エントリ

 人工呼吸器や人工透析、栄養補給などの延命治療を中止したのは86病院、それらを行わない「不開始」は90病院が経験した。

 これは、要するに、日本全国そこらじゅうに射水市民病院があるということなんですね。

 射水市民病院の医師らが書類送検されたというのであれば、この調査からだけでも100人以上の医師が書類送検されないと、不公平であるということになります。

 もちろん、不公平だからみんな書類送検すべきであるということではなく、終末医療に対する司法介入のあり方を警察・検察も含めて議論しなければならないだろうという意味です。

 調査結果で気になったのは、

これらのうち、単独の医師による判断が多かったのは19病院(16%)、複数の医師は28病院(24%)だった。

のところで、やはり単独医師の判断は避けるべきです。

 きちんとした公正さまたは適正さを担保するための手続的保障が必須だと思います。

 原則論的には、刑事司法の介入が控えられるべき領域だとしても、それを不正に利用しようとする輩の存在を否定することはできないからです。

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コメント(19)

不開始90病院3割ですか??
人間死ぬ前に尿が止まり、少しでも延命しようと思えばCHDFが必要です。これをやらない病院なんて全部じゃないですか。
不開始がだめなら在宅医療はどうしろというのでしょうか。やれやれ面倒な世の中になりました。

そもそも延命治療の定義をしないで調査をやったってまるで意味はないと思いますが。

>きちんとした公正さまたは適正さを担保するための手続的保障が必須だと思います。

まさに正論なんですが、不開始まで含めると一体どれだけ膨大なことになるやら。

 この場合の「不開始」と「中止」は実質的には異ならない部分と刑法理論的には異なる部分があります。
 「中止」は作為と見やすいですが、「不開始」は一般に不作為です。
 不作為による犯罪を考える場合には、「作為義務」というものが問題になります。
 「中止」よりもさらに微妙な問題が生じます。
 犯罪と見ようとするとハードルがより高いという意味です。

 ぶっちゃけて言えば、「中止」の場合より、より簡易な手続的保障でも許容されると考えることが可能です。

まぁ、私の言ってることも極論であることは分かっているんですがね。

>犯罪と見ようとするとハードルがより高いという意味です。

そうでなくっちゃ困りますよね。(^^)

>「不開始」
について
>「単独医師の判断は避けるべきです。」

 おそらく、問題提起としてあえて述べられていると思うのですが、これを徹底するならば、ある年齢以上の方は(元気な方であっても)全員、急変時の医療処置について意思表示を義務化する必要があると思います。また、急変時に医師が1人で当直をしている病院には搬送しない取り決めも必要です。

なぜ医師なり学会でルールつくりをしないのか、不思議でなりません。
他のことでもそうですが、ルールやシステムがないがために、
何か問題があると、最終的に一医師の責任になる、
こういう構図がすべての面で見受けられるような気がします。
私の勘違いでしょうか?

>なぜ医師なり学会でルールつくりをしないのか、不思議でなりません。

たぶん「死」についての考え方にすごく個人差があって、一律にルール化すると気持ちを無視される場合があるからでしょうね。
今回の入院はもうおしまいだろうなって思われる場合には、入院時にご家族に最後はどこまで希望なさいますかって聞くのが通常よく行われているのでは。
そのまま自然でいいです、とか家族が到着するまでは持たせて下さい、とか出来る限りのことをして下さいとか、病状よりも家族の気持ちが優先されてる気がします。
だから不開始90病院3割というのはびっくり!!
ほんとうでしょうか?

先月続けさまに、102歳と99歳の、施設入所者が、経口摂取できなくなったからと、胃瘻造設目的で紹介入院となりました。

この場合、経腸栄養など栄養補給をしないと、確実に死期を早めますが、出来るからといって、胃瘻でも何でもすればいいというのもどうかと思います。

家族と相談して結局胃瘻造設して、施設に帰りましたが、このような治療は、祖母の代理妊娠と匹敵する不自然な治療かと思います。

上記のようなケースで、胃瘻栄養を行わず、施設で死を迎えることは、「栄養補給などの延命治療を中止」に含まれると皆さんは考えますか?

> No.7 田舎の消化器外科医 様

ご紹介の状況については延命治療の中止という受け止め方が正しいとは考えられないです。不自然な治療ではないか?と仰る先生のお考えに賛同する立場です。

一方で、施設側の対応についても「やむを得ないだろう」と感じてしまいます。
ご例示のような施設の入所者の方が病院での診察や処置を為さないで自然な最後を迎えられたとした場合、施設側が民事場合によっては刑事責任も問われかねないと想定して、防衛的に対応した結果と考えるならそのような施設側の判断について責める気にはなれないのです。

以下はやや本題から脱線しているのかもしれませんが。

私は、本人の意思を尊重した誠実な看護の末に在宅で最後を看取った後、親族はじめ周辺から「医療機関に連れて行かなかった事についての責任(虐待とか放置)」を疑われて、「自分は絶対に病院で死にたい、でないと家族に迷惑がかかる」と憤慨されていた例を知っています。
そんな世情がある限りは、自然な最後とか天寿を全うするあるがままの最後を願うことは贅沢な願望になってしまったのか?と考えさせられました。
まるで寿命がつきることが、「あってはならないこと」と考えられているかのような、あるいは「生命の終焉が人為的な原因以外には存在しないのが普通」と考えられているかのような、風潮自体に根本的に問題があるような気がします。


>きちんとした公正さまたは適正さを担保するための手続的保障が必須だと思います。

 終末期医療は、いかに人生を終えるか/生きるかという人間の尊厳の問題であり、本来は、医療だけの問題ではなく、国民ひとりひとりが考えなければならない問題です。ところが、政治も司法もそして国民の多くもこの問題を避けており、医療に丸投げしているのが現状です。(その上、国は、終末期医療は医療費がかかるとプレッシャーをかけてくるのです。)
 そろそろ、延命治療の中止については、裁判所の判断を仰ぐことができるように立法化することも含めて議論する時期かもしれません。医師を守るためにも。

>>きちんとした公正さまたは適正さを担保するための手続的保障が必須だと思います。

 これは主として「中止」を念頭に置いた話なんですけど、実質的な問題としては「不開始」にも同様の問題はあります。
 
 しかし、警察としては、「不開始」の場合は、誰かの不作為つまり誰かの作為義務を認定しなければなりません。
 そうなると医師の不作為だけが問題になるのではなく、容疑者の範囲は拡大しますので、警察の捜査の困難性は飛躍的に増大します。
 たぶん、やる気がなくなるほどに。

 「中止」の場合は、「中止した人(多くの場合医師)」にターゲットが絞られますので、絞られる予定の医師について手続的保障を整備すれば足りることになります。
 この手続的保障は、患者を守るためと同時に、「中止する医師」を守るためにも必要です。

経験したことがあるのが3割というのは少なすぎて、かなり疑問です。
7割の病院では、亡くなった方には必ず人工透析か人工呼吸器がついているということですか??

おそらくはこの報道が正しく調査結果を伝えていないのだと思います。


しかし、考えてみると終末期の延命治療を行って何が悪いんでしょうか。

終末期になったら全例人工呼吸器をつけ、CHDFを装着し、最後の最後にVfになったらDCをうつ。そうすることによって医者は悩まなくてすむ。病院の収入はそれなりに増える。刑事事件として立件されることもない。医療費が増えて困るというなら、困る国が延命治療の中止命令を出すべき。

本人の明確な尊厳死の意思表示がない限り、延命治療を行うことを勧めます。

 逆説的なご意見とお聞きしますが
 やるんなら、全国の医師と病院が一致団結して徹底的にやると効果がありそうですね。
 いったん、人工呼吸器(など)を装着した以上、何があっても誰がなんと言おうと、「殺人罪に問われます。」と言って断固として外すことを拒否。
 ベッドが足りなくなっても断固拒否。
 最終的に全部のベッドが人工呼吸器装着の終末期患者になっても断固拒否。
 家族が土下座して懇願しても断固拒否。
 家族が勝手に人工呼吸器を外したら、主治医が家族を殺人罪で告発する。

 たしかにこれはかなり効果的かも。
 昔、JRが国鉄時代に「順法闘争」というのがありましたね。

…短期的にはともかく、長期的には看護の手が足りなくなります。人工呼吸器のついた患者さん一人は、そうでない患者さん数人分の手間暇がかかるのです。

 看護師の養成にも年月が必要で、しかも離職率は医者の比でなく高いのです。

 今度は看護師不足の深刻化から医療崩壊が止められなくなります。

...その前に、人工呼吸器などの機械が不足して、必要な患者さんに使用できなくなります。
 煽らないでください(笑)。

>人工呼吸器などの機械が不足して、

 そうなるだろうと思ってました。
 しかしそうなると、不作為犯領域の話になってきます。
 煽りついでに書きますと、
 病院の経営者側の機械をそろえる作為義務違反として、経営者を告発するという手も考えられます。

 あくまで煽りですが。

 あの、この件に関しては自分は煽っているつもりはありません。念のため。

 確かに人工呼吸器等の不足は短期的には問題になります。

 しかし、長期的対応が必要となった時点で、メーカーは生産ラインを整備するでしょうし、結果、単価も下がりますから経営者側の不作為の必要も軽減されます。

 状況が状況ですから、行政によって診療報酬上の対策も為されるでしょうから、重症患者の採算性の問題もあまり考えずとも良くなるだろうと思います。すると、ますます経営者側は不作為の必要が減じられます。

 行政は病床規制すらも考え直すことを迫られるでしょう。

 しかしながら、日本で延命治療が積極的に行われるようになったとき、本当のボトルネックになるのは看護師であり、また、呼吸管理のために血ガス分析を繰り返す若い病棟医達です。

 医師不足はいまさらのことですが、看護師不足がこれに加わると、救命可能でまた治療の社会的必要性の高い患者が後回しになることは必然です。

 外部性のあるお話ですから、よくよく検討が必要と思います。

 お言葉ですが、人工心肺は全病院に納入しても、ラインなんか作ったら大幅赤字なので、一品一品受注生産です。受注生産の限界でコストは上がることはあっても下がることはないでしょう。コストダウンの開発費が回収できないし、メンテナンスに気の遠くなるコスト(洗浄・滅菌・腐食チェック・ミクロン単位の漏れチェック等)がかかるからです。

全員に人工呼吸器をつけるという順法闘争は大変すぎるので、まあ病院での死亡で死因が「完璧に判明」している場合以外すべてを異常死として届け出るの次くらいにまわしたほうがよさそうな気がします。

それより気になるのが
「終末医療に対する司法介入のあり方を警察・検察も含めて議論しなければならないだろうという意味です。」
なんですが、この件ではご遺族は不満をお持ちじゃないですよね?
むしろこれが「殺人罪」ならご家族からの「殺人教唆」?
なんで司法介入がおきたんでしょう?

福島もご遺族は告訴なさっていないし、終末医療に限らず
「医療に対する司法介入のあり方を警察・検察も含めて議論しなければならないだろう。」
ってなったらいいと思うんです。

刑事免責の議論が続いてますが、昔は刑事免責じゃなくても医師が萎縮するようなことは無かったわけですから。
民事では最近は赤ちゃん用品会社に「おしゃぶりを長時間くわえていたせいで歯並びが悪くなった。」って訴えてがっつり慰謝料貰ってたりして、うわあアメリカみたい!!!って思うことが増えたんですが、刑事まで民事に似たような状態になりかけてるみたいな不安。
民事の判例が刑事にも影響を与えたりするのでしょうか??(しろうとすぎる疑問?

あとやっぱり医学部の教養課程で法律を教わらないのは痛いかも。
判らないものに対する恐怖と不信感。
普通の医療をやってるつもりだったら、殺人罪で取り調べられ実名で報道された!!とか、自分の子の出産直前に突然逮捕されしかもその姿がテレビ報道された!!とかカフカ作かよってくらい不条理な災難に思えてしまうわけで。

たぶん、医療関係の事件は面倒だから、警察・検察も好きじゃないと思うんです。
なのにこうなってきたのは、マスコミのせいか、日本人が他人を許さない国民性になってきたのか、なんか不気味です。

P R

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