や労働が守れないと医師が判断し、
砂川に移れば集約完了ということになりませんか?
医師にはその力があると思うのですが?
もちろん医師が両方の病院必要だと考えれば別ですが。

一般的に医師の皆さんっって集約に賛成なんですかね、
それとも反対なんですかな?

> No.230 一市民 さん
他で走りませんが、残念ながら東京都における公立病院での医師の力は弱いです。会議等で医師が意見しても、「医者のくせに文句つけるな」みたいなことを言われます。役人ってこんなもんです。完全なトップダウンなんですね。
医師が今まで大きな声を張り上げながら黙殺されてきた背景にこのようなことがあるのではないでしょうか?
それに医師には労働組合がありません(作れない)。だから訴えることは昔から困難であったし、訴えてもお上やマスコミがもみ消していました(マスコミもこうしたネタは売れないのか、積極的に取り上げてきませんでした)。訴えても行政指導という形で罰を食らっていたのです。
そして何よりもこうした悲鳴をあげることが何となくいけない行為という認識が日本国民の間で昔はあったように思います。
今はインターネット普及のおかげで一般の方が医師の悲鳴を目にするようになりました。

集約については、個人的意見になりますが、難しいとことです。
とりあえず近くで診てもらえる的な病院があるからこそフリーアクセスが機能しているとも言えます。しかし、その弊害として診療所→中規模病院→特定機能病院という本来あるべき診療の流れを保険診療とフリーアクセスの原則が壊しているという現実もあります。
ちなみに私は集約化に賛成ですが、そうすると地方の医師不足はますます深刻になるでしょう。要は、どちらを犠牲にするかですね。
意見は様々だと思います。

 小倉弁護士のおかげで、このエントリのアクセス数が伸びています。
 医療側の皆さんにおかれましては、非医療者ないし医療に関するど素人さんから見てどう感じられるかどのような意味に読み取れるか、ということを意識して投稿における表現を検討されることが望ましいと思います。
 萎縮する必要は毛頭ないと思いますが。

 余談ですが、小倉弁護士というのはせっかちなんですね。

>それに医師には労働組合がありません(作れない)。
 そんなことはありません。沖縄県では公務員医師の労働組合を作った例もあります。
http://www.okinawa.med.or.jp/old/kaihou/k0003/toume.htm

公務員医師会として我々は県当局と誠意ある話し合いを重ねてきた積もりであるが,親睦団体としての公務員医師会の具申は全く無視される状況に突き当たり,此の期におよび我々は県当局と正式の交渉権のある団体として医師労働組合立ち上げることを決定し,昨年の10月2日,正式に発足した。

 医師の影響力は強くはありませんが弱くもないと思います。特に地方では医師不足でもあるので「どうやって訴えるか」を工夫すれば分野によっては(病院の統廃合はちょっと難しいような気がします)それなりの影響力を行使することは可能だと思います。

「刑事罰は業界を崩壊させるか」に立ち戻ると、私は医療崩壊などに使われる場合の「崩壊」の定義が今ひとつ判ってないんです。
かなり抽象的。
医療崩壊は今の医療制度が維持できなくなることでしょうか、それとも既に進行している今の状態を指すのでしょうか?
業界が崩壊というのはその職業が成り立たないという意味であれば、今危機に瀕している産科医療も完全に無くなる事はありえませんよね?
今はお金の無い人でも病院で出産できるようにお産の費用は出産一時手当金と同じくらいの額に設定している病院が多いかと思います。
でもお産は保険診療では無いので、訴訟に耐えるだけの金額を上乗せすることもできるわけです。
これまでは総合病院では産科医も他の科の医師も基本的にお給料は同じのところが多いかと思いますが、お産の費用をすごく上げることで、もし逮捕の危険があっても運良く数年産科医をやればあとは一生楽に暮らせるくらい稼げるようになれば、産科を希望する医師もでて来るでしょう。
昔みたいに病院でお産するのは一部のお金持ち、普通の人は自宅でお産みたいになって周産期死亡率が昔なみに戻る。
それでも業界は存続するでしょう。
でも私は嫌です。
私には筋腫があってお産の時、お腹の子は横位と足位の中間のような妙な体位でした。
帝王切開ができずに昔みたいに自宅で出産しなきゃいけなかったらどうなってたことか。

福島はどうなりますやら。
無罪を信じてますが。

被医療側から見た医療崩壊とは

々駝嘘保険制度の崩壊 
医療機関へのアクセス不良化

の2つの定義があると思います。
(それにしても暇だな。ツイに当院崩壊か)

うらぶれ内科さん、ありがとうございます。
そういう意味では刑事罰は医療業界は崩壊させないでしょうが「被医療側から見た医療崩壊」はひきおこしうる破壊力はありますよね。

刑事罰や民事訴訟の業界への影響で、医療が特殊なのは日本の医療が保険診療の枠組みの中で行われ、医療者側に価格決定権がないことです。(既出かもしれませんが)
一つ間違えれば逮捕されるかもしれないような手術に対する医療費や外科医の給料をいくらに設定すれば市場原理が成り立つかということでもあります。
死亡事故も起こりえる職種で、医療行為と他の職種(例えば長距離トラックのドライバー)を比較した場合、医療における死亡事故は圧倒的に多いこと。例えば一人の内科医が生涯で関わる死亡なら、200人から数百人であるのに対して、死亡事故を引き起こすドライバーは数十人に1人でしょう。前提とするリスクのオーダーが圧倒的に違うのです。それらのリスクの責任が個人に降りかかり、価格や給与に反映されなければ、その行為は原価割れということであり、その分野からの撤退、あるいは医師の逃散という流れになるのでしょう。
もし、現行法のままの刑事罰や現在の高額な民事訴訟の賠償額を認め続けるのであれば、恐らく医療費や給与はアメリカ並みでなければ釣り合わないと考えるのです。
多くの若手医師が皮膚科や眼科などへの進路を選び、中堅医師が開業する理由は、給与や労働条件以上にリスクのある(原価割れの)分野を避けるという意味なのです。
刑事免責や民事免責(あるいはそれと同等のもの)を医療者が主張するのはそのことによって医療費を抑制できると考えるからです。

おっしゃることはよくわかります。
ただ、その事実をほとんど国民が知らないということです。
マスコミが訴えてくれないのですから、マスコミに頼らず
医師会なり、病院内告知なり、ストライキなりして
訴えれば国民は理解してくれると思いますが。
アピールが足りないだけだと思いますけど。

>No.227 タカ派の麻酔科医 さん

>医者がかばい合うという言い方がよくされます.仮に,刑事,民事の免責のない状況で,事故原因の調査で,問題なしということになったら,やはり,医者がかばい合ったという思いを持ったりしないのでしょうか?
免責された状況で,問題なしということだったら,かばう必要がない状況だから,信じやすいとも思います.
悪意を持って人の言葉を聞けばすべて,嘘にも聞こえるでしょうが,どんなもんなのでしょう?

 「免責」かどうかは信頼性に影響するか、は、免責の範囲によるのでしょうけど、一概に言えないですが、上の例であれば、免責がマイナスに作用する場合が多いかもしれません。

 「免責のない状況で,事故原因の調査で,問題なしということになったら,やはり,医者がかばい合ったという思いを持ったり」する、素人が何かおかしい、と感じる、状況であれば、もしそれが免責であれば、かばい合ううんぬんでなく「そもそもそれが免責になっている」ということがおかしい、と感じるでしょう。
 医療に対しての不信感という点では、「医者がかばい合っているのではないか?」「なんでこれが免責とされてるの?」のどちらがよりマイナスの影響が大きいかは分かりませんが。

 結局のところ、それが問題なし(免責であれそうでないのであれ)である理由を理解して頂かないことには、どこかに不信感が向くだけの話でしょう。
 
 そうなると、あげられたケースでは、いずれにしろ、問題なしの理由を理解して頂くような対策・努力がいる、と考えざるをえないですね。
(上の補足ですが、免責の場合、上のケースを含む範囲の事象が免責となっている理由を理解して頂かないといけないですし、少なくともそれがある程度国民などに受け入れられていないとそもそも「免責された状況」にならないでしょうから、「免責範囲」を検討し認められるまでの間にそういうケースが問題ない(免責になる)ことを理解して頂く努力がいるので)

No.226 yama さん

>>どこまでが「免責」されうるのかの議論は他の職業と比べて「不公平」などじゃなくて、対象となる事象について「免責」されるのが妥当か否かではないのではないでしょうか。
>>規定・規格に反していなかったり、当時の知見では認識できなかった欠陥であったりした場合など、刑事罰までは問われないメーカーについてのコンセンサスがあるとすれば、【医療ではどういうものが考えられるか】という議論はむしろ必要なものではないでしょうか。

先に、私の主張としては、上に引用したコメントにありますように免責されるコンセンサスとして【医療ではどういうものが考えられるか】です。

>以前、工学部の方々とディベートしたことがあるのですが、医療過誤が起きるのはヒューマンエラーが原因であり、そこを正せば良くなるはずと断言しておられました。おそらく医療を工業製品と同じように考えているからなのかもしれません。

 う〜ん、上の文は、医療を工業製品と同じように考えている、ということではないのかな、と思うのですが。下の理解ですが、それがそもそもおかしい、ということであればご指摘下さい。
・医療過誤はヒューマンエラーが原因であるのでしょうが、それは、「ヒューマンエラーは医療過誤とみなされる」ということではありません。
・ヒューマンエラーの中には医療過誤も、そうでないと分類すべきものもある、しかし、医療過誤(これは医療に限りません。航空機だろうが製造現場だろうが事故・トラブルの原因はほぼヒューマンエラー(の重なり)によって生じます)はヒューマンエラーによるものである、ということはほぼ正しいし、改善するならばそこにメスをいれるしかない。
(これは人間側に負担を強いることを必ずしも意味しません。工学的には、安全装置やフェールセーフなど。)

>しかし、一般の皆さんが過誤だと考えている(私は過誤とは考えていませんが)血管を傷つけた、機械が想定外の事故により誤作動した(中略)〜などは減らすことはできないし、むしろ医学の発展とともに増えていく可能性は大いにあります。私たち医療者はこれを過誤ではなく、合併症と呼んでいるわけですが、医療というのはそもそも体を傷つけるものです(投薬ももちろん含めます)。普通にやっていても患者が死ぬ危険性はいつでもあるわけです。その中で我々はいろいろな治療オプションを提示し、患者に選択してもらえるよう努力しているのです(いわゆるインフォームドコンセントですね)。

上の文にはやや違和感を覚えます。
・過失(過誤)ではない、というのは分かりますが、分類としては、「医療行為によって発生したもの」であるのであって、症状でもなんでもないので「合併症」というのには違和感を感じます。それは現状避けることはできないし、過失(過誤)とは扱わないとしても、それは「医療行為によって発生したもの(悪影響)」であり、程度によっては、仮に、普通の腕の医者ならば傷つけずに手術できる血管を不注意で傷つけたとすれば、それは過失(過誤)と扱われる可能性はあるべきものと感じます。
・現状そうした「医療行為によって発生するもの(悪影響)」は減らせないでしょうし、新たな項目が医学の発展とともに増えていくのでしょうが「減らすことはできない」と言い切られるのも・・・。率直に言えば、悪影響なんですから「減らすべき」ものです。今できなくてもできる見通しがなくとも、医学の発展とともに「減らすべきもの」としての意識はして頂きたいというのは医療関係者でない故のたわごとかもしれませんが。
・医療が体を傷つけベストを尽くしても患者が死ぬ危険性はある、ものである、ので、「医療ではどういうものが(免責事項として)考えられるか」が議論になっているのでしょう。
・「その中で我々はいろいろな治療オプションを提示し、患者に選択してもらえるよう努力しているのです(いわゆるインフォームドコンセントですね)。」は、インフォームドコンセントについては、本来、あらゆる法的契約に適用される概念であり、「正しい情報が得られた・伝えられた上での合意」ということで、むしろ他業種こそが先行しているのであって。日本人がそもそも「契約」「死・不幸を想定し対応すること」に不慣れという性質もあってここが発達してなかったし、実際にリスクを伝える困難さ(製品などと違って生死がモロにかかわってくるので上を実施することの苦労は想像できないほど大変だとは感じますが)もあるのでしょうが。とはいえ、「正しい情報が得られた・伝えられた上での合意」というのが、下でも書かれていました「医療はそもそも人が傷づく・死ぬ可能性のある・行為である」ということを患者側も十分認識して治療を受けるという「あるべき姿」ではないのでしょうか?

>機械と医療は全く趣を異にしています。ある特定の分野を除いて同列に考えるのは全く無意味です。

 それはそうでしょう。機械と一括りにしてますが、分類していけば、全く趣を異にします。
医療には医療の困難さがある、しかし、エラーの分類・捉え方、リスク、インフォームド・コンセプトなど考え方を適用して【医療ではどういうものが考えられるか】を想定していくのは無意味とは思いません。

病院って儲かってないの?風邪で病院行くと長蛇の列になってるし、診察は数分だし・・・単純に儲かってそうだけど

これで訴訟も激減?

出産事故に3千万円、来年1月以降対象に…産科医療補償

 出産時の医療事故で脳性まひとなった障害児を対象に、医師の過失が立証できなくても補償金を支給する
産科医療補償制度について、制度を運営する財団法人「日本医療機能評価機構」は14日、補償額を計3000
万円とし、2009年1月以降に生まれた子どもを対象に制度を開始することを決めた。

 この制度の創設は、医師の過失証明が難しく訴訟が長期化しやすい出産時の医療事故について、早期解決
と被害者救済を図るのが目的。訴訟リスクを軽減して産科医不足に歯止めをかけようという狙いもある。

 同機構によると、新制度では、出産を扱う医療機関などがお産1件当たり3万円の掛け金を民間保険会社に
支払い、先天的な要因でなく医療事故で脳性まひとなった子どもに補償する。

 補償金は、介護準備用に一時金600万円を支給した後、介護費用として総額2400万円を20歳まで定期的
に分割払いする。申請は原則として満1歳からで、期限は満5歳の誕生日まで。重症の場合は6か月から申請
を認める。同機構は、お産を扱うすべての施設の加入を目指しており、今月から加入の受け付けを始める。

(2008年7月14日22時20分 読売新聞)

>一市民さん

 ん〜、かなり周回遅れですが

>マスコミが訴えてくれないのですから、マスコミに頼らず医師会なり、病院内告知なり、ストライキなりして
訴えれば国民は理解してくれると思いますが。

 いや、冗談抜きにストライキして良いですか?とうてい国民は理解しそうにないですけどね。

>これで訴訟も激減?(以下略)

 いや、無過失保証で得たお金で訴訟を起こして3000万を一億以上にがデフォでしょ

「規制改革・民間開放推進会議の前進である総合規制改革会議後の記者会見で宮内義彦座長(オリックス社長)が「医療産業というのは100兆円になる。どうして医師会の先生方は反対するのか」と発言した。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080430

話がややこしいのは本来、医療制度崩壊(混合診療の解禁と皆保険制度の崩壊)で得をするはずの医師会が、混合診療の解禁に反対しているのです。見た目には利権集団か圧力団体のように見える医師会ですがその実、高齢の老先生も多く、未だに「赤ひげ先生」を美徳とする部分があるからだと勝手に自惚れています。
それに対し、混合診療の解禁を望むのは、オリックスなどの外資系保険会社であり、財政諮問会議や財務省(小泉竹中路線以来の骨太の改革)などです。マスコミは大手スポンサーである外資系保険会社に尻尾を振っています。(最近テレビのCMは外資系の医療保険ばかりでうんざりです)大手マスコミは全くあてになりません。

まずは政権交代(小泉竹中路線以外)、その次は一市民様が提示された、
>同機構によると、新制度では、出産を扱う医療機関などがお産1件当たり3万円の掛け金を民間保険会社に支払い、
特に自費診療である出産などで、保険料や賠償金さらには弁護士費用などを上乗せすることです。そうすれば医療訴訟がどれくらい医療費を圧迫しているかが分かると思います。
訴訟自粛とは言わないまでも、医療訴訟の医療費への影響を国民全体で考える契機になると思います

横から失礼します。

>>No.240 北風 さん
>仮に、普通の腕の医者ならば傷つけずに手術できる血管を不注意で傷つけたとすれば、
>それは過失(過誤)と扱われる可能性はあるべきものと感じます。

北風さんが違和感を感じたこの点が医療者と非医療者の感覚の一番の乖離だと
思います。
「血管を不注意で」とおっしゃいますが、どんなに注意していても、どんなに
手技の優れた医者が行っても血管損傷や神経損傷が起きてしまうことはあります。
(「傷つける」とは書きません。不可抗力な合併症ですから。)
そして、不注意だったのか、注意していたのか、あとから第三者が判断することは
実質不可能です。
患者さんは千差万別で、医療行為に対する反応も千差万別です。

医療行為では、これまでの知識・経験に照らし合わせて、ごく普通の事を行っていても
日々驚かされることは珍しくありません。
私は小児科医なので、小児科医での例になりますが、、、
点滴を行う際、普通は留置針を入れ、輸液をつないで、留置針を抜いておわります。
しかし、どんなに普通に行っていても、針を刺す行為で激しい啼泣からひきつけを
起こしたり、輸液が漏れてしまったり、アレルギー反応が起こってしまったり、
抜針後、圧迫止血をしっかり行っても紫斑が出来たりと、誰に何が起こるのか
完璧な予想は不可能です。可能性の予見が出来たとしても完璧に避けることは
不可能なのです。そしてその起こってしまったことに対する処置をおこなっても
またそれに対する不可抗力が存在します。医療行為はそういったことの積み重ねです。


>医学の発展とともに「減らすべきもの」としての意識はして頂きたいというのは
>医療関係者でない故のたわごとかもしれませんが。

いいえ、わたごとではなく、ごく普通の感覚だと思います。
いかに患者さんをよりよい回復へ導くか、というのが基本的に医療者の仕事で
あって目標です。医療関係者も「減らすべきもの」として意識して行っています。
ただその「減らすべきもの」の医療者の実行可能範囲と患者側の許容範囲での
温度差がある時に、それをミスとして患者側が認識するのだと思います。

No.245 Pediatrician さん

>>>No.240 北風 さん
>>仮に、普通の腕の医者ならば傷つけずに手術できる血管を不注意で傷つけたとすれば、
>それは過失(過誤)と扱われる可能性はあるべきものと感じます。

>北風さんが違和感を感じたこの点が医療者と非医療者の感覚の一番の乖離だと
思います。
>「血管を不注意で」とおっしゃいますが、どんなに注意していても、どんなに手技の優れた医者が行っても血管損傷や神経損傷が起きてしまうことはあります。(「傷つける」とは書きません。不可抗力な合併症ですから。)

 お書きになられていることはもっともだと思いますし、そういうことが起きてしまうことがあるのでしょう。(ただ、回避不能ではあっても、「それは何か?」といえば、本来症状として損傷があったわけでもなく、「現在の医療行為において不可避ではあるが発生した損傷」としか言いようが無いのであって)
 ただ、引用部で、私は「普通の」と書いた部分、曖昧ではあるのですが、線引きはできないのか、と。
一番下で書いておりますが、不可抗力の範囲とミスの範囲はある意味セットで書くほうが分かりやすいのではないかと感じます。
引用部について、極端に言えば、術中にメスを取り落として、そのメスが本来手術において傷つけずに手術が可能であった血管を傷つけた。
これは「普通の腕の医者ならば傷つけずに手術できる血管を不注意で傷つけた」としかいいようがない。
そんなケースはまあ普通は起きないでしょうが、なんらかの範囲はあるのであれば。

>そして、不注意だったのか、注意していたのか、あとから第三者が判断することは実質不可能です。
患者さんは千差万別で、医療行為に対する反応も千差万別です。

ここも違和感を感じるところです。「普通」の行為に対する結果が、症状などによって変化するため、範囲が広くなるし、選択肢も広い。
となると、通常の判定基準である、結果やなされなかった行為を持って(車であれば、危険を回避できなかった・減速していなかった、などをもって、前方不注意などとみなしえる)の判断ができないのでしょう。

であれば、行われた行為自体が明らかに不注意な例くらいしかない。
もし、あるのであれば、そういうものを除外した形で、「免責」範囲を規定していくことになるのでしょう。

>ただその「減らすべきもの」の医療者の実行可能範囲と患者側の許容範囲での温度差がある時に、それをミスとして患者側が認識するのだと思います。

その通りだと思います。
実行可能範囲と許容範囲の温度差があるのは確かでしょう。
患者側がミスとして認識しているという点について、結局、「これらはミスとしてみなされるものであり、これらは不可抗力としてみなされるものである」というところをすりあわせていくしかないのでしょう。
前者と後者はセットです。

不可抗力の範疇はどこまで(間にグレーゾーンを挟むにしても)で、どこからはミスである、ということの片方だけでは上手く伝わらないのでは、と思います。

 北風 さん、こんにちは。

 どうもモデルが単純に過ぎるように思います。術者の手技の熟練度だけが問題というわけではありません。

 国手と呼ばれるような名手でも、患者を殺すことはあります。原因は様々です。逆に、駆け出しあるいは修行中の外科医でも、センスの良い者であれば難手術を無事にこなすことは珍しくありません。

 個人的には、実行可能範囲と許容範囲という枠組み自体、不確実性の高い、難易度と結果のバラツキの大きい行為の有責性を議論する上では不適切と感じています。

私もPediatricianさんと同じところで引っかかったので横レス失礼します。

ミスかミスで無いかではなく、ミスった人間をどう処分するかで考えましょう。
まあ、とにかく「ミス」とされる場合を考えると、どんなに手技の優れた医者でもミスをすることがあります。これは「どんなに守備に定評のあるプロ野球選手でも凡フライを落球することがある」ということを考えれば類推は困難ではないでしょう。何百、何千回も同じこと繰り返せば「弘法も筆の誤り」ということが起こります。

さて、この時ミスった人間に対して、その職業から排除するほどの罰を与えるとどうなるでしょうか。
同じ手技を行う人間からみて「あんなミスをしたら業界から退場をさせられても仕方がないな」と思えるミスを罰するなら一罰百戒として有効ですが、「いつかは自分も同じミスをするかもしれない」というミスを罰した場合、そのような手技を担当しようとする人間はどんどん減るんじゃないでしょうか?(「医者たるもの・・・」なんて精神論は自由意志を持った個人には通用しませんよ。)トラック運転手のように「お前じゃなくても、代わりはいくらでもいる」というくらい医師を増やせば無問題かもしれませんが、そこまで医師を増やせば弊害も出てきます。「そんな弊害よりもミスった医師は退場させるのが社会のためだ」という国民合意ができたならどんどん医師を増やせばよいだけです。

「医師を増やす弊害も困るし、ミスった医師を退場させないのも問題だ」というのであれば、「あんなミスをしたら業界から退場をさせられても仕方がないな」と同業者が思えるミスだけ罰すればよいのですが、その線引きは同業者にしか分かりませんし、同業者以外からは「庇いあい」に映る線引きになるでしょうね。
さて、どうしましょうか。

>「そんな弊害よりもミスった医師は退場させるのが社会のためだ」という国民合意ができたならどんどん医師を増やせばよいだけです。

でもそれだとミスの絶対数そのものはどんどん増えていきますね。

普通のサラリーマンですが、こうした医療崩壊系のエントリを読んでいると、いつも絶望的な気分になりますね。
被医療側の感覚として、最近変化あったので書き込み失礼します。流れ無視でスイマセン。

先日、身内の者が運動性アレルギーを心配して病院に行ったところ
「検査でもし死んじゃったら、僕が捕まっちゃうんですよね〜」
と、明るく検査を却下されたとか。
まぁ、これは普通に妥当な判断だろうと思いますが、医療訴訟問題を他人事じゃないと感じられた一瞬ではありました。

当たり前過ぎてスルーしがちですが、被医療者こそが医療崩壊問題の最大被害者です。
問題解決をお医者さんばかりに期待するのは、緩慢な自殺行為に他なりません。
また勤務医の給与水準を高レベルに維持する必要性など、冷静に考えれば自明のことでも、お医者さんの側から主張されると説得力を失う類の話があるのも事実です。

私としても、幸い人様のブログに書き込む程度のネットリテラシーがある事だし、名前も忘れた地元の議員に「こんな問題があるんだけど、どうなの?」とメールの一通でも送ってみようかという気になってきました。
自分がこんなことを考え出したことを振り返るに、こうした場所で「議論されている」という事実の存在自体がきっかけになっている事は明らかで、大変有意義なものと考えます。

ところで、大手メディアがアテにならない中でのお医者さん団体によるマス情報発信手段の一案として、Yahooトップページの広告リンクを一定期間買い取り、なるべく親しみやすい衝撃タイトルで提灯記事を書くと効果的に思えますが、いかがでしょう(ただの思いつきです)。
混合診療の問題点など、おそらく時間をかけないと伝わりません。
被医療者側からすれば、想定事象を都合のいい方にしか展開しないんですね。
保険適用範囲は「当然」今のままで、といった具合に。

 元ライダー さん、こんにちは。

 あ〜、自分のコメントは堅すぎて伝わらない書き方になっていたことに気づきました。ありがとうございます。


 Yacht さん、こんにちは。

 自分が言うのもヘンですが、興味を持っていただいてありがとうございます。

 ちょっと関係した話として、サラリーマン本人の患者自己負担分をゼロに戻す必要があると考えています。亡くなった鴇田忠彦先生という経済学者が、診療報酬請求書の大規模研究で、非常に不適切な影響のあったことを明らかにされています。

 これも医者が言わないと必要と正当性が認識されない問題であると思います。

3万円の負担で出産に際し、少しでも安心感が増すのであれば、国民としては受け入れ可能な額だと思います。
この制度ができて喜んでいます。
訴訟も確実に減ると思いますが・・・・・・

産科医療の無過失制度:他の診療科・専門職(医療以外)への拡大も希望
という医師ブログがありましたが、大賛成です。
こういうのが、増えれば、訴訟は相当減ると思いますが、
そういうことをまず、やった方がよろしいのではないでしょうか?
そのことでの医療費増額は納得できます。

No.240 北風 さん
合併症について、私の考えでは、普通の医療からかなり逸脱した行為に関しては我々も過誤(過失)として処理すべきものと考えます。そこの部分は私の説明不足でした。ただその差が実は曖昧なのです。しかし、不注意だから血管を傷つけるというわけではありません。
つまり、血管を傷つけたという事実をとってみても普通はしないような不注意による場合とそうではない場合、おまけにその境界にある場合があるわけです。医師のほとんどが見て「あれはやっちゃあ、いけないよな」という場合は過誤とすべきと私は思います。たごだ、決してスーパードクター(南○先生とか)の意見を参考にしないで欲しいのです。あくまでも平均的な医師の目から見て・・・です。逆に言うと最低限の手術ができない医師は外科医になるべきではないと思います。結局リピータがはびこっている理由はこうした排除システムをとってこなかったことにあるのだと思います。
話しが長くなってしまいましたが、私が言いたいのは、普通にやっていて起きてしまったことを過誤とか過失扱いにすると医師は逃散してしまうしか手が無くなってしまう、ということなのです。

私の言葉に違和感を覚えるのは、やはり医療というものをイメージしにくいからだと思うのです。何年も我々と一緒に仕事をしたり、現場を何年も見ていくと我々の言っていることが理解できるようになるとは思いますが、私は国語力がないので素人に説明するのはできません。しかし、本来はそれをどうやって説明していくかというのは我々の課題なんでしょうね。

あと、合併症を減らすべき、というのはあくまでも理想であって、実際には減らすことは困難です。医療に携わった人間なら誰しもが考えることでしょう。
今まで起きた患者への悪影響を解決すべく努力することは必要だと思います。ただ、それには報告制度とデータベース化が必要です。そのためにはそれこそ免責(念のため言いますが、私はすべてを免責にせよといっているわけではありませんよ)が必要になってくると思います。そうしないと必要な情報を集められないからです。今までデータベース化は国単位で行われていませんでした。だからどうしても同じような事故がいくつかの施設で起きることになります。そうした意味で私は事故調査委員会というのは必要だと思うのですが、多くの医師はこれが解釈を曲げられて刑事証拠とか、民事証拠とかに使われるのを最も危惧しているのです。
仮に減ら無かったら医師を罰するというようなシステムになったとしたら(そんなことは万が一にもあり得ないと思いますが)、医療行為をやめることが最も効果的でしょう。しかし、これで誰が喜ぶでしょうか?
新しい手法には今まで考えもしなかった新しい問題が出てきます。
これが私の言う、事故を減らすことは困難であるという理由です。

他の部分については北風さんの考えるとおりだと思います。

結局私が言いたいのは、医師を罰して(民事も含みます)その結果何が起きるかと言うことを皆さんに考えて欲しい、ということなのです。医師を罰して医療が良くなるのならいいです。でも、今の制度と世論では結果は別の方向に行ってしまいます。
勿論、リピータや余裕のある職場環境での明らかな過誤は罰するべき(刑事も含む)だと私は思います。重過失については、何を持って重過失言うのかが解らない限り、ノーコメントとさせて頂きます。

No.242 一市民 さん
ご存じないかもしれませんが、この産科医保証制度では問題が山積みです。
まず、保証金は医師なり病院なりが負担すると言うことです。明らかな過失ならいざ知らず、過失が無いのに負担するというのはおかしな屁理屈です。たから、お産がこの保証料込みで受けられるというのなら良いのですが(本来保証とはそういう意味ですよね)、私の知っている範囲では医療者側が無条件で負担するというものです。医療者側が負担するというのではますます産科医不足に拍車をかける原因となり得るのではないでしょうか?
本来、商品においては保証料というのは定価に含まれているはずです。従って、消費者側が負担するというのが自然な流れだと思うのです。
過失があれば医療者側の負担になっても良いと私は考えております。

業界と刑事罰との相関関係というここのテーマのもとでは、医療行為と刑事罰の関係を論じるにはテーマが抽象的過ぎて土台不足のように思います。具体的には、医学医術の発展は他業界とは性質の異なる利益(金銭的利益ではなく公益的な観念的利益)を追求するものだと思いますから。

まず医師はいわゆる利益追求業界に属しておらず医術を自分の収入のために用いているのではありません。よって自分の収入のために運転を業としているトラック運転手が犯す道交法違反の過失と比較することはまったく実効性がないように思います。

また、個々の医療行為は本来すべて傷害行為ですが医師だけがそれを免許を受けて行なっており、医師免許には本来医療行為の傷害性についての刑事免責が含まれています。そして治療という刑事免責された傷害行為の蓄積の結果が肉体への侵襲という傷害であることは自明の理である以上、治療の結果についても刑事免責は当然付帯しているでありましょう。すなわち個々の医療行為の刑事過失性がゼロである以上、ゼロを幾つ足しても(加重しても)過失性の総和は常にゼロです。∞(傷害行為回数)×0(刑事過失性)=0(刑事過失性)。

昨今の新過失論(でしょうか?)にもとづき、業務上過失致傷罪を医師の治療の結果について適用して、致死傷の原因となった過失行為が医師でない司直(警察検察)や司法の手で究明特定できるとする考え方は、主に前述の二つの理由により根本的に間違っていると私は考えます。
ついでに、この刑事過失論(新過失論?)では後知恵の論理が過失認定の前提として堂々と据えられているように思いますが、そういう自家撞着がなぜ新過失論では放置されているのか?といってもその理由までは門外漢の私にはわかりませんが。

例によって大幅にトピずれコメントになりました(笑)が、この問題提起に対してはこういう下世話な答えしか思いつきませず、横入りごめんなさいで書いてみました。と申しますのも、一応裁判員候補(笑)としてアレな国民ながらどの程度の法律感覚で刑事裁判に参加すればいいのかに少々興味がありますもので。まあ現実には陪審員以外の参加は考えていませんがその時のシミュレーション(笑)です。

製造業なんかでは、作業手順などによって「やるべきこと(やらないことがミス・エラーとなりうる)」「やるべきではないこと(やることがミス・エラーとなりうる)」がかなり明確になっているため(蛇足:「禁止事項・やってはいけないこと=やることがミス・エラー」)、客観的な結果回避義務違反に対しての判断がしやすい。
一方で、医療では、「やるべきこと」「やるべきではないこと」が明確に区分しにくいことが過失の判断が困難である一因となっていると感じます。

 行為・結果について、例えば、No.245のコメントから引用ですが「(医療行為を行った結果)血管損傷や神経損傷が起きてしまうことはあります。」というな場合、それは下の3つのどれかになるのではないかと思います。

・1.回避不能・不可抗力
・2.ミス(回避不能と言い切れず、ペナルティが課せられるか課せられないかはケース・バイ・ケース(過失とみなされるかどうかもケース・バイ・ケース)例:1.に限りなく近いミス「挿管を間違えて食道に入れた」、過失とはみなしにくいケースがほとんど)
・(グレーゾーン)
・3.刑事罰を課される過失(重過失)

 yamaさんやPerdiatricianさんがあげられている例が、「上の1.+2.の一部(過失とみなさないミス)を含むものである」、ということに異論はないのですし、医師の方々の実感として大部分がこの範囲に属するのでしょう。

 とはいえ、
※「3.を含んでの免責」というのはそこまでは医師の方々も望んでいないでしょうから、ここの線引きがいります。
※また、「1.と3.の間の範囲=2(+グレーゾーン)を全て免責」というのは、それは範囲が広すぎないか?と感じますし、この範囲を全てケース・バイ・ケース(裁判)では、医療側の負担が大きい、というのも分かりますので、難しいのでしょうがなんらかの線引きをしないといけないのだと。


>No.247 rijin さん

>どうもモデルが単純に過ぎるように思います。術者の手技の熟練度だけが問題というわけではありません。

 「普通の腕の」は、力量・レベル(注意力なども含めた)の意味で書いたつもりです。
上の「上の1.+2.の一部(過失とみなさないミス)」のケースが大部分であるということには異論はないのですが、

>国手と呼ばれるような名手でも、患者を殺すことはあります。原因は様々です。
 
 運転に例えてはいかんのでしょうが、交通事故であっても「その運転手が名手であったか否か」はあまり問題にされないのであって。
行った行為の線引きの上で、「普通はしない行為かどうか」「2.の一部ないし3.に属するか否か」の点で、「普通の腕の」としているので。「重過失」でない「術者の熟練度に依存するような」ケースは刑事罰に問うところではないのでしょう。

>個人的には、実行可能範囲と許容範囲という枠組み自体、不確実性の高い、難易度と結果のバラツキの大きい行為の有責性を議論する上では不適切と感じています。

 不適切であれば、別の枠組みがいるのでしょう。どう線を引くのか、という問題は残りますので。


>No.248 元ライダー さん

>ミスかミスで無いかではなく、ミスった人間をどう処分するかで考えましょう。

 上の3.に対しては、熟練医師であろうが、刑事罰は課せられるでしょうし、2.に対しては課せられるべきではないという切り分けが(ケース・バイ・ケースのグレーゾーン含む)できるかどうかなんですが。

>「あんなミスをしたら業界から退場をさせられても仕方がないな」と同業者が思えるミスだけ罰すればよいのですが、その線引きは同業者にしか分かりませんし、同業者以外からは「庇いあい」に映る線引きになるでしょうね。

 基本的に「あんなミスをしたら業界から退場をさせられても仕方がないな」と同業者が思える重いミスだけ(3.と重なるのか?は疑問)刑事罰に問えばよいのは同意です。
「どこで線を引くか」「どういう考え方で線を引くか」も、医療関係者が考えていかないと無理なのでしょう。

 ただ、処分を課すのは裁判所であり、線引きが同業者にしか分からないのであれば不都合が生じるのではないでしょうか?
患者に線引き基準が明らかにされていないのも問題が生じるケースはあるでしょうし、線引きの基準は、同業者以外にも明らかにする必要があるかと思います。
 もっとも、「同業者以外からは「庇いあい」に映る線引きになるでしょうね。」の点について、「その範囲は何故そうなったの?」「こういうケースではどうなるの?」「免責範囲でなくグレーゾーンであるべきではないか」などのツッコミが入ったときに、基準とその論理に妥当性があるものであれば問題はないのではないでしょうか?(ここは線引き次第の部分が大きいと思いますのでこれくらいで)

>No.254 yama さん

>話しが長くなってしまいましたが、私が言いたいのは、普通にやっていて起きてしまったことを過誤とか過失扱いにすると医師は逃散してしまうしか手が無くなってしまう、ということなのです。

 お書きになられていることは分かるのですが、上でも書きましたが、線引きが同業者にしか分からない、のであれば、司法にも患者にも理解は得られないのであって、線引きの基準と同業者以外にも分かるような形での説明、がいるのでしょう。
 上で書いたところの2.のミスについても範囲は広いのであって、刑事罰でもなければ民事を含まないものも多いでしょうし、ケース・バイ・ケースとしかいいようがないのかもしれません。
 が、ケース・バイ・ケースというのは、結局のところ「裁判での判断」に委ねられる可能性があるのであって、「免責の線引きをするか」「ガイドラインなどで過失とは扱えないケースを、同業者以外に理解させていくか」の方法をとらざるをえないのではないのかと。

>結局私が言いたいのは、医師を罰して(民事も含みます)その結果何が起きるかと言うことを皆さんに考えて欲しい、ということなのです。医師を罰して医療が良くなるのならいいです。でも、今の制度と世論では結果は別の方向に行ってしまいます。
>勿論、リピータや余裕のある職場環境での明らかな過誤は罰するべき(刑事も含む)だと私は思います。重過失については、何を持って重過失言うのかが解らない限り、ノーコメントとさせて頂きます。

 これも言わんとされることは分からないでもないのですが、他の業種でも基準は緩くなる方向ではないので。他の業種でも刑事罰が必ずしもその業界を良くするものであるかは疑問です。
上でも書きましたが、基本的に「あんなミスをしたら業界から退場をさせられても仕方がないな」と同業者が思える重度のミスだけ刑事罰に問えばよいと思っています。


追加ですが、産科医療の無過失制度 についても、

https://www.cabrain.net/news/article/newsId/14750.html
「報告書によると、補償の対象は出産時の医療事故で何らかの障がいが残ったすべての乳幼児ではなく脳性麻痺児に限定されている。
しかも、「出生時2、000グラム以上で、かつ在胎週数33週以上で脳性麻痺となった場合」のうち、重症度が「身体障害者等級の1級および2級」となっている。さらに、先天性の脳性麻痺などは医療事故ではないため補償されない。」

「その制度の救済しえる対象範囲はどうあるべきか」「救済される対象範囲の線引きは妥当か?」「負担はどうあるべきか」「対象となる医療事故とは何か(裁判との兼ね合い)」といったところをすり合わせていかないといけないので、産科医療についても他の医療に拡張するにしても問題は多いと感じています。

個人的にはなな先生やバミュ先生がこんな思いをしなくてすむ方法を希望します。
http://blog.m3.com/nana/20080608/2

http://ameblo.jp/sanfujinka/entry-10116514778.html#cbox

>具体的には、医学医術の発展は他業界とは性質の異なる利益(金銭的利益ではなく公益的な観念的利益)を追求するものだと思いますから。

まず、ここがよく分からないのですが。
公益的な観念的利益とはなんでしょうか?患者が求めておりまた実際に行われる医療行為(病気や怪我の治療など)は極めて現実的な利益ではないのでしょうか。
「発展」という言い方をするならば、科学技術でも「その発展」は何を追求するものか、というのであれば、金銭的利益ではないわけで。

>まず医師はいわゆる利益追求業界に属しておらず医術を自分の収入のために用いているのではありません。よって自分の収入のために運転を業としているトラック運転手が犯す道交法違反の過失と比較することはまったく実効性がないように思います。

これもよく分かりません。
前半部、医師の方々はご自分の収入のためには医術以外のものをもってなされておられるのでしょうか?
個々の医師の方々の治療行為に対してその方々の収入としての対価を払う必要がないということであれば医療費も削減できそうな気がします。
後半部、収入のためであることと仮にそうでないとして、何故に過失が比較できないのでしょうか?過失の定義に「収入のために業としているか否か」が影響するのでしょうか?「収入のための業」の過失は重くみて、「収入のためではない」過失は軽く見ろとでもおっしゃるのでしょうか?

「過失」について、医療の不確実性や制約を考えた場合、個々のケース毎の判断が必須で、注意義務や結果回避義務をあらかじめ明確に規定することが難しい、という論ならば理解できるのですが。

>また、個々の医療行為は本来すべて傷害行為ですが医師だけがそれを免許を受けて行なっており、医師免許には本来医療行為の傷害性についての刑事免責が含まれています。そして治療という刑事免責された傷害行為の蓄積の結果が肉体への侵襲という傷害であることは自明の理である以上、治療の結果についても刑事免責は当然付帯しているでありましょう。すなわち個々の医療行為の刑事過失性がゼロである以上、ゼロを幾つ足しても(加重しても)過失性の総和は常にゼロです。∞(傷害行為回数)×0(刑事過失性)=0(刑事過失性)。

「資格」というものは、「免責の証」なんですか。
映画で、「殺しのライセンス」なんかが出てくるものもありましたが。
上の文の「医療行為」という語句の意義が広すぎます。「治療」の意義も広すぎます。
「妥当な」「通常の」などが内包されているものとすれば、その範囲の定義が別途必要ですが、上の文で同意ですが。

※参考:付表 過失要素の評価一覧
 http://www.dental-review.com/seizon/0109.html
※参考:8章 医療事故刑事裁判事例のエラーによる類型
 http://www.dental-review.com/seizon/0108.html

>具体的には、医学医術の発展は他業界とは性質の異なる利益(金銭的利益ではなく公益的な観念的利益)を追求するものだと思いますから。

私も理解できません。

最近読んだもので、非常にわかりやすかったのは
鎌倉湘南病院名誉院長 鈴木隆夫先生のレポートです。
医師の皆さんには
ぜひ目を通していただきたいと思います。
http://www.iryoseido.com/kouenkai/008.html
発想の大幅転換でしょうか?
これなら国民にも理解しやすいんですが。
しかし、同じ手術でも病院で随分値段に差があるとは
驚きました。
情報公開が必要ですね。


 医療過誤も、普通の裁判と基本的には同じだと思いますよ。
患者を死なせてしまったケースでも、どんなゴッドハンドでも 不可避な状況もあれば、死なせずに済んだのに人為的なミスで死なせてしまったケースも当然あるでしょう。
 交通事故で人を死なせてしまった場合だって、ドライバーにとって不可避な状況だったか、そうではなく明らかなミスだったかで状況は全く違うはずです。
 
 結局は、それをどこまで、現実的なエビデンスをもって証明できるかと言う話であって、どれだけ裁判所が精緻な判断をくだせるかという方法論に集約される話ではないでしょうか。
 
 医療だからと言って、特別に厳しくするわけでもなく、かと言って特別に甘くするわけでもなく、淡々と対応すればいい話だと思います。
 裁判所がその判断をするために、専門家からなる第三者機関の判断を仰ぐなどの方法論は、どんどん検討するべきだとは思いますが、本質的には別に難しい話ではないと思います。

名無しさん の話が明快すぎて、すっきりしました。
医師が賢すぎて、ごちゃごちゃ考えすぎてしまった、
それだけのことですね。

>裁判所がその判断をするために、専門家からなる第三者機関の判断を仰ぐなどの方法論は、どんどん検討するべきだとは思いますが

ここですね、これを早めに決着つければいいのでしょう。

>>258北風さん
痛みというものを金銭に換算することはできません。痛みが治療によって軽減したから何円の金銭的利益があったということもできません。その金銭に換算できない利益から賃金を得るのを目的として、診断や治療という医療行為(という傷害行為)を業として行っているのではないということです。

私が個人的に北風さんのご質問にお答えできるのはここまでです(笑)。あとは>>256に書いたとおりぼつでおkな私的な思考シミュレーションですから読み捨ててください(笑)。

>>No.262最後の一文の引用コメントナンバー>>256は255の間違いです。No.256北風さんにお詫びして訂正いたします。

私の言葉に違和感を覚えるのは、やはり医療というものをイメージしにくいからだと思うのです。

医療というもののイメージではなく、合併症という言葉の使い方が焦点なのだと思います。

血管を傷つけたという事実をとってみても普通はしないような不注意による場合とそうではない場合、おまけにその境界にある場合があるわけです。医師のほとんどが見て「あれはやっちゃあ、いけないよな」という場合は過誤とすべき

その点に関しては分かります。しかし「医師なら誰でも行ってしまうような事」が起こった場合、それを合併症と呼ぶのは違和感を覚えます。過誤だと言うつもりはありませんが、それを合併症と呼ぶ事に対する違和感はあります。

副作用と呼ぶのであれば、個人的には納得できます。結局の所、この辺りは主観的な問題なのでしょうね。

>痛みというものを金銭に換算することはできません。痛みが治療によって軽減したから何円の金銭的利益があったということもできません。その金銭に換算できない利益から賃金を得るのを目的として、診断や治療という医療行為(という傷害行為)を業として行っているのではないということです。

私の理解としては
・「診断」や「治療」という医療行為にどれだけの価格をつけるか、が、現状、特殊な形である。
・とはいえ、「診断」や「治療」という医療行為の価格を完全に市場原理にまかせるべきとも思いませんので、「モノ」などとの比べて特殊性はある。
といったところなんですが。

 なんとなく言わんとされているところも分からなくもないような気もするのですが、上のように書かれますと…。

 例えば、今、朝食前で腹が減っているわけですが、「空腹」というものを金銭に換算することはできませんし、「空腹」が食事によって軽減したから何円の金銭的利益があったということもできません。「食料品」あるいは「外食産業」は、その金銭に換算できない利益から(省略)
 上の「空腹」の部分、「知的好奇心」「娯楽」といった語でも可能かな、と思います。
 
 「モノ」は「空腹」を満たすうんぬんじゃなく、市場原理などで価格が決まる。「本来価値」なんか規定できないでしょう。(原油や食料品でもいいのですが、生産コストは同じでも供給量が大きく変化すれば価格は大幅に変動する(生活に必須のモノですから)わけですが、「本来この金銭的価値であるべきだ」なんてものはない。)

医療だから甘くしろとか言う話しでは無く、医療の特殊性に今の刑事法が適していないと感じています。
などと言いながら法律は判って無いので、発言する資格が無いような気がしますが。(笑
刑事って民事と違って対象は個人ですよね?(そこから認識が違ってたらごめんなさい。)
だから刑事事件になると病院のシステムとかに問題があっても、裁かれるのは医師や看護士などの個人ですよね?
システム自体の問題は個人の罪がどのくらいなのかの参考にしても、システムの不備自体は裁かれないのですよね?(これは希望すれば改めて民事で判断するのかな?
そうすると病院側が「トカゲの尻尾きり」したり、被告に黙秘権があったりで原因の究明や再発の防止には役に立たない気がします。
たとえば何かの意図があって(手術件数を増やしたいとか摘出した臓器を何かに使いたいとか。)摘出する必要のない臓器を摘出したとかの疑いであれば、傷害罪での裁判でもいいような気がしますが、患者を救おうとがんばったけど力及ばずでしたみたいな時に過失致死で裁かれるのはあんまりだなあと感じます。

あと他の業種と同じというのも、他の業種では例えば車を組み立てているとき、自分のねじの締めかたが緩かったせいで事故が起きて人が死んで逮捕されたらどうしようと思いながらの緊張感のなかで働いてはいない気がします。
なぜなら決められた手順を守ってさえいれば、そんなことはほとんど起きないから。
ところが医療はある程度のガイドラインはあれど、ほとんど患者ひとりひとりの状態にあわせて臨機応変の対応が求められ、特に手術時などにはものすごい短時間に決断をせまられ、しかもうまくいかなかったら患者が亡くなる場合も少なくないということ。
またなな先生のブログを紹介します。

http://blog.m3.com/nana/20071231/1

患者は命を預けているんだから医師もそれくらいの覚悟が必要だ、それができなきゃ辞めろ!という意見も多いかと思いますが、その答えは「そうですね。確かに君子危うきに近寄らず。産婦人科と小児科と外科に入局するのはやめときます。」

私の娘が将来子どもが欲しいって言い出した時の為に、産科医が絶滅しないことを祈っています。

しま様

wikiなので絶対的な信用性はないのですが、原疾患に起因する「合併症」以外にも、「検査の合併症」「術後合併症」も「合併症」と呼ぶようですよ。

で、薬物起因のものが「副作用」ということで。

それでもしま様の「違和感」は消えないかもしれませんし、脚注の記事にあるように患者さんに理解してもらえない専門用語の代表例の一つのようですが・・・。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E4%BD%B5%E7%97%87

合併症に限らず、患者に起きた不都合なことを専門用語で「有害事象」と言います。この有害事象がマスコミをはじめとしてほとんど全て例外なく今までは「医療ミス」という言葉で片づけられてきました。
しかし、言うまでもなく、本来国語的には医療ミスとは「医療過誤」のことです。そして医学的には医療過誤は有害事象のうち、一部を指しているに過ぎません。
合併症という概念は医療によって生じうる有害事象のことであって(副作用ももちろん含みます)、その線引きは過誤と非常に曖昧です。そして、医療従事者でも過誤なのかは簡単に決められません。医学とはそれだけ解明されていない学問であり、ミステリーゾーンの多い学問だということなのです。何しろ病気の大部分はもちろん、体のしくみでさえ未だほとんど解明されていないわけですから。まあ、だいたいじじいさんのおっしゃるとおりだと思います(私はwikiは見ていませんが)。
確かに言葉の上では合併症と過誤とは全く感じ方が違うでしょう。感情的に「これは合併症ではない!ミスだ!」と遺族が言われるのも我々は納得いきます。
要は、これからの医療は情報を全て開示することが大事なんですね。これとてハードルは沢山あるわけですし、いわゆるクレーマーと呼ばれる人たちが納得するわけでも無いのでしょうけれども。

>医学とはそれだけ解明されていない学問であり、ミステリーゾーンの多い学問だということなのです。

医学は学問でも,我々臨床医の行なう「医療」はartです.そしてartに「ミス」と「ミスでないもの」の線引きができないのはある意味では当然のことだと思います.

多くの非医療者は,医療は「特定のマニュアル通りに行なえばどの医師にもできてしまうもの」というようなイメージを持っているようです.このイメージを破壊しない限り,医療の真の姿を理解してもらうことは困難なのではないでしょうか?

イチローでも毎回確実にヒットが打てないのは仕方が無いと考える一方で,外科医が手術すれば必ず成功して当たり前と考えるこのギャップが問題なんでしょう.例えばイチローがド真ん中の直球を空振りしたら「ミス」でしょうか?それは糾弾すべきことでしょうか?誰にも判断できないですよね.

そうですね。
あくまでも教科書に載っていることはごく基本的な事項だけです。そしてその教科書でさえ、いろいろな学説があります。例えば、身近な例で言えば、高血圧のガイドラインを例に取ると、疾患概念や診断基準、標準治療でさえ世界でバラバラなのです。これは、どこの国が間違っているとかそういうわけではなく、経済事情、社会的事情も考慮した上でそれまでの知見を土台にたたき上げた文書に過ぎないのです。おまけにそのガイドラインだって治療を行うに当たって完璧な教科書にはなり得ないのです。いわばガイドラインや教科書は最大公約数という言うわけです。
医療とは医学という教科書を基に行う総合的なものです。もちろん芸術的要素も含みます。

かといってマニュアルが不要というわけではありません。それまでの知見を基にどうすれば事故が少なくなるかと言うことを考え、そのエビデンスを基に行動することは良いことです。しかし、マニュアルはあくまでも最大公約数です。全ての事故を防ぐことはできません。ましてや今や新しい検査法や治療法が次々開発されていきます。医療も高度化しています。今まで起きなかった様な類の事故も増えるでしょう。
そういう意味で、私は事故を減らすことは困難だと言っているわけです。

一市民さま

念のため,同じ手術で病院により値段が異なるということではありません.
幾つか例外もありますが,基本的には入院手術と日帰り手術で値段が異なるという意味です.
また,手術前後の状態を考慮して日帰り手術の適否が決まるので,安いから日帰り手術を選択とはなりません.
なお,日本の医療システム上病院側が価格決定を行っているのではなく,保健医療では厚生労働省に決定権があり医療者側であありません.

高い技術(安い材料費)で日帰り手術を多くの患者さんに行えば利益が上がるという話ですが,高齢・既往疾患(糖尿病,高血圧症,手術既往,透析)などを抱える場合は対象にさえなりません.

前勤務先は地方の最終医療施設であったため,人道的観点から全て引き受け,事務サイドから大赤字を指摘され困ることが多々ありました.
公的医療機関は無理な受け皿の役割をしています.
営利目的の民間病院と同一視が出来ない一面もあります.

>不思議さん

しかしながら、日帰り手術の適否の基準はどこの病院でも同じなのでしょうか。同じ入院手術でも入院期間は病院によっても
違うのではないでしょうか。
つまり、値段は同じでも、受ける医療は
どこの病院でも同等とはいえないのではないでしょうか。
そういう意味では、一市民さんがおっしゃる「値段が違う」は
間違いではないと思うのですが。

言われることは一部理解できますが、
それにしても、膨大な赤字は結局税金負担であり、
正直もう少しコスト意識もって病院運営やってよ〜
って思う国民は多いと思いますが。
医師のアートにこんなに金かけていいの?って。

医療崩壊を防ぐため、医師の皆さんは、嘆願書を集め、
丹生裕子さんに持っていけばどうですか。
泣いてすがれば、何とかなるかも?


「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会メンバー
※「敬称略」で紹介させていただきます。
海野信也 (北里大学産婦人科教授)
大熊由紀子 (国際医療福祉大学大学院教授、元朝日新聞論説委員)
岡井 崇 (昭和大学医学部産婦人科学講座主任教授)
小川秀興 (学校法人順天堂理事長、日本私立医科大学協会会長)
嘉山孝正 (山形大学医学部長)
川越 厚 (ホームケアクリニック川越院長)
高久史麿 (自治医科大学学長)
丹生裕子 (柏原病院の小児科を守る会代表)
土屋了介 (国立がんセンター中央病院院長)
吉村博邦 (学校法人北里研究所評議員)
和田仁孝 (早稲田大学大学院法務研究科教授)

>それにしても、膨大な赤字は結局税金負担であり、
>正直もう少しコスト意識もって病院運営やってよ〜
>って思う国民は多いと思いますが。
>医師のアートにこんなに金かけていいの?って。

膨大な赤字というのは、かなり主観的な表現ですが、それは国民が、赤字にならないような料金を払わないからです。
日本の医療の料金が国際的に安いという根拠は、出せと言われれば、山のようにだせますが、コメントスクラムと言われるのは嫌なので差し控えます。

それを結局国民の税金で補填したところで、結局、受益者負担になっているだけ。
黒字の私立病院は、赤字部門は公的な病院に、付け替えているだけです。

赤字の地方の病院を取り潰せば、患者さんは遠くの都市部の病院に行きます。
その分、都市部の病院が儲かるかというとやや疑問です。
赤字病院が繁盛貧乏になるだけの結果なら、結局赤字の地域間の付け替えをやっているだけ。

「医療費なら払わん」という態度の行き着く先は、タイの医療です。

一市民さんの感心なさった鎌倉湘南病院名誉院長 鈴木隆夫先生のレポートを拝見しましたが、これは医療崩壊を防ぐ話しでは無く、崩壊の中で一個の病院が生き残る為の方法だと思いました。
医療費というパイの大きさは決まっているので、そこから自分の病院がどれだけ大きな一切れをゲットするかと言う方法。

「もう少しコスト意識もって病院運営やる。」というのは実はわりと簡単かもしれません。
事務やハウスキーピング部門など全部アウトソーシングにする。
小児科などの不採算部門を切り捨てる。
産科などの訴訟のリスクの高い部門を辞めて婦人科専門にする。
ついでに乳がん検診なんかもセットにしてレディス専門なんてやってもいいかと思います。
もし外科系を残すとすれば、状態のいい患者だけを引き受ける。
高齢であるとか心臓が悪いとか術後の経過が悪くなる恐れのある患者を引き受けると入院日数が長くなりますから。
DPCでは入院日数が短いほど収益は上がります。
難しい症例をうちの病院では難しいのでと言って大学病院などに紹介しておいて、状態のいい患者だけを対象にしておけば手術成績も上がって病院の評判も上がります。

そういう病院は生き残れるかもしれません。
でもそういう病院ばっかりになったら困りますよね?

>医療崩壊を防ぐため、医師の皆さんは、嘆願書を集め、
>丹生裕子さんに持っていけばどうですか。
>泣いてすがれば、何とかなるかも?

非医療者の私から見ても、この発言は勘に障ります。
無意味に挑発的な表現は建設的な議論の妨げですよ。

中島さん

手術適応は個々の患者さん,術者の治療戦略や技術でも異なります.
しかし,それに対する支払いは公定価格であり高額医療制度に基づき自己負担には上限があります.
各医療機関や術者で医療レベルの差が生じることは間違いないでしょうが,逆にそれに対して支払いの差異はありません.
リスクや難易な手術に対する見返りはないのです.

一市民さん
確かにコスト意識を持った医療経営は重要です.
今後はコスト意識のない施設は閉院するしかないとも思います.
>医師のアートにこんなに金かけていいの?って。
アートの意味を取り違えてはいませんか?
聖路加国際病院の日野原先生の著作とW Osler先生の著作をお読み下さい.

>医療崩壊を防ぐため、医師の皆さんは、嘆願書を集め、
丹生裕子さんに持っていけばどうですか。
泣いてすがれば、何とかなるかも?

おしゃる意味が分かりません.
不毛な話は時間の無駄です.
医療崩壊で苦しむのは医師ではなく,被医療者です.
もっと正確に言えば,自分達の子孫が被害を蒙ります.
最終的には撤退や方向転換,国外脱出など方法はあります.

>それにしても、膨大な赤字は結局税金負担であり、
正直もう少しコスト意識もって病院運営やってよ〜
って思う国民は多いと思いますが。

果て?至上主義の導入は(私としては)むしろ歓迎するところですが。
本当にそれでいいんですか?

No.279 至上→市場に訂正です。m(__)m

丹生裕子さんの件はおチャラけで言っているのではありません。
国民の中で唯一医療者に理解を示している一人ではありませんか。
その方が、医療訴訟に関し、理解を示し、
全国の医師を訴訟から守ろう、という運動をしてくれたり、
賛同意見を言ってくれれば、そのインパクトは大きいと思いますよ。
過労死だと騒ぐのであれば、泣いて訴えるくらいあってもいいと思いますが。
過労死や欝になるより、ずっといいと思いますよ。
ふんずまりのどんずまり状態なのだから、アイデアはいっぱいあった方がいいでしょ。

>過労死だと騒ぐのであれば、泣いて訴えるくらいあってもいいと思いますが。

わかってないなぁ。ないて訴える前にやめりゃいいだけなんですよ。過労死や欝になる医者ってむしろ例外的だと思うんですが。

>不思議さま


しかし、同じ値段であればより良いと思われる医療を提供してくれるだろう
医療機関にかかりたいと患者は思うのではないでしょうか。
金額は同じでも価値は同じとはいえないのではないでしょうか。

医師にとって
>リスクや難易な手術に対する見返りはないのです.

患者が同じ値段でどの医療機関でも同じレベルの医療を
受けられる保証もないと思います。


あと、一市民さんの言葉の使い方には賛同できませんが、
地方の公立病院でも赤字経営から黒字に転換するなどの
(累積ではまだまだ赤字なのでしょうが)経営改善事例もあるわけですから、経営改善の余地もあるのではないでしょうか。

もちろん、市民の側も医療の浪費を自ら戒めるべきなのは
言うまでもありません。

「国民が医療費を払わない」という言い方は建設的ではない
と思います。

国民も医師もするべき努力はしましょうというように話を
持っていくほうが建設的ではないでしょうか。。

ハシゲのジム通いのスレ立ててよー!

「経営改善=地域医療の改善」なんでしょうかね?
沼地さんが言われるように、経営改善をお題目にするなら不採算部門の整理は絶対に避けて通れません。ハイリスク・ローリターンかつ労働条件の悪化に直結し、コストパフォーマンスが悪い救急や産科を切り捨てれば即座に経営状態の改善につながりますが、それを地域住民が甘受するとは到底思えません。

そもそも、病院経営者ではない医師ができる経営改善とはどんなものなのでしょうか?

>「国民が医療費を払わない」という言い方は建設的ではないと思います。

建設的ではないというのは肯定であります。
単なる事実の指摘であります。

>国民も医師もするべき努力はしましょうというように話を持っていくほうが建設的ではないでしょうか。

そもそも医師が医療制度を主体的にどーこーしなくてはいけない理由を説明できますか?
国民が医療制度を自らの身に降りかかる現実的問題として、考えないとやばいことになるのは自明ですよね。
その上で、あえて、問題について考える医師がいる。
ぶっちゃけ、自分だけ、荒廃した医療の現場で自分だけが、勝ち組になれるような生き方だってあるんです。
TV出てる南淵先生なんかその最たる者でしょう。
CABGに特化して、ろくにpaperも書かず、手術件数を誇り、美味しいところ取りして、どうだオレ様は立派な医者だ、日本の医療は腐っていると放言して憚らない。
日本の医師が、すべて彼のようなキャリアを目指すなら、崩壊のスピードは、FasterThanLightで、一気に瓦解するでしょう。

病院のコスト意識って現実にどうしているか知っていますか。
出来高であれば、なるべく検査をしよう。患者さんも検査をすれば喜ぶんだからということになります。20年前までは、無駄な検査をしてはいけないという医療者もたくさんいました。
入院退院の調整を常にチェックして入院患者が少なくなれば、一泊入院を増やそうという号令をかけます。入院一杯になれば、さあ、退院させてくださいとの号令です。患者本位の医療などそこにはないのです。20年前にはバイト先の民間病院で、当直医の先生へのお願いとして入院の促進、一人入院でいくらさしあげますと言われて、品の無さにあきれました。今や、公立病院の方がそういうノルマはきつかったりします。

そして不採算部門の切り下げ。必要でも採算に合わなければしません、というのが普通になりました。貧すれば鈍する、と思います。そうしないとつぶれるので、つぶれるよりましだ、と言われれば文句も言えない、

でも、昔は採算を考えなくても患者さんが来ればまあ黒字。患者さんのためにと思った医療ができました。

今でも、僕は病院持ち出しで、保健診療でできない医療をしてますよ。コストを考えろ、赤字でいいのか、と言われれば絶望的な患者がいるんですよ。

続きです。

DPCになりました。
一病名での入院です。病名によって医療費が決まります。
脳梗塞の入院の患者さんがいます。胃潰瘍の既往があったから、胃カメラが必要だと考えます。胃カメラをしてもしなくても、医療費は一緒です。脳梗塞の入院だから、それで医療費は決まるのです。一回、退院させて、胃カメラを外来でしてまたリハビリ目的ででも入院させましょうか。
そうすれば、胃カメラ代もとれます。長くなったら削られる脳梗塞による入院もしばらく間をおけばいいでしょう。
コストに気をつけろ、というのであれば、ある病気で入院をしたら、ほかの病気を診てほしいなどと言わないでください。その病気を診ても、病院は一銭にもならないのです。

医療費を削減をしておこることは、DPCの場合、治りきらない患者もある時期が来れば外来にしましょう。検査は外来でして、それから入院させましょう。入院してからは検査はしない、他の病気は診ないようにしましょう。診るのであれば、一回退院してもらいましょう。

そういうことを徹底することです。

少し疑問 さん の説明にかなり疑問です。
どうしてそういうあほくさいことを認めるんですか?
医療現場から見ても患者から見てもおかしいことです。
医療者の皆様はすぐルール改正に動いてください。
国民にはかなり疑問というよりも理解できず。
お願いします。

国が決めたルールのなかでしか、医業はできないのです。
そして、患者さんの都合のよいようにすれば赤字になるのです。そういう決め方を厚生労働省がおそらくは財務省の方針のもとにしているのです。
逆らえば、もっと痛い目にあう医師会は思わされています。

生き残るために出来高では、した方がいい検査を積極的にするようにします。包括医療ではしたければいけない最小限の検査をします。
抗癌剤を外来でするのも、決まった医療費の中では薬代がとれない入院をさせると病院が赤字になるからです。
昔は赤ひげしてても、流行っている大病院は全体として黒字だったですから。もう、今は違います。

医者には何にもできないんですよ。

一市民さんに怒ってはいけないとわかっているんですけど、医者はとっくに今の状態はおかしいと思っていますよ。
だけど、どうにもできなくて、だからこんなとこで書き込んだり厭世的になったりしている訳です。

誰も医者の言うことに耳を傾けたりしない。
主張すれば、既得権を守るためと言われる。

一市民さんは小泉さんを支持しましたか。
彼の政策は、少なくとも医療の分野ではそういう方針を突き進めたのだと思っています。支持したのであれば、一市民さんの責任だとも考えてほしいと思います。

>みみみさん

>経営改善=地域医療の改善」なんでしょうかね?

とりあえず香川の坂出市立病院のケースなどは参考になりませんでしょうか。
あそこは元々がひどすぎたともいえますが・・・

No.266 沼地 さん
 ギリギリの状況でギリギリの判断をして、その結果、患者を死なせてしまったとしたら、それを医療ミスとは言えないでしょう。
 正当な医療行為をして、その結果不幸な結果になったとしても、それは不幸な事故としか言いようがありません。
 
 問題は、それが正当だったかどうかを判定する仕組みが十分かどうかであって、それが不十分であるなら、改善しなくてはいけませんね。

「 ギリギリの状況でギリギリの判断をして、その結果、患者を死なせてしまったとしたら、それを医療ミスとは言えないでしょう。」

それこそがこういう論議のもととなっている福島大野事件だと思うんです。
最初単なる誤認逮捕かと思ったら、その後捜査にあたった富岡署が医師逮捕に対して福島県警本部長賞を受賞までしているという福島ではこういうケースで医師を逮捕するのはお手柄らしいという事実。

「問題は、それが正当だったかどうかを判定する仕組みが十分かどうかであって、それが不十分であるなら、改善しなくてはいけませんね。」

そのために医療事故調査委員会の設置がなされようとしているんですが、それがうまくいってません。
厚生省の試案では中立の立場と言いながら遺族会のかたをメンバーに入れるとか、そもそも死因を判断するのに病理医が不足しているとか問題点がてんこ盛り。
遺族の慰撫などは別の組織で行うべきで、調査は感情とは切り離して事実だけを調査すべきだと思うんです。
そして病理医。
今まで病理解剖は費用は病院の持ち出しになってましたから、これ以上無い明らかな不採算部門ですよね。
そんなわけで日本中で二千人しかいない病理医ではそもそも調査のもととなる死因の究明をするのは無理なんじゃないかと。
事故調査委員会は調査を依頼する書類を受け取ってしまっておくだけの組織になっちゃいかねません。

民事に関してはむしろ事故調よりADR(裁判外紛争解決)のほうをしっかりすれば改善するような気がするんですが、刑事はなんとも。

刑事逮捕自体の件数は多くないんでしょうけどね。
福島のときのように逮捕時に警察から知らされてたマスコミが逮捕された姿を全国に流したりと影響力というか破壊力は凄いですから。

とはいえ前に書きましたが、刑事罰が業界を崩壊させうるかと言えば、産科については崩壊してその業種が消滅することは無いでしょう。
助産院のみでは合併症のある妊婦さんは手におえないでしょうから。

臨界点を越えるのは病院でお産を希望しているのに予約がいっぱいですと断られた妊婦さんとその家族が何でこんな事態になったるんだって考え始めたときでしょうかね〜。

私は今年にはいっても後期高齢者保健医療制度について一向に報道されないので疑問に思ってネットで調べてるうちに医療系のブログに行き当たったんです。
私の見た範囲では医師は以前から後期高齢者保健医療制度に反対し、警鐘を鳴らしてました。
一方新聞は(うちは朝日ですが。)2月頃にようやく制度を説明する記事を出し、これが今までの保険制度から後期高齢者を切り離すものだとは書かずに高齢者の特性に合わせた新しい保険制度がはじまりますと紹介し、記事の半分は
ビバ!在宅お看取り!というものでした。
もちろん天引きのことやだんだんに天引きが増えていく仕組みについては一言も書いてませんでした。
でも、実際に始まったら高齢者とその家族がこれは何だと騒ぎになりました。

「刑事罰が業界を崩壊させうるか」ということも刑事罰が業界を萎縮させることは確かだと思うので、萎縮した結果が身に降り掛かってきてから国民の問題だってなるんだろうなと思います。

もうすぐでしょうけど。


>医学とはそれだけ解明されていない学問であり、ミステリーゾーンの多い学問だということなのです。

分からないところは分からないとするしかないので、そういうところはグレーゾーンで残すしかないんでしょう。

>医学は学問でも,我々臨床医の行なう「医療」はartです.そしてartに「ミス」と「ミスでないもの」の線引きができないのはある意味では当然のことだと思います.

「ミス」と「過失」、糾弾すべきこと、は違います。

>イチローでも毎回確実にヒットが打てないのは仕方が無いと考える一方で,外科医が手術すれば必ず成功して当たり前と考えるこのギャップが問題なんでしょう.例えばイチローがド真ん中の直球を空振りしたら「ミス」でしょうか?それは糾弾すべきことでしょうか?誰にも判断できないですよね.

「ミス」と「過失」、糾弾すべきこと、は違います。
「イチローがど真ん中の剛速球を空振りしたら」ミスじゃないでしょう。
「イチローがど真ん中の棒球を空振りしたら(打ち損じたら)」ミスでしょう。でも、糾弾すべきことではない、というだけのことです。
 もちろん、グレーゾーンも多いです。(上の後者のケースでは、他者から明確に「それはミスでしょう」とは言い切れないので、客観的にはグレーゾーンです。しかし、本人が「打ち損じた」と感じたらミスでしょう。他者から判断できず、糾弾もされないでしょうが)

 野球でいえば、他者から明確に判断できるものといえば、エラーはミスでしょうし(難しい打球であったりエラーと判定されない、ケースもありますが、エラーと判定されたケースについて)、審判や他選手への暴言・暴行にはペナルティを課せられるべきものがあるでしょう。

「判断はできないグレーゾーンは多い」が、判断できないわけではない、のであって、直接線引きができなくても、グレーゾーンを含むエリアとここからは明確にペナルティだ(あるいは、こういう行為は明確にペナルティだ。ペナルティが刑事罰なのか別の何かなのかはわかれますが)、というエリアを規定できないことはないのではないか、と。

 それは他業種には分からなくとも、「刑事罰(民事)を問われるようなケース」において医師などが中心で事故調査の組織などを置くにしても、最低でもその組織について「その線引きの指針」がある程度クリアになっていなかったら、事故に対しての判断がバラけませんか?

一市民さんとの対話は興味深いので、医療崩壊は誰の問題かということを語らってみたいものですが、ちょっとこのエントリの主旨とは、ずれてきましたね。
刑事罰の問題とは別に議論した方がいいと思いますが・・・。

ときに一市民さんは自分の人任せ医者任せな態度に自覚的なんでしょうか。そうじゃないんでしょうか。

>一市民さん

私は病院で長く事務をしています。その立場から見て、やはり現在の医療制度はおかしい点が多いと思います。特に、元厚生省事務次官の書いた「医療亡国論」が発行された1983年以降は、一貫して医療費抑制政策が取られてきました。

私は長く保険請求に携わってきましたが、医療者側にルールを決める権限はありません。せいぜい、診療報酬の細かい点数配分に意見書を提出できる中央社会保険医療協議会(中医協)に医療機関側に代表を出せる程度で、そこでも決められた診療報酬の改定率の枠の中での配分を決める程度です。
この診療報酬の改定率や社会保障費の総枠については、小泉政権になってからは、財界人が中心となった「経済財政諮問会議」なるもので方針を決め、その背後には財務省と財政諮問会議があります。ようはお金を出したくない財務省、企業の負担を増やしたくはないが、医療業界に参入して儲けたい大企業とが社会保障の大枠を決めているということです。

それ以前は、医療費は国民所得や景気の動向と連動して上げられていたので、ある程度同じことをしていても職員の昇給分を確保できていたのですが、ここ数年は引き下げが続き、昇給分を確保できず、据え置きや引き下げなども行われました。しかし、医療というものは専門職の「数」を確保しなければできない仕組みになっているので、給与を上げなければ人材を確保できず、ジレンマに陥っているのです。

先ほどの「数」を確保しなければということの説明ですが、例えば患者何人に対して医師は○○人、看護師は○○人は最低限いなければならない。この人員を確保できない病院は医療費が減額されます。そして、それ以上の人員を確保している病院で様々な基準を満たしている場合には増額が認められます。これは、質の確保という観点から効果はあるとは思いますが、少ない人数でも頑張ろうということが許されないということにもなります。

例えば、自動車会社が車1台の値段をいくらにするかお国に許可が必要ですか。それを作るために、工場に何人配置して、何時間稼動するか許可が必要ですか。勿論、労働基準法は守らなければいけませんが、創業時などは、「少人数で頑張ろう。そして儲かったらボーナスを沢山だすから」ということはあると思いますが、それが許される仕組みになっていないのです。

長くなりましたが、これ以外に制度の矛盾や不合理な点は多々あるのですが、今回はこの程度にします。
医療者側の努力が足りないと言われればそのとおりかも知れませんが、決められた制度の中でやるしかないのが現実です。更に、それらの制度を決めるために、役所側が意図的に医療機関側に不利な情報をマスコミに流し、マスコミがネガティブキャンペーンを張るということもよく行われてきたのが現実です。

私の意見も医療者側の偏った意見と取られるかも知れませんが、私は専門職ではない立場ですから、制度上の問題点について冷静に見るようにしているつもりです。

 医療崩壊全般のエントリとして

 あらためて医療崩壊について語るエントリ

 があります。

>臨界点を越えるのは病院でお産を希望しているのに予約がいっぱいですと断られた妊婦さんとその家族が何でこんな事態になったるんだって考え始めたときでしょうかね〜。

となるとすでに臨界点は越えていますね。
元ネタの人は責任感あふれすぎてこぼれてしまったようなので「産科は崩壊しているかいないか」という話につきあってくれないでしょうが、こうこうこうだから産科はすでに崩壊している、という話は意味があると思います。

私がなぜ崩壊してると思うかというとまず産科医の高齢化が一つ、現在ですら需要超過ですから10年後今からどう弾をそろえようと医師は足りません。もう一つが激務に対する方法としては逃散以外に価格に転嫁するという方法が一応あるのにほとんどの産科医が選んでいないという事実。価格に転嫁しようのない何かがあるわけですよね。

>もちろん、グレーゾーンも多いです。(上の後者のケースでは、他者から明確に「それはミスでしょう」とは言い切れないので、客観的にはグレーゾーンです。しかし、本人が「打ち損じた」と感じたらミスでしょう。他者から判断できず、糾弾もされないでしょうが)

北風さん,が書いておられる「他人から判断できず」というのが最大の問題なのでしょう.
ある人間からみれば「ミス」とも言えるでしょうし,別に人間には「ミス」とは言えないと考えられる事例が医療ではほとんどを占めることになると思われます.

>「イチローがど真ん中の剛速球を空振りしたら」ミスじゃないでしょう。
>「イチローがど真ん中の棒球を空振りしたら(打ち損じたら)」ミスでしょう。でも、糾弾すべきことではない、というだけのことです。
医療において「豪速球」か「棒球」か簡単に判断できるでしょうか?
これも必ずしも容易ではありません.結局のところ,いたる所で「非常に幅の広いグレーゾーン」が存在することになってしまいます.

結局のところ非医療者は「結果のみから」ミスがあったのではないかと疑い,医療者はそれをミスと言い切れるものではないと考えるところに溝が出来てしまうのだと思います.その溝を埋めるのは実際のところ非常に困難なことです.

>No.301 You-me さん

本当に産科は終わっていますね。

ここまで、問題が顕在化しても、明るいビジョンを提示できなければ、若者が、産科の道に進むことはないでしょう。
10年後の戦力補充が無く、増援もないと知った現在の第一線のエースもラバウルの空で消耗されるように櫛の歯が欠けるようにいなくなっていく。

逆に言えば、リスク評価が命の産科医療で、今、産科を選ぶ若者には、産科医の適性がまったくないと思うのですが、そこまで言ってはかわいそうですね。言ったけど。

以下は私が別な掲示板で産科の先生に贈ったメッセージです。
こちらの産科の先生にも贈ります。
尚、私は萎縮医療反対の立場で刑事免責容認派です。
居眠り手術以外は。

「医療崩壊のキーはあなたたちが握っている!!!」

今後の医療改革を占う上で、もっとも重要になるのは、命運を握るのは産婦人科であると思います。
産婦人科の先生方の対応で、救急や小児科、外科などの運命も決まってくるような気がします。
理由は
1 訴訟問題で一番が産婦人科
今後も更に増えるのか、医師のコミュニケーション能力が上がり、減るのか、集約化が進み安全対策が進むのか、
この辺が注目されますし、成果が出れば、他の科も追随するのではないでしょうか。
2 施設の閉鎖が急速に広がっているのが産婦人科
労働環境、安全分娩の観点から、集約が進んでいますが、更に進むかどうかは産婦人科の医師の判断次第です。
時間をかければかけるほど、問題を先鋭化できず、産婦人科復活も遅くなると思います。
集約化を急ぎ、まず安全対策をしっかりやり、労働環境を改善されたらどうですか。
これによりアクセス面で困る地域が全国で多数発生するでしょうが、そういったショック療法は必要でしょう。
この事態になったときに、国民はどうすべきか、判断するでしょう、それまでは判断しませんよ、きっと。
例えば、産婦人科医師一人に5000万出すから、きて欲しい、という町がでるかもしれない。
一人だから、安全面で危惧するが、それは住民も納得するから、とか。
これで行く医師がいるのかどうかわかりませんが、双方納得ならそれはそれでいいでしょう。
3 自由診療であるのは産婦人科
医療費値上げを受け入れるかどうか試験できる環境にあります。
100万ではどうか、国民に問いかけたらどうですか?遠慮はいりませんよ。

訴訟、集約、医療費アップすべてについて、産婦人科でテストできます。
体育会系産婦人科医 さんの出方ひとつで今後の日本の医療の方向性が決まるかもしれません。
訴訟に巻き込まれることなく、納得のできる仕事になるよう、改善できたらいいですね。
応援してます。

>例えば、産婦人科医師一人に5000万出すから、きて欲しい、という町がでるかもしれない。

一市民さん,
尾鷲の産科のことをご存知ないようですね.いちどWebで検索されればよいかと思います.
5500万で産科医に来てもらい,1年後に辞められた...
バ○議員のトンでも発言で心を折られたのです.幸運にもその後を継いでくれる産科医の方がおられたようですけど.

すでに都会でも妊娠が発覚したらすぐに産科を探さないと分娩予約が一杯になっているという状況が生じています.積極的な集約化ではなく,撤退による人員不足が原因の結果的集約です.

公立病院の場合,出産費用の改訂も議会の承認が必要です.費用を上げてると票が逃げると考える議員が改訂に簡単に首を縦に振るかということですね.

実は、でも、麻酔科の方が、ずっと時代の先を行ってるんですよねー。

客が、患者さんじゃなくて医療機関だというのが大きいでしょう。

医慮崩壊を促進させ、最終回に逆転ホームランを打つためには
次の作戦はどうですか。

麻酔科がいないために全身管理がしっかりできず、医療事故
が起きて植物人間になっている可能性がある。
産婦人科が一人で対応するため、小児麻痺にならずに済んだ子が小児麻痺になってしまう。
医師が寝不足のため、手術中、患者にもたれかかり、麻酔中にも拘わらず、患者が起きてしまう。
こんな事例が起きています〜〜〜って日本医師会のHPに告白する。今の医師会のくだらんTVコマーシャルや新聞広告は
こういう国民が思わず跳ね上がりたく事実を告白し、
そこでどうしたらいいか国民に真剣に考えてもらう。
医師ブログも危ない告白キャンペーンをはり、懺悔する。

ようするに自虐的作戦で逆転ホームランを狙うわけです。
多くの国民は医慮崩壊っていっても、医師が田舎からいなくなった、っていう話くらいにしか思っていないし、10年我慢すれば、また医師が増えるんだろ、くらいにしか思ってませんでしょ。
逆転ホームラン期待してますよ。

尾鷲の先生は立派ですね。
野球で言えば、王や長島は個人的には賞賛されたが、全選手の価値向上には貢献しなかった。
落合が一億円闘争して、それ以来1億円プレーヤーが続出し、
一時、サッカーに奪われてかけていた少年の心を
また野球に戻した。という解釈もあります。

産婦人科の先生も1億円プレーヤー続出で、将来医師になるんだったら、産婦人科の先生になりたい、って憧れる少年少女が
増えることを期待しています。

でもここ1年で産婦人科の先生の相場は上がったし、待遇改善も進んでいるわけで、多いに結構なことだと思います。
リスクを考えれば当然と考える国民も多いと思います。
私は産科医が一億円取っても、文句なしです。
分娩100万賛成です。
そのうち30万円保険にして過失補償額3億でどうでしょう。
産科崩壊対策の一案として提案します。

 まず、最初に、No.256 でも書きましたが、「ミスかミスでないか」「刑事罰を問われるものかそうでないか」の境界線は別物だという立場です。
 No.293 名無しさんのコメントにありました
「ギリギリの状況でギリギリの判断をして、その結果、患者を死なせてしまったとしたら、それを医療ミスとは言えないでしょう。」
「正当な医療行為をして、その結果不幸な結果になったとしても、それは不幸な事故としか言いようがありません。」
これはその通りでしょう。
ただ、「ギリギリの状況」「ギリギリの判断」「正当な医療行為」「医療行為」「その結果」などが、じゃあそれはどういうことなのか、とはなります。

>>「イチローがど真ん中の剛速球を空振りしたら」ミスじゃないでしょう。
>>「イチローがど真ん中の棒球を空振りしたら(打ち損じたら)」ミスでしょう。でも、糾弾すべきことではない、というだけのことです。
>医療において「豪速球」か「棒球」か簡単に判断できるでしょうか?
>これも必ずしも容易ではありません.結局のところ,いたる所で「非常に幅の広いグレーゾーン」が存在することになってしまいます.

 「ミスかミスでないか」「刑事罰を問われるものかそうでないか」の境界線は別物ですが、境界線に対して「非常に幅の広いグレーゾーンが存在する」のであれば、それはもうそういうものとして扱わざるをえないのです。逆に、「その幅の広いグレーゾーンを全て免責できるのか(全てでないのであれば線引きがいります)」ということに対して、線引きができないのであれば、それは「免責」とは言い切れないことになるでしょう。

 「非常に幅の広いグレーゾーンが存在する」のであれば、免責ではなく、その幅の広いグレーゾーンに対しては判定する仕組みの方でカバーせざるをえない、のではないでしょうか。ドイツのように、「非常に幅の広いグレーゾーン」に対して、「医師裁判所」で「ペナルティが課せられるべきでないのかどうか判断する」ことも必要なんでしょうね。
 
>結局のところ非医療者は「結果のみから」ミスがあったのではないかと疑い,医療者はそれをミスと言い切れるものではないと考えるところに溝が出来てしまうのだと思います.その溝を埋めるのは実際のところ非常に困難なことです.

 溝ができるのは不可避です。医療に限らず、航空事故であれ「結果のみから」ミスがあったのではないかと疑われ専門家はそれをミスと言い切れるものではないと考えるところの溝は生じます。

 問題は、その溝を埋める困難性から溝が埋まらないことでしょう。(「これはミスである・ない、何故なら〜」という形の判定基準が明確にしづらいため、例えば、「非医療者による判定(裁判含む)の結果が医療者にとっては納得できるものにならないケースも多いこと」「医療者による判定結果に対して、判定理由が非医療者に理解されづらいこと」)でしょう。

 結局のところ、「溝をなんとかして埋めないといかん」のです。
参考HP:医療に関連する外国(主としてドイツ語圏)の資料
http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/index.htm#list2
ドイツにおける裁判外紛争処理ADRと事例
http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/m412/m416.pdf
ドイツの医師職業裁判所の判例
http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/d141.pdf

http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/t601/t614.pdf

 ドイツでは、非常に悪質な、故意に近い医療過誤の場合は刑事訴追されることもあるようですが、通常の過誤や事故の場合は、刑事訴追されず、医師裁判所を持っていてそれを審判に使っています。
 医療事故調査会での対応もありますが、「非常に幅の広いグレーゾーン」に対して、「医師裁判所」的な対処方法はないのでしょうか?

結局のところ、沢山の医療者に意見を聞くしか判断材料は無いと思います。それも、病理医とか法医学者とかでなく、臨床医に。でも、忙しい中、沢山の臨床医の協力を取り付けると言うことは費用もかかるでしょうし、時間が無いと言って断られる可能性も大です。

別件ですが、過失の有無の判断にはレトロスペクティブ的な見方とプロスペクティブ的な見方ができます。事実は当然レトロスペクティブな見方ですが、コロンブスの卵の如く、予知能力が高い人か、よほど勘がするどい人でないと予見は困難だと思います。従って、ガイドラインや法律を制定する目的にはレトロスペクティブ的な見方が良いし、法的な判断を下す上ではプロスペクティブ的な見方をしないと不当逮捕や不当判決がまかり通ることになるのです。実際、いわゆる不当判決と呼ばれる判決文を見ても結果から原因を追及し、法的判断を下すというレトロスペクティブ的な見方が支配しています。人間は神様ではありませんから予知能力なんて無いに等しいし、ましてやニュータイプでも何でも無いのですから、判決材料はあくまでもプロスペクティブ的な見方が大事です。
つまり、こういうときに、普通の医師ならどういう判断を下のだろう?
こういう考えが起こらない限り不当判決は続くでしょうね。

野球に例えて、どんな不利な状況でも一発逆転ホームランとか考えている人達がいるけれど、妄想に過ぎない

サッカー、ラグビー、バスケット、アメリカン・フットボール・・・・・・
大敗していたら、時間切れになる前に、勝利する確率はゼロになります。
日本の医療は、そういうゲームの中で取り返しのつかない所まで来てしまいました

今の医療崩壊で、解決のための時間は過ぎました
後は、消化ゲームを戦っているだけです
もう少しすれば、ブザーが鳴る前に、皆、試合場から退場することでしょう

後はどうぞ勝手に、医療なしで病気、怪我と戦ってくださいませ


今日、病院へ行ってきました。
医師との会話


私:先生って、医師を辞めようって思ったことないんですか?

先生:ん〜何度かあるかな、でも結局辞められないんだよね、
好きなんだな、この仕事。
他の医師だって、大変なこと多いけど皆そうだよ!

私:そうですか、安心しました。

どうやら医師の天然体質のようです。
頼もしいです、医師って職業。


一市民 さんの空気の読み方には、尊敬を禁じ得ないな(www

野球に例えるなら。

医療は、穴凹小石だらけのグラウンドで野球をやるようなもの。

ボーンヘッドは別として、危ない状態の患者を救おうとした行為に対しての刑事訴追や民事訴訟は・・・

「或る野手が、勝負の掛かったピンチの場面で、難しいゴロに飛びついたがアウトにできなかった。
その選手に敗戦の全責任を押し付け、更に罰金や出場停止の罰を与える」
行為。

本来は「腕が悪かったなら良い場面での出番が減る」だけです。

片や、点を取れなかった他の選手、投手そしてボールの来なかった野手は無罪放免。
「そっち(リスク回避)へ行きたい」と願うのは自然ですねえ。

マスコミはそれを報道して来ていない、むしろ何でも積人追求し訴える体質に誘導して来たのがマスゴミ、と思います。

自分の本音を国民の代弁のように言う大臣を信用できるか?
ん〜〜〜〜〜〜〜〜

■「医者を信用しない国民として言う」

「医療ビジョンの中にも改革をやると書いている。今、医者の数を増やすということがテーマだが、どこに政策のメスを入れればいいのかと、漠然と考えている。例えば、ジェネリックという問題があるが、来年もやるとしたらどれだけやるのか。やらない方がいいと言う先生もいて、いろんな議論がある。医療費が高いといわれるが、どうすれば下がるのかという話もある。率直に言うと、『大臣は医師の話ばかり聞いている』と(国民から)言われている。『福島の大野病院の話も分かるが、おれたちは医者を信じていない。この医者に対する不信感をどうにかしてくれ。だから一刻も早く医療事故調査委員会をつくってくれ』とあるわけだ。一方で、医者からは『あんなものをつくられたら、医者になれない』とある。両方の板挟みで、(検討会委員の)圧倒的多数が医療提供側なので、率直に医者を信用しない一国民として、あえて言うこともある。それもお許しいただき、国民目線で闊達(かったつ)な議論をしていただいて、最後は国民の皆さんに納得していただいて、きちんと税金や保険料を払っていただくということ。そういう思いで頑張ってやりたい」

更新:2008/07/18 20:29   キャリアブレイン

SSD様、いつもブログ拝見しております。
まさか、医療界ブログの大御所、相撲で言えば横綱のSSD様から
尊敬をいただけるとは一市民ごとき至極光栄です。
今後も医療崩壊の勉強に励みたいと思います。

SSD様とあかがま様には今後も医療界ブログの両横綱として、
その他ブログを牽引していただき、時には朝青龍のごとく、
厳しい態度で、マスコミや行政、国民に接していただければ
と思います。
今後もご指導よろしくお願いします。

>つまり、こういうときに、普通の医師ならどういう判断を下のだろう?
>こういう考えが起こらない限り不当判決は続くでしょうね。

 非医療関係者(あるいは、医療関係者でも、専門・分野の違いなどから実際に問題となっている治療・手術(類似も含む)などを経験したことのないもの)に、「こういうときに、普通の医師ならどういう判断を下すのだろう?」ということを正確に想定することは可能なんでしょうか?

 お書きになられたことを実現しようとすると、その経験のある医師が判定する形にならざるをえないのではないかと。

 医療事故調査委員会などの「医師の判断はどうだったのか、刑事罰として起訴されるべきものか」の判定を持って検察が動くような仕組みにするのは難しいのでしょうけど、なんらかの形で医師の判定を強く反映させる形にできないのでしょうか。

>非医療関係者(あるいは、医療関係者でも、専門・分野の違いなどから実際に問題となっている治療・手術(類似も含む)などを経験したことのないもの)に、「こういうときに、普通の医師ならどういう判断を下すのだろう?」ということを正確に想定することは可能なんでしょうか?

北風さん,
ほとんど不可能だと思います.最低でも医師国家試験に合格できるだけの医療知識を持ち,さらに実際の臨床医療でどのようなことが行なわれているかと正しく知って理解していなければこのような前向きの思考は困難です.つまり現役の医師でなければ難しいと思います.
さらに言うなら臨床医療にタッチしたことがない基礎系の人間にも難しいですし,現場を離れて時間の経った人間にも時として難しいことだと思います.医学は日々進歩しますから,数年前に正しいと考えられて日常的に行なわれていた医療が180度方向転換されることだって珍しくありません.机の上の知識だけでは適切な判断をするには不十分なんです.

プロのスポーツなんかでも実際のところの判断の適切さなんて,そのレベルの人間にしか適切には判断できないでしょう.それと同じようなことなんですね.

>プロのスポーツなんかでも実際のところの判断の適切さなんて,そのレベルの人間にしか適切には判断できないでしょう.それと同じようなことなんですね.

 そういうこともあって、プロのスポーツなんかでは、審判の判断すべき内容(反則行為など含む)については、ルールなどで「こうした内容を反則とする」と細かく規定されており、上のようなプレーヤーとしての判断の適切さではなく「反則規定などに基づいて」ジャッジすることになっているのでしょう。
  
 
 

スポーツの審判などでは、ビデオ判定とか、ゴールポストにセンサーを入れたりとか、いくらでも技術的に改善可能なシステムがありますが、メジャーなスポーツで、実際に導入している種目は少ない。
フェンシングくらいかな。

医療にも、ビデオ鑑定が内視鏡手術などでは導入済み。
ICも、せめて音声くらい全部録音して、保存するくらいすればいいのに。
mp3にすりゃ電子カルテに保存しておくのもたいした負荷ではない。
説明不足で、何百万円もの殆ど言いがかりの大岡裁き気取りの判決を受けることを考えたら、まじめに導入を考えたらいいのに。

>スポーツの審判などでは、ビデオ判定とか、ゴールポストにセンサーを入れたりとか、いくらでも技術的に改善可能なシステムがありますが、メジャーなスポーツで、実際に導入している種目は少ない。
フェンシングくらいかな。

選手・監督からの異議(チャレンジ)に対して、ビデオなりで確認することで、センサーやビデオを導入している、逆に言えば、審判の判定に対して、一定数の異議(チャレンジ)を認めそれに対しては機器などで検証すべし、としているスポーツは増えているようです。
テニスやアメフトなんかが実際にそういう形になっています。

 導入されていない野球なんかでも、実際にTV放映されたりして「誤審」が明確になってしまうので、審判側からも上の必要性があがってきている部分はありますね。

 医療ではどういうものが効果的かは分かりませんが、そういうものを導入する必要もあるのかもしれません。

 

車にフライトレコーダーみたいなカメラを付けるのも、そうした機械のコストの低下で、可能になってきましたよね。

たとえば、手術の説明などでも、パワポのテンプレでも作っておいて、公的な記録を残すようにすればいいんですよね。

説明の時に下手な絵を描いて行うより、手間はかからないと思うのですが・・・。

電子カルテで、自動的にサマリを作ってくれるようなシステムならなおさらいいのですが。

おしえてgooo (質問者:元ライダー)

Q:私、サッカーは子供の頃に空き地で遊び程度にしかやったことはありませんが、好きで、テレビで良く観ます。ルールはほぼ理解しているつもりですが、未だに何故ファウルを取られるのか(取られないのか)、イエローカードになったのか、レッドカードになったのかがスーロー再生を見てもよくわからないプレーが少なくありません。もちろん「あれはイエローカードになってもしかたがないな」と見えるプレーに実際にイエローカードが出されることもありますけど。テレビのスロー再生で、どうしてイエローか解説されたりもするのですが、それでもイエローにならないファウルとどう違うんだろうと?思うことはしばしばです。私が理解できないのは、本格的にサッカーをプレーしたことがないからだと思って納得しています。

こんな私が審判を依頼されました。間違いなく選手たちは「やってられん!」と怒ってしまうでしょう。サッカー部OBを副審に付けて鑑定させる方法があるかもしれませんが、2人の副審の判断が逆だったらどうすればよいのでしょうか。最終的に私が判定しなければなりませんが自信がありません。

 何がファウルでどういう場合にイエロー・レッドで微妙なケースはあるにしても、こういう指針でジャッジする、というものを規定したり指導することができなければ、その競技の審判のジャッジは相当バラつくことになるでしょうね。
(経験者が審判することにすれば別かもしれませんが)

北風さんのご意見もよく理解できますし、私も最初そうでした。
しかし、どうも医療はかなり不確実性要素の高いもので、
誤差の幅が大きいものだと知りました。
ただ、その時点で、だから刑事免責を認めるべきか、というと
そういう結論には至りませんでした。
その後、諸外国の医療の司法制度を見て、それが一般的な
スタンダードであれば、それに習うべきと考えました。
その結果、総合的な損得を考え、今は医師刑事免責に賛成の
立場を取っています。
非医療者にとって、医療がここまで誤差が大きいという認識は
ほとんどないでしょう。
そこを啓蒙し、更に諸外国の事情を理解できれば、
医療訴訟の問題は国民世論の後押しの元、大きく進展するものと思われます。


ある掲示板にこんなまとめが・・・
頭の整理にいいかも?

日本の医療制度は崩壊

  しないよ派─┬─医者が騒いでるだけだよ派
          ├─代わりはいくらでもいるよ派
          ├─足りなくなったら海外から呼べばいいよ派
          ├─俺が崩壊させないよ派(純情派、絶滅?)
          ├─俺は逃散したけど馬鹿が死ぬまで頑張るよ派(他力派)
          └─三千万出せばいくらでも鼎任るよ派(尾鷲派)

  するよ派─┬─このままでは崩壊するよ派(警鐘派、2003年頃までの主流)
         │    ├─事故調と刑事免責が必要だよ派
         │    ├─予算の拡充が必要だよ派
         │    ├─医者の給料を減らせば解決だよ派
         │    ├─医学部の定員を増やせば大丈夫だよ派(厚労省派)
         │    └─医者を強制的に働かせるべきだよ派
         │
         ├─もう手遅れだよ派(諦念派、現在の主流)
         │    ├─崩壊の後に再生があるんだよ派──┬─アメリカ式になるよ派
         │    └─再生なんてないよ派(太公望派)    └─イギリス式になるよ派
         │         └崩壊を生暖かい目で見守るよ派
         │
         └─むしろ早く崩壊したほうがいいよ派(推進派)
              ├─早く崩壊した方が再生は容易だよ派
              ├─自由化して市場に任せるべきだよ派(市場原理主義者)
              ├─医者がいなくなれば医療事故が0になるんだよ派(委員会派)
              ├─金持ち相手に荒稼ぎしてやんよ派(BJ派)
              └─事業拡大のチャンスだよ派(宮内派)


勿論、一般の人は判断できませんからなるべく多くの医師に判断してもらうことになりますが、問題は既述の通り、物理的余裕があるかどうかです。

議論の腰を折ってすみません。

一市民様

過分なお褒めを頂き恐縮の限りです。
医畜日記の常連の方よりお知らせをいただき、とんで参りました。

>先生:ん〜何度かあるかな、でも結局辞められないんだよね、
>好きなんだな、この仕事。
>他の医師だって、大変なこと多いけど皆そうだよ!

結局あかがまが、今も聴診器を握っているのはやはり、このことが最たる理由に他なりません(ブログでは、いろいろ毒を吐いておりますが)。

今後とも御指導いただけましたら幸いでございます。

一市民ごときに、SDD様のみならず、あかがま様までご光臨賜り、まさに夢見心地の気分でございます。

両先生が、私の主治医ということであれば、まさに身の縮む思い、いや九死に一生を得た思いであります。

医療ブログの東西両横綱でありますお二人には、医療ブログのみならず、全ブログでNO1となられ、
広く世の中に医師の品格崩壊、いや医療崩壊の現実を知らしめ、たとえ、今後も医療被害者、マスコミから叩かれようとも、それらをもろともせず、
医師の立場向上に貢献されることを、期待しております。
お忙しい中、コメントいただきありがとうございました。

P R

ブログタイムズ

このエントリのコメント