エントリ

 このエントリは、医療崩壊論ではなく、医療制度論でもありません。
 いわば、ネットコミュニケーション論です。
 今、ボチボチとこのブログのカテゴリの整理をしていますが、新たなカテゴリとして「ネットコミュニケーション」を立てることにしました。
 このエントリはその第一弾です。

 最近の報道を見ていますと、東京の妊婦死亡事故に関して、医療側からも制度運営になんらかの問題があったとの認識のもとに、それを改善しようという議論がなされているようです。
 しかし、このブログの「東京の妊婦死亡事故」では、(一部の医師を除き)そういう議論にならなかった。
 私が、その方向に誘導しようとしても、頑な拒否する姿勢さえ見られた。
 そして、そのような頑なを医師をたしなめる医師側からの意見もほとんどなかった。
 今までも何度も私が不満をあらわにした点ですが、今回も同じだった。

 場外乱闘に

どうせなら
「どうして医者は聞く耳をもたない(ように見える)のか」
というスレを立ててほしかった。

というカキコがありましたが、これは誰からの意見を期待してのカキコだったのでしょうか?
 医師からの自己反省的なエントリでないなら、立てても有害無益でしょう。
 もちろん、医療側にとって有害無益ということです。

 しかし、それはそれとして、「どうして医者は聞く耳をもたない(ように見える)のか」ということについて、医師側からどのような意見が出るのか興味がありますので、言いたいことがある人はどうぞ。

 もし、私がどうして医療問題を取り上げてきたのかという目的が理解できないか、医師を批判するためだったと思う人は、そのことをはっきり書いてもらえれば今後の参考になりますので助かります。

補足追記
 上記場外乱闘のカキコは、医師を名乗る方からの書き込みでした。

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コミュニケーション論ということですので。
先のブログの「東京の妊婦死亡事故」では、ROMでしたが。

コミュニケーションですから双方向のものです。先のブログをみる限り、医師に対して問いかける側の「医師に対しての問題設定の部分の意図」が私にはよく分からなかったです。
一般的に曖昧な質問に対しては、解答も曖昧にならざるをえない。
どのような問いかけをすべきか、というところがあるのではないかとは思います。

>最近の報道を見ていますと、東京の妊婦死亡事故に関して、医療側からも制度運営になんらかの問題があったとの認識のもとに、それを改善しようという議論がなされているようです。
>私が、その方向に誘導しようとしても、頑な拒否する姿勢さえ見られた。

ここの部分は私にはそうは分かりませんでした。

・質問側の要求している改善レベルは何か?どのレベルにしろ、としているのか(一分一秒でもできるだけ短縮しろ、というある意味限度のない追求?それとも意味のある数字を出してそれを達成しろ、ということ?)
・上のレベルは問わないが、改善しているという努力をみせろ、ということなのか?
・リソースについては無限のリソースを設定していいのか?それとも、リソースについては現状を前提のもとにどういう改善ができるか、の解答なのか?(リソースについては医師の権限ではないところによる。いわば、法解釈じゃなく、立法の問題
についても、法曹家に改善の努力をしろ、と投げかけるようなもの)

コミュニケーションなんですから、「医者に聞く耳をもたせる問いかけ方法」ということでいいのではないでしょうか?

 医療の実情(具体的な医療現場の実態)をほとんど知らない者としては、

 なんかいい方法はありませんか?

以外の質問の仕方があるなら教えてほしいです。

 レベルを問題にするのはその後でしょう。

 医療側の回答(の多数)は、

 (原状を前提にすれば)そんなものはない。

というにべもないものだったように感じています。

 (原状を前提にすれば)そんなものはない。

というにべもないものだったように感じています。


にべもないというか,単に,本当に現場の立場からはそんな妙案はないと思っているからであって,仕方がないんじゃないですかね。根本的な問題はリソース不足であり,リソース増強以外にいい方法はない,と答えも出しているわけですし。
「現状を前提にすれば,そんなものはない。」は,これが多くのヒラ医師が述べるからには,現場の声として意味があるものだと思いますが,これを「にべもない」で片付けてしまっては,話が先に進まないのはある意味当然でしょう。
最近の報道を見ていますと、東京の妊婦死亡事故に関して、医療側からも制度運営になんらかの問題があったとの認識のもとに、それを改善しようという議論がなされているようです。
というのは,ヒラ医師ではない病院上層部の医師だとか,お役人さんだとか,もしかして一部の前向きな医師も含まれるのでしょうが,多くの現場医師から見れば,リソース増強なきままシステム改善などをしてもそれが本当に改善になるかは眉唾だと思っている(それこそイチかバチか,の世界。具体的には,一点豪華主義で特定の部分のシステムを改善しても,別のシステムにほころびる,など)のではないでしょうかね。そもそも,今のシステムだって,改善に改善(のつもり)を重ねて出来上がっているものだと思うけど,それでも働かなかったのですから。

現場の声に耳を傾けずに,上層部だけが形だけ整えて結局うまく働かない事例は,医療分野以外にも多くあるように思います。

いつもはROM専(医師)ですが

にべのない返事ということですが
つれなくなるのも当たり前と思います。
今までの討論から一部抜粋(一部すぎますが)

1)医療に関して免責はどうですか
  そんなこととんでもない
2)勤務の適性化、労働基準法遵守
  誰もそんなことは知りません
  自分でかってにやりなさい
3)とんでも判決を何とかしてほしい
  変な鑑定書を書く医者が悪い
法曹からの返事でしたね

また
4)毎年2200億の医療費削減
  撤回の余地なし
  こんなに不況で皆苦しんで居るんだ
5)救急医療はもうこれ以上リソースがないとできません
  そんなことはない、医者が怠けているからできないんだ
6)僻地の医者が足りません
  強制労働配置をするんだ
  (これは桝添さんがだめといったのですが)
7)勤務医が悲鳴を上げています
  楽にもうけている開業医が悪い
  こんな数字のレトリックになぜいつまでも
  しがみついているのでしょうか?
8)皆赤ひげ精神でがんばれと
赤ひげ精神でがんばった際は、金持ちからはふんだくって
貧乏人は間に合うものを供出して(食事、労働、他何でも)
その上で結果を問わずという覚悟は被医療者にあるのですか?
赤ひげはオールマイティーではありません。江戸時代の医療を期待されるのならばそれでも結構です。医療レベルではなく、精神をということでしたら、被医療者も江戸時代の精神を望みますがそれでもよろしいですか。

そこのところをどなたか明快にご返事いただければ幸いです。

誤要約もたいがいにどうぞ。

一見、「医師には手厳しい法曹側の意見」を並べたようで、その実、元爺 さまにとって「都合のいい」意見を並べていますね。
「都合のいい」とは、叩くのに、ということです。つまり藁人形。

そんな一面的な主張をしている法曹からの返事とやらを、このブログ内から、ひとつでもリンク先を明示して引用することはできますか?
それ以外の方向性のコメントはまったく記憶に残っていないのですか?

まあ、こういうツッコミをしないで「書きたいように」書いてもらうのがこのエントリの趣旨かもしれませんが、あまりにもアレですと一言申し上げざるを得ません。

ROM専(被医・被法)です。

元爺さま
さすがにそれは恣意的な抜粋というものではないでしょうか。
少なくとも法曹サイドからそのようなバッシングがなされた書き込みは見受けられませんが。
一部の煽り・嘲りの書き込みであれば見受けられますが、そのようなノイズのみを抽出しても前向きな議論にはならないのでは?

そもそも前向きなエントリーではないといわれればそれまでですが。

にべもないというか,単に,本当に現場の立場からはそんな妙案はないと思っているからであって,仕方がないんじゃないですかね。

結論としてはそこに行き着かざるを得ないとしても、被医療者側にうまく伝えて納得させるのに適した「言い方」があったろう、と思います。

(峰村さまの発言に対してということではなく、あのエントリにおける一連の「流れ」として)

 この元爺さんの要約に対して、医療側がどういうコメントをするのかを注視しています。

(議論がかみ合ってなかったので撤回)

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20081102-OYT8T00171.htm

 こんな取り組みも無意味ですか?

>No.4 元爺 さま

ご指摘の8項目は、モトケンさんが主張なさったとのご指摘でしょうか?

モトケンさんは、この8項のような次元の議論をしたくないからこそ、医療側からの意見を求めて「東京の妊婦死亡事故」などのエントリを立てられていたと思いますが。巷間の論調とモトケンさん自身の論旨と同一視されても、議論が擦れ違うばかりで有意義とは言えないのじゃないでしょうか。

既にいくつかレスが付いていますが、余りに「誤解による思い込み」ばかりで固められた「藁人形叩き」でしょう。残念なご意見です。


それはそうと、

そこのところをどなたか明快にご返事いただければ幸いです。
ということですので、以前より医師の方々が大きく誤解されている次の1点だけでも、詳細な資料を明示して間違い&勘違いをご指摘しておきます。

>4)毎年2200億の医療費削減

この主張は大いなる誤解です。

第1に、毎年2200億円削減しているのは、社会保障費で医療費ではありません

平成19年度は生活保護の母子加算廃止(420億円)と、雇用保険の国庫負担の見直し(1810億円)であり、医療費関係の削減は行なっておりません。平成20年後は診療報酬改定などの医療費分野で2150億円の削減と、生活保護の母子加算で50億円の削減であり、2200億円全額が医療費分野ではありまん。更に平成21年として現在政府与党で議論されているのは、雇用保険の国庫負担での削減であって、医療費の国庫負担の削減ではありません。

第2に、こうした毎年の社会保障費の国庫負担の削減は、社会保障費の自然増加分の削減であって、前年度の実績額からの削減ではありません

第3に、平成18年度までは三位一体改革等と併せて、毎年度の社会保障費増加分の2200億円削減が行なわれてきましたが、医療費の実績額そのものは毎年増加しています。
 平成14年度医療費総額:30兆9507億円
 平成15年度医療費総額:31兆5375億円(5868億円増)
 平成16年度医療費総額:32兆1111億円(5736億円増)
 平成17年度医療費総額:33兆1289億円(1兆0178億円増)
 ※データ「平成20年厚生白書」より

医療費を毎年2200億円削減しているとのご指摘は事実無根です。私は過去に医師系のサイトで、2200億円削減は全額が医療費の実績額からの削減というような誤った認識の書込を見ましたが、元爺様もこうした誤った情報を鵜呑みにされて憤慨されておられるように感じます。

他の何点かについても「誤解による思い込み」を指摘できますが、あまり有意義とは思えないので止めておきます。

法曹じゃないですけど。

例えば、
>1)医療に関して免責はどうですか
>そんなこととんでもない
(だけ)ではありませんでした。

例えば私が
「状況によります。輸血のときに、そもそも血液検査しないなんてないですよね。そこまで免責なんてとんでもない。例外はあるけど。」
と言ったら、医療側の人からは「チェックしたって駄目なこともある。」と返ってきました。

「だからそういう問題じゃなくて、そういう事態が存在することはわかりますけど例外は例外として、やるべきことはやってもらわないとそれは誰だって困りますよ」と私は何度言ったことか。


「にべもない」というならまさにその通りで、
議論の中でなんの区別もなく「出来るわけない」が前提に立っているんじゃないのかと思うのですがいかがなものでしょうか。

完全な解決策は思いつかなくたって、できることとできないこともあるよね、みたいな。

 「東京の妊婦死亡事故」の方に書いたものですが、2箇所に書いて失礼ですが、補足してここにも書きます

医学部の教育課程に、公衆衛生学ってあります。

 公衆衛生の考え方って、いわば健康をマスで考える というもの。予防接種などもそうですが、 限られた資源のなかで、いかに効率的に医療を配分するか という学問。私の要約では心もとないですけれどーー

 言い換えや例えは混乱を引き起こすようですが、あえて言えば、 軍隊で 損失を最低限に効果を最大限にする手法 って言える。

 この公衆衛生の考え方が、人々には受け入れにくいように感じます。
 目の前の患者さんも大事、でも集団として考えるときには、マスとしてより良い状況を作るほうが、医学的な手法としては大事。 こんなことを、医師は医学教育の中で、1年かけて学ぶ。 公衆衛生はある意味目の前の人の犠牲(病気や外傷での死亡など)を当然としているので、一般的に人の感情のなかでは受け入れにくい。
 
 でも、そういう学問があって、公衆衛生学的な考え方に基づいて医療がなされているということを、理解して貰うように広めてゆく必要があるように思います

ここからが追加です

 そして一般の人にとって感情的に許し難いと思う犠牲(人の死や障害)のレベルが、医師の共有しているレベルとどう違うかーー

 わたくしの父は、5人兄弟だったようですが、大人になるまで生き残ったのは3人。もう一つ世代が下の私の従兄は、6歳で単純な感冒から発症した肺炎で6歳で死亡。
 そして50年まえには、〇歳における平均余命は50歳程度。
 まあこれが当たり前だったんですね。

 現在日本に生活していると、特に50歳未満であれば自分と同じまたは下の世代で身近な人の死はほとんど知らない。知らないのだから、死や病を見ればあってはならないように感じる。

 それに比べて、医師の感覚は毎日毎日、些細なことで人は死ぬ、病気になる と感じているので、人が亡くなることはやむを得ない。

 このギャップが大きすぎるのではーー。

 そして医師にとっても、医療が 「損失を最低限に効果を最大限にする手法」の中で例外が出るのは仕方がない と直接的に表現するのは倫理的にも感情的にも難しい。 特に亡くなった方の遺族や病を持つ人の前では、そして死ぬことが許容できないと感覚的には思っているであろう大勢の前では、言いにくいので、議論が空回りするように思いました。

元爺先生には,ここの過去ログを全部読んで頂きたい心境ですね.

さて本論の方ですが,「病状で言えば危篤状態で打つ手がない」というのが医療側の偽らざる本音だと思っています.
マンパワーの絶対的不足が根本原因であるからです.それでも,「何か方策はないか」と言われれば,現在残っている医師がこれ以上現場を離れないようにする対策が必要でしょう.さらには逃散した医師を呼び戻せることを考えるしかないと思います.
そうなってくると実現可能性は置いておくことにして本気で「産科や救急における免責」や,「受診制限」,「労働基準法遵守」といったことを考えなければならないでしょう.産科に関して言えば「内診問題も産科医療が存続できるような方向で決着」させなければならないと思います.
上記のようなことは「ダメ」と言われてしまうなら,「何も方策はありません」と答えざるを得ないのではないでしょうか?

>上記のようなことは「ダメ」と言われてしまうなら,

 ダメと言われてましたか?

 一般的刑事免責は困難としても、それに代わる謙抑的運用というものをさんざん議論したつもりですけどね。
 それについて聞く耳を持たないのはなぜか、というのがこのエントリのテーマなんですよ。

横レスですが、

そのような取り組みに全く意味が無いとは言いませんが、コストパフォーマンスは非常に低いと思います。

コーディネーターが機能しても、受け入れ不能な病院がわかるまでの時間がやや短縮するだけです。全病院が受け入れ不能である場合(これが稀ではない)はこれまでと同様、患者受け入れまでに相当の時間を要しますから、結局救急受け入れ可能病院を増やすことが無ければ現状(救急搬送時間)の改善には殆どつながらないでしょう。

墨東病院では、今月中は現有勢力での休日二人当直を始めたようですが、最悪の対応ですね。

元爺さんは、釣りじゃないですか?
普通の読解力でROMしていればあのようなまとめになると思えません。


>このギャップが大きすぎるのではーー。

 医療側は、そのギャップを埋める努力をどれだけしましたか?
 医師の論理を自己主張しただけじゃなかったですか?
 素人の理解を得ようとする配慮がほとんど感じられません。
 医師の論理を医師の言葉で語っただけ。
 で、理解しない素人のほうが悪いというわけですか?

 私が、医療問題に触れている意図がまだわかりませんか?
 一つは、医療の訴訟リスクに関連して、医療側に司法の考え方を理解してほしいから。
 もう一つは、医療の素人の皆さんに医療を理解する場を提供したいからなんですが、

 前者が成功するかどうかは、主として私や私と志をい同じくする法曹の皆さんの説明能力の問題だと思われますので、聞く耳がないのかな、と感じてもかなり粘り強く説明してきたつもりです。
 それにも限界が来ましたけどね。

 しかし、後者が成功するかどうかは医師の皆さんの問題です。
 私は、場所を提供しているに過ぎないからです。
 その場所を理解を得る場所にするか、自分たちの不平不満のはけ口にするかは医師の皆さん次第です。
 そして、その場所が理解を得る場所になるか不平不満のはけ口になるかは、読んだ人がどう受け止めるかにもよるということを医師に皆さんは考えていますか?
 素人から見て、不平不満にしか読めないならば、ここは不平不満のはけ口になっているということです。
 私は、そんなことのためにこのブログを提供するつもりはありません。

 ところで、こんにちは さんは、No.4 元爺 さんのコメントについてはどう思われますか。
 何も感想はありませんか?
 ないならないで、それも一つの意見だと受け止めますが。

>そのような取り組みに全く意味が無いとは言いませんが、コストパフォーマンスは非常に低いと思います。

 制度運営の問題ですからコストを無視することはできませんが、コストパフォーマンスの向上を最優先課題と考えた場合はかなりまずいことになりませんか?

 医師の給料は安いほうがいいことになりますし、
 高度医療機器なんかなくてもいい
 ドクターヘリなんかも無駄

ということになりそうなんですけど。

 需要に大きな波がある制度運営において、無駄を排除しようとすると必要な機能を発揮できなくなるんじゃないですか?

 そのような無駄を承認するかどうかは、医師が決める問題じゃないでしょう。
 国民が求める機能を発揮するためには、このような無駄も覚悟しなければならない、という説明をすれば、あとは国民の選択なんじゃないんですか?

 要するに、医師の皆さんは社会制度みたいなものを議論する訓練が決定的に足りないように思います。

不平不満を医師の方々が書いてくれることで、こと産科や小児科が限界に来ているということはわかります。
また、法的責任の追及がどれだけ医療者を萎縮させるかもよく理解できました。
ですから、不平不満を書いていただくことは大変参考にはなるのですが、それがこのブログに止まっているうちは、大きな声には繋がっていかないと思います(最近はマスコミの論調にも変化が見られてきてはいますが)。
そういう医療の現場の状況を、世論に広く理解してもらうために、医療者の方からどのようにメッセージを発していくのか、それこそシンポでもどんどん開けばいいと思いますし、アンケート調査をもっとやって、プレス発表していくことなどももっと検討してもいいと思います。

じっと黙って耐えていて、一番、損な役割を医療者側が引き受け続けるのって、それこそ損ではありませんか。

>一般的刑事免責は困難としても、それに代わる謙抑的運用というものをさんざん議論したつもりですけどね。

モトケン先生,
言葉足らずですみません.ここで私の書いた「免責」はもはや「刑事免責」ではなく「民事も含めた免責」という意味になるでしょうか.
産科医療崩壊の大きな原因は大野事件のような刑事訴訟ではなく,トンでも「民事訴訟」です.民事訴訟が多くの医療者の意見を十分に聞いた上での妥当な判決が出せるようになるなら「免責」までは必要にならないかとも思いますが,そうでないなら「逃散した医師」を再度現場に復帰させる可能性があるとすれば,産科,救急などの危険性の高い医療行為において「故意」を除き「個人を責めない仕組み」が必要と考えます.ただし,状況に応じての補償というものは別途考慮しなければならないと思いますが.
「ヤブ」でも頭数に入れなければ成り立たないような現状では仮に一時的にせよ,このくらいのことまでやらないと「国民の望んでいるであろうレベルの医療」を提供することは困難である思われるということです.
まあ刑事免責でも困難ということですから,「民事の免責など現状でありえない」でしょう.「ダメ」と同じだと認識してあのように書かせて頂いたのですが,何かよいアイディアはあるでしょうか?
少なくとも,トンでも民事訴訟を何とかしない限り産科医療(および救急医療)の崩壊は止められないと私は考えています.新人が一人前になるのは10年以上先の話です.技術を持ちながら「心を折られた医師」を現場に戻すしか援軍の増強はあり得ないのです.そしてそのためには「心を折った原因を作った側」はそれに見合う以上の対策を立てないと元には戻らないのではないでしょうか?

そういう医療の現場の状況を、世論に広く理解してもらうために、医療者の方からどのようにメッセージを発していくのか、それこそシンポでもどんどん開けばいいと思いますし、アンケート調査をもっとやって、プレス発表していくことなどももっと検討してもいいと思います。

 私もこれには全く同感なんです。
 こんなブログでコメントしているよりはるかに効果的でしょう。
 ただし、このブログでコメントしたような内容を、そのままシンポで発言して非医療者やマスコミの共感を得られるかどうかは保証の限りではありません。
 
 ここが対非医療者発言のトレーニングの場にでもなれば、それなりの意義はあると思ってますけど。
 ここで、私だけじゃなく他の非医療者からも、聞く耳がないのかな、とか言われてるんじゃマスコミを味方につけることなんかかなり覚束ないと思いますよ。

 こういうことを書くとすぐ過剰反応が返ってきそうですが、医師がみんながみんなシンポに出るべきだ、デモ行進するべきだ、と言ってるんじゃありませんよ。
 医療側からの何らかのアクションの一例です。

 医療崩壊問題については、医療側からの発言が大事だということは、当初から言ってるんですが、それに対してはいつも、医療側にそんな余力はない、という答が返ってきてました。
 それがどうしようもない現実なら仕方がないですが。
 その割に、このブログで私に対する反発コメントはけっこう書き込まれますね(^^;

医療者には医療者のプライドがあるでしょうから、
なかなか素直にはなれないんでしょう。

シンポジウムはこれから増えると思います。
直接国民に訴えるしかない、マスコミに訴えても駄目、行政や議員に訴えても駄目、ネットで訴えても駄目、もちろん少しずつ効果はあったと思いますが、最終的には国民と
面と向かってひざを突合せて語るしかないという状況でしょう。

既にそういうことをやっている地域はそれなりに効果を
上げているんではないでしょうか。

医師よ、たちあがれ!!! 本田先生に続け!!!

忙しくても行動せよ!!!

こんな感じでしょうか?
頑張って欲しいです。

なぜか具体的な話になると、毎回エントリの趣旨から少しづつそれて行くような感じがしますね。

今回のモトケンさんの医師への投げかけは、医師の多くに共通すると世の中から思われている性質に、疑問を呈されたものだと解釈します。
まあ、平たくいえば世間からみれば頑固に映って、コミュニケーションが取りづらい相手に見えていますよ、ということでしょう。

これは医学教育に原因があるのか、医師という職業の性格から来るものなのか、あるいはそれら以外の要因があるのかということについて考察していかないと、簡単には解答は見つからないように思います。
当然、それは誤解だという意見もあるでしょう。

しかし、医師同士でも同じ職場では、お互いの診療内容に対して、批判しずらい雰囲気も少なからずありますよね。
部下の医師に対してさえ、医療ドラマなんかでよくやっているように、頭ごなしに叱り飛ばすことなんかなかなかできません(やりたくてウズズズしてますが)。
それらも結局は、聞く耳を持てない性質の一端なのかも知れませんね。

なぜか実感としては、看護士どうしの方がシビアな批判をし合っているように感じます、不思議ですが。
医師としては、そのあたりから反省していくことも必要だと思います。

(ところで別エントリで似たハンドルネームの方が投稿されていました。別人です。あしからず。)

世論に訴えるということでいけば、一番効果的なのは、今の悲惨な現場の状況で、どれだけ心ある医療者達が苦しんでいるか、それをダイレクトに伝えることでしょうね。情に訴えるのが一番効果的だと思います。所詮、理ではなく、情に流される世の中なのですから。

制度論なんてのは、それを世論に理解してもらった上で、政治家に考えて貰えばいいと思います。

医療者から、あまり細かな制度論を出すのは、「自分たちの利益を確保しようとしている」という悪意に満ちた勘ぐりを招くことになります。小細工は必要ないと思います。

その意味で、自ら命を絶たれた小児科医の存在というのは、大きなインパクトがあったと思います。

 うーん・・・まあ、それなりに医療側も努力してるとは思いますよ。ネットの世界を飛び出て全医連が発足しましたし、産科医療協議会の活動とか(墨東の件についての声明文は秀逸だと思います)。岡井理事も刑事免責は今は無理だと思うけど言い続けるといってますしね。活動はしてるし、最近の流れの変化にこうした活動の影響も出ていると思います。
 まだまだ目立たないしヨチヨチ歩きだったりしますけど、医療側のアクションは結構色々と行われてますし、市民側からも市民団体とかができたりして活動が行われ始めてもいます。問題はこうした一部の動きをいかに全体の動きに繋げていくか。

 民事のトンデモ判決に対する対応についても、量的には刑事問題以上に議論されてきたと思います。

 しかし、医療側は、医療の現状は動かしがたい前提として意見を述べるのに、司法の現状は非難の対象とする、というのはダブスタのように思われます。

 このエントリでは個々の制度論を議論するつもりはありません。
 司法側から言えることは既にほとんど尽くされています。

そしてそのためには「心を折った原因を作った側」はそれに見合う以上の対策を立てないと元には戻らないのではないでしょうか?

 復讐をしたいのなら、逃散が最も効果的だと思います。

 制度論的には、医師の心を折った原因の少なくとも半分は別の医師ですよ。
 民事医療訴訟は、実質的には原告側鑑定人医師対被告側鑑定人医師の戦いなんですから。

 それ以外の理由による(医療側から見た)トンデモ判決もあると思いますので、さらに続けますが

 「心を折った原因を作った側」が司法だというのなら、司法の場で戦うしかその原因を除去する手段はありません。
 大野病院事件は、被告医師や弁護人の努力もあって医療側に追い風となる判決が出ましたが、その追い風たる所以をいくら説明しても聞く耳を持たずに否定的評価しかしなかったのは一部の医師ではなかったですか?
 私は、大野病院事件判決は、刑事だけでなく民事にも医療側の主張の支えとなる判決だと思ってますけどね。

 さて、私は今「大野病院事件」と言いましたけど、医師の皆さんは、あれは事件ではない、と言って私を非難しますか?
 この最後の質問はスルーでけっこうです。

 そういう前向きな動きを、このブログの投稿者がぶち壊しているように感じられたのが、私がさじを投げた理由です。

 投げたさじをまた拾っているような感じですけど。

>まあ、平たくいえば世間からみれば頑固に映って、コミュニケーションが取りづらい相手に見えていますよ、ということでしょう。

法律家もそうなんですが、医師というのは感情を抑えて理性で仕事をしていきますからねえ。

でも、理屈だけでは世の中は動かないということですよ。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」って言いますけど、もう少し情に棹させて流されてみたらいいんではないかと。

>もう少し情に棹させて流されてみたらいいんではないかと。

 それができたら、医療訴訟の数はかなり減ったりして。

需要に大きな波がある制度運営において、無駄を排除しようとすると必要な機能を発揮できなくなるんじゃないですか?

必要な機能が発揮できないほど無駄を削ったのなら、それは無駄ではなく必要な遊び部分が無くなったといいことですね。

その遊びがなくなっているのが現時点での医療制度(体制)であることをこれまで繰り返し述べてきたつもりです。(ですから、根本的解決にはリソースを増やすしかないと)

リソースが増えるまでは、国民の必要とする部分に多くのリソースを注ぎ、優先度の低いものを削るしかありません。

そこで、どこまでのセーフティーネットが必要と考えるかということを問い掛けましたが、非医療者からの反応は余りありませんでした。問いかけかの工夫は必要と自分でも考えているところではあります。

要するに、医師の皆さんは社会制度みたいなものを議論する訓練が決定的に足りないように思います。

社会制度を議論する訓練をされていないのは、医師に限らず、多くの方がそうなのでは?私はここで勉強させてもらっていると思っています。

私は、多くの医師と名乗る人が攻撃的(脊髄反射的)で怒りや虚無感に満ちた投稿を行うことを憂いていますが、これは、自分たちの未来に希望が無いことの裏返しでしょう。それを打開するために、私自身は全医連に参加しています。

希望を持てないというのは、医療だけでなく社会全体の閉塞感につながるものかも知れません。

>それができたら、医療訴訟の数はかなり減ったりして。

でしょうね。手を尽くしても患者が助からなかった時、医療者も一緒に涙を流せば、医療訴訟は半減すると思います。患者が腹を立てるのは、木で鼻をくくった態度を見せているように患者が感じるからです。

命を救いたいために、精も根も尽き果てるくらい頑張った、ということが解れば、患者側も納得すると思うのです。

もちろん、患者を救命できなかった時、その医療者も内心は挫折感でいっぱいだと思うのですが、それをプライドが邪魔して感情に出せない。

今の医療というのは高度に専門家していて、ある意味職人のようになってきていると思うのですが、職人になればなるほど、人付き合いが苦手になっていきますからね(これは自分も自戒せねばなりませんね)。

 その遊びがなくなっているのが現時点での医療制度(体制)であることをこれまで繰り返し述べてきたつもりです。(ですから、根本的解決にはリソースを増やすしかないと)

 墨東病院の件は、「医師の数を増やすべきである。」ということを国民に理解させる千載一遇のチャンスであるように思います。

 しかし、このブログの論調は、

 医師が足りないんだから、これ以上無理。

という言い方ばかりであり、

 医師がもっと沢山いればこういうことができます。
 ですから、医師の増員の必要性を理解してください。

という訴えかけのようなものが(一部の意見を除いて)読み取れませんでした。

 同じようなことを言っているつもりでも、言い方次第で読んだときの印象は180度違ってくる場合がありますよ。

やや横槍ポイですが。

言葉もタイミングと受け取る者によって印象が違うので難しい。
例えば現場で職人に「アレはどうなってます?」と言えば。
「知らないか?」と聞いているだけなのに「アレをやれ!」と受け取られかねない。
(悪気はなくて、身の回りのことで頭がいっぱいなのですが)

>>もう少し情に棹させて流されてみたらいいんではないかと。

>それができたら、医療訴訟の数はかなり減ったりして。

これに対して、棹さしている間に別の患者の容態が!・・・と言う医師の反応があるかも。

それでなくても、何時間も延長して診療を続ける時点でかなり棹差しておられる様子。
慣れて居ないのは当に表への表現の仕方、又はそこへ到る思考なのでは。

10月31日(金)(だったと思います)のNHKの21時のニュースで産婦人科の先生の密着取材をやってましたね。
NHKらしく(とでも申しましょうか)一方的に病院を叩くことをせず、産婦人科の現場がいかに過酷か、ということを取り上げていたように思い、ある種の公平性を感じました。

あのニュースで見たかぎりですが、産婦人科の現場は病院スタッフの敢闘精神によってのみ支えられているようですね。素人としては、医療者も妊婦も医療行政の被害者だと思いました。個人の敢闘精神に甘えている現状を何とかしないと、(一部のお金持ちを対象とした高額なクリニックなど除いて)日本から産婦人科のある病院が無くなってしまいそうに思います。この国は本当に少子化を何とかしなきゃ、と思っているのでしょうか?
今すぐ現場のスタッフの待遇をよくする、とか、行政の責任者は現場をよく知っている人に限るとか(今のキャリア制度では、2〜3年で責任者がコロコロ変わる、というようなことも聞きました)というような対策は無理かも知れませんが、みんなで知恵を絞れば、厳しい条件下でも少しは改善していけると思うのは、甘い考えでしょうか? 例えば、これだけインターネット技術が進んでいるのですから、少なくとも空きベッドの有無を電話で確認している、という現状はなんとかなりそうに思うのです。現状ではお産だけでなく、夜間の大事故などにも対応できないように思います。
尤も素人の私には、電車の中で妊婦さんに席を譲ることぐらいしか出来ないのですけど。

横入り失礼(モトケンさん御免なさい)

>ですから、根本的解決にはリソースを増やすしかないと

今回の墨東の件に限らず、医療崩壊問題の原因の多くが「医師の不足」にあることは、このブログに限らず日本全体の共通認識だと思う。そして今から医師の養成枠を増やしても、効果が出始めるのは10年とか15年先になる。

ではリソース(医師)が増えるまでの、その15年間をどうするのか?

リソースが足りないのだからどうにもならない、とサジを投げるような意見ばかりでは、それこそどうにもならないと思うのだが。

>これに対して、棹さしている間に別の患者の容態が!・・・と言う医師の反応があるかも。
それでなくても、何時間も延長して診療を続ける時点でかなり棹差しておられる様子。
慣れて居ないのは当に表への表現の仕方、又はそこへ到る思考なのでは。


毎日多数の患者と接していく必要がある医療者が、一人一人の患者側と同レベルで悲嘆にくれていては体が持ちませんよね。
でも、そこは「ふり」だけでもいい。単なる「ふり」だけだと、見破られてしまうのでしょうけど、そこも技術です。その患者側と接している時間だけでも、患者側と気持ちを本当に同調させることはできると思います。

それは法律家も一緒なんです。クライアントと一緒にいる時間に、クライアントと気持ちを同調する技術があれば、クライアントの深い信頼を得ることができると思います。

思うに、今の医療というのは、人間をトータルで見る方向性ではなく、臓器別にどんどん細分化していく方向にあります。これは医療技術の発達によるものだと思いますし、その方向性はどんどん進んでいくのでしょうけど、人間をトータルで見ることが出来なくなると、情の面でのコミュニケーションというのが希薄化していくのではないかと勝手に想像しています。

>制度論的には、医師の心を折った原因の少なくとも半分は別の医師ですよ。
>民事医療訴訟は、実質的には原告側鑑定人医師対被告側鑑定人医師の戦いなんですから。

モトケン先生,
だから,数多くの医師のディスカッションによる鑑定を行なうようにシステムを構築し,さらに裁判官は専門家の意見を尊重するようになって欲しい,という要望をこれまでにもここに書いてきました.システムは改善の余地があるのですから,そこは歩み寄って頂きたいということです.

>「心を折った原因を作った側」が司法だというのなら、司法の場で戦うしかその原因を除去する手段はありません。

司法だけを問題にしているのではありません.そもそもは患者さん(遺族側)の「医療はうまくいって当たり前」という感覚,それを助長してきたマスコミ,そして最後にきっちり判断してもらえれば当然という思いの医療者にトンでも判決を出す司法判断,の3者が「心を折る原因」と言えるでしょう.もちろん最後に下されるのが司法判断ですから,そこで「多くの医療者が適切であったと考えるものが敗訴した時の落胆」は大きいと思います.

>大野病院事件は、被告医師や弁護人の努力もあって医療側に追い風となる判決が出ましたが、その追い風たる所以をいくら説明しても聞く耳を持たずに否定的評価しかしなかったのは一部の医師ではなかったですか?
 私は、大野病院事件判決は、刑事だけでなく民事にも医療側の主張の支えとなる判決だと思ってますけどね。

大野事件の判決文全文を読んだ感想はLMの方に書きましたが,私には到底「追い風」には思えませんでした.今回の勝訴は「薄氷の勝利」と言えると思うからです.(アマチュア的読み取りですから間違っていると思われる点がありましたらご指摘下さい.)
K先生は,ほとんど間違いなく多くの医師が適切と判断する手順で手術を行なっていたために,かろうじて「無罪」を勝ち取ることができました.後からみても非常に注意深く手順を踏んでおられます.私からみますと80点から90点以上を貰える(結果を考慮しなかったとして)ものだと判断されます.しかし,もしこれが70点くらい(並程度)だった場合どうだったでしょう?
また「民事」だったとしたら,判決文ではかなりのところまで「検察側の言い分を認めています」から,どのような判決となったかわかりません.(今回のは刑事裁判であって,ある程度まで検察の言い分を認めながら「無罪」の判決を出し,「控訴」を抑制しているというのであれば,ちょっと話は変りますがその辺りは素人ですので解り兼ねます.)
F裁判官のように100点満点でなければ,なんていう裁判官がおられるのも事実ですから70点だったとした場合どんな判決になるか,不安は尽きないのです.

 横レスの横レス失礼します。m(_ _)m

>そして今から医師の養成枠を増やしても、効果が出始めるのは10年とか15年先になる。
>ではリソース(医師)が増えるまでの、その15年間をどうするのか?

 それに付加しますと、某国の例を日本の実情にあてはめて推測すると、医療崩壊は3〜5年で完成します。
 上記の10〜15年をやり過ごす緊急避難的措置としては、素人の暴論として、開業医や非救急病院の勤務医を、2次救急と3次救急の夜間当直に輪番制で強制配置する!という「医療リソース国家総動員法」という緊急避難時限立法しかないのでは、と絶望的な気持ちになります。

だからこその予算潤沢化だと思いますよ。
ある程度「人」が増えるまでは増やした予算を設備や秘書とかに回せばいいんです。
さらには新たな箱物でもありますが効率優先の地域集約化を行って医療者の年収もある程度上げるとか。
もちろんドクターヘリも用意してです。

直近の対策としてはアクセス制限ですね。
とりあえず医療者に一息ついてもらわないといけません。
そのCMに予算を投入すべきです。

人が増えるのはなるほど時間がかかりますが、予算の使い方は色々とあるものです。

私が新人の頃、とある先輩から医者、役者、芸者と言われました・・・。
でも、それでいいのかなぁー。

私は、以前に、このブログのどこかで、医療の本質というのは呪術である、ということを書きました。

別に、今の医療の科学性を否定する趣旨ではありません。しかし、もともと、どの民族のどの歴史をとってみても、医療というのは出発点は呪術だったと思うのです。

それは「癒し」を本質としています。

今の医学でも力が及ばない分野というのはたくさんあると思います。近代科学に基づいた医学というのは、多くの限界を内包している。
その限界から先は、医療の範囲外であるとして放置するのではなく、「癒し」の試みが必要になると思うのです。

医学というものと、医療というものは異なると思います。

>そこは歩み寄って頂きたいということです.

 その議論は既に終わってます。
 医療問題に関する判断については、法曹は医師に従います。
 医療問題に関する医療側の判断が分かれるので法曹も混乱するのです。

>司法だけを問題にしているのではありません.

 患者側にしろマスコミにしろ、医療側からの働きかけなしに変わるとは思えません。
 現状前提論に立てば、悲嘆しか残らないと思いますが。
 このブログは、ささやかではあってもその働きかけの役に立てばいいなと思ってたのですが、そういう目で見ていた医師はあまり多くなかったかも知れないなと思う今日この頃です。

>(アマチュア的読み取りですから間違っていると思われる点がありましたらご指摘下さい.)

 既に述べたことに付け加えることはありません。
 これまで述べたことを理解してもらえない人に、さらに言葉を重ねたとしても理解してもらえる自信はありません。
 専門家の話より素人としての感情に従うというのも無理のないことかも知れないと理解はしますが、そうであるならば、専門家の話を聞くのは時間の無駄です。

 司法に対して不誠実だと言うような人もいましたが、そのような医療側に何を語ればいいのですか?

その通りです。
医学と医療は違います。

問題は患者・医療者間のコミュニケーションですね。
このエントリが趣旨するところのコミュニケーションとは異なり、意味合いが狭義になりますが。

ただ救急医療の現場ではコミュニケーションもへったくれもありません。時間との闘いです。
コミュニケーションを取ろうにも相手は意識が無く、家族も間に合わないなんてことざらです。
患者への感情移入も入る余地はありません。

敢えてつけ加えておきます。

 ちょうど11月1日に、医療関係者三分の二、マスコミ関係者三分の一という参加者の割合で公開シンポジウムがあり、自分も見学してきました。

公開市民フォーラム「わが国のお産のあり方を考える」

 質疑応答では、やはり墨東病院の土曜日の晩の事件が話題になりました。KYという言葉が流行りましたが、マスコミからの質問に対する回答者として立たれた昭和大学の岡井教授のご回答は、「できるだけのことはやっている」「振り分けと転院搬送はおおむね良好な状態にある」というもので、とても一般の感覚に応えるものではなかったように思います。

 言わせていただければ、当然にリソース不足の問題はあるにしても、あまり良好な状況にないことも、リソース不足以外の点で改善の余地がなかったわけでないことは、部外者の目からは一見明らかです。

 善し悪しは別にして、この一般の視点に便乗して、医師とそれ以外の資源投入の増加を訴えることは実に簡単なことと思います。また、マネジメント上の問題については、これまで散々に医師を使い捨てにしてきた東京都病院局を批判することも許容されて然るべきと思います。

 しかし、現場の医師にそれはできません。

 制度的問題の抽出には、現場を仔細に見つめる虫の視点と、高い空の上からの鳥の視点の両方が必要です。解決のためには、さらに様々な社会科学の知識と、マネジメントサイエンスのツールへの熟練が必要です。また、それだけでなく、マスコミや官僚とわたりあう政治的センスとリーダーシップ、言い換えればコミュニケーション・スキルが必要です。

 少なくともこれまでの医師に、6年間の医学部教育の中で、これらの知識とスキルを身につける機会はありませんでした。

 ですから、モトケン先生のフラストレーションの原因は甚だ根が深く、容易に解決がえられないものであると思います。

 医療界は、自らの能力不足・勉強不足に自覚的であるべき時期に入っていると思います。

 ただし、従来は患者さんと病気に向き合うことだけが目的であった医師をはじめとする医療従事者に、それ以外の知識と才能を求めるのであれば、それなりの覚悟が国民にも必要と思います。

>ただ救急医療の現場ではコミュニケーションもへったくれもありません。時間との闘いです。

もちろん、それは解っています。その時間との闘いで敗れ、救命できなかった場合に、遺族に対する対応が必要になります。その時にコミュニケーションをうまく取っておけば、訴訟になることを防げると思います。
今回の墨東病院の件では、ご遺族は、執刀医が頑張ってくれたことに感謝されておりましたから、そのあたりのコミュニケーションには問題が無かったのだろうと思います。

あまり、この問題に深く入るとトピずれになるのですが、私が言いたいことは、もう少し、世間の情の部分をうまく理解してアプローチしていけば、世論を変えていくことができるという戦術論です。それができないのは、現在の医療の方向性に原因があるのではないかと分析したに過ぎません。

今の医療現場が大変な状況になっていることを、素直に吐露していけば良いと思うのですが、それを抱え込んでしまうのは、医師の職人気質というものが作用しているのではないかと考えるのです。

その結果、自らの命を絶つところまで追い込まれてしまう。そこまでため込まないで、公の場で声に出していけばよいと思うのです。

>コミュニケーションを取ろうにも相手は意識が無く、家族も間に合わないなんてことざらです。

 修羅場が終わった後の事後説明的なコミュニケーションが問題になるんでしょうね。
 
 結果が悪ければ何を言っても納得しない場合もあるでしょう。
 墨東病院の件では幸い理解が得られたようですが、訴訟沙汰になってもおかしくなかったと思います。

 私が、救急医療体制のさらなる整備を問題にしたのは、そういう場合に備えるという意味もあったんですが。
 医学的に救命の可能性があったかなかったかという問題だけじゃなくて、制度運営についての患者側の納得の問題としてです。
 それを救命の可能性はなかったんだから医師に責任はない、ということばかり言ってたんでは、場合によっては、火のないところに煙をたててさらに大炎上させるかも知れませんよ。
 人は感情の動物ですから。

>しかし、このブログの「東京の妊婦死亡事故」では、(一部の医師を除き)そういう議論にならなかった。

モトケン先生,
このスレッドが上記のことに対してその理由を探し,どういった前向きの手段があるかを考えるという趣旨だったので,その視点で書かせて頂きました.

現実問題として,「絶対的医師不足(今回の例では産科医および救急医の不足)」がある訳で,それに対して短期的にできる可能性のあることは「逃散した医師を何とか呼び戻す」ことしかないだろうと考え,その方策をこれまでの議論の中から拾い出して挙げたのです.
私に考えられるのはこの程度です.これでも「実現可能か?」と問われると答えに窮しますが.
モトケン先生が求めている回答というのは,こういったものではないということなんでしょうか?

枝葉末節かも知れませんが,一言。

 その議論は既に終わってます。
 医療問題に関する判断については、法曹は医師に従います。
 医療問題に関する医療側の判断が分かれるので法曹も混乱するのです。

司法の問題に関しては,「無理やり議論を終わらされた」という印象を持っています。

「判断については,法曹は医師に従います。」という部分には異論はありません。ただしそうしなかった例はあります。以下の事例の地裁判決では原告側が勝訴しましたが,実際の訴訟においては原告側協力医はいません。
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/iryosaiban/H15wa22464.html

「医療問題に関して判断が分かれるので法曹も混乱する」という点については,判断が分かれることが法曹の混乱につながることはその通りでしょうが,そもそも医療判断というのはそういうものなのであって,その中で「法的責任」の有無を整然と判断するのが裁判官の仕事かな,と。
ところが以下の事例の高裁判決のように,鑑定人が「結果責任」で考えて鑑定しているものをそのまま判決の判断にしているような例があります。
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/iryosaiban/H16wa403.html
「法的責任の何たるか」を知らない医師の証言,鑑定の中から,「法的責任」を判断する技術を磨くことは,今後司法がさらに検討していくことだと思います。

司法の問題は司法の場で…という点は,主戦場としてはそこしかないという意味ではその通りなのだと思います。大野病院事件は民事にも影響をということですが(モトケンさんの口からは始めて聞いた気がします。違っていたらすみません),刑事起訴立件とちがって,民事がどうなるかはそれこそ今後の多くの事例を見ていかないと,何とも言えませんね。

# 医療の現状は認容して,司法の現状は非難の対象にしているダブルスタンダードと言われましたが,私から見れば私のサイトで扱った司法過誤度A級の司法過誤
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/iryosaiban/
は,医療で言えば青戸病院事件レベルなので。

>少なくともこれまでの医師に、6年間の医学部教育の中で、これらの知識とスキルを身につける機会はありませんでした。

 それは、学業中(純粋トレーニング中)に専門漬物になる高度な専門職に共通しますが、「学校で習う機会がなかった」という弁解は、社会人一般の常識的な世界では通用しないと思います。
 法曹でも、公認会計士でも、ITエンジニアでも、パイロットでも、学校で習わなかった知識とスキルは実務に入ってから夢中で、プレゼン能力、顧客説得能力、部下組織マネージメント能力(ヒト・モノ・カネ・情報)等を、自己啓発と自腹で否が応でも身に付けるシステムになっています。少なくとも日本では。
 暴言多謝。m(_ _)m

横レス申し訳ありません。

このエントリーで特定の例を挙げて、「こういう例があるのだから・・・」という反論をするのはあまり意味がないように思います。
同じ論法を医療側にあてはめれば、「これこれの裁判でわけのわからん鑑定をした医師をなぜ糾弾しないのか」とか「青砥の医師をまた復帰させるような医療界に自浄作用はあるのか」といった反論も成り立つわけで。

被医療者側にうまく伝えて納得させるのに適した「言い方」

内容が,聴く側にとってイヤな内容であると,なかなか「言い方」だけでは解決するとは思えず,勢い"ショック療法"に賭ける気持ちになるのではないかと。

その点では光市事件の刑事弁護に関してのやり取りでの法律家の方々の粘りには舌を捲きました。ただしあれでどれだけ国民の理解を得られたかについては分かりませんが。

No.50 みみみ さんのご意見に同意します。

No.48 峰村健司さん問いに関心のある方は、
峰村健司先生のブログ

「君の瞳に恋してる眼科」

にしてあげてくださいm(_ _)m

エントリから大きく外れてしまいます。

みみみさん,福田出さん,

すみません。最初から「枝葉末節かもしれませんが」とお断りしています。また,事例を挙げて反論することも本旨ではありません。単に,「その議論は既に終わってます。」に対して,それはどうかな,と思ったのでして。

>モトケン先生が求めている回答というのは,こういったものではないということなんでしょうか?

 私は、Level3 さんのことを言ってるんじゃありません。

 私が求めた回答は、少なくとも医師の責任論ではありませんでした。

 横レス失礼します。m(_ _)m
>判断が分かれることが法曹の混乱につながることはその通りでしょうが,そもそも医療判断というのはそういうものなのであって,その中で「法的責任」の有無を整然と判断するのが裁判官の仕事かな,と。
>私のサイトで扱った司法過誤度A級の司法過誤

 司法は、少なくとも民事は、原告と被告の主張・立証の範囲内でしか裁判官は判断できませんし(処分権主義)、刑事でも、不告不理や「疑わしきは被告人の利益」で検察官の主張立証と弁護側の反論反証を離れた認定はできない(検察官の主張事実は証明不十分で認定できないという)ことを誤解されています。
 ザックリ言って、裁判とは、当事者の主張をベースにしますので、原告側(検察官)鑑定にしろ、被告側(弁護側)鑑定にしろ、これが混乱したら、裁判官は判断できません。民事なら「よりほんとらしい」方に有利な判断をしますし、刑事なら「疑わしきは被告人の利益で無罪」とするだけです。
 どうも、裁判官は客観的真実を明らかにする職責と勘違いしてはいませんか(司法過誤?)。むしろ、医学的判断にオオボケがあったなら、それは、原告(被告)本人・代理人弁護士・当事者が選定した鑑定人の主張立正の間違いという責めに帰すべきものです。要するに、本人・鑑定人とJVを組んだ弁護士(検察官)の訴訟が下手だっただけで、裁判官の判断を論難するのは司法システムの根本を誤解されています。
 ご検討いただければ幸いです。m(_ _)m

>医学的に救命の可能性があったかなかったかという問題だけじゃなくて、制度運営についての患者側の納得の問題としてです。

そこなんです。
患者側の納得が問題となるんです。

これには、日本人の死生観、宗教観(もともと少ないですが)、あるいは諦観といったものが変質してきているように感じます。
そして、それが大きく影響しているように思えます。

もちろん医療者が患者・家族の感情を十分に理解し、共感することは、医学のイロハです。
それを忘れているのだとしたら、医師の再教育が必要でしょう。
当然、制度運営も改善されなければなりません。

同時に、授療者としての国民に対して、相応の医学教育が必要な時期に来ているのではないでしょうか。
極めて難しいとは思いますが。

刑事免責の問題にしても、法律家が現実的でないと発言するのは、結局、法改正が必要なところ、「医師だけなぜ特別扱いするのか」という国民の反対意見が大勢になるだろうという予測からです。

しかし、今の医療が限界点に達しており、そこに刑事罰による威嚇が加わると萎縮してしまい、その結果、多少の無理をして患者を引き受けるという無理も利かなくなっているという現状を広く世論に訴えていけば、変わっていく可能性があります。

医療費を増大させず、かつ、医療側のモチベーションを上げるもっとも簡便な方法は刑事免責でしょう。
また、民事での免責も、適切な補償制度を設けること、および医療事故調査制度の充実をセットにすることにより、可能になるかもしれません。

コンビニ診療の抑制、小児科や産科の診療報酬のアップ、長期入院の抑制など、全ては、現状の医療現場が手一杯のところに来ているという現状認識から始まります。

その現場の声を国民に届けることが出来るのは、現場の医療者達だけです。マスコミがなぜ取材に来ないのか、と恨み節を言っていても始まりません。

先の私のコメントはモトケンさんへのものでした。

>これには、日本人の死生観、宗教観(もともと少ないですが)、あるいは諦観といったものが変質してきているように感じます。そして、それが大きく影響しているように思えます。


自然に生きて、自然に死んでいく。これが一番幸せなことだと思うのですが、現実には、85歳のところ、90歳まで生きていくために、薬漬けの毎日を過ごす。「苦しい、辛い、早く死にたい」と嘆きながら。
死生観について考え直さないといけない時期に来ていることについては激しく同意いたします。

世界最高長寿国を達成しておきながら、さらに国民はこの上、何を望むというのでしょうね。むやみに長生きすればそれでいいというものではないと思います。

でも、こんな問題提起を医療者側からすることはさすがにできないでしょうね。国家予算の中で、医療費がどんどん増大していく、そのような状況下で、このままでよいのか、と国民が自発的に気がつくようになることが必要だと思います。

 参考になるかどうかわかりませんが。

 その是非は問わずで見ても、裁判員裁判について、法曹三者が着ぐるみを着たり、オヤジギャグレベルの素人キャラを全国で次々と作ったり、イベント会場でポケットティッシュやノベルティグッズを配ったりと、法廷を出て涙ぐましPR広報活動しているではないですか。
 医療現場は、医師や他の医療従事者の方しか実像はご存じありません(部外の弁護士が想像で勝手な虚像を書いていることの逆で)。よろしかったら、医院や処置室を出て、広く国民に向けて、医療現場の切実な実像をPRし、改革提言を広報されることを希望します。m(_ _)m

「指摘する」のと
「説得する」の違い。

「コレが限界、後はソッチで考えろ」と突き放すのと
「コッチも困っているが、良い知恵はありませんか」と協力を求める違い。

思うに私個人としては、医師の側からこのような丁重にに説得する文調の提案や意見が、非常に少なかったような印象があります。
 > 非医療者の皆さん、国民の皆さん、
 > 現状のままでアレもコレも全部何とかしろと言われても、
 > それは無理と言うものです。
 > コノ現状の厳しさを理解&容認して、
 > アノ負担の3割なりとも受け入れ、
 > ソノ不便をチョビット忍んで頂ければ、
 > 医師の側でももう遣り易くなるのですが残念です。

自分達の業界常識を業界言葉で喋っても、理解の輪は広がらない。業界常識や業界言葉を「翻訳」する考え方がそもそも無いというか、そうした必要性に気付いていないように感じることが多いです。

医療費を増大させず、かつ、医療側のモチベーションを上げるもっとも簡便な方法は刑事免責でしょう。 また、民事での免責も、適切な補償制度を設けること、および医療事故調査制度の充実をセットにすることにより、可能になるかもしれません。
刑事免責は難しいかもしれませんが,なされればインパクトは絶大でしょうね。私自身は民事のほうがより問題だと思っていますが,すちゅわーですさんが言われるとおりだと思います。ただ,私はその前に司法の責任判断の基準の変更が必要だと思っており,とりあえず亀田テオフィリン中毒事件に対する最高裁の判断(現在上告後10ヶ月経過)と,先日上告されたばかりの一宮西病院患者抑制事件に対する最高裁の判断を待ちたいと思っています。

このブログでは,すちゅわーですさんの提案のような意見については,非常に難しいとされて事実上取り付く島がないような感じがしていましたので,ちょっとほっとした感じがします。

>刑事免責は難しいかもしれませんが

重過失の免責ははっきり言って無理でしょう。というより、私自身、重過失事例は免責すべきではないと思っています。しかし、軽過失については、免責になることもあり得ると思っています。大野病院のケースで、警察庁長官(でしたっけ?)が、今後、謙抑的姿勢でやっていくことを公言したのが大きいと思います。それを立法化までしないと、現場の医師達のモチベーションが上がらないことを、切実な声で訴えていけばいいのだと思います。

裁判所の判断は、現行の法制度を前提に、証拠からある意味機械的に認定されてしまうものなので、そこにあまり大きな期待は寄せられないと思います。過失の程度が極めて軽かったとしても、過失がある限り、法的責任があると認定されてしまいます。もっとも、大野病院事件の影響や、近時の医療現場の状況に対する裁判所の理解により、過失の判断基準が若干緩やかになる可能性もありますが・・。

どうして×医者○医師は聞く耳をもたない(ように見える)のか
どうして×法匪○司法は聞く耳をもたない(ように見える)のか

> プレゼン能力、顧客説得能力、部下組織マネージメント能力(ヒト・モノ・カネ・情報)等を、…

 そっちへ行きますか?

 個々の顧客との対応の問題なのか、制度的諸問題の解決の問題なのか、自分は後者だと思っているのですが。

炎上に近いところに発言するのは勇気がいるのですけれども。
今すぐできること:
(1)「日本の医療非常事態宣言」のような声明を厚生労働大臣が出す。
(2)医師免許を眠らせている潜在医師のリクルートと再訓練を大々的に行う(研修医に準じて)。研修医を受け入れたい病院の「研修意募集数」は「医学部卒業生総数」より多いのです。つまり、その差を潜在医師再研修にあててはどうでしょうか。そのためには、彼らを受け入れる側が、上司・同僚・研修医の各レベルで、年齢の高い休眠医師(いろいろな事情があるでしょうが)を暖かく迎え入れてパワハラやセクハラをしない、という、信じられないような低次元の職場教育も同時に実施する必要があります。そうして再訓練を受けた休眠医師が、パートでいいから、たとえば開業医が地域奉仕として低賃金で行っていた地域保健所の乳児検診や予防接種業務や、勤務医の楽なバイトである企業検診や、人工透析当番や、いわゆる「寝当直」や、一次救急などを担当してくれれば、そのぶんの人員を、もっと切実に必要な当直体制に振り向けることができます。ただし、そのためには、このような「比較的楽な業務」と「比較的ハードな業務」との医師の報酬の適正化が必要です。地域奉仕は開業医にとっては地域との結びつきを強めるのでメリットもありますし地域の医師としての義務感や自負心で誠実に担当しておられる良心的開業医がほとんどです。また、日頃ハードな勤務医が、これらの楽な仕事で息抜きしつつ報酬でも一息つく、という、摩訶不思議な仕組みがありますので・・。いずれにしても、そう単純ではないことも確かでしょうから(私の認識不足を指摘してくださる返信がどっと押し寄せてきそうですし)、ここは、何とか「公衆衛生」的見地を医師にも非医師/国民にも説得力をもって納得させるリーダーシップが必要です。現大臣なら歴代の大臣と比較して期待できるように思うのですが・・・。
(3)患者に基礎的な(「家庭の医学」レベルの)医療知識をTVや新聞など総動員して普及させる。コンビニ救急受診を減らすために国民に協力をよびかけるのです。また、「助からないかもしれない事態」についても、懇切丁寧に教育するのです。お産はいかに危険か、とか、災害時のトリアージュとか、医師が発言すると反発を買いそうな、でも、患者に覚悟しておいてもらいたい「医療の限界」について、医師ではなく政府がちゃんと国民教育してほしいのです。
(4)医師免許更新制度を実施する。医療者として、生涯学習・医師免許更新という「自浄・向上への努力」が足りなかったのは謙虚に反省すべきだと思っています。本当は医師会がずっと以前に自らそうすべきでした。「勉強嫌い」と非難されてもしかたのない怠慢であったと思います。しかたがないので、非常事態宣言の一環として、政府がモデル事業としてどこかの地域で開始し、医師会に「継続」を委任するといいと思います。国民の信任に応える気があるなら、医師会も取り組まざるをえないでしょう。医師免許更新のための講習会のような場で、最新の知識のみではなく、ロールプレイを取り入れた患者感情の忖度や解釈モデルの尊重、インフォームドコンセントといった「診療コミュニケーション」を学べば、かなりの年配の医師も、人生経験があるだけに、ちゃんと患者の情のわかる、近代的医療倫理を身につけた医師に成長できると思うのです。

  以上のようなことを、「医療崩壊を食い止めるために」医師も患者も歩み寄る、というふうに、できないものでしょうか。甘いか・・・。

 民事は免責よりも強制保険でカバーするのが私の理想です。保険料の原資は、受益者負担の理屈で、健康保険料と診療報酬から拠出するのがいいかと思います。万が一の医療過誤で医師の民事賠償個人責任を問われても、強制保険で8〜9割近くが填補される分は損害賠償額から控除されるので、医師の相当な負担軽減になるかと思います(自動車事故の強制保険からパクリました)。

何を持って重過失かという問題はあるかと思いますが,重過失の免責はないというのはそれでいいのだと思います。

裁判所の判断なんですが,例えば,ある手術で,血管を傷つけずに成功する確率が70%の場合は,その手術で血管を傷つけて不成功に終わっても,過失との判断はないでしょう。これが,手術の技術が向上してその確率が98%になったなら,不成功に終わったときに過失の判断はどうなるか…どうでしょう?

また,医者の言うところのトンデモ判決の多くは,証拠からある意味機械的に認定できないような例が多いと思うので,そのような事例を今後どう扱っていくのかは大きな関心事です。何度も申し訳ないですが,
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/iryosaiban/
こちらの「医療過誤度A」の判決は,そのような例を集めたつもりです。

> 青髭(医) さん

 あなたはそういう人なんだ、と理解させてもらってよろしいのですね。

裁判所の判断なんですが,例えば,ある手術で,血管を傷つけずに成功する確率が70%の場合は,その手術で血管を傷つけて不成功に終わっても,過失との判断はないでしょう。これが,手術の技術が向上してその確率が98%になったなら,不成功に終わったときに過失の判断はどうなるか…どうでしょう?

過失の判断枠組みは、その時代時代の標準的な医療レベルと対比させて行われるものですから、医療レベルが向上すれば、それより下回る事例については、過失ありと判断される可能性が上がっていくでしょうね。

明治初期の医療技術で手術して、人を死なせたら、一発で過失ありと判断されることを考えていただければよろしいかと思います。

 私も後者のシステム問題だと思っています。若いときはいろいろな業界を渡り歩きましたが、こんなんに純粋で社会貢献に身を削る人ばかりだと思ったのは、法曹界と医療界です。他の業界は(公務員業界も…(^^ゞポリポリ…)もっと悪辣で生息に適した世界じゃないです。
 法曹はさておいても、これだけ純な方々ばかりの医療界で社会問題が勃発したとしたら、それはシステムに問題があるようにしか見えません。そして、このブログでエポックメーキングな大野病院刑事事件でも墨東病院救急搬送者死亡問題でも、医療関係者の懸命な医療措置を疑う余地がなく、どちらも医療リソースの適正配分などのシステムエラーとしか見えなかったからです。
 そして、現実の医療界は、システムマネージメントの大半は、医学の専門知識のない事務屋が行い、医師の先生方をマネージメントから遠ざけて経験不足にしてきたツケが回ってきたと思います。
 ただ、これを言うのは相当勇気がいるので、「個々の医師が学生時代に習わなかった」と言えば、先に私がした批判となるので、病院経営学を医師が実務を通じて学ぶ機会を現行システムが奪ったツケという実態に即したPRが必要ではないかと思います。

>修羅場が終わった後の事後説明的なコミュニケーションが問題になるんでしょうね。

確かにそうですね。
一晩に救急車が10台以上来て、そのうち一人二人は来たときに既に心臓が止まっていて、残りの半分は入院が必要で、そのうち一人二人は入院後に心臓が止まってしまって、おまけに前から入院している人のうち一人二人は心臓が止まって・・・

これは極端な例ではありますが、でも中途半端に人が住んでる地域の二次救急ではありがちの状況です。一晩に5枚の死亡診断書を書いたこともありますし、一晩に3枚ならままあります。
もちろんその間、軽症の外来の方々はまだかまだかイライラしながら待っていらっしゃいます。

だから、「事後説明的なコミュニケーションが問題」は重々分かってはいますが、じゃあ、どないせいっちゅうんじゃ?になってしまいます。

じぶんが何百人かの医師を見てきた範囲では、時間と気力と体力が残っているなら、是非とも丁寧な説明をしたいと思ってる医師が大部分だと思いますよ。でも状況が許さない場面が多い。それで「木で鼻をくくって」(これは モトケンさんではなく、すちゅわーですさんの言葉ですが )、と言れると、くくりたくて、くくってるわけじゃない、って言いたくもなってしまう(すちゅわーですさんのおっしゃてることは至極、至極まともなことですから、非難しているのではありません)。

現場を経験したことない人には結局分かってもらえない、それは医療に限らずどこの世界もそうなのだと思いますが、言っても言っても分かってもらえない(かのように見えてしまう)イライラと、医師が我ながら思うようにコミュニケーションをとれないでいる自己嫌悪とが、医師を名乗る人の脊髄反射的な反論、厭世的な態度の原因の一端であることも理解していただければと思います。

法曹にも色々な性格や意見の持ち主がいるようです。医師もしかり。
このブログでも前向きな意見と後ろ向きな意見(それと明後日の向きの意見ですね)が混在していますが、後ろ向きな意見が多いから、前向きな議論をもあきらめてしまうのはちょっともったいないな、と思っています。

事故自己レスです。すちゅわーですさんへ

すみません,医療過誤度ではなくて,司法過誤度でした。しかも,「証拠から機械的に認定できないような例」は,司法過誤度Bでした。司法過誤度Aは「証拠から機械的に無責を認定できるような例」でした(亀田事件高裁のAを除く)

>前向きな議論をもあきらめてしまうのはちょっともったいないな、と思っています。

 それは私も同感ですが、このブログのコメント欄が後ろ向きや明後日向きの議論に占拠されたら、やめるしかないですよ。

 何度も言ってるでしょ。

 医療側からの後ろ向きの意見が書き込まれること自体はたいした問題ではない。
 それを批判する医療側がいない(または少ない)ことが問題だ。

と。

ハスカップさま、横入り失礼。

>システムエラー、システムマネージメント

これらのカタカナ用語を下記のように漢字表記にした方が、無用な誤解と論点の混乱を防止できるかと愚考します。

システム:社会としての体制、国家や社会としての制度
医療システム:医療制度、医療体制
システムエラー:制度上の欠陥の露呈、制度の破綻事例

どうもコンピューター用語的な「システム」と捉えたと思われるコメントがあって、論点がズレていったと思われることがありましたので…

>死生観について考え直さないといけない時期に来ていること
>でも、こんな問題提起を医療者側からすることはさすがにできないでしょうね


そんなことはないかと思います。ここではトピずれになるので語りませんが、私が医療者として、1年8ヶ月の間、自ブログ
http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/
を通して、この問題提起を世間に発し続けてきたつもりです。

いくぶんかは、伝えることは出来たかもしれないと思いたいです。

メディアが、国民意識改革として大々的に伝えてくれれば尚良いと思うので、その線は、今後も機会を伺ってみたいと思います。

すちゅーわです先生、よろしければ、私のブログのラストエントリーをチラッとでも覗いていただければと思います。

世間に言いにくい「死」なるものをこんなに切に訴えている現場の医師もいると感じていただけるかもしれません。

 アドバイスありがとうございます。m(_ _)m
 組織論や制度論となると航空事故のNTSB用語が染みついているので。(^^ゞポリポリ

これは極端な例ではありますが、でも中途半端に人が住んでる地域の二次救急ではありがちの状況です。一晩に5枚の死亡診断書を書いたこともありますし、一晩に3枚ならままあります。もちろんその間、軽症の外来の方々はまだかまだかイライラしながら待っていらっしゃいます。 だから、「事後説明的なコミュニケーションが問題」は重々分かってはいますが、じゃあ、どないせいっちゅうんじゃ?になってしまいます。

切実さがよく伝わってきて、仰っていることはよくわかります。救急医療の現場とは比較にならないとは思いますが、私も猫の手も借りたいほど忙しい時にくだらない電話がクライアントから掛かってきて、つい切れそうになることがあります。でも、それだとプロとは言えないんですよね。ちょっと対応が粗雑になってしまったかも、と自分で落ち込むこともしばしばです。そういう対応をしてしまったら、ますます事態が悪化することは、私自身経験してわかってきました。

5枚の死亡診断書を書かなければならない時は、沈んだ顔をして、今、そのような状況であることを素直に伝えたらどうでしょうか。「申し訳ない。今日は落ち込んでいるんです」と。

また、救急医療の現場というのが、それだけ凄惨なものであることを、広く一般の人が知るようになることも必要かと思います。

やはり、現場からの生の声を発信していくことが大切だと思います。

明治初期の医療技術で手術して、人を死なせたら、一発で過失ありと判断されることを考えていただければよろしいかと思います。

問題はそういうことではなくて,たとえ医療技術が向上して98%成功するようになっても,その向上した医療技術をもってしても2%は不成功に終わるわけです。このような場合の不成功例に対する過失判断のあり方を,最高裁判例などである程度安定させる必要があると思います。もしこれを過失ありと一律に判断するようならば,その際にかかる賠償費用やそれによる医師の逃避を防ぐくらいの補償金を,保険的に治療費に上乗せする必要が出てきますので。

ちょっと、その紹介されている事例がどのようなものか解らなかったので、一般論としてお答えしたのですが、仮に仰るケースが、手術の手順として問題はなかったけど、患者の体質などの素因によって、2パーセントが助からない、という確率がでているようなものなのであれば、過失はないと私は思います。

また、血管の部位などの個別事情で、きちんと手順を踏んでいっても、どうしても2パーセントの患者については、傷つけざるを得なくなることがはっきりしている手術法であり、しかも、手術をするまでその2パーセントに該当する患者かどうかがわからないという手術法であり、当該事例がまさにそれにあたるというのであれば、同じく、過失は否定されると思います(あとはインフォームド・コンセントの問題が残りますが)。

ちょっとトピずれが激しくなってきたようなんで、あまり深く入るのは・・・

>このブログのコメント欄が後ろ向きや明後日向きの議論に占拠されたら、やめるしかないですよ。

 何度も言ってるでしょ。

 医療側からの後ろ向きの意見が書き込まれること自体はたいした問題ではない。
 それを批判する医療側がいない(または少ない)ことが問題だ。


そうですか・・・感じ方のちがいでしょうか?
比較の問題かもしれませんが、自分の目からは、

このブログのコメント欄が後ろ向きや明後日向きの議論(が、沢山あることは確かですが)に占拠されてしまっている様には見えませんし、

それを批判する医療側も少なくない方だと感じているのですが・・・

医療模倣も素人の感想ですが、

医師の論理を自己主張しただけじゃなかったですか?
 素人の理解を得ようとする配慮がほとんど感じられません。
 医師の論理を医師の言葉で語っただけ。
 で、理解しない素人のほうが悪いというわけですか?

医師をモトケン様と入れ替えても成り立つような気がします。

おっしゃるとおりトピずれが激しくてすみません。
外科の場合の成功・失敗はもっと偶発的なものでして,だいぶ前に書いた以下のコメントをご参照くだされば幸いです。
http://www.yabelab.net/blog/2007/06/25-110718.php#c70589
お付き合いくださいましてありがとうございました。
医師からの情報発信は,事実を挙げて情で訴えることからという薦めは,他の法律家の方々と違うように思えて新鮮でした。

このコメントが決定打になってしまいそうな・・・
(医師側からではないにせよ)

 個人的には今でも、医者が金銭や制度の諸々に煩わされることなく、日常の診療に全力を尽くすというのは、医者にとってはある種の理想郷であると考えています。

 ただ、日本の大学医学部に病院管理学講座ができて医学生にマネジメントと制度についての講義をするようになったのは実は1952年からと古い歴史があります。…もっとも、つい最近まで旧帝大では東北大学にしか該当講座はなかったのですけれども。

 ですから、制度上の諸問題への対応能力が6年間の医学部教育の中で為されてこなかったというのには、一部の例外があります。

 しかしながら、医療界の指導者達が、その種の知識とスキルについて充分な水準にあることを基準に選ばれているわけではないことは間違いないところです。

 まして、普通の臨床家は言うまでもありません。

…そりゃそうで、臨床家は自分よりもその専門分野で優れている者しか、自分の上に頂きたいとは考えません。それは実験医学でいくら優れた業績を上げても、手術のできない外科の教授が教室員達から尊敬されないのと同根の現象です。

 ですから、いまのところは、然るべき地位についたお歴々に、あらためてお勉強していただくしか方法はないわけです。

 で、当然、そんな余計な才能に恵まれた人ばかりではない…むしろそんな人は希少な存在であるという辺りで、generalistとspecialistの違いが出てきてしまいます。

 あとは、それなりの訓練を受けた人材が道具に徹する覚悟で、ウラで働くぐらいしか思いつかないんですが、…。どう考えても、それは無理のある制度設計でしょう。それに、ここで制度論的な議論が難しいことへの回答にはなり得ません。

>やはり、現場からの生の声を発信していくことが大切だと思います。

それはもちろんその通りでしょう。
ただ、実は数年前からずっとそうしてるんだけど・・・また後ろ向きの意見といわれそうですが・・・、ま、最近少しは風向きがかわっているのだとは思います。

>猫の手も借りたいほど忙しい時にくだらない電話がクライアントから掛かってきて、つい切れそうになることがあります。

法曹の世界も大変だというのは(実感しているわけではありませんが)、そうなのでしょう。いまさら議論を吹っかけたいわけではないのですが、また、言い古された意見なのですが、法曹との違いは(言葉が不確かですが、国選でしたか当番でしたかを除いて)クライアントを選べるか、断れるかの違いだと思います。


>沈んだ顔をして、今、そのような状況であることを素直に伝えたらどうでしょうか。「申し訳ない。今日は落ち込んでいるんです」と。

意図して沈んだ顔をしてではありません。当たり前ですが、顔が、心が沈みます。
「申し訳ない。今日は落ち込んでいるんです」なんてご家族を前にしては、少なくとも私は言えません。ただ、言いたくないけど、次の人達が沢山待っていらっしゃいますので・・・です。

流れが速く亀レスですが...

>>No.4 元爺 さん
>1)医療に関して免責はどうですか
>  そんなこととんでもない

少なくとも現状では難しいことは確かだと思いますが、fuka_fuka さんをはじめ法曹の方々から、過失非罰化論(過失罰そのものを医療分野に限らず無くす考え方)がある事を教えていただきました。確かに「そんなこととんでもない」的な発言を目にした覚えはありますが、それは法曹関係者の発言では無かった印象が私にはあります。(不確かですが...)

>今までの討論から一部抜粋(一部すぎますが)
まずは最初の項目についてのみ触れましたが、これ以外の項目も、ご自覚なさっているように一部すぎる抜粋かと思います。後から参加した人が元爺さんの発言だけを読むと、「このブログのコメント群が一方的に、医療者の発言を拒絶している」という印象を持ち、すこし過去ログを読むと、逆に「医者は聞く耳を持たない」という印象を結果として持つようになり、誰の益にもなりません。(炎上を楽しむ愉快犯を除いて。)
そのような愉快犯ではなく、且つその片棒を担ぐのが本意でなければ、一言そうではない旨の発言とご意見の撤回されることを僭越ながらおすすめします。

 言ってみたかっただけでしょ、たぶん。

すちゅわーですさんへの返信ではないのですが、ついでに、ちょっと愚痴らせてください。

一昨日のことです。夜中の3時頃と4時頃に救急車。どちらもすぐに命の危険があるというわけではなかったのですが、とりあえず入院は必要でした。
で、5時に入院が必要そうな救急車の受け入れ要請。たしかにベッドは空いていました。でも看護師さんたちが目一杯でにっちもさっちもでした。

私「今は無理です」
救急隊「診療できないってことですか?」
私「目一杯で」
救急隊「ですからそれは診療できないってことですか?」
私「今は無理なんです」
救急隊「じゃあ、受け入れ拒否ってことですね?」
私「好きに解釈してください」

おそらく一昨日だけでも、日本中で似た様な会話が飛び交っていたと思います。だからどうしたではないのですが。ただの愚痴です。

 占拠と言えないまでも、主流的な意見になったら一緒です。

>それを批判する医療側も少なくない方だと感じているのですが・・・

 昨日今日に議論を始めたんなら一人いれば十分ですけど、もう2年以上やってるんですよ。
 そして何度も同じことの繰り返し。

 で、タイトルに対する回答として考えられることについてですが

 医師(の多く)は、医療における諸問題を、自分の問題として考えるからなんだろうな、

と思います。

 自分の問題として考えるから、医師の増員なんてのは、自分一人でできるわけがないから、医師不足の現状を前提にして考えるしかない。
 自分は一生懸命やってるから、なんとかなりませんか、と聞くと、これ以上できるわけがない、医師はサボっているとでも言うのか、という反応になってしまう。
 自分個人の現実に即した意見だから、最初から変える余地がほとんどない。
 結果として聞く耳がないように見える。

 個人の問題として考えればそうなんでしょうけど、私が問題にしているのは、大抵の場合、個人を離れた制度論なんです。
 制度論というのは政策論です。

 医師の人たちのスタンスが「できない理由探し」になってるような印象があります。
 人が足りないからできない、お金が足りないからできない、時間が足りないからできない、役所が悪いからできない、etc
 こういうのは、フツーの職場でもありがちなことですね。
 医師が耳を貸さない(ように見える)というのは、実は医師であることに起因した個別的な問題と言うより、改革とか変化を迫られた人が選択しがちな行動様式についての一般的な問題なのかなあと言う気がしてきました。
 とりあえず、できない理由を探すより、できる理由を探してみたらいいんじゃないですかね。
 できない理由を並べ立てて、「ほら、できないでしょ」と言うのも生産的でないように思いますし。
 もちろん、本当にできないことも多いとは思いますが。

改革とか変化を迫られた人が
 モトケン先生のコメントを読んで納得するところがあったので、次のように訂正します。  『改革とか変化を迫られた(と感じた)人が』

>自分の問題として考えるから、医師の増員なんてのは、自分一人でできるわけがないから、医師不足の現状を前提にして考えるしかない。

モトケン先生,
これは少々違うと思います.「戦力になる医師は一朝一夕では作れない」ことを医師は知っているから,「すぐに増員ということは不可能」と結論しているのです.だから私は短期的増員には「逃散した医師(既に技術を持っている医師)に戻ってもらうしか増員する手だてはない」と言っているのです.
今の研修医を鍛えたとして少なくとも数年の年月がなければ,ある程度まで仕事を任せられるようにはならないのです.もちろん全くいないよりは,いくらかの点で戦力としていくことは可能でしょうけど,産科や救急では要求される経験値が高いですからなかなか難しいのです.
そこのところは理解して頂きたいと思います.

 日勤の救急当番をしてきました。
 11人の患者を診ました。そのうち薬切れが2人。いわゆる成人病で通常の定期受診予約が入っていたのに来院されず薬が切れたという人たちです。そのうち一人は救急外来常連です。その他の患者のうち3人がいわゆるコンビニ受診です。湿布をくださいなどです。救急車は2台要請があり、2台目は前に搬送されてきた重症患者をまだ診ていたので断りました。大きい病院ではないのですが地域の中核病院ですので専門外の急患を受けたときは必要に応じその科の医師に応援を頼みお互いに助け合っています。ですから特別な事情がないかぎりは当番でなくても遠出はしません。急患の合間で病棟業務を行います。もちろん日祝日に働いても代休はなく、夜勤をした次の日もそのまま通常勤務です。
 家に帰ってきてこのエントリを読んで何となく疲れたので子供には申し訳ないが一眠りさせてもらいました。
 人が足りない、予算が足りない、休息が足りないとうことを医療側から発信しているのは最近ではないと思う。それがいまだに伝わらないのは医者のコミュニケーション能力の問題でしょうか?問題なのは医療者の特に医者のモチベーションの低下(もちろんそれぞれみんな頑張っているわけで全体の士気という意味で)と患者のモラルの低下のような気がするのです。(いろいろごちゃ混ぜですがここはそれでいいと思うので書きました。)そして私が一番の問題だと思うのは医療に対する国民のビジョンが欠落していることにあると思うのです。そのために何をもって改善というのかという、改善というものの方向性すら定まっていないので議論ができないのではないでしょうか。
 うまくまとめることはできませんでした。学生時代より語学はダメでしたのですみません(やはりコミュニケーション能力はないようです)。愚痴の類に入るでしょうか?今までROMでした。しかもこのようなところに発言するのは初めてです。私はコミュニケーションを続ければいつかは人は分かり合えるものだとは思っていません。やはりわかり合えないこともあるのではと思っています。でもコミュニケーションを続ける努力は必要だと思っています。なんだかんだでモトケン先生がコミュニケーションの努力を続けていられる様なので私も時々実践させて頂こうと思った次第です。

やはり医師一人の力で制度を変えていくことはできないと思います。
日常の診察に追われて余裕もないのでしょうし、できる事と言えば、ブログを立ち上げる事くらいでしょうか。
医師発信のブログも草の根の活動として、その数が大量になれば、大きなムーブメントを生み出す可能性はありますが、即効性はない。
それよりも、学会単位で、活動をしていくことが重要なんじゃないかと思います。そのような活動をするよう、学会に働きかけをすることであれば、個々の医師でも可能なんじゃないかと思います。

 このすばらしいブログがなぜこんなような状況になってしまったのでしょう。どうしてパンドラの箱が空いてしまったのでしょう。悲しくなります。
 もう夜も遅いことですし、皆さん一度引き上げて明日のためにお休みになられたらいかがでしょう。
 私は箱のそこに希望が残っていることを信じています。

 私は経済的な側面での今後を考えます。医療も法曹もこの最近の経済界の大きなうねりに飲み込まれるように思います。当たり前とおっしゃらないでください。私の考えているのは、経済的な医療崩壊、司法崩壊がおこりえるのではないかとおもいます。私は法曹界の事情はまったく門外漢ですが、思うに企業での弁護士活動などに経済面での変化がないとはいえないのではないでしょうか。
 医療に関して言えば、病院の大倒産時代が来ることは間違いないと思っています。資金繰り事情の悪化はかなり厳しいものがあると思います。
 
 現在問題になっている医療システムの不備については、さらに問題がひどくなるでしょう。総数が減ることにより、集約化がはっきりとすすむと思います。
 その代わり、アクセスの問題がひどくなるのですが、なあにどだい救急患者の大半は軽症ですから、そのトリアージの問題に迫られれば、軽症者を何とかブロックすることにより、結局何とかなると思ってます。
 たとえ医療者が恐れる医療崩壊がすすんでも、日本国の廃墟の後から必ず再生は起きてくるでしょう。もしもそんなことがおきたとしても、そのときに、このブログで行われた、有意義な論議がきっと生きてくると思います。このブログに参加された方に、何も残っていないことはありえません。少なくも今は納得できないけれど、知識として得たことをいずれ咀嚼し納得する時期が必ずや来ると信じております。さらに、出版しちゃったらいかがですか?
 モトケンさん、今までにこのブログはすばらしい仕事をしたと思ってます。何も、理解がすすんでいないなどと言うことはないと思います。
 医者は馬鹿です。専門馬鹿です。職人馬鹿です。わかってます。強情です、尊大です、いやなやつも多いです、わかってます。でも多くの医者は、目の前に苦しむものがいたら結局、医者自身が言うわりのあわないことに手を出してしまいます。逃げざるを得ないものも多いのですが、苦しみながらふみとどまるものも多いのです。
 一度、デスクのまえから離れて休みましょうよ。
 トビずれで、申し訳ないし、なんて変なこというのかと思われるかともおられるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

 ご指摘の問題意識は、たぶん同じだと思います。そして、病院管理学講座が当初の理念と目的と相違して、悲しいことに単位取得講座になってたことも知っています。
 一方、民間一般サラリーマンの極一部の幹部候補生クラスだけとはいえ、眠い目をこすって本場アメリカより数段以上劣るとわかっていても、国内MBAのビジネススクールに通い、必死でマネジメントやプレゼンや計数管理やマーケティングの初歩を学ぼうとしているのが日本です。
 他方、病院管理実務は、実質的に医師の手を離れて管理能力がある(と自称する)事務屋に委ねないと、診療や臨床がまわらない医師不足なのが、日本の医療の制度運営の現状でもあります。
 しかも、勤務医の先生方は、労働基準法が激怒する過酷な勤務条件の中で過労死が頭をよぎりながら、医療に従事している方がほとんどですから、夜間大学院なんて妄想もいいところ!と思われるに違いありません。
 それでも、私が、理念・理想だと笑われても、あえて言いたいのは、医療の管理主導権(ヘゲモニー)は、現場の医師の先生にとっていただきたいと切望します。端的にいえば、三鬼陽之助先生の「現場主義」です。現場を知らない部外某弁護士が地球外生命体理論を勝手に唱えているようでは、その危機意識が強くなりますし、そこまでひどくなくても、都知事と厚生労働大臣という医療の素人トップの口喧嘩を見てもわかると思います。
 そこで、実質予算の裏付けなしの妄言ですが、将来構想として、日本医師会なり、四病院団体協議会なりが、公益金を拠出して、医療管理MBAを創設し、全国の管理部門の医師に休職中の所得補償付き及び代替医師派遣で、実務的医療管理MB教育(管理職教育)を実施されたらと、夢想します。
 素人の妄言として笑ってください。m(_ _)m

そうですね。
我々は発想力が乏しいのかも知れません。

チャンスは、近づいている次回総選挙です。
千載一遇の機会かもしれません。

今の自民党は全くダメなので、民主党の小沢一郎にかけあって、各地方ブロックの比例代表の上位に1名づつ医師候補を登録する。
そうすれば、7、8名の医師衆議院議員がいっぺんに誕生します。
その候補には、医師会のおえら方や大学教授上がりなどではなく、急性期病院で実情を最も良く理解している現役医師を立てる。

そのくらいの行動力、政策力があってもよさそうですね。
そうすれば、国会に医療の現場の声を反映できます。
国民も医療問題に否が応でも向かい合わなければならなくなる。

まずは、全国医師連盟に期待したいですね。
私ですか、ウウゥ・・・、まずは医師連盟に加盟ですかね。

立ててもらってありがとうございます。
当事者が遅くなって済みません。
でもこんなになってて驚きました。

私の意図としては本当に医師はモトケン様他の方々のアドバイスを聞いていないのか?ということです。
ちなみに私は納得して聞いてますし、日々の診療でも生かしてます。
ちなみに私は勤務医でありながら医師会活動も力を入れてますが、ここで学習したことを元にいろいろと動いています。
ですから聞く耳を持ってないということはないと思うんです。
でもここでのやり取りを見ていると確かに皆様のいらだちはわかります。
同じ側から見ても「いくらここでそう言っても何も解決しないと思うよ」と正直言いたくなります。
(かといって気持ち的には十分理解できるんですが)
じゃあ、皆様のおっしゃる通り行動しようと動いているのが私達にとっては医師会活動です。
ですが、公的活動であり、いろいろな縛りもある上で、必ずしもすべての医師から理解されているとは思えません。
「医師会は何やってる!」とのお叱りはしょっちゅうあるんですが、じゃあいっしょにがんばりましょうというと全然・・・・
現在の勤務医対開業医、勤務医対経営者、勤務医対行政・・・・一番声が小さいのが勤務医です。
ここで勉強している医師の大部分は勤務医ではないかと思うんです。
ですから、皆様に行動しろ!といわれてもなかなか目立った結果が出てこないんですね。
われわれの利益は患者さんの利益であることは間違いありませんが、われわれの利益は先ほどの構図の中では反対勢力の不利益になることですから。

繰り返しますが皆様の声は聞こえていると思います。
その上で
1.結果が見えてこない
2.勤務医は動きようがない(と思ってしまっている)
3.自らの不遇を訴える人ほど声が大きい
から、この場だけでみると聞いてないように見えるのでは?

医師会はやはり開業医の力が強いですからね。
私は、命を救う最前線に立っている勤務医の地位向上が不可欠だと思っていますし、診療報酬についても、開業医に有利な状況を、少しでも勤務医に有利なように改定していくことが必要だと思っています。
しかし、それは医師会には期待できません。
ある消化器内科医さんが仰るように、全国医師連盟の発言力を増すようにしていくことが必要なのかもしれませんね。

追記です。
7、8名の医師衆院議員が政権与党に誕生すれば、我々を散々悩まし続けた厚労省官僚の医療政策など、吹っ飛ばす威力があります。

 「族議員(注:与党限定)は24の瞳でやっと」というくらい最低でも12人はいないと(ボソッ

全国医師連盟の理念には共感できるところもあります。
しかしながらここから医師会と同等の力を持つまでの時間はないと思います。
医師会ほどの財力と政治力を持つためには組織率6割程度の医師会に勤務医が山ほど入って乗っ取るぐらいのほうが速効性があり有効と考えてます。当然その方が現場重視の動きが取りやすいでしょう。
開業医の先生方も理解のある方は結構いらっしゃいますよ。

>占拠と言えないまでも、主流的な意見になったら一緒です。

主流か否かの判断をコメントの数だけからするなら、もしかしたらそうなのでしょう(検証してません)。そこは感じ方の違いなのでしょうから、ブログ主さんにおかれましては、ご苦労様としか言いようがありません。

ただ、自分を含めてほとんどのROMしている医師の意見は実はそうでもない様な気がします。まったく後ろ向きな医師の意見に対しては、以外と同調する意見は少なくて(m3と比べるなよのレベルかもしれませんが)、同業者からの批判がそれなりにある様に思うのですが、根拠い乏しい楽観的すぎる見方ですかね?

もっとも、これはもしかしたら、モトケンさんが感じる後ろ向きと自分が感じる後ろ向きの方向のちょっとしたずれなのかもしれません。

確かに、現場で這いずり回っている多くの医師は、自分の身の回りだけしか見えないかのごとくの近視眼的な見方をしがちです。もっと制度、ひいては政策を視野に入れて議論すべきなのに、その能力が不足してるだろ、って言われればそれはそうだとは思います。

でもこの2年間、決して同じ所をぐるぐる回っているんじゃないと思いますよ。そりゃ簡単に答えがみつかる問題ではないのですから、鳴門の渦巻きの様に勢いよく一気にとは行かないでしょう。蚊取り線香かでんでん虫の様になかなか進まない、じれったい部分はあると思います。新規参入の医師が周回遅れの意見を述べることもありますね。かたくなに同じ周回しか廻らないぞって感じの意見もありますね。うんざりだって気持になられるのも当然でしょう。でも全体としては、ずぅーーーと同じ所を廻っているのではないと思います。

なんと言えば良いのか、まとまらない意見ですし、勝手な望みであることは分かっているのですが、モトケンさんには出来れば辛抱強くがんばっていただきたい。きっと自分同様、多くの医師はモトケンさんと常連の方々に感謝していると思いますよ。

そのことを言いたくて、かって薫酒禁門を言い渡されて以来久々にROMから戻ってきました。言い散らかしてばかりで恐縮ですが、またROMに戻ります。

No.91 モトケン さん
非常に妥当なまとめ方ですね。概ね賛同します。

ただ,全員が全員,自分のことだからということで書いているわけではないようにも思います。

例えば No.10モトケンさんが示された「コーディネーター役の助産師が毎夕、地域の病院に電話して病床の空き状況などを調べ、夜間の受け入れ当番病院を決める仕組み」は,今回の墨東事件にあてはめてみれば,「どの病院もダメでした〜」という絶望の事実が瞬時に分かるという結末に陥るだけですよね。でもそうなっても,そのシステムが刻一刻と変わることに対応できるとは思えず,そうなると結局電話システムに頼ることになるわけで,本当の緊急の時には足手まといになることすらあるでしょう。

8箇所も断られるんだったら医師をもっと集約化しろと言われてもリソースがいっぱいいっぱいなのだから激務は変わらないどころか,集約化されると大勢の中の一人としては辞めやすい環境となり,さらに医師が減っていくという悪循環に至るという話も聞いたことがあります。

結局,医師だからこう考える,というよりも,医師で現場をこのように知っていると,医者の駒がいないと制度をどういじっても良くなるようなアイデアが浮かばない,ということかと。

政治の問題であり、政治家を動かす必要があることは全く同意です。その上で医師(あえて医師会とは言いませんが)がまとまることが必要と思います。
お年を召されて一線を退かれた先生方、次々立候補してくれないかなあ。

私は楽観的と言われるかもしれませんけど、医師会の力の方が強いのか、全国医師連盟の力の方が強いのか、そういう力比べの問題ではないと思っているのです。
一般世論でいけば、勤務医に同情的で、勤務医の処遇を改善しなければならないという意見の方が圧倒的に強いと思いますよ。
その波に乗っていけばいいだけかと。
つまり、個々の勤務医の現況をまとめて、全国医師連盟の方からメディアに発信する。それだけでも、診療報酬を改定しなければならないという動きに導いていけると思っています。
医師会も最近は、対世間イメージをだいぶん気にしているようですしね。

各病院がほとんど赤字ということはご存じだと思いますが、診療報酬を上げてもらったとしても、まずは病院の債務に充てられて、勤務医に回ってくることはないと思います。(これが本当にそうなんです)勤務医の手当をあげていただけるのであれば所得税を何とかしてもらうしかないですね。

ところで医師が少ないのはそうだと思うのですが、増やすことで今の体制が改善されるとは思いません。私はむしろ今やってることの逆の方向に有効な施策があると思います。
たとえば産科医は当直なし。その代り当番でオンコールにする。つまり休めるときには十分休んでくださいってことです。受け入れて情報を伝えるぐらいは他科の医師でも研修医でもできます。その際の最小限の時間的余裕は国民にご理解いただくしかないと思います。

例えば No.10モトケンさんが示された「コーディネーター役の助産師が毎夕、地域の病院に電話して病床の空き状況などを調べ、夜間の受け入れ当番病院を決める仕組み」は,今回の墨東事件にあてはめてみれば,「どの病院もダメでした〜」という絶望の事実が瞬時に分かるという結末に陥るだけですよね。
そこで終わらなければ、前進可能ではないですか。

例えば:
受け入れ可能性の程度だけでも判別出来れば、⇒電話のターゲットが絞り易い。
他地域への搬送が視野に入る。⇒そちらも瞬時に解れば搬送可能性が生まれる。
必要ならヘリを呼んだり。⇒今は無い施設と関連法や予算を要求する根拠が持てる。

そして、全てが徒労に終わったとしても、一元的にコーディネートする管理者が居れば、もたもたせずに最大限の努力を尽くした証拠が残る。

医療現場が余分に被る責任は無くなり、不足要素が判明すればデーターとして残る。
そうなれば、医師は治療に専念し易くなるのでは?

診療報酬を上げてもらったとしても、まずは病院の債務に充てられて、勤務医に回ってくることはないと思います。

まあ、そう悲観的にならなくても・・・
すぐに給料が上がるか否かは別にして、診療報酬改定は問題改善の大きな一歩だと思いますよ。

コンビニ受診と長期入院の抑制も早急にやっていくべき課題ですね。

診療報酬についても、開業医に有利な状況
診療報酬改定の歴史的経緯を無視した経済財政諮問会議や財政審、及びマスコミによるプロパガンダですよ。確かに外来診療料は開業医のほうが高いですが、その代わり入院料は病院のほうが高い。外来は開業医で、入院は病院(勤務医)で、という政策誘導による差別化です。開業医は政策誘導に従って入院医療を縮小しましたが、病院は外来診療を縮小しませんでした。 それ(病院が政策誘導に乗らず外来を縮小しないこと)が今となっては勤務医激務の一因で、ここに激務とは対極の医師がひとり・・・

診療報酬体系は新築並みのリフォームが必要とは思いますが、現場の意向を無視すると別方向に歪が出るでしょうね。

少なくとも、勤務医が無理して開業医に流れ、その結果、勤務医が減少するような状態にはして欲しくありません。
勤務医と開業医の利益配分の適正化が必要だとは思います。
また、リスクの高い分野と低い分野での診療報酬のバランスも考えなければなりません。
本来は、医師内部でコンセンサスを形成して行うべき問題だとは思いますが、開業医の抵抗によって出来ないような事態になるのであれば、政治的に強行されることになると思います。

 No.106 峰村健司さんのコメントNo.110 MultiSyncさんのコメントを対比すると問題点がよくわかりますね。

 現状前提悲観論 対 これからどうする?論

 場外乱闘における私のコメントを引用します。

(引用開始)
1549 :モトケン:2008/11/01(土) 14:50:55
 要するに、現状を前提とする議論と現状をなんとかならないかという議論の違いなんですよ。
 後者においては現状は議論の出発点ですが、前者においては現状は自己の主張の理由付けです。

 現状を理由付けに使う議論から、原状変更の意見が出るわけがない。
 なぜなら、自説の自殺になってしまうから。
(引用終わり)

 これからどうする?論だって現状を無視しているんじゃないですよ。
 現状の正確な認識なくして、的確な「これからどうする」という議論はできないんですから。
 しかし、非医療側が「なんとかならないか?」というと医療側(の一部か大部分かは知りませんが)は「現状を知らない法匪が好き勝手なことを言っている。」と言わんばかり。

 釣りであろうがなかろうが、このブログで医療側に多大な助言をしてくれた法曹の皆さんを「法匪」と言って侮辱するのは絶対許しませんから。

 医療側から「法匪」という言葉が出ることが、医療側がこのブログをどう見ているかを端的に示していると、私は思わざるを得ません。
 釣りかどうかなんてのはメディアリテラシーにかかわる問題であって、必ずしも高くない人が多いこのブログにおいて、しかも医療側のスタンスが問題になっているこのエントリで、医療側から「法匪」という言葉が発せられたにもかかわらず、それを放置する医療側っていったい何ですか?

医師不足の短期的解決策として研修期間の2年から1年の短縮が検討されているが、これは一気に8000人増やすことができ、素人目でも効果が期待できる。

これに対して、一刻も早く応援が欲しい現場医師は賛成の意見をどんどん出してもいいのではないでしょうか?

それとも1年にすると問題大有りでしょうか?

具体的解決策として私は賛成支持しますが。

「法匪」の件ですが。

青髭さまは、「いまここに至って 『医者』 という呼称をタイトルに据えるのはやめていただきたい、『医師』 と言い直してもらいたい」 と言いたかったのでしょう。

それを、「医者呼ばわりは不当だ!あなたたちが 『法匪』 呼ばわりされるのと同じくらい、こちらは傷つく!」 というような極端なたとえを使うことの妥当性はともかく。

実際に、ここでの法曹連中を 「法匪」 呼ばわりしたわけではないので、スルー相当と私は思っておりました。

 要するに、いつもの「定義」と「用語」の神学論争でしょ。そういうご本人がそれより数段悪辣な「法匪」という「侮蔑用語」を比喩でも使っているわけだから、「クリーンハンズ倫理コード」教育を受けないと。議論が錯綜するだけで無意味無価値です。医療側は常連様は、この問題を放置されますか?

 タイトルは、青髭氏のコメントのずっと前に追記で指摘したように、医師からの提案をそのまま使ったものであることを明示しています。
 また、「医者」という呼称が「法匪」と同程度に侮辱的なものとは思われません。
 なにより、ここで「法匪」という言葉を持ち出す必然性が全くありません。

>実際に、ここでの法曹連中を 「法匪」 呼ばわりしたわけではないので、

 文言解釈上はそうであるとしても、その無神経さは我慢がなりませんね。
 そして、その無神経さを放置する医療側も。。。

 「法匪」というのは私の知る限り法曹に対する最大級の侮辱文言です。
 私は、医師に対する同程度の侮辱表現を知りません。
 やぶ医者、土手医者の類も能力の限度の評価だと思いますが、医師としての本質を貶める表現ってありましたっけ。
 少なくとも、「医者」はそれに該当しないでしょう。
 私は最近「お医者様」という感謝を込めた言い方をした覚えがありますけどね。

 このエントリのテーマはコミュニケーションです。
 つまり、言葉遣いは主要なテーマです。

 「パタリロ!」という漫画にありました。「やぶ医者」「雀医者」「土手医者」を超える最大級の侮辱用語が。元ネタは落語らしいですが、あまりに失礼極まりないので引用しません。その用語を読んだお医者様のほとんどが激怒してました。

> 個人の問題として考えればそうなんでしょうけど、私が問題にしているのは、大抵の場合、個人を離れた制度論なんです。

 そうなんですよ、それで説明がついてしまいます。

 現場の医師には虫の視点しかないし、厚生行政には鳥の視点しかない。

 そして虫も鳥も、日常の生業の中では森の荒廃を何とかできるわけではない。何とかする方法を勉強したこともないし、その必要に気づいてもいない。…虫だけでなく鳥もなんですが。

 もちろん、医師や医療従事者自身が自分たちを何とかしなければならないことは多いのです。しかしながら、自分たちの日常の努力だけでは制度や政策は動きません。

 対して、世間一般が医療崩壊を知るに至ったのはつい最近で、しかも制度や政策を論じる立場にありつつ、医療界そのものの事情について詳しい人は医療界の外にはほとんどいないので、彼等では有効な対策の立てようがありません。

 鳥には虫の視点がないということも問題で、さらに行政については、治世の能吏が必ずしも乱世の姦雄というわけではない、…むしろしばしば逆であるという点もハンディキャップです。

 要は制度や政策の議論に立つ存在は希少で、なかなかいないのです。インスパイアされる人の出ることを期待しているのですが…。

 MBAで制度・政策を論じている人もいますが、日本の場合、選良の大半は経営ではなく法律を学んだ人々です。しかも法曹資格を持たず、大学院教育も受けていません。

 医者でMBAを持っている方も存じ上げていますが、みなさん、政治よりも現場レベルの改善に興味の中心がある様子です。

 ゲームのルールを知悉していても、MBAはその制約の下で最善を尽くすという意味で医者と同じようなところがあるように思います。

 制度・政策を論じる場に立つためには、ゲームのルールがどうあるべきか、それをどう変えるかを考えなければなりません。医師に対するMBA教育だけでは、議論は広まらないのではないかと考えています。

 特に制度設計では金銭的・非金銭的インセンティブを如何に付けるかが勝負になります。

 MBAの仕事の中では、大企業の組織改編や人事制度のプロジェクトで活用される分野の知識とスキルが共通しますが、その実務経験者は決して多くありません。また、制度・政策の議論がトップダウンでは難しいのと違って、企業内改革は基本的にトップからの発注で行われます。

 もっと泥臭いレベルの経験者が議論のために必要と思います。

モトケンさま

>医療の実情(具体的な医療現場の実態)をほとんど知らない者としては、なんかいい方法はありませんか?
>以外の質問の仕方があるなら教えてほしいです。

初手はその質問になると思いますし、私自身もそう聞くしかないと思います。

でも、そこから回答があった後は別ではないでしょうか?

>レベルを問題にするのはその後でしょう。
>医療側の回答(の多数)は、
>(原状を前提にすれば)そんなものはない。
>というにべもないものだったように感じています。

 ここを「にべもない」ととらえるのは感覚の違いかと感じてしまいます。
「聞く耳を持たない回答」とも思えないのですよ。
 医師個々人が狭い範囲であれど質問に関して考えて、現状のリソースでは難しい、と返してきているのですから、少なくとも、現場(医師個人あるいは複数の医療関係者がかかわる範囲)では難しいということは伝わってきます。

 ここでコミュニケーションとして考えるなら、ボールはこちらに帰ってきているので、こちらが返答(レベルの問題)をしないとここで止まってしまう。
 コミュニケーションが止まっているのは医師の返答の問題もあるでしょうけど、ボールを返していない部分もあるのではないのかと。

No.91のモトケンさまのコメントがありましたが、それ以前での議論では、上の段階で、医師が聞く耳をもっていないとかにべもないとか後ろ向きとかいう形になっていたと感じましたので、コミュニケーションとしてどうなのかな、という印象がありました。

No.114のコメントについては、やや違和感を感じました。
>要するに、現状を前提とする議論と現状をなんとかならないかという議論の違いなんですよ。
>後者においては現状は議論の出発点ですが、前者においては現状は自己の主張の理由付けです。

「なんとかなる」ということにおいて、成果をどうみるか、のような部分に非医療者と医師とのズレがあるようには感じています。(感覚ですが、搬送時間の僅かな短縮を成果とみるか、実際の患者の助かる率の向上を持って成果とするか?のような)
議論の出発点・理由付けの問題というよりも、終着点に対しての意識の違いのように感じます。「こういうことでもいいじゃない?」というアイデアは専門家からじゃなくむしろ非専門家からの方がでやすいのではないでしょうか。

・No.30の田舎の消化器外科医 さん  のコメントにもありますが、どこまでのセーフティネットが必要なのか、がクリアになっていないというのは問題でしょう。
どこまでのコストを容認するのか(コストパフォーマンス)もクリアになっていない。
まず、ここをクリアにすることはいるけれど、これは「医療側が〜」「非医療側が〜」ということではなく、すりあわせていくべきことではないのかと。
 

 このようなエントリーをたてねばならないほどに、ひどいコメントをする方々がいると思ってコメントを読んでおります。ただ、私自身は、エントリーの主旨に沿うべくコメントしてきたつもりです。しかし、主旨にそっていても、流れにのっていないコメントは、埋もれてしまうことが多いように思います。過去ログを初めて読んだ経験があれば、枝葉のコメントの中から、本筋のコメントをひらいだすのにうんざりするはずです。枝葉の部分のコメントこそ無視されるべきではないでしょうか。
 医師としては、意見の異なるコメントを、論点を明確にして、人格を否定しないで議論できる方が、そうできない方よりも少ないように思っています。
 感情のはけ口として、他人のブログにネガティブな意見を書き込むのは、建設的ではないので、できれば、目の前の現実をもとにしてのコメントに控えるべきではないでしょうかと提案させて頂きます。
 

No.118 モトケン様、
>そして、その無神経さを放置する医療側も。。。
単純に「アラシは無視」「アラシに反応する奴もアラシ」ってことでは…。
No.119 ハスカップ様、
>その用語を読んだお医者様のほとんどが激怒してました。
私は爆笑しましたが…つーか先日別エントリーのカキコに使ったばかりだw。きっと自覚がないからだなww。<そもそもオマエはもう「お医者様」ぢゃねえし。
ちなみに「差別用語」だそうです。

>>その用語を読んだお医者様のほとんどが激怒してました。
>私は爆笑しましたが

 それは先生の余裕をもった人柄かと思います。m(_ _)m

私は、検索システムの改善に関して、ここにいる医療者の方達から前向きな発言が出てこない理由は何となくわかるんですよ。

それほど資金やマンパワーを投入しなくても改善する方法はあると思うんですけど、検索システムを改善したら、結局、ほとんど余裕がない現場の医療者をフルに回転させることになる。ただでさえ余裕がないのに疲弊するばかりになります。

そういうことに対して、前向きな提案ができるわけがないと。

だから、どうしても、現場の人手不足を訴えることに帰結してしまう。

もともと、医療者に元気があれば、患者を何とかしたい、という情熱があるとは思うんですが、本当に目の前にいる患者、つまり運び込まれた患者を助けるのに手一杯で、運び込まれる前の患者のことを考える余裕もなくなってきているんだと感じます。

だから、検索システムの改善に対して、現場の医療者側から前向きな発言がなされるのを期待はしていませんし、疲れ切った医療者の方々に対して、それを責めることはできないと思っています。

しかし、現状の過酷な労働環境を何とか自分たちの力で変えていくということはして欲しい。たとえ小さな力でも、束になれば大きな力になります。泣き言を伝えていくことから始めていいんだと思います。ただし、公の場で。そうすることさえ、実行していく元気が失われている、と仰るのかもしれませんが、それだとじり貧です。それを変えることは、個々の医師の利益に留まらず、ひいては国民全体の利益になるのですから、自信をもって発信していって欲しいものです。

>MBAで制度・政策を論じている人もいますが、日本の場合、選良の大半は経営ではなく法律を学んだ人々です。しかも法曹資格を持たず、大学院教育も受けていません。

 私の書き方が悪かったですが、通常のMBA一般でなくて「医療管理MBAを創設し」と書いたとおり、医療管理に特化したMBA構想です。いかがですか?

トピずれご勘弁ください。

医師や看護師といった人材を急速に増やせない現状で、今後20年間医療を持続可能にするためには、何らかの形で医療需要を制限して、医師や看護師一人当たりの仕事量を減らす必要があります。

私自身は、強烈なアクセス制限が必須と考えておりますが、他にもいろいろな考え方があると思います。

場外にスレ建てしましたので、ご意見ください。
医療のアクセス、コスト、クオリティーの将来について考えるスレ

 要は医療界の指導者層に、その種のセンスのある者を登用するか、あるいは事後的な訓練を施せという御主張でしょうか。

 MPHとかMHAとか、相当するものが一応はあります。…しかしながら、医療界の指導層に属するためには、まず何よりも自分の専門分野で臨床家としての立場を確立する必要があります。MPHやMHAは、それには役立たない資格です。

 逆に臨床家でない者が病院経営層に属するためのシグナルとしての役割しか果たしていません。

 また、医療界の指導者層に一定の割合でMPHやMHA、あるいは兵隊としての医者にとっての将校のような存在が生まれたとしても、たとえばこの議論の場にそれら斯界の指導者層が登場するかとなると、それはやはり難しいでしょう。兵隊は兵隊であり、将校は将校です。議論の裾野を拡げる役割は期待できないような気がします。

 いつも思うのですが、現在の苦境からの脱出を広範に論じるためには、全ての医者が診察室で患者さんに接する上で必要とされる知識とスキルだけでなく、社会全体に対する広い知識と、制度・政策を論じ、変革していくための広範なスキルを身につける必要があるのではないでしょうか。

 さりながら、異なる二つの分野で仕事をする資質を備えた者は、やはり少ないことが予想できます。特に臨床家として衆に優れていて、なおかつ制度・政策を論じる資質に恵まれるとなると、それはやはり教育・訓練制度以前の選抜の段階で寂しいことになりそうに思います。

 逆なら、あるかも知れません。

 臨床家としては十人並みかそれ以下で、しかし制度・政策を議論するための勉強が苦にならない医者であれば、それはそれなりの数がいるでしょう。

 ただ、それは評論家的なポジションしか獲得できない、決して指導者にはなれない人々です。

あぁああ、一晩考えていたコメントが意味の無いものに。
しかし負けずにKYでコメントします。

>それを批判する医療側がいない(または少ない)ことが問題だ。

なんとなくですけど、これって薮医者を批判=排除できない体質と通じるものがあるのかなぁ、と考えております。

ヤブ=トンデモと置き換えていただいてもいいのですが、がんは自然に治るとか、水中分娩推奨とか、超低レベル医療とかを想定しています。
自浄作用云々はこれまでにも出てきたことですが、やはりそのあたりの相互批判の文化が決定的に欠けている、ないしシステムとして備わっていないのが問題だと思っています。


ところで青髯氏のコメントですが、正直言ってモトケンさんから上のような反応があるかもとは思いましたが、青髯氏にストレートな悪意があったとは思えませんでしたので、直後にモトケンさんが指摘した後のご本人からの弁明または謝意を待ちたいと思っていました。甘かったですね。
申し訳ない限りです。

 ご指摘の部分は部外者には分からないので、積極的な情報発信をお願いします。m(_ _)m
 御賢察のとおり、医療実務担当者(臨床医師)に指導者層の教育を受ける方が出てくれば、という部外者の希望です。事務屋にヘゲモニーを握らせては問題山積なので、臨床担当医師からの出現を希望します。

流れを読まないコメント失礼します。

別スレでも書いたのですが、やはり医療側は「出来ない理由」をコメントし、「こうしたらいいのでは」という意見が少ないと感じます。それがモトケンさんがこういったスレを立てる要因の一つだと思います。

現場にいる医療者(特に医師)からすれば、「これ以上俺達にどうしろっていうんだ!」というのは、近くで見ているので非常によく理解できます。

しかし、そもそも医療者と被医療者の共通の敵は「病や怪我」だったはずです。それがいつの間にか、医療者と被医療者の間には溝ができ、その溝の原因はこれまでも数多く語られていますが、患者の意識の変化、マスコミのバッシング、訴訟の増加、過度な医療費抑制策、医師数抑制策などが大きな要因であると思います。
これらを改善するには制度を改善することが必要です。その制度を改善するには、政治的判断が必要です。その政治に判断させるのは、現場からの生の声だと思います。

勤務医の先生方が行動するのは確かに難しいと思います。しかし、病院長クラスや医師会が動いてくれるかというと十分ではありません。政治を動かすための活動を現場発で行うことが理想だと思います。
と、理想論やべき論を言っても現実は動かないし、単なる綺麗事の正論でしかありません。
西川きよし元参議院議員ではありませんが、「小さなことからコツコツと」ということで、私も署名に参加したり、集会に参加したり、非医療者と会う機会があれば医療崩壊の実態について語ったり、政治家と会う機会があれば、医療崩壊を防止策をお願いしたりしています。
これがどれだけの効果を生むか分かりませんし、殆ど効果がないのかもしれません。しかし、私のような事務屋ではなく、医師の方々が改善のための具体的な行動を少しずつでも行えば、事態は前進するのでは感じています。

偉そうにスイマセンでしたm(_ _)m

他の医師のホムペでやり取りしたことがあるのでモトケンさんの気持ちがなんとなくわかる。

医療者のいってることは調べた結果納得できるのですが、誰を説得したいのかと、「書き込む言葉遣いを考えて」と書いても結局は理解してもらえて無いようであきらめました。

私としては「トンデモ判決」とか書き込まれているのを見てもイヤ、気持ちはわかるけど・・・
「白い巨塔」の時期のイメージが国民あり、その頃から自浄的に作用できていない印象があるのですから医師はかなり丁寧な言葉遣いで丁寧な説明をしないと多くの一般者には読んでもらえない可能性がある、または曲解される可能性があるというのを良く考えていただきたい。

そういう説明をするとき他者批判、逆効果だと思うのです。

医療者への免責は肯定的ですが何らかの自浄システムを医療者自らが作る努力と姿勢を見せない限り不可能だと考えています。
大きな権利を得るのには国民を納得させうる代償が必要です。
代償には丁寧な説明も含まれています。

例えば…医師に何か提案をと言われても無理です。
例えば…医療崩壊は医師に過剰な要求をしてきた国民の責任です。
例えば…崩壊を食止める政策提案は政治の仕事、すなわち国民の選択です。
例えば…医師の出来ることは逃散するだけ、崩壊後のことは国民が決めれば良い。

医師の側からこうした拒絶とも思える意見が出るのも理解しなければならない、勤務医のあの過酷な境遇を思えばこうした意見はやむを得ない。このモトケンブログで半年とか1年以上の長い期間、医療崩壊問題を勉強してきた常連なら、このように理解して納得できるかも知れません。ただ、マスコミの片寄ったバッシング報道にドップリ染まっている、茶の間のオッチャンやオバチャンなどはどう感じるでしょう?

社会が厳しい環境の医師に理解を示すどころか、逆に反感を買うのじゃないかと心配になる。幾ら理屈は正しくても取り憑く島もない言い方は、理解よりも反感を招くと思う。もの言うたびに敵を増やすようならば、医師は何も言わない方がまだマシなんじゃなかろうか。

言っていることの中身の正否や論旨の問題よりも、ものの言い方や言葉遣いを相手がどのように受止め、どのような効果を与えるのかに思いを巡らした方が得じゃないか。そうした配慮をした意見主張であれば、医師に味方する人が増えていくと思う。

私にはこのように思うのだが、医師の皆さんはどうなのでしょうか。

>医師は何も言わない方がまだマシなんじゃなかろうか。

もはや涅槃の境地から生暖かく見つめるだけ。

>>医師は何も言わない方がまだマシなんじゃなかろうか。

>もはや涅槃の境地から生暖かく見つめるだけ。

ぼやいたり、逆切れするだけのレスは、本当にしないほうが建設的になると思いますよ。

医療者、非医療者ともに、上から目線のレスは、反感を買うだけです。

短時間で多くのコメントがある伸びているスレですが、コメントされているのは、基本的には常連さんで(そのこと自身に、批判は全くありません。)、一般の方々には、無縁の世界になっていることが、本件について一番の問題だと私は考えます。

No.44でrijin さんが出席された公開市民フォーラム「わが国のお産のあり方を考える」の出席者の2/3が医療関係者で、1/3がマスコミ関係者であったということは、市民参加がほとんどなかったのかと思いました。「一般の方も傍聴だけではなく、時間を設けて議論に加わっていただきます。」と書いてあるのに、残念だなと思います。

マスコミは、読者や聴衆の受けを狙ってしまうので、正確な情報を発信するには、不適当であり、自らが適切な情報発信をする手段を確保する必要性を感じます。

「医療関係者は、情報発信が下手である。」というのは、当たっていると思います。しかし、その原因を医療関係者に押しつけるのは、間違いである。例えば、医療機関の広告・宣伝規制の関係から、情報発信が下手になりきっている。

情報発信は、経営の一部と思っています。そして、日本の医療機関は、経営力が低いと思っています。なお、私にとっては、経営とはManagementと言う意味です。Managementとは、その医療機関の資産を最大限有効に活用して、Stakeholdersに貢献することです。まずは、医師の働く環境を良くし、医療従事者が最高の医療を提供できるようにすることです。医療機械をそろえることには、経営力など不要です。金があれば、買えるのですから。

もし、現状で実施するなら、医療法人なら、そのような働きをしてくれる人をCEOとして雇えばよい。理事長が、自ら経営する必要はないと思います。自治体病院であれば、地方自治体の首長を言い負かし、喧嘩しても勝ってくるような人を院長におければ良いのですが。夢でありすぎるかも知れませんが、外部からManagementに長けた人を起用することをしないと改善は難しいと感じます。

しかし、それを医療側に期待するだけでよいかと言えば、社会全体で取り組む必要があり、医療側からの働きかけも重要だとなってしまいますが。

Managementとは事業の持続・発展を目指していくのですが、持続不可能と判断したなら、企業再生・更正・倒産があり得ます。これらとて簡単な道ではないが、傷口を大きくするより、その時点の次善策を選択した方がよいとの考え方です。実は、日本の医療制度は、もしかして、企業再生・更正・倒産の段階まで来てしまったのではないかとの危惧を持ってしまいます。

病院の倒産続出、廃業続出、個人開業医ばかりと言ったようになったら、恐ろしいと思います。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/8599/1222078126/l50

じゃ、そろそろやめますか。

これが医療側の空気なんでしょう。
私も言いたいこと言ったし。

国民は置いてきぼり、ですね。

皆さん、病気しないよう予防医学に力を入れましょう!!!

 小倉弁護士は依然として医療側批判をしているようですが、小倉弁護士が私に対する個人攻撃を行わない限り、小倉弁護士の医療側に対する批判には今後一切介入しません。

 但し、私以外の方が、場外乱闘などで小倉弁護士に対する批判・反論を投稿することについても関知するところではありません。

 従って、場外乱闘などにおける小倉弁護士批判について、私が何らの言及をしないからといって、私が小倉弁護士批判を容認しているという評価はなさらないようにお願いします。

 もし、小倉弁護士が、私が小倉批判(攻撃)を容認している、と主張するのであれば、それは私に対する個人攻撃であるとみなします。
 必然性なく私に言及する場合も、個人攻撃であるとみなす場合があります。

 第2段落以降は、ついでに注意書き的に書いたものですが、要するに、私に関係なく勝手にやってくださいという意味です。

クソみたいな社説が掲載される静岡新聞を読んでいる地域にすんでおります。
最近投書欄に医師・開業医からの当初が目立つようになりました。
といっても月に数件程度ですが。

新聞の投書欄という場所は、意外に読者(そして社会的地位の高い方々)からの注目度が高いのです。
投書欄担当者も、アドバルーン観測として投書を取捨選択しているようですし。
投書欄担当者なんて窓際だろ?と吐き捨てずに、使いやすい広告塔を手に入れるためにまずは動いてみてはいかがでしょうか。
社会に対して意見があるのであれば、投書欄に投稿することは一番手っ取り早い方法ではないかと思います。

普段医師の近くで仕事をしていると、多忙+長時間労働+重圧感を感じます。
そんな時間はない、と思われるでしょうが、疑問を感じた者が意見表明をしなければ物事は何も変わりません。

新聞にたいしては色々言いたいこともあるのですが、それは腹に押えて新聞を上手に利用する方法を考えませんか。
使いようによっては、”お金を掛けずに”広告なり世間を誘導することができるツールなのです。

私は小さな病院の一事務員ですが、コネを駆使してはじめています。
静岡新聞の中の人たちも、あんな社説を書くような○○ばかりではありません。
ここにお立ちよりの医師のみなさん、そして医療に興味をお持ちの皆様の多くは、昨日今日に学校を卒業された若い世代ではないですよね。
旧友に手紙を書くなり、新聞に投書するなり、できることからはじめてみませんか。

いよいよ国民主導で医療改革を行う時です。

救急受け入れ義務化法案
僻地医療従事義務化法案
診療科目義務化法案

この3点を通せば医療は安心です。

徐々にその方向に議論が進んでいるようです。

頑張りましょう。

矢部先生には釈迦に説法かと思いますが,匿名掲示板等を設置した者は,当該掲示板等に投稿される権利侵害情報については条理上の削除義務を負います。従って,違法性があると疑うに足りるものに関しては,きちんと削除等の措置を講じていただかないといけません。

 私は、言及しないことをもって容認と見てもらっては困ると言っているんです。
 関知しないと言っても違法行為は別です。
 但し、あなたの普段の発言とのかねあいで考えますので、私としてはかなり大目に見るかも知れませんよ。
 あなた自身が違法だと思う投稿がありましたら、その投稿を特定して指摘してください。
 その時点で判断させていただきます。
 私の対応にご不満があれば以下に申し出てください。

http://rentalbbs.livedoor.com/rule/guideline.html

 ついでに申し上げますが、場合によっては、あなたの発言についての再検討もあるかも知れませんのでご留意ください。

仕事を終えてようやく見てみれば・・・
まずは侮蔑的な発言があったとのことですが、代わってお詫びいたします。
ちなみに不勉強で申し訳ありませんが、使ったことのない言葉ですので、ニュアンスから侮蔑的な言葉だとは理解できるんですが、どの程度だかということはわかりませんでした。
私としては法曹の方々もしくは他業種の方々からのアドバイスを元に動き出している医者もいるということを知ってもらいたかったんですがうまくいきませんね。
ここにも建設的な考えを持った医師もいますが、そうでない医師(なりすまし?)もいるようで、その方々の声の方が大きいようで我々の声はかき消されてしまうようですね。
本当は我々医者の間でのこの微妙な温度差を知ってもらいたかったんですけどね。
あまり多く書けませんが最近の報道を見てもらえばわかるとおり、少しずつですけど医師、現場主導での改善案が見られるようになってきてると思います。それでも同じ医師の間からも批判されることも多いんです。私などは地方の医師会の枝葉の先の先なんですが、医師会がやっていることがすべて正しいなどとは思ってません。それでもいろいろなしがらみの中、少しずつ前には進んでいる、いや進めようとしている医者もいるんだということはご理解いただきたい。
批判のための批判を繰り返し、ないものねだりを繰り返す方もいるようですが、それを医師側全般の空気だとは思ってもらいたくはないんです。

K先生は,ほとんど間違いなく多くの医師が適切と判断する手順で手術を行なっていたために,かろうじて「無罪」を勝ち取ることができました.後からみても非常に注意深く手順を踏んでおられます.私からみますと80点から90点以上を貰える(結果を考慮しなかったとして)ものだと判断されます.しかし,もしこれが70点くらい(並程度)だった場合どうだったでしょう?

医師の方の多くが、70点くらいの診療を「適切」と判断すればそれで済むように思いますが、70点くらいの治療を「不適切」だと判断する医師も多いものなのでしょうか。

これは上から目線でなくてYosyan先生のところの11/1のエントリを受けた物でないですかね

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20081101

このエントリで「懐かしい話題」と表現されてしまうのがネット医師がいまいち積極的に見えない理由でもありますね

>まずは侮蔑的な発言があったとのことですが、代わってお詫びいたします。

 地方の外科医さんが謝る必要などなにもありません。

>私としては法曹の方々もしくは他業種の方々からのアドバイスを元に動き出している医者もいるということを知ってもらいたかったんですがうまくいきませんね。

 そういう医師の皆さんがおられるということはわかっています。
 直接お会いした方もあります。

>本当は我々医者の間でのこの微妙な温度差を知ってもらいたかったんですけどね。

 私は知っているつもりです。
 いろんな医師がいることはこのブログのコメント欄だけでもわかります。

>それを医師側全般の空気だとは思ってもらいたくはないんです。

 全般の空気かどうかはともかく、最近は支配的な空気のように思われます。
 「誠実さ」を問題にしたころから強く感じています。
 もう、何を言っても反発しか返ってこない感じです。
 私の意図や気持ちなど聞く耳持たないという空気を以前からの常連医師からも感じましたから、そのころがすでに潮時だったかも知れません。

 話ができる医師の皆さんと話を続けたいという気持ちは強くありますが、もうこのブログでは無理かな〜という気持ちです。
 話ができる医師の皆さんを増やしたいという気持ちもありましたが、

その方々の声の方が大きいようで我々の声はかき消されてしまうようですね。

というのは私も感じています。

 「感じ」ばっかりのコメントですが、つまりそういう空気を感じているわけです(^^;

>医師の方の多くが、70点くらいの診療を「適切」と判断すればそれで済むように思いますが、70点くらいの治療を「不適切」だと判断する医師も多いものなのでしょうか。

しまさん,
判決を下す裁判官がどう考えるかということです.医師なら70点は十分及第点と考えるでしょう.60点でも可でしょう.けど,刑事と民事の違いはあれF裁判官のように「100点満点でなければ...」などという方も居られるのです.
裁判官が判断した場合どうなったか解らないということを言っているのです.

提案として医療訴訟の鑑定は地元医師会が積極的に受け、複数の専門医で対応するべきでしょう。大学教授や巨大病院の先生方の鑑定は外すべきだと考えます。リソースをふんだんに使え、手枷足枷のない方々の意見は一般的ではないと考えるからです。そして答えは70点、80点などではありません。妥当か妥当でないかだけです。そこには医療行為の正誤を知らない人の意見は入る余地はありません。我々は医師として誠実な医療なのか、悪質な医療なのかだけを判断すればよいのです。「かばいあい」と揶揄されるかもしれませんが、誠実な医療を実践している仲間が無実の罪に落ちることは絶対に避けねばなりません。

 民事なら、それは裁判官独自の判断でなく、当事者の主張でより立証に成功した当事者の意見です。まだわかりませんか?処分権主義という基本中の基本が?
 裁判官を誹謗しても何も変わらないですよ。明後日向いた意見だから。

>ハスカップさま

今更KYコメントですが、
まあ、これ読んでみて下さい

以下は、ロハスメディカルブログの川口様のコメントです。

2008年11月04日エントリ「ピンチをチャンスに」より抜粋引用
http://lohasmedical.jp/blog/medical/2008/11/post_1467.php#more

医療者の多くが
音頭を取る人は一般国民の中から出てくるべきと考えているように見えます。
これは国民の問題なんだから、と。
確かに一理ありますが、でもそれは余りに非現実的です。
だって、一般国民は状況をよく知らないのですから。
「忙しいんだからさ、誰かやってよ」と医療者が言っている限り
奔流に決してなり得ないでしょう。

医療者の多くが
患者に歩み寄ってどんどん巻き込んでいくのではなく
自分たちの論理に固執しているように見えます。
医療ってこういうものなんだから、と。
確かに正しいかもしれませんが、でもそれは余りに能天気です。
医療者と患者を合わせても、なお国民の過半数にならないのです。
利害を共有できるもの同士で「仲間割れ」をしていてどうするのでしょう。
それでは、奔流に決してなり得ないでしょう。

医療者と患者の懸け橋をめざす者として
どうしてもっとお互いに歩み寄ってくれないのか、と
随分歯がゆく感じてきました。


モトケンさんと同じ(と私には思える)趣旨のコメントをされています。
医療者の良き理解者であるロハスの川口様も、医師の方々に似たようなもどかしさを感じておられるようです。

 それも当然なのです。民事裁判の理念は「損害の公平(衡平)な分担」で、真実追及と真理認定じゃないんです。だから医師の裁判批判のほとんどが裁判官誹謗でKYそのものとなるのでしょうね。

>民事なら、それは裁判官独自の判断でなく、当事者の主張でより立証に成功した当事者の意見です。まだわかりませんか?処分権主義という基本中の基本が?

ハスカップさん,
すみませんが,裁判の上の話ではなく自らの講演でそのように裁判官が発言しているのであり「当事者の立証云々ではない」と私は思いますが,違うでしょうか?
裁判官も人それぞれですから,今回の裁判だってちょっとだけ事情が異なっていて(我々からみて60-70点くらい),違う裁判官が判決を下したとしたら反対の判決が下された可能性もあるでしょう.

P.S. 私の書いたことは「誹謗中傷」でしょうか?
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2007/01/juge_1e70.html
を読んでからお答え下さい.

医療者も被医療者も「双方」が前向きな議論をしようと思えば、本来はユーザーサイド(この場合は被医療者)が求める商品(この場合は救急医療制度)の「性能」をオーダーするのがベストのはずなんですよね。

そうすれば、それを実現するにはどれだけのコストが必要で、どうした障壁があるのか、それを克服するにはどうすればよいか論点が絞り込めるし。

これもやっぱ後ろ向きかな(^^;

 既に医者としての本来業務からはかなりかけ離れた日常を送っている身としては、ご期待に添えるように頑張りたいと思っています。

 ただ、自分がリーダーとしての素質に欠けているのとある意味で同じように、多くの医療界の指導者は、制度・政策を論じる能力に欠けています。

 そのアンバランスを許容していただきたいとヒラにお願い申し上げます。

 議論は正しさを追求するツールですが、権丈善一先生のおっしゃるように、政策は正しさでなく力が作るもののようです。正しさを追求しつつも、力を得る道を探りたいと思います。

>提案として医療訴訟の鑑定は地元医師会が積極的に受け、複数の専門医で対応するべきでしょう。大学教授や巨大病院の先生方の鑑定は外すべきだと考えます。リソースをふんだんに使え、手枷足枷のない方々の意見は一般的ではないと考えるからです。

地方の外科医先生,
以前にも書きましたが,公立病院などの総合病院の医長から部長クラス(卒後15-25年)を複数入れて鑑定すべきと考えています.大学ほど先端でもなく,標準的な医療を行なっているのは一般市中病院です.開業医の先生方は,非常に優れた臨床能力を持たれた先生方もおられる反面,時流から取り残された医療を行なっておられる方もあり,レベルに大きな開きがあるからです.
もちろん勤務医は多忙であり複数集めるのは難しいというところはありますが...

100点満点ではないということであれば和解による解決も考えられる

あくまでも和解であり、紛争解決の話であって、判決の話ではないと考える訳ですが……。

議論が成り立たない、と感じることが多いのは、反論をpersonal に感情的に取る人が多い、という、日本での「議論の仕方」教育の欠如によるものではないでしょうか。訓練の問題だと思います。何も医師に限ったことではないように思います。
ただ、日本では「アクセスが自由」なので患者は医者を継続的につきあう相手とは考えておらず、医者に意見するぐらいなら黙って医療機関を変えるので、医者は患者から批判されることなく過ごすことができ、無反省な世間知らずの倣岸さを純粋培養してきたように思われます(少なくとも医学教育でインフォームドコンセントやコミュニケーションの大切さを学ばなかった世代の医者は)。
法曹界の方々は、日本では例外的に論理立てて物事を積み上げる訓練を徹底的に受けた人々です。国民はそれに一目も二目も置き、尊敬して、いざというときの判断を下して公正さや正義を実現してくれる存在として裁判官を信頼しているわけですが、医者だけが、医者のやることを素人のくせに批判する存在を許せないのでしょう。
「批判される」ことに慣れ、批判に対して正当性を主張できるように予め周到に準備しておく、という、(モトケンさんは以前「自分を客観視する」とも表現されましたが)成熟した職業人としてのイロハが医者には欠けているようです。「自分が正しいと感じているのに、どうしてあなたはそう感じないのだ」と駄々をこねているように思えます。お恥ずかしい限りです。
「訴訟するんだったら医者をやめてやる」と言うのではなく、「訴訟になるのはこれこれこういう要因があるからで、それを解消するには、どのような対策が必要か」と考えるのがリスクマネジメントであり医療以外の産業ではとうの昔に取り組んでいるのに・・・。

議論が成り立たない、と感じることが多いのは、反論をpersonal に感情的に取る人が多い、という、日本での「議論の仕方」教育の欠如によるものではないでしょうか。訓練の問題だと思います。何も医師に限ったことではないように思います。
ただ、日本では「アクセスが自由」なので患者は医者を継続的につきあう相手とは考えておらず、医者に意見するぐらいなら黙って医療機関を変えるので、医者は患者から批判されることなく過ごすことができ、無反省な世間知らずの倣岸さを純粋培養してきたように思われます(少なくとも医学教育でインフォームドコンセントやコミュニケーションの大切さを学ばなかった世代の医者は)。
法曹界の方々は、日本では例外的に論理立てて物事を積み上げる訓練を徹底的に受けた人々です。国民はそれに一目も二目も置き、尊敬して、いざというときの判断を下して公正さや正義を実現してくれる存在として裁判官を信頼しているわけですが、医者だけが、医者のやることを素人のくせに批判する存在を許せないのでしょう。
「批判される」ことに慣れ、批判に対して正当性を主張できるように予め周到に準備しておく、という、(モトケンさんは以前「自分を客観視する」とも表現されましたが)成熟した職業人としてのイロハが医者には欠けているようです。「自分が正しいと感じているのに、どうしてあなたはそう感じないのだ」と駄々をこねているように思えます。お恥ずかしい限りです。
「訴訟するんだったら医者をやめてやる」と言うのではなく、「訴訟になるのはこれこれこういう要因があるからで、それを解消するには、どのような対策が必要か」と考えるのがリスクマネジメントであり医療以外の産業ではとうの昔に取り組んでいるのに・・・。

 全く知らない世界を書いているようでうすから、民事訴訟の基本からもう一度勉強し直してください。民事訴訟入門程度から(3時間で読めます)。
 私は、もう何度もおなじことを1年近くにわたり医師の先生方に繰り返し説明することに疲れました。民事訴訟は裁判官のよしあしで判決が左右されるというのが失当です。民事裁判は当事者の主張に拘束されます。弁護士変えたら主張立証構造がガラリと変わり高裁で逆転なんてその例です。
 そういう基本中の基本を知らず、裁判官を攻撃するのは誹謗だと思います。外科手術が下手なのに麻酔科医を非難しているようなものです。

議論が成り立たない、と感じることが多いのは、反論をpersonal に感情的に取る人が多い、という、日本での「議論の仕方」教育の欠如によるものではないでしょうか。訓練の問題だと思います。何も医師に限ったことではないように思います。

私が思いますに、文字だけでやりとりするからではないでしょうか。一つのテーブルを囲んで、「相手が見える距離で」直接話をするのであれば、このような刺々しいやりとりにはならないと思うんですよね。

これは何も掲示板のやりとりだけでなく、今まで、あまりにも医療者と非医療者が「患者と医師」以外の関係で合う機会がなく、お互いの顔が見えない状態が長く続いていたのが、問題の一つだとは思います。

しまさん,
解ってますよ.
でも「医療側からみてまず妥当と考えられる医療」であっても決して100点満点なんかになりませんから,結局レトロで瑕疵を突かれて、「見舞金をふんだくられる」ことになるでしょ.
こんな「和解」は「敗訴」に等しいと思いませんか?
落ち度と言える落ち度が無くても,「お金を払え」と言われるのですよ.

スレから外れますのでこの辺で止めときます.

全く関係ない話で口を挟みますが。

「医療過誤」の「被害」に遭ったと思い込んでいる素人さんの中には、専門家がいくら丁寧に言葉を重ねて、過誤ではないと説明を尽くしても、独自の見解に固執して、思い込みから逃れられない人がいるそうですね。

むしろ、「思い込みから逃れようとしない」「誤った思い込みだと認めたくない」の方が適切かも知れません。判決文なら、「所論は、片言隻句に固執して趣旨を正解しようとしないもので、到底採用できない」程度で切り捨てるところでしょう。

以上で、全っ然関係ない話を終わります。

 ご指摘のとおりだと思います。バカヤローと叫んでバケツの水を頭から私にかけた遺族がそうでした。もう手術ミスと頭から決め付けて変更不可能な確信に固着している状態でした。

 私が皆さんに言いたいのは、知らない世界のことを想像だけで間違いを書き散らすのは、部外の某弁護士だけにして欲しいということです。
 そして、自分の間違いを絶対に認めず、間違いを指摘した人を攻撃するに至っては信用失墜へ一直線となるからで、スキルもタレントもキャラクター(人格)すら疑われます。
 日本の医療を何とか良くしようと思ってらっしゃる皆さんにはぜひとも避けていただきたい某弁護士と等価への近道です。

CBニュースより

医療を語れるのは医師しかいない

他システムを納得させるため、医療界からの発信を

―それを実現するには、国民から合意を得なければなりません。しかし、そのプロセスがなかなか進まないように見えます。
 こう言うと失礼に聞こえるかもしれませんが、医師と議論すると出てくる意見はしっかりしているし、素晴らしい理解力を示される。ただ、その内容が行政や現行システムに対する批判にとどまっていることが多いのが残念です。例えば行政というものは、政治や世論、あるいは組織の論理などの制約の下にしか動けないものです。それらを外側から突き崩すしか現実を動かす手段はありません。医療界を超えた共通認識の土台をつくり、体系性を持った収束した声へと合意形成を図ることで、政治も初めて動くことができます。しかし、国民から見るとやはり医師は強者。医療以外の他のシステムの人々が、そこに一定の資源投入を合意するところまで至るためには、彼らをも納得させられる論理を彼らと共有することが必要です。

勝手ながらNo.122 北風(非医療) さんに1票です。なぜこのコメントに他の方から反応がないのか不思議です。
 ここから先は北風(非医療)さんにご迷惑をかけるといけないので私の意見ということで。とりあえずもう一度立ち位置を、医者です。
 やはり私も今コミュニケーションのボールをもっているのは被医療者(あるいは国民)であるような気がします。今回の東京の妊婦死亡事故に関しても被医療者の方達が「何」が問題であり「どこ」を改善して欲しいと思ったのかハッキリしません。またそれらのことが被医療者の間で共通しているのか、そもそも共通出来るのかといった疑問があります。 つまり死亡という結果が問題なのか、搬送時間が問題なのか、断った病院があることが問題なのか、断った病院の数が多いと言うことなのか、検索システムが十分に機能していないのではないかということか、都立墨東病院の機能が問題なのか、はたまたどうせ機能しないならコストを削減してもいいのではなどです。他にもあるでしょう。何か問題があると思ったからマスコミは記事にしたのでしょうし、何か問題があると感じたからこそ今議論がなされているのだと思います。言葉は悪いですが「何が気にくわなかったのか」ということが絞れないと医療者の答えは人を増やせ、予算を増やせ、休暇を増やせに決まっています。でも問題を絞って頂ければ答えは少し違うものがでると思います。
 私が被医療者の次の返球にこだわるのは均一でなくなってきている社会に置いて次の改革では(それがどのようなものになるかは関係なく)必ず得する人と損する人が出てくると思うからです。また問題を絞る必要があるのは先に挙げた問題それぞれの解決案は相反する場合もあるということだからです。

しかしここは展開が早くてついて行けない。

後ろ向きではない、と思います。

必要な物を要求する行動が取れるなら、精神的に痛めつけられてへそを曲げた、所謂「女のクサッタ」(腐女子じゃなく、ふてくされたです、誤解なきよう)どうにも成らない状態とは違いますよね。

積極的な民間企業の様に、ニーズをリサーチしたり、商品仕様書を配布したりされれば、さらにバッチリ。

元気を続けるには休養も必要なので仕事に追われると難しいけれど「声だけでも出さないより良い」と、これは自分にも言ってます。

 何かとご多忙かとは思いますが、ぜひお願いします。m(_ _)m 非医療者には絶対できないことなので、ぜひお医者の先生方やお仲間の発信とご活動をお願いします。m(_ _)m

裁判官なら当然のコメントではないかと思います。引用元のブログが誤解と偏見に満ちているせいと思いますが、医師の皆さん、裁判官がぱっと思いついた金額で判決を決めている、とかカンチガイしてません?だとしたら、誹謗中傷に値すると思いますよ?

損害賠償ですから、被害者側の被害総額を算出するのはごくアタリマエです。

10割過失を認定されたら当然上記金額が満額ですよね?でも、1割しか過失がなければ、それなりに減額される。当然、過失認定に当事者の立証云々がかかわってきます。

民事裁判と医療訴訟

1)民事での医療訴訟は正と悪の構図ではない
2)医療上の損害を金銭に換算するための線引きをするのが民事裁判
3)民事裁判はまず結論を仮定してするもので演繹的なものでない

引用元ブログの方は3あたりを判決は結論ありきと誤読しているのかもしれないけど・・・

2は「民事は所詮カネ」ってことしか言ってないし、
3は「民事は(仮定が入る以上)真実はでない」としか言ってません。私なんかはごくまっとうな事実だと、納得してしまいます。

素直に見れば、判決の金額を先に決めているなんて到底読めないですよ(^^;

モトケン先生の言いたいことはわかります。
その上での医師としての反省もあります。

ただ、東京の妊婦死亡事故に関して、いろいろな問題があったとしても
1時間で転送先を見つけたら合格点ではないかという感覚が僕にはどう
してもあります。いくつの病院に断られたとは関係なく、難文で搬送で
きたか、それが1時間でダメならそんな世の中はあり得ないと思うので
す。それが非医療者との一番大きな違いです。

エントリー「まとめサイト立ち上げの提案(協力者募集)」にてろくろくびさんが作られたhttp://www31.atwiki.jp/rokurokubi/pages/1.htmlは非常にわかりやすくまとまっていると思います。その中の民事訴訟のルールをご一読してみてはいかがでしょうか。

このブログでこれまでトンデモ判決が出る理由が根本的に裁判官の責任ではないというのが理解できたのは「裁判官が判断を下すのは当事者が争った部分だけです。」ということを知ったからです。普通に考えれば確かに裁判官もあらゆる方面のエキスパートというわけではないですから0から独自の判断を下すことは不可能ですし、そこまでの責任を負えないでしょう。
トンデモ判決と言われるものが出てしまう理由は、主に被告(医療者)の主張不足か原告側トンデモ鑑定医に起因しており、極端なことを言えばトンデモ鑑定医の主張を被告側が覆せる主張を十二分行えば、トンデモ判決が出ないと言うことでしょう。
もちろんトンデモ医者がいるようにトンデモ裁判官も存在するでしょう。が、それはシステムとしてある程度は許容せざるを得ないという考えに至りました。そして、トンデモ裁判官のトンデモ判決が起こりにくくするために、事故調など鑑定システムの改善が必要であり、そしてそれには現場医師の参加が不可欠だと言う理解に私は至りました。
ただ...参加するためにはどうしてもリソース不足がネックになっています。やはり大量メディカルクラークの導入によって医師・看護師の業務内容を軽減・見直しする必要があると思っています。
後半は話が逸れました。失礼いたしました。

 法律屋(法曹に限らない)の世界では、過誤判決やトンデモ判決といえば、
(1) 存在しない証拠を存在するものとして認定(拓銀刑事事件地裁判決)
(2) 未決勾留日数の計算間違い(多数w(゚o゚)w)
(3) 実体法の法令適用の誤り(S裁判官が羞恥心から辞職したといわれる例)
(4) 損害賠償額の計算間違い(ライプニッツ方式採用に多かった)
(5) 境界確定の訴で請求棄却(゚Д゚)マヂデス
(6) 児童福祉法違反で略式命令確定_| ̄|○
という明らかにチョンボを言うのが通常です。
 ご参考まで。m(_ _)m

Airさんは法曹ですか?それなら良かった。これについて法曹の見解を聞いてみたいと前から思っていました。

>医師の皆さん、裁判官がぱっと思いついた金額で判決を決めている、とかカンチガイしてません?

勘違いしていないと思いますよ。着目点はそこじゃないんです。着目点を引用すると

まず金の配分を考えて、そして、現行の法体制に合わせて(つまり、このときに医師の過失を考えることになる)、判決文を書くといっていたことです
。結審した後、判決文作成での思考過程なんでしょうが「現行の法体系に合わせて判決を論理構成した後、その結果として過失割合(結論)を考える」だと納得なんですが、原文だと後出ジャンケンそのものです。

まあこれはブログからの伝聞ですからね。裁判官はそうだと直ちに決め付けることはできませんが、そうだとすると実感に合致するんですよね。なお引用先ブログ主はここの常連さんなので何らかのコメントがあるかもしれません。

奈良県五條病院の判決のような,

争点が「被控訴人Eにおいて,Fに対し,十分な検査をしなかったために,心嚢内の血液の貯留を見落とし,適切な措置を講じることができなかったという過失又は注意義務違反があったか。」なのに,裁判所の有責認定ではEの過失を認定せずに救急体制の不備によって有責認定,というのは明らかなチョンボだと思いますが。

 まあ、念のために付言しておくと裁判官によって若干の傾向があることは事実。ただ、全国均一の判断となるように裁判官を日本全国に転勤させているわけで、その「ブレ」はかなり小さいですけど。
 また、医療に関する裁判においては、一般の事件と比べて裁判官が誤る可能性は確かに高いです。ただ、ネット上で「おかしい」と批判される判決は〆枷輯韻判断を誤った当事者が主張立証を誤った4嫩蠖佑鑑定を誤った「おかしい」と批判する者が判断を誤ったイ修梁「人が人を裁くこと」の限界等のいずれかが原因であって、どれが原因かは判決文のみならず、裁判所に提出された証拠、提出されなかった証拠等、詳細に事実関係を調べてみないことには分かりません。ネット上ではすぐ裁判官のせいにされてしまいますが、明確に「何が原因だったのか」が分からないケースが実は大半である、という印象を持っています。

 ところで、民事訴訟では当事者主義・弁論主義が採用されています。簡単に言うと
 原告「医師の○○という行為には過失がある」
 被告「認める」
との主張があれば、医学的には本来過失がない行為であっても、裁判所は「過失があった」という判断をします。
 この当事者主義・弁論主義という制度は個人的には、改善の余地は当然あるけれども、現状では民事訴訟のルールとしては妥当である、と考えますし、おそらく多くの法律家もそのように考えていると予想します。
 しかし、この当事者主義・弁論主義を前提にすると、上記のように医学的には誤った判決が出てしまうことがあります。そして、このような判決が出て、その内容が医師の間で知られると、萎縮医療・判例に基づく医療が行われ、これは結果として国民全体の不利益になります。
 このような悪影響が出ている以上当然何らかの対策は必要です。その対策は、裁判所を非難することや、民事裁判の制度を非難することによっては生まれません。なぜなら裁判所はルールに従って判決を下していますし、現在の民事裁判のルールも一般的には妥当な制度であるからです。しかし、制度も裁判所も機能しているのに悪影響が生じる。その原因は何か?
 上記の例で言えば「過失を認めた病院」は確かに問題があります。しかし、裁判は負担も重いですから早期に金を払って解決しようとすることを簡単には非難できません。
 私は結局のところ「裁判と医事関係紛争の相性の悪さ」(by樋口教授)が原因だと考えています。民事裁判は紛争解決を目的とする手続であって、真実を解明することを最優先課題とするものではありません。裁判官が言うところの「裁判によって真実が明らかになるわけではない」というのはこういうことです。しかし、医事関係裁判においては、患者遺族側も、医療者側も真実の究明を期待します。そうした齟齬こそが「相性の悪さ」の正体です。

 そうするとおのずと解決策は見えてきます。一つは裁判外の紛争解決(ADR)の整備。もう一つは公正な第三者機関による医学的な調査制度の整備です。憲法上裁判の対象外にすることは不可能ですが、裁判の前に、医事関係紛争の解決手段をおくことによって、相性の悪さを解決することができます。現在の安全調の議論はこうしたことが背景となっている、と理解できます。


>No.171 Air さん
もう元ライダーさんが対応してらっしゃいますが、引用してるのは元ライダーさんですよ〜

 私も本当は当事者処分権主義に疑問をもっているので、職権主義が入り込む余地があるADR構想に満腔の禿同です。賛成\(^o^)/賛成

どっちもどっちだと思うんですけどね、正直。

言葉は悪いですが「何が気にくわなかったのか」ということが絞れないと医療者の答えは人を増やせ、予算を増やせ、休暇を増やせに決まっています。でも問題を絞って頂ければ答えは少し違うものがでると思います。

「人を増やせ」=どこにどの程度の人が足りないのか、人を増やすにはどのようなリソースが必要なのか
「予算を増やせ」=どこにどの程度の予算が必要なのか
「休暇を増やせ」=どの程度の休暇が必要なのか、休暇を実現するためにはどの程度の人が必要なのか

と言う事で、医師の方が問題を絞ってくれると、もう少し答えは違うものがでると思います。


私が被医療者の次の返球にこだわるのは均一でなくなってきている社会に置いて次の改革では(それがどのようなものになるかは関係なく)必ず得する人と損する人が出てくると思うからです。また問題を絞る必要があるのは先に挙げた問題それぞれの解決案は相反する場合もあるということだからです。

私が医療者の返球にこだわるのも全く同じです。被医療者が主導となって、次の改革を進めるのであれば、医療の現実と乖離したものができるのではないか。医療の現場は医師が一番ご存じのはずだから、医師が主導して、提案を行うのが一番望ましいのではないかと思うわけです。権丈先生の仰る見積書のようなものを、医療者から提示して欲しいと思うわけです。

その意味では、医師がボールを返球していないと考える訳です。


もちろん、医師の方は医師の方で仰りたい事があるのでしょうが、私が言いたいのは、鏡写しの関係になっているのではないかと思います。

 原審判決と控訴審判決の各全文を精読してみてください。おそらく貴方の誤読です。

現状を一番表しているのが、厚生労働省の佐藤課長の発言だと私は思います。少々長くなりますが、転載します。

役人がこういうことを言うと非常に自虐的なのですが、役人の活躍できる範囲、あるいは役人の選択肢とでも言いましょうか、わかりやすく言えば権限が非常に狭まっています。そして役人以外にも学者もいるかもしれないし、政治家もいるかもしれないし、マスコミも国民もいるかもしれませんが、そういうプレーヤー達を見てみますと、最近サッカー日本代表を思い出す今日この頃です。私はサッカーを観るのもするのも苦手なのですが、アジアカップというのが1年くらい前にあり、それを観ていたのですが、非常に腹が立ってきました。それはなぜかというと、誰も決定力がなくて誰かが打つだろうと思っていることです。誰だってゴール前にきたやつは打てばいいのですが、パス回しばかりやって、パスが自己目的化しています。つまり、役人は役人で考えをまとめるのですが、最後は政治家に任せます。政治家はおいしいところはとるけれども、本当はどうなのかというようなところはやりません。みんなこの日本代表みたいな状態になっています。そう思っていたらこんな本がありました。『日本人はなぜシュートを打たないのか』という文化論まであるくらいだったのですが、ことほど左様に社会全体にこういう空気が蔓延しています。
http://www.pmet.or.jp/pmet-news/kouenkai-10/satou.htm

官僚や政治家ばかりでなく、医師や国民も、最後のところを決めようとしないのが問題なのではないかと思います。

原審判決は手元にありません。控訴審判決は一通り読んでおり,さらに有責認定の基準になった厚生省の救急体制に関する通達も読んできた上で,No.176のような考えになりました。私の読解が誤読であることを示す義務はハスカップさんにあると思います。原審判決をお持ちでしたら是非お譲りください。

ちなみにNo.176は,医療者としての感想ではなく,単にチンピラ司法ウォッチャーとしての感想です。以前に,ろくろくびさんが,「医療者としての感想」と捉えられていたため,念のためそうではないことを明らかにしておきます。

 法曹じゃなくて素人の考えですけど、講演の裁判官が言っている民事訴訟における裁判官の思考の流れは、

1)原告と被告が提出した証拠を比較検討する。
2)1)の検討結果に基づき、医療上の損害を金銭に換算する。
3)2)の金銭換算に沿うように法理論を構築して判決を下す。
 ってことじゃないでしょうか。
 1)の部分を抜かして考えてしまうから、後だしジャンケンのように感じるのではないかと思いました。
 つまり、結論ありきで金の配分を考えているわけではなく、提出された証拠に基づいて金を配分しているが、それを判決に結びつける法理論的にはは後だしジャンケン的になるのが民事訴訟である、なぜなら損害を金銭に換算するための線引きをするのが民事訴訟だからと、この裁判官は言っているんだと私は理解しました。

 それでは大阪高裁の判決年月日を教えてください。病院名で判決を検索すると刑事事件がヒットしてしまうのでよろしくお願いします。

ハスカップ様、コレでは?
www.courts.go.jp/hanrei/pdf/5DC0E6DAEC784F5649256DD70029B153.pdf

アレレ、5頁目の中ほど、4項においてEの過失を認定しているじゃないか。

ただし6頁目の中ほど、6項において公務員の公権力の行使として、過失のあるEは責任を負わず、奈良県のみが賠償責任があると判示している。

こちらをご覧ください。
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/iryosaiban/H7wa44.html
というか,うすうす思っていたのですが,ハスカップさんこそが原典に当たっていなかったのだと知り,今までの対話はなんだったのか,と思いました。

 すいません。自宅には判例集を置いてないのでネット検索に頼ってしまいました。私たち法律屋は、裁判所と裁判年月日が分からないとネットで判例を引けないことが多いので。
 ご質問の件は、やっぱり誤読です。
 高裁判決には
======================
3 同4頁1行目から同9頁7行目までを次のとおり改める。
  「2 争点
1 被控訴人Eにおいて,Fに対し,十分な検査をしなかったために,心嚢内の血液の貯留を見落とし,適切な措置を講じることができなかったという過失又は注意義務違反があったか。
(中略)
本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。
 そうすると,2次救急医療機関における医師としては,本件においては,上記のとおり,Fに対し胸部超音波検査を実施し,心嚢内出血との診断をした上で,必要な措置を講じるべきであったということができ(自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。),被控訴人Eの過失や注意義務違反を認めることができる。
 以上のとおり,被控訴人Eに注意義務違反を認めることができ,被控訴人奈良県は債務不履行責任を免れない。
 他方,被控訴人Eについては,救急医療行為は,都道府県知事の認定した医療機関において行われるものであり,被控訴人奈良県が設置した本件病院での救急医療行為は公権力の行使に当たると解するのが相当であって,被控訴人E個人は
不法行為責任を負わない。
======================
と控訴審判決にあるとおり、契約不履行責任「も」問うもので、高裁が冒頭で争点を変更していることから当事者の主張が変更されたものであることは明らかで、しかも、公務所の契約不履行責任の主張には、関連する公権力の行使の不履行全般を(明示黙示を問わず)含むので、当事者の主張に沿った判決で、どこにもトンデモ性はないですよ。読んでわからなかったですか?

>No.177 ろくろくびさま
はい、そのまとめで納得です。
前にも書いたと思いますが、民事裁判は今のままで結構。
ただし、
1)民事での医療訴訟は正と悪の構図ではない
2)医療上の損害を金銭に換算するための線引きをするのが民事裁判
3)民事裁判はまず結論を仮定してするもので演繹的なものでない
これらが国民の公知の事実となること。

医療以外でもマスコミさんは「裁判所は○○の過失を認めた」とか言いますからね。金銭ではなくて「過失を認めた」との報道が被告に最もダメージ。過失を認めたのは確かにそうなんでしょうが、「お互いの話を聞いて被告に過失があるか無いかと問われれば裁判所はあると思うな。」くらいのニュアンスがマスコミフィルターで正邪対決の構図に印象操作されますから。もちろんミスリードする責任の大部分はマスコミさんですが、マスコミさんの描いた間違った絵を放置している裁判所組織もどうかと思います。

No.183 七誌さん さま
>1)の部分を抜かして考えてしまうから
そうじゃないです。

1)原告と被告が提出した証拠を比較検討する。
2)1)の検討結果に基づき、法理論を検討構築する。
3)2)に沿うように金銭換算して判決を下す。

なら思考過程は後出ジャンケンにはならないのですが。
付け加えると私が不信を抱いているのは金の配分ではなくて過失判断の過程。
先のろくろくびさまへのレスのように1円分でも過失が認められたらダメージ大なのが現実。

>どっちもどっちだと思うんですけどね、正直。
>>言葉は悪いですが「何が気にくわなかったのか」ということが絞れないと医療者の答えは人を増やせ、予算を増やせ、休暇を増やせに決まっています。でも問題を絞って頂ければ答えは少し違うものがでると思います。
>「人を増やせ」=どこにどの程度の人が足りないのか、人を増やすにはどのようなリソースが必要なのか
>「予算を増やせ」=どこにどの程度の予算が必要なのか
>「休暇を増やせ」=どの程度の休暇が必要なのか、休暇を実現するためにはどの程度の人が必要なのか
>と言う事で、医師の方が問題を絞ってくれると、もう少し答えは違うものがでると思います。

私がすり合わせと書いたのは「ここが鏡写しととらえられてしまう」からなんですが。
ここ、医療でなく、例えば家を建てる場合を考えれば話が早いでしょう。
「人」「予算」「休暇というかマンパワー」は、施工業者が提案もしますが、それは「どれくらいの家」という要求があるわけで、それなしに施工業者に提案せい、といっても難しいわけです。
そうは言っても、施工主側も明確な案がないケースも多いわけで、モデルケースというか叩き台があって、そこから「すり合わせていく」ことになる。

ですから、医療側はモデルケースを、非医療側は希望案を、それぞれ出して、その中で認識のずれ(上でいえば施工主が予算を甘く見積もっていたりとか)を埋めていく作業がいる。

お互いに相手にボールがある、と考えて相手を責めても不毛なので。

妊婦事故のケースでは、モデルケースとしてとらえれば医療サイドからの答えはあったと感じています。
私自身はROM止まりであったのは、現状で納得はしていないけど、希望案として「ちょっとでも時間を短く」くらいでしか出せない(そして、それにどれだけのコストをかけてもいい、という感覚も)というアイデアの欠如があったからです。
例えば、個人の医療負担が月1万円増えてその時間が少し短くなるとしてそれを是とするかとか。

>ハスカップさんこそが原典に当たっていなかったのだと知り,今までの対話はなんだったのか,と思いました。

 憶測想像でものを言うのは勝手ですが、「私が原典に当たっていなかった」という事実を証明する責任を貴方に求めます。それまで役所においてある原審判決は貴方に公開しません。
 だいたい判例を引用しながら、裁判所と判決年月日・判例集出典を明示しないのは礼儀にかなっていますか。あそこの病院名で複数の「判決いわゆる名称」があるのですよ。ご存じなかったですか?

 私個人のことはどうでもいいですが、ネットに判例デマ情報が流布されるのは許せません。少なくともモトケン先生のブログでは。
 次の明白な誤読を貴方の医療プロとしての文責に基づいて、マスコミのように撤回して誤読を読者に訂正の上で謝罪してください。再発防止策も提出されるでしょうね。

>裁判所の有責認定ではEの過失を認定せずに救急体制の不備によって有責認定,というのは明らかなチョンボだと思いますが。<

判決原文に当たっていなかったのは言いだしっぺの方かな(ボソッ

ミネ先生は、ご自分のブログには、
> 1. 高裁判決文に「被控訴人Eの過失や注意義務違反を認めることができる。」と書いてあるように、高裁判決がE医師の過失を認めていることは明らかです。
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/iryosaiban/H7wa44.html

と書いていて、それは正しい読解なのに、
ここのNo.176では、
> 裁判所の有責認定ではEの過失を認定せずに救急体制の不備によって有責認定

と書いたことが、おかしいのですよ。

たぶん、医師の皆さんは、この高裁判決が被告医師個人の過失を認めた(賠償は現実には請求されないとはいえ)ことを不満とし、トンデモと非難されるのでしょう。
むしろ、「救急体制の不備」を理由として、奈良県の責任が問われたのであったなら、医師の皆さんは納得されたのではないでしょうか。

------
本件が医療のある分野を「公権力行使に当たる」と認めた点で、特異な判決であることについては、かなり前に別エントリで議論しました。
その際、過失認定については、一審判決が手に入らないため(どこかの判例集に取り上げられているかもしれませんが、その時は探し出せず)、検討しようにも分からないことが多かったのです。

ハスカップ様が、一審判決をお持ちなら、公開していただければ、役に立つと思います。

 お気持ちは分かりますが、このように(No.176 )誤読曲解悪用される危険性が大では、上司に申請して却下されるかもしれません。m(_ _)m
 ネットで公知の事実になっていたら、このサイトでURLを広報します。m(_ _)m

峰村健司先生

再度、お願い。

個別裁判については、

ご自身のブログ
「君の瞳に恋してる眼科」

でやってください。

エントリの趣旨をどうして理解されていないのですか

非医療者としてとても迷惑です、こんなことをするから

「どうして医者は聞く耳をもたない(ように見える)のか」

テーマにしてくださいと医療側から出たくるのです

そもそも公的病院の医療は「公権力の行使」に相当するかどうかについても議論すべきでは???

「公務員の行為であっても、医療の場合のように民間病院での医療の提供と変わらず公権力の行使ではなく、単なる医療の提供」というのが通説では?

だからこそ、患者が医療従事者に暴言・暴行をしても、公立病院で公務執行妨害罪に問われないのでは?

別論ですが、奈良シンタンポナーデ事件を参照すれば、労働基準法に違反した宿直を命じて過労死させた病院側に賠償責任が生じると思っています。(中原医師訴訟)
日本の救急医療体制を潰しても、違法宿直による救急応需を無くすべきでした。

 峰村さんだけじゃないですけどね(かといって全員というわけでもありませんが)。

 このブログに投稿する医師の多くは、自分が言いたいことを書き込んでいるように思われます。
 エントリの趣旨とか私の意図とか気持ちなど関係なしに。
 しかも、いろんな立場や考えの人が読む場であるにもかかわらず、自分の投稿を読んだ人がどう思うか、どう感じるかなどまったく考えていない人が多いと感じています。

 私が、疲れて、嫌気がさして、ばかばかしくなって、やる気がなくなったのは、そういう人を相手に前向きな議論ができないからです。
 個々の発言の内容の問題ではないのです。

 No.160 ペストさんの意見に同感です。
 このブログを訓練の場と捉えていただければいいのですが、そんな意識をもってくれている人は少数だろうと思います。

 自由に意見を述べる場を提供して、それに反論したら嫌われた、という感じでしょうか。

 他の病院が受け入れ拒否する患者をがんばって受け入れて、結果が悪かったから批判される病院や医師の悔しさが本当によく分かります(^^;

No.197 モトケンさま
レスありがとうございます。
 今、世論は医療者側に理解を示そうとしています。そのなかで、その流れを理解しない一部の方により、疲れさせられるのか、私は解りません。
 正直、見たくないということです。
 できれば、LMnetまたはMJLnetでおこなわれてはいかがでしょう?
 大変お疲れのところ申し訳ありません。個人的な感想ですm(_ _)m
 では、当分投稿を自粛します。


 

>今、世論は医療者側に理解を示そうとしています。そのなかで、その流れを理解しない一部の方により、疲れさせられるのか、私は解りません。

 流れを読めない医師たちによって、このブログがブレーキになっているように思われます。

 ご忠告はありがたく検討させていただきます。

ここのところROMに徹してきましたが、やはり一言言っておくべきかと考えました。

常連さんを含め、医師側の言い分は自分も分かるのですが、医療者に好意的な人々さえもうんざりさせているこの現状で国民全体に理解を求めても、それは無理と思います。私自身読んでいてうんざりしますから。

同じ医師ですらうんざりする不毛な堂々巡りに陥っている気がするので、ましてモトケン様が嫌気がさすのも無理はありません。ナンバー161のペスト様のように、もうちょっと前に進む論議ができないでしょうか。権丈先生の言う「見積書」を出すとか、具体的な体制改善について考えるとか。

私も随分医師に肩入れしてきてが、医師のこの後ろ向きの姿勢には、もう勝手にすれば〜っていう気持ちになります。

状況は変化してきており、ここで愚痴ばかりではなく、具体的なことを権限のある上の人に訴えるときでしょう。

特に大臣と直接話ができる人は有効だと思います。

マスメディアなら川口さんとかにどんどん訴えればいい。

私は日経メディカルで土屋先生に一市民として意見しております。

>損害賠償ですから、被害者側の被害総額を算出するのはごくアタリマエです。
>10割過失を認定されたら当然上記金額が満額ですよね?でも、1割しか過失がなければ、それなりに減額される。

Airさん,
堂々巡りで申し訳ないんですが,「現実問題として100%の医療はあり得ない」以上,及第点の医療でもレトロに判断されると,小額であろうと賠償を命じられるのが現状です.
医療側からみれば「及第点の医療でどうしてお金を出す必要があるのか?」という素朴な疑問が出て来るのは当然かと思いますが,そういった発想がないのですね.
医療側からプロスペクティブにみた場合これが当たり前であっても,「結果を元にレトロスペクティブに見ればさらにbetterやbestも存在し,それと比較すると劣っている部分がある」のだから金を払えというのはどう考えておかしくないですか.結局そういうところを争点にされたら,勝ち目はないでしょうね.

テストで100点より低い分にはペナルティを科すと言われて,あなたは納得しますか?それも1回ではなく毎回ですよ.普通のテストなら,60点以上なら合格でお咎めなし,40点以下は赤点でペナルティ,くらいが普通でしょうか.
結局2年以上掛けてもgapは元のままですか...

 また堂々めぐりの民事損害賠償の基礎をやっている。弁護士に報酬払って個々的に法律相談すべきでしょう(というか民事法の教授に質問するべき基礎的レベルかも)。無料で診察しろというのと同じ。
 もっと前向きの意見はないのですか?
 スレタイ読めないですか?

 また、スレタイ無視して堂々めぐり粘着やっている。なぜ、聞く耳をもたない(ように見える)し、スレタイ(トピックタイトル)読む目を持たない(ように見える)のか?

 お二人に先を越されましたが

>勝ち目はないでしょうね.

 これは、 Level3さんが認識している裁判官というものが、今後も変わらないという現状を固定化した考えですね。

 私は、ここ最近、

 現状前提悲観論 対 これからどうする?論

という問題を提起して、現状は変更し得る、という前提で考えるべきではないかということを主張してきました。
 つまり、裁判官の考えは変わり得るし、変えられるということになるのですが、一顧だにされなかったということですね。

 聞く耳持たないとはこのことです。
 エントリタイトルの(ように見える)の部分は削除しましょうか。

私見。

1. 一人でも医療問題にまだ余り詳しくない人が、よく理解していない発言をすると、議論の本筋を見失って、その啓蒙にかかりきりになる医師が出てくるから。
2. 発想や要求の仕方がAll or Nothing。医療と同じく、議論だって、社会システムだって、司法だって、何だって100%はないということを忘れてる?
3. 色々な人の、色々な意見を、非医療者の意見として、十把一絡げにしてしまい、しかも、大抵、もっとも医師に対して攻撃的な意見を、さも大多数の意見であるように取り上げがちだから。逆もできるはずなのに。まるで理解者もいると認めたら負けだと思っているよう?
4. 落ち着いた対話をしたい医師がいても、感情的な議論についていくのに疲れてしまい、撤退していくため。

そして私は。
上記のような医師の発言を読むと、同じ医師として痛い、痛いどころか激痛に苛まれるので、近頃は、あまりコメント欄を読まないように気をつけています。

本当にモトケン先生、お疲れ様です。

ちゃんと、お医者さんたち返事してるようにも読めるんですけどね。

要するに、リソース改善なしのシステム改善、いわゆる効率化は、
限界超えてる医療現場に更なる労働強化をもたらし、効率化が逆に
医療崩壊をおしすすめてしまうかもしれないってことでしょ?

なんか、産婦人科のある施設が1年で8%とかへってるみたいですし
いよいよ、現実のものとなってきましたねぇ。

でも一応書いとく。
 仮に60点以上で合格なら、100点の場合も80点の場合も60点の場合もそもそも過失は1割たりとも存在しないから賠償額はゼロ。

 Airさんのおっしゃっていることは過失相殺の話なのかな?いずれにしろちょっと次元が異なるかと。藤山裁判官も「判決」で「金払え」と書くとは言ってないし、いえるはずもない。
 和解は互譲が本質だし、法律を当てはめてする解決方法ではないのでちょっと別。藤山裁判官が和解を勧める基準については意見は割れるだろうけど、いずれにしろ和解はペナルティではない。文字通り単なる和解であって本人次第

>これは、 Level3さんが認識している裁判官というものが、今後も変わらないという現状を固定化した考えですね。
>私は、ここ最近、
>現状前提悲観論 対 これからどうする?論
>という問題を提起して、現状は変更し得る、という前提で考えるべきではないかということを主張してきました。

モトケン先生,
正直言って変るとは思ってないです.裁判官ブログでのやりとりも含め,残念ながら非常に悲観的です.
すみません.
「これからどうする」ということに関してもNo.20にも書きましたように裁判以前のところで歯止めを掛ける方策を提案しました.変えられる可能性の高い(?)or ある(?)と思われるところへ重点を置いたのです.

P.S. 麻酔科医というものはいつも最悪を想定して,そこを回避できる可能性のある方策を順次考えるのが常ですので,どうしても思考が悲観的になってしまいます.まあ性格なのかもしれませんが.

 個々の医師・医療関係者にどこまで問えるか、というところもありそうに感じますが。
 例えば、車の開発者・製造作業者に、「車社会をどのように変えていくか」、と問うた場合、「いい(安全な・環境にやさしい)車を開発する・製造する」ということでまあ通りそうなんですけど。
 実際に、交通事故などで年間多くの死傷者がでている現状について広い視点でどうするんだ、というところまでは突っ込まれないとは思うのですが。(企業あるいは企業トップはまた別でしょうけど)

>「訴訟するんだったら医者をやめてやる」と言うのではなく、「訴訟になるのはこれこれこういう要因があるからで、それを解消するには、どのような対策が必要か」と考えるのがリスクマネジメントであり医療以外の産業ではとうの昔に取り組んでいるのに・・・。

 堂々巡りの部分も、職業人として、自分の職務権限内での行為がどうなのかはっきりさせたい、ということはリスクマネジメントとしても理解できるのですが。
(ただ、このリスクがクリアになって(できて)いないところは問題でしょう。適切な設定・場合分けされた質問がなされていれば整理された回答が得られていないのかとは感じます)

 製造業の一端にある身としては、医療ではリスクマネージメントとはいうものの、コントロールできる要因が少ないのではないのかとは思いますよ。

・止める も一つの選択です。
コンニャクゼリーではないですが、要求されるレベルに対応することが困難である(あるいはコストがかかって採算がとれない)のであれば、その提供を止める、というのは、医療以外の産業では選択肢の一つですから。
(ガチャポン判決とかもありましたが、要求仕様がはっきりしないというのはリスク把握できず対応が非常に困るのです。)

・もっとも、上は最終手段であって、マーケティングなどで要求仕様をつめていったり、対応策・コスト削減の努力をする、低価格低グレードが可能ならそちらにシフトするとかありますが、医療ではその当たりの調整(価格調整・格差医療)の権限の問題がありそうで。
商品なら多様なグレードの品があって、【消費者が使い勝手やリスク(あるいはコスト)を考慮して商品を選択する】システムです。(個々の商品についての性能はメーカー責任ですが)

 そういう権限について、医師会なりの意見が通るようにしていくのは一つの方向ですし、そういう医療にしてリスクマネージメントがしやすい形にしていくというのも一つの方向でしょう。
 医師の多くが自分が言いたいことを書き込んでいるかどうかは分かりませんが、むしろ、例えば「医療としてリスクマネージメントをするならばこういうことになる」など言いたいことを書き込めばいいのではないでしょうか?
それが非医療から見て受け入れ難いものであれば、そこですり合わせなりをしていけばいいのであって。

>(ただ、このリスクがクリアになって(できて)いないところは問題でしょう。適切な設定・場合分けされた質問がなされていれば整理された回答が得られていないのかとは感じます)

 訴訟リスクの実態についての司法側からの説明は既出です。
 最近のこのブログの実情に鑑み、もう一度説明しようという忍耐力のある法曹はいないでしょう。
 いてくれるとうれしいですけど。

>これは、 Level3さんが認識している裁判官というものが、今後も変わらないという現状を固定化した考えですね。
>私は、ここ最近、
>現状前提悲観論 対 これからどうする?論
>という問題を提起して、現状は変更し得る、という前提で考えるべきではないかということを主張してきました。

モトケン先生,
正直言って変るとは思ってないです.裁判官ブログでのやりとりも含め,残念ながら非常に悲観的です.
すみません.
「これからどうする」ということに関してもNo.20にも書きましたように裁判以前のところで歯止めを掛ける方策を提案しました.変えられる可能性の高い(?)or ある(?)と思われるところへ重点を置いたのです.

P.S. 麻酔科医というものはいつも最悪を想定して,そこを回避できる可能性のある方策を順次考えるのが常ですので,どうしても思考が悲観的になってしまいます.まあ性格なのかもしれませんが.

>正直言って変るとは思ってないです.

 裁判官の感覚を変えられるかどうかの最前線に立つのは弁護士ですが、クライアント(医療側)の意思と協力なしには不可能です。

 変える意思も持たず、訴訟における最大の協力者である弁護士も信頼しないなら、変えることはできないでしょう。
 後は運まかせになりますね。
 そういうのはリスクマネージメントとは言わないと思いますが。

 但し、これまでは法曹(弁護士)側にも医療崩壊という意識がなかったという問題はあると思います。
 だから、司法と医療の相互理解というものが重要だと考えてやってきましたが、医療側からふられたというのが正直なところです。

 「誠実さ」の議論では、医療側は、私に対して、「自分たちの領域に余計な口を出すんじゃない。」と言いました。
 私にはそう感じられました。
 2年以上の議論の結果がそれです。

 また、愚痴になっちゃいましたね。
 私は現在、気持ちの整理中です。

横レス失礼いたします。

No.205 モトケン さん
 つまり、裁判官の考えは変わり得るし、変えられるということになるのですが、

と、法律のプロが言っている事よりも自分の「正直言って変るとは思ってないです」という感覚を優先する理由がよくわかりません。絶対変わらないという何か根拠がおありなのでしょうか?
医者同士でも他科の専門に関わる部分はその専門家の言う意見を普通は聞くと思うのですが....

>>(ただ、このリスクがクリアになって(できて)いないところは問題でしょう。適切な設定・場合分けされた質問がなされていれば整理された回答が得られていないのかとは感じます)
>訴訟リスクの実態についての司法側からの説明は既出です。最近のこのブログの実情に鑑み、もう一度説明しようという忍耐力のある法曹はいないでしょう。いてくれるとうれしいですけど。

 膨大な過去ログあるのですから既出だとは思います。
再度の説明は不要でしょう。司法側というか回答側からは回答が出ている(クリアになっている)のなら、「ここ読め」、あるいは、「ここを参考に個々人で整理しろ」、ということでOKですね。(あるいは、検索かけろ、と)

ただ、堂々巡りになっているということは、それが活用されていないということですから。

 医療不信で凝り固まった医療過誤の敗訴原告みたいですね。>司法不信医師(複数)殿
 もう少し前へ進む提案なり提起があれば。
 司法の側で法律や制度変えろと言ったって、あなた、それは国会のお仕事で、司法も行政も「法の支配」の下に拘束されるんですけど。

流れを読まずに書きます。

私は橋下問題以前・医療問題以前のこのブログの雰囲気を知っているので、あの頃に戻りたくてしょうがない今日この頃です。とはいえ、ここで医療関係者の皆さんから長い時間をかけて問題意識と危機感を叩き込まれたので、昔の無知無理解にまで戻るつもりはありませんが。

医療崩壊は、本当に沢山の側面を持つ巨大な問題です。
そこにスタンスも立場も違う人々がこれだけ寄り集まって議論すれば、大なり小なり溝やギャップは生じて当然だとは思います。医療関係者の皆さんにしても、キング牧師からマルコムXまで、あるいはマハトマ・ガンジーからチャンドラ・ボースまで、色んなスタンスの方がおられるでしょう。
それでも、すくなくともモトケンさんは「医療関係者の敵」ではなかったはずです。しかし、ここのこじれ方やヲチスレの言われようなどを見ていると、今でもなおモトケンさんは多くの医療関係者から便利なサンドバッグや百人組み手の相手と思われているのかなあと慨嘆してしまいます。

今までも何度かこういう状況を乗り切ってこられましたが、今回はいよいよ本物かな、という気がしています。私としては、このブログ自体が残ってくれれば文句はありません。全部放り出すくらいなら、一番重い荷物を地面に置いて一休みしてください。


話は変わりますが、墨東の遺族は記者会見でこう言われました。「誰も責めないから、みんなで力を合わせて改善して、こんな悲劇を防いでほしい」と。
私事ですが、つい最近子供が生まれたばかりなので、あの言葉を吐き出すのにどれほどの自制と強さが必要かよくわかるのです。あの方は本当にすごい人だと思います。
あの方こそ医療関係者の皆さんが待ち望んでいたタイプの被医療者ではないのでしょうか。今までのパターンなら、医師への恨み言をぶちまけて訴訟に持ち込んでも当然のところを、記者会見で堂々と医師に感謝して、マスコミの情緒的バッシングを封じてくれたのですから。
もし医療関係者の皆さんが、面と向かってあの言葉を言われたら、どんな言葉を返しますか? 

「いやあ、気持ちはわかるんだけどさ、はっきりいって無理だよ。正直言っちゃうと、奥さんだってどっちみち死ぬか植物人間だったと思うし。まあ、これからもどんどん奥さんやあなたのお仲間が増えるから、さびしくはならないのがせめてもの慰めかな」

今の流れだと、こんな感じになるかもしれませんね。
ああ、これって「トレーニング」にならないかな? あの遺族をいかに怒らせず現状と今後を語れるか?

>絶対変わらないという何か根拠がおありなのでしょうか?

根拠と言われるとちょっと...
まあ,以下の裁判官ネットワークブログでのやりとりはそのひとつと言えるでしょうか.
http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/c93966cb11c31eb4d0b117a1acd008d3

サイレントマジョリティの裁判官たちがどのように感じ,どのように考えているのか正確に知る由はありませんが.

横レス失礼致します。

想像で語る(判断する)のは、某弁護士がやっている事と同じではないでしょうか?
それは裁判官の方々に失礼だと思います。
いかがでしょうか?ご一考いただけると幸いです。

横レスすみません。リンク先をざっと読みました。

どっちに理があるかとかいう以前に、ネットコミュニケーション論の格好の教材になりそうなコメント欄だと思いました。少なくとも、かの裁判官氏が(誰の問題かはさておき)医療側の味方にならないのはもっともだという気はしました。

 ノイジーマイノリティを標準化すると大きな間違いをするのは統計の法則です。某弁護士、某医師、某政治家、某自衛隊元最高幹部……。

一人一人の裁判官や弁護士の意見や考え聞いてどうすんの?

多種多様でしょ。

いちいちそれ気にしてたらきりがないし、今は国民に理解を
求めて、医療改革を実施すべきときだと思いますが・・・

追い込まれているのはわかるが、もっと前向きに行こうよ。

ご紹介くださったリンクに飛んでみました。
やりとりというか....記事を書かれた風船さんは一言も述べられていないようですね。
風船さんの文章は病気の妻の治療と回復の課程における夫の心の内を書いたもので、特に医療者批判を目的としているわけでもなく、問題がないように感じますが、私が鈍いだけでしょうか?(人より鈍いのは確かなので...)
きっと私も同じ立場だったら同じように感じると思います。

裁判官も人ですから、ブログで常に裁判官の視線で書かないといけないなんて事はないでしょうし、自分の家族を思う気持ちを吐露されただけだと思います。
あの文章からは裁判官が変わるか変わらないかすらわからないと思います。むしろ、Level3さんの張られたリンクからコメント欄の書き込みを初めて見た人が「どうして医者は聞く耳をもたないのか」と改めて感じるのではないかとちょっと寂しくなりました。
(客観的に見ると「(ように見える)」は消されてしまうと思います。)

Level3さんも麻酔器の前に立っているときは、プロフェッショナルとしてお仕事をされているでしょうし、裁判官も法廷内ではまたプロフェッショナルとして仕事をしようという人が大部分でしょう。と楽天的に考えられないですかね。

http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/11/03-091437.php#c184366

 とても上のほうにモトケンさまが書いて下さって、その後長い議論があって、とてもわたくしには読み切れません。でもお返事する必要があると思ったので、書きます。

 医師は、高度に専門に分化した職能集団で、もともと自分の置かれた立場を変化させるとか、置かれている環境を変えることが出来るとかあまり考えたことがない。少なくとも私は。

 もともと患者さんを前にして、この患者さんにたいして何が出来るかというのは、医学教育の上でも職能訓練の上でも、始終されていますけれどーーー。

 例え話はいつも混乱のもとですが
「軍隊はシビリアンコントロールの元にあるわけで、兵隊が口をだす軍隊くらい怖いものはない」

 モトケンさまが、一体どうして欲しいんだって言ったって、この目の前にある患者さんにとってどうあったら良いか、病院の中でどうシステムを変えたらよいか、地域の連携はどうあったらより良いシステムかは言えても、それ以上大きな視点で考えるという習慣はない。

 職能集団が国家の中でどんな位置をもち、どういう形で貢献してゆくか、って自主的に考えろなんて、少なくともわたくしは思ってみたこともないです。
 今は、自分の職業を続けてゆくことそのものに支障があるので、やっと声を出す人がいるという位だと思います。

 ハスカップさまが、どこかで現場主義と仰せで、その方が良いとお書きだったので、目から鱗が落ちた気分でした。

 医師側にしても、非医療職にしても、そして他の議論でも、元爺さまのような表現方法はあまり好みません。他人の意見を曲げて記載するのは、卑劣だろうと思います。
 でも元爺さまのような表現方法で自分が攻撃されても、これまた動じることもないです。どんな世界にも、許し難いと思う人はいますが、自分では攻撃しないように、丁寧に話すようにしています。

 敵を作らないように気をつけていたのですが、わたくし自身ずいぶんモトケンさまを怒らせてしまったようで、申し訳なく思っています。

横レスですが

私もリンク先を読んで同じように感じました。

Level3さんや医師の方達が、あの文章を

>絶対変わらないという何か根拠がおありなのでしょうか?

の根拠と考えていることが、非常に不思議です。

むしろコメント欄での「石」の被害意識むき出しの文章は醜悪と思ってしまいます。

一般人からすれば、医師に盲目的な敬意を求められてもちょっとと思ってしまいます。

この裁判官が経験されたことと同じ経験は私にも何度かあります。弟の誤診や私自身への投薬ミス、子供の出産時等です。

だからと言って、医者に悪感情を持っているわけではありませんよ。ミスした病院へ行くことはありませんが、医療システムや医師は必要不可欠だからです。

個人的な感情の問題とシステムの問題は区別するべきです。
システムとしての司法は個人の感情に大きくは左右されないでしょう。医療現場では個人の感情で処方が変わるのでしょうか?そんなことは無いでしょう。

司法を変えるのは感情的な対立では無く、合理的な方策の積み重ねでしょう。

医師のような理知的な人が感情的なコメントだけを根拠にするのは、ちょっと可笑しいと思います


医師にはうつ病が多いと聞いていたが・・・

まじで心配です。

私もリンク先読みましたけど・・。

患者側としては当たり前の気持ちを書いているだけですね。
私も重大な病気になった家族を医療に委ねたことがありますので、その気持ちはよくわかります。
見守る家族としては、不安な気持ちでいっぱいですから、医療側のちょっとした言葉遣いや対応に過敏に反応してしまうものです。
それを受け止めなきゃいけない医療側も大変だろうとは思いますが、素直な気持ちを綴った投稿者に対して、コメント欄で一斉に叩きまくっているのは、いったい何なんでしょうね。

コメント欄に書き込んでいるのが仮に医療者なのであれば、惨憺たる思いになります。患者側の心情をくみ取ろうとする姿勢なんて一切ないと感じざるを得ません。そういう姿勢が、患者側の反感を招き、医療過誤訴訟を招くのだと思います。

本来、仕事の中で向き合っていかねばならない患者側の気持ちをくみ取ることすら出来ないのであれば、社会に向けたメッセージの発信や、マスコミ対策など、できるわけがないと思います。

これは? 医師ブログでダントツ一位ですが・・・

医師ブログ集

多くは書きません.
あのコメントのすべてを読まれての発言でしょうか?
法曹家からのコメントはごくわずかしかありませんが,そのコメントをちゃんと読まれての発言でしょうか?
>すちゅわーですさん,素人Aさん

やはり医師でなければ「花」氏の文書から読み取られる感情は解らないものなんでしょうね.私の感じたことはあのコメント欄の私の最初の書き込みに書かれている通りです.

 患者遺族バッシングしている「忙しくない」暇がある医師なら、医療の現場側から、現場主義で、建設的な医療改革の投稿をして欲しいと思うのは私だけでしょうか? 患者や遺族をモンスター扱いして攻撃して叩く暇があるなら。

私は全部読んでいません。
法曹のコメントも見ていません。
途中で嫌になりました。

しかし、想像はつきます。あのような素朴で素直な心情を吐露した投稿に対して、医師を名乗るものから一斉にバッシングされているあまりにも酷い状況に対して、法曹、というより一患者になりうる者が反発を覚えるのは当然のことです。
Level3さんは、ご自身が問題と思われる記載を特定することもなく、リンク先を漫然と紹介されているだけですが、それを読んだ人が、どんな気持ちになるのか、それも想像できないのですか?
なぜ、反発するのか、それすら理解できませんか?


それが理解できないのなら、はっきり言います。理解できない人は医師になる資格なんてありません。

悩み、苦しみ、不安を感じて生きている人間というものがあることを全く捨象し、単なる臓器だけを診ている職人に過ぎない。

「素人には解るはずがない俺様の持てる知識・技術で治療してやったんだ。文句を言うな。知らんもんが口だすな」という思い上がりを感じます。

一昔前だったら、医師と聞けば、患者は神様のようにあがめてくれたんだから、それで良かったんでしょう。

でもね、そんな時代じゃないんですよ。そんな時代じゃないことを恨みに思うのなら、医師なんて辞めた方がいいと思います。

あそこで投稿者をバッシングしている医師が、ごく一部の「モンスター医師」であって、日本全国の医師の殆どが、患者の気持ちをよく解る医師であることを願うばかりです。

ずっとROMしてきました。

すちゅわーですさんに全面的に同感です。

ただ、それを言っちゃぁおしまいのような。。。。

要するに、リソース改善なしのシステム改善、いわゆる効率化は、 限界超えてる医療現場に更なる労働強化をもたらし、効率化が逆に 医療崩壊をおしすすめてしまうかもしれないってことでしょ?

「リソース改善なし」と言う事を前提にしているのは医師であって、モトケンさんではないのですよね。

「システム改善」と言う言葉を聞いた時、多くの医師の方が「リソース改善なしでシステム改善をやれというのかよ。やってられん」と思っておられるであろうし、「リソース改善なしのシステム改善」と言う事を前提として発言され、「医師は限界です」と仰るようですが、ここの非医療者の方々の心は既にそのような次元ではないのですよね。


報道を観ている限り、ここ数年、数ヶ月で急速に世論が変わりつつある状況の様に見受けられます。モトケンさんの心を勝手に汲み取りますと、「世の中が変わっているのに、医師が変わらなくてどうするのだ」と言う事を思っているのでしょうが、その真意が一向に伝わらない状況に絶望感を覚えているように思います。

日本裁判官ネットワークブログの件ですが。

これも、「言い方」の問題だと思うんです。

指摘している内容は正しくても、伝え方を間違えれば、理解が遠のくばかりか、敵に回すだけになります。

言うは易く行うは難し、ではありますが、「北風と太陽」 はいつも心に留めておきたいものです。

>医者は聞く耳をもたない

2ヶ月前に医療不信を箇条書きにしたコメントを
してみましたが、特に変わりは無いですね。
いつもの態度といった感じです。

消費税ageの観測気球と大村議員の刑事免責刑法改正私案
が出ましたな。流石、お医者様のロビィ活動の力はずば抜けていらっしゃる。

そうそう、似たような見殺しの事件が東京で
連続2件起きましたね。1件目で警察が動いていれば・・・
とふと思います。医者を刑事罰で縛らずとも自制できる、と言ってた結果がこれか。

お医者様にとっちゃ、加藤克彦の事件で(警察への)
萎縮効果が出来上がって万歳ですかね?
大村私案が実現すれば、晴れて大手を振って見殺しに出来るわけだ。

1件目の遺族の方が「責めるようなことはしない」
そして、「問題などが改善されれば」と仰っていた
そうだが、続けて似たような事件が起きたことはどうお感じになったのだろう。遺族感情は大事だが、
それで全てを決めてしまうのも問題ですな。
しかし、2件とも全く同じような、「意思の不疎通」に
「もし〜なら受け入れていた」という弁明まで同じ。
これは様々な行政処分を逃れる為のリスクマネージメント的テンプレ回答ってやつかしら?

まぁ、お医者様にとっては「事故」ですらない
ようなので、改善もクソもないですかね。

今後どんどんお医者様の「事件・事故」が、
社会的に法的に無きもの、となっていくんでしょうか。
怖いなぁ。

---
高飛車で患者の思いを尊重しない態度
遺族に対する暴言・誹謗中傷
 医療裁判をやった弁護士にコメントスクラムで「お礼参り」(ヤクザ的思考)
 「遺族に対するバッシング?有りません」と書いちゃう無感覚っぷり
遺族や医療界批判者に対する「診ないぞ」という生命に関わる脅し
その癖、外国からの医療従事者受け入れには反対する態度
業界を挙げての隠蔽体質
医療崩壊における都合の悪い事柄については徹底的にスルー
 医者擁護ブログで東京女子医大病院という単語はみかけない。あ、無罪になった分は言うのかな?
 医者擁護ブログで慈恵医大・青戸病院という単語を見かけない。
 その癖「白い巨塔のようなフィクションが」「マスコミが」と印象でしかないと主張
 「医療不信」がテーマのエントリーにひたすらテンプレート的な「自分達は悪くない」w
 医者擁護ブログでは、医師の権利拡大に貢献したので研修制度の話題は出さない。
 医者にも悪い部分があるのでは無いか?という医師に対してお前は本当に医者か!という非難の嵐(ここですよ。1年以上前のエントリー

だと思いますが)
 医療事故調査委員会における「第三者(笑)」医療関係者でかためて、証拠を握り、刑事免責を計ろうとするところ
 医療事故調査委員会における遺族代表メンバーを排斥しようとするところ
情報公開に対する態度
 カルテ開示法制化に対する態度(10年単位でしょう・・・)
自分達が捕まるまでは刑事責任の有無を行政処分回避に使う姑息
自律してこなかった癖に捕まりだすと、刑事責任を問うのはおかしい、と主張する矛盾
捕まりだすと、従前からある刑事訴訟の問題を騒ぎ立てる(曰く逮捕は酷いとかw)
でも、光市事件の弁護士はクズだよね、と書いちゃうところw
挙句出てきた要求は医者だけを特別扱いしろ(やっぱりかw)
お金が無い!と世間に言いつつ、国会議員を集めてパーティー(シンポジウム?って言うのかしら?)が出来ちゃう程の資金力
このご時世に消費税上げて俺達の業界によこせという政治的主張
医療費に多額の税金が注ぎ込まれているのに、公的な責任を放棄するところ
「自分の都会暮らし>>>へき地住民の生存権」という判断基準

つまりですね。

私としては、すちゅわーですさまのNo.231にも、
「言い方の問題」
があると感じられるということをお伝えしたいのです。

しまさんのおっしゃる通りで、モトケンさんも被医療者たちも「今いる医師が今以上にせっせと働け」とは全く言っていないんですよね。ここで現役の医師の皆さんのご苦労をさんざん聞いてきた私たちは、最初からそんなことを前提に置いてはいないわけで。

繰り返しになりますが、裁判官ネットワークブログの件ではっきり言えることは、あのやりとりで裁判官氏を完璧に論破できたとしても、裁判官氏が医療側の味方になってくれることは十中八九ないだろうということです。その原因の半ば以上は「裁判官氏の無理解」ではないと私は感じました。

それはそれとして、皆さん、もう少し冷静になって議論しませんか? ヒートアップされている皆さんのご意見って、立場が異なるだけで、本質的には同じ事を言っているように思いますよ。


無責任に言わせてもらうと「鏡に写った自分の姿に対して、吠えている犬」を見ている様なのですよね。自分に対してものを言うと考えれば、そんなに反発したり、刺々しい言葉を使わなくても、相手に伝わると思うのですが、私の思い違いだったら申し訳ありません。

No.235に釣られる医療側コメントが出るようだと、先行きは暗いといわざるを得ません。

みなさま冷静なご対処のほど

あと、あまり一方的になってはどうかと思うのであえて申しますと。

>すちゅわーです様

医師側の言い方を俎上にあげる以上、こちらの言い方ももう少し考えた方が・・・。もう少しクールダウンされることをお勧めします。

おk、釣り耐性はありますので。
でも真面目なコメントは読んでますので。

はは、釣りですか。まー、fuka_fuka氏始め
ここにはお医者様へのご理解が深い方々が多いので
自分は浮いていることの自覚はありますよ。

ところで、fuka_fuka氏は
>伝聞ですが、ちゃんとカルテ引っ張り出して
>検討して診断つけると、30分くらいはかかるとか。
とこの前書いておられましたが、
では、その診断書の元となる、カルテをコピーして
渡す、という行為、即ちカルテの開示について、
「患者の為」を言われるお医者様方はどうして、
非積極的だったのでしょうか?
当時はインフォームド・コンセントなぞ、どうでもよかった?
説明が面倒?何かあった時、責任追及に使われるから?
(結局「カルテ開示」という形では最後まで実現せず)
何か事情を知っておられますでしょうか?

何が目的なんですか?
やめてください。

いったい何が目的なんですか?
非生産的なことはやめてください。

レスありがとうございます。

なるほど、じゃ必要なリソースを、患者側の要求を基本にして決めようという話になればいいんじゃないでしょうか?

患者側、すなわち一般の人たちに、どれぐらいの医療が欲しいか要求を出してもらうのが前向きにすすむ第一歩じゃないでしょうか。そこから見積もりとりますよね。普通。

というか、すみません。なんかもうそんな話じゃないみたいですね。

いっちにのさん さん
fuka_fuka さん
しま さん
みみみ さん

了解しました。
つい、感情が先走ってしまいました。
まだまだ皆様に比べれば修業が足りませんね。
不快な思いをさせてしまい、Level3さんにお詫びいたします。

しかし、この感情のギャップが、私は医療問題の一番根源的なところだと思っています。

以後、しばらく謹慎してROMすることにします。

患者側、すなわち一般の人たちに、どれぐらいの医療が欲しいか要求を出してもらうのが前向きにすすむ第一歩じゃないでしょうか。そこから見積もりとりますよね。普通。

その辺りが鏡写しの所以ですね。一般である私としては、今の医療でどの程度人が足りないのか、見積もりを出して欲しいとも思っているわけです。

現状、医師が足りないのは分かり切っているわけですから、「必要なリソースを、医師側の要求を基本にして決めようと言う話」になればいいと思うんですよね。

もちろん、これは非医療者側である私の逃げであり、お互い様だとは思います。本来であれば同時に行うべきなんでしょうが。


しかし、よくよく考えれば、国の方できちんと「医療・介護費用のシミュレーション」を行っているわけで、後はこれを叩き台にして議論すればいいだけのような気もするんですが。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/iryou/siryou_1.pdf

医師とは、専門バカで、プレゼンが下手で、政治に流されてしまう。そんな気がします。次の所に舞鶴地域医療あり方検討委員会からの市長への最終答申がありました。
http://www.city.maizuru.kyoto.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AC020000&WIT_oid=icityv2::Contents::4666
答申の内容は、「舞鶴の地域医療が将来にわたって持続可能な医療提供体制を構築していくために、現在の公的4病院の再編を2年から4年以内に行い、1つの運営組織の下で運営することや現状の救急医療を踏また体制づくりに取り組むことが必要であること。また、医師を確保しやすい病院づくり・まちづくりを進めていくことや医療・保健・福祉の連携、さらには、市民(患者)の地域医療に対する理解を深めていくことが必要である。」といったことです。

委員は、10名で、医師会副会長、病院長、大学教授等全て医師と判断しました。ところで、答申の冒頭は、厚生労働省保険局総務課医療費適正化対策推進室企画官・大島一博氏の講演資料からの抜粋で始まっています。

すなわち、私は公的4病院の統合を答申するのであれば、それ以外の多くの代案を全て比較検討の上、でなされたと思って読んだのです。全くありませんでした。それどころか、金銭的な面の記述も全くありません。医師の超過勤務について触れている部分はあるものの、掘り下げた分析はなく、統合すれば医療問題は解決すると誤解をまねくような答申と思いました。

メンバーがお偉らさんだから、厚生労働省の片棒を担いでいるのかとの気持ちになってしまいますが、医師に対する不信感を抱きました。多分、私は、このブログで色々教えてもらって、実態を理解できるように少しはなっているからだろうと思います。従い、ある時より前であれば、私も、この答申をそのまま受け、これで解決すると誤解をしたかも知れません。

 このブログに投稿する医師の多くは、自分が言いたいことを書き込んでいるように思われます。  エントリの趣旨とか私の意図とか気持ちなど関係なしに。  しかも、いろんな立場や考えの人が読む場であるにもかかわらず、自分の投稿を読んだ人がどう思うか、どう感じるかなどまったく考えていない人が多いと感じています。

すみません。どこがボーダーラインなのか理解していないので私もこの範疇に入るのかもしれませんがもう少し続けさせてください。投稿マナーも不十分かもしれません。

コメントありがとうございます。

>どっちもどっちだと思うんですけどね、正直。

という言葉で十分ありがたい。私はなんだか医療者側が動き出さないと何も始まらないぞと言われているようで、違和感を引きずっていました。でも誤解であることがわかったのでよかったです。
さらなるお返事をするとしたらまたお世話になりますが
No.189 北風(非医療) さんのコメントがほぼど真ん中ストライクです。
 またNo.181 しま さんのコメントをみてなるほどなぁと思いました。
 私もサッカーをしているので引用された厚生労働省の佐藤課長の発言はわかりやすかったです。勝手に例えを使って続けさせていただきます。フォワード(医療者)がへろへろで走り込んでシュートを打てないならならミッドフィールダー(厚生省)が優しいパスを出す。あるいは自らシュートしてもいいわけです。また黙っちゃいられないとディフェンダー(国民)がオーバーラップしてシュート、はたまたもう後がないので最後の手段でキーパー(法曹)も敵陣にという感じで話しが進めばいいかなと。(悪のりでしたでしょうか?)

 私は医療崩壊あるいは医療システムの議論をするにあたって医療者/被医療者というカテゴリー分けで論じることが既に崩れてきていると思います(私もその前に使っちゃいましたが…)。崩れているといってもそれが悪いことだという意味ではありません。現代ではそれぞれ個人によって価値観というものが多様化されています。そのためおそらく医療界が一丸となってとか国民が一体となってなどという行動がもう出来ないのだと思います(かさねてそれが悪いと言っているわけではありません)。前にも書きましたがもうこれからはみんなが得をするという政策や価値観、システムといったものは存在しないと思うのです。だから「どこが問題なのか」ということが重要でその問題意識が価値観ではないのかと思うのです。そしてその価値観で職業・年齢に関係なくグループ分けがなされそこで利害関係の衝突と調整がなされると考えています。(となると均一な医療か多様性のある医療かということがまたまた問題として出てきます。)

ーーNo.179 しま さんの一部引用ーー

私が医療者の返球にこだわるのも全く同じです。被医療者が主導となって、次の改革を進めるのであれば、医療の現実と乖離したものができるのではないか。医療の現場は医師が一番ご存じのはずだから、医師が主導して、提案を行うのが一番望ましいのではないかと思うわけです。

 以前ある海外の病院の経営者の講演を聴いたことがあります。その人の元々の仕事は医療関係ではないとのことでした。じゃあ何故その病院の規模を拡大できたかというと理念があるからだと言っていました。被医療者であろうと医療者であろうと舵取りは出来るしそれが多様性を生むのではと思っています。

なるほど。結果だけ見ましたが、現状を維持するだけでも30兆円以上増やさないと無理なんですか。

すごい選択肢出てますね。医療を崩壊させるか、30兆円さらに追加で払うか、選ばないといけないわけですね。

>非生産的
>やめてください。

何故あなたに、そんな風に言われなきゃ
いけないか良く分かりません。

長文ですが、ここでは、時々ありうる長さと認識してます。
テーマに沿った内容で書いていると思います。
少なくとも、このトピックの途中で出てきている
民事訴訟云々といった内容よりかは
このテーマに近いことは間違いないと思います。

但し、ここの管理者の方に「止めろ」とハッキリ
言われれば、二度とは書き込みません(まだ4回目ですが)。

非医療のROM者です。

発端のエントリについては、このブログの他の同様のエントリと比較すれば、結果として意見交換にある程度成功しているとも言えるかと思います。僻地外科医さんのご意見が出て、場外で議論が続いている状況を考えますと。

僻地外科医さんのご登場まで非常にジグザグであまり上品なコミュニケーションであったとは言えないのかもしれませんが、ああいう状況がなかったら僻地外科医さんのご登場もなかったかもしれません。ある意味見事な誘導尋問?

残念ながら副作用が大きいようでこのエントリの議論は収束に向かいそうにない(結論の収束どころかテーマ自体が発散しています)ですが、これも深謀遠慮?(だったらお見事ですが、いろんな意味で本当におしまいかも)

なるほど。結果だけ見ましたが、現状を維持するだけでも30兆円以上増やさないと無理なんですか。

30兆円ってそんなに大した額でしょうか(と、こともなげに言ってみます))

すみません、私は法曹関係者じゃないので、用語が若干おかしいはずです。そこはご容赦ください。

医療側からみれば「及第点の医療でどうしてお金を出す必要があるのか?」という素朴な疑問が出て来るのは当然かと思いますが,そういった発想がないのですね.

医師の皆様からは怒られることを承知で書いてしまいますが、本当にそうなら医療界というところはそういう職業だと割り切るしかないかもしれませんね。

でも、それは本当なんですか?そこから問い直しませんか。

まず、刑事では及第点の医療をやっていれば、今後は過失を問われることはありえない。これは福島の件でほぼ確立したと思います。

では民事では?
そもそも、不幸があってもわざわざ弁護士頼んで訴えるような患者は少ないはずです。
さらに、しっかり争点を明確にして正当性を争えば、それなりに正当性は認められます。完全敗訴のようなものを極端に恐れることは無い、と思いますよ。

しかしながら、確かに民事のほうが「カネ払え」と言われて敗訴する可能性が高いと思います。「疑わしきは罰せず」の世界である刑事とは明らかに判断基準が違うはずです。ですので、懸念されているところは、理解できるところもあります。

医師の方からすれば、裁判に「負けた」ことが問題でしょうが、原告のほうは障害などによって生活に支障が出る、などの不都合が生じてしまい、金銭面で困窮してしまうこともあるはずです。民事ではそういった面の救済、という意味も生じてきます。法曹としては、どちらの言い分にも耳を傾けなければなりません。

民事は原則「カネ」の世界です。極端な話、あまりに不当でなければ、カネで片付けてしまえばおしまいです。客商売には多かれ少なかれよくある話の一つと思うしかないと思います。

とはいえ、職務上の民事リスクが他の職業より高いことは事実と思います。
金銭面での現実解としては、正直保険でカバーするような話だと思っています。製造業であればPL法保険なんてのもあるみたいですし・・・

モチベーションの面での解としては、民事なんて屁のカッパと思って、たとえ裁判長サマに何をいわれようとも自分の信じる職務を自信をもって続けていくこと、なんじゃないかなぁ、と思います。

すちゅわーですさん,
かのコメント欄はかなり膨大ですがそのうちの
2008-03-30 16:05:42
2008-03-30 22:57:05
の法律家さんは丁寧に答えてくれています.そして最後に以下のように書かれています.
「裁判所とは,能力どうこうではなく,そもそもそういうものだということを大前提に,訴訟とは違う枠組みを作っていくことが大事だと思うのです。」
この内容はここでもこれまで何度も書かれていたことと同じです.裁判の枠組みは変えられないからそれとは異なる枠組みを作るべき,というのはADRなどの活用という意味なのでしょうね.

裁判の枠組みや,裁判官の思考パターンは変えることは容易ではない,というのはこれまでここに書かれてきたことじゃなかったでしょうか...
「変えられる」or「変り得る」というのならそれはそれで医療側にはよい話ではあります.

金銭面での現実解としては、正直保険でカバーするような話だと思っています。製造業であればPL法保険なんてのもあるみたいですし・・・

別に誰が悪いわけでもない以上、増税して、国が税金でカバーすれば宜しいのかなと思います。保険となると、誰が負担するのかが必ず問題になると思います。

モチベーションの面での解としては、民事なんて屁のカッパと思って、たとえ裁判長サマに何をいわれようとも自分の信じる職務を自信をもって続けていくこと、なんじゃないかなぁ、と思います。

裁判長の判決によって、職務を続ける自信を失う人もいるわけで、それでは「解」にも何もならないと思います。医療事故の被害者に「医療事故は統計上は絶対に避けられないので、気を落とさないでください。そして、事実を受け入れてください」と言っているようなものではないでしょうか。

それを決めるのは特定業界の人ではなく、まさに私たち一人一人なんでしょうね。

上げていただいたシミュレーションだと。現状維持で医療費66兆円必要。国民一人当たり年間約60万円、4人家族で年間240万円。介護も含めると85兆円だから4人家族で年間約300万円かぁ

うーん、みなさんどう思います?
しかも、現状から改善する費用じゃなんですよ、これ。現状のリソースを維持するシミュレーションでしょ。

 司法とくに民事と刑事では、法的安定性を重視します。それは立法レベルでも判決レベルでも変わりはありません。ころころと法律や判例が変わったら、何を信じて生活していけばいいかわからないからです。ご批判のある法律や判例の保守性は、より高次の法的安定性という根本規範(証明の公理みたいなもの)からきています。特に日本はその傾向が強かったです。
 しかし、日本も変わりました。基本六法と言われる憲法、民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法の中で、大幅な改正(というか改正がひとつも)ないのは憲法だけです。30年前まではほとんど大幅な改正が皆無だったくらいです。
 それでも日々刻々と社会情勢の現代社会が変化する状況には改正が追い付きません。そこで、民事で出てきたのは、硬直的な裁判制度より、もっと柔軟かつ迅速でフランクに対応できるADRです。社会が高度に専門化され過ぎて普通の裁判官に委ねるより、その道の専門家が参加した審判官に判断してもらった方が妥当な結果が得られるとの価値判断も入っているでしょう。
 法学側から医療紛争ADRの推進を提案します。

こんばんわ

 でも、医療に不満がある人に対して、
”わかりました。その為には消費税を20%にしないとやりくりできませんがそれでもよろしいのですね”
といってどれくらいの人が納得するのか疑問なんですけど。

 システムの改善といっている方がいますが、ネットワークの確立などにもお金がかかるわけですし、システムを抜本的にかえる(生産工場のように人を使わずに機械化など)事は出来ないこともありあまり改善の余地は無いように思えます。

 でも、医療に不満がある人に対して、 ”わかりました。その為には消費税を20%にしないとやりくりできませんがそれでもよろしいのですね”

何度か言いますが、風向きが変わっているように思うんですよね。消費税20%の話に耳を傾ける人が増えているような。

「20%にすると何ができるんだ」と言う話になってくるとも思いますが。


 システムの改善といっている方がいますが、ネットワークの確立などにもお金がかかるわけですし、システムを抜本的にかえる(生産工場のように人を使わずに機械化など)事は出来ないこともありあまり改善の余地は無いように思えます。

お金を掛けても改善の余地がないのかどうかという事を問題にしたいですね。

 昨今の医療崩壊問題は、根源的に供給と需要のミスマッチの要素が大と思います。供給を増加ささせるには10年くらいかかりますので、それまで需要を抑制する方策が効果的と思います。
 不必要な救急車の使用(それは救急外来なら受診してもらえるとの不届者が救急外来の不正需要となる)、コンビニ受診などは、保険点数を2倍〜3倍に引き上げる懲罰的保険点数をも考慮していいかと思います。アイデアのパクリ元は東南アジアの某国です。
 横浜市大病院などが採用しているように「地域中核(拠点)病院」(たいてい3次救急やXX救命センター)では、開業医の紹介のない受信者の料金を割り増しにするのが相当ですが、これも2倍3倍は当たり前にするといいと思います。
 料金体系で過激な提案ですが、各種カンファレンスや専門学会会合で、遊び気分半分のコンビニDQNを排除するには、入場料や参加費を高額にしている例が参考になります。

夜間一律2万円、重傷度に応じて保険から払い戻しと言う制度があった方がいいですね。救急チェックシートを前もって配布しておけば、ある程度のフィルタリングもできそうに思います。

 群馬大医学部付属病院(前橋市)は29日、緊急性のない患者が夜間や休日に救急部を訪れて診察を受けた場合、12月からは一律4200円の時間外料金を徴収すると発表した。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/news/20081029-OYT8T00774.htm


これはちょっと中途半端な制度だと思います。私だったら、4200円払えば夜間でも観てくれると判断してしまいそうです。

 禿同です。m(_ _)m
 中途半端な割増料金は、酔ってしんどいから深夜割増料金払ってもタクシーで帰ろうという需要が残ってしまうのと同じです。
 米国法で懲罰的損害賠償が3倍ルールとなったのも、3倍くらいにしないと威嚇力がないという人間心理に基づいたものとされています。
 低額の罰金にすると、罰金払った方が身障者を雇用する方が安い、罰金払っても談合カルテルした方が儲かるという「悪魔の計算合理性」すら働いてしまうからです。

別に誰が悪いわけでもない以上、増税して、国が税金でカバーすれば宜しいのかなと思います。保険となると、誰が負担するのかが必ず問題になると思います。

自動車の自賠責保険みたいなものもありますから、税金しかないということも無いですよね。その辺は議論の価値があるかと思いませんか?

起きてしまったことに対しては、なんらかの保障は必要ですよね。その原資は健康保険の運営母体である国であるべきか、医療行為によって利益を得ている医療界であるべきかは議論の余地はあるかと思います。

#医薬品の副作用救済制度は、製薬業界が保険料(?)を拠出してますよね。

裁判長の判決によって、職務を続ける自信を失う人もいるわけで、それでは「解」にも何もならないと思います。

まあ、そういう人はいるでしょうね。
って、そーじゃなくて、「裁判長ってそんなにえらい」ってみたいな先入観をナントカしませんかって意図です・・・

医療事故の被害者に「医療事故は統計上は絶対に避けられないので、気を落とさないでください。そして、事実を受け入れてください」と言っているようなものではないでしょうか。

はっきり言いますが、その通りです。
交通事故だったり、予防接種の副作用だったりは、統計上必ず起こります。もちろん、誤審も。そのレベルではまさにおっしゃるとおり。受け入れるしかありません。

でも、民事でカネ払えって言われたって、医療事故と違って障害が残ったり死んだりするわけではないですよね?
比較対象が不適切だとは思いますが・・・


今のご議論は、逆にいうと「医療事故に巻き込まれた患者やご家族が今後の生活に困っても、俺は悪くないから知ったことか」に近いのではありませんか?

もしかすると、現状の民事は保険がフォローすべき被害者救済を担ってしまっているところに、医療界の言うトンデモ裁判が出やすい原因があるのかもしれません。

このままでは医療側・非医療側のどちらにとっても良くないので、どうすればよくなるのか建設的な話をしたいというご趣旨のエントリだと思うのですが・・・
もう少し視点を変えて、柔軟に考えられませんか・・・(__)

ROMに戻ると宣言したのですが、失礼なことを申し上げたお詫びに、レスさせていただきます。

裁判の枠組みや裁判官の思考パターンは、法律が変わらない以上、変わることはないと思います。裁判官は、法律を忠実に述べる口であり、法律に縛られているからです。

しかし、法律も時代の変化を受けて、柔軟に解釈する「幅」はあるものであり、その範囲内で世の動きを取り入れていきます。

具体的に言えば、過失の基準については、現行法を改正しなくても、変動しうるものです。過失については、法律は、その中身を具体的に定めておらず、裁判所の解釈運用に任せているからです。
医療というのが不確実性を本質としており、医師の裁量をかなり認めないと実態に即したものにならないということが裁判所にも周知されてきたこと、医療側の萎縮を招くことが結局は患者全体の利益にはならないということが、国民レベルでのコンセンサスとなりうるきざしが生じ始めたこと、大野病院事件がそのきっかけとなったこと、墨東病院のケースで、マスコミも、その論点に触れるものも出始めたことなどから、私は、過失の基準が、今後、医療側に有利に変動するような気がしています。

しかし、所詮、そのような「風」を感じるというだけであり、何の保障もありません。裁判官によっても考えが異なるでしょうから、最終的に新解釈が統一されるのは、最高裁の判断を待たねばなりません。それは相当先のことです。

早く変更するには、法律を改正する必要があります。その改正を訴えていくことが、今は必要だと思いますし、それが受け入れられる可能性も生じてきたと思います。その制度論としては、いろいろあると思いますが、共通するのは、充分な損失補償制度を設置することと引き換えに、過失責任の(少なくとも部分的な、法律上もしくは事実上の)免責化です。
損失補償制度は、各医療施設や医師間の設備的、技術的不均衡による不平等を平均化するという観点から必要だと思っています。

ADRや、強制保険の新設は、事実上の免責化と言えるでしょう。これが何故「事実上」のものに過ぎないかですが、国民の裁判を受ける権利(憲法32条)から、最終的に司法判断を得る道を残しておく必要があり、これら制度で納得できない場合は、訴訟に移行できるように設計しておく必要があるからです。
それさえ、防ぐというのであれば、実体法、すなわち民事で言えば民法の不法行為の規定そのものに変更を加える必要があります。

なお、これまで、患者側にとって提訴することは相当にハードルが高かったため、濫訴を抑制できていたと思うのですが、アクセスが容易な制度になると、損失補償請求が殺到する事態も懸念されます。そうだと、かえって、医療側を萎縮化、疲弊化させることになりかねません。制度設計にあたっては、このようなことも念頭において、バランスの取れたものにする必要があります。

すみません、法曹じゃありません。

で、元ブログの読み方なのですが、私は

まず金の配分を考えて、そして、現行の法体制に合わせて(つまり、このときに医師の過失を考えることになる)、判決文を書くといっていたことです

自体がブログ主さんの誤読・誤理解(なぜなら、直後に「スライドメモ参照」とソースを示す記述があるので)と理解しました。

私の引用したスライドメモ部分を先入観なしに読めば、前述のとおり裁判は結論ありきとは読めないです。

#司法に不信を持ってる方が断片的に読めば、もしかしたら誤読するかもしれませんが・・・

 先に結論ありきで医師を誹謗中傷するO弁護士も、司法過誤と称して一方的に判決やブログコメントを曲解する一部の医師も、「根は同梱」に見えてしまいます。もっと自分に誠実かつ厳密に世の中の事象を正確にトレースしないと。想像や先入観で価値判断すると、過去の偉人すら晩年を汚します。
 少なくとも、厭味皮肉当て擦り罵倒嘲笑高目路線は、どんな崇高な理想でも、見方を失い新たな敵を作るので、百害あって一利なしです。
 御参考まで。m(_ _)m

最近はこちらのブログも以前に比べて何となく荒んでいるのでチラ見のROMしかしなくなりましたが、

>メンバーがお偉らさんだから、厚生労働省の片棒を担いでいるのかとの気持ちになってしまいますが、医師に対する不信感を抱きました。

こんなものが医師に対する不信感につながるのでは、コミュニケーションをとるのはなかなか難しそうです。

委員長は先端医学研究所の教授という地域医療の対局にあるような職の方ですが果たして適任といえるのでしょうか。また副委員長は保健所長さんで、実質この方がまとめ役のように思えますが、行政の長へ医療現場の意見をまとめて伝えるのに人選はこれでよいのでしょうか。会議場も市役所、メンバーを見る限り、病院長や教授、医師会役員の集まりで、ある経営コンサルタント様も感じているとおり、お役人との間で調整済みのアリバイ作りの出来レースという雰囲気満載です。

本気で医師の意見を聞くのであれば、招集するメンバーは地域医療で支障を来している部門の診療部長クラスでしょう。医師会からも訪問診療などを行っている現場の医師が呼ばれるべきです。医師免許をもっていれば医師かもしれませんが、現場で診療に専従している医師と、病院の管理者や医師会役員などで現場より運営が主たる業務となっている医師とでは仕事の比重がまったく異なり、後者は医師免許をもっていても医師としてフルに働いているとはいえず、大企業の社長に現場で生じている具体的な問題を尋ねるようなものです。

Air様

>起きてしまったことに対しては、なんらかの保障は必要ですよね。その原資は健康保険の運営母体である国であるべきか、医療行為によって利益を得ている医療界であるべきかは議論の余地はあるかと思います。

「医療行為によって利益を得ている医療界」という認識には若干の疑問があります。

製薬企業や一般に言う「医療」から距離がある美容整形、審美歯科などはともかくとして、多分想定しておられる普通の医師や歯科医師は「利益」ではなく、労働の「対価」をもらっているだけでしょうし、病院は基本的には非営利です。(株式会社等は参入できず、医療法人は非営利団体です。また病院の広告も制限されています。救急医療や応召義務なんて「利益」とは相反するものでしょう)

そもそも保険診療報酬自体が、利益を生み出すような状況にはなっていません。

むしろ、病気を治してもらうという点において、我々被医療者の方が医療行為により「利益」を得ているように思えます。健康はpriceless(^^)

だったら、受益者である「患者」が負担するか、受益者となるであろう「国民」が負担するのが筋だと思いますが、現実には病院ないしは医師個人の負担する保険によって支払われます。

そりゃ及第点の医療をして、不幸な結果の「補償」までせよというなら、その分は税金で何とかするか、せめて保険料を診療報酬に積み増すべきだと思います。

また、司法関係者など一部の方はともかく、多くの国民の感覚では、金額がいくらであれ裁判で賠償を命ぜられた=医療側が悪かったという理解になるのが普通でしょうから、それで裁判官などそこいらのおっさん(お姉さん)なんだから気にするなといっても、まずそっちの認識の方を何とかしないとねと言う気もします。

何だかトピズレ(のよう)になってきたのでこの辺でm(_ _)m

横レス失礼いたします。

メンバーを見る限り、病院長や教授、医師会役員の集まりで、ある経営コンサルタント様も感じているとおり、お役人との間で調整済みのアリバイ作りの出来レースという雰囲気満載です。
件のメンバーの個々を存じないので的外れなコメかもしれませんが....

○年前の話になりますが、地方基幹病院勤務時代、その地域の小児科開業医達は積極的に毎月集まりを主催していました。食事をしながらの話でしたがその集まりを通して開業医と基幹病院の間に絆ができていました。また、その開業医達の中に地域医師会長もおり県医師会にこういう事を伝えてほしいとかこうしてほしいという議論も行われていました。少なくとも私の知っているその医師会長は現場を知っており、一勤務医であった私にも積極的に意見を求めてくれていました。

つまり、何が言いたいかというと、法制度に関して百戦錬磨の役人と法制度に関してど素人の現場医師の間を、埋める手段・埋める人の存在はどうしても必要だと思います。実力が大切なのは確かですが、まだまだ肩書きが幅をきかす社会です。肩書きが有効なこともあるでしょうし、必ずしも肩書きから推測して実務から外れていて現場を語るには不適だと言うこともいえないと思います。肩書きだけで不適という先入観は控えた方がよろしいかと愚考します。

そして、現場の人間がとりあえずでき、必要なことは、身近にいる委員達に自分たちの状況・意見を伝え理解を求めることで(少なくとも委員達は医療者に近い立場ですから理解を得やすいでしょう)、委員会に対しては、会議には診療部長なども呼んでヒアリングを行ったり、他業種(法律家や経済学者など)の人も委員に入れてそれぞれのギャップを埋めていく姿勢が必要なのではないでしょうか。

>食事をしながらの話でしたがその集まりを通して開業医と基幹病院の間に絆ができていました。

 私が業界職種を問わず標ぼうする「現場主義」そのものだと思います。大変心強く勇気づけられました。
 地方公務員の世界でも、現場担当者の県境を超えた非公式ネットワークが、本音で問題把握や現場対応テクが一番勉強になったと思います。

折角レスを頂いたので、こちらもキチンと返答したいところですが、

今となっては、沈黙は金

スルー力不足(Airさんに対してじゃないです)を反省していますよ・・・

先日の、『第15回診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会』で、日本救急医学会の堤晴彦氏が、「法と医の対話」を掲げられております。

http://obgy.typepad.jp/blog/medical/2008/11/15-aa6b.html

この提言をたたき台にして、この場で医療側と法曹側が議論するということは有意義ではないかと考えるのですが、いかがでしょうか。
新しいエントリーをもし作っていただけたら幸いだと思うのですが。

その際、医療側からはもちろん、法曹側からも、法的解釈の解説だけではなく、法律家としてこの問題に積極的に関わった観点のご意見をいただけたらと思います。

Level3さん

紹介されたプログのコメント全てを丁寧に読んだわけではありません。

ただLevel3さんの
>「感謝されることに固執」しているのではありません.行間が全く読めていないですね.

はそのままLevel3さんへお返しします。
プログ主は自分の経験した事とそれについての感想を書いています。
>このblogを書かれた裁判官は,病院での不満や困ったことばかりを書き連ねています.
このような経験は多くの人が実際に経験し、それに対する不満も感じていることです。

それをプログに書いたら
>そこに医師は違和感を感じているのです.
となれば、医療に関して不平不満を感じても発言するなになります。思想統制のようなもので普通の人が受け入れられるものではありません。

私は「病院での不満や困ったこと」を感じた人は、それを改善する時には味方として利用できる人だと思います。

でもLevel3の意見を封殺するようなコメントでは、味方を敵にするようなものです。

尚「術前説明で合併症のことをこと細かに説明する」に問題があるのではなく、手術直前の説明と同意の要求に問題があるのだと思います。文章が読めていないのではないですか?

Level3さん

紹介されたプログのコメント全てを丁寧に読んだわけではありません。

ただLevel3さんの
>「感謝されることに固執」しているのではありません.行間が全く読めていないですね.

はそのままLevel3さんへお返しします。
プログ主は自分の経験した事とそれについての感想を書いています。
>このblogを書かれた裁判官は,病院での不満や困ったことばかりを書き連ねています.
このような経験は多くの人が実際に経験し、それに対する不満も感じていることです。

それをプログに書いたら
>そこに医師は違和感を感じているのです.
となれば、医療に関して不平不満を感じても発言するなになります。思想統制のようなもので普通の人が受け入れられるものではありません。

私は「病院での不満や困ったこと」を感じた人は、それを改善する時には味方として利用できる人だと思います。

でもLevel3の意見を封殺するようなコメントでは、味方を敵にするようなものです。

尚「術前説明で合併症のことをこと細かに説明する」に問題があるのではなく、手術直前の説明と同意の要求に問題があるのだと思います。文章が読めていないのではないですか?

議論分散で混乱を招くだけですので分科会希望です。

私は短期的な医師増員策について希望です。

よろしくお願いします。

 それは学徒出陣(臨床研修の年限短縮)と予備役招集(診療所開業医の病院医療への動員)しかありません。議論の余地はなく、実現可能か、どれほどの効果が期待できるのかの2点しか検討の余地はありません。

 その2点がクリアされれば、あとは実務的なロジスティクスの問題に入ることになります。

 堤晴彦氏の提言は、私から見てもとても説得力のあるものだと思います。

「法と医の対話」

 これは、このブログで既に2年以上前から試みてきました。
 その間、何人もの法曹や警察関係者も含めて、医療側の実情を理解しようと努めつつ、司法とはどういうものか、医療側の訴訟リスクを低減するためにどうすればいいかなどについて、多くの議論が交わされてきました。

 しかし、その結果どうであったか?
 医療側からの提案によって

どうして医者は聞く耳をもたない(ように見える)のか

というタイトルのエントリを立てることになってしまいました。
 そのエントリの中ですら、聞く耳を持たないことがさらに痛感されるばかりです。
 このような空気の中で、法曹側の協力が得られるとは思えません。

 もし、このブログで医療側が司法側との対話を望むのであれば、医療側から対話を望む姿勢を示す必要があるでしょう。

天下のます添え大臣のせっかくの提案なんだから、謙虚に医療界も検討されたらどうなんでしょう?

8000人一気に増えれば相当改善されるんでは?

まさか研修医の研修のあり方まで国民が考えろと???

>>このblogを書かれた裁判官は,病院での不満や困ったことばかりを書き連ねています.
>このような経験は多くの人が実際に経験し、それに対する不満も感じていることです。
>それをプログに書いたら
>>そこに医師は違和感を感じているのです.
となれば、医療に関して不平不満を感じても発言するなになります。

トピずれになりますので,手短に書きます.なぜその次の文省略するのですか?マスコミのように「部分だけ取り出す」などという姑息な手法は止めて頂きたい.素人Aさんはマスコミの人間?
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「不満の元」を作り出したのは他ならぬ「裁判官」(本人とは限りませんよ)だったのに,です.
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(アクセス禁止者のコメント)

え〜と 仰るとおり、枡添大臣の肝いりで既に検討会が立ち上げられ、医療界の委員を多く交えて議論されているところです。従って、内容的にここで議論するに相応しいとは思えません。

それに8000人一気に増えるのではなく、来年度の定員が今年度の7793人から693人増えて8486人になるのです。そして、その効果が出るのは研修医レベルで早くて6年後。本当の意味での効果が出るのは10年後です。

さらに、「研修医の研修のあり方まで国民が考えろ」な〜んて趣旨の発言は見たことも聞いたこともありません。

医療の応援団と称して、ヤジ将軍になりたいんですか?
ご意見は慎重にされた方がよろしいと思います。

こんにちは。

私が言ったのは大臣の初期研修を2年から1年にする話です。

そうすればその年だけですが一気に16000人初期研修卒業生が出ます。

大学教育の見直しも同時に行われると思いますが、それが本当にいいことなのかどうなのか???

ということです。

そういうことなら、多少は理解しました。

がしかし、それあればなおここで議論するテーマに相応しいとは思えません。(私が判断するのではなく、ブログ主様がすることなので、これ以上意見するつもりはありません。)

え〜、表は重すぎるし、トピズレも酷くなっていてコメントしたくないのだが、8千人一気に増えるというエセ理論を信じる人が出てくるとイヤなので。

研修期間を1年削減すれば、「臨床研修中の若手医師」が8千人減って、研修の2文字が無い「若手臨床医」が8千人増えます。ですが単に呼び名による区分が変わるだけで、臨床医療の現場に携わっている医師の人数は変わりません。

研修中かどうかの区分で同じ若手医師の呼称名を変えた場合を、今回の墨東病院での当日の当直実態をマスコミ記事風に表現すると、「研修医が1人で当直」というのが、「若い医師が1人で当直」に変わるだけです。労働戦力としての臨床医の数が増えるわけではありません。

実際の臨床に従事する医師の人数は変わらないことに気付いた舛添大臣も、最近はこの研修期間1年短縮案は口にしていないと思いますが…。

私が単純に感じたことは、何かあれば医師の皆さんは
医師不足だから・・・
医療費が足りないから・・・
訴訟の問題が・・・

こういうご意見で結局何も前向きに進まないわけで、
消費税も3年は上げないといってますから、
そうであれば、せめて短期的に医師を増やす努力をしようという話にならないのはなぜか不思議に感じたもので。

8000人多く投入できれば、かなり労働環境も改善されるのは、と思いました。

余計な心配して申し訳ございません。

Level3さん
思ったことを伝えるのは難しいですね。

>「不満の元」を作り出したのは他ならぬ「裁判官」(本人とは限りませんよ)だったのに,です
を省いたのは、この議論に必要ないと感じたからです。

要するに後段の「「不満の元」を作り出した」という理屈は屁理屈であって、Level3さん自身が信じている訳が無いと考えたからです。

「術前説明で合併症のことをこと細かに説明する」のは,そうしなければ「裁判で負ける」側面はありますが、本来の目的は別ですよね。

人手不足である「責任」は「「医療費抑制政策」を選挙で選んだ一般国民」にもあるでしょう。
でもね当事者(医療関係者だけではないですよ)は「医療費抑制政策」による「医療崩壊」を「一般国民」に選挙での争点になるような形で提示したでしょうか?

つまり責任論を言えば「一般国民」だけでなく医師を含む当事者にも相当の責任があるはずです。
それを認識せず「医療を受けて不満に思ったことだけを書き綴る」裁判官に,医療を行なう医師が違和感を感じてコメントするのはおかしなことだと私は考えます。

法務業の末席 さん、アドバイスありがとうございます。

短期的な医師増員の話でいけば、

開業医の応援
女医の復帰
コメディカルへの仕事振り分け

このくらいしか思いつきませんが、そのどれも積極的に提案する医師もいないわけで、ということは現状の人員で今後もまわしていくことは不可能だから集約しかないかと・・・

そうすると今回のボクトウのような例では、看板下ろすべき、
と医師を守る国民としては声を上げるのが筋だと思います。

どうなんでしょう?????

医師新派の非医療者の皆様〜〜〜

No.269 しろふくろう さん

「医師に対する不信感」については、私の言い方が誤解をまねく表現であったことをお詫びいたします。

しろふくろう さんのご指摘のように、ある地位の方になると、自分の発言や発表に対して、責任を問われかねなくなる。従い、どうしても無難な発言になってしまう。

それは、役人にとっても同じと思います。中立でいるから、行政の機能を発揮できるとすれば、安全範囲をなかなか超えられない。

従い、厚生労働省や舞鶴地域医療あり方検討委員会のようなメンバー構成の委員会に問題点の本質をついた答えを期待することが、なかなかできない。やはり、運動を起こしていかねばならないのかなと思います。それと、私が言うと誤解をまねきかねませんが、有能かつ中立のコンサルタントを雇い報告書を作成させ、それを公開して、皆で議論することです。

ちなみに、No.251 kepoa さんが30兆円以上増のシナリオに関して減給されておられますが、基となっている書類の読みかたもあるのですが、私は5兆円でとりあえず、どうなんだろう。仮に5兆円医療費が増えるとしたら、どう使うのが最良の方法か考えれば良いのではと思っています。すなわち、5兆円あれば、これだけ良くなります。(あるいは食い止められるで終わるのでしょうか?)

5兆円の根拠は、日本の医療費がGDP比8%であるから、せめて9%に増加する。そうすると、世界22位からスウェーデンの次の16位ぐらいになれる。これぐらいの根拠ですが、例えば、勝手な数字ですが、医療費GDP比10%を将来目標として、その負担方法、医療の中身、将来の整備・展望とかを議論して、作り上げてもよいのではと思います。国際比較の参考としては、私の次のブログにグラフを書いています。
http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_a63c.html

No.290 の変換ミスをお詫びします。

「シナリオに関して減給されておられますが」→「言及」

(≧∇≦)

 短期的な医師増員の話でいけば、「短期的な対策」が独立であることはまずおかしいと感じます。
 基本的に「あるべき姿」にするべき政策が優先されるのであって、「リソースの充実」が必要である、ということであれば、そちらのプランがメインとなる。
 その上で、それまでの期間のカバーが必要だ、というのであれば、期間や影響を考慮した上で「短期的な対策」を打つこともあるでしょう。
(もちろん、メリット・デメリットなどから、あまり短期的な対策をとらない、という選択もあります)
 例えば、なにかの製造において、新工場設立して増産体制をとるスケジュールが決まっていて、「その数年」どこかにシワヨセを生じても、短期的に手を打って、シワヨセはシワヨセで手をうとう、というのはあると思うのですが。
(新工場ができるまで中途半端な手は打たない、という選択も当然あります。)

 でも、メインスケジュールがないのに短期的というのは、結局のところ「現場にシワヨセいくけどとにかく頑張れ」ということではないかと。

 法曹での国会で法案を通すことと比べて、国会で医療再建の予算や政策をかちとることがやさしいことかどうかは分かりませんが、短期的についての議論ははメイン路線がないと難しいとは感じます。

このコメントでこの件に関しては最後にします.

かのブログの「インターネット社会について」の
2008-03-26 11:03:05
のコメントなど,医師とおぼしき人たちは同じようなことを書いています.あそこでも非医療者の方々の感想と,医療者の感想には大きなギャップがあります.
あなたの感じ方はあなたのものですから敢えてそれを否定しません.
「医療訴訟」が勤務医逃散の大きな理由の1つであることは,医師たちのアンケートなどからも疑う余地はありません.当人たちの弁でもそうなんですから.その見地に立った時にどう映ったかということです.それだけです.

 リスクマネージメントというか対策の根本として、やはり下の引用した箇所になるのかと。
【私ども日本救急医学会は、「医療の場合、何が業務上過失致死罪になるのか」という最も本質的な問題に、真正面から取り組むべきであるということを切実しております。この点を曖昧にしたままでは、いかなる調査委員会を作っても、うまく機能するとは到底思えません。
 同じ業務上過失致死罪に問われる交通事故の場合、明確な基準を設けており、非常に明瞭で紛れがありません。しかしながら、医療事故を刑事訴追する場合の明瞭な基準は示されてはおりません。これは、罪刑法定主義に反するのではないかとさえ思います。恐らく検察庁の方でも、この問題、すなわち、「医療の場合、何か業務上過失致死罪になるのか」について、既にプロジェクト・チームを作って、検討されているのではないでしょうか。もし検討されていないのであれば、それは非常に問題だと思っています。この点を明確にしない限り、医療側、そして国民の納得が得られないでしょう。
 事故調設置の前に、この問題について真剣に取り組むことを、厚生労働省ならびに法曹界に強く要望致します。】

医師不足に関して、長期的には医学部の定員を8000人から
12000人にするという長期計画ができています。

その効果が出て、実際医師が増えるのに10年かかるから、
短期対策が出てきているわけです。

大野判決までは、医師も張り詰めていたでしょうが、無罪が出ても何も変わらない現状に脱力感を感じているものと思われます。

どの医師もあきらめの境地です。

ぼくとう、杏林で相変わらず叩かれ、ますます労働環境が厳しくされていますから、今回の件でとどめが刺されたと思います。

逃げるぞ〜逃げるぞ〜それでもいいのか〜って言っていた
時代はまだ元気がありました。

今は完全に死に体です。

国民としては、1億2千万の命を守るため、30万人の医師を
犠牲にすることも選択の一つにいれないといけないかも
しれません。

さらなる強制配置、強制労働しかないかも???です。

医師の皆さんに恨みはありませんが、十分予想された展開ですのでこの発言をご容赦ください。

返信ありがとうございます。立場や肩書きのある人が現場の問題を論じるにはPediatrician様のコメントの中にありました、

>少なくとも私の知っているその医師会長は現場を知っており、一勤務医であった私にも積極的に意見を求めてくれていました。

というところが肝になるのでしょうね。

この地域の問題は医師不足から始まっているようですが、なぜ医師がいなくなったのか現場の不満と問題点を直接インタビューすることなしに解決するとは思えません。

病院長が職員に病院の運営方針に対する不満を問うたとしても率直な意見は出てきづらいでしょうし、仮に問題点の指摘があっても管理者の責任につながるようなもの(例えばいわゆる労基法違反の当直問題など)なら会議の結論として表に出てくることはないように思われます。

ご存じと思いますが、そもそもこの地域は人口に対して病床が多過ぎるようであり、それこそ集約化することが適切な地域だということは会議のメンバーもわかっていながら、いざ病床削減を具体化しようとなるとそれぞれの立場の思惑で実現が困難なようです。

http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/87240ad3aed83769741beba8e511756b/

いつもお偉いさんだから不適とするつもりはありませんが、この地域の抱えている問題を考えるにあたって、この肩書きのメンバーが集う会議で本当に有効な解決策がだせるのかという疑問を感じます。

>医師不足に関して、長期的には医学部の定員を8000人から
12000人にするという長期計画ができています。
>その効果が出て、実際医師が増えるのに10年かかるから、
短期対策が出てきているわけです。

ここはそういう理解でよいのでしょうか。
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200811040307.html
などの記事を読む限り、10年後にどうこうというのは推計なのか、「年間何人増加させるという長期計画」とされている」のかよく分からなかったので。
(また、その長期計画に連動させる形で、効果がでるようにおとしこまれた短期対策がなされている)

>さらなる強制配置、強制労働しかないかも???です。

いいですね。是非実行されることを願います。
これは医師の保険医辞退を引き起こします。そして、裏で書きましたが、多数の国民は健康保険に加入するよりも自費で診療を受けたほうが得であることに気づいたとき、健康保険は終焉します。

みなさん真面目なんだなあ・・・。
私なんてずいぶん前から煽り認定してスルーしてるのに・・・。

ある経営コンサルタント様のコメントの

>有能かつ中立のコンサルタントを雇い報告書を作成させ、それを公開して、皆で議論することです。

に同意です。

私の務めていた病院で、かつて経営が思うようにいかず職員の離職率が多いのに悩んでいた時がありました。その時外部よりコンサルタントを招き、病院の背景人口や競合病院の分析、病院の持つ設備、診療能力、従来の経営方針の適否、管理職を排除した直接のインタビューによる現場の問題点のリストアップなどが徹底的に行われ、それらから作成された問題点リストを公開してスタッフ自身に問題解決のための討論を繰り返し行わせたという、まさにその通りのことがありました。

それを期に病院経営は改善し安定したといういきさつがありましたので、医療制度崩壊に責任のある管理者だけが集まっての会議で有効策がだせるとは思えずあのような書き込みになりました。また地域医療の問題は医療従事者だけの問題ではなく地域社会の問題であり、医師が解決策を考えて訴えても地域社会がそれに応えなければ解決することはありえません。

ところで経営コンサルタント業では作成した報告書を公開してスタッフに議論させるという手段はよく用いられるのでしょうか。もしかしてうちの病院でお願いしたコンサルタントの方だったりして・・・。

そうです。記事にありますように、以下の計画です。
でも10年待たないといけないので、それまで待っていたら
完全崩壊でしょうから、短期策を考える必要があろうかと思います。

<医師不足と医学部定員> 政府の「骨太の方針08」で、医学部定員を過去最大規模まで増員するとの方針が示された後、厚生労働省の有識者会議は「定員を現行の1.5倍の1万2千人程度にまで増やすべきだ」との提言をまとめている。

 06年末の日本の医師数は27万8千人。提言では、日本の医師数は人口千人あたり2.1人(06年)と、米国の2.4人より少なく、これを経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の3.1人まで、引き上げる必要があるとした。

 有識者会議は今後10年間、毎年400人ずつ増員し、総定員を1万2千人にすると、20年後に千人当たりの医師数がOECD平均並みになると推計。今回の措置は「骨太の方針」に沿ったものだが、これらも増え続けるかは不明だ。

美容などの自由診療への移行、アメリカへの移動など動く人は
動いていると思います。

最後まで保険診療にしがみつく医師とそうでない医師に分かれると想像します。

それはそれでいいと思います。

消費税20パーセントまでは皆保険を維持しようとすると思いますが、その後はどうか想像もできません。

自由診療に備え、人気の出る医師になるよう、医師の皆さんは
コミュニケーション能力を磨かれることを望みます。

No.242 ンガ(非医療) さま

「釣られる」 との表現は、書いている側(つまり ンガさま)の「釣ろう」という意識の有無にかかわらず、売り言葉に買い言葉な反論をするとまた場が荒れることを懸念してのものでした。
「浮いていることの自覚」 がおありなのであれば、冷静かつ建設的な方向になるような表現でお願いしたいです。

カルテの開示について、
「患者の為」を言われるお医者様方はどうして、
非積極的だったのでしょうか?

私は実際に「開示する側」を経験したわけでもないので 「わかりません」 というのが正確なお答えになります。
が、理由はいろいろ考えられます。
実際に、カルテ改ざんについて証拠隠滅罪で起訴され有罪となった件もありますし(東京女子医大事件等)、不当な意図に基づいて開示されなかった例も相当数あると考えるのが自然でしょう。

それに、個人情報保護法等(※)成立以前においては、病院に限らず、ユーザー自身の情報の開示について (相対的に同法成立後よりも) 消極的だったといえるでしょうし。

個人情報保護法以前の議論は、「カルテ開示」でググればいろいろ出てきます。医師側の主張、患者側の主張、双方見比べてどう考えるかは人それぞれでしょう。

いずれにしても、「カルテの開示について」 というくくりで抽象化して傾向を決めつけることの意義はあまり見いだせないように思います。

(結局「カルテ開示」という形では最後まで実現せず)

これは具体的にどのような意味でしょうか?
現在は、個人情報保護法に基づいて、「本人からの求めによる保有個人データの開示」 の対象になっていると理解していますし、訴訟に先立っての証拠保全手続でも関連する診療記録等はすべて押さえられるようになっていますが、それとは別の問題としてでしょうか。

一例として 「都立病院における診療情報の提供に関する指針」
http://www.byouin.metro.tokyo.jp/osirase/hokoku/karute.htm

: 行政機関、独法、条例等もありますが、便宜上一括りにしてます

 医療崩壊に対する医療側の投資について
 修行中の弁護士を病院職員として採用しよう(トンでも発言でしたらごめんなさい)

 最前線の一般兵士の逃亡が、さらに最前線の負荷を増すのに、それを支援すべきな司令部が、後ろから撃つ。
この構図が、墨東、杏林の妊婦脳出血症例に見られています。
 いくらえらいサンたちがいろんなこと言っても、実際に弾に当たって怪我するのは、最前線兵士で、最前線に近い基地ほど切実感は出るものの、最前線そのものを直接支援しているわけではない。
 今朝の、朝日、日経を見ると、送り先の病院と、受けての杏林大学の言った言わない論争になっていますが、物の本質はそんなことではないのに、指揮官(教授)の責任逃れの発言ばかり取り上げて、このままなら、最前線兵士の責任になってしまいます。
 すでに、産科救急システムは崩壊しているので、崩壊しているシステムを少しでも、一人でも救おうというためには、現場の”無理”しかありません。その無理が少しでもできやすいように支援して、しかるべき、大増産世代の医師(戦中の医專みたいですね)の成長を待つ、それが当面の実際的な対策でしかないでしょう。(いろいろ、反論はあるでしょうが)
 無理ができるには、最前線兵士の身の安全を少しでも保障する。国民の訴訟の権利や警察権の侵害、業務上過失致死の例外運用などをするわけにはいきませんので、無過失補償制度による、補償、調査委員会による原因究明などを行なうことで、
最前線兵士の命を奪うようなことをいかに避けるかということが、私が運用上の免責として期待するものです。
弁護士の方も,それこそ裁判外の調停、業務上過失致死などの件にたいする起訴前の交渉など、もっと医療側に弁護士を使う利点をアピールされたらいかがでしょうか。弁護士が保険会社に対して、ちゃんと支払いをするような交渉をする業務をもっと医師に知らしめるほうがいいのではと思います。医療側も、若いノキ弁などを職員にに採用して、(普段はどこかの弁護士事務所に無給弁護士として所属させ経験をつませ)、食事などを一緒にさせ法曹への抵抗をなくさせ、さらに理解を深めるようにすれば初動対応が少しはましになるのではないでしょうか。(最初のボタンのかけ違いを少しでも防ぐために)弁護士に来てもらうまでには相当のバリヤーがありますから。
 裁判にすすむのと裁判に行かないですむのでは、兵士のダメージは極端にちがいます。ともかく医者は裁判まで行くと末期がんを宣告されたような気分に陥ることは間違いありません。それでも平気な神経を持つものは医者になんかなってません。
 そこが法曹に対する医師の根本的な恐怖感なのです。外科手術をする側は日常の仕事ですから、される側の恐怖感を理解できません。法曹にすれば裁判にかけられる側の恐怖感を理解するのは困難なのではないかと思います。
 
 非医療側のかたが、このブログで問題視する後ろ向きの医師とそれをとがめない医療側について脱力しているのは十分承知していますが、後ろ向きの医師というのは、弾が当たったことがあるか、少なくとも至近距離に弾が通った方であると推察いたします。(私も弾があたったことがあります。)相当のPTSDを生じており、それこそ、医師専門の精神分析医が存在する風土のない日本においては救いようがない状況でモトケンさんいわくの被害妄想という現象は日本の最前線医療の兵士の悲劇でもあります。わたくしも一時はほとんど自殺寸前のうつ状態まで行って、周囲を心配させました。
 現在、私も、どちらかといえば後ろ向きの医師の一人ですが、医師の多くはそんなことを意識することなく戦っています。私も後ろ向きながら、最前線に残っています。(そろそろ諸般の事情から、強制的に退去のようですが)
 実は医師のマジョリティはこのブログを見ている非医療者が想像する医師 像とは違っているはずです。本当に忙しい医師は、せいぜいこのブログを見るだけで、書き込みをする時間をスラ、確保できないと思います。
 無理をしてまだがんばる医師を少しでも残すために、非医療者も理解してほしい。そんな、甘えです。
 医療費の増額、消費税の問題、事故調、一つ一つを解決していくことは必要ですし、いつかは制度として行なわれると思います。でも、10年後の対策は必要ですが、今できることをすぐやらなくては。

 それから、いくら医師を増産させても、強制配置させても、やる気のある無理の利く医者を作れなければ、まったく意味がないと思っています。ある意味では現在いる医師が、エンドルフィン出まくりでフルに働ければ、厚生労働省の主張していたように、医師は足りているのかもしれません。しかし今となっては、医者の多くを壊してしまっているので足りないことを認めざるを得なくなっているのでしょう。

なぜカルテのコピーを患者に渡さないんでしょう?

次に別の病院行くときに、それ見せれば、医師も楽だと思うんですが?

患者もいちいち既往症とか説明しなくてもいいし、カルテの方が正確ですし。

これで検査も少なくなり医療費浮くと思いますが。

教えてください。

 実情はともかく、このブログに投稿する医師の多くが後ろ向きだと、実情を知らない非医療者は、(このブログに投稿しない医師を含めて)医師の多くが後ろ向きであると思ってしまいます。

 そうなると、このブログが非医療者の現状認識をミスリードする結果になります。

 ですから、もうやめようかな、と思っているところです。

Lavel3さんが紹介された、ある法曹関係者のブログ内容は、非法曹関係者が書かれても同じような内容になるでしょうし、何ら「問題」は感じないのですが。「問題」は、このブログのコメントの中で「うさぎさん(医師)」が書かれているとおり、「待期手術なのに、インフォームドコンセントを手術前夜にしたこと」なのではないでしょうか。
  緊急手術の場合、やむをえずインフォームドコンセントをそそくさとすませたり、極端な場合は同意なしで実施されることもありますが、待期手術なら、説明を聞いた患者がセカンドオピニオンを他の医療機関に求めに行くぐらいの時間を充分に与えて前もって説明しておくのでなければ、フェアじゃないと思います(それが、非医療者の普通の感覚だと思います。法曹関係者であるかどうかに関わらず)。でなければ、「説明を受けて、不同意」したくても、できないじゃないですか、明日に手術が迫ってるんじゃ。
    待期手術申し込むときに、外来でその場で「説明」を外科医と麻酔科医が行って書面を渡し、後日、署名した時点で「同意」が成立。これが、ほんとうの「インフォームドコンセント」だと思います。
  えっ?そんなこと問題にし出したら、それこそ医療崩壊だって?実行不可能だって?
  それが実行できていない理由が、「患者を手術前夜まで囲い込んで、他院に逃げられないようにする」という打算やそろばん勘定ではなくて、日本の医療現場の忙しさやインフォームドコンセントへの無報酬にあるなら、患者の権利のため、それこそ声を大にして要求するのが筋です。世論は、医師が、フェアなインフォームドコンセントのためには医療機関に正当な報酬があってしかるべきである、という意見を述べたら、きっと支持してくれると思います。

 横レス失礼します。

> そうなると、このブログが非医療者の現状認識をミスリードする結果になります。

 それは困りますね。

>実情はともかく、このブログに投稿する医師の多くが後ろ向きだと、実情を知らない非医療者は、(このブログに投稿しない医師を含めて)医師の多くが後ろ向きであると思ってしまいます。

医師の姿勢についてミスリードするということですね。
ただ、「後ろ向き」ということがよく分かりませんが、仮に「現状に問題ありと認識しつつも業務に追われて有効な手立てが打てない」医師が多くであるという現実があれば、現状認識はそうなるのであって、ミスリードでもなんでもない。
実情はともかく、ということはありえないですね。

>そうなると、このブログが非医療者の現状認識をミスリードする結果になります。

医師に実情を語ってもらうことは、非医療者が実情(現状)を認識する上では有益ですし、その点についてはミスリードではないと感じます。

 学徒出陣の方に反対するつもりはありません。何しろ臨床研修制度が変わる前は、臨床研修そのものが任意であったわけです。

 即効的でしかも一定以上の効果が期待できるだろうという見込みを否定する材料は今のところありませんし、非金銭的なコストもあまり生じなさそうです。

 若年層が増加に転じて充分な数に達してから、2年間に戻すことを検討すればいいのだろうと思います。

 言っても詮無い事ながら、どうせなら15年前、養成減員する代わりに臨床研修義務化を導入しておいてくれていたならば、今の窮状はこれほどでなかったはずで、惜しまれます。


 対して、予備役招集の方は効果が期待できません。既に10年以上前から開放型病床として地域の診療所開業医に病床を提供する仕組みがありますが、病院勤務医の側も診療所開業医の側も様々な負担が大きく、なかなか一般化せず、また利用率が上がりません。

 また、外来診療も在宅医療も、一部地域を除いて人手不足が続いています。周産期医療では、診療所開業医が正常分娩を担当することで、病院勤務医を支えているという構造があり、予備役招集には何よりも弊害が大きいからです。

 一部病院で診療所開業医が定期的に病院外来を担当するという仕組みが導入されていますが、病院外来は単価が厳しく抑制されており、診療所開業医に充分な報酬を支払うことができずにいます。

…簡単に言えば、自宅待機や診療所で留守番している事務職員や看護師の給料、家賃やリース代、ローンが支払えません。

 マンパワーの問題は致命的であり、一部地域であればこれがクリアできたとしても、報酬まで優遇される仕組み造りには、財務省のルーチンワーク的な反対と、それを支援し国民医療の窮状を度外視する小泉政権を支えた社会保障否定派の国会議員とキャリア官僚の一団の根強い反対があり、現政権で実現可能とは思いません。

 たとえば中川秀直氏や武部勤氏、片山さつき氏が賛成するとは思いません。財政負担が増えるということだけで、マスコミを動員したかなりしつこい工作で潰しに来るでしょう。

 短期的対策の範疇ではなく、かなり長期的対策となる覚悟が必要な施策です。

 自分から提案させていただくなら、特に救急医療と産科医療の窮状に対しては、立法による非金銭的コストの軽減の方が、まだ実現の可能性があります。

 財務省が反対する理由がありません。反対するのは法務省ぐらいです。国会議員でも反対する理由のある人は稀であろうと思います。被害者団体と関係の深い社民党ぐらいでしょうか。

 頭の悪いガテン系の私のような医者に多くのことを教えてくれたブログです。        もったいない。
 また入院患者です、このブログを次に何時に見ることができるかわかりませんが(私は今日、当直ではありません。しかし仕事は終わりません。)     もったいない。
 

 鬼籍に入られた心理学恩師の下に参集したインターン(研修医)、過去の主治医、48時間連続勤務の最後に小児(新生児)心臓外科の緊急手術を成功された無名の先生…などなど、自己の生活や健康を犠牲にしても懸命に医療に従事されたお医者様が多数いらっしゃいます(たいてい当時の医療制度の問題点に批判的で改革プランをお持ちでした)。
 上記の非医療者の現状認識のミスリードだけは避けたいです。m(_ _)m

 ですから、私としましては医療側相互の議論(医師の相互批判)が活発になることを期待していたわけです。
 そうすれば、医師の中にもいろんな人がいるということがもっと伝わったと思うし、医師の意識改革も進んだと思うのですが、心情的共感が先に立ってそうはならないみたいです。
 それを批判するもともと少ない法曹側の投稿者はさらに減ってしまいましたし。
 百人組み手には飽きました。
 陰口掲示板もありますしね。
 私の神経もそれほどタフじゃないです。
 最近、体調が悪いせいもあるかも知れませんが(^^;

 それと、このブログが物理的に限界に近づいてるのも問題です。

ミスリードとか正しいリードとかさっぱり意味がわからないのですが・・・

横ですが、「風船」氏の件のブログ記事は、期せずしていくつも地雷を踏んでしまったのかな〜という感じですね。

>「不満の元」を作り出したのは他ならぬ「裁判官」(本人とは限りませんよ)だったのに,です.

「司法判断が元凶とされる特定の社会事象に対して、裁判官が、自分たち(当該司法判断を下したのが自分でなくても、総体としての裁判官集団の一員として)の責任を棚に上げて、不平不満を言いつのるとはけしからん」という批判は、傾聴すべき点を含んでいると言わざるを得ません。
裁判官は、その判断が及ぼす社会的影響に対して、無自覚であってはならないでしょう。

また、対外的に、「裁判官」であることを明示して何かを発言する際には、たとえそれが個人的経験、感想の類であっても、「裁判官」の発言として一人歩きしかねないので、公平さに疑念を抱かれないよう(一定のバイアスを有しているとみられないよう)、細心の注意を払わないといけませんが、その点、件のブログ記事はあまりに無頓着すぎるとの印象は否めません。
彼自身、それより前の記事では

裁判官であることがわかってしまうと,今度は,医者や,原発会社の管理職等になった人から,裁判所は医療や原発のことをわかっていないのではないか,と厳しい攻撃をしばしば受ける。

と書いており、自分の発言が不特定多数の人にどのように受け止められるか、ある程度は注意していたはずなのでしょうが、迂闊でしたね。
他山の石としたいと思います。

まあ、「風船」氏は間もなく去りゆく人ですし(「定年間近」という書き込みがありました)、彼一人を例に挙げて「裁判官なんてどうせ変わらない」と決め付けるのは早計かと・・・・・・
あと、裁判官の判断はそれぞれ独立しており、ある裁判官による判断は、他の裁判官にとっては「そんなの関係ねぇ!」のですが、一蓮托生で攻撃を受けてしまうのは、やっぱり仕方がないものなのでしょうか・・・・・・

皆さま 各種発言いろいろに
飛び交いますが、単語の意味づけが
それぞれ発言者ごとに異なると思いませんか?
だから結論がずれてしまう。
でも ほんとはいっていることは同じだったりして
可能なら膝つき合わせて一同に会したい
ものです。
難しいですが。

http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/e/c93966cb11c31eb4d0b117a1acd008d3


この記事何回か読みましたけど、医師でない私には、一患者が抱いた素朴な感想としか読めないんですよね。


結果として、医師からあれだけ袋叩きにされているわけですから、正に「地雷を踏んだ」ということなのでしょう。


あのコメント群が「正当な批判」か「行過ぎた罵倒」かの判断はひとまず措きますが、この程度の、素人から見れば他愛もない素朴な印象を述べただけでここまで徹底的な非難に晒されるとは、裁判官というのもなかなか大変な立場だなと同情せざるを得ません。

>待期手術申し込むときに、外来でその場で「説明」を外科医と麻酔科医が行って書面を渡し、後日、署名した時点で「同意」が成立。これが、ほんとうの「インフォームドコンセント」だと思います。

ペストさん,
今の医療情勢でこれが実現できている病院はどのくらいあるんでしょうか?
ちなみにうちの病院だと,
(1) 検査は外来で済ませておいて手術日時決定を待機.
(2) 入院は特別な場合を除き手術の2日前もしくは前日.
(3) 手術予定が決定して麻酔科医の担当が決まるのが2日前.
(4) 当然ながら手術の詳しい説明および麻酔説明は手術の2日前もしくは前日.(一部は外来で麻酔の説明を行なっている)
外来も混んでますし,外来担当と術者が同一ということもありませんから,手術説明は入院してからになってしまいます.
「在院日数の短縮」によってコストが決められるというような状況では,どうしようもありません.また,いまの制度では大病院はできるだけ多くの手術を施行しなければ赤字になってしまうようになっています.
これも政府および厚労省の誘導の結果です.みなさんの選んだ議員さんたちが,作った政策の結果ですよ.

現状を知ろうともせずに,理想論ばかり吐かないで下さいね.

>百人組み手には飽きました。

 おそらく「ネット高目放言医師」というマイノリティが医師批判ブログと見ると(思い込むと)粘着して攻撃してくるだけだと思います。けっして医師のマジョリティではないと思います。ただ、そういう粘着相手の百人組手は疲れますね(汗
 著名な某弁護士の言説が法曹業界でラウダースーパーマイノリティ(1人説)であるように。単に「ネット高目放言医師」が目だっているだけでしょう。現実でお付き合いのあるお医者様は現状の医療体制を早くなんとかしないいけないと思う方ばかりです。

>私の神経もそれほどタフじゃないです。
>最近、体調が悪いせいもあるかも知れませんが(^^;

 普通の人は「高目見下し無神経放言居士」になれないからですよw

>それと、このブログが物理的に限界に近づいてるのも問題です。

 これだけ「医療と法」の膨大なデータベースは、ほかにないからですよ。それも、各業界の専門家の方々が筆をとっているので相当信用性も内容も高いと思います。

>それと、このブログが物理的に限界に近づいてるのも問題です。

モトケン先生,
どのくらいの容量があるものなんでしょうか?
もったいないので,なんとかアーカイブにして古いものをどっかにまとめて保存とかできるようであればご協力は惜しみませんが.

流れと関係ないコメントですけど、妊婦たらい回しに戻ります。

妊婦たらい回しのキーワードである7病院断る、一時間もかかる、がどうして批判のもとになるのかわからないのです。キーワードと書いたのは実際の手続き上には問題があったこと、改善すべき点があったことを承知しているからです。

複数の病院に依頼して、受け入れる病院を探す。各病院が自病院の実態に応じて受け入れ決定をするべきかを決める。結果として1時間以内に搬送先が決まる。
これ以上のことを保証できるシステムは可能なのでしょうか。

不可能です。
不可能だと思うから、マスコミの報道にもそれに同調する非医療者の感じ方にも納得しないのです。better を求める気持ちはあります。
東京都で、同じ状況でより早く搬送できるシステムを作るように提言を求めるのはわかります。でも、それはあくまでどんなシステムを作っても1時間はかかりうるのだと理解していただいた上でなければ僕は建設的になれません。
断った病院があることをことさらに非難するのにも同調しえません。

それでも、働くべきシステムが働かなかったのは事実です。
改善できるのであれば改善したいものです。
でも、まず認めてほしいのです。
しかたのないことがあるのだと。

裁判官のブログのことに関して少し。
書き込む医師に同調しませんが、気持ちはわかります。
あの方の気持ちはわかります。
しかし、そういった自然な患者の感情で裁かれるのはまっぴらだと思うのは当然ではないかと思います。そこはものわかりがよくなりたくありません。裁判官と明記したブログでなければ、当然あんなに徒党を組んでコメントする医師が一方的に悪いと思いますが。

医師が聞く耳をもたないようにみえるかもしれませんが、要はわかってほしいと言っているだけです。結局のところ、医師からみて、不当とはいいませんが、やりきれない判決は民事ではたくさんあります。努力した結果、患者を救おうといくら思っていたとしても結果が悪ければ、訴えられる可能性がある。そして患者さんの被害者感情にや世論が司法の決定に影響するのであれば自分が裁かれる可能性や民事で敗訴することを想像できるからです。

もう、だけど僕は止めました。
止めたというのはだからどうしようと考えることをやめました。
今日はもう疲れきっています。
最近は3時間ぐらいの睡眠です。
考えるのを止めて目の前の患者をみる、その患者さんの最善だけを考えて全力を尽くす。それ以外に自分を否定的にみない方法はないのだとそう思うようになりました。
まあ、ネットでよく非難される爺医になることが僕の結論な訳です。

医師の皆さん。

このご時世でまだ現場に踏みとどまっているのですから、少なくとも金儲けのために医療をやっている人は少ないですよね。

ほとんどのお医者さんは、患者の笑顔を見て、ああ、よかった、と満足したいのでしょうね(感謝されたい、とはちょっと違いますよ)。


でもこのままでは医療崩壊です。短期的には労働強化となり、医療サービスの水準が今よりさらに低下し、その結果、保険診療というシステムが維持できなくなり、ゆくゆくは混合診療や自由診療が主となり、貧乏人を見捨てたり、患者とは金だけの関係になっていくでしょう。経済的に困窮することはないでしょうが、患者とのよりよい関係は失われるかも知れません。それは望むことではないでしょう。

皆さんが理想とする、そして実現できそうな医療って、何ですか?どうしたら実現できますか?それを阻害しているのは何ですか?どうしたら阻害要因は無くせますか?

このブログも消えるかもしれません。最後に理想を語ってもらえませんか?皆さんのやりたい医療って何ですか?

僭越ながら、質問させてもらいます。

 すみません。法務業の末席さんのコメント趣旨からはずれるしエントリの趣旨からもずれるのですが、読んでてふと気になったので。
 もしかしたら医師の数が単純に2倍になったとしても、夜間・休日の救急を担当する医師の人数がふえるわけではなくて、以前私もやっていた3日に1回の当直が単に6日に1回に変わるだけで被医療者にはあまりメリットないかも?

>もしかしたら医師の数が単純に2倍になったとしても、夜間・休日の救急を担当する医師の人数がふえるわけではなくて、以前私もやっていた3日に1回の当直が単に6日に1回に変わるだけで被医療者にはあまりメリットないかも?

横レスですが,
医療費を増やして公立病院が常勤医のポストを増やしてくれれば,医師が増員された場合には当直明けはフリー,かつ当直医の数も今より増やすことが可能となるでしょう.数が増えただけでポストが増えないなら仰る通りどころか今よりもっと状況は悪化するでしょうね.
医師の単価が下げられて,結局勤務医の数は元の木阿弥になることも十分に考えられます.
だからこそ,市中病院が通常の医療で膨大な赤字にならない程度の診療報酬が出せる程度に(増えた常勤医の給与も払ってですよ)医療費を増大させる必要があると思います.
医療費が増大し過ぎて困るというのであれば果てしなく高度医療に保険適応をしないことでしょうね.
また,終末期にどこまで医療費を注ぎ込むかとかも議論する必要があるでしょう.私にはTerminalの患者を無理矢理生かし続けるのは本来の医療とは思えません.資源が有限である以上,どこかで線引きを行なう必要があると思います.

 もともと夜間当直(夜勤)は労働産業なんとかの統計を見るまでもなく健康を害します。
 その昔、地方公務員の職種別平均余命という恐ろしい統計がありました(現在は統計を止めたか非公開のどちらか。)。定年に相当する55〜60歳勤務の地方公務員(正式採用)で全国的統計をとったものです。
 そのトップは、警察官w(゚o゚)wでした。
 毎週夜勤があり、仮眠もロクにとれず48時間連続勤務が普通で、健康上の理由が翌日が非番(公休)というシステムの導入理由になりましたが、普段から残業が常態化しており、夜勤も毎週1〜2回はあるのが普通で、出産後の子育て婦人警官の離職を食い止めることはできませんでした(結婚退職は実は少ない)。
 2着は、本来看護師(当時は3交代シフトの時代でした)のはずですが、定年相当まで勤務継続の方は極めて少なく、「統計上は」浮上しませんでした。統計のマジックに過ぎません(比較対象群の均等性・均質性をとるため「枠外」となるのです)。
 同点2着は、医師の方々が実態から出てきても不思議ではないのですが、統計上、研修医や非常勤講師はカウントされないし、定年相当年齢まで務めるお医者様はマレなため、しかも医師の勤務時間を正確に記録しない悪しき慣習のため、前記と同様の理由で「統計上」浮上しませんでした。
 そのうち、某弁護士が統計数値を悪用して「医師はそんなに忙しくない」というデマゴギーを拡散させる恐れがあるため、先手を千手で打って、統計マジックから釘を刺しておきます(藁人形に打つ五寸釘じゃないですよw)。

Level3さんへ
(投稿したつもりがクリックで消えたらしく再度書いていますので二重投稿があとで判明したらどちらかを消してください、ブログ主さま)
  現状を知っているからこそ、これでは真のインフォームドコンセントではない、と憂えているのです。
  インフォームド・コンセントのあるべき姿が実行されていないのは、診療報酬制度と医療者の意識の両方に原因があると思います。
 医療者が、手術前日でない早めのインフォームド・コンセントを心がけセカンドオピニオンを奨励するためには、チームとして、どの医者が術式や麻酔法の説明をしてもいいようにしておけばいいのです。外来で、手術するしないの選択や、手術や麻酔自体に伴う偶発症合併症の危険性や、セカンドオピニオンの手続きなどを、そのときの担当者が「一般論的に」説明して、患者家族が熟考できる時間をおくことが大切です。で、担当が決まった時点で、あらためて詳細な点を確認すればよいのです。患者家族としては、説明はずっと前に一通り聞いているので、「突然」言われた、「危険危険と」強調された、「今さらキャンセルもできない状況で同意を言われても」とは感じることはないでしょう。
  おっしゃるとおり、ぎりぎりの日程でインフォームドコンセントに時間や手間を取られるのは本当に大変なので、診療報酬に反映されるように要求していきましょう、Level3さん!!黙っていては現行診療報酬制度の矛盾を国民に理解していただくことはできませんから。
  誠実なインフォームドコンセントは、患者の権利の保証です。ですから、正当な報酬を要求しようではありませんか。
  逆に、もしも医療者が、一銭にもならないインフォームドコンセントを不安で山のように質問する患者家族に外来で実施するのは面倒だ、というふうに思ったりすると、非常に訴訟のリスクが高まります。形式だけ整えようという態度は、医療不信を招くからです。
  医療の限界も含めた誠実なインフォームドコンセントは、リスクマネジメントの最も重要なポイントでもあるのです。  
  (ちなみに、私が勤務する病院も理想的ではありませんが、インフォームドコンセントは外来で取るように奨励しており、他院でセカンドオピニオンを聞きたいとか他院で手術を受けたいとか申し出る患者様に嫌な顔ひとつ見せず粛々とすべてのデータを渡しています。赤字ですが・・・。ああ、本当に、正直者が馬鹿を見る現行診療報酬制度は何とかしてほしいものです)

 コメントありがとうございます。
 ふと思ってどこまで深く考えていいのか分からなかったのでつぶやいてみました。
 最近このような問題を考えるにあたって、私の職業イメージが間違っていなければ(間違っていたらすみません)システムエンジニアと呼ばれる人たちが重要な位置を占めてくるように思っているこのごろです。

 1時間がほとんど最速だったのなら、今回の結果は仕方ないことだったと思います。むしろ、医療関係者はベストを尽くしたと評価されるべきと思います。
 ただ、少し疑問さんも言及しているとおり、改善の余地があるなら改善してほしい、そのためのアイデアを出してほしい、ということじゃないでしょうか。
 1時間が最速としても、次に同じような妊婦が出た場合に、その最速が担保される保証はないわけですし、やれるだけの改善はやってほしいと思うのは自然なことです。
 妊婦がなくなったこと、それ自体を叩いてるわけではないです。
 システムの改善に関する可能性と必要性を否定するかのような医師の意見が多くみられたことに、モトケン先生を始めとする患者側にネガティブな感情が発生したということだと思います。

 民事訴訟について言うと、まずは訴訟にならないような対応をとる必要があると思います。
 訴訟を起こす患者は、決まりごとのように「真実を知りたい」と言います。
 正直に全てを説明して、必要に応じて謝罪すれば今よりは民事訴訟はずっと減ると思いますが、医師の皆さんはそうは思わないんでしょうか? もし、思わないのならそれは何故?

 医師は大変だと思います。もし私が医師になれたとしても、とても務まらないと思います。
 ただ、患者も医療には命をかけています。医師にとっては手術は毎日のことでしょうが、患者にとっては生涯で初めての経験かも知れません。
 医療は不確実だから命の保証はないのは当然ですが、身内が死ねば、その真相を知りたいと思うのは当たり前のことです。

 民事訴訟について、個人的な見解を述べると、日本にも無過失補償制度が導入されればいいと思っています。
 ですが、スウェーデンで無過失補償制度が導入されているのは、スウェーデンの医師がほとんどが地方公務員であることと強い関連性があると思っています。つまり、公務員として行政府の指揮権の元に置かれているからこそ、無過失補償が与えられているのではないか、ということです。
 民間の医師が多く、自由開業制でもある日本とは状況が大きく異なると考えます。

 すみません。もう一度。

 よく考えたら当たり前なんですけど「何のために」医師を増やすのかということをハッキリさせて増やさないとヤバイですね。医師だけではなくみんなにとって。

>  医療は不確実だから命の保証はないのは当然ですが、身内が死ねば、その真相を知りたいと思うのは当たり前のことです。

ええっと、死の真相というのは、たぶん、
人間の致死率は100%とか、
死因は病死とか、
そういう話ではないのでしょうか……
医療の不確実性なんて、些細な話ですよ、きっと。

jack(ど素人)さんにとっては、そうなんでしょう。
患者が皆そうなら、訴訟は起こらないかも知れませんね。

医師の数が単純に2倍になれば…

多分、ホントに多分ですよ、労働時間と休日はこんな感じと思う。
・医師の平均労働時間が、週40時間〜せいぜい50時間に収るだろう
(週に6勤1休なら8時間労働、週休2日なら各日1〜2時間の残業)
・夜勤や深夜勤は減るけど、無くならない
・当直という名称の違法労働は無くなり、看護師のようなシフト勤務になる
・シフト勤務だから、30時間オーバーの連続勤務は無くなる
・長期の有給休暇や、半月以上の長期研修への参加などが可能になる
・同じ病院に勤務する医師でも、外来だけの日勤医師やパート医師、
 入院病棟担当や救急対応のシフト勤務の医師等、複雑な就業体制となる


良いことばかりじゃ無いと思います、予測される勤務医の収入は、現状よりダウンするのは確実でしょう。
・8時間労働のシフト制なら賃金の1/3の当直手当は不要、基本給でOK
・夜勤当直だけのアルバイト勤務の需用激減、バイト代相場が下落する
・シフト制の場合、深夜勤務の割増賃金含んだ給与体系で労基法はOK
・都会での日勤のみ勤務など人気職場は、医師集めが楽なので給与ダウン
・能力や腕のあるベテラン医師はともかく、経験が浅い若い医師や
 能力評価が低い医師は、給与が下がるだろう

以上は医療費の財源問題などを考慮しない、全くの労働力の需給バランスの観点での予測です。労働力の需給バランス上でゆとりが出れば、長時間勤務の過重労働は改善されますが、各人に対する給与処遇は低下するでしょう。また医療は年中無休の24時間営業が宿命ですので、ホテルやコンビニと同じで、夜勤や日祝日の勤務者が無くなることはあり得ません。

横レスです。

最早現状のままでは、医療業界は持続可能な産業ではありません。

その多くの原因は、需要と供給のミスマッチに起因しています。

今の医療制度は、医療従事者の不法労働に基づくことが前提である「医療制度偽装」によって成り立っています。そして、ネットの発達のおかげで、多くの医師は、自分たちが労働基準法違反で働いていることの異常性に気が付きました。

自分の時間を大事にする若者が多くなり、さらに現在新卒の医師の4割が女性ですから、新卒医師の絶対数が大幅に増えるまでは、医療の供給能力はどんどん目減りします。

医師の労働力が目減りしている現状では、クラークなどを増員しても、医療の供給を増加することは困難なので、医療の需要を大幅に減らすことが、医療の存続の必要条件です。

その状況では、墨東のケースで収容までの1時間をさらに短縮することは、優先度が非常に低い問題です。

救急車が、患者収容後、1時間現場で動かないのは、アクセス制限の表れと考えることも出来ます。

強制的に医療の需要を減らす事によって、不利益を被る患者さんが多数出ると思いますが、医療全体を維持するために必要な負担だと考えています。

あとは、どのような部分を制限し、どのような部分を優先するかは国民の選択でしょう。その方法論については場外で意見が述べられています。

例えば、救急車の受け入れを優先するなら、通常診療の待ち時間が長くなることを覚悟してください。

>「釣られる」 との表現は、書いている側(つまりンガさま)の「釣ろう」という意識の有無にかかわらず、売り言葉に買い言葉な反論をするとまた場が荒れることを懸念してのものでした。

私はそこまで、刺激的には書いてないという認識です。何よりも、1年以上前より、お医者様による、
司法や患者を敵視する売り言葉満載の多くの意見をROMしてきました。それらは特に咎められることは無かったと思いますが、
なぜ、この程度の表現で咎められるのか分かりません。

それとも、医者はちょっとした表現で傷つきやすいので、労われ?とかそういうことでしょうか?そのような道理が何故?
とも思いますし、「医者」表現で「医師と言え!」と怒り出す医者の言語感覚は私には到底理解不能ですから、能力的に無理です。

それとも、非医療者や医者の意見に同意しない側には別の基準が存在すると言うのなら、
それを管理者の方が明言してくだされば、私はそれに従います。

>「浮いていることの自覚」 がおありなのであれば、冷静かつ建設的な方向になるような表現でお願いしたいです。

「浮いている」とは、医者の側に立っていない、という意味ですから、冷静とか、建設的に、と言われましても・・・

>私は実際に「開示する側」を経験したわけでもないので 「わかりません」 というのが正確なお答えになります。


そうですか。医療の側に立っていらっしゃる方でも、余りそういう事情にお詳しく無いのですね。

以下、私にとって既知のことは省きます。

>病院に限らず、ユーザー自身の情報の開示について (相対的に同法成立後よりも) 消極的だった
ちょっと、ここがよく分からないのですが、「カルテは病院の情報を含むので、患者に見せられない」という
開示拒否の妥当な理由があるということでしょうか?


以下は医者の方はまず肯定的には紹介しないURLでしょう。
http://homepage1.nifty.com/hkr/simin/index.htm
>何十年も前から漫然と繰り返され、そして隠されてきた医療事故
医者の方が敵視し、誹謗中傷も受けている方のご意見ですが、これは嘘なんでしょうか?妄想とか?

>> (結局「カルテ開示」という形では最後まで実現せず)
>これは具体的にどのような意味でしょうか?

法文に『患者・その遺族は受ける治療についての情報を知る権利がある。』
と言ったことは書かれていない、ということですよ。
医者はカルテ開示の義務化に抵抗していたが、
全く別の「情報の保護と公開のバランス」という観点から出来た法律によって義務化が実現した。
http://www.kantei.go.jp/jp/it/privacy/houseika/hourituan/index.html
ここを見れば、厚生省が仕切れないところからこの法律が出来たのがわかりますね。
結局、厚生省では、「出来なかった」である程度分かることではあると思いますよ。
http://www.kantei.go.jp/jp/it/privacy/houseika/meibo.html
これを見ても、法律関係ばかりです。医者の方は言えますかね?
「カルテの開示義務化は医者が患者の為になしたことです」と。
言ったら言ったで笑いますが。

http://www.gsic.jp/for/fr_06/05/
>個人情報保護法ができたきっかけは、いわば“外圧”です。
という意見もありますね。全然医者が関係してません。外圧なんて抽象的?

前後しますが、引用します。
>個人情報保護法以前の議論は、「カルテ開示」でググればいろいろ出てきます。医師側の主張、患者側の主張、双方見比べてどう考えるかは人それぞれでしょう。

この法律とは別に厚生省も検討していたようですが、そのような会合
でのお医者様代表がどのような態度であったか、を具体例を示した方がよろしいでしょうかね?

もちろん、この法律だけでは十分とは言えない部分があるのです。
>現在は、個人情報保護法に基づいて、「本人からの求めによる保有個人データの開示」 の対象になっていると理解していますし、訴訟に先立っての証拠保全手続でも関連する診療記録等はすべて押さえられるようになっていますが

つまり、本人以外の、たとえば死亡した患者の遺族が確実に医療情報を得たくば
裁判制度に頼るほかない、ということですね!!!!

そこまで書きながら、患者が裁判できないにしようとする意見に同調されるのはハテサテ?

前後しますが、引用します。
>いずれにしても、「カルテの開示について」 というくくりで抽象化して傾向を決めつけることの意義はあまり見いだせないように思います。

具体例はfuka_fukaさんが1つ示してくださいましたが、事例を幾つ挙げれば、決め付けじゃないのだろう?
fuka_fukaさんのご意見を知る意義のあるものとなりました。ありがとうございます。

ンガ(非医療)さんへ

  医療者として、ンガさんのような感じ方をされている非医療者の方に非常に共感します。
  長いあいだ、患者の権利を無視し、医者の裁量権にふんぞりかえっていた医者たちは、糾弾されるべきです。同業者として、とても恥ずかしく思っておりますとも。
  カルテは患者さんのもの、データは患者さんが血と涙(文字通り)であがなった患者さん自身が管理して諸医療機関に持参して回り不必要な再検査を減らすようにすべき、・・・そのようにずっと主張してきた医者はいます。癌の告知についても然りです。でも、そのような医者は少数派でした。
  少数派だから、と無視しないでいただきたいものです。多数派の頑迷な同業者に、倫理を説いてきた医者の努力も、公正に認めてください。非力ではありましたが、存在はしたのです。かき消されてきましたが、主張はしてきたのです。(ほんの一例を挙げるならば、京大の解剖学教授だった星野一正とか)
  「医者ではなく医師と呼べ」というのが笑止千万であることにも同意します。人が自分のことを馬鹿にしている、と感じ始めたら、心の健康を疑いましょう(笑)。
   でも、現在の医学部では教育の一環として患者の権利などの倫理をしっかり教えていますし、若手はちゃんとコミュニケーションも理論的に習っています。
   問題は、引退するまで旧弊を垂れ流し続ける一部の倣岸な医者たちであり、医師会もそうですが、若手の多くは、武見太郎のおかげで官吏たちがいまだに反医師会感情をひきずっていることを初めとした過去の「医者は悪、医師会は最悪」といったイメージに深く傷ついているのです。(親が医者だったのでいじめられたことがトラウマになっている方もこのブログにおられましたね・・・)
   ンガさんのおっしゃること、お怒りはもっともだと思います。過去における日本の医者の倫理の低さは目に余るものがありました。現在もその名残が見られるのも事実です。
   でも現に変化はおこってきていること、いまどきの医者は、かつての医者ほどはひどくないことを、だんだんにわかっていただけたらいいな、と心から願います。
   医者が倫理を無視してきた過去の大罪と、低医療費政策(これも、武見憎し金持ち医師会憎しの官僚の復讐ではなかったかと私は思っていますが)・過労で崩壊しそうな過酷な現状とを、因果応報的に結びつけてしまうということは、まさか、ないですよね?過去にああだったから、未来永劫医者は許さないぞ、病院が倒産?過労死?いい気味だ、とお思いにはならないでしょうね、まさか?
   医療訴訟に、カルテ開示や倣岸な医者の態度を変えさせてきた効用があったことは認めてよいと思います。でも、行過ぎて、患者死亡のたびに、何か隠しているんじゃないか、ミスがあったんじゃないか、とかんぐられたのではたまらない、というのが、正直な医者の気持ちでしょう(もともと勝ち目のない戦いをしているのが医療なんです)。それもこれも過去の同業者の報いを今の医者が受けているのだからしようがない、というふうにお思いでしょうか・・・?そういうふうに患者が医療の限界をわざと無視して医者への要求をどんどん増大させて訴訟をちらつかせるようになってきたのも、医者の疲労感の大きな原因だと思います(さんざん、言われてきたことですが)。今、もっとも疲労感徒労感を感じている医者たちは、過去における、患者の人権無視の傲慢な医者像とは程遠い人たちなのですよ。
  過去のことは過去のこととして謝罪します(ボクがやったんじゃない、などというどこかの国の首相のような子供っぽいことは申しません)。ですから、未来を構築しましょう。このブログは、そのためのものです。
  一般論として、医者に陰性の先入観を抱いて医療を受けても、良くなるものも良くならず、損だと思いますよ。コミュニケーションの第一歩からしてうまくいかないでしょうから。性悪説を知識としてはもち用心はしつつも、あくまでも性善説に立つほうが、人生、得だと思いますが・・・余計なことまで申し上げて、すみません。でも、ンガさんのような方と、今日も救急外来で向き合う、と思うとちょっと・・・、もとい、武者震いが出ます!!もちろん、ちゃんと誠実にお話できる自信はありますが、あとでどっと疲れは感じるでしょうね。患者と医者の出会いは一期一会ですから、お互い、良い出会いをしたいものですね。
 あっもう外来の準備を始める時間です・・・。

事例を幾つ挙げれば、決め付けじゃないのだろう?

いくつ挙げようとも、「そうではない事例」 が存在する以上、すべてを一括りにするのは、「決め付け」 だと思います。
「そうである事例」を否定しているわけでないことはお分かりいただけますでしょうか?

患者が裁判できないにしようとする意見に同調されるのは

「裁判をする」 というのは、ふつう、民事訴訟の提起を意味すると思います。(刑事訴訟の場合、患者や遺族ができるのは「告訴」までですので)

私は、医療上の過失によって生命・身体が害された場合に、その医療を行った者に刑罰を適用しないのが望ましいと(立法論として)主張していますが、患者・遺族が民事訴訟によって救済されるべきことを否定したことはないつもりですが。

よく過去ログも読まれているようにお見受けしますが、誤解(または不正確な表現)があるように思います。

『患者・その遺族は受ける治療についての情報を知る権利がある。』

個人情報保護法では、「患者・遺族」も「個人」であり、その『権利』もあるとはっきり書いてあるように読めます。
法律家だけがそう読めるのではないと思います。ロジックの問題ですから。

そして、権利には必ず何らかの制約(他の権利との調整)がありますから、「カルテ開示請求権」 にも当然一定の制約があり、無制限に認められるものではありません。

裁判制度に頼るほかない

最終的には、ということです。
法治国家ですから、あらゆる「権利」に該当する話です。

開示拒否の妥当な理由

の有無は、個別の事例ごとに、最終的には法に基づいて裁判官が判断します。
妥当な理由がある場合もあるし、ない場合もある。
それだけのことです。

最後に

医療の側に立っていらっしゃる方

中立・公平でありたいと常に思っています。

 正直に言いますが、私がやる気をなくしたのは、紛れもなく医療側の発言によってです。
 ここんところ、毎日このブログの医療関係エントリをコメントごとばっさりと削除してしまおうかという悪魔的な誘惑に負けそうになってます。
 そうすればこのブログはまだしばらく延命できそうですから。
 その誘惑に抗しているのは、コメント欄に寄せられた多数の投稿者の意見は私だけのものではない、という思いからですが、仮に削除したとしても、最近のこのブログでの医療側の発言(それが医療側全体を代表するものではないとしても)に照らせば、少なくとも司法側の投稿者の皆さんは許してくれるのではないかな、と思っています。

 小倉弁護士の医療側批判(の域は越えてますけど)に介入しないと宣言したのも同じ理由からです。
 どうして、自分を非難する側のために私が矢面に立たなければいけないんだ、という当然の疑問が生じましたから。

重症妊婦が一時間で脳外科と産科の専門医の適切な処置を受けられた。結果の一部は残念だったが、よくできた方だと思う。

しかしこれを照会や搬送のシステムが悪いから時間がかかったという人がいる。

仮にこれを30分にするには、スタンバイしている手が空いた医師が必要だ。システムという言葉にとらわれるなら、休日の夜間に重症救急にすぐに対応できる専門医が常にあまっているようにするシステムが必要だ。だがそれを実現するほど重症救急に対応できる医師の数は多くない。

だから照会や搬送のシステム、空きベッド情報連絡網をいじってどうなるというものではないですよと言うことを何人もの医師がいろいろな表現で何度言っても理解しない人が少なくない。

聞く耳を持たないなあと思っていたのは私の方だったが、私も聞く耳を持たないと思われているらしい。

双方の主張が相容れないと、お互いにこう思うものだ。


田舎の消化器外科医さんのご意見に同意いたします。

 先入観(先入感)という予断と偏見の母体を抑制しましょう。知らない世界のことは謙虚に専門家から学んで、想像と憶測から放言するのを自制しましょう。
 正しい事実認定(認識)からしか、適切な判断は生まれません。(事実認定は価値判断に先行する)

Level3さん

更に困りましたね。
私は感じ方を論じているわけではありません。

「感じることは自由だ」と言いつつ、感じたことをプログに書くと「不平を感じてはいけない」と書く。

その論の論理が矛盾していると言っているのです。議論というのは論を競うことですから、論理構成や論拠が重要です。
あのような論では、議論の対象になりません。せいぜい「石」の人達がそういう感じを持った心理的な理由の推測程度の論拠ぐらいかな〜

例えば、「自分達が充分分かっているが、直せない問題点を他人から無邪気に指摘された」ことに対する「いらだち(違和感)」と自己正当化(自分の心の平静を保つ)のための屁理屈の形成とその信仰とかね。

「裁判官が変わらない」という根拠として述べられたのは、Level3の印象であり、その論拠は屁理屈であると考えて良いのでしょうか?

つまり「裁判官が変わらない」の根拠はLevel3さんの心の中にあるのですね。

Level3さん、一人でがんばりすぎず、ゆっくり休まれた方が良いように思います。

モトケンさん、余計なことを書いてしまってすみません。
これで退散します

No.337 モトケン さんのコメントを読んでから、個別のコメントへの返信はどうかと思ったのですが、とりあえず自分の知っている範囲でカルテ開示の現状をお知らせします。

カルテ開示については、私のような病院の事務方からすれば求めがあれば「開示すべきもの」と認識しています。病院機能評価を受けるに当たっては必須項目であり、また、診療報酬上では実質的にレセプト開示も義務付けられています。
最近では、「カルテは患者のもの。だから日本語で書くのが当然」と指導している医師も多くいます。それでも、どうしても日本語に適切な言葉が無かったり、習慣で略語や英語(一部独語)で書くことも多く、そのまま開示しても翻訳しなければ読めません。だから、医師記録については要約を渡し、それ以外の検査結果、看護記録などはコピーすることが多いのが現状だと思います。
中には、字が汚くて読めないとか医師の記録があまり書かれていないということで消極的な医師もいますが、基本的には隠蔽や改ざんということはあまり考えられません。
それと、多くの病院では開示は本人以外に、家族(遺族)や後見人、法律関係者などとしているため、裁判などに訴えなくても開示は可能だと思います。
以上のとおり、開示によって患者さんの病状に悪影響を与える場合(告知していない悪性疾患で家族がそれを望んでいる場合等)や治療に支障がある場合以外は開示請求すれば、開示されると考えていいと思います。
それを拒否したり、受け付けない医療機関があったら、それこを行政でも司法にでも訴え出ればいいと思います。

モトケン様

ご自身の書き込みの真下に、ダメ押しになりそうな書き込みがなされたので、「こりゃやばい」と思って書き込みます。

システムをいくら改善したところで、「結果的に」受け入れまでの所要時間が1時間かかる場合はあるでしょう。「結果的に」患者さんが助からない場合もあるでしょう。
だからといって、「どっちみち一時間はかかる、どっちみち助からない、だから改善の声は非現実的だ」モトケンさんに聞きたいのはこういう答えではないと理解しています。

たとえば墨東病院の件では、記者会見で「脳の問題だとわかっていたら最初の時に受け入れた」と後になって言いました。ここに改善の余地は本当に全くないのでしょうか?

さすがの私もすれ違いの深刻さが身にしみて実感できてきた気がします。

>No.332 法務業の末席さんのコメント

 御指摘の予想は「財源問題のために医療費(人件費)を増額できない場合」と思われます。また、需給バランスにゆとりがある領域ではもちろん成立しますが、そうした領域は限られるのではないかと思われます。
 需給バランスは現時点で不足していますので、要求されるクオリティ(および今後の医療の進歩)によっては、2倍程度の増員でも十分かどうかは分かりません。

 そのような言葉のすれ違い(脳の問題云々)を防ぐため、航空管制用語は世界的に標準や定義が定められています。過去幾多のインシデントやカタストロフィが、航空管制用語の誤用や誤解でご判断を導いたか(たとえば「OK」)、という苦い経験則(大量航空事故死-テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故-など)に基づくものです。
 御参考まで。m(_ _)m

>たとえば墨東病院の件では、記者会見で「脳の問題だとわかっていたら最初の時に受け入れた」と後になって言いました。ここに改善の余地は本当に全くないのでしょうか?

この言葉の真意がどこにあるかちょっと置いとくとして,どうしてこういったdifficult caseを代表例のようにして話を進めようとするんでしょうか?
99%のものを99.9%にするようなことを考えるところではないでしょう.80%を90%にというレベルの話だと思いますが.
むしろ今考えるべきは,例えば産科だけの救急搬送の場合でそれを受けられる3次施設が1回かせいぜい2回の問い合わせ程度で決められて搬送できるようなしくみの方ではないですか?
つまりもっと助けられる可能性のある患者さんを,より高い確率で助けられるしくみを考慮すべきということです.理想を言えばきりがありませんし,墨東のような場合は人間の能力ではほとんどどうしようもありません.

現存兵力でこれを行なうには,
(1) 後方ベッドを拡充してできるだけ救急ベッドに秋が作れるようにする.そして救急ベッドが空いていても採算が取れるような経済的措置が取られること.
(2) きちんとした1次から3次への患者の振り分け.
(3) 飛び込みの抑制.(現在,妊婦検診の費用に関して議論されていますが,これも対策の1つでしょう)
(4) 常勤産科医の存在する病院に助産婦を集約して,できるだけ多くの正常分娩を助産婦に任せると同時に緊急の場合には産科医が対応できるようなシステムにする.
いくつかあるとは思いますが,これらもどこまでできるかやってみないと解らないところもあります.ダメかもしれません.私も産科医ではありませんから,上記のようなことがどのくらい可能か不明ですので,コメント頂ければ幸いです.

もっと,極端な策としては
(4) 妊娠33週から(週数は要検討)入院もしくは病院の近くに宿泊させる.(ほとんど現実的ではありませんが,例えばハイリスク群に限ってということは考えてもよいかと)
実際には妊婦さんも生活のことがありますから,こんなことは難しいということは解っています.しかし,現状のように医療を提供する側が圧倒的に不足している状態で,すぐに医療を受けたいのなら医療機関のすぐ側に居るというのはひとつの選択枝に成り得るものと考えます.

モトケンさん、以下は私もNo.342 みみみ さまと同じ危惧を抱いて下書きしたコメントです。重複しますし、先を越されていますが敢えて投稿送信します。

モトケンさんが、このブログで一貫して訴えてきた「医療」とは、病院の中や診察室の中で医師が行なっている「治療行為」に限らない。モトケンさんの言う「医療」とは、現場の治療行為を支えている「行政システムとしての医療体制」なんだと私は思う。

だから墨東病院の場合での搬送時間を何分短縮したらという視点での議論は無意味だと思う。墨東病院での出来事が報道された結果、周産期センターとか救急医療体制とか、行政(厚労省)や医療界の一部(あくまでも一部です)が、国民に向かってアナウンスしてきた「医療体制への安心感や信頼性」というものが、産地偽装されていたウナギの蒲焼きの如く、ガラガラと音を立てて崩れ、医療や医療従事者に対する不信の連鎖が強まりつつあるのが日本社会の大問題。このように感じているのが、モトケンさんも同じだと思うが、私など非医療側の常連者の捉え方である。

今までは医師の側で一部の患者サイドの行動(トンデモ患者や医療過誤訴訟や刑事罰適用など)が信頼できず、この医師の不信と恐怖感が医療が崩壊していく大きな原因の一つだった。ところが国民の医療制度に対する信頼度が失われていくと、国民の側で医療を見放す行動に出て行く懸念が生じる。正当で傾聴に値する有意義な提案や情報提供であっても、その提示が医療側から為されたことだけを理由に、国民の側が拒絶したり非難の対象とする事態が出て来る危険性を感じる。もっと簡単かつあからさまに表現すれば、医師という職業を名乗るだけで非国民呼ばわりされる危険な社会になることを、私は非常に懸念する。

この数ヶ月、モトケンさんが医療側に「誠実」というキーワードを投げかけた。そしてこの数日は、このモトケンブログでの討論を、多くの人が事前知識をも持たないままに読んだ場合の、読み手に与える「現実社会への悪影響」を心配される。このモトケンさんの懸念の根源は、医療体制と医学的診療行為とを区別して議論できない投稿姿勢(医師だけとは限らない)に対する苛立ちだと推測する。

社会制度としての「医療」と、医学的診療行為としての「医療」の違い。これが双方の意識の擦れ違いの本質ではないだろうか。

本当に残念なことですが、ハスカップさんのレスとあなたのレスがすれ違いを如実に体現しています。
私の短いコメントでは舌足らずな部分があったかもしれませんが、ハスカップさんは私のコメントをまっすぐ受け止め、まっすぐ返してくださっています。

私が問題にしているのは「救命可能性」の話ではなく「情報伝達」の話です。これは医療問題に限定したことではありません。

 コミュニケーションギャップは、異業種間に限らず、航空従事者という同業者でも生じるし、マン・マシン・システム(機械と人との対話)ですら生じます(たとえば、「環境」「システムい」という単語)。むしろ最近はこっちの方が重要な問題とすらなっています。
 誤読や誤解は人の常ですから(マシンでも99.99%の正確性が理想の到達点ですから100%はアリエネーとなります。)、誤読や誤解を認識したら、素直に訂正する「誠実さ」を持ちたいものです。そうでないと「曲解している」とのあらぬ批判を甘受することになってしまいます。
 私は、本質的に性善説を「信じる」というよりは「信仰(理想と)している」ので、皆さんの良心と常識と誠実さを信じたいと思います。優良な相互コミュニケーションの母胎は、相互信頼と相互尊重です(vs高目路線)。

医師への愛想尽かし発言がぼんぼん出る中、医師はこの現実を
謙虚に捉えるべきだと思います。

言ってもらえる内が花で、実は愛想尽かして去っていた非医療者も相当多いはずですから。

居残っている私も医師サポーターとして相当忍耐力を要しています。

ベストさんのようにリセットして明るくいきましょう。

 level3 先生、こんにちは。

 週末だけでもROMで様子見なさっては如何でしょうか?

みみみさん,

私は,「いくつもの病院に問い合わせなければならない現状」を改善させ,せいぜい2回くらいまでの問い合わせで患者さんを収容できることを考慮して,あのようなコメントを書いたのですが.問い合わせ回数が多くなればなるほど転送までの時間が長くなることを考慮してのことです.
「如何に早く,治療できる病院まで運ぶか」という命題に対して,その対策案を出しています.
墨東のようなケースはそもそも治療できる施設が,他の産科救急に比べ非常に限られていますので「特殊」なのです.「救命性」という意味で書いているのではありません.私の書き方もまずかったところがあるようですが.
なお,コンピュータのオンライン化とかを提案する方もありますが,コンピュータは基本的に人が操作するものですから人的資源に乏しい医療現場では要求に耐える実用化は困難です.オペレータを別に置いても,そのオペレータが医療のことを解っていない限り状況の改善はありません.

みみみさんへ。
用語を統一したり、重症度の指標をつくって周知したりといった方法で、情報伝達手段を整備すればいいとか、そういう話を期待しての意見と思われました。

しかし、お医者さんの意見は、そういうのは労多くして益少なしであって、検討する価値もないという返答なのだと思います。

虚心にその意見を聞けば、そのとおりだろうとしか思えません。

なぜそれを素直に聞き入れず食い下がっているのか理解できません。「墨東の件はなんら問題はなかった」というお医者さんの意見をまず聞き入れてから、議論をスタートすべきと思われます。

 当事者も認識している問題点をどうしてここまで無視するのかまったく理解できません。
 最初の情報伝達が的確に行われていれば、一発で搬送できた可能性があったという問題が指摘されてるんですけどね。

 そして相変わらず救命可能性だけを問題にされているようですが、病院というのは人が死ぬ所だと強調されているのは医療側でしょう。
 そしてそれは間違ってはいない。
 死にそうな人が集まってくるんですから。
 そうであるならば、患者や遺族側としては、死ぬ運命なら仕方がないがそれを受け入れられる状況で死にたいと思ってるんですよ。

 墨東病院の件ではそうではなかった。
 だから、マスコミ報道で見る限り、かかりつけ医も墨東病院も都も国も同様の悩みを抱えている他の自治体やその病院も、反省点を考え、対策を考え、アイデアを出しているのに、このブログでは、そんなことはできない、すでに99.9%だ、これ以上無茶を言うな、という論調が多い。

 なぜなんだろう?
 不思議でたまらない。
 うがった見方かも知れないが、要するに私に対する反発があるからかも知れないと感じるときもある。

 早急な回避行動をとれば空中衝突やニアミスが避けられた航空機事故でも、その前提として正確な情報が伝わっていなかったことが、殆どの直接原因でした。この場合は、パイロットは責められません。情報伝達システム(用語限定やレーダー管制を管制官が正確に読み取るマン・マシン・システムなど)の改善が必要でした。

 西洋医学の医者は病気は診るが病人は見ない。

という言葉をかなり昔から耳にしている。

 私は若いときにある大学病院で診察を受けたことがあるが、そのときは年配の教授(たぶん)が若い医者だか学生だか知らないが何人も引き連れてやってきて、私をまるで単なる教材のように扱ったことが思い出される。
 少なくとも、そこには「患者に接する」ということを教えようという姿勢は微塵も感じられなかった。
 そういう教授に教わった医者が、患者をどう見るかというのは推して知るべきだろう。

 ただし、私がいま現在お世話になっている某病院の若い先生はとても親身に診てくれます。
 信頼し、感謝してます。

 これから、医療側という一括りの言い方はしないように気をつけようと思います。

モトケンさんへ。
「当事者も認識している問題点」
当事者ではなく、マスコミや偉い人が問題点としたがっている問題点だと思います。

そして、それを大きな問題点であるとみせることによって、このブログで本当の当事者が述べている本当のの問題点が隠されてしまっています。

間違った現状認識を世間に与えてしまっていないでしょうか?

「脳の問題だとわかっていたら最初の時に受け入れた」

 というのは墨東病院の関係者のどなたかの言葉だったと記憶していますが、違ってますか?

個人的には、真の問題点は医師を呼び出さなければ、一時間では対応できそうもなかった点だと思います。余裕のある一時間と、綱渡りの一時間とでは意味合いが大きく違うと思います。

その辺りの改善点はありそうなものだと思うのですが「綱渡りの一時間搬送」の状況を放置していいと医師の方々が考えているのであれば、それはそれで問題ないと思います。

個人的な感想を言わせていただければ「墨東病院の対応に問題はなかった。しかし、課題が露呈した」と思うのですが、リソースを拡大し、つぎ込むと言う対策を施さなくてもいいものなのでしょうか。

モトケンさんへ。
報道によると墨東病院の関係者のどなたかの発言でした。

しかし、このブログに投稿されている医療関係者のコメントを素直に信じるならば、当直医がひとりなのに、より重症な「脳の問題だとわかっていたら最初の時に受け入れた」という発言はおかしい。重症であればあるほど受け入れは難しいわけですから。

したがって、この発言は、「受け入れ拒否は罪である」という考えから抜けられなかった誰かが、罪を免れるために言った嘘であると考えております。
それは、現場の当事者かもしれないし、病院の責任者かもしれませんが、世間にたたかれそうになってつい嘘をいってしまうのは良くあることです。

IT業界で有名なネタ画像としてこういうものがあります。
顧客が本当に欲しかったもの

このくらいシステム要件を決定するためのコミュニケーションが難しいという例なのですが、
この例では顧客が自分の欲しい物を分かっている分だけまだマシという見方もできます。

今回のように顧客(医療現場)自身もどうしたら良いかわからないという状態で、
モトケン様が「何か良い方法ないですか?」と聞いても、現場から「そんなの俺たちにわかるわけないよ!」という反応が上がるのは
当然の光景なんだということを理解してください。

そういった意味でモトケンさんが絶望されるのはITの現場においてわりとよくあるパターンとみられます。

個人的には、真の問題点は医師を呼び出さなければ、一時間では対応できそうもなかった点だと思います。余裕のある一時間と、綱渡りの一時間とでは意味合いが大きく違うと思います。

その辺りの改善点はありそうなものだと思うのですが「綱渡りの一時間搬送」の状況を放置していいと医師の方々が考えているのであれば、それはそれで問題ないと思います。

個人的な感想を言わせていただければ「墨東病院の対応に問題はなかった。しかし、課題が露呈した」と思うのですが、リソースを拡大し、つぎ込むと言う対策を施さなくてもいいものなのでしょうか。

>もへじさん
本当の問題点が、リソース不足、医師不足と言うのであれば、それはこのブログの参加者全員が共有していることだと思いますが、これ以外に問題点があるのでしょうか

>最初の情報伝達が的確に行われていれば、一発で搬送できた可能性があったという問題が指摘されてるんですけどね。

今回の例に限って話をしますと,確かに一発で搬送された可能性はありました.墨東というERと周産期センターがくっついた日本でもほとんどあり得ない特別な病院が側にあったから収容の可能性があったに過ぎません.しかし現状では墨東であっても一発で搬送されていてもそこで指を加えて見てただけだったでしょう.手術できる産科医がいなかったんですから...
もちろん常勤産科医が常駐していればおっしゃるように「偶然」対応できたと思います.あくまで非常にrare caseにrareな状況が重なっていたので対応できた「可能性」があったということです.このような特殊な状況のものにいつも当たり前のように対応できる態勢は現状からはあまりにかけ離れています.±2.58SDで99%ですが,今回のようなものは±5SDくらいまでカバーしていなければ対応しきれないものです.
これを「カバーしろ」というのは99.999%くらいを目指せと言っているに等しいです.偶然,対応できる可能性があったに過ぎません.現状は70%もしくはせいぜい80%程度という所であるのにです.それよりも±2.58SD以内のものに確実に対応できるシステムを考慮するべきと言っているのです.

一般的な周産期センター(ERの併設なし)で物を考えた場合,今回のような複合的な患者さんはほぼ対応しきれません.特別な場合でなく「一般的な周産期センター」のレベルでものを考えた場合,今回のような「特殊症例」をサンプルに思考することは適切でありません.

P.S. rijin先生のおっしゃるようにしばらく静観することにします.

医師は自分の負担が増えるかどうかだけを考えれば良いのでは。
医療側の負担が増えそうもなかったら被医療側から出たアイデアはどんどん実行してもらったらよい。
いくら患者のためであっても負担がこれ以上増える話であったら「それは無理だ」といえばいい。

(続き)
顧客自身ですら解決方法をわからない場合には、
質問者のほうから予め分類分けした質問を用意して答えやすくする必要があります。
今回の例を単純に需給ラインの調整という観点から見て、

a)需要を抑える
1.患者が医師にかからなくても済むような方法はないですか?
-コンビニ受診を抑制する方法はないですか?
-病気で不安な時に医師にかからずにすむ方法はないですか?

2.医師以外との連携を強化する方法はないですか?
-産婦人科と助産師の連携を強化する方法はないですか・

b)供給を増やす
1.総量を増やす
-医師免許を持つ人を増やすことに効果はありますか?
-研修を効果的(質、スピード)に行う方法はないですか?
2.効率化を進める
-医師がやってる仕事で医師以外にもできることはないですか?
-救急隊と病院の連携に改善点はないですか?
-開業医と病院の連携に改善点はないですか?


ざっと考えただけでも、このくらいの質問が上がります。
これらの質問に関して、ヒアリングを行い一般化を行っていきます。
こうした作業は面と面を突き合わせても尚失敗する可能性が高いミッションです。

ただ、はじめから無理だと断ずるわけではなく
こうした最小限度まで分類分けしたヒアリングをひとつづつ積み重ねていくしか
現在の状況の打開はないのではないかと思います。

興味のある方にはこちらの書籍をお勧めします。
ソフトウェア開発以外にも(ITだけの意味ではない)システムデザインの際に役に立つと思います。
デスマーチ 第2版 ソフトウエア開発プロジェクトはなぜ混乱するのか

 当たり前ですが、航空管制情報が正確かつスムーズに管制官とパイロットの間で伝達されていたら、空中衝突もニアミスをなく、管制官も余裕をもって回避ルートを指示できたわけですし、パイロットもゆとりをもって進路変更できたわけです。
 現行の救急情報伝達にもし改善できる部分があれば、改善して(用語の統一とか)、余裕をもって救急患者を受け入れ(オンコールも慌てることなく)、救急隊も焦らず搬送業務に従事できるようになるなら、当事者双方にとって労務軽減に資すると思います。
 一般論としては、多少は混乱粗雑でも緊急&重大情報を第一報にするのが「巧遅より拙速の原則」と言われています。
 御参考まで。m(_ _)m

田舎ならまわしようがないから100パーセント受ける。

都会はなすりあい。

だから受け入れ義務化すればいいと思う。

まずはそれを実行して田舎並みにすればいい。

その後の対策はその後に考える。

しまさんへ。

本当の問題点が、リソース不足、医師不足と言うのであれば、それはこのブログの参加者全員が共有していることだと思いますが、これ以外に問題点があるのでしょうか

ほかにないと思います。
しかし、No.342 みみみさんとNo.353 モトケンさんのコメントは他にもあるのではないかという問題提起です。

墨東問題から始まった議論を長々やった末に、まだこのような問題提起が行われるということは、その問題点を全員がほんとうに共有しているわけではないということかも知れません。

私やモトケンさんやハスカップさんは「墨東の産婦を助けられたか否か」は問題にしていないのですよ。
どうかわかってください・・・。

解っているから,あのように書いているのですが...
だから「むしろ今考えるべきは,例えば産科だけの救急搬送の場合でそれを受けられる3次施設が1回かせいぜい2回の問い合わせ程度で決められて搬送できるようなしくみの方ではないですか?」そして「それよりも±2.58SD以内のものに確実に対応できるシステムを考慮するべきと言っているのです.」と書かせて頂いているのです.

>サルガッソー(システムエンジニア) さん

>そういった意味でモトケンさんが絶望されるのはITの現場においてわりとよくあるパターンとみられます。

「システム要件」というより、「システム企画における目的の共有」がなされていないパターンでしょう。システム企画では「現状では問題・課題がある」「より収益を上げる」等を共有しシステムの目的を明らかにする。システム要件ではシステム企画の目的を達成させるために「どのような機能を具備」するかを考えますよね。
今回の件は、既に「現状では問題・課題がある」という認識において不整合起こしているので、具体的な手法(要件定義)を考える以前の問題にみえます。つまりシステム検討を最初から放棄しているようにみえます。(つまり現状でよしとし、できない理由を述べている)目的を共有したうえで、実現性を検討しているのならば別に問題にしないと思いますが・・・

後、今回の話はどちらが顧客でどちらがSEか判然しない部分あります。あえていうと、医療従事者も被医療従事者も顧客でありSEであるといえると思います。
※議論を纏める、システム設計する手法の活用可能な部分は否定しませんが・・・

>サルガッソー(システムエンジニア) さん

>そういった意味でモトケンさんが絶望されるのはITの現場においてわりとよくあるパターンとみられます。

「システム要件」というより、「システム企画における目的の共有」がなされていないパターンでしょう。システム企画では「現状では問題・課題がある」「より収益を上げる」等を共有しシステムの目的を明らかにする。システム要件ではシステム企画の目的を達成させるために「どのような機能を具備」するかを考えますよね。
今回の件は、既に「現状では問題・課題がある」という認識において不整合起こしているので、具体的な手法(要件定義)を考える以前の問題にみえます。つまりシステム検討を最初から放棄しているようにみえます。(つまり現状でよしとし、できない理由を述べている)目的を共有したうえで、実現性を検討しているのならば別に問題にしないと思いますが・・・

後、今回の話はどちらが顧客でどちらがSEか判然しない部分あります。あえていうと、医療従事者も被医療従事者も顧客でありSEであるといえると思います。
※議論を纏める、システム設計する手法の活用可能な部分は否定しませんが・・・

>カツビン(システムエンジニア)さん

そうですね、私の用語の使い方があいまいであったと思います。
要は何をしたいのかわからないまま「なにかいい方法ない?」と言われても問題は改善しない。
そしてそれは医師に限った話ではないから、モトケンさんが絶望する必要もないのだ という意図を伝えたかったのです。

そういった意味ではlevel3さんが固執しているように見える話も、システムのターゲット「何をどういう風にしたいのか」の整理として大事なのではないかと思います。

サルガッソー様、まとめ有難う御座います。

私も、モトケンさんが、ミクロの視点を求めているのか、マクロの視点を求めているのか解らなくなってきました。あるいは両者でしょうか?

元スレで書いたように、今回の墨東の件に関して改善策が無いとは考えていません。

実際墨東病院は、現有勢力での二人当直を始めてしまいました。しかしさらに労働強化となるこの対策は、崩壊を促進する効果しかありません。今後、墨東病院が足りない医師をどこかから連れてきて、一応の定員を充足すれば、他所の産科医が減るだけです。

また、情報伝達システムの整備は一定の効果は上がる可能性はありますが、それが日本人全体の健康に寄与する部分は非常にわずかと思います。情報伝達システムを改善すれば、問題のかなりの部分が解決するのではないかという期待を一般の方に持たせるのは、議論をミスリードすることになりますので、そこは確認する必要があります。

もちろん、リソースの増加に反対しているわけでなく、(未だに医師の増加に強固に反対している医師もいますが)出来るだけ早く、人的にも、金銭的にもリソースを増やす必要があります。また、情報伝達システムの工夫も行えば良いとは思います。

法務業の末席様が言うように、医療の安全は神話であると明らかになったのですから、まず最初に行うべきことは、現時点で、出来ることと出来ないことをはっきりさせることだと思います。(それでも現時点でも押しなべて世界最高レベルの医療といわれて納得する非医療者は少ないでしょうが。)

医療者が、近年まで周りから言われるがままに自らの仕事を増やしてきた結果が、限界まで来た需給のミスマッチですから、出来ないことは出来ないと現場から声をあげるべきです。

これは後ろ向きの議論でしょうか?
そのうえで、限られたリソースをどこにつぎ込むかという議論になるのではないでしょうか。

救急システムを充実するということは、遊んでいる人員、施設を多くする、(つまり平常時から見た無駄を増やす)ということです。

供給が短期間に増やせない(現状維持も出来ない)現時点では、まず、需要の抑制から入り、リソースに余裕を作ることが必要です。

リソース不足、医師不足(空港地上レーダ建設とベテラン管制官不足)は、早急に改善困難だから、せめて情報伝達経路の改善(管制用語の限定、インシデント内容の通報順位の策定)だけでも次善の策として検討してみてはどうでしょうか?実際にICAOがそれをやりました。

素人考えで恐縮なのですが・・・。

「脳の問題」は「1」、「子宮と胎児の異常」は「2」、「外傷」は「3」のような符丁の一覧表を作って電話のそばに置いておいて、該当するものを重大だと思える順にコード化して受け入れ要請先に伝えるというのはどうでしょうか。
たとえば墨東の場合なら、産科と脳外科が両方必要でかつ脳の問題の方が重大だと思われたら「1・2」と伝える。すると相手は「1はOK、2は駄目」「1は駄目、2ならOK」「1も2もOK」という具合に答えるわけです。

もちろん、現実にはこんな単純なものではないのは百も承知しています。そして、こうやったところでリソースが足りなければ、結局は搬送先決定に時間がかかって救えないというケースも当然ありうるでしょう。ただ、ハスカップさんが言われるように、重大情報を拙速でいいから確実に伝達する、という点ではある程度有効なのではないでしょうか。少なくとも「最初からそう言ってくれればよかったのに!」みたいな行き違いは防げると思うのですが。

ハスカップさんへ
およびみみみさんモトケンさんへ(みみみさんのおっしゃるとおりお3方の問題意識が同じ場合)

現場のプロが、これだけ「それは寄与度が低い」といっているわけですから、そこは尊重してはどうでしょうか。

ぼくとう、杏林問題は12月中に解決策が出るそうだから、
それを待てばよいのではないですか?

それより大臣が現場を見に行ったにもかかわらず、医師の過酷労働問題が触れられず、更なる労働強化に繋がっている点を
論議した方が医師のためにはなると思うが・・・

 一番の問題点は、最初の119番通報が医師でない通報者がすることで、それを受信する119番通信指令も(訓練を受けているとはいえ)医師でないことです。それを補完するものとしても、到着した医師でない(救急救命の研修訓練は受けてますが)救急隊員が、患者さんの症状を判断して消防本部へ通報することです。墨東病院事象の場合は、医師が救急通報した稀有な例だと思います。

 墨東病院事象では寄与度が低いでしょう(特定事象に限定したミクロの視点)。実際は、全国の同種事前情報集約システムが実質的に機能していないのが問題で、改善の余地を検討してもいいかもしれません(日本全体の救急通報システムというマクロの鳥瞰図)。

実際は、全国の同種事前情報集約システムが実質的に機能していないのが問題
であると思われがちであるが、大きな問題ではない(解決しても寄与度が低い)、というのが一貫した医療側からの意見だと思います。

両者が「うん、そこは1番に直すべき問題だ」と問題意識を共有して初めて建設的な議論への進むのだと思います。

ですから、医療側が(大きな、解決すべき)問題ではないといっていることを、問題であると言い募ってもしょうがないと思うのですがどうでしょうか。

「1番に直すべき問題」と「1番に直せそうな問題」は同じとは限らない(ボソリ

しかし、このブログに投稿されている医療関係者のコメントを素直に信じるならば、当直医がひとりなのに、より重症な「脳の問題だとわかっていたら最初の時に受け入れた」という発言はおかしい。重症であればあるほど受け入れは難しいわけですから。


私はあの発言がこの事件を連絡ミスで済まされる原因になりはしないかと危惧しかなり前にコメントしましたが、信じてくださった人は少ない様です。

http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/10/23-172012.php#c183901

今回の事件も、登場する病院のすべての医師はそれぞれの責任を果たしているのです。ほかに医師がいなかったことが問題なのです。なぜいなかったか、どうであれば対応できたかが検討されるべきです。

(墨東の誰かが『初めから脳出血と言われていれば、、」などというおかしなことを言いましたがあれは舞い上がっての失言でしょう。この事件を評価するとき無視するか、事実誤認の失言と解釈すべきです。初療医のプレゼンが適切とは言い切れませんがここに責任を求めては事実を見誤ります。)


私は相変わらず、刑事免責(何か条件がつくべきかも知れませんが)が必要であると考えます。

 問題点を1つに絞らずに考察してもいいのでは?
 リソースアップと要因増がすぐにできないので次善の策を考察しているだけです。現行の救急情報事前●X情報が無駄なら廃止するのも大事なコスト削減策です(無駄の削除)。

しかし、このブログに投稿されている医療関係者のコメントを素直に信じるならば、当直医がひとりなのに、より重症な「脳の問題だとわかっていたら最初の時に受け入れた」という発言はおかしい。重症であればあるほど受け入れは難しいわけですから。


私はあの発言がこの事件を連絡ミスで済まされる原因になりはしないかと危惧しかなり前にコメントしましたが、信じてくださった人は少ない様です。多くの方が聞く耳を持たなかったのでしょうか。

http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/10/23-172012.php#c183901 (墨東の誰かが『初めから脳出血と言われていれば、、」などというおかしなことを言いましたがあれは舞い上がっての失言でしょう。この事件を評価するとき無視するか、事実誤認の失言と解釈すべきです。初療医のプレゼンが適切とは言い切れませんがここに責任を求めては事実を見誤ります。)

私は相変わらず、刑事免責(何か条件がつくべきかも知れませんが)が必要であると考えます。

医者全体をいくら増やしても訴訟リスクが高い診療科は敬遠されるから、産科や救急医は増えません。重症診療も敬遠されます。

連絡網や照会システムで解消できる問題ではありません。
重症救急診療の場に医師を呼び戻すには、医者が安心して重症を診察できる環境が必要なのです。

 とすれば、照会システムが機能しない以上、相当な税金を投入してまで維持する必要がないことになるので、廃止を提案します。

ならば墨東はさっさと記者会見を開いて「当病院は五の橋側の主張通りの内容を聞いていました。その上で最初はお断りしました」と訂正すべきです。
世間から見ると、あの水掛け論は石原・桝添コンビとどっこいどっこいの責任のなすり合いにしか見えないんですよ。この食い違いのせいで、五の橋の医師は「お前がちゃんと説明しないからこうなったんじゃないのか」と痛くもない腹を探られているんですから、早く名誉を回復してあげるべきでしょう。

私はこの件を指して「改善すべき点はないのか」と言いましたが、だからと言って当直医の責任を問えなどとは只の一言も言っていません。
本件では病院間の情報伝達は完璧だったというなら、それはそれでいいんですよ。ただ、あの水掛け論のような情報の齟齬が生じることは一般的にありえないのか、それによって結果的に搬送が遠回りするリスクはゼロと見なしてよいのか、と申し上げているのです。ゼロであるなら何の改善の必要もないでしょうから、私の今日の書き込みは全部撤回します。

 公的発言として病院側が、情報伝達のかこつけて責任のなすり合いをマスコミに発表するのが真の問題点かもしれないです。(医療外広報事故)
 ご遺族は医療関係者に感謝のコメントを公式に記者会見で表明されていましたし。

横入り失礼しますm(_ _)m
モトケン先生へ

 このエントリ400コメントに近づきましたので、もう充分だと思います

 個人的には、(その2)を立てても同じことの繰り返しになると思います

 続けるようでしたら、LMnetのどなたかのブログで引き受けて頂いたらいかがでしょう

 たとえば、全医連のHPにこの議題の部屋を作って頂き、医師同士で議論して頂くとか・・・


 モトケン先生の負担が軽減されますようにm(_ _)m

完璧かあ!!

完璧な情報伝達
完璧な診断治療ーー

100%とか完璧とかを目指すべきであるーーてのが、今の日本の主流になっちゃったんですねえ?

東京・調布市妊婦たらい回し問題 妊婦の夫、つらい心情を語る
こういう記事にいちいち反応して、更に撒き散らす医師の
ブログって何なの?
ひで〜な〜

2008年9月、東京・調布市の妊婦が脳内出血を起こし、7つの病院から受け入れを断られ意識不明になっている問題で、妊婦の夫がフジテレビのインタビューに答え、つらい心情を語った。 妊婦の夫は「最初に一番、抱かせてやりたかったですからね。(妻は)まだ意識がね、はっきりと戻ってない状態ですね。左手は、けいれんしているんですよ、すごい動くんですよ。だから、もうずっと押さえてて。本当、もう見せたいぐらいですよね、病院の断った先生にね、あの状況を。もうちょっと早くね、受け入れるところがあれば、本当にね、症状も良かったんじゃないですかね、少しはね…。今後ね、少しずつでもいいですからね、すぐに全部を変えてくれとは言わないから、少しずつでいいんで、やっぱ変えてもらいたいね…」と語った。

医療も多分他のことも、総合力が重要なので、医師もまたこの経過が完璧だと思っているわけではなくて、特殊事例に対応できる情報伝達システムをブラッシュアップするよりも、他の部分を改良するほうが、コストパーフォーマンスがよい、と主張していたと思うのです。

 でも確かに堂々巡りね!!

なるほど、「完璧」はNGワードでしたっけ。
地雷を踏んだら、それまでの私の発言の文脈も一切関係なく全部ご破算でゲームオーバーというわけですか。
わかりました。ではさようなら。

よろしければ、今後もあなた方と話す気のある人のために、「禁句リスト」でも作ってあげてもらえませんか。

国の方針とここの現場医師との見解に大きな隔たりが・・・

また無駄金出費か???

舛添厚労相、受け入れ拒否病院を調査へ http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp3-20081107-427001.html

 脳内出血を起こした東京都調布市の妊婦が複数の病院から受け入れを拒否された問題を受け、
舛添要一厚生労働相は7日の閣議後会見で、断った医療機関に対し都と合同で聞き取り調査することを明らかにした。
 また、妊婦の搬送要請を最初に断った杏林大病院(三鷹市)が「緊急性は低いと判断した」と話すなど、
情報伝達が適切になされていなかったことに言及。「大きな問題だが、(医師が)忙しい中では
こういうことは起こり得る。情報伝達を円滑にするシステムを経済産業省と協力して開発したい」と話した。(共同)

私がシステムに対して考えているのは「現場の意見を無視して作られたシステム」「機能しないシステム」によって、現場の方々の負担や疲労が増しているのではないか。そればかりか、ミスを招いているのではないかと思っていましたので、そのような状況であれば、コストをかけてシステムを作り直すべきではないか。真に使いやすく、現場の負担が減り、ユーザーの満足度が高いシステムを整備するべきではないかと思っていました。

もちろん、これは素人考えに過ぎず、現状のシステムが十分に機能し、現場の負担も軽く、医師が満足できるのであれば、それは喜ばしい事ですね。システム整備にお金をかける必要がないわけですから。

モトケンさんは最初からマクロの問題を考えていたと思います。マクロの問題がミクロである墨東病院に波及したとお考えになられていたのではないかと。

なぜか医師の方々はミクロの問題と捉えていたようですが。

それぞれの立場で考え方があるんだと思う。

たとえ今はすれ違っていたとしても、関係者が顔を逸らしていては前には、良い方向には進まないんだと思います。

色んな専門家が集うブログなんだし、素人ながらでも病院が抱える問題を深く考えさせられる場所でもあります。

モトケンさんがその場を提供し、良い方向へ進めばという思いも伝わっています。各分野誰が欠けても良い方向へは進まないと思います。

安心して任せられる病院であって欲しいし、医者の犠牲の上に成り立つ現状があるならば改善しなければならないでしょう。そうでなければ同じような事がまた起こるでしょうし。医者も患者も安心できる体制作りを切に願いたいです。


しまさんがおっしゃっているシステムとはどの範囲を指していらっしゃいますか?

単純に救急隊と病院間でのネットワーク端末のことであれば、
地域ごとに別々に開発していたような記事を見た気がします。
使いやすさが地域に差があるか知りたいのですが、
全国で統一されているかご存じの方いらっしゃいますか?

断った病院は皆、行政監査が入ってしまう今日この頃。

はっきりと訴訟が怖いから受けないんだよ!!!

ってどの病院も言えば、一気に刑事免責に弾みがつくと思うが
どうだろう。

誰か捨医師になって発言したらどうだ?

 お医者の先生方も、無理解調査不足を絵に描いたようなマスコミの医療バッシングに遭ってきたから、現場医療の改善に向けた批評や提案にも、ミクロ的に過剰反応するのも、心情的に無理もないと思います。
 ツカエネーと悪評紛々の救急搬送情報照会システムの改善を提案されても、拒絶感しかでないでしょう。仮にシステムが改善されたら、ユトリより労働強化(受け入れ拒否ができなくなる)をイメージされたかと思います。

>ハスカップさん
>全国の同種事前情報集約システムが実質的に機能していないのが問題

私はこれはある意味情報集約システムの限界ではないかなとも思っています。
私なりにその論拠を分類してみました。

1.情報集約システムで医師の空き状況を確認したところで、最終的には電話での確認が必要である。
- 情報集約システムにて概要の把握ができたとしても詳細は口頭でのヒアリングを行わないと受け入れることは不可能ではないか
→情報集約システム上口頭でのやり取りを含まないフローに変えることは可能であるか

2.医療現場のリソースが追いついておらず、システム上では常に満床状態
- 例えれば通勤電車の満員状態みたいなもので、一つ一つ手作業で押し込むことは可能だが、情報集約システム化するのは不可能、もしくは事故誘発要因となる状態ではないかと考えます
→情報集約システム上の「満床」と極限状態での「満床」のギャップを縮めることができるのか

みみみさんへ。No.386の発言には完璧に同意です。

No.387 ハスカップ さん
このような事態の記者会見では、世間の救急医療への認識を変えるために、救急のリソースの少なさやその原因などを切々と訴えるべきであったと思います。

No.389 こんにちは さんは、自重をお願いします。

もうひとつ言えばトップダウンでITシステムの刷新が決まったけど、
現場レベルでは頑強に拒否なんてのも「あるある」ネタ過ぎて医師だけの話ではありません。

元がどんなに使いにくかろうとある程度運用が定まっている業務フローを変えるというのはかなりの苦痛が伴うものです。

ためしにこれを読んだ方は明日からブラウザをFireFox、Safari等に変えてみてはどうでしょうか?(ワード、エクセルからオープンオフィスに読み替えても可)

ただでさえ労働基準法を超えるほど忙しいのに、業務フローが変わる手間がある
しかも実現したらさらに多くの患者がやってくる労働強化につながる。
それの原動力が単純に「患者さんのため」なんていうのは私には理解できない献身的な態度だと思いますよ。

・・・すみません。誰を批判するでもない内容なのですが、
医師だけの問題ではないんですよ。物事を変えるっていうのはそれほどエネルギーが必要なんだとご理解ください。

 ある程度実態が反映するリアルタイムシステムを作るなら、待つ受け表示情報を手入力(手作業)に依拠するのは笑止千万という見方もあります。特に一刻を争う救命救急外来のスタッフが、各科の「空情報」欄の「処置中・受入不能」を意味するコードをパソコン端末で手入力するヒマはないでしょう。
 リアルタイム・オンライン・システムは、システム側の人間の人為が介在しないユーザの一方的情報入力の定型システムがほとんどで、銀行のATM/CD、コンビニのPOSシステム、インターネット航空券予約購入、インターネット銀行間送金……くらいに現実に有意に機能しているシステムは限られると思います。

受け入れ可否をオンライン化するのではなく、救急搬送依頼を可視化して医療機関が能動的に受け入れ決定していくシステムというのも検討の余地がでてくるのかもしれませんね。それだけだと診療能力に冗長性が出てしまうかもしれないので、重症度と件数で評価してインセンティブを付与するなりの対策は必要でしょうけど。

もへじさんにありがたい言葉をいただいたので、少しクールダウンしました。

ハスカップさんの言われるように、受け入れ側の情報をリアルタイム自動更新するシステムなんてのは非現実的だろうと思います。いちばん有効なのは電話口での直接会話だという現場の方の意見もわかります。
であれば、小手先と言われるかもしれませんが、電話口で容態を効率よく齟齬もなく情報伝達できるノウハウの共有化というのは、それほど金も手間もかからないと思うのですがどうでしょうか。容態と何が必要かを迅速に把握できれば、受け入れ可否の返事も早くならないでしょうか。
たしか、墨東の件で要請を受けた病院の中に感染症を疑って断ったところがあったと思うのですが、これも情報の齟齬の一つと言える気がします。
もちろん、患者受け入れのキャパとは別問題ですよ。判断が早くなっても「たらい回し」の回転スピードが上がるだけだ、と言われればぐうの音も出ません。


話は変わりますが、杏林のあの対外姿勢はどうなんですかね >医療関係者の皆さん
刑事責任とかそんなのとは別の次元で、せっかく墨東の遺族が吹かせてくれた追い風を相殺しかねない醜態だと私は思うのですが。

医師の皆さん、政権交代した方がいいようだ。
やっとこういう声が出てよかったね。

厚労省が「労基法違反を黙認」と追及―民主

民主党の「厚生労働部門会議」が11月7日に開かれ、東京都内で妊婦が8病院に受け入れを断られた問題を取り上げた。同党の議員らは、医師不足の現実を直視して対応策を取っていれば、今回の問題は起きなかったとの認識を示し、「厚生労働省が、医療現場での労働基準法違反を黙認してきたせいだ」などと、厚労省の責任を厳しく追及した。

【関連記事】
第4回「脅かされる患者の安全」(連載企画「KAROSHI−問われる医療労働」)
都立大塚病院「産科救急拠点」へ
墨東病院1人当直時は輪番で対応―東京都
8病院が妊婦受け入れを断った理由
妊婦死亡問題、NICUについて議論―民主・厚労会議

 東京都は8病院が受け入れを断った理由について、8病院から聞き取り調査した。それによると、当日の当直体制は2病院が1人、3病院が2人、3病院が3人だった。また、8病院のうち4病院のNICUと1病院のMFICUが満床だったという。NICUのベッド不足は以前から問題になっているが、増床すると小児科医と産科医も増員しなければならないため、増床は容易ではないとされている。

 同会議で厚労省の担当者は、「最終的な(受け入れ)病院に行くまでのシステム(救急医療情報システム)の問題が指摘されているので、改善していかなければならない」と述べた。これに対し、蓮舫参院議員らは「いくらシステムをつくっても、現場の情報を入力する人がいない」「受け入れる人(医師)も足りないし、(NICUが)ずっと満床だったら(この問題は)解消しようがない」などと追及した。

 山井和則衆院議員は、「医師の多くは労基法を守っていないが、患者に迷惑を掛けないようにと黙って隠し続けてきた」と述べ、多くの医師の「善意」によって医療現場が支えられている現状を訴えた。原口一博衆院議員は「厚労省は医療を管理する一方で、医療者を守るという責務もある」と強調し、医療現場で労基法の順守を徹底するよう求めた。

 足立信也参院議員は、多くの医療機関が建前では「宿直」と称して医師に「夜勤(時間外労働)」をさせている実態について取り上げた。足立議員によると、3年ほど前に多くの医療機関に労働基準監督署が立ち入り、医師の宿直を「これは時間外勤務だ」と指摘し、過去にさかのぼって追徴課税した。追徴課税された病院は、医師の「夜勤」を黙認しておきながら、報酬も「宿直」の分しか払っていなかったという。

 会議の最後に、鈴木寛参院議員は「次回は労基法の担当者からヒアリングして、(医療者向けに)新しい(労働基準の)ガイドラインやスタンダードをつくることなども検討していきたい」と述べた。

【NICU】
 新生児集中治療管理室。身体の機能が未熟なまま生まれた新生児や、先天性の障害などにより集中治療を必要とする新生児のための施設。保育器、人工呼吸器、微量輸血ポンプ、呼吸循環モニター、経皮酸素分圧モニターなどの機器を備えており、新生児を専門とする医療スタッフが24時間体制で治療を行う。

【MFICU】
 母体・胎児集中治療管理室。ハイリスク妊娠に対応するため、主に産科のスタッフが24時間体制で治療を行う施設。分娩監視装置、呼吸循環モニター、超音波診断装置、人工呼吸器などの機器がそろっている。

更新:2008/11/07 18:53   キャリアブレイン


今までずーっとROMをしておりました。
ここのブログの引用その他のやり方がわからないので
平文で書き込みさせていただきます。
No11のコメントで法務業の末席様が
2200億円の削減は医療費には関係ないと
おっしゃられています。
それは本当だと思います。
しかしながら本当のところはまるで違うと思います。
今年は診療報酬改定でざっくり1%(0.8%くらい)
削減されています。
これは、ざっくり3000億円ですよね。
また、法務業の末席様が勘違いしていますが
21年度も3000億円削除です。
あと2001年度と比べると5−6%
診療報酬が下がっております。
実額でゆうと1.5−2兆円毎年
診療報酬が減っています。
一応、こんなことは基礎として必要はことと
思いますが。

No.360 サルガッソー(システムエンジニア) さん
から
No.370 カツビン(システムエンジニア) さん から サルガッソー(システムエンジニア) さん への返信
の流れがあってそれ以降の書き込みに元々「東京の妊婦死亡事故」にはじまったシステム論に関して注目すべき流れが出てきたように私は思うのですが、これからこのエントリはどうなるのでしょうか?

No.405 みみみ さん

たしか、墨東の件で要請を受けた病院の中に感染症を疑って断ったところがあったと思うのですが、これも情報の齟齬の一つと言える気がします。
細かいことに反応するのもどうかとは思うのですが、医学的な判断を含むことなので念のために....
受け入れ病院が紹介医からの病状の情報で頭蓋内出血を疑ったとしても、同時に「妊婦が吐き気や下痢、激しい頭痛を訴えている」の情報があれば、その病状の原因の一つとして感染症(たとえばウイルス性髄膜炎)の可能性を考慮することは全く不思議では無く、ごく自然なことだと私は思います。つまり、妊娠+感染症(+頭蓋内出血)という具合です。
紹介元と受け入れ病院間では電話によるやりとりで患者の状態を極力把握するようにはしますが、紹介元で診断に必要な情報入手の範囲がどうしても限られるので、それを超える部分は受け入れ病院側が、得られた情報の範囲から原因・進展などを予想して受け入れを判断せざるを得ないのが現状です。
ですので、墨東の件で「感染症を疑って...」というのは情報齟齬とまではいえないのではないかと思います。

システムをブラッシュアップする必要があるということは全く同意しますが、同時にネットワークシステムの限界も検討する必要があると思います。

 コンピュータネットワークは、「定型的事前情報」には対応できても細かな個別的事前情報のやり取りは不可能に等しく、そこはクラシック(レガシーエイシャント)な電話の出番だと思います。とくに細かいQ&Aが続くときでは、電話が一番迅速でレスポンスも早いです。ブラインドタッチの方が早い人もいるかと思いますが、どんな状況でも(救急ならなおさら)容易かつ簡便に片手で持って意思連絡のピンポンができるのは電話だけです。

基本的には範囲は考えていません。現状にあってないシステムがあるのであれば、現状にあわせたシステムを導入しようと言う程度です。

救急に関して言えば、現在の作業が電話ベースなのであれば、無理にコンピューターとかネットワークを使わなくてもいいと思うんですけどね。

救急車の中に「あらかじめ複数の電話番号が登録してあり、ボタン一つで、次の病院への電話が掛けられる」ようなシステム程度で充分な気もします。

コンピュータネットワークは、「定型的事前情報」には対応できても細かな個別的事前情報のやり取りは不可能に等しく、そこはクラシック(レガシーエイシャント)な電話の出番だと思います。
そうですね。以前は、 救急隊->病院事務(電話交換)->医局or病棟->当直医という具合に電話が回されていましたが、救急隊->病院事務(電話交換)->当直医ポケベルとなり、今では救急隊->病院事務(電話交換)->当直医PHSとなり、当直医までの伝達時間はかなり短縮されたように思います。(不動産関連業者の宣伝電話が直接かかってくると言う弊害が増えましたが...) 私の考えとしては前にも書いたように、亜急性患者の転送目的であれば現状のコンピューターネットワークでも機能すると思います。が、超救急患者に関してはダイレクトな電話による情報伝達がもっとも有効だと思います。その際に、しまさんがご指摘されているような情報の齟齬が問題となりますが、そこは紹介医・救急隊と受け入れ病院の間で症状・疾患の分類とスコア化などのガイドラインを作成し、それを情報に加える事である程度客観的な情報伝達は可能になるかもしれませんね。 現状ではスコア化作業は現場の負担が増えるというデメリットがありますが、たとえばソフトウエア化と、メディカルクラーク導入を同時に行うことである程度解消できると思います。直接患者に処置をしないスタッフが医師・看護師に項目を聞きながら入力する事で、患者さんに医師・看護師が対応しながらも患者情報作成が可能になると思います。

No.407 ふっくん さま

>>あと2001年度と比べると5−6%
>>診療報酬が下がっております。
>>実額でゆうと1.5−2兆円毎年
>>診療報酬が減っています。
>>一応、こんなことは基礎として必要はことと
>>思いますが。

毎年1.5〜2兆円の診療報酬減、一体どこから出てきた数字でしょうか?

金額数字をベースにしてのご意見なら、せめて厚生労働白書や、厚労省HPや診療報酬支払基金HPに掲載の統計情報といった、正確な実績データを使いましょう。

厚労省HP>統計調査結果
http://www.mhlw.go.jp/toukei/index.html

診療報酬支払基金HP>統計情報等の提供
http://www.ssk.or.jp/joho/index.html

横入り失礼、

紹介元と受け入れ病院間では電話によるやりとりで患者の状態を極力把握するようにはしますが、紹介元で診断に必要な情報入手の範囲がどうしても限られるので、それを超える部分は受け入れ病院側が、得られた情報の範囲から原因・進展などを予想して受け入れを判断せざるを得ないのが現状です。
ですので、墨東の件で「感染症を疑って...」というのは情報齟齬とまではいえないのではないかと思います。

う〜ん、先日ウラの場外では高次病院へのアクセス制限として、かかりつけの街医からの紹介が無ければ受け入れない、ということが議論されました。今回の墨東や杏林の件は、まさしくこうしたかかりつけ街医からの「超緊急の紹介」の事例とも言えます。ところが街医の方での脳血管疾患の疑い濃厚との診断が、上手く伝わらずに高次病院の方では全く別の疾患(細菌性疾患)を疑うこともあるという現実が、我々非医療者の眼にさらされた事例と受止める。

この現状って、将来の紹介無しの高次病院へのアクセス制限を見据えると、情報伝達上の問題点として認識すべきと思う。将来の街医から高次病院への緊急伝達システムを想定したとき、今回のような情報伝達のやり方で良いのかということは、医療界の方でもキッチリ議論する価値があると思う。

ただしこの情報伝達手段の議論、モトケンブログのこのエントリで行なうべきテーマかと問われれば、それは別の議論の場(行政と医療の検討の場など)が相応しいと思うが。

エントリの趣旨とやや外れるので、コメント数400を超えたところで書くのは気が引けますが。。

街医の方での脳血管疾患の疑い濃厚との診断が、上手く伝わらずに高次病院の方では全く別の疾患(細菌性疾患)を疑うこともある

これは情報伝達の問題ではないと思います。

「脳血管疾患の疑い濃厚」であっても、その診断の元となった諸症状が、まったく別の病気に起因していることが珍しくないということが、救急医の方のブログでよく取り上げられています。
症状に関する情報伝達が完璧であっても、患者を直接診るまでは確定診断は下せないし、患者を直接診ても、時間の経過を経ないとなお確定できない場合も多い。
そもそも「確定」診断は、場合によっては患者の死後ですらできない(死因不明)の場合も少なくない。

我々被医療者は、病気というか人体の特殊性や、診断が確率論でしかないこと等についても、もっと知る必要があると思います。

ブログは、言わずと知れた、(どこが「なんちゃって」やねん、という)なんちゃって救急医さんのものです。
残念ながら更新停止宣言をされてしまいましたが。
http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/

こちらのケースなど参考になるかも

嘔吐と下痢症状 → 実は脳出血
http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/20070317

脳梗塞の疑い → 実は大動脈解離
http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/20070324

搬送先を探す時点で、頭痛をきたすすべての疾患が鑑別疾患です。クモ膜下出血かもしれないし、髄膜炎かも知れないし、、、。

わかっているのは引き受けたからには完璧な診療をしないと、あるいは完璧な診療をしても結果が悪いと、逮捕起訴され人殺し呼ばわりされる可能性があるということです。

免責は不要、大野病院事件が証明しているという方がいたようですが、大野病院事件は標準的な医療がなされていれば結果が悪くとも無罪ということ。逮捕されないということは保障されていません。

法廷で標準的な医療がなされたから無罪という判決を何年もかけて受けるより、より良い医療がなされる可能性を信じて診療拒否する方が患者さんと自分たちのためと考える医師がいても不思議はありません。もちろんこうだと言い切る証拠はありませんが。

空きベッド照会システムよりずっと真剣に考察されるべき課題と信じます。

私も、コメント数400を超えたところで書くのは気が引けますが…。

今回の墨東の事例を、医学的に症例検討を行なう能力は私にはありません。それに街医の診断評価(今回は脳血管系疾患との診たて)と、受け入れ側である高次病院の診断予測範囲(今回は細菌感染症の可能性)の医学的な評価を意図するものでもありません。

現状の医療資源(リソースなどとカタカナ表記せずに敢えて漢字で表現します)不足を考えると高次機能病院へのアクセス制限を導入して、今後は街医から高次病院に患者を紹介リレーするしかないと良く言われます。その将来の患者リレー考えるときに、現状は「○○病院○○先生机下」と書かれた「手書きの紙媒体」の手段や、電話連絡という「肉声のアナログ通信」での情報伝達手段に頼る現状を、全面アクセス制限導入した場合でもそのままで良いのかという疑問投げ掛けです。

高次機能病院への受診制限を検討する場合、手書き紙媒体の「紹介状」で間に合う患者や症例ばかりなら良いのですが、分秒を争う紹介リレーの緊急性の高い事例もまた考えておかねばなりません。その分秒を争う事例を想定した演習として、今回の墨東や杏林の事例を検討することも重要ではないでしょうか。

医学的診断は不確実性が伴うことを非医療者は理解して、考慮に入れた議論をするべきとのご指摘は、少々私の意図することが正確に伝わらなかった「情報伝達の齟齬」かと思う次第です。

議論の文脈に沿った形でないと、認識の前提にある誤解の指摘をしてもあまり意味はないということですね。
やはり今ここで書くべきコメントではありませんでした。失礼いたしました。

ただ、電話連絡以外の「伝達手段」を検討しなければならないと、本気でお考えの方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。

聞く耳もってますよー。
「これからも起訴にびくびくしてね」という言葉を聞き、
そうならない職場に移りました!

今では救急車のサイレンも街の雑音の一部にしか聞こえない。

>ただ、電話連絡以外の「伝達手段」を検討しなければならないと、本気でお考えの方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。

電話と文書(メール、FAX)を両方併用するのが一番確実な連絡手段ではないかと思っています。

例えば、今のインターネットを使った検索システムは全部廃止する。

そして、以下のようなシステムに置き換えるというのはどうでしょう。

救急隊員が、患者の現症状を、メールで、消防のセンター司令室に伝達し、センターの方で各病院(墨東のケースでは8つの病院)に、メールないしFAXで一斉に連絡。ちょっとタイミングを置いて、今度はセンターの方から8人の職員を使って各病院に電話を入れる。

そうすれば、リアルタイムでの病院の受け入れ状況を確認でき、しかもそれが一斉に出来ることから、相当の時間短縮になるのではないかと。

医療現場の実情をよく知らない素人からの提案ですが、やはりどこかに無理があるでしょうか。

 誰の言葉を聞いたんですかね?
 私は、大野病院事件判決の後は、今までよりはびくびくしなくていいと何度も言ったんですが、一部のお医者さんはどうしてもびくびくしたいとおっしゃってましたから、それじゃ勝手にびくびくしてくださいと言っただけなんですが?

 日本語読めてますか?

 ちなみに真似ハンはだいっきらいな私としては、モトキンはイエローカードです。

追記ですが

ちなみにNo.420の私の提案は基本形です。これを各種技術や人員の配置により、それほど金を使わずに、さらに精度を高めていくこともできるのではないかと思っています。

例えば、救急車にカメラを積んでおき、患者の容態をリアルタイムにネットを使って流し、それを消防のセンター、各病院で見ることが出来るようにする。電話も、ネットを使って、電話会議のようなものが出来るようにしておき、現場の救急隊員、消防センター、各病院が同時に参加できるようにし、患者の現症状のさらに的確な把握ができるようにする。消防センターには、第一線を退いた知識・経験が豊かな医師を嘱託で配置しておき、救急車との密接な情報交換をさせることにより、適切な判断を可能にする・・・など。

ただ、電話連絡以外の「伝達手段」を検討しなければならないと、本気でお考えの方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。


基本と言うか、実際の業務は電話ベースなのに、電話以外の情報システムが無理矢理入り込んできて、スタッフの間で混乱を招いているのが現在の姿のように思いました。

 エントリの趣旨との関係では十分議論された(というようりは「もうたくさん」という感じですが^^;)ので、これ以上のコメントはやめてください。

 システムの負荷になっている恐れがありますので。

横レスというのかもしれませんが
少し失礼いたします。お手数ですがモトケン先生のご判断で公開するなり消去するなりしていただければと思います。


> これまで述べたことを理解してもらえない人に、さらに言>葉を重ねたとしても理解してもらえる自信はありません。
> 専門家の話より素人としての感情に従うというのも無理の>ないことかも知れないと理解はしますが、そうであるなら
>ば、専門家の話を聞くのは時間の無駄です。

この言葉はわたしたちも常日頃感じることです。

数年前にも一度拝見していたのですが、当時からこのような感じで、後から議論に参加してくる人間を切り捨てるような印象でした。この気持ちはすごくわかります。
本当にくだらないたとえですが、以下に一例をあげます。

妊婦健診の際に児の性別を聞いてくる方たちはたくさんいます。これは家族として当たり前だと思いますが、私たちがエコーで確認するプライオリティとしてはよっぽどの遺伝疾患が疑われない限り低い。
ですから、診療の流れの都合上「性別に関しては必要な検査の後でお伝えします。」という旨を外来や、エコーの画面の前など目立つところに大きく貼り出しました。
それでもエコー開始後早々に皆さん性別を聞いてくる。

そのときに私たちは「その紙に書いてあることがわからないのですか?」とは言えない。

解決策として、最近では、最初に性別を確認して、後からゆっくり重要な検査をするように変えました。

医学的な重要度からいえばおかしい気もしますが、それで私たちのストレスもずいぶん軽減しましたので良かったと思っています。

後から議論に参加する方や、書いてあっても見落とす人、読み間違える人、都合の良い部分しか読まない人など、さまざまな方がいます。

モトケン先生は貴重な場を提供してくださっていますので、司法の素人としてはこちらも読み取るような努力をしていきたいですけれども、終わりなき説明というのは司法にも医療にも必要だと考えています。


(しかし、本音を言うと周産期医療に従事していると終わりなき説明に辟易することが多いのは事実です。)

 言っておきますが、何度も聞かれたからいやになったんじゃありませんよ。
 私(とその仲間)のスタンスを曲解する医師が多すぎるからです。
 それほど敵に回って欲しいなら回りましょうか、ということですよ。

>このエントリは、医療崩壊論ではなく、医療制度論でもありません。
>いわば、ネットコミュニケーション論です。

ましてや、個別の(自己)事例公開用のエントリでもないでしょう。なのにこの有様。

「横レス申し訳ありません」「トピずれご勘弁ください」なんて断りを入れれば済むというものではないでしょう。わかっているなら別なエントリでやってほしいものです。
「しかし、」「でも、」を入れてしまえば、それ以前の文章は無いも同じ。それ以降に書かれていることが「言いたいこと」なのでしょう? 初めに理解を示したような文章を書いても、「しかし」以降に否定的な文章を並べたら、相手は否定的な文章しか印象に残りませんよ。

釣りだろうと何だろうと、相手に誤解を与えるようなコメントには「誤解されるから止めとけ」ぐらいのことは言っておかないと、肯定していると思われますよ。

1年以上も変わらないなら、もうやめても良いのかもしれませんね。

初めてこのブログにきました。もとけんさん、はやくこういう議論が出来ればよかったなと思います。医師側の一般からみて「わがまま」で「ぞんざい」な書き込み方や内容が多いのが問題とのことですが、最初は医療者もまじめだったのですよ。真剣に医療崩壊をなんとかしようとさまざま訴えかけてきたのです。わたしもそうでした。
 もう10年近く前からでしょうか。で、その後のあまりにひどい医療バッシングと判決内容に、当初の志の高かった医療をなんとしようとしていた方々は、あきらめて去っていきました。残った方々が、すこしやんちゃな書き込みをしているようですね。
 私としては、もうすんだこと、というのが感想です。ポイントオブノーリターンは、もう何年も前に越えてしまったと感じています。悲観的な書き込みが多いのもそのせいでしょう。
 男と女の関係もそうですが、タイミングって重要だったんだなあとつくづく思います。もっと早く建設的な意見交換ができればよかったと思います。心がさめてしまった女をどうすることも男はできません。そういうことだと思います。
 しかし、いつかは振り子は戻ります。何年かかるか、何十年かかるか分かりませんが。それでいいんじゃないでしょうか?

そうだけどそうでない側面もあると思う。

妊婦さん転送に関する医者のコメントに対する反応ですから。
実情をわかっていただいていないからあれほど怒られたと思うからでもあります。だってここの常連でモトケンさんに感謝したり慕っていない人はいないと思います。今回に関しては、今までの歴史があるので医療者に非はあるののは確かですが、曲解です。
そこまでがんばってしていただいていることにLevel3さんや峰村さんも僕も感謝と尊敬をしていると思っています。

ただ、救急の場なんてまだ全然わかってもらえてません。
救急をわかっていない非医療者の人が、医療者の態度が不満だと言っている。弁明ではあるけれど、救急はこんなものだとわかってほしい、どうにもならない。と伝える。システムが悪いからと言われる。医療界の実情が非医療者の想像の外にある世界だからでしょう。

搬送先を探すのは医者が電話をかけまくって搬送先を探すという作業は重要なんですよ。
今の医療ソースではシステムなんてことより、搬送を御願いする医師が電話をかけて時に哀願し、時に怒り、どこか受けてもらえるところを探す。相手を知っているということも助けになります。でも、とにかく、それしかないんです。訴訟の危険を感じてない時から、救急はいつも不安です。自分の力のおよぶものか。相手の医師から紹介状があったとしてもよくわからない、患者さんのビデオがあっったって役にたたない。依頼する医師に質問をする。依頼側は説明する。本当に一刻の猶予もなければ、ええかげんにせえ、患者が死んだらお前のせいだぞ、とまで言って引き受けさせる。ダメなら次にあたる。それがきっと一番速い。
依頼される側から言うと。東京では、自分とこよりもっといい場所があると判断をして断ることも多い。それでも2回目くれば自分しかないと引き受ける。ということもある。
地方の県庁所在地の基幹病院は依頼医師がきちんと依頼すれば、たいてちは僕の知っているところはます引き受けてますよ。

おかしいと思うのは勝手ですが、そういう綱渡りでずーっと何十年も医療はやってきたんです。システムいじればよくなる、とか、改善できるとかそれは絵に描いた餅なんです。


医療なんか、ずっとむかしから変でおかしいんです。
おかしい中でなんとかやってきた。おかしいところを指摘されてなおったところもあれば同じくらいうまくいかなくなった。

医者もいない、ベッドもない(90%のベッド稼働率がなければ病院はつぶれます)。それで医療界から改善しろと言われても。
改善しようとしてまたおかしくなるんじゃないと僕なんかは思っています。

現有能力で引き受けてを増やすには、不幸なことになった時に「お前が力量不足だからだ、責任とれ。」という要素を少しでも減らすことかとは思います。

確かに、医者もわからずやで聞く耳をもたなくみえるでしょうね。
でも、医者の実情についてもある限度以上からは聞く耳をもたない。これは違うかな。医者はきっとおかしな実情をきちんと話していないんでしょうね。

P R

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