エントリ

都立墨東病院、搬送先探す役割果たさず 妊婦死亡事故(asahi.com 2008年10月23日15時2分)
妊婦死亡:検索ネット機能せず 「可能」3病院も拒否(毎日新聞 2008年10月22日 21時53分(最終更新 10月23日 0時46分))

 この件については、システム上の問題を指摘する論調が多いように感じます。

 それにしても、東京の現状もかなり寒いですね。

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コメント(360)

なんで集約を早くやらないの?

学会でもそう提案しているのに、言うこと聞かない
医師ばかりだな。

理由がどうであれ、数百メートル先の衆参器病院が受け入れできないとはけしからんと、国民は皆思っていると思う。

早く、体制を立て直して欲しい。

今回の一連の報道に対して

医療者に関する敬意と感謝の意が報道論調に出ないことを一医療者としてただ悲しく感じています。

そして、日本という国に絶望感を感じています。

一医療者の感情として皆様に伝われば幸いです。

集約して東京ERを作ったわけで・・・。言うこと聞く医師ばかりだなあ。それでも、医師の絶対数不足にはかなわなかったっていう良い事例ですね。

ついでに集約しても施設から遠いところは時間がかかり、遅れる可能性が出てくるし、集約したらそこに患者が集中して機能しなくなる。

集約ですべてが解決すると思ったら大間違い。

集約して東京ERを作ったわけで・・・。言うこと聞く医師ばかりだなあ。それでも、医師の絶対数不足にはかなわなかったっていう良い事例ですね。

ついでに集約しても施設から遠いところは時間がかかり、遅れる可能性が出てくるし、集約したらそこに患者が集中して機能しなくなる。

集約ですべてが解決すると思ったら大間違い。

もっとも医師が言うことを聞いて解決するものでは無いことは明らかなのだが・・・(政治の問題ですよ、これは、一人一人の医師の問題では無いんですよ)。

感情的な「誰が悪い(犯人探し)」議論をやめて、どうすればERが機能するかを考えていただきたい、と思います。でないと、また同じことが起こります。(すでに何回も起こっています)
過労死した医療従事者もいらっしゃる現状をよく考えるべきです。一方的な医療従事者叩きは不毛なだけです。

システム上の問題点を指摘する論調が増えたのは確かだと思いますが、未だに「拒否」とか使っているようでは・・・まだまだシステム上の問題点を指摘しているとはいえないと思います。

その文字に脊髄反射して医師を責めるようなコメントをするのが早速現れているし・・・(集約化の問題は行政の方が責任が重いんじゃないの?)

システム上の問題点という論調であれば「受け入れ不能」とか言葉を選ぶんではないでしょうか?

あと今回の場合(妊娠中で脳内出血)の受け入れが1時間早かった場合の救命確率ってどれ位だったんでしょうか?(もしくはどれ位危険な症状だったのか)

どの論調も早ければ当然助かったという見解が裏に隠されているように見えます。


引き受けないとはけしからんなどというお馬鹿な意見が無いだけ、世間の反応も少しはまともになったと思います。
重症患者が引き受けられない本当の理由をみんなが理解すれば、医療が崩壊しないかもしれませんね。

産科と脳外科の緊急手術が出来る病院が一時間でみつかったというのはそんなに遅いとは言えない気がします。
もちろん、本人、ご家族、かかりつけの先生にとっては永遠のように永くもどかしい時間だったことでしょうが。
また今回の状態では、もっと早く搬送先が決まっていても救命の可能性はあまりなかっただろうなと思います。
むしろ研修医ひとりしかいなかった病院で、一時間で医師を呼び出し受け入れ可能にして赤ちゃんが助かったというのはかなりがんばったんだなって思います。
ただ問題は墨東病院が産科医が退職して機能していなかったのに、総合周産期母子医療センターの看板をはずしていなかったことだと思います。
東京ERの拠点病院ということで、人がいなくなっても看板を下ろすことが出来なかった??
そういうのは現場のせいでは無いですよね?

さすがに今回は引き受けないのはけしからんとは書かれていませんが、相変わらず受け入れ不可能を「拒否」、「たらい回し」の表現のせいでmixiなどでは病院がけしからんの声もチラホラ。(大半が受け入れ不可能との理解だったのは救いですが。

解決策は診療科の定員制と僻地義務化これしかないでしょ。

成績の悪いのは、残った科へ行き、僻地に行く。

僻地で産婦人科やっている先生には大変失礼な話だが、
そういう方向に一気に議論は進みそうですね、っていうか
進んでいますね。

医学生はしっかり勉強した方がいいです。

これで国民は納得します。

表現についてなのですが、別に「拒否」でいいのでは・・・?
「受け入れ不可能」なので、病院は受け入れを「拒否」したのではないのですか?
別に病院が悪いとか医師が悪いとかそういうことは全く思っていませんが、病院側が今回したことは受け入れの拒否だと思いますよ。

問題の解決に関してはあまり詳しくないのでわかりませんが、やはり行政の問題なのだとは一国民として思っています。

それであなたは納得しても妊婦さんと赤ちゃんを取り巻く状況はまったく改善しないのでは...と釣られてみるテスト。

「たらいまわし」という表現を、今回、主要マスコミは避けているように見えます。おいらの見る限りでは。
その点では進歩があったと評価しても良いのではないでしょうか。「拒否」という表現の是非はともかく、現在はどういう表現をするか模索段階なのではないでしょうか。
墨東病院は深刻でないと思って断ったらしいですから、「受け入れ不可能」と表現することも、半分正しくて半分不正確な気がします。

今、必要なことは、誰か悪者を探すのではなく、現場の実態をなるべく国民に知ってもらうことだと思います。

また、一般の人は、一人の患者さんの緊急医療にどれくらいのスタッフが必要かと言うことを知らないでしょう(私も素人なので知りません)。

例えば、今回取り上げられた東京ERにしても、現実、どれくらい対応が可能で、かつ当日は、どのような状況であったかを知らせ、今後の対策を考えた方が建設的なような気がします。

恐らく東京ERの医師の皆さまも、本来だったら受け入れて何とかしたいと思っていたと思います。ただ、物理的にできないことを引き受ければ、結果として、今回と同じケース(マスコミのたたき方はもっと激しくなりますが)になると思います。

現実から目を背けても、何も生まれないと思います。

日本語としてはおっしゃるとおりと思いますが、

・他の業種においてそれは「拒否」として報道されているか(例:タクシー、ホテル、某鼠の国等)
・それを「拒否」と表現して報道した場合に一般国民はどういう印象を受けるか
・それを「拒否」と表現して報道した場合に、医療従事者はどのように感じるか

という問題だと思います。

いつでも、どこでも、どんな疾患でも適切な医療が受けられるという幻想が、実は一度も実現したことはなかったのですが、粉みじんになったということでしょう、しかも東京という名の付いた場所で。疾患、場所、時間を勘案すると今の日本の医療資源ではカバーしきれない部分が出てくる、というのは医療関係者の間ではとっくに常識であったけれど、それを広く報せるにはこんな痛ましい犠牲が必要だというのが日本の現状なのです。医療費亡国論という妄想に引きずられて医療資源を抑制すればその結果は、全体が薄くなるか、配分が偏るかしかありません。産科だけではありません、小児科、麻酔科はもちろん、内科、外科においても、全体が大きいから目立ちませんが、分野によってはいくら探しても医師が見つからないという現状があります。医療資源を早急に増やすことができない以上、如何に効率的に使うかということを考えなければならないのに、「安心して暮らせるようにしてほしいですね」などと脳天気なことを言っていればいいマスコミというのはうらやましい仕事ですね。亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

素朴な疑問に答えていただいてありがとうございます。

むしろ研修医ひとりしかいなかった病院で、一時間で医師を呼び出し受け入れ可能にして赤ちゃんが助かったというのはかなりがんばったんだなって思います。

こういう新聞記事が出ないのって何故でしょうね?
自分はわざわざ休暇中の医師を呼び出して赤ちゃんを救えた事に対する評価が見当たらない事に疑問を覚えます。

 これはシステムの問題でしょうね。。
 医療資源の集約の問題、適正配置の問題、供給量の問題、病院検索システムの問題もあるでしょうし、「満床」とあっても、実際には満床ではなかった病院もあるかも知れません。
 行政には、医療機関との連携のもとで、強いリーダーシップを発揮して問題解決にあたってもらいたいと思います。

素人丸出しの質問ですみません。
今回のこの一連の報道を見る限りなのですが、ある意味トリアージが行われたと認識してみたのですが、間違いでしょうか。
その、都内で導入されているシステムがどのようなものかは存じ上げませんが、ある程度そのシステムを基にして患者さんに医療資源を提供できる環境を探った、という点においては広義の意味でのトリアージというものなのだろうか・・・と悩んでおります。

脊髄反射と言われるかもしれませんが,医者がいくらやれるだけのことをやった例であっても,いざ訴訟となれば無理な法解釈を繰り出してでも医療側に敗訴判決を出すような実例があるわけで,そのような曲がった実例を,稀ではなくしばしば繰り出してきた司法(裁判所)が,医療破壊者としての責任は一番大きいと思います。何しろ三権の一翼からの直接の否定ですから。

#「無理な法解釈」…以下のスレッドの,門外漢と名乗る弁護士と思しき人物の書き込みに拠ります
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/c93966cb11c31eb4d0b117a1acd008d3

「乗車拒否」「宿泊拒否」「入園拒否」等々・・・ってことですか?
突っ込まれてみると、いろいろと言葉足らずな感じで申し訳ないです。
僕としては「拒否」という言葉は報道等で使われても妥当だと思うのですが、その言葉の前に「・・・だったので病院側は拒否しました」という「・・・」の部分の説明がどうなされるかが大切だと思っています。
ちなみに、「・・・」の部分は行政の体制或いは現在の病院の現状などを入れるべきかとは思います。
先ほどのコメントは「拒否」という言葉を使うことの妥当性だけについて焦点を当ててしまったので言葉足らずになり申し訳ないです。

今回の事例はトリアージそのものではありません。トリアージは,相当数の患者がほぼ同時に発生した場合に,最大数の患者を救命することを目的として搬送や救命措置の優先順位付けを行うことと理解しています。今回の事例は,一人の妊婦さんをどうすれば,迅速に適切な医療機関に運ぶことができ救命可能性が最大となったかが問われている問題ですから,トリアージの定義にはあてはまりません。

ただ,トリアージが問題となる状況でも一人の患者・妊婦の搬送等の場面でも,どこに送ればベストかということには変わりありません。そういった意味で救急医療共通の問題と思います。

そういう引用の仕方は門外漢氏も不本意でしょうからおやめになったほうがよろしいかと

 そうやって司法に責任転嫁するとシステム問題の本質を見誤る(誤導する)と思いますが?
 「無理な法解釈」というなら、これくらいを全部吟味して言って欲しいというのが本音です。自傷弁護士もどき一部の発言で司法全部を否定する(「そのような曲がった実例を,稀ではなくしばしば繰り出してきた司法(裁判所)が,医療破壊者としての責任は一番大きい」)のは、論理法則や社会的妥当性の自殺につながるからです。
http://kanz.jp/hanrei/search.html?cat=08
 もっと冷静に分析してくださるようにお願いします。医師のタライ回しと奈良の医療を否定したマスコミ論調の不合理なラベリングと変わらない危険な臭いをかいでしまいます。

 「広辞苑(第四版)(岩波書店)」では、「拒否」は、「要求・希望などを承諾せず、はねつけること。拒絶。」と説明されています。
 受け入れたくても受け入れ困難な状況で断らざるを得なかった場合に対して、「拒否」という言葉は少し意味が強すぎるのではないかと思います。

Sou様
レスありがとうございます。
やはりこのようなケースではトリアージそのものではないということですね。ありがとうございました。
今日のテレビのニュースで取り上げられた、システムの一日2回の「医師による」受け入れ体制の○×の入力如何、には運用上の疑問がありました。
偉そうに言うつもりもないのですが、当直の医師による○×の入力によって判断されるものであるならば、それは、システムそのものが機能しないのではなかろうか、と、外野的に思った次第です。
現場の医療者皆様は、ERだかなんだかのシステム運用にまでは気を配れない現状がおありではないのかな。と、単に疑問に思った次第です。
長々と失礼いたしました。

ハスカップさん

システム問題以前の問題です。私はそんな大それたことを言っているのではなく,確立された社会安定装置である司法すら,実際の運用では穴もたくさんあるわけで,そういう穴だらけな仕事をやっている(というかそういう限界を当然に含んでいるわけですが)人々が,こと医療に関しては時として異常なまでに厳しいことを言い出すのが,ちゃんちゃら可笑しくって…そりゃあ医者が逃げ出しますよ,ってことです。

司法も実際の運用は穴だらけ。当然医師の仕事も穴だらけ。穴だらけな仕事であることを当然自覚しているであろう法曹の人々が,医療の仕事に関して異様に厳しく見る一群が確実に存在するわけですから,私のような人物が一人くらいいても悪くないと思いますが。

医療破壊者としての責任は一番大きいと思います。何しろ三権の一翼からの直接の否定ですから

そこまで司法を絶対視すると言うのがよく分からなかったりします。私が普通に考える限り、医療破壊者としての責任が一番大きいのは、他ならぬ我々国民という事になると思うわけですが。

ところで、医療崩壊に関する限り、犯人捜しは非生産的な事だとは思います。大事なのは過去ではなく、現在であり未来な訳ですから。この辺りは医療事故調とも本質的には同じです。

 えらく後ろ向きの議論ですな。
 そういう議論はこのブログの基本的ポリシーに反しますので自分のブログでやってください。

 昨日の報道ステーションでこのニュースを見ましたが、受け入れ拒否の事例は地方よりも大都市圏の方が多い。その理由は大病院がいくつもあるため、無理にうちが引き受けなくても他に受け手があるはずだ、と考えることが原因の1つではないかと分析していました。地方では基幹病院が1つしかないため、無理でもなんとかして受け入れざるを得ないため、大都市に比べるとたらい回しは発生しにくい。一面の事実ではあると思います。
 ただし、キャパシティを越えていて、十分な治療を保障できない状態で引き受けた後のことについても、考えないわけにはいかないため、より万全な体制を提供できる病院があるのなら、そちらに回す方がベターだという判断もまた間違っているとは言えません。
 
 このニュースの次に、過労で鬱病になり自殺した小児科医の裁判のニュースもあり、先の妊婦受け入れ拒否の問題も医師不足と過酷な勤務状態が背景にあることは認識している構成になっていたと思います。

 そのなかで、古館アナの「大病院の世知辛さを感じます」というコメントはピントがずれていると感じざるを得ませんでした。

 実益のない議論を避けるために次の言葉でボソッと返事します。
>>現実の世に100%は存在しない。
>>よくてフォーナイン(99.99%)で、
>>残りの0.01%は神や天使の領分だよ。

 システム事故は、鉄道事故、航空事故、工場災害、労働災害、原発事故をはじめとすれば、オペレータの入力ミス(エラー、怠慢、失念、聞き間違い……誤情報伝達)が一番多いというのをご存知ですか?
 これは日本の司法の一部の「医療の仕事に関して異様に厳しく見る一群が確実に存在する」?と無関係です(英米ドイツでも同様の調査結果が出てますからw)。あなたの立論や論理や因果関係は非科学的で合理性や論理法則が欠如しています。ご再考ください。m(_ _)m

とりあえず門外漢氏の投稿内容を抜粋して書いときます。

心タンポナーデの事件では、裁判所は引用されている厚生労働省令と通知に示された救急医療機関の医療水準によって県の責任を認定しており、他方、担当医個人に対する請求は棄却しています。これは医師個人に対してではなく、行政に対して法の求める救急医療体制を整備することを求めた判決だと私は書きました。
ご紹介されたブログでも指摘されているように、国賠訴訟でもないのに「公権力行使」という無理な法解釈によってあえて医師個人への請求を棄却したと読むべきでしょう。
これが
医者がいくらやれるだけのことをやった例であっても,いざ訴訟となれば無理な法解釈を繰り出してでも医療側に敗訴判決を出すような実例があるわけで
「無理な法解釈」…以下のスレッドの,門外漢と名乗る弁護士と思しき人物の書き込みに拠ります
どうしてこうなるのか・・・

>どうしてこうなるのか・・・

 ちゃんと原典に当たらな調査不足が原因(ボソッ

搬送拒否され死亡した妊婦、都側「脳出血と考えず」(2008年10月23日 読売新聞)

 都は22日、記者会見を開き、「当初、脳出血を疑う説明はなかった」として病院側には問題がなかったと主張したが、受け入れを要請した妊婦のかかりつけの五の橋産婦人科(江東区)は「激しい頭痛のあることを伝えていた」と反論している。
林産科部長は記者会見で、「結果からすれば、もっと頭痛を重大に取り扱えばよかった。ただ、仮に処置が1時間早くても、結果はあまり変わらなかった」と釈明した。

 皆が懸命に努力したが力及ばなかったというのが現実だと考えていましたが、「脳出血を疑う説明はなかった」は責任逃れをしすぎではないかと感じます。明確に脳出血を示唆しなかったにせよ、これでは脳出血が手遅れになったのは五の橋産婦人科の説明が悪かったせいだ、と言っていることになってしまいます。下手に刺激するような事を言うとかえって荒立てることになりはすまいか。
 林産科部長の釈明の方が病院の本音なんだと思いますけど。

 会見を開いた主体が墨東病院ではなく東京都であるあたりも、会見の内容に影響していると考えるべきでしょうか。

PS:

 「諸外国のシステムエラーと入力ミス」に関しては、次のものが参考になるので、欲しい情報が手に入ると思います。
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&rlz=1T4GGIH_jaJP218JP218&q=%22system+error%22+%22input+error%22+accident&lr=

 同旨のキーワードを工夫して検索を初めて繰り返したのは、「千里眼」というサイト(現在閉鎖)でした。検索結果が出るのに5分10分なんて当たり前でした。グーグルやヤフーのキャッシュ全文検索日本語版なんてなくて、隔世の感があります(遠い目

「集約化すればいい」という意見が散見されますが、集約化すると、その施設に症例が集中してあっという間に施設能力がパンクするということは考えられないのですか?まともに周産期センターを運用しようとするならば、3つか4つの施設を潰して1つの施設に集約するしかないんですよ。そもそものマンパワーが絶対に不足しているんです。適度に分散させて、オーバーワークさせてなんとか保っているのが現状なんです。そういうのが困るなら、国や議員にもっと訴えかけてください。医者に訴えかけるのは、おかしくないですか?制度を作るのは医者じゃありませんよ?政策を支持するのは国民ですよ?

ところで、この事例は、「事故」ではないと思うのですが・・・。

この事件に警察や司法が出てくるかが分水嶺でしょうなあ。

 あんまり言葉遣いにナーバスになるのはいかがなものかと思います。
 本来、あってはならないことが起こった場合は、それが個人の責任に帰すべきものであろうがなかろうが、システム上欠陥に起因するものであろうが、仮に不可抗力であったとしても、事故と言うべきだと思います。

>この事件に警察や司法が出てくるかが分水嶺でしょうなあ。

 これは偏ってます。

昨日のズームインで辛坊キャスターは、「こういう問題で医療側を責めることで益々医療側が萎縮する。それで不利益を被るのは国民である。原因は医療費抑制政策であり、これは政治でやる問題だ。」といった内容のコメントをしていました。
同じ日の朝ズバでみのさんは、墨東病院や日赤病院のコメントを批判し、医療側はなにやってるんだの論調でした。

同じ事案に対し、会社やキャスターによってこれだけ論調が違うことはやむを得ないことだとは思いますが、辛坊キャスターのような発言が出てくるだけでも少しはましになったのかなとは思っていますが、やはり何かあった時に叩きやすい業種なんだな〜と悲しくもなります。

今朝の新聞では、社会保障費の見込が示されていましたが、以前のような「だから医療費を減らさなければ」という論調からは変わってきていることに少しは安堵しています。

私も簡潔に書きすぎ、言葉足らずでしたが、

その言葉の前に「・・・だったので病院側は拒否しました」という「・・・」の部分の説明がどうなされるかが大切だと思っています。

という問題意識は、私もまったく同じです。

もし、マスコミ報道で、記事本文で 「受け入れ不能状態であったため、○○病院は救急車の搬送依頼を拒絶せざるを得なかった」 と書いてあれば、読者の受け取り方もずいぶん違うはずです。

そして、そのような本文の論調を 「生かす」 見出しであれば、「拒絶」 という語が(少なくとも単独で)使用されることはないはずです。

そうではないからこそ、悪印象をもたれる側である多くの医療従事者が、マスコミの悪意ないしバイアスを感じ取り、異議を唱えているのでしょう。

まぁ、辛坊キャスターはよく勉強されてますし、メディアの怖さもわきまえておられますからねぇ。日本の民放では数少ない「まともな」キャスターの一人だと思います。
その場の気分で言いたい放題の「あの人(私はタレントさんというかエンターティナーと思っています。そんな人の方が「影響力」をもっているというのは苦々しい限りです)」と一緒にするのは失礼ですよ(^_^)

タイトルにケチを付けてなんですが、、 妊婦死亡は事故ではなく病死だと思います。
 仮に30分早く搬送していても予後は変わらなかったでしょう。

>No.40 通行人1(被医療者) さん

トピずれになってしまいますが辛坊キャスターを

日本の民放では数少ない「まともな」キャスターの一人だと思います

と表現するのは如何かと・・・

確かに今回の発言はまともだと思いますが、橋下裁判について何か自己反省するような発言ってしたんでしたっけ?

誰だから「まとも」と安心してしまうのは危険だと思います。
でもその場の気分で言いたい放題のあの人と一緒にするのは失礼というのは正しいと思います。

まあ辛坊キャスターは、大淀病院の報道の際には、
「医者も自分の家族がこのような病気になったらどうするかと
 充分に考えてほしい。怠慢である」
という発現をされていましたからね。

その後、勉強されたのでしょう。

我々医師もいろいろ勉強していかなければならないですし
お互い様ですよね。

ご指摘ありがとうございます。
「この件に関しては、まだまともな方(ほう)」と訂正させていただきます。
m(_)m
確かに、辛坊さんもたまには「あれれ?」ということも仰いますね(^^;

 どんなタイトルが適切だと思われますか?

 私は、死因を問題にしてるんじゃないんです。
 患者側からすれば、救急体制がまともに機能してないというだけで事故です。

直接、この事案とは関係がないのですが、このような事故を受けて、最近、マスコミの論調が「医療費抑制をやめて医療体制の再構築」のような方向になってきているように思います。

となると、当然、予算不足が問題になり「消費税率アップ」が話題に上るでしょう。そんなことはないとは思いますが、意図的に国民が医療体制に不安を感じる状況を作り、消費税率アップの抵抗を減らそうとしている…ふと、そんなことを考えてしまいました。

何しろ、消費税率アップの話題を出すと、選挙で負けるという議員さんは思っているようですから。

今回の問題の本質は「本当の救急患者が出ても,すぐに受け入れてもらえるとは限らない状況が東京で起こっている」ことが露呈したということです.
まあ,大淀と同様に「産科+脳外科」といった複合した問題のある患者さんに対応できる病院は実際のところほとんどないのが実情です.また,収容できても救命は難しかったというところではあるのですが.
たまたま近所の墨東病院はER型の救急をやっている病院でしたがそれでも昨今の煽りを受けて産科救急に対応できていなかったのが実情で,周囲の病院には予め対応困難であることを広報していました.救急医療に「どこまで望むか」,そのために「何をやれば改善が望まれるか」といった視点で議論すべきなのに,相変わらず「拒否した病院はけしからん」とか「脳出血の症状を伝えたのにきちんと伝わらなかったのが問題だ」とかレベルの低いところに留まっているのを見ているとがっかりしてしまいます.
本当に救急の崩壊を止めたければ,「救急における訴訟の抑止」「赤字にならないような保険点数の改訂や補助金の交付」など,現在の問題点の解決に目を向けるべきなんですけどね...

以前のように医師が怖いもの知らずでやれた時代には、5年目の医師がとりあえず受けてから、ということもあったのでしょうが、今ではそんな恐ろしいことはできません。
それにしても、現実になにかと起こってみなければわからないのが世の常のようですね。もはや何もいうことなし。

事故じゃなく単なる事例だと思います

死亡に事故と言える非難可能性があったとすれば、行政の不作為があっただけです

「まともに機能」という部分に幻想を抱きすぎだろうと思います
過去のバブルの好景気が当たり前としていた位の幻想です

救急体制が充実してきたからこそ膨らんできた患者要求バブルが弾けただけのことだろうと思います。

当直医対応(労基法41条3号による”宿直”医)という違法状態で支えられた救急医療なんて、すでに壊れているのです。

これから出てくるかも知れない救急患者と、今この時点で人権侵害を受けている勤務医とを比較して、勤務医に対する人権侵害を容認できるとは、私には到底言えません。

早く行政に救急指定や、周産期指定を返上して、身の丈あった医療体制に戻るべきだろうと思います。

死亡に事故と言える非難可能性があったとすれば

「事故」にそのような「誰かの落ち度により」といった意味はこもっていないと思いますが、いかがでしょうか。

Yahoo!辞書 大辞泉

じ‐こ【事故】
思いがけず生じた悪い出来事。物事の正常な活動・進行を妨げる不慮の事態。「―を起こす」「―に遭う」「飛行機―」
2 事柄の発生した理由。わけ。子細(しさい)。


「事故」という表現に過剰反応すべきでないと思います。
問題にすべきマスコミの表現・スタンスは別のところにあると思います。

医療事件絡みのコメントについて、非医療者サイドと医療者サイドで、同じ文章の読み取り方にビミョ〜な差異があるように感じます。

非医療者の投稿者の方が今回の事件でのコメントで、「墨東病院は〜」と書いたとき、それは「墨東病院の医療システムは〜」と、医師個人を指すつもりではなく、病院設置管理者の東京都や、医療行政全般の総元締めとしての厚生労働省も含めた、現在の医療制度や体制全体を含んだ概念を指し示していると思います。

それに引き換え医療者の方々、特に医師の方は「墨東病院は〜」という同じ表現を、「墨東病院の担当医師は〜」と、医師個人を指すと受け止める傾向があるように感じます。

このブログの投稿者にしても、国民多数にしても、病院とは医師の他に看護師や事務職員はもちろん、調理や営繕などの多数の職員の人的複合体、すなわち「組織体」であることは理解していると思います。そして墨東病院は設置者管理者の東京都の意志と責任で運営され、その東京都の意志は厚生労働省の掌の上にある、これも弁えている。

こうしたことを医療問題に理解がある常連投稿者は、「墨東病院は〜」という数文字の裏に込めて書いていると思いますよ。

墨東病院の対応に批判的な意見は、イコール墨東病院の医師個人が責められている、と医療サイドの方々が受け止めるのは、少々ナーバスに過ぎるようにも感じます。

もっとも、個人の医師と、組織としての病院と、行政システムとしての医療体制と、区分けすることの出来ない低質な報道記事や、認識がとっちらかっている有識者の意見が多いことも事実ですが…。

 何かあるとマスコミやネット世論?が難癖付けて叩いてくるのが
   医師・弁護士・パイロット
です。
 これはゲック(月曜9時)とかリーマンOLが視聴する時間帯の主人公に多いのが特徴です。弁護士を検事におきかえるとキムタク先生がどれも主演されてます。
 国民の関心の高さの裏返しだと思って、雑音はスルーするのがいいと思います。

と言うか、この一件は事故では無いですよね?
東京でこのくらいの難易度の症例がこれくらいの時間で搬送されて、治療を受けたというのは特に思いがけない要素はどこにも無いような。
大学病院クラス何件かに問い合わせて女子医大の東医療センターが引き受け可能との返事をしているようですが、その返事以前に墨東病院は無理をして医師を呼び出して対応していますし。

問題は墨東病院が東京ERの拠点病院として機能不全に陥ってることがバレてしまったと言うことであり、こういうことはバレたほうがよかったのかもしれないと思います。
皆で現状を知った上で対策を考えるべき問題でしょうし。
本来なら墨東病院は産科医の退職に伴ってこういう症例には対応できないことを文書で通達していたようですから、その状態は一般の人にはバレなかったはずかもって思います。
それを今回は無理を承知で持ち込まれたので、露見した。
墨東病院は今年の始め頃にも外傷性硬膜下血腫を研修医が見落としたとのことで書類送検との報道が有り、
東京ERの拠点病院と言いながら研修医のみでがんばらないといけないという今の普通の病院の状況が透けて見えてます。
さて、その上で根本的な問題をみんなでかんがえましょうね〜ということだろうと思います。

それより今回の件は何でニュースになったんでしょうね?
これを報道する価値ありと判断したのは誰か?そこんとこが気になります。
ご存知の方いらしたら情報プリーズ!!

私もこれは事故というより「病死」だと思います。医療は本来「ないよりまし」な存在なんだと思うのですが。

>東京ERの拠点病院として機能不全に陥ってること

 システムエラーから見ると、これがアクシンデトですよ。ER機能不全事故!としてシステム解析して再発防止を要するアクシデント。

@m3.comでは記事が15も載っていました。その中で、石原都知事のコメントが載っています。たまにはいいこと言うな〜

記事:共同通信社 提供:共同通信社

【2008年10月23日】

 東京都内の妊婦が都立墨東病院で脳内出血の手術を受け死亡した問題で、石原慎太郎知事は23日、都庁で報道陣に対し「医者は一生懸命やっている。みんな命懸けでやっているんだから、そういう事情も配慮して、すべてを否定するみたいな報道をしてもらいたくない」と述べた。

 知事は「墨東病院を弁護するつもりじゃない」としながら「臨月の女性が脳出血を同時に起こしたという大変な事態で、めったにないケースが起こった」とした。





「自分の手に負えない患者さんは無理してみないでください」というのが世間の意見で、その通りにしたら妊婦が亡くなったというのが今回の出来事。

助ける自信がありますと手を挙げる医療チームがふさわしいタイミングで存在しないのは救急や重症に関してはよくあることです。

重症や救急に長けた医師の数を急には増やせないので、これからも多くの方が手を挙げるチームが無いまま手遅れになることでしょう。今の日本の限界です。

どうすれば自分が手を挙げるかを、多くの医師が個人としてあるいは団体として発案していますが(多くは何らかの条件のもとの免責を求めています)、いまのところ社会が受け入れないので変わりようがありません。

「自分の手に負えない患者さんは無理してみないでください」というのが世間の意見が尊重され続けることになります。あしたは土曜日、名前と顔は違うけれど状況はまったく同じ妊婦さんが亡くなるかもしれません。

『何でも引き受けろ。引き受けた患者には完璧な診療をしろ』というご意見がなくなったので少しほっとしていますが、『たまには過失があっても責めないから、瀕死の患者さんを断らないでくれ』という意見が世の中を支配すればもう少しがんばりたいと思っています。

>『たまには過失があっても責めないから、瀕死の患者さんを断らないでくれ』という意見が世の中を支配すればもう少しがんばりたいと思っています。

1.事実に対して仮定を持ち出す
「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」

3.自分に有利な将来像を予想する
「何年か後、犬に羽が生えないという保証は誰にもできない」

10.ありえない解決策を図る
「犬が卵を産めるようになれば良いって事でしょ」

…茶化しといてナンですが、御自分を大事にして下さい。命を懸けなければならない任務なんてありません。

>ER機能不全事故

おお〜っと!!ハスカップさん。
これは事故の状態でないところってどっかにありますかね〜?
東京は無理っていうことがバレましたが、日本中でうちはどんな症例でもど〜んと来い!!の体勢が整ってますって場所はあるでしょうか?

このくらいの大きな話になって欲しいです。
今回の現場や今回受け入れできなかった病院だけの話に終わらせて欲しくないです。


事務方の星 さん。
石原都知事はこうコメントするしかないのでは?
現場を非難したりしたらモロにブーメランですもん。
現場でどうこうできるような問題じゃないと言うことは明らかだし。

No.53 沼地さま
震源地はこちら
http://www.bunshun.co.jp/mag/shukanbunshun/
週刊文春「医療再生プロジェクト」ルポ「産婦人科の戦慄」(伊藤隼也が関与しています)
印刷前にメディアに漏れたようです(現地発情報)

No.55 ハスカップさま
システム管理のテクニカル・タームとしての「アクシデント」と一般に用いられる「事故」は同一の概念ではありません。

No.50 fuka_fukaさま
上記理由により中型国語辞典である大辞泉を持ち出してもエビデンスとしては不十分です。


都の最高責任者としての立場を考えれば普通はそうなんですが、あのお方は自分で本当にそう思わなければ言わないのかな〜と勝手に解釈しました。だって、これまで言いたい放題ですからね^^;

もう一つ大切なことは、全く別々に運用されている産科の救急と一般の救急の連携を強めることだ。産科の救急で受け入れ先が見つからないときは、とりあえず一般の救急部門で受け入れる。そうした柔軟な発想が必要だ。
http://www.asahi.com/paper/editorial20081023.html

柔軟な発想とご満悦かね。天下の大新聞が無邪気ですねぇ。

 この用語の定義の議論は神学論争で時間の無駄ですから遠慮します。それだけ事件という概念があいまい広義なだけだと思います。ちなみに民事訴訟と刑事訴訟でも「事件」の概念は一般用語例ともマスコミ用語例とも異なっていることからお分かりかと思います。
 私が言いたいのは、今回のような事件では、「アクシンデト(事故?)」という視点は、医療行為者個人個人に向けて分析する事案でなくて、現在の日本の救急医療体制(ER機能不全システム)にこそ向けられるべき代表例ということだけです。
 二重の重篤要素(脳内出血・出産間際)が重なれば、通常の単線システムが機能不全になることはしばしばあります。ただ、それがお菓子工場の生産が止まったという財産的損害(保険で回復可能)でなく、代替性と原状回復性がない「人の命」だったということが…(以下略)。
 これって、既に日本全国で本当は多発している(していておかしくない)んですよね。>No.59 沼地 さん
 ちなみにオーストラリアの内陸部大鑽井盆地(約176万km2)は、ドクターヘリや病院ジェット(空飛ぶ病院)がかけつけて、現場で救急医療をするしかない地域がほとんどです。
 せめて、日本の被医療者σ(^_^)は、コンビニ受診を止めて御苦労されている救急医療を側面から支えましょう。(^-^)/

fuka_fuka先生

「事故」の中には、外因性という意味が含まれているように思われます。

1) 妊婦が脳出血を起こした

2) 担当医が転送先を探したが、数件の病院が受け入れ不能だった

3) 妊婦が死亡した

1)→3)だけだったら事故とは言いませんよね?

モトケン先生のコンテクストにも、どこかに非難の意思が含まれているように思われます。(誰が?何が?とは明示しておられませんが)

「事故:思いがけず生じた悪い出来事」とのことですが、多くの医師は残念ながら一定の確率通りの帰結になったと思っていると思います。
予測可能性については、一般の人が普段から無関心で”思いがけず”と思っていても、予測していた多くの医師にとっては、不可抗力としか考えられません。
おそらく数年後には朝日の社説にあるように”「妊婦が一般救急外来に飛び込む」柔軟な対応”を義務のように煽ることになり、事実、ところかまわず飛び込んで来て、結果責任を問う声も出てくることでしょう

裁判事例でも触れられませんが、当該病院の医師達は、この妊婦以外の方について、”スーパーマン”的に献身して治療を行っています。
大淀事件の時の奈良医大の先生方の状況も、涙なしには語れないものです。

事例だから反省材料がないと言うことではないと思いますが、やはり日本語で”事故”には原因分析から犯人探しが始まる悪寒がします。

過剰反応と言えば過剰反応ですが、マスコミ・社会と医師との信頼関係が切れかけている以上、言葉遣いには慎重にならざるをえません。

明日の「救急の日2008」関連シンポジウム(東京)に参加予定ですが、おそらくこの話が急遽出てくることでしょう
生温かく見守ってくることとします。

モトケン先生も、悲嘆に暮れている医師を非難する前に

No.1 一市民 さん | 2008年10月23日 18:00 なんで集約を早くやらないの?

学会でもそう提案しているのに、言うこと聞かない医師ばかりだな。

理由がどうであれ、数百メートル先の衆参器病院が受け入れできないとはけしからんと、国民は皆思っていると思う。

というフザケタ意見にレッド・カードを突き付けるべきだろうと思います。
理由がどうあれ結果責任というのなら、道義的責任感に縛られることもなく、産科の先生方は逃げ出すべきだろうと警告します。

msn産経ニュースの記事(2008.10.24 11:19)より抜粋。
『舛添厚労相「都から情報ない」と激怒 妊婦受け入れ拒否問題』
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081024/crm0810241120008-n1.htm

舛添厚労相は「医療体制が整備されているはずの東京都でこのような事態が起きたのに、妊婦の死亡から2週間以上も厚労省に報告があがってこないのはどういうことか。情報をあげてくれれば国も手を打てる。都にも責任がある」と東京都を批判した。
舛添厚労相は自ら24日午前に、最初にいったん受け入れを断った都立墨東病院(墨田区)を視察する予定だが、この視察に対して、当初、都が「準備ができない」と受け入れを拒否しようとしたことを明らかにし、「都の姿勢に対して怒りを覚える」と述べた。

舛添大臣は、東京都病院経営本部の官僚的対応姿勢に、相当に お怒り のご様子。

ただ、総大将の大臣が一人で頑張ってみても、手下の将兵(厚労省官僚)がヘタレだし、後方支援の政府与党の族議員が目先の選挙しか目が向かない現状では、孤軍奮闘の単なるカラ回りで終わりそう。

横からすみません。すれ違い調整のお力になれればと思いまして…

「事故」というと、
�.普通は起こらないことが起きた
2.普通でないという点が結果に影響している
というニュアンスがあり、それをもってモトケンさんを始めとする皆様は今回事故と仰っているのだと思います。

しかし医師の主張としては、
�.このような症例で搬送先を見つけるのが困難なのは普通
2.不幸な転機となったのは搬送の遅れや救急の不備とは無関係
実際のところ、こういった事例は珍しくもないし驚く事でもないと思います。
強いて言うのなら、脳出血の発症が(予期せぬ悪い事)という意味において)事故でしょうか。

言葉の意味を云々するのは不毛であり、皆様もそれをお望みではないと承知しております。ssdさんのご指摘は、言葉の使い方それ自体を言っているのではなく、「事例として何ら珍しくない(すなわち「事故ではない」のに、何故今回に限って注目され報道されているのか」という問題提起かと理解しました。
野暮とは思いつつ…見当違いでしたら申し訳ありません。

縄暖簾政談のレベルを一歩も出てないですね。
こんなもんを、よくも「社説」だなんて恥ずかしげもなく言えるなぁと感心しちゃいます。

ちなみに印刷紙面の朝刊では「ある都庁職員」の話として、搬送先が墨東病院の産科ではなくERであったなら・・・てな振りをして院内の連携不足を「指摘」するようなサイド記事を掲載してました。

大淀病院ケースなどに関連してこちらのブログで得た知識をベースにすると、もし「産科ではなくERであったなら」母子共に死亡という最悪の結末を迎えたか、出産プロセスを先に決着させる必要があることからERに搬送しようがどうしようが結末には何等の違いもなかった、のではなかろうかと思われますが如何でしょう。

ところで厚生労働大臣は「東京都に対して」は怒り心頭だったようですが、翻って(直接聞き取りに赴いた)病院自体に対しては「皆さんが仕事をしやすい環境を整える努力をしたい云々」だったようです。
医療行政の責任者がこういうスタンスであることを受けて、報道機関各社や、そこが発信するニュース情報に接する読者視聴者のマインドにも変化が生まれればいいのにな、と思いました。

なお23日〜24日付の毎日朝刊を見たところ、奈良支局の出稿だったアレと対比すると随分と「転向」著しい感があります。
例の支局がアレだったのか、あの一件で学習したのかは分かりませんが、随分とトーンが違う印象を受けました。(他方、朝日は大淀病院のときの遺族男性のコメントとって「妻の死が何も生かされてない」みたいな記事を載せてましたね)

アンカー打たなくてごめんなさい、上記コメントはNo.62 うらぶれ内科 さん のレスを受けて、天下の大新聞の社説記事についてのものです。

更にこう締めくくっているようですね。

医師不足を解消する努力はむろん大切だが、病院や医師の間で連携に知恵を絞ることはすぐにでもできる。

後ろ向きの発言はモトケンさんに叱られそうですが、知恵を絞るにもお金は必要だし、音頭をとる行政などの体制も必要です。そして、被医療者の理解だって必要なんです。
NICUのない一般救急で受け入れて、母子共々何かあった時のことを考えたら、それこそマスコミの論調はどうなることやら。

各施設で知恵を絞ったり、出来たシステムには勿論協力しますが、行政を批判しているのか医療側を批判しているのか分からない(両方だと思いますが)論調にはウンザリします。

http://www.asahi.com/health/news/TKY200810230343.html

 この記事は良いのでは?

医師不足を解消する努力はむろん大切だが、病院や医師の間で連携に知恵を絞ることはすぐにでもできる。

ものすごく安直でステロタイプの「結論」ですよね。どんな事件事故報道にでもいくらでも応用可能な、つまり何にも言っていないに等しい空虚な「捨て台詞」です。
ホント、よくも社の看板背負った社説で、こんな記事が書けるもんだとあきれ果ててしまいます。若手記者が本記原稿でこんなの書いてきたら、原稿用紙丸めてポイじゃないですかねえ。あ、今もう原稿用紙でなんか出稿してないか。

というか、どんなに知恵出したってそのアイディアを実装するにはヒト・モノ・カネは不可欠なわけで、そのいずれもが不足していることが原因となっているのに・・・なんすか、この「ヤマトダマシイアリセバキチクベイエイナニスルモノゾ」的精神論は。

従来の報道よりは、ましな気もしますが、変なところで、吹っ切れなくて、少し様子を見ていきたいなと思います。

1)10月4日のことが、何故10月22日に報道されるか?大淀病院事件での毎日新聞を思い出しますが、今回はNo.60 青髭(医) さん が指摘された週刊文春なのか?週刊文春の記者が取材を始めたのは、10月22日より以前と思います。
2)都立墨東病院のホームページの「お知らせ」から、「産科の外来診療の縮小」についてをクリックすると次の文書が現れます。

産科の外来診療の縮小について 当院の産科におきましては、医師の欠員が生じたため、平成18 年11 月13 日(月曜日) からしばらくの間、外来診療を縮小いたしますのでご了承下さい。 ● 予約のある患者様、救急の患者様につきましては従来どおり診療いたします。 ● 予約のない初診患者様は紹介状の有無に関わらず、新規の予約受付及び予約外受付診療 は行なっておりません。お近くの医療機関を受診されるようお願いいたします。 ● 予約外の再診患者様、再診予約をするか、総合案内でご相談下さい。分娩予約のある場 合に限り医師に確認のうえ判断いたします。 大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力の程よろしくお願いいたします。

都立墨東病院の住所は、墨田区江東橋4−23−15であり、五の橋産婦人科は江東区亀戸6-1-6(JR 亀戸駅より徒歩5分)で2つの医療機関の距離は地図で見ると、直ぐ近く(500m以内)ちなみに地図は、
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=35.69127107&lon=139.8259684&sc=4&mode=map&pointer=on&fa=as&p=%E7%97%85%E9%99%A2&b=1&meta=0&ei=utf-8

だから、五の橋産婦人科の医師も、都立墨東病院の状態は知っていたはずというか、知らないとすればおかしい。しかも、五の橋産婦人科のWebをみると院長は「川嶋 一成 埼玉医科大学卒 墨東病院勤務の後、平成9年当院院長に就任 」と書いてあり、10年ほど前までは、都立墨東病院に勤務されていた。

結局本件は、誰かに利用されている感じがしてしまうのです。もしかしたら、遺族も2つの医療機関も被害者であるかも知れない。感謝することを忘れ、マスコミに踊らされて、それでよいとしても、その結果をどう良い方向に結びつけていくか。冷静になる必要があると思います。

神学論争と言うのはわかるんですが・・・
個人的に言えば私も「事故」と言う表現に釈然としません。
新聞等の報道を追う限りにおいてですが、医療関係者の方々は現在のシステム上出来ることをちゃんとやっておられるようです。
墨東病院にしても一人当直と言う否定状況はありますが当然の対応をされていると思いますし、非番者を呼び出しての追加対応など否定すべき点はありません。また、仮に本来あるべき当直が二人であっても、システム的に見れば墨東病院が「受入不能」の状態になることは他の病院の状況を見てもありえた話しだと思います。
そのあたりを考え合わせますと、今回の状況を「事故」と表現してしまった場合、現在のシステム上すぐに受け入れられずに図らずもなくなられたり相応の障害が残ってしまった場合など多くの事例を「事故」と表現せざるを得ないと思います。
システム上普通の運用してるのに起こってしまうことをそのように表現してしまっていいものかどうか、どうしても違和感があります。

禿同です。

何が足りないのか。行政や医療側は何をしたらよいのか。被医療者は何を我慢しなければならないか。マスコミはその中でどんな役割を果たせるのか。せめて社説であれば、これぐらいの視点は欲しいものです。

一見して正論に見える精神論を振りかざすのはいい加減にして、もっと現実を見て欲しいものです。

一般人としては「妊婦の頭痛は脳血管障害の可能性がある」という認識を持つ必要がある、ということでよろしいでしょうか?
しかし、出産は文字通り「命がけ」なんですね。あらためて偉大なるお母さんたちと彼女たちの出産を支える人々に心から敬意を表します。

ハスカップ様
横からすいません

私はこの事故(敢えて)の報道を見聞した時、ハスカップ様ご指摘のように

>ER機能不全事故

という印象を強く感じました。

医療者の皆様から見れば、「病死」であるとのご見解にも、なるほどな、と思えます。

どんなに金を掛けて充実した医療体制を構築して行っても、必ず総てに対応できる保障もありません。
しかし、医師の方々の労働条件一つを考えてみても、行政の政策として今後を考えるに、医療費削減ではなく医療費アップだろ?という問題意識を私は感じ続けています。
(ほぼ同時に産科医自殺の裁判報道もされており、その医師も行政への問題点を指摘していたようですし)

ですから、素人感想としては、今回の事例を事故として報道された事は、今後の医療体制に対する国民意識をなんとか良き方向へ繋げる為にも意義は有ったと思います。

>No.71 惰眠様

>この「ヤマトダマシイアリセバキチクベイエイナニスルモノゾ」的精神論は。

兎角、日本人はこの精神論がお好きなようですが・・・
そろそろ国民も医師の善意や良心に乗っかりすぎずに、医療現場が大変なんだということを真剣に考えてもらいたいです。

>知恵を絞るにもお金は必要だし、音頭をとる行政などの体制も必要です。そして、被医療者の理解だって必要なんです。

 私としては、こういう意見を後ろ向きというつもりは毛頭ありません。

 十分前向きかつ建設的な意見であると思います。

 医療界にしろ法曹界にしろ、一部の問題のある見解を取り上げて、不満をぶちまけるだけの意見とは全然違います。

うだうだ考えながら打っていたら、すでに色々な方から同主旨のご意見が出ていました…orz
No.76 ゼロ+0さんのお言葉が非常にピンと来て、自分の違和感の理由がわかりました。
ER機能不全事故
と捉えられるという事は、すなわち、
ERが正常に機能していれば起こらなかった事例
と読まれてしまう恐れがあります。
この事例は、最高の条件で最高のスタッフが最高の技術を尽くしても、結果は変わらなかった例だと言うニュアンスが、伝わりません。だから、今後同様の例があったときにも、やはり何か改善すべき点があったのでは、と思われてしまうのが懸念されます。

とはいえ、そこまで微妙なニュアンスを法曹の先生方やマスコミ諸氏に要求するのは無茶という物ですよね
仮に上記のような内容を各新聞社にメール等したら、今後の報道が変わったり(自然経過として普通である点を明記)、次回以降の見出しに反映されたりするでしょうか?
「たらい回し」は減っているようなので、必ずしも捨てた物でもないと思うのですが。

エヘッ 褒められちゃった^-^(ってことではないか?)

朝日新聞の社説への批判(不満)だったので、チョッと心配でした。

日経メディカルオンラインに熊本医師会が中心となって、救急医療の対応について話し合いが行われたとのコラムが載っていました。医療側でのこういった対応も必要ですが、やはりヒト・モノ・カネが必要なので、政治的判断が必要です。出来ればお役人による規制は最小限にして。

>>ALL

 安全工学やシステム工学から見たら、不可抗力でも「アクシデント(事故)」ですし、医師から見れば医療リソースの限界内の不可抗力の病死でしょう。ものごとは見方(切り口)や背景専門知識が異なれば、同一事象でも異なった評価や概念が成立します。これが相対的価値概念です(憲法学に出てきます)。
 なお、「事故」や「事件」という単語に釈然としない方があれば、カタカナ表記とか「XXの意味での」「XX学でいう」と限定詞をつけられるとよろしかろうと思います。
 神学論争はたいていの場合、無益ですから。

例:「被告」と法廷で呼ばれて憤慨しても、民事で訴えられたら何も悪いことをしていなくても「被告」です。

 「本件は事故ではない。」という意見が出ることは予想していました。
 しかし敢えて「事故」と書きました。
 なぜなら、同じようなことが今後も起こってはいけない、という意味を込めたかったからです。
 「同じようなこと」というのは「患者が死ぬこと」ではありません。
 「患者の救急搬送先がなかなか決まらないという事態」のことです。
 「救急」の「急」の字の意味はどういう意味か、という問題です。

 だったら「死亡事故」ではなく別の言い方があるだろうという意見もありそうです。
 「救急搬送遅延事故」とでも言えばよかったでしょうか?
 しかし、患者側とすれば、「遅れなければ助かったかも知れない。」という思いは間違いなくあります。
 多くの医師が「すぐに墨東病院に運ばれても手遅れだったろう。」という意見を述べてもです。

 実際、今回は手遅れだったかも知れません。
 しかし、同じこと、つまり「患者の救急搬送先がなかなか決まらないという事態」がまた起これば、そのときは遅延の故に患者が死亡してしまうかも知れません。

 医療体制を構築し運営する側(個々の医師に非ず)としては、本件を「死亡事故」と受け止めるべきではないかと思います。

きっと色々とご考慮の上の表現だろうとは思いましたが、はっきりそのお考えを明記して頂いて、安心しました。
どうもありがとうございました。

ある経営コンサルタント さま

結局本件は、誰かに利用されている感じがしてしまうのです。もしかしたら、遺族も2つの医療機関も被害者であるかも知れない。

昨年12月総務省が発表した「公立病院改革ガイドライン」に沿った「公立病院改革プラン」の一環として、東京都病院経営本部は、本年1月31日、「第二次都立病院改革実行プログラム」を発表しました。これに沿って都立病院の経営効率化をめざし地方独立行政法人化を進めつつあります。
すこし古いデータですが、都立墨東病院の2005年度の経常収支は六億円の赤字で、2009年度を目標に地方独立行政法人化が決まっているようなので、今回の事案はいい口実になるでしょう。同じ都内では例えば旧都立大久保病院が2004年に東京都保健医療公社となり、現在産科医療からは撤退しています。

 「システム機能不全」を招いたシステム事故であること変わりはないでしょう。患者さんの生死や死亡原因にかかわらずです。システムが適切に機能するはずが、種々の要因で機能しなかったわけですから。その要因の中には、産婦人科医師等の夜間外来の劣悪な労働環境(それは他面に無理な献身的活動を強いる人権侵害)と、退職者の速やかな人員補充ができない人的リソースの限界(一種の制度設計が実態とミスマッチ)もあると思います。
 もちろん礼節としては亡くなられた患者さんには
合掌_| ̄|○ m(_ _)m ○| ̄|_黙祷

No.83 青髭(医) さん ご返事ありがとうございます。

都立墨東病院の2006年度の経営状態を見るために、自分のブログを見てみました。
http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/medical/2008/08/post_a2d1.html
病床利用率88.1%、医業収入173.2億円、他会計繰入55.8億円、経常損失6.5億円、繰越損失11.0億円です。

赤字経営ではあるが、特別悪いわけではなく、ごく普通の業績か、むしろ平均より良いように思えます。

東京都は、口では、スローガンでは「24時間態勢でどんな患者も受け入れるER病院」としながらも、実質的には金を出さない、応援しない。逆に、医療つぶしをしているように思えます。

広く医療者や国民を誘って、頻繁にデモ行進するべきでしょ。

本田先生のように、行動で示して欲しい。

そうすれば医師同様、医療費も1.5倍になるかもしれない。

>東京都は、口では、スローガンでは「24時間態勢でどんな患者も受け入れるER病院」としながらも、実質的には金を出さない、応援しない。逆に、医療つぶしをしているように思えます。

 役所は、口ではリップサービスするくせに、金を出さない、人を出さない、逆に潰してんじゃないか?…というのは、公務員業界の隠れた常習的裏ワザと言われても否定できなくて…ゲフォゴフォ

>東京都は、(中略)、実質的には金を出さない、応援しない。逆に、医療つぶしをしているように思えます。

金を出さずに切り捨てるのは厚労省の得意技。
元は身内の同じ公務員の社保庁職員だって、民営化で切り捨てるのですから…

アレレッ、ハスカップさんに先を越された。(>_

ある経営コンサルタント さん
釈迦に説法、大変失礼いたしましたm(_ _;)m
キーワードは「東京発医療改革」でしょうか。
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/isei/r_gaiyou.html

>アレレッ、ハスカップさんに先を越された。(>_

 本業ですからw(。_・☆\ ベキバキ

私も「事故」という表記でいいと思います。

ただし、現場で医療に携わっている個々の医療者が原因の
「事故」ではありません。医療体制を整備していく立場の
連中が原因の「事故」です。日ごろ「小医は患者を治す、
大医は国を治す」とか嘯いている厚生労働省などにいる連
中が原因の「事故」です。

まあ、成績が悪いのがそんな僻地へ行ったらさらに医療事故を招いて・・・・。
悪循環だな。
・・・とつられてみるテスト。まあ、いちいち相手にしないのでも良いのだが。

あと、一部のマスコミに科による縦割りが今回の悲劇を招いたという論調(つまり、最初から産科ではなく、ERに送っていれば良かった)があるのですが、今回はERだけでは機能しない。テレビドラマのERを見ても解るように、今回はERが受けても結局産科のコンサルトは必要であり、産科がNoと言えばあきらめざるを得ない。
縦割りは私もダメとは思いますが、少なくとも今回の事例は縦割りは全く関係がないです。

厚生省の狂言が実行される(官僚の「医師にはもう少しがんばってもらわなくてはならない」という発言を受けて)と、将来的に究極「過労死寸前の寝不足の医師(アルコールによる泥酔状態に匹敵します)」に診てもらうか「受け入れ不可を許容するか」の二択になってしまいますね。そしてますます医療は崩壊していく。

まだ厚生官僚は医療現場の実態が解っていないようです。

> No.53 沼地さま
確かに、今回の事例はタダでさえ無理している医師を呼び出してまで対応しようと試みている墨東病院にむしろ賛辞を送るべきだと思うのですが、現実は違いますね。
墨東病院だって医師の過労死を作りたくないし、睡眠不足が原因の医療事故を作りたくないだろうし、今回はかなり努力している。医師だってオンコールでなければ呼び出してもすぐに行けるはずもないし、すぐに行く義務もない(これが応召義務違反だというのであればちょっとそれは筋違いだと思う)。
でも、現実には病院同士(医師同士)の責任のなすりつけ合いに発展しているし、厚生労働省も医師に責任をなすりつけようとしているし、多くの大手新聞ではさすがに無いものの一部の大手新聞・週刊誌やスポーツ新聞では国民の理解不足による医療従事者への批判がまだ行われています。

今回の事例の原因は医療システムの機能不全であり、責任は我々一般国民(私たち医療従事者だけでなく、患者も含みます)と官僚と政治家にあります。いい加減目を覚ましてそれを自覚しましょう。
医療者は責任を押しつけ合い仲間割れするのではなく、政治家もただ選挙に勝てるためのことを言うのではなく、被医療者も傍観するのではなく、患者・妊婦もいつまでも被害者づらするのではなく(選挙権のない患者は確かに被害者でしょうけど、選挙権のあるものは自分は関係ない、なんて言ってられませんヨ。非医療者が被害者というのなら、医療者だって被害者ですからね)、大臣(誰のことかは解りますね〜)や官僚は現場を知らないまま負担を医療者に押しつけるのではなく、現実を見つめないと日本の医療はますますだめなものになっていくでしょう。
今しなければならないのはこうなってしまった原因の調査です。(医師不足対策以外の考えられる)解決策の策定はそれからです。

ちょっと言い過ぎかもしれませんが、どんな批判を言われようともこれが私の率直な気持ちです(さすがに面と向かって患者さんには言えませんけど)。

しかし、前向きな意見をと言われても、現時点では医師を増やす以外に解決策は全く思いつきません。残念ながら。集約化していながらこの有様ですからね・・・。
でかい口たたいておきながらお役に立てず済みません。

事故かどうかですが、医療事故はある一定の見解が医療界にはあって、医療行為によって起きた事故となっています。正式に定義されているわけではないのでしょうが、少なくともそういう認識です。で、今回は医療行為を行う前ですから、国語的には事故ではあっても医療事故ではないと言えます。
ただ、救急搬送が医療行為で救急車が医療施設に当たると解釈すれば医療事故と無理にこじつけることも可能ですが・・・。

またかの感想です。
大淀病院から2年間、この国の行政、マスコミ、医療者、司法そして国民はいったい何を学習してきたことやら。佇立してしまいます。
先のエントリーと関係しますが、なんとしてもやはり医師が安心して医療を行う環境を整えることが最も重要です。それが患者が安心して医療を受けられることにつながる事を早く学習するべきです。
今回の事例に関して言えば、医師が安心して産科医療を行えないから墨東病院産科医師が9名から4名にまで激減する、他の高次病院の産科も同じ状況で受け入れ能力に限界がある、あるいはたとえ総合周産期母子医療センターに指定されていようとも、受け入れに完全な自信がなければ無理をしてでも受け入れようとする姿勢は消極的にならざるを得ないのです。
個人的な経験ですが、その昔、田舎の病院で、産科医が不在時に助産師と二人で出産を取り扱ったことがあります。無事合併症なく出産し、ことなきを得ましたが、とても今では恐ろしくてできません。でも、そのあと駆けつけた産科医が会陰切開の縫合をやり直していました(汗・・・)。

素人目線です。

消防士さんは、救急システムの所要時間で現着までが3分〜5分、処置と搬送時間が〜10分等と分刻みで、それを少しでも縮めようと努力してみえます。
それからすれば、病院で受け入れるまでに一時間では感覚的に「桁違いに遅い」と成ります、それで。

事故と呼ぶなら、救急システムの事故。
事故と呼べないなら、救急システムの崩壊又は限界が認知された。

となるので「事故」と扱っていて貰いたいところです。

Yoshan 先生のとこにこんなデータがありました。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080731
さてと救急システムはもともと不備ですが、産科はさらに悲惨ですね。
今回については搬送にかかった時間は結果と因果関係が無かったように思えますが、これが稀な脳出血では無く、たとえば胎盤早期剥離であったらどうでしょう?
集約して産科医が充分な人数いる拠点をつくっても、それが遠かったらアウトです。
結局、産科医の数が足りてないって根本の問題にはマスコミは触れないんでしょうかね? 

こんばんは。
例によって、「事故」という表現に医師が過剰反応している、という論調が垣間見えますが、医師の語彙における「事故」の概念は、司法の先生方のそれと同様、「一定の条件下において一定の頻度で発生しうる有害事象」に過ぎません(例えば、心血管事故で検索してみてください)。これは先生方の担当しておられる保険事故や、手形事故と同様の概念なわけです。
しかし、それが一度マスコミの手に掛かるや、と言うか一般の方の「事故」の概念は、多くの場合「事故と言うからには、加害者がいて被害者がいるに違いない」という対立構造を構築すする方向に傾いてしまいがちです。本来なら少しでも「事故」を減らすべく共闘するべきですのにね。
だからこそ医師たちは、少なくとも「事故」の概念を共有しているはずの司法の先生方だけには「事故」という表現に慎重であってほしいと思っているのだと思います。少なくとも私はそうです。

しかし、それが一度マスコミの手に掛かるや、と言うか一般の方の「事故」の概念は、多くの場合「事故と言うからには、加害者がいて被害者がいるに違いない」という対立構造を構築すする方向に傾いてしまいがちです。
 もし、この一文の「事故」を「事件」と言う言葉に置き換えたら、この指摘は正しいと思いますけど、「事件」である分には違和感は感じないです。  「事例」と言う言葉が上の方で出ていますけど、むしろそちらの方が違和感が強いです。  「事件」と言う言葉の使い方に慎重になったとしても、やはり今回のケースは「事故」ですよ。
「事件」である分には違和感は感じないです。
 間違えた。。「事故」ですね。

話はそれますが、東京都に対する悪意が込められた記事ですね。全くマスコミと来たら。

この視察に対して、当初、都が「準備ができない」と受け入れを拒否しようとしたことを明らかにし、「都の姿勢に対して怒りを覚える」と述べた。

準備ができていない以上、受け入れ拒否ではなく、受け入れ不能という言葉を使うべきですよね。東京都に対する悪意あるバイアスが掛かった記事だと思います。

この辺りの事は、医師の方には共感頂けますよね。

実際のところ、ERを機能させるとしたら、ER施設の統廃合を大胆に行って、集約化させる以外の解決方法が思いつかないのですが。

救急体勢が整っていない救急施設を廃止し、集約化させる以外の方法はないと想うのです。リソースが足りない現状では、戦力を逐次投入するというのは愚かであり、集中的に投下する必要があると思うのですよね。

もちろん、現場の医師も地域住民も無視した考えだという事は、承知の上での発言です。

準備ができていない以上、受け入れ拒否ではなく、受け入れ不能という言葉を使うべきですよね。東京都に対する悪意あるバイアスが掛かった記事だと思います。
はぁ?

舛添大臣は、都庁内の東京都病院経営本部が「24日の大臣視察受け入れの準備ができていないから」と、大臣の墨東病院視察の受け入れを拒否するが如き動きをしたことに、怒りを覚えると言ったのですが…。

準備ができないという東京都庁側の言葉の裏には、見られたくない墨東病院の現状を隠し、病院関係者の口裏合わせをする時間が取れないから、すぐ翌日の24日に視察されるのはイヤだと言ったに等しいと思う。そんな不祥事隠しの姿勢に共感を覚えてどうするんですか?

しま様の勘違いだと思いますが、ご自身で訂正されないと見識を疑われますよ。

そんな不祥事隠しの姿勢に共感を覚えてどうするんですか?

大臣視察に関して、準備や調整を行いたいと思うのは自然な対応ではないでしょうか。視察に対して、何か不手際があれば世間から責められるだけだと思うのですが。


そんな不祥事隠しの姿勢に共感を覚えてどうするんですか?

この件に関しては、受け入れ不能から一時間で対処した墨東病院の体勢は賞賛されるべきだと思います。現在のところ、都や病院に不祥事があったとは認識してはおりません。

逆に質問しますが、東京都や墨東病院のどの辺りに不祥事があったと思いますか? システムの問題はあったと思いますが、不祥事とまでは言えないのではないでしょうか。


しま様の勘違いだと思いますが、ご自身で訂正されないと見識を疑われますよ。

現状では不祥事だという事は確定出来ていません。不祥事があったとの報道があった時は速やかに訂正致しますので、それでご了承いただけますでしょうか。

考え直してみますと、確かに不適切な発言でした。

私の意図としては、主に、救急病院の「受け入れ拒否」と都の「受け入れ拒否」と言う言葉を対比させる事でした。

医師の方々は「受け入れ拒否」と言う言葉に対して悪い印象を持ちますし、それは正しいのでしょうが、医師でない方々、マスコミの方々は「受け入れ拒否」と言う言葉に対して重みを感じていない事を浮き彫りにしたかったのです。

医師の方々だって受入を拒否したくて拒否している訳ではない。同じように東京都の方々だって大臣の視察を拒否したくて、拒否しているわけではない。単に受け入れる準備ができていないのだと言う事だと思い込んでしまったのが問題だったのですね。

報道の「受け入れ拒否」と言う言葉を撲滅するためには、我々、報道の受け手が「受け入れ拒否」と言う言葉に敏感になり、重く受け止める事が重要であると思ったのですが、あまりにも不適切でしたね。深くお詫び致します。

医師の方だって受け入れできない時は何らかの理由がある。


都だって同じで、何らかの事情があるからこそ、大臣の視察受け入れを断ったのではないか。その事情を調べる事もせず、「受け入れ拒否」と断言するのは問題である


そのような意識だからこそ、マスコミは、救急に対しても平気で「受け入れ不能」と言う言葉を使うのではないか。都と救急、両者に受け入れ拒否と言う言葉を使うと言う事は、この二つの問題の根っ子は同じなのではないだろうか。


同じなのであれば、都に対して「視察受け入れ拒否」に対して批判する事でも、救急に対する「受け入れ拒否」と言う言葉を抑制する事に繋がるのではないか。報道の受け手としては、都が対象であっても「受け入れ拒否」と言う言葉に敏感になるべきではないだろうか


と思うわけですが、言い訳ですね。本当に申し訳ありませんでした。深くお詫び致します。

私もあえて意識して事例という表現を使いました。
今回のどこが事故なのですか。
受け入れができなかった高次病院は、その時点で受け入れ能力に限界があったからです。つまり現在の東京の医療圏内の限界を示しているのです。東京から他医療圏に搬送依頼することは現実的ではありません。おそらく時間的浪費も大きくなります。東京における医療機能の限界との認識が必要です。
私には事故という表現は違和感があります。
今の墨東病院としては全力を尽くしたと思います。
ただ医師間において正確な患者情報の伝達能力にはある程度の医師としての能力差があることは事実です。
今回の紹介元の医師の記者会見を見る限りでは、まず「脳出血の疑いのある妊婦の搬送依頼」と一言いえば、その緊急性と重篤性は十分に高次医療機関に伝わったと思います。下痢と嘔気があって頭痛があるという症状の伝達だけでは、初期診療した医師が鑑別疾患として何を考えているのか不十分です。頭部疾患という表現も日常診療では使いません。あえて使うなら脳血管疾患でしょう。
この点ではまだまだ医師の研鑽は必要だと思います。

逆に質問しますが、東京都や墨東病院のどの辺りに不祥事があったと思いますか?
周産期センターとして、定められた基準の医師数を満たせない事態に陥っていることを、厚労省に報告する義務があるのに、墨東病院と東京都病院経営本部は報告を怠っていた。

私の言う不祥事とは、医師や医療行為の不祥事ではありません。東京都病院経営本部の事務方役人が犯した、公務員としての行政事務執行上の不祥事です。

この不幸な事態に会われた不幸な妊婦さんに謹んで、哀悼の意を示したいと思いますが、

 この妊婦さんは”無理な症例”です。
 墨東病院の研修医は無理な症例を上級医を引っ張り出して”無理な対応”をしました。(がんばったということです)
 他病院は無理な症例に対して自らの戦力を分析して、病院運営上は”適切な”対応をしたように思えます。(多少誤解はあったようですが)

 日本における”無理な症例”対しての対応は”無理な対応”を強引に行って成立させてきた経緯があります。その無理な対応が不幸な結末を迎えたときに、その結果が救急の現場であるがゆえに許されていたうちは何とか成立してきましたが、許されなくなったがゆえに”無理はできなくなった”と思います。

 救急医療の現場では”燃える下級医”がくたびれ果てて”あまり乗り気でない上級医”を引きずり出して、”無理な症例”に対応してきたように思えます。(ところによってはその逆もあるようですが)
 
 ともかく、少なくとも救急医療の場の免責を、運用上でもいいから見せていただかなくては、ことは改善しないのではないかと思います。(民事も含めて)

 がんばった病院はいわれのない非難を浴びています。下手すると、一回断ったことで訴訟されるかもしれません。(確か、川崎市立病院が窒息した小児を一回断って、最終的に受け入れて訴訟されたケースがありました。)ところが、断った病院はあと少しマスコミと政治家の非難を我慢すればノーペナルティで切り抜けられるのですから。

 いくら、医者を増やしたって、熱意を持った、無理を承知で、無理する医者がいなければ、(無理できるような環境を作らなければ)救急の場はどんどん荒廃していきます。

 でも東京はうらやましいな、私の地域ででこんな事例が生じたら受け入れるところなどありゃしない。救急車のストレッチャーの上で”台死”です。(複数の”無理すれば”収容可能な医療機関が譲り合った末に)

 前回の書き込みのときに、つい非常に問題なことを無警戒に書き込んでしまいました。”上は下に無理するなといっている”のことです。本来は”どんどん無理しろ後は何とかしてやる”が必要な指示です。”無理するな”がどんどん拡大して広がれば、、、救急医療は完全に崩壊します。

この不幸な事態に会われた不幸な妊婦さんに謹んで、哀悼の意を示したいと思いますが、

 この妊婦さんは”無理な症例”です。
 墨東病院の研修医は無理な症例を上級医を引っ張り出して”無理な対応”をしました。(がんばったということです)
 他病院は無理な症例に対して自らの戦力を分析して、病院運営上は”適切な”対応をしたように思えます。(多少誤解はあったようですが)

 日本における”無理な症例”対しての対応は”無理な対応”を強引に行って成立させてきた経緯があります。その無理な対応が不幸な結末を迎えたときに、その結果が救急の現場であるがゆえに許されていたうちは何とか成立してきましたが、許されなくなったがゆえに”無理はできなくなった”と思います。

 救急医療の現場では”燃える下級医”がくたびれ果てて”あまり乗り気でない上級医”を引きずり出して、”無理な症例”に対応してきたように思えます。(ところによってはその逆もあるようですが)
 
 ともかく、少なくとも救急医療の場の免責を、運用上でもいいから見せていただかなくては、ことは改善しないのではないかと思います。(民事も含めて)

 がんばった病院はいわれのない非難を浴びています。下手すると、一回断ったことで訴訟されるかもしれません。(確か、川崎市立病院が窒息した小児を一回断って、最終的に受け入れて訴訟されたケースがありました。)ところが、断った病院はあと少しマスコミと政治家の非難を我慢すればノーペナルティで切り抜けられるのですから。

 いくら、医者を増やしたって、熱意を持った、無理を承知で、無理する医者がいなければ、(無理できるような環境を作らなければ)救急の場はどんどん荒廃していきます。

 でも東京はうらやましいな、私の地域ででこんな事例が生じたら受け入れるところなどありゃしない。救急車のストレッチャーの上で”台死”です。(複数の”無理すれば”収容可能な医療機関が譲り合った末に)

 前回の書き込みのときに、つい非常に問題なことを無警戒に書き込んでしまいました。”上は下に無理するなといっている”のことです。本来は”どんどん無理しろ後は何とかしてやる”が必要な指示です。”無理するな”がどんどん拡大して広がれば、、、救急医療は完全に崩壊します。

 すみませんだぷりました。慣れてないもので。

周産期センターとして、定められた基準の医師数を満たせない事態に陥っていることを、

どこかに基準が明記されているというのであれば、拝見させて頂きたいのですが、教えていただけますか?

私の106が、しま様のコメントと擦れ違い投稿になってしまいました。m(_ _)m
102〜104でご説明のありましたご趣旨は了解致しました。

厚生労働省の公開している下記の資料より
www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/pdf/taisei_0004.pdf

24時間体制で産科を担当する複数(病床数が6床以下であって別途オン コールによる対応ができる者が確保されている場合にあっては1名)の医師 が勤務していること。

b 母体・胎児集中治療管理室の全病床を通じて常時3床に1名の助産師又は
看護師が勤務していること。

また周産期母子医療センターでの医療については、健康保険の診療報酬上での優遇措置があります。
www.mhlw.go.jp/shingi/2008/02/dl/s0208-9f.pdf

以上2つの文書から、都立墨東病院が今春より土日の当直医師が1名体制となり、周産期母子医療センターの設置基準を満たせなくなったにも係わらず報告せず、健康保険の診療報酬での優遇措置を受け続けていたのは、診療報酬の不正請求行為との指摘があり得ると思われます。

>法務業の末席 さん
>24時間体制で産科を担当する複数(病床数が6床以下であって別途オン コールによる対応ができる者が確保されている場合にあっては1名)の医師 が勤務していること。

この、「病床数が6床」というのは、MFICU(母胎集中治療室)のことであると思われます。
墨東に何床MFICUがあるのかは分かりませんが(6床以下ということは十分にあり得ます)、6床以下であれば、当直医1名、オンコール1名の体制は、設置基準を満たしています。


何人かの方が言われていますが、「受け入れ先が見つからない」という状態を改善するために一番必要なのは、お金、人員もさることながら、

「受け入れたからには完璧な治療が出来なければ許せない」

という民事裁判を含めた社会のコンセンサスを変えることです。
頑張って受け入れた医療機関を結果の悪さで非難しない、というコンセンサスが得られなければ、救急医療は萎縮して行くのみです。
どんなに医療体制が充実しても、「いつでもどんな救急患者に対しても、完璧な体制を整えている病院が必ず存在する」ということは現実的にはあり得ません(それこそ無限に資金があればありえるかもしれませんが、現実的には不可能です)。

そして、一番大切なのは、「どんなに医療体制が整っていても、亡くなる方はいる」というあたりまえのことを、社会が認識することです。


今のところ「どこも受け入れ先がなくて亡くなっていく」というのは医療者として耐えられないので、どうしても他が受け入れられないときには無理矢理受け入れていますが、この社会の状態が続けば、いつまで出来るか分かりません。

患者さんが亡くなったことを除けば日常茶飯事。
高度な医療を担える医師の不足。これがこの一件の原因。
今、産科救急をやっている医師ではなくて、辞めた医師に辞めた理由を聞くことから始めると、産科医不足の理由がわかる。その理由が解決可能かどうか考えればいい。

忙しすぎる。給料が安い。訴訟リスク。その他。

10年前からわかっていた理由で、一つも変わっていない。というか悪化している印象。

朝日新聞のWebサイトに、続報が出ています。「墨東病院のみ当直医不足 都内の9センター」という見出しで、「最初に受け入れを断った都立墨東病院(墨田区)だけが、都内9カ所ある総合周産期母子医療センターのうち、最低2人とされている当直態勢を確保できていなかったことが分かった」という内容が紹介されています。

また、以下のような内容も紹介されています。

都立病院の医師不足について、都病院経営本部は24日に開かれた都議会委員会で「都立病院は給与水準も低く、敬遠される傾向にあった」と説明。都によると、05年度の都立病院医師の平均給与は、47都道府県と14政令指定市の公立病院のなかで最下位だった。今年度から産科医については年収で200万〜300万円上積みしたが、それでも中位程度とみられるという。

基本的に待遇の問題というとらえ方をしているようです。

え〜、私は社会保険関連の行政通達文書を読むことはプロですが医療職ではないので、くろすけ様が仰るMFICU(母胎集中治療室)というのが、下記の厚労省の基準と同じベッドのことを指すのかは解りません。また墨東病院の立地が以下に引用した通知文のただし書きの、三次医療圏の人口が概ね100万人以下の場合、に該当するのかも私には判断できる知識がありません。

「疾病又は事業ごとの医療体制について」(平成19年7月20日厚生労働省医政局指導課長通知)から引用

ウ 病床数

(ア)母体・胎児集中治療管理室及び新生児集中治療管理室の病床数は、都道府県の人口等に応じ総合周産期母子医療センターとしての適切な病床数を確保することを基本とし、母体・胎児集中治療管理室の病床数は6床以上、新生児集中管理室の病床数は9床以上(12床以上とすることが望ましい)とする。
ただし、三次医療圏の人口が概ね100万人以下の場合にあっては、母体・胎児集中治療管理室の病床数は3床以上、新生児集中治療管理室の病床数は6床以上とする。

なお、周産期母子医療センターの法律的な設置根拠は、「母子保健医療対策等総合支援事業の実施について」(平成17年8月23日雇児発第0823001号厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知)に基づき、総合周産期母子医療センター、地域周産期母子医療センター及び搬送体制の整備が為されています。詳しいことはこの平成17年の通知を精読されて下さい。


また私はこの墨東病院問題のエントリにおいて、終始一貫して東京都病院経営本部の事務方の行政事務執行上の不手際を問題にしており、墨東病院勤務医の行動並びに医療の結果については何ら問題にしておりません。私自身は当該医師(墨東病院と五の橋産科の両方)や、産科医療に従事されている医療職の方々の献身的業務遂行の姿勢に感謝する以外の感情を持ち合わせておりません。ましてや産科医療の職に就いている方々を糾弾し非難することはできないし、してはならないことだと思っております。

繰り返しますが問題なのは、最前線の産科医療を後方から支え、東京都民に提供する医療体制に責任があるはずの、東京都庁の病院経営本部の無作為かつ無責任な体質と態度だと考えています。

ロハスメデキカルブログの川口様の2008年10月24日付記事の(http://lohasmedical.jp/blog/medical/2008/10/post_1445.php#more)

ある日、看板に偽りありということで客とトラブルになり
店員は、なんと野次馬たちからもさんざん罵られた。
翌日、突然役所の長がやってきて
「看板を出しておきながら」と経営者を叱り飛ばした。
どう考えても、店員は被害者だよね。
なのに、なんで今回の墨東病院の医師たちは、叩かれてるんだろう。
これってヒドくない?

このご意見に私は全面的に同意する立場です。

基本的には激しく同意なのですが、
>ましてや産科医療の職に就いている方々を糾弾し非難することはできないし、してはならないことだと思っております。

ここだけはいただけません。産科医に「死ね」と命じているも同然だからです。我らが彼らをどう遇すべきか、以下の逸話がヒントになろうかと愚考します。
http://blogs.yahoo.co.jp/born2be/4620786.html

ペリュリュー島に対する米軍の空襲が始まり総攻撃が予想されたとき、ある原住民の若者が意を決して日本軍守備隊に嘆願に出かけた。
「島を一緒に守りたい。どうか自分も部隊に入れて欲しい。」
 それを聞くなり対応した士官は激昂し罵倒した。
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
 住民退去命令が発動された。日本軍に侮辱され追われた話は原住民に広まった。裏切られたと思い悔し涙を流した。それ以来毎日空襲の止んだ深夜、原住民達は船に押し込められ本島であるコロールへ送還された。
 本島へ向けた最後の船が桟橋を離れたとき、暗闇の中から沢山の日本兵が現れた。皆が手を振っていた。原住民達はそのとき初めて日本軍の本当の心を理解した。引き返そうとするものを年長者が止めた。皆が声をあげて泣いた。伝聞される逸話である。

遅くなりました。
青髭(医)先生、情報ありがとうございました。
今日その雑誌が読めました。
確かにご遺族の話しが載ってたり、こっちの記事が先にあってそれがニュースになったんですね。
ご遺族は搬送が早くても救命はむずかしかったであろうということは受け止めていらっしゃるご様子。
ただしやはり記事に偏りはあって、受け入れ出来なかった病院名は書いてあるのに、受け入れOK の病院があったことには触れていませんね〜。
あと墨東病院が土日の受け入れが出来なくなっていることは周りの産科には知らせてあったようですけど、それでも最初に連絡し、他がダメそうだったら再度かなり激しい調子で押し切ったみたいな。
結局は集約化の問題としては距離ということがどうにもならないというか。
ともかく医者がいないのを知りながらでも一番近くの墨東病院を頼ったわけですし。

東京は病院が多いのにって思われてますが、人口だってべらぼうに多いわけですから、結局空きベッドは足りないわけです。
さてさて石原さんと舛添さんが責任のなすりつけあいをはじめていますが、どうなりますやら。

さてさて石原さんと舛添さんが責任のなすりつけあいをはじめていますが、どうなりますやら。

医師に責任を擦り付けないだけ進歩しましたかね。しかし、後ろ向きでスイマセンがtoo late.

 まず「事故」の定義ですけど、「予期せずに人や物などに損傷や損害を与える出来事」(byウィキ)としたいと思います。

 その上で今回のケースでは、ネットワークが機能せずに受け入れ先が見つからなかったり、実は墨東病院が総合周産期母子医療センターとしての機能を果たせる状態ではなかったなどの、予期せぬ事態が起こり、結果として妊婦に損害を与えたわけですから、これは「事故」です。

 すぐに搬入できていても妊婦は助からなかったかも知れないというのは別の問題です。
 それはシステムに事故がなく正常に機能したとしても助からなかったということであり、事故があったかどうかとは別の話です。
 ただし、事故だからと言って必ずしも病院が悪いと決め付けるものではありません。

東京における医療機能の限界との認識が必要です。 私には事故という表現は違和感があります。 今の墨東病院としては全力を尽くしたと思います。
 「限界を超えた」「全力を尽くした」ということが、イコール「事故ではなかった」ということにはつながりません。  例えばネットで限界を超えたアクセスが集中して回線がパンクしたら、それは事故です。  起きた事故を全力でカバーしようとすることは誠実な行動ですが、それはそれとして事故があったことには変わりません。  「今回のケースではシステムが機能しないことは、始めから分かっていた」と医療関係者は言うかも知れませんが、少なくとも一般の人間にとってはそれは周知のことではなく、予期せぬことです。  繰り返しますが、もちろん事故という言葉を使ったからと言って、医療関係者を責めているわけではありません。

その定義を採用するならば、
すべての病気は事故なのですね。

ネットでのアクセスオーバーとの比較で事故と表現するのは妥当ではありません。
これは現在の医療機能の能力を超えた事例なのです。
今の東京ですらこのような症例に適切に対応できる仕組みが不完全で、まだ発展途上にあるのです。
ただ10年前であればもっと早く高次医療機関に搬送できていたかも知れません。たぶんできていたと私は思います。
救命できたがどうかは別として。
どうしてできなかったか。
おそらく産科医療も救急医療機能も明らかに10年前より後退してしまったと私には見えます(個々の医療技術は進歩していますが)。
ここまで後退してしまった原因の第一は医師のモチベーションが低下してしまったからです。
そのために今は医療資源の運用、医療機関の連携ででなんとか改善できないものかと新たな発展途上にあり、その意味で事故ではなく、現在の限界を示した事例にすぎません。
亡くなられた妊婦さんにはたいへんお気の毒ですが、10年前であれば高度医療を受けるチャンスはもっと広がっていたと思えてなりません。

 搬送先を受け入れると決めるのに、1時間という短い時間で応援を頼むことが出来ることを確認し、ベッドを確保したということは、とても順調だと思います。
 ところで何分であれば事故ではないのでしょう??
 
 患者さんの状況は様々です。その患者さんを受け入れられるかどうか自分の施設内を確認するのに、10−20分かかるのはやむをえない。(やってみたことがありますか?)

 少なくとも人手不足がはっきりしていて、もし他で二人以上の当直医がいる施設があれば、そちらのほうが患者さんにベターだと思うのは普通でしょう。

 またいくら人手やベッドがあったって、急患が重なることはよくあることなので、いくら医療資源をかけたって限界はある。

 1時間単位で生命が助かるかどうかの瀬戸際は実際存在しますが、1時間を争う状況で助かったならばとても運が良かった状況で、10年前でも20年前でも、そして今でも1時間を争う状況は、ふつうは予後不良でしょう。

 高次施設でも受けいれられない事があるというのが衝撃的だったのだと思いますけれど、医療システムにそんなに多くを望んでも、それは無理な話ではないかしら?
 

 搬送先を受け入れると決めるのに、1時間という短い時間で応援を頼むことが出来ることを確認し、ベッドを確保したということは、とても順調だと思います。
 ところで何分であれば事故ではないのでしょう??
 
 患者さんの状況は様々です。その患者さんを受け入れられるかどうか自分の施設内を確認するのに、10−20分かかるのはやむをえない。(やってみたことがありますか?)

 少なくとも人手不足がはっきりしていて、もし他で二人以上の当直医がいる施設があれば、そちらのほうが患者さんにベターだと思うのは普通でしょう。

 またいくら人手やベッドがあったって、急患が重なることはよくあることなので、いくら医療資源をかけたって限界はある。

 1時間単位で生命が助かるかどうかの瀬戸際は実際存在しますが、1時間を争う状況で助かったならばとても運が良かった状況で、10年前でも20年前でも、そして今でも1時間を争う状況は、ふつうは予後不良でしょう。

 高次施設でも受けいれられない事があるというのが衝撃的だったのだと思いますけれど、医療システムにそんなに多くを望んでも、それは無理な話ではないかしら?
 

銀行倒産と同じで産科だけは国有化にしましょう。

国家公務員で強制配置。

これで少しは安心できます。

確かにそうですね。これは事故ではなく不正請求事件ですね。

当然現場医師の責任はないわけです。

かつて日本国有鉄道という組織がありました。倒産状態になり、分割民営化されました。ご参考までに。

一市民さま
国家公務員でも地方公務員でも現状が変わらなければ、

「周産期センター返上を」の意見 墨東病院内部で、都も把握【共同通信】

同病院は都立病院唯一の総合周産期母子医療センターで、墨田、江東、江戸川区の周産期医療の拠点病院。そのため「代わりの施設がない」と、現場の医師の努力で維持していたという。

現場の医師の努力ではもう限界ですよ。

もう一人やめればいいのです。周産期センター名乗れなくなりますw

 「事故」という文言にこだわるこのエントリの議論を見ていますと、たしかに医療または医師は既に崩壊しているんだな、と思わざるを得ません。

 崩壊の責任が医師にあるという趣旨ではありませんよ。
 念のため。
 
 何か言うたびに注釈をつけなければいけない現状を見るに、私のモチベーションは下がるばかりです。

 私が「事故」と言ったのは、改善すべき情況であるという意味を込めただけなんです!
 誰のために改善するのか?

 患者(患者予備軍を含む)のために。
 医師のために。

 この二つは表裏一体の関係に思ってるんですけどね。

 なんとなく、「医療崩壊について考え、語るエントリ」当時の過去ログを読んでない人が多くなってきたような気がします。
 読めとは言いません。
 もう、読んでも意味がないかもしれませんから。

>国家公務員で強制配置。

まだ,こんなこと言ってるんですか.
舛添厚労大臣の発言を読まれませんでしたでしょうか?

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/18799.html
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/18805.html

これらを読んでから再度コメント願えませんでしょうか?

「事故」かどうかについてですが、これ「事故」でしょう。
システムの理想形に対して、期待どおりの機能を発揮しなかった、という類の事故。

この場合の理想形というのは、ハイリスクの妊婦が出たら直ちに対処能力を持つ医療機関に移送・収容させ(そのために空き情報を出す情報端末まで用意した)、タイミングを逃さず速やかに処置・治療が可能になること。
制度設計した人や、医療を受ける側の「願望」ですね。

ただし。
その「システムの理想形」は、実際の運用にかかわるマン・パワーならびに病床数・施設数などハードウェア側の隘路が原因で、ハナっから「機能不全」に陥ることが明白だった。これは恐らく、医療に従事する当事者の皆さんが共通に認識していらした「現実」でしょう。

でもですね、この「現実」というのは「事故原因」だと思うんですよ。システムが、設計時の理想どおりに動作しなかった理由・原因。
原因が明らかになったことを以って、事故になったりならなかったりするわけではないですよね。
事故というのは「本来こうあるべき」ことから逸脱したり、「本来こうあってはならない」ことが起きた時の言葉であって、「こんな状況じゃいつかはそれが必然的に起こる」と認識してたか否かは関係ないと思います。

ただ、ごく普通一般にこの件を「事故」と呼称した場合、イメージとしては、本件事例の直接当事者のいずれかに事故を起こした「責任」が生ずる、と言っているかのように感じる場合もあるだろうとは思います。まったくそういう内容の話ではないとしても。

 このブログでは、今までさんざん

 事故 ≠ 誰かが責任を負うべき

 ということを説明してきたはずなんですけどね。

このブログでは、今までさんざん
事故 ≠ 誰かが責任を負うべき
ということを説明してきたはずなんですけどね。

ですね。

ですが、ちょっと話が脱線しますが、たとえばマスコミの逮捕・送検・起訴報道。
ワイドショーはどうか知りませんが、通常のストレートニュースでは逮捕≠犯人、送検≠犯人、起訴≠犯人という報道しかしてないのに、読者・視聴者はほぼ自動的に左右を等号で結んでしまう。

連想ゲームじゃないですが、ある単語についた色・においというものがあり、それに引っ張られるのはある程度仕方ないかと。「山!」といわれりゃ「川!」と返したくなりますし、「ゴホン」といえば龍角散。「ラーメン、つけ面、ヒロシです」とは中々ならないみたいなもので。

読者・視聴者はほぼ自動的に左右を等号で結んでしまう。

 ですから、このブログの読者だけでも等号で結んで欲しくないな、と思っていろいろ書いてきたんですけど。

こちらで医師の先生方のコメントに数多く触れてきて、
医師は職人だなあ・・と、つくづく感じました。

仕事柄職人との接触も多いのですが、医師とは能力の差は有れど皆誠実。
ただその能力はたぶん一般的イメージどおり、各々の目の前に有って自分で手の届く範囲や仕事に発揮される傾向が強い、人を動かすやり方とは性質が違います。

医療者としては、マザーテレサやナイチンゲールには政治力が合って大きな変革に寄与したのだろうと思うわけですが、そう都合よく今の日本に現れるとは限らない。

むしろ医師以外の、医療を運営や関係する組織にリーダーシップを期待したい、と思います。

桝添大臣の発言は理に適っていますが、協力実行する人の数と積極性次第なのは従来どおり。

中央・地方行政や病院経営側は当然ですが、マスコミや保険会社も協力するべき位置に居り影響力は非常に大きい。

揉め事を早く済ます為に民事で負けに行くのは当に後ろ向きです。
尚、司法には地雷撤去に努めるくらいしかやれる事がないですね。

その通りです。
言葉にはニュアンスがあります。
事故という言葉のニュアンスに医師は敏感に反応します。
我々は日本語で医学用語については正確な表現に努めますが、一般的な日本語については法曹界の人や、あるいは裁判の判決文ほど正確な表現をしたり、言葉のもつ意味をいちいち吟味し理解はしていません。
世間一般の多くの方もそうでしょう。
そしてそのことばの持つニュアンスが医師の士気をさげ、高度な医療現場から遠ざける一因となる。
悪循環です。
事故ということばにこだわるつもりはありません。
ただ言葉が独り歩きし、医師がますます逃散して行く現実があります。

多分、他の人もそうじゃないですかね。

モトケン先生らが、「事故」という言葉を誰かの責任を前提として考えていないことは承知しているし、自分たちもそう理解している。しかし、ROMされている方々の中には、過去の議論の経過を知らず、医師、被医療者に限らず、そのことを理解していない人がいて、「事故」という言葉のニュアンスから誤ったメッセージを受けるのではないかと危惧し、建設的ではないと承知しつつも、止むを得ず言葉に拘ったのではないかと。

ま、これだけここで議論したら、ある程度その目的は達成されたと思うけど。

その事情は私も承知しているのですが、「一般的ニュアンスとは色合いを変えて、しかしながらあえて同一の語を用いる」と明示されたエントリーにおいて、その明示された事柄を無視して一般的ニュアンスに拘泥し続けるのは、いかがなものかと思います。

しかも、エントリーの趣旨にかんがみて本来語り合われるべき主題ではなく、その言葉から「どんなにおいがするか」とか、そんなことばかりについて延々応酬が続くのは不毛ではないでしょうか。

肝要なのは「どういう単語を使っているか」ではなくて「何を語っているか、主張しているか」だと思うのですが。(無論、使用した単語から、その論者の傾向とか特質、バイアスが伺えることは往々にしてありますが、今回のモトケンさんのエントリーには該当しないと考えます)

 公私にわたり医療業界の方々とお付き合いいただいて、医師・コメディカル・ナースの方々は、皆さんプロ意識にあふれた職人ばかりと実感します。良い意味でナイーブで、自己犠牲を払っても患者の生命身体を守ろう(回復しよう)とする方々ばかりと体感しました(今でもしてます)。
 比喩で言われる「白衣の天使」を病床から何度尊敬のまなざしで見つめたかと。最近は「白衣の天使」は実は医師の先生が多くて、ナス・コメの方々は、「ライトピンクの天使」や「スカイブルーの天使」が多いですけどw(現代は、ライトコバルトグリーンの天使もいらっしゃいます。)
 その献身性からの反発や医療業界の経験則から、「事故」という単語に反発するのは昔から熟知していますが、正常な(非マスコミ的な)用語例では、「自損事故」が普通に使われているように、「事故」という単語に過剰反応するのは、得策ではないと思います。純然たる門外漢(医療問題に関心がない人・医療崩壊問題を知らない人)には奇異に感じてしまのではないでしょうか。
 部外の某弁護士のようなXXXXXに不当な攻撃材料を提供することになることを危惧します。m(_ _)m

モトケンさん。
もういいんじゃないですか?モトケンさんが疲れるだけな気もするんですけど。大体このブログで医療問題に語った場合、最後に出る結論はもうはじめる前から見える気が。

誰も自分を変えようとしないなら議論したって意味はないと小松先生も言ってます。

 横レス失礼します。m(_ _)m
 
 それでも見識や誤解を変えた医療従事者が少しでも増えればと思い、モトケン先生は奮闘されているのだと思います。
 弁護士先生や教授がブログで、一般人の法律や裁判の誤解(典型例は民刑混同や被告=犯人)を解く努力をされているように。

まぁ、モトケンさんのやる気が失せたなら止めればいいだけ。誰も頼んでない。

医師はあまりにも犠牲的労働を強いられているのでせめて「正しい」と認定されないとやってられないんだと思いますよ。過剰反応するのは余裕がないからです。これからは総合周産期センターの基準を満たせなくなった時点で病院は即刻認定を返上すべきですね。そうしないとどんどん医師が悪者にされますよ。

>過剰反応するのは余裕がないからです。

激しく納得してしまいます。
余裕があれば鼻で笑うか苦笑するか人それぞれの反応ながら聞き流すでしょう。
やってることをやっていると自負がある人ほど雑音だとして切り捨てることが可能です。
一方、余裕がなく、これはまずい状態だと思い始めている人ほど過敏に反応するんだと思います。
そしてその先にあるのは改善しようとして組織とぶつかって辞めるか燃え尽きて消えて行く・・・
医療者だけではありませんが、そういう人をたくさん見てきました。

それなりの期間ROMしてるつもりですので「同じ議論のループ」というのは理解できますが、いかんせん周囲の理解とのギャップが大きすぎてとまどうばかりです。

今朝のテレビでもやっていたが、今のインターネット時代に
搬送先を一軒一軒電話で確認なんておかしいに決まっている。

いくら忙しくて刻一刻現場の状況が変わろうとも、データ更新
しないのは現場の怠慢以外ない。

医療費どうのこうの、人件費どうのこうのの問題ではないだろう。

医療者同士、病院間の連携不足、協調性のなさがこういう事態を招いている。

医師のわがままで行政、国民を振り回すのはやめ、もう一度
医師としてのあるべき気持ちを思い起こして欲しい。

>>ハスカップ さん
横レスの横レス失礼します。

>> それでも見識や誤解を変えた医療従事者が少しでも増えればと思い、

もう、そんな医療従事者は、よほどの偏屈者や、この問題(このブログ)へのよほどの初心者ではないでしょうか?司法従事者の皆さんは全員そう思ってるんですか?医療従事者の方々は司法従事者のみの見識や誤解を変えたいとおもってるんですか?

#私から見てると、医療従事者の書き込みは、それ以外の人々ように書いてると思うんですが。

 そのことで、No.136 のMultiSync さん がおっしゃってるように
>>むしろ医師以外の、医療を運営や関係する組織にリーダーシップを期待したい
なんじゃないかと思うんですが。医者の力だけじゃ、今回の妊産婦死亡で無理だと証明されたと思いますし。

>>No.146 一市民 さん
いい加減に過去に討論されて、結果が出てることを蒸し返すのはやめてくれませんか?

今朝の報道2001でしたかコメンテーターが言ってましたね。「インターネットに入力するのは簡単だ、お金もかからない。」
多少なりともマスコミの論調は変わりつつあるのかなとも思っていましたがまだまだとんでもない人がいるようです。

まともに動くインターネットシステムを運用するのにいくらかかると思ってるんでしょうか。
そして、その入力する情報を確定するためにどれほどの一次情報の収集と確認、選別、他部所との連携確認など一つの情報をインターネット上にあげるための手間暇のことをさっぱりわかっていない。
自分がインターネット上ブログとかを書く場合でもあやふやなことは改めて検索したりして確認するでしょうに・・・。
役に立つ情報をちゃんと連携させるためにはそれなりの準備と手間暇が必要です。
そして、その情報を確定するという作業は一番忙しい当事者がやらないとほとんど役に立ちません。
その上もう一つの問題として、本社辺りのフィルターが何重にもかかった一般情報など実際の役に立たない場合が多いのは現場にいる人たちにとってはご理解されるとおもいます。
単に受け入れが「可能/不能」だけでも膨大な調整が必要なことが一般には理解されていないようです。

「たしかに医療または医師は既に崩壊しているんだな、と思わざるを得ません。」

この言葉で、最近ここでの話題にどうも入っていけないと思っておりましたが、ようやく納得しました。
我々医師は程度の差こそあれ日々崩壊の進行をみております。
だからこの搬送のニュースをみても 流石 崩壊しているとはいえ首都大東京。
一時間ちょっとで搬送できてその後緊急手術まで持って行った。 他の先生達と同じく、すごいぞ 良くやった と思いました。

まだ崩壊していることに現実感がなかったのでしょうか。
議論している間にも、2年前の話題が平和な昔のように崩壊は進行しています。
搬送が遅れたことはあってはならないとお感じになるのは当然のご意見ですが、このリソースでいまも救急(全科とも)を運営していることは既に何でこんな事できているのか分からないレベルまで達していていることも話題になっていたように思います。
だから、今は搬送に手間取っても、疾患によっては、あっただけで良いというところまで既に来ているように思うのですが。 
認識のギャップを埋めなくてはいけないのですね。

そして、今後いつ、医療に兵站の補充が来るのかまったく分からないいま、できることはただ一つ。
今ある限られた資源を疲弊させず、使い捨て無いことのみに思います。
本当に底をつきそうなんですから。


私はこの一件は診療拒否とたらいまわしのため、妊婦の診察が期待よりも遅れた事件だと思います。

誤解されないために言いますが、診療拒否、たらいまわし、事件のどの言葉からも誰かを責めたり悪意を感じたりする意味を排除します。

診療拒否:何らかの理由で患者さんの診療をお断りすること。
医療におけるたらいまわし:何らかの理由で自分に要請された診療を他の医師、医療機関にゆだねることが一人の患者さんで繰り返されること。

私は重症の救急患者さんを引き受けたすぐ後に別の重症患者さんの診療要請があると、ほぼ確実に誠意と真心から診療拒否したらいまわしします。もしその方が亡くなったら事件かもしれませんが、診療拒否たらいまわしに何の責任も感じません。

今回の事件も、登場する病院のすべての医師はそれぞれの責任を果たしているのです。ほかに医師がいなかったことが問題なのです。なぜいなかったか、どうであれば対応できたかが検討されるべきです。

(墨東の誰かが『初めから脳出血と言われていれば、、」などというおかしなことを言いましたがあれは舞い上がっての失言でしょう。この事件を評価するとき無視するか、事実誤認の失言と解釈すべきです。初療医のプレゼンが適切とは言い切れませんがここに責任を求めては事実を見誤ります。)

私は相変わらず、刑事免責(何か条件がつくべきかも知れませんが)が必要であると考えます。

医者全体をいくら増やしても訴訟リスクが高い診療科は敬遠されるから、産科や救急医は増えません。重症診療も敬遠されます。

 ひとつ忘れてはいけないのは、

 女性が自宅で下痢や嘔吐(おうと)、頭痛を訴え、救急車でかかりつけの江東区内の産婦人科医院・五の橋産婦人科に運ばれた。かかりつけ医は脳内出血の疑いがあると診断し、午後7時ごろ、墨東病院に受け入れを依頼。
http://www.asahi.com/national/update/1023/TKY200810230164_01.html (一部引用)

 ここで、かかりつけ医の処置は続いている。(救急車内での受け入れ拒否ではない)
 墨東病院では、後期産科研修医1人当直体制であった。

 そこで、「かかりつけ医」が同乗し、後期産科研修医とかかりつけ医、そして、脳神経外科の医師も加わり、高次医療環境を維持し、オンコールで他の産科医等の応援要請をすることを考えてみたとする、

 女性にとってはかかりつけ医がいることで安心できる。高次救急環境で処置を受けられる。
 同時に、脳神経外科医の処置も受けられる。
 後期産科研修医にとっては、オンコールで産科医の到着を待つまで、かかりつけ医(産科医)がいることで心強い。

 絵にかいた餅かもしれませんが、この選択肢は…。
 もう、開業医の力を借りる以外にないですよね。

素人考えですm(_ _)m

いつもはROM専医ですが、一市民さまへ。

皆様釣りと思い反応しないのでしょうが、本気でんな事まだ行ってるのかと小一時間(以下略

報道の叩きが向かう標的も今回の件から変わってきつつあるようで、まさかこんな意見が国民の大多数とは思いませんが。

もうつりには反応しません...。

一番の疑問はどなたかも言っていましたが、1時間で転送先が見つかったのならそれでしょうがないと思います。
それ以上のシステムを作れるとはとても思えません。
断られた病院の数が一般の人にはセンセーショナルなのでしょうか。

同時にたくさんの病院に連絡をする、受け入れ可能で最も救命可能性の高い病院が手を挙げる、ない場合はそこから考える。今の医療がおかしいことも、救急がうまくいっていないことも承知の上で1時間で見つかれば合格点でない医療など世の中に存在しないと今も昔も思います。

1時間以内に処置しなければいけない疾患があることは十分承知です。


今回の出来事で一般に問題となるのは、「総合周産期母子医療センター」が一度目の母胎搬送依頼を断わったことを含む、この症例の搬入までの経過をどのように評価するかであり、その重症度は評価対象外と考えて良いと思っています。

医療者は、「現状では今回の搬入までの経過は上出来」と考えているので、これは事故ではないと考えていますし、一般の方にとって「総合周産期母子医療センター」が患者搬送を断わるということ自体が、想定外ということに尽きると思います。

そこで、非医療者の方にお聞きしたいのは、現状の限られたリソースの中で、社会としてどれだけの機能を有しておれば容認できるのか、ということを考えるのが、前向きの議論となると思います。

丁度、Triiyoshiki's blogに
セーフティネットの“網の目”という分がありました。
一部引用

ぼくたちが冷静に考えなければならないのは、当直医を除いて医師が病院にいない土曜日の夕方という時間帯において患者搬入までに要した1時間半弱という時間は「容認できないほど長すぎるのか」ということだ。

言い換えれば、「脳出血を起こした妊婦」が「いつでもどこでも1時間以内には病院に運ばれる」ことを、私たちの社会は「当然の権利」として求めているのかを議論すべきだと思うのである。

これは社会の安全保障の問題であり、具体的に云えば「セーフティネットの網の目の大きさをどの程度にするか」ということだ。

>もう、そんな医療従事者は、よほどの偏屈者や、この問題(このブログ)へのよほどの初心者ではないでしょうか?

 常連投稿者でなくても、新人(新規閲覧者)のアクセスはこのスレ結構多いですよ。私は「刑事免責」を異口同音に個別に主張される方々に、「そもそも過失の構造論で適切に解釈すれば免責を論じるまでもない」と十数回にわたり説明しています(そして、結果的に大野病院事件の地裁判決例で持論が証明されましたが(^^ゞポリポリ)。
 このブログは過去ログが某大なので、「過去ログ嫁は酷なので索引を作ろう」という提案があって実行されているのはご存知のとおりです。


>司法従事者の皆さんは全員そう思ってるんですか?
>医療従事者の方々は司法従事者のみの見識や誤解を変えたいとおもってるんですか?
>#私から見てると、医療従事者の書き込みは、それ以外の人々ように書いてると思うんですが。

 そういう「全員がどうの」という議論は錯綜する検証不能議論ですからご遠慮願います。m(_ _)m
 異業種交流で他業種に向けた誤解を一人でも解ければそれでいいという私の本意です。もちろんマスコミも、被医療者団も、公務員も、その異業種の一つです。

 厚生労働大臣と都知事が非難の応酬合戦をしていることこそ、システム事故とシステムエラー(制度執行不備・ヒトモノカネの配置懈怠)の証左だと感じました。つまり現場の責任ではないと行政側トップもわかっていたはず。
 公務員の世界で長官(組織の長)が非難の応酬合戦をするときは、「消極的権限争い(公務員用語)」つまり「責任のなすりあい」だからです。消極的権限争いをするときは、自分達の組織に責任の全部又は一部があると危惧・実感している証左……ゲフォゴフォ

「脳出血を起こした妊婦」が「いつでもどこでも1時間以内には病院に運ばれる」ことを、私たちの社会は「当然の権利」として求めているのかを議論すべきだと思うのである。

上記を下記のように改めさせて下さい。

「脳出血を起こした妊婦」が「いつでもどこでも1時間以内には病院に運ばれる」ことを、私たちの社会には「当然だとの錯覚」に過ぎなかったのかを議論すべきだと思うのである。

国民の多くは、「いつでもどこでも1時間以内には病院に運ばれる」ことが「当たり前の当然のこと」と錯覚していたのです。その錯覚の源は、「世界に誇る国民皆保険制度」とか「日本の医療水準は世界最高レベル」というキャッチフレーズにあった。

言うなれば「日本の医療体制は高度な水準」という国民的錯覚は、宣伝文句に長けた詐欺商法に騙された被害者みたいなものじゃないだろうか。

>「脳出血を起こした妊婦」が「いつでもどこでも1時間以内には病院に運ばれる」

に、「もしその脳出血を起こした妊婦を診断治療できる病院に」と仮定するならば、過去も将来も無理な話ではないかしら?

 1時間以内に脳外科や産婦人科の体制が整っている病院に運ばれるなんて、そんなラッキーな事は今までもなくて、たぶん報道されなかっただけーー。
 もちろん地方で搬送に時間にかかる場合もあるけれど、今じゃあそれだって、同じ健康保険料を払っているのに不公平だってなるでしょう?

 
 崩壊前だって、ふつうの1次か2次の病院にかかって、それは1時間もかからずに受け入れられたでしょうけれど、結果脳出血で亡くなって、たぶんみんな涙は流したでしょうけれど、運命と思って受け入れて、システムが悪いなんて思わなかったのではーー。

 結果の問題じゃなくて、過程(病院搬送までのプロセスの円滑さ)の問題だと思うんですけど。

 かかりつけ医から高次機能の病院に速やかに搬送するシステムがプロセスの円滑さですよね?

 国民が望めば、言い換えれば国民がそれを押す議員を選び、もっとスマートなシステムを作る費用負担をする気があれば可能だと、思います。

 今回のこの搬送までのプロセスに大変問題があるとするならば、システム構築に結構な労力と費用がかかると感じます。

 病院内の各科の状況を速やかに把握するシステム、実際働いている医師が現状何で手をとられているか知るためのシステム、働く医師そのものが電話するのではなくて、他の知識があるスタッフが電話をすることで、用が足りるようにするシステム。(それをどのように、ネット上にしても電話連絡網にしても構築するのか)
などなどーー

 でもよりよいシステム構築を、より低額な費用でっていうのは、難しいのではないかしら?

現状のシステムも相当お金かかっていると思うが、無駄っていうことでしょうか?

役に立たない?

もっとお金掛けてシステム改善しようということですね?

そのときの現場の長が受け入れるかどうか判断するのに
なにがそんなにお金かかったりするのか、よくわかりません。

わからないことに医療費値上げ反対です。

 123のレスとも関係していますので、横レスします。
 「費用が足りないから、より良いシステムを構築できない」事実があるとして、それが「事故ではなく、事象」ということに論理的につながるんですか?
 改善する余地があるのなら、それは「事故」だと思いますが。

 >改善する余地があるのなら、それは「事故」だと思いますが。

ごめんなさい、この文章は私にはわかりません。

 改善する余地がないほど完成されたものを目指すことが、医療では重要であるということかしら?

 すみません、読解力がなくてーー

そもそも「総合周産期母子医療センター」に位置づけられ、圏域の基幹病院的な役割を担う墨東病院ですら、研修医一人で救急の当直をやらざるを得ない現状を鑑みると、周産期救急医療制度、ひいては救急医療制度そのものが「事故中」と評価できるような気がします。

ええと、モトケンさん、ここまで読んだ限り、
そもそも(搬送)過程に特に問題はない、1時間半弱ですんだのは現状で最善をつくしたからだ(休暇中の医者を呼び出すなど、最善以上かもしれません)
というのが(医療側の)結論だと思うのですが…
そして私のような非(被)医療者も、(一人をのぞいて)そのような医療側の結論を(渋々かもしれませんが)受け入れているように見えるのですが

改善する余地がないほど完成されたものを目指すことが、医療では重要であるということかしら?
 ちょっと違います。  医療に限らず、改善する余地があるなら「事故」だと言うことです。  例えば、車のタイヤは昔よりどんどん進歩してると思いますが、それでもスリップ事故は起こりますよね。  そういうとき、スリップ「事故」と言いますよね。スリップ「事象」とは言わないでしょう。  もちろん、タイヤメーカーが悪いって言いたいわけではないですよ。  改善の余地が残されているのに、「事故ではない」と言われると違和感があると言うことですーー

 医療事故ではない、という主張は

 「東京の妊婦死亡事故は医療事故か?」

へどうぞ。

 そうか、医療事故って言葉があるからややこしいのか。
 確かに医療事故は「事故」って言葉を使ってるけど、実際には「事件性のある医療過誤」と同じようなニュアンスで使われてるからな。。
 とは言え、事故か事件かはきちんと検証しないと分からないから、とりあえずは「事故」って呼ぶしかないんだけど。(以上、独り言)

 事故というかどうかの定義そのものは、すみません、あまり興味がないです。一回使ってしまっているので、あまりスマートな言い訳ではありませんが。

 大淀は時間がかかりすぎていてシステムが上手く動いていないと感じましたが、墨東はあのシステムの中ではきわめて順調だと、わたくしは感じたということです。

 言い換えれば、私は今回の経過で「東京の医療事情も寒い」とは思わなかった。

 現在の周産期死亡率が、最近になって高くなってきているのでなければ、これ以上スマートな母体搬送システムを構築するよりも、産婦人科そのものの充実か、若手の育成にお金をかけるほうがコストパーフォーマンスは良さそうだと思っています。(個人的に感じているということで、申し訳ないのですがデータまで出せないです)

私の165のコメントとも関連するので、横レスさせて下さい。
今回の件は、交通渋滞のようなものだと思います。
道路を拡幅することで改善の余地はありますが、渋滞は「事故」ではありませんよね?
同じように、当直医を増やしたりすれば改善できますが、現状ではこの結果(搬送に1時間半)を回避することはできませんでした(と理解しています)

福島事件の無罪判決で、
1・結果回避可能性はあるか?
2・1があるなら、結果回避義務はあるか?
という2段階で責任を問われ、「1はあるが2はない」という形で無罪になったと理解したのですが(法律用語の間違いはごめんなさい)、
今回の件はそもそも1がない(と医療者は認識している)ので、「事故」と呼ばれることに反発してるのかなあ…と思いました。
・1も2もなし→事象
・1あり2なし→事故
・1も2もあり→事件
て感じですかね?

167モトケンさん
確認してる間に別記事になってるようですが、そちらとの使い分けがまだよくわからないので、返信の都合上すみませんがこのコメントはこちらに

私の165は159への、170は162への返信です…
…打つの遅いから…(>_

 私も言葉その自体にこだわってるわけじゃないです。
 ただ、「事故ではない」と言われると、その言葉の裏に「何ら改善するべき余地もない。その必要もない。」というニュアンスが感じられるのがイヤなんですよね。
 「事象(事故ではない)」という言葉はそういう意味でしょう。ネガティブな意味合いの無いニュートラルな言葉ですからね。

 もちろん、病院に対してネガティブな評価をしようとしてるわけじゃないですし、墨東病院の対応がGJだったと言うのは、その通りなんでしょう。実際に医師の人がみんなそう評価してるんですから。その点、救急搬送に関する認識を改めないといけないなと思ってます。
 でも、例えば満床で受け入れられなかったという病院があったことも、世間から見たら事故ですよ。救命ボートがいっぱいになっちゃったから助けられませんでした、と言うのと同じです。
 もちろん、それは救命士の責任ではありませんけど、でも救命士サイドが「あれは事故ではない。事故と言うのはやめてほしい。」「救命ボートがあっても助からなかったかも知れない」と発言したら、それは違和感感じますよ。ということです。

 今回の事故の原因として、根本的には医師不足があり、産科の不人気があり、それは政府の医療計画の見込み違いや診療報酬の問題、過酷労働や訴訟リスクの問題など、医療を取り巻く状況に問題があるのだと言うことは理解しているつもりです。

>>  異業種交流で他業種に向けた誤解を一人でも解ければそれでいいという私の本意
 医療従事者に限定した話と誤解してました。失礼しました。
>>そういう「全員がどうの」という議論は錯綜する検証不能議論ですからご遠慮願います。m(_ _)m
 了解しました。

#分かり切ったことを議論して雑音を増やすのやめてくれということをいいたかったのだというレスを書いていたらモトケンさんに「東京の妊婦死亡事故は医療事故か?」というエントリーを建てられてしまいました。さすがですm(__)m

 だんだん、発言するモチベーションが落ちてきました(^^;)
 批判ばかりしているイヤな奴、みたいに思われるのもイヤなので(^^;)

 それはそれとして、回避可能性があったかどうかは、事故かどうかという問題とはまた別の話かなと思います。
 それは責任を問えるかどうか、ということじゃないでしょうか。

 ただ、上にも書いたとおり、医療「事故」と言う言葉には医療者の責任を問うニュアンスがありますので、「事故」と言う言葉に違和感を覚える気持ちも理解できるようになりました。

 >ただ、「事故ではない」と言われると、その言葉の裏に「何ら改善するべき余地もない。その必要もない。」というニュアンスが感じられるのがイヤなんですよね。

私は逆なんですよ〜。
「事故だ。」って言われると運悪く起きたって感じがして。
事故じゃなくていつでも起きるであろうことだから、改善して欲しい。

今回、搬送を断った病院に調査が行われていますが、そうじゃなくてもっと全部の実態を調査して欲しい。
その上でどのくらいのレベルが望まれているのか、それにはどうすればいいのか考えて欲しいと思います。

たまたま地雷を踏んだ人について調べるんじゃなくて、どこにどんだけ地雷が埋まってるのか調べて欲しいって感じでしょうか。

 依然として、「事故」という言葉をキーワードにした意見が多いようですが、

マスコミは本件を「事故」といっている。
しかし、本件は事故ではない。
そもそも事故というのは、(以下、うんたらかんたらと一般論としての事故の抽象的定義について議論する)

または、エントリタイトルの「死亡事故」を医療事故であると決めつけた上で、

医療事故というと医師の責任が問題になるのであるが、本件では医師が責任を問われるようなものではないから、医療事故ではない。
にもかかわらず、「死亡事故」というタイトルをつけるのは不適切である。

というような議論と

マスコミは本件を「事故」と言っているが、
どういうところに問題があったのだろう。 医師に責任はないとしても、かかりつけ医が1時間以上も搬送先を探さなければいけない、というのはやはりどこかおかしいのではないか。
問題の所在とその対策としてどんなことが考えられるのだろう。

というような議論とどちらが本件に即した議論だと思いますか、ということです。
何の問題点も見つからなければ、その結果として本件を事故ではないというのはありだと思いますが、何らかの問題があるのではないか、という議論をするときに、その問題が「事故」であるかどうかは重要なことなのですか?

 誤解を解いていただけたようで何よりです。m(_ _)m
 抽象的概念議論で具体性と実益がない議論や誤解によるボタンの掛け違いを避けたいので。

遅レスですが…

そこまで司法を絶対視すると言うのがよく分からなかったりします。私が普通に考える限り、医療破壊者としての責任が一番大きいのは、他ならぬ我々国民という事になると思うわけですが。

どこに最大の責任を考えるかは人によって違うでしょうし,別に私が司法を絶対視しているわけでもないのですが,そうは言っても「責任判断の総本山は司法である」ことは間違いないわけで,その司法の判断は,最高裁の判断が法源となるという司法内の規範に限らず,一般社会における責任判断の規範ともなるでしょう。裁判所が医療に厳しい判断を下し,そのような判断がありうるということが世間に知れ渡ることにより,更なる訴訟を呼び起こすという連鎖の引き金としての役割は,何にも増して大きいものと私は考えます。そのような厳しい判断とて,本当に偶発的にごく稀に出される程度のものであれば,連鎖に至らず収束するであろうと考えられるところ,いざ医療訴訟を紐解いてみると,そのような厳しい判断が驚くほど多いので,私は慄然としています。(驚くほどと言っても,私の見た範囲では数パーセントですけどね。ただそのトンデモ度が激しいのがままあるもので。)

今回の事件の問題に思いを馳せたとき,まず真っ先に目に付くのは墨東病院に医師が足りなかったことですよね。医師不足,とりわけ危険性の高い医療を担う医師が足りないことは,今の医療崩壊を考える上で絶対に避けて通れない問題です。そしてそのような危険性の高い医療から離れていく理由として多くの医師が「訴訟リスク」を挙げていることも公知の事実ということでいいでしょう。

そうなるとその訴訟リスクを,もっと厳密に言えば医師から見て不当と思われる判決を頂く可能性があるという意味での訴訟リスクを吟味することは大変重要なことで,これこそ医師と法律家が集まる場所での最大の議題とされても良さそうに思うのですが,どうでしょう?

しかるに,一時期モトケンさんをはじめとして,司法判断が厳しいのではないかという議論もありましたが,いつの間にかそんな議論は影を潜めて,今やほとんど一般人やマスコミなりが集まったのと大差のないシステム論だのが闊歩しているのは,なんとなく残念な気がします。

医療崩壊,医療再生を考えるとき,司法判断のあり方について吟味することは,避けて通れない問題だと思います。

墨東病院に問題があるとすれば、再び応需したことでしょう
近隣の病院には応需できないことを宣言し、広報していたということですし、搬送依頼した病院でも分かっていたはず。

”やればできたはず。ほら、できたでしょ。なぜ最初からやらなかったの?”と言われて非難されるのは、川崎市立病院こんにゃくゼリー訴訟で前例があります。

1時間の搬送時間が掛かることが問題だとすれば、すでに1時間以上掛かることは必至であると、東京都が市民全体に広報するのを怠ったことでしょうか?

できないことをできないと広報して、次の対策を行政などに突き付けることをせず、水際作戦だけに終始していたから、患者の圧力に抗しきれずに産科医療が東京でも潰れてしまったのです。

大本営発表によって国民を錯誤に貶めることの罪深さを知るべきです。

過去に学ばねば、焼け野原になるまで焼き尽くされることでしょう。

忙しい日常に戻りますので、これで最後にさせていただきたいと思います。ごめんなさい。
 以下は、私への七誌さんのご発言にたいしての返信です。

 わたくしは、民主主義って人が選んでいると思います。

 医療制度も、医師が作っているのではなくて、国民が作っているのだと思います。医師は説明はできても、システムを作る権限をもちませんから。
 議論はとても重要ですけれど、1時間の責任の所在より、じゃあどうするか、どういうシステムを作りたいのかの方が実があるのではーー。

 搬送システムを充実させるべきだというならば、私の意見では院内情報を共有するシステムが必要で、現状の人員ならば可能ならば、医師が搬送先を探すよりはスキルフルな他のスタッフのほうがベターで、etcと書いた通りです。

 何をどうするべきなのかは、医師や管理者っていうより、国民の皆様が選ぶことなのではーー

 わたくしは今は開業医で、上位機関を探す方です。 1時間で見つけられればとってもラッキーと思います。重症であって緊急度が高いほど、細かい部分で必要な条件が出てくるので、その条件を満たす施設を探して受け入れてもらうには、余計時間がかかります。
 受け手だった時でも、病棟を探し、手術室の状況ICUの状況を確認し、なんて30分なんてあっという間だと思います。

 なので、 「かかりつけ医が1時間以上も搬送先を探さなければいけない」のは仕方がないと思っています。

>えらく後ろ向きの議論ですな。

No.178で書いたとおり,司法判断のあり方は,医療崩壊と再生を考える上で,絶対に避けて通れない問題だと思いますので,これを提示することを「後ろ向き」だと指弾されることには違和感を感じます。

トピずれだと言われるだけならまた別ですが。
(尤も,今回の事件もその原因に医師不足がある,という視点に立てば,全くのトピずれだとは思えないのですが)

>穴だらけな仕事であることを当然自覚しているであろう法曹の人々が,医療の仕事に関して異様に厳しく見る一群が確実に存在するわけですから,私のような人物が一人くらいいても悪くないと思いますが。

 あら探しは問題点の指摘として意味はあると思うんですけどね。
 お互いのあらを非難しあったり、相手のあらを自分のあらの正当化の材料にするのは非建設的だと思うわけですよ。

ハスカップさん,ろくろくびさん

奈良県五條病院心タンポナーデ事件の話ですが,まとめてレスさせて頂きます。

あの判決は,確かに医師個人の責任を認定せずに,システムの問題に回帰させたものであることは,今ではよくわかっております。

ただ,私の意識としてはシステム構築も含めて医療側と捉えているので(今回の墨東事件も同様です),五條病院事件判決は医療側に不当な判決であると捉えたものです。

念のため,その五條病院事件の判決がシステムの面で有責としたことについて不当と考える理由は,例の日本裁判官ネットワークのスレッドに書き込んだとおりです(特に2008-05-04 17:15:13の書き込み)が,そもそも争点が「被控訴人Eにおいて,Fに対し,十分な検査をしなかったために,心嚢内の血液の貯留を見落とし,適切な措置を講じることができなかったという過失又は注意義務違反があったか。」なのに,何で救急体制云々とかで有責とかになっちゃってる点がトンデモなわけです。

システムに穴があって、不幸な事例に至れば有責とされるのであれば、中原先生(小児科医)の自殺についての病院の管理も有責にならないと辻褄が合いません。

墨東病院事例の陰に隠れて、過酷な勤務に押しつぶされてしまった小児科医の悲鳴、そしてその家族の叫び声が掻き消されてしまいました

同じ一人の人間の命の扱いとして、人を救う立場の命が、救われる命より軽く扱われるというのは解せません

>何をどうするべきなのかは、医師や管理者っていうより、国民の皆様が選ぶことなのではーー

 何をどうするべきなのかについて、現場の最前線におられる医師の皆さんから教えていただきたいというのがこのエントリの趣旨だったんですけど(^^;

 そして、医師の皆さんの意見が有権者の一人として問題の所在を理解するきっかけにはなり、その積み重ねがいずれ政治を動かすことになるのではないかという期待を持っているのです。
 楽観主義者のモトケンとしては。
 最近、私の楽観主義も揺らいでますけど(^^;

 結果の問題じゃなくて、過程(病院搬送までのプロセスの円滑さ)の問題だと思うんですけど。

論点がそこに有るのは全く同感です。
だけど、これ以上円滑にしようがないと思ってしまうんですよね……。

わたくしは今は開業医で、上位機関を探す方です。 1時間で見つけられればとってもラッキーと思います。重症であって緊急度が高いほど、細かい部分で必要な条件が出てくるので、その条件を満たす施設を探して受け入れてもらうには、余計時間がかかります。
こんにちはさんのコメント http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/10/23-172012.php#c183957

そうなんですよ。だから、表面上円滑に搬送するためには、逆算して間に合うように早め早めに搬送を決断するしかない。今回のような突発的な事例ではそのような計算はとてもとても。

かかりつけ医が1時間以上も搬送先を探さなければいけない、というのはやはりどこかおかしいのではないか。 問題の所在とその対策としてどんなことが考えられるのだろう。

プロセスに問題があったのかと問われれば、リソースが不足している現状では、これが精一杯であったとしか言いようがありません。

解決策はリソースの充足しかないのも自明ですし。
あるいは、救急隊がかかりつけへではなくて、最初から3次ERへの搬送を考えてくれれば結果は違ったかもしれませんが、それも現実的ではないような気がして。

No.89 青髭(医) さん

「釈迦に説法」など、とんでもございません。教えていただかないと何も解らず、皆様のコメントで勉強しております。

本当は、理想を描いて、それに実現すべく努力すべきはずが、目前の不満のみを解消することにばかり目がいっており、問題点の背景を正しく分析することができなくなっている現在の社会を、どの様な手段で改善していくべきか非常に悩みます。

峰村健司 さん
初コメントの上に横レスとなり大変な失礼となることを初めにお詫びいたします。
司法に医療崩壊を防ぐための判断を求めることに違和感を覚えます。
彼らの仕事はあくまで法を運用して争訟を裁定することであり、それが現実にどう影響するかを考えるのは管轄外でしょう。医師も無理に抵抗せずにこれを受け入れればいいだけの話です。それによる医療崩壊については国民が身をもって実感してから真剣に考えるべきことでしょう。
そもそも医師はこの期に及んで滅私奉公の精神を発揮しすぎです。医療上の安全を考えると複数当直が維持できない時点で管轄省庁がどう言おうとセンター認定を返上すべきですし、それ以前に夜勤医師(当直ではなく)を配備できない病院は不眠によるミスを考えると救急を受けるべきではありません。結局、医師の過剰な頑張りがすでに壊滅している医療にメッキをして国民の認識を遅らせているとすら言えます。
今の「医療崩壊」とは、医療従事者の過剰奉仕がなくなることで安価すぎる医療費と過小な医療従事者数、さらに無秩序なアクセスに見合った「本来の医療レベル」に戻る一過程なのではと個人的には考えます。これに対する対策は明快であり、行うかどうかは医療崩壊がさらに進んで数万人のアクセス不能による「病死」が出てこれば嫌でも国民が選択せざるを得なくなります。

>司法に医療崩壊を防ぐための判断を求めることに違和感を覚えます。
>彼らの仕事はあくまで法を運用して争訟を裁定することであり、それが現実にどう影響するかを考えるのは管轄外でしょう。

Tさん,
裁判官は言ってみればスポーツなら審判です.審判はルールに基づいてジャッジを行ないます.そしてほとんどの場合審判の判定は競技者からみても妥当であると判断されるからうまく競技が進行できるのです.まあ時に競技者からクレームをつけられることはありますが,非常に稀なことです.
ところが医療裁判の場合,まずまともなルールがありません.そしてある程度以上の頻度で多くの医療者が首を傾げるような判決が下されているのが現実です.
我々医療者が望んでいるのは,多くの医療者が「これは勝つべきもの」という事例が勝ち,「負けるべきもの」という事例が負ける,という至極当たり前の判断がされることを望んでいるに過ぎません.現在はそうでない状況であるから,それが裁判の枠組みの範囲内で改善できるようにして欲しいと要望しているのです.
「現実にどう影響するかを考慮して手心を加えろ」とかいったような法外な要求をしているのではないことを理解して頂きたいと思います.

奈良心タンボ事件の、県の責任を認定した点について、峰村さんのお考えは承知していますし、医療の専門家としてのご意見は、一つの見識として尊重しなければならない、とも考えています。
私のコメントの意図は、門外漢さんの真意が誤解されるおそれを感じたため、この場で反論することが困難であろう門外漢さんの名誉の保全にありました。その点をご了解いただけると幸いですm( _ _ )m

 「かかりつけ医が1時間以上も搬送先を探さなければいけない」のは仕方がない

 という意見があります。
 医師にとって、現状のシステムは環境ですね。
 職場環境と言えばより分かりやすいでしょう?
 そして、医師個人によってはどうしようもない環境であって、医師個人としてはその環境の中で精一杯努力するしかないのですから、「仕方がない」と言うのは文字通り仕方がないことで、現場の医師がそう言うのを非難することはできません。
 医師から見れば。

 しかし、患者側から見ると、上記の医師の職場環境も(自分の命を守ってくれるはずの)医療システムの一部です。
 その環境が政治的にも経済的にも科学的にも物理的にもその他いかなる観点から見ても改善しようがないというのであれば患者側にとっても仕方がないのですが、改善の余地があるのであれば、改善して欲しい、できることがあれば(例えば選挙での投票)改善に協力したいと考えていると思います。

 そういうことも医師の皆さんに考えていただきたい、そして国民が考える材料になる現場の話などを聞かせていただきたい、と思ってるんですけど。

医療労働環境のシステム矛盾を指摘すると、「(現状の)仕方ない」が実は幸せな状態であったと思えるほどの悲惨な状況(カタストロフィー)を招くおそれがあります。

また医療環境の改善を語る時に、市民・医療機関・行政だけでタッグを組むと、医療従事者への更なる労働強化にしか繋がります。前3者の利益は、対現場では一致してしまいます。

絶望的な惨劇の崖っぷちに来ているというのに、何を騒いでいるのだ!
というのが偽らざる感想です。

医療従事者が粛々と違法な就労状況からの脱却を求めた時に何が起こるか、そしてその惨劇の責任はと言われても、不法行為の被害者たる医療従事者に責任を求めるのは筋違いです。

日本国憲法  【第十六条】  何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

前向きに考えるとすれば、底をつかなければ崩壊からの脱却のトレンドは見えてこないと言えます。
頑張っている人を責め立てる制度が残り続けて良いとは全然思えません。

本来は、行政指導で激変緩和措置を強力に行うべきだったのですが、既に手遅れかもしれません。

愚痴っぽいですが、穏やかな手続きを行うだけで東京の救急医療、産科医療、小児医療が停止してしまうことを懸念します。
世の中のもっともっと賢くて理性的で寛容的な方が、社会矛盾を発展的に解消してくれることを期待していることに関しては、モトケン先生と意見を同じくします。

>「かかりつけ医が1時間以上も搬送先を探さなければいけない」のは仕方がない。

について、時間がないので一言のみ

「仕方がない」の中身は、1時間は必要な時間である です。

 他にもっと良い施設があるかもしれない状況であれば、わたくしならば、緊急でCTをとってくれる場所と技師がいること、脳外科が緊急手術中でないことを確認し、今手術室が埋まっていれば何時搬入できるか確認し(ナースはいるかい?麻酔科は人がいる?何時集められる??ほかの救急患者の状況は?人手を取られてもまだ救急患者が受けられる??etc)、上席医が集められることを確認し、準備するのにどんなにがんばっても30分はかかる。それが2カ所であれば、60分は絶対かかる

ということです。

 だから1時間は必要な時間です。言葉が下手ですみません。

産婦人科医ではないので、細かい部分で誤りがあったらごめんなさい。(CTはまずいのかなあ?MRかなあ?やっぱCTかなんて思ったのでーー)

>1時間は必要な時間である

 だからそれは、現状を前提にすれば、ということではないんですか?
 1時間を短縮することは不可能なのですか?
 医師個人に対して短縮しろと言ってるのではありませんよ(こういう注釈をいちいち入れなければいけないというのが苛立たしいんですけどね。すぐ医師の責任問題として考える人がいますので。患者側にも医師側にも。)

 本件についてみれば、墨東病院が最初の搬送依頼の時点で受け入れ可能であれば、もっと早く搬送できたのではないのですか?

 どうしても必要な時間を削れと言ってるのではないのですよ。

>1時間を短縮することは不可能なのですか?

 すべての科や検査の緊急時の対応がダブルで出来れば、可能だと思います。普通一つは対応している場合があるので、空いていないのは、充分考えられるーー。(時間外の話だと思って考えています)

 レ技師を二人拘束、手術室は2室オンコールでなくて待機で稼働、脳外科も1チーム手術中でそれこそ福島並の状況になっていても、一人は専門医が外来に回れる、そして願わくばもう1室脳外科用の手術用顕微鏡があってスキルのあるナースが30分で呼び出せる

 などなど

 書いていて悲しくなってきますーー

 緊急が重なっても対応できるような施設って、一体どのくらいあるのかーー。日本にあるのかしら?

 現実的には、それぞれを確認して安全に受け入れられるように手を尽くすのが次善の策だと思うし、それにはある程度の時間がかかる。
 モトケン先生はもっとよいシステムが考えつくのですか?是非教えて下さい。

 

医師個人に対して短縮しろと言ってるのではありませんよ(こういう注釈をいちいち入れなければいけないというのが苛立たしいんですけどね。すぐ医師の責任問題として考える人がいますので。患者側にも医師側にも。)

モトケンさんも同じだと勝手に想像しますが、私は今回の墨東病院での出来事に限らず、医療問題を診察室の中に居る医師の問題とか、現場の医師が全ての解決の当事者だとか、狭小な概念の問題とは捉えていないのです。

日本の医療体制が問題だらけのグダグダになったのは、医療行政全体やその行政に対する政治の問題、健康保険制度に代表される医療費を誰が幾ら負担するかの財政問題、的確な情報を国民に知らせる役割を持つはずのマスコミの問題、医療に過剰な期待感を持つ国民意識の問題、等々の諸々の結果。この全てを「現場の医師が何とかしろ」とは、モトケンさんをはじめこのブログで勉強した人々は、決して言っていないと思います。

このモトケンさんがこのブログで医療問題を扱うエントリを立てたとき、それは医療問題=国民全体に等しく責任がある社会問題と捉え、医師も国民の一人、医療行為の現場に携わる一人の医師として、本質の問題提起や何らかの将来に向けた提言を期待していると思います。その思いと期待(希望?)が、この2年間「賽の河原の石積み」の如く、数万投稿に及ぶ議論を飽きずに繰り返して来た、モトケンさんのモチベーションの根源なのだと思います。

私もこのブログの投稿者として、また日本の医療制度の享受者である一国民として、現場の医師の立場からの問題提起や提言など、前向きの投稿を心待ちにしています。

※モトケンさん、心中を想像した私の解釈が違っていたら遠慮無くご指摘下さい。

>モトケン先生はもっとよいシステムが考えつくのですか?是非教えて下さい。

 いえ、私は医療については門外漢ですし、病院で働いたこともありませんので私から具体的な提案をすることはできません。
 ですから現場を肌で知っている医師の皆さんから実情と実情に対する不満、不満の改善方法または方向性などを説明していただければ、私だけでなく患者側の理解が深まると思っています。

 
 ところで、こんにちは さんの言う「一時間」の起算点はいつなんでしょう?
 受け入れ決定から実際に受け入れ態勢が整うまでの時間のことでしょうか?
 本件では、搬送依頼から搬送受け入れ決定までの時間についてはかなり改善の余地があると思うのですが。

うーむ、そこでモトケンさんに逆質問する展開がわからないです。

都の担当者が「頭部で切迫した状況だとわかれば一回目で受け入れた」と言ってたり、墨東が規定の人員を確保できていないので受け入れを制限しているとか言っていたわけです。

だとすれば、

病院同士の意思疎通が十分で、なおかつ墨東が規定どおりの人員を確保できていれば、一回目の要請で受け入れることができた、ということにはならないのでしょうか。その場合は所要時間は分単位のオーダーで済むことになります。

もちろん、「緊急事態だから確実な意思疎通は困難」とか「現実問題として確保は無理」とかいった点は理屈としては理解できます。また、一回目の要請で受け入れたとして産婦さんを究明できたかどうかもわかりません。ただ、モトケンさんは「現状ではこれ以上はどうしようもなかった。だから医療側に問題はない」「問題はこんな現状にした国と自治体と国民」とだけ言い切って議論を終わりにしてしまうことを容認できないのではないでしょうか。この点は私も同意見です。

>1時間は必要な時間である

システムとして考えて見ましょう。
新聞情報によればかかりつけ医の方は墨東病院の土日の産科の体制が手薄であると知ってはいたようですが、とりあえず近場でもあり、それなりの他の対応上必要な診療科が整っていると言うことで連絡を取られたようです。
非医療者としてみればこれはある程度納得できる話です。
開業医に救急対応の期間病院の受け入れ状況をリアルタイムで把握する設備投資を求めることは現実的ではないと思うからです。
次に墨東病院が当初断った事は現実的な体制上止むを得なかったと言えるかと思います。
基本的に受け入れないのが病院の対応だったわけですし、今回の対応をすることによって墨東病院の産科のリソースが当日は使い果たされることになるからです。
とは言え必要とされる二人体制であっても可能かどうかと言うのはそれは「運」だとしかいえないでしょう。
現実に他の7病院までが受け入れ不能だったわけであり、墨東病院自体も他の急患などによってリソースがふさがっている可能性は常に存在します。
それらのリソースの状況をリアルタイムに把握するとなると実際上の戦力としてはカウント出来ない連絡対応要員を常に一人確保する必要性が出てきます。
機材的に病院全体のリソースを自動的に把握するシステムは構築可能であるでしょうが、その初期設備投資と運用上の制約を考えれば人を一人貼りつけたほうがおそらく安く上がるでしょう。
各基幹病院において一人を緊急「連絡」要員に付けられれば現在のシステムでも即時対応は可能かと思います。
もちろんその緊急「連絡」要員は実際の診察や手術をしてはいけません。次の緊急事態に常に備えてリソースの現状把握とシステム上の情報アップデートを行わなければならないからです。
そして、問題なのは緊急「連絡」要員となる人は各々の状況を把握できる人でなければならないことで、当然現役の専門医と言うことになります。
これが産科だけでなく各科において適切に人員が配置されて適切に運用がなされなければシステム上すぐに齟齬が生じるでしょう。
医者の数が足りない状況でこの細心情報を確定するためだけの要員を確保することが可能でしょうか。
そして・・・これだけの要員を確保して情報をリアルタイムで把握したとしても急患対応で「たまたま」各基幹病院のリソースがふさがっている可能性は常にあるわけです。
この緊急「連絡」要員を医療心得がない人が担当した場合、適切な情報が伝わらないためシステムが機能不全になります。新たに訓練しようとすればそれこそ新たに医者を教育するのと同じだけの手間暇が必要になるでしょう。
よって、どうしても最終的には「人・物・金」さらに加えて「時間」と言うことになるかと思います。

この問題は「一時間」は納得の時間かと言うコンセンサスと密接にかかわってきまして、それなりにシステム上整備されてきている現状においてはリソース投入密度を上げるしかないと言うのが現状と合わせて非医療者側の覚悟の方が現実的な問題かと愚考します。
要求水準を確保するとき、そのリソースをどこからもってくるのかと言うことに常に行き着きます。


たとえば・・・

・非医療者として「すぐ」は無いと意識転換する。
・非医療者が日常の受診抑制を自発的に行う。
・医療側にアクセス制限を行わせてリソースを確保する。
・医療費を上げる政党や立候補者に投票する。
・国民的運動として医療費増額のデモ行進大規模に行う。

でしょうか。

この問題に関して地域医療関連では結構有名な某ディレクターのブログがありますので紹介します(改行は私が適宜修正しています)。

http://homepage.mac.com/yoneh/My%20Website/page1/page1.html

セーフティネットの“網の目”


10月4日の土曜日の夜、
 東京都内で脳出血を起こした妊婦が7つの病院に受け入れを断られ、都立墨東病院で出産後、脳出血の手術を受けたものの3日後に死亡したという“事件”が起きた。
 きのう舛添厚生労働大臣が墨東病院を視察、責任の所在をめぐって舛添厚労大臣と石原都知事の非難合戦が巻き起こっている。責任の押っつけ合いなどは論外にしても、例によってマスコミによる「犯人捜し」が始まっているのが気になる。
 「医療崩壊がついに東京にまで及んだ」という論調もあるようだが、そういう問題なのか。もちろん患者の死という結果は不幸であり、気の毒としか言いようがない。しかし、そもそも「当然に助かるべきケース」だったのかどうか、冷静に検証する必要があると思う。
 以下にぼくの考えを書く。
 専門家ではないので細かい間違いがあるかも知れないが、大筋では間違っていないと思う。


 まず、“事件”の経緯を客観的に把握するため、タイムテーブルに起こしてみる。複数の新聞報道を組み合わせると、当夜の経緯は以下の通りである。


18:45 江東区内に住む出産まぢかの主婦が頭痛と吐き気などを訴え、区内のかかりつけ医に運ばれた
19:00 かかりつけ医は緊急手術ができる病院を探し始める
    (「空きベッドがない」などの理由で、7病院に受け入れを断られた)
19:45 最初に連絡を受けた墨東病院が急きょ受け入れを決める。 
    (この時点で墨東病院は自宅にいる産婦人科医、脳外科医を呼び出したはずである)
20:18 女性が墨東病院に到着
21:30 帝王切開で出産
22:00 脳出血の手術開始


 女性が最初にかかりつけ医を訪れてから、帝王切開が始まるまでの時間はおよそ2時間45分である。かかりつけ医が受け入れ病院を探し始めてから墨東病院に運び込まれるまでは1時間半かかっていない。
 この女性の場合、出産に脳出血が重なるという難しいケースで、受け入れるためには、産婦人科医のみならず、脳外科医がいることが前提になる。脳出血の存在については、かかりつけ医と連絡を受けた各病院との間で情報が混乱していたようで、もし産婦人科医のみの対応で患者を受け入れる病院があったとすれば却って悲惨な結果になったと思うが、その問題はここでは置く。


 ぼくたちが冷静に考えなければならないのは、当直医を除いて医師が病院にいない土曜日の夕方という時間帯において患者搬入までに要した1時間半弱という時間は「容認できないほど長すぎるのか」ということだ。
 言い換えれば、
「脳出血を起こした妊婦」が「いつでもどこでも1時間以内には病院に運ばれる」こと
を、私たちの社会は「当然の権利」として求めているのかを議論すべきだと思うのである。これは社会の安全保障の問題であり、具体的に云えば「セーフティネットの網の目の大きさをどの程度にするか」ということだ。


 セーフティネットは最低保障であるから、誰もが等しく保障されなければならない。都市の住民は保障されるべきだが地方在住者はその限りにあらず、という話にはならない。例えば、ぼくは来週末、医療シンポジウムに出席のため北海道の羅臼町に行くことになっているが、この町には産科医も脳外科医もいない。
 「脳出血を起こした妊婦」はたぶん釧路市まで運ばなければならず、車を飛ばしても2時間半かかる。これは多少極端な例かも知れないが、産科医と脳外科医が揃った病院に1時間ちょっとで運ばれた今回のケースは、全国的に見るなら、むしろ「幸運なケース」というべきではないかと思うのである。「幸運なケース」ではあっても、不幸にして患者の命が助からないことはある。そうであれば、このケースには捜すべき「犯人」はいない。


 もうひとつ指摘しておかなければならないのは、「当直医」についてである。朝日新聞は今朝の朝刊で「墨東病院の産婦人科の当直医が一人だったこと」を非難しているが、「当直医」とはそもそも入院患者の容態の急変に備えるために病院に詰めているのであって、外からの救急患者を受け入れるためにいるのではない。
 当直医は「万一の場合」に対応することだけを求められているので、基本的に「労働時間はゼロ」、つまり「働かない」のが労働基準法上の原則なのである。しかし、それでは必要とされる医療水準を維持できないから、現場の医師の犠牲のうえに、30時間を超える連続勤務などの脱法状態を見て見ぬふりをして救急を受け入れているのが現実である。
 朝日新聞は「24時間体制で産科を担当する『複数の医師』が勤務していることが望ましい」という。墨東病院などの「総合周産期母子医療センター」に対する都の指定基準を引用しているが、それを厳密に求めるなら、労働基準法違反の「当直医による対応」ではなく、三交代制などによって緊急事態を専門に対応する医師を配置するべきだろう。
 そんなことはできっこないので(都内であってもそれほどの数の医師の確保は困難である)、都も「望ましい」などという曖昧な表現に留めていると考えられる。


こう考えてくると、今回のケースは「医療崩壊」でもなんでもないのではないか。
 私たちの社会のセーフティネットの網の目はそこまで細かくは設定されていない、ということなのである。もちろん、これは「命の問題」だから網の目をもっと細かくすべきだという議論は成立する。
 しかし、全国津々浦々にそうしたネットを張るためには、現在の何倍もの数の医師が必要だろう。それに伴う社会的なコストは膨大なものになる。そして、そうしたコストは、保険料や税金のかたちで私たち自身が負担するしかない。
 例え現在より遙かに負担が大きくなったとしてもそれだけのセーフティネットを張るべきか否か、必要なのは国民的コンセンサスの形成であり、そこを曖昧にしたままで「犯人捜し」をしても意味はない。
 いや、強いて「犯人」を捜すとしたら、それは私たち自身だったということにならないだろうか。

 私がこのブログで医療問題についての議論を始めたときのエントリタイトルは

 「医療崩壊に対する制度論的対策について

でした。

 「制度論的」というのはつまり医師個人だけではない医療システム全体を指して言ったつもりです。

 要するに、法務業の末席 さんのご推察のとおりです。

医療界(医師の世界)での認識
=1時間は現状では止む得ない、むしろ良く出来た対応だ

国民(モトケンさんをはじめ非医療者)の認識
=1時間を短縮することは不可能なのですか?

この認識ギャップが医療崩壊問題の根源ではなかろうか。
医師の認識が正しいとか間違いということでなく、この両者の認識のギャップを埋める努力をしないと、国民の医療不信(医師不信)が固定化されてしまう。医療が国民から信頼されなくなったら、これは医療崩壊の将来シナリオとして最悪の部類であろう。

で、モトケン先生のご質問に私から答える形になりますが、

 現状ではモトケン先生のおっしゃる「1時間の短縮」は事実上不可能ですし、仮にコストをかけたとしてもかなり困難であろう、と推測されます。

 可能性論としては「あらゆる救急疾患に常時対応出来るスーパー3次救急病院」を作り、2次レベルで手に負えない産科を含む救急をそちらへ送るしか手立ては考えられないと思います。ですが、日本全国津々浦々にそのような病院を作ることは不可能ですし、仮に作れたとしても現在の日本の経済力ではコスト面でそんなものを維持は出来ないでしょう。

 今回問題とされているのは7病院の受け入れ不能による待機時間です。で、上のbrogでおわかりのように搬送先を探し始めてから受け入れ病院が決まるまでの時間は45分です。で、この時間を何とかしようとするならば、都内のすべての2次以上の病院について「各科の待機状況、スタッフの待機状況、その時点における救急患者の来院状況、その時点における各科の手術状況」をリアルタイムに把握し、かつそれを統合して判断するスタッフが必要になります。
 しかもこれらを判断するには救急医師に準じるレベルの知識が必要になります(搬入された患者さんの重症度、手術の所要時間などをおおむね把握出来なければならないので)

 これらのスタッフは各2次以上の病院と本部に24時間常駐していなければ意味がありませんので、東京都内だけでもそれらのスタッフを常駐されるとなると50〜100億規模の人件費が毎年必要になるはずです。さらに本部にコンピューター+通信システムが必要ですので初期投資だけでも膨大なものになると思います。

 で、これらの投資を行ってどのぐらい時間が短縮出来るかというと、おそらく45分を20分ぐらいまで短縮出来る程度だと思います。なぜなら、本部が送り先病院から連絡を受け、各病院の状況から受け入れ先を選定し、さらに受け入れ先の病院に状況を連絡して受け入れ許可をもらい、さらにそれを送り先病院に連絡するという作業が必要になるからです。

 実際問題、当地のように比較的1〜3次までの受け入れがスムーズなところですら、ちょっと時間がかかるときには30〜40分ぐらいかかってしまうのです。

 今回の話は新聞などが大騒ぎしていますが、実のところ、リアルに救急をやっている我々にとってはそれほどの遅延があるとは思えないレベルなんですよ。

>要するに、法務業の末席 さんのご推察のとおりです。
返答ありがとうございます、了解しました。

ではその認識の上で思うところを開陳。

医師の方々のご意見の文中から、「医療を担っているのは医師だ」という強烈な自負心と使命感、世間で言うところの「医師としての矜持・プライド」を感じます。我々非医療者からすれば、この医師の矜持は大変有難いことです。

ただ時としてこのプライドが強烈すぎて、医師の方々のご意見や投稿の文章から、医療の全ては医師の領分とするような視野の狭さを感じます。医療と司法のテーマでの免責論争などでは、こうした強烈プライドからの医師の主張を逆手にとって、「貴族的」と非難する方も出てきます。

7万人とも言われる過酷な勤務医の背後に20万人の開業医が控え、また120万人の正准看護師をはじめとする200万人を超える医療職(コメディカル)が、医師と協働して日本の医療を担っています。さらに更に、国民皆保険の社会保険制度の運営に従事する人、医薬品や医療資機材の供給に従事する人、医療職の人材育成に携わる教育界の人々…。数倍いや数十倍のマンパワーが、1人の医師を背後から支えることによって、日本の医療体制システムは運営されている。

医療とはそうした総合システムなのですから、医師に限定することなく、システムのどこかの部分にボトルネックが生まれると、システム全体の稼働能力が著しく落ちてしまう。マスコミや政治家に限らず国民や医師の方々も、今少し「医療=総合システム」という認識を持って議論すればなぁと、最近とみに感じる次第です。

 他の地域では無理かもしれませんが、東京でなら、各大学の輪番制で、すくなくとも周産期救急の受け入れ先さがしの一元化は可能ではないでしょうか?船頭が少ない方が、効率的にやれそうです。

>タカ派の麻酔科医先生

 例えば産科単科に限局する問題なら可能かもしれませんね。実際横浜の救急搬送システムはそうなってますし。ただ、それでも今回や大淀のようなケースではちょっと難しいと思います。

 ちなみに、上のブログで極論として羅臼が上げられていますが、北海道内では比較的ましな場所にある当地でも、同じような患者さんが発生し、きわめてスムーズに受け入れが出来たとしても送り先選定から病院到着まで1時間かかります。
 このレベルでダメと言われると、我々は立つ瀬がありません。

 北海道内だと、自宅で急患を収容して最寄りの2次救急病院まで救急車を緊急走行するだけで、夏場でも普通に1時間以上かかる場所は、普通に点在しています。m(_ _)m
 冬季降雪時期の吹雪のときは、雪下ろしで足を滑らせて落下して頭骨損傷などは考えたくないです。吹雪だとドクターヘリも自衛隊の空飛ぶアンビも望み薄だからです。_| ̄|○
 1時間が遅い!というのは東京時間かと(汗

プライドが強いというか、要するに現場労働者なんですよ。しかも、職掌の上で医療行為ヒエラルキアの最上位にたつ立場にあるんです(一方で、正規の職員である看護婦さんや事務さんと違う根無し草的立場の弱さがありました)。

医療の階層性ってのが問題の一つではあります。そのうちの一つ、医局講座制はわやになりましたけど、医療関係者が分断統治されてるなあって感じはまだまだしますね。

学生にしても、これから社会の矛盾の最前線にたつわけで、本来ならもっと政治意識があってもいいし、免許とったら団結して御上と対決するくらいの根性が必要なのでしょう。でも、日教組を叩けば叩くほど人気がでるような社会じゃ医者の組合なんて絵空事ですし、変な政治団体にオルグされるよりはノンポリ学生の方が都合が良いのも事実なんですけどね。「国民のための医療」が何か、自明ではないのですから。

だれも一市民さんの相手をしていないですね。
私も相手したくないですけど。

>医療界(医師の世界)での認識
=1時間は現状では止む得ない、むしろ良く出来た対応だ

国民(モトケンさんをはじめ非医療者)の認識
=1時間を短縮することは不可能なのですか?

この認識ギャップが医療崩壊問題の根源ではなかろうか。

仰せの通りですね。「出来ない」と言っても、「出来るはずでは」に終始していますね??
モトケンさま

 本件では、搬送依頼から搬送受け入れ決定までの時間についてはかなり改善の余地があると思うのですが。

 わたくしの感じ方ですけれど、

 本来墨東は最初から除外されるべき病院だったとおもうので、除外されていればあともう少し短縮出来たかもーーー

 お上が実際の状況をもっと把握していれば、電話をかける病院数が2−3減らせたかもーー

とは思います。どちらにしてもわたくしの意見ですけれど、科のまたがる救急疾患では、搬送依頼から受け入れ決定までの 時間の話で短縮可能な時間は15分とかだと思います。

 責任をもって受け入れるということは、とても重い決定です。
 ましてや他の施設でもっと良いところがある可能性がある場合にはーー

>仰せの通りですね。「出来ない」と言っても、「出来るはずでは」に終始していますね??

 そんなことは言ってませんよ。
 医師側の説明には「現状では」という条件がついてますね。
 その現状を変える余地はないのか?
 という疑問が当然のこととして生じるわけですよ。
 現状ではできないが、現状を変えればできるようになるのではないかという疑問です。

 今回は7つの病院が受け入れを断りました。
 そのうちの3つはネットワークシステム上では受け入れ可能となっていたようです。
 現状としてはやむを得ないとしても、こういう現状は素人目から見ても、システムに欠陥があるか受け入れ態勢全体に不備がある、つまり現状に問題があると思わざるを得ないのですよ。
 ただし、現状の問題を解決するのは簡単だと言っているのではありませんよ。
 「問題があるかないか」という問題と「その問題が解決可能であるか?」という問題と「問題解決の困難性の程度」はいずれも別の問題です。
 理論上は可能だとしても、莫大な経費がかかるとなれば事実上不可能ということもありえます。

 法務業の末席さんは「認識ギャップ」と言ってますけど、私はこのような分析的思考能力のギャップを感じています。
 能力のギャップと言いましたが、医師は馬鹿だと言っているのではありませんよ。
 訓練のされ方が違うと思うのです。
 ちなみに。私の高三のときの能力では逆立ちしても医学部に入ることはできませんでした。

 こんにちはさんは現状を肯定するだけの人ですか?

 あなたはまだ理解できないようですね。
 私は、医師や病院を批判するためにこのエントリを書いてるんじゃないんですよ。

 冒頭で引用した部分については私は少し(控えめな表現です)腹を立てました。
 10行ほど書いて思い直して消しました。
 ご希望ならもう一度書きますけどね。
 
 1行だけ表現を抑えて復活させますけど、あなたも医師の責任回避のことしか考えてないんじゃないですか?

モトケン先生

 横レスになりますが上の上記コメントでおわかりのように、私は「解決は困難でかつ膨大なコストがかかる」という立場を取っています。

 で、おそらく、この件を無理矢理解決しようとした場合、年間に都内で1例発生するかどうかの「妊婦の脳内出血」を救命するために巨大な資金とそれよりもっと重要な巨大な医療リソースを消費することになると思います。

 であれば、私はそのリソースは年間少なくとも100名は発生する僻地の「妊婦でない脳内出血(外傷含む)での死亡」を防ぐために使って欲しいです。

 そう言う効率的なリソース配分をどうするかが本来の政治の仕事であると思います。

 ところで、LMの「管理委員会体制への移行について」をそろそろ覗いていただけると幸いです。

医療界(医師の世界)での認識
=1時間は現状では止む得ない、むしろ良く出来た対応だ
  ↓
長い年月かけて築き上げられて来た医療制度を、現時点をゴールとする目線で分析評価して立ち止まってしまっていると感じられる、パッシブな姿勢。


国民(モトケンさんをはじめ非医療者)の認識
=1時間を短縮することは不可能なのですか?
  ↓
現時点の医療制度の実態を、将来に向けた目線でなんとか少しでも良くなる部分はないかと、もしかしたら不可能に近いことかもしれないが、改善の余地を信じるアクティブな姿勢。

私の「認識ギャップ」という言葉は、こうした目線の向き先が違うという意味にとって欲しい。

スミマセン、再度表現を変えさせて下さい。

医療界(医師の世界)での認識
=1時間は現状では止む得ない、むしろ良く出来た対応だ
  ↓
長い年月かけて築き上げられて来た医療制度を、現時点をゴールとする目線で分析評価してこれ以上は無理だと、諦めの境地のパッシブな姿勢

国民(モトケンさんをはじめ非医療者)の認識
=1時間を短縮することは不可能なのですか?
  ↓
現時点の医療制度の実態を、将来に向けた目線でなんとか少しでも良くなる部分はないかと、もしかしたら不可能に近いことかもしれないが、改善の余地を信じるアクティブな姿勢

どうも元へ戻ってしまうようですが・・・
>諦めの境地のパッシブな姿勢。

動かさなければいけないものが大きすぎてどうしようもないだけだと思いますが。
実際現状で医療者側から出来る提案ってあまり無いと思います。
積極的に動こうとすると「ヒト・カネ」の無い状態では医師の個人的努力に帰結してしまいます。
それが破綻しそうになっているからこその話(医療崩壊)だと思うんですが。
医療側として自分の首を絞める(労働環境を悪くする)ような提案はなかなか出来るものではないと思います。

>改善の余地を信じるアクティブな姿勢。

だからこその免責要望であり、医療費増額要望だと思うんですが。
免責要望は医療者の心理的なものであり、医療費増額はそれこそ物理的な根本のものだと思います。
「ヒト・カネ」の伴わない提案は裏づけが無いので提案のしようが無いと言うことだと思います。

で、問題はやっぱり非医療者側の要求水準をどこにするかだと思います。
現状で小手先で制度をいじって仮に東京だけシステム改善したとしても、前述のように他からリソースを引き剥がしてくることになるので引き剥がされたどこかが破綻することになります。
それでもいいのか、あるいはもっと根本にまで踏み込むのかのコンセンサスを取るのはあくまで非医療者側だと思うんですが。
リソースの算段は非医療者側で何とかしますと言うならもっと積極的な提案も出るんじゃないでしょうか。


問題の出発点は、今回の出来事では妊婦さんは不幸にも亡くなられたのですが、その結果から「事故だ。」、「何か改善の余地があるはずだ。」となっている点があると感じます。

どうしても機能が及ばない範囲は存在する。7病院が受け入れできない。そんな事態に落ち込んだだけで、確率的には低い状態であるのか、休日はそうならざるを得ないのか。

私は、「問題があるかないか」、「その問題が解決可能であるか?」、「問題解決の困難性の程度」については、これから検証していく必要があると思います。

むしろ最大の問題は、検証自身相当な作業量を要するにも拘わらず、マスコミやTVコメンテーターなる人達が狭い認識の意見を伝え、その結果、政府や自治体までが、間違った動きをしてしまう。

例えば、No.192 Med_Law さんが書かれておられる

医療環境の改善を語る時に、市民・医療機関・行政だけでタッグを組むと、医療従事者への更なる労働強化にしか繋がります。
について、私は理解ができるのです。少し前だったら、医療従事者は労働時間を増加し協力することと、医療従事者の増員、金銭的対価、必要な投資・・・・等色々な条件の下で、関係者の合意が成立した。合意を引き出すためには、自らも多少の犠牲を払うのが手っ取り早いが、医療従事者は譲歩を既に出し尽くしており、最早何も残っていない。

そのような状態が全ての医療従事者にあてはまるわけではないでしょうが、多くの医療従事者にあてはまる。だから、非常に怖いし、税金をつぎ込んで解決せねばならない。しかし、何にどう税金をつぎ込むべきか、それを検討すらせず、「三方一両損」なんてバカな標語が支持を受けていたものだから対策すら解っていない。なんと嘆かわしいことかと思ってしまいます。

まず、僻地外科医先生が以前書かれていたように、現時点での医療費が続けば、現状のクオリティーも維持できないというのは、このブログに参加している多くの医師の考えと思います。
 
そこで、医療費増額が可能ならという前提で考えて見ます。(民事、刑事問わず訴訟リスクの軽減もあった方が産科医増加に関して良いのは勿論です)

1.情報ネットワークを充実すれば

もし病院間の情報ネットワークの改善が、実用レベルまで改善されれば(これにも相当のコストが必要と思いますが)、今回のようなケースでは、近隣の全病院の受け入れが不能であることが、リアルタイムで解るだけであり、結局どこかが無理をして受け入れる他無く、それが決まるまでの時間は要する。

但し域外の病院まで搬送範囲に含めれば、病院探しが早くなると思うが、搬送時間が延びるため、治療開始までの時間が短縮できるとは限らない。


2.巨大病院への集約を考える(数字は適当)

医師800名、5000床規模まで病院を集約(もちろんコメディカルも)して、各科の(当直ではなく)夜勤医も4−6名位、夜間の手術室スタッフもトリプルスタンバイ位にすれば、搬送を断わる可能性はかなり減ると思われる。(そもそも廻す盥がかなり減ります。)

その際、病床利用率は80%位に出来るように、落ち着いた患者から後方病院へ強制的に転院させるような仕組みを併施し、巨大病院自体が満床にならないようなシステムをとる。

いわゆる搬送拒否は減ると思うが、当然場所によっては、搬送時間が長くなる。また、この規模の病院が成立するのは3大都市圏のみで、医師の偏在を助長する可能性がある。


3.都立病院の医師の給与を民間病院並みにする

伝え聞くところによると、都立病院の医師の給与は私の勤務していた田舎の自治体病院の半分位です。(もちろんバイト禁止)これを、民間病院並にしてセンターとして十分な勤務医を確保することが最も手っ取り早い、しかも安価な解決策だと思います。

但し、これにより都立病院で医師を集めると、他の地域の医師がその分減ることになります。但し、開業へ流れる先生を減らす効果はあると思います。

ところで、労働基準法遵守で、2人夜勤を行おうとすれば、最低何名の医師が必要なのでしょうか?

>実際現状で医療者側から出来る提案ってあまり無いと思います。

>積極的に動こうとすると「ヒト・カネ」の無い状態では医師の個人的努力に帰結してしまいます。

医療側として自分の首を絞める(労働環境を悪くする)ような提案はなかなか出来るものではないと思います。

 引用部分で強調したところはいずれも一定の条件付きの意見ですね。

 なぜ、現状で医療者側から出来る提案に限定するんですか?
 変革の主体は医療側だけじゃないでしょう。
 医療側から政治家、官僚、国民にどんどん注文をつけるべきです。

 なぜ、「ヒト・カネ」の無い状態を前提にするんですか?
 ヒト・カネがないならヒト・カネを増やす方法を考えるべきでしょう。
 ヒト・カネを増やす方法が現実的に困難なら、ヒト・」カネを増やすないとできないものはできないと説明したり国民を納得させる方法を考えるべきでしょう。

 医療体制の改善を考えているときに、どうして医療側として自分の首を絞める提案をしなけりゃいけないんですか?

 まあ、今までの私の発言も舌足らずだったと思いますが、改善というのは、改善できるところは改善し、改善できないところはなぜできないかをきちっと説明して制度としてのコンセンサスを得ることだと思います。

>「ヒト・カネ」の伴わない提案は裏づけが無いので提案のしようが無いと言うことだと思います。

 どうして医療者側が裏付けの有無に気をつかわにゃならんのですか?
 何かあるとマスコミから責められるのは医者でしょう。
 だったらカネがかかろうが手間がかかろうが、こうすれば改善できます、という提案をすればいいじゃないですか。
 
 カネを用意するのは医者じゃありません。
 政治家でしょう。

 極めて粗雑ですがシミュレーションをしてみます。

 なにか患者側にとって不都合なことが起こった。
   ↓
 マスコミは、例によって医者の責任をあげつらう。
   ↓
 それに対して、医療側から不都合の原因を説明する。
   ↓
 さらに、原因除去のための対策を提案する。
 カネがかかるものであっても提案する。
   ↓
 それが理解されれば、国民はカネの必要性も理解する。
   ↓
 国民やマスコミの批判は、カネを出さない政治に向く。
   ↓
 国民も税金の使い道に気がつく。

 ここまで来てようやく医療崩壊が国民に理解されるのかも知れないな、と思ったりしてるんですけどね。

ところで、労働基準法遵守で、2人夜勤を行おうとすれば、最低何名の医師が必要なのでしょうか?

 日勤帯の必要人数と夜勤時間の制限によって変わってきますので、これだけの条件では計算不能です。

No.220 モトケン さん

私も、その矢印のスキームを考えていたこともあるのですが、それで良いのか心配なのです。すなわち、医師・医療従事者が2番目の矢印で、放棄してしまうことの危険性です。

100%や0%で考えれば間違いです。ある程度のパーセントです。現実に、勤務医を続ければ、人生を失ってしまうと判断して、借金を背負うことになるが、開業医に転向する医師も多いと理解します。新たに医師になる人は、勤務医からのスタートがほとんどであり、勤務医の補充もあるから、開業医への転向数が減少数と一致するわけではないが、(医療の総量を同じとして)10%の純減は10%の労働強化になるはずで、医師不足がさらなる医師不足を生んでしまう。悪循環に陥っている可能性を危惧します。

私の危惧があたっているのであれば、医師に解決策の提案まで期待するのは、荷が重すぎると思います。医療が悪くなる結果は、我々にのしかかってくるのであり、全員が考える必要があると思います。損をする人が考えないといけない。うまく立ち回った人間が得をするのは、しゃくに障ります。

医学部に医療制度研究科なるコースがなくては、ならないはずが、医学部は医療そのものについてのみの研究になってしまっている。医療制度研究科を出ても、それだけでは、医師免許は取れないから人気がでないでしょうか。

横入り失礼します。

仮に看護基準と同じに考えた場合、2名当直で月の平均当直時間が72時間以内(当直4.5回)との条件での必要数は約14名となります。
勿論、これは当直入り・明けがあり、週の勤務時間40時間以内での計算ですから、医師にそのまま当てはまるものではありません。

看護でも、大きな人員を必要とする病棟ではこれを上回る人員を配置していますが、そうでない病棟は夜勤専従者をおいたりして工夫しています。

看護の基準は当てはまらないとして、同じ従業員ということで考えれば、日勤+当直+翌日日勤+延長という医師の勤務はやはり尋常ではないということです。

ところで、労働基準法遵守で、2人夜勤を行おうとすれば、最低何名の医師が必要なのでしょうか?

毎日全ての時間帯で2人以上の労働力を確保する計算で、素人さんにも解りやすいのは次の計算方法です。

1日は24時間だから1日の法定労働時間8時間で割ると3コマ、その3コマに2人ずつだから述べ6コマ分の労働人数となる。1週は7日で、1日あたり6コマ分だから42コマ分の労働人数が必要。労基法で週の総労働時間は40時間が上限だから、1回8時間の労働コマを5回が限度。そこで先の42コマを5で割ると8.4人となるので、切り上げて9人が必要

ところが次の労働時間の8人のシフト制で、「毎日全ての時間帯で2人以上の労働力を確保する勤務態勢」を組めなくては、プロの社労士とは言えません。
(ヒント:食事休憩の時間を含め1日最大9時間拘束でシフトを組む)
・週5回勤務で、1回が8時間以内で週合計は37.25時間の勤務シフトが6人
・週6回勤務で、1回が8時間以内で週合計は37.0時間の勤務シフトが2人

なお8人のシフト制を組んだ上で、平日昼間の時間帯(例:月曜〜金曜日、各8:30〜17:30の時間帯)2人体制から3人に増やしたければ、日勤オンリーのシフトで1人増して、先の夜勤ありの交替シフトが8人に、日勤オンリーを1人加えた計9人がミニマムとなります。日勤オンリーの1人を半日勤務のパート2人で置き換えることも出来ます。

以上の計算は常時2人が勤務という条件と、労働基準法の労働時間の制上限の両方を満たす、理論上の計算です。(注:勤務と労働は、労働法令の解釈ではイコールではないことに注意)

実際の運用面では法定有給休暇の取得や、急な病欠が出た場合には欠コマが生じますので、そうした余裕人員を見込むともう1人欲しいところです。

都立病院の医師の給与大幅アップ賛成します。

どう考えても安すぎでしょ。

医師全員で都に嘆願書出したらどうですか?

国民の署名も集めましょう!!!

自分の224投稿に補足です。

222で事務方の星様が、看護師の夜勤当直の基準に言及されていますが、これは昭和61年の労基法改正までは女子の深夜業が原則禁止されていて、保健衛生の事業に従事する看護婦(当時)が、労基法の例外扱いされていた為に作られた目安基準です。

現在の労基法上は18歳以上であれば、女子であろうと男子と同じ扱いになります。24時間連続稼働の工場などでは、先に私が提示したような、完全交代制の勤務シフトで労基法上は問題ありません。

僻地外科医様、事務方の星様、法務業の末席様。

いい加減な質問にお答えいただき有難う御座いました。

No.224の方法に準じて計算すると、

日勤5名、夜勤2名でシフトを組むと、必要人員は、12.6人。

日勤7名、夜勤2名でシフトを組むと、15.4人


墨東病院の産婦人科定員の9名では、もともと、夜勤ではなく当直であることが示唆される数字ですね。(研修医や、非常勤医師も加味されるとは思いますが)

ふむ、どこで理解が得られないか?

 「ネットワーク上の受け入れ可能」の3病院が拒否した部分が大きいのかな?

 わたくしはテレビは見ないので、情報に不足があるのかもしれませんが

 医療職だと、今回のケースであれば、たまたま妊婦だったけれど 脳外科の病気。だから産婦人科が○でも、それだけでは対応できないーー。と思う所が違うのかしら?
 
 搬送を受け入れるには、脳外科、手術室そのほかの確認が必要だと思う。その多因子になったときにも、責任をもって対応するには物理的に1時間必要だと思うのだけれど、それですれ違ってしまうのかしら?

それを産婦人科関連に限定するならば、組み合わせはそんなに多くはないけれど、それでなければ

 脳外科+産婦人科
 整形外科+産婦人科
 整形外科+脳外科
 一般外科+産婦人科
 耳鼻科+整形外科
 それに加えて状況により+放射線技師
 または+手術室
 +麻酔科
 +新生児科

などなどの組み合わせで受け入れ態勢を、例えば10分で分かるようにするには、かなりのコストと労力がかかる。目線をポジティブにしても、妊婦搬送の手続きを短縮化するより、繰り返しになりますが、産婦人科そのものの充実と若手の育成にお金をかける方がよいと思います。

 モトケン先生を怒らせてしまったようで申し訳ないです。

 多分断るのには5分ですみます。受け入れられないと分かるには、どこか 例えば手術室が2時間は緊急手術中であって、准緊急が手術待ちーー、または脳外科スタッフがアンギオ中で場合によって手術とかーー 婦人科でケモ中の患者さんがDICを起こしているとかーー。 どこかクリアできないなら、それでやっぱり無理だと思う。
 受け入れられる事を分かるには、すべてクリアしなければどちらにせよ患者さんにとっては不幸です。受け入れて、でも対応が出来ない事が分かったら、それはとんでもない話でしょう。

 膨大なコストをかけて情報収集能力がシステムとしてスマートになっても、搬入できる状況にあると個々の症例にたいして確認するには、時間は必要です。1時間の攻防は厳しいです。


 113番のくろすけ先生の意見が、重要だと思います。
 
 新参者がストレスフルなモトケン先生を怒らせてしまってごめんなさい。ネガティブでは無くて、お金や人をどう使うかで意見が違うだけだと思います。


 

モトケンさんがおっしゃりたいのは、
例えば100m走の世界記録が9.86秒より縮めることが可能か?
とおっしゃっているようなものと思います。

確かに短距離走に詳しい人ほど「そんなの不可能だ!これ以上縮めるには超人的な身体能力、テクニックがいる!」とおっしゃるとは思います。
それでも皆さん0.01秒でも縮めるために何かできることがあるのでは?とがんばっていますよね。

その頑張れる事を一つでもあげていこうというのが趣旨と感じました。

その観点で言えば現在の日本の医療は
虚弱で過労状態のランナーなんだと思います。
本人にこれ以上何かやれと言ったら過労死寸前の。
それだけに周りは支えなければならないと思いますし、
ランナー本人も体力を回復するのにしてほしいことを的確に答える必要があるのだと思います。

例えが分かりやすいですね??

 非医療職からみれば、13秒から12秒への道に感じられ

 医師からみれば、9.86秒から9.84秒への道と感じられる

のが、ギャップなんでしょう。

 世界記録よりも、全体の向上へむけて頑張らなくちゃあね!!と思います

私も「非」医療者の側なのであくまで自分の業界の状況から類推で話をしてるだけなんです。
まあ、類推といっても医者の友人も居ますしそれなりに情報も漁りましたので現状が非常に危機的だと理解しているわけですが。

私は自分たち「非」医療者側のほうが積極的に動くべきだというスタンスな者ですから、そういった流れで発言しています。
現状の医療制度を維持してほしいし、少なくとも現状の医療資源へのアクセスをこれからも維持してほしいと思っています。
どちらかと言うと現状維持でよいと考えているわけですが、なぜ現状維持でよいかと考えるかと言うと、現在の医師の勤務状況を「普通」にするだけで多額の費用が必要であり、医療そのものが高度化して行くことで自然と医療費が増えてゆく構造にあると理解しているからです。
社会全体の技術発展がこれからも続くと言う前提でですが、これまでの医療のあり方の状況を維持してゆくだけで医療は高度化しますし、費用も増えてゆくし、医療は専門化し、チーム医療化して医療者が増加してゆきます。
そういう考えなものですから頑張ってそれなりのアクセスを確保している現状をなぜ無理させるんだろうと素朴に思ってしまうわけです。
現状に対して危機感を持っていますので現状を維持してゆくだけでも大変なことだと思っているだけです。
そして、いろいろと情報を漁るうちにやはり根源は医療費の不足だと言うことに収斂しましたので、個人的にですが消費税による医療費確保を掲げて発言させていただいております。
当然、選挙の折には医療問題、特に医療費を消費税でまかなうつもりの人を選ぶことによって意思表明をするつもりです。

 私はぎりぎりの話をしているつもりはないんです。
 9.86秒から9.84秒なんてとんでもない。

 今回の問題は明らかにシステム上の問題でしょう。
 個人の医師の力量とか技術的なミスの問題ではない。
 報道によればネットワークはまともに機能していないらしい。
 まともに機能させるのがとても難しいという話もありますが、ブラッシュアップの余地があるのは間違いないだろうと思っています。
 
 検察庁というところは、検事がいなくては仕事になりません。
 しかし、検事だけでも仕事にならないのです。
 検事をバックアップするシステムが練り上げられています。

 病院もたぶんそうだろうと思います。
 医師はもっと自分の環境改善についてものを言っていいと思います。

 9.86秒から9.84秒なんていう話が出るのは、今現在医師の皆さんがギリギリの状況で仕事をしているからでしょう。
 私は、もっと余裕をもって仕事をするにはどうすればいいかということを考えなければいけないと言っているつもりなんです。
 人が足りなければ人を増やすという選択肢は当然含まれてきます。
 現状ではそれは難しいという現実はありますが、言いつづけないと絶対増えません。
 なぜ人を増やさなければいけないのか、ということは現場の医師の言葉が一番説得力があるはずです。
 特に今回のような事態が起こった後は。

 しかし、本当に説得ということが下手ですね。
 というか、すぐ具体的なケースの話になってシステム、つまり一般的な規範や仕組みというものを考えるのが苦手なんですかね、医師の皆さんは。
 すぐに現状を前提にした話になるし。

 100メートルを9秒6で走っている医師の尻をひっぱたいて、9秒4で走れといってるんじゃないんですよ。
 だれでもいつでもそこそこのタイムで走れるように道路を整備すべきではないか、という感じです。
 そしてその道路は医師が走るための道路だから整備のためには医師の意見が絶対必要ですが、医師が道路工事をする必要はないし、するべきではないでしょう。医師には医師の仕事があるのだから。

トピズレですが
エントリ内の引用、また他エントリからの引用もそうですが個別のコメントの引用は各コメントの

No.228 こんにちは さん から モトケン さん への返信 | 2008年10月27日 19:24 | 返信  (Top)

の強調部分をクリックしてブラウザのアドレスバーをコピペしていただけるとスムーズに引用できます。

私としては9.86秒というのはマジックワードだったのですが、
モトケン様のご回答は今までで一番伝わった気がします。

医療機関の方に質問なのですが、
働いてる方々に医療系の資格を持っていない従事者はどのくらいいらっしゃるんでしょうか?
基本的に資格保有者というのは高コストであると思っているので、配膳、ベッドメイク、オペレーター等には派遣の人を雇うなどしたコストカットはどの程度期待できるのかなぁと。


>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081027-00000195-jij-soci

あらためて、ご冥福をお祈り申し上げます。

>何かが変われば『これを変えたのはおまえのお母さんだよ』と子供に言ってあげたい」と話した。 

最近涙もろくて・・。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081027-00000195-jij-soci

先程うまく貼り付けできなくてすいませんでした。m(_ _)m

私の危惧があたっているのであれば、医師に解決策の提案まで期待するのは、荷が重すぎると思います。

現場を知らない人が解決策の提案をしても意味がないばかりか、むしろ害になりかねないので、解決策の提案は医師自らが行うほかないと思います。

権丈先生が仰るように「見積書」が必要だと思います。

また、医療政策研究者の間では日本の医療費をヨーロッパ標準の水準に引き上げるべしというコンセンサスもあるので、「今6兆から7兆の医療費が増えるとすれば、どこにいくらを分配すべきか」を考えるのも良いと思います。その際に重要な役割を果たしてもらいたいのは、「医療者の専門職規範」です。医療者が「急性期病床は○床必要で、必要な医師は○人、看護師は○人」など数字を出した時、われわれがその妥当性を判断する手段は医療者の専門職規範への信頼にかなり依存することになります。
http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare151.pdf

順番としてはこうでしょうか


1.病院に搬送されるまでの希望時間を、国民が決定する

2.希望時間を達成するためには、どこにどのような病院を設置し、どの病院にどれだけの医師を配置すればいいのか、必要な数字、コストを医療者側が決定する

3.社会学者と官僚が制度や財源を考える

4.コストパフォーマンスを踏まえた上で国民が最終決定する

全てのプロセスには政治家が関与する


三十分で搬送されるような体勢を作るには、どのようなリソースが必要なのかと言う議論が欠けているように思います。

おそらく微妙な誤解があると思うのですが・・・

 100メートルを9秒6で走っている医師の尻をひっぱたいて、9秒4で走れといってるんじゃないんですよ。

 今回の件で短縮が可能であろう時間は搬送元の病院が搬送を決めてから、手術を開始するまでの3時間(19:00〜22:00)のうち、搬送先をさがす45分間、しかも実際に短縮可能な時間はその45分のうち、せいぜい20分であろうと推測されます。

 この20分を0にしろというのは100m走で10.00秒を9.00秒(9.84じゃありませんよ)にせよというのに等しいと思いますし、9.00秒にしたところで助けられた可能性がそれほど高いとは思えません(というか、まず助からないと思います)。我々の感覚からはこの20分を短縮するのは世界記録を狙うレベルです。

 一般の方の目から見ると20分も無駄な時間があるように見えますが、その20分で助けられる命というのはそれほど多いものではないんですよ。

 ですから、私はその20分を短縮することに使う費用、医療リソースを僻地でかかる2時間を1時間に減らす選択にむける方が合理的だろうと言っているのです。20分が1時間であれば助けられる命はもう少し多い可能性があります。しかも、20分を0分にするより、2時間を1時間に減らす方がはるかに少ないリソースですむはずです。
 これは100m走で15秒を12秒に縮める3秒よりも10秒を9.5秒に縮める0.5秒の方がはるかに困難であるという理屈からも分かると思います。

>「墨東病院の医師も看護師も本当に良くしてくれた。彼らが傷つかないようにしてほしい」とした。

このお父さん、なんていい人だろう!!!(涙.....


時間は短縮出来ないとしても、ネットワークを機能させる事はできないのでしょうか。

機能しないネットワークをあてにして病院を探すのも無駄だと思いますし、問い合わせがあればそれだけ業務に支障が出るわけです。

時間としては僅かな無駄かも知れませんが、工数の総和としては決してバカにならないと思うんですよね。

今回の件、墨東病院の対応には問題なかったと思いますし、早く搬送されたとしても助からなかったとは思います(この辺りを強調するべきでしょうね)。ただ、振り返る必要はあるとは思うんですよね。

>しまさん

時間は短縮出来ないとしても、ネットワークを機能させる事はできないのでしょうか。

 これは否定しません。確かにネットワークが上手く機能していた場合、45分が35分になったぐらいの可能性はあるかもしれません。ただ、No.204で書きましたようにこれを機能させるために最低限「各2次病院に専業の医療リソース状況を報告するスタッフ+それを統括する本部(スタッフ)が常駐していることが必要だと思います。それにかけるコストと医療リソースは全国で如何ばかりのものになるでしょう?

 私はそこに巨大な医療リソースを向けること自体に異議を唱えたいです。東京の一人の命と北海道の僻地の命に大きな差があるとは認めたくないんですよ。

 もちろん、同じコストとリソースで東京では100人の患者が救えて、北海道では1人しか救えないとするなら、これはコストとリソースは東京へ向けるべきだと思います。でも、これが逆なら北海道へ向けるべきじゃないか?ということを私はずっと言っているのです。

 モトケン先生がおっしゃっているのはさほどコストとリソースに制限をつけなくて良い場合の話で、そこを国民的に議論しろと言うことだと思います。ただ、私は今回の件を鑑みるに、仮にここで膨大なコストとリソースを東京の周産期医療に振り向けたとしても、今回の件は変わらないだろうと言うことを言っているわけです。

 今回の件ではせいぜい20分程度の短縮にとどまる(もともと遅延時間が長くない)としても、ネットワークの整備によって2時間遅れる可能性がある場合に1時間で済む可能性はないのでしょうか?

 本件では墨東病院が非番の医師を手配することによって1時間程度(実質はもっと短いのでしょうか)の遅れで済んだわけですが、もっと遅れた可能性だってあるわけです。
 ネットワークの整備というのはファンダメンタルとしてそのような遅れの可能性を全体的に引き下げる効果があるのではないかと考えいるのですが、違いますか?

 今回について見るに20分程度の改善しか期待できない(つまり意味がない)から、ネットワークの整備の効果は低い、とはならないように思うのですが。

医療側のリソースばかりのようですが、地方に行けば搬送の問題もありますから搬送手段もそこには含まなければいけないと思います。

ドイツのような全国的なヘリ網(あえてドクターとはいいません、救急ヘリです)が有ってもいいと思うし、あちこちにヘリポートの(あくまでもヘリを着陸させるだけ)整備をしてもいいと思っています。

ちなみに当方、東京在住ですが・・・


急患受け入れ状況ネットワーク、2次3次救急は消防に受け入れ可能状況を自動的に伝えられるというようなカタチで構築しないと、人手で入力とかだと無理かなとも思う(人とはそういうもの)。

それと医師の方々の発言から受け入れ可能なリソースかを判断するのが医師でないと難しい状況ではというのもあります。

で、仮にクリアできるとしても、消防そのものが市町村単位ですから、警察のように都道府県単位にしないと無理かなと思います。病院の受け入れ態勢把握がすでに(消防から見て)広域ですから。

ここまでいけば、かかりつけ医は消防に受け入れ態勢のある病院を探してもらうなんて方法も出来るのかなと・・・
以上、素人考えをつらつらと書いてみました。

 2時間を1時間にする必要があるという話ならば、13秒を11秒にする話です。

 今までの1時間を30分にする話ならば、9.86秒を9.84秒にする話だと思いました。

 産婦人科など単科の搬送システムの話ならば、ネットワークをブラッシュアップするだけで、かなり改善すると思います。

 今回のような多因子のものまで、改善しようとすると、垣根が高すぎると思います。多因子のハードルの高いものを改善できれば、ひとつの因子のものも良くなるのは事実でしょうけれど、いかんせんそのハードルが高すぎるーー

 今回は搬入時間は短かっただと思いますが、それはかなり無理をした結果、綱渡り的に実現された好結果のように思えます。報道によると、ネットワークは機能せず、救急システムも実用に耐えるものではなかったようですから。
 もし、次にまた同様の事態が起こった時に、今後はもっと時間がかかることが十分考えられるんじゃないでしょうか。
 やはりシステム的に改善の余地はあるし、改善すれば医師も患者も、もっと安心できる状況が作り出せるように思います。

 舛添大臣は「メディカルクラークの増員による救急情報のデータ更新の迅速化」や、「ハイリスク分娩に対応できる医療資源の集約・再編」などについて言及したようですが、こういうマクロな提案を医師が積極的に行ってもいいんじゃないでしょうか。

 過酷労働のこともそうですけど、医師はミクロな個人レベルで無理を積み重ねて何とか膨大な業務をこなしてきたわけですよね。もちろん、それは尊いことですが、結果として、やはり無理はもたずに逃散を招くに至ったわけでしょう。
 システム的なマクロの欠陥を、現場のミクロの努力で埋め合わせるのは限界があります。だから現場の視点から、マクロの改善策を提案していくというのは、とても大事なことだと思います。特に今は、お金で解決できることなら医療側の提案が通りやすい土壌があるわけですから。

>2時間を1時間にする必要があるという話ならば、13秒を11秒にする話です。

 なんでそういう喩えになるんでしょうか?
 「2時間を1時間にする必要」とか「1時間を30分にする必要」とかを立て分けて議論する必要がどこにあるのですか?
 そもそもその文脈における「必要」ってなんですか?

 患者及び患者予備軍が願っているのは、搬送が早ければ早いほど救命の可能性が高くなるのであれば、少しでも搬送に要する時間を短くしてほしい、というものです。
 もちろん、可能な限りという制限付きです。
 ごくごく常識的な願いだと思うのですが、その願いはおかしいのですか?
 救急車の関係者の皆さんは一分を争っているのではないのですか?
 あとから見れば20分の遅れなど結果に影響しない事例だったからと言って、救急車が搬送途中で20分救急車を止めて休憩しても問題ないとでも言うのですか?

 はっきり言って揚げ足取りをされてるとしか思えません。

 そもそも私はNo.232で走る速度の問題じゃないと書いたつもりなんですけどね。

 今回の件ではせいぜい20分程度の短縮にとどまる(もともと遅延時間が長くない)としても、ネットワークの整備によって2時間遅れる可能性がある場合に1時間で済む可能性はないのでしょうか?

 当然そう言う事例はあると思います。問題はネットワークの整備によって2時間を1時間に短縮出来る事例がどれほどあるのかなと言うことですね。

 ネットワークが整備されていても2時間が2時間のままで変わらない可能性の方が高い、今の東京の医療リソース、特に産科はそのレベルじゃないかと言うことを言っているわけです。

 システムの整備を否定する訳じゃないのですが、リソースそのものが欠けているときにシステム整備でそれを何とかというのはちょっと違うんじゃないかと思うんですよ。

 今回の事例に関してもどっちかというとシステムが不備であると言うより産科救急のリソースそのものがプアなことによると思います。見かけ上、産科救急ネットワークの不備のように見えるかもしれませんが、本質はそこにはないと思います。

 医師は「現状」にとらわれてポジティブな提案をしない!と言っている方。
 No.200桂木さん(は非医ですが)の「連絡担当医」案や、No.219消化器外科医さんの「巨大病院」案はいかがでしょうか?
「現状」にとらわれないポジティブな改善案だと思うのですが。

 補足しますが、たとえ話のピントがずれてます。

横レスですで既出ですが・・・
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080731

「救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果について」によれば、平成19年度の東京での救急搬送における現場滞在時間90分以上の事案は、10件/2,254件です。
(全国レベルで言えば28件/23,494件)
0.5%に満たない(全国レベルでは0.2%にも満たない)事案に巨大なリソースを費やすのは、やはり100m走で10.00秒を9.00秒にしようと考えていることに近いのではないでしょうか。

 僻地外科医さんは要するに産科医(産科救急を前提)の数の絶対的な不足を指摘されているのでしょうね。
 たしかに、いかに高精度のリアルタイムのネットワークが構築されたとしても、各病院の医師の数が不足していれば、どの病院も受け入れ不可ということになるだろうと思います。
 結果として、受け入れ可能な病院への搬送に要する時間は短縮されないという予測は正しいと思います。

 しかし、それは産科医の数が不足しているという現状を前提にした話です。
 将来的に産科医の数が増えれば、精度の高いネットワークは本領を発揮することになります。

 何度も何度も言っていますが、私が改善すべきと医言っているのは制度ないしシステムです。
 ネットワークはその一部でしかありません。
 システムの力は総合力です。
 主要なパーツの一つが非力なら全体のパフォーマンスはその非力な部分の限度に押さえ込まれす。
 そんなことは当然の前提としての議論です。
 
 産科医の数が不足しているからネットワークを整備しても効果がない、というのであれば、ネットワークの整備と並行して産科医の増員を考えればいいではないですか。
 時間がかかるとしても。

 そして産科医の増員についての障害があるならば、その障害を取り除く努力をすればいいのではないですか?
 (その他略)

 このエントリのテーマは、ネットワークの整備ではありません。
 ネットワークを含むシステムの整備です。

 たとえ話の数字と統計資料を比較して何を言いたいんですか?

 あとから見れば20分の遅れなど結果に影響しない事例だったからと言って、救急車が搬送途中で20分救急車を止めて休憩しても問題ないとでも言うのですか?

揚げ足を取るわけではないですが、その辺りの視点は必要でしょうね。搬送が何分遅れると、救命率がどの程度落ちるのか。その辺りの具体的な数値が明らかにならないままに議論されているように思います。

No.247「〜救急車が搬送途中で20分車を止めて休憩しても」
これは酷すぎます。これこそ揚げ足とりではないですか。
そもそもNo.245こんにちはさんの言っているのは、搬送遅延要因が少なければシステムの改善は容易だが、
今回話題になっているような件は要因が複雑に絡み合っていて、システムのどこかをいじってもそれがどういう結果になるかわからない、
というようなことだと思うのですが。

 横レスで恐縮ですけど、キャリアブレインニュースによると、

消防庁は、「救急医療情報システム」に関するアンケート調査について説明した。全国の救急隊のうち、約53%が同システムを「ほとんど利用していない」または「全く利用していない」と回答。利用しない理由については、27.4%が「リアルタイムの情報ではない・情報の信ぴょう性が低い」

 と答えたらしいですよ。
 全国の救急隊の4分の1以上が「リアルタイムの情報ではない・情報の信ぴょう性が低い」と言っているシステムって、改善する必要がないんですかね?

 ネットワークが整備されていても2時間が2時間のままで変わらない可能性の方が高い、今の東京の医療リソース、特に産科はそのレベルじゃないかと言うことを言っているわけです。

そうですね。ネットワークの整備によって時間は大幅に変わらないかも知れませんが、ある程度のリソースが節約出来るように思います。

今回の件では七病院に対応を断られたそうですが、対応が断られたという事は、最低でも数分は病院と問い合わせしたわけです。つまり、一病院ごとに数分間のリソースが無駄となっていたわけで、七病院ともなると数十分です。

この件だけを見ると無駄になったのは数分間かも知れませんが、一日の救急出動は無数でしょうから、積算すると膨大なリソースが無駄になっているのではないでしょうか。

システムの整備によってリソースの無駄な分配が、減少出来るのではないかと想いますが、いかがでしょうか。

 それは症例によるのではないでしょうか?

 たしかに20分の遅れ程度では生死を分ける症例は稀だというのであれば、搬送時間を20分以下にするシステムを構築する場合のコスト計算は必要になるでしょう。

 しかし、遅れを20分(30分でも1時間でも同じでしょうが)以下にすることを目的とするシステムの設計(構築・運営費用を含む)と、搬送時間をできるだけ短くする(状況によっては2時間でも要求を満たす)システムの設計は違うのではないですか?

 先に書いたとおり、多くの人が望んでいるのは、できるだけ短くするシステムだと思っています。
 30分以下にしろ、とか20分以下にしろという議論ではないと理解しています。

産科医の数が不足しているからネットワークを整備しても効果がない、というのであれば、ネットワークの整備と並行して産科医の増員を考えればいいではないですか。  時間がかかるとしても。

 そして産科医の増員についての障害があるならば、その障害を取り除く努力をすればいいのではないですか?

 いや、もちろんそれは今更言われるまでもないわけで・・・(苦笑)。というか、この問題を認識していない人はこのブログに集まる人には存在していないかと・・・。

 効率的な産科配備のためにネットワーク化が必要だという議論は分かります。ですが、すでに状況がそれ以前の問題になっているのであれば、議論すべきことは「どうやって産科医を増やすか」の一点だけでしょう。

さらに横レスですが

>全国の救急隊の4分の1以上が「リアルタイムの情報ではない・情報の信ぴょう性が低い」と言っているシステムって、改善する必要がないんですかね?

 いや、というかそれを改善するには大きなコストと医療リソースが必要じゃないかと言ってるわけで・・・(だんだん堂々巡りに・・・)

No.252
いや、僻地外科医さんは、医療システム全体の観点から、(現状以上の)リソースを投入する(そこには医師増員も含まれるでしょう)にしても、
今回のような都会の搬送先探しシステムの改善よりも、僻地の搬送システム改善を優先してくれ、と言っているんだと思いますが。
(そして、埼玉県南部在住の私も賛成であることを付け加えます)

>これこそ揚げ足とりではないですか。

 揚げ足取りというかO弁護士風なんですが(^^;

 2時間を1時間にする必要とか1時間を30分にする場合などというのは、医師の皆さんが司法判断を批判するときによく使っていたレトロスペクティブな認識であるように思えます。
 それを皮肉らせていただいたのですが、たしかに品はよくなかったですね m(_ _)m

 いわんとするところは、他のコメントを参照してください。
 意が伝わらないので皮肉っぽくなっている面もありますが。 

システム改善の必要性と対策を検討するには、統計資料は必要でしょう。
例えば、毎年のように起こる水害に対する対応策と1,000年に1回しか起こらない水害に対する対策は違いますよ。

稀にしか起こらない事象に対する対策は、システムによる対応ではなく起こった事象に対して被害を最小限にする工夫です。
リスクマネジメントの基本ですよ。

>議論すべきことは「どうやって産科医を増やすか」の一点だけでしょう。

 最重要かつ根本的な問題であることは間違いないでしょうね。

 しかし、ネットワーク整備も、現状を前提としたとしても、救急車に無駄足を踏ませない、その意味で受け入れ先搬送までの時間の短縮効果はある、ということで無駄ではないと思っているのですが。

 舛添大臣も、例えば「メディカルクラークの増員による救急情報のデータ更新の迅速化」なんて発言もしてるんだし、それに乗っかればいいんじゃないですかと、素人的には単純に思うんですが。
 もし実現すれば、救急医療情報システムの改善以外にも、医師の負担減に繋がると思いますし、本業である医療行為そのものにも集中できる環境が生まれるんじゃないでしょうか。
 もちろん、もっと良い医療費の使い道があるのなら、そういう提案をしていくのも有益だとは思いますけど、せっかく大臣が流れを作ろうとしている(少なくとも、そう見える)わけですから、現場サイドから後押しすることは損にはならないと思いますが。

はじめまして。いつもブログ拝見させていただいてます。

237しまさん 現場を知らない人が解決策の提案をしても意味がないばかりか、むしろ害になりかねないので、解決策の提案は医師自らが行うほかないと思います。

とあり、医学的にも現実的にも的外れかもしれませんが、
自宅

かかりつけ医
の救急搬送の時間は短縮できるのではないだろうかと思い書き込みさせていただきした。間違い・勘違いがあればご指摘よろしくお願い致します。
‘院する
高リスクの妊婦さんはお産の前に入院する方もいるようですが、その適用範囲を広げる。(症状や日数とか)現状だと病院がパンクする(?)
ヒト・モノ・金すべてが多分必要
▲曠謄詈襪蕕
病院の近くのホテルに滞在。妊婦さんの症状を医師が判断して、医師のすすめにより妊婦が自己責任でホテル滞在するか選択する。
金は自己負担

どうでしょうか。この東京の脳出血というケースは上記方法には当てはまらないかもしれませんが…

>システム改善の必要性と対策を検討するには、統計資料は必要でしょう。

 そんなことは分かってます。
 たとえ話で挙げた数字と統計資料を比較することがナンセンスだと言ってるんです。

ところで、なぜ私がネットワーク整備にこだわるのかと言えば、整備しても使い物にならないようなら、いっその事止めてしまえばいいと思っているからなんですよね。

使い物にならないようなシステムはとっととやめてしまう方がいいと思います。リソースがもったいない。

ただ、各救急車と消防署で、人力で無線や電話に頼るというのもあまりにも不効率な感じがするので、そのあたりなんとかならないかな、と思うわけです。

モトケンさん

私はそのたとえ話が意味がないと言ってるんですが、理解できませんか?

1時間をこれ以上短縮するのは不可能に近いと言われて反論できず、2時間を1時間に短縮できるのではと戦線を拡大したから、稀な事象をたとえ話にしても意味がないと突っ込みを入れたんですけどね。

まあ、後に引けないようですので私はいつものように場外要員として引っ込みます。

 現状機能していない上に、本当に改善の余地も意味も無いシステムであるなら、いっそ無くしてしまって他にリソースを回した方がいいですね。それはそれで建設的な提案だと思います。

 しかし、実際に改善の余地も意味も無いんだろうか、そして、他にリソースを回すと言うなら何処に回すんだろうか、また、そもそも今回のケースは東京で起きた妊婦の死亡事故だったからこれだけのニュースになったわけで、そもそも他にリソースを回すという流れはできるんだろうか。
 ハイリスク分娩に絡めて使うのでなければ、予算をつける理由が立たないという現実もあるんじゃないかな。。

モトケンさんは、今回の件に限定しない話をしているのに、それが全く伝わってない人がいるのが面白いですね。

一般論で、システム改善の意味はあるのか、システム改善の余地はあるのか、と言う問いかけをしているのに、「今回の事案に限った話」で考えてしまう人がいるのはどうしてでしょう。

具体性がないとこういう話は盛り上がりようが無い気がします。
まずはモデルケースでも提案してみたらどうでしょうか?

正直、一般論でシステムデザインできたら世の中のSierと呼ばれる企業は面目がないでしょうね。
彼らとて言われるほど丸投げで仕事やってるわけでもないでしょうし。

No.251 ブギーマン さん

 1.わたくしなりにモトケンさんの問題意識を咀嚼し、考えてみました。いま取り上げられている“システムの改善”とは、そもそも、特定のケースを対象に行うことではない、と思います。例えば「90分以上の事案」だけを改善する、といったことではないでしょう?
それとも、「システムの改善」とは、例えば“90分以上かかるもの”というような、対象を特定して行うものなのでしょうか(この点が不明な点ですが、そもそも対象を特定して改善を目指すことが可能なのでしょうか)?

 2.システムの改善を目指すということは、そもそも「包括的な意味」を持っているのではないでしょうか?例えば、一方では90分以上かかるケースの解消にもなれば、他方で70分→55分(あくまでも一例)を目指すことにもなると思われます。また、90分以上の従来のケースは短縮できなくても、他のケースで時間短縮できるかも知れません。従って、「0.5%に満たない(全国レベルでは0.2%にも満たない)事案に巨大なリソースを費やす…」という把握は、的外れではないでしょうか?

 3.また、そうした時間短縮が、特定の当該患者さんにとってはほとんど無意味だったとしても、巨視的には、システム内のいずれかの部分で、エネルギーの節約になるのではないでしょうか?
 システムのことは全く分からないのですが、モトケンさんの基本的問題意識は間違っていないと私には思われます。

いかがでしょう?

別に一般論でシステムデザインを行えと言う話はしていないつもりなのですが。


医療の現状を見ると、あまりにも医師をバックアップするシステムが乏しく、医師個人個人の努力で成り立っているように思います。ギリギリのところでやっているから、今回のように救急搬送が綱渡りである事が露呈されてしまうのかと思います。


医師をバックアップするシステムを充実させる事で、例えば救急搬送に余裕を持たせられるかも知れないと考えるわけです。絶対的な時間の短縮は僅かか、全くないかも知れませんが、余裕を持たせる事ができるのであれば、それは少なくない対価だと思うのですね。


今の東京の救急搬送はある程度余裕があるので、バックアップするシステムは必要ないのか、それとも、綱渡り状態なので、そのようなシステムが必要なのでしょうか。


もっとも、どのようなバックアップシステムが必要なのかは、私には分からないのですが。あるいは、医師に余裕を持たせる事のできるようなシステムは存在しないかも知れませんが。

今の東京都の周産期ネットワークシステムって15年くらい前にはすでに有って、しかもそれからあんまり変わってないんですよね。当時から搬送先を見つけるには1時間くらいは見込んでいたと思います。

ご存知の方も多いかと思いますが
病棟に端末が有って、それを手の空いた医者が更新していく。しかもそれは産科とNICUがそれぞれの状況を入力するわけで。

・新生児搬送の場合はNICU画面だけで判断できる。
・母体搬送の場合は両方を見て、両方とも空きがあるところから当たっていく。
・しかし、空床アリでも先方が更新するヒマがないくらい手一杯の時は、情報が最新でなく、当然ながら受け入れる余裕もない。
・だからいちいち電話連絡して確認しなければ受け入れの可否が判らない。
・先方(産科)も院内で小児科に電話してNICUの受け入れの可否を問う。

と、電話連絡と電話待ちの時間が大半なわけです。相手が出るまで5分くらいかかるんですから。30分くらいしてから折り返し返事の電話がかかってくることも有りました。

搬送に要する時間をさらに短縮するには、この探索所要時間が大きいわけですからこれを改善しなければ意味がないわけです。

考えられる対策
病院の受け入れ態勢を総合的に判断できる専属の管理者(医師による)と、24時間リアルタイムに情報を更新する為のオペレーターを各病院各病棟がおく。

考えられるトラブル
前述の管理者の判断と実際の病棟の状況の解離の為、搬送を受け入れてから実際は受け入れ不可であったことが判明する。

こんなことを7〜8年前には考えていたんですけどね。
現場の状況は現場にしか判らず、しかも流動的なので実際運用するとどうかな〜と。

おはようございます。と、のどかなあいさつでスタートしてみるてすつ。

一日離れると、とんでもなく伸びており、浦島太郎さん状態になりますね(^^;

モトケン先生は、負の要素でがんじがらめな現実はとりあえず置いておいて、根本的な解決策を探るために、一般論として目指すべき理想(医師のリソースを増やす、システムが機能するように改善する・・・etc)を現場を識る医師として語ってくれといってるように聞こえます。

一方、僻地外科医先生など医師の方は、現場の現実の厳しさを日々の仕事で識り過ぎているから、今は理想を語れるような状況でなく、理想はとりあえず置いておいて、目の前の厳しい現実を少しでもマシな状況にするために、根本的な解決策よりも現実的な解決策を探ろうとしているように思えます。

どちらも間違ってはいないのですが、その両方からのアプローチが並行して進むのではなく、根本的か、現実的かという点だけが正面からぶつかっているので、議論がかみ合わないんじゃないかなあ。それ(短期的な策)はそれ、これ(中長期的な根本策)はこれ、で並行して議論した方がいいんじゃねと、議論に乗り遅れた身として、勝手に俯瞰しています。

実はここまで伸びると、今から入り難いだけなんですけどね(^^;

No.268 しま さん No.270 七誌さん さん
 

現状機能していない上に、本当に改善の余地も意味も無いシステムであるなら、いっそ無くしてしまって他にリソースを回した方がいいですね。それはそれで建設的な提案だと思います。

横レスです。
どうも誤解されているようですが....
周産期ネットワークが全く機能していないと言うことはありません。緊急を要さない、でもいつ緊急症例になるかわからないハイリスク分娩の受け入れ先やNICUの空床情報検索などに対しては機能していると思ってよいと思います。すでに進行中の分刻みの超緊急事態には対応できないのが現状であると理解した方が正確だと思います。

今回に限ってモトケン先生がお熱いのですが、現状分析を冷静に行っておられるとも思えないし、将来展望には繋がりません。

【仮定】 医師一人当たりの患者応需能力には限界がある 応需指数 = (患者数)/(医師数)として 一定数 < 応需指数 であれば絶対的応需不能 一定数 > 応需指数 であれば、総体的応需不能

医師兆散の大きな原因は、過酷な労働環境にあると思っていますが、その要因は医療の高度化、専門化と同時に絶対的な患者数の増加にあると思っています。
特に救急(産科救急、小児救急)で顕著です。
24時間発生しますので、平均でなく、どの時間帯にも応需指数を一定の枠内にしないと絶対的応需不能状態となります。

「救急の日2008」シンポジウムに参加しましたが、東京消防庁の関さんの発表では、救急車の出動回数が右肩上がりで10年で約80%増加しています。
医師が夜間も休めなくなってきました。

産科救急も高齢出産、超未熟児対策が【可能になる】ことによって、半端じゃない医療資源の集中投入が強いられることになりました。
救える命を救うために、医療資源が既に投入されているのです。
応需指数の分母が小さくなる要因がここにあります。
分母の数が少ないだけに、応需指数への寄与度は大きくなります。

モトケン先生が、観念論でなく、現実的に解決可能な産科救急の改善を目指しておられるとするなら、圧倒的多数の正常妊婦の過剰要求を抑制することが最も効果的で、実はそこにしか解決見込みはありません。

救急トリアージ、命の電話#8000の報告もありましたが、救急対象の1%以下が改善されたのみでした。

今までの1時間を30分にする話ならば、9.86秒を9.84秒にする話だと思いました。
この例えは、現実問題を正確に反映していると私も思う所以です。

例外を迅速処理するためには、例外の比率を少なくすることも欠かせません。
平時処理の人材さえ事欠いているのです。
(関東圏では対人口比で医師数が少ない!)
モトケン先生が言われる迅速処理で、処理能力の緩衝機能が失われれば、もっと急速に提供できる医療資源が枯渇してしまうかもしれません。

望んでいる訳ではありませんが、戦後の十数年のような焼け野原で耐えてもらうような事態が来てしまう気がします。

搬送システムエラーとおっしゃる方々のご意見がピンときません。
医師しか分からないので意見を述べよとのことですが、私には本当に分かりません。

受け入れ可能かの判断は単なる○×ではなく、自分の科のベッド(ここには新たな重症者に対応する間、当直者が責任を持つ入院患者さんがほったらかしにできるかどうかの判断も入っています)、看護師(当然入院があれば入院患者さんのお世話が手薄になります)、集中治療室、手術室、麻酔科状況を把握するのみではなく、複数科で対応が必要な科はさらにその他の科の状況も分からなければなりません。 常に今現在の最新情報を。
これをコーディネーターが把握できると思っておられるのでしょうか。
電話で病状の確認から、何処までのリソース投下が必要かを判断し、それらリソースを確保し(集中治療室を空けるため、ある程度落ち着いた患者さんを一般病床に押し出す必要があれば夜中に患者さんをたたき起こして同意を求めないといけません。 事前に同意は得ていても説明はしなくてはなりません。 イヤと言われることもあります。)、他科の協力を求め、受け入れの判断をする。 高次医療施設には次の搬送先はなく、最後の砦です。全て完結できるか、自分のところのその瞬間の実力を冷静に判断し返答しています。 これは、現場の医師以外誰ができると言うのでしょうか。 
人数を増やしても基本的に受け入れ能力は瞬時に変化し続けていますから、問い合わせないと分からないことは変わりません。 重症者を受け入れる返事をするのに裏ではこのようなことが起こっています。 これに必要な時間が小一時間とは全力疾走した結果としか言いようがないのですが。 
医療が高度化すれば、必要なリソースも増大し、判断材料が増加し続けます。
時間短縮とは逆行する要因と思うのですが、、

自己レスです。
機能していると言っても、最終的には電話による確認作業がどうしても必要です。というのも、問い合わせ先にもまずハイリスク患者は入院しているため、状況が流動的だからです。
現状のシステムでは情報の更新がリアルタイムではなくても、問い合わせ先をある程度絞ることが期待でき、複数施設に当たらずともよい場合があるということで、ある程度の時間短縮効果はあると思います。
「機能していない」という発言は、更新作業の遅れからその期待を裏切られることがあるために、「(満足に)機能していない」と言う印象を持ってしまうのだと思います。
どこまでの効果を情報ネットワークによって期待するかという事で、それに必要な人の確保・施設の整備・費用の投入・システムの改善は変わってくると思います。

 現状認識としてはそうなんだろうと思います。
 で、現状を変える方法はないか、方向性はどうあるべきか、ということが問題になるはずですが、

圧倒的多数の正常妊婦の過剰要求を抑制することが最も効果的で、実はそこにしか解決見込みはありません。

 この「過剰要求」の具体例を挙げていただけますと、現状の理解が進むと思います。

>モトケン先生が言われる迅速処理で、

 私がどこで「迅速処理」を言いましたか?
 言ったつもりはないのですが、誤解があれば訂正しますので、コメントナンバーだけでもご指摘ください。
 迅速処理、という言葉の意味が個々の手順のスピードアップということであれば、明らかな誤解です。
 私は、医師の皆さんに対して一言も「急げ」とは言っていません。

搬送システムや空きベッド情報開示システムなどの問題ではないと思いますよ。
今回の事件は、医療の現場では実際に診察をしてみてから手に負えない病状であることがわかることが少なくないのに、非医療者たちからは引き受けたからにはその後の対応に完璧を要求されるので、手に負えないかもしれない患者さんは引き受けないことが身を守る術であると医師が学習した結果です。
事実、引き受けなかった医師はお咎めなしです。
クリニックと最終的に引き受けた墨東は非難されている上、お互いに気まずい関係になったことでしょう。

前向きに引きくけられるシステムを考えることが大切だと思います。

引き受けたからにはその後の対応に完璧を要求されると危惧していなければ、大学病院や基幹病院がたらしまわしなんてしませんよ。

なんだか紛糾してしまってーーー

 単に「受け入れを決めるのに場合(症例)によっては1時間必要である」 ということですけれど。

「1時間という時間は受け入れを決める時間としては、長すぎる」という要求は、過剰要求となり無理な場合がある。

 場合を改善したくても、その場合は患者さんの病気や状態による部分が大きいので、システム特にネットワークの改善はあまり大きな因子ではない

ということかなあ?これ以上なんと説明するのか、分からないです

 

申し訳ありませんが、さっぱり判らなくなりました。

搬送時間を短縮する為のシステムの改善がテーマだと理解していたのですが。

モトケン先生の仰るシステムの問題指摘と改善は何を目標としてものなのでしょうか。

周産期という訳ではありませんが

 救急隊員が患者搬送時に病院の受け入れ態勢を検索するための「救急医療情報システム」を備えている44都道府県757消防本部のうち、53.2%に当たる403本部でほぼ活用されていないことが、総務省消防庁のまとめで分かった。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20080214-OYT8T00431.htm

過半数の救急隊が活用していないというのであれば、機能していないと言わざるを得ないと思います。

 迅速処理という言葉の意味の問題です。

 Med_Law さん は

モトケン先生が言われる迅速処理で、処理能力の緩衝機能が失われれば、もっと急速に提供できる医療資源が枯渇してしまうかもしれません。

 こう言って、「迅速処理」はシステムに過負荷をかける可能性があると指摘されたのですが、私がこのエントリで言っているシステムの改善は、医師の負荷軽減のためのものです。

 要するに、現状を前提にした議論か、現状そのものを変えなければいけないという議論かの違いです。
 私に対する批判は、現状を変えない又は変わらないという前提のものばかりだと思います。
 だから全くかみ合いません。
 何度も言ってるのに、なんとかの壁を目の前にしている感じです。

搬送システムエラーとおっしゃる方々のご意見がピンときません。 医師しか分からないので意見を述べよとのことですが、私には本当に分かりません。

別に搬送システムのエラーで患者が亡くなったとは思っていません。今回の件で患者を助けられるとも思っていません。


「現状の搬送システムは洗練されていて、これ以上改善する必要はない」のか「現状の搬送システムは大きな課題を抱えているが、医師の超人的な努力でカバーしているに過ぎない。医師のリソースを考えると、これ以上は改善する余裕がない」のか、どちらなのでしょう。

私は後者であると思っているので、医師の余裕を作り出すべく、リソースを投入せよと言っているわけですが、医師の皆様がリソースの投入が必要ないと仰るのであれば、それはそれで構わないです。

「1時間という時間は受け入れを決める時間としては、長すぎる」という要求は、過剰要求となり無理な場合がある。

 誰か、一般論として「1時間という時間は受け入れを決める時間としては、長すぎる」と言っている人がいるのですか?

 どうして「1時間」が一人歩きするのか理解できません。

案の定というか…。昨夜はモトケンさんの問題意識&苛立ちの投げかけと、コメント投稿者の受止め方&反論や提言が、双方噛み合わないままコメ数だけが伸びていったようですね。今朝一通り流れを読ませて頂いた感想をいくつか。

>232 モトケンさん

しかし、本当に説得ということが下手ですね。
というか、すぐ具体的なケースの話になってシステム、つまり一般的な規範や仕組みというものを考えるのが苦手なんですかね、医師の皆さんは。
すぐに現状を前提にした話になるし。
私も同感です。

>252 モトケンさん

何度も何度も言っていますが、私が改善すべきと医言っているのは制度ないしシステムです。
ネットワークはその一部でしかありません。
システムの力は総合力です。
このエントリのテーマは、ネットワークの整備ではありません。
ネットワークを含むシステムの整備です。
モトケンさんは、東京都の周産期ネットワークシステムでの検索&搬送時間(1時間20分がドウノコウノ)や、情報精度(受け入れ可否情報の正確性)の改善をテーマにしていない。問題は医師の不足や費用負担する金の不足、国や都とか医療と消防という当事者間の垣根の存在など、様々な要因により周産期母子医療センターという医療システムが危機的状況にあること。そしてこのような周産期医療システムのお寒い実態が暴露され、国民の医療システムに対する信頼感や安心感を大きく損ねてしまったことが最大の問題だと訴えていると理解する。

食品の表示偽装事件や薬品混入事故が相次いで、食品の表示や安全性が業界や農林水産省の言うほど大丈夫ではないことが知れ渡ったように、日本の医療水準は世界トップレベルという看板を国民多数は信じてきた。その信頼があるから相当な額の健康保険料の納付負担し、自治体が税金を投入して公立病院を維持することを容認し、国が国家予算の大きな割合を医療体制の整備維持に注ぎ込むことを支持してきた。しかし医療界(医師など医療従事者から厚労省など行政まで統括した広い意味での医療界)に対する国民の信頼感が損なわれてしまうと、国民の医療界に対する視線が厳しいものになっていくだろう。

医師はこうした広い意味での医療界の一員であり、広い意味での日本の医療体制の中で働いて稼ぐ立場であり、モトケンさんの言う医療システムのインナー(部内者)そのものです。そうしたインナーにとっては、国民の医療システムに対する信頼感を増大、いやこれ以上信頼の期待が損なわれないように、何らかの提言があっても然るべきじゃないのかとモトケンさんは言っておられるし、私も同じように思う。

現状ではこれはまだマシな方です、仕方のないことです、これで不満を言わないで下さい…。このように言われてなおかつ医療の将来に信頼を寄せて、より多額の費用負担を受け入れる国民がどれだけ居るだろうか。私は将来に向かっての目線でが欲しいと昨日投稿した意は、この医療の将来に対する国民の信頼感を重視する立場からです。

自分達の携わる業界全体の信頼性を高める意欲、これが失われたとその業界に対する国民の信頼感は低下し、結果的に業界に携わる人達の働きがい(労働のモラール)が失われて業界従事者の損失になる。モトケンさんは医療者の皆さんにこれを言いたいのではなかろうか。

最近のこのブログの悪い面が全部出てきているような展開ですね。言葉の定義をめぐる入り口論、ミクロとマクロの混同、たとえ話への拘泥、素人と専門家のギャップ・・・。
無駄に荒れているとしか思えません。

医療関係者の皆さん、あえて言わせてください。
今のコメント欄の不毛さを見ていると、今回の件のご主人が涙を呑んで「誰も責める気はない。妻が浮き彫りにしてくれた問題を、力を合わせて改善してほしい」と言ってくれてるのに、「残念ですが、これは奥さんの運命であって私たちの責任を問われても困ります。最善を尽くしてこれなんですから改善の余地なんてありません!」と言い放っているようにしか思えないんですよ。

私も長いことこのブログに出入りして、実情を知れば知るほどシニカルにならざるをえないのは理解しています。でも、「立派なご主人だねえ(拍手)。でも、こういう悲劇はこれからも起きるよ、うんうん」と斜に構えていることしかできないのでしょうか。

短期的にでもできる対策は本当にないのか? 実現困難な中長期対策しかないのなら、その困難さをいかにして国民に自覚させ、少しでも実現の方向に持っていくか? そのための智恵を出し合うのが前向きな議論なのではないでしょうか。
私はどちらかといえば「焼け跡派」ですが、あのご主人に面と向かって「焼けるだけ焼けた後に日本医療の再生があるんですよ。あなたの奥さんも火の手の一つに過ぎません」とはとても言えません。

私はNO232のモトケンさんのコメントが非常に分かり易いのですが、それが何故、何秒短縮の方向にいくのかなと思っています。

モトケンさんは、出来ない理由を探すのではなく、出来る方法を考えようと問題提起をしてくれている。そして、その前提には出来なかったこと批判しているのではなく、改善点はなかったのかという視点で。それに対して、やはり出来ない理由のコメントが多いように思います。

私も医療側に中にいるので、医師の苛立ちも分かりますし、近年の医療費抑制策によるダメージも直接被っています。医療だけではなく、介護報酬でも2度の引き下げで大ダメージを受け、介護福祉士たちが将来に期待が持てないのを目の当たりにしても、経営的判断として給与の引き上げが出来ないことに悩みもしました。

どうしても、医療側を避難するニュアンスを含んだ報道が多いので、自己防衛的にならざるを得ないことは分かります。ですが、モトケンさんがいうように自分達が走る道路整備をするのに、こういう道路を作って欲しいという意見をもっと出さなければいけないのではないでしょうか。
政治や国民を動かすためには、現状の理解を求めることも必要ですが、こうなればもっと働きやすいんだ。命を助けられるんだということを。

偉そうなことを書きましたが、私の現時点で考えられることとしては、医師の増員は根本的な問題解決策なので直ぐに取り組む。それでも、効果が出るまでに時間がかかるので、看護やコメディカルの増員も並行して行う。そして、資格がなくても補助が出来る事務の活用です。
今回の診療報酬改定にて事務の配置に対してお金がつきましたが、ハードルが高く、また評価も低いのが現状です。これをもっと誘導するように診療報酬上の基準を引き下げ、点数を上げることです。
診療報酬改定は2年に1回となっていて、これを変えるためには法改正が必要かもしれませんが、診療報酬の基準の変更は通知で可能だと思います。

救急医療システムの整備については、地域によって差があるので一律にはいかないと思いますが、電子カルテやオンライン請求などを各医療機関側の負担で行うばかりではなく、ネットワークの整備やコーディネーターの配置などは、行政が行えばいいと思います。

朝から偉そうな、そして長文で申し訳ありません。

 というか、ぶっちゃけ言ってしまえば産科医の数が10年前の水準なら今回の受け入れ不能は起きなかった可能性が高いと思うんですよね(まあ、もちろんそれでもこの患者さんは助からなかったと思いますが)。

 要するに、現状を前提にした議論か、現状そのものを変えなければいけないという議論かの違いです。  私に対する批判は、現状を変えない又は変わらないという前提のものばかりだと思います。

 だから、現状を変える必要性はあると思いますが、それはネットワーク整備のような姑息的な手段ではなく、リソースそのもの、もっと言ってしまえば産科医数を増やすことにあると言っているわけで・・・。それだけで問題の95%は解決すると思いますよ。
 で、残りの5%を解決しようとするなら、それは世界記録を狙う話になるだろうというのが我々が言っていることなんですよ。

短期的解決は看板下げる病院は下げて集約化し、今回と同じ問題が起きないようにして欲しい。

中長期的には産婦人科の給与大幅アップ。

金しかないでしょ。いくら奇麗ごといっても。

そうすれば、産科希望者増えますよ、当たり前ですが。

もっと露骨に要求しなさい、格好つけないで、と言いたい。

あまり詳しく書きませんが、看護師やコメディカルをもっともっと増員して、大学病院から医師を吐き出させるのが最も早い応急処置かも。

私が整備してほしい道路

病気は助からないものである
だから、仕方ないよね

こういう国民的コンセンサスを広めてほしい。
報道が、そういう役割を果たしてほしい。
政治家が、そういう役割を果たしてほしい。
学校教育が、そういう役割を果たしてほしい。

医師の一人として率直な意見です。

そして、ここが変われば、相対的にリソースの確保につながると思うのですが?

さて、どうしたらいいのでしょう?
これを考えてくださるのは、医師だけでなく国民皆ですよね?

これまで内容を拝見するのみでありましたが、初めて投稿致します。15年目の都内で内科勤務医をしているものです。墨東病院に救急搬送依頼をしたこともありますし、墨東病院の敷居が高いことも、一方で東京都東部地区で救急の最後の砦であり、ある程度敷居が高くても致し方ないことも理解しております。

ところで、救急搬送時間の短縮が話題となっておりますが、田舎の消化器外科医先生のご意見が最もしっくりきます。現場にいるものとして「情報ネットワークの充実」が意味を持ちにくいと感じる大きな理由として、結局ネットワークが機能しない原因は情報伝達手段にあるのではなく、情報を判断できるヒューマンリソースが決定的に不足している点にあると感じているからです。このため13秒を12秒とか9.5秒をとかそういう話になってしまうのではないかと愚考いたします。

その意味では田舎の消化器外科医先生の「提案2」が医学的には最も適切であると思います。すなわち担当する地域で生じる救急(産科も含め)患者の120−150%に常に対応できる超ど級救急病院を作り、3チーム交代制で全ての疾患に対応できるようなハードおよび人員を整えるような体制を作るということです(現在の医療は交代要員のいない5人だけでひたすらバスケットボールを戦っているような状態です)。その地域の救急車は全てその病院へ直行、という体制を整えることで、搬送先探しの問題はクリアできますし、症例が集まることでその病院のレベルも上がると思います。救急用件を満たさない(血液検査やレントゲンも夜間取れないような)病院で(生活のために)ひやひやしながら当直した若いころを思い返してもそのような病院が救急から撤退し、集中化を図ることは社会の利益にもかなっているのではないでしょうか。

問題はそのような病院が経営的にペイするかですが、現在の医療制度の下では大赤字垂れ流しは確実です。医師は経営的なことはまずわかりませんから、経済的な無駄を省くために外部監査などは必要ですが、医療のどこが無駄かを判断できる方がそうそういるようにも思えません。また、医師、看護師などの労働条件の問題、適切な給与の問題などを考えたときに、我ながら「情報ネットワークの充実」が非現実的だと非難することができないくらいこの提案も非現実的に感じます。

ただ、現在、非現実的だと思うようなことを実現しなければ同じことが繰り返されるのも事実だと思います。

とりとめもなくすみませんでした。

>大学病院から医師を吐き出させるのが最も早い応急処置かも。

きゃ〜やめて〜!!
吐くほど残ってませんって!!

救急医療は大学病院が最後の砦だと思います。
今の診療報酬だと絶対にやるだけ損の救急医療。
それでも大学病院ならば救急医療を研修の場、教育の場として最後まで維持するはず。

いつか医療にはもっとお金をかけたほうがいいと世論が変わる日まで、大学病院の救急医療でしのがなければ困ると思います。

ROMさせていただいております。SEを生業としているものです。
今回の議論を見せていただきましたが、

 ○発注側(モトケン先生)要求
 ・(今回の事例を挙げて状況説明)
 ・救急医療のシステムを改善し、より迅速な処理を可能にしたい
 ・コストについては提案を見て検討するので、現状では考慮しなくて良い

に対し、

 ○受注側(医療者の方々)回答
 ・(今回の事例を挙げて問題点を摘出)
 ・現状の救急医療のボトルネックは医師不足であり、人的リソースの改善以外に有効な対策は無い。
  すなわち……(以下、詳細説明)

という回答が返ってきた、と理解しています。
どこが悪かったか? 医師しか出来ない処理フローがあるのに医師が足りない。
他に悪い点が無いとは言わないが、このボトルネックを解消しない限り、他の処理フローの通しを良くしても意味が無い。
改善するには医師を増やすか、『医師しかできない処理』を医師以外に出来るようにするか、です。
そして後者は不可能、というのが医療者側の回答。

さらにそれに対し発注者は
 ・(今回の事例以外のケースも考えて)リソース改善以外に有効な対策は無いのか?
と改めて追加要求した、と。

少なくとも今回の事例では、このボトルネックは有ったとしても顕在化していない、というのが医師側の主張と理解しています。
一方でモトケン先生の「2時間を1時間」というのは、それがどこかに有ると仮定した上でその改善を要求しておられる。
ならば、それが今回出なかっただけで実は有るのか、有るとすれば何なのか、から始める必要があると思います。

つまり、
・『医師しかできない処理』以外のボトルネックを解消することで、全体の流れを早くできるボトルネックは存在するか?
まず、この考察をしっかりと行うべきかと思います。
これを飛ばして解決案を練ったところで、議論が収束するとは思えません。


いかがでしょう。まず、有るか無いかでお答えいただけないでしょうか>医療者の方々

 だいぶ煮詰まって(?)きているようなので、救急医療の短期改善とまでは行きませんが、私見ではありますが救急医療における【情報の】集約化について考えてみました。

以前、僻地医療に関するドキュメンタリーで無医村における「遠隔医療」を拝見しました。
 今回のテーマをを私なりに考えると、医師と患者の距離(もちろん、物理的、時間的なものです。)を短縮することが何処まで可能か。大都市にも「遠隔医療」(当面救急医療限定)の導入が出来たら、医師と患者の距離を暫定的にでも近づけることにならないでしょうか?

 基本的なコンセプトは医師の所に患者が運ばれるのではなく、医師が(仮想的にではありますが)患者の元に往診する。

 救急車に装備された映像モニター(テレビ電話?)による問診と、基本的な症状を管制センター(仮称)に詰めている医師が判断して、最適かつ受けいれ可能な病院を紹介する。もちろん将来的には遠隔操作で手術も可能なシステムが救急車に装備できたら(移動可能な手術室)として、現状よりも患者側のほうも搬送を待つ間の無力感を減らすことが出来るのではないかと考えます。 

 管制センター(仮称)は夜間休日限定としても、常駐する医師が複数名いれば、複数の問い合わせにも対応できる事が期待できるのではないかと考えた次第です。

 素人考えですが如何なものでしょうか。

私の考えですが。。。
お金も十分にあり、医師の数も充分にいると仮定した場合、このような搬送問題を解決するには「集約化」しかないと思います。

医師、看護師、コメディカル、事務員、ベッド数、全てをあまるほどに用意して、急患のために待機です。空床率90%でも誰にも文句は言わせない。最先端の画像診断機器も用意する。

そして応急処置をしたら、末端病院に転院とする。搬送を断る理由はありません。受け入れ先はすぐに決まります。

医師としても、こういう病院なら働きたい!!!

でも現実問題として、「病院が遠いと困る」とか「だれがお金を払うんだ!赤字は困る」とか言う人がでてくるんですよね〜〜。

受け入れ先が決まっても、搬送時間が長くなる人がいることを国民が理解することと、赤字でもお金を払ってくれる行政が必要ですけど。。。は〜〜〜っ。ため息。。。

沼地さんは良くご存知でしょうが、もっとも非効率的な医者の使い方をしているのが特に国立の大学病院なんですよね。

国立の大学病院で働いた経験は無いのですが、一般論として大学病院は診療のみではなくて、教育と研究の場でもあるわけです。
それが医師不足のために臨床関係の学会発表数とかも減ってます。
まあもともと意味の薄い発表も多かったわけですが、ある程度の裾野がないとなりたたないわけで。
効率よく医師を使うと言う意味では効率は良くないだろうとは思いますが。
ただし国立の大学病院の医師はある程度のわりあいで実際は休み無しで働かされても週4日の非常勤、3月末には退職扱い、4月にまた採用とかの身分にして、激安の給料、退職金無しで使われてきましたから、医療費を押さえるという意味では貢献してきたかも。
私立でも無給助手というお給料をもらってない医師がいましたし。(今もいるのかなあ?助手が助教に改まった時点で無給の人はいなくなった??
こういう人たちは臨床の効率だけを求められないで、研究とか研鑽ができるからこそ働いてたわけで。
こういうボランティアに近い人間がいないと救急医療は無理かな〜などと。

 極端な話、NICUやICUを含めてベッド稼働率(あくまで医師数を含めた実質の)が常に70〜80%で十分病院が運営出来るなら、ネットワーク整備なんて無くてもいいわけで・・・。どの科でも受け入れに余裕があれば患者を断ることもないわけでしょう?

 また、本来その程度の稼働率であって初めてまともな労働環境と言えるわけですよ。常時95%程度の稼働率を強いられれば普通に余裕のある労働環境にもならないわけです。

 ですから、もっとも効率的な手段はネットワーク整備でもなく、極端な集約化でもなく、後方ベッドの整備とそれにコストをかけて超急性期病院からの患者さんのアウトフローを増やすことと、国民自らの急性期医療の謙抑的利用、この2つに尽きると思うんですよね。

 で、その中にたまたま1万分の1ぐらいの確率ですべてのベッドが満床で受け入れ不能という状態があったとしても、それは世界記録を狙う水準であって極端な高コスト構造にしない限り解決出来ないんではないか?と言うことです。

そうなったらいいな〜と私も思います。

民間病院では80%稼動でも十分に採算の取れる診療報酬体系、救急など赤字部門を担う公的病院や研究を行う大学病院などは70%稼動でも採算が取れるな補助金制度。理想です。

でも、ため息ついていても勝手にそうなってはくれないと思うので、それを政治や国民に理解してもらわなければいけないんですよね。それには現状を理解してもらうことと、対応可能で実現性の高い改善策を、可能性の高い順から提案するということでしょうか。

救急医療情報システムの利用率が低い件ですけれども、
それを持ってシステムの使い勝手が悪いとはいえないんじゃないかと思います。
今の状況ってリソースが低すぎて「空きベッド0」が常時表示されているような状態じゃないんでしょうか。
問い合わせに2巡目が発生してしまうような状態ですから。

それでも救急隊も患者をねじ込まなければならないから、
電話口で病院を宥めてすかして脅して依頼するわけですよね。
こんな事システム化できるとは思えないし、アンケートを採られても「電話ならねじ込めるから」なんて答えられるわけ無いですよね。

先の投稿で僕も「医師以外にできることを医師がやっている事は無いのか」という疑問を発しています。

上の方ではメディカルクラークなんて話しもあがっていますし、是非医療関係者からのお話を伺いたいです。

もう一点ですが
銚子市の病院が赤字で閉鎖されたように、
コストを度外視しても医療崩壊を救え!なんてのは夢見事でしかないんですよね。
コストをつぎ込んでも解決できるかわからないのに、実際には毎年2200億円のコストカットがあるわけです。

モトケン様にしてみればだからこそコストが必要な理由を述べて予算を勝ち取れと言われると思いますが、
元々の2200億円というのは減らせる理由があって出てきた数字ではなく、数字が先にあって後から理由付けを無理矢理考えている状態なんですよね。

よってコストのかかる対応は無理と思い込んでしまうのもやむないのでは無いでしょうか。

http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/10/23-172012.php#c184124

都内にいくつ大病院があるのか、都立で8個くらい、大学は10個あまりーー

20−30の病院を、集約化すれば効率的に動けますね。勿論搬送先の調整の必要もない。


 都庁の建物が良いのでは。大学病院のような施設では集約化したことに全くなっていない。  あの都庁の建物が良さそうに思う。ネットワーク構築なんかより、都民が望めば現実的で効率的。

まあ、東京なら大学病院10個併せたくらいのものを墨田か江東にひとつ、新宿にひとつ、多摩にひとつ、さらに各地にヘリポートをたくさん作って。。。現在要求されていることはそのようなレベルになっているのかと・・・。

まあ、日本国の財政自体が「夕張」状態なわけですから、仰られる通り非現実です。

また、皆様の仰られるとおり、救急病院がベッド利用率80%でペイしなければ、そのうち緊急手術が必要な虫垂炎でも入院できない同様のケースがでてくるのではないでしょうか。

大学の話が出ているが、くだらん研究している医師は
皆、臨床にまわしたらどうですか?

80もの大学で研究してなんの意味があるの?

博士号とって、しかも金で買って、価値ある論文でも
ないわけでしょ。

研究は旧帝大とかに集約すべきと考えます。

ここでも研究という大義名分の下、ものすごい無駄が
あると思う。

とにかく医療界はまだまだ無駄だらけで非効率のような
気がしてならない。

 こんにちは。横から失礼します。

 皆さんとあまり変わりばえはしないのですが、未来に向けて改善の可能性はあると思います。

 まずは、現在使われていないネットワークが機能するようにリソースを配備することですが。
 空床情報の更新に専念するレベルの高い応答医が必要ですが、それ以上に、各科・各部署横断的な連絡方法が必要だと思います。皆さん仰るように、現行の通り外科医は?麻酔科医は?放射線技師は?病棟は?手術室は?輸血は?ICUは?看護部は?みたいな調整の電話連絡を個別にやっていては60分なんかあっという間です。応答医が把握した病状が同時並行的に伝達され、必要となる可能性のあるリソースが現在入手可能かどうかが瞬時にわかる連絡手段があるといいなと思います。結局、ボトルネックはここですからね。(それでも、都心の場合、個室代が一日6万で良ければ空いていますが?とか、4人部屋でも3万円ですが?みたいな家族への連絡に時間が費やされるわけですが)
 ただ、この方法では都会の人の例外的な事例の命を救うために大きなリソースを配分する事になるという指摘がなされていますし、個人的にも60分が50分になる程度かと思います。


 次に、積極的に救急を取っても事故が起こらないようにするためのリソース配分があるべきかと思います。寝不足ではない医師が、例えば産科医と脳外科医がてぐすね引いて待っているような状況であれば安心して救急を取れます。この合法的な実現のためには、これまでの議論から各科9人以上は必要ということでしょうか。内科・外科・整形・小児・産科・脳外科・麻酔科くらいは9人ずつ(胸部外科・循環器内科も普通は別に必要。小児外科も。)勤務しているような救急拠点があれば、各科で1-2件までの救急(と入院患者の急変)なら同時に受けられるということになります。一つの科に同時に三件以上の救急・急変がある人口密集地域の場合には適宜人数を増やす必要があります。自分的には、ゴールデンウィークが今年は9連休!とか贅沢は言わないまでも、盆と正月に1週間程度の休みが欲しい気がしますが。
 これだけの安心感があれば若干給料が安くても納得できると思います・・・っていうか、安心感がお金で買えるなら安いもんだと考える医者は多いと思います。責を問えないほど高度な医療が提供できる環境があれば免責どうこうって話題もここまで大きくは出ないと思うんですが。

 最後に、このリソース配分でも経営できる保険制度が必要ということになるかと思います。土日に十分な空きベッドを残して上記各科の医師が2人ずつ待機していて救急車が一台も来なかったら「地域の人が健康でよかったですね」と皆で喜べる位の病院だと理想的な気がします。

 現状に囚われずに発言するとこんな感じかと思いますが如何でしょうか。

 あ、ちなみに自分は私立で10年以上やってましたが、一昨年まで無給助手だったのが、昨年は非常勤助教でした。無給であることに変わりありませんでしたよ。

なんだろう・・・
一市民さんは「空気読まない俺格好いい!」とか本気で思ってそうで怖い

>とにかく医療界はまだまだ無駄だらけで非効率のような気がしてならない。

 よろしかったら、具体例や根拠理由を説明していただくことを希望します。m(_ _)m

この問題については、東京のことばかりで良いのでしょうか?

首都圏(どの範囲を意味するか不明ですが)ばかり良くなって、首都圏の医療が改善したら、人口集中が更に進み、地方が衰退する。

日本という国全体をどうするかの観点も必要だと考えます。

私は、政府補助金が必要だと思います。従来、箱物が補助金の対象であり、人件費は補助金に馴染みにくかった。しかし、救急医療を確保するためには、救急医療の人材を常時待機させておく必要があるのであり、そのための費用の方が、救急車のような箱物より高い。

補助金をうまく機能させることが必要と私は思います。「官は効率が悪い。」、「民間の制度がよい。」などと言った標語で、多くの人が誤魔化されすぎていると思います。その結果が、「とにかく医療界はまだまだ無駄だらけで非効率」なんて、根拠のない暴論が出てくると思います。

無駄が全くない分野はありません。無駄や余裕も実は必要です。但し、不必要な無駄は避けねばなりません。不必要か、やむを得ない無駄かは、具体的に一つ一つ検証すべきです。

そう言えば、最近ありましたね。政府補助金を地方公共団体が余ったからと業者に過払いして預けておいたのが会計検査院にばれた。再発防止と言って、地方公務員の不正にばかり目がいっていますが、制度として予算の年度繰越を可能としないと、解決にならないと思います。(予算の年度繰越を可能にすると、管理ができないと嘆くのは、アホの議員、政治家のみと思います。すなわち、賢い議員、政治家は、どのような方法で管理すべきか考える。)

 毎年2200億円の医療費カットとの事でしたので、少々調べてみました。

都庁舎の敷地面積は 14,350m2
建築費   1,569億円
    延べ床面積 195,567m2
    年間維持費 40億円

聖路加国際病院 敷地面積 7,576m2
延べ床面積 60,729m2

榊原記念病院  延べ床面積 27,427m2

ちなみに都民銀行に東京都が出資した額 1,000億円

ちょっときれいな表にならなくてすみません。ちょっと調べて分かる範囲だけなので、都立病院でもないし大学病院でもないです。建築費も分からない。

でも、こうしてみると 都庁舎は聖路加の3倍の延べ床面積で、ひょっとすると都立病院の数個分くらいはありそう。

この中で、超急性期の疾患を科をまたがって対応する4次救急施設を、コンセンサスを持って作ろうとすれば、不可能ではないようなーー

そして、いくつかの病院のスタッフを一つにすれば、人を育てる余裕が無い状況でもしのげそうなーー


 今ある病院を都庁舎の代わりにして分割して、いくつかの病院の中身を集約化すれば設備も移設ですみますし、結構良いような気がしました。
 人々のニーズが、そこにあるかどうかは分かりませんでしたが、不可能な話ではないように思いました。

モトケンさんがよく苛立つように、このエントリーでは医師が苛立っているようですね。
なんか泥仕合の様相ですね。
自分が属さない他の業界については、いくらでも批判もできるし、要求度も高くなる。
しかし、その業界の真っ只中にいる人間にとっては、実情や限界を知っているだけに、とても無理な要求と受け取ってしまう。
法曹界の方たちもそうでしょう。
我々国民として見たら、司法にはそれこそシステム不備どころか事故とでも表現したくなるようなことがあります。
あえてそれは具体的には申しません。
でも、でもですね、医師の皆さん、ここはひとつ非医療界の方たちが理想とする、あるいはあって欲しいと願っている我々のあり方について、耳を澄まして聞いてみませんか。
医学部を目指し、はれて入学式に望んだ日の志を思い出してみませんか。
こんなはずではなかったですよね。
建設的な議論になればと想い、少し自省も込めて書いてみました。

余談のつぶやきになりますが。搬送元の病院のほうの今回の搬送について。
一般的に今回のような搬送というのは、搬送先にしてみると、仁義にはずれたやってはならないような搬送だったのでしょうか?
一部(こちらではない)で大変搬送元に対しての厳しい見解を見るのですけど。産科は機能していないのに知ってて無理に送るなんてひどい!等。

現場の人間は誰も非難されるようなことはしていないと考えていましたが、こういう意見は1人や2人ではなかったですし…。

>出来る方法を考えようと問題提起
ならば、僻地外科医さんの
「後方ベッドの整備とそれにコストをかけて超急性期病院からの患者さんのアウトフローを増やすことと、国民自らの急性期医療の謙抑的利用、この2つに尽きると思うんですよね。」が本質的です。

消防自動車を散水車や広報車などに使って火事に間に合わないが現在の救急医療です。

0.当直医でなく夜勤(翌日休み)の医師が救急を扱う。費用を保険診療でカバーする。
1.救急医療は現在採算取れないので取れるようにする。
2.三次に入院して安定したら後方ベッドへ出す。high risk出産でも無事出産したら翌日でも1次へ戻す。NICUも役割を果たしたら即あける。
3.不要不急の利用者自己負担100%。不要不急の救急車利用にはペナルティ
4.2次3次は直接受診できないようにする。
5.加古川AMIや奈良心タンポのような事例を国策として回避する。

土日には搬送を受けることが出来ないとの通知を受けていながら、墨東病院へ搬送を依頼するというのは、私は基本的にはマナー違反だと思います。
ただし、病院間で何かの取り決めがあったのかもしれず、そこは部外者には判断しかねます。
そして結果的に墨東病院の周産期センターの機能不全が明らかになったことは、かえって良かったかもしれないとも思います。
都は産科医が辞めたあとも周産期センターの看板を下ろさせなかったわけですが、それでいて産科医補充のあてもなかったんだろうなと思います。
そのまほったらかして、墨東病院の民営化(か、独立法人化)でうやむやにしてたかもって邪推してしまいます。
でも今回のことで、都も厚労省も知らん顔はできなくなったことでしょう。
うまくいって全国規模での改善につながることを期待します。

やっぱりこの件は『事故』を3件以上含んでいます。

1.基準を満たさない周産期センターの存在。
2.整備されたはずのネット情報が使い物に成らない。
3.受け入れ不能の病院に、患者を押し付けた。
4.休暇中の医師を強引に呼び出し(労働基準違反?)。

ネットシステムの話題だけなら。
受入れ情報の更新履歴を全アクセスポイントから閲覧可能にすれば、受け入れ側の状況が把握し易くなり余分な確認の電話は減るでしょう。

ただ、根本的なリソースの不足が浮き彫りです。
さらに、前線の戦士が頑張っても兵站を補充するものが頑張らなければ息切れ。

***余談***
マトリックス(映画)の主人公や、最前線に立つ女性戦士たちはとても素敵でしたが。
私は具合の悪い弾装を命懸けで交換する、幼さの残る志願兵の必死さが印象的で、涙が出そうでした。

そして将軍(リーダー)が戦意喪失時点で敗戦戦意の有るリーダー不足が最大のボトルネックなのでは?

当事者(複数)の事情を知るものとして一言。
現場の医療は「基準」や「ネット情報」や「労働基準(法)違反」などの机上の空論の埒外にあります。産科医同士のネットワークはもっと個人的で強固なものです。想像だけで議論するのは空しいですね。「事故」という言葉にこだわりたければどうぞご自由になさってください。

 No.303の僻地外科医さんのコメントはとても納得です。
 本来なら、少なくとも緊急時の拠点となるような病院には、のセーフティーネットとしての余力が残っていることが望ましいわけですから、ネットワークの問題とは別に、そういった余力を確保できるような体制を整備することは重要だと思います。
 最近読んだ本に、「ベッドがあればベッドが埋まる」という言葉がありましたが、余力を残して病院経営できるような体制整備が必要だと思います。
 診療報酬の問題なのか、病床規制の問題なのか、医師のマンパワーの問題のなのか。

 アウトフローの話をしたのは北海道の砂川市立病院長の話が頭にあったからなんですよね。

 砂川市立病院は道内有数の3次救急病院で、自治体病院としては経営も比較的上手くいっていることで有名です。

 で、そこの院長曰く、「急性期病院をやっていて何が一番困るかというと、急性期を過ぎた患者さんの送り先がないことだ。現在療養病床削減、診療報酬改訂などでこれまで後方機能を担ってきた病院群がどんどん撤退、縮小してきているが、これは急性期病院にとってこそ危機的状況だ」というようなことをどこかで話されたことがあるんですよ。

 実際、急性期+後方ベッドをやっているうちの病院ですらどうしても自宅へ帰しようがない患者さんというのがいて、それらの行き先に困ることがあります。

 医療費をある程度削減したいという国の意向は分からなくはないのですが、「長期入院が諸悪の根源だ。減らしてしまえ」などと言う短絡的な思考が現在の救急の混迷を引き起こしているんだと思います。

 で、ある程度医療費を抑制しつつ(私は本田先生ほどの医療費拡張論者ではありませんので)、後方機能ベッドも用意し、という考えからすると

1.急性期病院からの紹介患者について一定期間後方機能病院の診療報酬の底上げをする(期間は2週間程度。後方機能病院のキャッシュフロー改善)
2.2次、3次の拠点病院には十分な額の補助金を出す(2次、3次の診療報酬を上げるより効率的)現在のような1〜2億のせこい金額じゃなく、2次なら10億、3次なら30億規模の十分な額を国から払う。(急性期病院群の異常に安い医師報酬の改善)
3.2次、3次病院の紹介なし初診を原則禁止する。(2次、3次病院の外来負荷の軽減。と同時に1次医療機関の十分な活用)
4.3次に関しては一定の通院期間を経た外来患者を原則2次以下の病院へ紹介することを義務づける(3次病院の外来負荷の軽減)。特殊な難病などについては例外規定を設ければいいでしょう。
5.身体障害者施設の拡張(特にNICUのアウトフローを意識)

さらに産科に関しては
6.異常分娩を含む全産科医療費の自費診療化
7.分娩費用の大幅増額(現行の1.5倍程度まで。これでやっと先進国の標準並みかと)
8.増額した分娩費で無過失保障制度の基金と産科医生涯補償制度の創設
9.6.7.に伴い出産手当の増額

 このぐらいやれば産科にもある程度人が戻ると思いますし、救急医療の立て直しにもなると思います。
 これらにかかる費用としてはおそらく2兆円程度だと思います。こちゃこちゃ診療報酬をいじるよりこの方がよほど確実な対策でしょう。

あ、忘れてた。
2〜3次病院のベッド稼働率が85%を超えるときは診療報酬減とかは必要かもしれない。

 産科については、助産師を活用するというのはどうなんでしょうか。素人には判断がつきませんが、以前、キャリアブレインニュースにはこんな記事が載っていました。

 深谷赤十字病院は埼玉県北部地域唯一の産科救急応需病院。いち早く1991年から助産師外来を導入、運営してきた。正常分娩は主に助産師が診て、異常分娩の場合には産科医がサポート。従来の「医師主導型」の産科医療ではなく、医師と助産師が「車の両輪」となってお産を支える体制を取っているという。  2004年には、常勤産科医3人と非常勤産科医4人、助産師21人の体制で約500件の経膣分娩と約320件の手術(帝王切開を含む)に対応した。山下氏は「産科医不足に悩む深谷赤十字病院にとって、助産師の専門性の発揮によるサポートは、まさに『救世主』。(このような多くの件数に対応できたのは)助産師外来がうまく機能したことが大きい」と述べた。
https://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=17467&freeWordSave=1(閲覧は要登録)
 医療費をある程度削減したいという国の意向は分からなくはないのですが、「長期入院が諸悪の根源だ。減らしてしまえ」などと言う短絡的な思考が現在の救急の混迷を引き起こしているんだと思います。

課題はわかっていても、解決策を実施出来ないという点が日本の医療行政の問題なんでしょうね。

それからこれはちょっと余計な話なのですが、最近療養病床の削減という話が出ていまして、国公立の場合にはあまり話題にならないかもしれませんが、民間病院の先生方は頭から湯気が出る方が多いのですが、療養病床が廃止されたり、あるいは平均在院日数の短縮というものが強化されたりするとその行き着く先はどうかなと思って見てみたのがこれです。老人保健課とか老健局がこういうものを作っているので見てみたのですが、65歳以上人口に占める各国の介護施設、ケア付き高齢者住宅がどれくらいあるかと思って見てみますと、イギリスの半分もないということです。平均在院日数は確かに長いのですが、長い長いと言って追い出したからといって行き着く先はイギリスの半分で、なかなか入院させてもらえないというか、入院してもすぐに退院させられる、あるいは退院せざるをえない。アメリカで10%ですから、それから住宅事情等々を勘案すると、日本は退院するのは良いのですが、退院した先は自宅以外にはなかなか考えられません。
http://www.pmet.or.jp/pmet-news/kouenkai-10/satou.htm

評判は決して良くない佐藤医療課長の講演録でございます。

「埒外だから」は「外っておけ」なんですか?
後方支援の重要性が私の発言趣旨で、ネットは一部に過ぎない。

「後方支援を要請しない」のならその発言も結構ですが、全く後ろ向きに見えます。

 ある程度、意味はあると思うんですけど、そもそも全国的に助産師も足りてなかったりするんですわ、これが。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080815

 あと、開業助産師に関してはリスクが高いというのが産科の先生の一般的なご意見です。

あ、あと、産科の先生から妊婦の心得11カ条をあちこちに貼ってくれというご依頼がありますので、貼っておきます。
適宜改訂されてますので元リンクはこちら
http://blogs.yahoo.co.jp/mihyon0123/18482021.html

1.セックスをしたら妊娠します。

この世に100パーセント避妊する方法は、セックスをしない以外にありません。(ピルですら100%ではありません。でも、もちろん避妊することは望まぬ妊娠を大幅に減らすことが出来るので、妊娠したくない人は必ず避妊しましょう!!)
日頃セックスをしているなら、常に妊娠の可能性を考えましょう。
そして、子供が欲しいと思っているなら、赤ちゃんの神経系の病気(二分脊椎など)を防ぐために葉酸のサプリメントを飲みましょう。(1日0.4mg)


2.「この男の子供を産むためなら死んでもいい!」と思うような男の子供しか妊娠してはいけません。

妊娠出産は何が起こるかわかりません。妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)、妊娠糖尿病など、妊娠にまつわる病気になるかもしれません。また、お産も体にとっては大きな負担となります。
毎年、約60人の妊婦が出産で死亡しています。あなたが生きて出産を終える保証はどこにもありません。
妊娠をするにはそれなりの覚悟が必要ですよ!
(妊娠はよく考えて、覚悟を持って!、というたとえでシングルマザーなどの選択を否定するものではありません。)


3.妊娠しただけでは喜ばない。安易に他人に言わない。

妊娠が非常に初期に診断されるようになってから、妊娠初期の流産が15%以上と非常に多いことがわかりました。
最低でも妊娠4ヶ月に入るまでは手放しで喜んではいけません。職場で仕事を軽くしてもらいたいと上司にお願いするなど重要な時だけ人に言いましょう。
出来ることは赤ちゃんを信じてあげることだけ。
また、運悪く15%に入っても、あなたのせいじゃありません。不必要に自分を責めないでくださいね。


4.神様から授かったら、それがどんな赤ちゃんでも、あなたの赤ちゃんです。

この世に完全に正常な人間なんていません。重いものから軽いものまでいろんな障害を持って生まれてくる赤ちゃんもたくさんいます。
妊娠中に診断できる異常はごく一部。中には幼児になってからわかる異常もあります。
誰しも自分の赤ちゃんが正常だという保証のもと、出産することなんて出来ません。
親になるということは、どんな赤ちゃんが生まれても自分の子供として受け入れることです。


5.産む、産まないは自分たち夫婦で決めましょう。

とはいえ、妊娠中に赤ちゃんの異常や、もしかしたら異常があるかもしれないというサインがあると主治医に告げられるかもしれません。
それが中期(妊娠21週まで)であれば、望んだ妊娠であっても異常の程度によっては中絶という選択肢が出て来る場合もありますが、あくまでも夫婦二人でよく話し合って決めましょう。価値観や考え方は人それぞれ。大事なことは責任を持って自分たちで決めましょう。(大事なことを責任を持って決められる大人になってから妊娠しましょう。)
また、このことについては妊娠前から二人で話し合っておくべきです。


6.かかりつけ医をもちましょう。

当然ですが、ちゃんと妊婦健診を受けましょう。
きちんと初期に超音波で予定日を決めること、HIV、B型肝炎、血液型、梅毒などの初期検査を受けることは、妊娠中に管理方針を決めるのに後々重要であったり、あなたの赤ちゃんを守ったりするために必要です。また妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)の早期発見には欠かせません。
もしあなたにお金がなくても、自治体が発行する母子手帳には最低限の妊婦健診を受けるためのチケットがついていますし、分娩費用も援助してくれる制度があります。
また、産科医不足からお産を出来る場所が限られています。妊娠が分かったら、病院などに早めに問い合わせてお産をする場所を確保しましょう。里帰りしようなどと思っていても、受け入れてくれる場所がないかもしれません。


7.赤ちゃんは全ての運命をあなたに預けていることを忘れないで。

赤ちゃんは栄養や酸素など、生きて成長するために必要なものを全てあなたに依存しています。お母さんが煙草やお酒など赤ちゃんにとって毒となるものを摂取すると、胎盤を通して赤ちゃんに移行します。 
体型を気にして、妊娠中にダイエットをするなどはもってのほか。(妊娠前に標準的な体重だった人は9〜12キロ体重を増やさなくてはいけません。)
煙草が我慢できないような人は、お母さんになる資格はありません。
また、「出産したら遊べなくなるから」と旅行をするのもいいですが、何かあっても後悔しない程度に。旅先で何かあってもすぐに診てくれるところがあるかは最低確認を。
おなかの赤ちゃんのために時には自己犠牲を払うことも覚悟の上妊娠しましょう。


8.赤ちゃんが完全に元気であるか分かる方法はありません。

胎児心拍のモニターや超音波など、赤ちゃんが元気であるか評価する検査はありますが、どれも完全ではありません。
予定日を目前にお腹の中で突然死をしてしまう赤ちゃんもいます。もし動きが少ないと思ったら病院へ。
無事に産まれるまでお母さんも赤ちゃんも安心できないのが妊娠なのです。毎年5000人以上の赤ちゃんがお産の間際や生まれてすぐに死亡しています。
また、脳性麻痺になる赤ちゃんがいますが、その90%は分娩前にすでに原因があり、分娩を機に脳性麻痺になる赤ちゃんはわずか10%であることも知っておきましょう。


9.出産は出来うる限り安全な場所でしましょう。

妊娠経過にどれだけ異常がなくとも、出産の時に赤ちゃんやお母さんが急変することは誰にでもありえます。
専門家が考える安全な場所とは、緊急時に、高次の医療機関(産科医と新生児医と麻酔医が揃っていて、帝王切開や未熟児医療ができる体制)か、そこへすぐ搬送できるくらいの近さの産院です。
部屋がきれいだから、ご飯がおいしいから、好きな姿勢で産めるから、上の子を立ち会わせたいから・・
そんな理由で緊急時の安全性が劣る産院を選ぶのはおすすめしません。
もちろん、納得の上でなら構いませんけれども。
お産をなめてはいけませんよ。
(残念ながら現在産科医不足のため、妊婦さん全員が安全性の高い病院を選ぶとパンクしてしまいます。だから、リスクの低い妊婦さんには高次の医療機関ではなく開業の産婦人科を選んでもらわないといけない場合も多いです。でも、最低でも産婦人科医立会いの下お産しましょう。)


10.下から産んでも、お腹から産んでも、あなたはお母さん。

人によっては骨盤位(逆子)などの理由ではじめから帝王切開をしないといけない人もいます。また、陣痛が来て頑張っても、下から産まれなくて帝王切開をしないといけない人もいます。
どんな出産になっても、あなたが身を削って赤ちゃんを産んだことには変わりありません。
帝王切開で産むと子供の性格が悪くなるとか、親子の愛情が無くなるとかいう悪意に満ちた色々な妄説に惑わされないで。
あなたと赤ちゃんにとって一番安全な方法でお産をしましょう。


11.妊娠・出産は一つとして同じものはありません。

妊娠・出産を経験すると、自分が何でも知ってる気になってしまう人がいます。年配のご婦人で「私のときはこうだったわよ」のように先輩面をする人もよくいますよね・・
でも、一つとして同じ妊娠・出産はありません。
同じ人が次にまた妊娠しても、同じようになるとは限りません。
自分の経験を別の人や別の妊娠にあてはめないようにしましょう。

>2.「この男の子供を産むためなら死んでもいい!」と思うような男の子供しか妊娠してはいけません。

率直に申し上げて不愉快です。項目末尾の但し書きも含めて、かなり問題のあるテキストだと感じます。
そもそも文脈・表現・分量などの各面において、このテキストをここにコピペするのは「いかがなものか」と思いますよ。

内容自体が不愉快で不適切というご意見でしたら、リンク元のLUPO先生(女性のようです)のところへ直接コメントされては。

私自身は、一読して特に違和感は覚えませんでした。
産科の先生が、日々の診察で多くの妊婦さん・患者さんを見ていて、「こういう意識が足りない、もっと多くの女性にこういうことを知ってほしい」 という背景から出てきた案なのだろうと推察されます。

この「11か条」を読んで不快に思われる方は、そのようなことは今更言われるまでもない!というご認識で、そうでない女性にズバっと伝わるように誇張された表現の部分が目についてしまうからではなかろうか、というのが男性視点からの勝手な推測です。
(見当違いでしたら、陳謝のうえ撤回させていただきます)

率直に申し上げて不愉快です。項目末尾の但し書きも含めて、かなり問題のあるテキストだと感じます。

 具体的にどういう部分(どういう理由で)で不愉快なのか教えていただければ幸いです。

 その齟齬を訂正出来れば産科医と患者さんの意識格差についてのすりあわせが出来るかと思います。

 僻地外科医さん、回答ありがとうございました。
 いろいろと問題もあるんですね。
 個人的には、助産師に限らず、他の専門職との連携によって医師の負担を減らしていくべきだと思っていますので、産科に関して言えば、正常分娩は助産師、異常分娩は医師という住み分けが上手く進んでいけばいいと思っています。

こんにちは。妊娠の心得をご紹介頂きありがとうございます。
私は産科医として医療現場でハイリスク症例を扱っています。

この心得を作った背景には昨今の深刻な産婦人科医不足があります。
長年、日々妊婦さんの診療に当たっていると、妊娠して幸せいっぱいで、数ヵ月後には健康な赤ちゃんを抱いている健康な自分しか想像していない人があまりに多いのに驚かされます。

妊娠・出産はおめでたいことです。ですが、常に危険と隣り合わせ。誰もが安全にそれを終える保証などありません。

それを認識していないと、お母さんや赤ちゃんにとって理想の結果でなかった場合に、そのショックが容易に医療側への怒りとして転嫁されてしまいます。
そしてそれこそが産婦人科医のやりがいを失わせ、現場から立ち去らせているのです。

妊娠する前からリスクを知ってほしい。自分の行動や決断に責任を持って欲しい。そのような思いでこれを作りました。

また、「女性は自分で積極的に望んで妊娠すべきである」というのはウィメンズヘルスの大原則です。
相手任せの避妊、相手任せのセックスではなく、女性に自主性を持って欲しいというのが一産婦人科医としての信念です。

いろんなライフスタイルや価値観を持つ人たちと実際に接してきましたから、この心得が万人にすんなり受け入れられるとは思っていませんし、もしそうならこの心得を作る意味はないと思います。

様々な立場からの意見があれば是非教えて欲しいと思います。(賛否とその理由を併せて)
それが医療者と異なる立場の人の溝を埋めるヒントになると思います。

また、「女性は自分で積極的に望んで妊娠すべきである」というのはウィメンズヘルスの大原則です。
相手任せの避妊、相手任せのセックスではなく、女性に自主性を持って欲しいというのが一産婦人科医としての信念です。

いろんなライフスタイルや価値観を持つ人たちと実際に接してきましたから、この心得が万人にすんなり受け入れられるとは思っていませんし、もしそうならこの心得を作る意味はないと思います。

様々な立場からの意見があれば是非教えて欲しいと思います。(賛否とその理由を併せて)
それが医療者と異なる立場の人の溝を埋めるヒントになると思います。

きゃあ、PCの調子が悪くて何回かトライしてたら多重投稿になってしまいました。
お手数ですが削除をおねがいします。
すみません。。

 先生のPCではなく、こちらはものすごく重いのでよく二重投稿になってしまうことがあるんですよ(ついリトライしてしまうから)。投稿したあとはしばらく放置しておくしかないですので覚えておいていただけると幸いです。。

放置しなくても別ウィンドウでトップからたどると既に書き込み済みになっているのが確認できます。
その時点で書き込んだウィンドウを閉じてしまって大丈夫です。

fuka_fuka 先生、僻地外科医先生、LUPO先生、レスありがとうございました。

私の主な批判と疑問は僻地外科医先生がコメントNo.328 を投稿された行為自体に向けられています。まず何と言っても他人様のブログのコメント欄に載せるには長過ぎませんか(分量の問題)。さらにこのエントリとコメント欄での一連の議論では先日の江東区での妊婦死亡の件をきっかけに、周産期を中心とした(しかしそれに限られない)救急医療のシステム改善がテーマとなっていると理解しています。そこに「妊婦の心得」を貼り付けるのは場違いではないか(文脈の問題)。もちろんそこを判断するのはブログ主のモトケン先生ですし、普通でしたらスルーしてしまうところですが、第2項が目に止まり、やはりこれは放っておけないと発言した次第です。
「心得」本文の表現に関しての疑問や提言はLUPO先生のブログの方にコメントできるようですのであらためてそちらに投稿したいと思います。

さて、こうしてこだわり始めますと、「何故(これまで有益な議論を提示してこられた)僻地外科医先生が(私の見る限り)文脈からもはずれており(失礼ながら)常識では考えられない長文の引用をここで投稿されたのか?」という疑問が湧いてまいりました。想定される解は:
(1)深く考えずに、有用であろうと考えて投稿した。
(2)この行為自体に、いわば言外の、メッセージがある。
のいずれかでしょう。しかしいずれもこれまでの先生のコメントを拝読していて得た印象と合致いたしません。すなわち(1)何事であれ「深く考えず」投稿されるようには思われず、かつ(2)これほど持って回った手法でご自分の意見を「言外」に表明されることも、ありそうにない。…という次第で、このコメントを如何ように理解すべきか、困惑しております。

また、先生の本来の動機が何であれ、一連の議論の後に「妊婦の心得」を持ってくることにより、医療者側に懐疑的な読者のなかには「何だ、結局妊婦の方の心得次第に問題を押しやろうというのか、医者は」的な印象を持つ人もあろうかと、危惧もいたしております。

私の方こそコメントがかなり長くなってしまい、恐縮です。それでもうまく自分の違和感を説明できたか心もとないのですが、今はここまでとさせていただきます。

>>338

順にお答えします。

まず何と言っても他人様のブログのコメント欄に載せるには長過ぎませんか(分量の問題)。

 ご指摘の通りだと思います。ただし、その内容が極めて重要である場合においては、分量は必ずしも問題であるとは考えません。あえて言うならば分割投稿すればいいという議論になりますが、このブログにおいてはこの分量の投稿は必ずしも希ではないと言うことを指摘させていただきます。

さらにこのエントリとコメント欄での一連の議論では先日の江東区での妊婦死亡の件をきっかけに、周産期を中心とした(しかしそれに限られない)救急医療のシステム改善がテーマとなっていると理解しています。そこに「妊婦の心得」を貼り付けるのは場違いではないか(文脈の問題)。

 私の一連の投稿を再読していただければおわかりかと思いますが、私は今回の件を含め医療者のみでこのような事件に対処し得るとは思っていません。
 特に再掲いたしますが、

ですから、もっとも効率的な手段はネットワーク整備でもなく、極端な集約化でもなく、後方ベッドの整備とそれにコストをかけて超急性期病院からの患者さんのアウトフローを増やすことと、国民自らの急性期医療の謙抑的利用、この2つに尽きると思うんですよね。

 この「国民自らの急性期医療の謙抑的利用」という側面において、LUPO先生の提言は極めて重要なものであると考えます。

また、先生の本来の動機が何であれ、一連の議論の後に「妊婦の心得」を持ってくることにより、医療者側に懐疑的な読者のなかには「何だ、結局妊婦の方の心得次第に問題を押しやろうというのか、医者は」的な印象を持つ人もあろうかと、危惧もいたしております。

 このような誤読があることも視野の上での貼り付けだとお思いください。私は現在の医療崩壊に対処するに医療者のみの行動では解決出来ないと考えています。
 これは今回の件のみならず、ずっと以前からの私の主張であり、国民自らが医療を自分のものと考え、どうやって維持するかを考えない限り医療崩壊はとどまらないことを啓蒙しようと考えています。もちろん、その中には医療者自身の意識改革も必要と思っています。

 従って私の意識の中でLUPO先生の提言をここに貼ることは何ら矛盾のない行動です。

従って

想定される解は:
(1)深く考えずに、有用であろうと考えて投稿した。
(2)この行為自体に、いわば言外の、メッセージがある。

 この解はいずれも正解とは言えず、私のこれまでの発言を読んでいただければ、流れとして当然の行動だとおわかりいただけるはずです。

さらに追記いたします。

普通でしたらスルーしてしまうところですが、第2項が目に止まり、やはりこれは放っておけないと発言した次第です。

 この件についてはLUPO先生のブログで私はすでに述べておりますが、
 このブログで

>また、妊娠出産に関して女性だけに選択権を与えるような言い様が好きではないからかもしれません。

 これに関しての私見ですが、仮に結婚している夫婦であっても妊娠・出産に関して最終的な権限を持つのは女性であると思います。
 なぜなら、どんなに口で上手いことをいっても男性は命を張ってませんし、命を張りようもないからです。自分の生命がかかっている場合に、最大の選択権を持つのが男性なのか、女性なのかは言うまでもないと思います。その上で、なおかつ、お互いの関係(地位的、金銭的、社会的その他)を考慮したうえで「この男の子供を産んでもいい」、と言う場合にのみ妊娠してくださいという意味だと思います。

>望まぬ妊娠をする人への配慮がかけていると感じました。

もちろん、レイプその他で望まぬ妊娠をされる方はいらっしゃると思います。ですが、その場合でも「出産のリスク」と「早期堕胎のリスク」では安全度が桁違いだと言うことですよ。
そのうえで「レイプされようがこの子供を産む」という選択をされるにはそれなりの「覚悟」が必要だと言うことを言っていると思います。

 と回答しております。

 あえて、この部分に異を唱えるとすれば

死んでもいい覚悟は男のためじゃなくて子供のためにするんじゃないかと思うのですが……

 という部分だと思いますが、これはLUPO先生の意図を斟酌すれば第1条に行き着くのだと思います。
 つまり、安易なセックスをするな。セックスには常に妊娠の可能性を伴うものだ
 ということです。ここを考慮するが故に「
この男の子供を産むならば命を失ってもいい、と言う覚悟
」を求められているのだと思います。
もっと言うなら、女性はセックスするなら死ぬ覚悟でやれ、男性は愛する女性を殺す覚悟でやれ。と言うことだと思います。
 世界で最も妊産婦死亡率が低いスイスでも妊産婦10万人中2人強は死んでいるんです。日本でも10万人中4人強は死んでいます。これを他人事と考えないで欲しいということじゃないでしょうか?

うぎゃ・・・。引用範囲がずれた・・・汗

>また、妊娠出産に関して女性だけに選択権を与えるような言い様が好きではないからかもしれません。

 これに関しての私見ですが、仮に結婚している夫婦であっても妊娠・出産に関して最終的な権限を持つのは女性であると思います。
 なぜなら、どんなに口で上手いことをいっても男性は命を張ってませんし、命を張りようもないからです。自分の生命がかかっている場合に、最大の選択権を持つのが男性なのか、女性なのかは言うまでもないと思います。その上で、なおかつ、お互いの関係(地位的、金銭的、社会的その他)を考慮したうえで「この男の子供を産んでもいい」、と言う場合にのみ妊娠してくださいという意味だと思います。

 こういう引用をした予定でした・・・汗

先生のお考えはよく分かりました。先生にとっては言わずもがなであったと思いますが補足説明をいただきありがとうございました。この文書が

>「国民自らの急性期医療の謙抑的利用」という側面において…重要なもの

として引用されていたとは、分かっておりませんでした。こういう読者もおりますので、そのつもりでいていただければ幸いです。ついでに言えば、私の示唆した類の「誤読」も「視野の上での貼り付け」なれば、注意書きを添えられていたら親切だったのにとも思いますが、それを始めるときりがないかもしれませんね。

前のコメント時に「心得」本文に関してはLUPO先生のほうでうかがいますと書きましたが、文をまとめるのに時間がかかり、未だご挨拶もできておりません。先生があちらのブログから引用されたなかには第三者のコメントも含まれておりますし、こちらの読者の皆さんには文脈等も分かりにくい点もあろうと存じます。いずれにしてもこの件について私は以後こちらでは発言を控えますので悪しからずご理解ください。

今ちょうどNHK総合がやってますね。
現場医師密着での取材ですんで実情の公知には好適なのではないかと。

 昨夜もそして今朝7時のニュースで同一映像を使ってNHKが全国放映してました。産科と救急医療の現実と実情を広く国民の皆様に知っていただくには好適なのはそのとおりだと思います。我々極一部の公務員だけが知っていても、官僚組織と予算に阻まれて、無力感に襲われますから_| ̄|○
 まず正しい事実の認識(認定)から始めないと「事故の定義論争」とか「国と都の責任の擦り合い」とか「議論のための議論」に終始して非生産的になり、改善策が見えてこないと思います。しかし、今般は医療現場を預かる医療側も救急搬送側も危機感から迅速な対応に走り始めたので、明るい芽が出始めたと思います。あらためて被害者の方に。合掌。安らかにお眠りください。

救急患者の搬送の話しですが、オーストラリアの状況をご参考までに(長文失礼します)。

私の知っている州には大人用の大病院が3つ、小児病院が1つ、産婦人科病院が1つでした。産婦人科病院と提携している大人用の大病院は1つです。よって小児科関係、産婦人科関係の救急患者が断られるということはありません。
大人用大病院の救急は1次から3次までのER型の救急で、重症患者は病院内のICUに入ることになります。
ICUは7割以下のベッド占拠率であることが国より推奨され、満床は批判されます(補助金に影響する場合もあるようです)。
どうしても満床になった場合は、他の2つの病院に電話で「うちは満床になりましたが、おたくは大丈夫ですか」と聞くことになっています。全てが満床とか言っている場合は(めったにないが)、トップ会談で対策を練ることになります。
緊急優先なのでICUを利用する予定手術はよく延期になりますが、それはしょうがない。しょうがないという意識が医療者、非医療者ともにありますが、あまりにひどい延期は批判されます。批判されるのは病院や医師ではなく、システムです。

成人用の大病院は1つは心臓血管外科がありませんが、他の2つは全てをみることができる病院です。救急室に24時間多くの救急専門医、看護師がいます。
各科の専門医の診察がすぐに必要な場合は少ないので、多くの場合は救急専門医が対処し、必要な場合は、専門医への紹介状を書いて翌日受診するように言います。その場で各科の専門医の診察が望ましい場合や各科への入院が必要と思われる場合はその科のオンコールが呼ばれます。20分以内に診察可能なとこにいれば病院内にいなくてもいいです。
救急の処置は救急医が全てできるし、検査等も救急医がやってしまうので、専門医は大急ぎでかけつける必要はあまりないです。
ただ、あまりゆっくりしていると、救急のベッドを占領したままになるのでまずいというだけです。早い者勝ちでなく、トリアージ制なので、軽症患者は永遠と待つことになります。

救急医は当然、看護師と同じ完全交代制です。各科の医師のオンコールは翌日も働くことになります。しかし、オンコールで一晩中働くような運の悪いことは年に2,3回あるかどうかだと思います。

勤務医も積極的に政治活動をしていました。研修医も研修医代表というのが政府に陳情に行ったりします。州の病院代表、学会代表が大きなデータをもとにgovernmentに訴えにいっていました。大学病院に給料をもらいながら残り続けるには研究成果を出さなければいけない日本と違い、オーストラリアの大病院は大学と切り離されているので、必ずしも研究をする必要がなく、そういうことをする時間的や気分的な余裕があるのかもしれません。

日本の難しいところは、営利追求型の病院と非営利追求型病院(公立病院)が同じレベルで入り混じり、それに対して、支払う側は国民皆保険の非営利追求型保険一本のみというところにもあります。
オーストラリアのような大胆な病院の集約化は、大病院が全て州の元に運営される非営利追求型病院であるからこそできるのかもしれません。(私立病院もありますが保険が異なり、また全ての科に対応できる大病院の役割はできません。)しかし、医師にとってストレスが少なく、ちゃんとした医療を提供できるという満足感も得られる形であったので、なんらかの形で日本に応用していただけたらいいなと思っています。

惰眠さん
>現場医師密着での取材
録画していたわけではありませんがこの取材の最後にドクターが「帰宅するのか?」と問われて「いいえ、これから大学病院の当直です」と仰っておられたような気がします。そこまで「密着」しなければ「真実」は見えてこないのでは?と愚考いたしました。
ハスカップさん
>あらためて被害者の方に。合掌。安らかにお眠りください。
今回の事案で「被害者」とはどなたでしょうか?この言葉を選ばれた根拠とともにご教示いただければ幸いです。

>青髭(医)先生
文脈からして「病気の被害に遭われた方」でいいじゃないですか。
もう単語の定義でグダグダやるを見るのはウンザリです。

>今回の事案で「被害者」とはどなたでしょうか?この言葉を選ばれた根拠とともにご教示いただければ幸いです。

 御説明しますと、私も似たようなXXで治療中なので、「病(やまい)で亡くなられた被害者」という意味です。善人にも、悪人…σ(^_^)…にも、脳血管障害などの疾病という火の粉(不可抗力)は降りかかります。

 死生観や諦観がおかしいとご批判を受けそうですが、一番最近参列した葬儀は、親しかった知人です。
 簡単な疾病(薬物誤飲こん睡)で退院当日、荷物をまとめた直後、突然倒れ、その場にいた旦那さんが直ちにナースコールして大声で異変を知らせ、看護婦が駆け付け直ちにドクターをコール、これまた駆け付けた医師が心停止呼吸停止を確認し、速攻で蘇生措置を施しながらストレッチャーで隣の病棟のICUへかつぎ込みましたが、いわゆるエコノミークラス症候群(PE)で脳死状態(何とか脳波がフラット)。家族の希望で(以下略。
 これ以上ない理想的な救命救急措置がとられたのに、病という悪魔は結婚式から2週間で知人の命を奪いました。こういう例を目の当たりにすると、つくづく病という悪魔の手にかかるとは、病という運命や運(不可抗力)の被害者と思います。m(_ _)m

BROTHER さんから紹介されたオーストラリアの状況はたいへん参考になります。
ただ広範囲な州での病院集約化には、搬送時間の問題があるかと思いますが、そのあたりはどのように解決されているのでしょうか。
ご存知の範囲で、教えていただければ参考になります。
また諸外国の情勢もご存知の方があれば、ご紹介ください。

あとはひとり言です。
モトケンさんが、今後医療問題に関するかかわりを控えると発言されて以来、書き込みがめっきり減り、寂しい思いをしております。
こんなに大きなテーマですから、そう簡単に意見が集約されるというのは難しいことでしょう。
二年以上の時間をかけたとしても。
いろんな人が、いろんな考えを持って発言していいと思います。
あまりに無責任な発言も困りますが。
昨日まで一致していた見解や認識も、新たな医療問題でまた意見が異なってしまうこともあっていいと思います。

私は周囲の同僚や上司、部下にはここで得た知識も参考にして、法律的には、医療事故や医療過誤について、こういう考え方をするようだよと、機会があればよく話しています。
ポカンと口を開いたままの者も、少なくはないですがね。
ですから非医療者の方も、法律家の方も、医療人がどのような考え方をするか、それを周囲の人に広めて頂ければそれで十分だと思います。
そこにこそ、このブログで医療問題をテーマにした意義があったのではないでしょうか。

昨夜のNHKは私も見ましたが、やはり活字メディアも含めて、マスコミ報道にはどうしても取材者、記者、編集者などが介在し、記事の内容にフィルターがかかり、正確な情報が国民に伝わりません。
それが患者、医療者間での相互不信の一因になっています。

たとえ時間のかかる過程であっても、こういうブログで、生のお互いの意見を知ることができるのは、たいへん有意義なことだと思っていました。
(このひとり言は別エントリに書き込むべきことを承知のうえで)


 さきほど黒沢監督の名作「赤髭」を見ましたが、救急外来に迅速に運びこめば蘇生するという過大な(非化学的な)期待は、被医療者は避けるべきでしょう。
 私は運命論者じゃないですけど、一昨日見た手塚治特集BSのブラックジャックのヒトコマで、BJの恩師本間先生の霊?が「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね。」 という感動の言葉は、医師よりも被医療者国民全員が記銘すべきだと思いました。

 横レス失礼します。m(_ _)m

>やはり活字メディアも含めて、マスコミ報道にはどうしても取材者、記者、編集者などが介在し、記事の内容にフィルターがかかり、正確な情報が国民に伝わりません。

 実は裁判報道でも同様のフィルターを痛感してます。それも悪意のフィルターを感じて、私がこの眼で傍聴した法廷の報道番組を見て「作られた」と憤慨したことがありました。

 横レス連投ごめんなさい。m(_ _)m

>ただ広範囲な州での病院集約化には、搬送時間の問題があるかと思いますが、そのあたりはどのように解決されているのでしょうか。

 米国出張中に見たCNN映像(全部英語_| ̄|○)では、オーストラリア空軍のエアホースアンビュランスプレーン(病院船ならぬ病院プロペラ機?)が、砂漠のど真ん中にイマージェンシーランディング(緊急着陸?)して、その病院プロペラ機の中で緊急手術して救命してました。
 門外漢の情報提供にて失礼します。m(_ _)m」

  オーストラリアのその大病院は、救急だけではなく、たとえば悪性腫瘍や慢性疾患の急性増悪も、対象ですか?
 日本でいえば、大学病院のような患者さんの層でしょうか?

 ベッド数やたとえば手術室数なども、もしご存じであれば教えてください。

 
 なにかかき乱してしまったようで、それでも考え続けてはいるのですが、お聞きしたかった理由は

1、単科のシステムを考えるのは、まだ手の届くところにある
 例えば産科と新生児科の集約ならば、現在の都立病院クラスの大きさの施設でも、専門性を高め人材を集めることで、質を担保するというニーズと受け入れ態勢を柔軟にするという二つのニーズに答えられそう

2、ただそれに、今回の患者さんのように実は脳外科とか、多臓器の外傷合併とか、となると必要なリソースは規模として全然別のものになる。

 議論の中身では、私は患者さんの状態が必要とするニーズ(たとえば脳外科とか手術室とかーー)を満たす必要があると思ったのですが、国民のニーズはとりあえず受け入れろなのかなあ? 実際 要求されている水準を満たせないのが怖くって、受け入れにくい のだと思うのですが

私の場合、今の所は、難しい症例に多大なリソースを投入するよりも、対処可能な症例に十分な医療を望みたいですが。

>満たせないのが怖くって、受け入れにくい

要求されている水準

「↑これを明記」との設問が合ったら、答えられません。

その正答が有れば、医療の目標は明確となり、恐怖感も解決可能ですが。
何方か、正しい答を持っておられますか?

今の医療現場は様々な要求に振り回されて対処に手一杯の様子、医療の目的や目標が不明確なままなのではないでしょうか。

医療の不安解消には「患者・将来患者のニーズを、こう把握し、目標をこう定める」と宣言し、それを社会が承認する必要が有りますが。
それには政治的リーダーシップが欠かせない。

現実的には、医療者自身が政治までやるのは難しいでしょうが、政や官が中心と成るにしても、正しい認識の為に現場の声を社会全体に対して上げ続ける事は必要かと。

 医学部の教育課程に、公衆衛生学ってありますよね。

 公衆衛生の考え方って、いわば健康をマスで考えるというもの。予防接種などもそうですが、限られた資源のなかで、いかに効率的に医療を配分するかという学問。私の要約では心もとないですけれどーー

 言い換えや例えは混乱を引き起こすようですが、あえて言えば、 軍隊で損失を最低限に効果を最大限にする手法 って言える。

 この公衆衛生の考え方が、人々には受け入れにくいように感じます。目の前の患者さんも大事、でも集団として考えるときには、マスとしてより良い状況を作るほうが、医学的な手法としては大事。 こんなことを、医師は医学教育の中で、1年かけて学ぶ。公衆衛生はある意味目の前の人の犠牲(病気や外傷での死亡など)を当然としているので、一般的に人の感情のなかでは受け入れにくい。
 
 でも、そういう学問があって、公衆衛生学的な考え方に基づいて医療がなされているということを、理解して貰うように広めてゆく必要があるように思います

なるほど、公衆衛生学ですか。

「公衆衛生」は言葉で聞きますが、学問として教育課程に有るとは知りませんでした。
それを利用して体系的に評価し目標設定が可能かも。

そのようなコンセンサスの基本と成る情報や重要性を受身の被医療者に与えるのは、医療者を含む保険機構や官僚の仕事で、且つマスコミの存在意義だ。

と思うのですがTVからは聞こえてこないような・・・
いえ、自分の不勉強を棚に上げての愚痴でした。

 冷静に考えてみると、「裏付けの有無にまで医療者側が気を遣う必要はない(No.220 モトケン様のコメント)」という意見には、なるほどと思いました。確かに、昨年の参院選で与党が成果を強調していた「ドクターヘリ整備事業(コストパフォーマンスを考えるとその予算を通常の救急医療体制の整備に回す方が良いのではないかという意見があったにもかかわらず鳴物入りで導入されたように思える)」などを考えると、それ(予算の運用)は政治・行政の責任といえます。
 医師は、常に医療費と向き合わざるを得ない環境にいるので、ついコストなどの現状にとらわれてしまうようです。
(蛇足ですが、大学病院においても、診療科長・病棟医長は、毎月のノルマ(売上げ、病床稼働率、在院日数など)を厳しくチェックされているようです。また、私の知る内科講座では、医員(非常勤)が定員の半分以下の状況が3年以上続いています(業務量は増加)。外科講座では入局者0が続いているところもあるようです。)

 言うだけならタダです(^^)

 少々考えついたことがあったのでーー

 言いたいことは、「少しでも早く」と「1時間は許容範囲内」の間のギャップです。

 救急の「1分1秒を急ぐ」という話は、心肺蘇生の時間を指します。(多分、文献検索する時間がなくてすみません)
 もともと救急の体制が作られ、一次救急への搬送時間を短縮しようとした一番大きな根拠は、蘇生すれば救命できる患者さんの数がそれなりに多かったし、この蘇生までの時間がそれこそ何分単位だった。

 それで医師言葉でバイタルサインといいますが、血圧脈拍呼吸などの人が生きるための、基本的な条件が落ち着きます。するとその後の検査診断治療は、臓器別だったり、疾患別だったりしますが、30分くらいが単位となってきます。(この30分単位くらいが蘇生後の時間感覚だと思います。言い換えれば30分単位では、そんなにものすごく将来に影響しない)

 勿論 例外はありますけれどーー。

 今頃になって、また顰蹙モンだと思いましたが、そうだモトケンさま、救急車は1分1秒をなんとかって仰せだったな、そのあたりがひょっとしてギャップだったかな

 と思ったので、怒られそうでしたが書きました。

P R

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