エントリ

 「産科事故裁判からの問いかけ」

 主として医療側から強く批判されている、大野病院事件判決に関する飯野奈津子解説委員の持論公論が掲載されています。

 私から見ても批判すべきところがありますし、傾聴すべきところもありますが、とりあえず一番気になるところをコメントします。

 飯野解説委員の主張は、遺族である死亡女性の父親の主張(主張というよりは主として気持ち、思い)と医療側を対置して立論している部分が多いと感じられます。
 これは、光市母子殺害事件における、本村洋氏と弁護団を対置させた報道姿勢を思い起こさせます。
 いわゆる被害者遺族の心情を基点として諸問題を判断した場合には、その判断を一般化したらどうなるかという視点が欠落してしまう恐れを危惧します。
 同様の問題が光市母子殺害事件の報道について指摘されたはずですが、飯野委員はそのような指摘を理解できなかったのでしょうか?
 同じ過ちを繰り返しているように思われます。

 今回、執刀した医師は、手術の前に輸血や子宮摘出の可能性を遺族に説明しており、難しい手術であることは認識していたとみられます。それなのに、輸血血液も十分供給されず、一人しか医師がいない体制で、なぜ、手術に臨んだのか。手術の前に、大きな病院への転院や医師の応援要請を、関係者から助言されたのに断っていたことも、裁判の過程で明らかになりました。医師不足の中でも、医療機関が連携するなど、安全を確保する努力を重ねることが、医療側に求められているのだと思います。

 の部分ですが、例えば、問題が生じそうな帝王切開手術全てについて、「手術の前に、大きな病院への転院や医師の応援要請を」したらどうなるか、そんなことが可能なのか、可能とするためにはどうしなければいけないか、という問題点の指摘がありません。
 そして「医療側に求められているのだと思います。」と言って、その対応の全てを「医療側」に要求しています。
 飯野委員の言う「医療側」とは何なんでしょうか?

 医療側の皆さんからすれば、本件を「医療事故」と繰り返し書いているところも強い違和感があるところだろうと思います。

 しかし、裁判で無罪判決が出たからといって、今回の事故に問題がなかったわけではありません。

 飯野委員が無罪判決の論理をどのように理解しているのか、また医療現場における「事故」という言葉をどのように理解しているのか、本件のどの部分をもって「事故」と評価しているのか、などは必ずしも明らかではありません。

 全体として、「公論」と言うに値するかどうか疑問です。

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コメント(31)

 まず指摘しておきたいのは、NHKの中では、飯野解説委員は医療崩壊の現状と現場の疲弊についてもよくご存知で、かつ最もよく理解している方のお一人だということです。

 モトケン先生のご指摘の点はごもっともと思います。

「べき」論を振り回し、家族の悲哀と憤懣を中心に据えて報道することは、建設的な議論と具体的な再発予防を却って阻害するのだということを、もっとマスコミ関係者は考える「べき」であると思います。

 そしてまた、考えておかねばならないのは、今後の示談交渉あるいは民事訴訟が、この転送義務違反を軸にして争われるであろうことであり、また、民事過失の証明は合理的疑いの差し挟める程度で充分とする判例が多いということです。

一応、
×時事公論
○時論公論

【持】論・【暴】論
であるとして、BPO(放送倫理・番組向上機構)に通告済みです
*
患者側の遺族への接触だけで、今回、逮捕・起訴された無罪の医師とその家族・関係者・病院に対する配慮が全く欠けたものだということも、【自】論に過ぎない偏狂なものだろうと批判しました。
*
刑事裁判が『被告人 VS 国家権力』であって、『加害者 vs 被害者』の構図ではないことも、飯野奈津子解説委員の理解を越えていたのでしょう
*
このような批判をNHKにはしますが、民放には余りしません。
もともと、民放の放送なんて信用してませんから!

 ご指摘感謝 m(_ _)m
 検索をかけたときに時事公論だったかなと思ってまして、それがそのままタイトルに紛れ込んでしまいました(滝汗)

本文2行目にも・・・

重ねて感謝 m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m

私も、余りに偏った論説だったので、
*
最初は【自論】こそが【公論】であるべし!
*
と、主張する番組かと思い【自論公論】と勘違いしていました(笑)

これが日本のマスコミの中ではまだマトモな部類だと思うと背筋が寒くなります。

NHKはマトモでは無い、ですね。買いかぶられているだけで。

朝の民放ラジオで科学系のジャーナリストが解説していましたが。
医療の崩壊現象や産婦人科の立ち去りなどの諸問題に、概ねバランスよく言及していました。

捨てたものでは無い人も、一部には居る、と言う訳です。

飯野さんのコメントに対する反論を

手術が始まってから女性が亡くなるまでの間、病院からの説明は一切なく、その後も納得のいく説明がなかった

これについてはいろいろな人が散々述べられておりますが、処置を優先することが最も大事で、そんなときに悠長に説明なんてできません。
現場の医師の責任ではなく、医療行政の責任でしょう。

医師の側が真摯に説明して、理解を得る努力が、必要

それは確かにその通りですが、しかしだからといって目の前の死にゆく患者を見過ごすわけにはいきません。ちょっと現場の意見を取り込む努力が甘いかなと思います。
医師が余っていて、余裕がある状況でしたら可能でしょうけど、少なくとも10年は要求通りにはできません。努力の限界を超えています。自分が二人いれば話しは別ですが。

執刀した医師は、手術の前に輸血や子宮摘出の可能性を遺族に説明しており、難しい手術であることは認識していたとみられます。それなのに、輸血血液も十分供給されず、一人しか医師がいない体制で、なぜ、手術に臨んだのか。

詳細な事実はわかりませんが、少なくとも解っている範囲内では主治医は他医に相談しているわけであり、説明もしれいるわけであり、十分すぎるほど手術を慎重に対応していることが伺えます。
それでも確率の少ない症例のために、すべての患者を大学に回したらどうなるでしょうか?それこそ地域医療は崩壊します(現実に崩壊してますが)。

手術の前に、大きな病院への転院や医師の応援要請を、関係者から助言されたのに断っていた

これは医師の裁量権に属します。相談した上で自分でできると判断したわけです。
もし、少しでもリスクのある患者を大学に送っていたらどうなるか?そういう視点に欠けていると思います。
多くの医師が「あれはまずいよ」と感じるのであればともかく、今回は多くの専門医が妥当と判断しているわけで、飯野さんの意見は的はずれと言えるでしょう。
少なくとも今回は裁判で明らかになったことだけを見ても主治医はかなりの努力をしています。
患者側のみに立った主観的な判断はジャーナリストとしてふさわしくないと考えます。もう少し客観的に物事を見るように希望します。

やはり医学、医療というものがわかっていない人はまだ物事を客観的に見ることができないんだなあ、と感じました。素人だから仕方がないという意見もありますが、マスコミは一般の人の影響が大きいのですから、客観的な見方が必要です(それは医療も同じですけど)。
しかし、それ以外についてはおおむね評価できる論説となっています。さらなる努力を期待します。

高校の教員です。本校では医学部を目指す生徒が多く大野病院事件に関する記事を進路指導に役立てています。医師の置かれている立場が厳しいこと、失敗(結果的に死なせてしまうこと)は許されないことであること、等を伝えることで医学部を目指す覚悟を促しています。このような社会情勢を受けて、生徒の中には、裁かれる側から裁く側に進路変更をする生徒も現れています。

>このような社会情勢を受けて、生徒の中には、裁かれる側から裁く側に進路変更をする生徒も現れています。

 残念な短絡的反応だと思います。m(_ _)m
 人間の病理現象に対処するか、社会の病理現象に対処するか、という共通点はありますが・・・。

ハスカップさん

>残念な短絡的反応だと思います。m(_ _)m

所詮は数十年で消え行く人生,より幸せに生きれるであろう道を社会情勢を鑑みて選ぶことを「残念な短絡的反応」などとは批判したくありません。むしろ,「残念な短絡的反応」を生み出す社会情勢を批判すべきじゃないですかね?

PS:
 難関の医学部に合格すれば98%以上は、医師を職業として国民の生命や健康を回復する尊い仕事で社会貢献できます。
 しかし、多少難しい法学部やローを卒業しても、現段階の想定では40%しか法曹資格が得られません。60%は失意の人生が待っているという現実をお忘れなく。しかも弁護士は就職難ですし、昔は手を挙げればなれたと言われる検事でも競争率3倍でクラスの上位に入っていないと採用されないと聞いています。
 この点も進路指導で生徒に厳しく認識させておいた方がいいと思います。僭越ですがご参考まで。

>むしろ,「残念な短絡的反応」を生み出す社会情勢を批判すべきじゃないですかね?

 御指摘のとおりで禿同です。m(_ _)m
 ただ、批判で終わって対策が思い浮かばないので限界を感じます。o(;△;)o

なるほど、法学部も道は険しいのね、我が子は全く違う道で良かったのかも?

あ、でも切れたのではなさそうで、指摘なら「短慮」が合いそう。m(_ _)m

さらに全くスレ汚しで、なにですが。

「禿同」って良く出てきますし、私も貰った事が有りますけど?
私いたって髪は濃い方でして(^^;

 一時はXXX治療でツルッパゲになったとき、「禿同」と言われた時、思わず鏡を見てしまいました(爆。
 ちなむと、激しく同意>激同>禿同、という2ch用語の三段活用らしいです。ジャーゴンというか業界用語というかw

ええ、つまり読み方は「ハゲドウ」と・・・(@_@;

 医籍をもつ弁護士先生は、スーパードクターロイヤーでしょう。その先生がパイロットライセンスを持てば、医者弁護士パイロットという、ゲックの定番主人公の三冠王かもしれないです。
 そういう方こそマスコミの解説委員になっていただきたいです。
 医療の現場の視点では……。現行の司法制度の限界の観点では……。これを事故として取り扱うなら、米国の国家安全運輸委員会というNTSB方式で……。なんてできたらいいですね。

そんな貴重な人材をマスコミになんて、勿体無い。

マスコミ品質監視委員会(が有るなら)の担当理事に推薦したいです。

>マスコミ品質監視委員会(が有るなら)の担当理事に推薦したいです。

 マスコミ(に)品質(が有るなら)監視委員会の担当理事に推薦したいですw

高校の教員です。本校では医学部を目指す生徒が多く

私は、自分が今医師として充実した人生が送れる幸せを思うとき、中学高校時代の先生を思い出し、感謝の気持ちで涙が出ることがあります。先生の生徒さんたちも同じだろうと思います。


裁かれる側から裁く側に進路変更をする生徒も現れています。

医療と法曹が対立構造のように取り上げられることが多いのは事実ですが、医療をめぐる医療側と法曹側はいずれも患者さんの命や健康を守る立場で主張しています。そういう意味で医療者と法曹は、意見は異にしているところもありますが目指すゴールは精神的には同一です。

医師は医学知識と医療技術を身につけたただの人であり、出来ること出来ないことがあり、得手不得手があり、忙しすぎたり、疲れていたり、睡眠不足だったりすると期待される最高の行為が出来ないことを理解してもらいたいと思っています。

医師はその程度のものなのだから、あまり厳しく取り締まりすぎると、重症、救急、専門外を診察する医者がいなくなり、医療が必要なときに医療を受けられなくなりますよ、と発言しています。患者さんのために発言しています(少なくともそのつもりです)。


法曹は、不十分な知識や技術による医療行為が患者さんにとっていかに有害であるかを知っており、過失をも医師の裁量の範囲とか仕方のないことと言っている医師の意見を認めると、患者さんたちの健康や命が守れませんよ、不勉強な医師、力不足の医師を野放しにしていたら、損するのは患者さんですよと言っているのではないでしょうか。これも患者さんのための発言です。

法曹の認識の根本に医療側がもっと努力すれば医療過誤はもっと減らせるはずだと言う認識があり、許されない部分を訴訟と言う形で示し、この程度の知識技術は持ち合わせているべきでしょうと主張しているのだと思います。これがうまくいけば、医師の注意義務や持つべき知識技術が規定され、質の悪い医療を淘汰することにより、患者さんの健康と命がもっと安全になります。

このように医療をめぐる医療側と法曹側の主張の目的は、患者さんの健康と命のためであり目的は同じです。

私は今のところ、法曹が暴走していると思っていますが、正義と正義の意見の違いは、いずれは双方の理解が進むのだろうと期待しています。
将来は今よりも質の悪い医療が提供される可能性が低くなることにより、今よりも質の高い医療が提供される可能性が高まるのだろうと思います。


医師の置かれている立場が厳しいこと、失敗(結果的に死なせてしまうこと)は許されないことであること、等を伝えることで医学部を目指す覚悟を促しています。

このような覚悟は今日よりも、法曹が医療に手出しをすることが少なくなる将来において、より大きな意味を持つと思います。
先生に教えていただいて医師になった生徒さんたちは、みんな立派な覚悟を持った医師だろうと思います。

ときに自分の健康を差し出してでも患者さんの命を助けようと努力し、それが報われたときの喜びは、筆舌に尽くしがたいものがあります。

『この一瞬だけですべてが報われた』と思う瞬間を何度も経験できます。
法曹関係の方の前で言いにくいですが、優秀な頭脳ときれいな魂の持ち主に是非医師への道をお勧めください。私のようなどこにでもいる普通の医者は医学を進歩させられませんので、百年後の患者さんにとっても、優秀な方が医者を目指すことは大きな意味があります。

完全にトピずれなのですが・・・

>このような社会情勢を受けて、生徒の中には、裁かれる側か
>ら裁く側に進路変更をする生徒も現れています。

そのような安易な理由で進路変更される生徒さんは、法曹としての資
質がないので、なにか他の仕事を探された方が良いですよ。


下記のような例もあることを教えてあげてください。

・ 裁判中の殺人事件の被告人から裁判長宛に、赤ペンで記載された
おどろおどろしい脅し的な手紙が送付された(検閲で引っかからない
のが不思議ですが、普通に届いてました)。

・ DVから逃れて施設に隠れている妻のために、夫に対する離婚調
停をおこした弁護士の事務所に、DV夫が「妻の居所を教えろ!」と
怒鳴り込んで来た。

・ ヤミ金被害者のために弁護士がヤミ金と交渉していたところ、事
務所の電話回線が30分間ほど、何者かのイタ電により埋め尽くされ
た。

・ 公務執行妨害で逮捕されている被疑者に、警察の面会室で面会し
たところ、「被害者に、『被害届を取り下げないと、お前の家族を○
○す』と伝えろ!」と命令され、これを拒否すると矛先が弁護士に向
かってきた。


以上は個人的な経験ですが、これに類するような話はネット上の記事
等でいくらでも確認できると思います。


え?
面倒そうな刑事やヤミ金やDVは一切やらず、楽して儲かりそうな仕
事だけやっていきたい?
そのような生徒さんは(以下略)

>大野病院事件に関する記事を進路指導に役立てています。
>このような社会情勢を受けて、生徒の中には、裁かれる側から裁く側に進路変更をする生徒も現れています。

大野病院事件で地裁判決を下したあの裁判官のような法曹が、今の社会には必要なのだと考えて進路変更をする生徒さんなら、応援してあげたいです。

 医療も法曹もしばらく茨の道が続くと思いますが、そんな業界に飛び込んで公益のため自己実現のためと進路を選択するなら、どちらに進まれても大歓迎だと思います。
 ユメユメ医師より法曹の方がよさそうだからという安易な気持ちでは、不合格率と就職難という地獄が待っていると思います。

好きなことするのが一番。
結局全ては自己満足なんです。
お産が好きな産科医、手術が好きな外科医。
自分が好きなことやって、それがうまくいって、そしてそれで感謝されたら幸せな人生だって思います。

医学に興味が有れば医者になればいい。
法律に興味が有れば法律家になればいい。

安全で収入が良くて,好きになれない仕事。
これは幸せとは言えません。
だって仕事に拘束される時間って長いんです。

学生さん,なれるんだったら好きなものになりましょう。

あ、将来どの科に行こうか迷ってる研修医さんたちも。(笑

サイコーですか?最高裁!!

その当の高校生自身がここを読む可能性は低いのかも知れませんが、

そのような安易な理由で進路変更される生徒さんは、法曹としての資質がないので

と断言されるのはいかがなものか、と思いますがいかがでしょうか。
私自身、受験時代も合格後も、「法曹に向いていない」という評価は、対象が自分か他人かを問わず嫌悪していたので。

普段じかに接している相手の言動の総合評価ですら、合格前の不十分な知識、未熟な思考をもとに、その後の職業人生をすべて否定することには相当の重みがあってしかるべきだと、私などは思うのですが、進路変更に関する断片的な、しかも伝聞の情報をもとに、そこまで言い切られてしまうことにはかなりの疑問を感じます。

 知り合いが「血を見るのが厭なら医師に向いていない」と言われ、相当落ち込んでから奮起して、「今に見ていろ」とばかり、今は救急医療(災害地派遣希望)の信念を固めています。
 明後日向いた「資質論」は、本人を奮起させえる場合もあります。劇薬は往々にして良薬に転ずる。そうポジティブシンキングにとらえましょう。

No.11 佐藤 隆さんのコメントでは、
「(生徒さんに)医学部を目指す覚悟を促しています」
ということだったのですが、それに対して
「そんな覚悟はないから医学部やめて法学部に変更します」
というような考えの生徒さんがいるという趣旨であれば、ちょ
っと違うのではないか?と思い、コメントしました。

No.25 医学科6年生 さんが書いてあるように、積極的意味があ
って法曹を目指されるんであれば、歓迎ですけどね。

P R

ブログタイムズ

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