エントリ

http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-080621X192.html

 トリアージは赤、黄、緑、黒の順で、治療の優先順位を判断して「トリアージ・タッグ」を被害者に付けていく。黒は蘇生(そせい)の可能性がないと診断された人を示す。

 荒木医師は「泣く泣くというか、断腸の思いで判断した。黒は非常にショッキングなイメージがある」とした上で、「赤を付けて搬送された患者さんの中に命が救われた方がいることも理解してもらいたい」と話した。

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はてなダイアリーでは2008年5月、トリアージを理解しない女子学生を侮蔑する大学講師のブログをきっかけに複数のはてな市民によりトリアージに関する論争が起... 続きを読む

コメント(45)

ここにも「人命」に関わる重大な決断を強いられた方がいらっしゃったのですね。この決断の重さを全ての人が理解できるようになることを切望いたします。
少なくとも私は、この先生方の判断が正しかったから、犯行の凶悪さや時間的な余裕の無さなどの悪条件の下で多くの命を救うことが出来た、と信じます。

あんまりこんなことは考えたくはないのですが、

「トリアージで黒タグを付けられたせいで、治療の対象からはずされて死亡した。もっとよく診ていれば、赤タグの適応と判断できたはず。赤タグであれば最優先で治療を受けられたので、助かっていたであろう。トリアージミスではないか?」

などと、やりかたによっては損害賠償請求の対象になりそうです。

私も、場合によってはトリアージを担当する立場ですが、憂鬱です。医療に限界があるように、トリアージの正確性にも限界があることをアピールしておかねば!

限られた時間と資源の中で、一人でも多くの被害者の命を救うために、トリアージを行われたドクターに心からの敬意を表します。

多分、トリアージの結果、黒タグを付けざるを得なかったことについては、ずっと自問自答されているのでしょう。

>トリアージで黒タグを付けられたせいで、治療の対象からはずされて死亡した。もっとよく診ていれば、赤タグの適応と判断できたはず。

トリアージに関しては、例え誤りの可能性があったとしても、緊急避難が適用されるべきだと思います。

 例え、自分や家族がトリアージで黒タグをつけられたとしても、決して恨んだりしません。
 出来ましたら国民全員がそう思って頂けたらなと思います。

>心からの敬意を表します

失敗があったかどうか検証したわけではないのですから、無条件に「心から敬意」というと違和感がありますね。仮にまったくの凡ミスがあったとしても「心から敬意」ということになるのでしょうか?

ご存知かと思いますが、NHKの番組であの脱線事故でのトリアージが違っていたのではないかと考えたご遺族の意見が扱われていました。

すみません。間違えて重複投稿してしまいました。削除お願いします。

NHKの番組では、さすがにトリアージの「誤り」を糾弾するところまでいってはいませんでしたが、トリアージの「誤り」の可能性について報道で取り上げられることははじめてかも知れなかったわけですから、さらに慎重な扱いが望ましかったと思います。

現在の風潮を考えれば、トリアージ「過誤」についてのジャーナリズムによる非難、訴訟が将来発生して、トリアージがいちじるしく困難になる可能性があると感じました。

あの番組を見て同様の不安を感じた医師は他にもいました。
(今回、初めて投稿します。内科医です。)

むら様

>失敗があったかどうか検証したわけではないのですから、無条件に「心から敬意」というと違和感がありますね。仮にまったくの凡ミスがあったとしても「心から敬意」ということになるのでしょうか?

一分一秒を争う状況の中で、検査などしている暇もなく、目の前で消えかけている人間の命を一人でも多く助けるため、優先順を決めざるを得ないから、医師としての経験と知識をフルに動員して判断される。

本当は全員に赤タグを付けたいという思いは、現場で被害者を診て、トリアージをされたご本人が一番強いと思います。でも、一人でも多くの命を救うためには、本当に「断腸の思い」で黒タグを付ける場合もある。

トリアージをしたことで陰口を叩かれるかもしれないし、判断ミスをしたのではないかと遺族から責められるかもしれない。トリアージなどせずに搬送していた方が遥かに気が楽でしょう。そのために助からない人が出てくるかもしれませんが。人命がかかっているのですから、相当な覚悟がないとできませんよ。それでも誰かがやらねばならないから、やっておられる。

あなたがどのような根拠があって「凡ミスがあったかもしれない」などと考えられているのか私には分かりませんし、あなたがどのように考えられるかはあなたの自由です。

しかし、私は今回トリアージをされたドクターに「心から敬意」を表します。「結果的に」判断ミスがあったかどうかに関わらず。

今回の事件で、すぐに後ろを歩いていた友達がはねられて・・・という方のブログが話題になりました。その中でも、「黒タグ」について、分かるのだけれども・・・という下りもありました。
誰も自分の大事な人に黒タグをつけられたくないし、頭では分かってはいても分かりたくないという気持ちもあるでしょう。
でも、今回の荒木医師もそうですが、トリアージする側も(黒タグを)つけたくてつけている訳ではない、(瞬間的な判断を要すためミスがあり得ることも含めて)国民全体のコンセンサスとできるかどうかが問われるのではないかと思います。
(黒タグをつけられて死亡された方の)遺族のお気持ちも分かりますし、それを報道するのも大事なことかもしれませんが、トリアージする側の苦渋や葛藤を無視して感情的なことに流されると、トリアージが成り立たず、助かる可能性のある方々も助けられないという結果になってしまいます。

 トリアージという言葉、今回初めて知り、勉強させて頂きました。
 警察や検察の職務にも当てはまりそうです。物事の根幹末節や優先順位の判断力が必要みたいですね。

今回の事件で、すぐに後ろを歩いていた友達がはねられて・・・という方のブログが話題になりました。その中でも、「黒タグ」について、分かるのだけれども・・・という下りもありました。
誰も自分の大事な人に黒タグをつけられたくないし、頭では分かってはいても分かりたくないという気持ちもあるでしょう。
でも、今回の荒木医師もそうですが、トリアージする側も(黒タグを)つけたくてつけている訳ではない、(瞬間的な判断を要すためミスがあり得ることも含めて)国民全体のコンセンサスとできるかどうかが問われるのではないかと思います。
(黒タグをつけられて死亡された方の)遺族のお気持ちも分かりますし、それを報道するのも大事なことかもしれませんが、トリアージする側の苦渋や葛藤を無視して感情的なことに流されると、トリアージが成り立たず、助かる可能性のある方々も助けられないという結果になってしまいます。

>トリアージを行われたドクターに心からの敬意を表します

戦場で弾丸の雨をくぐり抜けて負傷者を確保した。
戦争映画ならよくあるシーンです。
そんな状況なら無条件で「敬意を表」するでしょう。

自分は安全な状況でプロとしての仕事が要求される場面ですから
無条件で「心からの敬意を表します」なんておかしいでしょう。

なにか勘違いしているのではないですか?
犯人は確保されて救助の資源が限られている場面で
優先順位を付けたというだけの話なのですが。

>No.12 にしさん
勘違いしているのは「生命に優先順位をつける」という非常に困難な作業について、優先順位をつけた「だけ」などと評価するあなたの方ですよ。
にしさんが医師や救急隊員であるか否かは存じませんが、凄惨な事件現場におけるトリアージを「優先順位をつけただけ」と断じることができる以上、どんな場面でも何の逡巡もなく適切な判断を下す自信がおありなのでしょうね。
実際の現場と映画は違うんですよ。

私は、患者の怪我の程度やバイタルサインなどを総合的に判断する、というようなことができない全くの素人なので、一分一秒を争う状況で人命に関わる重大な決断を下す、というだけで充分「敬意」を感じるのですが、にしさまのような専門家からご覧になれば、このようなトリアージは「朝飯前」なのかも知れませんね。失礼いたしました。

にし様

>なにか勘違いしているのではないですか?
>犯人は確保されて救助の資源が限られている場面で優先順位を付けたというだけの話なのですが。

資源が限られているだけではなく、時間も限られている。いくら腕の良い医師でも、そんな状況で100%の答えは出せないでしょう。出せないからといって逡巡するわけにも行かない。一分一秒を争う中で、極めて限られた情報から、「命の危険に晒されている人間を助ける順番」を決めなければならない。それがどれだけ重く大変なことか。

黒タグを付けざるを得なかった被害者の遺族の方には「あなたのせいで助からなかった」と恨まれるかもしれないし、トリアージの結果に対する批判や民事賠償の可能性もあります。何より医師ですから、目の前にいる自分が携わった患者さんは皆同じように助けたいでしょうが、心を鬼にして順番を付けなければならない。

もちろん命がけで戦った警官の皆さんには心からの敬意を抱いておりますし、現場や搬送を受けた病院で手当に当たった医師・看護師の方や救急隊員、救助を手伝われた一般の方々にも敬意を表したいと思います。

それと同時にそうした責任の重い大変な任務を果たされたドクターに敬意を表するのに、上から目線で「勘違い」などと言われる筋合いはないと思います。もちろん、私がトリアージを担当したドクターに敬意を表したことで、貴殿を傷つけたり、ご迷惑をおかけしたのであればお詫びさせていただきますが。

 私が直接関与した事例ではありませんが、うちの町でもちょっと大きい交通事故(4人死亡、1人重症)があったときに救急隊員が「明らかに死亡していると思われる幼児」に黒タグをつけきれず、ほかの3名とともに搬送してきたことがあります。
 うちの町では重要搬送症例については事後検討を行っていますが、黒タグをつけなかったことにはかなり厳しく追及がありました(内部での信頼関係があるからこそこういう追求をしてもトラブルにならないのですが・・・)。

上で某救急医先生が


「トリアージで黒タグを付けられたせいで、治療の対象からはずされて死亡した。もっとよく診ていれば、赤タグの適応と判断できたはず。赤タグであれば最優先で治療を受けられたので、助かっていたであろう。トリアージミスではないか?」

という想定をされていましたが、逆に


明らかに救助し得ない傷病者に赤タグをつけたために、本来助かるべき赤タグの患者に手が回らずに死亡に至らしめた。トリアージミスではないか

という責められ方もあり得るのです。

 私自身もかなり若い頃、多重衝突事故で、搬送されてきた患者さんの1名が「もう明らかに助からない」という状態であったため、その方を放置して他の患者さんにかかりきりになっていたところ、すべてが終わった後でその放置していた患者さんが自分の病院の手術場の看護師さんであったことを知った・・・という経験があります。
 もちろん、今考えてもこの判断が間違っていたとは思いませんが、当時も今もすごく苦い思い出であるのは確かです。

 トリアージというのは本当に難しく、そして恐ろしいものです。

だんだん「トリアージがいかに大切か」という話になっていますが、しょせん、ヒトがやることですからミスは当然起きます。

恐ろしいのは、「トリアージは、被害者の生死を決める。だから決してミスは許されない!」などという新聞論調が出てくることですね。トリアージミスで肉親を失ったなどという被害者家族の感情の発露を、そのまま扇動的に報じられたら、もう、やる気なくなりますね。こういうのを報道被害と言うのでしょうか。

さらに「損害を賠償せよ!」などと発展すると、これは司法被害かな。

上の#2にもかきましたが、トリアージは、誰がやっても必ず誤ります。ヒトのやることだから。。。

個人的にトリアージは心情的に許せない制度だと思っているし、できれば実行したくない内科医の一人です。

しかし、(医療者や常識のある人ならもちろん賛同するべきですが)、トリアージほどより多くの人命を救うことが可能で理論的であるスマートな方法以外の良い方法を私は知りません。これに反対するのは非常にばかげていると思います。15年以上も前から国家試験で必須の問題にもなっている事象ですし、ようやくここ1−2年で一般にも知られるようになりました。
広く波及し、問題点を出すのは良いことですが、ただ単に批判するのは全く意味のない行為であるどころか単なる感情論に過ぎなく、得る者は何もないことだと言うことをマスコミは気づくべきです。

>すべてが終わった後でその放置していた患者さんが自分の病院の手術場の看護師さんであったことを知った・・・という経験があります。

…そんなへヴィな経験しなくて済むようになったってだけでもドロッポの甲斐があったってもんですw。

>No.5 むらさん
被害者のバイタルサインと外傷からの判断だけですから100%ミスがないとはいえません.
しかし,あの場所に駆けつけた救急専門医で出来ないことは他の誰に要求しても無理です.
結果,救命可能な被害者が失われる可能性の方が大きいです.

>No.10 廣野秀樹さん
>警察や検察の職務にも当てはまりそうです。物事の根幹末節や優先順位の判断力が必要みたいですね。

何見当はずれのこと言ってるのですか?
全て自分の関心事に当てはめるのは止めて下さい.
トリアージは救命可能な人を可能な限り救うための手段です.

>No.12 にしさん
想いは全ての被害者の救命,しかし優先順位をつけねばならない.
あの日の秋葉原は戦場に準じた現場です.
院内ではありません.サリン事件の現場と変わりはないです.

医療行為自体の正確さに100%の保障は付けられませんが救助に当たった方々はBest of Bestを尽くされたと思います.
今後の改善目的の話ならともかく,その場にいない人間が批判のための批判を行うことはおこがましいと思いますがいかがでしょうか?

トリーアー時の基本は、緑であっても常に監視していることです。ですから緑の方が黄色や赤に変更されても、「結果的に判断ミスであった」ということにはならないはずです。そのときの判断で色が決められるからです。日常の医療でも急変というのは日常茶飯事です。これをミスとしてとらえられたのでは医療側としてはたまったものではありません。

しかし、世間のとらえ方はどうなのでしょうか?トリアージに関するこのような批判はあまり見たことがありませんが、緊急治療中や通常の病棟におけるこうした批判は後を絶ちません。世間は専門家を信用していないばかりか、専門家の意見を尊重していないように思えます。

人間の状態は時々刻々と変わります。一つはっきりと言えることはトリアージで黒と判断された方は99.99%以上の確率で助からないわけです。
急変時の対応、トリアージに関することで批判する方は、ではそれに変わる良い方法を教えてくれ!と訴えたいです。
例の大野病院の事件だって、そのときの判断判断は間違っていなかったと思います。沢山ある選択肢から専門家が良かれと思ったことを選択し、たまたま患者が死亡に至った。もちろん、それを反省材料にすることは大切ですが、では、変わりの方法で助かったのか?
明らかに医学的に間違った方法を行うのはこれは医師からの賛同も得られないでしょう。しかし、こんなことで訴訟になったり(手続き上の在宅書類送検とかなら解ります)逮捕されたりというのであれば、医療は成り立たなくなるのです。

日本人はどうも専門家の意見の尊重というものを知らなすぎます。素人が意見を言うだけならまだしも(それは必要なことだと思います)、素人が世論に影響を与えさせたりすることは、ある意味私はそれこそ犯罪だと思います。私の中で大野病院事件の医師や女子医大の助手医師を逮捕したことについて、その警官は私の心の中ではそれこそ犯罪者であると思います。

 久しぶりにコメントします。

 この事件のあと,大学の救命センターのドクターに「先生のところだったら,重症刃器損傷は同時に何人受けられますか?」と訊ねてみました。
 彼がいうには「本気で救命するのであれば,赤タグひとり。二人は無理」ということでした。
「じゃぁ,秋葉原は近くにいくつか救命センターがありますが,二人以上同時に受けられるところは,ありますか?」
「せいぜい●●センターだけですね」

 そして,秋葉原から直線距離にして3km以内にある救命センターは
 東京医科歯科大学病院
 東大病院
 駿河台日大病院
 日本医科大学病院
 の4病院です。
 直近の病院として三井記念病院がありますが,ここは3次救急は対応していません。
 医科歯科 の隣の順天堂医院も3次救急は対応していません。
 救急車が10分以内に到着できて,赤タグの患者に対応できるのはこの4病院で,受けられる患者はせいぜい5〜6人ということになります。

 そして,今回に事件では,体幹部の刃器損傷は全員赤タグでしょうから,赤タグの負傷者が10人以上いたはずです。
 その中で,最大数の救命を考えた搬送先の選択をどうするかは,正直いってシミュレーションしてみたくもありません。今回の事件の状況では,ひょっとすると,より救命可能性の高い赤タグの負傷者を優先するために,もしかしたら救命できたかもしれない赤タグ負傷者の搬送を後回しにする決断が必要だったかもしれません。

 そして,
 もう少し離れて半径5kmで救命センターを探すとすると,
 聖路加国際病院
 都立墨東病院
 東京女子医科大学病院
 東京女子医科大学東医療センター
 国立国際医療センター・戸山病院
 の5病院が挙げられますが,いずれも直線距離でほぼ5km,クルマで移動しようとすると,日曜日で道路が空いている,救急車ということを考えても,搬送に20分近くはかかりますので,今回のような大血管損傷を考慮した赤タグ患者には遠すぎるでしょう。

 ひとりの天才外科医がいて,重症外傷の患者を次から次へと治療・救命するというのは,ごっどはんどてる,ぶらっくじゃっく,だーくえんじぇるやいりゅうみたいにまんがの中だけの話です。

友人の(幹線道路沿いの病院の)救急外科医に「あれは手技とかがきっちり再現されていて良く出来たドラマや」と教えられて、初期の「ER(緊急救命室)」を見ていた私には現場のお医者さんがいかに大変か(100分の1ぐらいかもしれませんが)わかるような気がします。トリアージ・バイタル・除細動なんて言葉もここで覚えました(^^;
たくさんの患者がいる、みんな助けたい、でも諸般の事情でそれは無理、限られた時間の中で患者の優先順位をつけなければならない。安全地帯にいるものとしては、それがいかに苛烈な状況か、ということに思いを致さざるを得ません。結果についてとやかく言うのは(患者の家族以外は)もってのほか、だと思います。自分が望んだわけでもない不可逆の決定を下すということを強いられる、ということほどつらいものはありません。
ちなみに友人があのドラマに出てくる症例(?)で「銃創」以外のほとんどのものは扱ったことがあるそうです。詳しくは教えてもらえませんでしたけど。

>>22
ブラックジャックでは、猫・子供・政治家のおっさん、と3人の怪我人がいて、
重傷の順に猫・子供・おっさんと手術していく、というエピソードがありましたね。

 恥ずかしながら、私が初めて「トリアージ」という概念を知ったのは、ほんの3〜4年程前のことで、父(開業医)から「地区医師会の会議で、災害時のトリアージタグの取扱いについて、具体的な講習を始めた」と聞いてからです(我ながら遅過ぎと思います。本当に)。聞いたときにはショックでしたが、確かにそれ以上の方法が思い浮かびませんでした。

 その後、たまたまテレビで、
NHKスペシャル トリアージ 救命の優先順位
http://www.nhk.or.jp/special/onair/070423.html
を見て、黒タグを付けられた方のご遺族が悩み苦しんでおられる様子を最後に番組が締められており、トリアージの概念が(当時)殆ど一般に受け入れられていない事を感じ、これもショックでした。

 福知山線の事故でも、秋葉原の事件でも、日常の救急搬送でも、トリアージに関わった方々が苦しんでおられる、そのおかげで助かる命があることを、もっと一般の方に知って欲しい、と思います。
 今回の報道で、考えてくれる人が増えてくれると良いのですが・・・。

(ここ2日程、トリアージについてしつこく父に訊ねたところ、すごく嫌がられました。また1人苦しめてしまった・・・。)

ひでえ記事ですな。

トリアージを行った医師を実名報道って、何にも考えていない愚行です>「マスゴミ」

トラックバックがありました。
http://d.hatena.ne.jp/zames_maki/20081006#p1
予想された事態ではありますが。
このエントリもトラックバックします。

まだコメント数に余裕がありますので、こちらで意見を述べられてもいいですし、向こうへ行くのもよろしいかと思いますが、けっこう多くの人が見ているブログだと思われますので、そのつもりでカキコすべきだと思います。

なんだか酷い話ですね。緊急を要する場で完璧な判断をしろってのは難しい気がするんだけど。

何の落ち度も無いと言い切ってしまえば角が立つけど、それが最善の策と現場が判断すれば仕方ないでしょ。

医師不足、緊急車両の敏速性への協力、施設の確保、国民の協力無くしては出来ない事。何処まで国民は協力してきたのだろうか。
医師全てが大変苦労されて我慢ばかりされてるとは思いませんが、過酷な状況であると思います。医師不足を分かりながら医師が増える環境を整えない事も問題だしね。

医師を充分確保したり、ドクターヘリを何機も揃えたりするのが大事なんだと思う。


トリアージが命の順番をつけるんだけど、順番つけなくていいくらい医療現場が充実してれば問題ない事だと思う。もちろん医師も状況判断に磨きをかける努力も必要だし、問題があれば解決していかなければならないでしょう。
大規模災害で死傷者多数の場合はトリアージが必然となりましょう。みんな助けたいだろうが、現状では無理だし色んな努力をしたとしても全てを助ける事は困難だと思います。
そこは理解しなければならないと思います。

助けようと努力した人達を責めるべきではない、犯人がそもそも悪いのだから。医師だけの力には限界がある、応急処置の心得が国民に備わっていたなら、秋葉事件の野次馬が野次馬ではなく一人の命を救う手助けが出来る助手にもなり得る訳だし。

結果として問題があったとしても、報道はもっと配慮すべきだと思う。ファールボールで観客を死なせたのはバッターであり、あいつは悪いという報道をしたようなものじゃないでしょうかね。

昨日の「サキヨミ」たまたま見てましたが、唖然呆然・・・いまさらですが救急崩壊への理解ってないんだなと思いました。
全体のトーンとしてトリアージそのものが悪いように受け取れる構成になっていたのがなんとも・・・
もちろん事後検証は絶対必要ですがこれこそ過失責任を問う話はないはずでしょう。
救急隊員や対応した医者がそれこそPTSDも心配されるような決断をしてるのに、後追いで批判されたら誰もやらなくなってしまいます。
災害復旧の現場でも捨取選択が必要な場合は多岐にわたりますが、誰かがその決断をしないと物事が動きません。動かないと言うことは大概の場合物事は悪化します。
そして、決断すると言うことは必ず切り捨てる部分があると言うことを理解すべきです。
私が直接的に患者のトリアージすることはありえませんが、トリアージをする医療者を現地に入れるか入れないかの判断をする可能性がありますので人事だとは思えません。

今回の放送は見ませんでしたが、8月24日放送の医療事故への警察の介入についての特集は見ました。
質問内容にバイアスがかかっていて、「医療事故には警察が介入しなければならない」と答えるしかないよう設問で、非常に不快な思いをしたことを覚えています。それ以来、同番組は見ていませんが、No.29 通りすがりの桂木(非医) さん のコメント見る限り、まだやっているのかという感覚です。

今回のターゲットは消防隊と一部医療側も含んでいるのだと思います。真実は分かりませんが、遺族の目線からという錦の旗を掲げ、後だしジャンケンで誰かを悪者にする手法はやめてもらいたいものです。

「サキヨミ」を見てないのですが、トリアージがもっと正確にならなきゃいけないという趣旨なのかトリアージすることがいけないという趣旨なのかどっちだったんでしょう?
救急隊が実践でトリアージが上達するような機会はあんまりあって欲しくは無いですから、難しいですよね。
トリアージすることがいけないと考える人は、トリアージしないで手前にいる人から順番に搬送するほうがいいと思っているのかな??
どっちにしろかなり無茶な気がします。

少なくとも報道はトリアージにかかわった人に不必要なストレスをかけないようにすべきだと思います。
以前に自殺なさったかたがいらしたのではなかったでしょうか?

沼地 様

>トリアージがもっと正確にならなきゃいけないという

私は見てしまったんですが、こちら側の趣旨が強かった気がします。

医師免許のない救急隊員に高度な正確性を求めても酷だな、と思いました。(現場に医師が多勢駆けつけられれば良いんですが←無理ですよね)
番組ではさらに、救急車に乗車させてから、搬送先を問い合わせているような事も伝えていました(実際どうかはわかりません)が、ここらあたりにも、救急隊員の対応の悪さ(鈍さ)や、病院の対応の悪さも印象付けようとしているところに憤りを感じました。
ただ、現場に居合わせた方々は必死の思いで対応されていたことは確かだと思うので、あまりにも後付批判すぎるのではないかな〜という報道でした。


多面的に検証することを忘れたジャーナリズムは、ただの「扇動者」です。ますます「見て見ぬふり」をする人が増えそうに思います。一般人の間でも、よかれと思って行った行為で非難されることを恐れ、「触らぬ神にたたりなし」的な風潮が広がッたらどうしましょう? 講習を受けたとはいえ素人がAEDを使うなんてもってのほか。道を尋ねてきた人に道を教えるのにも「迷っても文句は言いません」みたいな念書を書いてもらってから、なんてね。

これこそ「良きサマリア人」に対する問題の良い見本だと思います。

そもそも救急患者一人あたり数人で対処するのが普通です。従って一人の救命救急しないし医師が数人を相手にする場合はトリアージは機能します。トリアージが数百人規模の大災害を前提としたものだって?それこそ言いがかりでしょう。トリアージの本質が解っていない証拠です。そもそもトリアージは数百人規模の大災害の時にだけ行いましょうなんて勧告、聞いたことがありません。
また救急車も30人けが人がいたら30台同時に必要になりますが、そんな余裕どこにあるでしょう?医師だって呼ばなくてはなりません。そんな余裕どこにあるでしょう?
まさに(医師や救急車が十分そろったという前提での)机上の空論・・・いや、現実には理論的でさえ無いです。
また、トリアージは見た目よりも重傷である場合に問題となるなんてことは医療関係者は当たり前のように知っている。患者の状態だって時々刻々変わっていく。つまり、トリアージはかなりいい加減な方法なのです。でもそれよりも良い方法が無いだけの話なのです。あったら教えて欲しいくらいです。

一万歩譲って(百歩程度では譲れません)、じゃあ、トリアージなしで行きましょうってな事になったら放っておかれた高い確率で助かる患者が助からなくなってしまう。それこそ批判の対象になりませんか?見た目、明らかに重傷なのに放っておいた・・・そんなことが許されると思います?

そもそも救急現場で完璧な処置はどだい無理な話・・・。議論はあっても良いとは思いますが、初めから「おまえらは間違っている、殺人を起こした」的な論調で一応医療ジャーナリストを名乗る人間に言われて良い気分はしませんよ。
番組、見ましたが、あれでは問題提起どころか、タダの「専門家を気取っている人間が根拠なしにケチつけている」的な番組にしか見えませんでした。ずぶの素人ならまだ許せます。仮にも医療ジャーナリストを名乗っている人間が・・・です。このディベート、せめて救急の人間を入れて行うべきではなかったのか?この人、テレビで見ていても現場のことは何も知らないんだなということが解ります。
救命救急士だって一応救急現場のプロです。仮にも医療ジャーナリストを名乗る人間が現場や理論も知らないでプロを罵倒するなんて事が許されるのでしょうか?
批判するなら説得力のある理論で対抗してください!と言いたいですね。問題提起はしても良いですが、もっと現実から見た可能な範囲での有意義なものにして欲しい。

ただ、

「検証が行われているが内部でやっている、外部の専門家を入れて過ちから学ぶべきだ 」

という部分については賛成です。今回の事件について、改善可能な過ちがあるかどうかは解りませんけどね。

私は幸か不幸かその番組をみなかったのですが、
愛知医科大学高度救命救急センター教授 野口宏という人が、
コメントしていたということです。

週刊文春の記事でも、救急の専門家が一枚かんでいる様なことが書いてありました。

一番知りたいことは、この間の事情についての救急の専門家の意見です。

どうして、件の専門家は、<医療ジャーナリスト>や
<TV番組>を介して問題提起を行っているのでしょうか。
このようなことをして何が得られるのでしょうか?

>>31:沼地さん

番組たまたま見ました。
ゼロ+Oさんの見方を否定はしませんが・・・

>トリアージすることがいけないという趣旨

は多分に含まれていたと見ます。
トリアージを命の選択という主旨で使っていた場面がありましたから。
間違いではないと思いますが、助かったかもしれない命があったと報じている中ではトリアージに対する批難を含んでいたと思われます。

また、消防庁に問い合わせたが回答が無かったと報じてたのも一方的に感じました。緊急に報じなければならない内容のものでは無いと思いますが、粘り強く回答を得る努力とかはしていたのでしょうか?
なんにしても現場で奮闘されていた救急隊員の方々に対する思いやり、敬意のかけらは見られませんでした。

ゼロ+O さん、エッジ さん情報ありがとうございました。
トリアージすることがいけないという批判を匂わせながら、やるなら完璧じゃないと承知しないぞって報道なんですかね〜?
というか、見た人はそう感じたわけですもんね。

なんと言うか......

「トリアージでなければ助かった命がある」と言いたいのあれば、逆に「早いもん勝ち」とか「救急車の停車位置に近い順」とかで搬送されたら助からなかった命はいくつあるかも検証してもらわないと公平ではありませんね。

 命は平等だから、平等にトリアージして助かる可能性が高い人から平等に助けているわけです。人には神の代理行為に完璧を求めてはいけません。

>37:沼地さん

ゼロ+Oさんと自分の話でよくそこまで番組の内容がを把握できるなんて凄い^^;
まさしくそんな内容でした、本当に一方の方向からしか報道しないんだなあと感じました。

>38:みみみさん

逆に「早いもん勝ち」とか「救急車の停車位置に近い順」とかで搬送されたら助からなかった命はいくつあるかも検証してもらわないと公平ではありませんね

仮に実際に検証していたら、トリアージの問題は取り上げなかったでしょう。あと今回のトリアージでぎりぎり助かった人がいるかどうかも報道はされていなかったですよね。

トリアージに問題がより、救急車が何台も着ていたらしいのにスムーズに病院に搬送できなかった原因を報道した方がよっぽど有意義だと思います。

私もその番組を見てしまった素人です。
ここでの皆様のお話を拝見していたもので、違和感を覚え眉間にしわを寄せながら見ていたと思います。
ゼロ+0様やエッジ様の仰る内容と私も認識しました。
私が特に印象に残ったところは、件の専門家の方の
「これは大規模災害などの場合におけるトリアージをしてしまった・・・」云々とのご意見です。
おそらく被災者が何百人や何千人、目も当てられない惨劇、そこに届く医療資源は僅か。それならばタグをつけトリアージする必要はある。だが、今回の事件は日曜日の東京のど真ん中。被害者の数もわずか。周囲に救急病院はたくさんある。その環境でトリアージを行ったことに問題があると言いたそうな内容に見えました。
また、しきりと「救急車が出発するまでに何分も止まったままだった。」と流されていました。
救急隊だって受け入れ先の病院がなければむやみに出発できるわけないだろう? と思いつつ見ておりました。
東京のど真ん中の救急病院など、その現場よりももっと忙しいような状況にあって、「申し訳ないがそんな(赤タグをつけられているような)患者さんを今搬送してもらっても処置が施せる状況じゃないんだ。他を当たってくれませんか。」的な状況だったんじゃないのか?
とは、素人の私ですら想像します。
そういった内容はまったくありませんでした。
既出の内容ばかりで申し訳ありませんが、何のための報道だったのかが疑問に感じて悶々としておりましたもので、発言させていただきました。

ともかくあの番組では「トリアージは大規模災害でしか意味がない」と盛んに行っておられました。でもそんな学説聞いたことがありません。あったとしてもかなり異端児的なマイナーな意見でしょう(つまり、意見レベルのことです)。
普通の医療関係者の認識ではマンパワーが足りないときに機能するのがトリアージということでしょう。理論的にも常識的にも考えてもそれが正しいと思います。

ではあの場でマンパワーは足りていたでしょうか?答えはNoです。
周りに十分三次救急が出来る施設があったでしょうか?答えは十分かどうかは別として数の上ではYesです。しかし、番組では一次救急、二次救急も全て救命救急施設というような感じで報じていました。いくら秋葉原でも30施設も三次救急はありません。命に関わるような人を一次救急に搬送してなんになるのでしょうか?全く持って勉強不足なことです。
仮にも世論を左右してしまう医療ジャーナリストを名乗る人間がこれだけのウソを並べ、洗脳させたと逆に感心してしまいます。自分だったらそんなこと恥ずかしくて言えませんけどね。
第一あの場に医療関係者が十分いませんでした。それで批判だけ述べるなんてアンフェアだし、番組のレベルの低さを露呈するようですね。これだけ医療界から言われているのに相変わらず専門家抜きの議論に終始しているマスコミに悪意さえ感じます。

ドーケイさんのおっしゃるように救急車だって搬送先が決まらない限り救急車は発車できません。ましてや今のように「良きサマリア人」が一般化していない現在では下手すると犯罪者扱いされてしまう危険性がゼロではありません(法的には許されても世論が許してくれない)。世論というのはそれほど怖いのです。

何が問題かということを議論することは必要です。しかし、あの番組は批判に終始している。議論を提起しようという姿勢ではありません。

ともかくあの番組では「トリアージは大規模災害でしか意味がない」と盛んに行っておられました。でもそんな学説聞いたことがありません。あったとしてもかなり異端児的なマイナーな意見でしょう(つまり、意見レベルのことです)。
普通の医療関係者の認識ではマンパワーが足りないときに機能するのがトリアージということでしょう。理論的にも常識的にも考えてもそれが正しいと思います。

ではあの場でマンパワーは足りていたでしょうか?答えはNoです。
周りに十分三次救急が出来る施設があったでしょうか?答えは十分かどうかは別として数の上ではYesです。しかし、番組では一次救急、二次救急も全て救命救急施設というような感じで報じていました。いくら秋葉原でも30施設も三次救急はありません。命に関わるような人を一次救急に搬送してなんになるのでしょうか?全く持って勉強不足なことです。
仮にも世論を左右してしまう医療ジャーナリストを名乗る人間がこれだけのウソを並べ、洗脳させたと逆に感心してしまいます。自分だったらそんなこと恥ずかしくて言えませんけどね。
第一あの場に医療関係者が十分いませんでした。それで批判だけ述べるなんてアンフェアだし、番組のレベルの低さを露呈するようですね。これだけ医療界から言われているのに相変わらず専門家抜きの議論に終始しているマスコミに悪意さえ感じます。

ドーケイさんのおっしゃるように救急車だって搬送先が決まらない限り救急車は発車できません。ましてや今のように「良きサマリア人」が一般化していない現在では下手すると犯罪者扱いされてしまう危険性がゼロではありません(法的には許されても世論が許してくれない)。世論というのはそれほど怖いのです。

何が問題かということを議論することは必要です。しかし、あの番組は批判に終始している。議論を提起しようという姿勢ではありません。

誤解があるといけないので念のため。
100人以上と限定するのが意味がないということです。

誤解があるといけないので念のため。
100人以上と限定するのが意味がないということです。

P R

ブログタイムズ

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