エントリ

(冒頭追記)
 このエントリは撤回します。

 これまでの私の気持ちとしてはこのエントリで述べたとおりですが、今後の方針は変更します。
 「医療問題に関する最終決定」をお読みください。

(冒頭追記終わり)

 前言に反するようで恥ずかしいですが

 ここは医師だけが集まっているm3のようなところではありません。
 医師が運営している医師ブログでもありません。
 弁護士が種々雑多のテーマの中で、医療崩壊問題に首を突っ込んでしまったブログです。
 何が言いたいかというと、いろんな人が、つまり医療問題にそれほど関心はないかも知れないがついでに見る人も含めていろんな人が見るブログです。

 そういう場所で医療問題を語るときに私が望んだことの一つに、医療自体には詳しくない一般の人に医療崩壊問題に関する理解を深めてほしいということがありました。
 言い方を変えれば、医療側の皆さんには、一般の市民の理解が得られるような発言を期待したのです。

 なぜ、一般市民の理解が必要かと言えば、草の根的にでも理解が広まっていけば、マスコミの論調にも影響することが期待されたからです。

 では、なんのために一般市民やマスコミの理解が必要なのか?

 いろいろありますが、法律家ブログ的視点で言えば、将来的に必ず提起されるであろう(医療側から見ての)民事不当訴訟に備えるためです。
 典型的な例を予測すれば、救急搬送の受け入れ先がなかなか見つからず、なんとかしなければと思って受け入れた病院が最善を尽くしたにもかかわらず不幸な結果に終わった場合に起こされた民事訴訟などが考えられます。
 医療に100%はありません。
 となれば、99%の手を尽くしたとしても1%の不手際を理由として訴訟を起こされる可能性はあるのです。
 そのとき被告となった医師や病院はどうするのか?
 私は、大野病院事件の民事訴訟版と考えるべきだと思います。

 現職裁判官のcuriousjudge さん

 裁判官は、その判断が及ぼす社会的影響に対して、無自覚であってはならないでしょう。

と言われています。

 つまり、裁判官は世論の空気を読むのです。
 となれば、上記のような訴訟が起こされた場合は、医師界をあげて被告を支援しなければなりません。
 そして、マスコミや市民の支持を勝ち取らなければなりません。
 
 そのためには、医師が常に(金のためでも保身のためでもなく)患者のための医療行為を追求しているという信頼を得なければなりません。

 その上で、医療の不確実性と限界を主張しないと説得力がないと思われるのです。

 私の、「誠実な医療の重要性」は、以上のような視点から、医療側にエールを送ったつもりのエントリでしたが趣旨が理解されたとは思えないコメント欄でした。

 「東京の妊婦死亡事故」でも、医療側からの問題点の指摘と改善に対する考え方でも出てくるかなと期待したんですが、責任回避論や用語問題にかこつけた責任否定論が目につくことになりました。

 そういう主張をしている人は、それが医療を守ることになると思っているのかも知れません。
 しかし、私の認識は逆です。
 医師は自分のことしか考えていない。患者のことなんか二の次だ。
 と感じる人のほうが多いのではないかと危惧します。
 「どうして医者は聞く耳をもたない(ように見える)のか」で裁判官ブログを紹介した人がいました。
 裁判官を非難するコメント群を紹介することによって自説の根拠を示そうとしたようです。
 しかし、あのコメント欄を読んだ非医療者がどういう印象を受けるか、については全く無神経というほかありません。

 モトケンはミクロを論じているのかマクロを論じているのかわからないという指摘がありました。
 あえて言えば超マクロです。
 私は、個々の医療制度を問題にしていたのではないのです。
 医療製度を語る姿勢や考え方を問題にしていたのです。
 もちろん、それぞれの医師の姿勢や考え方を問題にしたのです。
 (私にではなく)一般市民に対するコミュニケーションを考えてほしかったのです。

 医療ブログではなくて、このブログでこそできることとして。

 大野病院事件判決は、医療側に大きな追い風になる判決でした。
 その追い風を最大限に生かすことが大事だと思っていろいろ書いてきました。
 しかし、私の思いは裏切られ続けました。
 一部理解してくださった医師の皆さんはおられますが、そういう医師の皆さんはたぶん私が何も言わなくても同じく理解してくださっただろうと思います。
 そうでない皆さんは、私が何を言っても無駄のように思われました。
 医師の皆さんの中にもそう思った人がいます。

 「どうして医者は聞く耳をもたない(ように見える)のか」は、ある医師のリクエストによって立てたエントリです。

 このエントリで私は、医師に対して一般市民を含めた相互理解を目指すべきだと言っているのですが
 このエントリに共感してくださる医師は何人おられますか?
 (追記 もうこれに答えていただかなくてけっこうです。)

 それによって、このエントリは相互理解に挫折したエントリ群の墓標にも再出発のきっかけにもなります。

 コメント欄の様子を見て考えます。

追記
 態度を決めました。
 もうこのエントリは無視してもらっていいです。

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コメント(29)

モトケンさんの言うとおりだと思います。

コメント欄の様子を見て考えます。

と、おっしゃられておられるから、医療関係者はラストチャンスと思って、気を使って発言して欲しいです。

私は医師免を箪笥にしまい込んでる不届きなヤカラなので大きなことはいえませんが、

<医師が常に(金のためでも保身のためでもなく)患者のための医療行為を追求しているという信頼を得る>

ためには、医師その人が「俺は患者のために/誠意を持って/医学的な常識に準拠して/医療行為を行っている」と主張しても、マス相手にはそれほどの効果はないのではないかと思うのです。基本的には目の前の患者やその家族にしか判ってもらえない。医療関係者からピントの合った話が出てこないのは、そういうミクロな関係性の中で毎日仕事をしているからです。

さてミクロに見ると、本当の信頼関係は、直接診察した患者とその家族との間にしか存在しないとして、では、顧客におもねないでしかも満足してもらえる対応とは何か。医学教育の中ではいろいろ模索されていて、基本的にはインタビューの訓練なんですが、OSCEの成績を上げることより、広い社会層の人たちとつきあう経験の方が大事じゃないかなあ。CBTの勉強を減らしても、社会勉強した方がいいんじゃないかなあ、なんて妄想しています。

そんな点から、以前沼地先生がご自身のブログに書かれていた「名町医者」の記事は、懐かしくまた共感を持って読みました。「いい加減な医者はいるけれど、総体としてみれば医療は信頼できる。助からなくてもそれが天命」と思われていた、当時のような信頼がどのような経緯で失われたのかを再検討してみるのもよいでしょう。

そのような検討や、マスコミや政策を含んだマクロ的な論議は第三者にしかできないのではないかなあ。モトケンさんがおっしゃっているのも、「外部に味方を作れ」ってことですよねえ。少なくとも、「医療関係者以外はお断り」的な冷笑的言辞は逆効果しか生まないでしょうね。

私は全くの一般人だと思うので感想を。。
「どうして医者は聞く耳をもたない(ように見える)のか」のエントリも当初から見ていましたがモトケンさんが危惧している医療関係者に対する悪感情などは起きて来ません。
単純に「忙しすぎて疲弊している医療関係者が多いのだな。」と感じます。
(一部スルー対象な方はいらっしゃるようですが。)
大変失礼な例えですが、疲弊した奴隷に「あなたはどんな世の中になれば良いとおもいますか。」と聞いても「一週間にもらえるパンをあと二つ増やしてほしい。」なんて答えが返ってきそうな気がするのです。

まず初めに、以前コメントしたこともありますが、ずっと(2年ぐらい)ROMしてきました。大変勉強になり、このような場を提供してくださっていることと多くの労力を割かれていることに敬意を表し、また、感謝申し上げます。

それでこのエントリーを見てコメントさせていただきます。


このエントリで私は、医師に対して一般市民を含めた相互理解を目指すべきだと言っているのですが

私はこれに強く同意します。諦念を持っている医師その他関係者もいるでしょうが、多くの方は同意されると思います。

ただ、

モトケンはミクロを論じているのかマクロを論じているのかわからないという指摘がありました。  あえて言えば超マクロです。  私は、個々の医療制度を問題にしていたのではないのです。  医療製度を語る姿勢や考え方を問題にしていたのです。  もちろん、それぞれの医師の姿勢や考え方を問題にしたのです。  (私にではなく)一般市民に対するコミュニケーションを考えてほしかったのです

と言うようなモトケンさんのお考えは、必ずしも明確ではなく(コミュニケーション上)、医師のミクロな視点との齟齬もあり、議論がかみ合わないままであったのではないかなと感じておりました。

いろいろな方が言われているように、懸念しているものは同じであり、皆んなが受益者であり、被害者であり得るので、今後のこのブログでの相互理解の進展と将来への希望が見いだせることを祈念しております。

またROMに戻ります。

>モトケンはミクロを論じているのかマクロを論じているのかわからないという指摘がありました。
>あえて言えば超マクロです。
>私は、個々の医療制度を問題にしていたのではないのです。
>医療製度を語る姿勢や考え方を問題にしていたのです。
>もちろん、それぞれの医師の姿勢や考え方を問題にしたのです。
>(私にではなく)一般市民に対するコミュニケーションを考えてほしかったのです。
>医療ブログではなくて、このブログでこそできることとして。

正直言って、この文章を読んで初めてモトケンさまのお考えが分かりました。
逆に言えば、あのエントリの文を読んでも理解できておりませんでした。(医師の方々はどうかは分かりませんが、コメントがすれ違っているということからはそうなんでしょう)

ある事故問題をテーマにして、それを求めるのは、それを明確にしない限り、酷ではないでしょうか?

 個人的には、「どうして医者は聞く耳をもたない(ように見える)のか」はよいエントリだったと思います。
コミュニケーションは相互のものです。
どうすれば相手の意見を引き出せるかというところにおいて、得ることは多だったと思います。

 奴隷解放のうねりが巻き起こるかも知れないのにもったいないことですね。

>「一週間にもらえるパンをあと二つ増やしてほしい。」

東京都内の産科医はそんな感じでしょうか。
 
 でも首都でも絶対的に医療のマンパワーが不足だと言うことが明らかになりましたね。一般の人達の理解がこうして確実に進むのは良いように思います。人柱が必要なのは情けないことではありますが。
 コンビニ受診でマンパワーを浪費する人が一人でも減ることを期待しましょう。

医師でも法曹関係者でもない私としては、自分が病気になったり怪我をした時にはお医者さんに、誰かに訴えられたら弁護士さんや判事さんに頼らざるを得ません。
よっぽど(金銭的にも時間的にも)余裕がある場合以外は、私たちの側から専門家を選ぶわけにはいきません。
幸にも、今までお世話になったお医者さんや弁護士さんは(判事さんにはまだお世話になっていません)大変良い方ばかりで「この人は本当に私のことを心配してくれている」と信頼できました。
医療の現場が厳しいのはよく理解してます。我々サラリーマンには36時間勤務なんて想像も出来ません。ですから、専門のお医者さんがいなかったから受け入れできなかったのに、悪徳病院呼ばわりする人たちには正直腹を立てています。これは言葉だけの「XX医療センター」制度を作ってきた行政の責任だと思います。
こういう人命にかかわるシステムにはある程度の冗長性がないといけないと思います。個人の敢闘精神に甘えてては、医療が本来あるべき姿に近づくことは永遠に出来ないでしょう。常に「経費・効率」を優先させてきたわが国の社会の余裕の無さが、医療従事者と患者を犠牲にしてきたように思います。
アメリカの草の根選挙ではありませんが、患者(含 予備軍 つまり一般市民)と医療従事者が協力して、医療システムの改革を目指すべきではないでしょうか。患者も医師に対する「白い巨塔」的な偏見を捨て、医療従事者が萎縮してしまうようなモンスターペイシェントを排除していくべきでしょう。お医者さんも「文句言いの患者」ばかりではない、と思っておられると思います。
 もともと、人間は全て死んでゆくものです。医療のおかげでその時期を先に延ばす事ができ、その間にいろいろなことが出来るようになったら「儲けた!」と思って生きたいと思います。患者は、医師も魔法使いやスーパーマンではないということをちゃんと認識すべきでしょう。

裁判官が「世論の空気」を読むことについては、異論もあるでしょうが、少なくとも、裁判が社会の常識からあまりにかけ離れてしまっては、国民の信頼を得ることができず、その存在意義すら危うくなるということは言えると思います。

また、裁判官の中にも、

(予防接種禍訴訟の結果、予防接種行政全般の大きな後退と低レベル化が生じたと指摘した後)民事裁判の結果がもたらしうるこうした副作用には、・・・ほかにも、・・・救急医療に関する訴訟の増加が一つの原因となって、元々コスト的に引き合わない上に病院にとってのリスクが高い救急医療を行う病院自体が減少してしまうなど、様々な形のものがありうると思われる。
・・・筆者は、前記のような訴訟の意義を否定しているわけではない(・・・)。ただ、本来であれば政治と行政の成熟によって事前に適正に解決されるべき問題が放置されていると、司法による個別的、具体的救済指向の解決が、場合によっては、本質的な問題を事なかれ主義や萎縮の方向に導いてしまう可能性も存在するということを指摘しておきたいだけである。

という認識を有している人はいます(瀬木比呂志「民事訴訟実務と制度の焦点」(判例タイムズ社)450〜451頁より)。

医療問題も、本来はマクロな視点から、政治と行政によって必要な改革がなされるべきものなのに、そちらは遅々として進まないまま、司法によるミクロ的な救済のみが突出すると、場合によっては社会にいびつな副作用をもたらす危険性があるということでしょう。

瀬木判事のような考え方の裁判官が増えるようになるには、どうすればよいか、医療関係者の方々にもお考えいただきたいところです。

No.9のコメントには同意です。

>医療問題も、本来はマクロな視点から、政治と行政によって必要な改革がなされるべきものなのに、そちらは遅々として進まないまま、司法によるミクロ的な救済のみが突出すると、場合によっては社会にいびつな副作用をもたらす危険性があるということでしょう。

上の部分、「現場の医療関係者によるミクロ的な対策による負担が…」あるのが現状でしょう。

マクロな視点からの必要な改革を進めるのに、医療・非医療という区分をこえて協力していかないといけないのでしょう。

前向きに医療のため、被医療者のため理解を深めるよう努力したいと思います。
 モトケンさんありがとうございます。しかし、お体のために少しお休みをおとりになるようにお願いします。
 私は多忙のため切れ切れにしか読めなくなっています。(臨床医のほとんどは”農繁期”シーズンに入っていると思います。)KYかもしれませんが、このままではモトケンさんが擦り切れてしまいます。
 私は、崩れ行く組織の中で、最後のたたかいに入っているものです。モトケンさんのご主張のように医療者と非医療者との理解がなければ、維持も再生もありえないと思うからです。

 常連の方も、少しお休みください。ただでさえ忙しい季節なのですから。

数日ぶりに、このブログを見て驚いています。
コメントを全部見たわけではありませんが、内容はともかく、多くの議論がなされたようですね。

私が最も興味を惹かれたのは、現職裁判官であるcuriousjudgeさんのコメントです。
私は、以前から裁判官とマスコミ関係者の声が聞いてみたいと思っていました。
この方々は、このブログにはほとんど投稿されてはいないようでしたから。

裁判は、、刑事であれば検察官と弁護士の、民事であれば双方の弁護士による弁論主義だとか、証拠主義だとかで(法律家ではないのでよく分かりませんが)、双方の主張、証拠提示力で裁判官をより納得さた方が勝訴するものと、このブログを通して理解していました。
そこには、裁判官の価値判断は入るものではないと思っていました。
しかし、curiousjudgeさんが
>裁判官が「世論の空気」を読む
ことに言及されているのは、たいへん興味深いところです。

仰せの通り、今日の医療問題については、政治、行政の責任が大きいことは、もう国民が気づき始めています。
そして、この二者に対しては国民は参政権で意思表示ができ、選択することができます。

しかし、司法とりわけ最も影響力の大きな裁判官に対しては、最高裁判事で無い限り、制度としては国民の意思はとどきせん。
裁判官については、国民が少なくとも直接は選択できない仕組なっています。この不安が、少なくとも医師としての私にはあります。

裁判官の身分、良心は憲法で保障されていることは、理解しているつもりですが、その良心が社会の空気から離れていては、国民の不幸につながることもあれば、また迎合しても不幸になることもあります。
最近の医師側敗訴例の中には、医師の多くが後者の印象を強く受けているものがあるのではないかと、私は推察しています
(異論があることは、十分承知しています)。

それだけに、裁判官には社会が正しい方向に向き、国民が幸福になれるよう判断してほしいと願います。
もとより、医療側の意見ばかりが正しいと主張するつもりはありません。

しかし
>瀬木判事のような考え方の裁判官が増えるようになるには、どうすればよいか、医療関係者の方々にもお考えいただきたいところです。
に対しては、とにかく医療現場に足を運んで実情を理解して下さいと答えるしかありません。
救急医療、当直業務も含めて、1週間でいいですから急性期病院で、実際の医療現場を見てもらうしかないと考えます。

医師は、社会を説得させることは得意ではありません(同じ病院内においても、事務方に上手く騙される場合も多いです)。当然それでいいとは考えてもいませんが、やはり裁判官には現実の医療現場を知って欲しいと強く思います。
(38時間連続勤務後に書いていますので、少々焦点がぼけているのはご容赦ください)

医師です。いつもはROM専門です。おそるおそる書き込みしています。これまでの議論を詳細に全て読んでいる訳ではありません。なので、的外れであればご容赦ください。


マスメディアで扱われる医師像が現実といかにかけ離れているか、
現場で働く医師達が、目の前の患者さんの病気を治すことだけに普段いかに集中しているか、
患者さんの病気が良くなること、それだけでどれだけ嬉しい気持ちになるか、
そんな医師達が、マスメディアの印象から医療不信を持った患者さんの言葉に、どれだけ傷つくか・・・

自分の実体験として、十分理解しているつもりです。


それでもやはり、モトケン先生の感じる苛立ちのようなもの・・・、
それも理解できるような気がしています。

医療系ブログやこちらのブログのコメント欄に見られる一部の医師からの書き込みの、行間ににじみ出る、非医療者を突き放したような態度・・・。
自分が傷ついたことばかりを大声でわめく人のようで、なんだか嫌悪感を感じてしまうんです。

せっかくの建設的な議論も、変な味付けで読めてしまいます。
もったいないです。
もう少し、攻撃的な感情は上手く隠してやってもらえると、読んでる側も気分が悪くならずに済むし、医者に対する世間の印象も悪くしないで済むのではないかな・・・と、僕は思います。

お前ら現場の苦労も知らないで、好き勝手なこと言いやがって、今に見ていろ、ザマアミロだ。
医療崩壊? 大歓迎だ。医者を叩く奴らを一生後悔させてやる。
そもそも俺らのようなエリートが、何でこんなに安い給料でこんな激務をやらされなきゃならないんだ。
ガイコク行ってみろ、お医者さまの顔が拝めただけでありがたいってとこばかりだぞ。それをつけあがりやがって。
いいか、俺が意見を言う。お前らは聞け。聞いてうなづけ。聞かないヤツはみんなシネ。シネシネシネ…。

誰でも心に鬼が棲むわけですが、ふつうは鬼のツブヤキは外に漏らさないようにするもんです。
まあネットというのは、その辺の禁制を緩くする特性があるのか、医者がガキなのか、モトケンさんに甘えてるのか…。
ひとつ確かに言えることは、モトケンさんのように是は是、否は否ときちんと対応してくれる非医者は滅多にいないってことです。
医者べったりか、患者さまさまかのどちらかばっかでしょ。あ、じゃやっぱり甘えかしら。

 モトケン先生がいろいろおっしゃってくださる気持ちは大変嬉しく、またこのブログが果たした役割は極めて大きいと思いますが、その上であえて言わせていただきます。

 私は匿名投稿可能なブログで一般市民と医療者の相互理解を図るには限界がどうしてもあると思っています。また、同様にですが、例えば「医療を守るシンポジウム」など大きな規模での集会でも真の意味で相互理解を図るのは困難でしょう。

 私はこの問題の唯一の解決手段は「小規模の集会・勉強会とそれをつなぐネットワーク」だと思っています。顔の見える関係で相互理解を図り、さらにそれをネットワークでつなぎ大きなうねりにすると言う方策が、遠回りな様で最も根本的、かつ最短の解決策だと思います。

 そして、このモトケンブログから発祥したMJLnetが現在いくつもの大きな動きを作っています。MJLnetは「県立柏原病院の小児科を守る会」、東金の「地域医療を育てる会」、北海道の「地域医療を守る地方議員連盟(これ自体MJL発祥)」などなどいくつもの医療崩壊に立ち向かおうとする小さな草の根ネットワークをつなぎ、さらにそれを全国ネットの報道に乗せていくなど、すでにいくつもの大きな動きを見せています。

 草の根で相互理解を図り、それをつないでいくことこそが医療訴訟にせよ、医療崩壊にせよ本質的な解決につながるものだと思います。

ですから

 このエントリで私は、医師に対して一般市民を含めた相互理解を目指すべきだと言っているのですが
 このエントリに共感してくださる医師は何人おられますか?

 あえて言いますが、その役割はすでに表ブログで成されるものではなく、先生が立ち上げられたMJLnetに引き継がれています。

 ですから、このブログは墓標でもなく、ここから再出発を目指すものでもなく、すでに過ぎ去ったマイルストーンなのだと思います。少なくとも私にとってはそうです。

 そして、私が今後モトケンブログに期待するものはMJLへの新たな仲間の獲得とその成果を広めていただくことです。それが今後へつながることだと思っています。

 

前半部分はカギ括弧でもつけといて下さい(笑)
途中で読むのやめて、釣られそうになりました。

>一部の医師からの書き込みの、行間ににじみ出る、非医療者を突き放したような態度・・・。
>自分が傷ついたことばかりを大声でわめく人のようで、なんだか嫌悪感を感じてしまうんです。

 ご指摘のとおりで、マクロ問題を論じているときも、ミクロ事例で「司法攻撃と医療弁解」で他者誹謗中傷を常態とする極一部の自称医師は、非医師(被医療者)にとって、もはや「唾棄すべき存在」にすぎず、同僚であるべきサイレントマジョリティ医師群の名誉と誇りをズタズタにしている感が強いです。
 部外の某弁護士の出張放火や暴言エントリの数々が、弁護士一般の社会的品位や信頼性を不当に低下させているのと同じです。
 ぶっちゃけ、私のような公私にわたり医療現場を定期的に垣間見る者は少なく、一般の国民は、医師の夜勤やハイリスク医療や低収入などの過酷な勤務条件をほとんど知らず、部外の某弁護士の悪意あるエントリのように「医者は儲け過ぎ」という誤った宣伝を鵜呑みにする危険が大きいです(渉外企業法務の弁護士の方が年俸を時給換算したら(以下略)なのに)。昔から、医師・パイロット・弁護士・自衛官は叩きの好例で、最近はこれに、裁判官・警察検察が並ぶようになってしまいました。
 ただ、こういう閲覧対象を限定しないオープンなブログや掲示板は、自称XXの「荒らしの嵐」が、著名有用なブログなるが故に定期的来襲します。そのときは、やり過ぎと言われても排除する勇気をもって、常連の皆様で「相手にしない黙殺スルー」or「論理破綻や事実誤認曲解を端的に指摘する」で対応し、モトケン先生の負担を軽減するのがいいと思います。

モトケンさん、ご苦労様です

プログ全体のコメント欄を全部読む時間が無いので的外れかもしれませんが、感じたことを書きます。

今回の東京の事例は医療システムの機能不全を示した象徴的なものだと思います。
全体の論調は医師不足が主因ですが、私には解せない点があります。医師、特に産婦人科医が不足していることはよく分かります。

しかしながら2件の事例は、何れも病院から病院への搬送です、特に杏林の場合はかかりつけ医が協力を申し出たと報道されています。つまり医師(産婦人科医)は居たのです。
こういう事例を全て医師不足を主因として考えると医師が増えるまで解決策はないでしょう。それは社会にとって余りにも無策です。

医師不足を前提とした、医師の負担を減らしかつ社会的な安全を確保するシステムをもっと検討するべきです(このプログでも色々と出ていると思いますが・・・)

医師の不満はあって当然でしょうが、医師不足、医師の負担だけを言うことは思考停止につながります。社会がそれを選択したと言うのは、天に唾するようなもので自らが社会の意志決定方法や民主主義を理解していないことを示すだけです。

人は一人では生きられません。気持ちを肌で感じるのは医師だけではありません。敵意は敵意を生みます。

稔りある議論がなされることを期待しています

週末はROMしてようと思ってましたが,そうもいかないようです.

>つまり医師(産婦人科医)は居たのです。

医師は居ました.しかし,
>午前3時ごろ、当直医から呼び出しを受けた院長が診察し「脳の疾患の可能性が高い」と判断。杏林大病院に連絡したが、同病院は「産科医が手術中」などの理由で受け入れを断ったという。

と書かれています.(報道がどこまで正確かは置いといて)居ても「手術中」なら対応できないです.まさか「手術をほったらかしにして急患に対応しろ」とでも言うのでしょうか?この時間の手術はほぼ間違いなく緊急手術ですよ.こちらにトラブルが生じたら叩くの誰でしょうか?

墨東の場合も後期研修医1名です.後から休んでいる常勤医を呼び出して対応したのです.研修医1名で何ができるでしょうか.

「医師はいた」とか「ベッドは空いてた」とか表面的な言葉だけを捉えないで下さい.対応できるマンパワーが無かったということはつまり「対応可能な医師が不足していた」ということです.
そこをよく理解して頂きたい.

>対応できるマンパワーが無かったということはつまり「対応可能な医師が不足していた」ということです.
>そこをよく理解して頂きたい.

 そのコメントの前にトピック本文を熟読されることを希望します。m(_ _)m

  Level3 さんの言いたいことは非常によく分かりますが、もう少し柔らかい表現で相手が受け止めやすいように書き込むことが必要だと思います。おそらく、素人Aさんの発言から、本当に医療現場に関しては素人さんなのでしょう。新聞の文面を見て理解できる範囲で物事を考えている様子が見て取れますが、このブログのように医師に理解を示してくれる人が多い所で発言していることから、うまく説明できれば味方になってくれるかもしれませんよ。

 あのような発言では、理屈はある程度理解できても感情的には納得いかなくなる可能性が高いと思います。違う場面で医師の間違いがあったとき、それ見たことかと思うようになるでしょう。

 せっかくの専門家としての知識は、相手をねじ伏せるのではなく、上手に導いてあげることに使ったほうがより建設的だと思います。

>あのような発言では、理屈はある程度理解できても感情的には納得いかなくなる可能性が高いと思います。

ご忠告ありがとうございました.
疲れが溜まっているようです.同じような繰り返しに対して閾値が低下してしまいました.もう少し我慢してROMに戻ります.
失礼しました...

No.18 素人A さんのコメントの

>しかしながら2件の事例は、何れも病院から病院への搬送です、特に杏林の場合はかかりつけ医が協力を申し出たと報道されています。つまり医師(産婦人科医)は居たのです。

が指す医師(産婦人科医)は、杏林の産科医ではなく、かかりつけ医ですよね。かかりつけ医は産科だけなら対応できるが脳疾患には対応できない。杏林は本来両者に対応できるが、産科医の手が空いていないから対応できない。ならば、杏林の脳外科医+かかりつけの産科医で緊急に対応することはできなかったのか?ということだと思います。

 もちろん、何か事情があってそのような対応が出来なかったのかもしれません。そして今すべきなのは、何故対応しなかったのか?と杏林病院を責めることではなく、どうすれば連携を取って対応できるようになるのか?を考えることでしょう。

 リソースが絶対的に不足している状態でできることは、リソースをできるだけ早く追加すること、そして現在のリソースを最大限に無駄なく活用することしかありません。

 ただ、リソースの追加まで耐え忍ぶ方法を考えるとしても、いつまで我慢すれば楽になるのかという希望の光が見えている必要はあるのでしょうね。光が見えてこそ建設的な考えも生まれるというものです。国に期待されるのはマクロの対策による希望の光だと思います。

横から失礼します。

Level3さんからの流れですが、マンパワーの不足や超過勤務の現状は理解しているつもりです。

また医療崩壊を食い止める為には上記の問題を解決せねばならないとも思います。

しかし、すぐに改善できる問題ではないですよね。医者を一人育てる事は簡単には出来ないでしょうから。

仮にその問題点を何れ克服できると考えて、それまでの期間、今回のような可哀想な出来事が起こる可能性を下げる方法が医療側から見てあるのでしょうか?又、独立した産科専門病院での出産より、総合病院のような場所の方が何かあった場合スムーズに病院内で処理できるなど患者側ができ得るリスクの軽減というのはあるのでしょうか?

もちろん総合病院が無い場合や諸事情で小さい産科医にしか行けない場合もあると思います。そこが信用ならないという話ではない事を断っておきます。時間的ロスを考える上で救急搬送で対処と病院内で対処では雲泥の差があると思うからです。

 もうこのエントリにコメントしなくていいですよ。

 しかし、エントリの趣旨を理解しない人が多いですね(^^;

 何かにかこつけて自分の言いたいことを言いたいということだろうと思いますが、このブログの延命のために、今後トピずれは容赦なく削除するかも知れません。

No.18 素人A さん

 1.こちらでは個別のことは論じるべきでないのかもしれませんが、

「特に杏林の場合はかかりつけ医が協力を申し出たと報道されています。つまり医師(産婦人科医)は居たのです。」(No.18)

この点に着目すべき独自の意義について、具体的に補足して書く必要があると思います。そうしないとLevel3 さんの

「「医師はいた」とか「ベッドは空いてた」とか表面的な言葉だけを捉えないで下さい.対応できるマンパワーが無かったということはつまり「対応可能な医師が不足していた」ということです.そこをよく理解して頂きたい.」(No.19)

とやり取りがかみ合わなくなると思います。

 2.「社会がそれを選択したと言うのは、天に唾するようなもので自らが社会の意志決定方法や民主主義を理解していないことを示すだけです。」(No.18 )

 この点は、わたくしも以前から同じように感じていました。
“皆さんが選んだ”“国民が選んだ”というのは全くその通りだとしても、その中に自らを入れ、そして更に自らどんどん入っていかなければなりません。
 しばしばコメントに出てくる“皆さんが〜”というコメントは、傍観しているようにも見えます。「無責任ではないか?」という強い疑問です。

読解力不足は自分でも認識してますが、削除の件、私の分は今後でなくともいつでも削除してください。

モトケンさん

大変申し訳ありません。
上記コメントを読む前だったので、
No.26を送信してしまいました。
削除に同意します。

 大臣が妄言を語って医師を怒らせています。大臣の言葉は一般人の言葉の代弁だとも思えるのですが、理解不足もはなはだしいです。

 しかし、当ブログのように医療人と、非医療人が冷静に議論できて、多くに人の理解に資するところは今でもあまり多くはありません。医師のブログは医師の立場でぎゃあぎゃあ言うだけだし。そうでない方は医師の非をとことん追究。これでは理解が進みません。
 しかし、ここでは、相互の専門家から見るとあまりに初歩的な質問にも誰か答えてくれますし、相互の理解を多少でも深めるのに役立つので良いと思います。プロ同士、本質的、根源的なところでは理解できない部分は残ると思っていますけど、どこかですりあわせなければ現実社会は成り立ちませんから。
 個人的には多くの法律の運用や条文の解釈に於いてずいぶん勉強になりました。何せ医学部では教えてくれないですから。

P R

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