エントリ

 「日本医学会における議論」の続編です。

 雰囲気を変える意味でも別エントリにしました。

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非医療者が素人的質問や発言をすると、
よってたかってバカアホ扱いする傾向がある。
バカアホが悪いのはわかっているが、せめて、的確な
回答のサイトへ誘導したらどうでしょう。
この掲示板に的確回答が一杯あるだろうから、
そのまとめサイトを希望します。

 典型的KYですね。
 前向きな議論を望むなら、お互い少し引いたらどうかと言ってるんですよ。

あなたの場合はさんざん相手をバカ扱いしてるんだから自業自得だと思いますが。

素人が分不相応な事を投稿するようですが、少しばかり思うところがありますので、以下投稿させてください。m(__)m

一般論として(あくまで不特定多数の方を対象とした一般論として)、確かに専門職の側にも自らの現状と要望を、「(いろいろな意味で)周知する努力と忍耐」がある程度必要なのは事実だと思います。けれど所謂素人の側にも、「(いろいろな意味で)わきまえる必要のある部分」がある程度存在するのも事実なのだろうと思います。

結局の処、お互いに謙虚(丁寧)で然るべき部分では謙虚(丁寧)な姿勢で相手方に臨む事が必要なのだろうとは思います。
お互いが(あくまでもお互いがです)、(相手の立場や背景・知識の程度を全く尊重せずに)いがみ合ってしまったら、モトケン先生始め色々な専門家のみな様のこれまでのご尽力に対して、恩を仇で返すような結果を招来する可能性が皆無とは思えません、私には。

管理人様の運営方針もあって、非常に寛大に自由奔放なコメント投稿を許容していただいているBlogだと思いますが、管理者(開設者)の方に要求される労力や責任の水準はコメント投稿者のそれよりも大きい筈です。投稿する立場としても、その様な運営方針に甘えて単に思ったことをそのまま文字にするだけでなく、単語の選び方などのある程度の節度は必要だろうと私は思います。

不躾な投稿にてお目汚し致しましたことをお詫び申し上げます。

>一市民様

 ブログは基本的にブログ主さんの指示に従うのが、ネチケットですよね。

 私も実名の一市民として、「一市民」という呼称で一括りされることに寂しさを感じます。
 
 法律相談でもありませんし、医療相談の場でもありません。ご理解をよろしくお願いします。
 

でしゃばりすぎました。
すみません。

 私は非医療者で弁護士でもありません。ただ、医療関係者の努力により死の淵から生還しただけです。そんな私から一市民さんに一言だけ送ります。

★「いいかげんにしなさい」★

 象徴的なやりとりですね。

 多くの「医療事故被害者」は、「真実を知りたい」と「医療従事者の謝罪を求める」を特段の矛盾を感じずに要求します。

 事実の如何を問わず、また、医学知識の有無とは無関係に、まず医療従事者の過失を強く確信するところから出発します。

 彼等に協力する医療従事者は中々いませんし、その医学的に有り得ないことの少なくない主張の裏書きをしてくれる者は更に少ないのですが、そのこと自体が、医療従事者同士の庇い合いの存在を強く推定させます。

 その主張が間違っているかも知れないという方向には進みません。

 その中で事態を改善するための方法の一つとして、日常、医療と接することの少ない一般の皆さんに対して、より正確な医学・医療知識を随時に提供することの必要性は日々感じるところです。

 直接関係する比較的狭い範囲で構わないので、基礎的な生化学、生理学、薬理学から順にきちんと勉強して欲しいと思いますし、それを可能とする環境が提供されて然るべきとも思います。

 また、「医療事故被害者」の多くは、しばしば、訴訟によって何が実現でき、何が実現できないのかをよく知らないままに医療機関や医療従事者を訴えて、真実を解明し、責任者を罰することを希望します。

 法というものがどういう存在であって、訴訟によって何が実現でき、何が実現できないのか、その方法はどういうものであるのか、事前にきちんと勉強する環境が提供されて然るべきとも思います。

 しかしながら、これらの教育・学習システムは、本来、無償で提供しうるような簡単なものではありません。事前に非常に多くの知識を教科書や論文等から自学自習しておいていただく必要もあり、それら文献の正確な理解の為にはさらに多くの基礎知識が必要です。何より、何を読むべきかの選択をしうる能力も必要です。

 自学自習が進めば実感されることですが、その上ではじめて、人と人との直接的な質疑応答が意味を持つ水準に達することができます。

 しかし、徹底的な複数の専門分野の知識の獲得によるinterdisciplinary approachを追求することは、しばしば知識量だけでなく、暗黙知的な判断を身につける上でも困難です。


 それに対して、これまで、このブログのコメント欄では、法律関係者と医療関係者の間で、可能な限りそういう互いの基礎知識の迷宮に入り込まないようにして実質的議論が行われるべき努力が為されて来たと思います。ある意味で教育・学習の邪道なのですが、別の意味ではmultidisciplinary approachの典型的な姿でもあります。

 これが成立するのは、互いの専門分野上での知識水準と判断について、一定の信頼関係の存在が前提になります。その上で、自分の専門的判断に関連する部分についてのみ、相手の専門的知識と判断を問うという形での問答が繰り返されていきます。

 ここにどちらの専門分野にも属さない人間が入り込んでくると、その目的が不明で専門家に対する信頼の感じられない、興味剥き出しの疑問が突きつけられていくことになります。対応には多くの説明の手間暇と手応えの感じられない応答の繰り返しに対する忍耐を要します。

 しかしながら、そういう人は定期的に必ず現れますし、無下にされるべき存在でもありません。これまで常連さんのどなたかが入れ替わりで、必ずメンターを引き受けられてきました。

 ただ、そろそろ組織的対応が必要な段階に至っているのかも知れません。

 医学無知蒙昧の私ですから、法学系についてお話ししますと、大学の一般教養の「法学」ですら、毎週90分講義で8か月はかかり、それも基礎中の基本で終わらざるを得ません。それも法理論だけで実務事実認定の講義など夢の夢です。
 もちろん組織的対応は理想ですが、かなり困難だと思います。せめて、このような理解あるブログで一つ一つコンコンと忍耐強く説明する方が実現可能性があると思います。疲れますが。
 事実認定(一部法令判例知識の誤り)の誤読曲解が多い某弁護士が茶々を入れて、誤った法律知識や誤解事実認定を振りまいているだけに危機感は感じていますが。
 おそらく、医師から見た一般教養レベルの医学系も同様なので、似たような危機感を感じていると思います。○| ̄|_

ひとつ前のエントリの No.284 Pediatrician さん

>一方、医療関係者からすると、大部分のミスはどちらかと言えば個人の責任を追及すべきではないヒューマンエラーだと考えているところからくるのではないでしょうか。

どちらが大部分というか、本来の話から言いうと「個人の責任を追及すべきではないヒューマンエラー」こそが議論の対象であって、「個人の責任を問うべきもの」はいちいち考えるまでもないことだったはずなんです。

ひとつ前のエントリのNo.283 元ライダー さんが、「皆様リセットして議論し始めたためにNo.5に対する肯定が返って来なかったんじゃないでしょうか。」と言っていましたがそれも認識違い。No.5に対して回答なんか本来要らない、というか言及しないに越したことはなかったんです。

>『「まっとうでない医療行為を免責せよ」なんて意見、まともに見たことありません。なんでそんなバカにこだわるんですか。』と発言したことがありますが、そんな当たり前のことを議論の俎上に載せようなんていうこと自体、文字通りに「論外」です。


ところが見た目上、「論外」になっていなかったという。
ただでさえ小倉さんのような反対の立場の極みにある者が、失言を虎視眈々と待ち構えている(笑)のに、私のような特に反対意見をなかった人間に対してもそれはどうなのと思うような発言があったわけで。
「トラック運転手の場合、スタンダードが頻回に変わったり、正反対になったりすることはまず無いですよね?」とか「専門家への敬意を失った蔑みを含んだ”トラック運転と医療とを同一視する例え”を含んだ表現は、非常に失礼なものと思ってます。」とか、おそらく「個人の責任を追及すべきではないヒューマンエラー」のことが頭にあって言っているんだと思いますが、いっしょくたにスタンダードなんて作れませんとしてしまうと、「個人の責任を問うべきスタンダード違反」に対しても言っているのかという誤解を受けてしまうでしょうね、というだけの話です。

まあ、直近で解釈に疑問を感じた時に「真意を確認するほうが確認しないより手っ取り早くてよい」と主張したのもあったので、
切り分けをしていない発言者にむけて「”個人の責任を問うべきもの(前エントリでは「当たり前のこと」)”は別問題ですよね」とあえて聞いてみたという面もないわけではないのですが(笑)
まあそれはどうなのと私自身も思った発言だったので真意を確認させてもらったと思ってもらえれば。


あと一つ、「非医療関係者は報道される重大な事故を目にする機会しかないでしょうから」とありましたが、もう一つ。非医療関係者は被医療関係者でもあるわけで。単にエラーの回避が難しいという主張は疑念と恐怖しかならないんじゃないでしょうか。
「事故を減らす為に、必要な事務的な手続きがどんどんどんどんどんどん増えて(ミスタイプではありません)医者も看護婦も患者さんと接する以外の仕事が増えている」なんていうのは、別にどんな業界だってやってることですし。
医療崩壊しかねないから免責なりなんなりをする、という方向性だからこそ納得できる話でしたが……まあ、別にギャラリーなんて納得しなくてもわかるやつだけ分かればいいんだという話ならそれもありなのかも知れませんけどね。どうせ納得しないやつは何を説明したって納得しないでしょうし。

>No.8 rijin さん
>ここにどちらの専門分野にも属さない人間が入り込んでくると、

というか、ハスカップさんの言うように専門分野に属していても問題な人はいますので、問題は「信頼関係の存在がない人」でしょうね。
結局のところ、「医療崩壊しないこと」が究極の目的なハズですから、「どう医療崩壊の歯止めに役に立つと思ってその意見を出したのか?」というのを聞いてみればいいんじゃないでしょうか。


ここは、モトケン先生の個人Blogで、一定の参加資格が要求されることもなく、誰でも閲覧・投稿できる場所として解放されている場所ですよね。

管理者(開設者)であるモトケン先生が、投稿するのに相応しくないと判断されている訳で無い限り、参加者が勝手に「一定程度の水準に到達してない者は口を出すな」とかいう感じで、有形・無形を問わず参入障壁を作り上げるような事をしてよい場所ではないと思うんです。
あるいは医療の実態に興味があって、ここには現場を知っている人がいるからというような理由でROMしたり書き込みして来る善意の参加者に「職場の新人を体育会計ののりで一人前に鍛え上げてやるぜぃ」というような態度で(Blogの参加者という意味では専門職と同等である)非専門職に接してよい場所とも思えないんです。

もちろん、中には明白に「悪意ある参加者」もいらっしゃるでしょうけれど、「医療の実態に関心をもって居られるような善意の参加者」に対して、当該参加者が「不当に扱われた」と感じるようでは、現実世界においてモトケン先生のお立場を難しくする方向に作用する可能性も全否定はできないだろうと思うんです。

確かに、一部専門職の方が仰るように、本業が多忙で悪戦苦闘した上に、オフタイムに訪れたBlogでも「疲れるような出来事」に遭遇したときに、「勘弁してくれ〜」というような心情が沸いてくるというのは、それはもう「仰るとおり」と申し上げるほか無いのですが。。。

それでも、ここはモトケン先生のBlogで運営方針として、一定の参加資格が要求されることもなく、誰でも閲覧・投稿できる場所とされているという大前提は、ROMする方も投稿される方も忘れてはいけないんじゃないかと、最近の一部の遣り取りを観てると思ったりしました。先刻のNo.4の私の投稿はそんな問題意識もあって、敢えて投稿してみました。

トピずれご容赦願えれば幸いに存じます。

求められているのは、一定のマナーであったり、理解力・想像力・論理力です

「一定程度の水準に到達してない者は口を出すな」とは言いませんが、出しにくいことは明らかのはずです
コンセンサスを無視し、議論の流れを無視し、理解力・共感力が足りず、他者への配慮も欠いていれば、『「不当に扱われた」と感じる』ことも仕方ないのでは?

参入障壁を感じておられるとすれば、それは正しい理解であって、専門家と非専門家との間の知識・理解力の違い、当事者と非当事者の臨場感の違い、などから来るものだと思います

どんな人でも発言による批判(批難ではなく)を意識した上で書き込むことを要求されているのが、モトケン先生のBLOGの質の高さだと思ってます。

最低限のマナーを守れない人を排除する圧力が掛るのは、ブログを汚さないための自浄作用だと思ってます


モトケン先生から、自制を呼びかけられている当事者の一人として、しばらく静観しています。

 医師の参加者にも難癖付けて攻撃的な人もいれば、弁護士のブロガーにも揚げ足取り専門で攻撃しかしない人もいれば、非医療非法曹の投稿者にも分からないから親切に教えろと開き直ってヒステリー起こしたりと(いずれも誰とも言いませんが)、いろいろいらっしゃるのがネットです。
 そこには自分の立場や自尊心が優先し、小学生並みの駄々っ子心理が見えると思いますが、同時に、読み手や相手の立場を尊重して謙譲の精神と冷静な客観的対応が不足しているかと思います。
 ただ、このブログが長く続いて議論が発展進化(深化)しているのも、大多数の常連様が、立場の違いと相互の理論や実務知識不足を自覚しつつ、一種の異業種間交流を重ねてきた成果だと思います。そこには、何とか医療崩壊を防ぎたいというだけでなく、足らざるを知るには先生でも一度生徒になって教えを請う(乞う)という精神があると思います。
 私は、これまでも、似たようなフレーミングをここでもROMっていますが、おりに触れ常連様のアドバイスが入り、いつの間にかフレーミングが収束して、正常平常運転に戻るのを見てきています。
 私の個人的な見解では、感情的な投降を書いてしまうと引っ込みがつかなくなるので、感情的な投稿は(内心の思いがあっても)ぐっと大人の度量で抑えるのがいいと思います。
 出過ぎたことを書きましたが、このブログで、医療側、法曹側、(推定)患者側の意見交換が進み、相互不信の解消・相互理解の促進が進み、ますます発展することを願います。m(_ _)m

「マスゴミ」とか「エブリデイデマ新聞」といった侮蔑語を着込むような人が一方では他者への配慮を語っているというのはなんだかなぁって気分にさせられますね。

「マスゴミ」をマスゴミと言って何が悪いのでしょう。
偽りの報道をするメデイアは社会にとり有害です。しかしながら、個人に対しては侮蔑語は使用しません。一応実名でブログ出しておりますんで。

「マスゴミ」とか「エブリデイデマ新聞」といった侮蔑語を
「そう書かれるだけの根拠が有る変な記事」に対してなのでは?

No.15 元外科医 さんへ

>偽りの報道をするメデイアは社会にとり有害です。
「偽りの報道をしないメディアは社会にとり有害とは言えません。
そして、全てのマスコミが偽りの報道をしている訳ではありません。

また、No.16 MultiSync さんは「そう書かれるだけの根拠が有る変な記事」に対してと書かれていますが、「マスゴミ」という表現は「変な記事」に対してだけでなく「マスコミ全体」をさしているようにほとんどの人には理解されてしまうと自分は思います。

全てのマスコミが偽りの報道をしていないのだから、マスコミをすべてひとくくりにして

・「マスゴミ」と侮蔑的なレッテルを貼っている

と読める書き方もまた、医療者側のイメージを返って悪くしていますため、有害だと自分は考えます。

>15
個人への侮蔑はNGで特定の業界や企業の侮蔑はOKなんですか?
また、匿名ブログだったら個人を侮蔑するのもOKなんですか?
まあ、そうではないのでしょうが。

まあそれはどうでもいいのですが、そういう特定の業界や企業を侮蔑する言葉を書き込む人が、一方で
このブログでのマナーとか他者への配慮を訴えると言う姿に
感心させられただけです。

「マスゴミ」とか「エブリデイデマ新聞」を見て
不快な気になる他者もいるんじゃないかなあ。

Med_LawさんがNo.12 でおっしゃっておられる内容自体はごもっともであるとは思うのですが。。。

医師に対して藪医者という程度のケナシ言葉を言っている程度と思っておりましたが。まっとうな新聞、テレビ関係者の方々が、この程度で気分を害されるのでしたら、今後は「マスゴミ」は使用するシチュエーションを考えて使います。

No.10 サスケット さん
私の理解力の問題もあると思いますが、、話が分散していてサスケットさんの立ち位置がよく分かりません。
再度確認させていただきたいのですが、「間違った型の血液の輸血」「薬の種類や点滴の量を間違える」「お腹にはさみを忘れる」といった過失のうち、個人の責任を追及すべきではないヒューマンエラーに関しては当然、過失に対する刑事責任は問わないべきであるが、前出のような過失のうち、個人の責任を追及すべき過失(怠惰など)は刑事責任を科すべきであるというお考えと理解してよろしいでしょうか?
そして、その考えのもとで個人の責任を追及すべき過失か否かを判断するスタンダードを規定して欲しい。というところでしょうか?

それから、話は逸れますが...

もう一つ。非医療関係者は被医療関係者でもあるわけで。単にエラーの回避が難しいという主張は疑念と恐怖しかならないんじゃないでしょうか。
おっしゃるとおりだと思います。ただ疑念と恐怖というのは、医療に対する期待が大きかったために、それとは異なる現実を知ったとき、その落差から生まれるものです。実際はそこまで期待できる安全なものではないと言うことです。医療関係者自身も個人差はあると思いますが色々な意味で恐怖を感じながら仕事をしています。それでも患者さんにとって必要なものであると理解しているから行えるのです。また、医療関係者も被医療関係者になりえます。自分や家族、特に幼い我が子が重篤な被医療者になったときの医者として親としての恐怖は格別でした。無事回復した今で、匿名ですから白状できることですが、妊娠中の妻が不安がるといけないので、妻と子供を病院に残して帰宅し、毎夜、独りで泣いていました。(苦笑)

以下個人的なつぶやきですので、引用が著作権上不適切でしたら、お手数お掛けしますが削除してください。>モトケン様。
手塚治虫氏のブラックジャックには私にとって印象深い言葉がいくつもありますが、その中に、「我々医療者の仕事は人の一生を左右する。人の一生は夜空で瞬いている星のようなもので、星は当たり前のように同じ所で瞬いているが、我々の仕事によってある日突然星の位置が変わったり、消えてしまったりするのだよ。」といったような内容があります(細かい言い回しは忘れてしまいましたが(汗))。ちなみにそのBJのストーリーはたまたま通りかかった仕事の能力的限界を感じていた看護婦が妊娠トラブルに見舞われた妊婦を偶然路上で発見。なんとかして助けようとして困っているところにBJが遭遇し母児を助けた。そしてその奇跡的に助かった赤ちゃんが成長し大統領になったのをその赤ちゃんの乳母となった看護婦の回想で語る。というものです。そういう仕事だからこそやりがいもあれば恐怖もあると思っています。ただ、恐怖がやりがいを上回ってしまったとき、仕事は続けられないとも最近思っています。

いつも医者の中では、とりわけ頭の悪そうな発言を繰り返しております。

rijinさんのNo8なんかを読ませていただくと、やっぱり僕の立ち位置というか、発言というかは見当はずれかなとも思います。
それでも、時に書いてしまうのは、相手を論破しようとしても、共感を得るのは難しいと感じる時であったり、実情をわかっていないための議論になっていないなと感じる時であります。

正しい,間違いということで言えば、それぞれの立場で正しいことはたくさんあります。法律家のモトケン先生のブログですから、法の立場から述べるのは、当然です。しかし、法的な正しさを追求した結果、医療がなくなることもあると思います。医療を維持するために、ということででてきた刑事免責論だと思います。

それは、医師が未だに一番なりたい職業であるのであるとすれば、医療者以外からの共感の得られないことなのだと感じます。

僕は、ただ普通のレベルの医師が、安心して仕事ができる環境を提供してほしい。プライドを持って仕事ができるようにしてほしいと思っています。感じている責任と蓄積してきた知識と資格に対して、正当な報酬を得たいとも感じています。それでいて、一部の医師の議論のなかには、医師の正当な感情であっても、他者からは傲慢にしかみられない特権意識も感じることもあります。

あえて、KYで自分の立ち位置のようなものを書きましたが、そろそろ空気を読むことにします。Pediatricianさんが、僕の言いたいことの少なくとも一部はうまく伝えてくださっているように思います。

 横レス失礼します。m(_ _)m

>個人の責任を追及すべきではないヒューマンエラーに関しては当然、過失に対する刑事責任は問わないべきであるが、前出のような過失のうち、個人の責任を追及すべき過失(怠惰など)は刑事責任を科すべきである

 理念としては分かりますが、その両者の切り分け基準が分からないので、御説明いただければと思います。システムエラーを除くという切り分けだと推測しますが、具体的な基準を説明していただわくわけにはいかないでしょうか?
 なお、業務上過失は、ヒューマンエラーがなければどんな場合でも無過失で不可罰だと思います。また、「個人の責任を追及すべきか否か」だけでは、あまりに抽象的で返って法的安定性を害する(どんな基準で処罰されるか分からないと医療関係者が不安になる)と思います。

興味深いです。
参加可能な方はぜひどうぞ。

信頼に支えられた医療の実現のために

わが国の医療のあり方は大きな社会問題となっている。新医師臨床研修制度をきっかけに、地域のみならず都市圏においても勤務医不足、医師の診療科偏在、 救急医療体制の不備などの問題が表面化してきた。また、超高齢社会を迎え、医療サービスの需要とそれに伴う国民負担の増加という問題にも直面している。わが国の医療提供体制は、昭和36年に国民皆保険制度が導入され、「いつでも」、「どこでも」、「低価格」で、受診できる体制が構築されてきた。しかしながら、「医療の質」の向上が重要な課題となった今日、いかにして量から質へ転換するかは社会全体で取り組まなければならない課題である。

医療の提供には多くの構成要素があり、「コスト」、「質」、「アクセス」のすべてを満足させることは不可能とされる。これらの要素は複雑にフィードバックするため、部分的な最適化は必ずしも全体の最適化に結びつかない。このような状況のもとで、単なる医療制度の問題を超えて、医療のあり方を根本から議論する必要がある。 本シンポジウムでは、病院、生活者、医療経済、システム学の各分野からシンポジストを招いて公開討論を実施し、これからの医療システムのあり方について検討する。

実は私も、いつもはROM の怒素人様の仰ることについて、若干の危惧を覚えていました。

特定の組織体に対する批判とか抗議とか意見の表明とかは、勿論正当な行為だろうと思うのですが、名誉毀損とか侮辱とか解釈する余地がある表現を使うとすればそれはどうかな?とは思います。
なぜなら、特定の組織体の中にはその構成員とその親族が控えているのも事実で、組織体及び構成員に対しては自業自得的な部分もあるのでしょうが、構成員の親族(特に子供)への社会的影響を考えると少し慎重に構えたいと思ったりもするのです。
「特定の組織体だけを非難していて、構成員やその親族は関係ないだろう」と投稿する側の人間は思いますけど、閲覧した側の人間は「身近にいる組織体の構成員やその親族に向けられた批判」として受け止められる可能性があると思うんです。何かの組織体と言ったとき、組織体の社屋をイメージするよりも、身近にいるその組織体の構成員やその家族を思い浮かべるというのは結構普通にあるように思いますから。
なにがしかの組織体の不祥事が報道されたら、職員の子供がいじめられるみたいな話も無いわけではありませんし。

Blogの投稿というのは、閲覧者を選ぶことができません。究極の話をすれば、世界の人種・宗教・文化・立場の異なる約60億の人を相手に演説するのと(理論的には)同じなわけです。「○医者」と呼ばれて侮辱や名誉を毀損されたと怒り・悲しむ関係者が居られるように、「マス○ミ」とか「○日新聞」と呼ばれて、同じように感じる関係者もまた居られるだろうと思います。
私も内心では一部報道に対して、かなり宜しくない感情を抱くことはありますが、Blogにおいては上記のような事を念頭に置いて言葉の選び方には最大限の配慮してきたつもりですし、係る用語は使った覚えがありません。

エラソーな事書いてますけど実は全然配慮が足りてない表現をしてきたかもしれないですけどね。。。(恥)

なお、No.12 Med_Law様が仰っておられること、それ自体については私も何の異存もございません。

No.11 thx-1138さまに一票

え〜、だいだい一日8時間労働で残業無しと言われる開業医である自分ですが、これから一次救急センター当番として0:00まで任務に当たります。帰還後、宜しくお願いします。

 論点がズレて来ているようですが、
 よろしかったら
    「この本」
   を図書館で探していただくか、リクエストしてみてください。
   

 その程度のことはネット世界の住人であれば常識であると思っていましたが。
 未だに記者クラブの存在や大手広告代理店のメデイア規制などをご存じない方もいらっしゃるんでしょうかね。
 ゴミの実例を上げてみましょう。毎日英文サイトの捏造変態記事垂れ流し事件ではネットや週刊誌では大きく取り上げられているものの、朝日、読売等の新聞やTVではほとんど指摘されていません。毎日本体はお詫び記事を出していますが社長は責任者を昇進させていてとても責任取ったとは言えません。
 上記事実、これがマスゴミが「マスゴミ」と言われる現実です。マスゴミ関係者がご不快に感じられたのなら毎日を指弾してくださいますように。

 私の理解では、医療側は、大野病院事件の医師には過失がない、と言いたいのですが、検察がそれを認めなかったので、検察よりもさらに上位の機関、つまり国会に対して、検察が過失があると認める場合でも医師が刑事処分を受けない仕組みを作ってくれ、と言っているように思います。  つまり、医師としては、本来処罰されるべきでない行為は処罰しないでくれ、と言っていると理解されるのです。  事実認定論の領域における検察不信に根ざす意見と言えます。  これに対して、医療側の要求を「業務上過失致死傷罪の廃止」と理解してしまうと、それは医療の不確実性の文脈からかなりずれてしまうように思います。  つまり、「業務上過失致死傷罪の廃止」と言うと、現在、業務上過失致死傷罪として処罰される場合も処罰しないでくれ、と言っていることになります。

 モトケン先生が「刑事免責主張に関する私なりのまとめ」のエントリでおっしゃったことですが、これが議論の出発点だと理解しています。
 しかし、議論を重ねる中で「本来処罰されるべきでない行為」についての認識が、医療側と非医療側で、かなり異なっており、その認識の違いが議論のすれ違いを生んでいるのではないかと感じるようになりました。

 そこで改めて医療側にお伺いしたいのですが、「本来処罰されるべき行為」とはどういう行為だと思いますか?
 その部分の定義づけがされないことには、水掛け論の繰り返しになってしまうと感じています。
 故意犯が処罰されるべきだと言うのは、当然の共通認識だと思いますので、そこが除外してくださって結構です。

No.27 元外科医様
 失礼しました。
  毎日の件が、WEB上で、一番ヒットすることでしょう。
 書籍としてのご紹介です。(^^;

いつもはROMの怒素人様宛のご紹介でしたが、誤解を与えてしまいました。m(_)m

>No.26 福田 出 様
>No.27 元外科医 様
私自身はこのマスコミ議論に参加したくないのですが、ROMする側にもご配慮頂きたく、敢えて口を挟みます。

私の知人は数年前に事業に失敗しました。その知人には息子が1人いて、私はその息子が奨学生の頃から見知っています。

その息子は現在ある新聞社の奨学制度に応募し、新聞配達店での住み込みバイトをしながら大学に通っています。19歳の彼が毎日朝4時に起きて、配達している新聞業界のことを、ゴミだクズだと罵る投稿が並ぶブログを、医療崩壊や法律問題に非常に高度な議論をしているとしても、私は紹介するのを躊躇します。

彼は新聞社の報道記事がどのように偏向していようと、自分の配っている新聞が知識人からボロクソにけなされようと、毎朝「お早うございます」と挨拶しながら新聞を配るでしょう。彼は今大学2年生、あと2年半の間、新聞を配ることを続けるしか学業を続ける途はありません。

自分が配る新聞をゴミだクズだと罵る声に、心の中で悔し涙を流しながら…。

 

上記事実、これがマスゴミが「マスゴミ」と言われる現実です。マスゴミ関係者がご不快に感じられたのなら毎日を指弾してくださいますように。


非難される謂れの無い人に対して「お前もあいつと一緒くたに非難されたくなかったら、あいつを非難しろ」っていうことですか?

はぁ、すごいですね。
もうここROMするのもやめますわ。

>そこで改めて医療側にお伺いしたいのですが、「本来処罰されるべき行為」とはどういう行為だと思いますか?

名無しさん,
「刑事」に限定してと考えてお答えします.
異論はあるかと思いますが,「故意の犯罪」のみとすべきと私は考えています.

んー,でもその新聞こそが,医療に対してゴミ・クズ扱いの記事を書いてたんと違いますか?

どんなにボロクソに言われようとも,職業馬鹿集団である医師たちは,医療を続けるしか途はありません。

自分が行う業務をヤブだ守銭奴だと罵る声に,心の中で悔し涙を流しながら…

No.30 法務業の末席 さん

私も中学時代に新聞配達をしていましたが、問題が別でしょう。(読売新聞でしたが…)

批判すべきところを批判しないでどうします?!
報道機関のチェックを国家に任せることができない以上、マスコミのチェックは国民が行うべきものです

新聞社の偏向報道の贖罪を、一番弱い労働者に向ける同情で達成しようというのは、筋が通らないでしょう

マスゴミ、エブリデー・ゴミ新聞という発言は、英文のデマ報道、偏向医療報道を受けての発言です。
怒りという感情が当然起こり、非難を含んでいます。
報道関係者が怒るとすれば、その怒りはエブリデー・ゴミ新聞に向けるべきであり、ゴミ記者に向けるべきです

言論の自由、報道の自由で民主主義をリードすべき報道機関が腐っているということは、民主主義の危機だという切迫感が、怒素人さんはじめ、全く欠けているのが残念です

*************************
本来議論すべき、問題から離れますので、あとは”場外乱闘”にて
*************************

私は少なくとも厚労省課長通達のレベルで成文化されており、それを故意に、あるいは意図的に無視をして起こった事故は有責とし、普段は実行しているのにうっかり抜けたというのは免責にすべしと考えてます。成文化されてないものはそもそも問うべきでないと思います。

>そこで改めて医療側にお伺いしたいのですが、「本来処罰されるべき行為」とはどういう行為だと思いますか?

確かにそこが纏まらないんですよね。
私なんかは,故意に重過失を加えても良いと思います。
重過失といっても漠然としていてこれまた問題ですが,投薬量の間違いなんてのは重過失にされたら冗談じゃないですね。
前にも書いたかと思いますが,例えば酒酔い診療とかは重過失でしょうか(それ以外の例が思いつかない…)。ただし酒酔い診療とて,診療時間以外でかつ他の医師への転医が不可能であるなどの,特段の事情がある場合は除いてもらわないとですね。

 マスコミにはいい加減な報道もあれば、心を打つドキュメンタリーもあります。裁判報道や飛行事故の報道には細部で間違いが少なくないですが、その組織的速報性や平易な説明能力は抜きんでており、総じて専門知識に弱いのはお互いさまでしょう。それに、どんな健全な組織のリンゴ箱にも腐ったリンゴは1個くらいはあります。
 マスコミは強者を叩くことによって、注目を集めて売上を伸ばす宿命がありますが、政府の不正を追及することもあるし、メディアスクラムによって当事者を地獄に追い込むこともあります。
 誰しも強者の政府批判、第四の権力と言われる批判をされると思いますし、それが政府やマスコミの腐敗を糺すこともあるでしょうし、ただのウサ晴らしということもあるかもしれません。
 ただ、どのような場合で誰(組織を含む)を批判する場合でも、別称や侮蔑の単語は使わない方がいいと思います。誰しも、厭味皮肉当て擦り罵倒嘲笑の常用者と同列に落ちたくないと思うだろうからです。
 また、出過ぎたことを書いて失礼します。m(_ _)m

人権擁護法案臭い方がいますね・・・


http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/07/23-105729.php#comment-160870

でもコメントしましたが、明らかなミスであっても刑事処罰は反対です。

 単純なエラー(薬の取り違い)でも重大な結果になるのが医療事故です。明白な単純ミスとして過失当事者を罰しても、事故は減少せず同種事故は繰り返されました。たとえば、高濃度塩化カリウム誤注事故は単純なエラーとして、長年の間「実行犯」のみが処罰されていました。大きな字でアンプルに静注禁止と書いてあったのにもかかわらず見落としたのです。当然見落とした人間が悪かったとされます。明らかなミスで有り、罰を受けても仕方がないと、本人も周りも考えます。本人は罰金を払い内部で処分を受けて反省します。それで、どうなったかというと「塩化カリウムは危険な薬ですから注意しましょうね。」とラベルを貼ったり、組織内で注意を喚起するだけでした。結局再発予防には、ほとんど役に立たず、同種の事故が繰り返され同じような被害者が続出しました。最近になり、やっと誤注されうるパッケージングや、不要の製剤を現場に在庫している管理状況の方が問題であるという認識がなされるようになってきました。

 単純ミスも含めて全ての医療事故を一次的にはシステム事故として扱い、刑事処罰は二次的にした方が再発予防になり、結果として多数の人命を助けることになります。これは航空機事故でも同様では無いでしょうか。
 そしてシステム事故であれば刑事処罰は科さないほうが公平であると思われます。遺族の応報感情や働き手を失った遺族の損失の補償は、免許停止〜取消処分、相当な賠償で償われるべきです。
 しかし、法条としての業務上過失致死を廃止するのはほぼ不可能であろうと思われます。事故調などの専門家による第3者機関が正しく運用されて補償や処分が適切にされるようにするべきでしょう。

場外にお越しにならないので、この一言で終わりますが。

毎日新聞社なり、マスコミの報道姿勢を批判するのが本筋ならば、何故「りっしんべん」を付けたり「゛」を付けるのですか?

それこそ問題が別でしょう。

−おわり−

 横レス失礼します。m(_ _)m

>No.35 うらぶれ内科さん

>少なくとも厚労省課長通達のレベルで成文化されており、それを故意に、あるいは意図的に無視をして起こった事故は有責とし、普段は実行しているのにうっかり抜けたというのは免責にすべしと考えてます。

 厚生省課長が、通達という国会決議も政令の閣議決定のチェックを受けない行政決定によって、医療関係者の刑事責任を左右するのは、罪刑法定主義に反しないですか?

>成文化されてないものはそもそも問うべきでないと思います。

 過失致死傷罪の具体的内容は、「開かれた構成要件」といって、成文化されたものはどこにもありません。判例解釈の積み重ねです。お考えは過失犯罪をすべて否定しないと成立しないと思いますが、いかがお考えでしょうか?


>No.39 元外科医さん

>単純なエラー(薬の取り違い)でも重大な結果になるのが医療事故です。

 それは自動車事故が最も当てはまります。脇見や信号の見落とし(看過)という単純エラーが交差点の死亡事故に直結します。

>単純ミスも含めて全ての医療事故を一次的にはシステム事故として扱い、刑事処罰は二次的にした方が再発予防になり、結果として多数の人命を助けることになります。

 その第一次の第二次の切り分け基準はどように考えられますか。また「システム事故」と擬制する方策は、本来的システム事故との区別が曖昧になりはしないでしょうか?

>これは航空機事故でも同様では無いでしょうか。

 むしろ、航空機事故は、少なくとも我が国では、パイロット死亡、パイロットの帰国、過失の立証困難で、処罰されないだけの方が多いと思います。

>うらぶれ内科先生
ご無沙汰いたしております。

>私は少なくとも厚労省課長通達のレベルで成文化されており、それを故意に、あるいは意図的に無視をして起こった事故は有責とし

揚げ足とりをするつもりはありませんが、そうすると、「厚労省課長通知に従わず」医師・助産師資格を有しない者に内診を行わせていた堀産婦人科医院事件は「有責」ということになってしまいますし、「厚労省令に反して」救急医療につき相当の知識および経験を有する医師を常時診療に従事させていなかった奈良心タンポナーデ事件も「有責」ということになってしまいそうです(後者は微妙ですが)。

私自身は、ド素人(HNにあらず)の司法機関や、政治に左右され現状と乖離した通達・通知を出す(出さざるを得ない立場である)厚労省が独自に決めるのではなく、紛争ごと、事件ごとに、アド・ホックに医療関係者が鑑定を行い、事件ごとに線引きをしていただき、それを元にしていくほかないように思っています。

もっとも、府中市X線健診陰影見落とし事件のように、医療関係者でつくる審査会が「有責」判定をしてしまう例もあるので、「誰が、どういう視点で、判定するか」ということは依然重要な課題ですが。

なお、超亀レスになりますが、
>峰村先生

医事鑑定に関する先生の問題関心についてですが、中本敏嗣ほか「医事事件における鑑定事項を巡る諸問題ーよりよい鑑定事項を目指してー」判例タイムズ1227号(2007年2月15日)はお読みになりましたでしょうか?同レポートは、医事鑑定について、大阪地裁の裁判官6名が、「鑑定人医師に、どのように質問事項を示せばよいか」について考えたものですが、裁判官が何を考えているかを知るうえで、それなりに意味があると思い紹介させていただきます。ただ、キツいことを言えば、同レポートは、結局ド素人が、自分の口に合う味付けを求めて「あれがダメ、これがいい」と言っているものなので、これに対するカウンターとして、医師の側から、「裁判官は、どのように質問事項を示すべきか」について、積極的に示していかれればよいと思います。

「議論が高度だ」なんだのと自分らで自画自賛するの止めません?

恥ずかしくて赤面しちゃいます。

>厚生省課長が、通達という国会決議も政令の閣議決定のチェックを受けない行政決定によって、医療関係者の刑事責任を左右するのは、罪刑法定主義に反しないですか?

通達というのは語弊がありましたかね。たとえば「・・・・に関する指針について」というようなやつです。たとえば正当な輸血の手順はいわゆる有識者が指針を決定し、厚生労働省によって各病院に通達されており、こういうものにそむけば刑事責任を問う根拠になりうると思います。で、罪刑法定主義ですが(実のとことまったくこういうことは正確に理解しないのですが)

>過失致死傷罪の具体的内容は、「開かれた構成要件」といって、成文化されたものはどこにもありません。判例解釈の積み重ねです。

これこそ正に罪刑法定主義に反すると思うのですが。赤信号を無視したり、酔払い運転で事故を起こした場合、そもそも道路交通法違反という行為があると思います。たとえば事故を起こさなくたって「信号無視をしました」と警察に自首すれば立件される可能性はあると思います。交通事故の場合、法規違反がなくても刑事責任をとわれるものなんでしょうか。最も事故を起こせばすべて前方不注意なんていわれるかもしれませんが。
ところが医療の場合、たとえば帝王切開で胎盤をはさみでジョキジョキと切った医者がいても患者さんに障害がまったくなければそれこそまったく問題がない。警察に「胎盤をはさみで切りました」と自首しても顔を洗って出直しなさいといわれるのが落ちでしょう。結局「開かれた構成要件」というのは結果責任を問うだけではないのでしょうか。それよりはまだましだと思うんですが。

ハスカップ様 法曹関係の方ですよね。

一次というのは原則全てのエラーを含む医療事故全てを最初に取り扱うということを言ったつもりです。医療は
全て本来的システム事故だと仮定しています。ですからその時点では、切り分ける必要はありません。

二次というのは例えば事故調で刑事罰相当という結論が出た場合(私の考え方ではおよそあり得ない事態だと思います)に当てはまります。たとえば、血液型を故意に調べずに違った血液を輸血して患者死なせた場合などでしょうかね。

>結局「開かれた構成要件」というのは結果責任を問うだけではないのでしょうか。それよりはまだましだと思うんですが。

 それは誤解だと思います。
 過失責任は、不注意という注意義務違反すなわち
(1) 一般的客観的予見可能性
(2) 予見義務(具体的予見可能性)
(3) 一般的客観的回避脳性
(4) 回避義務(具体的回避可能性)
のいずれもが肯定(立証)されて、
(5) 医療行為の社会的相当性
(6) 緊急避難等の緊急行為
で違法性が阻却されない場合成立するものです。結果責任とは程遠いと思います。
 注意義務の内容などは膨大な判例の集積があり、データベースでも地裁判決例までいれたら軽く1万件は超えるかと思います。

> No.27 元外科医 様

ご指摘の事案につきましては、例えば医療問題でしたらYosyan先生のBlog記事・コメント及びそこからリンク出来る先生方のBlogや官公庁の資料、春野先生やなな先生のBlog他多数、毎日新聞社様の英文記事の件ならヤメ蚊先生のBlogや取りあえず検索できる範囲の内容記事について可能な限り日を開けずに拝読しておりますので、その範囲においてであれば外形的にであっても承知いたしております。

これまたご指摘のとおり、(毎日新聞社様に限らず)報道番組や新聞・雑誌などにおいて余りにも見当違いや侮辱的な内容が発信されておりますが、折に触れてeメールや郵メールを利用してその都度抗議や意見や事実の指摘を送付したりもしております。(この数ヶ月でも数十通位は送ったんじゃないかな。)あっ、「暇人だな〜」というご指摘はその通りですので、謹んでお受けいたしたく。

その折の事ですが、勿論内容に対しては「ゴ」とか「侮」とかを付加したくなるようなものも多く(だからこそ直接当該社局に意見表明するのですが)、心情的には全く気分が悪いのですが、しかし然るべき敬称はつけ、固有名詞は正式な名称を使用するよう心がけています。その理由としては、
1:相手方が侮辱的な表現をしようしたからといって、非難する際にこちらが侮辱や名誉を毀損するような表現を行った場合に、第三者を含めて「50歩100歩」と思われたくないということ。思われてしまったら受け手の心情に対する説得力が割り引かれてしまうと思っているから。
2:こちらが感情の赴くままに汚い表現を使用した場合、その表現方法や言葉遣いに焦点を当てられた場合、本当に訴えたいことが遡上に上らない、言い換えれば相手方に話をはぐらかす隙を与えかねないこと。
3:少なくとも、現行刑法上は名誉毀損罪の構成要件として、原則として「真実であっても」罪に問われる(例外として罪に問われない事由が法定されています)ように法定されている。それ故に、問われるか否かを自己判断する能力も勇気も無いことをふまえて、常識的に観て形式的には礼を失さない表現を心がけている。
というような事が挙げられます。

勿論外部の人間として理解の至らぬ処は多々ありましょうが、少なくともその様な訳でありますから、今後ともご指導賜ることが出来ればと存じます。ありがとうございました。

#あっそれから、郵メールについては切手貼って近所のポストに投函してますから、郵便局様の領収書とか残ってないんです。だから、「ネットの上では何とでも言える」ですとか「証拠を提出するように」ですとか、仰れても出来ないんです。そのような訳で上記内容の真偽につきましてはご想像にお任せいたしますので、よろしくお願い申し上げます。>みな様

##ズレた投稿ですので、この件については、以後遠慮させていただきたく思います。失礼いたしました。

おやまあこれは初めてまともなお相手をしていただけるようですね。ありがとうございます。

確か内診問題は不起訴になったようですが、どうも検察には政策的な判断が働いたんじゃないかなと勝手に考えてます。

おっしゃるとおり、課長通達というのは一方的な官僚からの統制という意味ではまずいですね。何らかの現場からのフィードバックが保証されることが必要かと思います。
なぜこんな指針の通達を持ち出したかというと、最近このブログで再三輸血のミスが問題になっておる一方、輸血の手順というのは厚生省の指針としてきめ細かく決められており、かつ医療機関には通知が徹底されているからです。このような指針が作れるところというのは十分に確立された医療と考えられます。それにそむいたらやっぱりまずいんじゃないかなと個人的には考えているわけです。

No46. ハスカップさん
ご教示ありがとうございます。その前のハスカップさんにいただいたお返事の中の

>お考えは過失犯罪をすべて否定しないと成立しないと思いますが、いかがお考えでしょうか?

については、医療は例外とするということで・・・

>輸血の手順というのは厚生省の指針としてきめ細かく決められており、かつ医療機関には通知が徹底されているからです。このような指針が作れるところというのは十分に確立された医療と考えられます。

 それであれば、確立された医学的基準として過失の注意義務の内容を解釈する法規範として十分成り立つと思います。単なる通達じゃないですから。

>については、医療は例外とするということで・・・

 お気持ちは分かりますが、法の下の平等(憲法14条)に反する疑いがあるので、少なくとも立法で例外を定める必要があると思います。その場合は、薬事法違憲判決で有名な「二重の基準(ダブルスタンダード)」による判断枠組みで議論する必要があると思います。警察目的規制か、政策目的規制かによって、合憲か違憲かの結論が異なると思います。
 法律屋は、例外的規制又は規制の解除が常に憲法14条に反するか反しないかが気になるところです。m(_ _)m

ハスカップ様 法曹関係の方ですよね。

一次というのは原則全てのエラーを含む医療事故全てを最初に取り扱うということを言ったつもりです。医療は
全て本来的システム事故だと仮定しています。ですからその時点では、切り分ける必要はありません。

二次というのは例えば事故調で刑事罰相当という結論が出た場合(私の考え方ではおよそあり得ない事態だと思います)に当てはまります。たとえば、血液型を故意に調べずに違った血液を輸血して患者死なせた場合などでしょうかね。

>一次というのは原則全てのエラーを含む医療事故全てを最初に取り扱うということを言ったつもりです。医療は全て本来的システム事故だと仮定しています。

 他の性質上の本来的システム事故と異なり、本来的システム事故と仮定(擬制)することは、前述した憲法14条の議論が必要かと思います。
 なお、複雑怪奇なシステムである原発事故や航空機事故などの機械工学系システム事故に比較して、医療をシステム事故と仮定(擬制)するのは、ヒコーキマニアの私には抵抗を感じます。
 むしろ、医療の実験性、予測困難性、生体の個別性、医療行為の裁量性から、他のシステム系と異なる要素を分析して、過失に定義される注意義務が本来的に制約される(結果的に軽減される)と構成した方が、素直な解釈の感覚を受けます。

>(医療の免罰について)法の下の平等(憲法14条)に反する疑いがあるので…

というのは、少し違うように思われます

あくまでも医療【行為】に対する免罰規定を設けて欲しいということで、某弁護士が”痴漢行為まで許すのか?!”といった医療【人】に対する免罰を求めている訳ではないことに御留意ください

刑事罰による
一般予防(他の人に対する警告)の意味も乏しく
特別予防(当事者への再犯予防)にしても、医療上の過失の多くは、個人の責としては直せないものばかりか、システム事故への反省を遠ざけるものになりかねません

>あくまでも医療【行為】に対する免罰規定を設けて欲しいということ

 もちろん、性犯罪なんて論外で検討にも値しない暴論(1人説)なのでそれは除外しております。
 特定分野(医療行為)だけ除外するといことは法の下の平等(憲法14条)をクリアーする必要があることに変わりありません。
 それは、医療行為であっても、航空管制行為であっても、航空機操縦行為であっても、マスコミ報道行為であっても、法の前では平等に取り扱う原則があるからです。そこで例外要件(尊属殺違憲判決〜薬事法違憲判決などの最高裁判例)を満たすかどうかを検討する必要があると思います。

憲法14条で不平等があるといけないといっても、「医療行為上の」と限定されればクリアできるのでは?

また、原子力や航空などの物理的な大規模システムと比較されていますが、医療行為は物理的には大きくないですが現場では、結構多くの人間が関わる人的には複雑なシステムです。たとえば、どこかの弁護士さんが出していた輸血ミス事案など、まともな輸血のシステムをもった病院では物理的に輸血製剤が出てきませんし。伝票に血液型を正しく書かなければ担当者が動きませんから。医者が騒いだって、結局担当の技師が動かなければ誰も持ち出せない決まりです。
 ただし、非常の場合はどうかとか、機械故障で検査できない場合とか詳細なマニュアルなどがあるのですが、それでもトラブルはゼロにはならないようです。
( 厳罰にすれば事故が減るとも思えません。)
 薬の取り違えや患者名間違い含めてシステム事故との観点で対策しなければ、同じ過ちで人が死にます。

>憲法14条で不平等があるといけないといっても、「医療行為上の」と限定されればクリアできるのでは?

 それだけでは一見極めて明白に完全に違憲無効です(憲法14条違反)。薬事法の距離制限違憲判決とその評釈をお読みください(ここに書くと小論文になってしまうので、ググって見てください)。
 むしろ例外的許容される要件(条件)を考察されるとよろしいかと思います。結構難しい理論構成を要求されて、学部の学年末試験や司法試験の論文試験のヤマとしてよく出てくる大論点です。

前出のような過失のうち、個人の責任を追及すべき過失(怠惰など)は刑事責任を科すべきであるというお考えと理解してよろしいでしょうか?
そして、その考えのもとで個人の責任を追及すべき過失か否かを判断するスタンダードを規定して欲しい。というところでしょうか?


「個人の責任を追及すべき過失か否かを判断するスタンダード」を規定しておかないと医者も患者も後付けでごちゃごちゃ言うことになって困りそうですね、という「日本医学会における議論」の中を読んでの判断ですね。
規定してほしいと思っているわけではないですが、後追いで揉めるならあった方がいいんじゃないかという。
もちろん法律だって、条文書いてあっても裁判なりなんなりで人間が判断しなければいけないわけで、「標準」という文章が規定してあってもそれでもめないわけではないでしょうから、「必須」とまでは思っていませんが。


でもって、「個人の責任を追及すべき過失(怠惰など)は刑事責任を科すべきという考え」です。
というか、他の職業の「個人の責任を追及すべき過失(怠惰など)」は刑事罰を科されているはずで、医者だけ除外にする理由が見当たりませんし。
それもあって前のエントリでは、検察が明らかにおかしな過失を犯したときに刑事責任は追及されないのは変だな的な発言はしたかと思います。

立ち位置という面でいえば、医療崩壊はしてほしくないわけですが、「個人の責任を追及すべき過失(怠惰など)」に対してまで、なぜか医師だけ特権的にが与えられるとしたらそれは患者側から見ての医療崩壊という考え方が……まあ、いいや、たぶん「10000人を対象にしたとしても9999人は同様だと思います」のやり取りと同じだと思うので繰り返しは避けますが。
だから、モトケンさんの談のとおりいないと思いますけど、10000人のうちの一人が医療側にいないことが立ち位置というか希望です。


ちなみにハスカップさんから言葉の使い方で突っ込みをうけていますが、まあ一言で切り分けを説明するのも難しいので……前エントリのモトケン先生の言う「正当な業務行為」から外れる=「個人の責任を追及すべき過失(怠惰など)」という見方でいます。これも一概に言えないので誤解受けそうな気もしますが。なんというか語彙の選択が難しい。

 ちなみに、刑事罰免責という言葉は使わなかった(出なかった)ですが、「業務上過失致死傷からの解放」は、ラインパイロットと管制官から昔から出ていました。
 ヒコーキマニアの仲間で、マニアから職業に昇格したラインパイロット、不定期操縦職業パイロット、航空管制官になったのがいますが、彼らが異口同音に口にしてました。冗談半分ですが、「管制官の声は神の声(不可侵無答責)」とか「パイロット不可侵の原則」とか。そんな彼らですら、自説は棚上げしても、医療事故や原発事故への刑事免責は一致して否定していました。
 特定業界への免責は、他の業界への差別的取り扱いだから違憲である、という批判をクリアーする必要があります。
 一番簡単なのは、実体法面で、過失犯を犯罪でなくすことですが(これなら憲法14条違反は生じない)、これには法制史をひも解くと確か諸外国で過去に立法例があったかと思います。現在は、知り得る限り、マンスレータという過失犯を犯罪とする国がほとんどです。
 次に考えられるのは、手続法(証拠法)で、事故に対する行政調査に応じた内容は、刑事処罰の証拠として使用しない(米国連邦法)、その変わり偽証罪や証拠隠滅罪で威嚇されて真実供述義務を負うという法制があります。

横入で済みません。

難しい法理論は解らないので、一点だけ教えて欲しいのですが。

「医療」は本来の行為としては「障害」だからこそ医師免許を与えている、と理解しています。

法的に障害を許可しておき、しかしながら、結果の障害に対して違法として罪とする。

となっている様に見えますが、どういう仕組みでしょう?

 警察官は,警察法・警察官職務執行法・刑法で人を逮捕する権限が与えられていますし,必要なら暴行を加えることも許されています。しかし,被逮捕者が大怪我したり死んだりしたら,特別公務員職権濫用等致死傷罪で,死傷結果が問われることがあります。それと同じです。

>前エントリのモトケン先生の言う「正当な業務行為」から外れる=「個人の責任を追及すべき過失(怠惰など)」という見方でいます。

 それであれば、現行法の解釈としても、「許された危険の法理」に基づく「医療の裁量の範囲内の行為」だから、予見義務違反も回避義務違反もないので無過失である(あるいはその逆)、と理論構成することも充分可能かと愚行します。m(_ _)m

横レス失礼します。

警察官に許可された「障害」は犯人の利益にはならない。だから「エラー」に対しては警察官が全面的に責任を負う。
(社会利益のためにそういう権限を与えられているという意味では若干免責さるのかもしれませんが)

一方、医師に許可された「障害」は患者の利益のためである。だから患者にも「エラー」に対する責任は存在すると思う。その点は免責の理由の一つになりえませんか?
(もしくは既になっていますか?)

有難うございます、しかし。

警察官の業務が人を傷つけたり殺す事なら、やり過ぎだけを咎めることで同じ扱いだと思いますが・・・・

医者の業務は人体への侵襲ですから本来業務ですよねえ?

警官に置き換えれば、普通に逮捕しただけでも「もっと違うやり方が適正だ」と罪に問われる事になっている現状。

いまいち腑に落ちません。

No.36 峰村さま

私なんかは,故意に重過失を加えても良いと思います。 重過失といっても漠然としていてこれまた問題ですが,投薬量の間違いなんてのは重過失にされたら冗談じゃないですね。

私案ですが、「軽過失は免責、重過失は刑事罰を問うべき」 という意見の人には受け入れられそうではないかと思っている基準です。↓

「安全確保のための基本的なルールに
 (1)故意に違反した場合 または
 (2)故意にではないが、重大な程度の違反があった場合
 で、そのルール違反に起因して意図しない結果が生じた」

具体例の当て嵌めは、また改めて。

No.61 ど素人 さん
No.62 MultiSync さん

 刑法の教科書の「正当業務行為」「社会的相当行為」「治療行為」の部分をお読みください。m(_ _)m
 ご質問に丁寧に分かりやすく答えると、論文をここで書くことになってしまいますので、申し訳ありません。

横入りさせて下さい。

>No.54 元外科医 様
「医療行為上の」と限定されれば、憲法14条はクリアできるのでは?

>No.58 MultiSync 様
医師免許で、医師に傷害(障でなく傷ですよね)を許可しながら、何故医療事故の結果としての傷害を処罰するのか?

どちらも「処罰や法的責任を負わされない正当な医療」とはコレコレであるという明確な定義基準が、予め用意されていれば非常に分かりやすくなるのではなかろうか。


明確な定義や詳細な明示列挙が明文化されていない為に、医療での事故が起こるたびに、裁判所は「処罰や法的責任を負わされない正当な医療」であるか否かについて、医療の専門家から鑑定して貰う必要がある。

処罰しない正当な医療行為というのは、非医療者には判断が出来ないから、医療者に今回の事例は相当な医療行為であるかどうかを尋ねるのが鑑定。もし仮に、事前に医療者側多数の合意としてコレコレは正当な医療行為、アレとソレは正当とは言いがたい医療行為、という選別リストが提示できるなら、司法側はそのリストを基準に判断すれば良いから、トンデモ起訴やトンデモ有罪判決は無くなるのでは?

刑法は専門外ですが、私はこのように罪刑法定主義を理解しています。

ただ、詳細な正当・批正等を区別する基準を法令条文式に作るとなると、文書としては数千頁になるでしょうし、検討している最中に新しい医療技術が出てきたりして、永久に正当な医療行為のリストは実現しないだろうとは思いますが。

○傷害 ・・・ポリポリ(^^;

>「処罰や法的責任を負わされない正当な医療」

その明示が必要、と言うのが・・・

「一般人には許されず医師に許可されている行為」は
本来全て「正当な医療行為」なのが免許のはずです。

明文化された違反では無いことでも、ミスやエラーを犯した途端に「正当でない」とするのは、法的に根拠薄弱ですよね?

私の感覚を再度書きますと
「医療行為と呼べないものだけが刑罰の対象」です。

>No.66 MultiSync 様
タイプミスという過失なら、私の方は毎度毎度の常習犯ですから…

えー、それはさておき。
「刑罰の対象となる医療行為と呼べないもの」が、臨床医の皆さんの頭の中に具体的なイメージとして描かれているのは、このモトケンブログで2年近く、医師の皆さんが繰返し説明して下さったお陰で私は理解できます。ですが全ての司法関係者や日本国民全体が、「刑罰の対象となる医療行為と呼べないもの」に同じイメージを描いているでしょうか。
(同じイメージを脳内に描けない弁護士さんが、現実に1人以上居るようですが…)

1億3千万人が同一のイメージを描けないのなら、誰が読んでも同じ読解に至るような、具体的かつ詳細な文章にして明示しておけば、それが明瞭な区分けの共通認識になると思うのです。その誰が読んでも医療者と同じ認識に至る文章を、法律の条文にするか、法律に準ずる規範性を持つ文書(通達や告示など)として、国民の誰もが読めるように予め公表しておく。これが法治主義の原理原則だと思います。

医療者には分かっているのだからそれで良いのではないか、この理屈では国民多数の理解と賛同は難しいのではないでしょうか。

なるほど、その法律そのものが憲法違反になりますね。とすると、運用で解決するしかないのでしょうか。このあたりが私ども法律というか法制度に暗い連中の難点なので(^^;)

> MultiSync 様、法務業の末席 様、横から失礼いたします。

医療行為が本質的には人体への侵襲を伴い、いつ如何なる時にも望ましい結果を招来するとは限らない前提において、医療行為について免許したのだから医療行為は全て免許されている。
つまり医療行為に対して結果だけに基づいて処罰するのは、そもそも免許した行為と矛盾するのではないか。この考え方は私が以前から、医療事故と呼称されて報道される内容を見聞きする度に漠然と感じる事なんです。

その上で、医療のというか生命活動の不確実性や諸々の周辺状況に影響されて、一定の入力を与えれば必ず一定の出力が得られるというものでないという事を考慮すると、「何が免許されているのか」をある種の漠然とした部分を含みながら万人共通のイメージとして創り上げていくよりも、「何が免許されていないか」を成文化された法的根拠のある何等かの形式でもって可能な限り明示的に示す方が、良策のように思います。

法令解釈において第1の基本は「文言解釈」であり、可能ならそれで万人が疑義なく理解できるよう条文が構成されている事が望ましい。とされているのは、法務業の末席様が直近のコメントで仰っている考え方が前提にあると、素人が勝手な解釈をしています。
それはおいておいて、お二人の遣り取りを拝読して私が思いますのは、法務業の末席様のお考えが実効性が担保される方策ではないか?と思います。

横から入って、単なる感想だけ投稿する失礼をお許し頂ければと思います。

No.287 Med_Lawさん〜「日本医学会における議論(先日の前編)」

おはようございます。

No.287のコメントを拝見しました。
「日本医学会における議論」(先日の前編)の私のコメントNo.286を読んで下さったと思います。有難うございました。
またいつか、ご意見を伺えればと存じます。
それでは失礼致します。

現在、年間の医療事件数は刑事扱い100件民事扱い1000件くらいと認識していますが、今年は増えているのか減っているのか、どうなんでしょう?

5年後を想像したとき、大野事件の判決がどうであれ、
私は刑事民事とも今の倍になっているのではないか、と危惧します。
倍を予想する根拠は、いくつかあるのですが、
人によっては半減する、という人もいるでしょう。
できれば、科学的に予想したいとは、思いますが、
そういうことを研究しているレポートとか
論文とかってあるんでしょうか?

No.56 サスケット さん
お返事ありがとうございます。

他の職業の「個人の責任を追及すべき過失(怠惰など)」は刑事罰を科されているはずで、医者だけ除外にする理由が見当たりませんし。
はい。これは私も以前他スレでも書いた記憶がありますが、故意または故意に近い重過失(=正当な医療行為から外れる)による傷害は刑事罰対象として良いと思っています。ここまではほぼ同じ見解だと思っています。
そこで、ズレが生じている点ですが..
(個人の責任を追及すべき過失か否かを判断するスタンダードを)規定してほしいと思っているわけではないですが、後追いで揉めるならあった方がいいんじゃないかという。
何人かの方々のやりとりにキーワードが出ていますが、罪刑法定主義の考え方ですよね?(私は法律に関して完璧にど素人ですから正しい理解をしているかは?ですが。)
おっしゃるとおり、もし作れるのなら私もあった方が良いとは思います。しかし現実的にはNo.65 法務業の末席 さんもおっしゃられていますが、
詳細な正当・批正等を区別する基準を法令条文式に作るとなると、文書としては数千頁になるでしょうし、検討している最中に新しい医療技術が出てきたりして、永久に正当な医療行為のリストは実現しないだろうとは思いますが。
と私も考えています。
またしつこくクロスマッチで事例を挙げますが、昨年ハーバード大のグループが輸血用赤血球の血液型を全てO型に変える酵素を発見しました。まだ実用化はされていませんが、もしこの技術が実用化され、流通する輸血赤血球が全てO型化されたとしたら、緊急時のクロスマッチ手続きのスキップに関する医師の判断基準は現時点よりも緩くなると思います。医者によっては、受血者の不規則抗体チェックさえ前もって行われていれば、緊急ではない輸血時もクロスマッチは必要ないという意見も出てくるでしょう。こういった発見や新しいエヴィデンスの発表がされる度に医者における正当な医療行為の基準は影響を受けます。
医者は、医学部を卒業するまでに全ての診療科の勉強を行い、国家試験を受けて医師免許を取得します。しかし実際、医学は非常に奥が深く、他科の疾患はおろか自分の専門科ですら全く知らない病気などがあることなどごく当たり前なのです。自分の専門分野でさえついて行くために常に勉強が必要です。仮に基準を作る事になったとしても、その実用性を維持するためには、頻回の改訂が必要であり、その作業を担当する組織にはかなりの人的経済的資源が必要になると思います。ですが、その割に運用する段階でさらにバリエーションやボーダーライン上の事例が多くなることは容易に想像でき、費やしたコストと基準としてのパフォーマンスがまったくバランス取れないであろうと愚考します。

はじめまして。
私は非医療業務従事者であり、非法曹であります。

武道・スポーツの暴行・傷害性について改めて考えてみよう。一体何故に暴行・傷害が許されるのであろうか。そして、どの様にそれは許されるのであろうか。法理論では、とどのつまりは“皆が良いと言うから”なのであり、せいぜい“良い”の対象、即ち“良い”のは、怪我をさせても“良い”のか、怪我しようとしまいと“良い”ものは“良い”のかの問題が残るだけである。そしてこれも結局、社会的相当性の概念を立てることにより、すべてを”皆が・・・・・・というから”に還元する形で幕としてしまうのである。(武道の科学化と格闘技の本質 高岡英夫著より引用)

正当業務行為について私は上のように理解しています。この理解は如何なものでしょうか。

 スポーツが正当業務行為である理由は、私見で恐縮ですが、慣行(慣習)に過ぎないでしょう。それは、ベアナックル時代のボクシングやノーヘル時代のアメリカンフットボールを見れば、そして、寸止めルール無き又はルールを廃止した拳法を見る限り科学的合理性で正当化できません。
 ちなみに、私の高校時代は、正当防衛又は緊急避難としてご理解いただきたいのですが
松田隆智『秘門蟷螂拳入門』日東書院(昭和52年初版)
で、30秒以内に相手を悶絶させて逃げるという護身術を学びました。
 もちろん、禁じ手は大変厳しい厳禁指導を受けましたし(間違っても決して使ってはいけないから)、後日、社会人になってから
吉福康郎『格闘技「奥儀」の科学』講談社ブルーバックス(1995年初刷)
を読んで、他界された老師が厳しく禁じて過失でもw禁じ手を使うことを鉄拳制裁で禁じたか!というその理由も理解しました。
 とまれ、詳細はスポーツ医学の専門家に委ねたいと思いますが、既に昭和40年代から、漫画『明日のジョー』(高森朝雄原作・漫画ちばてつや、講談社KC)で、頭部強打によるパンチドランカーの恐怖は語られていましたし、現実に、モハメッド・アリ(カシアス・クレイ)が、ロス五輪で聖火ランナーを務めたときの脳障害に基づく身体の震えは世界中に放映されました。
 もちろん、現在のボクシング・プロテストでは頭部MRI(昔はCTスキャン)で、危険因子を持っている受験生は医学的身体基準に満たないと絶対に不合格にさせる(その後も毎年のライセンス更新身体検査のたびにMRI検査が義務付けられている)とはいえ、6オンスや8オンスの薄っぺらなグローブで頭部を強打するスポーツは、スパーリング時のようなヘルメットをかぶせない限り、医学的正当性は見いだせないでしょう。
 世界に目を向ければ、闘牛士なんて、日本のPTA基準なら、ほとんど自殺行為ですから、日本で興業が成立しないでしょう。
 長々ととりとめのないことを申し上げて、たいへん失礼しました。m(_ _)m 医学的に危険なスポーツが刑事責任を問われないのは、単なる正当業務行為だけではなく、「被害者の承諾」それも
「危険への接近」を自ら選んだ「許された危険」も加味されたものと理解する他はないのではないか?というのが致死率が高い格闘技を学んだ私の愚考による結論です。ご参考になれば幸いです。m(_ _)m

格闘技はお互い様のところがありますよね。しかし、「許された危険」とはいえ体重100キロの選手と60キロの選手の柔道競技とか、空手初心者と3段がガチンコ勝負とかやって、何かあれば管理者や指導者が刑事責任を問われる可能性はあるんでしょうね。

 そのとおりだと思います。そのときの特定の格闘技界で普通に行われている最低限の安全策を守ることは、求められる(注意義務を負う)と思います。蟷螂拳でいえば「八不打」を認めたら、「ブラックカード」で直ちに反則負けにして、半年間蟄居謹慎処分にするとか。

 本日の朝日新聞の記事に偶然ありました。

>タックルされ引退、9億円賠償 英サッカー選手に裁定
>試合中のタックルで大けがをし、選手生命を絶たれた元プロサッカー選手の訴えに対し、英高等法院は11日、タックルをした選手側に430万ポンド(約9億円)以上の賠償を命じる裁定を下した。
http://www.asahi.com/sports/update/0811/TKY200808110384.html

 民事事件で詳細は分かりませんが、うかうかタックルもできなくなるかも知れません。完全防護装備アメフトのファンの私から見たら、ラグビーのタックル事故(頚椎ねんざで下半身不随等)は危険だと思ってましたが、今度はサッカーで9億円ですかw(゚o゚)w
 プロならプロスポ特約傷害保険をかけていたか?と思いました。

プロスポーツ選手は場合によっては逸失利益が莫大になりますから保険料も高いでしょうね。なおスポーツの中では、柔道や空手以上にサッカーの外傷は多かったように記憶しています。

>>No.77 ハスカップ さん

英高等法院はそのうちF1レース中の物損人身事故にも損害賠償判決を出さねばならなくなるでしょうね(笑)。
結果F1などは法に世界最高の安全を守られた世界最高峰のチキンドライバー決定戦(笑)になるのかもしれません。
まあもしそうなれば私は見ませんけどF1。別に実害ないし(笑)。

呟きシローならぬ呟きボソッでおkが毎度失礼致しました。オリンピック観戦中にスポーツの話題だったんでついつい(笑)。

格闘技は何故刑事罰の対象にならないか?とか、英国のタックルでの損害賠償というニュースなどで、自分なりに次のように連想したのだが。

そもそも日本の刑法35条には、「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」という条文がある。ではその「正当な業務」とは何ぞや?、どのような要件を満たせば「正当な業務」に該当するのか?、という疑問が生じてくる。

格闘技などスポーツの場合は、その競技のルールに則って行なわれた場合は原則として正当な業務である。ただしその競技の審判や、競技団体の裁定委員会などが、悪質な反則とか故意の反則とジャッジした行為は、正当な業務の範囲を超えているとされる。故に悪質な反則行為で相手選手をケガさせたり、試合を妨害して興業上の損害を与えたりしたら、民事賠償責任が生じ、度が過ぎれば刑事責任が生じる。

私はこのように解釈し、理解する。

さてこの解釈を医療に当て嵌めてみるとどうなるのか。まず医療の世界ではスポーツの競技規則書のように、明文化されたルールブックが存在しない(明文化が不可能だという議論は置いておいて、現に存在しない事実を指摘している)のが現実だ。またすぐ横で付きっきりで医療行為を監視するレフェリーは居ないし、万が一の場合に疑問のあるプレーが悪質な反則行為なのか判断を仰ぐため申請する、裁定委員会に相当する機関も無い。

結果として医療の世界では、正当か否かを明確に判断するルールとシステムが存在しないので、疑問のある医療行為については、個別に司法裁判所において正当な業務に該当するか否かを審判しなければならなくなる。

過去に見たことも体験したことも無いスポーツ競技の、しかも大変大雑把で文章で基準化されていない、「良識」とか「常識」「当たり前」という観念的基準しかルールが無い場合に、その競技のルール違反について司法が判断を求められるなら、それは担当するの裁判官にとっても困ったことではなかろうか。

 プロスポの足(脚)保険は、オーダーメード保険でハイリスクハイリターンとなるので、英国ロイズ保険匿名組合しか保険引受者がいないし、同組合のアンダーライターの厳格な査定も必要だと記憶しています。

>結果F1などは法に世界最高の安全を守られた世界最高峰のチキンドライバー決定戦(笑)になるのかもしれません。

 その趣旨ではないでしょうが、英国には、クラシックカーレース(時速40kmがやっと)があります(笑。ついでに米国では、ロードローラレース(マシン限界最高時速30km)があります。ヽ(^。^)ノ
 もっとも、タンブレロコーナーに時速300km弱で突入し、壁面数ミリでかわすというアイルトン・セナばりのスリルと無縁ですが、チンタラレースもそれはそれなりにジョンブル器質の表れで楽しめますよ。ウサギがだめならカメw

>過去に見たことも体験したことも無いスポーツ競技の、しかも大変大雑把で文章で基準化されていない、「良識」とか「常識」「当たり前」という観念的基準しかルールが無い場合に、その競技のルール違反について司法が判断を求められるなら、それは担当するの裁判官にとっても困ったことではなかろうか。

 裁判官が白紙の状態で自己の良心のみにしたがって裁判に臨むのが、司法の予断排除と中立性維持の本来的姿で、同時に内在する限界点だと思います。医療にも自然法則にしたがったヒトの生物学的死は避けられない限界があるように。
 そこで、専門的知識の欠如を補うために、専門部構想(我国の知的財産高裁)や専門裁判所(仏法系の労働裁判所…社会裁判所…,我国の家庭裁判所)さらに専門家の裁判補助(我国の司法委員、米国州法のスペシャルクラーク)のほかに、広義のADR(我国の労働委員会制度)や準行政裁判所(公正取引委員会の審判審決,国税不服審判所)が設けられたわけです。

>>No.82 ハスカップ さん
私の馬鹿話を受けてくださってありがとうございます(笑)。

英高等法院の判決ですが業務上過失ではなく、怪我をさせた加害者選手にプレーに名を借りた暴力行為であった個人的動機が証明されれば、刑事罰と損害賠償を命ぜられるのが当然だと思っています。
F1でも相手車両を意図的に事故に追いやる運転行為は、殺人や殺人未遂の刑事犯罪として告発されるでしょうから。

その際に捜査がきちんと適正に行なわれれば、事故か犯罪かの区別を最も判別する能力が高いのが裁判官でありましょう。

 そこで、専門的知識の欠如を補うために、専門部構想(我国の知的財産高裁)や専門裁判所(仏法系の労働裁判所…社会裁判所…,我国の家庭裁判所)さらに専門家の裁判補助(我国の司法委員、米国州法のスペシャルクラーク)のほかに、広義のADR(我国の労働委員会制度)や準行政裁判所(公正取引委員会の審判審決,国税不服審判所)が設けられたわけです。

そう、まさにそれを言いたい。
医療専門の補助司法制度を設けるなり、正当基準のルールブックを作るなり、何らかのカタチを新たに作る必要がある。

その為には「医療の専門家」「法制度の専門家」「行政組織の専門家」「司法組織の専門家」「賠償制度の専門家」‥‥‥、多方面の専門家の知恵を結集して検討しないと、独り善がりの偏った叩き台(事故調設置案なんかその典型と思う)が出来てしまう。

このモトケンブログの議論の中から、そうした多方面の専門家のコラボ的検討モデルというか、叩き台の芽が見えてくると面白いのだが。

 医師免許を持つ医療専門官の裁判官が出てきて、医療高裁でもできれば、医療界から見た、現在の裁判官に関する問題点がかなり解決を見るような気もします。また問題となっている刑事事件も、同様な医師免許持つ法曹が司法警察官として事件を担当するようになれば、免責立法とかぐだぐだ言わなくても済みそうに思われます。

 とにかく司法を無視して医療界だけで事故調など作っても、制度や法律の裏付けがないとどうしようもないと考えています。

>司法を無視して医療界だけで事故調など作っても、制度や法律の裏付けがないとどうしようもない

全くもってその通り、としか言いようがありません。

そもそも医療と司法に跨る制度を作ろうとするのに、厚生労働省の医政局の中で検討するのがマチガイの元。厚労省と法務省の2省に跨るのであるから、2省を調整できる上位機関の内閣官房(首相官邸)に「事故調検討委員会」を作るのがスジのはず。

最初にスタート台を置いた場所を間違えたのだから、結果として出てきた設置案に、司法の担当方面と内々に話がついているだの、原本はお見せできないが書面で確認したあるだの、何の権限もないたかが一介の厚労省課長の説明に、医療界全体が振り回されて右往左往することになる。

医療界は厚労省をすっ飛ばして相手にせず、首相官邸や国会と直談判すべきと思う。


マスコミとの関係においては、以下の医師の意見に大賛成である。
マスコミを見方にしない限り、医師の未来はないと思う。

真々田さんがおっしゃっていることも、深く共感します。僕は「マスコミとの連携」の重要性を…やはり4月12日に感じました。

マスコミの方々に深く問題を理解してもらえたら、そこから多くの国民の皆様に問題が正確に伝えられ、国民とともに医療を作っていくことができると思います。

今、全医連という組織ができましたが、そこからマスコミの皆様に「勤務医・開業医」などの声を届かせること、正確に問題を伝えてもらうことができるのではないかと思います。

我々のような医師ブロガーではできない「多くの国民への発信」ができるのは真々田さんをはじめとする「マスコミ」の皆さんだと思っています。

マスコミとの連携、そして「政治家(特に地域)」との連携も行わなくてはならないと思います

P R

ブログタイムズ

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