エントリ

 私のブログのリンク先なんですが、若い弁護士のブログです。

 大野病院について2(天狗の庭)

 このエントリの最後なんですけど

と、まぁ、ここまで書いといてなんですが、
今回の件は、みのさんがなんといおうが、土本センセイがなんと言おうが、
光市の事件の時とは違い、みんな冷静ですよね。
弁護士にあったことのある人や、裁判を体験したことがある人は、少ないですけど、
お医者様にかかったことがある人や、子供を産むために婦人科にかかったことある人は、それとは、比べ物にならないほど多いはず。
そういう、個々の場面で一生懸命がんばっているお医者様がいっぱいいらっしゃるから、
マスコミ様がこぞって医療不信を煽ったって、培われた肌にしみこむ感じの信頼は崩れません。

ガタガタ言うほどのことじゃないかもしれませんね。

 私もそんな感じがします。
 最後の一行は愛嬌ということで(^^;

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コメント(32)

果たしてそうでしょうか?
光市の事件のときは弁護士の方々は一般社会と法曹界とのギャップを埋める為に遺族や社会の声に謙虚に受け止めようとしていたと思いますが、
医療事故問題に関して医師の方々はあたかもアルマゲドンを戦っているかのように、自己正当化を繰り返し「敵」である遺族やマスコミを悪魔視して攻撃するだけ、という印象が強いです。
社会に対して責任ある専門家というより自己の権益を守ることだけに熱心な業界人のように見えます。
一般消費者の目が厳しくなっているのは医療分野に限った事ではなくこの国の全般的な傾向でしょう。他の業界の取り組みと比べると今回の件の医療関係者の発言は独善的で失望感を覚えます。

大会議室に大野の件のスレッドが立ったようです。
光市の件ではああなった番組視聴者の、本件に対する考え方がとくと見られそうです。
しかし、最初の書き込みから既に暗雲が・・・。

No.1 usi4444 さん
 他面で、医療関係者を印象操作で攻撃する弁護士が、ラウダマウスやっていることがネットで目につきます(若干1名ですが)。こっちも失望の局地です。

確かに,マスコミの論調には愕然としますね。

遺族の心情は当然考慮すべきだが,事実認定とは別の問題でなければならない。

そうしないと,遺族のいない被害者のときに,だったら無罪でいいのか,ということになります。被害者が誰であろうと,犯罪であるものは犯罪であるし,犯罪でないものは犯罪でない。しかし,遺族がいない場合には,マスコミは,その判決を絶対に批判しないし,もちろん取り上げもしない。

遺族感情は,量刑の重要な一要素となることは理解できますし当然だろうと思うけれども,事実認定とは無縁です。

一部の(そして大半の)マスコミは,そこのところが全く分かっていません。
要するに,遺族という一般に分かりやすいタームを使って,自分の無理解を隠しているのだろうと思います。遺族を愚弄しているのは誰だ?と心底思います。

今回の事件では,遺族は,家族が死んでいて,圧倒的な悲しみの中にある,だからこそ尊重される立場であるが,限界が存在する,じゃあいったいどうすればいいのか,という展望が本来です。

ガタガタ言うほどのことじゃないかもしれませんね。

繰り返しになりますが、ぼくはもっとガタガタ言うべきだと思います。
医療崩壊はその被害のスケールが地下鉄サリン事件をはるかにしのぐわけですから、それ相応の注目があってしかるべきです。
訴える側が声を上げ続けないと対応は今以上にぬるくなると思います。

医療事故問題に関して医師の方々はあたかもアルマゲドンを戦っているかのように、自己正当化を繰り返し「敵」である遺族やマスコミを悪魔視して攻撃するだけ、という印象が強いです。

事実アルマゲドンを戦っているのです。「自己正当化」などしなくとも、恐ろしい状況が既に目の前に迫っているのです。それが現実となったとき、「だから言っただろ」と言っても納得しないのでしょうね。

社会に対して責任ある専門家というより自己の権益を守ることだけに熱心な業界人のように見えます。

正直なところ、保健医療制度が全面崩壊してくれた方が、個々の医師の待遇は良くなると思います。問題の大きさに比較して、あなたの言う「自己の権益を守ることだけに熱心な業界人」が意外に少ないのはそのためです。医療崩壊が起きた方が医者は儲かるんですよ。貧乏人は今まで助かっていた病気でも助からなくなるでしょうがね。

 できれば、感情的な反発や批判は理性で抑えて、冷静に事実や評価を分析する態度が、マスコミにあればと思います。裁判や判決は、理性の所産であり、TVのワイドショーお涙頂戴ものではないのですから。当事者の感情も冷徹な目で社会的効用や意義もマスコミが分析されたらと夢想します。

夢想が予想になり、実現すれば既存のマスコミも再生する可能性があるのかな?と思います。とくに新聞は情報の迅速性、専門性、多様性について全て中戸半端ですから。すでに自分の専門分野に関すること、自分で判断が可能で情報の取捨選択ができることに関しては、マスコミではなくネット経由で情報を集め、判断する時代に入り始めています。これは医療関係の情報に関する医師のみのことではなく、他の分野に関してもそうではないでしょうか?現在多くの医師は新聞に医療関係の記事、特に”医療過誤”や医療裁判の記事をみたときに、m3や医師のブログに出てきた関連情報をみて、判断するようになっていると思います。中には過度にマスコミを罵倒していると感じられる書き込みを見ますが、これまでの情報の正確性や分析のいい加減さを見ていると自業自得だろうなと思っています。

社会に対して責任ある専門家というより自己の権益を守ることだけに熱心な業界人のように見えます。

どんなに低姿勢でわかりやすく説明しても、悪意を持って物事を見るとどんなことも悪事に見える好例ですね。
堪忍袋の緒が切れる人が出てくるのは致し方ないことだと思います。

まだまだ社会は、医療従事者の言葉を素直に受け入れる体制はできていません。
だからこそ、私たち被医療者が積極的に濁りに濁った目を持つ人たちに対して、わかりやすく時には厳しく対峙していかないといけないと思います。

これから活躍するであろう若い弁護士さんの感想は、素直に受け取り喜びたいと思います。

いきなりそれを否定するようなコメントが飛び込んできましたが、みなさん冷静にご対処を。

ということで、No.1 usi4444 さん。 そういう医療批判のコメントは、医療不信についてなどもっと適切なエントリーがありますので、そちらにお書きになった方がよろしいと思いますよ。

ご遺族の方々の気持ちは、父親の県庁内で会見での言葉に代表されるのだろうと思います。

「判決は残念。公判を通じいろんなことが表面化した。知らないことがもっとあるのではと思う。」(毎日から)

この言葉の背景には、警察が捜査開始を決定し、動きだし、遺族に対し、どのような発言をしたか。「・・・が判明しています。説明はありましたか?娘さんが、助かった可能性が高かったと思いませんか?・・・・」

「」の中は私の創作ですが、そんなことを言ったのではないかと思うのです。

大野病院事件は、遺族が警察に捜査を依頼したのではないというのが私の理解です。志布志事件を思い浮かべても、警察が暴走することの恐ろしさは酷いものです。どうすれば、止められるか。

光市事件にしても、警察が遺族に対して、どのようなことを述べたのかなと思ってしまいます。

んー、悪意というよりも、専門性が高いためにことの適否が理解できない事柄について、自分の理解能力を底上げしてコトを考えようとするのではなく、分かんないまんまの状態で「直感」だけでものを言ってるって感じですね。
マスコミの論調も、割とそういう立ち位置でものを言ってる感じを受けます。

光市の事件の時とは違い、みんな冷静ですよね。

私も、ここで言われている「みんな」の一人と自認しています。
もしも、件のお医者様の日頃の考えや行動について、極端な偏りを感じさせるような情報があったとすれば、冷静ではいられなかったと思います。


>No.12 惰眠 さん

うーむー!警察に対しても、その通りでしょうね。遺族と直接話をした警察官は、何が起こったのか、自分では理解できていない。自分の職務に忠実であろうとすれば、するだけ、医師や病院を悪く言ってしまう。遺族に不信感をつのらせるだけ。

申し訳ありませんが、勝手なご想像で警察を悪者に仕立て上げるのはご遠慮願えませんかね?
本件を志布志事件などと同列に扱う意味が分かりません。
貴方はご自身の論調が医療事故を報道するマスコミの論調と同じなことにお気づきになられないのでしょうか。
あえて言わせていただくなら、本件における福島県警の捜査手続にはこれといった違法性は認められません。
が、身柄拘束の当否をはじめとする全体的な捜査方針には大きな問題点が見受けられ、今後その問題点については検証を要すると思います。

警察官はほとんどの場合法に忠実で職務熱心な人達です。ですから、逮捕された容疑者に対し、立証に十分な自白調書をとろうとして、人質司法と言われても、裁判所で任意性有りと言われるまでの調書を作り上げるのでしょう。大野事件でも、手続きに問題はなくても、結果的に誤った刑事立件であった可能性が高いと思われます。ですから、警察庁長官が刑事のみ突出することは避けると言われたのではないのですか。警察組織が捜査のあり方や、身柄拘束の必要性などを、もう一度きちんと精査して適正な捜査を行うよう望みます。

もともとの論点は、「毎日社説」と「NHK飯野奈津子委員の持論公論」でありました。

NHK飯野奈津子委員の持論公論は、直接には聞いていませんが、ブログの内容通りと理解します。

一般の記事ではない社説の様な文章や言動について、「専門性が高いためにことの適否が理解できない」では済まないと考えます。報道会社として専門家の意見を真摯に聞き、深く検討をした上で、自社の意見を述べるべきだと思います。

医療界は不十分とはいえ以前に比べれば透明性を高めるように努力しています。

社会における役割が違うのでやむを得ない面があるとは思うのですが、警察の内情は一般国民には全くの謎です。
ときにおきる不祥事の場合も強圧的な対応に終始し、警察を批判監視する機構は日本社会にはない様に思います。

もちろんだからといって社会を守るため日々努力警察に不当な非難を加えてよいはずもありませんが、劣化をふせぐ仕組みはないのではないでしょうか。

医療界と警察を同列に論じることは不適当だと思います。

そうかもしれませんね。
しかしながら、その直感がどうして「悪意がある」という方向に向かってしまうのかが不思議です。
これも某ブログで紹介されていた「ナイトの不確実性」とか「マックスミン原理」という人間心理の賜物なのでしょうか?

医師の言っていることはわからない
↓(最悪の場合を想定)
なにか裏があるに違いない

とか


医療界は不十分とはいえ以前に比べれば透明性を高めるように努力しています。

社会における役割が違うのでやむを得ない面があるとは思うのですが、警察の内情は一般国民には全くの謎です。

外部にいる身からすれば、あまり変わらなかったりします。警察としても透明性を高めるように努力しているのでしょうし、内情が謎だというのも同じですね。


医療界と警察を同列に論じることは不適当だと思います。

それはフィデルさんが医療界の内側に位置している方だからだと思います。

大野事件でも、手続きに問題はなくても、結果的に誤った刑事立件であった可能性が高いと思われます

手続に問題がなかったと言う事は、大野事件に関しては「逮捕された容疑者に対し、立証に十分な自白調書をとろうとして、人質司法と言われても、裁判所で任意性有りと言われるまでの調書を作り上げる」事は存在しなかったという事ですね。

判決では警察での供述調書の任意性は(医師が語ったとは思われないほど、医学的にめちゃくちゃな調書でも)肯定されたそうですから(笑)
裁判所は調書どおりの事実であっても無罪といってるわけです。

たとえば
侵襲を伴う処置を行う場合、必ずインフォームドコンセントをとり、その目的、処置の概略、起こりうる合併症、別の選択肢をを説明します。
説明のため相当な時間を費やしており、それは医師にかかる過大な負担の一因とも考えられています。

また、予期しない重大な合併症が起きれば、病院上層部は自らに非難が及ばないよう急いで警察に届出を行い、まっとうな病院では外部委員を含めた委員会でその詳細を検討します。

一寸考えただけでもいくつもの変化がありそれはときおり報道されているので、医療の外の方でも関心があれば知ることができます。

これらに相当する変化、努力が警察にあったでしょうか。


私はこれらがかならずしも内発的ではなく、また不十分な点もあるともちろん思っています。
よくいわれるとおり、自治団体としての医師団体が自らの意思で改革をおこなうべきであったとおもうし、今からでもその方向に向けて舵を切るべきだとは思っています。

しかし、いずれにせよ医療は社会、報道、司法、警察の声、力に対応せざるをえず、よくもわるくも変化しているのは事実です。

警察はそれにくらべ何の変化もない様に見えます。
(取調べの可視化がおきれば初めての変化かもしれません)
それともここに寄稿していらっしゃる司法関係者の方でしたらなんらかの変化、改革をごぞんじなのでしょうか。

学びたいと思いますのでご教示を希望します。

もともと、社会の側が、警察に積極的な役割を期待したわけでして、大野病院事件のような「勇み足」が起きるのは、時間の問題であったのではないでしょうかね。

桶川ストーカー事件では、警察の謙抑的姿勢が(マスコミ)世論の猛烈なバッシングの対象となったのは、記憶に新しいところです。また、犯罪白書の犯罪認知件数は、2000年頃を境に急激な増加をみせており、警察が社会の声を積極的に拾おうとしているのが、伺えると思います。

それこそ、警察としては、「たまたま結果が悪かったからといって叩くのか」というところでしょう。

結局、こうやって、個々のケースを通じて、積極・謙抑の天秤の傾きが調整されていくものなのでしょうけど。その意味でも、今回の判決は喜ばしいことだと思います。


>事実アルマゲドンを戦っているのです。

マスコミも遺族も医療側の立場に
一定の理解を示しているのに
未だに相手を悪魔視とは誰にとっても不幸な事です。

>ブギーマン さん
>どんなに低姿勢でわかりやすく説明しても、
>悪意を持って物事を見るとどんなことも悪事
>に見える好例ですね。
>堪忍袋の緒が切れる人が出てくるのは致し方
>ないことだと思います。

> 惰眠 さん
>んー、悪意というよりも、専門性が高いために
>ことの適否が理解できない事柄について、自分
>の理解能力を底上げしてコトを考えようとする
>のではなく

一般人はあらゆる分野で素人と言えるのですが、
「他の業界の取り組みと比べると今回の件の
 医療関係者の発言は独善的」
この一文が目に入らなかったあたり、
ネット上の医療関係者の視野狭窄ぶりは深刻なようです。
こんな様子では責任ある専門家として一般人が受け入れら
れるような解決策を提案に出来そうにありません。
自分達の社会的責任を自覚した業界団体に期待する
しかないのでしょうか?

↑この方は釣り師ですか?皆様釣られないようにご注意下さい。

弁護士といっても見解はいろいろというのは皆様よくよくご存じかと思いますが、こういう見解の方もおられるようです。

「大野病院事件について」
http://hanamizukilaw.cocolog-nifty.com/blog/medical/2008/08/post_9dac.html

釣りかも,という話も出ていますがおそらくはこれまでの経緯が理解できていないと判断してコメントします.

>>事実アルマゲドンを戦っているのです。
>
>マスコミも遺族も医療側の立場に
>一定の理解を示しているのに
>未だに相手を悪魔視とは誰にとっても不幸な事です。

我々医療者にとって,今回の裁判でもし少しでも「有罪」の判決が出ていたなら「これで確実に終わった...」と言えるものであったのです.そのくらい大野の裁判の判決の結果は重要であったのです.別に相手を「悪魔視」しているわけではありませんが,今回の裁判は「皇国の荒廃この一戦にあり」というようなところであったから「アルマゲドン」と表現しているだけでしょう.

なお,残念ながら今回の「無罪判決」に対しても多くのマスコミはまだ医療側に批判的ですし,遺族も復讐心に凝り固まっていて,納得していないこともまた事実でしょう.

自分達の社会的責任を自覚した業界団体に期待する しかないのでしょうか?
そんなもの存在しないのだから、全ての患者予備軍が自分たちで支えなければ「医療と保険制度は崩壊する」しか無いでしょう。

その後、金持ちは高負担に耐えられるだろうが、庶民は・・・

「他の業界の取り組みと比べると今回の件の  医療関係者の発言は独善的」

ちゃんと読んだ上で批判しています。
これも悪意丸出しに読めますが・・・貴方がこのように考えた根拠を示していただけますか?

何度でも言いますが、私は被医療者であり医療従事者ではありませんのでお忘れなく

usi4444 さんは釣り師かもしれませんが、ある意味日本の一般的な国民の声を代表してくれているとも思えます。

先日のYahooニュースの投票結果といい、未だに世論は圧倒的多数で医者たたきを支持しているのだと思います。大野病院事件当時は今ほど医師不足も医師の逃散も深刻ではなかったので、世論も今より厳しく、警察には「医者が叩けば叩くほど出世になる」という意識があったのでしょう。少なくともマスコミには最近までそういう風潮がありました。

「敵視する」という表現が適切かどうかは別として、世論が医療の障害になっているのは間違いありません。医療者側が患者・マスコミを「敵視」していなくても、一般市民は圧倒的多数で医療者をusi4444さんと同じ視線でみている、つまり「敵視」しているのです。

「社会に対して責任ある専門家というより自己の権益を守ることだけに熱心な業界人のように見えます。」という意見には賛成できませんが、おそらく日本国民の多数派の意見を代弁しているのだと思います。

「社会に対して責任ある専門家」の意見より,勉強する気のない素人の「直感」に基づく見解を垂れ流しにするマスコミ.それに迎合する一般の方々.

そろそろマスコミを信用するのはやめましょう.
自分が内情を知っている業界の報道をみて,納得できる人はいますか?
警察の知人は,刑事ドラマから警察報道までむちゃくちゃだと言います.
学校の先生の知人もそうです.
不二屋の中の人もそうでしょう.
我々医師も,アホのような解説と報道にさらされています.

僕が医者になったおよそ10年前と今では,医療は相当変化しました.社会の動き,ニーズに対応しているのです.よく調べず知りもしないのに批判だけはする,お互いマスコミのまねはやめましょうよ.

麻酔のガスと酸素を間違えた、とか、手術の時に患者の体の中に器具を残したまま縫合した、とか言う場合は明らかに「ミス」でしょうけど、今回のケースはそういう類の話では無い様に思います。(素人の考えですが)
確かに、亡くなった患者さんやそのご遺族のことを思えば大変胸が痛むのですが、皆様のお話を伺うかぎり、お医者さんに「ミス」があったとは思えないのです。
もっと設備が整ってスタッフがいっぱいいる病院に転送しておれば患者さんは助かったかも知れないのにそれをしなかった医師が悪い、とかいうのは「評論家」の意見ではないでしょうか?「安全地帯」にいるものとしてはこのような「たられば」的な批判は慎みたいと思います。
今回の「みせしめ」的な逮捕に「個人」で対応しなければならなかったり、「結果しか見ないメディアによる医師バッシング」が起きれば、医師になりたいと思う人は減るでしょうし、医療崩壊の兆候(?)である「急患たらいまわし」が起きるのも仕方がないのかな?と思ってしまいます。
ドラマ「ER」(確か第1シーズンに今回のケースと同じようなエピソードがあったと記憶しています)などを見ていると病院の法務部みたいなところに医療訴訟専門の弁護士がいてこのようなケースの対応をされているようですが、日本の場合はどうなんでしょうか?

P R

ブログタイムズ