エントリ

 以下に紹介するのは「説明の義務と説明の必要性」エントリの福田さんのコメントです。
 引用されている一般人さんのコメントはコチラです。

No.65 一般人 さん

>弁護士たちで「社会に対して全く説明する必要が無い」と
決め込むのが一番怖いですね。

そうですね。その結果、弁護人自身が自分の首を絞めることになるだけでなく、一般市民たちの知る機会というものを奪うことになってしまいかねませんし。

 この福田さんの意見に共感する人も多いと思いますが、福田さんや一般人さんやその共感者の皆さんは、弁護人に何を説明することを求めているのでしょう?

 関連する疑問なのですが、弁護人だけに説明を求めるのでしょうか?
 当該事件については、検察官も裁判所も関与しています。

 説明義務の存否の議論を横において、弁護人は説明すべしという方の考えを確認したいと思って論点を絞ったエントリを立ててみました。

 但し、私としては、この質問は光市母子殺害事件限定ではなく、他の刑事事件にも一般化した場合の問題として考えています。
 福田さんもそのような前提で意見を述べていると思われますので。

 なお、説明義務の問題は一旦横におきますが、説明することの当否の問題に及べば、説明義務の存否とその根拠の問題に波及することは当然の話です。

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コメント(512)

私のコメントのためにわざわざ新規エントリまで作成頂きありがとうございました。

弁護人は何を説明すべきなのか?というご質問ですが、これは単純に言えば、一般市民の方々が知りたいことを説明すればよいのだと思います。弁護人が口を閉ざしてしまったら、誰が代わりに説明するのでしょう。別に報道番組の論説委員が説明してもよいでしょうし、ワイドショーのコメンテーターが説明してもよいのですが、説明し尽せるのかは疑問が残るところです。

検察官や裁判官に説明を求めないのか、という点に関して言えば、一般市民は感情的な側面において検察官サイドに位置しているでしょうから、疑問が噴出するとすればやはり弁護人に向けたものが多くなってくるのだと思います。


No.1 福田 さん
>一般市民は感情的な側面において検察官サイドに位置しているでしょうから

一概にそういえるでしょうか?
えん罪と疑われる事件については,感情の面で被告人サイドに位置している場合も少なくないでしょう。たとえば,志布志事件は報道後はほとんどのひとが被告人に同情的であったのではないかと推測しますが,この場合,検察官が会見に応じる必要はないでしょうか?

私は弁護士が弁護方針等を説明すべきとする法的義務はないという立場です。
とはいえ,一般人さまたちが,弁護士に対して説明をそれでも求めのは全く理由がないとは思いません。
企業が社会的責任を負っているというのと同じような意味合いで,公共的責務を果たすべき立場の者に説明を求めたいのでしょう。
問題なのは,何を一般社会が知りたいのかという外延が明らかではないこと。
社会が知りたいことをというのでは,同語反復です。

同じ理屈で行くなら,検察・裁判所にも説明を求めるということになるのでしょうかね。
検察は,重大事件では次席検事等が広報をして,一定の説明をしますね。これで説明責任を果たしたといえるかはいろんな方の意見を待ちたいと思います。

裁判所は,その公平性にかんがみ,公判中も公判後も取り立てて説明をしない。説明は判決の形で行う。これで説明責任を果たしているといえるかも他の方の意見を待ちたいと思います。

あと,刑事裁判からは外れますが,
民事事件の被告等が
「係争中なのでコメントしません。」
とのみ報道機関にコメントすることがありますが,これについても説明責任を果たしていないということになるのでしょうかね。

No.2 FB さん

もちろん検察サイドに疑問が生じた場合は一般市民は存分に疑問を投げつればよいでしょうし、検察サイドとしてはメリットがあると感じれば説明を行った方がよいとは思います。

No.3 Sou さん

>問題なのは,何を一般社会が知りたいのかという外延が明らかではないこと。
>社会が知りたいことをというのでは,同語反復です。

案件によって一般市民が知りたいと思うことは異なるでしょうからは一般化はできないでしょう。ただ言えることは感情のフックを操作されると疑問は噴出しやすいでしょうから、その辺りの予測はある程度できそうな気もしますが。

「説明しろ」と言っている人たちが刑事弁護人に「本当に説明して欲しいこと」は、どちらかというと「答えるのが可能なこと」ではなく、「答えようがないこと」ではないかと思います。
たとえば、「もしもあんたが本村さんの立場でも、被告人が死刑にならずに納得できるのか?」とかではないでしょうか?

私も説明義務はないという考えです。

ちょっとエントリの主旨とはずれるかもしれませんが・・・。日本人の持つ心情である、判官びいきってやつが遠因でしょうか。「被害者の気持ちになれば」とか、志布志事件の被告人の気持ちを推察するとか・・・。説明を求めたいと考える方たちは、被害者や弱者(志布志事件の場合の被告人)の立場になって考え、その気持ちを納得させるために説明を求める。つまり説明を求める対象は被害者や弱者の対極にいる人間、光市事件では弁護人、志布志事件では検察官。。。うーん、ちょっとレスするには稚拙な意見かな^^;

私は弁護士じゃないから、どこまで説明すれば
被告の不利益になって、どれほどのダメージになるか
想定しにくいですが、
現弁護団の説明はとりあえず、一般市民を
安心させる上で有効だったでしょう。
モトケンさんにすれば刑事弁護を理解できてない
とんでもない21人になってしまうようですが、
私は別にこれで良かったんじゃないかなという
結論ですね。
社会的な誤解や偏見もかなり解けてきましたし、
刑事裁判や弁護人に対する不信感もかなり払拭されたように
思いますね。
あとは被告の不利益に対する危惧ですが・・・
うーん具体的にイメージできないですね。
てか目に見えるリスクなら最初から弁護団も
説明してないはずなので。
あれば専門家として教えてください。
逆にもし説明してなかったら
「裁判欠席って何考えてんの?」
「この7年間裁判は何だったの?意味不明。」
「どうして前任の弁護士を非難しないの?
 どっちが正しいの?」
という世間的には滅茶苦茶で理解不能な
裁判を見せられて、社会的不安、誤解、不信、不条理が
蔓延して、司法制度に対する混乱が生じてしまう。
やはり弁護士も社会を構成する一員であり、
問題を解決できる手段を有してるわけですから、
時にはその手段を行使する選択肢を
制限する必要は無いと思いますね。
検察や裁判官はまず社会的説明を求められる事が無いので
説明する必要は無いし、もし重大事を巻き起こして
説明する立場に追い込まれたら、説明できる範囲で
答えれば良いんじゃないでしょうか?
さすがに裁判官は無理でしょうが。
あと説明というのは世間に対する配慮の
一環だという事です。
例えば橋下さんが言ってるように裁判を欠席するなら
本村さんに一言謝罪するなりの配慮が必要なわけで、
結局そういう部分をひっくるめて弁護士も
考えていく必要があるんじゃないでしょうか。
被告の利益を追求すると同時に
人として世間や被害者に対する配慮も必要だという事です。

>検察サイドとしてはメリットがあると感じれば説明を行った方がよいとは思います。

公訴側は法廷での立証責任がありますよね?
検事が法廷外で(当然その主張が正当であるという主旨の)説明をすることが許されるでしょうか?

別エントリ(司法と世間常識のずれ)の話題になるかも知れませんが、刑事裁判制度の成立には私刑や自力救済を回避するという「目的」が含まれていると考えるのですが、法廷が世間と距離を置かなければ制度目的が根底から覆るように思います。

No.6 けん さん

>> たとえば、「もしもあんたが本村さんの立場でも、被告人が死刑にならずに納得できるのか?」とかではないでしょうか?

たとえばと言うより、この点くらいしかないような(笑)。

法律家ではないわれわれ一般庶民と同じ感覚で物言われてるとするとそれはそれで、逆に怖い。橋本弁護士の主張は、「弁護やめろ」といってるのと同意に思えます。

No.6 けん さん

>> たとえば、「もしもあんたが本村さんの立場でも、被告人が死刑にならずに納得できるのか?」とかではないでしょうか?

たとえばと言うより、この点くらいしかないような(笑)。

>No.8 一般人様

>社会的な誤解や偏見もかなり解けてきましたし、
刑事裁判や弁護人に対する不信感もかなり払拭されたように
思いますね。

これは楽観的すぎると思います。
橋下弁護士が、弁護士という肩書きを持ったまま批判したことで、刑事裁判や弁護人に対する不信感が植え付けられた人達がいます。
そのような人達が皆、今枝弁護士のブログやモトケン様のブログを探して読んでいる訳ではありませんので、不信を持ったままです。不信というより、悪人として断定されている状態です。
橋下弁護士がテレビで説明義務違反を発信し続けており、弁護団からの告訴も逃げ切ってしまえれば、誤解が解ける機会も早々ないかもしれませんね。

つぶやきコメントですが。

http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1189578348
ちょっと文脈が違いますが、専門家が自分の常識と違うことをやってるとき、何かそこに理由があるのだろうと考える想像力が欠けているような気がします。

常識と違うことをするのはただ単に世間知らずなだけだと、短絡するのが困りものですね。病院に行って「みのさんの言うことと違うからあそこは藪だ」というのは笑い話だと思ってましたが…

No.15の「橋下弁護士が、弁護士という肩書きを持ったまま批判したことで」というのは、「懲戒請求を呼びかけたこと」です。加えて、今も説明義務違反という懲戒事由があると主張し続けていらっしゃることです。

橋下弁護士の言動により、一般人の一部には法曹会全体と弁護団への不信(悪と断定)が植えつけられていると思います。
いま説明責任をお持ちなのは、橋下弁護士の方ではないでしょうか。

>No.17 と様

>専門家が自分の常識と違うことをやってるとき、何かそこに理由があるのだろうと考える想像力が欠けているような気がします。

そうですね。
ただ、今回は専門家の1人が、「ぶっちゃけ」的な感じで「専門家(同業者)が常識と違うことをやっている」と批判してしまっています。

あれ?何でコメント消したの?

(モトケン
 このエントリの議論に不要かつ邪魔なやりとりだから非公開処理しました。
 これ以上続けると、完全削除します。)
 

基本的には説明する必要は無いと思いますが
「マスコミは自分たちの主張を報道してくれない」とか言って愚痴ってるくらいなら自分たちで説明をはじめる必要があると思います。

というか、中立的な立場で解説説明すべきなのはマスコミじゃないのかな?
今は「報道」「情報」番組もバラエティーに属するみたいだから中立じゃないのだろうけど。

 説明する必要の有無でなく、その効果の有無を考えるべきかと思います。

 少なくとも、被害者にとってはそんな説明は受け入れがたいでしょう。

 だから、説明は無力なのではないでしょうか。

もう少し私の考えを突き詰めていくと,
・国民の一定数が,社会的な影響が大きい具体的事件の弁護人に対して,説明を求めたくなる事態があるのは理解できる。
・報道機関は,国民の知る権利に資するため,報道性のある刑事事件の真相を解明し,報道しようと考えていることは理解できる。
・上記国民の一定数および報道機関が,上記のような理由で弁護人に,自己が疑問と思うことの説明を求めようとするのは理解できる。
・弁護士の公共的使命を全うするために,一定の説明を求められたときにそれに応答する必要があると考える人がいるのは理解できる。
・しかし,どの範囲で説明責任を負うのかというのは,やはり明確な外延が示されているとは思えない。

他方,刑事弁護人の立場からみたときには,
・刑事弁護人の職責・倫理・依頼人ないし被告人との関係において,絶対に第三者に話してはいけないことがらが存在する(墓場までもっていないといけない。)。
・説明内容,説明方法によっては,刑事弁護全体,被告人の地位その他を危うくすることがある
などの問題点があり,誠実に社会に対して説明しようとすればするほどジレンマを抱え込むことになる。
すなわち,刑事弁護・刑事裁判の基本的精神について全国民が共通認識を持っていない現状において,一部のみ説明をしないということの危険性は極めて大きい。
#説明しないということはやましいことがあるのではないか? と思われかねない。

と考えています。

>No.20 Sou様

なるほどです…。

具体的事件の刑事方針を説明しようとしても、一部しか話せない事が多い。
一部しか離せないならば、国民の不信を招く事もあるかもしれない。

しかし、始めから一貫して説明を拒否しても、マスコミが偏向報道をすれば、不信を招くかもしれない。

いずれにしても、刑事弁護・刑事裁判の基本的精神について国民が一定の共通認識を持っていない限り、不信は避けられないという事でしょうかね?

モトケンさんの考えを忖度すると,
・一般国民の側が法的なものの考え方を十分に理解すれば,どんな(偏見的)報道に接しても,「報道が本当だったらおぞましい。死刑が当然だ。しかし,これが本当かどうかは,われわれの代表者である裁判員と職業的プロの裁判官が責任を持って決めることだ。それまでは,そういう留保をもって行動しよう。」となるはずだ。
・そういう状態なら刑事弁護人が社会に対して情報発信する必要すら消失する。
・具体的事件における説明に種々の問題がある以上,具体的事件における説明よりも,遠回りだろうが法教育に重点を置くべきである。

ということになりましょうかね。

不信を避けるもう一つの方法として、「マスコミが公平な報道をすること」がありましたね。

すでに皆様が挙げた問題点どおりでしたね…↓すみません。
・全国民が「刑事弁護・刑事裁判の基本的精神について国民が一定の共通認識」を持っていないこと。
・マスコミの偏向報道

>No.19 Sou様
>No.20 mash様

>いずれにしても、刑事弁護・刑事裁判の基本的精神について国民が一定の共通認識を持っていない限り、不信は避けられないという事でしょうかね?
なるほど。この一定の共通認識がすちゅわーです様がおっしゃられている最低限憲法の知識を持つということでしょうか。すくなくともこの認識がないと議論にならないことは明白になりましたし。国民全員憲法を勉強しないといけないとは思ってなかったのですが、こういった問題に批判、議論をしようとするならば、勉強しないといけないですね。

No.21を拝見する前にNo.22を投稿してしまいました…。

「法教育に重点を置くべきである」という点には全く同意です。

モトケンさんにとって都合の悪いコメントは削除する方針なのでしょうか?

そうでないならば、理由をお願いします。

(管理人 このエントリの議論にとって、議論を混乱させるおそれのあるコメントだったので削除しました。10/7)

>TAKU様

今の所、【基本的に具体的事件の弁護方針】については、弁護人は説明すべきではないという意見についてはほぼ全員同意だと思います。(おそらく「一般人」様も。)
ただし、一般人様は部分的に説明の必要性を述べています。
(裁判欠席が弁護方針の一部であるとしたら、欠席については、世間や被害者に対する配慮のために部分的に説明する必要があるのではないかと問題提起されてます。)


一方、【刑事弁護・刑事裁判の基本的精神等】については、弁護人や橋下弁護士が説明すべきというより、法教育により、説明(教育)すべきという話の流れです。

(もちろん、弁護人や橋下弁護士が説明してもよいのですが。
橋下弁護士が懲戒事由はないと内心では考えておられたのならば、ご自身が植えつけてしまった弁護士会への不信を解消する為に、是非【刑事弁護・刑事裁判の基本的精神等】についてご説明して頂きたいものです。個人的には、そのようにされたら、少し見直します。)

光市事件に限って言えば、

「裁判欠席って何考えてんの?」
「この7年間裁判は何だったの?意味不明。」
「どうして前任の弁護士を非難しないの? どっちが正しいの?」

このあたりが国民が知りたいことのベースになるかと思います。
この3つは情報リテラシーがある程度ある人なら理由をつかんでいるわけで、そういう人がまだ理由をつかんでいない人(=情報リテラシーが低い人)に説明していく、という情報伝播が行われるのが一番理想だと思います。
(すべての人が一次情報源すなわち被告人弁護士が直接発信する情報で理解する必要はない)

「説明して欲しいこと」は事件により違うので内容の一般化はできないでしょうが、ここでの議論を見ていると「一般常識と乖離している部分」になるでしょうか。乖離が大きければ大きいほど外野の関心は高くなるでしょう。

ある程度大きな事件では検察側も弁護側も記者会見を開きます。記者会見では必ず質問する機会があります。知りたいことはここで質問すべきでしょう。
記者会見で質問できるのはマスコミの記者であり、マスコミは国民が知りたい疑問を国民から吸い上げる必要があると考えます。
どういう部分が一般常識から乖離しているかは法曹内部からでは分かりにくい(または自覚がない)こともあるでしょうから、何を説明して欲しいかというのは外野が用意すべきです。そのためにマスコミが存在するのではないかと。

マスコミやここに来るような一般人は、今枝弁護士がブログにおいて氏の立場上可能な限り最大限の情報公開をしている現実を無視して、いまだに説明責任を唱えます。

他のエントリのやり取りであったのですが、
「弁護団は説明責任を果たせ」と言うおなじみの主張を述べる人に対して、私は
「じゃぁ今枝弁護士のブログは読みましたか?あのブログに書いてある情報以外に後何を説明すればよいのですか?」
と聞いたところ、今枝弁護士の対応には不満はないと言う。

つまり、「説明責任を果たせ]と言う主張は実際に説明を求めているわけではありません。

「説明責任を果たせ」と言う「世間」において常用されている言葉を使って弁護団を攻撃しているに過ぎません。
「弁護団は裁判を利用して死刑廃止運動をしている」と言う主張とまったく同じです。

いわゆる言霊ですね。
「説明責任を果たせ」「弁護団は死刑反対運動をしてる」と言うのは弁護団を批判するために使うおまじない、呪文のようなものです。

社会に対して個別の裁判の内容を説明をすることの是非は争いませんが、「説明責任を果たせ」を字義通りに捕らえて、
いかにしてこの要求に答えるかを論じても得るものはないと思います。

pon さん

間違っていたら申し訳ないが、今枝弁護士は「説明責任の批判」を受けてから、説明し始めたのでは?

そもそも、「説明責任の批判」は閉鎖的な弁護士会に対しての批判であり、今枝弁護士のスタンドプレー的な説明をもって説明責任が十分に果たされてるとは言いえないでしょう。

TAKU様

>間違っていたら申し訳ないが、今枝弁護士は「説明責任の批判」を受けてから、説明し始めたのでは?

時系列で言えばその通りですね。

>そもそも、「説明責任の批判」は閉鎖的な弁護士会に対しての批判であり、

そうですね。
「説明責任を求める」のはあくまでも批判であって要求ではないわけです。

>説明責任が十分に果たされてるとは言いえないでしょう。

「説明責任を果たせ」

説明をする

「説明責任が十分に果たされていない」

よくある光景ですね。

> No.27 bg さんのコメント

> 光市事件に限って言えば、
>
> 「裁判欠席って何考えてんの?」
> 「この7年間裁判は何だったの?意味不明。」
> 「どうして前任の弁護士を非難しないの? どっちが正しいの?」
>
>
> このあたりが国民が知りたいことのベースになるかと思います。

言葉自体は疑問形ですが、
これは、「知りたい」話ではなく、
「オレは怒ってんだ釈明しろ!」ではないでしょうか。。。

りょ様
>「オレは怒ってんだ釈明しろ!」ではないでしょうか。。。


で、釈明すると「くだらない言い訳をするな!」と続くわけですね。
これもよくある光景。

>閉鎖的な弁護士会

「世間一般への説明」みたいな、制度上必要とされていないことをやっていないことを持ちだして「閉鎖的」とか言ってるんじゃない?
警察や検察も捜査資料を公開してないけど、それも「閉鎖的」なの?公開しないといけないの?

中途半端にに説明する
    ↓    
誤解をまねく
    ↓
説明しない
    ↓
説明責任を果たせと批判される
    ↓
閉鎖的な弁護士会と言われてしまう。

へ?
弁護人(弁護士会?)の「説明責任」なんて、単なる言いがかりでしょ?
議論することですか?
公務員の、国民に対する説明責任てならわかるけど。

「オレは怒ってんだ釈明しろ!」
「くだらない言い訳をするな!」
「閉鎖的だ!」
「オメーラは間違っている!」
「社会のショーシキって言うのはなぁっ!」
「分っとんのかぁ〜?」

これって、苦情処理係のカウンターで大声で怒鳴っている
「典型的クレーマー」の台詞そのものじゃありませんか?

No.19 Sou さん

>しかし,どの範囲で説明責任を負うのかというのは,やはり明確な外延が示されているとは思えない。

ちょっと誤解なさっているように思うのですが、説明する責任を負う、というよりは、説明を行った方がメリットあるよ、というだけの話なのです。一般市民でも分かるように説明を行えば、無駄なバッシングや憶測・誤解等を回避し易くなるのでは?ということですね。これは弁護士という職業に限った話ではないでしょうけど。

>No.39 福田 さん

>説明を行った方がメリットあるよ

あるかなー・・・

たとえば企業の不祥事だったら、速やかに真摯な説明をするほうが
良い場合が多そうですね。
でもなー、刑事弁護は一般国民がお客様じゃないからなー・・・
「おかしな弁護をしているように見えるかもしれませんが、
こういう理由なのです。あなたが刑事被告人になった場合でも、
安心してご用命くださいませ。」という説明なら、有りか。(ないない!)
説明責任ないし説明メリットがあるのは、
むしろ、国民から金とってる、公務員のほうだと思いますけれどね。

No.38 法務業の末席 さん

「説明の必要性」ってのも、「クレーム対策」の一環ってことで(笑)

私は以前はもっと弁護団は世間に向けて発信すべき、と思っていたのですがこの事件以降はあまりいらない、それどころか禁止してもいいんじゃないのか?とまで思ってしまいました。
(禁止できない、ってのは判っています)

以前のモトケン様のエントリでもでていますが

光市母子殺害事件差戻審はじまる
http://www.yabelab.net/blog/tyoukai/2007/05/25-170456.php

> 今朝、出張先の旅館のテレビで弁護団の記者会見の内容を見ました。
> その感想を本音で言うと放送禁止用語を連発しそうな感じでした。


光市母子殺害事件(被告・弁護側の迷走)
http://www.yabelab.net/blog/2006/06/23-012139.php

> 「関係者の話で分かった。」とのことですが、この関係者というのは誰のことでしょう。
>
>  このニュースは、最高裁の差戻判決前の時点で報道されていますが、
> そのような時点でこのような情報をマスコミにリークして報道させるというのは
> 誰のどのような意図からだったのでしょう。

こんな発信するくらいならいりません。

司法の場では世間常識とずれるのと同様、世間一般で司法の常識を振りかざせば叩かれるのはあたり前だと思います。

本来ならいろいろ発信すべきでしょうが今のレベルでは裁判後に留めた方が無難だと思います。

No.40 たぬきのポン太郎 さん

>あるかなー・・・

それは個々の弁護人が時流を見極めながら判断すればよいのだとは思いますが、憶測や誤解に満ち溢れたバッシングや大量の懲戒請求に遭っても「おれは気にしない!」と堂々としていられるのであれば別に一切説明しない、という選択を行ってもよいと思います。

No.28 pon さん

>マスコミやここに来るような一般人は、今枝弁護士がブログにおいて氏の立場上可能な限り最大限の情報公開をしている現実を無視して、いまだに説明責任を唱えます。

今枝弁護士がブログを開始したのが先月、弁護団が「Q&A(弁護団への疑問に答える)」を配布したのは8月末(確か)、しかし2006年3月の上告審欠席の時点で既に弁護団に対する疑念は生じていたわけですし、それから1年半近くも放置していたのだから憶測や誤解で溢れていたとしても無理はないでしょう。このような事態は十分に説明を行ってきたとは言い難いような気がします。

>No.44 福田 さん

>しかし2006年3月の上告審欠席の時点で既に弁護団に対する疑念は生じていたわけですし、それから1年半近くも放置していたのだから憶測や誤解で溢れていたとしても無理はないでしょう。このような事態は十分に説明を行ってきたとは言い難いような気がします。

なんか、「説明責任があった」とおっしゃってるように思えるんですが、誤解です?

No.38 法務業の末席様
>これって、苦情処理係のカウンターで大声で怒鳴っている「典型的クレーマー」の台詞そのものじゃありませんか?
ほんとですね(笑)
ただクレーマーとの大きな違いは、ほとんどのクレーマーは、クレームを受ける側との間になんらかの利害関係がありますよね。顧客と販売店であったり・・・。
しかし刑事弁護人と今説明責任と言っている一般大衆との間になんの利害関係があるのでしょうか?
No.40 たぬきのポン太郎様の
>「おかしな弁護をしているように見えるかもしれませんが、こういう理由なのです。あなたが刑事被告人になった場合でも、安心してご用命くださいませ。」
(仕事中にも関わらず笑ってしまいました^^;)これがあるならわからないでもないですが。(ナイナイ!)

No.45 たぬきのポン太郎 さん

>なんか、「説明責任があった」とおっしゃってるように思えるんですが、誤解です?

責任があったかどうかについては賛否があるでしょうが、現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は弁護団の説明不測に起因すると思います。

>No.47 福田 さん

>現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は弁護団の説明不測に起因すると思います。

現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は、
弁護団の説明不足に責任がある、ということですか?

No.48 たぬきのポン太郎さん

>現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は、
>弁護団の説明不足に責任がある、ということですか?

言葉を摩り替えないでください。「責任」ではなく「原因」があると言っています。

>No.49 福田 さん

わかりました。では、原因はあるが責任は無いと?

No.50 たぬきのポン太郎 さん

>わかりました。では、原因はあるが責任は無いと?

「原因がある」というのは否定できない事実であると思いますが、責任があったかどうかについては賛否があるでしょう。私の基本的立場は「弁護人には法的説明責任はなくとも道義的説明責任はある」派なので、もちろん責任はあったと思っていますが、当エントリ上ではその点を主張はしておりませんのでご理解ください。

>No.51 福田 さん

現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は、
弁護団の説明不足に責任がある、ということですか?

No.46 Lega さんへ

> しかし刑事弁護人と今説明責任と言っている一般大衆との間になんの利害関係があるのでしょうか?

顧客  : 一般人 = 「将来的に被告人と関わり合う人」
     (もしくは、被告人になる可能性がある人)
販売店 : 刑事弁護人(及び、弁護士会全体)
商品  : 被告人の利益、「社会正義」

 つまり、母子殺害事件の被告が死刑にならないことを、社会正義に反すると感じる人が、弁護団にクレームをつけている図式。

他の同じようなエントリーでもありましたが。

>NO8一般人さま
> 嶌枷酬臉覆辰堂森佑┐討鵑痢」
>◆屬海裡掲間裁判は何だったの?意味不明」
>「どうして前任の弁護士を非難しないの?どっちが正しいの?」

私のように畑違いの素人には、このような疑問にはかなり共感できる感覚です。
ただし、↓については裁判をより正義に近づける結果として、納得できるのですが、,砲弔い討榔超犯を歩んできた私としては、(オーバーに言い過ぎかもしれませんが、)法曹界との乖離を感じる部分でもあります。
前にも、私の妻の民事裁判で担当私選弁護人が裁判所の指定時刻に少々遅刻してきた旨、モトケン先生へコメントしたところ、「そのような類の人(弁護士)は、わりといるかもしれない」くらいの少々軽い感じ(私が受け止めた感覚ですのでモトケン先生誤解があったらすいません)の返事でしたので、変な言い方ですが「ああ弁護士の様な方々にとって、出欠席や勤務状況のようなものは、あまり気にならないんだな」という感じをうけました。ただ道徳上といいますか、こんな稚拙で些細な部分のことでも、私としてはあの光市事件の弁護団に対しては,里茲Δ覆海箸鬚靴新覯漫¬い整い先入観を抱き続けています。
ここで疑問なのですが、あの時ちゃんとだれか一人でも出廷して、「これこれ、こういう理由で、被告人弁護人が全員揃わないので、裁判を延期してください」くらいのことは頼めないのでしょうか?
長々と恐縮ですが、橋下弁護士こそ、説明責任が多少あると思っております。
ただ、今となっては断片的にしか覚えておりませんが、たしか「たかじんのーー」の番組では、ご本人自身が「懲戒請求」していない旨を仰っていたため、「なんで自分がしていないものを、他に向かって煽るようなことを言っているのかな」という具合に私は聞いておりましたし、ちょっと冷静に考えれば、私と同じように感じた方も多かったのではないでしょうか。

No.52 たぬきのポン太郎 さん

>現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は、
>弁護団の説明不足に責任がある、ということですか?

「説明不足に責任がある」という表現は日本語として妥当なのか疑問ですが、公益性を有する弁護活動を執り行う弁護人は社会に対して十分な説明責任を有していると考えています。


>No.43 福田さま

>「おれは気にしない!」と堂々としていられるのであれば別に一切説明しない、という選択を行ってもよいと思います。

この部分、同意です。


以下は今枝様へ

当初20人余りの弁護団で最もバッシングを受けていたのは安田弁護士ですが、氏は無知・無理解・誤解に基づくバッシングの嵐の中、表だって大々的に反論することなく法廷での弁護活動に専念されています。過去何十年と非難・中傷が渦巻く中を首尾一貫「死刑廃止」を唱えてこられた氏にとって、今回の騒動など「おれは気にしない!」と平然と構えられるように心胆が鍛えられている。かように想像しています。

それに引き換え、ここ1ヵ月余りの今枝弁護士の「説明努力」を見ていると、非難・中傷の一つ一つに心を痛め、神経質に対応しすぎるように感じます。自分は正しいことをしている、アレコレ言ってくる方が間違っている、と自分の理性としては分っているつもりでも、心ない中傷の言葉に接すると今枝氏の感情が反射的に反論をしてしまう。アッ、しまった、無視すれば良かった、と思ったときには反論が反論を呼びさらに攻撃される悪循環の繰り返し。

今枝弁護士には誠に失礼とは存じますが、安田弁護士と比較すると若い分、心のゆとりというか、肝っ玉の太さが足りないように感じます。

「自分は弁護士として正道を歩んでいる」
「今回の刑事弁護について非難されるような弁護活動は一切無い」
と自信がおありならば
「おれは気にしない!」
と堂々として一切説明・反論をしない、という選択が良いと思います。

今枝様は1970年生まれとのことですが、貴方様より20年近く前に生まれた者の人生アドバイスとしてお受け取りください。
お読みになられ、お気を悪くされましたらお詫び致します。

>No.55 福田 さん

いえ。そんな一般論をおうかがいしているのではなく。
現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は、
弁護団の説明不足に責任がある、ということですか?

まぁしかし
今枝さんの情報発信をいち早く取り上げたモトケンさんが
弁護士は情報発信するな!と言ってるわけですから
何が何だかよく分からない状態ですし、
ここで「弁護士の説明は一切必要無い」
と言ってる人たちも、弁護団の提出した情報を
前提にしてたりで、もうぐちゃぐちゃな議論が
展開されてるわけで、
まずは主張の倫理的整理を行ってください。

しかし法的義務は無いとか利害関係が無いとか
どうしてそういう発想になるんですかね。
そりゃ相撲協会だって記者会見を開く法的義務なんて
無いけど相撲業界の信用にかけて説明してるわけですよ。
弁護士が説明する必要は無いという論法は
例えば
「裁判の欠席した理由なんてお前らに説明する必要は無い!」
というパターンも許容するわけで、
そしたら社会的に弁護士業界の信用を失っていくわけです。
それを解消するには、やはり本人が釈明するほか無いわけです。
何度も言うように被告の利益の追求以外にも
人として弁護士として考慮すべき点は多々ありますよ。
「説明する必要は無い!」
「世間や被害者に配慮なんて要らない!」
と後ろ向きにならずにもっと柔軟に対処してください。

No.46 Lega さん

>> しかし刑事弁護人と今説明責任と言っている一般大衆との間になんの利害関係があるのでしょうか?

「代弁」すると・・・

「何だと? 俺たちが間違ってる? 何が事実誤認だ。 人殺しの弁護やってて、何様だと思ってるんだ! おまけに俺は“荒唐無稽”な弁護するテメエらの懲戒請求を郵送してしまったんだぞ! 是が非でも死刑にしろ! でなきゃ郵便料金返せ!」

と言うような「無理解・意味不明」な「利害関係(自分勝手?)」が存在しているような気が・・・。

>No.58 一般人 様

>ここで「弁護士の説明は一切必要無い」と言ってる人たちも

素朴な疑問なのですが、「一切必要無い」と仰っている人とは、どちらの書き込みのことでしょうか?

mash さん
何度も指摘しても特に反論が無かったので
そう思っただけで、
別に違うなら違うで構わないんですが、

つまり被告の利益と重ならない部分において
説明は必要という認識でいいですか?
私と微妙にズレますが、かなり近い考えに
なると思うんですが。

No.57 たぬきのポン太郎 さん

>いえ。そんな一般論をおうかがいしているのではなく。
>現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は、
>弁護団の説明不足に責任がある、ということですか?

人が自分の行動に責任を持つ、ということは大人の社会ではごく常識的な話ですから、本件で言えば弁護団が「説明をしない」という選択を行ったことは弁護団の責任による行動に他ならないわけですが、そんなことは当たり前の話であって、回答としては一般論にならざるを得ないのではないでしょうか。

>No.62 福田 さん

早く端的に答えてください。Yes or Noでいいんです。

現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は、
弁護団の説明不足に責任がある、ということですか?


No.56 法務業の末席 さん

>「おれは気にしない!」
>と堂々として一切説明・反論をしない、という選択が良いと思います。

そういう選択をする弁護士がいてもよいとは思いますが、それを全ての弁護士に求めるのは酷かなという気がします。

No.63 たぬきのポン太郎 さん

>早く端的に答えてください。Yes or Noでいいんです。

>現状のような憶測や誤解に満ちたバッシングの数々は、
>弁護団の説明不足に責任がある、ということですか?

すいません、そのような問いがおかしい、と何度も申し上げているのですが・・・。

>No.61 一般人様

>つまり被告の利益と重ならない部分において説明は必要という認識でいいですか?

一般人様が“橋下発言肯定派”であるとお見受けしており、それまでの書き込みからも「弁護団は懲戒処分相当」だとお考えになられている可能性があり、迂闊に発言が出来なかったのでした。
でも、先般、懲戒事由はないと仰っていましたので、改めて。

個人的には、「被告人の不利益と重ならない」と必ず言えるのであれば、説明してもいいのではないかと思います。ただし、必ずしも不利益と重ならないとは言えないと思いますので、職業倫理上の義務になることはないでしょうし、説明をしなかったとしても、咎めるべき事でもないだろうと考えています。

被告人の主張の変遷については、私も弁護団の影響が全くなかったとは思っていません。弁護方針を最終的に決定するのは被告人だというのは承知していますが。

死刑廃止論の一貫として弁護しているという批判の件についても、弁護団の中にはそのような動機の人もいるのではないかという疑いが消えた訳でもありません。
しかしそのような証拠はありませんし、また、動機がいかなるものであれ、弁護人の職務を越えた行いをしていないのであれば、懲戒処分に相当するようなものではないと思っています。

>No.65 福田 さん

わかりませんか? 少し言いかえましょうか。

憶測や誤解に満ちた、光市弁護団へのバッシングが数々あるが、
それらは、弁護団の説明不足に責任がある。ということですか?

たとえば、クラスでA子ちゃんがいろいろ悪口言われてるけれど、
A子ちゃんがみんなに嫌なことをするんだから仕方ない、
A子ちゃんに責任がある。という感じです。

また、トピずれですが・・・^^;

>No.54 O さん

最高裁の弁論を欠席した経緯は、下記の記事が詳しいかと思います。安田弁護士の講演なので、安田弁護士視線ではあると思いますが。

勝田清孝と来栖宥子の世界
コラム
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/colum-menu.htm

の中の

最高裁判決と弁護人バッシング報道〔弁護士安田好弘〕
〔1〕と〔5〕

ほんとの話なら、ちょっと怖いなぁと思いながら読みました。

No.53 (仮)様
No.59 47様

ありがとうございます。なるほどなるほど。利害関係があると思っている(というより思いこんでいる?)人たちということになるのでしょうか。はたまた善意で世の中をよくしようと思っている人たち。なんかエントリとは関係ないことになってしまいますし自分でもまとまっていませんので、このへんにしておきます。

No.67 たぬきのポン太郎 さん

繰り返しになりますが、私は公益性を有する弁護活動を執り行う弁護人は社会に対して十分な説明責任を有している、と申し上げているのであって、「説明しなかった責任」というのは一般的な「大人の責任」に他ならない、と申し上げているのです(もちろん悪口言う側にも言った責任があるのと同様)。もちろん何ら法的な責任はありません。

言うまでもないでしょうが、No.66 mashの発言は法律の素人(私)の発言です。念のために…。

>No.70 福田 さん

ちょっと質問をかえますが、弥生さん・赤ちゃんが死に至ったのも、
弥生さんが犯人にドアを開けたからで、その責任の一端は弥生さんにある、
ということですか?

No.58 一般人 さん
>そりゃ相撲協会だって記者会見を開く法的義務なんて
>無いけど相撲業界の信用にかけて説明してるわけですよ。

CSR理論のアナロジーでもって弁護士に説明せよ…というのは一定の説得力を持つと思いますが,まさに相撲協会には記者会見を開く義務はありません。それでも記者会見を開くのは,記者会見を開いて説明しないと相撲協会の信用が失われ観客が減るということにもとづく相撲協会の利益を考慮しているからに他なりません。

では,弁護士はどうかというと,社会に対して当該刑事裁判の説明をすることが,得になるか損になるか…といえば,弁護士全体にとっては得になるのでしょうが,それ以前に,被告人の利益を擁護しなければならないという任務がありますから,それと合致しなければ説明する必要はないでしょう。それはあたかも個人情報保護が要請される事項について記者会見では答えないのと同じことです。

私自身も社会が情報と問題意識を共有するために,積極的に情報を公開していくことは,企業にとっても,刑事裁判にとっても有益なことであり,公開する側にとっても有益となることが多いとは思いますが,情報を開示し,説明をする法的義務はないわけですから,それは当の企業・弁護士に委ねられていることにすぎません。また,優先される利益ないし任務がある場合にそのような情報公開・説明を拒否できるというのは当然のことでしょう。

No.72 たぬきのポン太郎 さん

何をおっしゃりたいのかよく分かりませんが、原因究明と責任追及とを混同なさっていませんか?私が申し上げているのは、憶測や誤解に満ちたバッシングは弁護団の説明不足に起因するから、憶測や誤解に満ちたバッシングを回避したければ根気よくメディアや一般市民に向けて説明を行った方がよい、ということであって、説明を怠ったことに対して責任追及せよ、などとは一言も申しおりませんので悪しからず。そのこととは別に、過去の自分のあらゆる行動には責任が生じる、というのは常識的なお話。

No.72 たぬきのポン太郎 さんへ

ちょっと例えで出す名前でしょうか?酷くないですかね。

そんな考えの人って日本にいるんですか?鬼畜ならするかもしれませんがね。

No.73 FB さん

>> 被告人の利益を擁護しなければならないという任務がありますから,

それが第一ですね。

今回の「騒動」を外から見て流人減から言わせてもらえば、むしろ弁護士「会」あるいは弁護士の「業界全体」への「信用不信」とやらが問題になったのは、光市弁護団のためではなく、橋下センセイの「ご功績」が大であったと考えております。

橋下センセイこそ、「公共の電波」に乗せて「弁護団に世間に対しての責任がある」などという個人的感情に任せた「ご自身独特の極めて特殊ともいえる法の解釈」を「流布」させたことは、橋下センセイご自身に説明すべき「責任」が「社会的(=公共の電波)」な意味で出てきてると思います。

何しろ「弁護士」という社会的「信用」が高い「肩書き」を持って「公共の電波」で発言しましたからねー。

「あ、弁護士センセイでも、やっぱそう思うんや」って市井の人間どもが受け取るインパクトは想像に難くないでしょう。橋下センセイが「公共の電波」で言わない限り、こんな請求数にならんかったのは事実でしょうに。

むしろ「弁護士の仕事とは本来どんなものなのか」と「公共」の場でもう一度「基本的なことを説明し、失われた信用を取り戻す責任」は、橋下センセイにあると考えてよいと思います。

やはり、光市弁護団に「責任」を求めても「筋違い」と思いますね(弁護団が、皆さんにどうしても説明したいというならご自由ですが・・・某「委員会」に出るなど、下手な説明の仕方はやめたほうがいいでしょうけど。)

訂正です

流人減から→部外者から

>No.74 福田 さん

「原因である」と「責任がある」とは違う、ということが言いたかったんです。
「責任がある」とは、「不利益を受けても仕方ない」という意味だと考えます。
原因であっても、必ずしも責任があることにはならない。
弥生さんがドアを開けたことは、死に至った原因ではあるが、
責任があることにはならないでしょう?
「ドア開けちゃったのか。じゃあ死んでもしょうがないよね」とは言えない。
同様に、光市弁護団がバッシングを受けていることは、
光市弁護団の行為(作為・不作為)も原因ではあるが、
だからって責任があることにはならない。
「説明不足なんだから、憶測や誤解に基づくバッシング受けても仕方ないよね」
とは言えないと、私は思います。
やはり、憶測や誤解に基づくバッシングをする人が一番悪いし、
そういう憶測や誤解を広めるマスコミなんかも悪いと思います。
(そもそも説明不足なのかも疑問ですが、その話は置いときます。)
福田さんは、光市弁護団がバッシングを受けてもやむを得ない、
その責任は弁護団にある、とお考えになっているように感じたので、
私は質問を繰り返しました。
お答えいただけなかったのが残念ですが、ちょっと酷な質問だったかもしれませんね。
長々とおつきあいありがとうございました。

>NO75 ゲンさん

ゲンさんの言い方はちょっときついですが、同感。

>No.75 ゲン さん

原因であっても責任があることにはならないということを、
なかなかおわかりいただけないようなので、一番わかりやすい例をと思って出しました。
もちろん、被害者に責任があると言いたいのではありませんが、
管理人のご判断をあおぎます。

No.78 たぬきのポン太郎 さん

呼び鈴が鳴ったらドアを開けるというのは「習慣的な行為」であって、メディアや一般市民に向けて説明を行うか否かという「選択的な行為」とは全く違いますから、弥生さんの例は適切ではないと思います。

「福田さんは、光市弁護団がバッシングを受けてもやむを得ない、その責任は弁護団にある、とお考えになっているように感じた」とのことですが、バッシングを受けることを分かっていて敢えてメディアや一般市民に向けた説明を放棄したのであれば、やはり然るべくしてバッシングを受けたとしか言えないでしょうし、バッシングを受けることが予想できなかったとすれば、時流を掴み損ねたと言うしかありません。

また、「やはり、憶測や誤解に基づくバッシングをする人が一番悪いし、そういう憶測や誤解を広めるマスコミなんかも悪いと思います」とのことですが、当事者が語らないことによって情報が断片的しかない状態であれば論説委員やコメンテーターなどが補完しながら独自の解釈を行うしかないわけですし、視聴者に至ってはますます情報を持っていないわけですから、さらに断片的な材料だけで憶測するしかないわけでしょう。メディアや一般市民に対して憶測するな、誤解するな、というのはちょっと酷な話ではないかと思います。

FB さん
うーん反論が出来ないですね。
というのも私の意見と全く同じだからです。
私が何度も説明した事を
繰り返し書いてくださってるだけですから。
ただそこに2つだけ付け加えるとしたら、
「それでも世間や被害者に対する配慮は考慮すべき。」
「記者会見に必ずしも利害関係は伴わない。」
という事です。

>No.81 福田 さん

きりが無いようなので、やめさせていただきますね。
ありがとうございました。

No.82 一般人 さん

なるほど,了解です。
バランスの取れたご意見ですね。

No.73 No.84 FBさん


刑事弁護を相撲協会などの記者会見と同列に論じるのは無理です。


相撲協会は公益法人として、存在根拠そのものが国家に依拠しており、説明責任は、一定の情報公開として、法人の利益になろうが無かろうが、法人の規模の大小や事件の有無に関係なく、必要とされるものです。記者会見もその一環としてのものであり、当然の義務といっていいのです。


一方刑事弁護では、そもそも本来的に説明責任が存在しません。責任は法廷に対してのみあり、それ以外に対してはいかなる義務もありません。説明は、弁護に有利な場合に限り、その範囲で行うことしか許されません。


日本の場合、捜査側からのリークなどにより世論への予断形成が当然のごとく行われ、メディアもまともに機能していないているため、対抗上、弁護側もやむを得ず説明を迫られているに過ぎない場合が多く、本来対外的説明など不用なのです。国民の知る権利は、基本的にはあくまで公開の裁判を通して得られればよいだけのものでしかありません。それが刑事司法のあり方です。


今後裁判員制度導入に伴い、刑事裁判では、現在のような予断形成しまくり報道との矛盾がますます強まるでしょう。

>No.34 惰眠 さん
どうしてしまったんですか。

 私の印象では、理性的で論理的ですばらしい方と尊敬していました。
 なぜ、弁護会とか橋下弁護士のことになると熱くなってしまうんですか。
やっぱり、弁護士さんですよね。
それなら納得しますけれど。

 個人的な私のイメージだったんですが、やっぱり弁護士さんは正義の味方でいてほしい。尊敬される人であってほしい。

 今枝先生は、とても誠実で好きですよ。暖かい人だ。人として尊敬できる方と思っていますよ。 

個人的な意見ですみません。
今、帰宅してエントリをみて、びっくりしました。
 

No.85への補足


ちなみに、被害者・遺族への配慮もよく言われますが、少なくとも被告人側からは本来全く不要なものです。


痴漢冤罪事件を考えればわかりやすいですが、この場合、「痴漢の被害者」は、被告人からすれば「冤罪に陥れた加害者」でしかありません。


これに限りませんが、「被告人が無罪であるなら、原則として被告人はそもそも被害者・遺族とは無関係である」ということを想起すべきなんです。無罪かどうかは裁判による訳ですが、刑事裁判では、無罪推定が原則です。


つまり、本来あるべき刑事裁判では、被告人との関係では、被害者・遺族は本来的には無関係であり、原則として配慮は不要な存在なのです。


勿論これは、裁判に有利な限りでの配慮を否定するものではありません。しかし、本来的な原則は忘れてはならないと思います。

>No.87 tmx さん
そこまでは私も同感です。

で、そこからの応用問題(?)になるのですが、光市事件のように被告人が犯罪の実行者であること自体には争いがない(少なくとも被告人が有罪であることは間違いない)、しかしながら起訴事実の一部に限り否認しているようなケースでは、どのような対応が「望ましい」と思われますか。

なかなか、一般化できる事柄ではないと思われますので、本件に限った考え方で結構ですのでお考えを伺いたいと思います。
現行の制度下にあっては被害者・遺族は裁判の当事者ではないことを踏まえたうえで、ですが・・・。

争いのない部分に限定して謝罪、その他については「悪いけど貴方らが思ってるようなことじゃないんだよ」って感じですかねえ・・・。

本件に限った話であるのなら、
今枝氏始め弁護団は最大限の説明責任を果たしているのでこれ以上の対応は不要だと思います。
これだけ説明してそれでも理解できないのは理解できないほうの責任でしょう。
そもそも理解する気があるのかどうかすら疑問ですし。

まぁそういう弁護士もいるという事で理解します。

しかし本村さんと痴漢冤罪を結びつけて
被害者に配慮しなくて良いとか、
弁護士の行為には一切説明責任が発生しないとか、
私には理解しがたいですが、
少なくとも、社会的関心が高まって
記者会見の場が設置され弁護団も説明しており、
それについて今のところ弁護士界からは
「とんでもない事をやってくれた!弁護士失格だ!」
という反応もあまり聞こえてこないですし、
弁護士会や日弁連も特に強い不満も示してないし
、記者会見を有識人を初め世間も自然と受け入れてる。
つまり社会全体が暗黙で許容してるわけで、
その大きな流れに反発する一主張ということでしょうか。
ここの人達も大半が弁護団の情報発信を根拠にして
弁護団を評価してるわけですから、
そういう流れを完全に否定できる立場でも無いような
気がします。

一般人様

疲れませんか?
そうやって人の顔伺って必死に空気を読みながらそれに同化する努力を続けなきゃいけない行き方って。

No.90 一般人 さん

この人は言ってることと本心がまったく違うという印象。

なにか言外の別のことを訴えたいんでしょう・・・。おそらく。

>No.87 tmx さん

「あるべき論」としては、まさしくおっしゃる通りなんでしょうね。スキのない文章だなあ…と感心しました。

No.85 tmx さん,No.91 pon さん

敢えて放置してどんな流れになるかを見てみましたが,またムダな対立路線になりそうなので,そろそろ…。

基本的に,tmxさんやponさんの意見と私の意見,あるいは一般人さんの意見に差異はありませんよ。「責任」という言葉の射程ないし強制度の認識で差異が出ているだけに過ぎないと思います。

要するに,弁護団に説明「義務」はないが,説明してくれた方が社会にとっては好ましい。

まあ,一般人さんが「責任」という言葉を使われるのには,私自身も違和感がないわけではないですが,社会的道義のレベルで「好ましい」という程度の意味のようですから,特に問題はないかと思いますけどね。

>まあ,一般人さんが「責任」という言葉を使われるのには,私自身も違和感がないわけではないですが,社会的道義のレベルで「好ましい」という程度の意味のようですから,特に問題はないかと思いますけどね。

同じ点で違和感を感じましたが、そのような意味に考えれば私の意見にも近いです。

問題はこちらのブログの「一般人」様よりも、世間の一般人の一部はこんな感じかもしれないという事です↓

http://www.j-cast.com/2007/09/04010942.html?ly=cm&p=all
活発な議論にはなっていませんがね…。

今枝弁護士の対応について私は一応評価してますが、
本件に限定して、それもやむをえない対応としてのものです。

本来ならば、係争中の事件について訴訟代理人が事件に関する詳細を公に語るような事態は避けるべきものだと考えます。

もっと言えば、このような批判が沸き起こること自体が間違いであって、それは日本社会の未熟さの現れであり、「一般人」が自ら改善していくべきことであり、法曹界の人間だけに、ましてや訴訟の当事者などに対応を迫るべきことではないと考えています。

>、「一般人」が自ら改善していくべきことであり、法曹界の人間だけに、ましてや訴訟の当事者などに対応を迫るべきことではないと考えています。

上記の件については、同意です。
下記のように書いていましたが、改めて一般人の1人として肝に銘じます。

http://www.yabelab.net/blog/tyoukai/2007/09/28-123825.php#c83260
>ゆえに、職務に忠実な弁護人が世論により批判される事があれば、弁護人を責めても根本的な解決にはならないと考えます。

>No.96 pon さん

>このような批判が沸き起こること自体が間違いであって、それは日本社会の未熟さの現れであり、「一般人」が自ら改善していくべきことであり、法曹界の人間だけに、ましてや訴訟の当事者などに対応を迫るべきことではないと考えています。

「一般人」の中でも、「マスコミ人」については、「他の一般人」よりはるかに多くの改善が求められるような気がします。

No.96 pon さん
>本来ならば、係争中の事件について訴訟代理人が事件に関する
>詳細を公に語るような事態は避けるべきものだと考えます。

刑事法関係者ですが「避けるべき」とはいえないと思いますね。もちろん,被告人の利益や刑事裁判の公正性と抵触すれば話は別ですが。(この点,理由があるのであれば挙げて頂けると助かります)

なぜならば,刑事裁判になっていということは,その事件は"res publica(公のもの)"となっているということだからです。であれば「裁判が長期にわたって確定しないのであれば」という条件をつけた上で,弁護団あるいは検察官がそれぞれの立場から社会に向かって説明をすることは社会の要求を充足する「好ましい」ことだと思います。

繰り返しになりますが,ただ,あくまで社会が説明を求めたとしても応答義務はありません。弁護団が自主的に説明してくれると社会にとって好ましい…という程度のものに過ぎません。

>No.99 FB さん
横から失礼します。

>弁護団あるいは検察官がそれぞれの立場から

とありましたが、これには裁判官は含まれないのでしょうか?

尚、当方素人につき、例えば「裁判官が含まれるべきだ。」などという考えがあるわけではありません。なんとなく見ていてこれはどうなんだろうと思っただけです。お答え頂ければ幸いです。

No.100 opapi さん
>とありましたが、これには裁判官は含まれないのでしょうか?

含まれるとは思っていません。
訴訟中,裁判官が説明できることと言えば確定していない心証形成くらいですが,これを説明すると刑事裁判自体に影響を与えますから。判決書の中でたっぷり説明してくれれば良いかと。

>No.101 FB さん
ありがとうございました。

そうしますと、
弁護団あるいは検察官若しくは被害者遺族及び関係者がマスコミを使って何らかの意見表明や説明をする際には、マスコミはそれ(特に一方の当事者のみの意見)を報道するに当たり当該裁判は未だ確定していないことをきちんと伝える必要があるということですね。言い換えればマスコミは裁判官と同等の意識を持って公平中立を守れということになるのでしょうね。

>No.102 opapi さん
>マスコミはそれ(特に一方の当事者のみの意見)を報道するに
>当たり当該裁判は未だ確定していないことをきちんと伝える
>必要があるということですね。

その通りですね。いままではマスコミが裁判に影響を与えるようなことはありませんでしたが,裁判員制度の実施が迫っていますのでますます中立性が要請されます。また,起訴されれば被告人は「犯人」と認識し,半ば終わったものと思ってしまう一般国民の意識も変えていかなければなりません。

>No.101 FB さん

まず、「弁護団が、説明しないより説明するほうが社会にとって好ましい」、
と言い切れるのかどうか疑問です。
情報の伝達の不完全さなども考えれば、説明することの害悪も
少なからずあるような気がします。

それに、社会にとって好ましいほうが社会には良いに決まっているので、
説明するほうが社会にとって好ましいならば、限りなく
「社会的に説明責任がある」ということになってきませんか?

このあたりのお考えをお聞かせいただけましたら幸いです。

ROM専の初投稿で、いきなり横レス失礼。

日本語は難しく、その日本語を駆使しての議論もまたさらに難しいですね。

ブログ主さんのエントリーにも似たような意味のものがあったかと思いますし、ある意味それは仕方のないことだとは思うのですが、言葉の定義や受け取り方がそれぞれ違う中でのかみ合わない議論はROMってる人間にとってはいらいらの元です。

ある特定の言葉の定義やそれに対する理解が最初は異なっている場合にでも、議論の間にすれ違ってる部分が次第に明確になり、やり取りしている間にだんだん共通理解が出来てきて、最後には議論がかみ合うようになれば大成功なのでしょう。しかし、むしろそんな成功例より、最初の認識の相違がその後の議論のなかでどんどん溝を深めてる原因になる例の方が多いように感じています。日本語は難しい。でも、もちろんだからと言って議論が無駄だと思ってるわけではありません。

例えば、
>No.51 福田 さんのコメント
「原因がある」というのは否定できない事実であると思いますが、責任があったかどうかについては賛否があるでしょう。私の基本的立場は「弁護人には法的説明責任はなくとも道義的説明責任はある」

「道義的」っていう言葉も取り方は色々ですよね。
「道義的説明責任」、ここではおそらく社会的な道義と言う意味なのでしょうが(違ってましたら失礼)、自分には「道義的説明責任」って言葉で福田さんが意味するところがよく理解できていません。

本来、弁護士さんの「道義的責任」が被告に利益をもたらすことにあることに異論がある方は少ないと思うのですが、それと「(社会的な)道義的説明責任」が相反する場合には、やはり弁護士さんは社会的な道義ではなく、職業としての道義を優先すべきですよね。

それでも、あえて「説明」された、あるいはせざるを得ない(?)お気持ちなられた経緯はよく分からないのですが、自分はあのような形での記者会見やブログでの情報発信には賛成できないという立場です。

自分は弁護士さん(もちろん当事者としてのですが)は社会に対して説明する義務はないけど、説明したいと思うなら、あるいは説明することが被告の利益につながると判断されたなら、説明する権利はあるのだろうと考えています。社会的道義と被告に対する職業的な道義が一致すればかまわないと思いますが、もし説明したことで「(社会的な)道義的説明責任」を果たし、その結果、社会の理解が得られたとしても、それが被告の不利益に通じる結果になったとすれば、同義的責任に反した行動を取ったと非難されるべきだと思っています。

「何を説明すべきか」の設問に対する自分なりの回答は、被告の利益になることのみを説明すべきだ、です。そう思って説明を試みたけど、意に反して、逆の結果になってしまったなら、すべきでないことをしてしまったと非難されて当然だと思います。もちろん、その場合にでも、説明されたことに満足した「社会」はその行動を非難しないかもしれませんがね。

恣意的な報道が氾濫し、「空気」の流れる方向(あいまいな言葉ですがあえて使用します)の予測が難しい状況では、「説明」はしない方が無難なような気がしてます。ま、被告の利益、不利益を判決だけに限定するならば、判断するのは裁判官であって、世間の「空気」なんぞは判決に影響しないっていう意味では、法廷の外で何をを言おうが被告の利益にも、不利益にもならなのだから、説明するのは勝手なのかもしれないとも思っています。

長文失礼。これで失礼してまたROMに戻ります。

ここでエントリーに戻りたいのですが。

「弁護人は何を説明すべきなのか? 」が話題になる因には、社会の或る部分・所謂世間からの「説明要求」が有るのですよね。

その「説明要求」の実態は「誤解や際限の無いクレーム」に近い。
そして弁護人や被告の、酷い苦しみが見えると「この辺で許してやるか?」の意見も出てくる。

かつてイギリスでは、ギロチン、斬首や四つ裂き等の公開処刑が行われ。特に女性に行われる火あぶり等は恰好の」「見せしめ」且つ「市民には最大のスペクタクル・この上ない楽しみ」だった。
刑場周辺の場所貸や出店で蔵が立つくらい儲かった?と言う話も有ります。

司法制度が当事者に優しくなり、野次馬の楽しみや見せしめの効果が薄れた現代。

せめて「文句くらいって虐めてやれ」という気持ちが否定できない人が大部分では?


つまり「説明要求の実態は吊し上げ」そしてマスコミは、そういう嗜好や感情には素直です。

裁判の関係者が自ら行う説明には、庶民のその感情と自らの利益をわきまえて行う必要が有る。

弁護団が反感を招き、吊るされるきっかけに成るのは拙かったですね。

「被告人の不利益にならない」と必ず言える範囲(弁護人の職務に反しない範囲)で、説明した法が社会的道義のレベルで「好ましい」ならば、弁護人が説明しようと判断した場合は、それを止めるものではない(弁護人の判断に委ねる)という程度の意味だと、個人的には解していましたが。

実際問題としては、「被告人の不利益にならない」と必ず言える範囲がどの程度あるのかは疑問ですので、原則説明しないという事に留まるのではないでしょうか(あくまで例外に留まるのではないでしょうか)。

裁判員制度実施後、被告側と弁護側で報道合戦をやるような事になれば、それこそ司法におけるマスコミの重要性が増してしまてしまい偏向報道の問題が深まるかもしれませんし…。

No.106 を拝見する前にNo.107を投稿してしまいました。すみません。

刑事訴訟に関しては弁護人には第三者に説明する義務も責任もないと思います。法廷外での説明を拒否することによって被告人が不利になるのであれば、むしろそのような裁判の進行自体が社会的利益を害していると思います。

社会が説明を要求する内容も目的もチョット思い当たりません。
個人的には弁護側の主張内容が報道では断片的でよくわからないところはあります…が、あくまで個人的な興味ですのでどうしても知りたければ面倒くさくても傍聴に行くべきなのでしょうね。まあ選挙の投票が電話ではできないようなものでしょ?
何でもお手軽が必ずしもよいこととは思えません。
裁判のルールについてもある程度は自分で調べる態度がなければ理解できないし、他人の説明に依存するのは正確性も怪しい。

メディアには報道機関として(一応は)中立の立場で作る番組(記事)もあります。と同時に言論機関として主張を展開することもできます。
公開裁判の審理を社会に伝えるのであれば客観報道が求められますし、法廷外で訴訟内容について論争を展開する、あるいは刑事訴訟について解説を求めるなら、学識経験者の解説を加えるのが望ましい視聴者サービスであって、訴訟に影響を与える危険を冒してまで被告代理人に説明を求める理由はないと思います。

民法なら株主もいればスポンサーもいます。外見的公正が保障されていないところで、たとえ結果的に公平が保たれた(誰が判断するのか?)としても審理中の事件について訴訟当事者がテレビで論争するなんて司法への不信をあおるだけはないでしょうか。
行き着くところとしてそういうことが市民社会の利益になるか損失になるかですから、それを引き受ける市民自身が判断すべきことですが、僕は人民裁判より司法制度の存続を望みます。

説明要求の逆で、「そこまで詳細の情報を知りたくない」というご意見もあるようです。

個人的に不快感を感じるのは、「説明責任」を果たしていないことではなく、むしろ逆で、TVでそこまで詳細を流さなくても良いのではないかというご意見のようです↓
http://medialx.sblo.jp/article/5427499.html

これは弁護人側だけに向けられた言葉ではなく、マスコミの報道に対しても向けられているのだと思いますが。

>No.108 mash さん
あら御丁寧に、お気使い無く(^^)
実務は仰る方向に行きますし。

例えば、事件に「性」が絡んだら恰好の餌食で、被害者も仮名や衝立で隠すべきところ。
情報発信なんて、そんな軽々しく・・・

>No.107 mash さん

弁護人が説明することが社会にとって好ましい、とは、
言い切れないんじゃないかと思っているんです。
No.109 Yamakojiki さんのお考えに近いです。

No.104 たぬきのポン太郎 さん
>情報の伝達の不完全さなども考えれば、説明することの害悪
>も少なからずあるような気がします。

>説明するほうが社会にとって好ましいならば、限りなく
>「社会的に説明責任がある」ということになってきませんか?

長いレスを書いていたのですが,うまくまとまらなくなったので(苦笑)要旨だけを申し上げると,挙げて頂いた2点についてはいずれも「受け取る側の問題」だと思いますし,改めるべきは「受け取る側」ではないかと思います。

前者については,弁護側(あるいは検察側)の断片的で完全ではない情報として「ありのままに」受け取れば良いのであって,そこからさきの「誤った解釈」の責は受け取る者が負うべきです。

後者については,本来「社会にとって好ましい」と「社会に対して責任がある」の間には規範的に決定的な断絶があるわけですが,その断絶を無視して,混同することは,やはり受け取る側の問題でしょう。

>No.112 たぬきのポン太郎様

>弁護人が説明することが社会にとって好ましい、とは、
言い切れないんじゃないかと思っているんです。

これは、「被告人の不利益にならない」と必ず言える範囲(弁護人の職務に反しない範囲)内であっても、社会的道義のレベルで「好ましい」と言える説明はない、という事ですね。
そして、No.109 Yamakojiki 様のお考えとは、「法廷が世間と距離を置かなければ制度目的が根底から覆るように思います。」等の観点ですね。

考え方は若干異なるのかもしれませんが、実務上は、ほぼ同じ状況に収束するのではないかと思います。というのは、「被告人の不利益にならない範疇で、社会的道義レベルで好ましい場合、弁護人が説明する事」を容認しても、No.107 で述べました通り実際問題としては(No.111 MultiSyncの仰るように「実務上は」というべきなのですね)原則説明しないという事に留まる(弁護人が説明するという事態は例外に留まる)のではないかと思っているからです。(甘いでしょうか…?)

裁判員制度の実施の件を考えると、今後は法廷と世間の距離は否応なしに、縮まる方向にあるのだと思います。個人的には裁判員制度は無かったらよかったのにと思っていますが、実施される以上は、勉強して行きたいと思っています。司法制度のことを考えれば考える程、政治にも無関心ではいられない事に気づかされました。立憲民主主義が実施されて以降、本当の意味で国民が参加しなければならない時期が近づいて来ているのかもしれないと思います。(憲法理解等の現状から、まだ法教育が不足している事が露呈したと思いますので、まだ時期尚早という気もしますが。)

No.114にて、No.111 MultiSync様の敬称を付け忘れました。度々失礼いたしました。

いろいろな懸念はわからないではないのですが,

刑事裁判は"res publica(公のもの)"であって,刑罰が一面において「犯罪によって失われた社会的正義を回復するもの」である以上,社会の構成員たる国民は刑事裁判に無関心であるべきではありません。

もちろん,原則は判決を通して国民は知るべきですけれども,裁判が長期にわたる場合(概して社会的に重大な事件は長期になるわけですが),適時に公判の状況を説明していくことは社会にとって有益です。例えば,重大犯罪者なんだからさっさと殺してしまえ!というような無理解を解消するためにも有益でしょう。

いずれにせよ,民主主義国家を構成する「自律的な市民」であるためにはシステムとしての刑事司法に関心を持つことはもとより,個別の刑事裁判にも関心を持つことが必要だと思います。

>No.113 FB さん

お返事ありがとうございます。
「受け取る側の問題」ということ、よくわかります。
「弁護人が説明することが社会にとって好ましい」と言うためには、
受け取る側のリテラシーの問題や、中間のメディアの問題など、
それなりの条件が必要だということになると思います。
しかし、現在は到底、十分な水準には達していないと思いますし、
これから十分な水準に達するかについては、私は悲観的です。
また、世間が関心を持った事件については弁護人が説明しないとバッシングされ、
説明してもバッシングされるという慣行ができれば、
弁護そのものに支障を来たす可能性も考えられます。
ですので、弁護人が説明するほうが社会にとって好ましいとは必ずしも言えないし、
むしろ原則として沈黙を守るようにしたほうが、長い目で見た場合、
社会にとって好ましいと言えるのではないかと私は思います。

>後者については,本来「社会にとって好ましい」と「社会に対して責任がある」の間には規範的に決定的な断絶があるわけですが,

これについては、必ずしも断絶ばかりではなく、連続的な場合もあるかなと思います。
もし「弁護人が説明することが社会にとって好ましい」と一義的に言えるならば、
じゃあ説明しろとなるのが社会なのではないでしょうか。
そうしろと社会が要求するのが正当とされることを「社会的責任」であるとすると、
法的責任ではありませんが、社会的責任がある、ってことにも
なってしまうような気がします。

>No.114 mash さん

えーっと、「社会的道義のレベル」という言葉がよくわからないのですけど…
私が言ってるのは、そのままの意味でして、
「弁護人が説明するのが社会にとって好ましい」とは必ずしも思えん、てことです。
弁護人の説明なんかよりも、(皆さんもおっしゃっているように、)
むしろマスコミがきっちりと公正な報道をすべきだと思います。

>No.118

>えーっと、「社会的道義のレベル」という言葉がよくわからないのですけど…

厳密に定義していないのですが、「世間一般の常識で、予め述べておいた方が批判を受けないだろうと弁護人が判断するレベル」等という意味で使っていました>社会的道義レベル

「世間(国民)が要求してるんだから、弁護人が説明しないといけない」という意味ではありません。(弁護人への説明の強制度は極低め)

>むしろマスコミがきっちりと公正な報道をすべきだと思います。

そうなったらいいですね。
先日、某ワイドショー番組に偏向報道を是正してくれと感想を送りました。
こんな物では変わる筈もないのでしょうが、出来ることからやって行きたいと思います。

>No.116 FB さん

おっしゃることはわかるんですけれども、それだったら、
弁護人からの説明なんかではなく、公判の傍聴席をもっと増やすとか、
速記録を公表するとか、公判のテレビ中継をするとか、
(もちろんこれらにはプライバシー等の制限がありますが、)
詳細で厳格に公平な報道を義務づけるとか、
そういうことを考えるほうが先だと思います。

追記:
>弁護人の説明なんかよりも、(皆さんもおっしゃっているように、)・・・(略)

弁護人の説明よりも、(1)マスコミの偏向報道是正、(2)根本的解決としては法教育強化が必要だと思っています。
(No.22とNo.24、No.97の通りです。)

コメント欄を流し読みして、以下のように考えている方が多いように思いました。

「弁護人が説明を行っても、伝え方が拙かったり、マスコミに内容を編集されることにより、適正に国民に伝わらない可能性もある。」

そこで、ふと思ったのですが・・・。

逆に、マスコミを利用するのが上手くて、世論を思うがままに誘導し、裁判を有利に進める事が出来るスーパー弁護士が居たら、・・・なんか気持ち悪いですね。

傍から見る分には、ちょっと説明下手なくらいがちょうどいいような(・・・自分が弁護を頼むときは、スーパー弁護士に頼みたいですけど)。

>No.119 mash さん

>「世間一般の常識で、予め述べておいた方が批判を受けないだろうと弁護人が判断するレベル」等という意味で使っていました>社会的道義レベル

うーん。。 なかなか甘くはないと思います。
ちゃんと説明しきっているにもかかわらず、
曲解・誤解がどんどん流布していくのが世間です。
弁護人が何かを言ったことで言葉尻を取られる害のほうが
多いのではないでしょうか。

こういう現状に手をこまねいていてはいけないですね。
私も及ばずながら、まわりの人に、「刑事裁判というのはね」
などと説明していこうと思います。貧弱な知識の範囲で・・・

No.123 たぬきのポン太郎様

>なかなか甘くはないと思います。

「説明が上手く伝わると考える事が、甘くはない」という事でしょうか?

念のために、私が甘いかどうかお尋ねしたかったのは、下記の件でした。判り難い文章ですみませんが、改めて…。

No.114で述べたように、「被告人の不利益にならない範疇で、社会的道義レベルで好ましい場合、弁護人が説明する事」を容認しても、実務上は、「被告人の不利益にならない」と必ず言える範囲がどの程度あるのかは疑問であり(おそらく少ない)、No.111 MultiSync 様ご指摘のように社会道義レベルで情報発信できない事も多いでしょうから、「説明は必要でない」とする場合と、ほぼ同じ状況に収束するのではないかと思う、という見通しは甘いでしょうか?

mash さん

マスコミに偏向報道があったかどうかなんて当事者にしかわからないことです。それを当事者が釈明しなければ、真実として扱われるのは当然のことでは?

そもそも、弁護団の説明の仕方に問題があったのは明白です。それをマスコミに責任転嫁してはいけません。

>No.125 TAKU様

No.24等をご覧頂いても、私が、マスコミのみに転嫁しているとお考えなのでしょうか?

偏向報道については、
・弁護団側の記者会見の詳細内容が、検察側の情報と比べて著しく少ないこと。
・今枝弁護士が泣いていた事であれこれ批判の声は上がっていたが、ブログで説明された後も報道されているのを見た事がないこと。
・ワイドショー内で、検察側の視点だけからの報道も多く拝見したこと
等から偏向報道と言いました。

>それを当事者が釈明しなければ、真実として扱われるのは当然のことでは?

これ、この前もTAKU様に申し上げましたよ…。こちらでです↓
http://www.yabelab.net/blog/tyoukai/2007/09/29-193315.php#c85087

記者会見もありましたし、他にも今枝弁護士はブログでも説明しているのですが。

>それを当事者が釈明しなければ、真実として扱われるのは当然のことでは?

この点も、当然というのは、何かおかしいと思います。
マスコミ報道を鵜呑みにするのは危険です。というか、私も、今回の件でそれを思い知らされた所ですが。

この辺り、最近気づいた私が説明するよりも、下記のエントリで紹介されているブログの記事をご覧頂いた方が分かりやすいと思われますので、こちらをどうぞ…↓
http://www.yabelab.net/blog/tyoukai/2007/05/29-205024.php

mash さん

>No.24等をご覧頂いても、私が、マスコミのみに転嫁しているとお考えなのでしょうか?

マスコミは偏向報道であてにならないから「法教育に重点を置くべき」と主張されてるように聞こえます。

>・弁護団側の記者会見の詳細内容が、検察側の情報と比べて著しく少ないこと。

弁護団の説明の仕方に問題があったと思います。

>・今枝弁護士が泣いていた事であれこれ批判の声は上がっていたが、ブログで説明された後も報道されているのを見た事がないこと。

「今枝弁護士の涙」=「弁護方針化からくる罪悪感」と断定した報道がなされたのならば偏向報道と言わざるおえませんが、そんな報道がありましたか?

>マスコミ報道を鵜呑みにするのは危険です。

私も同感ですが、多くの方は鵜呑みにするのが現状です。やはり当事者が釈明しなければ真実とされてしまうのです。

まぁしかし
・弁護人は被告をストーリーを吹き込んで
 唆してはいけない。
・遅延する為に裁判を欠席してはいけない。
・前任の弁護士は何だったのか理解不能。
とりあえずこれらは弁護士失格の要素です。
そして弁護団の情報発信を0と想定して
断片的な裁判の情報だけで
上に述べた疑念が発生しないかどうかが
ポイントかなと思います。
そう考えると私はやはり説明責任はあったように
思うし、今枝さんが上の疑問に応答したことは
間違った行為では無かったという結論です。
しかも今回の裁判は非常に特殊なケースで
社会的衝撃度は相当なものだったし、
記者会見が開かれるぐらい異例の事態だったので
仮に説明が無かった場合の
社会的不安、誤解の蔓延、
弁護士に対する信用の低下はダメージ的に
非常に大きかったのではないでしょうか。

しかしメリットだけに目を向けるわけにはいけません。
いくつかの危惧は
1、マスコミの偏向報道。
これはもう人気商売ですし時間制限や文字制限も
あるので編集されるのは仕方無いですし
ある程度妥協しながら創意工夫して上手く
付き合っていくしかない。
2、説明による被告の不利益。
これがなかなか具体的にイメージできない。
現に弁護団も説明しているが、他の弁護士も
日弁連も有識者も世間も誰もほとんど非難していない。
つまり社会全体が黙認してしまうぐらい曖昧なもの。
(被告の不利益はあってはならないけど
 これをもって全く説明しないというのは過剰反応)
3、弁護士に対する説明責任の過度な負担、嫌な前例。
これは心配ないでしょう。
今回は異例中の異例で記者会見まで開かれる
レベルのもので、ここまで衝撃的な裁判は滅多に
存在しないし、記者会見が開かれない程度の裁判は
社会的影響力なんて無いから無視してOKでしょう。
大衆感情の為、多少の非難はあるかもしれないが、
3日で忘れ去られるでしょう。


>No.124 mash さん

うーん・・・
一生懸命読んでみたんですけど、すみません、頭悪くて、わかりませんでした。
かんにんしてください。

私は、つまるところ、FBさんがNo.94で、
「弁護団に説明「義務」はないが,説明してくれた方が社会にとっては好ましい。」
とおっしゃったことや、No.99で、
「弁護団が自主的に説明してくれると社会にとって好ましい」
とおっしゃったことを受けて、
弁護団が説明することは社会にとって好ましいと言い切れるのか?
という疑問を持っただけなんです。

そういうことでありまして、mashさんがおっしゃっていることは、
正直に申しまして、ほとんど理解しておりませんでした・・・
理解しているような受け答えをして申し訳ございませんでした。
何卒ご容赦ください。

mashさん。追伸です。
No.123で使った「甘くはない」は、No.114でおっしゃった「甘いでしょうか」とは
まったく関係なく使った言葉でした。
情報発信してもきちんと行き渡ることはないでしょう、というぐらいの意味でした。
ややこしい表現をして申し訳ございませんでした。

「弁護人」は何を説明すべきか・・・

「刑事弁護では必要ない」と言うのが、多くの弁護士の見解でしょう。

 マスコミも行き過ぎ!!しかし、光市弁護団はマスコミを利用しようとした。大事な裁判に、あえて被告弁護人でない司法修習生を在廷させた。どのような意図があったのでしょうか。

 上告審において、弁論、弁論補充書、その2、その3を更生して「更新意見書」を提出。昨年の10月に既に弁護団が結成され、新しい事実は発見されていない。差し戻し審において、マスコミにインパクトを与える意図は理解できません。

粛々と淡々と審理をすべきだったのでしょう。

「弁護士は」何を説明すべきか。

それは、信頼回復。それだけ。

ブログにおいて、市民も弁護士もそして、過激な方も。しかも弁護士でありながら、市民を装う。
ブログだから、バーチャルな世界だから問題はないと思います。ただ、「こころ」の問題でしょう。
 今枝先生が誠実で、多くの方が耳を傾けるようになったのは、飾らない人間性をさらけ出したから、それが良い方向に向かおうと批判を受けようと真摯に受け止めてこられた。
そして、自己責任において情報発信したことです。
 「光市弁護団の中にいる」のは、とても残念です。
では、出勤します。

モトケンさん

コメントを削除した理由、私を非難した具体的根拠をお願いします。

>No.133 だるま大使さまへ

本筋からは外れますが,司法修習生の立場について。

司法修習生は,将来の法曹(裁判官,検察官,弁護士)になるべく,修行中のものです。
司法修習生は,おおざっぱにいえば,座学と実務家のやっている仕事の見学等を通じて,法曹として求められる知識,職業倫理等を習得することが求められます。

現在の修習制度のもとでは,裁判官,検察官,弁護士のもとでそれぞれ一定期間,修習を行うこととなっています。
弁護士のもとで修習している修習生を,その弁護士が法廷に連れていくのは当然のことです。
#死刑求刑事件の弁護活動なんて滅多に見られることはなく,その修習生がどの立場になるにしろ一生の財産となるでしょうね。

NO.99 FB様

>社会の要求を充足する「好ましい」ことだと思います。

私は係争中の訴訟代理人に対してそのような要求が発生することそれ自体が好ましくないという立場です。

上で何度か言いましたが、「一般人」による説明責任の要求は
実際に説明を要求しているわけですらありません。

>No.129 TAKU様

mash さん

>マスコミは偏向報道であてにならないから「法教育に重点を置くべき」と主張されてるように聞こえます。

いいえ。
根本的な問題は、法教育が不足していると思われる点にあるという意味です。(マスコミの報道があてにならなかったとしても、上述の法教育の重要性が変わる訳ではないと思っています。)
法教育を強化すれば、将来的にはマスコミで働く人間の法理解も増すでしょう。

>>・弁護団側の記者会見の詳細内容が、検察側の情報と比べて著しく少ないこと。

>弁護団の説明の仕方に問題があったと思います。

具体的に、どのような問題点があったのだとお考えでしょうか?

>「今枝弁護士の涙」=「弁護方針化からくる罪悪感」と断定した報道がなされたのならば偏向報道と言わざるおえませんが、そんな報道がありましたか?

TAKU様と私の間で「偏向報道」という言葉の意味がズレている恐れがございます。
TAKU様にとって「偏向報道」とは「虚実を流すこと」だと理解しても宜しいでしょうか?

>私も同感ですが、多くの方は鵜呑みにするのが現状です。やはり当事者が釈明しなければ真実とされてしまうのです。

そこまで断言されるとは、TAKU様も「一般人」=「衆愚」と割り切っておられるのですね。
私は一般人の1人ですので、そこまで割り切って自分の愚かさを棚に上げて、当然の権利でも持っているかのように説明責任を声高に追及する程あつかましくはなれません。
言葉が過ぎておりましたら申し訳ございませんが、それが率直な考えです。

No.137の「mash さん」は消し忘れです。

>No.132 たぬきのポン太郎様

了解です。


ちなみに、たぬきのポン太郎様への質問ではございませんが、No.124で私が「甘いでしょうか?」とお尋ねしたかったのは下記の件でした。

弁護人が弁護方針を説明する際に、下記2点両方を満足する事は少ないのではないか?(殆ど無いのではないか?)
(1)被告人の不利益と重ならないと必ず言えること
(2)説明した法が社会的道義のレベルで「好ましい」こと

※(2)には、弁護士業界や被害者にとっても説明が「好ましい」と言えるかどうかも含まれるとしています。

mash さん

>マスコミの報道があてにならなかったとしても、上述の法教育の重要性が変わる訳ではないと思っています。

では、偏向のない報道であれば、重要だとお考えですか?


>具体的に、どのような問題点があったのだとお考えでしょうか?

論旨から外れるので、今、この問題点を議論するつもりはありません。「偏向報道」があったとされる客観的な根拠を示して頂きたいです。


>TAKU様にとって「偏向報道」とは「虚実を流すこと」だと理解しても宜しいでしょうか?

一般に誰が聞いても偏向報道と認識する偏向においては虚実に近い報道だと考えます。


>TAKU様も「一般人」=「衆愚」と割り切っておられるのですね。

いえ、そんなことは言っておりません。限定された情報を処理する状況においては、「鵜呑み」もある程度仕方がないことだと思ってます。


>当然の権利でも持っているかのように説明責任を声高に追及する程あつかましくはなれません。

mashさんは、「お前らの様な衆遇は、説明など求めるな!あつかましい!」と言いたいのですか?

訂正です。

×マスコミの報道があてにならなかったとしても、上述の法教育の重要性が変わる訳ではないと思っています。

○マスコミの報道があてになるとしても、上述の法教育の重要性が変わる訳ではないと思っています。

No.139 TAKU様

>では、偏向のない報道であれば、重要だとお考えですか?
単なる書き間違いでした。
恐れ入りますが、No.140の訂正をご参照下さい。

>論旨から外れるので、今、この問題点を議論するつもりはありません。「偏向報道」があったとされる客観的な根拠を示して頂きたいです。

>論旨から外れるので、今、この問題点を議論するつもりはありません。「偏向報道」があったとされる客観的な根拠を示して頂きたいです。

まず、偏向報道の意味をすり合わせる必要があると思います。
それがズレているのであれば、私が根拠を示しても、TAKU様は「これは偏向報道ではない」と仰るでしょう。

TAKU様がNo.129で『「今枝弁護士の涙」=「弁護方針化からくる罪悪感」と断定した報道がなされたのならば偏向報道と言わざるおえません』と仰ったのは、「事実かどうか判らない事を断定する事」ですね。

しかし、偏向報道とは多義的な意味のようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%8F%E5%90%91%E5%A0%B1%E9%81%93
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%D0%B8%FE%CA%F3%C6%BB
http://www.mars.dti.ne.jp/~saitota/hitori020728.htm

「事実かどうか判らない事を断定する事」のみを「偏向報道」とお考えになるのであれば、極めて狭義の意味と言わざるを得ません。「偏向」というより、「事実誤認」の方が適切でしょう。

ちなみに、「事実かどうか判らない事を断定する事」をやっているのは、「何でもやって委員会」が顕著ですね。

みなさま

話の腰を折るようですが、

「デマ」を垂れ流す「報道」と、
「予断」を垂れ流す「報道」と、
「偏向報道」を区別して論じてはどうでしょうか。


偏向報道(へんこうほうどう)とは、複数の意見が対立する状況下で、ある特定の主張を否定もしくは肯定する意図をもって、直接・間接的な情報操作がおこなわれた報道の事である。(wikipedia)


「偏向報道」は「政治的姿勢が、右あるいは左に偏っている」のような意味で使うと思っています。「あそこの局は与党の賛美ばかりしていて偏向報道だ」のように、どちらか一方の立場だけを差別的に擁護したりする立場でしょう。

「デマ」を垂れ流す「報道」は「事実無根」の「情報」を垂れ流すことでしょうし(これも多い)、

「予断」を垂れ流す「報道」は、たとえば、まだ「容疑者段階」であるのに、「コイツが殺した」という断定的な印象をあらかじめ与えてしまうような「報道」でしょう。(「み●●んた」氏がお得意です・・・。)

>mashさんは、「お前らの様な衆遇は、説明など求めるな!あつかましい!」と言いたいのですか?

いいえ。(ところで、衆遇とは衆愚の間違いですか?)
私は一般人の1人です。一般人を衆愚とするならば、私も衆愚の1人です。

私が申し上げているのは、「文字通り」の事ですが、分からなければ、下記のように言い換え可能です↓

マスコミ報道を鵜呑みにしてしまった自らの迂闊さに反省する事なく、一般人(私)が弁護人から弁護方針について説明を聞く権利があるのかどうか分からない所へ(※)、当然のように権利があるとして、弁護人に対して弁護方針の説明責任を追求するほどあつかましくなれないと申し上げているのです。

※「一般人が弁護人から弁護方針について説明を聞く権利の有無」=「弁護人が弁護方針について説明する義務」に関しては、こちらで議論中ですね。

>No.143 47様

ご指摘有り難うございます。

それでは、No.142の「事実誤認」は「予断」とすべきだったのですね。了解です。

なお、TAKU様は「論旨から外れる」と仰いますが、TAKU様が現在話題にされていらっしゃいます「偏向報道」を論じる際には、下記が肝要な部分の一つなのではないかと思います。

>>・弁護団側の記者会見の詳細内容が、検察側の情報と比べて著しく少ないこと。

>弁護団の説明の仕方に問題があったと思います。

No.145のように書きましたが、やはり違うのでしょうか…?

A.事実かどうかまだ判らない事を断定する
B.事実かどうかまだ判らない事を断定するような印象を与える

Bは「予断」ですが、Aはなんと呼べばいいのでしょうか?

No.145のように書きましたが、やはり違うのでしょうか…?

A.事実かどうかまだ判らない事を断定する
B.事実かどうかまだ判らない事を断定するような印象を与える

Bは「予断」ですが、Aはなんと呼べばいいのでしょうか?

実際の報道では「偏向」は仕方ない場合もあると思いますよ。新聞社や局の「カラー」が保守系か、革新系かによっても変わりますからね。これは致し方ない点もある。

しかし過度の「偏向」は、「社説」「天声●語」「多事●論」など以外の、ニュース記事では慎まれるべきでしょうね。

絶対に避けるべきは、「弁護団の弁護方針と死刑廃止論を結びつける」などの「事実誤認」であり、

「コイツが殺した!」なんていう低俗な「予断」ではないでしょうかね。

No.148 mash さん

No.142 は、「み●●んた」氏がお好きな、「予断」を与える報道でしょうね。

ただ、「容疑者は無罪という反論を一切放送しない」となれば「偏向」ではないでしょうか。

某「委員会」の中に、反論を述べる人が一人でも居れば、それなりにシマリます、と言うことを言ってるのです。全会一致で「問答無用、死刑」では、あまりに偏向が過ぎると言うものです。

mash さん

>マスコミの報道があてになるとしても、上述の法教育の重要性が変わる訳ではないと思っています。

偏向のない報道であれば、重要だとお考えですか?

>偏向報道の意味をすり合わせる必要があると思います。

では、絶対に偏向報道であると断定できる基準を教えてください。


>「事実かどうか判らない事を断定する事」のみを「偏向報道」とお考えになるのであれば、極めて狭義の意味と言わざるを得ません。

言葉の解釈ではなく、この議論において一般に根拠となりうる偏向報道とは何かということです。


>マスコミ報道を鵜呑みにしてしまった自らの迂闊さに反省する事なく〜

「報道を鵜呑みする迂闊な、お前らが説明など求めるな!あつかましい!」と言いたいのですね。

迂闊だからと言って、随分簡単に切捨ててしまうのですね。

では「ネットと繋がってない迂闊なお前らが説明など求めるな!あつかましい!」と置き換えてもよろしいでしょうか?

そもそも、迂闊ならなおさら当事者の説明が必要なのでは?

私は偏向報道だけを問題にしている訳ではありません。(No.22、No.24、No.97、No.121)

何度も繰り返しになりますが、根本的な問題は「法教育」の方でしょう。

それなのに、何故この話題になっているのかと言えば、No.125にてTAKU様の問題提起です。

話が噛み合っていません。

>No.151 TAKU様

>偏向のない報道であれば、重要だとお考えですか?

これは、「マスコミが偏向報道をしなければ、法教育は重要だと考えるか?」という質問で宜しいでしょうか?

もし上述の質問であれば、そう思います。


>「報道を鵜呑みする迂闊な、お前らが説明など求めるな!あつかましい!」と言いたいのですね。

繰り返しの質問ですので、繰り返し回答せざるを得ませんが、私は一般人としてこちらのブログに参加させて頂いております。私自身が、(光市事件の件はともかく)今まで報道を鵜呑みにする迂闊な人間でありました。「報道を鵜呑みにする迂闊な人間」は、私側の立場です(実際に私の身内にも1人おります)。そしてこちらは弁護士の方のブログです。

>そもそも、迂闊ならなおさら当事者の説明が必要なのでは?
当事者の説明とは、具体的にどのような説明のことでしょうか?
話が錯綜しており、TAKU様が私に何をお聞きしたいのか正直つかみかねております。

>No.149 47様
なるほどです。ご説明有り難うございます。

No.150
>某「委員会」の中に、反論を述べる人が一人でも居れば、それなりにシマリます、と言うことを言ってるのです。

そうですね。
ところで、先程No.142で「何でもやって委員会」と書きましたが、「何でも言って委員会」の間違いです。

mash さん

>、「マスコミが偏向報道をしなければ、法教育は重要だと考えるか?」という質問で宜しいでしょうか?

違います。偏向のない報道であれば、マスコミの報道は法教育と同様に重要だとお考えですか?

>何故この話題になっているのかと言えば、No.125にてTAKU様の問題提起です。話が噛み合っていません。

「弁護人の説明よりも、マスコミの偏向報道是正云々」のあなたの発言に対し、偏向報道の根拠を求めているのです。お願いします。

>「報道を鵜呑みにする迂闊な人間」は、私側の立場です(実際に私の身内にも1人おります)。そしてこちらは弁護士の方のブログです。

回答して下さらないので、同じことを何度も聞くのです。

あなたも含めて「ネットと繋がってない迂闊なお前らが説明など求めるな!あつかましい!」とお考えでよろしいですね?

No.155 TAKU 様

>偏向のない報道であれば、マスコミの報道は法教育と同様に重要だとお考えですか?

本当にご質問の意味がよく分かりません…。
分かり易く言い換えて頂けませんでしょうか…?


>「弁護人の説明よりも、マスコミの偏向報道是正云々」

No.121の下記記述の件ですね↓
>弁護人の説明よりも、(1)マスコミの偏向報道是正、(2)根本的解決としては法教育強化が必要だと思っています。
>(No.22とNo.24、No.97の通りです。)

>偏向報道の根拠を求めているのです。お願いします。

繰り返しになりますが、TAKU様の偏向報道の基準と照らして、「何でも言って委員会」の当該報道は如何でしょうか?

>回答して下さらないので、同じことを何度も聞くのです。

No.144で「いいえ」と答えております。

>分かり易く言い換えて頂けませんでしょうか…?

偏向のない報道であれば、(弁護団による説明の)マスコミの報道は法教育と同様に重要だとお考えですか?


>繰り返しになりますが、TAKU様の偏向報道の基準と照らして、「何でも言って委員会」の当該報道は如何でしょうか?

私は偏向報道があったかどうか判断できるほど熟知しておりませんので、根拠をお聞きしているのです。


>No.144で「いいえ」と答えております。

あなたも含めて「ネットと繋がってない迂闊なお前らが説明など求めるな!あつかましい!」

同じ意味だと思うのですが・・・どこが違うのでしょうか?

TAKU様

他所のエントリでも一回聞きましたが、
確かTAKU様は本件における説明責任は今枝氏の対応で十分だと認識してるんですよね?

じゃぁあなたは今いったい誰に対して、どんな説明を要求してるんですか?

>No.157 TAKU 様

>偏向のない報道であれば、(弁護団による説明の)マスコミの報道は法教育と同様に重要だとお考えですか?

結局質問の意味が分かりません…。

ふと、妻が夫に対して、「貴方にとって『仕事』と『私』どっちが大事なの?」という質問を思い出しました。

夫は、仕事は生活の糧を得る手段として大事であり、妻は人生のパートナーとして大事だったとします。

「妻」と「仕事」をどっちが大事かと聞かれたら、夫はなんと答えるべきなのでしょうか…?
TAKU様教えて下さい。

>私は偏向報道があったかどうか判断できるほど熟知しておりませんので、根拠をお聞きしているのです。

「mashが思う」偏向報道の根拠をお尋ねになられている、という事でしょうか?


>あなたも含めて「ネットと繋がってない迂闊なお前らが説明など求めるな!あつかましい!」

あなた(mash)も含めて「お前ら」というのはおかしくないですか?
そもそもネットというのはどこから出てきたのでしょうか…。
ますます私が言っている意味とはかけ離れて来ているようです…。

No.159 mash さん

>> 「妻」と「仕事」をどっちが大事かと聞かれたら、夫はなんと答えるべきなのでしょうか…?


そんな野暮なことを聞く女の程度が知れる、と切って捨てた女流作家?がいたと思います。

pon さん

今枝弁護士はスタンドプレーです。


mashさん

>「妻」と「仕事」をどっちが大事かと聞かれたら、夫はなんと答えるべきなのでしょうか…?TAKU様教えて下さい。

どっちが大事かを聞いているのではありません。もう一度よく読んでお答えください。


>「mashが思う」偏向報道の根拠をお尋ねになられている、という事でしょうか?

「マスコミの偏向報道是正」と言われた根拠をお願いします。

>ますます私が言っている意味とはかけ離れて来ているようです…。

では「報道を鵜呑みする迂闊な私達が説明を求めるなど、あつかましい!」ということでよろしいでしょうか?

>どっちが大事かを聞いているのではありません。もう一度よく読んでお答えください。

「仕事」と「妻」の“大事さ”のように、「法教育」と「マスコミ報道」の“重要性”は同列に扱える問題なのかというのがポイントです。


>「マスコミの偏向報道是正」と言われた根拠をお願いします。

質問を変えられるのですか?
マスコミ報道が偏っていると思ったからです。

>では「報道を鵜呑みする迂闊な私達が説明を求めるなど、あつかましい!」ということでよろしいでしょうか?

TAKU様の記述は断片的すぎるて文意を正しく読み取れませんので、とりあえず同意できません。


いやはや、ここのブログへ参加されている方々は、誠に寛容というか...。
TAKU様へよくここまでお付き合いできるんだろうと、感心致します。
よくぞここまで各コメントへ揚げ足取りができるもんだと、確か前にTAKU様ご自身も揚げ足取り云々と仰っていたようにも思いますし。

このコメントへもなにか来るのかなァ?

わたしは逃げます。

mash さん

>「仕事」と「妻」の“大事さ”のように、「法教育」と「マスコミ報道」の“重要性”は同列に扱える問題なのかというのがポイントです。

同列には扱えないが共に重要と言うことでよろしいでしょうか?

>マスコミ報道が偏っていると思ったからです。

そう思った根拠は?

>TAKU様の記述は断片的すぎるて文意を正しく読み取れませんので、とりあえず同意できません。

どの辺が正しく読み取れないのでしょうか?

O さん

まぁ、認識のズレを埋める作業ってことで。

TAKU様

>今枝弁護士はスタンドプレーです。
いいえ、スタンドプレーではありません。
今枝氏は他の弁護士の同意の上であのブログを開設しました。
あのブログの主張は今枝氏個人のものもありましが、
裁判に直接関わるような記述は弁護団の統一見解です。

では、改めてお答え願います。
TAKU様は一体誰がどういう説明をすれば満足なさるのでしょうか?

pon さん

>今枝氏は他の弁護士の同意の上であのブログを開設しました。あのブログの主張は今枝氏個人のものもありましが、裁判に直接関わるような記述は弁護団の統一見解です。

どこにそのような記述があるのでしょうか?

TAKU様

質問の前に回答をお願いします。
この質問に答えるまで他の話題は扱いません。

TAKU様があくまでもこの回答を拒否するのであれば、
あなたが望んでおられる「建設的な議論」は不可能です。

>同列には扱えないが共に重要と言うことでよろしいでしょうか?

はい。

個人的には、マスコミは世の中の事象を広く世間に伝える為に重要、一方、法教育は、我々の住む日本がどのような理念、仕組み、制度の下に成り立っているのかを理解する為に重要だと思っています。
これらは同列には語れませんが、それぞれの意味において重要だと思います。

>どの辺が正しく読み取れないのでしょうか?

とりあえず、
(1)なんの「説明」についてか?
(2)誰に「説明」を求めているのか?
(3)(1)の件について(2)には説明義務があるのか?
等です。(他にもあるかもしれませんが。)

>TAKU さん

TAKU さんはクレーム処理担当部長としてヘッドハンティングされたことはありますよね?

小生確信しております。

>No.166 TAKU様

TAKU様は質問しているばかりです。
認識を埋めるには、TAKU様のお考えも述べて頂かないと、難しいのではないかと思います。
(質問しても、答えてもらえない事が結構ありますし)

お互いに協同の精神がない所には対話は成り立ちません。

>No.164 O さんのコメント

吹きました♪

「ねえ、どうして? どうして?」
と繰り返された場面を思い出し(^^)

>NO121 mash様

>(1)マスコミの偏向報道是正
>(2)根本的解決としては法教育の強化

両輪ともに非常に大切だと思いますし、特に私としては、今後の裁判員制度も踏まえればその重要性は際立ってくると思っております。

TAKU様とのやりとりが凄まじく、かなりの遅レスで失礼いたしました。

そろそろ「無視リスト」機能がほしくなってきました(笑

# という感想の表明にすぎず、ブログの機能拡張を求める趣旨ではありません、為念

pon さん

マスコミの報道に誤りがあるならば、徹底的に釈明する必要があったと思います。

ところで、どこにそのような記述があるのでしょうか?


mash さん


>個人的には、マスコミは世の中の事象を広く世間に伝える為に重要

そうではなく、弁護団による説明の重要性と法教育の重要性についてです。

>マスコミ報道が偏っていると思ったからです。

そう思った根拠は?

>>TAKU様の記述は断片的すぎるて文意を正しく読み取れませんので、とりあえず同意できません。

「報道を鵜呑みする迂闊な私達が説明を求めるなど、あつかましい!」についてどの辺が正しく読み取れないのでしょうか?

再掲

No.143 47 さんのコメント | 2007年10月06日 17:08 | CID 86661  (Top)

みなさま

話の腰を折るようですが、

「デマ」を垂れ流す「報道」と、
「予断」を垂れ流す「報道」と、
「偏向報道」を区別して論じてはどうでしょうか。

TAKU様

>マスコミの報道に誤りがあるならば、徹底的に釈明する必要があったと思います。

今枝氏はあのブログにおいてマスコミの誤った報道に対して徹底的に訂正されて居ます。

釈明というのは誤った表現ですね。
釈明するべきなのは誤った報道をしたマスコミのほうでしょう。

>ところで、どこにそのような記述があるのでしょうか?
更新意見書は断りが無くとも弁護団の主張として読み取れるはずですが。

TAKU様

では、改めて回答お願いします。

>マスコミの報道に誤りがあるならば、徹底的に釈明する必要があったと思います。

との御主張は過去形になっておられますが、
今現在あなたが求めているのは誰のどんな説明ですか?

No.176 TAKU 様

>>マスコミ報道が偏っていると思ったからです。

>そう思った根拠は?

偏向報道の例として挙げた「何でも言って委員会」では、
・弁護団は、死刑廃止論者の弁護士の談合の場所にしている。
・弁護団が、被告人の主張を組み立てたとしか考えられない。
等と述べていますが、これらを弁護団が否定している事を述べておりません。片一方の意見だけを流すのは、偏っていると思いました。

もしまだご覧になられていないようでしたら、こちらをご覧下さい↓
http://www.youtube.com/watch?v=j1Q3EbGA8n8

>「報道を鵜呑みする迂闊な私達が説明を求めるなど、あつかましい!」についてどの辺が正しく読み取れないのでしょうか?

先程書きましたが…。

もしも、上記が、「報道を鵜呑みする迂闊な私達が「誰かれ構わず」「どのような案件に対しても」説明を求めるなど、あつかしい!」という意味でしたら、仰る通りです。

>No.177 47様

偏向報道の定義次第でしょうが、「何でも言って委員会」の当該報道については、「偏向報道」のような多義的な表現を使うようり、『「予断」を垂れ流す「報道」』と呼んだ方が分かりやすいかもしれませんね。

いや〜まったく一般人というやつは…

って皆様お思いになりませんこと?おほほ。

No.180 mash さん
>偏向報道の例として挙げた「何でも言って委員会」では、
・弁護団は、死刑廃止論者の弁護士の談合の場所にしている。
・弁護団が、被告人の主張を組み立てたとしか考えられない。
等と述べていますが、これらを弁護団が否定している事を述べておりません。片一方の意見だけを流すのは、偏っていると思いました。

弁護士の情報発信否定派ならば「弁護団が否定している事」
を前提とせずに論理構成しなければ、
主張の骨格を失ってしまいますよ。
実はこの論理矛盾にかなり多くの人が嵌っています。
例えば管理人も「情報発信するような弁護士」は
刑事弁護も理解してないとんでもない人間という認識です。
つまり今枝さんこそが弁護士として最も許しがたい
タイプであり、自分のブログを利用して
情報発信するなんて絶対に許すまじ事態です。
普通なら即刻削除し抗議するはずなんですが、
全く逆の事をやってる節がある。
他の多くの弁護団擁護派も弁護団の情報発信を
根拠にしており、社会全体が歓迎してる感じも受けます。

とにかく弁護団の情報提供を0として考えてください。
「弁護団が被告にストーリーを吹き込んで唆した」
「遅延目的で裁判欠席している」
「前任の弁護士は何をやっていたのか理解不能」
「死刑廃止運動に利用している」
これらは弁護士失格と認定しうる要素ですが、
必要悪である疑惑行為が内包された
現状のマスコミや世間社会
でこれらの疑念が発生しないと言い切れますか?

>No.183 一般人様

>弁護士の情報発信否定派ならば「弁護団が否定している事」を前提とせずに論理構成しなければ、主張の骨格を失ってしまいますよ。

もし思考実験として同様のケースにおいて弁護団が沈黙を守っていた場合には、予断を垂れ流しており、また、予断に対して批判的な見解が一つもなければ、偏向報道としての証左になりましょう。


>弁護士の情報発信否定派

弁護士の情報発信については、単純に否定派・肯定派に2分できないのは、これまでの議論で一般人様もすでにご承知の事と思いましたが。

>とにかく弁護団の情報提供を0として考えてください。・・・(中略)これらの疑念が発生しないと言い切れますか?

マスコミがそれら予断を垂れ流しているニュースを、法知識が不足している人達が見たら、疑念が発生するのは間違いないと思います。

問題は、その人達の疑念を明らかにする為に、説明責任を負うのは誰か?という点ですよね。

No.185訂正:言い切り過ぎましたので、訂正です。

×マスコミがそれら予断を垂れ流しているニュースを、法知識が不足している人達が見たら、疑念が発生するのは間違いないと思います。

○マスコミがそれら予断を垂れ流しているニュースを、法知識が不足している人達が見たら、疑念が発生する可能性は高いと思います。

No.185 mash さんへ
 一般人さんがいいたいのは、「弁護団が記者会見とかして情報を流す」とか、「弁護士団に注目を集める行為」をしなかったら、疑念になってないのではないか。ではないですか。

 この間も例になったけど「北九州一家監禁惨殺虐待事件」の件なんて、被告人の一人の死刑が回避されたのに、事件の概要と判決だけが報道されて、弁護士が誰だとか、どんな主張や弁護があったかなんてほとんど話題になってませんよ。

No.187 素人意見 様

No.185は、一般人様が
>とにかく弁護団の情報提供を0として考えてください。
と書いていらっしゃる部分へのご回答ですので、ご了解下さい。

No.184 mash さん
>もし思考実験として同様のケースにおいて弁護団が沈黙を守っていた場合には、予断を垂れ流しており、また、予断に対して批判的な見解が一つもなければ、偏向報道としての証左になりましょう。

批判的な見解とは
「真実かどうかはまだ確定的じゃない」
ということでしょうが、まぁこれはある程度空気というか
前提というか、そんなのは誰もが分かってる状態でしょう。
私はやはり「現状ではそのような疑いが持たれても仕方の無い状態」と認識してしまいます。
今も相撲の親方が様々な「疑い」を持たれてますが
これも仕方の無い状態だと認識してます。
社会的に疑惑行為を排除するのは不可能ですが、
そういう現実性を考えれば、常識の範囲での
疑惑行為かなと思いますね。


>弁護士の情報発信については、単純に否定派・肯定派に2分できないのは、これまでの議論で一般人様もすでにご承知の事と思いましたが。

被告の不利益を微量も侵害する説明は「絶対的」に許されないという人達が大半だったように思います。
そういう意味で二分しています。


>マスコミがそれら予断を垂れ流しているニュースを、法知識が不足している人達が見たら、疑念が発生するのは間違いないと思います。

法知識というよりも「疑い」なわけですから、
「弁護士失格行為の可能性も否定できない状態」
なわけです。
つまりそのような疑惑を選択肢から排除できない状態です。


自分の回答なのに“「ご」回答”等と書いてしまいました。
×ご回答 ⇒ ○回答 に訂正です。失礼しました。

No.187 素人意見 さん

>> 一般人さんがいいたいのは、「弁護団が記者会見とかして情報を流す」とか、「弁護士団に注目を集める行為」をしなかったら、疑念になってないのではないか。ではないですか。


まったく同意します。
報道のされかたでえらい違う印象!

やっぱ「テレビ」の影響はすさまじい。

No.187 素人意見 さん

>> 一般人さんがいいたいのは、「弁護団が記者会見とかして情報を流す」とか、「弁護士団に注目を集める行為」をしなかったら、疑念になってないのではないか。ではないですか。


まったく同意します。
報道のされかたでえらい違う印象!

やっぱ「テレビ」の影響はすさまじい。

>No.189 一般人様

>まぁこれはある程度空気というか前提というか、そんなのは誰もが分かってる状態でしょう。

また、空気ですか・・・。
正直「空気」というご説明が出ると、なんせ「空気」ですから、なんとお答えしていいか分かりません。

予断の垂れ流し報道は、世間に断定的な印象を与える「空気」を伝えるとも言えるのではないでしょうかね(苦笑)。

>私はやはり「現状ではそのような疑いが持たれても仕方の無い状態」と認識してしまいます。

「現状」とは、どのような「現状」を指していらっしゃるのでしょうか?

現状とは、「現状のマスコミや世間社会」すなわち、「予断垂れ流し報道」や「法教育不足」の現状と置き換えて宜しいでしょうか?

>被告の不利益を微量も侵害する説明は「絶対的」に許されないという人達が大半だったように思います。
そういう意味で二分しています。

上記文章は、「絶対的に許されないという人達が大半という意味で、二分している」ということでしょうか?
いずれにしても、仰る意味がつかめませんでした。

TAKUさん、言葉遊びはほどほどにして下さい。

コメント欄で議論が始まると、「何か知的な興奮や感動が得られる、面白い展開があるかもしれない」と淡い期待を抱いてしまいます。
しかし、TAKUさんが始める議論を読んだ後には、脱力感しか残りません。
TAKUさんは、漠然とした主張を述べた後、誰かから反論されると、「理由を示せ」「根拠は何だ」「基準を示せ」等々、「それっぽいこと」を書かれますが、自ら理由や根拠、基準を提示することはありません。
あなたのしていることは、主張を戦わせる議論ではありません。
No.172 mash さんが書かれてますが、ただの態度の悪い「質問」です。


読んだ後に抱く感想は、いつも「あぁ、時間の無駄だったな・・・」なんです。
不毛です。あまりに不毛すぎます。
本当に勘弁してくださいよ。

No.194 疑問符? さん

あああ、言っちゃった。

>法知識というよりも「疑い」なわけですから、(略)

なるほど。
「弁護人の説明責任」を訴える人達の多くは、「疑惑」という段階では済まず「断定」に近かったように思いましたが。

それで、問題は、その人達の(断定に近い)疑念を明らかにする為に、説明責任を負うのは誰か?という点ですよね?

No.193 mash さん
>正直「空気」というご説明が出ると、なんせ「空気」ですから、なんとお答えしていいか分かりません。

要は番組の最後に
「真実かどうかまだ分かりません」というコメントを
してもしなくてもあまり意味の無いという事です。

>予断の垂れ流し報道は、世間に断定的な印象を与える「空気」を伝えるとも言えるのではないでしょうかね(苦笑)。

??

>「現状」とは、どのような「現状」を指していらっしゃるのでしょうか?

疑惑行為を排除しきれない現実性を踏まえた状態です。

>現状とは、「現状のマスコミや世間社会」すなわち、「予断垂れ流し報道」や「法教育不足」の現状と置き換えて宜しいでしょうか?

その通りです。
それが現実社会です。
全ての国民が完璧に法知識を身に付けるのは
不可能ですし、マスコミや国民が全く疑惑行為を
行わないのは不可能です。
つまりどこかに妥協点が必要であり、
その妥協点に従ってやっていくしかない現状があるのです。

>上記文章は、「絶対的に許されないという人達が大半という意味で、二分している」ということでしょうか?
いずれにしても、仰る意味がつかめませんでした。

被告の不利益と重なる説明は微塵も許されない派と
原則被告の不利益と重なる説明は許されないが
曖昧なもの社会が許容してるので
許されるんじゃないか派の二分です。

>「弁護人の説明責任」を訴える人達の多くは、「疑惑」という段階では済まず「断定」に近かったように思いましたが。
それで、問題は、その人達の(断定に近い)疑念を明らかにする為に、説明責任を負うのは誰か?という点ですよね?


疑惑の説明責任って何ですか?
少し意味が分かりません。
説明責任を負うのは弁護団で、それ以外の手段では
ほとんど疑念の晴れようがありません。

>No.197 一般人様

>全ての国民が完璧に法知識を身に付けるのは
>不可能ですし、マスコミや国民が全く疑惑行為を
>行わないのは不可能です。
>つまりどこかに妥協点が必要であり、
>その妥協点に従ってやっていくしかない現状があるのです。

私の意見を極論にすり替えるのは止めて下さい。
無意識でしたらば気をつけた方が宜しいでしょう。
そのような議論は、不毛です。

>一般人さん

「疑惑行為」とは、誰のどのような行為を想定されているのですか?
文脈の流れを追っても、よくわからなかったので・・・。

No.198 mash さん
つまり妥協点がどこかという事でしょう。
例えば時津風親方を報道する場合、
必ず「まだ真実かどうかは分かりません」という
疑惑と対立する批判的見解を
コメントの端々に述べるようにするべきという
意見ですか?
どういう報道を望んでるんですか?

なんかさっきから話が噛み合っていない気がするのですが。
もともと、TAKU様との話がそもそも噛み合っていないところへ、一般人様が参加されました。

どこから捩れた議論を解けばいいのか…。
一体何を聞かれているのかすら分からなくなって来ました。
混乱(@@;

 おはつでございます。
 皆様、お疲れ様です。

 横レスなのでスルーでも結構ですが、一般人さんが問いとして発せられた、

>例えば時津風親方を報道する場合、
>必ず「まだ真実かどうかは分かりません」という
>疑惑と対立する批判的見解を
>コメントの端々に述べるようにするべきと

 そのような報道姿勢を一貫して保持する報道番組があれば、ぜひ観てみたいと思いました。
 対抗言論の必要的提示は、少なくとも誤解に一定のブレーキがかかるという効果が望めると思ってのことです。

まぁ私もいったいどこに向かって走ってるのか
よく分かりませんが、反論されれば
応答してしまいます。

>例えば時津風親方を報道する場合、
>必ず「まだ真実かどうかは分かりません」という
>疑惑と対立する批判的見解を
>コメントの端々に述べるようにするべきと

また、極論の荒らしが…。
どうして、そうなっちゃうの(TT)

そして、頭がショート…。

少なくとも、某委員会のように畳み掛けるように、「弁護活動は死刑廃止論者の一環」というのを数名の人間が入れ替わり立ち代り口々に発して、それを聞いている人達もうなづいてばっかりという映像が差し挟まれるというのは、偏っていると思いましたが、一般人様はどう思われますか?

上手く言えませんが。

>少なくとも、某委員会のように畳み掛けるように、「弁護活動は死刑廃止論者の一環」というのを数名の人間が入れ替わり立ち代り口々に発して、それを聞いている人達もうなづいてばっかりという映像が差し挟まれるというのは、偏っていると思いましたが、一般人様はどう思われますか?


ですからそれは疑惑なんですから
それを晴らすには説明しか無いわけです。
ボランティアで21人も集まったり、死刑廃止運動の人が
中心人物だったり、死刑かどうかの性質の裁判だったり、
様々な断片情報でそういう疑惑が浮上したわけです。
これを掻き消したのが今枝さんの
「21人全員が死刑廃止論者じゃない」
「弁護団でそういう話は一切出てこない」
という情報発信であり、
私も実はこれによってかなり疑惑が晴れたわけです。

>ですからそれは疑惑なんですから
>それを晴らすには説明しか無いわけです。

とりあえず、それを「説明責任」と仰ってるの?

No.136 pon さん
>私は係争中の訴訟代理人に対してそのような要求が発生する
>ことそれ自体が好ましくないという立場です。

要求が発生することが好ましくないというのと,これに応えることが好ましくないというのはまったく異なることだと思います。

たとえば,刑事裁判に関心を持っている個人がいて,弁護人に対して情報提供を求めた場合,これに応じて訴訟に支障がでない限度で情報を提供することは「好ましいこと」だと思います。これがマスになっているだけじゃないかと思うのですが…。
つまり,前件が必ずしも「好ましいこと」でないとしても,後件を「好ましいこと」でないと断ずるのは早計かと思います。

確かに,要求が概して内容空虚なものであることは否定しませんが,仮に前件と後件の評価が一致したとしても,個人がマスになったものでしかない社会を一律にダメと断じて,それを前提にすることは私にはできません。(なお,私自身は情報提供を求めること自体も有意義だと思っています。)

>No.205 一般人様

すみません。一瞬眠ってました。

上手く言えるかどうか分かりませんが、No.94 FB様の仰っているように、「説明責任」という語の射程が、一般人様と私との間でズレている気がしています。

責任が生じるのは義務があるからですよね?
世間で懲戒請求騒動が起こったので、懲戒事由の件に関して弁護人は世間に対して説明できる範囲内で説明した方がご自身の為に宜しいだろうとは思うのですが、義務という程の「強制力」があるとは私には思えなかったのです。

ただ、私の上記意見に賛同するように「一般人」様を説得するつもりは今の所ございません。(もっと自分の中で考えたり、説明責任に関する知識を得て理解を深めたいと思っています。)

>ですからそれは疑惑なんですから
>それを晴らすには説明しか無いわけです。

疑惑を晴らすには、当事者(弁護団)からの説明しか無い訳ではないでしょう。それに、それだけでは不十分ではないでしょうか?(世間にもっと説明しろという意味ではございません。念の為。)

今枝弁護士のブログを拝見して後の今も、No.66で述べた疑惑等が私から完全になくなった訳ではありませんでした。
また、モトケン様のブログで刑事弁護の内容について理解を深める事により、私の疑惑は和らぎました。
下記疑惑を否定する選択肢が増えたからです。

>「弁護団が被告にストーリーを吹き込んで唆した」
>「遅延目的で裁判欠席している」
>「前任の弁護士は何をやっていたのか理解不能」

断定しまった人達/断定に近い疑惑を抱いてしまった人達は、疑惑以外の選択肢は無いと思った/殆ど無いと思ったからではないかと推測します。

以上の推測が、詳細な刑事弁護方針についてマスコミが取り上げ予断を垂れ流す事があるならば、それを観る視聴者の方には刑事弁護に関する知識を深める必要があるのではないかと思った理由でした。

散漫になり、すみません。

×刑事弁護の内容
○刑事弁護に関する一般的な知識

※上記は、光市事件に関する具体的な弁護内容の事ではございません。

念の為に。

今回、「税金を使って、凶悪犯罪者を弁護する必要はない」とか「人を殺したのだから、争うまでもなく、死刑が相当」等という意見等もあったことが、マスコミがどんな報道をするかしまいかに関わらず、法教育強化が必須であると考えた理由です。(憲法や司法制度等の理解不足と思われますので。)

説明を求める人達も一枚岩ではなく、何の説明を欲しがっているのかは様々だったと思います。また、複数あるでしょう。その中で、法教育を強化すれば解決する物も多々あったと思われます。

裁判員制度が実施される事を考えると、マスコミがどのような報道をしようが、一般人であっても、刑事裁判に関する知識に対して無関心ではいられなくなってくるのでしょうね。

>一般人さん
No.199の質問はスルーされてしまいましたか。
無念。

「疑惑」とは「本当かどうか、不正があるのではないかなどと疑いをもつこと」を指しますが、この言葉の後に、何故「行為」を付けるのか、何か意味があるのか、理解できませんでした。
何か、独自の意義を付されているのかと思ったので、質問した次第です。

No.183、189、197などで、一般人さんは疑惑行為という用語を使われています。
おそらく、視聴者などが疑惑を持つことを、「疑惑行為」と呼んでいると思うんですが・・・。
日本語の用法として違和感を感じます。
相撲協会理事や弁護士の(不正かもしれない)行為の事を、「(世間に)疑惑(つまり、疑いを向けられる)行為」と言うのなら分かりますが・・・。


言葉の使い方の問題は、横に置いておくとして、


一般人さんは、こう考えるわけですよね?
マスコミの報道が、弁護人の認識している事実や、行った主張と異なっていて、それにより、視聴者や読者に疑惑が生じたら、弁護人は自ら、その疑惑を解消しなければならない、と。

弁護人が疑惑を解消する方法としては、(A)マスコミを通じて解消する方法と、マスコミを経由せず、(B)自らインターネット経由で情報を発信し、解消する方法が考えられます。

(A)まず、弁護人が、マスコミ経由で疑惑を解消する場合、幾つか方法が考えられます。

(1) 報道機関にFAXを流す
→とりあげてくれるか微妙。ペーパーの内容を考えるのが面倒くさそう。迂闊な記述により、更なる誤解を招くリスクもある。誤解が解消できるかは不明。
(2) TV・ラジオ番組に出演する
→そもそも出られるとは限らない。出る場合、事前に質問などを想定しておく必要がある。準備面倒くさそう。生放送なら、キャラクターによっては上手く世論を掴める事もある・・・かもしれない(み○もん○が司会だと、たぶんアウト)。VTR出演だと、インパクトのあるように編集されて、結局誤解は解けないかも。
(3) 新聞・雑誌のインタビューに答える
→弁護人の事務所にマスコミが来る場合、出向く手間は省けそう。でもどんな編集をされるかは不明。誤解は解けないかも。
(4) 自ら記者会見を開く
→弁護人は記者会見のために、会場を手配して、他の仕事に回せる時間を削って配布用のペーパーの内容を考えて、自費でコピーして何十部も用意しなきゃなんない。むろん、迂闊なことは書けないし、言えない。世論を背負った(気でいる)記者に「そんなことで、被害者が納得すると思ってるのか!?」とか、キツイことを言われる。
そんな感じでクタクタになるのに、マスコミに都合よく編集されて、結局誤解は解けないかもしれない。

結局、誤解が解ける予感はしません。
なんだか、弁護人が気の毒。

さて次に、(B)の方法。
マスコミを経由しないなら、今ならブログを書くなどして、インターネット経由で情報を発信することなるでしょう。

でも、これも手間がかかって、甚だ面倒くさいことだと思います。
ブログを書くのって、面倒くさいですよね。
内容は、マスコミ情報で既に一定の予断を持った視聴者・読者に、それが事実と異なることを、説明して説得しなきゃいけない。考えるのは大変だと思います。
ブログを使った場合、コメント欄を開放したら、コメントを返したり、記事で応答したりしなきゃいけない。
叩かれれば叩かれる程萌えるという、ドMならともかく。
金にもならないのに、時間をかけて、悪意と偏見に満ちたコメントに回答していくのは、もはや苦行。

そもそも、ブログ書いたって、誤解を持った人が、自らアクセスしないと、読んではもらえない。
事件の経緯に興味を持った一部の人は、読んでくれるかもしれませんが、そう多くはないでしょう。
ホームページやブログの場合、TV・ラジオのように、視聴者・聴取者が、何となしに情報を受け取ることはないのですし。たまたまそのサイトのRSSを登録でもしない限り、新聞・雑誌のように、読者に定期的に読まれることもないですし。

光市の弁護団の場合、過熱した報道により、一定の注目を集めていたため、わざわざブログにアクセスする人もいたのでしょうが・・・。
そうした行動を起こす人が、世間の大多数とは思えません。
今回の光市の事件のような、世間の注目を集めたニュースであっても、多くの人は、ニュースを見た瞬間は不快感を覚えるでしょうが、やがては忘れて、他の自分にとって優先順位の高いことをしたり、考えたりするでしょう。
ちなみに、ウチの妹が、今枝弁護士の記者会見での号泣をみた感想は、一言。
「キモイ。」
これだけでした。事件の内容とかには興味なし。
その後、光市の事件や、その周辺のゴタゴタについて、聞いてみたことがあるのですが、「あの人、キモかったよね。」以外、特に感想はないようでした。
世間の大方は、この位の興味しか持っていないのでしょう。
たぶん。
仮に、事件に興味を抱き、ネットで調べてみようと思い立ったとしても。
せいぜい、Yahoo!等のニュースを読んで、事件のあらましを確認するくらいではないでしょうか。
わざわざ、弁護人の開設したサイトにアクセスして、その発信する情報をチェックしようなんて考えないと思います。
検索して、アクセスして、記事を読んで・・・って、面倒くさいじゃないですか。

私の考える「世間」の皆様と同様に、私も最初は、光市の事件にはさほど興味がありませんでした。
たまたま読んだ、橋下弁護士のブログが、(ウオッチ対象として)興味深かったので、事件に興味を持つようになり、その流れの一環として、こちらのサイトを読むようになったにすぎません。

(B)の方法でも、あんまり誤解が解ける予感はしません。
やっぱり、弁護人が気の毒。


さて。
一般人さんは、弁護人は、誤解を解くべく説明責任を果たせ、とおっしゃっているわけですよね?
マスコミの「偏向報道」(があったと仮定して、それ)により、リテラシーを欠く視聴者・読者に誤解が生じた場合。
本来、疑惑を解くべきなのは、その疑惑が生じる原因を作ったマスコミであると思います。
この点、一般人さんも特に異論はないでしょう。
しかし、マスコミが自ら誤解を解く行動をすべきではあるけれど、事実上それは期待できない。
だから、(無駄になる可能性もあるけど、)弁護人が(自らのお金と時間を使って、)その疑惑を解消すべきだ。
このような一般人さんの考えは、総論としては同意できるのですが、(A)(B)のように実際の弁護人の行動に落とし込んだ場合、過度の要求になっているのではないでしょうか。

マスコミが生じさせた視聴者・読者の疑問を解消するために
弁護人が努力して「説明責任」を果たしても、結局、マスコミが生じさせた第一印象を変えることはできない可能性が高いんじゃないでしょうか。
何を言おうが、書こうが、世間の注目が集まるうちは、結局叩かれる。

長々書いて、すみません。
だんだん、自分で何を書いているのかわからなくなってきました (;^ ^)
何が言いたかったか、一言でいうと・・・

手間暇かけて、説明しようがしまいが、一度生じた誤解が解ける可能性は低いように思われるし、本来的に、誤解を解く責任があるのは、誤解を生じさせた原因を作ったマスコミなのであるから、事実上、弁護人にしか誤解は解けないとしても、弁護人に説明責任があるなんて考えない方がいいんじゃないの。

これだけです(・・・一言にしては、長いかもしれませんが・・・)。

No.211 疑問符? さん
横レスすみません。
「義務」という意味での「責任」は無いということで一般人さんも含めて一致したかと思いますが…ちがいましたでしょうか?

ともあれ,結局,社会が刑事裁判と可能な限り直接向き合うことが大切なんじゃないですかね?社会に対する「弁護団の応答責任」というポイントで議論しているので混乱するんだとおもいます。あくまで私見ですが,裁判員制度も込みで考えると,国民は刑事裁判に関心を持つ責任(場合によっては抽象的義務といっても良いかも知れない)があって,その国民の関心の中から出てくる疑問に対して弁護人や検察官は応答することは社会にとって「好ましい」というべきなんじゃないか?と思っているのですがどうでしょう。

>No.212 FB さん
「義務」という意味での「責任」は無いということで一般人さんも含めて一致したかと思いますが…ちがいましたでしょうか?

私も、義務はないと考えています。あまりにも長くなったので、後半は端折って書いてしまいました。分かりづらくて、すみません。

丁寧に書くと、こんな感じです。

手間暇かけて、説明しようがしまいが、一度生じた誤解が解ける可能性は低いように思われるし、本来的に、誤解を解く責任があるのは、誤解を生じさせた原因を作ったマスコミなのであるから、事実上、弁護人にしか誤解は解けないとしても、弁護人に 『法的義務はもちろん、好ましいという意味でも』 説明責任があるなんて考えない方がいいんじゃないの。

あれ?分かり易く書こうとしたけど、やっぱり分かりづらいですね・・・('A`)


>国民は刑事裁判に関心を持つ責任(場合によっては抽象的義務といっても良いかも知れない)があって,その国民の関心の中から出てくる疑問に対して弁護人や検察官は応答することは社会にとって「好ましい」というべきなんじゃないか?と思っているのですがどうでしょう。

国民として、「刑事裁判の仕組み」などに関心を持つ責任があるとは思います。
制度が分からないと国民が思ったとき、専門家として検察官や弁護人が、丁寧に分かり易く説明すべきだと思います。

ただ、「個別の刑事事件」の弁護人や検察官が、その事件に関連した生じた疑問に、法廷外で答えるのが好ましいかは、微妙なところではないでしょうか。
基本的には、検察官・弁護人は、法廷の中で互いの主張をぶつけることによって、事件の詳細を明らかにしていけば、足りるのではないかな、と思います。

マスコミは、裁判を傍聴したり、開始前や開始後に、検察官や弁護人に取材をするわけですよね。
その際に、事件について不明な点があれば、その疑問を検察官・弁護人にぶつけていくでしょう。
このとき、質問に答えなかったら、一律に、その姿勢は「好ましくない」という事になるのでしょうか。
そんなことはないはずです。

「マスコミから質問されたとき、検察官・弁護人は諸条件(公判維持に問題が生じないか、被告人に不利益が生じないか等々)を踏まえて検討した上で、答えられる範囲で答えればよい。」
検察官も弁護人も、答えられる範囲で答えればよい、という点については、おそらく異論はないはずです。

ただ、ここで問題が生じます。
答えられるか否かを判断するのは、取材を受ける検察官・弁護人です。
取材する側にとっては、その判断過程は闇の中の出来事でしょう。だから、解消されなかった疑問点は、他の事実を元にして、推測して報道することになる。
この推測が外れた場合、国民に余計な疑惑を生じさせることになります。
かといって、必要以上に答えれば、いろんな人々の利益を害してしまうでしょう。
全く答えないと、やましい点があるから何も言えないんだろう、と受け取られるかもしれません。
仮に、検察官や弁護人が、抜群のバランス感覚で、事後的に見れば適切な程度に疑問に答えたとしても、受け取る側のスタンスは多様であり、結局、過不足を指摘されるでしょう。

それだったら、最初から、好ましいという意味でも、個別の刑事事件に関する説明責任なんて、ないと考えた方が良いかなと思うのです。

あと、もし、私が被告人になったとしたら、記者からの質問にホイホイ答える弁護人なんて、危なっかしくて嫌ですね。
この私の感覚も、法廷外で説明をすることが好ましいと思えない理由の一つだと思います。

mashさん

mashさんの主張は「とにかく法教育を強化せよ」で「弁護士の説明責任」については争点ではないということでしょうか?

だとするれば、話が噛み合うわけがないですね(笑)


疑問符? さん

>誤解を解く責任があるのは、誤解を生じさせた原因を作ったマスコミなのであるから

誤解かどうかはわからないでしょ?責任がどっちにあるかではなく、釈明する必要がどっちにあるかってことではないでしょうか?

>この推測が外れた場合、国民に余計な疑惑を生じさせることになります。かといって、必要以上に答えれば、いろんな人々の利益を害してしまうでしょう。全く答えないと、やましい点があるから何も言えないんだろう、と受け取られるかもしれません。

そう言うことも含めて「これこれこう言う理由で答えられないし、勝手な報道をするな」と徹底的に釈明していけば良いと思いますよ。

最初から、説明責任などないというスタンスでは、素人が閉鎖的と思うのは無理もない話しです。

レスを浪費した反省より、エントリの趣旨に沿ったご意見をピックアップしました。

こちらのエントリの趣旨は、「他の刑事事件にも一般化した場合の問題として、弁護人は説明すべしという方は、弁護人は【何を】『説明すべし』と考えているのか」でした。

一般人様:弁護人は、【(世間から)弁護士失格と認定しうる疑惑】を持たれた場合、これについて世間に『説明する必要がある』。

FB様:弁護人や検察官は、【国民の関心の中から出てくる疑問】が発生した場合、これについて国民に『説明するのが社会的に好ましい』。

No.214 TAKU さん

横から失礼します。

>責任がどっちにあるかではなく、
>釈明する必要がどっちにあるかってことではないでしょうか?

ここの部分に異論を唱える方は、あまりいらっしゃらないとおもいますよ。

けれど、上の引用部分にご自身で書かれている通り、「必要があるということと責任があるということとでは違うんじゃないですか?」という話を、みなさん一生懸命しておられるのではないでしょうか?

>釈明していけば良い

というのと、

>説明責任がある(=釈明しなければならない)

というのでは、意味合いが異なるとおもいます。

FB様

>たとえば,刑事裁判に関心を持っている個人がいて,弁護人に対して情報提供を求めた場合,これに応じて訴訟に支障がでない限度で情報を提供することは「好ましいこと」だと思います。

そういうものであれば大変結構です。
しかし、例えば、と断りをつけなければならないのはなぜか。
現状の「説明責任の要求」がそうではないからですね。

上でも言いましたが、現状彼らが行っている「説明責任の要求」
は、弁護団による説明がなされることを目的にしたものではありません。
弁護団に自分の前で説明させることで相手を非難の土壌を立たせることを目的にしたものです。

例えばTAKU様は再三説明責任を主張してますが、私の「弁護団にこれ以上どんな説明が必要か」という質問にはついに答えませんでした。
たかじんの出演以来然りです。
弁護団の言い分を放送したいのならば今枝氏ブログの記述を紹介すればよいことです。

FB様があげた例ですが、それでも係争中の訴訟代理人が自ら
説明をしなければならないものだとは思えません。
結審した後でもいいし、第三者による法曹の解説でも良いではないのでしょうか。

No.216 を訂正させてください。

(誤)ここの部分に異論を唱える方は、あまりいらっしゃらないとおもいますよ。

(正)これまでの発言で、ここの部分に同意しておられる方はいらっしゃいますよ。

そもそも個人による「刑事裁判に興味がある」程度の理由が、
弁護人しか知らないような事件に関する詳細情報を公開するに
値するとは思いません。

>No.212 FB さん

横からすみません。
FBさんは、上のほうから再三、弁護人が事件について説明するのが
社会にとって「好ましい」、とおっしゃっていますが、
この「好ましい」というのが、どうも、「説明責任がある」ということの
レトリックに思えてなりません。

1.個人が事件に関心を持ったら、弁護人が説明するのは好ましいでしょ?とおっしゃる。
2.では、個人がマスになっても同じでしょ?とおっしゃる。
3.そして、国民たるもの刑事事件について関心を持つべきとおっしゃる。
4.従って、国民(マス)は事件に関心を持つべきだから、
  その関心に応えて弁護人が説明するのは社会にとって好ましい、
  ということになりますよね。これは限りなく「説明責任がある」
  とおっしゃっているように見えるのですが、どうでしょう?

なお、上記1.2.3.4.それぞれ、ほんとにそう言えるのか?と
検討すべき問題だと思います。
私は、個人でもマスでも(マスなら情報伝達の不完全さがあるのでなおさら)、
いくら説明要求があったとしても、説明しないほうが社会にとって好ましい、
のではないかと思います。少なくとも、社会にとって好ましいと
一義的には言えないと思います。
なお、検察官については、公益の代表者である公務員ですから、
別個に説明責任が検討されるべきだと思います。

そうですね。
弁護人は通常単なる一個人の代理人に過ぎませんし。
単なる一個人にそのような重い社会的責任が課せられることが
正しいとは思いませんし、代理人であっても同様です。

PONさん

・弁護方針と死刑廃止論についての釈明

・最高裁弁論欠席理由についての批判の釈明

・1審弁護人の職責についての明確な責任追及

・遺族への配慮不足への批判に対しての釈明

等等

上記についての回答は更新意見書を見れば載っているのでしょうか?

今枝弁護士は説明責任を果たすべく頑張っておられると思いますが、弁護団にその姿勢があるとは思えません。


>単なる一個人にそのような重い社会的責任が課せられることが正しいとは思いませんし、代理人であっても同様です。

発言や行動に対しての責任は、弁護士に限らず誰もが負っていることです。

「最高裁弁論欠席理由についての批判」は弁護団の行動により招いたことであり、弁護団に説明責任があることは明白だと思います。

弁護士に説明義務があるとはいいませんが、必要に応じて説明責任も生じると思います。

・弁護方針と死刑廃止論についての釈明
・最高裁弁論欠席理由についての批判の釈明
・1審弁護人の職責についての明確な責任追及
・遺族への配慮不足への批判に対しての釈明
全て今枝氏ブログに掲載済みです。

そしてあなたが使っている「釈明」という言葉からも、
何が何でも弁護団を非難したいという思惑が透けて見えます。

>弁護団に説明責任があることは明白だと思います。
あなたが思っているだけです。
そして欠席の理由は安田氏本人も説明しているし、今枝氏ブログにもその旨記述があります。

そして、この段階に至ってもあなたが誰のどんな説明を求めているかを明らかにできないのは、一体何を意味しているか。

No.31をご覧ください。

弁護団の行動についてすでに十分な説明がなされているのに
「〜の口からの説明じゃなければ納得できない」というのならば、
説明そのものではなく、相手を非難することが目的だと
みなさざるを得ません。

結局、TAKU様は私がこのエントリで散々言ってきたことを立証してくれてることになります。

何だか議論がごちゃごちゃになってきてますが、
私の主張を簡単にまとめると

「被告人にストーリーを吹き込んで唆した」
「遅延目的で裁判を欠席した」
「前任の弁護士はいったい何をやってたのか理解不能」
「死刑廃止運動に利用している」
弁護団の情報発信が全く無いと仮定して
断片的な情報によってこれらの疑惑は
浮上してしまいます。
そして大事な事はこれらは「弁護士失格の要素」
なわけです。
もしこんな事が事実だった場合、そのまま
放置されたなら社会的な弁護士の品位が失われ
国民の司法に対する信頼を失ってしまう
可能性があるのです。
そしてその疑惑を晴らすには疑惑を掛けられた
弁護士が説明する以外の方法は考えにくく、
逆に言えば、その他の説明や法知識を得ただけでは
穴埋めできる疑惑ではないわけです。
なので被告の不利益と重ならない範囲で
答えるべき社会的責任はあるのです。
マスコミが偏向するから説明を行わないじゃ
筋は通りません。
そこは工夫してやっていくしかないのです。
特にネットを利用するのは有効でしょう。
日本もネット社会ですし、疑惑を持ってる人は
自発的に検索する可能性は高いです。
とにかく一人でも多く疑惑を解ければ
意義があるのであって、説明しないならば
何も始まりません。

ponさん

>全て今枝氏ブログに掲載済みです。

そんなことは知っています。弁護団が説明責任を果たす努力を怠っていると言っているのです。わかりませんか?

繰り返しになりますが、今枝弁護士の活動は弁護団の意思ではなくスタンドプレーだと言う事です。


>そしてあなたが使っている「釈明」という言葉からも、何が何でも弁護団を非難したいという思惑が透けて見えます。

そういう意味ではありません。「誤解」なのかかどうか真実がわからない以上は「訂正」を使う必要はないと思ってます。

>そして欠席の理由は安田氏本人も説明しているし、今枝氏ブログにもその旨記述があります。

だから・・今枝弁護士と弁護団を分けて考えて下さい。

安田氏本人の説明によりさらなる批判が生じてます。このことに関しての説明責任を果たしているとは思えません。

No.223 pon さん

>そしてあなたが使っている「釈明」という言葉からも、
>何が何でも弁護団を非難したいという思惑が透けて見えます。

わたしも当初、「釈明」という言葉遣いに違和感を覚えたのですが

【釈明】 誤解・非難などを受けた時、自分の立場・事情などを説明して理解を求めること。(岩波 国語辞典 第三版)

とあるので、非難しているのではなく、誤解していると善意解釈してもよいのではないでしょうか。

No.221 pon さんでは
説明責任は必要無いと言い切っておきながら
No.223 pon さんで弁護団の説明を頼りに
反論しているのです。

貴方がこの議論で反論する場合は
「弁護団は説明を一切行わない」と仮定して
反論する必要があるのです。
自己矛盾に陥ってますよ。

一般人様

No.96を参照してください。

TAKU様

>そんなことは知っています。弁護団が説明責任を果たす努力を怠っていると言っているのです。わかりませんか?

わかりますよ。
あなたはすでに納得いく説明がなされているのにもかかわらず、
それでもいまだに説明を求めている。
説明そのものを求めているのではないということです。
「説明責任を果たせ」という文言を持って言いがかりをつけているに過ぎません。

pon さん
TAKU さん

あらら。
TAKU さんから、全然違う答えが返って来ていますね。

pon さんのご指摘は、「説明」ではなく「釈明」という言葉を敢えて使っている心理の推測だと考えて、No.227 の発言をしてしまいました。

横から口を挟みまして、申し訳ありませんでした。

214。TAKUさんの
>誤解かどうかはわからないでしょ?

というカキコを見て、
マスコミは偏向報道の自覚が無い+自浄作用が働かない
⇒報道内容の修正には発言者側の弁護人が発信するしかない

という状況なのかなと思いました。そこで弁護人は、マスコミの報道のうち正すべき事項を説明すべき、ということでしょうか?
(「疑惑・疑問」まで説明すべきとするのは、広すぎ?)

No.96 pon さん
>係争中の事件について訴訟代理人が事件に関する詳細を公に語るような事態は避けるべきものだと考えます。

社会的責任は誰もが負っているのであり、
弁護士だけ例外にはなりません。
しかも説明責任は一般個人より重いものと思います。

>もっと言えば、このような批判が沸き起こること自体が間違いであって、それは日本社会の未熟さの現れであり、「一般人」が自ら改善していくべきことであり、法曹界の人間だけに、ましてや訴訟の当事者などに対応を迫るべきことではないと考えています。


疑惑の中から「弁護士失格行為の可能性」だけ
一切排除せよという考えですか?
あまりにも滅茶苦茶な論法です。

一般人様

>社会的責任は誰もが負っているのであり、
>弁護士だけ例外にはなりません。

社会的責任を無根拠に拡大しすぎです。
あなたがそのように思うのは勝手ですが、現に弁護士が
裁判の詳細を公開しなければいけない責任はありません。
ましてや刑事被告人にそんな責任が課せられるはずもありません。

マスメディアがよく使う「道義的責任」と全く同じです。

>疑惑の中から「弁護士失格行為の可能性」だけ
>一切排除せよという考えですか?
意味がわかりません。

No.234 pon さん
>社会的責任を無根拠に拡大しすぎです。
あなたがそのように思うのは勝手ですが、現に弁護士が
裁判の詳細を公開しなければいけない責任はありません。


無根拠ではありません。
社会的な弁護士の信用を失うかどうか
司法の信用を失うかどうかの重要な事なのです。


>もっと言えば、このような批判が沸き起こること自体が間違いであって、それは日本社会の未熟さの現れであり、「一般人」が自ら改善していくべきことであり


疑惑が発生すること自体間違いって、どういうことですか?
疑惑というのは材料が揃えば発生するのです。
日本社会の未熟さとは関係ありません。
そしてそんな疑惑を一般人が改善してしまったら、
悪事を見抜く力が失われ社会は混乱します。


pon さん

>「説明責任を果たせ」という文言を持って言いがかりをつけているに過ぎません。

弁護団が説明責任を果たさなければ、意味を成しません。

あなたの反論は完全に破綻してます。もうご自身でもお分かりでしょう。

>社会的責任

この様な「抽象的概念」を、議論の出発点「=前提」に持ち出すなら混乱は必至。
それも後出しでは、それ以前の議論まで解らなくなる。

直感的なコメントをいれると犯しやすいミスね。

如何しても言及し無ければならんないなら、具体的に「社会的責任」の中身を規定する必要有り。
(とても難しい!のは覚悟で)

No.237 MultiSync さん
>如何しても言及し無ければならんないなら、具体的に「社会的責任」の中身を規定する必要有り。


社会的な弁護士の信用を失うかどうか
司法の信用を失うかどうかの重要な事だと
何度も言ってますよ。

その「社会的な弁護士の信用」とは?
更にその「責任を負う」とする理由は?

これらを具体的に把握していますか?

(「司法の信用」は一時退けといたほうが良さそうです。あ、しばらく放れるんで後ほど)

No.239 MultiSync さん
>その「社会的な弁護士の信用」とは?

弁護士失格行為があれば弁護士の社会的信用は
失われますよ。
当たり前の事です。
力士暴行事件も相撲業界全体の信用を失ってるのです。
だから釈明しているのです。

>更にその「責任を負う」とする理由は?
これらを具体的に把握していますか?

ですから疑惑が発生するわけですから
説明して疑念を払拭する責任を負うのです。

>(「司法の信用」は一時退けといたほうが良さそうです。

これら疑惑が放置された状態では、いつ犯罪被害者に
なるかも分からない国民が司法に不安を抱くのは
当然の事でしょう。


弁護人が説明責任を負うか否か、また、説明するほうが好ましいか否か、というのは、結局のところ価値判断の問題だと思うのですが。

「説明するほうが好ましい」というのは、説明することによって得られる利益の方が、説明しないことによって得られる利益より大きい、という判断ですよね?
これに対して、「説明するほうが好ましいとは言えない」というのは、説明しないことによって得られる利益の方が、説明することによって得られる利益より大きいことがありうる、という判断。
「むしろ説明しないほうが好ましい」というのは、説明しないことによって得られる利益の方が、説明することによって得られる利益より大きい、という判断。
 

弁護人に説明責任は無い、という主張も、弁護人は自分の行動に全く責任を負わなくてよい、なんてことを言っているのではないと思います。

「弁護人は自身の行動に当然責任を負うけれども、弁護人が説明することによって、より大きな利益が失われるのであれば、そのような説明は控えるべきである」という価値判断があって、そこから、結果として「弁護人に説明責任は無い」という結論が導き出されているのではないのでしょうか?

わたしの理解がおかしいのかもしれないので、よろしければご指摘をお願いいたします。

No.237 MultiSync さん

>社会的責任

>>この様な「抽象的概念」を、議論の出発点「=前提」に持ち出すなら混乱は必至。

「抽象」という言葉を「曖昧」という言葉と勘違いなさっているのではないでしょうか。抽象性というのはそもそも具体的事物から本質性を抽出したものだと考えることができますから、「曖昧」なものではありません。例えば「法」なんかも具体的事例に対する「抽象的概念」に他なりません。したがって「『抽象的概念』を、議論の出発点『=前提』に持ち出すなら混乱は必至」というのは正確ではないでしょう。

>一般人様

>社会的な弁護士の信用を失うかどうか
>司法の信用を失うかどうかの重要な事なのです。

本件弁護団は、かような無根拠な批判に対して全力で説明し、
あなたのいう「疑惑」を晴らそうと努力しました。
そして説明したのにもかかわらずいまだに疑惑は晴れていません。
であるのならば「疑惑」を持つほうに問題があると結論付けるのに
何の問題もありません。

>疑惑が発生すること自体間違いって、どういうことですか?
こちらが聞きたいです。
私のコメントを改変までして一体何を言っているのですか?

236 TAKU様
>弁護団が説明責任を果たさなければ、意味を成しません。
意味不明です。

>あなたの反論は完全に破綻してます。もうご自身でもお分かりでしょう。
私は自分が何を言ってるかは理解してますが、
あなたは自分のコメントの趣旨を理解してますか?
私にはさっぱりわかりません。


No.243 pon さん

>本件弁護団は、かような無根拠な批判に対して全力で説明し、
>あなたのいう「疑惑」を晴らそうと努力しました。

よく考えてみてください。今枝弁護士がブログを開始したのが先月、弁護団が「Q&A(弁護団への疑問に答える)」を配布したのは8月末(確か)、しかし2006年3月の上告審欠席の時点で既に弁護団に対する疑念は生じていたわけですし、それから1年半近くも放置していたのだから「『疑惑』を晴らそうと努力しました」というのは正確ではないと思います。

福田様
いつ、誰がやったかは問題ではありません。

求めているところの説明があるかないかです。
説明がすでにあるのにもかかわらずそれでも「説明責任」を求めるのは為にする批判でしかありません。

「弁護士が信用できない」と考える人が増えると、
紛争の解決のために弁護士に相談に行かずにやくざに
相談に行く人が増えてしまいます。
それは、よいこととは思いませんので、弁護士の人は
信用を保持するよう努力してほしいです。

No.246 pon さん

>説明がすでにあるのにもかかわらずそれでも「説明責任」を求めるのは為にする批判でしかありません。

そんなことはありません。1年半近くも放置していた分、疑念は膨れ上がっています。簡単に疑念を晴らすことなどできない筈です。「ブログを開設したんだから、はい、果たしました」ではあまりにもお粗末過ぎると言わざるを得ないでしょう。「いつ、誰がやったか」が決定的に重要なんですよ。

>一般人さん

ホントに弁護人でなければ説明できないのでしょうか?

 嵌鏐霓佑縫好函璽蝓爾鮨瓩込んで唆した」
◆崔抉簗榲で裁判を欠席した」
「前任の弁護士はいったい何をやってたのか理解不能」
ぁ峪犒最兒澑親阿僕用している」

´は裁判制度や弁護人の役割に対する理解不足に起因するのでは?法曹関係者に取材すれば穴埋めできそうな気が。。。(,魯皀肇吋鸚萓犬離┘鵐肇蠅撚魴荳僂澆任垢茲諭

い六犒最兒澑親阿鬚靴討い詈杆郢里加わっているのは確かでしょうが、この弁護活動で死刑廃止を主張してるか?ですよね。少なくとも差戻し審でもこの疑惑を報道してるのは、マスコミの誤解で、弁護団の裁判での主張を基に法曹関係者に取材すれば穴埋めできそうですね。。。

△郎枷修魴臉覆垢襪海箸聾饗Г箸靴撞されず、目的はともかく批判は免れないのでは。

>一般人さん

ホントに弁護人でなければ説明できないのでしょうか?

 嵌鏐霓佑縫好函璽蝓爾鮨瓩込んで唆した」
◆崔抉簗榲で裁判を欠席した」
「前任の弁護士はいったい何をやってたのか理解不能」
ぁ峪犒最兒澑親阿僕用している」

´は裁判制度や弁護人の役割に対する理解不足に起因するのでは?法曹関係者に取材すれば穴埋めできそうな気が。。。(,魯皀肇吋鸚萓犬離┘鵐肇蠅撚魴荳僂澆任垢茲諭

い六犒最兒澑親阿鬚靴討い詈杆郢里加わっているのは確かでしょうが、この弁護活動で死刑廃止を主張してるか?ですよね。少なくとも差戻し審でもこの疑惑を報道してるのは、マスコミの誤解で、弁護団の裁判での主張を基に法曹関係者に取材すれば穴埋めできそうですね。。。

△郎枷修魴臉覆垢襪海箸聾饗Г箸靴撞されず、目的はともかく批判は免れないのでは。

>No.247 もへじ さん

>「弁護士が信用できない」と考える人が増えると、
>紛争の解決のために弁護士に相談に行かずにやくざに
>相談に行く人が増えてしまいます。

この場合の「弁護士が信用できない」とは、
金をぼったくるとか、依頼者のために仕事しないとか、
そういうことですか?

福田様

ではその批判を受けて弁護団はどうすればよいのですか?

No.241 を訂正させて下さい。(訂正部分青字)

弁護人が説明責任を負うか否か、また、説明するほうが好ましいか否か、というのは、結局のところ価値判断の問題だと思うのですが。

「説明するほうが好ましい」というのは、説明することによって得られる利益の方が、説明することによって失われる利益 より大きい、という判断ですよね?
これに対して、「説明するほうが好ましいとは言えない」というのは、説明することによって失われる利益 の方が、説明することによって得られる利益より大きいことがありうる、という判断。
「むしろ説明しないほうが好ましい」というのは、説明することによって失われる利益 の方が、説明することによって得られる利益より大きい、という判断。
 

弁護人に説明責任は無い、という主張も、弁護人は自分の行動に全く責任を負わなくてよい、なんてことを言っているのではないと思います。

「弁護人は自身の行動に当然責任を負うけれども、弁護人が説明することによって、(得られる利益に比べて) より大きな利益が失われるのであれば、そのような説明は控えるべきである」という価値判断があって、そこから、結果として「弁護人に説明責任は無い」という結論が導き出されているのではないのでしょうか?

わたしの理解がおかしいのかもしれないので、よろしければご指摘をお願いいたします。

No.252 pon さん

もし弁護団が現状を好ましく思っておらず、一般市民の疑念を晴らすことのメリットを認識するのであれば、疑念を晴らす努力を今後も惜しまないことです。

>No.248 福田 さん

っていうか、そもそも、最初に説明責任があったかどうかだと思います。
最初に説明責任が無ければ、そのあと疑念がふくらもうが、疑念を持っている人の勝手であり、
弁護団には責任は無いでしょう。

福田様
「弁護団は死刑廃止運動をしている」
という無根拠で間違った疑惑に対して、
弁護団にだけ対応を求めるのですか?

そもそもそういう虚偽のスローガンを使って
弁護団を非難するマスコミを正すべきだとは思いませんか?

No.243 pon さん
>本件弁護団は、かような無根拠な批判に対して全力で説明し、あなたのいう「疑惑」を晴らそうと努力しました。

ええ。なのでその説明の努力を評価しており、
もはやこれ以上の説明責任は必要無いと私は
何度も言ってるのです。


>そして説明したのにもかかわらずいまだに疑惑は晴れていません。

完全に疑惑が晴れる事は不可能ですが、
説明によってかなりの部分で疑惑を払拭した
効果がありました。
「検察の怠慢で被告の供述が歪められ
 た、なので弁護団がストーリーを
 吹き込んだわけじゃない」
「弁護団の中で死刑廃止の話は一切出てこない」
「裁判欠席は裁判所の怠慢と弁護士として外せない
 仕事だった。」
「前任弁護士はそれなりに頑張っていた」
これらの説明は疑惑を払拭する為に大変な効果を生み、
ここの人たちも弁護団の評価を変えるキッカケになったのは
間違いないでしょう。
他の掲示板を見ても弁護団批判一辺倒から
明らかに変わりつつあります。

>であるのならば「疑惑」を持つほうに問題があると結論付けるのに何の問題もありません。

結論付けるのには問題があります。
疑惑が浮上し、それをある程度解消した、
そこに意義があるのです。
「説明したのに疑惑が晴れてない」のだから
「疑惑をもつ人が問題」。
間違った前提で結論を導き出しているので
全て誤りです。


>私のコメントを改変までして一体何を言っているのですか?

「このような批判が沸き起こること自体が間違いであって」
となっていますが、
批判が巻き起こる要因は疑惑があるからです。
そう解釈されても仕方ありません。
それが違うというなら
ここでいう「批判」とは何を指してるんですか?


一般人様
>もはやこれ以上の説明責任は必要無いと私は
何度も言ってるのです。

そうですか。
ではもう何の問題も無いですね。

>完全に疑惑が晴れる事は不可能ですが、
>説明によってかなりの部分で疑惑を払拭した
>効果がありました。

説明をしていたまさにその現場で疑惑を叫ぶ人間が後を絶たず、結局コメント濫閉鎖に至ることになった今枝氏ブログをみるに、
そうは思えません。

>批判が巻き起こる要因は疑惑があるからです。
>そう解釈されても仕方ありません。
そう解釈したのはあなたであって、それを仕方ありませんというのなら、仕方が無いのでしょう。
ただし、私は自分のものではない発言には答えられません。

ponさん

最高裁弁論欠席の時点で、今枝弁護士は弁護団に参加されてません。つまり、説明している今枝弁護士は当事者ではないのです。

弁護団が説明責任を果たそうとしない姿勢に問題があると言ってるのです。わかりませんか?

No.250 pave さん

>ホントに弁護人でなければ説明できないのでしょうか?

限度があるでしょう。実際ニュース番組やワイドショーに弁護士がコメンテーターとして参加することは日常的ですが、当事者である弁護人が口を閉ざす以上、誰をゲストに招くか、また誰を取材するかはマスメディアの独自の判断で執り行うしかないわけですし、ゲスト弁護士が必ず裁判を傍聴するかと言えば決してそんなことはないでしょうし、であるならば材料は限りなく断片的となるでしょうし、そうである以上は法曹関係者の見解を参考にすると言ってもその見解が推測の域は出ることは殆どないでしょうね。

TAKU様
分かりました。
つまり、「姿勢に問題がある」
「誠意が見られない」
「誠意を見せろ」

こんな感じでしょうか。
違うというのならばあなたの要求事項を具体的にお願いします。

信用は大事だよね〜、という「一般」論はさておき、

・もう法律で困り事があっても弁護士に頼まない
・刑事裁判制度を信頼しないので、犯罪行為に対しては私刑を行う
・刑事裁判制度を規定する法令・ひいては日本国憲法を改正すべく政治運動を行う

このどれでもないのであれば、大上段に「社会的な信用」といってみたところで、小倉先生に「日常の不満の捌け口」と受け取られても仕方がないかと思います。

ちなみに、アメリカには「人はみな弁護士が嫌いである・・・自分が必要とするまでは」というジョークがあります。

No.250 pave さん
それじゃ払拭し切れないでしょうね。
,枠鏐陲縫好函璽蝓爾鮨瓩込んで唆す事も「可能」
なわけですから、
弁護団が「そうじゃないんだ」
と言った方が実に効果的。
も弁護士業務怠慢だった可能性もあるんだから
弁護団の前任弁護士の評価も重要でしょう。
△眸刃斥由があるなら反論したほうが
しない事より疑惑を払拭する上で効果的でしょう。
い發匹鵑併從任裏にあるのか分からないのだから
弁護団が「それは違う」と言ったほうが効果的でしょう。


あと穴埋め穴埋めと言いますが、
そんな完全な社会じゃないんだから、今の状態だと
弁護団が説明した方が効率的でしょう。
周りに穴埋めできなかった事を攻め立てるのは
少し姑息でしょう。

>No.260 福田 さん

いや、そもそも、なんで弁護人に事件を説明する義務・責任があるんですか?

No.255 たぬきのポン太郎 さん

>っていうか、そもそも、最初に説明責任があったかどうかだと思います。

それはもちろん弁護士自体が選択すればよいのですが、「説明責任などない」とだんまりを決め込んだ結果、バッシングが噴出し大量の懲戒請求が出されても仕方がないと思います。

No.256 pon さん

>そもそもそういう虚偽のスローガンを使って
>弁護団を非難するマスコミを正すべきだとは思いませんか?

弁護団が懇切丁寧な説明を行わない以上は虚偽かどうか知る由もないように思います。

pon さん

具体的には

・弁護方針と死刑廃止論についての釈明

・最高裁弁論欠席理由についての批判の釈明

・1審弁護人の職責についての明確な責任追及

・遺族への配慮不足への批判に対しての釈明

等の説明責任を果たせと言う事です。

福田様

弁護団が懇切丁寧な説明を行わないから
マスコミがデマを流すのもしょうがない。

こういうことでしょうか。

>No.265 福田 さん

>>っていうか、そもそも、最初に説明責任があったかどうかだと思います。

>それはもちろん弁護士自体が選択すればよいのですが、

えーっ! 責任は選択の問題ではありませんよ。
責任負いませんと選択すれば責任を負わないのですか?
福田さんは、事件を説明する責任が弁護人にある、とお考えなんですよね?
なぜ事件を説明する責任が弁護人にあると言えるのか、説明してください。

TAKU様

何回もいいましたが、そこにあるもの含めて説明責任は全て果たされました。
今現在あなたは何を要求しているのですか?

ponさん

>何回もいいましたが、そこにあるもの含めて説明責任は全て果たされました。

堂々巡りです。当事者である弁護団が説明責任を果たさないと意味がないと言ってるのです。わかりませんか?

No.267 pon さん

>弁護団が懇切丁寧な説明を行わないから
>マスコミがデマを流すのもしょうがない。

>こういうことでしょうか。

デマか否かは結果論でしょう。その過程では弁護団が口を閉ざす以上真相は闇なのですから、憶測に頼るしかないわけでしょう。一般市民も同様ですね。

No.268 たぬきのポン太郎 さん

>えーっ! 責任は選択の問題ではありませんよ。
>責任負いませんと選択すれば責任を負わないのですか?

選択の問題です。現に「責任はない」と判断し説明を口を閉ざす弁護人もいるわけですから。但し、たとえ当事者が「責任はない」という選択を行ったからと言って、マスメディアや一般市民が納得するかどうかは別の話。

>なぜ事件を説明する責任が弁護人にあると言えるのか、説明してください。

既に述べましたが、弁護士は公益性を有する弁護活動を執り行うわけですから、社会に対して十分な説明を行う責任を弁護人が有していると考えるのはごく自然なことです。

TAKU様
>堂々巡りです。当事者である弁護団が説明責任を果たさないと意味がないと言ってるのです。わかりませんか?

わかりません。
誰がやろうが説明は説明であり、すでになされている説明を何で
他の誰かがやる必要があるのでしょうか。

福田様
>デマか否かは結果論でしょう。
違います。
弁護団の中に死刑存置論者が混じっていることは
ほんの少し取材すれば分かっていたはずです。

弁護団、弁護人、弁護士、今枝弁護士、弁護士会という主語・主体の使い分けを意識しているかどうか、ということでしょう?
双方既にご承知と思いますが、少々辟易しているので、念のため(もちろんそれ以外に意見の対立があるにしても)。

No.268 たぬきのポン太郎さん
>この場合の「弁護士が信用できない」とは、
>金をぼったくるとか、依頼者のために仕事しないとか、
>そういうことですか?

まあ、そんなところです。

No.262 neco さん
でも、脅迫状が届いたりする状況で仕事をすることになるのも
関係があるのではないですか?

TAKU様の主張は
「あの安田の野郎が目の前で釈明しない限りは絶対許せねぇ」
という風に聞こえますが違いますか?

少なくとも説明そのものがほしくて説明責任を求めているのではないですよね?

>No.271 福田 さん

>>えーっ! 責任は選択の問題ではありませんよ。
>>責任負いませんと選択すれば責任を負わないのですか?

>選択の問題です。現に「責任はない」と判断し説明を口を閉ざす弁護人もいるわけですから。但し、たとえ当事者が「責任はない」という選択を行ったからと言って、マスメディアや一般市民が納得するかどうかは別の話。

いや、ですから・・・ 本気で言ってます?
責任は 有るか無いか の問題です。
責任が有るなら、いくら「責任は無い」と言ったって、有る。
責任が無いなら、いくら「責任は有る」と言ったって、無い。
わかりますよね?

>>なぜ事件を説明する責任が弁護人にあると言えるのか、説明してください。

>既に述べましたが、弁護士は公益性を有する弁護活動を執り行うわけですから、社会に対して十分な説明を行う責任を弁護人が有していると考えるのはごく自然なことです。

弁護人は、被告人を最大限弁護するということが仕事です。
公益性を有していると言えますが、それは被告人の弁護を通して
間接的に実現するに過ぎません。
公益性を直接体現するのは、公務員たる裁判官・検察官であって、
むしろ裁判官・検察官のほうが国民に対する説明責任を負うと考えられます。
「公益性」を根拠にすれば、そういうことになってしまいますが?

No.272 pon さん

>弁護団の中に死刑存置論者が混じっていることは
>ほんの少し取材すれば分かっていたはずです。

どのようにですか?そして弁護団の中に死刑存置論者がいるということと、死刑廃止論者である安田弁護士が死刑廃止運動の一環として弁護活動を行っているという疑念とはどのような関係が?また上告審欠席当時の弁護団の中で死刑存置論者はどなたでしょうか?

pon さん

>誰がやろうが説明は説明であり、すでになされている説明を何で、他の誰かがやる必要があるのでしょうか。

行動を起こした本人(弁護団)が説明をしなければ、責任を果たしたとはいえません。

それに、当事者の説明でなければ憶測が入ってしまいます。


>TAKU様の主張は「あの安田の野郎が目の前で釈明しない限りは絶対許せねぇ」という風に聞こえますが違いますか?少なくとも説明そのものがほしくて説明責任を求めているのではないですよね?

違います。責任を果たすために説明しろと言う事です。

福田様

それを聞くのならばその前に、一体何の根拠があって
「弁護団は死刑廃止運動をしている」と報道したのかを明らかにしなければいけません。

福田様

それを聞くのならばその前に、一体何の根拠があって
「弁護団は死刑廃止運動をしている」と報道したのかを明らかにしなければいけません。

そして、質問にお答えするのならば、弁護団に一言
「あなた方は死刑廃止運動をやってるのですか?」
と聞けばすむ話でしょう。

>No.274 もへじ さん

>>この場合の「弁護士が信用できない」とは、
>>金をぼったくるとか、依頼者のために仕事しないとか、
>>そういうことですか?

>まあ、そんなところです。

わかりました。
弁護士は金ぼったくったり、世間の空気とやらを気にして
依頼者の弁護がおろそかになったりすることは無いんだという信用を
保持し、高めてもらいたいものですね。

TAKU様
>違います。責任を果たすために説明しろと言う事です。
やっぱり説明そのものが目的ではないと。

そしてその「責任」とやらはあなたがあると主張しているだけのものであるのならば
「誠意を見せろ」と何ら変わるところがありません。

結局あなた個人を満足させるための要求でしかないわけです。

ponさん

「責任」は他人がとるものではありません。わかりませんか?

それに「憶測」が入ると言っております。

TAKU様
>「責任」は他人がとるものではありません。わかりませんか?
分かりますよ。
つまり、あなたが要求しているのは
安田弁護士が世間の前で釈明することであって説明そのものではないのでしょう?

それは単なるあなたの我侭です。

No.276 たぬきのポン太郎 さん

>責任は 有るか無いか の問題です。
>責任が有るなら、いくら「責任は無い」と言ったって、有る。
>責任が無いなら、いくら「責任は有る」と言ったって、無い。
>わかりますよね?

道義的責任の有無がどこかに明文化でもされているのですか?
上記文章の主語がよく分かりません。

>「公益性」を根拠にすれば、そういうことになってしまいますが?

なりません。昨今の法務省の司法制度改革に関する議論などご覧になったことはありますか?「被告人を最大限弁護するということが仕事」ではありますが、それだけが仕事ではないでしょう。

No.280 pon さん

>それを聞くのならばその前に、一体何の根拠があって
>「弁護団は死刑廃止運動をしている」と報道したのかを明らかにしなければいけません。

それは簡単でしょう。弁護団の中心である安田弁護士が死刑廃止運動を行っているからです。

>そして、質問にお答えするのならば、弁護団に一言
>「あなた方は死刑廃止運動をやってるのですか?」
>と聞けばすむ話でしょう。

やっぱり弁護団に説明を求めているではないですか(笑)
ちなみに再度お聞きしたいのですが上告審欠席当時の弁護団の中で死刑存置論者はどなたでしょうか?

No.282 pon さん
>そしてその「責任」とやらはあなたがあると主張しているだけのものであるのならば
「誠意を見せろ」と何ら変わるところがありません。


個人的な主張ではありません。
記者会見が開かれてるわけだから、
世間が説明を求めていると解釈するのは当然の事です。

福田様

>それは簡単でしょう。弁護団の中心である安田弁護士が死刑廃止運動を行っているからです。

そうですか。
つまり弁護団が裁判を死刑廃止運動に利用しているという報道は何の根拠も無いデマ、ということですね。
その事実は裁判につながるものではないですから。

>やっぱり弁護団に説明を求めているではないですか(笑)
求めれば良いんじゃないですか?
デマを流すよりはよっぽどましでしょう。

>ちなみに再度お聞きしたいのですが上告審欠席当時の弁護団の中で死刑存置論者はどなたでしょうか?

存じません。

一般人様

記者会見が開かれている→弁護団に説明責任がある
の間に論理的なつながりがありません。
故にその主張は失当です。

No.287 pon さん

>つまり弁護団が裁判を死刑廃止運動に利用しているという報道は何の根拠も無いデマ、ということですね。

上告審欠席当時の弁護団の中で死刑存置論者がいたかどうかも定かではないのに(pon さんもご存知ないようですし)、デマかどうかすら分からないでしょう(仮にいたとしても、死刑存置論者がいるということと弁護団が裁判を死刑廃止運動に利用しているか否かということとの因果関係が不明瞭ですし)。

>求めれば良いんじゃないですか?
>デマを流すよりはよっぽどましでしょう。

同感です。やはりマスメディアや一般市民が説明を求めるのであれば弁護人は説明を行った方がよいですよね。本件はそうした要求に比して説明不足が殆どなかったわけですから、結局と頃、マスメディアに責任転嫁するのは筋違いというものですね。

No.287 pon さん

>つまり弁護団が裁判を死刑廃止運動に利用しているという報道は何の根拠も無いデマ、ということですね。

上告審欠席当時の弁護団の中で死刑存置論者がいたかどうかも定かではないのに(pon さんもご存知ないようですし)、デマかどうかすら分からないでしょう。

>求めれば良いんじゃないですか?
>デマを流すよりはよっぽどましでしょう。

同感です。やはりマスメディアや一般市民が説明を求めるのであれば弁護人は説明を行った方がよいですよね。本件はそうした要求に比して説明が殆どなかったわけですから、結局のところ、マスメディアに責任転嫁するのは筋違いという話になります。

pon さん

>つまり、あなたが要求しているのは安田弁護士が世間の前で釈明することであって説明そのものではないのでしょう?

(杆鄰弔釈明する事で「責任」が果たされます。

∧杆鄰弔釈明する事で「憶測」のない説明が聞けます。

このことが、なぜ私の我侭になるのでしょうか?

No.289の下から3行目、「説明不足」となっておりますが、「説明」の間違いです。失礼しました。No.290が正しいものとなります。連投ご了承くださいませ。

福田様

>告審欠席当時の弁護団の中で死刑存置論者がいたかどうかも定かではないのに

事実可動かを確認せず報道したのなら、やはりデマでしょうね。

>本件はそうした要求に比して説明不足が殆どなかったわけですから、

それは、メディアの側が死刑廃止運動云々に関して
メディアの側が取材を要請して弁護団がそれを断った場合にのみ通用する論法です。
そういう事実があったのですか?

>結局と頃、マスメディアに責任転嫁するのは筋違いというものですね。

滅茶苦茶ですね。
例をあげると、例えば福田様が強姦魔であるという報道
をされた場合、あなたの論法ではそれに対して説明をしない
福田様自身が悪いということになります。
さらに、あなたの論法に従うのならば、あなたが強姦魔ではないと必死に説明しているのにも関わらずメディアはいまだにあなたを強姦魔呼ばわりしています。それもあなたの説明の仕方が悪いということになります。

私はこういった報道を行うメディアが間違っていると思いますが、
福田様はこういったメディアをそれでも擁護するのですか?

TAKU様

>このことが、なぜ私の我侭になるのでしょうか?

>(杆鄰弔釈明する事で「責任」が果たされます。
その「責任」があなたが主張してるだけで何の根拠も無いからです。

まず社会的な疑惑が公式見解として浮上して
説明を求める(または取材)のです。
これが自然の流れです。
順番が逆です。

>263.一般人さん

なるほど、効果的・効率的ですか。

225.のコメントで>・・・弁護士が説明する意外の方法は考えにくく、その他の説明や法知識を得ただけでは穴埋めできる疑惑ではないわけです
とあったので「穴埋め」を使ったのですが、適切ではなかったですね。すみません。
また、周りに穴埋めできなかった事を攻め立てる意図ではありません。マスコミが情報を発信しているのだから、第一次的にはマスコミ自身がもう少し取材するなりして、疑惑を緩和・解消して報道するのが本筋かと。

マスコミがこのままの姿勢なら、テーマに戻って弁護人が説明すべきなのは、マスコミが誤解していること・誤解しそうなこと、となりそうですね。(弁護人の負担は大変そうな気もしますが・・・)

一般人様

>まず社会的な疑惑が公式見解として浮上して

私そんなものみたことありませんが。
どこに書いてありましたか?

No.294 pon さん
>その「責任」があなたが主張してるだけで何の根拠も無いからです。


ですからただの一個人が主張しただけじゃ
記者会見なんて開かれないんですよ。

ponさん

では、「責任」については後でゆっくりやりましょう。

∧杆鄰弔釈明する事で「憶測」のない説明が聞けます。

これがなぜ私の我侭になるのでしょうか?

一般人様

そうでしょうね。
TAKU様がある主張する「責任」があろうが無かろうが
弁護団にその意思が無ければ記者会見など開かれません。

一般人様
我侭というのはあなたが「責任がある」と主張している部分にかかっています。

ちなみに、憶測というのは誰の、どの主張のどの部分のことを言ってるのでしょうか?

>弁護団は説明すべきだとの意見をお持ちの方へ

弁護団にこれ以上、どのようなことを、どのような形で説明してもらいたいと思ってらっしゃるのでしょうか?
そもそも、弁護団はもう充分に説明しているのではないかと私なんかは思うのですが、、、

No.296 pave さん
マスコミに問題が無いとは思わないですが、
現実的に考えてそこまで過失があったとは思わないし、
周りの穴埋めで疑惑を完全に払拭できないのも事実です。
周りの責任を求めながら
弁護団の説明責任は無しという考えは
木を見て森を見ずの論法です。

けん様

「誠意が足りない」のだそうです。

No.287 pon さん

>事実可動かを確認せず報道したのなら、やはりデマでしょうね。

上告審欠席当時の弁護団の中で死刑存置論者がいたかどうかについてメディアが確認したどうかは知りませんが、あなたは死刑存置論者がいたかどうかについてご存じないのに「デマである」と断定なさっていますし、死刑存置論者がいた場合になぜ「デマである」となるのか、その根拠も提示なさっていない、という点を指摘した次第です。もしかして「マスメディアは悪い」という先入観が、pon さんの中でまず最初に結論として大きく立ちはだかっているのではないでしょうか。

>それは、メディアの側が死刑廃止運動云々に関して
>メディアの側が取材を要請して弁護団がそれを断った場合にのみ通用する論法です。

死刑廃止運動云々に限らず、今枝弁護士がブログを開始したのが先月、弁護団が「Q&A(弁護団への疑問に答える)」を配布したのは8月末(確か)、しかし2006年3月の上告審欠席の時点で既に弁護団に対する疑念は生じていたわけですし、それから1年半近くも放置していたのだから、「メディアの側が取材を要請して弁護団がそれを断った」などという具体的事例を出すまでもなく、十分通用する論法です。

>例をあげると、例えば福田様が強姦魔であるという報道
>をされた場合、あなたの論法ではそれに対して説明をしない
>福田様自身が悪いということになります。

私が説明を怠ったことによってそのような報道がなされたのであれば、原因は私にあるでしょう。それは当然ではないですか?

>No.175 fuka_fuka さん

 「リストだけ」なら作れますが
 機能は無理です(^^;

 スルー推奨ですね。

 相手には発言の根拠をしつこく質問するが、自分は何の根拠もなく

今枝弁護士はスタンドプレーです。

と言い放つ人です。

 上記は象徴的な発言の一つですが、これまでの経過に照らしてこれ以上議論を続けても実りはないように思います。

 他の人がコメントしにくい雰囲気が生じているという意味で有害でさえあります。

ponさん

>ちなみに、憶測というのは誰の、どの主張のどの部分のことを言ってるのでしょうか?

ただ、私は当時の状況を直接体験したのではないので知る限りの情報や結果から見た独断的な評価にすぎませんが、私自身であれば、裁判所がこのような強硬な姿勢を示しているのに対し、それは不当と思うものの、他方でもっと早くから被告人と接見を開始するなどして、最終的には弁論期日を欠席しなかったであろうし、最終的に欠席という方法を選択したことは『過ちであった』と言えるだろうと思っています。

今枝弁護士ブログ「初期のコメント 9 最高裁の弁論欠席について 続」より 抜粋


∧杆鄰弔釈明する事で「憶測」のない説明が聞けます。

については納得頂けたでしょうか?

>No.285 福田 さん

徒労感に満たされてまいりましたので(笑)
この書き込みにて失礼させていただきます。


>>>> えーっ! 責任は選択の問題ではありませんよ。
>>>> 責任負いませんと選択すれば責任を負わないのですか?

>>> 選択の問題です。現に「責任はない」と判断し説明を口を閉ざす弁護人もいるわけですから。但し、たとえ当事者が「責任はない」という選択を行ったからと言って、マスメディアや一般市民が納得するかどうかは別の話。

>> いや、ですから・・・ 本気で言ってます?
>> 責任は 有るか無いか の問題です。
>> 責任が有るなら、いくら「責任は無い」と言ったって、有る。
>> 責任が無いなら、いくら「責任は有る」と言ったって、無い。
>> わかりますよね?

> 道義的責任の有無がどこかに明文化でもされているのですか?
> 上記文章の主語がよく分かりません。

主語って・・・ 文脈から明らかでしょ?
事件のことを説明する責任が弁護人に有るか無いかという話をしてるんですよね?
それが有るならば、いくら当人が「無い」と言ったって有る。
選択の問題ではないのです。
法的責任であろうが道義的責任であろうが、明文不文関係なく、
責任は「有るか無いか」です。

ただ、道義的責任というものがどうやって決まるのかは、
確かに難しい問題だと思います。
単純に多数決で決まるものではないと思います。
法的責任ほどではありませんが、ある程度の「権威」の裏づけが無いと
いけないような気もします。
おそらく西洋においては、契約からしか責任・義務が発生しないという考えがあって、
人と人との契約、神と人との契約からしか責任・義務は発生しないと徹底しており、
誰がオーソライズするわけでもない責任なるものは観念されないのではないかと思います。
一方で、必ずしも契約・権威の観念を入れない日本の「道義的責任」は、
それぞれの考えようによってどうとでも言えてしまうものだと思います。
福田さんが言われるように、「単なる個人個人の価値観」に還元される可能性もある。


>>>> なぜ事件を説明する責任が弁護人にあると言えるのか、説明してください。

>>> 既に述べましたが、弁護士は公益性を有する弁護活動を執り行うわけですから、社会に対して十分な説明を行う責任を弁護人が有していると考えるのはごく自然なことです。

>> 弁護人は、被告人を最大限弁護するということが仕事です。
>> 公益性を有していると言えますが、それは被告人の弁護を通して
>> 間接的に実現するに過ぎません。
>> 公益性を直接体現するのは、公務員たる裁判官・検察官であって、
>> むしろ裁判官・検察官のほうが国民に対する説明責任を負うと考えられます。
>> 「公益性」を根拠にすれば、そういうことになってしまいますが?

>> なりません。昨今の法務省の司法制度改革に関する議論などご覧になったことはありますか?「被告人を最大限弁護するということが仕事」ではありますが、それだけが仕事ではないでしょう。

弁護することだけが仕事ではないから、
事件のことを弁護人が社会に説明する責任があると?
根拠として非常に薄弱だと思います。
事件のことを弁護人が社会に説明する責任などというものが、
法務省で議論されたんですか?

福田様
>死刑存置論者がいた場合になぜ「デマである」となるのか、その根拠も提示なさっていない、

メディアが報道したのは「弁護団は裁判を利用して死刑廃止運動を行っている」であって、現にその事実が無い以上で間の要件を満たします。
この事実を前提にマスメディアが悪いという結論を持っているというのであれば、その通りです。

>しかし2006年3月の上告審欠席の時点で既に弁護団に対する疑念は生じていたわけですし、

そのような具体的事実を元にするのならば、
やっぱり「弁護団の欠席に関して取材をしたのか。取材をして断られたのか」という問題が発生します。
別にお答えせずとも結構ですが。

>私が説明を怠ったことによってそのような報道がなされたのであれば、原因は私にあるでしょう。それは当然ではないですか?

ここで行き止まりですね。
あなたのようにマスメディアの誤報道を無条件で許容し、
誤報道の責任を一方的に非取材者に対して押し付けるような方とは
あまりにも価値観が違います。
あなたの価値観ではオウム冤罪事件の河野氏も
「河野氏が懇切丁寧に説明しなかったのが悪い」
となりそうです。

以降、議論を続けても得るものがなさそうなので私に対するコメントは結構です。

ponさん、福田さん、失礼します。ひとことだけ。

>No.305 福田 さん

>私が説明を怠ったことによってそのような報道がなされたのであれば、原因は私にあるでしょう。それは当然ではないですか?

「怠った」という言葉に、既に評価が入っているのですよ。
作為義務が無ければ、「怠った」ことにはならないからです。
つまり、もともと説明義務・責任があったかどうか、の問題に帰着するんです。

よけいな口出し失礼しました。

taku様

http://www.videonews.com/on-demand/261270/000149.php
こちらのほうを参照ください。

pon さん

安田弁護士が頑張っておられるのはわかりましたが、やはり、弁護団による「憶測」のない釈明は必要だと思います。

ponさんもこの部分に関しては納得していただけますよね?

No.265 福田 さん

それはもちろん弁護士自体が選択すればよいのですが、「説明責任などない」とだんまりを決め込んだ結果、バッシングが噴出し大量の懲戒請求が出されても仕方がないと思います。

 懲戒事由が存在しないにもかかわらず、大量の懲戒請求が出される事態というのは正常な事態だとお考えですか?

 そしてそのような事態だ生じた原因が弁護団にあるとお考えですか?

 「仕方がない」というのはどういう意味ですか?
 今後も同様の事態が発生してもいいという意味を含んでいますか?
 それとも本来は生じてはいけない事態だとお考えですか?

No.304 pon さん

>「誠意が足りない」のだそうです。

なるほど、つまり弁護団に今なお説明を求めておられる方々は、大企業やお役人が何か不祥事を起こしたときと、今回の件を同列に考えておられるのですね(笑)。

No.271 福田 さん

デマか否かは結果論でしょう。その過程では弁護団が口を閉ざす以上真相は闇なのですから、憶測に頼るしかないわけでしょう。一般市民も同様ですね。

 マスコミを念頭におく限り、これは暴論ではないでしょうか。
 マスコミの報道の前提には取材があります。
 福田さんは、マスコミは最低限の取材も勉強もしないで憶測に頼った報道をしてもいいとお考えなのですか?

 付言しますが、マスコミと一般市民を同様に考えることはできないと思います。

TAKU様


>安田弁護士が頑張っておられるのはわかりましたが、やはり、弁護団による「憶測」のない釈明は必要だと思います。

そうですか。

>ponさんもこの部分に関しては納得していただけますよね?
いえ、私は別にそうは思いません。

既出かもしれませんが、「説明」と「釈明」は違いますよね。
かみ合わない議論をみていて、ふと、そう思いました。

脱力しますね(笑)時間が出来たので少しコメント

>No.242 福田 さん
>「曖昧」という言葉と勘違い

趣旨の’曖昧’が伝わればOKです。
法が抽象?はさておき、「抽象的概念」は細かく規定や翻訳のような作業をしなければ、他人と共通の概念にならない。

福田 さんのコメントから
>デマかどうかすら分からないでしょう。
>説明を怠ったので、マスメディアに責任転嫁するのは筋違い

他にも有るけど、まあ、この組み立てだと・・・

・TVで、夫婦喧嘩を、悪し様に「間違って」報道された当事者は
・TV報道がデマ?かどうかは無関係に
・TVを見て憤慨の世間(盛り上がっている野次馬)に
・夫婦生(性)活や揉めた原因を、正しく詳細に説明するべき
・TVに責任転嫁は出来ない。

・・・なんですね。

この欲求には答えたくないなあ(・・;

あ!訂正
答え⇒応えたくない

ponさん

あなたは十分に説明されているのに弁護団に説明を求めるのは我侭だと言われてましたよね。

今枝弁護士の「憶測」を交えた説明で十分に説明されてると言えますか?

ただ、私は当時の状況を直接体験したのではないので知る限りの情報や結果から見た独断的な評価にすぎませんが、私自身であれば、裁判所がこのような強硬な姿勢を示しているのに対し、それは不当と思うものの、他方でもっと早くから被告人と接見を開始するなどして、最終的には弁論期日を欠席しなかったであろうし、最終的に欠席という方法を選択したことは『過ちであった』と言えるだろうと思っています。

TAKU様

>今枝弁護士の「憶測」を交えた説明で十分に説明されてると言えますか?

はい

私は,「そこまで言って委員会大会議室(公式BBS)の紹介」 で,TAKUさまとの議論はこれで終わりとしますとコメントを致しました。

そこでも書いたことの繰り返しに近いのですが,互いの意見を十分に認識し,かつ十分に意見交換をすると,意見の共通性を見いだして満足する部分もありますが,前提となる価値判断や議論の進め方が異なることが十分に分かり,それ以上はお互い歩み寄ることができないと分かるのではないかと思います。
#民事訴訟に例えれば,現在の状況は,お互いが言いたいことを全て言い尽くして,それ以上主張しても今まで言ったことの繰り返しに過ぎない状態のように思います。そうであれば,通常,裁判官は結審(弁論終結)を宣言しますね。

いちいち全ての論点をおさらいするのは,骨が折れるので省略しますが,参加者全員が異議のないという意味での共通点は,「弁護人は被告人の利益を最大限擁護すべき責務を負っている。」「国民が,弁護人の具体的弁護方針等を誤解しているのは好ましい事態ではない。」くらいであって,それ以外についてはついぞ共通認識が生まれていないと思います。
その原因は,やはり,究極的にはよって立つ土俵が違うとしかいいようがありません。
#「そこまで言って委員会大会議室(公式BBS)の紹介」 では,これを「価値観の対立」として説明しました。

この先議論を続けるのも大いに結構ですが,新しい切り口が何か出てこない限り,
・刑事弁護人としての職責および刑事訴訟制度などを出発点として,弁護方針等の説明をする義務はなく,仮に弁護人の裁量的判断により弁護方針等の説明をするとしても限界があるという立場と,
・知る権利等を出発点とし,弁護士の社会的責任を根拠として,あくまでも弁護人に弁護方針等の説明を求め続ける立場
はおそらく究極的には歩み寄ることはできないでしょう。

ただ,そういう形で議論が終わったとしても,今までの議論が無駄になったとは思いません。少なくとも議論に参加した人は,自分の意見が批判され,それに対する反論等をすることによって,自分の意見を振り返ることができたのでしょうから。

私は,この一連の議論で,
・議論が混乱しはじめたときには,適切なタイミングで混乱の原因となっているものを除去することの重要性を再確認できた
・ネットでの掲示板形式の議論が,一般社会の会議等の議論とは様々な点でことなることを再認識した
・私の個人的見解を深めることができた
と思っています。

特に必要があると感じなければ,私はこれで失礼します。
みなさまありがとうございました。
#別のエントリー等にまた発言をすることがあるかもしれませんが,そのときはよろしくお願いします。>モトケンさま,その他のみなさま

pon さん

一般的には「憶測」を交えた説明では、十分かつ正確な説明にならないと思うのですが、そう思いませんか?

そう思わない理由をお願いします。

Sou さん

Sou さんの意見はよくわかります。

ですが、今は「憶測」を交えた説明が十分かつ正確な説明になりうるかという。極めて常識的な議論をしております。

TAKU様

仮に本人がやったとしても十分かつ正確な説明になるとも限りませんし。
誰によるものであろうが、納得できうる程度の説明があれば十分だと思います。

pon さん

答えになってません。

「なぜ、「憶測」を交えた説明が十分かつ正確な説明になるのか?」と聞いているのです。

TAKU様
私も正確な説明だとは思いませんが、
十分な説明だとは思います。

仮に本人による説明があったとして、それが十分な説明になるかどうかはあなたのさじ加減ひとつですし。

私は当時の状況を直接体験したのではないので知る限りの情報や結果から見た独断的な評価にすぎませんが、云々

「独断的な評価」のどの辺が、十分な説明になるのですか?

TAKU様
独断的な評価では不十分ですか?

ponさん

「独断的な評価」で十分な説明になるのなら、誰の評価でも十分な説明になるってことですよね?

>No.328 TAKU さん

 しつこ過ぎますよ。
 十分かどうかなどは評価の問題です。
 pon さんが自分なりの根拠を既に示している。
 pon さんが十分な説明だと言い、あなたは十分でないと考える場合において、pon さんがその根拠として今までの説明で十分であると考えるなら、あとは双方の意見の説得力の問題です。
 そして、その説得力というのは、このような公開の場の発言の場合は、あなたとpon さん以外の読者の判断に委ねられるべきです。
 あなたが納得しないからといって延々と同趣旨の質問をするのはコメントスペースの無駄です。

TAKU様
ならないでしょうね。

モトケン さん

常識の問題です。

では、あなたは「憶測」を交えた説明が十分かつ正確な説明になると思いますか?

ponさん

なぜですか?

モトケン様
> あなたが納得しないからといって延々と同趣旨の質問をするのはコメントスペースの無駄です。

そうですね。
リソースの無駄遣い、お詫び申し上げます。

とりあえず夕食の準備があるのでこれにて

>では、あなたは「憶測」を交えた説明が十分かつ正確な説明になると思いますか?

 十分な説明と正確な説明は違います。
 十分かどうか状況次第、判断者次第です。

 正確かどうかは客観的に判定されます。

 憶測を交えた説明でも十分な説明と言える場合がある。
 憶測による説明でも結果的に正確である場合がある。

 なお、私はこれ以上、あなたのNo.333の質問に付き合うつもりはない。
 そして、No.322 Sou さんのコメントに同感です。

おいおいモトケンさん、そんなんで本当に大丈夫?

(無意味な印象操作的コメントはやめましょうね。 by モトケン)

No.336 モトケン さんの

>> 憶測を交えた説明でも十分な説明と言える場合がある。

この場合「合理的」に判断するに足る、という言葉が言外にあるわけですね?

憶測でも「非合理的」なら、意味がないということで良いでしょうか?

>No.338 47 さん

>憶測でも「非合理的」なら、意味がないということで良いでしょうか?

 一応そう言っていいと思いますが、弁護活動の合理性に関して言えば、一般常識では(つまりマスコミや素人さんでは)判断できない場合が多いと思います。
 マスコミ等には知られていない証拠全体を考慮に入れて考えなければならないからです。
 その意味では、弁護人の説明というのは、法律を知っている人にとっては十分な説明であっても、素人さんには納得できない、その意味で十分と感じられない場合があると思います。

>No.214 TAKU さん
>誤解かどうかはわからないでしょ?

そーですね。
たしかに、視聴者・読者にとっては、報道により自分の抱いた印象が、誤解かどうかは分からないでしょうね。

No.211の私のコメントは、


マスコミの報道が、弁護人の認識している事実や、行った主張と異なっていて、それにより、視聴者や読者に疑惑が生じたら、弁護人は自ら、その疑惑を解消しなければならない

という考えが妥当か?という問いを設定して、その問いに対して自分なりの考えを述べたものです。

つまり、弁護人が、いわゆる世間に、自らの認識する事実・主張とことなる考え(=弁護人の視点からすると「誤解」)が生じていると考えたときに、いかなる行動を取るべきか、について論じたものです。

なので、このコメントに対する質問として、「誤解かどうかはわからないでしょ?」と言われても、「そーですね」くらいしか、お答えのしようがありません。


>責任がどっちにあるかではなく、釈明する必要がどっちにあるかってことではないでしょうか?
「(法的義務以外の)責任」と、「釈明する必要」という言葉には、違いを感じません。
「どっち」とは、弁護人とマスコミ、どちらか?という意味でしょうか?
それでしたら、No.211で解答済みです。

>そう言うことも含めて「これこれこう言う理由で答えられないし、勝手な報道をするな」と徹底的に釈明していけば良いと思いますよ。

そーですか。ご意見は承りました。

No.339 モトケン さん

お忙しい中どうも。

>> その意味では、弁護人の説明というのは、法律を知っている人にとっては十分な説明であっても、素人さんには納得できない、その意味で十分と感じられない場合があると思います。

なるほど。

「素人にわからんこともある。そら、当たり前や。しゃあないですな。まあ、がんばってもらいましょ。後からゆっくり概略を説明してもろたらいい。」

って言う風に話の分かる僕のような人もおれば、たいした理解力もないし法律をカジろうともしないくせに、

「そんなもの分からん。今すぐ、とにかく、説明しろ。」

という人もおるということでしょう。
(何もあせることもないのに、と思いますけどね。)

これで、現在、困ったことになっとる、と言うことでしょうな。

福田さんやTAKUさんの主張は、公益性・公共性を根拠に、自己の過剰な要求を満たそうとするものだと思います。
なんだか、モンスター・ペアレンツが教師に行う要求と似てますね。

いやだから記者会見が開かれてるんだから
一個人じゃなくて世間が説明を要求してるんですよ。

そして弁護士失格の行為が行われた可能性があり、
その状態で放置すれば、社会的に弁護士の信用が
失うから説明する必要があるんですよ。

>No.343 一般人 さん

「疑惑の可能性が有る」ならどんなイチャモンも可能。
で、イチャモンに対して「いちいち応えろ!」信用は自分で守れ、と言う訳ですね。

信用を守る手段に、信用を傷つけた犯人(TV・橋下氏)を訴えるのも、当然有りで。
その訴えの中で、説明や主張は行われるでしょうなあ。

記者会見も開かれ、
疑惑も社会的に広がっているのに
それをイチャモンと解釈するなんて
全く珍しい人ですね。

>No.345 一般人 さん
、私のコメントのイチャモンが、その個別の事情を指す、と
どうやって結びつけたのか?不明。

>>No.345 一般人 さん

私も、弁護団が説明することにはあながち反対でもないです。
でも、説明するなら、どういう形で、どういうふうにすればいいと一般人さんは思われますか?
すでに弁護団は何度も記者会見とかやってきて、今枝弁護士についてはブログでもかなり詳細に説明していると思うのですが、、、
具体案があったら、提示して頂けるありがたく存じます。

>No.347 けん さん
4時間前に書いたコメント
>No.167 一般人 さんのコメント | 2007年10月07日 14:53 | CID 87148  (Top)

たかじん見ましたが
思ったとおりの展開でした。
ゲスト弁護士の主張が正しいかどうかは別として

やはり今枝さんが出演するのは極めて危険です。

ここまで会場が熱くなると
もう何が何だか分からなくなるし、
言い負かす事に熱心になり主張の真意が
雑音で掻き消されるだけです。
雰囲気的にも基本的にバラエティ路線であり、
笑いや冗談も時折入り混じり、
当事者弁護士を交えて重大な光市裁判を扱う
環境が整っていません。
今枝さんが被告や被害者の事を一切考慮せず
真性ドMならば出演しても良いかもしれませんが、
それ以外では絶対に出演すべきでないでしょう。


やはり説明手段は、100%正確に情報を伝えるブログや、論理的説明が可能な文章を扱う雑誌、他には公的な記者会見などが適切かなと思いますね

あと私は今枝さんの情報発信は
意見更新書など行き過ぎた部分を取り除けば
全く説明しなかった事より良かったという結論です。
そして私は、もう説明は必要無いよ派です。

>>No.348&349 一般人さん

なるほど、大筋同感です。

>やはり説明手段は、100%正確に情報を伝えるブログや、論理的説明が可能な文章を扱う雑誌、他には公的な記者会見などが適切かなと思いますね

雑誌の場合、そういう雑誌に限って、あまり社会的影響力がない(=部数が少ない)のが、どうにかならないものかと思ったりします。
それでも、しいて選ぶなら「創」とか、「オフレコ」とかになるでしょうかね、今だったら。

これまで開いた記者会見については、弁護団の声がきちんと報じられなかったにしても、マスコミの暴走を抑制する効果はあったような気がします。

いずれにしても、弁護団はもう充分に説明を尽くしていると思いますし、今後については、マスコミのほうに責任があるのではないかと思います。
弁護団はマスコミが向こうからやってきた時だけ、マトモなマスコミかどうかを注意深く検討の上、対処するのがいいのではないでしょうか?

「社会的説明責任」というのは、主権者国民から権力を委任されている議員、閣僚には多数決原理による支配とともに、その前提として判断や活動の内容を委任者に説明する責任があるというものではないでしょうか?
(経済活動の場合にも生産者、その代理たる販売者、消費者という関係性から説明する責任なり、説明を求める権利が生じると思いますが、これは民事の問題ですのでここでは触れません)

司法制度は立法府を通じた国民からの付託ですので、制度改変について国民は誰でも意見を述べることも述べないこともできます。判事については立法府の(国民に対する)責任と(司法権に対する)権限において弾劾が可能です。

しかし独立行政官による公訴を受けている刑事被告人及び弁護人がその抗弁の内容なり活動について説明する責任もなければ、それを要求する権利は社会的には生じてこないのではないでしょうか?
もし、多数であることがその根拠であるなら、それは現在の司法制度とは相容れないものです。
「社会に説明する」の意味が「法廷外の言論」としてならば、どのようなものも自由ですが、それに参加するかしないかも当事者の自由と考えます。

とにかくもう疑惑には全般的に答えており
情報はあちらこちらに散らばってる訳ですから、
あとはそれを紹介するかしないかという
マスコミの責任でしょう。
今さらのこのこと「説明してください」なんて言いに来る
記者がいたらただのアホなのですから
説教して帰してやれば良いんじゃないですかね。

>No.351 Yamakojiki様

「社会的責任」のご説明有り難うございます。参考になります。

>No.352 一般人 さん

>今さらのこのこと「説明してください」なんて言いに来る
記者がいたらただのアホなのですから
説教して帰してやれば良いんじゃないですかね

いや、いちがいにそうとは言い切れないでしょう。
映像媒体にしろ、活字媒体にしろ、マスコミはすでに自分たちは理解していることでも、報じるにあたっては、インタビューという体裁をとらざるをえない場合が多いです。

>No.214 TAKU様

>mashさんの主張は「とにかく法教育を強化せよ」で「弁護士の説明責任」については争点ではないということでしょうか?

弁護士の説明責任に関しては、私が今はこれ以上は議論に参加できないという事を述べました。

「とにかく法教育」というより、「法教育が優先ではないか?」という考えです。なぜならば、説明責任が有るか無いかはともかく、仮に弁護人が職務等に違反しない範囲内の最大限に説明していたとしても、法律理解が不足していると、それが最大限の説明かどうかを判断できないからです。

コメントが長く続いていますね…。

で,mashさんが法教育に関してお書きになっているところで丁度止まっているので,法教育の点でコメントさせてください。

「法教育」の必要性はよくわかるのですが,既に社会人として教育機関で教育を受ける機会のない1億人以上の国民に対して,どうやって「法教育」を行うか…という問題です。

結局のところ,マスコミを通じて啓発活動を行っていくしかないと思うのですが,果たして抽象的な刑事司法システムの広報をするだけで一般国民に具体的事件における刑事弁護の役割を理解してもらえるかは疑問です。その点を勘案すると,もちろん,抽象的な刑事司法システムの広報は大切ですが,個別具体的な裁判を通じて国民の理解をうることも意義があると思いますし,究極的にはそれでしか理解してもらえないと思います。その意味で,検察官・弁護人が国民に向かって説明することは有益だと思います。

有益ではない…世論をミスリードする危険という,ご指摘もあるのは理解していますが,世間の中から一人でも刑事裁判の意義を認めてくれるものがあれば,有意義ではないでしょうか?

>No.356 FB さん

>結局のところ,マスコミを通じて啓発活動を行っていくしかないと思うのですが,果たして抽象的な刑事司法システムの広報をするだけで一般国民に具体的事件における刑事弁護の役割を理解してもらえるかは疑問です

 現時点では、別に刑事弁護人の役割を一般国民に理解してもらうことまで求めなくてもいいのではないでしょうか?
 個々の事件に関する国民の感情が真実ではなく、報道の上に立っている現状を考えれば、とりあえずはマスコミをきちんと法教育して、刑事弁護人の役割に無理解な報道をさせないように務めるだけで、余計な騒動の多くは未然に防げるのではないかと思います。まずは、そこを目標にすればいいのではないでしょうか?

>刑事弁護人の役割に無理解な報道をさせないように

「報道規制反対!言論封殺反対!」の大合唱が聞こえそう・・・
骨が折れるだろうなあ?(笑)

No.357 けん さん
>現時点では、別に刑事弁護人の役割を一般国民に理解してもらう
>ことまで求めなくてもいいのではないでしょうか?

これで,裁判員制度がなければそのご意見に同意ですが,実際に素人が裁判員として判断する側に入ってくるということになると,やはり国民一般に理解を求める必要があるのではないかと思っています。

>No.359 FB さん

 裁判員制度で問題となりそうなのは、国民一般が「刑事弁護の役割に無理解」であることよりも、どちらかというと国民一般の「事実認定能力」や「量刑の判断能力」のような気もするのですが…
 でも、いずれにしても、裁判員制度が始まることをを踏まえれば、たしかに国民一般にきちんと法教育する必要はあるでしょうね。私のNo.357のコメントは、裁判員制度を考慮に入れていませんでした。裁判員制度を踏まえれば、FBさんの最初のコメント(No.356 )に大筋同意です。

>どちらかというと国民一般の「事実認定能力」や「量刑の判断
>能力」のような気もするのですが…

そこはあまり気にしていません。むしろ,素人感覚が重要だと思います。(もっとも「事実認定能力」については「合理的な疑いを超える」の基準が遵守できるか疑問符が残りますが)

むしろ,問題はやはり刑事司法システムへの理解ですね。
たとえば,違法収集証拠排除法則(違法に集められた証拠は証拠能力が否定され,心証形成の基礎に置いてはいけない)などの方が心配です。違法収集証拠であっても「事実じゃないか」といわれれば事実なワケですから,なんで「なかったことになるんだ!?」ということになりそうです。刑事司法システムへの理解がなければ,同法則の理解しがたいのでやむを得ないと思いますが。

僕も法学教育プログラムを社会人に行うというのは無理があると思います。

やはり実例の検証が最も効果的でしょうが、じゃ〜どのような事件をどのように取り上げるのかといえば、今回の騒動を見ても悲観的にならざるを得ません。
そうでなくても、かなり特殊な事件でなければニュース以上の扱いはないでしょう。
架空の例ですが、虎の子の老後資金を騙し取られた老人が詐欺業者に執拗に返還を迫ったところ口封じに殺された、なんてかなり凄惨な話であっても、今回のような取り上げ方はしないと思われます。
僕の感想としてはマスコミは猟奇的な事件を好む傾向があると。
いずれにせよ、一部を選択するという構造がある以上は偏向は避けられないものと看做すしかありません。

市井の人を裁判に参加させるという制度は司法の努力(効果は未知数)と評価していますが、やはり不安はつきまといます。しかしそれは裁判所もよくわかっているはずなので何か手立てがあるのではないでしょうか?
僕は制度の趣旨からして、さほど高度な法学的知識は求めなくても良いと思います。法学的知識よりもむしろ、
「被害者の味方をしない者は加害者の味方である」などといった奇妙な論理に振り回されない理性を持つこと。
人を裁くこと(赦すこと)の重みを受け止めること。
といった良識を求めます。
その前に、一般人は刑事事件を身近に体験することはほとんどないので事件を冷静に見られるか?事件の凄惨さが法廷で再現されるわけではないので被害者&被告の心情を理解できるか?など疑問は多々ありますが。

No.19 Sou様の挙げていらっしゃった「刑事弁護・刑事裁判の基本的精神」について理解を促す事を指して、『法教育』と称しておりました(No.19-22等)。私としては、高度な法学的知識は想定しておらず、少なくとも憲法理解があればと考えておりました。

学校での『法教育』徹底は考えておりましたが、社会人に対する法学教育プログラム導入までは想定しておりませんでした。

社会人に対しては、テレビの影響力は大きいと思いますので、弁護士兼タレントのような方が理解を促して下さるだけでも、それなりの効果があるのではないかと思いましたが、今回は残念な結果になりました。

(特に)社会人に対する『法教育』(上述のような理解を促すこと)については、実例の検証が(注目を引きやすいので)最も効果的だというご意見には至極納得です。その方法として、「検察官・弁護人が国民に向かって説明することは有益だ」という件については諒解しているのですが(No.95等)、係争中の弁護人や検査官の負担を増やすまでもなく、別の方達によっても行える事ではないかとも思うのですが…。

(それで結局、成人に対する『法教育』についての具体案は今の所ないのですが…(汗。)


>その前に、一般人は刑事事件を身近に体験することはほとんどないので事件を冷静に見られるか?事件の凄惨さが法廷で再現されるわけではないので被害者&被告の心情を理解できるか?など疑問は多々ありますが。

私も、冷静に見られるという自信はあまり無いかもしれません…。正しい判断が出来るのか不安に思っております。また凄惨な事件に関しては、刑も重くなるかもしれませんので、そのような判断には関わりたくないという気持ちもございます。しかし、もしも裁判員に選ばれてしまった場合には、国民の義務でしょうから、止むを得ません。

>しかしそれは裁判所もよくわかっているはずなので何か手立てがあるのではないでしょうか?
私も裁判員制度実施に向けて、何か手立てや準備がなされている事を期待しております。

追記:
私見ですが、弁護団に対して懲戒請求を立てた人達の多くは義憤にかられての事だと思っておりますが、「被害者の味方をしない者は加害者の味方である」などといった奇妙な論理に振り回されたというより、「凄惨な事件の容疑者や加害者にも、守られるべき人権がある」という事をよく理解していなかったのではないかと推測しております。

No.313 モトケン さん

お忙しい中、レスありがとうございます。返答が遅れてすいません。

>懲戒事由が存在しないにもかかわらず、大量の懲戒請求が出される事態というのは正常な事態だとお考えですか?

懲戒事由の有無を私自身は判断しかねますが、仮に適正な行動ではなかったのだとすれば、可能な限り一般市民が適正な行動を選択できるような

社会が望ましいという観点から見ると、望ましくない事態であったと思います。

>そしてそのような事態だ生じた原因が弁護団にあるとお考えですか?

責任の有無は別にして原因を分析するならば、そのような事態は弁護団による説明不足に起因するでしょう。マスメディアには原因がないのか、

と問われればこれはまた別の議論であると言わざるを得ません(マスメディアに原因があったからと言って、弁護団の説明不足が無化するわけで

はありませんから)。

>「仕方がない」というのはどういう意味ですか?

どのような回避策があったのか、という観点で考えた場合に、「弁護団がもっと説明すればよい」という選択肢を否定するのであれば、他に有効

な選択肢が無い以上は「止むを得ない」と言わざるを得ないということになります。例えば「法教育の改善」という回避策が提示されましたが、

即応性に乏しいという点(実現に何十年かかるのでしょう)を踏まえるならば、とても有効な選択肢とは言いがたいですし、「マスコミの報道姿

勢の改善」という回避策が提示されましたが、自主規制するにせよ法的に規制するにせよ、表現の自由に関わる話にもなってきますし、そもそも

マスコミが「加害者に厳しく被害者に優しい」報道をすることになぜ問題があるのか、という点も明らかではない以上は、報道に対する規制強化

論というのは現実味に乏しいように思います。

>今後も同様の事態が発生してもいいという意味を含んでいますか?

含んでいません。「弁護団がもっと説明すればよい」という回避策を提示してます。

No.315 モトケンさん

>マスコミの報道の前提には取材があります。
>福田さんは、マスコミは最低限の取材も勉強もしないで憶測に頼った報道をしてもいいとお考えなのですか?

「最低限」というのがどこまでか、という議論の余地はあるでしょうが、最低限の事実確認は必要だと思います。現状でマスコミ全般が「取材も勉強もしないで憶測に頼った報道」を行っている傾向にあるとはとても思えませんが、そのように思われる根拠などはあるのでしょうか。

>付言しますが、マスコミと一般市民を同様に考えることはできないと思います。

当事者が説明しない限り見えてこない領域に関して憶測せざるを得ないという点で「同様」と申し上げた次第です。

横レスすみません。
三連休「サービス業」は超多忙でチェックできませんでした。
>No.135 Sou 様
ご回答ありがとうございます。
 しかし、まだ、進路の決まってない、司法修習生を傍聴席ならともかく法廷の弁護人席側に座らせてしまったことが、良かったのか疑問に思います。
 もし、私の部下だったら、商談の立会いはさせますが、新人に当時者の代理人して参加させません。しかも、研修生にはとてもできません。司法修習生の進路を制限することになってしまうからです。
 私が知ったのは部下から話を聞きなした。夕方、その映像も見ました。その後、動画WEBの数箇所で何度も放映されていました。
 そして、「誰?」という話題が、WEB上を駆け巡り。
光市事件の弁護団の氏名が公開され、あ、司法修習生ということになり、それにつれて「懲戒請求の書式」と各弁護士会の連絡先、HP等が、私の知る限りで4箇所のアップされたいたと思います。
 その後、「H弁護士の発言」後、プロバイダーの自主規制で4箇所のHPが閉鎖、登録番号の削除、弁護士会の弁護士の検索が不能となっていったと思います。
 後輩の話によると、まだ、存在していると聞きます。
残念ながら、WEB上では、そこから弁護団の氏名等が特定されたように思います。
>>No.135 Sou 様
退室されたようですが、残念です。
 モトケンさんのブログも「一般市民」と「弁護士」のバトルのように思います。どちらにしても、議論でなくて意見の「押し付け合い」という感じはぬぐえません。
 「裁判官」「検察官」より身近な存在の「弁護士」がどうして、こんなに社会の現状に否定的なのか。
 一般市民にも「わがまま」な人は、いっぱいいます。
 それを私たち「サービス業」をしている者は受入れ、真摯に意見を聞き、生かしていく事を誇りに思っています。
 今枝先生は、それをしようとされた方であり、私は人として尊敬できると考えています。今までの弁護士界では、画期的なことです。客観的に判断したつもりです。

>No.366 だるま大使 さん

>「裁判官」「検察官」より身近な存在の「弁護士」がどうして、こんなに社会の現状に否定的なのか。

 どのような点から「社会の現状に否定的」とおっしゃってるんでしょうか?

 サービス業にとっては一般市民はお客さんまたはお客さん予備軍でしょうけど、刑事事件の弁護人にとっては被告人が客であり客の利益を最大限に守らなければなりません。
 そして、被告人の利益と一般市民の利益または要求とは矛盾することがあります。
 そのような場合に、弁護人が被告人の利益より一般市民を重視するならば、サービス業がお客さんをないがしろにするのと同じになります。

>どちらにしても、議論でなくて意見の「押し付け合い」という感じはぬぐえません。

 司法のルールの下で裁かれている被告人とそれを支援している弁護人に対し、必ずしも司法のルールとは一致しない「一般市民」の論理を主張することのおかしさにまだご理解をいただけないのでしょうか。
 司法のルールは弁護士が決めているのではないのですよ。
 国民の代表たる国会が法律を制定することによって定めているのです。

> まだ、進路の決まってない、司法修習生を傍聴席ならともかく法廷の弁護人席側に座らせてしまったことが、良かったのか疑問に思います。
> もし、私の部下だったら、商談の立会いはさせますが、新人に当時者の代理人して参加させません。しかも、研修生にはとてもできません。司法修習生の進路を制限することになってしまうからです。(No.366 だるま大使 さま)

司法修習の在り方について誤解があるように思います。
No.135 Sou さまが説明された通り、
司法修習生は司法試験に合格して法曹実務教育を受ける者であり、修習終了後に裁判官、検察官、弁護士のいずれかの職に就くことが予定されています。研修中の身分ですので、一人で訴訟行為をすることはできず、資格有る法曹(裁判官、検察官、弁護士)の側に付いて見学するだけで、活動の責任はあくまで指導者たる法曹にあります。
司法修習生は法曹の活動を間近に見るために、法廷内では当事者席の、検察官または弁護人の横に座ることが認められています。裁判修習中は裁判官の座るヒナ壇ではなく、その横の平場に机を置くことが多いです。
修習プログラムは将来の進路にかかわらず全員が共通して、刑事裁判・民事裁判・検察・弁護の修習を受けます。つまり、裁判官になる人も検察官になる人も弁護修習をすることが当然なのですから、そのことは将来の職業を規制するものとはなりません。むしろ、自分の進路と異なる職種について学ぶことは、実務法曹としての感覚を養う上で貴重な体験であると考えられています。
従って、くだんの修習生が光市事件弁護団の弁護士の修習指導を受けたことは、裁判官・検察官の任官する際の選考にあたっても、弁護士事務所への就職に際しても、不利になることはあり得ません。

>  そのような場合に、弁護人が被告人の利益より一般市民を重視するならば、サービス業がお客さんをないがしろにするのと同じになります。


 そろそろ別エントリで、一般市民や被害者の利益又は要求と、検察官の追求する正義の懸隔についても議論された方が、事態はより明確化できるのではないでしょうか。

…却って混乱するでしょうか?

モトケン様ありがとうございます。

>司法のルールの下で裁かれている被告人とそれを支援している弁護人に対し、必ずしも司法のルールとは一致しない「一般市民」の論理を主張することのおかしさにまだご理解をいただけないのでしょうか。

とのご意見真摯に受け止めます。
しかし、司法制度改革により、一般市民の意見を取り入れる方向に向かっています。これを「改悪」「改正」と言うのかは、個人の受け止め方です。
 裁判員制度の模擬裁判では、判決が重くなってしまうのは、確かです。
また、社会的に厳罰化の方向に向かってます。
 私は純粋に「サービス業」で頑張っています。しかし、お客様が絶対に悪くても、すぐには否定できません。
まず、聞くことから始まります。
弁護士はそんなんじゃない、品格者です。だから、「先生」と呼ばれるんです。

>刑事事件の弁護人にとっては被告人が客であり客の利益を最大限に守らなければなりません。

 弁護士が、被告人がお客さんと言う表現はふさわしくないと思います。「弁護士は、国民から公平を付託されている」と思います。被告人を最大限弁護する。そして「真実の追究」も大事な要件だと思います。
 だから、いままで司法修習の費用を税金でまかなわれて来たのではないでしょうか。新制度改革では、育英会方式になるようですが。それなら、被告人だけのことを考えれば何の問題もないと思います。

>国民の代表たる国会が法律を制定することによって定めているのです。

だから、新司法制度で、「裁判員制度」、「司法試験の改革」、「司法修習制度の改革」が行われてきているのでは、ないでしょうか。
 一般市民にとっては迷惑なことです。しかし、なぜ、モトケン様が言う国会が法案を通したのでしょうか。
 弁護士にとっても迷惑でしょ!! 
残念ながら「国会=国民の代表」ではない。

>必ずしも司法のルールとは一致しない「一般市民」の論理
 を「おかしさ」と決めつけるのは自体、みんなが抵抗を感じているところです。一人一人独立した「個人」であるのです。
「弁護士」でも「一般市民」も人であることにかわりがありません。どんな職業であっても相手を尊重します。

モトケンさんには今枝弁護士ほどの懐の深さがないのです。
許してあげて下さい。

>No.368 YUNYUN(弁護士) 様ありがとうございます。

司法修習については理解できました。
 ただ、私の心配するのは、WEB上であれだけ多くの動画がながれて、修習生に影響がなければ良いのにと子供を思う親心です。

>No.369 rijin 様

ありがとうございます。解りました。
このエントリでは、コメントしません。

>No.370 だるま大使 さん

この問題については
法的な 「正義」 と社会一般の 「正義」
http://www.yabelab.net/blog/tyoukai/2007/09/25-190817.php
というエントリがあるのですが、もう少しこちらでお相手させていただきます。

>しかし、司法制度改革により、一般市民の意見を取り入れる方向に向かっています。

 制度として取り入れられれば、弁護士も法曹の一人として当然その制度に従います。
 ルールが変われば、変更後のルールに従うのは当たり前のことです。

>私は純粋に「サービス業」で頑張っています。しかし、お客様が絶対に悪くても、すぐには否定できません。
>まず、聞くことから始まります。

 法律家も話は聞きます。
 しかし、ルールに反することはできません。
 もう一度確認しますが、司法のルールとサービス業のルールは違うところがあるのです。

>弁護士が、被告人がお客さんと言う表現はふさわしくないと思います。

 これは揚げ足取りですね。
 なお、私選弁護において、依頼者たる被告人は弁護士にとって紛れもなく客です。
 ただ、サービス業における客との関係とは違う関係ではあります。

>被告人を最大限弁護する。そして「真実の追究」も大事な要件だと思います。

 この問題についてはすでにかなり議論されています。

>残念ながら「国会=国民の代表」ではない。

 理念と実際は違うということでしょう。
 選挙でものを言うしかないのではないでしょうか。

>弁護士にとっても迷惑でしょ!! 

 ルールとして決まったのなら従うほかありません。
 ルールが変わるまでは。

>>必ずしも司法のルールとは一致しない「一般市民」の論理
 を「おかしさ」と決めつけるのは自体、みんなが抵抗を感じているところです。

 一般市民の論理がおかしいと言っているのではありません。
 よく読んでください。
 テニスの試合をしている者に対して、野球のルールに従えというのがおかしい、と言っているのです。
 野球のルールがおかしいと言っているのではないのです。

いつも横レス&トピずれすみません・・・
しかも何度も言われてることだとは思うのですが・・・

No.365 福田 さんのレスを読んで思ったことなのですが・・・。

事件関係者などごく一部の人を除いて、マスメディアを通さずに「弁護団の言っていることはおかしい!」「だから説明する義務がある!」と思った人がどのくらいいるのか疑問です。

被害者遺族である本村さんが、毎回記者会見を開き、被害者や被害者遺族について精力的に訴えたことで、事件から8年も経った今でも、マスメディアに積極的に取り上げられているとボクは考えています。

事件当時は騒がれても、すべてが今回のように興味を持たれるわけではないでしょう。
それどころか、犯人が捕まってなくても忘れ去られていく事件も・・・。

一般人とマスメディアを同列にしては・・・というより、一般の人はほぼマスメディアを通してしか情報を得ていないと考えるべきではないでしょうか。
(今回のように、弁護人の一人がインターネットを通して、情報や意見を公開することの方が珍しいのではないでしょうか)

であるのにマスメディアのことは別の議論なので・・・というのは違和感を覚えます・・・。

実際には、積極的に公開されている情報以外、意外と知ることは難しいはずなんですが、ネットなどの書き込みを見ていると、それに気付かず「マスメディアやネットで簡単に知ることができるし、知る権利がある」と勘違いしているのではないかとよく思います。

うーん・・・うまくかけません・・ごめんなさい・・・。

私のように専門知識にまったく疎い者にとって、最近の活発な議論は各コメントを掻い摘んで読ませていただくのが精一杯で、いろいろと勉強にさせていただいきありがとうございます。
私の身の回りの生活の中で感じた雰囲気で、特に「そうなんだよなー」と思ったことは、

他のエントリで
>廣野秀樹さんのコメント
>世間の大半の人は、ネットを使ってないかあまり見る余裕のない人達だと思います。

また、
>NO.374ひとり選考委員会さんのコメント
>実際には積極的に公開されている情報以外、意外と知ることは難しいはずなんですが

ということが現実として、かなりの大多数(どのくらいと言われても困りますが)存在していると思うのです。
ただしネットとかに批判的と言っているのではありません、私なんか運良くこちらを拝見する時間が有、今は光市事件(他の刑事裁判も含め)に対してかなり第三者的に眺める事ができるようになりましたのでーーーモトケン先生のブログには本当に感謝しております。
前に、mashさまかFBさまも仰っておりましたが、本当に「法教育」と「マスメディアの公平性」は必要だと思います、「法教育」さえかなり学校で浸透させれば、マスメディアに対する見方も変わってくる人たちが増えると思います。ただ現実として時間は掛かるでしょうが「ネットの普及」と「法教育の普及」がよりすすめばこれからの、刑事裁判はより発展してくのではないでしょうか。
マスコミの方々も、簡単なテロップでもいいですから、法律に関わる報道については、「視聴者の皆様も、公平な立場でこの報道を眺めて下さい」(ほかに言い様はあるとおもいますが)くらいを画面等に、流すくらいの配慮があっていいのではないかなと思ったりします。

長々と感じた事を書き込みまして失礼いたしました。

マスコミがでてきたので少し・・・
マスコミは、断片的な情報から、取材を重ねることによってそれを線にしていき、正しく報道することが職責だと思うのです。しかし、おもいっきり極端に悪く言うと、今の説明責任との主張は断片的な情報を報道し、それについて言いたいことを言い、後は弁護側、説明しといてね、と言っているように感じてしまいます。某弁護士の主張もしかり。

こちらの記事で、弁護側の主張と被告人の言ってることが違うようです。一度このように報道したのであれば、ほったらかしにするのではなく取材を重ね正確な報道をしてもらいたいものです。

すいません、ちょっとマスコミに対し感じていることを書き込ませていただきました。

>マスコミは、断片的な情報から、取材を重ねることによってそれを線にしていき、正しく報道することが職責だと思うのです。しかし、おもいっきり極端に悪く言うと、今の説明責任との主張は断片的な情報を報道し、それについて言いたいことを言い、後は弁護側、説明しといてね、と言っているように感じてしまいます。某弁護士の主張もしかり。


マスコミは断片的な情報で予断を行う場合もあり
(時津風親方なんてまさにそんな感じ)
その予断や疑惑を放置してしまったら
社会的不安が広まっていく。
それを阻止する為に相撲協会が記者会見を
開いてるわけです。

今回の弁護団も断片的な情報によって
・被告人にストーリーを吹き込んで唆した。
・遅延目的の裁判欠席
・前任の弁護士は職務怠慢
・死刑廃止運動に利用している。
という疑惑がされており、
その疑惑を払拭するには当人が説明する以外に
ほとんど方法は無いのです。
法知識はあまり関係無く、弁護士失格の行為が
「有ったか」「無かったか」の問題なのです。
だから弁護団は社会的な弁護士の信用を守る為に
説明責任を果たす必要があるのです。

いいかげん、マスコミの情報は断片的なものであるって・・・意識して見れるように・・・ならなそうですよね・・・。

最近の報道系情報番組(あくまでも報道番組にあらず・・)の傍若無人さは・・・目に余ります・・・。

ボク的には弁護団はマスコミと情報に流されやすい人たちの被害者と思えてしかたない・・・。

ところで、

No.377 一般人さん

>法知識はあまり関係無く、弁護士失格の行為が
>「有ったか」「無かったか」の問題なのです。

この“法知識はあまり関係無く”の主語は・・・?
“弁護士失格の行為が「有ったか」「無かったか」”は、一般人さんが書いた疑惑についてですか?説明責任についてですか?

No.377 一般人 さん
>マスコミは断片的な情報で予断を行う場合もあり
(時津風親方なんてまさにそんな感じ)
その予断や疑惑を放置してしまったら
社会的不安が広まっていく。
それを阻止する為に相撲協会が記者会見を
開いてるわけです。

そうなんですか?
社会的不安が広まることを阻止する為ではなく、
社会的不安が、相撲協会に力を及ぼす、さる団体とか誰かとかを動かし
そちらからの圧力を阻止する為に、相撲協会が記者会見を開いたり、
それじゃすまなくなりそうだと、処分したりしているのだと思いますが。
(関係ないけど、時津風を「ジップ」と読むとなんかかっこいい)

そーゆー、直接的な圧力につながらない、素の社会的不安だけなら、

悪いうわさを放っておけば、噂が広まって後ろ指指されたりするよ、

という話であって、説明責任とか、「責任」の問題ではないと思います。
つまり、他人があれこれ指図する筋合いのものではないと言うことです。

ただ、説明をすると決めたのなら、ちゃんとやって欲しいというのはありますね。
中途半端が一番ダメ。

No.379 白片吟K氏 さん

>悪いうわさを放っておけば、噂が広まって後ろ指指されたりするよ、という話であって、

ここ大事ですね。
これを放置してさらにこういう事態が重なるようになれば
社会的な弁護士の信用が失われます。

>説明責任とか、「責任」の問題ではないと思います。

いや常識的な大人なら「責任」を感じるはずです。
まぁ説明責任という言葉自体、日本で最近使われ始めた
法的根拠も無い曖昧な表現ですが。

>つまり、他人があれこれ指図する筋合いのものではないと言うことです。

誰も何も言わなければ、弁護団は事の重大さを
気付く事が出来ません。
現弁護団が説明責任を果たしてるのも
そういう世間の要望に応えてるからでしょう。
これで良いんです。


まあ、今回の騒動の中で弁護団の説明責任はゼロじゃないような気もしなくはないですが、それを言うなら、他にも説明責任がある人がいっぱいいるように思うので、弁護団だけが「説明しろ、説明しろ」と言われているのをみると、かばいたくなるのが人情のような気もします。

No.380 一般人 さん
後ろ指指されている当人が、それでよいと思うのなら、
別にそれでよいのでは?

>これを放置してさらにこういう事態が重なるようになれば
社会的な弁護士の信用が失われます。

「社会的な弁護士の信用が失われ」るという状態が
具体的にどんなことを指すのかイマイチ分からないんですが。
普通信用を失うのを恐れる相手は、顧客(と顧客予備軍)ですが、刑事弁護の場合、顧客は被疑者、被告人であって、で、被告人からすれば、被告人のおつむの状況なんかをぺらぺら世間に説明する人の方が信用できない、と思うでしょうから。
それとも、嫌がらせメールがいっぱい事務所に来るよっていう意味でしょうか。
それはまた別の方法で対応すべきだと思うのですが。

>常識的な大人なら「責任」を感じるはずです。

まあ、後ろ指指されても気にしない人なら、もしかして非常識で「責任」を感じないかもしれませんね。そしたらそれまでですし、
もし常識的であれば、「責任」を感じてもらって、心の中で「ごめん」って謝ってもらえばいいと思います。

感じる感じないは人の心の中の話ですから、結局、そーゆー処理になってしまうと思いますが・・・。

一般人さんは、事の重大さを言いたいのだということは分かりますが、
どうも、具体的イメージにつながらないんですよ。

橋下弁護士の命綱は、「因果関係が無い」と「弁護団に説明責任が有った」だから、
一般人さんはその2つでがんばってるんですよね?

>>No.366 だるま大使さま
まだこのブログは目を通していますので,必要があると感じれば書き込むつもりです。
#他の記事等ではちらちら書き込みをしています。

>>No.368 YUNYUN(弁護士)さま
フォロー有難うございました。

司法修習制度についても,改めて一般の方からの意見を伺うとやはりいろんなイメージを持たれているんだなということを実感いたします。やはり,見習いの中では相当特殊なのは間違いないですね。

モトケンさまには,司法修習生について適切なニュースがあったときには,関連した記事を書いていただくことを期待しつつ,またこの記事についてはROMに戻ります。
トピずればかりですいませんでした。

No.382 白片吟K氏 さん
>「社会的な弁護士の信用が失われ」るという状態が
具体的にどんなことを指すのかイマイチ分からないんですが。

具体的も何も、そのまんまの意味ですよ。
疑惑を放置したままでは社会的誤解や不安が蔓延し
弁護士の信用も失ってしまうんですよ。
弁護士は職務の内外を問わず常に品位を保ち、
社会的信用を得る使命があるのです。


>普通信用を失うのを恐れる相手は、顧客(と顧客予備軍)ですが、刑事弁護の場合、顧客は被疑者、被告人であって、で、被告人からすれば、被告人のおつむの状況なんかをぺらぺら世間に説明する人の方が信用できない、と思うでしょうから。

被告の不利益と重ならない部分で説明していく
努力が必要なんですよ。


>それとも、嫌がらせメールがいっぱい事務所に来るよっていう意味でしょうか。
それはまた別の方法で対応すべきだと思うのですが。

全然意味が分かりません・・・

>まあ、後ろ指指されても気にしない人なら、もしかして非常識で「責任」を感じないかもしれませんね。そしたらそれまでですし、

それじゃ困るんですよ。
投げやりにならないでください。

>もし常識的であれば、「責任」を感じてもらって、心の中で「ごめん」って謝ってもらえばいいと思います。

心の中で「ごめん」って謝っても何の意味も無いですよ。

>感じる感じないは人の心の中の話ですから、結局、そーゆー処理になってしまうと思いますが・・・。

そんな処理は意味が無いんです。
心の中でどう思おうと関係ないんです。
説明責任を果たすかどうかが大事なんです。

>No.385一般人さん

 あなたの主張はそれだけ読むともっともなようですが、上での議論、他の方が主張整理に努力して下さったことを無にするもののように思われます。不毛です。

No.385一般人さん
>被告の不利益と重ならない部分で説明していく
努力が必要なんですよ。

そういうことなら、まあ、分かります。
説明しないより、する方がいいとは思いますから。

ご意見が大体つかめました。
どうもありがとうございました。

初めて書き込みをさせていただきます

ここまで皆様の議論されている内容を拝見させていただき
法律に疎い私ですが、かなり勉強させていただきました。
結論として弁護方針の変更については説明の必要は無いと考えます
裁判で詳しく説明するんだから説明する必要などないとしか思えないのです

しかしながら、これだけは私の中で最初から今まで
誰の意見を拝見させてもらっても変化がありません。

裁判を欠席した弁護士には原告に対し欠席の旨、及び
欠席の本当の内容(裁判で不利にならない範囲ですが)を
あらかじめ説明しておく責任があった。

理由として
1、前日に裁判所にFAXで連絡では原告への連絡が間に合わない可能性があり、精神的苦痛、及び無用な出費を原告側にさせてしまう。
2、裁判所から連絡だけでは、欠席理由が「リハーサルへの出席」となってしまい、無用な挑発行為となりかねない。

弁護士といえど人間関係の中で生きているのですから
人に迷惑をかけないようにする、
迷惑をかけた場合は謝罪する。
道徳の問題だと思います。
裁判の戦略の中での出来事でしたら被告人最優先で
問題ないと思いますが、
原告に無駄に足を運ばせたり、いたずらに挑発することが
戦略だったとは思えません。

初めての投稿で文章がかなり稚拙ですがこれが私の至った結論です

この場合は刑事裁判ですから、「原告」という呼び方ではなく、訴追検察側ということになりますが、弁護人が欠席することは当然知っていたと思います。
(検察官は公務ですから、精神的苦痛まで言う必要はないでしょう)

本件で知らされていなかったために憤ったのは 被害者 で。
争っている事件で弁護人から被害者に対し直接連絡を取ることは憚られるものですから、
被害者については検察側がケアすべきでしょう。
従って、本件では裁判所か検察庁が知らせてあげていれば、無用の苦痛を与えることはなかったのにと思います。

>No.387 白片吟K氏 さん
 
 一般人さんの主張に納得される方も居たのですね。余計な口をはさまずに、ROM専門でいきます。が、最後に

>No.388 人として さん

 欠席の連絡が前日になった訳は、別のエントリ(場外?)で説明されていたと思います。ここのエントリだけ見て判断するのは早計かも知れません。

>YUNYUN(弁護士)さん
すみませんでした原告ではなく被害者の間違いですね
>被害者については検察側がケアすべきでしょう。
については前日にFAXでは間に合わない可能性があることと
2、の理由において報告しないでよい理由とはなら無いと思います

>ROM専門 さん
本当の理由についても理解しております
しかしそれを踏まえて
やはり理由1・2の反論材料とはなり得ないと考えます

>ROM専門 さん
すみません どの程度理解しているか説明不足でした
「再調査に期間が不足しているため一度裁判の延期を
申し出た。
しかし裁判所に却下されたため、
弁護団の解散等を言い渡されないよう報告日を
裁判1日前にした。
また一度却下された理由では延期申請が出来ないため理由をリハーサル出席のためとした」
で良かったでしょうか。

人として様
揚げ足取りになりますが、厳密にいきましょう。
本村氏は被害者ではなく被害者遺族です。
被害者遺族とは呼べるものの、その時点では証人でもなんでもない第三者で、傍聴人の一人に過ぎません。
少なくとも現行制度では。

現行制度の下、単なる傍聴人の一人の都合のために
弁護人の活動が左右されることが正しいとは思えません。

厳密ついでにもう一つ言うと、刑事裁判では被害者本人ですら当事者ではありませんね。

もうひとつ

仮に安田氏が「〜これこれこういう理由で欠席します」
と連絡したとして、果たして本村氏は納得されたでしょうか?
むしろ今以上に大きな怒りを掻き立ててただろうことは
想像に難くないですが、いかがですか?

と言うか、一番腹立てたのは実はマスコミの記者なんじゃないの?と私なんぞは思うわけで(笑)。大扱いを予定していた出来事が飛んだら、出稿予定が崩壊しますからね。
「世間」は公判期日なんて普通、知らないでしょ。
被害者遺族の尻馬に乗って記者が垂れ流した私憤に「世間」が感染しちゃった(もちろん、感染させようと思って記事を書いてる)って感じなんじゃないかと。
安田・足立両弁護士のやり口は確かにビーンボールまがいだけど、別に前代未聞の暴挙って訳でもないんだし。

No.389 YUNYUN(弁護士) さん
あらら裁判長が欠席裁判について
どういう見解を示したかも知らないのか・・・

No.393 pon さんの

>現行制度の下、単なる傍聴人の一人の都合のために
弁護人の活動が左右されることが正しいとは思えません。

あのですね。
傍聴人の一人の都合じゃ無くて国民全体の都合なんですよ。
弁護人が自由に裁判の日程を決めたいなら
法律を改正するしか有りませんね。


No.395 pon さん

>仮に安田氏が「〜これこれこういう理由で欠席します」
と連絡したとして、果たして本村氏は納得されたでしょうか?

相手が納得しなければ、説明する必要は無いという
論理は通用しませんよ。

>むしろ今以上に大きな怒りを掻き立ててただろうことは
想像に難くない

根拠はなんですか?

No.396 惰眠 さん

>「世間」は公判期日なんて普通、知らないでしょ。
被害者遺族の尻馬に乗って記者が垂れ流した私憤に「世間」が感染しちゃった(もちろん、感染させようと思って記事を書いてる)って感じなんじゃないかと。

なんで公判期日を知らない事が
世間が憤りを感じない理由になるんですか?
暴論はやめてください。

>安田・足立両弁護士のやり口は確かにビーンボールまがいだけど、別に前代未聞の暴挙って訳でもないんだし。

暴挙かどうかは世間や裁判所が判断するでしょ。
弁護士の内輪だけで問題無いと認識しても、
世間から白い目で見られるだけでしょう。


No.397 一般人 さん

>傍聴人の一人の都合じゃ無くて国民全体の都合なんですよ。

折角、配慮して頂いたんですが、私の都合は考慮していただかなくて結構です。あっ、非国民になっちゃいましたね(^_^)

No.397 一般人 さん

>傍聴人の一人の都合じゃ無くて国民全体の都合なんですよ。
>弁護人が自由に裁判の日程を決めたいなら
>法律を改正するしか有りませんね。

おっしゃる通りだと思います。その辺勘違いなさっている方が多いようですが、あくまで本件は弁護側の勝手な都合による欠席であったわけですから、「単なる傍聴人の一人の都合」などというすり替えは甚だしく不適切ですね。

No.399 通りすがり@茶番劇 さん
確かに国民が定めた法律を守りたくないというなら
非国民になってしまいますね。

弁護士が自由に裁判の日程を決められる権利を得たいなら
まずは国民に指示を得て法律を改正する事です。

No.374 ひとり選考委員会 さん

>であるのにマスメディアのことは別の議論なので・・・というのは違和感を覚えます・・・。

もちろん一般市民はマスメディアから情報を得ているわけですが、マスメディアによる憶測や誤解の原因が当事者による説明不足にあるのだとすれば、原因論を語る上で「マスメディアにだって原因があるじゃないか」などと連呼したところで、あまり建設的であるとは言えないと思います(例えば、第二次大戦中の日本の悪行を語る際に、「欧米だって同じことをしていたじゃないか」などと反論したところであまり意味がないことと同じようなものではないでしょうか)。

 辺境ニュースで紹介されていた産経の記事です。

【野菊】裁判員制度で報道はどうなる?
SANKEI EXPRESS
09/17 23:17
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/85012/

<弁護士逮捕>容疑者に「自白するな」 脅迫容疑で宮崎地検

宮崎地検は(中略)山本至被告(53)=証拠隠滅罪で起訴=を脅迫容疑で再逮捕した。
300人を超す弁護団が結成され、別に400人以上の弁護士が支援する。

 逮捕されただけでも大問題だと思うのですが、それなのに300人+400人もの弁護団って異常事態だと思うのですが、どういうことでしょうか?

No.365 福田 さん

>当事者が説明しない限り見えてこない領域に関して憶測せざるを得ないという点で「同様」と申し上げた次第です。

 憶測せざるを得ないとしても、憶測に基づいて報道してもいいということにはならないんじゃないですか。
 報道機関としては。

>どういうことでしょうか?

http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/7981bd10333e6c7d24a3797b0b00d6f4
こういうことなんじゃないでしょうか。

やっぱりそういう事態になったわけね。
今回は光市事件の弁護団の件で
社会的に弁護士の評価が以前とは変わりつつあるから、
この事件が社会的にどう取り扱われるかが
見物でもある。

憶測に基づいて報道してもいいということにはならないんじゃないですか。  報道機関としては。

なりませんね。報道機関としては。

No.405 モトケン さん

>憶測せざるを得ないとしても、憶測に基づいて報道してもいいということにはならないんじゃないですか。
 報道機関としては。

議論の進行状況を鑑みれば、その主張は
一周回遅れです。
具体的な内容が無ければ、議論の巻き戻しか
揚げ足取りになってしまいます。
例えば時津風親方の暴行疑惑報道で考えると、
憶測や予断を完全に排除するには、
時津風報道自体を全て規制する
必要があると思うんですが、
そうすべきだという考えですか?

確実に分かる範囲で報道すれば良いんじゃないでしょうかね。
何で1か0でしか考えられないんでしょうか。

「推論」とか「蓋然性」ってものが理解できない人には、1か0でしか考えられないんでしょう。

>No.409 一般人 さん

 やはり不毛としか思えません。スルーするしかないのですか?

No.410 pon さん
「1」か「0」か「その他」かは回答者が決めれば良いでしょう。
焦らないでくださいよ。

それと確実に分かる事実を並べ立てた結果でも、
予断や疑惑が発生してしまうんですよ。
そこまで含めて考えないといけないわけです。


No.411 惰眠 さん
で、何が言いたいんですか?
もっと具体的にお願いします。


No.413 一般人 さん

それが判らないような人をいちいち構ってはあげません(笑)

憶測や推論だったらちゃんと見出しと本文の末尾にクエスチョンマークを付けておけ、ということでしょうかね。
スポーツ新聞が飛ばし記事の見出しにちっちゃーく付けてるのをよく見かけますがw

>No.413 一般人 さん

 No.410 pon さんのコメントで回答済み。
 まだ続けますか?

No.413 一般人様

>それと確実に分かる事実を並べ立てた結果でも、
>予断や疑惑が発生してしまうんですよ。
確実にわかる事実を並べ立てた結果、その報道を見聞きした各人が予断や疑惑を持つことはかまわないんじゃないですか?
予断や疑惑というとおかしな意味になりそうですから言い換えますと、各人が推論することまで関知しない、でいいんじゃないですか?

放送法で定められているのは、以下です。
----
放送法第3条の2 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
(略)
3.報道は事実をまげないですること。
4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
----

つまり、
No.405 モトケン様
>憶測せざるを得ないとしても、憶測に基づいて報道してもいいということにはならないんじゃないですか。
>報道機関としては。
No.410 pon様
>確実に分かる範囲で報道すれば良いんじゃないでしょうかね。
ということですよ。

思いっきりトピズレだと思いますのでスルーしていただいて結構です。

なんかマスコミが問題だ問題だと騒いでるから、
どんな深刻な問題なのかと思ったんですが、
要は大した問題は無いって結論で良いでしょうか?
つまりどうしても
社会的な疑惑や不信は発生してしまうと。

なら弁護士も自らの信用にかけて
社会的不安や誤解を解くためにも説明すれば
良いだけでしょう。

一般人様は弁護団は世間に対する説明責任があると主張したい
わけですね。

私はそんなものがあるようには見えません。

            完


こんな感じでいかがでしょう?

「自分の意見で終わらないと気が済まない」 という気質は実在します。物証はありませんが実在するんです。私はその実在を信じます。

言わせてあげましょうよ。

「その意見は違う」 とか 「おかしい」 と言われるから、同じ意見をもう一度書かないといけないことになるんです(その人の中では)。

反論するから終わらないんです。

スルーしましょうってばさー

>No.420 fuka_fuka さん

「自分の意見で終わらないと気が済まない」 という気質は実在します。 (中略) 「その意見は違う」 とか 「おかしい」 と言われるから、同じ意見をもう一度書かないといけないことになるんです(その人の中では)。

それって一種の強迫神経症ですね(笑)

「説明責任」みたいな抽象的な概念をあると主張するのならば、
立証責任はあると主張するほうにかかりますよね。
で、立証するにはそれなりの根拠が必要になります。
例えば、製造業者が製造物に対して負う責任はPL法に拠る、
といった具合に。
一般人様のように具体的な根拠を有さずにいくら在ると主張しても
空論です。神学論争です。
あるべき論として、現在存在しない責任を将来において弁護士に負わせたいというのなら、それはまさしく立法論です。
一般化してどこか他所で意見を立てるべきでしょうね。

私としては、以降一般人様の言う「説明責任」に対しては
419のスタンスで望みたいと思います。

>No.415 せっせ さんのコメント

>憶測や推論だったらちゃんと見出しと本文の末尾にクエスチョンマークを付けておけ、ということでしょうかね。
スポーツ新聞が飛ばし記事の見出しにちっちゃーく付けてるのをよく見かけますがw


クエスチョンマークは、ないよりはあったほうがいい、とは思います。かといって、クエスチョンマークをつければ飛ばし記事を書いてもいいということにならないとは思いますが…

私が個人的にマスコミに望む配慮としては、記事の中で警察発表だけで書いている部分については、あくまでも警察のコメントに過ぎないのですから、もれなくカッコでくくって欲しいです。「捜査本部によれば〜」などと前置きして、警察発表を地の文で書いてある記事をみるたび、そう思います。
 あと、「調べによれば〜」なんて記事は、それ以前の問題として、誰の調べによるのかはっきりして欲しいです。

No.420 fuka_fuka様

なるほど、そういうことだったのですね。心理学等の世界でしょうか・・・。

また私にソクラテスの対話法が実践できてないのでしょう。反省です。

pon さん
立証責任って・・・貴方いつも面白いね。

どうして疑惑を抱くのか何度も述べてるから
自分で調べてきてください。
もう10回ぐらい書いたように思いますよ。
時津風や弁護団に向けられてる疑惑の真実は分からないが、
それによって社会的不安や誤解が蔓延してるのは
確かでしょう。
相撲協会の場合は相撲界の信用を守る為に
記者会見を開いてますがね。
まぁ弁護団も記者会見等を開いて
説明責任を果たしてるから問題ないですが。

 堂堂巡りの議論をしてるのはどなたでしょう。華麗にスルーが一番のようです。付ける薬がありません。

No.405 モトケン さん

>憶測せざるを得ないとしても、憶測に基づいて報道してもいいということにはならないんじゃないですか。
>報道機関としては。

どうなんでしょう。もちろんあからさまな捏造は問題ですが、例えばテレビの報道番組やワイドショーなんかだと、コメンテーターや論説委員あるいはインタビューVTRで専門家が個別のニュースソースに対してああだこうだと言うようなスタイルが割りと定番化していると思うのです。そうした発言というのは基本的に憶測に基づいているわけで、憶測を全て許さない、ということになれば、現在の番組制作スタイルそのものを否定してしまうことになるのではないでしょうか。そういう意味では議論は必然的に別の話になってこざるを得ません。もちろんこの場で「理想的な番組制作はいかなるものか」などと語り合うのもまた一興ですが、少なくともエントリの趣旨とは著しくすれてしまうことになるでしょう。

>憶測を全て許さない

これが正論で、憶測や捏造を演出と称して商売やるのはマスコミの勝手都合。
なぜか番組制作の心配をしている⇒マスコミ擁護、約二名。

こちらが本音に見えます、橋下問題を追求すればマスコミへの糾弾に繋がるのでね。

私も特定の数人がどんな弁護方針を貫くか、なんてことより
マスコミがいかなる報道姿勢を持ってるか、という問題のほうが
よっぽど国民生活に直結すると思いますけどね。
一般人ならそっちの心配をするもんじゃないでしょうか。

そう。
お二人さんが、何を堂々巡りさせて、
必死に橋下擁護・マスコミ擁護してるのか、わからんのです。

別にマスコミ擁護しているわけではないのですが、徒にマスコミ批判したところで建設的ではないですし、コメンテーターや論説委員あるいはインタビューVTRで専門家が個別のニュースソースに対してああだこうだと言うような「ガイド役」がいなくなってしまうと、ますます一般市民の思考力は減退し、社会に対する無関心層が異常増殖してしまうのではないかと危惧します。

>No.431 福田 さん

もうスルーすべきなのかもしれませんが、よかったらひとつ聞かせてください。
光市の弁護団がバッシングされたことの一番の責任は誰にあったと思いますか?
「責任」ですからね。「原因」ではありませんよ。

No.428 MultiSync さん
>>憶測を全て許さない
これが正論で

だから具体的に言ってくださいよ。


>No.429 pon さん
マスコミがいかなる報道姿勢を持ってるか、という問題のほうがよっぽど国民生活に直結すると思いますけどね。

だから具体的に言ってくださいよ。

だからどうすれば良いんですか?
事実だけ報道しても時津風や弁護団のように
社会的な疑惑や不信が発生してるでしょう。
断片的な情報をどんな方法で報道しようと
所詮は断片的な情報でしかなく、
そこに疑惑を挟まれる余地があるなら
社会的な疑念や不信は払拭できないんですよ。

その為の知恵として誰もが記者会見が開いたり
釈明したりしてるわけです。

疑惑を完全に排除したいなら表現や報道の自由を
規制するしかないんですよ。


何でマスコミに報道姿勢を改めることが不可能で
弁護人に釈明させることなら簡単だと考えてるんでしょうか。

懲戒請求で簡単に圧力をかけられるから?

駄目だこりゃ。

>No.427 福田 さん

 私は「憶測」という言葉を「根拠のない当て推量」の意味で使っています。
 
 それを前提とした上で、事実の報道と意見の表明は区別されるべきと思います。
 取材に基づかない事実報道が許されないのは言うまでもないでしょう。
 しかし、100%完璧な捜査がないのと同様(あるいはそれ以上に)100%完璧な取材というのは不可能でしょうから、ある程度の推測が混じるのはやむを得ないと思います。
 但し、私はそのような推測が混じる報道を憶測に基づく報道とは言いません。

 意見の表明でも、マスメディアでそれなりに名の売れた評論家諸氏の話はそれなりの権威と信頼感をもって受け取られるわけですから、少なくとも収集可能な正確な事実に基づいて正しい知識と理解のもとに意見を述べられるべきものと思います。

 しかし、いずれの場合も常に正しい報道、的確な意見表明がなされる保証がないことは十分理解しています。

 私が強い違和感を覚えるのは、そのような誤報や誤った意見が述べられた場合に、その原因を相手の説明不足に求め、または説明不足を強調する福田さんの考え方です。

 誤報があれば、まず取材不足を問題視すべきでしょう。
 誤った意見が述べられたなら、意見を述べた人が自らの不明を省みるべきではないか。

 ということです。

No.430 たぬきのポン太郎 さん

あくまで一般論ですが(笑)。
「ワイドショーのコメンテーターの言うことを信じちゃったワタシ」とか「マスコミ報道に踊らされちゃったワタシ」みたいなことを認めることができない人もいるんじゃないですかね。

んでもって「ワタシはテレビなんかに踊らされるほど愚かじゃないやい」と思ってるとか。そのくせ「ミノモン太やハシモト徹が間違ったこと言うわけないじゃん」とか無邪気に信じてるみたいな(笑)

>No.437 惰眠 さん

なるほど。カルト・マスコミ教ですか。
テレビに出る強力な伝道師たちと、名も無きネット工作員たちで、布教してるんですね。
頼まれもしないのに勝手に忠誠尽くして頑張っちゃう人たちも、いっぱいいますよね。

だから取材不足も何も
弁護団の情報発信が0であるかぎり、
どんなに足掻いても叫んでも
断片的な情報しか存在しないわけです。
疑惑を解消するには弁護団が説明する以外に
ほとんど方法は無いんですよ。

>No.439 一般人 さん

もういいでしょ。そのへんで。

>だから

 全然理由になってない。少しも論理的でない。
 付ける薬がない。スルーしかない。

刑事事件を報道するのに、その仕組みについて根本的な違い。また、現実には有得ない主張などの報道はどういうことか?

そして、大勢がそれに踊らされた。

その責任を報道された側に取れというのは見勝手、なのでは。

 堂々巡りと認定します。

No.438 たぬきのポン太郎 さん

私は、「カルト」という言葉を安易に使うことには賛成できません。レッテル貼りに堕しかねませんし、そうなるとレッテルを貼ったこっちも思考停止に陥りかねませんので。
それに、ご指摘の行動様式は心理学用語で言うところの同一視/同一化や、投影などの概念でおおよそ説明がつくと思うからです。――とっても平たく言うと「幼児的」ってことなんですけどね(笑)。

>No.444 惰眠 さん

軽々しく使って申し訳ございません!!
「幼児的」。なるほどとも思いますが、もうちょっと確信犯的かなーとも思いますです。

>No.443 モトケンさま

>堂々巡りと認定します。

これはイエローカードですか?
サッカーならイエロー2枚で退場ですが…

No.436 モトケン様の説明、ものすごくわかりやすいと思うんですけど・・・。

No.423 けんさん

まあ、ほとんど皮肉で言ったんですけどね。
売店で「おおっ!?」と目が行くような記事は、よくよく見ると大体下に極小のフォントで「か?」が付いてるw

カッコ書きの導入には賛成ですね。いっそカラー印刷で色分けしてほしいくらいです。最近の記事は、どの部分が伝聞で、どの部分が公式発表で、どの部分が記者の直接取材なのかはっきりしません。自分のメディアリテラシーが衰えたとは思いたくないのですが。

少なくとも、テレビでも新聞でも「弁護団は裁判を死刑廃止運動に利用している」という報道にクエスチョンマークが付いてるのは見たことがありません。一方、弁護団のノーカット記者会見を見ると、安田弁護士に死刑廃止論をしゃべらせようと必死で挑発する記者と、決して釣られない安田弁護士の競り合いが楽しめます。
記者会見であれだけ姿勢を鮮明に打ち出しているのに、その真逆の報道を行うマスコミ。どんなに説明したってマスコミは書きたいことを書きたいようにしか書かないのだ、ということがよくわかります。

前回の書き込みからかなり間が空いて今いましたが
いくつかのコメントをいくつか頂いているようですね。
ありがとうございます

>No.393 pon様

ご指摘ありがとうございます。
被害者遺族に訂正させていただきます。

>現行制度の下、単なる傍聴人の一人の都合のために
弁護人の活動が左右されることが正しいとは思えません

私もそのようなことはあってはならないと思います。
欠席したこと自身を責めているのではありません。
また、法廷での戦略等を被害者遺族を
配慮して立て無ければならないとも思いません。
文章中にそのような記述が有ったでしょうか?
もしそのようにお感じになられたのであれば
私の文章力の問題であると反省いたします。

今回の裁判欠席は表面上「リハーサル」への出席であり、
事実リハーサルに出席もしているようですし、
この裁判を軽視しているともとられかねない状況です。
そして、この刑事裁判には被害者遺族が存在しています。
被害者遺族の悔しさは想像すら出来ません。
この被害者遺族に与えられる精神的苦痛は、
弁護活動における調査必要期間を設けるための
欠席の場合とは異なると思われます。
被害者遺族に苦痛を与えることがこの欠席理由で無く
また、真実を伝えることが弁護活動を阻害しない限り
弁護人は被害者遺族に説明すべきだったと思います。

>No.394 惰眠 様

>刑事裁判では被害者本人ですら当事者ではありませんね。

上記の理由からこれも説明しなくて良い理由には成り得ません。
裁判上の役割を問題視しておりません。

>No.395 pon 様

>仮に安田氏が「〜これこれこういう理由で欠席します」
と連絡したとして、果たして本村氏は納得されたでしょうか?
むしろ今以上に大きな怒りを掻き立ててただろうことは
想像に難くないですが、いかがですか?

私の考えは上にも書かせていただきましたが
私はpon様ほど想像力豊かではありません。
逆にどのような想像をされたのでしょうか
説明いただけないでしょうか。
また一般人様も

>相手が納得しなければ、説明する必要は無いという
論理は通用しませんよ。

と書かれているように反論材料に成り得ません。

>No.396 惰眠 様

>安田・足立両弁護士のやり口は確かにビーンボールまがいだけど、別に前代未聞の暴挙って訳でもないんだし。

ビーンボールまがいだと思うならなおさら説明すべきです。

以上、長々となり申し訳ありませんでした。

 プロパガンダはね、黙っていた方が負けるんですよ。

 この場合は国策ではないのでアジテーションかネガティブ・キャンペーンの方が正しいかもしれませんが。

 ちなみに誰が負けるかというと、たぶん国民です。
弁護士不信をきっかけに、次は裁判制度にまで不信が誘導され、最終的には司法が(というか国家が)崩壊しかねませんから。

(誰が勝つかというと、この結果を喜ぶ人じゃないですか?)

 じゃあ、弁護士に何かしらの責任があるのかと問われるならば、国民として連帯責任の一環を担っているのではないですかね。

 プロパガンダなどへは、正しい情報の発信とか、教育とか、正面から論破してそれを喧伝するなどの対抗策があるでしょう。
 が、「専門知識のない国民」には対抗策がとれないので、「専門知識のある国民」に何とかしてくださいよと、そう言っている状態が「説明責任」という言葉になっているのではないかと。(責任転嫁といえなくもないですが。)


・・・ある種の極論ですが、こんな考え方はいかがでしょうか?
(ふと、思いついたので、気の向くままに書いてしまいました。)

>No.448 せっせ さん

>まあ、ほとんど皮肉で言ったんですけどね。

皮肉でおっしゃっていることは、承知してましたよ。
せっせさんの皮肉に便乗して、私もスポーツ紙などの飛ばし記事に皮肉を言ったつもりだったのですが、もしかして異を唱えたように受け取られたのでしたらすみません;^^

あのノーカット会見の動画は、記者たちを映していたのが個人的には面白かったです。みんな、何やら一生懸命メモしているようではありましたが……
質問する記者を映す場面では、会社名をテロップで入れてあげればいいのに、と思いながら観てましたよ。

なんだろうね!!

只今、14:30

モトケンさん,ponさん,惰眠さん(各弁護士さん)。

弁護士による「袋叩き」ですか,「無視」ですか。

日本で問題になっている「子供たちのネットいじめ」ですね。

士業の一般人攻撃ですか。

「品格」を疑われますよ。情けない。

http://www.yabelab.net/blog/tyoukai/2007/09/28-100204.php#c85732

橋下弁護士だけで,もう沢山!!

今、某委員会の会議室を閲覧して気が付いたのですが
ここの「人として」様と私はまったくの別人です
私の主張は
弁護士は基本的に説明責任は無いが
法廷戦術に影響の無い部分において
被害者及び被害者遺族に配慮する必要がある
と考えております

No.436 モトケン さん

現在の番組制作スタイルそのものを否定していらっしゃるのかと思いましたが、そうではないようなので安心しました。

>誤報があれば、まず取材不足を問題視すべきでしょう。
>誤った意見が述べられたなら、意見を述べた人が自らの不明を省みるべきではないか。

優先順位は別にしても、取材不足が明らかならば、その点を問題視したり自省を求めたりするのも大いに結構なことではありますが、取材にも限界がありますから「頑張って取材に勤しめば必ず真実が見えてくる」などというのは驕りにしかならないでしょうし、さらに憶測や誤解に基づくバッシングが氾濫する現状の打開策をそのような驕り高き「取材努力」に求めることは根本的に無理があるのではないでしょうか。むしろ情報ソース側に可能な限りの情報開示・説明責任を求めることこそ、憶測や誤解を回避する手っ取り早い手段となり得るでしょうし、また、今日的な時流にも合致するように思います。

>私が強い違和感を覚えるのは、そのような誤報や誤った意見が述べられた場合に、その原因を相手の説明不足に求め、または説明不足を強調する福田さんの考え方です。

原因は至るところにあるでしょう。もちろんマスメディアにも原因はあるでしょうし、私たち一般市民にも原因はあるでしょうが、重要なことは今回と同じような事態を打開をするための方策を考えることです。原因がマスメディアにもあるからと言って、今後、打開策を「取材努力」にだけ求める、というのは限界があるでしょうし、酷であるように思います(「法教育」という打開策なんかも提示されましたが、即応性に乏しいですし)。

>No.452 ぱんだinUSA さん
何度か書いてますが、私は弁護士じゃないですよ。法曹資格すらありません。
学問として法律を勉強したことがあるだけの、民間企業の事務屋です。

>No.449 人として さん
名指しでご返信いただきましたので、敢えてお答えいたします。
貴方のおっしゃる「べき」の意味合いが、「〜しておいたほうがよかったのに」と言う意味程度に留まるのであれば、同意するに吝かではありません。
しかしながら、刑事裁判の制度において訴訟の当事者は飽くまで裁判官・検察官・被告人&被告側弁護士の3者にすぎないのであるから、「べき」の意味合いに義務的ニュアンスを持たせるのであれば、全く賛同いたしません。

ご引用いただいたところでも書きましたが、たとえ被害者本人、被害者遺族であろうとも裁判の当事者でないということは、その点を持って我々世間一般の「外野」と制度上の位置づけにおいて違いがないからです。

なお、ビーンボール云々の比喩ですが「投げられた相手選手」に対し何らかの対応を求められる可能性はあっても(また、観客からブーイングを浴びせられることはあっても)ゲームのプレーヤーではない「観客」に何がしかのコメントをせねばならない、と言うことにはなりません。

裁判の仕組み、運用の問題として為さねばならぬこと・為す必要のないこと・為してはならないことと、「気持ち」の問題は別個の、次元の異なる事柄です。切り分けて考えていただきたいと思います。

なお、ドタキャン時にもし安田もしくは足立弁護士が遺族男性に連絡を取ったことで彼が気分を害したとしたら、貴方はなんと仰ったでしょう。
「被告人の弁護をしている身でありながら、遺族の気持ちも考えず連絡をするなんてと人として間違ってる」と、やはり非難したんじゃありませんか?
「せっかく連絡をしてくれた弁護士に腹を立てるなんて、遺族は人として間違ってる」なんてことは、間違っても仰らないと思うんですが。

そう言えば、弁護団による上告審欠席の件、既に2005年の12月の時点で口頭弁論の期日が決まっていたにも関わらず、なぜ2月末(期日の2週間前)になるまで被害者に接見しなかったのか、未だに明らかではないですよね。自分たちの都合で(どんな都合か分かりませんが)接見するのが遅れたのに「接見や記録の検討を重ねる時間が必要」などと言われても・・・という感じでしょうか。

>モトケンさん

「原因」でたずねても、福田さんには逃げられてしまうんです(笑)
「原因」(単なる因果関係)と「責任」(非難されるべき地位)とを
ごっちゃにしたり都合よく使い分けたりして、
弁護団←原因があるから責任がある
マスコミ←原因はあるけど責任はない
みたいに言うのが福田さんの論法ですから。

No.457 たぬきのポン太郎 さん

>弁護団←原因があるから責任がある
>マスコミ←原因はあるけど責任はない
>みたいに言うのが福田さんの論法ですから。

いえ、そうではありません。私の説明不足であれば申し訳ないですが、私は当エントリにおいて弁護団の責任追求などは一切主張していない筈です。但し、弁護団は公益に資する者としての社会に対する道義的な責任を担っているというのは申し上げました。これはマスコミ各社が公益に資する者として担っている責任と何ら異なるものではなく、決して弁護団にあってマスコミ各社にはない、という代物ではないことをご理解ください。

>No.458 福田 さん

また同じ話ですね(笑)
弁護団に説明責任は無い。根拠が「公益性」だけでは薄弱。
No.308で縷々述べました。

No.459 たぬきのポン太郎 さん

>弁護団に説明責任は無い。根拠が「公益性」だけでは薄弱。

薄弱であると思うか否かはご自由ですから、そのような結論でも構いません。ただ、「弁護団に説明責任は無い。以上」で切捨て、各々の弁護士が執り得る打開策について何も検討しようとしないのであれば、今後もまた今回と同じような事態が繰り返されることでしょう。残念です。

>No.460 福田 さん

いや、打開策は考えたほうがいいと思います。
これだけ刑事弁護が攻撃される時代に入ったのですから。
しかし、弁護士の情報伝達力は、マスコミに比べて圧倒的に弱い。(あたりまえですが)
曲げて伝えられてしまう。できることにはかなりの限界がある。
だとしたら、むしろ国民としては、マスコミの報道を正していくことを
考えたほうがいいんじゃないか、ということです。
弁護士に要求するんじゃなくて、国やマスコミに要求するのが筋だろう、ということです。
(堂々巡りの予感…(笑))

相撲協会は信用回復の為に
記者会見開いたり、稽古場を公開したり、
親元に行って謝罪したり、
様々な方法で社会と対話し誠意を示している。
もちろん「法的義務は無い」と断る事も出来るし、
「私個人には何の責任は無い」と言い張る事も可能だろう。
しかしそんな事は誰もしない。
それはそれぞれが責任を受け止め信用回復の為に
前向きに検討してるからだろうね。

弁護士のように後ろ向きになって
社会的信用を失おうが、誤解や不安を蔓延しようが、
私には法的義務も説明責任も無いと言って
ふんぞり返って、いつまで通用するかって話でしょうな。

福田さんの主張を拝見していると、大淀病院騒動に関しては毎日新聞の報道姿勢よりも病院に責任があると言ってるような印象を受けます。

取材において情報は、出さない側に問題があるんじゃなくて「取れない」側の問題ですよ。裏が取れてもいない情報を平気で垂れ流すとしたら、そんなの報道の名に値しません。
かつ、そういう無責任な情報をばら撒いた責任は、ばら撒いたマスコミが負うべきものであり、情報源が責められるいわれはないんじゃないですかね。

そういえば、大淀病院騒動で毎日新聞奈良支局の記者(当時)は、病院側が守秘義務を楯に情報を出さないと、いたく憤慨してましたっけ。トバシ記事を書いた自分の責任にはほっかむりして。

>No.462 一般人 さん

相撲協会は、イメージ傷ついたら客が来なくなるからじゃんか。
弁護士も説明しないと客が来なくなるって?(笑)

>裏が取れてもいない情報を平気で垂れ流すとしたら、そんなの報道の名に値しません。

そんなもん当たり前でしょーに。

例え真実だけ並べた情報を報道しても、その情報に疑惑が発生する余地があるなら、どんな報道だろうと
社会的疑惑や不信、不安は蔓延するんですよ。
その為に記者会見が開かれて、答えられる範囲で
誤解を解くように誰もが努めるわけです。


>No.465 一般人 さん

どーしても、誤情報を撒き散らしたマスコミの責任じゃないといいたいわけね。
わかったわかった。

No.464 たぬきのポン太郎 さん
弁護士の客にも影響するだろうし、
司法に関わる身であるなら
社会的な影響力は
相撲協会以上に責任を自覚すべきでしょうな。
なにより弁護士は職務の内外を問わずに
常に品位を保ち、社会的信用を獲得する使命があるんですよ。
わざわざそこまで規定されてるのは
それだけ弁護士が社会的に重要な存在だからですよ。

No.461 たぬきのポン太郎 さん

>だとしたら、むしろ国民としては、マスコミの報道を正していくことを
>考えたほうがいいんじゃないか、ということです。

おっしゃることは分かります。選択的な話ですよね。しかし正しいか正しくないかって当事者以外に誰が判断できると言うのでしょう。結局のところ、マスコミの報道が正しいか正しくないかという判断すら、当事者による情報開示が必要になってくるように思います。

>しかし、弁護士の情報伝達力は、マスコミに比べて圧倒的に弱い。(あたりまえですが)
>曲げて伝えられてしまう。できることにはかなりの限界がある。

例えば橋下弁護士なんかの主張も曲げて伝えられているのでしょうか。他にもタレント弁護士さんはたくさんいらっしゃいますが、彼らの主張や見解は曲げて伝えられているのでしょうか。

まあしかし今回のケースって全てが全て誤解に基づくものであったわけではなく、例えば弁護団による上告審欠席の件の場合は、主張が曲げて伝えられたというより、「そんな理由で・・・」というところに非難が集中したわけですから、「説明の仕方を考えた方がいい」というのはごく自然なリクエストとして否定されるものでもないと思います。

No.463 惰眠 さん

>取材において情報は、出さない側に問題があるんじゃなくて「取れない」側の問題ですよ。裏が取れてもいない情報を平気で垂れ流すとしたら、そんなの報道の名に値しません。

つまり例えば紀藤正樹弁護士が本件に関してテレビでコメントを求められた場合、事前に弁護団にコンタクトを取り、弁護方針や思想、信条、あるいは被告の様子、裁判に関する展望などについて直接聞き出しておかねばならない、ということでしょうか。それはちょっと無理があるように思いますし、コメント予定のある出演者全員にそれを課すというのは無理があるのではないでしょうか。

No.464 たぬきのポン太郎 さん
日本相撲協会や時津風部屋は、そもそも加害関係人ですから。
「監督責任」とか「指導責任」みたいなレベルであっても当事者ですから、代理人や代弁者に過ぎない弁護士とは位置づけが違いますよ。

>No.467 一般人 さん

>社会的な影響力は
>相撲協会以上に責任を自覚すべきでしょうな。

マスコミはもっと自覚すべきでしょうな。

>なにより弁護士は職務の内外を問わずに
>常に品位を保ち、社会的信用を獲得する使命があるんですよ。

ほんとほんと。橋下弁護士にそれを理解してほしいんだよねー。

>No.468 福田 さん

詭弁の才能がおありですね(笑)
きりが無さそうだとわかりました。
ちょっかい出したこと、また後悔しております。
ごきげんよう。


>No.469 惰眠 さん

ン? わかっておりますが・・・

No.470 たぬきのポン太郎 さん
>マスコミはもっと自覚すべきでしょうな。

だから誤報は駄目に決まってるでしょうに。
マスコミの責任が重いのは誰もが分かってるでしょう。
しかし真実だけを並べて報道し(以下略


>ほんとほんと。橋下弁護士にそれを理解してほしいんだよねー。

世間はそう思ってないんでしょう。
だから受け入れられてるわけです。
まぁ貴方が冗談が通じない真面目な人なんでしょう。


No.469 惰眠 さん
そういう法的責任は当事者間で終始する話ですが、
それだけの責任じゃ終らないんですよ。
何より、社会的不信を生み出したから
相撲協会の信用回復の為に努めているわけです。


>No.472 一般人 さん

>まぁ貴方が冗談が通じない真面目な人なんでしょう。

へー!
懲戒請求あおったのって、あれ、冗談だったんだー(笑)

No.473 たぬきのポン太郎 さん
あそこは冗談じゃないんですよ。
真剣と冗談を見分ける努力をしてください。

No.468 福田 さん
ちょっと趣旨が違う例を示しておいでですね。
私が、なぜ大淀病院報道の例を引いたのか考えていただきたいところです。

コメンテーターのコメントなどと言うものは所詮、「○○についてコメンテーターはどう思いますか」と言う感想程度のものであり、その「○○」をどのような事象として位置づけ取り扱うかが、取材にかかる部分です。
その取材が不十分であったのなら、コメントをする前提自体がそもそも不確実なものとなるわけで、そのような取材しかできない(しない)マスコミの責任です。
また、敢えて言えば、その程度の情報に基づいてホイホイ安易にコメントをする出演者にも責任はあるでしょう。

 福知山線脱線事故の折の「技術評論家」某氏のように、自分の思い込みと決め付けとでマスコミが取材で得た情報など全く無関係にベラベラ持論をしゃべりまくったような人もいますが、それも含めて出演させたマスコミの責任です。
 フリージャーナリストなる人物が寄稿した記事がトラブルになったときには掲載誌も連座させられるのと同じ図式で、これらは取材対象の責めに帰すものではなく、全てマスコミの責められるべき事柄です。

だから取材が不十分で良いなんて誰が言ったんですか?
誤報でも良いなんて誰が言ったんですか?
誰が言ったんですか?ねえ?

しかし弁護団が説明しない以上、
その限定された断片的な情報だけを報道する以外に
方法は無く、それによって社会的誤解や不安がま(以下略

>No.474 一般人 さん

真剣であろうが、あの煽動は、

>なにより弁護士は職務の内外を問わずに
>常に品位を保ち、社会的信用を獲得する使命があるんですよ。

に反することになりませんかねー。

たぬきのポン太郎さん

この辺にしときましょうよ。傍目には議論がどういうことになってるかちゃんと理解できてますから。
こんなのでスレッドを伸ばしちゃいけません。

「たぬ気は損気」ですよ。

No.475 惰眠 さん

>ちょっと趣旨が違う例を示しておいでですね。
>私が、なぜ大淀病院報道の例を引いたのか考えていただきたいところです。

それは失礼しました。「大淀病院報道の例」というものを存じ上げなかったものですから。

>その取材が不十分であったのなら、コメントをする前提自体がそもそも不確実なものとなるわけで、そのような取材しかできない(しない)マスコミの責任です。

なるほど。責任追及をなさりたいわけですね。別にいいのではないですか?私の議論はちょっと違います。今後のための打開策についてお話しております。もちろん「マスコミが全て悪い、弁護団に説明責任は無い。以上」で終わらせることは簡単ですが、先にも述べたように、各々の弁護士が執り得る打開策について検討しようとしないのであれば、今後もまた今回と同じような事態が繰り返されることになるでしょう。

限定された断片的な情報だけの取材が不十分で良いって誰かが言ってるな。

誤報(その限定された断片的な情報だけによる報道)でも良いって誰かが言ってるな。

何故かって?自分で言ってるさ。

その限定された断片的な情報だけを報道する以外に方法は無い。ってね。

これは、「不十分取材も誤報も良い」と同義。

同義と言わない人とは何百回議論しても無駄。

何度も私が同じ意見を言わないといけないのは
それだけ常識的で当たり前で芯の強い論拠だからでしょう。
だから微動だにする必要が無い。

しかし相手方はあらゆる手口で論破しようと試みるあまり、
立証責任やら取材不足やら見当違いな言葉が噴出し
私に反発するあまりに主張が歪み、別の論点に固執し
結局は詭弁に域を出ない主張になってしまう。

堂々巡り、揚げ足取りは実は相手方だったりする。
それに気付けるかどうかでしょう。

>No.478 せっせ さん

御意。。。

でも、

>No.481
>何度も私が同じ意見を言わないといけないのは
>それだけ常識的で当たり前で芯の強い論拠だからでしょう。

これはウケました(^^)

>No.479 福田 さん
>なるほど。責任追及をなさりたいわけですね。
違います。
責任の所在がどこにあるかを明示しただけです。

 それは同時に「態度を改めるべきはどちらなのか」と言う話にもつながるのですが、この問題に関してはモトケンさんのブログでもかなり大掛かりに扱われた大淀病院事案について、是非ともご一読いただきたいと思います。

 先にも書きましたが、福田さんの仰りようはいわば「報道被害に遭って名誉を毀損された人物自身に、自己の名誉を回復するための努力をする責任がある」としているように読めるのです。
 別の言い方をすると「悪口を言われれたお前が悪い」。悪口を広めたやつよりも、黙って悪口に耐えた被害者が悪いと言わんばかりの印象を受けます。

 報道バイアスによる被害をいかに防ぐかと言う防衛的な出発点から「再発防止」を考えようというのなら一理あるとは思いますが、「話してくれないってんなら、また今後も同じように憶測や推測でバンバン叩くからねー」的な(芸能週刊誌のライターなんかがいかにも言いそうですな)部分に出発点があるのなら、その対策を弁護士業側に求めるのは筋違いです。

No.483 惰眠 さん

>それは同時に「態度を改めるべきはどちらなのか」と言う話にもつながるのですが、この問題に関してはモトケンさんのブログで>もかなり大掛かりに扱われた大淀病院事案について、是非ともご一読いただきたいと思います。

分かりました。

>先にも書きましたが、福田さんの仰りようはいわば「報道被害に遭って名誉を毀損された人物自身に、自己の名誉を回復するための努力をする責任がある」としているように読めるのです。

そのように読まれたのならば私の筆が至らなさに原因があるとは思いますが、決して責任追及する意図はありませんので、ご理解ください。

要はこういうことです。仮に今すぐ国会でマスコミ規制法案なるものを通過させ、当事者の言質の取れないニュースソースの報道の禁止、また報道番組・報道記事における予測・憶測・予断等の禁止などを実現/徹底させることができるのであるならば、弁護士はこれまで通り国民に向けて分かりやすく説明する必要などはないかも知れませんが、現実としてそのような法案の実現が困難である以上は、今回のような事態を回避するためには双方(弁護団にしろマスメディアにしろ)ができる限りのことをするのが現実的だと思うのです。もちろん「弁護団に説明責任は無い。以上」と頑なに口を閉ざす選択もあり得るでしょうが、現実としてそのような選択がどのような事態を招きうるか、ということをもう少し着目してみるべきではないか、というのが私なりの問題提起です。

>「話してくれないってんなら、また今後も同じように憶測や推測でバンバン叩くからねー」的な(芸能週刊誌のライターなんかがいかにも言いそうですな)部分に出発点があるのなら、その対策を弁護士業側に求めるのは筋違いです。

そのような部分に出発点はありませんが、現実として今すぐ国会でマスコミ規制法案なるものを通過させることができない以上、「弁護団に説明責任は無い。以上」などと言って頑なに口を閉ざす限りは残念ながら憶測や誤解によるバッシングを回避するのは難しいのではないかと思っています。

>No.484 福田 さん

ちょっとすみません。さっきから気になっているので・・・

>「弁護団に説明責任は無い。以上」

これ、私の言葉のことを言ってます?
「以上」なんて言ってませんよね?
すごく嫌な感じなんですが。

No.485 たぬきのポン太郎 さん

>これ、私の言葉のことを言ってます?
>「以上」なんて言ってませんよね?
>すごく嫌な感じなんですが。

いえ、たぬきのポン太郎 さんのお言葉を引用したわけではなく、「この点に議論の余地なし」という「頑ななニュアンス」を表現したかっただけなのですが、不快にさせてしまったのであれば申し訳ないです。今後は同表現を使用致しません。

No.484 福田 さん

現実として弁護団が説明責任に対しどのような行動を取ったとしても(「責任」を以って説明しない選択肢も含む)憶測誤解によるバッシングは受けるわけで、それは致し方ないこと。
それよりもバッシングの度を越して脅迫したり明確な根拠のない懲戒請求を行うことが問題です。
自身の職責を最大限全うしつつ、できる限りの説明をした結果同業者が後ろから狙撃するような事態になれば、次から誰が説明しようと思うでしょうか。

No.487 bg さん

これは現状認識の違いですね。この1ヶ月半くらいで随分と情報は流通するようにはなってきたものの(今年8月末に配布された弁護団によるQ&Aや今枝弁護士によるブログ開設などの甲斐あってか)、2006年3月の上告審欠席以降、1年半ほどの間、誤解を解く努力がなされてこなかったわけですから、その間、「できる限りの説明をした」とは言えないように思います。

No.484 福田 さん

了解いたしました。

しかしいずれにしましても、マスコミさんにはもっとマトモな情報発信をしていただきたいもんだと言いたいところです。

No.488 福田 さん
いわゆる「説明責任」が法廷外から求められてきたのはここ1ヵ月半から2ヶ月くらいのことではないですか?
それ以前には今と同じ濃度での説明は求められていないわけで、実際欠席の時に欠席の理由を説明しているので、その時点ではできる限りの説明をしたとは言えるのではないでしょうか。

その時点であっても、現実としてどのような濃度で説明をしても頑なに憶測誤解を続ける受け手が存在し、得てしてそのような人のほうが声が大きいわけで、そういう人を納得させるための労力が見合わないと判断されればある程度の人が納得できるような簡素な説明に留まるのは致し方ないことだと思います。

結局惰眠 さんは訳の分からないマスコミの失態例
を取り上げて、「だからマスコミは駄目なんだ!
だから弁護団に説明する必要は無いんだ!」
という支離滅裂な論理展開をしてるだけでしょう。
そりゃ過去のマスコミの失態なんて
山ほど存在するが、そんなものを個別具体的に取り上げて
光市裁判を例に絡めても何の説得力も無いでしょ。
断片的な事実を報道しただけで発生した疑惑の
数々にマスコミの責任なんてあるはずないでしょう。
そしてこの疑惑はいくらマスコミが努力しても
ほとんど解消されませんよ。
疑惑を発生させたくないなら報道自体を止めてしまうしかない。
それならば表現や報道の自由を規制するだけの
現実的で説得力のある妙案でもあるんですかね。

今回の件で社会的疑惑や不安や不信を解消するには
結局のところ弁護団が説明する以外に無いんですよ。
マスコミの努力や国民に法知識があったからといって
穴埋めできる疑惑じゃないんですよ。

>No.491 一般人 さん

かまってあげませんw

モトケンさま

下記の二つの投稿は同一アドレスから発信されたものなのでしょうか?

No.476 一般人 さんのコメント | 2007年10月11日 13:51 | CID 88905  (Top) だから取材が不十分で良いなんて誰が言ったんですか? 誤報でも良いなんて誰が言ったんですか? 誰が言ったんですか?ねえ?

No.491 一般人 さんのコメント | 2007年10月11日 18:23 | CID 88964  (Top)
断片的な事実を報道しただけで発生した疑惑の
数々にマスコミの責任なんてあるはずないでしょう。


>No.484 福田 さん

>「弁護団に説明責任は無い。以上」などと言って頑なに口を閉ざす限りは残念ながら憶測や誤解によるバッシングを回避するのは難しいのではないかと思っています。

 マスメディアの報道に携わる人たちが司法制度とその中における弁護人の職責について基本的な勉強だけでもしてもらえれば、バッシングを回避するのは難しいことではないと思います。

 福田さんの意見は原因論と責任論を形式的には分けているようですが、原因と不利益が結びつく以上、分けきれているとは思えません。
 個々の事案について言うのであれば、説明の必要性の議論として成立すると思いますが、一般化してしまうとマスコミ至上主義と言わざるを得ません。

>No.493 匿名希望 さん

 回答は差し控えさえていただきますが、支離滅裂だな、というのが私の印象です。

>No.495 モトケン さま

お忙しいところ、お手を煩わさせました。

>マスメディアの報道に携わる人たちが司法制度とその中における弁護人の職責について基本的な勉強だけでもしてもらえれば、バッシングを回避するのは難しいことではないと思います。

なんで司法制度と弁護士の職責を理解したら
考えられる裁判欠席した理由の中から
「不当な理由や遅延目的で欠席した」
という疑いのみが排除されるんですか?

支離滅裂はどっちですか?

>455 惰眠様
ご回答ありがとうございました
私の使用した「べき」は自分でもうまく表現できません。
(自分から振っておいてすみません)
しいて言えば
加害者は被害者に謝罪する「べき」
のニュアンスです
謝罪することが法的に定められてもいませんから
決して義務ではありません
しかしこれを、「したほうが良い」程度です、とは
言いたくありません。(それこそ人として・・・)
ですから
刑事裁判の弁護人としては何も説明する義務は無いが
今回の裁判については、裁判に係わるものとして
欠席理由については説明すべきだったと思います
ですが、このエントリーは「刑事裁判において」が
テーマのようなので私の意見はこの場に
適当ではなかったようです。
惰眠様、しぶしぶのようでしたが、
私のつたない質問にお答え頂まして有難うございました。

一般人さんとは議論は無理です。

/No.465 一般人 さんのコメント | 2007年10月11日 12:56 | CID 88883  (Top)

>裏が取れてもいない情報を平気で垂れ流すとしたら、そんなの報道の名に値しません。

そんなもん当たり前でしょーに。

このようなマスコミ責任回避(大さま主義?)に凝り固まっていながら、それを覆い隠す発言を繰り返し道理も説得力も無い。
Net リソースの無駄遣いです。

あ、でも「悪しき見本」としての価値は橋下扇動事件と同類かも。

>No.499 MultiSync様

もはや観察の価値も無いかと・・・。

ゴマだれ派氏ではないかとの疑惑が浮上しております。

>No.499 MultiSync さま

頂戴しまして並べてみます。
凄いもんですな。5時間半の間に…
メビウスの輪かよっ!(三村ふう)

/No.465 一般人 さんのコメント | 2007年10月11日 12:56 | CID 88883  (Top) >裏が取れてもいない情報を平気で垂れ流すとしたら、そんなの報道の名に値しません。

そんなもん当たり前でしょーに。

No.476 一般人 さんのコメント | 2007年10月11日 13:51 | CID 88905  (Top)
だから取材が不十分で良いなんて誰が言ったんですか?
誤報でも良いなんて誰が言ったんですか?
誰が言ったんですか?ねえ?

No.491 一般人 さんのコメント | 2007年10月11日 18:23 | CID 88964  (Top)
断片的な事実を報道しただけで発生した疑惑の
数々にマスコミの責任なんてあるはずないでしょう。


No.500 スルー さま

私の周りの世間でも同様の疑惑が渦巻いております。
当然、説明責任が発生するのでしょうね。


っつーか、みんな疲れてるんだよな。あほらし…

No.501 匿名希望 さん
あなたね・・・
事実を歪めて報道するのは問題でしょう。
そうしろとは誰も言っていない。
例えば弁護団は裁判欠席してないとか
弁護団は全員で7人とかそういう事実誤認は
マスコミの問題であり責任でしょう。
しかし断片的な事実である情報を報道するのは
何が問題なんですか?
と言ってるわけですよ。
そしてその結果として疑惑が浮上する場合が
あるんですよ。

何回言ったら理解できるんですか?この主張。

>メビウスの輪かよっ!

むしろこれ?

http://www.enchanteart.com/week/we125a.htm

流れるだけならつまらない、但し立体化に挑戦している人も居たり。

管理人様の意に反するかもしれないのですが、いっそこのエントリは、「一般人さんと迷路で遊ぼう!」に変更したらどうでしょうか?

>No.502 一般人 さん

>しかし断片的な事実である情報を報道するのは
何が問題なんですか?

断片的な事実は、あくまでも断片的な事実に過ぎないと何らかの形でお断りした上で報道すれば、あまり問題はないかもしれない気もしなくはないですが、さて、どうなんでしょうか?

>No.497

 そもそもこんな質問、非難を書いてる時点で終わってると思われ。


>No.501 匿名希望 様
>っつーか、みんな疲れてるんだよな。あほらし…

 御意!

>管理人様

 私の投稿は削除して頂いて結構です。

No.502 一般人 さん

何回言ったら理解できるんですか?この主張。

はて?今までその主張何回言ったんですか?

それよりあなたね、ご自分が「ゴマだれ派」との疑惑があるのに説明しないんですか?
人様には説明責任を求めて、自分は知らん振りですか?

No.503 MultiSync さま

不条理感いいっすね。(絵のほうはね^^)

No.506 スルー さま
>No.497
そもそもこんな質問、非難を書いてる時点で終わってると思われ。

こんなのが何度もあって、蛙の面にションベンで戻ってくるところが凄いですな。

>モトケンさま
 私の投稿も、もちろん削除して頂いて結構です。

みなさま、寝ます。

No.490 bg さん

>いわゆる「説明責任」が法廷外から求められてきたのはここ1ヵ月半から2ヶ月くらいのことではないですか?

その通りだと思います。ただ、私が言うところの「説明」とは、単に「質問に対する回答」だけを意味しているわけではなく、「憶測/誤解を払拭するための説明」までも含んでいますので、bg さんは「説明は求められていないわけで」とはおっしゃいますが、憶測や誤解が積み重なっている状況がすでに「説明が求められている」と考えた方が妥当であると思います。

ちなみに2006年3月14日の上告審欠席の理由としては、

(1)「日本弁護士連合会が開催する裁判員制度の模擬裁判のリハーサルで、丸一日拘束される」
(2)「被告の言い分に最近変化があり、接見や記録の検討を重ねる時間が必要」

という説明しかなく、残念ながら「できる限りの説明をした」とは言えないのが実情です。

No.494 モトケン さん

>マスメディアの報道に携わる人たちが司法制度とその中における弁護人の職責について基本的な勉強だけでもしてもらえれば、バッシングを回避するのは難しいことではないと思います。

一理あると思います。もちろん弁護士に法的な説明義務がないのと同様に、報道に携わる人にも「司法制度とその中における弁護人の職責」について勉強しておかねばならない義務はないでしょうが、勉強しておいた方がよいとは思います。結局はバランスの問題で、憶測や誤解に基づくバッシングを回避するために一方にだけ努力を求めるから他方からの反発が生じますが、双方ができる限りの努力すればよいのかなという気がしています。

>福田さんの意見は原因論と責任論を形式的には分けているようですが、原因と不利益が結びつく以上、分けきれているとは思えません。

原因の一端を担っていることを指摘することが、結果的に責任を追求していることになっている、ということですよね。そういう側面はあるかも知れませんが、それは私の説明不足だと思います。

>個々の事案について言うのであれば、説明の必要性の議論として成立すると思いますが、一般化してしまうとマスコミ至上主義と言わざるを得ません。

なるほど。ではこういう一般的表現はいかがでしょうか。

「個別の刑事事件に対する憶測や誤解に基づくバッシングを回避するためには、弁護人はそれらを払拭するための説明を行った方がよいし、報道人は司法制度とその中における弁護人の職責について勉強した方がよい」

ただ法的義務のないこれらの「した方がよいこと」を双方が怠った場合でも、バッシングを受けるのは一方(弁護人)だけになってしまう、というのが現実ではありますね。

>No.509 福田 さん

>というのが現実ではありますね。

 その現実というのを少し見てみようと思って「光市弁護団のどこが気にいらないか。」を立ててみました。

>No.498 人として さん

済みません「しぶしぶ」のつもりはなかったんですが、同趣旨のことは他の方も光市事件関連スレッドで幾度か書いておられるので、多少「同じこと繰り返すのもなぁ・・・」という意識がありました。

例のドタキャンに関して「おいおい、それはないんじゃねえ?」と思ってるのは、私も同じです(笑)。ただ、そのような『イベント』を裁判システムの設計図上でどう扱うかといった部分で(先述のような理由から)遺族や世間を要素に織り込むのは「違う」と考えている次第です。
制度論(裁判のルール)とは切り離した、別のフィールドで論議するのが相応しいと思ってます。

No.509 福田 さん

私は、「憶測/誤解を払拭するための説明」は当人が必要と思わなければしなくてもいいんじゃという考えなので、その部分で福田さんと考えが相容れないですね。
特に不都合がなければ誤解されたままで別にいいやという考えです。
(それがその状況で良いか悪いか別として。そもそも誰が良し悪しを判断するのか)
そのような考えを前提とした意見だということで認識していただければ幸いです。

次に上告審欠席の理由ですが、

(1)「日本弁護士連合会が開催する裁判員制度の模擬裁判のリハーサルで、丸一日拘束される」
(2)「被告の言い分に最近変化があり、接見や記録の検討を重ねる時間が必要」

というだけで理由としては十分ではないかと思います。
前々から別の用件で予定が埋まっている上、十分な準備が必要だと主張すれば、ではどのくらいの時間が必要ですかとなるのが通常ではないでしょうか(実際他の事例で当事者の日程がつかないから弁論を延期したりしています。直近では福島大野病院事件でも)。それを勘案せず却下した裁判所の姿勢のほうに私は疑問を感じます。弁護側がストライキ的な対応に出ても仕方ないと思います。

ただし、これは(1)(2)の理由のみにより延期を主張する場面に状況を矮小化した場合の話で、日ごろの安田弁護士の所業から裁判所側が延期を認めることができないと考えたのかもしれない。背景事情を考えるとどちらに非があるのか一概に言えない事情があるかもしれません。

まあ、私自身に安田弁護士に対する背景知識がほとんど皆無なので、それを知ったら心情的に弁護団批判に傾くかもしれませんが、あくまで今この場面一点に絞っての考えです。

P R

ブログタイムズ

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