エントリ

血管内に空気、女性死亡 医師を書類送検(場外乱闘経由 産経ニュース)

 これは、システムを問題にすべき医療事故の典型のような気がします。

 脳血栓の手術中に誤って空気を血管内に混入させ、患者を死亡させたとして、宮城県警捜査1課と古川署は18日、業務上過失致死(医療過誤)の疑いで、宮城県大崎市の大崎市民病院に勤務する男性医師(43)を書類送検した。

 調べでは、男性医師は昨年6月6日、入院していた患者の女性=当時(40)=の脳内にカテーテルを挿入する手術をした際、点滴していた生理食塩水のパックが空になったことに気付かず、女性の血管内に空気が混入。女性の脳動脈内に空気塞栓(そくせん)症を発症させ、同月12日に脳循環不全で女性を死亡させた疑い。

 同病院と女性の遺族の間では、同年10月に損害賠償として約4500万円を病院が支払うことで和解が成立。同病院の大場周治事務部長は「患部が脳内の難しい場所だったため、通常は20分程度で終わる手術が1時間以上かかったと聞いている。民事上は解決しており、後は司法の判断に任せたい」と話している。

 関連記事
 http://www.47news.jp/CN/200809/CN2008091801000773.html
 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008091800902

 この報道にはいくつかの問題が指摘できそうです。

 まず、医療事故そのものの問題として、この事故の責任は誰にあるのか、という点です。
 宮崎県警は、手術の責任者は執刀医であるという観点から医師を被疑者として立件したものと思われますが、はたして困難な脳手術の最中の執刀医に点滴の残量管理の責任を負わすべきかという疑問を感じます。
 医療側のご意見はどうでしょうか?

 次に、民事上はすでに和解が成立しているようですが、このような場合にまで立件(書類送検)すべきかどうかについては今後議論の余地があるように思われます。

 三番目の問題として、本件を報道することにどのような意味があるのかという点です。
 書類送検という言葉から生じるイメージを自覚しながら記事を書いているのかという疑問を感じます。
 これは、犯罪報道一般の問題として議論すべき問題です。

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コメント(195)

1)これはもし責任を問うとしたら、麻酔担当者だと思いますね。基本的に執刀者は手術に集中せねばなりませんし、手術中の全身管理は麻酔医の担当です。

2)点滴が空になっているのに気づくのが遅れる、なんてことは実はしばしばあります。「空になっているのに気づかないのが罪だ」といわれたら、全国の手術室では罪に問われないところは少ないのでは?

 刑事責任を問うより、再発防止のために何が出来るか検討してほしいと思います。空になっても空気の入らない点滴バッグを使用するとか、出来ることはありそうですから。

3)これを報道して、何かいいことがあるでしょうか?私には全くないと思われます。むしろ報道して風評被害が起きる方を心配します。

>1)これはもし責任を問うとしたら、麻酔担当者だと思いますね。基本的に執刀者は手術に集中せねばなりませんし、手術中の全身管理は麻酔医の担当です。

山口先生,
これは脳動脈瘤のコイル塞栓術のようですから,おそらく局所麻酔下に術者と看護師だけで行なっていたのではないでしょうか?

ここからは想像ですが,ヘパ生を加圧バッグでフラッシュするシステム(イントラフロー)を作成する時にエア抜きをせず,生食が空になっているのに気付かず,ヘパ生のつもりでエアを動脈内に入れてしまったのではないでしょうか?
もし静脈への点滴だとエアが血管内に入ることはありません.静脈圧で止まってしまいます.また,脳動脈内に空気塞栓を作ることも可能性としては非常に低いと思います.

いかがでしょうか?

それは失礼を。何となく全身麻酔+静脈への点滴のイメージで書いておりました。確かに、普通の点滴で大量の空気が入るって事はありませんよね。

脳外科のことはよく知らないので、自分がよくやる開腹手術のイメージを無意識に使ってしまったのが敗因です。

典型的システム事故であると思います。
 医師の注意力に患者の生命が委ねられているなど、この病院の医療は恐ろしいシステムであると思いませんか。今では点滴が空になったら、普通の栄養点滴でさえアラームが鳴るシステムが普通なのに、術中に加圧して動脈内に注入するようなハイリスクなシステムで、機械的なアラームが無いなどということは、そもそも設計思想が誤りであるとしか言えません。空瓶の検知や管内のエアの検知など初歩の技術です。システム工学いじった方であれば、おそらく容易にアラームを設計できるでしょう。
 なお、このような加圧点滴システムは、以前から動脈圧測定など動脈内注入では、普通に行われています。小生は生食パックを点滴セットに接続する際には、パックの栓を上に向けて空気を回路内にすべて押し出して回路内を生食で満たした状態にして生食が無くなっても空気が注入されない回路として組み立てるように指導していました。そうすれば万が一空になってもわずかな空気であれば回路内でストップするはずです。
 いずれにしても、このような不幸な事故がこの国で再度起こらないことを願います。もちろん担当医を起訴してはいけません。

 自称法医学者&マイナー外科医の医療集中部watcherには,この記事ではどういう処置が行われていたのか,全く見当がつきません! ……ですので,医師の責任をどう評価するべきかわかりません。
 だいたい血管内に空気が混入する状況が想像できません。

 立件(書類送検)の件ですが,これはモトケンさんにうかがいたいのですが,刑事訴訟法では第242条で「司法警察員は,告訴又は告発を受けたときは,速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。」となっていますので,警察が書類送検するのは,自分たちの仕事(捜査)を完了させるために,当然必要なことだと認識しているのですが,告訴・告発ではなく,例えば,病院からの届け出で捜査した場合は,司法警察員は書類送検せずに捜査を終了させてしまってもいいものなのでしょうか?

 問題は,モトケンさんが提起した3番目の「報道」です。
 マスコミ自身がそのつもりで報じているのかはともかく,本邦での「書類送検」の報道のイメージは「犯罪成立」「有罪」となっている感があります。
 しかし,現在「医療事故」の年間立件送致数は100件弱(日経メディカル2008年7月号)なのに対して,起訴(略式命令+正式裁判)となるのは年間20件前後のはずです(裁判数については検察庁は公表していません。当然,最近の悲惨な無罪率の高さについても口をつぐんでいます)。
 なんとか集められる数字で無理矢理検討すると,医療事故では,送検のうち起訴されるのは1/3,残りは起訴猶予か不起訴になっているはずですが,この「起訴猶予」「不起訴」はほとんど報じられていないようです(新聞データベースから過去7年分の関係しそうな記事を集めてあるのですが,まだ検討してないのです)。
 つまり,医療事故に関して,送検されたことはマスコミは報じますが,それが不起訴や起訴猶予になったことはほとんど記事にしないのです。
 その理由は,警察が書類送検を広報するのに対して,検察が不起訴・起訴猶予の決定を広報していないからではないかと推測しています。
 東京地検なんか,一昨年都内の某大学病院に家宅捜索までして,それをテレビ局は張り付いて報道していました。これはその後「不起訴」になっているのですが,報道は「不起訴」については全くふれていません。
 身も蓋もなくいってしまえば,最近の記者は取材能力がなくて,医療事故に関していえば「大本営発表」をそのまま報じているだけだと解釈すれば,何をいっているのかよくわからない医療事故を報じる記事が紙面に掲載される理由が理解できます。

 一方で,医師・病院側が過失を認めて,遺族に謝罪し,速やかに補償交渉を行って示談が成立している場合,それを区切りに警察は書類送検して,和解が成立していることを理由に(かつ遺族に寛恕の意を示して貰って),起訴猶予となっている事件もあります。

 結局,書類送検というのは,捜査した事件処理の一過程に過ぎないにも関わらず,日本の報道は「大本営発表」に従って,情報を垂れ流しているのが実態でしょう。
 で,それが社会的にどのような影響を与えているのかについては,全く無自覚なのです。

 わたしは,マスコミは,医療事故報道のみならず,事件の「送検」を報じたら,必ずその帰結「起訴」「不起訴」「起訴猶予」を報じるべきだし,「不起訴」「起訴猶予」を報じないのであれば「書類送検」は報じるべきではないと考えています。

 医療事故の民事訴訟でも,「遺族提訴」は「遺族の言い分」をたっぷり記事にしたりしていますが,これが「原告敗訴」に終わったりするとベタ記事にもしないのが不偏不党をうたうマスコミの報道姿勢だったりするわけです。
 
 とりとめのない長文ですみません。

Level3さん

もし静脈への点滴だとエアが血管内に入ることはありません.静脈圧で止まってしまいます.また,脳動脈内に空気塞栓を作ることも可能性としては非常に低いと思います.
おっしゃるとおり静脈内への点滴でしたら空気の混入はまずあり得ないと思います。

時事ドットコムの記事には
生理食塩水を加圧して点滴する
とあり、脳動脈瘤の手術ですから、おそらくは血圧モニタ目的のAライン用の生理食塩水ではないでしょうか。バッグが空になったら圧が測定できないはずなので気付くと思います。空気が混入する可能性としてはいくつかの原因が思いつきますが、記事では触れられていないので、不用意に書くことは控えておきます。


血圧モニタ用Aライン:動脈内にカテーテルを留置して、生理食塩水(抗凝固剤入り)を加圧してゆっくりと流します。点滴バッグと針の間のカテーテルにある圧トランスデューサーで血圧の変化をリアルタイムでモニターできます。血圧の管理が重要な手術や患者の管理には良く行われるものです。

 このような報道は医療界から見ると内容が希薄で情報が余り役に立たないです。
 また、一般人から見ると「あの病院はケアレスミスで患者死なせるんだ」という風評被害をもたらす可能性があります。(当該病院は地域唯一の3次医療機関ですから風評被害はないでしょうけどw)
 そもそも和解して遺族が納得しているのであれば意味のない報道とも言えます。

個人的にはシステム事故と考えているので病院内における血管内手術の管理運営体制の方に興味がありますね。

予見可能性、予見義務、回避可能性、回避義務のすべてが存在し、その予見も回避も特殊な専門性が必要な状況ではなかったと思います。

すなわち、患者さんは医療事故の被害者に間違いないようです。

そして、医療チームは加害者の立場にあると思います。


その上で、未破裂脳動脈瘤の手術中の担当医が集中すべきは点滴の残量であるはずがないことは強調すべきだと感じます。

点滴交換の指示を忘れたことが医師の過失とされているとの報道ですが、ボトルが空になれば重大な結果になることはその場にいた誰もが知っていることであり、医師一人の責任とするのは不自然に感じます。

チームは、なぜ過失を回避できなかったのか、それを調べ、予防策を講じることが大切だと思います。

点滴の残量を確認し、必要に応じてボトル交換する役割を決めていれば防げた事故だったかもしれません。ただし診療報酬や病院の規模から、点滴交換係を一人入れられるほどの金や人の余裕がなかったかもしれません。

>とあり、脳動脈瘤の手術ですから、おそらくは血圧モニタ目的のAライン用の生理食塩水ではないでしょうか。

Pediatrician先生,
カテをやっておられる先生なら,おそらくすぐに想像できると思いますが,動圧モニタが目的というよりもおそらくは,カテーテルのフラッシュに使用していたのではないかと思われます.使用するデバイスは同じものですが...

さて,やはりこんな報道は病院の風評被害を起こすだけで他に何にもならないですね.しかも,それだけで不起訴になっても一切報道しませんから,悪質ですね.

 ついでに。

 わたしは「新聞記事データベース」を利用して「刑事医療過誤」裁判の判決報道を集めています。最近20年のデータがあるのですが,この方法で集めた略式命令,判決をいつも紹介している飯田英男先生の「刑事医療過誤」収載の起訴状,判決と比較すると,だいたい実際の起訴(略式命令を含めて)の約7割が収集できているようです。

 以下,医療集中部watcher調査です。

 平成18年の判決(命令) 医師13人,看護師2人
            (うち医師1名無罪)
 平成19年の判決(命令) 医師9人,看護師3人,薬剤師1人
            (うち医師1人無罪)
 平成20年の判決(命令) 医師1人,薬剤師2人
            (うち医師1人無罪)

 平成18年15人,平成19年13人ですので,これが裁判になった約7割を報じているとすると,年間医療従事者20人前後が医療事故で刑事訴追を受けていると推測できるわけです。
 ところが,平成20年は今のところ3人です(一人は大野病院の産科医です)。
 医療集中部watcherがバカにしている報道を見る限り,ここ1年,検察庁は刑事医療過誤を処理できていません。
 ここ10年刑事訴追を受けた医療事故をみていると,司法は医療事故に対しては謙抑的であるべきだとは思いながらも,これは刑事責任を問われて当然だろうというものがやはり年間10数件はあるわけでして,その流れからすると,今年の数の少なさは異様です。
 一方,最近5年間で被告人となった医師は45人で,罰金刑24人,禁錮刑(執行猶予つき)15人,禁錮刑(実刑)1人ですが,無罪判決を受けた医師が5人! 無罪率が11.1%。
 日本の刑事事件の有罪率は99.8%=無罪率0.2%といわれていますから,それと比較すると,最近の検察庁がいかに……以下略。

 そんな数字を眺めていると,検察庁はもはや医療事故を起訴する自信を失っているのではないかと思えてくるのです。
 が,そんなことは検察庁はいえないでしょうね。

 
 

いや、チームに注意義務があり、それを怠ったから発生した事件ではなくて、そもそも瓶が空になると空気が送られてしまうような重大な欠陥を持ったシステムが存在して、それが運用されていることが犯罪だと思ってるのですが。

医療集中部watcherさん

>書類送検
刑事訴訟法に,「第二百四十六条  司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。 」という規定があります。

ということなので,告訴及び告発の有無を問わず,捜査をした以上は,原則として必ず書類送検しなければなりません。但し書きのところは,いわゆる微罪(自転車の占有離脱物横領等)のときと考えてもらっていいと思います。

そもそも瓶が空になると空気が送られてしまうような重大な欠陥を持ったシステムが存在して、それが運用されていることが犯罪だと思ってるのですが。

その後意見には賛成です。ボトルの残りが100mLをきったら、警報が鳴ればよかったのですから。

そもそも私は刑事免責論者なので、私が言いたかったのも、簡単な回避義務すら実行できないことがあるが、それを個人の責任に帰することに無理があるということです。

「犯人は存在せず、悪いのはシステムであった。今後システムを○○○と改めよ」と言う結論もありだと思います。

刑事裁判ではありえない判決かも知れませんが、事故調が理想的に運営されれば、こういう事実認定と予防策提言がどんどん出てくるのではないでしょうか。

そもそも瓶が空になると空気が送られてしまうような重大な欠陥を持ったシステムが存在して、それが運用されていることが犯罪だと思ってるのですが。

その後意見には賛成です。ボトルの残りが100mLをきったら、警報が鳴ればよかったのですから。

そもそも私は刑事免責論者なので、私が言いたかったのも、簡単な回避義務すら実行できないことがあるが、それを個人の責任に帰することに無理があるということです。

「犯人は存在せず、悪いのはシステムであった。今後システムを○○○と改めよ」と言う結論もありだと思います。

刑事裁判ではありえない判決かも知れませんが、事故調が理想的に運営されれば、こういう事実認定と予防策提言がどんどん出てくるのではないでしょうか。

>点滴の残量を確認し、必要に応じてボトル交換する役割を決めていれば防げた事故だったかもしれません。ただし診療報酬や病院の規模から、点滴交換係を一人入れられるほどの金や人の余裕がなかったかもしれません。

内科の医者先生,

残量確認では決して防げるものではないと思います.最初に空気を抜くという作業を確実に行なうことが重要なんです.
我々のところは,イントラフローの回路を作成する時には必ず,エアを完全に抜くように教育していますし,そのようにしています.処置の途中の確認で防げるものではありません.アラームを付けたとしても自動的にシャットアウトできる機構を備えていなければダメです.なんせ300-400 mmHgの圧で加圧しているのですから...

連投かつ横レスすみません。

>元外科医さん

いや、チームに注意義務があり、それを怠ったから発生した事件ではなくて、そもそも瓶が空になると空気が送られてしまうような重大な欠陥を持ったシステムが存在して、それが運用されていることが犯罪だと思ってるのですが。

システムに問題があったということはそうだろうと思いますが,そのようなひどいシステムであることを前提にして手術をしているんではないですか?

そのチームの誰にも,それを確認する義務がなかったと言えるでしょうか。ひどいシステムだと,誰にも瓶が空になるかもしれないことを確認したりする義務はないんですか? たぶんそうはならないんじゃないかと思いますけど。大野病院事件とは異なり,あまりにも初歩的なミスですから,誰かの医療ミスであることは明白で,後は,
内科の医者さんのおっしゃるとおり,

その上で、未破裂脳動脈瘤の手術中の担当医が集中すべきは点滴の残量であるはずがないことは強調すべきだと感じます。

点滴交換の指示を忘れたことが医師の過失とされているとの報道ですが、ボトルが空になれば重大な結果になることはその場にいた誰もが知っていることであり、医師一人の責任とするのは不自然に感じます。


誰の医療ミスか,ということを検討するような事案に見えます。ひどいシステムであることは,量刑上考慮されるにすぎないと思われます。

まあ、誰の責任が大かと言えば、現状では外回りの看護師ですが、ツッコミどころは、交換指示を怠った点ではなくて、他にあるのに相変わらず警察は「鋏でジョキジョキ」的に送検ってところですね。

しかし、これは立件されたら報道で十分だと思いますよ。

Level3さん

カテをやっておられる先生なら,おそらくすぐに想像できると思いますが,動圧モニタが目的というよりもおそらくは,カテーテルのフラッシュに使用していたのではないかと思われます.使用するデバイスは同じものですが...
はい、ご指摘ありがとうございます。勘違いしていました。
関連記事を読み比べた範囲では、おっしゃるとおりフラッシュ用のシステムだと思います。最初の産経ニュースの記事を読んだ時点では、点滴で?あり得ない。と思い、次に、脳動脈瘤クリッピング手術における血圧モニタ用Aラインを想像し、なぜ脳外科医が書類送検?と考え、最終的に恐らく脳動脈瘤カテーテル手術におけるカテーテルのフラッシュシステムだと気がつき、ようやく全体像がぼんやりとイメージできました。
私はカテを行いませんので、産経の記事だけでは全くイメージがつかめませんでした。確かに「通常は20分程度で」と産経の記事に書いてあるので、開頭手術ではないと後から気付きましたが、ましてや医療者の方々は全く全体像がつかめず、誤ったイメージしか持てないと思います。

過失については、No.16 ジャームッシュ さん のコメントされ
ている内容に尽きると思います。

それで、報道に関してですが、No.11 元外科さんが仰っているように、

>そもそも瓶が空になると空気が送られてしまうような重大な
>欠陥を持ったシステムが存在して、それが運用されているこ
>とが犯罪だと思ってるのですが。

ということであるとすれば、
「当該病院において重大な欠陥を持ったシステムが運用され、結
果として死亡事故が発生した」
という事実を社会に向けて報道する必要性は極めて高いと思います。

その意味では、もう少し病院のシステムの欠陥に焦点を当てた
記事にすべきと思いますが・・・

 最後にアンギオやったのはもう10年近く前で、最近のセットはどういうものが主流なのか全く分かりません。ましてこんな報道では全くイメージが湧かないです。

 昔は、そもそもガイドワイヤーを出し入れする度にシリンジで生食をフラッシュしたものです。フラッシュは手作業ですから、手応えの違いから、エアが動脈内に多量に入るという状況はほぼ起こり得ない、極めてローテクな世界でした。そのかわり、閉鎖回路ではないので、当然、特に塞栓術後の感染が恐怖でした。

 今は子カテをガイドワイヤー代わりにするのが主流なんでしょうかね。それなら圧のかかった生食バッグがつなぎっぱなしになるという状況も理解できます。造影剤やコイルを流すとき以外はほぼ閉鎖回路ですから、感染リスクは格段に下がりますね。

 三活などで造影剤もつなぎっぱなしになるのであれば、リスクはさらに減るでしょう。

…それにしても、具体的な回路構成が思い浮かびません。

 問題は、事前に生食からエアの入る可能性がどれぐらい認識されていたのかでしょう。認知度が高いトラブルであれば、現場では様々な工夫がされているはずです。…点滴バッグのエア抜きをしておく等というのは当然広く実行されているだろう対策の一つと思います。

 これが、実はあまり認識されていないということであれば、今この瞬間にも全国で多数行われているであろう手技なのですから、早急に周知と対策立案が必要と思います。自分は現在では専門外なので全く知りませんでしたが、血管内治療に従事している医師の間での認知度はどの程度なのでしょうか。

この病院でそもそもヘパ生のバッグの準備をしたのは誰でしょうね?
アンギオ室の看護士さん?
エア抜きするって手順は決められていたのか?
術者による確認は手順として決められていたか?

そういえば病院名が出てるからバレバレでしょうが、医師は実名報道じゃないですね。

報道のしかたにはものすごく疑問だけど、ヤバい、うちもここの手順を外回りの看護士さんに徹底してなかったって思った人もいたかも。
う〜〜ん、書類送検なんて報道とは別に全国規模でアクシデントやらインシデントやらの情報を共有できるシステムがあるといいのかもしれませんね。

アンギオやってます。私の施設では、以下のように接続しています。

エア抜きして、加圧したヘパリン生食バック(エア抜きは看護師の仕事)⇒エア抜きしたライン(エア抜きはアンギオする医師の仕事。清潔操作のため)⇒三方活栓⇒Y字コネクタ⇒親カテ

*ラインには常に生食が流れ続けるようにします。もし生食が無くなっても、動脈圧で逆流するのみで、エアはほぼ入りません。
*三方活栓から造影剤を注入します。
*Y字コネクタから親ガイドまたは子カテを挿入します。

持続フラッシュ用の生食ラインのエア抜きは絶対やっておくべき手技で、私個人としてはそれを怠る医療機関というものを想像できません(もちろん私の施設での常識で、他の施設ではやってないかもしれませんが)。
よって、生食が切れてエアが入った、というのは非常に考えにくいと思っています。あるとするならば、準備する人(看護師や引っ張り出された新人医師?)がエア抜きを教わらずやってなかったか、もしくはマスコミの誤報で、全然違う理由でエアが入ったんじゃないかと推測しています。

が、もし事実であり、エア抜きが臨床の現場で一般的な手技であり、それが証明されるならば、大野刑事事件の判例からは、ロジックとしては有罪になってしまうかも。もっとも賠償済みなんで軽くなるのかな?

 この1年半ほどこのブログをROMさせて頂いている勤務医です。司法サイドの方の考え方など勉強させていただきました。私自身は田舎の勤務医であり、救急患者を断れない環境にいます。こんな環境でジャームッシュさんのような意見を述べられる方がいるとやってられない気になります。このような方が鑑定人あるいは証人になったら私たち地方勤務医は犯罪人だらけになることでしょう。もう田舎から逃げるしかないのでしょうか?エントリーの流れをさえぎるような投稿で申し訳ありません。

追記
私個人は刑事罰は相応しくないと思います。
完全なろくろくび様まとめwikiからの付け焼刃ですが、目的刑論には無意味です。賠償も済んでますし、マスコミにもすっぱ抜かれて痛い目見てるでしょうし、応報刑論にもあえて刑事罰を与える意義は薄いかと愚考します。

付け焼刃なんで、用語の使い方間違ってたらご指摘お願いします。

こういうシステムの欠陥に起因する医療事故は,医療の不確実性や救急性(放っておいたら死に至る)とは関係ないものなので,他業種と同様の基準で刑罰を科しても問題ないように思いますが

私自身は田舎の勤務医であり、救急患者を断れない環境にいます。こんな環境でジャームッシュさんのような意見を述べられる方がいるとやってられない気になります。このような方が鑑定人あるいは証人になったら私たち地方勤務医は犯罪人だらけになることでしょう。もう田舎から逃げるしかないのでしょうか?エントリーの流れをさえぎるような投稿で申し訳ありません。

誤解のないようにしておきたいですが,私は,非医療者ですので,この手の事案で,鑑定人や証人になる立場には立ちません。

そして,私は,この手の事案についてのみ話をしています。救急医療においてやむを得ず起きた死の話をしているのではありません。

それに,この事案が,救急医療の事案かどうかは不明ですが,医療の不確実性=瓶が空になることを確認しないことも当然起こりうる,というのまで含むのであれば,それは違うだろうと思います。そういう意味ではないと思いますが。もし仮に,そういう意味だとすれば,特権的免責と言われても仕方がないでしょう。

補足ですが,執刀医個人に刑事責任を負わせても無意味という意見には賛成です。なので,管理責任の元締めの院長あたりが刑事責任を負うべきなのでしょうか。ホテルの火災事故では経営者が起訴されてますし。

ただ通さん

エア抜きが臨床の現場で一般的な手技であり、それが証明されるならば、大野刑事事件の判例からは、ロジックとしては有罪になってしまうかも。

予見可能性はアリ。回避可能性はアリ。回避義務については、空になった点滴瓶の確認作業の責任を執刀医が持つかどうかという判断によるのではないでしょうか。

私の感覚からすると、空気をラインから抜くことは原則的に行うべき手技で一般的だと思います。そして空になった場合の交換指示は執刀医に責任があるようにも思います。
が、加圧バッグは不潔区域(術野外)にあるでしょうし、カテーテル操作に神経を集中するべき執刀医に空になったことを確認する義務までは無く、外回りの医師(麻酔科医も含む)もしくは看護師が確認すべき事であるかと思いますが....

こういうシステムの欠陥に起因する医療事故は,医療の不確実性や救急性(放っておいたら死に至る)とは関係ないものなので,他業種と同様の基準で刑罰を科しても問題ないように思いますが
刑罰を科すべき人間は現場の医師ではなく管理者の院長か首長であると言うのなら理解できます。

×刑罰を科すべき
○刑罰を科されるべき

ですね。
訂正します。

レスありがとうございます。

私の施設では生理食塩水500mlのパック内の空気をほぼ0(少なくともライン内の総容量以下)にし、動脈ライン用の加圧器で加圧し、クレンメで生食の流量を調節します。このシステムでは、生食が切れても理論上はエアが入る余地はなく(他の手技の中では入る可能性がありますが割愛)、生食が切れるとぱっくが虚脱するため、加圧されません。そうなるとY字コネクタ経由でラインに動脈血が逆流しますので、すぐにとは言いませんが早く気がつきます。その時点で回路を遮断し、外回りに生食を換えてもらいます。
この方法では、少なくとも生食の持続フラッシュシステムが原因となるエア混入の可能性は極めて低くなります。
私の常識ではこれが普通なので、正直これ以外のシステムが想像できませんので、この枠を超えた仮定の話は無理です。私の意見は以上のシステムを念頭に置いたものとお考えください。

で、アンギオではエアの混入は上記以外にも色々な原因で生じえます(ガイドや子カテ入れるとき、薬剤をれ入れるとき、コイルを入れるときetc.)。また、血栓も生じることもあります。脳血管領域は少量の血栓、空気塞栓でも重篤な症状を生じ得ますので、アンギオの手技では細心の注意が必要です。そういう領域にかかわっている先生が、基本中の基本である生食バックのエア抜きをやらない、というのが全く信じられない、ということです。
なので、争点としては、生食が切れたことに気がつかず、交換しなかったことではなく、細心の注意が必要なはずの脳血管領域アンギオをする医療チームが、なぜ生食バックのエア抜きをしていなかったのか?(注意義務あるし、事故の回避可能性あるし、簡単だから回避義務ありそう。)になるかと考え、No.22 の投稿となりました。
しつこく繰り返しますが、あくまでエア抜きしてなかったというのは仮定の話で、かつ私の施設の常識の話ですので、他の先生方のご報告の集積が必要と存じます。

 小生のいた施設含め通常はそうですよね。
 今回は単に事前のエア抜きを忘れたとか、その手順がマニュアル化されていなくて、担当医師が忘れた。とかの単純ミスが重なり、手術時間の延長と重なったため事故になったと言うような事と推定します。(それまでは手術時間が短かったので、エア抜き忘れても危険が顕在化しなかった。)
 本来20分で終わる手術(単なるコイル留置だとそのくらいでしょうか)の予定で入ったのに、生食パックが空になるくらい時間がかかった、ということも上記を暗示しています。
 いずれにしても詳細な事故報告の方が送検の記事より大切であると思うのは小生だけではありませんね。

某公的大病院では、看護師が、二年くらいで定期的に人事異動し、使い物になるのに一年くらいかかるので、常に50%の確率で、ダメダメな外回りの看護師がつきます。
非常にストレスです。
例えば、あらかじめ数本用意したカテーテルの○○を出せと言ったら、いちいちどれですかと聞き返してくる。
(覚えろよ!!採用品目50種類くらいしかないんだから←心の声)
滅菌パッケージを開けて渡すときに、コネクタ側でなくて、カテ先端部分の側を開けようとする。
(逆だろボケ←心の声)

ちゃんと看護師の間で、申し送り的な指導が入ればいいのですが、全然、駄目です。
血管造影の介助というのは、手術室の看護と同じくらい特殊な専門分野だというのに、看護部のボケ師長クラスがそれを認識していないのでこういうことが起きるのです。
これもシステムの問題と言えば問題です。

人事上も、正職員の看護師はそうやって、グルグル回っていて、使い物にならず、頼りになるのは、人事異動のラインから外れた、非正規雇用のベテラン看護師という職制上の問題もあります。
キャリア官僚と、専門知識・経験豊富なノンキャリ職員のような関係。
こんな扱いの非正規職員のベテラン看護師に、正規職員の使えない状態の看護師の教育に責任を持てと言うのはかわいそうです。

この病院ではパックのエア抜きくらい当然やっているだろうというのが思い込みでしかない可能性は大きいです。

管理責任の元締めの院長あたりが刑事責任を負うべきなのでしょうか。ホテルの火災事故では経営者が起訴されてますし。
ホテルや商業施設で経営者や店長などの所有者・設置者・管理責任者が刑事責任を問われるのは、消防法の下記条文を根拠としています。
【消防法】

第二条  この法律の用語は左の例による。
(一部略)
4 関係者とは、防火対象物又は消防対象物の所有者、管理者又は占有者をいう。

第八条  学校、病院、工場、事業場、興行場、百貨店(括弧書き略)、複合用途防火対象物(括弧書き略)その他多数の者が出入し、勤務し、又は居住する防火対象物で政令で定めるものの管理について権原を有する者は、政令で定める資格を有する者のうちから防火管理者を定め、当該防火対象物について消防計画の作成、当該消防計画に基づく消火、通報及び避難の訓練の実施、消防の用に供する設備、消防用水又は消火活動上必要な施設の点検及び整備、火気の使用又は取扱いに関する監督、避難又は防火上必要な構造及び設備の維持管理並びに収容人員の管理その他防火管理上必要な業務を行なわせなければならない

医療過誤事故において、刑罰が科される人間は現場の医師ではなく、管理者の院長か首長であるとするには、医師法などの医療関連法令に、上記の消防法のように所有者、管理者又は占有者の管理責任を明示する根拠法令が有るのか、あるいは無いのかとでは大きな違いが生じます。もし医療関係諸法令に、こうした管理権原者(病院長や設置者)の安全管理の義務規定が無いのであれば、院長か首長を刑事訴追をして有罪判決を得ることは、全く不可能ではないかも知れませんが、かなり困難ではなかろうかと思います。

ちょっと時間ができたので少しだけ。
医師の責任はデスね、おそらく「信頼の原則」がキーワードになりそうな気がします。
千葉大採決ミス事件(千葉地判昭和47年12月22日)とか電気メス器ケーブル誤接続事件(札幌高判昭和51年3月18日)とかね。

返信ありがとうございます。
少し調べただけですが,根拠法令としては医療法にありそうなので載せておきます。

医療法 第6条の10
病院、診療所又は助産所の管理者は、厚生労働省令で定めるところにより、医療の安全を確保するための指針の策定、従業者に対する研修の実施その他の当該病院、診療所又は助産所における医療の安全を確保するための措置を講じなければならない。

ご指摘された医療法の規定には罰則規定がありますか? 先の消防法8条関係では、防火管理義務の不履行を是正するよう消防長又は消防署長が命じた場合(消防法8条4項の規定)に従わなかった権原者に対して、次のような刑事罰の規定があります。

第四十一条  次のいずれかに該当する者は、これを一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
(一部略)
一の二  第八条第四項の規定による命令に違反した者

また消防法の場合は以下のような法人代表者等に対する「両罰規定」があります。
(両罰規定の意味については、Wikiなどでお調べ下さい)

第四十五条  法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。
一  第三十九条の二の二第一項又は第三十九条の三の二第一項 一億円以下の罰金刑
二  第四十一条第一項第二号又は第四号 三千万円以下の罰金刑
三  第三十九条の二第一項若しくは第二項、第三十九条の三第一項若しくは第二項、第四十一条第一項(同項第二号及び第四号を除く。)、第四十二条第一項(同項第五号及び第七号を除く。)、第四十三条第一項、第四十三条の四又は前条第一号、第三号、第七号の三若しくは第八号 各本条の罰金刑

似たような規定が有ったとしても罰則の無い努力規定では、起訴して有罪判決ということは無理筋となります。

一般的に法律を適用してどういう結果が期待できるか検討するときには、一つの条文だけを抜き出してきて確定的な評価をすることは避けなければなりません。関係する法令の全ての条文を検討し、その法令条文の相互関連性を考慮して検討する必要があります。

蛇足的な追加です。

私自身は小売業での前職時代に、店長やいくつかの店を統括する管理職でした。その為に消防法の規定に従い、店長になるとき甲種防火管理責任者の資格を取らざるを得ず、消防法を勉強させられました。資格取得後に防火管理責任者として自分の名前を記入した届出書を消防署に提出したとき、あぁこれで自分の店で万一火災が起きて人的被害が出たらまず間違いなく懲役刑だな、と感慨を持ったことを昨日のことのように思い出します。

店長という管理権原者の身となると、人命に対する安全措置を実施する義務と責任は、売り場の店員やパートが悪いのだと言い訳することが許されない立場なのだ。その義務と責任の重さが、労基法41条での「管理監督の地位にある者」の宿命であろうと、社労士となってから実感しています。

 ただ通 先生、こんにちは。

 解説ありがとうございます。

 3年ほど前に心カテの先生が同じようなY字管を使った回路でお仕事していらしたのをちらと見た憶えがあります。

 さらに三活が3個ぐらいついていました。何に繋いでいたのかまでは見ませんでしたが、…。

 いずれにせよ、お話の回路では生食が空になったぐらいでエアが入るとは思えません。記事に誤解がある可能性が高いという印象を持つに至りました。

法務業の末席さん

おそらくホテルニュージャパン事件のことかと思われます。
確かに,最高裁(確か1審も含め)は,消防法等の関係法令に準拠してはいますが,業務上過失致死で処罰するに当たり,消防法における罰則の有無とはあまり関係がないのではないかと思います。

ホテルニュージャパン事件では,代表取締役も起訴されていますが,この人は,部下(この人も起訴されています)が,消防設備何とかしないといけませんよ,と進言したにも関わらず,金をけちって「そんなのいらねえ」と,敢えて消防設備を整えなかったという極めて悪質で,過失を認定しやすい事案でした(ちょい意訳してます)。

ちなみに,火災事故の場合は極めて特殊で,医療事故と異なり,誰が延焼の危険を招いたかと言えば,消防設備を適切に整えなかった「管理者」以外には有り得ないところがポイントです。火災自体は,ホテル側の管理者の指揮命令下にはない宿泊者の過失によるものである場合があるからです。

ですから,このエントリで問題になっているように,手術に直接立ち会っている誰かが瓶が空になるのを確認する義務があったと言いうる場面では,やや不適合の事例ではあると思います。

火に油な報道がありました。
http://www.kahoku.co.jp/news/2008/09/20080919t13049.htm
大崎市民病院の医療事故 執刀医を書類送検
 大崎市民病院で2007年、脳血管手術を受けた宮城県大崎市のパート従業員女性=当時(40)=が術後に死亡した医療事故で、宮城県警捜査一課と古川署は18日、業務上過失致死の疑いで、執刀した同市内の男性医師(43)を書類送検した。

 調べでは、医師は07年6月6日午後2時35分ごろ、脳動脈瘤(りゅう)の破裂を防ぐため、女性の脳血管にコイルを入れる手術で、生理食塩水点滴パックが空になったことに気付かずに手術を継続。血管内に空気が混入し、空気塞栓(そくせん)症を起こした女性を6日後に脳循環不全で死亡させた疑い。

 県警によると、医師は同様の手術を約80件した実績があったが、女性の手術では脳動脈瘤にコイルを入れるのに手間取り、点滴が空になった。医師は「点滴の状態を見落としてしまった」などと話しているという。

 女性の死亡後、病院側から古川署に「異状死」として届け出があり、同署などが捜査していた。大崎市民病院は「予見が不可能な事故だったと考えている。検察の判断を待ちたい」と話している。

 大崎市と女性の遺族は07年10月、市が約4500万円の損害賠償金を支払うことで示談が成立している。
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まさに人身御供的発想。

スミマセン、私は一般的な火災での防火管理責任義務責任と、建物所有者や管理責任任者の刑事罰規定の関係を、そのまま医療過誤には援用できないことを申上げたいだけです。ホテルニュージャパンの事件については、ご指摘を受けるまで私の想像の外でした。

一般的に業過罪での法人代表者への刑事罰は非常に困難であるのは、先のJR尼崎事故や労働災害事故などから窺い知れるところです。しかし火災事件に関してはこの消防法の規定があるために、管理権原者の刑事罰追求が容易である相違を指摘しておきたい意図でコメント致しました。

記事が正しいとして、こういうものを処罰して何かメリットがあるんでしょうかね?

書類送検の報道があるということは、警察が報道機関に情報提供したということですよね。
警察は書類送検した事案をすべて報道機関に情報提供するのが慣例なんでしょうか?

医療とはまったく関係ない機器メーカーのエンジニアです。

素人質問なんですが、ここで点滴のシステムっていうのは、どういうものなんでしょう?どこで設計されるものなんでしょう?

最初にイメージしたのは「点滴マシン」っていう一つのデバイスで管理するシステム。この場合機器メーカーが動作を設計して販売するわけですからメーカーがキチンと設計したのかとか、メーカーに要望がキチンと伝わっているか、とかが問題になるかと想像しました。

ところが読んでいるとなんとなく一般的なデバイスを組み合わせてシステムとしては個々の病院が設計しているように思えます。そうであれば病院毎にシステムに対する考え方のばらつきがありそうな気がします。(そこが論議になっているのかなとも思いますが。)

実際のところはどんな感じなんでしょうか?

機械もなにも、これです。

http://www.meilleur.co.jp/goods/infu_surg.html

風船をふくらませて点滴パックに圧力をかけてるだけ。

動脈圧に負けないようにかけるとき以外にも、バンバン出血して、自然滴下で間に合わないような時には輸血にも使ったりします。
人手のある病院ならパンピングと言って、シリンジで手動で押し込めるんですけどね。

な・なるほど・・・。ありがとうございます。

今まで、幾人かの方が述べられてきた経過による事故であれば

×「予見が不可能」
○「容易に予見できる」

だと思いますが。自治体病院の事務方は一般人レベルの想像力にも欠けているようです。事故の経過を追っていって危険予知トレーニングでもやったらどうかな?

我々にとっても未知のプロセスで事故ったのなら「予見が不可能」の言葉に納得がいきますけど。

予見可能性という意味では元外科医先生のおっしゃる通りだと私も思います.
ただ,これで「刑事」かと言われるとちょっと...
こういった問題の起こり得る事例のデータベースでも作っていかない限り,ある施設で起こったトラブルが繰り返して起こることになります.これまでは,地区の症例検討会や地方会,学会などでそういったものがある程度集積されていましたが,最近は訴訟のからみでそういった報告が影を潜めているのが問題になるでしょうね.
知っている人間からみると「エッ」と思うような危ないことを平気でやっている医師というのはあちこちにいますから.危険性を承知の上で,そこまで考えてもなおかつその手技がよいと思っているのかもしれませんが.もしかしたら私自身も他の医師からみれば「エッ」ということをやっている可能性だってあるかもしれません.

これまで事故にならなかったのは,そこまでヘパ生を使わないうちに処置が終わっていたからではないかと想像します.報道によりますと「通常なら20分程度で終わっていたものが,1時間以上掛かった」と書かれていますし...


元ライダー(開業医)さん。

書類送検の報道があるということは、警察が報道機関に情報提供したということですよね。

一般的にはそのとおりです。

警察は書類送検した事案をすべて報道機関に情報提供するのが慣例なんでしょうか?

そういう慣例ではないんでしょうね。
警察が情報提供する事件とそうでない事件にどういう基準があるのか分かりませんが,
1 目立ちたいから。
2 事件事故発生当時に大きく取り上げられていたから。
3 マスコミが要求したから。
などが考えられると思われます。1だと最悪ですね。
ちなみに,警察発表があっても,それを全て載せるわけではないです。載せるのと載せないのを決めるのは,あくまでマスコミです。当たり前ですけど。

予見可能性という意味では元外科医先生のおっしゃる通りだと私も思います. ただ,これで「刑事」かと言われるとちょっと...

賛成です。
賛成の理由はもしかしたら先生にはご迷惑かもしれませんが、、、

人は皆間違えるものです。この場面だけは細心の注意を払って、、と思ってもミスをしでかすことや、知識や経験の穴に気付かずミスをしでかすものだと思います。

100のうち98か99はミス無くやりとげるから、1つか2つの過失は大目にみてもらえないものかなあと真面目に考えます。

予見義務も予見可能性も、回避義務も回避可能性も全部そろっていても、うっかりミスで回避しそこなう可能性は誰にでもあります。

業務上過失致死の被告というのは、厳しいなあと思います。

私自身、処方箋や注射指示書を一年間ノーミスで過ごしたことは、多分無いと思います。ミスは誰かがカバーしてくれていままで起訴されていませんが、運が良くなければとっくに業務上過失犯です。

いや、だからこそ医療におけるミスは重大ミスも含めて刑事罰を科さないように主張しているわけでして。


民事賠償と行政処分で必要十分でしょと思っています。

その昔、空気を注射する人体実験が行われたそうです。注射器で空気を静脈注射してみたが、マルタは咳払いひとつして何事もなかったとのこと。つまり空気を注射しても肺から出て行ってしまい、どうということはないとのことです。もちろん量にもよると思いますが。
しかし、脳の動脈へ直接注入するなら話は別です。上でただ通さんがおっしゃってたとおり、エアー抜きには十分注意が必要であり、この場合のシステムエラーとは(報道から推測する限り)エアー抜きに注意を払わない脳外科医が育ってしまったことでしょうね。だからいくら当事者を処罰したところで、根本的解決にはならないんじゃないでしょうか。

私も、免責論者でして、、、先生のご意見よくわかっているつもりです。
先生なら、これに賛成して下さるかもしれません。

http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/08/09-180703.php#c180654

いや、だからこそ医療におけるミスは重大ミスも含めて刑事罰を科さないように主張しているわけでして。


民事賠償と行政処分で必要十分でしょと思っています。

やはりこういうご意見には異論があります。
この手の事案で(患者の取り違えとかも含めてですけど),原因はもはや明らかですから,刑事罰を恐れてしゃべらないから原因究明ができない,などという今後の医療のために刑事罰を課さず原因究明を優先する,という旗印は全く役に立たないと思います。

そして,民事賠償と行政処分で必要十分でしょ,ということに関してですが,遺族が一応納得できる地平とそうでない地平があります。
全力を尽くして単純ミスもなくて,それでも不可抗力ないし軽過失で亡くなってしまった,という場合と,瓶が空になったんで気づきませんでした,という場合と,遺族が一応承服できる可能性に相当の差異があるはずです。

過失があるかどうか分からないような場合には,遺族という言葉を出しにくいのですが,少なくとも「過失があまりにもひどい」と確定的に言える場合には,遺族のことを無視することはできないはずです。

 そのようなご意見は、医療関係者の中でも結構根強いものがあることは承知しております。でも今回の件は示談が済んでいると言うことで刑事立件は不要でいいですよね。


 医療事故特に医療従事者の明らかなミスで、突然に死ぬはずのない患者が死んだ場合、遺族には当然ですが大きな憎悪が生み出される可能性が高いです。
 しかし、過失事故に対して刑事罰をもってしても、仮に酒酔い運転事故の同乗者のように罰金刑になった場合、遺族にすれば何で人殺しの片棒担いで実刑じゃないの、という感情になるでしょう。実刑など厳罰にすればいいのでしょうか。それによって、医療や交通の安全性が高まり、社会の秩序や安全が保たれるので有れば納得いたします。
 
 個人的には酒酔い運転幇助は故意犯だと思うので、執行猶予付き懲役刑の方が良かったのではないかと思いました。

脳外科のようなリスキーなことをしないですむ立場でほんとうによかったですw

>でも今回の件は示談が済んでいると言うことで刑事立件は不要でいいですよね。

 お気持ちは分かりますが、犯罪の嫌疑があって初動段階で一度立件した以上、刑訴法により、立事の撤回はできず送致が義務となるため(全件送致主義)、示談が成立するまで送致をまって(被告人に有利な証拠の採取)、示談が成立してから送致したという感じを受けました。

>示談が成立してから送致したという感じを受けました。

なるほど。そういう見方ができるわけですね。ちょっと安心しました。
やっぱりモトケンブログはROMしてるだけでも、ためになります。

示談が成立してから送致
その後、最終的には不起訴処分と言うことでしょうか。その辺が穏当な落とし所なのでしょうね。

 当然ですが示談の結果は、検察の起訴不起訴の判断に影響はあるんでしょうね。>>>法律実務に詳しい方

 おそらく示談の情状証拠の価値は高いと思います。一審実刑後に示談が成立して控訴審で厳刑されて執行猶予付きという判決がつい先だって某事件でも出ましたね。
 高額な示談が成立していれば、示談に努力したという真摯な反省と評価され、軽微な事件なら、起訴猶予か罰金略式命令だという話をきいたことがあります。
 学生時代に傍聴したレイプ事件では、「3000万円という異例の高額な示談に努力したし、被害者も宥恕に変わったので、実刑相当であったが刑の執行を猶予するのが相当と判断した。」という趣旨の判決朗読を耳にしたことがあります。
 御参考まで。m(_ _)m

変換ミス事故レスm(_ _)mスマソ

×:控訴審で厳刑されて執行猶予

◎:控訴審で「減刑」されて執行猶予

イントラフローの加圧バックに装填するヘパ生(ヘパリン添加生理食塩水)の扱いに関してですが,私が研修医になった20年余り前には,空気など抜いていませんでした.そして回路には液溜めが付いていて,ここに「必ず」空気を残しておくように言われました.
理由なんですが,イントラフローの流速は3ml/hrですからある程度フラッシュしても500mlの生食パックが1回の手術で空になることなど考えられなかったこと,バッグを吊るしている限り空にならなければ空気が送られることはなかったこと,そして液溜に空気を残すのはヘパ生が流れていることが確認できるようにするため,の3つの理由からでした.

その後患者さんの移送時にバッグをベッドの上に転がしておくようなことが行なわれたりするようになって,空気の混入の危険性が出てきたため空気を抜くようになったという経緯があります.従って現在ではヘパ生が流れているかどうか確認するすべは無くなってしまいまいした.

何が言いたいかというと,どちらの方法にもメリット,デメリットがあり,それぞれの施設でメリットの高い方法を選択しているのが実情だということです.
「空気を抜かないのは論外」という言い方は必ずしも適切ではないのです.

ああ、そんな器械もありましたね。小生は昔から空気は抜いていましたが、抜くことは義務ではなく抜かない医師もいました。そもそも、その時代(昭和ん年)にはどうセットする等というマニュアルさえありませんでした。事故ったら注意力不足で片づいてましたから(^^;)

元外科医さん

しかし、過失事故に対して刑事罰をもってしても、仮に酒酔い運転事故の同乗者のように罰金刑になった場合、遺族にすれば何で人殺しの片棒担いで実刑じゃないの、という感情になるでしょう。

なると思います。

実刑など厳罰にすればいいのでしょうか。

そんなことは言っていません。
実刑にするべきであると言っているのではなく,刑事罰的な示しをつける必要があるということです。不起訴に比べれば,いくぶんかでもましです。

それによって、医療や交通の安全性が高まり、社会の秩序や安全が保たれるので有れば納得いたします。

刑事罰の意義は,そこだけにあるのではありません。応報刑論も厳然として存在するし,実務はそのように動いていますし,遺族の気持ちを無視することは容易ではないです。

ところでトピずれですけど

 個人的には酒酔い運転幇助は故意犯だと思うので、執行猶予付き懲役刑の方が良かったのではないかと思いました。

おそらく最近の判決のあった事件のお話だろうと思いますが,あれは,検察の負けですね。量刑ではなくて,事実認定で。

刑法上のものすごく重い罪である「危険運転致死傷」の幇助で起訴したのに,その罪の成立の必要条件である「正常な運転ができない状態であったことの認識」がその同乗者にないと裁判所に認定されたため,道路交通法上のとても軽い「酒酔い運転幇助」に落ちてしまったということだと思います。だから罰金刑になってしまったということです。

これ,最初の判決報道を見たとき,ずいぶん軽くなったと思いましたが,量刑の主張でどうのこうのなったのではないんですね。検察が,事実認定で負けてる。しかしまあ,ちゃんと報道してほしいものです。

応報刑論も厳然として存在するし,実務はそのように動いていますし,遺族の気持ちを無視することは容易ではないです。
そこなんですがね。  明らかな医療ミスなら刑事罰で良いという考え方は医療従事者の中でも一定程度いるのです。(小生は違いますが)刑事罰により重大なミスをした医師を医療界から退場させるのは、実際少数なので社会全体からみても許されるかも知れません。しかしこれがもたらす萎縮効果の方を考えて欲しいのです。当然のことですが、犯罪者になるかも知れない医師はその機会が無くなるように行動するでしょう。(どういう意味か今までさんざん言われてきたことですので分かると思います)  刑事罰による萎縮効果をもたらすこと無しに、遺族の応報感情をある程度満たし、なおかつ不良医師を退場させることが出来る制度を作るために頭を使ったほうが良いのではありませんか。小生はまだ良い考えが浮かびませんが。

元外科医さん

>萎縮効果について
このトピックの話にこだわるのもおかしいので,患者取り違え等の事件でもかまわないのですが,そのような「明らかな医療ミス」のある事件に限定して刑事罰を加えますよ,ということで,萎縮効果が生じるのでしょうか。

生じるのかもしれません。
その可能性も当然あると思います。
ただ,それで生じうる萎縮効果は,どの程度大きいのでしょうか。

もうひとつは社会的コンセンサスの問題です。
これは避けては通れません。
マスコミが遺族偏重であることは否定できませんが,マスコミが,ひとつの正確な事実を告げているのも確かです。世の多くは被医療者であり,いつでも遺族の立場に立ちうる。

「萎縮効果が生じるので,瓶が空になったのを確認しなくて人を死亡させた医療関係者や患者を取り違えて健康な臓器を取り出した医療関係者を処罰するのは一切やめにしたいのです。お金を払いますし,医師や医療関係者も処分しますので勘弁してください。」

ということは,おそらく社会的コンセンサスを得ません。どのように説明しても,理解を得ることは困難です。要するに失敗した制度となります。

そうするよりも,
「誰の目にも見て明らかな医療ミスについては,それは処罰してもらうしかないと思っています。ただし,萎縮効果が生じるような場合,例えば,救急などの場面や,その他ときどきの状況に応じて,不可避的に生じうる過失については勘弁してもらいたい。その後に必ず生かしますので。」

というのが妥当ではないでしょうか。

誰かさんが使っている危険な比喩なので,あまり使いたくないのですが,トラック運転手が信号を過失で見落として歩行者をひき殺した場合には,ちゃんと処罰を受けていますし,そのことに対して多くの人は異論は持っていません。そして,トラック運転手は,その危険を背にそれでも仕事をしています。医療関係者の場合に限って,そのくらい悪質な過失だった場合に処罰しないという論理は相当に困難を伴うと思います。

>萎縮医療
>トラック運転手

たとえがちょっと違うのかもしれません。制限速度違反の方がニュアンスが近いのではないかと思えます。
60km制限の道路において80kmで全体がスムーズに流れている場合に摘発を厳しくすると一気に50kmぐらいまで落ちます。その場合輸送効率としては乱暴ですが40%近く低下することになります。
これを医療の萎縮と考えるならばこれも乱暴ですが、仮にアクセスにその萎縮が集中したとすれば40%弱の患者が医療を受けられないということになろうかと思います。
ここで問題になるのはモチベーションで、運転手はそれなりに運転技術に自信を持っているのである期間で80km運転に復帰するけれども医療者は医療の不確実性ゆえに50km運転どころか徐行運転になりかねず、一部の自信過剰のスーパードクター以外はなかなか制限速度にすら復帰しないということなんだろうと思います。

>しかしこれがもたらす萎縮効果の方を考えて欲しいのです。当然のことですが、犯罪者になるかも知れない医師はその機会が無くなるように行動するでしょう

この場合は,いい意味での萎縮効果ではないでしょうか?
システムの欠陥の放置という悪い「機会が無くなるように行動する」ことになるのですから。
かといって,私も執刀医個人を有罪にしても無意味と考えてます。
また,管理者(院長等」)への業務上過失致死傷罪の適用も,40および42のとおり難しいので,現在の制度では罪に問えないですね。

>しかしこれがもたらす萎縮効果の方を考えて欲しいのです。当然のことですが、犯罪者になるかも知れない医師はその機会が無くなるように行動するでしょう

この場合は,いい意味での萎縮効果ではないでしょうか?

いいと考えるか、良くないと考えるか、答える権利はやはり患者さん側にあると考えます。

小さな過失が死亡事故につながるような医療行為を行うチームは、過失を起こせば業過致死で起訴されることを承知でやらねばならないのが常識になれば、患者さんが事故に遭う確率は減少すると思います。
ただし、該当する医療を行うチームが減るために、医療に到達するまでに相当な苦労をすることになります。

大野病院事件以後は、一人医長産科医は姿を消し(所によっては産科医が皆姿を消し)、妊婦さんたちは事故に遭う確率がたぶん減少しました。医療へのアクセスそのものが不便になったと言う現実と引き換えです。

いいと考えるか、良くないと考えるか、答える権利はやはり患者さん側にあるとおもいます。


刑事罰を与えることを前提に「何でも引き受けろ、引き受けたら完璧にやれ」と言う要求は満たされませんので、「完璧に出来ることだけを引き受けろ」と「出来そうだと思ったら引き受けろ、その代わり多少のミスには目をつぶる」の間に落としどころがあるのだと思います。
医師である私としては後者よりのスタンスを患者さんが選んでくださるとより多くの命や健康に貢献出来ると思います。

現実問題として「刑事罰による医療の萎縮効果」という現象は存在するし、そうした萎縮効果が医療崩壊の一部の要因(要因の全部じゃないですよね)であることは、私を含めこのモトケンブログで学んだ人は多いと思います。元外科医先生はそうした萎縮効果は医療にマイナスの効果を発揮し、社会的に有害であるから医療に刑事罰を科すことを止めるべき、元外科医様はじめ多くの医師の方はこのようにお考えになっておられるのだと推察します。

こうした「医療者個人への刑事罰=社会的に有害」という概念が、広く日本の社会全体のコンセンサスであるのか、それとも医療界だけに特に目立つ考え方なのか、ここの評価と議論は必要ではないでしょうか。社会的に有害無益だから医療過失に刑事責任を問うべきでない、このような考えに日本国民の大多数、少なくとも過半数が賛成するのであれば、医療行為は無責とする刑事法制の法令改正が可能になります。

ところが現時点で医療行為は刑事上無責にすべき、と明確に主張なさっているのは医療界や医師の方々、しかも医師の方の中でも全員とは言いかねる現状かと思います。そして非医療界の人々の中でこの考え方に賛意を示す方も、また少数なのではないでしょうか。すなわち「医療行為は刑事無責」との国民的コンセンサスどころか、日本の国民全体から見れば極めて小数の意見と言わざるを得ません。

もちろん「医療者個人への刑事罰=社会的に有害」という考え方は、理に適ったものであり論理的に間違っていないことは認めます。私だけでなく、このモトケンブログの非医療者の常連の方々でも、この論理に理解を示す方は非常に多いと思います。これはモトケンさんのご努力で、過去2年近く医師と法律家との議論を積み重ねた結果の賜物だと思います。

このようにモトケンブログの閉ざされた世界では、「医療者個人への刑事罰=社会的に有害」という考え方は相当高い割合で受け入れられている。にもかかわらず医療行為は個人の責任を問うべきでない、と主張する人が多数派とならないのも現実です。医療問題に対する理解が深い人達の集団でも多数派となれない刑事無責という主張が、医療問題に対する理解が浅い国民多数の賛同を得られるとは到底思えません。

今日本の医療には多くの問題を抱えています。そしてその問題提起を国民大衆が知る情報手段は、その8割とか9割がマスコミ情報として国民社会に広まって行きます。そして国民大衆の医療問題に対する理解が浅くて偏っているのは、まさしく情報ルートを握っているマスコミ関係者の、医療に対する理解と知識が足りずに偏った報道を続けている結果のはずです。低俗商業主義に堕したマスコミが医療問題解決のボトルネックではないでしょうか。

逆に言えばマスコミを上手く利用して、流される情報の向きを医療界に有利な方向に誘導したり、医療界の主張に好意を持った論調に変えさせることができれば、「医療者個人への刑事罰=社会的に有害」という考え方を国民大衆の多数意見とすることが可能になるのではないでしょうか。出来の悪いハサミの使い方と同じで、あまり上等とは言えない日本のマスコミも使い方によっては役に立つと思います。

いたずらに非医療の人々の無理解を嘆き、マスコミに対する敵意を含んだ主張をされることは、政治的要求を実現しようとするときに得策とは思えないのです。ある程度割り切って、いくら肌が合わないものでも役立つものは利用する。こんな図太さも政治的アピールには必要だと思うのです。

最後は少々発展し過ぎてトピズレとなりました、皆様ご容赦下さい。m(_ _)m

こうした「医療者個人への刑事罰=社会的に有害」という概念が、広く日本の社会全体のコンセンサスであるのか、それとも医療界だけに特に目立つ考え方なのか
日本の医療界では少数派かも(^^;) 黙って逃散の方が多いかも知れません。


小生は医療過失への刑事罰は一貫して反対の立場ですが、一切妥協しないと言うことは言っておりませんし、法制化となれば医療人以外の方々の合意も必要なので落とし所は「個人への刑事罰を現実的に(1999年以前のレベルに)減らす」というところでもやむを得ないかとも思っております。大野判決では一定の歯止めが出来たと理解しています。しかし、この議論の結果としての刑事司法のありかたと、崖っぷちで危険きわまりない救命医療をやってる医師たちが萎縮して逃散するかしないかは別でしょう。

いずれにしても No doctor no error
にならないように願うばかりです。

ハイリスクローリターンだから医者は逃げるんであって、ハイリスクに見合うリターンがあるか、リスクを軽減するかどちらかでしょう。これは自然法則です。
そう言っても実際にこのメカニズムで医者が減っていることが証明されない限り、事態は動いていかないのも世の常のようです。自然法則に任せておけばいいんじゃないかと最近思ってます。

ちょうど今日のYosyan 先生のエントリーが萎縮の問題ですね。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080921
民事ですが、救急で患者を受けちゃったらそこの病院では対応出来ない病気だったんで訴えられ負けたので、ビビって救急を受けない病院が増えたという例。
これはもうそうなるだろうなあって思うんですが。

マスコミの利用って難しそうですよね。
何か判ってくれそうな気がした新聞記者さんがおっそろしく分からず屋だったて経験から、ちょっとげんなりしてますが。(笑
でもマスコミの人もネット見てるでしょうからネット経由で変わってこないでしょうか?
mixi などネットの中に限るとニュースなどに対する反応からは理解が進んでるように思えます。
看護士さんが筋注を静注と間違えた事件でも、mixi の中では患者さんも看護士さんも可哀想と言う反応が多くてちょっとホッとしました。
凶悪犯罪には厳しい意見が多いですが、単純ミスにも刑事罰をと望んでいる人はそんなに多くは無いかもしれないなと。

>単純ミスにも刑事罰をと望んでいる人はそんなに多くは無いかもしれないなと。

 別トピでモトケン先生も指摘されてましたが、「業務上」を除けば、過失致死傷罪は親告罪だったり罰金刑以下だけで刑がとても軽かったりします。それはご指摘の国民意識が改正刑法にあらわれていると思います。
----------------------------------------
  第二十八章 過失傷害の罪
(過失傷害)
第二百九条 過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。
2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
(過失致死)
第二百十条 過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。

うう・・また法務局・・・

http://www.shinmai.co.jp/news/20080920/KT080919FTI090024000022.htm


どこに貼ったらよいか分からないのでとりあえずここに。

この決議の当否を論じることはできませんが、検察審査会における審査の方法、判断材料等には興味があります。

鑑定まで行かなくとも、専門家の話を聴く方法などはあるのでしょうか。申立人が提出した資料(?)を見る位かなあ。不起訴処分とした検察庁からは、審査会に対して何らかの説明があるのでしょうか。分からないことだらけです。

これは私1人だけの見解でしょうが,
医療の不確実性・救急性にかかわるもの→医療の特殊性あり→刑事免責
それ以外のもの(システムエラー等)→医療の特殊性なし→通常通り刑事責任を問う
と2つに分けるべきだと考えます。

前者は,どんなに努力しても神のみぞ知る範疇ですから,刑事責任を科しても意味がありません(抑止できない)。

しかし,後者は,人間のやることですから100%とはいかないけど,99%無くすことが可能です。命に関わることですから刑事責任による抑止力を働かせることが必要だと思います。患者の取り違えや部位の取り違えなんて,刑罰を科してでも無くすべきです。
ただ,刑罰を科す方法としては,いきなりではなく,リコール制度のように欠陥を隠した場合のみ罰則というのが穏当だと思います。

検察審査会法によりますと,

第三十五条  検察官は、検察審査会の要求があるときは、審査に必要な資料を提出し、又は会議に出席して意見を述べなければならない。

要求があれば可能だということですね。
あんまり聞いたことないですけど。

第三十八条  検察審査会は、相当と認める者の出頭を求め、法律その他の事項に関し専門的助言を徴することができる。

鑑定人等の出頭も求めうるということでしょうね。

第三十八条の二  審査申立人は、検察審査会に意見書又は資料を提出することができる。

審査申立人は資料を出しうるということになります。

>医療の不確実性・救急性にかかわるもの

 それは予見可能性も回避可能性も無いか低いうえに、許された危険として違法性が阻却される(予見義務や回避義務が構成要件上もなくなる)又は緊急行為で違法性が阻却されるのがほとんどなので→犯罪不成立→刑事免責はもとから必要無し…だと思います。m(_ _)m

>それ以外のもの(システムエラー等)

 これは欠陥又は不備なシステムを放置した管理者の「システム不備を放置した過失」が成立する可能性が高いと思います。

これは私1人だけの見解でしょうが, 医療の不確実性・救急性にかかわるもの→医療の特殊性あり→刑事免責 それ以外のもの(システムエラー等)→医療の特殊性なし→通常通り刑事責任を問う と2つに分けるべきだと考えます。

私は,法律家ですが,かなりpondさんのお考えに近いです。
ただし,

患者の取り違えや部位の取り違えなんて,刑罰を科してでも無くすべきです。 ただ,刑罰を科す方法としては,いきなりではなく,リコール制度のように欠陥を隠した場合のみ罰則というのが穏当だと思います。

なぜ欠陥を隠した場合にのみ罰則ということになるのかはちょっと理解できません。これはやはり医療を通常どおりの刑事責任には問わない場所に置くということです。そうするのであれば,それなりの理屈が必要だと思います。

医療の不確実性・救急性にかかわるもの→医療の特殊性あり→刑事免責 それ以外のもの(システムエラー等)→医療の特殊性なし→通常通り刑事責任を問う と2つに分けるべきだと考えます。

このようなお考えの方がいることは理解できます。
実際には、待機的治療であっても、いろいろな条件で生じる差がありますので、救急と待機的医療で差をつける理由がないと思っています。

いずれにせよ、我々医師は法律を作る人を選ぶ一票は持っていても、法律は作れませんので、定められた法律に従います。

近くの病院で見てもらいたいと思っても、「隣の県の県立病院に有名な専門医がいますから紹介しましょう」と言われることと引き換えに高度な医療を手に入れる世の中になって行きそうです。
福島県の県立病院ではハイリスク妊娠を診療する体制が整えられないため県立病院が分娩の取り扱いをやめたことと同じです。

多くの方が、こういうことを高いレベルの診療を受けるためにはいいことだと考えるなら、これはいいことなのだろうと受け入れる準備はあります。私の意気込みは時代遅れのパターナリズムなのだろうとあきらめがつきます。

法治国家の一員として、犯罪者にならぬように適切に行動するしかありません。

>近くの病院で見てもらいたいと思っても、「隣の県の県立病院に有名な専門医がいますから紹介しましょう」と言われることと引き換えに高度な医療を手に入れる世の中になって行きそうです。

これが可能なうちは私も許容出来ます。
でもたぶん、専門の病院を紹介しても「うちでは入院も手術も大勢の患者さんがお待ちになられてるので、もとの病院で治療なさったほうがいいですよ。」って言われてかえされますよね。(今も有名病院はそうでしょう?

救急たらいまわしなんて騒がれてますが、救急じゃなくても盛大に回っちゃうんじゃないかって危惧してます。

沼地さんと私は共通の危惧を抱いていると思います。

最高レベルの医療を低価格で受けるには待機時間が長くなるのは当然だと思います。患者側の選択としてもやむを得ない部分が多いのではないでしょうか。たらい回しが問題にならなくなる時代はすぐそこにあります。

大野事件が無罪で終焉し,舞台は医療事故調の話に遷っています.ここで法曹の方々に教えて頂きたいのですが,No.41でssd先生が紹介された事例が第3次試案で言う所の「標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡」に当たるかどうかです.
結局我々医療者側には,どのようなものがこの「標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡」に当たるか具体的にイメージとして解らないとその先へ進めないのです.

よろしくお願い致します.

 横槍を入れて申し訳ございません。
 医療事故が発生したときに、誰が責任を負うべきでしょうか?
 どういう場合を医療事故というのでしょうか?
 そこがわからないのでご教示下さい。

 私は、事故の分類としては、No.78 pond さんの言うように

「医療の不確実性・救急性にかかわるもの」と「それ以外のもの(システムエラー等)」

に分けて考えるべきだと思っています。
 但し、前者は当然に不可罰で、後者は当然に可罰的だと言うべきかどうかは議論の余地がかなりあると思います。
 システムエラーについても、刑罰による抑止力はゼロではないにしてもかなり限定的だと思われるからです。

で、「No.41でssd先生が紹介された事例が第3次試案で言う所の「標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡」に当たるかどうか」についてですが、実は第3次試案がどういう場合を想定しているのかよくわからないのですが、私としては、上記の分類に従い、「標準的な医療から著しく逸脱した」かどうかが問題になる場合というのは、医療の不確実性が問題になる場合についてではないかと思います。

 血管内に空気を混入させたということを問題にした場合、いったい誰のどの行為を問題にすべきかが問題になります。
 そして、その行為のとらえ方と医療行為の定義如何によっては、そもそも医療行為ではないという評価もあり得ると思います。

 大野病院事件の場合は、まさしく医師の裁量の当否が問われました。
 そして裁判所は、「標準的な医療から著しく逸脱した」かどうかを問題にして、そうとは言えないと判断したように読めます。
 つまり、医師の裁量が問題になる場面についての過失の有無を問題にしたと考えることができます。

 しかし、脳血管に空気を混入させることについては、医師の裁量の当否の問題になりうるのでしょうか?
 いかなる術式であってもそういうことはあってはならないというのであれば、医師の裁量は問題にならず、空気の混入が不可抗力でないかぎり誰かの過失があるということになります。
 当然に「標準的な医療から著しく逸脱した医療」と言うべきであるということになりそうです。
 そもそも「標準的な医療から著しく逸脱した医療」という判断基準で評価すべき場合ではないと言うべきだろうと思います。

 そうすると、過失はあるということを前提にして、過失犯処罰の当否という問題に行き当たります。

 繰り返しになりますが、大野病院事件は、過失犯を処罰すべきという現行法を前提にして、医師の裁量の問題として過失はないと判断されて無罪になりました。

 これに対し、空気混入事例においては、裁量が問題になる場面ではなく、誰かの過失の存在を前提にして、誰の過失か、過失があるものを処罰すべきかの問題になると思います。

 「標準的な医療から著しく逸脱した医療」という文言について議論を読んでいると、以上の分析をしないで議論している場合が多いように思われます。

 読み直して、理解してもらえるかどうかはなはだ不安なのですが、キーワードは医師の裁量です。

 私は、医療事故には本質的に異なる二つのパターンがあると考えています。

 どちらも非刑罰化の議論が成立しますが、本質的差異を反映して、その論理は異なってきます。

 法曹ではありませんけれど、厚生労働省の第三次試案には、「標準的な医療行為から著しく逸脱した医療」についてこう書いてあります。

標準的な医療行為から著しく逸脱した医療であると、地方委員会が認めるものをいう。また、この判断は、あくまで医療の専門家を中心とした地方委員会による医学的な判断であり、法的評価を行うものではない。

 そして、地方委員会については、

中央に設置する委員会、地方委員会及び調査チームは、いずれも、医療の専門家(解剖担当医(病理医や法医)や臨床医、医師以外の医療関係者(例えば、歯科医師・薬剤師・看護師))を中心に、法律関係者及びその他の有識者(医療を受ける立場を代表する者等)の参画を得て構成することとする。

 現段階でハッキリしているのはこれだけだと思います。

 あうう。。モトケン先生の解説の後に書き込んでしまった。

モトケン先生,御回答ありがとうございました.
この事例では「標準的医療」云々ではなく,確かに「過失はある」.その責を問われるべきか,問われるとすれば誰が問われるべきか,というレベルの問題である,ということですね.

そうなりますと,その判断は事故調が行なうものではなくなる(事故調は医学的判断のみ行なう)ことになります.では警察への通報の判断は誰がどのように判断して行なうかという疑問が生じます...

事故調が調査すべきことがかなりあると思います。

>事故調が調査すべきことがかなりあると思います。

もちろん調査すべきことは沢山あります.
書いているうちに,何となく解って来たように思います.事故調では「通常の医療行為から著しく逸脱した行為」かどうかを医学的に判断し,その可能性が非常に高いと考えられれば事故調が警察に通報し,最終判断は警察に委ねるというようなところと考えればよいのでしょうか...

もしも事故調がきっちり働くなら,本当にトンでもない医療行為だけが警察の手に渡ることにできるのでしょうね.
問題があるとしたら遺族が警察に直接告訴した場合でしょうか. 事故調がまともに動いて,警察も初期の判断を事故調に振るようになればよいのでしょうけど,そこまで行けるかどうかでしょうか...

モトケンさんのおっしゃる「医師の裁量」の有無というのはとても重要なキーワードだと思います。
私の中では,ずいぶんすっきりしました。

1 まず,これは法律家の習性といいますか,文言の定義を気にします。

そもそもこれが「医療行為」に該当するか,という問題が生じるわけです。

手術を例にとれば,
執刀行為は当然医療行為に入るでしょう。
その補助(例えば,術野の確保行為)も当然医療行為に入ると思われます。
一方,手術室に患者を運び込む行為は,医療行為になるかと言えば,どうなるか分かりません(患者取り違えのときには問題になりますよね)。医療行為,という言葉の普通の意味では,なかなか難しいかもしれません。

そして,点滴等が空になるかどうかを確認する行為が医療行為にあたるかどうか,というと,これがあたるかどうかも,実のところ不明確です。

そもそも,「医療行為」というのを,どう定義するかにかかってくるわけです。

それが,モトケンさんの言う

血管内に空気を混入させたということを問題にした場合、いったい誰のどの行為を問題にすべきかが問題になります。  そして、その行為のとらえ方と医療行為の定義如何によっては、そもそも医療行為ではないという評価もあり得ると思います。

ある一定の行為を問題があるとして取り上げた場合,それが「医療行為」に当たるか,という問題がまず生じるという意味です。少なくとも私はそう理解しました。

そして,医療行為に当たらない,ということであれば,そもそも事故調の扱う事案ではないということになります。

2 そして,仮に,医療行為=医療に伴う一切の行為,と極めて広く定義づけたとしましょう。そうすると,瓶の確認行為は,医療行為に該当すると言えます。

そして,これを医療行為としても,次の段階です。

  いかなる術式であってもそういうことはあってはならないというのであれば、医師の裁量は問題にならず、空気の混入が不可抗力でないかぎり誰かの過失があるということになります。  当然に「標準的な医療から著しく逸脱した医療」と言うべきであるということになりそうです。  そもそも「標準的な医療から著しく逸脱した医療」という判断基準で評価すべき場合ではないと言うべきだろうと思います。

事故調の扱う事案,つまり先ほどの定義づけに従えば,「医療行為に伴うもの」であるとしても,

そもそも医師の裁量が存在しないような場合に,「標準的な医療から著しく逸脱した医療」というものがありうるか,ということです。

著しく逸脱している,といちいち判断しなくても,そもそも裁量のない(=瓶を確認せずに空気を入れてしまってもよい場面など絶対に存在しないとすればですよ)ところに,逸脱もへったくれもないでしょうと,そしたら事故調はそれ判断する必要もないでしょうと,こういうことになるんじゃないかと思われます。

そうすると,事故調の設立動機が,標準的な医療かどうかを判断し,不適切な刑事処分を排除する,という点にあるのであれば,事故調の事案にする必要もないような気がしてきます。

大野病院事件には,標準的な医療って何ですか,というのが基準として成り立ちうるから,「逸脱したかどうか」を判断する機関が必要だと感じられるわけですが。

 「通常の医療行為から著しく逸脱した行為」って、動脈に空気を入れるとか、高濃度カリウムを静注するとかの過失行為を指すはずがないです。事故はすべて通常医療から著しく逸脱したことを行ったために事故になるからです。
 「通常の医療行為から著しく逸脱した行為」を「意図して」行った結果、予期せぬ事態になり患者に危害を加える結果になること、と解釈しなければ意味が通りません。
 法律家の方のご意見ではいかがでしょうか。

さっそく御教示頂きありがとうございます。

しかし、主語が「検察審査会は」となっている条文って、どのような過程で意思決定がなされるのか謎です。誰かが裁判長的な立場でリーダーシップを取らないと、主張をまとめ、証拠を整理し、争点を整理し、鑑定の要否等を判断することができるとは思えませんが、実際にはどうなっているのやら・・・・。

女でも携帯してんの?

これに対し、空気混入事例においては、裁量が問題になる場面ではなく、誰かの過失の存在を前提にして、誰の過失か、過失があるものを処罰すべきかの問題になると思います。

この事件は、空気塞栓の予見も回避も義務と可能性がありながら、回避されず、患者さんが空気塞栓で亡くなりました。

すなわち「患者さんは医療事故の被害者であり、医療側は加害者」です。
わたしはこのことを前提にこの事件を考えています。
以下、エントリーで提示された論点に関して。


 

まず、医療事故そのものの問題として、この事故の責任は誰にあるのか、という点です。
 

ほかの方々の意見も参考にしたうえで、私は以下のように考えます。
執刀医は空気を自分で抜くか空気を抜く指示をする義務があった。空気を抜かないのであれば、点滴の残量を確認するように看護師に指示する義務、少なくなったら点滴の交換を指示する義務があった。指示された看護師は点滴を確認し交換する義務があった。これまでの経験から、この治療に参加する看護師はこの義務を知っていて当然でこの時に担当した看護師だけがそのことを知らないのであれば、この看護師の不勉強に責任があるか、この看護師に仕事をさせた者に責任がある、またはこの看護師に義務を教えなかったものに責任がある。

そもそもこの指示体系が実現困難なシステム、人員数であれば治療をすべきでなかった。それを承知で行ったのなら治療をした担当医師に責任があり、医師が治療することを嫌がっていたのなら医師に治療をさせた誰かに回避義務があった。

こういってしまった後で、何が起きたが全てが知らされているわけではないものの、誰か一人に責任を負わせることがふさわしくないように思います。


 

次に、民事上はすでに和解が成立しているようですが、このような場合にまで立件(書類送検)すべきかどうかについては今後議論の余地があるように思われます。

和解が成立したものについて、積極的に立件されるのではないかという不安を感じます。過失責任を問われる医師は和解を拒むようになるのではないでしょうか。ますます、ハイリスクの患者さんが医療にアクセスしにくくなる可能性があります。

私は、故意か該当する医療行為をする資格がない医師がやったのでなければ、刑事罰は不適切だと考えています。
資格と言うのは医師免許とか脳神経外科専門医とかいうことでなく、該当する医療行為をするに足る知識と技術があることです。これまで何度も実施して成功させた経歴があれば資格ありと思います(大雑把な表現で問題を含みますがあえて書いてしまいました。)。
結果責任を問われると、死亡の可能性のある検査や治療をする医師が少なくなります。この考え方を医師の庇い合いと言う人もいますが、国民皆保険制度のもとで、あくまでも患者さんが適切な医療を受ける確立を最も高くする考え方です。

三番目の問題として、本件を報道することにどのような意味があるのかという点です。  書類送検という言葉から生じるイメージを自覚しながら記事を書いているのかという疑問を感じます。  これは、犯罪報道一般の問題として議論すべき問題です。

どんなことで立件されるかということは、明日のわが身を守るために重要な情報です。
また報道されることで、医療従事者でない方の反応がわかるので、報道されることには賛成です。

ただし、私を含めて人は皆正義の味方なので、犯罪報道にふれると勧善懲悪の気概をもって、犯人許すまじ!の空気が出来上がってしまうことが多いと思います。
報道のされ方で医療従事者でない方の反応が異なる可能性が大きいと思いますので、スクープ性でなく調査報道のような形で報道してほしいと思います。

判決が出たところで、詳細な報道をしてほしいと思います。また報道が適切であったかどうかを検討することで、報道の質も上がると思います。できれば、報道したのと同じ紙面で自己評価や他紙を含めた比較検討をすると良いと思います。


今回の件で言えば、43歳の脳外科医はこれまでたくさんの未破裂脳動脈瘤を処置して、多くの命を助けてきたのだと思いますので、その辺も報道してくれていれば多少なりともバランスが取れていたろうと思います。

慈恵医大泌尿器科の手術では、未経験の医師であったことが報道されました。大野病院事件では「癒着胎盤の経験なし」など当たり前のことが、元被告医師が未熟であったことを連想させようとする意思を持って見出しになりました。
一方今回の脳外科医は未熟を思わせる報道はありません。経験豊富だったので書けなかったのではないでしょうか。腕がいいことを連想させたくなかったので「熟練医師、上手の手から水」などとは報道しなかったのではないかと疑ってしまいます。すでに勧善懲悪の悪にされかかっています。

ところで、今回の立件は刑事司法の謙抑的運用のもとになされたはずですが、どの辺が謙抑的であるのか責任ある立場の方から何らかのコメントがあってしかるべきだと思います。

さもないと大野事件判決後の大臣コメントは早くも反故にされたと判断されかねません。
あるいは謙抑的運用とはこのようなものであったと医療側は本件をもって判断することになります。
少なくとも、私の思う謙抑的運用とはかなり乖離があります。


 近所の大学病院は、私たちがメジャーな手術放棄したおかげで、癌の入院待ちが、100人を超えてるそうですし、アフターケアもほとんどできず、術後の患者が、ご飯を食えるようになるまでおいておいてほしいとやってきます。研修医もつかれはてて、かわいそうです。同じ県内の癌専門病院では、乳癌の入院予定が、”来春”だそうです。患者に紹介状を書くと、初診予約のための予約で始まります。
 心療内科は初診3ヶ月待ち、一応精神科救急は病院が決まってますが、入れてくれたためしがありません。うちで体幹拘束のクロルプロマジン点滴でおねんねしてもらいながら、休み明けに引き取ってくれる精神科探しです。小児精神科は初診診療予約が半年後。ここは100万都市です。
 うん!裏の手配師になってかね取ったらきっと儲かるぞ!がん患者の入院を1週間以内に手配したら、うん十万とか!(冗談ですよ、、、、)
 

ところで、今回の立件は刑事司法の謙抑的運用のもとになされたはずですが、どの辺が謙抑的であるのか責任ある立場の方から何らかのコメントがあってしかるべきだと思います。

現時点ではまだ送検されただけですので何も判断出来ないと思いますが・・・。
 警察としては昨年6月(?)の時点から捜査していた(この時点では大野病院の判決も警察庁長官のコメントも出ていない)ので、捜査したのでとりあえず送検したと言うことだと思いますけど。

追加

んでモトケン先生が

 三番目の問題として、本件を報道することにどのような意味があるのかという点です。
 書類送検という言葉から生じるイメージを自覚しながら記事を書いているのかという疑問を感じます。

 と書かれているのも、記事から来るイメージと実態の乖離を指していらっしゃるのだと思います。

 ただ、今は検察審査会とかいうやっかいな機関があるからなぁ・・・orz。司法の方が謙抑的にやろうとしても一般市民の方でそれをぶちこわす可能性があるんですよね・・・。

三連投失礼します。

で、モトケン先生が

宮崎県警は、手術の責任者は執刀医であるという観点から医師を被疑者として立件したものと思われますが、はたして困難な脳手術の最中の執刀医に点滴の残量管理の責任を負わすべきかという疑問を感じます。
 医療側のご意見はどうでしょうか?

 とおっしゃっているのはこの件を送検ではなく送付にすべきではなかっただろうか?と言うことだと思います。
参照:http://www31.atwiki.jp/rokurokubi/pages/128.html

 もっとも我々の目から見ても「過誤は明らかで、それはシステムの問題だから個人の責を問うかどうかが問題」という微妙なケースですから、警察に底までの判断をさせるのは酷かもなぁ・・・と言う気がします。

送検は事務的に行われただけかと。
謙抑的に運用するのであれば、示談が済んでるので不起訴処分になると思われます。書類送検まで、本人特定できるような情報を報道するのは、マスメディアの「医師=悪」を刷り込もうという意図が感じられますけど。

>少なくとも、私の思う謙抑的運用とはかなり乖離があります。

内科の医者様の思う謙抑的運用とは、医療準則から逸脱した医療行為での事故が疑われる事例であっても、捜査機関(警察や検察)による刑事捜査は行なうべきでないというお考えでしょうか。

私の考える謙抑的運用とは、医療準則から逸脱した医療行為での事故が疑われる事例であれば、捜査機関が一通り捜査した上で、起訴するか否かの判断を慎重にすることだと思います。

現時点では、医療準則から逸脱した医療行為であるか否かを判定する事故調が出来ておりません。そのため事故調が将来担う予定の判定作業を、刑事捜査の段階で医療界に意見聞いたり鑑定をして貰い、医療準則に逸脱していたか否かの判定を行なわざるを得ません。また捜査を進めていく中で医療行為の正当性を問うまでもない、いわゆる単純な過失責任(例えばカルテの患者氏名を確認しなかったなど)が浮き出てくる場合もあると思います。

病院の診察室の中での出来事を捜査機関が捜査する段階と、その捜査結果を踏まえて起訴の判断をする段階、さらに起訴後に刑事裁判の法廷審理での段階。これらの各段階でどのように謙抑的な運用を行なうのか、当然ながら当て嵌める謙抑性の基準が違ってくると思います。

示談が済んでるので不起訴処分になると思われます。

一般論としては、示談の内容によると思います。示談交渉の過程で執刀医の過失を認めているのであれば、起訴猶予でなく、略式裁判、罰金刑もあり得ると思います。

今回の場合は、病院のコメントとして、

予見が不可能な事故だったと考えている。
報道されていますから、示談内容に執刀医の過失が含まれている可能性は少ないと思いますが。

この手の報道の度に私がつぶやいてることですが、

マスコミが「書類送検」という手続についてきちんと説明することなく、「犯罪者が何か警察から処分を受けました」というニュアンスをあえて醸し出して伝えていることこそが問題です。

「書類送検とは、在宅事件について必要な捜査を(ほぼ)終えた段階で、警察から検察へ書類一式を送る手続のこと。捜査機関内部の事務処理にすぎず、何ら『処分』の意味合いはない。起訴・不起訴の判断は、この後に検察においてなされることになる」

たったこれだけの説明で、「書類送検」にまつわる一般読者・視聴者の誤ったイメージは是正されるはずなんですが、マスコミ自身がろくに解説しているのを見たことがありません。

検察は、随分前から、交通業過の1割起訴という形で、過失犯への謙抑的姿勢は見せています。(H18の交通関係業過の起訴猶予率89.5%)

こういうエントリーもありますよ。

http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/07/23-123549.php

小生も業務上過失傷害(交通事故、安全運転技無違反)で送検されましたが不起訴でした。軽い打撲程度だったので良かったです。

行政処分(1日免停)はいただきましたが
(^^;)

おっしゃる通りではあるんですが、ある意味それは視聴者側の「物知らず」にも責任の一端はあるのではないかと・・・。

もちろん責任の「一端」があるのは当然ですが、それをもって「自己責任」で切り捨ててしまえるものではないな、と。

消費者詐欺などでも、「騙されるほうがバカ」なわけですが、だからといって、そのバカさに「乗じて」私利を貪る奴らが許されるわけではないのと同一の構図だと思います。

>この件を送検ではなく送付にすべきではなかっただろうか?と言うことだと思います。

 法律用語に誤解があるようですが、警察が捜査したら、あらかじめ指定を受けた微罪を除き(微罪不処分)、事件を検察庁に送らなければなりません(全件送致主義)。これをマスコミ用語や警察ジャーゴンで送検といってます。
 「広義の送致」には、「狭義の送致」と「送付」があります。「送付」とは告訴告発のあった事件で、検察庁に送る書類の頭が「送付書」となります。それ以外は「送致書」となります。
 なお少年事件の場合、過誤を防ぐため「少年事件送致書」「少年事件送付書」と書くように書式が定めれらています。御参考まで。

>>消費者詐欺などでも、「騙されるほうがバカ」なわけですが、だからといって、そのバカさに「乗じて」私利を貪る奴らが許されるわけではないのと同一の構図だと思います。

騙される多くの方はお年寄りであり、バカでは無いと思います。(詐欺は犯罪であり、被害者の自己責任は関係無いと
思います)
マスコミは消費者詐欺については注意喚起を頻繁に行って
おり、まったく構図は違うと思います。

「書類送検」についてのイメージ払拭につきましては、おっし
ゃる通りだと思いますが、用語解説というより、
「書類送検」の段階で報道が必要かどうかの問題かなとも
思います。

報道が「不親切」なのは確かだと思います。
しかし、詐欺などのように悪意もって騙して金員を巻き上げようとしているのと、説明が足りないこととは、まったく別の話だと思います。

送検なんか、一応の知識があれば「ああ、手続きの段階は今、ここまで進んでいるんだな、警察捜査は大体終わったんだ」というだけのニュースに過ぎないと分かるわけですが、任意聴取や逮捕、送検や起訴という作業の各段階に『処罰感情の充足』を見出したい人は、そこに余計な意味づけを勝手にやるわけです。

無論、書いている記者にも「意味づけをしたい」欲求が絶無とまでは言いません。処罰プロセスがさらにもうひとつ進んだ、首を洗って待っとけよ、という思いを抱く記者も恐らくいることでしょう。

しかし、何かイベント(任意聴取、強制捜査、身柄拘引etc)に結び付けて記事を書き起こす習性のある記者稼業からすれば、送検(書類のみだろうと身柄つきだろうと)は記事を書くひとつの節目としての意味があり、「送検されたら次の節目(原稿化のタイミング)は起訴・不起訴の判断、その次は初公判、大事件なら以後の公判も追うけれども、そうでないならその次は結審、最後は判決公判。以上!」という出稿予定を立てるもんじゃないかと思うのです。

というか、実際テレビのニュースや新聞記事を見ていると、そういうスケジュールのあることが透けて見えますよね。

なお、私は「自己責任」で「切って捨てる」つもりは少しもありません。
そうではなく「刑事司法の手続き段階を知りもしないで、処罰感情を発散させる」ような読者視聴者や、一義的にはそういう人たちの知識水準に帰するべき問題の責までをも「マスゴミ」に負わせて事足れりとするのには賛同できない、ということです。

やっと時間が出来て、いきなり横でごめんなさい。

事足れりとするのには賛同できない

との趣旨なら、レスする相手が居ないのでは?
どこかでみた藁人形な気が・・

「マスコミが送検に事件を印象付け、しかも訂正を避けている」という評価に反対する人が居ますかねえ?

「マスコミが送検に事件を印象付け、しかも訂正を避けている」という評価に反対する人が居ますかねえ?

私は賛同しませんよ。

そうですか、それは失礼しました。

マスコミと一括りにする事に無理が有ることは承知していますが、評価の違うところを表明されたら如何でしょう。

まず、惰眠さんのご意見は正論ですが、世の中そんなもんですし、世代が交代していく以上完全に成熟した社会は望めません。
したがって、世の中全ての人が常に書類送検が刑事司法の手続き段階であることを認識することは難しいですし、そういう世の中であることを前提に物事を議論した方が建設的と思います。

また、マスコミが全ての書類送検を報道していない以上、報道=事件(特別な書類送検)と認識されますし、マスコミがなんらかの意図を持って“特定の”書類送検を記事にしていることも事実です。
“特定の”書類送検が報道されている以上、そこになんらかの意味づけをすることは不自然ではありませんし、一部には惰眠さんがおっしゃるように『処罰感情の充足』を求める人もいるかもしれません。

惰眠さんは、マスコミが“特定の”書類送検を報道している意図をどのように受け取っているのでしょうか

 マスコミは良くも悪くも、視聴者の耳目を引き付けるニュースを出したいという本能があるわけで、その意味では医療過誤や、企業の不正、役所の不祥事などのニュース性のあるトピックスについては積極的にニュースにしたいんでしょう。それだけだと思います。
 これはむしろ、今回のケースであれば医師系団体がマスコミに抗議を申し入れてもいいんじゃないかと思います。
 書類送検されたという事実はあるにしても、それをことさらにニュースにすることで、あたかも犯罪が確定したかのような誤解を視聴者に与えるわけですから。

>送検(書類のみだろうと身柄つきだろうと)は記事を書くひとつの節目としての意味があり、「送検されたら次の節目(原稿化のタイミング)は起訴・不起訴の判断・・・

ということであれば、単純に考えれば、
送検の記事の数=起訴の記事の数+不起訴の記事の数
あるいは
送検の記事の数≒起訴の記事の数+不起訴の記事の数
でも、もしかしたら
送検の記事の数⪑起訴の記事の数+不起訴の記事の数
になるのも仕方ないのかもしれませんね。

でも少なくとも自分が注視している医療関係の記事では
送検の記事の数ー起訴の記事の数>>>不起訴の記事の数
の様な気がするのは私の気のせい、あるいは単なる見落としなのでしょうかね?

『選挙のパラドクス』("GAMING THE VOTE")という本によると、ネガティブ・キャンペーンというのは、内容を問わずに効果があるのだとか。選挙民なり視聴者なりにネガティブな印象を与えることができれば効果があるわけですね。まさに印象操作というやつでしょう。

一九四八年、コーク・スティーブンソンと上院の議席を争っていたリンドン・ジョンソンは、「コークは農場の動物とやっているところを見つかったと言いふらせ」と運動員に指示した。

運動員は仰天した。「でも、そんなの嘘だということぐらいご存知でしょう!」

「もちろん嘘だ。そんなことは問題じゃない。とにかく言いふらして、奴に否定させろ」

TV のニュースなんか、完全に三流サスペンス・ドラマ仕立ての演出がなされています。あれは印象操作と呼んでよいのではないでしょうかね。私は、普段、TV は全く見ないのですけど、たまに飲食店で流れているのをみると、その演出過剰さにびっくりしますからね。

不起訴等の報道をしないのは、もはやマスコミの習性としかいいようが内容に思います。
医療に限らず、逮捕や送検については大きく報道してもその後の起訴・不起訴についてはあまり大きく報道されません。
それ以外にもゲーム脳やら環境ホルモンやらと、やたらと視聴者をミスリードした挙句、これらについて否定する事実が判明すると、大半はこれらの単語を報道しなくなる、という対応でした。

結局のところ、「マスコミが送検に事件を印象付け、しかも訂正を避けている」ように客観的に見えるのは事実ではあります。
しかし、客観的にはそう見えるからといってそのように評価することには私も惰眠さんと同様、抵抗を感じますね。
医師の送検はやはり国民の関心事であると同時に、起訴に至るまでの間に報道する大きなタイミングですから、これを、送検の意義をわざわざ説明しなければ報道すべきでない、ということには賛成できません。実名で報道することには反対ですが。
また、「訂正を避けている」と評価するならば、もう少し根拠が欲しいです。

不起訴について検察が広報しないことと,マスコミの怠慢というのは感じますね。

例えば,冤罪ということがものすごく言われますけど,検察が不起訴にすることで,冤罪をものすごく防いでいる可能性もあるわけです。そのことは,しかし,検察は広報しない。
そして,大手マスコミは報道しない。一方で,検察が不起訴にしても,不起訴にしたことを弾劾します。そして,起訴しても無罪(とか不本意な軽い刑とか)であれば報道します。彼らにとって都合がよければ。

マスコミは,不起訴を,起訴猶予(事実はあるだろうけれど,いろんな酌量すべき事情があるから,起訴はしない)というのと,嫌疑不十分(有罪を得る見込みがとぼしいので起訴しない)すら分けないことがありますね。愕然としますけど。

とにかくマスコミはひどいです。本当にひどい。このトピックスの事案に対する検察の処分をどのように報道するか,注視したいです。

子供には、「ネットには嘘が書いてある、テレビは見ると馬鹿になる。<本当かなあ>と思いながらネットで調べろ、テレビは見るな」と諭しております。

テレビでみてるのは映画や舞台や鉄道ものを除いては、TBS NewsBirdくらいですね、って、あれれTBSって医療関係者の宿敵な某新聞社系列だったような…

キャスターのおねいさん目当てだということでおゆるしください orz
(島ひとみおねいさん帰ってきてね)

ではもう一言。
>No.122 ろくろくび さん のコメントを引用させて貰います。

医師の送検はやはり国民の関心事であると同時に、起訴に至るまでの間に報道する大きなタイミングですから、これを、送検の意義をわざわざ説明しなければ報道すべきでない、ということには賛成できません。実名で報道することには反対ですが。
また、「訂正を避けている」と評価するならば、もう少し根拠が欲しいです。

既出ですが、事件としての報道は「起訴」「判決」で無ければならない筈。

マスコミは「逮捕」が無かった場合は「送検」を報道していると感じますが、それで「事件」と扱う手法になっている、つまり「送検」を関心事に持ち上げたのはマスコミです。

送検は警察の捜査が一段落した意味で、敢えて報道するほどの意義を私は認めません。
すると「送検」の段階で報道したなら「起訴・不起訴」そして「判決」を完全に報道しなければ「避けている」との評価になります。

事象の一面のみを強調しておいて、他面を「避けている訳ではない」と主張するのはパパラッチで、報道・ジャーナリズムでは無い、と考えます。

少々話が逸れるレスですが...

幾人かの方の書き込みを読んでいると、マスコミが逮捕・書類送検等の言葉の意味を
理解していることを前提に話しをされているように感じますが....
医療系の報道の内容を読む限り、少なくとも医学に関して勉強不足であり、
専門家への確認も怠っているケースが少なくない印象を持っています。
つまり、何か明確な意図があって書類送検報道を行っているわけではなく、
一部のマスコミ関係者が法律関係においても、誤解・理解不足・確認を怠ったまま
記事にしているという事も十分考えられると思います。

>事件としての報道は「起訴」「判決」で無ければならない筈。

いや、それはおかしいですよ。
「裁判報道」という枠に限るならば、そういう考え方も成り立つのかもしれませんが、刑事裁判が発生するにはまずその前段に「事件」があるわけです。

で、事件と言うのは「発生」から「終息」まででしょう。どこに「終息」を置くかにも拠りますが、通常は警察捜査の終了=送検をもって「事件報道」から「裁判報道」にシフトするんじゃないですかね。

それとニュース報道と言うのは何も森羅万象を網羅し余さず伝えるものではなく、編集者が「これはニュースだ!」と思ったものが記事となって発信されるものなのですから、例えば不起訴になったとしてもその不起訴処分にニュースバリューが見いだされなかったり、あるいは同じ日に別の大きなニュースが飛び込んできたりすれば、そりゃ報道されないわけです。
新聞の紙面もニュース番組の放送時間も無限大に存在するわけじゃないですから。

なので「なぜコレはニュースバリューを持ち得ないのか」「何がニュースバリューを持つのか」との考察を巡らせるならば、そこにはまだ意味がありますが、単に無知だ不見識だアンバランスだとマスコミを罵って何か結論を得た気になるのは、大間違いだと思います。というか、そんなマスコミ「批判」には何も意味がありません。

>少なくとも、私の思う謙抑的運用とはかなり乖離があります。

内科の医者様の思う謙抑的運用とは、医療準則から逸脱した医療行為での事故が疑われる事例であっても、捜査機関(警察や検察)による刑事捜査は行なうべきでないというお考えでしょうか。

私の考える謙抑的運用とは、医療準則から逸脱した医療行為での事故が疑われる事例であれば、捜査機関が一通り捜査した上で、起訴するか否かの判断を慎重にすることだと思います。

引用された投稿自体はそのような視点で書いたものではなく、「和解が成立した医療事故は原則として刑事事件として捜査の対象とする」のではないかと危惧しているのです。

和解が成立したということは、医療側が何らかの過失を認め謝罪したことが前提でしょうから、警察としては何らかの過失があったのだろうと疑うのは当然です。医療準則から逸脱したかどうかはその時点で警察には不明ですから『医療準則から逸脱した医療行為での事故が疑われる事例であれば、捜査機関が一通り捜査』するとなると、和解例全例が捜査の対象となるのが謙抑的運用ということになるのでないかという危惧です。

そこで私のような法の素人がこう考えるのが取り越し苦労なのであれば

『どの辺が謙抑的であるのか責任ある立場の方から何らかのコメントがあってしかるべきだ』
と思うわけです。

それとは別に、私は医療事故を刑事事件として捜査することに反対です。そのことは刑事免責のエントリーなどにしばらく前に投稿させていただいています。

惰眠さんのコメントに追加させていただきます。

>「送検」を関心事に持ち上げたのはマスコミです。

 そんなことはないと思います。医療過誤は国民の重大関心事ですからどこの病院でそうした事象が発生したかを迅速に知りたい、というのは一般国民の要求でもあります。
 医療過誤にはシステムエラーの要素も多分に含まれていますから、「どこの病院が危ないか」ということを国民は知りたがっており、そうした要請にマスコミもこたえざるをえません。
 一方、不起訴(嫌疑なし)について報道することは、被疑者となった医師の名誉回復に資するものの、公益・国民の関心という点では一歩劣ることは否定できません。

>すると「送検」の段階で報道したなら「起訴・不起訴」そして「判決」を完全に報道しなければ「避けている」との評価になります。

 批判の対象にはなりうるでしょうし、批判することまでは否定しません。マスコミが怠慢である、対応が不適切である、という批判ならば異論はないのですが、マスコミの報道に意図的な印象操作があるかのような批判はしっくり来ないです。
 送検と起訴・不起訴の報道のアンバランスさは客観的事実ではありますが、マスコミの主観まで証明したものではありません。

・悪意をもって行っている印象操作か、
・不勉強による mindless な単なる紙面埋めか、
のどちらかである。
どちらが「好意的な解釈」かは人によって分かれる。
ということかと。

No.126 Pediatrician さまご指摘のように、後者つまり「記者の不勉強」の可能性も十分考えられるわけですが、そうだとすると、「司法記者」という肩書はナニ?プロ意識ってナニ?という疑問は湧きます。

別に前者か後者かを、外部から、かつ一括りにして決定する必要はないでしょう。
今の「書類送検」報道のあり方が、客観的に見ておかしいということについて意見が一致するのであれば、ともかくマスコミに対して、またネットユーザーに対して、「おかしいぞ」と声を上げ続けることに意味はあると思います。

>和解が成立したということは、医療側が何らかの過失を認め謝罪したことが前提

う〜む、和解契約という概念の理解に法律家との違いがあるというか、和解交渉と和解の合意内容の現実をどのようにご説明するか…、ちょっと考え込んでしまいました。私は文章が下手で、上手く説明できないかも知れませんが、「和解合意=過失責任の承認」では無いことをご説明していきたいと思います。

まず和解の一般論(医療事件での和解に限定しないという意味)ですが、合意事項に「何らかの過失を認め謝罪する文言」を明確な表現で入れることは実際には少ないと思います。逆に過失の有無については慎重な言い回して確定的な文言となることを避け、過失責任の存在は敢えて不明確にしたまま、支払う金銭額についてだけ取り決めるのが和解契約では多いパターンだと、自分の少ない経験では思っております。

ですので、和解契約書に盛られた内容を根拠に検察が刑事責任を追求する、このようなことは現実的ではないと思っています。普通に法律家(原則的には弁護士)が、和解金の支払側の助言者となって和解交渉を進める場合、一番気を遣うのがこの「過失責任や賠償責任を認めないまま和解する」という交渉の難しさなのです。

「過失責任を明確に認めた上で謝罪して金銭支払に合意する」このような和解契約を結ぶのは、先に刑事訴追されていて有罪は間違いないが、和解契約(示談)の有無が情状による量刑の判断(場合によっては執行猶予が付く付かない)に大きく影響する場合が考えられます。しかし刑事捜査が具体化しない段階で行なう和解交渉では、「過失責任や賠償責任を認めないまま和解する」方向で進めるのが将来の法的リスク低減の考え方です。

このように過失責任や賠償責任を明確にしないために、賠償金という用語を使わずに和解金という言葉を用いたり、過去に対する明確な謝罪の表現ではなく将来に向かった寛恕の表現にしたり、和解交渉というのは非常に高度かつ専門的なネゴシエーション能力を要求されます。こうしたテクニックは、究極的には和解契約の内容を根拠に刑事責任が追及されたりするリスクを回避することにつながります。だから和解交渉が上手に行なわれていれば、その和解合意の内容を刑事責任追求の根拠にされるということは現実的でないと私は考えます。

良く巷間では、優秀な弁護士は法廷で争わずに和解での解決を目指すと言われますし、そして和解交渉技術の長けた弁護士は報酬も高くなると言われます。それは和解交渉の上手な弁護士は、刑事責任追及の材料にされるような不用意な文言を和解契約書に入れ亡いように、依頼者の法的リスクを如何に減らすかという配慮に長けているからです。ゴタゴタが長引くのがいやで、相手の言うとおり過失責任を認めて謝罪する言葉を書き連ねた和解契約書を作成するならば、それは上手な和解とは言い難いと思います。

以前ハスカップ様が医療トラブル発生と同時に飛んできて、患者家族側との和解交渉や病院に押しかけるマスコミ対策など、法律的なお助けマンの役割を担う「医療リーガルサポートセンター構想」を提案されました。そのご提案は医療側の皆さんには今一つの評価でしたが、法曹やそれに準じた常連の高い評価を得ていたような印象があります。

医療関係者、特に病院の経営サイドの事務方には、ゴタゴタが長引くのはイヤだからサッサと金を払って解決したいという意識があるように感じます。そのような姿勢がある限り、相手の言うとおり過失責任を認めて謝罪してしまうことは有り得ることなのでしょうが、その安易な姿勢が端的に表れたのが、大野病院事件での福島県が纏めた事故報告書ではないでしょうか。その安易な報告書が日本中の産科医療を崩壊させるような法的リスクを現出させた事実を、私の言わんとする「上手な和解合意≠過失責任の承認」の反対事例として受止めて下さい。

内科の医者様も、こうした民事的なトラブル解決や和解契約交渉の難しさを認識して頂き、民事的解決である和解交渉そのものに対する理解を深めて頂ければと思う次第です。

なるほど和解というのは過失をみとめたことにはならないのですね。と言うことは金銭的には判決と同額であっても訴えられた側の体面は維持されますね。

裁判官も判決書いたりしないで済むから関係者みんないい思いをしますね。ちょっと単純すぎですが(^^;)

ところで、書類送検の情報ってどこかで配ってるんでしょうか?

ズブズブの警察番記者が夜討ち朝駆けで恵んでもらってるんですか?

行政が、起訴・不起訴の情報だけ開示するようにすれば良いと思うんですが。

>金銭的には判決と同額であっても訴えられた側の体面は維持

血液製剤肝炎ウイルス訴訟が、製薬会社との間で前面和解の方向に進んでいることは皆様ご承知だと思います。こうした薬害訴訟の和解文書で公開されているものを読むと、製薬会社側は「私共に非があります」と読める表現を、慎重な言い回しを駆使して避けていることに気付かれると思います。

「私共に非があります」とは決して言わないけれど、払うお金は世間相場と比較しても不足はないと思える金額をお支払いします。ですが過去の行為については、製薬会社が全面的に悪かったと読み取れるような謝罪は一切しません。ただし過去への謝罪の代わりに、将来に向かって同じような不幸な目に遭う人を出さないように、製品の安全性についての意識を徹底的に変える所存ですのでそれでカンベンして下さい、という改心の気持ち双方が尊重する。

といった感じに纏められているのが普通ですので「対面が保たれる」との感想は、まさしくその通りとしか言いようがありません。また和解文書は公開する必要がありませんので(あくまでも位置付けは当事者同士の私的文書です)、原則公開される裁判での判決とはその公開の面でも楽になります。

こうした和解契約での慎重な言い回しは、交通事故の示談書などでも読み取れます。ただ交通事故の場合は最初に警察に事故を届出て、必要なら現場検証などを行なって、その結果を記載した「事故証明」を貰わないと保険請求が出来ませんし、過失を認めてその割合を決めないと金額計算が出来ないので、過失の有無についてはアッサリと認めた文書になります。

元々が警察に届出て、道交法違反なり業務上過失致死傷罪なりで刑事処分(軽微な物損事故であれば行政処分すら無いこともあり)を受けることは分りきっていますので、過失の有無をぼかす必要は無いからです。ただし「私が悪うございました」という謝罪の言葉は入れないのが原則です。こうしたことは損害保険会社の雛形書式などを見ると良く解ります。

※自動車事故の示談交渉を損保会社の営業マンに委せっきりにすること(示談交渉を営業マンに代理委任すること)は、弁護士法違反の行為です。そうした法的違法行為は交渉の相手側から見れば、交渉過程で攻め込む弱点になりますので、自分で対処できないならキチンと弁護士に委任した方が得策です。ご注意下さい。

>ズブズブの警察番記者が夜討ち朝駆けで恵んでもらってるんですか

三文ゴシップ週刊誌あたりが嬉しがって喧伝する「番記者」イメージを鵜呑みにして微塵も疑わないのですか。
そして、そういう「思い込み」を前提として「マスゴミ」云々の罵倒をする、と。・・・呆れてしまいます。
「事故調なんか作っても、どうせ身内のかばいあい意識が強い医者どもは、自分たちに都合のいい結論しか出さないに決まってる」などという人たちと、まったく選ぶところがありません。
批判するにせよ罵倒するにせよ、もっとファクトを抑えてからにしませんか?こういうのって自分の品位を下げるばかりですよ。

 何とかサンスペンス劇場でも、海岸で被疑者が全面自供して逮捕送検で終わり。名探偵コナンだと犯行現場で犯人が自供して裏付け証拠も全くなくたタイホー。時代劇でも、下手人が捕縄で緊迫ひったてで御仕舞(一件落着)。
 こういうTV番組に子供のころから毒されていると、逮捕送検で事件はカタがついた!という予断と偏見を持つ国民が量産されるのでしょう。

『CM化するニッポン』を読むと、マスコミをコントロールするさまざまな方法が書いてありますが、基本は「売れるものが売れる」ということだと理解しています。

「医者が悪い」「公務員が悪い」「教師が悪い」という報道が多いとすれば、それはそういう報道が売れる=ニュースバリューが高い=スポンサーの喜ぶ内容であるからです。ところが、そういう報道が繰り返されることによって「聞いたことのある内容」がますますよく売れる現象が起こり(確証バイアス)、反対意見は沈黙の螺旋の中で抑圧されていく。

このように、マスコミには正帰還的、合わせ鏡的な要素があって、「常識」を自己再生的に形成してしまう可能性があります。90年代にマスコミの医療叩きが爆発的に増えたのは、(もしかすると御上が誘導したのかも知れませんが)基本的にはこの自己再生的機序によったのではないかと思っています。後は活動電位と同じで、一カ所で火がつけばシステム全体にアバランシェが起きると。

さてこれが事実だとすると、草の根的に「常識」の拡大再生産を止めることもできることになるでしょう。近傍のノードが簡単に発火しないようにすればよいのですから。同時に、団体運動も行えばより効果があります。

例えば、かつて「オタク」や「アスペ」は凶悪犯罪者予備軍の代名詞でしたが、最近ではそのような煽りは2ちゃんくらいでしかみなくなった気がします。

横レス失礼します。
No.133 ssd 先生は「ズブズブの警察番記者が夜討ち朝駆けで恵んでもらってる」と断言しているわけではありませんし、その「「思い込み」を前提として「マスゴミ」云々の罵倒」しているわけではないように読めますが、いかがでしょうか。
「ズブズブの〜」の表現の是非については各個人意見はあるでしょうが。

回答ありがとうございます。

まだ読みこなしていませんが、まずはお礼を申し上げます。
こういう答えをすばやくいただけるので、このブログは大変ありがたいです。

>>「事故調なんか作っても、どうせ身内のかばいあい意識が強い医者どもは、自分たちに都合のいい結論しか出さないに決まってる」などという人たちと、まったく選ぶところがありません。

単なる煽りとして捉えられても仕方がない発言だと思います。
このブログの最近の議論の流れにおいてですが。

そもそも、

>>No.133 は、そんな表現まで使って批判されるような意見で
すかね...

133の表現「恵んでもらってるんですか」に小馬鹿にしてる悪意を感じる。


じゃあ、どうして、捜査中の取り調べの情報が一方的に報道されるのですか?
公判の時に、明らかになればいいのでは。
顔写真も有罪が確定した段階でちゃんと警察が撮ったものを、配るようにすればいいのに、卒業写真を漁って雁首を取るのですか。

それが何も不思議でないと思う感覚の方がおかしいでしょう。

ニュースの商品価値が落ちないうちに報道しようという浅ましさが見えて、私は能動的に悪印象を持っています。

No.127 惰眠 さんへ
亀レスです(^^;

 >事件としての報道は「起訴」「判決」で無ければならない筈。_
事件と言うのは「発生」から「終息」まででしょう。どこに「終息」を置くかにも拠りますが、通常は警察捜査の終了=送検をもって「事件報道」から「裁判報道」にシフトするんじゃないですかね。
それは「警察が事件を解決する」かのような感覚ですが、私は「司法の構造とは違う」と思います。

 

それとニュース報道と言うのは〜、編集者が「これはニュースだ!」と思ったものが記事となって発信され〜
新聞の紙面もニュース番組の放送時間も無限大に存在するわけじゃないですから。

それはマスコミの金銭的利益追求の都合で。
良い悪いの評価は退けといた話、それを容認すれば彼らはそう動く。

 

なので「なぜコレはニュースバリューを持ち得ないのか」「何がニュースバリューを持つのか」との考察を〜まだ意味がありますが、単に無知だ不見識だアンバランスだとマスコミを罵って何か結論を得た気になるのは、大間違いだと思います。というか、そんなマスコミ「批判」には何も意味がありません。

「何か結論を得た気になるのは、大間違い」には“禿同”です。 

問題は 「結論を得る」=「関心を失う」で、私やここに居る多くの人はそうでは無いと思います。
報道の偏りをマスコミが自白しないならば、彼ら呼ぶ「大衆」が自ら指摘することが現実が広く認識される為の有効な方法、必要な事と考えます。

 119にも書きましたけど、マスコミの『世間の耳目を集めるニュースを出したい』という本能は功罪あって、罪もありますが、基本的には功の方がずっと大きいと思います。
 ただ、マスコミ自身には己の功罪を客観視する能力がイマイチ欠けていると感じますので、罪の部分については被害者団体が積極的に訴えていくのが良いだろうと思っています。

 昔から言われていたことですが……マスコミは国家権力を監視する第4の権力です。権力は腐敗しますから第4の権力へも不断の監視が必要です。事実、A新聞サンゴ傷付け捏造事件、M新聞インタビューでっち上げ事件、Y新聞海外報道買い上げ事件……。
 かなり前の新聞協会の標語は、「良い新聞 育てる読者の厳しい目」でした。さすが理念だけは分かってらっしゃる。あとは実践あるのみ。>ブンヤさん

マスコミへの捜査情報の流れに疑念があるのなら、率直にそう書けばいいことで、情報の流れの事実関係も知らない段階で「ズブズブの警察番記者」とか「恵んでもらって」とかいったバイアス風味の非難表現(質問形だとしても)を使う必要はないでしょうということでは?

どこかの掲示板によくある、「天下り先探しに忙しい公務員」とか「談合が仕事のゼネコン」みたいなステロタイプの接頭語のつもりかもしれないけど、ここには警察関係者もいるんだから、互いに無用な不快感を与えることは止めた方がいいのではないかと思います。

要は、133のコメントの2行目が要らないのではないかと。

「TVのインタビューに答える救急隊員」とかと同じ程度のリアリティでしかありませんが、そうした「悪意を持たれる」と言う認識を、それでは彼らはいったいどこで持てるのでしょうか?

「程々に」というご忠告でしたら、甘受いたします。

結局、情報はズブズブの関係でなければ得られないということでしょう。

取材者「こういうことで民事で訴えられてますけど?」
病院側「訴状が届いていないのでコメントできない。」
これも取材側と訴えた側はズブズブの関係でしょ?

それはまた、「提訴」の段階で報道する問題でまた話がずれると思いますが・・・。
まあ、「係争中の事案に付き、コメントは差し控えさせていただきます」に変わるだけでしょうけど。

和解に謝罪の意味が含まれていないとは驚きでした。過失を認めない方法をとりながら、話をまとめると言うことなんですね(表現が不十分かも知れませんが)。

それとは別に、私の質問や言いたいことが正しく伝わっていないように感じました。
(本当に落ち度がないと言う確信があれば和解金を支払うこと自体おかしなことに感じますので、文面とは別に和解に応じたこと自体に医療側が何らかの責任を感じていたことが伺い知れるはずだ、、、などと別の方法で私の疑問を表現しようかとも思いましたが、それもうまく伝わりそうもないので、うまく伝わりそうに思えたら書くことにします)

直接的な質問をさせてください。

どの変が謙抑的なのだろうかと言う疑問は、何故捜査の対象にしたのか、しなくても良いのではないかという考えから発生しています。
そこで、法務業法の末席さん(あえて<さん>にさせていただきました。おたがい<様>はやめましょう)はエントリーにおけるモトケンさんの3つの論点についてどうお考えですか。とくに以下にコピペした和解後の刑事捜査について考察していただけると私の勉強になると思いますので、よろしければ教えて下さい。


次に、民事上はすでに和解が成立しているようですが、このような場合にまで立件(書類送検)すべきかどうかについては今後議論の余地があるように思われます。

医療事故限定での私の意見はすでに投稿しておりますが、この時点では和解は過失を認めることを前提としていると思っていますので今後修正が必要なようです。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/09/18-194930.php#c182021


以下独り言
こういう考察とは別に、捜査されたのは和解が出来たかどうかではなく、異状死の届出をしたことから始まっているのだろうと思っています。私はずーっと前から、自分が経過を知っている患者さんに関して異状死の届出なんてするもんじゃないと硬く決心しています。

 横レス失礼します。m(_ _)m

>どの変が謙抑的なのだろうかと言う疑問は、何故捜査の対象にしたのか、しなくても良いのではないかという考えから発生しています。

 繰り返しで恐縮ですが、嫌疑があって捜査を開始したら、示談ができても、立件中止や立件をなかったことにするなどはできません。必ず検察庁に送致しなければなりません。これを全件送致主義といって、刑訴法の大原則です。

>この時点では和解は過失を認めることを前提としていると思っていますので

 なお、和解には、裁判外でも、裁判上の和解でも、事故原因や責任を不問又は不明なままにして和解金を払うというのは、どんな事件でも普通にあります。(契約自由の原則)

横レス失礼します

・和解をした(和解金を支払った)ということは、訴訟になったら「過失あり」とされて負ける可能性が高いと判断し、時間と訴訟コストを掛けずに早期に解決しようと病院は考えたはず、と外部(捜査機関)からは見える。これは和解合意書に「過失あった」と明記してあってもなくても変わらない推論。

・医療過誤(業務上過失致死に該当する事実)があったと考えて捜査を行うかどうかは、(現行制度では)捜査機関の裁量ひとつ。

・警察が捜査を行ったら、事件は検察に送致(在宅なら書類送検)しなければならない。

・起訴/不起訴は、検察が決める。

和解が成立している場合、親告罪であれば、通常は告訴がないか、取り下げられているでしょうから、捜査は行われません。
業過致死罪は、非親告罪なので、その縛りはかからない。しかし、処罰の必要性は減じている以上、「和解により解決したならば、それ以降、捜査は開始すべきでない/中止すべきである」 という要求には合理性はある。

つまり、内科の医者さまの要求は、「現行制度を前提とすると、その要求を実現する法的根拠は今のところない。つまり立法論にすぎない」 ということになるかと思います。
(私自身、その主張には賛同しますが、事実と意見はきっちり分けないといけませんので)

また、「書類送検」それ自体を問題視することは制度の誤解であることは、何度か書いております。
書類送検によって「被疑者」には何ら新たな不利益は生じず、引き続き問題は「自らの行為が犯罪(有罪)とされるかどうか」、ひいては「検察官により起訴されるかどうか」だからです。

皆さん、考えるヒントをいろいろと教えて下さってありがとうございます。


まず1点目として、

和解に謝罪の意味が含まれていないとは驚きでした。過失を認めない方法をとりながら、話をまとめると言うことなんですね(表現が不十分かも知れませんが)。

まずこの部分について補足させて下さい。

和解では過失責任や謝罪について、必ず不問・不明確にしたままで合意する
→この解釈は不正確です。

和解では過失責任や謝罪について、不問・不明確にしたままで合意することが多い
→コッチが正しい解釈です。

和解合意=過失は不問、というように二者択一的な理解は間違いです。和解合意では過失責任をハッキリさせないまま金銭的な償いを行なうことが多いが、過失責任を明確にした上で金銭的な償いを支払う和解合意もあります。

--------------------------------------------------------
次に2点目として、

・和解をした(和解金を支払った)ということは、訴訟になったら「過失あり」とされて負ける可能性が高いと判断し、時間と訴訟コストを掛けずに早期に解決しようと病院は考えたはず、と外部(捜査機関)からは見える。これは和解合意書に「過失あった」と明記してあってもなくても変わらない推論。
(No.152 fuka_fuka さんのコメント)

この説明での「訴訟になったら」とは、「損害賠償請求の民事訴訟を起こされたら」という意味です。間違っても刑事訴追(検察に起訴されること)と誤解しないで下さい。

つまり、民事訴訟を起こされたらたら負けそうな旗色が悪い事案を想定しての考え方です。民事訴訟となれば公開の法廷で審理されますし、判決文は原則公開されてしまいます。負けそうな側としては公開の場でお前が悪いから金を払えと命じられるのですから、世間体が悪いことおびただしいものがあります。

ところが和解の交渉は当事者同士が秘密裏に行ないます(裁判官が和解案を提示する裁判上の和解でも和解交渉は非公開です)し、合意した和解文書も公開する必要はありません。相手側にも公開しないことを約束させた上で和解合意する、ということが可能です。すなわちどのような条件で和解したかは、当事者同士だけの秘密にすることが出来るのです。

それを端的に言い表したのが次のコメントです。

なるほど和解というのは過失をみとめたことにはならないのですね。と言うことは金銭的には判決と同額であっても訴えられた側の体面は維持されますね。
(No.132 元外科医 さんのコメント)

--------------------------------------------------------
3点目ですが、内科の医者さんの認識は次のどちらでしょうか。


『Aの考え方:和解合意は刑事訴追リスクを増大させる』
・民事賠償で和解合意して医療側が金銭(和解金)を支払う
  ↓
・和解金を支払ったから刑事責任の面で医療側が不利になる
  ↓
・和解すると刑事訴追されて有罪となる危険性が大きくなる


『Bの考え方:和解合意は刑事訴追リスクを減少させる』
・民事賠償で和解合意して医療側が金銭(和解金)を支払う
  ↓
・和解金を支払ったから被害者への償いは済んでいる
  ↓
・被害者への償いをしたことは刑事責任での罪を軽減する要素
  ↓
・和解すると刑事訴追されても有罪となる可能性が少なくなる

内科の医者さんのここまでのご認識は、多分Aの考え方だと思います。その認識の上に立っているから、和解すると刑事捜査を受けて医者には不利だ、というご意見になるのだと思います。

ところがモトケンさんなり法曹の皆さんや、私など法曹資格(司法試験合格者)は無いけれど法律の世界に慣れ親しんだ者は、Bの考え方が当然の当たり前の認識なんです。

そこで出て来る率直な感想がこうなります。

民事上はすでに和解が成立しているようですが、このような場合にまで立件(書類送検)すべきかどうかについては今後議論の余地があるように思われます。
(モトケンさんのエントリ本文より)

ここで注意して欲しいのは、モトケンさんも「今後議論の余地がある」と言っていることです。すなわち現状の刑事訴訟法の規定に従えば、警察が一度捜査に着手した事件は送検して、検事によって起訴・不起訴を判断しなければならないと決められています。この法令で定められた手順を無視することは明白な違法行為であり、現時点では警察や検察にはこうした違法な捜査手続きをすることは許されません。もし警察官が勝手に送検をしない判断をすれば、その警察官は懲戒免職ものです。

そこで、

内科の医者さまの要求は、「現行制度を前提とすると、その要求を実現する法的根拠は今のところない。つまり立法論にすぎない」 ということになる
(No.152 fuka_fuka さんのコメント)

このような現行法では送検手続そのものを阻止することは不可能だ、もし阻止したければそれは新しい法律(現行法の改正でも新法でもどちらでも可)を国会で可決させないと実現できない、という説明にならざるを得ないのです。

続きです

もし仮に、「何処かの食堂で中毒事故が起きたらしい、食べた客と食堂がトラブルになっている」と何らかの情報が警察にもたらされたら、組織としての警察はどのように行動すべきでしょうか。

当然「場合によっては刑事事件として立件しなければならない、その為には具合が悪くなった客が本当に居るのか、その食堂で食べた物が何だったのか、よく調べなければならない」こう考えてるのが普通でしょう。

そして次の段階として「保健所に問い合わせろ、何処かの病院で食中毒の患者を治療したかどうか聞いて回れ」という指示が現場の捜査員(刑事)に出されるでしょう。その結果アチコチに電話を掛けて確認を取るのですが、その電話やチョット聞きに行っただけで誰もがそんな事実は無いとの返事であれば、多分そこで「正式な捜査」になる前で終わりです。

けれど消防署からは救急車で搬送したと言って来るし、保健所に電話したら入院した人がいるとの返事が来た、これは何らかの中毒事故発生は間違いない。となれば警察としても「業務上過失傷害」の疑いで捜査を開始せざるを得なくなります。

このように警察が捜査を開始して、問題の食堂に捜査員を派遣して調べたり、或いは店の親父を任意で警察に呼んで事情を聞く。その一方で別の捜査員が被害者の入院している病院に飛んでいく。ところが入院している被害者から直接話を聞いてみたら、冷蔵庫に入れてあったその食堂から取った出前の残りを食べたら腹が痛くなって救急車を呼んだ。食堂の親父からの事情聴取もその通り間違いないし、一応食堂の親父は詫び料として破格の見舞金を既に被害者に届けている。オマケにその食べた出前の残りというのが1週間も前のヤツで、食品衛生所に検査を依頼したら、変色しているし腐ったニオイはするし、食べる方がオカシイという報告書であった。結局警察の捜査会議ではその食堂の親父を業務上過失傷害には問えないだろうという結論で一致した。

さあこの場合どうしましょう。警察は任意ですが事情聴取もして調書も作っていますし、食品衛生所に検査鑑定も依頼しています。つまり「捜査」を行っていますので、いくら捜査会議の結論が罪に問えないとなっても、捜査のケジメとして検察に捜査結果の書類を送らなければなりません。これがいわゆる「書類送検手続」です。もちろん送検にあたって警察から起訴する必要は無い旨の附帯意見を付けて検察に送るでしょうし、検察でも不起訴処分となって一件落着となるでしょう。でもこのように捜査をしたからには、いくら不起訴処分は間違いないからといって、警察は送検手続をしないことは許されないのです。

このように現行の法制度では以下の流れになります。
1:疑わしい事例があれば警察は捜査をする
  ↓
2:捜査の結果は検察に送る(送検手続)
  ↓
3:起訴するかどうかは検察だけが決められる
  ↓
4:有罪かどうかは裁判所だけが決められる
  ↓
5:有罪判決が確定するまでは無罪として扱う
(無罪推定の原則)

再三このモトケンブログでも議論されている「医療事故調(安全調)」は、1の段階の前に置くことを想定している組織です。事故調(安全調)の役割は以下のようになるべきだ、と盛んに議論されています。

0:事故調で正当でない医療行為との判定
  ↓
1:疑わしい事例があれば警察は捜査をする
(事故調で正当な医療と判定されたら捜査しない)
  ↓
2:捜査の結果は検察に送る(送検手続)
(正当な医療行為は捜査しないから送検もない)

このように0の事故調が1の警察捜査より先行することについて、警察庁長官や法務大臣の「謙抑的に行う」という談話を信用してヨシとするのか、それとも刑事訴訟法などを改正して、事故調の調査報告が無いと警察は捜査できないという「法律的根拠」が無いとダメだと突っ張るのか、そこが議論の焦点なのではないでしょうか。

横から失礼します。
警察からの事件送致手続きについて説明しようと思いましたが、法務業の末席さんの懇切丁寧かつ簡潔明瞭なご説明があり
ますので私ごときが申し述べることは何もありません。
事故調については、捜査員の立場としては、過失や事故に偽装した故意犯を看過することのないシステムが構築されることを望みます。

警察による事件広報についてですが、これまでに何度も説明しているとおり、報道機関への対応は基本的に広報課と各所属で指定された広報担当者(時間外は当直司令)に限られます。
これ以外の職員が勝手に報道機関からの取材に応じて、事件事実や捜査情報を提供することは守秘義務に抵触する虞があり、厳に禁止されています。
ですから、現在では「サツ番記者による夜討ち朝駆けによるネタの入手」は物語の中の出来事でしか無いというのが現実です。
では、本件の書類送致のような情報はどこから出ているのかというと、これは単純に警察が報道発表(資料提供)を行っているからです。
基本的に警察は取り扱った事件事故のうち、重要犯罪を除く少年事件、軽微な交通事故、身柄拘束を伴わない軽微な刑事事件、事件性のない変死事案、その他報道発表が捜査に影響があるもの以外の殆どの事案について報道機関に対して事件情報の提供を行っています。
また、発生あるいは検挙の第一報を報道発表した事案については、その続報として送致、追送致、再逮捕など捜査の進捗状況について、報道発表を行っています。
ちなみに報道発表の態様でで最も多いのは、事実関係のみを記載した広報文による発表、次いで広報担当者等による口頭での説明、実は記者会見というのはかなり特殊な事例に限られます。
ですから、警察から報道機関に提供している事件事故等に関する情報というのは毎日膨大な量になるのですが、殆どの情報は報道機関により「ニュースバリューなし」として黙殺され、実際に国民の目に触れるのはその中のほんの一部に過ぎ無いというのが実情です。
報道機関からは、報道の自由の観点から「警察は全ての事件事故の情報を(実名で)提供すべき」と求められているようなのですが・・・。

報道機関からは、報道の自由の観点から「警察は全ての事件事故の情報を(実名で)提供すべき」
彼らは「報道の真実性の為」「ジャーナリズムの根幹」などと主張していた記憶が有ります。

名前がバレたら幾らでも関係者にアタック可能。
私がマスコミの一員なら、もちろん 真実の「美味しい一部」を、引き立てるべく調理して、あとは不要・・・

ご教示ありがとうございます。

>現在では「サツ番記者による夜討ち朝駆けによるネタの入手」は物語の中の出来事でしか無いというのが現実です。

建前上、広報を介した取材活動が原則で、コンプライアンスが遵守されているというのであれば、サツ回りの仕事は、無くなったのでしょうか?

また例えば大野病院事件での事情聴取直後に逮捕勾留の手錠腰縄という絵を撮れるというのは、どのようなシチュエーションだったのでしょうか。
おそらく警察・裁判所の記者クラブに属さないと思われる、女性自身の記者は「事前に警察から情報が漏れたのだろう」という推測をしています。
http://obgy.typepad.jp/blog/medical/2008/06/post-1341-20.html
もちろん「三流ゴシップ紙」の邪推と切って捨てるのは簡単ですが。

いろいろ勉強していたら、こんな記事がありました。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/148955/
書類送検医師の実名公表・報道は遺憾 長野県医師会が声明文

そういえば、最近の記事は「何十代の医師が書類送検された」という記述になっているようで、少しは変わっているのかなとも思います。

一歩進んで、書類送検など報道せずに、起訴か不起訴処分かの記事にすればいいのにと思います。

僻地の産科医さんのアーカイブしていた記事にこんなものもありました。

http://obgy.typepad.jp/blog/medical/2008/07/post-1341-31.html
立件送致された事例のうち、検察が実際に起訴した「刑事訴追」の件数については統計がないので分からないが、元福岡高検検事長で弁護士の飯田英男氏は、「おそらく1割くらいだろう」と推測する。そうすると、年間10件程度と考えられる。
----------------------

実際に送致された医師のうち9割は、刑事責任に関しては問われていません。
大野事件のあとでは、さらに立件される確率は減るのではないでしょうか。

しかし、書類送検報道で、微に入り細に入り報道して、実際に不起訴処分になれば、新聞記者の「チェッ」という舌打ちが聞こえるかのようなベタ記事扱い。
それでも記事にされればまだマシな方で、黙殺されることもあります。

こうした事実をマスコミ自身が自覚して、起訴・不起訴の記事を充実させるような方向に改善されればいいと思いますが、横並びの体質では難しいでしょう。

亀レスご容赦m( _ _ )m

・悪意をもって行っている印象操作か、
・不勉強による mindless な単なる紙面埋めか、
のどちらかである。
どちらが「好意的な解釈」かは人によって分かれる。
ということかと。
No.126 Pediatrician さまご指摘のように、後者つまり「記者の不勉強」の可能性も十分考えられるわけですが、そうだとすると、「司法記者」という肩書はナニ?プロ意識ってナニ?という疑問は湧きます。
 この問題と類似した問題として光市事件に関する報道で議論があったかと思います。この際に、マスコミ関係者、とする方からは、「司法記者はある程度しっかりとした認識をしている。しかし現場と本部の間には認識の齟齬があり、報道する際にデスク(だかなんだか、役職やら組織構造は私はよく分かりませんが)、本社のほうで不適切と思われる報道がされてしまう」という指摘があったかと思います。実際にはどうなのか分かりませんが、私としてはそういう認識です。また、マスコミにはマスコミなりの苦悩というものがあろうかとも思います。

 個人的には送検報道を一律に批判したり起訴・不起訴の報道を求めたりすることにはどうしても抵抗があります。マスコミの編集権って大切だと思います。
 私としては、送検の報道の際には逮捕の際に必要とされる程度の嫌疑性が必要→しかし、この嫌疑性の判断は警察にもマスコミにもできないし、させるべきではない→そこで、医師・病院ともに業務上過失致死罪の成立について争わない姿勢を送検時に示している場合にのみ匿名で報道すべきである、と考えます。医師・病院がその後過失を否定する可能性もありますが、一つの基準としてここら辺が落としどころであろう、と考えます

ssd様

>「程々に」というご忠告でしたら、甘受いたします。

多謝m(_ _)m

一応逃げた内科医様

>結局、情報はズブズブの関係でなければ得られないということでしょう。

「ズブズブ」の意味を分かってますか?
通常は、私利欲得ずくでつながった関係とか、不正・癒着関係的な意味で使う言葉ですよ。

>建前上、広報を介した取材活動が原則で、コンプライアンスが遵守されているというのであれば、サツ回りの仕事は、無くなったのでしょうか?
現在でもいわゆる「サツ番」の仕事はありますが、昔のように「幹部の自宅に深夜押しかけて〜」とか「通勤途中に待ち伏せして〜」といった取材方法ではなく、「警察署に足繁く通って幹部と話をする機会を得る」程度が関の山で、結局は報道発表を待つだけになります。
それでも副署長の近くにいれば捜査員から上がってくる報告の一部を耳にすることもあるでしょうし、もしかしたら他社よりも早く広報文を見ることができるかもしれないので、記者さん達は警察署に足を運んでいます。

>また例えば大野病院事件での事情聴取直後に逮捕勾留の手錠腰縄という絵を撮れるというのは、どのようなシチュエーションだったのでしょうか。
大野病院事件に関しては、全く情報を持っていませんので推測の域を出ませんが、報道機関に対し事前に警察から何らかの情報提供が行われたことはまず間違いないと思います。
ただ、このような「事前に捜査着手(逮捕)を公表する」例は珍しいものではなく、最近でも福岡での児童殺害事件の逮捕や三笠フーズへの捜索実施の際に、事前広報が行われているようです。
基本的に事前広報が行われているのは「社会的反響が大きく、国民の耳目を集めている事件」で、目的としては
 ・報道機関に「特ダネ争い」をさせないため(取材の過熱化による報道事故の防止)
 ・国民に対する捜査活動のアピール(ちゃんと仕事していますよという宣伝)
が考えられ、福岡事件に関しては前段、三笠フーズへの捜索に関しては後段がそれぞれ主目的になっていると思われます。
大野病院事件に関しては当時の状況から考えると「県民の注目を集めている事件」でありましたし、警察の捜査活動をアピールする手段として広報が行われた可能性は否定できません。
そして、私自身としては、大野病院事件での福島県警の広報活動は当時の状況を勘案しても適切さを欠いたものではなかろうかと思っています。

ありがとうございます。
和解が刑事責任を誘発する可能性がないこと、刑事捜査と送検の関係、私の希望が根拠となる法律がないことなど理解できたように思います。送検の意味は存じていましたので私の不満は特に警察が事件として捜査した事にあります。

このような現行法では送検手続そのものを阻止することは不可能だ、もし阻止したければそれは新しい法律(現行法の改正でも新法でもどちらでも可)を国会で可決させないと実現できない、という説明にならざるを得ないのです。
について。

しばらく前の話ですが、大野病院事件の判決を受けて今後の慎重な捜査について大臣コメントがあったときに、大臣コメントでは納得できないと投稿したことがあります。
私の真意が伝わらず(伝わった上で?)、モトケンさんをはじめ多くの方と言い争いになったのですが、その後に場外乱闘から表に出たエントリー(刑事司法の謙抑的、、)で、an_accusedさんが私のもやもやと感じていたものをきれいに表現してくださっていました。

やはり、大臣コメントでは何を言っているかわからない、というのが正直な気持ちです。謙抑的とはどういうことかを法律にしてもらわないと、今までと変わらず医療現場での患者死亡が警察の捜査の対象になる条件がわからないままです。

今の時点で、今回の刑事捜査について謙抑的ではないとの意見は私以外からは出ていないので、謙抑的な実例のひとつとして記憶にとどめることといたします。

やはり謙抑的な捜査や告訴がどのようなものか法律で決めてもらわないと、ある種の医療行為は常に業過致死の捜査対象であり続けることは解決すべき問題と立法府に感じてほしいと思います。

感熱紙(刑) さん

またもや詳しい解説ありがとうございます。

大野病院事件に関しては、起訴前の取調中の情報がマスコミに流されたり、判決後の捜査員の談話が報じられたりと、日本の刑事司法とマスコミの有り様が問題になった事例だという印象を持たざるを得ませんでした。

私の不満は特に警察が事件として捜査した事にあります。
その気持ちはわかります。謙抑的に振る舞うのであれば示談が済んでいるこの件では捜査は要らないのではないかと思われます。  一般論としては現状で強制捜査権を持つ組織が他にないことが問題で、特に遺族が剖検拒否した場合に、司法解剖しか真実解明の経路が無いことでしょうか。  捜査される側としては、殺人や傷害を扱っている一課の刑事に被疑者として追究されるのは気持ちのいいことではありません。彼ら捜査員は過失があったと言う供述を取ることに専念しがちになるので、結果的に真実解明からはほど遠いプロセスになる虞があります。捜査員が不真面目にやってると言うことではありません。むしろ職務に忠実すぎるかと。  個人的には強制捜査権を持った、専門家によるピアレビューがこれに取って代われるのではないかと思っています。

自分の拙い説明が役に立ったと言われるのは本当に嬉しいことです。

さて、an_accusedさんが理路整然と纏めてくれた「謙抑的捜査」の法的担保の必要性は、私としても共感するところがあります。例え政治情勢が将来どのように変化しても、法律に明記してあれば、組織のトップが入れ替わっても簡単に変更できなくなります。法律で明記した謙抑的捜査を変えたければ、もう一度その根拠法令を改正しなければなりませんから。

こうした場合には、過去に謙抑的捜査の担保として作った法律を撤廃することが、日本の社会にとって必要なことであると国民に向けて説明し、理解を得られるようにしなければいけません。そうした丁寧な説明作業を重ねることで国会議員の過半数の賛成を取り纏め、その上で改正案を国会で可決させなければなりません。これは非常に手間と時間を掛かる大変な作業です。大変な作業だからこそ、法律的担保を獲得すれば単なる談話に比べて将来が保証されるわけです。

このように一度作った法律で決めたことを180度反対に向きを変えることは、非常に手間と時間を必要とする政治的作業です。それ故に将来を保証された安定した制度構築という面で、法律的担保を設けることは非常に優れた手法であることは間違いありません。その点で内科の医者さんやan_accusedさんが提唱される、謙抑的捜査を担保する根拠法令を作らないと安心できないという意見に、私も理解する部分がありますし、真っ向から全面的に否定するつもりはありません。

では現行の警察の捜査権限や検察の起訴権限を定めた法体系を改正し、医療事故調の制限や制約の下に置くという、謙抑的捜査を実現する現行の刑事諸法令の改正は簡単なのでしょうか。法案作成作業などに数ヶ月とか半年とかも掛ければ、国会でそう大きな反対もなく賛成多数でスンナリと可決成立するのでしょうか。そこは医療者サイドとしても考えておくべき重要なポイントだと思います。

私はこうした事故調の判定を刑事捜査や送検起訴手続に優先させる刑事訴訟法の改正なり、謙抑的捜査を担保する内容も含めた事故調設置法案は、ほんの数ヶ月で実現出来るような簡単なことではないと思っています。司法の関係者から見れば、戦後60年に渡って営々と維持してきた刑事捜査や訴追のシステムを、一部とはいえ権限を失う方向に見直すのですから、反対や慎重論も百出するでしょう。普通に考えて捜査や起訴を制約する法的根拠を持つ事故調設置法案や、刑事訴訟法の改正案を纏めるだけで3年とか5年の年月が必要になるでしょう。場合によっては10年掛かりとなるかもしれません。

では、その3年とか5年の年月を掛けて捜査権起訴権を縛る法改正の議論を行なうことを、医療者の皆さんは待つことが出来るのでしょうか。その議論を重ねている期間は、医療者が主体となって医療事故を判定する、事故調システムが無くても我慢できるのでしょうか。医療者の皆さんが警察の強制捜査に怯える今の状態が、3年も5年或いは10年も続くかもしれないことを受け入れる 、ということなら私は何も言いません。

先に155で私は、

警察庁長官や法務大臣の「謙抑的に行う」という談話を信用してヨシとするのか、それとも刑事訴訟法などを改正して、事故調の調査報告が無いと警察は捜査できないという「法律的根拠」が無いとダメだと突っ張るのか、そこが議論の焦点なのではないでしょうか。
と書きました。
警察庁長官や法務大臣の談話を信じて、理想的とは言い難いが事故調の早期成立と、事故判定作業の稼働開始の早期実現を優先させるのか、それとも法律的な根拠を持つ医療事故捜査システムの構築を求めて、時間の掛かる理想的システム追求の路線を選ぶのか。その選択の決断は正に医療界の政治的判断にかかっていると思います。

取り敢えず一歩前進の現実論か、それとも完璧なシステムの理想論か、選ぶのは医療界であって、司法側や国民社会は固唾を飲んでその医療界の選択を待っているのではないでしょうか。

送検の報道の際には逮捕の際に必要とされる程度の嫌疑性が必要→しかし、この嫌疑性の判断は警察にもマスコミにもできないし、させるべきではない→そこで、医師・病院ともに業務上過失致死罪の成立について争わない姿勢を送検時に示している場合にのみ匿名で報道すべきである

現在の報道慣行を前提とすれば、妥当な落としどころかもしれません。
(とはいっても、この「落としどころ」すらいつ実現するやら、ですが)

が、書類送検についての報道は、一律、非難に値するというのが私見です。
だって報道価値ないのに、弊害は山ほどありますもの。

マスコミ自身に問題意識がないなら、初めから「落としどころ」の提案などしてもあまり意味はなく、正面から批判するしかなかろう、という気持ちです。
(私自身の見解の表明にすぎず、ろくろくびさまの同意を求める趣旨ではありません、為念)

司法に「謙抑的」を期待しろと言うのはまだ受け入れられますが、マスコミの「謙抑的」を期待しろと言うのは楽観的に過ぎるでしょう。

>> じじいさま レス有難うございます。
 トピずれのご指摘を(ssdさまより)頂いておりますが・・・、皆様ご容赦を。

 問題の「ズブズブ」という言葉は、「深い」という意味で使用しました。医療事故のマスコミ報道にはほとんどに?です。

(皆様失礼致しました。)

お手を煩わせて恐縮です。大臣コメントの意味を少し前向きに受け止められそうです。

モトケンさんに詫びを入れた時の投稿でこんなことを言っています。

http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/08/30-112024.php#c180417

検察を信頼することは今の時点では難しいですが検察や裁判所の考え方、基にある法律や法理を知ることで、過度に萎縮することなく医療の場に立てるだろうと考えています。

私は医療を通じてできるだけ多くの方に尽くしたいと思ってます。検察がそれの邪魔をしているように感じているものですから、検察批判を繰り返しているわけですが、検察は法に従って仕事をしているので、法や法の運用を適切にすることで検察は無実の医師を逮捕する可能性が最小になるでしょうし、結果として診療拒否やたらいまわしがなくなることが期待できると思っています。

ここで『法や法の運用を適切にすることで』と簡単に言ってしまっていますが、『法を適切にする(法改正)』は気が遠くなるほど大変な作業なので大臣コメントで『法の運用』の方を臨機応変に微調整する意思を示したということで、

その効果を信じて
『過度に萎縮することなく医療の場に立』っていいのだよと大臣や法曹首脳がコメントしたという理解でよろしいでしょうか。

 横レスですが

>『過度に萎縮することなく医療の場に立』っていいのだよと大臣や法曹首脳がコメントしたという理解でよろしいでしょうか。

 立場上言い得る最大限の表現でそう言っているように私には読めます。

>>No.167 法務業の末席 さま

>その点で内科の医者さんやan_accusedさんが提唱される、謙抑的捜査を担保する根拠法令を作らないと安心できないという意見に、私も理解する部分がありますし、真っ向から全面的に否定するつもりはありません。

ええと、「謙抑的捜査を担保する根拠法令を作らないと安心できない」とおっしゃっておられるのは内科の医者先生やYUNYUN先生ですね。私の見解は、「全面的な安心は得られないだろうけど、今はここらで我慢しておくべきじゃね?」ってところです。ただ、「事実上の変化」にすぎないものを、あたかも制度的な変化と同様のものであるかのように述べるのはミスリードでしょう、と指摘しているだけです。当たり前すぎてホント馬鹿馬鹿しいですが。

どなたかが、某所で、私に対し、「不安だ不安だとばかり言っててもしょうがないんじゃないか」とおっしゃっておられましたが、これにもややウンザリしましたね。私は、もう2年も前から、簡易迅速な鑑定機関の設置により、訴訟リスク(民事・刑事とも)を下げることができるだろうと言い、公的予算がアテにできないなら保険会社からの拠出を求めてでもやるべきだ、と言ってきた、つまり、「不安だとばかり言ってないで、医療側が“誠実な姿勢”(この場合の「誠実な姿勢」とは、自律的専門家集団として、自らの専門領域で生じた紛争を解決するために必要なリソースをきちんと提供しようとする姿勢、という意味)を形にすることで、訴訟リスクの軽減を図るべきだ」と、おそらく誰よりも早くから言ってきたわけです。それを今更「不安だとばかり言っててもしょうがないんじゃない?」って、ねえ(笑)その先の話はとっくの昔に散々しているんですが、あなた何にも聞いてなかったんですか?って感じで。

まあ、私はこの問題についてもう言い尽くした感がありますので、今後積極的に言及することは無いと思います。少なくとも、誰かさんが「今回の談話を聴けば安心と思うはずなのに、不安だというのはオカシイ」とばかり言い続けたり、不安感を抱く人に「じゃあずっとビクビクしとけ」なんて言い捨てたりしているのを目にしさえしなければ、私のほうから言及するようなことはありません。悪しからずご了承くださいませ。

トピズレですみません。

>問題の「ズブズブ」という言葉は、「深い」という意味で使用しました

と思いましたので、出すぎたマネですが指摘させていただきました。失礼いたしました。

>ただ、「事実上の変化」にすぎないものを、あたかも制度的な変化と同様のものであるかのように述べるのはミスリードでしょう、と指摘しているだけです。

 警察庁長官の談話は、長官指示や長官通達と同様の効果が内部ではあります(決裁も所管課長・所管局長・所管審議官・次長がしているはずです)。「事実上の変化」と部外者が推測するのは無理もないですが、警察一家の事実上の拘束力を知らないミスリードの意見だと思います。
 法相談話は、警察庁長官談話とほぼ同時になされたので、法務省と警察庁の合議がなされたはずというのが霞が関部落の通説です。法務省と検察庁の関係は別トピでコメントしたとおりであり、検事である所管課長・所管局長・所管審議官・官房長・事務次官の決裁を経ているはずです。当然、検察庁の検事総長や次長検事の「了解」も得ていると思われます。)。「事実上の変化」と部外者が推測するのは無理もないですが、法務検察の法的安定性重視・法務大臣発言の重要性に基づく、事実上の強固な拘束力を御存じ無いミスリードなご意見だと思います。

>それを今更「不安だとばかり言っててもしょうがないんじゃない?」って、ねえ(笑)その先の話はとっくの昔に散々しているんですが、あなた何にも聞いてなかったんですか?って感じで。
>少なくとも、誰かさんが「今回の談話を聴けば安心と思うはずなのに、不安だというのはオカシイ」とばかり言い続けたり、不安感を抱く人に「じゃあずっとビクビクしとけ」なんて言い捨てたりしているのを目にしさえしなければ、私のほうから言及するようなことはありません。悪しからずご了承くださいませ。

 こういう表現は「表のブログ」でも場が荒れますので自重しましょう。少なくとも人を小馬鹿にした表現は、「表のブログ」でも、誰が見ても不快極まりないと思います。重ねて自重されることを希望します。

捜査される側としては、殺人や傷害を扱っている一課の刑事に被疑者として追究されるのは気持ちのいいことではありません。
強盗殺人犯をおとなしくさせるような人に、にらまれたりどなられたりしながら調書を取られると思うとびびります。日常生活では僕らはにらんだりどなったりする人がいたら警察に助けを求めにいけばいいと思っているのに、警察でこういうことをされるんですから、誰にも助けてもらえません。 ご存知と思いますが「紫色の顔の、、、」ブログには、取調べを受けるときの注意点、調書にサインするときの注意点などが書かれています。経験者ならではのアドバイスに感謝しながら読み、訪れるかもしれないその時に備えておりますが、『怖い』です。

>少なくとも、誰かさんが「今回の談話を聴けば安心と思うはずなのに、不安だというのはオカシイ」とばかり言い続けたり、不安感を抱く人に「じゃあずっとビクビクしとけ」なんて言い捨てたりしているのを目にしさえしなければ、私のほうから言及するようなことはありません。悪しからずご了承くださいませ。

 某弁護士と似たような臭いを感じますね。

 誰かさんの不安感を少しでも軽減するにはどうしたらいいかということを考えた発言をことごとく否定する誰かさんに対しては、じゃあご自由にこれからもびくびくしてればというしかないんじゃないですか。

 最後に一言
 皮肉を込めた一言で、発言者のそれまでを全てを歪曲したり否定したりするのも某弁護士とそっくりですね。
 そして、それを最近のあなたの発言に対して適用すれば、同じようなことが可能でしょうね。
 某弁護士と同じになりたくないのでしませんけど。

 内科の医者さんの頭の中には、弁護士というものは存在しないんですね。
 ここのブログ主は一応弁護士なんですけど。
 ブログタイトルにも書いてあるでしょ。

 病気や怪我をしたときに、医者や病院という言葉が全く思い浮かばない人みたいです。

>No.173 an_accused さま
私は、大臣&長官談話は「事実上の変化」にすぎないかもしれませんが、「医療だけに限った捜査と起訴の謙抑的運用」を刑事訴訟法や関連法令の改正で一朝一夕に実現できない現実を考えると、「あたかも制度的な変化と同様のもの」と受止めざるを得ないと考えております。

論理的帰結と政治的選択が完全に一致することは、現実には有り得ない不可能なことと思っています。研究論文として論理的解を求める作業ならいざ知らず、国会での多数派形成という政治運動の場面では、完璧な論理的整合性を求めると、画餅の如く何時まで経っても実現できない状態に陥る。これは私の人生経験から得た肌身の感覚であり、学究論議では政治は動かせないという自分の信念です。

学問的論理追求に重きを為すか、現実的政治手法に重きを為すか、人間としての価値観の違いがあるように感じます。

>どなたかが、某所で、私に対し、「不安だ不安だとばかり言っててもしょうがないんじゃないか」とおっしゃっておられましたが、これにもややウンザリしましたね。

 小生も、貴殿の人を小馬鹿にした感情論調にうんざりしてます。いいかげんに止めたらどうすか?


>私は、もう2年も前から、簡易迅速な鑑定機関の設置により、訴訟リスク(民事・刑事とも)を下げることができるだろうと言い、公的予算がアテにできないなら保険会社からの拠出を求めてでもやるべきだ、と言ってきた

 そういう自画自賛自己自慢は自分のブログでやってください。だいたい保険制度や保険理論を少しでも知っていれば、保険会社はそんな拠出(保険団体の保険総利益に反する目的外使用)が禁じられているのが当然過ぎるほど当たり前で荒唐無稽です。保険会社は打ち出の小槌じゃないです。


>おそらく誰よりも早くから言ってきたわけです。それを今更「不安だとばかり言っててもしょうがないんじゃない?」って、ねえ(笑)その先の話はとっくの昔に散々しているんですが、あなた何にも聞いてなかったんですか?って感じで。

 貴殿の自己自慢は鼻について見苦しいです。言葉には品位を保ちましょう。


>少なくとも、誰かさんが「今回の談話を聴けば安心と思うはずなのに、不安だというのはオカシイ」とばかり言い続けたり、不安感を抱く人に「じゃあずっとビクビクしとけ」なんて言い捨てたりしているのを目にしさえしなければ、私のほうから言及するようなことはありません。悪しからずご了承くださいませ。

 まるで小倉秀夫さんが書いたとばかり見紛う文章なので、私も皆さんと同様に不快感を表明します。このフレーズに対するモトケン先生の批判をじっくり読んで熟考してから、2度と再び言及しないでここから去ってください。さようなら。

皆さんかなり手厳しいですねぇ。
まあ某氏が我褒めで物言いが鼻につくのはいつものことだと思うんですがね。

とりあえずハスカップ先輩に補足。
>警察庁長官の談話は、長官指示や長官通達と同様の効果が内部ではあります。
基本的に長官談話が作成される際には、セットで談話に対応した本庁通達が準備されています。
そして談話が公表されると同時に、全国都道府県警察宛に通達が発出され、その内容に合わせて準備されていた本部長通達が発出され、同時に本部主管部長通達が発出され、本部主管課による周知徹底が行われます。
要するにお役所仕事、特に警察なんかでは「トップが物を言う時には、それに併せて事前にすべてを準備しておくのが当たり前」で、だからこそ長官談話は重視できるのです。
が、どうも某氏は実務経験者を低く見ていらっしゃるのか信用されないんですよね〜。

あと
>私は、もう2年も前から〜(以下省略)
の部分に関しては、「んなこたぁ初めっから分かっとるわ!簡単に言ってくれるけど、それが出来ないからみんな苦労してるんだよ!!」という感想しかもてないのは、私に知識が足りなくて周回遅れだからなんでしょうねぇ、多分。

>そして談話が公表されると同時に、全国都道府県警察宛に通達が発出され、その内容に合わせて準備されていた本部長通達が発出され、同時に本部主管部長通達が発出され、本部主管課による周知徹底が行われます。

 検察庁も昔はペーパーレベルでそれをやっていたそうです。今は検察WANで全検察官と全検察事務官に一斉同報メールで流すんだとか。

>、「んなこたぁ初めっから分かっとるわ!簡単に言ってくれるけど、それが出来ないからみんな苦労してるんだよ!!」という感想しかもてない

 刑事司法現場の実態と法律の基本を知らない素人さんは、デマと法律違反(保険法違反)な提案?まで、好き勝手なことを自画自賛しますからね。それも2年にもわたり。細部の正確な知識まで求めませんが、空想デマゴギーと法律違反は、法学部出身者としても困ります。

PS:

 ウチの部署だと霞が関WAN経由で、一斉に次の電子文書形式でメール添付のPDFが配信されます。しっかり「原本の回覧に換えます。メール開扉で回覧決裁済みと扱います。」と付記されてw

 併温諭紡膺鍛模
副大臣指示
XX局長服命指示(通達)
ぃ悖愽課長通達
ィ悖愀個校務連絡

>今は検察WANで全検察官と全検察事務官に一斉同報メールで流すんだとか。
警察もP−WANと県内コミュニケーションSYSを駆使して、本部主管課レベルまでは当日中ですぜ。
まったく良い時代になったものです。

>まったく良い時代になったものです。

 その変わり、「まだ本庁から文書が来てません」「回覧がまだ回ってきてません」というイツモの弁解が使えなくなりました。_| ̄|○

>警察もP−WANと県内コミュニケーションSYSを駆使して、本部主管課レベルまでは当日中ですぜ。

 耐震偽装でテンヤワンヤだった某省では、大臣の記者会見前に、 併温諭紡膺鍛模叩銑ソ蠡芦歡弘楊芯銘という未来の通達等を配信して、あわてて取消したところがありました。これが一部のブンヤに漏れて激震が走ったそうです。当時の霞が関部落では、「想定の範囲外の激震だから激甚法を適用申請するだろうw」「夕刊の配達前に大臣会見の時間変更したんじゃね?」というブラックジョークが流れてました。

元外科医さん

 おはようございます。
先週のジャームッシュさんとのやり取りなどを、強い関心を持って読みました。それぞれに「なるほど」と思う点がありますが、私は、どちらかと言えばジャームッシュさんの方にヨリ高い説得力を感じます(これは、“刑事罰を加えるべき”という結論から導かれたものではなく、主張の論拠に着目した結果です)。だいぶ時間がたっていますが、コメントをお送りします。


1.わたくしは、医療過失への刑事罰にはかなり懐疑的です。なぜなら、根本的な再発防止には結びつかないだろう、と考えるからです。しかし、“刑事罰がそもそも手段として適切であるか否か”という問題以前に、私は次のようなことを考えています。それは、「医療従事者がProfessionalであること」に基づく事柄です。
 Professionalとは、単に“高度に専門的な知識や経験、技術を保有し用いる人”では全くありません。もちろん高度な知識等は必要です。しかし、高度に専門的な判断等が必要とされる立場にあるが故に、「主体性」「自律性」が、本質的要素として極めて強く求められます(これは、他者――それがプロの同僚であるとしても――が容易には介入・判断できない事柄を扱うという職務の性質にまさに起因します)。そうした本質を有する医療従事者は、自らが主体的に判断した営為――それが何らかの客観的・外在的事情によって左右されたものであったにせよ――の結果から、果たして「自らを切り離すことができるのか?」私は、このような根本的な疑問を持っています。


2.私のこの疑問は、医療従事者に対し刑事罰を科すべきとの前提によるのでは、全くありません。具体的な法的責任の所在そのものとは別次元の問題として、Professionalの「主体的責任」を考える必要があるのではないだろうか?と思うのです。これは――周囲の客観的個別事情の介在の問題を踏まえたとしても――自身に内在する固有の問題として、自らの判断・行為の結果と自分自身との関わりを、自ら――従って、決して他者に強制されるのではなく――鋭く問いなおすことに他なりません。これは例えば、システムや作業手順の問題が、医療従事者という「個人」の力ではいかんともしがたいものであったとしても、結果の原因を専ら周囲の事情にのみ求めることができるのか?という難問と真摯に向き合うことを意味します。この問いに“正答”はもちろん存在しませんが、こうした“鋭い問いなおし”を通じて「主体的責任」を自覚している人は、今後の職責を果たす上で、きっとプラスになるはずです。


3.医療過失への刑事罰は、ほとんどのケースにおいて無意味かも知れませんし、「民事賠償と行政処分で必要十分」(No.52)といえるように私も思います。また、民事賠償や行政処分それ自体にも見直すべき点が多いのかも知れません。しかし、いずれの場合にしても、根本にはプロとしての「主体的責任」の自覚が不可欠だと私は思います。
わたくしのこのような意見は、一方で“当たり前”のことかも知れませんし、他方、“ないものねだり”に過ぎないのかも知れません。しかし、「こういう考え方もある」ということをお伝えしたいと思い、是非コメントしたいと考えました。よろしければ感想をおきかせ下さい。

>「んなこたぁ初めっから分かっとるわ!簡単に言ってくれるけど、それが出来ないからみんな苦労してるんだよ!!」

そうだ、その通り!
学者の考えたリクツ通りの法案が、ポンポン国会で可決成立するなら、選挙も政党も政治的駆引きも一切が要らない!

法案審議する国会という機関は、理論設計通りに作動する自動法律製造マシンじゃないでショ。理論的に誤りの無い法案(例えば医療に関する刑事訴追手続きを制約する法律とか)であれば、国会にて常に何の反対もなく満場一致で可決されるのであれば、ギリシャ時代から夢みてきた「ユートピア」が実現していますヨ。

理論的に正しく可能なこと、イコール反対無く直ぐに実現されることではない。「それが出来ないからみんな苦労してるんだよ!!」

行政だって同じ。国会で法律案が可決されて公布されたら、施行日から新法律に合わせた行政システムのスイッチがポンッと押され、自動的に全国津々浦々の行政末端部署の職員の行動が一斉に切り替わるのか?「簡単に言ってくれるけど、それが出来ないからみんな苦労してるんだよ!!」

ねえ(笑)その理想的な法理論と現実の政治や統治の話はとっくの昔、古代ギリシャのプラトンやアリストテレスを始め、古代ローマの賢人政治の時代や、殷周から春秋戦国時代の古代中国の歴史の中で、星の数ほどの賢人や学者や統治家によって、散々議論し尽くされて来ているんですが、あなた何にも政治学とか行政学や歴史を学んでなかったんですか?


これは医師の方々にも言いたいことですが、「個々にとっての理想を理論通りに追求すると、社会全体としての理想が達成できず社会システムが崩壊する」、これは人類の文明4千年の葛藤の歴史そのものです。

医師にとっての理想は社会全体の理想とは一致せず、医療制度だけを見据えた改革理想論は社会全体のバランスを崩す。医療崩壊の阻止や医療改革の実現は、ネット空間で飛び交うグチ話のレベルから、少なくとも1歩現実社会に踏み出してアピールしないと誰も動きませんよ。全医連などの実際に線を踏み超えた先駆者は出てきましたが、まだまだ数が少なく稚拙で力が足りません。

「医療制度を考えるのは非医療者の仕事です」という未だに他人事のような現役医師のご意見に接すると、「じゃあ非医療者の考えた医療制度の枠組みの中で、医者は文句を言わずに黙って働け!」と言われかねないと危惧してしまう。例え微力でも社会や政治に向かって動かなければ。

連投失礼、
>その変わり、「まだ本庁から文書が来てません」「回覧がまだ回ってきてません」というイツモの弁解が使えなくなりました。

厚労省&社保庁のWANでは、未だに10月1日からの「協会けんぽ」に関する施行規則と詳細の通知通達が下りてきません。
制度以降まであと2日しかないのに…_| ̄|○


え〜、ここから先はまだ非公開の極秘情報で〜す。
10月1日から政管健保から交替される「協会けんぽ」の保険証は、青い色のプラスチックカードになりま〜す。

まだ医療機関側にも写真見本などは出されていませんが、来月以降は見慣れぬ青い健保証を持った患者さんが、医療機関窓口に現われるはずです。病院勤務医の方々は実際に健保証を確認することは無いでしょうが、事務方や開業医の皆さん、窓口職員への指示を宜しくお願いで〜す。

話し戻って、他の件ですが不起訴になりました〜って報道を見かけました。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagano/news/20080926-OYT8T00814.htm

不起訴になったって報道もするんですね。
ネットで話題になったのを見て、その後どうなったかを報道する価値のある件だってことだったとか?
注目度は関係してますかね〜。

> No.190 法務業の末席 様

脱線承知でも、書かずには居られない、、、ウズウズ。
協会けんぽの保険証の色について、本日付当地の地方紙朝刊にもサラリと書いてました。かなり意識してないと読み飛ばすと思う程度の記事でしたが。当分現行証と混在なのが混乱を助長しそうですね。(ヤレヤレ

ところで噂レベルのお話によれば、省令の公布と同時に、取り扱いの公文書が発出される予定のようですね。例によって(案)は一応存在するようですが、未定稿なので現状では無いのと同義です。従って、内部においても末端職員まで流通していないとか。。。
せめて、関係省令が9月29日付官報(本誌及び号外をいう。以下同じ。)に掲載されていれば、際どいですが、10月1日の営業開始までには、最低限の話について末端の窓口職員に伝達されると思いますが。。。
しかし、関係省令が9月30日付官報に掲載されているなら、同日中に各種通知が同時送信されるはずですが、時間帯によっては末端の窓口職員まで伝達する事が難しいかも知れません。
私が想定する最悪のケースでは、10月1日付官報と同時に配達される官報の束の中に9月30日付官報特別号外があって、各種通知文書は9月30日深夜から10月1日早朝に抱えて人知れず同時送信される展開です。窓口職員は10月1日の窓口開いても伝達出来てないという。まぁ遠くない過去にも類例があった、何時か来た途ですが。。。;
ただ今回は、組織再編に伴う人事異動に伴って、必然的に事務所残留組についても大きい異動が行われると予想されますし、一部都道府県については別途事務所が一つ無くなるくらいの人員が退職するという噂も無いわけでなく、諸々を考えると10月1日当初は状況は厳しいと思います。制度管掌主体の移行に伴って、地域の実情に応じて当分の間暫定的に経過的な措置を講ずるらしいのですが、それが余計な混乱を増幅する方向に作用することを憂慮しています。(ゲホォ、ゴフォ、
例によって今回も、あれもこれも全て全部、責任追及の矛先と被保険者や事業所関係者からの怒りの矛先は(ゴフォッ、、、いい加減に正しい責任の所在地に向かって(ゲフォゴフォッ

ところで、「全国健康保険協会の財務及び会計に関する省令」で宜しければ、金曜日(9月26日)に官報掲載=公布済みです。事務手続きの実務とは関係のない話なのは承知の上で、情報提供。

>No.192 thx-1138 さん

いつも、貴重な情報ありがとうございます。
続きは裏の方に書いておきます。

根本にはプロとしての「主体的責任」の自覚が不可欠だと私は思います。
というのはその通りだと思います。小生の周りにはプロ意識の欠けた医師など誰もいません。研修医でも、この辺は厳しく教えられます。ですから皆真摯に業務を遂行し過ちがあれば適切に対処しています。  しかし、多くの医師の中には他業界の不祥事のように、架空診療で診療報酬を騙し取るようなプロ意識のない輩がいることも否定はしません。そういう連中を退場させたり休ませたりするのは、今のところ医道審議会しか無いのです。ですから医療内容がいかに不適切でも、刑事処分が確定しないと、今のところは免許停止に出来ない、というありさまです。こんな日本の状況は制度的な欠陥であると個人的には考えています。

元外科医 さん

先日は、丁重なコメントをお送り下さり、有難うございました。お返事は既に拝見しているのですが、お礼を申し上げるのが大幅に遅くなってしまいました。大変申し訳ありません。

またいつか、ご意見を伺うこともあるかと存じますが、今後もよろしくお願い致します。

P R

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