エントリ

 「医療側からの刑事免責の主張をどう理解すべきか」のコメント数が200を超えようとしていますので、続編を立てます。

 先のエントリにおいて、an_accused さんがそのコメント(No.195)

 このブログ内の話はさておき、我が国では「過失を処罰によって抑制しよう」という考えが根強く、また、刑事司法(というより警察・検察)への盲目的ともいえる信頼があるようです。

  (中略)

 このような法文化を有する我が国において、どの分野であれ「刑事免責」が認められるようになるのは至難の業だと思います。だからこそ、そこは長期的課題として、日医医賠責審査会や各医師会の拡充により「医事紛争を、起訴前・民事提訴前に、第三者機関がさっさと全件鑑定してしまうこと」つまり「法律家やトンデモ鑑定医がでしゃばる前にさっさと医療者側が鑑定結果を示し、紛争処理、とりわけ事実認定において主導権を握ってしまうこと」をお勧めしているわけです。

と述べられています。

 私の基本認識も同様です。

 制度としての(つまり運用面の問題ではない)医療事故に対する刑事免責が、近い将来に実現する現実的可能性はほとんどない、と思われます。

 となりますと、理念的な問題または現状認識のためのたたき台として問題提起する意味で刑事免責を主張し議論することはそれなりの意味があるとしても、それだけにこだわっていては現状は何も変わらないし、場合によっては反対意見による印象操作によってマイナス効果のほうが大きくなってしまう恐れも感じられます。

 引き続き、建設的な議論を期待します。

| コメント(207) | トラックバック(1) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

トラックバック(1)

トラックバックURL: http://www.yabelab.net/mt4/mt-tb.cgi/4689

前回の話題「医療崩壊の嘘!? その四」に続いて今度は救急医療の話題を。 まずは出 続きを読む

コメント(207)

> 制度としての(つまり運用面の問題ではない)医療事故に対する刑事免責が、近い将来に実現する現実的可能性はほとんどない、と思われます。

 小生もそれは同じです。しかし、憲法改正と同様、可能性がほとんどないからといってなにも動かなければ現状は変わりません。
 医療事故調査制度の落としどころはその時点での社会の情勢や国民の考え、政治情勢などに左右されることは当然です。しかし、ある程度過激な要求をする集団が一定程度いなければ現状維持勢力にいいようにされるだけです。
 1999年以前は医療事故があっても警察が介入することはほとんどありませんでした。医療側の事故隠しなど酷い例もありましたので、元に戻せとは言えませんが。現場で働いている人間にとり病院に刑事が来てカルテ押収するとか、医師看護師の取り調べなどが現実になくなればいいだけなんです。
 個人的には医療における刑事司法の介入に対して新たな立法措置が必要という考えは変わりません。

別に医療人に限った話ではありませんが。

私には上司のフォローなどで大事には至らなかった失敗がたくさんあります。
それを、やらかした時にはものすごい落ち込みます。
反省します。
死にたくなります。

その償いは、研鑽して、他の患者さんに還元することだけでしか払えないと思っています。

一方で、トンデモ医者も見てきました。
必ず再発するヘルニア手術を行うオーベン。
術後高確率で合併症を起こし、それでも術後管理は研修医に投げっぱなし。
彼らを罰する人間はおらず、たぶんどこかで同じことを続けているんでしょう。

刑事罰というもので、もし医療が良くなるというのならば、実は、それほど刑事罰に反対する医者は多くないのではないかと思います。
だけど、そうではないと思っているから、反対している。
もちろん、医道審議会なる子供の遊びのようなシステムしかなかった医療者のprofession autonomyの欠如は指弾されてもしかたがありません。
だからといってそれが、論理的に(感情はさて置きです)、刑事罰を正当化するものでもありません。

極めて現実的に、そうしたprofession autonomyの構築をしていく上で、まずは評価の部分をステップバイステップで着実に組み上げていく。
それが医療司法を問わず、プロの仕事というものではないでしょうか。
しかし、今議論になっている刑事罰の問題は実に拙速な議論で、そうした基礎工事の部分を台無しにする。
骨組みをやってるところに内装工事を始めるようなものです。

こう言い直しましょう。

とりあえず、医療を刑事罰で裁くのはやめろ」と。

まずは、ちゃんと医療者を裁けるのか。証明してみろと。
その上で刑事罰を科すのが適当かどうか議論すればいい。

そもそも、ついこの間まで、事実上、運用の上で、刑事罰など、ほとんど科していなかったのだ。
それに少し、一歩ステップバックするだけの話です。

医療とは関係の無いメーカーのエンジニアです。
前のエントリのNo.85で医療集中部watcher さん が紹介していた飯田弁護士のインタビュー記事「医師の刑事免責はありえない」が日経メディカルオンラインに記載されているそうです。記事そのものは読んでいませんが、O弁護士のブログでの引用内容だけからすると、素人的には納得できるものです。医療関係の皆さんはどのように思いますか。

法律を改正して刑事免責をすることはありえないような気がします。
でもssd先生のおっしゃるステップバック、とりあえず医療を刑事罰で裁くのはやめるというのは有りというか、かなり必要だと思います。
まずは医療の立場から「まっとうな医療を行ってるうちに生じた事故」なのか「まっとうでない部分があった。」のか検討してから「まっとうでない部分」があったら警察に届けるということでいいのでは。
「医療の立場」からでは身内のかばいあいが起きるということを懸念する声もあるかと思いますが、実を言えば本当に身内のかばいあいをする気があれば、事件があったことさえ外部には不明というか、病死の死亡診断書が出ておしまいという可能性だってあるわけですから。

私は刑事免責については限定的賛成の立場ですが、司法が今のままだとすると刑事免責を主張するか、ソフトウェア的な部分を変える(この場合は法律を変えると言うことになるのでしょうか、あるいは解釈変更?)のどちらかが必要だと思います。
どうしても刑事で裁くと言うことになるといくら事故調査委員会を立ち上げても無意味です。事故の再発防止とはほど遠い状況になるでしょう。結局多くの医師が現在の厚生労働省案に懸念を抱いている部分は結局ソフトウェア的な部分(この場合、警察・検察権力の医療問題への越権介入、システムを裁くことではなく個人を裁くという法律の不整備、過失が無くても賠償させられるというおかしな民事裁判などなど)が未熟だからに他なりません。

何度も言うように、労働環境が整備された上でのあり得ないミス(左右取り違え、患者取り違え、投薬量ミス)やリピータ医師については刑事で裁くこともあり得ると思いますが、少なくとも合併症ともとれる症例、救急現場での医療については原則免責とすべきだと思います。

最終的に患者さんのためになる医療を目指さなければなりません。それには今の医療システム、法システムのみならず、国民の医療に対する常識は完全に間違っていると言えるでしょう。国民のコンセンサスを得るのは(医療というもの自体、理解するのが容易でないので)難しいと思います。従って、専門家の間で奮起して粘り強く訴えていくしか無いのだと思います。
その一歩がインターネットによる情報発信であり、啓蒙活動と私は思うのです。その証拠にモトケンさんのブログ上に限って言えば法曹の方と医療従事者との溝が(完全ではありませんが)少しずつ埋まってきているという実感があります(異論のある方も多いでしょうけど、少なくとも私はそう感じています)。

今後どうすべきかと言うことについては全くアイデアは無い状況です。私はこうした政治的な手段やマスメディアに疎いモノで・・・。

刑事免責というと、治外法権を連想します。

在日米軍や古くは中国の租界など、治外法権は何か問題が起こると周囲からボロクソに叩かれます。医療がそんな状況になって国民の信頼を失うことにはならないでしょうか。そんなら免責などされず、堂々と裁判で抗弁したほうがマシ、てな事にならないか心配です。

医師が刑事免責を目指し、継続的に声を発信していくことは
当然と思います。
しかし、時間軸との兼ね合いも考える必要があるのでは
ないでしょうか。
10年後に刑事免責が認められるかもしれませんが、
今は事故調を成立させることに全力を投じるべき時期では
ないでしょうか。
年内成立でも施行まで3年とか5年とかかかるわけですし。
もちろん医師会はじめほとんどの医師はその方向で
最後の調整を図ろうとしていると思います。

> No.6 Cat Surgeon さん
裁判は途方もない労力を必要とします。免責の方が医師の士気低下という面で明らかに有利と言えます。被告の精神的苦痛は何事にも耐え難いことなのでしょう。うつ病になって自殺してもおかしくないくらいの苦痛だと思われます。
事実、イギリスでは医師の士気低下が医療崩壊のさらなる増悪を招きました(最もイギリスで医療崩壊が起きたのは刑事云々は関係ありませんけど)。

ただ、治外法権という意味ではないのだよ、と説明することは必要なのかもしれません。最終的に患者のためになるということを発信していかなければならないのでしょう。
そうしないとおっしゃるとおりになる危険性は十分あります。

全然話題は違うのですが、日本ではアメリカのように検察が控訴できなくなると言うようなことはできないのでしょうか?裁判の長期化も医師の士気低下を招くと思われます。

要は検察に必要なことはちゃんとやって欲しいし、やる必要のないことはやって欲しくない、それだけの簡単な話なのに、メンツのためになぜそこまでやるんですかね?

>前のエントリのNo.85で医療集中部watcher さん が紹介していた飯田弁護士のインタビュー記事「医師の刑事免責はありえない」が日経メディカルオンラインに記載されているそうです。

私にはやはりその論拠が理解できないんですが...
実際の所,裁判官は誤審しても責任を負うことはない(つまり免責)されていますよね.なぜでしょうか?
どうして裁判官は免責で,医師は医師の業務に関して免責はおかしいと言われるのでしょうか?
どちらも,「ミス」に対して責められればいなくなって社会が困るのは同じではないのでしょうか?

元高検検事長は「確かにわが国の医療裁判の無罪率は他の罪種よりも高いのは事実ですが、警察や検察も専門性に配慮して慎重に捜査し、起訴していることを理解してもらいたい。」と言っていますが,はっきり言って今の警察や検察を信用しろと言われても,「はいそうですか」と納得できる状況ではあり得ないでしょう.
ないに等しい「黙秘権」,警察の取り調べ方法の問題,など問題が山ほど解っている状況下で,信じろと言う方が無理でしょう.もちろん本当に警察,検察が医療のことを理解して「謙抑的に」動くというのであれば一考の余地はあるでしょうが,現状では我々としては「故意を除き免責」を主張してもよいのではないかと考えています.

No.8 yama さま

日本ではアメリカのように検察が控訴できなくなると言うようなことはできないのでしょうか?

日本では、無罪の場合や量刑が軽かった場合、検察から控訴(だけでなく上告も)することが許されており、実際に多くの事案で行使されています。
日本では、法解釈(判例)上、「確定してない以上は『一事不再理』にも『二重の危険』にも反しない、憲法違反ではない」 ということで固まっています。

外国(主に欧米)では、一審判決よりも重い判決を求めて検察が控訴・上告することを制度として認めていないところも多いです。
が、日本では上記のとおりなので、日本に導入するには、刑事訴訟法を正面切って改正するほかないように思われます。

今更と怒られそうですが・・・

私は刑事免責(過失に限る)が良いのかどうか未だ自らの意見を持っていませんが、「刑事免責」というこのブログのコメント欄でも定義不明確な言葉は、医療崩壊に関心のない(関知していない含む)多くの人からみると唐突に見え、かつ医療従事者に特権を与えるという捉え方から反発があり、現状で理解を得るのは困難と思います。

他にはないのでしょうか。
せめて刑事免責を求めるのならばその「内容・範囲を明確」にし、その意見に対してある一定の数の賛同あることの明示が必要かと思います。(言い尽くされてますが・・)
また国民全体より「検事・警察」に理解を求めるほうが効果が早くでる気がしてます。(つまり起訴前による適正な判断)

それと「刑事免責」ならば条件が欲しいところです。
私としては、患者遺族が不審に思った場合、希望により「自費」にてAi、解剖による死因追求できる仕組みなんか欲しいですね。
また医療版「ISO90001の制定と認定」、定期的な第三者による「外部監査」なんかも考えています。

小説「チーム・バチスタの栄光」には、もし故意により死亡も素人どころか現場の医療従事者でも見抜けない場合あることを示唆してますよね。医者の前では多くの人は「まな板の鯉」のごとく全てを医者に投げ出している状態であり、故意も見抜けない場合があると考えると「刑事免責」という言葉に不信感抱く部分があることも汲み取っていただきたいと思います。

後、責任ある国民の一人である私が先ずできる事は、周囲の人間に基本的な部分を思い出させることだと考えてます。
1.人は必ず死ぬ運命
2.医者は神ではない
3.医療行為自体は体を傷つけるものである(違法性阻却)
4.人体は未知の部分が多い,多すぎる
5.全く同じ個体はない
6.医学は日進月歩  etc
現場医療従事者の苦悩等の含めて、全体の理解が深まり皆で歩み寄りできることを期待してます。

前エントリNo.198 タカ派の麻酔科医 さん

「誤判=責められるべきミス」とオートマチックに捉えて、関係者の謝罪、辞職、制裁等があるべきだと考えてしまうこと、

しかも、かかる意見が、「誤診、患者の死亡=責められるべき医療ミス」では決してないと繰り返し指摘されている医師の方から表明されるということ、

この2点が、専門家の「ミス」に対して非専門家が寛容になることの困難さを如実に示しているように思われました。

(なお、件の冤罪について誰も悪くないと言っているわけではないです。為念。)

医療側に限らず「医療行為における過失についての刑事免責」を求めていくべきと考えます。

なぜならば、それが逃散による医療崩壊のスピードを減速させるためにコストミニマムな手段であるからと考えるからです。

モトケンさんも薦めている第三者機関による全件鑑定には大きな問題点が2つあります。

一つはリソースの問題。
この財政難の中、医師たちが疲弊しきっている中、誰がどのような仕組みで全件鑑定できるのでしょうか?

二つ目の問題は、鑑定結果が裁判の証拠となりうる問題。
全件鑑定するには当然当事者の協力が必要です。
刑事免責が担保されない状況で当事者の協力は得られるでしょうか?

最後に医療側が刑事免責を求めているのは、医師の保身が主題なのではなく医療崩壊を少しでも食い止めるための手段であることは、理解されているのでしょうか?
このことについての啓蒙が必要と思います。

一患者候補としてご意見を伺っています。

結局のところ医療の刑事免責とは社会制度ですから、社会制度である以上、一面の合理性だけではバランスを欠き、説得力を持たないのではないでしょうか。
エントリのくり返しになりますが、「刑事免責」と「刑事に代わる公正な第三者機関」は、コインの表と裏に思えます。

・人質司法
・刑事裁判は負担が大きい
・世論に迎合した捜査、起訴(さらには判決)
・捜査されただけで犯人視される

こんな現状に問題意識を持っている人は多いと思います。

しかし、こういった現象は医療従事者だけに生じているわけでもありません。

本来解決されるべきは、上記のような問題ではないでしょうか?

こういった問題があることを根拠に、医療従事者の刑事免責を主張するのは、医師でない者からは、やはり違和感をぬぐえません。

会社の命令で、ほとんど休みも取れずに働いているトラック運転手がたくさんいます。

彼らが死亡事故を起こせば、おそらく同じような現象が生じるでしょう。

しかし、彼らが刑事免責を主張しているでしょうか?
そのような主張がなされたとして、それが世の中で受け入れられるでしょうか?

トラック運転手がいなくなっても国民は困ります。医師だけが特別ではありません。

No.15 とら さん
>そのような主張がなされたとして、それが世の中で受け入れられるでしょうか?

周囲を見回してみるならばですが・・・現在の状況では受け入れがたいことだと思います。
いまだに医師=金持ちの先入観で話す人のなんと多いことか・・・

>トラック運転手がいなくなっても国民は困ります。医師だけが特別ではありません。

そういう見方もあるでしょう、でもトラック運転手が大挙していなくなり物流が麻痺すればどうでしょう、実際に物が届かなくなれば餓死だって起こるんですよ。そうなれば運転手を投獄しろと言う意見も出れば免責しろと言う意見も出る気がします。

>こういった問題があることを根拠に、医療従事者の刑事免責を主張するのは、医師でない者からは、やはり違和感をぬぐえません。

とらさん,
最も大事な視点が掛けていませんでしょうか.医師の仕事は直接生命に関わるもの(生命を左右するもの)であるということです.
仕事内容のベースが異なるということを抜きにして議論するのはどうかと思います.「医療だけ特別扱いするのはおかしい」という方も居られますが,「医療はそれ自体が特殊である」ということを考えていないからそのような話が出て来るのではないかと思われます.

しかも医療はすべての国民にとって必要なものですから,それを国全体としてどのように維持すればよいかということも考えるべきではないでしょうか.

No.17 Level3 さん

ご指摘のとおり、医師の仕事は直接生命に関わるものですね。

しかし、直接生命に関わるということは、反面、ミスを生じた際には、そのミスのために、死を含む重大な結果を招くということでもあります。

したがって、医師は責任が重い、本当に大変なお仕事だと思います。

だからこそ、私も含め、世間の人は医師の仕事を尊び、尊敬の念を込めて「先生」と呼んでいるのでしょう。

私は医師の方々を本当に尊敬しています。


ところで、少なくとも理屈のうえでは、"刑事処分に値するようなミスによって患者が死亡した"という事態が生じることは、想定できるのではないでしょうか?

だとすれば、制度として医師の刑事免責を導入することは、やはり不適切だと思います。

問題は、刑事処分に値するようなミスがあったかどうかの判断が適切になされるか、でしょう。

この点については、大いに知恵が絞られるべきと思います。

しかし、"医療は専門性がある"、"だから法曹が医療について判断するのは無理だ"という理由で、一気に刑事免責にまで進んでしまうことには反対です。

専門性が必要なのは、医療の世界だけではありません。

また、全ての国民にとって必要なのも、医師だけではありません。

しかし、それでも、日本では全ての業種の人が、法曹による刑事手続に服しています。

やっぱり医師だけを特別に扱うのは無理がありませんか?

もちろん、法曹の側も、専門的な分野についても判断できるようになるための努力を怠るべきではないと思います。

また、繰り返しになりますが、やはり本来は、
・人質司法
・刑事裁判は負担が大きい
・世論に迎合した捜査、起訴(さらには判決)
・捜査されただけで犯人視される
という状況こそが、改善されるべきであると思います。

「トラックの運転」と「救急医療」を比べれば。
「キャッチボール」と「イレギュラー性の猛ゴロ」くらい違いますよね。

キャッチボールが出来ない、では選手に成れませんが・・・
イレギュラーが捕れなかった選手に罰金?

同列視はできません。

現場で働いている人間にとり病院に刑事が来てカルテ押収するとか、医師看護師の取り調べなどが現実になくなればいいだけなんです。

医療関係の紛争解決のためには、カルテの押収が必要でしょうし、何が起こっていたのかを知るためには医師看護師の取り調べは不可欠だと思います。

もちろん、刑事が行う必要はありません。裁判所がカルテを押収しても問題ないですし、医師や看護師の話から真実を引き出せるような方がいればいいのです。

問題なのは警察が捜査することであるようなので、警察以外の人が病院に関わる行為であれば、特に問題ないのですよね。

本質的に違うんですが?
トラック運転しなければ事故は起きないし人は死なない。
救急医療はしなければ事故は起きないがそれを絶対に必要としている救急患者が死ぬ。

放置して安全なものと放置できないものを比べるのはフェアではありません。

No.19 MultiSync さん

救急医療の現場でのミスにも、

"救急医療の現場だから仕方ないよね。"

というミスもあれば、

"いくら救急医療でも、このミスはあんまりだよね。"

というミスもあるのではないでしょうか?

救急医療の現場では常に"イレギュラー性の猛ゴロ"しかこない、ということではないのではないでしょうか?

また、交通事故の場合でも、簡単に避けられる事故もあれば、ほとんど不可抗力としかいえない事故までありますよね。

車の運転は常に"キャッチボール"ということでもないはずです。

そして、客観的には"イレギュラー性の猛ゴロ"のような事故であっても、事故の直後からそれが明らかとは限りません。

したがって、現状では、事故現場で運転手が警察から逮捕されてしまうことだってあるでしょう。

もちろん、そのような逮捕には問題があるといえそうです。

そうすると、やはり、これは医療事故特有の問題ではなく、安易な逮捕や人質司法の問題ではないかと思います。

考えてみれば、証拠の押収は必要ないですね。提出や後悔程度で充分でした。

不適切な表現をお詫び致します。

前コメの趣旨は難易度に尽いてです。
「習熟すればエラー無く続けられる事」VS「いくら頑張ってもエラーを免れない事」

必要性の意味ではトラックも経済運営を通じて、生活に絶対必要です。

全く違うのは緊急性。
そして医師は逃げる事が通常できないので、刑事訴追の影響は極めて深刻ですね。

刑事免責にも色々あると思いますが、医師の方々が求めているのはどのような刑事免責なのでしょうか


1.警察による捜査
2.検察への書類送検
3.刑事訴追
4.有罪判決


何を持って刑事免責とするのか自体、共通認識が取れていないように思います。

「トラックの運転」と「救急ではない医療」の比較ならどうなのでしょうか。「救急ではない医療」での過失でも免責されるべきなのでしょうか?薬の種類や点滴の量を間違えるのは「ぼてぼてのゴロ」をトンネルするようなものだと思います。

とりあえず、医者と運転手を比べるのでしたら、常時霧に包まれている渋谷ハチ公前の交差点を黄信号でも常時往復する義務を負うバイク運転手、ぐらいまで言うのが適当ではないでしょうか。

霧が薄い日もあれば人が少ない時もあるのでしょうが、たとえ濃霧で混雑していてもフルスピードで突入し、すり抜けることが世のため人のためとされている業界です。

(そして、人をはねたのがケシカランというのが大野病院事件かも知れません)

法律も医療も素人です。
今日は産科のお医者様に大変お世話になりました。
日頃から激務に就かれている医療関係者には心から感謝しています。

ですが、医療事故は全て無条件に刑事免責という意見には抵抗があります。

No.13 ブギーマン@さんへ
>モトケンさんも薦めている第三者機関による全件鑑定には大きな問題点が2つあります。
>
>一つはリソースの問題。
>この財政難の中、医師たちが疲弊しきっている中、誰がどのような仕組みで全件鑑定
>できるのでしょうか?
>
>二つ目の問題は、鑑定結果が裁判の証拠となりうる問題。
>全件鑑定するには当然当事者の協力が必要です。
>刑事免責が担保されない状況で当事者の協力は得られるでしょうか?

医療訴訟に限らない気がするのですが、資料を隠したり改ざんしたりすると
(もしくは疑われると)問題がこじれているような気がします。
 
刑事免責の代わりに、
「事故報告資料については、(個人情報を除いて)原則公開とし、
過失事故に対する刑事訴訟の証拠対象から除外する。」
として、刑事訴訟を制限したら(ある程度)解決できないのでしょうか?
・刑事責任を裁判で追及するためには、事故報告資料以外から根拠を見出す必要がある。
・危ない過失事故事例は、証拠対象から除外するために、正直にどんどん報告してしまえ。
・報告事例を必ずしも全件鑑定する必要はない。重み付けをして重要事例を鑑定して再発防止に生かす。
 
膨大な過去ログの全ては読めていません。既に検討済みの周回遅れの意見であれば、もう、ばっさり切り捨ててください。
#ハスカップさんが以前、アメリカの制度として紹介していたのと、結果同じなのかもしれませんが…

基本的に「刑事訴追はそぐわない」と考えます。

ましてや医療現場は整備された人工芝で無く、雑草と小石だらけの原っぱですから。
「ぼてぼてのゴロ」なら普通に処理できる、事は有りません。

緊急性が無い場合でも、不確実性が大きい。

「技量と精神力の限りを尽くして戦い、結果は、やらなければ解らない」点で医療とスポーツは近い位置に有ります。

エラーをすれば練習でしごかれたり、エラーの多い選手は出番が減ったり(行政処分)するべき。

たった一つのエラーで「グラウンドから放り出して牢獄へ」というのが刑事罰ですから、イチロークラスでも同じ目に遭うかも。

読みそこなって、後先になりました。

>医療事故特有の問題ではなく、安易な逮捕や人質司法の問題ではないかと思います。

その問題がかなりのウエイトを占める事には、同意です。

ただし、交通事故は多くの経験と研究が蓄積されていますが。
医療にはどうでしょう?
「安易以前に無理解が目に付く」と言うのが医療関係者の見方のようですが。

>何を持って刑事免責とするのか自体、共通認識が取れていないように思います。

はい、その通りです。共通認識を形成するのは不可能に近いと思います。医師側ばかりではなく、患者側もですけど。
ですから共通認識は得られないという前提で解決策を考えたほうが良いかと思います。

確かに、医療は人体を相手にしているので不確実なものを相手にしているので、不確実性は大きいと素人の私も思いますけど、何でもかんでも不確実性が大きい事を理由にするのはちょっと…。
 
>緊急性が無い場合でも、不確実性が大きい。
 
(緊急性が無い場合に)薬の種類や点滴の量を間違えるのは、医療特有の不確実性の問題ではないですよね。
もう少し別の問題ですよね。
 
緊急性がある場合や、敢えて副作用のリスクを取って最善の結果を求める場合には、同じ「薬の種類や点滴の量を間違える」という事でも不確実性が増えると思いますけど。
#なんで、みんな、結果ばかり考えて、結果にいたる過程が妥当なのかをチェックするという話が抜けてしまうのだろうか?
#同じ「薬の種類や点滴の量を間違える」という(中間)結果でも、最初からチェックしなかったのか、チェックできなかったのか、チェックしたつもりがチェック漏れだったのか、チェックしたのにすり抜けたのかで、結果が同じだけで全然違うと思うんだけど。

私は、医療ミスと野球選手のエラーを同列に議論するのは適切でないと思います。

イチロークラスの一流選手でも、時にはエラーをします。

子供だって取れるようなフライを一流選手がトンネルすることだってあります。

このように、どんなに一流でも、どうしてもゼロにすることができないエラーというものはあるわけです。

にもかかわらず、そのような不可避的なミスを犯したことを根拠に刑事処罰されてしまうのであれば、ミスが死に直結するというリスクの高い現場で働いておられる方が不安に思われるのも当然だろうと思います。

普通の人が普通に生活しているだけで刑事処罰の対象となる世の中は、やっぱりおかしいですよね。

しかし、他方で、必要な注意さえ払っていれば避けられただろうというミスもあります。

ケースバイケースですが、薬の種類や点滴の量を間違えるというのは、この部類に入ることが多いと思います。

そして、そういったミスのために重大な結果が生じたような場合まで刑事免責することには賛成できない、というのが私の意見です。

なお、一定の割合で発生せざるを得ないミスなのか、それとも避けられたはずのミスなのかの区別が容易でないケースが多々あるだろうことは、医師でない私にも想像がつきます。

その意味で、法曹がその区別を判断する際には、慎重さが必要だと思います。

しかし、そのことと、刑事免責を導入することは、やはり別問題だと思います。

 議論の精密性を考えていただくため、敢えて指摘しますが、アンチテーゼとしてこういう処理例もあります。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080723/crm0807232111052-n1.htm
 警察検察の落ち度を攻撃しているだけでは意味がなく(感情論と誤解されかねられないから)、問題点に対する冷静な分析も必要でしょう。
 利点と不利益を全部出して客観的な目で冷徹に見ることも必要だと思います。どうも刑事免責を求める主張は、場合分けやステップを踏んだものが少なくて短絡的な飛躍が大きく、もう少し段階を踏んだ分析が必要かと思います。それが国民の理解や共感を得るには不可欠だと思うからです。

>薬の種類や点滴の量を間違えるというのは、この部類に入ることが多いと思います。
>そして、そういったミスのために重大な結果が生じたような場合まで刑事免責することには賛成できない、というのが私の意見です。

それを行政罰で罰してはいけないという理由もありますか?
どうして刑事罰が望ましいのですか?

No.35 ssd さん

もちろん、行政罰で足りる場合もあるでしょう。

そのような場合にまで一律に刑事罰が必要という趣旨ではありません。

しかし、ミスの程度、結果の重大性、被害者感情などから、行政罰ではなく刑事罰が適切な場合もあると思います。

刑事免責の導入は、そのような場合にも刑事罰が科せなくなる点で、問題があると思います。

 横レス失礼しますが、行政罰があれば刑事罰は不要というのも飛躍があると思います。医師免許はく奪という行政処分(お医者様にとっては時先生の死刑と同義と拝察します。)を恐れて産科医が激減した場合、やはり行政罰をも免責して「罰」というサンクションを気にせずのびのびと医療を行えるこが望ましいという見解もありかと思います。
 無過失民事責任(民事罰)なら、病院管理者が保険でリスクを分散する方法で(医師個人は保険約款で無責とする)、遺族への慰藉の措置としてかなりの代替手段となるとは思います。交通事故の強制保険がその典型例(損害の公平な分担)です。

最初からチェックしなかったのか、チェックできなかったのか、チェックしたつもりがチェック漏れだったのか、チェックしたのにすり抜けたのか

少し前のコメントと思いますが?

あまりに間違いが多かったので「薬」のパッケージが変わった。
「間違いが激減したと思う」と仰る先生も居られましたね。

私の危惧には。
「それ以前も事故があったけれど、刑事訴追を怖れて原因究明、ましてやパッケージの改善はなかなか進まず」と言った事態も。

しかし、ミスの程度、結果の重大性、被害者感情などから、行政罰ではなく刑事罰が適切な場合もあると思います。

「禁固2年執行猶予3年」と「医業停止3年」ではどちらが想い罰則なのかという議論があるでしょうね。

ただ、全面的に刑事免責を行うと、「点滴中の医療過誤で死んだと思い込んでいたが、実は点滴に毒物が混入していた」という事例の場合、警察の捜査が結果的に遅れてしまうとか、犯罪の見逃しと言う事は考えられますね。

行政罰が適当な場合で、適切な行政罰が下されれば、原則として刑事罰は発動しない、と言う運用がこれまでの警察・検察のやり方だったので別に刑事免責をする必要性はないと思うんですけどね。
本当に刑事処分が必要な場合のために、やはり法の不備は避けるべきだし、わざわざ刑法と言う刑事法の根幹の法律をいじる労力をかけるほど必要性があるとは思えないなあ

行政罰が適当な場合で、適切な行政罰が下されれば、原則として刑事罰は発動しない、と言う運用

そのような運用はあり得ないと思います。行政処分を決定するのは厚生労働省の医道審議会ですが、医道審議会は原則的には刑事処分が確定した後に行政処分を下す訳ですから。

 どこの馬の骨か分からない私の意見(http://www.yabelab.net/blog/2007/01/09-185120.php#c31107)じゃ不信感を持たれてもやむを得ないので、刑事免責に関する論文と判例(比較法学,判例,工学系)を紹介して皆様の議論に資すればと思います。刑事免責は極めて重要な論点ですので、積極説・消極説・中間説のいずれをとるにしろ、精密かつ分析的な説得的考察が必要かと思います。m(_ _)m

アメリカ合衆国における量刑事情としての捜査・訴追協力(1)一連邦量刑ガイドライン5K1.1条を中心に一
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/2531/1/A03890546-00-078020113.pdf(PDF)

刑事免責に関するロッキード事件最高裁判例
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/CBD3D67F4C8F167F49256CFA0007BD9E.pdf(PDF)

平成15 年度 我が国の機械工業分野における21世紀標準化戦略のあり方に関する調査研究報告書
http://www.jmf.or.jp/japanese/houkokusho/kensaku/pdf/2004/15kodoka_17.pdf(PDF)

>しかし、ミスの程度、結果の重大性、被害者感情などから、行政罰ではなく刑事罰が適切な場合もあると思います。

とらさん,
そもそも刑事罰な何のためにあるんでしょうか?
医療行為において刑事罰はどのような利点があるんでしょうか?欠点に関してはこれまで多く出されていましたが,利点は何でしょう?

それは、あくまで再発防止の文脈の中で出てきたもので、刑事責任とリンクする形ではなかったので。
 
刑事責任にからめて、たとえ結果は同じでも刑事責任を負う可能性のある場合と、負う可能性のない場合をしっかりと分別して、この過程を踏んだら刑事責任は問えないという基準をはっきりしろって言う意見は既に出てましたか?
#このチェックをしたことは明らかだから、刑事責任は問えないことを明記しろというような。(行政、立法、司法方面への要求として)
 
専門家である医師の間で意見が分かれるような専門的な部分で刑事責任を問うべきではないというのは、同意なんですけど、そういう限定もなしに、その他の事故でも共通な要素を無視して何でもかんでも医療事故なら免責という論旨は少しおかしいと思うんですよ。
 
でもって、その刑事免責されるためのうまい条件って見つけることができないものなのでしょうか?
 
No.28の意見って、実現できるかは別にしても駄目な案ですか?

 厚生労働省が創設を検討している死因究明制度「医療安全調査委員会」を設置すれば済むと思うんですが、これに医療側が反対してるんですよね。
____________________________

■「医師への刑罰は予防にならない」
日本産科婦人科学会・岡井崇理事

 岡井氏は、医療安全調査委員会(医療安全調、仮称)について、「設置の趣旨には賛同するが、中身に問題がある」と述べた。
 死因究明制度の法案大綱案では、厚生労働省の第三次試案に警察への通知の範囲として記載されていた「重大な過失」は消えたが、「標準的な医療(行為)から著しく逸脱した医療」の表記が残っていることを、同学会として最も問題視していると指摘。
 「(警察に)通知されると、捜査当局は『専門家が判断したのだから』と、『重大な過失』として(捜査が)進み、刑罰を与えられることは間違いない」と述べた。
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/16675.html
____________________________

 『専門家が判断したのだから』と言うだけで、必ずしも有罪になるわけではないと思いますが、捜査当局が「有罪」との心証を持つのは当然だし、仕方ないことでしょう。

 それが気に入らないなんて、医療側が言い出したら、話が前に進まないわけで、こういう認識はちょっと改めてもらわないといけないと思います。

通りすがりの者(非医療関係者)です。
医療の崩壊を防ぐ意味では,過失による医療事故の刑事免責は必要だと思います。
ただ,モトケンさんが前のエントリで述べられていた「医療行為の妥当性」がある限り,正当業務行為として違法性がなくなる,という点から考えると,一般的な刑事免責は不当だと思います。
皆さんの意見を読んで,
1.緊急医療は免責すべきである。そうでない医療も不確実性があるから原則として免責したほうが良い。ただし明らかに妥当でない医療行為は免責されない(例えば,副作用が見つかり使用中止の通達があったことに気付かず使用した等)。
2.点滴や投薬ミス等の避けられるミスは免責すべきでない。
のように,立場を明らかにして論じるのが良いのではないかと思いました。
もう少し単純化すると,
1.医者の直接の医療行為は,原則として妥当性があり刑事免責される。ただし,妥当性がないことが明白な医療行為は刑事免責されない。
2.医者の直接の医療行為でない,医療体制の管理の過失は,刑事免責されない。
という感じです。

Wikipediaの「刑罰」の引用ですけれど、
____________________________

 刑罰自体による反省を与える効果とともに、それに当たって一定の教育を施すことで再度の犯罪を予防しよう(教育刑論)、という狙いがある。このような立場を目的刑論という。

 一方で、一定の犯罪を犯したことに対して、それに見合うだけの刑罰が当然に科されるべきである、という刑罰を科すこと自体を正義とする応報刑論がある。

 日本における通説は両者の側面を否定せず折衷する相対的応報刑論であるとされる。
____________________________

 刑罰には犯罪の予防効果のほかにも、罰を科すこと自体で正義を成す意味合いもあると考えられています。
 なので、例え刑罰によって、医療における過失の予防が期待できないとしても、そのことをもって、医療に刑罰を科す意味がないと言うことにはなりません。

もともと、日本では、個人が救済を求めて(民事)訴訟を起こすということがあまりなかったのでしょうね。訴訟を起こした人を周囲、あるいは「世間」が袋叩きにしたりして。それで、警察・検索が個人に代わって救済を図るというと、いいすぎでしょうが、にらみをきかせていたのかな、と。一種のパターナリズムでしょうが。

近年、民事訴訟の件数も順調(?)に増え続けているわけですし、そろそろ、民事・刑事の間のバランスについて、考え直しても良いのでは、と思います。過失の非犯罪化(刑事免責)はアリじゃないですかね。

現実には、民事事件も刑事事件も増加の一途を辿っているようで。法律的には非現実的といっても、件数は倍々ゲームで増えているようにみえるわけで、実社会の方が急速に変化しているような。

民主党 松岡徹 氏 に対する、 警察庁刑事局長 岡田薫 氏 の国会での答弁より抜粋。

松岡徹君 質問だけに答えてくださいよ。その複合的なこと、何も私は聞いていませんよ。  だから、確かに、明らかにあの桶川ストーカー事件があった後に皆さん方は方針変わったんですよ。すなわち、原則すべて受理するというふうに変わったんですよ。だから、件数が上がっていく、認知件数が上がっていくのは、これは当然なんですよ。そのことは別に私は悪いことだと言っているんじゃないんです。その結果、こういうふうに上がってくるというのは、認知件数が上がったというのは、それはそれで私は駄目だと言っているんじゃないんですよ、原因は、それがね。それでこの説明が付かぬのですよ。なぜ二〇〇〇年、一九九九年から二〇〇〇年のこのデータがいきなり、これ数が増えるのかというのが分からないんですよ。だから、それがあるからでしょうと言うているんですよ。複合的なことを聞いているんじゃないですよ。  それが一つの大きな原因であるということは、そのとおりでしょう。もう一回これは、もう一回そこだけ答えてください、イエスかノーか。

政府参考人(岡田薫君) だから、そういう要因もないとは言えないのではないかというふうに申し上げています。

第161回国会 法務委員会 第10号 平成十六年十一月三十日(火曜日)

医療関連でも、警察に届けられた件数をみると、1999年から2000年にかけて、急増しているようにみえますね。

警察の立件送致件数が増加 不起訴でも医師の代償大きく (産科医療のこれから)

 そもそも過失犯における刑罰とはなんぞや?訴追とはなんぞや?という刑罰や過失の根源的な問題に遡って論じないと皮相的な感情論や効利論で終わる危険があると思います。團藤先生によれば人としての人間性(人格責任論)に行き着く根本問題かと思います。

これはずっこけますよねぇ(´Д`;)
理事なのに現実が見えてないというかなんと言うか・・・
あらためて見るとなかなかイケてる発言だにゃぁ。

>No.28の意見

事故報告した自己は証拠外⇒実質免責、の意見ですね。

有りだと思いますけど、報告実績を根拠に故意の事件まで免責にされる、といった惧れを避ける工夫も要りそう。

エラーは基本的に刑事を避け改善への資源化。故意・未必の故意や、それに近い極めて大きい過失が見つかった場合は司法で検証。

ではいかが?

No.45 名無しさん の御紹介記事では、その辺りの取り扱いの問題が「一般的な〜」への比較から始まる時点で「エラーは避けきれない」から「後だし〜」との反発かと。

比喩すると、エラーではない故意のルール違反、暴力や八百長はグラウンド外で処罰、ですか。

 法曹の医学無知ズッコケを刑事免責の根拠にすると、医師の法学無知問題外の典型例が刑事免責!というブーメランしっぺ返しを食います。
 そこはお互いの無知を認めつつ真摯に議論が進むことを期待します。法曹も一般人も、医師に刑事免責認めたら性犯罪免責までエスカレートする!なんて1人の例外を除き誰も想像すらしてないですから。
 常識ある法曹はお医者様に口に出さなくても敬意を払っている人が多いと思います。特に多忙を極める法曹は「世のため人のためで自分の家庭を犠牲にする」という同病相哀れむのあるかもです。「医者の不養生」=「自分の人権を一番尊重用語しないのが法曹」

MultiSyncさん、コメントありがとうございます。

>有りだと思いますけど、報告実績を根拠に故意の
>事件まで免責にされる、といった惧れを避ける工夫も
>要りそう。

>エラーは基本的に刑事を避け改善への資源化。
>故意・未必の故意や、それに近い極めて大きい過失が
>見つかった場合は司法で検証。

私は、公表することで、専門家(医師)によるチェック(あの事例はおかしい)→鑑定依頼といった流れを考えていました。
#鑑定する能力のある人的資源も限られているので全件鑑定は難しいかなと。
また、故意に近い事例では、ありのまま報告したらミスでないことが明らかになってしまうので、嘘やごまかしの報告をすることになり、報告実績を盾にした防御ができなくなるはずと考えました。

自分では自分の案を次のように評価しています。
(当然、考えに穴があると思いますけど)
メリット
・再発防止のプロセスの最初の「事故→資料収集/公開」の部分が自動的に進む。
・事後検証を再発防止のみに利用できる。
デメリット
・刑事訴訟を制限しても、公開することで、民事訴訟のリスクが大きくなる?(刑事訴訟リスクを解決しても訴訟リスクの解決にはならない)
課題
・過失事故と故意事件の区別を行なうことが可能か?
(まさにご指摘の点です)
・法律等の整備が必要だと思うけど実現可能な案なのか?
・事故被害者の補償の問題も同時に解決しないといけない。(民事訴訟リスクの解決に関連する)

レアなケースとは思いますが、故意犯(準強制わいせつ)について、正当な医療行為でありわいせつ行為ではないと争われた事例もありました。


http://www.asyura2.com/0610/nihon21/msg/135.html
http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/388648.html


医療行為について広く免責を認めれば性犯罪免責(と言うか、性犯罪にあたるか否かの捜査が困難になる)につながるという言説は、この事件をイメージしているのかも。善解すれば。

ちょっとエントリからずれてますが。

>No.170 元外科医 さん

>輸血ミス、10%リドカイン、高濃度KCL、トロンビン末などの誤注、ウログラフィンの髄腔内誤注 これらは全てシステム事故でありきちんと組織的に再発防止策をとっていれば起きなかったはずです。それを個人の犯罪にしてきた日本政府の誤りで多くの犠牲者が出たのです。

 あげられたケースは、「製薬会社」などを巻き込むべきなんでしょうが、「国」が絡んでくるのか?「刑事罰がある環境」でもシステムの改善などを展開できない例か?という疑問を持ちましたので。

 「刑事罰」という観点からは、システム事故を個人の犯罪にしてしまうケースについては回避され「真の要因」が突き止められるような仕組みが必要なのは分かります。

 ただ、後者、システム事故といっても、原因究明・対策に必ずしも国が関わるケースとも限らず、民間の工場などではないですが、その組織内での対策が「その組織のレベルであり実力」であるケースもあるのであって。
 
>No.197 通行人A(内科医) さん
>しかし、病院・チームのレベルの対策は、全国的に行われなければ「異なる場所」での再発を防止できないので、「国」が関わることは必須と考えられます。

「医師の間で情報を共有化する」のであれば、「国」をかまさずとも、医師会などを通じて共有化できないものなのでしょうか?

>No.199 ssd さん
>輸血ミス→三人くらいでチェックすることにする→サボってミス
これは逝ってよし。罰してオーケーだと思います。
>10%リドカイン,高濃度KCL→現場におかず薬局管理あるいは廃止して、急速静脈注射できないようなボトル製剤に変更する。
>トロンビン末などの誤注→あれだけ大きく、静注すんなって書いてあるのに医療現場には文盲がいるorz→着色して、これを静注したら、確実に殺れるなという色にする

刑事罰どうこうではなく、再発防止・対策とも
・輸血ミス:
 個々の院内(あるいは科・チーム)でのシステム・規則つくりの部分も多いのでは?
・10%リドカイン・トロンビン:
 もちろん製造段階で製品容器に対策が施されているのが理想ですが、ラベル・テプラで線表示といった簡易な対策は?

といった感想をもってしまうのですが。

上で書きましたが、こういう問題点は「刑事罰」をなくさないとあがってこないし、個々の病院で改善できないものなんでしょうか?

No.52 ハスカップ さん のご意見に全面的に賛同します。

 医療事故について、刑事手続に「のせる」(こんな表現を使います)ことについて批判的な意見があり、その理由の一つとして、「刑事手続にのせてどんな利点があるか?」」という疑問があったと思います。
 
 弁護士として仕事していると、「なんとかあいつを警察に突き出せないか?」という相談がとても多いんですね。相談内容も、証拠さえなんとかそろえば告訴まで可能な相談もあれば、刑事手続きの「け」の字も出る余地がない相談まで(実はこれがほとんど)ありますが、被害を受けたと相談にきた人で、「刑事ではなく民事のみで解決したい」という人はほとんどいません。

 刑事手続きにのせて誰が「得」(経済的意味だけではありま
せん)するか、という問いに対しては、「だれも得しません」と答えます。刑事手続きにのせることのできる事案であっても、いわゆる被害者の人たちが、「加害者」(と被害者が考える)が広い意味での刑罰(警察の取り調べや逮捕を含む)を受けて、「得」したとは、個人的には思いません(これは違う考えがあることは承知の上です)。

 したがって、私などは、仮に刑事手続きにのせることが可能な事案であっても、相談者には「刑事手続きにのせてもいいことはありませんよ。未来のことを考えていきましょう」と必ずいってますが、納得してくれる人はごく少数です。

 個人的には、医療事故に限らず、過失犯の処罰について、少なくとも今の運用の仕方は間違えていると思っていますし、将来的には医療事故についてはもちろん、過失犯自体の処罰も再考慮の余地があるのではないかと思っています。ただし、自動車事故については影響が大きい(処罰なしとなると危険な運転を行う輩が増える。危険運転をする人物は民事、行政の処分はあまり意味がない。刑事罰のみが有効)のでちょっと躊躇するところではあります。

 医師の先生方ほどではありませんが、「労働基準法?なにそれ?」という生活をしている一弁護士から、現場の意識の「一端」として(こう書かないとあとで批判されるので、って、かなりしつこいですね)話をさせてもらいました。
 

No.56 nuki さん
 トピずれですが、次のような発言をする悪友弁護士が刑事免責を求めないという実態も考察の対象になるかと思います。ご参考までに。
 知り合いの弁護士が「労働基準法どころか憲法の生存権(憲法25条)すら忘れて仕事しているよ。望みどおり金が取れなかったり犯人が実刑にならにいと『弁護過誤だ!』と訴えられたり懲戒請求くらう時代だね〜。法曹には人権が保障されとらんよ。」というぼやきを……。


第二十五条  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 2  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

いや、今後行政処分の強化が図られた場合(事故調法案あたりが成立するとか)に「行政罰が適当な場合で、適切な行政罰が下されれば」と言う条件付で・・・と言うお話です。
現状そういう運用がありえないのはおっしゃるとおり

>でもって、その刑事免責されるためのうまい条件って見つけることができないものなのでしょうか?

逆でしょう。

刑事罰を加える、納得のいく基準を示さないから、紛糾しているんです。

No.59 ssd さん から WA さん

 横レス失礼します。m(_ _)m

>>でもって、その刑事免責されるためのうまい条件って見つけることができないものなのでしょうか?
>逆でしょう。
>刑事罰を加える、納得のいく基準を示さないから、紛糾しているんです。

 刑事罰を加える合理的な理由や基準が示されろとともに、それでも刑事免責を付与すべき条件も示すというのが合理的な考察ステップかと思います。
 つまり、原則(当罰性)も例外(免責要件)のどちらも同時に議論する必要があるかと思います。どっちが鶏でも卵でも親子丼の美味さを論じる目的では。

以下の例の場合、皆さんはどのような処分をするべきだと思いますか。(素人が考えた例ですので、そんなことシステム的にありえないというのもあるかもしれません)
また実際に発生した場合、現行ではどのような処分がなされるのでしょうか。
1.医師が間違った量の薬を処方したが気づかず、患者を死亡させてしまった。
2.医師が間違った量の薬を与えたことに気づいたが、問題ないと思ってそのまま放置した結果患者を死亡させてしまった。
3.整備士が航空機のあるボルトを締めるのを忘れたが気づかず、その航空機は墜落してしまった。
4.整備士が航空機のあるボルトを締めるのを忘れたことに気づいたが、飛行そのものには関係ないと思ったので放置した結果、その航空機は墜落してしまった。
私としては、1.と3.については行政処分や賠償で対応するものと思いますが、2.と4.については刑事罰を科してもよいと思います。整備士も間接的ではあるが人命にかかわる仕事をしており、医療関係者と大きく変わりは無いと思います。

>>No.61 ちょろ さん

刑事罰は因果関係が検証可能かどうかによると思います。

1、薬の誤投薬と死因の因果関係の検証

2、墜落の原因とボルトの締め忘れの因果関係の検証


証明されたら、(誰の責任は別として)少なくとも誰かが、
責任を負う必要があるのは同じだと思いますが、刑事罰が
適当かどうかは別問題だと思います。

その点で、その検証の難しさから事故調が行うのか、検察が
行うのかが、議論の焦点のひとつになっているように思います。

また、ふたつの例の違いは、墜落の場合、ボルトの締め忘れ
との因果関係が証明されなくとも、墜落という結果に対して、
航空会社は賠償責任がありますが、患者死亡の場合、誤投薬
との因果関係が証明されなかった場合、医療側には賠償責任
は発生しないのではないでしょうか?

つまり、「安全に旅客を運ぶ」という業務に対しての責任は、
「病気になった人を死なせてはいけない」という責任という
ことになりますが、不合理だと思います。
したがいまして、ふたつの例は比較に無理があると思います。

>>No.61 ちょろ さん
2と4については、現実問題として薬-死亡やボルト抜け-墜落の因果関係がどの程度の確実性で証明されるかによって、対応を変えざるを得ないと思います。

タイミングがずれているかもしれませんが。気になって仕方がないので投稿しました。

医師とトラック運転手の比較をよく目にしますが、
医療事故(過失の有無問わず)による患者の死亡と比較すべきは、トラックによる死亡事故ではなく、荷物の遅れや積荷の損壊などではないかと思います。したがって、積荷を傷つけたから逮捕、期限に遅れたから逮捕といった状況が当然と考えられるか、そこを考えてほしいと思います。

>>No.64 のうげかい さん

私もその通りだと思うのですが、

1、積荷と患者を一緒にするな!という非医療側のご意見や、
2、医療現場は他の業種とは比べるべくもない「特殊」だ!と
  する医療側のご意見もありますので、

私は、他の業種との比較は「医療崩壊」を語る上では適当で
無いかも知れないと、考えを変えつつありますが、
「過失」に対する刑事罰を語るには、公平性の面からも様々
な業種で起き得る「過失」との比較は必要だと思っています。

 揚げ足をとるようで恐縮ですが、中世ヨーロッパならいざ知らず、債務不履行は純然たる民事責任で刑事責任は発生しないので逮捕はありえないのが世界の常識です。また、過失による器物損壊は、自動車運転過失建造物損壊罪(道交法116条)以外は不可罰ですから、逮捕は荒唐無稽と言われても仕方がないほどあり得ません。
 比喩や例示としておっしゃっているのは分かりますが、不適当で混乱を招くと思います。

道路交通法
第百十六条  車両等の運転者が業務上必要な注意を怠り、又は重大な過失により他人の建造物を損壊したときは、六月以下の禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

ハスカップさん

論点がずれそうです。
ハスカップさんの論に乗るなら、医療における責務不履行は?ということで、治療が上手くいかなかったからといって、逮捕は荒唐無稽ということになるのでは…

 そうではなく、逮捕の妥当性や刑事責任の当罰性を論ずるら「人の死傷結果の過失」に限らないと比較対象群足り得ないという意味です。債務不履行が不可罰なのは当然すぎるほど当然です。債務不履行と刑法上の過失をごっちゃにするのは民刑不分離という18世紀以来の過ちを招きます。

「無闇に他業種の例を挙げるとかえって混乱を招くことがある」 という一般論はよくわかるのですが。。。

議論のしかた 9.5. 比喩

たまに議論の場で「その比喩は適切ではない」という発言を見かけます。しかし、比喩が適切であるかどうかは本来どうでもいい事です。比喩というのは単に説明をわかりやすくするためのおまけでしかないのですから。

比喩なのですから、「似ていない部分」があるのは当然であって指摘しても意味はなく、比喩が適切かどうかは 「似ている部分」 が議論の焦点との関係できちんと類似しているかどうかだと思います。

トラック運送における納期遅れや積み荷の損壊の例も、医療事故の場合の人の死や重篤な障害との対比では、「業務内容とその結果との密接性、ミスの程度、発生頻度」 といった点では類似しており、そう的外れではないように私は思いました。

 お言葉となって恐縮ですが、「刑事免責の主張」とはトピズレになって、論点が拡散してしまうかと思いました。m(_ _)m

昼寝さん、ぼつでおk(医)さんコメントありがとうございます。
>患者死亡の場合、誤投薬との因果関係が証明されなかった場合、医療側には賠償責任は発生しないのではないでしょうか?
発生しないと思います。(病気で亡くなっただけですから)
設定が不十分でしたね。浅はかでした。
 でもどうしても、自分の立場に置き換えてみたくなるんですよね。自分の過失が原因で他人を傷つけてしまうような事故が起きたらどうなるのだろうか。自分の仕事と医療とはそんなに違うものなのかなどと考えてしまうんです。

遠回りかもしれませんが、この問題について医療関係者と非医療関係者の認識の差(私だけの認識の差かも知れませが)を埋めていくには、何か例を挙げてこれは免責するかしないかを線引きしていったほうが良いのではないでしょうか。ここまでやったら、免責され無くてもかまわないと言ったほうが素人にはわかりやすく良いと思います。「法曹」を味方につけるより、「世間の素人」を味方につけた方が実現への近道ではないでしょうか。医療関係者が行うことは全て免責すべきというのであれば、的外れですので意味ないですね。(でも、すべて免責になんて思ってないですよね。)

こんな例を思いついたのですが、どうなのでしょうか?
・健康診断で血液検査をしたところ注射針が汚染されていて感染した。
・健康診断でX線撮影したらX線を必要以上に被爆してしまった。
(これも例がおかしいですか?)

いつまでも付き合っていただくのは申し訳ないので、余裕のある方だけ反応してくだされば結構です。

小倉弁護士のところに書いたのですが載せてもらえないようなのでw

[医療行為における事故を刑事司法で扱うことは誤りであり公共の利益を害している]

 今まで多くの10%キシロカイン、高濃度塩化カリウムのワンショット静脈注射による死亡事故がありました。これらの事故では、多くの場合患者はすぐに死亡するので因果関係は明白です。当然ですが注射した本人も大変なことをしたと思っており、周囲の者を含めて、刑事事件として取り扱うことは問題視されませんでした。実は私もそれは重大な過失であり当然と考えていました。その結果、これらの事故は、本人の注意不足が原因であるとして片づけられてきました。刑事処分を受けた医療従事者は何十人もいたわけですが、それにもかかわらず同じような事故は減りませんでした。そして多くの犠牲者と、それと同じくらい多くの犯罪者を生み続けたのです。
 最近になってようやくこれらがシステム事故であるとの認識が進み、それらの危険な薬剤は、ワンショット静脈注射が物理的に出来ないようなパッケージに改良されて、同種事故は無くなろうとしています。もっと早くこれらを事故調査機関で扱ってシステム事故として、パッケージを改善していれば、双方の犠牲者が遙かに少なかったとは思いませんか。
 ですから、私は過失を原因とする全ての医療事故は刑事事件とせず、事故調査機関で扱って、原因解明と再発予防に当たらせるべきと考えます。また、本人に対するペナルティは刑事処分ではなく、医療安全の再教育や、事故を繰り返す者への免許停止や取り消しといった行政処分の方が適切です。民事責任については、被害者補償の面から別に検討するべきだと考えます。
 なお、故意に事故を起こすのは犯罪であり論外であることは言うまでもありません。


>でもどうしても、自分の立場に置き換えてみたくなるんですよね。自分の過失が原因で他人を傷つけてしまうような事故が起きたらどうなるのだろうか。自分の仕事と医療とはそんなに違うものなのかなどと考えてしまうんです。

とてもよくわかります。ちょろさんは飛行機の整備士さんですか?私には整備士の仕事はよくわかりませんが、以下の状況を想定してみては如何でしょうか。

・毎日10機の異なる機種の整備
・年間を通して同じ機種を整備することは無い
・つまり3650機種の整備を担当
・それぞれの機種についてのマニュアルは無い
・あるのは航空機一般の整備マニュアル
・ときどき制限時間内で整備しないと飛行機が二度と使えなくなる
・制限時間がどれくらいかは整備終了まで不明

例えになっていたでしょうか?

No.73に追加です。
機種の違いと言うとゼロ戦とB747の比較も可能ですが、それだと生物の場合、全く違う種ですね。人間の場合はそこまで違わないでしょう。比喩にするならB747-200とB747-300の違い程度かもしれませんが、この違いがよくわからないので例えになっていないかもしれません。

非医療者、非法曹でエンジニア系のおがわと申します。

議論に追いつくのが大変なので自分の理解のために、No.25のしま さんの発言に便乗して発言させてください。(かなり周回遅れのコメントになっていますが)

刑事免責にも色々あると思いますが、医師の方々が求めているのはどのような刑事免責なのでしょうか

元々医療者の方が求めているのは「刑事免責」という言葉を使っていますが、その意味は「普通のお医者さんが普通に仕事をする限りにおいて医者を辞めようと思うほどの訴訟リスクを感じずにすむ司法システム」の事なんじゃないかと思ってるんですが。

つまり「結果が不幸なことになったとしても、一般的な医療行為を施したのであれば、医者が理不尽だと思うレベルの社会的な制裁(警察の捜査、刑事罰、裁判への出廷などなど)を受けない制度」なのかと。

それを満たす十分条件として「刑事免責」が考えられるので、コメントによっては他の方法論もひっくるめて「刑事免責」という言葉に代表させている場合もある(かなり広い概念で使っている)のかなという感じを受けるのですが。

どうでしょう?

取調べを受けたご本人のコメントです。
早く事故調を作ることが先決と考えますが・・・

obgy.typepad.jp/blog/ より

刑事事件に巻き込まれた医師には、大きな労力がかかります。これを避けるには、予期しない診療関連死を医療機関に全例届けさせて、死因を調べる第三者機関が絶対に必要です。これは、事件の当事者になった者でないと分からないでしょう。
 現在、厚労省が創設を目指す「事故調」に対して医療関係者の反対意見が目立ちますが、私は設置には大いに賛成です。法医だけでなく臨床医や病理医なども加わる事故調が死因を調べれば、現在の鑑定書よりも格段に真実に近い報告書ができるでしょう。第三者機関が公明に調査し、公開すれば、患者や家族にも納得してもらえるはずです。
 事故調の調査結果が捜査に使われて刑事事件が増えることを危惧する声がありますが、医療界が出した結論を警察がねじ曲げ、検察が医師個人を安易に起訴するとは思えません。そもそも、事故調ができても遺族の警察への告訴は妨げられません。その際にも事故調の調査を使ってもらった方が、今の警察の調べに任せるより利点は大きいはずです。
 「医療は刑事責任を免責しろ」とか「医師法21条は廃止しろ」という主張だけでは、世間に受け入れられないでしょう。医療界が自主性を発揮して事故調を運営し、社会の信頼を得ることが先決だと思います。(談)

>法医だけでなく臨床医や病理医なども加わる事故調が死因を調べれば、現在の鑑定書よりも格段に真実に近い報告書ができるでしょう。第三者機関が公明に調査し、公開すれば、患者や家族にも納得してもらえるはずです。

一市民さん,
「法医」,「病理医」が現在どれだけ存在するかご存知でしょうか?予算や実在するリソースを無視して,理想論でシステムを構築しようとする意味がどれだけあるのでしょう.実情を考慮しない議論はナンセンスです.
実情に合った実効性のあるシステムを構築しなければならないのです.今回の事故調の最大の問題は,「遺族が警察に直接訴えた場合,事故調とは無関係に警察が捜査できる点」でしょう.もちろん事故調がまともに稼働すれば,実際のところ警察が自らすぐに動くことはなくなるかもしれませんが,それは全く保証されていないのです.

「事故調」の創設概念自体を否定する臨床医はほとんどいないと思いますが,現在の案のような穴だらけで,実際にまともに稼働しそうにないままで概念だけからシステムが作られるくらいないなら「無い方がまし」と考える医療者が多いというのが実際のところだと思います.

「概念」と「実態」を混同したまま議論しても仕方が無いと思います.

>故意に事故を起こすのは犯罪であり論外であることは言うまでもありません。

私は以前に、医療については、かなりの処まで刑事免責すべきであると思っている旨を述べており、最近皆様の活発なご意見を拝見していても、そう思っているのですが、
一点、上記引用部の点が懸念されるところです。
免責となった時、故意犯がそれを悪用した時に、結果に至るまでが故意であった事を出来うる限り、漏れなく、故意犯を発見出来るシステムをしっかり構えなければ非医療側としては不安です。
(そんな故意犯は、ほとんど稀でしょうし、医療関係者の方々を信頼していないわけではありませんので、非礼がありましたらお詫びしておきます。)
皆様の議論を拝見していても、現実としては刑法を改正することは、かなり困難なのかな?という気もしてきましたので、他の方なども仰っておられるように、刑事については非医療側に捜査される前に、故意犯以外は殆どが実質免責されるようなシステムを構築して行った方が近いように感じてきました。
あとは患者側が余りにも不憫であるようなケースについては、民事面で、なんらかの保障制度を考えればいいのかなと思います。

捕まった連中は皆、早く作ってくれと叫んでいる。
屁理屈ばかりや理想論ばかり並べてないで、
仲間として真剣に議論してやったら、どうなんだ、と思う。

それが医師の情けだと思うが・・・

No.64 のうげかい さまの疑問を勝手に善解(曲解?)しますと、

「ミスの程度でいえば、他業種では納期遅れや積み荷の損壊といったくらいの損害しか起こらないのと同程度なのに、医療の場合は業務上過失致死とされ、『犯罪者』 の烙印を押されることになるのは何故だ」

ということかと。

過失犯一般の問題を超えて、医療従事者(救命士や看護士等も当然含む)について、業務上過失致死罪に該当する行為について「特に」免責する必要があるとすれば、「人の死への近さ」 という特殊性があるからではないかと思います。

トラック運送の場合でいえば、全盛期の江頭2:50を潜らせてフタをした水槽を積んで、3分以内にテレビ東京からTBSまで届けろ、とか
F1の場合でいえば、サーキット内のスポンジバリアの代わりに生身のクルーが立っていて、コースアウトしてクラッシュしたらもれなく人が死傷するようになっている、とか
医療をたとえれば、そういう業務に匹敵しうるように思います。

そういう業務に好きで就いたんだから、事故があれば責任をとるのは当然だ、という主張も正論ではあります。
が、そういう「死と隣り合わせの仕事」という特殊性を無視して、「人が死んでんねんで!」 という追及をしていけば、「やってられっか」 となってしまうのは必然ではないでしょうか。
それによって困るのが誰かということを考えれば、その仕事の恩恵を受けている側が、優秀な人材が集まり良質な仕事が提供されるよう、働きやすい環境を整備するべきだというのも、また一方で正論たりうるのでは、と思います。

元々、「業務上過失」 の解釈・適用が、他の同業者に萎縮効果を与えるようなものでない (あんなひどいことすれば処罰されて当然だと大多数が思うような事例しか処罰されない) レベルで落ち着いていれば、そんな 「政策的な免責」 は不要なはずです。
しかし、日本の現実は、産科・外科などのハイリスク分野といわれるところから、「(民事も含め)訴訟に巻き込まれるのは勘弁」 という理由で人材が流出し、新人も集まらなくなっているという状況が顕著になっているやに聞いています。
産科の閉鎖状況など、このキャリアブレインのニュースを見ると慄然とします。(そしてこの後半年の間でさらに進んでいるはずです)
http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=14192&freeWordSave=1

多くの医療従事者の「証言」を聞く限り、現実になされた刑事訴追が、同業者に対して萎縮効果を与えているのだと理解せざるを得ません。

現実の業務上過失致死罪の運用がそういう効果を及ぼしている以上 (私はすでに「顕著な事実」レベルだと思いますが異論はありうるかもしれません)、その認識が有権者の間で共有されれば
「医療を守るために (多少の 『明らかに処罰すべき過失の事例』 を含んでしまうとしても) 医療従事者の業務上過失致死は問わないようにしよう、法制度を変えよう」
という主張が多数派を占めるに至るという事態も生じうるのではないかと思います。

が、そこまで行くのは少なくとも数年単位では無理かな、という予想もまた依然として私の中で変わっていないわけではありますけれども。

>捕まった連中は皆、早く作ってくれと叫んでいる。

一市民さん,
どこの「捕まった連中」なんでしょう.作るのを急いでいるのは厚労省の役人たちや,医師会の某理事とか,いずれも現場で働いている勤務医たちとは違う人種たちではないでしょう.「捕まることもない連中」が早く作ろうと暗躍しているだけです.あとは「医療事故被害xxの会」などの市民団体の人間たちとか...

一度できてしまったものが,歪なものだったとしても修正することは非常に難しいということが解っているのですから,「拙速」な創設は正に命取りでしかありません.
「完全崩壊」を望まれるならそれでも構いませんが,本気で医療システムを改善させる気があるなら「現実を踏まえたもの」を構築しなければならないのです.
どうして現場の人間抜きで議論だけが進めれられるのか疑問です.

解体される社会保険庁の余剰人員の受け皿として、厚生労働省側が早く何らかの公的な医療調査機関を作りたいだけではないでしょうか。私の考えすぎですか。

作った方がいい、ということには皆賛成しているわけだから、
早く作ろうよ。
民主案も出ているわけだし、ぐずぐずやっている医師連中が
問題だと川口氏も言っている。
インターベンション学会報告(1)
空想論ばかり並べてないで、具体案を詰める時期だろう、
と思うが。

>具体案を詰める時期だろう、と思うが。

そうですね.
では予算の話はどこに行っているんでしょうか?
鑑定するに「ふさわしい」臨床医をどのくらいどこから具体的に調達するつもりなんでしょうか?(教授や学会理事なんかダメですよ)

社会保険庁の人間の横滑りなんてダメですよ.

「人」,「金」の話抜きで進めようとしているのは厚労省でしょ.

ずばり刑法やら刑事訴訟法やら改正しての「刑事免責」なんて、理論的にはあり得ても、現実的・政治的に見て無理に決まってる。

医療事故調を作って、その調査結果を医学上妥当なものにしつつ、見かけの中立らしさを保つ方法を考える方が、よっぽど有益だと思う。

無理目の主張をすることで目を引く効果はあるので、そういうつもりで「刑事免責」を主張するのはありかな。

なお、医師の方々の意見を否定したり、反論したりしているつもりはなく、多少は政策決定のプロセスを知る者としての現実論を述べたつもりです。

大野病院裁判の結果を見てからの議論開始で十分に迅速でしょう。マスコミが中身も知らず騒ぎ立てる「医療崩壊という枯れ尾花」に現場が踊らされる必要はないと思います。

>ですから、私は過失を原因とする全ての医療事故は刑事事件とせず、事故調査機関で扱って、原因解明と再発予防に当たらせるべきと考えます。また、本人に対するペナルティは刑事処分ではなく、医療安全の再教育や、事故を繰り返す者への免許停止や取り消しといった行政処分の方が適切です。民事責任については、被害者補償の面から別に検討するべきだと考えます。

「ですから」の部分に論理の飛躍があるように思われるのですが…。

刑事事件として医師の刑事責任を問う事と、事故調査&原因究明&再発予防は両立するからです。また、本人へのペナルティについても、刑事処分と再教育&行政処分は両立します。

なので、注射ミスのエピソードは、事故調査&原因究明&再発予防措置等々の必要性の論拠とはなっても、医師への刑事処分を否定する論拠にはまったくならないと思います。

強いて言うなら

>刑事処分を受けた医療従事者は何十人もいたわけですが、それにもかかわらず同じような事故は減りませんでした。

の部分が刑事処分否定の論拠なのかなとも思ったんですけど、「犯罪が減らないから刑罰をやめてしまおう」というのはおかしな話だと思いますよ、僕は。

>「犯罪が減らないから刑罰をやめてしまおう」というのはおかしな話だと思いますよ、僕は。

ヤマダさん,
「犯罪」ではなく「過失」です.「犯罪」は「犯意」を持って意図的に行なうものでしょう.
意図的に行なわれる「犯罪」と,そうでない「過失」を同じ土俵に並べて論じるところに無理があります.「犯罪」を減らすための方法と,「過失」を減らすために方法とは異なるのです.「過失」が減らないのは対策が間違っているからであって,「過失」に刑罰を加えるのはそれを減らす方法論として間違っているということです.
刑罰を重くすれば「犯罪」は減るでしょうけど,「過失」はそうではない,ということです.「医療事故」を「犯罪」として扱うことがおかしいのです.

 多少の論理の飛躍があるのは認めます。しかし、刑事事件では黙秘権が認められ本人の過失の有無を検察が立証するのが基本です。それに対して事故調査は当事者を原則として処罰しないで真実を究明するのが目的です。両立するわけはありません。
 航空機事故調査委員会でもその資料が刑事立件に使うのはおかしいとの批判がありますし。

またしても用語の定義問題にすぎないのですが、
法律上のテクニカルタームとしては、「過失犯」も「犯罪」(の一類型)です。

医療従事者の方が 「医療事故(過失)は 『犯罪』 ではない」 という主張をされることが多いように思いますが、法律家的には違和感の大きい用法かと。

そこで言われている 「犯罪」 とは、「誰が見ても犯罪性の明らかなモノ (Natural Born 犯罪、のような)」 という意味合いなのだろうと思いますが、そういう区分を意図されているのであれば、
「故意犯」
または
「故意犯、またはそれに匹敵するような重大な過失によるもの」
といった表現に言い換えていただくのが適切ではないかと考えています。

 神学論争をするつもりはありませんが、犯罪は、故意犯のみならず過失犯を含みます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AF%E7%BD%AA

 刑罰を重くしても過失犯は減らないというデータはありません。むしろ逆でしょう。自動車運転過失致死傷罪の設立(厳罰化)は交通業過の減少を招いています。m(_ _)m

どんなに罰を厳しくしても故意犯は減るが過失犯は減らないと言うのは交通事故で良く分かります。故意犯である酒酔いや無謀運転の事故は減りましたがそうでない事故はなかなか減りません。医療事故も個人の注意力を厳罰で強めて支えようなんてムチャクチャです。

 用語について、こういうご意見もあります。
 
 医学と医療と医業の距離(農家こうめのワイン)

>医療事故も個人の注意力を厳罰で強めて支えようなんてムチャクチャです。

 医療事故以外も当てはまる理屈で、それは過失犯類型を全面否定しないと成り立ち得ません。心理強制説に感情的に反発を覚える見解は19世紀からありましたので一概に否定しませんが、厳罰で注意力を高めようという見解は、少なくとも医療事故では聞いたことがないですけど、どなたかがおっしゃっていましたか?
 むしろ医療事故の特殊性から注意義務の軽減を論じた方が効率的だと思うのですが?過失法を感情的に否定するだけでは誰の賛同も得られないと思います。ご検討いただければ幸いです。

刑罰を重くしても過失犯は減らないというデータはありません。むしろ逆でしょう。

そう思います。少なくとも増えることはないのでしょう。

そして、それが "No doctor, no error" に直結するのが問題の所在だと思います。

No.91 ハスカップ さん

厳罰化⇒危険な運転が減る⇒交通業過の減少

であるならば医療に関しては

厳罰化⇒産科などのハイリスク業種が減る⇒…

すばらしいno doctor, no errorですね。

 皮肉はやめませんか?
 医療事故の特殊性から注意義務の軽減法理を考えようという私の意見にどこが問題があるのでしょうか。関連する過去ログを読んでみてください。ノーマインドノーアイデアは止めましょう。

危険な医療を行う医師がいなくなれば、医療事故死は起こらない。と言うことには同意します(笑)

でもそれいってたら2ちゃんと同じではありませんか。
法曹の方々もそういわれるのであれば仕方がありませんが。医療事故をそういう方策をもって減らそうと言うのであれば重大な過失には厳罰をもって望めばいいですよね。まともな医師は重大な過失など起こさないから仕事を辞めたりしないとお考えでしょうか。そのような思い上がった医師はごく少数だと思いますよ。そして、その後の結果には誰が責任を取るのでしょうかね。

 再術をお許しください。

 過失とは
(1) 客観的予見可能性
(2) 予見義務
(3) 客観的回避可能性
(4) 回避義務
の4要件で成立します。
 このうち,予見義務又は回避義務を不注意で違反することが主観的過失行為となります。これは一般的違法要素が構成要件要素に類型化されたものが多く、社会的相当行為、許された危険、危険への接近、被害者の同意があれば、義務が軽減又は不存在となって過失犯は不成立(犯罪でない)となることも多いです。
 このほかにも、緊急避難や義務の衝突も違法性阻却事由となり得ます。医療の実験的要素(生体の個別性)を重視すれば、医療弁護がしっかりしていれば、不注意を論ずる前に客観的予見可能性や客観的回避可能性すら不存在となって過失が成立せず犯罪不成立となります。
 特に医療とは、様々なリスクを負いながら生体の生命や健康を回復する技術ですから、義務の衝突や許された危険の法理で違法性そのものが減免される(したがって注意義務や予見可能性や回避可能性が否定される)という理論を構築することが可能と思います。
 長文失礼しました。m(_ _)m

>法律上のテクニカルタームとしては、「過失犯」も「犯罪」(の一類型)です。


fuka_fuka先生,
タームの誤使用に関して訂正して頂きありがとうございました.
言わんとすることが伝わればそれでよいのですが,タームを正しく使用しないと誤解されたりすることにもなりかねないですよね.


過失犯に関する説明良く分かりました。ただしどのような構成を取っても犯罪類型として存在すれば、患者の死と遺族との感情のもつれが刑事告訴をもたらす危険は排除できないのではないでしょうか。言いがかり的告訴でも実際に患者さんが予期せぬ経過で無くなった場合には、経過中の処置や観察に何らかの落ち度があることがほとんどです。強いて言えば全ての分岐点で、100%のselectionが出来ていれば死ななかったと言うことはざらにあります。ここが医療人から見て過失を刑事立件されることに対する恐怖の源なのだろうと思います。


>>刑罰を重くしても過失犯は減らないというデータはありません。むしろ逆でしょう。
>そう思います。少なくとも増えることはないのでしょう。
>そして、それが "No doctor, no error" に直結するのが問題の所在だと思います。

 私も問題意識は全く同じです。医療事故調査委員会方式ですら、米国NTSB方式のような真実証言強制ただし刑事責任への利用禁止という証拠禁止レベルの刑事免責が認められそうもない我が国の立法状況では、過失犯不成立(客観的予見回避可能性の否定という事実レベル、予見義務と回避義務を減免する違法要素阻却という評価レベル)という理論の構築が喫緊の課題と思います。
 走り書きで恐縮ですが、No.99 が私見の試論です。ご検討いただければ幸いです。m(_ _)m

No.85 現役行政官 さま

無理目の主張をすることで目を引く効果はあるので、そういうつもりで「刑事免責」を主張するのはありかな。

私の発想も、おっしゃる趣旨に近いかなと思います。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/06/14-084756.php#c156499

>ただしどのような構成を取っても犯罪類型として存在すれば、患者の死と遺族との感情のもつれが刑事告訴をもたらす危険は排除できないのではないでしょうか。
>ここが医療人から見て過失を刑事立件されることに対する恐怖の源なのだろうと思います。

 おしゃるとおりで、モンスター原告や告訴魔に悩む行政暴力の世界でも妙手がありません。私も公務員特別職権濫用罪で告訴されました(会うどころか手紙も電話もしたことがない人にどうしたら暴行脅迫等を加えられるのか!と不思議な告訴でして、検事に1度も調られることもなく不起訴でした。)。
 弁護士に相談したら、自分を守る「権利のための闘争」するしかない、とのことでした。それで医療事故も、日本医師会の顧問弁護士を中心とした全国医療側弁護団の派遣チームシステム(チーム弁護)があったらと思うわけです。不当な告訴には、医師側が安心して全面委任できる医療側弁護団の常設があったらと夢想します。

それを満たす十分条件として「刑事免責」が考えられるので、コメントによっては他の方法論もひっくるめて「刑事免責」という言葉に代表させている場合もある(かなり広い概念で使っている)のかなという感じを受けるのですが。

重要なご指摘です。

医師の方々が制度としての「刑事免責」ではなく、概念としての「刑事免責」を求めているのと仮定します。すると、医師の方々が批判されているのは「刑事司法」そのものではなく、「刑事司法」に代表されている日本人の考え方に他なりません。医師が「警察・検察」を批判している場合、同時に日本人の考え方自体を批判している事になるわけですから、

概念としての「刑事免責」を求めている以上、制度としての「刑事免責」を論じるだけでは不十分だという事になります。「刑事免責」と言う言葉には、刑事訴訟に対する免責だけではなく、民事訴訟による免責、マスコミからの免責、被害者からの免責、遺族からの免責などの意味合いが含まれているので、文字通りの「刑事免責」だけを論じても意味がありません。

つまり、制度としての刑事免責を論じれば論じるほど、医師が求めている事との「ずれ」が大きくなるでしょう。医師が本当に論じたいのは刑事訴訟ではなく、刑事訴訟に反映されている「日本人の感情」なのでしょうし、医師が本当に求めているのは「刑事司法制度の変革」そのものではなく、日本人の感情が変わった結果としての「刑事司法制度の変革」なのでしょう。制度が変わっただけでは意味が無く、日本人そのものが変わる事を求めているのでしょう。


なお、「求める」と言う言葉が不適切かも知れません。お詫びします。

>今回の事故調の最大の問題は,「遺族が警察に直接訴えた場合,事故調とは無関係に警察が捜査できる点」でしょう.もちろん事故調がまともに稼働すれば,実際のところ警察が自らすぐに動くことはなくなるかもしれませんが,それは全く保証されていないのです.

そこは事故調の最大の問題ではありません。おっしゃるとおり、事故調が特に「ヒト」の面で不安があるのは事実ですが、それはつまり調査が渋滞したり、質の悪い報告書しか作れない可能性を意味するわけで、事故調の調査を絶対に前置すべき、と言う主張が通ることは現状ではありません。
現状では「保証」はなくてもまず第三者機関の設置を急ぐべきと考えます。改善は後でいくらでもできます。少なくとも設置の経緯から考えて、刑事に関しては医療を破壊する方向へと運用される可能性はほとんどないと思います。
なお、「告訴→捜査」についてより検察段階での「起訴・不起訴」の適正化のほうがより現実的です。そうした意味で「検察審査会の改正」はちょっと危険があると思います(別に改正を批判しようとは思いませんが)

>どこの「捕まった連中」なんでしょう.
おそらくこれでしょう
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t016/200807/507304.html
「捕まった連中が皆」求めてるかは知りませんが。

なお、社保庁人員の受け皿という主張が根強いですが法務業の末席様のこの主張のほうが私には説得力があります。

社保庁は4ヵ月後には解体が始まり、政管健保部門が分離されて「全国健康保険協会」、略して「きょうかい健保」に変ります。また残る年金部門も来年12月末で解体されて「日本年金機構」に移管されるのはご承知のことと思います。これら新組織の人員は、平成18年暮れに策定された基本計画では、社保庁の現人員の内で新組織にふさわしい勤務成績が優秀な者を再雇用する予定で、定員数では2割程度の減員とする計画でした。
ところが昨年夏に表面化した「失われた5千万件の年金記録」の騒動と、その対策としての記録の再整理や年金特別便の発送業務、さらに相談窓口業務の夜間時間延長や土日返上の相談対応などにより、勤務医ほどではありませんが、前場職員は非常に過重な超過勤務を強いられております。
その為に社会保険庁では昨年度下半期より全国的に依願退職者が急増し、現在は特に大都市圏域の社会保険事務所では大幅な定員割れの状況となっております。こうした退職者の増加が残る職員の労働負担を増す結果、ますます退職者は増加する傾向であり、生まれ変わる「きょうかい健保」と「日本年金機構」の計画定員より社保庁職員の人数が下回る可能性が現実味を帯びてきました。
すなわち平成21年12月末に社保庁が消滅するときには、社保庁職員から健康保険と年金制度を担う新組織に移る人間が足りなくなりそうだと予測される危機的状況で、厚労省としては余剰人員を他に振り向けるどころか、新たに職員を採用しなければ新組織での業務に支障が出るかもしれないと憂慮する事態です。
事故調事務局に社保庁から余剰人員を回すどころか、3ヵ月後に発足する「全国健康保険協会」ですら必要最小限の人員が確保できるか微妙な情勢です。もし8月に予定される「全国健康保険協会」に健保実務に長けた職員が必要数確保できない場合、健康保険の事務処理に影響が出て、医療機関の事務処理に混乱を引き起すことは必定です。
社保庁の余剰人員対策どころか、必要最小限の職員の引き留めに頭を痛めているのが、厚労省の事務方の本音でしょう。

 ハスカップさんに質問です。
 つまるところ、ハスカップさんの考えでは、刑罰の応報刑的側面(これは遺族の感情の納得につながるわけですが)よりも、過失を犯した医師を赦すことで得られる医療の発展の方が価値が大きいということでしょうか。

大野病院裁判の判決まであと1ヶ月足らずです。過失論にしろ新過失論にしろ現在の検察が医療技術における業務上過失をどのように捉えて起訴したのか、そしてそれが現在この日本社会において占める法的意味を、裁判官が判定してくれます。それを見てから業務上過失について具体的な検討に入ればよいのではないでしょうか。ここまで待ったのですからあと1ヶ月足らずを静観しても大勢には影響ないでしょう。ここで神学論争するより、いまの日本検察が医療の業務上過失を起訴できるだけの社会的実力があるのかどうか、この判決をもって評価検討するというのが一番話が早いと思います。まあこの期に及んでは、ですが(笑)。

>いまの日本検察が医療の業務上過失を起訴できるだけの社会的実力があるのかどうか

 というか、検察のには実力がない、専門家を集めた事故調にも反対じゃ、どうしようもないでしょう。

>>No.109 名無しさん さん
事故調の構成について大野事件判決後に実効的に議論すればよいと申しているだけで、「専門家を集めた事故調」に反対している意見ではないですよ(笑)。

 それなら、失礼しました。
 
 ところで、事故調については、事故調において「クロ」だと判定された場合に、刑事裁判においても「事故調の専門家の判断でクロだから」と言う理由で有罪とされやすい、という危惧に基づいて、「事故調には反対」と言う意見が医療側から聞かれるわけですが、それについて、ぼつでおk(医) さんはどう思われますか?

他業界(金融業界)における、

行政官 : 第三者機関を作れば解決
実務家 : そんなんじゃ解決しない

の例をひとつ。

一般的には、その検査の問題というのは、おそらく、その検査が法令や検査マニュアルといった「ルール」から逸脱した方法で行われている点が問題ではなく、「確かにルールではそうなってるかも知れないけど、そこまで言いますか?」という「ノリ」の積み重ねの問題が大半ではないかと想像します。

もし検査が「ルール」に違反しているのであれば、第三者機関が、「あなたの検査のここは是正すべきだ」と指摘するのは比較的たやすいかと思います。
しかし、もしルール自体が細かすぎるなどの問題があるのであれば、「検査のチェック機関」を作っても機能しないはずです。
また、検査の「ノリ」の問題であれば、それは「マネジメント」の問題だと思うんですよね。

続・「金融庁検査に対する第三者チェック機関の設立」で問題が解決するか?(isologue - by 磯崎哲也事務所)


No.107 名無しさん さま

横レスですが、

刑罰の応報刑的側面(これは遺族の感情の納得につながるわけですが)よりも、過失を犯した医師を赦すことで得られる医療の発展の方が価値が大きい

私はまさにその考えです。
(厳密には、医療の「発展」には重きを置いていませんが)

医療行為におけるミスに対して、患者本人や遺族が「処罰感情」を抱くのは、人間の一般的心理傾向においては自然なことですが、客観的には非常に不合理です。
認知上の歪み(バイアス)がかかっています。

認知心理学において、人は一般に、最後の要因、またはもっとも目に付く要因に、その全体の原因を求めようとする傾向があると言われています。
限界ぎりぎりの荷物を背負わされたラクダは、最後に藁を1本積み増しされるだけで倒れてしまいますが、客観的にみて、ラクダを倒したのは1本の藁でしょうか。
その前にすでに積んであった重荷のほうが、99%以上の原因を占めると考えるのが合理的ではないでしょうか。

同様に、医療行為の場合、元々ほうっておけば、病気または怪我によって、もっと早く死期が訪れようとしていたところに、それを延ばそうと、あえて介入する行為なわけです。
そこで、治療の甲斐なく死んでしまった場合、責められるべきは、最後に手を加えた医療従事者でしょうか。病気・怪我でしょうか。

この理屈は、確率論的には、術中死や投薬ミスの場合(つまりその人だけのミクロの問題では、元の症状から想定される死期よりも早まってしまった場合)でも成り立つと思います。

つまり、「最後のひと藁」にすぎない医療従事者を責めたくなる感情は、認知の歪みによる場合が多く、刑事罰による保護には値しない場合が多いのではないか、というのが私の考えです。

その処罰感情は、望み通りに医療従事者を処罰することではなく、民事上の慰謝料、あるいは(これが本質と思いますが)グリーフケア等によって、和らげられるべきものだろうと思っています。

 それは最終的には、国民の判断に委ねられるところでしょうね。
 国民が、『望み通りに医療従事者を処罰することではなく、民事上の慰謝料、あるいは(これが本質と思いますが)グリーフケア等によって、和らげられるべきもの』と理解するなら、それでいいと思いますが、果たしてどうでしょうか。
 
 個人的には、仕方のない過失と明らかな過失では、国民の受け取り方がまったく違うと思います。
 その判断を事故調で行い、仕方のない過失については不起訴、明らかな過失については起訴、という整理で良いと思うんですが、それについてはどうですか?
 あくまで過失は起訴すべきでないというお考えですか?

>>No.111 名無しさん さん
アメリカの軍事法廷(陪審制)のような構成と機能の事故調を想定している私としては、その医師だけで構成される事故調でクロならしかたないと思うでしょう。

現在議論されている医師以外の委員が加わる政府案の事故調ではクロ判定そのものが誤判となる危険性が高すぎると思いますので、おっしゃる危惧にも同意ですが。

検察が委員として事故調に加わるだけの実力があるのかどうかが証明されるのが今度の大野病院裁判の判決であると思っています。その判決を具体的材料に事故調の委員構成を議論すればよいではないかというのがNo.108のコメントです。
急いては事を仕損じる(笑)。あと3週間ぽっち待てば議論のための具体的材料が揃うから、それまで議論を待つほうがみんなのためによいでしょうね(笑)。

 そうですか。
 個人的には、医師だけで構成された事故調は身内に甘いと判断され、逆に説得力に欠けると思っています。

>>No.116 名無しさん さん
大野病院裁判で身内に甘いのは医師側か検察側かがはっきり示されていると思いますが(笑)。

>No.55 北風さんのコメント

 事故の原因を究明しなければ事故の対策を講じることはできません。
 事故の調査は第三者の機関(当事者の病院以外)が行う必要があります。調査機関には、強力な捜査権が必要なこと及び、調査結果を関係機関全てに知らせる能力が必要なことなどから、国そのものでなくても構いませんが、必然的に国に準じた機関になると思います。
 刑事捜査の問題点はこれまで議論されている通りです(捜査の目的は、事故の原因究明ではなく、当事者個人の過失を証明すること。捜査資料(証拠)の公表は限定されること。報告書(供述調書や判決文など)の内容は当事者個人の過失に限られ、バイアスがかかっていることもあること。など)。
 事故の原因究明においては原則として当事者の責任を追及しない点については、「(畑村洋太郎著)失敗学のすすめ」が参考になると思います。
 なお、医師会は主に開業医を中心とする団体です(医師会については多くの方が過去に説明されていますのでここでの説明は控えます。)

 法曹の方に質問です。

 現在の制度で、事故の刑事捜査で集められた資料(証拠)を、事故原因究明のために利用すること(関係機関への公表など)は可能なのでしょうか。
 例えば、海難事故では、行政処分を判断する海難審判庁の事故原因の調査と刑事捜査が共同で行われるそうですが、実際にはどのように運用されているのでしょうか。
 もしよろしければ、御教授いただけますと幸いです。

>刑罰の応報刑的側面(これは遺族の感情の納得につながるわけですが)よりも、過失を犯した医師を赦すことで得られる医療の発展の方が価値が大きいということでしょうか。

 米国NTSB等の航空機事故調査がそのような考えにたどり着いています。ただ、「過失を犯した者を赦す(許免する)」という考えはなく、事故原因究明のために真実を証言させるため偽証罪の制裁下で真実証言を強制し、真実を証言さえすれば、その証言をもって自己が処罰されない(刑事責任追及利用の証拠禁止)」という考えです。
 これは、自己帰罪拒否の特権というコモンロー上の強大な人権をバイパスしなくては、事故調査の真実性の確保(証言強制)が難しいからとされています。行政調査でも「自己帰罪拒否特権」を理由に証言を拒否できるからです。それは外国で処罰される恐れも入ります(ロッキード事件の嘱託尋問証言手続きにおけるチャントリー判事裁定すら引用したJAL123便事故の調査質問事項への回答を拒絶したボーイング社回答文書)。
 歴史的に見て、本当のことを証言強制させるにはここまでやる他はないという人権保障の考えで、そこには関係者の過失を赦すという考えはありません。そしてNTSBの事故調査報告書は全部公開されて誰も見ることが可能であり、刑事手続きの証拠禁止はあっても、事故原因が航空法違反や運行マニュアル逸脱があれば、社内処分やパイロットライセンスの停止取消という行政処分は許容されているからです(批判はある)。
 事故原因が第三者のテロや犯罪の疑いがあれば、司法省FBIが捜査を開始して(証言した者の刑事責任ではないから)、事故調査の記録を犯罪捜査に利用することは当然のように許容されています(今ならテロだと国土安全保障省でしょう)。

 また、NTSBの事故調査では、刑法上の「過失」という概念そのものがなく、マン・マシン・マテリアル・マネージメントの4Mで事故原因を分析し、人間のミスやエラーはヒューマンエラー(Man)として冷徹に分析されるだけです。
 他面、パイロットの死体は徹底的に解剖されて、脳梗塞や心筋梗塞の有無は当然として、食中毒や飲酒を疑うために胃の内容物まで調べられます。最近では、生存しているパイロットや管制官なら全身MRIを含む航空身体検査が行われ、ストレス係数を計測するため事故24時間以内の私生活が夫婦親子喧嘩の有無まで調べられます。
 中には奥さんとの離婚問題を抱え、自宅を出るとき壮絶な夫婦喧嘩をしたことにより、離陸時のDFDRのコックピットボイスの音声フォルマント分析から注意力が散漫な抑うつ状態であった兆候が認められ(それが事故原因のマンファクターで指摘され)たりします。(T_T)

 ここまで見てみるとNTSBの事故調査方式は、冷静な人間不信(性悪説・責任を前にヒトは嘘をつく)に基づく事故の解明というスタンスを感じます。

 またまた長文失礼します。m(_ _)m

>>>>輸血ミス、10%リドカイン、高濃度KCL、トロンビン末などの誤注、ウログラフィンの髄腔内誤注 これらは全てシステム事故でありきちんと組織的に再発防止策をとっていれば起きなかったはずです。それを個人の犯罪にしてきた日本政府の誤りで多くの犠牲者が出たのです。

>>>しかし、病院・チームのレベルの対策は、全国的に行われなければ「異なる場所」での再発を防止できないので、「国」が関わることは必須と考えられます。

>>「医師の間で情報を共有化する」のであれば、「国」をかまさずとも、医師会などを通じて共有化できないものなのでしょうか
>>上で書きましたが、こういう問題点は「刑事罰」をなくさないとあがってこないし、個々の病院で改善できないものなんでしょうか?

>事故の原因を究明しなければ事故の対策を講じることはできません。
>事故の調査は第三者の機関(当事者の病院以外)が行う必要があります。調査機関には、強力な捜査権が必要なこと及び、調査結果を関係機関全てに知らせる能力が必要なことなどから、国そのものでなくても構いませんが、必然的に国に準じた機関になると思います。

「事故」が発生したなら、外部による調査は必要ですし、そうなればお書きになられたような機関が必要でしょう。

ただ、私が書いた意図は
「あげられていた例の原因は、そんな事故調査機関の結果以外のルートでは吸い上げられなかったものなのか?」
「上のような機関が無いと情報共有化できませんか?」というところで、上のような機関とは別に「事故」が発生したなら、当事者や関係組織も対策を打つのではないのでしょうか?(外部による調査結果や対策が知らされるまで放置ということはないのでは?)

>刑事捜査の問題点はこれまで議論されている通りです(捜査の目的は、事故の原因究明ではなく、当事者個人の過失を証明すること。捜査資料(証拠)の公表は限定されること。報告書(供述調書や判決文など)の内容は当事者個人の過失に限られ、バイアスがかかっていることもあること。など)。

これはそうでしょうね。

>事故の原因究明においては原則として当事者の責任を追及しない点については、「(畑村洋太郎著)失敗学のすすめ」が参考になると思います。

同書内の「よい失敗」「悪い失敗」では変わってきますね。
「よい失敗」に属し、真の失敗原因が周りから見えない場合に、階層的に隠れている失敗原因を解明するために、当事者の発言のリスク(責任追及)を減らす免責の保証(司法取引など)は有効だと思います。

>米国NTSB等の航空機事故調査がそのような考えにたどり着いています。
>ここまで見てみるとNTSBの事故調査方式は、冷静な人間不信(性悪説・責任を前にヒトは嘘をつく)に基づく事故の解明というスタンスを感じます。

 「失敗による大被害の連鎖を防ぐ(次に起こりえる被害を防ぐ)」という大目的に対して、「真の失敗原因はいかにしたら解明(し活用)できるか」という方法を練っていった結果なんでしょうね。

> 「失敗による大被害の連鎖を防ぐ(次に起こりえる被害を防ぐ)」という大目的に対して、「真の失敗原因はいかにしたら解明(し活用)できるか」という方法を練っていった結果なんでしょうね。

 私もそう思います。NTSBがこのような結論にたどり着くまでは紆余曲折があったらしく(柳田邦男『マッハの恐怖』ほか)、今も運用面で苦吟しているみたいです(メアリー・スキアヴォ『危ない飛行機が今日も飛んでいる』)。
 人権保障と安全工学のせめぎ合いの結果とみることもできるかも知れません。加えて企業利益防護という不純な隠ぺいもあったわけで。実際、DC−10のドア脱落連続事故では、AD(強制運行停止)とせずSB(修理技術情報勧告)とした不自然な政治家の介入もあったらしく。安全は単細胞の一筋縄ではいかないとの思いを強くします。
 他面、技術屋の安全運航への願いと誇り、遺族や搭乗者の人権確保という弁護士の活躍という面がいい意味で作用した感じがします。もちろん、それを可能にしたのは、大の虫を殺すなら小の虫の英知を活かすという「刑事免責(イミュニティや証拠禁止)による証言強制」を採用できる法的取引文化には一種の大人の成熟性を見る気がします。散文的にいえば、狩猟民族の伝統(コモンロー)を受け継ぐ素朴な正義感なのかも知れませんが。

 日本での医療過誤への対応も、将来そのようなシステムになって欲しいと願うのは私だけではありません。
 

普通の人がショーユとソースを間違えるのに比べ、看護士が輸血を取り違えることが少ないのはもちろん仕事に対する責任感によるものですが、医療の現場では精神論にのみ頼っているわけでは有りません。
どんな職種でもそこつな人を完全に排除することはできません。
そのため医療の現場などでは個人のミスが大事につながらないような対策がなされます。
たとえば輸血部から血液が届いたらまず確認、袋に書かれた血液型と輸血部に発注した血液型が一致してるか、患者の血液型と一致してるか、確認者が袋に患者名を書いたら書いた人はカルテにもサイン、それを輸血する看護士も手技の前に確認。
さらに言えば認知症の患者が間違って他人のベッドに寝てる可能性だってあるわけですから、本人確認も必要です。
本人確認はフルネームが原則、さらに最近では入院患者さんは顔写真のはいったIDカードを首にぶら下げさせられたりする病院もあります。(ちょっと嫌かも。笑
で、そういうシステムがどうやって作られていったかといえば、院内の安全管理委員会などでの有害事象の検討からなんですよね。
有害事象を経験した、または目撃した病院職員は報告書を提出するんです。
なぜそれが起こったかの考察や、改善案まで添える義務がある場合もあります。
ここで肝心なのは有害事象を起こした本人が報告しても、処罰されないとなってるんです。
なぜなら報告したら処罰ってしたらミスがあっても隠そうとするから。
そうするとシステム上の不備は改善されないわけです。

まあ、母親が言う「怒らないから本当のことを言いなさい!!」みたいなもんです。
で、実際に本人が酷すぎた場合には叱らないからの約束が吹っ飛んじゃう場合があるのも母親の場合と似たようなもんかもしれませんが。(この辺が本音と建前ってやつでしょうかね。

医療事故に刑事罰を持ち込むなと言ってる人たちは普段のこういうシステムの管理を刑事罰でダメにするなと言ってるのだろうと思います。
それぞれの病院での安全管理の強化、多施設での情報の共有は大事だと思います。
が、ミスをしたら逮捕!!!って言われれば、ミスを隠すのが人情だろうなと思います。

 同感でございます。m(_ _)m

 鉄道事故も旧航空機事故調査委員会に組み込まれて、まだまだ不完全ながら鉄道航空事故調査委員会という常設第三者調査委員会がスタートし、長年の運動が実ったと感無量です。もちろん不満は多々ありながらも、「千里の道も一歩から」です。
 システムエラーはすべからく、NTSBのような事故調査システムが確立することを願います。JAL123便航空機事にしろ、JR福知山線事故にしろ、東名高速日本坂トンネル火災事故にしろ、人間の原型をとどめない凄絶な部分遺体を遺族に引き渡す悲劇は防ぎたいのです。
 もちろん「恩讐のかたなに」応報感情を超えた冷徹な理性を遺族やマスコミに求めるのが一番の困難だと思いますが……。

 医療事故、例えば10%キシロカインをワンショット静注して患者を死なせた場合。これは明白に注意義務に違反しています。処罰は当然になります。本人や周囲のスタッフ、あるいは遺族もそう思っているでしょう。これを処罰しても再発予防にはならなかったことは以前に書いたとおりです。

 警察の捜査は犯罪の有無を重点に行われるので、上記の場合本人は自供するでしょうし、義務違反は明確なので本人の責任だけがクローズアップされてしまい本当の真実(誤りやすい物理的構造)にたどりつけていません。
 また警察の捜査で不適切なのは、真実を解明するには現場の事実と共に、当事者の心の動きも明らかにする必要がある点です。これは場合により憲法38条に保障された自己負罪拒否特権に抵触します。上記事例では本人の内心は明らかにされることも多いでしょうけど、複数人の関与している複雑な事故では、どのように供述するかは分かりません。
 
 医療事故のこのような課題をクリアして、患者にも医療人にも、なおかつ同種事故の予防という公共の利益にもつながるような法律、制度にして頂きたいと思います。今の制度では事故の再発は防げないし、医師の逃散も加速します。


 
 

No.121 北風 さんのコメント

 現在はある規模以上の病院では医療安全委員会が組織され、ヒヤリ・ハットの段階から対策をとっています。しかし、現実的には、経済的・時間的・労力的コストの点から、ある程度の強制力(適切な言葉が思いつかなかったのですが「勧告」程度の意味です)なしに「全て」の病院・医院で同じ時期に同じレベルで対策を実施することは困難と思います。
 また、数年前に行われた全国的な医療事故の実態調査では、どんなに自己努力をしても事故の頻度はあるレベル(正確な数字は忘れました)からは減少しないことが明らかになったそうです。
 したがって、1回の事故を徹底的に調査してシステムの不備を洗い出し、「製品の改良」など医療界だけでは不可能な対策を早期から実施して(コストの問題(薬剤の使用される頻度に比較すると、取り違えが起こる頻度は小さい)がありますから医療界が求めるだけでは業界は動きません。)、再発を可能な限り防止するのか、それとも事故が繰り返されるのを待ってから対策をとるのか。
 そのようなレベルの話です。

刑事免責が思想的に無理だというなら司法取引があるじゃないですか。

 思想的には、刑事免責も司法取引も共通していると思います。
 というか、刑事免責は司法取引の一つと言ってもいいんじゃないでしょうか。
 中短期的に見て刑事免責までは困難としても、司法取引的発想の制度や運用はあっていいし、積極的に検討されるべきだと思っています。

 司法取引という言葉についても、一般的には抵抗があるみたいなんですけど。

 司法取引制度(バーゲニング)を採用している米国では、検察官や裁判官が被告人と司法取引して、事実を認める有罪の答弁と引き換えに重罪を軽罪に訴因を変更する、懲役刑を罰金刑や保護観察の軽い判決にするというもので、これもイミュニティ(重罰免責という部分的刑事免責)であって、バーゲンニングとイミュニティは不可分一体です。
 「刑事免責が無理なら司法取引がある」という見解は、論理的に成り立ちえません。刑事免責を認めなければ「司法取引」で取引する「全部又は部分の免責」がなくなってしまうからです。ご参考まで。

>>No.130 モトケン先生
現行刑訴法のもとで具体的に考えると、検察の裁量として起訴猶予を用いるということでしょうか?

大野事件でも検察がそうであったなら、医師も不当逮捕という「逮捕」に対する抗議はここまで大きく行なわなかったと思います。

しかし検察が起訴したため、事故調の必要性が大きくクローズアップされたことはある意味よかったように思います。
そしてもともと事故調の話になるきっかけがこの裁判ですから、判決とその影響を見定めた上でそれを教訓として事故調の構成について検討を始めるべきであると思っています。大野裁判の判決を見る前に事故調を作り上げるのは、できたものの実効性の面で無意味な愚策でしょう。

No.131 追加:

 No.131 に漏れがありました。m(_ _)m
 司法取引で刑事免責する例として、真実を共犯者の法廷で証言することや犯罪組織情報の真実を提供することなどを条件に起訴しない(完全免責する)というものがあります。
 こっちの方が、米国映画(たとえばシュワちゃん主演の「イレイザー」)などで日本人に馴染みが深いかもしれません。

「医療過誤に対する司法取引による刑事免責」は、どんな公益
があるとして想定出来るのでしょうか?
流れを読んでいませんので、既出であればご誘導頂いても結構
です。


流れを読まずに書きますが、

刑事免責が認められないのであれば、真相究明に協力できないというお医者さんは、

刑事免責が認められたとしても、
「民事訴訟で賠償を求められるおそれがある」
「行政罰を課せられるおそれがある」ことを理由に、
真相究明に消極的になることはないんでしょうか?

すっごく個人的な意見ですが、ここで討論されているのはこういう考え方もあるってことだろうと思います。
実際の裁判では医師はむしろ真相究明に積極的になってる印象。
なぜなら最近裁判になってるものは「とんでも裁判」が多いんじゃないかって気がするからです。
自分が勝つ為に真相を究明する。
まあ「紫色の顔の友達を救いたい」先生のブログなどを読んでるからそういう気がするのかもしれませんが。
単純なミスなどは真相究明も何もなく、裁判などという面倒なことになる前に病院側がトガゲの尻尾きりよろしくすばやく謝罪して慰謝料を払って終わりにしていて、裁判でこじれているのは本人はミスでは無かったと考えてる例のような気がしています。
ところでかなり問題が複雑なので、単純なミスと治療方針の判断などのミスであるかどうかが問われるような事例をわけて論じたほうがよくないでしょうか?
単純なミスについても免責が望ましいとする意見と、それは免責の必要なしとする意見があるのと、単純なミスの多くが看護士、判断のミスが問われるのは医師に起きることが多いわけですし。
医師が処方のミスをしたとすれば、薬剤部や看護士が気づいて未然に防がれる場合も有るのに対して、患者に直接投与する看護士のミスは防ぎにくいなど事情が違いますから。

私ども社会保険労務士は、労災事故の行政手続処理なども扱います。この労災事故というのは、事業所での業務に起因する事故により、その事業所が使用する労働者に傷病が発生した事故全般を指します。このような労災事故での事後処理においては、「被害者の救済」「過失責任の処罰」「再発防止策の構築」の三点が重要なポイントです。

医療事故での対応策としてもこの三点は重要な要素であることは同様であり、医療事故に対処する賠償・処罰・再発防止の適当なシステム模索する上で、労災事故での行政システムが参考となるのではないでしょうか。少々長い投稿となりますが、労働行政を参考にした医療事故対応の行政システムを考えてみましたので、皆様のご批判を頂ければと思い投稿致します。

  ◇  ◇  ◇

労災事故においては、救済・処罰・再発防止の三点のポイントについては、労働局〜労基署という厚生労働省の一つの部局が、司法警察権も含めて一元的に管掌しています。その実態を解説してみます。

まず「被害者の救済」については、労災保険の給付をベースとし、労災保険で賄えない損害分は使用者責任での損害賠償となります。労災保険の給付は、使用者(事業主)の過失の有無に関係なく支払われる無過失責任給付です。例えば先日の八王子駅前の書店で刺殺された女子大生も、バイトとはいえ業務中の事故ですので、労災保険から遺族給付が支給されます。なお労災保険の給付手続は、全て労基署が窓口になります。

次に「過失責任の処罰」については、労働安全衛生法違反での刑事罰が原則で、この処罰の権限(捜査&訴追)については、警察署より労働基準監督署の司法警察権が優先し、検察への送致(送検)についても労基署が行うのが原則です。警察署が刑法の業務上過失致死傷罪で捜査に入っても、労基署との合同捜査になります。地元の警察署が労基署の捜査に協調せずに、業過罪で立件(送検)することは普通はありません。

更に「再発防止策の構築」については、労基署の監理監督と助言指導の下で、事業場ごとに個別に再発防止の取組を行います。法令や行政通達などで定められた安全基準が満たせなかったり、危険防止の為の措置を講じなかったりした使用者は、労基法違反なり安全衛生法違反なりで労基署が摘発し、送検して刑事罰を科すことになります。また安全措置が不十分な機械装置や作業場などは、使用差し止めの命令をする権限が、厚生労働大臣より労基署長に委任されています。


以上のように労災保険の運用、並びに労働安全衛生の確保に係る行政所管だけでなく、刑事訴追に係る捜査権限(司法警察権)は、全て厚生労働省の労働基準局〜労基署のラインに集約されております。こうした労働局ないし労基署職員は、普通の行政職公務員と違い、労基法102条等により司法警察権が付与されており、都道府県警察であっても労働災害事故での業務上過失致死傷罪の捜査においては、労基署の摘発捜査を優先する棲み分けが為されています。

こうした労働行政における労災事故と労基署の権限の関係を、医療行政における医療事故に置き換えて、新しい法制度や行政部局のシステムを新たに作り上げることは、十分に実現性のある選択肢と考えます。具体的には次のようなシステムを提案します。


すなわち医療事故での無過失賠償保険である「医療事故保険」を新設し、厚生労働省の一部局として「医療基準監督署」を新設して保険給付の可否決定を行わせ、医療事故保険適用の不服審査を行う裁定機能も持たせる。医療事故での民事賠償請求には、労災事故での労災保険適用が一つの前提基準となるように、医療保険適用もしくは不適用が民事訴訟の基準の一つに収斂されていき、医療者にとって民事訴訟リスクの減少をもたらすであろうと考えます。

加えてその「医療基準監督署」に医療現場の実態に詳しい「医療基準監督官」を多数配置し、医療事故の原因究明の権限や再発防止策の構築、医療業務免許の許認可権限を集約する。その上で「医療基準監督官」に医療事故について限定した司法警察権を与えて、都道府県警察の捜査介入に対して優越させる。こうすれば警察官の見せしめ的捜査や、医療オンチ検察官のトンデモ訴追などの、刑事訴訟リスクの減少に繋がるものと考えます。


「医療事故保険」に「医療基準監督署」と名称については異論も多いかと思いますが、労働基準監督署をモデルとした医療事故専門の部局を新設して司法警察権を付与するというプラン、如何でしょうか?

>すなわち医療事故での無過失賠償保険である「医療事故保険」を新設し、厚生労働省の一部局として「医療基準監督署」を新設して保険給付の可否決定を行わせ、医療事故保険適用の不服審査を行う裁定機能も持たせる。医療事故での民事賠償請求には、労災事故での労災保険適用が一つの前提基準となるように、医療保険適用もしくは不適用が民事訴訟の基準の一つに収斂されていき、医療者にとって民事訴訟リスクの減少をもたらすであろうと考えます。

 労働法を大学で学んだ私には極めて魅力的ですが、無過失医療災害保険の拠出と医療事故監督官という全国組織の設立運用経費を考えると破たん寸前の国家財政では難しいかもしれません。特に厚生労働省所管予算としては(伸び率圧縮が至上命題)。
 それにお忘れのようですが、送致後は検察官が一元的に起訴独占主義を行使するので、それへの対応がありません(もともと検察官は全犯罪の独自捜査権も有します。一般警察以上に。)

 それよりこんな制度の類似的なのはどうでしょうか?
http://d.hatena.ne.jp/saposaposen/20080725

 米国NTSB制度についてはよく分かりました。

 そこでまた、一つ疑問が生まれたわけですが、そもそも米国NTSB制度を日本に医療過誤裁判に援用する正当性はあるんでしょうか。
 
 この問題を考える時には、そもそも何故、航空機事故調査において刑事責任追及が免責されるのか、という理屈から考える必要があると思います。

 考えるに、これは原因と結果の両面から理由があるからではないでしょうか。

 まず原因の面ですが、航空事故には、あまりに多くの人間が関わっており、通常の尋問では効率が悪すぎることがあると思います。
 通常の殺人事件などでは容疑者は限られていますが、航空事故では正副のパイロット、客室乗務員、空港の管制官、航空機の整備士、航空機メーカーの技師など多岐に渡っているため、それこそ刑事免責でも持ち出さない限り、真相究明に至らないという捜査上の現実的な理由があると考えます。

 次に結果の面ですが、航空機事故は一回の事故による犠牲者の数が何百人に及びます。
 そのような大規模な事故においては、たった一人(?)の個人の責任を追及するより、何百人の命日を救うために、真相究明=システム改善の方が優先されるのではないでしょうか。

 こう考えていくと、NTSB制度が医療過誤事件に当てはめることには疑問があります。

 まず、医療過誤事件に関わる人間は限られます。
 少なくとも航空機事故に比べれば、遥かに人数は少ないわけで、通常の尋問で十分カバーできるのではないでしょうか。
 次に、犠牲者の数についても、同じ1件の航空機事故と医療過誤とでは、まったく異なります。
 
 よって、NTSB制度を医療過誤に当てはめるのは不合理だと思います。
 それについて、ハスカップさんはどう思われますか、というのが第1の質問です。

 次に、仮にNTSB制度を医療過誤に当てはめるにしても、それはケースバイケースで判断する必要があると考えます。
 たとえば、左右の目を取り違えたような単純なエラーについては、わざわざ刑事免責を持ち出す必要はないでしょう。
 また、大野病院事件についても、これは医療行為の正当性の判断の問題ですから、NTSB制度の問題ではないと思います。
 よって、繰り返しになりますが、仮にNTSB制度を医療過誤に当てはめるにしても、それはケースバイケースで判断する必要があると考えます。
 つまり、刑事免責すべきケースと、通常の取調べによってカバーできるケースを分けて考える必要があると思います。

 これらの点について、ハスカップさんはどうお考えでしょうか。

 ただ、それでも法務業の末席さんのご提案は極めて魅力的なことに変わりはありません。
 無過失保険でカバーされない部分は、過失を理由に損害賠償責任を追及する(交通事故なら任意保険でカバーしますが)ことへの対応も検討したいと思います。

 私はNTSBが確立したシステムを全面的に医療事故調に適用できるとは思っていません。御私的な疑問はもっともですが、もっと根本的な問題は、証拠禁止レベルの刑事免責でも「汚い取引だ」として、清廉性や潔癖性から排除しようとする日本人のメンタリティだと思います。
 むしろ、米国におけるASRS(航空安全報告制度:Aviation Safety Reporting System)の方が医療事故の再発防止に資すると思います。
 ただ、パイロット1人・整備士1人・乗員もパイロット1人がローカル空港(管制官も1人)というプライベート遊覧飛行でも、NTSBの事故調システムが自動的に発動されることも忘れないでください。m(_ _)m

 単純なエラー(薬の取り違い)でも重大な結果になるのが医療事故です。明白な単純ミスとして加害当事者を罰しても、再発予防には全く役に立たず、同種の事故は繰り返され同じような被害者が続出します。高濃度塩化カリウム誤注事故は単純なエラーとして長年実行犯のみが処罰されていました。今は誤注されうるパッケージングや不要の製剤を現場に在庫している管理状況が問題であると認識されています。
 単純ミスも含めて全ての医療事故を一次的にはシステム事故として扱い、刑事処罰は二次的にした方が再発予防になり多数の人命を助けることになります。これは航空機事故とそう変わりません。
 そしてシステム事故であれば刑事処罰は科さないほうが公平であると思われます。遺族の応報感情や働き手を失った損失は免許取消処分、相当な賠償で償われるべきです。

 むしろ、米国におけるASRS(航空安全報告制度:Aviation Safety Reporting System)の方が医療事故の再発防止に資すると思います。

日本の医療界には、日本医療機能評価機構が実施している「医療事故等情報収集事業」と言うものがありますが、あまり機能していないようですね。
http://jcqhc.or.jp/html/accident.htm#med-safe

 例えば06年には、報告を義務付けた273病院と、任意の報告を求めている300病院から事故情報を収集しましたが、報告義務付け病院からは計1296件の医療事故が報告されたのに対して、任意の病院からの事故報告は計155件しかなかったのです。報告義務付け病院は厚生労働省の管轄にある国立病院や特定機能病院などが中心で、事故が起きやすい高度医療を手がけるケースの多い点が結果に影響しているのかもしれませんが、それにしても任意の病院の報告数は少なすぎるのではないでしょうか。  同機構は報告に当たって病院名を公表しないようにしているのに、年間にこれだけしかないことを考えると、まだ事故を隠しているのではないかとどうしても疑ってしまいます。こうした現状を勘案すると、事故調は、医療事故の届け出を任意にすれば機能しないことが予測されます。
http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/report/t016/200807/507306_2.html


飯田弁護士による批判はもっともだと思います。「刑事罰や処分を受けると分かっていて、自分の不利になる事を話す人はいない」と言うのは分かりますし、真実を明らかにし、証言を引き出すために刑事免責が必要だというのは分かりますが、その一方、刑事処分とも民事処分とも行政処分とも連動していない医療事故等情報収集事業が機能していないと言うのは、少々の矛盾を感じます。

処分がなければ真実を話すというのであれば、情報収集事業が機能していてもよろしいように思うのですが。

任意の病院からの報告が少ないのは事故を隠すと言うより、単に面倒くさいからだと思います。
義務でなければ報告書なんて作成しない病院も多いような気がします。
それこそ死亡とか重大な結果につながった場合を除き、現場の人がその場で叱られてそれっきり。
院内でさえ情報が共有されない場合だってありそうな気が。
だいたいたいがいの病院ではリスクマネジャーをやらされてる人もそれに対するお手当はでてないんじゃないでしょうか?
ともかく何をするにも現場にゆとりが無さ過ぎる気がします。

おはようございます。

>処分がなければ真実を話すというのであれば、情報収集事業が機能していてもよろしいように思うのですが。

 結局、任意と言うところが問題なのでしょう。
 刑事免責(司法取引)の前提として、上告(?)前に報告する事を義務づければいいと思います。(報告せずに隠した場合、義務違反で刑事免責無し)
 刑事免責の件ばかり話が出ますが、刑事免責の代価として医師(医療関係者)が背負う義務が見えてこないのはどうかと思うのですが。

 蛇足(?)
 刑事罰は究極の日勤教育(でしたっけ JR脱線事故で、話題になりましたが)だから、社会全体としてはプラスとなりえない。社会としてプラスとなるような行政罰、義務に変えたほうが言いと言う方が議論としていいような気がしますが。

面倒だというご指摘はもっともです。アメリカ、ニューヨーク州の事故報告制度に習う必要があるかも知れませんね。

NYPORTS は州法NY State Public Health Law Sec. 2805-Iに基づく有害事象の強制報告制度である.これは,医療過誤訴訟の増大に伴う1980 年代の医療過誤保険危機の際に州政府による救済措置と引き換えに導入されたという経緯を持つ. この有害事象報告制度は1985 年からスタートしたが入力に手間がかかることや結果のフィードバックが与えられなかったことで当初の報告件数は少なかった.しかし,1998 年にはインターネットベースのシステムを開発したことでデータ入力,分析を容易にし,さらに警鐘的事例を取り上げたNYPORTS News & Alert をインターネットや印刷媒体の形で提供するなどして,近年は積極的なフィードバックに努めつつある
http://www.jstage.jst.go.jp/article/sociotechnica/2/0/285/_pdf
報告には事象によって二つの異なったフォームを提出する.まず,ショートフォームレポートであり,何が起きたのか,基本的なデータとなる.54 の報告区分をもち,これに沿って報告する.このうち,通常予期しない死亡,手術部位の取り違えなど患者の重症度や結果によって,さらなる根本原因分析(Root Cause Analysis)が要求される.この根本原因分析は,フォーマットに添ってなされる.40-50 のイエスノー形式によって,報告され,基本的な根本原因分析がなされるようになっている.年間30,000 件の有害事象報告がなされ,そのうち根本原因分析まで必要とされるのは5-6%である.(参考:NY 州の病床数は,67,000-68,000 である)
http://www.jstage.jst.go.jp/article/sociotechnica/2/0/293/_pdf


アメリカの制度を直輸入するかどうかはともかく、日本でも以下のようなシステムを導入し、機能させる必要があると思います。ニューヨーク州のシステムは、行政処分制度も含めて、多いに参考にする価値があると思います。

・事故を報告するシステム
・事故を収集・解析するシステム
・事故をフィードバックするシステム
・フィードバックされた情報を活用する病院の体勢

>No.143 しまさんのコメント

 No.146にコメントされていますので、このコメントは蛇足になるかもしれませんが、報告を義務付けた病院に比べて報告が任意の病院からの報告が少ないという結果のみから「あまり機能していない」と評価することは、一面的すぎるのではないでしょうか。(しま様らしくないと思います。)
 「医療安全情報」に挙げられている事例は、まさに、「どこでも起こりうる事例」であり、こうした事業によって「情報の共有化」がようやく可能となったわけです。現場では事故の危険性を感じていながらも、これまでは個々のレベルでしか対策を講じることができなかったわけです。
 こうした取り組みはシステム的対策(製品の改良の必要性が認識されるようになる、全医療機関での事故対策の推進など)をすすめるための第一歩であり、次のステップとして、事故報告システムの整備、調査権限を付与した調査機構の設置、報告の全面的義務化、その上で、免責と引き換えの黙秘禁止などが課題としてあがってくるのだと思います。

No.143 しま さん
No.144 沼地 さん
No.147 通行人A(内科医) さん

 いずれもご指摘の通りだと思います。m(_ _)m

 思うにヒューマンエラーにしろメカニカルエラーにしろ、パイロットだと
(1) 自分の命がかかっている(切迫感)
(2) ラインパイロットだと60〜300人の乗客の命を預かっている(切実感)
という明日は我が身の感がありますし
(3) 国内法や条約で乗務時間が1月40時間程度でに制限されて義務付け休暇日が比較的多い(ゆとり)
という条件が左右していると思います。

 匿名事故申告(報告)制度は、連続航空事故に危機感を抱いたパイロット有志がエアマンシップから任意に始めた制度というのも、(1)〜(3)がベースにあったからで、この(1)〜(3)がないときに、強制や義務付けをしても無意味な感じがします。

 そこで免責(証拠禁止)と引き換えに真実証言強制という発想が出てくるのですが、日本で根付くかというと……_| ̄|○

「刑事免責」の議論になると隠蔽体質、情報操作が医師の世界に横行していると言う前提がおかれるようですが、実際にその前提は正しいのでしょうか。
医師には常に隠蔽体質があるからとして検察が強権捜査して起訴した大野病院事件では、公判において被告人側検察側がそれぞれ証言証拠を提出して事実経過が明らかになりましたが、検察の予想に反して医師側は何の隠ぺい工作も行なっていませんでした。対して検察側が捜査し証言証拠として提出した調書には民事裁判でもないのに黒塗りがされており、かえって検察自ら情報の隠蔽・操作を行なって事実審理の妨げになっているように見えます。

この大野病院裁判を見る限り「事故調査」の観点から問題視されるべき隠蔽・情報操作体質を持つのは、医師側ではなく検察側であったことは明らかのように思います。
そしてそのことが調査の結果にどの程度影響を及ぼすものであるかが、来月の判決をみることによって実際に測れると思っています。

 記録を見たこともないので一般論です。

 調書の部分的マスキングは、弁護人が部分不同意とした部分だと思いますが?(そうでなければ被害者保護法令に基づくプライバシー部分の不開示でしょう。)
 某病院のカルテ改ざん事件がたった1件あっただけて、マスコミ世論は医者の隠ぺい体質を疑ったような感じがします(私はマスコミの態度に憤慨しています)。
 カルテ改ざん事件1件だけや大野病院1件だけを取り上げて、医療や法律家の全体を論じるのは科学的態度ではないので相当でないと思います。

>>No.150 ハスカップ さん
>大野病院1件だけを取り上げて、医療や法律家の全体を論じるのは科学的態度ではないので相当でないと思います。

私は政府案の事故調の構成(設計と同義ですw)について大野病院刑事裁判の実態が議論の重要な材料になると申しているだけですが(笑)。

PS:

 JALでもJR西日本でもストーカー裁判官でも、事故や不祥事があれば、隠ぺい体質を問題にして開示と称して取材を強要するのはマスコミの常とう手段です。
 隠ぺいがあったか否かは、あくまで証拠に基づき個々的に判断されるべきもので、「体質」云々という全体像の判断は、統計的手法を使って分析すべき事項だと思います。ご参考まで。m(_ _)m

>私は政府案の事故調の構成(設計と同義ですw)について大野病院刑事裁判の実態が議論の重要な材料になると申しているだけですが(笑)。

厚生労働省が全国的調査を省略して急ぎ過ぎたのでしょうね(笑…笑えない)。

>>No.153 ハスカップ さん
いえ厚労省は関係ないでしょう(笑)。

起訴され裁判になった医療過誤は片手の指の数ほどではないでしょうか。すなわち大野病院裁判ひとつでも検察の論告求刑(検察の刑訴法解釈ですねw)をみれば、検察が起訴する際の基礎的要件のほぼ全貌を推測できると考えています。
それが「事故調査」にふさわしい態度であるかどうかもごく普通にわかります(笑)。

>すなわち大野病院裁判ひとつでも検察の論告求刑(検察の刑訴法解釈ですねw)をみれば、検察が起訴する際の基礎的要件のほぼ全貌を推測できると考えています。

 そういう非科学的態度は残念ながら私と進む道が違います。1事例で全部がわかった気になるのは統計的客観性(疫学的証明)が担保できないので、いかがかな〜という合理的疑念がぬぐえません。
 そこまでいかなくても、「医師でカルテ改ざんして刑事裁判になったのは1件だからそれ見れば医師の隠ぺい体質が全てわかる」と言われても「一部で全部を批判する」という批判を免れないのと同じです(笑……笑えない)。

>>No.155 ハスカップ さん
私は刑訴法というひとつの物差しのもとで検察一体の原則が我が国の常識であるという前提で書いております。
ハスカップさんは違うのでしょうか(笑)。相違点を教えていただければお返事するときの参考に致します(笑)。

 ぼつでおk(医)さんが理解している「検察一体の原則」は間違っています。
 検察官は、独任制の官庁でもあります。

>すなわち大野病院裁判ひとつでも検察の論告求刑(検察の刑訴法解釈ですねw)をみれば、検察が起訴する際の基礎的要件のほぼ全貌を推測できると考えています。

 推測するのは自由ですが、その推測が別事件に妥当する保障は何もありません。

>それが「事故調査」にふさわしい態度であるかどうかもごく普通にわかります(笑)。

 論告は、公判維持の観点でなされますから、「事故調査」にふさわしい態度であるかどうかという観点からの評価はナンセンスです。

 これまでの私の説明はなんだったのかな、という気がしています。

>私は刑訴法というひとつの物差しのもとで検察一体の原則が我が国の常識であるという前提

 もうしわけありません。m(_ _)m
 そのようなステレオタイプ思考は、私の眼中に全くありません。そこが基本的な相違点と拝察します。
 最近の検察庁は、少なくとも大野事件に限定しても、検察官という独任官庁の群体と理解しております。モトケン先生も書いておられましたが、「当時の福島地検検事の大野事件の処理」を批判する検事さんが少なくないようです。私も大野事件の処理を手厳しく批判する幹部クラスの検事さんや元検事さんに会ってます。

PS:

 検察は,刑事訴訟法1条に規定されているように、「刑事事件につき」事案を解明するのが職責ですが、その目的は刑罰権の適正な発動と不発動(刑罰法令の適用実現)に限定されており(通説)、再発防止の事故調査機関ではなく、そんなことをしたら越権行為でしょう。

<刑事訴訟法>
第一条 この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする

横槍失礼します。

ぼつでおk(医) さん の発言は「一事を持って全体を推し量る?」。
と言う事で法曹サイドからのご批判が有るのは当然かと思えます・・・・が。

「一事が万事」とは、マスコミに代表される、一般的日本人の(短絡的な)思考と一致し。
ぼつでおk(医) さん は、それを承知で書かれたような気がします。

棟ブログにおいても、医療関係者が誤解を取り除く努力を求められる様に。
法曹界の運営上、大野病院(不当起訴)事件の評価、取扱において、誤解?を取り払うべくアピールされるべきなのでは?

>これまでの私の説明はなんだったのかな、という気がしています。

 無駄だった、ということでしょう。

 そもそも、いくら指摘されても、刑法と刑訴法の区別もつけようとしない、過失と因果関係についても誤解したまま、「成書を読め」とアドバイスされても聞く耳を持たない、自己のコメントについても「ボツでokだ」と称して無責任な態度でいるような人物に、説明し理解を求めようというモトケン先生の考えが間違っているのではないでしょうか。
もちろん、そういった姿勢が少しでも変わる可能性があるなら、粘り強く理解を求め続けていけばよろしいでしょうが。

>法曹界の運営上、大野病院(不当起訴)事件の評価、取扱において、誤解?を取り払うべくアピールされるべきなのでは?

 訴訟当事者の弁護人弁護士先生はいざしらず、少なくとも一審事判決が出てから評釈するのが法曹や法律家の不文律です。確定前とはいえ判決という裁判所の最終判断すら出ていない段階で、あれこれ言うのは、憶測や誤解を招き(場合により大新聞ですら赤っ恥をかく)、ただでさえマスコミに誤導されやすい国民一般の短絡的ステレオタイプ思考(医者と弁護士は金持ちとかw)を助長するのは避けたいからだと思います。
 少なくとも福島地裁の一審判決が出てからが議論のスタートでしょう。それも判決直後の法曹コメントは、マスコミの編集がある上に、大教授すら判示事実認定の誤解を前提にしたものすらあります。むしろ、判決全文が公開されてからの法曹の評釈は、それなりに問題点を的確に把握していると思います。そこからが本当の意味ある議論の開始地点だと思います。

>ぼつでおk(医) さん は、それを承知で書かれたような気がします。

 それでは困るのです。
 誤った認識を導く印象操作にしかなりません。


>誤解?を取り払うべくアピールされるべきなのでは?

 これまでアピールしてきたつもりです。
 そして、ぼつでおk(医) さんは、いわゆる通りすがりではありません。

>刑法と刑訴法の区別もつけようとしない、過失と因果関係についても誤解したまま

 法学部で学ばないと区別がつかないのも無理はないでしょう。民事責任と刑事責任それに行政責任の区別(運転免許試験で学んだはずでも)がつかない人も多いです。
 法律を専門的に学んでいないと理解できないわからないことも多く、過失犯の4要件構造や相当因果関係の相当性判断なんかに至っては、旧司法試験の択一試験足切り問題に使われたくらいです。_| ̄|○
 日本のトップクラスのXX心臓外科医で自己研さんに余念がない学識経験の高い人格者(なぜか私の知り合いだった大先生)でも、刑事責任の議論で「過失相殺」と「義務相殺」を主張されたこともありました。o(;△;)o
 ことほど左様、法学とくに過失犯や許された危険(義務の衝突ほか)とか、刑事司法警察と行政調査機関の区別とかなどは、一般の方でも医学を極めた方でも、理解や了解が困難なので、我々法律家側が地道に説得を続けて、忍耐力と寛容の精神をもってトンデモ誤解を修正するように努めるほかはないと思います。

大野事件に関しては判決が出てみないと確定的なことはいえないでしょう。であるから8月20日まで待ってから事故調査委員会における調査方法の具体的な検討を行なえばよい。事故調査における刑事免責の範囲の具体的策定についてもこの裁判が区切りがついた時点でその結果を参考に議論をすればよろしいでしょう。どうせここまで待ったことですし(笑)。

あと、大野裁判は検察官という独任官庁の群体のうち特定の個人による起訴であるというご説明ですが、第1審が始まって公判途中で裁判官もですが検察官も人員交代しています。独任官庁であるならば交代した時点で、前任者の行なった起訴にもし問題が多いのであれば期日間整理を用いて修整がなされたことでしょう。弁護側は人員交代していないですから。
しかし交代した独任官庁である検察官も前任者の起訴をそのまま維持して論告求刑しています。
これは検察とは独任官庁の群体であるというよりも検察一体であることのほうを強く推認させる実際の出来事ではないでしょうか。

私の考えはこの程度です。もちろんいつもの通りぼつでおkなコメントですが(爆)。

>特定の個人による起訴であるというご説明ですが

 そんなことは一言も書いておりませんが?

>交代した独任官庁である検察官も前任者の起訴をそのまま維持して論告求刑しています。

 そうですか?記録は読みましたか?私もマスコミ報道しか知りませんがそれでも仔細に検討すれば「そのまま」ではなく注意義務の内容や証拠評価を冒頭陳述から微妙に変更していると思いますが?

>検察一体であることのほうを強く推認させる実際の出来事ではないでしょうか。

 モトケン先生もおっしゃられるとおり、推認するのは自由ですが(思想良心の自由)、弱い推認すら基礎づける根拠理由が雑駁を超えた了解困難で合理性を欠いており、非科学的態度です。

>>No.166 ハスカップ さん
>仔細に検討すれば「そのまま」ではなく注意義務の内容や証拠評価を冒頭陳述から微妙に変更していると思います

大野病院医療過誤裁判エントリーでも書きましたが私はどの「行為」が過失行為としてあの手術に存在したのか、検察側の論告を見ても最初からわかりませんでした。検察は第1審から「クーパーを用いた事を過失といっているわけではない」と言っておきながら病理医の訊問ではクーパーをどこに使ったのかの立証に時間を多く使っていました。何を過失として立証しているのか素人にはまったくわかりません(笑)。ましてや微妙な変更があったなんてさっぱり見当もつかなかったです。
ハスカップさんがおわかりなのであればまったくのトピずれでもないでしょうから実際の論告の文章からポイントをご教示くださいませんか?
もしトピずれならこちらのエントリー(笑)にでもお示しいただければ幸せです。
http://www.yabelab.net/blog/2006/10/13-230902.php

 人の誤読の指摘を流して謝りもせず、自分に都合のいいところだけ執拗に食い下がるあなたの態度は不誠実で極めて不快です。もはや「没でおk」にさせていただきます。論告は自分で調べて自説は自己責任で書いてください。

大目玉頂戴してしまいましたか。
まー私は福島地検のやり方はアンフェアそのものだと思うからいろいろ言うのを止められないんですが、自分でもここで言っている通りこの判決が出るまではいろいろ言うのを自分から控えることに致しましょう。あと一月足らずですし。

>それでは困るのです。

はい、なんとなく頷けます、でも私の視点ではデリケートな違いが把握出来ていません(^^;

>ハスカップ さん 
共々にレス感謝です、仰るように理解の困難さが浮き彫りです。

「判決全文が公開されてからの法曹の評釈」私では読む手間もですが、それすら理解が難しいと想像しますけど。「判決を見ないと議論できない」は、意見一致ですから待つとします。

トピずれしそうですが、こんな状態で「裁判員制度」開始が目前!(・・;;
蛇足でした。

>「判決全文が公開されてからの法曹の評釈」私では読む手間もですが、それすら理解が難しいと想像しますけど。

 了解です。でも医療崩壊のエポックメーキングな判例となるかも知れないので、私も必死に読もうと覚悟を決めています。
 学生時代にスモン訴訟の判決全文を読んだときには死にました。m(_ _)m あの判例時報の「B5版4段組み小文字」の特集で厚さが2センチありました。別表には亀の子も出てきて高校の化学で赤点とったトラウマがフラッシュバックしました。_| ̄|○
 それも、今のような争点整理型民事判決書ではなく、請求原因>抗弁>再抗弁>再々抗弁>再々々抗弁…という要件事実旧スタイル型だったので、争点整理表を作ってメモしないと、そのうちどこを読んで何を論じているかわからなくなりました。だって目次だけで4段組み5ページくらいはあったのですからo(;△;)o

助産院は安全?

というブログを見ましたが、今後は助産師さんの訴訟も
増えそうです。

彼女らとも刑事免責では今から共闘したらどうでしょう。
とりあえず、情報交換は必要だと考えますが、どうなんでしょう。

しま さん(No.105)、横からのコメントにご返答ありがとうございます。そして、さらなる周回遅れコメントになりますが書かせてください。

概念としての「刑事免責」を求めている以上、制度としての「刑事免責」を論じるだけでは不十分だという事になります。「刑事免責」と言う言葉には、刑事訴訟に対する免責だけではなく、民事訴訟による免責、マスコミからの免責、被害者からの免責、遺族からの免責などの意味合いが含まれているので、文字通りの「刑事免責」だけを論じても意味がありません。

これまでROMとしてコメントを読んできた感想としては、今まで(読めている範囲)の議論の射程としては「刑事罰」に関わる部分を中心としているようには感じますので、「文字通りの「刑事免責」だけ論じ」てもしょうがないとは思いますが、「民事訴訟による免責・・・云々」は今のところ脇に置いておいてもいいのかなと感じます。

つまり医療崩壊を食い止める(のか、ちょっとでも速度を緩めるのかの)ための手段のうち、訴訟リスクに関する部分においては「お医者さんが普通の診療を行っている範囲においては、いわゆる刑事事件に巻き込まれることはないな、と安心できるシステム」であればまずは、役に立つのかなと。

そうしたシステムの具体案は既にいくつかなされ始めているように思いますから、
・法律関係の方からは、その実現性とそれに伴うデメリット(コストアップ)などの説明。
(既になされているとは思いますが、僕が未だ理解できていないだけです・・・)
・医療関係の方からは、実際にそのシステム実現時に安心感を得られるか?の意見など
・被医療者としてはそうしたデメリットを受け入れる覚悟があるかなど

を建設的に議論する段階に入っているかなと思うんですが、どうでしょう?

#これからもめげずにコメントを読みつづけます。

>「文字通りの「刑事免責」だけ論じ」てもしょうがないとは思いますが、「民事訴訟による免責・・・云々」は今のところ脇に置いておいてもいいのかなと感じます。

おがわさん,
医療崩壊という視点では「刑事」だけが問題ではありません.「民事」における「トンでも判決」も大きな問題であり,「刑事」の問題が解決されたとしてもそれは「医療崩壊を食い止める」1歩に過ぎません.
「民事」における「トンでも判決」が放置されればやはり医師は「逃散」していくでしょう.

大野事件によって「刑事」にスポットライトが当たっていますが,「奈良の心タンポ事件」「加古川の心筋梗塞事件」をはじめ,どう考えても医療側が納得できるはずもない「判決」が出るような状況がある以上根本解決にはなりません.そこのところはよく理解しておかなければならないでしょう.

民事については、「免責」というソリューションは考える必要はない(orべきでない)ものの、判断基準を是正するための努力は必要だと思います。

すでにこのブログでも激しく既出ですが、またご紹介
koumeさまの
☆医療問題を注視しる!その4 加古川事件とJBM☆

業務で行ったことを組織に属する個人に民事賠償請求できるのは、おかしくないんでしょうか?
業務命令に反して行ったこと(これは業務ではない気もしますが)なら話は別ですが、業務命令で行っていることに対して個人に請求できるのは制度そのものに欠陥があるように思えます。

一義的には、業として行っている組織に対してのみ求償できるものとして、業務上の過失による個人への求償は、その組織が行うというのはおかしな考えなのでしょうか?
そのように制度変更がなされた場合、予期せざる問題にはどのようなことが考えられるのでしょうか?

No.176 ブギーマン@ さま

業務で行ったことを組織に属する個人に民事賠償請求できるのは、おかしくないんでしょうか?   業務命令に反して行ったこと(これは業務ではない気もしますが)なら話は別ですが、業務命令で行っていることに対して個人に請求できるのは制度そのものに欠陥があるように思えます。

いや、もう、まったく同感です。

そのように制度変更がなされた場合、予期せざる問題にはどのようなことが考えられるのでしょうか?

(従来の)法律家の理屈は、「雇っている側が無資力だった/無資力に陥った場合に、被害者が泣き寝入りになってしまう」 という「被害者保護の観点」だと思います。

が、法人格否認の法理等、ケースバイケースで「ズルい加害者を逃さないための制度/理論」 もあるにもかかわらず、一律、被害者が任意に組織も個人も被告として選択できる(しかも全額を連帯責任とできる)という、現行の使用者責任や協同不法行為の制度は、射程が広すぎ、不都合をもたらしていると思います。

fuka_fuka さん

コメントありがとうございます。
「被害者保護の観点」ですか、納得行くような納得行かないような・・・
どうせなら、業務をさせていた使用者やそのような業務をさせる使用者を承認した株主あたりまで射程を広げて欲しいものです。

もちろん、極論の冗談ですが

fuka_fuka さん

コメントいただいたついでで恐縮なのですが、いわゆる“業務”を行なっている最中の過失について、その業務を執行していた個人が責任を負わなければならない理由はなぜなのでしょうか?
過失が起こる状態を放置していた過失(笑)が使用者にもあるように思えるのですが・・・

民事で理屈付けされている「被害者保護の観点」は、この場合適用されませんよね?

 横レス失礼します。

 現行法では、民事でも刑事でも、個人の尊厳を基本原理として、個人責任主義と行為者責任主義を基本とし、業務組織の責任(雇用主や法人の責任)はこれを補完するものとして、選任監督上の責任(過失もありだが過失が推定されるのが多い)を認めるものとしているからだと思います。

 たとえば、民法715条がそれです。
--------------------------------------
(使用者等の責任)
第七百十五条  ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3  前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
---------------------------------------
 刑事法では、特別法に多いです。
--------------------------------------
人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律(昭和四十五年十二月二十五日法律第百四十二号)
(両罰)
第四条
 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して前二条の罪を犯したときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する。
---------------------------------------
労働基準法(昭和二十二年四月七日法律第四十九号)
第百二十一条  この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する。ただし、事業主(事業主が法人である場合においてはその代表者、事業主が営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者又は成年被後見人である場合においてはその法定代理人(法定代理人が法人であるときは、その代表者)を事業主とする。次項において同じ。)が違反の防止に必要な措置をした場合においては、この限りでない。
 2  事業主が違反の計画を知りその防止に必要な措置を講じなかつた場合、違反行為を知り、その是正に必要な措置を講じなかつた場合又は違反を教唆した場合においては、事業主も行為者として罰する。
--------------------------------------

ROMってふと思ったこと。

病院事業って免許事業でしょうか?そうであれば、事故や不祥事の際に病院対して罰金や営業停止等の処分を下せば良いと思うのですが。また免許規定を厳しくすれば(あるいは処分を厳罰化すれば)、病院の医師に対するチェック機能が働くのではないでしょうか。

責任の所在を病院に明確化出来るのであれば、基本的に通常の医療行為における事故について医師個人の刑事責任は問うべきではないと思います。そのかわり明らかなミスに対しては罰金、免停、免許取り消し等の行政処分を運転免許みたいなかんじでマニュアル化しても良いのではないかと思います。

 ペナルティを厳しくすれが世の中がよくなるのは、実際にやってみなければわからないのが実情だと思います。
 飲酒運転の厳罰化(違反点数も罰金額も)は、飲酒運転事故の激減で、その有効性が証明されました。
 しかし、殺人の法定刑を引き上げても、死刑が増えても、殺人事件は統計上有意に減少していません。

PS:

 ここで面白いのは、過去に飲酒運転の懲役刑を引き上げても飲酒運転事故は減らなかったのに、今般は、(1)酒気帯び基準を引き下げて(2)罰金額を大幅に引き上げて(3)飲酒運転ほう助する飲食店の行為を独立犯として処罰する法制にしたら、飲酒運転事故が大幅減少したことです。
 ささいな飲酒運転で50万円近い罰金は痛い、手塩にかけた飲食店が営業停止でお客が逃げるのは困る…などという刑務所行きよりも経済的理由の方が効果があったわけです。
 法理論的には、もちろん懲役刑の方が罰金刑より重いのですが……。

ハスカップ様、レスありがとうございます。

私が言いたかったのは、病院事業を厳しい免許事業にすれば、病院側がより真剣に安全をチェックするようになるのではないかとうことです。病院そのものにとって一つのミスが命取りになるのですから。

医師や看護師そのものがミスをしないことはもちろん大切でしょうが、病院そのものを行政が厳しく管理することで、ミスを未然に防ぐシステム作りに病院全体としてもっと高い意識を持って取り組ませることが可能なのではないかと思いましたので。

ちなみに、抑止力の比較として例に挙げられた飲酒運転と殺人についてですが、それは行為の前に検討しうるかどうかの違いではないでしょうか。飲酒運転だと「捕まったら50万だけど・・・大丈夫だろ!?」という検討が働きそうですが(飲酒運転は前後不覚な程酔ってる場合らしいですが・・・)、殺人の多くの場合は、相手のことが憎い!殺してやる!でいっぱいいっぱいで「捕まったら○○年」と考える余裕なんて無い、このあたりの違いではないかと推測します。

>ちなみに、抑止力の比較として例に挙げられた飲酒運転と殺人についてですが、それは行為の前に検討しうるかどうかの違いではないでしょうか。

 しうるかどうかではなくて、しうる性格かどうかだそうです。検事さんの説明によれば。病院が、死す防衛で、医師をトカゲのしっぽ切りに使うか、内部統制に走るかは、経営者の性格(キャラクタ)次第で、予測は不可能だと思います。
 病院経営は、よくて多少の黒字で、大半が赤字削減でトラブルシューティングの目に見えるコスト削減に走るとこも少なくありません。
 法人刑事罰や行政罰を回避するために、内部統制という膨大なコストより、安上がりなトカゲのしっぽ切りに走るのが、高度経済成長時代の公害や工場災害のデフォ対応でした。戦史のようなもので、四代公害裁判を見れば自明でした。

ハスカップさん

それは制度がトカゲのシッポ切りを可能にする制度だからですよ。

業として行ったこと全て(民事も刑事も)に対して、業を行う主体である使用者を含む組織に対してしか、法的責任を問えない制度にすれば良いのです。

被害者保護については…免許事業であれば免許を交付した主体に責任をとってもらいましょう。

関連して腑に落ちないところを述べさせてもらいますと、健康保険法によると保険者(保険組合など)が療養の給付(医療の提供のこと)を行っていることになっているようですから、医療事故訴訟の被告に加わる(原告が加える)べきだと思うのですが、誰を訴えても自由だからどうしようもないのでしょうね。療養担当規則(たしか政令)でも病院は「療養の給付を担当する」と表現されていますから健康保険法上、医療提供組織の1担当部署に過ぎないと思うのですがね。
---------------------
[何度も既出なんですが、我が国の健康保険について]
医療費発生に備える保険ではありません。
傷病そのものの発生に備える保険です。
モラルハザードのために病院窓口で一部負担金を支払っているので分かりにくいですが、本来の姿は保険証1枚だけで医療そのものの提供を受けることができる保険です(現物給付)
くどいようですが、健康保険で医療費の補填を受けているのではなく、医療の提供を受けているのです。

>業として行ったこと全て(民事も刑事も)に対して、業を行う主体である使用者を含む組織に対してしか、法的責任を問えない制度にすれば良いのです。

 簡単におっしゃいますが、その結果を考えたことがありますか?
 18世紀の団体責任のようになり、組織が次々とお取り潰しになる恐怖の世界になりますよ。社会の活性化がそがれて地獄を見るようになると思います。
 なぜ、個人免責と引き換えに組織処罰という法制度が消滅したかを考えてみるといいと思います。

ハスカップさん

すみません。18世紀の団体責任ってなんのことでしょうか?

 説明が不十分で失礼しました。m(_ _)m
 古典的な団体責任とは、個人の不始末を理由に個人が所属する団体にペナルティを科すもので、領地没収、藩取り潰し、騎士団解散など過酷なペナルティになるような転嫁罰をイメージしてください。
 現代では、会社解散命令を維持しているフランス刑事法を除き、組織の監督上の過失があった場合や組織ぐるみの犯罪に限り、高額の罰金(刑事罰)や課徴金(行政罰)を科すのが主であり、免許取消や団体解散までいくのは極めて例外中の例外とするものが多いです。
 この場合でも、ほとんど行為者本人の処罰が前提となります。行為者無責というまず制度は見たことがありません。団体責任を否定して個人責任を原則とする個人主義が根本規範としてあるからです。

>No.187 元ライダー様

健康保険法によると保険者(保険組合など)が療養の給付(医療の提供のこと)を行っていることになっているようですから、医療事故訴訟の被告に加わる(原告が加える)べきだと思うのですが、誰を訴えても自由だからどうしようもないのでしょうね。
健康保険における保険者による療養の給付と、実際に療養を担う保険医又は保険医療機関の関係は、民法の「請負契約」に該当するとされています。請負契約であれば民法716条により、注文主である保険者は賠償する責任を負いません。
民法第七百十六条  注文者は、請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない。ただし、注文又は指図についてその注文者に過失があったときは、この限りでない。
保険者を被告に加えても裁判所が認めるとは思えないから、原告側の弁護士は保険者に賠償請求しないのでしょう。「誰を訴えても自由だから」賠償を取りやすい医師と病院を訴えているわけではないはずです。
なおこれは言わずもがなですが、医師を雇用している病院は、民法715条の使用者責任の規定に基づき賠償責務があります。

御指摘ありがとうございました。私が腑に落ちないと思ったきっかけは各地で相次いだマンション耐震偽装事件です。説明を受けて医療保険の場合は注文者=保険者、請負人=医療機関、第三者=患者であると解釈としては理解できますが、マンション耐震偽装事件では
注文者 = デベロッパー
請負人 = 設計事務所
第3者 = マンション購入者
となるように思います。にもかかわらず民事の矛先は請負人を跳ばして注文者であるデベロッパーに向かっています。マスコミ情報にミスリードされているのでしょうか?それとも、「そもそもロールはそうではないよ、注文者 = マンション購入者であり、請負人 = デベロッパーと設計事務所だよ」ということなのでしょうか?

どちらにしましても

ただし、注文又は指図についてその注文者に過失があったときは、この限りでない
これは場合によっては使えます。

>No.192 元ライダー 様
マンション耐震性能偽装事件でのデベロッパー(例えばヒューザーなど)と設計業者とは、請負契約の注文主と請負人の関係にあります。ところがデベロッパーと購入者とは売買契約の関係が成り立ちますので、購入者はデベロッパーに損害賠償請求をしているのです。

デベロッパーからの発注でマンションの建築施工を請負った建築会社は、発注主であるデベロッパーから指示された設計図面に、耐震性能偽装という過失があったので「民法716条ただし書き」が適用されます。分かり易く括弧書きで補足解説を付け足した文章にすると、以下のようになります。

注文又は指図(設計図面と仕様)について
その注文者(デベロッパー)に
過失(耐震強度計算偽装の見落とし)があったときは、
請負人(建築会社)が
その仕事(建築施工したマンション)について
第三者(マンション購入者)に
加えた損害(耐震性能不足でマンションが使えない)を
賠償する責任(購入者から建築会社への賠償請求責務)を負わない

つまり、健康保険の適応がない検査をやらずに見逃しがあったとしても、一義的責任は注文者すなわち保険者側にあるはずですね。でも判例はソウナッテナイジャナイカ。。

>No.192 元ライダー 様、追加です。
健康保険の保険者と保険医の関係で、先の民法716条ただし書きを活用とするには、次のロジックが成立しなければなりません。

療養の注文者である健保保険者の注文又は指図に過失がある、すなわち健保の診療報酬規定などで指示された療法、具体的にはある傷病に対して保険者より指定されている療法や薬剤の使い方などに過失(誤り)があり、その過失のある療養の指図に従った結果、医療過誤として患者より損害賠償された場合。

健保保険者側の「注文又は指示の過失」を具体的に立証するのは、ほとんど不可能とも言える至難の業だと思いますが…。

いつも詳しいレスありがとうございます。前回の御説明で渋々納得したのですが^^、今回また疑問が出てきました。

ところがデベロッパーと購入者とは売買契約の関係が成り立ちますので、購入者はデベロッパーに損害賠償請求をしているのです。
これを「ところが保険者と被保険者とは保険契約の関係が成り立ちますので、被保険者は保険者に損害賠償請求をしているのです。」と、語句を入れ替えることはできませんか?それとも保険契約と売買契約は同一視できないということでしょうか?

なお、建築会社への但し書き適用は納得です。No.195に関しては、最近の厚労省は杜撰さが目に付きますので、そのうち・・・といった程度の「使えます」でした。

あっ、返信先が抜けていました。
No.196はNo.193 法務業の末席さまへの返信です。

>No.196 元ライダー 様

「ところが保険者と被保険者とは保険契約の関係が成り立ちますので、被保険者は保険者に損害賠償請求をしているのです。」と、語句を入れ替えることはできませんか?それとも保険契約と売買契約は同一視できないということでしょうか?
語句の入替えは出来ませんし、保険契約と売買契約は同一視することは出来ません。

売買契約や請負契約は、民法に規定された下記の13種類の契約の類型です。民法ではこの13種ごとに契約当事者の双方それぞれが守るべき義務や、担うべき責務を定めています。

民法の契約13種=1:贈与契約・2:売買契約・3:交換契約・4:消費貸借契約・5:使用貸借契約・6:賃貸借契約・7:雇用契約・8:請負契約・9:委任契約・10:寄託契約・11:組合契約・12:終身定期金契約・13:和解契約

ところが、保険契約は民法ではなく商法に規定される契約の類型で、民法での契約の義務・責務の規定条文をそのまま流用することは出来ません。

さらに、商法の保険契約の規定が全面的に適用されるのは、民間の損害保険契約や生命保険契約であって、健康保険制度での保険契約には商法の保険契約の法理の全てが、そのまま直接に適用されのではありません。商法とは又別の健康保険法という特別法の規定に従います。

商法の保険契約である生損保契約の所管官庁は金融庁で、健康保険の所管官庁は厚労省となっているのは、このように根拠となる法律が全く違うからです。そのように根拠とする違う法律の規定を、ただ同じ「契約」という2文字が使われているから、規定を融通(援用)することは原則出来ません。

心臓と名が付けば同じ臓器だから牛の心臓を人間に移植することが出来ない、という下手な例え話で納得して頂けますか?

> No.198 法務業の末席 様

横から失礼いたします。

大前提として「所謂約款=法律そのもの」の公式が成り立ち、その上で強制保険である日本の各公的保険制度(医療・年金・雇用・労災・介護)について、通常の保険契約の概念がそもそも存在するのか?
強制保険としての社会保険という概念と保険契約という概念は相容れるのか?法律に直接の根拠をおく強制保険である各公的保険制度に「加入(契約)の任意性」が存在しないという事に鑑みてどう解釈すべきなのか?
もちろん、社会保険という概念に立脚した制度である以上「保険原理」は内包しているとは思うのですが、通常の契約原理を内包していると解してよいものかどうか、社会保障学について専門でない私としては、興味ある命題です。

なお、ご見解には全面的に賛成する立場でありまして、保険契約関係というよりは法律の適用関係として解釈する方が妥当する気がしているのですが、日常の実感としては通常の保険契約の概念でもって社会保険各法の適用関係を語る方が多いという感触とそれに対する違和感は抱いているもの、正式な学問的解釈は恥ずかしながらよく解っていなかったりします。(恥)

ここで、公的医療保険制度において保険医や医療機関、薬局の指定を受けるか否かは、裁量の余地(選択の任意性)があり、保険者と医療関係者の間には契約の概念が生じるようには思うのですが。

以下は独り言なのですが、社会保険各制度において保険者は制度の運営者(根拠法の執行者)、被保険者は制度の対象者(法律の適用がある範囲に含まれる集団)という単純な解釈では駄目なんでしょうか、、、

ハスカップさん

そのような時代も主権者も法制度も世間の考え方、概念も違う事例を根拠とした未来予測に、高度の蓋然性(笑)があるようには思えません。

刑事ならば法で定められた量刑で、民事であればその損害額に応じた裁定がなされるならば、到底社会崩壊が起きるようなことは想像できませんが…

想像できるのは、会社を経営するということに対する覚悟のない使用人が減ることくらいでしょう。

>No.199 thx-1138 様

日本の各公的保険制度(医療・年金・雇用・労災・介護)について、通常の保険契約の概念がそもそも存在するのか?
そうなんですよねぇ〜。「保険」という名は共通でも概念は全く別物ですよね。

コノ傷病の患者にはアノ療養を給付する、という具体的な医療の内容を明示する「給付の詳細を定めた約款」がそもそも存在しない。もっとも健保法や療担規則の詳細解釈は、大正12年以来85年間の長きにわたり、厚生官僚が発出した通達と内簡の積み重ね。まさに「裁量行政」の重層構造ですから、普通の人からすれば迷路のような伏魔殿。これじゃねぇ、論理的な議論の対象になるわけがない。

ただ、私の法学知識も貧弱の限りで、先のNo.198が精一杯背伸びしての解説です。誰か本物の法律家の方、お助け船をお願いしまぁ〜す。

救急医療事故:医師らの免責検討…自民が刑法改正
毎日新聞 2008年7月29日 19時57分
http://mainichi.jp/select/science/news/20080730k0000m040077000c.html

 ビッグニュースですね。
 手放しでグッドニュースとは言いませんが、ビックリニュースではあります。

 このエントリのコメントも200を超えましたので、別エントリを立てました。

 「救急医療事故について刑事免責へ向かうか?

 ご紹介のニュースは、全国医師連盟の黒川衛先生の要望に沿う内容の議論が起こることが報道されているわけですが、このニュースを見ますと黒川先生の提案は、一部の弁護士(私が知る限りお一人ですが)が想像しているように、「反倫理的なものと受け止められている」というわけではなさそうです。

 もちろん賛否両論があり、医療側から見ますと、「何言ってやがる。」と思うような意見もあるようですが、国会議員の提唱で議論が始まるというのは大きな進歩であろうと思います。
 
 今後の刑事免責に関する議論は、上記のエントリでお願いします。

病院に対する厳罰化で医療の活性が低下するとのご指摘ですが。

どちらかに責任を負わせても活性の低下は免れないのではないでしょうか。
1)医師個人の刑事責任を問う場合、医師は責任を負いたくないのでリスクが考えられるような治療は尻込みしてしまう。
2)病院の責任を問う場合、病院は責任を負いたくないので医師の活動を限定する。

しかし、病院組織に対する厳罰化を単純ミスに限定すれば2)の活性低下には繋がらないと思います。

高いレベルでの細かな状況判断の違いが原因となる場合、組織に対しても個人に対しても刑事責任は免責すべきだと思います。被害者救済については民事にてあくまで組織が解決すべきではないでしょうか。

それから、医療は純然たるサービス業ではなく社会制度の根幹の一部を担うモノですので、例えば事業免許取り消しになった場合でも経営を行政等に移管し病院のシステムを抜本的に改革できる制度を作り上げるのも手だと思います。

個人的には医療はガチガチに行政がリードして作り上げるべきだと思ってます。良いものをつくってちゃんとチェックできるのなら、別に赤字でも構わない、どんどん税金投入すべきだと思ってます。民営化して市場原理にさらしサービス向上なんてのがちょっと前に流行りましたが、そうすると必ず無理をする病院が出てきて、その結果単純ミスに繋がる。医療のミスは重大な結果をもたらしますので、良い面よりも悪い面、リスクを減らすことの方が断然大切だと思っております。

横槍ですけど

高いレベルでの細かな状況判断の違いが原因となる場合

これって「過失」では無いし端から犯罪の要素が有りませんが、未だに大勢が混同している。

「免責すべき」議論の対象は本来、撲滅は不可能な「単純ミス」「エラー」の類です。

話題になってる大野病院の件は「単純ミス」「エラー」の類では無いと認識しているのですが・・・もしや間違ってます?

再掲です。

このエントリのコメントも200を超えましたので、別エントリを立てました。

 「救急医療事故について刑事免責へ向かうか?」

 ご紹介のニュースは、全国医師連盟の黒川衛先生の要望に沿う内容の議論が起こることが報道されているわけですが、このニュースを見ますと黒川先生の提案は、一部の弁護士(私が知る限りお一人ですが)が想像しているように、「反倫理的なものと受け止められている」というわけではなさそうです。

 もちろん賛否両論があり、医療側から見ますと、「何言ってやがる。」と思うような意見もあるようですが、国会議員の提唱で議論が始まるというのは大きな進歩であろうと思います。
 
 今後の刑事免責に関する議論は、上記のエントリでお願いします。


>ど素人 さん

 認識としては間違ってないと思います。

P R

ブログタイムズ

このエントリのコメント