エントリ

 三笠フーズの事故米食用転用偽装について、農水省の対応にも批判が集まっています。
 これまでは、産地偽装が多数発覚し、警察の捜査も何件か着手されていますが、今回は、健康被害に直結しかねないさらに悪質な偽装です。

 農水省は、今後は事前通告なしの抜き打ち検査をすると言っているようですが、今まで、三笠フーズの転売情報を得ていたにもかかわらず不正を見抜けなかった農水省にどの程度の調査能力があるのか、調査の実効性はどの程度なのかという不信感は払拭できないところです。

 このように、業界の底なしの偽装体質があらわになってきたにもかかわらずそれに対する行政の監督が期待できないのではないかという状況があるのであり、そうなると社会は伝家の宝刀を抜かざるを得ないわけです。

 つまり、刑事責任の積極追及による一罰百戒効果の発揮です。
 一罰で足りなければ二罰、三罰、百罰です。
 法改正による厳罰化も視野に入ります。
 農水省と関係業界が、そのような状況を避けようとするならば、業界の自浄作用と農水省の監督能力の証明が必要になっている状況だと思われます。

 このブログでは、どんな話題でも医療に関係付けてコメントをされる方が多いので先取りしますが、この問題を医療に当てはめると、医療に対する刑事司法の介入を最小限度にしようと思えば、医療が刑事司法から信頼される必要があるということです。

 そして、今回の大野病院事件の判決によって、刑事司法の最終判断者であって最高権威者の裁判所(地裁どまりではありますが、警察・検察との関係では明らかに上位者です)から、医療に対する信頼感が示されたのです。
 裁判所が医療を信頼して無罪を言い渡す可能性のある事案については、検察も起訴を躊躇します。
 検察が起訴しそうもない事案については、警察も力が入りません。
 ですから医療側としては、裁判所の信頼を今後も傷つけることなく強化していくことがとても重要だと思われるわけです。
 私が、「誠実な医療の重要性」を書いたのはそういう意味なのですが、意図がなかなか伝わらないようですので、私も食品業界の現状にかこつけて再度指摘してみました。

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エントリーに

三笠フーズの転売情報を得ていたにもかかわらず不正を見抜けなかった農水省にどの程度の調査能力があるのか、調査の実効性はどの程度なのかという不信感は払拭できないところです。

とあったものですから、

一番調査能力があると考えられる農水省に期待しなかったら、この世は闇になると思ってしまいました。

従い、警察、検察が捜査すべき相手は、三笠フーズよりも農水省を重点的にやって欲しいと思います。三笠フーズの不正の構造は、そんなに複雑ではないと思うのです。しかし、農水省の不正は複雑である可能性があると思います。

多くの農水省のお役人は、立派な考えを持ち、農水産物・食料の本質を理解され、国民のために日夜頑張っておられると思います。政府が正常に機能するためには、公務員が義務をまっとうすることが重要です。検察の大きな役割の一つは、公務員が義務を果たし、政治家が不正を働かないことを監視し、疑いがあれば、捜査し、起訴することであると思います。

 農水省は、BSEの時もはっきり言って後手に回り、アメリカの圧力に負けもし、国民に対する責任を果たしていない状況でしたが、いまでも、何も変わっていないということでしょう。自分達がコントロールできることですら、責任を果たさないのに、いわんや、業界に対して監視できたりするわけないでしょう。この状況は、彼らに責任感や義務感や仕事に対する誇りや自負がないことを示していると思います。
 業界自体の問題なのかどうかについては、モトケンさんと意見は異なり、特定の業界によるのではなく、昨今の必要なコストを考えず安ければよいという価値観で市場が動いていること、また、社会の一員であるという認識のない企業が株主だけをみて、利益だけあげればよしという行動原理で行動する状況となり、ものをつくることに対しての誇りや責任感が失われてしまったことこそが、元凶ではないかと考えます。

医療問題と絡めた投稿でなくて、畏れ多いのですが。。
まず、モトケン先生がエントリ本文中で述べておられることについては、私も同様に感じております。

ところで、私が今回の事案を耳にして一番気になっている(疑問に思う)のは、「農林水産省の調査能力」についてです。
といっても、文字通り調査の能力(つまり調査担当者各位の能力・士気・使命感等)ではなく、調査する権能(調査権限)の限界について気になっています。

前提として、私は今回のような事案に対する農林水産省の調査権限というものの根拠及びその限界について子細に承知している訳ではありません。
しかしながら、例えば捜査機関の有する強制調査権限、国税の強制調査権限或いは国税徴収法の規定による自力執行権としての捜索手続きのような、一定程度強制力を伴う権限を農林水産省の担当者各位は有していたのかどうか?
仮に任意調査の権限しか有していない場合において、どこまで踏み込むことが許されていたのか?そういう観点からの評価や議論も、農林水産省に対して為されて良いのではないだろうか。このような事を感じています。

私見ながら、農林水産省に限らず一般論として、任意の調査権限(犯罪捜査の目的と解すことが許されない調査権限)しか無い場合、所謂「有無を言わさぬ抜き打ち調査」が必ずしも万事において遂行可能とは言えないと感じています。
仮に農林水産省に通報のようなものが寄せられたとしても、捜査機関に通報するに足りるだけの確度が無い場合、ある程度事前に調査する必要があるとも思いますし、そうした時にそのような権限の限界(或いは人員の限界)との兼ね合いに鑑みると、単に農林水産省を責めるだけで良いのかどうか、考えさせられました。

食用に用いてはならない米を食用米を扱う会社に売った農水省の責任も問われて然るべきです。

動物用の薬を大量に(人間の)病院に売っておいて「まさか人に使うとは思わなかった」と言い訳しているようなものです。(自分のペット用に薬を買おうとしても売ってもらえなかった私怨も混じってますが・・)

連投失礼いたします。

先の投稿処理が終わってみると、BSE 関係の事が投稿されていますが、この点も農林水産省に対して同様の疑問を感じるので、脱線を承知の上でお目汚しを失礼致したく存じます。

国内で初めてBSE感染牛が発生したとき、農林水産省の初動対応が問題にされました。
ところで、当時は平成11年法律第87号(所謂地方分権推進一括法)が施行された後のことで、同法により地方自治法が改正された後の事でした。
そうして少なくとも当時の同法に依れば、食肉検査等BSE対策として必要と思われる行政事務は、自治体の自治事務と規定されていました。また、同法の施行により国と自治体の関係に関する規定が一新され、特に自治事務とされたことに関する国の関与の権限は従前に比して大幅に縮減されていました。なお、食肉関連の事務区分として自治事務と規定された事について爾後において見直された可能性がありますが、子細を存じませんので省略します。

そうした事を前提に、当時(特に初期の段階において)農林水産省が採った対応は、外形的に見て如何にも不十分でしたが、地方自治法等関係法令の規定に照らすと「概ねあの対応が法令遵守すれば限界」と、(少なくとも私の知る自治体担当者の間では)評されていました。
その点をふまえて、単に農林水産省の怠慢と結論づけてしまうと、却って議論されるべき視点が見逃されてしまうのではないか?という事を感じます。

蛇足ながら、件のBSE問題における農林水産省の叩かれ具合を見て、他省庁として「地方分権と言われて権限を委譲したのに、叩かれたり責任を問われるのは権限ある自治体でなく中央省庁である。これでは、恐ろしくて今後の権限委譲なんかやってられるか」的な雰囲気が漂ったとか、、、。

No5 thx-1138さんに誤解を与える書き方だったようなので、追加します。

 私のいうところの、BSEは、最初にイギリスで狂牛病として騒がれた時のことを差しています。上陸する前に、適切な対応をしていなかったと思います。
 食の安全ということは、国の根幹となる大事です。対岸の火事をただ眺めていただけでは、無責任というものでしょう。

> No.6 タカ派の麻酔科医 様

お手数をお掛けしてしまい、恐縮です。
この度は明らかに私の読解力不足でありました、謹んでお詫び申し上げます。最初のコメントの脳内モードで短絡的に解してしまい、お恥ずかしい限りです。

ご貴見に付きましては、「まったくもって、仰るとおり」としか申し上げようがありません。
農林水産省に限らず旧厚生省の問題についても言えると思いますが、海外において発生し国内に影響が及ぶ可能性のある事案に対する対処(事前・事後問わず)の甘さに関しては、弁護の余地は皆無に近いと思っております。

ご教示・補足コメント、ありがとうございました。m(__)m

モトケンさんのエントリ本文の最後にあるこの文章

検察が起訴しそうもない事案については、警察も力が入りません。
ですから医療側としては、裁判所の信頼を今後も傷つけることなく強化していくことがとても重要だと思われるわけです。
本当に重要な指摘だと思います。

今回の大野病院事件の判決によって、裁判所から医療に対する信頼感が示されたのです。その裁判所の示した医療に対する信頼感とは、具体的に何なのか。医療者も被医療者も国民の全ては、裁判所が投げてきたボールを単に受け取りっぱなしではなく、投げられたボールに込められたその裁判所からの信頼感をより強固にして、素早く裁判所(司法)に投げ返すことを考える必要があると思う。

医療者を含む国民が司法に投げ返す信頼をより強固にするボールとは何か。それは医療の専門家が主体となって、医療準則に合致する医療であるかの判定機能をもつ組織機関を設立すること。そしてその機関で誠実かつ公正な判定報告を積み重ねていくことではなかろうか。言わずと知れた「安全調」の設置構想であり、その安全調での疑わしい医療行為の公平な判定報告という結果の提示である。これが今司法から投げ返されているボールではなかろうか。

…ちょっとトピズレですが、ご容赦下さい。

医療紛争解決、裁判ではなく話し合いで…日弁連が全国普及へ
2008年9月9日14時44分 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080909-OYT1T00430.htm

 モトケンさんのこのエントリの主題が、後半にあるのであるとして、本来、医療について監督すべき立場にあるのは、厚生労働省のはずで、医師免許証も、厚生労働大臣の名で出されます。
 ところが、実際には、厚生労働省の技官である医師は、臨床経験がないか、少ないことが求められていたようで、(国立病院の医師は除く)その意味で、医療の質について監督することができなかったと言えるのではないでしょうか?薬剤や医療機械の承認などについても、臨床経験や知識なしには適切には行い得ないと思われますが、知識がないために、成分の違う薬剤でも、おなじような副作用があるかもしれないという漠然とした添付文書の書き換えが行われて、麻酔科医として困った状況にも置かれております。規制緩和前に規制すること、監督することすら十分にできない状況を作ったことは、職責に対して無責任とは言えないでしょうか?安全調査会が機能するものとして誕生するには、本来臨床現場を支えている人間の積極的な関与が必要だと思いますが、どこにも、はっきりとした窓口がない状況では、各学会が提案する意見を集約したものが、唯一実効性を期待できるものであるのかなと思います。

 その一方で、医師側も厚生労働省に監督されたくないと思っていたんじゃないでしょうか。
 業界と監督官庁の協力体制が構築されていなければ、業界の自浄作用は弱まり、結果として刑事の介入を招くことになるはずです。
 もっとも、大野病院事件以降の流れを見ると、少しずつ潮目が変わってきているのかなとも思いますが。

>その一方で、医師側も厚生労働省に監督されたくないと思っていたんじゃないでしょうか。

それはタカ派の麻酔科医先生が書いておられるように,厚労省の技官の資質に問題があるからでしょう.
卵が先か,鶏が先か,でしょう...

 確かに、それはそうですね。
 自分たちより知識や経験に劣る人間に監督されたくないというのは自然な気持ちです。

 とは言え、じゃあ厚生労働省の医系技官が現場の医師並の知見を持っていたとして、その場合に医師側が素直に監督されたかと言うと、正直微妙な感じもします。
 素人の勝手なイメージですが、医師は一人一人が独立した職人であり、監督されることを嫌う印象がありますので。

 また、役所の知見レベルに関して言えば、厚生労働省に限らず、役所が業界の人間レベルの知見を備えているのはむしろ珍しいことじゃないでしょうか。
 役所の人間は必ずしも現場で仕事しているわけじゃないですから。

 役所がモノを知らないなら知らないなりに、業界の人間としてとるべき協力的態度というモノがあるように思いますし、それがあれば、事故調なんて、もっと昔にできていたようにも思います。

医療者としてモトケンさんには何時も感謝してますし、大野病院事件の判
決には心から安堵し、また医療者は過去に縛られるより、今回の判決とそ
の背景を考え、それを今後に生かすスタンスを取った方がよいのではない
ですかという、モトケンさんのご意見には賛同しておりますが、酔いがま
わると悪い癖で、今回のエントリーに関してちょっと一言。

>このブログでは、どんな話題でも医療に関係付けてコメントをされる
>方が多いので先取りしますがこの問題を医療に当てはめると、
と言われても・・・

これは医療に例えれば、医療機器洗浄用の消毒薬、毒性が強くて、当然
人体に直接使用するのは絶対禁止の薬剤を、その事を知りつつも、ただ
安いからと言う理由で人体に使用して、もしかしたら有害事象を起こし
たかもしれないって、そんな事例ですよね。
それでも刑事責任(行政処分を含め)を問うのはけしからん、医師は免
責じゃ、さもなくば逃散だっ!なんて言う医療者は極めて少ないと思い
ますよ。
むしろそんなのはいくらでも罰してくださいって思う人が大部分でしょ。

そんな輩が居るからっていっても、
>つまり、刑事責任の積極追及による一罰百戒効果の発揮です。
>一罰で足りなければ二罰、三罰、百罰です。
って言われると、ほら医師は信用できないだろ、って決めつけて、ごく
常識的に普通に臨床やってる自分たちまで一緒くたにして、二罰、三罰、
百罰だってあるんだぞっ、襟を正せよってな論法は勘弁してほしいなっ
て思います。

>業界の自浄作用
って言われても、ウーーーン・・・
そんな輩は退場処分で結構です。そんなアホな事しでかす同業者が出ない
様に相互監視しなさいですか? 第一、そんな暇ないし・・・
より良い結果を得るためにと信じて為している他者の医療の方法に関して、
もしかしてそれは違うんじゃない?ってのがあればその点に関して議論す
るのはありますよ。ってか、学会でも症例検討会でもそう言う風なやり方
でずっとやってるんですけど・・・

>そうなると社会は伝家の宝刀を抜かざるを得ないわけです。
>法改正による厳罰化も視野に入ります。
確かにとんでもない輩が同業者にいるってことは確かですし、そんな輩を
罰してくださるのは、むしろ普通に臨床やってる自分たちにとってもメ
リットの方が大きいですよ。
ただ勢い余って「伝家の宝刀」を、本来は明後日の方向にいるはずの自分
達にまで向けないで下さいよってことです。

吉兆問題やら、うなぎ問題やら今度の三笠フーズやら、とにかく次々問題
が出てくるから、といって
>農水省と関係業界が、そのような状況を避けようとするならば、業界の
>自浄作用と農水省の監督能力の証明が必要になっている状況だと思われ
>ます。
なんて言われても、真面目に、いえごく普通に食品を扱う業務を行ってる
人達からすれば、連帯責任とれってか?って戸惑うばかりでしょ(想像の
域を出ませんが)。

>この問題を医療に当てはめると、医療に対する刑事司法の介入を最小限
>度にしようと思えば、医療が刑事司法から信頼される必要があるという
>ことです。
>そして、今回の大野病院事件の判決によって、刑事司法の最終判断者で
>あって最高権威者の裁判所(地裁どまりではありますが、警察・検察と
>の関係では明らかに上位者です)から、医療に対する信頼感が示された
>のです。
それはちょっと違うと思います。自己の利益のために違法を承知でやった
行為と大野病院事件を比べられて、「刑事司法から信頼される必要がある」
と言われても、「当てはめ」ようも無いんで戸惑うばかりだと思うんです
けど・・・
こんなトンでもないことさえしでかさなければ、「刑事司法から信頼され
る」のであれば普通の医療者もおそらく普通の食品業者も変な心配しない
ですむんですがね・・・

難しいですね。

結局,司法判断の法理(というんですか?)というのは,究極的には心証である,ということなんでしょうかね? 確かに,私がいつも申しているように,法解釈を曲げたり無茶な判断をしてまでも,裁判官の心証で医療側の責任をひねり出したような判決が散見されます。

で,医療は,その「誠実さ」を重視する判断手法に愛想を尽かしたというか,そういう司法に誠実さを見出させない状況なわけなんですが,医療側から見ると,自らの誠実さを激しく損なっておいて,医療に対して誠実さを求めるというのは,ちょっと虫が良すぎるんでないかなという風にも感じます。

No.15 峰村健司(眼) さん に激しく同意。

これは医療に例えれば、医療機器洗浄用の消毒薬、毒性が強くて、当然人体に直接使用するのは絶対禁止の薬剤を、その事を知りつつも、ただ安いからと言う理由で人体に使用して、もしかしたら有害事象を起こしたかもしれないって、そんな事例ですよね。

最近で言えば、谷本整形の点滴作り置き事件でしょうか。あの事件に関しては、明らかに問題だという意見が多勢を占める一方、警察が捜査するべきではない、刑事で裁くべきではないという意見が散見されます。

しかし、谷本整形事件に関して、医療界内部からの声はほとんど挙がってこない状況です。

医療界内部から再発防止に対して声が上がるのならば、同種の事件が起こった場合は警察としても医療界に任せる方向に行くかも知れませんが、声が上がらない以上は警察が介入する以外の方向はないでしょうね。

私のいうところの、BSEは、最初にイギリスで狂牛病として騒がれた時のことを差しています。上陸する前に、適切な対応をしていなかったと思います。

適切な対応というのは、事後的に観て、具体的にはどのような対応ができたとお考えですか?

 酔いが醒めてからもう一度読んでくださいね。
 極端な反面教師を示しただけですから。

 私も酔ってますから少し棘があるかも知れませんよ。

>そういう司法に誠実さを見出させない状況なわけなんですが,

 ここで言う「司法」というのはなんですか?

 古株常連の峰村さんからこういうコメントが来ると、やってられんな、という気になりますね。

 農水省が同社の立ち入り調査に着手したのは8月29日。1週間前に「三笠フーズが事故米穀を食用に横流ししている」という情報提供を受け、福岡県筑前町にある同社工場などを同県と合同で立ち入りに入った。  しかし、同社側は事故米穀の食用転用を真っ向から否定。非食用に業者に出荷したように装った虚偽の台帳や伝票まで提出した。  こうした台帳や伝票を農水省担当者らが調べ、「虚偽の販売記録ではないか」と問いつめたところ、ようやく同社は本物の台帳を提出。それでも言い訳を繰り返し、不正転売を認めたのは4日になってだった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080905-00000975-san-soci

三笠フーズのやり方は非常に悪質であるため、なまなかな事ではしっぽを掴めないなと思います。このような事を暴き出すためには、警察同様の、犯罪者と決めつけて調査を行うような姿勢でなければ、真相は追求できないと思います。


さて、平常の立入調査に関して、厚労省とか農水省が「悪事を働いている」と決めつけたような調査を行うのであれば、強い反発をうけるのではないでしょうか。反発を抱かず、このようなやり方を許容するのであれば、官庁レベルでも適切な調査を行えると思います。

私は酔っていないのですが,それでも上手くお伝えできるかどうかわかりませんが,

私の言うところの「そういう司法」は,その直前に記した『「誠実さ」を重視する判断手法』を行使する司法,の意味であり,モトケンさんが言われるところの「信頼感」によって判断する司法であります。

私はこれまで司法は,法律的手法に則って法的判断を下すもの,少なくともそれが最大の使命であるように思い込んでいたので,最近の「誠実さ」をキーワードとする司法論(というのかな?)にはいささか違和感を感じ,また未だに得心していないところなので,一言申し上げました。

 法学を学んだ者としては、医療業界の方々(私の命を2度も救ってくれが業界の方々)の「一部の方」の法学への無知と偏見は、福島地検の起訴の医学の無知蒙昧さと同レベルなので、極めて残念です。「法学」という文学部の高卒直後の一般教養レベルでも不可(不合格)のレベルで、あまりに不勉強過ぎます。
 もう少し自己の不勉強や知識不足に謙虚になられてはと思います。攻撃したい心理や不信感をもつ心情は痛いほど分かる私ですが。
 科学を使命とする職業のプロ意識に省みることを希望します。暴言多謝 m(_ _)m

 結局、揚げ足を取られた、という感じで残念です。

 私は、大野病院事件判決は、加藤医師の誠実さが裁判所に通じた判決ではなかろうか、という私なりの感想を述べました。
 それを

 医療側から見ると,自らの誠実さを激しく損なっておいて,医療に対して誠実さを求めるというのは,ちょっと虫が良すぎるんでないかなという風にも感じます。

というように理解されたということを知って、悲しくなりました。

 はっきり言って、「勝手にしろ!」という気分です。
 
 医療側でどうぞご自由に判決を理解してください。
 そして、これからも起訴にびくびくしながら仕事をしてください。
 私はせいぜい医者の世話にならないように気をつけます。

しかし普通は,自分の業界に関連した法律を勉強すれば足りるものだと思うのですが(医療なら,医師法,医療法,e.t.c....),ここでも医療者に対する過剰な要求を見ている気がします。

 そして、これからも起訴にびくびくしながら仕事をしてください。

率直に言って、これは誤解を受けかねない発言だと思います。仰りたい事は分かるように思うのですが、別な意味に解釈される余地をたくさん残しているように思うのです。

 以下は国家公務員の弁解と笑ってください。
 一般行政機関は、公務員削減が効を奏して、一般通常行政事務を普通にこなす程度のマンパワーしかありません。重大犯罪や不祥事があっても、それに対応する人材どころか出張予算も検査予算もありません(マジです。法律上は権限があっても、全国を数名でカバーする部署ならなおさらですし、地方自治体に権限移譲したのに、地方自治体の検査の怠慢を国の中央省庁が問われては、地方分権の自殺となります。
 苦しい胸のうちをわかってください。不祥事と食品偽装は全国に発生しますが、マンパワーも予算も足りません!というのが某省庁の本音だと思います(ハタから見て。大きな政府か小さな政府か、それに見合う人材と予算か、刑事司法警察権限のような司法令状に基づく強制調査権は、公正取引委員会や証券取引監視委員会など限られた機関しかありません。
 あくまで比喩ですが、医療事故(相撲取り事故)が発生するたびに日本医師会(日本相撲協会)の監督指導責任を問うマスコミ論調と似ていると思います。m(_ _)mあくまで比喩です。

 だから、棘があるかも知れませんと言ってるでしょ。
 誤解するなら勝手に誤解しろ、という気分なんですよ。
 一生懸命説明しても誤解されてるんですから!

木を見て森を見ず。
年間1000件の医事関係訴訟の一部だけを切り取って、司法の誠実を語るのは、事故の隠蔽やらリピーター医師だけを取り上げて医療の誠実を語るようなもの。

司法も医療も大半は正しい判断をしているし、そもそも過去に生じた問題に対する反省から様々な努力を行って改善策を講じている。その片鱗が福島の判決であったり、病院の情報公開の推進であったりするわけで、そこを認めずに対決構図に持っていったら怒られますよ、そりゃあ

いやぁ,でもモトケンさんも,「たった一つの不誠実な医療行為が,全てを台無しにする」という趣旨の発言をしてたでしょう。

相手の厳しさに合わせて,私も厳しいだけです。

また,どれだけ説明しても理解されないのも,医療業界は散々味わっていることです。この程度で切れられても,切れられてもまた努力していくしかないんでないですかね。

社会維持装置としては上位に存在する司法が,まず規範を示したらいいのに,と思います。

>いやぁ,でもモトケンさんも,「たった一つの不誠実な医療行為が,全てを台無しにする」という趣旨の発言をしてたでしょう。

 どこで言ってますか?

誤解するなら勝手に誤解しろ、という気分なんですよ。 一生懸命説明しても誤解されてるんですから!

話が通じあっていないのは分かりますが、これは文章のやりとりの限界なのではないでしょうか。また、私個人も、確かに、刑事訴訟の「信頼」と言うのは聞き慣れないキーワードであり、理解出来たのかどうか難しいです。

「誠実な医療を心がけている医師には、その誠実さが裁判官に伝わるものである。誠実な医療を積み重ね、裁判官が医療界は誠実なものだと認識するようになれば、検察は介入しにくくなる。従って、誠実な医療を行う事が、刑事介入を減らす事に繋がる」と言う解釈でよろしいでしょうか。

誠実な医療の重要性」エントリの,

 しかし、多くの医師が長い時間をかけて積み重ねた医療の誠実さへの信頼も、一人の医師・病院の不誠実な医療行為、その後の隠蔽工作などによって、すべて瓦解しかねません。
です。

 私なら医療従事者に命を救ってもらった恩義があるので怒りはありませんが、一人の法学徒として、「医療関係者(&航空従事者)の一部」の法学無知不勉強のひどすぎは、…(公序良俗に反するので自主検閲)…と思わざるをえなくなるときもあります。
 せめて、最低限でも、民事と刑事の区別くらい普通に学んで欲しいですし、No.29 ろくろくび さん 御指摘の通り、リスクの統計処理を前提に議論されてはと思うと残念です。
 過剰な期待だ(No.25 峰村健司(眼) さん)と開き直るのは、発言自体は表現の自由(憲法21条)でとやかく言いませんが、福島地検を医学無知と攻撃する前提の放棄とみなされますよ(福島地検に過剰な期待を強要するのは貴方にはおこがましい)。人を攻撃弁明するときは同様の理論が帰ってきます(ブーメラン)。科学的に謙虚であれ、というのはそういうことです。

>しかねません。

のニュアンスをどう理解してますか?

福島地裁判決によれば福島地検の杜撰さは,福島地検の主張するとおりにすれば死に至らしめることはなかったことの証明がなされなかったという,医学無知以前の立証の杜撰さでした。これを責めることは医学とは直接関係ないと思います。

人を攻撃弁明するときは同様の理論が帰ってきます(ブーメラン)。
これは,医療界から法律家に投げられたのか,あるいはその逆なのか… どっちともいえないということでしょうかね? 私は法律家からブーメランが飛んできたので,司法批判を通じてその逆をやっているつもりです。本当はこんなこと,やりたくないですね。司法に対して「科学的に謙虚であれ」と。

私自身は,現在の警察検察に特に怯えていないというか,事故調をあわてて作る必要は無いとも思っていることは以前にも書いていますが,そのように思えるに至ったのは,2年くらいで医療訴訟などについて必至に学んだ成果だと思っています。こう言っちゃなんですが,僕ですら一所懸命に勉強して2年です。モトケンさんが「医療の誠実さが通じる」と力説されるお気持ちはわかりますが,それだけで普通の医師が私のような境地に達する可能性はあまり高くないのではないかと想像します。

しかし,そのような法律に疎い医師でも,普通に仕事ができる環境が作られなければ医療は崩壊に進むわけで,そうなると咄嗟には理解しがたい「誠実さ」をキーワードとした司法論だけで,全体を何とかしようという目論見は,ちょっと甘いように思えるのです。

モトケンさんが仰る「信頼感」によって判断する司法とは、「法解釈を曲げたり無茶な判断をしてまでも,裁判官の心証で医療側の責任をひねり出すような」司法とは違うと思います。

峰村さんの問題意識は分かっているつもりですが、このスレであえて議論するような話ではないと思います。

「裁判官の心証で医療側の責任をひねり出したような判決」が出て、その判決のエントリーが作られた際に発言した方が、深い議論ができるかと思いますが。

 横レス失礼します。m(_ _)m

>また,どれだけ説明しても理解されないのも,医療業界は散々味わっていることです。この程度で切れられても,切れられてもまた努力していくしかないんでないですかね。

 無罪判決が出るたびに、早くも戦前から検察はボロクソに叩かれまくってきたという歴史があります。戦前の裁判官から漢詩を引用されてまで「空中楼閣」と指弾されてきています。それに耐えて戦前か忍従に忍従を重ねてGHQからも攻撃され続けながら日本の治安を守るとの思いで(以上は伝聞)、今のシステムまで青息吐息で来たのが検察でしょう。
 それに対し、医療はどうだった?でしょう。先人の血の滲む思いで医療に携わってきた方の社会のため、万民のため、天下国家のため、という尊い、そして天下に誇れる日本の医療現場の御苦労を忘れていませんか?
 野口英世先生が受けた医療に対する予断と偏見と呪術的な一般人の誤解に、わが身を見比べてみてください。医療業界の予断と偏見と無知呪術にさらされる裁判官、検察官、弁護士(以上法曹三者:司法側?)の不快感がわかると思います。

ニュアンスというのかわかりませんが,「する可能性がある」という意味に捉えましたが…

 たびたび横レス失礼します。m(_ _)m
>ニュアンスというのかわかりませんが,「する可能性がある」という意味に捉えましたが…

 そういう立論は某部外弁護士が医療関係者を「可能性」だけで攻撃する理屈と同じです。よろしくないと思います。論理学でいっても「可能性論はいつでも成立するから論評に値しない」というキツイてーぜを思い出してください。
 「点滴に…(自主検閲)…の搾り汁混入の可能性」なんて言われてたら、私はもちろん、ドク・ナス・コメ・事務屋が一致して激怒しませんか?

>しかし,そのような法律に疎い医師でも,普通に仕事ができる環境が作られなければ医療は崩壊に進むわけで,そうなると咄嗟には理解しがたい「誠実さ」をキーワードとした司法論だけで,全体を何とかしようという目論見は,ちょっと甘いように思えるのです。

 感情論としてお気持ちは痛いほど分かります。福島地検の起訴と福島地裁の判決については、主治医とアケスケな議論を重ねましたから。お気持ちにウソいつわりはないのも熟知できます。
 それでも↑のコメントで延々と申し上げたとおりなんです。相手の非を鳴らしているだけでは生産的な議論に発展しません。これまで書かなかったですが、このブログでの医師の感情論を読んで猛反発されている法曹三者が多いことを明記されてください。
 曰く、「理性的な判断能力が停止して呪詛の世界にドクターが陥っている」「こいつらホントに医師か?医学を修めたプロというよりは小学生レベルの感情的反発じゃねーか」「過失犯の勉強してない法学無能レベルで、本当に現職の医師だったら…(自主検閲)…」…。
 法学徒を含む法律屋は、科学的論理的思考が停止した感情的意見をもっとも嫌います。それは何故かというと、法学は(意外と思う方も多いかと思いますが)感情を取捨した理性で成り立っている学問・科学だからです(個別のアホ裁判官の誤判はおいてください)。特に弁護士先生は、ナマの感情論が案件を紛糾される素だとご存じだからです。
 こういう現場感覚や法学実務をぜひ医療従事者の皆様にご理解いただきたいと思います。そうでないと、「日本医師会の意見は現場の苦労がわかっていない空文だ」という見解が、一般社会ではそらぞらしく聞こえてしまう(ダブスタとか、お前がいうなとか、エエトコドリシーとか)という危険が高いからです。
 これだけはぜひご理解ください。感情的反発や意見は怨念や再反発を生み、百害あって一理(一利)なしで、医療従事者を不幸にさせるだけですから。お疑いなら、某部外弁護士のブログを全部通読されるとよいと思います。某言多謝。m(_ _)m

横レスすいません。

検察のご苦労と医療の先人達との対置、違和感があります。

刑事裁判と医療では、物事の性質も違えば結果の出て来方もまるで違います。裁判であれば、解釈の余地は残れど、日本語で、確定的な結論がとりあえず明示されます。
一方の医療はどうでしょう。白とも黒ともつかないことばかりじゃないでしょうか。もちろん、肺炎が治ったとか癌で死んだとか、そういうのは抜きです。
医療のような性質の問題で、白黒つけようとする、或いはしなければならない要請があり、一方でそれは無理だと感じる現場の人間があり。そこに問題の根っこの、少なくとも一部はあるんじゃないでしょうか。

まとまりなく申し訳ないです。

>法学徒を含む法律屋は、科学的論理的思考が停止した感情的意見をもっとも嫌います。
>これだけはぜひご理解ください。感情的反発や意見は怨念や再反発を生み、百害あって一理(一利)なしで、医療従事者を不幸にさせるだけですから。

激しく同意です。
しかし、医者一般に関して、不勉強といわれればそれまでなのですが、言いたいことをうまく言葉に出来なかったり、法律家に向けての意見に出来ないことがありうることも、またご理解いただきたいところです。
ここのような場所であれば、もちろん発言者にそれなりの水準を要求されても仕方がないとは思いますが。

確認事項1.アルコールの適量はエタノール換算で約20g/日と言われています。ビールなら350ml、日本酒なら1合、ワインならグラス1杯です。(男性は女性よりもアルコール耐性が強く、これの2倍まではOKとされています。生理的な代謝の差であり、女は飲むなという性差別ではありません。私は性差別容認論者ではありません、むしろ逆です。)肝臓がこの量のアルコールを代謝するのには約3時間かかります。お心当たりの方は、アルコールが醒めてからお書き込みくださいますようお願いいたします。
確認事項2.司法界(検察官・裁判官・国選弁護人・開業弁護士)も医療界(公務員医師・私立病院勤務医・開業医)も、一般人とは異なった倫理観を要求される「プロフェッショナル」です。「李下に冠を正さず」的な不自由さのつきまとう職業です。お互いに尊敬しあうのが当然です。酒の上、という言い訳は、一般人同様、当然ながら通用しません。
確認事項3.なおかつ、どんな職業集団でも、統計的には約5%は適性に欠ける困った同業者が現れるので、そのたびにマスコミに叩かれ、イメージ回復にこれ努め、・・・・の繰り返しです。これは或る意味、避けようのないサイクルであり、権力が事実を隠蔽していない健全な証拠でもあります。
確認事項4.マスコミは、これらの汚点を報道する社会的責任があり、ジャーナリズムの批判精神は民主主義の根幹の一つであり、表現の自由と報道の自由は司法や医療の権威に負けてはならないことも当然なことです。つまり、ジャーナリストもプロフェッショナルな職能集団です。
確認事項5.しかしながら、わざと統計を無視したセンセーショナリズムで、司法や医療のような貴重な社会の公器を必要以上に悪し様(あしざま)に書き立てる質の悪いジャーナリズムも、統計的には約5%存在します。このような悪質なバイアスのかかった報道は批判されて当然です。
(以下堂々巡り)
過去において、医療界も「どうせ素人にはわからない」「ばれっこない」という不遜な態度が一部に(たぶん5%以上)あったことは事実ですが、おかげさまで外部からずいぶん矯正していただき、また、もともと自浄作用も機能しうるインテリジェンスの高い職能集団でもあるので、かなり改善してきている途上にあり、方向としては逆戻りはありえないと思います(自らを買いかぶりすぎでしょうか?)。それでも「医師の半分は平均以下」という統計学は厳然としているので、常に、患者の「非現実的名医待望」を裏切り続けるわけですが。
食料品業界の不正・隠蔽体質も、報道をきっかけに、外からの強制と自浄作用とで改まっていくでしょう。
結論:悪事やその隠蔽は割りにあわない、Honesty is the best policyということ。「誠実さ」が勝つのです。チャンチャン。

初めて書き込みさせていただきます。皆様の議論からいつも学ばせていただいています。いろいろ不慣れな点、ご容赦下さい。

モトケン先生は、こうおっしゃいます。

>多くの医師が長い時間をかけて積み重ねた医療の誠実さへの信頼も、一人の医師・病院の不誠実な医療行為、その後の隠蔽工作などによって、すべて瓦解しかねません。
>今回の大野病院事件の判決によって、裁判所から、医療に対する信頼感が示されたのです。
>医療側としては、裁判所の信頼を今後も傷つけることなく強化していくことがとても重要だと思われるわけです。

 今回の判決は、プロが全力で下した判断は、教科書の指示に優先するとして、加藤医師の行った医療に対する信頼を示したものだといえます。しかし医療(業界)に対する信頼とか不信感を判決文はもちろん云々しておりません。そのような色眼鏡を交えずに正当な(当然の)判断を下した。だから加藤医師と同じような姿勢で医療を行い、同じような立場に置かれている医師たちは判決に喜んだのだと思います。
 あえて素朴な意見を述べさせてください。正義の女神は目隠しをして天秤を持つのでしょ?業界に対する信頼感、不信感などという色眼鏡が一個人に対する裁判判決を左右しないこと、これこそが司法にたいする信頼の源泉ではないですか?

>業界の底なしの偽装体質があらわになってきたにもかかわらずそれに対する行政の監督が期待できないのではないかという状況があるのであり、そうなると社会は伝家の宝刀を抜かざるを得ないわけです。
>つまり、刑事責任の積極追及による一罰百戒効果の発揮です。 一罰で足りなければ二罰、三罰、百罰です。

 医療にせよ食品業界にせよ、IT業界にせよ、誰かをその人個人としてではなく、「業界」なるものを懲らしめる為の生贄にする国策刑事裁判について、あまりにも自然なことのごとく語られる今の風潮に恐怖を感じます。
 医師は裁判所に召喚されるとき、業界懲罰の生贄となる覚悟を迫られるのでしょうか。それが今の現実かもしれません。実に恐ろしいことです。

 今回の大野事件裁判の判決は、あの裁判官は誠実に審理したと思います。しかし医療と司法が異なるのは、信頼できる医療者個人を見つければ、フリーアクセスで信頼して医療を受けられるが、信頼できる裁判官、検事、警察官個人をあちらこちらに見つけたとしても、彼らを指名して信頼して裁判を受けることは出来ないということですね。しかも検察・警察は組織としての意思を持って動きます。司法という業界こそ業界に対する信頼が生命線だと思います。このブログに見られる医療関係者と司法関係者の議論のすれ違いはそのあたりの感覚の違いから来るのかもしれません。
 法務業の末席さんがおっしゃられるように、医療に対する医療界独自の調査監督機関を設置して内部を統制し、自浄機能を発揮しているところを示して対外的には司法に出来るだけ立ち入らせないようにするという、内向き外向きの統治のできる機構を作るべきかもしれません。でもそれだけの医療専門家のマンパワーはたぶんないのかもしれません。

 医療業界なるものを措定して、それに対する不信とか信頼というものを基点に議論すると不毛な対立と多くの擬似問題に足をとられるように思います。今は医療をする個人はいるが医療業界なるものはないという状態なのかもしれません。
 当たり前すぎる言い方ですが、業界に対する不信とか信頼とかの色眼鏡を外して、個人と向き合うことはできないものでしょうか。

 当方は卒試真っ最中のため、このコメントに反論、お叱りをいただいてもなかなか応答できませんがなにとぞご容赦下さい。長文失礼しました。

> みなさま

エントリの後半部分が主題とすれば、導入部にあたる前半部分に焦点を当てた、流れを無視した投稿をお許し頂ければ幸いに存じます。

> No.21 しま 様のご見解を拝読して、呟いてみたい独り言。

今の農林水産省に対する報道の論調を見て私が思うのは、要するに農林水産省に不正や犯罪行為の発見・処分を求めているように感じます。しかしながら、それは捜査機関の専権事項であって、農林水産省の権限ではない(法令上決して踏み込んではならない)領域と思われます。

何等かの不正や犯罪行為を疑わせる通報を受けたとしても、確度が低い段階ではいきなり捜査機関に通報する事は通常行政組織は行いません。なぜなら、仮に事実無根であった場合、行政組織の過誤によって当該事業所を消滅させ、雇用を奪う可能性を考慮するからです。
となると、相当程度の確度の裏取りが為されない限り捜査機関への通報はしない、つまり相当程度の確度を得るための調査権限の発動という方針が検討されます。しかし(特に今回の事案のような場合)相当程度の確度を得るための調査活動が、それ自体捜査活動となってしまい、当該行政組織の越権行為(法律違反)に相当するというある種の矛盾を考慮しないわけにはいきません。
捜査機関や「○○署」と名の付く行政機関以外の行政組織に与えられる調査権限は、通常は相手方の同意に基づいて各種資料の提出を受け、閲覧をし、質問を行うのが限界です。今回の事案のように、外形的に正当な扱いをしていることを装う資料の提出を受け、例えば裏帳簿等の所在を否定されてしまえば、それ以上追求する権限は無いと現場では解される筈です。それ以上踏み込んで追求すれば、捜査活動に該当する可能性もあるからです。グレーであっても、相手の協力無くしてシロクロを判断するだけの強制力を有さないという、「署」ではなく「所」である事の限界です。
なお、所謂「抜き打ち検査」であっても、相手方の同意を得ずして強行すると、強制調査権限を持たない組織による強制調査に該当しかねず、これまた当該行政組織の越権行為(法律違反)に相当するというある種の矛盾を考慮しないわけにはいきません。

> No.27 ハスカップ 様のご見解を拝読して、呟いてみたい独り言。

法制度を企画・立案する部署の方にとっては、法令を創ってしまったら(条文に権限を書き込んでしまったら)、仕事は完結しますからねぇ。
現場の人間としては、いくら形式的に法令上に文言が記述してあっても、その実効性を担保するための人員と経費(=予算)を確保していただかなければ、何も出来ない訳ですし。
昨今、何かあると「行政は何をしている」「権限を強化しよう」「対応を強化しよう」という声が、政界中央や報道組織から提起され、中央官庁からも対応を強化するよう通知されるのですが、一方で「人員削減」「予算削減」という矛盾する命題が同時進行しているのですから、法令の実効性を担保すべく実働するヒトとカネがある筈もなく。

社会全体の方向として「時として過剰な事前規制」から「事後監視・事後規制」に転換してきましたが、現場で必要とされるマンパワーは前者より後者が絶対的に多くなる筈です。ところが、日本の行政組織は「事前規制型行政」に適した形で法令上も実体上も整備されて来た事に加え、公務員削減が進行しているのですから満足な「事後監視型行政」など出来る筈もなく。
つまり、「あちこちにあれこれ金と口を出す割に、実働組織は充実していない」状態で行政組織が整備されてきたわけで、欧米各国と比しても人口辺りの公務員数は圧倒的に少ないにも拘わらず、政府の規模は圧倒的に大きく感じられるという齟齬の要因の一つがその辺りにあるのではないかな?等と思います。

法曹界の方に限らず、行政組織で法令の執行を実務としている方にとっても、論理的思考が停止した感情的意見は苦手なのだろうと思います。法令に従って淡々と事務を執行することが求められる立場と、感情論で訴えかけてくる立場とでは、水と油のようなもので親和性が低いと思われますので。通常、行政機関の柔軟な対応というのは、このような場合には通常と異なるこのような扱いをしても良いという規定に基づく、基本的に予め定められた柔軟性によるものですし。

私も、峰村健司(眼)さんと同じ読み方をしました。

> No.42 pede 様

ハスカップ様の対置をそういう視点で解釈されるのは、おそらくハスカップ様があのような対置を用いられた本来の意図とは違うのではないかな、、、と思います。
私の勝手読みかも知れませんし、上手く説明する力量はありませんけれど。(ボソ;

ところで、自浄作用を持っている「業界」というのは具体的にどんなものがあるのかな?
警察や検察は「業界」というよりも、ひとつの大企業だし。

今回の食品偽装の問題では、具体的にどのような方法での自浄作用(強制力を持った)を「業界」に期待できるのかな?
弁護士業界は自浄作用があるようですが、法的な強制力の裏づけがありますから例外的な「業界」と言えると思いますが、大半の業界は強制力は持ち合わせていませんし。

ほんとうは、多くの「業界」にとって「自浄作用」というのは幻なのかもしれません。

昨夜寝る前にチラッとここを覗いてNo.14まで読んで寝たんですが、起きて見るとえらく伸びてるのでびっくりしました。

私が思いますことは福島大野病院刑事裁判事件は医療事故ではないものを刑事裁判した事件ということです。

よって医師無罪判決は医師個人に対して医師としてなにかを向上させよという訓示を行うものではなく、福島地検の捜査不足を訓示的に指摘していたと思います。要約された要旨を読んだだけですが。それでも刑事判決が心証主義でなく、訓示で別に書くべき内容を判決本文に含む教条主義で書かれていないかどうかと言う疑問は残るので、判決全文を待っているのですが。

8月20日以降、無罪判決のみで控訴もあり得る未確定の段階で、医療事故に対する警察の捜査は慎重に謙抑的に行うという異例の警察庁長官談話が報道されましたので、医師側は今後少なくとも警察に不穏当な捜査介入を受ける心配は殆ど抱く必要がなくなったと思っています。

つまり事故調の結果犯罪の疑いがあれば病院側はそれ以上関わるのを止めて、すべて警察の捜査にお任せできるということになろうかと思います。

いっぽう、検察は控訴断念を発表しましたが、当の会見では捜査法の誤りと起訴したことの誤りを認めませんでした。ということは控訴断念後の今後も検察は医療事故に対して大野病院へ介入した同じやり方で捜査起訴介入するぞと控訴断念会見で宣言したのだと受け止めました。

報道された判決要旨には検察の誤りを暗示するような書き方だったように思いましたが、判決全文では違うのでしょうか?

やはり、判決全文が公開されるまではここのエントリーの議論も結論を出すことはなかなか難しいように思います。

ということは控訴断念後の今後も検察は医療事故に対して大野病院へ介入した同じやり方で捜査起訴介入するぞと控訴断念会見で宣言したのだと受け止めました。

このような受け止め方は、判決後の各組織の責任者の発言を総合してみると、明らかに誤った認識であることは、このブログ内の記事を一瞥するだけでも容易に理解可能なはずです。

ので、このような言説を信じる方がただの一人も出ないことを祈ります。

 既にfuka_fuka さんのコメントがありますが、

 要するに、私の認識はまったく信用できないものであるということですね。

>それでも「医師の半分は平均以下」という統計学は厳然としているので、常に、患者の「非現実的名医待望」を裏切り続けるわけですが。

ペストさん,
これのどこに問題があるのでしょうか?
医師の技量に限らずすべての物事について,分布が正規分布に近い場合には「必ず,平均の半分は平均以下」というのは数学的真理です.
「平均」というものを考える限り必ずそうなるわけで,大切なことは「必要とされる技量がどの程度」であり,それを超えている人間がどのくらい存在するか,ということではないでしょうか.上記文章はそのものが意味を成しません.

ところで,
「業界に対する信頼感」というのは結局,外から見た場合「一生懸命やっているようにみえる」とか「結果がまずまず思った通りになっている」とかいった非常に主観的なものにしかならないのではないでしょうか?
そしてそれを形成するのは各個人の経験と「マスコミ」の作り出すイメージになってしまうと思われます.「医療」にしても「裁判」にしてもその中身の本当のところは「同業者」しか適切に判断できないと思うからです.

それでも「医師の半分は平均以下」という統計学は厳然としているので、常に、患者の「非現実的名医待望」を裏切り続けるわけですが。

ペストさまは、この1文で 「一般的な患者の期待というのは往々にしてそのような不合理なものだ」 という指摘をしたのだと思いますので、Level3さまの批判は噛み合っていないように見えます。

そしてそれを形成するのは各個人の経験と「マスコミ」の作り出すイメージになってしまうと思われます.

この点は同意です。
モトケン先生の言われる「一罰百戒」も、マスコミ報道次第の側面が大きいと思います。
なので、「同業者が判断したその中身の本当のところ」をどうやって大多数の非同業者≒一般国民に伝えるかといえば、マスコミを「うまく」利用する以外にないはずだと思います。

>>No.52 モトケン 先生
>要するに、私の認識はまったく信用できないものであるということですね。

ぜんぜん違います。
モトケン先生を弁護士さんとして深く尊敬いたしております。だからこそここに法律について自分の素人考えを書かせて頂いております。
モトケン先生のご認識はモトケン先生ご自身の認識であると私自身は信用いたしております。

先生は私が無罪判決控訴断念から受けたNo.50の認識
>私が思いますことは福島大野病院刑事裁判事件は医療事故ではないものを
>刑事裁判した事件ということです。
を法律素人の私個人の認識としてここに書いたものであるとご信用いただけますでしょうか?

No.50の書き込みは現時点の私の個人的な認識を書いただけであって、別にNo.51 fuka_fuka さんがおっしゃるような間違った言説を敷衍させる意図など毛頭ございませんが、その私の認識をもしモトケン先生ご自身ご信用いただけないのであれば、ブログ主として私が信頼するモトケン先生のご裁定にいちコメンターとして異を唱えるつもりはごうもございません。敬具

>「医療」にしても「裁判」にしてもその中身の本当のところは「同業者」しか適切に判断できないと思うからです.

 両方に軸足がかかっている(あと入院患者の軸足もあって)私も痛感しており、禿同です。m(_ _)m
 ことの良し悪しは別として、現実に現場を踏んだものでしか分からないことは多々あると思います。
 某弁護士さんが奥様を殺害されて遺族となったとき、「被害者や遺族が刑事手続きで置き去りにされていることが初めてわかった。弁護士を30年やっていても分からなかった。」として、被害者保護立法の運動を始められて、被害者通知制度に始まり数度の被害者保護立法の制定改正に至ったことが、その典型例だと思います。
 私が死の手術代に登るときも、担当医、放射線科医長、婦長、担当看護婦(今は看護師)、コメディカルの方々の「何気ないような一言」や笑顔やジョークにずいぶん心が救われました。m(_ _)m

No18
かなり遅くなりまして、すいません。
 適切な対応というのは、あの時点で、肉骨粉の輸入の有無などをきっちり調べ、管理するべきであったろうということです。少なくとも、日本での発生については、防止できたかもしれません。

No.27 ハスカップ さん

国家公務員の弁解は、私にはよく理解できます。予算の金額面の削減だけが重要となることが多い。「三方一両損」という訳の分からない論理が人気を集める。最も、このように考えた人は、自分は医療崩壊があっても、最高の医療を受けられる見通しを持っていたのだろうと想像しますが。

No.41 ハスカップ さんは、

法律屋は、科学的論理的思考が停止した感情的意見をもっとも嫌います。それは何故かというと、法学は(意外と思う方も多いかと思いますが)感情を取捨した理性で成り立っている学問・科学だからです

と書かれていますが、法律屋のみならず、ほとんど全てに当てはまると思います。

科学的論理的に考えるべきです。出張予算も検査予算も人材も必要なものは必要である。旧式の武器を持たされ戦場に追いやられた旧日本軍の兵隊を再生産してはならないと思います。

>国家公務員の弁解は、私にはよく理解できます。
>旧式の武器を持たされ戦場に追いやられた旧日本軍の兵隊を再生産してはならないと思います。

 ご理解いただけてうれしいです。国家のみならず地方公務員も同じです。…(つД`)グスン
 人は削られる、予算も削られる、ポストも組織も削れられてやせ細り……で、増えるものが1つだけあります。それは新規法令や改正規定や改訂組織規程に基づく「仕事」です。o(;△;)o
 でも、国家予算の4割が借金というサラ金地獄自転車操業の国家財政を熟知しているだけに、予算担当者も「ない袖は振れない」ので、残業手当カットやベア凍結(昨年度は戦後初めての賃金減額!)、備品消耗品の事実上自腹購入、コピーの裏やファイルホルダーの使い回し……という民間と同じ工夫(苦労)でしのいでます。
 それでも整理解雇や倒産失業におびえることがないので、公務員はサラリーマンとしては幸せな方だと思い(思うことにして)ます。m(_ _)m

 

それでも整理解雇や倒産失業におびえることがないので、公務員はサラリーマンとしては幸せな方だと思い(思うことにして)ます。

銚子市民病院の職員は

今月末で医師、看護師ら190人が分限免職(整理解雇)されることになっている。

ようなので、公務員もこれからは安心できないのでは?(優秀な事務方は、市の他施設へ異動するだけでしょうが。)

トピズレコメント、ご容赦!

それでも整理解雇や倒産失業におびえることがないので

社会保険庁職員は、事業所閉鎖による整理解雇の危機にありますが…

アリャマ、 田舎の消化器外科医 さんに先を越された。

続けて、脅かすようで恐縮です。

ハスカップさんも十分ご存知だと思いますが、北海道には夕張市というところがあるのですが、それはそれは・・

こちら(民間)側にいらっしゃいますか?

>No.60 田舎の消化器外科医 さん
>No.61 法務業の末席 さん

 御両人が御指摘される点が頭にあったので
>思い(思うことにして)ます。m(_ _)m
と自分に言い聞かせる丸カッコ書きを付記したわけです。
 実はいま、私の昔の上司が、勧奨退職年齢(定年)前なのに、「無XX」を理由に自主退職を要請(強要)されています。('A`) 法律上は「自主退職(依願免官)」は個人の自由で、「要請」は「勧奨」と同義な公務員人事用語(業界用語)なので、そういう合法的な法形式をまとえるからです。整理解雇という「分限」だと、職員組合が抵抗するからです。(T_T)
 「独法化は大量削減の手段」というのは、古くは国鉄民営化で国家が学んだ人事政策かもしれません。あのときも再雇用形式でXX排除が(ry_| ̄|○
 とぴズレの愚痴スマソです。m(_ _)m

脱線ネタにて失礼いたします。

> No.63 ハスカップ 様

投稿を拝読いたしましたら、No.46 の拙コメント後段に書いたことを、改めて強く思う次第です。
独法化に関しては、形式的には組織の改廃は公務員法において適法な解雇事由ですし、独法化となると雇用確保の義務は一定程度果たされたと解されるのでしょうね。

 夕張市なら縁もゆかりもあって今回の騒動は詳しく裏の裏まで知っています。m(_ _)m
 道内の自治体は、道内人口移動で札幌市が一人勝ちして後は…(T_T)…なので、そのうち、道産子とは、産科閉鎖の続出により道端で自生した子が多いから(T_T)になるやも知れずで(トホホ。
 ちなみに、ハスカップとは、アイヌ語で「ハシカブ」に由来する不老長寿の秘薬(薬事法違反w)で勇払平野に自生してますから(爆。

 ご指摘のとおりで、そういえば、昔の自治省が密かに問題としたのは、第三セクターを無能な公務員の墓場としている自治体が多かったことです。厄介払いというか、縁故採用働かず職員を出向させて……。
 第三セクターが「民間活力の導入」とならず「役所の非効率という伝統文化の承継」が多かったのもこのあたりに原因(ゴホッゲホッ。
 脱線ネタ愚痴ネタ連投でスマソです。m(_ _)m

問 下記○○には何が入るか。

「今は昔、神しろしめす蓬莱国に国立○○てふものありけり」

病院でも大学でも統計研でもなんでもありです。次の世ではsetq(○○, 音大)という人生を歩みたいなあ。

すれちがい orz

>ペストさまは、この1文で 「一般的な患者の期待というのは往々にしてそのような不合理なものだ」 という指摘をしたのだと思います

fuka_fuka先生,
すみません.つまり,「患者の要求はいつでも最高レベルを要求するという不条理なものである」という意味ですね...

最高レベルを要求するのは、ある意味当然なんですよ。自分の体、自分の命ですからねえ。

でもそれは実際には不可能なんだ、現状でも既にエネルギー充填率150%でやっているんだ、第一、さまざまな理由で人間は死ぬものなんだということを<国民に>わかってもらわなければいけない。

ところがこれを医療関係者から説明しようとすると、脅迫だのサボりだのと言われうる。大陸打通というか、インパール作戦というか、菊一号作戦というか、我が国伝統の理屈で「根性がないから」「誠意がないから」本来やれることをやらないだけだろうと言われるかもしれない。現にそういう弁護士様が東日本におられ、毎日新聞は賞をもらっているわけで。

モトケンさんの「誠意」という言葉が異様に否定的にとらえられてしまったのはそんな背景からじゃなかったかと思います。

誰か、医療の外から医療を弁護してくれないだろうかと思いますね。本当は政治家やマスコミの仕事だろうと思います。でも、彼/彼女らには到底期待できないから、さっさと事故調を走らせて、<やることやってます>と言えるようにするのが得策なのかな。

#無過失補償制度については、国が出てくるより、むしろ生命保険のオプションにつければいいのではないかと思うのですが…

>つまり,「患者の要求はいつでも最高レベルを要求するという不条理なものである」という意味ですね...

レベルが高いに越したことはありませんが、近所の町医者のおっちゃんにナショナルセンター級の医療など求めたことは、過去一度もないと断言できます。はい。

ということで、「いつでも〜要求する」ではなく、せいぜい「要求されることもある」程度ぢゃないですか?

喉が痛かったときに、トローチくれと「要求」したことはありますが(^^b

世の中の多くの人はそうかもしれませんね。

問題は、それをするのはごく一部の人かもしれませんが、そういう人達が、致命的なタイミングで要求してくることでしょうか。

それとも、、、重大な結果に至らないからみんな「自分は要求しない」と思ってるだけで、仮に自分自身に深刻な事態が降りかかって来たならば、そう思ってる人の中にも、後出し的に要求してしまう人、いるのかもしれませんよね。
そもそも、最初から要求レベルの高い人は、然るべきところに行っていることが多いわけで。風邪でも大学病院にいく人、いるじゃないですか。そうではなく、並ぶの面倒だってんで近所のクリニックにかかってる人が、たまたま大変なことになった時に、、、というパターンの方が、想像はしやすいです。

>No.69 猫又大魔王 さん

#無過失補償制度については、国が出てくるより、むしろ生命保険のオプションにつければいいのではないかと思うのですが…

賛成します。財政難で政府にそんな余裕がないはずが、政治家が人気取り・票集めで言い出す。医療側が負担するなら、医療費が財源です。無過失補償は、医療を超えた世界のことであると私は考えます。

「無過失補償制度の生命保険オプション論」を出さないと、一般の人には、解ってもらえないのではとも感じます。保険会社は、こぞって無過失医療保障保険を売り出して、競争するでしょうか?多分、様子を見て、ここぞと思えば、毎日TVでCMを流すんでしょうね。

>No.59 ハスカップ さん

本当にそうですね。私は、公務員ではありませんが、私から見て、大変と思うことに、世の中の動きが非常に速くなってきたことです。民間企業だったら、それについて行けなければ、自社が倒産すれば自己責任で終わらせることができます。

しかし、政府、地方自治体、公務員、地方公務員は、それでは済まない。失敗は、世の中に大きな損失を与えます。

世の中の動きに対応して、法令改正の頻度が多くなり、しかも改正のインターバルが短くなるだけでなく、法令案を練るための時間も非常に短くなって、本来であれば、様々な関係を調べて改正しなくてはいけないのが、おしりに追われてつい妥協が入る。精神的にも、疲労困憊となる。

悪い法令をつくってしまうと、悔いが残ります。

公務員の方に、ご苦労さんと声を掛け続けたいのが私の心境です。

No.63 ハスカップ さん

「国鉄民営化で国家が学んだ・・」と書いておられたので、またまた連投で、すみません。

9月8日にJR西日本の当時の幹部9人と死亡した高見隆二郎運転士を兵庫県警が書類送検したことから、私も事故調査報告書を読み始めました。当然のことながら報道されているような「自動列車停止装置(ATS)を設置しなかった結果、事故が起こった。」などという単純なものではなく、誰もが責任を負わない体制が存在したことこそ、その原因であったと感じました。

銚子市民病院についても閉鎖の根底には、責任を負わない体制があるのではと感じます。誰か責任を負っているなら、閉鎖せずに、民間への移行まで頑張る選択もあったはず。市長は、公約違反をしても責任は問われない。

尼崎JR事故の調査報告書は、以下のサイトからダウンロードできます。私も、自ブログで、少し書いてみたいと思っています。
http://araic.assistmicro.co.jp/railway/bunkatsu.html

ハスカップ さんの趣旨とは、異なってしまいましたが。

>ハスカップ さんの趣旨とは、異なってしまいましたが。

 いえいえ、多分まとを得ています。国鉄の一番の問題点は、法的にも実務的にも「誰も経営責任を負わない体制」だったことです。国鉄総裁ですら、政府のシバリがきつくて当事者能力がほとんどないという制度でした。
 公立病院の問題も似たようなもので、事情を知ろうとしない本庁事務屋や選挙で選ばれたクビ長が、「人気取り」や「財政保全」のために、無理難題を押し付けてくるのを実感してましたから。(T_T)
 公立病院ほど不合理な行政介入や政治介入に泣かされています。_| ̄|○

私も以前勤めていた病院で、町立病院の運営の業務委託を受けたことがあり、そこを担当していた事務長から信じられないことを聞きました。

クビ長さんらギ員さんらが来ると、受付や事務長がスリッパを出してお出迎え。応接室に入り、診察は待っている患者を飛び越えて最優先なそうです。そうしないと、「誰が作った病院だ。誰の病院だと思ってるんだ。」と叱責があったそうで・・。勿論、民間が委託を受けてから徐々にそんな慣習は直しましたが。(自分達で医師確保も含めて、運営出来なくなったから委託したのですから、当然といえば当然です。)

>「誰が作った病院だ。誰の病院だと思ってるんだ。」と叱責があったそうで・・。

 その手の話題は全国どこの公立病院にも転がっています。
 もっと酷いクレームが来たのは、某私立病院の気骨のある院長自ら直々に本庁に来て「◎◎議員と称するアホが来て優先診療と議員としてのもてなしを要求した。断ると、『こんな病院ぶっつぶしてやる』と捨てセリフを残した。テープに録ってあるから再生する。お宅の役所には私立病院をつぶす権限があるのか釈明を求める。」というものでした。
 意地悪な某公務員は、「議会事務局の所管となりますから。院長先生、こちらへどうぞ。」と気骨ある院長を議会事務局にご案内されていました。なぜか遠回りして記者クラブの前を歩きながら大声で院長の抗議内容の確認をとりながらw
 その翌日に顛末の一部始終がローカル新聞見開きで掲載され、気骨ある院長がテープを再生した内容まで掲載されていました。その◎◎議員は次の選挙で落選しました。
 昔、昔のお話(だそう)です。m(_ _)m

三笠フーズの事故米食用転用偽装も、益々広がっていますが、私がNo.1で「農水省の不正は複雑である可能性があると思います。」と書いたのですが、その感覚も増大しつつあるようです。

その理由は、
(1) No.75、76、77等を読ませていただくと、正しいことを貫こうとしたときの障害が現在の政府組織に存在する。絶対にあってはならないことだが、この障害を取り除く有力な手段も確立されていない。(検察もこれについては、機能できない。)
(2) 組織は、トカゲのしっぽ切りを目指す。JR尼崎事故も運転士の個人的なミスとATSの未設置が問題であったとの方向で解決しようとしている面がある。私の見解は次の自ブログを見ていただければと思います。
http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/medical/2008/09/jr-d266.html
(3) 農水省を悪者にしようとしているが、与党はどうであったのか。予算削減のみを目指して、無理な政府を作っていないか。(野党も訳解らずに、それに賛成していた可能性もありますが)

最終的には、国民の負担(健康も金銭も)になる。マスコミは、調査能力もないから、表面上の出来事を報じるだけ。

太田大臣の辞任にもなりましたが、一方で、自ブログでも書きましたが、一番量が多いメタミドホス汚染米の残留農薬基準は、平成18年5月から施行であり、問題の米は平成15年に輸入された米であり、当時はメタミドホスについての基準がなかった。

多くの日本人も平成18年までは、汚染米を食べていたことになる。今回の事故米穀とは、何でしょうか?

マスコミ報道の不十分さ、誤解報道はいつもの通りですが、選挙が絡んでいるから、通常より更に複雑になっている気がします。

なお、上記の情報源は、衆議院TVにおける9月18日の農林水産委員会34分20秒頃からの町田農水省総合食料局長の答弁です。自ブログでも衆議院TVを聴きながら書きましたが、書いている途中で何度も訂正でした。
http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/medical/2008/09/post-b316.html

連投で申し訳ありません。

自ブログで、事故米の安全性を計算しました。
http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/medical/2008/09/post-27cc.html
結果、「安全性に問題ありません。」です。

そうなると医療事故ではないですが、刑事罰をどこまで問えるのか、頭が混乱します。

 事故米を食用米と故意に偽って販売した業者なら、詐欺罪は固いと思います。m(_ _)m

 食べた人個人から問い合わせがあっても心配ないよ。と答えて大丈夫だというのは小生も同意です。

 個人の健康のレベルでは問題ないでしょう。しかし、集団に対する、慢性的は健康への影響は否定できないし、取引業者に対する詐欺は明白です。たしかにお役所の甘さがあったことは否定できませんが、プロの確信犯が騙そうとすればなかなか防止できないですね。制度設計時には不良企業がかならずあることを前提にするべきでしょう。

 モトケン先生も別トピで指摘されてましたが、人体に対する危険が抽象的なものに止まっていても(そのことは広く告知して食した人の不安を解消すべきとの意見に賛成です。)、実体(実態)としては経済犯罪でしょう。被害実害も経済的損失が莫大ですし。

>経済犯罪
他のエントリーのモトケンさんやハスカップさんの言われる事もわかるつもりではあるのですが・・・ちょっともやもやが。
実質の健康被害がない状況で騒ぎがマスコミによって煽られなければ、風評被害や回収などの実質的被害はかなり限定的なものだったような気がします。
三笠フーズは言語道断だし、農水省の対応も危機管理と言う面では問題があったとは思いますがどうも騒ぎすぎのような気がしてしまうんですが。
そもそものミニマムアクセスの責任や倉庫管理費の問題まですべて農水省に押し付けて批判するってのはこれはこれでちょっと違うんじゃないかと言う気もしてしまいます。
農水省に事食に関しては箸の上げ下ろしまで監視して指図するような巨大省庁になって欲しいんでしょうかね。

>農水省に事食に関しては箸の上げ下ろしまで監視して指図するような巨大省庁になって欲しいんでしょうかね。

事故米を取り扱うことが出来る業者は国の認可制だそうで、
十数社しか無いようです。
その業者を監督するのは農水省であり、監督責任を問われるの
はやむを得ないかと思います。

ましてや、別エントリにあるような癒着を疑われるような
怪しい話が出てくると三笠フーズから川下の流通ルートの
解明もさることながら、もっと巨悪にメスを入れなければ
ならないのかもと思います。

今回のミニマムアクセス米の件は農水省の所管の話で、しかも直に管理していたものを売り渡しているわけですから責任があるといわざるをえないでしょう。
ただ国産米にだって事故米はあるわけでどこまで管理するべきかと言う問題は常にあります。
残留農薬やカビの問題はミニマムアクセス米に特有の話ではないわけで、管理すればするほど人手と費用は増大して利権の絡む官庁が育つのではないでしょうか。

>巨悪にメスを入れなければならないのかもと思います。

巨悪って何でしょう?
利権の構図はおもに民間にあって、農水省は単に厄介なミニマムアクセス米、さらに邪魔なその事故米を厄介払いしたかっただけだと思えるんですが。

うちの兄の感想を紹介します。

『たとえれば「これ食べちゃいけないよ」と言って、猫の前に魚をポン!と差し出すようなもんである。そんなこと言ったって猫が食べるのは当然じゃないか? みんな魚を食べた猫に対して「オマエが悪い!」と批難するが、僕はむしろ猫の方に同情する。』

猫の前にお魚差し出したほうはどう考えてたんでしょうね?

猫の前に魚置くのなら食べられないようにしないとね。
事故米売却時に色を付けるとか、何か混ぜるとか方法はあると思います。まあかえって高くついて売れないかもw

>巨悪って何でしょう?
>利権の構図はおもに民間にあって、農水省は単に厄介なミニ>マムアクセス米、さらに邪魔なその事故米を厄介払いしたか>っただけだと思えるんですが。

確かにスキームを作ったのは民間だと思いますが、玉を供給
したのは官であり、その検査体制からも「利権は官にもあっ
たのではないか?」と邪推してしまいます。
 主食料の安定供給と安全はもっとも大事な国策のひとつで
あり、そこに末端とはいえ利権が絡んでいたとしたら巨悪と言っても過言
ではないと思います。

今、中国で大騒ぎになっている乳製品へのメラニン混入事件も
日本へ飛び火して来ましたね。

ある意味、日本がどれだけ多くの食料を輸入に頼っていて、
かつ安全が確保されていないかが明白になりつつあります
ので、無論、民間企業の生産、輸入管理もさらなる強化が
求められるのも当然かとは思います。

「他の猫が食うといけないから、よく言うことを聞く猫の前に
だけに置いたんだけど....猫は猫だったか」

単純な疑問なんだけど、食用と非食用(事故米)を同じ流通
ルートに流すからこんなことになるのではと思ってしまう。
工業用なら最初から工業用専用加工業者に流すことは出来ない
のだろうか?

P R

ブログタイムズ

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