エントリ

死因究明で議論錯綜―日本医学会(上)(更新:2008/07/30 15:35 キャリアブレイン ウェブ魚拓
死因究明で議論錯綜―日本医学会(中)(更新:2008/07/31 17:08 キャリアブレイン ウェブ魚拓
死因究明で議論錯綜―日本医学会(下)(更新:2008/08/01 10:12 キャリアブレイン ウェブ魚拓

 死因究明制度の「法案大綱案」に反対する学会を巻き込んで開かれた日本医学会による「診療関連死の死因究明制度創設に係る公開討論会」。「総意として賛成」の見解が既定との見方もあったが、いざふたを開けてみると、医療界の在り方そのものに対する意見から、業務上過失致死に対する法改正を求める意見、日本医師会の在り方を問う意見など、あらゆる意見が噴出。マイクを待って並ぶ人が出るほどで、議論は迷走を極めた。「氷の上を歩くような感覚で毎日診療している。一歩でも進めてほしい」と、現場の医師の声が上がる。

 その場の雰囲気が伝わってきます。

 現時点における医療側のいくつかの意見ということで、このブログにおける議論の材料としても適当ではないかと考え、魚拓をとって紹介します。

 なお、この記事は、小倉秀夫弁護士のla_causette経由で知ったものです。
 小倉弁護士は、誤読・曲解で有名な方ですので、いちいち揚げ足取りをしても仕方がないことから普段はスルーが多いのですが、以下の点は弁護士の発言としてちょっと看過できないので指摘しておきます。
 看過できないというのは、多くの弁護士が同様の理解をしていると思われては困るという意味です。
 小倉弁護士のエントリをご覧になっていない方は以下はスルーでけっこうです。

 小倉弁護士は、日本産科婦人科学会の岡井崇理事の

 正当な業務の遂行として行った医療に対しては、結果のいかんを問わず、刑事責任を追及することには反対。この考えは現在も将来も変わらないと思う。

という発言について

 これだと、「正当な業務の遂行として行った」間違った型の血液の輸血行為も不可罰となってしまいます。

と述べています。

 岡井理事のいう「正当な業務行為」という言葉は、第35条にいう「正当な業務による行為 」とは異なる意味で使われているとは想像できますが、輸血において血液型を確認することは基本中の基本であるという常識を前提にすれば、日本語の普通の解釈では、「間違った型の血液の輸血行為」を「正当な業務の遂行として行った」と評価する人はいないと思いますし、法律家の通常の感覚に従ったとしても、100人中99人は、「間違った型の血液の輸血行為」を「「正当な業務の遂行として行った行為」とは考えないと思います。
 つまり、「これだと、「正当な業務の遂行として行った」間違った型の血液の輸血行為も不可罰となってしまいます。」という理解に対して、100人中99人の法律家は、「そうはならないだろう。」と言うと思います。1000人中999人も同様だと思います。たぶん10000人を対象にしたとしても9999人は同様だと思います。
 この点についての私の認識について、日本語を解する一般人として意見を述べるのは、それがこのエントリの本来の趣旨とずれることを認識した上で述べていただくことは自由です。
 但し、一般人ではなく法律家の一人として私の認識は間違っていると言いたい法律家がおられましたら、本名と所属を明記の上、投稿願います。明記なき投稿は法律家の投稿とは認めません。
 
 ついでに、誤読・曲解の例を一つ示しておきます。

 日本小児外科学会の河原崎秀雄理事の

 警察への通知は、『犯罪の可能性が高い』と委員会が判断したものに限定されるべき。

という発言に対し、小倉弁護士は、

 現行刑法では、軽過失で人を死に至らしめても犯罪ですから、その場合、却って通知義務の範囲が拡張されます。ここでの「犯罪」を「殺人または傷害致死」という意味に善解するとなると、医療機関は、医療従事者の「主観」まで調査した上で警察に通知するか否かを判断しなければならないことになります(以下略)

と述べていますが、河原崎理事の発言報道では、記事を読んでいただければ明らかですが、河原崎理事は上記引用部分に引き続き「医療事故死に該当するかの基準だが、臨床の現場ではこの基準がもっとも大事な判断基準になるので、早く公表してほしい。」と発言していることから明らかなように、河原崎理事の発言は「医療事故」を念頭に置いたものです。
 そして「事故」は「事件」とは区別されており、法律家的には「故意がない場合」であることが常識です。そして、「殺人または傷害致死」は故意犯です。どなたか、「殺人事件」を「事故」と表現する方はおられますか?

 私の発言については、「善解」としてさんざん非難した小倉弁護士が、自らは平気でこのような「善解」を行うということは、小倉弁護士の発言のスタンスが端的に表れているようで興味深いところです。

追記
 「要求は、出発点を無視して、しばしばエスカレートする」はスルーします。
 読者の皆さんが読み比べて判断してください。
 私のエントリに対する質問・意見は、当該エントリにおいて受け付けます。
 コメント欄は開放されていますので。

| コメント(291) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.yabelab.net/mt4/mt-tb.cgi/4718

コメント(291)

公平を期するためには,矢部先生のような解釈をされる法律家についても,本名と所属を明記の上、投稿願った方が良さそうです。その場合,では,「正当な業務の遂行として行った」という要件を,どのような意味に解釈したのかもご記入いただけるとよいのではないかと思います(矢部先生は,そこのところをお示し下さっていませんので。)。

法律家ではありませんが、「矢部先生の解釈が正しい。」と考えます。

「正当な業務の遂行として行った医療」にしても、キャリアブレインのニュースの記事の中の言葉であるので、河原崎秀雄理事が発言した内容を、この短い文章のみで判断することは危険と考えます。

「河原崎秀雄理事が発言した内容を、この短い文章のみで判断することは危険」といいながら,どうして「「矢部先生の解釈が正しい。」と考え」られるのか,不思議です。

昨日見ていた、クローザー #22
http://lala.tv/programs/closer/episodelist2.html

が、けっこう難しい話になっていました。
結末が、医師を射殺するとなっていたのですが、こういう話になる可能性もあるよね、というのが感想でありました。

>輸血において血液型を確認することは基本中の基本である

というかですね。
あからさまにわかりきった基本を怠ったことによる「過失」は、当たり前に分けていただきたいところです。「正しい」「誤り」以前に。

この件に賛成・反対どちらの立場にせよ、患者側の視点からすれば、そんな当たり前のこと議論の余地なく犯罪?扱いしてもらえないと困ります。
"法律的"にどうか知りませんが、やるべきこと、当たり前のことを怠るようなものを「正当」の範疇に入れて議論して欲しくない。


これは別に小倉さんだけに限ったことではなく、以前こちらの「医療側は刑事免責の主張にこだわるべきか」のエントリで「トラック運転手と医療従事者は違う」という話題がありましたが、その根拠が「トラック運転しなければ事故は起きない」とかはあからさまにおかしいですよね。そんなこととらさんの主張している(と思われる)「当たり前のことをしなかった場合は〜」への説明にはなりません。

それ以外にも、ぼてぼてのゴロ?(まあ、「比喩表現」上の問題でもあるんでしょうが、要するに当たり前のこと)くらいとってくれないと困ります。医療現場にイレギュラーが多いのはわかりますが、あらゆる業務が「常時霧に包まれている渋谷ハチ公前の交差点を黄信号でも常時往復」とか「雑草と小石だらけの原っぱ」というわけではないはずです。
が、とら さんの意見を素直にそのまま肯定されない辺りに少々不安を感じます。もちろん「間違った型の血液の輸血」だとか「薬の種類や点滴の量を間違える」とかの当たり前のことをしなかったミスについてどう思うか個別に聞いて「免責免責」と主張する人は少なかろうと思いますが、この点きちんと切り分けて議論できていない点が「馬鹿なツッコミを受けてしまう隙」なのではないかなと。

『「まっとうでない医療行為を免責せよ」なんて意見、まともに見たことありません。なんでそんなバカにこだわるんですか。』と発言したことがありますが、そんな当たり前のことを議論の俎上に載せようなんていうこと自体、文字通りに「論外」です。そうであって欲しい。時間の無駄にしか思えない。(もちろん"いや今刑事罰なのを刑事免責して行政罰にしようぜ"とか言う意味ならまた主題が違うのでいいのですが)

そんな「解釈」をしてしまうほど「バカ」が多いのだったら、前提として「あたりまえにやるべきと確定していることをしなかった点まで免責の範囲に入れているわけではない。そうでない前提で話す場合は明示すること」みたいな注意書きを書いておかないと駄目なのかもしれません。毎度毎度、注釈として「当たり前のことは除く」と書かないと誤読されるのでは面倒でしょうし?

以前小倉弁護士が自身のブログに書かれていた「看護師が勘に頼って輸血」という表現が強烈なので引きずられてしまいます。一般的な「間違った型の血液の輸血」と「勘に頼った輸血」では赤信号を見落として交差点に進入した行為とアイマスクを付けて運転し交差点に進入した行為ほどの違いがあると思いますが、小倉弁護士が「間違った型の血液の輸血」と言っても「勘に頼った輸血」と言っている様に聞こえて、それを念頭にアレコレ考える私は未熟者ですね。

>小倉先生

 文言解釈としてはそうなるが、真意の内容については文言解釈だけでは即断できない、という意味だと思います。

>以下、皆様へ

 小倉先生からは、内容面における反論はないようですので、以後は、このエントリの本来のテーマである日本医学会における議論についての意見をどうぞ。

>小倉先生またはその賛同者の皆さん

 今後、反論があればそれもどうぞ(為念)

私に、内容面での反論を呼びかけていたのですか?

てっきり、私以外の法律家の反応を知ろうとしていたのだと思っていました。

もう少し、善解を必要としない書き方にすればいいのに。

>私に、内容面での反論を呼びかけていたのですか?

 いえ、そういう意味ではありません。
 エントリ本文に対する意見はない(書くつもりがない場合も含む)ようなので、皆さんに本論に戻るのをうながしただけです。
 解釈の一般性の程度の問題ですから、どちらも自分の解釈が一般的だと主張するならば、当事者同士での議論の余地はもともとないでしょう。

議論は迷走を極めた、とありますが、
医師の皆さんは、医師専用掲示板とかで、日ごろから
議論を深めていたのではないのでしょうか?

掲示板を覗くことができないので、何が話されているか
わかりませんが、この2年間なんだったのか?

非医療者には不思議です。

>てっきり、私以外の法律家の反応を知ろうとしていたのだと思っていました。

それはそうなんでしょうが、やっぱり法律家のかたは普通にスルーなんじゃないでしょうか?

それよりも何でああいうエントリーを次々に立てるのか?という問題について教えていただけると今後の理解に役立つかと思います。

トピずれ?かなあ。

小児白血病児達に輸血を行う立場の医者としての発言です。

>「正当な業務の遂行として行った」間違った型の血液の輸血行為も不可罰と
>なってしまいます。

輸血に際して、交差適合試験(クロスマッチ)が必要であることは、
現在の日本の輸血を行う施設においては常識です。
ですから、交差適合試験を行わずに間違った型の血液の輸血行為は
正当な業務ではないと私も考えますし、そういう解釈は正しいと思います。

一方で、交差適合試験を行っても、ある条件では偽陰性になってしまうことが
あります。結果として症例検討会などでは、間違った型の輸血行為であったと
判断されます。が、検査と判定に慎重を期していても、検査は100%完璧では
無いですし、偽陰性を必ずしも全例完璧に見抜く事は不可能です。
個人的にはこういったケースでは正当な業務を遂行したと考えて良いと
思うのですが、それでも結果的に間違った型の血液の輸血を行ったとして
刑事罰の対象として考えるのでしょうか?

No.10 >一市民 さん

まあ、あんなとこに出てる学会のお偉いさんは、「情報弱者」ですから割り引いてやってください。

非医療者ですが一言。
一口に医療事故と言っても、クロスチェック漏れや輸液の誤投与などと言った手順上のトラブルと執刀時の切り損ねや写真の誤読のような技術的トラブルでは責任範囲も対処法も異なるのではないかと。

技術的なものに対しては、これは原則免責にすべきであると思いますし、医師の主張の焦点はこちらなのではないでしょうか。また手順上のことについては、必ず行う手順を飛ばしたことと、手順の中にミスがあったことも本来切り分けるべき事と思われます。「飛ばす」事については、相当特殊な背景がない限りは免責を主張する医療者は居ないのではないかと。私の感想ですが、これを認めろと言うのは手術前に手を洗わなくても免責しろと言うレベルの主張と感じます。手順の中のミスについてはやはり背景を考慮する必要はあるでしょうが、一律免責が適当かどうかは大分議論の余地があるかと思われます。

割引くなんて、いつものssd さんらしくないですね。

上司や業界の重鎮を甘やかさず、木っ端微塵にいつもどおり
玉砕してやってください。

身内に甘く、マスコミや国民には厳しく。
これではまずいでしょう。

毎度のことながら一市民さんの素直さには感動さえ覚えます。
小倉先生と足して2で割りたいくらいです。

いやね。
割り引けというのは、「期待する知的水準」の方デスよ。

ちなみに、中編がまた抱腹絶倒の展開ですので、

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/17446.html

マジ腹痛いです。

ssdさんが引用されているところの中で、鈴木弁護士が

予見可能性」と「結果回避可能性」があれば犯罪になるというが、そんな法律はない。結果の「予見可能性」と「回避可能性」があり、その上で、法規範として「ねばならない」とういことがあって、初めて義務違反になる。その「ねばならない」とは、医学会がどういうスタンダードをつくるかということ。それが「標準逸脱」という考え方。標準逸脱の範囲がはっきりしないなら無罪で、起訴されない。

とおっしゃっているのはどういう意味でしょうか。標準逸脱??あらかじめ標準があるはずだと言うなら多分まだないと思うんですが。

もうそろそろ小倉先生はよろしいのではないんですか。

私も弁護士(自称・本コメント欄で立証する術はありません)ですが、相手方にするにはしんどいですねえ〜。ただ、相手方弁護士に嫌がられる、というのも弁護士の「一つの」(外にも多数ありますし、別になくてもいい)資質ではあると思いますし。

小倉先生の意見は意見として、一つの考え方であり、それはいいのですが、先生の「問題意識」がどこにあるのか、全くみえてこないのが(読み方は悪い?文言解釈しかしていない?)残念なところです。

あくまで「自称一弁護士」の意見です。

>皆様へ

 (中)を追記しました。

>nuki さん

>もうそろそろ小倉先生はよろしいのではないんですか。

 はてブを見ても多くの方が食傷気味であることは分かるんですが、知る人ぞ知るではあるが知らない人は知らない、ということを考えると悩ましいところです。
 私のスタンスが徹底していないところが問題なんでしょうけどね。
 悩ましいです(^^;

>全くみえてこない

 同感です。
 文言解釈的には、揚げ足を取っているとしか読めませんが。
 そう読んだとしても、その目的は依然として謎です(想定可能な解はいくつかありますが)。

これ読むと、普通の企業であれば、社長以下、役員みなアホで、役員会でお互い責任なすりあい、って感じでしょうか?

いずれ倒産ですな。
ということは医療崩壊は実は内部崩壊が原因ってことですか?

医学界を企業体と同一視するのは、いかなる視点なのでしょうか。

どこかの「業界」扱いするなら理解できますが。

そうですね。企業ではなく業界ですね。

最も、改革が遅れている業界
社会主義のような業界
訴訟の多い業界

どこの業界が近いですかね?

西澤寛俊・全日本病院協会長

現場の管理者の医師、つまり勤務医の代表を入れてほしいと言ったが断られた。
(略)
一番困っているのは現場の救急や急性期の勤務医。

非医療従事者に比較的直ぐ受け入れられそうな救急、急性期にまず限定して要求していこうとは思わないのでしょうか。
非医療従事者でも、急激に死に向かっている局面(神の摂理に人が文字通り必死に抵抗している無茶な状況)で積極的に刑事罰問おうとする人は限られると思いますが・・・

>Pediatrician さん
>刑事罰の対象として考えるのでしょうか?

このエントリから考えれば視点が逆なんだと思います。

本来の話題からすれば、そういった状況がありうるので、その場合は「結果的に間違った型の血液の輸血を行ったとしても免責を考えるべきだ」という議論のはずです。


ところが解釈を拡大して、『「当たり前にやるべき交差適合試験をしていないで結果的に間違った型の血液の輸血を行ったとしても免責を考える(*)」なんてありえない』という意見を言っている人がいるということです。


そんなもの「ありえない」が当然の話なので、「免責」の話の対象外ですと私も考えていますし、
Pediatrician さん自身も「交差適合試験を行わずに間違った型の血液の輸血行為は正当な業務ではない」としていますし、
モトケンさんも「10000人を対象にしたとしても9999人は」というくらい当然の話だとみなしています。

ただし、一部、文言解釈上の問題で『交差適合試験を行わずに間違った型の血液の輸血行為による失敗も免責せよと言っているように"見えます"』という主張をしている人がいます。
ぶっちゃけ言葉使いがどうあれ、そういう解釈は誤りだと明示しているのに、単語にこだわって訂正を受け付けないのでは話が進みません。
単語選択に問題があるなら単語を選びなおせば終わりの話だと思いますし、モトケンさん自身が(*)のような意図は持っていないということはこのエントリでも明示され、訂正済みです。


それを前提に敷いた上で、Pediatrician さんの言う「偽陰性を必ずしも全例完璧に見抜く事は不可能です」という条件下であれば「正当な業務の遂行として行った医療に対しては、結果のいかんを問わず、刑事責任を追及することには反対」という岡井理事の発言が回答ではないかと。


うらぶれ内科さんの引用している「ねばならない」が当たり前のことに相当するのでしょう。
ただそれがはっきりしない箇所と、はっきりしている箇所があるというところを、前提として敷いていないこと(理解していないこと)がココでの混乱の原因でしょう。

標準がはっきりしていない場面についての話をすべきところで、標準がはっきりしている話を持ってきても何の意味もないんですけどね。それは鈴木利廣弁護士のいう明らかな義務違反なので。


患者だって医者を信じなきゃ始まらないわけで、なんというか信じるに足る透明性があってほしい。
そういう意味合いでも、誰もが納得するスタンダードを用意してほしいと思うのですが。
正当な業務の遂行として行った医療に対しては、結果のいかんを問わず、刑事責任を追及することには反対。ええ、きちんとしたスタンダードにそって「正当」であれば結果のいかんはもうしょうがないのだとは思うんですよ。人間は不死身じゃないんだし。
後に3秒以内に輸血しないと死にます(無茶な例題ですが)と言う時に、悠長にクロスチェックがどうのなんて言うつもりはないですしね。

告悔?

10年以上前,田舎の病院でおきたこと

ある朝,産婦人科医の友人から焦った声で連絡,
”とにかく来てくれ”
診ると正常産後1時間後から大量の性器と出血顔面蒼白のショック状態,19歳で出産後のDIC?
産婦人科医の依頼で鎖骨下静脈から中心静脈カテを1発で入れ,血圧維持のために大量補液(ポンピング)を開始.
蛋白製剤と昇圧薬のカクテルも使用したけれど効果はなし.
血液型が分かったので院内にある4単位(800mL)のクロスマッチを行い輸血開始するも状態変わらず.
仕方がないので,院内放送で同じ血液型の職員を呼んで掟破りの生血輸血,確か提供者の血液型確認と同時にクロスマッチを待たずして輸血を開始し,なんとか血圧を維持させ子宮摘出で救命には成功.
この間約1時間程度,最終的にはショックから下垂体虚血に伴うSheehan syndを合併.

1.ショック状態の緊急補液ルート確保のため,中心静脈路確保に時間がかかった?
2.未クロスマッチ血を輸血した.
3.大量のカテコラミン投与で心筋虚血から心不全を惹起した可能性がある?
4.ショック状態安定に時間がかかり,手術までの時間が1時間もかかった?
5.19歳で子宮摘出されてしまった.
6.ショックのため脳下垂体虚血を合併した.

奇跡的に救命が出来たケースだと思うのですが,現在なら上記の理由で訴訟になり高額の慰謝料,後遺障害の保障,刑事罰を受けることになるのでしょうか.

法律家に判断をお願い致します.

意図する免責とはこのようなケースを想定しているのではないでしょうか?

nuki さんの「小倉先生の意見は意見として、一つの考え方であり、それはいいのですが、先生の「問題意識」がどこにあるのか、全くみえてこないのが(読み方は悪い?文言解釈しかしていない?)残念なところです。」
ここが一番のこのエントリーのポイントだと思うんです。

私は「それよりも何でああいうエントリーを次々に立てるのか?という問題について教えていただけると今後の理解に役立つかと思います。」と書いてみましたがお返事はまだいただけてません。(スルーされちゃったかな?orz
そしてここへの書き込みが途絶えたあとで、またご自分のブログに新しいエントリーを立てられています。(日記に記載された1つの項目という意味ではエントリーですが、入り口は見せかけで閉まったままなので皮肉な言葉ですね。笑)

「刑事免責主張に関する私なりのまとめ」のNo.54 でハスカップ さんが今までのタイトルを並べて下さってます。
これはもう気が遠くなりそうです。
私にはこのものすごくたくさんのエントリーがいちゃもん、揚げ足取り、重箱の隅つつき、誹謗中傷にしか見えません。
この中でたくさん「医療問題」関連のエントリーがあるのに、医療問題をどう考えているのかと言うご自身の意見は見つかりません。
もはや医療問題にはまったく感心が無いのでは無いかという印象さえ受けます。

私は結局は言いたいことは医療問題とは無関係なのだろうなと推察しています。
これはもう本人も苦しいのでは?
「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ〜!!!あああ、もうじれったい!!」みたいな気分にさせられます。(笑
うちの子が次々と些末なことについていちゃもんつけて駄々をこねているときみたいです。(だって、だって、だってママはこう言ったもん!!!わあ〜ん!!!)
これはこじれの元の元の部分をほぐさないと解決しないような。

個人的にはここのような医療問題に理解の深いかたが多い場にとっては、よい議論のきっかけを与えてくれるものという評価も多少はあるかと思っていますが、一番心配なのは医療問題をよく知らない人に医師についての悪い印象を持たせるのでは無いかと言うこと。
内容だけならはとんどがスルー相当だと思いますが、匿名では無く職業まで明らかにしているブログなわけですから、読む人に対する影響力は無視できません。
個人に対する反論についてはすぐに誹謗中傷だと騒ぐのに、相手が医療関係者(そういえばよそでは「医師ないし医師もどき」って表現なさってましたね。笑)という多数であれば、個人攻撃じゃないから何を言ってもいいと思っているかのような書きっぷりは大間違いだと思うんです。

何を言いたいのか本当のことを言って下さい。
そのほうが不毛なやり取りをしないで済みます。
耳に痛いことにも耳を貸して下さい。
できれば他の方にボコられるんじゃなくてご自身で問題を解決して下さい。

「本当な医療問題に関心なんてないくせに真剣に考えてる人間の邪魔をするんじゃないないぞ!!ごりゃああああ!!!」などということは上品な主婦の私は申しません、たぶん....いや、自制心が続けば。ww

書いてて思ったけど、他のかたは優しいなあ。
オバンってヅケヅケ酷いことをいうなって思われたかな。(皆さん、ドン引きしないで下さいね。オフでは優しいおばさんです。笑

>No.27 沼地 様
>(だって、だって、だってママはこう言ったもん!!!わあ〜ん!!!)
ご自分のお子様の実話?、笑えました。

  なんで皆、ボクの言ったことを悪いって言うの?
  だって、だって、ボク悪くないモン!
  ミンナでボクをいじめてぇ、嫌いだぁっ!!
  ボクだって、ミンナの悪口書いちゃうモン!!!

泣く子と    には勝てない。

>何を言いたいのか本当のことを言って下さい。
そのほうが不毛なやり取りをしないで済みます。
耳に痛いことにも耳を貸して下さい。
できれば他の方にボコられるんじゃなくてご自身で問題を解決して下さい。

小倉氏もさることながら他のコメントをつけてる方も同じです。つまらない皮肉とか揚げ足とりが続くのが不毛なことは全くもってその通りでして。小倉氏や他の人に揚げ足をとられないよう推敲して表現するのも無駄なことではないと思います。

No.28は子供のいじめと同レベルに見えた。

「内容面の反論」ということでしたので、
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/08/post_ff53.html
に記載しておきました。

 矢部先生との一番の違いは、私は、彼らは現状を変革することを望んでああいった発言をしているわけだから、その要求を、現行法ないし現行法が基礎とする法倫理の枠内にあるものと決めつけて、その範囲に留まるものと無理矢理解釈しようとしないという点だと思います。

 その要求が文言上過大である場合に、その要求を文言通り理解した上で過大であると批判するか、その要求を自らの価値判断に照らして過大ではないように読み替えて批判をしないこととするのかの差に過ぎないのに、なんだか騒ぎすぎですね。

 文言解釈の土俵で考えたとしても、

 あなたが過大に解釈しているのです。
 そしてその効果として、読者をミスリードする結果を生じさせています。

>その要求が文言上過大である場合に、その要求を文言通り理解した上で過大であると批判する

 この文言は、「その要求」を「小倉弁護士の発言」に置き換えると、そのまま妥当します。


>投稿者各位へ

 小倉弁護士との問題については、別ブログによる対応を準備中です。
 このブログにおいては、今後小倉問題はスルーでお願いします。
 議論の本筋を維持したいと思います。

だから、「治療にかこつけた性犯罪の免責も射程に入る」と解釈すべきなのか? 「不適切な手順無視による医療事故の免責も射程に入る」と解釈すべきなのか?

冗談じゃない。

やっとわかりました。
小倉弁護士は、医師たちが刑事免責を求めているのは「医療崩壊にかこつけた責任回避・権力拡大」のためだと思っているんですね。スタンスの差はあれ、このブログでは、医師が刑事免責を求める動機は「医療崩壊を促す要因の軽減」「崩壊後の再建のための一助」のためだという認識が前提となっているのに、小倉弁護士はその視点を持っていないんですね。
だから「奴らはこんなケースまで免責させるつもりだ! そんなの駄目だ駄目だ!」という性悪説的な論理しか出てこないんですね。

それにしても、ご自身の十八番であるネットだの著作権だのにしたって、様々に主張する人々のスタンスはハトからタカまでピンキリだろうに、どうして医師が相手になるとタカしかいないかのように振舞うんだろう。
あ、これこそがワラ人形か。

 では、別ブログで。

 週明けは6日(水)の午後から夏休みモードです。じっくりやりましょう。

ホラメのブログは何処?

モトケンさま、申し訳ありません。
書いている間にNO.32が入っていました。
これっきりにします。

TIGさんのご提案は分かりやすくていいですね。

>技術的なものに対しては、これは原則免責にすべきであると思いますし、医師の主張の焦点はこちらなのではないでしょうか

というか、手順上の誤りはほとんどの場合コメディカルに集中している点にまず留意。例えば輸血というのは、医師が「濃厚赤血球5単位用意して」とオーダすれば、あとは自動的にことがすすみ、最後に用意されたもののチェックを医師が行い、その後また看護師が輸血のためにぶら下げるということになります。医師の関与はおそらくそのチェックだけです。おそらくこのようなあらかじめ決められた手順を尽くすことがことが正当な業務の遂行ということであると思います。

手順上の誤りというのは例えばチェックを2重にするとかしていればかなり防げるもののはずです。もし、そういった当然とりうるべき安全策を無視しておこしたエラーは咎められてもしかたがない。ところが、まれにそれでも起こるエラーがあるわけで、それはなぜ起こったか原因を追究する必要があるわけです。そこで刑事免責と引き換えに洗いざらいしゃべってもらうということも必要になるかと思います。

要求として記載された文言を文字通りに解釈した場合に「過大」と受け取られる場合,その要求自体が「過大」と把握するのだとが普通ですね。

医師以外の要求に対しては,そのように要求として記載された文言を基準にその要求内容を把握した上で,その要求が課題である場合には過大であることを指摘して批判するという議論が普通に成立しています。


(下)を追記しました。

 会場の医師の発言

だからまずは、国民の信頼を得るための医療安全を推進すべきで、これが王道。国民の信頼を勝ち得る中で医療免責という構図が完成するというビジョンをもとに、議論すべき。

 この「医療安全」という言葉が何を意味するのか不明確なので、前段については評価を保留しますが、後段は、「医療免責」という言葉を「故意犯を含む全ての刑事免責や民事免責を含む完全免責」と読まず、「合理的な根拠のある免責」と限定解釈した上で、その前提として「国民の信頼」を置く限り、まさしく王道、正論だと思います。

(下)編は

>■慢性期の医師にダメージ

これも興味深い視点ですよ。

 我田引水で恐縮ですが、非法学系の方は、「文言解釈」や「限定解釈」等の意味内容を次でご理解いただければ幸いです。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/07/27-151324.php#comment-161149

No.26 不思議 さん
クロスマッチは生理食塩水法だけなら10分足らずで可能です。

ただ、地方病院では人手が足りないということも事実です。
実際私が地方総合病院で働いていた10年前には夜間当直では救急外来に医者一人看護婦二人だけ、重症が来ると応援を呼んでいつも胃が痛くなる思いで待っていました。小児科医の私が交通外傷の初期対応をしないといけないケースも珍しくなく、幸い私は不思議さんほどの症例に遭遇しませんでしたが、限られた人員を割いてクロスマッチを行う余裕があったら他に優先させる処置がある事態は十分想定できます。

そして、不思議さんが提示されたようなケースでは例え交差適合試験を行っても大量輸液による影響で偽陰性になることもあります。

さらに、より精度の高いクームス法を行うと、手慣れた人でも40分程度は要すると思いますから、待っていては救命のチャンスを逃してしまうと思います。


No.25 サスケット さん
レスありがとうございます。
>誰もが納得するスタンダードを用意してほしい
すみません。私の書きようが悪かったと思いますが、スタンダードに従っていても例外はありえる。正当な医療行為を行っていても結果として間違った血液型を輸血しうる。そしてそれを完璧に回避することは不可能だという事を挙げたたつもりだったのです。言葉足らずで申し訳ありませんでした。
また、不思議さんの投稿を受けての追加ですが、状況によっては不思議さんが書かれたように、スタンダードを行っている余裕が無く、救命のためには外れることを選択せざるを得ない場合もあるわけです。

そして別エントリで、元ライダーさんが

鑑定で10人中9人(以下9人)の医師が病変を指摘できたとしたら、〜(中略)、〜いつかは自分も10人中1人に成り得ると自覚しているからです。

という例を書かれていますが、まさにその通りで、いつ、不思議さんの様な事態に遭遇するか分かりません。やっぱり医療関係者は身内に甘いというご意見を頂くかもしれませんが、仮に自分が不思議さんの症例のようなケースに当たったら?と考えると詳細は分かりませんが、大筋で不思議さんの対応は十分正当なものとして私は考えます。そして、仮に結果から重箱の隅をつついて問題点をあげ責められたらとしたら、かなわないと思います。自分が経験を積めば摘むほど自分が知らない事に遭遇し、いつ自分が地雷を踏むか分かりません。

また、医療の発達は日進月歩です。スタンダードだったものがある日から古いものに変わってしまうことは日常茶飯事で、スタンダードを示して欲しいとおっしゃられても、成文化されたスタンダードは、それができあがる頃には古くなっている場合も十分あり得ます。(恩師からはできあがった教科書の内容は古いと常に考えろと教わり、後輩にもそう話しています。)


だらだらととめどなく駄文を書いてしまって申し訳ありません。
結局何が言いたいかというと、医療行為における「正当な業務」の「正当」は医療行為内容により、時とともに常に変化し、状況によっても変わりうるもので、たとえスタンダードを成文化したとして、それに従っていても結果として外れてしまうこともあるし、それから外れただけで、単純に「正当ではない」と決めつけられないということです。岡井理事の発言の真意までは分かりませんが、一医療関係者の見解として「正当な業務」をこう考えていると言うことを伝えたくて書かせていただきました。


余談ですが、最終段落を読めば、医療従事者とトラック運転手が根本的に異なるという一つのヒントにならないでしょうか。

横から失礼します。

No.37 うらぶれ内科 さん
>手順上の誤りはほとんどの場合コメディカルに集中している点にまず留意。

こんな資料があります。日本輸血学会が中心となり2000〜2004年の調査を2007年に報告されたものです。
ミスの大部分は時間外輸血・緊急輸血で起こっており、場所は病棟・手術室です。ミスの当事者は看護師(44.6%)・医師(41.1%)であり、別の患者用の血液バッグを誤って当該患者に輸血したケースが最も多いです。

輸血ミスの話ですが、正当な手続きを行っていない場合、免責するというのは私自身もおかしな話しだとは思います。
しかし、まずは現場が混乱しているかどうかの視点が欠けているようにも思えます。

つまりマンパワーの問題です。
普段なら受け入れを拒否するような患者でも、どうしても緊急で受けざるを得ない事態が生じたとします。しかも、検査技師、看護師、医師も極度に足りない状態だと仮定します。このような状態において輸血に関する手続きを正確に行え、と言われても無茶だと思います。

輸血ミスで免責を正当化できない条件として、手続きをちゃんと行えるような環境にあったかどうかも必要なのでは?と個人的には思えます。出ないとまた結果論から導かれた逮捕が出てきかねません。
ミスはミスなのだから、という単純論は排除すべきと考えます。

十分に人材が確保できている現場での輸血ミスは当然咎めるべきと思います。
ただ、過誤なのか、過誤以外の事故なのか、あるいは過誤を伴わない単なる合併症なのか・・・過誤以外は当然ミスとは言いませんので、マスコミ、警察、検察、政治家、役人等はその点はしっかり考えて欲しいです。十分なマンパワーがあれば(あくまでも理論的には)ミスはいっさいなくなりますから。
ただ、実際には人は間違える動物ですからミスはあり得ます。上記のように焦っている現場で最もミスが増えます。どのようにすればミスが減るかという議論も必要です。

輸血事故が起きたとき、過誤なのかどうかという議論と過誤である場合の事故をあらかじめ防ぐ方法の議論は分けるべきでしょう。

そうでしたか。よく調べずに書き込んじゃいましたね。議論の流れから緊急でない場合を想定してはいたんですけど。輸血は緊急の場合はとりあえず手のあいているやつが使われるし、看護師も医者もあったもんではないでしょうね。手術室では麻酔科医がやってますし。
安全確認と緊急対応はトレードオフになるわけで、手順を尽くせといっても悩ましい問題が生じます。血液型を間違えるなんてけしからんと簡単に皆さんおっしゃいますが、緊急の時には一筋縄ではありません。

他のレスピレーターをめぐるトラブル等はいかがでしょうか。

 法律理論的には、緊急性のない場合と緊急事態とはまったく別物として考えなければなりません。
 別物を一緒に考えると議論が混乱します。
 

ハーイ、了解しました。以後気をつけます。

 モトケン 先生、こんにちは。

 緊急性の有無が別物であるという法律家の立場はわかるつもりですが、医者としてこれを翻訳するのは簡単ではない気がします。

 緊急性を理由に怠慢や私利の優先が正当化できたりはしないと感じるからです。また、具体的にそれらの扱いが異なるべき局面はちょっと思いつきません。

 これはやはり自分が考える「罰せられるべき医療」の枠の内外の問題とは別に考える必要があるように思います。

 であれば、自分としてはこれは罰せられるべきでないと考えている医療の中に、罰するか否かの基準を設けるという議論になっているかのように思います。

>十分に人材が確保できている現場での輸血ミスは当然咎めるべきと思います。

何をもって「十分に人材が確保できている現場」とするか?

平時であれば十分であっても、ちょっとしたきっかけで十分でなくなることは医療現場ではままあります。少し大きな病院の病棟や手術室で2人同時に輸血をしなくてはならなくなり、彼らの血液型が異なっているなんてことはそれほど稀ではありません。そのようなときにあわてた医者や看護師がつい別の人の血液を輸血しても私は刑事罰を科すべきとは思いません。

以前の勤務先で実際にこのようなことがあり、幸い患者の生命に別状ありませんでしたが、責任を感じた当事者の看護師が丸一日行方不明になり関係者総出で探し回った覚えがあります。

彼女に刑事罰を科しても再発が防げるとは思えません。刑事罰を科すのは悪意を持って意図的に異型輸血をした場合に限られるべきだと思います。

 要するに、どういう場合を念頭においた議論なのかということを常に考えていないと、誤解が生じたり議論がかみ合わなくなると思うのです。

 医療現場における事故もある程度は類型化できると思います。
 類型が違ってくると考え方や判断基準を変えなければいけない場合がありますので。

素人としての感想ですが、DICと聞くと「血液がとにかく大変な事になってしまっている」と言う程度の認識しかありません。従って、DICに陥った以上は「運が良ければ助かるかも知れない」と言う状況であり、陥った以後の救命措置の過失を問う事はナンセンスきわまりないという程度の感想しか持っていません。

法律用語としての「事故」という言葉の用法については明らかに間違っているのですから、訂正を入れた方がよいのではないでしょうか。
cf. http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/08/post_ff53.html

また、日本産科婦人科学会において「正当な業務の遂行として行った医療」をどのように定義しているかは、こちらに解説を書いておきました。
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/08/post_7fb4.html

 間違った型の血液の輸血行為や患者の取り違えといったミスの場合は、担当した医療従事者個人が被告になるか、病院等の組織が被告になるか、ということも考えなければならないのではないでしょうか。私は原則的に(例外はあるが)責任を負うのは組織であるべきだと思います。

 医療行為の中で間違った型の血液の輸血行為や患者の取り違えはありえざる事故であり、個人の能力や資質に左右されるものであってはなりません。ミスを100%防止することは不可能です。しかし個人にミスがあってもそれをチェックしてカバーできるようなシステムになっていなければならないと思います。現実的にはマンパワーの不足で十分なチェックが出来ないのかもしれません。しかし、ミスが発生したのは個人の責任であっても、それが大事に至ってしまったのはシステムに問題があると言わざるを得ません。よって、専門的な知識や判断を要さないような事故については、個人については免責とし、組織に対して責任を問うのを原則とすべきではないかと思います。

 ただしあくまでも原則として免責であり、9割9分が免責にされるとしても、免責の判断を無条件に廃すべきではないとも考えます。思いもよらない例外というのも生じうるものですから。

>法令用語の使われ方くらい調べればいいのに。
>……まあ、ああいう匿名さんにやりたい放題にさせているブログのコメント欄に実名でコメントを投稿する人は少ないですし、特に匿名の医療系ブロガー・コメンテーターの品の悪さ、陰湿さというのはすでに広く認識されていますから、
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/08/post_ff53.html

 どこが「匿名の医療系ブロガー・コメンテーターの品の悪さ、陰湿さというのはすでに広く認識されていますから」と言えるのでしょうか?理由や根拠はありますか?

お示しいただいた日本産科婦人科学会の正当業務についての解説は最後のパラグラフを除いて理解できましたが、最後がどうしても理解できません。

数十年日本語で読み書きしている人間ですが、何度読み返しても

「当該疾病に関わる患者の利益を第一義の目的」とさえしていれば、「隣のベッドに寝ている患者の血液型がA型だったから、この患者の血液型もA型だろう」と勘で決めつけてA型の血液を輸血して患者を死亡させても、刑事責任を追及されないと言うことになります。

において、「当該疾病に関わる患者の利益を第一義の目的」としている医師が、勘で血液型を決め付ける理由がわかりません。
勘で血液型を決め付けることがどうして「当該疾病に関わる患者の利益を第一義の目的」となるのでしょうか?

小倉秀夫さん、もう少し丁寧にご説明いただけないでしょうか。

 軽率ないし未熟ではあるわけですが、主観的には、患者の生命を救うことを第一義の目的として輸血行為をしているわけです。
 

勘で賠償請求額を決定する行為は弁護士さんの世界において軽率ないし未熟という程度の認識で済まされるのでしょうか?ご教示ください。ちなみに医療界において、勘で血液型を決め付ける行為は軽率ないし未熟という程度の認識で済まされる行為ではありません。
もしかしたら「軽率ないし未熟」という語句は法律用語であって素人が一般的に用いる用語とは異なるのでしょうか?

No.55 ブギーマン さん
小倉さんのこれまでの発言は、ここまで医療関係者を信用できないのか...
と非常に悲しくなりました。


No.52,56 小倉秀夫 さん
医療行為をするにあたって、確かに勘というものはあります。しかしそれは経験と知識に基づいた勘であって、隣の患者が...だから、なんて理由で輸血血液の血液型を判断することはまずあり得ません。

仮に血液型が不明でしかも判定できない状況にあり、でもどうしても緊急事態で輸血が必要であり、輸血を行うとしたらO型洗浄赤血球・O型MAP・A型洗浄赤血球・A型MAPの優先順位で行うでしょう。(O型赤血球はどの血液型の凝集素とも反応しませんからO型が優先されます。A型は日本人の約40%ですから、確率4割の賭けです。)
輸血を行うには医師の指示が必要です。これくらいの最低限の知識がない、もしくは自分にその判断が出来ないから他の医師の指示を仰ぐという判断が出来ない様だと、医師国家試験に合格しないどころか、医学部を卒業できないのではないでしょうか。


>法令用語の使われ方くらい調べればいいのに。
といわれれば、正直言って同じ様な言葉をそっくりそのままお返ししたくなりますが、どうしても専門外の事は疎くなることは仕方がありません。私も法律用語等に関しては調べるようにはしていますが、どうしても知らない・誤解していることは多々あるでしょう。ですから、血液型不明患者に対する緊急避難的なO型輸血について書かせていただきました。

小倉先生の「現行の医療水準」の定義に疑問なのですが。
小倉先生ご自身が示しておられたエントリーからですが、
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/08/post_7fb4.html


>判断基準を現行の医療水準、すなわち“平均的な診療能力”

現行の医療水準がいつから「平均的な診療能力」になったのでしょうか?
医療事故の裁判において「現行の医療水準」は、「標準的な医師がもつ診療能力」だと自分は理解していたのですが、これは間違いだったのでしょうか?
「標準(スタンダード)」と、小倉先生の言われる文字通りの半分で区切る「平均」では意味が違います。
ある診療行為に対して半数の医師が不適切と判断する医療は、標準的な医療ではありません。
「半数の診療行為が現行の医療水準を下回る」とした定義ってナンセンスと思うのですが。

このように「現行の医療水準の定義」が間違ったところから始められて、日本産科婦人科学会の「正当な業務の遂行として行った医療」を解釈されるのはいかがかと思います。

「隣の患者が...だから、なんて理由で輸血血液の血液型を判断」した事案は裁判例として残っています。だから、あり得ないわけではありません。

また、日本産科婦人科医師学会の見解について、私に文句を言われても困ってしまいます。私は、同学会の真意がどこにあるのかを検証するために、同学会の意見書に記載されている文章を引用したに過ぎません。>オダさん。

小倉先生、はじめましてこんばんは。
私もブギーマンさんと同じく、最後の超展開が全く理解できません。
これまでこのモトケンブログのみならずあちこちの医療問題関係のブログやHP、BBS等を覗いてきましたが、「勘で輸血して失敗して患者が死んでも、こっちは善意でやってるんだから免責しろ」なんていう医療関係者の意見には出会ったことがありません。
また、先生は一連の記事において「輸血ミス」を頻繁に例示として挙げられていますが、そもそも一口で「輸血ミス」と言っても、
#1 当然に行うべき血液型の確認を意図的に怠った事に起因する事故
#2 当然に行うべき血液型の確認が行えなかった事に起因する事故
#3 確認を行ったにも関わらず、これをすり抜けたことに拠る事故
が主に考えられます。
で、小倉先生が問題にしておられるのは#1であるのは理解できるのですが、この部分までの免責を主張されている医療関係者の方は実在するのでしょうか?
よく医師の先生方が発生理由として挙げられる「緊急時の見落とし」や「高確率で発生するヒューマンエラー」は#2であると考えられますが、この部分の「行えなかった理由」の評価について、医療側から見て必要以上に司法側が軽く見ている(と感じる)ことが問題とされているのではないでしょうか。

とりあえず3年前の週刊オブイェクトでの結末のようにはならないでほしいとT72ネ申にお祈りしておきます。
オブイェークト(胸の前でTの字を切りながら)

No.60 小倉秀夫 さん
>「隣の患者が...だから、なんて理由で輸血血液の血液型を判断」した事案は
>裁判例として残っています。だから、あり得ないわけではありません。
そうですか、それは存じませんでした。私の勉強不足ですね。
その事案の具体的な資料などをWebで閲覧できれば嬉しいのですが、閲覧可能でしょうか?

ただ、少なくとも私は、小倉さんの提示された事案は、「正当な業務の遂行として行った医療」とはとても思えません。故意にちかい重過失として判断されるべき事例ではないでしょうか。

 横レス失礼します。
>「隣の患者が...だから、なんて理由で輸血血液の血液型を判断」した事案は裁判例として残っています。
 不勉強なせいか、どの判決例か分からないので判決年月日と判決裁判所をご教示願いますか。>小倉秀夫さん

昭和30年代とか40年代とかの判例だったりして。

>昭和30年代とか40年代とかの判例だったりして。

 まさか、今と医療システムも安全対策も相当違う判例を引用する人はいないでしょう。あのころは予防接種で注射針の使い回しの方がデフォで疑問もたれなかったし、C型肝炎もHIVも社会問題化していなかったのですから(一部の医療研究機関を除く)。最近の血液検査の分析や精度を見ると、血液学が長足の進歩を遂げたと感慨を受けます。

非法曹資格者として自信はありませんが、小倉秀夫様が仰る「裁判例」とは、次の事例では無かろうか。

広島高裁岡山支部
昭和57年3月24日判決・昭和55年(う)第74号・業務上過失傷害被告事件
判タ678号50頁

腹部切開手術に際し、被告医師が看護師に患者の家族より聴取させた血液型(AB型)に基づいて輸血用血液を3本準備し、被告医師の依頼で患者に全身麻酔を施すために来合わせていた初対面のB医師が、被告医師によって血液型検査と凝集検査が済まされていると軽信し、本来B型の患者にAB型の血液を1本輸血した。さらに手術日の翌日、被告医師は前記3本用意したAB型血液の残り2本を、患者の病室で輸血したことにより、患者の腎臓は血色素尿性ネフローゼの病変を生じさせ、最終的に死亡した。
当初業務上過失致死罪で起訴されていたが、後に業務上過失傷害罪に訴因が変更された。1審の岡山地裁は昭和55年5月30日に罰金5万円の判決を言い渡し、被告医師が控訴したが、昭和57年3月24日広島高裁岡山支部において、控訴棄却の判決となった。
(以上は別冊ジュリスト183 医事法判例百選180〜181頁より抜粋)


なおこの判決を解説した別冊ジュリスト183 医事法判例百選180〜181頁には、他に10例ほどの異形輸血事故での刑事裁判例が簡単に紹介されているが、その中で下記の4例が交差適合試験の実施が問題とされた裁判例として取り上げられている。

(1) 鹿屋簡・略・昭和61年11月11日・判タ770号79頁
本人の申出を過信し、食塩水浮遊液法による血液型の確認、交差適合試験をすることなくO型血液患者にA型血液輸血し、同患者を播種性血液内凝固症候群に基づく急性心不全により死亡させた致死事件、医師に罰金10万円

(2) 御嵩簡・略・昭和57年1月7日・判タ678号55頁
同姓同名患者の血液型と誤信した致死事件、医師に罰金20万円、准看護師に罰金15万円

(3) 羽曳野簡・略・平成2年1月9日・判タ1035号54頁
同室の患者と同じ血液型だと過信した致死事件、医師に罰金20万円、看護師に同10万円

(4) 瀬棚簡・略・昭和52年12月26日・判例集未登載
容器取違えによる傷害事件、看護師に罰金20万円

これは驚きました。
福島の事件の求刑罰金10万円は何かの間違いというか、検察側が誤認逮捕だったと薄々気がついてるからの値段だと思ってたんですが、相場がこんなものなのですね。
死亡事例でも罰金5万円から20万円。
しろうとには衝撃です。
やっぱり医療事故を刑事事件として裁くのは意味が無いという気持ちが強くなりました。

こういうミスが無くなるように病院のシステム自体を改善するには5万や10万じゃできませんもん。
個人のミスとして尻尾切りすれば、すごく安上がり。
病院全体の安全管理体制を改善するにはこの10倍あっても足りない気がします。

個人の責任として刑事事件にするより、安全システムの不備を咎めるような方向に行って欲しいものです。

夏季休暇に入り、1年ぶりに再訪しました。
すみません、みなさまの議論についてゆけなくて、ひとつご教唆ください。

日本産科婦人科学会は、悪意や故意により患者の利益に反する結果をもたらした医療的行為を、正当な業務の遂行として行った医療とは認めておらず、小倉先生が危惧されている事案というのは、
悪意又は故意ではなく、かつ、「隣のベッドに寝ている患者の血液型がA型だったから、この患者の血液型もA型だろう」と、勘で決めつけてA型の血液を輸血して患者を死亡させた場合
ということでしょうか。

まさか性格が似かよっているから血液型も同じと思ったのではあるまいね。

冗談はさておき、今ならば入院時に血液型を調べ、交差試験を必ず行うようになっているはずです。つまり手順が決められております。踏むべき手順を踏まなかったのはとがめられても仕方がないですかね。ただし、勘違いが起こるのはシステムの問題と私は思います。
それにしてもH2年の判決というのにはちょっとびっくり。事件はそれ以前だとしてもこのころには交差試験は徹底されていたように思うのですが。

>No.67 沼地 様
>死亡事例でも罰金5万円から20万円

私がご紹介した裁判の年月日を良くご確認下さい。刑法の罰金の金額は過去何度も改正されて来ており、平成18年からは刑法211条1項の罰金の上限は100万円です。ご紹介した裁判の当時として法定上限額の罰金であった事例も多いのです。

参考までに、昭和52年(1977年)頃の大卒初任給は概ね10〜11万円、高卒初任給は8万円台であり、現在の賃金水準からすると丁度半分のレベルです。消費者物価指数なども考慮すると、30年前の昭和52年の1万円は、現在の2万円〜3万円に相当する価値があると言えます。


>福島の事件の求刑罰金10万円は何かの間違いというか、検察側が誤認逮捕だったと薄々気がついてるからの値段

検察が自らの非を認めているから求刑金額を低くする、というご見解には私は同意できません。普通はそのような求刑の決め方(罰金の金額の計算)はしないはずです。

>福島の事件の求刑罰金10万円は何かの間違いというか、検察側が誤認逮捕だったと薄々気がついてるからの値段

>検察が自らの非を認めているから求刑金額を低くする、というご見解には私は同意できません。普通はそのような求刑の決め方(罰金の金額の計算)はしないはずです。

そうすると福島の場合は本当に医師のせいで患者さんがなくなったと思った上での罰金10万円なんですね?(驚!

最近の裁判もそんなくらいなんですか?
そういえば有罪か無罪かしか今まで考えていませんでした。

そういえば即決裁判手続の申立てって検察側からしか出来ないのかな?
病院休むと患者さん達に迷惑だから自分は悪くないって思ってても即決、10万円でいいからおしまいにしてって言ったりして。(あ、ふざけすぎ?
ここでも一度も自分はミスしたことありませんという医師はお見かけしないので、医師全員で自首して前科者になれば、逮捕された医師の名誉を気にかけることもなくなるかも。(あ、N渕先生は自首してくれなさそう。笑

別にそれに限ったことでもありません。

目的さえ正当ならば、どんなずさんなミスで患者を死に至らしめてもOKという話ですから、説明書を十分に読まず1週間の投薬量を1日で投与した場合、患者の取り違え、手術器具の体内への置き忘れなどもOKということになってしまいます。

あ、小倉先生おはようございます。

>No.56 小倉秀夫 さま

・小倉弁護士のおっしゃられるところの言葉の意味がよく分からないのですが。

 その手続きの存在理由も必要性も省いたときの危険性も承知している人間が、それを承知でかつ、緊急性や合理的理由もなしに手続きに反する行為(あるいは勝手に省略する行為)を行うことは、「患者の利益を第一義の目的とした行為」と【みなされる】のでしょうか?

 医療以外の他の事件と照らしても、「それを行った行為者の主観」がその行為を規定するのでしょうか?


・【4)医療全般の萎縮を招くことにより医療の進歩が遅れるのみならず、医療の提供者と受給者の信頼関係を損ない社会に悪影響を及ぼす。
このことは、誠実に行われた医療に対して、至った結果を基に刑事責任を問うこと自体が持つ最も重大な社会的不利益である。調査報告書の刑事手続きへの利用の容認は、社会にこの重大な不利益を齎す危険を孕んでいると言わざるを得ない。
これまでの記述は、資格を有した医療提供者が、誠意をもって診療又はその補助を行った場合についてであるが、他方で、調査の過程であるいはその結果、当該医療事故が故意や悪意、或いは患者の利益に即さない目的で行われた医療等に起因するとの疑義が生じた場合、または証拠隠滅やカルテ改竄などの不法行為が発見された場合には異なる対処を施すことに異論はない。】

 あと、日本産科婦人科学会では、「故意、悪意、また、患者の利益に即さない目的で行われた医療というもの」に対立する概念として、「誠実に行われた医療」というものも想定しているようですが、ここの意味を規定しないといけませんが、小倉弁護士のおっしゃられるケースはここで除外できませんか?

 小倉秀夫さんが事案を例示した判例は、おそらく原審が昭和55年(1980年)判決ですか。それだと仮定しても原審判決段階で約28年前ですね。あまりに古くてさして参考になりませんが、まぁ血液型の生化学検査をしないミスは医療過誤として過失になるという先例の価値はあるとはいえるでしょう。
 しかし
>「「隣のベッドに寝ている患者の血液型がA型だったから、この患者の血液型もA型だろう」と勘で決めつけてA型の血液を輸血して患者を死亡させ」た事案
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/08/post_7fb4.html
と読み取るのは「文言解釈」を超えた判例でしょうけど?
 小倉秀夫さんは、どのような「文言解釈」でそう読み取るのでしょうか?

小倉さんが問題におられるのは、そちらではなく、下記の件だと思うのですが。

(2) 御嵩簡・略・昭和57年1月7日・判タ678号55頁 同姓同名患者の血液型と誤信した致死事件、医師に罰金20万円、准看護師に罰金15万円

間違えました

(3) 羽曳野簡・略・平成2年1月9日・判タ1035号54頁 同室の患者と同じ血液型だと過信した致死事件、医師に罰金20万円、看護師に同10万円

ただ、同姓の患者に対する輸血ミスは割と起こりえるのでしょうね。こんな件も見つかりました。システムエラーの典型例ですが。

病院によると、女性は1月29日に整形外科で手術を受けた。31日午前、同室の隣のベッドに入院していた同姓の女性患者(79)が輸血を受けるはずだったが、看護師が名字だけしか確認せず、誤ってこの女性に輸血した。  女性の血液型はO型で、輸血されたのはA型。輸血開始から約15分後に女性が寒けを訴え看護師はミスに気付いたが、約30ミリリットルが輸血されていた。  同病院は同姓の患者をあえて同室にすることで、看護師らに姓名の確認の徹底を促してきたという。
http://www.47news.jp/CN/200402/CN2004020301000726.html

 私もその可能性を考えましたが、同姓同名だから看護師が血液型を間違えた事案ですから、まさか
>「隣のベッドに寝ている患者の血液型がA型だったから、この患者の血液型もA型だろう」と勘で決めつけてA型の血液を輸血して患者を死亡させ」た事案
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/08/post_7fb4.html
と読み取るのは、いくらなんでも「文言解釈」というか、通常の日本語読解力を超えた判例の読み方になるので、この判例は外したのですが…?
 小倉秀夫さんの発言責任に基づく解説(説明責任)を待ちましょう。

 ご指摘ありがとうございます。m(_ _)m
 それでも、「隣のベッドに寝ている患者の血液型と同じものと過信」したり、「苗字確認だけで同姓の血液型と誤信」した事例を
>「隣のベッドに寝ている患者の血液型がA型だったから、この患者の血液型もA型だろう」と勘で決めつけて
と読むのは理解に苦しみますね。
 想像であれこれ言っては小倉秀夫さんに失礼があってもいけないので、発言者小倉秀夫さんの説明責任に基づく「文言解釈」の解説を待ちましょう。

> 福島の場合は本当に医師のせいで患者さんがなくなったと思った上での罰金10万円なんですね?(驚!  [No.71 沼地 さま]

福島大野病院事件の求刑は、「禁錮1年及び罰金10万円」であり、
罰金だけでなく、禁錮刑が併せて求刑されています。
1年間、刑務所に閉じこめられて、不自由な生活を余儀なくされるのは、決して軽い刑ではないと思いますが・・・

------
> 即決裁判手続の申立てって検察側からしか出来ないのかな?

即決裁判の申立ては、起訴に付随して検察官が行いますが、被疑者(と弁護人)の同意を要します。
主に窃盗、傷害、交通など、内容が単純で争いのない事件について、行われます。
被疑者としては、自分が有罪であることを認めていて、簡易な手続きで有罪判決を受けても構わないと思うのなら、
取調べのとき検事さんに対して、「即決でお願いします」と言っておけば、考慮してもらえると思います。

なお、懲役刑など自由刑がなく罰金のみ、しかも100万円以下の事件では、「略式命令」という手続きがあって、公判さえ開かれません。
沼地さんが考えていらっしゃるのは、即決裁判ではなく、略式罰金のほうかな?
身柄拘束しない事件では、検察庁にこの日にお金を持って来なさいと呼び出されて、しばらく待っていると裁判所の命令が出て、罰金を納付して、終わり。

これも被疑者の同意が必要です。罰金求刑の事件でも、争うのなら公判廷で審理することになります。
で、罪を認めれば略式罰金にしてやるぞ、否認して争って長引くより罰金払ってしまったほうが・・・という誘惑は実際にあるようです。

下編を見ると産婦人科医の悲痛な叫びがあり、早く創設して欲しいと訴えている。
これが桜だという説もあるそうだが、産婦人科学会としては、もはや一時の猶予もない、といったくらい精神的に追い込まれえていると推測する。
早急な救済の手を他科の医師も、さしのべる時期だろう。

別な掲示板にも以下のような、
医師の逮捕に対する恐怖心の叫びがあった。

急げ!急ごう!急がねば!を合言葉に医師の奮闘を期待する。

訴訟リスクは、本当に怖いんです。 考えてください。 善意に基づいて淡々と医療を続けていると、やはり、一定確率で(急性期病院…いわゆる大病院の場合は数十パーセントの確率で)感゙社さんは死んでしまいます。 10人診れば2〜3人はどんなに手を尽くしても最終的には亡くなってしまうのです。 我々はたぶん年間数百人の死に立ち会っていますが、もちろんその中にはかなりの割合で「身内の死に納得ができない人」がいます。気持ちは分かります。元気だと思って病院に行ったら数時間で死んでしまった、なんてことはざらにあります。 するとその中の何人かは、どれだけ誠意を尽くして説明しても、「訴訟」というアクションを起こす人が出てきます。   そして訴訟の何が怖いか。 法廷で、恨みのこもった目で睨まれ、「この人殺し!」などとなじられる。これだけでも相当きついです。 でも一番怖いのは、仮にそれが週刊誌などに取り上げられると、医師のプライバシーもあばかれて、実家に「死ね」とか「ヤブ医者」という手紙が届くようになるのです。自分勝手な義憤に駆られたどこかの誰かが、大切な家族にいつ危害を加えないとも限りません。 刑事訴訟(悪いことをしていないのに警察に捕まる)になったら最悪です。 人格を全否定される言葉を、尋問では24時間浴びせられ続け、実名は必ず報道されるでしょう。家族も世間の冷たい目に晒されます。 医者は残酷で冷徹な犯罪者ではないのに…!

自分だけならなんとか耐えられます。
でも、自分の愛する子供や配偶者、両親に対する被害を考えてまで、訴訟リスク・逮捕リスクのある職場で働き続けられる人など、ほとんどいないということを、分かっていただければ幸いです。

>「略式命令」という手続きがあって、公判さえ開かれません。

有り難うございます。
これじゃダメですね。
裁判をやって華々しく有罪って医師全員が有罪にしてもらったらどうかなという妄想なので。(笑
医師免許取ったら1回は有罪判決受けて前科者になったら一人前の医者だ!!くらいになれば「横断歩道みんなで渡れば怖くない。」かなと思ったもので。(笑

私は別に「医療に刑事免責を」派ではなかったのですが(というより刑事と民事の違いも業務上過失致死も法律用語を理解してなかった。orz)ここの議論を見てて、業務上過失致死って何か変って思えてきたんです。

ミスは誰にでもあるんだから、故意や著しい怠慢じゃなければ(倫理的に許しがたいことじゃなければ)間違った個人のせいにしない。
再発を防止し改善の努力をする。
被害者を救済する。
あらゆる業界がこれじゃだめなのかなって考えになってきたというか。
どんなもんでしょ?

小倉さんに必ずしも同調するわけではありませんが。

「あらゆる医療行為を免責せよと求めているわけではない」と言いつつ、「医療行為を捜査や訴追の対象にすること自体が問題である」というのは、結局のところ、「あらゆる医療行為が免責される」結果に必然的につながるのではないでしょうか。

すると、「あらゆる医療行為を免責せよと求めているわけではない」というのが、部外者(特に法律関係者)からは、全く意味のないエクスキューズに見えるのではないかと。

「法律違反をすれば罰せられるのは仕方ないが、警察・検察が捜査することも裁判所が判断することも反対だ」みたいな映り方。それ、要は一切処罰するなってことじゃないの?という素朴な疑問があります。

なので、理屈としては、「あらゆる医療行為が免責される結果になるとしても、その方が社会全体にとって有益なのだから、そういう制度にしろ」という方がスッキリするような気がします。そして、そのような立論を正当化するだけの社会情勢・立法事実も、全くないわけではないように思われます。

業務上過失致死って何か変って思えてきたんです。

過去に起訴されているような業務上過失致死事件は、原則的には「倫理的に許し難いこと」だとは思います。

また、日本の場合、刑事処分が確定していなければ行政処分が下されないため、現状のままではいわゆる刑事免責は受け入れられないと思います。

「法律違反をすれば罰せられるのは仕方ないが、警察・検察が捜査することも裁判所が判断することも反対だ」みたいな映り方。それ、要は一切処罰するなってことじゃないの?という素朴な疑問があります。

医師の方々の主張としては「故意または悪質な過失があった場合は、刑事罰もやむを得ない」とお考えの方が多数派を占めているように思います。

つまり、警察・検察による捜査は許容しているのではないでしょうか。

>日本の場合、刑事処分が確定していなければ行政処分が下されない

え?これも知りませんでした。
システムエラーが原因のときは行政処分が先ってなればいいのかな?
あれ?刑事って対象が個人ですよね?
行政処分は個人対象に限りませんよね?
刑事処分が確定していなければ行政処分が下されないって個人に責任が無かったら組織にも責任が無いってことですか???

>過去に起訴されているような業務上過失致死事件は、原則的には「倫理的に許し難いこと」だとは思います。

するとこの頃の「福島事件」「紫色の顔の友達を救いたい先生」「割り箸事件」は珍しい例なのですね?
最近の日本の他人を許さない風潮のために基準が変わってきているのでしょうか?
もしかして他の業種に対する業務上過失致死の求刑も厳しくなって来ているのかなあ?

そういえば管制官のいい間違いも今年になって有罪になってましたよね?
これはニアミスですんだから過失致死にはいたらなかったけど。
航空事故調も管制官を救えない????

これは法律が変わったわけじゃないわけだから、法律の使い方が変わった?

疑問がわらわらと。
根が深い問題なのかも。

しまさん

http://www.ne.jp/asahi/re-spirit/saochan17/o-kiji09.html

呼吸器の蒸留水とアルコールを取り違えたこの事件も有罪となった看護師を倫理的に許しがたいと思いますか?

私の解答としては「倫理的に許し難いとは思わない」です

竹ノ塚踏切事故の踏切保安係はどうでしょうかね? 倫理的に赦しがたかったですかね?

 純粋に安全工学の見地から言えば、確立した「閉塞主義」というフェイルセーフシステムを故意に破壊のですから、暴挙と言わざるを得ないでしょう。開かずの踏切で待つ踏切横断者に同情した心情は理解できますが。

その場合,「閉塞主義」を故意に破壊した踏切保安係を許せないのか,あるいは「閉塞主義」をいとも簡単に破壊することが可能なシステムを構築した東武鉄道の担当者を許せないのか…

>「閉塞主義」を故意に破壊した踏切保安係を許せないのか,あるいは「閉塞主義」をいとも簡単に破壊することが可能なシステムを構築した東武鉄道の担当者を許せないのか

 前者は米国式で後者は欧州式でしょう。自動システムをいざとなれば手動で変更できるとするのが米国の安全工学ポリシー、人間はミスをするから危険な状況では故障率の低い自動システムを優先して手動の介入を許さないとするのが欧州のポリシーです。
 どちらも一長一短で、安全工学上は優劣付けがたいと思います。

> 日本の場合、刑事処分が確定していなければ行政処分が下されない(No.84 しま 様)

その扱いは、医療関係者に対する行政処分に限っては、ということでしょう。
他の業界の業務上過失事案について、行政処分がなされるかどうかは、それぞれの業界の規制状況によります。
今までの医道審議会の処分は医療過誤よりも、刑事事件化された痴漢や猥せつ等の非行案件ばっかりという印象があります。

ちなみに、弁護士の場合は監督官庁はなく、弁護士会が行う懲戒処分が「行政処分」のに相当するものですが(行政事件訴訟の手続きにより出訴できるしくみからしても)、
刑事事件に至らない程度の悪業や弁護過誤について、懲戒処分されることは大いにあります。

医療が特殊なのは、仕事の内容が人の生死に直結するために、刑事犯としては業務上過失致死傷という、非常に重い罪名の問題になってしまうという点です。
他の商売で、これほど日常的に人の死に目に遭遇する仕事はありません。

> 最近の日本の他人を許さない風潮のために基準が変わってきているのでしょうか?
> もしかして他の業種に対する業務上過失致死の求刑も厳しくなって来ているのかなあ? (No.86 沼地 さま)

まさに、そういう状況であると認識しています。
交通事故に対する取り扱い(別条文を創設して、業過罪よりも重罰とする)を見れば明らかです。
刑法は故意犯も含めて、全般的に厳罰化傾向にあり、
法定刑の引き上げにより、求刑も処断刑も厳しくなりました。また、検察官が起訴猶予にするかしないかの判断も厳しくなっていると感じます。

> 「福島事件」「紫色の顔の友達を救いたい先生」「割り箸事件」は珍しい例なのですね?

私見ですが、
医療の問題に対して、昔は検察官に遠慮があったと思うのですよね。
医師の行為に過失があるかどうかは、他の医師に聞かなければ分かりませんから、慎重に調べて、裁判で絶対に有罪判決を取れる自信がなければ、起訴しなかった。
しかし最近では、「被害者の処罰感情」を金科玉条にして、
とにかく最低一人、過失アリと言ってくれる医師を見つけたら、勝負に出る方針のように見えます。民事訴訟じゃあるまいし。

> 「閉塞主義」を故意に破壊した踏切保安係を許せないのか,あるいは「閉塞主義」をいとも簡単に破壊することが可能なシステムを構築した東武鉄道の担当者を許せないのか… (No.91 峰村健司 さま)

世間の人達にとっては、どっちでもいいのでしょう。
どこかの誰かが、有罪になりさえすれば。
そのことによって、自分には何ら落ち度がなかったと確信でき、心の平安が得られるから。

「ケガレを払う」発想と似ているかもしれません。
悪い結果が生じたるにあたっては、原因を作った悪い人が必ず居るはずだから、
何としてもそいつを探し出して、罰を受けさせ社会から放逐しなければ、社会の均衡が回復しないという、強迫観念に囚われているのです。

>悪い結果が生じたるにあたっては、原因を作った悪い人が必ず居るはずだから、何としてもそいつを探し出して、罰を受けさせ社会から放逐しなければ、社会の均衡が回復しないという、強迫観念に囚われているのです。

 同じことを航空事故調査研究で著書の多い柳田邦男氏が指摘してます。日本人の岡っ引き根性・犯人をしょっ引け世論が航空事故調査を歪めているのではないかと批判されています。
 ご遺族の気持ちは分かりますが、JAL123便墜落事故隔壁板修理ミス業務上過失致死事件で、東京地検が修理担当のボーイング社従業員(被疑者不詳)とJAL整備士(修理受領検収担当某氏ら)を一括して嫌疑不十分で不起訴としたとき、遺族の一人は「うちの子供はボーイングとJALに殺されただけじゃなく、東京地検にまで殺された。」と叫びながら慟哭していた映像が脳裏に焼きつています。
 このメンタリティが……(以下割愛)。

日本人の岡っ引き根性・犯人をしょっ引け世論が航空事故調査を歪めているのではないかと批判されています。

日本人というのは少々疑問です。「犯人をしょっ引け世論」を持っているのは、どこの国でも同じではないでしょうか。

一例を挙げれば、空中衝突事故時にその空域を担当していたスカイガイド社の管制官が、ロシア人遺族に刺殺されたケースがありますよね。

また、アメリカも、医師に対する民事訴訟の賠償額が年々高くなっていると言う話を聞きますが、これも「医療事故を起こした医師は責任を取るべき」と言う意識の現れのようにも思います。

ハスカップ様も言われていますが‥‥
これが日本人のメンタリティなんでしょうねぇ‥‥‥ため息。

悲しむ被害者が発生したのは、誰かが悪いことをしたに決まっている。
誰も悪いヤツが居ないのなら、悲しい被害者は居ない筈だ。
悪いことをしたヤツは誰だ?、皆で探し出せ!

マスコミの「吊し上げ報道」体質も、根源は同じなんだろうねぇ‥‥‥重ねてため息。

横入りですが‥

欧米人の応報感情というのは、あくまでも被害者個人から過失責任者に向けられる。
日本人の応報感情というのは、被害者に共感した大勢から過失責任者に向けられる。

日本では、ターゲットとされた過失責任者は四面楚歌、孤立無援の吊し上げ、これはヒジョーにツライ。

横浜市大で起こった患者取り違え事件も本質的なところは先に上げた事件と同じです。でもこの場合倫理的に大いに問題があると皆さんは思うのではないでしょうか。
決められた手順を守らず、手を抜いたらこれはとがめられるのは仕方がないかと思います。どっかのセラチア点滴事件のように。一方勘違いで守らなかったというのはあります。この勘違いはシステムエラーと考えるべきで、システムを整えなかった病院、あるいは整えるために十分な金を出さなかった国民が責を負うべきです。当事者個人に責を追求するのはむしろ酷であり、司法のシステム上責任を負わせるのは仕方がないというならば司法に問題があるとおもいます。

>日本人というのは少々疑問です。「犯人をしょっ引け世論」を持っているのは、どこの国でも同じではないでしょうか。

 おそらくそうでしょう。ただ、それを克服?してNTSB方式にたどり着いた多民族国家米国のシステムは傾聴に値すると思います。
 恩讐の彼方に再発防止のために事故原因究明というシステム……。これを言うと飲み屋で袋叩きにあいますが……。

 重過失、軽過失を含めてあらゆる医療行為に伴う有害事象は刑事司法から外すべきです。原因究明と再発防止を第三者機関で行い、故意に有害事象を起こした人間のみを刑事告発すればいいのではありませんか。
 また有害事象を受けられた患者さん側の救済は別途、無過失賠償責任保険制度などを作って行うべきです。
 ただし医療人の資質やモラルの維持のためには一定の行政処分や再教育などを行うのは当然でしょう。

 ですから重過失のみ罰するというのは反対します。

個人的には、横浜市大の患者取り違え事故に対してはシステムエラーだと思いますが、セラチア点滴に関しては倫理的に問題があると思います。

アメリカの場合、刑事罰を軽視していると言うか、あてにしていない様にも思うのですよね。「犯人をしょっ引け」的な感情は、民事訴訟の場で発揮されているのではないかとも思うのですが、いかがなものでしょうか。

恩讐を超える事は理想ではありますが、本当に超えられるものなのかどうか……。

 問題は、人の死傷と常に隣り合わせである自動車運転過失致死傷との処罰の均衡や法の下の平等(憲法14条)でしょう。人の死傷率では、医療事故と比べ物にならないほど道路交通関係業過が高いのです。なお、航空機事故の死傷率も極めて低く一番安全な乗り物となっています。

元外科医さんがいかにここでそのような主張をしようとも、「重過失、軽過失を含めてあらゆる医療行為に伴う有害事象は刑事司法から外すべき」という主張をする医師は存在していないと言うことにされてしまいます。その主張は、矢部先生が考える「文脈」から外れているからです。元外科医さんの主張に言及すると、藁人形叩き扱いされてしまいます。元外科医さんが、どのような表現を用いて、そのような主張を繰り返し行うとも、私たちは、元外科医さんの主張を、文字通り受け取ることを、(少なくとも矢部先生からは)許されていないのです。

欧米:決闘
日本:村八分

↑ 超久しぶりに彼の発言を読んだ(読んでしまった)のですが,「おミソ」という言葉を久しぶりに思い起こしました。小学生時代以来かも。

 犯人の処罰は一文にもならないが、航空会社や機体メーカやエンジンメーカを訴えて多額の賠償金がとれるというプラグマティズムがあるかも知れません。遺族代理人弁護士も民事での損害賠償を勧めた方が多額の報酬が動機付けになりますし。それに「懲罰的損害賠償」という制度の趣旨は、国家が多額の罰金を企業から徴収するより、その分を被害者に分配した方がよい、という立法政策から始まったと説明されています。
 日本でこの制度が根付くかどうかは、函館空港墜落事故以来の国内航空事故史を見ると、かなり疑問を感じますが、最終的には国民が、その民意の代表者である国会が議論を尽くして判断することになると思います。

警察・検察による捜査も許容し難いというのが、医療関係者の皮膚感覚だと思っていたのですが。

医師や看護師が取調べされるようなことは困る、という意見をしばしば目にしますし、福島事件では、まだ有罪判決は出ていないのにこの反発ですから。

また、専門家が中心になるであろう事故調の調査結果を捜査や裁判の資料に使うことにも極めて強い反発があるわけで、結局、医療行為を刑事司法手続に乗せること自体許容できない、ということなのかと。

言い換えれば、「故意または悪質な過失があったか否か」の判断を法律家にさせること自体に拭い難い抵抗感がある、ということでしょう。

そうであれば、「故意または悪質な過失があれば処罰もやむを得ない」「そのような場合にまで免責を求めているわけではない」という主張は、まったく意味がないことになるはずです。そこを、ある意味では開き直った方が論理的にスジが通るのではないか、というのが先の私見です。

>元外科医さんがいかにここでそのような主張をしようとも、「重過失、軽過失を含めてあらゆる医療行為に伴う有害事象は刑事司法から外すべき」という主張をする医師は存在していないと言うことにされてしまいます。その主張は、矢部先生が考える「文脈」から外れているからです。

 別にそんなことはないですよ。
 過失犯非刑罰化論の文脈もありますから。

 小倉先生がチャチャを入れてきた時点では、不確実性文脈で議論されていた、少なくとも私はそう理解していた、というだけです。

 システム欠陥文脈もありますし、過去においてこのブログでもかなり議論されています。

福島事件は警察・検察による捜査が十分でなく逮捕起訴したということに対する反発でしょう。何しろ検察側協力医もまともに確保できずに起訴した事件ですから。

連投スイマセン

>警察・検察による捜査も許容し難いというのが、医療関係者の皮膚感覚だと思っていたのですが。

われわれが反発するのは医療行為に対する警察・検察による捜査能力に疑問を持っているからです。

 昭和30年代から、航空事故で警察が乗り出すことに航空従事者(整備士を含む)や管制官の反発も同様に厳しいものがありました。素人に何がわかる!取調べで犯人扱いするな!という感情的なものから事故再発防止の事故調査を阻害するという理性的な拒絶感まで。
 ところが海難事故だと、海上保安官の捜査には反発がそれほど高くないのです。同じシーマンシップをベースに置く海技免状を持つ者の仲間意識だからでしょうか? 捜査官に海技の専門性があるからでしょうか?

 先日、予告しました小倉秀夫弁護士の発言批判に特化したブログを作りました。

 モトケンの小倉秀夫ヲッチング

 ヘッダのリンクメニューにも追加しました。

>No.112 ハスカップさんのコメント

(海難事故に関連して、エントリとは少し外れますが、)
 海難事故は、刑事処分と海難審判庁による行政処分は別個に下されるそうですが、事故の捜査・調査は合同で行われるのでしょうか。具体的にはどのように運用されているのでしょうか(証拠の取り扱いなど)。
 どなたか御教授いただければ幸いです。

 医療安全調査委員会(仮称)の法案大綱案では、刑事責任の追及を残したままですが、警察の捜査が開始された場合に、委員会の調査をどうするのか(中止するのか、合同で調査するのか)が明示されていないので、気になっているところです。

エントリーの趣旨から脱線しますが、可哀想な人のために一度だけ老婆心からの発言を許していただきたく。

以後は、基本的に小倉さん専用ブログで対応するよう心がけます。

>元外科医さんの主張に言及すると、藁人形叩き扱いされてしまいます。
違います。 小倉さんがこれまで過去にとってきた姿勢は、元外科医さんのようなコメントを足がかりに「すべての医療者が」そのような認識であるかのごとき「ウソ」をつくことです。それゆえに批判されるのです。

元外科医さんの発言内容に承服しがたい部分があるのであれば、元外科医さんに対して一対一で反駁なり質問なり趣意確認なりすればいいのに、「これだから匿名の医療関係者は」と言うような態度をとるところが、あなたの問題なのです。

弁護士業界にもいろんな人がいますよねえ。安田氏の弁護を「懲戒請求すべきだ」と言った人とか。そういう例を「弁護士一般」に拡大して「これだから弁護士は・・・」なんて言っても意味ないでしょう?
小倉さんはいつまでも、そういう意味のないことに執着しているから一つ覚え芸者扱いされるんですよ。

でもって、進歩のない一つ覚え芸しかできない芸人は、お座敷がかからなくなるものです。

 イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、第三管区海上保安本部(横浜)は二十四日、動静監視を怠り、回避動作が遅れ事故を引き起こしたとして、業務上過失致死と業務上過失往来危険の容疑で、衝突時と衝突前の当直責任者だった三等海佐二人を書類送検した。

制度が10月より変わるそうなので、過去の制度となってしまうようですが、現状では海難事故の捜査は警察ではなく、海上保安庁が行うのではないでしょうか。

つまり、事故調査と行政処分、刑事処分が直結しているように思いますが、私の勘違いかも知れません。

酷い誤解をしていたようです。

海上保安庁が警察にあたりますが、海難審判庁とは独立して調査を行うようですね。海難審判庁による捜査は、刑事事件とは直結しないようです。

http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/00988/contents/0010.htm

小倉秀夫さん

お返事ありがとうございました。
しかしながら、やはり理解できません。

どのように理解できないかというと、仮にも医師免許を持つ人間が医学的根拠なく必要な手続きを勘に頼る行為は、その勘に頼る行為に対する評価は、軽率または未熟なのではなくて故意だと思うのです。

小倉秀夫さんは、医師免許を持つ人間が医学的根拠なく必要な手続きを勘に頼ったことを軽率または未熟と評価されたのでしょうか?
勘に頼ったのは、意図的に勘に頼っていますよね?

例えば、非法律家(例えば弁護士)が通常の法解釈とは全く違う法解釈を述べるのは軽率な行為と評価されると思いますが、法律家(例えば弁護士)が同じ事をすれば、それは軽率ではなく意図的と評価されると思います。
それと同じ事と思うのですが・・・

 そのサイトが、海上保安庁と海難審判庁の組織や権能の差異を分かりやすく説明していると思います。
 なお組織改編は次の通りです。
------------------------------------
国土交通省は運輸安全委員会の新設2008年10月の発足を予定している。
運輸安全委員会の母体は、現行の航空・鉄道事故調査委員会と海難審判庁を統合するものであるが、航空・鉄道事故調査委員会は国家行政組織法第8条に基づくいわゆる八条委員会たる審議会であるのに対し、運輸安全委員会は国家行政組織法第3条に基づく外局であるいわゆる三条委員会となるため、権限等が強化され、また地方運輸安全事務所を全国8か所に設ける構想となっている。なお、現行の海難審判庁の機能のうち、懲戒のための対審方式による審判については、新設される海難審判所が引き継ぐ。海難審判所は当初の構想では、運輸安全委員会に付属することを予定していたが、その後方針を変更し、運輸安全委員会とは別系統の、国土交通省に直属する特別の機関とされた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E9%9B%A3%E5%AF%A9%E5%88%A4%E5%BA%81
-----------------------------------------

 横レス失礼します。m(_ _)m
 次のサイトが参考になるかもしれません。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%eb%cc%ca%db%a4%ce%a5%ac%a5%a4%a5%c9%a5%e9%a5%a4%a5%f3

「すべての医療者が」そのような認識である云々と主張したことはありませんけれども。

「医療行為は刑事免責とせよ」という言葉がどのような意味を持つのかという話は、「医療行為は刑事免責とせよ」と要求していない医師の認識を云々するものではありません。そんな当たり前のことまで細々と注釈をつけないといけませんか。

また、矢部先生が禁止しているのは、「医療行為は刑事免責せよ」と主張している医師の真意が「医療行為は刑事免責せよ」という点にあると認識することであり、矢部先生が要求されているのは、医師がどのような文言でその要求を主張しようとも、矢部先生が仰る「文脈」の範囲内でその要求を理解することです。

元外科医さんの意思を確認したところで、元外科医さんの回答さえ、矢部先生がお決めになった「文脈」の範囲内で解釈しないといけないわけですから、結局、元外科医さんのご意見を、矢部先生がお決めになった「文脈」の範囲を超えて理解することは許されていないわけです。

「医療行為は刑事免責とせよ」と主張されている人が「あれは、大野病院事件のような不確実な合併症の事案に限っては刑事責任を追及するなと言う意味であって、それ以前に業務上過失致死罪で処罰されていたような例についてまで免責を求めるものではない」と仰るのであれば、それは大元の表現が稚拙だったとは思うものの、理解できないわけではありません。しかし、矢部先生がやっていることは、「医療行為は刑事免責とせよ」と主張した本人でもなく、本人から依頼されたわけでもなく、本人の意思を確認したわけでもないのに、「医療行為は刑事免責とせよ」との主張を文字通りに理解するのは許されないと言っているだけのことです。

 それは、「医療行為は刑事免責とせよ」との主張を、検討するにすら値しないと封殺しているに過ぎません。

 文言解釈ですか?

 私はそんな要求をしていません。

 たぶん、小倉先生の文言解釈の限界が露呈されているのでしょう。

 モトケン先生のトピック文脈の範囲内での文言解釈にしたがえば、もはやトピズレですので、ご意見は
http://www.yabelab.net/ogura-watch/
でお願いします。m(_ _)m

海難事故ではないのですが、モトケン先生が事故調の情報収集エントリを立てていることですし、議論の資料として航空鉄道事故調査委員会について、第8回 診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会関連資料をば・・・
国土交通省航空鉄道事故調査委員会企画調整課長の八鍬隆氏が事故調の議論の参考人として述べておられます。

○加藤委員
 あと2点ほどお願いします。5頁に事故調査の流れがありますね。この中に警察の捜査の問題との同時平行と言いましょうか、どんな関係性になっているのでしょうか。
○八鍬課長
 警察との関係については、厚労省が今日もお配りしている参考資料集の中の27頁に図が出ていますが、当然我々事故調は事故の原因究明と再発防止という目的で取り組んでいるのに対して、警察の方は捜査という観点で取り組んでいます。目的と立場が全く違いますので、それぞれの立場で調べることになりますが、ただ現場は1つで同じような調査が重なる部分がかなりあるわけで、そこはそれぞれが全く別々に関わっていたら非常に効率が悪いので、警察と協力をして進めていくことで協議をして、既に体制が出来上がっています。
 ここにも書いてありますように、例えば航空の場合のフライトレコーダーやボイスレコーダーは当然回収して解析をしないといけませんが、これは警察の方で押収されて、解析する技術は当委員会にありますので、これを鑑定嘱託という形で我々が受けまして、我々の方で解析をすることになります。その回答については、ここにも書いてありますように、航空事故調査報告書をもって回答に代えているということです。この事故調査報告書は公表されており、特に秘密にするようなものでもありませんので、これをもって回答をしている状況です。
(中略)
○八鍬課長
 我々としては、事故調査報告書を作って一般に広く公表しています。ですから、公表された報告書を警察がこれはどこでどういうふうに活用するかは警察の判断によるものであると考えており、我々として言及する立場にありません。ただ、ボイスレコーダーの全記録など調査報告書に載せているもの以外については、先ほどおっしゃられましたようにそういうものが出ると関係の方が一切喋ってくれなくなったりすることも当然考えられますし、我々はいろいろと関係者から話を聞いたり、その資料を検査したり収集したりの権限が与えられていますが、設置法にもそれは捜査のためではないですよということが書いてありますから、報告書に出ていること以外については一切出さないということにしています。公表しているものを使っていただくことについては、世界的にもリーズナブルといいますか、問題ないという認識になっています。
○樋口委員
 (略)そこで、27頁を見ると実況見分その他、現場は一緒なので協力してやっている部分はあるのだというお話なので、5頁の事故調査の流れで今お話があった関係者からの口述聴取の部分について、ここは一番センシティブなので、さすがにこの航空機事故調査委員会の口述聴取に警察官も立ち会ってということはないということを確認することと、口述聴取は当然記録を取ると思いますが、その記録を直ちに警察にも提供することもないのだということを確認しておきたいと思っています。そうなのかどうか是非とも確認しておきたいので、ご説明いただければ。
○八鍬課長
 口述聴取は別々にやっていますし、我々が聞いた内容を警察の方にお渡しすることもないです。それは我々の中だけで利用するということです。

 医療事故調の場合は警察が「やりたい」といえば一緒にやるかもしれないし、「とりあえず静観するよ」といえば一緒にはやらないんじゃないでしょうか。そこらへんは警察の意向しだいだし、また、警察を縛るのは現状では困難でもある、と思われます。

 矢部先生が文言解釈など要求されない方であることは存じ上げております。むしろ、文言解釈を否定しているというべきでしょう。それは、医師に対して善意でかばっているお積もりなのかもしれませんが、ご自分の狭い価値観とは異なる価値観を有する医師の存在自体を認めないという意味で、そのような医師の存在を認めつつその価値観を否定する私より、やっていることはひどいですね。

ところで、矢部先生は、「医療行為は刑事免責とすべき」と主張されている医師等に対して、大野事件前に業務上過失致死罪で処罰されてきたような事案についての刑事免責までは求めていないということについての確認はおとりになったのですか?

 横スレ失礼します。m(_ _)m
>医療事故調の場合は警察が「やりたい」といえば一緒にやるかもしれないし、「とりあえず静観するよ」といえば一緒にはやらないんじゃないでしょうか。そこらへんは警察の意向しだいだし、また、警察を縛るのは現状では困難でもある、と思われます。

 米国では最終的に大統領命令で省庁間協議が確定したようですが、NTSBの調査が優先し、FBIはその補佐役となり、故意の犯罪の端緒を得た場合に捜査の指揮を取得するみたいです。なお、最近はテロの嫌疑があると捜査指揮権が国土安全保障省に移るようです(9・11事件)。

>それは、医師に対して善意でかばっているお積もりなのかもしれませんが、ご自分の狭い価値観とは異なる価値観を有する医師の存在自体を認めないという意味で、そのような医師の存在を認めつつその価値観を否定する私より、やっていることはひどいですね。

小倉さん自身は、それが本当にひどいのか、「ご自分の狭い価値観とは異なる価値観を有する医師」に確認は取られたのですか?

そうでないならひどいダブスタですね。

小倉さんについての話は専用ブログのほうに移行しましょうよ。

通常一般の言語活動においては「この人物は何を言わんとしてこのような文言、表現を用いたのだろうか」と考えるところ、小倉さんに限っては法律の条文解釈に際して用いられることがある(Not Alwaysという意味で)「このような文言が用いられているのだから、この人物の発言が意味することはこのようなものに違いない」のごとき『オレ様の読み解きこそがすべての真実』思考、または「自分はそのような単語・表記を行っていないのだから、自分の言いたいことは指摘されたようなこととは違う」などの『逃げ口上』に終始し対話の体をなしません。
こんないつまでも一人声高に空念仏を唱えているも同然の人、相手にするだけ時間の無駄です。

このエントリーのコメント欄においては、『日本医学会における議論』についての話題に皆様が戻られることを期待いたします。

>No.42 Pediatrician さん
>たとえスタンダードを成文化したとして、それに従っていても結果として外れてしまうこともあるし、それから外れただけで、単純に「正当ではない」と決めつけられないということです。

実際、今回そういう突っ込みが為されている(文言解釈がどうとか)ので心配は当然ですけど、
スタンダードの陳腐化や例外なんてどこにでもあることです。
法律だって改正したり、例外処理はあるわけで。

実際のところ、「やるべき」が明らかになっていない不透明な状態では患者側だって不安ですし、疑いを持つのはしょうがないんじゃないでしょうか。
死の可能性を予見できていて、、あの時ああすれば死の可能性を回避できたかもしれない。それをしなかった人が免責されるのはなぜですかというときに、「やるべきことを」をやっていたのかどうかも説明できないわけですよね?それではだれも納得させられないです。

No.44 yama さんの話に現場が混乱している場合とかありますが、混乱してようがマンパワーが足りなかろうがなんだろうがミスされたらたまったものじゃないのが真実です。
「手続きをちゃんと行えるような環境にあったか?」ということが問題になるなら、手続きをちゃんと行えるような環境を作るために標準的に「やるべきこと」が規定されていて、それをきっちり行っているべきでしょう。
それだけで万事OKとは言いませんけど、標準的な品質は保たれているわけで、よっぽど大きな例外がない限り手続きが行えないということにはならないし、大きな例外があったならそれはそれを理由に免責される(べき)でしょう。

別に緊急時に手順が省かざるを得ないのはしょうがないですが、そういう事態が想定できるならそれも含めてスタンダード化しておいてほしいものです。


>最終段落を読めば、医療従事者とトラック運転手が根本的に異なるという一つのヒントにならないでしょうか。

すみませんどれの最終段落かわからないのですが。
ただし、私は医療従事者とトラック運転手が同じと言っているつもりはありません。根本的に異なるとも思いませんが。
とら さんの意見を見ていただければわかるように、あらゆる業務がイレギュラーであるわけはないでしょうと言っているわけです。

羽曳野事件調べました。

本件は、病院の外科担当医師が、頭部外傷、高度貧血等で入院中の患者に輸血するため、主任看護婦に指示して、輸血用保存血液を取り寄せた際、主任看護婦は診察録で患者の血液型を確認せず、同室に入院していた他の患者の血液型と同じA型と軽信し、A型の輸血用保存血液を他の看護婦に取り寄せさせた上、凝集溶血反応を確認するため輸血用保存血液の血球と患者の血清を交差適合試験台紙に混和させ準備し、一方、医師は診察録で患者の血液型を確認して、輸血用保存手続が同型であることを確認することを怠り、また、生理食塩水で希釈しないまま凝集溶血反応を判定するに当たって十分な観察を怠り、患者の血液型と輸血用保存血液が同型と判定し、患者に異型輸血を実施したため、急性腎機能障害により死亡させた事案であるが、本件では、診察録で患者の血液型を確認しないまま、異型の輸血用保存血液を取り寄せた主任看護婦の過失は明白であるが、医師においても、交差適合試験を行うに際し、診察録で患者の血液型を確認するという基本的な注意義務を怠った上、凝集溶血反応の判定に当たっても十分な視認観察を怠った点において責任を免れないものである。

緊急時の免責というのは、違法阻却より責任阻却の方が据わりがいい気がしますね。行為無価値の刑法理論からも、過失の本籍地は責任とされていますから。たとえ緊急時であろうとも、ミス(医学水準に達しない行為)である以上は、それは違法でしょう。

 確かにそのような場合でも医療ミスを客観的には違法としないと、医療ミスの進行中に、正当防衛も緊急避難も許されず(医療ミスを止めようとしても、止めようとする行為に対し、誤解から抵抗する医師を排除できない)に不当な結果を招きます。行為者を罰しないためには違法性阻却事由(期待可能性等)が一番いいでしょう。
 もっとも非法学系の人には、違法だが責任阻却で犯罪ではない!という概念が了解困難かもしれないので、そこは法律をしっかり勉強していたかでればと思います。

誤記ですm(_ _)m

誤:行為者を罰しないためには違法性阻却事由(期待可能性等)
正:行為者を罰しないためには責任性阻却事由(期待可能性等)

カメレスで恐縮です。m(_ _)m

>われわれが反発するのは医療行為に対する警察・検察による捜査能力に疑問を持っているからです。


 そこで、医籍を持つ医療捜査官という特捜官制度を提唱します。これには類似例があり
(1) 公認会計士の資格を持つ財務捜査官
(2) SE資格や経験を持つハイテク犯罪捜査官
という専門知識と技能をもつ特別捜査官(通称特捜官)という制度が現に稼働しています。
 お医者の先生が司法警察員になるわけです。

> そこで、医籍を持つ医療捜査官という特捜官制度を提唱します。これには類似例があり

十分なマンパワーがあればそれもありだと思われます。事故調ができると重複すると思いますが、双方の組織を合体させるようなものができれば医療事故調と司法の関係はクリアできますね。

お久しぶりです(笑)。猛暑お見舞い申し上げます。
>>133ハスカップさん
>もっとも非法学系の人には、違法だが責任阻却で犯罪ではない!という概念が了解困難かもしれないので、そこは法律をしっかり勉強して>

そのとおりですが、最近は検察のほうがそれを理解しているとは思えません。医療事故事案に限らず。
おそらくはそれも小泉「聖域無き改革」の産物でしょう。

ああ、もちろんレス不要のぼつでおkなボソッです(笑)。

一市民さんの視点には逃散の視点が欠けています。

余剰人員がいないかぎり、この絶滅危惧種が圧倒的有利であるわけです。

すなわち国民、政治が何といおうとも納得できる制度でない場合、その解は納得できない医師の逃散というかたちで現れます。

中途半端な法案では逃散抑止力になりませんよ。8/20くらい待って、危惧腫の反応を観察してみてははいかがですか?

ま、余剰人員さえいればこんな奴隷に餌をくれてやるようなアホらしい法案を政治家が世に出すとは思えませんが。

 これは即効性がなく5〜10年を見据えた制度になると思います。医師を警察官として中途採用し、警察大学校を経て1人前に医療特別捜査官になるには、ハイテク犯罪捜査官や財務捜査官を例にとると5年はかかります。
 給料は国家公務員1種大学院卒に毛が生えた程度プラス経歴加算ですから、厚生労働省の医療技官クラスの給料(薄給)になるかと推測されます。
 事故調査委員会とは別組織とならざるを得ません。警察官は原則として地方公務員だからです。また、事故調査と犯罪捜査は別組織にした方がいいと思います。現行の海上保安庁と海難審判庁と同じように。
 海上保安官が海技従事者(船長〜船員)から一定以上の信頼を得ているのは、海技従事者の免許を持つ特殊技能と専門知識を備えているからだと思います。その同様の信頼を得る捜査官には、医師を充てるのが相当で、医師免許(医籍)をもつ医療特別捜査官が捜査を担当するのが相当だからです。
 海上保安官送致事件は、鑑定を含む証拠書類が船舶工学や海技操船技術に基づく証拠関係で、これに基づく(乗っかって)検察官の刑事処分は、船長や船員さんに受け入れられているようです。圧倒的に起訴猶予や略式罰金が多いそうですが。

賛成しますが
医師がそれを行うと「元同業者をかばっている」をいう批判が飛んでくるのが容易に想像できます。
医師限定とも言える批判なのですが、まあ、海上保安官がプロがプロに対する事件の捜査を担当するのに対して医療特別捜査官が担当するのはプロvs素人の事件だからなんでしょうけど。

で、このブログでは、ある発言をその文言から「ひどい」と感じたときは、これを批判する前に、直接その発言者と連絡を取り、その真意を確認されると言うことでしょうか(「現時点で、そのようなルールが事実上形成されている」というわけではなさそうですが。)。

それとも、それは発言者がお医者様の場合に限定されたルールでしょうか。

>医師がそれを行うと「元同業者をかばっている」をいう批判が飛んでくるのが容易に想像できます。

 それは実績で根気よく批判を解消する努力をすればいいかと思います。ちょど検察官が、検事、元検事、弁護士、裁判官を次々と逮捕して、疑念を払拭しているように。

>海上保安官がプロがプロに対する事件の捜査を担当するのに対して医療特別捜査官が担当するのはプロvs素人の事件だからなんでしょうけど。

 プロの(知識や技能に基づく)事件にはプロ(同)をもって充てるという発想なのですが……。

 このブログのコメント欄においては、「リアルにおける普通の会話」をスタンダードと考えていただければよいかと思います。
 「普通の会話」においては、相手の言っていることの意味が不明確であるならば、その真意を確かめるために質問することは普通のことであると思っています。

 なお、皮肉、当てこすり、揶揄、意図的な誤読・曲解などを連発することは、「リアルにおける普通の会話」とは言えないと考えております。

>No.117 しま 様
>No.119 ハスカップ 様
>No.125 ろくろくび 様

 ありがとうございました。
 事故原因究明の調査・再発防止対策と当事者の処罰(刑事罰、行政処分)の問題はどこも試行錯誤されていることが分かりました。
(国土交通省の新制度は、調査機関と行政処分裁定機関を分離する趣旨と思いました。)

 ハスカップ様の医療特別捜査官の案で、1点だけ気になるのは、おそらく医療特別捜査官は自身が医療を行うことは困難と思われるので(海上保安庁は「現役の」海技従事者でもある)、現役の医師でない捜査官の捜査を受け入れることができるかどうかという点です(医療を全く知らない方より少しはましとは思いますが)。

そこで、医籍を持つ医療捜査官という特捜官制度を提唱します。

死体に関しては警察の管轄から外し、法医学者に捜査権限・調査権限を与えて、法医学者が警察の捜査の有無を決断すればいいのではないでしょうか。

アメリカの監察医制度を念頭に置いています。

(国土交通省の新制度は、調査機関と行政処分裁定機関を分離する趣旨と思いました。)

厚労省の事故調の大綱案は調査機関と行政処分が直結している事が批判を受けていますが、これに関しても行政処分の判断を分離する事で問題ないような気もするのですけどね。

厚労省が調査し、調査結果とヒアリングを元に独立性の強い裁定機関が行政処分を決め、厚労省がその権限を持って行政処分を下す。

問題はどこに置くか、独立性をどのように高めるかという事なのですが。

ハスカップ様の「医療特別捜査官」のご提案に関して私もいくつか。

1)ハスカップ様ご提案の、特別私法警察職員として医療特別捜査官を設置して、事故調と協調させて医療事故の刑事捜査を担当させるプランは有効だと思う。

2)仮に事故調が先に調査して報告書をまとめ、警察は報告書を貰ってから刑事責任を検討する場合でも、一般の警察官や検察官が医学的な報告書を読み解くことは出来ないだろう。医学や医療の現場に精通した特別な捜査官に、刑事訴追の判断を委ねる方が、トンデモ訴追の危険性が激減するのは自明であろう。

3)労災事故において、労基署と警察がそれぞれ刑事捜査することは良くあるが、普通は労基署と警察は協調して捜査する。労基側の判断が、安全確保義務などに法令違反が無く送検を見送るような場合、警察が労基署の頭越しに業過罪などで送検することはまず有り得ない。事業場での安全確保義務について、専門家である労基署の判断を、警察や検察は尊重するのが普通である。

4)特別司法警察職員の制度の実例
  ・海上保安官:11,500名程度
    司法警察である海上保安庁と海難審判庁は直接の関係は無い
    海難審判庁は船舶免許等に関する行政処分を行う国土交通省の外局で、
    海難審判での採決による懲戒は、刑事罰ではなく行政処分である。

  ・労働基準監督官:2812人(平成15年の実数)
    全国で延べ46614人の労災死傷者(平成18年実数)の全てを調査し、
    重大な労基法と労働安全衛生法違反ある事故については捜査して送検する。

  ・麻薬取締官(厚労省の国家公務員職):定員177人
    薬剤師の資格持ちは約1割程度であり、多くは公務員2級合格から採用
    なお都道府県の地方公務員職として別に麻薬取締員(計118人)がいる。

5)麻薬捜査官の人数などを参考にすれば、医療捜査官の人数は数千人も必要とは思えない。またその全員が医師免許所持者である必要は無いと思われる。確かに医師不足で需給は逼迫しているにしても、今後5〜10年間で、医師・歯科医師・薬剤師・看護師などの免許所持者を、合計で100人程度確保して司法制度を勉強させ、別に警察管などから100人程度を抽出して医療を勉強させ、合計で200人の医療捜査官を養成することは可能と思う。

>No.131 2chlawer さんに御教示いただきました羽曳野事件の詳細によって、

 この事故は下記(1)〜(3)のミスが重なって起こったものですが、主たる原因は「交差適合試験の手技上の誤り」であることが分かりました。

 「看護婦の勘に頼って」をことさらに強調することは明らかにミスリーディングです。

(1) 主任看護婦は診察録で患者の血液型を確認しなかった。
(2) 医師は診察録で患者の血液型を確認したが、輸血用保存血液が同型であることを確認することを怠った。
(3) 交差適合試験の手技を誤った。
 主任看護婦が凝集溶血反応を確認するため輸血用保存血液の血球と患者の血清を交差適合試験台紙に混和させ準備し、医師は生理食塩水で希釈しないまま凝集溶血反応を判定するに当たって十分な観察を怠り、患者の血液型と輸血用保存血液が同型と判定した。

看護師は交差適合試験を行うつもりだったわけですから、「看護師の勘に頼って」と言うのは仰るとおりミスリードを誘っていますよね。

この件に関して医師と看護師個々の責任を問うのは無意味であり、医師と看護師の連携、病院の手順を問題にするべきだとは思います。その意味で、略式であれ、起訴は問題だと思いました。

一方、警察が捜査しなければこの件が表面化することはなかったかも知れません。その意味で、警察が捜査する事自体はありだとは思います。

>常連の皆様

 私の思い付き(財務捜査官やハイテク捜査官からのパクリ)にご意見を次々といただきありがとうございます。
 医業の素人に医療捜査を行われる不信感が強いことから、プロの事故へはプロの特別捜査官がいいのではないかとの発想(海上保安官からパクリもあり…海猿のTV映画を見たしw)からです。
 医療捜査官は、週1〜3日間頻度のパートタイム(公務員用語で「兼任」)で県立病院の救急外来を担当すれば、勤務医不足と医療捜査官の医業スキル維持の双方解消できればと夢想しました。
 いずれも素人の思い付きの域を出ませんので、お医者さま方の忌憚のないご意見をいただければと思います。
 なお、司法警察員プロパーから選抜試験を経て、パラメディック(衛生兵や救急レスキューレベル)の訓練を行い、「医療特別捜査官補」を実施するのもいいと思います。こっちは、ハイテク捜査担当で警察大学校専科研修でしごいたり、財務捜査担当を税務大学校に派遣してしごいたり、という実績があるようです(検察事務官でも税務大学校等派遣の研修があるらしいです)。

>県立病院の救急外来を担当

わははははは!
それはすごい!!
もはや誰のことも責められませんね。
身をもって地雷原の怖さを知れってことですか?

 それもありますが、地方の1次救急と2次救急の救急外来のなり手がいない(勤務医不足)は切実でして。(^^ゞポリポリ
 それに医療捜査官という公務員医師の薄給を補う「(救急外来)特殊勤務手当」を創設すれば、予算科目からも地雷原が明確なるかもしれません。

私もハスカップさんの案は非常にいいような気がします。
この意見を上にあげていくには、どういう手順を踏んでいくのでしょうか?
現場の良いアイデアや意見がどうやって実現していくのか、
サラリーマンの世界とは全然違うと思いますが、
誰か教えてください。

ちなみにサラリーマンなら役員会ではかってもらうとか、
になると思います。
その後、業界団体の会で検討してもらう、という流れでしょうか。

捜査官に医療の知識・経験が乏しいことは、一面では、医師側から"トンデモ捜査"、"トンデモ起訴"と評されるような捜査、起訴を生んできたのかもしれません。

しかし、他方では、医療に刑事手続を発動する際の抑制になっていたともいえないでしょうか?

これまでは、鑑定医の意見を参考にするなどして対処してきたのでしょうが、所詮はたった1人の専門家の意見でしかありませんから、本当に医療従事者として責められるべき医療行為があったのか、自信をもって判断することは困難だったでしょう。

そのため、例外はあるにせよ、これまで刑事事件化されてきたのは、概ね、専門外(法曹を含む)から見ても、ある意味分かりやすい、単純な過失の場合に限定されていたように見えます。

ところが、医療の知識・経験が豊富な捜査官となれば、こういった障壁はありません。

したがって、医療専門官の創設は、必ずしも医療事故の刑事事件化を減少させるとは限らないようにも見えます。

たとえ医籍を持っていても、刑事司法の捜査官となった以上は、きっと、一生懸命"捜査"をするでしょうから。

そうすると、医療捜査官の創設は、"患者側"からも積極的な賛同があるかもしれませんね。

きっと、"患者側"には、今の捜査機関を"頼りない"と感じている人も少なくないと思いますよ。

> 医療捜査官は、週1〜3日間頻度のパートタイム(公務員用語で「兼任」)で県立病院の救急外来を担当

秀逸なアイディアです。
しかし、病院のほうは、必ず夕方5時で上がらせてもらい、「当直」は免除、時間外オンコールも無しで、という保証が必要かと。

でないと、朝9時に病院に出勤して午後5時まで外来診療した後、引き続き「当直」の名の下に夜勤体制に突入し、朝まで救急患者の治療に従事してから、帰宅する間もなく警察署に直行し、午前9時から医療過誤被疑者の取り調べを開始、36時間連続勤務なんてことに・・・

もう少し勤務の軽い、刑務所非常勤医はいかがでしょう?
そこもまた、医師不足著しい職場でして。
AIDSあり結核あり認知症ありで多種多様な病気を診れますし、詐病鑑定にも熟達できます。医療レベルは診療所クラスだから本当に重篤な患者は、医療刑務所か外部病院に送ればよいので、、、、

>秀逸なアイディアです。

f(^_^;)

>しかし、病院のほうは、必ず夕方5時で上がらせてもらい、「当直」は免除、時間外オンコールも無しで、という保証が必要かと。

 夜間救急外来の人員確保が頭にありましたので。(^^ゞポリポリ
 それに一般司法警察官なら、週1の宿直(夜勤)が普通ですし、宿直担当で逮捕事件発生だと48時間制限内の身柄送致制限で不眠不休48時間〜60時間が普通ですから、慣れていただいた方が。

矢部先生のブログのエントリーやそのコメント欄で、そのような「ルール」が実践されるのか、されない場合に矢部先生がどのように対処されるのか、拝見させていただきたいと思います。

とりあえずは、ある人の発言を、その人に直接コンタクトをとってその真意を確認するという作業を行うことなしに批判した場合は「藁人形叩き」と評価するというのが、モトケンブログのローカルルールということでよろしいですね。

>捜査官に医療の知識・経験が乏しいことは、一面では、医師側から"トンデモ捜査"、"トンデモ起訴"と評されるような捜査、起訴を生んできたのかもしれません。
>しかし、他方では、医療に刑事手続を発動する際の抑制になっていたともいえないでしょうか?

 その可能性はあると思います。ただ比喩として、脳血管手術をしてもらうなら脳外の先生に診てもらいたいと思う患者心理と同じで、そこはやっぱり医療事故も専門家に見て(診て)もらう方が総合的に良いような気がしますが。
 他のお医者の先生方はどう思われますか。
 医者でない部外者には判定困難なので。m(_ _)m

 トピズレになりますので、別館がよろしいかと思います。
http://www.yabelab.net/ogura-watch/blog/
 せっかくモトケン先生が、小倉秀夫氏専用の別館を立てられてのですから、そちらで議論された方が、他の常連の皆様の話の流れをぶち切るというご迷惑かけないで済むので、その方がよろしいかと思います。

>「看護婦の勘に頼って」をことさらに強調することは明らかにミスリーディングです。

判タの文章は、「輸血用保存血液を取り寄せた際、主任看護婦は診察録で患者の血液型を確認せず、同室に入院していた他の患者の血液型と同じA型と軽信し、」としか書いていませんから、なぜ主任看護婦が患者の血液型を同室の他の患者と同じと思ったのかは、ここからは分からないとは言えます。ただ、小倉弁護士がこの判タだけを読んで、「看護婦の勘に頼った」と言っているのかどうかは分からず、実際に関係者から話を聞いたうえの発言かもしれませんし、そもそも、小倉弁護士が羽曳野の事件のことを念頭に言っていたかどうかも確定していませんから、法律家的判断としては、「明らかにミスリーディング」と断定はできないことになりますね。
 それはさておき、これまで現実に看護婦の勘に頼って患者の血液型を決めつけた結果、事故がおきた例がないとしても、今後そのような例が現実に起きたとき、それに故意があるような場合以外は処罰するなという主張を形式的に適用すると、無罪ないし刑の免除になるという形式論理は正しいように思います。ですから、小倉弁護士の指摘に対して、誰もそんなことを言っていないと反論するよりも、医療従事者側は、今までの主張では形式的にはそのようになってしまうことを認めたうえ、処罰されるべき行為と処罰されるべきでない行為とを明確に区別できる主張に改めた方がいいと思います。
 法律の文言というのは、一度制定されると立法者の意思を離れて一人歩きを始めるところがありますから、法律家のはしくれとしては、ここらへんの言葉の使い方には敏感にならざるをえません。小倉氏の真の目的がどうであろうと、この議論に関しては小倉氏の指摘にうなずく法律家は多いんじゃないでしょうか。むしろ、抽象的な議論の内容において、小倉氏の指摘は正しいけど、小倉が言ってることだからみたいな反応を見てると(「それは甘すぎます」というやつ)、敵は小倉氏であって、議論の目的は小倉氏を論破するためなのかと揶揄したくもなります。
 なお、議論に応じて主張を変更していく作業は、現実には法律のプロでないとむずかしいでしょうから、医療従者側に立ったうえで議論の場を提供しているモトケン氏がこれをすればいいのにと、私は、これまで何度も繰り返してきたところです。

別館で書くべきかもしれませんが・・・。

よくよく考えてみれば、小倉弁護士は「勘に頼ってうんぬん」の判例をいまだにご自分で提示していないんですよね。
たまたま法務業の末席さんが見つけてくださった判例も、「これではなかろうか」という推測のレベルに過ぎないわけで。
2chlawerさんの言われるように「小倉弁護士が羽曳野の事例を念頭に置いていたかわからない」のと同時に、小倉弁護士の「勘に頼って決め付けた事例が実在する」という話自体も事実かどうかわかっていません。

小倉弁護士自身から明確にソースが示されない限り、「青物横丁の二の舞かよ」でチョン、ということでよろしいのではないでしょうか。

 「勘に頼って決め付け」て書いた(欠いた)のは誰の方か(放火or法科)?で、もうよろしいような気がします。

>法律家のはしくれとしては、ここらへんの言葉の使い方には敏感にならざるをえません。

 だから問題にしているのです。
 小倉弁護士がはしくれかどうかはともかく、私も法律家のはしくれですから。

 「勘に頼って」というのは行動の根拠です。
 正確には、根拠と言える根拠がないことを示しています。
 「決め付ける」というのは意思的行動のニュアンスを強く感じます。
 つまり、故意に結びつきます。
 そして、行為者に認識として、「勘に頼る」という積極的行為の危険性(根拠がないのに行動する)は結果の認容を認定可能にします。

 プロ的には、「当該患者の血液側はA型だと思い込んでいた。」という場合と同様に考えることはできません。


>医療従者側に立ったうえで議論の場を提供しているモトケン氏

 これは事実誤認。
 医療関係エントリの最初のほうに書いてます。
 私の軸足は患者(予備軍)にあります。

>医療従事者側は、今までの主張では形式的にはそのようになってしまうことを認めたうえ、

これはそうだと思いますが、

>処罰されるべき行為と処罰されるべきでない行為とを明確に区別

する基準をつくることが実は難しいのだというのが、ナマモノを扱う側から折々提出されてきた点なわけです。一つ一つの症例には厳密には再現性がありませんし、一つ一つの症例やその経過を正確に、完全に記録することも困難です。これは医学が科学になりきれない理由の一つなんですが。

一方で、医療関係者は「まともな医療関係者として譲れない一線」があることを感じてもいて、例えば輸血の前にクロスマッチをするのはあたりまえ、最悪クロスマッチができなければO型を用いる、なんてのはここでも言い尽くされています。その「一線」が実はそれなりにファジーなものであることまで。

そのようなファジーさをかかえている以上、結局医療を支えて来たものは、医療関係者と患者あるいは医療関係者と司法の間にあったらしい信頼感だったわけですよ。

さて、第二の点、医学会他医療関係者も、公式なアピールをする際には法律の専門家にチェックを依頼すべきだというのも同意しますが(論文を投稿する時には専門家のチェックを受けるんですから、法律の専門家のチェックだって同じことでしょう)、医学会から正式に依頼があるならともかく、それをモトケンさんに押し付けるのは嫌みに感じますね。こういうブログを運営することで、十分その任を果たされていると思いますけど。

>小倉弁護士の指摘に対して、誰もそんなことを言っていないと反論するよりも、

「そんなことを言ってない」ということは「明確に処罰されるべき行為として区別して、自分の意見ではない」としていることだと思ったもんですが。
だって同意してないわけですし。

「処罰されるべき行為と処罰されるべきでない行為とを明確に区別できる主張に改めた方がいいと思います。」という意見は、「そんなこと言ってない」と”言っていない人”に向けたほうがよろしいかと。

 小倉弁護士の話をする際の根本的な問題として、訴訟リスクの問題に関して医療側が何を求めているのか、よく分からないことがあると思います。
 医療行為に対する業務上過失致死傷罪の完全撤廃を求めているのか、「重大な過失」については業務上過失致死傷罪が適用されてやむなしと考えているのか、はっきりしないと言うことです。
 また、後者の立場をとる場合であっても、「重大な過失」の判定をする仕組みとしての事故調に賛成なのか、反対なのか、反対ならば、それはどの点についてなのか、はっきりしません。
 医療側の主張がはっきりしない中で、モトケン先生と小倉弁護士が、それぞれご自分の解釈で医療側の主張を捉えて、あるいは代弁して議論しているところに、すれ違いの原因があるのかなあと感じています。
 もちろん、一口に医療側と言っても1人1人の考え方は違って当然であり、これをもって医療側の主張だと一括りにすることは出来ないのですが。

モトケンさんの主張が<「重大な過失」については業務上過失致死傷罪が適用されてやむなし>であることは、はっきりしているではありませんか。

医療関係者が総体としてどう思っているかはわかりません。医療関係者の意見の総体を代表する組織自体がありません。ただ、このブログでは業務上過失致死傷罪の完全撤廃を求めているのはお一人かお二人だったと思います。

医療関係者を代表する組織が必要だという点では、小倉さんのおっしゃる通りなんですよ。勤務医を代表する組織はこれまでありませんでしたし、開業医を代表する組織としては医師会がありましたが、武見時代が終わってからは弱体化してますし。医局講座制がそういった組織を作らせなかったという側面もありますけど。

医療関係者を代表する組織が必要だという点では、小倉さんのおっしゃる通りなんですよ。勤務医を代表する組織はこれまでありませんでしたし、開業医を代表する組織としては医師会がありましたが、武見時代が終わってからは弱体化してますし。医局講座制がそういった組織を作らせなかったという側面もありますけど。

まずは、内部組織作りしないと、ここでいくら議論重ねていても、反映できる場がないんでは内科医?
問題のほとんどは勤務医なんだろうから、勤務医同盟作って
やれば?

初投稿ですみません。トピズレかもしれませんが、2chlawyerさんが「その他の(潜在的な多くの)法律家」の意見を代表するかのような書き込みをされていたのが気になったので。。。

>ここらへんの言葉の使い方には敏感にならざるをえません。小倉氏の真の目的がどうであろうと、この議論に関しては小倉氏の指摘にうなずく法律家は多いんじゃないでしょうか。

正直ここでの小倉弁護士以外の法曹関係者は、言葉の使い方に敏感でいてかつ建設的な議論をしているように見えます。
モトケン先生が以前「良薬は口に苦し」と言いました。仮に小倉弁護士の意見がそういったものに該当するのであれば、それに対して感情的に反応することについては批判的にならざるをえません。しかし、口に苦いからといって良薬とは限らないことは明らかでしょう。

ていうか、法律家なら、ちゃんと根拠を示した上で「自分の意見」を言わなきゃ。
自分の感覚に基づいただけの「・・・のような法律家は多いんじゃないでしょうか。」といった記載は、理論的な記載ではなく、単に法曹界を袈裟に着ただけの文章です。
後輩からの起案でこういうのが入っていたら、思いっきり叱りますよ。

 まあ、「今後どうすべきか」については医療関係者も法曹関係者も、必ずしも意見の一致を見ていないんじゃないですかね。そのなかで医療者の主張を具体化していけ、というのはなかなか無茶な要求のように見えますがね。そんなことが可能ならもうとっくにやってますよ。一応すでに「重過失か否か」と言う基準や、「それでは問題があるので、ほとんど故意に匹敵するくらい、という悪質性がある場合にのみ重過失として評価すべき」と言う基準、このほか井上清成弁護士は「患者危険消滅途上論・医療危険消滅途上論」という理屈も考えていますし・・・。しかし「これだ!」ってものが見つからないのが現状なんじゃないですかねぇ?むしろどんな基準を作ろうと判断能力の問題はついてまわりますし。
 事故調についても発言の大半は医療関係者なわけで、その中で百家争鳴状態。まとめようにも、まとめようがないのが現状。
 つまり、現在では主張をまとめるのは無理。しかしそれでも「何とかしなければならない」と言う点では一致しているのだから、現在は変な誘導は控えて、百家争鳴でいいので建設的な議論をしていくべきであろうと思います。法曹関係者にしろ医療関係者にしろ、「こんな主張じゃダメ」と言う批判をするだけで終わっている人は、建設的にやっていこうとしている人からの尊敬は得られないのでしょうね。

問い

訴訟リスクの問題に関して医療側が何を求めているのか、よく分からないことがあると思います。
回答
自らの能力を最大限発揮して患者の診療に当たることのできる環境を用意してくれ、我々のためではなく患者のために

で、「具体的にどうすればよいのかよく分からない」というのが「よく分からない」ことなのでしょうけど、まあ分からないでしょうね。医療側の私も分かりませんから。法律用語で何と言えばよいのか分かりませんし、医療側にも完全刑事免責を求める意見から「今でも甘すぎる」(南淵氏:医療側に該当するか否かは棚上げ)という意見まで幅広い意見があります。司法側も見解の分散は同じだと思いますけど。
無理やり見解を統一したとしても、その見解に医師を従わせるのは無理ですね。心の中まで強制できませんから。しかも心の中だけではなくて、医師を辞めたり、リスクの高い病院(救急病院等)を辞めたり、リスクの高い診療科を辞めたり(産科を辞めて婦人科だけにする)、ハイリスク診療科に留まってもリスクの高い手技・患者には手を出さなくなったりします(ハイリスク妊婦のいわゆるたらい回し)。
ということで統一組織なんかで見解統一しても無意味なのですよ>一市民さま

とすると多少ドロップアウトする医師がいたとしてもそれほど医療供給に支障が出ない、しかも社会秩序も大きく損なわれない免責程度が落とし所になってくると思いますが、その落し所を探るのがこの場のような議論だと思います。

(前にも似たようなことをコメントしました)

とすると多少ドロップアウトする医師がいたとしてもそれほど医療供給に支障が出ない、しかも社会秩序も大きく損なわれない免責程度が落とし所になってくると思いますが、その落し所を探るのがこの場のような議論だと思います。

 その通りですね。
 ところで、「落し所」と言うことで現実的な線を考えると、やはり事故調が思い浮かびます。
 第三次試案に寄せられた医療側からのパブコメによると、やはり刑事訴訟に関係する部分に批判が多かったようで、それを受けて大綱案では、医師法21条の改正や、警察への通知における「重大な過失」と言う文言が削除などがなされたようです。

 個人的な感想としては、大綱案は大分医療側に配慮されており、基本的には現在の線で良いと感じていますが、現場で働く医師のお一人として、元ライダーさんは事故調の大綱案についてはどう評価されますか?

 過失が開かれた構成要件な上に、医療技術の手技や治療方法が千差万別なので、落とし所の基準という「実体法のマグナカルタ」を詳細に作成するのは、至難の業だと思います。戦闘の度に交戦規定と作らざるを得ないのと同様に、医療の不確実性や個別性から、学会認定医用の標準手順書も抽象的にならざるを得ないのと同じように。
 そこで、実体法で医療関係者の訴追不安をぬぐい去るために、せめて手続き的保証を喫緊から5年先まで見据えるのが妥当ではないでしょうか。
 手前味噌で恐縮ですが再述させていただきます。
 (1) 医療側の適正な防護を図るために、医籍を持つ弁護士先生を中心に、医的専門知識を兼ねそえなえた医療側弁護士軍団のナショナルセンターを創設し、日頃は医療弁護の法令判例研究及び医療研修をプロパー弁護士に行い、医療事故が発生したら、ナショナルセンターから医療専門弁護士を派遣して、医療従事者の防護弁護(対マスコミ及び起訴前弁護)に当たる。経費は全医師任意加入(将来的には強制加入)医療弁護保険(医院の法人加入及び医師個人加入)で賄う(1人月額千円程度)。
 (2) SE資格を持つハイテク犯罪捜査官同様に、医師を特別捜査官(司法警察員)としてとして採用し、週の3分の1程度は、1次救急の救急外来で医療スキルの維持(地雷原探知を含む)と薄給補てんを図り、医療事故発生時には、医的専門知識に基づいて、医療現場の捜査や医療従事者への事情聴取に当たる(地方公立病院の救急外来勤務医不足の補いも図る)。

 執拗な重複主張(自意識過剰主張)との批判は甘受しますが、真意は、ヒットゼムオフン・ヒトゼムハードです。m(_ _)m

要求として記載された文言を文字通りに解釈した場合に「過大」と受け取られる場合,その要求自体が「過大」と把握するのだとが普通ですね。

医師以外の要求に対しては,そのように要求として記載された文言を基準にその要求内容を把握した上で,その要求が課題である場合には過大であることを指摘して批判するという議論が普通に成立しています。


すみませんが,文が長くて構造が取りにくく,日本語が難解なんです.言葉のプロならもう少し他人に理解しやすい文を書いて頂けないでしょうか?
そこのところよろしく...

>つまり、現在では主張をまとめるのは無理。しかしそれでも「何とかしなければならない」と言う点では一致しているのだから、現在は変な誘導は控えて、百家争鳴でいいので建設的な議論をしていくべきであろうと思います。

 大賛成です。無理に1つに「決め付ける」議論は、学級会でも、学会でも、会社の企画会議でも、有害無益なので、そう思います。むしろ社会人としての常識でしょう。意見や思想(アイデア)の自由市場に委ねると、当たり前ですが、有用な意見や思想が支持を得て生き残るものです。

>法曹関係者にしろ医療関係者にしろ、「こんな主張じゃダメ」と言う批判をするだけで終わっている人は、建設的にやっていこうとしている人からの尊敬は得られないのでしょうね。

 そのような斜怪人や逸範人は、バックブリーカーとして、まともな民間企業なら爪弾きにされて社外に叩きだされることも多いと思います。自分のオリジナルな知識や斜見メンタリティ(と本人が思っている唯我独善自意識)をひけらかしたいという心理が見えますし、建設的意見や生産的意見をウンウンうなってまとめ上げるより、顔を真っ赤にして批判する方が楽だという手抜きが見えるからです。開発会議に多く生息するタイプですね。

 多少トピズレの横レス失礼です。m(_ _)m

>そのような斜怪人や逸範人は、バックブリーカーとして、まともな民間企業なら爪弾きにされて社外に叩きだされることも多いと思います。…(中略)…開発会議に多く生息するタイプですね。

 公務員の会議の世界だと、役人文章(処世術?)の悪しきお手本wがあります。昔の上司が庁内誌のコラムで皮肉を込めて引用したものです。
-------------------------------------------------
13/法律家の文章術
(囲み記事)法律文書の原則
1.10語で書けるところを1語で書くな。
2.長い語で十分なところに短い語を使うな。
3.たいそう複雑な文で同じようなことがいえそうであれば,単純な文を使うな。
4.ラテン語が…中略…使えるならば,英語を使うな。
5.ほとんどすべてのものに制限を加えよ。(私の上司の注)
6.繰り返しを恐れるな。繰り返しを恐れるな。
(以下略)
(出典)D・ロバート・ホワイト著(喜田村陽一訳)『アメリカ流法律士官教本(THE OFFICIAL LAWYER'S HANDBOOK)』ダイアモンド社(昭和59年)173頁
(前注)〜のとき、〜の場合、〜に際して、〜の機会に限り、〜のみに対して……などと条件設定を文言上厳密かつ内容曖昧に行うこと。
-------------------------------------------------

>事故調の大綱案についてはどう評価されますか?

「医師法21条に基く医療事故の届出先を警察から事故調に変える。そのほうが医療側にとって良いだろう」
大綱事故調にはこれ以上の意義も目的も見出せません。実質的には大部分が医療側に配慮した大綱事故調なのですが、本音を言ってしまうと各方面から反発が予想されるので再発防止とか医療安全のためとか建前を押し通しているため、そこを突っ込まれているのが現状だと思います。

自分は上記のような評価なのですが、だから賛成なのか反対なのかと問われると難しいですね。「医療事故は届出ろ」という厚労省の見解が変わらなければ、どこかに届出ることになるわけで、それなら警察よりもマシだと思えるし、峰村さまのコメントにもある理由で「現状のほうがマシかも」という思いもあります。峰村さまのコメントにもう少し付け加えれば、21条によって届けるほうは過失と考えて届けるばかりでなく、「不可抗力なんだけど届けておかないとマズイから」という理由での届も多いのですから、警察が「自首か!」と反射的に犯罪(一般用法)のように扱うのではなく、先入観無く淡々と事務的に事実関係を捜査する姿勢を見せ、マスコミも捜査や書類送検くらいでは報道しないようにすれば大綱事故調は必要ありません。

>「落し所」と言うことで現実的な線を考えると、やはり事故調が思い浮かびます。
21条対策なのですから、大綱事故調は「落とし所」を探るようデザインされてませんし、「落し所」を探るのは社会問題の分野なので、やはり司法(もしくは立法)が主導になると思います。

木ノ元弁護士の意見を読むとNo.178の私の考えは甘いなあと思ってしまいます。

問題は、福島事件を引き起こした警察官や検察官を誰が訴えるかという点にあります。やはりある種の組織は必要なんじゃありませんか。ハスカップさんのおっしゃるようなナショナルセンターはその候補になると思います。

こういうことを言うと「サヨク」のレッテルを貼られて終わりになることは重々知っていますが、シモジモのものはやはり団結しないと各個撃破されて滅ぶだけですよ。

#そうなれば No doctor, no error. No doctor, no payment な某省は大喜びでしょうけどね。

 さすがは弁護士、問題点をしっかり把握されてましたね。小生のブログにも飲用させてもらいます。
 法曹の方々でも今の警察検察のやり方が医療に悪い影響があると思っているかたもいて、医師擁護の最左翼の小生としてはやる気が出てきます。でも医師はヘタレが多いからちょっと罰則が甘くなるだけで逃散をやめてしまいそうですね(笑)

うっ・・・木ノ本弁護士のご意見ですか・・・
いってることはある意味正しい・・・とは思うのですが・・・

このような切実な医師の気持をうまく利用して、漁夫の利を得ようとしている者がいるのではないかということを、もっと真剣に疑ったほうがよい。

と言うのもなんというか・・・あの・・・
「あなたは利用するつもりはないんですよね?ね?
と聞きたいと言うか・・・
「憲法違反の主張も読者層を理解したうえで言っているんですよね?ね?
と聞き・・・いや・・・まあいいや
すまんがおいらはこの件では鈴木弁護士派です(逃)

どこにコメントしてよいのやらわからないので,とりあえずここに書かせてもらいます。例の元ライダーさんの発言に関してです。

刑事扱いになりそうもない事例ですが、例えばレントゲン写真に病変が写っていたが見逃した。鑑定で10人中9人(以下9人)の医師が病変を指摘できたとしたら、見逃した医師は間違いがあったと考えられますね。見逃しと言っても普通の看護師さんレベルが見ても「明らかに変」といったものを見逃したのでなく、医師だから9人が指摘できる病変を見逃したとします。

この見逃しを有責としますと、正しく病変を指摘した9人の医師も「やってられない」と感じるでしょう。なぜなら9人の医師もこのケースで正しく指摘できただけであって、別のレントゲン写真でも正しく指摘できるとは限らない、それ故いつかは自分も10人中1人に成り得ると自覚しているからです。言い変えればレントゲン写真診断試験で100点満点を取れるとは限らないと自覚しているからです。(ここでは誤解を避けるため「過失」という単語は用いませんでした)
これまでの法律家の方々の主張などからすると,この事例に対して「この見逃しは過失だ」という鑑定をした鑑定医はトンデモ鑑定医だということになるのでしょうが,しかし,10人中9人が指摘できた病変を見逃した医師は,今後の診療をよりよいものとするために,反省して次に活かす必要があります。そのためにも,それを指摘する医師も必要なのであり,これは先日ちょっと書いたことですが,http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/07/29-232008.php#c161580
そのような,自由闊達な意見の主張は,医療を発展させるものとして絶対に必要なものだと思います。
さて,そのような喧々諤々の議論を保障した上で,上記の例で法的過失を認めないような方策を考えることは,それは医者の仕事なのでしょうか? それを両立させるようなシステムを作りえないことは,医者の責任なのでしょうか?

 10人中9人の話ですが、それもやはりトラックの交通事故に例えるとどうなんだろうと思うんですよ。
 トラック運転手もいつか自分が10人中の1人になるリスクはありますよね。
 それでも、10人中9人が事故を回避できたケースで、事故を起こしてしまったら、そのケースにおいては訴えられても仕方ないと思います。
 そうでないと、少なくとも私は怖くて高速道路に乗れません。
 医療には不確実性がありますが、それは医療に限った話ではないわけで、医療だけを免責するのはどうかと思うわけです。

上の私の書き込み,元ライダーさんの書き込みの引用が間違っちゃってました。すみません。

で,名無しさんさん

なにが理由かわかりませんが,全然共感しません。しかも私の指摘の核心とは外れた返信のようですが,ちょっと返答。

それが刑事に関してのご意見なら,どうぞご勝手に主張なさってください。まともな医療のできる医者はごく一部を残して消滅して終了。

民事に関してなら,私はそのような意見にも一理もないとは言いません。その考えの下では,ミスを繰り返す医者はやっていけないので淘汰されるでしょう。ただし医療費はそれに見合った額になるでしょう。ごく一部の大金持ちだけが,その財産をはたいて医療を受ける,それでもいいかも知れません。

でも,それなら全ての医療事故「被害者」が同じ動きをするべきだと思うんですね。

現状で一番問題だと私が思うのは,ごく一部の医療事故「被害者」に,極端な金銭配分がされることです。
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/iryosaiban/essey01.html

「医師法21条に基く医療事故の届出先を警察から事故調に変える。そのほうが医療側にとって良いだろう」 大綱事故調にはこれ以上の意義も目的も見出せません。

 それは結構意義のあることじゃないでしょうか。
 もともと、大野病院事件に対する医療側の反発の根っこは、医療の専門的知識がない捜査機関が捜査・立件することの不合理さにあったと認識してます。
 届出先を警察から事故調に変えることは、単に届出の手続きが変更されるだけでなく、事故調の専門的な調査を捜査機関が尊重する仕組みを構築することに繋がる(はずな)わけですから、その意義は小さくないと思います。

さて,そのような喧々諤々の議論を保障した上で,上記の例で法的過失を認めないような方策を考えることは,それは医者の仕事なのでしょうか? それを両立させるようなシステムを作りえないことは,医者の責任なのでしょうか?

堂々巡りになってしまう事を承知で発言します。

私が知りたいのは過失か過失でないかであって、病変を見落としたか見落とさなかったのかは些細な事なのです。医師の方々が病変の見落としを過失と判断されないのであれば、それはそれで受け入れます。

「病変の見落とし」の議論に関しては医師の間でカンファレンスの形なり、ピアレビューの形で行えばよろしいのであって、一般の方々に対してはそのような議論は必要がないと思いますが、いかがでしょうか。

極論を言えば、法廷で必要なのは価値判断であって、医学的な議論は必要ではないと思います。

 民事裁判は、「損害の公平な分担」が指導理念で、真実発見の場所ではありません。処分権主義といって、事実と異なることを当事者が認めると、それが真実と擬制され(擬制自白)、裁判官もこの擬制に梗塞もとい拘束されます。
 刑事裁判での真相究明がダメなら(不起訴)、せめて民事裁判を通して真が知りたい!という御遺族の気持ちは痛いほど分かりますが……。

No.184 名無しさん さん

私も、 峰村健司先生と同じように、あなたの意見に全く共感できません


>そうでないと、少なくとも私は怖くて高速道路に乗れません。


医療裁判についての議論の中ですが、貴方のような素人が医療事故の被告(人)席に立つことがあり得るでしょうか?
素人には医療をプロとして行う資格がないのに、資格のあるプロに対して、”今の医療裁判で何が怖いのか?”と問いかけることに大いに疑問を感じる

悪いけれど、貴方たち医療の素人より、我々医療のプロの方が、よっぽど医療の怖さを知っている

素人さんが考える道路で例えれば、道なき道を制限時間内に、商品を損傷することなく、適法に輸送し、一定以上のコストは負担しないと言われているトラック運転手が、医師ということでしょう

本気で医師をトラック運転手並だと思うのなら、医師が足りない病院にどんどん医師を連れてきてみてはいかが???

No.187 しま さん

>医師の方々が病変の見落としを過失と判断されないのであれば、それはそれで受け入れます。


医師という専門家の価値判断を受け入れるといいながら、まだ”私が知りたいのは過失か過失でないかであ(る)”というのは、要は専門家の意見を受け入れてない証拠です。

医学根拠を抜きにした医療裁判の価値判断というのがあり得るものかどうかも考えるべきでしょう
トンデモ医療裁判に疑問を投げかける最大の争点は、事実認定そのものなのですから。

しまさんの上記のご意見は、全くの詭弁と申し上げておきましょう


まだ”私が知りたいのは過失か過失でないかであ(る)”というのは、要は専門家の意見を受け入れてない証拠です。

例えば、レントゲンの見落としがあったとして、その見落としが過失にあたるのか、過失にあたらないかは専門家の見解を受け入れるという事なのですが。

もっとも、この辺りは鑑定医のあり方に繋がるとは思います。鑑定医は事実の指摘までにとどめておくべきなのか、過失か否かの判断まで踏み込むべきなのかは、見解が分かれそうなところだとは思います。現在の私は、鑑定医がそこまで踏み込むべきだという立場です。


医学根拠を抜きにした医療裁判の価値判断というのがあり得るものかどうかも考えるべきでしょう

医師の方が医学的根拠を抜きにして、判断されるとは思わないのですが。医師の方が「レントゲンの見落としは過失である」と判断される場合、「見落としは過失であるという根拠」「レントゲンが見落とされていると言う根拠」の二つの根拠がそろっていると思いますし、根拠がないのであれば判断しないのではないでしょうか。

>No.130 サスケット さん
亀レス、長文スミマセン。

実際のところ、「やるべき」が明らかになっていない不透明な状態では患者側だって不安ですし、疑いを持つのはしょうがないんじゃないでしょうか。
おっしゃることはよく分かります。ただ、表現が難しいのですが.... 医療者にとっても「やるべき」は一定かつ明かではない事は多く、「やるべき」と言われていたことが実は「やるべきではなかった」とあとから変わることなど珍しくないのです。 適切な例か怪しい気もしますが、、以前は創傷治療に際しての消毒や長期膀胱カテーテル留置患者への定期的膀胱洗浄などは積極的にやるべき事でしたが、現在はいずれも積極的に行うべきではないという考えになっていると言ったこともあります。

また、次も難しいところですが

死の可能性を予見できていて、、あの時ああすれば死の可能性を回避できたかもしれない。それをしなかった人が免責されるのはなぜですかというときに、「やるべきことを」をやっていたのかどうかも説明できないわけですよね?それではだれも納得させられないです。
実際はやるべき事をやっていたとしても回避できたかもしれないし回避できなかったかもしれない。また、やるべき事をやっていなくても回避されたかもしれないし、回避できなかったかもしれない。本来はやるべき事であるが、やったことにより副次的なイベントが死に結びついてしまった、やらなければ後遺症はあったかもしれないが死には至らなかったかもしれないと言う医学的な判断がされる場合などもあり得ます。このように「かもしれない」という知識と経験に基づいた推測に基づき判断され、実行されるのが医療であって、回避できなかったという結果のみからやるべき事をやってなかった、もしくはやるべきではなかったことを行ったという判断は画一的には出来ません。そして、先に挙げたように「スタンダードの陳腐化や例外」という範囲以上に、スタンダードが正反対になるなどの変化がいくらでも起こりえます。また、専門性の高い内容になると、専門家同士の意見が異なることも全く珍しくありません。ですからその都度示される判断基準で納得していただくほかないと思います。


No.173 ハスカップさんが書かれているように、「医療技術の手技や治療方法が千差万別なので、落とし所の基準という「実体法のマグナカルタ」を詳細に作成するのは、至難の業」であり、私はスタンダードから逸脱しているか否かという判断は、その都度、第三者である鑑定医による判断に頼らざるを得ないと考えています。そして、刑事だけではなく民事も含めて、従来通りの鑑定医の選択と鑑定能力、またそれに対する司法の判断、そしてもマスコミ報道による一般の方の感覚と現実とのズレを実感・もしくはズレを恐れているのが医療者の現状だと認識しています。(私は医療者の代表でも何でもないですが、一医療者としてそう感じているのは事実です。)
繰り返しになりますが、非医療者からすれば「判断基準はこれです。」と前もって提示されないことは、ブラックボックスのようで反発が出てくることは理解できます。が、判断基準となるスタンダードを前もって規定して提示することは至難の業であり、仮に提示したとしてもそのことで医療行為の足枷となる(萎縮医療と医学の発展の阻害)という弊害が生まれることが容易に想像でき、実際萎縮医療はご存じの通りです。またその都度基準を改正する手続きを取るとしても後手後手に回ったり、諸関係機関の負担が大きくなるので、判断基準はその都度、ケースにあわせて、調査機関から提示されるべきものだと思っています。
単に私の能力不足なのかもしれませんが〜「スタンダードを提示してください。」と言われても経験を積めば積むほど「個別評価は出来ても、スタンダードの提示は無理ですよ。勘弁してください。」としか言えません。一律なスタンダードが作り難いからこそ、医療者と法曹の間を埋める専門的知識を持つ医療事故第三者調査機関の必要性や過失致死罪に関する深い論議が必要であり、なされているのではないでしょうか。


Ped>最終段落を読めば、医療従事者とトラック運転手が根本的に異なるという
Ped>一つのヒントにならないでしょうか。
サスケットさん>すみませんどれの最終段落かわからないのですが。

私のNo.42の「結局何が言いたいかというと、」以降です。これまた書き足りなかったのかと反省していますが、サスケットさんのNo.5の発言で、「その根拠が「トラック運転しなければ事故は起きない」とかはあからさまにおかしいですよね。そんなこととらさんの主張している(と思われる)「当たり前のことをしなかった場合は〜」への説明にはなりません。」と書かれていたので、余談として書いたものです。医療の全てがイレギュラーでは無いのはおっしゃるとおりですが、ある意味患者さんはイレギュラーのかたまりです。スタンダードは広い幅を持っており、治療のスタンダードも時々で変化し、検査法も医学の進歩に伴って変わり、得られる情報量も変わります。治療スタンダードが時には正反対にすらなることは前述の通りです。トラック運転手の場合、スタンダードが頻回に変わったり、正反対になったりすることはまず無いですよね?

だらだらと長文申し訳ありませんでした。言いたいことは至極単純のはずなのですが、どうもうまくまとめられないもので....医療の不確実性と基準作りの困難性について書くのは何週も周回遅れだと思いますし、スレの流れから大きく外れていますから、これにてひとまず私は終わりにします。

私は今のところあらゆる業界に対しいわゆる免責とは違うかも知れませんが、業務上過失致死として個人の罪を問う前に、それが個人の罪かどうかをもっと考えて行政処分(これの意味あってるのかな?)などを考えたほうがいいのではと思っています。

という立場を表明したうえでですが、医療事故と交通事故を同じレベルで論じて、トラック運転手だって業務上過失致死になるのにというのは変だと思います。
比較するなら消防士と比較したほうがいいかと思います。
なぜなら患者さんは「病気」なんです。
すでに最初から「火事」なんです。
医師はそれを消そうとしている。
ところが後になって、しかも現場にいなかった人が時間をかけて検討した上で
「右から放水したのが悪かった。左から放水してれば消せた可能性があった。よって刑事事件とする。」
って言われたら、「そんなこと言われたら消火活動なんて出来ません。」ってなると思うんです。
中には放火をする消防士だっているでしょう。
それに似たことする医師だけ逮捕すればいいのではないかと思ってます。

そしてトラック運転手でも、過積載のトラックを36時間連続で運転させる会社であれば、運転手を裁く前に会社の責任を追求して欲しいと思います。
現場の個人に責任をおわせてトカゲの尻尾切りするのは問題だと思います。

長いのでその2。
行政処分(みたいなもの。言葉に自信がないです。笑)とトカゲの尻尾切りについて。

ちょっと申し訳ないのですが、勝手に「紫色の顔の友達を救いたい」先生の事件を例にします。(多少事実誤認が含まれるかも知れませんので直接ご存知のかたがいれば訂正お願いします。)

あれは消防士である先生が持たされたホースが目詰まりしてたという不幸な事故だと思いますが(ただしなぜ使い捨てのフィルターが使い回されたのかと言うことについては診療報酬の問題とかやっぱり金のことに行き着くかと思いますがそれは置いといて。)トカゲのしっぽ切りの例かなと思います。

で、結局は病院の特定機能病院の取り消し(数年で戻ってますが。)ですが、
これも個人的には処分の方法として間違ってると思うんです。
良くなる方向にむけて指導と処分が行われなくちゃ意味が無い。

特定機能病院が取り消されて、準備段階にあった心臓移植ができなくなり、緩和ケア病棟が造れなくなったというのは(再承認後できたかな?その後のことは知りませんが。)まるで病院への処罰というより「利用している患者さん」へのペナルティーかよ?!って気にさせられます。

しかも特定機能病院が取り消しで医業収益が減って、職員のボーナス削減、医師だけじゃなく全業種が意欲をそがれるという有様では、現場の状態を悪くするための処分だった?みたいな。(笑

 交通法規を遵守して安全運転していれば、もらい事故(無過失又は不可抗力)を除き、たいていの事故は防げます。フェイルセーフシステムも採用されていますし。
 しかし、医療は、たとえ学会認定医用の標準手技・治療マニュアルを墨守しても、死傷事故は発生することがあります。おそらくマニュアルが想定しないレアケースが多すぎるからでしょうし、フェイルセーフシステムが採用できない病理現象も多いでしょう(医療者でない素人の憶測ですが)。
 医療は、人体という不可思議なナマモノが相手の特殊な業務であり、個別性・実験性・裁量性・未知の領域大杉(原因不明の難病とか)の呪縛から逃れられないと思います。
 ここが純粋物理工学系システムを基本とする(副次的に人間工学を含む)道路交通・鉄道交通・航空交通・船舶交通と異なる点でしょう。比ゆ的にいえば、人体は右側通行・直進優先とは限らないし病院へ来る患者さんは赤信号冒進(病気)がデフォルトなんですから。
 しかも、No.192で沼地さんが指摘されているとおり、医療は消防活動と同じで、日常生活の特異例外(場合により緊急)なアブノーマル事象を対象とする特殊性があり、ノーマルな事象を前提とする交通関係業過とは、比較が困難な点は銘記した方がよいように思います。

長い!!その3。

事故が起きた時にそれを処罰するんじゃなくて、良い方向に指導するということの最大の問題点は、被害にあった人の気持ちだと思うんです。
自分はヒドい目にあった、でもそのために病院が潰れるんじゃなくてりっぱになったというのは、釈然としない。
だからまずは被害にあった人の救済の方法が必要だと思うんです。
このあたりは峰村先生と似た感覚だと思うんですが、今のシステムでは我慢した人はそのままというのが問題だなって気がします。
被害にあった人の救済は事故調などとは切り離して、別個にしっかりしたシステムがほしいなと思います。

あとこれも峰村先生と同じなのですが、後になって現場にいなかった人が時間をかけて検討した上で
「右から放水したのが悪かった。左から放水してれば消せた可能性があった。」
と言うことは、刑事事件にその証言を使うと言うのでなければ必要だと思います。
そうやって現場は進歩してきたのですから。
右から放水した人を責めるのでは無く、次に同じようなケースがあれば左から放水したほうがいいのかもと言う可能性を考えることは重要だと思います。
次の火事のときのために。

医療系のブログの症例で軽い気持ちで「この検査はいらなかったんじゃ?」みたいなコメントをしたら、後からいろいろいうのは現場の人間に悪いよ〜って反応が返ってきてううむ、ネット上で症例検討するくらいオープンな症例についても現場の人はこんなに神経質になってるんだと驚かされました。
自分は安全地帯にいる身ですが、後輩なんかの話しを聞くと前線の人たちのためになんとかならないものかと思ってます。

う〜〜朝っぱらから演説みたいに長い!!
粘着質って言われてしまふ。(笑

> Med_Law 様
亀の横入り&長文で申し訳ありませんが、No.189後段で言及されておられるNo.187しま様への反論について、私が感じたことを申し述べます。

まず最初にご確認したいのですが、司法の医療への関わりについて、Med_Law様は次のどちらの立場におられるのでしょうか?

A:医療事故と言われるモノは、医師の目で評価すれば、全て正当な医療行為の結果であり、司法が介入する余地は一切無いと考える。

B:医療事故と言われるモノは、医師の目で評価すれば、大多数は正当な医療行為の結果であるが、中には医師の目で評価しても、正当な医療とは評価できないトンデモ事例も存在するかもしれない。そうしたトンデモ事例だと医師により判定された事例は、個人の責任が問われ、司法が介入することはやむを得ない。

Med_Law様がAの立場でおられるなら、No.189でのご主張には論理的な矛盾は無いと私には思えます。

ところが元々のNo.187しま様のご意見は、Bの立場を立論の基礎としておられると私は受け止めております。私なりにしま様の”私が知りたいのは過失か過失でないかであ(る)”というご意見を忖度して整理すると次のように表現できるかと思います。

【しま様の「過失」と「医師の目での評価」についての私なりの解釈】
医療事故と言われるモノを、医師の目で評価する組織や機関が存在し、そこでの評価が正当な医療行為であって司法が介入するべきではないとの結果が出たならば、司法側がその評価の結果を尊重して、刑事訴追や民事賠償請求訴訟をするべきでないという、「医療側の判断を優先し尊重するべきだとの主張」を受け入れる。

ここで問題になるのは、しま様の”私が知りたいのは過失か過失でないかであ(る)”の部分で使われた「過失」という言葉になります。このしま様の仰る「過失」とは、先のBの文中での正当な医療とは評価できないトンデモ事例の、「トンデモ度の判定評価」に該当するのではと私は考えます。すなわち、トンデモ度がとても正当な医療の範囲を超えていると医療の専門家が判断したならば、そのトンデモ度の度合いに応じて個人の責任が司法の場で裁かれるのはやむを得ない。このように理解して良いのではないでしょうか。

前記Bの立場の意見で誤解してはならないのは、専門家である医師の判定をまず行い、その結果を専門家でない法律家や司法(裁判)は尊重する、ということです。専門家の判断がキチン出されるなら、警察や検察が捜査すべきか否か、起訴すべきか否かはその結論に従えば宜しい。つまりは起訴前弁護制度の拡大と強化に繋がり、ハスカップ様の「医療側の弁護センター」の構想が有効と評価されてきます。

しかしながらMed_Law様は

医師という専門家の価値判断を受け入れるといいながら、まだ”私が知りたいのは過失か過失でないかであ(る)”というのは、要は専門家の意見を受け入れてない証拠です。
と申されています。ここでの「専門家の意見を受け入る」を文字面どおりに解釈すると、医師によって正当な医療行為とは言えないトンデモ度合いであっても、その一切の医療側の価値判断を非医療側の制度(司法)は受け入て従うべきだ、と解釈する者が出て来るかもしれないと思います。

言い換えれば、全ての医療事故は医師によってのみ裁定されるべきであって、その医師の価値判断は絶対のものであり、一切の司法の介入はあってはならない。このように前記Aの立場にMed_Law様は立たれておられるように読み取る余地があり、医療側は絶対的な刑事免責を要求していると受け取ることも間違いとは言い切れない、このように思えます。

結果として、医療側は司法からの絶対的免責の地位を法的に保証せよと主張をしている、トンデモナイことで許すわけにはいかない。絶対に医療側のトンデモナイ主張を論破し、葬り去らねばならぬ。このように批判する意見を招きかねないと懸念するのですが、いかがでしょうか。

傍レスですが、

複雑なものを簡単なものでアナロジーにして理解しようとする方法論の限界を感じます>交通事故云々

だからといって、単純なことをわざわざ複雑に書くのも不毛極まりないですが。

>複雑なものを簡単なものでアナロジーにして理解しようとする方法論の限界を感じます>交通事故云々

わはは!朝っぱらから簡単に消防士さんを出しちゃいました。
ほら今北産業のかたがいらっしゃるたびにトラックの運転手なので変化球。(笑

>だからといって、単純なことをわざわざ複雑に書くのも不毛極まりないですが。

御意!!

今北産業ってどんな会社ですか?

>No.192、193、195 沼地 様

反論・異論ではなく参考となるご指摘を。

その1
現行の行政処分(医師法7条での免許の取消しや3年以内の医業の禁止)は、処分を不服として裁判で争うこと(処分取消しの訴訟の提起)が可能です。行政処分の結果について司法(裁判所)が立ち入ることを拒否する制度改革は、憲法の規定や法理論上ちょっと出来ません。ですので行政処分制度を拡充したとしても、司法の介入を一切排除することは出来かねると思います。

その2
特定機能病院の指定が無い場合、その病院で特定の高度な医療(一例としては臓器移植など)を行なうことを、法律的に絶対的に禁止するものではありません。仮に指定無しの病院が臓器移植を行なった場合、その医療の行為だけを対象に、実施した病院や医師が法的なお咎めを受ける(逮捕や起訴されて刑事裁判を受ける)ことは無いはずです。

特定機能病院の指定があると、臓器移植などの高度先進医療も健康保険の対象(特定療養費、平成18年以後は保険外評価療養費)となり、高額療養費の自己負担限度額(概ね月に8万円強)を越えた医療費は、健康保険で賄われます。すなわち臓器移植の手術料など数千万円も掛かる医療費も、指定病院であれば健保から医療費が出ますが、指定が無い病院でこのような保険外の医療を受けた場合は、数千万円の医療費が全額自己負担になります。

金持ちの患者がこの健康保険対象外の何億円もの医療費を自費で払うか、或いは病院側がその多額の医療費を大幅に値引きしてタダ同然で行なうなど、指定外の病院が臓器移植などの保険外の高度な医療を行なうこと自体は、現行法令上は禁止という法令条文はありません。法令上禁止の規定がありませんので、指定外の病院が実施して何億円も請求しても、法律的なお咎めはありません。ただし、厚生労働省などからは徹底したイジワルを受けるでしょうが…。

現行の行政処分ってやっぱり私は間違ってました。
ありがとうございます。
医師法7条での免許の取消しや3年以内の医業の禁止が医療関係の行政処分なんですね。
病院全体への指導や処分は何と呼べばいいのでしょう?(しろうと丸出しですみません。

>指定外の病院が実施して何億円も請求しても、法律的なお咎めはありません。
それはそうなんですけどね。(笑
それが病院へのペナルティーなのか患者さんへのとばっちりなのかって点で疑問を覚えたもので。

2ちゃんねるニュース速報VIP板が発祥。

『今来た私にこれまでの流れを三行で説明してください』の略。

>No.201 沼地 様
>病院全体への指導や処分は何と呼べばいいのでしょう?

病院や診療所は、医療法第7条によって都道府県知事より開設許可を受け、同法第29条により都道府県知事より開設許可の取消し、又は閉鎖の処分を受けます。この29条の規定が、狭義の行政処分です。

狭義のと断りを付けたのは、行政当局の内々の指導や指示、イヤガラセをチラつかせた口頭での注意等々、実際の病院設置者は、お上の意向に逆らったらエライことになることを、身を以て知っているからです。


>それが病院へのペナルティーなのか患者さんへのとばっちりなのか

この健保での保険外評価療養費で高額療養費の対象になるのか、それとも全額が保険対象外の自費負担となるのか、そしてこれは患者さんへのトバッチリではないのか、という議論がいわゆる「混合診療問題」の本質です。

この混合診療について、健康保険法の上で禁止する明文規定があるのか否かを争ったのが「清郷(キヨサトと読みます)訴訟」です。平成19年11月7日に東京地裁で、保険外の医療を保険対象の医療と組合わせる「混合診療」において、健保の保険給付を一切行なわないとする「混合診療の禁止」は、健康保険法令に根拠となる規定が無く禁止は違法である、という清郷訴訟の一審判決がありました。国が控訴したので現在は東京高裁で審理中ですので、確定した判決とはなっていませんが…。


なお、私は健保法など社会保険諸法令の専門家ですが、医法や医療法など行政法の専門家ではありません。そこを含んだ上でお読み下さい。

いつもありがとうございます。
じゃあ、医療に限らずですが業界を脅す法律はあっても積極的に改善する法律ではないわけですね。
それも作ってって要求しないといけないのかなあ?

混合診療の問題なら何となく判ってます。
身近な問題だから。(笑

混合診療のメリットとデメリットの両方ともある程度は理解しているつもりですが、最近は医療系ブログではずばり公的医療費の削減の手段という意味合いでのみ使われている気がするので、もうここまで来てるのかと暗澹としますが。

>No.191 Pediatrician さん

全部が全部標準化できるとは思っていませんのでそれは仕方ないですし、そこまで標準化しろという意図はありません。

そもそも違った医学的判断をされることがあるならそれは標準化されていない部分です。
(標準の陳腐化や変化については置いておくとして)標準化をする意義が小さいと私以上に考えられておられるのでしょうが、まずそこでズレがあるんでしょう。


私が小倉さんの言っている事案や、とらさんの件を元にしたせいもあるんですが、たとえば「クロスマッチをしなかった」ということはごく簡単に「スタンダード違反」で片づけられることですよね?

どのくらいの範囲を標準化で片づけられるかに所説はあるんでしょうし、
そして繰り返しますが、「比喩表現」上の問題でもあるんでしょうが、
【「当たり前のこと」というのがあり得ません】なんて言いませんよね?


クロスマッチをしなかっただとか、患者の腹にはさみを置き忘れただとか、そんな失敗はだれでも画一的にエラーと判断できますよね。単純にそれだけですよ。以前のエントリでのとらさんとやり取りでも感じた違和感なのですが、こんなことは当たり前にできることですよね?


それとは別に、「それなり」に発生する局面では標準的な判断がありえないのは理解しています。
そうなってくると専門家込みの高度な技術判断による判定が「その都度」必要になってくるわけですよね。
スタンダードを越える事例については医療安全調で扱い、医療安全調で問題となった事例だけ警察で扱うという流れがそういった部分なんでしょうが。

そういった流れの話をするにあたって、
【あからさまにわかりきった基本を怠ったことによる「過失」は、当たり前に分けていただきたいところです。「正しい」「誤り」以前に。
この件に賛成・反対どちらの立場にせよ、患者側の視点からすれば、そんな当たり前のこと議論の余地なく犯罪?扱いしてもらえないと困ります。】
というのを前提に敷いていてほしいものだということです。小倉さんならずとも。

素人さんが考える道路で例えれば、道なき道を制限時間内に、商品を損傷することなく、適法に輸送し、一定以上のコストは負担しないと言われているトラック運転手が、医師ということでしょう

本気で医師をトラック運転手並だと思うのなら、医師が足りない病院にどんどん医師を連れてきてみてはいかが???

 随分、論点がずれています。
 私が言っているのは、トラック運転手にはトラック運転手の注意義務があり、医師には医師の注意義務があると言うことです。
 医師の注意義務と言うのは、事故調が言うところの「標準的な医療」と言い換えてもいいです。
 つまり、職業によって果たすべき注意義務と言うものがあり、それを果たさずに事故を招いてしまったら過失犯とされても仕方ないと言うことです。

 もちろんトラック運転と医療行為では業務や専門性の差異はあるでしょうが、そういうことを言っているのではありません。
 それぞれ注意義務を果たす必要性においては、トラック運転手も医師も変わりありません。
 従って、「本気で医師をトラック運転手並だと思うのなら・・」うんぬんと言う指摘は的外れです。

横レスすみません。

名無しさん さまの意見を改めて確認させていただきたいのですが、以下のうちどれが近いでしょうか?

1.医療関係者も、他の業界でも、業務上の過失があった(その結果人の死傷が生じた)ならば、刑事罰に服すべき。
2.医療関係者だけ過失を免責(非犯罪化)するのは不公平。業種を問わず、一律過失を非犯罪化するのが望ましい。
3.医療関係者と他の業界とで扱いを変えるのが望ましくないというだけであり、過失犯の非犯罪化の是非については意見を固めてはいない。

つまり、「過失犯処罰」一般についての当否に関するスタンスの問題です。
これを明らかにするほうが、議論を収束しやすくなるのではないかと。

また、トラック運転手との比較それ自体は(私は)有益だと思いますが、医療関係者と「似ている方」に着目した議論をしているのか、「似ていない方」に着目した議論なのかを意識的に区分しないと、論点が拡散してしまうように思います。

私も横レス失礼します。

>トラック運転手との比較それ自体は(私は)有益だと思いますが、医療関係者と「似ている方」に着目した議論をしているのか、「似ていない方」に着目した議論なのかを意識的に区分しないと、論点が拡散してしまうように思います。

 禿同です。m(_ _)m詳細は↓参照。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/07/31-090610.php#c176752

1.医療関係者も、他の業界でも、業務上の過失があった(その結果人の死傷が生じた)ならば、刑事罰に服すべき。

 1.ですね。
 ただし、医療に関しては、その専門性などに鑑み、過失の有無について裁判所が判断をする際には、事故調の判断を尊重するのが望ましいと考えています。

名無しさん さま

ありがとうございます。
そのうえで、No.184 に関してですが、

 トラック運転手もいつか自分が10人中の1人になるリスクはありますよね。  それでも、10人中9人が事故を回避できたケースで、事故を起こしてしまったら、そのケースにおいては訴えられても仕方ないと思います。  そうでないと、少なくとも私は怖くて高速道路に乗れません。

このご意見は、「運転を誤って他人を死傷させたドライバーが刑事罰に処されないと、危険なドライバーが排除されず、高速道路などにおいては安全性が保障されず、危険きわまりない状況になる」 という予測を前提とされているように見受けられます。

が、その予測は合理的でしょうか。
過失の事故は、「起こしたくて起こしたわけでない」 ものでしょう。ということは、元々、「もう事故を起こさないように気をつける」 という動機づけはできているのではないでしょうか。
そして、仮に自動車運転致死傷罪が廃止されたとしても、道路交通法違反はまず免れず、免許停止か免許取消処分を受けるでしょうし、被害者または遺族に対して損害賠償義務も負います(会社が負担する場合でも、会社から一部求償を受ける可能性が残ります)。

「起こしたくて起こしたわけではないが、なかなか正しく 『気をつける』 ことのできないドライバー(=リピーター)」であれば、長期の免停や免許取消によって、つまり行政処分によって「排除」されることになります。

スピード違反や信号無視などは、「やりたくてやる」故意犯ですから、これらを野放しにすれば、道路は無法地帯化し、「怖くて乗れない」ということにもなるかもしれません。
(実際、伝聞ですが、事実上「野放し」のイタリアの道路など、日本人に限らず海外からの旅行者は怖くてとても自分で運転しようと思わないそうです)

が、過失に関していえば、刑事罰を科さないことが、「野放し」や「無法地帯化」に直結しないのではないか、と思うのですが。

 たびたび横レス失礼します。m(_ _)m

>事故調の判断を尊重するのが望ましいと考えています。

 それを手続的制度的に担保するため、医籍を持つ医療特別捜査官を提唱しているわけです。我田引水多謝。m(_ _)m

> 手続的制度的に担保するため

ならば、端的に事故調意見を起訴要件とすべきではないかと考えます。

それは不可能、というのがハスカップ様のご意見ですが、
(刑事免責主張に関する私なりのまとめNo.168
http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/07/29-232008.php#c176874)

私はそうは思いません。
独禁法や議員証言法で「実質的な被害者」を差し置いて「専権告発権」を与えてよいとされているのなら、
理論的には、被害者の意見は絶対ではないと言えるのではありませんか。

加えて、故意犯ではなく過失犯であり、重罰を科しても予防や再犯防止効果はさほど期待されません。国家の刑罰権は被害者の復讐を代理するものではなく、社会的な効用が見込めるからこそ行われるもの。
医療に関しては、刑罰は効用以上に弊害が大きいことは、既に明白と思います。

 お気持ちは分かりますが誤解があると思います。
 まず、「専属告発」を訴訟条件とするのは、実質被害者に「専属告発」権限を付与するものと同様です。議院証言法は、実質的被害者の議院の告発を被害者の告訴に準じるものとして訴訟条件としたので通常の親告罪みたいなものです。また、独占禁止法違反や税法の告発訴訟条件は、実質被害者の国の告発を被害者の告訴に準じたものです。
 しかし医療事故調は、実質被害者でもこれに準じるものでもありません。
 次に、独占禁止法や税法の告発要件は、行政処分の準司法機能(審判)も備えて、一部証拠制限ルールすら認められた第三者組織であるとして公正取引委員会や国税庁に付与されたものです。
 医療事故調はこれらに準じる公平な審判機能や証拠制限ルールを認めてよい権限はないので、告発を訴訟条件としてよい基盤を備えていないのです。
 最後に、上記「専属告発」は、被害者の告訴権を制限ないし侵害しないので弊害がありません。しかし、医療事故には、刑訴法上の明白な被害者や遺族が告訴権を持ち、これを国家機関が制限してしまうという弊害があります。
 この3点をクリアしないと、衡平上も、合憲とは言い難いでしょう。

 久しぶりにお邪魔します。ハスカップ様の意見を読んで「なるほど」と思いましたが、その理屈は法律の世界でもう確立されたことなのでしょうか。確立されていても新たに挑戦してもいいと思いますが、自分なりに思考したことを書かせていただきます。
 まず、議院証言法、証取・税法関係で、「告発」が訴訟条件になっているのは、指摘1点目の「実質被害者の立場にあるから」という説明について考えてみました。
 もともと告訴・告発は、「こういう犯罪がありますよ、だから刑罰を科してくださいと求めるもの」ですよね。でも、検察の起訴を拘束するわけではなく、捜査の切っ掛けのはずです。逆に、告訴なしでも、検察が犯罪事実を証拠で証明できるなら起訴できますよね、大半の罪については(業務上過失致死傷を含む)。
 これが原則のはずで、しかしそれでは「起訴された場合に」色々な面で不都合が生じる犯罪があるから、親告罪にして「起訴を制限」しているのが、強姦・強制わいせつ・器物損壊・親族相盗などなどだと思います。あまりしゃしゃり出られても困るんだよね、という考えに近いのでは。
 ところで、告発が訴訟条件になっている犯罪は、訴追の制限なのでしょうか。議院証言法では、検察が訴追しても不都合が生じるとは思えず、逆に訴追が議院の権威を高めることになると思います。あえて「不都合」を考えるとすると、三権分立や議院の自律権があるから、その判断を尊重する(べきだ)という程度になりましょうか。ならば、ここで「実質被害者だから」という説明をすると、被害者が告訴しなくても訴追ができる犯罪があるので、異なる場面の論理を使っていることにならないでしょうか。
 公取や税法関係の告発が訴訟条件になっているのは、何故なのでしょうか。そのあたりが判りません。そういう犯罪も検察が証拠で証明できるなら、明確な被害者がいないからこそ代弁するものとして、どしどしやってもらっても構わないわけで、訴訟条件にして制限する理由が判りません。同時に公務員なら告発義務があるはずですし(一般法・特別法の関係にあるのでしょうが)、「国が実質被害者だから云々」という説明はおかしいように感じます。
 告発を訴訟条件にするのは、刑事・刑法が制限なく踏み込んでよいのか(しゃしゃり出られると困る)、という観点で「政策的なもの」や「それなりの理由」があるような気がします。公取・税法関係は、もしかしたら高度の専門性、証拠の偏在、市場や経済に与える影響などなどが理由ということはないのでしょうか。被害者がいない(被害者は国)といっても、被害者は「国民全員」であるとも言え、極論すれば、国民全員に告訴権を与えるという発想もありかと思います(告発はできるから必要はないだけかも)。

 次に、指摘3点目で、医療事故の場合に、本人や遺族という被害者が存在しその告訴権の制限になるということですが、(安易な)告訴が医療全般に対する重大な(悪)影響を与えるという関係にあることに着目すれば、政策的に医療事故調(名称は何でもよいです)の告発を訴訟条件としてもよいのではないでしょうか。
 つまり、患者側はこれまでどおり告訴はでき(親告罪ではない告訴)、それによって捜査はするが(告訴権は制限していない)、ただ専門性が高いので、その事実や証拠、特に鑑定やそれに匹敵する専門家意見については医療事故調の調査・見解を待ち、そこが告発する(これに語弊があるなら、「検察の判断に委ねるのが相当という意見」を出す)のを待って起訴可能とする(可能であって、必ず起訴ではない)、という制度にするという意味ですが。もっと言えば、患者側の告訴がないものを訴追する必要性も感じられないので、患者側も親告罪にしてはどうでしょうか。
 患者側も、「真実が知りたい!」(そう簡単には判るものではありませんけど)ということで告訴するのが第一目的だと言うのですから(たしかそうだったと記憶しています)、公平性・信頼性が高い組織にしていけば、問題がないように思います。ただ医師だけだと、金にルーズなようで買収の心配があるようですからどこまで信用されるかは疑問ではあります。
 訴訟条件にすることが告訴権の制限となり影響があるとすれば、検察審査会の判断を実質的に求められないという点になりますが、専門性を有する医療安全委員会(検察ではないという意味では一般人ですね)の判断があるのですから、良さそうな気がします。ここでも金銭買収が御法度なのは当然です。
 患者側が「裁判で知りたい」というのであれば、民事裁判でやればいいでしょう。医師側もそこまでは否定しないのでしょうから。(裁判の数からして、本当は刑事裁判なんかよりも民事裁判のほうが医療に与える影響大だと思いますが、医師が眼くらましに遭っているのか、医師があえて刑事裁判を問題にしているのか私には判りません)
 医師が「医療安全委員会の判断は信用できない」というのであれば、行政処分があるのでしょうから行政訴訟で争ってください。司法を信用しないから無理かもしれませんが、そうも言ってられないでしょうし、全部を否定したらそれこそ治外法権になっちゃいますね。

 2点目の準司法機能を持つ点については、それがどういう意味を持つのか私の知識レベルでは判りませんが、議院証言法のほうではそういうものがなくても良いわけですから、必須というものでもないということだけは言ってもよいでしょうか。

 つまり、御指摘の3点があるからといって、YUNYUN様の意見を「合憲とは言い難い」と諦めるのはもったいない気がいたします(判例だって変わるのですから)。
 長々と拙い論理と文章で(しかもアサッテの考えかもしれず)失礼しましたが、意が伝わりましたら幸いです。

No.205 サスケット さんへの横入りコメントです。

議論の流れそのものにはあまり関係しないのですが、他にも誤解されてる
んじゃないかなってご意見の方々がいらっしゃる様ですので、余計でしょ
うが、また枝葉末節の事柄なのですが、ひとこと、

>たとえば「クロスマッチをしなかった」ということはごく簡単に「スタ
ンダード違反」で片づけられることですよね?

そんなことありませんよ。

大急ぎのとき、クロスマッチ(狭義ですが)なんていくらでも省略されて
ます。大急ぎじゃなくってもそんな手技はもう不要だと考えてる医療従事
者は結構居ますし、それを実践されてる施設もあります。もちろんそれに
かわる安全弁は(より優れた方法なのかもしれません)準備されてますが。
それを「コンピュータークロスマッチ」と呼んだりしてますが、実際には
全然「クロスマッチ」なんて呼び名にふさわしい手技はなされていません。

やらなきゃいけない事として認識してたけどやんなかった(あわてて忘れ
た、面倒くさいからやらなかった等)や、やらなくっちゃと思ってやった
けど手技や判定でミスったという場合と、(この場面では)やらなくてい
いと確信を持ってやらなかった、とはずいぶん違うので念のための深い意
味の無い横入り解説です。

ついでに言えば、
でも確信を持ってやらなかった事例で、不幸にして悪い結果になったら、
そしてそれが万が一、刑事裁判になってしまったら、検事さんから「おら
おら、お前がやるべきことをやんなかったからこんなことになったんだろ
がよ」って責められるだろうな、そしてそうなったらクロスマッチやんな
かった正当性を裁判官に納得してもらうのって結構大変だろうなってのは
容易に想像できますので、アリバイ作りとして、私自信は当面、原始的な
クロスマッチ続けるべきだろうなって思いますが・・・

>No.214 道草 様

>議院証言法は、実質的被害者の議院の告発を被害者の告訴に準じるもの
というNo.213 ハスカップ様のコメントについて、訴訟法規は専門外なんですがと言いつつも…。

窃盗などの一般の刑事事件でも「被害者からの被害の届出」が無ければ、起訴しても有罪に出来ません。容疑者が盗んだと自白しているし、その行為の瞬間を撮影した防犯ビデオという証拠があっても、被害者がアレは盗まれたのではなく差し上げたのだとして被害届を出さなければ、窃盗という犯罪が成立しません。窃盗という犯罪行為そのものが存在しないのですから、いくら容疑者の身柄を拘束して取調べても、起訴して刑事裁判で罪に問うことが出来ません。

この具体例としては、たまたま店内で万引きと思しき行為を目撃した警察官が、容疑者をその場で現行犯逮捕して捜査開始したとしても、店側が被害届を出さない場合は起訴できませんし、犯人を釈放せざるを得なくなります。現実に万引きとして現行犯逮捕したのが店主の知合いで、いろいろと事情があって警察がいくら説得しても被害届を出さないので、捜査を中止して釈放することが現実にあります。(どのような事情があって被害届を出さないのかは想像してみて下さい)

議院証言法での偽証罪が、議院からの告発が無いと起訴できないのは、告発という行為が「ウソの証言をされました」という被害届を兼ねている、という見方が出来ると思います。

また強姦罪などの親告罪も、同様に告訴に被害の届出が重ね合わされていると言えます。イヤよイヤよと言っていても本心は…、ということがあり得ますので、外見からだけで犯罪行為と決めつけることが出来ず、被害者本人からの申し出を待ってからでないと犯罪かどうか判断できないのが強姦罪の宿命です。

 いわゆる「専属告発」の立法趣旨は、厳密にいえば全部異なりますし、通説がないものもあります。ここでは、法律専門外の方にも一番分かりやすい学説を題材にして説明させていただいております。というのも、「告発を訴訟条件とする立法政策」というタイトルで本が1冊書けるくらいだからです(実際昭和年間に見た記憶です。)。立法趣旨(制度根拠)が複数混合したものも普通にあります。
 あくまで概説ということでご理解願います。ここでは学説論を戦わせたくないもので。
 性犯罪の親告罪趣旨も3つくらい根拠理由があるようです。根拠理由が1つでないし、学説によって1つだ、いや3つだと論争があります。答えが1つでないのが法解釈学のやっかいなところです。
 また、No.216で法務業の末席さんが、被害届の例で指摘されるとおり、親告罪でなくても、被害者が捜査に協力しないので(証拠が収集できず)実務上は不起訴にせざるを得ないという実務上のシバリ(証拠裁判主義)もございます。m(_ _)m

「被害届を出さなければ犯罪が成立しない、犯罪行為が存在しない」というのは、さすがにミスリーディングだと思いますが・・・・。犯罪の成立要件と訴訟条件は違うし、そもそも被害届は訴訟条件でもありません。

防犯ビデオに万引き行為の一部始終が映っており、それを証拠にできるのなら、被害届や自白がなくたって、起訴することも有罪判決を出すこともできると思いますよ。「被害届を出さないこと」が、「被害者が被疑者に商品をやったこと」を推認させるわけでもありませんし。

もちろん、実際には、被害届がないのに敢えて起訴することは少ないのでしょうけど。

あと、釈放するかどうかは、犯罪の成否や起訴の可否とは直接関係ありません。釈放イコール捜査の中止でもありません。

 横レス失礼します。m(_ _)m

>……被害届を出さなければ、窃盗という犯罪が成立しません。窃盗という犯罪行為そのものが存在しないのですから……

 さすがにこれは間違いと指摘されてもやむを得ないかと(汗。証拠が足りなくて立証できないことと犯罪が成立しないことは次元がことなります。
 前者は訴訟法上の問題で不起訴理由なら「嫌疑不十分」です。真実、犯罪不成立とは実体法の問題で、不起訴裁定は「嫌疑なし」です。両者を混同すると法学外系の方に無用な混乱を引き起こしますのでご注意されたらよろしいかと思います。m(_ _)m

どうして謹慎してるの?

No.189 Med_Law さん

 おはようございます。
No.189のご意見を拝見しました。
わたくしは、非医療者です。

これまでの名無しさんとのやり取りをすべて把握していませんが、

 「医療裁判についての議論の中ですが、貴方のような素人が医療事故の被告(人)席に立つことがあり得るでしょうか?素人には医療をプロとして行う資格がないのに、資格のあるプロに対して、”今の医療裁判で何が怖いのか?”と問いかけることに大いに疑問を感じる
悪いけれど、貴方たち医療の素人より、我々医療のプロの方が、よっぽど医療の怖さを知っている」

という部分について、少々、素朴な疑問を持ちました。

 少なくともNo.184の名無しさんの投稿は、単なる疑問点の提示だと思われます。そして、医療従事者等の経験がなければ、やはり分からないことが当然あるでしょう。分からないからこそ、疑問を持ち、問いかけるのだと思います。

 もちろんそうした疑問点に対する回答の義務はありません。しかし、「素人には医療をプロとして行う資格がないのに、資格のあるプロに対して、”今の医療裁判で何が怖いのか?”と問いかけることに大いに疑問を感じる」と応答なさるのは、少なくとも私はよろしくないのではないかと感じます。疑問をプロに問いかけること自体は、全く誤りではないのでは、とわたくしは考えています。いかが思われますでしょうか?

おはようございます
暑くて暑くて、堪りません。眠りも浅く、朝も強引に起こされる気分です・・・・


>少なくともNo.184の名無しさんの投稿は、単なる疑問点の提示だと思われます


私には、素人さんの単なる”素朴な”疑問とは読めません。

専門家への敬意を失った蔑みを含んだ”トラック運転と医療とを同一視する例え”を含んだ表現は、非常に失礼なものと思ってます。

失礼と感じるからこそ、その言動を咎めています

よって、このような素朴な疑問を持って、さらに内容を疑わない貴方の感性に疑問を持ちます。

あなた達のような意見、質問を見受ける度に、献身的に医療を行う熱意を失ってしまいます

すべての労働者に認められている最低限の権利の回復を求めていく運動を勤務医が行う必要を、再び強く感じます

もうそういうスジの悪いアナロジーはやめたらいいのにと思います。
トラックの運転手は辞めたら生活できませんし、安全運転を心がけたら仕事が無くなるような圧力がありますが、医師は辞めて他の職場に行けるし、安全診療というか萎縮診療を心がけてもクビになる心配はほとんどありません。

この事実だけでもアナロジーとして成立しないことがわかると思うのですが。

「”トラック運転と医療とを同一視する例え”を含んだ表現は、非常に失礼なものと思」うというあたりに、ある種の傲慢さないし職業差別感情が表れていますね。

トラック運転手の過失事故での刑罰を重くすればトラックの事故も少なくなるのでしたら小倉先生の考えも一理あると思いますけど。根拠があったら教えていただきたく存じます。

No.216での私が提示した事例ですが。

私は被害届が全ての刑事犯罪の要件だとは言っておりません。窃盗事件で、「万引きと思しき行為」と断りを付けたのですが。この事例は実話なんですが、少々脚色が過ぎたかもしれません。刑訴法上は被害届は起訴の絶対的要件ではありませんし、私の書き方がミスリードと言われかねない文章であるとの指摘は甘んじてお受けし、お詫びいたします。m(_ _)m

現実の事件(昭和40年代の中頃に、私の住んでいた街での実際に起きたこと)は次の通りです。少し長くなりますが、出来るだけ忠実に思い出して改めて書いてみますが、ここから先は興味のない人は読み飛ばしてスルーして下さい。

 ◇ ◇ ◇

当時は大型スーパーが出来はじめた時代で、地方都市でも雨後の竹の子の如く多くのスーパーが出店しました。さて私の街の駅前で、胡散臭げな不動産屋と飲み屋などを経営していた者が、隣の旅館などを強引に買収してスーパー(1階が食品、2階が衣料雑貨)を作ろうとしました。

当時相次ぐスーパーの出店で客を奪い合いになった旧来の商店街などの反対運動が盛んで、大店法というスーパー出店を規制する法律が作られつつありました。この大店法が出来たら出店が難しくなるので、法律の規制が迫ってききたその不動産屋の親父は、裏社会に関係するボス的人間に地元商店街との調整役を頼み、何とか法律の施行前に開店することが出来ました。コレが例の事件の背景です。

さて、開店して間もなないスーパーの衣料品売り場で、ある女性客が商品を持って試着室に入りました。しばらくしてその客はその商品を着たまま試着室を出て、レジも通らずに店を出て行きます。雇われたばかりのスーパーの警備員が一部始終を目撃しており、店を出た駅前通りの歩道でその女性客に声を掛けました。ところがその女性客は、人を盗人呼ばわりするのかと言い返して騒ぎになりました。その騒ぎで近くの駅前交番からも警官が飛んできて、パトカーが飛んで来るやら、ヤジウマは大勢現われわという、白昼の駅前通りでの逮捕劇となりました。

当然そのスーパーにも警察が事情聴取に出向いたのですが、なぜか被害届を出さないし、経営者の鶴の一声で店長などは事情聴取にも応ぜず、捜査協力を渋るのです。あまつさえ容疑者が万引きしたとされる服は、数日前に代金を払ってお買いあげ頂いた品物であるなどと、窃取の事実そのものを店ぐるみで否定するのです。

すっかりメンツを潰された警察はオカンムリですが、窃取の事実が証明できないのでその晩遅く釈放です。この事件は地元の地方紙すら逮捕騒動だけを数行のベタ記事にしただけで、その後の捜査非協力などの続報は一切記事になりませんでした。そうした情報不足も相まって、白昼の駅前での捕り物劇とスーパーが捜査に協力しない不思議さが、結構町中で噂雀の格好の話題になったものです。

大分経って私が聞いた事件の真相は、そのスーパーは出店の際に地元の裏社会のボスにお願いし、その裏ボスがあちこち手を回したお陰で法規制前に開店できた。その裏ボスの情婦だった女が、あのスーパーでは私は何でもタダよとばかりに、開店直がから商品を勝手に持ち帰ることがあったようなのですが、裏事情を知っているスーパーの店長や経営者は見て見ぬふりをしていた。ところが事情を知らない警備員が路上で万引き犯扱いしたので、一騒動になってしまったということだそうです。

裏ボスの手回しの中には、バレたら贈収賄間違いなしの役所への工作や、税務署には言えないカネの遣り取りなど一杯あったそうです。万引き事件とはいえ警察沙汰を嫌ったスーパーと裏ボスの連携作戦が、盗まれていないのだから被害届は出さない→窃取の事実が存在しなければ刑法235条での犯罪とならない→犯罪が存在しないのだから警察は手を引かなければならない、という作戦だったようです。

法理論としては被害届の有無が窃盗罪の構成要件では無いことは承知していますが、私の実家はそのスーパーの近所で商店を経営しており、私もそのパトカー騒ぎに飛び出して行ったヤジウマの1人です。未だ学生の頃に自分の街でこうした事件を目の当たりにしていると、万引き犯や自販機荒らしなどの窃盗事件では、被害の届出が無いと警察は動けないのもまた現実だということを、この実体験で知りました。

なおここまで書くといくら匿名ハンドルとはいえ、私の生まれ育った街や駅の名前まで特定できるかもしれません。匿名投稿は信用できないと思われる方は、昭和47年頃の全国の地方新聞を検索すれば、小さなベタ記事ぐらいは見つかるかもしれません。このモトケンブログでの匿名投稿者の信頼度について批判したい人も居るかもしれませんので、興味のある方は国会図書館なりでお調べになって下さい。
※この最後の文章は余計ですね…m(_ _)m

万引きの件
刑法的には、窃盗罪と言えるためには被害者の意思に反する占有の移転が必要です。
訴訟的には、その事実を立証するための証拠が必要です。
被害届は、その証拠です。

>「”トラック運転と医療とを同一視する例え”を含んだ表現は、非常に失礼なものと思」うというあたりに、ある種の傲慢さないし職業差別感情が表れていますね。


職業差別感情というよりも業務の性質がちがうんじゃないでしょうか?
no,192で私の考えを書いてますが、むしろ消防士と比較して欲しいと思っています。

「トラック運転手の過失事故での刑罰を重くすればトラックの事故も少なくなる」との根拠がない限り、「”トラック運転と医療とを同一視する例え”を含んだ表現は、非常に失礼なもの」になるのですか?>元外科医さん。

質問に質問で返す行為もまた「失礼」と知るべきでしょうな。
言葉を武器とするプロであるならば。

 議論のための議論はいいかげんに止めたら?>(思い当たる人)

揚げ足を取って(あるいは意図したことに反して悪意を持って解釈し)無意味な批判をするのを控えた方がよろしいかと。
職業差別と取るのは自由化もしれませんが、事実を批判することにもなりかねません。そうなると正しいモノの見方が出来なくなりますね。
少なくとも感情論は控えましょう。

ちなみに私はトラック運転手と医療を比較するのはナンセンスだと思います。
例えば、砂利道を正確に高速で走る状況を考えてみてください。通常、トラックはそのような道を走ることがありません。しかし、医療は元々が砂利道なのです(病気という言葉に置き換えていただいても結構です)。
当然、解剖学的に同一の人間はいないし、生理学的に同一の人間もいません。患者を治療すると言うことはどんなときにも未知の領域に踏み込むということです。
トラックは睡眠も良く取っており、慣れていて道も良く解っていて、かつ道路交通法を守っていれば事故に遭う確率はゼロに近いと思います。そのような状況で事故が起きれば個人的には一方的に刑事罰を与えることは非合理的だと思います。
一方、医療はきちんと手続きを踏んでいても事故に遭う確率は比較的高いと言えます。何しろ、1日のインシデントの報告は結構な量になります。それだけ綱渡りの状況なのです。

臓器には予備能という考え方があります。ちょっとやそっとのダメージでは臓器はビクともしません。しかし、予備能が落ちてくると少しのダメージで一気に動物は死に向かいます。
予備能とは余裕と言い換えても良いでしょう。医療はこの予備能が確保しづらい領域とも言えます。解っている部分で予備能を確保しても解っていない部分があまりにも大きいので予備の齲を確保しようがないのです。

PS) これをもし職業差別と言われるのであれば議論になりませんのでそのような感情的意見はスルーする予定です。

 そういえば最近の道路や自動車は、冗長性を考えて安全率を確保して設計してますね。それも数値で一義的明確に保安基準として定めています。物理的安全設計(人間工学を含む)が可能な道路交通と千差万別な人体とその手技治療とを比較するのは土台無理ということは、医療素人にも分かります。

>>たとえどんな酷いことを書いても、ご自分が病気になられた場合、点滴に雑巾の絞り汁を混注されることは絶対無いと確信なさっていらっしゃるのでしょうから。(笑

>コレが本当に出来たら、医療は崩壊せずに済んだ筈ですがね(苦笑)。

おっしゃりたいことは何ですか?


すみません書き込む記事をミスしてしまいました。
本来の記事に書き込みなおさせていただきますので、ここの私の発言はないものとしてください

>予備能とは余裕と言い換えても良いでしょう。医療はこの予備能が確保しづらい領域とも言えます。解っている部分で予備能を確保しても解っていない部分があまりにも大きいので予備の齲を確保しようがないのです。

私のような者が反応してもあれなんですが
ものすごく解る気がします。
事前にいくらインフォームドコンセントを完璧に遣り取りできても、不測の事態が付き纏う、因果な業種だと思います。
このような所を汲み入れて医療を享受する覚悟が患者側には必要ですよね。

医療とトラックの運転とを比較すれば、不確実性や危険性の度合いは、おそらく医療のほうが高いのでしょう。

しかし、それは量的な違いではあっても、質的な違いではないと考えます。

このブログを拝見していると、ときどき、"法を守り、安全運転を心がけていれば、交通事故は起きないはずだ"というコメントを拝見します。

しかし、これは明らかな誤解です。

どんな人だって、時にはミスをします。ふと油断が生じる瞬間もあるでしょう。それは、医療でも車の運転でも同じことだと思います。

違いがあるとすれば、ミスや油断が重大な結果に結びつく可能性の高低ではないでしょうか?

車の運転の場合、そうしたミスや油断が生じても、事故につながる不幸な状況に重ならない限り、事故は起きませんし、幸いにして、そうした状況に重ならないことのほうが多いというだけでしょう。

1日のドライブで、無事に事故を起こさずに済んだとしても、その日のドライブで、1つの道交法違反も犯さず、一瞬の油断もないという人が、果たしてどれだけいるでしょうか?

しかし、そのような法違反や油断の瞬間に、事故を起こす状況に遭遇してしまったときには、残念ながら、重大な結果を生じます。

そして、そのときは、ドライバーは、過失犯として刑事責任を追及されることになります。もちろん、民事上の責任、行政上の責任も生じます。

なお、私は、"このようなドライバーも責任追求されるべき"と申しわげているわけではありません。

"現状では責任を追及されている"ということを申し上げているのです。

そういうわけで、私は、トラックの運転手と対比して議論することも、時には有益であると考えています。
別に、トラックの運転と医療の専門性が同程度だと申し上げているわけではありません。

 とらさんの言ってることは良く分かります。
 私も上のほうで書きましたけど、医療行為でもトラック運転でも、それぞれで求められるレベルの注意義務を果たさずに事故を起こせば過失犯です。
 業務の性質が違うとか、専門性が違うとか、弘法も筆を誤ることがあるとか、そういう話ではありません。

 それならば、医療行為もトラック運転も、バスの運転も、一般人の自動車運転も、その他およそ人間が行う全ての業務について過失は刑事免責すべし、と言う方が理屈としては理解できます。賛成はしませんけど。

>No.215 さん
>大急ぎのとき、クロスマッチ(狭義ですが)なんていくらでも省略されてます。

まあ、私も緊急性のある時は例外処理ルーチンだと思っていますが。
この辺は別にクロスマッチにこだわるつもりは全くなくて、「通常時に(可能ならば緊急時も)適切なやるべき行為を当然のごとくやってください」ということです。
輸血前の確認事項にいろいろな手法があるんなら、一番安全確実なあるいは、現状そう認識されている手法をとってくれればいいわけで。


確信を持ってやらなかったというなら、その確信が世間一般で正しいものならそれはまた別問題です。スタンダードとしてクロスマッチやんなかった正当性を入れておけばいいだけですから。。
私が疑問に思っているのは「認識してたけどやんなかった」のパターンだけです。

だというのに、No.222 Med_Lawさんのような発言が出ることにだけは非常に大きな違和感がありますね。


-----

No.222 Med_Lawさん

小倉さんも言っていますが、

>「”トラック運転と医療とを同一視する例え”を含んだ表現は、非常に失礼なものと思」うというあたりに、ある種の傲慢さないし職業差別感情が表れていますね。

職業差別とは言わないまでも、「同一視したら失礼」のくだりは確かにおかしいですね。
一番最初に私も言っていますが、喩えとして不適切というならわかりますが……じゃあ「やるべきことはどんな職業にだってあるはず」と側面で医者も運転手も同一視しますが、失礼になったりしますか?

出来ないことまでやれとは言いませんけど、できることくらいは当たり前にやってほしいんですけれど…。


-----

No.232 yama さん
>砂利道を正確に高速で走る状況を考えてみてください。

このエントリで最初にトラック運転手という不適切な例を横から持ち出したバカの責任を果たすために指摘しますが、小倉さんのことは置いといて、その比喩も少なくとも私からすれば不適切です。

そうではなくて。
確かに医師には「砂利道を正確に高速で走る状況」が多いのかも知れませんが、「公道を普通の条件で走る」という仕事だってあるはずですよね。

という例でもってきたわけなのでそう読んでいただきたいものですが。


どうして標準作業が「全く作れない」と言わんばかりの意見が多いのか、それは納得できません。そんなわけはないですよね?
まさかとは思いますが、不測の事態と不測じゃない事態はわけてここで話をされていますよね?

トラック運転手と医師ではえらい違いですよ。

つい最近別スレで書きましたが,医療はクイズダービーみたいなもので,回答者は外れても責任をとりません。外れるだけで過失というのは論外です。もちろん,特段の事情もなく酒を飲んで臨んで失敗しただとかの明らかな過失があれば別でしょうけど,単に回答を間違えただけで過失ってのはないですね。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/07/29-232008.php#c176965
このスレの219-221に書きました。

また,それでも回答者が間違えた場合に補償を受けたいという人は,そういう人たちだけで互助すればいいだけの話です。上記スレの231に書きました。

>トラック運転手と医師ではえらい違いですよ。

いやいや、だからクイズダービーとかじゃなくて、医師でも運転手でも「やるべきとわかりきったこと」はどんな職業にだってあるはずで、「やるべきとわかりきったこと」をやらなかった時に医師だけが免責されるなんて言いませんよね。そこは運転手と一緒ですよね。

ということです。少なくとも私が言いたいのは。(多分とらさんも同じじゃないかとは思うんですが)

>医療はクイズダービーみたいなもので,回答者は外れても責任をとりません。外れるだけで過失というのは論外です。

 ここが部外者に分かりにくいクイズダービーのたとえなんですけど、解答の偏差に厳戒がありますか、あるとして許容偏差はどのように設定しますか?
 医学的に未知の領域と学会認定医用の標準手技が定められているよくある疾病で異なりますか?

>どうして標準作業が「全く作れない」と言わんばかりの意見が多いのか、それは納得できません。そんなわけはないですよね?

納得できないのは,単に医療の現実を知らないからでしょう。

と言ってしまっては身も蓋もないので…

医療行為に標準作業を設定するのが難しいのは,人の人生に標準作業を作れるはずがないのと近いものがありますね。

人の病気に標準など作ってみても,現実には不測の事態だらけで標準作業から外れる可能性が非常に高く(トラック運転とはその確率が格段に違う),だからこそ医師の裁量権があるわけですわ。
逆に,不測の事態なのに標準作業をしていたからダメだったんじゃないか,なんていう不満を持つ方も少なくないようですよ。さて,この場合,結局何が標準作業だったんでしょうね?不測の事態に対する標準作業?? それは既に標準じゃないしなぁ… ああ無限ループ…

>このエントリで最初にトラック運転手という不適切な例を横から持ち出したバカの責任を果たすために指摘しますが、

これは、No.5のサスケットさんのコメントですね。

そこで引用していただいたのが、私の以前のコメントでしたので、先ほど私も責任を取ってコメントさせていただきました(笑)

なお、以前のコメントをお読みのサスケットさんには誤解がないと思いますが、他の方に誤解があってはいけないので、念のため。

先ほどの私のコメントは"トラックの運転手と対比して議論することも、時には有益である"ということを伝えたかっただけです。

私は決して、"医師に過失があれば、直ちに刑事責任が問われるべき"とは考えていません。先ほどのコメントで、そのようなことを伝えたかったわけではありません。

ほう。
それはつまり、あらゆる医師が多くの状況で何の根拠もない医療行為をするということですか?

不測の事態?
それはつまり、「何をどうやっていいかまったくわからない、決まっていない事態」ということですか?


予測不可能ということと、やるべきことが分からないということは別問題でしょう。
選択肢が数あることはわかりますけど、輸血する場合→何らかのチェックを行うくらいできませんか?そのパターンもいくつか絞れますよね多分。

そんなことすら標準がなく、各医師好き勝手やってますというのが現実なのですか?そうではないと思っていたのですが。


ちなみに死因究明で議論錯綜―日本医学会(中)?-医療介護CBニュース-(http://www.cabrain.net/news/article/newsId/17446.html)でも標準の話は出ていましたが……鈴木利廣弁護士の話はそんなに荒唐無稽な提案でしたか?

「標準」の意味のすり合わせをしましょう。

医師側からすると、「標準」よりも「最低限」のほうがなじむのかもしれませんが、ともかく、同じ言葉から描くイメージがお互いの間でズレているだけだと思います。

別にケンカするような場面ではないと思います。
自重、じちょおぉ〜

失礼、とらさんがバカだというわけではないので(笑)

比喩は本来説明をわかりやすくするために用いるものなので、今回のように誤解して受け止められた場合、(誤解されるのは仕方ないとしても)即刻取りやめて本質的部分に立ち戻るべきでした、ということで。


〜〜〜〜
No.245 補足。
「選択肢が数あることはわかりますけど」を
「選択肢が数あることはわかりますし、選択肢が見えない事態”も”ないわけではないことは理解していますけど」
と訂正しておきます。

今までの文を読まれていれば誤解はないと思いますが、いい加減長くなってきたので単一コメントで誤解されないように。

サスケットさんへの返信も兼ねていますが,

本当に酷い人を,回答者の中で排除する仕組みを作ることが必要だとは思いますが,回答者として出場を任された以上,真摯に回答しさえすれば過失は認めないというのも一つの考え方でしょうね。
まあ,「やるべきとわかりきったこと」をやらなかった過失というのも,わからないでもないんですが,医療行為には切羽詰った状況というのが,多様な状況で出現して,タイムショック的に,時間的に答えられなかったり,後から考えたらなんであれが出来なかったんだとか,いろいろありますからねぇ。過失認定のボーダーラインを相当高くして,なおかつそれこそ1回目は青キップ程度の処理程度にしておかないと,医者がいなくなっちゃいますから。状況があまりに多様すぎて類型化できないでしょうしね。

 自動車運転のルールやマニュアルは、学生でも普通に免許がとれる易しいものです。それは、大量生産と標準化が進んでいるからで、車種が異なっても極論すればハンドルが右か左か、クラッチペダルがあるかないか(それに伴ってシフトレバーが違うかどうか)程度でしょう。
 ところが、航空機となるとシステムが複雑怪奇なことがあり、マニュアルが電話帳何冊分もあり、緊急時の対応マニュアルも膨大な量が完備されています。しかも機種ごとに全部違い、たとえば、エンジン停止2発でもジャンボジェット(4発)、トライスター(3発)、A320(2発)で異なります。また同一機種でも、エアラインごとの仕様によっても異なります。
 そのため、同一の商用双発ジェット機といっても、機種ごとに操縦限定免許(レイティング)が異なります。それでも、実際に運行されている商用航空機の機種はに日本で100程度しかありません。比喩的にいえば、電話帳500冊を丸暗記して、100種類の機種の習熟操縦合計5千時間を経れば、すべての航空機を安全に運航できます。
 しかし、医療となると生物学的にヒトの個体差が大きく(薬剤の効用がその例:薬剤の添付文書参照)、疾病数や治療方法(手技を含む)は加速度的に膨大な医的に知識が必要となります。資産したことはありませんが、航空機の比ではないと思います。しかも事故緊急時の対応手順は航空機ほど標準化されていないしマニュアルも完備されていません。
 物理法則や人間工学を基礎とする交通機関のマニュアルと、千差万別の生体反応を示す有機化学や生理学(?)を基礎とする医療の手順とでは、システム構成からして比較が困難で、マニュアル化も比較が困難だと思います。
 以上はあくまで法学部卒の事務屋の私見です。

トラックの運転手と医療のミスが同じようなものであることもあると思う。過失犯は、刑罰を負うべきではないというのが僕はしっくり来る。

医者も、通常のミスをします。
過労だからという理由で、システムの問題だからというのは全くそうだけど、トラックの運転手は違いますか。

医者である僕からみて、医者は傲慢だと思いますよ。
勝利者である自分が、どうしてこんな目にあっているの、という気持ちはどこかにあると思う。

ただ、僕は医者だから医者の立場を弁護します。
トラックの運転より、医療の方がはるかに難しい。小学校の試験で、医者になる人は100点近くとっているはずです。大学受験なんか、6割とれば合格です。大学受験の時には、6割で合格できるのです。
正解できなかった4割には、いろいろな場合があります。通常の注意義務があれば、受験者の能力では当然正解できるものもあります。試験へのプレッシャーだったり、ふとした錯覚で間違うこともあります。
そういったわなは医療に圧倒的に多い訳です。そして、それが、重篤な事象に結果する可能性も高い。
どんな医者もミスをすることを免れない。

法律といっても正義といってもいいけれど、僕は非医療者の意見は納得しますよ。ただ、わかってないな、と思うのは、ミスをしたら厳罰にするなら、ミスをしない医者はいない。本当に医者はいなくなってします。
確かに摘発をされる人は少ないから、そんなのおびえ過ぎだというかもしれない。でも、当事者が怖くて怖くてたまらないなかで仕事をしている。客観的であろうが間違った思い込みであろうが、杞憂だと言われてもちっとも安心できない。

法律や正義はいいけれど、自分が医者になったと思ってください。普通に働いているのに、犯罪者と言われる可能性を実感した時に我慢できますか。結局、有罪にならなければいいと思いますか。

僕が、刑事罰を医療に持ち込むとして、それを受け入れる条件は一つだけです。間違った起訴をした検察を訴える権利を民事でも刑事でも医師が持つこと。根拠のない起訴をした検察には、その人生を壊されたに相当する慰謝料を要求できること、明らかな判断ミスがあったのなら刑事で訴えられること、それが担保されるなら刑事罰も受け入れます。

>医療行為には切羽詰った状況というのが,多様な状況で出現して,タイムショック的に,時間的に答えられなかったり,後から考えたらなんであれが出来なかったんだとか,いろいろありますからねぇ。

 それはこの眼で見て実感してます。それを具体的に述べられたら素人のわれわれにもわかります。ただ、クイズダービーを例にすると、某弁護士が格好の材料として取り上げて「乱暴な勘に頼って輸血ミスをしても免責せよとの主張だ」などの誤解曲解を招くので、そこは慎重にされたらよろしいかと思います。
 なお,航空機の異常事態の場合は、そのような場合にもイマージェンシーマニュアルが詳細に完備され、なおかつ、定期操縦技能検査のたびに、失速、急減圧、エンジン停止……等々の緊急回避措置がほんとど条件反射で対応できるスキルを身に着けているかどうか審査されます(C値が訓練で神業レベルです。)。ただこれも、異常事態が医療ほど多種多様でないからできるのですが……。

※ 直前のコメントで「5千時間」とあるのは「5万時間」の間違いです。失礼しました。m(_ _)m

峰村健司さんが"医療はクイズダービーみないなものであるべきだ"と主張されているのなら、私に違和感はありません。

しかし、"医療はクイズダービーみたいなもので,回答者は外れても責任をとりません"と、一方的にルールを設定されてしまうと、ちょっと困ります。

ルールとは、私たちの社会では法律になるわけです。

そして、少なくとも現状の法律では"医療はクイズダービーみたいなもの"とはされていません。
(少なくともアンパイアである裁判所はそう考えていません。)

ですから、こうして皆さんが議論されているのではないでしょうか?

ちなみに、医療がクイズダービーなのでしたら、患者としては事前にオッズを示してほしいですね(笑)
最後は冗談です。

>医療がクイズダービーなのでしたら、患者としては事前にオッズを示してほしいですね(笑)
>最後は冗談です。

 冗談ではなく、それを公約に掲げた泡沫候補が昔(私が予備校生のころ)いました。手術の失敗率と誤診率を医院の看板に掲げろという過激な意見でした。当然、法定得票数にも満たずに落選しました。その泡沫候補の名前は歳のせいかどうしても思い出せませんがw

とらさん

>そして、少なくとも現状の法律では"医療はクイズダービーみたいなもの"とはされていません。

現状の法律というよりは,現状の最高裁判例が,"医療はクイズダービーみたいなもの"とはしていないというべきかとも思います。

しかし,医療はクイズダービーに限りなく近づかないと,崩壊すると考えます。一番割りを食うのは,以前のように「医者にかかってダメだったら,仕方がない」と思っていたような人々です。下記をご参照ください。
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/iryosaiban/essey01.html

医療をクイズダービーに近づけて,崩壊を阻止するためには,今の厳しい過失認定の基準を変える,すなわち最高裁の新判断ないしは判例の変更が必要と考えます。

ところで,医療事故調が成立すると,多くの医療事故の民事訴訟は,医療事故調の調査結果を受けて,和解あるいは一審で終結するようになると考えられます。そうして最高裁への上告(ないしは上告受理申立て)が減れば,最高裁の新判断ないしは判例の変更の機会も減るものと考えられ,今の厳しい過失認定の基準がより長く続く可能性があると考えます。

判例変更の可能性を小さくする医療事故調の成立には反対です。


もちろん、(どこで例出したか忘れましたが、悠長に血液判定してたら死ぬぜえみたいな)緊急事態だからできないというのは例外だとは思いますけどね。
もちろんそういった判断不能な部分はあるでしょうから、そこは「いきなり裁判で調査ではなく医療安全調の調査でお願いします」ということになるんでしょうけど。

まあ、要するにですね。
私が言いたいのは、責任の所在ははっきりさせて、かつその上で医師の責任ならそれは免責なんてありえないということです。


でもって誤解のないように条件づけすると、マニュアルなりなんなりの出来ていない案件でそれなりにまっとうなやり方をしていた場合は私は「医師の責任」だとしていないということです。
だから、回避できないような案件を医師の責任だとは思っちゃいません。


思っちゃいませんが、「ミスをしない医者はいない。」とかは理由にしないでください。
ミスしちゃいけないのはトラック運ちゃんもパイロットも受験生も同じです。難度の違いなんて知ったこっちゃありません。むしろ、人の命(取り返しがつかないもの)に直結するものほどミスが許されなくなるはずです。大学は複数受けられますからね。

「過失犯は、刑罰を負うべきではない」という意見はありますが、まあ私も同意見ですよ。たとえば道路でいきなり飛び出してきた人間撥ねずに回避するなんてそうそうできませんからね。その意味じゃあ、医師を免責するならトラック運ちゃんも免責してあげないと不公平だなあ、というのが本音ですか。付け加えるなら、「そうならないなら間違った起訴をした検察も訴える」というのは賛成ですね。


そういうわけで。そういう意味上に置いて。医師は特別でないと考えているわけですが、とらさんの言うとおり、医師は難しいので責任をとりませんと、一方的にルールを設定されてしまうと困ります。
そんなことは言われないだろうと思いますが、君らはわかってないなあ医師は難度が高いからとか、運ちゃんと違って大変なんだからとか、そういう理由で一律責任をとりませんと言われては激しく困ります。
まさか実業務でそんなことはないと思っていますが、分かってなからろうがなんだろうが、わからないからこそ医師に頼るしかないわけで、だからこそ回避可能なミスを安易にというか選り分けずに扱ってもらっては困ります。

難度の高い事例が多いので、そういう場合については責任の有無を調査した上で、責任がないときは責任とりません、とかなら理解できますが。


しかし、類型化・標準化できない?あるいは標準化するコストパフォーマンスが悪いというなら、それこそとにかく「あらゆる案件」を医療安全調のような機関に投げるということが必要なのかも知れませんね。

>ところで,医療事故調が成立すると,……最高裁の新判断ないしは判例の変更の機会も減るものと考えられ,今の厳しい過失認定の基準がより長く続く可能性があると考えます。

 労働争議を例にとると、尖鋭的で闘争的な(死語)労働者や労働組合ですと、要求貫徹まで徹底的に争います。旧制度が5審制といわれたとおり、地方労働員会(現・都道府県労働委員会)審査>中央労働委員会再審査>地方裁判所提訴>高等裁判所控訴>最高裁判所上告と徹底的に争われてました。
 それと同様、医療ADRができても、これに従わず(ADR強制前置主義としても、ADRで徹底抗戦して調停採決不調で流して)医療過誤訴訟を煽る傷害弁護士(医療過誤専門弁護士)がいる限り、最高裁判例の変更可能性は高いと推測します。

>僕が、刑事罰を医療に持ち込むとして、それを受け入れる条件は一つだけです。間違った起訴をした検察を訴える権利を民事でも刑事でも医師が持つこと。

 既に医師も一般国民も持ってますよ。国家賠償法というのが民事であります。刑事事件は刑法のマグナカルタを詮索すればどれか引っかかるかも知れません。
 ただ、たぶんに検察官への応報という発想に基づくので、遺族や患者が応報で訴えるのは止めてくれとは医師が言えなくなると思いますけど(禁反言)。

>難度の高い事例が多いので、そういう場合については責任の有無を調査した上で、責任がないときは責任とりません、とかなら理解できますが。

 現行法の解釈でも、(1)予見可能性がないから、(2)予見義務がないから、(3)回避可能性がないから、若しくは、(4)回避義務がないので、無過失だから業務上過失が成立しないと法律構成することは十分可能だと思います。つまり刑事免責を求める必要はない(極めて低い)と思います。
 この点、医療過誤の過失の研究(検察の起訴判断、弁護士の起訴前弁護)が不十分なのかも知れませんが。

>医療をクイズダービーに近づけて,崩壊を阻止するためには,今の厳しい過失認定の基準を変える,すなわち最高裁の新判断ないしは判例の変更が必要と考えます。

コメント全体を拝見する限り、ここでは民事の過失認定について、コメントされているようですね?

私はこれまで刑事の過失についてコメントしてきたつもりですので、少し前提がずれてしまっているかもしれません。

ちなみに、医師の過失の有無が問題になる場合は、

1 "医師の裁量の範囲内である"、"医師に不可能を強いる"、などの理由で、そもそも"過失はない"とされるべき場合

2 たしかに医師に落ち度はあるが、軽微であり、そのようなものまで刑事処罰の対象とされるのでは、たまったもんじゃない、という場合

3 医師に落ち度があり、その程度も重大である場合

などが考えられると思います。

まず、1が過失とされるべきでないのは当たり前です。

とりあえず、2を飛ばして3にいくと、私はこのような場合は、刑事処罰の対象としてもやむを得ないと考えています。したがって、当然、民事の賠償義務も負うべきと考えます。

そして、2ですが、私はこのような場合は、刑事処罰の対象とまでするのは、政策的には得策ではないだろうな、と考えます。

しかし、他方で、2の場合に民事の責任も免責すべきかとなると、そうは思いません。

民事の賠償責任は、損害の公平な分担を実現するためのものです。

軽微とはいえ、医師の過失によって、かけがえのない生命を失った人がいる場合は、やはり、その被害者への賠償を認めるべきと考えています。

なお、それにより医療側に過度の経済的負担が生じるのであれば、それは、保険等によって対処すべき問題と考えます。

PS:

 よく弁護過誤や検察過誤と医療過誤を比較される方がいますが、それは戦術や戦略でうまくありません。
 弁護過誤や検察過誤で人は死傷しません。その意味で医者より気楽な商売です。医学部受験よりも何十倍も難しい司法試験を通ったから気楽なのではなく、つまりは業務上過失致死傷が成立する基盤がないという職業なのです。
 医療行為は常の患者の死傷結果と向き合って苦労しているのに、業務上過失致死傷はないだろうという感覚は理解できます。でも、それが本業で現行法ではやむを得ないのです。
 私としては、刑事免責の法改正は画餅に近いので、当面の課題として、医療側弁護団や医療特捜官という手続き的専門的保障のほかに実態面でも、同様の方策を現行法の枠内で模索しました。
 その結論が、医療事故も、現行の過失犯の構成で処理して、死傷結果と向き合う本業の特殊性、物理法則マニュアルで支配される交通機関と異なる生体反応をベースとする個別性多様性、緊急避難の成否が検討されてしかるべき救急救命措置が多いことなどを取り込み、現行の過失犯の刑法理論でも過失そのものが成立しないのがほとんどであるはずだと考えているわけです。
 その研究が、学者でも実務家でも不十分なのは批判されてしかるべきですけど。

 度重なる横レス失礼します。m(_ _)m

>2 たしかに医師に落ち度はあるが、軽微であり、そのようなものまで刑事処罰の対象とされるのでは、たまったもんじゃない、という場合
>そして、2ですが、私はこのような場合は、刑事処罰の対象とまでするのは、政策的には得策ではないだろうな、と考えます。
>しかし、他方で、2の場合に民事の責任も免責すべきかとなると、そうは思いません。

 このような場合、医療側弁護団ナショナルセンターが医療側弁護士を派遣して、団体責任保険に基づく示談を尽くすと同時に起訴前弁護を徹底して、遺族や患者の示談に基づく宥恕を得て、起訴猶予に持ち込むというのが一番いいような(民事刑事の一石二鳥)気がします。m(_ _)m

木ノ元弁護士によると、勾留を請求した検察官には「特別公務員職権濫用罪」(刑法194条)が成立する場合があるそうですから、通常業務が業過どころか故意犯に問われるという点で、必ずしも「気楽な商売」とは言えないかも知れませんよ。

あ、マジレス不要です(笑)。

「医療全般に関するスタンダードの画定が困難である」ことは分かるのですが、それは、「スタンダードの画定ができる部分がある」ことと矛盾しないのでは。

例えば、医師の方も「行政処分としての再研修」という言葉を使っておられますが、そこには、「研修を通じて復習しておくべき何らかのスタンダード」が存在することが当然の前提になっているはずです。

そもそも、医学部教育や医師免許の国家試験が存在するということ自体、医療行為において最低限ふまえるべき準則とか常識があることを示しているのかなと。

イメージとして間違ってますでしょうか。

>このような場合、医療側弁護団ナショナルセンターが医療側弁護士を派遣して、団体責任保険に基づく示談を尽くすと同時に起訴前弁護を徹底して、遺族や患者の示談に基づく宥恕を得て、起訴猶予に持ち込むというのが一番いいような(民事刑事の一石二鳥)気がします。

コメントありがとうございます。

ご提案に賛成です。実現可能性の面でも優れたご提案と思います。

 マジレスじゃなくて冗談としてレスします(笑。
 特別公務員職権濫用罪が成立する故意はないでしょう。可能性ならいくらでもあります(隕石がが落ちて患者が手術台で死亡する可能性があるから、手術代は耐爆性がないのはおかしいとかw)。しかし、刑法の基本の故意論で、某弁護士と同じ誤謬を別の弁護士がするのはいかがなものかと思います。もちろん冗談です。

 すいませんマジレスします。m(_ _)m

>必ずしも「気楽な商売」とは言えないかも知れませんよ。

 検事さんは死刑の求刑したり、死刑判決聞くだけでなく、高検検事になれば死刑に立ち会う義務があるそうですし、エリートの局付検事となると、死刑判決記録を精査して、法務大臣へ死刑執行起案書を作成提出するそうです。それが生涯にわたり心の澱として残るそうです。
(出典)朝日新聞死刑制度取材班『死刑執行』朝日新聞社(1993年1刷)
 上記の「気楽な商売」とは、「職務行為が業過で起訴されないという限度で」とう限定詞を付加明記させていただきます。死刑既決囚に合掌。

人間の体が如何に千差万別かと言うことが、非医療者には想像がつきがたいのだと思う。

トラックの運転手がコントロールするトラックは、ハンドルを右に切れば、右に曲がるし、ブレーキを踏めば止まる。

ところが医師がコントロールする対象の人間の体は、右にハンドルを切っても曲がらないどころか左に切れることもあるし、ブレーキを踏んでも止まらないこともある。

簡単な例がお酒。お酒が全く飲めない人もいれば、ザルのように飲む人もいる。日本酒は飲めないけど、ワインならいくらでもって人もいる。

初対面の人の酒量や体質にあったお酒を問診だけで当ててるのが医師。

そんなコントロールに必要な属人的な技術が違いすぎる行為を比較対象とすることが間違い。

そりゃ定評ある教科書をスタンダードと決められないこともないでしょうが、現実の紛争解決に役立ちますかね。

場外乱闘(本館ブログで本音が言えないストレスを発散するスレ62)に書いておきましたが、ここでの「医療=クイズダービー論」が、小倉氏によって別ブログに持ち込まれ、そっちで火種に使われています。
(以上は情報提供のみのコメントです)

医療不信が核分裂を起こし、核輸出が行われているわけですね。
太陽政策を提案し、かつ同盟職種である弁護士の皆さんに
核拡散防止の協力をお願いしたいと思います。
一人の暴走が日本の医療を滅ぼします、そういう力があると思います。
また医師の代表機関は小倉弁護士と面談し、その真意を問い、
医療側への協力協定を申し込むべきと考えます。

>また医師の代表機関は小倉弁護士と面談し、その真意を問い、医療側への協力協定を申し込むべきと考えます。

一市民さん,
意味がないでしょうね.場外に隔離場所が設けられていますので,そちらに隔離しておくのがよろしいかと思われます.藁人形を相手にさせておくのが適当でしょう.

協力して頂ける方がここには大勢おられるのです.協力する気のなさそうな人間にエネルギーを注ぐのは無駄というものでしょう.

>No.267 ブギーマン@ さん
>人間の体が如何に千差万別かと言うことが、非医療者には想像がつきがたいのだと思う。

(少なくとも私は、)他の職業と比較しているわけじゃありません。
他の職業と【同じだ】といっているんです。
ただしやるべきことをやる必要があるという面のみにおいて。

「ブレーキを踏んでも止まらない車だった」とたとえられる状況設定下でについて文句を言っているわけじゃありません。それはブレーキ壊れた車に乗せた奴の責任ですから。医師だと「乗せた奴=患者」みたいなものですから誰にも責任は無いということになるでしょうね。まあそれはどうでもよろしい。
しかし【「ブレーキを踏んだら止まる車だった」とたとえられる案件】においては、医療関係であってもトラック運ちゃんと同じに片付けるべきでしょう。ブレーキ踏めば止まるのにアクセル踏んで事故起こした奴をかばう必要なんか皆無です。
ですがそこの部分が"医療は難しいんだ"というだけの理由でどう見ても切り分けられていなくなってきたので、それは切り分けてください。と言っているだけです。


医療技術は画一的でないからとか、難しいからとか。そんなものは理由にはならないでしょう。
それで終わらせてしまっては、それこそ相手に医療知識がないことを盾にして聖域化特権化しているのと同じです。

もしかしたら、「医療行為は100%スタンダードなんて無い、行き当たりばったりで最善策を求めるしかない」という考えなのかもしれませんが……もし医療現場の真実がそういうものなのだとしたら、それはこの問題とは別に大弱りです。
医師が自分を視る検察?やらの法的判断の正当性を願うのと同じで、患者も自分を診る医師の医療判断は正当でないと困ります。わからないから「全て任せて疑問を抱くな」で納得できないのは同じことです。

コンピュータエンジニアならば、仕様設計において設計レビューをして顧客希望と仕様に差異が生じないような対策を採りますが、「レビューすらするかどうか未定です」などといわれたらそりゃバカかお前はの世界です。スタンダードのない顧客希望とずれないような対策は当然採るわけですが。
もちろん誤解の無いように何度も繰り返しますが、全ての業務が対策が取れるものだといってるわけじゃありません。そうじゃなくて、例えば輸血に当たって必ず患者の確認をしてそのチェック記録を残すとか。さらに失敗を無くすために患者の体にメモなり、RFIDなり括り付けといて記録と実態の紐付けエラーを無くすような改善策を施すとか。
チェックした形跡が無いのにチェックしたチェックしたといっても疑われるのは当然ですし、逆に患者が悪戯心でメモを他人と入れ替えましたという案件を医療側の責任にする気はありません。
そんなレベルの話において「人間の体の神秘」なんか無関係だと思うんですけども。


その部分の視点がずれているんだと思います。

No.272 サスケット さま

横レスですが、
「医療行為に際して発生した軽過失について刑事責任を問うべきでないのではないか」
という文脈での議論として噛み合っていないのではないかという印象を受けるのですが。

レビューすらするかどうか未定です」などといわれたら

に匹敵するような医療上の「手抜き」について、現行法の下で処罰を不当だと主張している人は、医療従事者か否かを問わずほとんどいないのでは。
(過失犯非刑罰化論者の私ですら、現行法の解釈適用基準に照らせば処罰は相当だと思います)

例えば輸血に当たって必ず患者の確認をしてそのチェック記録を残すとか。さらに失敗を無くすために患者の体にメモなり、RFIDなり括り付けといて記録と実態の紐付けエラーを無くすような改善策を施すとか。

こういう改善策を、業界内の自主努力で効果的に実現していくには、民事責任はきちんと認めた上で、刑事責任は問わないほうがどうもうまくいくらしい、という考えが世界的な潮流になってきているのだと認識しています。

>医療上の「手抜き」について、現行法の下で処罰を不当だと主張している人は、医療従事者か否かを問わずほとんどいないのでは。

ええ、だと思います。
そう言っていただけると非常に助かります。

が。

が、その割にクイズダービーだとか、ブレーキを踏んでも止まらない車だったとか、医療は標準ができないとかの言い訳が出てくることが不思議です。

私が「あなたは10000人中9999人ですよね?」と聞いても素直にイエスと返ってこないで、医療は大変なんですと返ってくるのはモトケンさんの背中撃ってるんじゃないのという。
「No.5」で、その「医療行為に際して発生した軽過失について刑事責任を問うべきでないのではないか」という議論において、小倉さんから変な誤解を受けるのはきちんと切り分けられずに話しているからじゃないのかと言いましたが、私が何度も「手抜き」の領分ですと説明しても肯定が返ってこない。

別に本心から「手抜き」を免責しろという理由で否定しているわけではないと思いますが、
少なくとも「まず免責」が頭に言ってしまって整理できてないんじゃないのだろうかとは思います。
小倉さんのコレが誤解だか荒らしだか知りませんけど、こんなこと言わせてしまった結果を見ている割に、その後の自己制御が甘いんではないかという。

それでは、信頼は勝ちえないんじゃないでしょうかね。正直な心境を言わせてもらえば。

トラックの運転手がコントロールするトラックは、ハンドルを右に切れば、右に曲がるし、ブレーキを踏めば止まる。

それはトラック運転手がその技量でトラックをコントロールしているだけの話で、一般の運転手だったらコントロール仕切れないようにも思います。

クイズダービーだとか、ブレーキを踏んでも止まらない車だったとか、医療は標準ができないとかの言い訳が出てくることが不思議です。

ミスにはいろんな類型があるからだと思います。
そういう説明や例が出されるとき、話者が念頭に置いているのは、左右取り違えや薬剤の分量・濃度のミスとかではなく、高度な判断を要する領域(救急患者のレア症例の見逃しとか)や手技上の限界領域(大手術での臓器の損傷・挫滅とか)でのミスとかではないでしょうか。

「手抜き」にも、いろんな場合があります。
時間的余裕のある状況でのそれは、少なくとも重過失、場合によっては未必の故意に相当するでしょう。
一方、「クイズ・タイムショック!」な緊迫した状況下では、優先順位を低いと判断したものについて「パス!」してしまったり、平常時ならありえない勘違いをしたりしてもおかしくないでしょう。

同じ問題意識を共有する人間同士、イメージをきちんと摺り合わせさえすれば、着地点はそんなに遠くならないと思います。
(それでも拠って立つ基本思想の違いからズレは生ずるでしょうけど、互いの主張に対して誤解がなければその違いは許容できるはず)

エラーをきちんと分類する事が必要なのでしょうか

通常、事故を引き起こすエラーは、「意図した行為を思い通りにできなかったもの(実行上のエラー)と、目的を達成するために間違った計画を採用したもの(意図した行動そのものが間違っていた計画上のエラー)」(“To Err is Human”におけるReason J, 1990より)に分けて考えられるが
http://www.dental-review.com/seizon/0108.html

上記に基づくのであれば、私が問題にするのは計画上のエラーであり、実行上のエラーではないですね。もちろん、補償は必要でしょうが、実行上のエラーに対して刑事処分とか行政処分を負わせようとは思いませんね。

計画上のエラーと言えば,私が見てきた医療事故訴訟の判決文では,どうしようもない低レベル判決が多々見られることは既に述べたとおりですが,
http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/07/29-232008.php#c176982

とてもわかりやすい例として,病院側の意見書が提出された後に,実質審理をしないで判決を出してしまった神奈川帝王切開訴訟
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080415
これなんかはどうですかね?

こういっちゃなんですけど,医療に求める注意義務のレベルに比べて,医療訴訟に関して司法が実際に遂行している注意レベルが低すぎるんですよね。そもそもこういう例って,過失じゃなくて,故意でしょ? ところがこういう例であっても,「裁判官は無責である」
http://www.clo.jp/img/pdf/news_38_03.pdf
ということでしょ。あほらしい。

そういう連中がどうせまたおかしな判断をするんだろう,って考えるとやってられんですよ。ま,卵が先か鶏が先か,ってところだと思いますね。

再三槍玉にあがっている輸血についても、実は厚生労働省によってこれだけの手順が決められています。

http://wwwhourei.mhlw.go.jp/cgi-bin/t_docframe2.cgi?MODE=tsuchi&DMODE=SEARCH&SMODE=NORMAL&KEYWORD=%93%5f%93%48&EFSNO=4901&FILE=FIRST&POS=0&HITSU=0

かような通達は各医療機関に通知されているはずです。こういうものをあえて無視したり、手抜きをすればそりゃお咎めがあっても仕方がないかなとは思います。そういえば点滴の作りおきの禁止についてもどっかにあったような気がします。
法曹はこういったものを医療全般についてやれとおっしゃるのでしょうが、はたして現実的でしょうか。あまりにも膨大であり、しかも明治時代に作られた医師法21条がいまだに通用する法律の世界と違って、医療は日進月歩であり常に改定が必要です。

>そういう説明や例が出されるとき、話者が念頭に置いているのは、左右取り違えや薬剤の分量・濃度のミスとかではなく、高度な判断を要する領域(救急患者のレア症例の見逃しとか)や手技上の限界領域(大手術での臓器の損傷・挫滅とか)でのミスとかではないでしょうか。


ええ。だから、
>別に本心から「手抜き」を免責しろという理由で否定しているわけではないと思いますが、
>少なくとも「まず免責」が頭に言ってしまって整理できてないんじゃないのだろうかとは思います
と言ったわけです。

ちょっと前のエントリでも、とらさんが同じことを言っていましたが、ここでも同じ。
イメージを摺り合わせる前に権利?の主張が先に立っちゃってるんじゃなかろうかと。
その手法だと、小倉さんの誤解?故意か過失かは置いておいて(笑)、誤解を責められんのじゃなかろうかということです。

サスケットさん

“手抜き”については、fuka_fukaさんの言うとおりです。
しかしながら、人間の体に事が及ぶ医療行為については、統計的確からしさはあっても、正解の手順はわからないのです。

あなたがトラックの運転手だとして、毎日違うトラックに乗らないといけません。しかも、毎日の新しい車に乗ってみるまではハンドルを右に回した時に右に曲がるかどうかはわからないのです。
統計的に90%の確率で右に曲がるというデータが与えられてるのみです。

ペダルはどれがブレーキかは乗ってみるまでわかりません。95%の確率で右からアクセル、ブレーキ、クラッチと並んでいるというデータが与えられてるのみです。

そういった条件下で毎日の業務をこなしていくのです。

ブレーキの壊れた車に乗せる人などいないのです。皆さん、自分の車は右にハンドルを切れば、右に曲がると思っているのですから…

イメージを摺り合わせる前に権利?の主張が先に立っちゃってるんじゃなかろうかと。
その手法だと、小倉さんの誤解?故意か過失かは置いておいて(笑)、誤解を責められんのじゃなかろうかということです。

その点は、同感です。
私も他の非医療従事者の常連さんも、繰り返し指摘しているところです。

「伝わるように、共感を得られるように言わなきゃダメ!!
 理解不十分なだけで悪意のない新参さんにケンカを売るなんてもってのほか!!」

宜しくお願いします>医療従事者側コメンテーターの皆様

>No.5

とら さんの意見を素直にそのまま肯定されない辺りに少々不安を感じます。もちろん「間違った型の血液の輸血」だとか「薬の種類や点滴の量を間違える」とかの当たり前のことをしなかったミスについてどう思うか個別に聞いて「免責免責」と主張する人は少なかろうと思いますが、この点きちんと切り分けて議論できていない点が「馬鹿なツッコミを受けてしまう隙」なのではないかなと。

とらさんの意見というのがどこにあるのか分からなかったのですが、私のNo.6の1割はこの部分へのレスです。「間違った型の血液の輸血」と言っても「勘で決め付けて行った輸血」と「勘違いして行った輸血」は違うんだけど、ひと括りにされて「当たり前のことをしなかった」と言われてモナーというレス。9割は、小倉先生は「間違った型の血液の輸血」をひと括りにして「勘で決め付けて輸血をすることもあり得るのだから、間違った輸血は免責できない(勘違いの輸血も含めて)」という射程撹乱光線を出しているような気がするなあ、「皆様ご留意を」という意図。

その後No.7でモトケン先生が「皆様本来の議論をしましょう」と言われたので、皆様リセットして議論し始めたためにNo.5に対する肯定が返って来なかったんじゃないでしょうか。

ざっと最初から目を通しなおしてみた上でのあくまで私の印象ですが...
医療関係者と非医療関係者の感覚のズレは、
サスケットさんが挙げられているような、「間違った型の血液の輸血」「薬の種類や点滴の量を間違える」「お腹にはさみを忘れる」といったミスが、個人の責任を追及すべきではないヒューマンエラーというよりは、個人の責任を問うべきものが大部分だとお考えなのではないでしょうか?
一方、医療関係者からすると、大部分のミスはどちらかと言えば個人の責任を追及すべきではないヒューマンエラーだと考えているところからくるのではないでしょうか。

ご存じの方が多いと思いますが、ハインリッヒの法則が医療事故にも当てはまると言われています。つまり「間違った型の血液の輸血」「薬の種類や点滴の量を間違える」「お腹にはさみを忘れる」という報道されたりする大きな事故の裏には300倍のインシデントがある事になります。といってそのまま放置して良い事であるわけないので、インシデント情報を集めて院内安全対策会議やガイドライン作成、勉強会などをほとんどの医療機関が定期的に行っています。それでも完全に無くすことは出来ないものなのです。私の所属している大学病院では、事故を減らす為に、必要な事務的な手続きがどんどんどんどんどんどん増えて(ミスタイプではありません)医者も看護婦も患者さんと接する以外の仕事が増えているのが現状です。

医療関係者は300倍のインシデントを日常的に体験しているので、いつ自分が重大な事故を起こすか分からないという不安を持つ一方、非医療関係者は報道される重大な事故を目にする機会しかないでしょうから感覚のズレが生じるのは仕方ないかもしれません......

 医療関係者ではないので方向違いの意見かもしれませんが。

医療事故に際するスタンダード(仮定)について、
1.事故時に医者が医療行為を行う上での判断基準
2.事故後、その医療行為が妥当であったかの判断基準
 の側面があると思うのですが。

 1.については、下に書きますが、個々の要素としてはあっても実際には状況に応じた総合的な判断によるので、明確な形での文章化はしにくいかと感じます。(医者のレベル・経験によるものなんでしょう)

 2.についても、「状況に応じた判断による手順の構築・判断」「実際の行為」があり、状況や技術進歩などがありこれも文章化しにくい。

 2.については、判定に考慮される項目(基準ではない)くらいをあげておいて、最悪、判定者・機関を規定しておいて、「医者の10人中9人は」ではないですが、「○○の判断によって妥当とみなされない」行為については、刑事罰もありえる、ということにするしかないのかも。

※工場などの緊急訓練では、事故時のシチュエーションを想定して「どういうことをすべし」という手順や意味を理解し、実際の事故発生時への対応を徹底します。
 とはいえ、実際の事故発生時には、事故の状況に合わせて責任者が判断し対応する=事故状況に合わせた手順を判断し、その実行の指示をする、ことになると思います。
 想定された手順通りやっていればいいわけでもないですし、状況に応じて手順を前後・省略なども生じるでしょうし、危険を承知で対処する必要もあります。
 おそらく医療現場も、患者の状態や緊急性などに応じて、手順を判断し、実行の指示、処置、といったことになるのでしょう。
 事故時の現場責任者や医者の判断というのは、状況や個々の危険性や処置の意味などを理解した上での総合的な判断になるでしょうから、「その場で何故その選択をしたかの理由」を説明することはできても、それが別の事象のスタンダードにはならないし別のスタンダードから「最低限、これさえしておけばいい」ということにもなりにくい。

No.222 Med_Lawさん

コメントを拝見しました。
すぐにお返事を下さり大変うれしく思います。返答が大幅に遅くなり申し訳ありません。

 最終的には、やはり、お互いの“受け止め方の違い”になるのかもしれませんが、私の考えをお送りします。

 1.「私には、素人さんの単なる”素朴な”疑問とは読めません。専門家への敬意を失った蔑みを含んだ”トラック運転と医療とを同一視する例え”を含んだ表現は、非常に失礼なものと思ってます。失礼と感じるからこそ、その言動を咎めています」(No.222)

 確かに、名無しさんのコメントNo.184における両者の対比は、極めて大変失礼になるのかも知れません。受け止め方は多様であろうと私は考えますが、Med_Lawさんの感じ方は了解しました。

 しかしながら、(先日の引用とは若干異なりますが)「…貴方のような素人が医療事故の被告(人)席に立つことがあり得るでしょうか?素人には医療をプロとして行う資格がないのに、資格のあるプロに対して、”今の医療裁判で何が怖いのか?”と問いかけることに大いに疑問を感じる…悪いけれど、貴方たち医療の素人より、我々医療のプロの方が、よっぽど医療の怖さを知っている…本気で医師をトラック運転手並だと思うのなら、医師が足りない病院にどんどん医師を連れてきてみてはいかが???」(No.189)と、お相手の方に対して言い切ってしまうと、“そもそも議論が不可能になるのではないか?”とも私は思います。専門家である者が、これまでの経験と知識から、必要かつ十分な思考を選択できるのは自明であり、一方で予備知識・経験等のない者が的外れな発想をしがちであること自体はやむを得ません。わたくしが何らかのプロの立場であれば、応答する以上、地道に反論・説明を尽くしていく他に方法はない、と考えます。

 2.「よって、このような素朴な疑問を持って、さらに内容を疑わない貴方の感性に疑問を持ちます。」(No.222 )

 説明不足でしたが、わたくしは、No.184の名無しさんの設定内容が正当な根拠に基づくものか否か、結論を出しておらず、その適否について直ちには判断できません。ただ「少なくとも、No.184のような疑問を持ち、問いかけること自体は誤りとは言えないのではないか?」と考え、上記No.221を書きました。「疑問をプロに問いかけること自体は、全く誤りではないのでは、とわたくしは考えています。」と記述したのは、そのためです。

 3.以下では、名無しさんのご意見とは全く無関係に私見を述べます。
 
 例えば「なぜ、そもそも医療行為には過失を認めるべき余地がないのか?」「なぜ、そもそも医療従事者を過失犯として処罰できないのか?」といった諸問題を考えるに当たっては、まずは、先行する「過失」に関わる様々なケースに対して徹底した検討を加え、医療行為との具体的な比較検討が必要不可欠だと私は思います。こうした検討なくして、医療行為の特殊性や本質的特徴の析出は、不可能ではないでしょうか。その意味で、医療行為に対し、例えばトラック等の自動車運転行為との比較は重要であり、むしろ裨益するところ大であると考えます。
 これは、職業間の、“個別具体的内容や意義”等の単純素朴な比較対照では全くありません。「予見可能性の有無」や「注意義務の存否」といった決定的に重要な局面において、医療行為においては“具体的に何が本質的に異なるのか(あるいは、異ならないのか)?”を明らかにするための一つの方法です。
 私は、「認識することとは比較することである」といつも考えています。これは、比較という方法を通じて、対象を的確に把握するという意味です。医療行為の本質的特徴の必要十分な理解にとっても、上記のような視点における比較は極めて有意義だと思います(ただ、最終的には“認識の問題”よりもむしろ“評価”“価値判断”の次元の問題となり、政策的な判断によって医療行為の特殊性が位置づけられていくことになるのかも知れません。)。

4.「すべての労働者に認められている最低限の権利の回復を求めていく運動を勤務医が行う必要を、再び強く感じます」(No.222 )

 わたくし自身も全く同様に考えています。この問題に取り組むために、全国医師連盟に大いに期待しています。既存の医療関係者の団体・労組ともうまく連携していく必要性も、私は強く感じます。全国医師連盟だけでは、恐らくすぐに限界が来てしまうのではないでしょうか。また、医療関係とは異なる職域の労組や個々の労働者との関係も、非常に大切になってきます。過労死等の発生する構造的要因・背景が、サラリーマンと医療従事者では大きく異なるので、個別の運動の方向性はまた別の問題になりますが、しかし、問題意識の共有は極めて重要です。日本の「現代」は、何かと“ヨコのつながり”が非常に希薄であり、その弊害は非常に大きいと思われます。

よろしければ感想をお聞かせ下さい。

>“そもそも議論が不可能になるのではないか?”
>予備知識・経験等のない者が的外れな発想をしがちであること自体はやむを得ません。

的外れであれば非難を受け、失礼があれば咎められ、予備知識・経験がなければプロとの高度な議論が不可能であることの方が当然だと思います

上記のことを疑うこと自体が不思議です
私は、失礼な素人は許さないし、教える必要性を感じない

a.x. 様   良心的患者
一市民   モンスター患者
Med_Law様  リピーター医師

こんな風に世間に映っているといやだな。

 私も含めてどっちもどっちという批判を受けそうな状況です。
 言葉遣いでしょーもない摩擦を生じさせるのは、小倉弁護士だけでたくさんです。

 コメント数が増えてきましたので、続編を立てました。

 日本医学会における議論(その2)

 今後のコメントは(その2)へお願いします。

>私は、失礼な素人は許さないし、教える必要性を感じない

言ってみてぇ〜、毎日のようにかかってくる失礼なクレーム電話に(^^;

P R

ブログタイムズ

このエントリのコメント