ボツネタのコメント欄でよくまあ自爆と藁人形のオンパレード。
ほとんどの人は小倉先生のことも私のこともよく知っているはずですが、その中であんなことが書けるというのは、本当に自分が正しいと思っているからなのでしょうね。
motoken01 2008/10/16 12:59 >愚考いたしますに リスクの存在を前提とする現実的リスクコントロールの話に対して、非現実的なリスクをゼロにする話を持ち出すのは極論とは言わないのですか?OguraHideo 2008/10/16 13:44
自動車運転手が業務上過失致死罪に問われたり,電車通勤者が迷惑防止条例違反に問われたりするリスクを「非現実的」とするのは,如何なものかなあと思います。元検事さんとしては,痴漢冤罪なんて存在しないというお立場なのかもしれませんが。
法律を学んだ人間の論理とは思えません。
日本語を読む能力の問題として考えればゼロです。
意図的な曲解と考える余地もありますが、曲がりすぎです。
これも藁人形論法の範疇なのでしょうか?
OguraHideo 2008/10/16 14:58 事件そのものが存在しないと放言した弁護士がおられるのかは明らかではありませんが,他の弁護士に対して「議論の正しさ」云々を問題とされるヤメ検さんが開設するブログのコメント欄や電子掲示板では,嫌み皮肉当てこすりの類がわんさかとあり,そのヤメ検さんは,それを是認されているようですね。
私のブログや掲示板におけるすべての嫌み皮肉当てこすりの類をすべて総動員したとしても、小倉弁護士おひとりの嫌み皮肉当てこすりには質量ともに及びません。
OguraHideo 2008/10/16 15:06 「医療事故を議論するときに交通事故を持ち出す」ことを極論と考える理由として,「非現実的なリスクをゼロにする話を持ち出すのは極論とは言わないのですか?」と仰っている以上,自動車を「まじめに」運転していれば,業務上過失致死罪で起訴されたり有罪とされるようなリスクはない(検察から業務上過失致死罪で起訴された自動車運転者はみな不真面目な運転者であり,自動車運転者を検察が冤罪で起訴することはあり得ない)と,元検事である矢部善朗弁護士はお考えだということを示しているように読めます(もちろん,書かれた文章を素直に読んで批判することは藁人形叩きだというご見解もありでしょうが)。
恥の上塗りとだけ言えば足りるでしょう。
追記
OguraHideo 2008/10/16 18:27
他人の主張を,極論だの,曲解だの,印象操作だのと,わけのわからぬ非難をすることは,弁護士としての品位の問題にはならないのですかね。それ以前に,私を攻撃するだけのために専用ブログを設けたり,自分のブログのコメント欄や電子掲示板を,私に対する人格攻撃を行いたい人のために開放していることこそが問題だと思いますが。
>わけのわからぬ非難
いや、分かっている人は多いと思います(^^)
>弁護士としての品位の問題にはならないのですかね。
品位を欠く罵倒中傷をスルーしないという点で、大人としての品位を欠くという非難は甘んじて受けなければならないだろうといつも思っております(^^;
>それ以前に,私を攻撃するだけのために専用ブログを設けたり,
la_causette は私を攻撃するだけのための専用ブログになることがしばしばあるようですが、
このブログでも、小倉弁護士関係以外のエントリを増やせばいいのでしょうか?
それと、 「私を攻撃するだけのために」は明らかに間違いですね。
このブログは、小倉秀夫弁護士の私に向けた攻撃に対する防御として作ったものです。
先に攻撃しておいて厚かましいことを言ってはいけません。
ちなみにこのブログは、小倉弁護士による出張放火の際に、出張先の火の手を最小限度に抑える目的も有しております。
>自分のブログのコメント欄や電子掲示板を,私に対する人格攻撃を行いたい人のために開放している
私のブログや掲示板は誰に対しても開放しています。
で、小倉弁護士の私(やその他の人)に対する発言は人格攻撃とは言わないのですか?
自分には何の問題もないと考えている小倉弁護士はすごいです。
OguraHideo 2008/10/16 18:37
「自動車に関する業務上過失致死被告事件でも,痴漢に関する迷惑防止条例違反被告事件にしても,判断は裁判官によりばらつくので,どんなにまじめに自動車を運転し又は電車・バス等に乗っていたとしてもリスクはゼロではない」ということを「極論」といったことについて「他人の主張を極論と非難するには、どこが、どう不当であるのかを、具体的に指摘しなければ、非建設的であることは明らかであると思われますが。」といわれて,「非現実的なリスクをゼロにする話を持ち出すのは極論とは言わないのですか?」といっているだけですから,普通に解釈すると,「まじめに自動車を運転し又は電車・バス等に乗っていた」場合に,業務上過失致死罪や迷惑防止条例違反で訴追される危険を「非現実的なリスク」と仰っているように読めるように思うのですけどね。
>「自動車に関する業務上過失致死被告事件でも,痴漢に関する迷惑防止条例違反被告事件にしても,判断は裁判官によりばらつくので,どんなにまじめに自動車を運転し又は電車・バス等に乗っていたとしてもリスクはゼロではない」ということを「極論」といったことについて
これ、誰が言ったんですかね?
少なくとも私は言ってませんが。
小倉弁護士は、自分のどんな誤読も、いったん読んじゃったら絶対読み方を変えませんからね。
言った本人がそうじゃないと言っても聞く耳まったくなし。
これでまとまな議論をしようと言うのであれば馬鹿にされるだけですが、揚げ足取りこそが正攻法だと信じて疑わない(らしい)小倉弁護士には何を言っても無駄でしょう。
以下を全ての方にテンプレとして提供します(GPLライセンスかなw)。
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2008/10/blog-980a.html#comment-33577300
誤読・・誤毒・・語独・・後毒・・娯読・・
曲解・・極解・・極戒・・曲壊・・極壊・・
あれれれ~ どれが正解でしたってけ?
これ、モトケン先生は、 「リスクをゼロにするという話」 は 「非現実的」 だと指摘したのだと思いますが(そして普通の読解力があればそう読めるだろうと思いますが)。
小倉先生は、 「非現実的なリスク」 というものを 「ゼロにする話」 を持ち出したと批判されたものと読んだ、ということでは。
どうもそうみたいですが、
もともと「非現実的なリスク」を「ゼロにする話」というのは、どんな話だと小倉先生は思ったのでしょう?
まあ、文脈というものを無視するというか、考えてはいけないと考えているフシのある小倉先生としては、当然あり得る解釈だったと思います。
というか、わざわざ無理してでも相手の話を不合理に解釈して、相手を不合理な考え方をする人間であると印象づけることしか考えていない小倉先生としては、スタンダードな解釈なのでしょう。
>No.3 fuka_fuka さまの説明に納得。
句読点の打ち方(下記参照)で意味合いが変わる文章の典型例かと、私も文章を書くときには「、」の位置に気を付けねば…
モトケンさんの元の文章
非現実的なリスクをゼロにする話を持ち出すのは極論
fuka_fuka さんの言う普通の解釈
非現実的な、リスクをゼロにする話を持ち出すのは極論
小倉秀夫さんの誤読?
非現実的なリスクを、ゼロにする話を持ち出すのは極論
小野清一郎教授(元最高裁判事の團藤教授のお師匠様)が、刑法の「着手」の主観的要件が客観面に表出する事象を、「犯意の飛躍的表動」と説明されていました。このことを思い出しました。「犯意」であって「論理」ではないですよ。
ただ、モトケン先生の追記を加味すれば、論理の飛躍でなくて、私が提供したテンプレそのままですね。
誰がそんなこと言った?というデフォルトベースそのまんま。